朝潮「制裁」

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330 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/05/26(火) 01:02:08.02 ID:BDAVZMuL0


 荒潮が体を引き摺るように加賀に近付く。


加賀 「よく旗艦を守ったわね、お手柄よ」

荒潮 「・・・」

加賀 「荒潮、聞いているの?」

荒潮 「え?」

加賀 「ここは私の持ち場であなたの持ち場じゃないわよ」

荒潮 「あら・・・」キョロキョロ

荒潮 「すいません」

加賀 「戦闘中じゃないからって気を抜きすぎ」

加賀 「手柄を上げた後は油断しやすいのだから気をつけなさい」

荒潮 「・・・はい」

加賀 「いいわ、早く自分の持ち場に行きなさい」

荒潮 「・・・」

加賀 「危ないと思ったら私の後ろに来なさい」

荒潮 「?」

加賀 「足手まといに前でちょろちょろされると集中できないの」

荒潮 「・・・大丈夫です、中破ですから」

加賀 「この海域での中破は轟沈しない保証にはならないのよ」

荒潮 「大丈夫です」

加賀 「?」

331 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/05/26(火) 01:03:18.63 ID:BDAVZMuL0

 か細い声はうるさい風の音に半ばかき消され霞む。

 荒潮のボロボロの制服は所々が赤く滲んでいる。


加賀 (艤装による治癒力が落ちてる?)


 足は時々ひざ下まで沈み足元はおぼつかない。

 腕に装着した艤装の重さが辛いのか腕は垂れ気味だ。

 ぼろぼろの制服から晒された皮膚は血と爆煙に塗れ浅黒く汚れている。


 荒潮はそのまま何事もないかのように加賀の横を通り持ち場へ向かった。


加賀 (まるで・・・)


 大破進軍すると轟沈する。

 それは大破した戦闘において艦娘は轟沈しないという意味でもある。

 大破した艦娘は、その戦闘中だけはいくら攻撃を受けてもゾンビのように立ち上がることができた。

 理由は大破してから時間がある程度経たないと轟沈しないから等言われているが正確なことはわかっていない。



―――――
―――

332 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/05/26(火) 01:12:09.45 ID:NnsSYUDUo
ずっとずっと待ってたんだ
良かったよ来てくれて
333 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/05/26(火) 01:24:56.79 ID:BDAVZMuL0


 指揮作戦艇と平行して進む朝潮へ欄干にもたれた提督が指示を出す。


提督 「荒潮に加賀を死んでも護衛しろと伝えろ」

朝潮 「中破とは言えふらふらですし難しいのではないでしょうか?」

提督 「ほぅ・・・なら朝潮は荒潮がどう動くべきと考える?」

朝潮 「定跡通り対潜対空戦闘で艦隊全体を守るべきです」

提督 「理由は?」

朝潮 (守れと言われれば・・・)


 先ほど荒潮は自分の命を差し出して旗艦の朝潮を守った。

 その時、荒潮に後悔の表情はなかった。


 朝潮は荒潮が第一艦隊から外れたい理由が少し理解できた気がした。

 この荒潮の強すぎる責任感が、この危険な海域でいずれ確実にわが身を滅ぼすとわかっていたのだと思う。


朝潮 (言ってもわからない)

朝潮 「二点・・・あります」

朝潮 「一点目、大破よりの中破で荒潮には庇うような動きが難しいと思いました」

朝潮 「それと航空戦力だけでなく砲撃戦力も守ることで火力の底上げができると思いました」

提督 「教科書通りの回答か」

提督 「一般的な戦場を想定した一番失敗しない戦法だ」

提督 「そして、現実から一番遠い」

提督 「折角だから講義してやる」

提督 「今考えられる最悪なパターンは何だ?」

朝潮 「相手の攻撃で損傷がかさみ艦隊火力が落ちることでは?」

提督 「ここは教科書にある戦場とは違う」

提督 「ここにおいての正解は、加賀が中破して武器の弓矢が破損、航空攻撃ができなくなることだ」

朝潮 「加賀の航空攻撃はそこまで重要でしょうか」

朝潮 「ビスマルクや重巡たちだって砲撃ができますし・・・」


 朝潮は彼女達に目を走らせる。

 悠々と強力な艤装に包まれた彼女達が荒れた海面を進む。

 その勇壮さは小中破の損傷を感じさせない。

334 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/05/26(火) 01:27:46.01 ID:BDAVZMuL0


提督 「今日、航空攻撃以外の攻撃がまともに当たったか?」

朝潮 「いえ・・・しかし、弾着修正だってしています」

提督 「そんなものは一戦目からしているんだよ」

提督 「覚えておけ、実戦と言うものはなぁ現在の状況から最良の手を選ぶことを言うんだ」

朝潮 「しかし、荒潮が余り動けないのは明白です」

提督 「だからいい」

朝潮 「!?」


 提督は前方を進む荒潮を見る。


提督 「敵だって弱っている荒潮には攻めっ気が出る」

提督 「加賀の近くにいるだけでいい囮になる」

朝潮 「小中破で轟沈する海域です」

朝潮 「集中して攻撃を受けるのは危険です!!!」

提督 「確かにな、だが言葉は選べ」

提督 「昨日ビクビクしてたのに艤装を付けて気が大きくなったか?あ?」

朝潮 「」ビク


 提督の低い声と視線が朝潮を萎縮させる。


提督 「次口答えすれば・・・そうだな」

提督 「明日荒潮が旗艦の時に昨日の朝潮がよがる様子でも話して聞かせようか」

朝潮 「そんなこと荒潮は信じません」


 信じないどころかもうばれているかもしれない。


提督 「さっきおれの発言を止めておいてよく言う」

提督 「いや、荒潮と親しいお前がそう言うなら動画も見せるか」


 提督が懐からスマホを取り出しいじった。


朝潮 「っ・・・旗艦は艦隊運用に付いて司令官に意見具申できるはずです」

提督 「おっと、もう口答えか?」

提督 「お前はそんなに自分の痴態を荒潮に知って欲しいのか?」

提督 「背徳感で興奮するのか?」

朝潮 「っ・・・」

335 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/05/26(火) 01:30:04.53 ID:BDAVZMuL0


 朝潮は提督が嫌いだ。

 なんでこんなに酷いことをするんですか、と泣き言を吐きたい気持ちを抑え込む。

 そんな言葉を吐いても俯いたり唇を噛んだり口惜しさを見せても、提督を喜ばせるだけだ。

 そんな気がしていた。

 朝潮は提督を真っ直ぐと見据える。


提督 「お前はおれに似ている、近いと言ってもいい」

朝潮 「私は・・・変態じゃありません」

提督 「ハッ、面白い、口答えにカウントしないでやろう」

提督 「似ているのは目的のために手段を選ばない、そういう人間性がだ」

朝潮 「私と司令官が似てる?」

提督 「そうだ、お前は荒潮を守るために倫理に囚われず選びうる最良の選択をした」

朝潮 「・・・」イラ

提督 「後悔しているのか?昨日のことを」

提督 「それは違う、お前は正しいことをした」

朝潮 「正しい?何を・・・」

提督 「荒潮を救いたかったんだろ?」

朝潮 「手段が正しいかの答えにはなりません」

提督 「本当に間違いと思うなら何で拒否しなかった?」

朝潮 (誘導したくせに・・・)

提督 「責める訳じゃない、寧ろ褒めている」

提督 「誰にもできることじゃない」

提督 「おれもお前のように正しい目的のために手段は選ばない」

朝潮 「正しい?荒潮だけを、一人の少女を危険に晒すことを正当化できる目的があるんですか」

提督 「そうだ、国と国民を守るという崇高な目的のために必要な手段だと言っている」


 提督は気味の悪い笑顔を浮かべている。

336 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/05/26(火) 01:36:02.10 ID:BDAVZMuL0


朝潮 「私はあなたを軽蔑します」

朝潮 「何であなたみたいな人間が司令官に・・・」

提督 「軽蔑する相手を間違っているぞ」

提督 「お前の憧れる他の鎮守府や提督がおれより優れてるとでも思っているのか」

朝潮 「?」

提督 「自由な意見を言い合い、弱い艦や損傷した艦をいたわる、挙句始まる友達ごっこ、恋人ごっこ」

提督 「これが朝潮、お前が幻想を抱く一般的な鎮守府の提督と艦娘だ」

提督 「上からお咎めがない戦果だけ稼げばいい、過度な出撃は艦娘に嫌われる」

提督 「殆どの提督がそういう倫理に縛られたまま、中級提督という海に溺れて沈む」

提督 「それで海は安全になるのか?」

提督 「何時かは深海棲艦も絶滅するだろう」

提督 「誰かが鬼を姫を倒してくれるだろう」

提督 「逃げ道という鎮痛剤で責任を誤魔化し麻痺した感覚で合同作戦で醜態を晒す」

朝潮 「それは一般的な鎮守府の話ですよね?」

提督 「上級の鎮守府も変わらん・・・いや、もっと酷い」

提督 「資源のかからない潜水艦で深海棲艦に威嚇射撃を繰り返し・・・」

提督 「かすり傷を付けたことをさも一方的に攻撃を加えたかのように報告書に喧伝し戦果を稼ぐ」

朝潮 「信じられません・・・そんなこと・・・」

提督 「ハハッ、脳内お花畑か、余り失望させてくれるなよ」

提督 「ニュースで、訓練学校の空気で、鎮守府への見学で 、選考試験で」

提督 「少なからず感じていた筈だ、お前なら、弛緩した空気を」

提督 「誰も深海棲艦の駆逐なんて考えちゃいないんだよ」

提督 「上からも下からも評価が良く、欲を言えば執務椅子の座り心地も良ければそれでいい」

提督 「それが今の鎮守府と提督だ」


 脳天を殴られたような感覚がする。

 戦闘の興奮で忘れていた頭痛がもどってきた。

 風と波の音がうるさい。

337 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/05/26(火) 01:41:12.13 ID:BDAVZMuL0


朝潮 「それと・・・私が司令官に似ていることに関係がありますか?」

提督 「大破艦はおとりに使う、上下関係をはっきりさせる、奇策妙策を迷いを持たせず実行させる」

提督 「能力の低い艦は使わない、轟沈があっても厳しい戦闘の見込まれる海域であろうと出撃を減らさない」

提督 「全部だ、全部深海棲艦を皆殺しにして国を、国民を守るためだ」

提督 「おれが間違っているか?」

朝潮 「っ・・・」


 正しいはずの大義名分が提督の手が触れるだけで汚いものに思えた。

 それでも言っていることはどこか正しく、朝潮にどす黒い感情が鬱積してゆく。


提督 「荒潮への指示を速くしろ」

朝潮 「・・・わかりました」

提督 「安心しろ、荒潮は沈まない」

朝潮 「何でですか?」


 提督はそれ以上何も言わない。

 大人の男である提督の手にさえ余る大きい軍用双眼鏡で敵艦隊を眺めている。

 荒潮に通信を行う。


朝潮 「荒潮」

荒潮 「・・・」

朝潮 「荒潮!」

荒潮 「なに〜?」

朝潮 「司令官が対潜対空戦闘を捨てて加賀さんを護衛するようにと」

荒潮 「了解〜」

朝潮 「気を付けて」

荒潮 「・・・」

朝潮 「荒潮?」

荒潮 「大丈夫よ、ふふ」


 波しぶきに洗われる衣服は荒潮の出血を隠してしまっていた。

 朝潮は荒潮の異常に気付かない。


提督 「加賀は目標を問わず積極的に航空攻撃を狙うように」

提督 「砲戦はセオリー通り護衛重巡以下から撃破、その後は旗艦を狙わせろ」

提督 「後、戦艦と重巡たちにはいい加減仕事しろと言っておけ」

朝潮 「了解しました」


 荒潮の異常より朝潮に今明確だったのは既に反転撤退する余裕がないということだった。

 敵はもう目前に迫っている。

 朝潮の頭痛はいつのまにか消えかけている。

 雑念を振り払い集中力を高めた朝潮には加賀の弓を引く音が聞こえるような気がした。



―――――
―――

338 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/05/26(火) 01:46:30.43 ID:BDAVZMuL0


提督 「敵艦隊は輪形陣で旗艦が空母ヲ級フラグシップ」

提督 「残りは、戦艦タ級フラグシップ1・重巡1・軽巡1・駆逐2」

朝潮 「司令官、敵の艦隊にいるタ級は・・・あのタ級でしょうか」

提督 「だからなんだ?作戦に変更はない」

提督 「お前は、いや・・・艦隊全員が旗艦を潰すことだけを考えればいい」

朝潮 「B勝利では駄目なのですか?」

提督 「くどい」

提督 「潜水艦で水遊びして喜ぶカスどもと一緒になれというのか?」

朝潮 「いえ・・・」

提督 「一番海域の安全に繋がるのは旗艦の撃破だ、おれはそれしか狙わない」


 戦闘に入れば、提督の悪意は全て深海棲艦に向けられる。

 そのせいか否か戦闘に近付き益々落ち着いてくる自分を朝潮は感じる。


朝潮 「加賀が航空戦を開始」


 パラパラと音がして、最初に戦闘機同士の制空権争いが始まる。

 ヲ級の周囲から湧き上がった奇形の戦闘機が加賀の戦闘機に襲い掛かる。

 エンジン音の独特な音が空中戦の熾烈さを表わすかのようにめまぐるしく変化する。

 三次元で狂ったような軌道を描き加減速を繰り返す戦闘機たちを加賀は冷静に操る。

 艤装の能力をただ爆発させる戦艦と違い空母系は繊細な同調や能力の使用が求められた。

339 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/05/26(火) 01:51:47.46 ID:BDAVZMuL0


 やがて双方に被弾し墜落する戦闘機が出る。

 墜落する戦闘機は不整脈を起こしたかのようにエンジン音を乱し

 火と黒煙を吹き落下し空中もしくは海面で炸裂してゆく。

 戦闘機による空中戦の間隙を狙い双方の攻撃機・爆撃機が飛び交う。

 それを狙い、おとりにし、空母同士の駆け引きは戦闘中絶え間なく続く。


 その中で加賀が撃墜した敵爆撃機が空中に大輪の花を咲かせた。

 大きさに息を呑む。

 その大きさは二戦目の敵軽空母が放った爆撃機のそれと比べ物にならない。


 ただ、二戦目の敵軽空母3隻から放たれた戦闘機より数が減ったそれを加賀は何とか抑えていた。

 対空戦闘を準備している陣形先頭の荒潮の元にさえ空母ヲ級の刃は届いていない。


 そんな中、制空権争いの激しい空域を加賀の爆撃機数機が抜け、敵駆逐艦直上を掠める。

 直後、その敵駆逐艦が炸裂し損傷から火を噴き連続した爆発音と叫びを上げつつ沈んだ。


朝潮 「敵輪形陣六時駆逐艦一、撃沈 」

提督 「艦隊最後尾の進路が予測しやすい艦から潰したか」

朝潮 「何か問題でも?」

提督 「いつもの加賀なら陣形の先頭から叩く」

提督 「陣形の先頭を叩けば敵も動揺するし、陣形の進路が制限されて追撃もし易い」

提督 「この鎮守府必勝のパターンだ」

朝潮 「それだけ航空戦が厳しいということでは」

提督 「そうだな・・・」

340 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/05/26(火) 01:55:42.17 ID:BDAVZMuL0

朝潮 「続いて砲撃始めます」

提督 「全艦に通信、敵艦隊とすれ違いから減速して急旋回、艦隊の進路を敵艦隊のけつに向けろ、と」

朝潮 「撃沈した敵駆逐艦の隙を狙うんですね」

提督 「それもある」

朝潮 「?」

提督 「ケツについたら航速を上げ出来る限り接近させる」

提督 「胸ぐらを掴み合って殴りあいだ」

朝潮 「え?」


 艦娘には実際の艦と違う点がいくつかある。

 その一つが、具現化や艤装による攻撃は全方向への全力の砲撃を可能としたという点だ。

 現実の艦の欠点である方向により稼動できる砲が増減し攻撃力が変わるという問題がない。

 ただ、それは深海棲艦も同じだった。

 つまり、実際の海戦のように横合いや背後から殴りつければ、一方が有利不利ということがない。

 一方が最大火力で攻撃を加えられる位置にいる時、相手もまた同様な状態にあった。


朝潮 「荒潮が護衛に失敗すれば同じく陣形先頭の加賀が危険です」

朝潮 「司令官が重視している加賀の航空攻撃ができなくなる可能性が高くなります」


 朝潮の艦隊は複縦陣を取っており、

 一列目が加賀・荒潮、二列目がビスマルク・朝潮、三列目がプリンツ・羽黒の二列縦隊となっている。

 既に戦闘が始まり陣形の変更が出来ない今、

 過度な接近が一列目の加賀と荒潮の二人を危険に晒すことは火を見るより明らかであった。

341 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/05/26(火) 01:58:51.81 ID:BDAVZMuL0


 提督を値踏みするような目で朝潮の目を覗く。


提督 「本音は荒潮の心配か」

提督 「お前の言ったとおり加賀が苦戦してる」

提督 「原因までわからなかったようだな」

朝潮 「制空権は取ることができているのに加賀が本来の動きをしていないように見えました」

提督 「殆ど正解だ、加賀の艦攻艦爆が攻撃態勢に入るのを敵戦闘機がうまく邪魔している」

提督 「二戦目に加賀の艦載機を減らしすぎたか・・・」

提督 「このまま加賀に頼るとジリ貧になる可能性さえある」

朝潮 「だから砲雷撃ですか」

提督 「そうだ」

提督 「さて、砲雷撃を当てるにはどうすればいい?」

朝潮 「それで接近ですね」

朝潮 「しかし、加賀が被弾して航空攻撃ができなくなってもいいのですか?」

提督 「その時はもっと近付けばいい」

朝潮 「そんな・・・」

提督 「悲観し過ぎだ、お前は」

提督 「言うほど悪いことにはならん」

朝潮 「何を根拠に・・・」ボソ


 聞こえないよう文句を言いつつ艦隊各員に作戦を伝達する。

 各艦娘の反応は予想以上に良かった。

 砲戦に入る直前の作戦変更に浮き足立つことはない。

 提督に期待されていると思ったビスマルクプリンツ羽黒は意気軒昂に了解と答えてくる。

342 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/05/26(火) 02:04:04.37 ID:BDAVZMuL0


 直後、一番射程の長いビスマルクが最初に海面を隆起させ主砲を具現化する。

 具現化した主砲を目標の品定めをするようにゆっくり回頭させると主砲側面を伝い海水が勢いよく零れ落ちる。

 同時に深海棲艦側も最長射程のタ級が砲身を妖しく光らせ砲撃準備を始めるのが見えた。


 先に砲撃をしたのはビスマルクだった。

 自慢の主砲が火を噴き渇いた発射音を戦場に響かせ、風や波の音を吹き飛ばす。

 発射後の砲塔は残っていた水気が発射の振動と熱で散り湯気を放っているように見えた。

 放たれた主砲弾は折からの天候に曲げられながら飛んでゆく。


提督 「まだ遠いか」


 提督が呟き砲弾から視線を外す。

 確かに砲弾はこれまでと同じく大きく曲がり見る艦娘たちをも絶望させた。

 次に砲撃を行うプリンツと羽黒がどこか迷いを持ったまま武装の具現化に入る。

 また外れるのか、気紛れな天候にため息を吐く。

 ただ、これまでと違ったのは。

 曲がりに曲げられたビスマルクの砲弾が意思を持っているかのように敵駆逐艦の一隻に命中したことだ。

 まだ静かな戦場を引き裂く炸裂音に各自作戦行動を行っている艦娘全員の視線が集まる。


朝潮 「敵陣形零時駆逐艦一隻、撃沈」

提督 「陣形先頭の駆逐艦か」

朝潮 「そうです」

提督 「見てみろ、あいつ」

提督 「これまで当てられなかったくせに、当たるのが当たり前かのように平然なふりしてるぞ」ク


 ビスマルクは驚きか喜びか顔色を変えないまま強く拳を握っていた。

 提督はそれを見て嘲笑か喜びか顔をゆがませる。


 駆逐艦ハ級は被弾したことに理解が追いつかないのか、黒煙を噴きつつ静かに波にのまれた。

 ほぼ同時に発射されたタ級の荒潮を狙った砲撃は外れて落ちる。

343 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/05/26(火) 02:07:04.07 ID:BDAVZMuL0


提督 「ビスマルクから弾着修正の情報を他艦に伝えさせろ、急げ」

朝潮 「はい!!」

提督 「この撃沈が艦隊全員の心に火をつける」

提督 「朝潮もわくわくするだろう?」

朝潮 「少し」

提督 「誰でも心が躍る」


 双方の重巡以下の砲撃戦が始まとうとしていた。


提督 「この撃沈の意味は大きい、なぜかわかるか?」

朝潮 「撃沈だけなら加賀もしてます・・・」

朝潮 「今日初めてまともに砲撃が当たったからですか?」

提督 「正解でいいだろ」

提督 「初弾、一番長く難しい距離を目標に当てた」

提督 「当てられることに対する希望だ」


 まだ射程に入らないプリンツオイゲンと羽黒が具現化した砲を並べ今か今かと砲撃開始を待つ。

 その中で、交わされるビスマルクとタ級の砲撃は、ビスマルクの精度の優位を更に露にした。


朝潮 「プリンツ、羽黒がビスマルクからの情報を元に射程に入り次第砲撃を開始」

提督 「陣形に二つも穴ができればたてなおしに距離を起きたがる」

提督 「敵艦隊は撃沈した先頭敵駆逐艦の左舷へ進路を取る」

提督 「そこに砲撃をばら撒け」

朝潮 「了解しました」


 全艦による本格的な砲撃戦が始まる。


 艦娘と深海棲艦、双方の砲が灰色の中空に大小の火を噴き上げ熱を帯びた鉄塊が発射される。

 砲弾は着弾し水を巻き上げ水柱を築きその水柱は風になぎ倒され散る。

 少しずつ砲撃が増え砲の渇いた音と水の塗れた音が交差し徐々に大気に満ちる。

 やがて音を肌で感じられるほどに空気の響きが飽和する。



―――――
―――

344 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/05/26(火) 02:08:57.60 ID:BDAVZMuL0


 激しい砲撃戦の中、背後に迫る艦娘たちの艦隊を振り切ろうとする深海棲艦の艦隊は蛇行する。


提督 「こちらも蛇行する」

朝潮 「?追うのなら当然蛇行になりますよね」

提督 「そういうことじゃない、蛇行する敵艦隊を蛇行しながら追うということだ」

朝潮 「それでは移動距離が伸びて敵艦隊に接近するのが難しくなるのでは?」

提督 「進路の予測し易い最短距離を追撃して蜂の巣になりたいのか?」

提督 「軽くなったら航速も上りそうだな、やってみるか?」

朝潮 「・・・」

提督 「黙るな、聞こえてるかわからん」

朝潮 「はい」

提督 「お前はおれの指示通り進路を艦隊に伝えればいい」

提督 「安心しろ、想像すればわかるがお互い蛇行すれば嫌でも交差する」


 提督の言葉通り航跡は絡み合う蛇のように錯綜した。

 航跡が交差する場所は特に多くの水柱の跡ができ上空からは火花が飛んでいるかのように見える。

 砲撃戦が始まり飛ぶ高度を上げたウミネコからはさぞ綺麗に見えたことだろう。

345 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/05/26(火) 02:12:06.43 ID:BDAVZMuL0


 交差において何度も危険な近距離砲撃戦が起こるも深海棲艦を仕留めるまで行かない。

 深海棲艦は輪形陣の先頭としんがりの二隻が撃沈されても動揺はなく。

 喪失した艦の隙に残存護衛艦を配し巧みに艦隊行動を続ける。


提督 「荒潮が先ほどから先行し過ぎだ」

朝潮 「はい」

提督 「こちらの方が至近弾を加えているからと言って焦らないように伝えろ」

朝潮 「伝えます」


 艦娘の戦闘可能時間は限られている。

 深海棲艦の艦隊群にいる他艦隊が救援に来るまでに退却を完了させねばならないからだ。


 それを知っているかのように敵は逃げに専念した。

 提督の近距離砲撃戦を狙った過度の追撃はその深海棲艦が最も嫌がることであった。


 だからこそ、深海棲艦は足止めを狙い追撃する艦娘の進路を中心とした砲撃が増え。

 皮肉にも陣形先頭の加賀と荒潮、当然他艦娘への直接攻撃の手数が確実に減っていた。

 これも提督の狙い通りか。


提督 「荒潮が今度は下がりすぎだ、二列目にぶつかるぞ」

朝潮 「そうですね・・・」

提督 「おとりになれとは言ったが敵砲撃の散布界に二隻入れるまでサービスする必要はない」

提督 「荒潮を執拗に狙っているのがタ級だから臆すのは多少仕方ないがな」

朝潮 「伝えます」


 初撃から荒潮はずっとタ級に付け狙われている。

 少しずつ射撃誤差を修正したタ級の砲撃は至近弾となって絶えず荒潮を襲っていた。

346 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/05/26(火) 02:19:05.00 ID:BDAVZMuL0


提督 「それにしても、旗艦のヲ級はいい仕事をする、艦隊の航路・陣形の配置・喪失艦の補填」

提督 「手堅い戦法をノンタイムで打ってくる」

提督 「お前が大きくなったらあんな感じになりそうだ」


 そう言うと、艦娘に目標の指示のみして戦況を見ているだけだった提督が動く。


提督 「相手にそろそろ慣れも出てくる、時間もないし本格的に狩るか」

朝潮 「?」

提督 「ここからの指示は機械的に全艦娘に伝えろ、迅速に寸分違わずな」

朝潮 「了解しました」

提督 「さて・・・残り四隻、空母ヲ級・戦艦タ級・重巡リ級・軽巡ト級か」

提督 「中央の旗艦ヲ級を守る形で前方タ級で後方はリ級とト級が配されてる」

提督 「輪形陣をよく理解している」

提督 「こちらも向こうも小中破ばかりで決定打を出せていない」

提督 「朝潮ならどうする?」

朝潮 「まさか・・・もっと距離を詰めるお積もりですか!?」

提督 「それを敵が許すと思っているのか」

朝潮 「すいません」

提督 「謝るな、意味がない」

提督 「着眼点がずれてる」

提督 「何で敵が砲撃を避けることができていると思う?」

朝潮 「???」

提督 「こちらの戦法が読まれている」

提督 「ビスマルクは頑なに本体狙い、プリンツはビスマルクと合わせて同目標を斉射」

提督 「残った羽黒は補助と威嚇だけ、と砲撃主力三艦の動きが今こうなってる」

提督 「一隻ずつ潰すには悪くない戦法だ」

朝潮 「はい」

提督 「大方敵は寸前の弾着でおれたちの砲撃のずれを確認」

提督 「それに加えてビスマルクの操艦と砲塔の向きだけに注目して砲撃を避ければ」

提督 「続く二艦の砲撃も外れるという寸法」

朝潮 「そんな馬鹿な」

提督 「あぁ、普通ならわかってても避けられん」

提督 「ただ、ここは小中破から轟沈させる深海棲艦がいる元より異常な海域だ」

提督 「これくらい驚くことじゃない」

提督 「そのままビスマルクは好きにやらせておけ」

提督 「プリンツと羽黒を敵の予想回避進路に砲撃させる」

提督 「通用するのは一回のみ、タイミングは指示する」

朝潮 「了解しました」

347 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/05/26(火) 02:22:53.06 ID:BDAVZMuL0


 提督の指示の下、敵艦隊の進路を制限するために砲撃での牽制が行われる。

 敵に気付かれないように、平静を装い重巡のプリンツと羽黒が敵艦隊に最大限接近するのを見計らう。


提督 「次のビスマルクの砲撃に合わせて・・・やる」

朝潮 「はい」


 深海棲艦の動きのくせ、ビスマルクの射撃誤差から敵の回避進路を予想する。


提督 「目標軽巡ト級、三時方向50−100mに砲撃をばら撒け」

朝潮 「了解しました」


 プリンツと羽黒に通信した時、何も知らないビスマルクの砲撃が盛大に外れた。

 それを回避した軽巡ト級にプリンツと羽黒二隻の砲撃がスコールのように降り注ぐ。

 林立する水柱とそれが崩れる滝のような水音に紛れ低い爆音が響く。


朝潮 「敵は?!」

提督 「無事でないことは確かだ」

提督 「次、ビスマルクとプリンツに重巡リ級、十時方向50−100mに砲撃」

提督 「護衛艦も減った、羽黒には単独で旗艦を狙わせろ」

朝潮 「はっはい!!」


 重巡リ級は未だ霧のたつ軽巡ト級の被弾地点へ提督の予想通り舵を取った。

 そして、待ち構えるビスマルクの砲撃に当たりに行く形で轟沈。

 加速していた船体は黒い泡を吹きながら潜水艦が潜航するように沈んで行った。

 重巡リ級の向かう筈だった進路の先、霧の晴れた後には軽巡ト級の残骸しか浮いていなかった。


朝潮 「重巡リ級と軽巡ト級の撃沈を確認」

提督 「重畳重畳、後二隻か」


 敵戦力は空母ヲ級フラグシップと戦艦タ級フラグシップの二隻のみとなった。

348 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/05/26(火) 02:24:44.14 ID:BDAVZMuL0


朝潮 「提督、二隻目の重巡リ級の進路は何でわかったのでしょうか」

提督 「敵旗艦のヲ級は慎重で手堅い戦法を取ってる、お前のようにな」

提督 「抜けた軽巡ト級の穴に重巡リ級を向かわせるのはわかっていた」

朝潮 「なるほど、なら・・・」

提督 「次はタ級か?無駄だ」

提督 「こんなの一回しか通用しない」


 提督が視線をやる先にいるタ級は先ほどの二の舞にならないよう、

 陣形の先頭から慎重に航路を取り艦娘達の艦隊と敵艦隊の間に移動していた。


 この出撃の最終決戦が始まろうとしている。

 今や最高潮に達していた砲撃音の飽和は収まり始めていた。

 しかし、減少した砲撃の一発一発が持つ殺意は未だ衰えないどころか増しつつ飛び交っている。

 砲撃音にかき消されていた戦闘機の音、波の音、風の音がもどってくる。

349 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/05/26(火) 02:29:53.76 ID:BDAVZMuL0


提督 「このタ級はフラグシップのくせにポンコツだな」

提督 「目ぼしい戦力は旗艦のヲ級のみか」

提督 「無視しても構わんが一応羽黒にタ級を狙わせろ」

朝潮 「はい」


 馬鹿の一つ覚えにただただ荒潮を狙ったタ級の砲撃は一発も命中していなかった。


提督 「ビスマルクとプリンツは旗艦目標で一斉射、砲撃は二人に任せる」

提督 「ヲ級を釘付けにしろ」

提督 「砲撃が当たればよし、当たらなくてもいい」

提督 「回避行動で空母ヲ級の発艦が難しくなればとどめは加賀が刺す」

提督 「すぐ伝えろ」

朝潮 「了解しました」


 全員に通信すると荒潮からのみ返答がない。

 荒潮を見るとタ級からの砲撃をふらつきながら避けていた。


提督 「どうした?」

朝潮 「荒潮から返答が」

提督 「捨て置け、どうせ残った二隻には駆逐艦じゃお話にならん」

朝潮 「司令官、タ級は何でこんなに執拗に荒潮を狙うのでしょうか?」

提督 「こんな時に何だ」


 提督は砲撃を避ける旗艦ヲ級を舐めるように観察していた。


提督 「荒潮?護衛の駆逐艦からやるのは敵でも同じだ」

朝潮 「それは荒潮に庇われて加賀への攻撃が減衰させられるから、ですよね?」

提督 「そうだ」

朝潮 「荒潮はあんなに元からぼろぼろなんですよ」

朝潮 「加賀に直接攻撃しても今の荒潮ならさっきのように庇いに行けません」

提督 「ん・・・」


 違和感を覚えたのか提督がタ級と荒潮に顔を向ける。

 ぼろぼろの荒潮が避ける姿は余りにも痛々しかった。

 足はひざ下まで沈み底なし沼にもがく鹿のようだ。

350 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/05/26(火) 02:35:12.17 ID:BDAVZMuL0


提督 「タ級が砲撃が当てられなくてやけになっているんじゃないのか?」

提督 「おれたちの艦隊も当たるようになったのはこの戦闘からだ、おかしくない」

朝潮 「それであんなに正確に至近弾を加えることができますか?」


 タ級は羽黒の砲撃を避けながら同じ距離を刻み至近弾を荒潮に加え続けている。

 ダメージがあるかないかという距離で、正確に。


提督 「荒潮をもてあそんでいると言いたいのか」


 タ級の様子は捉えて弱った獲物を逃がしては捕まえてを繰り返して遊ぶ猫かのようだった。

 朝潮にはタ級が笑っているように見えた。

 提督に悪意を向けられた時の比じゃない悪寒がする。


朝潮 「こんな・・・酷い、このままじゃ」


 制服の損傷、全身の傷、半ば沈みかけた足、全てが荒潮が大破し轟沈しかけていることを表している。

 轟沈の二文字が、風呂場で聞いた荒潮のエコーの聞いた声が、頭を走る。

 恐怖に飲まれ、同調を乱し、轟沈していく。この鎮守府の話が。


提督 「落ち着け!!!」


 目を白黒させる朝潮に叫ぶ提督の額にはこの風と寒気の中にも汗が光っている。

 朝潮は考えるより先に体が荒潮のもとへ前へ出そうになる。


加賀 「待ちなさい」


 突如、加賀から通信が入る。



―――――
―――

351 : ◆oUFoaE/FvU [saga sage]:2015/05/26(火) 02:36:56.45 ID:BDAVZMuL0
今回分投下終了です。
ご読了まことにありがとうございました。
352 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/05/26(火) 02:38:46.58 ID:NnsSYUDUo
おつ
353 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/05/26(火) 11:24:53.62 ID:Fs99aCll0


面白い
でも
ターン制限や撃沈基準みたいなゲーム設定にあまり拘る必要ないんじゃないかな

と、感じた
354 : ◆oUFoaE/FvU [saga sage]:2015/05/26(火) 21:43:31.03 ID:BDAVZMuL0
>>332
お米ありがとうございます。
お待ちになってくれる人がいるなんて本当に申し訳ないやら有難いやら。
今後も宜しくお願い申し上げます。

>>352
お米ありがとうございます。
投下中に気付くことが多く、訂正や書き直しをすると投下に時間かかってしまいます。

>>353
お米ありがとうございます。お褒めに預かり光栄です。
ご指摘の件、私の作意を酌んでいただけているようで嬉しく感じています。
ゲーム設定に近くしているのは世界観をわかりやすくするためという側面が強いです。
強いですと言ったのは、自身の貧弱な文章力でリアル海戦をしたり世界観の説明を始めたり変な展開を描ききれるか不安だったのが多少。
このssは最後まで骨子が決まっているので、次書くことがあれば冒険する勇気を持とうと思います。
355 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/06/12(金) 00:03:16.79 ID:bZUksX6GO
356 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/03(金) 23:51:42.29 ID:hV+1f+SUO
まだでちか?
357 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/25(土) 19:35:31.79 ID:cPvBzLBYo
更新ないなぁ
358 : ◆oUFoaE/FvU [sage]:2015/08/05(水) 02:35:06.56 ID:Pa0jCIyL0
>>355
しゅ

>>356
まだ大丈夫でち

>>357
お待たせ致しました。
今後ともよろしくご愛読のほどお願い申し上げます。

投下再開します。
359 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/05(水) 02:37:48.47 ID:Pa0jCIyL0


朝潮 (戦闘前に荒潮の損傷を確認した時は間違いなく中破だった筈)

朝潮 (けど、今は・・・)


 朝潮は昨日のことを思い出していた。

 大破し意識を失った荒潮に肩を貸し指揮作戦艇へ運んだことを。


朝潮 (あの時みたいに大破から時間が経って同調が切れかけてる?)

朝潮 (荒潮・・・)


 朝潮は砲艤装を持つ右手を固く握り構える。

 加賀の通信で、飛び出す寸前だった朝潮はその場に踏みとどまっていた。

 提督は予期した朝潮の暴走が止まったことに疑問を感じるのもつかの間、

 加賀が勝手に動き出したことに気付いた。


提督 「どうなってる!?」

朝潮 「加賀が・・・荒潮が異常だから援護に行くと」

提督 「ぁあ!?どういうことだ!!」

朝潮 「荒潮に一番近い加賀が荒潮を救出、即時反転撤退します」

提督 「加賀自身でか!?」

360 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/05(水) 02:42:06.81 ID:9OfjiKAAo
間に合ったか良かった
ここの掲示板は作者の書き込みが二ヶ月無い時点で落とされるから気をつけろよ
投下する文章が書き上がってなくても定期的に生存報告を書き込む事を推奨する
361 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/05(水) 02:42:16.22 ID:Pa0jCIyL0

 勝手に動いているのは加賀だけではない。

 加賀は可能全艦に提督の命令を無視しヲ級の集中攻撃を命じていた。


 加えて艦隊運動においても、艦隊の前進を止め陣形の変更を指示。

 複縦陣の右列(先頭から荒潮・朝潮・羽黒)の前方、

 敵との間に割り込むように加賀を除く左列(先頭から加賀・ビスマルク・プリンツ)の前進を指示していた。

 命令に基づき、ビスマルク・プリンツが速やかに砲を旗艦のヲ級に向け斉射しつつ前進する。


 ここに荒潮救出作戦が始まった。


 呼応するように敵艦隊も前進を止め、

 荒潮への攻撃しかしていなかったタ級が初めて動き、艦娘達とヲ級の間に立ちふさがる。


 お互いの艦隊は陣形を変えつつ危険な距離を保って静止した。

 艦娘達の顔には緊張がみなぎっている。

 対するタ級の顔に動揺は一切感じられない。

 他の同個体のような無表情でない意味不明な微笑を保ったままであった。


提督 「この作戦が成功すると思っているのか?」

提督 「止めるよう加賀を説得しろ、朝潮」

朝潮 「荒潮を見捨てろと言うんですか?」

提督 「馬鹿馬鹿しい」

提督 「荒潮は沈まん」

朝潮 「???」

朝潮 (何を・・・)


 提督は戦場で根拠のないことを言わない人間だった。


朝潮 (止めさせるための嘘か・・・)


 朝潮の脳はその時そう処理していた。

362 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/05(水) 02:44:30.08 ID:Pa0jCIyL0

 はっとして、加賀に視線を戻し対空戦闘の準備にもどる。

 加賀の援護が、それだけがこの場の朝潮にできることだった。


 加賀は機関銃のように目にも取らぬ速度で矢を放っていた。

 そこに弓道の型は存在しない。

 艦娘たる人外の能力を遺憾なく発揮した連射が行われる。

 弦に弾き出された矢が加速し切った瞬間に輝き、艦載機を具現化し次々と飛んでゆく。

 最後に加賀は矢筒の淵をなで矢がないことを確認し、荒潮に向け飛び出した。


 タ級の砲が狙うのは走る加賀か沈みかける荒潮か。

 艦娘からの砲撃に晒されているのにも関わらず、

 タ級は子供がお菓子を選ぶ時のように上気した顔で加賀と荒潮の間で砲を揺らしていた。

 時間は刻々と進む。


提督 「今ならまだ遅くない、戻るように言え」

朝潮 「もう止められません」

朝潮 「それに司令官は沈まないと言いますけど、荒潮の様子が見えないんですか?!」


 あれからタ級の砲撃が止んでいるにも拘らず、

 波濤に上下する荒潮の四つん這いに突っ張った手足は刻一刻と海に取り込まれていた。

363 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/05(水) 02:48:05.66 ID:Pa0jCIyL0

提督 「轟沈はしない」

提督 「荒潮には轟沈の兆候がない」

朝潮 「兆候?」

提督 「今は説明する暇がない」

提督 「そもそも救出作戦自体が無茶だと言っている」

提督 「艦隊全員が危険に晒されるぞ」

朝潮 「どういうことですか?」

提督 「すぐわかる」


 タ級はその標的を加賀としたようだ。

 走る加賀をタ級の大口径砲が襲う。


提督 「忠告も・・・もう手遅れか」


 提督は舌打ちをする。


提督 「すぐだ、すぐ後悔することになる」


 朝潮は提督の言葉を無視し、

 加賀の進路を邪魔する敵艦載機に艤装による対空射撃を加える。

364 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/05(水) 02:50:26.79 ID:Pa0jCIyL0

 ビスマルク・プリンツ・羽黒は集中砲火を続けていた。

 砲弾達がホースでまかれた水のようにヲ級とタ級に襲い掛かり、

 その周囲に水柱が数え切れないほどそそり立つ。

 砲に掻き混ぜられたヲ級とタ級の周囲の海面だけが、

 他の波打つ海面と全く別の生き物のようにうごめいていた。


 ヲ級とタ級はその不安定な足場で、

 踊るように艦娘の砲撃をあるいは避けあるいは防御壁で弾きつつ加賀を攻撃していた。

 堅牢なタ級の防御壁の側面は、弾かれた艦娘の砲弾が走り綺麗な火花をいくつも散らしていた。


朝潮 「何でこれだけの攻撃を・・・」


 歯軋りする朝潮へ戦況を覚めた目で見ていた提督が言葉を発す。


提督 「おれたちの砲はここまでの砲撃で加熱され精度が落ちてる」

提督 「あちらは二隻になり、艦隊という己を守るだけでなく縛っていた鎖が解かれた」

提督 「そうやってただでさえ当たらないのにあれだけの防御壁」

提督 「砲弾が芯から当たっても抜くことができるか」

提督 「まぁ、当たっていないのは加賀も同じか」


 敵の砲撃と艦攻の雷撃による線、艦爆による点の飽和攻撃を、

 加賀はほぼ最短距離を最小の挙動で避けながら進んでいた。

 敵の攻撃がぬるい訳ではない。

 水柱の高さは艦娘による砲撃のそれ以上の高さで上っており、

 全ての攻撃が致命傷を狙って加賀予想進路の正中線に正確にばらまかれていた。

365 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/05(水) 02:53:00.52 ID:Pa0jCIyL0

朝潮 「凄い・・・どうやって」

提督 「敵の位置、砲や艦載機の向きや動き、視線や構えからの情報」

提督 「それだけでなく、戦艦空母は偵察機や艦載機の視界も二次視覚的に把握できる」

提督 「ここまでは常識だし、朝潮も知っているだろ」

朝潮 「はい」

提督 「加賀はそれに加えて深海棲艦の同調状態がわかる」

朝潮 「同調がわかる?」

提督 「敵の艤装による行動の予兆を掴む事ができるという意味だ」

提督 「加賀が逃げに専念すれば、そう当たらん」

朝潮 「そうなんですか」

提督 「攻撃に使えば相手の進路を先読みすること」

提督 「戦闘中で一番隙ができる相手の攻撃に合わせてこちらが仕掛けることも可能だ」

提督 「これが加賀の能力だ」

提督 「驚いたか?」


 提督は戦いを忘れたかのように満足した顔で語る。

 実際、演習に飽き足らず自鎮守府の艦娘同士を戦わせる提督から言わせても、加賀は異質の存在だった。

 一般的に強いと言われる艦娘よりも頭一つ以上飛びぬけて強かった。

 何より、この異能を持っているのが、

 提督の広く知っている艦娘たちの中で加賀のみだったことが大きい。

 だからこそ次に朝潮から出る言葉は提督を驚かせた。

366 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/05(水) 02:56:36.71 ID:Pa0jCIyL0

朝潮 「私も集中すれば少し感じることがありますけど、避けられるまでは・・・」

提督 「何?」


 提督の間の抜けた言葉に、朝潮は対空射撃をしつつ横目で提督を見る。

 提督はいぶかしむような目で朝潮を見ていた。


朝潮 「いえ、今の敵みたいな強い深海棲艦の攻撃だけなら・・・ですけど」

朝潮 「艦隊同士が接近しているからかもしれません」

提督 「・・・敵の艦載機の攻撃に合わせて対空射撃を加えてみろ」

朝潮 「はい?」

提督 「やってみろ」

朝潮 「いえ、だから私は集中しないと難しいので、時間がかかります」

朝潮 「それより多く撃って敵を牽制する方が・・・」

提督 「かすりもしない対空射撃に牽制の意味があるのか?」


 事実、朝潮はヲ級の艦載機の動きに翻弄され有効な射撃が一回もできていなかった。


提督 「やらないなら、これから一切の対空射撃は加賀の進路に合わせようとするな」

朝潮 「何故ですか?」

提督 「当たらないまま撃ち続ければ、加賀の進路情報を相手に与えるだけだ」

朝潮 「それは・・・」


 ビスマルクの砲撃が軽々避け続けられていた情景が朝潮の脳裏に浮かぶ。

 あの時、確かにヲ級はビスマルクからの何らかの情報を持って避けていた。

 運よく全弾避けることなどできないのだから。

 提督の言うことは正しい。

367 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/05(水) 02:58:40.49 ID:Pa0jCIyL0

提督 「おれの言ってることに間違いがあるか?」

提督 「どうせ負ける戦闘だ・・・が」

提督 「当たらないなら当たらないなりに悪あがきしてみろ」

提督 「一発だ・・・敵艦載機の攻撃に合わせて撃て」

朝潮 「・・・はい」


 対潜装備しか積んでいない朝潮は、原寸に近い巨大な砲を具現化できない。

 腕に付いた貧相な艤装の攻撃では、残った戦艦タ級と空母ヲ級にダメージは期待できなかった。


 それでも、艦載機なら。

 しかし、ヲ級に巧みに操られる奇形の艦載機にはこれまでかすってもいない。


朝潮 (どうせ当たらないなら・・・か)


 今も提督がこの作戦に賛同しているとは思っていない。

 それでも、荒潮を助けるためなら何でもできたし、提督の指揮に置ける有能さだけは信じることができた。


 ヲ級とタ級の攻撃は、加賀を殺すだけでなく荒潮に近付かせないようにばら撒かれていた。

 朝潮の対空射撃が当たっていれば、もう加賀は荒潮に手が届いていたかもしれない。


朝潮 (当てる、荒潮のために・・・)

368 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/05(水) 03:02:53.66 ID:Pa0jCIyL0

 攻撃軌道はどのような艦載機も一定の軌道をたどる。

 艦爆なら急降下、艦攻なら低空侵攻、と、

 艦載機自体や武装の特性から攻撃軌道が制限されるからだ。


朝潮 (狙うなら機種は比較的攻撃軌道が読み易い艦攻、けど・・・)


 深海棲艦は異様な形だけでなくかなりの速度で動き回っており、

 それら敵艦載機ををはっきり判別するのは難しかった。


朝潮 (時間がない、敵艦載機の中でも機数の多い機種に絞って攻撃軌道を覚えるしかない)

朝潮 (そうすれば狙える目標も増える)


 朝潮のこの判断が功を奏す。

 今、ヲ級が加賀を攻撃するのに一番多く用いているのは、幸運にも艦上攻撃機であった。


 これは手堅い戦略を取るヲ級が、

 全力で制空権争いをしていた先ほどまで、艦上爆撃機を中心とした編成で攻撃を行い、

 正に今まで攻撃軌道が読みやすく落とされやすい艦攻を温存していたためであった。


 狙った一機の攻撃までの飛行ルートを、全力で朝潮は目に焼き付ける。

 敵艦載機は水面すれすれを低空侵攻した。


朝潮 (よし!!!艦攻!!!)

369 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/05(水) 03:04:56.06 ID:Pa0jCIyL0

 すぐさま朝潮は同じ機種を目標として狙いを定め、右手の艤装に力を込める。


朝潮 「落ちてッ!!!」


 敵が攻撃する寸前の気配を頼りに裂帛の気合と共に砲撃を行う。

 気紛れな風と大口径主砲の轟音渦巻く戦場に小さい発砲音はかき消される。


 小さな砲弾は誰にも注目されず静かに飛翔した。

 その砲弾の進路に敵艦載機は吸い込まれるように飛び込む。

 敵艦載機はガンと高い音を立てると上下に回転しながら爆弾を抱いたまま炸裂した。

 空中で不自然に赤々と爆発した敵艦載機は戦場で一際目立った。

 加賀の瞳が燃え熱風が脇をすり抜ける。


朝潮 「やった・・・やりました司令官!!!」

提督 「見ればわかる、喋る暇があれば牽制を混ぜながら続けろ」


 ヲ級が朝潮を細目で見つめていた。

 同じように提督も朝潮を見ていた。


提督 「続けながら聞け」

朝潮 「はい?」

提督 「朝潮、お前、荒潮の同調状態がわかるか?」



―――――
―――

370 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/05(水) 03:08:44.45 ID:Pa0jCIyL0


加賀 「立ちなさいっ」


 加賀がうつ伏せで沈みかける荒潮の片手を乱暴に掴み引き上げる。

 だらんとした荒潮の体を血と汗と海水が伝った。


 朝潮の援護もあって、加賀は攻撃を避けつつ遠回りしながら荒潮の元にたどり着いていた。


 その時、加賀の死角からタ級の砲弾が二人を襲う。

 加賀は荒潮をかき寄せ、素早く後方へ飛びそれを何とかかわす。


加賀 (荒潮はさながら目標ブイか)

荒潮 「なんで??」

加賀 「危ないなら私の後ろに来なさいと言ったわよね」

荒潮 「すいま・・せん」


 荒潮は加賀の中で両手を握り静かに震えている。

 傷が治癒せず血が流れ続けたせいか健康的だった肌は青白く。

 精神的にも、長く恐怖に晒された影響か、意識を保つのさえぎりぎりな様子が見て取れた。

 声に力はなく、目がにごっている。


加賀 「頑張ったわね」

荒潮 「はい・・・」

加賀 「逃げるわよ」


 加賀は撤退するタイミングを見計らう。

 ヲ級とタ級は、その様子を静観しながら何か話すような素振りをしている。

371 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/05(水) 03:11:42.37 ID:Pa0jCIyL0

提督 「終わりだ」


 提督が煙草に火を付け呟く。


朝潮 「もう撤退するだけではないでしょうか?」


 あれから朝潮は数機の敵艦載機を落としていた。


提督 「時間がかかり過ぎたんだよ」

朝潮 「後は先ほどのように加賀が荒潮を抱えて避けながら逃げるだけですよね?」

提督 「空を見ろ」


 提督が指差す空は先ほどより不気味に静かになっていた。


朝潮 「あ・・・」

提督 「今、最後の一機が落ちた」


 一本の矢がくるくるときりもみしながら静かに水面に着水した。

 大気には敵艦載機の唸り声だけが舞っていた。

372 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/05(水) 03:15:34.89 ID:Pa0jCIyL0

提督 「具現化した矢は一定時間しか飛べない」

提督 「それが切れればあぁなる」

朝潮 「え・・・」

提督 「加賀には弓を構え矢を番える余裕も着艦させる余裕もなかった」

提督 「あれだけの攻撃を避けながら全速で移動していればできるわけがない」

提督 「こうなるのはわかっていた」

朝潮 「それでも・・・艦載機の二次視覚がなくなっても加賀なら・・・」

提督 「現実を見ろ」

朝潮 「・・・」

提督 「お前は敵の艦載機を見るので精一杯だったようだがなぁ」

提督 「加賀は避けながら自分の戦闘機で命中ルートの敵艦載機だけは落としていた」

朝潮 「では・・・」

提督 「これからは敵の攻撃が当たる、それも加賀にだけじゃない」

提督 「我が物顔に飛び交う敵艦載機に四方八方から蹂躙される」

提督 「当然こちらの攻撃は観測機を落とされ命中しない」

提督 「ふふ、いつも深海棲艦に沈み方を教えてやれと激励する側がこうなるとはな」

朝潮 「・・・」

提督 「笑えよ、お前が招いた事態だ」


 提督は涼しい顔で話す。

 それは諦めか、何なのか。

373 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/05(水) 03:18:42.43 ID:Pa0jCIyL0

朝潮 「どうすれば・・・」

提督 「それをおれに聞くのかぁ?」

提督 「ヲ級とタ級に命乞いでもしたらどうだ」クク

朝潮 「っ・・・」


 苦笑した顔から一変、表情を冷たくした提督は、

 もう何度もしてきたかのように機械的な言葉で言い放つ。


提督 「幕を引くのだけは手伝ってやる」

提督 「逃げる準備をしろ」

提督 「それと・・・ないと思うが荒潮が万が一の時の覚悟をしておけ」

提督 「轟沈したくなかったらな」

朝潮 「・・・」


 朝潮は提督の言っている意味がわかった。

 仲間の轟沈で同調を崩せばお前も死ぬぞ、と言っているということが。

374 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/05(水) 03:21:06.18 ID:Pa0jCIyL0

 朝潮の前方で加賀は深海棲艦最後の猛攻に備え身構えていた。

 頼れるのは自身の感覚のみになった今、

 攻撃寸前の深海棲艦特有のどす黒い同調の高まりを逃さないよう集中し神経を張り詰める。

 周囲をハゲワシのように旋回する敵艦載機の一機一機の動きを加賀は掴んでいた。

 加賀は諦めていない。


加賀 (どう来る?!)

荒潮 「無理なら私を・・・」

加賀 「轟沈するのは許さないわ」

荒潮 「提督が指示したんですか」

加賀 「・・・えぇ、朝潮が頼み込んでね」

荒潮 「朝潮ちゃん・・・」


 友人の名前を聞き目に涙をためる荒潮は年相応の少女でしかなかった。

 加賀は未だ震えが止まらない小さい荒潮を強く抱きしめた。


加賀 「一緒に逃げるの」

加賀 「朝潮が待ってるから絶対に諦めないで、同調を保ちなさい」

荒潮 「はい・・・」


 加賀の初めて聞く優しい声と体温に慰められ、荒潮は顔を加賀に押し付け涙を隠す。

375 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/05(水) 03:22:29.69 ID:Pa0jCIyL0

 加賀はその時、水柱の林にいるタ級の砲撃を見逃していた。

 油断していたからではない。

 過剰な砲撃でできた水柱により、見えた者は艦隊にもいなかった。

 ただ、その瞬間にあの加賀が何ゆえ気付かなかったのか。


加賀 「!!」


 直後、加賀は背後で敵艦載機の攻撃の予兆を捉え、後ろを向く。

 視界に入った敵艦載機は朝潮の対空射撃を避けながら抱えている魚雷を投下した。

 魚雷進路を見極めようと着水する魚雷を注視する。


加賀 (何で一発、しかも十分に避けられる遠い位置に・・・)


 その時、加賀の背中を不意に鈍い痛みが襲った。


ドン


加賀 「くぅっ・・・(どこから?!)」

荒潮 「きゃっ」


 衝撃に加賀が荒潮を抱えたまま水面を勢いよく転がる。

 タ級の砲弾は加賀の防御壁でかなり威力が弱められていた。

 それでも、加賀の背中に直撃したそれには加賀を弾き飛ばすくらいの威力は残っていた。

376 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/05(水) 03:27:57.28 ID:Pa0jCIyL0

 加賀が海面を転がるのを何とか踏みとどまろうとするも、

 折からの高波に体が跳ねすぐ止まることができない。

 踏み止まり体を起こせた時には敵艦載機の魚雷は直前まで来ていた。

 雷跡の先端にある魚雷から出る異様な気配に加賀の感覚は明らかな危険信号を発していた。


加賀 (当たったら不味い)


 瞬間、加賀は荒潮を突き飛ばした。


加賀 (荒潮だけでもっ)

加賀 「離れてなさい!!」

荒潮 「きゃっ」


 大破で同調が切れかけた荒潮は加賀と違い水面に半ば沈みながら転がった。

 そのため、波に捕まった荒潮は殆ど加賀から離れられずに止まる。


加賀 (しまっ・・・


 ヲ級の雷撃は加賀に直撃した。

 爆発が荒潮をも襲う。


朝潮 「荒潮ー!!!!!」


 強烈な爆発音が海上にこだました。



―――――
―――


377 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/05(水) 03:31:24.37 ID:Pa0jCIyL0



 爆発により生じた熱線が距離のある朝潮の皮膚をヒリヒリと焼いた。

 黒煙の渦巻く爆心地から加賀が弾き飛ばされ出てくる。


朝潮 「加賀、大破!荒潮は・・・?」


 荒潮は未だ爆煙に包まれたまま確認できない。

 黒煙は根元である海面付近がゆらゆらと輝いている。

 その輝きから新たな煙をぼこぼこと沸き立たせながら、黒煙は風をものともせず灰色の空に聳え立つ。


提督 「・・・荒潮は爆発に弾き飛ばされなかったな?」

朝潮 「今も・・・煙の中です」

提督 「同調が残っていれば防御壁があるなら、攻撃を受ければ弾き飛ばされる」

朝潮 「何が言いたいんですか?!」

朝潮 「荒潮は轟沈しないんじゃなかったんですか?!」

提督 「・・・」


 朝潮は提督のいる指揮作戦艇に詰め寄る。

 睨みつけた提督の冷たい目は朝潮の視線を跳ね返した。

 朝潮に焦燥感だけが募っていく。

378 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/05(水) 03:34:50.38 ID:Pa0jCIyL0

 その時、一陣の強風が朝潮達の海域を吹き抜け、朝潮の長い黒髪をなびかせた。

 上空の敵艦載機と指揮作戦艇を中心に旋回していたかもめ達がふわりと上下し揺れる。

 荒潮を包んでいた黒煙が吹き散り、そこに皆の視線が集まった。

 戦場が静止した。


提督 「戦争とはよく言ったものだ」

提督 「交戦規定も何もないこの深海棲艦との闘争を」

提督 「降伏も許されず・・簡単に死ぬことも許されない」


 冷静に語る提督をよそに朝潮は声が出ない。


 石に潰された蛙のように艤装に潰され荒潮はうつ伏せにされ、

 その背中でぼろぼろの艤装が重油の血を流し黒煙を噴き燃えている。

 火の海に浮かぶ荒潮のほぼ焼け落ちた制服は体中に刻まれた無残な傷をあらわにさせていた。

 そこから覗く皮膚は炎に炙られ火傷でぷつぷつと泡立って爆ぜ黒ずんで行っていた。

 荒潮は残る力を振り絞り立とうとしていた。

 海面に突いた手は海面を突き抜け、それでも何度も何度も手で燃える海面をかき荒潮はあがいていた。

379 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/05(水) 03:36:55.83 ID:Pa0jCIyL0

 提督がぼそりと呟く。


提督 「沈ませてやれ、お前が」


 荒潮の生存への喜びが希望が、荒潮の痛み苦しみへの同情が、

 朝潮の中でどろどろに混ざり合い、抱いていた熱い焦燥感は押し潰され冷たい絶望に変わる。


 朝潮を除く艦隊の全員がその惨状から目を逸らし、敵を恨めしそうに睨んでいた。

 その視線誘導を待っていたかのように、タ級は戦場を見渡すと悠々と砲身を荒潮に向けた。

 朝潮はどす黒い同調の高まりを感じ、追ってタ級に視線を投げる。


朝潮 「止めて・・・お願い・・・まだ」


 タ級の砲身が禍々しい光を放ち砲弾が発射されていた。


―――――
―――

380 : ◆oUFoaE/FvU [sage saga]:2015/08/05(水) 03:37:44.46 ID:Pa0jCIyL0
今回分投下終了です。
ご読了ありがとうございました。
381 : ◆oUFoaE/FvU [sage saga]:2015/08/05(水) 03:42:48.95 ID:Pa0jCIyL0
>>360
お気遣いありがとうございます。
生存報告了解です、そしてそれしなくていいようにせっせと書きます。


何かご指摘ご質問ありましたら、できる範囲で全て答えます。

話が変わりますが、
朧でSS一本書くほど好きなんで今回の水着グラ最高で涙出そうになりました。
382 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/05(水) 03:43:54.64 ID:9OfjiKAAo
383 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/05(水) 03:44:18.97 ID:3zxnGx8Fo
おつおつ
384 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/05(水) 03:48:00.16 ID:YbP2gIvjO
385 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/05(水) 23:50:28.22 ID:ioaqoFmW0
386 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/25(火) 15:07:53.99 ID:YnXSJsYpO
387 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/08(火) 00:24:43.54 ID:hLs9mR4XO
388 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/22(火) 01:10:26.79 ID:0xDNlIbQO
389 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/09/22(火) 23:12:23.05 ID:w5oCl6ZGO
んあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛、ウッ、続きが、ミタイ
390 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/22(火) 23:15:36.12 ID:02khbfrao
2 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/09/22(火) 23:04:50.34 ID:w5oCl6ZGO
んあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙あああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛、ウッ、続きが見たい

お前他のスレもageてた奴じゃん
新手のage荒らしか?
391 : ◆oUFoaE/FvU [sage saga]:2015/09/30(水) 01:59:32.12 ID:iaDCSrUE0
大変申し訳ございません。生存報告します。
ほの人だけかもしれませんが、ご期待に添えられるよう頑張ります。
392 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/30(水) 13:59:31.38 ID:1XpyC4wuo
期待してるよ
393 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/05(月) 02:24:19.65 ID:YJz4TCQzO
まってるよー
394 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/06(火) 18:40:18.00 ID:YEeR2V7lo
待ってる
395 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/26(月) 13:12:29.20 ID:pwDlUMJhO
396 : ◆oUFoaE/FvU [saga sage]:2015/10/30(金) 16:19:43.93 ID:K/bR7wz90
こんな時間ですが再開します。
くたびれた方たちにとって一抹の清涼剤にでもなりましたら幸いです。
397 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/30(金) 16:22:40.32 ID:K/bR7wz90
―――――
―――



 あれほど痛かったのに、もう痛覚はない。

 体の震えも止まっていた。


荒潮 (もう・・・・・・疲れたわ・・・)


 頬を火が舐めるに任せる。

 体どころか顔を上げる力さえ込められなくなっていた

 視界は赤から真っ白に霞み音はもうしない。

 細胞が静止してゆく。


 感覚が閉じて行く中で、荒潮は自分の精神の中へ落ちてゆく。

 恐怖で摩耗しきった精神も、安息を求め深海に沈むんでゆくように暗く冷たく静かになってきていた。


荒潮 (あれほど生きたいと願っていたのに)

荒潮 (もう開放されたい・・・)


 遠くから朝潮の声が聞こえたような気がした。



―――――
―――
398 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/30(金) 16:25:20.15 ID:K/bR7wz90



 タ級の砲撃がなされたと同時に朝潮は指揮作戦艇を離れ荒潮へ向けて走り出していた。

 正面からは殺意の塊が迫っている。


 提督は朝潮を止めなかった。

 一寸一秒も無駄にできないのは朝潮だけではない。

 圧倒的優位にある敵から、どう損耗せずに撤退するか。

 次の戦いは始まり、艦隊の命運は提督の采配にかかっていた。

 指揮作戦艇に付いた拡声器で艦隊をまくしたてる。


提督 「羽黒は全速前進して一時旗艦となって指揮作戦艇に付け」

提督 「ビスマルク・プリンツは砲撃と合わせて雷撃をばらまいて敵を近づけさせるな」

提督 「同時に砲弾を撃ち切って体を少しでも軽くして指揮作戦艇へ後退を始めろ!」

提督 「加賀ァ!!!」


 加賀は弦の切れた弓を支えに海面に何とか立っていた。

 大破の影響で今も肩で息をしている。


提督 「ビスマルク!命令を追加だ、隙を見て加賀を拾え!!!」


 了解の合図に手を挙げるビスマルクのすぐ横を、タ級の砲弾が通過する。

 飛翔する敵砲弾をビスマルクは自身の防御壁で弾こうとも防ごうこともしない。

 それが荒潮への優しさだとビスマルクは思っていた。

 風圧で飛びそうになった帽子を目深に押さえビスマルクは手で十字を切った。


 朝潮は走っていた。

 走っても間に合わないのは明確だった。

 砲弾が荒潮に接近するほど不思議に朝潮の集中は増し時が遅くなるように感じた。


朝潮 (荒潮の死を遠ざけるため?)


 走る朝潮の目から涙がこぼれた。

 にじむ視界の中で砲弾は荒潮に着弾した。


朝潮 「荒潮!!!!!!!」



―――――
―――
399 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/30(金) 16:28:31.91 ID:K/bR7wz90



 砲弾は防御壁を貫き四つん這いで伏せる荒潮の背部艤装に直撃。

 聞きなれた重い着弾音とほぼ同時に、

 命中した荒潮の艤装はアルミ缶を一瞬で潰したような甲高い金属音の悲鳴を発して歪んだ。

 次の瞬間、砲弾が炸裂し光と衝撃を放つ。

 朝潮は反射的に両手をかざし耐ショック姿勢をとり目をきつく閉じた。

 閉じた視界が真っ白に焼き付く。

 衝撃波で朝潮の体はほぼ水平に数メートルずれた。

 飛びそうになる意識を衝撃波につづいて巻き起こった熱風が引き戻す。

 かざした両腕の艤装が甲高く連続して鳴り、

 朝潮の皮膚がやすりをかけられたように熱く痛む。

 四散した艤装の鉄片が衝撃波に混ざり凶悪に吹き荒んでいた。

 爆音でほぼ失われた聴覚に機関銃弾が掠めたような音がする。

 暴風の弱まりにかざした両手の隙間から着弾地点を伺う。

 砲弾の衝撃で海面が異様に大きくおわん状にへこんでおり、荒潮は見えなかった。


朝潮 (荒潮はどこ・・・


 爆発に押し付けられ圧縮していた海面が元にもどろうと膨張を開始していた。

 朝潮は耐ショック姿勢をとり、その目は再び闇を迎える。


 水柱が空中を駆け上る。

 同時に質量を持った水の塊が横なぶりに朝潮を襲った。


 つむった目、爆発で一時的に失っている聴力でも、違和感はしていた。

 肌を伝う海水の温度や粘度。

 どれもいつも浴びる海水のものと違った。

 朝潮は色も音もない静止した世界から、固く閉じた瞼を開き外界を見た。

 腕、いや全身が、視界が全て真っ赤に染まっていた。



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―――
400 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/30(金) 16:30:28.58 ID:K/bR7wz90



 朝潮にとってコマ送りのように起こった一連の出来事は、

 艦隊の他の人間からは一瞬に起きた出来事に過ぎなかった。


羽黒 「ひっ・・・」


 既に旗艦代理として指揮作戦艇に付いていた羽黒が悲鳴を小さく上げる。

 しかし、それ以上の悲鳴を飲み込み羽黒は震えながら砲を再び構え直した。

 荒潮を喪った悲しさより、死に対する恐怖が勝っていた。

 その恐怖が羽黒を素早く現実に引き戻した。


 悲しむ暇などない戦場だった。

 頭上では我が物顔で敵艦載機が飛び交い、殺気を含んだ重圧を振りまいている。


提督 (いつでも殺せるとでも言いたいのか)

提督 (いや・・・なら、何故攻撃を始めない?)

羽黒 「ど、どうしました?」

提督 「敵艦載機・・・」

羽黒 「え!?敵艦載機が来てますか?!」ビクビク

提督 (気のせいか?)


 赤い水柱がその形を崩そうとしていた。



―――――
―――
401 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/30(金) 16:32:45.72 ID:K/bR7wz90



 海水と混ざり生臭く生暖かい粘度を持った赤い液体が体にまとわりつく。

 朝潮の顔や体に粘り付き酸鼻な臭いが鼻の奥の奥を刺激する。

 朝潮は突きつけられた現実に押し潰されるように、

 両膝から四つん這いになるように海面に崩れ落ちた。


朝潮 (荒潮が死んだ・・・)


 支えにした両手からは気味の悪い感触が返ってきていた。

 手の周り、目の前の海面はじんわりと赤く染まり、

 爆発に押し付けられ沈んでいた艤装の破片と肉片が浮いてきていた。

 手のひらに温度の残る肉片が触る。

 吐き気がした。


朝潮 「・は・・・あ・・」


 髪が付いた皮膚、腕、どこかの内臓のような奇怪な肉片、

 白い骨が覗く大きな肉、紐状の筋張った肉片、艤装の破片、肉片肉片肉片、、、

 凄惨な光景に現実感を失ったまま、朝潮はそれらが浮沈し漂うのを眺めていた。


 目の前で高く聳え立つ水柱が崩壊を始め生暖かい赤い雨が降り注いだ。

 艤装や肉片交じりのそれはべちゃべちゃと不快な音をたてて落下し、更に朝潮を赤く染めた。


朝潮 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛


 朝潮は四つん這いから上体を起こし虚空へ叫ぶ。

 どうにかなりそうだった。

 上空へ避難していたウミネコたちが鳴きながら海上に漂う肉片めがけて一斉に舞い降りてきていた。

402 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/30(金) 16:36:49.59 ID:K/bR7wz90

羽黒 「・・・うぷ、おぇぇぇぇ」

提督 「・・・」


 提督は吐く羽黒に何も言わないで上空を眺めていた。


提督 「やはり・・・敵の艦載機が撤退を始めている・・・」


 ヲ級は、艦娘達に警戒もせず艦載機の収納を始めていた。


提督 「全艦に通達、攻撃を止めさせろ」

羽黒 「え?」

提督 「敵が見逃してくれるそうだ・・・攻撃を止めて撤退させろ」

羽黒 「はっはい」

提督 「敵が心変わりせんとも限らん、警戒は解かせるな」

羽黒 「はい」


 じきに、悔しそうなビスマルク、焦った表情のプリンツ、暗い表情の加賀、

 三者三様の表情で指揮作戦挺に足早に集まってくる。

 指揮作戦艇への集合は、撤退の完了と同義であった。

 高速で移動可能な指揮作戦艇上で、

 集まった艦娘が協力して防御壁を張ることで、

 深海棲艦から安全に逃げることができた。

403 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/30(金) 16:39:34.07 ID:K/bR7wz90


提督 「朝潮は何をしている」

ビス 「まだ震えているわ」

提督 「・・・呼び続けろ、長くいれば相手の気が変わらんとも限らん」


 ビスマルクが提督に詰め寄る。


ビス 「仲間を殺されて何もしないどころか敵に情けを受けるなんて、恥を知りなさい」

提督 「情けで逃されたと思っているのか?」

提督 「そういう判断しかできないからお前は・・・」

ビス 「なんですって?!」

提督 「瀕死の獣ほど危ないものはない」

提督 「石橋を叩いて渡る慎重な敵だ」

提督 「これ以上追撃する危険が成果に見合わないと冷静に判断した、それだけだ」

提督 「それもわからないから、敵に砲撃を当てられないし、命令違反したことにも気付かない」

ビス 「はぁ!?」

プリ 「姉様!!」

提督 「その様子だとプリンツは気付いていたようだな」

提督 「今日の旗艦は朝潮だ、加賀の命令を何で聞いた?」

提督 「命令違反で更迭されたくないなら今日は視界に入るな、屑が」

ビス 「・・・」ギリ

プリ 「姉様、命令違反は最悪反乱罪として死刑にもなりますから・・・」

ビス 「提督!!精々加賀と一緒にいるようにすることね・・・死にたくないのならね」

提督 「止めてくれ、貴様ごときに忠告をもらうと惨めになる」フフ

ビス 「なんですってぇ・・・」イラ


 プリンツがビスマルクの艤装を引っ張って、提督から遠ざけようとする。

 朝潮は一人呆けたようにその場で座り込んでいた。



―――――
―――
404 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/30(金) 16:43:35.87 ID:K/bR7wz90



羽黒 「撤退してくださいー」


 羽黒の艤装無線が朝潮の脳内に響く。

 荒潮の轟沈でざわついていた海面は、いつもの脈動を取り戻していた。

 朝潮などお構いなしに高い波と風が吹き付ける。

 海面の漂流物や朝潮の小さい体を伝っていた血は、殆ど消えていた。

 半身を開いて正座するような姿勢の朝潮の周りで、

 僅かに残ったものをウミネコ同士が取り合いギャアギャアやかましい。


朝潮 (救えなかった)


 今日の夢が、これまで失くしたものたちがよぎる。


朝潮 (今度からあの夢に荒潮も・・・)


 変な笑いが出た。

 荒潮との楽しい思い出がぐるぐるとまわり、

 続いて荒潮と一緒にいたらこれから起こったであろう楽しい日常が浮かぶ。

 荒潮と楽しく普通の日常を過ごし荒潮の結婚式に参加して子供を見せてもらって、

 空想の中でいくら時間がたっても荒潮は今死んだ姿のままであった。

 矛盾と悲しみで脳裏の景色が歪んだ時、

 失くすのに慣れている積もりだった朝潮の頬を再び涙が伝う。


朝潮 (荒潮、荒潮を守ろうと思った、だから提督と・・・)

朝潮 (なんで・・・なんでなんでなんで・・・)

405 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/30(金) 16:44:52.29 ID:K/bR7wz90


 悲しみで萎縮した感情が変質し膨張し始めていた。

 心臓に針で縫われるような鈍痛を感じる。

 あの夜、提督に感じたような怒りが、怨みが、

 心臓を叩き溶岩のように熱い血液を体中へ送り出していた。


朝潮 (深海棲艦の攻撃を、恐怖を、精一杯耐えていた荒潮を・・・)

朝潮 (いたぶって、おもちゃのように弄んで、恐怖させて、轟沈させた)

朝潮 (タ級!!!!)


 これまで朝潮は奪われてきた。母を姉を自身の貞潔を、そして今は荒潮を。

 片時も忘れたことはない。

 その時の情景が夜ごと朝潮を苦しめ、

 心の傷は時間が経っても膿むばかりで治らなかった。


 奪われたことも、奪う人間も許せなかった。

 誰にもこんな思いをさせたくない。

 子供ごころに純真で凶暴な正義感を抱いていた少女は艦娘になり力を手に入れていた。


朝潮 (許さない・・・)

406 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/30(金) 16:46:27.84 ID:K/bR7wz90


 この時、タ級の砲弾にあてられていた朝潮を不思議な感覚が襲っていた。

 海面に座り虚空の一点しか眺めていない筈の朝潮に、

 タ級やヲ級、果てはヲ級の艦載機の位置や動きまでが、

 戦闘海域を俯瞰しているかのようにわかった。


 その感覚の正確さは、虚空の一点を眺めていた視線を流すことで確認できた。

 ヲ級艦載機の動向を読んだ時のように、

 それぞれの深海棲艦が発する波長を今の朝潮は感じていた。


朝潮 (加賀にはこれが見えていたの?・・・)


 初めての知覚は、高揚感を与えることなく朝潮を冷静にさせた。

 日本刀が火と水で鍛えるように、

 朝潮は復讐に燃える心を感覚で鍛え研ぎ澄ましていた。


 タ級の薄ら笑いと息の根を止めろと朝潮の全細胞が叫んでいた。

 ふつふつと煮えたぎる感情を、抑えこみ敵をどう殺すか考える。


 朝潮から貞潔を奪った提督は、朝潮に狡猾さを。

 朝潮から復讐の機会を奪った加賀は、この新知覚の利用法を。

 それぞれ朝潮に与えてくれていた。

407 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/30(金) 16:47:47.89 ID:K/bR7wz90


朝潮 (私の体は殆ど無傷、対する敵も小破前後)

朝潮 (有効な攻撃を加えられそうなのは、具現化できる対潜装備の爆雷・・・)

朝潮 (敵には私が加賀のような知覚を使って動けることは知られていない)

朝潮 (けど、加賀の避けられない攻撃を私が爆雷を抱えて避けて接近?・・・無理か)

朝潮 (この知覚を中途半端に発揮するなら、隠した方が・・・)

朝潮 (もっと、もっと敵が嫌がり苦しむような物理精神両面の死角を突くような)


 考えこむ朝潮の足を何かが撫でる。

 見ると具現化が剥がれ墜落した加賀の矢の一つが波に乗って朝潮の足に当たったようで、

 何食わぬ顔で正面プロペラをくるくるさせながら波間を揺れていた。

 お腹には可愛い魚雷が付いている。


朝潮 (艦攻の矢・・・)


 朝潮の思案顔が一瞬緩む。

 それを周囲に気付かれないように、矢をゆっくりと水面下に押し付けると折って沈めた。

 悪意を撒き散らす提督のような歪んだ笑顔を、朝潮は心の中で存分にしていた。


朝潮 (表情のある深海棲艦で良かった)


 空中を飛ぶヲ級の艦載機はあと僅かとなっていた。



―――――
―――
408 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/30(金) 16:50:16.67 ID:K/bR7wz90



 ヲ級の艦攻が、

 下手な動きをすれば殺すとでも言うかのように、

 飛行音を指揮作戦艇の上空で撒き散らしていた。


提督 「朝潮に意識はあるのか?」

加賀 「少し動いているからあるんでしょう」

提督 「羽黒、確かに艤装無線は通じているな?」

羽黒 「はぃ・・・」

加賀 「私にも羽黒の艤装無線は聞こえているし間違いないわ」ゲホ

提督 「なら何故指揮作戦艇に戻らない?」


 提督たちの注目が朝潮に集まっている時、

 座っていた朝潮がおもむろに前かがみになると思いっきり水面を両手で叩いた。


提督 「あぁ?!」


 小さい波が起こり、驚いた周囲のウミネコが風に流されながら慌ただしく一斉に飛び立つ。

 ぎゃあぎゃあと羽を散らしながらウミネコが飛び立つ中で、

 朝潮は糸に吊られるかのように肩からうつむきがちのまま立ち上がる。

 立って顔を上げると同時に朝潮は右手の砲艤装を左腕で支え、

 タ級とヲ級に狙いをつけて砲艤装を乱射し始めた。

409 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/30(金) 16:54:08.97 ID:K/bR7wz90


 戦艦や重巡より連射の効く小口径砲が、

 これまでの騒音に比べればおもちゃのような軽い発射音を鳴らしている。


提督 「はぁ!!?」

提督 「狂ったか?」

加賀 「何であんなこと・・・」

羽黒 「ひぃぃ、どうしますかぁ?司令官」


 海域の敵味方が呆気にとらわれていた。

 匕首を喉元に突きつけられている指揮作戦艇の面々は、

 戦々恐々としつつも何もせず見守る他なかった。


提督 「浮足立つな、このままの距離で様子を見る」

提督 「変に動いて敵を刺激するな」

提督 (朝潮を置いて逃げるのならいつでもできる)

提督 「このまま上空の敵艦載機から目を離さず警戒を保て」

羽黒 「わ・・・わかりましたぁ」


 飛び立ちかけたウミネコが大混乱を起こし、

 押し合い圧し合い数匹が朝潮の射線に入り赤い花を咲かせた。

 朝潮は構わず指揮作戦艇に背中を向けたまま、

 その場を動かず反動に上半身だけ揺らしながら滅茶苦茶に連射し続ける。


提督 「タ級とヲ級に動きは?!」

加賀 「ないわ」

加賀 「タ級はこちらを向いたまま」

410 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/30(金) 16:55:27.82 ID:K/bR7wz90


 朝潮の右腕砲艤装は12.7連装砲。

 お世辞にも強いと言えるような武装ではない。


 艦娘本来の具現化を伴った攻撃は、

 砲艤装と具現化砲の砲撃のタイミングを合わせ

 艤装の砲弾を具現化した砲弾の寄り代とすることで行われる。


 しかし、その本来の攻撃を12.7連装砲が行えたとしても、

 戦艦や正規空母にかすり傷さえ負わせられる能力はなかった。

 ウミネコをミンチにできても、それだけだ。


 実際、乱射されてばらまかれた砲弾の内、

 辛うじて当たった数発もタ級の防御壁に弾かれて乱れ飛ぶだけだ。

 そもそも、集中を欠き一発ごとの砲弾に威力はなく、

 反動を抑えられないような連射で精度さえ失っていた。

 武器に関わらず、脅威となる攻撃と思えなかった。

411 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/30(金) 16:59:49.14 ID:K/bR7wz90


 自然、タ級とヲ級がそれを気にすることなどない。

 ヲ級は、朝潮の砲撃を一切意に介さず、そのまま撤退の用意を進めていた。

 タ級は、元いる位置を動かず、指揮作戦艇に向いたまま、朝潮を一瞥もしない。

 たまに当たる砲弾がタ級の防御壁に弾かれる度に弱々しい音を発する以外、静かなものだった。


提督 「相手にさえされてないな」

提督 「ビスマルク!朝潮を回収する準備をしろ」

ビス 「ふん・・・」

提督 「しかし・・・何の積もりだ」

提督 「今のあいつに何ができる」


 指揮作戦艇からは、一言も発せず表情も見ることができない朝潮は不気味の一言に尽きた。

 そして、その不気味の感は、艦娘側より深海棲艦側の方が強かった。


 強力な敵として相対していた艦娘側からの、

 突然の非力で意味のない挑発的攻撃に深海棲艦の二人は少なからず動揺していた。

 タ級とヲ級はそれをおくびにも出さず、

 朝潮を無視し指揮作戦艇を向き睨んでいた。


提督 「朝潮の攻撃を扇動や囮と決めつけたようだな、隙がない」

提督 「羽黒、手でも振るか?」

羽黒 「結構です!!」

提督 「・・・朝潮の砲で敵を粉砕することは可能か?加賀」


 加賀は普通に話せる程度には回復していた。

 しかし、制服と艤装の破損は直らない。

 戦闘に再度参加するのは難しい。


加賀 「無理です」

加賀 「そもそもかすり傷さえ付けられないでしょう」

加賀 「防御壁でも一番外側の強度が低い部分はビスマルクたちが既に砲撃で破壊しています」

加賀 「朝潮がいくら撃っても、残った堅牢な防御壁に阻まれて弾かれるだけです」

提督 「死にたいだけか」

加賀 「それは・・・」

412 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/30(金) 17:02:28.24 ID:K/bR7wz90


 悩む提督の横で加賀には思い当たる節があった。

 提督に伝えていないあの夜、朝潮は感情のまま暴走していた。


加賀 「提と・・・

プリ 「提督ぅ、朝潮は左腕の魚雷艤装は破損してました?」

提督 「いや、破損してない筈だ」

提督 「海面を叩く時に見えた限り目立った破損はなかった」

提督 「荒潮へタ級の砲弾が着弾した時、防御に使っていたから内部は壊れてるかもしれんがな」

プリ 「ん〜???」

ビス 「どうしたの?プリンツ」

プリ 「いえ、立ち上がる時にちらりと見えた左腕の魚雷艤装が壊れていたような」

羽黒 「あ、私もそう見えました、壊れて魚雷が全部なくなってたました」

提督 「そういうこと・・・か」

提督 「しかし、それでタ級が殺れるか」ブツブツ

プリ 「どういうことです??」

提督 「・・・それはな」


 加賀だけが、提督が察したことを解していた。


加賀 (それでも足りない・・・あの夜の狂気にはまだ)


 朝潮の狂気に触れた加賀だけが、あの夜より静かな朝潮に違和感を覚えていた。


提督 「というわけだ」

ビス 「ふん、私はわかっていたわ」

プリ 「さすがお姉様!!」

提督 「・・・」


 朝潮は指揮作戦艇に背中を向けたまま、無意味な連射を続けていた。



―――――
―――
413 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/30(金) 17:04:50.36 ID:K/bR7wz90



朝潮 (くそっ、こんなに・・・)


 指揮作戦艇から見えない左腕の魚雷艤装の破損は、朝潮の肉をもえぐっていた。

 削れて覗く肉から血が流れる。

 これは誤算だった。


 朝潮は提督の想像通り左腕の魚雷艤装から魚雷を放っていた。

 深海棲艦に気付かれないように細心の注意を払い、

 砲艤装乱射の寸前、海面を叩いた時に、水面下で。


 魚雷は普通ならば投射機から炸薬で押し出され、

 着水してからは自身の推進力で目標まで進む。

 この炸薬が問題だった。

 水中は空中より衝撃が伝わる。

 有名な言葉通り、魚雷を押し出す炸薬の爆発は、

 通常より強い衝撃を投射機に伝え、投射機は耐えられず破裂した。


朝潮 (魚雷が誘爆しなかったからいい・・・けど)


 タ級は、艦載機を収納するヲ級を朝潮から庇う位置から動かず、

 相変わらず、朝潮でなく指揮作戦艇を向いて警戒していた。

414 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/30(金) 17:06:20.36 ID:K/bR7wz90


朝潮 (荒潮の血が付いていると錯覚してくれることを祈るしか・・・)

朝潮 (それでも、この血の量・・・いや、タ級ならいずれ気付く)


 確信に近かった。


朝潮 (どうする・・・何か・・・)


 朝潮は、弾けた左腕の痛みをこらえ、苦しい表情を押し隠す。


朝潮 (荒潮はもっと痛かったはず)


 タ級の気を海面から散らせるために、タ級の防御壁でも上部を狙って乱射する。

 砲撃の反動を制御する余裕がないという演技でもあった。


朝潮 (あと少し、あと少しで)


 高い波がただでさえ見分け難い四本の酸素魚雷の雷跡を隠した。

 その時、朝潮から漏れた殺気を感知したかのように、タ級の視線がぎょろりと朝潮をとらえた。

 動揺した朝潮の演技が崩れ一瞬乱射を止めてしまう。


朝潮 「うっ・・・」

朝潮 (気付かれた!?)


 タ級は、この狂ったように攻撃をしてくる小さい者が、

 宿敵とする自身の視線に歓喜せず焦りを見せた様子にすぐ何かを察した。

 タ級は膝をつき、その手を海面に当てた。

415 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/30(金) 17:09:18.14 ID:K/bR7wz90


提督 「海中の音速は空中の4倍。ばれたな」

羽黒 「司令官さん。どちらにしても魚雷が当たったとして倒せるんですか?」

提督 「お前らの方がわかってるだろ?」

プリ 「最大限同調を高めて集中して撃ったら、手傷くらいは」

提督 「その程度だろうな」

羽黒 「それだけ・・・なんですかね?」

提督 「?」


 タ級はすぐ体を上げると、ヲ級に何か指示を出す。

 タ級は体がやっと朝潮を向いた。しかし、その位置を動くことはない。

 ヲ級は、朝潮に対してよりタ級の影に入るように、少し動く。ただ、それだけだった。


 朝潮は諦めたように乱射を止め、赤く爛れた砲身を海中に突き刺した。

 海水が泡を吹きながら蒸発する。

 
プリ 「何で敵は魚雷がくるのをわかっているようなのに動かないんでしょう??」

提督 「今日は波も海流も強くて魚雷がよく曲がる」

提督 「変に動くと、元々いた位置を狙った魚雷が曲がって、タ級の後ろのヲ級に当たる可能性もあるからな」

提督 「元いた位置から動かないのが安全を考えれば正解だ」

提督 「大したダメージにもならないとは言え、今のヲ級は艦載機を殆ど収納して火薬庫に近いからな」

プリ 「ほぇー」

提督 「ビスマルク、朝潮を拾いに行け。遊びは終わりだ」

416 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/30(金) 17:14:42.75 ID:K/bR7wz90


 朝潮の乱射も終わり、全員の視線が海面に向いていた。

 波に隠れて見えない魚雷はどこまで進んだのか。

 いくら良く見ても、海面には艦載機の飛行音と波の音だけがこだまし、何の動きもない。


 タ級が身構えると、それを待っていたかのように爆発音と伴に水柱が上がる。

 水柱はタ級を綺麗に挟むような位置で四本、

 非具現化の魚雷としてはできすぎな位に高く上がった。

 タ級はその時、水柱と水柱の間に朝潮のまだ死んでない瞳を捉えていた。


 朝潮は、静かに海中に刺した砲身を引き抜き。

 また宙空へ乱射し始める、ように見えた。


 またかという弛緩した空気が戦場を支配していた中で、

 タ級だけが緊張を取り戻し、身構えた姿勢を解かない。


 朝潮は皆が想像するより、ゆっくりと構えると呼吸を整えて数発速射した。

 海上に響いた朝潮の砲撃音は相変わらず悲しいほど軽い。

 その音に異音が混ざった。


 ガン


 聞き覚えのある音だった。

 海面を見ていた全員が朝潮の砲撃した先を見る。

 深海棲艦の操っていた艦攻が制御を失い、

 火を吹きながら上空からタ級とヲ級に向けて墜落していた。



―――――
―――
417 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/10/30(金) 17:18:45.41 ID:K/bR7wz90



朝潮 (やった・・・)


 朝潮は全身が泡立つのを感じる。


朝潮 (死ね・・・焼かれて死ね)


 深海棲艦の艦攻は、錐揉みして燃料を撒き散らしながら墜落。

 タ級の防御壁にぶち当たり、戦闘開始に見た強烈な爆発をタ級の至近で起こしていた。

 タ級とヲ級の周囲海面が、火と黒煙にあっという間に包まれる。

 見えない黒煙の先で、爆発が勃勃と起こり黒煙がもこもこと生き物のように形を変えながら立ち上った。


 砲艤装の乱射、乱射した砲弾の跳弾、魚雷、魚雷の水柱、全て朝潮の計算尽くだった。


 ヲ級が、こちらへの警戒のため、いつでも殺せるという示威のため、

 艦攻数機を指揮作戦艇上空に最後まで待機させていたのは、手に入れた知覚で掴んでいた。


 残り少なくなった艦攻たちの限られたヲ級への着艦侵入ルートを、

 乱射と跳弾で誘導し、それに気付かれぬよう魚雷で海面へ注目させる。

 最後に魚雷の水柱で侵入ルートを更に追い込み、そこを砲艤装で狙い撃った。


 四方八方から加賀を攻撃した艦載機を狙うより、

 方向の限られる着艦しようとする艦載機を狙う方が遥かに容易だった。

 波長に対する知覚が研ぎ澄まされたのも、狙い撃ちするのを助けた。

 朝潮には数秒先の艦載機の動きを読むことができていた。

 
 火と黒煙に包まれる寸前、最後に見えたタ級の表情は笑っていたようにも見えた。

 黒煙の中から遠ざかるタ級とヲ級の波長を感じる。


朝潮 (けど、無事じゃいられない)


 朝潮は確かに手応えを感じていた。

 敵へのダメージでなく、自分の才気と知覚に。


朝潮 (荒潮・・・)


 天高く濛々と湧き上がる黒煙を見上げながら、朝潮は荒潮にさよならを言う。

 そして、もう目の前で仲間を失わないことを強く誓った。



―――――
―――
418 : ◆oUFoaE/FvU [saga sage]:2015/10/30(金) 17:23:12.65 ID:K/bR7wz90
本日更新分終了です
ご読了ありがとうございました。

期間が空いたことをお詫びします。
夏イベを全甲クリアしたり、厄年的なことも続き、公私多忙に付き遅れました。

何か、ご質問ご指摘ありましたら、お願い申し上げます。
物語の先に触れないものなら何でもお答えします。
419 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/30(金) 17:23:37.84 ID:wzPgVTpBo
420 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/30(金) 17:32:40.12 ID:jj/p5Y9hO
おつおつ
421 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/30(金) 18:07:03.42 ID:NWXXmqQ/O
422 : ◆oUFoaE/FvU [saga sage]:2015/10/30(金) 20:34:19.57 ID:K/bR7wz90
>>382-385
>>419-421
乙お米ありがとうございます。

>>386-388
>>395
保守ありがとうございます。

>>392-394
ご期待ありがとうございます。

まとめての返信で恐縮です。
恐らく残り半分となります。
最後までおつきいただければ恐悦至極でございます。
423 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/30(金) 20:46:24.88 ID:hWczQL37O
これからも頑張ってください
424 : ◆oUFoaE/FvU [saga sage]:2015/10/31(土) 12:01:10.42 ID:1MB6/tqq0
>>423
激励ありがとうございます。
皆様のお米を糧に書いています。
書きたいだけなら便所紙の裏に書けばいいですからね。
お米はホントにありがたいものです。
425 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/10/31(土) 20:50:05.33 ID:X22/TmiN0
待ってた
426 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/31(土) 20:51:52.64 ID:ggZm1I84O
sageろや
427 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/31(土) 22:44:45.06 ID:Z7QuIFfB0
とりあえず「制裁」の意味がしりたい
それまではエタるな
428 : ◆oUFoaE/FvU [saga sage]:2015/11/01(日) 02:23:38.41 ID:i+/MuE610
>>425
お米ありがとうございます。
期間が空いたことで慌てて、私も色々文中に思い残すことがあったりします。

ここで書いた後、渋かどこかに加筆修正したものを載せたいと思うことがあります。
私のレベルで書いて許されるところがありましたら、どなたか教えてもらえれば幸いです。
これだけは言いたいのですが、
訂正したいと言っても結果的に思い残すことがあっただけで、
ここのものに手を抜く気はないのでご安心ください。

>>427
お米ありがとうございます。
一番最初に投下した付近の見通しとして、
私自身の米で「二週間で書き切ります」と書いておきながら、
もう一年を迎えてしまいそうになっている現状を改めてお詫び申し上げます。
これまでも申し上げている単純な遅筆に加え、
書いてる途中で加えたいこともできたりで、時間がかかってしまっています。
429 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/11/01(日) 02:45:53.53 ID:n/ZLRekyO
このレベルなら渋でもハーメルンでもアルカディアでも何処だって通用するんじゃないの?
どれだけ長引いてもいいからきちんと満足行くものを書き上げてくださいな
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