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風俗嬢と僕

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314 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/16(木) 10:31:47.11 ID:yBntAohYO
今日の朝に見つけて一気読みしちまったよ。完走まで頑張ってくれ
315 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/17(金) 07:38:38.41 ID:3kAPmpC8O
乙、これは久しぶりの名作になる予感…
316 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/17(金) 20:44:07.42 ID:vgHRq+VQO
試合の日が近づいてきても、私は行くか行かないかを決めかねていた。考えておくって返事をした時点で、こうなることは分かっていたんだけどね。

繰り返すと、私はサッカーに興味はない。

でも、ヒロくんを落とさないことには、私の自尊心であったり欲であったりを満たすことは出来なくて。試合の応援にいくということが、その欲を満たすうえでマイナスになることは、きっとないはず。

うーん、どうしよう。

めんどくさいな、でも行ったらヒロくんも私のものになってくれるのかな。

悩んで悩んで、私は結論を出した。

晴れてたら、行かない。日焼けしちゃうから。でも、そうじゃなければ。

うん、そうしよう。
317 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/17(金) 20:53:55.22 ID:vgHRq+VQO
雨の降るなか、私は新しく買った傘で雨を防ぎながらサッカー場に来た。

甲斐甲斐しいわね、私も。

正直かなり面倒だったけど、一度決めたことだったし、梅雨に備えて買った新しい傘がお気に入りだったっていう理由で私はここまで来た。

前回は試合を全く見ずにヒロくんと話して、試合についての会話でちぐはぐになってしまったのが自分でも分かったから、少しは真面目に試合を見ようと後半が始まるくらいには到着した。

スタンドに着いて、雨の当たらない一番後ろのベンチに座る。ないとは思うけど、カズヤに気づかれたくないし。

何列か前には、やたらし集中して見てる女の子がいた。前もいた子かな? この雨のなか、やたら可愛い帽子を被っている。

ちょうどハーフタイムが終わって、選手たちがグラウンドに散らばろうとするところだった。ヒロくんは……いた。カズヤと並んで入ってきてる。

この間も一緒にいたし、やっぱり仲は良いのかな。私としては複雑だけど。
318 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/17(金) 21:05:19.91 ID:vgHRq+VQO
スコアボードを見て、現時点でヒロくんのチームが負けているのは分かった。

でも、素人の私が見ても、何となくヒロくんたちの方がボールを持っている時間が長かったり、相手陣地で試合を進めているように感じられた。でも、負けてるってことはやっぱりそういうわけでもない?

ただ、カズヤがボールを触る機会が多いのは、私が知り合いだからとかそんなのを抜いたもしても、はっきりと分かった。

知り合いが試合に関わる時間が長いからか、以前のように携帯を触ることもなく、試合を何となくぼーっと眺めている。

シュートを打ってもなかなかゴールとはならなくて、面白いとはあんまり感じないんだけどね。

素人には、サッカーの試合時間はあまりに長すぎる。カズヤはボールを持ってもすぐにパスだし、ヒロくんもあまり関わりはしない。

だんだ飽きそうになってきた頃、ヒロくんがびゅーんって擬音が聞こえてきそうな速いパスをカズヤに送った。

うわっ、すごい、何かちょっとかっこいい。
319 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/17(金) 23:46:36.65 ID:DtV4R6DAO
乙!
完走を前提とするんじゃなくて、書きたいコトを全部書くというようにすれば、いいんじゃね?
何故ならば俺が読みたいからww
320 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/19(日) 01:56:51.03 ID:z30WjSjSO
走り抜けてそのパスを受けたカズヤは、仲間選手にぴったり合う浮き球を返した。

そして、それを止めることなく放たれたシュートはネットを揺らした。

何がとか技術的なこととか、具体的なことは分からないけど、凄いゴールだってことだけは私にも分かった。少ないとはいえ、観客も湧いてるしね。

グラウンドの上の選手たちは喜んで走り回っているんだけど、最後のパスを出したカズヤは少しゆっくりと顔をあげて、こちらを向いた。

何となく、見つけられたくなくて私は俯き気味になって彼の様子を見る。何を見てるんだろ、時計?

分からないけど、何だか遠目に見て満足気なのは雰囲気で分かった。動転に追い付いたから……なのかな。
321 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/20(月) 02:31:47.09 ID:/U0GFcCUO
試合が再開すると、それまで以上にヒロくんチームは相手チームを攻め立て始めた。

カズヤがその攻撃の中心となっていて、自然と私の目はそこに惹き付けられる。

全然近くからではない。遠くから、サッカーをしているカズヤをただ眺めているだけ。

それなのに、私には何となく確信を抱いていて。彼はきっと、輝いた目をしている。

付き合う前や、付き合い始めたばかりの頃、私が好きだったものだ。

懐かしくて、でも、それはもう私が近くで見ることができないとも分かっている寂しさもあって。

自分から手放した彼が、何だか惜しくも思えてしまう。
322 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/20(月) 02:45:27.06 ID:/U0GFcCUO
カズヤがパスを受けると、急にドリブルを開始した。

相手を抜こうとして、見事にそれは現実のものとなって。

サッカーなんか全然わからないけど、カズヤのそれは私を……ううん、たぶん、カズヤのチームを応援する人たちみんなを魅了している。

応援したくなるって気持ちだけじゃなくて、何て言えばいいか分からないんだけど。ほら、アイドルは歌とダンスが上手くなくても人気な子がいるみたいっていうか。

スター性? それも違う気がするけど、とにかく目を離させてくれない。

初めて試合を見に来た日には全然試合を見てなかったから気づかなかったけど、誰もがカズヤに目を向けてしまうような。そんな雰囲気を、今のカズヤは持っている。
323 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/20(月) 03:18:29.00 ID:/U0GFcCUO
相手陣地に切り込んで行くその姿を、目で追いかける。

この間まで私のものだったはずのカズヤは、私の手から逃げていくように走っている。手放したのは、私からだったはずなのに。

彼が蹴った強いボールはそのまま相手選手にぶつかって、ゴールへ転がって入った。

前の席に座っている女の子は、立ち上がって声をあげた。応援団も、カズヤの名前を叫んでいる。

喜びを爆発させるカズヤとヒロくんは、何だか本当に血の繋がった兄弟みたいに見える。

……今日はヒロくんのために来たはずなのに、カズヤばかりを追いかけてた。

そんな現実に気づいて、少し呆然としてしまったり。ヒロくんを落とすために来たはずなのに、今、私はそれ以上にカズヤに魅力を感じてしまっている。

頭を軽く横に振って、その考えを消し飛ばそうとする。

私はヒロくんのために来た。カズヤのことなんか、惜しくも何とも無い、ただの元カレ。今までに捨てるように別れてきた男たちと同じで、私を幸せにしてくれる男ではなかった。

何度も何度も繰り返して言い聞かせていると、試合再開に向けてポジションに戻ろうとするカズヤがまたこちらに目を向けた。

見ちゃダメだって、また俯く。なのに、私の目はしっかりと彼を視界の端に捉えてしまっている。彼は自分の頭のあたりを指さして、ガッツポーズを見せてきた。
324 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/20(月) 03:31:00.98 ID:/U0GFcCUO
あっ、帽子?

他の人は分からなかったかもしれないけど、最後列に座っていた私には何となく彼が意味していることは分かった。

私のちょっと前に座っている女の子の帽子について、カズヤはアピールをしている。

何、あの子がカズヤの新しい女なの?

ヒロくんを目当てで来たはずなのに、昔の男のことで嫉妬みたいな……いや、みたいなじゃない。これは嫉妬だ。

私より前にいるから顔も見えないし、二人がどんな関係かも分からないけど。それでも、私は何だか二人が仲が良いってことが分かっただけでも、モヤモヤした気持ちになってしまう。

自分から離れていったはずなのにね。

そんな気持ちで心の中が埋まっていると、試合は終わってカズヤ、ヒロくんたちのチームは優勝していた。
325 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/20(月) 03:40:28.20 ID:/U0GFcCUO
試合が終わると、カズヤがスタンドに近づいてきた。

私の前に座っていた女の子は、スタンドの最前列まで小走りで向かっていった。その初々しさが、何だか私には眩しすぎる。

カズヤは、もう私なんか眼中に入りすらしないことは分かっていても、やっぱり気づかれるのも何だかなぁって気が少しはしていて、背中を向けて帰り支度をするフリをする。

スタンドの最前列とはいえ、グラウンドとは結構高さが違うから、カズヤの声も彼女の声も気持ち大きめになっていて、その会話は私にも筒抜けだった。

少女漫画でも無さそうな、思春期みたいな青春みたいな会話が私の耳に入ってくる。

被ってくれたんだ、って……あの帽子はやっぱりカズヤからのプレゼントなんだ。

かっこよかったなんて、言わなくても分かるでしょ?

一々そんな風に考える私もその度に何だかイライラしてしまって、もう耐えられない。

最初はヒロくんに声をかけて行こうと思っていたはずなのに、二人の会話を耳にしたくなくて、誰にも気づかれないように私は足早に会場から去っていった。
326 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/20(月) 05:40:34.80 ID:D6gSV7Og0
面白い…!!
327 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/20(月) 07:33:50.22 ID:07gh4o/p0
同じく
328 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/20(月) 16:57:32.73 ID:/U0GFcCUO
試合、実は見に行ってたんだ。おめでとう、かっこよかったよ!

そんなメールすら送れないまま、日々は過ぎていく。

私の頭の中を埋めているのは、ヒロくんじゃなくてカズヤになっていた。

私と付き合っているときには見せなかったような初々しさで、あんなに輝いていた。私が今、どんなにワガママな感情を抱いているかは、自分が一番理解できているつもりだ。

それでも、私はカズヤが私から離れて他の女に向かっていくのが何だか辛い。寂しい。
329 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/20(月) 17:09:31.36 ID:/U0GFcCUO
ある意味、否定を目の前で見せつけられたからなのかな。

私が良い女じゃないから、執着せずに次の女に向かわれてるっていうか。

少なくともカズヤの様子からは、私のことなんか微塵も引きずって無さそうに見えた。まるで、お姉ちゃんだけじゃなく、あの子の方が私よりずっと良い女だってみたいに。

ううん、そんなことはないはず。

自分に言い聞かせるように、心の中で繰り返す。

あの子を好きになったのは、私と会ってないから。話してないから。私と会えば、カズヤはあの子より私を好きになるはず。間違いない。そうだ、そうだよ、会えば良いんだよ。そうすれば、カズヤだって昔みたいに私を求めてくれるんだ。

そんな名案に気がつくと、私は充電器に繋いでいた携帯電話を手に取った。
330 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/20(月) 17:25:10.03 ID:/U0GFcCUO
携帯電話に映った番号は、登録されてないものだった。

誰だろう……見覚えのある番号だから、今までに繋がりのあった誰かだとは思うんだけど。

僕は連絡を取らなくなった人とか、会わなくなった人のアドレスとか電話番号を時々整理している。だから、たまに誰か分からない人から電話がかかってくると困るんだよね。

消さない方がいいのかもしれないけど、それは何だか邪魔くさくて結局消してしまうのはやめられない。

とりあえず、電話を受けて声で確認しよう。

スマホの液晶をスライドさせて、電話を受ける。

「もしもし?」

『もしもし、カズヤ? 久しぶりね』
331 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/21(火) 01:17:15.66 ID:sCqTtZOhO
「……サキ?」

まさかと思いながらも、僕はその声にはっきりと聞き覚えがあった。

「そうだよ。え、分からなかった? 番号変えてないんだけどなー」

フラレて体調を崩した後、僕は色んな未練を断ち切るためにサキの連絡先であったり、写真であったりを全部消してしまった。女々しいって言われたらそれまでだけど、あの頃の僕にはそうすることでしか諦める方法がないように思えたから。

それからはサキから連絡が来ることもなかったし、彼女からコンタクトをとってくるなんてことは考えもしなかった。

だから、何て反応して良いか分からなくて。

「この間、試合を見に行ったんだ」

この間……予選の初戦のこと? それならあまりに今更過ぎるし、それがどうしたというのだろう。

僕にはサキの意図が分からなくて、彼女の言葉と何の脈絡もないって分かっているけど、問いかけてみる。

「何? 今更何の用? 何で電話してきたの?」

言葉がキツくなってしまうのは、きっと僕がまだまだ子供だからなんだろうけど。
332 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/21(火) 04:03:22.14 ID:4OxuD0AD0

深夜に一気読みしてしまった
ゆっくりでいいから完結までしっかり書いてくれ
333 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/21(火) 18:14:25.32 ID:sCqTtZOhO
「カズヤがさ、凄い勢いでドリブルしていって、ゴールが入ってっていうのを見て。かっこよかったよ」

「いや、だから、何? どうした?」

まさか、そんな感想を言うためにわざわざ電話をしてきたのだろうか。

「ああ、ありがとう。それだけ? 切るよ?」

僕からサキに話すことは、何一つない。

ヒロさんと付き合うなら、どうぞご自由にって感じだし。

「待って、違う、違うの」

「じゃあ何?」

違うって言ったって、僕からサキへ用事がないように、逆だって全く無いように思える。あの「初めまして」以外、僕たちは別れて以降何の関わりもなかったはずだ。
334 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/21(火) 19:05:11.27 ID:rFCjOo0u0
おお…おお…
335 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/21(火) 21:17:43.17 ID:z/J1ilaz0
「あのね、相談したいことがあるの」

「そんなのヒロさんに聞いてもらいなよ」

「ダメなの、ヒロくんじゃ。カズヤじゃないとダメなの」

「何でだよ。それなら他の友達でも良いじゃん。悪いけど、他をあたってよ」

冷たいとかキツイとか思われても、それが当然ってものじゃないだろうか。僕だっていいように傷つけられたのに、何で僕がサキの相談なんかに乗ってあげないといけないんだろうか。僕は仏じゃなければ、今や都合の良い男でもない。

「ヒロくんのことなの」

小さく、彼女は呟いた。

「えっ」

「ヒロくんのことで、相談したい事があるの」

「だから、それなら 僕じゃなくて……」

「ううん、カズヤじゃないとダメなの。カズヤが一番、ヒロくんのことを分かってるでしょ?」
336 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/21(火) 21:34:19.87 ID:z/J1ilaz0
そんなことを言われると、すぐに否定の言葉が出てこない。

尊敬して憧れる先輩との仲をそんな風に言われると、あまり強く否定することもできなくて。

「カズヤ達にもそういう風なのか分からないけどね、ヒロくん最近元気がないの」

それには、僕にも思い当たる節があった。

元気がないっていうか、明らかに僕との距離を掴み損ねている感じ。それは、僕に限った話じゃないんだろうか。

「カズヤ、何か知らない?」

「……」

頭に浮かんできたのは、ミユとの一件だった。

練習にも来なくなったミユを心配しているのかもしれないし、もしかしたら決勝戦後、スタンドで起きた出来事を見かけていたのかもしれない。

「……分からない」

僕に返せる言葉はそれだけだった。

「そっか……」

「それだけ? 悪いけど、その件に関してなら力になれないから、もう切るよ」

ていうか、むしろ僕が聞きたいくらいだし。ヒロさんは、何があってあんなに変に気を使うようになってしまったんだろう。

「続きがあるの」

「はっ?」

まだあるの?

「私ね、ヒロくんに乱暴されてるの」
337 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/21(火) 23:02:34.75 ID:m8f2RZg0O
クズ揃いのこのSSの中でもサキは別格だな!
338 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/22(水) 01:14:06.27 ID:yJ/fp1eL0
「はっ?」

何を言ってるんだ、こいつは。

「ヒロくんさ、何でか分からないけどストレスがたまってるみたいで……。この間、遊んだ時にさ」

「いやいやいやいや、待てって。乱暴されたって、何、ヒロさんに?」

まさか、ヒロさんがそんなことをするはずが無い。

「そうだよ……って、言ってるじゃない」

「嘘はやめろよ」

「嘘じゃないの……本当に……ひっく……」

電話越しに聞こえてきたのは泣き声。いや、嘘泣きなんだろうけどさ。

「あのさ、何、騙して楽しい?」

苛立ちを募らせながら、僕は彼女を責め立てるように言葉を続ける。

「僕がヒロさんよりサキを信じると思う? 自分が何をしてきたか考えなよ」
339 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/07/22(水) 01:38:56.58 ID:H0yYUxIMo
正論すぎる
340 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/22(水) 01:51:35.41 ID:GNzcOGtaO
「何で、信じて……ひっく、くれないのぉ……」

「信じられるような情報もないし、ヒロさんはそんなことする人じゃないから」

少なくとも、僕にとっては『ヒロさんがサキに乱暴をする』ことと、『サキが嘘をついていること』では、後者の方があり得ることに思える。

「何でよぉ……ひっく、私が、こんなことで嘘をついて、何の、得になるって……」

「知らないよ。でも、悪いけどそういうことだから」

これ以上話を聞くつもりにはなれなくて、僕は電話を切って、そのまま電源も落とした。

急に連絡を寄越してきたと思ったら、一体どうしたっていうんだろう。ただでさえ、ヒロさんとの間に微妙な空気が流れているし、試合も近いというのに、余計な茶々を入れないでほしい。

もしかして、以前受信したメールもサキからだったのだろうか。

添付されていた画像を見て、誰が送ってきたのか、何で送ってきたのかは分からないけど、悪意だけは明確に察知できた。

使い捨てのフリーアドレスだったから、誰からのものなのかは分からなくて、それが尚更不気味さを際立たせてもいた。

「最近、何かおかしいよなぁ」

まるで、呪われているみたいに。

とはいえ、呪われていようがそうでなかろうが日々は過ぎて、試合も近づいてくる。

勝とう。まずはそこからだ。ここまで他のことで呪われているなら、サッカーでくらいは良いことがあってほしい。
341 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/07/22(水) 12:19:18.78 ID:qvQ3Sa2GO
おおお…
342 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/23(木) 01:55:50.09 ID:SpZY+tPzO
カズヤに失望されようと、人の彼氏と寝やがってと罵られても仕事は毎日やって来る。

ネオン街の風俗やらキャバクラやらが集まったビルに、いつもより浮かない顔で今日も向かう。

仕事、嫌だなぁ。

働きたくないっていうよりは、外に出たくないっていうか、人と顔を会わせたくないっていうか。

ビルの汚いエレベーターに乗って、自分のお店へと近づいていく。

カズヤは初めてここに来たとき、どんな気持ちでこのエレベーターに乗ったんだろう。

ふと、そんなことを気にしてしまった。「今から風俗で遊んでやるぜー」なのか、それとも「緊張するなぁ」なのか、それとも別のものなのか。
343 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/24(金) 00:44:52.06 ID:K184yFPx0
「おはようございまーす」

スタッフに挨拶をしながら開店前の店内に入っていく。

女の子の待合室の中には、うちのお店の中では数少ない、私より歴が長い先輩がすでに到着していた。珍しいなぁ、いつもは私が一番なのに。

「おはよう」

「あっ、おはようございます」

挨拶を返すと、彼女は私に問いかけてきた。

「珍しいわね、私の方が早いなんて。今日はゆっくりしてきたの?」

「ゆっくり、というか……」

スタンドでの出来事を考えると、夜に眠れなくなってしまったから寝坊しちゃったんだけどね。

それを言うのも何だか躊躇われて、私は言葉を濁す。

「いや、そうですね。ちょっとゆっくり……」

「そう。何だか目も充血してるし、大丈夫? 体調悪いなら休みなよ」 
344 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/25(土) 13:52:26.31 ID:O+2Sx6myO
「……そんなにですか?」

「うん、めちゃくちゃ目が腫れてるし。何、辛いことあった?」

「辛いこと、なのかな……」

辛いこと。

あれを辛いことと言っていいのか、私には分からなかった。だって、あれは自業自得でしかないわけだし。

私がホストにはまっていなければ、あんなことは起きなかった。カズヤっていうお客さんとこそこそ会わなければ、競技場にも行ってなかった。

そういえば、と考えを巡らせる。

彼女も以前、お客さんと付き合っていたことがあったと噂で聞いたことがある。スタッフには秘密にしていたけど、女の子同士ではそういうことって何となく広がっていくものだ。

今日はまだ、スタッフもそんなに出勤していなくて店の前に立っていた一人だけのはずだ。

私は彼女に少し近づき、小声で問いかける。

「あの、ちょっと聞きたいんですけど……」

「私に? 何?」

「あの、昔お客さんとお付き合いしてたって、本当ですか?」
345 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/25(土) 13:59:53.66 ID:O+2Sx6myO
「……私?」

彼女は目を大きくさせながら、問い返してきた。

「はい、噂で聞いて……」

「それは何、興味本意で聞いてるの? それとも、あなたがそういう状況だから?」

「付き合って、ではないんですけど……」

言葉を濁すことしか、私にはできなかった。

「お客さんのこと、好きになっちゃった?」

その質問には答えずに、答えられずに、私は彼女の目を見つめる。

彼女も何かを察したように私を見返し、小さく呟いた。

「野次馬根性、ってわけではないみたいね……」

「えっ?」

「ううん、その通りよ。そういう時も、私にはあったわ。噂で聞いた子によく尋ねられるけど、興味本意の子には話しても楽しい話じゃないからね」

「あっ……ごめんなさい」

失礼な質問を直球で投げ掛けた自覚はあるんだけど、彼女の場合はどうだったのか。

「ううん、いいわ。今落ち込んでるのは、それが原因?」
346 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/25(土) 14:09:33.06 ID:O+2Sx6myO
「何かされたとか、言われたとかじゃないんですけど……。ただ、ちょっと何て言うか……自分でもどうしたら良いか分からないんです」

「だから、私を参考に?」

それには、私は頷きで返す。

「変わってるのね。普通、そういうことって隠そうとするものじゃない? 一応、禁止されてるわけだし」

「どうせいつかは噂になるなら、変わらないじゃないですか」

本当は、彼女の今までの問いかけから、きっと他の女の子には話さないだろうって思ったのと、藁にもすがる気持ちだからっていうのがあるんだけど。

「あはは、確かにね。私もそうだったし」

ふぅ、と一息ついて、彼女は言った。

「良いわ、話してあげる。でもあくまでこれは、私の場合だからね」
347 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/07/25(土) 14:20:53.51 ID:O+2Sx6myO
ちょうど一年前くらいかな、たまに来るお客さんがいたの。

顔も悪くないし、話も面白かったし、ある日こそっと連絡先を書いた紙を渡して、それからお店の外でも会うようになったのね。

『その時からもう好きだったんですか?』

うーん、どうなんだろうね。でも、嫌いじゃなかったし、もしかしたら好きだったのかも。

それで、一ヶ月くらい経ったときかな、彼に付き合って欲しいって言われて。

まあ、悪くないしいいやって軽い気持ちで始めたの。軽い気持ちでね。

『罪悪感とかは……』

何に対する?

あ、お店のルール? 無いわけじゃないけど、あんなのって形式だけみたいなものだから。

好きでもないお客さんから言い寄られたときの逃げ道っていうか……私だって嫌いじゃないんだから、いいやって思ったのね。
348 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/02(日) 19:41:14.26 ID:jTN+rPO/O
なかなか進まない悲しい
349 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/03(月) 00:29:48.04 ID:fxFr4Mck0
で、付き合い始めたわけだけど。

噂で聞いてるかな、私を可愛がってくれていた彼が、彼氏彼女っていう立場になったら変わっちゃったのね。

浮気されたり、体ばかりを求められたり。

普通にデートすることなんて、すぐになくなちゃった。

でもね、それをやめてほしいって言っても、『お前だって仕事で他の男とヤッてんだろ』って言われたら、私は何も返せなかったの。

最後までヤッてるわけじゃなくても、もう同じことだって。

それで、衝突とか喧嘩とか増えちゃって、彼も元々遊び好きな人だったみたいだから、やめさせることもできなくて。

『お前に仕事を辞めろとは言わないけど、お前が他のやつとヤッてるんだから俺もヤる』ってね。

そういうのに疲れちゃって、別れちゃった。

……私の話は、こんなところ。知ってることばかりだったらごめんね。
350 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/06(木) 22:58:12.49 ID:bFuumfSPo
とまってるぞ
351 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/06(木) 23:28:23.83 ID:8uj0gQGD0
彼女の締めの言葉に、私は首を横に振って返事をする。

「いえ……あの、ありがとうございます。話しづらいこと、話してくれて」

「良いのよ、別に。参考にならなさそうなことでごめんね」

ただ、と続けた言葉に耳を傾ける。

「やっぱり経験者からは、それは推奨はできないわね」

それ、つまりカズヤとのこと。

「こういうお店に来てる時点でさ、人への愛情とか純情さとか、そういうのが無くてもヤレる人だってことだしね」

少し哀しそうに、彼女は呟いた。

風俗は金銭と行為の交換で、つまりカズヤも好きな人じゃなくてもヤりたいからここに来たってこと。

いや、まぁ実際にするわけじゃないんだけど、それは大した問題じゃない。

「止めろとは言わないわ。どの口がって話だし。あとは、あなたが決めることだから」

そう言って、彼女は立ち上がって「お手洗い行ってくるね〜」と扉を開けた。

あとは私が決めること。決断力の無い、この私が。
352 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/07(金) 01:08:48.81 ID:gl5YQxMj0
うむ
353 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/07(金) 01:43:28.21 ID:SRvbt6Nd0
私が決めるべきことは、一体何なんだろう。

今は、それすら分からなくなりつつある。

カズヤとのことを決めるのか、今の自分を変えることなのか。

そもそも、私は彼のことを好きなのか、そうじゃないのか。

もちろん、人としては好き。そうじゃないと、わざわざ試合を見に行ったりなんかしない。

とはいえ、明らかに彼を「好き」だと認識しているにも関わらず、アキラに会ってしまう自分もいる。

アキラとは付き合っているわけではないから浮気とか二股ではないんだけど、じゃあ私は誰に対して愛情とか純粋さを抱いているんだろう。

私は何が好きで、誰を愛して、何に救いを求めているんだろう。カズヤとの関係性の終着点に、何を求めているんだろう。

疑問だけが頭の中をいったりきたりするうちに、私を呼ぶスタッフの声が聞こえてきた。

こんな状況でも、私は愛情もなく男と行為を行う。

それが私の、今のお仕事だから。
354 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/09(日) 09:12:37.62 ID:D3QQw07Ho
忙しいそうだが頑張れ
完結させてくれればそれでいい
355 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/09(日) 14:36:40.13 ID:T9mS6dSv0
決めるって何を?

その疑問に決着をつけられないまま、夏は通り過ぎていく。

天皇杯初戦は8月の終わりに決まった。会場は予選の決勝と同じ会場だから、見に行こうと思えば行ける場所だ。

とはいえ、行くかどうかは未定。私が行くことで、カズヤに迷惑をかけちゃいそうだし。

世間は夏休みに浮かれているけど、私はそんな気持ちにもなれなくて。

例えば、本当に、例えばの話。

カズヤが私のことを、女として好きでいてくれたとしよう。そして私も、カズヤのことを男として好きだとしよう。

だとしたら、私はどうすることが正解なんだろうか。

っていうか、正解なんてあるのかな。

現状のぬるま湯を抜け出したいとは前々から思っていたけど、だったらどうすれば抜けることができるのか。

色んな事が分からないまま、私は仕事と家の往復に日々を費やす。
356 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/09(日) 14:49:33.77 ID:T9mS6dSv0
アキラにも、もう会いに行く気にはなれなかった。

少なくとも、彼に会うということが「正しいこと」ではないということくらいは、私にも分かったから。

アキラに貢がないとなると、手元にはお金が残っていく。

使い道、他に無かったしね。貢ぐ以外にもアキラに会いに行くために服とか買ってたけど、それももうないし。

家に帰ってテレビをつけると、アジアの大会に出ているサッカー日本代表がニュースに映っていた。

いつかカズヤとお店で話した選手、シンヤが負け試合で一人気を吐いてゴールを決めたところを繰り返し流している。

この冬、ヨーロッパのチームに移籍するのではないかと噂されているらしい。

やっぱり私には遠い世界の話なんだけど、今となっては彼と同じくらい、私にはカズヤも遠い存在に思えてきた。

日本代表のニュースが終わると、私は台所に向かって夜食を作り始める。

料理は嫌いじゃない。自炊すると好きな味付けにできるし、何となく、料理が得意な女って響きが可愛い気がするし。

まあ、それでモテたことなんて一度も無いんだけど。

自虐を心の中で入れながら、私はニュースを流し聞きして包丁を手にした。
357 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/11(火) 00:57:19.64 ID:K4Rkc1Ey0
お盆を過ぎると、いよいよ天皇杯が間近に迫ってくる。

応援に行きたいという気持ちと、私が行ったらまた迷惑をかけるのではって気持ちと、まだ決着はつけられていない。

そもそも、カズヤは私に会いたくないんだろうし。

あれ以来、お店にも来てないし。

そこまで考えて、私は何だか申し訳ない気持ちになる。

カズヤは今までに体も行為もしていないのに、お金を払って私に会いに来てくれて、プレゼントの帽子まで買って来てくれていた。

それなのに、私は彼に何をしてあげたんだろう。

試合後の疲れた体に、トラブルに巻き込んじゃって。

やっぱり、行かない方が良いのかな。

そこまでは何度も考えるんだけど、だからって行かないという決断もできない。

誰かがどっちかに、背中を押してくれたら良いのに。

そんな都合のいいこと、ありえない話なのにね。

考えても仕方ないから、私は久しぶりに買い物に出かけることにした。

まだ暑いけど、秋物の服も並んでいるだろうし。
358 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/12(水) 00:18:44.18 ID:pbswcPqb0
ショッピングモールをしばらくうろうろしてみても、欲しい服は見つからなかった。

前だったら、アキラが好きそうな女の子の服を買い漁っていたんだけど、今はそれをする気になれないし。

カズヤはどんな服の子が好きなんだろう、あの美人さんが着てたみたいな服?

そんなことを考えても、答を誰かが教えてくれるわけでもなく、空しい気持ちになるだけ。
  
結局、私は荷物を何も増やさずにショッピングモールから出ることになった。

はぁ、何しに来たんだろ、私。

そのまま帰るか悩んだけど、それも何だか寂しい気がする。

少し歩いてみようかな、まだ夕方だし。

蒸し暑さはあるけど、曇っているから日差しはあまりきつくない。家と仕事の往復ばかりで不健康な生活を過ごしていたし、たまにはそんなのも悪くないかもしれない。

一歩、踏み出してみる。

うん、何かちょっと良いかもしれない。

私はあてもなく、そのまま歩き続ける。どこまで行くかも決めてないけど、何かちょっと楽しくなってきた。
359 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/12(水) 00:27:25.42 ID:pbswcPqb0
気づくと私は、来たことも無いような場所まで来ていた。

周りも暗くなってきているし、そろそろ潮時かもしれない。

良い運動になった……って思うあたり、私もだいぶ変わってしまったのかな。たぶん、カズヤのせい……おかげ、なんだけど。

どうせだから、初めて来た場所で、初めて行くお店でご飯を食べてから帰ろうかな。 

適当にお店を探しながらうろついていると、何だか落ち着いていて雰囲気の良いお店を見つけた。

個人経営みたいな、小さいお店だけど、それがお洒落でちょっと可愛い。

うん、決めた、ここにしよう。

入口のドアを開けると、店員さんが私を席に案内してくれた。 
 
……あれ、この人、どこかで見た気がするんだけどな。どこだろ、思いだせないや。
360 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/12(水) 00:43:49.73 ID:pbswcPqb0
夕飯には微妙に早い時間だからか、今はお客さんは私しかいない。

「ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください」

その声の響きも、聞いたことがあるような、ないような。

……ダメだ、思いだせない。

モヤモヤしながらも、それを考えるのを一旦止める。

混雑する時間になる前に注文して、迷惑にならないうちに帰ろう。

気持ちを切り替えてメニューを見てみると、洋食のセットが並んでいた。

うーん、どれにしようかな。悩む。

早く注文しようとは思っていたけど、こういう時、私は優柔不断なんだよね。

どうしよう。

そうやってメニューとにらめっこをしていると、ドアの開く音がした。

チラッとそちらに視線だけ向けると、私はその顔に思わず声を漏らす。
361 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/12(水) 01:22:46.92 ID:mUiM90WAO
うん、どんどん続けて

ってかカズヤみんなが言うほど酷くは感じない
なんなら気持ちわかるまである
362 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/12(水) 23:28:46.84 ID:acjohj4zO
「あっ」

その声に、彼はこちらを一瞥した。

「あれっ、カズの……」

「こんばんは」

ぺこり、と頭を下げた私に、彼は言葉を続ける。

「俺、分かる? カズのチームメイトなんだけど……」

「もちろん、オオタさん……ですよね?」

「あっ、分かるんだ、凄いね、あの一瞬で」

それはお互い様というものではないだろうか。私がカズヤの知り合い……なのかは分からないけど、そうだって分かるあたり、彼の記憶力も凄いと思う。

「いえ、あの、その前にも試合を見に行ったことがあって、上手いなぁと思って」

「そう? ありがとう。今日は一人?」

「あ、はい。散歩してたらお腹が空いちゃって。オオタさんも一人、ですか?」
363 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/16(日) 23:34:28.08 ID:9TKtd2wF0
「あー、うん。恥ずかしいんだけどね、練習が終わって誰も捕まえられなかったから、今日は一人」

そうなんだ。カズヤはオオタさんのことを慕っていたのに、都合が悪かったのかな。まあ、私が口出しすることじゃないか。

なるほど、と私が言葉を漏らすと、彼は私に問うてきた。

「えーと……ごめん、名前を聞いても?」

「あ、えっと……」

何て言えば良いんだろ、本名……は、カズヤも知らないのにオオタさんに先に教えるのも何か変な感じかな。

「ゆう、って呼んでください。そう呼ばれることが多いので」

源氏名なんですけどね、とはもちろん言えなくて。

「了解ですっ。えっと、俺はオオタで間違ってはないんだけど……ヒロって呼んでもらえたら。カズもそう呼んでるからさ」

「あっ、はい。ヒロさん、ですね」

「申し訳ないんだけどさ、俺、一人だからさ。もし嫌じゃなかったら、ご一緒させてもらっても良いかな? あっ、カズに申し訳ないとかなら全然断ってくれていいから!」

とは言われれても、私がオオタさん……ヒロさんとご飯を食べることには特に問題はない。むしろ、カズヤのことを聞いてみたいし。

もちろん、と返事をしようとしたところで、店員さんがやっとヒロさんの案内にやって来た。

店員さんは、ヒロさんの顔を見ると驚いたように目を大きくし、彼に声をかける。

「オオタくん?」

「えっ、あれっ、もしかして……」

どうしたんだろう、お知り合いなのかな。
364 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/17(月) 07:11:23.22 ID:1/YYbo2/0
面白いよ
365 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/18(火) 01:36:17.64 ID:AcvpZ/Qz0
「キックスのキャプテンの……」

「こんばんは……というよりは、いらっしゃいませ、なのかな」

挨拶をする名札には、YAGISAWAと書かれていた。

キックスといえば、この間の試合でカズヤやオオタさんが試合をした相手のはずだよね。だから見覚えがあったんだ。

「ヤギサワさん……の、お店なんですか?」

ヒロさんが驚いたように問いかけると、彼は笑いながらそれを否定する。

「いやいや、奥さんの実家の店なんだけど、今日はちょっと手伝いにね。えっと、彼女は……お連れの方?」

「えっと……カズ、うちのサイドバックやってたあいつの……」

「彼女?」

いやらしさも無く、というか単純な疑問のように、ヤギサワさんは私に問いかけてきた。

「いえ、違うんですけど……はい」

歯切れ悪く返事をすると、彼はこれ以上この話題に触れないようにオオタさんに話を戻した。

「っと、それで、お一人様?」

「あー、そのはずだったんですけど。えっと、彼女と同じ席で」

「かしこまりました、どうぞ」

茶目っけありげに最後だけお堅い言葉を残して、ヤギサワさんは、ヒロさんのお水とメニューを取りに厨房に向かって行った。

「ごめんね、失礼します」

ヒロさんも席に座って、戻って来たヤギサワさんから手渡されたメニューに目を通している。

そうだ、私も注文を決めないと。
366 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/18(火) 01:43:10.10 ID:AcvpZ/Qz0
「ヤギサワさんのお勧めは?」

「俺が頼むのはハンバーグかな。でも人気が一番あるのはデミグラスのオムライス」

「じゃ、俺はハンバーグのセットで。ゆうちゃんは決まった?」

「あ……じゃあ、オムライスで」

こういう時、勧められたもの以外を注文することって出来ないよね。何を頼むか決めてなかったから良いんだけど。

ヤギサワさんはオーダーを伝えに厨房に向かうと、そのまま中に残っているみたい。お客さんがまだ私たちしかいないとはいえ、他にもすることがあるのだろう。

「今日、練習だったんですか?」

とりあえず、同じ席に座った以上何かを話さないと気まずく感じてしまう。

共通の話題なんてカズヤしか見当たらないし、そこに近そうなことを聞いてみよう。

「あ、うん。天皇杯も近いしね」

「今月末? でしたっけ。そうそう、出場おめでとうございます」

今さらだけど、一応賛辞も贈っておこう。

「ありがとね。また応援に来てくれるの?」

「それはまだ……考え中です」

考えて、結論がでるのかはわからないけど。
367 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/18(火) 01:47:39.40 ID:AcvpZ/Qz0
「そっか。まぁ、来れそうならうちのホームだし是非来てもらえたら。カズも最近元気ないし、嬉しいんじゃないかな」

「そうなんですか?」

どうしたんだろ、夏バテ……とかじゃないかな。私のせい?

「最近、会ってないの?」

「あ、はい」

そもそも、会おうとしても会いようがないから。

カズヤがお店に来るか、私が試合を見に行くか。その二択以外、私には彼に会う手段も連絡をとる手段もない。

「じゃあ、そのせいなんじゃない?」

だってカズは明らかに君のこと好きそうだし。

そう、彼は笑いながら呟いた。

冗談なんだろうけど、私は顔が赤くなるのを止められない。冷房の利いた室内なのに、熱くなってきて仕方が無い。
368 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/18(火) 21:30:20.77 ID:iT9hMq8Zo
369 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/19(水) 01:21:57.87 ID:dm2IOORr0
「いや、そんな……」

「そう? 俺、あいつの浮いた話聞かないし、絶対そうだと思ってたんだけど」

あ、そっか、元カノのこと、ヒロさんは知らないのか。

「妹がカズのこと好きそうだったから、残念なんだけど」

「あ、妹さんがいるんですか?」

「そうそう、うちのチームのマネージャーみたいなことしてるんだけどね」

……あの子か。アキラの彼女。

でも、カズヤのことを好きそうって、一体どういうことなんだろう。

私には二人に色目を使うなと言って来て、彼女はカズヤも狙っている?

「そう、なんですね」

薄く相槌を返し、続きを促す。

「そうそう。まぁ、気のせいなのかもしれないけど。君とカズが仲よさそうなの見て、ちょっと落ち込んでたし」
370 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/19(水) 01:28:26.60 ID:dm2IOORr0
「妹さんに、悪いことしちゃいましたかね」

そんなこと、全く思ってないんだけど。
 
でも、お兄さんであるヒロさんには何の罪もないし、とりあえずそう返しておくのが無難なのかな。

「いやいや、それはカズが選ぶことだし。まぁ、本当に、良かったら試合見に来てよ。俺も応援してくれる人は多い方が良いしさ」

「……はい、行けたら」

悩んでいたのが決まったわけではないけど、そう言われると行こうかなって気になってしまう。

元々、心の底では行きたい、カズヤを見たい、会いたいって気持ちがあったのは分かっていたことだし。

ちょうど話が落ち着いたところで、ヤギサワさんがオーダーした料理を持ってきてくれた。

「お待たせしました、ハンバーグと……こっちがオムライス。で、何、天皇杯の話?」

「あ、はい。よかったら応援に来てね、って」

「君、あのスタンドにいた子? 行ってあげなよ、次はともかく、勝ってプロと当たるようになったらサポーターに圧倒されちゃうよ、まいるぜ」

「あ、経験者は語る……ってやつですか?」

その言葉に、ヒロさんは笑って返すけど、私はわけがわからなくて問い返す。

「プロ……って、どういうことですか?」
371 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/19(水) 01:36:20.42 ID:dm2IOORr0
「あれ、天皇杯のことはあんまり分かってない?」

大会の名前が天皇杯、次の試合が近くで開かれて、相手のチームは他の都道府県の代表。私に分かっているのはそれだけだった。

「えっと……日本一、を決める大会……なんですよね?」

私の曖昧な問いかけに、ヒロさんは答を教えてくれる。

「そうそう。そうなんだよ。でも、アマ日本一じゃなくて、プロもアマも合わせた大会なんだ。プロは予選免除だけどね」

「えっと……それって……」

「だから、勝てば勝つだけプロと試合が出来るってこと。正月に決勝のテレビ中継とか見たことない?」

「今は決勝も正月じゃないけど」

そんな些細なツッコミも耳から通り過ぎるように、私はショックを受けていた。

「プロってことは……あの、日本代表選手とかとも……」

「まぁそうだね、そういうチームと当たれば、だけど。次に勝っても、うちが当たるのはニ部だから」

「でも、オオタくんも所属してたチームだし、思うものはあるんじゃない?」

茶化すようにヤギサワさんが口を挟む。

所属していたチーム?

驚きを表情に映していたのか、ヒロさんは私に説明をしてくれる。

「あれ、カズから聞いてない? ……って、自意識過剰か。一応、ニ年前までプロだったんだ、ニ部チームのベンチメンバーだけど」

「えっ、」

頭の中でどんどん新しい情報が更新されていって、私はうまく処理をできずに声を漏らすだけだ。
372 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/19(水) 07:16:51.94 ID:mWcD7LBCo

大変かもしれんが書き溜め方式に替えた方がいいかもね
一回の更新量があんまり多くないから少し読みにくい
まあ完結さけてくれれば嬉しいよ
373 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/19(水) 07:57:59.35 ID:uc7U3IbjO
乙!

俺は別に今のままでも良いというか、>>1のやりやすいペースで何も問題無いけどなぁ
374 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/19(水) 09:44:11.21 ID:OAJrQYtoo
更新の仕方に口だして作者がそれに替えてエタったのを何回か見たことある
外野の意見はスルーを推奨しつつ次回の更新も楽しみにしてます!
375 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/20(木) 01:27:24.92 ID:Sbg7eu1G0
その声に反応して、ヒロさんは説明を続けてくれる。

「まぁ、早い話がクビになってさ。それで、今のチームに入って趣味でサッカーしてるわけ」

「はぁ……そうなんですね……」

プロっていう言葉は、やっぱり私には縁遠い世界の言葉にしか聞こえなかった。

じゃあ、カズヤは元プロ……っていうのがどんなに凄いことかは分かってないんだけど、とにかく凄い人たちとサッカーをしてるってことなの? 

「おいおい、俺は趣味でサッカーやってるやつに負けたっていうの?」

「あー、いやいや、あれは偶然……」

「それを本番で出されたら実力負けだって。本当に、あのサイドバックの子には参ったよ」

「あいつは趣味っていうか……サッカーが生きがい見たいなやつなんで。あ、カズのことね」

私にそう補足をしてくれて、ヤギサワさんも名前を知ったようだ。

「カズって名前なんだ? かーっ、名前までサッカー向きときたもんだ。キングかよ」

「それ、あいつに言ったら喜びますよ、ファンだから」

私でも何となく名前を聞いたことがある選手の通称が出てきて、私はクスリと笑みを漏らした。そういえば、考えたこともなかったけど、あの名選手と同じ呼ばれ方だ。

「本戦はあの子がキープレイヤーだろうなぁ……たぶんうちと同じで、他のチームも君のことに意識が向いてるだろうし」

「ニ部のベンチプレイヤーなんて、そんなに気にするもんでもないですよ。スカウティングされたら、むしろあいつの方が厳しいと思いますし」

その会話を耳にして、何となくカズヤが誉められているのは分かった。

元プロのヒロさんと、同じくらいなのかは分からないけど、とにかく評価されているカズヤ。

思っていた以上に、私と彼の距離はあるのかもしれない。
376 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/20(木) 01:35:57.11 ID:Sbg7eu1G0
「まぁ、とにかく頑張ってよ。そして俺が言えることじゃないけど、冷める前に食べてね」

その言葉を残して、ヤギサワさんは厨房に戻って行った。

頭が混乱してすっかり忘れてしまっていたけど、美味しそうなオムライスが目の前には置かれている。

「いただきます」

手を合わせて挨拶をする。

何となくだけど、料理を食べる前に挨拶をしないと落ち着かないんだよね。自分で作った料理を家で一人で食べるとしても、それはつい癖で言ってしまう。

「お、礼儀正しい。じゃあ俺も……いただきます」

冗談っぽくそう言い残し、ヒロさんはハンバーグに、私はオムライスに手を伸ばした。

なんだろう、見た目は普通にどこの洋食店にもありそうなオムライスなんだけど、何て言って良いか分からないけどすごく美味しい。

卵はふわふわで、デミグラスソースも絶妙で、中には懐かしい感じのケチャップライス。

「美味し」
 
つい、ヒロさんが目の前にいるのを忘れて独り言が漏れてしまう程。 

それは彼も同じだったようで、「うまっ」と漏らしながら、どんどん手を動かしていく。

美味しいものを食べるとなると、ついついそれに夢中になって会話は減ってしまう。私は黙って手を動かしてオムライスを口に運び、ヒロさんはハンバーグを咀嚼する。

気づいたらお互いの目の前のお皿は空っぽになっていた。

「お、早いかなと思ったけどちょうど良かった? サービスだから。コーヒー飲める?」                           
いつの間にか厨房から戻ってきていたヤギサワさんは、アイスコーヒーのコップを二つ、私たちの目の前に置いた。
377 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/20(木) 01:39:03.40 ID:Sbg7eu1G0
>>372 >>373 >>374
ご意見ありがとうございます。
書き溜めも考えているのですが、当面の間は書き溜める余裕もなさそうです。
とりあえずしばらくは現状維持の投稿をしつつ、
週末や休日に書き溜める余裕がありそうでしたら、その際はまとめて投下するように意識したいと思います。
378 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/20(木) 01:53:02.33 ID:hVk7A2zU0
379 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/20(木) 20:55:34.92 ID:AGnApF+2o
ぼちぼち2,3レス投下のほうが俺は好きだけどな
380 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/20(木) 21:31:38.47 ID:GQUGJotgO
完結してくれるならどんな投下頻度でもいいよ
381 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/25(火) 23:28:45.79 ID:ihq6t8Np0
「ありがとうございます……、すいません」

「良いの良いの、若い人は気を使わなくて。で、オオタくんたち、実際どうなの、調子の方は」

「うーん……良くはない、ですね」

その返事に、ヤギサワさんは肩をすくめて言葉を漏らす。

「ちょっと、初戦は勝ってよ? 試合後にも言ったけどさ、プロとやるくらいまでは」

「それはカズに期待……ってことで」

ね、と私の方を見て笑うカズさんに、私は苦笑いで返す。

「ま、何にせよやっぱりカズくん? がカギになるんだね。俺も試合、見に行くからさ、応援するよ」

「ありがとうございますっ。やれるだけ、やってきます」

「おうおう、楽しみにしてる」

あ、何か良いな、こういうの。

敵なのに敵対してるわけじゃないっていうか、仲間っていうか。

男同士って、こういう入り込めない世界があるよね。

「羨ましいなぁ」

「何が?」

つい想いを言葉にしてしまったら、ヒロさんが問いかけてきた。

「いや、何ていうか、仲間……みたいな感じがして。チームメイトじゃないのに、良いなって」

「そう? でもさ、ゆうちゃんだってもううちのチームの仲間じゃん」

「えっ」

「違うの? 応援してくれない?」

「いや、してますけど……良いんですか、私なんかで」

「良いも何も、大歓迎だよ。特にカズは、そう思ってると思うよ」

あはは、とヤギサワさんは声を漏らして笑った。

何だろう、何だろう。この感情を正しく言葉にできないけど、それでもまとめるなら、ただただ嬉しい。

「……本当ですか?」
382 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/25(火) 23:29:21.47 ID:ihq6t8Np0
「うんうん、ていうか、嘘つく必要もないじゃん。本人に聞いてみる?」

ヒロさんは携帯を手にして、私に問いかけてくる。

「いやっ、それはさすがに……」

嫌じゃないけど、まだ平気な顔をしてカズヤと話せる自信は無い。

「そう? カズも元気出ると思うし……嫌じゃなかったら」

嫌というわけではもちろんないけど、私なんかで良いのだろうか。

私なんかが、あんなに迷惑をかけてしまったカズヤとまた話してしまって良いのだろうか。

「無理にとは言わないけど……」

そう言われてしまうと、急に惜しくなってしまうのが人間の心情じゃない?

悩んでいたのは本当なんだけど、でも、今を逃すと次はもっと悩んでしまって気まずくなってしまって、そんな気がした。

「……はい、お願いします。すみません」

「良いの?」

その確認には頷いて気持ちを表すと、ヒロさんはスマートフォンを操作して耳に当てた。

「あ、カズ、俺。今、大丈夫? 電車に乗ってない?」

どうやら、カズヤはまだ練習からの帰り道みたいだ。

確認をとったヒロさんは、「カズ、ちょっと電話代わるわ」と私の名前を出さずに耳から電話を話し、私に差し出してきた。

それをおそるおそる耳に当てると、ヒロさんは椅子から立ち上がり、「ちょっと話してくるから、ごゆっくり」と言い残し、ヤギサワさんと入口から店外へ出て行ってしまった。
383 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/25(火) 23:30:01.85 ID:ihq6t8Np0
「もしもし……」

「……えっ」

「えーと、私。ゆうです……」

「えっ、何で? 何で、どういうこと? ちょっと待って、何?」

カズヤはまるで状況が読めてないようで、同じことを何度も繰り返す。

まぁ、事情がすぐに飲みこめる方がおかしいんだけどね。

「落ち着いて、ご飯食べにきたらね、たまたまオオタさんに会ったの。それで、オオタさんが気を使ってくれて、電話させてくれたの」

「あっ、なるほど……って、今どこ? ヒロさんも練習帰りってことはもしかして近く?」

「えーっとね……」

散歩しながら来た道だから、ここを何て説明したらいいのか分からない。

何て伝えようと思っていると、張り紙にレストランの名前が見えた。私がそれを伝えると「……あっ、分かったかも、ちょっと待ってそこ向かうよ」と言ってきた。

「えっ、えっ」

そうなると、今度は私が混乱する番がやってくる。

「あっ、迷惑だったら止めるよ、ルール……だったよね?」

「いや、迷惑とか嫌とかじゃないんだけど……」

ルールなのはそうだけど、それ以上に会いたい気持ちがあるのは間違いない。

ただ、彼は良いのだろうか。

「会ってくれるの?」
384 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/25(火) 23:30:41.18 ID:ihq6t8Np0
あんなことに巻き込んでしまったのに。

それは言葉にできずにいると、カズヤは素で問いかけてきた。

「何で? むしろそれ、僕が言いたいんだけど」

それこそ、何で……なんだけど。

でも、きっと彼はそれを聞いても困るだけ、戸惑うだけなのかもしれない。

これが私の幸せな勘違いでなければ嬉しいんだけど、もしかしたら彼は私のせいで迷惑をかけられたとは、思っていないのかもしれない。

そんなことを考る私は、お気楽で頭が空っぽな女なのかもしれない。それでも良い。カズヤが迷惑じゃないと思っていてくれたのなら、それだけでもう私の悩みなんて無くなってしまう。

「……ううん、何でもない。楽しみ」

「ちょっと急ぐから電話切るね、また後で」

そう言い残すと、電話は切れてしまった。

……えっ、今から来る?

電話が切れて冷静になると、急に慌て始める私がいた。

どうしようどうしよう、そんなことになると思ってなかった。買い物に行ってたから服はおかしくないと思うけど、ここまで歩いて来たし汗臭くなってないかな?髪崩れてないかな?

そんな心配をしていると、ヒロさんたちがドアを開けて戻って来た。
385 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/25(火) 23:31:23.53 ID:ihq6t8Np0
「カズ、何か言ってた? 元気出てそうだった?」

「いや、何か……あの、こっちに来るって」

ヒュー、と八木沢さんは口笛を吹いてみせる。

「やるねぇ、彼」

「それくらい、プレーにも積極性があると良いんですけどね」

私はお礼を言いながら携帯電話を返して、荷物を持ってお手洗いに向かって席を立った。

髪型……うん、崩れてない。メイク……も、大丈夫。よし。

お手洗いの鏡でゆっくりと自分の顔をチェックする。仕事の時は薄暗いからよく見えないと高をくくっているんだけど、今日はそういうわけにもいかない。

深呼吸をして、お手洗いの扉を開けて、自分の席に向かおうとしたところで、入口が開いた。

「おい、おせぇよカズ」

「いやいやヒロさん……あんな急に……」

本当に急いで来たらしい、カズヤは汗を流しながらの登場だった。

「こんばんは」

私の声に、彼はこちらに目を向けた。何だか久しぶりのような、そうでもないような、不思議な感覚。

私は今ここで、彼と会っている。目を合わせている。それだけで、ある種の奇跡のような気がしてしまう。

「……こんばんは」
386 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/25(火) 23:31:51.03 ID:ihq6t8Np0
「ほら、じゃあカズ、後は二人で行ってこい」

笑いながらヒロさんがそう言うと、冗談のようにカズヤも返す。

「行ってこいって、どこにですか」

「そりゃ、お前が考えろ。俺は今からヤギサワさんと大人の話があるんだよ」

「ヤギサワさんって……あっ、こんばんは。キックスの……」

「こんばんは。ほら、女の子を待たせるなよ、行ってきな」

「えーっと……じゃあ、行く?」

その問いかけに、私は困ったようにしつつも頷こうとしてあることを思い出す。

「あっ、お会計……」

「そんなこと気にしなくていいから。オオタくんとカズくん? に、次の試合で勝ってもらうからそれが代金、ってことで」

プレッシャーかけないでくださいよ、とオオタさんが笑いながら突っ込む。ヤギサワさんも笑いを隠しきれない様子で言葉を続ける。

「ほら、行ってらっしゃい。俺は今からオオタくんと渋い大人のオトコ談義をするからさ」

「ありがとうございます……ごちそうさまでした」

申し訳ない気持ちもあるけど、こういう時は厚意に甘え無い方が失礼だと思う。

ぺこりと頭を下げると、カズヤは入口のドアを開けてくれる。

「じゃ、行こっか」
387 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/25(火) 23:32:17.69 ID:ihq6t8Np0
どこに行くか分からないけど、と照れ隠しのように笑うカズヤにつられて、私も笑ってしまった。

後ろから「暗いから気をつけて」と声をかけられると、それにお礼を告げてドアを閉めた。そのドアに吊るされていたのはcloseの文字。

……あ、そうか。気を使ってくれてたんだ。

私がカズヤと電話をしている時に、他のお客さんが来て邪魔をされないように。邪魔なのは私なんだろうけど。

それにしても、改めて状況を考えると何だか緊張してしまう。

会いたくて、でも会えないと思っていたカズヤが隣にいる。それも、予想外に。

何となく、お互いに声をかけられないままお店から離れるように歩き始めた。気まずい沈黙ではないけど、私には話さなければいけないことがある気がする。

「「あのさ」」

話を切りだす声が重なって、私たちは視線を合わせた。お互いに小さく笑いながら、相手の言葉の続きを待つ。

「えっと……どうぞ?」

「ううん、カズヤからいいよ?」

「えっ、いいよ、大したことじゃないし」

「じゃあ尚更。私は、カズヤに話さないといけないと思ってたことだから、きっと長くなっちゃうし」
388 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/26(水) 00:40:54.79 ID:rtlKbPB2O
おつ!
389 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/26(水) 06:26:17.43 ID:wnNJJkBj0
待ってました!
390 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/27(木) 01:25:18.30 ID:BiEE8kd00
「えっと、うん、じゃあ、はい」

私はずっとドキドキしているけど、細かく言葉を区切って返事をするカズヤも、少し緊張しているのかな。そうだったら、少し嬉しい。

「あの、この間の、大丈夫? 怪我とかしてない?」

この間の、という時に、彼は自分の頬を指さした。

あの女の子、ヒロさんの妹さんに、平手打ちをされた箇所だ。

「うん、平気平気」

実際、その瞬間にぱちっと痛んだだけだし。

「そっか、良かった。あの……巻き込んでごめんね」

「巻き込んで、って?」

どういうことだろう。私がカズヤを巻き込んだのであって、彼が私を何かに巻き込んだりしただろうか。

「いや、ほら、事情もあんまり分かってないけどさ、せっかく応援に来てくれたのに、あんな風になっちゃって……」

「ううん、悪いのは私だし……あのね、その話を聞いてほしいの」

歩いたまま話すのも何だし、と言いたして、私は近くのコーヒーチェーンを指さして入らないか誘ってみた。

頷いた彼を見て、私たちは店内に足を踏み入れ、注文を済ませて席に着く。さっきコーヒーを飲んでしまった私はジュースみたいに甘いフラぺチーノを、カズヤはコーヒーをテーブルに置いた。

「ちょっと長くなるから、ごめんね」

そして私は語り出す。私自身の、堕落した物語を。
391 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/27(木) 01:25:46.32 ID:BiEE8kd00
えっと、まず最初に、あそこで働き始めたきっかけなんだけど、楽してお金を稼ぎたかったからなの。うん、もうダメ人間だよね。

それでね、お金はそこそこ、まあ私達の歳にしては金持ちだなってくらいには稼げたんだけど、今度はそのお金をホストに使うようになっちゃったの。

アキラっていうホストだったんだけどね、私は彼女でもないし、あっちだって彼氏でもないんだけど、ヤるだけヤっておしまい、みたいな。

彼女になれないって分かっていても、私は彼に貢ぐことをやめられなかったし、抱かれたらやっぱり嬉しかったの。
 
でも、このままじゃいけないって漠然と思ってた時に、カズヤに会って。

最初は若くて珍しいお客さんだなって思ってたの。でも、たまにだけど、カズヤ以外にもお店に来てもエッチなことをしないお客さんもいたし、そういううちの一人かなって。

そう思ってたんだけど、でも何か違うなって。

どこが他のお客さんと違うかは分からないんだけど、羨ましかったのかも。

同い年でも、私は何にもない、ただの風俗嬢。でもカズヤは好きなことがあって、それを追いかけていて。そんな目標があって前に進んでるカズヤが、羨ましかったんだと思う。

正直ね、何でサッカーしてるんだろうって思ってたの。見に行ったのだって、応援とかより興味本意っていうのが正直。だって、お金にもならないのに何で苦しい思いをして走るんだろう、追いかけるんだろうって。

でも、あの日カズヤのプレーを見て、感動したの。

嘘じゃないの、本当だよ。私みたいなクズに言われても嬉しくないかもしれないけど、本当に。これだけは信じてほしいの。

変な話、救われたんだ。

プロじゃない、お金にもならない。それでもカズヤは走ってて、ボールを追いかけていて、人を夢中にさせて。

覚えてるかな、初めて見に行った試合で、他の人が諦めたボールをカズヤが追いかけて、そのままゴールになったプレー。

技術的なこととか私は全く分からないけどさ、理由じゃないんだなって教えてもらった気がするの。

「何でお金にならないサッカーをするの」とか「他の人が諦めてるのに何で追いかけるの」とか、私は理由ばかり探してしまっていたのね。

私は臆病者で楽をしたがるダメな女だからさ、理由が無ければ頑張らなくて良いやって思っていたのね。

高校を出て進学をしなかったのは、勉強を頑張る理由が無かったから。定職につかなかったのは、働きたい理由が見つからなかったから。

唯一の理由が「遊ぶお金が欲しいから」っていうもので、だから何となく、今の仕事についたの。
392 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/27(木) 14:28:23.17 ID:eyooOuKLO
続き楽しみにしてる
393 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/27(木) 22:02:55.02 ID:BiEE8kd00
楽な仕事じゃないけど、嫌なことばかりでもないよ。

カズヤにも会えたし、私と会えて良かったって言ってくれる人もいたり、可愛いねって褒めてもらえたり。でも、好きでやってるわけでもなくて。

カズヤの試合を見てね、今のままじゃいけないって本当に思ったの。

私は何が楽しくて生きてるんだろう、何を追いかけているんだろうって。

買い物をするとか、美味しいものを食べるとか、楽しいことはいっぱいあるんだけどさ、カズヤにとってのサッカーみたいなものが、私には無いってことが、恥ずかしくなってきたの。

でも、思うだけで行動に移すこともなかなかできなくて。アキラ、ホストね、彼にも貢ぐのもやめなきゃって思っていたんだけど、それも無理で。

変わりたいけど変われなくて、どうすればいいんだろうって。

あの女の子いたじゃない、この間、スタンドに来た子。あの子の彼氏がさ、たぶんアキラなんだと思う。

アキラって源氏名だから、私も本名は知らないんだけど、それ以外思い当たる節は無いから。

彼には、女の子がいっぱいいるから。私はそのうちの一人だったってだけの話。

……ごめんね、面白くもない話をダラダラと。

たぶん、私のそういうダメなところが重なって、この間みたいなことになったの。

全く関係のないカズヤを巻き込んじゃって、本当にごめんね。
394 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/27(木) 22:03:26.59 ID:BiEE8kd00
そこまで言い切って、黙って聞いてくれていた彼の顔を恐る恐るのぞいてみた。

きっと私は失望されてしまっただろう。こんな話を聞いて、そうじゃない方が変だと思う。

「そっか」

小さく、彼は呟いた。

困らせてしまったかな、そうだよね。急に自分語りをしちゃって、何て言って良いかもわからないよね。

「ごめんね、変な話をしちゃって」

でも、それでも、私は彼に話さないといけないと思ったの。本名も伝えてない、連絡先も教えてない、それでも私は、彼に対して誠実でいないといけない気がした。偽りの自分なんてかっこいいものじゃなくて、堕落した私の嫌なところを彼には見てもらう必要があった。

誰にも見せていない、私の 汚い部分を、好きな人だからこそ見てもらいたかった。

誰にも胸を張れない私を、認めてはくれなくても知っては欲しかった。

カズヤのまっすぐさは、私じゃなくてサッカーに向いているものだ。それでも、私も彼のように、何かに対してまっすぐでいたかった。誠実になりたかった。そしてその何かは、自分の好きなものじゃないとダメだった。

あんなに憂鬱だったのに、カズヤに会えるってだけで嬉しくなってしまった。カズヤがもしかしたら私に会うことを嫌じゃないのなら、幸せだと感じてしまった。

そして私は気づいてもしまった。

私は、カズヤのことが好きだ。
395 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/27(木) 22:38:26.28 ID:sZTAIthkO
おつー
396 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/27(木) 22:44:56.24 ID:JIvLIZrpo
おつ
長く追い続けてきたけどそろそろ終わりそうで悲しいな
397 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/28(金) 01:44:14.52 ID:B0K4t2/80
「ううん、話してくれてありがとう」

ありがとうは、私のセリフだ。

最後まで口を挟まずに聞いてくれて、ありがとう。

軽蔑されても、これで彼が私に近づかなくなっても、それは仕方が無いことだ。

このまま自分のことを黙って、汚い部分を見せずに彼に近づいていくよりは、ずっと良い。

それが、私なりの誠実さだった。

「でも、何で僕に話してくれようと思ったの?」

勇気が必要なこと……だよね。

と、彼は言い足した。

確かに怖かった、というか、今でも怖い。話を聞いたカズヤが、私のことをどう思っているのか。良い感情ではないとしても、どれくらい私のことを嫌いになったのか。

でも、それを乗り越えようとする勇気をくれたのも、あなただった。

「言ったじゃない、変わりたいと思うきっかけをくれたのは、カズヤだったから」

あなたの姿を見て、私は本当に変わりたいと思えた。

そして、もし私が本当に変われるとしたら、やっぱりカズヤの前で変わらないといけないと思ったの。そこで変われなかったら、私はきっとどこでも今までの私のままだったから。

「私を軽蔑したかもしれないけど、でも、きっかけをくれたカズヤに聞いて欲しかったの。私のわがままに巻き込んじゃって、ごめんね」
398 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/28(金) 01:44:44.82 ID:B0K4t2/80
「ううん、迷惑なんて全く。聞かせてくれて、嬉しかったよ」

「嬉しかった?」

「だってさ、僕はゆうちゃん……いや、『貴方』のことを何も知らないから。身の程知らずだって思うんだけどさ、あの後改めて思ったんだ、貴方のことを何も知らないなって」

『貴方』と言ってくれたことが、何だか暖かい言い直しに感じられる。

堕落した私である『ゆう』ではなくて、新しく『私』を見てくれているきがして。

ただの勘違いで、私に対して距離を置こうとしているだけかもしれないけど、それでも、私は嬉しかった。

「……何も話せなくて、ごめんね」

「いやいや、謝ってほしいとかじゃなくて!」

慌てて言葉を続ける彼に、私は耳を傾ける。

「ほら、名前も知らないし、僕から会おうと思うとお店でしか会えないし。寂しい、って思うことも間違ってるんだろうけど、でもやっぱり会えて嬉しかったんだ。会いに行こうかなって思ったけど、お店じゃどんな顔して会えば良いか分からなかったし。迷惑かなって」

それには首を横に振って見せる。

私だってカズヤに会いたかった。ただ、会う手段が無かっただけで。
399 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/28(金) 06:36:20.99 ID:2g1syD2C0
良い
400 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/30(日) 12:32:23.26 ID:EcTh8wP50
それでも、私は彼に気持ちを伝えることができない。

彼の会いたいという気持ちが、イコールで好きであったとしても、私はそれを確かめることもできない。

臆病な言い訳なのかもしれないけど、今の私は彼に到底つりあっていない気がする。彼が私を嫌っていなかったとして、それでも私なんかが隣に立っていていいのだろうかと思ってしまうの。

「……また、応援に行っても良い?」

だから私の口から出てくるのは、そんな言葉。

本当は、伝えたい気持ちはもっといっぱいあるのに。好きだってことを伝えたいのに。

それを彼に言葉で伝えることが、今の私にはできない。

本当は、胸を張って見に行けるだけで嬉しいはずなのに、欲深い私は、もっともっとと欲しがってしまう。

カズヤにはもっとお似合いの女の子がいるのかもしれない。元カノだったらしい、サキさんも凄い美人だったし。私なんかが好きでいても、どうしようもないのかもしれない。

そんなのは、結局ただの言い訳に過ぎないんだけど。

カズヤに拒絶されるのが、今の私には何よりも怖い。もちろん、カズヤにだって女を選ぶ権利がある。私に対するカズヤの好意がどういった類のものか分からない私には、その一歩を踏み出すことができない。

私は乞うように彼を見つめる。どうか臆病な私を許してほしい。
401 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/08/31(月) 01:37:26.59 ID:bvvohl5i0
「うん、こっちからお願いしたいくらい」

そう言って、カズヤは笑って私を見た。安心させてくれる、太陽みたいな笑顔だ。私には、眩しすぎるくらい。

「じゃ、気合い入れて応援に行くね! もう迷惑はかけないように、後ろの端っこで見てるし、終わったらすぐに帰るから」

カズヤが応援に来ても良いと言ってくれても、問題が解決したわけではない。彼女からしてみたら私なんかただの二股女で、見たくも無いにちがいないだろう。

「あ、うーん……そっか。話せないのは残念だけど……そうだよね、うん。」

残念がってくれるのは嬉しいけど、私にはそうするしか方法が無い。また彼女の前でカズヤと話していたら、次はもっと酷いことが起きるかもしれないから。

「あの、迷惑じゃなかったら、だけど……」

言いづらそうに、カズヤが声を出した。

「どうしたの?」

キョトンとした目で、私は問い返す。今まで散々彼に迷惑をかけていたのに、彼にどんな迷惑をかけられても、私には責める権利なんてない。

「連絡先、交換してもらっても良いかな?」

やっぱり迷惑だよね忘れて、と彼は言い足したけど、忘れることなんてできない。

「……そんなことで良いの?」

むしろ、それは私が望んでいることでもある
402 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/31(月) 01:43:27.74 ID:e3mOjDGY0
支援
403 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/31(月) 02:23:59.92 ID:dq/pJ1qso
最近本ばっか読んでるけど、そこらの本よりこのSSのが面白いわ
404 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/31(月) 20:31:36.73 ID:4zI8gLcZO
やっと追いついた。人間の暗い部分を書いてるのに絶妙に甘くて物凄い好みだな、更新頑張ってくだされ
405 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/09/01(火) 01:04:04.78 ID:ry+afxMv0
「良いの?」

不安そうな目で、彼は私を見返してくる。

それはこっちのセリフなのに。今にも「冗談だよ」って言われるんじゃないかって怯えていたのは私なのに、彼のその可愛さすら感じる視線に、私はつい笑ってしまいそうになる。

「もちろん。私も、カズヤの連絡先、知りたかったし」

何かこれ、携帯を持ったばかりの初々しい学生みたい。こんな歳になっても、連絡先を交換できるというだけで、私はこんなに舞い上がってしまいそうになる。

彼との距離が、一つ縮まったことを実感できるから。私が素敵な人間になったとか、カズヤみたいになれたとか、そういうことじゃないんだけど。それでも、私はただただ嬉しい。

「えっと、赤外線ある?」

私のその言葉に、カズヤは「あ、アドレス?」と聞き返した。

彼の携帯画面を覗いて見ると、スマートフォンユーザーの大半が使っているであろうメッセンジャーアプリが立ち上げられていた。

「あ、そっか。そっちの方が良いよね」

連絡先の交換なんて、高校を出てから滅多にしなくなったから、ついつい昔の感覚でそっちを選んでしまった。大学生だと連絡先を交換する機会もいっぱいあるだろうし、簡単なアプリの方が便利なんだろう。

私も彼にならってそのアプリを立ち上げようとすると、彼にそれを制された。

「待って、 僕も赤外線準備するから。せっかくだし、アドレスと番号交換しようよ。そしたらアプリでも追加されると思うし」
406 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/09/01(火) 01:04:49.21 ID:ry+afxMv0
彼のその優しさに、私は甘えることにした。

アプリが嫌ってわけじゃないんだけどさ、何か軽い気がするんだよね。グループで複数人と話せたり、可愛いスタンプを送れたり、メールにはない便利な機能もあるんだけど、だからこそ軽い……っていうか。

「本当は、僕もアドレスと番号知りたかったし。ただ、重たいかなって?」

「重たいって?」

「ほら、アプリならさ、僕のこと嫌になったらすぐに拒否できるけど、メールと電話も拒否できるとはいえ個人情報じゃん。良いのかな、って」

そんな杞憂を真面目な顔で話されて、私はつい笑いをこぼしてしまった。

「良いに決まってるじゃない。カズヤこそ、良いの? 私、悪い女だよ?」

「自分でそんなことを言う人に悪い女はいないから。ほら、早く」

気づくと、彼は赤外線を既に準備していた。送信の彼に合わせて、私は受信をする。

「シイナ……っていうんだね、苗字」

「うわ、そっかそこからか、今さらだよね。何か恥ずかしい……」

照れたように俯く彼を見て、今度は私が送信するように準備をする。俯いたまま、カズヤも受信ボタンを押して、私の個人情報が、彼の携帯に流れていく。

「送れた?」

「……うん、きた。そういえば、僕、名前も知らなかったんだよね」

ゆうちゃん、が当然の呼び方になっていたから、何の違和感もなかったけど。言われてみれば確かにそうだ。
407 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/09/01(火) 01:18:53.86 ID:ry+afxMv0
「これ、ぼくはどっちの名前で呼ぶべき?」

「どっちって?」

「この名前と、『ゆうちゃん』」

「えー、カズヤの好きな方で良いよ。呼びやすい方で」

本当は、もちろん本名の方が嬉しいんだけど。とはいえ、呼び慣れた方が恥ずかしくないとか、そう言う気持ちも分かるからわがままは言わないでおこう。

「そっか、分かった」

彼は腕時計をチラっと見た。私もつられて携帯で時間を確認すると、楽しい時はすぐに過ぎるからか、それとも私が緊張しすぎたせいかは分からないけど、もうかなり良い時間だった。

「時間大丈夫? そろそろ、帰ろうか」

彼にそう聞かれて、私も頷く。本当はもっと話したいんだけど、もう今までみたいにあやふやな繋がりじゃない。私たちは、明確に繋がっている。

連絡先を知っているから繋がっているっていうのも、ちょっと機械的な気もするけど。

「それじゃ、行こうか」

私の分のコップも持って、彼はそう言った。その小さな優しさすら、とても嬉しいものに思える。

素敵な服の掘り出し物があったわけでもなければ、宝くじにあたったわけでもない。私のこの気持ちが満たされるかどうかも分からない。

なのに、私はこの夜をきっと忘れないと分かった。

それくらい、大切な時間だった。
408 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/09/02(水) 00:01:05.72 ID:q2DoNl/B0
サッカー日和というにはあまりに強い日差しだ。八月も終わりだというのに、残暑が猛威をふるっている。

天皇杯初戦、やっとここまで辿りつけた。

会場は予選決勝と同じでも、空気感が違う。

テレビの中継も入っているし、お客さんの数だって少なくは無い。やっぱり、予選と本戦って何か違う。

「何だよ、カズ、緊張してんのか?」

ロッカールームでの円陣を終え整列していた僕に、後ろからヒロさんが声をかけてきた。

「いやいや、武者震いですよ」

「ははっ、頼もしいことで」

ヒロさんとの空気は、あの夜以来元通りになってしまっていた。

大したことは無い会話……っていうか、挨拶くらいしかしてないのにね。不思議だけど、そういうことって結構あるのかもしれない。

勝つぞ、と言ってヒロさんは僕の背中をバシッと叩いた。それに応えるように、僕は手を挙げる。

アンセムが流れ始めて、前方に並んでいた人たちからピッチに向かって足を進め始めた。

高揚感と緊張が良い感じに胸にこみあげてくる。さあ、ゲームを始めよう。  
409 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/02(水) 08:13:15.19 ID:O68NOyEqO
このまま平穏に
と思っても、色々問題が燻ってるんだよな
先が怖い
けど読みたい
410 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/09/03(木) 01:47:36.01 ID:wCP4j9i60
試合が始まってすぐに、一つの事実に気がついた。 

彼らは、チームとしてはキックスほどのレベルではなく、ワンマンチームだってこと。

所属しているリーグという肩書きだけではなく、実際の選手の能力もキックスには劣っているように思える。一人を除いて、の話ではあるけれど。

油断とか慢心とかじゃなく、勝たないといけない相手だと思う。次に当たるプロと少しでも良い試合をしたいと思うのなら、圧勝とは言わずとも、手こずって良いチームではない。

相手にとってもそれは当てはまることなんだろうけどね。

気がかりは、ディフェンダーなのに僕のマークが厳しいこと。普通だったらディフェンスのオーバーラップなんて、そのタイミングでケアをするだけなのに、今回は逆サイドにボールがあるときでも、中盤のサイドの選手が僕を見てきている。

光栄なことなんだけど、僕より意識すべき人はいるはずなのにね。それこそ、予選決勝でスーパーボレーを決めた選手とか。

僕をケアしている彼は、試合前のミーティングで要注意選手としてあげられていた。高校時代には選手権で全国四強まで進み、大学でもユニバーシアード代表に選ばれるほどの選手だと、ヤマさんは警戒を呼び掛けてきた。

相手チームのなかでは例外とも思えるくらい、技術レベルが高い選手だ。

プロになってもおかしくない世界でやってきた選手と、僕は今日マッチアップをしている。

彼に負けると、僕が穴として狙われてしまうことになる。絶対に負けることはできない。

僕がそんなにVIP待遇でケアをされている一方で、ヒロさんにも当然ながらマンマークが付けられている。

うちのチームの決定機は、ほとんどヒロさんを経由してのものだ。そのヒロさんにボールが渡らないとなれば、必然的にチャンスは減ってしまう。
411 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2015/09/06(日) 12:35:30.05 ID:qWMiNwlXO
ヒロさんも僕も、なかなか厳しい試合になりそうだ。

僕と対面する相手のエース……イヌイというらしい彼は、一対一の局面でボールを持つと必ず個人技で勝負を仕掛けてくる。

ボールを失わないことを第一に考えて、バックパスや横パスを多用しがちな僕とは、言わば真逆の選手だ。

そして、その個人技は当然のことながらレベルが高い。

キックスよりリーグカテゴリは低いはずなのに、前の試合の数倍、僕は圧されている。

決定機を作らせないことに一生懸命で、カットインのコースを消すことに従事すると、今度は深く切り込まれてクロスをあげられる。

相手フォワードの決定力が低いからか、センターバックが頑張っているからか、或いはどちらのおかげでもあるのか、まだ得点は決められていない。しかし、それも今のままだと時間の問題のように思える。

試合自体は防戦一方とは言わずとも、現状では僕のサイドはイヌイに好き勝手されている。
412 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/06(日) 18:00:01.96 ID:TlDytG7AO
カバーに来ないボランチが悪い
413 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/06(日) 18:11:19.42 ID:sIA4s3Ywo
サイドバックは忙しすぎる
オーバーラップとかしないと怒られるし
したらしたで守備が疎かとか怒られる
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