魔女「ふふ。妻の鑑だろう?」

Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

134 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/09/05(土) 05:01:26.53 ID:vkjKW5Ut0
乙!
魔女かわいいなぁ!
135 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/05(土) 06:02:02.84 ID:m8poJdKAO
乙!
続きが気になるぜ!
136 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/05(土) 08:39:37.95 ID:yTO+2wnB0
>>133
つまり魔女は凄かったって事アフィ
137 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/05(土) 08:53:08.03 ID:IRvpm0/JO
>>133
つまり魔女は可愛かったってこと
138 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/05(土) 08:59:25.84 ID:Xi71HFZFO
あー
どっちのルートを選んでも結果は一緒だったんだよな?
勇者も賢者も魅力的だし
魔女には報われて欲しいし
なんだろうモヤモヤする
139 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 23:54:45.04 ID:X+mP6cx90
多数のレスありがとうございます。
励みになります。

>>138
仮に勇者の誘いを断っていた場合、
戦士を諦めきれない勇者が仕事を調整して、
魔法の王国についてきます。
道中執行部に襲われ鉱山都市に逃げ込むって感じです。
展開としては勇者の誘いに乗る方が自然です。
140 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/07(月) 09:30:36.32 ID:lwdFeLXgO
なるほど
期待している
141 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/09/09(水) 00:20:56.90 ID:fcqNgTUWo
勇者は好きになれないけど、好きになる要素がこの先出てくるのだろうか?
魔女が可愛すぎて、女友的立場の賢者も受け入れられるんだけどなぁ
142 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/09(水) 07:36:29.95 ID:n8H0J7U/O
ハッピーエンド期待
143 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/11(金) 12:32:56.06 ID:VQOc3hyno
無駄話って言ってやるなよwwww
144 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:34:40.47 ID:woiMU4L00
こんばんは。

前回が週1ペースだったので、
この際週1ペースにしようと思います。

はよ投下したかったんだよう。
我慢しきれんかった。

中央王国編は長いので前後編に区切ります。
145 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:36:08.22 ID:woiMU4L00


***


死因は?

わからん。
突然死である事は間違いない。

魔法による他殺か、
自殺か?
他殺だとすれば、
魔法の王国の手の者だろうか…。

鑑識によると、魔力の残滓も、
毒物も検出されなかったようだ。
殺傷能力のある魔法の残滓なら、
霧散には少なくとも40時間はかかる、
という見解だ。

わからんぞ?
麻痺や精神操作なら、
卓越した者なら魔力量を少なくできる。

それでも10時間はかかるそうだ。
死斑の状態から死後12時間は経過していない。
部屋に荒らされた形跡もないし、
今のところ、心臓の病という可能性が最も高い。

可能性、ね。

他に証拠がないんだ。
暗殺だとしても、死因がわからなければ、
なんともならん。

捜査を続けよう。
上がこのままで治まるわけがない。

ああ。
…中央王国軍大将が不審死したとあってはな――――


146 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:37:10.04 ID:woiMU4L00



火竜山脈の北、
大陸の中央に広がる魔の荒れ野と呼ばれる砂漠地帯の西。
かつてそこにひとつの王国があった。
国王は世襲だが、その血脈は治世に優れ、
代々名君を輩出しており、王家に暗君なしとまで称された。

ある時、王妃が双子を産んだ。
今より500年ほど前の事だ。
世継ぎとしない弟は忌み子とされ、ある高名な魔法使いに預けられた。
国王は慈悲深き名君だった。
間引くには、彼は優しすぎたのだ。

かの王家に暗君は産まれない。
兄は剣の道に秀で、勇猛なる指揮官に成長し、王国に栄華を齎した。
魔法使いに育てられた弟もまた、魔法百般を究め、
大陸一の魔法使いとなった。

双子が20になった時、流れ矢から副官を庇い深手を負った兄が、
ひと月の間生死の境を彷徨った。
国王は弟を世継ぎとしようと呼び戻した。



中央王国と魔法の王国の物語は、そこから始まる。



147 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:38:42.71 ID:woiMU4L00



賢者「あとはお察しの通り」

戦士「兄貴が生き返ったんだな」

賢者「そうそう。納得いかない弟は王国北部の諸侯を抱き込んで、
   独立を宣言したのよ。
   なまじ2人とも名君の血を継いでいるだけに、
   王国は完全に分裂してしまったのね」

戦士「しかし意外だ。
   中央王国と魔法の王国が、かつてひとつの王国だったなんて」


中央王国は魔の荒れ野の西、大陸中原地方の、
火竜山脈の北部に位置する。
現在の国王は16代目。
中央王国国王は代々みなバリバリの武闘派で、
国王自ら軍事面の全てを掌握するのが特徴だ。

反面内政は宰相などに任されているが、
支配力はこれら文官層にも及んでおり、
国王自ら登用した肝いりの面々が名を連ねている。

連綿と紡がれる中央王国軍の歴史にはただ一度の敗走もなく、
15ある師団の中でも第1〜第3師団は王国3師団と呼ばれ、
近衛師団と、騎兵師団・弓兵師団の主力部隊を3人の大将が率い、
その突破力たるや第2・第3師団のみで一国を滅ぼす事も可能だという。

騎兵戦力に優れる反面、
中央王国は国策として魔法排斥を推進しており、
魔術師ギルドもなく、宮廷魔術師も居ない。
神以外の超自然的存在を否定し、理性、倫理、正義を信奉する、
神教の教えに則った騎士道の国といえる。
規制などは行っていないため、
魔法使いの存在は違法ではないが、
国風ゆえか魔法はあくまで占術の範疇に留まる。
個人経営の魔法屋が細々と営業を行っているのみだ。

しかし決して魔法を軽視しているわけではなく、
魔力灯など最低限の日用品は流通しているし、
魔力を人ならざる物質として研究する機関、
王立魔法研究所という施設も存在する。
あくまで魔力エネルギーの解明を目指しているそうで、
れっきとした化学研究所だそうだ。
魔法戦力を保有しない中央王国軍が長らく大陸最強を誇れる点では、
それなりに成果を発揮しているといえるのだろう。



148 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:39:35.78 ID:woiMU4L00



賢者「最近は王都で勇者が大人気なのよ」

戦士「ああ、肖像画から子供向けの勇者グッズまで、
   店先に並んでない事が全くないな。
   意外だよ。
   表立った存在ではないと思ってたけど」

賢者「知ってるでしょ、雷を纏いし英雄のお伽話」

戦士「西方より来たりし英雄、
   東方より来たりし魔族の王を討ち滅ぼす、
   ってヤツなぁ」

賢者「まぁ雷魔法が使えるんだから、
   英雄の生まれ変わりというのも信じてしまうけど…。
   アイツは救国の英雄って感じじゃないわね。
   1年半前に突然王国軍に現れて、
   我は神託を受けし者、共に魔物を討ち滅ぼせ、の呼びかけで、
   どんどん軍拡が進んじゃって。
   今じゃ50万の大軍勢よ、中央王国軍は」

戦士「…なんだこれ」

賢者「んー?ああ、蓄音水晶ね」

戦士「…勇者って書いてある」

賢者「歌手もしてるのよアイツ。
   言っとくけど聴けたもんじゃないわよ。
   譜面はなぞれてるけど声も震えてるし抑揚もないし」

戦士「…聴く気ねーけどよ」

賢者「あら、売れてるのよ?」

戦士「この世の終わりを見た」



149 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:40:09.86 ID:woiMU4L00



賢者「どこに寝泊まりしてるの?」

戦士「元上司の実家が王都にあってな、
   そこに逗留させてもらってる」

賢者「そ。なら良かった」

戦士「お前はどこに泊まってんだ?」

賢者「うふふ、女の部屋を知ろうっていうの?」

戦士「バーカ」

賢者「じゃ、私はお仕事あるから。
   また夜に会いましょ。
   あんたはどうするの?」

戦士「ああ。その辺をうろついてみるよ」

賢者「油断しちゃ駄目よ」

戦士「了解。
   お前も気をつけてな」



150 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:41:09.96 ID:woiMU4L00



私が王都に来たのは7日前。
王都は賑々しく、都民はみな国を愛し、
我こそ国のためならんと自己研鑚を欠かさない。
この国では行動力が愛される。
時間をかけたより良い結論より、直感をこそ重要視する。
まるで常に戦をしているかのよう。
その価値観は戦いに生きる者として共感すべき処はあるが、
思慮深きこそ美徳とされる私の母国とは決して相容れない。

思考より行動。
知力より腕力。
理性より野性。
そこには一定の美学があり、
決して愚者の国ではない。

それは失敗の可能性を肯定した国風であり、
案ずるより産むが易しとでも言うのか、
その国風は、失敗を恐れ動かぬより動いて失敗しろ、
あとでやり直せばいい、と端的に言い表す事ができる。

それは必ずしも失敗を恐れぬ事に繋がらない。
なぜならその教えは、
中央王国の豊かさに裏打ちされたものだからだ。
国が豊かであるゆえに、人はみな分の悪い賭けに乗れるのだ。

この国は居心地が悪い。
戦う道を選んだといっても、
私はあくまで魔法使いだ。
この国で魔法使いを名乗る事は、
嘲笑を甘んじて受ける事に他ならない。
ただ意見を同じとしてしまう自分にも気付かされる。
この国の豊かさを目にすると、
魔法の王国は知性豊かな愚者の国であるという事実を、
まざまざと見せつけられているような気にさえなってしまうから。



151 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:42:23.94 ID:woiMU4L00



見習「姐さん、帰ってますか?」

賢者「居るわよ。
   どうなの?」

見習「やっぱ俺一人じゃ限界ありますよ。
   ある程度はわかりましたけど。
   どうやら死んだのは、近衛師団長の大将さんです」

賢者「死因は?」

見習「暗殺とか病死とか言われてますが、
   はっきりしませんね」

賢者「…ふーん。
   ここ数年私達の目の届かないところで何をやってたのかしら」

見習「死体発見は昨日の朝です。
   一昨日の夜、王立魔法研究所に出向いてますね。
   部下も連れずに何してたんだろ」

賢者「死んだ大将に持病は?」

見習「特にありませんね。
   健康なもんです。
   もう爺さんなのに、毎朝棒振りしてました」

賢者「突然死といえば心臓か脳だけど」

見習「解剖の結果脳にも損傷はありませんでした。
   突然心臓が動きを止めたって感じだそうです」

賢者「心臓に麻痺魔法を使うって手もあるけど、
   その言い方ならきっと、残留魔力も検出されてないわね」



152 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:43:37.54 ID:woiMU4L00



賢者「だいたい私たちのお仕事なら、
   死体は残さないわ」

見習「もし他殺だとしたら卓越した暗殺技術を持った素人、
   という事になります。
   突然死、だと思うんですが…」

賢者「それにしては他殺の可能性を大きくしているわね?」

見習「うーん」

賢者「なによ」

見習「いえ、俺なりの推理もありますが、
   姐さんに聞かせるような内容じゃないです」

賢者「いいわよ。言ってみなさい」

見習「………うーん」

賢者「怒るわよ」

見習「2年くらい前ですが、魔研に新しく認可が降りてるんですよ」

賢者「それがどうかしたの?」

見習「その認可っていうのが、自動人形の研究です。
   人形というか、自動機械ですね」

賢者「…なんで魔研がそんなもの研究するのかしら」

見習「あと、鉱山都市に同調する立場を取る事と引き換えに、
   採掘ドリルをひとつ研究用に借り入れています。
   魔法石はありませんが」

賢者「……………」

見習「もしかして、なんですけどね」

賢者「なんとなくわかったわ」



153 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:44:35.53 ID:woiMU4L00



見習「その認可が降りたのが、
   王室の魔研への査察の後です。
   なんかプレゼンしたんでしょうね。
   査察に来たのは国王やら宰相やら、
   お偉いさんばっかりです。
   当然近衛師団長も居ました」

賢者「…うふふ。
   いい度胸じゃない。
   あんたの考えが正しいなら、
   魔法への冒涜だわ」


中央王国は魔法技術に対し否定的な文化を続けてきたが、
表立って魔法排斥を謳うようになったのは、
今から2年前の事だ。
例の魔力炉保有問題に対し鉱山都市を支援する姿勢を見せた、
その数カ月後。

魔力とは未だ解明されていない力だ。
個々の肉体に宿りし、正体不明の意思の力。
研究は進んでいるが、魔法学院は魔力の解明には消極的で、
どちらかと言えば魔力を純粋なエネルギー資源として捉えているのは、
中央王国の方だと言える。


見習「魔力がどういった力なのか解明しようとする研究は、
   長らく鬼門とされていましたが、
   そこに一石を投じる魔法使いが現れました」

賢者「…あの子ね」

見習「魔法を使わなければ他に動力と言えるものは、
   ゼンマイバネくらいのものです。
   それじゃあとても力不足だ。
   しかし魔力を用いれば鉱山都市で数多く実用化されている、
   採掘機械たちを動かす事ができる。
   これは文明レベルの崩壊です。
   魔法の王国とてただ動かぬわけはありません。
   いずれ魔女も捕らわれるかもしれませんし、
   長い時間をかければ魔力炉も解析できるでしょう」


154 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:46:05.40 ID:woiMU4L00



賢者「何百年かかるのやら」

見習「中央王国はきっとこう思ったはずです。
   魔女が現れなくともその数百年が過ぎれば、文明は必ず魔力に依存する」

賢者「…でも、中央王国は魔法に頼らない。
   ならいっそ、魔力に代わる新たなエネルギーを求めるべきだ」

見習「そうです。この予想が当たれば、
   魔研は恐らく次世代エネルギーの研究を進めています。
   それも、発見の見込みがあるために、認可が降りたのです」


賢者「悪くない読みよ、それ。
   合格点をあげるわ」

見習「え、あ、はい。
   ありがとうございます」

賢者「でもそれが、なぜ近衛師団長殺害に繋がるわけ?」

見習「…それがですね、確かではないのですが」

賢者「うんうん」

見習「魔女が魔研に協力していた、という噂があるのです」

賢者「………ありえないわ。
   中央王国はあの子の身柄を押さえたがってるんだから。
   一度でも協力していたら、
   二度とあの子を手放すわけはない」

見習「しかし、そういった噂があるんです。
   …それに繋がるのが、近衛師団長だったんです。
   魔研への認可は近衛師団長のゴリ押しで決まったとか」

賢者「つまりあんたはこう言いたいのね。
   魔研の研究内容を調べれば、
   近衛師団長殺害と、魔女に行き当たる、って」

見習「その通りです。
   …肝心の勇者の出自に関しては、
   さっぱり闇の中です。
   しかし手がかりはあります。
   勇者の子飼いになっている盗賊という男が居ます。
   この男なら、なにか知っているかと」

賢者「んー、そういうのはナシ」

見習「…なぜです?
   この男を攫えば…」

賢者「嫌われちゃうから」

見習「え?なんです?」

賢者「なんでもないわ。
   ほら行って行って。
   新しい話見つけるまで、帰ってこなくていいわよ」

見習「えっそんな。勘弁してください」



155 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:47:17.76 ID:woiMU4L00



日が落ちてきた。
秋の暮れ、日没は日に日に早くなる。
まるで手桶を井戸に落とすように。

部屋はやがて暗くなる。
…魔力灯が点かない。
魔法とは鏡だ。
こういう時魔力灯が光を発しないという事は、
私はきっと暗い部屋のままがいい、と思っているから。
だとすれば自らに逆らうのは得策じゃない。
部屋が暗いからなんだというのだ。
私は魔法使いで、暗殺者で、諜報員。
ほら、暗い部屋がよく似合う。

指先に魔力を集め、柔らかな光を灯す。
やはり魔力とは便利なものだ。
その有用性を実感したからと言って、
これまでさんざん遠ざけておきながら、
今更焦って研究をすすめるなんて。
随分虫のいい話だと思うのだが―――


魔女『お帰り、賢者』

賢者『………なに?その透明な筒』

魔女『私が作ったんだ。樹脂と名付けた』

賢者『…硝子じゃないの?』

魔女『強度は硝子に劣るが、弾性に優れるんだ。
   見てくれ』

賢者『なに?………臭っ!!!
   なんなの、その粉!!!』

魔女『生石灰と蒸し焼きにした石炭を混ぜたものを、
   ある一定の方法で化学反応を起こさせたものだ。
   これは水と反応してガスを発生させる特性を持つ』



156 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:48:18.66 ID:woiMU4L00



賢者『部屋でなにしてんのよ』

魔女『そのガスと酸素を混ぜ、火をつけるんだ』

賢者『火なんて魔法で出せば…』


賢者『………けほっ、けほっ』

魔女『驚いただろう?
   このガスは一定の混合比で酸素と混ぜると完全燃焼して、
   4000度もの温度で燃え上がるんだ』

賢者『………びっくり、した、けど。
   こんな回りくどいやり方…』

魔女『君は4000度の炎を出せる?』

賢者『…出せ、ない。
   せいぜい2000度くらい』

魔女『ふふ、それは君が2000度の炎しか知らないからだよ』

賢者『なにが言いたいのよ』

魔女『我々魔法使いは魔力を用いて魔法を使うが、
   その結果というのは魔法使いであるよりも、
   人間の想像したものに過ぎないんだ』

賢者『2000度で燃える炎しか知らないから、
   その温度の炎しか作れないってんでしょ。
   それ以上の温度の炎なんてないもの』

魔女『しかし私は今、4000度の炎を作ってみせた』

賢者『…凄いわね。
   でも魔法じゃないわ』

魔女『そうじゃないんだ。
   つまり我々魔法使いは、人の想像するものしか作れないんだよ』



157 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:49:30.04 ID:woiMU4L00



魔女『我々は人を越えし者だと導士たちは言う。
   しかし本当は、現在の文明レベルの後追いをしているに過ぎない』

賢者『だからなにが言いたいのよ、結局』

魔女『いずれこの4000度の炎も、当たり前に作られる日が来るんだ。
   その時、我々もまた変わらねばならない』

賢者『……………』

魔女『私は、4000度を越える炎を魔法で作り出す事ができる。
   その炎を知ったから』

賢者『……ほんとに?』

魔女『うむ。導士たちの言う通り、
   この手法は我々にしか用いる事ができない。
   面倒な化学反応や合成の手順をすっ飛ばして、
   我々は魔力のみで炎を作り出す事ができる。
   魔力とは意思の力だ。
   意思の力とは、イマジネーションこそ重要なんだ。
   我々魔法使いの進化は結果を知る事から始まる。
   結果ありきでそこから戻る事こそ魔法なんだよ』


…その後、あの子は本当に、白色の炎を生み出して見せた。
私は結局できなかったけど、
白色の炎は石や金属を容易く溶かし、
大気をあっという間に膨張させた。

あの子はきっと、私達とは見ているものから根本的に異なったのだ。
私には「あせちれん」とかいうガスを作り出す事はできないし、
魔力炉だってさっぱり意味がわからない。
私はいつだってあの子の味方だったけど、
結局海千山千の魔法使いの一人に過ぎなかった。
あの子に色々教えてもらって、学院の進歩の無さはわかった。
けど、価値観は結局、魔法使いのままだったのだ。

何度かそれで喧嘩した。
あの子の才能と努力に嫉妬する事もあった。
けど私はあの子の事が好きだったし、
あの子も私が好きだった。

あの子がどんな子だろうと、結局親友のままでいれたのは、
あの子がとても優しくて、夢見がちで、一生懸命だったから。
そして私もまた、あの子の一番の理解者足り得たからなんだろう。



158 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:50:35.67 ID:woiMU4L00



戦士「おせーぞ」

賢者「あら、時間通りのはずよ」


賢者の指定した場所は繁華街にある、酒場の2階。
シェードカーテンで仕切られている、
少し落ち着いた感じのところ。
男女の密会にはなかなか趣きのあるシチュエーションといえるが、
俺は男やもめだし相手は暗殺者であるがゆえ、
背にじっとりとした汗をかいてしまうのも仕方ない。


戦士「…そーだな。
   軍は時間前行動が基本だから」

賢者「軍は女性に人気のある職業と聞いたけど、
   あんたを見てるとそうでもなさそうね」

戦士「しかも男やもめには蛆が湧くってんだから損だよなぁ」


俺が王都に到着したのは昨日の朝。
勇者と盗賊と別れ、兵長の実家に挨拶に行ったところ、
昔少しだけ会った事を覚えていてくれたのか、
宿を取るならうちに泊まりなさい、と強く誘われ断りきれず、
結局そのまま逗留する事になった。

今日街を歩いているところを賢者に声をかけられたのだが、
見られてるってのは気分のいいものじゃない。


戦士「なんか調べてんのか?」

賢者「ちょっとね。
   このままだと戦争になりそう」

戦士「ああ、勇者が言ってた。
   中央王国は今戦支度をしてるそうだ。
   口実は知らねーけどな」

賢者「なんにせよそうなればウチに勝ち目はないから、
   なんとか戦争を避ける方法を思案中な訳。
   と、言うよりも…」

戦士「言うよりも?」

賢者「戦力はもう、どうしようもないからさぁ…。
   ああ、あんたには関係ないわ。
   お仕事の話はしない方がいいわね」



159 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:51:09.00 ID:woiMU4L00



賢者「ほら、出して」

戦士「何を?」

賢者「ホロスコープよ。
   本題はそこでしょ」

戦士「ホロスコープって…ああ。これか」

賢者「そうそう。
   これ、占星術で使うヤツなのよ。
   天球図って言ってね、まぁ説明は省くわ。
   でもホロスコープは基本的に平面だから、
   いちいちドームにする必要ないのね」

戦士「うんうん」

賢者「あの子はライブラだから、支配星は金星ね」

戦士「なんか言ってたよ。
   私の星が見えないとかなんとか」

賢者「だと思うわ。金星じゃなんのメッセージにもならないから。
   んで、出生時の天体が基本になるから…えーとね。
   その辺はもうできてるからー」

戦士「わけわかんねー…」

賢者「つまりこの場合、デセンダントは出生時の西の天体になるのね。
   生まれた時に沈んでいくわけだから、本人に足りないものを意味するの。
   アセンダントは東の天体で、本人の本質を示しているわ。
   天頂は……」



160 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:51:46.43 ID:woiMU4L00



賢者「わかった?」

戦士「ぜんぜん」

賢者「…まぁいいわ。
   で、ドーム状になっているところだけど、
   これは恐らくあんたのところね。
   あんたの星座、牡羊座でしょ?」

戦士「そうだな」

賢者「これは平面があの子のホロスコープで、
   それに針金細工であんたのホロスコープが被ってるわけ。
   天頂は最終到達地点を指すんだけど、
   あんたの天頂が金星になるの、わかる?」

戦士「南側を見るんだろ?」

賢者「そうなんだけど、でも金星がないんでしょ?
   この場合は星座で見るのね。
   となるとアクエリアスになるのよ」

戦士「よくわかんねぇよ」

賢者「天頂のアクエリアスは、独立性、革新性、論理性の3つを示すのね。
   これ、何を示してると思う?」

戦士「…国か?」

賢者「よくできました。
   独立性は中央王国、革新性は鉱山都市、論理性は魔法の王国ね」

戦士「えーつまり?」

賢者「3つの国の真ん中にはなにがあるでしょう」

戦士「あー。やっとわかった」



火竜山脈だ。
そのどこかに、研究室がある。



161 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:52:39.45 ID:woiMU4L00



賢者「ま、あとちょっとしたメッセージもあるみたいね」

戦士「火竜山脈とだけ言われてもなぁ」

賢者「相性占いしてあげる。
   …詳しい事は省くけど、いいみたいよ」

戦士「そっか。良かった」

賢者「そんで、相性占いにも金星は重要なのね」

戦士「もうなにがなにやら」

賢者「お互いの度数が3度以下なの。
   これは結構珍しいの。
   運命の相手と言ってもいいわ。
   ほら、赤丸打ってあるでしょ」

戦士「……おう」

賢者「愛されてるわね」

戦士「……………そうだな」

賢者「まぁそれは置いておいて、
   火竜山脈のどこにあるかなんだけどー。
   火星と火の星座が被ってて、
   それが東の方角にあるって事は、
   多分東側にあるんじゃないかなー」

戦士「よくわかんねーけど、東側だな」

賢者「東側には確か火竜の巣穴があったわよね。
   その近くで、ひと目に触れないところを探せば?
   限られてくるだろうし」

戦士「…おう。ほんとに世話になるな」

賢者「いいわよこのくらい。
   あの子の頼みだしね」



162 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:53:25.94 ID:woiMU4L00



賢者「いつ立つの?」

戦士「しばらく王都に居るよ。
   中央王国で何をすればいいのか、
   まだわかってないし」

賢者「そ。
   私もしばらく居るけど、
   あまり夜出歩かないほうが良いわよ。
   明日には魔法の都から執行部が何人か来るはずだから」

戦士「きな臭い事してんなぁ」

賢者「…あんたはさ」

戦士「ん?」

賢者「………なぜ、強くなったの」

戦士「さぁ、わからん。
   俺は強いとは思ってないが、
   気付いたらこうなってたよ」

賢者「うふふ、嘘つきね。
   それは男の嘘とは言わないわ」

戦士「なんだよ、男の嘘って」

賢者「男の嘘はなにかを守るためにつくものよ。
   秘密を纏えるのは女だけ」

戦士「…別に、守るもんなんて、ねぇから」

賢者「ねぇ、聞かせてよ」

戦士「何を」

賢者「愛する人が殺される瞬間を目の当たりにして、
   なにもできずにいる気持ちを」

戦士「……………」



163 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:54:04.58 ID:woiMU4L00



―――ぁ……ぁ…………

―――戦士!!逃げろ!!!!

―――待っ……っ

―――うおおおおお!!!!!!


―――ぐす…っ、ひ……ぅ

―――……………おじさん…

―――ゃだ………ゃだよぅ……


戦士「……………」

賢者「ねぇ」


―――お父さん……っ!!!


戦士「………そんなはずは、ない」

賢者「戦士」

戦士「……名を呼ばれるのは、初めてだな」

賢者「あんたのせいじゃないのよ」

戦士「…弱いのが、悪いんだろ」

賢者「間違ってるわ。
   あんたは、あの子の後を追って、何をするつもりなの?」



164 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:54:41.37 ID:woiMU4L00



賢者が"あの子"と呼ぶのは、魔女の事だけだ。
恐らくは、魔女の魔法使いとしての部分を、
最も良く理解する存在。

………魔女を理解する彼女なら。

………俺の考えも、理解してしまうのかもしれない。


戦士「特に考えてねぇよ。
   死に際の願いくらい、叶えてやりたいだけだ」

賢者「あの子は言ったわ。
   身の危険を感じたら、
   いつでも降りていいって」

戦士「今のところは大丈夫と踏んでる」

賢者「………そんなはずないわ」

戦士「…」

賢者「きっとあの子は、あんたに死んでほしくない、と言ったんでしょう?」


あー、ちくしょ。

やっぱ、隠し通せない。


賢者「あんた、もしかして。
   このまま最後まで、
   あの子の後を追うつもりじゃないでしょうね」



165 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:55:31.46 ID:woiMU4L00



戦士「もちろん最後まで追う。
   全部終わったら故郷に戻って、
   あいつの事でも思い出しながら暮らすさ」

賢者「………そう。
   私はあの子にあんたの事、頼まれてんのよ。
   …だから私は、あんたの味方よ」

戦士「…そうか。助かる」

賢者「私は知ってる。
   あの子があんたに夢を託した事と、
   それをとても辛そうにしていた事。
   今なら、その理由がわかるわ」

戦士「大丈夫だよ。
   俺は、死なない」

賢者「そ。
   ならそうして。
   あんたに死なれちゃあの子に怒られちゃうの」

戦士「とにかく、今日は帰って寝るよ。
   ホロスコープの謎が解けたのはでかい。
   ありがとう」

賢者「どういたしまして。
   まっすぐ帰るのよ」

戦士「はいはい」



166 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:56:33.72 ID:woiMU4L00



帰り道、ふと空を見上げると、
降り注ぐような満天の星空だった。
星空が瞬く度に目を奪われる。
身体ごと、彼方まで誘われているようで、
あの空の彼方まで飛んでいければ、
彼女にまた会えるような気さえした。

彼女の愛した満天の星空。
あの星降る夜に誓い合った未来には、
まだ俺は辿り着けない。
この空は彼女の心で、
瞬く星々は彼女の祈りだ。
その瞬きのひとつひとつが、
俺の心に語りかけてくる、彼女の意思の力。

全て終われば、
彼女にまた会える気がするから、
俺はまだ歩き続けよう。

彼女の残り香を探すように、

…彼女を忘れないために。



167 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:57:41.86 ID:woiMU4L00



兵長「ああ、帰ったのか」

戦士「あれ。なんでここに」

兵長「帰省してはいかんか?
   …というのは嘘だが、
   王都に少し用があってな。
   お前が逗留していると聞いた時は驚いたぞ」

戦士「いえ、お会いできて嬉しいです。
   お久しぶりです。
   ………師匠」

兵長「はは、お前が発ってからそれほど日は経っていないがな。
   毎日と顔を合わせていたから、
   久しく思うのも無理はないが」

戦士「町はどうです?
   復興は進んでいますか?」

兵長「ああ、軍からの支援で順調に進んでいるよ。
   防壁の修復には時間がかかりそうだが、
   その分兵の数も増えたからな。
   目処が立ったんで、王都での用を済まそうと、帰ってきたわけだ」

戦士「そうですか。
   本当は俺も手伝うべきですが…」

兵長「気にするな。
   最近は魔物どももなりを潜めているし、
   お前が居なくともなんとかなる」

戦士「申し訳ありません。
   兵長の用とはなんです?」

兵長「ああ、いや。
   …お前には話しておこうか。

   実はここに戻るつもりなんだ」


168 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:58:11.20 ID:woiMU4L00



戦士「ここに、とは。
   王都に?」

兵長「ああ。
   色々思うところあって」

戦士「そうですか。
   …故郷が一気に心配になる瞬間ですね、はは」

兵長「軍から一人尉官が派遣されるはずだ。
   …きっと、あの町での俺の役目も終わりなんだ」

戦士「俺には止める権利はありませんからね。
   寂しくなりますが、兵長の思うように」

兵長「ああ。お前にはよく戦ってもらったが…。
   …懐かしいな。お前が震える手で木剣を…」

戦士「はは。昨日の事のようです」

兵長「湿っぽくなりそうだ、もう寝るとしよう。
   明日時間はあるか?
   久しぶりに酒でもどうだ」

戦士「ええ、お付き合いします。
   ぜひそうさせてください」



169 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:59:27.30 ID:woiMU4L00



…今度は誰が?

宰相殿です。
発見は今朝。
以前と同じで、外傷も魔力の残滓もありません。
薄い痣があるだけです。

…信じるか?
国の重鎮が2人続けて、心臓の病で亡くなるとは。

信じられません。
これは明らかに殺人のはずです。
ですが…。

殺害方法がわからんのでは…な。
死後何時間くらいだ?

死斑は現れていません。
5時間程度と考えられます。

さっぱりわからん。
…とにかく解剖に回してもらおう。
死因の解明が先決だ。

ばれませんかね?

背中側からサバけばいい。
バレたら騒がれるだろうが、
必要な事だ。
仕方ない。

わかりました。
では、そのように。


170 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 01:01:00.35 ID:woiMU4L00



戦士「では、佐官に?」

兵長「ああ」


朝、兵長に久方ぶりの稽古をつけてもらった。
俺はずっと父に剣を習っていたのだが、
その父は16の時、魔物との戦闘で命を落とした。
母は俺を産んだ時森の瘴気に当てられ死んでしまっていて、
俺の家族は父だけだった。
まるで世界の終わりにも思えたが、
彼は涙を堪える俺の肩を支え、こう言った。

君の世界はまだ続く。
希望を捨てず戦え、と。

俺の剣は父に習った。
兵長は父の後を継いでくれた。
16の俺から見て兵長は強く、
そして誰よりも優しかった。
彼は父と並ぶ人生の師だった。

最初は10本に1本も取れなかったが、
やがてそれは5本に1本、
3本に1本になり、
俺が18の頃互角になり、
いつしか逆転しても、
彼は俺の良き師であり続けた。


兵長「王城に勤めれば佐官に昇進できるそうだ。
   勇者殿の口利きだよ」

戦士「…そうですか。
   俺はいずれ町に戻ろうと思っていましたが」

兵長「お前から見て俺の母親はどうだ?」

戦士「…溌剌としていて、良いご母堂だと思います。
   いつも師匠の事を案じているのだろうと感じました」

兵長「あれで、最近、どこか悪いらしい。
   だから一人にはしておけないんだ」

戦士「……………」



171 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 01:03:04.59 ID:woiMU4L00



兵長「実は俺にはかみさんが居たんだよ」

戦士「知ってますよ。
   結婚を機にうちの町に来たんでしょう」

兵長「3年しか夫婦で居れなかった。
   あいつの愛した町を守る事に人生を捧げようと思ったが…」

戦士「………」

兵長「王国軍は精強だ。
   士気は高く、装備も強い。
   きっとあの町はもう、大丈夫だ。
   俺の役目は終わりなんだ」


剣を合わせて感じた。
兵長の兵士としての肉体は衰え始めている。
顔には年輪を重ねた男の苦悩が刻まれ、
剣を握る手には力がなく、
幾度もその剣は弾かれた。


戦士「さよならは言いませんよ。
   また会いに来ますから」

兵長「ああ、ぜひそうしてくれ。
   …いてて、本当に強くなったな。
   もうとても敵わんよ」

戦士「…そういえば、気になっていたんですが」

兵長「どうした?」

戦士「今日の兵長は右への反応が遅れますね。
   いや、反応は同じくらいなんですが、
   多少、右は受けにくそうにする。
   利き手は右手なのに」


172 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 01:04:13.02 ID:woiMU4L00



兵長「ははは。
   見破られていたのか」

戦士「何年剣を合わせてきたと思ってるんですか、はは」

兵長「いや、克服したつもりだったんだがなぁ。
   身体の衰えと共に、また顔を出してきたようだ。
   右半身に古傷があるんだ。
   それが理由だ」

戦士「古傷?」


兵長が服を脱ぐと、まるで刺青のような傷跡が現れた。
傷跡は肩口からシダの葉のように広がり、
脇腹で消えていた。
…どこかで見たような傷。
あれはどこだったか。


戦士「…その傷は……」

兵長「不思議な傷だろう?
   右への反応が遅れる理由だ。
   どうしても右半身とのバランスが悪くてな」

戦士「痛むんですか?」

兵長「日常生活を送るには、全く問題のない傷だ。
   痛む事もないし引きつる事もない。
   だが思ったより深い場所にダメージがあるらしい」

戦士「…それ、…なんの」

兵長「なんだ。最近も見ただろう」

戦士「あ………」


あれは。


―――グオオオオオオオオオ!!!!!


眼球を焼くような閃光。
鼓膜が引き裂かれるような雷鳴と、
爆発的な熱い空気の奔流。

デーモンは容易く片膝をつき、
全身に、

樹にも似た幾何学的な熱傷が光を――――



173 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 01:06:00.17 ID:woiMU4L00



兵長「昔、雷に打たれた事があるんだ」

戦士「…それは、雷の傷、ですか」

兵長「ああ。
   まだお前の町に居なかった頃、俺は雨の戦場で、
   肩に背負った槍に雷を受けたんだ。
   今でもよく憶えてる。
   砂埃が舞い上がり、
   薪の弾けるような音がして、
   肌を刺す青い光が見えた。
   閃光が走ったかと思えばとんでもない音がして、
   気付いた時には介抱されていたよ」


―――聞け!!!!武器を捨てろ!!!!


戦士「だから、あの時」

兵長「忘れもしない、雷の予兆だった。
   生きた心地がしなかったよ。
   人生で二度雷に打たれるのかと」

戦士「はは。
   それで右への反応が遅れるんですか」

兵長「そうなんだよ。全く問題を感じないんだが、
   右半身だけ、少し鈍ったような感覚なんだ。
   医者が言うには後遺症とはそういうもんだそうだ」

戦士「…よく、生きていたものです」

兵長「雷が心臓を通っていれば即死だったそうだ。
   俺は運がいいな」

戦士「……………勇者も」

兵長「む」



174 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 01:07:05.47 ID:woiMU4L00



戦士「勇者の雷魔法を受けても、そうなるのでしょうか」


あの時、確かに聞いていた。
勇者は心臓を狙っていると。


兵長「当然そうなるのだろうな。
   勇者殿の魔法が、雷を喚ぶものだとすれば、
   それが心臓を駆け抜ければ、生きていられる生物は居ない」

戦士「…そんな、力」


人が手にしていいものじゃない、と、
口にしかけて、どうしても声にならなかった。
事実として雷魔法は存在し、
その力を振るう人間もまた存在する。
力は振るわれるためにある。
その矛先が自分や、目に映る人々に向けられる可能性は、
例えどれだけ低いものでも、無視できるものではない。


兵長「………何を考えているかは知らんが、
   それはきっと、お前が思い悩む事ではないよ」

戦士「そうですか。
   …そうですよね。
   すみません」

兵長「勇者殿の力は凄まじい。
   あの力はきっと選ばれたものだと思う」

戦士「…そうですね」

兵長「だがな、戦士。
   俺はお前が勇者殿より劣っているとは思っていないぞ」



175 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 01:07:40.88 ID:woiMU4L00



戦士「…へ?」

兵長「俺だって劣っているつもりはない。
   本当は誰だってそうなんだ」

戦士「よく、わかりません」

兵長「なに、お前はお前にできる事をやればいいんだ。
   お前が思い悩んで、できる事を為したならば、
   それはきっとお前にしかできない事なんだ」

戦士「………俺の、選択ですか」

兵長「勇者殿があの力でなにをするのかは、
   俺達には及びもつかんことなんだろうが。
   だが、本来それはあまり、関係のない事なのだろうな」


176 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 01:08:13.62 ID:woiMU4L00



兵長「そろそろ俺は行くよ。
   王城に用があるんだ」

戦士「ええ。
   立派な少佐になってください」

兵長「じゃあな。
   今晩の酒の約束を忘れるなよ」


兵長は俺にとって、
剣の、そして人生の師だ。
旅路が別れてもそれは変わらない。
本当は別れなどないんだ。

人生とは別れの連続だ。
だが、どこにいようと、
心だけは揺らがない。



177 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 01:09:25.45 ID:woiMU4L00



兵長「58連隊所属中尉、兵長と申します。
   勇者中将にお目通りを」

兵士「確認致します。
   少しお待ちください」


母が倒れたと聞いたのは1週前。
結局軽い過労という事で大事には至らなかったが、
数年振りに会う母は随分と小さく見えた。

亡き妻にこだわり辺境の町に住み続けた。
それを後悔した日はないが、
この時ばかりは後悔しなかった自分を責めた。
良い機会だと思い王都に戻る決心をしたが、
町に残す事になる、息子同然の男にひと目会いたかった事も事実だ。

偶然とはいえ、それが叶ってよかった。


兵長「…はは。
   あいつも、随分と強くなった。
   いつまでも小僧だと思っていれば…」


戦士には剣に関して、天賦の煌めきを感じた。
いずれ大陸一の剣士になってくれればと思っていたのに、
ある時突然、大仰な斧槍を持ち出し、
自分の得物はこれにする、と言い出した。

あいつが腕を磨くのは魔物を狩るためだ。
魔物の体格に合わせた武器を選ぶのも自然な事だろう。
しかし戦士の天賦の才は、本来一騎打ちには向かぬ斧槍を用いても、
立ち合いで敗北を知る事はなかった。
師として鼻が高いが、
同時に寂しくもある。
もはや自分が相手では戦士にとって鍛錬にすらならないのだから。

今夜がいい酒になればいい。
あいつも辛い思いをしてきただろう。
剣の師は失格でも、
人生の導き手くらいにはなれるといい。



178 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 01:10:21.34 ID:woiMU4L00



憲兵「兵長殿ですね。
   辺境の町の、元衛兵長」

兵長「そうですが、何か…」


声をかけてきたのは、白い軍服姿の男だ。
他と違う、秩序を顕す白い軍服。
その白は警察権を示す。
軍隊内部の秩序と規律を守るための。


兵長「軍警察が、何の御用でしょうか」

憲兵「誤解なさらぬようお願いします。
   ただ、少し意見を頂きたいのです」

兵長「はあ。
   しがない辺境の町の衛兵がお役に立てれば良いのだが」

憲兵「兵長殿は、
   辺境の町でデーモン種と戦ったと聞きます」

兵長「………いかにも、戦いました。
   私が直接ではないにしろ、
   我々はデーモンと戦い敗れ、
   勇者殿に助けられた」

憲兵「その経験でお答えください。
   デーモン種は、自らの魔力を隠せますか?」



179 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 01:11:12.16 ID:woiMU4L00



兵長「仰られている事の意味がわかりかねますな。
   私は魔法に関して門外漢も甚だしい」

憲兵「…では、デーモン種は自らの魔力を隠そうとすると思いますか?」

兵長「まず隠さんでしょう。
   確かに強大な魔力を感じたが、
   むしろ力を誇示する事を好むと思います」

憲兵「そうですか………」

兵長「何を悩まれているのかわかりませんが、
   魔力が検出されんのなら、それは魔法ではないのでは」

憲兵「ええ、ええ。そうなのですが」

兵長「私ではやはりお役に立てません。
   学院出身の者を探した方がいい」

憲兵「…しかし…魔法としか思えん事件なのです。
   肩口に微かな火傷があるのみで…」

兵長「私に漏らすとあとで叱られますぞ」

憲兵「ああ、いえ。
   どうか忘れてください。
   ………勇者殿に確認が取れたようです」

兵長「そうですか。
   お役に立てず申し訳ない」

憲兵「いえ。突然失礼致しました」



180 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 01:12:22.18 ID:woiMU4L00



勇者「兵長殿か。
   お早いお着きだ」

兵長「推薦状、感謝致す。
   本来上官である貴女には礼を尽くすべきだが…」

勇者「気にせずともいい。
   私の指揮下の者という訳でもないしな」

兵長「これからは王城勤めだ、そういう訳にもいくまい。
   共に仕事をする事があればその時は上官として礼を尽くそう」

勇者「戦士殿には会えたか?」

兵長「ああ、彼は今、私の母の暮らす家に逗留している。
   どうも彼が世話になったようだ。
   私は彼の親代わりのようなものでね、
   代わって礼を言おう」

勇者「そうか。なによりだ」

兵長「ところで王城でなにか起こっているのか?」

勇者「…なにか、とは?」

兵長「先程軍警察に声をかけられてね。
   随分と困っている様子だった」

勇者「……………。
   残念ながら、軍警察の任務については、極秘が原則だ。
   当然私も知る事はない」

兵長「魔法がどうとか言っておりましたな。
   あと火傷とか。
   私も無関係とはいくまいが、
   そういう事なら仕方ない」



181 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 01:13:01.81 ID:woiMU4L00



勇者「………いや、やはり貴公には話しておこうか」

兵長「あまりいい話ではなさそうだが、はは」

勇者「ここ7日間の話だ。
   近衛師団長と、宰相の2人が、ここ王城で身罷られた」

兵長「………死因は?」

勇者「外傷も魔力の残滓もなしだ。
   部屋に争った形跡もなし。
   突然死んだとしか説明がつかぬ」

兵長「それは。謎としか言いようがない」

勇者「ああ、実は外傷はあるのだ」

兵長「ほう。どんな?」



勇者「左肩と脇腹に火傷のような跡がな。
   加えて、それを繋ぐように薄く、
   樹のような痣が」


182 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 01:14:26.64 ID:woiMU4L00



兵長「!!!!!!」

勇者「顔色が変わったぞ。
   どうした、兵長」

兵長「…それは。
   雷の跡だ」

勇者「凄いね。君にはわかるんだ」


勇者の姿が歪んで見える。
そもそも、この女性は、どのような印象だったか。
怜悧な眼光。
感情の乗らぬ声。
そして圧倒的な力。

とても味方にはなり得ぬような。


勇者「剣、抜くんだね。
   王城で剣を抜いちゃ、大問題だよ」

兵長「貴様は………、
   何を考えてる…?」

勇者「そっちこそ何を考えてるの?
   早く逃げ出すべきじゃない?」

兵長「何を馬鹿な。
   貴様が俺の考えている通りの人間なら、
   ここで討ち取られるべきだ」

勇者「…ふーん。
   じゃ代わりに僕が言おう。
   僕が実は近衛師団長と宰相を殺した暗殺者で、
   君が興味本位でカマをかけてきちゃって、
   それがあんまり聞いてほしくない事だったから、
   君を殺そうとしてる。
   しかも僕の殺害方法は、
   音もなく痕跡も残さない。
   しかもここは密室」

兵長「………ッッッ!!!!」

勇者「逃げるべきだったんだよ。
   僕が、僕になる前に」



―――――戦士ッッッ……!!!

     こいつはッッッ……―――――



183 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 01:15:50.98 ID:woiMU4L00



勇者「君が悪いんだよ。
   ヤブをつつくから」


執務室の入り口に倒れている男。
戦士の師匠だか、親代わりだか、
よく知らないけど、戦士の傍に居た人ってだけで、
なんだか気分が悪い男であるのも事実だった。

せっかく王都に呼び寄せて彼から引き離そうと思ってたのに、
ここで機嫌を損ねられると、
もう殺すしかないじゃん。
だから仕方ない。
彼には言えないなぁ。
僕がこんな事してるなんて事。


勇者「…ま、最終的に、あの子が全部悪いんだけどね。
   助けてくれた事には感謝してるけど、
   一人で幸せになろうなんてするから」


故郷で結婚して人並みの幸せを、なんて。
君にできるわけがない。
でも悔しいから、君の愛した男は、
僕の傍に置いておく事にするから。


勇者「だから安心して死んでてね。
   ………戦士、早く会いたいなぁ」


くるくると回ってみたりして。
夢見る少女って感じ?
恋する乙女の方がいいかな。


勇者「あはは」


勇者「あはははははは………」



184 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 01:16:34.71 ID:woiMU4L00
前編終わりです。
続きはまた1週間後。
185 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/12(土) 01:17:46.06 ID:u4imCYX8o
乙です❗
186 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/09/12(土) 11:36:55.76 ID:q66R6CoF0
乙!
これ戦士がモテてるんじゃなくて魔女がモテてたのか……
187 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/12(土) 16:23:59.28 ID:/dLs0VdAO
乙!
188 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/13(日) 11:04:09.09 ID:ayWrWvIkO
変わり者もといバケモノ同士通じるものがあったのかねぇ
189 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/13(日) 14:16:07.55 ID:CVENHaB+O

やはりダークサイドだったか
わかりやすくて良いな
190 : ◆DTYk0ojAZ4Op [sage saga]:2015/09/18(金) 13:27:21.77 ID:CegrmzApO
お久しぶりです。
数々のレスありがとうございます。
励みになります。
応援されると俄然やる気が出るってものです。

頑張って今夜更新しようと思います。
シルバーウィークはちょっと更新できそうにないので…

よろしくお付き合いください。
恵まれぬ斧使いの「せんし」に愛の手を。
191 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/18(金) 17:21:09.57 ID:Lo0eUNd6O
期待して待つ
192 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 01:59:05.64 ID:HzNUYnay0



憲兵「兵長殿?
   確かに昨日、見えられたが」

戦士「自分は兵長殿の家に逗留しているのですが、
   昨日から帰られないのです。
   連絡がないので、自分がご母堂の代わりに」

憲兵「そうですか。
   しかし、私どもではわかりかねるようです。
   昨日は勇者殿と会われていたようですが、
   その後の事は…」

戦士「…ありがとうございます。
   勇者殿にアポイントは取れますか?」

憲兵「勇者殿は昨日の夜から出られております。
   恐らく第6師団司令部だと。
   拠点は荒れ野近くです。
   しかしあの方はほぼ拠点におられないので、
   連絡もつかないと思います。
   帰りを待たれた方が」

戦士「うーん…」

憲兵「なに、兵長殿の事は存じてはおりませんでしたが、
   話を聞く限りでは勇猛な指揮官という印象を受けました。
   きっとなにか事情があるのでしょう。
   容易く危機に陥るような方ではないのでは?」

戦士「…そうですね。
   あ、そうだ。
   一人、他にお会いしたい人物が」

憲兵「はぁ、どなたでしょうか」

戦士「盗賊、という方を。
   第6師団所属という事しかわかりませんが、
   そう言えばわかる、と」


193 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 01:59:59.23 ID:HzNUYnay0



見習「姐さん、執行部の到着が少し遅れるそうです」

賢者「そう。
   相変わらず動きが鈍いわね」

見習「あと都から連絡が来ました。
   盗賊という男を捕らえろと」

賢者「………誰の入れ知恵?」

見習「すみません、俺です」

賢者「伏せろと言ったはずよ。
   強行に出る段階ではないわ」

見習「…しかし。
   手がかりは、そこしか」

賢者「それに、あなたの判断する事でもない。
   隊長は誰だったかしら?」

見習「……姐さんには、わからないのか」

賢者「…言うじゃない。偉くなったものね」

見習「俺には聞こえる。
   刻々と近づく戦禍の足音が。
   それは…姐さんにも、きっと」

賢者「……………」

見習「時間はもうないんだ。
   手段は選んでいられない」

賢者「…いいわ。
   応援が着き次第、やってあげる。
   あんたにも、手伝ってもらうから」

見習「ごめん。
   俺、クビでもいいよ」

賢者「いいこと?
   これは始めから失敗したお仕事になるわよ。
   それだけは覚えておいて」

見習「…覚悟の上です」



194 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:02:29.42 ID:HzNUYnay0



憲兵に第6師団の人間と連絡を取ってもらったところ、
中央王国軍に盗賊という名の登録は無いそうで、
どうも嘱託のような扱いだそうだ。
普段の顔は町の宿屋の主人。
その宿屋というのも王都の外れ、暗黒街に近く、
ならず者たちの溜まり場になっているような宿らしい。

教えられた場所に行くと、盗賊は店先で掃き掃除をしていた。
古いながらも趣のある宿だ。
その風情は盗賊という男によく似ている。
繕われた部分も数多く、年月を感じさせながら、
その姿を微塵も恥じていない。

ただ、その方々に残る修繕の跡は、
その奥の、深刻な欠陥に目を向けさせないためのような、

虚栄だとも、確信できた。


盗賊「おや旦那。
   本当に訪ねて頂けるとは」

戦士「あんた、一体何者なんだ。
   軍籍を持った事もない、
   嘱託軍人なんて聞いた事ないぞ」

盗賊「そりゃあ、私は勇者殿個人に雇われておりますから」

戦士「そんなの、軍人じゃねぇよ」

盗賊「まぁ、お入りください。
   なにか御用があって来られたんでしょう」


促されて宿に入ると、
訝しげな目線を多く感じた。
敵意ではない事は確かだが、
どちらかと言えば敵意を向けようか悩んでいる、
という雰囲気。

この盗賊という男は、
勇者の弁では、かつて、奴隷商の元締めだった。
ただ軍籍を持たないという事は、生業は少なくとも宮仕えではないのだろう。
どこまで信用できるのか。
それは堅気の俺には、全く計り知れない。

しかしこんな場所に店を構えていられるのなら、
暗黒街へ未だある一定の影響力を持っているという事は、
確かな事だと言えるだろう。



195 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:03:25.67 ID:HzNUYnay0



戦士「人を探してもらいたい」


といっても、この男が何をしていようと、
俺には関係のない事だ。
今はこの男の協力が必要だし、
個人的に協力すると言ったのはこの男の方だ。


盗賊「いきなりですな。
   それで、誰を?」

戦士「兵長という男性だ。
   昨日、勇者と会った後、行方不明になった」

盗賊「はぁ。なにか急用なのでは?」

戦士「王城の誰もが行方を知らなかった。
   勇者と会ってからの消息がわからないんだ。
   夜、食事の約束をしていたんだ。
   連絡なしに失踪するような人じゃない」

盗賊「…確かに、それは妙ですな」

戦士「勇者と連絡を取る事は難しいと言われた。
   あんたも勇者と一緒かと思ってたけど」

盗賊「私が勇者殿と行動を共にするのは、
   個人行動の時のみですから。
   勇者殿は今司令部に戻られております」

戦士「なんとか頼むよ。
   王都には詳しいんだろう?」

盗賊「確かに、引退した身とはいえ、
   王都の事でしたら表の事も裏の事も、
   大抵の情報は私の耳に入ってきます。
   しかしですな。全く行方がわからないという事であれば…」

戦士「ひょっこり戻ってくるかもしれんが、
   なにかあったとしか思えない。
   片手間でいいから、探しといてくれ」



196 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:04:16.22 ID:HzNUYnay0



盗賊「ははは、旦那も勇者殿と同じで人使いが荒い」

戦士「協力するっつったのはあんたじゃないか」

盗賊「確かにそうですが、そのご依頼は、
   私個人ではなんともなりません。
   なにか対価を頂かなければ」

戦士「金か?」

盗賊「金は必要なものですが、
   今のところ私は金には困っておりませんので…。
   そうですな…」

戦士「つっても俺は貧乏だし、
   売り物になるもんはねぇなぁ」

盗賊「では、護衛をしていただきましょう」

戦士「護衛?」

盗賊「実は私は今、命を狙われておりまして」

戦士「はぁ?」

盗賊「言ったでしょう。
   王都の事なら、大抵の事は私の耳に入ってきます」

戦士「きな臭い事はごめんだぞ。
   ただでさえ中央王国には用が残ってるんだ」

盗賊「いえいえ、これは旦那にも関係する事です」

戦士「俺に………?」

盗賊「ええ。
   私の命を狙っておるというのは、
   執行部隊ですから」



197 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:05:01.96 ID:HzNUYnay0



戦士「待て待て、とにかく、
   詳しい事を話して欲しい」

盗賊「執行部の人間と思しき人物が、
   魔法の王国に連絡を取った形跡があるのです。
   諜報員としても魔法使いとしても未熟なのか、
   念信が傍受されました。
   私を捕らえるとか言っていたそうです」

戦士「へぇ。
   こないだのヤツに出てこられると厄介だな」

盗賊「ええ。勇者殿不在の今、
   彼女に狙われては命がありません。
   王城に居ればハコ的に入りにくいので、
   多少は安全でしょうが、
   王城は私にとって居心地が悪いので」

戦士「じゃあ数日、あんたの護衛を引き受ければいいんだな。
   そしたら兵長を探してもらえると」

盗賊「そうなりますね。
   できれば執行部が私を諦めてくれるまでがよいのですが」

戦士「勇者が帰ってきたらくっついてればいいだろ。
   接近されなければ有利らしいし」

盗賊「いえいえ、勇者殿はなにかとご多忙なので。
   旦那も暇というわけではないでしょうが」

戦士「ところであんたはどれくらい戦えるんだ?」

盗賊「戦闘の心得は多少ありますが、
   期待されては困りますな。
   雑兵に劣ります」

戦士「…そうか。
   わかった。3日間、あんたを護衛する」

盗賊「すみませんな。
   安宿ですがうちにお泊まりください。
   不自由はさせません」



198 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:06:28.72 ID:HzNUYnay0



賢者「…と、いう事らしいわ」

見習「……………すみません」

賢者「念信は時間と場所をよく選べって言ったでしょ?
   どこで連絡したの?」

見習「えーっと、町外れのどこかで…」

賢者「…失敗例にもならないのね。呆れたわ」

見習「ほんと、すみません」

賢者「戦士が護衛についてるなら、
   誘拐は絶対に不可能よ。
   …どーしようかな」

見習「中止しないんですか?」

賢者「国家直々の命令なのよ。
   私達に拒否権があるわけないでしょう」

見習「…そーですけど」

賢者「あーもう、めんどくさいわねー。
   仕方ないから外出したところを狙いましょ」

見習「外、出ますかね?」

賢者「出なかったら無理。
   強襲して全員で戦士に殺されればいいわ」

見習「そ、そんな」

賢者「んー………」


私の使い魔は鳥。
私が魔力を通せる最小の生き物。
このサイズで限界。
虫を使い魔にするとか神業だと思う。
鳥の視界に映る戦士がこちらを見ている。
鋭いなぁ。
結構離れてるのに。

戦士はぱくぱくと口を動かす。

こ、ん、や、ひ、と、り、で、こ、い。

……………うふふ、生意気。
言われなくても行ってあげるわよ。
私だって困ってるんだから。


199 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:07:21.54 ID:HzNUYnay0



窓を開けて待つ。
少し冷え込む夜風が心地良い。
秋の夜、空気は蒼く澄みわたり、
あらゆる輪郭は月明かりに濡らされて、
鮮やかな夜の景色を映し出す。

夜風にカーテンが踊る。
さざなみのような風に掠められ、
ゆらり、ゆらりと、リズムを取る指のように。
それはじれったくもあり、優しげでもある。
窓枠は額縁のように、夜空から秋の大きな月を掬い上げ、
カーテンは揺れる度に月のその姿を隠す。
気まぐれな夜。
カーテンを束ねようとは思わなかった。
今夜の待ち人には、きっとこんな夜が似合うだろう。

一陣の強い風が吹いた時、
一度だけふわりと大きくカーテンが揺れ、
まるで最初から窓辺に座っていたかのように、
彼女の姿が影絵のごとく月光を遮った。


賢者「待った?来てあげたわよ」

戦士「演出過多じゃないか?」

賢者「私は魔法使いよ。
   演出が効いてなくてどうするの」


長い黒髪は、月明かりに濡れていて、
まるで金色の鱗粉を纏っているかのようだ。
彼女には夜が似合う。
長い黒髪も、色を吸い込むような黒い瞳も、
妖艶な唇も。


戦士「はは、それもそうだ。
   魔女も言っていたよ。
   魔法使いは、演出がうまいって」


200 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:08:39.31 ID:HzNUYnay0



賢者「あんたは下手そうね、うふふ」

戦士「俺は魔法使いじゃないからさ。
   そんな事を言えば、
   あいつだって、魔法使いの割には下手だったよ」

賢者「そうね。
   あの子は、とっても下手だった。
   魔法使いらしくなかったわ」

戦士「…前、聞きそびれたが」

賢者「なあに?」

戦士「学院に居た頃のあいつは、
   …どんな奴だったんだ?」

賢者「…そうね。
   優しい子だったわ」


賢者は、堪えるように唇を噛み締めながら、
堪えきれずに漏れ出るような言葉で、
魔女の話を続ける。
苦しげな声は、こぼれ落ちる涙を思わせた。
表情には、少しの怒りと悲しみ。
そして、大きな親愛の情が浮かんでいる。


賢者「同室になったのは4年間よ。
   私はあの子のひとつ上だったし、
   身体も他の子より大きかったから、
   痩せっぽちの、みすぼらしい、傷だらけのあの子の事は、
   妙に癇に障ったわ」

戦士「痩せっぽち?
   あいつはどっちかといえば…」

賢者「あの頃は痩せてたわ。
   ろくなもの食べてなかったみたいで」



201 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:09:56.45 ID:HzNUYnay0



戦士「ろくなものって…苦労してたんだな」

賢者「主人が意地悪だったのよ」

戦士「…主人?」

賢者「………まずったわね」

戦士「待てよ。どういう事だ?」

賢者「まぁいいか。有名な話だし。
   …あの子は、奴隷出身なのよ」


そういえば、勇者も、同じ事を言っていた気がする。
魔女は奴隷出身だと。
しかし、あいつは辺境で生まれ育ったはずだ。


賢者「あの子は魔法の王国に来る時、火竜山脈の東側を通るルートを選んだの。
   辺境の町は独立を保っていたでしょ?
   西側だと、中央王国領を通る事になるから、
   国境で足止めされるのを嫌ったんでしょうね。
   …でも、東側は荒れ野との境っていう事と、
   無主地って事で。
   治安が悪くてさ…」


大陸の片隅からの、少女の一人旅。
それがどんな危険を伴うのか。
当時の魔女にはまだ想像できなかったんだろう。


戦士「奴隷狩りに、捕まったのか」

賢者「…うん。
   で、たまたまそこが魔法の王国の近くだったから、
   魔法の王国で売られたのよ。
   結局ある貴族があの子の事を買ったんだけど、
   そいつがとんだロリコンで…。
   ああ、純潔は守られたみたいよ」

戦士「……………」



202 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:11:12.85 ID:HzNUYnay0



賢者「続けるわよ」

戦士「……………ああ、聞かせてくれ」

賢者「うん。
   まぁそれで、たまたま魔法の才能があったって事で、
   貴族が後見人になって学院に入学してきたの。
   第一印象は悪かったけど、
   学院の寮で暮らすうちに栄養状態も良くなって、
   本来の可愛らしい顔に戻る頃には、
   私なんて足元にも及ばないくらいの魔法使いになってた」

戦士「…そりゃ凄い。
   魔法使いってのは、6年で一人前になれるかどうかって世界だろう」

賢者「系統を選ばず、術式への理解力も再現性も応用性も、
   新しい術式を開発する発想力も凄かったけど、
   一番凄いのは魔力量だったわねー。
   どれだけ魔法を使っても魔力切れを起こさないの。
   まるで生きてるだけで魔力を生み出しているようだったわ」

戦士「回復力が優れてるって事か?
   魔力は休めば自然回復するんだろ?」

賢者「そうだけど、あくまでそれは補充よ。
   魔力って大気中にあるものなのよ」

戦士「え、そうなの」

賢者「うーん。完全には解明されていないんだけど、
   魔力は大気中っていうか、外界に存在するものと、
   体内に存在するものがあって、
   魔法使いが魔法に用いるものは後者。
   で、魔力は使う度、自然に外界から補充される。
   外界に存在する魔力はとても薄くって、
   本来回復には時間がかかるのよ。
   でもあの子は体内の魔力がずば抜けて多くて、
   少なくとも私は、あの子が魔力切れを起こしたところ、
   見たことがないわ」


203 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:12:05.46 ID:HzNUYnay0



賢者「でも最後に会った時は、それまでの無茶な魔法行使が祟ったとかで、
   ずいぶん力が衰えてたみたいだけど」

戦士「そうなのか。
   とてもそんな風には見えなかった」

賢者「あんたとあの子が再会したのは、4ヶ月くらい前でしょ。
   その頃にはもう衰えきってて、昔ほどの魔法行使なんて、
   とてもできなくなっていたわ。
   それでも並の魔法使いとは比べ物にならなかったんだけどね」

戦士「へ、へぇー。
   まさかそこまで凄いなんて思ってなかったな」

賢者「そ。
   あの子は凄いのよ。
   …でも、それを鼻にかける事はなくて、
   それも殊更に学院の人間たちに、あの子を疎ませたのよ。
   あの子が発見した魔法特性や、開発した術式はいくらでもあるわ。
   魔力炉、魔力紋だってそうだし、魔界の発見と交信方法、
   新種のキメラ、多系統統合魔法、新型の自動人形に、
   術式のマルチアクション、他にも色々」

戦士「でも、奴隷出身ってだけで」

賢者「学院は閉鎖的なのよ。
   異分子には厳しいわ」

戦士「……………」

賢者「それでもあの子は、結果を出し続けたわ。
   あの子、ある口癖があってね」

戦士「口癖?」

賢者「人々が争い合う理由がなくなればいい。
   理由がなければ皆争い合う事はないはずだ、って」

戦士「……………」



―――私は、戦争を止めたかったんだ。


204 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:12:51.89 ID:HzNUYnay0



賢者「うふふ、あともうひとつ」

戦士「なんだよ」

賢者「いつか故郷に戻りたい。
   彼が待ってくれているといいのだけど、って」

戦士「……………」

賢者「…うふふ。からかうのはやめておくわ。
   あの子の話もそろそろやめましょ。
   本題に入らないと」


本題とは盗賊の話だろう。
賢者は窓枠から身を踊らせ部屋の中央に座ると、
まっすぐとこっちの目を見つめてきた。
魔女の話をしていた時の、物憂げな眼差しとは違う、
意思を強く込めた、本来の彼女の眼差しで。


賢者「あんた、護衛の仕事、なんで受けたの?」

戦士「色々と事情があるんだ。
   あの鳥が全部聞いてるんだろ?」

賢者「あんたが護衛をするって事は、
   私と戦うという事よ。
   わかってるの?」

戦士「戦うって、なんで?」

賢者「はぁ!?執行部を率いてるのは私よ!?」

戦士「だから、戦わない方法を取るために、
   誘いに応じたんだろ」


205 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:13:31.86 ID:HzNUYnay0



賢者「……ふざっ………」

戦士「話を聞くに、お前らしくないところも多かったしな」

賢者「………まー、そーだけど…」

戦士「乗り気じゃないんだろ?」

賢者「なんでそう思うわけ」

戦士「お前の発案なら、こんなに簡単に漏れるわけがない。
   この件はきっとお前の与り知らぬところで勧められたはずだ。
   なら護衛を受けて、お前と話せば避けられる」

賢者「……………」

戦士「そう思ったんだ。
   なんで盗賊を狙うんだ?」

賢者「………まぁ、いーわ。
   合格よ」

戦士「はぁ?」

賢者「口癖。
   出来の悪い部下を持つと苦労するの」

戦士「俺はお前の部下じゃねーよ」

賢者「盗賊という男を狙う理由はね、」

戦士「話聞けよ」


206 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:14:26.19 ID:HzNUYnay0



賢者「その男が、勇者の素性を知っているって仮説よ」

戦士「勇者の素性?」

賢者「そ。
   あの雷女が、どういう生まれで、どこで剣を習ったのか。
   どこで雷魔法を身につけたのか。
   それだけじゃないわ。
   弱点も」

戦士「でも。それは、あくまで仮説だろう。
   なにも知らない場合はどうするんだ」

賢者「調べが必要ならそうするだけよ。
   たとえ思わぬ結果でも………。
   そんな事は大きな問題じゃない。
   そうでしょ?」

戦士「……………そんな、仕事」

賢者「忘れたの?
   私達は荒事専門なのよ」


つまりこういう事だ。
盗賊が何を知っていようと知らなかろうと、
賢者たちは、「行動を起こしてから考える」。

捕まえてみて、知っていれば聞き出すし、
知らなければ殺すだけ。
可能性のひとつを潰してみる、というだけ。

だが、それは。


戦士「学院はそこまで追い詰められているのか?」

賢者「これは学院のお仕事じゃないわ。
   魔法学院は国立施設なのよ。知ってるでしょう?
   このお仕事は、国家直々のお仕事よ」

戦士「じゃあ、戦争は」

賢者「避け得ないと判断したわけ。
   私はこのお仕事、したくなかったけど、
   出来の悪い部下が突っ走っちゃって。
   おかげで話がややこしくなったわ」


207 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:15:16.42 ID:HzNUYnay0



賢者「あんたもあんたよ」

戦士「なんでだよ」

賢者「なんでって。
   誘いに乗って来てあげたけど、
   私をどう説得するつもりだったの?」

戦士「……………」

賢者「呆れた。
   なにも考えてないのね」

戦士「…ま、話せばわかるかなって。
   だからそれを話し合おうとしてるんだろ」

賢者「それで?展望としてはどうなの?」

戦士「…うーん。命令は拒否できないのか?」

賢者「できるわけないでしょう。
   国家直々の命令よ」

戦士「…………あーもう。
   お前も考えてくれよ」

賢者「盗賊の話が出た時から考えたわよ。
   考えた結果、報告内容に入れないって結論だったんだけど…。
   こうなってしまった以上仕方ないわ」

戦士「ほ、他に。
   なんか手はないのか」

賢者「ないわ。強いて言えばあんたが手を引く事ね」

戦士「俺だって中央王国軍だぞ。
   立場上盗賊の護衛を勤めるのも自然だ」

賢者「じゃあ私達と戦う道を選んで」

戦士「嫌だよ。
   なんでお前と戦わなきゃならないんだ」


208 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:16:10.72 ID:HzNUYnay0



戦士「あっそうだ。
   要はお前が任務を遂行すればいいんだろ?
   じゃ、お前は一応盗賊を襲撃して、わざと失敗…」

賢者「はぁ?無理に決まってんでしょ」

戦士「なんでだよ」

賢者「あのね、私は一度失敗してるのよ。
   鉱山都市の一件、忘れたの?」

戦士「あー………」

賢者「あの失敗が許される条件はね、
   相手が勇者だった事。これは雷魔法の痕跡で証明されるわ。
   加えて、私の任務成功率が極めて高い事。
   これまで積み上げてきた信頼ね」

戦士「じゃ、次の失敗は」

賢者「許されないわ。
   ましてや今回の襲撃対象は、リタイヤした中年男よ。
   あんたは名が知られてないし。
   私にとって任務失敗は一番困るのよ」

戦士「…う……厳しいなぁ…」

賢者「…私だって、あんたと戦いたくはないけど」

戦士「そうなのか。意外だ」

賢者「…次、やっても。
   私、きっと、勝てないし」

戦士「へ?」

賢者「なんでもないわよ」



209 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:17:05.51 ID:HzNUYnay0



戦士「んー…じゃあさ。
   俺が勇者の話を、盗賊から聞き出して…」

賢者「聞き出せたとして、信頼性の低いソースじゃ意味ないわ」

戦士「………あー、もう、どうすりゃいいんだよ」

賢者「そもそもあんたにそんな真似できるの?
   相手はずっと闇社会で生きてきた人間よ。
   棒振りに一生を捧げてるあんたの交渉術に期待はしてないわ」

戦士「どーも、すいませんでした」

賢者「…戦争になれば勝てないけど、
   せめて一人くらいは抑えないと」

戦士「んーあー………。
   つまりは勇者の素性がわかればいいんだろ。
   それも確かなソースで」

賢者「そうね。
   あ、王城に居ればって話をしてたわね。
   あれは惜しかったと思うわ。
   執行部も王城内じゃ荒事はできないから」

戦士「お、おう」

賢者「でも結局、嘱託って事で現実的じゃない。
   例えば盗賊が、軍籍に身を置けば、
   上を説得するのに割といい線行くと思うんだけど」

戦士「でもあいつ、軍籍なんて絶対無理だと思うぞ」

賢者「そうね。私もそう思うわ。
   …あー、勇者の素性が謎なのが問題なのよ」

戦士「ん?」



210 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:17:55.20 ID:HzNUYnay0



賢者「は?」

戦士「ちょっと待て」

賢者「なんなのよ」

戦士「結局問題はそこなんだ。
   勇者の素性が全くの謎って事。
   1年半前、突然中央王国軍に現れ、だっけ?」

賢者「そーね。
   神託がどうとか言って。
   デモンストレーションで雷落っことしてから、
   王都はアイツに夢中。
   でもそんなアイドルが対特定生物国防師団なんていう、
   きな臭いところの師団長なもんだから、
   怪しいものよね」

戦士「つまり、ソースが他にないって思い込んでるから、
   手詰まりなんだ。
   盗賊にこだわり過ぎてるんだよ」

賢者「………あー」

戦士「ならソースの価値を下げてやればいい。
   先に他から見つけてしまえばいいんだ。
   勇者の素性を」

賢者「……………」

戦士「な、なんだよ」

賢者「そりゃそうだけどって感じ。
   全くもって正論だし、悪くないけど。
   宛はあるの?
   そんなに時間、ないわよ」

戦士「……………ない」

賢者「でしょうね。そんなものがあるなら、
   私達がとっくに見つけてるもの」


211 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:19:30.52 ID:HzNUYnay0



戦士「なんか勇者に繋がりそうなところ、ないのかぁ?」

賢者「だいたい、そんなに盗賊って男が大事なわけ?
   私と戦ってまで?」

戦士「盗賊は襲わせたくないし、お前とも戦いたくない」

賢者「…はぁ。子供じゃあるまいし。
   言っとくけどね、盗賊は元盗賊ギルド長よ。
   バーグラーとしては、かつてはこの世であの男に入れない場所はない、
   と言われたほどの凄腕よ。
   思いつく悪事はだいたいやってる極悪人なのよ」

戦士「………まぁ、薄々思ってはいたよ。
   でも、一度旅をした仲間だから」

賢者「呆れたお人好しね」

戦士「しかたねーだろ。
   元々俺は魔物としか戦いたくないんだ。
   そりゃ、仕方なく人を相手にする事もあるけど…」

賢者「たとえ勇者でも同じ事を言うわけ?」

戦士「そりゃそーだ。
   一時とはいえ、仲間だったんだから」

賢者「はぁー。
   あのね、私とあんたの接点はあの子だけなんだから。
   私と勇者は絶対に相容れないのよ。
   どちらかを選べとは言わないけどね」

戦士「………う」

賢者「私と勇者が戦ってるところを見たら、
   あんたどうするの?
   というか、私が探ってる事は、勇者を殺す方法なのよ。
   言ってしまえばね」

戦士「………ん?」

賢者「なによ」

戦士「魔女。
   あいつが言ってたんだよ。
   遺言で」

賢者「水晶球の話?」

戦士「ああ。雷に気をつけろって」



212 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:20:23.26 ID:HzNUYnay0



賢者「…え?」

戦士「追伸のような言い回しだった。
   これは絶対に勇者の事だと思う」

賢者「馬鹿!なんで早く言わないの!?」

戦士「わ、忘れてたんだよっ。
   これ、あいつは勇者の事を危険だと感じていたって事だろ」

賢者「……………そうね。
   間違いないと思うわ。
   でも、なんであの子が、勇者にこだわるのかしら」

戦士「なんか繋がる情報ないのか?
   お前は個人的にあいつの事調べてるんだろ?」

賢者「……………ちょっと待って。
   考えてるから」

戦士「おう」

賢者「……………そうだわ。
   魔女が、あの子が魔研に協力してたって噂があるの」

戦士「いや、中央王国はあいつの身柄を押さえたがってんだろ。
   あいつの研究は害悪だって、勇者も言ってたぞ」

賢者「仕方ないじゃない、そうなんだから。
   で、魔研に数年前認可が降りた研究と関係してるって話があって…。
   その認可に関係した人物が最近連続して不審死してるのよ。
   つまり…」


―――魔研の研究内容を調べれば…


賢者「あの子と、勇者の…。
   繋がりが見えてくるかもしれない」



213 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:21:06.73 ID:HzNUYnay0



戦士「待て待て、つまりどういう事だよ」

賢者「可能性は薄いけど。
   …無視できる可能性じゃないわ」

戦士「魔研がどうしたって?」

賢者「詳しい事はまた話すから!
   あんたも協力して」

戦士「お、おう。
   協力はもちろん、するが」

賢者「いい?
   とにかく、魔研に侵入する必要があるわ。
   でも執行部にそんな命令は出ていないのよ」

戦士「じゃあ、個人的にやるしかないってのか?」

賢者「それも…難しいわね。
   朝にも執行部からの増援が来ちゃって、
   そんな暇なくなるわ」

戦士「どっちにしろ無理じゃねーか」

賢者「だから、あんたにやってもらう事は―――」



214 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:21:46.37 ID:HzNUYnay0



盗賊「はぁ、魔研に?」

戦士「ああ。
   お前の権限で入れないか?」

盗賊「そうですな。
   鍵開けは数少ない取り柄ですから。
   その気になればどこにでも入れますが」

戦士「そういう事じゃねえよ。
   正規の手段で入りたいんだ」

盗賊「できない事もありません。
   ですが、なぜ魔研にこだわるのです?」

戦士「ちょっとな。用があるんだ。
   訳は話せないんだが、護衛の報酬に上乗せさせてくれ」

盗賊「ふーむ…。
   ま、そう言われれば仕方ないですな。
   なに、勇者殿の話をちらつかせれば、
   見学くらい断られる事はないでしょう」

戦士「勇者に迷惑がかからないか?」

盗賊「恐らく事後承諾で問題ありません。
   便宜をはかってくださると思います」

戦士「へぇー。
   信頼されてるんだな」

盗賊「はは、信頼とは少し違います。
   私は勇者殿を裏切れませんから。
   弱味を握られておるんです」

戦士「お前って、人に弱味を見せるような人間なのか?」

盗賊「ま、人には色々あるという事です。
   何時ごろにしましょう」

戦士「そうだな、夕方頃がいい。
   魔研では日がな研究してるんだろ?」

盗賊「研究員は常におりますが、
   ずっと研究しているわけではありません。
   では4時ごろにしましょう」



215 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:23:08.90 ID:HzNUYnay0



賢者『いい?あんたの仕事は、盗賊を連れて魔研に入る事よ』

戦士『なんで盗賊を連れて?』

賢者『あんたが護衛に居る事で、
   襲撃は盗賊の外出を狙う事になってるの。
   執行部は事を荒立てるのを嫌うから、
閉鎖された施設内が望ましいわ。
   そうなれば魔研での襲撃を選ぶのは自然でしょ?』

戦士『なるほど。
   研究所内ではどうするんだ?』

賢者『私はあんたを抑える事にして、あんたと2人で離脱する。
   タイムリミットは10分ってところね。
   10分の間に勇者と魔女の情報を入手する。
   盗賊の情報源としての価値が吹き飛ぶくらいのものがいいわ』

戦士『情報がなければ?』

賢者『悪いけど、その可能性の方が高いわ。
   そうなれば、盗賊の拉致を優先させてもらうから』

戦士『…わかった。仕方ない』

賢者『…けど、その先にもし情報があった場合、
   その価値は私とあんたにとって、計り知れないものという事は確かよ。
   ま、そうそう捕まるような男じゃなさそうだし、
   うちの連中程度じゃ追跡はできないでしょうね。
   そのあたりは安心してていいわよ』


とは言うものの。
俺は魔研が何階建てなのかすら知らない。
つまり俺のやるべき事は、
盗賊を連れ魔研に入り、建物内部をよく観察しながら、
執行部の襲撃を待つ。
とにかく構造を把握し、
怪しげな扉でもあろうものなら、全てを記憶しなければならない。

だがしかし、
魔研の研究は国家機密だ。
一介の兵士の見学に、
その深奥を見せるとは、とても思えなかった。


戦士「…聞いてるんだろ。
   4時だ」


向かいの軒先に止まる白鳩を見やる。
白鳩は置物のように動かない。
…昨日はカラスだったんだけど。
なんで白鳩なんだろう?



216 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:24:21.93 ID:HzNUYnay0



盗賊「朝ご連絡差し上げた者です。
   医薬品庁の代理でこさせて頂きました」

研究員「…はぁ。
    また視察ですか」

盗賊「いえいえ人聞きの悪い。
   ただの見学です」

研究員「…上に、話がまだついておりません。
    所長室にご案内させて頂きます」


魔研はねずみ色の、漆喰のような石のような、
なめらかな建築材料を用いて建造された星形要塞だ。
中原の王国で少し名の知られ始めた新鋭の建築士をわざわざ招聘したらしい。

星形要塞ってのは、文字通り五芒星の形をしている。
かつて大陸ではこの正気を疑うようなデザインの城塞が主流だったという。
五芒星の突起部は中央を囲む5つの稜堡となる。
これには、面的に攻撃を受けてしまう高い城壁を持つ円形の城塞が、
攻城魔法にあまりに無力な事に対し、
多角的に防衛戦を行えるメリットがあった。

しかし魔法技術の進歩が進み、戦力を分散してしまう星形要塞の独特の形状は、
大規模な魔法行使に対して各個撃破を容易にしてしまう結果となり、
いつしか星形要塞はその即応性と円形城壁の堅牢さを併せ持つ多角形要塞へと進化し、
今では深く掘られた塹壕を主防御に置くようになった。

ちなみに本来の星形要塞は稜堡は先に行くほど下がっていて、
城壁を高くしすぎる事により生まれる足元の死角をカバーしているのだが、
魔研はそもそも張り出し陣がなく、屋根の上を歩けない。
最近はこういったレトロながら近未来的なデザインの建築がにわかに流行っているそうだ。


戦士「この壁、なにでできてるんだ?
   漆喰にしては硬すぎる」

盗賊「これはコンクリートですね。
   石灰と火山灰から作られる新素材です。
   立方メートルあたりで豪邸が建ちます。
   強度と靭性、耐久性に優れるのが特徴で、
   …贅沢なものですね」



217 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:25:31.56 ID:HzNUYnay0



変化のない、ねずみ色の通路が続く。
通路には埃ひとつない。
魔女の着ていた長白衣のようだ。
一色に設えられた内装は汚れを目立たせるためなのだろう。


研究員「…こちらです…。
    どうぞ…」


所長室ともなればそうもいかないのか、
少しだけ高級感のある調度品の並ぶ一室に通される。
室内では背の曲がった短身痩躯の男が、
その体格にそぐわない大きな椅子に腰掛けていた。


所長「やぁ、よく来て頂きましたねぇ。
   どちらが盗賊殿ですかねぇ?」

盗賊「私です。
   彼は、護衛の者です」

所長「ほほぉ。
   して、どういったご用件でしょうかねぇ?」

盗賊「かねてより医薬品庁から研究データ開示申請が出されていましたな」

所長「………そうでしたかねぇ」

盗賊「色々と議論が為されたようですが、進捗がありません。
   よって軍部が間に立ち、王国軍中将、勇者の指示のもと、
   納得できる範囲内での研究データの開示請求をする事となりました。
   今回はそのご挨拶です。
   ついでに施設内の見学などを」

所長「…それは、勇者殿が直接来られなければぁ…」

盗賊「いえ、私はただの代理ですので。
   今勇者殿は出払っておられましてな。
   今回はご挨拶だと申した通りです」

所長「…ちっ……………」

盗賊「では、施設内を見学させて頂きましょう。
   見せられる範囲で結構です」

所長「…貴様ぁ………わかっているのかぁ?」

盗賊「なにをです?」

所長「王立の研究機関と内政機関の揉め事の話だろぉ……?
   軍部の介入があるという事はぁ………」

盗賊「なにを仰る。
   中央王国は軍事国家です。
   政府とは軍であり軍は政府です。
   この施設も軍事研究施設では?」

所長「……………ぐぅ………」

盗賊「では、後ほど」



218 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:26:13.25 ID:HzNUYnay0



戦士「さっきはなんの話をしていたんだ?」

盗賊「いえ、魔研は研究データを秘匿しがちでしてね。
   当然ハッタリです」

戦士「そんな事して大丈夫なのか…。
   事実関係を調べられたらどうするんだ」

盗賊「調べられませんよ。
   調べてしまっては医薬品庁に連絡を取る必要が」


盗賊は事も無げにそう断言する。
その返答には少しの逡巡もない。
そう確信している証拠だ。


盗賊「旦那は魔研のなにを見たいのです?」

戦士「んー、とにかく色々見て回りたいな。
   見学はどこまでできるんだ?」

盗賊「魔研はセクションが様々に分かれています。
   確認できるのは第5ラボまでですが、地下も存在します。
   なにせ勝手に研究を始めるものですから、
   研究済みのデータを後から認可するなんて事も多いですな。
   偶発的な発見、という建前で」

戦士「…くせーなぁ。
   内政の目が行き届かないのか」

盗賊「我が国が持つ対魔法技術の粋が詰まっております。
   …魔研はとても広い。
   案内役なしでは限界がありますな」



219 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:27:18.18 ID:HzNUYnay0



研究員「…………え…で…どうしろと」

盗賊「暇そうでしたので。
   案内を頼めますか?」

研究員「…はぁ………。
    実験の手を休めただけ…なんですが…。
    それは…ご命令…ですか…?」

戦士「(会話のテンポわりーなコイツ)」

盗賊「いえいえ、お願い、です。
   とにかくそれぞれのラボの説明をして頂きましょう」

研究員「…まだ…引き受けた…わけでは………」

盗賊「ここは第1ラボですね」

研究員「………………」

戦士「なにしてんだ、あれ。
   妙な粉撒いて」

研究員「魔力の…反応……を…見ています…。
    マグナロイ…を……高温高圧で処理します……。
    すると…炭化して……ああいった粉になるのです……」

戦士「マグナロイって何?」

研究員「……魔法樹とも…呼ばれます…。
    あの粉は…粒子が非常に細かく……。
    オドである残留魔力と…反応して……、
    マナが…オドに変わる反応を…利用し……て…」

戦士「つまりなにやってんだ?」

盗賊「あの粉を撒いた時、そこに魔力が残っていれば、
   光を発するのです。
   魔力紋によって色が変わるので、
   魔法犯罪の捜査に役立っています」

研究員「……………」



220 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:28:06.42 ID:HzNUYnay0



研究員「つまり……、
    第1ラボ…は…、アンチ…マジックラボ…と呼ばれ…」

盗賊「魔法に対抗する技術を研究しているのですな」

研究員「…は……い…。
    直近の…研究では……、
    一定の……音…により…、魔法詠唱を…
    阻害する音……が…発見され……」

戦士「そりゃ凄い。
   呪文の詠唱ができなくなるのか」

研究員「…まだ…研究段階……です……。
    有効な魔法使いと…そうでない……魔法使いと…存在し…」

盗賊「高速詠唱が原因なのです」

戦士「慣れてくると呪文が省略できるんだっけ?
   ら抜き言葉みたいな」

盗賊「呪文には個人差がありますからね」

研究員「……その辺の魔法使いの…呪文なら……妨害できる…のですが…。
    一定のレベル以上となると……」

盗賊「ほうほう。
   第2ラボにはなにが?」

研究員「第2ラボ…は……。
    魔法植物の研究をして…います…。
    医薬品庁の方………というのなら…そちらでは……?」

盗賊「そうですな。
   まぁそれは後ほどで構いません。
   第3ラボは?」

研究員「第3ラボは……。
    あまり…お見せできるものでは………」



221 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:28:48.77 ID:HzNUYnay0



戦士「ん、なんで?」

研究員「…特定生物の……研究…をしています……。
    つまり…魔物を……」

戦士「うわぁ。切った貼ったってやつか」

研究員「そう……です………。
    第4、第5ラボは……、
    自然現象を…それぞれ水、地……火、風を……、
    研究……して………」

盗賊「なるほど。自然干渉は魔法の基礎ですからね」

戦士「…ほおー。
   ゴーレムとか、ネクロマンシーとかは研究してないのか?」

研究員「それらは……、資料が……」

盗賊「機械工学、医学の範疇になるのでしょう」

研究員「…は………い……。
    精神干渉…や……幻覚などに…ついても…、
    アンチマジックラボで……」

盗賊「なるほど。
   で、旦那の興味のある分野というのは?」

戦士「んー………。
   さっきマップを見たんだが、
   中央の五角形はどんな施設なんだ?」

研究員「そこは……寄宿舎に…」

戦士「…できれば、そっちが見たいんだが」

研究員「…………………できません…」

戦士「なぜだ?」

研究員「寄宿舎…には……、
    我々しか…立ち入っては………」



222 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:29:30.28 ID:HzNUYnay0



戦士「まぁ、ちょっとくらい。いいじゃないか」

研究員「…だめ……です……!!」

戦士「うお」

盗賊「うーむ。
   弱りましたなぁ。
   所員は何名ほど?」

研究員「……200名…ほど、…です」

盗賊「200名が暮らす寄宿舎にしては大きいですな?
   地下もあるのでしょう?
   地下にはなにが?」

研究員「………禁じられて…」

戦士「しかたねーなぁ。
   地下への入り口はどこにあるんだ」

研究員「…だ、だめ…!!」

盗賊「旦那、無理はいけません」

戦士「責任者か誰かいねーのか?
   所内の詳細なマップが欲しいんだが」

研究員「しょ……所内、は……頻繁に改修…されて……」

戦士「じゃあ改修の図面かなんかでも、あるだろ。
   ああそうだ。
   ここ数年で改修された場所を教えてくれ」

研究員「……!!!…だ、………だめです!!ほんとにだめ!!」

盗賊「旦那、待って!!
   お嬢さん、行ってください。
   なんとかしますから」



223 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:30:50.60 ID:HzNUYnay0



見習「………姐さん。
   みな、配置に着いています。
   命令を待つのみです」

賢者「ええ。
   わかってるわ」

見習「……………」


眼前に広がる光景は、
果たして現実なのか。

それとも、地獄なのか。

暴れ出しそうな心を必死で抑えつける。
心拍は大きく、速くなり、
気を抜けば心臓を破りそうだ。
身体は指ひとつ動かない。
動かないのに、
口が渇き、息が上がり、
心臓は暴れ出しそうなほどに波打つ。
全身から流れ出す脂汗を止める事ができない。

これは、怒りだ。

熱狂。怒り。
それらが人を変える。

故に、頭のどこかの理性が答えを告げる。
この光景は、熱狂と怒りの産物だと。
敵意、憎悪、そんな規模の小さなものでは、
こんな光景は産まれない。
群衆の中で、
心的相互作用により産まれ育った怒りと熱狂。
その意識は人から人へと移り行き、
神経軸索を越えるようにその興奮を伝え増していく。


見習「みな…、名の知れた魔法使いです。
   ここ1年で行方不明になった…」

賢者「そうね。
   誰かわからないのも、あるけど」

見習「…弔いを…」

賢者「必要ないわ。
   弔いは、私達のお仕事でするのよ」


ここは第3ラボ地下施設。
潜伏にここを選んだ事は、偶然だった。

だが、今では必然とも思えてしまう。

眼前に広がる躯たちは、
みな肉袋を破るように内臓を暴かれ、
硝子の容器に浮かんでいる。

色々と足りないものもあれば、
増えたものもある。
魔物と縫い合わされたものから、
内臓全てを切り取られたものまで。

それらはみな、名の知れた魔法使いの躯たち。

…魔法使いの解剖研究。
それが王立施設で行われているのだ。


賢者「予定変更よ。
   盗賊の拉致は後回し。
   …今やらなくてどうするの。
   魔研を、潰すわよ」



224 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:31:24.52 ID:HzNUYnay0



盗賊「どうしたんです、急に。
   旦那らしくない」

戦士「…いや。すまん」

盗賊「なにかあるのですか?
   私でよければ相談に乗りましょう」

戦士「…お前って、元極悪人なのに。
   人の良さげな顔をしてるよな」

盗賊「ははは、外道は人の良さげな顔をして近づくもんです」

戦士「ふん、じゃあ、相談に乗るってのも、
   罠なのか?」

盗賊「いえいえ。
   もう引退した身ですから」


本当のところ、
焦っていた。

なぜかはわからない。
賢者と合流した時、いい顔をしたかったのか。
まだ見つからない中央王国の手がかりに痺れを切らしているのか。

日に日に増していく、
彼女の居ない寂しさからなのか。


戦士「…そうだな。
   話を聞いて欲しいのかもな。
   …いや、聞かせて欲しいのか」

盗賊「なんです?
   私の話など面白くもないですよ」



225 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:32:03.98 ID:HzNUYnay0



戦士「お前が勇者に雇われてる理由だよ。
   そもそも、なんで引退したんだ」

盗賊「……………」

戦士「42だろ。
   衰えても、まだ身体は動くだろうし、
   悪事を働く知恵もあるはずだ。
   まだまだ、やれるはずだ」

盗賊「まさか、そんな話だとは」

戦士「聞かせろよ。
   暗黒街の主が、
   国一番の英雄の腹心になった理由を」

盗賊「……………」


盗賊は目を伏せ、
口許に僅かばかりの笑みを浮かべる。
悦に入ったものではない。
むしろ、解放されたような喜びの笑顔だ。


盗賊「暗黒街の主と言いましたが、
   なぜそう思うのです?」

戦士「お前の話を少し聞いたんだよ。
   未だ影響力を持つそうだな。
   奴隷商の元締めという話と、
   後先はわからないが」

盗賊「………如何にも、私は、
   千の指と呼ばれた先々代の盗賊ギルド長です。
   5年だけでしたがね」



226 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:32:55.51 ID:HzNUYnay0



戦士「そんな男がなぜ、嘱託軍人なんてやってんだ」

盗賊「……はは。
   理由は簡単です」


伏せていた顔を上げる。
胡散臭い壮年の男の顔ではない。
千の指と称された、
剥き身のナイフのような男がそこにいた。


盗賊「罪滅ぼしですよ」

戦士「…何を言うかと思えば」

盗賊「くく、そう思うでしょう。
   しかし、真実なのですよ」


半ば自嘲気味な言葉。
眼窩は落ち窪み、目に暗い影を落とす。
苦悩と後悔と共に生きてきたような。

この顔は、知っている。
…自殺を決意した男の顔だ。


盗賊「私は足に古傷がありましてね。
   それが原因で私は速く走れなくなったのです」

戦士「…ほぉ」

盗賊「はは、間抜けなもんです。
   慢心が、罠の解除を怠らせた。
   靴紐が切れましてね。
   転んでしまったのですよ」

戦士「そんなヤツ、パーティーに欲しくないな。
   ははは」

盗賊「…そうして、千の指は死んだのです。
   足の遅い盗賊などが生きていける場所はない。
   私は盗賊ギルドを去り、国を去りました。
   自堕落な旅を続ければ仲間もできます。
   私は彼らと日々に流されるまま奴隷商となりました」



227 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:33:31.54 ID:HzNUYnay0



盗賊「盗賊ギルドに居た頃、各国の富裕層たちの性癖を知る機会がありました。
   コネクションも持っていました。
   あとは、顧客のニーズに合わせ、旅人を攫うだけ。
   瞬く間に成り上がりました。
   人生の絶頂期でした。
   私には商才もあったようで、
   アフターサービスにも力を入れました」

戦士「律儀な性格してるもんな、お前」

盗賊「ええ、ええ。
   私は金に物を言わせ、中央王国に戻り、
   先代盗賊ギルド長の弱味を握り、今の店を構えました。
   はは、うちの店はかつて奴隷部屋だったのです。
   あ、内装は改修してありますのでご心配なく」

戦士「気にしねぇよ」

盗賊「………そんな折、部下が一人の少女を攫ったのです」



228 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:34:42.26 ID:HzNUYnay0



盗賊「あれは、火竜山脈の東の街道だったとか。
   旅疲れか、痩せぎすの少女でした。
   亜麻色の髪の…」

戦士「………ぇ…」

盗賊「少女の一人旅など、攫えと言っているようなものです。
   容姿も悪くありませんでした。
   たまたま魔法の王国にいた私は、
   童女趣味の貴族を知っていたので、
   これ幸いと商談を持ちかけ、
   目論見通りその貴族に売れました」


どこかで聞いた話だ。


盗賊「数日経ち、クレームが入ったのです。
   純潔を奪おうとしたら、舌を噛み切ろうとしたと。
   私は慌てて貴族の住む屋敷に向かいました。
   …すぐに引き取り、鞭打って殺そうと思っていました。
   顧客の信頼を失っては成り立たん商売ですから」


一人旅の、
奴隷狩りに捕まった、
童女趣味の貴族に売られた、
…亜麻色の髪の少女。
純潔を守ろうとした、少女。


盗賊「屋敷に居たのはボロボロに殴られ、
   地下室に打ち捨てられたように横たわりながら、
   目に決意を湛えた少女でした。
   私はその目に、情けなくも居竦んでしまったのです、はは。
   貴族は一通り虐待したら気が済んだようで、
   純潔を奪わない代わりに色々試すと言い、
   結局少女を買ったのです。
   それから私は何度か様子を見に行きました。
   少女の身体は…本当に、ボロボロでした。
   見る度に違う場所の骨が折れていました。
   体中に長い針が刺さっていた事もありました。
   殴られすぎて片目の視力を失いそうにもなっていたり、
   毒薬を飲まされた事もあったようです」



229 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:35:36.41 ID:HzNUYnay0



盗賊「しかし少女は、目に湛えた決意の炎を消す事はありませんでした。
   …それからしばらく経ち、私は、
   その少女が魔法学院に入学した事を知りました」

戦士「……………それは。魔女か」

盗賊「ええ、そうです。
   魔法学院で学んだ彼女の優れた治療魔術なのか、
   身体の傷は癒えたようです。
   …本当は、まだ答えは出ていないのですが、
   私はそれから、なんとなく、事業を仲間に譲り、
   王都で隠居生活を始めたのです」

戦士「………そうか。
   お前が、魔女を」

盗賊「旦那は、彼女の夫だそうですね」

戦士「……………」

盗賊「勇者殿から聞いております。
   …旦那はきっと、私の事は、許せないのでしょうな」

戦士「………続きを」

盗賊「ええ。お聞かせしましょう。
   勇者殿は…」





「続きは後にして。さっさと逃げて」



230 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:36:24.13 ID:HzNUYnay0



盗賊「!?」

戦士「………賢者」

盗賊「……………旦那。あんたは」

戦士「どうした?
   襲撃は…」

賢者「ごめんね。
   でも、その男はもういいから。
   …さっさと逃げてよ。
   あんたには、見られたくないの」

盗賊「………そういう事ですか。
   旦那は、最初から」

戦士「勘違いしてんじゃねぇ。
   賢者は俺の仲間だ。
   お前が執行部の襲撃対象にならないように、
   手を回していたんだよ」

盗賊「…どういう事です?」

賢者「戦士はあんたの護衛って事よ。
   …そろそろ始まる頃ね」


突然、大きな耳鳴りのような音がして、
一斉に魔力灯が消えた。
窓のない研究所。
コンクリートは光を通さないのか、
所内は完全な闇に塗りつぶされる。
近くに居るはずの盗賊の姿すら判別できない。


戦士「賢者!!待て!!!
   何をする気だ!!!!」

賢者「ごめん戦士。
   あの子との約束、守れない」

戦士「馬鹿言え!!
   くそっ、盗賊!
   魔力灯持ってねぇのか!?」

盗賊「すみませんが、持ちあわせがありません。
   …夜目は効く方です。
   先導しましょう」



231 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:37:13.81 ID:HzNUYnay0




賢者「私、見てはいけないもの、見ちゃったの。
   
   ここ………、
   
   壊さないと………」


無謀だ。
王都の主要施設の守護は近衛師団の管轄だ。
こんな騒ぎを起こしたら、
大陸最強といわれる近衛師団がすぐに飛んできてしまう。


戦士「馬鹿!この馬鹿野郎!」

盗賊「旦那、お早く!」

戦士「…盗賊、お前、先に出ろ。
   執行部に見つからないようにな。
   出たら店に戻って、閉じこもってろ」

盗賊「…旦那は」

戦士「ちゃんと戻るよ。
   放棄しといてなんだが、護衛は数日間の約束だ」

盗賊「はは。
   ………わかりました。ご無事で」

戦士「帰ったら話の続き聞かせろよ」


賢者の気配はもはや無い。
駆け出すと同時に、所内に警報が鳴り響く。
遠くから次々と爆発音が聞こえる。
執行部の襲撃が始まったのは本当らしい。


戦士「賢者!!!賢者、どこだ!!!!!」


行く先の通路には火の手が上がっていた。
夜目の効かない俺には都合が良い。
賢者は恐らく死ぬ気だ。
何を見たかは知らないが、
みすみす死なせていい女じゃない。

身体を風が包む。
精霊は俺の心を読んだかのように空気の壁を切り裂いた。
ああ、そうだ。
お前の主人の親友を助けるんだ。

魔女。
頼む。

力を貸してくれ。



232 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:37:58.68 ID:HzNUYnay0



火は便利だ。
四大元素、自然現象においての、
破壊の象徴。

燃やすという行為はただ壊す事とは印象が異なる。
燃え盛る炎はその存在ごと、意味を燃やしてしまう気がするのだ。
燃え殻は灰となり、煤となり、大気となって、天地の間へと還る。
そこにはあらゆる意思もない。
喜びも悲しみも、正念も無念も、全て天地へ還るのだ。

炎に包まれる、かつて魔法使いたちだったもの。
本来なら何を目的に解剖したのか、調べるべきだ。
こんな激情に流されるままに破壊してしまっては、
死神の名が泣こう。

でも、それでいいと思う。
その責を負い、私はここで死のう。
命令違反に加え、宣戦布告とまで取れるテロ行為だ。
魔法の王国に帰っても、私はきっと生きていられない。


賢者「…あなたたちも、お疲れ様。
   こんな事に付き合わせてしまったわね」

「…いえ。
 隊長と戦えて、光栄でした」

「こんなものを見せられては。
 隊長の判断は間違っておりません」

「我々は施設内を調べ、生き残りを探します。
 一人も生かしてはおけない」


魔法使いであれば。
魔法使いであれば、みなこうしただろう。


賢者「…やっぱ、治ってなかったな。
   心だけが突っ走る癖」


これじゃあ見習の事を叱れない。
あれも不出来だったけど。
やっぱ、よく似てるなぁ。

戦士はちゃんと脱出できたかな。
ちょっと視てやろ。


233 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:38:41.49 ID:HzNUYnay0



賢者「あれ、居ない?」


施設の外を見張る使い魔の視界にも、
遠くを見渡す知覚魔法にも、戦士の姿が無い。
戦士に気配遮断が使えるわけがない。


賢者「見失った…?
   そんなわけ…」


ま、いいか。
きっと無事だろう。

もっかいくらい会っとけば良かったかも。
まだあの子の事、全部話してないのに。

お人好しの斧槍使い。
凄く強い癖に、たまに自殺志願者みたいな目をする。
男やもめに同情するわけじゃないけどね。


賢者「ふぅ。


   ん…、あれ?」


天井が壊れる音がして、

なんか気配が近付いてくる。

っていうか、降ってくる。


「ぉぉぉぉぉぉぁぁぁあああああああ!!!!」


賢者「は、はぁ!?」


降ってきた斧槍を担いだ男は、
地面すれすれで、ぶわっ、と空気のクッションみたいなもので減速して、


戦士「………へぶっ」


どんくさく、地面に叩きつけられた。



472.43 KB Speed:0.1   VIP Service SS速報VIP 更新 専用ブラウザ 検索 全部 前100 次100 最新50 続きを読む
名前: E-mail(省略可)

256ビットSSL暗号化送信っぽいです 最大6000バイト 最大85行
画像アップロードに対応中!(http://fsmから始まるひらめアップローダからの画像URLがサムネイルで表示されるようになります)


スポンサードリンク


Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

荒巻@中の人 ★ VIP(Powered By VIP Service) read.cgi ver 2013/10/12 prev 2011/01/08 (Base By http://www.toshinari.net/ @Thanks!)
respop.js ver 01.0.4.0 2010/02/10 (by fla@Thanks!)