魔女「ふふ。妻の鑑だろう?」

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234 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:39:20.21 ID:HzNUYnay0



賢者「…………………なにしてんの?」


戦士はしばらく地面に貼り付いてたかと思ったら、

突然飛び起きて、
しこたま打ったのか赤い顔をしながら、
怒りの視線を向けてきた。


戦士「馬鹿野郎!!こっちのセリフだ!!!」

賢者「………」

戦士「……は?」

賢者「いいわ。
   どうしてここがわかったの?」

戦士「魔法使いを一人とっ捕まえたんだよ。
   隊長はどこだ、ってな」

賢者「…ふぅん」

戦士「なんだ、ここ。
   妙な臭いがするな」

賢者「あんたは知らなくていいわ」


あー、
だから知覚魔法に引っかからなかったのか。
こんなに近くにいたんだから。

でも、
20メートルくらいある地下に飛び降りるなんて。
あ、でも私も一度落とした事ある。
あの時はこうやって助かったのね。


賢者「…わざわざ追ってきてくれたの。
   どうするの?あんたも逃げられないわよ」

戦士「しらねーよ!
   そん時はそん時だ!!さっさと逃げるぞ!!」



235 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:39:52.81 ID:HzNUYnay0



賢者「…逃げても意味ないわ。
   魔法の王国に戻っても、
   どうせ死罪よ」

戦士「はぁ?なんでだよ」

賢者「わかんないの?私のした事は、宣戦布告と取られるわ。
   これで、戦争が起こる事は確実よ。
   戦争を避けるために動いてたのに」

戦士「わかっててなんでこんな事したんだよ。
   お前思慮深いタイプじゃなかったか?」

賢者「今まで何度も痛い目を見て、
   やっと思慮深くなれたと思ってたのよ。
   …でも、変わってなかったみたいね。
   心が突っ走っちゃうタイプなのよ、私って」

戦士「…ふーん」


なんでこんな話してるんだか。
研究所がコンクリ造りで良かった。
施設内は火の海だけど、崩落はしなさそう。


賢者「ほら、さっさと逃げなさいよ。
   私の事はほっといてよ。
   死にたいのよ、わかって」

戦士「なんでだよ。お前も逃げろよ」

賢者「…近衛師団が来るわ。
   迎え撃っても死ぬし、国に帰っても死ぬもの。
   なら、死に場所くらい選ばせてよ」

戦士「………死なないって道はないのか」



236 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:40:23.34 ID:HzNUYnay0



賢者「私、意外と祖国を愛してるのよ。
   祖国に殉じれるなら本望だわ」

戦士「魔女と勇者の繋がり、探すんじゃなかったのか?」

賢者「あのね、私は国の役に立つから、便宜が図られるし、
   普通じゃできない事もできるわ。
   でも、自由にやれるわけじゃないのよ。
   逃げても、中央王国からも魔法の王国からも追手がかかるだろうし、
   国の後ろ盾がなくなった私なんて、
   …あの子の役には、…とても」

戦士「…だから、ここで死ぬってのか」

賢者「まぁね。
   どうしたって死ぬんなら、ここがいいな。
   …あんたは、行きなさい。
   あの子の遺志、継いであげて」


戦士「お前、馬鹿だわ」

賢者「あんたに言われたくないわ」

戦士「いや、お前の方が馬鹿だわ。
   確実に馬鹿」

賢者「はぁ?なんでよ」

戦士「すっげー、馬鹿だから」

賢者「……………怒るわよ」

戦士「怒ってみろよ馬鹿野郎」

賢者「…いい度胸じゃない。
   静かに死なせてくれないなら、先に殺してあげるわ」

戦士「いいか!!!
   あいつの遺志を継ぐってんなら、
   お前が死ぬのを止めなきゃなんねーんだよ!!!!!」



賢者「………ぇ」




237 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:41:05.24 ID:HzNUYnay0



戦士「そんで!
   俺だって、お前に死んでほしくないんだ!」

賢者「なに、言ってんのよ」

戦士「お前は良い奴だからな!
   だいたい国の後ろ盾なんていらねぇだろ!
   お前は強いし、知識だって豊富だ!
   一人で何の問題があるんだ!」

賢者「…………でも、私。責任は取らないと」

戦士「俺一人で魔女の思い出を抱えてたら、
   きっと今頃潰れてたんだよ!
   仲間が増えたって、期待させんじゃねぇ!
   その責任も取りやがれ!」

賢者「………」

戦士「どうせ死ぬんなら俺の役に立て!
   捨てる命なら俺によこせ!」

賢者「………戦士」




戦士「お前は、仲間だ!!!!」



238 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:41:34.49 ID:HzNUYnay0



どうしよう。
凄く嬉しい。

でも、こいつ気付いてんのかな。
これじゃ、まるでプロポーズじゃない。

こいつ、きっと一生、

あの子の旦那で居続けるつもりのくせに。




239 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:42:31.32 ID:HzNUYnay0



賢者「…うふふ。
   言ってる事、無茶苦茶よ。
   わかってる?」

戦士「うるせーな、わかってるよ」

賢者「仕方ないわね。
   …生きてあげるわ。
   逃げ道、わかってる?」

戦士「…わりぃ。
   教えてくれ」

賢者「駄目な男ねー…」

戦士「うっせばーか」

賢者「ちょっと待ってね。静かにしてて」

戦士「はぁ?…ま、いいけど」


しばらく、息を潜め、待つ。
数秒後、地上フロアで大きな爆発音。

…知覚魔法の範囲を広げる。

地中に伝わる音の反響を感知。
反射音を測定、距離を計算。
再構成、映像化。
地下層はアリの巣状に広がっているようだ。
中央に大きく筒のように空いた空間がある。
…地中に埋め込まれた塔のようだ。
螺旋状に階段が続いている。


賢者「…ここから、中央の縦穴に逃げられるわ。
   何箇所か、壁があるけど、
   魔法でなんとかなりそう」

戦士「魔法使いの知覚力、か」

賢者「うふふ、役に立つでしょ。
   うまく使ってね」

戦士「気持ちわりぃ言い方すんなっ」

賢者「あら、私の命、もらってくれるんじゃないの?」

戦士「こ、言葉のあやだよっ!」



240 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:43:08.54 ID:HzNUYnay0



第3ラボ地下フロアから続く通路を進み、
その先の扉を蹴破ると、大きな縦穴へと繋がっていた。
魔力灯が作動している。
地上フロアから爆発音が続いているが、
コンクリートというのは本当に頑丈なのか、
ここまで延焼はしなさそうだ。


賢者「……………」

戦士「どうした?」

賢者「部下を大勢付き合わせてしまったわ。
   …ま、執行部隊を見殺しになんて、
   今まで何度もしてきたけど」

戦士「……………そうか」

賢者「意見を同じくして、共に使命に殉じようとしたのは…。
   初めてだわ」


縦穴を降りる。
50メートルはあるだろう。
しかし、壁はここまでもコンクリートで出来ている。
…立方メートルあたりで豪邸が建つのではなかったか。


賢者「最下層に到着ね。
   ここに身を隠して、機を待ちましょ。
   近衛師団が到着したら、
   見つからない事を祈るしかないけど…。
   といっても、随分遅いわね」

戦士「…ここ、なんのためのフロアなんだ?」

賢者「さぁ?
   一応探索してみる?」


ここ、研究所っぽくない。
と、言うより、むしろ―――



241 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:43:38.39 ID:HzNUYnay0



戦士「………おいおい」


隅の鉄扉を開けると、
小さな居住空間が広がっていた。
簡素な木机と、ベッド。
むき出しの厠。
他には、
…なにもない。


戦士「ここ、牢獄じゃないか」

賢者「なんで魔研の地下に牢獄が?
   …っていうか、
   深すぎでしょ。どんな極悪人なんだか」

戦士「じゃあ、他の扉は看守の部屋って事になるのか?」

賢者「さぁ。開けてみれば?」


向かいにある扉を開ける。
扉を少し開くと、

…どこか、懐かしい臭いが、した。


賢者「なにここ。
   ずいぶんプライベートな研究室ね」


ともすれば、キッチンのような研究室。
調理器具がフラスコやビーカーなど、実験器具にすり替わったような。
広いテーブルには不思議な機械や部品が散乱していて、
隅にはいくつかのインゴットが転がっている。



242 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:44:15.15 ID:HzNUYnay0



賢者「研究資料がないわね。
   …もう使われていないのかしら」

戦士「なぁ。
   …これ、なにで出来てんだ?
   硝子じゃないよな」

賢者「………あんた、それ…」


擦り傷だらけの、透明な瓶。
硬度はそれほど感じないが、
僅かな弾性がある。


戦士「妙な瓶だなぁ。
   でも落としても割れなさそうだ。
   日用品としちゃなかなかいいな」

賢者「確か、樹脂っていう素材よ」

戦士「じゅし?なんだそりゃ」

賢者「あの子が一度見せてくれたわ」

戦士「…魔女が?」

賢者「それ、あの子が作ったものよ。
   あの子にしか作れないわ。
   …ここ、魔法使いの研究室よ。
   棚の配置とかが、テレキネシス前提でしょ」

戦士「おいおい、待てよ。
   それじゃまるで」

賢者「ここはあの子が使っていた部屋ね」



243 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:45:21.91 ID:HzNUYnay0



『学院の魔法使いたち相手には1夜と持たないぞ』

『学院の用いる術式じゃないな。…魔物の仕業だ』

『ここをいきのび、王国、へ、向、かえ』


思えば、魔女はしきりに学院の襲撃を気にしていた。
…中央王国軍の襲撃は、ありえないと判断していたのか。


戦士「ここが、あいつの研究室、なのか?」

賢者「ホロスコープで探せって言ってたのってそれ?」

戦士「あ、ああ」

賢者「じゃあ、恐らく違うわ。
   そこは火竜山脈で間違いないと思う。
   …ここは、ひとつ前の研究室なんでしょう」

戦士「…そうか。
   荒らされていたのかと」

賢者「なにを研究していて、いつまで居たのかはわからないけど。
   …あの子が、中央王国に居たという証拠ね。
   それも、魔研に協力していた。
   どんな意図があったのか、わからないけど、
   あの牢獄に居た人間に聞くしかないわね」

戦士「それって誰だ?」

賢者「さっぱりわかんない」

戦士「……おう」

賢者「ま、これから探しましょ」



244 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:45:53.38 ID:HzNUYnay0



賢者「上、静かになったわね」

戦士「近衛師団が来たのかなぁ」

賢者「……いいえ、来ていないみたいよ。
   今使い魔に探らせてるけど、
   魔研には誰も来る気配がないわ」

戦士「…じゃ、執行部隊は?」

賢者「今、知覚して………」


賢者の顔がみるみる青くなる。
まるで喉元に刃を突きつけられたように。


賢者「……………嘘。
   なんで、アイツが」

戦士「ど、どうした?
   なんかあったのか?」

賢者「…ありえない。ありえない!」

戦士「お、おい!なんだ、急に…」


賢者が怯えるように抱きついてきた。
触れてみて初めて、彼女の身体が震えているのがわかる。
…賢者をここまで怯えさせる存在は、
…恐らく、一人だけ。
身体が風に包まれる。
賢者の身にまとう風魔法は、身体の雷とやらを隠すらしい。


賢者「…アイツが、来てる。勇者が」



245 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:47:37.67 ID:HzNUYnay0
今回の分終わりです。(中編)

ふたつに分けると言ったが、あれは嘘だ。
あんまり長いので、3つに分けます。
本当にごめんなさい。

数々のレスありがとうございます。
励みになります。
反応頂けると頑張れます。
では、まだ先も長いですが、よろしくお付き合いください。
246 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/19(土) 04:16:43.46 ID:vT8aR4slO
乙!
247 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/19(土) 05:47:17.31 ID:12ztENd4o
乙です
248 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/19(土) 15:27:33.51 ID:XipLIWtoO
乙!
続きがきになる
249 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/19(土) 17:07:32.37 ID:b68ikl1r0
すごく面白い
続き待ってる
250 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/19(土) 22:23:18.08 ID:JLYDn0obO
魔女かわいい
悲しいよ
251 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/20(日) 01:10:58.98 ID:76+dRIaUo
戦士がいるから大丈夫だろ!!
252 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/20(日) 22:01:02.19 ID:TuU2RBcAO
乙!
続きが楽しみ!
253 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/21(月) 16:01:50.73 ID:6kZBwXLX0
いずれ誰かが死にそうで怖い
254 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/09/21(月) 21:48:49.31 ID:4JThA7omo
それなら勇者がいいよ!
255 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/25(金) 00:28:57.77 ID:IgbCueaUo
待ってる
256 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/26(土) 13:19:45.18 ID:5RCYYmOZ0
乙でございます
257 : ◆DTYk0ojAZ4Op [sage saga]:2015/09/30(水) 16:49:14.14 ID:1R5Vqu9hO
ご無沙汰しております。
数々のレスありがとうございます。
私生活が忙しくなかなか書き進めたり投下する時間が取れません。
ストックはまだあるのですが…。

週末あたりにできたらいいと思います。
遅くなってしまいますがよろしくお付き合い頂けると嬉しいです。
258 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお迭りします [sage]:2015/09/30(水) 16:56:25.25 ID:EvGXDsGHO
いえあ!頑張
259 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/02(金) 08:18:39.66 ID:xKbkIdCJO
まだかな
260 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:15:05.56 ID:D2uU4S3W0
遅くなりました。
続き投下させていただきます。
よろしくお付き合いください。
261 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:15:57.40 ID:D2uU4S3W0



盗賊「…これは………。
   一体何が起こっているのか」


焼け焦げた鎧騎士の亡骸たち。
ひしゃげた鎧の紋章に僅かに残る、
王国に仇をなす者に災いあれの文字。

近衛師団第一中隊、王都守護職を司る誉れ高き近衛騎士団の成れの果て。

魔研は王都の北の郊外、小さな森の中にひらけた丘にある。
盗賊は執行部の目を逃れ、研究所を脱出し、
森の中に潜んでいた。


盗賊「兵たちの声が途絶えたと思えば。
   …一体なにがあった?」


少し前まで聞こえていた、
森を駆ける蹄の音、
兵たちの鬨の声。
およそ250の騎兵たちの気配。

それは、僅かの戦闘の音と、轟音によってかき消された。
例外は無い。
第一中隊は、わずか数分で、
完膚なきまでに皆殺しにされたのだ。

一体どのような魔法を使ったのか。
粉砕された木々の中倒れ伏す、
焼け焦げた亡骸たちを見るに、熱を用いる魔法である事に疑いはない。
しかし、このような規模の惨劇を引き起こすには、
少なく見積もろうと、100人以上の魔法使いが必要となろう。
加えて、中央王国軍は対魔法装備が充実している。
鎧はみな法儀済みの上、魔力の迸りを感知する槍旗もあり、
対魔法陣形の訓練も受けている。
ドラゴンの鱗を織り込んだ帷子など、
特に消費魔力に対し攻撃効率の高い火炎魔法に対しての対策は、
ほぼ万全のはずだ。

それでいて、そもそもこの有様はなんだ。
鎧を粉砕するほどの火炎魔法など聞いた事がない。


262 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:16:49.07 ID:D2uU4S3W0



盗賊「……………」


盗賊は思案する。
この惨状の下手人はともかく、
彼方に映ゆ、燃え上がる研究所。
魔研への襲撃を知り、駆けつけたのであろう近衛騎士団。
そのどちらもが壊滅し、得をするのは一体誰なのか。

…その結論は、決して責められるものではない。
だが戦争はもはや避けられるものではなかったはずだ。
魔法とは果たして、これほどの戦略単位だったのか。
これだけの戦果を挙げられる新術式であれば、
敵地の中央で披露するには勿体無い。

その観点では、下手人は魔法の王国ではないと考えるのが自然だが―――。


盗賊「…お客ですか。今、忙しいのですが」


背後の森に感じる気配。
荒い息と、引きずるような足音。
体温は隠しようもない熱を持っている。
それは、自らと同じように、
修羅の庭から落ち延びたがゆえだろう。


見習「…お前、が、居るから…、か」

盗賊「おや。そのなりは、執行部隊の方ですか」


見習の姿を確認し、盗賊は思わず身構えた。
執行部は単独行動をしない。
行動は常に監視を伴い、自らが死すとも情報を遺し逝く。
つまり作戦行動中の執行部と出くわす事は、
その仲間にも見られている、という事に他ならないからだ。


263 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:17:49.54 ID:D2uU4S3W0



見習「……絶対に、許さない。
   お前だけは、確実に……」

盗賊「身に覚えがありませんな。
   …お仲間の視線を感じませんね。
   皆、身罷られましたか」

見習「…生き残ったのは、
   …俺、
   …一人、だ」

盗賊「そうですか。
   まぁ、これだけの戦果を挙げたのです。
   少数の命で引き換える事ができるなら、儲けものでしょう」

見習「何を………馬鹿な。
   お前、だろ………」

盗賊「私は残念ながら戦闘はからっきしでして」

見習「お前……だろ…………。
   あの……あいつ……を……」

盗賊「先程から何を言っているのです?
   私が、とか。
   あいつ、とか」

見習「あの化物を…!!!!
   連れてきたのは!!!!!!」

盗賊「…ちっ………」


地獄から湧き上がるような怨嗟の声と共に、
執行部隊の生き残りが魔力を発する。
小さな光弾からは悲しいほどに意気込みにそぐわぬ魔力しか感じないが、
狙いはなかなか正確で、弾速もそれなりに速い。

だが避けられぬほどでもない。
足が使えずとも、身のこなしだけで対処できる。
横飛びに倒れ込むようにして、胸元を狙った光弾から身をかわす。



264 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:19:04.72 ID:D2uU4S3W0



盗賊「…その声、覚えがあります。
   私を捕らえる、と言っていたのは貴方ですね」

見習「………つぎ、は…、
   外さ、ない」

盗賊「魔力も未熟、
   心の軋みは隠そうともしない。
   貴方にこの仕事は向いていませんね」

見習「うあああああああ!!!!」


またも光弾が走る。
連射が効かないのか、ひとつだけ。
しかし、その放たれた光弾は突然炸裂する。
光に視界が白み、
そして気付いた。
この魔法は殺傷を目的としていないという事に。


盗賊「くっ……」


殺傷能力の低い魔法であるという事は、使い手ならばこそ熟知しているのだろう。
この魔法は、視界を奪う事を目的に放っているのだ。


見習「死、ねぇ!!!」


眩む視界の中、朧げな、短剣を構え突進してくる青年の姿が見えた。
きっと勝利を確信した笑みでも漏らしているのだろう。
殺す、ではなく捕らえる、と言い表した事からして、
恐らく盗賊の持つ情報を欲していたのであろうに、
この男は明確な殺意を放っている。

魔研で何があったのかは知るべくもないが、
悲惨な現状に正気を失い、逆上し、本来の目的を失っている事は確かだ。
どこか失笑を誘うほどの雑駁さ。
現役を退いて久しいが、
ここはひとつ思い知らせてやらねば。


盗賊「……侮るな、小僧」


必殺の機にこそ落とし穴があるという事を。



265 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:19:56.46 ID:D2uU4S3W0



戦士「勇者?
   なんであいつがここに居るんだ?
   あいつは第6師団司令部に…」

賢者「…黙って。
   牢に身を隠しましょう。
   私から離れなければ、見つからないはずよ」


賢者の身体は、未だ微かに震えている。
無理もない。
勇者はどこからでも命を奪う手段を持っているのだ。
況してやここは、賢者にとって敵地だ。
身を現せば確実に殺されてしまう。


戦士「転移魔法、使えるだろ?
   お前だけでも逃げてくれ」

賢者「無理だってば。
   転移魔法は発動地点と目的地点とを、
   目視よりもなお強くイメージする必要があるのよ。
   じゃないと場所が安定しないし、
   下手に使うと肉体がうまく分解再構成されないわ」

戦士「えー、つまりどういう事だ?」

賢者「身体がバラバラになって死ぬ。
   まぁ、あとは壁にめり込んだりとか」

戦士「そ、それは嫌だな」

賢者「だから魔法陣を介したりするんだけど…」

戦士「ここに魔法陣は描いたりとか」

賢者「あのね、転移魔法がそんなに便利だったら、
   誰だって苦労しないし私達もずっと楽よ?
   長く暮らした場所ならまだしも、
   ここはよく知らない場所だし、
   それなりの測量と儀式が要るんだから。
   そんな時間ないわ」



266 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:20:33.80 ID:D2uU4S3W0



戦士「…なら、どうする?」

賢者「とにかく、見つからない事を祈るしか…」

戦士「あいつの動き、探れないのか?」

賢者「所内をうろうろ。
   知覚をさぼってた間の音、
   …どうやら戦闘の音だったようね。
   生き残りは居るのかしら」


戦士「なぁ」


賢者「なに?」

戦士「どうでもいいけど、くっつきすぎじゃないか」

賢者「あんた一人でアイツから隠れられるなら離れるわ」

戦士「いや、無理だけど」

賢者「なら仕方ないじゃない。
   しばらく我慢して」

戦士「つか、そうじゃん。
   俺一人なら話し合いも」

賢者「あんた、自分が囮になって私を逃がそうって思ってるんでしょ」

戦士「なんでわかんの?」

賢者「馬鹿だから」

戦士「怒るぞ」

賢者「怒ってみなさいよ」



267 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:21:23.32 ID:D2uU4S3W0



戦士「そういえば、盗賊の話、聞いてたか?」

賢者「ええ、聞いていたわ」

戦士「知ってたのかよ。
   教えてくれていても良かったじゃないか」

賢者「知ってたとして、護衛断ってたの?」

戦士「……………」

賢者「あんたはそういう男よね」

戦士「わかんねぇよ。
   自分でもわかんねぇんだ」

賢者「辛い思いをするくらいなら、
   知らなくていい事もあるわ」

戦士「それを決めるのは、お前じゃない」

賢者「あら、言う言わないを決めるのは私よ」

戦士「………そりゃそうだけどよ…」


身を捩り、賢者と寄り添う。
肉感的な肢体は柔らかな筋肉の弾力を孕み、
体表のより深部に確かな存在感を感じさせる。
しなやかな、靭性のある筋肉だ。
剣を扱おうと彼女は魔法使いなのだろう。
力は身体強化魔法を使えば良い。
打ち合いの強さよりも、身のこなしを重要視した鍛え方だ。


賢者「………ねぇ」

戦士「ん?」

賢者「あんたはあんたで、
   自分のために生き方を決めるべきよ」

戦士「言われなくても、そうしてる。
   別に誰にも気を遣ってねえぞ」

賢者「違うんだってば。
   あんたは全然自分の思うままにしてないわ」

戦士「なんでだよ。
   好き勝手旅してここに来たんじゃないか」



268 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:22:24.55 ID:D2uU4S3W0




賢者「あんたはなんで旅をしてるの?」

戦士「なんでって、そりゃあ…」


別に認めたくなかったわけじゃない。
恥じているわけでもない。
ただ。
その生き方は、きっと歪んでいると。


戦士「…あいつの遺言を聞いて、あいつの願いを叶えたいと。
   俺が、そう思ったから」

賢者「それは、あの子を気遣ってる事になるわね。
   あんたの本心じゃないわ」


きっと、自省してしまっているから。


賢者「あんたは、何を探してるの?」

戦士「…俺が……探してるのは……」


―――ふふ。君は、優しいな。


彼女の残した跡。
彼女の生きた証を。


―――星を眺めるのが…好きなんだ。


賢者「あの子の残り香を追うのも仕方ないわ。
   姿を探してしまうのも当たり前よ。
   あんたは、あの子を亡くしてるんだから」


―――それが君となら―――


戦士「……………。
   やめてくれ。
   虚しい、…だけだ」




269 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:23:32.35 ID:D2uU4S3W0




賢者「そう、虚しいだけよ。
   そんな事をしたって、
   あの子はもう居ないんだから。
   でもね。
   思い出に耽るのは当たり前に許された慰みよ。
   恥じる事なんてないわ」

戦士「じゃあ。
   …別に、いいじゃないか」

賢者「あんた、自分では、違和感をうまく口にできないのね」

戦士「……………」

賢者「私が言ってあげるわ。
   あんたの場合、少し違うのよ」

戦士「なにが…違うんだよ。
   あいつが死んでから、まだひと月も経ってないんだ。
   仕方ないだろ」


賢者は表情を隠すように、俺の胸元に顔を埋めている。
身体を包み込む風が少し柔らかなものになった気がした。
魔力とは意思の力。
魔法とは心を映し出す鏡。
その効果には、術者の精神状態が如実に現れる。

優しげに頬を撫ぜる風が心地良い。
柔らかく、暖かく流れる風。
涙を拭われている時と、それはよく似ていた。


賢者「あんたがあの子の跡を追うのは、
   まるでその度、あの子がもう居ないんだって、
   確認しているかのようだわ。
   ひとつひとつ、
   自分に言い聞かせるように。
   …あんたは、あの子の跡を追って、
   あの子の死を思い知るために旅をしてるんだわ」


眼前で魔物に奪われた、妻の姿を思い出す。
魔女にはまだ、
僅かながら息があった。
生きながらにして飲まれた、妻。
俺は、


賢者「戦士はね、きっと、
   …あの子の死を、
   まだ受け入れられていないのよ」


彼女を、守れなかったんだ。


―――君と、生きて、いきたかった。


今度も、また。



270 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:24:04.26 ID:D2uU4S3W0







「あは、は―――――
         みつ、
                けたぁ―――――」





271 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:25:57.98 ID:D2uU4S3W0



倒れ伏す執行部隊の青年。
眩んだ視界は数秒で回復した。
盗賊という男は、自らでは戦う意義を見出さない。
なればこそ命までは奪わぬが、
捨て置ける相手という訳でもない。


盗賊「すまないが。
   足くらいは、折らせてもらったよ」


気絶した見習の頭に手を当てる。
生きてきた中で必要に迫られ会得しただけの、
盗賊の持つ唯一の魔法だ。


盗賊「………。
   何故?
   本部に、おられるのでは……」


読心術。
精度は低く、対象者の情動如何で映像は程良く乱れるが、
対象者の心も同時に読めるため、
それが都合が良い事もあった。

…見習の記憶の中で、
悪鬼の如く魔法使いたちを切り伏せる女性。
青い鎧を身にまとい、
白銀の髪をなびかせ、
ルーン文字の刻まれた刀身の短い剣を振るうその姿。

盗賊とて勇者の全てを知るはずはない。
例えば。
勇者ほどの逸脱した戦闘力を持つ存在が、
忠誠心なしに王国の走狗に甘んじている矛盾、であるとか。


盗賊「………これは………。
   きっと。
   親心、なのか」


近衛騎士団の全滅が勇者の手によるものだとすれば、
ならば勇者の凶行は、
もはや王国に従う理由なし、という事だ。
察しはついている。
未だ18の少女なのだ。
僅か16で王国軍中将の地位を与えられ、
受けるべき時に愛情を受けなかった代償は大きい。


盗賊「つまり、彼女は、もう。
   …そうか。
   すまない。
   言葉が見つからないんだ。
   …すまない」


ならば勇者だけでも。

これ以上修羅の道を歩ませぬよう、
引き戻してやらなければならない。



272 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:27:05.46 ID:D2uU4S3W0



戦士「………!」


ぞわり、と背後から心臓をその手に握られたような悪寒。
慣れ親しんだ修羅の庭に蔓延る死神たちの風招ぎ。
今、風は死地へと吹いている。

恐懼に竦むより先に、賢者が声をあげた。


賢者「やばっ…!見つかった!!」

戦士「……ああ、わかる」


頭上高く、地上フロアから放たれる殺気。
勇者が俺や賢者を認識しているかどうかは定かではない。
しかしこの殺気は、
明確な殺意を持ってこちらへと向かっているのだろう。
兵長を思い出し、身が震える。
命を奪われぬとも、遥か未来まで身を蝕む雷。
直撃しては死を免れぬ。

そんな敵を相手に、どう戦えばいいのか。


賢者「ごめん…!魔法、乱れたっ…!」

戦士「とにかく、かけ直してくれ。
   見つかったままじゃまずい」

賢者「もうやってるわよ!
   でも、こっちへ向かってる…!」

戦士「…そうか。
   なら………」


道は、ひとつしかない。


賢者「あんまりいい案じゃなさそうね」

戦士「そうでもないさ。
   退路がない時、する事はひとつだろ?」



273 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:28:24.75 ID:D2uU4S3W0



賢者「…私、パス。
   分の悪い賭けはしないわ」

戦士「ここで考えあぐねてる方が分が悪いよ」

賢者「駄目よ。
   死を先延ばしにするだけ、って考え方は正しいわ。
   少しでも生きていれば、やれる事はあるんだから」

戦士「お前、どうせ死ぬなら今がいい、って、
   さっきまで言ってたじゃねえか」

賢者「……………そーだけど」

戦士「そもそも、死ぬつもりはないんだ。
   これは生きるためだよ。
   俺を、上まで運べ。
   足止めしてる間に、
   …いい案、出してくれよな」


賢者は目を伏せ、
…そして、揺るがぬ眼差しでこちらを見直す。
魔女の話をしていた時もそうだ。
心が激しく動いた時の彼女は、
まるで涙をこらえるような素顔を見せる。

きっと本来の彼女が涙もろいせいだ。
彼女の生き方は、本来のその性質を、
悲しい鉄面皮で覆ってしまったのだ。


賢者「…死んだら、許さない。
   私を生かしておいて、先に死ぬなんて、
   …ありえないわ」


頭上の天蓋を睥睨する。
長い筒の先、まるで満月のような天井。
どのように地上フロアと通じているかは定かではないが、
少なくとも上にある事には違いない。
蛇のように壁を這う螺旋階段に欄干は無く、
そこで戦闘になれば、不利は、
身体が大きく得物の長いこちらなのか、
体重の軽い勇者なのかは、時至るまでわからないだろう。

しかし、遮蔽物の無い細い地形は、
雷魔法の前では、
距離が離れる事は即座に死を意味する事を充分に理解させた。



274 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/10/05(月) 03:29:24.21 ID:D2uU4S3W0



戦士「…勇者の動向は?」

賢者「すぐ上まで来てるわ。
   飛ばすから、動かないでね」

戦士「………おう」


賢者がぶつぶつと呪文を唱え始める。
身体が青い光に包まれ、
まるで重力が消え失せていくかのような、風圧を感じ始めた。


賢者「上、よく見ててね。
   離れると姿勢制御がしにくいから、その辺りは精霊に命じて…」

戦士「は?
   そんな事できねーよ」

賢者「シルフ、飼ってるんじゃないの?」

戦士「まだ足に棲みついてるらしいけど、
   命じるとか、した事ないよ」

賢者「…ふぅん。
   なにも知らないのね」


途方もない轟音と振動が地下を揺るがしたのは、その時だった。
賢者は驚きに身を強張らせ、
身体を包む風圧が消える。
衝撃は天井からだ。
やがて粉塵が降り注ぎ、それで、天井が壊されようとしている事を悟る。

賢者の眼差しは、より一層鋭さを増す。
なにかが猛烈な力で天井を壊そうとしている。
方法はわからないが、その力、魔性の類である事は疑いがない。

再び地下は激震する。
天井の中央から、蜘蛛の巣を思わせるような罅が走る。
相当な厚みがあるようだが、あの損傷では、次は耐えられないだろう。


賢者「…戦士」

戦士「作戦変更だ。
   あれが崩落すると同時に、俺を上に飛ばせてくれ」

賢者「馬鹿、瓦礫に当たって死ぬわよ」

戦士「大丈夫さ。
   ただ、頼みがあるんだ」

賢者「何よ」

戦士「うんと、身を軽くしてくれ。
   姿勢制御は、しなくていい」

賢者「……………わかった。
   やってみるわ」


道がひとつしか無いのなら、
迷わずに済むという事だ。
それが死地に向かおうとも。



275 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:31:04.83 ID:D2uU4S3W0



夜の王城が騒がしい。
近衛騎士団が出撃し、文官たちは急な雑務に追われている。
どれだけ壮麗に飾り立てようと、騎士団は殺しが生業だ。
王城に詰めた、250の騎兵たち。
一体何人を殺すのか知らないが、その数だけ愁嘆場があり、
その数だけ様々な人生が幕を閉じる。
犠牲も産むだろう。
しかし騎士団は確実な戦果を挙げるに違いない。
彼らはそのために技を磨き、鍛え上げ、
それが正義だと信ずるからこそ、敵を見つけ力を放つ。
250の物語は、みなそういった物語だ。
そこに世俗的なヒューマニズムは必要ない。
軍とはそういうものだ。
個ではなく群としてラベリングされた人生たち。
彼らはそれぞれ名を持つが、
使命と誇りは時として名以上の価値を持つ。


憲兵「全く、なんの騒ぎだ」

兵士「魔研に襲撃だそうです。
   魔法執行部隊だとか。
   ま、すぐに片がつくでしょう」

憲兵「襲撃?
   大体、なぜ執行部だとわかるんだ」

兵士「大規模な魔法行使を感知したそうです。
   組織だった動きで瞬く間に制圧されたそうで。
   情況証拠に過ぎませんがね」

憲兵「…見事な手並みだ。
   なんの研究をしていたかは知らんが、
   上はお冠だろうな」

兵士「まぁしかし、魔法の王国も、それだけの精鋭を失います。
   痛み分けでしょうな」

憲兵「痛み分け………?」

兵士「違いますか?」

憲兵「………いや。
   確かに痛み分けだ。
   どうやったって、痛み分けがいいところだ」

兵士「戦争になれば、勝利するのは我々です。
   悪あがきといったところでしょうか」

憲兵「……………」



276 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:32:57.98 ID:D2uU4S3W0



悪あがき?
魔法使いらしからぬ発想だ。
無様に足掻くより、自ら死を選ぶ。
彼らはそういった美意識を持つはずだ。

ならば、襲撃を決意させた理由とは。


憲兵「…ひとつだ」

兵士「なんです?」


熱狂、そして怒り。
それらが人を変える。

こんな話を聞いた事がある。
なんの事はない、古典的な社会心理学の研究だ。
研究者は、少年たちを2つのグループに分けた。
2つのグループは1週間、それぞれ親睦を深める。
他のグループとの接触はなかった。
1週後、2つのグループは賞品を賭けて競い争った。
グループの結束は高まり、グループ間では敵対心が生まれた。
これは自明の理といえるだろう。

さて問題はここからだ。
その後、グループ間の対立を解消する試みが行われた。
2集団の交流の機会を増やし、
音楽鑑賞や食事を共に楽しませ、詩の朗読会を開いた。

ところが、集団間の葛藤はむしろ増加する傾向になったのだ。

2つの集団は、似たものを賭け、この先も争い合うのだろう。
交流が溝を深めるのでは、和解の手段は無い。
幾度争い合えば気付くのか。
集団が1つになれば良いだけの話だ。

だがそれに気付く頃には、もはや手遅れなのだ。

…熱狂、そして怒り。
伝播するそれらは、やがて恐怖に変わり、
無慈悲に救世主を求める。
だが救世主は現れない。
恐怖に駆られた民草は、やがて。


憲兵「暴走だよ。
   …これは、始まりだ」


自ら命を断つだろう。


兵士「………なんです?」


自覚の、無いままに。



277 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:34:17.78 ID:D2uU4S3W0



3度目の激震。
天井はもはや持たない。
疼くような音がして、ひとつ、またひとつと、
小さな破片が降る。


賢者「ちょっと!いつまでこうしてればいいの!?」

戦士「……………」


まだ早い。
これでは、届かない。


戦士「…もう、少しだ」


罅は天井の姿をすっかり隠してしまい、
ねずみ色はもはや黒一色だ。
反響していた轟音はやがて静まり、
一瞬の静寂が地下を包む。

そして、突然、まるで巨人に踏み抜かれたように、
天井は激しく崩落を開始した。


戦士「今だ!!」

賢者「もうっ!急なのよ!」


身体がふわりと持ち上がる。
うねる気流を視界が捉える。
だから、理解できる。
この長い筒状の縦穴に、螺旋状に道ができている事を。


戦士「気流の道か!やるな、賢者!」

賢者「うるっさい!さっさと行け!
   招きは天に、私の腕は大気を掴む………!」


足が地を掴む感覚が無い。
重力が身体を包む気流に相殺される、絶妙な力加減だ。
賢者の感覚の鋭さゆえに成せる事だろう。


賢者「バギクロス!!!!」


地を蹴り、斜めに跳ぶ。
少し遅れ、背に風を受け、加速。
膨大な風量に押された加速感は、まるで時を加速させるかの如くだ。
瓦礫のその落下を静止させたようにさえ感じさせる。
第一の目標と定めるは、自らの体重を支えるだけのサイズの瓦礫。
それを足蹴にし、更なる目標を定め、戦士は文字通り疾走する。
風魔法の恩恵があればその程度、階段を駆け上ると同じ事。
落下速度を遥かに上回る速度で跳べば、
瓦礫は宙に浮かぶ足場となんら変わりない。



278 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/10/05(月) 03:35:40.75 ID:D2uU4S3W0



戦士「うおおおおおおお!!!」


更に瓦礫を足蹴にして、次なる瓦礫へと跳躍する。
まずい事に、想像していた以上に速度がのる。
これではじっくりと「足場」を選ぶ余裕は無い。
速度は跳躍ごとに増し、戦士の身体を猛然と突き進む尾を引く流星へと変える。
姿勢が乱れ、その移動はもはや跳躍ではなく、バウンドするボールを思わせた。
だが動きを止める訳にはいかない。
甲冑、腕、身体のあらゆる場所を使い、
賢者が作った道を追い、
気流の螺旋階段を駆け上り、戦士は空へと疾走する。

回数にして、七度。
戦士は遂に天蓋を穿ち、崩落する天井を抜け、
地上へと躍り出た。


勇者「………戦士?」


そこに、驚きに身を固める、青い鎧姿の女性を見る。

想像よりも速度が落ちない。
戦士は身を翻し、地上フロアの天井に「着地」し、
更に反転し、地上へと降りた。
地下を抜けたら解除されるようになっていたのか、
魔法は既に解けている。
突然、身体を重く感じた。
先ほどまでの身軽さは、僅かの時間だったが、
充分に、身体に重力を忘れさせてしまったようだ。

地上フロアは大きなホールになっている。
会議室、だろうか。
多数の研究者が暮らす魔研の居住フロアに存在するだけあり、
かなりの人数が収容できそうだ。

その中央で、勇者と邂逅する。
魔翌力灯は全ては壊れてはいないが、
フロアは暗い。
勇者の表情はよく見えないが、
僅かな戸惑いと、確かに存在する敵意を感じ取る事ができる。


戦士「…お前、なんでここに居るんだ」

勇者「こっちが聞きたいよ。
   なんで魔研なんかに居るの?」

戦士「野暮用だ」

勇者「隠れてたね?」

戦士「気のせいじゃないか?」

勇者「………あは、は。
   浮気者だなぁ、戦士は」



279 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:36:42.08 ID:D2uU4S3W0



勇者「…僕から、隠れてたね」

戦士「お前の見落としじゃないか?」

勇者「…今の、魔法じゃん。
   それにこの魔力の匂い。
   凄く、むかむかするなぁ」


ブルーメタルの鎧が光る。
勇猛なる青の鎧は、暗い室内で、より暗く紺碧に染まっている。
本来ならばどこまでも華美な拵え。
救国の英雄にこそ、この鎧は相応しい。
猛々しいこの鎧を身にまとう英雄を目にした者はみな、
希望を胸に膨らませ、どれだけ幸薄き世だろうと光明を見出すだろう。

退魔のルーンが刻まれた剣もそうだ。
鏡面のように磨き上げられ、僅かの曇りも見せない。
怜悧なる輝きは正義の心を喚び覚ます。
どれだけ敵に打ち付けようと、刀身は刃毀れひとつ見せない。

あれは、オリハルコンだ。
ミスリルの白銀の輝きとは違う、やや鋼の色の強い輝き。
太古の鍛冶師が神に挑み、鍛え上げたものだといわれる、
王国に伝わる王者の剣。

だがそれらの輝きも、
身に纏う冷たさに染め上げられてしまっている。
伝説の英雄の姿を模した、
憎悪と絶望に疲れ果て、その全てを皮肉るような笑みを湛える、
勇者という女性の冷たさに。

怜悧な眼光と白銀の髪。
これは希望を捨てた眼だ。
擦り切れた神託の証とやらも、
神などものの役に立たぬ、と切り捨てているかのようだ。


戦士「…雷魔法以外も、使えたのか」

勇者「んー?んーん。使えないよ」



280 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:37:27.76 ID:D2uU4S3W0



戦士「じゃ、どうやって、床を割ったんだ」

勇者「内緒」

戦士「…へいへい」

勇者「時間稼ぎ、楽しい?」

戦士「………いいや」

勇者「この下も懐かしいなぁ」

戦士「来た事あるのか?」

勇者「ま、そーなるね」


やばい。全く信用されてない。


戦士「あー、聞け、勇者。
   俺がここに居るのには訳があるんだ」

勇者「………仕方ないなぁ。
   そんなに言いたいなら聞いてあげるよ」

戦士「おう。
   …頼む、聞いてくれ。
   だから、それまで手を出すな。
   ………お互いに」

勇者「……………ちぇ。
   ほんとに、気配を殺すのが上手いね。
   君ほど相性の悪い敵は居ないよ」

賢者「悪いけど、聞けないわ、戦士。
   この子は危険なのよ。
   私は、この子だけは、
   殺せる時に、殺すわ」

勇者「やってみなよ。
   ………きっと、共倒れだね」

賢者「………ッ……」


どこから現れたのか、
賢者は背後から勇者に剣を突きつけるが、
勇者の右手には既に魔力が練られていた。
僅かに纏った雷霆にどれ程の威力があるのかは定かではない。
しかし、そもそもこの距離では、勇者とて無事では済まないだろう。



281 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:38:30.73 ID:D2uU4S3W0



賢者「………で?
   戦士、あんたは、どうすんの?」

戦士「……………」

勇者「なんも考えてないんでしょ」

戦士「いや、ある。考えは」

勇者「戦うしか脳ないもんね」

賢者「同感」

戦士「あるって。
   とにかく二人とも、抑えてくれ。
   このままじゃ話にならない」

勇者「やだよ」

賢者「いやよ」

戦士「頼むって。
   話合いでなんとかなるはずだ」

勇者「なにを話すの?
   僕だって、こいつだけは殺しておかないと、
   困るんだけど」

賢者「…なぜ、第6師団が魔研襲撃に駆けつけるのかしらね」

勇者「プライベートに口出す人って嫌だなぁ」

戦士「……………2人とも、やめろ。
   それじゃ、共倒れにしかならない。
   やめないと、どちらかが生き残っても、
   俺が殺してやる」



282 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:39:21.13 ID:D2uU4S3W0



勇者「言うじゃん、らしくない。
   …まぁ、いいよ。
   じゃあ、なにから聞こうかな」


腕から雷が消える。
少しだけ不満気に、勇者は全身に漲らせた殺気を解いた。


賢者「質問は私達がするのよ。
   あなたに選択権があると思わないで」

勇者「私達?ふぅん。
   戦士は、本当の君の仲間なの?」

賢者「っ………!
   ええ、そうよ。
   彼は、私の仲間」

勇者「君の仲間は殺し屋でしょ。
   身体に死臭残ってるよ」

賢者「侮辱は許さないわ。
   私達には私達のルールがあるの」

戦士「やめろって。
   …勇者は、ここに、何しに来たんだ」


敵意は決して消えないが、
とにかく戦闘は避けられたようだ。
賢者もまた剣先を下ろしている。


勇者「んー………」

賢者「答えなさい。
   ここで何をしているの?
   なぜ、近衛師団が派遣されないのか、
   あなたは、知っているのかしら」



283 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:41:33.42 ID:D2uU4S3W0



憲兵「不審な男?」

兵士「ええ、郊外で確保されました。
   たまたま出回っていた兵が声をかけたところ、
   死体を埋めていたとかで」

憲兵「死体、ね。
   最近は王都も物騒だな」

兵士「ですが、その被害者の身許というのが…」

憲兵「身許?
   そんなもの、すぐわかるだろう」

兵士「わかってしまうのが問題なのです。
   まぁ、一度見てみてください」


城の地下へ向かう。
地下は地熱と地下水を利用した簡易的冷蔵室となっていて、
貯蔵庫にも使われてはいるが、
我々の目的はその奥に存在する死体置き場だ。
存在を知らなければつい見落としてしまうような階段は、
闇色に満たされ、その先を隠している。
我々はランプを片手に闇に身を潜らせる。
階段を一段降りる度、鼻を刺す死臭が強くなり、
足取りは徐々に重くなる。
石造りの階段には足音がよく響き、
死の国へ足を踏み入れる自らの姿を俯瞰させるようだ。


憲兵「…死体は、俺は会った事があるのか?」

兵士「まぁ、一度だけですが。
   どうぞ」


一室に通される。
死体には番号が与えられているが、番号通りに並んでいるわけではない。
事件性や共通する状況など、同時に捜査が進められるべき場合に、
同じ部屋に収容されるのだが…。


憲兵「この部屋は。
   …近衛師団長の」


部屋には、解剖が済み縫合された近衛師団長、宰相の死体。
そして見覚えのある、新たな死体が並んでいた。


憲兵「………兵長、殿」


284 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:42:39.26 ID:D2uU4S3W0



憲兵「なぜこの3人が同じ部屋に?」

兵士「…この痣を見てください。
   シダの葉のような」


右肩口から、虫が這ったような痣が、
シダの葉のように広がっている。
それはまるで刺青のようだが、
とうの昔に治癒しているようで、所々かすれていたり、
途切れている場所もある。


憲兵「古傷じゃないか。
   直接の死因ではないだろう」

兵士「これはなんの跡かおわかりですか?」

憲兵「いいや。
   …まるで前衛芸術のようだが」

兵士「王都に住むというこの方のご母堂にお話を伺いました。
   兵長殿はどうやら、かつて雷に打たれた経験があるようです」

憲兵「………雷に?」

兵士「…宰相殿のご遺体に、薄く、同じ痣がある事を、
   覚えていますか」

憲兵「馬鹿な。
   室内で雷に打たれるはずはない。
   ………そんなはずは、ない。
   不審な男という者はどこに?」

兵士「死にました」

憲兵「自殺か?」

兵士「そうです。カンダタという男です」



285 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:43:42.43 ID:D2uU4S3W0



憲兵「…妄想型の殺人鬼だ。
   とんだお尋ね者だろう」

兵士「ええ。
   しばらく足取りを消していましたが、
   遠方の街で殺人を繰り返し、
   結局逮捕されています。
   最終的な身柄は第6師団が」

憲兵「……………」


考えてはならぬ事だ。
言葉もなく、憲兵は沈黙の中で、自らの考えを疑った。
しかし雷の痣は決定的な証拠になり得るものだ。
救国の英雄が軍部で暗殺を続けているという推論を、
充分に裏付ける事ができる。

しかし、その、動機とは。


憲兵「証拠が足りない。
   手を出すべきではない案件だ」

兵士「そうも言っていられますかね?」

憲兵「救国の英雄が国家転覆を?
   馬鹿馬鹿しい。
   お前も、そう思うだろう」

兵士「国王の身辺警護を固めるくらいしか出来ませんが…。
   あなたは捜査を続ける事ができますか?」

憲兵「具体的な最終目標が無ければ動くにも動けないな。
   勇者殿の罷免か。
   …それとも」

兵士「我が国には彼女を討ち取れるだけの兵は居ませんよ。
   …あなたは、どうかはわかりませんが」

憲兵「とにかく、この件は誰にも話すな。
   あと、魔法使いを見つけて来い。
   時が来るまで、部屋を冷凍しておく必要がある」

兵士「わかりました」



286 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:44:22.18 ID:D2uU4S3W0



勇者「近衛師団ー?
   さぁ。
   なにしてんだろ?」

戦士「教えてくれ、勇者。
   お前は、何をしにここへ来たんだ」

勇者「里帰り、だって。
   僕の実家はここだから」


勇者は心底おかしいとでも言うように、
こみあげる笑いを隠そうともせずにくつくつと笑う。
だが、それでは真意を図る事ができない。


戦士「仲間は、居るのか?」

勇者「んー、もう帰ったんじゃないかなぁ」

賢者「…そうね。
   撤退する部隊の姿が見えたわ。
   私の部隊に生き残りは居るのかしら?」

勇者「生きてるかどうかは関係ないよ。
   今ここに、人間は3人だけ」

賢者「あなたが喋らないというのなら、
   私が喋りましょう。
   ひとつ、わかった事があるから」

勇者「………なにが?」


賢者はつとめて冷静だ。
一呼吸置き、彼女は会話を続ける。


賢者「あなたの雷魔法の秘密についてよ」



287 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/10/05(月) 03:45:17.38 ID:D2uU4S3W0



勇者「………へぇ。
   聞いてあげようじゃん」

賢者「軽々しく魔法使いの近くで使うべきではなかったわね。
   まず、あなたの雷だけど、
   発動効果は一瞬だけ。
   そうでしょう?」

勇者「………そうだね」


意外にも勇者はすぐに認める。
確かにそうだ。
勇者の雷魔法は、遠く目撃できる自然のものと同じ。
発動は一瞬だが、それでも凄まじい威力がある事は確かだ。


賢者「発動までは少しのタイムラグがある。
   あと…これは推測だけど。
   狙いは至って正確だけど、
   雷の、『軌道までは操れない』。違うかしら?」

勇者「……………」


勇者の顔から色が消えた。
賢者が何を見抜いたのかはわからないが、
恐らく的を射ているのだろう。


勇者「……凄いね。
   その通りだよ。
   僕は、雷を支配しているわけじゃない」

賢者「私達魔法使いの自然干渉系魔法は、自然現象を支配する事で成立する。
   そもそも、雷なんて属性はないわ。
   つまり自然現象である雷は、エレメンタルのどこかに組み込まれるという事。
   …あなたの雷はなにか絡繰りがあって作られたものって、ずっと思っていたわ。
   あなたの本当の魔法は、つまり」

勇者「……………」

賢者「天候魔法。
   あなたは超高速で雷雲を作る事ができるのよ」



288 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:46:10.88 ID:D2uU4S3W0



勇者「…ほんとに、君は嫌いだよ」

賢者「私も天候魔法は使えるけど、
   同じ芸当なんて出来ないわ。
   まだ秘密がありそうだけど、それだけわかっただけでも充分」

勇者「…まー、まがい物でも、彼女の自信作なんだけどね」

戦士「彼女って、まさか」

勇者「………あはは。
   想像はつくかもしれないけど、
   それは、秘密だよ」

賢者「里帰り、と言ったわね」

勇者「……………」

戦士「勇者。もしかして、下の牢獄に居たのは」

勇者「あははは!違うよ。
   あの牢獄に居たのは、『本物』だから」

戦士「………本物?」

勇者「そ。
   今は、もう居ないんだけどね」

賢者「なんの話をしているの?」

勇者「だめだめ。
   次は僕が喋る番だよ。
   戦士、あれ、見た?」

戦士「あれ?って、どれだ?」

勇者「んー?違うの?
   てっきりあれ見て怒ったからこんな事したのかと」

賢者「……………」



289 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:47:04.34 ID:D2uU4S3W0



勇者「魔法使いたちの死体の話」

戦士「……………死体?」

勇者「燃やしてくれちゃって、困るなぁ。
   まぁ新しいのをいっぱい仕入れられたからいいんだけど」

賢者「………あなた、まさか」

勇者「さぁねー」

賢者「私の部下達を、…どうしたの」

勇者「内緒だよ。言う必要ある?」


話の内容はわからない。
しかし断片的な単語から推測出来ることは、
…とても人の道ではない。
死体を使って何をする?
人が魔法使いに求めるもの。
…それは。


戦士「魔力か?」

勇者「お、戦士はやっぱり賢いね。
   馬鹿だけど」

賢者「あなた達は、一体なにを……」

勇者「うーん。
   教えてあげたいけど、
   教えられないんだよね」

賢者「あれはあなたの仕業なの?」

勇者「なんだ、見たのは君なんだ。
   君って意外に直情的なんだね」

賢者「……………」


賢者は、ぎり、と唇を噛む。
彼女は見てはいけないものを見たと言った。
どれだけ苛烈な状況に身を置こうとも、
激情に駆られようとも、彼女は心の静謐さを失わない。
その彼女が冷静さを失い、凶行に及ぶだけの理由とは、
きっと誇りと尊厳でも踏みにじられたのだろう。
そしてそれは恐らく、決して自らのものではないのだ。


勇者「ま、そろそろ幕引きだね」



290 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:48:02.65 ID:D2uU4S3W0



賢者「………ッ、……ぁっ………」


賢者は声にならない悲鳴をあげ、
こめかみを押さえ、突然膝を屈した。
理由はわからない。
だが、この場においての彼女の特異性とは、
彼女が魔法使いであるという事のみだ。


戦士「賢者!どうしたっ!?」

賢者「わ、わから……」

勇者「知覚を解けばいいだけだよ。
   無理すると死んじゃうよー」

賢者「ぅ、く……」


思わず賢者に駆け寄る。
未だ痛むのか、賢者は少し頭を気にしながら立ち上がった。
視線を外したのは僅かの時間だったが、
勇者に距離を取らせるには充分の時間だったようだ。


勇者「迎えが来たんだ。
   欲しいものは回収したいし、
   邪魔はされたくないんだよ。
   ごめんね」

戦士「待て、勇者!!
   欲しい物ってなんなんだ!」

勇者「これこれ」


勇者の右手には、拳大の赤黒い球体が握られていた。
毒々しい赤だ。
見覚えはないが、なぜだかあの色を知っている気がする。

記憶を頼りにその色から受ける印象を必死に言葉にしようとして、
…そして、気付く。
赤黒い球体から想起させる印象。
勇者が手に入れたという魔法使いの死体たち。
それの意味するところとは。



291 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:49:12.39 ID:D2uU4S3W0



戦士「それ、…血でできてるのか」

勇者「だけじゃないよ。
   ほら、うちの司令部、荒れ野の近くにあるって知ってたっけ?
   荒れ野で採掘される妙な石があってさ。
   木炭と混ぜるとほんとよく燃えるんだ」

賢者「…ブラックパウダー………」

勇者「…なんで、知ってるの?」

賢者「…魔法学院が最近発見した技術よ。
   私としては、王国軍が製法を知っている事が驚きだわ」

勇者「ま、いいよ。
   これはブラックパウダーにね、魔法使いの血液を染み込ませたものだよ」

賢者「……………」

勇者「魔力って血液に溜まるんだって。
   知ってた?」

賢者「そういう説もあるけど。
   そうしたらどうなるの?」

勇者「魔力って勝手なものでさ。
   意思が通わなくても、起こった現象を真似するんだよ。
   馬鹿みたい。
   魔力は血液に溜まるってわかっても、
   魔法石みたいにその魔力を取り出す方法もわからないし。
   …だから単純に、ブラックパウダーの威力を高めれないかってね」

戦士「………賢者」

勇者「自慢したくてたまんなくてさぁ。
   ま、試しに防いでみて」

賢者「戦士、私の後ろに!!!」



292 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:50:02.63 ID:D2uU4S3W0



勇者の放り投げた赤黒い球体は、
床に落下するなり、閃光を放ち轟音を響かせた。
圧倒的な熱量と急激に膨張した大気が放つ衝撃波は、
容易くコンクリートを崩壊させる。
それを見て、床を壊したのはこの爆発だと確信できた。
爆轟の規模は決して大きくはない。
しかし眩む視界の中、爆轟の周囲に、更に炸裂する大気を見た。

まるで連鎖するかのように、
爆発は蟻の巣のように周囲を取り囲む。
球体に蓄積された魔力が新たな爆発を産んでいるのか。
乱れ咲く爆轟はまさに雨粒の飛沫を散らすが如くだ。
反応速度が高すぎて、爆轟は一度のみに感じられる。


賢者「………ぐっ……………!!!」


連鎖反応が終わり、
焦げ付いたような臭いが鼻を刺す。
範囲はおよそ10メートル四方だろうか。
身体が無傷のところを見ると、
どうやら賢者に守られたようだ。


戦士「…無事、か?」

賢者「たまんないわね、これは。
   何度も防げるものじゃないわ」

戦士「お前も無傷か。
   すまない、助かった」

賢者「でも魔力切れよ。
   もう、…搾り粕も出ないわ」

戦士「…………あとは任せろ。
   どうにか守ってやる」



293 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:51:04.88 ID:D2uU4S3W0



勇者「へぇ、防げたんだ。
   さすが百戦錬磨の魔法使いだね」

賢者「…とんでもないもの、作ってくれたわね」

勇者「あはは。
   余力、ある?
   戦士はいーけど、魔力切れの君を見逃す手、
   …ないんじゃないかなぁ…?」

賢者「……戦士………」

戦士「間合いが、離れすぎてる。
   …俺の後ろに」

賢者「ごめん………眠くて……」

戦士「賢者っ!?」

勇者「あー、もう、めんどくさい。
   …まとめてやっちゃおうか」


魔力切れの影響か、
賢者は力なく崩れ落ちてしまった。
すんでの処で抱きとめるが、
賢者の息は荒く、身体は燃えるように熱い。
勇者の手が振り上がる。
その手に僅かに、雷霆を纏わせながら。


戦士「………やめろ、勇者。
   目的を聞かせてくれ。
   話次第では、敵にはなり得ないはずだ」

勇者「そーゆーわけにもいかないって。
   時間もないし、彼女とはずっと殺し合ってきたんだもん。
   爆弾も見せちゃったし、彼女に同じ手は二度通じないから、
   今のうちに殺しておかないとって、
   僕間違ってる?」

戦士「………俺が、気に入らない」

勇者「子供みたいな事言わないでよ。
   苛めたくなっちゃうじゃん」


どうする。
ミスリルの外套に賭けるか。
ハルバードを投擲するか。
…どの手立ても、見込みが薄い。
睨み合いは続く。
例え雷を防いだところで、
勇者は接近戦もデーモンと渡り合える腕前だ。



294 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:51:48.94 ID:D2uU4S3W0



勇者「もう、さっさと逃げてよ。
   戦士には、できるだけこんな姿、見せたくなかったのに」

戦士「馬鹿言え。
   みすみす見逃せる事じゃねえ」

勇者「…ほんと、何度も命は狙われるわ、
   戦士は誑かすわ。
   …目障りだね、賢者は」


勇者は仕掛けてこない。
おかしい。
これは勇者にとって、絶好の機会と言えるはずだ。
俺が間に立っているとはいえ、
脅すのみに留めている理由がない。


戦士「仲間が、来るのか?」

勇者「……………さぁ?」


なぜ、気付かなかったのか。
勇者は魔法使いの死体を求めていると言った。
しかし爆弾が魔法使いの血液を原料としているのなら、
魔法使いは生け捕りが都合が良いはずだ。
つまり、勇者は。


戦士「動けない賢者を、捕らえるつもりなんだな」

勇者「……………」


勇者は沈黙で応える。
そもそも勇者の返答は関係が無い。
これは確信に近い推測だ。


勇者「………ふぅ。
   ま、別に殺してもいいんだ。
   賢者ほどの魔法使いが生け捕りにできて、
   生かしておけば血液が収穫できるってのは魅力的だけどさ」

戦士「………収穫、……だと?」

勇者「怒んないでよ。
   賢者の存在は、殺すだけでも、
   充分に戦略的価値を見出だせるんだ。
   …だから、戦士がそこから動いたら捕らえるし。
   動かないなら、君ごと殺すしかない」



295 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:52:37.21 ID:D2uU4S3W0



勇者「じゃ、5つ数えるね。
   どっちか選んでね」

戦士「………くっそ……」

勇者「ごー、よーん」


どうする。
賢者を連れ縦穴に降りる。
…駄目だ、精霊さんの機嫌次第だし、
下は瓦礫だらけだし雷を遮るものがない。
勇者に挑みかかる。
…雷魔法の発動より速く斬りかかれるか?
…八方塞がりだ。
いくら考えても、状況を打開する方法が思い浮かばない。


勇者「さーん、にーい」


それだけは駄目だ。
賢者を見捨てる事はできない。
命をもらうと約束したんだから。


戦士「………く、そぉっ……!」


この勝負の帰趨は既に決している。
間合いを取られては魔法の餌食だし、
後ろには賢者が倒れ伏している。
故に俺は身を横に躱す事ができない。
足に棲んでいるという精霊は気まぐれで、
助力は期待できたものではないし、
間合いを詰めるより先を取られる事は明白だ。

だが俺の身体は、雷を耐える事などできない。
これは死へと向かう疾走だ。
だが諦観も絶望も、あってたまるものか。
これは俺の打てる最善の一手。
気休めかもしれないが、ミスリルの外套を身体の前に翻す。


戦士「うおおおおおおお!!!!」

勇者「ふうん。
   それが君の答えなんだね」


勇者の手から雷霆が放たれようとした、その時。


「旦那!!!止まってください!!!!」


見知った、声が響いた。



296 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:53:27.85 ID:D2uU4S3W0



王城に、一人の伝令が戻ってきたと聞いたのは数分前。
通信水晶が発見されてからというもの、
伝令のための駿馬が駆けるという事は、
作戦行動の失敗を意味しているようなもので、
報告を受けた時、俄に心がけばだった。


憲兵「…近衛騎士団が?」


そして、その予感は正しい。
伝令は出撃した近衛騎士団の全滅を報せるものだったのだ。


兵士「ええ。
   魔研に向かう森で、全滅したそうです」

憲兵「馬鹿な。全滅というのなら、生き残りは…」

兵士「先ほど帰った一人のみです。
   なにやら恐慌状態のようで、
   詳しい話が聞けるのは数日後でしょうね」

憲兵「………何故だ?
   近衛騎士団を全滅させられるだけの兵力、
   秘密裏に王都に送り込めるわけはない」

兵士「真偽の程はわかりませんが、
   魔研の近くで轟音が鳴り響いたという証言も出ています。
   …信憑性は、7、3といったところですかね?
   とにかく20分後に軍議です。
   あなたもご出席を」

憲兵「…ああ。
   すまないが、それまでに例の雷撃痕の資料を纏めておいてくれ」

兵士「………なぜ、今?」

憲兵「今だからだ。
   国が危機に瀕している時に勝負をかけるべきだ。
   手遅れになってからでは遅いとは思わないか?」

兵士「…わかりました。
   纏めておきます」



297 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:56:25.89 ID:D2uU4S3W0



大将「おお、憲兵か。
   なにやら国に暗雲が立ち込めておるな」


王国軍大将、
第2師団長。
中央王国軍最高評議会の議長でもある。
ヒゲを結わえた禿頭、巨腹の小男で、
かつては軍神とまで言われた戦略家だったが、
寄る年波にその知略にも陰りが差しているようで、
近年では専ら権力に縋り付く俗物と評されている。

評議会というのも、前線に赴かないこの男のポストを用意した程度だ。
軍議とは王国軍の意向を再確認するのみに過ぎない。
つまり必要性はないのだが、
一定の権限が与えられている事が質が悪い。


憲兵「評議会が機能するのも久しい事です。
   この程度の暗雲、王国なら容易く払えるでしょう」

大将「ははは。
   うむ、その通りだ。
   我が軍は精強無比故にな!
   大陸統一も近いと言えるだろう、はははは!!!」


軍は王のものだ。
だが王国で軍権を握る事は、巨大な権力を手にする事になる。
ある程度の増長は仕方ない。


憲兵「…大将殿。
   軍議の前に、大将殿のお耳に入れておきたい事項がございます」


近衛師団長亡き今、この男こそ名目上軍権の頂点に立つ男だ。
ならば根回しくらいはしておくべき、と憲兵は判断する。
近衛騎士団の全滅は由々しき事態だが、
憲兵はあくまで軍警察だ。
軍内部を取り締まる任務を帯びている。



298 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 04:01:48.39 ID:D2uU4S3W0



大将「…勇者殿が、国家転覆を?」

憲兵「ええ。
   例の暗殺事件も、下手人は勇者殿で間違いありません」


大将は少し思案顔を見せたが、


大将「なに、それがどうしたのだ」


すぐに、普段の顔に戻った。


憲兵「……………は?」

大将「さぁ、行くぞ。
   軍議だ。
   どうした?突っ立っていては始まるまい」

憲兵「いえ。
   事態が、おわかりなのですか!?」

大将「…そうさな。
   まぁ、しいて言えば、
   事態は早急ではないと言えるが、
   …何、先に始末しておくのも一手か」

憲兵「!?!?!?」


ドアが蹴破られ、
雪崩れ込んで来る衛兵たち。
それを目にし、理解した。


………国家転覆など、

既に終わっていた事を。



299 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 04:03:46.31 ID:D2uU4S3W0

中央王国編、終わりです。
直接続きになりますが、
次回からは魔法の王国編です。

次回の投下はいつになるかまだわかりませんが、
よろしくお付き合いください。
数々のレスありがとうございます。
励みになります。
300 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/05(月) 06:00:31.55 ID:IB0NZWCAO
乙!
面白い!続き期待!
301 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/05(月) 08:45:19.97 ID:Zq1frQ6yO
賢者には死なないで欲しいよねー
やっぱり主要キャラが死んでいくと面白い話でも読む気が削られる
302 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/05(月) 10:26:38.10 ID:5AzK3oO7o
乙です
303 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお迭りします [sage]:2015/10/05(月) 12:23:09.40 ID:wrULK/sqO
304 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/10/05(月) 19:21:06.23 ID:9fUh6+7EO
>>301

まぁそれを決めるのは作者だし
305 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/06(火) 20:04:09.47 ID:23q7bCh8O
つまりこれは勇者によるクーデターって事かしら?
306 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/07(水) 09:29:56.19 ID:miittZUVO
主犯は勇者なのかなって
307 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/09(金) 02:54:25.48 ID:xzhCBjuTO
良い奴から死んでいく法則
308 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/11(日) 21:32:21.22 ID:wZwpyTtY0
賢者殺したら許さん
309 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/14(水) 19:36:03.95 ID:Ib97cq8co
おつ
310 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/15(木) 11:19:53.56 ID:gNbaGjQWO
まだかー
311 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/22(木) 00:55:34.83 ID:GXsKHRI30
ご無沙汰しております。
ちょっとだけ時間が取れたので、
もうちょいしたらちょっとだけ投下します。

かなり期間が開いてしまいました。
申し訳ありません。

魔法の王国編の導入部だけでお茶を濁す作戦。
312 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/22(木) 01:20:08.92 ID:GXsKHRI30

*****


戦士「盗賊!?」


声がしたその時、
機を伺っていたのであろう、勇者の背後に現れた壮年の男が、
勇者に向け、桶に汲んだ水を浴びせた。
投げつけられた桶如き、勇者の身体能力をもってすれば、
容易く避けられるものだが、

しかし声に虚を突かれた勇者は身を固めてしまい、
全身に水を浴びる事を、完全に許してしまっていた。


盗賊「…お許しを」


盗賊は手に、
内反りに湾曲した、大振りなナイフを構えている。
それは決然とした戦闘態勢だ。
盗賊の装束は街着のままだが、
その姿こそが市井に潜む無頼の男の真の姿なのだろう。


勇者「………君まで、裏切るの?」

盗賊「そのつもりはありません。
   …しかし、あなたの行動を諌める事も、
   私の賜った役目かと」

勇者「そんな事頼んでないよ。
   君に、その資格があるとでも?」


勇者は身体を戦士に向けたまま盗賊と話をする。
顔は伏せられ表情は読めないが、
その双眸に宿った暗い輝きを、声色から容易に知ることができた。



313 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/22(木) 01:22:56.47 ID:GXsKHRI30



盗賊「これは君のすべき事ではない。
   私がこうして君の生き方を正す事は、
   君に仕えた時から、決めていた事だ」

勇者「…意外に、つまんない事で死ねる男」


勇者は言うなり、逆巻く波の如く反転し、
壮年の男へと躍りかかった。


盗賊「ぐ、っ――――!!!」


眉間に迫るオリハルコンの剣。
神速の踏み込みから唐竹に振り下ろされた刃を、
盗賊は湾曲した短刀で防ぐ。


勇者「君、戦えたんだ。
   知らなかったよ。
   君が戦えるなら、これまで僕も苦労しなかったんだけど」

盗賊「なに、…嗜みのようなものです。
   披露する機会は無いと思っていましたが」

勇者「全く、鼠賊如きが剣士の真似事を…ッ!」


響き合う、剣と短刀。
盗賊はトップヘビーなグルカナイフの利点を活かし、
しなやかに距離を稼ぐような軌道で、身に迫る剣を迎撃する。
それは驚嘆すべき達人の技だ。
しかし盗賊が達人ならば、
対する勇者の剣腕は超人の域。
人の身で人ならざる膂力を誇る魔神と互角に打ち合う程の。



314 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/22(木) 01:24:18.68 ID:GXsKHRI30



盗賊「(やはり、及ばぬか………ッ!)」


盗賊の顔に焦りが滲み出る。
そもそも勇者と剣を交わす事が、彼にとっての死地となる事は、
彼なら理解できていただろう。

得物の間合いの不利。
足に古傷を抱え、疾走が許されぬ事。
力量の差。
グルカナイフは厄介な武器だが、
その利は投擲にこそある。
接近戦では決め手に欠ける武器を用いる事に加え、
足を使えず距離の取れない事からしてこの状況は、
勝利もなく敗走も許されぬ、
ただ死を待つ戦いだ。

一際高い剣戟の音がして、
ふたつの刃が鬩ぎ合う。
鍔元で刃を受ける勇者に対し、
盗賊は反りの中央に落としこむように受け止める。
体格は盗賊が有利だが、勇者の鋭い踏み込みによる体勢の差が災いし、
拮抗した鍔迫り合いとなった。


勇者「実はなかなか腕が立つみたいだけど。
   あんまり怖くはないかな」

盗賊「…ご冗談を。
   あなたが恐怖を感じる事など、ありはしないでしょうに」


鍔迫り合いは続く。
どこか愉悦を覚えたような勇者とは対照的に、
盗賊はもはや忘我の域にでも居るのか、
表情は引き攣り、大粒の汗を額に浮かばせ、
しかし確かな感情の昂ぶりを見せている。

それは使命を帯び絶望の戦場に赴く兵士の貌。
そこに趨勢を案じる必要は無く、
ただ使命のために己を賭すのみ。
そこが生の終着地となろうと、
己が役割を果たさんとするだけの男の貌だ。



315 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/22(木) 01:26:23.96 ID:GXsKHRI30




盗賊「ぐっ――――!!!」


先に限界を迎えたのは盗賊だった。
崩れ落ちるように蹴り足にした右膝を折り、
だらしなく地を這い、勇者の間合いから逃れようとするが、


勇者「じゃ。
   なかなか楽しかったよ―――」


銀髪の女性は、その背に上段に構えた剣を容赦なく振り下ろす。


勇者「――!?」


しかしその剣が届く事は無い。
振り下ろされた剣は、斧槍の穂先が迎え撃つ。
戦士がホールの隅に昏睡状態の賢者を横たえ、
手助けに戻るだけの時間を、盗賊は稼いだのだ。
弾かれた剣先を眺め、勇者は苛ついたように唇を噛み締める。


勇者「………ちっ、君まで」

戦士「わりぃけど、俺はそいつの護衛の仕事を受けたんだ」


理由はわからないが、
勇者は水に濡れていては雷魔法を扱えないようだ。
加えて間合いを詰めれば、接近戦なら勝機がある。

しかしそれでも、ただひとつの懸念材料があるが―――


勇者「……………っ、」


先程の赤黒い球体だ。
正体はわからない。
しかしその威力、直撃すればひとたまりもないだろう。


盗賊「旦那、殺しはいけません。
   ………頼みます、無力化を」



316 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/22(木) 01:29:49.63 ID:GXsKHRI30




勇者「捕まえる気?」

盗賊「そうです。
   あなたが"彼"の命で動いているとすれば、
   まずあなたの身柄を確保しなければ」

勇者「……そうだよ。
   でも勇者ってのは、王の命令で動くものでしょ」

戦士「なんだかわかんねぇが諦めろ。
   2対1だ。
   趨勢は決まっただろう」


戦士は立ち上がった盗賊と挟む形で勇者と対峙し、
その中で戦士一人のみ、摺り足でじりじりと間合いを詰める。
接近戦しか脳が無いという事は実に不便だ。
だが立ち合いとは長所の潰し合いといえる。
勇者はまごうことなき強者であり、
どんな強者に総合力で劣っていようと、
「接近すれば打ち勝てる」という強みを持つ戦士もまた、
超人の域の者であるという証として過言無い。

先に仕掛けたのも、やはり戦士。
彼にとって細かな技など必要なく、勇者にとっても警戒すべきはその威力のみ。
ただ実直な突き込みを、勇者は僅かに身を捻り躱す。
しかし――――


勇者「……は、やっ……!!」


その突き込みの速度は、勇者の想像を遥かに超えていた。
繰り返される刺突と縦横無尽な薙ぎ払い。
戦士が踏みしめる蹴り足は床を割り、荒れ狂う薙ぎ払いは、
暴風のようにホールの机や椅子を舞い上がらせる。
勇者はひたすらに追われる刃先を近づけないよう、
追い散らされる鹿のごとく防戦に徹する事しかできず、
武器使いとしての技量の差を、ひしひしと肌に感じていた。



317 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/22(木) 01:30:22.99 ID:GXsKHRI30



勇者「………はぁ、はぁ………つ、よいね、ほんとに…」


だが勇者は同時に、確かな血の滾りも感じた。
戦士のファイターとしての技量はまさに無双のものだが、
勇者はそもそも剣と魔法とを複合的に用いる魔法剣士だ。
決して武器による戦闘のみで優劣が決まる訳はない。

難敵を前に、自らの長所を頼りに血が滾るなど、
そんな清冽な覚悟はとうに捨てたものと思っていたが、
どうやら武人としての自己も捨てたものではないらしい。
多少の距離を取り、向かい合う。
荒い息をつく勇者と対照的に、戦士は汗ひとつ流していない。

そのとき、勇者の真横から、気配を殺して見守っていた、
壮年の男が斬りかかる。
戦士との剣戟で疲弊した事が災いしてか、
先程まで圧倒していた相手の連撃さえ、精々凌ぐ事しかできない。
盗賊の短刀が勇者に届く事こそ決して無いが、
勇者の力はもはや盗賊と伯仲の領域まで落ち込んでいた。

剣戟の中、盗賊の左手が腰に伸びる。
同時に盗賊は一瞬のうちに胸元で右手の短刀を逆手に持ち替え、
勇者の握る剣の鍔元に短刀の背を絡ませた。


勇者「――――ッ!?」

盗賊「お許しを」


絡ませた腕を右へ振りぬき、勇者の側頭部が露わになる。
身を捩る勢いをそのままに盗賊は左手を振るう。

その手には、紐の先に金属塊のついた武器が握られていた。



318 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/22(木) 01:33:02.55 ID:GXsKHRI30



勇者「―――ぁ、ぅぁ―――ッ…」


太く重苦しい音と、高い金属音がして、
勇者の額に光っていた"神託の証"が宙を舞う。
衝撃は鉢金を通しても充分に脳を揺らしたようで、
勇者は額を押さえ蹲った。

戦士は盗賊の手に握られた武器を目にし、記憶を巡らせる。
記憶が正しければあれは東洋で生まれた暗器の一種だ。
縄の先に金属の重りをつけ、振り回し攻撃する。
それなりに遠心力をつけなければ効果的ではないためか、
盗賊は一度背で振り回してから攻撃に移った。
武器の持ち替えからディスアームまでとそれは同時に行われた事。
一朝一夕でできる芸当ではない。


勇者「……暗器、使い…っ」

盗賊「―――旦那、拘束をお願いします。
   最悪眠らせても」

戦士「紐なんて持ってねーよ。
   それ、貸せ」


戦士は盗賊から流星錘を受け取り、勇者の腕を後ろ手に縛る。
弾かれた鉢金を見やると、大鎚で叩いたかの如く、見事にひしゃげていた。
鉢金が無ければ死んでいると見て間違いない。


盗賊「すみません、勇者殿。
   しかし、あなたの望みとは…」

勇者「…うぐ…わ、かってる、はずだよ。
   僕の望みは、ずっとひとつ」

盗賊「………私は。
   あなたがこうして変わり果てて行く姿を、
   ただ見ていただけだった」

勇者「…………そうだ。
   君は、ただ見ていただけだった。
   いや、…初めは。
   見てすらもいなかったんだ」



319 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/22(木) 01:35:53.66 ID:GXsKHRI30



戦士「おい、盗賊。
   外が騒がしいぞ。
   さっさと逃げねーと、新手が来る」

盗賊「あなたは賢者殿を。
   私は、この子を…」

賢者「……その必要はないわ。
   どうやら、あなたに助けられたようね」


休んでいるうちに回復したのであろう賢者は、
頬を僅かに紅潮させ吐息も未だ荒いが、
なんとか足は動くようだった。


賢者「髪が濡れてるわね。
   …ふーん。
   そっか、水は雷を通しやすいから。
   濡れてちゃ使えないってわけね」

勇者「……………」

戦士「賢者、走れるか?」

賢者「多少なら平気よ。
   …頭はずきずきするけど、
   魔力切れは初めてじゃないから」

盗賊「行きましょう。
   脱出経路は調べてあります」

勇者「………ふざけないでよ。
   絶対に、逃がさない」


盗賊が勇者に手を掛けた時、
勇者は手を縛られたまま、投げやられた剣に弾かれたように跳躍した。
落ちた剣で紐を切り、手を縛る流星錘がはらりと地に落ちる。
勇者の左手には魔力が練られていた。
身体を濡らす水はもはや渇き、
ただ蒼い光と薪の音が響く。



320 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/22(木) 01:37:50.54 ID:GXsKHRI30



戦士「賢者!後ろに隠れてろ!!」

賢者「―――ッ!」


結局、状況が戻ってしまった。
距離を取られ、勇者の手には魔力。
対してこちらは、魔法に抗する力を持たない戦士と、
病み上がりの賢者、速く走れない盗賊。


勇者「昔盗賊に、
   …僕の望みを語ったね」

盗賊「…ええ」

勇者「それは今でも変わってないよ。
   いや、ずっと変わらないんだ」

盗賊「……………」


盗賊は痛々しげに目を伏せ、
しかしすぐに揺るがぬ眼差しで勇者を見返した。


盗賊「君の望みが、そうであるなら。
   "家族"を求めるのであれば、
   …君は、彼に従うべきではない」

勇者「…求めるんじゃない。
   取り戻すんだ。
   あの頃を!!あの時を!!!」


声は徐々に振り絞られ、
やがて後悔を越えた慟哭となる。


勇者「僕は、自由になるんだ!
   あの館から!暗い地下の底から!
   魔法の王国からも!中央王国からも!!
   "彼"からも!!!」


悲しみに引き裂かれるような。
はじめから叶わぬと知る願いを訴えるような。

失った生きる意味を取り戻そうとするかのような。


勇者「最後の家族と一緒に!!」

盗賊「…しかし、彼女は、もう」

勇者「うるさいうるさいうるさい!!
   元はといえば君が悪いんだ!!
   奴隷商の癖に僕に優しくなんてしないでよ!!!」

盗賊「ただ、私は君に―――」

勇者「君は殺さないよ。
   君はずっと見続けるんだ。
   僕と、――――」

盗賊「………………ああ」

勇者「魔女の、結末まで」



321 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/22(木) 01:39:47.71 ID:GXsKHRI30



勇者の右手から放たれる雷。
それは戦士でも盗賊でもなく、
戦士の背後の賢者を狙ったものだった。

雷は弧を描くように放たれた。
その軌道は尋常では予測し得ないものだ。
魔法に疎い戦士は勿論の事、
魔法使いである賢者でも。

故に、勇者の傍に在り続けた盗賊が、
2人よりも早く行動に移る事ができたのは必然だったのだ。


勇者「―――――え?」


賢者を庇う形で身を投げ出す壮年の男。
いかづちは無慈悲に命を奪う。
男の胸元に直撃した雷は、不条理なほどの殺傷能力で、
その心の臓の動きを停止させた。



322 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/22(木) 01:41:43.80 ID:GXsKHRI30



不運な事に、部屋には窓が無く、
外の状況は望めなかった。
城内での帯剣は許されてはいるが、雪崩れ込んだ衛兵たちの数は多く、
突破する事も不可能ではなさそうだが、
こちらも無傷では済まないだろう。

影響はどこまで及んでいるのか。
大将は、先に始末しておく、と言った。
自らの出自を慮るに、
では事態は切迫しているに相違なかろう。


憲兵「…王国軍大将ともあろうものが、
   卦体な謀に手を染めたのか」

大将「王国軍を真の大陸の覇者とするに必要な事よ」


顎を撫で回し、下卑た笑みを浮かべ、大将は言葉を繋ぐ。


大将「勇者殿を見て確信したのだ。
   我が王国の王家には、血は伝わっていないとな」

憲兵「……………」

大将「魔法排斥?馬鹿馬鹿しい。
   王家の血筋に魔力が宿らぬ言い訳だろうに。
   魔法を認めてしまえば、王家の血筋が詳らかになる危険もある。
   民草は与太話をよく信じるからな。
   ……しかしその割に、躍起になって研究所を建造するあたり、
   さもしいものよ」

憲兵「…王国軍は既に大陸の覇者だ。
   そもそも、魔法などという不公平な力に依存することは、
   文明として危険な事だ」

大将「だが現に、神託の者などというくだらぬ演出に、
   王国は大いに沸いたではないか」

憲兵「それは、あなたがお膳立てをした―――」

大将「そうだ。
   三文芝居もいいところだが、
   まがい物とはいえ英雄と同じ力を振るえるというだけでこの通りだ。
   愚かな民草どもにはいい慰みだろうよ。
   …まぁ、故に、わしの目指す王国に王家は必要ないのだ」

憲兵「……………」

大将「英雄の血を引いておきながら――――
   その象徴たる、雷の力を受け継いでいない王家などな」



323 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/22(木) 01:42:53.98 ID:GXsKHRI30




憲兵「…愛国故の造反とばかり思っていたが、
   なんの事もない、ただの強権的なテロリストとはな」


吐き捨て、抜剣する。
同時に己の無能さを嘆いた。
軍警察の地位にありながら、ここまでの造反を許してしまったのだ。

しかし、今知り得た事をよしとせざるを得ない。
軍議には王も出席するのだ。
恐らく軍議が始まってしまえば、
その場で国家転覆は完了してしまうのだろう。


大将「王家の血筋は根絶やしにする。
   くくく、そしてそれはあなたも例外にはならん」

憲兵「………ほざけ。そうはさせん」

大将「城内に味方が居るとは思わない方がいい。
   では、わしは失礼しよう。
   せいぜい足掻くがいい―――――」

憲兵「待て、貴様!!」

大将「―――――第二王子殿」


大将がこちらに背を向けた時、
一人の衛兵が斬りかかってきた。

視界が閃光に包まれるのと、それは同時。
室内の誰もが目を眩ませ、
気付いた時には手を引かれ、
大将を通そうと兵たちが開けた道へと誘われていた。



324 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/22(木) 01:44:04.22 ID:GXsKHRI30



勇者「……………なんで」

戦士「お、おい!!
   盗賊!!!!」


勇者は呆然となにかを呟き続け、
戦士は倒れ伏す男を抱き起こし、
賢者は男の身を確かめようと、残り滓のような魔力を振り絞る。

しかし賢者が首を横に振った時、
勇者はなぜ、どうして、と呟いたのち、


勇者「……………つまんない」


それだけはっきりと声に出し、
その場に背を向けた。


戦士「待て、勇者!!!」


勇者の身体にはなおも雷が纏わりついている。
それは追えば殺すという意味だ。
勇者は一度も振り返る事なく、
扉の先に消えてしまった。


賢者「………逃げるわよ。
   彼は…置いていくしか…」

戦士「……ああ」

賢者「…あんたのせいじゃないわ。
   …絶対に、違う」

戦士「わかって、るよ」


恐らく、考えあぐねる時間はないのだろう。
2人は少しだけ倒れた男を見、
外へと駆け出した。



325 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/22(木) 01:46:32.23 ID:GXsKHRI30



――――――そこで、物見の水晶球への魔力を切る。

盗賊の死は慮外だが、
彼女の意思を継ぐ者の顔を知る事ができた。
賢者が魔力切れを起こしてくれたおかげだ。

あの武器は、ミスリルだろうか。
また随分と嫌われたものだ。


「ふふ、ははは――――。
 死んでも、僕の、邪魔、するんだねぇ――――」


ここは暗い地の底の館。
誰も知らぬ、時の流れに埋葬された場所。
領地には死にきれぬ哀れな人形が徘徊し、魔獣たちが庭を守る、
涜神の館。
ここは死の国。
"彼"の作り上げた、"彼"の王国。


「早くおいでよ。
 負けないよー、なんつって。
 ははははははは!!!」


戦士はまだ、知る事はない。
大陸に巣食う、本当の敵の姿を。



326 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/22(木) 01:49:17.95 ID:GXsKHRI30



如何に鍛えようと、
何人を打ち倒そうと、
所詮は人の身ひとつ。
そんな詮無き事、十を過ぎる頃には悟ったはずだ。

しかしそこで歩みを止めず、愚かと知りながら、
人の身ひとつで出来る事を必死に探し続けてきた。
それは無駄に等しい足掻き。
しかしそれが真に無駄ならば、
人とはその無駄こそが生ならば、
なんとこの世は無常な事だろう。


「昨夜!!王立魔法研究所への、魔法の王国と思われる兵による攻撃があった!!」


少女の描いたたったひとつの夢。
その夢の彼方に、千、万の潰えた夢がある。
その夢を思えば、昨夜は、万に一つの機であったはずだ。


「国王は事態を重く鑑み、
 自ら近衛騎士団を率い出撃したが、
 魔法の王国の新兵器と思われる攻撃の前に、奮戦し全滅!
 あろうことか、国王までも崩御された!!!」


所詮無明の旅だったのか。
冬の訪れを告げる、冷たい風が肌に刺さる。


「中央王国評議会は、既に国境封鎖を決定した!
 研究所襲撃を事実上の宣戦布告と見做し、
 国王の弔いの為、
 第六師団長、救国の英雄と称される勇者中将に非常時大権を委任!」


彼女の夢は、戦争を止める事。


「現時点より、我が国は戦争状態となる!!!」


俺は彼女の意思を、継いだはずだった。



327 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/22(木) 01:52:20.43 ID:GXsKHRI30



賢者「………どう?」

戦士「…駄目だ。
   どこに行っても兵隊がうろうろ。
   こりゃお忍びで国境越えは無理だな」

賢者「魔法も探知されるでしょうねー…」

戦士「…ま、俺は俺で、なんとかするよ。
   お前も、一人の方がなんとかなるんじゃねぇか?」

賢者「そうね。お互い単独の方がやりやすいかも。
   あんたは一応、王国軍所属だし」


兵長のご母堂から、兵長の死を聞かされた。
下手人はわからないとの事だが、
…勇者の手による事だと、なんとなくわかった。

…勇者がどんな意図で行動しているのかは、
俺にはわからない。
唯一、知るはずの盗賊も死に、
結局俺の仲間は、賢者だけになってしまった。


賢者「じゃ、私はとにかく、
   一度魔法の都に戻るわ。
   あんたは?」

戦士「…俺は、火竜山脈に向かうよ。
   あいつの研究室を見つけないと」

賢者「そ。
   …きっと、見つかるわ。
   あんたが、あの子の事を想い続ければきっとね」

戦士「………そうだと、いいがね」



328 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/22(木) 01:53:19.87 ID:GXsKHRI30



賢者「じゃ、気をつけてね」

戦士「………ああ。
   お前もな」


賢者は一度背を向けたが、


賢者「…あ」


なにかを思い出したように振り向いた。


賢者「そういえば、言いたい事あるんだけど」

戦士「ん?」

賢者「………うーん」

戦士「なんだよ」

賢者「…やっぱり、いいわ。
   次に会った時の方が良さそうね」

戦士「な、なんなんだよ」

賢者「んーん。いいの。
   とにかく今は、あの子の言う事、聞いてあげて。
   私、魔法の王国で待ってるから、
   その時のあんた見て、決めるから」

戦士「…よくわかんねーけど。
   はは。じゃあ、意地でも死ねねぇわ」

賢者「当たり前じゃん。
   私より先に死んだら怒るからね。
   じゃあ、またね」


そして彼女はいつものように、
一陣の風と共に消えた。



329 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/22(木) 02:00:21.32 ID:GXsKHRI30



思えば旅を始めてから、
一人旅は初めてだ。
勇者と、盗賊と、賢者。
辺境を発ってから、常に誰かと行動を共にした。

師と仲間を同時に失ったからか、
それとも一人になった事で彼女の死をより強く感じるからか、
ふと空虚な闇を、心に感じてしまう。


戦士「………旅を、続けよう。
   まだまだわからない事が多いんだから」


先は長い。
立ち止まっている暇はない。

空虚な心は軽くて良い。
次なる目的地、火竜山脈へ。
雪が降るまでに着ければ良いのだが。


330 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/22(木) 02:02:14.11 ID:GXsKHRI30
今日の分終わりです。
>>1を完全に無視しています。
申し訳ありません。
許して…お願い……。
331 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/22(木) 03:59:44.03 ID:RfH0yjhko

続きを気長に待ってる
332 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/22(木) 05:51:35.88 ID:MUikWtjAO
乙!
待ってたぜ!
333 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/22(木) 09:42:14.85 ID:3oKTTFDUo
乙です
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