魔女「ふふ。妻の鑑だろう?」

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73 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/30(日) 11:45:13.25 ID:1bVfxdMZO
>>1的にはどちらのルート書きたいのだろうか? 自分の書きたいルート書いてほしいところ
>>72
ザオリクあっても吸収されちゃってるし肉体が無いから難しそう
74 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/30(日) 13:19:51.52 ID:87nj4sOlO
ルートによって展開が大きく変わってあの時あっちにしておけばってのは勘弁していただきたい
75 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/08/30(日) 22:17:50.86 ID:EGj3fz+X0
乗ってもいいが魔女の通りにさせたい
76 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/31(月) 12:28:05.87 ID:Zm84Ayl2o
どっち選んだってもう片方も見たくなって
催促されるだけだと思うぞ・・・?
両方書けるんだったら両方書けばいいし
出来ないなら自分で選んだ方がいいよ
77 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/31(月) 13:53:14.94 ID:H9OAXgyA0
メインキャラに据えておいて序盤に[ピーーー]とウケるんだってよ
78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/08/31(月) 18:25:27.46 ID:jIQntqfAo
おつ
両方書くならいいけど片方だけなら自分で決めた方が文句出なくていいと思うよ
79 : ◆DTYk0ojAZ4Op [sage saga]:2015/08/31(月) 23:17:24.71 ID:ZK1F7PML0

わわ、ご批判の意見、痛み入ります。
実はどっちでもよいのです。
順番が入れ替わるだけで、話に直接影響はしません。
ちょちょいっと書き直せば済む話です。

今回は、ご意見が多いようなので、誘いに乗ってみる事にします。
頑張れ戦士。嫁のために。

早めに投下できるように頑張って書きます。
多くのレスありがとうございます。
励みになります。


>>72
色々ドラクエをモデルにしてるところはありますが、
ザオリクは創作物の敵です!
ドラゴンボールです!
なので使いドコロがちょっと難しいです。
でもギガデインって名前だけでワクワクしますよね。
かっこいいお名前を拝借しただけです。
ドラクエ呪文はギガデインだけだと思ってください。
申し訳ありません。
80 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/04(金) 08:47:06.84 ID:Nk68mitxO
待ってるよー
81 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 00:23:38.47 ID:X+mP6cx90

こんばんは。
意外に早く書き上がったのでもうちょいしたら投下します。
相変わらず趣味全開、読者置いてけぼり、
クッサクサのファンタジーです。
良ければお楽しみください。
82 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/05(土) 00:26:27.52 ID:roQCTTn4O
はよ!
83 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/05(土) 00:26:58.78 ID:4SomSEjLo
きたか!
84 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/05(土) 00:48:29.57 ID:roQCTTn4O
始まらないね…
85 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 00:48:31.50 ID:X+mP6cx90


*****



盗賊「旦那、もう少しで済みます」

戦士「…はぁ」

盗賊「ため息半分、って感じですな」

戦士「あいにくただのため息だ」

盗賊「なに、手癖の悪い盗賊のする事です。
   あなたが気に病む事はありません。
   それに、あなたがする事は人助けですから」

戦士「そうだが。
   しかしあんたはもう盗賊じゃないんだろう?」

盗賊「はは、そうでしたな。
   済みました。どうぞ」

戦士「ああ。行ってくる」

盗賊「確認です。
   勇者殿との合流ポイントは?」

戦士「第六セクション、3つめの扉だ。
   合流次第炉心に向かう」

盗賊「合流ポイントまでに戦闘に入った場合」

戦士「防戦しつつ合流ポイントに向かい、
   救援を待つ」

盗賊「勇者殿が居ない、もしくは来なかった場合」

戦士「書棚の右上から三番目の本を1/3引き出しておき、
   一人で炉心へ向かう」

盗賊「問題ありません。では、ご無事で」

戦士「ああ」



86 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 00:49:51.31 ID:X+mP6cx90



15日前、
辺境の町への魔物の襲撃の後、
俺は勇者の誘いに乗り、鉱山都市で勇者の仕事を手伝う事になった。

俺の提案した条件は3つ。
1つめ、俺は第6師団に配属されない事。
あくまで辺境の町の衛兵としての立場を貫く事。
2つめ、俺が協力した事が知られないよう、
建前として別の協力者を一人鉱山都市へ派遣する事。
信頼できる人間が望ましい。
きな臭い話を一度知ったとされては、
第6師団に配属されなければならなくなるか、
最悪、消されてしまう。
3つめ、仕事が終わった後、本都に連れて行く事。
本都に着いたら、協力関係を清算する事。

こんな条件を呑むとは思っていなかったが、
勇者は、君って意外と我が儘だね、と一度目を丸くした後、


勇者「オーケー、それでいいよ。
   惚れた弱みだね」


と冷たく笑った。

出立は1週後。
辺境の町から北西へ馬を飛ばし、5日間。
小さな山脈の谷間を越えた更に先、中原の王国を北東から一望する、
火竜山脈の裾野に鉱山都市がある。
鉱山都市の成り立ちは150年前にまで遡る。
ここはかつて中原に存在した帝国が管理する鉱山だった。
首都から離れている、という理由で、鉱夫たちが次々に住みつき、
いつの間にやら評議会までが作られ、独自の統治を続けるようになった。
帝国が中原の王国により征服されてからは即座に独立を宣言し、
大陸全土との交易により今もなお発展を続けているそうだ。

火竜山脈といっても実際に火竜が棲んでいるわけでもなく、
火山群というわけでもないが、
気の遠くなるほど昔本当に火竜が棲みついていたそうで、
どこかの山の中腹に大穴が開いており、
火竜の巣として観光事業までやってのけている。

ここは鉱山商人と工学者たち、そして鉱夫たちの国。
鉱山都市で手に入らない金属はない、と人々は言う。
火竜山脈にはあらゆる金属の鉱脈があり、
未だ発見されていない金属までも眠っているとも。



87 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 00:51:18.45 ID:X+mP6cx90



そして話は3日前に遡る。
到着し宿に着くなり、勇者に一人の壮年の男と引き合わされた。
聞けば盗賊上がりという、胡散臭い男だった。


勇者「僕の子飼いの諜報員ってところかな。
   腕は確かだよ。
   今回のお仕事は彼とする事にしておいた」

盗賊「鍵開けのみが取り柄のしがない獄卒ですが、助力致します。
   なんでもお申し付けください。
   侵入の手引も私が」

戦士「……………侵入?」

勇者「ああ、お仕事の説明がまだだったね。
   盗賊、やって」

盗賊「はぁ。説明もなにも、侵入して戦闘して確認、だけですが」

戦士「だから、侵入ってどこに」

盗賊「鉱山の動力炉エリアです。
   魔力炉のコアを見てくるだけの簡単なお仕事」

戦士「……………」

勇者「納得いかないって顔してるね」

戦士「…バカ言うなよ。
   そんだけの仕事にお前が駆り出されるわけないだろ」

勇者「ふふーん。戦士に褒められちゃった」

盗賊「…ま、正論ですな。
   強敵との戦闘でなければ勇者殿は呼ばれません」

勇者「まぁ、街を見ておいでよ。
   その物騒な武器は目立ちすぎるから置いていってね」

戦士「だから俺に、隠密行動とか無理だよっ」

勇者「仕方ないなぁ一緒に行ってあげるから」



88 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 00:53:05.57 ID:X+mP6cx90



勇者「情報収集の基本といえばっ」

戦士「酒場」

盗賊「ちと違います。
   今回の場合、モノはすでに確認済みなので」

戦士「魔力炉って何?」

盗賊「……………勇者殿」

勇者「現場で聞いた方がいい反応してくれるかなって」


交易で潤っているとは聞いていたが、
街に出るなり目についたのは、不思議な乗り物だった。
物としては乗合馬車に近い。
しかしいくらなんでもプラットフォームが大きすぎる。
縦長で屋根の上にも人が乗る事ができ、乗客は20人ほど。
プラットフォームは板バネで支えられていて、乗り心地も良さそうだ。

そして、馬が、おらん。

馬がいない代わりに、先頭で人がラダーのようなものを操っている。
スピードはあまり出ていないが、人が歩くよりは遥かに速い。


戦士「………あれ、勝手に動いてんのか?」

盗賊「いくらなんでも勝手には動きません。
   魔力で動くキャリッジです。
   運賃は昇降口に据え付けてある木箱に放り込む方式です。
   誰でも乗れますよ」

戦士「魔法使いが動かしてんの?」

盗賊「いえ、あれは…」

勇者「魔女の発明だよ。魔法石っていう妙な石に擬似魔力を溜めて、
   それを動力源にするんだ」

戦士「……………へぇ」

勇者「興味があるならそう言えばいいのに」

戦士「これが画期的な新技術?」

盗賊「当たらずとも遠からずです。少し違います。
   作ろうと思えば魔法の王国でも作れるのではないでしょうか」

戦士「作ろうと思えば?」

盗賊「まぁその辺りは追々。
   乗ってみますか?なかなか良いものですぞ」



89 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 00:55:24.73 ID:X+mP6cx90



キャリッジは一定の路線を時刻表に従い巡航する仕組みのようで、
近くの停留所から乗る事ができた。
乗ってみるとこれがなかなか気分がいい。
乗合馬車のような生物独特の息のついた牽引と違い、
等速のため乗り心地が非常になめらかだ。

道の凹凸は板バネに吸収され、喋っていても舌を咬む心配がない。
これで運賃が乗合馬車と変わらないという。


戦士「これじゃあ辻馬車は商売上がったりだな」

勇者「そうなんだよ。
   鉱山都市の基本交通手段だね」

戦士「…これが、魔女の発明」

勇者「物憂げだね」

盗賊「物憂げですな」

戦士「…いや。これだけの発明なのに」

勇者「なぜ追われるのかって?」

戦士「悪さをしなければ追われないだろ」

勇者「ま、そうなんだけどね」

盗賊「時として逸脱したものは追われますな」

戦士「とんでもない発明だ。
   これじゃあ馬車は必要なくなる。
   なぜ量産化しないんだ?」

勇者「できないからだよ」

戦士「………すでに3台とすれ違ったが」

盗賊「正確には、鉱山都市以外では動かないからですな。
   …そろそろ着きます」


気付けば鉱山都市のはずれまで来ていた。
山間の、気を向けなければ目立たない、
大きく広がる黒い池。
路線はここで終わりらしい。
乗客も居なければ、人通りもない。
それらを受け入れる建物もない。

ただ、砂埃をあげ、風が吹くだけの場所。
その先に広がる用済みの土地。

御者が声をあげる。
まるで一刻も早く立ち去りたいとでも言いたげに、
つまらなそうな声だった。


「…最終処分場ー、最終処分場ー………」



90 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 00:56:41.16 ID:X+mP6cx90



廃棄場。
ゴミ捨て場。
ゴミは燃やしてしまうものだ。
当然鉱山都市でもそれは同じ。
この大陸ではどこだってそうしてきた。

…そのゴミが、燃えれば、だが。

金属となればそうはいかない。
廃棄金属は、基本的には再利用する。
溶かして鋳型に流し込み、インゴットにして市場に戻る。

だが時に、その廃棄金属が大きすぎて、
再利用すればコストが高くなり、収益が見込めない場合や、
比率の狂った合金、
錆びて使い物にならない金属など。

そうした、「終わった」ものたち。
そういうものは全てここに棄てられる。
なにせ燃えないし、
溶かそうにも金属は成分として安定しすぎているので、
棄ててしまう方が効率が良いのだ。

視界に広がる終わった金属たち。
150年間棄てられ続けた金属たちはもはや、
城ひとつ入りそうな大穴から溢れ出しそうなほど積み上がっている。


戦士「なんだ、これ」

勇者「魔女の昔の家」

戦士「………はぁ?」

盗賊「3年ほど前、ここに魔女が居たといいます」

戦士「ここ、とても人が住めるところじゃねぇだろ」


なにせ、ひどく臭う。
腐った金属の臭い。
鼻にねじ込まれるような抵抗感を持ち、
眼球の奥を灼くような。



91 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 00:58:25.43 ID:X+mP6cx90



盗賊「4年前、学院を追われた魔女がふらりと鉱山都市に現れたそうです」

戦士「そんなに前から追われてるのか」

勇者「ちがうよ。その頃はまだお尋ね者じゃないもの。
   4年前、学院に居れなくなったってだけの話」

戦士「へ?」

勇者「彼女の発明が魔法を冒涜してるって言いがかりをつけられて。
   その実、学院が権利をぶんどっただけなんだけどね」

盗賊「先程のキャリッジもそうです。
   本来は魔法の王国にしかないものです」


なんとなく、わかってきた。
あいつが追われてた理由。


戦士「……確か、特別な術式は解析が禁じられてるんだよな」

盗賊「その通りです。
   学院は彼女の、
   ある発明を奪ったのです。
   それを鉱山都市にリースとして貸し出し、
   ひと儲けしました」

勇者「法外なリース料だったらしいよー。
   それでも鉱山都市としては、2年以内の新金属の発見を条件に、
   旨味のある契約内容だった」

盗賊「魔力炉というものについて、どこまで?」

戦士「全くわからん。
   中を確認するってのも、含めて」

盗賊「魔法の王国の新技術です。
   開発者は学院の、とある講師」

勇者「という事になってるね」

戦士「じゃあ、本来は」



―――魔女の発明、って事なのか。



92 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 00:59:26.74 ID:X+mP6cx90



勇者「そそ。
   魔力炉は、物理的な運動エネルギーを用いて、
   別エネルギーの魔力に転換するっていう驚きの技術なんだよ」

盗賊「鉱山都市は山間のため風が吹きます。
   ここからは見えませんが、運動エネルギーは風車から得ているようですな」

戦士「………待て、さっぱりわからん」

勇者「頭の回転は早いのに、座学はさっぱりなんだね、あはは」

戦士「うるせーバカヤロ」

盗賊「ははは。つまりこういう事です。
   例えばあなたが棒で人を殴りつけるとします」

戦士「ああ」

盗賊「棒を振るのはあなたの力です」

戦士「そりゃそうだ。
   力を使わなければそれはただ棒が落下しただけだ」

盗賊「その時使う力はあなたの筋力です。
   しかし、その考え方では棒の重さを無視しています」

戦士「???どういう意味?」

盗賊「なぜ人を殴る時に、棒を使おうと思いますか?」

戦士「そりゃ、棒を使った方が強いから………あー」

盗賊「そうです。
   あなたの筋力のみで力が決まるなら、
   それが拳でも結果は同じ事です。
   しかし棒を用いて殴りつけた方が、最終的な力は増します。
   拳を振るう事と同じだけの筋力を使った時に、棒を介する事で、威力が増す。
   それを運動エネルギーが増えた、と表現するのです。
   棒の重さや、長さによるモーメントなど小難しい話もいくつかあるのですが、
   まぁ、それは無視しましょう」

戦士「ああ、その方が助かる」



93 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 01:00:32.13 ID:X+mP6cx90



盗賊「そういった運動エネルギーを溜めておけるものがあります。
   例えば、バネのような」

勇者「バネを縮めたまま置いておくって事だね。
   力を解放すれば、バネは跳ねるでしょ?」

戦士「んー、なんとなく、わかる」

盗賊「バネ定数というものがあり、解放される運動エネルギーは100%ではありませんが、
   まぁそういったものがあるのです。
   これが炉心の技術に用いられているかは定かではありませんが、
   魔力炉はそういった運動エネルギーを、魔力に変換し、
   魔法石に蓄積しておくものです。
   考え方としてはバネと同じです」

戦士「ははぁー。
   それでさっきのキャリッジが動いているわけか。
   魔力を動力源に動くっていう事は、
   人形師の使うオートマタと同じだな」

盗賊「そうです。
   魔法石があれば魔法使いが居なくともオートマタを動かす事ができます。
   操る事はできませんが、動力としての働きはします。
   動きを覚えさせておけば単純な作業ならできます」

勇者「キャリッジもそうだし、
   魔法石を利用した採掘機械も多く動いてるんだよ。
   だから4年前から鉱山都市の金属生産量は大幅に伸びてる。
   今までツルハシとトロッコだけで採掘してたのが、
   自動で動く運搬機に、穴を掘る大きなドリルとか。
   垂直に音もなく動くエレベータ?だっけ?まぁそんなのも」

盗賊「採掘効率の大幅な上昇が見込めたため、
   新金属の発見も遠くないと判断し鉱山都市はリース契約を結びました。
   しかしリース料は法外です。
   掘っても掘っても追いつかない。
   そして1年が経ちました」

戦士「そんで、魔女が」

勇者「そーそー。
   凄いよね」

盗賊「その通りです。
   彼女は、この廃棄金属の山から、
   新型の魔力炉を作ってしまったのです」



94 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 01:03:07.31 ID:X+mP6cx90



勇者「しかも魔力転換効率は倍々だよ。
   学院には20個しかない、
   魔法石もそりゃもうたーくさん」

戦士「……………そりゃ、追われるわ。
   学院の大口の収益を潰したわけだ」

盗賊「それだけではありません。
   権利を保有している講師の面目も潰されました。
   学院の怒りは激しく、多くの追跡者を放ったそうですが、
   そのほとんどが帰ってこず、ついには市井に頼るようになりました」

戦士「でも、おかしいじゃないか。
   解析は禁じられているんだろ?
   リース料払うのが嫌だからって同じものを作ってしまっては、契約違反だ。
   学院に差し押さえられちまうだろ」

勇者「それが平気なんだなー。
   …いや、平気じゃないけど、平気なの。
   鉱山都市には強気に出られるだけの事実があるの」

戦士「??どういう意味?」

盗賊「証明しようがないのですよ。
   なぜなら、学院の誰にも、魔力炉の技術解析ができないのですから。
   機械を作れてメンテはできても、肝心の炉心から先が完全なブラックボックスなのです。
   魔力炉は魔法の王国に3基、鉱山都市の新型に1基あります。
   王国は1基を貸し出し、1基を研究、1基を実用化していましたが、
   4年経ち、鉱山都市から1基が戻っても、全く進捗はないようですな。
   魔女も、彼らでは200年はかかるね、だとかなんとか」

勇者「どうやって魔力に転換してるか、という事よりそもそも、
   魔法石ひとつにしたって、
   それが鉱物なのか陶器なのか、それとも硝子なのか、
   僕らにはさっぱりわかんないんだよ」

戦士「………えええー…」

盗賊「魔力紋、というものがあるでしょう」

戦士「あー。魔力は人によってそれぞれ違うってやつだろ」

盗賊「これも彼女の発見です」

戦士「はああああああー?」

盗賊「今でこそ魔力紋は学院に鑑識チームが生まれるまでになりましたが、
   発見された7年前当時では晴天の霹靂とも言える発見でした。
   この論文の発表は彼女の名声と悪名を大きく高めたのですが、
   要するに魔法石にしても、
   それを利用した機械にしても、
   それぞれ魔力紋があるのです。
   魔法石は3日で自然に魔力を失ってしまいます。
   鉱山都市で魔力を溜めた魔法石を利用した機械は、
   鉱山都市で生み出された魔力の魔力紋でしか動かないのです。
   そして、鉱山都市の魔力炉で生み出された魔力は、
   魔法の王国の魔力炉のものと、魔力紋が違っていました」



95 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 01:04:53.08 ID:X+mP6cx90



盗賊「解析ができないので、同じ術式を用いているという事は、
   証明しようがありません。
   鉱山都市はその点を突き、同一技術ではないと主張しました。
   魔法の王国にしても、鉱山都市と決裂しては金属が不足します。
   そういった理由で鉱山都市はリース料から解放され、
   採掘事業を継続する事ができました」

勇者「学院からすれば彼女のしわざって丸わかりだし、
   そういった理由で追われるようになっちゃったわけ。
   ひどい話だよねー」

戦士「……………」

勇者「なに?ショック?」

戦士「魔女は、
   …なにも悪くないじゃないか。
   奪われた権利を自分のものにしただけだ」

勇者「そーだよ。なにも悪くないの。
   学院が殺そうとしてるんじゃなくて追ってるってのも、
   魔女に魔力炉の建造方法を吐かせようとしてるってわけ」

戦士「……腐ってやがる」

勇者「悪いとすれば優秀すぎる事かな」

戦士「優秀なやつが、世のために開発したものだろ。
   本来の使い方じゃないか」

盗賊「時に過ぎた技術は争いを産むのです。
   事実魔法の王国は鉱山都市を征伐しようとしていました」

戦士「………そんな」

勇者「だから僕らが来たんだよ。
   鉱山都市は独立都市だから、武力は持たないからね。
   中央王国が鉱山都市の魔力炉保有は適当であるってスタンスを取る事で、
   ひとまずこの騒動は落ち着いたの。
   魔法の王国も中央王国と敵対しては、国力を落とすだけだって知ってるから」



96 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 01:05:50.39 ID:X+mP6cx90



戦士「え、中央王国はそういうスタンスなのか」

勇者「そーだよ。
   鉱山都市が魔法王国領になっていい事は何もないからね。
   ここには技術力もあるし、独立性を保たせておいた方が生産性が見込める。
   ただちょっときな臭いし、魔法の王国とは決して相容れないし、
   なによりほら、ウチ、軍事国家だから。
   だから最近ちょいと軍拡を」

盗賊「今回の任務は魔法の王国が間者を放ったという情報を知ったからです。
   これは確かな情報です。明日の夜、動力炉エリアで鉢合わせるはずです。
   ついでに可能ならちょっと炉心を覗いておく事。
   なので鉱山都市側に協力は要請できません。
   都市側からすれば機密中の機密ですから」

戦士「…そーいえば中央王国は魔法後進国だったな」


中央王国は魔法技術を持たない、騎士たちの国だ。
というか、魔法使い自体は居るのだが、
養成機関もなければ宮仕えにそういったセクションもない。
なぜか伝統的にそうなのだ。

中央王国の国力は魔法の王国を上回る。
国土も広ければ、人口も多い。
軍事力だって倍はあるし、歴史に至っては大陸一だ。
2000年以上続く皇族の血統すら持つ。

なので、魔法学院は中央王国出身者を冷遇するきらいがある。
たとえどれだけ魔法の素養があろうとも、
閉鎖的な国風は自らを上回る存在を許さない。


戦士「なら、今回の任務というのは、つまり、あれか。
   動力炉エリアに侵入し、同じく侵入した魔法の王国の間者を殺す。
   この時、戦闘になるかもしれない。
   ついでにちょっと炉心を覗いて、それを記録する」

勇者「あと、もうひとつあるんだけど…んー……」



97 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 01:06:52.47 ID:X+mP6cx90



盗賊「よいではないですか。
   戦士殿、我々のもうひとつの任務は、大陸のどこかにあると言われる、
   魔女の研究室を探す事です」

戦士「………研究室?」

盗賊「そう。
   彼女の研究の全てが記録されているはずです。
   彼女は学院を追われたあと野に下り、研究を続けたと聞きます」

勇者「でも、ここには無さそうだね」


勇者は冷ややかな眼で、廃棄場を見つめる。
手がかりを持っている事は、言わないでおく。
中央王国は信用できない。
…彼女の遺言だ。


戦士「中央王国が魔法に頼るのか?」

勇者「んー、頼らないために、研究室を探すんだよ。
   魔女の身柄も、生きていれば、できればウチで確保したい」

盗賊「危険ですからね」

戦士「………危険?」

勇者「うん」

盗賊「ええ」



勇者「彼女の発明は時代に過ぎたるものだよ。
   全部、破棄しないと」



98 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 01:07:58.10 ID:X+mP6cx90



世に出た技術は消えない。
技術は民草の生活を豊かにする。
それがインフラストラクチャーであれば尚更。

それは民草にとって「あって当然」のもの。
社会的経済、生産基盤となりうるもの。
それだけ根付いた技術は規制できない。
根切りをすれば樹は枯れる。

勇者たちは、魔力炉を否定しない。
もはやそれは鉱山都市になくてはならないものだから。
…しかしこの先、
魔女の技術が世に出る事は、
あってはならない事だと言う。

戦争を止めたいと彼女は言った。
失敗したと彼女は言った。
彼女の技術が戦争を呼ぶと勇者たちは言う。

過ぎたる技術は争いを呼ぶ。
ならばそれを防ぐ事は、
神々の行いではないのか。

そして、ひとつの矛盾に気付く。

勇者。

君のその雷を呼ぶ力も、

人類には過ぎたる力だという事に。



99 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 01:09:14.25 ID:X+mP6cx90



勇者「帰ろーか。
   説明も終わったし、君も聞きたい事は聞けたよね」

戦士「………ああ」


廃棄場を後にする。

…ふと、想像してしまう。
ゴミの山に佇む彼女の姿を。
たったひとりで廃棄物の山に立ち向かう彼女の姿を。

彼女の小さな身体は、油や赤錆で汚れている。
野ざらしの廃棄場では雨露をしのぐ事もできず、
設備面から始めなければならなかった。

これまでは設備の整った学院でやっていた事だ。
大型の機械は外注で済んだ。
冷遇されていたとは言っても、
手ずから作るのは炉心だけでいい。
稼働試験もチームが組まれ、
予算内であれば失敗だって許される。

ここにあるのは山のようなゴミだけ。
設備も、工具も、なにもかも元はゴミ。
作業着を好んでいた理由が今はわかる。
手が擦り切れ血をにじませながら、
彼女は一人でゴミから宝石を作ったのだ。


戦士「……………なぁ」

勇者「ん?」

戦士「鉱山都市の人間は、新型の魔力炉の建造に協力したのか?」

盗賊「追放された魔法使いですから、当初は冷ややかな対応だったそうです。
   学院には苦しめられていましたから。
   しかし彼女が新たな魔力炉を作るといい、
   それが形になりだした頃、自然と人が集まったそうです。
   魔女も定期的なメンテナンスを約束しました。
   それからしばらくは良い関係を築けたそうですが、
   学院との関係がこじれ出した頃、
   魔女は姿を消したとか」

戦士「そうか。よかった」

勇者「なんで?」


廃棄場に背を向ける。
かつて彼女がいた場所。
彼女の痕跡は、魔力炉では、なかった。


戦士「報われなきゃ、おかしいからな」



100 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 01:11:01.64 ID:X+mP6cx90



―――僕は別ルートだから。
   君の武器は目立ちすぎるからね。


方法はわからないが、とにかく、
勇者は割と正面から侵入できるそうで、
武器が目立ってしまう俺は裏手から、
勇者は正面からそれぞれ侵入する事になった。

時刻は午前2時ごろ。
動力炉エリアは夜でも魔力灯が煌々と輝いているが、
居るはずの守衛はみな眠っているのか、
一人も姿が見えない。


―――魔法王国の手の者は、すでに侵入しているはずだよ。
   目的は当然ひとつだよね。


合流ポイントに向かう。
建屋は1年の突貫工事で作られたという。
内装は金属の骨組みがむき出しになっていて、
とても新技術を擁するようには思えない。


―――できれば先に捕捉したいけど、
   敵はまず間違いなく魔法使いだ。
   …それも、荒事専門の。


魔法使いを相手に隠密戦は不可能に近い。
人ならざるものすら知覚する魔法使い独特のセンサーは、
生物から漏れ出る微かな魔力を嗅ぎ分ける。
戦えば負ける気はないが、
どうも金属は雷を通すとやらで、
金属の足場などでは雷魔法は使えないらしい。


戦士「金属に近づかないなら、入る事すらできねーな、これじゃ」


それでも端々には工事が進んでいるのか、
漆喰に塗り固められた部屋も散見される。


―――合流ポイントまでに戦闘になった場合は…


戦士「どうやらその心配はなさそうだが…」


合流ポイントは少し先の部屋。
あたりに人の気配はない。

…なさすぎる。

敵は恐らく近くに居る。
接敵の前に、勇者と合流しなければ。



101 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 01:11:47.99 ID:X+mP6cx90



戦士「………ここか」


ドアを開けると、勇者がぼんやりと立っていた。


勇者「…遅かったじゃん」

戦士「これでも急いで来たんだ。
   ルートはこっちが遠回りなんだろ」

勇者「敵、居るね。
   かなり強いよ。気を抜かないでね」

戦士「お前なら余裕だろ」

勇者「…そーでもないよ。
   今、すっごく後悔してるから。
   時間はまだ余裕あるし、ちょっとお話しよ」

戦士「はぁ?ここで?」

勇者「うん。ちょっと口説こうと思って」

戦士「??はい???」


口説くってなにを?


勇者「バカ、そんなんじゃないよ。
   僕、君を手放すつもり、あんまりないって話」

戦士「それなら断っただろ」

勇者「…中央王国は今、戦争の準備してるんだよ」

戦士「………え」

勇者「魔法の王国とのね。
   どちらかといえば、学院を目の敵にしてるんだけど」



102 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 01:12:44.85 ID:X+mP6cx90



戦士「そんな話、俺に聞かせてどうするんだよ」

勇者「………バカみたいだよね。
   魔法は人類のためにならないんだって」

戦士「いや、魔法がなくなったら色々困るだろ。
   魔法が無ければ困る事の方が多いじゃないか」

勇者「中央王国も魔力炉には注目してるんだ。
   でもさ、炉心は結構どうでもいいみたい」

戦士「は?なんで?
   普通炉心を欲しがるところじゃねぇの?」

勇者「わかんない?
   魔力はただの力だから、
   本当に注目すべきは、その力で動く機械たちだって」

戦士「んー、わかるよーな、わからんよーな」

勇者「だから、力は魔力だけじゃ…………」

戦士「……………」


気付いたのは同時。
小さな足音が聞こえる。
鉄棒の軋む音と、
なにかが小さく共鳴するような音。


戦士「…これは」

勇者「魔力を練る音だね。…多いなぁ」

戦士「3つ数えろ」

勇者「うん。3、2、1、」

戦士「出るぞ!!!狙われてる!!!」



103 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 01:13:51.57 ID:X+mP6cx90



それは、部屋を飛び出すと同時だった。
先ほどまで居た部屋はどこからか燃え上がり、
鉄棒だらけでスカスカの天井から、火の玉が降り注いでくる。


戦士「おい、敵多くねぇか!?」

勇者「だからっ、後悔、してるって!!
   戦えるところまで走って!!」

戦士「どこにあるんだよっ!!!」

勇者「この先!炉心の近くなら、壁ができてるはず!!!」


火球の数は多い。
魔力の瞬きを数える。
敵は恐らく、8人。


戦士「骨組みに雷通せねぇのか!?」

勇者「僕らまで死んでいいならできるよ!!!」

戦士「くっそっ、肝心なとこで、使えねぇ魔法だな!!」

勇者「うっさいなー!戦士足遅い!見捨てるよ!?」

戦士「あれか!?」

勇者「搬入口!開けてる暇ないからそのでっかい槍でなんとかして!!」


斧槍を構える。
ミスリルの硬度なら、できるはずだ。
扉は鉄製だが、動いていなければ、

斬鉄は初めてじゃない。


戦士「うおおおおおおおおおお!!!!!」



104 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 01:17:20.05 ID:X+mP6cx90



鉄扉を切り崩し、2人で搬入口に飛び込む。
ドーム状の石造りの部屋。
広さはそれなりで、闘技場を思わせる。


戦士「石は、どうなん、だっ…!」

勇者「ギガ………………、」


勇者の左手が魔力を帯びる。
…目にするのは二度目だが、
勇者が雷魔法を使う時の魔力は、驚くほどに少ない。
まるで、勇者の呼びかけに、雷の方が応えているような印象さえ浮かばせる。

一瞬、鉄扉から先の、鉄の骨組みが青く輝いた。
勇者の白銀の髪が逆立ち、
共鳴りのような振動音が、徐々に強くなる。


勇者「デイン!!!!」


雷の龍が足場を這う。
鉄は雷をよく通すというが、
なるほど、これでは使えない。
迅雷とはよく言ったものだ。
その速度、光に迫る。
魔法使いたちはまるで煙に燻された虫のように足場から落ちていく。


雷光が治まると、周囲は完全な無音の空間になった。
鉄と生き物の焦げ付く臭いと、
微かな雷と魔力の残滓。

前回の焼き直し。

勇者の、ただ一度の瞬きの間に、
容易く敵を全滅させる力。


勇者「……………」

戦士「出鱈目だな、相変わらず」

勇者「雲が見えればもっと強いんだけどね」

戦士「……俺、必要なのか?」

勇者「僕は接近戦が苦手だから。
   この地形だと一人じゃ危険―――」

戦士「………っ!!勇者!!!」




105 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 01:17:55.34 ID:X+mP6cx90



勇者の頭上から刃が降る。
まだ生き残りがいたのか、その剣は全く気配なく、
そして鋭く、
勇者の首を狙った。


勇者「!!!!」

戦士「…こ、のっ!!!」


すんでの処で弾く。
敵は剣戟を足場にし、宙に身を躍らせ、


勇者「魔法だ!避けて!!」

戦士「無茶言うなクソォッッ!!」


室内を染め上げる火炎魔法。
巨大な火球が回転し、小さな火球がその周りを、
惑星のように回り続け、


勇者「………っち、死んだかな、これ」

戦士「……………!!!」


咄嗟に勇者をかばった時、

大火球が、炸裂した。



106 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 01:19:02.72 ID:X+mP6cx90



戦士「……………」

勇者「あれ、生きてる」

戦士「あちっ、あちあちあち」

勇者「ああ、ミスリルのマントか。
   凄いね。ハルバードといい、
   なんでそんなお宝持ってんの?」

戦士「あちち、たまたまだよ。
   すげー熱いわ、脱がないと」」


「………ミスリルの、マント。
 あらゆる属性をよせつけぬ、とは本当なのね」


勇者「……………久しぶりじゃん。
   生きてたんだ」

戦士「知り合いなのか?」

勇者「魔法学院の暗部だね。
   魔法執行部隊の隊長で、賢者ってやつ。
   ……参ったなー。なんとなくわかってたけど、
   後悔しても遅いなぁ。
   あいつ、僕じゃ勝てない」

戦士「ふつーに剣持ってんじゃねぇか。
   魔法使いらしくねぇ」


長い黒髪の、長身の女性。
片手に細身の直剣を持ち、
フィッシュテールスカートと編上げブーツが、
なんだか嗜虐的。
踏まれたい感じ。

表情には僅かな憂いが浮かび、
肉感的ながら引き締まった肢体まで、
女性特有の悲しみを、
美しく身に纏っていた。


勇者「あの剣は杖の代わりだよ。
   あいつ、凄く速いんだ。
   雷が練れないの」



107 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 01:20:08.03 ID:X+mP6cx90



賢者「…久しぶりね、勇者。
   こんなところで会えるなんて」

勇者「僕は二度と会いたくなかったね」

賢者「相変わらず出鱈目な魔法…。
   やはりあなた、学院に来るべきよ。
   その術式、ぜひ魔法界のために役立てて」

勇者「魔力炉の解析ができれば行ってあげるよ」

賢者「………うふふ」


戦士「おい、あんまり挑発するな」

勇者「あいつ、僕より剣の腕が立つんだ。
   魔法も、魔力の迸りが視認できないくらい速い。
   距離を取れればデインでなんとかなるけど、
   どうしても接近されちゃうんだよねー…」


賢者「そろそろいいかしら?
   お仕事、始めたいのだけれど」

勇者「…まだ部下がいたんだね」

賢者「…ええ。気付いてくれて嬉しいわ」


戦士「…なんでわかるんだ?」

勇者「人の身体には雷が流れてるんだよ。
   弱すぎてとても雷とは言えないけど、
   僕はそれが見えるの」

戦士「お、おう。いよいよ化物だな」

勇者「でもあいつにはそれがバレてて、
   あいつ、自分の雷を隠せるんだ。
   だから接近されちゃう。
   接近されちゃ分が悪い…から、」

戦士「から?」


勇者「賢者。
   君の相手は彼がする」

賢者「まあ。ではお名前を伺わないと」



戦士「…はぁぁぁぁぁー??」



108 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 01:21:13.16 ID:X+mP6cx90



勇者「君を連れてきて正解だった。
   大丈夫、
   ミスリル装備があるでしょ?」

戦士「そりゃそうだけどさぁ」

勇者「君は接近戦なら僕より強いじゃん。
   あいつを倒すには、
   接敵して切り伏せるしかないんだって。
   そこらのとは違う、実戦的な魔法使いだよ。
   魔法戦じゃ無敵だね。
   魔法使いの狩り方、知ってるでしょ」

戦士「魔法を使わせる前に切る」

勇者「そ。
   僕は雑魚をなんとかするから、
   あいつは君に任せる。
   なんとか魔法を使わせずに倒してね。
   剣でも強いから油断しちゃ駄目だよ」


…接近戦もこなせる魔法使い。
そういえば最近、そんな敵と戦った。


戦士「……………そうだな。
   模擬戦だ。
   必ず、勝つ」

勇者「その意気その意気。
   じゃ、頼んだよ」



109 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 01:22:13.71 ID:X+mP6cx90



賢者「………お話は終わったかしら?」

―――…終わったか?―――

戦士「……………」

過去の敵を、思い出す。

戦士「……………ああ、終わった。
   いつでもいい」


勇者は俺に背を向け、
部屋の外に出る。
雑魚を相手に、あいつが不覚を取るとは思えない。
任せても安心だろう。


賢者「名前を聞いておこうかしら」

戦士「戦士だ。中央王国軍」


名を告げると、賢者は少し眉尻を落とした。
なにやら困った様子だが、
その心中は、測りようもない。


賢者「…そう、あなたが」

戦士「悪いがそれほど名は売れてない。
   人違いだろう」

賢者「うふふ、そうかしら。
   恐らくだけど、私、あなたに用があるわ」

戦士「……………」


学院の出なら、魔女とも面識があるかもしれない。
だが賢者は敵だ。
学院の暗部だというのなら、
魔女の追手なのかもしれない。


戦士「覚えがないな。
   …そろそろ始めよう。
   仕事が残ってるんだ」

賢者「……いいわ。
   物は試し、とも言うし。
   遊んであげる」



110 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 01:23:19.84 ID:X+mP6cx90



敵は勇者より強いという。
魔法執行部隊。
魔法学院が抱える揉め事を秘密裏に処理する、荒事専門の掃除屋たち。

というか殺し屋。
先ほどの魔法もそうだが、彼らは魔法を純粋に殺しのために用いるという。

斧槍を持つ手に力が入った時、視界の隅に燃え上がる炎。
いつの間に展開していたのか、気付いた時には賢者を中心に、
同心円状に炎があがる。


賢者「いつでもいいわ。
   かかってきなさい」

戦士「なめ、るなぁ!!」


斧槍を振り回す。
ミスリルには魔力を断つ力がある。
炎の壁を切り裂き、目標の敵へと突進した。
賢者の手があがる。
新たな魔法を使うつもりだろうが、俺にはそもそも、
接敵し切り結ぶ以外芸がない。

少しの魔力の瞬きと共に、広がった炎が渦を巻き、部屋に炎の嵐が吹き荒れた。


戦士「うおおおおおお!!!!!」

賢者「――――ッッ!?」


刃先が敵を捉える。
そう。
嵐は、俺には届かない。


賢者「シルフの、加護。
   本当に、装備が、豪華ね」



111 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 01:25:29.69 ID:X+mP6cx90



数合打ち合い、距離を取る。
間合いは得物が長いだけ、俺に分があるはずだ。
数メートルの距離なら魔法を使わせる前に接近戦に持ち込める。


賢者「これじゃあ風魔法は意味がないわ。
   せっかく得意な属性で罠をはったのに」

戦士「逃げてもいいぞ。
   追うのも得意なんだ」

賢者「……………うふふ」


賢者が初めて剣を構える。
細身の直剣。
女性的な刀身が、彼女の妖艶さを、より掻き立てている。


戦士「次だ。
   魔法に頼るのならそれでもいい」

賢者「あら、採点するのは私よ」


斧槍を構え、身を落とす。
息を吸い、吐き、足の先、指の先から、
体中に力を行き渡らせるような感覚。
動きを止めてはならない。
目の前の敵を倒すまで、
絶対に止まってはいけないと、身体に言い聞かせる。
それが武器を取る者としての矜持。


戦士「いくぞ!!!」


一塊となって駆ける。
足を止めては魔法の餌食。

斧槍の突きを弾き、賢者は思わずたたらを踏んだ。
精霊の加護の疾さで追う。
敵の得物は剣。
間合いを保つには突きがいい。


賢者「――――ッ、く―――」


次々に繰り出す斧槍の突き。
直剣は細身の刀身からは想像できないほどの強度を持つのか、
重量で勝る斧槍を受け続けても、その刀身には少しの歪みもない。


戦士「おおおおお!!!」


部屋を照らす刃先と穂先。
迫るハルバードと、防ぐ直剣。
剣戟は火花を散らし、その度、賢者は後退を余儀なくされる。
更に追う穂先。
それをかわし、受け、さばき、身をよじり、
賢者は更に後退する。
確かに、強い。
得物の間合いの利は、確実にハルバードにある。
それを、音を置き去りにするかのような雨のような突きを、
百にも及び迫る刺突を、彼女は凌ぎ続けている。



112 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 01:27:56.72 ID:X+mP6cx90



しかしもはや打つ手はないはずだ。
賢者は壁に追いやられ、
俺は渾身の速度で、最後のひと突きを繰り出す。

連撃より倍の速度で走る刺突。
しかし賢者はその穂先をさばき、身体を軸に長柄を転がるように、
間合いを詰めてきた。


戦士「―――!?」


眼前に迫る直剣。
柄で紙一重で受け止める。
鍔迫り合いなら体格差で撥ね退けれるかと思ったが、
賢者の圧力は体格には不釣り合いなほど強い。


戦士「…肉体強化か、なんでもありだなテメェ」

賢者「………うふ、ふ。やっと捕まえた。
   一方的に嬲られるのは趣味じゃないの」


鍔迫り合いが弾かれ、
斧槍を短く持ち替える。
間合いの利はもはやない。
糸を引くような直剣の軌跡が意識を惹きつける。

ミスリルの軽さ、精霊の加護、短く持ち替えた斧槍。
それだけの要素があっても、彼女の剣は更に疾い。

そう、疾い。
賢者の剣筋はただ疾いだけではなく、
袈裟懸けに走った剣は胴抜きへ、
左片手の平突きは瞬く間に右へと持ち変えられ、
果ては投擲かと思えば彼女は蛇のごとく剣に追いついた。


戦士「曲芸も、いい加減にッッ…!!!」

賢者「うふふ…武器を振るう者というのは、
   考え方も似るものね」


賢者の身体に蜃気楼のような歪みが見える。
あれは風だ。
空気の層が重なって、光を歪めている。



113 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 01:29:05.51 ID:X+mP6cx90



戦士「風魔法っ、そんな、使い方もッッ…」


絶え間ない毒を孕むような直剣の雨。
剣戟が雨なら、飛び散る火花は雷か。
間合いを測ろうにも、
賢者の剣はあまりに疾い。

―――そしてふと、違和感を覚える。

賢者の剣筋は変幻自在で読みづらいが、
少し、リズムが変わったような気がする。
まるで、なにかに備えているような。


賢者「そんな大振りな武器で…っ、
   ここまで防がれるなんて……うふ、ふ…」


剣が疾さを増す。
鞭のようにしならせた斬撃は軌道を不意に変え、
頭上から降り注ぐ。
だがそれも読み筋。
斧刃で迎え撃ち剣筋を崩し、返す穂先で腹を狙う。

しかしそれもかわされる。
賢者は独楽のように回転し、遠心力の乗った剣を横薙ぎに、


戦士「ち、くしょ…ッ」

賢者「――――うふふ―――」


横薙ぎに俺の脇腹に向け、

剣が、途中で掻き消えた。



114 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 01:30:05.43 ID:X+mP6cx90



勇者「はいはーい。
   逃げても意味ないからね」


雑魚狩りはつまらない。
導士レベルの魔法なんて、それほど殺傷力はないし、
雷魔法が使えなくても、剣だけでなんとかなる。
そりゃ中には強いのもいるけど、
そういった魔法使いは身体能力に欠けてるし、
その程度に苦戦するなら、伊達に師団長を張ってない。

魔法使いたちの知覚力は確かに厄介だけど、
そういった点ではこっちにも似た力もあるし、
先手を取られなければ、あとはもう狩りの時間。
眼に込めた魔力を戻す。
眼前では最後の一人であろう、右足を失った魔法使いが、
逃げようと這いずっている。


勇者「うーん。どうしよっかな。
   この際、ずっとやってみたかった事、試してみよう」


魔法使いが小さく悲鳴をあげる。
眼にまた魔力を込める。
人間の身体を流れる、小さな雷。
これがなんなのか、さっぱりわからないけど、
どうも人間っていうのは、小さな雷で動いているらしい。

左肩と右脇腹に手を当て、

…ほんの、少しだけ。



115 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 01:31:31.32 ID:X+mP6cx90



僅かな時間。
ほんの、雷とは思えないような、出力を絞った、
小さな力で。

それだけで魔法使いは、
かはっ、と小さく呻くと、

それきり、動かなくなった。


勇者「……へぇー…」


血は流れない。
ただ、少し雷を流しただけ。


勇者「………使えるなぁ、これ」


これほど呆気なく人は死ぬのか。
出力を絞り、少しだけ感電させる方法は、
今までにも試した事はある。
これがなかなかいい。
雷は魔力の産物ではない。
勇者は雷を喚んでいるに過ぎない。
デインは、れっきとした自然現象なのだ。


勇者「あはは」


あまりに小さな雷で人が動けなくなるので、
人間のあまりの脆さに、
言いようのない充足を感じた。
この力は勇者にしか使えない力。
戦闘以外に活かす道は、
今のところ、見つかってないけど。


勇者「あはははははは」



勇者「あはははははははははははは!!!!」




116 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 01:32:27.56 ID:X+mP6cx90



首元で火花が散る。
第六感だけを頼りに、斧槍で首を防いだ。
弾いた力で押し出されるように、思い切り前へ間合いを取る。


賢者「―――あら。防いでしまうのね」

戦士「空間、転移…」


消えた剣。
正面から脇腹を狙った横薙ぎの剣閃は、
突然背後から俺の首を狙った。

あろうことか、賢者は、
剣閃のさなかに、
転移魔法で、俺の背後に現れたのだ。


戦士「初見じゃ防げねぇな。
   最初に勇者を襲った時にやったやつだ」

賢者「それを込みでも、これを防がれたのは、
   勇者の次に2人目よ。
   …なんとかかわしただけの勇者とくらべて、
   接近戦において上回るというのは、本当みたいね」

戦士「次は通じない。
   転移にも、若干のタイムラグがあるみたいだな」

賢者「…さぁ。それもブラフかも」

戦士「そうは思えない。そんな剣閃ではなかった」

賢者「………うふふ。
   困ったひと。
   これだけの豪傑が市井に埋もれてるなんて…」

戦士「…目に映る人を守りたかっただけだ」

賢者「………ああ……そうなのね……。
   それは……並大抵の研鑽では……」

戦士「…何を、急に」

賢者「……それは……きっと彼女の父の死が…」

戦士「……ッ…構えろ」

賢者「うふふ…情報をあえて制限する事で、
   迷いを消す。
   戦場では必要な事ね…」

戦士「片足もらって、それから聞くさ」



117 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 01:33:37.33 ID:X+mP6cx90



賢者「うふふ、できるかしら?」

戦士「この間合いなら、俺に利がある。
   次は逃さん」

賢者「…そう。
   そうね。
   私にもう手はないし、
   間合いも戻ってしまった。
   私に勝ち目はないわ」

戦士「………構えろ。
   決着だ」

賢者「でも、死ぬのは困るの。
   約束が果たせなくなってしまうわ」

賢者「……………あの子。
   魔女、との」

戦士「――――ッッッッ!!!」


弾かれたように突進する。
狙いは心臓。
渾身の力を込め、穂先を走らせ―――


賢者「ごめんなさい。
   私も付き合うから、ちょっとだけ、我慢して」


賢者が手を振る。
…間に合わない。

突如、部屋が大きく揺れ、
床が崩れだした。


戦士「う、うわ!?」

賢者「そっちはそっちでなんとかしてね」


落ちる。
足元に広がる暗闇は、この先の道のりを如実に物語る。
なんとかって、どうすればいいのか。
魔法なんて覚えてないし、
パラシュートも持ってない。
そもそもパラシュート持ち歩いてる奴なんているもんか。
賢者に目を見やると、どうもあっちは風魔法でどうにかなるらしい。
ずるいと思う。

落下ってのは気分のいいもんじゃない。
内臓が全て口から出て行くような感覚だ。
…まぁ、出てくるのは、街で食ったふかし芋なんだろうけど、
とにかく気分が悪い。
意識が飛びそう。

薄れる意識の中、
身体が緑色の光に包まれた。
透明な羽虫の羽を背負った、小人が見える。

…ああ、お前。
お前の主人は、もう居ないんだ。
助けてもらって悪いけど、自由にしていいんだぞ。

小人は悲しげな目でこちらを見つめる。
ああ、俺だって悲しいよ。

つか、これから俺も死ぬし。



118 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 01:34:33.45 ID:X+mP6cx90



戦士「………いってぇ……」


どうも風の精霊がよしなにしてくれたようで、
身体のあちこちと、頭の芯がズキズキと痛むが、
かろうじて無傷。
精霊さん、ほんとに世話になるなぁ。


賢者「あーもう。無事なの?
   飛べないならそう言ってよね」

戦士「無茶しやがって。
   ここで続きをやろうってのか?」

賢者「呆れた。戦う事しか脳がないの?
   殺すつもりなら落ちる時に済ませてるわ」


賢者はだらしなく足を投げ出し座っている。
…ここ、どこだ。
先ほどより狭い空間。
むき出しの岩壁に、砂地。
壁につけられたランタンが柔らかな光を放っている。
今時珍しい油の火だ。


賢者「あんた、なんで王国軍なんかに入ってるのよ」

戦士「故郷が併合されたから成り行きだ。
   お前には関係ないだろ」

賢者「ある、わ。
   全く、最初にうちに来るんじゃなかったの?
   彼は、できる男だー。きっと、2、3日の間には来るだろうー、
   なんてあの子が言うから、
   ずっと街を張ってたんだから」

戦士「…俺を、探してたのか?」

賢者「あの子から聞いてるでしょ?
   魔法の王国の協力者の話」

戦士「へ?」

賢者「改めて名乗るわ。
   魔法執行部隊隊長、賢者よ。
   魔女とは、学院の寮で、同室だったわ」



119 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 01:35:59.14 ID:X+mP6cx90



魔女『えー、戦士。戦士、そこにいるのか?』

魔女『この映像は過去のものだ。
   賢者に託しておく、君が見た映像とは別のものだ。
   この魔法の発動条件は、特にない、けど、
   賢者には一人で見るな、君を信用させるために必要だ、
   と言い含めておいた。
   これを見ているという事は、私の意思を継いでくれた、と、
   判断してもいいのだろうか………』

魔女『恐らく賢者と2人で見るだろうから、
   本当は君にはたくさん愛を語りたいのだけど、
   控えめにしておく。
   本当は今にも泣き出しそうなんだ。
   それも我慢しよう』

魔女『賢者が君を見つけたという前提で話をする。
   彼女は彼女で仕事があるだろうから、
   それなりの事しか語れない。
   彼女は突っ走ってしまうからね。
   全く、同室だった時から、才能は人一倍あるけど、
   喧嘩が強くて手が早くて、きっと私と2人で夢を叶えよう、
   なんて言っておきながら、私を残して、
   執行部なんていう、才能を見事に活かせる部署に行くなんて、
   ひどい裏切りだとは思わないか?
   まぁそういう訳で、彼女は私の親友だ。
   2人といない、心を許せる相手なんだ。
   ああ戦士、君は私の夫だ。親友とは違う、それ以上だ。
   私は君が一番好きなんだ。
   誤解しないでほしい』


戦士「無駄話がなげぇ」

賢者「ほんとにね」


魔女『私が故郷の町まで逃げおおせたのも、
   彼女の協力によるところが大きい。
   彼女は大陸一の暗殺者でもあるが、
   本来の彼女はとても心優しい女性だ。
   ぜひ、仲良くしてほしい』


戦士「さっきまで殺し合ってたけどな」

賢者「あんたが意外に強いからよ。
   負けるとは思ってなかったし、
   こんな処で会うのも予定外だったし」



120 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 01:37:10.13 ID:X+mP6cx90



魔女『さて、君は今、魔法の王国に居るのだろうけど』


戦士「ごめん、いない」

賢者「なんだって鉱山都市なんかに」


魔女『彼女は天文学の専門家でもあるんだ。
   君に託してある、ドーム状の針金細工を見せてくれ』


賢者「なにこれ、ホロスコープじゃん」

戦士「ホロスコープ?」

賢者「ま、後でいいわ」


魔女『彼女なら、気付けると思う。
   それはある場所を示している。
   そこには君に、この先必要になるであろう物が用意してある』


賢者「うーん。
   もうわかっちゃいるんだけど」

戦士「なにを?」

賢者「指してる場所」


魔女『そして、君に伝えておきたい事がある。
   君に意思を継いでほしい、と私は言ったけど、
   この先、私が用意しておけるものは、
   君のサポートになる物だけだ』

魔女『だからこの先、
   君が目にするもの、
   君が感じたもの、
   君が出会うもの。
   私のこれまでの罪と、失敗に、
   君が出会った時、
   君なりの心で見定め、そして、
   君なりの答えで、その全てを終わらせてくれ』

魔女『私は答えを、出せなかったから』


賢者「……………」

戦士「…この映像、いつのだ?」

賢者「もらったのは、この子が死ぬ1週間前だよ」

戦士「…そう、か」

賢者「時間が逆なんでしょ?」

戦士「ああ」

賢者「…直接的な別れの言葉は、どうしても撮りにくかったんでしょ」



121 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 01:37:53.44 ID:X+mP6cx90



魔女『じゃあね。
   戦士、賢者。
   無理は、しないで…』


水晶球が崩れる。
さらさらと、透明な砂になって。

…彼女が消える姿を見るのは、三回目。
三回見て、三回、心が傷んだ。
俺は、何度、彼女を見送れば良いのか。


賢者「それで、ホロスコープの事だけど」

戦士「……………」

賢者「なに?」


いや、なにって。


戦士「口調が」

賢者「ああ」

戦士「口調、変わりすぎだろ。
   今のお前、ただの酒場の姉ちゃんじゃねぇか」

賢者「…オルターエゴっていうヤツ。
   もうひとり、意図的にキャラクターを演じてるのよ」

戦士「なんで?」

賢者「汚れ仕事ばっかだから。
   もうひとりの私が代わりにやってくれてるの。
   そうじゃないと、やってらんないって。
   勇者だってそうじゃないの?」


ああ。確かに。
軍人の時の勇者は随分口調が違う。


賢者「要は素の自分を隠す事で、ストレスから逃げてるのよねー」



122 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 01:39:18.06 ID:X+mP6cx90



賢者「で、ホロスコープの事だけど」

戦士「お前本気で俺の事殺す気で来たろ」

賢者「……………」

戦士「なんだ?」

賢者「私に殺されるくらいなら、命がいくつあっても足りないわ。
   こんなところで仕事中に出くわしたんだし、
   私だってそれなりに仕事しないといけないから。
   試したのよ」

戦士「………条件付きで、三回は死んでる」

賢者「生き残ったし、私にも勝ったんだから、いいじゃない」

戦士「炉心はどうするつもりだったんだ?」

賢者「盗めってお仕事だったから、
   王国軍に情報を漏らしておいたの。
   戦闘になって、他が全滅したら逃げるつもりだった」

戦士「情報漏れはお前だったのか。
   そりゃ確かな筋から流すだろうな」


賢者「で、ホロスコープの事だけど」

戦士「学院に居た頃の魔女って」

賢者「あーーーーーーーもううっさい!!!!
   早くしないと雷娘に見つかっちゃうでしょうが!!!!」

戦士「あ、はい、ごめん」

賢者「…全く…、あんた勇者相手にした事あんの?
   あの女とやり合ってちゃいつ死ぬかわかんないんだから、
   できるだけやりたくないの」

戦士「勇者、怖いのか?」

賢者「雷もらったら即死だよ?
   やり合いたいと思うヤツがどこにいるわけ?」

戦士「あいつはお前の事怖がってたぞ」

賢者「お互いがお互いを殺す手段を持ってたら、
   そういう事になんのよ」

戦士「なるほど」



123 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 01:40:23.24 ID:X+mP6cx90



賢者「………あーもう、見つかっちゃった」

戦士「え?マジで?」

賢者「私は見つかってないけどね。
   風魔法で隠してるから、身体の雷とやらは、
   私のは見えないはずよ」

戦士「まじか。すまん」

賢者「いいわ。
   本来ここで話す事じゃないし。
   ほら貸して」

戦士「え?」

賢者「あんたの武器に私の血、つけるの」

戦士「なんで?」

賢者「私と戦って、私には深手を負わせたけど、
   逃げられたって事にしないと。
   長くは持たないくらいがいいかな」

戦士「切るのか?」

賢者「まさか。
   血をかけるだけよ」


賢者は懐からなにやら袋を取り出すと、
ハルバードに袋から赤い液体を浴びせ始めた。


戦士「それ、血か?」

賢者「そ。
   でもこれだけじゃ駄目かな」


赤い液体は少し黒ずんでいるが、
賢者がごにょごにょと呟くと、
血液のようにみるみる鮮血を思わせる朱色に変わっていった。


戦士「え、なんで?え?」

賢者「負傷した時の輸血用よ。
   氷魔法で冷凍保存してあるの。
   リアリティを出すには動脈血にしないといけないから、
   風魔法で酸素を取り込ませてる」

戦士「意味がわからん」

賢者「わかんなくていーの」



124 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 01:41:12.30 ID:X+mP6cx90



賢者「あんた、この先どーすんの?」

戦士「とにかく、中央王国の王都に行こうと思ってる」

賢者「そ。
   じゃ、王都で会いましょ」

戦士「…大丈夫なのか?」

賢者「何度も行った事、あるわよ。
   ホロスコープの事はその時教えてあげる」

戦士「…ああ、頼む。心強いよ」

賢者「あんまり過度な期待はしないでね。
   私にできる協力は限られてるから」

戦士「…一人で、戦う覚悟をしてたから。
   協力者が居るのは嬉しい」

賢者「そうだ、眠らせておいた守衛は、全員起こしておくからね。
   炉心は、勇者に見せるわけにはいかないのよ。
   彼女の遺言だからね」

戦士「わかった。色々すまない」

賢者「うふふ、次戦う時は負けないからね」


突然風が吹いたかと思うと、
賢者の姿は消えていた。
…本当に心強い。
勇者と互角の戦闘力。
魔法の知識。
かつての魔女の姿を知る、協力者。

今の俺に、これ以上の仲間は居ない。


戦士「…王都で会おう。
   よろしくな、賢者」



125 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 01:41:47.67 ID:X+mP6cx90



勇者「戦士!!!無事!?」

戦士「ああ、すまん。
   なんとか撃退したよ」

勇者「もう!!!魔法を使わせちゃ駄目って言ったでしょ!?」

戦士「こんなところまで落とされちまった」

勇者「……心配、したんだよ」

戦士「…すまん」


勇者は落ちてくるなり、抱きついてきた。
細い腕と、小さな身体。
何度も思うが、とてもこんな小さな娘が、
あれだけの力を持っているとは、
この目にしなければ信じてはいないだろう。


勇者「勝ったんだね。さすが戦士だ!」

戦士「際どかったけどな。
   強かった。勝てたのが不思議なくらいだ。
   深手は負わせたけど、逃しちまった」

勇者「まずいことに、守衛たちが起きてきてるんだよ。
   これじゃ炉心は見れないや」

戦士「そうなのか。
   ここ、どこかわかるか?」

勇者「廃坑のひとつだね。
   風が吹いてるから、出口は近いよ。
   とにかく街に戻ろう」

戦士「ああ」



126 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 01:42:56.17 ID:X+mP6cx90



盗賊「お帰りなさい。
   首尾は如何ですか?」

勇者「敵は倒したけど、炉心は見れなかった。
   今頃騒ぎになってると思うよー」

戦士「死ぬかと思ったよ」

盗賊「左様ですか。
   強敵だったようですね」

勇者「もお〜聞いてよ〜、
   賢者とかち合っちゃってさあー」

盗賊「おやおや、まさか化けて出られているのですかね」

戦士「賢者ってそんなに有名なのか?」

盗賊「大陸で唯一勇者殿と互角に戦える人間ですな。
   今まで何人彼女に殺されたかわかりません」

勇者「でもねでもね、戦士は勝ったんだよ!!」

戦士「次やったらわかんねぇよ」

盗賊「…これは想像以上ですな。
   まさか死神とまで言われる彼女を、勇者殿以外に撃退できる人間が居るとは」

勇者「ほんと連れてって良かったよー、
   戦士居なかったら一度死んでるしー」

戦士「お前も殺される心配あるんだな」

勇者「そりゃ死ぬよー、あいつは別格だしねー」


勇者は足をばたつかせながら、ベッドに寝そべっている。
思えば、今まで勇者の普段の姿を見る事はなかった。
俺にとって優先すべき事しか見えていなかったからだが、
そういえば、俺にはひとつ知らない事がある。



127 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 01:43:50.84 ID:X+mP6cx90



戦士「勇者、そういえば、お前って、いくつなんだ?」

勇者「へ?」

盗賊「私は42ですね」

勇者「ああ、年?」

戦士「そう。ずいぶん、若いよな」

勇者「ふふーん。いくつだと思う?」

戦士「んー…26」

勇者「うそっ、そんなに大人に見える!?」

戦士「え?」

盗賊「肉体的には14くらいでしょうか」

勇者「殺すよ」

戦士「だって、王国軍の師団長だろ。
   それなりにキャリアを積まないと、
   そんな位置に居れないだろ」

勇者「うーん、僕は特別だから。
   僕はね、今年18だよー」


へ?


戦士「年下ァ!?」

勇者「戦士はいくつなの?」

戦士「俺、は、20、だけど…」

勇者「へー」

戦士「なんだよ」



128 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 01:45:19.89 ID:X+mP6cx90



勇者「実は知ってた」

戦士「………そうか。
   うちの町に居たんだもんな。
   編制の時に経歴くらい見るよな」

勇者「うんうん、18と20って、ぴったりだ」

戦士「なにがだよ」

勇者「なんでもないよー。
   盗賊、ココア淹れて。
   あまいやつ」

盗賊「はいはい」


戦士「まぁ、協力関係もこれで、終わりだな」

勇者「えー。僕、君を手放すつもりないよ」

戦士「これからも協力してやってもいいが、
   58連隊に正式に要請してくれ。
   あんまりきな臭い話は無しでな。
   ああ、王都に連れて行くって話、忘れてもらっちゃ困るが」

勇者「うーん、それは…うーん。
   お仕事の都合がつかないと、できないしぃ…」

戦士「仕事で都合つけてくれよ」

勇者「だからー、君には僕の後ろを守って欲しいんだってばー」

戦士「一人でどうにもならない時は呼んでくれ。
   色々教えてもらって助かったんだ。
   そのくらいはしてやる」

勇者「うーん、まぁ、それでも、いい…かぁ…」


ココアを嬉しそうに抱える。
怜悧な眼光はなりを潜め、
今の勇者は爛漫な少女そのものだ。

部屋着なんか清楚なチュニックである。
ブルーメタルの鎧と同じ、抜けるような空色。



129 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 01:45:58.02 ID:X+mP6cx90



勇者「ま、明日には王都に立とっか。
   君が王都で何をするのかは知らないけど、
   騒ぎは起こさないでね」

戦士「ああ。
   世話になるよ」

盗賊「王都で困った事があれば、私を訪ねてください。
   個人的に協力致しましょう」

勇者「あはは、こいつ昔は奴隷商の元締めだったから、
   王都には詳しいんだよー。
   今でも顔効くしねー」

戦士「極悪人じゃねぇかっ!!」

盗賊「なに、お勤めは果たしておりますから。
   体よくリクルートされた身ですが、
   もう悪さはしておりません」

戦士「第六師団ってのは、脛に傷持つ奴らばっかりなのか」

盗賊「それはもう。
   私など軽い方です」

戦士「…へぇー………」



130 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 01:52:44.97 ID:X+mP6cx90



塔の上から夜の王都を見渡すと、
質実剛健な国風がよく見て取れる。
都はみな寝静まっている。
魔法の王国では考えられない事だ。

…戦士との戦闘を思い返す。
あれだけの腕が辺境の町に埋もれていたとは俄に信じ難い。
才能あるとはいえ、あの武芸は、度が過ぎている。
魔力を持たず、駆使するのは己の身体と、大仰な武器のみ。
その武芸の冴えは疾風のごとき踏み込みから、
雷光のような突き、大気を切り裂くかのような薙ぎ払いを繰り出し、
瞬時に長柄を持ち替える事で遠近共に隙がない。
魔法と剣が使えると言っても、
あの嵐のようなハルバードの攻撃を相手に魔力が練れる人間は果たして居るのか。
高速詠唱には自信があった。
それでも、彼を相手にしては、全くと言っていいほど隙がなかったのだ。

賢者「…全く、あの子も化物だったけど、
   旦那は旦那でとんでもないわね」

彼の一足先に王都に着いた。
ここは騎士の国。
大陸最古の歴史を持つ軍事国家。

歴史のある国ほど闇が深い。
魔法の王国の兵力は10万。
対する中央王国は30万。
そして今もなお軍拡競争は続いている。

更に、勇者の存在。

彼女は単騎で1000の兵に匹敵するだろう。
雷雲さえあればどれだけ兵が居ても同じ事。
戦場で彼女を討ち取る状況が想像できない。

賢者「我が祖国も存亡の危機なのねー…。
   あの子、これを見越してたのかな」

戦争になれば勝敗は明白だ。
中央王国を相手に勝てる国はこの大陸にはない。

賢者「…行きますか。
   とにかく、勇者の事を調べないと」

夜の王都に身を躍らせる。
死神と呼ばれた、魔法学院の懐刀。

勇者の素性を知る者は居ない。
出身も、生年月日も。
いつどこで雷魔法を身につけたのか、
剣を修めたのか。
勇者と戦い、生き残っている者は知る限り、自身のみ。
…そして、魔法の王国に、勇者に対抗できる者も。

これは私にしかできない仕事。
戦士もわかっているだろう。


この道を往くのなら、
いつか、勇者と戦う日が来るという事を。



131 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 01:53:54.36 ID:X+mP6cx90

鉱山都市編、終わりです。
あと3回くらいです。

多数のレスありがとうございます。
励みになります。

よろしければお楽しみください。
132 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/05(土) 01:57:05.92 ID:+ApNVEyUo
乙です!
133 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/05(土) 03:03:34.60 ID:iFmjdjsSO
おつ
わかりにくいから誰か説明してくれ
134 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/09/05(土) 05:01:26.53 ID:vkjKW5Ut0
乙!
魔女かわいいなぁ!
135 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/05(土) 06:02:02.84 ID:m8poJdKAO
乙!
続きが気になるぜ!
136 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/05(土) 08:39:37.95 ID:yTO+2wnB0
>>133
つまり魔女は凄かったって事アフィ
137 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/05(土) 08:53:08.03 ID:IRvpm0/JO
>>133
つまり魔女は可愛かったってこと
138 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/05(土) 08:59:25.84 ID:Xi71HFZFO
あー
どっちのルートを選んでも結果は一緒だったんだよな?
勇者も賢者も魅力的だし
魔女には報われて欲しいし
なんだろうモヤモヤする
139 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/05(土) 23:54:45.04 ID:X+mP6cx90
多数のレスありがとうございます。
励みになります。

>>138
仮に勇者の誘いを断っていた場合、
戦士を諦めきれない勇者が仕事を調整して、
魔法の王国についてきます。
道中執行部に襲われ鉱山都市に逃げ込むって感じです。
展開としては勇者の誘いに乗る方が自然です。
140 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/07(月) 09:30:36.32 ID:lwdFeLXgO
なるほど
期待している
141 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/09/09(水) 00:20:56.90 ID:fcqNgTUWo
勇者は好きになれないけど、好きになる要素がこの先出てくるのだろうか?
魔女が可愛すぎて、女友的立場の賢者も受け入れられるんだけどなぁ
142 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/09(水) 07:36:29.95 ID:n8H0J7U/O
ハッピーエンド期待
143 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/11(金) 12:32:56.06 ID:VQOc3hyno
無駄話って言ってやるなよwwww
144 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:34:40.47 ID:woiMU4L00
こんばんは。

前回が週1ペースだったので、
この際週1ペースにしようと思います。

はよ投下したかったんだよう。
我慢しきれんかった。

中央王国編は長いので前後編に区切ります。
145 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:36:08.22 ID:woiMU4L00


***


死因は?

わからん。
突然死である事は間違いない。

魔法による他殺か、
自殺か?
他殺だとすれば、
魔法の王国の手の者だろうか…。

鑑識によると、魔力の残滓も、
毒物も検出されなかったようだ。
殺傷能力のある魔法の残滓なら、
霧散には少なくとも40時間はかかる、
という見解だ。

わからんぞ?
麻痺や精神操作なら、
卓越した者なら魔力量を少なくできる。

それでも10時間はかかるそうだ。
死斑の状態から死後12時間は経過していない。
部屋に荒らされた形跡もないし、
今のところ、心臓の病という可能性が最も高い。

可能性、ね。

他に証拠がないんだ。
暗殺だとしても、死因がわからなければ、
なんともならん。

捜査を続けよう。
上がこのままで治まるわけがない。

ああ。
…中央王国軍大将が不審死したとあってはな――――


146 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:37:10.04 ID:woiMU4L00



火竜山脈の北、
大陸の中央に広がる魔の荒れ野と呼ばれる砂漠地帯の西。
かつてそこにひとつの王国があった。
国王は世襲だが、その血脈は治世に優れ、
代々名君を輩出しており、王家に暗君なしとまで称された。

ある時、王妃が双子を産んだ。
今より500年ほど前の事だ。
世継ぎとしない弟は忌み子とされ、ある高名な魔法使いに預けられた。
国王は慈悲深き名君だった。
間引くには、彼は優しすぎたのだ。

かの王家に暗君は産まれない。
兄は剣の道に秀で、勇猛なる指揮官に成長し、王国に栄華を齎した。
魔法使いに育てられた弟もまた、魔法百般を究め、
大陸一の魔法使いとなった。

双子が20になった時、流れ矢から副官を庇い深手を負った兄が、
ひと月の間生死の境を彷徨った。
国王は弟を世継ぎとしようと呼び戻した。



中央王国と魔法の王国の物語は、そこから始まる。



147 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:38:42.71 ID:woiMU4L00



賢者「あとはお察しの通り」

戦士「兄貴が生き返ったんだな」

賢者「そうそう。納得いかない弟は王国北部の諸侯を抱き込んで、
   独立を宣言したのよ。
   なまじ2人とも名君の血を継いでいるだけに、
   王国は完全に分裂してしまったのね」

戦士「しかし意外だ。
   中央王国と魔法の王国が、かつてひとつの王国だったなんて」


中央王国は魔の荒れ野の西、大陸中原地方の、
火竜山脈の北部に位置する。
現在の国王は16代目。
中央王国国王は代々みなバリバリの武闘派で、
国王自ら軍事面の全てを掌握するのが特徴だ。

反面内政は宰相などに任されているが、
支配力はこれら文官層にも及んでおり、
国王自ら登用した肝いりの面々が名を連ねている。

連綿と紡がれる中央王国軍の歴史にはただ一度の敗走もなく、
15ある師団の中でも第1〜第3師団は王国3師団と呼ばれ、
近衛師団と、騎兵師団・弓兵師団の主力部隊を3人の大将が率い、
その突破力たるや第2・第3師団のみで一国を滅ぼす事も可能だという。

騎兵戦力に優れる反面、
中央王国は国策として魔法排斥を推進しており、
魔術師ギルドもなく、宮廷魔術師も居ない。
神以外の超自然的存在を否定し、理性、倫理、正義を信奉する、
神教の教えに則った騎士道の国といえる。
規制などは行っていないため、
魔法使いの存在は違法ではないが、
国風ゆえか魔法はあくまで占術の範疇に留まる。
個人経営の魔法屋が細々と営業を行っているのみだ。

しかし決して魔法を軽視しているわけではなく、
魔力灯など最低限の日用品は流通しているし、
魔力を人ならざる物質として研究する機関、
王立魔法研究所という施設も存在する。
あくまで魔力エネルギーの解明を目指しているそうで、
れっきとした化学研究所だそうだ。
魔法戦力を保有しない中央王国軍が長らく大陸最強を誇れる点では、
それなりに成果を発揮しているといえるのだろう。



148 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:39:35.78 ID:woiMU4L00



賢者「最近は王都で勇者が大人気なのよ」

戦士「ああ、肖像画から子供向けの勇者グッズまで、
   店先に並んでない事が全くないな。
   意外だよ。
   表立った存在ではないと思ってたけど」

賢者「知ってるでしょ、雷を纏いし英雄のお伽話」

戦士「西方より来たりし英雄、
   東方より来たりし魔族の王を討ち滅ぼす、
   ってヤツなぁ」

賢者「まぁ雷魔法が使えるんだから、
   英雄の生まれ変わりというのも信じてしまうけど…。
   アイツは救国の英雄って感じじゃないわね。
   1年半前に突然王国軍に現れて、
   我は神託を受けし者、共に魔物を討ち滅ぼせ、の呼びかけで、
   どんどん軍拡が進んじゃって。
   今じゃ50万の大軍勢よ、中央王国軍は」

戦士「…なんだこれ」

賢者「んー?ああ、蓄音水晶ね」

戦士「…勇者って書いてある」

賢者「歌手もしてるのよアイツ。
   言っとくけど聴けたもんじゃないわよ。
   譜面はなぞれてるけど声も震えてるし抑揚もないし」

戦士「…聴く気ねーけどよ」

賢者「あら、売れてるのよ?」

戦士「この世の終わりを見た」



149 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:40:09.86 ID:woiMU4L00



賢者「どこに寝泊まりしてるの?」

戦士「元上司の実家が王都にあってな、
   そこに逗留させてもらってる」

賢者「そ。なら良かった」

戦士「お前はどこに泊まってんだ?」

賢者「うふふ、女の部屋を知ろうっていうの?」

戦士「バーカ」

賢者「じゃ、私はお仕事あるから。
   また夜に会いましょ。
   あんたはどうするの?」

戦士「ああ。その辺をうろついてみるよ」

賢者「油断しちゃ駄目よ」

戦士「了解。
   お前も気をつけてな」



150 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:41:09.96 ID:woiMU4L00



私が王都に来たのは7日前。
王都は賑々しく、都民はみな国を愛し、
我こそ国のためならんと自己研鑚を欠かさない。
この国では行動力が愛される。
時間をかけたより良い結論より、直感をこそ重要視する。
まるで常に戦をしているかのよう。
その価値観は戦いに生きる者として共感すべき処はあるが、
思慮深きこそ美徳とされる私の母国とは決して相容れない。

思考より行動。
知力より腕力。
理性より野性。
そこには一定の美学があり、
決して愚者の国ではない。

それは失敗の可能性を肯定した国風であり、
案ずるより産むが易しとでも言うのか、
その国風は、失敗を恐れ動かぬより動いて失敗しろ、
あとでやり直せばいい、と端的に言い表す事ができる。

それは必ずしも失敗を恐れぬ事に繋がらない。
なぜならその教えは、
中央王国の豊かさに裏打ちされたものだからだ。
国が豊かであるゆえに、人はみな分の悪い賭けに乗れるのだ。

この国は居心地が悪い。
戦う道を選んだといっても、
私はあくまで魔法使いだ。
この国で魔法使いを名乗る事は、
嘲笑を甘んじて受ける事に他ならない。
ただ意見を同じとしてしまう自分にも気付かされる。
この国の豊かさを目にすると、
魔法の王国は知性豊かな愚者の国であるという事実を、
まざまざと見せつけられているような気にさえなってしまうから。



151 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:42:23.94 ID:woiMU4L00



見習「姐さん、帰ってますか?」

賢者「居るわよ。
   どうなの?」

見習「やっぱ俺一人じゃ限界ありますよ。
   ある程度はわかりましたけど。
   どうやら死んだのは、近衛師団長の大将さんです」

賢者「死因は?」

見習「暗殺とか病死とか言われてますが、
   はっきりしませんね」

賢者「…ふーん。
   ここ数年私達の目の届かないところで何をやってたのかしら」

見習「死体発見は昨日の朝です。
   一昨日の夜、王立魔法研究所に出向いてますね。
   部下も連れずに何してたんだろ」

賢者「死んだ大将に持病は?」

見習「特にありませんね。
   健康なもんです。
   もう爺さんなのに、毎朝棒振りしてました」

賢者「突然死といえば心臓か脳だけど」

見習「解剖の結果脳にも損傷はありませんでした。
   突然心臓が動きを止めたって感じだそうです」

賢者「心臓に麻痺魔法を使うって手もあるけど、
   その言い方ならきっと、残留魔力も検出されてないわね」



152 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:43:37.54 ID:woiMU4L00



賢者「だいたい私たちのお仕事なら、
   死体は残さないわ」

見習「もし他殺だとしたら卓越した暗殺技術を持った素人、
   という事になります。
   突然死、だと思うんですが…」

賢者「それにしては他殺の可能性を大きくしているわね?」

見習「うーん」

賢者「なによ」

見習「いえ、俺なりの推理もありますが、
   姐さんに聞かせるような内容じゃないです」

賢者「いいわよ。言ってみなさい」

見習「………うーん」

賢者「怒るわよ」

見習「2年くらい前ですが、魔研に新しく認可が降りてるんですよ」

賢者「それがどうかしたの?」

見習「その認可っていうのが、自動人形の研究です。
   人形というか、自動機械ですね」

賢者「…なんで魔研がそんなもの研究するのかしら」

見習「あと、鉱山都市に同調する立場を取る事と引き換えに、
   採掘ドリルをひとつ研究用に借り入れています。
   魔法石はありませんが」

賢者「……………」

見習「もしかして、なんですけどね」

賢者「なんとなくわかったわ」



153 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:44:35.53 ID:woiMU4L00



見習「その認可が降りたのが、
   王室の魔研への査察の後です。
   なんかプレゼンしたんでしょうね。
   査察に来たのは国王やら宰相やら、
   お偉いさんばっかりです。
   当然近衛師団長も居ました」

賢者「…うふふ。
   いい度胸じゃない。
   あんたの考えが正しいなら、
   魔法への冒涜だわ」


中央王国は魔法技術に対し否定的な文化を続けてきたが、
表立って魔法排斥を謳うようになったのは、
今から2年前の事だ。
例の魔力炉保有問題に対し鉱山都市を支援する姿勢を見せた、
その数カ月後。

魔力とは未だ解明されていない力だ。
個々の肉体に宿りし、正体不明の意思の力。
研究は進んでいるが、魔法学院は魔力の解明には消極的で、
どちらかと言えば魔力を純粋なエネルギー資源として捉えているのは、
中央王国の方だと言える。


見習「魔力がどういった力なのか解明しようとする研究は、
   長らく鬼門とされていましたが、
   そこに一石を投じる魔法使いが現れました」

賢者「…あの子ね」

見習「魔法を使わなければ他に動力と言えるものは、
   ゼンマイバネくらいのものです。
   それじゃあとても力不足だ。
   しかし魔力を用いれば鉱山都市で数多く実用化されている、
   採掘機械たちを動かす事ができる。
   これは文明レベルの崩壊です。
   魔法の王国とてただ動かぬわけはありません。
   いずれ魔女も捕らわれるかもしれませんし、
   長い時間をかければ魔力炉も解析できるでしょう」


154 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:46:05.40 ID:woiMU4L00



賢者「何百年かかるのやら」

見習「中央王国はきっとこう思ったはずです。
   魔女が現れなくともその数百年が過ぎれば、文明は必ず魔力に依存する」

賢者「…でも、中央王国は魔法に頼らない。
   ならいっそ、魔力に代わる新たなエネルギーを求めるべきだ」

見習「そうです。この予想が当たれば、
   魔研は恐らく次世代エネルギーの研究を進めています。
   それも、発見の見込みがあるために、認可が降りたのです」


賢者「悪くない読みよ、それ。
   合格点をあげるわ」

見習「え、あ、はい。
   ありがとうございます」

賢者「でもそれが、なぜ近衛師団長殺害に繋がるわけ?」

見習「…それがですね、確かではないのですが」

賢者「うんうん」

見習「魔女が魔研に協力していた、という噂があるのです」

賢者「………ありえないわ。
   中央王国はあの子の身柄を押さえたがってるんだから。
   一度でも協力していたら、
   二度とあの子を手放すわけはない」

見習「しかし、そういった噂があるんです。
   …それに繋がるのが、近衛師団長だったんです。
   魔研への認可は近衛師団長のゴリ押しで決まったとか」

賢者「つまりあんたはこう言いたいのね。
   魔研の研究内容を調べれば、
   近衛師団長殺害と、魔女に行き当たる、って」

見習「その通りです。
   …肝心の勇者の出自に関しては、
   さっぱり闇の中です。
   しかし手がかりはあります。
   勇者の子飼いになっている盗賊という男が居ます。
   この男なら、なにか知っているかと」

賢者「んー、そういうのはナシ」

見習「…なぜです?
   この男を攫えば…」

賢者「嫌われちゃうから」

見習「え?なんです?」

賢者「なんでもないわ。
   ほら行って行って。
   新しい話見つけるまで、帰ってこなくていいわよ」

見習「えっそんな。勘弁してください」



155 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:47:17.76 ID:woiMU4L00



日が落ちてきた。
秋の暮れ、日没は日に日に早くなる。
まるで手桶を井戸に落とすように。

部屋はやがて暗くなる。
…魔力灯が点かない。
魔法とは鏡だ。
こういう時魔力灯が光を発しないという事は、
私はきっと暗い部屋のままがいい、と思っているから。
だとすれば自らに逆らうのは得策じゃない。
部屋が暗いからなんだというのだ。
私は魔法使いで、暗殺者で、諜報員。
ほら、暗い部屋がよく似合う。

指先に魔力を集め、柔らかな光を灯す。
やはり魔力とは便利なものだ。
その有用性を実感したからと言って、
これまでさんざん遠ざけておきながら、
今更焦って研究をすすめるなんて。
随分虫のいい話だと思うのだが―――


魔女『お帰り、賢者』

賢者『………なに?その透明な筒』

魔女『私が作ったんだ。樹脂と名付けた』

賢者『…硝子じゃないの?』

魔女『強度は硝子に劣るが、弾性に優れるんだ。
   見てくれ』

賢者『なに?………臭っ!!!
   なんなの、その粉!!!』

魔女『生石灰と蒸し焼きにした石炭を混ぜたものを、
   ある一定の方法で化学反応を起こさせたものだ。
   これは水と反応してガスを発生させる特性を持つ』



156 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:48:18.66 ID:woiMU4L00



賢者『部屋でなにしてんのよ』

魔女『そのガスと酸素を混ぜ、火をつけるんだ』

賢者『火なんて魔法で出せば…』


賢者『………けほっ、けほっ』

魔女『驚いただろう?
   このガスは一定の混合比で酸素と混ぜると完全燃焼して、
   4000度もの温度で燃え上がるんだ』

賢者『………びっくり、した、けど。
   こんな回りくどいやり方…』

魔女『君は4000度の炎を出せる?』

賢者『…出せ、ない。
   せいぜい2000度くらい』

魔女『ふふ、それは君が2000度の炎しか知らないからだよ』

賢者『なにが言いたいのよ』

魔女『我々魔法使いは魔力を用いて魔法を使うが、
   その結果というのは魔法使いであるよりも、
   人間の想像したものに過ぎないんだ』

賢者『2000度で燃える炎しか知らないから、
   その温度の炎しか作れないってんでしょ。
   それ以上の温度の炎なんてないもの』

魔女『しかし私は今、4000度の炎を作ってみせた』

賢者『…凄いわね。
   でも魔法じゃないわ』

魔女『そうじゃないんだ。
   つまり我々魔法使いは、人の想像するものしか作れないんだよ』



157 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:49:30.04 ID:woiMU4L00



魔女『我々は人を越えし者だと導士たちは言う。
   しかし本当は、現在の文明レベルの後追いをしているに過ぎない』

賢者『だからなにが言いたいのよ、結局』

魔女『いずれこの4000度の炎も、当たり前に作られる日が来るんだ。
   その時、我々もまた変わらねばならない』

賢者『……………』

魔女『私は、4000度を越える炎を魔法で作り出す事ができる。
   その炎を知ったから』

賢者『……ほんとに?』

魔女『うむ。導士たちの言う通り、
   この手法は我々にしか用いる事ができない。
   面倒な化学反応や合成の手順をすっ飛ばして、
   我々は魔力のみで炎を作り出す事ができる。
   魔力とは意思の力だ。
   意思の力とは、イマジネーションこそ重要なんだ。
   我々魔法使いの進化は結果を知る事から始まる。
   結果ありきでそこから戻る事こそ魔法なんだよ』


…その後、あの子は本当に、白色の炎を生み出して見せた。
私は結局できなかったけど、
白色の炎は石や金属を容易く溶かし、
大気をあっという間に膨張させた。

あの子はきっと、私達とは見ているものから根本的に異なったのだ。
私には「あせちれん」とかいうガスを作り出す事はできないし、
魔力炉だってさっぱり意味がわからない。
私はいつだってあの子の味方だったけど、
結局海千山千の魔法使いの一人に過ぎなかった。
あの子に色々教えてもらって、学院の進歩の無さはわかった。
けど、価値観は結局、魔法使いのままだったのだ。

何度かそれで喧嘩した。
あの子の才能と努力に嫉妬する事もあった。
けど私はあの子の事が好きだったし、
あの子も私が好きだった。

あの子がどんな子だろうと、結局親友のままでいれたのは、
あの子がとても優しくて、夢見がちで、一生懸命だったから。
そして私もまた、あの子の一番の理解者足り得たからなんだろう。



158 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:50:35.67 ID:woiMU4L00



戦士「おせーぞ」

賢者「あら、時間通りのはずよ」


賢者の指定した場所は繁華街にある、酒場の2階。
シェードカーテンで仕切られている、
少し落ち着いた感じのところ。
男女の密会にはなかなか趣きのあるシチュエーションといえるが、
俺は男やもめだし相手は暗殺者であるがゆえ、
背にじっとりとした汗をかいてしまうのも仕方ない。


戦士「…そーだな。
   軍は時間前行動が基本だから」

賢者「軍は女性に人気のある職業と聞いたけど、
   あんたを見てるとそうでもなさそうね」

戦士「しかも男やもめには蛆が湧くってんだから損だよなぁ」


俺が王都に到着したのは昨日の朝。
勇者と盗賊と別れ、兵長の実家に挨拶に行ったところ、
昔少しだけ会った事を覚えていてくれたのか、
宿を取るならうちに泊まりなさい、と強く誘われ断りきれず、
結局そのまま逗留する事になった。

今日街を歩いているところを賢者に声をかけられたのだが、
見られてるってのは気分のいいものじゃない。


戦士「なんか調べてんのか?」

賢者「ちょっとね。
   このままだと戦争になりそう」

戦士「ああ、勇者が言ってた。
   中央王国は今戦支度をしてるそうだ。
   口実は知らねーけどな」

賢者「なんにせよそうなればウチに勝ち目はないから、
   なんとか戦争を避ける方法を思案中な訳。
   と、言うよりも…」

戦士「言うよりも?」

賢者「戦力はもう、どうしようもないからさぁ…。
   ああ、あんたには関係ないわ。
   お仕事の話はしない方がいいわね」



159 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:51:09.00 ID:woiMU4L00



賢者「ほら、出して」

戦士「何を?」

賢者「ホロスコープよ。
   本題はそこでしょ」

戦士「ホロスコープって…ああ。これか」

賢者「そうそう。
   これ、占星術で使うヤツなのよ。
   天球図って言ってね、まぁ説明は省くわ。
   でもホロスコープは基本的に平面だから、
   いちいちドームにする必要ないのね」

戦士「うんうん」

賢者「あの子はライブラだから、支配星は金星ね」

戦士「なんか言ってたよ。
   私の星が見えないとかなんとか」

賢者「だと思うわ。金星じゃなんのメッセージにもならないから。
   んで、出生時の天体が基本になるから…えーとね。
   その辺はもうできてるからー」

戦士「わけわかんねー…」

賢者「つまりこの場合、デセンダントは出生時の西の天体になるのね。
   生まれた時に沈んでいくわけだから、本人に足りないものを意味するの。
   アセンダントは東の天体で、本人の本質を示しているわ。
   天頂は……」



160 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:51:46.43 ID:woiMU4L00



賢者「わかった?」

戦士「ぜんぜん」

賢者「…まぁいいわ。
   で、ドーム状になっているところだけど、
   これは恐らくあんたのところね。
   あんたの星座、牡羊座でしょ?」

戦士「そうだな」

賢者「これは平面があの子のホロスコープで、
   それに針金細工であんたのホロスコープが被ってるわけ。
   天頂は最終到達地点を指すんだけど、
   あんたの天頂が金星になるの、わかる?」

戦士「南側を見るんだろ?」

賢者「そうなんだけど、でも金星がないんでしょ?
   この場合は星座で見るのね。
   となるとアクエリアスになるのよ」

戦士「よくわかんねぇよ」

賢者「天頂のアクエリアスは、独立性、革新性、論理性の3つを示すのね。
   これ、何を示してると思う?」

戦士「…国か?」

賢者「よくできました。
   独立性は中央王国、革新性は鉱山都市、論理性は魔法の王国ね」

戦士「えーつまり?」

賢者「3つの国の真ん中にはなにがあるでしょう」

戦士「あー。やっとわかった」



火竜山脈だ。
そのどこかに、研究室がある。



161 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:52:39.45 ID:woiMU4L00



賢者「ま、あとちょっとしたメッセージもあるみたいね」

戦士「火竜山脈とだけ言われてもなぁ」

賢者「相性占いしてあげる。
   …詳しい事は省くけど、いいみたいよ」

戦士「そっか。良かった」

賢者「そんで、相性占いにも金星は重要なのね」

戦士「もうなにがなにやら」

賢者「お互いの度数が3度以下なの。
   これは結構珍しいの。
   運命の相手と言ってもいいわ。
   ほら、赤丸打ってあるでしょ」

戦士「……おう」

賢者「愛されてるわね」

戦士「……………そうだな」

賢者「まぁそれは置いておいて、
   火竜山脈のどこにあるかなんだけどー。
   火星と火の星座が被ってて、
   それが東の方角にあるって事は、
   多分東側にあるんじゃないかなー」

戦士「よくわかんねーけど、東側だな」

賢者「東側には確か火竜の巣穴があったわよね。
   その近くで、ひと目に触れないところを探せば?
   限られてくるだろうし」

戦士「…おう。ほんとに世話になるな」

賢者「いいわよこのくらい。
   あの子の頼みだしね」



162 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:53:25.94 ID:woiMU4L00



賢者「いつ立つの?」

戦士「しばらく王都に居るよ。
   中央王国で何をすればいいのか、
   まだわかってないし」

賢者「そ。
   私もしばらく居るけど、
   あまり夜出歩かないほうが良いわよ。
   明日には魔法の都から執行部が何人か来るはずだから」

戦士「きな臭い事してんなぁ」

賢者「…あんたはさ」

戦士「ん?」

賢者「………なぜ、強くなったの」

戦士「さぁ、わからん。
   俺は強いとは思ってないが、
   気付いたらこうなってたよ」

賢者「うふふ、嘘つきね。
   それは男の嘘とは言わないわ」

戦士「なんだよ、男の嘘って」

賢者「男の嘘はなにかを守るためにつくものよ。
   秘密を纏えるのは女だけ」

戦士「…別に、守るもんなんて、ねぇから」

賢者「ねぇ、聞かせてよ」

戦士「何を」

賢者「愛する人が殺される瞬間を目の当たりにして、
   なにもできずにいる気持ちを」

戦士「……………」



163 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:54:04.58 ID:woiMU4L00



―――ぁ……ぁ…………

―――戦士!!逃げろ!!!!

―――待っ……っ

―――うおおおおお!!!!!!


―――ぐす…っ、ひ……ぅ

―――……………おじさん…

―――ゃだ………ゃだよぅ……


戦士「……………」

賢者「ねぇ」


―――お父さん……っ!!!


戦士「………そんなはずは、ない」

賢者「戦士」

戦士「……名を呼ばれるのは、初めてだな」

賢者「あんたのせいじゃないのよ」

戦士「…弱いのが、悪いんだろ」

賢者「間違ってるわ。
   あんたは、あの子の後を追って、何をするつもりなの?」



164 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:54:41.37 ID:woiMU4L00



賢者が"あの子"と呼ぶのは、魔女の事だけだ。
恐らくは、魔女の魔法使いとしての部分を、
最も良く理解する存在。

………魔女を理解する彼女なら。

………俺の考えも、理解してしまうのかもしれない。


戦士「特に考えてねぇよ。
   死に際の願いくらい、叶えてやりたいだけだ」

賢者「あの子は言ったわ。
   身の危険を感じたら、
   いつでも降りていいって」

戦士「今のところは大丈夫と踏んでる」

賢者「………そんなはずないわ」

戦士「…」

賢者「きっとあの子は、あんたに死んでほしくない、と言ったんでしょう?」


あー、ちくしょ。

やっぱ、隠し通せない。


賢者「あんた、もしかして。
   このまま最後まで、
   あの子の後を追うつもりじゃないでしょうね」



165 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:55:31.46 ID:woiMU4L00



戦士「もちろん最後まで追う。
   全部終わったら故郷に戻って、
   あいつの事でも思い出しながら暮らすさ」

賢者「………そう。
   私はあの子にあんたの事、頼まれてんのよ。
   …だから私は、あんたの味方よ」

戦士「…そうか。助かる」

賢者「私は知ってる。
   あの子があんたに夢を託した事と、
   それをとても辛そうにしていた事。
   今なら、その理由がわかるわ」

戦士「大丈夫だよ。
   俺は、死なない」

賢者「そ。
   ならそうして。
   あんたに死なれちゃあの子に怒られちゃうの」

戦士「とにかく、今日は帰って寝るよ。
   ホロスコープの謎が解けたのはでかい。
   ありがとう」

賢者「どういたしまして。
   まっすぐ帰るのよ」

戦士「はいはい」



166 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:56:33.72 ID:woiMU4L00



帰り道、ふと空を見上げると、
降り注ぐような満天の星空だった。
星空が瞬く度に目を奪われる。
身体ごと、彼方まで誘われているようで、
あの空の彼方まで飛んでいければ、
彼女にまた会えるような気さえした。

彼女の愛した満天の星空。
あの星降る夜に誓い合った未来には、
まだ俺は辿り着けない。
この空は彼女の心で、
瞬く星々は彼女の祈りだ。
その瞬きのひとつひとつが、
俺の心に語りかけてくる、彼女の意思の力。

全て終われば、
彼女にまた会える気がするから、
俺はまだ歩き続けよう。

彼女の残り香を探すように、

…彼女を忘れないために。



167 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:57:41.86 ID:woiMU4L00



兵長「ああ、帰ったのか」

戦士「あれ。なんでここに」

兵長「帰省してはいかんか?
   …というのは嘘だが、
   王都に少し用があってな。
   お前が逗留していると聞いた時は驚いたぞ」

戦士「いえ、お会いできて嬉しいです。
   お久しぶりです。
   ………師匠」

兵長「はは、お前が発ってからそれほど日は経っていないがな。
   毎日と顔を合わせていたから、
   久しく思うのも無理はないが」

戦士「町はどうです?
   復興は進んでいますか?」

兵長「ああ、軍からの支援で順調に進んでいるよ。
   防壁の修復には時間がかかりそうだが、
   その分兵の数も増えたからな。
   目処が立ったんで、王都での用を済まそうと、帰ってきたわけだ」

戦士「そうですか。
   本当は俺も手伝うべきですが…」

兵長「気にするな。
   最近は魔物どももなりを潜めているし、
   お前が居なくともなんとかなる」

戦士「申し訳ありません。
   兵長の用とはなんです?」

兵長「ああ、いや。
   …お前には話しておこうか。

   実はここに戻るつもりなんだ」


168 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:58:11.20 ID:woiMU4L00



戦士「ここに、とは。
   王都に?」

兵長「ああ。
   色々思うところあって」

戦士「そうですか。
   …故郷が一気に心配になる瞬間ですね、はは」

兵長「軍から一人尉官が派遣されるはずだ。
   …きっと、あの町での俺の役目も終わりなんだ」

戦士「俺には止める権利はありませんからね。
   寂しくなりますが、兵長の思うように」

兵長「ああ。お前にはよく戦ってもらったが…。
   …懐かしいな。お前が震える手で木剣を…」

戦士「はは。昨日の事のようです」

兵長「湿っぽくなりそうだ、もう寝るとしよう。
   明日時間はあるか?
   久しぶりに酒でもどうだ」

戦士「ええ、お付き合いします。
   ぜひそうさせてください」



169 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 00:59:27.30 ID:woiMU4L00



…今度は誰が?

宰相殿です。
発見は今朝。
以前と同じで、外傷も魔力の残滓もありません。
薄い痣があるだけです。

…信じるか?
国の重鎮が2人続けて、心臓の病で亡くなるとは。

信じられません。
これは明らかに殺人のはずです。
ですが…。

殺害方法がわからんのでは…な。
死後何時間くらいだ?

死斑は現れていません。
5時間程度と考えられます。

さっぱりわからん。
…とにかく解剖に回してもらおう。
死因の解明が先決だ。

ばれませんかね?

背中側からサバけばいい。
バレたら騒がれるだろうが、
必要な事だ。
仕方ない。

わかりました。
では、そのように。


170 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 01:01:00.35 ID:woiMU4L00



戦士「では、佐官に?」

兵長「ああ」


朝、兵長に久方ぶりの稽古をつけてもらった。
俺はずっと父に剣を習っていたのだが、
その父は16の時、魔物との戦闘で命を落とした。
母は俺を産んだ時森の瘴気に当てられ死んでしまっていて、
俺の家族は父だけだった。
まるで世界の終わりにも思えたが、
彼は涙を堪える俺の肩を支え、こう言った。

君の世界はまだ続く。
希望を捨てず戦え、と。

俺の剣は父に習った。
兵長は父の後を継いでくれた。
16の俺から見て兵長は強く、
そして誰よりも優しかった。
彼は父と並ぶ人生の師だった。

最初は10本に1本も取れなかったが、
やがてそれは5本に1本、
3本に1本になり、
俺が18の頃互角になり、
いつしか逆転しても、
彼は俺の良き師であり続けた。


兵長「王城に勤めれば佐官に昇進できるそうだ。
   勇者殿の口利きだよ」

戦士「…そうですか。
   俺はいずれ町に戻ろうと思っていましたが」

兵長「お前から見て俺の母親はどうだ?」

戦士「…溌剌としていて、良いご母堂だと思います。
   いつも師匠の事を案じているのだろうと感じました」

兵長「あれで、最近、どこか悪いらしい。
   だから一人にはしておけないんだ」

戦士「……………」



171 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 01:03:04.59 ID:woiMU4L00



兵長「実は俺にはかみさんが居たんだよ」

戦士「知ってますよ。
   結婚を機にうちの町に来たんでしょう」

兵長「3年しか夫婦で居れなかった。
   あいつの愛した町を守る事に人生を捧げようと思ったが…」

戦士「………」

兵長「王国軍は精強だ。
   士気は高く、装備も強い。
   きっとあの町はもう、大丈夫だ。
   俺の役目は終わりなんだ」


剣を合わせて感じた。
兵長の兵士としての肉体は衰え始めている。
顔には年輪を重ねた男の苦悩が刻まれ、
剣を握る手には力がなく、
幾度もその剣は弾かれた。


戦士「さよならは言いませんよ。
   また会いに来ますから」

兵長「ああ、ぜひそうしてくれ。
   …いてて、本当に強くなったな。
   もうとても敵わんよ」

戦士「…そういえば、気になっていたんですが」

兵長「どうした?」

戦士「今日の兵長は右への反応が遅れますね。
   いや、反応は同じくらいなんですが、
   多少、右は受けにくそうにする。
   利き手は右手なのに」


172 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 01:04:13.02 ID:woiMU4L00



兵長「ははは。
   見破られていたのか」

戦士「何年剣を合わせてきたと思ってるんですか、はは」

兵長「いや、克服したつもりだったんだがなぁ。
   身体の衰えと共に、また顔を出してきたようだ。
   右半身に古傷があるんだ。
   それが理由だ」

戦士「古傷?」


兵長が服を脱ぐと、まるで刺青のような傷跡が現れた。
傷跡は肩口からシダの葉のように広がり、
脇腹で消えていた。
…どこかで見たような傷。
あれはどこだったか。


戦士「…その傷は……」

兵長「不思議な傷だろう?
   右への反応が遅れる理由だ。
   どうしても右半身とのバランスが悪くてな」

戦士「痛むんですか?」

兵長「日常生活を送るには、全く問題のない傷だ。
   痛む事もないし引きつる事もない。
   だが思ったより深い場所にダメージがあるらしい」

戦士「…それ、…なんの」

兵長「なんだ。最近も見ただろう」

戦士「あ………」


あれは。


―――グオオオオオオオオオ!!!!!


眼球を焼くような閃光。
鼓膜が引き裂かれるような雷鳴と、
爆発的な熱い空気の奔流。

デーモンは容易く片膝をつき、
全身に、

樹にも似た幾何学的な熱傷が光を――――



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