魔女「ふふ。妻の鑑だろう?」

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173 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 01:06:00.17 ID:woiMU4L00



兵長「昔、雷に打たれた事があるんだ」

戦士「…それは、雷の傷、ですか」

兵長「ああ。
   まだお前の町に居なかった頃、俺は雨の戦場で、
   肩に背負った槍に雷を受けたんだ。
   今でもよく憶えてる。
   砂埃が舞い上がり、
   薪の弾けるような音がして、
   肌を刺す青い光が見えた。
   閃光が走ったかと思えばとんでもない音がして、
   気付いた時には介抱されていたよ」


―――聞け!!!!武器を捨てろ!!!!


戦士「だから、あの時」

兵長「忘れもしない、雷の予兆だった。
   生きた心地がしなかったよ。
   人生で二度雷に打たれるのかと」

戦士「はは。
   それで右への反応が遅れるんですか」

兵長「そうなんだよ。全く問題を感じないんだが、
   右半身だけ、少し鈍ったような感覚なんだ。
   医者が言うには後遺症とはそういうもんだそうだ」

戦士「…よく、生きていたものです」

兵長「雷が心臓を通っていれば即死だったそうだ。
   俺は運がいいな」

戦士「……………勇者も」

兵長「む」



174 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 01:07:05.47 ID:woiMU4L00



戦士「勇者の雷魔法を受けても、そうなるのでしょうか」


あの時、確かに聞いていた。
勇者は心臓を狙っていると。


兵長「当然そうなるのだろうな。
   勇者殿の魔法が、雷を喚ぶものだとすれば、
   それが心臓を駆け抜ければ、生きていられる生物は居ない」

戦士「…そんな、力」


人が手にしていいものじゃない、と、
口にしかけて、どうしても声にならなかった。
事実として雷魔法は存在し、
その力を振るう人間もまた存在する。
力は振るわれるためにある。
その矛先が自分や、目に映る人々に向けられる可能性は、
例えどれだけ低いものでも、無視できるものではない。


兵長「………何を考えているかは知らんが、
   それはきっと、お前が思い悩む事ではないよ」

戦士「そうですか。
   …そうですよね。
   すみません」

兵長「勇者殿の力は凄まじい。
   あの力はきっと選ばれたものだと思う」

戦士「…そうですね」

兵長「だがな、戦士。
   俺はお前が勇者殿より劣っているとは思っていないぞ」



175 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 01:07:40.88 ID:woiMU4L00



戦士「…へ?」

兵長「俺だって劣っているつもりはない。
   本当は誰だってそうなんだ」

戦士「よく、わかりません」

兵長「なに、お前はお前にできる事をやればいいんだ。
   お前が思い悩んで、できる事を為したならば、
   それはきっとお前にしかできない事なんだ」

戦士「………俺の、選択ですか」

兵長「勇者殿があの力でなにをするのかは、
   俺達には及びもつかんことなんだろうが。
   だが、本来それはあまり、関係のない事なのだろうな」


176 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 01:08:13.62 ID:woiMU4L00



兵長「そろそろ俺は行くよ。
   王城に用があるんだ」

戦士「ええ。
   立派な少佐になってください」

兵長「じゃあな。
   今晩の酒の約束を忘れるなよ」


兵長は俺にとって、
剣の、そして人生の師だ。
旅路が別れてもそれは変わらない。
本当は別れなどないんだ。

人生とは別れの連続だ。
だが、どこにいようと、
心だけは揺らがない。



177 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 01:09:25.45 ID:woiMU4L00



兵長「58連隊所属中尉、兵長と申します。
   勇者中将にお目通りを」

兵士「確認致します。
   少しお待ちください」


母が倒れたと聞いたのは1週前。
結局軽い過労という事で大事には至らなかったが、
数年振りに会う母は随分と小さく見えた。

亡き妻にこだわり辺境の町に住み続けた。
それを後悔した日はないが、
この時ばかりは後悔しなかった自分を責めた。
良い機会だと思い王都に戻る決心をしたが、
町に残す事になる、息子同然の男にひと目会いたかった事も事実だ。

偶然とはいえ、それが叶ってよかった。


兵長「…はは。
   あいつも、随分と強くなった。
   いつまでも小僧だと思っていれば…」


戦士には剣に関して、天賦の煌めきを感じた。
いずれ大陸一の剣士になってくれればと思っていたのに、
ある時突然、大仰な斧槍を持ち出し、
自分の得物はこれにする、と言い出した。

あいつが腕を磨くのは魔物を狩るためだ。
魔物の体格に合わせた武器を選ぶのも自然な事だろう。
しかし戦士の天賦の才は、本来一騎打ちには向かぬ斧槍を用いても、
立ち合いで敗北を知る事はなかった。
師として鼻が高いが、
同時に寂しくもある。
もはや自分が相手では戦士にとって鍛錬にすらならないのだから。

今夜がいい酒になればいい。
あいつも辛い思いをしてきただろう。
剣の師は失格でも、
人生の導き手くらいにはなれるといい。



178 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 01:10:21.34 ID:woiMU4L00



憲兵「兵長殿ですね。
   辺境の町の、元衛兵長」

兵長「そうですが、何か…」


声をかけてきたのは、白い軍服姿の男だ。
他と違う、秩序を顕す白い軍服。
その白は警察権を示す。
軍隊内部の秩序と規律を守るための。


兵長「軍警察が、何の御用でしょうか」

憲兵「誤解なさらぬようお願いします。
   ただ、少し意見を頂きたいのです」

兵長「はあ。
   しがない辺境の町の衛兵がお役に立てれば良いのだが」

憲兵「兵長殿は、
   辺境の町でデーモン種と戦ったと聞きます」

兵長「………いかにも、戦いました。
   私が直接ではないにしろ、
   我々はデーモンと戦い敗れ、
   勇者殿に助けられた」

憲兵「その経験でお答えください。
   デーモン種は、自らの魔力を隠せますか?」



179 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 01:11:12.16 ID:woiMU4L00



兵長「仰られている事の意味がわかりかねますな。
   私は魔法に関して門外漢も甚だしい」

憲兵「…では、デーモン種は自らの魔力を隠そうとすると思いますか?」

兵長「まず隠さんでしょう。
   確かに強大な魔力を感じたが、
   むしろ力を誇示する事を好むと思います」

憲兵「そうですか………」

兵長「何を悩まれているのかわかりませんが、
   魔力が検出されんのなら、それは魔法ではないのでは」

憲兵「ええ、ええ。そうなのですが」

兵長「私ではやはりお役に立てません。
   学院出身の者を探した方がいい」

憲兵「…しかし…魔法としか思えん事件なのです。
   肩口に微かな火傷があるのみで…」

兵長「私に漏らすとあとで叱られますぞ」

憲兵「ああ、いえ。
   どうか忘れてください。
   ………勇者殿に確認が取れたようです」

兵長「そうですか。
   お役に立てず申し訳ない」

憲兵「いえ。突然失礼致しました」



180 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 01:12:22.18 ID:woiMU4L00



勇者「兵長殿か。
   お早いお着きだ」

兵長「推薦状、感謝致す。
   本来上官である貴女には礼を尽くすべきだが…」

勇者「気にせずともいい。
   私の指揮下の者という訳でもないしな」

兵長「これからは王城勤めだ、そういう訳にもいくまい。
   共に仕事をする事があればその時は上官として礼を尽くそう」

勇者「戦士殿には会えたか?」

兵長「ああ、彼は今、私の母の暮らす家に逗留している。
   どうも彼が世話になったようだ。
   私は彼の親代わりのようなものでね、
   代わって礼を言おう」

勇者「そうか。なによりだ」

兵長「ところで王城でなにか起こっているのか?」

勇者「…なにか、とは?」

兵長「先程軍警察に声をかけられてね。
   随分と困っている様子だった」

勇者「……………。
   残念ながら、軍警察の任務については、極秘が原則だ。
   当然私も知る事はない」

兵長「魔法がどうとか言っておりましたな。
   あと火傷とか。
   私も無関係とはいくまいが、
   そういう事なら仕方ない」



181 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 01:13:01.81 ID:woiMU4L00



勇者「………いや、やはり貴公には話しておこうか」

兵長「あまりいい話ではなさそうだが、はは」

勇者「ここ7日間の話だ。
   近衛師団長と、宰相の2人が、ここ王城で身罷られた」

兵長「………死因は?」

勇者「外傷も魔力の残滓もなしだ。
   部屋に争った形跡もなし。
   突然死んだとしか説明がつかぬ」

兵長「それは。謎としか言いようがない」

勇者「ああ、実は外傷はあるのだ」

兵長「ほう。どんな?」



勇者「左肩と脇腹に火傷のような跡がな。
   加えて、それを繋ぐように薄く、
   樹のような痣が」


182 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 01:14:26.64 ID:woiMU4L00



兵長「!!!!!!」

勇者「顔色が変わったぞ。
   どうした、兵長」

兵長「…それは。
   雷の跡だ」

勇者「凄いね。君にはわかるんだ」


勇者の姿が歪んで見える。
そもそも、この女性は、どのような印象だったか。
怜悧な眼光。
感情の乗らぬ声。
そして圧倒的な力。

とても味方にはなり得ぬような。


勇者「剣、抜くんだね。
   王城で剣を抜いちゃ、大問題だよ」

兵長「貴様は………、
   何を考えてる…?」

勇者「そっちこそ何を考えてるの?
   早く逃げ出すべきじゃない?」

兵長「何を馬鹿な。
   貴様が俺の考えている通りの人間なら、
   ここで討ち取られるべきだ」

勇者「…ふーん。
   じゃ代わりに僕が言おう。
   僕が実は近衛師団長と宰相を殺した暗殺者で、
   君が興味本位でカマをかけてきちゃって、
   それがあんまり聞いてほしくない事だったから、
   君を殺そうとしてる。
   しかも僕の殺害方法は、
   音もなく痕跡も残さない。
   しかもここは密室」

兵長「………ッッッ!!!!」

勇者「逃げるべきだったんだよ。
   僕が、僕になる前に」



―――――戦士ッッッ……!!!

     こいつはッッッ……―――――



183 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 01:15:50.98 ID:woiMU4L00



勇者「君が悪いんだよ。
   ヤブをつつくから」


執務室の入り口に倒れている男。
戦士の師匠だか、親代わりだか、
よく知らないけど、戦士の傍に居た人ってだけで、
なんだか気分が悪い男であるのも事実だった。

せっかく王都に呼び寄せて彼から引き離そうと思ってたのに、
ここで機嫌を損ねられると、
もう殺すしかないじゃん。
だから仕方ない。
彼には言えないなぁ。
僕がこんな事してるなんて事。


勇者「…ま、最終的に、あの子が全部悪いんだけどね。
   助けてくれた事には感謝してるけど、
   一人で幸せになろうなんてするから」


故郷で結婚して人並みの幸せを、なんて。
君にできるわけがない。
でも悔しいから、君の愛した男は、
僕の傍に置いておく事にするから。


勇者「だから安心して死んでてね。
   ………戦士、早く会いたいなぁ」


くるくると回ってみたりして。
夢見る少女って感じ?
恋する乙女の方がいいかな。


勇者「あはは」


勇者「あはははははは………」



184 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/12(土) 01:16:34.71 ID:woiMU4L00
前編終わりです。
続きはまた1週間後。
185 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/12(土) 01:17:46.06 ID:u4imCYX8o
乙です❗
186 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/09/12(土) 11:36:55.76 ID:q66R6CoF0
乙!
これ戦士がモテてるんじゃなくて魔女がモテてたのか……
187 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/12(土) 16:23:59.28 ID:/dLs0VdAO
乙!
188 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/13(日) 11:04:09.09 ID:ayWrWvIkO
変わり者もといバケモノ同士通じるものがあったのかねぇ
189 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/13(日) 14:16:07.55 ID:CVENHaB+O

やはりダークサイドだったか
わかりやすくて良いな
190 : ◆DTYk0ojAZ4Op [sage saga]:2015/09/18(金) 13:27:21.77 ID:CegrmzApO
お久しぶりです。
数々のレスありがとうございます。
励みになります。
応援されると俄然やる気が出るってものです。

頑張って今夜更新しようと思います。
シルバーウィークはちょっと更新できそうにないので…

よろしくお付き合いください。
恵まれぬ斧使いの「せんし」に愛の手を。
191 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/18(金) 17:21:09.57 ID:Lo0eUNd6O
期待して待つ
192 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 01:59:05.64 ID:HzNUYnay0



憲兵「兵長殿?
   確かに昨日、見えられたが」

戦士「自分は兵長殿の家に逗留しているのですが、
   昨日から帰られないのです。
   連絡がないので、自分がご母堂の代わりに」

憲兵「そうですか。
   しかし、私どもではわかりかねるようです。
   昨日は勇者殿と会われていたようですが、
   その後の事は…」

戦士「…ありがとうございます。
   勇者殿にアポイントは取れますか?」

憲兵「勇者殿は昨日の夜から出られております。
   恐らく第6師団司令部だと。
   拠点は荒れ野近くです。
   しかしあの方はほぼ拠点におられないので、
   連絡もつかないと思います。
   帰りを待たれた方が」

戦士「うーん…」

憲兵「なに、兵長殿の事は存じてはおりませんでしたが、
   話を聞く限りでは勇猛な指揮官という印象を受けました。
   きっとなにか事情があるのでしょう。
   容易く危機に陥るような方ではないのでは?」

戦士「…そうですね。
   あ、そうだ。
   一人、他にお会いしたい人物が」

憲兵「はぁ、どなたでしょうか」

戦士「盗賊、という方を。
   第6師団所属という事しかわかりませんが、
   そう言えばわかる、と」


193 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 01:59:59.23 ID:HzNUYnay0



見習「姐さん、執行部の到着が少し遅れるそうです」

賢者「そう。
   相変わらず動きが鈍いわね」

見習「あと都から連絡が来ました。
   盗賊という男を捕らえろと」

賢者「………誰の入れ知恵?」

見習「すみません、俺です」

賢者「伏せろと言ったはずよ。
   強行に出る段階ではないわ」

見習「…しかし。
   手がかりは、そこしか」

賢者「それに、あなたの判断する事でもない。
   隊長は誰だったかしら?」

見習「……姐さんには、わからないのか」

賢者「…言うじゃない。偉くなったものね」

見習「俺には聞こえる。
   刻々と近づく戦禍の足音が。
   それは…姐さんにも、きっと」

賢者「……………」

見習「時間はもうないんだ。
   手段は選んでいられない」

賢者「…いいわ。
   応援が着き次第、やってあげる。
   あんたにも、手伝ってもらうから」

見習「ごめん。
   俺、クビでもいいよ」

賢者「いいこと?
   これは始めから失敗したお仕事になるわよ。
   それだけは覚えておいて」

見習「…覚悟の上です」



194 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:02:29.42 ID:HzNUYnay0



憲兵に第6師団の人間と連絡を取ってもらったところ、
中央王国軍に盗賊という名の登録は無いそうで、
どうも嘱託のような扱いだそうだ。
普段の顔は町の宿屋の主人。
その宿屋というのも王都の外れ、暗黒街に近く、
ならず者たちの溜まり場になっているような宿らしい。

教えられた場所に行くと、盗賊は店先で掃き掃除をしていた。
古いながらも趣のある宿だ。
その風情は盗賊という男によく似ている。
繕われた部分も数多く、年月を感じさせながら、
その姿を微塵も恥じていない。

ただ、その方々に残る修繕の跡は、
その奥の、深刻な欠陥に目を向けさせないためのような、

虚栄だとも、確信できた。


盗賊「おや旦那。
   本当に訪ねて頂けるとは」

戦士「あんた、一体何者なんだ。
   軍籍を持った事もない、
   嘱託軍人なんて聞いた事ないぞ」

盗賊「そりゃあ、私は勇者殿個人に雇われておりますから」

戦士「そんなの、軍人じゃねぇよ」

盗賊「まぁ、お入りください。
   なにか御用があって来られたんでしょう」


促されて宿に入ると、
訝しげな目線を多く感じた。
敵意ではない事は確かだが、
どちらかと言えば敵意を向けようか悩んでいる、
という雰囲気。

この盗賊という男は、
勇者の弁では、かつて、奴隷商の元締めだった。
ただ軍籍を持たないという事は、生業は少なくとも宮仕えではないのだろう。
どこまで信用できるのか。
それは堅気の俺には、全く計り知れない。

しかしこんな場所に店を構えていられるのなら、
暗黒街へ未だある一定の影響力を持っているという事は、
確かな事だと言えるだろう。



195 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:03:25.67 ID:HzNUYnay0



戦士「人を探してもらいたい」


といっても、この男が何をしていようと、
俺には関係のない事だ。
今はこの男の協力が必要だし、
個人的に協力すると言ったのはこの男の方だ。


盗賊「いきなりですな。
   それで、誰を?」

戦士「兵長という男性だ。
   昨日、勇者と会った後、行方不明になった」

盗賊「はぁ。なにか急用なのでは?」

戦士「王城の誰もが行方を知らなかった。
   勇者と会ってからの消息がわからないんだ。
   夜、食事の約束をしていたんだ。
   連絡なしに失踪するような人じゃない」

盗賊「…確かに、それは妙ですな」

戦士「勇者と連絡を取る事は難しいと言われた。
   あんたも勇者と一緒かと思ってたけど」

盗賊「私が勇者殿と行動を共にするのは、
   個人行動の時のみですから。
   勇者殿は今司令部に戻られております」

戦士「なんとか頼むよ。
   王都には詳しいんだろう?」

盗賊「確かに、引退した身とはいえ、
   王都の事でしたら表の事も裏の事も、
   大抵の情報は私の耳に入ってきます。
   しかしですな。全く行方がわからないという事であれば…」

戦士「ひょっこり戻ってくるかもしれんが、
   なにかあったとしか思えない。
   片手間でいいから、探しといてくれ」



196 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:04:16.22 ID:HzNUYnay0



盗賊「ははは、旦那も勇者殿と同じで人使いが荒い」

戦士「協力するっつったのはあんたじゃないか」

盗賊「確かにそうですが、そのご依頼は、
   私個人ではなんともなりません。
   なにか対価を頂かなければ」

戦士「金か?」

盗賊「金は必要なものですが、
   今のところ私は金には困っておりませんので…。
   そうですな…」

戦士「つっても俺は貧乏だし、
   売り物になるもんはねぇなぁ」

盗賊「では、護衛をしていただきましょう」

戦士「護衛?」

盗賊「実は私は今、命を狙われておりまして」

戦士「はぁ?」

盗賊「言ったでしょう。
   王都の事なら、大抵の事は私の耳に入ってきます」

戦士「きな臭い事はごめんだぞ。
   ただでさえ中央王国には用が残ってるんだ」

盗賊「いえいえ、これは旦那にも関係する事です」

戦士「俺に………?」

盗賊「ええ。
   私の命を狙っておるというのは、
   執行部隊ですから」



197 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:05:01.96 ID:HzNUYnay0



戦士「待て待て、とにかく、
   詳しい事を話して欲しい」

盗賊「執行部の人間と思しき人物が、
   魔法の王国に連絡を取った形跡があるのです。
   諜報員としても魔法使いとしても未熟なのか、
   念信が傍受されました。
   私を捕らえるとか言っていたそうです」

戦士「へぇ。
   こないだのヤツに出てこられると厄介だな」

盗賊「ええ。勇者殿不在の今、
   彼女に狙われては命がありません。
   王城に居ればハコ的に入りにくいので、
   多少は安全でしょうが、
   王城は私にとって居心地が悪いので」

戦士「じゃあ数日、あんたの護衛を引き受ければいいんだな。
   そしたら兵長を探してもらえると」

盗賊「そうなりますね。
   できれば執行部が私を諦めてくれるまでがよいのですが」

戦士「勇者が帰ってきたらくっついてればいいだろ。
   接近されなければ有利らしいし」

盗賊「いえいえ、勇者殿はなにかとご多忙なので。
   旦那も暇というわけではないでしょうが」

戦士「ところであんたはどれくらい戦えるんだ?」

盗賊「戦闘の心得は多少ありますが、
   期待されては困りますな。
   雑兵に劣ります」

戦士「…そうか。
   わかった。3日間、あんたを護衛する」

盗賊「すみませんな。
   安宿ですがうちにお泊まりください。
   不自由はさせません」



198 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:06:28.72 ID:HzNUYnay0



賢者「…と、いう事らしいわ」

見習「……………すみません」

賢者「念信は時間と場所をよく選べって言ったでしょ?
   どこで連絡したの?」

見習「えーっと、町外れのどこかで…」

賢者「…失敗例にもならないのね。呆れたわ」

見習「ほんと、すみません」

賢者「戦士が護衛についてるなら、
   誘拐は絶対に不可能よ。
   …どーしようかな」

見習「中止しないんですか?」

賢者「国家直々の命令なのよ。
   私達に拒否権があるわけないでしょう」

見習「…そーですけど」

賢者「あーもう、めんどくさいわねー。
   仕方ないから外出したところを狙いましょ」

見習「外、出ますかね?」

賢者「出なかったら無理。
   強襲して全員で戦士に殺されればいいわ」

見習「そ、そんな」

賢者「んー………」


私の使い魔は鳥。
私が魔力を通せる最小の生き物。
このサイズで限界。
虫を使い魔にするとか神業だと思う。
鳥の視界に映る戦士がこちらを見ている。
鋭いなぁ。
結構離れてるのに。

戦士はぱくぱくと口を動かす。

こ、ん、や、ひ、と、り、で、こ、い。

……………うふふ、生意気。
言われなくても行ってあげるわよ。
私だって困ってるんだから。


199 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:07:21.54 ID:HzNUYnay0



窓を開けて待つ。
少し冷え込む夜風が心地良い。
秋の夜、空気は蒼く澄みわたり、
あらゆる輪郭は月明かりに濡らされて、
鮮やかな夜の景色を映し出す。

夜風にカーテンが踊る。
さざなみのような風に掠められ、
ゆらり、ゆらりと、リズムを取る指のように。
それはじれったくもあり、優しげでもある。
窓枠は額縁のように、夜空から秋の大きな月を掬い上げ、
カーテンは揺れる度に月のその姿を隠す。
気まぐれな夜。
カーテンを束ねようとは思わなかった。
今夜の待ち人には、きっとこんな夜が似合うだろう。

一陣の強い風が吹いた時、
一度だけふわりと大きくカーテンが揺れ、
まるで最初から窓辺に座っていたかのように、
彼女の姿が影絵のごとく月光を遮った。


賢者「待った?来てあげたわよ」

戦士「演出過多じゃないか?」

賢者「私は魔法使いよ。
   演出が効いてなくてどうするの」


長い黒髪は、月明かりに濡れていて、
まるで金色の鱗粉を纏っているかのようだ。
彼女には夜が似合う。
長い黒髪も、色を吸い込むような黒い瞳も、
妖艶な唇も。


戦士「はは、それもそうだ。
   魔女も言っていたよ。
   魔法使いは、演出がうまいって」


200 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:08:39.31 ID:HzNUYnay0



賢者「あんたは下手そうね、うふふ」

戦士「俺は魔法使いじゃないからさ。
   そんな事を言えば、
   あいつだって、魔法使いの割には下手だったよ」

賢者「そうね。
   あの子は、とっても下手だった。
   魔法使いらしくなかったわ」

戦士「…前、聞きそびれたが」

賢者「なあに?」

戦士「学院に居た頃のあいつは、
   …どんな奴だったんだ?」

賢者「…そうね。
   優しい子だったわ」


賢者は、堪えるように唇を噛み締めながら、
堪えきれずに漏れ出るような言葉で、
魔女の話を続ける。
苦しげな声は、こぼれ落ちる涙を思わせた。
表情には、少しの怒りと悲しみ。
そして、大きな親愛の情が浮かんでいる。


賢者「同室になったのは4年間よ。
   私はあの子のひとつ上だったし、
   身体も他の子より大きかったから、
   痩せっぽちの、みすぼらしい、傷だらけのあの子の事は、
   妙に癇に障ったわ」

戦士「痩せっぽち?
   あいつはどっちかといえば…」

賢者「あの頃は痩せてたわ。
   ろくなもの食べてなかったみたいで」



201 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:09:56.45 ID:HzNUYnay0



戦士「ろくなものって…苦労してたんだな」

賢者「主人が意地悪だったのよ」

戦士「…主人?」

賢者「………まずったわね」

戦士「待てよ。どういう事だ?」

賢者「まぁいいか。有名な話だし。
   …あの子は、奴隷出身なのよ」


そういえば、勇者も、同じ事を言っていた気がする。
魔女は奴隷出身だと。
しかし、あいつは辺境で生まれ育ったはずだ。


賢者「あの子は魔法の王国に来る時、火竜山脈の東側を通るルートを選んだの。
   辺境の町は独立を保っていたでしょ?
   西側だと、中央王国領を通る事になるから、
   国境で足止めされるのを嫌ったんでしょうね。
   …でも、東側は荒れ野との境っていう事と、
   無主地って事で。
   治安が悪くてさ…」


大陸の片隅からの、少女の一人旅。
それがどんな危険を伴うのか。
当時の魔女にはまだ想像できなかったんだろう。


戦士「奴隷狩りに、捕まったのか」

賢者「…うん。
   で、たまたまそこが魔法の王国の近くだったから、
   魔法の王国で売られたのよ。
   結局ある貴族があの子の事を買ったんだけど、
   そいつがとんだロリコンで…。
   ああ、純潔は守られたみたいよ」

戦士「……………」



202 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:11:12.85 ID:HzNUYnay0



賢者「続けるわよ」

戦士「……………ああ、聞かせてくれ」

賢者「うん。
   まぁそれで、たまたま魔法の才能があったって事で、
   貴族が後見人になって学院に入学してきたの。
   第一印象は悪かったけど、
   学院の寮で暮らすうちに栄養状態も良くなって、
   本来の可愛らしい顔に戻る頃には、
   私なんて足元にも及ばないくらいの魔法使いになってた」

戦士「…そりゃ凄い。
   魔法使いってのは、6年で一人前になれるかどうかって世界だろう」

賢者「系統を選ばず、術式への理解力も再現性も応用性も、
   新しい術式を開発する発想力も凄かったけど、
   一番凄いのは魔力量だったわねー。
   どれだけ魔法を使っても魔力切れを起こさないの。
   まるで生きてるだけで魔力を生み出しているようだったわ」

戦士「回復力が優れてるって事か?
   魔力は休めば自然回復するんだろ?」

賢者「そうだけど、あくまでそれは補充よ。
   魔力って大気中にあるものなのよ」

戦士「え、そうなの」

賢者「うーん。完全には解明されていないんだけど、
   魔力は大気中っていうか、外界に存在するものと、
   体内に存在するものがあって、
   魔法使いが魔法に用いるものは後者。
   で、魔力は使う度、自然に外界から補充される。
   外界に存在する魔力はとても薄くって、
   本来回復には時間がかかるのよ。
   でもあの子は体内の魔力がずば抜けて多くて、
   少なくとも私は、あの子が魔力切れを起こしたところ、
   見たことがないわ」


203 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:12:05.46 ID:HzNUYnay0



賢者「でも最後に会った時は、それまでの無茶な魔法行使が祟ったとかで、
   ずいぶん力が衰えてたみたいだけど」

戦士「そうなのか。
   とてもそんな風には見えなかった」

賢者「あんたとあの子が再会したのは、4ヶ月くらい前でしょ。
   その頃にはもう衰えきってて、昔ほどの魔法行使なんて、
   とてもできなくなっていたわ。
   それでも並の魔法使いとは比べ物にならなかったんだけどね」

戦士「へ、へぇー。
   まさかそこまで凄いなんて思ってなかったな」

賢者「そ。
   あの子は凄いのよ。
   …でも、それを鼻にかける事はなくて、
   それも殊更に学院の人間たちに、あの子を疎ませたのよ。
   あの子が発見した魔法特性や、開発した術式はいくらでもあるわ。
   魔力炉、魔力紋だってそうだし、魔界の発見と交信方法、
   新種のキメラ、多系統統合魔法、新型の自動人形に、
   術式のマルチアクション、他にも色々」

戦士「でも、奴隷出身ってだけで」

賢者「学院は閉鎖的なのよ。
   異分子には厳しいわ」

戦士「……………」

賢者「それでもあの子は、結果を出し続けたわ。
   あの子、ある口癖があってね」

戦士「口癖?」

賢者「人々が争い合う理由がなくなればいい。
   理由がなければ皆争い合う事はないはずだ、って」

戦士「……………」



―――私は、戦争を止めたかったんだ。


204 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:12:51.89 ID:HzNUYnay0



賢者「うふふ、あともうひとつ」

戦士「なんだよ」

賢者「いつか故郷に戻りたい。
   彼が待ってくれているといいのだけど、って」

戦士「……………」

賢者「…うふふ。からかうのはやめておくわ。
   あの子の話もそろそろやめましょ。
   本題に入らないと」


本題とは盗賊の話だろう。
賢者は窓枠から身を踊らせ部屋の中央に座ると、
まっすぐとこっちの目を見つめてきた。
魔女の話をしていた時の、物憂げな眼差しとは違う、
意思を強く込めた、本来の彼女の眼差しで。


賢者「あんた、護衛の仕事、なんで受けたの?」

戦士「色々と事情があるんだ。
   あの鳥が全部聞いてるんだろ?」

賢者「あんたが護衛をするって事は、
   私と戦うという事よ。
   わかってるの?」

戦士「戦うって、なんで?」

賢者「はぁ!?執行部を率いてるのは私よ!?」

戦士「だから、戦わない方法を取るために、
   誘いに応じたんだろ」


205 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:13:31.86 ID:HzNUYnay0



賢者「……ふざっ………」

戦士「話を聞くに、お前らしくないところも多かったしな」

賢者「………まー、そーだけど…」

戦士「乗り気じゃないんだろ?」

賢者「なんでそう思うわけ」

戦士「お前の発案なら、こんなに簡単に漏れるわけがない。
   この件はきっとお前の与り知らぬところで勧められたはずだ。
   なら護衛を受けて、お前と話せば避けられる」

賢者「……………」

戦士「そう思ったんだ。
   なんで盗賊を狙うんだ?」

賢者「………まぁ、いーわ。
   合格よ」

戦士「はぁ?」

賢者「口癖。
   出来の悪い部下を持つと苦労するの」

戦士「俺はお前の部下じゃねーよ」

賢者「盗賊という男を狙う理由はね、」

戦士「話聞けよ」


206 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:14:26.19 ID:HzNUYnay0



賢者「その男が、勇者の素性を知っているって仮説よ」

戦士「勇者の素性?」

賢者「そ。
   あの雷女が、どういう生まれで、どこで剣を習ったのか。
   どこで雷魔法を身につけたのか。
   それだけじゃないわ。
   弱点も」

戦士「でも。それは、あくまで仮説だろう。
   なにも知らない場合はどうするんだ」

賢者「調べが必要ならそうするだけよ。
   たとえ思わぬ結果でも………。
   そんな事は大きな問題じゃない。
   そうでしょ?」

戦士「……………そんな、仕事」

賢者「忘れたの?
   私達は荒事専門なのよ」


つまりこういう事だ。
盗賊が何を知っていようと知らなかろうと、
賢者たちは、「行動を起こしてから考える」。

捕まえてみて、知っていれば聞き出すし、
知らなければ殺すだけ。
可能性のひとつを潰してみる、というだけ。

だが、それは。


戦士「学院はそこまで追い詰められているのか?」

賢者「これは学院のお仕事じゃないわ。
   魔法学院は国立施設なのよ。知ってるでしょう?
   このお仕事は、国家直々のお仕事よ」

戦士「じゃあ、戦争は」

賢者「避け得ないと判断したわけ。
   私はこのお仕事、したくなかったけど、
   出来の悪い部下が突っ走っちゃって。
   おかげで話がややこしくなったわ」


207 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:15:16.42 ID:HzNUYnay0



賢者「あんたもあんたよ」

戦士「なんでだよ」

賢者「なんでって。
   誘いに乗って来てあげたけど、
   私をどう説得するつもりだったの?」

戦士「……………」

賢者「呆れた。
   なにも考えてないのね」

戦士「…ま、話せばわかるかなって。
   だからそれを話し合おうとしてるんだろ」

賢者「それで?展望としてはどうなの?」

戦士「…うーん。命令は拒否できないのか?」

賢者「できるわけないでしょう。
   国家直々の命令よ」

戦士「…………あーもう。
   お前も考えてくれよ」

賢者「盗賊の話が出た時から考えたわよ。
   考えた結果、報告内容に入れないって結論だったんだけど…。
   こうなってしまった以上仕方ないわ」

戦士「ほ、他に。
   なんか手はないのか」

賢者「ないわ。強いて言えばあんたが手を引く事ね」

戦士「俺だって中央王国軍だぞ。
   立場上盗賊の護衛を勤めるのも自然だ」

賢者「じゃあ私達と戦う道を選んで」

戦士「嫌だよ。
   なんでお前と戦わなきゃならないんだ」


208 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:16:10.72 ID:HzNUYnay0



戦士「あっそうだ。
   要はお前が任務を遂行すればいいんだろ?
   じゃ、お前は一応盗賊を襲撃して、わざと失敗…」

賢者「はぁ?無理に決まってんでしょ」

戦士「なんでだよ」

賢者「あのね、私は一度失敗してるのよ。
   鉱山都市の一件、忘れたの?」

戦士「あー………」

賢者「あの失敗が許される条件はね、
   相手が勇者だった事。これは雷魔法の痕跡で証明されるわ。
   加えて、私の任務成功率が極めて高い事。
   これまで積み上げてきた信頼ね」

戦士「じゃ、次の失敗は」

賢者「許されないわ。
   ましてや今回の襲撃対象は、リタイヤした中年男よ。
   あんたは名が知られてないし。
   私にとって任務失敗は一番困るのよ」

戦士「…う……厳しいなぁ…」

賢者「…私だって、あんたと戦いたくはないけど」

戦士「そうなのか。意外だ」

賢者「…次、やっても。
   私、きっと、勝てないし」

戦士「へ?」

賢者「なんでもないわよ」



209 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:17:05.51 ID:HzNUYnay0



戦士「んー…じゃあさ。
   俺が勇者の話を、盗賊から聞き出して…」

賢者「聞き出せたとして、信頼性の低いソースじゃ意味ないわ」

戦士「………あー、もう、どうすりゃいいんだよ」

賢者「そもそもあんたにそんな真似できるの?
   相手はずっと闇社会で生きてきた人間よ。
   棒振りに一生を捧げてるあんたの交渉術に期待はしてないわ」

戦士「どーも、すいませんでした」

賢者「…戦争になれば勝てないけど、
   せめて一人くらいは抑えないと」

戦士「んーあー………。
   つまりは勇者の素性がわかればいいんだろ。
   それも確かなソースで」

賢者「そうね。
   あ、王城に居ればって話をしてたわね。
   あれは惜しかったと思うわ。
   執行部も王城内じゃ荒事はできないから」

戦士「お、おう」

賢者「でも結局、嘱託って事で現実的じゃない。
   例えば盗賊が、軍籍に身を置けば、
   上を説得するのに割といい線行くと思うんだけど」

戦士「でもあいつ、軍籍なんて絶対無理だと思うぞ」

賢者「そうね。私もそう思うわ。
   …あー、勇者の素性が謎なのが問題なのよ」

戦士「ん?」



210 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:17:55.20 ID:HzNUYnay0



賢者「は?」

戦士「ちょっと待て」

賢者「なんなのよ」

戦士「結局問題はそこなんだ。
   勇者の素性が全くの謎って事。
   1年半前、突然中央王国軍に現れ、だっけ?」

賢者「そーね。
   神託がどうとか言って。
   デモンストレーションで雷落っことしてから、
   王都はアイツに夢中。
   でもそんなアイドルが対特定生物国防師団なんていう、
   きな臭いところの師団長なもんだから、
   怪しいものよね」

戦士「つまり、ソースが他にないって思い込んでるから、
   手詰まりなんだ。
   盗賊にこだわり過ぎてるんだよ」

賢者「………あー」

戦士「ならソースの価値を下げてやればいい。
   先に他から見つけてしまえばいいんだ。
   勇者の素性を」

賢者「……………」

戦士「な、なんだよ」

賢者「そりゃそうだけどって感じ。
   全くもって正論だし、悪くないけど。
   宛はあるの?
   そんなに時間、ないわよ」

戦士「……………ない」

賢者「でしょうね。そんなものがあるなら、
   私達がとっくに見つけてるもの」


211 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:19:30.52 ID:HzNUYnay0



戦士「なんか勇者に繋がりそうなところ、ないのかぁ?」

賢者「だいたい、そんなに盗賊って男が大事なわけ?
   私と戦ってまで?」

戦士「盗賊は襲わせたくないし、お前とも戦いたくない」

賢者「…はぁ。子供じゃあるまいし。
   言っとくけどね、盗賊は元盗賊ギルド長よ。
   バーグラーとしては、かつてはこの世であの男に入れない場所はない、
   と言われたほどの凄腕よ。
   思いつく悪事はだいたいやってる極悪人なのよ」

戦士「………まぁ、薄々思ってはいたよ。
   でも、一度旅をした仲間だから」

賢者「呆れたお人好しね」

戦士「しかたねーだろ。
   元々俺は魔物としか戦いたくないんだ。
   そりゃ、仕方なく人を相手にする事もあるけど…」

賢者「たとえ勇者でも同じ事を言うわけ?」

戦士「そりゃそーだ。
   一時とはいえ、仲間だったんだから」

賢者「はぁー。
   あのね、私とあんたの接点はあの子だけなんだから。
   私と勇者は絶対に相容れないのよ。
   どちらかを選べとは言わないけどね」

戦士「………う」

賢者「私と勇者が戦ってるところを見たら、
   あんたどうするの?
   というか、私が探ってる事は、勇者を殺す方法なのよ。
   言ってしまえばね」

戦士「………ん?」

賢者「なによ」

戦士「魔女。
   あいつが言ってたんだよ。
   遺言で」

賢者「水晶球の話?」

戦士「ああ。雷に気をつけろって」



212 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:20:23.26 ID:HzNUYnay0



賢者「…え?」

戦士「追伸のような言い回しだった。
   これは絶対に勇者の事だと思う」

賢者「馬鹿!なんで早く言わないの!?」

戦士「わ、忘れてたんだよっ。
   これ、あいつは勇者の事を危険だと感じていたって事だろ」

賢者「……………そうね。
   間違いないと思うわ。
   でも、なんであの子が、勇者にこだわるのかしら」

戦士「なんか繋がる情報ないのか?
   お前は個人的にあいつの事調べてるんだろ?」

賢者「……………ちょっと待って。
   考えてるから」

戦士「おう」

賢者「……………そうだわ。
   魔女が、あの子が魔研に協力してたって噂があるの」

戦士「いや、中央王国はあいつの身柄を押さえたがってんだろ。
   あいつの研究は害悪だって、勇者も言ってたぞ」

賢者「仕方ないじゃない、そうなんだから。
   で、魔研に数年前認可が降りた研究と関係してるって話があって…。
   その認可に関係した人物が最近連続して不審死してるのよ。
   つまり…」


―――魔研の研究内容を調べれば…


賢者「あの子と、勇者の…。
   繋がりが見えてくるかもしれない」



213 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:21:06.73 ID:HzNUYnay0



戦士「待て待て、つまりどういう事だよ」

賢者「可能性は薄いけど。
   …無視できる可能性じゃないわ」

戦士「魔研がどうしたって?」

賢者「詳しい事はまた話すから!
   あんたも協力して」

戦士「お、おう。
   協力はもちろん、するが」

賢者「いい?
   とにかく、魔研に侵入する必要があるわ。
   でも執行部にそんな命令は出ていないのよ」

戦士「じゃあ、個人的にやるしかないってのか?」

賢者「それも…難しいわね。
   朝にも執行部からの増援が来ちゃって、
   そんな暇なくなるわ」

戦士「どっちにしろ無理じゃねーか」

賢者「だから、あんたにやってもらう事は―――」



214 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:21:46.37 ID:HzNUYnay0



盗賊「はぁ、魔研に?」

戦士「ああ。
   お前の権限で入れないか?」

盗賊「そうですな。
   鍵開けは数少ない取り柄ですから。
   その気になればどこにでも入れますが」

戦士「そういう事じゃねえよ。
   正規の手段で入りたいんだ」

盗賊「できない事もありません。
   ですが、なぜ魔研にこだわるのです?」

戦士「ちょっとな。用があるんだ。
   訳は話せないんだが、護衛の報酬に上乗せさせてくれ」

盗賊「ふーむ…。
   ま、そう言われれば仕方ないですな。
   なに、勇者殿の話をちらつかせれば、
   見学くらい断られる事はないでしょう」

戦士「勇者に迷惑がかからないか?」

盗賊「恐らく事後承諾で問題ありません。
   便宜をはかってくださると思います」

戦士「へぇー。
   信頼されてるんだな」

盗賊「はは、信頼とは少し違います。
   私は勇者殿を裏切れませんから。
   弱味を握られておるんです」

戦士「お前って、人に弱味を見せるような人間なのか?」

盗賊「ま、人には色々あるという事です。
   何時ごろにしましょう」

戦士「そうだな、夕方頃がいい。
   魔研では日がな研究してるんだろ?」

盗賊「研究員は常におりますが、
   ずっと研究しているわけではありません。
   では4時ごろにしましょう」



215 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:23:08.90 ID:HzNUYnay0



賢者『いい?あんたの仕事は、盗賊を連れて魔研に入る事よ』

戦士『なんで盗賊を連れて?』

賢者『あんたが護衛に居る事で、
   襲撃は盗賊の外出を狙う事になってるの。
   執行部は事を荒立てるのを嫌うから、
閉鎖された施設内が望ましいわ。
   そうなれば魔研での襲撃を選ぶのは自然でしょ?』

戦士『なるほど。
   研究所内ではどうするんだ?』

賢者『私はあんたを抑える事にして、あんたと2人で離脱する。
   タイムリミットは10分ってところね。
   10分の間に勇者と魔女の情報を入手する。
   盗賊の情報源としての価値が吹き飛ぶくらいのものがいいわ』

戦士『情報がなければ?』

賢者『悪いけど、その可能性の方が高いわ。
   そうなれば、盗賊の拉致を優先させてもらうから』

戦士『…わかった。仕方ない』

賢者『…けど、その先にもし情報があった場合、
   その価値は私とあんたにとって、計り知れないものという事は確かよ。
   ま、そうそう捕まるような男じゃなさそうだし、
   うちの連中程度じゃ追跡はできないでしょうね。
   そのあたりは安心してていいわよ』


とは言うものの。
俺は魔研が何階建てなのかすら知らない。
つまり俺のやるべき事は、
盗賊を連れ魔研に入り、建物内部をよく観察しながら、
執行部の襲撃を待つ。
とにかく構造を把握し、
怪しげな扉でもあろうものなら、全てを記憶しなければならない。

だがしかし、
魔研の研究は国家機密だ。
一介の兵士の見学に、
その深奥を見せるとは、とても思えなかった。


戦士「…聞いてるんだろ。
   4時だ」


向かいの軒先に止まる白鳩を見やる。
白鳩は置物のように動かない。
…昨日はカラスだったんだけど。
なんで白鳩なんだろう?



216 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:24:21.93 ID:HzNUYnay0



盗賊「朝ご連絡差し上げた者です。
   医薬品庁の代理でこさせて頂きました」

研究員「…はぁ。
    また視察ですか」

盗賊「いえいえ人聞きの悪い。
   ただの見学です」

研究員「…上に、話がまだついておりません。
    所長室にご案内させて頂きます」


魔研はねずみ色の、漆喰のような石のような、
なめらかな建築材料を用いて建造された星形要塞だ。
中原の王国で少し名の知られ始めた新鋭の建築士をわざわざ招聘したらしい。

星形要塞ってのは、文字通り五芒星の形をしている。
かつて大陸ではこの正気を疑うようなデザインの城塞が主流だったという。
五芒星の突起部は中央を囲む5つの稜堡となる。
これには、面的に攻撃を受けてしまう高い城壁を持つ円形の城塞が、
攻城魔法にあまりに無力な事に対し、
多角的に防衛戦を行えるメリットがあった。

しかし魔法技術の進歩が進み、戦力を分散してしまう星形要塞の独特の形状は、
大規模な魔法行使に対して各個撃破を容易にしてしまう結果となり、
いつしか星形要塞はその即応性と円形城壁の堅牢さを併せ持つ多角形要塞へと進化し、
今では深く掘られた塹壕を主防御に置くようになった。

ちなみに本来の星形要塞は稜堡は先に行くほど下がっていて、
城壁を高くしすぎる事により生まれる足元の死角をカバーしているのだが、
魔研はそもそも張り出し陣がなく、屋根の上を歩けない。
最近はこういったレトロながら近未来的なデザインの建築がにわかに流行っているそうだ。


戦士「この壁、なにでできてるんだ?
   漆喰にしては硬すぎる」

盗賊「これはコンクリートですね。
   石灰と火山灰から作られる新素材です。
   立方メートルあたりで豪邸が建ちます。
   強度と靭性、耐久性に優れるのが特徴で、
   …贅沢なものですね」



217 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:25:31.56 ID:HzNUYnay0



変化のない、ねずみ色の通路が続く。
通路には埃ひとつない。
魔女の着ていた長白衣のようだ。
一色に設えられた内装は汚れを目立たせるためなのだろう。


研究員「…こちらです…。
    どうぞ…」


所長室ともなればそうもいかないのか、
少しだけ高級感のある調度品の並ぶ一室に通される。
室内では背の曲がった短身痩躯の男が、
その体格にそぐわない大きな椅子に腰掛けていた。


所長「やぁ、よく来て頂きましたねぇ。
   どちらが盗賊殿ですかねぇ?」

盗賊「私です。
   彼は、護衛の者です」

所長「ほほぉ。
   して、どういったご用件でしょうかねぇ?」

盗賊「かねてより医薬品庁から研究データ開示申請が出されていましたな」

所長「………そうでしたかねぇ」

盗賊「色々と議論が為されたようですが、進捗がありません。
   よって軍部が間に立ち、王国軍中将、勇者の指示のもと、
   納得できる範囲内での研究データの開示請求をする事となりました。
   今回はそのご挨拶です。
   ついでに施設内の見学などを」

所長「…それは、勇者殿が直接来られなければぁ…」

盗賊「いえ、私はただの代理ですので。
   今勇者殿は出払っておられましてな。
   今回はご挨拶だと申した通りです」

所長「…ちっ……………」

盗賊「では、施設内を見学させて頂きましょう。
   見せられる範囲で結構です」

所長「…貴様ぁ………わかっているのかぁ?」

盗賊「なにをです?」

所長「王立の研究機関と内政機関の揉め事の話だろぉ……?
   軍部の介入があるという事はぁ………」

盗賊「なにを仰る。
   中央王国は軍事国家です。
   政府とは軍であり軍は政府です。
   この施設も軍事研究施設では?」

所長「……………ぐぅ………」

盗賊「では、後ほど」



218 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:26:13.25 ID:HzNUYnay0



戦士「さっきはなんの話をしていたんだ?」

盗賊「いえ、魔研は研究データを秘匿しがちでしてね。
   当然ハッタリです」

戦士「そんな事して大丈夫なのか…。
   事実関係を調べられたらどうするんだ」

盗賊「調べられませんよ。
   調べてしまっては医薬品庁に連絡を取る必要が」


盗賊は事も無げにそう断言する。
その返答には少しの逡巡もない。
そう確信している証拠だ。


盗賊「旦那は魔研のなにを見たいのです?」

戦士「んー、とにかく色々見て回りたいな。
   見学はどこまでできるんだ?」

盗賊「魔研はセクションが様々に分かれています。
   確認できるのは第5ラボまでですが、地下も存在します。
   なにせ勝手に研究を始めるものですから、
   研究済みのデータを後から認可するなんて事も多いですな。
   偶発的な発見、という建前で」

戦士「…くせーなぁ。
   内政の目が行き届かないのか」

盗賊「我が国が持つ対魔法技術の粋が詰まっております。
   …魔研はとても広い。
   案内役なしでは限界がありますな」



219 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:27:18.18 ID:HzNUYnay0



研究員「…………え…で…どうしろと」

盗賊「暇そうでしたので。
   案内を頼めますか?」

研究員「…はぁ………。
    実験の手を休めただけ…なんですが…。
    それは…ご命令…ですか…?」

戦士「(会話のテンポわりーなコイツ)」

盗賊「いえいえ、お願い、です。
   とにかくそれぞれのラボの説明をして頂きましょう」

研究員「…まだ…引き受けた…わけでは………」

盗賊「ここは第1ラボですね」

研究員「………………」

戦士「なにしてんだ、あれ。
   妙な粉撒いて」

研究員「魔力の…反応……を…見ています…。
    マグナロイ…を……高温高圧で処理します……。
    すると…炭化して……ああいった粉になるのです……」

戦士「マグナロイって何?」

研究員「……魔法樹とも…呼ばれます…。
    あの粉は…粒子が非常に細かく……。
    オドである残留魔力と…反応して……、
    マナが…オドに変わる反応を…利用し……て…」

戦士「つまりなにやってんだ?」

盗賊「あの粉を撒いた時、そこに魔力が残っていれば、
   光を発するのです。
   魔力紋によって色が変わるので、
   魔法犯罪の捜査に役立っています」

研究員「……………」



220 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:28:06.42 ID:HzNUYnay0



研究員「つまり……、
    第1ラボ…は…、アンチ…マジックラボ…と呼ばれ…」

盗賊「魔法に対抗する技術を研究しているのですな」

研究員「…は……い…。
    直近の…研究では……、
    一定の……音…により…、魔法詠唱を…
    阻害する音……が…発見され……」

戦士「そりゃ凄い。
   呪文の詠唱ができなくなるのか」

研究員「…まだ…研究段階……です……。
    有効な魔法使いと…そうでない……魔法使いと…存在し…」

盗賊「高速詠唱が原因なのです」

戦士「慣れてくると呪文が省略できるんだっけ?
   ら抜き言葉みたいな」

盗賊「呪文には個人差がありますからね」

研究員「……その辺の魔法使いの…呪文なら……妨害できる…のですが…。
    一定のレベル以上となると……」

盗賊「ほうほう。
   第2ラボにはなにが?」

研究員「第2ラボ…は……。
    魔法植物の研究をして…います…。
    医薬品庁の方………というのなら…そちらでは……?」

盗賊「そうですな。
   まぁそれは後ほどで構いません。
   第3ラボは?」

研究員「第3ラボは……。
    あまり…お見せできるものでは………」



221 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:28:48.77 ID:HzNUYnay0



戦士「ん、なんで?」

研究員「…特定生物の……研究…をしています……。
    つまり…魔物を……」

戦士「うわぁ。切った貼ったってやつか」

研究員「そう……です………。
    第4、第5ラボは……、
    自然現象を…それぞれ水、地……火、風を……、
    研究……して………」

盗賊「なるほど。自然干渉は魔法の基礎ですからね」

戦士「…ほおー。
   ゴーレムとか、ネクロマンシーとかは研究してないのか?」

研究員「それらは……、資料が……」

盗賊「機械工学、医学の範疇になるのでしょう」

研究員「…は………い……。
    精神干渉…や……幻覚などに…ついても…、
    アンチマジックラボで……」

盗賊「なるほど。
   で、旦那の興味のある分野というのは?」

戦士「んー………。
   さっきマップを見たんだが、
   中央の五角形はどんな施設なんだ?」

研究員「そこは……寄宿舎に…」

戦士「…できれば、そっちが見たいんだが」

研究員「…………………できません…」

戦士「なぜだ?」

研究員「寄宿舎…には……、
    我々しか…立ち入っては………」



222 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:29:30.28 ID:HzNUYnay0



戦士「まぁ、ちょっとくらい。いいじゃないか」

研究員「…だめ……です……!!」

戦士「うお」

盗賊「うーむ。
   弱りましたなぁ。
   所員は何名ほど?」

研究員「……200名…ほど、…です」

盗賊「200名が暮らす寄宿舎にしては大きいですな?
   地下もあるのでしょう?
   地下にはなにが?」

研究員「………禁じられて…」

戦士「しかたねーなぁ。
   地下への入り口はどこにあるんだ」

研究員「…だ、だめ…!!」

盗賊「旦那、無理はいけません」

戦士「責任者か誰かいねーのか?
   所内の詳細なマップが欲しいんだが」

研究員「しょ……所内、は……頻繁に改修…されて……」

戦士「じゃあ改修の図面かなんかでも、あるだろ。
   ああそうだ。
   ここ数年で改修された場所を教えてくれ」

研究員「……!!!…だ、………だめです!!ほんとにだめ!!」

盗賊「旦那、待って!!
   お嬢さん、行ってください。
   なんとかしますから」



223 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:30:50.60 ID:HzNUYnay0



見習「………姐さん。
   みな、配置に着いています。
   命令を待つのみです」

賢者「ええ。
   わかってるわ」

見習「……………」


眼前に広がる光景は、
果たして現実なのか。

それとも、地獄なのか。

暴れ出しそうな心を必死で抑えつける。
心拍は大きく、速くなり、
気を抜けば心臓を破りそうだ。
身体は指ひとつ動かない。
動かないのに、
口が渇き、息が上がり、
心臓は暴れ出しそうなほどに波打つ。
全身から流れ出す脂汗を止める事ができない。

これは、怒りだ。

熱狂。怒り。
それらが人を変える。

故に、頭のどこかの理性が答えを告げる。
この光景は、熱狂と怒りの産物だと。
敵意、憎悪、そんな規模の小さなものでは、
こんな光景は産まれない。
群衆の中で、
心的相互作用により産まれ育った怒りと熱狂。
その意識は人から人へと移り行き、
神経軸索を越えるようにその興奮を伝え増していく。


見習「みな…、名の知れた魔法使いです。
   ここ1年で行方不明になった…」

賢者「そうね。
   誰かわからないのも、あるけど」

見習「…弔いを…」

賢者「必要ないわ。
   弔いは、私達のお仕事でするのよ」


ここは第3ラボ地下施設。
潜伏にここを選んだ事は、偶然だった。

だが、今では必然とも思えてしまう。

眼前に広がる躯たちは、
みな肉袋を破るように内臓を暴かれ、
硝子の容器に浮かんでいる。

色々と足りないものもあれば、
増えたものもある。
魔物と縫い合わされたものから、
内臓全てを切り取られたものまで。

それらはみな、名の知れた魔法使いの躯たち。

…魔法使いの解剖研究。
それが王立施設で行われているのだ。


賢者「予定変更よ。
   盗賊の拉致は後回し。
   …今やらなくてどうするの。
   魔研を、潰すわよ」



224 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:31:24.52 ID:HzNUYnay0



盗賊「どうしたんです、急に。
   旦那らしくない」

戦士「…いや。すまん」

盗賊「なにかあるのですか?
   私でよければ相談に乗りましょう」

戦士「…お前って、元極悪人なのに。
   人の良さげな顔をしてるよな」

盗賊「ははは、外道は人の良さげな顔をして近づくもんです」

戦士「ふん、じゃあ、相談に乗るってのも、
   罠なのか?」

盗賊「いえいえ。
   もう引退した身ですから」


本当のところ、
焦っていた。

なぜかはわからない。
賢者と合流した時、いい顔をしたかったのか。
まだ見つからない中央王国の手がかりに痺れを切らしているのか。

日に日に増していく、
彼女の居ない寂しさからなのか。


戦士「…そうだな。
   話を聞いて欲しいのかもな。
   …いや、聞かせて欲しいのか」

盗賊「なんです?
   私の話など面白くもないですよ」



225 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:32:03.98 ID:HzNUYnay0



戦士「お前が勇者に雇われてる理由だよ。
   そもそも、なんで引退したんだ」

盗賊「……………」

戦士「42だろ。
   衰えても、まだ身体は動くだろうし、
   悪事を働く知恵もあるはずだ。
   まだまだ、やれるはずだ」

盗賊「まさか、そんな話だとは」

戦士「聞かせろよ。
   暗黒街の主が、
   国一番の英雄の腹心になった理由を」

盗賊「……………」


盗賊は目を伏せ、
口許に僅かばかりの笑みを浮かべる。
悦に入ったものではない。
むしろ、解放されたような喜びの笑顔だ。


盗賊「暗黒街の主と言いましたが、
   なぜそう思うのです?」

戦士「お前の話を少し聞いたんだよ。
   未だ影響力を持つそうだな。
   奴隷商の元締めという話と、
   後先はわからないが」

盗賊「………如何にも、私は、
   千の指と呼ばれた先々代の盗賊ギルド長です。
   5年だけでしたがね」



226 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:32:55.51 ID:HzNUYnay0



戦士「そんな男がなぜ、嘱託軍人なんてやってんだ」

盗賊「……はは。
   理由は簡単です」


伏せていた顔を上げる。
胡散臭い壮年の男の顔ではない。
千の指と称された、
剥き身のナイフのような男がそこにいた。


盗賊「罪滅ぼしですよ」

戦士「…何を言うかと思えば」

盗賊「くく、そう思うでしょう。
   しかし、真実なのですよ」


半ば自嘲気味な言葉。
眼窩は落ち窪み、目に暗い影を落とす。
苦悩と後悔と共に生きてきたような。

この顔は、知っている。
…自殺を決意した男の顔だ。


盗賊「私は足に古傷がありましてね。
   それが原因で私は速く走れなくなったのです」

戦士「…ほぉ」

盗賊「はは、間抜けなもんです。
   慢心が、罠の解除を怠らせた。
   靴紐が切れましてね。
   転んでしまったのですよ」

戦士「そんなヤツ、パーティーに欲しくないな。
   ははは」

盗賊「…そうして、千の指は死んだのです。
   足の遅い盗賊などが生きていける場所はない。
   私は盗賊ギルドを去り、国を去りました。
   自堕落な旅を続ければ仲間もできます。
   私は彼らと日々に流されるまま奴隷商となりました」



227 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:33:31.54 ID:HzNUYnay0



盗賊「盗賊ギルドに居た頃、各国の富裕層たちの性癖を知る機会がありました。
   コネクションも持っていました。
   あとは、顧客のニーズに合わせ、旅人を攫うだけ。
   瞬く間に成り上がりました。
   人生の絶頂期でした。
   私には商才もあったようで、
   アフターサービスにも力を入れました」

戦士「律儀な性格してるもんな、お前」

盗賊「ええ、ええ。
   私は金に物を言わせ、中央王国に戻り、
   先代盗賊ギルド長の弱味を握り、今の店を構えました。
   はは、うちの店はかつて奴隷部屋だったのです。
   あ、内装は改修してありますのでご心配なく」

戦士「気にしねぇよ」

盗賊「………そんな折、部下が一人の少女を攫ったのです」



228 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:34:42.26 ID:HzNUYnay0



盗賊「あれは、火竜山脈の東の街道だったとか。
   旅疲れか、痩せぎすの少女でした。
   亜麻色の髪の…」

戦士「………ぇ…」

盗賊「少女の一人旅など、攫えと言っているようなものです。
   容姿も悪くありませんでした。
   たまたま魔法の王国にいた私は、
   童女趣味の貴族を知っていたので、
   これ幸いと商談を持ちかけ、
   目論見通りその貴族に売れました」


どこかで聞いた話だ。


盗賊「数日経ち、クレームが入ったのです。
   純潔を奪おうとしたら、舌を噛み切ろうとしたと。
   私は慌てて貴族の住む屋敷に向かいました。
   …すぐに引き取り、鞭打って殺そうと思っていました。
   顧客の信頼を失っては成り立たん商売ですから」


一人旅の、
奴隷狩りに捕まった、
童女趣味の貴族に売られた、
…亜麻色の髪の少女。
純潔を守ろうとした、少女。


盗賊「屋敷に居たのはボロボロに殴られ、
   地下室に打ち捨てられたように横たわりながら、
   目に決意を湛えた少女でした。
   私はその目に、情けなくも居竦んでしまったのです、はは。
   貴族は一通り虐待したら気が済んだようで、
   純潔を奪わない代わりに色々試すと言い、
   結局少女を買ったのです。
   それから私は何度か様子を見に行きました。
   少女の身体は…本当に、ボロボロでした。
   見る度に違う場所の骨が折れていました。
   体中に長い針が刺さっていた事もありました。
   殴られすぎて片目の視力を失いそうにもなっていたり、
   毒薬を飲まされた事もあったようです」



229 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:35:36.41 ID:HzNUYnay0



盗賊「しかし少女は、目に湛えた決意の炎を消す事はありませんでした。
   …それからしばらく経ち、私は、
   その少女が魔法学院に入学した事を知りました」

戦士「……………それは。魔女か」

盗賊「ええ、そうです。
   魔法学院で学んだ彼女の優れた治療魔術なのか、
   身体の傷は癒えたようです。
   …本当は、まだ答えは出ていないのですが、
   私はそれから、なんとなく、事業を仲間に譲り、
   王都で隠居生活を始めたのです」

戦士「………そうか。
   お前が、魔女を」

盗賊「旦那は、彼女の夫だそうですね」

戦士「……………」

盗賊「勇者殿から聞いております。
   …旦那はきっと、私の事は、許せないのでしょうな」

戦士「………続きを」

盗賊「ええ。お聞かせしましょう。
   勇者殿は…」





「続きは後にして。さっさと逃げて」



230 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:36:24.13 ID:HzNUYnay0



盗賊「!?」

戦士「………賢者」

盗賊「……………旦那。あんたは」

戦士「どうした?
   襲撃は…」

賢者「ごめんね。
   でも、その男はもういいから。
   …さっさと逃げてよ。
   あんたには、見られたくないの」

盗賊「………そういう事ですか。
   旦那は、最初から」

戦士「勘違いしてんじゃねぇ。
   賢者は俺の仲間だ。
   お前が執行部の襲撃対象にならないように、
   手を回していたんだよ」

盗賊「…どういう事です?」

賢者「戦士はあんたの護衛って事よ。
   …そろそろ始まる頃ね」


突然、大きな耳鳴りのような音がして、
一斉に魔力灯が消えた。
窓のない研究所。
コンクリートは光を通さないのか、
所内は完全な闇に塗りつぶされる。
近くに居るはずの盗賊の姿すら判別できない。


戦士「賢者!!待て!!!
   何をする気だ!!!!」

賢者「ごめん戦士。
   あの子との約束、守れない」

戦士「馬鹿言え!!
   くそっ、盗賊!
   魔力灯持ってねぇのか!?」

盗賊「すみませんが、持ちあわせがありません。
   …夜目は効く方です。
   先導しましょう」



231 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:37:13.81 ID:HzNUYnay0




賢者「私、見てはいけないもの、見ちゃったの。
   
   ここ………、
   
   壊さないと………」


無謀だ。
王都の主要施設の守護は近衛師団の管轄だ。
こんな騒ぎを起こしたら、
大陸最強といわれる近衛師団がすぐに飛んできてしまう。


戦士「馬鹿!この馬鹿野郎!」

盗賊「旦那、お早く!」

戦士「…盗賊、お前、先に出ろ。
   執行部に見つからないようにな。
   出たら店に戻って、閉じこもってろ」

盗賊「…旦那は」

戦士「ちゃんと戻るよ。
   放棄しといてなんだが、護衛は数日間の約束だ」

盗賊「はは。
   ………わかりました。ご無事で」

戦士「帰ったら話の続き聞かせろよ」


賢者の気配はもはや無い。
駆け出すと同時に、所内に警報が鳴り響く。
遠くから次々と爆発音が聞こえる。
執行部の襲撃が始まったのは本当らしい。


戦士「賢者!!!賢者、どこだ!!!!!」


行く先の通路には火の手が上がっていた。
夜目の効かない俺には都合が良い。
賢者は恐らく死ぬ気だ。
何を見たかは知らないが、
みすみす死なせていい女じゃない。

身体を風が包む。
精霊は俺の心を読んだかのように空気の壁を切り裂いた。
ああ、そうだ。
お前の主人の親友を助けるんだ。

魔女。
頼む。

力を貸してくれ。



232 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:37:58.68 ID:HzNUYnay0



火は便利だ。
四大元素、自然現象においての、
破壊の象徴。

燃やすという行為はただ壊す事とは印象が異なる。
燃え盛る炎はその存在ごと、意味を燃やしてしまう気がするのだ。
燃え殻は灰となり、煤となり、大気となって、天地の間へと還る。
そこにはあらゆる意思もない。
喜びも悲しみも、正念も無念も、全て天地へ還るのだ。

炎に包まれる、かつて魔法使いたちだったもの。
本来なら何を目的に解剖したのか、調べるべきだ。
こんな激情に流されるままに破壊してしまっては、
死神の名が泣こう。

でも、それでいいと思う。
その責を負い、私はここで死のう。
命令違反に加え、宣戦布告とまで取れるテロ行為だ。
魔法の王国に帰っても、私はきっと生きていられない。


賢者「…あなたたちも、お疲れ様。
   こんな事に付き合わせてしまったわね」

「…いえ。
 隊長と戦えて、光栄でした」

「こんなものを見せられては。
 隊長の判断は間違っておりません」

「我々は施設内を調べ、生き残りを探します。
 一人も生かしてはおけない」


魔法使いであれば。
魔法使いであれば、みなこうしただろう。


賢者「…やっぱ、治ってなかったな。
   心だけが突っ走る癖」


これじゃあ見習の事を叱れない。
あれも不出来だったけど。
やっぱ、よく似てるなぁ。

戦士はちゃんと脱出できたかな。
ちょっと視てやろ。


233 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:38:41.49 ID:HzNUYnay0



賢者「あれ、居ない?」


施設の外を見張る使い魔の視界にも、
遠くを見渡す知覚魔法にも、戦士の姿が無い。
戦士に気配遮断が使えるわけがない。


賢者「見失った…?
   そんなわけ…」


ま、いいか。
きっと無事だろう。

もっかいくらい会っとけば良かったかも。
まだあの子の事、全部話してないのに。

お人好しの斧槍使い。
凄く強い癖に、たまに自殺志願者みたいな目をする。
男やもめに同情するわけじゃないけどね。


賢者「ふぅ。


   ん…、あれ?」


天井が壊れる音がして、

なんか気配が近付いてくる。

っていうか、降ってくる。


「ぉぉぉぉぉぉぁぁぁあああああああ!!!!」


賢者「は、はぁ!?」


降ってきた斧槍を担いだ男は、
地面すれすれで、ぶわっ、と空気のクッションみたいなもので減速して、


戦士「………へぶっ」


どんくさく、地面に叩きつけられた。



234 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:39:20.21 ID:HzNUYnay0



賢者「…………………なにしてんの?」


戦士はしばらく地面に貼り付いてたかと思ったら、

突然飛び起きて、
しこたま打ったのか赤い顔をしながら、
怒りの視線を向けてきた。


戦士「馬鹿野郎!!こっちのセリフだ!!!」

賢者「………」

戦士「……は?」

賢者「いいわ。
   どうしてここがわかったの?」

戦士「魔法使いを一人とっ捕まえたんだよ。
   隊長はどこだ、ってな」

賢者「…ふぅん」

戦士「なんだ、ここ。
   妙な臭いがするな」

賢者「あんたは知らなくていいわ」


あー、
だから知覚魔法に引っかからなかったのか。
こんなに近くにいたんだから。

でも、
20メートルくらいある地下に飛び降りるなんて。
あ、でも私も一度落とした事ある。
あの時はこうやって助かったのね。


賢者「…わざわざ追ってきてくれたの。
   どうするの?あんたも逃げられないわよ」

戦士「しらねーよ!
   そん時はそん時だ!!さっさと逃げるぞ!!」



235 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:39:52.81 ID:HzNUYnay0



賢者「…逃げても意味ないわ。
   魔法の王国に戻っても、
   どうせ死罪よ」

戦士「はぁ?なんでだよ」

賢者「わかんないの?私のした事は、宣戦布告と取られるわ。
   これで、戦争が起こる事は確実よ。
   戦争を避けるために動いてたのに」

戦士「わかっててなんでこんな事したんだよ。
   お前思慮深いタイプじゃなかったか?」

賢者「今まで何度も痛い目を見て、
   やっと思慮深くなれたと思ってたのよ。
   …でも、変わってなかったみたいね。
   心が突っ走っちゃうタイプなのよ、私って」

戦士「…ふーん」


なんでこんな話してるんだか。
研究所がコンクリ造りで良かった。
施設内は火の海だけど、崩落はしなさそう。


賢者「ほら、さっさと逃げなさいよ。
   私の事はほっといてよ。
   死にたいのよ、わかって」

戦士「なんでだよ。お前も逃げろよ」

賢者「…近衛師団が来るわ。
   迎え撃っても死ぬし、国に帰っても死ぬもの。
   なら、死に場所くらい選ばせてよ」

戦士「………死なないって道はないのか」



236 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:40:23.34 ID:HzNUYnay0



賢者「私、意外と祖国を愛してるのよ。
   祖国に殉じれるなら本望だわ」

戦士「魔女と勇者の繋がり、探すんじゃなかったのか?」

賢者「あのね、私は国の役に立つから、便宜が図られるし、
   普通じゃできない事もできるわ。
   でも、自由にやれるわけじゃないのよ。
   逃げても、中央王国からも魔法の王国からも追手がかかるだろうし、
   国の後ろ盾がなくなった私なんて、
   …あの子の役には、…とても」

戦士「…だから、ここで死ぬってのか」

賢者「まぁね。
   どうしたって死ぬんなら、ここがいいな。
   …あんたは、行きなさい。
   あの子の遺志、継いであげて」


戦士「お前、馬鹿だわ」

賢者「あんたに言われたくないわ」

戦士「いや、お前の方が馬鹿だわ。
   確実に馬鹿」

賢者「はぁ?なんでよ」

戦士「すっげー、馬鹿だから」

賢者「……………怒るわよ」

戦士「怒ってみろよ馬鹿野郎」

賢者「…いい度胸じゃない。
   静かに死なせてくれないなら、先に殺してあげるわ」

戦士「いいか!!!
   あいつの遺志を継ぐってんなら、
   お前が死ぬのを止めなきゃなんねーんだよ!!!!!」



賢者「………ぇ」




237 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:41:05.24 ID:HzNUYnay0



戦士「そんで!
   俺だって、お前に死んでほしくないんだ!」

賢者「なに、言ってんのよ」

戦士「お前は良い奴だからな!
   だいたい国の後ろ盾なんていらねぇだろ!
   お前は強いし、知識だって豊富だ!
   一人で何の問題があるんだ!」

賢者「…………でも、私。責任は取らないと」

戦士「俺一人で魔女の思い出を抱えてたら、
   きっと今頃潰れてたんだよ!
   仲間が増えたって、期待させんじゃねぇ!
   その責任も取りやがれ!」

賢者「………」

戦士「どうせ死ぬんなら俺の役に立て!
   捨てる命なら俺によこせ!」

賢者「………戦士」




戦士「お前は、仲間だ!!!!」



238 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:41:34.49 ID:HzNUYnay0



どうしよう。
凄く嬉しい。

でも、こいつ気付いてんのかな。
これじゃ、まるでプロポーズじゃない。

こいつ、きっと一生、

あの子の旦那で居続けるつもりのくせに。




239 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:42:31.32 ID:HzNUYnay0



賢者「…うふふ。
   言ってる事、無茶苦茶よ。
   わかってる?」

戦士「うるせーな、わかってるよ」

賢者「仕方ないわね。
   …生きてあげるわ。
   逃げ道、わかってる?」

戦士「…わりぃ。
   教えてくれ」

賢者「駄目な男ねー…」

戦士「うっせばーか」

賢者「ちょっと待ってね。静かにしてて」

戦士「はぁ?…ま、いいけど」


しばらく、息を潜め、待つ。
数秒後、地上フロアで大きな爆発音。

…知覚魔法の範囲を広げる。

地中に伝わる音の反響を感知。
反射音を測定、距離を計算。
再構成、映像化。
地下層はアリの巣状に広がっているようだ。
中央に大きく筒のように空いた空間がある。
…地中に埋め込まれた塔のようだ。
螺旋状に階段が続いている。


賢者「…ここから、中央の縦穴に逃げられるわ。
   何箇所か、壁があるけど、
   魔法でなんとかなりそう」

戦士「魔法使いの知覚力、か」

賢者「うふふ、役に立つでしょ。
   うまく使ってね」

戦士「気持ちわりぃ言い方すんなっ」

賢者「あら、私の命、もらってくれるんじゃないの?」

戦士「こ、言葉のあやだよっ!」



240 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:43:08.54 ID:HzNUYnay0



第3ラボ地下フロアから続く通路を進み、
その先の扉を蹴破ると、大きな縦穴へと繋がっていた。
魔力灯が作動している。
地上フロアから爆発音が続いているが、
コンクリートというのは本当に頑丈なのか、
ここまで延焼はしなさそうだ。


賢者「……………」

戦士「どうした?」

賢者「部下を大勢付き合わせてしまったわ。
   …ま、執行部隊を見殺しになんて、
   今まで何度もしてきたけど」

戦士「……………そうか」

賢者「意見を同じくして、共に使命に殉じようとしたのは…。
   初めてだわ」


縦穴を降りる。
50メートルはあるだろう。
しかし、壁はここまでもコンクリートで出来ている。
…立方メートルあたりで豪邸が建つのではなかったか。


賢者「最下層に到着ね。
   ここに身を隠して、機を待ちましょ。
   近衛師団が到着したら、
   見つからない事を祈るしかないけど…。
   といっても、随分遅いわね」

戦士「…ここ、なんのためのフロアなんだ?」

賢者「さぁ?
   一応探索してみる?」


ここ、研究所っぽくない。
と、言うより、むしろ―――



241 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:43:38.39 ID:HzNUYnay0



戦士「………おいおい」


隅の鉄扉を開けると、
小さな居住空間が広がっていた。
簡素な木机と、ベッド。
むき出しの厠。
他には、
…なにもない。


戦士「ここ、牢獄じゃないか」

賢者「なんで魔研の地下に牢獄が?
   …っていうか、
   深すぎでしょ。どんな極悪人なんだか」

戦士「じゃあ、他の扉は看守の部屋って事になるのか?」

賢者「さぁ。開けてみれば?」


向かいにある扉を開ける。
扉を少し開くと、

…どこか、懐かしい臭いが、した。


賢者「なにここ。
   ずいぶんプライベートな研究室ね」


ともすれば、キッチンのような研究室。
調理器具がフラスコやビーカーなど、実験器具にすり替わったような。
広いテーブルには不思議な機械や部品が散乱していて、
隅にはいくつかのインゴットが転がっている。



242 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:44:15.15 ID:HzNUYnay0



賢者「研究資料がないわね。
   …もう使われていないのかしら」

戦士「なぁ。
   …これ、なにで出来てんだ?
   硝子じゃないよな」

賢者「………あんた、それ…」


擦り傷だらけの、透明な瓶。
硬度はそれほど感じないが、
僅かな弾性がある。


戦士「妙な瓶だなぁ。
   でも落としても割れなさそうだ。
   日用品としちゃなかなかいいな」

賢者「確か、樹脂っていう素材よ」

戦士「じゅし?なんだそりゃ」

賢者「あの子が一度見せてくれたわ」

戦士「…魔女が?」

賢者「それ、あの子が作ったものよ。
   あの子にしか作れないわ。
   …ここ、魔法使いの研究室よ。
   棚の配置とかが、テレキネシス前提でしょ」

戦士「おいおい、待てよ。
   それじゃまるで」

賢者「ここはあの子が使っていた部屋ね」



243 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:45:21.91 ID:HzNUYnay0



『学院の魔法使いたち相手には1夜と持たないぞ』

『学院の用いる術式じゃないな。…魔物の仕業だ』

『ここをいきのび、王国、へ、向、かえ』


思えば、魔女はしきりに学院の襲撃を気にしていた。
…中央王国軍の襲撃は、ありえないと判断していたのか。


戦士「ここが、あいつの研究室、なのか?」

賢者「ホロスコープで探せって言ってたのってそれ?」

戦士「あ、ああ」

賢者「じゃあ、恐らく違うわ。
   そこは火竜山脈で間違いないと思う。
   …ここは、ひとつ前の研究室なんでしょう」

戦士「…そうか。
   荒らされていたのかと」

賢者「なにを研究していて、いつまで居たのかはわからないけど。
   …あの子が、中央王国に居たという証拠ね。
   それも、魔研に協力していた。
   どんな意図があったのか、わからないけど、
   あの牢獄に居た人間に聞くしかないわね」

戦士「それって誰だ?」

賢者「さっぱりわかんない」

戦士「……おう」

賢者「ま、これから探しましょ」



244 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:45:53.38 ID:HzNUYnay0



賢者「上、静かになったわね」

戦士「近衛師団が来たのかなぁ」

賢者「……いいえ、来ていないみたいよ。
   今使い魔に探らせてるけど、
   魔研には誰も来る気配がないわ」

戦士「…じゃ、執行部隊は?」

賢者「今、知覚して………」


賢者の顔がみるみる青くなる。
まるで喉元に刃を突きつけられたように。


賢者「……………嘘。
   なんで、アイツが」

戦士「ど、どうした?
   なんかあったのか?」

賢者「…ありえない。ありえない!」

戦士「お、おい!なんだ、急に…」


賢者が怯えるように抱きついてきた。
触れてみて初めて、彼女の身体が震えているのがわかる。
…賢者をここまで怯えさせる存在は、
…恐らく、一人だけ。
身体が風に包まれる。
賢者の身にまとう風魔法は、身体の雷とやらを隠すらしい。


賢者「…アイツが、来てる。勇者が」



245 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/09/19(土) 02:47:37.67 ID:HzNUYnay0
今回の分終わりです。(中編)

ふたつに分けると言ったが、あれは嘘だ。
あんまり長いので、3つに分けます。
本当にごめんなさい。

数々のレスありがとうございます。
励みになります。
反応頂けると頑張れます。
では、まだ先も長いですが、よろしくお付き合いください。
246 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/19(土) 04:16:43.46 ID:vT8aR4slO
乙!
247 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/19(土) 05:47:17.31 ID:12ztENd4o
乙です
248 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/19(土) 15:27:33.51 ID:XipLIWtoO
乙!
続きがきになる
249 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/19(土) 17:07:32.37 ID:b68ikl1r0
すごく面白い
続き待ってる
250 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/19(土) 22:23:18.08 ID:JLYDn0obO
魔女かわいい
悲しいよ
251 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/20(日) 01:10:58.98 ID:76+dRIaUo
戦士がいるから大丈夫だろ!!
252 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/20(日) 22:01:02.19 ID:TuU2RBcAO
乙!
続きが楽しみ!
253 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/21(月) 16:01:50.73 ID:6kZBwXLX0
いずれ誰かが死にそうで怖い
254 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/09/21(月) 21:48:49.31 ID:4JThA7omo
それなら勇者がいいよ!
255 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/25(金) 00:28:57.77 ID:IgbCueaUo
待ってる
256 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/09/26(土) 13:19:45.18 ID:5RCYYmOZ0
乙でございます
257 : ◆DTYk0ojAZ4Op [sage saga]:2015/09/30(水) 16:49:14.14 ID:1R5Vqu9hO
ご無沙汰しております。
数々のレスありがとうございます。
私生活が忙しくなかなか書き進めたり投下する時間が取れません。
ストックはまだあるのですが…。

週末あたりにできたらいいと思います。
遅くなってしまいますがよろしくお付き合い頂けると嬉しいです。
258 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお迭りします [sage]:2015/09/30(水) 16:56:25.25 ID:EvGXDsGHO
いえあ!頑張
259 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2015/10/02(金) 08:18:39.66 ID:xKbkIdCJO
まだかな
260 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:15:05.56 ID:D2uU4S3W0
遅くなりました。
続き投下させていただきます。
よろしくお付き合いください。
261 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:15:57.40 ID:D2uU4S3W0



盗賊「…これは………。
   一体何が起こっているのか」


焼け焦げた鎧騎士の亡骸たち。
ひしゃげた鎧の紋章に僅かに残る、
王国に仇をなす者に災いあれの文字。

近衛師団第一中隊、王都守護職を司る誉れ高き近衛騎士団の成れの果て。

魔研は王都の北の郊外、小さな森の中にひらけた丘にある。
盗賊は執行部の目を逃れ、研究所を脱出し、
森の中に潜んでいた。


盗賊「兵たちの声が途絶えたと思えば。
   …一体なにがあった?」


少し前まで聞こえていた、
森を駆ける蹄の音、
兵たちの鬨の声。
およそ250の騎兵たちの気配。

それは、僅かの戦闘の音と、轟音によってかき消された。
例外は無い。
第一中隊は、わずか数分で、
完膚なきまでに皆殺しにされたのだ。

一体どのような魔法を使ったのか。
粉砕された木々の中倒れ伏す、
焼け焦げた亡骸たちを見るに、熱を用いる魔法である事に疑いはない。
しかし、このような規模の惨劇を引き起こすには、
少なく見積もろうと、100人以上の魔法使いが必要となろう。
加えて、中央王国軍は対魔法装備が充実している。
鎧はみな法儀済みの上、魔力の迸りを感知する槍旗もあり、
対魔法陣形の訓練も受けている。
ドラゴンの鱗を織り込んだ帷子など、
特に消費魔力に対し攻撃効率の高い火炎魔法に対しての対策は、
ほぼ万全のはずだ。

それでいて、そもそもこの有様はなんだ。
鎧を粉砕するほどの火炎魔法など聞いた事がない。


262 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:16:49.07 ID:D2uU4S3W0



盗賊「……………」


盗賊は思案する。
この惨状の下手人はともかく、
彼方に映ゆ、燃え上がる研究所。
魔研への襲撃を知り、駆けつけたのであろう近衛騎士団。
そのどちらもが壊滅し、得をするのは一体誰なのか。

…その結論は、決して責められるものではない。
だが戦争はもはや避けられるものではなかったはずだ。
魔法とは果たして、これほどの戦略単位だったのか。
これだけの戦果を挙げられる新術式であれば、
敵地の中央で披露するには勿体無い。

その観点では、下手人は魔法の王国ではないと考えるのが自然だが―――。


盗賊「…お客ですか。今、忙しいのですが」


背後の森に感じる気配。
荒い息と、引きずるような足音。
体温は隠しようもない熱を持っている。
それは、自らと同じように、
修羅の庭から落ち延びたがゆえだろう。


見習「…お前、が、居るから…、か」

盗賊「おや。そのなりは、執行部隊の方ですか」


見習の姿を確認し、盗賊は思わず身構えた。
執行部は単独行動をしない。
行動は常に監視を伴い、自らが死すとも情報を遺し逝く。
つまり作戦行動中の執行部と出くわす事は、
その仲間にも見られている、という事に他ならないからだ。


263 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:17:49.54 ID:D2uU4S3W0



見習「……絶対に、許さない。
   お前だけは、確実に……」

盗賊「身に覚えがありませんな。
   …お仲間の視線を感じませんね。
   皆、身罷られましたか」

見習「…生き残ったのは、
   …俺、
   …一人、だ」

盗賊「そうですか。
   まぁ、これだけの戦果を挙げたのです。
   少数の命で引き換える事ができるなら、儲けものでしょう」

見習「何を………馬鹿な。
   お前、だろ………」

盗賊「私は残念ながら戦闘はからっきしでして」

見習「お前……だろ…………。
   あの……あいつ……を……」

盗賊「先程から何を言っているのです?
   私が、とか。
   あいつ、とか」

見習「あの化物を…!!!!
   連れてきたのは!!!!!!」

盗賊「…ちっ………」


地獄から湧き上がるような怨嗟の声と共に、
執行部隊の生き残りが魔力を発する。
小さな光弾からは悲しいほどに意気込みにそぐわぬ魔力しか感じないが、
狙いはなかなか正確で、弾速もそれなりに速い。

だが避けられぬほどでもない。
足が使えずとも、身のこなしだけで対処できる。
横飛びに倒れ込むようにして、胸元を狙った光弾から身をかわす。



264 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:19:04.72 ID:D2uU4S3W0



盗賊「…その声、覚えがあります。
   私を捕らえる、と言っていたのは貴方ですね」

見習「………つぎ、は…、
   外さ、ない」

盗賊「魔力も未熟、
   心の軋みは隠そうともしない。
   貴方にこの仕事は向いていませんね」

見習「うあああああああ!!!!」


またも光弾が走る。
連射が効かないのか、ひとつだけ。
しかし、その放たれた光弾は突然炸裂する。
光に視界が白み、
そして気付いた。
この魔法は殺傷を目的としていないという事に。


盗賊「くっ……」


殺傷能力の低い魔法であるという事は、使い手ならばこそ熟知しているのだろう。
この魔法は、視界を奪う事を目的に放っているのだ。


見習「死、ねぇ!!!」


眩む視界の中、朧げな、短剣を構え突進してくる青年の姿が見えた。
きっと勝利を確信した笑みでも漏らしているのだろう。
殺す、ではなく捕らえる、と言い表した事からして、
恐らく盗賊の持つ情報を欲していたのであろうに、
この男は明確な殺意を放っている。

魔研で何があったのかは知るべくもないが、
悲惨な現状に正気を失い、逆上し、本来の目的を失っている事は確かだ。
どこか失笑を誘うほどの雑駁さ。
現役を退いて久しいが、
ここはひとつ思い知らせてやらねば。


盗賊「……侮るな、小僧」


必殺の機にこそ落とし穴があるという事を。



265 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:19:56.46 ID:D2uU4S3W0



戦士「勇者?
   なんであいつがここに居るんだ?
   あいつは第6師団司令部に…」

賢者「…黙って。
   牢に身を隠しましょう。
   私から離れなければ、見つからないはずよ」


賢者の身体は、未だ微かに震えている。
無理もない。
勇者はどこからでも命を奪う手段を持っているのだ。
況してやここは、賢者にとって敵地だ。
身を現せば確実に殺されてしまう。


戦士「転移魔法、使えるだろ?
   お前だけでも逃げてくれ」

賢者「無理だってば。
   転移魔法は発動地点と目的地点とを、
   目視よりもなお強くイメージする必要があるのよ。
   じゃないと場所が安定しないし、
   下手に使うと肉体がうまく分解再構成されないわ」

戦士「えー、つまりどういう事だ?」

賢者「身体がバラバラになって死ぬ。
   まぁ、あとは壁にめり込んだりとか」

戦士「そ、それは嫌だな」

賢者「だから魔法陣を介したりするんだけど…」

戦士「ここに魔法陣は描いたりとか」

賢者「あのね、転移魔法がそんなに便利だったら、
   誰だって苦労しないし私達もずっと楽よ?
   長く暮らした場所ならまだしも、
   ここはよく知らない場所だし、
   それなりの測量と儀式が要るんだから。
   そんな時間ないわ」



266 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:20:33.80 ID:D2uU4S3W0



戦士「…なら、どうする?」

賢者「とにかく、見つからない事を祈るしか…」

戦士「あいつの動き、探れないのか?」

賢者「所内をうろうろ。
   知覚をさぼってた間の音、
   …どうやら戦闘の音だったようね。
   生き残りは居るのかしら」


戦士「なぁ」


賢者「なに?」

戦士「どうでもいいけど、くっつきすぎじゃないか」

賢者「あんた一人でアイツから隠れられるなら離れるわ」

戦士「いや、無理だけど」

賢者「なら仕方ないじゃない。
   しばらく我慢して」

戦士「つか、そうじゃん。
   俺一人なら話し合いも」

賢者「あんた、自分が囮になって私を逃がそうって思ってるんでしょ」

戦士「なんでわかんの?」

賢者「馬鹿だから」

戦士「怒るぞ」

賢者「怒ってみなさいよ」



267 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:21:23.32 ID:D2uU4S3W0



戦士「そういえば、盗賊の話、聞いてたか?」

賢者「ええ、聞いていたわ」

戦士「知ってたのかよ。
   教えてくれていても良かったじゃないか」

賢者「知ってたとして、護衛断ってたの?」

戦士「……………」

賢者「あんたはそういう男よね」

戦士「わかんねぇよ。
   自分でもわかんねぇんだ」

賢者「辛い思いをするくらいなら、
   知らなくていい事もあるわ」

戦士「それを決めるのは、お前じゃない」

賢者「あら、言う言わないを決めるのは私よ」

戦士「………そりゃそうだけどよ…」


身を捩り、賢者と寄り添う。
肉感的な肢体は柔らかな筋肉の弾力を孕み、
体表のより深部に確かな存在感を感じさせる。
しなやかな、靭性のある筋肉だ。
剣を扱おうと彼女は魔法使いなのだろう。
力は身体強化魔法を使えば良い。
打ち合いの強さよりも、身のこなしを重要視した鍛え方だ。


賢者「………ねぇ」

戦士「ん?」

賢者「あんたはあんたで、
   自分のために生き方を決めるべきよ」

戦士「言われなくても、そうしてる。
   別に誰にも気を遣ってねえぞ」

賢者「違うんだってば。
   あんたは全然自分の思うままにしてないわ」

戦士「なんでだよ。
   好き勝手旅してここに来たんじゃないか」



268 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:22:24.55 ID:D2uU4S3W0




賢者「あんたはなんで旅をしてるの?」

戦士「なんでって、そりゃあ…」


別に認めたくなかったわけじゃない。
恥じているわけでもない。
ただ。
その生き方は、きっと歪んでいると。


戦士「…あいつの遺言を聞いて、あいつの願いを叶えたいと。
   俺が、そう思ったから」

賢者「それは、あの子を気遣ってる事になるわね。
   あんたの本心じゃないわ」


きっと、自省してしまっているから。


賢者「あんたは、何を探してるの?」

戦士「…俺が……探してるのは……」


―――ふふ。君は、優しいな。


彼女の残した跡。
彼女の生きた証を。


―――星を眺めるのが…好きなんだ。


賢者「あの子の残り香を追うのも仕方ないわ。
   姿を探してしまうのも当たり前よ。
   あんたは、あの子を亡くしてるんだから」


―――それが君となら―――


戦士「……………。
   やめてくれ。
   虚しい、…だけだ」




269 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:23:32.35 ID:D2uU4S3W0




賢者「そう、虚しいだけよ。
   そんな事をしたって、
   あの子はもう居ないんだから。
   でもね。
   思い出に耽るのは当たり前に許された慰みよ。
   恥じる事なんてないわ」

戦士「じゃあ。
   …別に、いいじゃないか」

賢者「あんた、自分では、違和感をうまく口にできないのね」

戦士「……………」

賢者「私が言ってあげるわ。
   あんたの場合、少し違うのよ」

戦士「なにが…違うんだよ。
   あいつが死んでから、まだひと月も経ってないんだ。
   仕方ないだろ」


賢者は表情を隠すように、俺の胸元に顔を埋めている。
身体を包み込む風が少し柔らかなものになった気がした。
魔力とは意思の力。
魔法とは心を映し出す鏡。
その効果には、術者の精神状態が如実に現れる。

優しげに頬を撫ぜる風が心地良い。
柔らかく、暖かく流れる風。
涙を拭われている時と、それはよく似ていた。


賢者「あんたがあの子の跡を追うのは、
   まるでその度、あの子がもう居ないんだって、
   確認しているかのようだわ。
   ひとつひとつ、
   自分に言い聞かせるように。
   …あんたは、あの子の跡を追って、
   あの子の死を思い知るために旅をしてるんだわ」


眼前で魔物に奪われた、妻の姿を思い出す。
魔女にはまだ、
僅かながら息があった。
生きながらにして飲まれた、妻。
俺は、


賢者「戦士はね、きっと、
   …あの子の死を、
   まだ受け入れられていないのよ」


彼女を、守れなかったんだ。


―――君と、生きて、いきたかった。


今度も、また。



270 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:24:04.26 ID:D2uU4S3W0







「あは、は―――――
         みつ、
                けたぁ―――――」





271 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:25:57.98 ID:D2uU4S3W0



倒れ伏す執行部隊の青年。
眩んだ視界は数秒で回復した。
盗賊という男は、自らでは戦う意義を見出さない。
なればこそ命までは奪わぬが、
捨て置ける相手という訳でもない。


盗賊「すまないが。
   足くらいは、折らせてもらったよ」


気絶した見習の頭に手を当てる。
生きてきた中で必要に迫られ会得しただけの、
盗賊の持つ唯一の魔法だ。


盗賊「………。
   何故?
   本部に、おられるのでは……」


読心術。
精度は低く、対象者の情動如何で映像は程良く乱れるが、
対象者の心も同時に読めるため、
それが都合が良い事もあった。

…見習の記憶の中で、
悪鬼の如く魔法使いたちを切り伏せる女性。
青い鎧を身にまとい、
白銀の髪をなびかせ、
ルーン文字の刻まれた刀身の短い剣を振るうその姿。

盗賊とて勇者の全てを知るはずはない。
例えば。
勇者ほどの逸脱した戦闘力を持つ存在が、
忠誠心なしに王国の走狗に甘んじている矛盾、であるとか。


盗賊「………これは………。
   きっと。
   親心、なのか」


近衛騎士団の全滅が勇者の手によるものだとすれば、
ならば勇者の凶行は、
もはや王国に従う理由なし、という事だ。
察しはついている。
未だ18の少女なのだ。
僅か16で王国軍中将の地位を与えられ、
受けるべき時に愛情を受けなかった代償は大きい。


盗賊「つまり、彼女は、もう。
   …そうか。
   すまない。
   言葉が見つからないんだ。
   …すまない」


ならば勇者だけでも。

これ以上修羅の道を歩ませぬよう、
引き戻してやらなければならない。



272 : ◆DTYk0ojAZ4Op [saga]:2015/10/05(月) 03:27:05.46 ID:D2uU4S3W0



戦士「………!」


ぞわり、と背後から心臓をその手に握られたような悪寒。
慣れ親しんだ修羅の庭に蔓延る死神たちの風招ぎ。
今、風は死地へと吹いている。

恐懼に竦むより先に、賢者が声をあげた。


賢者「やばっ…!見つかった!!」

戦士「……ああ、わかる」


頭上高く、地上フロアから放たれる殺気。
勇者が俺や賢者を認識しているかどうかは定かではない。
しかしこの殺気は、
明確な殺意を持ってこちらへと向かっているのだろう。
兵長を思い出し、身が震える。
命を奪われぬとも、遥か未来まで身を蝕む雷。
直撃しては死を免れぬ。

そんな敵を相手に、どう戦えばいいのか。


賢者「ごめん…!魔法、乱れたっ…!」

戦士「とにかく、かけ直してくれ。
   見つかったままじゃまずい」

賢者「もうやってるわよ!
   でも、こっちへ向かってる…!」

戦士「…そうか。
   なら………」


道は、ひとつしかない。


賢者「あんまりいい案じゃなさそうね」

戦士「そうでもないさ。
   退路がない時、する事はひとつだろ?」



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