勇者「伝説の勇者の息子が勇者とは限らない件」後編

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254 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/19(日) 22:19:08.76 ID:wSJlS70Yo
よっしゃ
255 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/19(日) 22:41:56.10 ID:Ndq2TQIT0
おおおおおぅ!
256 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/20(月) 19:14:23.62 ID:A0wheNjmO
ひょおおおおお
257 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/23(木) 02:09:01.54 ID:/Ji7Qq2io
待ってる。待ってるよ
258 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/25(土) 12:04:48.30 ID:4sfvn+cF0
明日だ!
259 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/26(日) 03:50:53.55 ID:9fsd6C+3o
きょうだ!
260 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/06/26(日) 19:12:37.52 ID:Trw4ei5x0
 感情が昂りすぎて、頭の中は真っ白になってしまっていた。
 冷静になろうと努めても、それはとても叶わなくて、自分がちゃんと呼吸をしているのかどうかさえ判然としない。
 両手は固く握っているはずなのに、肘から先の感覚が曖昧で、実はまったく力が入っていないんじゃないかと錯覚する。
 ゆっくりと一歩を踏み出したつもりだったのに、体はつんのめって前向きに転んでしまった。
 自分が転んだその音に、ようやくその男は反応して、こちらの方に目を向ける。

「×××、×××××」

 最初に自分達に声をかけて来た魔族が、その男に何か話している。
 男は魔族の言葉に二度、三度と頷くと、こちらに歩み寄り、手を差し伸べてきた。

「××。×××、××」

 優し気な眼差しで微笑みかけてくる。


 ――――その性質を、知っている。


 困っている者を見かけたら、手を差し伸べずにはいられない、その性質を知っている。
 それが高じて、この男は家族を置き去りにして、世界平和なんて曖昧模糊な目的の為に旅立った。
 そうして、一度はその目的を達成し、闇の底へ消えて―――コイツは誰もが知る伝説の存在となったのだ。


 ああ―――――よく、知っているとも――――――!!


「訳わかんねえ言葉で喋ってんな。ちゃんと自分の国の言葉で話せよ。―――『伝説の勇者』」

 手を差し伸べていた男の肩がギクリと跳ねた。
 自身で発した声の冷たさに、自分で少し驚いてしまった。
 そして、一度口を開けば『それ』はもう止まらなかった。
 水門は開かれ、せき止められていた大量の水が怒涛の勢いで流れ出す。
 一度そうなってしまえばもはや、それに再度蓋をすることなど不可能だ。

 感情の奔流――――――――元よりそれを抑え込むつもりなど、無い。

261 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/06/26(日) 19:13:06.86 ID:Trw4ei5x0






第三十二章  終わりのとき





262 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/06/26(日) 19:13:52.09 ID:Trw4ei5x0
 勇者の体から煙が噴出した。
 煙が噴出したところから肌の色は黒から元の肌色に戻り、背中から生えていた羽は文字通り煙のように消えていく。
 変化の杖の効果を解除した勇者の姿を、目の前の男は大きく目を見開いて見つめていた。

魔族A『に、人間だああああーーーーーーーーッ!!!!』

 勇者達を案内していた魔族が叫び声を上げた。
 その声に反応した町の住民たちも勇者の姿を次々と確認し、どよめきが町中に広まっていく。
 しかしその全てが、今の勇者にとってはどうでもよかった。
 勇者は立ちあがり、目の前で固まってしまった男をじっと睨みつけている。

勇者「なあおいどうした。魔界で幸せに過ごしすぎて人間の言葉を忘れちまったのか、ああ? いや、そんなわけねえな。さっきそっちの奴らと俺らの言葉できゃっきゃきゃっきゃ喋ってたもんなあ?」

 勇者はそう言って男の背後で寄り添って震えている魔族の母娘を指差した。
 男はようやく我に返り、恐る恐る口を開く。

男「お前は…お前は、まさか……」

 勇者はチッ、と舌を打つ。

勇者「五年以上も経てば顔も分からなくなっちまうか? そりゃそうか。アンタが知っている俺は、まだ毛も生えてねえガキだった!!」

 男は―――勇者と同じように黒髪で、目鼻立ちも面影を同じくするその男は、驚きを顔に貼りつけたまま、言った。

男「…………勇者、なのか…?」


 瞬間―――――勇者の拳が、男の顔面に叩き込まれていた。


263 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/06/26(日) 19:15:18.05 ID:Trw4ei5x0
「きゃああああああああああ!!!!」

 男の背後に控えていた、魔族母と魔族娘の叫び声が重なる。
 鼻っ柱にまともに勇者の拳を受けた男は背後に吹っ飛び、背中から地面に倒れた。

勇者「は、はは。ははははは!!!! 結構思いっきり殴ったのに、頭砕けねえんだな!! 流石は『伝説の勇者』様だ!! かつて世界を救ったその精霊加護は健在ってわけか!!」

男「う…ぐ…」

 男は呻き声を上げつつ、地面から身を起こそうとする。
 その鼻からはどくどくと血が流れ、男の服の襟を汚していた。
 ずかずかと勇者は男に歩み寄る。
 身を起こしかけていた男の顔面を、勇者は靴の底で踏み蹴った。

男「ぶがっ!!」

戦士「勇者ッ!!」

 そのまま男に馬乗りになって拳を振り上げた勇者を、戦士は慌てて羽交い絞めにして男から引きはがした。

勇者「ぐぅ! ふぐ!! んぬううう!!」

 鼻息荒く、勇者は戦士の拘束を解こうと我武者羅に身を捩る。

勇者「覚えてやがった!! 覚えてやがったよこの野郎!! 俺達の事を、ちゃんと覚えてやがる!!」

 勇者が戦士に拘束されたまま喚き散らす。
 それは魔界の町で家族をもって過ごす父の姿を目撃した時に、勇者が咄嗟に考えた可能性だった。
 父は、激しい戦いによる故か、はたまた大魔王の妖術による故か、過去の記憶を失って操り人形と化してしまっている。
 ―――――そんな可能性に、縋った。
 そんな妄想に逃避した。
 でも、違った。
 父は、勇者のことを覚えていた。
 勇者の正体に気付いた時、明らかに罪悪感に顔が曇った。
 つまり――――
 つまり、つまり――――!!

勇者「コイツはまっとうに俺達を―――――母さんを、捨てていやがった!!!!!!」

 どう見ても父はその身に束縛を受けていない。
 この町を抜け出すのは容易だったはずだ。
 魔界と元の世界を繋ぐあの池までは、『伝説の勇者』ほどの脚力なら二日とかからず辿りつく距離だ。
 帰ってくるのは容易かったはずなのだ。

 ――――帰ってこれなかったんじゃない。
 ――――帰ってこなかっただけなんだ。

勇者「しかも、ええ? おい、何なんだよそいつらは。何なんだよパパってよ」

 勇者は魔族の母娘に目を向ける。
 魔族の娘は人間でいえば4〜5歳といった年のころだろうか。肌の色は他の魔族と比べて薄く、人間と言い張っても通じそうなくらい、その容姿は人間に寄っている。
 魔族の母もまた人間に非常に近い姿かたちをしており、しかも良く見ればその容姿は人間の価値基準で言えばとびきり美人でグラマラスといってよかった。
 そのことが、今の勇者を殊更に苛立たせた。

勇者「魔界の女たらしこんで、よろしくやって子供まで作ってましたって……? 何だオイ、てめえ随分楽しんでたんだなあこの五年間!!!! 俺はよぉ、俺は、てめえのせいで、てめえの息子ってだけで、俺は……!!」

 勇者の脳裏を長く辛かった修業の記憶が駆け巡る。
 ここに至るまでの旅路を急速に思い返す。
 ぼろぼろと、勇者の目から涙が零れだした。

勇者「ほんっと、もう、俺馬鹿みてえじゃん……なんなんだよ、お前……お前、クソ……なんで、なんでてめえみたいのの息子ってだけでさあ!!!!」

勇者「せめてお前言いに来いよ!! 駄目でしたって! 大魔王倒すの諦めました、僕なんて全然大したこと無かったですって!! そうすりゃみんな目ェ覚ましてさぁ……俺みたいな奴に馬鹿みたいに期待するようなことも無かったのによぉ!!!!」

 嗚咽まじりで言葉を詰まらせながら、勇者は男を責め続ける。

男「すまない……すまない……」

 男は顔を伏せ、ただただ謝罪の言葉を繰り返した。
 勇者は一瞬の隙をついて戦士の拘束を振りほどき、男に掴みかかる。
 慌てて再度勇者に向かって手を伸ばそうとした戦士の動きが止まった。
 男の襟首を掴む勇者の顔からは、不気味なほど色が消えていた。

264 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/06/26(日) 19:15:48.85 ID:Trw4ei5x0
勇者「謝罪とか、そういうのいいからさ……ほら、立てよ『伝説の勇者』」

 一転して、一切の感情が抜け落ちたように、勇者は抑揚のない声で男に話しかけた。

男「え…?」

勇者「え、じゃなくて、ほら。立って、これから大魔王をぶっ倒しに行くんだよ。ほら、早く」

 勇者の声が段々と震えだす。

勇者「今からでも遅くねえからさあ……頼むよ……俺の人生に、どうか意味を与えてくれ……」

 男は勇者から目を逸らし、言った。

男「……出来ない。それは、出来ないんだ……! すまない…本当に、すまない…!!」

 勇者の手から力が抜けた。
 解放された男の背中が地面を打つ。
 ふらふらと勇者は立ちあがり、くるりと男に背を向けた。

魔族母「あなた!!」

魔族娘「パパ!!」

 魔族の母娘が男の元へ駆け寄って来て、その顔を心配そうに覗き込んだ。
 父の無事に安堵すると共に、魔族の娘はキッ、と敵意をもって勇者を睨み付ける。
 その視線に反応し、ちらりと後ろを振り返った勇者だったが―――すぐに前に向き直り、駆け出した。
 行き先も定まらぬまま。
 心の平衡を欠いたまま。

戦士「勇…!」

 戦士は即座に勇者の背中を追いかけようと一歩を踏み出す。

男「お前はまさか、戦士…か…?」

 人生で最も敬愛してやまなかった男からの呼びかけ。
 戦士の足が、ぴたりと止まった。

265 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/06/26(日) 19:16:29.30 ID:Trw4ei5x0



 走った。

 ただただ走った。

 何かから逃げ出すために。

 何から?

 決まっている。

 あのおぞましい光景からだ。

 直視するのも憚られる現実から、少しでも距離を取るために走った。

 あれはただの夢だったんだと、何かの間違いなんだと、そう自分に言い聞かせ続けた。

 ――――そうであってほしいと、願い続けた。


266 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/06/26(日) 19:17:12.67 ID:Trw4ei5x0
勇者「はひぃ、ひぐ、うっぐ、うぅ……!!」

 勇者は子供のように泣きじゃくっていた。
 嗚咽が止まないのに走り続けるから、息が乱れて呼吸もままならない。
 苦しくて苦しくてしょうがないのに、それでも勇者は走り続けた。
 走り続けなければ、胸の内から次から次へと沸いてくる、正体不明の衝動に押し潰されてしまいそうだった。
 石につまずいて、勇者は盛大に転んだ。
 だけどすぐに立ち上がって駆け出した。
 目からは涙が溢れ、鼻水を垂れ流し、涎が口の端から糸を引いている。
 けれどそんな物に頓着する余裕などとうに失っていた。
 涙を拭うこともしないから、目の前の景色はずっとぼやけていて不明瞭だった。
 そんな状態で走っていたから、勇者は地面に広がる毒の沼に気付けず、沼の中に思いっきり足を突っ込んでしまった。
 泥に足を取られて転倒し、勇者の体が毒の沼に放り出される。
 助走をつけて飛び込んだようなものだったから、泥の抵抗などあってないようなもので、勇者の体はその全身が瞬く間に汚泥に沈んだ。
 毒の浸食を受け、勇者の全身の皮膚がじゅうじゅうと音を立てて爛れていく。
 耐え難い責め苦に晒されながら、しかし勇者は足掻こうとしない。

勇者(もういい……何もかもが、どうでもいい……)

 勇者は目を瞑り、全身の力を抜いた。
 ずぶずぶと、重力に引かれるままに、勇者の体が汚泥の底に沈んでいく。


267 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/06/26(日) 19:17:45.64 ID:Trw4ei5x0
戦士「はぁ…! はぁ…! はぁ…!」

 戦士は勇者の影を追って、魔界の荒野を必死に走り続けていた。
 しかしどれだけ周囲の景色に目を凝らしてみても、勇者の姿は見当たらない。
 完全に戦士は勇者の姿を見失ってしまっていた。

戦士「くそ…! 何で、どうして、私は……!!」

 後悔と自責の念で胸が張り裂けそうになる。

戦士「勇者ぁーーーーーーッ!!!!!!」

 涙を拭い、戦士は勇者の名を叫ぶ。
 しかしその声に応える者は無く、戦士の叫びは虚しく荒野に響くばかりだった。

268 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/06/26(日) 19:18:33.15 ID:Trw4ei5x0
勇者(……あれ?)

 ふと気付けば、勇者は部屋の中に立っていた。
 石造りの床に赤を基調とした絨毯が敷き詰められ、高さ2m超の本棚が列になって並んでいる。
 どうやらここは図書室のようだった。
 しかも、そこは勇者にとってとても見覚えのある所だった。

勇者(ここは……故郷の、『始まりの国』の……図書室……か…?)

 部屋の中央付近には長机と椅子が置かれており、読書の為のスペースとなっている。
 そちらに目を向けると小さな男の子が本を開いていた。
 本のタイトルは『大陸冒険録』。かつて勇者たちの住む大陸を一周した冒険家が記した冒険譚で、幼い頃から勇者が愛読していたものだ。
 何度も開かれて手垢まみれになったその本を、男の子はふんふんと鼻を鳴らしながら目を輝かせて読みふけっている。

『今日こそ私と勝負してもらうぞ!』

 凛とした声が図書室に響く。
 美しい金髪を肩の所で切り揃えた、可愛らしい女の子が男の子に向かって仁王立ちしていた。
 男の子はうへぇ、と心底めんどくさそうな顔をする。

『嫌だよ。何度も言ってるじゃないか。痛いのは嫌いなんだ、僕』

 そう言って、男の子は閉じた本を脇に抱えて椅子から降りた。
 そのまま、女の子に背を向けてそそくさと図書室を出ていく。

『あ、待て! 男らしくないぞ! それでもお前は――――』

 女の子も男の子の後を追って図書室を出て行った。
 シン、と部屋の中に静寂が満ちる。
 一人残された勇者は、何とはなしに、男の子が座っていた机をそっと撫でた。

269 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/06/26(日) 19:19:08.23 ID:Trw4ei5x0
 風が吹いた。
 気付けば景色が変わっていた。
 緑の芝生が敷き詰められた公園。
 ここは豊作祈願の祭りや国の要人の冠婚葬祭など、色々な催事が執り行われる『始まりの国』の中央広場だ。
 そこに、国中の人間が集まって跪いている。
 広場の中央には、参列者の献花によって色とりどりの花が並べられていた。

勇者(これは…親父の葬式の時の……)

 魔界へ消えて消息を絶ち、三ヶ月が経って―――『伝説の勇者』は死亡したものと国で認定された。
 その葬儀は国を挙げて大々的に行われ、ほとんどの国民がここ中央広場に集まり、涙を流して嘆き悲しんだ。

『おお…! 信じられない……何という事だ……!』

『これから、世界はどうなってしまうんだ……!』

 悲しみに背中を丸める人々を、一歩引いたところから俯瞰して眺める男の子がいた。

勇者(……何て顔してんだよ)

 男の子の顔もまた、悲しみに歪んでいる。
 だけどそれは、『伝説の勇者』の死を悼むというよりは―――悲しみ嘆く人々の様子に胸を痛めているように思えた。

勇者(いいんだよ。気にすんな。そんなこと気にしたって―――――馬鹿を見るだけなんだから)

270 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/06/26(日) 19:19:45.05 ID:Trw4ei5x0
 これは広場での葬儀からどれ程の時間が経過した時なのだろう。
 薄暗い廊下で、あの男の子が息をひそめてとある部屋を覗き込んでいる。
 見ているものには想像がついた。
 というより、覚えていた。
 勇者は男の子の背後に立ち、その子の頭の上から部屋を覗き込む。
 そこには男の子の母がいた。
 男の子の母が父の形見である古い剣を抱きしめて泣き崩れていた。
 勇者はちらりと男の子の顔を覗き込む。男の子がこちらに気付く様子はない。
 男の子の顔には、ある決意のようなものが表れていた。

勇者(……やめろ。やめとけ。お前が歩もうとしているその道は、碌なことがありゃしないんだ)

 踵を返し、歩み出す男の子を引き止めようとした勇者の手は、男の子の体をするりと通り抜ける。
 勇者は通り抜けた自分の手のひらを眺め、拳を握り、苦々しく口を歪め、目を瞑った。

271 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/06/26(日) 19:20:11.95 ID:Trw4ei5x0
 目の前の情景は、男の子が大の大人に木剣で打ち据えられている状況に切り替わった。

『うげぇ!! がはッ!! ゲホッ、ゲホッ!!』

『何をしてる!! 早く立て!!』

『ひっく…うぐ、あぁ、嫌だ…ひぐ…痛いの嫌だよう……』

『情けないことを……それでも『あの方』の息子か!!』

『ひぐ…うぅ…! うあぁぁぁああああああああ!!!!』

 吐瀉物を無理やり飲み下し、震える指で木剣を握りしめて、男の子は剣術指南役に飛びかかっていく。
 がり、と音がした。
 無意識に奥歯を強く噛みしめていたようだ。

272 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/06/26(日) 19:21:06.62 ID:Trw4ei5x0
 気付けば、夜になっていた。
 特訓広場にはもう誰も居ない。
 勇者は自分の家に足を向けた。
 玄関の扉を開け、中に入る。鍵はかかっていなかった。
 勝手知ったる廊下を歩き、見慣れた扉を開けて中を覗き込む。
 燭台の明かりの下で、男の子が書物を開いていた。
 読んでいるのは魔術書――魔法を使う基礎知識を身につけるための教本だ。
 ページを捲る男の子の指は包帯にまみれている。
 目の下の隈が酷い。疲労が相当に蓄積しているのだろう。
 男の子はごしごしと目を擦り、本を読み進める。

勇者(…………はは)


 ――――ああ、もう、本当に哀れだなぁ

 本当に哀れで――――滑稽だ


勇者(なあ、知ってるか? お前がそうやって必死でこつこつ頑張ってる間、アイツはな――――)

 男の子の机の上に堆く積まれた本の山の中に、図書室で読んでいた『大陸冒険録』があった。
 ページの途中にいくつも栞が挟まれている。
 その本を読む意味合いも――――きっともう変わってしまっていた。


273 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/06/26(日) 19:21:41.52 ID:Trw4ei5x0


 旅に出た。
 旅路の途中で、魔物に襲われていた村を救った。

 旅を続けた。
 旅路の途中で、極悪非道な盗賊団を壊滅させた。

 折れそうになる心を奮い立たせ、歩み続けた。
 赤い鱗の竜を、虎の顔の化け物を、強力な魔物達を打倒した。


 そして――――旅路の果てに、遂には魔王討伐の立役者となった。



 文句なしの英雄だ。世界の救世主だ。
 そうだろう?
 なあ、誰か―――――――


 誰か、俺を見てくれよ。


274 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/06/26(日) 19:22:46.04 ID:Trw4ei5x0
 パチパチパチ――――
 聞こえてきた拍手の音に、勇者は伏せていた顔を上げる。
 途端に、怒号のような拍手喝采が勇者に向かって贈られた。

勇者「な、は、へ…?」

 目をぱちくりとして勇者は周囲を見渡す。
 夥しい程の人数の群衆が、いつの間にか勇者を取り囲んでいた。
 人々は笑顔を浮かべ、盛大に両手を打ち鳴らし、温かな賞賛の声を勇者に贈っている。

勇者「……へ、へへ。ど、どうもどうも…!」

 勇者は顔を赤らめ、照れ笑いを浮かべながら手を上げて周囲の群衆に応える。
 勇者が手を上げると、それに合わせて歓声が上がった。
 嬉しいと、そう思った。
 ようやく自分自身に価値を認められた気がして、頬が緩んだ。
 歓声がまた上がった。

『流石『伝説の勇者』様の息子だ!!』

 ぴくり、と勇者の肩が震えた。


『『伝説の勇者』様の息子、万歳!!』

 わなわなと、肩に震えが強くなる。




『いやしかし、大したものだ。勇者様は紛れもなく英雄だ。世界の救世主と言っても過言ではない』











『そんな勇者様を生み出した『伝説の勇者』様とは、一体どれほど素晴らしいお方なのだろう!!』





275 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/06/26(日) 19:23:24.14 ID:Trw4ei5x0











勇者「うるっせえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!」










276 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/06/26(日) 19:24:44.72 ID:Trw4ei5x0
勇者「うるせえってんだよ!! ふざけんな!! 俺は俺だ!! あんなクソ野郎の息子なんかじゃねえ!! 俺なんだ!!」

勇者「もういいよ! やってらんねえ!! 『あんな奴の息子』なんて、もうやってられっか!! 知ったこっちゃねえ! 俺は、俺の生きたいように生きてやる!!」

勇者「は、ははは…! そうだ、すぐに元の世界に戻ってハーレムを作ってやろう!! 俺が本気で口説けば、女なんかいくらでも寄ってくるぜ!! 何せ俺は『伝説の勇者』様の息子なんだからな!!」

勇者「あんなクソ野郎の重荷を継いでこれまでの人生を無駄にしちまった分、名前くらい利用して楽しませてもらうぜ!! ……へ、へへへ、そうだ、黒髪の少女やエルフ少女もハーレムに加えてやる。あの二人の事だ。俺が誘えば、きっと喜んでケツを振るぜ」

勇者「は、ははは!! アハハハハハハハハハ!!!!」

 ヒタリ、と足音が聞こえた。
 びくりと肩を震わせて勇者は音のした方を振り返る。
 そこには、頭のない男が立っていた。
 男の頭は脇に抱えられている。その顔は腐食が進んで髑髏と化しており、それが誰なのか顔からは判別できない。
 しかし綺麗に切り離された首の切断面と、男が身に着けていた『善の国大神官団』の法衣が、勇者に男の正体を推測させた。

勇者「何だよ…?」

 勇者は目の前の亡霊に問う。
 しかし亡霊は黙して語らない。

勇者「な、なんだよぉ…! 『俺を否定したくせに』とでも言うつもりか!? だ、だけど俺とお前じゃ状況が違う! 俺は裏切られたんだ!! 俺に役目を押し付けたあの野郎は、英雄気取りのクソ野郎だった!! 俺は、お前とは違う!!」

 ヒタリ、ともうひとつの足音。
 振り返る。
 そこに、右腕を無くした男が立っていた。
 やはり顔は腐食して髑髏が露出しており、その男が誰なのか顔からは判別がつかない。
 だけど、その金髪に、額の赤いバンダナに、勇者は見覚えがありすぎた。

勇者「………駄目か…?」

 勇者は弱々しく二人の亡霊に問う。
 亡霊は黙して語らない。
 ただじっと、眼球の無い眼窩の暗闇が勇者を見据えている。

勇者「………そうか……駄目か…」

 勇者は肩を落とし、ぽつりとそう呟いた。


277 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/06/26(日) 19:25:39.42 ID:Trw4ei5x0
 汚泥の中で、勇者はカッと目を見開いた。

勇者「『呪文・大烈風』!!!!」

 勇者の周囲から爆発的な風が生じた。
 まるで火山の噴火のように、巻き上げられた毒の汚泥が地面から噴出する。

戦士「……あれは!!」

 その様を、荒野を駆ける戦士は目撃した。
 一縷の望みをかけ、方向を転換し、戦士はその沼に向かって走り出す。
 勇者の呪文により巻き上げられた泥は周囲に撒き散らされ、沼があった場所はぽっかりと地面に穴が空いたような形になった。
 勇者は泥の無くなった沼底を歩き、毒の沼からの脱出を果たす。
 そこに、折よく戦士が駆け寄ってきた。

戦士「勇者ッ!! ……うっ」

 戦士は勇者の姿を見て顔を顰めた。
 長時間毒に晒されていた勇者の体は、至る所が焼け爛れ、正視に耐えない状態になっていた。

戦士「あ、ああ……! すぐに、すぐに治療を……」

 慌てふためいた戦士は荷物から薬草を取り出し、勇者の傷口に当てようとする。
 勇者はそれを手で制した。

勇者「『呪文・大回復』」

 勇者の体が輝き、見る見るうちに焼け爛れた皮膚が回復していく。
 戦士はほっと息をついたが、すぐにハッと思いなおして勇者の顔を覗き込んだ。

戦士「勇者、大丈夫か!?」

勇者「ああ。大丈夫だよ。心配ない」

 余りにあっさりと答える勇者に、戦士は逆に不安を募らせた。

戦士(そんなわけがない……そんなに簡単に立ち直れるはずが……)

 そうは思っても勇者が大丈夫だと言い張る以上、戦士にはこの件に関してもう何も言えなくなってしまった。

戦士「それで……その……これからどうするんだ?」

 戦士は恐る恐る今後の方針について勇者に尋ねる。
 勇者の返答は驚くべきものだった。

勇者「さっきの町に戻って親父から大魔王の居場所を聞き出して、大魔王に挑む」

278 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/06/26(日) 19:26:40.68 ID:Trw4ei5x0
戦士「勇者ッ!?」

勇者「何を驚く? 俺は何か間違ったことを言っているか? 『伝説の勇者の息子』としてやるべきことは、もうこれしかないだろう」

勇者「ああ、もちろんついてこいなんて言わないさ。むしろついてこなくていい。戦士にはそんな責務は無いんだからな」

戦士「本気で言っているのか!?」

勇者「本気だよ。むしろ戦士がどうしてそんなに驚いているのか、理解に苦しむね。君が求めた『伝説の勇者の息子』の在り方として、これは真っ当な行動だろう」

戦士「………ッ!!」

 戦士の顔が赤く染まった。
 何かに耐えるようにぐっと唇を引き結んでから、戦士は絞り出すように声を出す。

戦士「………大魔王に挑んで勝てると、本当にそう思っているのか?」

勇者「勝てるかどうかなんてどうでもいい。大魔王に挑まないなんて選択肢は『伝説の勇者の息子』には存在しない」

戦士「………それじゃ、死にに行くと言っているようなものじゃないか」

勇者「そうかな? そうかもな。どうだろう? でもどっちでも良くないか? どっちでもいいだろ。生きようが、死のうが、こんな俺なんか」

勇者「『伝説の勇者の息子』ってだけが俺の価値だった。でも『伝説の勇者』にそんな価値なんて無かった。なら俺も無価値だ。価値のない命だ。ならばせめて有意義に消費するべきだ。そうだろ?」

 ふるふると、戦士の握りしめた拳が震えていた。
 やがて、戦士は涙に濡れた目でキッ、と勇者を睨み付け―――その頬に、強烈な平手打ちを見舞った。

279 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/06/26(日) 19:27:49.57 ID:Trw4ei5x0
 バヂィィィィン!! と凄まじい音が響く。
 もんどりうって背中から倒れた勇者の襟首を、戦士は掴み上げた。

戦士「ふざけるな……ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!!!!」

勇者「いってぇな……何すんだよ」

戦士「『伝説の勇者の息子』であること以外に価値がない? ふざけるな! 忘れたのか!?」

戦士「武道家も、僧侶も、そして私も!! お前についてきたのはお前が『伝説の勇者の息子』だからじゃない!! お前が、お前自身が、信頼に足る奴だったからだ!! お前と一緒に旅をしたいと、そう思わせる奴だったからだ!!」

戦士「そうやって、ちゃんと言ったじゃないか!! ちゃんと伝えたじゃないか!! なのに、何でまたそういう風に言うんだ!!」

勇者「うるせええええええええええええええ!!!!!! お前に何がわかる!! 俺は、俺の人生を『伝説の勇者の息子』としてだけ生きてきた!! そう強制されて、俺もそれを飲み込んで生きてきた!!」

勇者「そうだ、俺は俺として、ただの自分として物事を決めたことがない!! 『伝説の勇者の息子という被り物』を口では否定しながら、その実俺自身が何よりもそれを頼りにして生きてきたんだ!!」

勇者「なんて情けない奴……!! その結果が、このザマだ!! 自分の人生を自分自身に依らなかったことのツケ……!! 寄る辺が無くなって、もう訳が分からなくなっちまってる。どうしたらいいのか分からなくなっちまってる!!」

勇者「だから、もういいんだ……俺は、最後まで、たとえハリボテだって分かってしまっても、『伝説の勇者の息子』としての在り方に縋って、そして、死ぬ。もう、それでいいんだ……いいんだよ、もう………」

 ぼろぼろと、勇者の目から涙が零れる。
 ひっく、ひっくと嗚咽が漏れる。
 戦士は――――そんな勇者の頭を優しくその胸に掻き抱いた。



戦士「違う……勇者、それは違うよ。お前は、ちゃんとお前自身として旅をし、物事を感じ、生きていた」


280 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/06/26(日) 19:29:06.96 ID:Trw4ei5x0


戦士「巨大ゴキブリから私を庇ってくれた時、いちいち『伝説の勇者の息子』ならこうするなんて考えていたか?」


戦士「盗賊の所業に対して怒りを感じた時、『伝説の勇者の息子』ならここは怒りを感じるべきだ、なんて思ったのか?」


戦士「アマゾネスのハーレムに鼻を伸ばしていたお前は? エルフ少女と酒を酌み交わし、げらげらと笑っていたお前は?」


戦士「端和で義憤に燃えたお前は? 騎士の裏切りに心を痛めたお前はどうだった?」




戦士「獣王にやられた私の為に泣いてくれたのも――――『伝説の勇者の息子』としてか?」




勇者「そ、れ…は……」

戦士「ずっと……ずっとずっと、誰よりも近くでお前を見続けた私が保証してやる。勇者、お前が今までの旅の中で感じたこと、得たものは全てお前自身のもので、そのままお前自身の価値になっている」

戦士「『伝説の勇者の息子』だなんて囃し立てる有象無象は放っておけ。気にするな。お前自身に価値がないなんて、誰にも言わせはしない」

 戦士は勇者の肩を抱き、自身の胸から顔を離させる。
 そしてしっかりと目と目を合わせ、にこりと微笑んで、言った。

281 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/06/26(日) 19:29:40.14 ID:Trw4ei5x0










戦士「だってお前は私が惚れた男なんだぞ? 価値がないなんて――――そんなふざけたこと、誰にも言わせるもんか」











282 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2016/06/26(日) 19:30:39.19 ID:Trw4ei5x0
 しばらく勇者は、ぼうと呆けて戦士の顔を見つめていた。
 戦士の言葉の意味がゆっくり脳味噌に浸透するにつれて、勇者の顔にも赤みがさしていく。

戦士「私はお前を愛している。勇者」

 追撃された。勇者の顔が一分の隙間もなく真っ赤に染まる。

勇者「なあ?!? はぁ!?! ほぁぁ!!? へぇ!?」

 混乱した勇者はあたふたと腕を無意味に動かし、視線をあっちこっちと彷徨わせた。
 そんな勇者の様子に、戦士はくすりと優しく笑う。

戦士「少し落ち着きなさい、勇者」

勇者「な、は、ふ……で、でも、だって、戦士は『伝説の勇者』のことが……」

戦士「それなんだけどな、どーしてそんな風に誤解するんだ。私が『伝説の勇者』様に抱いていたのは師弟としての純粋な敬愛だ。そこに男女の情は一切ない」

勇者「でも、でも、だって……」

戦士「それに……さっきな? お前があの町を飛び出して行ってしまっただろ? あの時、私はすぐに後を追いかけようとしたんだが……あの人に名前を呼ばれて、つい足を止めてしまった」

戦士「すぐに我に返って、何か話しかけてこようとしたあの人を振り切ってお前を追いかけたんだが、既に遅くて、私はお前の姿を見失ってしまった」

戦士「その時、本当に本当に後悔したんだよ。どうして一瞬でも立ち止まってしまったのかって……そして、気付いたんだ」

戦士「私は『伝説の勇者』様を敬愛してやまなかった。それが高じて当初はお前とも衝突していたくらいにな。なのに、その理想が目の前で崩れ去ったのに、私にその悲しみは驚くほどなかった」

戦士「それどころじゃなかったんだよ。お前のことが心配過ぎて」

戦士「はっきり言って、その時の私は『伝説の勇者』様のことなんてもうどうでも良くなってたんだ」

戦士「お前のことだけが心配だった。お前の気持ちを考えると胸が張り裂けそうだった」

戦士「だからこうしてお前とまた会えて……本当に安心しているんだ。本当に嬉しいと思っているんだ」

戦士「だから、お願い………死ぬなんて、言わないで」

戦士「これからもどうか………私と一緒に生きてほしい」


283 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/06/26(日) 19:31:20.49 ID:Trw4ei5x0
勇者「は、ははは……」

 勇者の口から、笑みが零れた。

勇者「ははは! あははははは!!」

戦士「む。笑うなよ。私は真剣に……」

勇者「ははは……ごめんごめん。もう、自分の単純さ加減が可笑しくってしょうがなくてさ」

勇者「ついさっきまで、全部の事に絶望して、何もかもどうでも良くなって、死んでもいいとすら思っていたのに……戦士に告白されて、そんなもんが全部吹っ飛んじまった」

勇者「それこそ、さっきまでの絶望なんて、なんかもうどうでも良くなっちまってさ。それで、つい笑っちゃったんだ。単純すぎてアホの域ですわこんなん」

戦士「勇者…! それじゃあ…!!」

勇者「ああ。悪かった。もう死ぬなんて言わないよ」

戦士「勇者!!」

 感極まった戦士は思わず勇者を思い切り抱きしめた。

勇者「わぷっ! はは、それに、こんな可愛い恋人が出来たんだ。死ねないって、そりゃ」

戦士「はえ?」

 一瞬勇者の言葉に固まった戦士は、ぼん!と頭から湯気を出すと瞬く間に顔を真っ赤に染めた。
 そして勇者の体をどーん!と突き飛ばした。

勇者「え、ええぇ〜…?」

戦士「こ、こここ恋人とか! は、恥ずかしいこと、言うな! ばか!!」

勇者「ええ…? じゃあ違うの?」

戦士「ち、違わないけど!! よ、よろしくお願いしますだけど!! でもぉ!!」

勇者(う〜む……まさか戦士に対してこの言葉を使う日がくるとは……)

 勇者はしみじみと感じ入り、心の中で叫んだ。

勇者(きゃわわ!! 戦士たんきゃわわ!!!!)

284 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/06/26(日) 19:32:09.79 ID:Trw4ei5x0
戦士「はあっ!?」

 魔界の荒野に戦士の叫びが響き渡った。

戦士「本気なのか!?」

勇者「ああ、本気だ。心は入れ替えたけど、行動方針は変えない」

勇者「俺はこれから町に戻り、親父から情報を収集して―――大魔王に挑む」

勇者「勿論、死ぬつもりは毛頭ない。現状の力ではまだ打倒できないと分かれば、ちゃんと撤退するよ」

戦士「ど、どうしてそんな……『伝説の勇者』様ですら打倒を諦めたような相手だぞ? もうそんなこと誰も強要しない。勿論、私だって……なのに、どうして」

勇者「これは責任なんだ。曲がりなりにも今まで『伝説の勇者の息子』として生きてきた俺の責任」

勇者「『伝説の勇者』がハリボテだったと分かったからって、その息子としてすべきことを放り出すわけにはいかない。俺は、『伝説の勇者の息子』を全うする」

勇者「それが……『あの二人』を否定した俺の責任なんだ」

戦士「………それほどまでに決意が固いのなら、私は止めないよ」

勇者「勿論、戦士はついてくる必要は」

戦士「くだらないことを言うなよ? 勇者」

勇者「笑顔が怖い」

戦士「当然私も行く。生きるも死ぬも、お前と一緒だ」

勇者「………ありがとう。戦士のおかげで、もう一度親父に会う勇気も湧いてくるよ」

285 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/06/26(日) 19:33:05.09 ID:Trw4ei5x0
 試験都市フィルスト。
 その一角にある、勇者の生家を模した家――――その物置をごそごそと漁る者がいた。
 かつて『伝説の勇者』として一度は世界を救い、大魔王に挑んだ者―――勇者の父である。
 勇者の父は物置の奥で目当ての物を見つけ出すと、それを引っ張り出して物置から姿を現した。

「あなた……」

 その背中に、魔族の女性が声をかける。
 魔族の女性は勇者の父が手に持っている物の正体に気が付くと、「あぁ…」と小さく呻きを漏らした。

「征くのですね?」

「ああ」

 勇者の父は短く答えた。
 勇者の父は、脳裏に先ほどもう一度自分を訪ねてきた己の息子の姿を思い浮かべる。

『アンタの代わりに大魔王をやっつけてやる。だから大魔王の居場所を教えろ』

 大魔王の恐ろしさをどんなに説いても、勇者は一切聞く耳を持たなかった。

『ごちゃごちゃ言うな。テメエは俺に大魔王の居場所を伝えるだけでいいんだ。あとはそこの紛い物の家で震えてろ』

 観念して大魔王の居場所を伝えると、勇者はすぐに旅立っていった。
 その傍らには、かつての愛弟子である戦士の姿もあった。
 そして勇者の父は決心した。
 だから、物置からこれを引っ張り出してきたのだ。
 かつて己の愛用していた神秘の武器――――『伝説の剣』を。

「だけど、出来ますか? あの人に剣を向けることが」

 魔族の女性の問いに、勇者の父は重く頷いた。

「正直に言うと、怖い。あいつに剣を向けると考えただけで手が震えてくる。背筋に寒いものが通り抜ける。だけど――――――」

 勇者の父は息を大きく吸って、ゆっくりと吐き出してから、言った。




「やらなくちゃならないんだ―――――あいつらを死なせる訳には、いかないからな」



286 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/06/26(日) 19:33:40.13 ID:Trw4ei5x0




 そして――――――――



大魔王「ようこそ余の城へ。歓迎するぞ、勇者よ」


勇者「そうかい。おもてなしってんなら、テメエの首を差し出してくれよ」



 勇者は遂に、大魔王と対面する。











第三十二章  終わりのとき  完



287 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/06/26(日) 19:34:24.34 ID:Trw4ei5x0
今回はここまで

大変大変お待たせして申し訳ないぜよ
288 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/26(日) 19:37:47.80 ID:YiIMkwNwO
お疲れさま!!

そろそろ、終盤か
289 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/26(日) 19:41:29.84 ID:Dp1IAVrBo
乙!
一気に進んだな、これもうどうなるか分かんねえ
290 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/26(日) 19:42:39.63 ID:kGNh9P2AO
乙!待ってたぞ
伝説の勇者は巨乳好きか…
291 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/26(日) 19:47:43.80 ID:+eRv+73k0
乙!やっぱり面白い。
292 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/26(日) 22:28:59.78 ID:FiAAZr6po
乙!

二人って騎士と誰だろう思い出せない…
293 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/26(日) 22:33:49.13 ID:crxO/A4uO
>>292
神官長の息子
294 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/26(日) 22:39:29.84 ID:/RcgWAVjO
おっっっつうううううううううう
295 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/26(日) 23:21:20.48 ID:++4wQ4qB0
おつ!
なんとか勇者は壊れずとどまったのか…
父は敵なのだろうか?
296 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/26(日) 23:54:52.91 ID:Qto+6GQIo

待ってた
本当に嬉しい
297 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/27(月) 00:16:55.87 ID:f1V0CblKO

お前のことが好きだったんだよ!
298 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/27(月) 11:42:26.33 ID:yimHElQG0
戦士たんきゃわわ!!
299 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/27(月) 11:51:14.71 ID:SpjyqL7LO
戦士たんきゃわわわわわ
300 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/27(月) 20:50:10.79 ID:6FV4skLCO
乙!
巨大ゴキブリ懐かしいな
301 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/29(水) 01:48:45.38 ID:B723ZqJP0
戦士たんきゃぁわわあ!
302 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/30(木) 07:08:35.67 ID:tmt/NH8jO
どんな理由があれど勇者たちを捨てて魔界に家庭を持ってた時点で親父はクズだな
303 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/30(木) 07:23:22.50 ID:XzrobAtS0
あのお母さんのメンヘラぶりを見ると、逃げ出したくなる気持ちもわからんでもない
304 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/30(木) 10:48:05.11 ID:InNjkwXXo
今更だけど、伝説の勇者自身も個人としてではなく「伝説の勇者」としか見てもらえてない感じが強いっぽいわな。
「伝説の勇者が逃げるわけがない」「伝説の勇者が不倫なんてするはずがない」「伝説の勇者が(ry」
その象徴があの母親。
305 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/01(金) 02:50:35.38 ID:dSuTDsdpo
騎士とも会っているんだろうな
306 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/01(金) 14:26:45.55 ID:htiz/xNUo
307 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/02(土) 16:42:07.97 ID:WPAeSr1mo
ていうか騎士は大魔王に勝てなかったのか?

それとも見逃したのか?
308 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/02(土) 20:24:28.99 ID:13EujqIx0
騎士も親父も同じ理由で戦わなかったのかもな。
309 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/02(土) 22:38:41.57 ID:St4WOBygo
親父のセリフから察すると相当強いんかな、大魔王は
310 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/05(火) 23:31:22.51 ID:W5hD1LN7o

きゃわわ!
311 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/14(木) 22:39:02.82 ID:cNN9VdQw0
これあれだよな…転んで真正面から毒沼突っ込んだってことは
まぶたを超えて眼球まで溶け落ち、下は局部に大ダメージか……普通の人でも発狂もんなのに、痛みを嫌う勇者が耐えられるとは流石、伝説の勇s(
312 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/23(土) 10:24:39.48 ID:/03eM4A5O
まだかなー
313 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/23(土) 22:34:28.70 ID:4VgIUcAYo
く、4週間経った
明日は期待していいものか?
314 : [sage]:2016/07/31(日) 18:09:00.49 ID:zrhtsBYA0
来週には投下出来ると思います

すんませんが、もう少々お待ちください
315 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/31(日) 18:15:02.20 ID:Jgsu6GDDo
私待つわ
316 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/31(日) 18:19:13.19 ID:ifl+7vj8o
いつまでも待つわ
317 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/31(日) 19:52:08.67 ID:Fhda2x2A0
ずっと待つわ
318 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/31(日) 20:39:00.94 ID:iORcrYRCO
一週間後楽しみ
319 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/01(月) 02:15:16.17 ID:owZP7fsBO
全裸
320 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2016/08/02(火) 18:55:28.47 ID:yWf+AC/DO
俺なんか全裸どころか脱皮しちゃうよ?
321 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/02(火) 22:22:09.67 ID:gdw16eZAO
脱皮の前にsageを覚えろ
322 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/06(土) 16:30:35.13 ID:AsT68X2i0
 魔界、大魔王城―――試験都市フィルストより大河を挟んで南東に位置する険しい山脈の中腹に、それは在った。
 外敵を阻む城壁、その門を守護する門番、その他勇者達の進撃を止めるべく雲霞の如く現れる魔物の群れ―――そんな修羅場を想定して突入した勇者と戦士であったが、魔物の抵抗は拍子抜けするほど無かった。
 勇者達は大魔王城の奥へ奥へとあっさりと進み続け、遂には最奥の大魔王の間へとたどり着いたのだった。

戦士「こんなにも簡単に辿りつくものなのか。大魔王の懐というものは」

勇者「どうかな。何かの罠かもしれない。この大魔王城、城というのは名ばかりで、実際ここに来るまで下へ下へと降りてきた。潜ってきた。これはもはやダンジョンと呼んだ方が正しい。もしここで何か罠を仕掛けられたとしたら、地上に出るのは、まあ、骨だろうな」

戦士「引き返すか?」

勇者「虎穴に入らずんば虎児を得ず、って奴さ。進もう。周囲への警戒を怠らないで」

戦士「了解だ」

 これは、大魔王の間へと通じる扉を前にした時の、勇者と戦士の会話だ。
 そして今、勇者と戦士は扉を潜り、広大で静謐な大広間で大魔王と向かい合っている。
 広間の中央に立つ大魔王は、身の丈2m程で、癖のついた長い黒髪を後ろに流した切れ長の目の男だった。
 白を基調とした衣服に黒いマントを羽織った大魔王の姿は、その額から二本の角が伸びていること以外は、およそ人間とほとんど変わらぬものだった。
 少なくない皺の刻まれたその顔からして、年の頃は(あくまで人間の基準で言えば)五十も半ばといったところだろうか。

大魔王「ようこそ余の城へ。歓迎するぞ、勇者よ」

勇者「そうかい。おもてなしってんなら、テメエの首を差し出してくれよ」

 鷹揚に話しかけてきた大魔王に、勇者は軽口をもって返した。
 しかしその実――――大魔王から感じ取れる圧倒的な強者の雰囲気に、勇者は己の肌がヒリヒリと痛むような感覚を覚えていた。

勇者「ふぅぅ〜…」

 肺の底で押し固まるようになってしまっていた空気を吐き出し、勇者は突進の姿勢を取る。
 隣で戦士も同様に剣を構えた。

大魔王「ほう、こうして面と向かって対峙してなお、余に挑む気概があるか」

 大魔王は感嘆するように言った。
 そして大魔王は一度静かに目を瞑る。
 再度の開眼と同時に大魔王の眼光はギラリと鋭さを増し、その全身から放たれていた圧力が倍増した。
 もはやどす黒い気の流れとして可視化できるまでになったソレは、勇者と戦士の体を否が応にも震えさせる。
 だが、このようなプレッシャーに晒されるのは初めてのことではない。
 既に一度、受けたことがある。
 勇者と戦士は気後れしそうになる己を鼓舞し、下っ腹に力を入れて大魔王の姿を睨み付けた。
 そんな二人の様子に、大魔王は己の顎を撫でてふぅむと声を漏らす。

大魔王「力の差がわからんはずはないのだ、お主等ほどの力量があれば。挑めば死ぬと、それを察することが出来ん程に愚鈍というわけでもあるまい」

 そこまで言って、大魔王ははたと気づいたように首をひねった。

大魔王「いや、逆か? 敵わぬと悟った上で、余の手から逃れきる算段をつけておるのか。だから、敵わぬと知ってなお、挑める。であれば、その賢しさは『俺』の好むところではあるが」

 勇者と戦士は、こちらに語り続ける大魔王の様子を伺い、仕掛ける機を探る。
 そしていざ、飛びかからんと地を蹴ろうとした刹那―――その機先を制するように、大魔王が手のひらをこちらに向けた。

大魔王「よせよせ。まずは話をしようぜ。俺達には話し合いでケリをつけることが出来る脳味噌がある。そうだろう? 『伝説の勇者』の息子よ」

 トントン、と己の額を指で叩き、大魔王は不敵に笑った。

323 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/06(土) 16:31:06.85 ID:AsT68X2i0






第三十三章  あなたは何のために戦うのですか?






324 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/06(土) 16:31:37.24 ID:AsT68X2i0
 大魔王はばさりとマントを翻すと、なんとその場にドカッと胡坐をかいて腰を下ろしてしまった。
 そして懐からキセルを取り出して口に咥え、火をつける。

大魔王「面白きものよな。異なる世界を生きていながら、俺達の姿形は驚くほど酷似している。どうも知性持つ生物の進化過程というものは、世界程度の違いでは変わらぬ決まった型があるらしいな」

 呵々と笑った大魔王は肺に入れた煙を吐き出し、ぷかぷかと紫煙を漂わせた。

大魔王「どうした。座れよ。敷物が無きゃ座れねえなんてお上品なことはまさか言わねえだろう?」

 大魔王は口の端でキセルを噛んだまま、手で差して勇者と戦士に着座を促す。
 勇者と戦士は困惑してお互いの顔を見合わせた。

大魔王「なんだ、面食らった顔をして。ああ、この喋り方か? 気にするな、こっちのこれが俺の素だ。さっきまでのはな、如何にも大魔王様って感じで振る舞って、お前達をビビらせて戦意を削ぐための演技だ。戦わずにケリをつけられるなら、それに越したこたぁないと思ったんでな」

勇者「……とても魔王軍のトップとは思えない台詞だな」

大魔王「誰だって戦うのは嫌さ。それでも、戦わなければならないから戦うんだ。そうだろ? 『伝説の勇者』の息子―――勇者よ」

 大魔王は再び手で勇者と戦士に着座するよう示す。
 勇者と戦士は頷き合い、勇者だけが大魔王に倣って胡坐をかいて腰を下ろした。
 戦士は勇者の傍で直立不動のまま動かない。

大魔王「まあ、上等だ」

 大魔王は咥えていたキセルを手に取ると勇者に向かって差し出した。

大魔王「吸うか?」

勇者「いらん」

大魔王「くくく。そう警戒するなよ、勇者」

勇者「元々煙草は吸わないんだよ。というか、魔界にも煙草なんてものがあるのか」

大魔王「いやいや、これはお前たちの世界の一品よ。人間、エルフ、竜種……知性ある種族の数の差というのかな、こういった嗜好品の発展はお前らの世界と魔界とでは比べるべくもない。魔界でお前達人間ほどに知性が発達している種族なぞ稀よ」

勇者「……そうなのか? そりゃ、ケダモノじみた魔物が多いことは認めるが、ある程度高位の魔物となると俺達の世界の言語を理解し、操っていた。それは相当な知性が無いと出来ない芸当だ。そして、そんな魔物の数は決して少なくないと、これまでの旅の中で俺はそう感じていたが」

大魔王「ああ、それは違う。あやつらのアレは俺が与えてやったものに過ぎん」

勇者「なっ!?」

大魔王「対象にある程度の知性があればな、俺にはそれが出来るのだ。脳みその隙間に、俺の持つ知識を分け与えることが出来る。でなければ、あの獣共が独力で他言語の習得なぞ出来るものかよ」

 勇者は慄いた。
 そんな芸当が可能だとすれば、目の前の男はまさしく――――

大魔王「故に神と―――ケダモノ共が数多跋扈するこの魔界において、俺は『大魔王』などと神の如く崇められたのだ」

 ぞくりと勇者の背筋が震えた。
 大魔王の得体の知れぬ威圧感に圧され、勇者はごくりと唾を飲む。

325 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/06(土) 16:32:09.52 ID:AsT68X2i0
大魔王「時に勇者よ。この大魔王城に辿り着くまでに魔界の地を歩き、お前は何を思った。何を感じた」

勇者「何……というと?」

大魔王「自らの世界との違いに驚きを感じなかったか? 余りにも荒れ果てた大地を見て、とある感想を抱きはしなかったか?」

大魔王「すなわち――――魔界という世界は、とっくに終わってしまっているのではないか、と」

 勇者は草一つ無かった大地を、飢えて死に物狂いになっていた恐竜型魔物の姿を思い返した。

大魔王「その印象は正しい。木々は悉く枯れ、水は隙間なく濁り、大地は命を腐らせる毒に満ち満ちている。もはやこの地で自然のままに次世代に命を繋ぐことなど不可能だ。これを終わっていると言わずして何と言う」

大魔王「何とかせねばならなかった。この世界に生きるいち生命体として、このまま絶滅することを良しとするわけにはいかなかった」

勇者「それで、お前は魔王軍を組織し、俺達の世界へ差し向けたわけか。自分達の生きる新天地として、俺達の世界を奪い取るために」

大魔王「そうではない。そうではないのだ、勇者よ」

 大魔王はふるふると首を横に振った。

大魔王「俺がお前達の世界の事を知ったのは偶々、偶然によるものだった」

大魔王「初めてお前達の世界を目にした時、俺はただただ感動したものだよ。大地には植物が雄々しく茂り、その実りは数多の生命の営みを支えていた。清涼なる川の流れは海に繋がり、海より出でる雲は大地に雨を降らす……澱みなく循環する水は、あらゆる命の温床となっていた」

大魔王「俺は分析した。俺は考察した。何故この世界は俺達の世界とこうまで違う? この世界をここまで豊かたらしめている要因とは何だ? それを知ることで、俺達の世界を蘇らせることが出来るのではと、俺は夢見たのだ」

大魔王「だが、結果として分かったのは、お前たちの世界を豊かたらしてめている要因などではなく、逆だった。俺達の世界が荒廃してしまった理由。それが浮き彫りになっただけだった」

大魔王「魔界はどうひっくり返っても生命豊かな世界などにはなれん。世界の構造が、そうなっていた。俺達の世界は、どうしようもなくどん詰まってしまっていたのだ」

326 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/06(土) 16:32:45.61 ID:AsT68X2i0
大魔王「食物連鎖、という言葉がお前達の世界にはある。知っているか? 勇者よ」

勇者「植物を食べて生きる虫や動物は、肉を食べて生きる生物の糧になり、その上位捕食者もやがては死して土へと還り、植物の育つ温床となる。その命の循環を食物連鎖と呼ぶと、以前書物で目にしたことがある」

大魔王「博識だな。その通りだ。食物連鎖とは、世界の命の総量を一定に保つ、奇跡のサイクルの名だ。奇跡、そう、まさしく奇跡なのだ。そんな世界を当たり前に生きてきたお前達には実感できぬことだろうがな」

 勇者はここまでの会話の流れから、大魔王の言葉の意味を推し量った。

勇者「つまり……魔界では食物連鎖が成立していない、と?」

大魔王「そうだ、その通りだ」

 大魔王はその顔に自虐の笑みを浮かべた。

大魔王「魔界の生態系は円環の形を成さず、奈落へとひた走る一本道よ。ならば今こうして魔界が終末を迎えているのも、自明の理ではないか」

 呵々と笑った後、大魔王はその顔から笑みを消した。

大魔王「勇者よ。お前も知っていよう。俺達魔界に生きる者は、お前らの言う所の『魔物』は、死したところで土には還らん。死したところで、我等の体は大地を腐らす毒となる」

大魔王「なんと罪深い命よ。そうは思わんか? 魔物は基本的に雑食だ。いや、その節操のなさはもはや悪食と呼ぶべきものだ。草、虫、鳥、獣……魔物はあらゆる命を己の糧とする。そうして一つの個体が我武者羅に周囲の命を食い散らかして、挙句の果てにその体から毒を無遠慮に周囲に撒き散らすのだ」

大魔王「これでは魔界の生物の総量は目減りする一方だ。故に対策を打つ必要があった。その為に俺は『大魔王』として己を神格化した。そうすることで、あのケダモノ共をコントロールしようと画策したのだ」

大魔王「まず、少しでも毒による大地の侵蝕を遅らせる為、死した魔物の死体は必ずそれに気づいた者が既定の場所に運搬するよう仕組みを整えた。結果として、確かに毒の無秩序な拡散はある程度抑えられたが、代わりに山積した死体から大量に染み出た毒が大規模な沼となり大地を抉ってしまった」

大魔王「次に、徒に数を増やすことなく、秩序ある繁殖を心がけるよう触れを出した。しかし程度の低い獣共はそんなことおかまいなしに性交した。確かに俺は他者に知性を与える術を持ってはいたが、当然にして限界はあった。全ての愚者に英知を授けることは不可能だった」

大魔王「だから俺は戦争を起こした。『魔王軍』を組織し、お前達の世界に攻め入った。そうする以外に、魔界を救う方法は無かったのだ」

 大魔王の言葉を聞いて、今度は勇者が首を横に振る番だった。

勇者「それでは結局、俺の言った通りじゃないか。お前達は、自分達の新しい棲家として俺達の世界をぶんどるために俺達の世界に攻め入った! そんな俺達の間に、交渉の余地などあるものか!!」

大魔王「結論を急くな勇者よ。それは違うと、俺はさっきはっきりとそう言った。いいか、断言してやるぞ。俺は何かが欲しくてこの戦争をお前たちの世界に仕掛けた訳じゃない。緑雄々しい大地も、青く澄み渡る海も、何もいらん」

 勇者は困惑した。
 ならば、何故? と、勇者は震える声で大魔王に問う。

大魔王「俺の目的はお前達の世界から何かを得ることではない―――逆だ。俺はあるものを失いたいが為にこの戦争を起こした」

327 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/06(土) 16:33:17.65 ID:AsT68X2i0









大魔王「すなわち、お前達に魔物という名の『害獣』を駆除してもらうため――――そのためだけに、俺は魔王軍をお前たちの世界に送り込んだのだ」










328 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/06(土) 16:33:54.06 ID:AsT68X2i0
勇者「なん…だと…?」

大魔王「俺達のような呪われた命が世界と折り合いをつけて生きていくためには、無秩序な繁殖を抑え、個体数を適正に管理することが必須だ。無論、食事に関してもある程度の縛りを設ける必要がある」

大魔王「しかしこれは生存本能に意思の力で無理やり蓋をするようなものだ。叶うのは、俺や試験都市フィルストに居住している者共のような、一部の知性が高い種族に限られるだろう。いわんや、あの無秩序な獣共にそのような我慢が出来るはずもない」

大魔王「だから、強制的に『間引き』を行う必要があった」

勇者「……その為に、そんな事の為だけに、俺達の世界に攻め入ったと?」

大魔王「そうだ」

 勇者は勢いよくその場に立ちあがり、大魔王の顔を指差した。

勇者「ふざけるな!! そんなもんはテメエの手で勝手にやりやがれ!! いちいち俺達の世界を巻き込んでんじゃねえよ!!」

大魔王「俺自らの手で直接間引きを行えば当然『大魔王』としての威光は地に落ちる。そうなれば俺の言葉に耳を傾ける者などいなくなる。それはならん。間引き後の魔界改革にこそ『大魔王』としての立場が必要だ。俺は『大魔王』の立場を、統率力を保ちつつ、事を成さねばならなかった」

勇者「だから……そんなのはテメエの勝手な都合だろうが!!」

大魔王「許してくれとは言わん。だがどうか見逃してくれ。あと一度の遠征があれば、魔物の数は俺の想定する適正値に落ち着く。あとたった一回なのだ。だから、頼む。なあ、勇者よ」

大魔王「なぁに、これまで通りきちんとそちらに配慮して攻め入るので、間違ってもお前達の負けは無い。まして、お前とそこの娘が戦列に加わるとなれば」

勇者「待て……待て待て……! なんだと? 今何て言った? 配慮? 配慮して攻めていたと、今そう言ったのか?」

大魔王「そうだ。まさしくそう言った。余りにも魔王軍の用兵は稚拙だと、これまでにそう感じたことは無かったか? 一つ所に戦力を集中せず、世界各地を散発的に攻める様子に違和感を覚えなかったか? 所詮は獣が為すことだと、見縊っていたか?」

大魔王「調整していたのだ、この俺が。間違ってもお前たちを滅ぼしてしまうことが無いように。適切にお前達が勝利できるように。微に入り細に穿ち、丹念に、念入りに」

 勇者は震える手でくしゃりと己の前髪を握りしめた。

勇者「は…はは……なんだよ………結局俺達は、お前の手のひらの上で転がされてただけだったってのか……?」

 勇者の脳裏に、これまでの旅路で経た数々の困難が急速に思い返される。

勇者「あ? じゃあなんだ? それならむしろ、俺はお前にお礼を言わなきゃいけないじゃないか。手加減してくれてありがとうって。俺はお前のおかげで親父のような英雄になれましたって」

 言い終わると同時に、勇者は大魔王に向かって駆けた。
 その手には精霊剣・湖月を固く握りしめている。

勇者「―――――――ざっけんなコラァッ!!!!!」

 大魔王の心臓目掛けて突き出された勇者の剣先は、突如大魔王の前に現れた暗闇に飲まれて消えた。
 ぽっかり空中に空いた穴に吸い込まれた勇者の剣だが、暗闇の先で確かに肉を突き刺す感触を勇者に伝える。

戦士「か……は……」

 戦士の背後に突然現れた暗闇から勇者の剣が突き出していた。
 その剣先が戦士の胸を背中から貫いている。

勇者「せ……」

 勇者は慌てて剣を引き抜いた。
 ずるりと剣の抜けた戦士の体がゆっくりとその場に崩れ落ちる。

勇者「戦士ぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいい!!!!!!!!」

 勇者の絶叫が『大魔王の間』に響き渡った。

329 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/06(土) 16:34:30.03 ID:AsT68X2i0
大魔王「『異空間魔術』と、俺はそう呼んでいる。どうも俺の一族はこの手の術に長けていてな。お前達の世界と魔界を繋げられたのもこの能力があった故だ。今のように離れた空間を繋ぐトンネルを設けたりと、用途は様々よ」

 ゆっくりと立ち上がった大魔王の周囲に、次々と暗闇が生まれ始めた。
 その中には、奥に明らかに大魔王城とは違う野外の景色が見て取れるものもある。
 勇者は講釈する大魔王に構わず、戦士に駆け寄った。

戦士「う…ぐ…」

勇者「良かった…急所は外れてる…! 『呪文・大回復』!!」

 勇者の放つ癒しの魔力の輝きに包まれて、戦士は意識を取り戻す。
 立ち上がった戦士の姿を見て、大魔王は感嘆の声を漏らした。

大魔王「ほぉぉ……即死しておらぬのか。これは流石だと言うしかない。やはりお前達と直接事を構えるのは得策ではないな」

勇者「逃げるのか!!」

 大魔王の言葉に反応し、勇者は吼えた。
 そんな勇者に対し、大魔王はあくまで鷹揚に頷く。

大魔王「うむ、逃げる。そこな娘、確実に死角から剣を放ってやったのに、剣先がその身に触れた瞬間に身を躱し、即死を免れおった。恐るべき反応よ。その娘が躱しきれぬお前の剣の鋭さも侮りがたい」

大魔王「実際戦えば、まあ俺が勝つだろう。しかし、お前達が勝つ可能性もゼロではない。だから逃げる。俺は万が一にもここで死ぬわけにはいかんのだ」

戦士「私達がお前を易々と見逃すと思うか!!」

大魔王「それを可能にするのが俺の能力【ちから】よ」

 大魔王の言葉と同時、一際大きな暗闇が大魔王の頭上に生じた。
 そしてその暗闇から、足、膝、腰―――と姿を現し、何者かがゆっくりとその場に降り立つ。
 その正体に思い至った勇者と戦士は驚愕で足を止めてしまっていた。

大魔王「このように離れた地点に居る者を召喚することも出来る」

 大魔王を守護するように、勇者達と大魔王の間に立ち塞がったのは、虚ろな目をした銀髪の魔族だった。
 大魔王と同様に、額から伸びた二本の角と、青みがかった肌の色以外に、一見して人間の容姿と大差がある部分は見受けられない。
 その魔族の顔に、勇者と戦士は見覚えがあった。
 以前、魔王討伐に成功した武の国兵士長達が持ち帰ってきた魔王の首。
 その顔が、今勇者達の目の前にいる魔族と非常によく似ている気がする。
 いや、似ているというより、これはもはや、完全に同一の――――――――――

大魔王「お察しの通りよ。こいつはお前達が魔王と呼んでいた者に相違ない」

 勇者達の心を見透かしたように、大魔王は笑って言った。

大魔王「つまるところ三人目となる、魔王」

勇者「魔王………さ、三人目……?」

大魔王「全滅することが目的の軍の指揮を、新天地を夢見る魔物共の誰かに任せると思うか? かといって俺の賛同者に犠牲を強いるのもしのびない。故に俺はコレを造った。『魔王』という名の人造生命体。俺の意思を媒介するための操り人形を」

戦士「ば、馬鹿な……」

勇者「俺達が長年追いかけていた魔王という存在が……複製可能な作り物だった……?」

 次々と判明する想像の斜め上をいく事実に、勇者は眩暈すら覚えた。
 しかし同時に、どこかで勇者は納得もしていた。
 勇者は、自身にとっては初の対峙となる魔王の姿を見て、思う。

勇者(きっと、親父の心を折ったのは―――――今の、この光景だ)

330 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/06(土) 16:35:10.40 ID:AsT68X2i0
 勇者達が魔王の討伐に成功した時は、『宝術』という切り札を用いていた。
 宝術の影響下では、魔物の力は半減し、逆にこちらの力は倍増する。
 故に、武の国兵士長を始めとした魔王討伐隊は、さしたる困難も無く魔王討伐に成功したと聞く。

 だが、勇者の父は―――『伝説の勇者』は違う。

 『伝説の勇者』は単身魔王城という敵地に乗り込み、万全の状態の魔王を独力で打倒した。
 そこには数多の困難があったはずだ。そこには無数の苦難があったはずだ。
 死に物狂いで死力を尽くし、艱難辛苦の果てに―――『伝説の勇者』は魔王討伐を成し遂げた。
 だからこそ――――この光景を前にした時の衝撃は、恐らく今勇者自身が感じている物とは比べ物にならなかっただろう。

大魔王「さて……」

 大魔王が魔王の頭に手を触れた。と同時に、虚ろだった魔王の目に光が宿る。

魔王「ここから先に進みたくば、私を倒していくのだな。人間」

 魔王はそう言って改めて勇者達の前に立ち塞がった。
 『魔王』という定型の人格を、大魔王によって植え付けられたのだ。

勇者「………ふん…」

 勇者は震える膝を殴りつけ、剣を握る手に力を込めた。
 そんな勇者の姿を目にして、戦士もまた、己を奮い立たせ、剣を構える。

大魔王「この事実を目の当たりにして、まだ折れぬか。やはりお前は俺の想像を悉く超えてくるな、勇者よ」

勇者「今まで散々手のひらの上で弄んでおいて何を言う」

大魔王「いやいや、本当だ。お前だけが唯一、俺の描く絵図の通りに動いてくれぬ。特にあの『宝術』とやらには参った。まさかあんなものを引っ張り出してくるとは思いもしなかった」

大魔王「おかげで新たな門を開くのに四苦八苦よ。流石にあの規模で世界を繋げ、安定させるにはそれなりの手間がかかるのだ」

 大魔王の掌の上に暗闇が生じた。
 目を凝らせば、暗闇の奥に見慣れた空の色が見て取れる。
 勇者はふっ、と諦観の笑みを浮かべた。

勇者「手間はかかるが出来ないことはない……つくづくお前の手のひらの上じゃないか、俺達は」

 『魔王城以外に魔界との出入り口が作られる心配はない。何故なら、それが出来るならとっくにやっているはずだから』
 それも、違った。
 大魔王は嗤う。
 新たな門とやらを造るために、自ら生み出した暗闇に紛れ、大魔王の姿が消える。


 同時に、魔王の体から漆黒の炎が巻き上がり、勇者達に襲い掛かった。


331 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/06(土) 16:35:55.90 ID:AsT68X2i0
 魔王との戦いは熾烈を極めた。
 宝術の加護の無い、全くの実力同士でのぶつかり合い。
 躱しても躱しても追尾してくる魔王の漆黒の炎を相殺するため、勇者もまたその指先から真っ赤な炎を生み出し、魔王の炎にぶつける。

魔王「隙ありだ!!」

 その隙に、魔王は勇者の背後に回り込み、その腕を振りかぶっていた。
 魔王の手には剣も鋭い爪もない。
 だがその腕を振り回すだけで人間の体など紙のように引き裂く威力を持つ。
 その速度、威力―――――成程確かに、魔王軍を率いる首領に相応しいと言える。
 かの獣王をすら、遥かに凌ぐその力。
 しかし。

戦士「つあぁッ!!」

魔王「ぬぅっ!?」

 魔王の動きに即応した戦士が勇者との間に割って入り、魔王の腕を斬り飛ばした。

魔王「チィッ!!」

 肘辺りから吹き飛び、宙を回る己の右腕に頓着せず、魔王は戦士の体を蹴り飛ばす。
 吹き飛ぶ戦士と入れ替わるように、今度は勇者が前に出た。
 魔王の首目掛けて水平に振るわれた勇者の剣を魔王は紙一重で躱し、背後に飛んで距離を取る。
 魔王が何事か呟くと右腕が発光し、ちぎれた腕が再生した。

勇者「『呪文・大回復』」

 勇者もまた、戦士に向かって回復呪文を唱える。

勇者「大丈夫か?」

戦士「ああ。ありがとう」

魔王「……大したダメージは無しか。ならば!!」

 魔王の姿が掻き消えた。
 間髪入れず勇者と戦士は反転し、背後に向かって斬りかかる。
 魔王の両腕と勇者と戦士、それぞれの剣が衝突した。

魔王「ぬううう!!!!」

勇者「があああ!!!!」

戦士「はああ!!!!」

 そのまましばらく拮抗状態が続いたが、埒が明かぬと判断したのか魔王が先に飛び退った。
 黒い炎が魔王の体から巻き上がり始めるのを見て、そうはさせぬと戦士が追撃を行う。
 戦士の全力の剣は魔王の体すら容易く寸断する。それは先ほどのやり取りで既にわかっていた。
 故に魔王は剣を受け止めることはせず、身を躱すことを選択した。
 しかし即座に斬り返した戦士の剣が、身を躱した魔王の首を追う。

魔王「う、おおお!?」

 今度は躱しきれず、魔王の頬を戦士の剣が掠めた。
332 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/06(土) 16:36:24.13 ID:AsT68X2i0
 ぎり、とその顔に焦りを浮かべて魔王は奥歯を噛みしめる。

魔王「大したものだ……宝術とやらに頼らなければ獣王にすら勝てぬ程度の実力と踏んでいたが……」

戦士「魔王よ。お前は確かに速い。確かに強い。お前は確かに、私達が戦ってきた魔物の中でも一番強いのだろう。まさしく、魔王という名が相応しい」

勇者「だけど魔王。俺達はお前よりもっと速い奴を知っている。俺達は、お前よりもっともっと強い奴を知っている」

魔王「……? お前達が戦った中で、私が最も強いのではないのか?」

勇者「『魔物』の中じゃな。こちとら、もっと化け物みてえな『人間』とやりあってんだよ!!」

 勇者は一気に魔王との距離を詰め、剣を振り下ろす。
 魔王は剣を受けることはせず、再び背後に飛び退って躱すことを選択した。
 何か嫌な予感が頭を巡ったからだ。
 しかし、その魔王の動きこそが勇者の狙い通りだった。

勇者「『呪文・大雷撃』!!!!」

 魔王が着地したその瞬間を狙いすまして、虚空から生じた雷が轟音と共に魔王の体を打つ。

魔王「うが、ぐあああああああああああああ!!!!!!」

 大雷撃のダメージに悶える魔王へ向かって、勇者と戦士が追撃を行う。
 魔王は痛みに耐えて、二人を迎撃せんと迎え撃つ。
 否―――――迎え撃とうとした。
 だけどその体は痺れ、まったく言う事を聞いてくれなかった。

魔王「なぁ!? ぐ、か…!!」

勇者「その程度の実力じゃ、騎士【あいつ】にくらべたら雑魚みてえなもんだぜアンタ!!」

 勇者と戦士の剣が煌めく。
 交差するそれぞれの剣が、魔王の首と魔王の上半身を寸断した。

333 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/06(土) 16:37:20.50 ID:AsT68X2i0
勇者「勝った……」

 魔王の息の根が完全に止まっているのを確認して、勇者は呆然と呟いた。
 ふと気が付くと、戦士が勇者のすぐ隣まで歩み寄って来ていた。
 そしてそのまま、二人はお互いの体を抱きしめあう。

勇者「は、はは……勝てた。魔王に実力で勝てた。やべえよ、なんか俺すっげえ震えちゃってる」

戦士「うん…うん…! やったな、勇者。私達、やったんだ」

 しばしそうして喜びに打ち震えていた二人だったが、我に返ってぱっと体を離した。




















 カツーン――――――……………

 どこかから、足音が聞こえる。




334 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/06(土) 16:38:03.32 ID:AsT68X2i0

戦士「どうする? このまま先に進んでみるか?」

勇者「そうだな。大魔王の奴がどこに行ったのか、現時点じゃ判断しようがない。ここが最奥だと思っていたけど、もしかしたら先に進む道がどこかにあるかもしれない」




















 カツーン――――――……………

 その音は、勇者達の進んできた道を辿る様に。

 勇者達の後を追いかけてくるように、大魔王城の中に響く。




335 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/06(土) 16:38:56.78 ID:AsT68X2i0

勇者「大魔王の奴は、魔王を人造生命体と言っていた。ということは、それを造る工房のようなものがあるはずだ。少なくとも、そこだけは今回破壊してしまいたい」

戦士「そうだな。魔王の『在庫』なんてものを次々造られたら冗談じゃないしな」

勇者「工房を見つけられれば、大魔王の奴も大慌てて戻ってくるかもしれない。よし、決定だ。先に進む隠し扉のようなものがないか、この部屋を隈なく探そう」




















 カツーン――――――……………

 足音が、止まる。

 大魔王の間へと通じる、その扉の前で。




336 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/06(土) 16:39:44.87 ID:AsT68X2i0




 ギイイィィィ――――――と殊更に音を響かせて、大魔王の間の扉が開かれた。

 勇者と戦士は音に反応し、反射的に振り返った。

 そして、目を丸くした。

 次いで、言葉を無くした。

 大魔王の間に入室してきた男の姿を見て、勇者と戦士はただただ固まってしまっていた。


「そこまでだ、勇者」


 男は、とても聞き覚えのある声で勇者達にそう言った。

 聞き覚えがあるのは当然で、それはほんのちょっと前に聞いたばかりの声だったからだ。

 具体的には、魔界に在った試験都市フィルストで。

 この大魔王城を目指す直前に、聞いている。

 だけどその姿は見慣れぬものになっていた。

 白銀に輝く鎧に身を包み、そしてその手には鮮烈な輝きを放つ白金の剣を持っている。

 神々しささえ伴う、その姿。

 まるで『伝説に語り継がれる勇者のような、その姿』。

 否、違う。

 この男が、この男こそが―――――――





337 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/06(土) 16:41:16.23 ID:AsT68X2i0










伝説の勇者「それ以上先に進むというのなら、私が相手になろう」









338 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/06(土) 16:41:50.60 ID:AsT68X2i0




 そう言って、『伝説の勇者』は勇者に向かってその剣先を向けた。





339 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/06(土) 16:42:27.26 ID:AsT68X2i0







        第三十三章







340 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/06(土) 16:43:17.62 ID:AsT68X2i0








        あなたは何のために戦うのですか?








341 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/06(土) 16:44:14.51 ID:AsT68X2i0





















 プチン、と自分の何処かで何かが切れる音を、勇者は聞いた。



342 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2016/08/06(土) 16:44:55.69 ID:AsT68X2i0
今回はここまで
343 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/06(土) 17:03:50.60 ID:9xiZZOvAO
乙!
また良いところで終わったな
344 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/06(土) 17:09:06.00 ID:/WMcAnmao

これからどうなるのか気になるね
345 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/06(土) 19:00:31.00 ID:r0dIWdibO
346 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/06(土) 20:11:50.96 ID:gPJQO93Ko
347 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/06(土) 21:22:51.95 ID:IBS3LwP2o
激しく乙
続きが楽しみだ
348 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/06(土) 22:55:19.20 ID:XfI9EHFO0
こりゃ親父さんも心折れるわ…。毎度予想外の展開!おつ!
349 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/06(土) 23:14:08.79 ID:S4JEZ+yVo
騎士に命乞いをした魔王の意識は、作られた人格がさせたものなのか
大魔王の目的を遂行するなら、そのまま倒されてもいいんだろうけど

あと騎士はどこまで知っていたのかなぁ
350 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage ]:2016/08/07(日) 00:20:55.72 ID:kWgdLFgY0
乙 面白いな 
351 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/07(日) 17:53:34.67 ID:v2tLu5PoO
伝説の勇者のスピンオフとかあったら面白そう。光の精霊の加護とか魔法使えないとか魔族と不倫とか、心折れるまでの冒険は凄まじかったろうな
352 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/08(月) 16:15:51.96 ID:yxYzsnuf0
勇者とはまた違う形で勇者と同じ道を歩んだ男か…
353 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/09(火) 15:52:17.56 ID:2laC5jsDO
>>351
> 魔族と不倫とか
R案件ww
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