ミュウツー『……これは、逆襲だ』 第三幕

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1 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/02/24(水) 23:16:45.01 ID:CXQiijtko
ミュウツー『……これは、逆襲だ』
ミュウツー『……これは、逆襲だ』 第二幕
の続きです

・本編ゲーム(赤緑〜XY)の設定をベースに、『逆襲』の設定、首藤要素、妄想を盛り込んだ世界です

・『逆襲』のミュウツーが、ななしのどうくつからヤグルマのもりへ飛び出します

・そんなミュウツーが、ヤグルマの森でいろんなポケモンや人間たちと出会います

・人間キャラ、肩書きの設定もおおむねゲーム準拠、アニポケ由来のキャラはほとんどいません

・とんでもなくゆっくりペースで投稿しますが、ちゃんと終わらせます

第一幕: http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1373648472/
第二幕: http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1411566555/

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1456323404
2 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/02/24(水) 23:19:52.18 ID:CXQiijtko


見慣れた寝床がようやく見えてきた。

木肌は青白く、ぼんやりと光っている。

月明かりと、地面に落ちた淡い反射とを受けている。

暖かみのある色ではないのに、心のどこかでほっとした。


ミュウツー(これはこれで『愛しの我が家』……というわけか)


むろんこの場所に、かりそめの拠点という以外の意味はない。

ないつもりだ。


いつまでもここにいるわけではない。

ないつもりだ。


とはいえ。

今はあの寒々しい朽ちかけた場所に、ミュウツーは安心感を覚えた。

なにしろ、ここに来て以来ずっと寝所として使ってきた空間だ。

愛着を感じるのも、そう不自然なことではないかもしれない。


ミュウツー(今日は、とにかく一日が長かった)

ミュウツー(これでようやく眠れる……)

ミュウツー(……というわけでもないのが残念だな)


そう思っただけで、深く長い溜め息が自然と出ていた。


ダゲキ「つかれた?」


溜め息に気づいたのか、背後から声が飛んできた。

その声には、相変わらず顔色を窺うような響きがある。

今の溜め息や疲労は自分のせいだと思っているに違いない。

無理からぬことだとは思う。

3 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/02/24(水) 23:23:56.49 ID:CXQiijtko

ミュウツー『いや、その……』

ダゲキ「ほんとうに、ごめんね」

ミュウツー『……まあ、気にするな』


本音を言えば、ぐったり疲れている。

肉体的にというよりも、どちらかといえば精神的にだ。

決して彼だけのせいではないが。

それを誤解のないように説明するのは、少し億劫だった。


ジュプトル「あの ニンゲン、いいの?」

ミュウツー『放っておけばいい』


答えながら、ミュウツーは樹に寄りかかって腰を降ろした。

目を堅く閉じる。

気をつけないと、息以外のものまで流れ出てしまいそうだった。


ミュウツー『明日の朝には、出ていくと言っていた』

ジュプトル「もりで わるいこと、するかな」

ミュウツー『孵化したばかりのポケモンを抱えて、無茶もしないだろう』

ヨノワール「……わるい ひととは、おもえない です」

ダゲキ「ぼくも、わるいニンゲンじゃ、ないと おもう」

ジュプトル「うん」

ジュプトル「いいやつ ぽい」

ミュウツー『……あるいは、そうかもしれないな』


ゆっくりと目を開き、自分をゆるく囲む友人たちを見回した。

不審そうな、あるいは自信なさげな、あるいは不安そうな目が並んでいる。

4 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/02/24(水) 23:26:22.84 ID:CXQiijtko

ミュウツー『だが、だからどうしたというのだ』


いやな空気だ。

あまりいいものではない。

刺さなくていい釘を刺そうとしているような気もした。


ミュウツー『善良であるかもしれないあの男ひとりを取り上げたところで』

ミュウツー『お前たちの過去が変わるわけではない』

ジュプトル「……」

ミュウツー『全てのニンゲンが、ああではないことも、最初からわかっているはずだ』

ダゲキ「……」

ミュウツー『理解できるな』

ジュプトル「……よ、よく わかんないけど、わかる」

ダゲキ「むずかしい」


ふたりは少し意気消沈したように見えた。

ヨノワールはそんなふたりを、困ったような目つきで見ている。


ミュウツー『こいつらも私も、ニンゲンは嫌いだ』

ヨノワール「はい」

ミュウツー『お前は、少し違うらしいが』


ミュウツーは回答を待たず、友人たちから目を逸らした。

ふたりの気持ちがわからないわけではない。

わからないわけではないが、だからこそ言うのだ。


ミュウツー『妙な期待は、もうしない方がいい』

5 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/02/24(水) 23:31:58.55 ID:CXQiijtko

焦れていく感覚すら伴いながら、ミュウツーはそう強調した。

なんとか言葉になったのはこれだけだ。

言いたいことの半分も伝えられていない。


ダゲキ「わかってる」

ダゲキ「あの ニンゲンだったら、よかったかな、って」

ダゲキ「ちょっと、おもった」

ミュウツー『そんなことだろうと思った』

ジュプトル「お、おれは ちがう!」

ダゲキ「そうなの?」

ジュプトル「そうだよ!」

ダゲキ「どんな?」

ジュプトル「な、ないしょ」


恥ずかしそうにジュプトルは目を逸らした。

それを、妙に優しげな表情でダゲキが見ている。


ミュウツー『……なんでもいいが、私は少し休みたい』

ミュウツー『あのニンゲンが森を出ていくところを、自分の目で確かめておきたいしな』

ダゲキ「おこすの、しようか?」

ミュウツー『い、いや、自分で起きられる』

ダゲキ「そう?」

ミュウツー『むしろ、お前こそさっさと寝るべきだろうが』

ダゲキ「むり」


彼の話しぶりはいつもと変わらず、どこか飄々としている。

それでいて、それ以上は詮索してくれるな、と言外に言っている。

そうした強い拒絶が潜んでいる。


6 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/02/24(水) 23:36:01.71 ID:CXQiijtko

ミュウツー『……好きにしろ。私は寝たい』

ジュプトル「ねればいいのに」

ミュウツー『お前たちがいつまでも喋っているから、寝られないんだろうが』

ヨノワール「すみません」

ダゲキ「ごめん」

ジュプトル「なんだよ! じゃあ、かえる」


場違いなほど憤慨した口調でジュプトルが喚いた。

緊張の糸が切れたためか、ひたすら喚き散らしてばかりだ。


ミュウツー『そうしてくれると助かる』

ジュプトル「……ねえ、おれ つかれた」

ダゲキ「うう、ごめんね」

ジュプトル「えっ、いいの、いいの」


今のミュウツーには、安心して浮かれる気持ちも、少しだけ理解できたが。


とはいえ頭も身体も、十分すぎるほど疲れていた。

必死で意識を繋ぎ止めているところだ。

そうしてくれれば、多少とはいえ、たしかに休める。

なのに――。


ミュウツー(……)


なのに、なんとなく惜しい。

なんとなく、もったいない。

もやもやとした不定形の狼狽が、反応を鈍らせた。

7 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/02/24(水) 23:38:16.51 ID:CXQiijtko

呼び止めれば、彼らはきっと、もうしばらく留まってくれるに違いない。

ほんの少しだけなら、きっとわがままに付き合ってくれる。


ちゃんと、自分で、言いさえすれば、の話だ。


ジュプトルが機敏に首を曲げ、傍らのダゲキを見上げた。


ジュプトル「のせて」

ダゲキ「あるかないの?」

ジュプトル「おれはー、つかれた」

ダゲキ「……い、いいけど」


ジュプトルはキリキリと小さく、上機嫌に鳴いた。

言質を取るが早いか、もうダゲキの背中を登り始めている。

その動きを意識しながら、ダゲキはまっすぐこちらを向いた。


ぎくりとしながら、彼の視線を受け止める。

油断していた。


ダゲキ「じゃあ おやすみ」

ミュウツー『あ……ああ』


ジュプトルは我が物顔で、丸い頭の上に顎を載せてくつろいでいる。

ダゲキも少し鬱陶しそうにしているが、その程度のようだ。


立ち去りかけて、ダゲキはふとヨノワールの方を振り向いた。

振り回され、キィッ、とジュプトルの小さな悲鳴が響く。


ダゲキ「きみは」

ヨノワール「すぐ かえります」

ダゲキ「ふうん」

ジュプトル「じゃーな」

8 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/02/24(水) 23:42:03.62 ID:CXQiijtko

あっけない挨拶をすませ、ふたりは青黒い闇の中へ踏み込んでいった。

ミュウツーはその後ろ姿を、ひやひやしながら目で追う。

昏い木々に紛れて、ふたりの姿はすぐに見えなくなった。

やかましいジュプトルの声だけは、まだかすかに響いている。


しばらくするとその声も聞こえなくなった。

小石が池に沈み、だんだん見えなくなっていくさまを想像する。


急に、あたりがしんと静まり返った。

ふと見ると、ヨノワールもまた、ふたりの消えていった方を見ている。

ぼうっとしている。

何か思うところがあるらしい。


ミュウツー『どうした』

ヨノワール「まえと ちがいます」


重い声がする。


ミュウツー『なにがだ?』

ヨノワール「あの ふたり」

ミュウツー『そうなのか?』

ヨノワール「わかりませんか」


こちらを見もせずに、ヨノワールはそう問いかけてきた。

わからないから尋ねているんだ、とミュウツーは思う。


ミュウツー『……お前の方が、あいつらとは長い』

ヨノワール「ながくても……なかが、いいのでは ないです」

ミュウツー『それでも、私の知らない、以前の姿を知っているのだろう』

ミュウツー『私は……』

ミュウツー『私はなにも知らないが』

9 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/02/24(水) 23:43:11.92 ID:CXQiijtko

ヨノワールがゆっくりとこちらを向く。

敵意はもとより、怯えも卑屈さも今は見られない。

その大きな目玉に、怖気を震うような輝きはもうなかった。


ミュウツー(いや、ひょっとすると……)

ミュウツー(はじめから、そんなものはなかったのか)


得体の知れなさは、見る者が勝手に見出していただけ、なのだろうか。

そう思えるほど、今のヨノワールは『普通』にしている。


ミュウツー『あいつらが、変わったのだとして……』

ミュウツー『それは、あいつらが努力した成果ではないのか』

ヨノワール「どりょく……?」

ミュウツー『さっき言った、ニンゲンの本を使ったやつのことだ』

ミュウツー『本を読んでみたり、聞かされたり、字を書いたり』

ミュウツー『ニンゲンがするような、「勉強」というものだ』

ヨノワール『わかります』

ミュウツー『以前は、そんなことをしていなかったはずだ』

ミュウツー『だから変わったように感じるのではないのか』


ミュウツーの返事に、ヨノワールは少し考えるしぐさを見せた。

こちらの言う意味が伝わらなかったのだろうか。


そういえば、とミュウツーは思う。

ヨノワールとのコミュニケーションで、不自由を感じたことは特にない。

だが、実際のところ、どこまで『わかっている』のか、よくは知らない。

10 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/02/24(水) 23:47:14.77 ID:CXQiijtko

くるくると目を動かし、ヨノワールは瞬きを繰り返す。

しばらくして首を力強く横に振り、ミュウツーをやや不安げに見た。


ヨノワール「……それも、ある……かもしれない、ですが……」

ミュウツー『では、お前は何が理由だと思う』

ヨノワール「たぶん……あの……」


ふたたび、ヨノワールは口籠もってしまった。

あまりその先を言いたくないように見える。


ヨノワール「あの……」

ミュウツー『いいから言え』

ヨノワール「あなたが きたから……だと おもいます」

ミュウツー『……私?』


ミュウツーは思わず、樹に預けていた身を起こした。


ヨノワールはミュウツーを、腹が立つほどまっすぐ見ている。

とても冗談を言っているようには見えない。


ざあっ、と騒々しい風が頭上を吹き抜けた。

ばたばたとマントのはためく音がして、風に目を細める。

ミュウツーはその間も目を逸らすことなくヨノワールを見つめた。

ヨノワールの方も、視線を外さない。


ミュウツー『それは……どういう意味だ?』


吹き抜ける音が収まった頃、ヨノワールは低く聞き取りにくい声で続けた。

鐘の中で反響したような、いつもの妙な声があたりに響いている。

11 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/02/24(水) 23:52:12.54 ID:CXQiijtko

ヨノワール「いままで、ふたりは……だれとも」

ヨノワール「なかよく なかったのです」

ミュウツー『チュリネや、フシデもいただろう』


ヨノワールは首を横に振る。


ヨノワール「それは、ちがいます」

ミュウツー『……』

ヨノワール「チュリネも、フシデにも、だれにも、おなじです」

ヨノワール「とても なかよく……したり、しません」

ヨノワール「いっしょに こまったり、よろこんだり」


ミュウツーは、ヨノワールの発言を反芻する。

言わんとしているところは、わかる気がした。


ヨノワールは瞬きを繰り返した。

巨大な手は開閉を繰り返し、困ったようにこちらを見ている。


ヨノワール「……ごめんなさい」

ヨノワール「もう、うまく いえない です」

ミュウツー『そうか……』


申し訳なさそうに身を縮め、ヨノワールは上目遣いでこちらを見た。


ヨノワール「でも……まえより たのしそう で」

ヨノワール「ずっと げんきです」

ヨノワール「あなたと いる とき、とても そう みえます」

ミュウツー『……へえ』

12 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/02/24(水) 23:57:10.38 ID:CXQiijtko

冷静を装い、そっけなく返答する。

だが腹かその背中側か、身体の柔らかい部分がこそばゆかった。

これではまるで――


彼らが楽しそうにしているのは、自分が来てから。


そんなはずはない。

ないに違いない。


身体の内側が勝手に、ふふふと震えている。


ミュウツー『仮に私が何かしらの影響を与えているとしても』

ミュウツー『それが、好ましいこととは限らない』

ヨノワール「そうですか?」

ミュウツー『……いや』

ミュウツー『あいつらが「そうだ」と言っているわけではないが』

ヨノワール「はい」


何が言いたいのか、自分でもよくわからなくなっていた。

ヨノワールが言うことを否定しようと、躍起になっているようだ。

むろん、嘘や欺瞞を吹聴しているわけではない。


ひょっとすると、自分は照れているのではないだろうか

拗ねている気もする。

自分がそうに感じていることを、気づかれてはいないと思う。


ヨノワール「そうですか……でも」

ヨノワール「わたしは、とても うらやましい」

13 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/02/25(木) 00:01:45.65 ID:RJx23RzYo

ヨノワールの言葉はただの感想だ。

こちらの反応は、あまり気にしていないように見える。


ミュウツーは視線を落とした。

なんだか、頭がどろどろと重い。


まるで何かの決意表明のように、その声は自信に満ちている。

自分の感情を正面から受け止めている。

その姿と声の、なんと真っ当で健全なことか。

それこそ、なんと羨ましいことだろう。


ミュウツー『羨ましい……か』

ミュウツー『私からすれば』

ヨノワール「……“すべての”」


声がひときわ朗々とした響きを帯び始めた。

なにごとか、とミュウツーは顔を上げる。

ヨノワールは友人たちの去っていった方をまた見ていた。

だがその目は、木々の隙間さえ映していない。


今まで以上に大きく丸く見開かれ、ここではないどこかを見ている。


ヨノワール「“すべての いのちは”」

ヨノワール「“べつの いのちと であい”」

ヨノワール「“なにかを うみだす”」

ミュウツー『……どういう意味だ』


ヨノワールは腕をわずかに広げた。

深呼吸をしているように見えたが、やけに嬉しそうにしている。

14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/25(木) 00:07:46.75 ID:UaE5hp+i0
一年以上やってるんだっけ?凄いなあ
15 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/02/25(木) 00:08:36.59 ID:RJx23RzYo

ヨノワール「ふたりは……であった」

ヨノワール「であえたんです」

ミュウツー『……』

ヨノワール「この、コトバは……いせきに ありました」

ミュウツー『遺跡?』

ヨノワール「ズイという、いせきです」

ヨノワール「ニンゲンと、いっしょに いったんです」

ヨノワール「た……たのしかった」


大きな目に映っていたのは、ヨノワール自身の過去だったようだ。

ヨノワールの目が、よく見ると小刻みに震えている。


ヨノワール「あの ことば、は」

ヨノワール「ずっと ずっと むかし、だれかが かいたんです」

ヨノワール「むかしの、ニンゲンかも しれない」

ヨノワール「ニンゲンじゃない、だれか……かもしれない、って」

ヨノワール「あのひとは、そう いっていました」

ヨノワール「たくさん、おしえて、くれたんです」

ミュウツー『……本当は、ニンゲンの文字が読めるのか?』

ヨノワール「いいえ」


寂しげに目を伏せてから、ヨノワールは空を見上げた。

それからふたたびミュウツーを見つめる。

目が合った。

ヨノワールの目は、もう『現在』に焦点が合っている。

16 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/02/25(木) 00:12:30.15 ID:RJx23RzYo

ヨノワール「よんで もらいました」

ミュウツー『……そのニンゲンにか』

ヨノワール「ほんとう だと、おもいます」

ミュウツー『あのふたりを見て、お前はそう思うのか』

ヨノワール「あなたと であって、いままでと、ちがった」

ヨノワール「あたらしく かわった」

ヨノワール「ともだち」

ヨノワール「わたしは、ああ……うらやましい のです」


こちらを見ているヨノワールの目。

かつてミュウツーを射竦めた人間の女の眼差しに、似ていなくもない。


ミュウツー『私が……』

ミュウツー『こんな私が、いったい彼らにどう影響できるというんだ』


ミュウツーの言葉に、ヨノワールは少しだけ驚いたような目をした。



ヨノワール「……あなたも ひとつの いのちだ」

ヨノワール「そうでしょう?」

17 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/02/25(木) 00:15:46.34 ID:RJx23RzYo

ミュウツーは息を飲み、吐き出しかけた言葉を飲み込んだ。

ヨノワールの言葉がじわじわと頭に忍び込んでくる。


何も言い返せなかった。

肯定も、否定も、茶化すことも、異論を唱えることさえもできない。

できることといえば、ただ喉の奥で呻き、押し黙るだけだ。


その沈黙を会話の終わりと解釈したらしい。

ヨノワールは小さく唸り、慌てて申し訳なさそうに身を縮めた。


ヨノワール「ご、ごめんなさい、ねたい と、いってたのに」

ミュウツー『あ、いや……』

ヨノワール「わたしも かえります」


人間じみた軽い会釈を残し、ヨノワールは音もなく姿を消した。

上の空で応じた……と思う。


ひょっとすると、別れの挨拶も口にしていたかもしれない。

だが、それもはっきりとは憶えていない。


あの不思議な響きの声が、頭の中をぐるぐるとまわっている。



――ともだち

――あなたも



――あなたも ひとつの


18 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/02/25(木) 00:18:29.39 ID:RJx23RzYo


どれほど時間が過ぎただろうか。


夜はさらに更け、森は静かに息をしていた。

遠いさざめきと風に揺れる葉の音が聞こえる。

どれも、いつも聞こえている音ばかりだ。


ミュウツー(ああ……)

ミュウツー(……やっとひとりになれた)


自分に延々絡んでこようとする、騒々しい連中が消えただけだ。

静かになって、ようやくほっとするひとときのはずなのだ。


ミュウツー(ひとりになってしまった)

ミュウツー(なんだか……静かだ)


頭の中にぽっかりと、無為な空間が生まれたような頼りなさを感じた。

もたれかかれる倒木や岩が急になくなってしまったような。

そんな心持ちだ。


ミュウツーはそれでもゆっくり、重々しく立ち上がる。

少なくとも今は、自分の足だけで立たなければならない。


ミュウツー(眠い)

ミュウツー(だが、もうひと仕事だな)


そう自分に言い聞かせ、ひとつ大きく深呼吸する。

臓器や骨がむりやり拡げられて、胸が痛い。

吸い込んだ空気は、ここへ来た当時より湿っぽく感じられた。

これはこれで、悪くない。

19 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/02/25(木) 00:20:09.32 ID:RJx23RzYo


ミュウツー(さっきの話も、聞かれていたのだろうか)


それならそれで構うものか、とミュウツーは覚悟を決める。


夜明けを待つ暗い森。

そのさらに向こう。

はるか遠く一点に意識を向け、せいいっぱい睨みつける。

睨んでいることが、相手にわかってしまうかもしれない。


もっとも、覗き屋に示すべき礼儀があるとも思えなかった。

ミュウツーは少しだけどきどきしながら、言葉を投げかけた。



ミュウツー『いいかげん、姿くらい見せたらどうだ』



20 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/02/25(木) 00:29:05.38 ID:RJx23RzYo
今回はここまでです

ご無沙汰しとります

今やどれくらいの方が読んでくださってるかわかりませんが
これからもマイペースに書いていきます
楽しいからいいんですけどね

>>14
振り返ってみると2年半です!
やーよく続いたもんです

ではまた


ところで近況ですが

ガルパンはいいな
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/25(木) 00:30:34.70 ID:PQSX9SH5O
乙です
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/25(木) 02:39:32.07 ID:bBK7BBgv0

久し振り
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/25(木) 05:21:17.26 ID:k4CuP3s/0
おつ
そろそろ日暮かオリンピックマンの称号を得られそうだな!
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/25(木) 09:45:43.70 ID:VD8H5uWco
お帰り待ってた!
みんなかわいいんだよなあ
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/25(木) 15:31:55.71 ID:ykid5kypo
お帰りなさい乙
26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/02/26(金) 18:19:39.19 ID:kgj5b5RjO
乙!
ずっと待ってた
27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/03(木) 18:35:08.56 ID:udQVfS8IO
き、きてる!お疲れ様です!!
28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/07(月) 17:05:59.65 ID:QK7wAWZU0
ああああ復活してる!!
ずっと待ってました、また続きが読めるなんて嬉しいです
どうかあなたのペースで頑張ってください
29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/15(火) 07:36:31.50 ID:3hly4TJIO
二幕って途中で終わってるん?
30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/16(水) 04:19:34.13 ID:wSuukhg50
二幕は気付いたら落ちてた気がする
31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/16(水) 12:14:23.51 ID:bRtCZow3o
うん
話は直接続いてるね
32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/16(水) 12:58:22.83 ID:GDmwPRJmO
そうなん?ありがとう
33 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/03/21(月) 11:39:28.81 ID:d1B0J0ZHo
よーし、始めます!
34 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/03/21(月) 11:40:05.14 ID:d1B0J0ZHo

何度も、うつらうつらと意識が途切れる。

とても疲れている。

それに、とてもとても眠い。


ミュウツーやヨノワールと別れたあと。

ジュプトルは無理を言い、ダゲキの寝床までついて来ていた。


にも関わらず、どうにも眠れずにいる。

せっかく『ひとりでは寝たくない』と駄々をこね、わがままを通したというのに。


ダゲキは、生木の匂いもなくなった倒木に寄りかかり、腰を下ろしている。

呼吸は静かだが、眠っているということはないとジュプトルも確信していた。


そんなダゲキの膝で何度、無理に目を閉じてみたかわからない。

そのたびに、瞼は言うことをきかず勝手に開いていく。

頭の中も目もぴりぴりして、寝てなどいられないと喚いている。


なのに、開けていると今度は眠くて目が痛い。

瞼は疲労と重さに負けて勝手に下りていく。


起きていることも、かといって眠ることもできない。

そんな孤独な闘いを続けて、ずいぶん時間がたった気がした。


ダゲキ「……ジュプトルは、おきてる?」


上の方から、少し高く、呑気な声が降ってきた。

彼なりに『声を潜めている』響きがある。

眠っていた場合を気にしてくれていたようだ。

顔を少しもたげ、ジュプトルは目玉をぐるりと動かして彼の方に向けた。


輪郭に月明かりが当たって、彼の顔が丸く縁取られている。

よく見れば、ダゲキは顔をまったく違う方に向けていた。
35 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/03/21(月) 11:40:43.07 ID:d1B0J0ZHo

ジュプトル「おきてる」

ジュプトル「ねむいのに、だめだ」

ダゲキ「おなじ」


溜め息まじりに、ダゲキがそう答えた。

今も表情は見えないが、なんとなく苦笑しているような気がする。

もちろん、彼が苦笑しているところなど見たことはない。


ジュプトル「……おまえ、いつも そうなの?」

ダゲキ「いつも、そう」


ダゲキは、いまだにジュプトルの方を見ようともしない。

木に背を預け、空を見上げてぼんやりしている。


ジュプトル「ふうん」


投げやりな返事をし、ジュプトルはふたたび顔を下ろした。

さきほどまでのように、両足を放り出しているダゲキの膝に顎を載せる。

頭の上の方がずっと居心地はよかった、と思わないでもない。


眠りに落ちそこねるたびに、空や友人を見上げてみる。

いくら見上げても、空はなかなか白んでこない。

いつ見上げても、友人は変わらず起きている。

眠るどころか、眠そうな気配さえない。


ジュプトル「……なんで、ニンゲンに つかまったの」


ずっと抱いていた疑問が口を突いて出た。

どうしても尋きたかった、というわけではない。

沈黙に耐えきれなかったからだけだ。

『おまえらしくもない』と言いたかったが、ジュプトルにはその語彙がない。

36 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/03/21(月) 11:41:09.55 ID:d1B0J0ZHo

ジュプトル「ねてたから?」

ダゲキ「ううん」

ダゲキ「ねてなかったけど、たくさん つかれた」

ダゲキ「そうしたら、まっくらに なるんだよ」

ジュプトル「まっくら?」

ダゲキ「まっくら」

ダゲキ「いつも、そう」

ジュプトル「いつも?」

ダゲキ「……うん」

ジュプトル「ふうん」


よくわからない答えだった。

それは、自分が今まさに沈みきれずにいる眠りとどう違うのだろう。

普通に誰もが落ちていく睡眠と、なにが違うのだろう。


考えているあいだにも、眠気はまだらに濃くなる一方だ。

思考も少しずつ一貫性が失せ、意味をなさなくなっていく。

このまま、もうすぐ、深い眠りに引きずり込まれるはずだ。


ジュプトル「よ、よるの そらより……く、くらい?」

ダゲキ「うん、ずっと くらい」

ダゲキ「まっくろ だよ」

ジュプトル「げ、『げすいどう』、よりも?」


ジュプトルの言葉に、ダゲキはようやく顔を自分の膝へと向けた。

かくん、と振動が顎に伝わる。


その拍子に、歯車がずれてしまったような気がした。

眠気が噛み合わなくなってしまった。


きっと、今夜はもう、このまま眠れないに違いない。

ジュプトルは根拠もなく、そう確信した。
37 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/03/21(月) 11:41:58.55 ID:d1B0J0ZHo

ダゲキ「『げすいどう』って、なに?」

ジュプトル「じめん……した」

ジュプトル「ニン、ゲンの……ま、まち とか」

ジュプトル「したに、かわの あなが、ある……の」

ダゲキ「ふうん……?」


そう呟きながら、ダゲキは頭を軽く傾けた。

知らない言葉を教えられているときの顔だ。


ひとしきり唸ってから、ダゲキはふたたび口を開いた。


ダゲキ「それは、『ちかしつ』と、にてる?」

ジュプトル「ち、『ちかしつ』?」

ジュプトル「わかんない」

ダゲキ「そっか」


ほんの少しだけ残念そうにダゲキが応じた。

誰が悪いわけでもないのに、ジュプトルは申し訳なく思った。


頭を使ったせいか、眠りの沼はさらに遠のいてしまった。

まだ少し、目がひりひりしている。

波はすっかり引いてしまったのに、目を開けているのが億劫でならない。


ジュプトル「じゃあ、おれの こえ、きこえたんだ」

ダゲキ「うん、おきてたから」

ジュプトル「……なんだぁ」


とんでもなく格好悪いところを見られたような気がして、恥ずかしくなった。

そう思ってこっそりと盗み見たが、彼はまた明後日の方角を見ている。

最後の呟きも、彼の耳には届いていないような気がした。

どことなく上の空な顔をして、胸のあたりをさすっている。
38 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/03/21(月) 11:43:00.32 ID:d1B0J0ZHo

ダゲキ「うーん……」


彼は、自分の身体の内側にある、どこか一点を探り当てようとしている。

痛い部位を突き止めようとするときのような、そういう顔だ。


ややあって、ダゲキは胸をさするのをやめた。

背を丸めて小さく呻く。


ジュプトル「お、おい」

ジュプトル「やっぱり、ぐあい わるいの?」


痛みに耐えている顔に見えないこともない。

怪我はないという話だったはずだが、どこか痛むところでもあるのだろうか。


ダゲキ「ううん、ちがう」


誰かの呼吸するかすれた音が、やけに大きく聞こえる。

反対に、それ以外の音が少し遠のいている。

粘り気のある眠気は、とうにどこかへ吹き飛んでいた。


ダゲキ「あ……そうか」

ジュプトル「……?」

ダゲキ「わかった」


ダゲキが、大きな目でジュプトルを見ていた。

反射的に身体がこわばる。


ダゲキ「ふたりが きたとき、ね」

ジュプトル「う……うん」

ダゲキ「そのとき……いたかった」

ダゲキ「いま、おもいだしたら、また ここが、いたい」

ダゲキ「いたい は、いや……だけど」

ダゲキ「これは、だいじょうぶ」
39 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/03/21(月) 11:44:09.36 ID:d1B0J0ZHo

ジュプトル「……」

ジュプトル「だいじょうぶなら、いいけど」

ダゲキ「……」

ダゲキ「ありがとう」

ジュプトル「そりゃあ」

ジュプトル「……とも、……ともだち だし」


ジュプトルは顔がかっと熱くなった。

『ともだち』とはなんなのか、自分でも理解できているわけではない。

要は、あの人間の受け売りだ。


ダゲキ「ともだち」

ダゲキ「きみは、ともだち なんだ……」


ダゲキはジュプトルの言葉を復唱し、そして妙な顔をした。


ジュプトル「お、おう」


胸の奥を握り潰されるような感覚。

苦しいが、不快ではない。


ジュプトル「お、おれ さあ……」


急に、抗いがたい不安に襲われた。


ジュプトル「おまえが、つれて いかれたら、どうしよう、って」

ジュプトル「……あと、えっと、ああ……」

ジュプトル「すごい こ、こわかった」


鼻梁を乱暴に掻いてそれを紛らわそうとする。

そうでもしないとやっていられない。

そうしていれば、少しだけ焦りも落ち着くような気がした。


ダゲキ「……ごめん、しんぱい させて」
40 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/03/21(月) 11:44:50.50 ID:d1B0J0ZHo

ぺたん、と地面に滑り落ち、ジュプトルは必死で呼吸を整えた。


月明かりを背後に受けて、ダゲキがこちらを覗き込んでいる。

早く落ち着かなければと思うほどに焦る。


ダゲキ「だいじょうぶ?」

ジュプトル「だ、だいじょぶ……だいじょぶ」


慌てて、両手で顔をごしごしとこする。

爪が鱗を傷つけて痛いが、今それは些細なことだ。


ジュプトル「な、なあ」

ダゲキ「?」

ジュプトル「い……いなく ならないよな」

ダゲキ「……ぼくが?」

ジュプトル「あの ぼうしのニンゲンの、ところとか」

ジュプトル「おまえも、ミュウツーも」


ダゲキは視線をそらして、地面に向けた。

それがどういう意味を含んでいるのか、ジュプトルにはわからない。

考え込んでいるように見えた。


どうして即答してくれないのか、と不安になる。

「そんなことは絶対にない」と切り捨ててはくれないのか。


ダゲキ「……ねえ」

ジュプトル「あと、ほかの ところ、とか」

ダゲキ「どうして、そんなこと いうの?」


喉の奥から絞り出したような声だ。

疑問というより、抗議されているような気がした。

ちりちりと居心地が悪くなっていく。
41 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/03/21(月) 11:46:42.60 ID:d1B0J0ZHo

とんでもないことを言ってしまったような気がした。


ジュプトル「だ、だって……あのニンゲン……」

ジュプトル「あんまり、わるい やつじゃ なかった」


赤毛で豪快な男のことが脳裏に甦った。

彼は少しだけ目を細めた。

まだ地面に視線を移し、瞬きもしない。

自分の釈明が彼に届いたかどうか、確信は持てなかった。


ダゲキ「うん」

ダゲキ「さっきの ニンゲンも、ぼうしの ひとも」

ダゲキ「きっと、いいニンゲンだよ」

ジュプトル「……ごめん」


悪い想像もなかなか止まらない。

肯定的な答えが返ってきたらどうしよう、いやそんなことはないはずだ。

『実は』と、最悪の話を切り出されてしまったらどうしよう。

やっと心を許した相手が、また自分の前から消えてしまったら?

また、置いていかれてしまったら?

また、ひとりぼっちになったら。


ダゲキ「それは、わかってる」

ダゲキ「でも」


やけに長く思えた沈黙を経て、ダゲキはジュプトルに視線を戻した。


ダゲキ「ぼく、もう どこも いきたくない」


やけにはっきりと、彼はそう言った。

少し怒っているように聞こえなくもない。
42 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/03/21(月) 11:47:52.37 ID:d1B0J0ZHo

ダゲキ「あのニンゲンたちは……きらいじゃない けど」

ダゲキ「ニンゲンと いるのは もう、いらない」

ダゲキ「みんなと、もりに いるのが、いいな」


ジュプトルは「ひゅう」と喉を鳴らした。

望んでいたとおりの返事だ。

背筋に違和感を覚えながらもほっとする。


だから、腹の奥から湧き上がる喜びに素直に従うことにした。

そうすれば、自分に巣喰う落ち着かなさは払拭されるからだ。


ジュプトル「うん」


ジュプトルはもう一度ダゲキの膝によじのぼり、しがみついた。

顎から腹まで、どこでもいいから身体を密着させたかった。

接している面積が広ければ広いほど、不安を押し遣ることもできる気がする。


ジュプトル「おれも、みんな いるのが、いい」

ダゲキ「うん」

ジュプトル「ここに いるのが、いい」

ダゲキ「うん」

ジュプトル「おれ は、なにも できないけど」

ジュプトル「ミュウツーとか、ヨノワールとか、おまえもいて」

ジュプトル「ずっと このままがいい」


そこまで口にすると、ジュプトルは黙り込んだ。

自分でも、何を言いたいのかもうよくわからなくなっていた。

頭の中がぱんぱんに膨らんで、破裂してしまいそうだ。

自分の声がどんどん情けなくなっていくのにも耐えられない。


ダゲキ「……なにも できない……は、ちがう」


しばらくしてから、ぽつん、とダゲキが言った。
43 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/03/21(月) 11:49:24.74 ID:d1B0J0ZHo

ジュプトルはおそるおそる目を開き、彼を盗み見た。

ダゲキは、またどこかを違うところを見ている。

ほっとしたようで、少し残念だ。


ダゲキ「ぼく を、たすけたよ」

ジュプトル「え」

ダゲキ「きみは、ぼくを たすけて くれたよ」

ジュプトル「で、でも、おれ なにも してない」

ジュプトル「ぜんぶ ミュウツーが やった」

ジュプトル「ニンゲンと、はなし したのも、おれじゃない」

ジュプトル「おれは……みつけた だけ……」

ダゲキ「ちがう」


少しだけ、語気が強くなったような気がする。


ダゲキ「ともだち、って いった」


ジュプトルは小さく呻く。

きつく目を閉じる。


ジュプトル「そ、それが なんだよ」

ジュプトル「おれは」

ダゲキ「ぼくは、すごく うれしかった」


ジュプトルは、彼の返事にぎょっとして目を大きく開いた。

また首を捻って見上げると、ダゲキが口元を歪めてこちらを見ている。


そんな彼と目が合った。


ジュプトル「おまえ……すごい、かわった」

ダゲキ「……どこが?」

ジュプトル「うれしい とか、……いわなかった」
44 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/03/21(月) 11:50:22.61 ID:d1B0J0ZHo

ダゲキは、やや不満げに眉間に皺を寄せた。

顔に出るという一点を見ても、彼の場合は大きな違いだ。


ジュプトル「ほら、そんなかお し、しなかった」

ダゲキ「そう かな」


ダゲキは困ったように自分の顔面を撫でた。

いかにも『腑に落ちない』という顔だ。

その顔こそが、ジュプトルの言葉を証明しているようなものだった。


ダゲキ「ずっと、うれしい、って、おもわなかった から」

ジュプトル「ほんとに?」

ダゲキ「うん」


たしかに、ジュプトルの記憶にある彼は、いつも無表情だった。

楽しそうな顔も、悲しそうな顔も、嬉しそうな顔も、憤怒も、不満も出さない。

ミュウツーがやってくるまでは。


ジュプトル「いっかいも?」

ダゲキ「そんなこと、ないけど」


ダゲキは、少し考え込むような目をした。

考えてみれば、彼とじっくり話をしたことなど、なかったかもしれない。

こんなふうにとりとめのない話は、とくに機会がなかった。


しばらくしてダゲキがこちらを見た。


ダゲキ「あ……あたま、なでられたとき」

ジュプトル「……チュリネに する やつ?」

ダゲキ「うん」

ダゲキ「でも、チュリネじゃ ないよ」

ダゲキ「なでて もらった」

ジュプトル「おまえが?」

ダゲキ「なでるの されたら……なんだか、むずむず した」

ダゲキ「うれしかった……と おもう」
45 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/03/21(月) 11:51:11.81 ID:d1B0J0ZHo

少し背を丸め、ダゲキは照れくさそうに身じろぎした。


ジュプトル「まえ いた、ニンゲン?」

ダゲキ「ううん、ぼうしの」

ジュプトル「……なんだ」


オレンジ色の服を着込み、帽子を被ったレンジャーのことだろう。

レンジャーが出てくるとなれば、思いのほか、近い過去だ。


もっと古い思い出話が聞けるのかと思ったが、そうではないようだ。


ダゲキ「コマタナも なでてた」

ジュプトル「ふうん……」

ダゲキ「あのニンゲンは、すぐ なでるんだ」


そう話す顔は、ジュプトルも見たことのない表情を浮かべている。

何を思うとそういう顔になるのか、ジュプトルにはわからない。

今までと明らかに勝手が違った。


ダゲキ「こう……てで つかんで なでる」


自分で自分の頭に手を置く。


ジュプトル「……いや だった?」

ダゲキ「いやじゃ なかった」

ダゲキ「でも……ときどき、いやだった」


『いやだった』というわりに、それほど嫌そうでもない。

だが、そう思う気持ちは、なんとなく理解できるような気がする。
46 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/03/21(月) 11:52:28.61 ID:d1B0J0ZHo

ジュプトル「へんなの」

ダゲキ「……」

ダゲキ「『ケシゴム ひろって くれて、ありがとう』、って」

ジュプトル「ケシゴムって、まずい しかくい しろいやつだ」

ダゲキ「……たべたの?」

ジュプトル「たべたけど、たべられなかった」

ジュプトル「あじ ないし、のみこむの できないし」


「そうなんだ」とまた苦笑して、ダゲキは空を見上げた。

あのレンジャーがいる昔の風景を思い出しているに違いない。

いや、あのレンジャー『と』いた風景か。


空気が冷たい。

長い息を吐いて、ダゲキはそのまま話を切り上げてしまった。

思いを馳せていただろう記憶についても、話す気はないようだ。


ふたりがどういう関係なのか、ジュプトルはまったく知らない。


あの人間は、自分が見たことのない、かつてのダゲキを知っているらしい。

だが、あの人間が元トレーナーだとは思えない。

そういう単純な経緯ではない、ということが窺い知れるだけだ。


彼がそうやって過去に目を向けている姿は、あまり好きになれなかった。

見ず知らずの土地に置いてけぼりにされたようで、少しだけ心細くなる。


勝手なものだ、とジュプトルは自分を罵った。


自分にも、きっと同じような瞬間があるに違いない。

それを見せているとき、友人たちもまた同じように心細さを感じるのだろうか。


ジュプトル「なあ」


ジュプトルは、ともすれば場違いなほど、つとめて明るい声を出した。

彼を『こちら』に引き戻したい一心だった。
47 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/03/21(月) 11:54:16.51 ID:d1B0J0ZHo

ダゲキ「うん?」


目論見どおり、ダゲキは『こちら』を向いた。

大きく目を見開き、我に返った顔をしている。


ジュプトル「なでるの、おれにも やって」


そう言うと、ダゲキは意外にも、露骨に渋る顔を見せた。

喜んでやってくれると思っていただけに、今度はジュプトルの方が面喰らってしまった。


ダゲキ「え……いいの?」

ジュプトル「え、なんで?」


なぜか、やけにうんざりした声で、めんどくさそうに言う。


ダゲキ「ほんとうに わすれたの?」

ジュプトル「なにを?」


小さな頭がめまぐるしく回転したのに、なにひとつ答えは出ない。

困り果てて喉を鳴らしたとき、ダゲキが小さく溜め息をついた。


ダゲキ「こんどは、ひっかかない?」

ジュプトル「……だ、だれが?」


ダゲキは黙ってジュプトルの顔を指差した。


ジュプトル「おれ? だれを?」


今度は、ダゲキ自身の顔を指差す。


ダゲキ「きて すぐの、とき」

ジュプトル「おぼえてない、そんなの」

ダゲキ「ずるい」


心から恨めしそうな声で、ダゲキはそう呟いた。
48 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/03/21(月) 11:55:32.39 ID:d1B0J0ZHo

彼は深い溜め息をつき、こめかみのあたりをこすっている。

呆れられているらしいことだけは、いやというほどわかった。

ジュプトルにしてみれば、溜め息をつかれても困るのだが。


ダゲキ「……ずるいなあ」


そう愚痴を漏らしながらも、ジュプトルの頭を撫で始めてくれた。


頭から背中にかけて、あまり経験のない圧迫感が覆い被さる。

重くて暖かい。

ジュプトルは、ダゲキの膝と手で挟まれている格好になった。


ジュプトル「だ、だって、おぼえてない」

ダゲキ「じゃあ、いいや」


撫でる動作は少し乱暴だ。

だが、むしろその雑な感触に安心感さえ覚える。


ジュプトル「……うん」


ジュプトルはごろごろと喉を鳴らして、されるに任せた。

黙って撫でられていると、不思議と眠気が戻ってくるような気がする。


目を細めて、ジュプトルは小刻みに唸る。

過去の自分は、なぜこんなによいものを拒絶したのだろうか。

相手を引っ掻いてまで。


結局、いくら考えても、思い出すことはできなかった。


どちらかといえば。

どれほど望んでも、最後まで人間から得られなかったものなのに。

49 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/03/21(月) 12:01:56.84 ID:d1B0J0ZHo
今日はここまでです
いつもコメントありがとうございます
ジュプトルも撫でられたかった系女子だったんだな(すっとぼけ

これを書き始めてから、XYが発売されORASが発売され
今度はまた新作が発売されちゃうけど間に合わないなこれ

>>23
よ、4年に一度ほど酷くないから…

>>29-32
前スレは434レスで落ちて、そこから続いています
今度は落とさないように気をつけたいです
1回の投稿の量は減るかわり、回数を増やすか

ではまた
50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/21(月) 13:03:13.37 ID:9ljwOEsl0

ジュプトルマジ乙女
51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/21(月) 17:27:45.08 ID:DlPOlHxlo
乙です
52 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/21(月) 19:01:14.97 ID:3U8+F8Tho
きゅんきゅん…する……
53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/03/22(火) 06:50:46.95 ID:EbRQLGpjO
おつやでー
54 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2016/04/15(金) 00:52:19.55 ID:3PO6MNjlo
保守
55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/16(土) 14:53:35.88 ID:GWPN/75BO
>>54
まってるーーーー
56 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/16(土) 16:19:20.98 ID:LHp6Bwh8o
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