ミュウツー『……これは、逆襲だ』 第三幕

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270 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2017/12/15(金) 00:47:44.65 ID:cuM9FlSYO

アクロマ「ですが」

アクロマ「……ですが思い返してみれば、あなたの言動はそうと言わんばかりだ」

ゲーチス「……」

アクロマ「実験で採用する種類の選定も、あなたの希望……いや、あれは命令も同然だった」

アクロマ「それがそのまま採用された」

アクロマ「当然です」

アクロマ「あなたが言えば、誰も反対はしないでしょう」

ゲーチス「そうかもしれません」

アクロマ「……なぜ、彼らを候補に挙げたのですか」


アクロマがわずかに声を荒らげた。


アクロマ「なぜ、あの三匹なのですか」


きっと彼は恐れているのだ。

自分のあずかり知らぬところで、自分に計り知れない理屈が動いている。

科学者としては好奇心が勝つか、恐怖が勝つかの瀬戸際なのだろうか。


アクロマ「なぜ……」

ゲーチス「簡単な話です」

ゲーチス「もっとも効果的な顔ぶれなのですよ」

ゲーチス「奴の心をへし折るのにね」
271 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2017/12/15(金) 00:53:25.13 ID:cuM9FlSYO
今回は以上だす

DSJが思いの外進まなくてまだUSUM開けてないんですよね
ジードももうすぐ最終回だし…あっという間に年末になっちゃうし

ではまたらいげ…らいね…来年っすかね…
おやすみなさい
272 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/15(金) 01:04:48.25 ID:tZD3uVcD0
乙!! 生きてて良かった、良いお年を
273 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/15(金) 18:26:28.66 ID:WSerl3NU0
乙です
274 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/12/16(土) 06:04:57.59 ID:mURvZeCJ0
おつ
275 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/16(土) 13:15:10.67 ID:i3MTF00l0
おお、不穏不穏

そろそろ鬼も笑わない時期ですなー
乙です
276 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/12(金) 00:02:37.21 ID:e8DkKaFdo
277 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2018/01/28(日) 17:20:36.35 ID:MxCc5nTxO
(明けましておめでとうございました)
278 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/29(月) 11:59:52.09 ID:jE9JrBat0
(ことよろ)
279 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2018/02/06(火) 23:58:22.16 ID:lFQ6Uf7qO

ふわっ、と周囲の風が渦巻いて、頭から生えた葉がばたばたと揺れた。

ジュプトルはそっと目を開ける。

博物館を発ってずっと目を閉じていたからか、視界は黒くゆるんでいる。

すぐにじわっと焦点が合っていく。

それでも世界はまだ薄暗い。


いつのまにか、ずいぶん低いところまで降りてきたようだ。

真っ黒に茂る葉は頭上にあり、その隙間から星と月が見えている。

白っぽく沈む木々の幹が目と同じ高さにあった。

いくらか見慣れた景色に、ジュプトルは胸を撫で下ろした。


ジュプトル(やっと かえって きたんだ)

ジュプトル(……やっぱり、たかいとこ こわいなあ)

ジュプトル(みんな なんで、へいき なんだろう)


あの高度からの景色は、思い出すだけでも少し足が竦む。

なぜか往路よりかなり高いところを飛んできたのだ。

いつも跳び回っているはずの木々が、一枚の黒い絨毯のように見えた。

飛び移る枝も岩場もない。

空を飛べる友人の背中にしがみつかなければ、来ることもできなかった。


そこからの光景を自分の目で見ていたことが今も不思議でならない。

たちの悪い夢から覚めた時の、あのなんともいえない気分に似ている。

肌触りは妙にいいのに、不愉快で恐ろしくて、嫌な汗をかく夢。


間もなく、ミュウツーが無言でゆっくり着地した。

渦巻いた風が空気の球になり、それに包まれて地面に降り立ったような感じだ。


目を細めて下を向くと、地面に触れた友人の足先が見えた。

その足を中心に、丸く草が押しのけられて激しく揺れている。

目に見えない球が草を押し退けているのだ、とジュプトルは理解した。
280 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2018/02/07(水) 00:00:40.66 ID:Esng2uEHO

ふっ、と空気の壁が消えた『感じ』がした。

同時に風が止み、頭の葉も無抵抗に垂れ下がる。

こんな妙な感触を、友人は飛ぶたびに味わっているのかと思うと、心臓が縮む。


見上げると、刺さりそうなほど細い月が黒い空に浮いている。

まだ夜は明けないらしい。


少し遅れて、ヨノワールが近くに降り立った。

といっても足はないので、少し浮いたところで止まっているのだが。

その背中には、岩に生えた苔のようにダゲキがしがみついている。

丸い後頭部がきょろきょろと不安そうに動いているのが見えた。

そして足元を見回し、転げるようにして背中から降りる。

なんとか着地はうまくいったようだが、傍目には落っこちたようにしか見えない。

地面に降りてからも、まだ少しよろよろしている。

彼も自分と同じで高所は不得手ということなのだろう。


そう思うと不思議と安心感が芽生えたので、自分も飛び降りることにした。

少なくとも自分なら、あんな風に無様なことにはならないはずだ。

そう思って、ミュウツーのマントから慣れた動きで跳躍してみせる。


ジュプトル「あっ」


ところがどういうわけか、ジュプトルは顔から着地していた。

思いきり擦った顎が痛い。

あっという間に、みんなの視線が自分に集まった。


ジュプトル「……」

ダゲキ「だいじょうぶ?」


自分でもよくわからない。

ジャンプするときに足がもつれたような気がする。

いつもなら、軽々と降りられるはずの高さなのに。
281 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2018/02/07(水) 00:02:41.64 ID:Esng2uEHO

ヨノワール「だ、だいじょうぶ ですか?」

ジュプトル「うん……、だいじょうぶ だけど」


顎をさすりながら、ジュプトルはふらふらと立ち上がった。

足元がやたらと不安定に思えてならない。


ジュプトル「し、しっぱい しちゃった」

ジュプトル「あし ぶるぶるする」

ダゲキ「ぼくも あるくの たいへん」

ダゲキ「ふらふら するね」

ジュプトル「うん」

ミュウツー『慣れないことをしたから疲れたんだ』


つまらなさそうに言いながら、ミュウツーは友人たちをゆっくり振り返った。

頭に突き刺さるその声は、なんだかそっけない。

ジュプトルはぐいと背筋を伸ばして声の主を見上げた。


ジュプトル「みゅ、ミュウツーは だいじょうぶ なの?」


口にしたあとで、思いがけず恥ずかしいことを言ってしまったような気になる。

背中がちょっとだけ熱い。


ミュウツー『……私も疲れた』

ジュプトル「そ、そう……ごめん」

ミュウツー『いや、いい』

ダゲキ「きょうは ありがとう」

ヨノワール「た、たのしかったです」

ミュウツー『それならいいんだ』


ふたりも少し首をかしげながら応じた。


何も問題は起こっていないのに、なにか張り詰めている。

背筋をそっと引っ掻かれたような、はっきりしない緊張感。

様子を窺うときの卑屈な気持ち。

どれも、ほんの少しだけ居心地を悪くする。
282 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2018/02/07(水) 00:05:43.58 ID:Esng2uEHO

ミュウツーがほっとしたように肩の力を抜いた。


ダゲキ「どうかしたの?」

ミュウツー『いいや、なんでもない』


ミュウツーは首を振って空を仰いだ。


ミュウツー『私は寝る』


つむじかぜが起こり、その身体は真っ直ぐに浮き上がっていく。

誰も口を開かないまま、小さくなっていく黒い影を見送るしかなかった。


少しして、ダゲキが小さく溜め息をつく音がやけに大きく聞こえた。

あたりは静まり返り、急に肩身が狭くなったように感じる。


思わずダゲキやヨノワールと顔を見合わせた。

せっかくの夜は、最後の最後で妙に萎縮して終わってしまった。


ジュプトル「あいつ どうしたのかな」

ダゲキ「……へん だよ」


怒ったような口ぶりでダゲキが零した。

目が慣れてきたらしく、険しい表情を浮かべているのがなんとなく見える。


ジュプトル「もしかして、すごく つかれたのかな」

ジュプトル「おれたちが ついていったから」

ジュプトル「……あと、なにか、いけないこと したかな」

ヨノワール「ちがうと おもいます」

ヨノワール「でも、わからないです」

ヨノワール「わたしたちと、ちがうこと かんがえてると おもいます」

ジュプトル「ちがうこと?」

ジュプトル「なんのこと かんがえてるの?」

ヨノワール「わ、わからないです」

ダゲキ「……なんでだろう」
283 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2018/02/07(水) 00:08:00.96 ID:Esng2uEHO

珍しくダゲキが苛立ちの滲む声を上げた。

彼が会話を遮るような物言いをすることは珍しい。


ダゲキ「……どうして、なにも いってくれないんだろう」

ダゲキ「ミュウツーは なにも いわなかったよ」


彼と目が合った。

暗くてわかりづらいが、眉間に皺を寄せている。

ダゲキが下を向く。


ジュプトル「おれは、おこってるんだと おもってた」

ダゲキ「……おこってない……と おもう」

ダゲキ「ぼくたちより、ずっと たくさん しってるから」

ダゲキ「ぼくの しらないことも、たくさん しってるから」

ダゲキ「だ、だから、たくさん たくさん、かんがえてる」


困惑しているのか、ヨノワールが低く唸った。

赤い目はうっすらと光を放ちながら、うっすらと翳っている。

彼が口にしたことを吟味しているようだ。


そのうち、ヨノワールは目を少し見開いて、ぶうんと呻いた。


ヨノワール「おもいだした」

ヨノワール「わたしたちには わからない はなし、してました」

ヨノワール「たぶん、あのニンゲンのひとと」


ダゲキは、はっとしてヨノワールを見た。


ダゲキ「……『これは、わたしの イシだ』」

ダゲキ「『いまなら まだ まにあうかもしれない からだ』」


なかば譫言のようにダゲキが呟いた。

ジュプトルは鼻を鳴らして首を振る。
284 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2018/02/07(水) 00:16:09.35 ID:Esng2uEHO

ジュプトル「よく わからない」

ジュプトル「なにを きめたんだろ」

ヨノワール「きめた?」

ジュプトル「『きめたことは ソンチョウ してあげろ』」

ジュプトル「……って、ニンゲンが いった」

ダゲキ「ソンチョウ……」

ジュプトル「たぶん、いま ダゲキが いったこと」

ジュプトル「わかんないけど」

ダゲキ「しらない ことば、だけど、ちょっと……わかる」

ヨノワール「……まさか」


ざざっ、と、何者かが枝から枝へ飛び移る音がした。

ジュプトルたちは一斉に空を見上げる。

そういえば、だいぶ明るい。

どうりで眠いはずだ。

互いの顔も表情まで読み取れるようになっていた。

太陽がいつも昇る方角が黄色っぽく光を放っている。


ヨノワール「もう、あさに なっちゃいますね」

ダゲキ「……うん」

ジュプトル「……ねむいけど、いまから ねむれるかなあ」

ダゲキ「ねないと、ぐあい わるくなるよ」

ジュプトル「そうだなあ」

ジュプトル「でも、まだ へいきだよ」

ヨノワール「……」

ダゲキ「……あのさ」


助けを求めるような目でダゲキがジュプトルを見、ヨノワールを見る。


ダゲキ「もし、ミュウツーが もりを でるって、いったら」

ダゲキ「ぼくたちは どうすればいい?」
285 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2018/02/07(水) 00:20:38.55 ID:Esng2uEHO
ギリギリで2月6日を過ぎちった…まあ投稿開始は間に合ったから許して…
今回はここまで

今年も宜しくお願いいたします

ちょっと忙しくて身動きが取れなかったけど、先週やっとウルトラサンを始めたよ
序盤からけっこう変更入ってて新鮮な気持ちでやってるっす

では、おやすみなさい
286 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/07(水) 00:30:49.16 ID:ab6rvwgco
おつおつ
287 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/08(木) 07:42:16.99 ID:7q9HSUR+0
また緊張感があるなあ…

乙おやすー
288 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/02/10(土) 18:41:03.21 ID:RlD/R1yQ0
おつ
289 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/12(月) 01:14:22.97 ID:+S8gatdJo
290 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/03(火) 00:41:21.90 ID:kI9w4PSJo
291 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2018/04/09(月) 00:29:22.15 ID:pdxvH6grO


重い羽毛布団のような暖気に、意識も飛びかける昼下がりのことだった。

昼食はすませたがまだ休憩は残っている、という中途半端な時間帯。

レンジャーの若者は、今にも眠気に負けそうになっていた。

どちらかというと気絶に近いかもしれない。

やや軋む椅子の背もたれに身体を預け、ぼうっとしていた。


すると、こつんこつん、と硬そうな音が聞こえた。

あともう少し意識が遠のいていたら聞き逃してしまいそうな、かすかな音だ。

レンジャーはぎくりと顔を上げ、息を潜めた。

誰かが扉か壁をノックしたことを理解したからだ。


息を呑み、次の音を待つ。

そうしている間にも、頭だけはどんどん覚醒していった。

いったい、こんな時分に誰がヤグルマの森のレンジャー詰所を訪れるというのだ。


こつん、と今度は少し弱々しい音がする。

反応がないから不安になっている、ということなのだろうか。


レンジャー「は、はーい……?」


音がやむ。

まだ動かずに様子を窺う。

緊張のせいか首の皮が痛い。


きゃきゃきゃ、と硬い床板を蹴る音が足元を通じて伝わってきた。

体重の軽い何者かが、忍び足で遠ざかっていく振動に聞こえる。

少し離れたところでごしょごしょと誰かが囁き合う声。


レンジャー(……??)


このまま出てこないと思われてしまうのも不本意だ。

爪先立ちでドアに近寄り、音をさせないようにノブを捻った。

だが努力も虚しく、年季の入った木製のドアはけたたましい鳴き声を発して開いた。
292 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2018/04/09(月) 00:32:38.48 ID:pdxvH6grO

日光が視界を灼く。

風景が少し揺らめいている気すらした。

目が慣れるに従って、足元に小さな影が佇んでいることが認識できた。


レンジャー「わ、お前かぁ……びっくりさせるなよー」


安堵の溜息をつきながらレンジャーはドアの外へと這い出した。

見覚えのあるコマタナが大きな目を見開いて、自分を見上げている。


コマタナ「ゔ!」


小さなコマタナは、両手を振り上げて自身をアピールした。


レンジャー「うんわかったわかった」


手で自分の顔を拭い、深呼吸する。

レンジャーは屈み、コマタナの目の高さに視線を合わせた。

コマタナの顔を両手で包み込んで感触を確かめる。

保育士かなにかにでもなった気分だ。

コマタナはびっくりしたのか目を見開いたが、されるがままで立っている。


レンジャー「元気なのかあ?」

コマタナ「ゔ?」


警戒されていないことに安堵しながら、素早くコマタナを調べる。

相変わらず、後頭部の硬い部分には痛々しい凸凹がある。

これは、時間が経ってもきっとこのままなのだろう。

あわれな濁声に、紙切れ一枚も切れないなまくらの両手。


レンジャー「……栄養のあるもん、ちゃんと食べてるみたいだな、偉いぞ」

コマタナ「お゙、お゙……?」


見るも憐れな箇所はあるものの、ざっと調べた限りでは元気そうだ。

こうして顔を見せる気力があることにもほっとする。
293 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2018/04/09(月) 00:35:38.27 ID:pdxvH6grO

ああ、うう、と少し耳障りな鳴き声を上げ、懸命に話しかけてきている。

当然、何を言っているのかさっぱりわからない。

今日までの『積もる話』を、懸命に教えてくれている気がした。


レンジャー「とりあえず元気みたいだなー、安心したよ」

レンジャー「……あれ、お前だけ?」


するとコマタナは喚きながら両手を振り払い、自分の後方を示した。

なまくらの指先を向け、『あっちを見ろ』と促している。


レンジャー「だよなあ、保護者同伴ってやつか」


立ち上がり、レンジャーは大きく手を振った。

数メートル離れた場所に見慣れたシルエットの持ち主がいる。

コマタナがその影に駆け寄り、彼の腰にしがみついた。


レンジャー「おーい、ダゲ……」


彼は強い日差しに目を細めることもせず、立っている。

いつものように、やはりコマタナはダゲキが連れて来たのだ。

どこか卑屈そうで表情の薄い、いつもの彼が――


レンジャー「おいなんだよ、その顔」


レンジャーはぎょっとして息を呑んだ。

ダゲキが少しだけにやにやしている。

まさかと思って瞬きしても、やはり不思議な表情を浮かべている。

笑いを噛み殺しているとか、いたずらでも目論んでいる顔だ。

もしくは、誕生日のサプライズを隠しきれない子供のような顔。


よく見ると、ダゲキのうしろにもうひとつ小振りな影がある。

もうひとり誰かがいるのだ。


ダゲキの脛のあたりから、緑色の揺れる何か――誰かがちらっと見えた。

それが何を意味するのかを理解して、レンジャーは急に浮き足立った。
294 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2018/04/09(月) 00:37:44.07 ID:pdxvH6grO

ダゲキが身体を少し捻って、うしろの誰かを促している。

『ほら早く出てこい』と言わんばかりの動きだ。

その動作も、どことなく砕けた親しさを感じさせた。

彼がそんなふうに、表情豊かな所作を見せたことに驚く暇もない。


『誰か』が、ダゲキの背後からおそるおそる姿を見せた。

いつかのコマタナの姿が脳裏をかすめる。


レンジャー「うわあっ」


思いがけない客に、レンジャーは思わず声を上げていた。

その声に、コマタナと緑色の影がびくりと痙攣する。


自分の心臓が爆音で波打つのを感じる。

嬉しいと思うよりも前に、レンジャーの足は勝手に動き出した。


駆け寄ってしゃがむ。

背丈はダゲキの半分ほどしかない。

もっと身体は大きくてもいいはずだ、と頭の片隅で『知識』が言う。

最後に見かけたときよりだいぶ改善されているが、いまだにちびで痩せぎすだ。

いまさら食べても、遅れを取り戻すのは大変なのだろうな、と納得する。


観念したのか、ダゲキのうしろから小さな影がそろそろと進み出た。

現れたのは小さな小さなジュプトルだった。
295 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2018/04/09(月) 00:39:12.08 ID:pdxvH6grO





やり方は知っている。

私になら、それがいとも簡単にできることも知っている。

いずれ、やらねばならないことだと理解もしている。

もっと早く、やっておかなくてはならなかったことだとわかっている。

だが、やらなかった。

チャンスはいくらでもあったのに。

だが、できなかった。


どうして、やらなければならないのだろうか。

それが必要なことだからだ。

それがとても大事なことだからだ。

彼らを守るために。

彼らの居場所を奪わないために。

せめて彼らのささやかな幸せを駄目にしないために。
296 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2018/04/09(月) 00:42:12.22 ID:pdxvH6grO







大声を出したせいか、ジュプトルは緊張ぎみにこちらを見上げている。

このジュプトルと初めて顔を合わせたときのことは今も忘れていない。



たしか、今日のようにダゲキに引き摺られてやってきたのだ。

当時のジュプトルは今より更に痩せこけていた。

進化して間もないようだったが、それにしては状態が悪かった。


彼らは栄養状態の善し悪しが皮膚より葉に出るから、そこを診る。

頭や尾の葉は色褪せて艶がなく、絵に描いたような栄養失調だった。


体力はすっかり落ちているはずなのに、声を嗄らして威嚇する姿も印象的だった。

目は敵意にぎらぎら光り、人間への不信感や憎悪を隠そうともしない。

連れてきたダゲキに対しても態度はあまり変わらない。

擦れた声で喚き散らし、爪を振り回していたものだ。



ダゲキが顔に引っ掻き傷を作って姿を見せたこともある。

それもこのジュプトルにつけられた傷だったはずだ。


そのジュプトルが、今日は不思議なくらい穏やかにしている。

コマタナにしたようにそっと顔を掴んでも、今日は引っ掻いてこない。

本当は跳んで逃げ出したいのを我慢しているのかもしれないが。

ダゲキの足に爪を引っ掛け、かろうじて踏み止まっている。


相も変わらぬ貧相な姿は、何度見ても心が痛む。

それでも以前と比べればよほど肉付きもよく、色艶もいい。


レンジャー「……元気にしてたんだなあ」


そう声をかけると、返答に困ったのかダゲキを振り返った。

だがダゲキは何も言わず、黒く淡々とした目で見つめ返すだけだ。
297 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2018/04/09(月) 00:44:10.29 ID:pdxvH6grO

助け船を得られないことがわかると、ジュプトルは諦めてこちらを見上げる。

肩を竦めるしぐさで肯定の意思を示した。

目には不安の色がまだ濃い。


レンジャー「ならいいんだけどさ」

レンジャー「それにしても、いったいどういう風の吹き回しだよ」

レンジャー「今まで、ぜんぜん来てくれなかったのに」

レンジャー「なあダゲキ」


ジュプトルの身体をあちこち調べながらダゲキに問いかける。

ダゲキは短く鳴いただけで、それ以上は何も言わなかった。

今日は黙って見守る兄貴分に徹する、といったところだろうか。


同種の個体を見たことはあるが、まるで遠近感を誤ったように小さく感じる。

この森で初めて姿を見た頃からずっとその印象のままだ。

根本的な体格の貧しさは、人間でいう欠食児童を連想させた。

一応、現時点で病気や怪我があるようには見えない。


レンジャー「何か困ってたりしないか」


改めてジュプトルの顔を見る。

ジュプトルは首を傾げ、慌てたように首を横に振った。


レンジャー「うん? そう、大丈夫なのか」

レンジャー「じゃあ……わざわざ顔を見せに来てくれたってこと?」


ジュプトルが頷く。

ダゲキを盗み見ても、特に否定する気配はなかった。


レンジャー「なんだよ、ほんとにどういう心境の変化だよ、おい」

レンジャー「ほんとにさ、びっくりしたんだから」


笑みを噛み殺しながら、レンジャーは手を掲げようとした。

ジュプトルが反射的に首を竦めて目を閉じる。
298 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2018/04/09(月) 00:46:29.66 ID:pdxvH6grO

レンジャー「あっ、ごめん」

レンジャー「あっそうか、たしか、えっと頭、触られるのイヤだったよな」


おそるおそる首を伸ばし、ジュプトルはレンジャーを見た。

鼻柱を爪で引っ掻きながらかすかに唸っている。

ダゲキは動かない。

彼の横に立つコマタナが心配そうに鳴いた。


ジュプトルがレンジャーに視線を据えたまま俯いた。

これではまるで首を差し出しているようだ。


レンジャー「……それは」

レンジャー「え、本当にいいの?」


今度はレンジャーが困って、後方の保護者を見る。

ダゲキはやはり表情を変えない。

意を決して、レンジャーはジュプトルの頭にそっと手を乗せた。



 
299 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2018/04/09(月) 00:49:03.20 ID:pdxvH6grO





『今日は、とても嬉しい日だった』。


ベッドに潜り込んでいたレンジャーは、この一日をそう思い返した。

神経が昂って、とても眠れそうにない。

えも言われぬ高揚感、浮ついた感じがいつまでも残っている。

気をつけないと、勝手に顔が笑い出してしまいそうだった。


ずっと音沙汰のなかったジュプトルが顔を見せてくれたのだ。

それが一向に眠れない主な理由だった。


あれからほどなくして、彼らは去っていった。

結果からいうと、ジュプトルの頭を撫でることは、ほとんどできなかった。

手が触れた瞬間、やはり跳んで擦り抜けてしまったのだ。

引っ掻かれなかっただけ御の字だとは思う。


跳躍したジュプトルは、そのままダゲキとコマタナの背後に舞い戻った。

ダゲキはそれを見て、かすかに残念そうな顔をしていた。

顔を見せに来たというよりは、それが目的だったのかもしれない。


レンジャー(どういう心境の変化なのかな)


天井を眺めて考える。

少なくとも、こちらが大きく変化したとは思えない。

彼らの方に何かしらの変化が起きた、ということなのだ。


レンジャー(……変化、ねえ……)


少しずつ記憶を辿り、遡る。

なにか、小さいかもしれないが決定的な変化があったはずなのだ。


レンジャー(最近、ダゲキが来ること自体、妙に増えてたけど)

レンジャー(関係あるのかな)
300 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2018/04/09(月) 00:50:43.72 ID:pdxvH6grO

前回までの来訪を思い出す。

日誌にはもちろん書かないし書けないが、特筆すべき変化はあった。


レンジャー(今日はあいつがいなかったな)

レンジャー(……ああ、そうか、あいつか)


木の間からほんの少しだけ見えていた、あの姿を思い浮かべる。

鋭い木洩れ陽を受けて、白っぽい身体のごく一部がキラキラと光っていた。

全体像がしっかり見えたことはないし、無理に見てやろうという気もない。

『あいつ』自身が、あれでも身を隠そうとしていたからだ。

何かを羽織っていたような気がした。

コートや上着にしては生地の薄そうな、薄汚れた布地だったか。


レンジャー(ということは、やっぱり人間に捨てられたりしたんだろうな)

レンジャー(ああやって『上手くやれてる』ってことは)

レンジャー(気性が荒いとか、乱暴ってわけでもないんだろうけど)

レンジャー(ダゲキもあの白い奴のことは気に入ってるみたいだし)


脳裏に浮かぶ見知らぬポケモンは、頭からすっぽりローブを被っている。

その隙間から、こちらをじっと値踏みしている。


“この人間はどうだ”?

“信用するに足る人間なのか”?

“今度は”?


そんな想像をする。

期待には応えることができているのだろうか。


レンジャー(……)

レンジャー(でも、やっぱり見たことないポケモンだった)


自分とて全てのポケモンを知っているわけではない。

机に齧りついていたのも、かなり昔のことだ。

記憶も今は遠い。

とはいえ、一通りの種類は座学や研修で見てきたはずだ。

他の地方のものも、そう一般的でないものも含めて。

それでも、似通った特徴を持つ種類すら思い浮かばなかった、と思う。
301 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2018/04/09(月) 00:53:49.76 ID:pdxvH6grO

不思議なほど馴染みのない姿だ。


レンジャー(ううーん……)


何か、妙に引っかかる。

“あいつ” のことは、なにも知らないはずだ。

けれど、どこかで見たような気もする。

まったくそのものを、ではない。

見たか、聞いたか、思い描いたか。

図鑑の中ではないし、座学の教科書の中でもない。

映像記録のたぐいでもない。

その記憶に、学術的な匂いは付随しない。

勉強で触れたわけではない、ということか。


勉強でないとすれば、もっと荒唐無稽な子供向けの本だったかもしれない。

都市伝説や、伝承や、古い昔話を読んだ時のような。


子供の頃は、そういう本を積極的に読み漁ったものだ。

世界の誕生やそれに関わった存在だとか。

それぞれの地方の伝わる伝承だとか。

どこかにいるかもしれない、謎に包まれた存在について。


もっとも、ああやって対峙した以上、伝説ではなく実在しているはずだが。

もし図鑑に載っていなかったら、そんな記憶でも手掛かりにせざるを得ないだろう。

伝説の元ネタになった種くらいは存在しているかもしれない。
302 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2018/04/09(月) 00:54:50.50 ID:pdxvH6grO

レンジャー(あそこの図書館なら、何かしらあるかなー)


少なくとも、近縁種を絞り込んでおくことは無意味ではないはずだ。

もちろんこちらから過度に干渉する気はない。

……ないのだが。

援助を求められたとき、適切に対処するために必要になる気がした。

いつか、もしも、万が一にも求められたら、の話だ。

怪我や病気ひとつとっても、特性がおおいに関係するかもしれない。

そのときになってから調べたのでは遅い場合もある。

どこに報告するわけでもないし、むしろ報告はしない方がいいはずだ。

これまで通り、日誌には彼の存在すら触れず適当に書けばいい。


レンジャー(よし、今度の休みに調べよう)


ベッドの中で身体を伸ばす。

次になにをすればいいかはっきりすると、気分がいい。

展望が開けたような気になれる。


打算的だが、彼らが信頼してくれれば幸いだ。

あの大きなポケモンもいつかは心を開いてくれるかもしれない。

いつの日か、人間のことを許してくれるかもしれない。


こちらが誠実に接していれば。

彼らのことを第一に考えて行動すれば。

彼らの役に立てば。





 
303 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2018/04/09(月) 00:57:04.78 ID:pdxvH6grO
今日はここまで。

保守ありがとうございます
さっきちょっとSS速報VIPが不安定になってたのでビクビクしました

USはやっと4つ目の島に到着したところです
304 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2018/04/09(月) 01:15:25.04 ID:pdxvH6grO
あっ忘れてた

それではまた
305 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/09(月) 01:17:35.13 ID:JiKjS/h70
乙乙
306 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/04/09(月) 18:17:24.69 ID:+dUNnKnK0
おつ
307 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/09(月) 21:47:16.12 ID:gpS6ql6To
待ってた
おつおつ
308 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/04/10(火) 13:31:13.77 ID:X0mY1yuv0
いい雰囲気なのに毎度ドキドキするぜ
309 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/05/08(火) 01:09:00.37 ID:763E0+6uo
310 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/03(日) 04:23:52.97 ID:cmSrtH9co
311 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2018/06/03(日) 21:13:04.30 ID:H8QMEiW7O
312 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2018/06/09(土) 23:27:42.80 ID:lH8SKUuEO

強い日差しが容赦なく注ぐ。

刺すような暑さは相変わらずで、風が吹いたくらいでは涼しくならなかった。

そんな街角をゴロゴロと重い音が進む。

シッポウシティの片隅に、痩身の男が旅行用キャリーを引く姿があった。


鼻歌を歌える程度には機嫌もいい。

だが汗は、まるで人体が発する警報のように流れつづける。

暑さには強いと自負する男だが、さすがに目は日陰を探していた。


男は被っていた白い帽子を脱ぎ、顔を扇ぐ。

その眩しさに通行人が目を細め、足早に過ぎていった。

当の本人は、周囲のそんな反応を気に留めてすらいない。

ただ景色を眺めては特徴的な街並みに感心しているだけだった。


禿頭の男(気温だけ見ればそう変わらん気もするが、カントーほど辛くないな)


ちらっ、と何かが視界の隅を駆け抜けた。

今のは何だっただろう、と男は何気なく思い返す。

何度目だろうか、どこか時代錯誤な衣装の人影だったように思う。

なにかイベントでもやっているのだろうか、とさほど気に留めなかった。


男は再び帽子を被り、ふう、と深く溜め息をつく。


禿頭の男(やはり、奴が来なかったのは少々残念だなあ)

禿頭の男(いい気分転換になると思ったんだが)


今度は丸いサングラスをずらして目を細める。

木々の遥か向こうに、今しがた渡ってきたばかりの長い長い橋があるはずだ。

それがこの地方に足を踏み入れて二つ目の橋だった。

一つ目は、下船した街にかかる赤く長い跳ね橋だった。

その跳ね橋を見るのも、この旅における目的のひとつだったのだ。


禿頭の男(あの橋、言うほどリザードンには似ていなかったな)

禿頭の男(赤いという意味では十分に赤かったが)

禿頭の男(……さて)
313 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2018/06/09(土) 23:31:07.63 ID:lH8SKUuEO

男は立ち止まり、あたりを見回す。

美しい煉瓦造りで統一された古めかしい建造物が並んでいる。


一見したところでは、年季が入っただけの倉庫街にしか見えない。

もっとも、古さのわりにどれも整備は行き届いている。


その中のひとつに目を向ける。

出入口横には、木枠をつけた黒板が立てかけられている。

その黒板に、店名らしき文字が洒落た書体で書かれていた。

しばらく眺める。

若い女性ばかりが頻繁に出入りしている。

とても倉庫として機能しているようには見えない。

意を決して覗き込むとなんのことはない、外側は倉庫のままだが中は古着屋なのだった。


また別の『倉庫』に目を向ける。

そちらはすぐ横に広々としたウッドデッキが設置されている。

店員の格好から、どうやら喫茶店のたぐいらしい、と男は唸った。


同じように、倉庫を画廊や住宅として使っているものもあるようだ。

無骨だが洒落っ気が漂っている。

それがこの街独自の様式と化して、不思議と均衡を保っていた。


男は荷物を引きずりながら、悠々と観光を楽しんでいる。

そのうち、男は気づいた。


禿頭の男(ここからも森が見えるな)


よく考えてみれば街のほとんどの場所から鬱蒼とした木々が見えている。

広い街を、より広い森が大きく囲んでいるのだから当然かもしれない。

それを差し引いても、妙に森の存在が気にかかるのだった。


禿頭の男(かすめる程度にしか見ていないが、やはりずいぶん広いようだ)

禿頭の男(あれほど規模の大きな森なら……まあ、人間に見つからんよう棲むことも難しくはないかもしれん)

禿頭の男(本当にあの森に……なんて、まさかな)
314 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2018/06/09(土) 23:43:50.33 ID:lH8SKUuEO

男は想像する。

森の奥深く、人間の目の届かない場所がきっとあるはずだ。

友人が『我が子』と呼んだ存在が、そこで静かに潜み暮らしているのだろうか。

自分が知っているのは、巨大なシリンダー状の装置越しに見た姿だけだ。

身体を丸め、目を閉じ、たくさんのケーブルを繋がれている。

今ではどんなふうに成長しているだろうか。


日々の食糧を手に入れることはできているだろうか。

『父親』に言わせると、そういう知恵はなにも持たなかったはずだ。

だが不思議と、飢え苦しんでいる気はしない。


寂しい思いをしてはいないだろうか。

賢い子だから、誤解さえ受けなければきっと大丈夫だ。

広い世界のどこかに、あの子を受け止めてくれる場所がきっとある。


所詮は希望的観測だ、と男はかぶりを振って足元を見た。

地面には使われなくなって久しい線路が埋もれている。

かつての活躍は想像に難くないが、すっかり街を彩る装飾の一部と化していた。

線路の末端も雑草に覆われてよく見えない。


禿頭の男(奴にはああ言ったが、別に確証があったわけではないからな)

禿頭の男(観光がてら、それらしい話が拾えれば奇跡だ、が、まずは……)


男は立ち止まり、がちゃんと音をさせてカートを止めた。

腰に手を当て、目の前に聳える大きな建物を見上げる。


禿頭の男(……さて、ジムある街に来たならば)

禿頭の男(ここはやはり、ジムリーダーらしいやりかたで挨拶をしておかねばな)

禿頭の男(改めて考えれば、まったく難儀なものだなあ、トレーナーという人種は)


男はサングラスの奥で目を細めた。

白く輝く博物館は、沈んだ色合いの街にひときわ目立つ。

そのさらに目立つ正面に、ジムであることを示すエンブレムが堂々と佇んでいるのだった。
315 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2018/06/09(土) 23:48:16.82 ID:lH8SKUuEO






手元のノートにペンを走らせる。

ぼんやりと苛立ちながら線を引く。

何度も線を重ね、色を濃くしていく。


静かな室内ではその音も少し耳障りだ。

他の利用者は、もっと意味のある音をさせている。

たとえば文字を書くとか、ページを捲るとか。


レンジャーは不意に顔を上げた。

誰かの視線を感じたように思ったのだ。

周囲を見回しても、それらしい顔見知りもいないようだ。


レンジャーの肩書きこそあるものの、たかが下っ端に大した力はない。

一般人も同然だ。

今はユニフォームですらなく、地味な私服に身を包んでいる。

誰かにことさら視線を向けられる理由は思い浮かばなかった。

気にしすぎだろう、と自分を納得させる他ない。


そうするうち、白いノートには、特徴的なシルエットが描き出された。


レンジャー(こんな感じだったかなあ)

レンジャー(いや、もうちょっと、こう……ローブみたいに被ってたかな)

レンジャー(木の間からはよく見えなかったけど)

レンジャー(屋根の上にいたときは、少しだけ見えたよね)


ペンを投げ出し、改めて自分の描いた絵を見る。
316 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2018/06/09(土) 23:53:11.97 ID:lH8SKUuEO

身長からの割合でいえば小さめの頭部。

その下に直立した胴体が恐らく続いている。

足がどのあたりから生えているかわからないが、二足歩行に違いない。

あんなふうに背筋を伸ばして歩行する種類はあまり多くない。

ちらっと見えただけだが、体長と同じくらいの長い尾があったように思う。

外套のように大きな布を身につけているようだ。

頭からすっぽりと被り、顔つきはわからない。

姿を人間に見られたくないのだろう。

角か耳か、頭部の左右にかすかな盛り上がりがあったような気がする。


レンジャー(よし、あんまり似てないけどそれっぽく描けたかな)

レンジャー(……はあ)


溜め息とともにノートを押し退ける。

『恐らく』、『違いない』、『思う』、『だろう』、『気がする』。

要は“なにもわからない”。

迂遠さを垣間見て、うんざりしたのだ。

何も知らないことを改めて突きつけられるのは面白くない。

もとより、手元に大した情報はないのだが。


本を抱えた誰かが、机の横を通り過ぎていった。

自分の落書きを無意識に手で隠す。

見られて困る理由は特になかったが、なんとなく憚られた。


レンジャー(ここまでわからないとは思わなかった)

レンジャー(困ったな)


彼らが助けを欲したとき、自分は何かしてやれると思っていた。

少しは何かしてやれていると思っていた。

実際にはこのざまだ。

何かしてやるための手掛かりさえ掴めない。
317 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2018/06/09(土) 23:54:53.68 ID:lH8SKUuEO

机の上には、既に目を通し終えた図鑑が山と積まれている。

イッシュ地方は“いの一番”に調べたが、当然のように空振りだ。

有り体に言えば、ここに積まれた本のどれもが外れだった。

どの地方の図鑑にも載っていない。

似通った部分のある種類さえいない。


そうして考えていくほどに、また別の疑問が明確になっていく。

あのポケモンは、つまるところいったい何者なのだろう。

まず、もちろん人間ではない。

ではどこから来た、どういう素性のポケモンなのだろうか。

これまで深く考えることは敢えて避けてきた疑問だった。

自分と彼らの関係において、そこに踏み込むのは無用な詮索でしかないからだ。

だが今は、それこそが鍵になるような気がしていた。


少なくとも人間には未知のポケモン、ということにはなる。

ならば、なぜ人間の物を持っている。

なぜ汚れた布を頭から被り、姿を包み隠そうとする。

人間を嫌い、憎み、遠巻きに友人たちを見守るのか。

その姿勢こそ、過去に人間の介在があったことを意味するのではないのか。


……ならばなぜ?


読み終えた本の、その隣の山に目を移す。

まだほとんど手をつけていない、毛色の違う本ばかりが残されていた。

信憑性の極めて低い都市伝説や伝承、噂ばかりが載った本だ。

図鑑といえば間違いではないが、情報としての意味はあまりない。

子供向けの本もある。
318 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2018/06/09(土) 23:56:38.34 ID:lH8SKUuEO

正直なところ、息抜きとしては優秀だった。

たとえば、さきほど目を通した本には、遺伝子改造の末、生み出されたポケモンの与太話が載っていた。


そのポケモンは極めて強いかわり、とてつもなく凶暴だとか。

ゆえに自身を生み出した研究者たちを皆殺しにして逃げたとか、なんとか。

まるで醜悪な化け物かのように挿絵が描かれている。

不気味でおどろおどろしい挿絵。

オカルト雑誌のような外連味に溢れた文章。

これでは都市伝説どころか安物のホラー映画だ。

子供を対象にした本とはいえ、いくらなんでも荒唐無稽にすぎる。


レンジャー(って言っても、もうこんなのしかないんだよな)

レンジャー(こんなのに載ってたら、それこそ幻のポケモンだし)

レンジャー(さっきのホラーっぽいのも、ちょっとあり得ないからなあ)


しかし、もう他に調べるものもない。

いい加減、頭も焦げついてきたところだ。

休憩のつもりで、山の一番上にある本へと手を伸ばす。


その瞬間。


すっかり脱力していたレンジャーの肩を、誰かが力いっぱい掴んだ。
319 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2018/06/10(日) 00:06:48.38 ID:Gswb9wreO
今日はここまで

感想・保守ありがとうございます
USはやっとネクロズマと1回戦闘して帰還したところで、
ゲーチスが出てくるらしいんだけどまだリーグすら辿り着けてないのである

ではおやすみなさい
320 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/10(日) 00:44:27.23 ID:epfoB6RR0

だんだんと各陣営の動きが見え始めたのか?
321 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/10(日) 01:45:34.68 ID:X5D9Hslwo
乙乙
わくわくしてきた
USゲーチス出るんか、リーグでやめてた
322 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/06/10(日) 12:24:53.34 ID:vsY5uC43O
更新乙です
役者が揃ってきたな
323 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2018/07/12(木) 21:36:28.50 ID:7E2zPDnRO
保守
324 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/08/01(水) 00:33:16.82 ID:sljz0+Kro
来年の映画はミュウツーだな
保守
325 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2018/08/01(水) 22:19:38.20 ID:iteeJLV7O
保守ありがとございます
またミュウツーで映画やるのか…
326 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2018/08/22(水) 00:49:40.37 ID:1i+T9FplO
327 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage ]:2018/08/24(金) 18:23:57.48 ID:Uz+I2XWm0
保守
328 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage ]:2018/09/02(日) 05:11:26.30 ID:WYuJ8SBD0
あれ?書き込みは出来るけど専ブラからこのスレ消えてるお?
ちなスマホのBB2C
どこかに移転したのか?
329 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/15(月) 09:48:03.47 ID:2Nsz2ui1o
復活したか
330 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2018/10/15(月) 21:19:39.73 ID:YHvciYdxO
>>329
復活だやったー!
ゴブスレ見ながら書いてるぜヒャッハー!!
331 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/10/17(水) 22:53:06.11 ID:BfDJqL3do
復活して良かった……
332 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/27(火) 10:54:25.64 ID:AQQj2Ckg0
ほっしゅる
333 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2018/12/17(月) 21:13:55.76 ID:9Ij23kJZo
保守
334 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage ]:2019/01/18(金) 19:15:17.87 ID:sDkDgmtsO
保守
335 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/22(火) 01:35:10.08 ID:kXHxljrhO
完結するまでずっと待ってる
336 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2019/01/27(日) 07:38:45.42 ID:k3XqMKHg0
保守…私生活含め色々滞っております…
337 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/27(日) 14:04:39.69 ID:xc0/IQka0
余裕のあるときでええんやで
気長に待っとる
338 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/24(日) 00:45:29.69 ID:7zShFztv0
保守
339 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2019/03/20(水) 00:52:05.63 ID:pcdh9weg0
保守
340 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/01(水) 01:33:25.89 ID:l7yKtqHoo
341 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2019/05/09(木) 10:02:22.55 ID:Z/NrV6QPO
hoshu
342 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/07(金) 21:36:08.19 ID:mXAGn1BS0
保守
343 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage ]:2019/07/03(水) 01:58:19.16 ID:KX06cS8LO
保守
344 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2019/07/29(月) 21:09:29.37 ID:RlLGkKQOO
保守
345 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage ]:2019/08/26(月) 19:11:19.02 ID:BvaOEQIn0
保守
346 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/09/17(火) 21:56:41.24 ID:nkF1S3nQo
保守
347 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2019/09/29(日) 23:24:48.33 ID:pMyju1DIO
hoshu
348 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2019/12/17(火) 17:55:44.36 ID:g/iHm7M1O
hoshu
349 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/18(水) 00:18:35.34 ID:mczKMWpto
待ってるぞ
350 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/12/19(木) 10:21:18.44 ID:aQeWhtx+0
351 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/29(水) 23:35:26.41 ID:z3B0neLKo
352 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/02/21(金) 13:49:30.47 ID:LGfpG6R8O
しゅ
353 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/03/06(金) 01:33:16.28 ID:+4Xs685FO
hoshu
354 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/04/20(月) 20:45:54.86 ID:stiHiszVo
355 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/05/08(金) 00:04:25.26 ID:K9Plvakg0
保守
356 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/07/08(水) 23:33:15.16 ID:/1HlWhNTo
ほしゅ
357 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/07/17(金) 18:13:16.74 ID:LKcBCdkc0
チュリネが辛い思いしない、せずに済むことをひたすら祈り続ける
叶いそうにないけど
358 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/30(日) 01:40:43.08 ID:+jF6WUTKo
ほし
359 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/09/11(金) 22:36:45.75 ID:hkVQQJx+0
保守
360 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/10/27(火) 19:34:46.55 ID:rYRDQExXo
ほしゅ
361 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/12/11(金) 17:53:06.31 ID:jgT7ZlOdO
ほしゅ。みなさん、お身体にお気をつけくださいね
362 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/01/21(木) 10:53:14.49 ID:8pVUUksNO
ほしゅ
363 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/02/16(火) 16:00:20.92 ID:mDuVj6MPo
保守
364 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/04/30(金) 00:07:12.80 ID:SX0GdWbq0
保守
365 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2021/08/17(火) 13:02:48.45 ID:DGUvRi3j0
保守
366 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2021/09/11(土) 18:45:42.25 ID:HDiDt1Tvo
保守
367 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2022/04/08(金) 19:28:37.90 ID:wqChY9Cq0
ho
368 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2023/02/02(木) 21:22:08.62 ID:0drDqm2Mo
保守
369 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2023/03/14(火) 23:07:44.76 ID:FwgsQAaB0
はい
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