ミュウツー『……これは、逆襲だ』 第三幕

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58 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/04/17(日) 00:28:50.40 ID:WHcPEpPlo
それでは投稿しますやで
今日はちょっと不愉快な描写があります
59 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/04/17(日) 00:31:00.94 ID:WHcPEpPlo


あたたかいというのは、とてもいいことだ。

ジュプトルはしみじみと思う。

自分を包む空気はむしろ暑いが、それとはまた別だ。

不快ではないし、辛くないし、なにより、気分がいい。


ぼうっとして、余計な考えがぼろぼろと落ちていく。

自分の望むものがなんなのか、はっきりしていくのは少し悔しい。


ジュプトル「……いいなあ、これ」

ダゲキ「ぼくも、いいな、と おもった」

ジュプトル「なでるのが?」

ダゲキ「なでるの、されるのが」

ジュプトル「だろー?」

ジュプトル「さっき、ミュウツーも なでてたな」

ダゲキ「あれは、あんまり よくないよ」

ダゲキ「ちょっと いたい」


痛いと言うわりに、それほど嫌そうではない。

そんなややこしい物言いをする彼は、やはり珍しかった。


手は、ジュプトルの頭に置かれたままだ。

心地良い圧力を存分に味わい、ジュプトルはゆっくりと息を吐いた。


こんなに穏やかで満たされた時間は、初めてかもしれない。

全身がすみずみまで、にぶくぼんやり痺れている。

それでも、その痺れに嫌な感触はない。


ジュプトル「……やっぱり まえと ちがうよ」

ダゲキ「なにが?」

ジュプトル「おまえ、こんな やさしく なかった」


少し驚いたような顔をして、ダゲキは苦笑いした。

60 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/04/17(日) 00:33:17.77 ID:WHcPEpPlo

ダゲキ「ちがうのは、きみも だよ」

ダゲキ「けんか しないし」

ダゲキ「まえ みたいに、……なんていうのかな」

ジュプトル「?」

ダゲキ「えーと」

ダゲキ「あ、ぎ、『ぎすぎす』? してない」

ジュプトル「それ、しってる」


聞き覚えのある言葉だった。

人間たちが、とげとげしく緊迫しているときをそう言うはずだ。


ジュプトルが以前いた大きな街の、市場がまさにそうだった。

野良と化したポケモンが商品を掠め取って行ったからだ。

それがあまりに頻発したために、当時は市場全体の雰囲気が悪くなっていた。


もっとも、商品を盗んでいたのはジュプトルたちだったが。

自分がその『ぎすぎす』した状態だと言われると、妙に心外だった。


ジュプトル「おれ……『ぎすぎす』してたんだ」

ダゲキ「うん」

ダゲキ「でも、いまは ちがうね」

ジュプトル「……だって、『かわいそう』は、やめたから」

ダゲキ「え?」

ジュプトル「おれ、いま ぜんぜん、『かわいそう』じゃないし」


言いたいことを言えている自信は、正直なところあまりない。

だが、自分でも不思議と、自分の言葉に確信を持つことができた。


ダゲキは、いたく感心したように目を瞠った。


ジュプトル「だから、もう へいきなんだよ」

ジュプトル「おれは、おこらないで いいんだー」

ダゲキ「……そっか……」

ダゲキ「ジュプトルは、えらいなあ」

61 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/04/17(日) 00:36:47.54 ID:WHcPEpPlo

ダゲキはそう呟いたきり、口を閉ざしてしまった。

何と返せばいいのか、ジュプトルも思いつかず黙っている。


ジュプトル(……まあ、いいや)


自分たちの呼吸音がかすかに聞こえる。

それから、やはりどこかから、同じようにかすかな足音が聞こえていた。


夜が開ける前の、森がいちばん静かな時間だ。

ずっとずっと遠くの空が、嫌味たらしく少しだけ白んでいる。

さっさと朝になれ、とジュプトルはじれったく思った。


ぼんやり見上げていると、小さな影が宙を横切った気がした。

自分の頭の葉のように細く長い何かが、視界の隅をかすめただけだ。

眠気に比べればとるに足らない。

だが、気になる。


影は、自分たちを見ていた。


ダゲキ「……ミュウツーが きたのは、 いいこと、と おもう?」


ジュプトルの意識がそれた。

疑う余地もなく、彼はジュプトルに尋ねている。


ジュプトル「……うん」

ジュプトル「あいつが きたら……たくさん かわったよ」

ダゲキ「いいこと だよね」

ジュプトル「いいこと だよ」


聞かれている言葉の意味の、その裏側に潜む意味を考えた。

直接は言いたくない本心があるはずなのだ。

まるでミュウツーがするような、ややこしい尋ね方をするからには。

それは一体なんなのだろう。

62 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/04/17(日) 00:38:52.20 ID:WHcPEpPlo

ジュプトル「おれも、『じ』、かける ように、なるかも」

ダゲキ「……『ほん』、じ、じぶんで よめるように、なるかな」

ジュプトル「おまえ、『てがみ』 かくんだろ」

ダゲキ「うん」

ジュプトル「おれも やろうかな」


できること、わかることが少しずつ増えていくのだ。

素晴らしいことに違いない。

とても素晴らしいことで、そこに疑問の余地はない。

できないより、できる方がいいに決まっている。


ダゲキ「すごいなあ」

ジュプトル「ニンゲン みたいだな」

ダゲキ「ほんとう だ」


疑問の余地がないはずのことを、彼はなぜ尋ねてくる。

きっと、彼が聞きたい返答は最初からひとつしかない。

もう付き合いが長いのだから、そんなことはわかる。


ジュプトル「……なあ」


腹の奥底でまどろむ、もうひとりの自分が不安を告げている。

一度は押し退けられた本能が、もう一度だけ警鐘を鳴らしている。


ダゲキ「なに?」


これはきっと、耳を傾けるべき声なのだろう。

自分でも、それはわかっている。


ジュプトル「あのさあ……」

????「あっ、にーちゃんたち!」

ジュプトル「!?」

63 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/04/17(日) 00:40:59.94 ID:WHcPEpPlo

ジュプトルは“びくり”と首を跳ね上げて、声のした方に曲げた。

思いがけず近くから、それも突如として聞こえてきたように感じた。


????「ね、いたでしょ!」

????「ほらー、こっち!」


きっと、しばらく前から音はずっと聞こえていたのだ。

別のことにすっかり気を取られていただけで。


ダゲキ「どうしたの?」


自分の頭上を、やや甲高いダゲキの声が通り抜けていく。

頭の葉を逆に撫で上げられたような、ぞわぞわする感触が残った。


彼の視線の先には、大きな目をぱちぱちと瞬かせるイーブイが佇んでいた。

長い耳をせわしなく動かし、ふさふさした尾を振っている。


イーブイ「もう! どこ いたんだ!」

イーブイ「にーちゃん たち、いっぱい、さがしたの!」


そう喚きながら、あまり長くない前脚で地団駄を踏んでいる。

体重が軽いから大した音はしない。

腹を立てたときによく見せるしぐさだ。

だが、ジュプトルはそのかすかな音がやけに気に障った。


短い体毛が、もうはっきり茶色に見えている。

うっすらと青みがかっているが、もう茶色は茶色だ。

いつの間にか、周囲は意外なほど明るくなっていた。


ダゲキ「……? コマタナは?」

イーブイ「つかれて ねた」

ジュプトル「おれも ねたかったよお」


ジュプトルは息を吐いて、空を見上げた。

気に入らない。

64 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/04/17(日) 00:43:21.17 ID:WHcPEpPlo

ジュプトル(……さっきの、もう いないな)


さきほど視界をかすめた小さな『何か』は、とっくに姿を消している。

何か大事なものを見過ごしてしまったような気がした。

もっとも、あの『何か』に、とりたてて不審なところがあったわけではない。

ただ気になっただけだ。


ダゲキ「それで、なに?」

イーブイ「みつけたの!」

ジュプトル「……なにを?」

イーブイ「あたらしい の、こ」


ああ、とがっかりしたような声が、上の方から聞こえた。

ジュプトルには、それが深い深い溜め息にしか思えない。


イーブイ「もう! ぼくも ちゃんと、たすける、できたのにー」

イーブイ「がんばったの!」

ダゲキ「あ、ああ……うん」

ダゲキ「そうだね、ちゃんと できたんだね」


イーブイは少し機嫌を損ねたようだ。

それを宥めようとするダゲキのこともまた、ジュプトルは気に食わなかった。

もう誰が何を言っても、等しく気に入らない。

自分でも、その理不尽さはよくよくわかっていた。


イーブイの背後に目を向ける。

うすぼんやりした茂みに紛れてよく見えないが、たしかに誰かがいるようだ。


ダゲキ「どこに いたの?」

イーブイ「うん と……ね、みえる かべの とこ」


難しい顔を見せ、イーブイは前脚で顔を掻いた。

どうやら、上手く言えずに自分でもやきもきしているようだ。

65 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/04/17(日) 00:45:36.66 ID:WHcPEpPlo

ダゲキ「か……かべ?」

イーブイ「しろいの。おそと みえるの ところ!」

ジュプトル「『さく』じゃない?」

ダゲキ「ああ……」

イーブイ「うーんと、うんと ね……ううーん」

イーブイ「き ひっかいたの」

ジュプトル「……わかんない」

イーブイ「もう! いじわるだ!」

イーブイ「もりの はじっこなの! はじっこ、いったの!」

ダゲキ「そんなところ まで、いったんだ」

イーブイ「だ、だって……」


見上げるとダゲキは、渋い顔をしている。

無理もない、とジュプトルは溜息をついた。

『森の端』に行けば、人間の街はそれだけ近くなる。

外から森に来て居着いた連中には、あまり近づかないよう言い含めていたはずだった。

特に、チュリネやイーブイには、ジュプトルも繰り返し言った記憶がある。


ジュプトル「まちに ちかすぎ」

ジュプトル「また ニンゲン、つかまるぞ」

イーブイ「だって、こえ きこえたもん! いじわる!」

ジュプトル「おれとか、いえ って、いっただろ」

ダゲキ「……ふたりとも おこらないでよ」


ふん、と鼻を鳴らして、また膝の上に顎を載せる。

ジュプトルは怒っているわけではない。

気に入らないだけだ。


叱られたと受け取ったらしく、イーブイは両耳を水平に倒している。

不服そうだが、近づくなと言われていたのは事実だから言い返せないようだ。

66 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/04/17(日) 00:48:12.59 ID:WHcPEpPlo

ジュプトル「おこってない」

ジュプトル「けんか じゃないし」

ダゲキ「……もう」


呆れたような溜息が聞こえた。

だがそれ以上、ダゲキは何も追求してこなかった。


ダゲキ「すてられた こは、げんき?」

イーブイ「うん!」

イーブイ「でも、おなか すいてる……とおもう」


イーブイはもたもたと喋りながら振り返り、背後の誰かを示した。


イーブイ「ね!」


ふたりも、動きにつられて奥に目を向ける。

視線が集まったからか、その誰かが一瞬ひるんだような気配が見えた。


警戒しているらしく、よく聞くと低く唸る声もする。


イーブイ「だいじょぶ だよー」

イーブイ「おいで!」


イーブイが更に声をかけると、唸り声はぴたりと止んだ。


かさかさと草を踏む音がする。

足音が近づくにつれ、少しずつ暗い紫色の体毛が見え始めた。


くねくね動く長い尾に、ときおり光が当たって見え隠れする。

みゃあ、と一声鳴いて、そのポケモンがゆっくり進み出た。


姿を見せたのは、艶のない、荒れた毛並みのチョロネコだった。

現れた顔も続く四肢も、とにかく薄汚れている。

特定の何かで汚れているわけではなく、垢と土埃、堆積した疲弊そのものだ。


誰かの呻く声がした。

67 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/04/17(日) 00:51:58.00 ID:WHcPEpPlo

ジュプトルはこの汚れかたに馴染みがある。

このチョロネコが、最近どのような生活をしていたのか。

どのような環境を味わってきたのか、なんとなく想像できた。


路地裏を徘徊し、思うように雨風を凌げない環境に長くいたのだろう。

安心や安全とは縁も薄く、常に緊張を強いられてきたかもしれない。

かつての自分と同じように。


ジュプトルは同情を禁じえない。

チョロネコはイーブイのすぐ隣に立ち止まり、おどおどした目つきで辺りを見回した。

警戒を解く気配はなく、尻尾は攻撃的に逆立ち、ふくらんでいる。


見覚えのあるポケモンだった。


ジュプトル「もりの そと、おなじ やつ、いるな」

イーブイ「うん」


ふたりのやりとりを聞いて、チョロネコが首を振った。

慌てふためいて、みゃあみゃあと喚き、必死に何かを訴えている。

残念なことに、理解できる者はこの場にいない。


もっとも、同族がいると聞いてこの反応だ。

なんとなく予想はつく。


ジュプトルは下を向いて嘆いた。

イーブイもまた、いかにも困った顔で溜め息をついている。


このチョロネコもまた、自分たちと大差ない道を辿ったのだろう。

とても残念な話ではあるが、ある意味では手慣れた事態でもある。

することはいつもと変わらない。

いつもと同じように対応するだけのことだ。


ジュプトル「なあ、ダ……」

68 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/04/17(日) 00:52:57.00 ID:WHcPEpPlo

共感を求めて見上げ――


ジュプトルはそのまま絶句した。


ダゲキはチョロネコを見ていた。

目は見たこともないほど大きく見開かれている。

驚きというよりも、怯えのような感情が垣間見えた。


ジュプトルの声にさえ気づいていないようだ。

喉から、かすれた呻き声が漏れている。

それから、聞いたこともないひどい声で、ダゲキは絞り出すように言った。


ダゲキ「どうして……おまえがここに」



69 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/04/17(日) 00:54:51.64 ID:WHcPEpPlo



夢を見た。



いや、『夢を見ている』。

いやな夢だ。

とても不愉快で、いやな夢だ。



夢であったことに気づくのは、いつも目覚めてからだ。

それまでは、自分でも夢ではないかと疑うことさえない。

ところが今回に限って、私は既に理解していた。

望んでいたとも言える。


夢の中にあってなお、これが現実ではないことを。

これが夢であることを。



こんな光景は、現実であってほしくなかった。



まわりは真っ白だった。

前もうしろも、左も右も区別がない。

地面のような何かに脚が触れているから、かろうじて上下はわかる。


いつもの夢と同じで、ふわふわして思うように動けない。

生暖かく、やけに密度の高い空気に包まれている。

何をしようにも、もたもたと重い。

身体もいうことを聞かない。

だがこれは夢なのだから、しかたない、と自分で理解している。



さきほどからずっと、場違いに笑う声が聞こえている。

聞き覚えのない声だ、と思う。

下品な残響に顔を顰める。

70 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/04/17(日) 00:57:25.70 ID:WHcPEpPlo


ふと、視界の隅に気配を感じ取った。

ぼんやりと存在を感じる方へ、私は目を向ける。


すると、真っ白ではっきりしない地面に誰かが“いた”。

まるで、ずっと前からそこにいたとでもいうように。


若葉色の小柄な誰かがうずくまり、憐れな声で鳴いている。

生木を折るような軋む声で、さめざめと嘆いている。


ああ、私は奴を知っている。


呻きながら、それでも薄汚い何かに齧りついている。

そして、咀嚼して飲み込みかけたところで嘔吐する。

薄汚い何かは、腐乱した果実のような不快な色をしている。


見ていられなくなり、脇に視線をそらす。

すると、そこにもいつの間にか、誰かが“いた”。


群青色の誰かがだらしなく座り、聞くに堪えない声で唸っている。

背中を丸め、身を縮めて怯えている。


ああ、私は奴を知っている。


右の眼孔をまさぐる指の間から、黒っぽい液体を垂れ流している。

怯えながら、それでも無事な方の目をぎょろぎょろ動かしている。

足元には黒い水溜りができ、下半身もべたべたに黒く汚れている。

その染みに、白く不気味な球体が転がっている。


笑い声はやまない。

なぜ笑っているのだろう。

誰が笑っているのだろう。

声の源を探る。


けしからん奴だ。


いや違う。

71 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/04/17(日) 00:59:26.57 ID:WHcPEpPlo

笑っているのは私だ。

ずっと聞こえていたのは、私の笑い声だったのだ。


私は腕をまっすぐ伸ばし、友人たちのおぞましい姿を指して嘲っている。

喉を震わせ、声を響かせて笑っていた。


罪深いからだ。

穢れているからだ。


違う。

『お前たちを苦しめているのは、遥か遠い過去の亡霊だ』。

そう言ってふたりを落ち着かせるべきだ。

笑うことも、今すぐやめるべきだ。

なのに、どうしてもできない。


あれは私の友人たちではないか。


すると突然、目の前に大きな影が現れた。

赤々と輝く大きな目玉が、私を見下ろしている。

それでも私は、狂ったように笑うことをやめようとしない。


赤い一つ目の主は、私と彼らを隔てるように立っている。

邪悪な存在を遠ざけようとして、私を睨み立ち塞がっている。


ああ、私は奴を知っている。


あの目は、私を責めているのだ。

怒りと憎しみを剥き出し、私を無言でなじっている。


こんなときに限って、夢はだらだらと同じ光景を見せ続けた。

理由はなんとなくわかっている。

これは、深淵を覗いてしまった、その代償なのだ。

最後までしっかり見なければならないのだ。

72 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/04/17(日) 01:01:21.89 ID:WHcPEpPlo

別の声が言う。

出ていけ、出ていけ、出ていけ。


彼らがこんなふうになってしまったのは、きっと私のせいなのだ。



ずるずると音のない音が聞こえ、私の身体に何かが絡みついた。

明るい灰色で、ところどころに色が散っている。

識別するための赤や青のテープが巻かれているのだ。

どういうわけか、何の疑いもなく、私はそう理解した。


入り乱れる灰色に、妙な懐かしさを覚えた。

背後から、次々に同じような灰色のチューブが姿を現わす。

そのチューブが私に絡みつく。

重心が後ろに傾く。


身動きがとれない。

自分の夢なのに。

後ろに引き摺られる。

これは夢なのに。

彼らから引き離されていく。

これが夢だとわかっているのに。



赤い目玉が、まだ私を睨んでいる。



笑い声が、ぶつんと途切れる。

真っ白だった視界も真っ黒に染まり、夢は幕を閉じた。



なのに私は、まだ眠っている。


73 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/04/17(日) 01:09:10.50 ID:WHcPEpPlo
今回はここまで

>>50,52
乙女というか子供ですがね!
幼稚園〜小学校低学年くらいの

>>55,56
ペース遅くてすみますん!

>>57
ここまで40万字くらいあるはず…神か…


なかなか投稿する予定が立てられなくて
不定期極まりないですけど
今後とも読んでいただけたら嬉しいです

それえはまた
74 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/17(日) 01:15:25.89 ID:jiDpU3kZO

先が気になるところで切りなさる
75 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/17(日) 01:23:52.96 ID:yZT1NxEqo
乙乙
76 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/17(日) 01:56:00.75 ID:YMr9vfAFo
乙です
77 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/17(日) 14:29:04.87 ID:AWKnmfAIo
ドキドキするなあ
78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/04/19(火) 21:29:08.94 ID:MORhv5QLo
乙です
79 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/03(火) 07:29:23.17 ID:1xTZnC8KO
保守
80 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2016/05/08(日) 23:42:38.37 ID:GCmcYDPMo
念の為保守
結局、連休に投稿できなかった…
81 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/09(月) 13:43:41.69 ID:iCORDw5po
ええんやで
ゆっくり待ってる
82 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/26(木) 09:46:46.00 ID:PY/+Nzroo
ホシュ
83 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/05/27(金) 22:50:10.31 ID:aj4xDXo6o


男が少しオーバーな動きで手を振っている。

笑っている、とジュプトルは目をこらして想像した。

動作と笑顔が自分たちに向けられているのは、遠目にも明らかだった。

ところで、彼にはこちらが見えているのだろうか、とも思う。


強い太陽光に燃やされて、人影もなんとなく滲んでいる。

空気も熱ければ、光だけでも熱い。

気持ちのいい風も吹いてはいるものの、涼しいとはお世辞にも言えなかった。


『もう少し時季が変われば、多少は過ごしやすくなる。』

実際は遥かにたどたどしい言葉遣いだが、ダゲキは毎年そう言うのだ。

もっとも、ジュプトルにとって、暑さはそれほど不愉快でもない。

むしろ、寒くなると動きが鈍ってしまうから、ありがたいくらいだった。


ミュウツー『あの小さい、孵ったばかりのポケモンはどうした』


ヨノワールは黙って腕に何かを抱えるしぐさをした。


ミュウツー『……そうか』


樹上のジュプトルは、足元の友人たちを眺めた。

ミュウツーとヨノワールは、大きな図体を必死で縮めている。

ジュプトルには、それが無駄な努力に思えてならない。

身を隠そうとする一方で、ねちねちと顔を覗かせているのだから、世話はない。


別の場所を見る。

彼らよりやや低いところにある青い頭が見えた。

ダゲキもまた、人間のいる方をじっと見ている。


ジュプトル「おい、だいじょうぶか」

ダゲキ「うん……」


声をかけても、ダゲキは心ここにあらずといった面持ちだった。

昨日からずっとこうなのだ。

84 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/05/27(金) 22:54:04.32 ID:aj4xDXo6o


ジュプトル(きのうの ポケモンの、せいか……)


正確には、昨夜あのチョロネコを目にしたあとからだ。

思い返してみると、実際そうかもしれないと思う。

紫色で、ぼさぼさに毛羽立っていてもなお、しなやかな印象を受けたポケモン。

自分と大差ない状態で森にやって来たあのポケモン。


考えるほど、あのチョロネコが関係あるに違いない気がしてきた。

あのポケモンが姿を見せてから、彼はいつにも増しておかしくなったのだ。

あんな奴が、なんだというのだろう。


昨夜のことを思い出す。



ダゲキは現れたチョロネコをじっと見ていた。

ジュプトルを膝に抱えたまま。


おかしかったのは、その様子だ。

目を見開き、ぎりぎりと硬直している。

喘ぐような擦れた音を喉から響かせ、苦しそうに呼吸している。

驚きのあまり、というように見える。

何かショックを受けているようにも見えた。


チョロネコの方も少し困惑していたようだ。

それはそうだろう、とジュプトルも思う。

とてもいやな感じがしていた。


「どうしたの?」と、チョロネコの横に立つイーブイが声をあげる。

ダゲキははっとしたような顔で、イーブイを見た。


それきり、ダゲキはチョロネコの方をあまり見なくなった。

ちらちらと視線を送ることはあっても、逃げるように目を逸らす。

ジュプトルが声をかけても生返事ばかりで、耳には入っていなかったようだ。

それきり。


85 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/05/27(金) 22:55:22.67 ID:aj4xDXo6o


アデク「君たちの未来に、幸多からんことを!」


ジュプトルは意識を引き戻された。

男が、まるで怒鳴るようにそう叫んだからだ。


その言葉を最後に、豪快な男はこちらに背を向けた。

返事など待ってもいない。

堂々とした足取りで、大股にどんどん木々に紛れていく。

男の姿は、あっという間に消えてしまった。


ふう、と誰かが息を吐いた音が聞こえた。

つられてジュプトルも肩の力を抜く。


ミュウツー『やっと出て行ったな』


空気を震わせているわけではないのに、頭に響くその声には疲れが滲んでいた。

ああ見えて、緊張していたのは自分だけではないらしい。


ジュプトルは地面に滑り下りた。

友人たちは、まだ人間が去って行った方を見ている。


ジュプトル「なあ」

ミュウツー『なんだ』

ジュプトル「ミライ、って、なんだよ」


見上げた先のミュウツーは、目を見開いた。

首と首のうしろにある管を捻り、こちらを見下ろしている。

よく知らなければ、睨まれているとしか思えない。


ミュウツー『……私には』


眉間に濃い皺が刻まれる。


ミュウツー『よく、わからないのだ、それが』

86 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/05/27(金) 22:58:50.44 ID:aj4xDXo6o

心なしか、歯噛みしているように聞こえた。

こう答えざるを得ないことが悔しくてしょうがない、とでもいうようだ。


ぐるりと首を回す、やはり顔色の悪いダゲキがいた。

こちらを見ている彼と目が合う。


ジュプトル「おまえは?」

ダゲキ「しってる……けど、わからない」

ジュプトル「なんだそれ」

ダゲキ「ニンゲン は、いうよ」

ジュプトル「そうなの?」


ダゲキは返事せず、そのかわりに傍らを遠慮がちに見上げた。

ヨノワールに同意を求めているらしい。


ダゲキの視線を受けて、ヨノワールはかすかに頷いた。


ヨノワール「でも、わたし も、いみ わからないです」

ジュプトル「……そうなんだ」

ジュプトル「おまえも、しらないの?」

ミュウツー『知らないものは知らない』

ミュウツー『そんなに知りたければ、自分でニンゲンに聞け』

ジュプトル「い、いじわる」


毒突きながら視線を戻す。

けぶる緑がゆっくりと揺れている。

アデクと名乗った男は、その向こうに消えていったのだ。


ジュプトル(?)


何匹かのクルマユがくさむらの間から顔を見せる。

男のいた方角を眺め、周囲をきょろきょろと見回し、そして消えた。

彼らなりに、侵入者を警戒していた、ということなのだろうか。

87 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/05/27(金) 23:01:32.45 ID:aj4xDXo6o

ミュウツー『行くぞ』


慌てて振り返る。

友人たちは、もうこちらに背中を向け、歩き出している。

よく目にする、いつもの、なんでもない光景だった。


ジュプトル「ま、まてよー」

ミュウツー『早くしろ』


にも関わらず、ジュプトルは妙にそわそわした。

ああ急がなければ、と焦る。

遅れずついて行かなければ、と逸る。


ジュプトル「いく って……」


思うように舌がまわらず、喉も動いてくれない。

まるでずっと前の、今よりなにもかもが未熟だった頃のようだ。

なにもわかっていない、わかろうともしていなかった頃のようだ。


それはとても困る。

絶対に嫌だった。


ジュプトルの挙動不審に気づいたのか、ダゲキが振り返った。

少し不思議そうに眉間に皺を寄せている。


ダゲキ「おなか すいた?」

ジュプトル「す、すいた!」


なかばやけになりながらそう叫ぶ。

本当は、別にそこまで空腹でもない。

なんでもいいから、早く反応したかったのだ。

一刻も早く問いかけに答え、ちぎれてしまわないようにしなければならなかった。


がむしゃらに草を蹴り、ダゲキの背中に飛びつく。

彼が何か言おうとしてやめた気配があった。

言っても無駄だと理解したに違いない。

88 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/05/27(金) 23:04:18.32 ID:aj4xDXo6o

丸い頭によじ登り、ジュプトルは盛大に喉を鳴らした。

これで、やっと一息つくことができる。


ダゲキ「くすぐったいよ」

ジュプトル「いいじゃん」


文句を言うかわりに、ダゲキがかすかに唸った。

それから深い溜息をついて、ううんと呻く。


ジュプトル「なに?」

ダゲキ「あのさ」

ミュウツー『なんだ』

ダゲキ「……ミライって、なんだろう」


ミュウツーが、ゆっくりとした動作で振り返った。

世にも恐しい目つきで、ダゲキを見ている。


自分に向けられたものではないのに、ジュプトルはひやりとした。

怒っているようでもあり、怯えているようでもある。

とても強い感情によるものだということはわかる。

彼は、この視線に気づいているのだろうか。


ジュプトル「お、おれは……」


何も言わぬまま、ミュウツーは再びゆっくりと前を向いた。


ダゲキ自身はジュプトルの重みを受け、やや下を向いているはずだ。

あの目には、気づいていないに違いない。


ジュプトル「……わかんない」

ダゲキ「うん」


ミュウツーはそれきり、こちらを振り向こうとしない。

振り向いていないのに、まだ背中から視線が向けられているようにさえ思えた。

ヨノワールは、そんなミュウツーを困ったように見ている。

ダゲキは、少し先の地面を見て、ひたすら歩いている。


ジュプトルは、妙な落ち着かなさを覚えていた。

89 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/05/27(金) 23:05:14.65 ID:aj4xDXo6o




夢を見た。

そう、かつてボクは夢を見た。

ずいぶん昔のことだったと思うが、今も不思議と忘れない。


ボクはどこか、見たことのない場所に立っている。

行ったこともない場所だ。

だから、これは夢なんだ。

夢だったに違いない。



とても暗いのに、ぼんやりと周囲が見えている。

地面と空の区別も危うく、荒野のように広い。

上にも、横にも、それから下にも。

夢なのだから、それもそう不思議ではないと思う。


周囲には誰もいない。

境目のない空間がただ無作為にどこまでも広がっている。

全てが目に見えているわけでもないのに、五感がそう理解している。

ボクの『上』と感じられる方向に、何かが浮いていると『思う』。

ボクの『足元』と思う方向に、他と比べればややしっかりした足場がある『らしい』。



90 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/05/27(金) 23:07:53.06 ID:aj4xDXo6o



轟々と前から吹く風の中を、ボクはあてもなく進む。

どうしてこんなところにいるのか。

それもはっきりとは憶えていない。


風向きが変わって、束ねた長いボクの髪が視界を横切った。

ばたばたと音のない音をさせて、帽子の下で髪が暴れている。

ボクは帽子を被りなおしてまた進む。


ボクは、なんだか鬱陶しく思って、足を止める。

これから行こうとする方向に、大きな気配が立ち塞がった。

いくつもの巨大な存在が、いつの間にか目の前に並んでいる。

『彼ら』に見られている気がする。

『彼ら』は、ボクを見下ろしている。


連中は、今この瞬間、ここに出現したのだろうか。

いや違う。

連中は、前からずっと、あそこにいたように思う。

ああやって、ずっとボクを監視していたんだろう。



91 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/05/27(金) 23:09:00.18 ID:aj4xDXo6o



風の唸るような、地響きのような音がする。

誰かが話している声に聞こえる。

それとも、ボクを威嚇しているのだろうか。

この巨大な連中がその発生源であるように思えた。


横を見ると、また別の誰かがいる。

ぼんやりと霞んだ影、あの気配ほど大きくはない影がいくつか。

あれは誰だろう。

誰と誰で、知っている相手なのだろうか。

いや、誰ひとりとして、見知った者はいない。



影がボクに気づいた。

影たちがボクに振り向こうとしている。

巨大な存在の方は、とっくに気づいていたと言っている。

彼らは、彼らの言葉でそう言っているのだ。

“言っている”。

そうだ。

ボクには、ボクだけには、彼らが話す声が理解できる。


……そのあとのことは、よく憶えていない。




92 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/05/27(金) 23:12:01.15 ID:aj4xDXo6o
今日はここまで
「始める方のレスはなくてもいいんじゃね?」と言われたのでスレ節約にやめてみる

それではまた
93 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/27(金) 23:20:33.03 ID:FFxzY8f00
乙!
あれ?ジュプトルの性別どっちだったけ?オレだから♂?それともオレ系♀?
94 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/27(金) 23:27:25.79 ID:K++K8/aOo
乙です
95 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/27(金) 23:29:14.62 ID:cYOaEHj20
ずいぶん長いことやってるSSなのねぇ。>>1頑張って
96 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/05/28(土) 14:17:10.61 ID:VQoKsycFo
不穏だわぁ…


そもそもポケモンに性別はあるのだろうかという疑問
97 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2016/06/20(月) 22:39:01.47 ID:Ce/H1oiuo
       _
      /  │       /´´ヽ    この私がみずから保守だ
     /  −───  /   │          
      ´         /   │          ´;:;:;:;:;:;:;:;:;:ヽ
   /              │        /;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:丿
   /                │        /;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:;:/
    \      /       │    /;:;:;:;:;:/´´´´´
  ヽ ●      ●      │   (;:;:;:;:;:;:(
   ⊃        ⊂⊃    /   /⌒ヽ;:;:;:;:ヽ
   /    、_,、_,       丿ヽ /   /ヽ;:;:;:;:ヽ
   \___ゝ._)___/‐‐/   /   │;:;:;:;;::
       /  ヽ     イ´   /     │;:;:;:;:│
      │      ´   ヽ  イ│       │;:;:;:;:│
      へ           /    |丿      /;:;:;:;:;:;:│
    /  /`────−   │     /;:;:;:;:;:;:;:丿
  /  /    \        \   /;:;;:;:;:;:;:;:/

このAAほんとかわいいな…
また落ちてしまっても困るので保守します

>>93
俺系♀だと思っていただいていいです!
彼らは、「私」「俺」「僕」の性別使い分けをわかって使ってるわけじゃないです
人間語を憶えるときに身近だった言い方を使うようになっただけです

>>95
自分でもびっくりです

>>96
初代からやってるんで、自分も性別はあるようなないような中途半端な認識です
98 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/20(月) 22:58:49.83 ID:S7G8SGIUo
俺系♀だったのか!
99 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/20(月) 23:12:35.01 ID:P6hGuG2rO
ジュプトル♀だったのか!?その発想が一切なかった
100 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2016/06/20(月) 23:30:57.92 ID:Ce/H1oiuo
>>98
ど、どっちでもいいといえばどっちでも…(急に弱気)
それは冗談としても、「話には関わらないけど一応♀かな」と設定してあるだけで
性別に大きな意味はないです

>>99
最初の頃も「ジュプトル♀か?」みたいなレスがあって
実は内心すげードキッとしてたんだよね!
101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/06/21(火) 07:06:20.18 ID:SFEIwtyyo
どちらかといえば、♀系俺みたいな認識をしていた
保守乙
102 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/07/02(土) 22:54:10.69 ID:g+YmgrcZo

ざくざくと葉を蹴散らす音が、地表近くから聞こえている。

重みすら感じる暑さのせいで、ダゲキの頭の働きは鈍っていた。


ジュプトル「……もう いいよねえ!」


地面に積み重なる若葉を睨みつけ、そのジュプトルが喚いた。

斜め上から聞こえたその声には、ぐったりと疲れた響きがある。


声のする方へ、ダゲキはのろのろと顔を向けた。

次に、太い枝にまたがったまま視線を動かす。

ジュプトルと同じように地面の『成果』を眺め、ダゲキはウウンと唸った。


コマタナ「あ゙……あ゙あ……」


うず高く積まれた葉の隅で、コマタナがもぞもぞ動いている。

山が崩れるそばから葉を拾い、また積み上げる。

理不尽に流れ落ちる葉の山に憤慨している。

指がなく物を掴めない手で、意外なほど頑張っているのがわかった。

コマタナなりに『参加』しようとした結果らしい。


あたりには、叩き落とした葉の青々とした匂いが漂っている。

全身にじわじわ染み入る熱気に、ダゲキもいい加減うんざりしたところだった。


といっても、今のダゲキは機敏に動けない。

元から高いところは苦手な上、暑さで動きも鈍っている。

ちょこまかと跳ね回り、葉のほとんどを落としたのはジュプトルだ。

だから、向こうが「もうやらない」と言うなら、有無を言わさず終了なのだった。

『枝ごと叩き折れ』『木を倒せ』と命令される方が、まだ自分に向いている。


ダゲキ「うん」


答えを聞くが早いか、ジュプトルはさっさと枝から飛び降りてしまった。

地面から見上げていたコマタナが、慌てて飛び退く。

ダゲキはその危なげない動作をぼんやり見ている。

103 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/07/02(土) 22:56:18.91 ID:g+YmgrcZo

自分も降りるべく、慎重にそろりそろりと幹の方へ身体をずらしていく。

ジュプトルがしたように躊躇なく身を躍らせる勇気は、もうなかった。


地面に降りたジュプトルがどこかに向けて、ひときわ大きな声で鳴いた。

ダゲキやコマタナにではなく、別の誰かに向かってだ。


がさがさごそごそ、といくつもの小さな足音が響く。

間もなく、くさむらからたくさんのクルミルが這い出してきた。

一歩引いた場所からついて行く、引率者じみたクルマユもいる。

秋口の落葉のような色をした、渋い色合いのクルマユだ。

クルミルたちは、口々になにごとか鳴きながら若葉を目指して寄ってくる。


コマタナ「お゙、お゙……!?」


コマタナは、急に集まってきたクルミルたちに驚いているようだ。

懸命に手を振り回しているが、クルミルたちはコマタナを気にも留めていない。

唯一、後方のクルマユがコマタナに向かって鳴いた。

次いで樹上を仰ぎ、いまだ降りられずにいるダゲキに向けて鳴く。


上から見ていると、コマタナの慌てぶりがよく見えた。


ダゲキ「こわくないよ」


やっとのことで地表に降り立ったダゲキは、コマタナに声をかけた。

するとコマタナは、憐れな声で呻きながら足元に駆け寄ってきた。

助けを求めるような目でダゲキを見上げている。

驚いたのか怖かったのか、ひどい濁声で何かを必死に訴えた。


ジュプトルはクルミルたちが葉を齧る中に佇み、盛大に溜め息を漏らした。


ジュプトル「なんだよお」

ダゲキ「びっくり したんだよ」

コマタナ「お、ううう……」

ジュプトル「こどもだなあ」

ジュプトル「でも、けが なおったのに、へんな こえだ」

ダゲキ「うーん……」

104 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/07/02(土) 22:59:11.24 ID:g+YmgrcZo

『進化』すればまた状況は変わるはずだ、とあの人間は言っていた。

よくわからないが、レンジャーが言うならきっとそうなのだろう。

もっとも、その時がいつになるのか、自分たちではわからない。


人間なら誰でも、当然のように知っていることなのかもしれない。

そう思うと、無性にやるせない。


ぺたぺたと寄ってきたジュプトルが、コマタナの顔を覗き込んだ。


ジュプトル「いたい とか、ないの?」

コマタナ「……?」

ダゲキ「だいじょうぶ みたい」

ジュプトル「ふうーん」

ダゲキ「……でも、ニンゲンのとこ、いこうか」

コマタナ「!?」

ダゲキ「……いや?」


瞬きしながら、コマタナは少し考えて首を横に振った。

それからひとしきり声を張り上げ、ふたりに何かを訴える。


ダゲキ「……わかんないよ」

ジュプトル「でも、いやじゃない みたい」

ダゲキ「じゃあ……なでるの してもらお」

コマタナ「お゙! お゙お!」


コマタナはおおげさに喜び、手を振り回して跳ねた。

そんなに撫でてもらうことが嬉しいのだろうか。

ふと、ダゲキは自分で提案しておいて、そんなことを思った。


自分はどうだろうか。

嬉しいのだろうか。

あのとき、実は嬉しかったのだろうか。

あれは、自分にとっても『嬉しいこと』だったのだろうか。

だからコマタナにもああ言ったのだろうか。

105 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/07/02(土) 23:02:54.25 ID:g+YmgrcZo

消しゴムを拾って渡したくらいのことで。

あんなにニコニコと礼を言われ、頭を撫でられたくらいで。


コマタナ「……ゔお……?」


ダゲキは我に返った。

不思議そうな顔で自分を見上げるコマタナが見える。


ひょっとすると、と頭のどこかから声がする。

あの人間のところへ、自分も行ってみればいいのではないか。

会ってみれば、今こうして身の内にうねる感覚の正体がわかるかもしれない。

朝の来ない不安のような、夜が来てしまう焦りのような。

立ち止まれない恐れのような、再び歩き出すことのできない怯えのような。


だからといって、行くことで何かが変わるとは限らない。

変わるにしても、何がどう変わるのかもわからない。

いずれにせよ、今のコマタナをひとりで行かせるわけにはいかないのだ。

コマタナを人間に見せに行くなら、自分が連れて行くしかない。


ダゲキ「……なんでもないよ」


そういえば、と急に思う。

どうしてだったか。

どうして、自分はあの人間のところにいたのだろう。


ジュプトル「ねえ、おれも、いって いい?」


ダゲキが目を向けると、ジュプトルは居心地が悪そうに肩を竦めていた。

もじもじして鼻を掻き、媚びるような目を向けている。


ダゲキ「……い、いいよ」

ジュプトル「や、やったあ」

ダゲキ「でも、どうして?」

106 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/07/02(土) 23:07:21.30 ID:g+YmgrcZo

コマタナはジュプトルの言葉を聞き、単純に喜んで跳ねている。

クルミルたちに当たらんばかりの距離で暴れているようなものだ。

だがクルミルたちは我関せずという顔で、新鮮な若葉を食んでいる。

実際、彼らには関係ない話だった。

自分たちに危害を及ぼす気のない動作だということもわかっているのだろう。


彼らの食事のせいか、あたりの緑の匂いが一層、濃くなったように思えた。

むせ返るというよりも、咳込んでしまいそうな匂いだ。


ダゲキ「ずっと、いや って、いってたのに」

ジュプトル「うーん……」

ジュプトル「……なんか」

ジュプトル「わかんない、けど……みたい」

ダゲキ「みたい?」

ジュプトル「たくさん ニンゲン、みたら」

ジュプトル「なにか、わかるかな、って」


どこかで聞いたような話だ。


ジュプトル「あ、あと、れんしゅう!」

ダゲキ「へえー」

ジュプトル「な……なんだよ!」


首をかしげてみせると、ジュプトルは必要以上に声を張り上げた。

一瞬、周辺のクルミルたちがこちらを見る。

言うだけ言って、自分でも恥ずかしくなったのかもしれない。


ダゲキ「ううん、べつに」

ジュプトル「まちの ニンゲンとこ」

ジュプトル「ベンキョー いくだろ!」

ダゲキ「うん」

ジュプトル「だから、れ、れんしゅう」

ダゲキ「うん、うん」


思わず笑いながら返事をしている自分に驚く。

そんな自分の姿によけい腹を立てたのか、ジュプトルは地団駄を踏んだ。

107 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/07/02(土) 23:12:28.48 ID:g+YmgrcZo

ジュプトル「もー、いいだろ!」

ダゲキ「うん、いいよ」

ダゲキ「でも、ミュウツーと いっしょに、いくの ほうが さきだよ」

ジュプトル「く……」


そう呻くと、ジュプトルは手近な葉を掴んだ。

乱暴に口に放り込み、何度か噛んで「これまずい」と零す。

見上げるコマタナに「なんだよお」と唸る。

落ち着きのない姿は、思ったよりも見ていて飽きなかった。


ジュプトル「じゃ、じゃあ……けーけん つむ、ってやつ」

ダゲキ「つむ?」

ジュプトル「そう! ふやす!」

ダゲキ「ふーん……」


ジュプトルは少し誇らしげに言う。

ダゲキはそれを見て、ほっとしたような気分になった。


ここのところ、自分を取り巻く世界のさまざまな景色が、容赦なく変化していくからだ。

以前とは比べものにならない。

顔ぶれだけでなく、その彼らの心の内にも変化が訪れている。

その『変化』が、なんとも心躍ると同時に、恐ろしくてしかたない。

周囲ばかりが足踏みをやめて動き始めているのに。

自分だけがどうして、何も変われずにいるのだろうか。


自分によくしてくれるレンジャーのところへ行ってみればいいのだろうか。

あるいはミュウツーが言うように、その人間の女のところへ行けばいいのだろうか。

今までの自分らしからぬことをしていけばいいのだろうか。

あれほど嫌がっていたのに、自分を助けるため人間の前に出たミュウツーのように。

あれほど頑なだったのに、自分を憐れむことをやめたジュプトルのように。


楽しそうに話すふたりを前にして、ダゲキは少しだけ憂鬱になった。
108 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/07/02(土) 23:19:42.67 ID:g+YmgrcZo
今日はここまでです

あまり積極的に情報集めないように細目で生きてるんですけど
サン・ムーンもやっぱり楽しみです、SM貯金はじめました。貯まりました
御三家進化前だけ見たけど炎っぽいネコにしようかな

>>101
それでいいんじゃないかなあと思います

これまでにも何度か触れてる気がするけど
ストーリーに性別とかあんまり重要じゃないんで…

それではまた
109 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/02(土) 23:52:40.08 ID:a6KY4nfJo
乙です
110 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/07/03(日) 10:28:54.32 ID:YtTL3Lwfo
性別おいといても、このジュプトルはかわいい
ダゲキも変化するのかな
乙!
111 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2016/07/29(金) 23:21:58.61 ID:4l84Xt9So
保守
112 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/08/21(日) 00:33:33.77 ID:HsthgRdno


月明かりも弱い灰色の部屋で、スタンドライトだけが煌々と周囲を照らしている。

ゲーチスはその下で紙の束に目を通しているところだった。

読んでいるのは、部下に命じて集めさせたイッシュ内の調査報告だ。

別の地域に送り込んだ部下もいるが、そちらからはまだ届いていない。

任務は終えたとの連絡は受けているため、成果が届くのもそう遠い未来ではないはずだった。


ゲーチスはついに、その分厚い束をデスクの上に放り投げた。

ずっしりと重さを感じさせる音と共に、紙はぬるっと崩れながら動きを止めた。


頬杖をつき、椅子を軋ませて姿勢を変える。

たったいま放り投げた資料の文字を、ゲーチスはふたたび目で追った。


一番上に、『ヤグルマの森』に関する報告が見えている。

広さ、気候、特徴、判明しているポケモンの分布、その他もろもろ。


ゲーチス(……やはり、最近までの報告で考えると、取り立てて目立つ要素のある森ではない)

ゲーチス(ある特定の地域に、近隣の人間が通常の範囲を越えた関心を寄せているとしたら)

ゲーチス(それだけの『なにか』が、あの森に存在してきた可能性もあったのだが……)


細く溜め息をつく。

予想はしていたが、ろくな収穫はなかった。


ゲーチス(以前にも調べたが、その報告と大きく違うところもないようだ)

ゲーチス(これなら、サンギのあそこの方がよほど今に続く“いわく”がある)

ゲーチス(イッシュの昔話もたしか……この森が舞台だったように記憶しているが)

ゲーチス(それも時代があまりに違うから、『ミュウツー』とは関係はあるまい)

ゲーチス(……『ミュウツー』が本当に森にいたとしても、せいぜいこの一年以内にやってきたということか)


ゲーチスは厳しい顔を作る。

期待していなかったとはいえ、こうも存在を示唆するものが少ないのは残念だった。

113 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/08/21(日) 00:35:54.32 ID:HsthgRdno

ゲーチス(さすがに、『人語を話すポケモンがいる』という噂の方も)

ゲーチス(現時点で人口に膾炙しているはずはないか)

ゲーチス(ハンター連中が今後、噂を広めることは物理的に不可能ですからね)

ゲーチス(これ以上、周辺の人間に知られることはないに等しい)

ゲーチス(他の人間にとってあの森は、今後ともただの森だ)


事実、どこからどう見ても、どこにでもある森だった。

レンジャーが常駐しているだけだ。

そんな程度には規模があるという、ただただ広大な森である。


目立った伝承や伝説もなければ、特徴らしい特徴もない。

生息しているポケモンも、広さに比例してそれなりに多種多様であるというだけだ。

とりわけ珍しい種類が生息しているわけでも、特筆すべき変わった環境があるわけでもない。


ましてや、ゲーチスが探し求める『例のポケモン』の存在を匂わせる過去の文献はない。


ゲーチス(存在を示すものは、睫毛一本でさえない、と)

ゲーチス(……笑えませんね)


あの森にポケモンが捨てられていくことは、たしかに問題になっている。

ただの方便にせよ、演説の種にしている以上は、ゲーチス自身にも相応に知識がある。

だがそんな『社会問題』も、この森に限った話ではないし、珍しくもない。


ゲーチス(まあ、ある意味で運がいいと言えばそうか)

ゲーチス(行動を起こすにあたって、今なら障害はそれほど多くない、と)

ゲーチス(伝承よりも多少は確実な証言がある以上……)


森の奥、陽も当たらない鬱蒼とした木々の間。

夏の陽射しに反比例するように、落ちる陰は深く藍色に沈んでいく。

そこにじっと佇む、見たこともない都市伝説の影を、ゲーチスは脳裏に描いた。


書類を無造作に数枚めくる。

すると、今度はある個人に関する経歴や人物評をまとめた書類が出現した。

書類の上には、写真が一枚。

面白くなさそうな、少しむっとした表情の人間が写っている。

114 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/08/21(日) 00:39:33.40 ID:HsthgRdno

写真の下辺には、赤みの強いオレンジ色の襟が写り込んでいた。

ヤグルマに常駐する『レンジャー』であることが、その色でかろうじてわかる。

もっとも、このレンジャーに、特筆すべき技能や経歴はない。

強いて注目するべき部分があるとすれば、勤務地の偏りだろうか。


一箇所の、具体的にはヤグルマでの勤務が妙に長い。

この年齢ならば、一度や二度は転属の機会もあったはずだった。

書類には、『本人の強い希望により』の一文が見てとれる。


ゲーチス(やけに希望が通っているのは、兄の地位が暗に考慮されているからでしょうね)

ゲーチス(本人にその自覚があるかどうか、それはわからないが)

ゲーチス(探りたいのは、なぜ希望し続けるか、の方だ)


数少ない、ヤグルマにこだわりを見せている人間ということになる。


ゲーチス(うしろの方にある『補足資料』だけが理由なら、まあいいのですが)

ゲーチス(……『何か』知っているから、という可能性もゼロではない)

ゲーチス(『ミュウツー』が関係するにしては、少し古すぎますが……)


個人的な理由でここに勤務しつづけているなら、それはそれで構わない。

だがレンジャー組織が何かを掴んでいて、監視役として配しているなら厄介だった。


ゲーチス(当面は引き続き、見張らせることにしましょう)

ゲーチス(場合によっては引き込めれば好都合だ)

ゲーチス(経歴を見る限りでは、そう難しくはなさそうですねえ)


研修時代の人物評を眺めながらそんなことを思った。

思想的にも実力的にも特徴のない凡庸な研修生だったようだ。

そんな人間があの森に執着する理由を想像して、ゲーチスはふたたびページをめくった。

115 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/08/21(日) 00:42:08.27 ID:HsthgRdno

森に程近い、シッポウシティのアロエ。

今度は、隠し撮りらしく妙に写りの悪い写真が添付されている。

この如才ないジムリーダーの女に関しても、特に目新しい情報はない。

ジムリーダーを退きたがっている、という噂は以前からあった。

多忙を理由に、自分にかわる後継者を探しているようだ。


理由を裏付けるかのように、ひとり遅くまで仕事場に残っているとの証言もある。

ここ数ヶ月は、その『残業』もずいぶん頻繁だとあった。

建前でしかない可能性もあるが、彼女に関してそれ以上は探れなかったらしい。


用途がはっきりせず、家庭環境にもそぐわない買い物をしていた、という不思議な情報もある。

彼女の実子の年齢と不釣り合いな、幼児向けの画材だと報告にはあった。

もっとも、その行動と森の間に関係があるとは考えにくい。

これといった結論には、ゲーチスも辿り着くことができなかった。


ゲーチス(あと一歩、もう一押しの要素があれば)

ゲーチス(この女の行動が、なんらかの像を結びそうな気はするのですが)

ゲーチス(いずれ監視しておく予定の人物でしたから、これも継続か)


少なくとも彼女がヤグルマの森に対して、特段の注目を寄せている気配はない。

万が一を考えて調べさせたが、現時点では取り越し苦労だったようだ。


さらにページをめくる。

そこには、少し妙な『補足資料』が添付されていた。


まずは、さきほどのレンジャーが書いたと思しき、粗悪な日誌の粗悪な複写が数枚。

時期はまちまちで、やや古いものもあれば、ごく最近のものもある。


次は、非人道的な試合を興行していた過去の犯罪組織に関わる文書が二種類。

ひとつは組織が検挙された際の報告書で、端的に言えば警察の内部資料だ。

記されている日付は、前述の日誌と比べると少し古い。


二つ目は、この検挙で保護されたポケモンの引き取り先を記した書類の抜粋。

そこに自分の息のかかった保護団体の名を見つけ、ゲーチスはうんざりしていた。

116 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/08/21(日) 00:46:00.38 ID:HsthgRdno

これらの資料こそ、あのレンジャーが異動を拒んできた理由だろう。

『監視役』でないのならば、これが主たる動機だと考えていい。


彼らの『興行』は、ずいぶんと個性的なものだったようだ。

ゲーチスにしてみれば、ユニークというより悪趣味の一語に尽きた。

非人道的な試合を設定し、醜悪な対戦をさせ、それを観て楽しむ。

自分たちの常識から逸脱した、いかれた趣味の会だ。


むろん他人やポケモンの命がどうなろうと、ゲーチスに心を痛める気はない。

自分にとって都合がいいかどうかだけが問題になる。

その反面、敗北が死と等価であるような、血腥い試合を喜ぶような趣味もなかった。

報告書にあった保護時の詳しい状況など、ただただ胸糞悪いだけだ。


にもかかわらず、ゲーチスはうっすらほくそ笑んだ。

詳細すぎる記述を思い出して少し気分が悪くなりながらも、口の端を吊り上げる。


ゲーチス(綻びは、世界そのものがそう望む限り、いとも簡単に修復されてしまうはず)

ゲーチス(だがこれはどうだ)

ゲーチス(綻び以外の何物でもない)

ゲーチス(……おそらく、私の手元にあるものが原因なのだろう)

ゲーチス(そして、私だけがその意味を知っている)

ゲーチス(傷を塞ごうとする力は、相応に削られていると見て間違いない)

ゲーチス(ならば、もっと傷口に塩を摺り込めばいいだけのことだ)

ゲーチス(……たしかに不完全以外の何物でもないな)

ゲーチス(おそらく誰ひとりとして、自分の選択が真に意味するところなどわかっていない)

ゲーチス(わからないまま、ただ善意によってパートナーを手放していくのだ)

ゲーチス(そのために何が綻びるのか、考えることも、理解することもない)

ゲーチス(理解しているのは、私とあの化け物だけ)

ゲーチス(ならば……)


その時、折よく、あるいは折も悪く、ゲーチスのデスクの上で電子音が鳴った。

誰かが自分に連絡を取ろうとしている。


ゲーチス「はい」

アクロマ『……今、よろしいですか』

117 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/08/21(日) 00:48:19.61 ID:HsthgRdno

聞き慣れた声がモニタ脇のスピーカーから響いた。

声がかすかに焦っているように聞こえる。


ゲーチス「ええ、構いませんよ」

アクロマ『少しお話を、と思いまして』


モニタに彼の顔が正面から映る。

薄く笑った顔には、わずかに疲労が透けて見えた。


アクロマ『いや……取り急ぎ、伺いたいことが、それこそ山ほど……ええと』

アクロマ『まず、イッシュの報告書を受け取りました。ありがとうございます』

アクロマ『一見すると、わたくしにはどんな意味があるのか理解しにくい情報でしたが』

アクロマ『あなたなりの利用価値があるということなのでしょうね』

ゲーチス「いやなに、大して意味のない、ただの周辺調査ですよ」


そうはぐらかすと、アクロマは露骨に不審の目を向けてきた。

こちらの言葉をまったく信じていないことが、手に取るようにわかる。


アクロマ『あなたは、無意味なことはしないはずですが』


評価されているのか嫌味なのか、ゲーチスにも彼の本心は見抜けない。

向こうも、薄ら寒い愛想笑いを浮かべるゲーチスの思惑は読みきれないようだ。

しばしの睨み合いののち、アクロマは肩を竦めて引き下がった。

腹の探り合いよりも優先したい案件がある、ということらしい。


アクロマ『……まあ、そういうことにしておきましょう』

アクロマ『この報告書で言及されているポケモンたちは、たしかに興味深い』

アクロマ『彼らの精神状態や能力には、少なからず気になる部分がありますし』

アクロマ『あなたがこれをどう活かすつもりなのか、楽しみです』

ゲーチス「あなたをがっかりさせずにすむといいのですがねえ」


アクロマは、ゲーチスの嫌味を聞きながら、しきりに眼鏡の位置を直している。

普段はあまり見せないしぐさだ。

ゲーチスはどういうわけか、ほんの少しだけわくわくしていた。

そのしぐさといい、普段はあまりしない『お話』といい。

118 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/08/21(日) 00:51:11.39 ID:HsthgRdno

ゲーチス「……ところで、何か話したいことがあったのでは」


アクロマが一瞬、動きを止めてから、深くゆっくり息をついた。

何か事件があったとか、大発見があった、という程ではないようだが、様子はおかしい。

いつも以上に饒舌なのも、それゆえだったのだろうか。


ゲーチス「たしか、『例の個体』を調べているところでしたね」

アクロマ『……あなたは、あれをどこで手に入れたのですか?』

アクロマ『あなたが入手してきたあの個体は、極めて特異な存在である、と現時点でも断言できます』

アクロマ『なんといっても、人間を相手にあそこまで高度な言語コミュニケーションが可能なのです』

アクロマ『会話が成り立つのです、その意味はおわかりでしょう』

アクロマ『これは……あなたの追うイッシュの伝説とは別の意味で、とんでもない発見かもしれませんよ』

ゲーチス「でしょうね」


つとめて平坦な声で応じると、アクロマは少し気分を害したらしく口を噤んだ。

この発見の重大さが理解できないのか、と驚いているのだろう。


アクロマ『……あなたも聞いたでしょう、あの声』

アクロマ『あの個体と話をしたでしょう!』

ゲーチス「ええ、もちろん」

ゲーチス「あなたに先んじて、いろいろと個人的に、ですが」

アクロマ『でしたら、あなたにもわかるはずです!』

アクロマ『あの光景の異常さが!』


次第にアクロマの語気が強くなっていく。

なぜ自分と同じように驚き、取り乱さないのか、と責められているように思えた。

残念ながら今のゲーチスにとって、彼に共感を示すことは少し難しい。


ゲーチス「そうですね。とても稀有なことだと私も思います」

ゲーチス「もっとも、私はあなたほどの衝撃は受けていないのですが」

ゲーチス「なるほど、あなたも直接、あれと話をしたのですね」

アクロマ『……そ……いえ、もちろん、いえ……』

アクロマ『当初は立ち会うだけの予定だったのですが……』


アクロマは目を逸らし、ふたたび眼鏡に手を伸ばす。

眼鏡に触れる手が震え始めているのが、画面越しにもよくわかった。

119 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/08/21(日) 00:53:20.80 ID:HsthgRdno

アクロマ『でも駄目でした。研究員はみな、どうしても、嫌がったのです』

ゲーチス「なぜ、嫌がったのでしょう」

アクロマ『……正直なところを申し上げましょう』

アクロマ『あなたから、あれを入手した、と連絡を受けたとき』

アクロマ『わたくしも研究員も、少々事態を甘く見ていたことは否定しません』

ゲーチス「と、言いますと?」


アクロマの顔に、眉間の皺が苛立たしげに刻まれた。

ゲーチスにはその不快感もまた、彼にとっての重要な通過儀礼に思えてならない。


アクロマ『せ、せいぜい……人間の言うことを真似るのが上手い……とか』

アクロマ『話している……ように聞こえなくもない、とか』

アクロマ『そんなことだろうと高を括っていた節がありました』

ゲーチス「無理もありません」

アクロマ『ところがどザザ・ザす! あなたの連れてきたあザ・ザ・ザザは!』


一瞬、スピーカー越しの声が割れた。

研究について興奮を見せることがないわけではないが、それとは少し趣が違う。

これでは、興奮というより動揺しているという方が正確だ。

ゲーチスは彼の『醜態』に、内心少し驚いていた。


我に返ったアクロマはふたたび眼鏡に触れ、深く息を吸った。

自分が声を荒らげたことに、彼自身が驚いているようにも見える。


アクロマ『……失礼しました』

ゲーチス「いえ」

ゲーチス「……」

ゲーチス「話をしてみて、あなたはどう感じましたか?」

アクロマ『……』

アクロマ『……どう、と仰いましたね?』

アクロマ『それについては、むしろわたくしから、あなたに伺いたいくらいだ』

アクロマ『あなたは、なんとも思わないのですか』

ゲーチス「非常にユニークで面白い、と思いましたよ」

ゲーチス「暇であれば、もっと色々と話をしてみたいものです」

ゲーチス「あまり打ち解けてはくれていませんが、ね」


わざとらしく『残念そうに』眉尻を下げ、首を振ってみせる。

120 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/08/21(日) 00:55:52.55 ID:HsthgRdno

アクロマ『……』

ゲーチス「おや、あなたも事前に知っていたではありませんか」

ゲーチス「あれがどういう特異さを持っているか」

アクロマ『ええ……それは、はい……』

アクロマ『……しかし、実際にあれを目にし、声を耳にしてみると』

アクロマ『研究員たちが嫌悪したのも理解できます』

アクロマ『わたくしは、どういうわけか、実際に相対するまで、それほど驚いてはいなかったのですが』

ゲーチス「そうですね」

ゲーチス「あなたは、同じような能力を持つ『都市伝説』を知っていた」

ゲーチス「今更、驚くには値しなかったはずですね」

アクロマ『いや、しかし、あれがまるで人間のように話す姿は……』

アクロマ『その……なんというか、好奇心以前に、より原始的な感情を想起させる』

ゲーチス「なるほど」

ゲーチス「あなたの言う、『より原始的な感情』とは?」

アクロマ『……ど』

ゲーチス「……」

アクロマ『どうにも、気味が悪い』


ゲーチスは声を上げて笑い始めた。

押し殺した笑いに始まり、次第に声も大きく、ひきつった笑い方に変わっていく。

アクロマが呆気に取られているのも気にせず、ゲーチスは大声で笑いつづけた。

時たま混じるノイズとゲーチスの哄笑だけが薄暗い部屋を揺らしている。


しばらくして、ゲーチスは笑うのをやめた。

思い出したように、モニタの中のアクロマに視線を戻す。


ゲーチス「ああ、これは失礼しました」

アクロマ『そこまで面白い話でもなかったと思うのですが』

ゲーチス「いえいえ、そういうわけではありません」

ゲーチス「信じてはもらえないかもしれませんが、あなたを笑ったのではないのです」

アクロマ『……そうですか』

ゲーチス「やはりそう感じたのですね、あなたも」

アクロマ『面白いと?』

ゲーチス「いえ、『気味が悪い』という、その感情のことです」

アクロマ『それは……』

ゲーチス「なぜ、我々はそう感じるのでしょうね」

121 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/08/21(日) 00:59:34.64 ID:HsthgRdno

眉を顰め、アクロマはふたたびゲーチスに不審の目を向けた。


アクロマ『それは当然でしょう』

アクロマ『ポケモンが人間の言葉を喋るなんて』

ゲーチス「『身の程知らずだ』と?」

アクロマ『いえ、そうは思いませんが……』

アクロマ『実際に見ると、そのちぐはぐさは不気味でしかない』

ゲーチス「ええ、その通りです」

アクロマ『あれがどういった経緯で人間の言語を獲得したのか、わたくしにはまだわかりません』

アクロマ『ですが波形には、同種同士でコミュニケーションを行なっている際と大きく異なる結果が出ています』

アクロマ『ああして喋るにあたって、もはや頭脳のどの部分をどう使っているのかも違うということです』

アクロマ『それにしても、いったいなぜ……』

ゲーチス「本人にとっては、必要なことだったのでしょう」

アクロマ『ああ……そうか、ええ、記録にもありましたね』

アクロマ『しかし、たかがあんな理由で?』

アクロマ『いや……もともと頭脳のみならず、彼らについてはわかっていないことばかりです』

アクロマ『この場合、イレギュラーな能力を後天的に獲得しているわけです』

アクロマ『もともと持っていた能力や特性のいずれかを犠牲にしている可能性があります』

アクロマ『生育にあたって、進化や技能の習得が阻害されるかもしれませんし』

アクロマ『本能が司る部分や、生来備わっているはずの機能に影響が出ることもあるでしょう』

アクロマ『いえ、まだ何の確証も持てない、推測でしかありませんが』

アクロマ『そういう分野を研究している人間は、なぜかあまりいませんから』

ゲーチス「それもまた、なぜなのでしょうね」

アクロマ『……?』


アクロマが不思議そうな顔をした。

そんな疑問は考えたこともない、という表情だ。

だが、幽霊でも見たかのような不安そうな目は間もなく消えていった。

122 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/08/21(日) 01:02:17.83 ID:HsthgRdno

少しきょろきょろしてから、アクロマは話を続ける。


アクロマ『あ……いえ、それは、まあ、いいのです』

アクロマ『いずれにせよ、あれはミュウツーではないわけですからね』

ゲーチス「ですから、あれはもう、あなたの好きにしていただいて結構ですよ」

アクロマ『その言葉を待っていました』

ゲーチス「こちらが得られる情報は、もう十分に引き出せたと思いますからね」

ゲーチス「納得のいくまで調べるにせよ、何かしらの実験に使うにせよ」

アクロマ『わたくしひとりで、個人的に調べていいのですね?』

ゲーチス「ええ」

ゲーチス「何かしら、『戦力』として期待できる方向に成果があると、より望ましいですが」

ゲーチス「まあ、そこはお任せします」

アクロマ『ありがとうございます』


そう言いながら、アクロマはちらりと画面外に目を向けた。

彼は、そこにある何かを値踏みするように眺めている。

ゲーチスには、彼が何を見ているのか知ることはできない。

が、予想はついた。


あの目に浮かぶ狂気じみた輝きは、強い好奇心に違いなかった。

普通の世界では満たされない好奇心。

彼は『能力を引き出す』などと聞こえよく嘯くが、手段を選ぶわけでもない。

非人道的な方法であっても一向に構わないと普段から臆面もなく言う。

だから、彼はこうして自分の計画に嬉々として手を貸すのだ。

ゲーチスにとって、その方針は大いに結構である。


?????「ゲーチス様」


不意に、ぼそぼそとした声が頭上で響いた。

首筋に雨粒が入り込んだときのような、いやな気分になる声だ。


ゲーチス「……ずいぶんと時間がかかりましたね」


モニタを睨んだまま、ゲーチスは口を開く。

見上げて確かめるまでもなく、ゲーチスには声の主が誰なのか既にわかっていた。

123 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/08/21(日) 01:04:44.60 ID:HsthgRdno

?????「……潜伏先の特定に手間取りました、お許しください」


さきほどとは少し違う位置、部屋の片隅からよく似た声がする。

それも、いつものことだ。


ゲーチス「いえいえ、気にしてはいません」

ゲーチス「で、カントー観光はいかがでしたか?」

?????「……ゲーチス様、われらは、遊びに行ったわけでは」


今度は真後ろからだ。


ゲーチス「わかっていますよ」

アクロマ『なんでしょう』

ゲーチス「私の部下が、カントーから戻ったようです」

アクロマ『ああ……例の三人組ですか』

ゲーチス「ええ」

ゲーチス「……それで、成果は?」

?????「先日お伝えした通り」

?????「お望みのものは全て、手に入れました」

ゲーチス「それは結構」


似たような声が部屋のあちこちから、次々に聞こえてくる。

反響しているようで不気味だが、これが彼らの特性だ。

ゲーチスにはいつものことで、なんら驚くには値しない。


ゲーチス「専門的な資料については、彼の方に渡してください」

ゲーチス「それこそ、私では活用できないですからね」

?????「わかりました」

ゲーチス「お客様は、今どちらに?」

?????「いつもの場所に」

?????「少々、衰弱が見られました」

?????「女神に世話を命じています」

ゲーチス「結構。大事な客人ですからね、まだ今のところは」

ゲーチス「きちんと部屋をあてがい、丁重にもてなしてさしあげなさい」

ゲーチス「今後、いろいろと協力してもらわなければならないのです」

?????「はい」

124 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/08/21(日) 01:06:43.46 ID:HsthgRdno

短い返事を残して、気配は瞬時に三つとも消えた。

最後に言葉を発したのが三人の内の誰なのか、ゲーチスにもよくわからない。

ゲーチスは小さく笑うと、挑発するような視線をアクロマに向けた。


ゲーチス「そういうことらしいですね」


対するアクロマもまた、遠慮のない目つきでにやにやしている。


アクロマ『やはり、あなたの計画に参加して正解でした』

ゲーチス「そう言っていただけると、提案した甲斐があるというものです」


重々しく立ち上がり、ゲーチスはアクロマに悟られないように肩で息をした。


ゲーチス「私は今すぐ行きますが、あなたはどうしますか?」

アクロマ『わたくしも、今からそちらに伺います』

ゲーチス「では、下で落ち合うことにしましょう」


そう言うと、ゲーチスは通信を切った。

部屋がしんと静まり返る。

三人組の気配はすっかり消え、アクロマとの会話の残響もない。

スタンドライトも消すと、まるで、初めから誰もいなかったかのようだ。


首を捻り、肩を動かすと、ごきごきと不穏な音がした。

それほど疲れている自覚はなかったが、思わず溜息が漏れる。


ゲーチス(……さて、ここからが本番か)

ゲーチス(素直に協力してくれればいいのですが)


かなり夜も更けているが、眠気はほとんどない。

一刻も早く『客人』に会わなければならないのだから、寝ている暇はないのだ。


自分でもよくわからないが、ゲーチスには妙な確信があった。

アクロマから話を聞いたときから、わかっていたような気さえする。


『もうすぐミュウツーに会える』。




125 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/08/21(日) 01:08:12.92 ID:HsthgRdno
厨二病ゲーチス

今回はここまでです

ではおやすみなさい
126 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/21(日) 01:46:22.68 ID:aJq5H6Kio
乙乙
127 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/21(日) 10:57:34.71 ID:40Ms6Qpko
乙です
128 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/21(日) 11:29:35.76 ID:dK3/SOR3o
厨二いうなしww

ついに事態が動いたかー
129 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/08/21(日) 21:20:02.29 ID:MDXEvbEi0

ニャースの凄さを痛感するスレだなww
130 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/15(木) 09:51:17.76 ID:74zZv4Ky0
保守
131 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/16(金) 04:49:21.16 ID:+ATlECBQo
ニャースが人語を話せるようになったのって、惚れた雌のためだっけ
結局、気持ちわるいってフられたんだよな
132 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2016/09/16(金) 22:18:10.53 ID:Vg+JdW69o
しょうがないですよ
人間の言葉を喋るポケモンなんて気持ちわr(ここから先は血糊で汚れて読めない

保守ありがとう
133 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/09/17(土) 19:45:24.37 ID:CpGGjnqvO
>>132
ニャースが喋るのは流血沙汰だったのか...ww
134 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/02(日) 15:25:50.88 ID:XF8joe4io
保守
135 : ◆/D3JAdPz6s [saga sage]:2016/10/16(日) 21:35:37.49 ID:39lwH7doO
保守
136 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/10/24(月) 23:23:09.23 ID:GKUQ56mXo


????「……あ、あのね!」


背後から、自分たちを控えめに呼び止める声が飛ぶ。

ミュウツーは努めて、のんびりした動作で振り返った。


引き止めたのがイーブイだということは、振り向くまでもなくわかっている。

目を向けたところで、その姿が肉眼ではよく見えないこともわかっていた。


森には、かすかに夕焼けの赤さが残るだけだ。

自分も含めた森の全てに、紺色の幕がうっすらと被さろうとしている。

すぐ近くにある友人たちの顔すらも、はっきりとは見えない。

そんな黄昏時の空間に、地味な色のポケモンはすっかり紛れていた。


こちらを見上げていることも、イーブイの眼球によぎる反射で、かろうじてわかるだけだ。


ミュウツー『なんだ?』


顔に当たった風は生温く、撫でられているようで不快だった。


イーブイ「……えっと……」


聞き返されてイーブイは言葉に詰まった。

自分から話しかけてきたにもかかわらず困っている。

イーブイの場合、表情よりも耳の動きが一番よく感情を表している。


ミュウツーはその姿に、ジュプトルの騒々しい嘆きを思い出していた。

近頃は寒く、夜も早く暗くなってしまうから『眠くなる』と、しきりに憤慨するのだ。

要は周囲の気温が身体的活発さに反映される“たち”であるらしい。

そんなふうに機嫌が悪いとき、ジュプトルの頭部の葉はきりきりと揺れるのだ。


もっとも、気温と体調の関係については、あまりよくわからない。

ダゲキやヨノワールも、その話には首を傾げていたと記憶している。

ミュウツーも、言うほど気になった覚えはない。

137 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/10/24(月) 23:25:45.76 ID:GKUQ56mXo

ぞろぞろと連れ立って移動することを考えれば、暗さはむしろ歓迎だ。

寒さも含めて、ああまで嫌がる理由は得心がゆかぬままだった。

活動に支障が出るほどの寒さを、ミュウツーは経験したこともなければ、想像もできなかった。


ミュウツー(この私が人間のところに、何度も行くことになるとは……)

ミュウツー(妙な話もあったものだ)

ミュウツー(しかも、こいつらを連れて行くとはな)


友人たちをなんとか説得し博物館に連れて行く、という約束だったはずだ。

あの夜、あの人間の女との約束。

その約束を果たすため、ミュウツーは友人たちを伴い、博物館に向けて出発しようとしていた。


ミュウツー(いや、『宿題』……だったか?)


――じゃあ……お友達の説得が、キミの宿題ね


ミュウツー(どんな言葉で言い表そうと、実態は変わらないか)

ミュウツー(やれと言われたことをやり終えて、それを示すだけだ)


だが彼女が意味深に強調した言葉を思い出すと、ミュウツーは妙に浮き足立つのだった。

なにかを、誰かに『任された』からだろうか。

本当のところは、自分でもわからない。


ミュウツー(『宿題』を終えた私に、あの女はなんと声をかけるのだろう)


今の行動は、自分や自分の周囲にどういう結果を齎すのだろうか。

ミュウツーの頭の中で、思考がぐるぐると拡散しては収束するばかりだ。


ミュウツー(いやそれよりも、あの女は『彼ら』を見て、なんと言うだろうか)

ミュウツー(それに、あの女と対面することで、『彼ら』はどう変わるだろう)

ミュウツー(いちど人間に背を向けた者が、再びまみえたとして……)


何かほんの少しでも踏み間違えれば、とんでもない結果を生むに違いない。

多少なりとも居心地のいいこの森や友人たちに、なんらかの累が及ぶかもしれない。

それは、まったくもって望むところではない。

にもかかわらず、頭の中は不思議と楽観的に鈍るばかりだった。

138 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/10/24(月) 23:27:17.92 ID:GKUQ56mXo

辛抱強く待つミュウツーの目の前で、イーブイはまだ首をひねり唸っていた。


ミュウツー『……これでも一応、相手のある約束なんだが』

イーブイ「う、うん」


イーブイなりに、続きを口にするべく努力しているのはわかっている。

その上、彼は先を促され焦っていた。


なかなか話が終わらないせいで、友人たちが振り返り始めたようだ。

視界と意識の隅に、ごそごそ動く気配があった。

視線が集まったためか、イーブイは余計に慌てる。


イーブイ「えっと ね、あのね」

イーブイ「……い、いわないの、いいの?」

ミュウツー『言う? 誰に? ……なにを?』


イーブイは不愉快そうに耳を伏せた。

彼も彼なりに苛立っているらしい。

聞き返されたことにではなく、うまく言えないことに、だとミュウツーは解釈した。


ミュウツーは、我慢強く『続き』を待つ。

自分にしては驚くべき忍耐力だ、と自分でも思う。

不思議と腹も立たない。


イーブイ「うん、と、……えっと、ないしょ なの?」

イーブイ「チュリネちゃん、に」

ミュウツー『……ああ』


ようやく聞こえた『続き』に息をつく。

ずいぶんと懐かしい名前を聞いたような気がした。

自分の溜め息に紛れて、誰かの呻き声も耳をかすめた。

ミュウツーは思わず苦笑した。

139 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/10/24(月) 23:29:44.08 ID:GKUQ56mXo

ミュウツー『それは、こいつに尋いた方がいい』


ミュウツーはそう言いながら、ダゲキを顎でしゃくって示した。

チュリネについては、やはり呻き声の主に決定権があるように思う。


ダゲキはミュウツーを見上げ、恨めしそうな表情を浮かべた。

目が合うと眉間の皺をいっそう深くし、何か言いたそうな顔を作ってみせる。

まずいきのみでも食べさせられたあとのようだ。


ミュウツー(そんな顔になる気持ちも、まあわからないではない)

ミュウツー(チュリネがこれを知ったら、さぞ面倒だろうからな)

ミュウツー(今回は運よく、奴に気付かれずにすんだが)

ミュウツー(……毎回こんなふうに上手くいくとは限るまい)


はたしてどんな賑やかな声で不義理をなじり、何を言い出すだろうか。

彼でなくとも、それは容易に想像がついた。

だからこそ、この小旅行は一貫して彼女に伏せられていたのだ。


もっとも、気付かれてしまった場合には自分で説得する、と豪語したのも彼自身だったが。


ダゲキ「ううん……えっと」


案の定、普段よりずっと沈んだ声でダゲキが応じた。

もう少しで、彼女の名が出ないまま出発できそうだったのに。

そんなふうに言いたげな声だった。


イーブイ「チュリネちゃん、いきたい いうよ」

ダゲキ「わ、わかってる」

イーブイ「でも、ないしょ?」


ダゲキが黙って頷く。

イーブイは腑に落ちない顔を見せ、唸りながら前脚で鼻先を擦った。


背後から、しゃりしゃりと草を踏む音が聞こえる。

ジュプトルが地面に飛び降りたに違いない。

140 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/10/24(月) 23:31:44.55 ID:GKUQ56mXo

イーブイ「どおして?」

ダゲキ「チュリネが いくのは、……よくない と、おもう」

イーブイ「……どお して?」


『自分で説得する』と宣言したわりに、彼の返事は歯切れが悪い。


ミュウツー(助けてやっても構わないんだが)

ミュウツー(もう少しくらい、自力で頑張ってもらおう)


ダゲキ「チュリネは……」

ダゲキ「ニンゲンの こと、ぜんぜん しらない」

イーブイ「うん」

ダゲキ「よくない ニンゲンが、たくさん いるのも わからない」

ダゲキ「なんかい いっても、わからない」

イーブイ「だって、チュリネちゃん、しらないもん」

ダゲキ「うん」

イーブイ「いつも、もり から、みるだけ だよ」

イーブイ「いつも、すごく がまん してるよ」

ダゲキ「だから こわいことも、わからない」


ミュウツーは、ふたりのたどたどしい会話に耳を傾けながら、空を見上げた。

空の赤みはほとんど消え、まばらに星が輝き始めている。

冬になれば、もっと寒くなれば、あの星はもっと数が増えるそうだ。

それは、さぞ壮観だろうと思う。

『もっと寒い』とは、どんな“感じ”なのだろうか。


ミュウツー(『約束の時間』というものがあるわけではないが)

ミュウツー(いつもの時間より遅い理由を、あの人間に釈明しなければならないな)


空の片隅で、乳白色の月がささやかに光っている。

ただの弱い反射光なのに、毛ほどの細い針で目を刺されているような気分になった。

ミュウツーは痩せた月から顔をそむけ、残像に顔を顰めて目を閉じる。

141 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/10/24(月) 23:33:21.88 ID:GKUQ56mXo

イーブイ「うんー……」

イーブイ「でも、チュリネちゃん きもち、わかる」

イーブイ「ぼく……も、しらないから、しりたい だったもん」

ダゲキ「……」

イーブイ「チュリネちゃんも、おなじだよ」

イーブイ「しらないから、もっと もっと、しりたいよ」

イーブイ「……だって、にーちゃんと おなじ、なりたいんだよ」

ダゲキ「……『おなじ』……」


背後から、ジュプトルとヨノワールがひそひそと話す声が聞こえた。

ついに待ちくたびれたのだろうか。

これ以上この会話が長引くようなら、ミュウツーは口を挟む気でいた。


ダゲキ「じゃあ、イーブイは わかるよ」

イーブイ「?」

ダゲキ「ぼくたち は、もう しってる」

ダゲキ「おなじ」

イーブイ「あ、うん」

ダゲキ「イーブイも、ぼく も、ニンゲンのこと しってる」


甲高く沈んだ声で、ダゲキが言った。

悔しさを噛み締めているような声音だ。


ダゲキ「また、『しらない』 には、もどらない」

ダゲキ「ぼくは、もどれない……と、おもう」

ダゲキ「イーブイは、もどる できる?」

イーブイ「……で できないよ」

イーブイ「だって、しってる のこと は、しってる だもん」

ダゲキ「だから、こわいんだよ」

ダゲキ「チュリネが、ぼくたちと おなじ なるのは……」

142 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/10/24(月) 23:35:39.20 ID:GKUQ56mXo

イーブイはダゲキの返事に、少しずつ目を見開いた。

呻くような声を喉から出して、イーブイは耳をひくひく痙攣させる。

言われた意味を徐々に理解していく過程が目に見えるようだ。


イーブイ「あ……わ、わかった」

イーブイ「にーちゃん いうこと、ぼく わかった」

イーブイ「チュリネちゃんの、もう いわない」


ダゲキが、少し安堵した顔でゆっくり頷いた。

こっそり盗み見ると、ジュプトルも訳知り顔で首を掻き、地べたでくつろいでいる。

ふたりの結論に特に異議はない、という態度らしい。


少し視線をずらすと、今度はヨノワールと目が合った。

無言で『お前はどう思う』と問いかけてみる。

ヨノワールは何も言わずに肩を竦め、目を伏せた。


イーブイ「ぼく、ちゃんと ルスバンの、する」

ダゲキ「うん」


ダゲキは重々しく向きを変え、ゆっくり歩き始めた。

振り向きざま、こちらを一瞥していく。

早く出発しよう、と言いたいに違いない。

他に含むところもありそうな目ではある。

ミュウツーはその視線に、失笑しそうなほどの必死さを感じ取り、頷いた。


イーブイ「……にーちゃん」


ダゲキは歩みを止めたが、今度は振り向かなかった。


イーブイ「『もどれない』は、だめ? わるい?」

ダゲキ「……わからない」

ダゲキ「でも、もどれない は、こわいよ」

イーブイ「……そだね」

143 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/10/24(月) 23:37:42.68 ID:GKUQ56mXo

噛み締めた歯の間から絞り出したような声だった。

本当は答えたくなかったのか、ダゲキは俯いたままだ。


ダゲキ「……ねえ」

ミュウツー『うん?』

ダゲキ「はやく いこう」

ミュウツー『あ……ああ、そうだな』


今度は明確に促され、ミュウツーもついに足を動かした。

隠れて溜め息をつきながら、少し意外なくらいの心持ちでダゲキの背中を眺める。


彼の不自然な呼吸が耳障りでしかたない。

ひょっとして、彼も今のやりとりで苛立っているのだろうか。


後方では、イーブイがまだこちらを見ている。

だが間もなく、残念そうに耳を垂らして踵を返した。

賢明な判断だとミュウツーは思う。

おそらくあのまま待っても、もう誰かが口を開くことはないだろう。


去ってくイーブイの後ろ姿に、よく似た別の足音が追従していった。

背後にいた誰かも一緒に歩いていった、ということのようだ。

暗くてほとんど姿は見えないが、ぼんやりした黒い影は見えた。


ミュウツー(……あれが新しく『拾われた』奴か)

ミュウツー(少し前だったと思うが、まだあまり顔を見たことはないな)


前を向く。

ジュプトルが『しゅっ』と細く唸り、ダゲキを見下ろしていた。

いつの間にか、ヨノワールの不安定な肩に再びよじ登っている。

ちゃっかりしたものだ、とミュウツーは内心で舌を巻いた。


ジュプトル「だいじょぶ?」


労るような、ジュプトルにしては優しい口調だ。

眉間に皺を寄せているが、気遣うように彼に視線を送っている。

144 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/10/24(月) 23:39:32.50 ID:GKUQ56mXo

ジュプトル「おれ、どっちも わかるし」

ダゲキ「ぼくも、わかる」

ヨノワール「わ わたしも、わかります!」


どうも彼らの中では、共通の認識が持てているようだ。

ミュウツーは友人たちの横をすり抜け、先頭を歩き始めた。

背中では、彼らのおぼつかない会話が続いている。


ダゲキ「『もどらない』は、わるいこと かな」

ダゲキ「ぼくは、もどりたい の、とき も ある……けど」

ジュプトル「……わかんない」

ダゲキ「ジュプトルは、もどれたら、もどりたい って、おもう?」

ジュプトル「……うーん」

ダゲキ「ヨノワールは?」

ヨノワール「え、ええと、わたしは……」


ミュウツーは深呼吸をひとつして、ゆっくりと自分の身体を浮き上がらせた。

自分の皮膚や周囲の空気がぴりぴりと引き攣っているのがわかる。


ミュウツー『行くぞ』

ヨノワール「あ、はい」

ダゲキ「わっ」

ジュプトル「わあ! もー!」


背後からばらばらと声があがった。

友人たちの抗議には耳を貸さず、ぐんぐん高度を上げる。

その間も、小柄なふたりが驚く声や怖がる声は聞こえていた。


森の木々を見下ろせる高さに至って、ミュウツーはようやく動きを止めた。

ぐるりと身体を回転させると、何もない空間に、もがく友人たちが浮いている。

見えない力で身体の中心だけを空中に縫いつけられ、手足を揺らしている。

目をこらさなければわからない程度だが、彼らの周囲はうっすら青く光っていた。

145 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/10/24(月) 23:40:51.32 ID:GKUQ56mXo

ミュウツー『夜が明けるぞ』

ジュプトル「だ、だ、だって……」


ジュプトルが動きを止めた。

きょろきょろと辺りを見回して身を縮める。


ジュプトル「ひゃー、たかい」

ヨノワール「……まだ、よる に、なった ばかりです」


ヨノワールは慌てることもなくミュウツーに問いかけている。

自力で浮遊できるからには、空はなんでもないのだろう。


ダゲキ「うん」


ダゲキがジュプトルの首筋をひょいと摘んだ。

自分にしがみつかせ、バランスを取りながら、ダゲキはヨノワールに同調する。


ダゲキ「いまは、すぐ あさには、ならないよ」

ミュウツー『それはわかっている』

ミュウツー『だがな、私たちには時間がないんだ』


少し強い調子で言うと、ジュプトルとダゲキは決まり悪そうに顔を見合わせた。

ヨノワールも一緒になって萎縮している。

光る目は落ち着きなく、叱られた子供のように大きな身体を丸めている。


ヨノワール「は、はい……」

ジュプトル「うーん、わかった」


ミュウツーは、後頭部のあたりにうすい痺れを感じた。

罪悪感か、あるいは後ろめたさによるものかもしれない。

自分ではそう思うのだが、不快感の正体ははっきりしない。


自分の言動が明らかに八つ当たりじみている。

146 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/10/24(月) 23:43:15.31 ID:GKUQ56mXo

ミュウツー(私たち……いや違う)

ミュウツー(“私”には、あまり時間がない)

ミュウツー(だが、だからといって……これはいくらなんでも自分勝手だ)


痛くなるほど顔をしかめ、ミュウツーは空を睨みつける。

油断すれば呻いてしまいそうな、妙な焦りが渦を巻き始めていた。


陽はすっかり落ちている。

もはや見下ろしても、さきほどまでいた場所すらよく見えないだろう。


ミュウツー(……なんだか、懐かしい感覚だな)


感傷に浸っている暇はない、と頭の隅に押しやり、ミュウツーは気を引き締める。


ミュウツー(それにあの時と今とでは、状況がまるで違う)

ミュウツー(あの時のように、何かを振り切って逃げようとしているわけではない)

ミュウツー(あの時のように、何かに嫌気がさして、目を背けようとしているわけでもない)

ミュウツー(なにより、今は……)


友人たちを一瞥する。

空に縁のないだろうふたりは下の景色に目を奪われ、ワアワアと言葉を交わしている。

そこに、丸く大きな影が寄り添って話に加わっている姿が見えた。


早く行かなければならない。

賑やかな友人たちを連れ、少しでも早く行動しようと気を取り直した。

これ以上、少しの時間も無駄にしたくなかった。


しばらく空を飛ぶと、いつものように街の灯りが近づいてきた。

初めて来たときより少し時間は早いが、明るさはそう違わないように思う。

奥の方に、ぼんやりと白く目立つ『博物館』が聳え立っていた。

大半の家屋には光がなく、窓も真っ暗だ。

いくつかの店らしい建物と街灯だけが細々と光を放っている。

それでも、夜の森に比べればずっと見通しがきく。

147 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/10/24(月) 23:45:57.74 ID:GKUQ56mXo

軽く振り返り、天を指してヨノワールに上昇の指示を出す。

ヨノワールは静かに頷くと、素早く高度を上げた。

それを確認し、空を飛ぶ能力のないふたりを伴ってミュウツーも上昇する。


ダゲキ「うわあ」

ダゲキ「こんなふうに みえるんだ」

ジュプトル「うん」

ジュプトル「きの うえから、かわ みたとき みたい」

ダゲキ「うん」


例えの意味はよくわからなかったが、彼らなりに夜景を楽しんでいるようだ。

上空からの景色を見慣れていないふたりだから、新鮮に違いない。


ジュプトル「あの しろい おおきい いえ」

ジュプトル「きれいで、おおきいな」

ダゲキ「あそこも、ニンゲンの いえ?」

ヨノワール「え、でも、あそこは……」


建物の真上まで移動し、空中で立ち止まる。

壁は白く、屋根は、昼ならば渋い緑なのだろうが、今は黒にしか見えない。

屋根にはやや傾斜があるものの、降り立っても問題はなさそうだ。


ミュウツー『ここだ』

ダゲキ「うおお……」

ジュプトル「いちばん でかい いえ!」

ジュプトル「ここも、ニンゲン すんでる?」

ヨノワール「……この たてもの……」

ミュウツー『おそらく、お前の予想は当たっているぞ』

ヨノワール「いえじゃ ない……みたい です」


そう答えながら、ミュウツーは音もなく着地した。

ふたりを屋根の上に落とすと、小さな呻き声が聞こえた。

少しして、ヨノワールが降り立った気配も感じる。

148 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/10/24(月) 23:50:54.15 ID:GKUQ56mXo

ミュウツー『たしかにここは、いわゆる住居ではない』


ミュウツーは意を決して振り返った。

建造物の屋根の部分、濃い色の足場に、友人たちが腰を下ろしている。

ミュウツーが振り返ったことに気づくと、彼らは不安そうにこちらを見上げた。


ミュウツー(この頭数だったが、誰にも見られず辿り着けたな)

ミュウツー(このまま大きな問題もなく終わればいいが……)


深く息を吐きながら、ミュウツーは黒い空を見上げた。

いつになく緊張しているようだ。


博物館の屋上は静まり返っていて、当然ながら人間の気配はなかった。

見えるのは黒っぽい屋根、白い建造物の壁、民家の微かな灯りとその奥に佇む真っ黒な森だけだ。

改めてぐるりと見渡しても、監視の目となるものはなさそうだ。


ミュウツー(ここまではあの女の言った通りか)

ミュウツー(空から侵入者が来ることは、やはり想定していないということだな)


『展示物や貴重な資料がある部屋はさておき、全体ではそこまで警備も厳しくはない』。

『特にキミみたいに、空から来る泥棒を見越した警備はしてないしね』。

ホントは部外者に教えちゃマズいんだけど、と前置きをしながら彼女はそう言った。


自分のような物好きと夜間警備を除けば、夜は無人も同然だ、と彼女は笑いながら付け足していた。

今のところ、彼女が寄越した情報に嘘はないようだ。


ミュウツー『いいか、いつものように喋っていいのは、ここまでだ』


『声』の届く範囲を絞り、ミュウツーは友人たちの反応を待った。

ミュウツーの警告に、ヨノワールが真っ先に身を縮める。

黄色く裂けた巨大な口にも、ただの模様にも見える腹部を両手で抑え込む。

あれは本当に発声器官なのだろうか。

ヨノワールなりの冗談なのかもしれないが、いまいちミュウツーにも判じかねた。


その姿を見て、ダゲキも慌てて口を両手で覆う。

149 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/10/24(月) 23:52:57.40 ID:GKUQ56mXo

ヨノワール「みつかったら、たいへん です」

ダゲキ「たいへん なんだ」

ジュプトル「ふうん」


いつもより少し聞き取りにくい声でふたりが話し始めた。

ジュプトルにも異議はないようだが、どこか納得しきれない顔だ。


ミュウツー『……別に、喋りたければ喋ってもいいぞ』

ミュウツー『そのまま捕まって、実験材料にされてもいいならな』

ミュウツー『私はごめんこうむるが』

ミュウツー『“物を言う珍しいポケモンだ、生きたまま頭を切り開いて調べてみよう”』

ジュプトル「……」

ミュウツー『“腕や脚を切り落としたら、どちらで鳴くか試そう”』

ダゲキ「……」

ミュウツー『“ニンゲンのように叫ぶのか、本来の鳴き声に戻るのか、どちらだろう”』

ジュプトル「わ、わ、わかったよ!」

ジュプトル「いたいの、おれ いやだもん」


怯えた声で呟き、ジュプトルはふたりの間に潜り込んだ。

ヨノワールが巨大な手で背中を支え、ダゲキはミュウツーとジュプトルを交互に見ている。

予想より少し幼稚な反応に違和感を覚えたが、それは置いておくことにした。


ジュプトル「ほんとに そんなこと、する?」

ヨノワール「そんなこと する、ニンゲンばかりじゃ ないです」

ダゲキ「う、うん」

ダゲキ「い、いいニンゲンも いるよ」

ミュウツー『まあ、それは冗談だ』

ミュウツー『全てのニンゲンが善良なわけではないことは、わかってるとは思うが』

ミュウツー『おそらく、これから会うニンゲンは、そんなことをしない』

ミュウツー『今のところは私を捕えてどうこうするそぶりもないしな』

ミュウツー『確認はしていないが、私のことを別のニンゲンに話したりもしていないだろう』

ヨノワール「そんなに いいひとなのに、だめ なんですね」

150 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/10/24(月) 23:54:59.68 ID:GKUQ56mXo

ミュウツーは小さく唸った。

アロエと名乗る人間の女は、ヨノワールが言うように『いいひと』ではあるだろう。

何度か顔を合わせているミュウツーは、その点では実感を持っていた。

姿形か、物腰か、あるいは話しぶりやその中身か。

自分がなに見てそう判断したのか、自分でも説明はできないが。


ミュウツー『“きっと”、悪いニンゲンではない』

ミュウツー『一定の信頼は置いていい“はずだ”』

ミュウツー『うまく言えないが、私はそう“思う”』

ヨノワール「……それは、なんとなく わかります」

ミュウツー『だが、だからといって手の内を全て明かせばいいというものではない』

ミュウツー『他にも理由はあるが……』

ミュウツー『信頼を置くというのは、そういう部分で示すことではないと思うし』

ミュウツー『全てを詳らかにしないからといって、信頼していないことにはならない……と思う』

ミュウツー『わ……わかるか?』


いつの間にか、彼らの顔がよく見える。

目が慣れてきたからだろうか、かろうじて表情がわかるまでになっていた。


ダゲキ「……わかった」


独り言を呟くように、ダゲキが口を開いた。

ヨノワールほどではないが大きな目で、こちらをまっすぐ見ている。


ダゲキ「きみが いうこと、ぼくは わかった」

ダゲキ「ぼくも、あのひとに、な……なにも いわない から」

ミュウツー『あのレンジャーか』

ダゲキ「チュリネにも、いわない こと、たくさん ある」

ミュウツー『そうだったな』

ミュウツー『……』


全員の顔に一通り目を向ける。

それ以上、誰かが文句や抗議を示してくることはなかった。


ミュウツーは再び空中に浮かび、全員を連れて静かに移動し始めた。

小柄な方のふたりが身体を強張らせた気配はあったが、それだけだ。

自分が動きを関知していないヨノワールに、行く先を示す。

151 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/10/24(月) 23:58:02.99 ID:GKUQ56mXo

いつも通る窓を、いつものように開錠して中に入る。

自分より身体の小さいふたりは、問題なく通り抜けることができた。


書架の上にふたりを降ろして後方を見ると、ヨノワールの姿がない。

ジュプトルに目で尋ねても首を横に振るだけだ。

自分より少し図体が大きいくらいだったはずだが、とミュウツーは周囲を見回す。


すると、ダゲキが足元の書架の更に下の方を指差した。

指された方に目を向けると、書架の間にヨノワールの影が漂っているのが見える。

こちらに気付くとヨノワールは目を細め、呑気に巨大な手を振った。


ミュウツー(い、いつのまに……)

ミュウツー(……ううむ……先が思い遣られるな)


???「おッ!」


突然、よく通る声があたりに響いた。

全員が反射的に息を潜める。

同時に、眩しい懐中電灯の光が目に突き刺さった。


???「本当に来てくれたんだねえ!」


さきほどより少し潜めた声が、光の向こうから聞こえる。

よく考えれば聞き覚えのある声に、ミュウツーはようやく少し緊張を解いた。

なんだか、この状況には覚えがある。

懐中電灯の灯りは自分から逸れ、ゆっくりと周囲の友人たちに移動していく。


???「なんだかバタバタ聞こえたから上がってきたけど」

???「これだけいれば、そりゃあ音もするわよねえ」


声の主は小声で笑いながら、懐中電灯を床に向けた。

光は床を照らし、反射して周辺の空間をぼんやりと照らす。

おかげで互いの姿がよく見えるようになった。


目の前には、人間の女が懐中電灯を持って立っている。

笑顔を浮かべ、嬉しそうに手を広げて、彼女は囁いた。


アロエ「いらっしゃい、待ってたよ!」

152 : ◆/D3JAdPz6s [saga]:2016/10/25(火) 00:03:05.10 ID:uD0cK60Po
よく考えてみたらヨノワールはゴーストタイプなんだから
幽霊っぽい瞬間移動とかできそうだよね、っていう

SMは事前情報集めすぎないように気をつけてるけど
あのジャラジャラした名前の新ポケが
見た目エスニックな雰囲気あって楽しみ

ではおやすみなさい
153 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/25(火) 00:39:48.08 ID:o+qQnSOQo
乙です
154 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/25(火) 07:32:21.89 ID:f2zbQyUS0
155 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/10/26(水) 10:27:18.95 ID:QccysD5do
ドキドキするなあ
156 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2016/11/13(日) 10:23:47.14 ID:kDY5u134O
乙!待ってました
157 : ◆/D3JAdPz6s [sage saga]:2016/11/26(土) 22:38:28.88 ID:PZmDcJyzO
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