会長「音が紡ぐ笑顔の魔法」

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325 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/11/23(土) 11:28:04.87 ID:6WH6qbJhO
【決講】可奈「飛べ飛べ神鳥〜♪る〜ぐ〜ちゃん〜♪」
https://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1574466531/
326 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2019/11/24(日) 14:04:20.10 ID:7iOeEy3Xo
男「副部長は俺の事をどう考えたか分かりますか?」ボソッ

部長「ロリに似てるとか?」ボソッ

男「……」

部長「前にも同じ様な事があったんだよ、本当に」ボソッ

部長「当時のロリはお前のような反応だったよ」ボソッ

男「ロリ先輩……」

あの人は普通の人とは異なっているけれど、俺に似ているとも考えた事がない。
ただの病弱な留年生。
けれど、自由天文部にかける思いだけは誰にも負けない。
そう思っていた。

けれど、二面性があった。

あるのは分かっていたけれど、見えない。ひとつは陰険としか分からない。
そして、今も尚この人の影が大きく残っている。
ロリ先輩……助けてくれよ。

あなたは俺に似ているのか?教えてくれ。

ロリ先輩はこういう時にどうする?

俺は俺のやり方を貫く事しか出来ない。

男「副部長、次に問題発言をしてしまう場合は本当にやめてください。貴女の機嫌を伺ってまでバンドを続けたくない」

副部長「ごめんね……」エヘヘ

全く、何を考えているのか……

327 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2019/11/24(日) 14:35:23.86 ID:7iOeEy3Xo
作曲「男君……」

男「?」

作曲「女の子の格好は続けるつもりなの?」

女装をしていないと上手に歌えないって言っても信じて貰えないだろう………
女性の歌になるが。

男「まぁ、これが一番調子出るので」

幼馴染「ほ、本人の好きにさせれば!?仕方ないじゃない」

鼻の下を伸ばしながら庇うな。

早い所で話を逸らして置くべきか。

男「と言うか、部長はどうしてぼけっと突っ立って居るのでしょうか?この部の部長ですよね?」

部長「へ?」

男「部長以外は皆、機材の準備をして練習に取り掛かる所ですよ?」

部長「いや、あいつらも丁度今始めた所……」

男「一番の足手まといが人と同じでどうするんですか?」

部長「……」ムカッ

男「仕方ない……今日は歌い方を教えましょう」

部長「えっ!?マジ!?」

まぁ、この調子でしっかりと練習を続けたらきっと悪くない結果を残せる筈……





328 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2019/11/24(日) 15:17:50.50 ID:7iOeEy3Xo
同時刻。

女「外……無理……やだ」

幽霊部員「もうすぐ部室っすから!!ワガママ言ってると住ませてあげないっすよ!!」

女「それは嫌〜」エヘヘ

幽霊部員「下手な愛想笑いは禁止!」

幽霊部員「ほらっ!着いたっすよ!!」ガチャッ

幽霊部員「おはようっす!!」

会長「おはよう、この人は……?部外者なら立ち入り禁止だが」

幽霊部員「OGの女さんっす!」

女「サボり魔だけどね……どうも、女です……あはっ」アハハ

作詞「おや、大先輩じゃないか。どうもどうも、おはようございます」

不良「誰だよ、この人……変なの」

幽霊部員「ずっと部屋に置いていると酒とタバコだけでもうっ!見てらんないんすよね!」

女「あれ?怒ってた?」

会長「まぁ、OGなら良いか……」

不良「基本的にはここに先生も来ないし」

女「あ、ごめんね。タバコの時間」スパ-

会長「」ピキッ

幽霊部員「携帯灰皿は?」

女「ある……」

幽霊部員「偉いっすねー!」

作詞「まぁ、この部室には探知機なんて無いけど……マナー違反なのではないかと思うよね。喫煙所があるからそこで吸って欲しいという気持ちは正直に言うとあ」

幽霊部員「女さんは他人が苦手なんすよ」

作詞「また切ったね?これで何回目かな?君はよく私の話を切るよね?」

会長「まぁ、邪魔をしないのなら……許容しようか」

プシュ

ゴクゴクッ

女「ふぅ〜っ缶チューハイは最高っ……あっ、持ち帰るからね?」

幽霊部員「僕のうちなんすけどね……」

会長「さぁ、練習しよう」

不良「あ、現実逃避したな」

作詞「ベースが居ないから個々の練習になるけどね」

不良「ロリ先輩が元気な時にはできるだけ音を合わせたいな」

女「……」ゴキュッゴキュッ
329 :綺羅星ソニア [sage]:2019/12/05(木) 19:10:20.34 ID:/5FE6297O
会長「〜♪」

幽霊部員「あっ、もう練習してる」

不良「相変わらず上手だな、さっさと歌手にでもなった方が良いんじゃね?そうじゃね?」

作詞「昨日とは違って鬼気迫る物があるね」

女「……下手」

不良「は?マジで言ってんの?」

女「感情の出し方が下手っぴ、これじゃあ誰も着いて来ないよ」

会長「っ、」ピタッ

会長「申し訳ない、邪魔をするつもりなら帰って頂きたいのですが」

女「なんだ、感情あるじゃん」

女「歌う時もそうしなよ」
330 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2019/12/05(木) 19:19:26.52 ID:/5FE6297O
会長「……」

女「あのね、今時仏頂面で歌う人なんて居ないよ?」

女「周りは君の歌を聞いていると同時に君の事を見ているんだから」

会長「!」

女「なんてね、ごめんね邪魔して」ゴキュゴキュ

プシュ

幽霊部員「流石っすね……」

会長「私の事を……」

会長「〜♪」

不良「顔がひきつってるぞー」

作詞「幽霊部員、あの人は全然部活に出ていなかったんだろう?随分と分かったように話すじゃないか?」

幽霊部員「あー……分かってるんすよね、色んな意味で」ボソッ

幽霊部員「お姉ちゃんが帰って来てからは特にっすけど」

作詞「? すまない、もっと私にも分かるように話してもらえないかな?」

幽霊部員「うーん、私と一緒で才能があるんすよ、きっと」

作詞「自負が凄いね、事実たけどさ」
331 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2019/12/06(金) 22:14:07.65 ID:FZtz1xKEO
作詞「まぁ、相変わらず会話が通じていないけれど、女先輩について何か知っているのかな?」

幽霊部員「!……何かって何すか?」

作詞「さぁ?」

幽霊部員「ほんと、読めないっすね」

作詞「お互い様だろう?お互い部活に出ていなかったんだから、サボっている間は何をしていたのかな?あっ、また深掘りもせずに意味深な発言をしたね?」

不良(二人共楽器の練習だか作詞だかしてたんだろ。そもそもお前らの会話には誰もついてけねぇしよ、本当にめんどくせぇ)

不良「あ〜〜〜男が居る時が一番楽しかったな、ロリも居ないし」

不良「会長は……単純に様子がおかしいんだよな。朝からだけど、昨日からだけど」
332 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2019/12/06(金) 22:25:51.13 ID:FZtz1xKEO





会長「今日はこれくらいにしようか」

作詞「おや?急に仕切り出したね?私が前に出る必要は無いのかな?」

会長「お節介はやめてください、この前の失態は反省しています」

作詞「復活かな?うん」

幽霊部員「今日の会長……目がギラギラしていて怖いっす……」
不良「お前本当に空気読めないのな、そんな事皆分かってんだよ、今日は本当に気色わりぃしよ」

作詞「ん?今の言葉は言う必要があるのかい?」

幽霊部員「……気色悪いとまでは言ってないっすよ」

女「若いな〜」スパ-ッ

作詞「煙草はひかえて欲しいなぁ……」

不良「言いすぎたか……でも実際に様子はおかしいだろ」

会長「私を差し置いて好き勝手言ってくれるな……帰るぞ」
333 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2019/12/06(金) 22:37:20.92 ID:FZtz1xKEO




会長(なんだかんだで解散はしたものの、私の中では様々な感情が渦巻いている)


会長(男……)

会長(自由天文部……)

会長(ロリ先輩の体調……)

会長(何よりも――)

会長(先生)

会長(昨日の事は――)




会長(うん)
334 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2019/12/06(金) 23:00:15.67 ID:FZtz1xKEO
昨日 夜

会長「先生、今日はどのようなレッスンを……?」

受付「……え?」

会長「先生?」

受付「誰……?」

アルバイト「あのね、落ち着いて聞いてね?」

アルバイト「前から体が悪いのはわかっていたと思うけど……あの、ごめん、分かってたけど……ウッ……どうして先生が……ウッ……」

会長「認知症……ですか?」

アルバイト「うぅん……違うよ、アルツハイマー……ここ最近で急に悪化していって……先生もまだまだ若いんだよ?」

会長(愕然とした、この人が居なかったら今の私は居ないだろう。私は男の事で気を悩む余裕なんてないと薄々と感じた)

会長「持病の方は?」

アルバイト「相変わらず悪いよ……もう、長くないって聞いていると思うけど…… やり切れないよね」

受付「早く歌いな、あんたは将来的には業界を――」

受付「賞を……」

会長「任せてください、賞を取りますから」

アルバイト「っ!」

アルバイト「そうだよね、最後の教え子だもんね……先生、ごめんね。私、なんの役にもならなかった」

会長(使命だ)

会長(前々から予兆があった、変に感情を爆発させる事が多々あった)

受付「可愛い私の娘〜♪」

会長(話も合わなかったことが多い。けど、私は先生に大切な事を教わった)

受付「ああ、私の可愛い、可愛い……」

アルバイト「もう、娘さんは帰ってこないのに……」

会長「絶対に先生を喜ばせる、賞を取る。アルバイトさん、見ていてください。先生が生きている間に私と言う存在を見てもらいたい」
335 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2019/12/06(金) 23:10:12.51 ID:FZtz1xKEO
現在

会長(私は決めた)

会長(必ずライジングロックで入賞すると)

会長「先生、見ていてください」

会長(必ず……)

会長(今までの成果を見せます)

不良「……」

会長「男……」

不良(急に男を呼ぶのかよ)

会長「私には時間が無いんだ」

会長「待ってろ、またバンドを組もう」

不良(……男はあんたとバンドを組みたくないと思うけどな)

不良(コンプレックスの原因だろ、正直に言って)
336 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2019/12/12(木) 00:29:25.68 ID:VP+sw7DHo
不良(正直、男はずっと会長に対してコンプレックスを抱いていたと思う。劣等感とかそう言うのは分からないけど……男と会長がまたバンドを組む事は無いと思う)

不良(――“私達”のように)

会長(男とまたバンドを組めるとしよう、その為にはライジングロックで私が男の隣に立てる存在だと認めさせる必要がある。先生が望む“入賞”も出来る。一石二鳥だ)

会長(が、しかし)

会長(先生は私が何をしても分からない……?先生は今、居ない娘と私を重ねている?今の先生には私が入賞したとか何だとか、分かる筈が無いんだ)

会長(一石二鳥なんて、あまりにも失礼な発想だ)

会長(だからこそ分かる。嫌な程分かる。私はもう、先生から歌を教わる事が出来ない……)

会長(取り返しがつかない程に身体を壊している事は知っていたが、まさか脳まで――)

会長(どうして先生が?)

不良「ほら、帰るぞ」

会長(私はどうしたら?)

会長(そもそも娘、お子様は生きているのか?何をしているのか?)

会長(先生――)
337 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2019/12/12(木) 00:56:36.94 ID:VP+sw7DHo
不良「帰るぞ!!!!!」ガアアア

会長「わっ!!すまない!」

不良「たくっ……」

不良「色々と鈍感なんだよ、あんた」




男の事、受付の事、練習が終わり、下校の道を歩いている今尚も会長は悩み続けていた。

受付に対しては答えが出ていた。
絶対にライジングロックで入賞する。

会長は受付の言葉を思い出していた。


『 私のレッスンが終わる頃に、あの子達があんたを忘れたって良いじゃないか』

『 その時にはあんたの歌を聞かせてやればいい。それだけで、元通りさ』

なんて立派な人なんだろう、本当に一人一人を見ていた。

会長は気付いた、今の受付は自分を叱らない。
レッスンは終わったのだと、そう思うとこれまであった感情が波のように押し寄せてきたのだった。

男に対する色恋と混ぜていた自分が恥ずかしいが、それ以上に悲しかった。

ただただ苦しかった。

もう受付から教わることは二度と無いのだと、大切な人と関われなくなるのだと、もっと甘えれば良かった、話せば良かった。

しかし、二度とまともに話す事は出来ないのだ。

会長(私に出来る事は――)

会長(今よりも更に歌えるようになる事だ……っ!)

不良と二人で帰っている今、みっともないタイミングで来てしまった。
感情の渦。

大切な人を失った事実は、会長の心に遅れてのしかかってきたのだった。

帰り道半ばで膝を崩して泣いてしまった。
受付が亡くなるまでは泣かないと決めていた。
好きな人から拒絶されるのも辛かったが、それ以上に受付の現状は会長の心を感情の濁流で飲み込むには充分だった。

会長「うっ……うわあああああぁぁ!!」

不良「会長……大丈夫か?どうした?水買ってくるからさ、落ち着けよ」
338 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2019/12/12(木) 01:16:18.68 ID:VP+sw7DHo
波と渦と濁流が同時に会長の心を襲う。

会長自身も訳が分からなくなっていた。

少しでも感情を声にして出さないと死んでしまいそうだった。

不良「どうした?男か?」

会長「ちがう……」

不良「ならどうして?」

会長「先生が……」

不良「先生……あぁ、あんたに歌を教てたあの……受付ね」

会長は叫ぶように現状を説明した。
受付の事を全て、例え不良達にとっての印象が悪くても関係なく話した。

不良「立派な人だったんだな」

理解せざるを得なかった、会長が知っている以上に受付の人間性は優れていた。

だからこそ不良の脳裏にロリがよぎる。

ロリも体が悪く、いつどうなってもおかしくない状態。

会長自身が認識していなくとも、ロリの件も会長に多大なストレスを与えているのは明らかだった事を不良は分かっていた。

不良「ロリはまだ生きているし、自分を保っている」

だからこそ言える。

ロリ「手っ取り早くロリに楽をさせてやろーぜ?」

会長「!」

自然と涙が止まった。

ロリはまだ生きている。

会長は不良に諭されてようやく分かったのだった。
大事な人が沢山居る。

そして、会長としてでは無い自由天文部としてロリと受付に“入賞”を知らせる必要があると――
339 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2019/12/15(日) 22:22:35.26 ID:1vgy8i/4O
会長(ロリ先輩に知らせる?)ハッ

会長(そもそもロリ先輩は舞台に立てるのか?)

不良「なぁ、病院抜け出してきたの?」

ロリ「さっさと私に楽をさせろっつーの、だにょ」

不良「語尾変、語尾変」

入院をしている筈のロリは会長と不良の前に胸を張って立っていた。

会長「い、いつから?」

ロリ「内緒だにょ」

ロリ「私を楽にしてやろーぜって言ったのに無視するなんて酷いにょ」

不良「……」

不良は訝しむように、じっとロリの顔を見詰めている。

不良(化粧で誤魔化しているけど、明らかに弱ってんな……)

ロリ「そろそろここを通ると思ってたにょ〜」

不良「はぁ〜、早く病院に戻れよ」

街灯がロリを照らしつける。
強い光が更に厚手の化粧を映やすがそれ以上目立っているのは衰弱しきった身体。

ロリ「そうもいかないにょ」

意志の怪物。
女が去ってからはずっとやりたいようにしてきた。
背負う物も増えすぎた。
意志半ばに去った人の分も抱えていた。

ロリ「ここまでの話は色々と聞いているにょ」

ロリ「体制を変えるなんて思い切った事を男はまぁよくも……」
340 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2019/12/18(水) 22:49:46.65 ID:QpkAA3q9O
ロリ「う〜ん、まぁいい、同じバンドのよしみだにょ」

ロリ「そこでまぁ、提案……お願いだにょ」

ロリ「私個人として……」

ロリ自身が持つ朗らかで甘い雰囲気が一転、棘のように鋭くなった。

ロリがこれから話す言葉を会長と不良は何となく予想が出来ていた。
しかし、それは気持ちよりも準備が足りていない事だった。

ロリ「お願い、私の代わりにベースを担当して」

出てきた言葉は無理だとか出来るとかではなかった。

会長「ロリ先輩と舞台に立ちたかった……」

不良「ほんとそれな、一人だけ抜けやがってさ」

ロリ「二人共、ごめんね……」

今の二人がロリの口調を気にするはずが無かった。
どうでもいい些細な問題だった、会長のベーステク、全体への報告、セッション、二人はこれから起こるであろう問題なんて気にしていなかった。

会長が一通り泣いた後に自分よりも強い人を見た。

会長は泣いている場合では無いと思った。

不良は負けていられないと思った。
341 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2019/12/19(木) 20:40:45.11 ID:mA8bpdg5O
ロリ「じゃあ……」

会長「お願いです。私にベースを教えてください」

こちらから言わないといけないと思っていた。ロリの体調が悪いのは百も承知だ、会長はそれでも教わるのならロリが良かった。

ロリ「勿論!」

あっけらかんとした即答、いつも通りのロリに戻っていた。

不良「は?体悪いんじゃねーの?大体病院で楽器なんて弾けないだろぉ?」

会長「不良、きっと文章で教えるつもりだろ」

不良「そんな一朝一夕で楽器が出来るかよ、」

ロリ「今日から自宅療養を始めたにょ、私はベッドで横になりながら教えてあげるから安心するにょ」

不良「あ〜大丈夫なのか?それで」

ロリ「ロック・スターまで持てばそれで充分……」

ロリ「会長と不良達がロック・スターで勝って、私が手術を成功させる!!それで万事解決だにょ!」

ロリは今、こうして話している内にも倒れそうだった。
全身の血が引いていく感覚がずっと続いている。
身体は今まで以上に悲鳴を上げていた。

ロリ「じゃあ、明日からはしばらく私と練習だにょ。暫くは部室に顔を出す事を禁止、毎朝私の家に来るにょ」
342 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2019/12/19(木) 21:10:43.99 ID:r9EIx4I2o







男「……」

今頃、会長とロリ先輩が会っていることだろう。

19時10分、いつもの帰り道で待っているから久しぶりに会わないかとの誘いがあった。
俺は大事な用があるのと、何となくバツが悪いのもあって断ってしまった。

大事な用とは……副部長を知ると言う事だった。

今のバンドで成長のきっかけ、人間性、思考を掴めないのはこの人だけだった。

だからこうして今、副部長の帰りを送っている。

副部長「……あ、ありがとうね?送ってくれて」

男「いえいえ、色々と聞きたい事が山積みですから」

今からの俺は副部長を死ぬ覚悟で“攻撃”する、一度でも殴られたら終わりだろう。

はっきり言って貴女には困らされているんだよ、さっさとその醜い本性を表せよ猫被り。

副部長「聞きたい事?なにかなぁ?」ン-?

男「どうして皆に一番迷惑をかける時に後先考えずに自己中心的な思いをぶちまけるような考えに至ったのはどうしてかなって?」

あ、言い過ぎたかも。
343 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2019/12/19(木) 21:12:06.20 ID:r9EIx4I2o
>>324
訂正


それにしても少し見直す必要があるな、練って考える必要がある。
副部長、副会長かが何を思っているかを。

それにしても俺は今一度見直す必要があるな、更には練って考える必要がある。
まず最初に、副部長が何を思っているかを。
344 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2019/12/24(火) 21:55:09.70 ID:tXvq6AqWO
男「迷惑なんですよね、空気読めてます?」

副部長「ご、ごめんね……」

副部長「必要とされているのかが分からなくて」

男「状況的に必要でしょ、俺よりもずっとギターうまいし」

副部長「でも作詞先輩ほどでは無いよね?」

男「そうだけども、まぁ……そこは何とかなるんじゃないかなぁ」

副部長「私って平凡なんだよね、何をやらせても中の上で人の目を気にしてしまう」

副部長「男君にギターを教えたのも何かしらの存在感を出す為で、男君の為なんて一つも考えてなかった」

こいつ、恥ずかしげも罪悪感も無い。
人としての感覚を疑うような事を平気で……

男「自由天文部の事はどう考えてます??自分の為?目立てるから?」

副部長「そんな自己中では無いよ。うん、大事……自由天文部が無ければきっとつまらない生活を送ってた」

男「そうか……自由天文部で役に立ちたい……とか?」

副部長「自由天文部で一番役に立ちたかったなぁ」

この言葉で俺は気付いた。
あぁ、エゴの塊なんだと。
自由天文部が好きな事は前提にあるけれども、これからの出来事でも先頭に立ちたいのだ。

文化祭ではどのような感情だったのだろうか、きっと良いものでは無い。
純粋に嫉妬をしている、きっと自由天文部もその部員全員の事も大好きなんだろう。

幼馴染以外は使い物にならないと思っていたが、とんでもない逸材がここに居るじゃないか。

男「――副部長」

男「このバンドの主役になりませんか?」
345 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/01/03(金) 05:06:26.74 ID:vcsVU35Io
副部長「えぇ!?どうして私なんか!?」

心底嬉しい癖に謙遜をしておられる。

そんな事はどうでも良いけれどこの方はサイコパスの分類に入るタイプの人間だ。
間違いない、俺はアイドル時代に同じような人間を沢山見てきた。成功の為に他者を潰しても何とも思わないタイプ、人の気持ちを何一つ考えないタイプ、結果至上主義。

副部長は自身の過度なエゴイズムを守るために平然と嘘を吐いている、俺に言われるまでの今まではずっとこうしてきたのだろう。自分からは言えないけど誰かが自分自身を囃し立てるのを待ってきたが、それに相応する実力が無い事もきっと理解しているだろうが俺にとってそこは問題ない。
この手のタイプは他者との協調力が芯の部分で欠けている所為で才能を使う向きを間違えてしまう人間ばかりだが、俺が正してやれば良い。

技術だとか才能だとかと人は言うけれど、この人は違う。
“没頭”させればさせる程人を凌駕するタイプの人間、何人も見てきた。

何よりもルックスが万人受けするのも主役に立ってもらう理由の一つ、どうしても目立つのはボーカルになってしまうのだろうが副部長のソロパートを増やしてステージでも前に立ってもらう。
メイクと衣装選びは全て俺自身が手がける事にした、俺が主役にする。

問題はギターのテクニック、一人で上達するには限界があるタイプ。
付きっきりで見ていたいからこそ一人で作詞先輩の元に行かせる事なんて絶対にしたくは無かったからどうにかして現状の解決策を見つける必要があるのだが……

「あれ?君たちはもしかして自由天文部の子?」
346 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/01/03(金) 05:32:57.25 ID:vcsVU35Io
男「え?」

副部長「そうですけど……」

気がつけばギターを背負っていて尚且つ派手な風貌をした金髪の青年が目の前に立っていた、年齢は俺や副部長よりもずっと上の二十代前半だろうか。

口振りからすると自由天文部のOB――

「あっ、ごめんごめん」

ギター「俺はギター、元自由天文部でロリとタメだな」

副部長「えっ!?聞いた?男君!ロリちゃんと同級生だよ!伝説の先輩の事も知ってるのかな!?」

ギター「あ〜、蹴られた記憶しか無いし俺が入る時にはもう辞めてたよ」

副部長「???」

ギター「まぁ昔話は置いといて、君たちはギターかな?」

男「まぁ一応は」
副部長「ギターです!」

ギター「じゃあさ、弾かない?一緒に」

副部長「怪しい人じゃないよね……?」ボソッ

男「たとえそうであったとしても副部長先輩の前では何の意味も無いと思うのですが……」

ギター「?」

ギター「俺、こう見てもさ一応はプロのギタリストだから何かしらのアドバイスは出来ると思うんだ――」
男「行きましょう」

347 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/01/03(金) 06:26:40.56 ID:vcsVU35Io
そうして前にも行ったスタジオに足を運ぶ事になった、会長は今でもあの受付に歌を教わっているのだろうか。

アルバイト「いらっしゃいませー」

男「ん?」

副部長「どうしたの?」

男「いえ、何でも」

前に居た受付と違う人だった、別の場所で会長を教えているのだろうか。
まぁ、俺には関係無い事だが。

ギター「まぁ、一時間でいっか」

アルバイト「かしこまりましたー」

ギター「あっ、俺が出すから先入って」

アルバイト「あちらのお部屋になります」

自分よりも確実に金を持っていないであろう人間から奢られるのは何とも言い難い罪悪感が芽生えてしまうのだが、大先輩のご好意は甘んじて受けるとしよう。

副部長「ありがとうございます!男君、行こ!」

副部長は俺の手を持って案内された部屋に引っ張っていった、力強っ!手がちぎれるよ!

ガチャ

ギター「よーし、なんか弾いてみてよ。ギターを持ってない君には俺のギターを貸そう」

わざわざ隣駅まで来たんだ、どんな形でも良いから何とかして副部長の次に繋がる物を持ち帰りたい。

男「じゃあ、ロック・スター用の曲を何でも良いから1曲弾いてください」

副部長「えっ、男君は?」

男「副部長の後に弾きますよ」

重要なのは俺よりも副部長、この人を見てもらう事こそが大事なのだ。

副部長「じゃあ、弾きます……」
348 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/01/03(金) 07:31:51.59 ID:vcsVU35Io
副部長の演奏が終わるとすぐに俺も弾くことを促されて、弾かせられてしまった。

男「久しぶりに弾くと緊張しますね」

今は弾いている場合では無いのだが、久しぶりに弾きたくないと言うのは嘘になる。

ギター「うーん、二人とも雑だよね。なんて言うか生き急いでいる感じがする」

ギター「ライジングロックはもう終わっただろ?他に何か目指している物でもあるの?」
ギター「いや、今はロック・スターがあったな。でもあそこのハードルは高いからなぁ」

副部長「ライジングロックは駄目でした……」

ギター「そうか、ロリとバンド組んでたんだな」

男「分かるんですね」

ギター「あいつはライジングロックには必ず出たがってたし、当時は俺も一緒にライジングロックで挫折した口だからさ、痛い程分かるんだよね。ほんと、当時にロック・スターがあればなぁ……」

ギター「名前は?」

男「男です」
副部長「副部長です」

ギター「最近の話は聞いているけどさ、あいつ……ロリはまだ諦めて無いのか?」

男「これっぽっちも諦めていませんよ」

ギター「そうか……」

男「今日はロリ先輩に言われて?」

ギター「いやぁ、今の話を聞いていただけで会えとかどうしろとかなんてのは一切無いよ」

ギター「本当に偶然だけど、このギターじゃあね……ロリが泣くわ」

ギター「バンドも解散してしまった事だし……」

ギター「ロックスターまで“お前ら”二人共仕込んでやるよ、明日から毎日教えてやるから毎日この時間に来い」

男「俺も……?」

ギター「サービスな」

男「報酬は?」

ギター「要らねぇよ!」

男「まぁ、お金が勿体ないので俺の家に来てください。はい住所」

ギター「お前、家での迷惑とか考えないのか?」

副部長「男君の家、すっっっっごくお金持ちだからスタジオまであるんだよ!」

ギター「へ、へ〜」

分かりやすい薄ら笑いだ、そうだよなこれではわざわざこのスタジオ代を払った意味が分からないからな。
もっと早く切り出してやるべきだった。

男「あまり売れてないんですか?」

ギター「実力と稼ぎが釣り合わねぇのよ、ほんと」

ギター「前居たバンドも上達しねえ奴ばかりでさ……」

男「授業代、出しますよ?」
男「二人分、一回一万五千円で」

ギター「……」

ギターさんは口は膨らませながら瞳を回している。そこまで混乱してしまう事を言ったのだろうか。

副部長はと言うと呆れてため息をついていた、おかしいのは俺の方なのか?
349 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/01/04(土) 17:04:03.55 ID:A7wz0NHDO
結局五千円に落ち着いてしまった。
ギターさんは最後の最後まで自分自身と戦っていたが俺自身は金で釣る気は一切無かった。
短期間でみっちりと教えて貰えるのだ、正当な報酬と言っても過言では無いだろう。

ギター「あっ、そうだ。俺がどれだけ弾けるかだよな」ギュイ-ン

一番の疑問は早速解消しそうだった。
俺も興味があるし、副部長のついでに教えて貰えるのだからギターさんのテクニックがどれほどの物かを拝見したかった。

ギター「じゃあ即興で10分」

副部長「え゛?」






本当に弾き切ってしまった。

この人、本物だ。

10分間、ずっとミスをしなかった。
コード、リズム、音程、何一つ間違えていなかった。
何よりもキャラが立っている。

ギター「俺も自由天文部に入ってから始めたんだけどな、ずっと続けてりゃ俺のようになれるかもな。今回は出来すぎかもだけど」
350 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/01/04(土) 17:04:33.45 ID:A7wz0NHDO
遅ればせながらあけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
351 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/01/17(金) 22:15:46.21 ID:bHG4HFzAO
仕草の一つ一つ、体の挙動はステージの上で観客を魅了するには必要だと思う。

この人のギターは格好良い。

男「副部長、ただ立って演奏するだけでは足りませんよ。この人を見習ってください」

ギター「お前もな」
男「俺はこのバンドではボーカルなので片手間で教わる事になってしまうと言うか……」

ギター「は?てかお前声からして男性だよね??そうだよね?なんで女の格好してんの?」

男「着替えるのが面倒で」

ギター「相変わらず変なやつばっか集まってんな〜自由天文部」

ギター「でもな、“男”ならギターもボーカルもこなして見せろ。2人まとめてかかって来いよ」

男「……頑張ります」

副部長「凄い!ギターさんは凄いっ!」

副部長「2回しかミスしなかったし全然気にならなかったなー」

ギター「……」

副部長「でもどうして10分って言ったのに9分しか演奏してないの???」

男「え?本当に?」

そもそも副部長はどうしてミスの回数と実際の演奏時間を把握出来たのだろうか、そこまで細かく人を見るキャラクターだったか?
今まで本性を隠してきた節はあるけれども、会長達と演奏をした時も同じように気付いて居たのだとしたら腹立たしい事ではある。

ギター「お前、見所あるよ」

“ギターさん”は明らかに苛立ちを見せている、自分を上に見せたい気持ちは当然あるとしてもここまで見抜かれていたのだとしたら教える気も失せてしまうだろう。

ギター「未だに下手くそなのが理解できねーよ」

本音と反撃だ、初対面同然の後輩にそこまで言うのは大人気ないだろう。

副部長「……」

副部長「――私だったら6分も持たないし数えきれない程のミスをする」

副部長「だから……教えて下さい」

副部長「これ以上は下らないプライドと承認欲求の狭間で泣きたくない」ツ-ッ

副部長の頬に涙のが零れる、化粧も何もしていないであろう肌には分かりやすく雫の道筋が残っていた。

副部長「今の私にとってこれ以上にないチャンスだと思ってます……」ポロポロ

彼女の涙はもう止まない、枷が取れたかのように涙が溢れ出してしまった。
折角の魅力的な顔もこれでは台無しだ。

ここまで考えている人間に対して俺は言いすぎてしまっていたのだ、本当に悪い事をしてしまっていたとの罪悪感が俺自身の奥底を締め付ける。

副部長「いつかきっと必ず、何をしても授業料を返すから教えて下さい、私にギターを教えて下さい」ポロポロ

ギター「ヘラヘラしてると思ったら……」

ギター「次」

副部長「……はい」ポロポロ

副部長は涙でぐしゃぐしゃの酷い顔で“ギターさん”の呼び掛けに対して睨み付けるように答えた。

ギター「ロック・スターが終わった後に泣いたら許さねぇからな」

ギター「全力で教えてやる」
352 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/01/17(金) 22:47:39.57 ID:M5c8Yc7Io
翌日の早朝、早めに起きたはずだけれども寝起きには疲れる光景がリビングにはあった。

ギター「男君のおばあちゃんとおじいちゃんっすか!?若いな〜、20代にしか見えないのってどうかしてないっすか?」

祖母「あらやだ〜」ウフフ

祖父「ははは!うちは代々美男美女だからな!!」

昨日知り合ったばかりの“ギターさん”と祖父母の談笑を寝起きで見かけるのは中々堪えるだろう?俺だけか?なぁ、副会長。

副会長「ロリさんの同級生なんですね、通りで奇抜だと思いました」ウフフ

朝から皮肉とかやめてくれよ、今日も俺が沢山皮肉を言う予定なんだからさぁ……

男「二人とも早いですね、迷惑なので集合時間の30分前に着くとかやめてくれません?」

副会長「男君とは話したい事があったので、ほら、男君は少し変わってるので気になる事が沢山あって」クスクス

俺としても話したい事は沢山あるけれど、夏休み中にも関わらず学園の制服を着て来る貴女は紛うことなき変人ですよね、私服で良いでしょう。

ギター「あー、起きてもやる事ねぇから来ちまったんだよ。どうせ毎日通うから」

しっかりと30日分働いて15万もらうつもりだな、働けよ。

副会長「では、二人きりで話しましょう」グイッ

男「ちょっと、皆が見てるんだからやめてくださいよ」

引っ張られるように俺は副会長に俺の部屋へと連れ込まれてしまった、俺の部屋なのに。

祖父「オオォ〜!?隅に置けんなぁ〜?」

ギター「あれー?男君ってああいう子が好きなの〜?」ケラケラ

バキッ!!

祖母「……男を茶化すと許さないよ」

祖父「……すまん」サアァ

ギター「ははっ、怖いっす。冗談ですからほんと。男君のおじいちゃんの様に俺を殴らないでください、勘弁してくださいマジで」
353 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/01/27(月) 19:32:04.27 ID:jjG757R6O
男「で、どうしたんですか?」

副会長「俯きながら話さない」

副会長「そもそも、あの人誰ですか?」

男「ロリ先輩の同級生、OBって奴?」

副会長「さっき聞きました」

副会長「そんな方がどうして……」

男「プロのギタリストなんだけど、仕事が無くて暇だから俺と副部長を教えてくれるって」

副会長「あぁ……そんな簡単に話す情報量ではないですよこれ、ほんとに変な人しか居ない」

男「あんたも大概だけどなぁ」

副会長「で、昨日は副部長と話しましたけど……」

男「それはギターさんに会った後になるな……しっかり寝てくださいよね、割とハードな毎日になるんだから」

副会長「そんな事はどうでもいい……泣いてました」

男「まだ泣いてたのか」

副会長「泣かしたんですか?」

男「いや、全然。むしろ泣きたいくらいです」

貴女達のお守りに加えてギターの練習までする羽目になったんだ、寝不足確定だよ。

354 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/01/27(月) 22:05:47.63 ID:5zZcXIcRO
大体、副部長と副会長はどのような会話をしたのか。
どうして会話をする事になったのかが分からない。

副会長「昨晩、副部長から通話がかかりました」

副会長「寝る直前だった私は仕方なく出ましたよ、昨日の朝にはあんな事があったのだから」

男「あんな事、ね」

副会長「副部長は泣きながら言っていました。このバンドの主役を任されたと、これからは後悔をしないように頑張ると……簡単に言いましたよ?」

男「いい話じゃないですか」

副会長「“男”の口八丁で副部長を追い詰めたのではないかと思いましたよ、大体歌いもしない副部長を主役に据えるとか甘い事を言って騙して……全員の気持ちを考えもせず勝手に物事を進める」

ついに呼び捨てか、まぁその方が俺としても話しやすい。

男「騙してません。単純に向いていると思ったからです」

男「居るでしょ、主役が向いている人って」

男「それともバンドは全員が主役とか言ってしまうタイプですか?」
355 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/01/28(火) 19:35:41.35 ID:IB3BLm44O
副会長「全員が主役とは言いません、一人を過剰に持ち上げるかのようなやり方がいけません。全員が切磋琢磨して行く内に主役が産まれたって……」

男「なるほど、健全な競争の中で自然と主役が産まれると。それも悪くない」

男「でも時間が無いじゃないですか」

副会長「っ……時間は認めます」

男「加えて断言しますよ、副部長は俺とやって行く以上は必ずこのバンドでメインになります」

男「どうして分かるかって?当然でしょ?自分でこう言うのもなんだけどさ、あんた達とはレベルが違うよ。釈迦に説法」

男「アイドルでもバンドでも大抵の所は先に主役を決めるでしょ?人気になりそうな奴、すなわちは金になりそうな素材を全面に売り出す」

副会長「……」

男「先に言うけど俺が言う事に当て嵌らないグループもあるし、当然当て嵌るグループもある。それでも大前提としては何かしらの競走に身を置いて来た人間達が集まるのがプロです」

男「俺達はろくな競走をしましたか?部活動でしょ?特筆して楽器が上手とかもあるけど、カリスマ、キャラクター、万人受けするルックスなんてものには競走なんて大して関係ない」

男「皆、ルックスもキャラクターも良いんですよ?本当に」

男「でも、副部長程では無い」

副会長「副部長が本当に貴方の目に止まったのならば凄い事ですよ、本当なら」

男「本当ですよ。正直に言うと各々がどう成長するかを見てからメインを決めたかった」

男「それでもさっき言った通り、メインは必ず副部長になる。時間が無い!だらだらやってる暇は無いんだよ!」

副会長「分かりました……でも、どうして副部長が適任と?」

男「うーん、サイコパスだから?」

部長「だって」

副部長「えっ!私ってサイコパスなの!?」

幼馴染「言ってる事は正しいんだけど、ムカつくわぁ……」

男・副会長「「!」」ビクッ

男「えっと、いつから?」

部長「ろくな競走のとこ」ケラケラ

男「部屋に入ったなら言ってくれよ……」ハァ
356 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/01/28(火) 20:13:15.26 ID:IB3BLm44O
男「ピンと来ない人も居ると思うから言っておきますよ、このバンドのメインは副部長になるので」

副部長「さっき言っといたよー!」

部長「聞かされ過ぎて耳痛てぇ……」

幼馴染「私はてっきり男がメインになるのかと思ってたわぁ?」ニヤッ

出来る物なら幼馴染をメインにしたいよ、正体が人にバレてないからって好き勝手してさ。

副会長「……」グイッ

男「っ!」

男「なにを……!」

副会長は俺の後ろ襟を引っ張ると、俺にしか聞こえない声で囁いた。

副会長「会長に勝ちたいだけでしょ……?」 ボソッ

副会長「出来損ないを使って勝ったって言う証が欲しいだけでは?」ボソッ

男「……違いますよ」

副会長「そう……ですか」パッ

やっと離して貰ったのはそうとしても副会長は会長と同じ生徒会。
俺がどのような人間か、会長と俺の間で起きた出来事の情報を共有している可能性もある。

正体がバレている以上はどうしようもないが、俺自身を見透かしたかのような態度はやめて貰いたい。

副会長「本当に、お子様だ……」ボソッ

男「え?何か言いました?」

幼馴染「?」

部長「何だよ、急に喧嘩すんなよ」

男「してませんって」

副部長「練習しよ!しよ!」

ギター「うぃーっす、そろそろ混ぜろよ」

幼馴染「……だれ?この人」

男「あ〜っ……また面倒臭い」

今日もこうして練習が始まった。
心配事は毎日増えて行く、俺の心が見透かされるなんてそう簡単には……
357 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/02/10(月) 23:31:11.57 ID:Bf5D7X8eO
一週間後

カンカン照りの日差しが勢いを増す一方で部員達の熱は恐ろしく冷めていた。

不良曰く、会長が居ないバンド練習はただただ苦痛との事。

俺達はと言うと単純に飽きが来ていたし、進歩を感じられていなかった。

自由天文部の全員が青々と茂った木の葉よりも先に枯れ果ててしまいそう、枯れていた。

そんな時、俺は妙案を思いついた。
そうだ、ライブハウスに行こう。
出来るだけ規模が大きい所が理想、学生は多い方が良い。

同じ立ち位置、同じ目線で競える人が欲しかった。

そしてギターさんを頼った結果。
今俺達自由天文部は都心のライブハウスに居る。

部長「ここ立っていい存在なのかな?僕達って」

男「今日は学生が多いですからね、上手い人達だけど。そうだ、気持ちで負けたら許しませんから」

幽霊部員「ワクワクしてきたっす!!」

男「多少は仲良く出来ました?人に不快感与えてません?」

幽霊部員「ぜんっぜん!むしろ音楽を通じて仲良くなれたまであるっすよ!チャララー」
男「あはは、何言ってるか分からない」

不良「私達は割と上手くいってるぜ、喧嘩ばっかだけど」

作詞「喧嘩?そのような無粋な行動を我々が取るのだろうか?違うよ、これは必ず必要な事でこれから輝かしい道を歩む私たちの未来へのステップのひと」

不良「原因こいつな」

男「分かるー」
358 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/02/10(月) 23:55:13.70 ID:Bf5D7X8eO
男「まぁ、皆もギターさんに感謝してください」

男「あの人の紹介が無ければここで歌うなんて出来ませんか――」

「はやくしよー」

「本当に退屈、てか私達なら余裕でしょ」

不良「!!」

「……どいてもらえるかな?」

男「すみま……せん」

「いいよ……可愛い」

男「……」

言葉を失ってしまった。
こんな事が起こりうるのかと本当に驚いてしまった。

今、俺の前を通った人間は俺の姉だった。
正真正銘だ。

姉は女の格好をしている俺に気付く筈は無い……男の俺にも気付く訳も無いか。
あれ以来ずっと会って来なかったけど、覚えているのは皮肉な物だ。
俺の想像通りに成長しているからかな。
これではもう、リビングでは会えないかもな。
想像の家族に。

不良「おい!!不良3不良2!!どうしてライジングロックに!」

不良2「!」
不良3「やば……逃げよ」
不良2「そうだねーめんどくさいわ」
姉「どうしたの?」
不良2「早く控え室に行こ!先生待ってるし!」
不良3「おー!!」
359 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/02/11(火) 00:17:24.10 ID:fnruMTvXO
男「……」

男「姉……さん……」

心底後悔していた、思いっきり罵倒してやりたかった。
俺は綺羅星ソニアだ!!お前は何?まだアマチュアのお遊びをしているのか!!??
俺の方が上なんだ、優れているんだ!!
そう叫びたかった。
悔しい。

姉が対バンの相手なら不足はない、負けるとも思えない。徹底的に負かしてやる。

不良「あいつら……」

幼馴染「友達かしら?そうは見えないけど……」

不良「友達だよ……ちょっと喧嘩してるだけでさ」

不良(ライジングロックにあいつらは居なかった。男の話によると今回演奏するのは全員ロック・スターに出場するバンド)

不良「ハブられてた……のか」
360 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/02/13(木) 23:00:12.91 ID:9PCTjmN9o
不良2「不良が通う高校、軽音部ないって聞いてたけど」

不良3「うっ、うるさいな!何かの間違いだよ!」

不良2「どちらにせよもう他人なんだからさ、昔の私達とは違うって見せてやろーよ」

不良2「会うのが嫌だからライジングロックは避けたんだけど、うっぜえ」

不良3「今の私達を見たらおどろくだろうなー」

姉「もう始まる……早くして」

「先生、この部分ですけど」

講師「君が私にドラムの事なんて聞く必要は無い。曲の事なら話は別だけどね?眼鏡くん」

眼鏡「ドラムで話なんて聞きませんよ、僕が気になるのは姉のソロパートが多すぎる事です。このバンドで1番優れているのは僕なんだから、僕のソロパートを増やすべき」

講師「姉は私の最高傑作なんだからここいらで派手にお披露目させてよ〜意地悪しないでさ〜」プンプン

眼鏡「30歳にもなって……」

不良2「早く行くよ、クソメガネ。細かい事言ってんじゃねーよ」

眼鏡「うるさいな、暴力女」

不良3「眼鏡君、行こっ!」

眼鏡「はぁ……まぁいいよ、ドラムで僕に勝てる人間なんて居ないから変にアピールする必要も無い」
361 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/02/28(金) 06:03:36.35 ID:62U1tC5Bo
今回集まっているバンドは全て、ロック・スターに出場するバンドだった。
高校生なんてのは少ない方で、社会人や大学生の方が多かった。

ギターさんが言うには夢を叶える為にフリーターをやりながら出場している人も居ると言う、生活が苦しい状況でも夢を追いかけている。

俺から言わせれば……まぁ、うん。
言っていい事と悪い事がある。

これからの人生、舞台袖で姉の歌を聞く機会があるなんて思いもしていなかった。
どうせ大した事無いだろう、あの両親から教わってきたのなら伝統主義のつまらない歌しか歌えないに決まっている。

対バン形式は集客力が無い俺達にとってはありがたい事だった。
なんとか部長達の友達で賄う事が出来た。

カワイイー

衣装を用意している俺達とは対照的に姉達は制服。あの反応を見るに、観客達にとっては制服が新鮮に映っているのだろう。

姉「――えっと」

気怠い雰囲気で語り出す。
初々しい所信表明のつもりなのか、年齢層が上の観客はまたかと退屈そうにしていた。

姉「正直、出るつもりが無かったんですけど先生がうるさくて」

ドムドム

もうドラムを叩いてる?

姉「私は今日出てる中では一番歌が上手いつもりなんですけど……来てくれてる皆はそう思っていませんよね?」

不良2「大人に混ざってるからっしょ」

ギュイ-ン

ベースまで弾き始めている、まだ前座の最中なのに。
362 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/03/01(日) 22:38:32.63 ID:U0vQpd5Io
そもそもこいつら含めて高校生が前座の筈だろう。
よくも偉そうに前座の前座を……

姉「もうやだ……帰りたい……」

不良3「ほらー笑顔笑顔。笑ってよ〜」

ギュイ-ン

次はギター。
間違いない、これは全て曲の一部だ。

姉「これで一番上手だったらどうします?特にドラムなんて……」

眼鏡「早く始めろ!!」ドンドンドンッ

姉「……」スウゥ

姉「大人達は〜」

姉のソロから始まった演奏は次を控える自由天文部の歯車を乱すには十分な程のクオリティだった。

その演奏によって俺自身が今まで抱えていた姉像は間違いなく崩壊した。
そもそも両親の言う通りになっていたらこの場には居なかったのだ、いつも大人しかった姉が人並みに成長してポピュラーな音楽、大衆に合わせているという事実は何よりも耐え難い事実だった。

作曲「サブカル……寄り」

作詞「だけど、完成されているね」
363 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/03/01(日) 23:13:24.40 ID:U0vQpd5Io
ギター「どちらかと言えば拗らせ系だな」

ワアァ

ギター「でも、ここに来るような奴らが嫌いな訳ないよなぁ」

ギター「自由天文部が負けているとは思わないけど」

ギター(客を味方にしちまった)

ギター(今までの練習を見てもあいつ等が負けているとは思わねぇ、けど)

ギター(いつだって勝つのは客を味方に出来る方なんだよな、審査員とかいうよく分かんねぇ奴等が居てもそれは変わらない)

ギター(俺も高校生の時、客を味方に出来たらなぁ……)

ギター(勉強出来て良かったじゃねぇか、副部長……)

ギター(男はこういう事を教えたかったのかもな)

ギター(会長がどうするかってとこだけど)

ギター(ベースに手間取っているようじゃあな)

プロデューサー「ギター君がイチオシの自由天文部が始まるけど、実際どうなの?」

ギター「駄目かも……あはは」

プロデューサー「君が推すから用意したってのにそんなのある!?」

ギター「まぁまぁ、どちらにせよ枠は空いてたじゃん」

プロデューサー「だからって!」
ギター「ほら、出てきた」

プロデューサー「って、あれ……」

プロデューサー(男じゃん……アイドルやめてこんな所に……?)
364 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/03/08(日) 22:50:17.56 ID:lQfn6HkwO
プロデューサー(マネージャーからは元気にしていると聞いたけど本当なのか?)

ギター「あっ、始まった!ほら!」

プロデューサー(あれはまるで初めて会った時の男)

プロデューサー(全部嫌いだ!死んでやるっ!って目をしていた時の男だなぁ、若いって良いな。感情の起伏がご盛んな事でさ)

ギター「ちっ、無難だわ。しょーもなっ」ハァ-

プロデューサー(この子はそろそろ落ち着いて欲しいな……喧嘩してバンドを解散させるわ……せっかく人が金から何まで用意したって言うのに)

プロデューサー(でも、女声をやらせたら相変わらず天下一品だ。才能なんかでくくれるもんじゃない、怪物)

プロデューサー(その癖サブボーカルなんかやっちゃってさぁ、気取ってるのか、どうしてメインをやらないのか呆れたね)

ギター「さーせんっどーやらダメみたいっすね」アハハ

プロデューサー「あのサブボーカルの“女の子”……凄いね。知り合い?」

ギター「まぁ、弟子って奴?」

プロデューサー(むしろ教わって欲しい位だよ)

ギター「あいつ実は男なんですよ、信じらんないっしょ!?」

プロデューサー(知ってるよ)
365 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/03/08(日) 23:02:12.27 ID:lQfn6HkwO
プロデューサー「忙しいからもう帰ろうかな……」

ギター「ちょっと待って下さい!!まだもう一つ残ってるから!!」

プロデューサー「もういいよ、別に」

プロデューサー「さっきのバンドが悪かった訳じゃ……ベースボーカル?」

ギター「そうそう!男が言うには凄いらしいから聞いて!ね!?」

プロデューサー「はぁ……最近増えてるけど難しいからねぇ、特にまだ高校生じゃあね」





不良「――」スウゥ

不良「聞けおらあああああ!!!」

不良(不良2、不良3、あのメガネ野郎が私より上手いからって……負けてられねぇ!)

幽霊部員「うわっ、刺激的ィ」

会長(ベースと歌の両立も慣れてきた、今日の分の演奏ならなんとかなる)

会長(男は不調だったな、私と会話しようとも)

不良「おいっ」

会長「どうした?」

不良「やれるな?」

会長「勿論だ」

作詞「ふふっ……」
366 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/03/14(土) 20:41:02.39 ID:FCmlwJOpO
プロデューサー「うわっ、あの女の子野蛮だね」

ギター「如何にもって感じっすよね」

プロデューサー(君が言うかぁ)

プロデューサー「会場は冷めきってるよ」

プロデューサー「それだけさっきの演奏は酷かった」

プロデューサー「一番手の時はあれだけ盛り上がっていたにも関わらず、これじゃあねぇ……」

ギター「俺もあのバンドに関してはノータッチだから分からないけど、凄いらしいっすよ」

プロデューサー「さっきから凄い凄いってだれのこと――」

ギター「ほら、あの黒髪ロングの――」

ザワッ





会長「〜♪」

幽霊部員(うわっ、絶好調)

作詞(声がそう、まるで突風のように――)

作詞(まだ、夢を見させて貰えそうだ)
367 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/03/14(土) 20:55:05.21 ID:FCmlwJOpO
プロデューサー「〜っ!」

ギター「おいおい……先に聞かせろよ」

ギター(男と同等だよ、あの人クラスが二人も居やがる)

プロデューサー(初めて男の歌を聞いた時、タイプが違うな……あの人の歌を初めて聞いた時以来の衝撃だ)

プロデューサー(それでもあの人程では無いけれど、もしかしたら……)

プロデューサー(――貴女は今何をしていますか?)

プロデューサー「ギター君、ボーカルの子の年齢は?」

ギター「高二って事しか分かんねぇ……」

プロデューサー「ありがとう、今日は来て良かったよ」

ギター「……」チッ

ギター「なら良かった――」
368 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/03/17(火) 20:53:03.16 ID:LXvQed0XO





眼鏡「……あのどう見てもお前達と同類の女」

不良2「実際友達だったし」

眼鏡「知り合いだったのか、似てると思ったよ」

不良3「また上手くなったし、ムカつく」

眼鏡「僕程じゃあ無いけどね」

不良2「お前はうますぎるんだよ」

姉「……」

不良2「ベースは残念だなぁ、同じ高校ならさっきのツインテールにやって貰えば良いのに」

不良3「分かる〜あんだけ歌が上手いのにあれじゃあね」

講師「あのベースボーカルの子、歌はとんでもないね」

講師(先生を思い出す……なんだか似てるな)

眼鏡「結局白けてましたけどね、ロック・スターでは負ける気がしないな」

講師「ちょっと見ない間にうまくなってるかもよ?」

不良2「ないない」アハハ
369 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/03/20(金) 18:50:59.19 ID:LyDRErVgO




俺達は逃げるようにライブハウスの出口で集まった。

会長「完敗だな、私のベースが完璧だったとしても負けたよ」

男「会長は本当にベースやるんだ」

随分とまぁ、お上手になったもんだ……それでも本番には時間が足りないだろう。

男「またあのバンドと競うなら勝ち目は無いな、俺が審査員なら間違いなく学生枠はあの人たちだよ」

不良「やけに饒舌だな、次は分かんねーよ」

男「ないない」アハハ

不良「はぁ?」

笑いが出てくる、姉はなに好きなように歌ってんだよ。
これじゃあまるで俺だけが両親に差別されていたかのように、嫌、きっと差別されていて嫌われていて尚且つ見捨てられていたんだろえな。
何を思い描いていたんだよ、何を目指していたんだ。
冷静になればなるほど自由に歌っている姉が脳裏に浮かぶ。

不良「何簡単に諦めて……オイ!」

不良「男!聞いてるのかよっ!!??」

違う、本当は気付いていたんだ……父と母が普段足を運ぶ筈もない“低俗”な集まりで姉を応援していたという事に。
俺は偶然にも見てしまった、目が見えなければ良かったのに。

男「笑ってた……」ボソッ

不良「どうしちゃったんだよ…… もう」

男「加えて大人達の演奏、凄いよなぁ、すごい盛り上がってるし」

男「この人達よりも優れていなければならない、学生バンド枠なんて考えていたら論外だよ。あいつらは大人達と同等……それ以上だった」
370 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/03/20(金) 19:15:01.95 ID:LyDRErVgO
男「だから言っているんだよ、無理だって」

…………

無理なんだ。

作曲「で?それだけ?」

男「――えっ?」

普段の作曲先輩からは考えられない鋭くて端的な物言い、正直に言うと呆気に取られてしまった。

作曲「私、今までずっと諦めてたんだ……でも……もう諦めるのは嫌!!」

部長「っ!」

作詞「……あんな作曲は初めてだよ」

作曲「責任取って…………私を……皆を本気にさせた」

何も言い返せないけど、もう限界だった。

不良「これで終わりなのか?」

男「……お前、友達に無視されたのにどうして平気なんだ?」

不良「どうせ仲直り出来るからな、あいつらもちょっと変な事考えているだけでさぁ……お前に心配されなくとも大丈夫だっての……そんな事気にすんなよ」

俺と両親は――

幼馴染「馬鹿ね、良くあるでしょ?」

ダブルフェイスもそうだった、あれだけ険悪だったにも関わらず最後には仲直りしていた。

俺は仲直り出来るのだろうか、認めて貰えるのだろうか。

分かって貰えるのだろうか――

副会長「私、このままでは悔しいです」ギュッ
371 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/03/22(日) 18:43:13.45 ID:FYQG47gnO
悔しいか、贔屓目なのかも知れないけれど確かに副会長は必死に叩いていた。

会長「わざわざ男の手を握る意味があるのか?」

副会長「手が震えていたので不安なのかと思って……すみません」

会長「……そうなのか」

不安?

俺は不安なのかな。

男「幼馴染は会長のバンドで弾けよ、その方が良い。会長のベースよりも可能性がある」

幼馴染「嫌よ、あんたいつまで弱気になってるの?いつも通り、偉そうに講釈を垂れながら改善点を指摘しなさいよ」

男「今のままで居ても意味なんて――」

幼馴染「あるに決まってるじゃない、私今のバンド気に入ってるもん」

男「気に入ってるってお前……そんな軽い気持ちで……」

幼馴染「自分のお姉ちゃんに負けたの、そんな悔しいの?」

男「っ!」

幼馴染は気付いていた。

男「違うよ……」

幼馴染「そう?ならどうして?」
372 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/03/28(土) 19:46:48.52 ID:/sZTNS+HO
何を言っても苦し紛れになってしまいそうだった。

幼馴染は何も言わずにじっと見つめ、副会長は俺の手を優しく握ってくれていた。

男「どうやっても無理だと思ったんだ、勝てる気がしない。全員が上手だし何よりもあのドラムがあまりにも凄いから……」

部長「……」

幼馴染「無理な訳ないわよ」

幼馴染「努力でなんとかなるなんて綺麗事を言うつもりは無いけれど、寝ないで頑張って来たじゃない」

男「しっかりと寝てるよ」

幼馴染「気付いてると思うけど……目のクマが酷いから」

それでも毎日3時間は寝ているんだ、知ったような口で……

男「目を擦りすぎただけだよ、それでも毎日3時間は寝てるよ」

幼馴染「馬鹿なの!?もっと寝なさいよ!!」

男「終わったらしっかり寝る予定だったんだよ!」

幼馴染(ソニアみたいに自分を削って……男はやっぱり外見も性格もソニアに似てるわね)

373 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/03/28(土) 23:57:26.52 ID:j5Ba0kkVO
頼むぞ
374 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/03/29(日) 14:43:37.72 ID:oXxO2vWzO
男「時間が無いんだよ!!曲とか演出とか誰のどこを直すとか考えていたら時間がいくつあっても足りない!!」

男「お前と作曲先輩はとにかく!他の三人は……」

副会長「……いつものように言ってください。お気になさらず」

男「……」

副部長「頑張るから大丈夫……だよね?」

男「……」

部長「今更気にすんなよ」アハハ

言える訳が無い。
全員が努力しているんだ、嫌な思いを沢山してからあのステージに立っている。
そんな人達を侮辱する権利なんて今の俺には一つも無い。

幼馴染「最低……」

部長「いや、俺が悪い。正直に言うと俺が足を引っ張っている事には気づいているよ」

作詞「そうかい?部長の歌に関しては前よりもずっと上達しているように見えるよ」

作曲「部長だけではない……全員がそう。私だって……」
375 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/03/29(日) 14:46:12.36 ID:oXxO2vWzO
不良「大体よぉ……」

不良「お前の姉だからとか、どうとかは知らないけどよぉ……今の自由天文部を取り巻く環境を作り出したのは男なんだからさぁ」

不良「責任?取るべきだろ?」

男「責任……」

今こうして各自が上達しているのは俺のおかげで、俺が居なければ今の状況なんてありえなかった。
それなのにも関わらずこの人たちは心が折れてしまった人間に対しての責任を求めている。

責任とはなんだ……?

男「なんだよ責任って?俺のおかげでここまでやれるようになったくせにさ」

不良「最後まで引っ張れって事だよ」

男「っ」

部長「俺が言うのもなんだけどさ、お前が居なくなったら自由天文部は終わりだよ」

副部長「そうだね!私もまだメインとして輝けてないよ」

幼馴染「見返してやりなさいよ、姉の事」

男「……」

元々は会長に勝つ為に始めた事だった事を思い出した。
そうだ、俺のエゴで始まった事なんだ。

会長はとにかく姉にはどうしても勝てる気がしない。

そもそも勝つとはなんだ?
376 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/03/29(日) 14:53:44.31 ID:oXxO2vWzO

男「姉は俺よりもいい歌手だ、現段階ではとても……」

会長「え?そうなのか?」

なんだ?この人はまたとぼけているのか?
怪訝そうな顔で俺を見ないでくれ、腹が経つ。

部長「自己評価低いのな」

幼馴染「あ〜……通り一人勝手に諦めていると思った」

幽霊部員「男君のお姉ちゃんが居るバンドはバンドとして優れているだけで、男君個人は――」

ワアァァァァ

幽霊部員「あっ、いい曲っすね」

部長「すげぇ……」

新しい演奏が始まる。
客が盛り上がっている中で喧嘩をしているのは俺達だけだった。
皮肉にも盛り上がりは最高潮に達しようとしていた、ロック・スターの本命バンドだ。

「今日はありがとう!」

「ロック・スターでも頑張るよ!」

ワアァァァァ

「今日は学生もいい演奏してたしさ、せっかくの機会だ!」

幽霊部員「こほん……話を戻すとして」

「各パートで今日一優れてた奴で即興のバンドを組もうぜ!」

ワァァァ!!!!

幽霊部員「――男君個人はお姉ちゃんよりも」

「ギターは俺で、キーボードは〇〇さんで、ベースはお前だな……で、ドラムはメガネ君かな?恥ずかしがってないで早く来いよ!」

「ボーカルはもちろん」






幽霊部員「――ボーカルとして上っす」


「そこの可愛い女の子にやってもらおう」ビシッ





会場がどよめきと共に騒ぎ出す。
377 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/03/29(日) 14:54:50.09 ID:oXxO2vWzO

観客全員が俺達の事を見ている。
出口に立っているのは不味かったか?

部長「ボーカルで可愛い女の子だってさ、俺たちの方を指さしてる」

男「会長、呼ばれてますよ?」

「ごめん!名前が分からなくて!ほら!早く来て!」

会長「男、呼ばれてるぞ」

男「え?俺?」

副会長「男君以外居ませんよ」

副会長の手がするりと解けた。
潤んだ瞳で見据えられている。

「ほら早くステージ上がって!」

思わず自分自身を指さしてしまったがそもそもなんの事かが分からない。
どうして呼ばれているのかも俺に注目しているのも全く理解出来なかったが、言われるがままに再びステージへと上がった。

「今日イチ良かった奴で即興バンドするって事にしたんだよね、何歌える?」

「ロック・スターでは負けないぜ!」

男「!」

男「――なんでも歌えますよ」
378 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/03/29(日) 14:59:21.71 ID:oXxO2vWzO
>>306
訂正

幼馴染「男、幽霊部員と副会長を入れ替えても良いかしら?」

男「ダメだね、俺達のバンドには副会長と幼馴染が居る分揉め事が少なくて済むだろうけど仲良しこよしでは無いってさっきも言っただろう。ねぇ?部長」

幼馴染「男、副会長と不良を入れ替えても良いかしら?」

男「ダメだね、俺達のバンドに副会長が居る分揉め事が少なくて済むだろうけどあくまでも仲良しこよしでは無いってさっきも言っただろう。副会長と不良と入れ替わったからと言って揉めることが無いなんて言えないだろう?部長」
379 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/04/01(水) 00:46:54.26 ID:Vm0c1oTbo
ステージの上……

つい先程、俺はこの場所に立っていたがまるで見える景色が違う。
澱んで見えた照明、崩れた泥人形だと思っていた観客達が今では鮮明に人間に。

あぁ……俺は優れていた。
この場に居るボーカリストの誰よりも優れている。
歌だけでは収まらないだろう、華だってあるに決まっている。
華よりも華らしいさ。

「ねぇ、どうしてサブなの?」

「君ならメインやったほうがいいっしょ」

男「簡単ですよ、そんな事」

答えてやろうかと口を歪めた瞬間にけたたましいギターの音色が会場中に響き渡った。

「ごめん!始めちゃった!」

男「……」ニコッ

姉が見ている。

姉(かわいい)

今こうしていられるのも今の内だ。俺と競った事、産まれてきた事を必ず後悔させてやる。

俺だけが勝っても意味はない、勝つなら全員で完膚なきまでに“足手纏いの部長達”がいる状況で勝たなければ何ひとつも意味が無い。

おっと、もう俺の番が来たようだ――
380 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/04/01(水) 01:02:53.80 ID:Vm0c1oTbo
翌日、メンバーに対する俺の要求は更に増えた。

男「幼馴染、昨日の威勢はどうした?もう嫌いになってしまったか?」

幼馴染「一人で勝手に凹んではしゃいで、あんたどうしようもないわね」

男「俺が悪かったからこのパートをもっとスムーズに弾いてくれよ」

幼馴染「待ちなさいよ、出来るようになるから」

男「幼馴染、お前は愚か者とお利口さんのどっちになりたい?」

幼馴染「お利口さんに決まってるじゃない」

男「今のお前は愚か者だよ、どうして“あとどれ位で出来るのか”を具体的に答えない?」

幼馴染「なっ…」

男「もういいや、おまえなら後30分もあれば出来るだろう」

幼馴染は出来るだけ焚き付ける。
幼馴染の性格上、ストレスを与えれば与える程発奮するのも分かった。

必ず姉達には勝たなければならない、俺の歌だけでは微かな可能性のみになってしまう。
だからこそ他のメンバーにはなんとしてでも上達してもらわなければならない。
381 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/04/01(水) 01:05:46.51 ID:Vm0c1oTbo
>>380
訂正

だからこそ他のメンバーにはなんとしてでも上達してもらわなければならない。

だからこそ他のメンバーにはなんとしてでも上達してもらう。
382 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/04/02(木) 02:21:54.07 ID:uzY/yNrro
男「部長、昨日はどう思いましたか?」

部長「負けたなって」

男「悔しくないですか?」

俺は分かって聞いている。

部長「そりゃあ……」

男「何も感じないなぁ、悔しさ」

男「普通なら足を引っ張っているなんて口が裂けても言えませんよ?」

部長が変わるのは時間の問題だと思っていたが、思っていたよりも“ 遅い”。

声も良いし歌もそれなりに出来るのにこの体たらくを続けているのは正直に言って理解に苦しむ状況だった、部長だって才能はあるのだから俺がどうにかしてあげなければならない。

男「事実ですけどね」

部長「……」

男「もしかしてメインボーカルやってるの嫌なんですか?」

部長「んなことねぇよ」

部長はここまで言われるとようやく苛立ちを見せた。

383 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/04/02(木) 02:25:49.53 ID:uzY/yNrro
男「部長」

俺は正直に言うと部長の事は尊敬している。
最初は無計画で外面だけの木偶の坊、実力も無ければやる気もない人間だと思い込んでいた。
しかし、俺が知らない部長は環境に振り回されて、もがいて、しがみついていた。それでも部員間の距離は開く一方で、肝心である練習もロリ先輩に合わせた結果は言うまでもない……

部長「ちっ、次は何すればいい?」

作詞先輩は要領がいいからこそ、この男の優しさに嫌気が差していたのだと思う。どう考えても作詞先輩の方が人の上に立つべき人間、作詞先輩が仮にこの部活の“部長”になった場合真っ先に行うべき事がある。

それはロリ先輩を切ってからライジングロック出場バンドのメンバーを実力者で固めてしまい、練習をそのメンバーだけで行うと言うもの。
俺のイメージする“本当の”作詞先輩は恐らくそうする。
人を見る目には自信がある、あの人は必ずリスクを切る合理主義。

それでも練習に関しては狙ったのか狙わなかったのか、その通りになっていた。
作詞先輩の狙いなのか、はたまたロリ先輩の狙いなのかは分からない。
きっと部長は全員で練習しても良いと考えていたと思うけど、知らずの内にそういった状況が作り出されていたのだろう。

男「部長なんだから部長らしくしてよ」

そんなどうしようもない状況で部員達から悪態を突かれてなおかつ不信の目で見られても自分自身で全てを抱え込み、一度は何も言わずの去ろうとした本当の意味で優しい人間を尊敬できない筈が無い。

そんな部長を見てきたからこそ分かる。
部長は自由天文部の良心、“部長”になるべき人間。
卒業していった先輩方が選んだのだ、自由天文部の部長としてこれ以上相応しい人は居ない。

部長「あっ、あぁ……?」

きっと一番悔しいのは部長本人だ。

この人は必ず物になる筈だと俺は信じている。

384 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/04/02(木) 02:27:19.05 ID:uzY/yNrro






同時刻、部室。

作詞「昔、私はねロリちゃんを追い出そうとしていたんだ」

会長「どうしたんですか、急に」

作詞「そろそろ話しておこうと思ってさ」

不良「以外とえげつねーなお前」

会長「貴女ならやりかねませんね、当時の副会長の気持ちを思うだけで心が苦しい」

作詞「あはは、面白い事を言うね。そう見えるかな?」

会長「少なくとも生徒会長時代のあなたを知っていたらそう思いますよ」

不良「え?こいつ生徒会長だったの?」

幽霊部員「生徒会長として話す時とこの部室にいる時は全然キャラがちがったんすよ〜?あっ、部室では今みたいな感じっす」

幽霊部員「前はどうしてか部長と喧嘩ばっかだったっすね、気に食わなかったんすか?」

作詞「ふふっ、私は彼の優しさが大嫌いだったのさ」

作詞「でも、その優しさが結局は正しかったな――」

作詞「この部の部長だって本当は私が務めると“思い込んでいた”のさ」

不良「ふーん?」

作詞「そう、あの時は――」

会長(いつもは作詞先輩の長い話を聞く人間なんて一人も居なかった。けど、今から明かされる過去だけは別だった)
385 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/04/05(日) 14:50:51.37 ID:3Yjki+0Uo




一年前

作詞「君、この資料は何?」

「へ?」

作詞「三箇所も誤字がある」

「あ、す、すみません」

作詞「私はこれから用事があるのにも関わらず君の手助けをしなければならない。生徒会長だからね?分かるかな?」

「あ……ぁあ……うぅ……」

作詞「それに比べて見てごらん?あの二人は真面目に仕事をこなしているよ。同い年だよね?」

「ひぃ……」

作詞「見てごらん?」

「え?」

作詞「ほら、簡単なところで間違えてしまってる。君は抜けが多いからしっかり書類を見て書けば良いだけだよ、普段は真面目なのに勿体ないじゃないか?」

「かいちょお……」ウルウル

作詞「ほら、涙拭いて鼻かんで。ほらハンカチ」スッ

「……」チーン

作詞(私のハンカチで涙を拭くのはいいけど鼻をかむのはおかしいよね?……)

作詞「急いでいるから先にいくよ、ハンカチはあげる」

「ありがとうございますぅ……」

作詞(生徒会長が私の役割、求められる仕事をこなして求められる人であろうとする)

作詞(とんだピエロだよね)

作詞(だけれどもあの場所、自由天文部なら私は私らしくなる事ができる)

作詞(今回のライジングロックは散々だったそれでも次、廃部がかかっている来年こそ――)
386 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/04/05(日) 15:08:51.44 ID:3Yjki+0Uo




作詞「やぁ」ガチャ

部長「よう」

副部長「あっ!作詞ちゃん!待ってたよ!早くギター教えて!」

作詞「ふふっ、仕方がない後輩だね?私の練習時間を平気で奪おうとする。しかし、それでも私は構わないよ、何故なら君の上達こそがこの部の未来を左右すると言っても過言ではないのだからこそ私は今こうし――」

幽霊部員「あっ、幼馴染ちゃんが珍しく来てるっす」

幼馴染「あんたにだけは言われたくないわよ」

副会長「すみません、遅れました」ガチャ

作詞「珍しいね、どうしたの?」

副会長「珍しくあの人が生徒会を休んだから、私が代わりをこなしたのもあったので」

作詞「へぇ……そういえば珍しく居なかったね。どうしたんだろう?」

作曲「……」

幼馴染「あれ?ロリはどうしたの?珍しく居ないわ」

「えっとまぁ、なんだ、今日は休みだよ」

作詞(この時、ロリちゃんが病魔に侵されている事も留年を繰り返している事も知っているのは二年生と三年生だけだった。そして今日は先輩方が引退する日でもあった)

「こほんっ」

部長「先輩が話したいってよ」

副部長「あっ!ごめんね先輩!」

「こいつら……まぁいいや」

「今まで後輩に恵まれてきたと思うよ」
387 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/04/05(日) 15:19:20.97 ID:3Yjki+0Uo
部長「なんだよ急に」

「私達もやめることになるから改めてな」

作曲「最後だけ良い人……」

部長「あんたに殴られてきた事は忘れないわ」

「やかましいわ」

「それで、まあ次の部長だけど私たちは三年生誰かにやってもらいたいと思っている」

作曲「私は論外」

幽霊部員「そのとーり!」

幼馴染「作曲だけは無いから事実上、部長か作詞ね」

「作曲はそう言うと思ったけどたまにはお前も怒れよ?」

作詞「私と部長……」

部長「俺パスー」

「最後まで聞けって、殴るぞ」バキッ

部長「殴ってる!殴ってる!」

作詞(正直言って私が適任だろう。人をまとめる事は得意だし来年に向けての指針も固めている)

「そこでだ」

「作詞、前に言ってた事は本気なのか?」

作詞「はい」
388 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/04/05(日) 15:51:42.52 ID:3Yjki+0Uo
作詞「体調を壊しがちでよく休むロリ先輩を今後一切練習に含めない事」

幼馴染「何それ?どうせ卒業でしょ?」

副部長「過激だねー、もう引退だよね?」

副会長「理解が追いつきません。副部長の言う通りでは?」

作詞「いや、彼女は来年も居るよ?どうせ留年だからね」

「おいおい、やめろっての。こっちから話す」

作詞「続けますね」

作詞「今後活動するメンバーはメインだけでやりたい」

作詞「私、部長、幼馴染、幽霊部員、副会長……あとは作曲担当、よろしくね?」

作詞「幼馴染と幽霊部員は出来るだけ出てね?」

作曲「……」

部長「おい、黙って聞いてれば好き放題……何考えてんだお前?」

作詞「何って現実さ、こうした方が良いに決まっている。時間は残されていないのに“今までのように”無駄な時間を過ごすつもりかい?」

部長「……てめぇ!」

部長「副部長はどうする!?たった一人で……」

作詞「皆を手伝えば良いじゃないか?それとも私よりも上手くなれるのかい?」

作詞「たったの一年で」

部長「分かんねぇだろ……そんなの」

作詞「分かるさ」

副部長「あはは〜」

作曲「……」ナデナデ

副部長「ありがとう作曲ちゃん……分かってるけど悔しいね」

部長「ダメだ、全部許せねぇよ」

作詞「ロリについても許せないのかい?」

部長「当たり前だ、あいつが居てこその“自由天文部”だろ」

作詞「そのロリのためなのにどうして?」

部長「俺達にはあいつが必要だし、あいつ抜きには何も進まねぇ。お前がロリに誘われなきゃ今こうして話してなかった」

部長「せめてロリを居させてやれ」

作詞「呆れたよ……また倒れ――」
「やめろ!」

作詞「……」

部長「……」

「私達、卒業していった人達もお前と同意見だよ」

作詞(先輩達全員が部長を見ている)

「お前が部長をやれ、作詞は部長を支えてやれ。じゃっ帰るね」

部長「……」
389 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/04/22(水) 01:43:18.59 ID:6Y7OspCWo
作詞(帰ってしまったか)

作詞「部長、今からでも遅くない。お互い頭に血が上っていたんだ。私の言う通りにしよう、必ず結果が出るさ」
部長「断る」

作詞(こうなってしまった以上、部長は頑なだ。何を言っても無駄)

作詞(正直に言うと私の方が言っている事は正しいと思っている。ロリちゃんにこれ以上無理させないためにも)

作詞(あっ……そうか)

作詞(私は自分自身が考えている本当の気持ちを何一つ話していなかった)

作詞(副部長にはこれから入る新入生と頑張って欲しい、次の部長を任せたいなんて一度でも話したか?)

作詞「ち、違うんだ……私は決して」

部長「正直さ……お前ってギターもすげぇ上手だし頭も人一倍キレるから尊敬してたよ。でも、今日は流石に軽蔑したわ」

作詞(自由天文部でならありのままで居られると、本当の自分で人と向き合えると思い込んでいた)

作詞(でも違った)

作詞(周りに甘えていただけだ)

作詞(勘違いした結果がこれだ)

幼馴染「私は誰が上でも良いし私には関係無いけど……ロリの事は見てあげてよね」

幼馴染「私は他の事で忙しいからこれからも顔を出せる回数は少ないわ、じゃっ」

ガララッ

作曲「私も……気にしない……曲はこれからも家で作るから安心して」ニコッ

作詞「えっと……うん……今回の所は去ることにするよ。ただ、これからの活動は嫌でも君達のみになってしまいそうだね」ハハッ

部長「好きにしろよ」

幽霊部員「え〜!?辞めるんすか!?幼馴染ちゃん含めた三人のバンドはどうするつもりっす!?」

作詞「……辞めないよ、ただでさえ人が少なくて廃部の危機なんだ。ライジングロックを見届けるまでは辞めない。それに、これからは作詞に専念しようとも考えていたんだよ。副部長はライジングロック頑張ってね」

幽霊部員「なら良かったっす〜」

作詞(当てつけのような言葉を吐いてしまった。最低だ、私は)

副部長「そんな……」

作詞「じゃあね、暫くは頭を冷やしてるよ」

作詞(このままここに居たら泣いてしまいそうだ。どうして私は……)
390 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/04/22(水) 02:16:42.95 ID:6Y7OspCWo




現在

幽霊部員「そんな事があったなんて……」

作詞「君はあの時居たからね?どうして覚えていないのか逆に聞きたいよ」ピクッ

幽霊部員「う〜ん、思い出せない」

不良「あんたも前はキツいとこあったんだな、ロリに出るななんて普通は言えねーよ」

作詞「うん、あの時の私はどうかしていたし実を言うとロリちゃんの身体も今程悪いとは考えていなかった」

作詞「当時の私は自分自身の事しか考えていなかったんだよ」

会長「結果的には正解だった」

作詞「結果論さ、部長たちの停滞もね」

不良「そういや幽霊部員はどうして、今までは部に出なかったんだ?」

幽霊部員「……」

幽霊部員「自由天文部の事は大好きっす。でも、部長のバンドには何も惹かれる物がなかったんす」

幽霊部員「毎日顔を出すのが苦痛で苦痛で……」

不良「聞いといて悪いけど想像通りで安心したわ」

幽霊部員「怒らないんすか?」

不良「もう慣れたわ、少なくとも今は気に入ってんだろ?」

幽霊部員「……優しいっすね」

不良「はぁ!?気色悪いわ!」

作詞「ふふっ……このバンドで良かったな」

会長「……」

作詞「全員が愚直だよ、こんな事は滅多に無い」
391 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/04/22(水) 03:18:56.25 ID:6Y7OspCWo
不良「愚直って……そんな立派なもんじゃねーよ」

不良「色々あって追いつけてないだけ……」

不良「それに最初は男、会長、ロリと一緒にやってたのが今では最近まで知らなかった奴らとやってるからな。ほんと、何があるかわかったもんじゃねーよ」

会長「全くだ」

幽霊部員「それはそうと男君は急にどうしちゃったんすかねー?」

作詞「女の子の真似をするようになったよね」

不良「前から気付いてたけど……吹っ切れるなんて……」ボソッ

会長「何か言ったか?」

不良「い、いや!何も!」

幽霊部員「気分的に女の子の格好をしないと歌えないんすかね?女性の歌ばっかっすよね」

会長「どうだろうな」

作詞「それにしても男君は素晴らしいよ、今の体制をいとも簡単に作ってしまった」

不良「あんた的には正解なのか?」

作詞「うん、私が過去にしようとした事をなんのわだかまりもなく実現した」

会長「わだかまりか……」

作詞「あれ以来会長は男君と話していないね、喧嘩しているのかい?」

会長「……分からない」

不良「男も変わったからな、会長に対しての当たりは特にキツいわ」

幽霊部員「分かるっす!ツンツンちょいデレがツンツンツンっすよね〜!」

作詞「ははっ、思春期男子だね」

392 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/04/28(火) 09:35:00.87 ID:Kp60FlGCO
会長「……」

会長「結果的に全員が団結しているのは男のおかげだが」

作詞「露骨に話を逸らさないでよ、今気付いたけどタメ口と敬語のどちらなのかハッキリして欲しいな。聞いてる?」

不良「最近は男の事になるとすぐにおかしくなるんだよな」

幽霊部員「ふーん」ニマニマ

幽霊部員「好きなんすか?好きなんすか?」ネェネェ

会長「うっ、うるさいな……好きとかそんな事では……ない……だろう」モニョモニョ

女「うーん……青春って奴だね」

不良「居たのかよ!」

幽霊部員「最初から一緒だったじゃないっすか」

女「好きとかだか聞いてると……懐かしいな」ボソッ

作詞(それよりも気になるのはこの人は一体誰なのかと言うこと、間違いなく私の一年二年ちょっと上ではない)

作詞(もっと上?ロリちゃんなら知っているとは思うけど中々聞き出せない)

幽霊部員(あ〜、作詞ちゃんが勘繰っている……お姉ちゃんから全部聞いているなんて言い出せないしなぁ)

会長(私が男を好き?そんなはずある訳ない。男が私を心配させるのが悪いだろう、同じバンドのメンバーだから気になるに決まっている……)
393 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/04/28(火) 20:30:23.42 ID:Kp60FlGCO
会長(同じバンド……?)

会長(今は違う)

会長(元、だ。恥ずかしい……いや、そもそも何が恥ずかしいのか分からない――)グヌヌ

作詞(そもそも今のロリちゃんは会長だけに身を捧げている気すらしてしまう)

女「ねぇ、会長……だよね?名前」ゴキュ

会長「……はい」

幽霊部員「あっ、また変なの飲んでるっ」

女「水筒なら酒ってバレない……」

幽霊部員「アル中っすね」

女「私も好きな人、居たんだ」

会長「私も?言い方がおかしい気はしますが、続きを聞きましょう」

幽霊部員(それは……気になるっす。同じ自由天文部の初期メンバーっすかね?)

女「今のこの時間も、場所も私が作った……作ってしまった……」ボソッ

作詞「えっ?」

女「なんでもない」

女「それよりも……好きな人には告白した方が良いよ。何かを達成したらなんて特にね……勇気を出すためにある目標なんていうのは目標が大きければ大きいほど叶わない」

女「つまりさ、高校生なんて付き合った後からでも仲良くなれるよ……」

女「当たって砕けよう?」

394 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/04/29(水) 00:39:51.68 ID:p7s6yLjgo
会長(……目が澱んでいる)

会長(嫌な事ばかりを経験してきたのか、そんな目が信ぴょう性を持たせている)

幽霊部員「悪い奴に見えるっすよ」

会長(そもそも私は好きな人なんていないから全くもって見当違いな話なのだが)

作詞「これは参考にしない方がいいよ」

会長(酔っぱらいとは皆こうなのか、歳は取りたくないな)

会長「そもそも、好きとかそんな訳がない」

女「……」ジロッ

女「ねぇ、ベースは君がやるの?」クルクル

会長「やむを得ず、私がやる事になりました」

幽霊部員(あぁ〜!なんだか恥ずかしいっす〜っ!ゾクゾクする〜っ)ワシャワシャ

幽霊部員(それもこれもお姉ちゃんのせいっす……帰ってこなければ良かったのに〜っ)

幽霊部員(聞かなきゃ良かった……聞かなきゃ思い入れなんて何一つなかったのに)

幽霊部員(らしくないっすよ、ほんと)
395 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/05/01(金) 20:36:36.93 ID:Xx6bEHxOO






数週間前

女「幽霊部員……今までありがとう……じゃっ」ググッ

ズルズル

幽霊部員「ちょっと!どうしてお姉ちゃんが帰って来るって言ったら急に出て行こうとするんすか!」ググッ

女「お姉ちゃん……は関係……ない」ニヘラッ

幽霊部員「笑顔が凄くギギギッてなってるっす!!それにうちを出ても野垂れ死ぬだけっすよ!!」ギュゥゥ

女「それもまた……一興」ググッ

幽霊部員「お姉ちゃんから逃げ出す事をあたかも大河ドラマの主人公みたいにカッコつけんなーっ!」グイッ

女「べ、別にキーボードは関係無いし……引っ張って止めないでよ……服が伸びる」グイ-ッ

幽霊部員「私の体操着を着て何言ってんすか!!!って、ほら!やっぱりお姉ちゃんの名前知ってる!!なんで知ってるんすか!!あんた誰っすか!!?」ググッ

ガチャッ

キーボード「ドアがちゃー!おろ?幽霊部員は玄関でなにして……って女ぁ!?」

女「」

幽霊部員「ねぇちゃんもやっぱり知ってんすか?」
396 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/05/11(月) 03:45:55.93 ID:K5Ht9MVTo
幽霊部員(あっ、空気が変わった)

幽霊部員(他人が怒ってたり悲しんでたりしても分からないけど、お姉ちゃんは別。些細な感情の変化でさえ分かる)

キーボード「いままで何してたのかい?」

女「どちら様?」

キーボード「ぴきりっ、女でしょ?」

女「人違いですよ、私と貴女は他人です」

幽霊部員「自分で女って言ってたじゃないっすか」

女(少しの間タダ飯にありつけたら良いと考えていたけど、居座るタイミングを完璧に間違えたな)

キーボード「幽霊部員、“コレ“が自由天文部を作った人」

幽霊部員「まじっ?“コレ”が伝説の先輩?」

キーボード「ピッコーン。ロリも現役達に名前までは教えなかったみたい、よかったね」

キーボード「全く、勝手にひきこもって退学してさ連絡一つも寄越しはしない」

女(あーあ、そりゃあキーボードも怒るよな)

女「……ごめん」

キーボード「謝らなければいけないのは私たちの方だよ、いろいろ背負わせてごめん」

女(嘘だ、“あの時”盛大に過ちを犯した私に怒らない訳がない)

キーボード「ロリもドラムも女に謝りたいって、ずっと言ってる」

女(吐きそうだ、今更どの面を下げて会えばいい)

女「……ごめん」カタカタ

幽霊部員(震えている、ロリちゃんやお姉ちゃんから聞いていた“伝説の先輩”とはかけ離れた姿。少なくとも私たち現役の部員が聞いてきた上での女先輩像はもっと豪快で自信に満ち溢れている印象を全員が持っている)

女「会いたく……ない、ほんとにごめん」

幽霊部員(実際にはあまりにも弱々しい)

キーボード「そっか、仕方ないよね。うん」

キーボード「――吸う?」

女「……うん」
397 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/05/11(月) 04:32:54.18 ID:K5Ht9MVTo
幽霊部員「あー!リビングでたばこ吸ってる〜」

キーボード「モクモク。今日だけ今日だけ、どうせお母さんもお父さんも帰ってこないしー」

幽霊部員「プンプン。今日だけっすよ」

女「……」

幽霊部員(二人とも落ち着いたようにようには見えるけれど吸うペースが異常に早い。本当は緊張をしているのだろう)

キーボード「クルクル。変わったね」

女「……」

キーボード「女」

女「あぁ、私?」

キーボード「うん、顔と声以外全部変わった」

女「そうだね」

キーボード「……」

女「……」

幽霊部員(興味半分でこの場所にいるけれどすっっっごく居心地が悪い……コンビニでも行こうかな)

女「キーボードも変わったね……昔よりずっと落ち着いている」

キーボード「うん……よく言われる」ニコッ

キーボード「あれからなにを?」

女「あー……先輩に会わす顔が無いと思ってさ、ずっと逃げてた」

キーボード「逃げてたか……先輩って、あの創設者の?」

女「うん、無理やり歌詞まで書かせたし」

幽霊部員「キョトン。創設者?女さん以外に居るの?」

キーボード「ふっふっふ。本来の天文部としての元祖創設者が居るのだよ、女は“自由”天文部の創設者」

女「元々は普通の天文部だけど、部員が足りないから軽音楽部を混ぜたんだ」

幽霊部員「そっ、そういうことだったんすね……」

女「先輩が好きな天文部を残すためにね……でも廃部の危機なんだよね」

キーボード「女、それがね……」

幽霊部員「それだったら話は早いっすね、“天文部”は残るっす」

女「……え?」

キーボード「私の妹、すっっごく頭いいから奨励賞とか最優秀賞とか総ナメにしてさ」

幽霊部員「顧問のおかげっすよ〜」
398 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/05/11(月) 04:54:59.88 ID:K5Ht9MVTo
女「って事は、当初の目的は……達成?」

キーボード「図らずしもそうなるけど……」

キーボード「自由天文部は無くなるんだよ?」

女「そういう事か……まぁ私としては……」

キーボード「ふんす。ロリが今も待ってるのは知ってる?」

女「うん、でもべつにもう良い……」

キーボード「――ワケ」

幽霊部員「あっ、完全に怒った」

キーボード「良い訳無いでしょ!!!」

女「……」

キーボード「ロリが今までどんな気持ちで待ってたか分からないの!?」

キーボード「貴女が何も言わないから“自由”天文部を残そうとして何度も何度も留年してたんだよ!?」

キーボード「どうしてか分かる!?」

キーボード「“女が”作った自由天文部を残すためだけに!!それだけのために人生賭けてたんだよ!?」

女「べつに、そこまで頼んじゃ」

キーボード「!」

幽霊部員(乾いてるけど凄い音……お姉ちゃんが人の顔を叩いた所なんか初めて見たっす)

キーボード「……ごめん」

女「いいよ、母親で慣れてる」

キーボード「これだけは言わせて貰うけど……ロリの身体が悪いのは知ってるよね?詳しくは聞いていないけど、ドナーが見つからないと死んじゃうって」

女「えっ?」
399 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/05/11(月) 05:20:32.18 ID:K5Ht9MVTo
キーボード「この前、倒れちゃってもう楽器も弾けないんだってさ」

女「あいつ……どうして……」

キーボード「無理に会えとは言わない、でも」

キーボード「女の後に入った後輩達も皆、全員が女の、あなたの夢にかけて……破れていった」

キーボード「ロリは皆の涙を見てきたの……本当に強い子だよね」

女「……」

幽霊部員(女さんは黙りきってしまい、私達に背中を向けると更にもう一本たばこを吸った)

女「馬鹿……」

キーボード「どうするの?まだしばらくは匿うけど、このまま逃げ続けるつもり?」

女「現役に一人、センスある子が居る……」

幽霊部員「会長の事っすね」

幽霊部員「ちなみにベースも会長がやる事になったっすよ」ニコ-ッ

女「!」

女「……その子に歌くらいは教えてあげようかな……それしかできないし」

キーボード「――!」

女「あっ、お酒は用意してね……」
400 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/05/11(月) 05:32:58.55 ID:K5Ht9MVTo
キーボード「喉は大丈夫なの?」

女「母親が……すぐに病院に連れてってくれたおかげで無事……」

女「キーボードとドラムはあれから何を?」

キーボード「私は留学したりして、外国で演奏してるよ」

キーボード「ダンッバンッ。ドラムは会社員やりながらソロで活動中……私達は待ってるよ、女の事」

女「もう、ギターなんて弾けないよ……」




現在

幽霊部員(あんな事を聞いたらそりゃ、この部のために尽くさなきゃって私ですら思うっすよ……ほんと)

女「ねぇ、歌って誰から教わってるの?」

会長「え?」

女「いや、もしかしてとは思うけど……うぅん、なんでもない」

会長「○○駅のスタジオの――」

女「っ!」

女「そう、いいよもう」

会長「自分から聞いておいてその言い草は些か理解に苦しむが――」

女「ごめんごめん、なるほどね、うん納得」

ゴキュゴキュッ

クシャッ

幽霊部員「あっ、飲み干した」

作詞「なんなんだい?あの人は全く……」

女「歌、全然ダメだから教えてあげるよ」
401 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/05/11(月) 05:50:41.68 ID:K5Ht9MVTo
女「本腰を入れて……ね」

会長「……お言葉ですが、貴女に教わろうとは全く思わない」

会長「普段の貴女からは何も魅力を感じないし、借りを作りたくも無い。破綻者から教わることは何もない」

女「言ってくれるね、私のセンスと実力……感覚で分からない?」

作詞「私も会長と同意見かな」

幽霊部員「前、聞いた事あるけどあの人は会長より歌やべーっすよ」

女「〜♪」

会長「!!」

会長「あれは……先生がいつも練習の時に歌う曲」

会長「偶然か?」

女「まぁ……まだ私の方が歌えるね」

会長「……正直驚いてます」

女「そうかな?じゃあ……教えるよ?」

会長「これは……真面目に聞くしかないようですね」

女「自分より出来る人から教わるのは当然の事、世の常だよ……ちなみに音楽が凄い人は皆破綻者……」

作詞「偏見が凄いね、実力は認めるけど」

幽霊部員「なるほど、作詞ちゃんのギターが凄いのも…… 」

作詞「ん?君のキーボードほどでは無いよ???」
402 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/05/12(火) 06:00:26.38 ID:13dTo6p4o
会長(あの歌い方……先生と瓜二つ、まるで生き写しかのようだ)

作詞(凄く荒荒しく歌っていたけれど並々ならぬ下積みがある。技術がある上で激しくしている)

幽霊部員(凄い声量、窓が割れるかと思った……何はともあれ)

幽霊部員「会長!女さんの言う通りにした方がいいっすよ!」

会長「分かってる!」

作詞「音楽以外でも素直だと可愛いんだけどねぇ……ははっまぁ彼女には土台無理な話かな」

幽霊部員「作詞ちゃんと不良ちゃんもうかうかしてられないっすね」

不良「やっと名前で呼びやがった」

作詞「君に言われるまでも無いよ」

幽霊部員「うーん、なんか違うんすよね〜エモさが無いというか、曲に対する思いが足りないと言うか……このままだとダメな気がするんすよ」

幽霊部員「キリッ!じゃなくて、グイッて感じ?顎クイじゃなくて壁ドンみたいな」

不良「なに言いたいのこいつ」

作詞「急にやる気を出しても何を言っているか分からないのが玉に瑕なんだ」

不良「言うほど玉にか?」

幽霊部員「言語化すると、不良ちゃんはもっと力強く鳴らすことも覚えた方がいいって事っすね。例えばだけど二曲目予定のサビの切り返し部分でいつも曲に似合わない繊細な叩きになってるんすよ」

幽霊部員「作詞ちゃんは単純にBをB7にしないでBでやりきって欲しいっす。作詞ちゃんなら弾けると思って作曲ちゃんも忙しい中でこの曲を作ったんすよ!きっと寝不足っす!」

作詞「うっ……痛い所を……皆の歌詞を書いてる私も寝不足だけどね」

幽霊部員「つべこべ言わないでやるっす!」

不良「ちゃんと話せるじゃん」
403 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/05/17(日) 19:41:44.43 ID:3nLZrPseo
不良(しっかし、まぁこいつが天才とか言われてる理由が分かる気がするな)

不良(センスが段違いとしか言いようがねーよな)

不良(あのいけ好かない眼鏡野郎と同じ……私はアイツに勝てるのか?)

不良(いや、勝つか負けるかじゃねぇだろ)

不良(――全員でやってやるんだ)

作詞(私達なら本当に成し得てしまうかも……ね)

作詞(しかし、最大の長所は会長であると同時に最大の短所も会長だ)

作詞(ベースはロリちゃんの指導の賜物かな、本当に上手になった。しかし、それでもロック・スターのレベルではない)

作詞(会長が1番わかっているのは重々承知の上だけど私は心配だ、歌っている場合なのかどうかね)

作詞(違う……全員で補っていかなければならない、なにも会長だけに当てはまることでは無い)

作詞(会長も不良も幽霊部員も私自身も、全員が互いを支え合わなければならない)
404 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/05/17(日) 20:40:22.20 ID:o22JW/PhO

翌日、部長の友人がライブハウスで演奏する機会を作ってくれた。

枠が中々埋まらないため、チケットを捌かないでもいいから演奏して欲しいとの事情を聞いた俺たちはその誘いを喜んで受け入れた。

俺達に足りないのは場馴れだろう、俺と幼馴染と作曲先輩はとにかくとして部長と副部長と副会長は本番にどうしようもなく弱い。

今回を機に出来るだけ本番に慣れて欲しいのが本音だ。

友「こんにちは〜」

ライブハウスのすぐ側にあるファストフード店に少しだけ遅れてやって来た友は背筋を伸ばしながら深々と礼をした。

幼馴染「男、この子は誰なの?」

男「幼馴染も挨拶くらいはしろよ、俺の親友だよ」

友「私は友って言います、男と同じクラスで仲良くやってます。雑用とか煩わしい事は全部任せてください」

幼馴染「アンタ、親友に雑用をやってもらう訳?本当に親友なのかしら?」

男「違う、友から申し出てくれたんだよなぜ疑う」

俺と友は毎日のように連絡を取り合っている仲でふとした拍子に自由天文部の状況を話した結果、友の方から是非とも自由天文部を手伝いたいと申し出てくれた。
俺はしみじみと感じた、持つべき友だと。

友(男……私ほど良いお嫁さんにになれる人間は居ないからな?分かってくれるよな?)

部長「何この子、めっちゃ可愛いんですけど……男の友達?」

作曲「……友達居たの?」

男「あ?」

副会長「意外ですね」

部長「だから言っただろ同い年の友達の一人や二人は居るって」

副部長「まとめて言うと男君に不良ちゃん以外の友達が居ないなんて皆は冗談のつもりで思ってただけだよ!」

男「それは完全にトドメですって……絶対に本気で友達が居ないって思っていただろ、先輩でも許せないって」
405 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/05/21(木) 00:48:14.14 ID:NvH4qb5do
副部長「あはは!ごめんね!」

男(今笑ったのってどういう意味だろうか)

友(男ってやっぱり友達が居ないと思われていたんだなぁ……ところでさ、不良って誰だよ)

男「偏見も甚だしいなぁ……」

副会長「偏見?客観的に見た事実では?もしかして人の事は散々好き放題言う癖に自分自身の事は客観的に見れないとでも?」

男「そこは掘り下げないでください。分かってるって」

作曲「分かってる……」

男「……全員揃ったから話します。このバンドだけで演奏するのは初めてですよね?」

男「いつもは会長たちが居る、同じ部員同士で平等に取り組もうとしている」

部長「だな」

男「今回のように外部での演奏は全員がが揃っていた方が勇気も出るし頑張れると思います」

副会長「そうですね、もう一つ枠があったならとは思います」

副部長「みんな揃った方が楽しいよね!」

男「でもね、それって凄いチャンスなんですよ」

幼馴染「ケッ」

男「おいおい、幼馴染……口が悪いぞ?どうしてわかりやすい舌打ちをした?」

幼馴染「馴れ合いはいらないって話でしょ?分かりやすいわね」

俺の話に対して徹頭徹尾、不快感を顕にした幼馴染は目を合わせようともせずに彼女自身が思っている事を言い切った。

彼女の不快感を後目に俺は言いきった。

男「その通り!周りに気を使う必要なんて無い!」

グループアイドルをやっていた影響だろう、だからこそ幼馴染は一番になる事ができない。周りを気にしてしまうから綺羅星ソニアよりも高い評価を得る事が出来なかったのだ。

上に立つ人間は周りの目なんて気にしない。その事は幼馴染、ツンデレ自身が一番分かっている事だろう。

男「正直、俺達自由天文部が青春物語の一部なら会長達だって何一つ文句を言わずに合わせてくれていたと思いますよ」

男「しかし」

男「実際にそんな事は有り得ません」

男「改めて言いますけど、自由天文部同士もライバルです。きっと会長達は俺達を出し抜いていますよ」

男「ほら、どうせなら自分が主役になりたいでしょう?」

あっけらかんと言い切ってやった。
本当に同じ事をしているかは分からない、けれども俺達は同じ人間。同じ人間だからこそどこかしらで“周りを差し置いて”演奏している筈だ。

人間である以上は“清く正しく競い合う”事なんて無いのだから。

男「俺達が与り知らぬ所でライブをしていますよ、俺はそれが悪い事とは思わないし自由にすればいいと思う」

あたかも会長達を誘ったかのような口ぶりで話しているが、実際には俺が握り潰した。
部長にも釘を刺し、俺たちの中で話を留めた。
ライバルなんだ、事実上ひとつの枠を争っている以上は当然のことだと思う。
406 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/08/24(月) 00:06:24.47 ID:ZeQATGkpo
全員が黙り込んでいる。
良心の呵責とでも言うのだろうか、部長なんて今にも死んでしまいそうだ。

今すぐにでも消えてしまいたいと言った顔をしている。

幼馴染「待って、アンタまさか――」

男「あっ」

しまった、これでは俺が握り潰した事が全員に気付かれてしまう。
言葉選びを間違えてしまったのは明らかだ。
あまりにも迂闊だった。

幼馴染「間抜けな声出して……化けの皮が剥がれたわね」

副会長「幼馴染、私が言います」

副会長が幼馴染を制すると幼馴染は嫌々口を噤んだ、

副会長「男君、人として最低ですよ」

薄ら笑いを浮かべる副会長の瞳はどこまでも冷たい、俺を軽蔑しているかのようだった。

副会長「私は他人を蹴落としてまで上に行きたいとは思いません」

副会長「いつもこうして来たのでしょうか」

違う、そんな事は無い。
正直に言うと初めてだ、ここまでしなければ勝てないと思ったのも、露骨に人を蹴り落とそうとしたのも初めてなんだ。

副会長「先程は会長も同じような事をしていると話していましたね、訂正してください」

副会長「会長が私たちに隠し事なんてする筈がありません」

男「……すいません」

部長「あ〜っと、もう時間だぜ?早く行こうぜ」

友「そうだな……ですね、早く行こましょう」

副部長「絶対に敬語下手だよね?無理しなくていいよ?行こましょうって中々出ないよ?」アハハ

友と部長の気遣いが俺の心をさらに締め付ける。
自分でも気づいているのにも関わらずウィッグの毛先の束を指で何度も巻いてしまっている、分かりやすい逃避行動だ。

副会長「正直に言うとそんな気分では」

副部長「空気悪いけどね……」

「「駄目」」

男「だ……」
幼馴染「よ……」

男・幼馴染「「……」」

幼馴染「用意してもらったステージには必ず立たないとダメ、観客は私たちのいさかいなんて知ったこっちゃないもの。枠がある以上は割り切らなきゃ」

男「何があろうともステージには立つ、それだけは譲れません」

作曲「……」キョトン

友「……」イラッ

友以外の全員が呆気に取られた表情で俺と幼馴染を見つめていた。
幼馴染がツンデレって事を忘れてしまうところだった、アイドルを辞めたとしても失われることのない誇りと矜恃は常にアイツの中にあるのだろう。

幼馴染「男……噛んだら許さないわよ」

男「分かってるよ」

各自思うことはあるのだろうが、揺らめく感情を胸にしまいこんでライブハウスへ向かった。

昼下がり、茶色く錆びたガードレールを越えた先にあるライブハウス。入口手前の地面からは陽炎がのぼり、アスファルトの隙間から生える雑草まで揺らめいて見えた。
407 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/09/12(土) 14:55:16.37 ID:87Ryfje3O
数十分後、俺達は帰路についていた。
駅のホームのベンチでは全員が何も話すこともなく、俯いていた。

ライブの結果としては普通、良くも悪くも無い。悪ければまだ何かしらの起伏や改善点を発見することが出来ていのだが、俺達メンバーは冷静に、面倒な作業をこなすかのように演奏を終えていた。

このバンドは完全に終わった。
心が離れてしまったのなら俺に取り返す術は無い。

全ては俺自身の責任。
俺以外の全員は主役になることなんて考えてすらいなかった、自由天文部が存続さえしたらそれだけで十分だったのだ。

副会長達にとって男という人間はさぞかし傲慢に見えただろう、その通りだ。
音階の低い歯ぎしりのような音が煩わしくこだまして、やがて無音になる。
地獄に叩き落とされたかのような時間が無限に続いているかのように思えた。

ぷしゅうと扉の開く音がしてからは早かった、電車に乗ろうと立ち上がった頃には同じ音がした。

ホームには俺と……作曲先輩だけが残されていた。
408 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/11/07(土) 18:08:46.26 ID:HMRN90vKo
テス
409 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/11/11(水) 01:34:27.21 ID:/k/kpvsQo
作曲「みんな……帰ったね」

男「……」

どうすれば良いのか分からない。
言葉の発し方を忘れてしまったかのようだった、口を閉じているのにも関わらず口の中が乾いて仕方がない。

男「ぁ……うんっ……ごほっ!」

作曲「男君はどうしてこの部活に入ったの?」

やたらと話す。
いつもは喋ることもままならない作曲先輩も俺の失態を見てさぞかし気分が良いのだろう。
俺としては感謝してほしいくらいだね、貴女に言葉を与えたのだから。

冗談はさておき間の悪い質問に答えることにしよう。

男「会長に連れられて……あれ?」

会長に勝つため?
違うはずだった、俺はもともとは負けず嫌いの子供じみたことなどは考えていなかったはずだ。

男「わからない……忘れました」

作曲「男君なら必ず明確な答えを持っていると思っていたよ、どうしちゃったのかな?」

男「おかしいな、あはははは、あは」
410 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/11/11(水) 01:35:01.12 ID:/k/kpvsQo
作曲「気にしないでいいよ、ちょっと驚いただけだから」

作曲「私はね、中学2年生の時から不登校だったの」

作曲先輩は空を仰いでいた。
どのような表情をしているのかは分からないが、俺には泣くことを我慢しているかのように見えて仕方がなかった。

いじめがきっかけの不登校は今更珍しくともなんともないと思う。
人と関わる事が苦手でも多種多様の人物を押し込める箱で過ごさなければならないのが学校。
子供達はその箱の中で最低限の社会性と教養を身に付けていかなければならない。
人間として未成熟な子供が集まれば当然の話、いじめも起きてしまうのだ。

作曲「クラスの人気者で勉強も運動もできたのに馬鹿だよね?」

男「え?」

失礼な考えに思い耽っていたようだ、人をガワだけで判断するなんてことはしてはならない。

作曲「負け続きなんだよね、好きなことだけ」

作曲「最初はピアノ、近所ではかなり賞をとっている方で自分のことは当然のことを天才ピアニストだと勘違いしていたよ」

作曲「そんな自信に満ち溢れていた私の心を粉々に砕いたのが幽霊部員」

男「幽霊部員先輩ですか……」

幽霊部員「思ったよりも合うのが早いと思ったでしょ」

図星、俺の中では作曲先輩が幽霊部員先輩より劣っていることに気付いた結果作曲の道を選んだと断定こそしていたが、中学生の頃から因縁があるとは考えもしていなかった。

作曲「この時からだよ」

作曲「――たった一人の人間に負け続けることになったのは」
411 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/11/11(水) 01:36:18.51 ID:/k/kpvsQo
作曲「勘違いをしていた私は少し大きいコンクールに出ることにしたの」

作曲「当時の友達もたくさん来てたっけな、今思い出しても憎たらしいよ」










数年前

すべてがつまらないしくだらない。
県上位クラスと聞いて期待をしていたが、はっきり言ってこれではレベルが低い。
私が金賞をとって終わりだろう。

金賞は友達にあげることにしよう。
そうして喜びを分かち合えると思うと尊い気持ちになる。

幽霊部員「みんな素敵っすね〜」

たまに居るマナーを知らない子、一人?
襟も崩れているし本当にだらしない。

作曲「もっと小さな声で話さないと駄目だよ?」

小さな声で優しく教えてあげることにした。
これで少しはおとなしくなるだろう。

幽霊部員「あっ、呼ばれた」

人の好意を知ってか知らずか、マナーの悪い子は席を立ってステージへと上がっていった。

作曲「……」

次の番は私。

いつからか人前で演奏をすることに対して緊張することが無くなってしまっていた。
緊張はすること自体は非常に大事なこと、ある一定の緊張がなければ良い集中は得ることができない。
停滞を感じているのは間違いない話、もっともっと高いレベルに身を置かなければならな――

作曲「なに……これ?」
412 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/11/11(水) 01:36:50.55 ID:/k/kpvsQo
私は耳をほんの少しだけ傾けた。傾けなければよかった。

技術の差というものはこれほどまでに残酷な現実を突きつけるのか、私は今この瞬間になって初めて本物の天才と出会った。

僅かな強弱が凡百との旋律に大きな差を、絹糸を結うかのように滑らかかつ繊細な手指の動きが旋律に命を吹き込んでいた。

幽霊部員「♪」

演奏が終わったあとには中学生の演奏とは思えないほどの歓声が沸き上がっていた。
私が今まで経験してこなかったことばかりだ。

今にも崩れ落ちてしまいそうな足を精一杯の力でステージまで運ぶ私の姿はさぞかし滑稽だっただろう。

幽霊部員「あーあ」

歓声の中ですれ違う凡百と天才。
天才はすれ違いざまに信じられないことを吐き捨てた。

幽霊部員「久しぶりに弾いたけどまあまあうまく弾けたっす」

作曲「えっ――」

思わず足が止まってしまった。
無視してしまえばどれほど幸せだったことか。

作曲「ぃ……いっ……いつぶりなの?」

幽霊部員「1年ぶり?くらいっすね」
413 :以下、VIPにかわりましてVIP警察がお送りします [sage]:2020/11/11(水) 14:15:52.29 ID:56XvyhM60
VIPRPG完全終了さっさと畳んでもう二度とVIPに姿を現すなVIPRPG完全終了さっさと畳んでもう二度とVIPに姿を現すな
VIPRPG完全終了さっさと畳んでもう二度とVIPに姿を現すなVIPRPG完全終了さっさと畳んでもう二度とVIPに姿を現すな
VIPRPG完全終了さっさと畳んでもう二度とVIPに姿を現すなVIPRPG完全終了さっさと畳んでもう二度とVIPに姿を現すな
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VIPRPG完全終了さっさと畳んでもう二度とVIPに姿を現すなVIPRPG完全終了さっさと畳んでもう二度とVIPに姿を現すな
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414 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/11/21(土) 19:04:03.51 ID:0SHkGLZeo
現在



作曲「――これが中学生の時」

幽霊部員らしい話だと思った。
中学生のときから人の心が分からない。
図に乗るような素振りや見下すことをしない事がかえって人を傷つける。

男「腹の立つことに天才ですからね、向きにならない方がいい。相手にない要素を真剣に突き詰めていった方が身のためになる」

作曲「そうだよね。わかっているけど未熟な私にはあの怪物の存在を受け止めきることができなかった」

作曲「悔しくて悔しくて……でも分かるよね?」

男「自分なんて眼中にもなかった」

作曲「うん……その事実が何よりも耐え難かった」

話が見えてきた。
これから何が起きるのかも、作曲先輩が今の道を選んだ理由も何もかもが俺には分かってしまったのだった。
415 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/11/21(土) 19:05:04.99 ID:0SHkGLZeo
数年前



引きこもっていた間も勉強だけは欠かさなかったこともあり、無事に高校へ入学することはできた。

作曲「……」

昔の友だちがいないであろう高校に進学できたことはよかったけれど、これからどうしていけば良いのかがわからない。
中学生の私が途中までの間、学生生活を満足に送ることを出来たのは友達の存在と私個人の能力が大きい。
今現在、友達は一人も居ない。
運動は引きこもり生活で鈍っているだろうし勉強も上には上が居る……

作曲「憂鬱……」

「君、一人……?」

作曲「えっ……あっ、その、えっと」

人とまともに話す機会が減ったせいか、言葉を発することにも一苦労してしまうことになっていたのには私自身たった今気付いたのだった。

「楽器は弾ける?」

軽いカールのかかった金髪ロングの小柄な女生徒、上履きを見る限りでは三年生だ。
彼女の外見とは裏腹にとても大人びた印象を受けていた。

作曲「……ピアノなら」

大人しい彼女なら私も心を開くことができるのではないか、そんな勘違いを胸に答えてはいけないことを答えてしまったのだ。
416 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2020/12/09(水) 22:39:55.60 ID:FzhMKkHXo
ロリ「ウェーイ!!!」

「よっしゃラッキー!!」

ロリ「3人目ゲットだにょ!」

騙された。
つい先程までは私と同じ種類の人間かのように振る舞っていたのだが……

ロリ「私達は『自由天文部』だにょ、かんたんに言うと軽音楽部!」

「目標はライジングロック入賞!!」

ロリ「君達新入部員がこの部の未来なんだにょ〜」

「私達の時も言ってたよなそれ」

ロリ「弾いてみてほしいにょ」

分からない単語。
勝手に未来を託される。

作曲「キーボードなんて……」

ポーン

作曲「……」

世界が変わった気がした。
この瞬間、自由天文部は私の干からびた心を満たしてくれる十分な居場所になった。

必要とされる以上、全力応えたいと思った。
ピアノの次はキーボードに没頭していくのだった。

『彼女』が現れるまでは。
417 :以下、VIPにかわりましてVIP警察がお送りします [sage]:2020/12/10(木) 03:04:28.86 ID:cl/WEtKj0
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418 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2021/02/15(月) 02:08:50.82 ID:USQOpFN2o
1年後

作詞「今日は新入部員が入るって聞いたかい?そう、かなりの天才児かつ問題児らしい。なんでもロリちゃんの友達の妹だとか。おっと勘違いしないでいただきたいけれど私は天才などという言葉は嫌いだけどね私の経験上天才とい」
作曲「私も嫌いだけど……見たことがあるよ」

作詞の話はいつも長くなりがちだった。
自信家で曲がったことが大嫌い。そんな彼女だからこそ私は長話も苦ではないし心地が良い。
高校生になってからできた初めての友達、いつまでも大事にしたいしこれからも話を聞きたい。

作詞「私は無いのかもね。わからないよ」

作詞「例の天才児は作曲と同じキーボードらしい。うかうかしていられないね?」

作曲「負けない……」

作詞「うん、心配には及ばないね」

自由天文部に入ってから心が満たされていくのを感じていた。
また1からやり直せる。
キーボードという楽器が私を変えてくれた。

作詞「さぁ着いたよ」

作詞「可愛い後輩の顔を拝むとしよう」

ガチャ

部室の扉を開く音も好きになっていた。
自分で開けるよりも誰かが開ける音のほうがが好き、鉄の軋む音がこれ以上になく心地良い。

作詞「やあ、初めまして私は作詞」

「初めましてっす!幽霊部員っす!」

作曲「……」

先輩達が泣く姿を見て私も頑張ろうと考えていた。
キーボードとしてライジングロックに立つ姿も想像していた。
入賞して廃部を免れて、皆で笑って卒業できると思っていた。
ロリちゃんのことを聞いてからは必ず役に立ちたいし立てると思い込んでいた。

そんな浅ましい私のすべてが音をたてる間もなく崩れ去っていった。

作曲「ひ……久しぶりだね」

幽霊部員「えっと……会ったことあるんすか?」

吐き出してしまいそうだ。
そんなことが許されるはずが無い、何も覚えていないなんてふざけた話があってたまるものか。

今まで私がどんな気持ちで――

作曲「……」

幽霊部員「???」キョトン

作曲「ううん、私の勘違いみたい」

作詞の話によれば、私は無表情を保ちながら涙をこぼしていたらしい。
419 : ◆MOhabd2xa8mX [saga]:2021/08/24(火) 05:25:24.42 ID:HbOh8YX2o
現在

作曲「……」

作曲先輩は俯いたままだ、正直なところこれ以上口を開くのかも怪しい。

男「これ以上は察しろと?」

俺は作曲先輩がこれ以上何を話したいかも分かっていた。

作曲「うん。喋るのに疲れた……」

男「……」

作曲先輩は幽霊部員の存在によってキーボードを諦めたのだ。持て囃されてきた秀才の自信と積み重ねはたった一人の天才によっていともたやすく崩れ去ったのだ。

男「どうして曲を作るようになったのかは教えてもらえますか?」

作曲「適材適所ってやつだよ」

重々しい口取りで言葉を連ねる。

作曲「やる人が居ないしこれ以上自分の居場所から逃げたくなかったから」

鉄の摩擦音が鳴り響く。かける言葉が思い浮かばない俺の心をまるで気遣うかのように電車が通りすぎた。

作曲「正直に言うとピアノよりもキーボードよりも死に物狂いで打ち込んだと思う……ほんの少し覚えがあるだけで好きでもないことに私は打ち込んでいた」

俺にとってのアイドルと同じだった。

作曲「馬鹿みたいだよね?自分で手放したくせにまた欲しがって……」

作曲先輩の場合、それは居場所だ。

この人は自由天文部に本当の居場所を見出していたのだ。

作曲「初めて作った曲を……」

作曲「幽霊部員は褒めてくれた……って信じられる?」

皮肉な話だ。
幽霊部員が褒めるという事は本当に良かったという事になる。あの人は音楽に関しての嘘をつくことがない。
俺自身も作曲先輩が作る曲には非凡なものを感じていた。

男「信じますよ、うん」

作曲「だからこそ今も曲を作り続けることができたと思う」

作曲「そうだ」

作曲「会長達とロックスターに向けての意見を交換したよ、恥ずかしげもなく話してくれた。喜怒哀楽のすべてを」

何を勝手に行動しているのかと訝しむが無理も無い事だった。
自由天文部の楽曲すべてを作曲先輩が担当しているから当然のことだろう。
各バンドが意見を言うことがあっても基本的には作曲先輩が形にする。作詞先輩の作詞も然りだ。

作曲「会長たちはロックスターに向けての曲作りがしたい。新曲を披露したいからって私に連絡してくれた」

恥ずかしいことに人を貶めてまで勝ちたいと思っていたのは俺だけだった。
遠回しに思い知らされた気分だった。俺は自分自身のことしか考えていなかったのだ。
愚直にやってきたつもりだった。競争を促して仮想敵を作り出すことによって奮起を促すことができればと考えていた。

作曲「とても良い曲ができたと思う。贔屓目なしにロックスターでの入賞も夢ではない……よ」
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