飛龍「双龍の涙」

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/02/22(水) 22:29:13.36 ID:0UXc6vHJ0
艦これです。地の文ありです。冒頭にグロテスクな表現を濁らせてますがします。あと長いお話を予定しています。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1487770153
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/02/22(水) 22:31:29.32 ID:0UXc6vHJ0

目の前に横たわる物がある。

それは元は蒼龍と呼ばれてて、私の従姉妹にあたる艦娘だった。

親愛なる蒼龍。

悩んだ時も、悲しんだ時も必ず側にいて激励を飛ばしてくれる、唯一無二の蒼龍。

だった物が、お腹から肌色のやけに長い器官と、半端に折れた骨格を白昼の最中に晒し、海面をぶくぶくと肥えた黄色い脂肪が、血液と溶け合わさった海水と分離して漂っている。


3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/22(水) 22:32:46.10 ID:hmfF5LixO
ヴォエ

4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/02/22(水) 22:32:58.96 ID:0UXc6vHJ0

私は今不思議に思ってる。なんでだろう。私は蒼龍を本当の姉の様に思っていたはず。

信念心情。お互い意気投合する事は多くて、安心して背中を預ける事ができた、数少ない中の、特別な一人。

その特別な蒼龍の亡骸を、私は今、物として見てる。

海上に浮かぶわかめみたいに、元からそこにあった。私が立ち尽くすずっとずっと前からこの蒼龍はここに浮かんでいた。そんな風に思えてしかたない。

艦娘は艤装を展開すると、この脂肪と同じ様にぷかぷかと浮かぶ事ができる。

死んでからおよそ10分で艦娘は艤装の恩威である浮力を失ってゆっくりと沈み始めるけど、その間は艦娘が死んでも同じ。
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/02/22(水) 22:34:23.09 ID:0UXc6vHJ0

だから私の目の前にはただの無機質でグロテスクな艦娘がある。

それには陳腐な絵画を眺めた時と同様に、何の感情も抱かない。

それが、不思議で仕方ない。

神通「飛龍さん!あと1分稼げます!早く蒼龍さんをどうするか決めてください!」

ふと神通ちゃんの叫び声が耳に入る。同時に今が戦闘中だった事を思い出した。

神通ちゃんの叫び声の他には火薬が炸裂する爆音と、艦載機のプロペラ音、水柱が跳ね上がる音。

言葉に出来ない戦争の音が、まぶたのない耳に鼓膜に直接響いて、嫌でも私を汚い現実に引き戻した。

艦娘は死んだら、特に海上での死亡に関しては3つの規則が存在する。
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/02/22(水) 22:35:50.16 ID:0UXc6vHJ0

摩耶「クソっ!飛龍!蒼龍を持って帰るのは無理だ!」

1つは、死亡した艦娘の回収の可否。これは一縷の望みに賭けた可能性の為の判断。

見ての通り、まだこの蒼龍は浮かんでいる。だけどもう死んでもいる。

だけど、艦娘は兵器だ。これは例え話し。物が欠けた、壊れて動かなくなったら、どうします。

買い換える手段を選択する人が大半だと思うけど、中々元とは同等の替えがきかない艦娘は、そう易々と捨てられない。

回収してリユースしなくちゃいけない。臓器をもとあった場所に戻して、折れたり無くなった骨を入れ替えて、最後に皮膚を繋ぎ直す。
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/02/22(水) 22:37:31.45 ID:0UXc6vHJ0

でも、もちろんそんな手間とコストが掛かる事はしない。船渠と呼ばれる施設に運び込まれて融解した鋼材と燃料を混合した液体に投げ入れるだけ。

そこでは鋼材が持つ熱量で燃料は引火しない。船渠には艦娘を修復する為のポッドがある。繭のように白くて、卵型の容器が。

その中では燃料は引火点には達せず、常にギリギリの温度管理がされている。そしてそのポッドに投げ込まれた艦娘は時間が経つと修復が終わる。

ただそれだけで、艦娘の歯車は駆動し再び動かすことができる。

大切なのは身体じゃない。私たちの魂。これさえあれば、器の身体がどうなろうと知ったことじゃない。この時代じゃ魂は商品なんだから。
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/02/22(水) 22:39:16.08 ID:0UXc6vHJ0

その為にも、仮初めの死を得た蒼龍を回収しなくちゃいけないの。

そうすれば蒼龍は、あぁごめんしくじっちゃった、次はまたならないよう頑張るね、と、生き返ってすぐあっけらかんと私達に謝って、ドジを踏んだ恥ずかしさから、舌を出してウィンクをするだろう。

そしてもう一度海原に旅立ち、蒼龍をこけにした深海棲艦を沈めるため矢を射続けるはず。

提督からすると、手塩にかけた練度の高い蒼龍を危うく損失してしまう所だった、ですむ。

お互い思惑は違っても、利は同じ所にある。
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/02/22(水) 22:40:43.55 ID:0UXc6vHJ0

だけどこれは極めて異例なケース。

だってそう。誰かが一人息途絶えたって事は、軍配は敵の方に挙がっているのだから。

言い方が悪いけど撤退するのに荷物は少ない方がいい。全く動けないものを担いで、お互いがボロボロな姿で助け合って逃げ惑うのは辛い。

それに深海棲艦達からすると、それが面白おかしくてしょうがないんだろう。私達が壊滅寸前の深海棲艦相手に追撃戦を仕掛けるのと同じ。次の一手で絶対に狩れるくらい深手を負った獲物が、尻尾を巻いて逃れようと必死に右往左往するのが楽しくない狩人はいない。

そういう心理は誰にだってある。嫌悪感を示すなら、そんな状況に出会ったことがないからだ。

こうして私は蒼龍を諦めた。言ってしまえば、最初から無理だった。
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/02/22(水) 22:46:43.21 ID:0UXc6vHJ0

私はおもむろに25mm三連装機銃を蒼龍に向ける。

25mm三連装機銃は一度には全ての弾薬を吐き出せない。銃身の加熱を防ぐ為、一門ずつ弾を撃つ。

空母の私が艦載機の装備を固めず、機銃を装備することは珍しい。私のお仕事は後方から矢を正確に放ち、前線で戦うみなさんのアシスタントをするお仕事。だから敵機を撃ち落とすのはお門違いというわけ。

だけど今作戦は私が旗艦だ。用途は違うけど、最悪の結末に備え機銃を装備させられた。それに最速で終わらせる為には25mm三連装機銃はとても特化している。

撃つ。蒼龍の亡骸を。もう一度、何度も。頭から爪先に向かうようにゆっくりとスライドさせながら。

弾が蒼龍を貫く度噴き上がる水柱には蒼龍から千切れた肉が混ざって、スノードームよろしく宙に浮く。そしてどんどん蒼龍は無くなっていく。
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/02/22(水) 22:49:34.14 ID:0UXc6vHJ0

2つ目は、死亡した艦娘の回収が不可能な場合、旗艦がその艦娘の処理を行うこと。

艦娘は死んだら深海棲艦になる。

これは、深海棲艦と戦う為のお仕事に就てるみんなが知ってること。艦娘だけが共有する裏話なんかじゃなくて、大本営、提督、鎮守府に勤務する人間の方々。グリーンカラーの人達が知る事実。

鎮守府に勤務する人達はそういった裏話が漏洩しないようにと明記された書類に色々と記入するのだけど、人間、艦娘もそうなんだけど何かの拍子で漏れてしまって風の噂として流布される。それが一般市民の間じゃ都市伝説として扱われてもいるけど、あくまでそれは噂話程度。

大体、どうしてそこまでしなくちゃいけないのか。

だって艦娘は死んだら深海棲艦になるならさ、そのまま放っておいて、さっさと逃げればいい。自らの危険を顧みてまでして、嫌な思いをしながら蒼龍を散り散りにしなくてもいい。

けど現実問題、そう上手い話はない。

どうしても、艦娘を面倒で危険な手段を用いても処理しなくちゃいけない理由がある。
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/02/22(水) 22:53:51.03 ID:0UXc6vHJ0
今日はここまでにします。
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1483949214/
以前書いたお話を知っていると多少雰囲気がわかると思うので一応です。見なくても内容がわかるようには頑張ります。
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/23(木) 16:46:53.25 ID:78bBYH2J0
これはなかなか心に来るけどなんかリアルだなぁ…
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/02/23(木) 17:29:58.12 ID:Lxy82JVL0

深海棲艦は3種類に分類され強さは4段階に分けられる。

いろは歌から名前を取る低級深海棲艦と、遭遇したら運の尽きな、鬼級深海棲艦と姫級深海棲艦。

この鬼級と姫級にはいろは歌からの名付けとは違って、固有名詞で一体を区別する。それは数は少ないけど、一体が桁外れで、規格外の強さを持っているから、ただの深海棲艦としては扱えないから、そう名付ける。

その2種類の深海棲艦を除いた、他の深海棲艦にも当然だけど強さの序列がある。

誰が一番強いかとかの話じゃなくて、強さの指標になる、

同じ名前の深海棲艦が持つ見た目からの相違点。その相違点をstandard、elite、flagship、改flagshipと区別し呼称する。
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/02/23(木) 17:34:12.44 ID:Lxy82JVL0

この違いはとっても簡単に解る。standard。文字通り、標準的で特筆することもない、深海棲艦と検索すればヒットする名前通りの見目形を持つ深海棲艦を指す。

elite。ここから姿形、ていうか、威風を纏い始める。いわゆるオーラだ。禍々しいにオーラをその身に漂わす。おかげで一目で優先順位がつけられて好都合なのは別の話。

eliteと呼ばれる深海棲艦は赤色のオーラを漂わせる。そしてflagship、改flagshipも同じ様な変化を生じさせる。

flagshipは黄色のオーラを。改flagshipは黄色のオーラの他に迸る青の閃光を眼の周りに放つ。

これらの変化はただ虚勢を張る為のお飾りなんかじゃない。単なる深海棲艦とは違って、下から順当に、格段に攻撃翌力が跳ね上がるの。
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/02/23(木) 17:39:10.99 ID:Lxy82JVL0

どうして生物の深海棲艦に、そんな変わり様があるのか。

それは死亡した艦娘の処理を怠ったか、やむ終えずそのまま放置して撤退をしたかで決まる。

何の関係性があるのかと言うと、死亡した艦娘の練度によって深海棲艦の強さの指標が変わると同時に、肉体の処理の具合によって、より力を持った深海棲艦が誕生する確率が上がるということ。簡単に言うと死体の状態が良好であればあるほど、力を持った深海棲艦に変化してしまうということ。

もちろんそれとは関係無く自然に生まれる事もあるけど、可能な限り、自分達の脅威になる可能性は潰しておかなくちゃいけない。

万が一にも処理を怠って姫級、鬼級の深海棲艦が誕生してしまったら大変だ。その一体が何体、何十体の艦娘を殺しかねない。

もしかしたら私もその一体に入ってくるかもしれない。その為にも、私は蒼龍を何としてでも無くさなくちゃいけない。

17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/02/23(木) 17:40:46.96 ID:Lxy82JVL0

もう1つ。なんで旗艦が死亡した艦娘の処理を担うのかは、リーダーである私の責任だからだ。

敵と交戦し、戦闘終了後には必ず鎮守府に損害情報を連絡しないといけない。そして現状で海域の攻略が可能か、不可能かを提督が判断し進軍、撤退の命令を出す。

その判断に従って私たちの生死は決定づけられるから、絶対に情報の齟齬が発生しないようにしなくちゃいけない。

今回の提督の采配は進軍だった。つまりは現段階においての海域の攻略は可能であるとの判断だ。

しかし今蒼龍は沈みつつある。提督は可能だと言ったはずなのに。

だからこれは旗艦である私の責任。現場で死者を出したのは私の責任なんだ。そのツケを支払うのは、当然責任者の私にある。

仮に提督の判断が誤りだったとしたら、私達は艦娘なんてやってはいられない。もちろん、もしもの話だけど。
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/02/23(木) 17:42:11.32 ID:Lxy82JVL0

そして、最後の3つ目は。

榛名「飛龍さん!時間切れです!撤退します!」

私が蒼龍の顔から右胸辺りまで貫き終えた時、榛名さんは私の肩に勢いよく手を置きそう話した。

でも私は作業の半分も終えてない。私の為にも、みんなの為にも、そして蒼龍の為にも半端に終えるわけにはいかない。

飛龍「もう少しだけ時間を稼いでください!あと5分もあれば!」

榛名「無理です!戦闘中に時間を稼ぐ事がどれだけ大変か飛龍さんはわかっているはずです!それにみなさんを見てください!もう戦える状態なんかじゃありません!」

榛名さんは私の目の前に移動すると、血気迫る勢いでそう捲したてた。
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/02/23(木) 17:45:44.06 ID:Lxy82JVL0

そして私は周りをやっと確認した。榛名さんを除き、みんな満身創痍だった。みんな砲塔はへし折れ、艤装に内蔵されたガスタービンエンジンが不完全燃焼を起こし、排気口から黒煙がもくもくと燻っていた。浅く掠めた銃弾が秋月ちゃんの額をぱっくりと開いてもいた。

でも、あと少しで3つ目が果たせる。あと少しなんだ。

飛龍「ならあと1分でしん....」

榛名「いい加減にして!.....総員撤退します!輪形陣を組み、神通を先頭、後方に飛龍、秋月で一列とし、左側面を摩耶、殿は榛名が務めます!各自10m間を維持し対空防衛を優先してください!そして鎮守府からランデブーポイントの指示が出るまで、時速23ノットで敵に背を向けぬよう、後退してください!神通さん!鎮守府へ撤退の電報をお願いします!」

神通「はい!」

榛名さんは私に一喝すると何事もなかったように素早く全員に指示を出す。そして殿を務めに後方に向かおうとする。
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/02/23(木) 17:46:54.72 ID:Lxy82JVL0

飛龍「榛名さん!」

大きな声で呼び止める。すると私の悲痛な声に反応したのか、榛名さんは歩み止めたが。

榛名「今は逃げる事だけ考えてください。後で幾らでも文句を聴きますから。だからもう黙って私の指示に従ってください」

振り返らず吐き捨てる様にそう言った。そして私に見向きもせず後方に向かって行く。

今回の作戦で私は初めての旗艦だった。

艦娘にとって旗艦は花形で、見事任命された艦はみんなの憧れの的になる。

そのために、みんな旗艦目指して日々努力する。私も例に沿って同じだった。矢を引き絞る右腕は常に筋肉痛で、ゆがけの懸口は黒ずんでぼろぼろだ。
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/02/23(木) 17:48:41.48 ID:Lxy82JVL0

そこまでして私は旗艦になりたかった。艦娘ならみんな一度はそうやって努力する。

だから提督から旗艦に任命された時は、嬉しくて飛び上がった。本当に嬉しかった。身を削る鍛錬を全身全霊をかけていつも頑張っていたから。

だからその姿を知っている蒼龍はたしか私が旗艦に任命されたと伝えた時は、私に飛びついてまるで自分の事みたいにおんおん泣いて喜んでくれたなぁ。

それがこのざまだ。初陣でその優しい蒼龍を亡くし、挙げ句の果てには旗艦に慣れている榛名さんに押し付ける形で引き継がせた。

私は、何もできなかったんだ。


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22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/02/23(木) 17:57:40.06 ID:Lxy82JVL0
今日はお終いです。質問とかあるならいつでもお答えします。
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/02/23(木) 19:45:37.26 ID:2r+hzSMGO
それでも多聞丸なら……多聞丸ならきっとなんとかしてくれる……!!
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/02/24(金) 18:30:24.49 ID:wA0dLpva0

飛龍「長門さん。今日は提督に会えますか?」

朝礼を終えたグラウンドには、周辺海域巡回に備え慌ただしく身支度を急ぐ艦娘や、今日は非番だから何しよっかなど、それぞれの1日の予定が所狭しと飛び交っている。

そんな中を私は脇目も振らずに秘書艦の長門さんに近づき呼び止めた。振り返った長門さんは申し訳なさそうな顔をしていた。

長門「すまないな飛龍。今日1日提督は各部署の報告会議で忙しい。また後日にしてくれないか?」

なんで直接提督に言わず、秘書艦の長門さんに予定を尋ねるのか。それは長門さんの返答の通り、提督は忙しい、からだ。
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/02/24(金) 18:31:17.34 ID:wA0dLpva0

だから最近は朝礼にも参加しなければ、食堂でみんなと一緒にご飯を食べたりもしない。

でもそういう意図があって忙しい事くらい私だって察している。かれこれ2週間。私は長門さんに提督の予定を伺い、丁寧にあしらわれている。

飛龍「....そうですか。なら、いつなら予定は空いてそうですか?」

長門「.....何度も言うが当分の間は無理だな」

飛龍「それは私も分かってます。だから一番早くに会えるのはいつになるのか、教えてくれませんか?」

長門「それは....」

長門さんは狼狽えた。私だって、にぶちんな艦娘なんかじゃない。そう、提督は私から逃げるようにして、無理やり予定を詰め込んでいるんだ。

私が最後に提督に会ったのは蒼龍が沈んだあの作戦の報告をし、目をまんまるとした提督の姿が最後だ。

それを知ってか知らぬのか、厚顔無恥の様に、ぐいぐいと繊細な話の部分に突き進む私に気を遣い続ける長門さんの気苦労は、本当に同情する。
26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/02/24(金) 18:31:55.60 ID:wA0dLpva0

でも私は長門さんの気遣いを無視してまで提督に今回の件について、今後の方針について幾つか尋ねたい。

榛名「長門さん。飛龍さんをお借りしてもいいですか?」

私と長門さんの間ににこにこと笑顔な榛名さんが現れた。突然の事に私と長門さんは驚いて面食らう。

その時私は靡いた黒髪から微かに香ったいい匂いに、胸の奥が湧き上がるようになぜか熱くなり背筋がむず痒くなった。

長門「あっ、あぁ。勿論私は構わん」

むしろそうしてくれた方が助かると。長門さんは小さく呟いた。それで、飛龍さんは、と榛名さんは言葉を繋げた。

飛龍「あっ!ハイッ!私もいつでも大丈夫です!」
27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/02/24(金) 18:36:49.61 ID:wA0dLpva0
今日分は終了です。今気がついたですけど自分は空母のssが多かったです。かっこいいですからね空母の艦娘は全員。
28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/02/27(月) 23:08:16.45 ID:dBW00T/c0

丁度長門さんの小言を音として聞き流して、榛名さんから漂う香りの正体を言葉で形容しようと考えていた時だった。不意を突かれてまた驚いてしまった。

榛名「なら、少し移動しましょうか。私に付いてきてください」

そう言って榛名さんは海がある方角とは真反対に歩き始めた。その方角に存在するのは鎮守府を覆い隠す低い山々だ。散歩の為だろうか、ふらふらとその山を向かう榛名さんをよく見る。

人里離れた辺鄙の地に何処の鎮守府も存在する。

それは艦娘と俗世間を隔離する様に。いいや、ようにじゃない、それは意図的にだった。

鎮守府から人間が生活する地域に移動するには海を除き、物資搬入の為に使われる専用道路一本しかない。
29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/02/27(月) 23:10:42.49 ID:dBW00T/c0

その道路を辿り町に外出するにはおよそ1時間かかる。そこまで遠くは無いと思われそうだけど、艦娘の通常業務は特定海域の巡回と目撃された脅威となる深海棲艦の討伐、これが艦娘のお仕事。

深海棲艦が巣食う海域の攻略なんて命令はよっぽどこない。人類は深海棲艦を絶滅させるより自分達の保身と、深海棲艦の餌にされる陸地の防衛の方がとりわけ大切だから。

従ってあんまり町から遠くに鎮守府があると、もしも私達の手違いやミスで深海棲艦が町を破壊し土地を食べに来てしまったら、防衛手段を持たない人間は呆気なく死んでしまう。

そんな危険性があるのなら最初から町近くに鎮守府を造ればいいじゃないって、言われることがあるけど、真反対で、的外れな、深海棲艦を殺して周る艦娘がいるせいで私達人間が狙われるって意見もある。

その2つの意見を折衷して、鎮守府は微妙な距離にあるというわけ。なんて世知辛い世の中だ。

そんな隔離された艦娘だって時々町に赴きたくなる。その時は3枚の書類に自分の判子を押し、他の艦娘最低一人を同伴しなくちゃいけないわりかし簡単な規則がある。もしもそれを破り、海を渡って町に赴くなんてもってのほか。

30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/02/27(月) 23:16:44.87 ID:dBW00T/c0

誰かが言っていた。この鎮守府はそこら辺の規則が寛容だと。私が前いた鎮守府なんて外出は禁止だったんだもん、と。だから海を渡るなんて事をしたら、寛容な規則が消失しかねない。みんなそれをわかっているから破らない。

もっとも鎮守府がどこにあるって話の中で、艦娘が世間一般ではどう思われてて、扱われているかを察してもらえれば、行く頻度なんてたかが知れてる。

規約、規則に規則。私達艦娘は規則や規約に縛られて、艦娘人生を謳歌する。みんな不満はない。

この鎮守府にはそれなりの娯楽はあるのだから。ご飯は美味しい。映画は観れる。ゲームセンターもあればカラオケだってできる。プールは無くても海はある。バーベキューだってできる。

ここの鎮守府には私達のガス抜きの為に娯楽施設を多く設けている。でもこれは自由とは言わない。限定された自由だ。その不自由を私達は自由として扱うのだけど、不自由は本当の自由を見つけられる真理を、みんなとっくに知っている。だから文句はない。

私は長門さんに一礼をすると榛名さんに付いて行く。
31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/02/27(月) 23:18:29.71 ID:dBW00T/c0

鎮守府の遊歩道は染井吉野が等間隔で植え付けてある。春になると桃色に咲き上がり、満開の桜の下敷物を敷いて、それぞれ好きな様にどんちゃん騒ぎをするのが、鎮守府に住まう私達の楽しみ方。

でも季節は冬。染井吉野は裸同然で冬の寒さを耐え凌ぎ、春の息吹を心待ちにしている。

蒼龍「飛龍は花と団子、どっちが好きなの?」

銀マットの上に寝っ転がって少女漫画をめくる蒼龍は何の前触れなく言った。

飛龍「えっ?花より団子かな。私は」

ことば通り私は春の息吹に目覚め花開いた染井吉野を見上げて、三色団子を食べていた。

春になると甘味処「間宮」では季節限定売り切れ御免の三色花見団子が売り出される。

間宮さんが作る三色花団子は桃、白、緑色といたって王道だけど、ただ食紅を加えたなんちゃって三色花団子じゃなくて手の込みようが違う。
32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/02/27(月) 23:21:44.27 ID:dBW00T/c0

桃色団子は桃味が。白色団子には中に餡子が。緑色団子は草餅だ。

そういった手前、花見団子を求めて春には連日早朝から「間宮」に立ち並ぶ行列が続く。

春の桜並木と人並木。なんて揶揄される、その光景は鎮守府の春の風物詩にもなっているくらいだ。

そして私も早くに練習を切り上げて、一番乗りで列の先頭に並び勝ち得た三色団子をこうして食べている。

この三色団子よりも魅力的な男の人がいるなら私は見てみたいものだ。

蒼龍「え〜私は恋ってものをしてみたいなぁ.....。憧れるなぁ、この漫画みたいなドラマチックな展開。飛龍は恋はしてみたくないの?」

恋、ね。

飛龍「うーん。今は、いいかな。だって私は旗艦になることで手一杯なんだもん。後回しだよ、そういうのはね」

蒼龍「でたー旗艦馬鹿の飛龍。そんなじゃ行き遅れますよー」

そう言って私から三色団子をかっさらうと、桃色団子を口に運び、再びマンガをめくり始めた。突き出た串を咥えて、ぷらぷらと上下にして遊び始めてもいる。ちょっとムカついた私は。

飛龍「でも蒼龍ってただ恋に恋してるってか、恋に恋したいだけだよね〜」

蒼龍「うるさい!!」
33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/02/27(月) 23:32:00.25 ID:dBW00T/c0

私はあの蒼龍の一件があるせいか、少しだけ榛名さんに緊張している。だから現実逃避のため、桜に因んだ思い出に邂逅したので、それで心の平静を保つ。

でもそんな考えとは裏腹に榛名さんの歩く後ろ姿に、綺麗な艦娘だなぁ、と私は思った。

泥臭い私とは正反対な、女子力というあれだろうか。弓の様にしなやかで、それでいて繊細で、何より強い。

私は光に照らされては揺れ動く、細長い黒曜石の束に見惚れて、ふと自分の髪の毛を手櫛で研いだ。

水分と髪の毛の黒色の色素が抜け落ちて、淡い栗色がまばらな、ぱさぱさな髪の毛。後ろ髪を切り落として、慌ててオシャレを取り繕うようにして取って付けた右側の一束。

確か長髪の手入れってすごく大変って聞いたことがある。めんどくさがりな私にはそんな辛抱はできない。それにオシャレは我慢っていうし、女子力ってのも忍耐と努力から成り立つものなんだろう。

大和撫子に古き良き日本男子を足した女性なんだなぁと、私は勝手に思うのであった。

榛名「飛龍さんは最近何して過ごしているんですか?」
34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/02/27(月) 23:34:13.31 ID:dBW00T/c0

榛名さんは歩く速度を緩め私と同じペースになった。

飛龍「うーん....。1ヶ月も時間があると何したらいいのかわからないんですよねぇ....」

榛名「ふふ。艦娘の人生問題ですね」

私は1ヶ月の休暇を与えられている。それは蒼龍を半端に処理したからだ。

でも処理の失敗からの謹慎なんかじゃなくて、元々艦娘の処理に関わった艦娘は、心的外傷後ストレス障害を防ぐ為に一ヶ月の休暇が与えられるからだ。処罰としての謹慎だったらムカつくこと極まりない。

飛龍「朝起きて、弓道場で2時間くらい弓を射ったらもう暇ですから....」

弓を射る真似をする。仮想の矢を持ち、引き絞り離す真似を。

榛名「趣味とか無いんですか?」

飛龍「無い、ですね。しいて言えば訓練の弓道ですけど」

私は恥ずかしくなって頭をかいた。私は弓道が趣味。それを今再確認してしまったからだ。旗艦を目指してがむしゃらに矢を射続けた行為が趣味になってしまってる。なんて本末転倒なんだろう、と思うと自然と手は頭に動いていた。
35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/02/27(月) 23:41:10.00 ID:dBW00T/c0
最近は忙しかったのですみません。前回の那珂ちゃんのお話は捨て艦の話でした、今回はドロップ艦って何だろうって主題で進めています。今更ですけど....。
36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/02/28(火) 16:13:55.18 ID:6kgCXv/cO

榛名「飛龍さんは私と同じですね」

口を手で隠してこそばゆかそうに笑った。そういえば榛名さんはさっきからよく笑う。

声をあげてお腹を抱えてなんてのはしなくて、上品に口元を隠して笑う。私が知る榛名さんはそういう仕草はしなくて、常に冷静沈着で周りを気遣って、聞かれた質問に対して丁寧に教える。そんな淑女な艦娘だと思っていた。

飛龍「私と同じ?」

榛名「はい。私と同じです。私も趣味が無いんです。飛龍さんの言葉を借りて言うならば、私も訓練が趣味なんですよね」

飛龍「榛名さんもそうなんですか!?」
37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/02/28(火) 16:16:19.17 ID:hUrmnSex0

榛名「飛龍さんは私と同じですね」

口を手で隠してこそばゆかそうに笑った。そういえば榛名さんはさっきからよく笑う。

声をあげてお腹を抱えてなんてのはしなくて、上品に口元を隠して笑う。私が知る榛名さんはそういう仕草はしなくて、常に冷静沈着で周りを気遣って、聞かれた質問に対して丁寧に教える。そんな淑女な艦娘だと思っていた。

飛龍「私と同じ?」

榛名「はい。私と同じです。私も趣味が無いんです。飛龍さんの言葉を借りて言うならば、私も訓練が趣味なんですよね」

飛龍「榛名さんもそうなんですか!?」
38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/02/28(火) 16:17:34.27 ID:hUrmnSex0
>>36
すみません回線を間違えたんで、これはすっ飛ばして読んでください....。
39 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/02/28(火) 16:18:56.46 ID:hUrmnSex0

榛名「えぇ。よく金剛お姉様達と一緒にティータイムを楽しみますけど、あれは趣味とは言わないですからね。私も、余った時間をどう過ごすのかわからないたちなんです。あっ、これから山に登るので飲み物買いましょうか。奢りますよ」

榛名さんは山の麓にある自販機の前で止まった。

やはりというか、山に登るのかと思った。そんなに標高の高い山じゃないから全然構わない。登り降りでいい運動だったなぁで終わる程度の山だ。

飛龍「じゃあ私は温ったかいほうじ茶で」

榛名「ほうじ茶ですね。わかりました」

冷たい飲み物より少しだけ値段が高い温かい飲み物。そういえばと思い浮かんだ頃にはもう遅く、私のほうじ茶を買い終えていました。

榛名「はい、どうぞ」

手渡されたほうじ茶を受け取ります。まだ冬の寒さが名残惜しい春先だからもあるけど、少しだけ血の気が引いた指先は受け取ったほうじ茶の温かさでほっとします。でも。

飛龍「すみません....」

榛名「え?なんで謝るの?」

飛龍「いやぁ、だってちょっと高いですから」
40 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/02/28(火) 16:20:05.67 ID:hUrmnSex0

榛名「ふふ。そんな事気にしていたんですか。150mlならともかく、それくらいなら何とも思いませんよ。それに奢ると言ったのは私ですからね」

そう言いまた笑った。そして榛名さんは私と同じく温かい飲み物。缶のブラックコーヒーを買い手のひらで包み隠すようにして熱を受け取っている。

そういえば。

飛龍「そういえば、榛名さんは何で今日自分の事を、榛名って言わないんですか?」

榛名さんは自分の一人称を「榛名」と言っている印象があった。それは提督の前だと榛名さんは自分を「榛名」と言っているのを小耳に挟んだ事があるからだ。それでなくとも、他の艦娘の方と話す時は決まって「榛名」だ。それが今日は一度もない。

榛名「なんで、ですか....」

もう少しだけ歩くと榛名さんが目的地とする山の登山口にたどり着く。榛名さんは、歩きながら話しましょうかと言って歩み始めた。
41 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/02/28(火) 16:21:21.05 ID:hUrmnSex0

榛名「飛龍さんは、知りたいのですか?」

榛名さんは遠くを見据えてしっかりと呟いた。口振りはいつもと変わらない。だけど私は普段の榛名さんからは想像もできない不穏な雰囲気を感じ慄然とする。

地雷を踏んでしまった。あり大抵に言うとそういう事。

尻尾を巻いて逃げる様に私はその問いを返す。

飛龍「いいぇえ!そんな!何となくですから!」

両手をばたばたと振って遠慮の意を表す。

そんな必死な動作をしてる私を榛名さんは一瞥すると、呆然とした顔付きをし口を開いて硬直しました。

そして少しの間に飛んでいった感情を回収したのか、また口元を隠して笑いました。

榛名「そんな、冗談ですよ。わざとこうやって言ったら飛龍さんがどんな反応するか試しただけです。まさかそんなに思った通りになるなんて思ってなかったですから、つい呆けてしまいました」
42 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/02/28(火) 16:23:00.87 ID:hUrmnSex0

今日榛名さんに出会ってから10分も経たないうちに私の知らない榛名さんを垣間見ている。

よく笑う榛名さん。無趣味な榛名さん。悪戯っ子の様に面白おかしく弄ぶ榛名さん。

どれもこれも私が知らない榛名さんの顔達。

果たして本当はこんなにも愛嬌がある榛名さんを知っている艦娘と人間は、どれだけいるのかと思ってしまう。

だから私は少しだけ榛名さんが恐くなった。

隙がある様で全く無い様な姿、それらを両立としている矛盾に。敢えて見せても構わない弱みを出しにして使っているじゃないかと私は勘ぐる。

一体榛名さんの内には何人の榛名さんがいて、その中には私も、提督も仲のいい艦娘も、もしかしたら榛名さん自身が知らない榛名さんが、奥底で目を光らせているのかと思うと、恐くてしかたがない。
43 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/02/28(火) 16:24:36.81 ID:hUrmnSex0

そんなこんなであっという間に登山口に辿り着く。

整備された歩道は小さな切り株を横一列に並べて山を囲うように階段状になっている。そしてその二列の切り株は50p間で土を板挟みにしていて、よくあるお散歩コースの階段という感じ。

でも階段周辺は草木が元気よく生い茂り、手入れが行き届いていない。それに塞ぎこむように広がる樹葉のせいで太陽光も差し込まないから暗く、陰鬱とした入り口になっている。

寂れた神社の階段にとても近い感じだ。

多分ここは榛名さん以外は誰も気にも留めていないんだろう。それに近寄りがたい。

もしも誰かがここに立ち寄る様になるのなら、鎮守府の心霊スポットと、どこかのゴシップ話に喜んで飛びつく艦娘が作る号外新聞で特集されて、その真相を確かめにやってくる艦娘達だけだと思う。

夜な夜な山頂に向かうと、この世に未練を残した黒髪長髪の艦娘の幽霊がいて。なんてね。
44 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/02/28(火) 16:25:34.52 ID:hUrmnSex0

榛名「さて登りましょうか。5分くらいで山頂ですので、焦らずに。それと足場が悪いので気をつけてくださいね」

ずいぶんも慣れた足取りで1段目を榛名さんは登り私も続く。

だけど平坦な整備された道とは違って荒々しい自然が私を出迎える。私が知ってる自然界の道、海の上とは違う感触にどうにも違和感がある。

おぼつかない足取りで登る私に気付いた榛名さんは、不慣れな私にばれないよう、違和感なくペースを落とした。

でも気遣いっていうのはどうしても気遣われる方はわかってしまうんだよね。

榛名「それで、何で榛名じゃないかですね」

飛龍「はぁ....」
45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/02/28(火) 16:28:16.77 ID:hUrmnSex0

榛名「そんな気難しい顔をしないでください....。黙々と進んでても辛いだけなんですから」

私が今自分を榛名と呼ばないのは、求められていないから。榛名さんは呟いた。

榛名「一人称ってけっこう曖昧だと私は思うんです。自分のことを僕って呼ぶ女の子もいれば、私って言う人もいる。性別に構わず。それに親しい人前と、それほど親しく無い人とでは、自分を隠そうと、自分を示す言葉を変えたりする」

榛名さんは流暢になって言葉が溢れ出しました。そよ風で騒めく葉っぱの音よりも透き通る言葉で。私は返事を返すことも忘れて聞き惚れます。

榛名「艦娘なんて特に顕著です。おなじ艦名の艦娘はみんな同じ姿形をしていて、似たような性格をしている。だからでしょうかね。「榛名」という艦娘がすべて同じだと思ってしまうのは。私達は一人一人が違います。一人称の話もそうですけど、もしかしたら、私と違う色んな「榛名」がいるのかもしれませんね」
46 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/02/28(火) 16:29:33.02 ID:hUrmnSex0

私は想像する。目の前の榛名さんは普段物静かだけど、喋り始めるとすごく楽しそうにする榛名さん。

どこかの榛名さんは姉妹の馬鹿騒ぎを一緒になって楽しむ榛名さん。

どこかの榛名さんは歪みきった一途な愛情でおかしくなった榛名さん。

どこかの榛名さんは陰湿で目的の為なら他の艦娘だって陥れる榛名さん。

そうか。私が榛名さんを怖いと思ったのはそういう事なのか。私が持っていた艦娘「榛名」のイメージ。それには正しさも、間違いもないのか。

みんながみんな、同じなんかじゃない。だから垣間見た榛名さんの多くの顔ぶれに怖くなったんだ。
47 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/02/28(火) 16:31:11.91 ID:hUrmnSex0

榛名「飛龍さんがどうしても違和感があるなら「榛名」にしましょうか?」

飛龍「そんな話聞いた後ですと、ねぇ....」

榛名「ふふ....。飛龍さんは知りたがりですからね。では私で。でも提督はお好きなんですよ?私が「榛名」って言うのは。可愛げがあってらしいですけど」

なら、私も自分を「飛龍」と言えば少しは可愛くなるのかなと思い浮かぶ。

うーんと、飛龍はねぇ。想像したら頬が引きつった。なんて痛々しい。もしも多聞丸に見られたら嘲笑されるに違いない。

だからすぐにこの考えと、思いついてしまった記憶を抹消した。口直しの為に次の話題転換を図る。
48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/02/28(火) 16:38:03.48 ID:hUrmnSex0
今日分は終了です。誰も見てないと思いますけど、ちまちまと頑張ります。
49 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/03/03(金) 23:02:52.59 ID:8yJslyiB0

飛龍「そうだ!榛名さんって提督と結婚してるんですよね?」

私は恥ずかしさを紛らわす為に大きな声で言ってしまった。それに驚いた榛名さんは少しだけ仰け反って引き気味で反応した。

榛名「え、えぇまぁ」

ケッコンカッコカリ。兵器の艦娘と人間がお互い合意の上で結婚するシステム。

人と人が結婚するのもお互いの合意の上でだけど、艦娘は人なんかじゃない。人の皮を被った武器。そんな人外の生き物、艦娘と結ばれる変なシステム。

でも不思議な事に艦娘とケッコンカッコカリを結ぶ提督は多い。

何が不思議かというと鎮守府に勤めているのは艦娘と提督だけじゃないから。他にも女性の方もいれば男性の方だっている。

それでも提督は榛名さんを選んだ。私が思うに提督は、艦娘は人間よりもとびきり綺麗で可愛い容姿が多いから、そんな邪な考えで結婚したんじゃないかと思っている。
50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/03/03(金) 23:03:42.89 ID:8yJslyiB0

では、逆の榛名さんは、どうして提督を選んだのか。

言ってしまうと提督はそんなにかっこよくはない。身長は高いけど、無口で無愛想で何を考えているのかわからない、そんな人間。

恋愛に興味のない私だって、容姿と性格のの良し悪しの判断はできる。提督の他にもいる男の人で、かっこいい人だなぁと思ったり、優しい人だなぁと思ったりもする。

でも艦娘っていうのは、縛られる物。建前上は艦娘は提督に位置する人間としか結婚してはならないと、規約で決まっている。

でもあくまで建前。裏では鎮守府に勤めている男の人と艦娘がそういった仲ではと噂が流れてたり、艦娘と艦娘が想いあったりする。

みんながみんな、提督一人に愛情を注ぐわけじゃない。

提督が榛名さんを好きになる理由はわかる。でも榛名さんが提督を好きになる理由はわからないんだ、私は。
51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/03/03(金) 23:04:42.49 ID:8yJslyiB0

それに、大切なものは大切に扱うはず。失いたくないものは、肌身離さず身につけるようにするはず。

提督はどうして、榛名さんをあの海原に出撃させるのか。

海に出払えば、等しく死の可能性が与えられる。どれだけ練度が高い艦娘でも、低い艦娘でも同じ。

一回のミスで戦況は大きく変わり、下手をしたらそのままずるずると芳しくない状況が続き、全滅だってありえなくなんかない。

提督は仕事に私情を挟まないということなのか。でもそういった個人観念は愛情を凌駕するものなのか。私は、そうは思えない。

誰かは言う。

失ってから大切なものだったと後悔すると。

みんなは言う、だから同じ時間を過ごす事を大切に思いなさいと。

それなら、提督にとって大切なはずの榛名さんは、本当の所、一体なんなのか。
52 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/03/03(金) 23:05:19.58 ID:8yJslyiB0

都合のいい駒。従順な部下。使い勝手のいい艦娘。

だから私は提督が邪な考えで、榛名さんとの繋がりを断ち切らないよう、結婚したんじゃないかと思う所以だ。

飛龍「どうして榛名さんは提督と結婚したんですか?」

榛名「飛龍さんは提督のことを好きではないのですか?」

飛龍「へ?」

榛名「飛龍さんは提督のことを好きではないのですか?こう言いましたよ、私は」

質問に質問で返すのはなんたら。なんて言える度胸は私にはない。だから思いもよらなかった返答に、私は榛名さんの癇に障ったのじゃないかと思った。

飛龍「....もしかして、怒ってます?」

榛名「いいえ、怒ってませんよ。大抵そういった質問を私に問う艦娘や人は、提督の事を好ましく思っていない方が多いですからね」

図星だ。
53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/03/03(金) 23:05:52.09 ID:8yJslyiB0

飛龍「.....実は、あんまり、ですね」

下を俯いて顔色を伺われないように本音を吐露する。提督の奥さんでもある榛名さんに対して、面と面を向かって提督への訝しみを告白するほど厚顔無恥なんかじゃない。

今度こそ間違いなく怒られる。私はそう覚悟したけど、榛名さんは何故かまた笑う。

榛名「素直ですね、でも嫌いじゃないですよ飛龍さんのそういうとこは。だから提督は飛龍さんを旗艦に任命したんだと私は思います」

飛龍「.....怒らないんですか?」

榛名「えぇ、昔私も飛龍さんと同じでしたから。だから飛龍さんが、何を考えていて、提督と結婚した理由を聞くのかもわかっていますよ」
54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/03/03(金) 23:06:35.03 ID:8yJslyiB0

何から何まで読まれていた。私は面をあげ、榛名さんの次の言葉を待つ。

榛名「私が提督と結婚したのは、私が提督を好きになったから、ただそれだけ。お互い深い意味も利己的な思惑もない、両思いだったから結婚した、それだけです」

飛龍「榛名さんは昔は提督の事を好きじゃなかったのにですか?」

榛名「よくあるじゃないですか、出会いは最悪、でもそこから恋に発展するお話が」

蒼龍に面白いから読んでみてと、手渡された少女漫画を思い出す。

あの漫画もそうだった。お互い出会いは最悪で、分かり合えるはずが無い二人が何かのきっかけから想い合うようになる。

でもあれは創作の話。現実はおとぎ話ように上手くはいかないと、蒼龍に感想を伝え怒られた思い出が。

私は蒼龍の時と同じく、あの感想を伝える。
55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/03/03(金) 23:07:30.89 ID:8yJslyiB0

飛龍「でもそれは創作の話で、現実には起こらないはずです」

榛名「飛龍さんは恋をした事は無いみたいですね」

飛龍は恋はしてみたくないの。

うーん、今は、いいかな。だって私は旗艦になることで手一杯なんだもん。

私は旗艦になった。だから次は恋に向かうべきなのか、でもそんな考えは一切なかった。

知らない、恋ってなんだろう。好きになるってなんだろう。私は、旗艦になる事以外、何も見えてなかった。

飛龍「.....ないです。それに誰かを好きになるって事が、私にはわからないです」

榛名「好きには色々な形があります。それを今の飛龍さんに教えても仕方のない事ですから、何も言えません。ただ1つ教えられるのは、とりあえず相手に寄り添ってみることです。相手を知らないからといって、嫌いにならないで、理解に努める。そうすれば自ずと答えは見えてきます」
56 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/03/03(金) 23:08:17.40 ID:8yJslyiB0

飛龍「榛名さんもそうしたんですか....?」

榛名「えぇ。自然と」

飛龍「榛名さんが提督を好きなのはわかりました。でも、提督はどうして両思いの榛名さんを出撃させるんですか?私にはそれがわからないです」

榛名「....それは今まで一度も聞かれた事がなかったです.....。でも、飛龍さんはよくわかるはずですよ」

飛龍「....意味がわからないです」

榛名「もうそろそろ山頂です。ちょうど私が飛龍さんにお話したかった内容と同じですから、一緒にお話しますね」
57 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/03/03(金) 23:09:09.85 ID:8yJslyiB0
またそのうちに頑張ります。
58 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/04(土) 04:01:48.41 ID:4il/IwyQo
おつ
59 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/03/07(火) 13:22:29.41 ID:fP6pS7AiO
ヴェアアアアアア
60 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/03/11(土) 06:52:42.91 ID:gyi9RQs90

草木が消え急に視界が開けた。

差し込む太陽光と濃い木陰との陰陽の明暗差で目の奥に鈍痛が現れる。耐えるようにして眉間に皺がより、覆い隠すようして手のひらで影を作る。

2、3秒後痛みは消えて、一変した風景の正体が現れた。

海だ。海が一望できる。広がる空と海と境の青。平行線が折り重なり形成されるそれぞれの濃淡を、この世界は現実と非現実を曖昧にしているんだよ、っていう、そういう神様のしゃれた暗示だと私は思っている。

その現実の海の彼方には黒い豆粒が彼方此方と点在して、統一された連動を組みながら移動している。あれは水上訓練を行っている艦娘達だ。

そして開けた小さな原っぱには、日曜大工宛らの頑丈そうな木製のベンチとテーブルが鎮座していた。

海を眺めるのを想定したらしく、対面するように配置されている。
61 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/03/11(土) 06:54:15.31 ID:gyi9RQs90

飛龍「榛名さん?これは?」

私は人知れず造られたこの憩いの場の存在を知らなかったし、他の艦娘からも一度としてここの存在を小耳に挟まなかった。そんな場所を知っているのはなんでだろう。

するとまたもや榛名さんは悪戯っ子の様に片目を瞑ると、内緒ですよと言い人差し指を鼻に運ぶ。

榛名「職権乱用です。これはなんの申請なく造った物で、できれば提督にもみなさんにも内緒にしてくださいませんか?撤去されてしまったら私の力作が台無しですから。さ、どうぞ。腰掛けてくださいね」

言われるがまま私はベンチに腰を下ろす。

榛名さん曰く力作らしいので、観察するように目を凝らす。

あんまりじろじろ見るのは良くないけど、物珍しいと誰だってそうしてしまうはず、でも推奨された行為じゃないのは変わりない。
62 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/03/11(土) 06:56:28.94 ID:gyi9RQs90

見ると長い間ここで雨風に晒されていたせいか、多少朽ちていることに気がついた。

テーブルの角は風が研磨したかのように、鋭利な繊維の束を剥き出しにしている。それに苔が分散していて、机の木目が握り拳だいに抉り出されている。

マイナスなイメージを羅列したけど、そうは簡単に壊れはしないし、何よりも落ち着いた風情がある。

日本的なわびさびを醸し出していて、一枚の絵になるんじゃないかと思った。

榛名さんは私の真向かいに座るとポケットから缶コーヒーを取り出しプルタブに手を掛けた。

私もほうじ茶の存在を思い出し、ポケットから取り出すと、だいぶぬるまくなった琥珀色のほうじ茶を一口に含む。淹れたお茶とは違う薄味だけど妙に存在感がある渋みと甘み、ほうじ茶味の飲料、とでもいえる。

飲み終えるとペットボトルをテーブルの上に置いた。そして榛名も一服を終えて、私と視線が交錯する。
63 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/03/11(土) 06:58:08.59 ID:gyi9RQs90

微妙な間。どちらがこの拮抗を崩すのか探り合い。少しして榛名さんの口が微妙に動いた。

榛名「.....道すがら散々お話ししました。他愛もない内容でしたけど、ここから本題に入ります。ですが」

すると急に榛名さんは立ち上がり頭を深々と下げた。

榛名「私は蒼龍さんの件で、飛龍さんに謝らなければいけません。あの時、あの場で辛く当たってしまった事を」

飛龍「えっ!そんな、頭を上げてください!」

つられるようにして私も立ち上がる。

榛名「いいえ、最後まで言わせてください。いくら切羽詰まっていた状況で苛立ちを感じていても、あの態度はありえません。ましてや、蒼龍さんは飛龍さんにとって大切な存在。あの時の飛龍さんの気持ちは私も痛いほどわかっている筈なんです」

私はあの時蒼龍を物として見ていた。わかめみたいに、つまらない絵画だと。

榛名さんはその事を知らない。だから誰かに怒られている時に現れる錯覚、あたかも地面から宙に浮いたかの様な妙な浮遊感を感じる。

私は怒られてない。むしろ逆。謝られているはずなのにだ。

このまま何事もなくやり過ごすのは卑怯者がする事。だから私は包み隠さずその事実を明かした。
64 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/03/11(土) 06:59:28.07 ID:gyi9RQs90
最近全く書けていなかったので、少しだけですが更新です。
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