飛龍「双龍の涙」

Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

91 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/12(水) 05:16:35.41 ID:yocOk+IGO
追いついた、面白いな
おつ
92 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/27(木) 14:21:19.92 ID:Ugt8L+Ki0

正直に答えた。それ以外に何の選択肢があるのか。

榛名「わからない、とは?」

飛龍「もう、わからないんです。私は二週間ずっと考えてきたんです。私に旗艦が務まるのかって。正直もう自信はありません、でも辞めてしまったほうが楽なのがわかっているのに、諦められない。諦めちゃダメなんだって、そう考えるんです。だから、もうわからない、です」

私は机の中央に位置する抉れた木目を見る。

そうしないと、こんがらがった私の感情は、理由が定かでなくとも涙に変化しようとしてしまうからだ。

長い沈黙。ほんとうはもっと短い筈なのにやけに長く感じる。

榛名「そうですか.....」

そう一言、榛名さんは呟いた。そして缶コーヒーを啜る音がする。
93 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/27(木) 14:23:42.17 ID:Ugt8L+Ki0

興味がないという事なんだろう。それは自分自身の問題であって、私にはどうする事もできないのだから、と。

きっと、そうなんだろう。私が思っていた通りなんだろう。

飛龍さん、周りを見てください。そんな声がした。

この場に私と榛名さんしかいない。だから声の主が誰なのかは考えるまでもない。

私は面をあげた。するとこの場にはもう一体の艦娘がいた。なんて展開はあるわけない。それは漫画だけの話で、あるのは木々と草花と広がる海景色だけだ。なんの変化もありはしない。

榛名「ここを知っている艦娘や人はどれだけいると思います?」

不意にそう言われたから、意識して見なかった榛名さんの顔が視界に入った。今までと変わりないけど、気まずい。

飛龍「誰も知らないんじゃないですか。私と榛名さん以外に。一回もここの話を聞いた事ないですから」
94 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/27(木) 14:24:44.97 ID:Ugt8L+Ki0

榛名「いいえ、あとは、瑞鶴さんと長門さん、それに赤城さんも、利根さん筑摩さんも知っていますね」

指折りで名前を挙げる。意外と知っていることに驚いたと共に、どうして誰も話さないのかとも思った。

ここに訪れ最初に榛名さんが釘を刺した、職権乱用で撤去されてしまうからだと私は勝手に納得した。

榛名「この共通点はなんだと思います?」

飛龍「共通点ですか?」

名前が挙がった艦娘の共通点。長門さんを除いて一つしかない。

飛龍「長門さんを除いて、現役で旗艦を務めてることですか?」

もちろん旗艦はこれだけじゃない。他には金剛さん、加賀先輩だって旗艦だ。

でも、唯一長門さんはまるでこの関係性に当てはまらない。長門さんは提督の秘書艦として日々付き従っているのだから。

しかし、本来なら榛名さんが秘書艦になるのが妥当なはずなんだ。結婚した艦娘が前線を降りて提督の手となり足となる、なんてよくある話なのにね。そういえば、どうしてだろう。
95 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/27(木) 14:26:05.75 ID:Ugt8L+Ki0

榛名「不思議に思いませんか?どうして誰も話さなかったのか。一人になりたい時や、日々の柵から解放されたい時にうってつけのこの場所を。どうして誰も言わなかったのか」

鎮守府はいつだって誰かの目がある。廊下を歩いている時も、お風呂に入っている時も眠りに落ちるその一瞬まで。

私達は、誰かの目に付きまとわれている。一人で思い耽る。そんな時間は存在しない。

だって、必ず誰かが側にいるのだから。お風呂は大浴場を共有し、廊下を歩いていれば必ず誰かと遭遇する。部屋は二人一組で使用するのだからプライベートなんてあったもんじゃない。

例え一人になったと思っても現れる誰かの視線。

壁に床に見開く目は、誰かがここにいたという証。

自意識過剰なんかじゃない。落ち着く空間っていうのは、誰かがそこに存在を打ち付け、人が安全に居られるという保証がされているからだ。
96 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/27(木) 14:27:04.04 ID:Ugt8L+Ki0

整備された山道と、獣道を通るならどちらが安全だと思えるのか。それにとても似ている。

正直、鬱陶しい。

別にみんなの事は嫌いなわけじゃなくて、一人になることができないのが堪らなく嫌で、腹ただしいからだ。

でもここは違う。まるで「私」を残したくなかったみたいに、一切の視線や存在を感じない。

飛龍「一人になれる場所がここしかないからですよね?だって言いたくなんかないですよ。こんな貴重な場所を」

榛名「ふふ。それもそうですね、間違ってませんよ。でもみなさんが隠す理由は、こうやって私に旗艦になるか、ならないかを問いただされたからです。ここに訪れれば初心に帰ったり、嫌な思い出が蘇るのでしょうね」

そう言ってにこにこした。
97 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/04/27(木) 14:28:16.03 ID:Ugt8L+Ki0

榛名「別に飛龍さんだけに特別にやっているわけじゃありませんよ?旗艦になったならば、一度は否応なくやらなければならない」

死んでしまった艦娘の処理を。

榛名「その現実を受け止めれず、心が折れてしまうのは当たり前です。たまたま加賀さんや金剛お姉さまは耐性がありましたが、大抵は飛龍さんと同じです。悩み苦しみ自分は旗艦に向いていない、でもこの苦しみを誰にぶつければいいのかわからない。私は、そんな方々を見ると、こうやってここに招くのです」

飛龍「......みんなそうだったんですか」

榛名「ええ、そうですよ。みなさんここで立ち直って今もまた戦いますけど、飛龍さん。私は強制なんかしていないことを頭に入れてください。本当は誰だって旗艦なんかやりたくないんですから。できる艦娘がやればいい、私はそう思っています」

長門さんを例に挙げましょうか、秘密ですよと言った。

榛名「飛龍さんは知らないと思いますけど、長門さんも昔は旗艦を務めていました」
98 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/04/27(木) 14:32:55.65 ID:Ugt8L+Ki0
もう片方が終わったらこっちに集中します。もしかしたら阿賀野と鹿島で別のお話を書くかもしれません。また頑張ります。
99 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/04/27(木) 21:32:13.83 ID:cX0p8hIwO
おつおつ
100 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/05/30(火) 18:52:57.26 ID:jQdE1kAN0

飛龍「長門さんが旗艦ですか!?」

榛名「はい、そうですよ」

私はこの鎮守府で生まれてから、おおよそ四年ほど経っている。その間に一度たりともこの鎮守府から離れたこともないし、他の鎮守府に異動することもないと思っている。

艦娘の鎮守府間の異動なんて滅多に起こらないからだ。

建造によって足りない艦娘はある程度賄えるし、何より、捨て艦が横行していたひと昔に比べて、艦娘一人の価値が上がったことも理由に挙がる。

日本と韓国、そしてロシアは日本海に蔓延る深海棲艦を一掃する作戦を立案した。

日本という島国と、大陸に挟まれている日本海は、比較的奪還が容易である為でもあるし、なにより、殆どの海が深海棲艦に支配されている現在では、大小問わず使える海は喉から手が出るほど必要だったからだ。

手にしてしまえば海水資源の問題はある程度解決される。

それに大規模な戦闘を想定した演習だって行える。何が何でも必要なのは明白だった。
101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/05/30(火) 18:54:27.28 ID:jQdE1kAN0

そのためにはまず、フィリピン海、東シナ海、オホーツク海、サハリン海から日本海に流れ込む、深海棲艦の道を断たなければならなかった。

間宮海峡、宗谷海峡、そして対馬海峡のこの三つを塞がなければならないというわけ。

当時は、まだ艦娘の文化は発展途上であり、深海棲艦に太刀打ちはできるものの、練度は今と比べると、かなり低くかった。そのため呆気なく艦娘達は沈んでいた。

そして、この日本海奪還作戦は人類史上初めての艦娘を使用した大規模な戦闘ということもあり、試行錯誤の連続でもあった。

結果は勝利に終わったが、内容は最悪最低で、今では考えられない。

下手な鉄砲も数打ちゃあたる。どうせ簡単に死んでしまうなら、作戦もあったもんじゃない。

一度、三つの海峡にいる深海棲艦を根絶やしにし、離島に一夜城を造り、やってくる深海棲艦が進行の意気を消沈するまで迎え撃つ。圧倒的な物量で練度を補い、無理矢理完遂させる。
102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/05/30(火) 18:56:07.39 ID:jQdE1kAN0

難しい内容をすっ飛ばすと本質はこうだった。

艦娘一人一人の命なんてどうでもいい。ただ艦娘を大量に導入し、向こうが諦めるまで根比べ。

沈んでは建造し、昼夜問わず出撃に明け暮れる。いたってシンプルで、反吐が出るほど最低な内容。

そして、捨て艦という思想はここから生まれた。

前回の出撃から帰還した艦隊の埋め合わせのための艦娘、危険海域に到達するまでの本隊の護衛を担う艦娘。

今でも少なからず残っている悪しき文化は、こうやって生まれた。

奪還後は日本海を足並み揃えて使用する、なんてことはできなかった。

これは誰だって想像できる話だし、日本海奪還作戦がほぼ無意味であったなんて言えたもんじゃない。

私達の艦娘の考え事よりもっと複雑で、利己的な政治思想は艦娘に関係ない。私たちは「扱われる側」だから。
103 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/05/30(火) 18:57:46.03 ID:jQdE1kAN0

ただ一度奪い返した海域を、もう一度深海棲艦に明け渡すわけにはいかない。

そのために三国は共同戦線を締結した。サハリン稚内共同戦線。対馬共同戦線。

特にサハリン稚内共同戦線は二つの境界線を防衛しないといけないため、今でも激戦区だ。

もちろん対馬共同戦線も笑えないほど酷い。そうやって日本海は守られている。

もっとも、太平洋に晒されている鎮守府はどこもかしこも、日本海側の鎮守府に比べると危険だけど。

そんなひと昔に比べ、ある程度自由に使える海域によって艦娘一人一人の練度は上がり、一人の艦娘を育て上げる方が遥かに効率的であると見直された。

だから、手塩にかけた艦娘を他の鎮守府に異動なんて考えられない。こういうこと。
104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/05/30(火) 19:00:04.37 ID:jQdE1kAN0

じゃあ滅多に起こらない異動があるとしたら、なんなのか。

それは、任務を遂行する上で致命的な異常を抱えてしまった場合に起こりえる。

病気にもならない、肉体の欠損は入渠によって復活する艦娘の一番の病気。精神的な異常。

その異常を抱えてしまった艦娘達は、とある鎮守府に収容される。

その鎮守府は、オホーツク海から流れ込む深海棲艦の侵略を防衛するため、年間艦娘轟沈数が桁外れの紋別鎮守府から、日本海奪還作戦時に、深海棲艦が土地の半分を喰らい尽くしてしまったサハリンと、稚内鎮守府のサハリン稚内共同戦線を越えた先にある、留萌鎮守府だ。

そこでは、時に最前線で使い物にならなくなるまで使い潰されれば、時に時間を持て余し生殺しを味合わされることになる。
105 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/05/30(火) 19:00:53.52 ID:jQdE1kAN0

ある意味天国でもあり地獄でもあるけど、欠陥品である彼女達の居場所はそこしかない。

もっとも、異常を抱えた艦娘なんて役に立たないといわれ、解体されるのが関の山。

よほどの実力か、留萌鎮守府に配属される強運がなければならない。

そんな理由も相まって、私はこの世界に再び産まれてから、一度たりとも長門さんの出撃を見たことがない。

よく見る長門さんの姿といえば、帳簿片手に難しそうな表情を浮かべ、提督と共に忙しなく歩き回る秘書艦長門さんの姿だけ。

しかし、はたから見るとどうも長門さんは事務系の仕事は得意ではないようだと思う。毎日ぐったりしているからだ。

それにみんなも私と同じ事を思っているらしく、あまりに似つかわしくない長門さんの風貌に、正直なんであんなことしているのだろう、と不思議に思っている。
106 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/05/30(火) 19:02:06.67 ID:jQdE1kAN0

榛名「....かなり昔の話で、知っている方なんて片手ほどですけど、とっても強かったんですよ長門さんは。いつもみんなを叱咤激励しては、率先して前線に立つ。その後ろ姿に誰しもが信頼していたんです」

榛名さんの声色はどこか懐かしみを帯びている気がする。私の知らない、遠い過去の話に。

榛名さんは、長門さんが旗艦であった事実を知っているのは片手ほどだと言った。

それが誰なのか全くわからないけど、どうして誰一人その過去を話さないのかと、私は思った。

絶対的な信頼を得ていた長門さんが今は、付き従うだけの秘書艦をし、挙げ句の果てにはその姿は似つかわしくないと言われている現状。

黙っていられるはずがない。

尊敬していた先輩、あるいは一目も二目も置いた後輩、同僚が馬鹿にされていれば腹が立たないわけがない。

私だったらそんなことを言う一人一人に、こんこんと長門さんの過去の栄光を話してしまうはずだ。馬鹿にするなと。
107 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/05/30(火) 19:03:10.08 ID:jQdE1kAN0

飛龍「どうして長門さんは旗艦を辞めたんですか?」

榛名「今の飛龍さんが直面している問題と同じですよ」

飛龍「.....仲間を失ったから....」

榛名「そうです。その痛みは飛龍さん。あなたもわかるはずですね」

仲間を失った痛み。蒼龍を失った痛み。その痛みは堪え難いはず。いつまでも後悔と自責に足を掴まれ、心を掴まれる感覚。

榛名「その沈んだ艦娘の名前は伏せておきます。それはまったく関係のない飛龍さんが知っていいことではないからです。分かってくれますか?」

飛龍「はい」

榛名「長門さんは一度、たった一度だけ、判断を誤り進撃してしまったんです。その一度の失敗が一人の艦娘を死に追いやった。長門さんは驕っていたと言っていました。自分なら全て護れる。私なら降りかかる火の粉は全て払い除けることができると」
108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/05/30(火) 19:04:20.15 ID:jQdE1kAN0

赤城先輩がよく言っている言葉を思い出した。

慢心は自分自身を殺し、仲間も殺す。だから自分自身をいつも厳しく見つめ、正しく律しなさい。

普段惚けたりするお茶目な赤城先輩は、この時だけ目が怖い。そういうことだったんだ。赤城先輩が厳しくみんなに言うのわ。

榛名「長門さんはあの見た目からだと、とても気丈な艦娘に見えてしまいがちですけど、それは全然違います。本当は甘い食べ物が大好きで、コーヒーだって砂糖が沢山入ってないと飲めない。それに恋愛小説で涙を流してしまいます。誰よりも繊細で、優しい心を持った艦娘なんです。そんな方が、自分のせいで仲間を失ったらどうなると思いますか?」

折れるに決まっている。

飛龍「心が折れてしまいます。私だって似たような境遇に陥って、今こうしているんですから」

榛名「そうです。長門さんは折れてしまいました」
109 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/05/30(火) 19:05:38.74 ID:jQdE1kAN0

言えるわけない。長門さんが小馬鹿にされているからって、過去の栄光を話すうちに、どうして旗艦を辞めるに至ったか経緯を話さなければならなくなる。

そんな過去を話してしまったら長門さんをもっと追い詰めることになる。

だったら名誉を護るため沈黙を貫くしかない。

榛名「飛龍さん。覚えておいてほしいことがあります」

榛名さんの目が変わった。赤城先輩の目だ。でも不思議と怖くない。この目の奥にある真実を私が知っているからだ。

榛名「慢心は絶対に避けられません。それは自分の強さと共に現れる、自信だからです。その自信はみんなにも伝わって、自然と危険に身を投じることになります。でも、一人の強さで周りを引っ張っていっても、周りが同じくらい強いとは言えません。否応無く、ついていかなければならない」

一人で火の粉を振り払おうとも、その火の粉は次に後ろにいる仲間に喰らいかかる。それを知っていてください。
110 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/05/30(火) 19:06:39.58 ID:jQdE1kAN0
休憩します。まだ頑張ります。
111 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/07/12(水) 15:54:35.97 ID:QuFjQ07Z0
112 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/10/22(日) 01:49:34.46 ID:PxgtdLPB0

榛名「これが旗艦を降りた艦娘の話です。どんなに強かろうと、旗艦には得意不得意があり、精神は肉体の強靭さに比例しない。だから飛龍さんが辞めると言っても、誰も咎めません」

次は旗艦を続ける者の話をします。飛龍さんが知りたがっていた私が旗艦をなぜ続けるか、その話です。

榛名「今までの話を聞いて、旗艦は花形と言われているのに、現実は背負う覚悟と責任の重さは尋常ではないということがわかったはずです。はっきり言って進んで請け負いたくはないと思います」

飛龍「なら、どうしてそれをわかっているのに旗艦を続けるんですか?もう嫌だ、辞めたいって思うことは何度だってあるはずなのに、なのにどうして....」

榛名「私が旗艦を降りたら、次は誰が旗艦をやるんですか?」

ああ、そうか。そういうことなのか。

自分が辞めてしまったら、今度は誰かが榛名さんの代わりに旗艦になるんだ。誰かが旗艦になって、苦しむ事になるんだ。

榛名さんは胸を強く握りしめる。張り裂けそうな、何かを押さえ込むように。

榛名「私がやめたら、誰が犠牲になる。それが私には耐えられないんです。何人も見ました。耐えきれなくなって潰れた艦娘を。それだったら、私は耐え抜いて、一人でも多くの艦娘の役に立ちたいんです」
113 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/10/22(日) 01:50:25.36 ID:PxgtdLPB0
続ける気がありますので投稿しました。2ヶ月経ってるのでスレが落ちるかもしれませんが、また頑張りたいと思います。
114 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/11/16(木) 23:08:26.34 ID:fV3JkkFU0

口を紡ぎ強い眼差しで私を見つめた。

そんな強い意志を瞳に込めた榛名さんを見て、私はふと、こう思ってしまった。さっき榛名さんは私にこう忠告したからだ。

一人で火の粉を振り払おうとも、その火の粉は次に後ろにいる仲間に喰らいかかる。

慢心はいずれみんなを危険に晒す、と。

なら榛名さんの確固たる覚悟は、どれに当たるんだろう。いやどれにも当てはまるはずだ。

一人で火の粉を振り払うことができる強さの自覚は、慢心だ。

長門さんは不本意でそれを実践し、榛名さんはそれをみて、慢心の正体を確信したはずだ。


飛龍「榛名さん。それって榛名さんが言うところの慢心、なんじゃないですか?さっき榛名さんは私にこう言いました。火の粉は振り払っても、後ろにいる誰かに飛び火する。強さの自覚は慢心って」

榛名「痛いところをつきますね....」

そう言って苦笑いした榛名さんは頬をかいた。

榛名「確かに、飛龍さんの思うことは、わかります。でもね、私は火の粉を振り払うつもりなんてない」

榛名さんの言葉が強くなった。飾っていた何かが溶け出して、剥き出しになった榛名さんの優しい本性が現れだしたみたいだ。

榛名「全て受け止めてみせる。散っていった多くの艦娘達同様に、死ぬつもりなんてこれっぽっちもないですけど、この身の全てを使ってでも、受け止めてみせる」
115 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/11/16(木) 23:13:09.80 ID:fV3JkkFU0

その傲慢な覚悟は、誰しもが思っていたはずだ。

旗艦になれば否応無く付いて回る責任は、艦娘の人命に直結する。

だから必死になって努力して、多くの人や艦娘を守ろうとする。

でも現実問題、それは不可能な話だ。自分一人だけが飛び抜けて強くなろうと、周りが同じくらいに強くなれるはずがないんだから。そう榛名さんは言った。

その不可能の弾丸を全て受け止め、自分も、仲間も生き残る。

そんな不可能を、榛名さんの小さく、長くて綺麗な二つの両腕で、受け止めきれるのか。

私にはそうは思えない。いいや、榛名さんだけじゃない。それはどんなに強い艦娘だって、できやしない。

それくらい無理な話だ。もしその無理を押し通すには、通貨として自身の命を差し出すか、艦娘の枠から外れるしかない。

あるいは、全てを跳ね返す、金剛石より強靭な盾がいる。

あるいは、全てを断ち切る、翼のようにしなやかな剣がいる。

あるいは、全てを包み込む、剛力で優しくもある大きな両手がいる。

あるいは、全てを切断する、鋭利で無骨な鋏がいる。

116 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/11/16(木) 23:16:03.34 ID:fV3JkkFU0

榛名「でも、無理なんですよ、今の私には。自分を守ることができても、蒼龍さん一人だって守ることができないんですから」

寂しそうに笑った。榛名さんだって、わかっているんだ。

あるいは、なんて存在しない。あるのは、自分ができる最大限の鍛錬と、覚悟がなす限界。実力だけ。

飛龍「....そんなことないですよ」

榛名「ふふ、ありがとうございます。....さてと、これで私が旗艦を続ける理由がわかったはずですね。あとは、なぜ提督が私を出撃させるのか、ですね。でも飛龍さんは、もうわかりますよね。なぜ、私が出撃するか」

飛龍「はい、わかります。旗艦を続けないと誰かが傷つく。それが嫌だから、ですよね」

榛名「はい!そのとおりです。それと、提督の名誉の為に、一言付け加えさせてもらいますね。決して、提督は私を駒として見ていないと。何度も何度も尋ねるんですよ?嫌なら出撃しなくていい。むしろ出撃しないでくれ〜、って」

肩に両手を置き、わざとらしそうに震えあがる。そしてその情けない提督の姿を思い出したみたいで、榛名さんはくすくすと笑った。
117 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/11/16(木) 23:16:56.37 ID:fV3JkkFU0

深呼吸。

飛龍「私、まだがんばれそう、ですか?」

榛名「それは自分で決めることですよ?飛龍さん」

飛龍「また、わけわからなくなって、真っ白になるかもしれません」

榛名「そうならないよう、私が全力を尽くします。またあんな事にはさせません」

飛龍「榛名さん」

榛名「はい」

飛龍「続けます。続けさせてください」

榛名「はい」

私は、旗艦を続ける。私一人の問題じゃないことはよくわかっている。

さっきも思ったように、旗艦が担う責任は、私自身の問題ではない。より多くの命を抱え、危険の最中を、仲間達を率いて進軍する。

頭がしどろもどろになろうものなら、統率は崩れ、死の確率はぐんとあがる。それでも、私は続けたいと思った。

榛名さんは立ち上がった。そして机の上に置かれた缶コーヒーを手にすると、一礼した。

榛名「それでは、私はここで失礼しますね。提督には、私から飛龍さんの気持ちを伝えておきます。飛龍さんのように、提督は強くはありませんので、まだ、顔を合わせられないと思います。できるだけ早く、出撃できるようにお願いしておきますから、安心してください」
118 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/11/16(木) 23:21:53.30 ID:fV3JkkFU0

私も榛名さんと同じように立ち上がる。すると榛名さんは私を制止した。

榛名「飛龍さんは、まだここにいてください」

飛龍「なんでですか?」

何も心当たりがない私は少しだけ驚いた。理由もなく、ここで待機だなんて言われたら誰だってよくないことを想像するはずだ。そんな私を見透かしたように榛名さんは、大丈夫ですよ、と言った。

榛名「飛龍さんには、一人で心を整理する時間が必要です。文字通り、一人で。....ここは私とごく少数の方しか知りません。それに多少大きな声を出しても、鎮守府の方には届きません。うってつけですね。何とは言いませんけど」

飛龍「榛名さん。最後に、聞きたいことがあります」

ずっと、思っていたことだ。胸の奥底で肥大した心の膿。

この膿は、蒼龍が魂の供給を失くし存在が希薄になった時から、傷口に孕んでいる。吐き出しまうのをずっと躊躇っていた。

なぜなら、この問題は、私自身に問うものではなく、ある人に向けるのだから。側からすれば、責任転換にもなり、私は卑怯者になる。だから躊躇った。

飛龍「あの時、提督の進軍は、間違っていたんですか?それとも私が....」
119 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/11/16(木) 23:22:43.98 ID:fV3JkkFU0

榛名「いいえそれは違います。提督も、飛龍さんも間違っていません。そして蒼龍さんも間違った行動は起こしていませんでした」

飛龍「じゃあ、なんであんな事になったんですか?」

誰も間違っていなかったのなら、死人は出なかったはずだ。みんながみんな最善を尽くした結果がだったのだから。

榛名「簡単です。ただ運が悪かった、それだけなんですから。あの時あの場で、私もですが、死人がでるなんて想定できなかった。....突然のイレギュラーなんて、対策を講じていても対処はできないものなんです。思いつくイレギュラーなんて、イレギュラーではない。本物は、ありえないところから現れるんですから」

そう言い終わると、改めて一礼し榛名さんは静かに去っていった。

私はほうじ茶のキャップを開け口に含む。さっきまで生温かったのに、もう少しの暖かさも残っていなかった。まるで私が覚悟したこれからの道みたいだ。

飛龍「さむいなぁ....」

無性に蒼龍の温度が恋しくなった。私よりも柔らかくて、抱き心地が落ち着く蒼龍の体。

もう一度、なんの意味もなく抱きついて、見た目の柔軟さからは想像できやしない、髪から匂うあの柑橘系の香り。あの匂いを、むせ返るくらいに肺に押し込んでやりたい。

それから私は、ここで一人、蒼龍のことを思い出して、日が暮れるまで泣き続けたんだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
120 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/11/16(木) 23:24:55.36 ID:fV3JkkFU0
AGP金剛型姉妹、本当に大好きです。もう少しだけ続きます。
121 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/25(木) 01:21:46.03 ID:8MNirGwY0

季節は移り変わる。冬の寒さが名残惜しく残る春は、いずれ暑さを着込んで夏になる。

そして火照った体は寒さを求め、着込んでいた服を少しずつ減らしていく。そしてそれが何度も続く。これが日本の一年。

季節は夏。晴天、からっからの空模様に雲は少なく、代わりに私が放った現用飴色の艦載機が空を舞う。

青色のラインが施された私の艦載機が戻ってきた。

飛龍「じゃあ、少し休憩しますか〜」

そう言って私は背中を伸ばす。ぱきぱきと音がなって気持ちがいい。

艦載機曰く、特に問題はなく、いたって平和らしい。もうすぐ昼時だし、ちょうどいいと思って休憩を挟むことにした。
122 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/01/25(木) 01:23:27.16 ID:8MNirGwY0

みんなも疲れた顔をして休憩の準備を始めた。地図を取り出して、近くに離島がないか確認を始める人もいれば、海に倒れこんで、波に身を委ねてる人もいる。自由気ままだ。

あれから、榛名さんの話を聞いてから、約二年がたった。

榛名さんの話が終わった次の日、私は出撃を許され、今では皆勤賞だ。

そして榛名さんも旗艦を続けている。最近はやっと提督が少しずつ私に心を開いている、ような気がする。

二年か、と思いながら、私は水平線を眺める。

その間に、私はあの日よりずっとずっと強くなった。

問題が起きても、ある程度処理できるようになった。

だから榛名さんや、他の人のサポートがなくても、旗艦ができると判断されて、やっと一人前の旗艦になれた。それもつい最近の話。
123 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/01/25(木) 01:24:47.83 ID:8MNirGwY0

何から何まで変わっても、何も変わらないのは、蒼龍だけ。

私はまだ、蒼龍の幻影を追えていない。それどころか、痕跡すら見当たらない。

私は弓を引き絞った。無意識のうちに。何でだろう。居ても立っても居られない、足早として心が、私を突き動かしたんだろうか。

そしてそのまま矢を放つ。甲高い音が一つ鳴ると、矢は空気を切り裂いて、その空気との摩擦で熱を帯び、矢に炎が燃え広がった。

もちろん燃えた理由そんなじゃないけど。そういう仕様だ。

そしてその炎を突っ切って現れたみたいに、艦載機が勢い良く現れ、空に向かっていった。

如月「あれ?飛龍さんは休憩しないんですか?」

一足早くおにぎり頬張っていた如月ちゃんが、私を見上げてそう言った。突然のことだから驚いて。
124 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/01/25(木) 01:26:18.00 ID:8MNirGwY0

飛龍「うぇっ!?ああうんしないよ!」

そう焦って口走った途端、後悔して言い直そうとすると、如月ちゃんは目を光らせた。

如月「さすが飛龍さんです!!旗艦になっても努力を怠らないなんて!!とっても素敵です!!!」

なんだか恥ずかしくなって私は頬をかく。

飛龍「えぇ、そ、そう?」

如月「はい!!すごくかっこいいです!」

すごくきらきらとして眼で見られた。

やっぱ、今更無理なんて言えないよ。

ぐー、と音がなって、食べ物をよこせと脳が繰り返すけど、しかたない。

如月ちゃんはまだ建造されてまもない。

ここで一つ、旗艦として見栄を張りたいと思っているのも事実だし、しかたない、しかたない。

飛龍「よし!じゃあ、少し見回りしてくるね」

私はウィンクをして走り出す。

その姿をみた他の艦娘は、呆れたような表情を浮かべて手を振ってくれた。

旗艦馬鹿の飛龍、そのあだ名は、みんなにも知れ渡っている。

ちなみに如月ちゃんにかっこいい姿を見せようとして、無理をするのはこれで五回目だ。もちろん周知済み。
125 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/01/25(木) 01:27:35.46 ID:8MNirGwY0

ふっ、と。何かが鼻腔をくすぐった。潮風に乗っかって運ばれたそれ。

何かはわからない。でも、背筋に走り抜けたその感覚は、いやでも忘れられない、あの時と同じだ。

榛名「敵艦隊の合計は?」

蒼龍「計、五体ですね」

耳に手を押し当てた蒼龍はそう言うと、頬を引きつらせて、繋げてこう言った。

蒼龍「.....そのうち、一体が、あんまり良くないですね」

黄色をオーラを纏っている、と。flagship級の深海棲艦。

榛名さんが艦種を尋ねる。ヲ級だと、蒼龍は言う。

艦載機から連絡が届いた。私は耳に手を押し当てて、その情報に耳を貸す。

別に、耳から情報を受け取るわけじゃない。頭に直接送り込まれるのだけど、どうしても耳を塞いでしまう。空母系の艦娘がするおかしな行為だ。

敵艦隊、とは言えない、なぜなら深海棲艦は一体だけだから。でも良くない情報に私は頬を引きつらせた。

改flagship。黄色のオーラを纏い、瞳から迸る青色の閃光の姿を思い浮かべ、身震いする。武者震いじゃない。ただ恐ろしくなったからだ。

榛名「....難しいところですね。一度提督に電報を送ります。飛龍さん、お願いしますね」

飛龍「は、はい」

私はあんまり連絡は得意ではない。情報に齟齬があると人命に関わるからだ。

ミスが許されないから、慎重になりすぎて、かえってミスをしそうで嫌だ。
126 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/01/25(木) 01:28:42.66 ID:8MNirGwY0

私は鎮守府に電報をおくる前に、艦隊の状況を確認する。

摩耶さんと神通さんは殆ど無傷に近い。榛名さんは、確認するまでもない。最小限動きで回避できるから。一人だけ違う次元にいる。

秋月ちゃんは、少し疲れている様子だけど、まだまだ頑張れそうだ。

根性がある子だし、むしろ逆行に近い今だから、想像以上の動きができそうだ。

蒼龍を確認すると、目があった。

蒼龍「な〜に?もしかして緊張してるの〜?らしくないねぇ」

にやにやと、おもしろおかしく私を見やる。

神通「蒼龍さん.....。あんまり飛龍さんを困らせないでください」

蒼龍「えー、だってらしくないじゃん?飛龍らしさがない」

榛名「.....それで、なんと伝えますか?」

飛龍「え、あ、はい!えーと....」

私は鎮守府に一度連絡を送ることにする。ホウレンソウを大切に、と冗談を呟きながら現在の艦隊の状況、というか、私一人だけで、他のみんなはずっと遠くにいると。

そして、戦えるには戦えると。
127 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/01/25(木) 01:29:49.13 ID:8MNirGwY0

まぁ送らなくても結果は分かっているけど。相手が相手だから。

サシで勝負なんかしたくないし、そもそも相手にするのが嫌だ。

二分くらいで返答があった。慌てて私は耳に手を押し当て、聞き漏らさないように集中する。

摩耶「で、なんだって」

腕を組んで余裕そうな摩耶さんが私に聞いた。

鎮守府からの返答。提督の采配は。私はモールス信号の情報を伝えやすく言い直す。

飛龍「艦隊の現状から、迎撃可能と判断する。だそうです」

摩耶「まぁ妥当だな」

当然だと、私も思った。こっちには榛名さんがいる。ずば抜けた榛名さんの実力は、提督も知っているし、みんなも知っている。

それにみんなまだまだ戦える。勝ち戦をみすみす見逃すわけじゃない。私たちは、深海棲艦を駆除するのが仕事なんだから。
128 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/01/25(木) 01:31:28.20 ID:8MNirGwY0

聴きなれたモールス信号が頭に響いた。鎮守府からの返答。提督の判断だ。曰く、戦う必要はない。撤退。

当然だ。わざわざ戦う相手じゃない。

砲弾が装填された鈍く重い音が響いた。

みんな、これから始まる砲雷撃戦の準備を始める。

私も、弓の弦を引き絞り、違和感がないか確認する。蒼龍も同じことを始めた。

私は弓の弦を肩にかけ、撤退の準備を始める。動きやすさを重視して、こうする。

まだ、厄介な深海棲艦はこちらに気がついてないみたいで、私がいる方向とは明後日方角に進路を進めている。

榛名「みなさん、準備はできましたか?」

はい、と口々にそう言う。こんなだだっ広くて、遮蔽物も無いに等しい海上での戦いは、いたってシンプルだ。

バレないよう、なるべく背後に近づいて、遠くから砲撃、艦爆を行う。ようはそういうこと。
129 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/01/25(木) 01:32:49.86 ID:8MNirGwY0

例に沿って、私たちはなるべく大回りをしつつ、背後に向かうことにした。

さてと、と呟いた私はさっさと帰るため、あえてジグザグに来た道を、直進で進むことにする。

そっちの方が手っ取り早いからだ。合流したら、そのまま鎮守府に帰投のコース。

でも、私には違和感があった。

でも、私は違和感を拭えなかった。

何かが、おかしいような。

何か、いつもとは違う。

経験が、憶測が私を支配する。この違和感はなんだ。言葉にできないもやもやを、口に出せないから背中がむず痒い。

だから、私はその違和感を気のせいだと決めつけて、移動を始めた。

だから、私はその違和感を確認するため、大回りでその一体の深海棲艦を視認しようと決めた。

凍りついた潮風が皮膚に突き刺さって痛い。

けど、麻痺していくからだんだん感じなくなる。まだ夏よりましだ。

私の隣で海を滑る榛名さんを見る。黒髪の長髪は、やっぱめんどくさそうだ。

130 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/01/25(木) 01:33:49.51 ID:8MNirGwY0

大きくジグザグに移動し、なるべく遠くから安全な位置を探る。それでも索敵も怠らないように。

そして榛名さんが私の前に腕を出す。止まれ、ということだ。姿勢を下げ、息を殺して遠くを見ると、その艦隊を視認できた。

夏の海上は一段と酷い。何が酷いっていうと、潮風に含まれる塩分が、多いっていうこと。

これが最悪。顔にびしびしと突き刺さって痛いし、髪の毛に付着すると洗い落とすのに手間がかかる。

そのせいで頭を悩ませているのは、何も艦娘だけじゃない。経理の人が言っていた。

シャンプー代が、馬鹿みたいに高くついているって。それを聞いたときは、なるほど、と思った。

そんな長髪でない私でも、シャンプーは絶対四プッシュする。それを二回。合計八プッシュ。

如月ちゃんみたいな長髪の子は、私の倍使っている。よく私の隣で悪態をつきながら、髪の毛を洗うから、ついつい気になって数えてしまったから知っている。

まぁそんな事を、なんとなく考えながらジグザグに大きく迂回して海を滑る。

相変わらず髪の毛は傷んでしかたない。如月ちゃんはもっと大変だろう。そりゃあんな可愛い子でも、愚痴の一つはつきたくなる。
131 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/01/25(木) 01:34:49.53 ID:8MNirGwY0

そして、私は姿勢を下げ、弓を肩から外す。そして矢筒から矢を一本とりだして、よく目を凝らした。そして一本の深海棲艦を確認した。

その光景に、私は絶句した。もちろん私だけじゃない。みんな息を飲んで、驚いている。あの榛名さんですら。

ヲ級は、改flagshipの他にもう一体いた。オーラも何も発していない、ただのヲ級だった。

その、ただのヲ級、だった深海棲艦は今、海上に倒れこんでいる。

そして大きく痙攣を始め、陸に上がった魚みたいな生々しい動きを始めた。

そしてぴたりと、動きが止まると背中から、赤色の水蒸気が漂い始めた。

あれは、オーラだ。flagship特有のオーラ。間違いないと、私が確信すると、倒れているヲ級の背中に、近くにいる深海棲艦がいきなり手を突っ込んだ。

そしてまるで赤ちゃんを取り出すように、中身を取り出し始めた。

秋月「気持ちわるい、ですね」

私は、その一体だけの深海棲艦を確認すると、心臓が張り裂けそうに、鼓動をした。

そうだ。あれは、あの深海棲艦は、私がずっと追い求めて、焦がれた、存在だ。
132 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/25(木) 01:35:51.87 ID:8MNirGwY0
これからもだいぶ遅い更新になると思います。でも終わらせることを目標にがんばります。
133 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/01/26(金) 00:55:47.22 ID:02wfwE1c0

そうか、あの違和感は、匂いだ。私がずっと欲していた、あの匂い。潮風に乗ってやってきたんだ。

飛龍「.....榛名さん、どうしましょう」

想定外の事態だ。今、私達の目の前で起きている現実は、思いもよらないものだ。

深海棲艦がどうやって強くなっているのかは、今まで誰も知らなかった。

そもそもオーラを発するのは、自然と、なんてことはありえない。何かしらの変化があるはずなんだ。

進化なのか、はたまた変体なのか。それがやっと今、解った気がする。

深海棲艦から取り出された、新たな深海棲艦。ヲ級は変わらない。で

も、脱皮した抜け殻から現れた深海棲艦は、赤色のオーラを放ち、存在感を肥大させている。
134 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/01/26(金) 00:56:38.71 ID:02wfwE1c0

榛名「....想定外ですけど、eliteのヲ級一体に変化したところで、こちらが優勢なのは変わりません」

神通「じゃあ.....」

私はゆっくりと立ち上がり、弦に筈を引っ掛けて、いつでも射ることができるようにする。

先手必勝。あの深海棲艦が、艦載機もどきの生き物を放つまでの準備時間に、私がどれだけ発艦できるかにかかっている。特に、あの強力な個体なら、なおさらだ。

深呼吸。

私と蒼龍は顔を見合わせ頷くと、ゆっくりと立ち上がる。

そして矢筒から一本の矢を取り出し、筈を弦に引っ掛ける。私は蒼龍を見やる。

蒼龍も私と同じことを考えていたみたいで、自然とまた顔が合う。頷き、構える。
135 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/01/26(金) 00:57:35.04 ID:02wfwE1c0

私達が射った瞬間、静寂は崩され、戦いの火蓋が落とされる。

砲弾飛び交う海上になり、爆発で生じる水柱は数え切れない。

その混戦の最中でも私達空母は、精確に、確実に、仕事をしなければならないんだ。

だから、この一手は絶対に外せない。

つま先を深海棲艦に向け、まっすぐな仮想の射線を描く。そして肩、腰、つま先が水平を描けるように、集中する。背筋を伸ばし、一本の柱を体に突き立てるイメージに、体を合わせる。三重十文字の構えだ。

息を止める。仮初めの静寂は波の音と、呼吸、私を掠める大気を混ぜている。

本物は、対象物に向けた、明確な殺意だけ私の周りを覆い尽くし、無へと誘う。
136 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/01/26(金) 00:58:43.53 ID:02wfwE1c0

私の存在が不確かになった瞬間が、その時だ。

甲高い音が一つ。そして遅れてもう一つ。

空気を切り裂く音が一つ。対象物に向かい精確に放たれる。

榛名「単縦陣を組み移動開始。全員私に続いてください」

私はすぐに移動を開始する。そのついでに矢筒から新たな矢を二本掴み取り、一つは掴んだまま次の発艦に備える。

ここからは、移動しつつ攻撃をしなければいけない。

空母の艦娘は、戦艦や駆逐艦の艦娘と違い、攻撃に手間がかかる。

砲塔に装填される砲弾は、オートメーションが組み込まれていて、次弾装填に意識することはほとんどない。
137 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/01/26(金) 00:59:31.61 ID:02wfwE1c0

それとは違って私達空母は、いちいち一連の動作を何度も繰り返さなければならない。

自分で行い、自分で速度を上げる。速いにこしたことはない。だからもっとも努力と鍛錬が必要とされる。

その手間暇を知らない人は、移動しつつ攻撃することの大変さを無視して、巡行速度を上げよう、と提案する。

もちろん、旗艦になった艦娘はその手間暇を重々承知しているから、不用意に上げないのだけど。

今回に限っては私一人だ。だから、自分の限界に近い速度で巡行する。

先頭を行く、榛名さんはみんなの不満が爆発しない速さを選んでいる。
138 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/01/26(金) 01:00:30.84 ID:02wfwE1c0

蒼龍と私が移動しつつ発艦の準備できる限界の速度で。

従って巡行速度はそれほど速くない。

もちろんそれは艦娘の体感の話で、はたからみたら馬鹿みたいに速く移動しているだろう。公道で走ったら一発免停だ。

大気を切り裂き、その摩擦で矢が燃え尽きる頃、艦載機が現れる。

そして空中で速度を受け継いだまま飛行を始め、目標に向かってエンジンを吹き鳴らした。
139 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/01/26(金) 01:02:10.50 ID:02wfwE1c0
過去と現在を混ぜて書いてますが、意図的に改行しているので若干わかりにくかったらすみません。またがんばります。
140 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/01/26(日) 00:38:38.12 ID:iUnY4MNr0
99.98 KB Speed:0   VIP Service SS速報VIP 更新 専用ブラウザ 検索 全部 前100 次100 最新50 新着レスを表示
名前: E-mail(省略可)

256ビットSSL暗号化送信っぽいです 最大6000バイト 最大85行
画像アップロードに対応中!(http://fsmから始まるひらめアップローダからの画像URLがサムネイルで表示されるようになります)


スポンサードリンク


Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

荒巻@中の人 ★ VIP(Powered By VIP Service) read.cgi ver 2013/10/12 prev 2011/01/08 (Base By http://www.toshinari.net/ @Thanks!)
respop.js ver 01.0.4.0 2010/02/10 (by fla@Thanks!)