魔王「リインカーネーション」

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/05/28(日) 00:03:21.96 ID:ZMBRJL+YO

【独房】

盗賊「……」

看守「おい」

盗賊「…スー…スピー…」

看守「寝ている? こいつ、一体どんな神経をしているんだ。おい!起きろ!!」ガンッ

盗賊「ッ!びっくりしたぁ!! なに?もう処刑の時間?」

看守「違う。もうじき、ある御方が此処へ来る。くれぐれも失礼のないように」


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2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/05/28(日) 00:04:51.00 ID:ZMBRJL+YO

盗賊「あ、そう。どんな奴?」

看守「会えば分かる」

盗賊「女?」

看守「……会えば分かる」

盗賊「なんだ、男か……」ハァ

看守「お前は本当におかしな奴だな」

盗賊「どこが?」

看守「全てだよ。処刑を言い渡されたというのに何事もなかったかのように振る舞い。手枷足枷をされた状態で熟睡し。果ては性別で一喜一憂だ」
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/05/28(日) 00:05:54.04 ID:ZMBRJL+YO

盗賊「捕まるのは慣れてますから」ハイ

看守「盗賊が聞いて呆れるな。よくもまあ、今まで生きてこられたものだ」

盗賊「まあまあ。でもさ、あんただって厳つい男と見目麗しい女だったら後者の方が嬉しいだろ?」

看守「そんなザマで、こんな状況でもか?」

盗賊「こんなザマで、こんな状況だからさ」ニコニコ

看守「……長いこと看守をしているが、お前のような囚人は今まで見たことがない」
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/05/28(日) 00:06:41.59 ID:ZMBRJL+YO

盗賊「褒めてる?」

看守「ああ。感心する程に愚かで、呆れる程に前向きで向こう見ずな奴だ」

看守「順番待ちしていた悪党共を差し置いて真っ先に独房に入れられたのも頷ける」

盗賊「俺には全く理解出来ないね。昨日の晩から首かしげっぱなしで首が痛えよ」

看守「単に寝違えだけだろう」

盗賊「はははっ、そうかもな。でもやっぱり納得行かねえなぁ。何もしてないってのにさ」

看守「王家の宝を狙って王宮に忍び込んだのが罪にならないとでも思ったのか?」
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/05/28(日) 00:07:11.00 ID:ZMBRJL+YO

盗賊「未遂、未遂だから」

看守「未遂だろうが何だろうが、武器を携帯して王宮に不法侵入したんだ。暗殺の嫌疑を掛けられるのは当然だ」

盗賊「俺の眼を見てみろよ。殺しをするような奴がこんな純粋な眼をしてるはずないだろ?」

看守「純粋な奴は不法侵入などしない」

盗賊「純粋な気持ちで盗みに入ったから誠心誠意しっかり平謝りすれば不起訴で済むかも…」

看守「不起訴はあくまで不起訴であって無実にはならないからな?」

盗賊「そりゃそうだけど処刑はやりすぎだろ。見ただけで盗んだわけじゃないし、誰も傷付てないんだぜ?」

看守「はぁ…お前は極まった馬鹿なようだから分からないかもしれないが、処刑されるに足ることをしたんだ」
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/05/28(日) 00:07:40.80 ID:ZMBRJL+YO

盗賊「見ただけなのに?」

看守「お前も分からない奴だな。それが処刑される理由なんだ」

盗賊「(人目に触れることすら禁じられた秘宝か。でも、確かにあれはなぁ……)」

ーーーー
ーーー
ーー


盗賊『(宝物庫に見張りは無しか。大体の奴等は狙い通り、王のとこに行ったみたいだな)』

盗賊『(大方、暗殺者か何かだと勘違いしてんだろう。失礼な話だぜ。ま、いいけど)』

盗賊『さて、と。やりますか』スッ

カチャカチャ…ガチリ…

盗賊『(開いた…けど、何か妙な感じだな。多少複雑な構造だったけど、そこまでじゃない)』
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/05/28(日) 00:08:45.40 ID:ZMBRJL+YO

盗賊『(何度も開けられた形跡がある)』

盗賊『(宝物庫なんて滅多に開ける機会はないはずだ。多少錆び付いててもいいようなもんだけど……)』

盗賊『(まあ、楽に済むならそれに越したことはないか。さて、ご対面と行こうか)』

ガチャッ…ギギィィ…

『……んっ…誰ですか?』

盗賊『……は?』

『……賊、ですか。外には物騒な輩がいると常々聞かされていましたが、どうやら本当だったようですね』

盗賊『(なんだこりゃ? 何で宝物庫に女がいるんだ? つーか寝巻き? 見るからに高そうなやつだな)』
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/05/28(日) 00:12:19.80 ID:MXFnJz4+O

『……あなたは…ニンゲン…ですよね? わたしを殺しに来たのですか?』

盗賊『殺す? いや、王の輪転機を盗みに来たんだけど……きみは?』

『王の娘です。血縁関係はありませんが』

盗賊『(王の娘? 王女? もし本当なら、何の理由があって宝物庫に入れられてるんだ?)』

王女『どうします? 盗みますか?』

盗賊『盗むって言ってもなぁ。枕元の日記くらいしかなさそうだけど、人様の日記を盗むのはちょっと…』

王女『違います。わたしを、です』

盗賊『俺は人攫いに来たわけじゃないから止めとくよ。どうやら部屋を間違えたみたいだし』

王女『間違えてはいませんよ? わたしが王の輪転器ですから』
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/05/28(日) 00:12:59.18 ID:MXFnJz4+O

盗賊『きみが宝具? どこからどう見ても寝巻きを着た女性にしか見えないけど……』

王女『宝具など最初から存在しません。必要なのは王の力を受け継ぐ器。それが、輪転器です』

盗賊『……うつわ。じゃあ、きみが次の…』

王女『ええ、そうなりますね。どうします?』

盗賊『……はぁ、こりゃあ参ったなぁ』ポリポリ

王女『(何だか変な人。わたしを見て怖れる風もない。扉が開いているのも変な感じです。でも、今なら……)』
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/05/28(日) 00:14:44.04 ID:MXFnJz4+O

盗賊『……決めた』

王女『?』

盗賊『面倒なことになる前に帰る』ウン

王女『いいのですか? わたしを殺せば英雄になれますよ?』

盗賊『生憎、そういう類のものには一切興味がないんだ』

盗賊『それに、英雄になったら悪いこと出来ないだろ?』

王女『フフッ…ええ、そうですね』

盗賊『お休みのとこ邪魔して悪かったな。それじゃ』
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/05/28(日) 00:15:33.78 ID:MXFnJz4+O

王女『あっ…』

盗賊『ん?』

王女『……いえ、何でもないです』

盗賊『……大丈夫、扉は開けたままにしておくよ。この部屋から出たいんだろ?』

王女『何で…』

盗賊『顔に書いてある…ってのは嘘だけど、俺が入ってきた時のきみは何だか嬉しそうな顔をしてた』

盗賊『何て言うか、牢屋の扉が開いた時の囚人みたいな。そんな感じ』
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/05/28(日) 00:18:00.98 ID:MXFnJz4+O

王女『……囚人』

盗賊『何も知らないのに好き勝手言って悪い。俺がそう感じたってだけだから』

王女『……外は…楽しいですか?』

盗賊『う〜ん、そうでもないんじゃいか?』

盗賊『楽しいことより辛いことや苦しいことの方が多いし』

王女『……そう、ですか…』

盗賊『でも、俺がきみだったら……』

王女『?』

盗賊『退屈ってやつに殺される前に、外に出るよ』
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/05/28(日) 00:24:59.31 ID:GBNVh6xqO

王女『!!』

盗賊『んじゃ、もう行くよ』

王女『あ、あの…』

盗賊『悪いけど連れて行くのは無理だ。その格好は目に毒だし。どうしてもって言うなら特別にーー』

王女『いえ、そうではなくて……その、後ろ…』

盗賊『…………』クルッ

ゾロゾロ…

盗賊『……もうちょっと早めに言って欲しかったなぁ』


『『『確保ォ!!!』』』


盗賊『うおっ!? ちょっと待っ…痛ッ! 痛い、痛いから!! 大人しく捕まるからやめろって!! 痛ッ!ちょっ…やめ……』
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/05/28(日) 00:26:36.33 ID:GBNVh6xqO
ーーーー
ーーー
ーー


盗賊「(……あの子、今頃何してんのかな)」

看守「……そろそろか」ソワソワ

コツ…コツ…

看守「!!」ビクッ

盗賊「どんなお偉いさんが来るのか知らないけど看守が囚人の前でビビってどうすんだよ」

看守「うるさい。静かにしろ」ビクビク

盗賊「ハイハイ」

盗賊「(この怯え、極度の緊張。どうやら当たりを引いたみたいだな。さてと、ここからが本番だ……)」

コツ…コツ……

老人「………」

盗賊「………」
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/05/28(日) 00:28:41.53 ID:GBNVh6xqO

老人「……下がれ」

看守「し、承知致しました」サッ

老人「お主が盗賊か。思っていたより若いな」

盗賊「あんたが魔王だろ?待ってたぜ」

老人「……儂が来ると分かっていたのか?」

盗賊「いや、来る方に賭けただけさ。来なかったら逃げてたよ」

老人「盗賊よ、お主ーー」

盗賊「あ〜、ちょっと待った。話す前に枷を外させてくれ。こんなのぶら下げてちゃ集中出来ないから」

カチャカチャ…ガチッ…ガシャンッ

老人「……そう簡単に外せるものではないはずなのだが、やはりお主には意味を成さないようだな」
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/05/28(日) 00:30:03.20 ID:GBNVh6xqO

盗賊「なんだ、俺のこと知ってんのか」

老人「標的に定めたものは必ず奪い盗る。それが物であれ、命であれ、如何なるものでも……」

盗賊「輝くものなら何でも盗むってだけさ。光り物には眼がないもんでね」ニッコリ

老人「成る程、鴉と揶揄されるだけはある。『あれ』はそれ程まで輝いて見えたか?」

盗賊「ん〜、そうだな。今まで見た何よりも輝いて見えた。瞼の裏が火傷するくらいに」

老人「フッ、中々に面白い男だ。盗賊よ、あれを殺さなかったのは何故だ?」

盗賊「あ〜、何か誤解してるみたいだから言っとくけど、俺は盗むつもりで入ったんだぜ?」
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/05/28(日) 00:31:12.52 ID:GBNVh6xqO

老人「殺す気はなかったと?」

盗賊「無い。これっっっぽっちも無い。魔王の秘宝、輪廻転生機。通称『輪転機』。俺はそれが欲しかっただけだ」

老人「…………」

盗賊「実物を見た時は驚いたよ。まさか輪転『器』だとは思わなかったからな」

老人「では、諦めるか?」

盗賊「諦めたら逃がしてくれる…」

老人「………」

盗賊「……わけないよな。まあ、諦めるつもりはさらさらないけど」
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/05/28(日) 00:47:29.96 ID:GBNVh6xqO

老人「儂の眼を掻い潜り、あれを盗めるとでも?」

盗賊「既に一度掻い潜ってる。二度あることは三度あるし、一度出来れば二度目も出来る」

老人「何故そこまで固執する? いや、それ以前にあれを盗ってどうする? お主には何の役にも立つまい」

盗賊「見せたくなった」

老人「?」

盗賊「あの子が知ってる世界はあの部屋だけだ。そんなのって寂しいだろ?」

盗賊「何の不自由もない豪華な暮らし。でも、それを幸せだと感じるかどうかは本人次第だ」

盗賊「きっと彼女は生まれ変わりたいと思ってるはずさ。今の自分、今いる世界からね」

老人「……あれがそう言ったのか? あれが自ら口を開いたのか?」

盗賊「大した会話はしちゃいないさ。ただ俺を見たとき、ほんの一瞬だけ瞳が輝いたんだ」

盗賊「期待、願望。望みが叶ったような…そんな感じの眼だった」

盗賊「とまあ、色々言ったけど俺の勘違いかも。そんだけ落ち着いていられるってことは輪転器…彼女はまだあの部屋にいるんだろ?」

老人「………」

盗賊「何だよ、急に黙り込んで……悩み事があるなら聞くぜ?」

老人「……頼みがある」

盗賊「?」

老人「あれを…儂の娘、輪転器を盗んでくれ」

盗賊「………は?」
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/28(日) 01:02:08.58 ID:GBNVh6xqO
また明日
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/28(日) 02:40:44.77 ID:BwlCMyOmO
いいね
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/28(日) 06:16:24.80 ID:dmdhQCirO
nice
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/28(日) 06:55:42.10 ID:8Xq9vpDgO
こりゃあ久々に面白そうだ
主人公が魅力的
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/28(日) 11:03:37.91 ID:Gk3bxKGUO

盗賊「盗ってくれっていうなら頂くのもやぶさかじゃねえけど……何か裏がありそうな感じだな」

老人「そう難しい話ではない。儂はこの通り老いた……儂の期限はもうじき切れる」

盗賊「なにそれ、賞身期限?」

老人「そんなものだ。間もなく儂は死ぬ。だが、王の力は輪転器へと引き継がれる」

老人「輪転器は魔王となり、次代の魔王が誕生するというわけだ。これまでのようにな」

盗賊「(これまでのように…ってことはこの爺さんも元々は……)」

老人「これより更に時期が迫れば輪転器を暗殺せんとする者が現れるだろう。それもまた、これまで通りだ……」
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/28(日) 11:06:21.20 ID:Gk3bxKGUO

盗賊「……そっか。あんたも苦労したんだな」

老人「フッ…ああ、随分と昔の話だがな」

盗賊「……で、俺にどうしろと?」

老人「お主はあれに外を見せたいと、そう言ったな」

盗賊「ああ、確かに言った」

老人「なら盗め。そして何処へでも行くがいい。王の力が印刷される、その時まで……」

盗賊「それってさ、あんたが死ぬまであの娘を守れってことだよな?」
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/28(日) 11:09:53.42 ID:Gk3bxKGUO

老人「そうだ。魔王とは不死であり、不滅の存在であらなければならない」

老人「常にニンゲンの脅威でなくてはならないのだ。あれが死ねば、『魔王』は死ぬことになる」

盗賊「要件は分かった。けど、何で俺に?」

老人「怖ろしいのは外より内だ。この歳になると身内も信用出来なくなる」

盗賊「……なるほどね。分かった。引き受けるよ」

老人「引き受けた後で悪いが報酬はない。その時には儂は死んでいるからな。それでも引き受けるのか?」

盗賊「そりゃあまあ、出来ればあった方が嬉しいけど……別に無くても構わない」

盗賊「正直、魔王がどうなろうが知ったことじゃないんだ。ただ、あの娘に死なれんのは困る」ウン

老人「何故?」

盗賊「一目惚れして目が眩んだから」
26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/05/28(日) 11:34:20.17 ID:Gk3bxKGUO

老人「それは宝にか? それとも…」

盗賊「さあ、どっちだろうね」ニッコリ

老人「………」

盗賊「そんな怖い顔しなくても大丈夫さ。きちんと盗むし、きちんと守る」

盗賊「昨日の今日で申し訳ないけど、今夜の内に盗みに行くから警備は厳重にしといてくれ」

老人「言われずともそのつもりだ。手練れを揃えておく、心して掛かれよ」

盗賊「分かってるって。じゃあ、俺は夜に備えて寝るよ。あんたも少し休んだ方がいいぜ?」

老人「これより先は休む暇はなどない。おそらく、次の眠りが最後になるだろう」

盗賊「………」

老人「……娘を頼む」

カツン…カツン…カツン…

盗賊「(老いた魔王は朽ちた輪転器。器を変えて、王の力のみが生き続けるってわけだ……)」

盗賊「………ハァ」

盗賊「(あの爺さんも、あの娘みたいに監禁されてたんだろうか……とてもじゃないけど俺には耐えらんねえな)」
27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/28(日) 20:27:39.96 ID:iuwd4mISO

【宝物庫】

何も変わらない毎日。

何も変わらない部屋。

朝も昼も夜も同じ景色。

私が輪転器であることを知る人は、これは命を守るためだと言う。

けれど、それはわたしが輪転器であるからであって、大事なのはわたしの命ではない。

あくまで、王の器として。

でも、わたしは王の器なんかじゃない。

弱虫で怖がりで従うことしか出来ない臆病者。そんなわたしが、王の器であるわけがない。

わたしは容れ物。王の容器。

価値あるものを入れるために選ばれた空っぽの存在。
28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/28(日) 20:42:29.17 ID:iuwd4mISO

この部屋から出た時…

空っぽの容器が満たされた時、わたしはどうなっているんだろう?

まったくの別人になっているのだろうか? 王に足る者へ生まれ変わるのだろうか?

こんなわたしが、怖れ敬われる存在に…魔王になれるのだろうか?

だとしたら、今のわたしはどうなるんだろう。そう考えると酷く怖ろしい。

でも、ニンゲンから皆を守るためだと思えば、輪転器に選ばれたのはとても光栄なことだ。

わたし一人が消えれば、皆が救われる。

国の皆が、これまでと変わらない生活を続けていける。

なら、わたしはそれで……
29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/28(日) 21:27:27.51 ID:iuwd4mISO

そうだ、それで良い。仕方が無いんだ。

今まではそんな風に思っていたのに、そう思い込もうとしていたのに。

昨日の晩に現れたニンゲンが、それら全てを吹き飛ばしてしまった。

輪転器に選ばれたあの日から、王になるのは誉れだと、そう教え込まれてきたのに。

彼が開かないはずの扉を開いた時に吹き抜けた風が、この部屋の空気を全て入れ換えてしまった。

わたしの中の覚悟や決心すらも。

……ううん、違う。これは覚悟なんて格好の良いものなんかじゃない。
30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/28(日) 21:30:17.23 ID:iuwd4mISO

これは諦めだ。

わたしは、諦めていたんだ。

誰かの為になるならと、ニンゲンから守る為ならと、そんな風に言い聞かせて……

今更になって怖ろしいのは、見えてしまったからだろう。

とうの昔に蓋をしたはずの希望が、彼の現れによってひょっこりと顔を覗かせたのだ。

今なら出られるかもしれない

もしかしたら、外に出られるかもしれないと。
31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/28(日) 21:38:41.77 ID:iuwd4mISO

頬を撫でる風、屋根叩く雨音。

何処までも続く空、煌めく星の川、満ち欠ける月の姿、照り注ぐ太陽の温もり。

遠いあの日には当たり前だったものを、再び感じられるかもしれない。

この部屋から出ることなんて出来やしないのに。


『でも、俺がきみだったら……』

『退屈ってやつに殺される前に、外に出るよ』


彼は今頃、何をしているのだろう。

変わったニンゲン。おかしな泥棒。気さくな賊。

白馬の王子ではないけれど、わたしが求めていたものを届けてくれた人。

出来ることなら、また話してみたい。叶わないことだとは分かっている。

でも、もう一度だけ。もう一度だけ、あの扉を開け放って下さい。

もう、迷わないから。
32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/28(日) 23:11:34.32 ID:nCX3XoB0O

王女「………」パタンッ

王女「(結局、何も変わりはしない。素直になれるのは日記の中だけ。こうして願いを綴るだけでも気が晴れる)」

王女「(だからもう、昨晩のことは忘れよう。あれはなかったこと。有り得てはならなかったことなのだから……)」

ガチャッ!

王女「!!?」ドキッ

騎士団長「姫様、御無事でしたか!!」

王女「えっ?」

騎士団長「驚かせてしまいましたね。声もかけずに申し訳ありませんでした」

王女「い、いえっ…大丈夫です」

王女「(あぁ、一瞬でも期待してしまった自分が恥ずかしい……)」
33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/28(日) 23:29:36.14 ID:nCX3XoB0O

騎士団長「如何されました?」

王女「いえ、何でもありません。お気になさらないで下さい。それより何があったのですか?」

騎士団長「誠に不甲斐ないことですが、またしても賊に侵入を許してしまいました」

騎士団長「まして二日続けて同じ輩に侵入を許すなど、騎士団に身を置く者として一生の恥」

王女「彼…コホン…あのニンゲンが?」

騎士団長「ええ。王の命により以前にも増して警備を強化したのですが……情けないばかりです」

王女「し、しかしどうやって? あの賊は昨晩捕らえられたばかりではありませか」

騎士団長「ええ。ですが奴は再び現れました。まさか、あの独房から抜け出す者がいるとは……」
34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/28(日) 23:43:10.95 ID:nCX3XoB0O

王女「独房、ですか? 主に処刑を言い渡された者が入るという?」

騎士団長「そうです。これまで一度たりとも破られたことはありません」

王女「あ、あのっ…」

騎士団長「?」

王女「賊…あのニンゲンは、そんなに凄いのですか?」

騎士団長「相当の手練れと見て間違いないでしょう。そして、常識の通じない相手です」

騎士団長「脱獄したその日に再び王宮に侵入するなど常人の思考ではない」
35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/28(日) 23:55:14.75 ID:nCX3XoB0O

王女「………」

騎士団長「少々喋り過ぎました。さて、そろそろ行きましょう」

王女「えっ? でも、部屋から出てはならないとあれほど……」

騎士団長「奴の狙いは姫様です」

王女「!!?」

騎士団長「奴はこの場所を知っている。速やかに別の場所へ移すようにと王に命じられました」

王女「……そうですか。分かりました」

王女「(まさかこんな形で此処から出ることになるなんて……でも、彼は何故…)」
36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/29(月) 01:13:34.54 ID:MfTBN0bcO

騎士団長「夜は冷えます。姫様、これを…」

王女「ありがとうございます」ファサッ

騎士団長「では、参りましょうか」

王女「はい」

コツ…コツ…

王女「(身を震わす寒さすら心地良い。このまま王宮を抜け出せたならどんなに……)」

騎士団長「止まって下さい」サッ

王女「?」

騎士団長「曲がり角に潜んでいるようだが無駄だ。不意打ちは喰わん。潔く姿を見せろ」

ザッ…

盗賊「あ〜あ、見付かっちまったか。大人しく喰らってくれれば楽に済んだだけどなぁ」
37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2017/05/29(月) 02:28:36.79 ID:MfTBN0bcO

王女「あっ…」

盗賊「今晩は、お姫様」ニコッ

王女「は、はい。こんばんは?」

盗賊「昨日に続いてこんな夜更けに来ちまって悪いね。早速で悪いけど攫われてくれないかな?」

騎士団長「ふざけるな!! 貴様にはドブ浚いが似合いだ!!」ダッ

ドゴンッ!

盗賊「……ふ〜っ、危ねえ危ねえ。あんた、見かけ通り短気だな」

騎士団長「(素早い。我が鉄槌をああも容易く躱すとは……やはり只者ではないな)」

盗賊「(凄え腕力だ。手練れを揃えておくって言ってただけはある。さて、どうすっかな)」
38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/29(月) 02:30:22.17 ID:MfTBN0bcO

騎士団長「ふ〜ッ…さあ来い!!」

騎士団長「姫様を攫おうなどという不届き者め、成敗してくれる!!」

盗賊「(うん。男には好かれそうだけど女には見向きされないタイプだな)」チラッ

王女「………」ガタガタ

騎士団長「来なければ此方から行くぞ」ズンッ

盗賊「(……甲冑か。あんまり待たせて姫様に風邪引かれても困るし、ささっと終わらせるか)」スッ

ヒュパッ…グイッ!!

盗賊「重っ!! なんだこりゃ!ビクともしねえ!!」グイグイ

騎士団長「鞭で足を取る気か。小癪な真似を…だが無駄だ。その程度で倒れる程やわな足腰ではない!!」
39 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/29(月) 02:32:37.14 ID:MfTBN0bcO

盗賊「じゃあ、もう一本追加で」ヒュパッ

騎士団長「むっ!!」サッ

盗賊「あ〜あ、避けちゃった」

グルンッ…ガシッ…

王女「えっ?」

騎士団長「何ッ!!?」

盗賊「戦いに熱中し過ぎたみたいだな。熱中症対策はしっかりしないと…ねっ!!」グイッ

王女「きゃっ!」

騎士団長「ッ、しまった!!」
40 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/29(月) 02:37:23.36 ID:MfTBN0bcO

王女「(あっ、落ち……)」

ギュッ…

盗賊「大丈夫かい?」

王女「え、ええ。何とか…」

盗賊「そっか、なら良かった」

騎士団長「ひ、姫様っ!!」ダッ

盗賊「(あ〜あ、脚に鞭巻き付いてんの完全に忘れて走ってるな。今なら簡単に…)」グイッ

ズデンッ! ゴチンッ!

盗賊「お〜、盛大にコケた。鈍い音したけど大丈夫かな? まあ、いいや……」

王女「……あ、あの」

盗賊「あのさ、今夜は月がとっても綺麗なんだ。星も沢山出てる」

王女「?」

盗賊「俺は今から外に出て星を眺めようと思ってるんだけど、良ければ一緒にどうかな?」
41 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/29(月) 02:38:25.75 ID:MfTBN0bcO
また明日
42 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/05/29(月) 03:06:58.47 ID:X515PZofO

盗賊と姫って王道良いよね
43 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/05/29(月) 22:09:46.38 ID:r0gIcZfKO

盗賊「ダメかな?」

王女「(今すぐに頷きたい。此処から連れ出してと叫びたい。でも、わたしが居なくなったら沢山の方に……)」チラッ

盗賊「………」

王女「(同意なんて求めずに連れ出してくれたら…っ、やっぱり、わたしは弱虫で臆病者だ)」

王女「(こんな時になっても他人に身を委ねようとしている。わたしには、何も変えられない)」

王女「(今こそが変わる機会なのに。それなのに……わたしは……)」

ガチャガチャ…

王女「っ、兵が来ます。逃げて下さい」

盗賊「そりゃ無理だ」

王女「ご自分の置かれている状況を理解しているのですか!? 殺されてしまうかもしれないのですよ!?」

盗賊「そんなことは百も承知さ。おそらく牢にぶち込まれることなくその場で殺される」
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