本田未央「Re:サンセットノスタルジー」

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116 : ◆saguDXyqCw :2017/06/18(日) 23:35:31.15 ID:5UUNa7QZ0



「サンセットノスタルジーが出れないなら、私もでません」



 その言葉には耳を疑った。

 柔らかな、でも芯のある強い響き。



 あーちゃんだ。



 なんであーちゃんが。驚きながら横顔を覗き込む。

 そこには確かな決意が浮かんでいた。

 私の視線に、あーちゃんは笑みを返した。

 大丈夫、そう答えるかのように。


「未央ちゃんが出ないなら、私も出ないです」


 プロデューサーはさっきより、明らかに動揺する。


「藍子までなにをいいだすんだよ」

「じゃ、じゃあわたしも出ません!」


 びしりと手をあげたのはみうみう。

 とってつけた感じで、ちょっとおかしかった。


「いや、無理しなくていいからね美羽」


 くみちーも呆れるように頬をひきつらせる。

 それでも、みうみうは言った。言いきった。


「大丈夫だから。私もサンノスでたいもん! 出れるならすぐに!」

「そうですね!」


 元気よく同意したのは茜ちん。


「私も藍子ちゃんや未央ちゃんが出ないなら出てもつまらないですし、失礼ですが辞退させていただきます!」


「美羽……茜まで……」




117 : ◆saguDXyqCw :2017/06/18(日) 23:36:56.67 ID:5UUNa7QZ0

 
 プロデューサーに、私は頭を下げる。


「お願い、プロデューサー。私のわがままなのは分かってる。私のせいでこうなっちゃったのも。でも、やっぱりサンノスで出たいんだ」


 自分のしていることが、どんなことか理解していた。



 プロデューサーを脅しているのだ。

 今まで私たちの為に頑張ってくれたプロデューサーを、自分たちを人質にして。


 軽蔑される手だ。

 怒られたっておかしくない。

 ふざけるなって怒鳴りつけられて、侮蔑の視線を向けられても。

 それでも、私はやりたかった。



「……分かったよ」


 プロデューサーは息をついた。観念したように、ゆっくりと。


「善処はしてみる。だから、その馬鹿げた願いだけはやめてくれよ」


 そう言ったプロデューサーは、怒りはなく。



 少しだけ、微笑んでいた。




118 : ◆saguDXyqCw :2017/06/18(日) 23:39:23.86 ID:5UUNa7QZ0




 仕事が残っていたプロデューサーを除いた四人は、私が回復をするまで待っていてくれていた。

 五人で出た事務所を出た頃には、すっかり辺りは暗くなっていた。


 雨はやんでいた。


 車道を走る車やビルの無機質な輝きのなかを私たちは歩いていく。


「……ゴメンね、みんな」


 私は言った。


「なんか、私の無茶に巻きこんじゃって」


 こんな時に、弱気な発言をするべきで気はない分かっている。

 でも私のわがままに、みんなを巻き添えにしてしまった。よいことではないはずだ。


「未央ちゃん……」


 私の隣を歩いていたあーちゃんが心配そうに呟く。


「なにいってんのよ」


 前を歩いていたくみちーが振り向いた。

 長い髪を揺らしながら、なにを心配しているの? とでもいうように勝気に笑んでいた。


「決めたのは私たちよ? 未央がどうこう言う問題じゃないわ」


「ね?」とみうみうに問うと、みうみうはうんうんと頷いた。


「そーだよ! 無茶ならわたしも負けてないし!」


 慰めか分からない言葉に、私は笑ってしまう。


「その通りです!」


 茜ちんも答えた。


「私はそうしたいからそうしました。チームプレイですよ!」

「そうだよ、未央ちゃん」


 あーちゃんが、優しく私の手をとった。柔らかなぬくもりが包みこむ。


「未央ちゃんが言ったでしょ。私は……」



 そこであーちゃんは小さく首を振った。



「私たちは、いつでも未央ちゃんの味方だよ」







119 : ◆saguDXyqCw :2017/06/18(日) 23:40:47.03 ID:5UUNa7QZ0





 部長を説得する条件として、プロデューサーは条件をつけてきた。

 以前のみうみうのように暴走をしないこと。そして無茶をしないこと。

 他にもいくつか。

 私たちはそれに同意した。

 そしてプロデューサーは、説得を開始してくれた。

 開始してくれたけど、うまくは行っていなかった。いくら日が経っても、いいニュースが耳に入ってくることはなかった。

 一週間後、プロデューサーにどうかと聞いてみたこともあった。

 プロデューサーは肩をすくめただけだった。

 不安の雲が私の心に常に張っていた。

 ニュージェネの二人にも、ちゃんと会って伝えていた。

 二人とも驚いて、悲しそうで、最後に呆れて。


「まったく、仕方がないな。未央だもんね」


 そう、しぶりんは笑っていた。



 くみちーはあれ以降、本当に仕事を減らしていた。

 単発の仕事や継続中の仕事はこなしていても、新しいレギュラーの話は全部断っていた。


「くみちー、本気なの?」


 ある昼下がり。事務所の近くのハンバーガー屋。ポテトを食べているくみちーにあたしは尋ねた。


「当然でしょ」


 くみちーは紙ナプキンで指を拭きながら答えた。


「なんなら、辞表だってプロデューサーに預けてるんだから」

「アイドル辞める時って辞表書くものなの?」

「こういうのは形が大事なの。私の本気度を示さなきゃ」


 効果があるかはともかく、眼に見えるという意味では覚悟が伝わる。のだろうか。




120 : ◆saguDXyqCw :2017/06/18(日) 23:42:55.22 ID:5UUNa7QZ0

 
「ホントにいいの?」

「もう、しつこいわね。未央だって、ライブ出ないの本気なの?」

「うん。もちろん」


 私はきっぱりと言った。本心だった。言ったことを撤回したくないのもそうだし。

 これだけの気持ちがなければ、きっとサンノスが舞台に立つのは難しいと思ったから。


「ほら、でしょ?」


 くみちーは私の言葉に呆れるどころか、満足げな笑みを浮かべた。


「未央が覚悟してるんなら、私が引き下がるわけないじゃない」


 その答えは嬉しかったけど、少しだけ心が痛んだ。


「……私は引き下がったら、くみちーも引き下がる?」

「まさか。そんなカッコ悪いことするわけないでしょ」

「だけどその……」

「なによ」

「……プロデューサーのことはいいの?」


 一瞬、くみちーの顔が陰ったようだったけど。

 穏やかに微笑んだ。


「だからよ。きっとプロデューサーも、そんな私を見たいなんて思わないわ」


「だから」と、くみちーは続けた。


「プロデューサーには頑張ってもらわなきゃね。役得よ? 私の人生を決められるなんて」


 はにかんだくみちーは、少し頬が赤かった。




121 : ◆saguDXyqCw :2017/06/18(日) 23:47:09.48 ID:5UUNa7QZ0


「そもそもなんであんなことを? 事務所辞めるだなんてさ」

「いいのよ。辞めることになったら、ピアノ教室でも始めてみるわ。暫くは今みたいに、お母さんの手伝いだけど、その内に自分だけのをね。そしたら、未央も習いに来てよね」


「そうじゃなくて。なんでそんなことを言ったの」


 ライブにでないというのも重大なことだ。

 それによって、今後のアイドル活動にかなりの影響を与えるのは間違いない。

 でも、それでも細々とはアイドルを続けられる。


 辞めるとなると、そのような問題ではない。


 くみちーは、手にしていたポテトをくるくる杖のように回していた。



「……負けたくなかったの」


 ぶっきらぼうに言った。


「美羽があんなことをやったじゃない。未央だって、倒れるまでレッスン頑張って、その上ライブに出ないって言ってさ。私だけ、サンノスの為になにもできていと思って。悔しかったの」


 気まずそうに、くみちーは視線を逸らす。


「この話、二人だけの秘密だからね」


 そう言って、ポテトを口に放り込んだ。

 そんなわけないのに。
 
 くみちーが居てくれたお陰で、どれだけ私たちは助けられたのか。

 でも、それを言うのはなんだかくみちーの覚悟に水を差す様に思えて。
 
 代わりに、私は微笑んで言った。


「流石、くみちーだね」


 くみちーは、照れくさそうに笑っていた。






122 : ◆saguDXyqCw :2017/06/18(日) 23:48:28.84 ID:5UUNa7QZ0


 いよいよ梅雨を抜け、夏が顔を覗かせようとしているカラッと暑い日だった。

 仕事の資料を貰う為に事務所につくと、奇妙な唸り声が聞こえてきた。


「うー」


 まわり込んでみると、ソファーでみうみうが仰向けになっていた。

 胸には社会の教科書が乗っている。勉強中のようだ。

 テーブルには他にも教科書が乗っていた。


「あ、未央ちゃん」

「誰かと勉強してたの?」

「うん。加奈ちゃんと琴歌ちゃんと。今はお菓子の買いだしに行ってるけど」

「ふーん」


 みうみうは教科書を持ち上げて顔の前で広げたが、すぐに諦めたのか、そのまま顔に教科書を乗せた。


「歴史が私を責めてくる……わたし、織田信長も演じたことあるのに……歴史に負けるー」


 信長ならば、負けるのはある意味正しいのではないだろうか。


「ねえ、未央ちゃん」


 見ると、みうみうは顔から教科書をどかして、天井を見つめていた。教科書を持った手は、ソファーの脇にぶら下がっていた。


「サンセットノスタルジー、どうなるのかな?」

「うーん、どうだろう」


 みうみはぼんやりと宙を見つめている。


「不安なの?」

「うん、不安」


 こっくりと頷いた。


「サンセットノスタルジーが出れないのもそうだし。そしたら、私も出ないだしさー」

「それは気にしなくていいんじゃない。普通に出ればいいと思うよ」

「でも、未央ちゃんは出ないんでしょ?」


 美羽ちゃんは半身を起こして聞いてきた。


「まあ、そうだね……」


 みうみうは、再びソファーに沈んでうつ伏せになる。


「それなら、やっぱり私も出ないよー」




123 : ◆saguDXyqCw :2017/06/18(日) 23:49:54.31 ID:5UUNa7QZ0


「いやいや。強制じゃないんだしさ……本当に無理しなくても」

「うーん。サンノスでも出たいけど、ブエナ・スエルテも初舞台だしさー」

「つっちーと日菜子ちんはなんて?」

「……応援してくれる」


 みうみうは教科書を放りだすと、仰向けになって頭を抱えた。


「応援されるのも嬉しいけど二人とも出たいしー、でもサンノスでも出たいしー!!」


 足をばたつかせるみうみうに、私は笑ってしまった。



「……ライブまで一か月切りそうだし。サンノスの練習全然できてない」


 みうみうは足を止めて、静かに言った。

 中止を命じられてから、早くも一か月以上が経とうとしていた。

 その間、サンセットノスタルジーの練習は行われていなかった。

 プロデューサーから練習を禁じられていた。もし練習していることが部長の耳に入れば、いい顔をしないだろうという。

 下手に刺激をしたくないのだろう。


 自主的に踊りのステップを練習するようにはしていたが、限界があった。

 やろうと思えば数日で仕上げることもできる。でも、万全を期すなら、しっかりと練習をしておきたかった。


(もっと個人で動いた方がいいかも……)


 たとえば外部のレッスンスタジオを借りて、三人で集まって練習するとか。

 もっともトレーナーさんのように客観的にみてくれる人がいなければ、限界はある。

 付焼刃だと分かっていても、やらないよりはいいと思えた。






 その数日後だった。




124 : ◆saguDXyqCw :2017/06/18(日) 23:51:00.64 ID:5UUNa7QZ0


 ニュージェネでのレッスンの日だった。

 着替えを終えて、私は更衣室を後にした。そんなときにみうみうと鉢合わせた。


「あ、未央ちゃん」

「おっつかれー。みうみうもレッスン?」

「そう、ブエナ・スエルテで。未央ちゃんも?」

「ニュージェネでね」


 私は軽く会話をこなしてから、レッスンルームに向かった。

 レッスンルームには既にしぶりんとしまむーがいた。でも様子が妙だ。

 ストレッチなどをするでもなく、体育座りでのんびりと会話を交わしていた。


「あ、未央ちゃん。お疲れさまです!」


 しまむーが元気よく手を振ってくる。


「お疲れ、しまむー、しぶりん……で、ストレッチとかはしないの?」

「それが、ちょっとね」


 しぶりんとしまむーが目くばせをした。どうかしたのか。

 首をひねっているとレッスンルームに新しい人物が現れた。


 くみちーだ。



「どうしたの、くみちー。私になにか用事?」

「いや。今日のレッスンはここって言われてたんだけど……」


 訝しがりながら、くみちーは私達を見比べていた。

 ますます妙な状況だ。

 レッスンルームを、ブッキングでもしたのだろうか。


「あれ?」


 さらに姿を現したのは、先ほどすれ違ったみうみうだった。

 つっちーと日菜子ちんも一緒。


 みうみうは私とくみちー同様に困惑してた。




125 : ◆saguDXyqCw :2017/06/18(日) 23:52:49.16 ID:5UUNa7QZ0


 そんな私たちを尻目に、つっちーが言った。


「あっれー、おっかしいなー。なんでニュージェネと久美子さんがいるん?」


 つっちーはきょろきょろと室内を見渡していた。気のせいか、凄くわざとらしい。

 しぶりんが苦笑する。


「亜子、その下手な芝居はなに?」

「芝居ちゃうって。ホントにびっくりしてるん」

「うわー、本当に偶然ですねー」

「卯月も棒読みだよ」

「うっ……」


 きょとんとしている私達に、日菜子ちんが近づいて着てきた。


「むふふー。たまには白馬の王子様になるのも、悪くありませんよねー」

「どういうこと?」


 首をかしげたみうみう。私はなんとなく理由を察した。


「まさか。私たちの為に、こんな一芝居を?」


 しぶりんは肩をすくめた。


「サンノスの練習、少しぐらいやっておいた方がいいでしょ?」


 ということは、りぶりん達が自らやってくれたということか。

 私たちの現状をしぶりんたちも知っていた。変な隠しごとはしないと決めていたから。

 でも、まさかこんなこともまでやってくれるとは。


「しぶりん……しまむー……」

「嬉しいけど、どうやって?」


 くみちーが言った。


「誰にも秘密でレッスンルームを抑えるなんてできないでしょう」


 それもそうだ。レッスンルームは会社の所有物。

 それをアイドルが勝手に抑えることはできない。協力者が必要だ。

 プロデューサーではないと言っていたし、まさかちひろさんだろうか。


「それは――」



 しぶりんが答えようとしたとき、新たな人物が室内に現れた。


「おや、これは一体なんなんだ?」


 トレーナーさんだ。




126 : ◆saguDXyqCw :2017/06/18(日) 23:55:23.58 ID:5UUNa7QZ0


 トレーナーさんは眉間にしわを寄せて、怪訝そうに室内を見渡してた。


「みんなでトレーナールームを使って遊んでいるのか?」

「えっと、それは……」


 あたふたした美羽の言葉を、つっちーが遮った。


「それがですねー、トレーナーさーん。どうもなにかの手違いで、部屋が一緒になってしまったんですよー」


 そんな言い訳、通用しないだろう。

 そう思ったけど。


「それは困ったな。他のレッスンルームも空いていないし……休みにするしかないか」


 トレーナーさんはそう言うと、端にあった椅子に腰かけた。腕を組むと目をつぶった。


「……えっと、トレーナーさん?」


 私の言葉に、トレーナーさんは片目を開けた。


「どうしたんだ。私はここで休んでるだけだ。ただ、もし自主練でもするなら、アドバイスは言うつもりだがな」


 私はくみちーとみうみうと顔を合わせた。なるほど、協力者はトレーナーさんか。

 驚きは段々と感謝の念に変っていく。


「うー……ありがとー!!」


 みうみうがつっちーと日菜子ちんに飛びかかると、二人を抱きしめる。


「ちょっともー。大袈裟―!!」

「むふふ……二人同時なんて……美羽ちゃんは我がままで大胆ですね」

「凛ちゃんと卯月ちゃんも、ありがとう」


 くみちーが言うと、しまむーがあたふたと両手を振った。


「いえいえ、そんな」

「そうだよ」


 そう言ったしぶりんが、私の視線に気づいた。

 しぶりんはウィンクをして見せてから、照れくさそうに苦笑した。




127 : ◆saguDXyqCw :2017/06/18(日) 23:57:08.76 ID:5UUNa7QZ0


 自分でやった癖に。私は笑ってしまう。



「トレーナーさんも、ありがとうございます」



 私はトレーナーさんに言った。



「別に、礼を言われる理由はない。ブッキングしたのは私の手違いなのだから」


 憮然としていたトレーナーさんだったけど、表情が陰った。


「すまない。私にしてやれるのは、これ位だ」


 やはり気にしていたのだ。サンノスのことを。

 だから私は、もう一度伝えた。


「本当に、ありがとうございます」




 ライブまで、三週間を切っていた。







128 : ◆saguDXyqCw :2017/06/18(日) 23:59:16.86 ID:5UUNa7QZ0


 うだるような暑い日だった。

 今年最高の暑さだったという。


 もう夕方だというのに、暑さは引くどころか増しているようにさえ感じられた。

 じめじめと肌に張り付く暑さに、辟易した。

 今日はくみちーの家に泊まりに行くことになっていた。

 私の隣を、みうみうが歩いていた。


 みうみうが提案者だった。


 サンノスの三人でどこかに遊びに行かないかと、ある日みうみうは言った。

 するととくみちーが家に誘ったのだ。

 仕事の都合などで、三人の予定はうまく合わない。

 会えるとしても夕方か午前中と中途半端。

 なんやかんやで、泊まりで遊ぶことになった。

 途中でスーパーに寄って、お菓子やジュースを買い込んだ。それからレンタルショップでいくつかのDVDも。

 くみちーの家に着いて、チャイムを押した。


「やっほー、くみちー」

「こんばんはー」


 少しして、ドアの鍵があくと、小さく扉が開いた。


「ほら、入って」


 くみちーはドアの陰に隠れるように手招きした。

 姿をみせないことに疑問を覚えながら、私たちは家に入った。

 すぐに理由を理解した。

 くみちーは無地のスウェットを上下に着ていた。

 前に来たときは部屋着でも、もっとお洒落なものを着ていたのに。

 よく見れば、化粧も最低限だ。


「くみちーもそんな恰好するんだ」

「キレイにはオフの日も必要なの。誰かにいったら怒るからね」


 その飾らなさが、返ってくみちーのキレイさを際立てていたけど。

 事情の飲めないみうみうが、首を傾げていた。




129 : ◆saguDXyqCw :2017/06/19(月) 00:01:46.79 ID:0mGdZrJv0


 今日もくみちーが料理を作ってくれるらしい。キッチンからはいい匂いが漂ってきていた。


「久美子さん、家の人は?」


 みうみうが訪ねた。


「今日は二人で出かけてるの」

「また?」

「そう。今日は気を使ってくれたみたいね」


 料理はハンバーグだった。美味しいのだけど、バリエーションは増えていないらしい。

 やっとコーンスープにした意味があったと、くみちーは喜んでいた。

 それぞれお風呂に入ってから居間で映画を見ることにした。いくつか借りてきた中から、SFアクションを選んだ。

 こう言ってはなんだが、想像よりも楽しめた。

 単なる派手なアクションだと思ってたけど、コメディチックで、でもちょっとホロッと泣かされる映画だった。

 そのあと、最近あったことなんかを話したりした。

 その中でピアノの話題が出て、みうみうが聴いてみたいといいだした。

 くみちーは了承した。



「この時間に弾いても大丈夫なの?」

「平気よ。うちは防音をちゃんとしてるから」


 教室も兼ねているピアノ部屋に移動する。


 明かりはスタンドランプだけ。温暖色の輝きが、室内を照らし出す。

 最初に弾いたのは、この前と同じお願いシンデレラ。

 同じ曲のはずなのに、弾き方をかえているのか、雰囲気のせいか。前より穏やかに胸の内に響いた。

 その後も何曲か弾いてくれた。しまむーやしぶりん、かれんの曲。

 私たちは壁際の椅子に坐りながら、その音に聞き惚れていた。


 その内に、みうみうの頭がこくりこくりと船をこぎ出した。

 みうみうは朝から番組収録があったから、疲れてるのだろう。



「もう、寝よっか」

 くみちーが言った。




130 : ◆saguDXyqCw :2017/06/19(月) 00:03:38.62 ID:0mGdZrJv0


 歯を磨いてから、くみちーの部屋に向かった。

 ベッドは私とみうみう、床に引いた布団にはくみちー。

 並びはみうみうを真ん中に、段差のある川の字になっていた。

 電気を消して少ししすると、隣から可愛い寝息が聞こえてきた。



「もう寝たのね」
 みうみうを起こさないように、小声でくみちーが言った。

 くみちーは体を起こすと、ベッドに頬杖を掻いてみうみうの顔を覗き込んでいた。


「気持ちよさそうに寝ちゃって」


 くみちーがつんつんと頬をつつく。「うにゅう」なんて変な声をみうみうが上げて、私は笑ってしまった。


「疲れてるなら無理して遊ばなくていいのに。ライブも近いんだしさ」

「……だからじゃないかな」


 くみちーが静かに呟く。


「だから、今のうちに遊びたかったんだよ」


 私たちは無言になった。くみちーは目を細めながらみうみうの額を優しく撫でた。


「ねえ、未央」


 くみちーが言った。


「また三人で遊ぼうね。どんな結果になってもさ」

「……うん、もちろんだよ」


 薄闇の中、くみちーと私は微笑みあった。


「じゃあ、お休み」


 くみちーは布団に戻り、私も眠ろうと努力した。


 でも、眠れそうになかった。きっとくみちーも。



 二人の間で眠るみうみうの寝息が、穏やかに部屋に響いていた。






131 : ◆saguDXyqCw :2017/06/19(月) 00:06:12.38 ID:0mGdZrJv0





 ライブが来週に迫っていた。

 主演アーティストはもちろん、一部のコラボについても発表がなされていた。

 その中に、サンセットノスタルジーの名前はなかった。

 ネットで検索してみたりしても、サンノスのことを気にかけている記事はポツポツとあるだけだった。

 私たちのタイムリミットは明後日だった。

 私たちが出なければ色々な予定の調整も必要だ。それを考えてのことだった。

 他の子を巻き込むのも、やっぱりよくない。

 あーちゃんはきっと抵抗するけど、私が説得すれば最後は折れてくれるはずだ。茜ちんもそう。

 みうみうだって。

 やっぱり、どこかで巻き込んでしまったという思いがあった。

 そんな訳ないと分かっていても。くみちーとそのことを話したことがあった。

 くみちーも同じ意見だった。たとえ私達が出ないとしても、みうみうだけはちゃんと出演させよう。

 できればくみちーにも出てほしかったけど、くみちーの意思は固かった。


 学校帰り、ポジパのレッスンのある日。少し早くついた私は、自販機で買ったジュースを飲みながら休憩所で休んでいた。

 窓からは太陽の鮮烈な光が差し込み、強い陰影を作り出していた。

 私はふと、壁に貼ってあったライブのポスターに目を向けた。

 ポスターまで近づき、並んでいる名前に目を通す。

 自分の名前を見つけると、それを静かに指でなぞった。

 その指は、次にみうみう、そしてくみちーの名前に触れる。

 もし、サンノスが間に合わなければ、このポスターは嘘のポスターになる。

 きっとくみちーは本当に出ない。私も出ない。いろんな人に迷惑がかかるだろう。

 考えるだけでゾッとする。



 このポスターを剥がしたい衝動に駆られた。



 強引に引きはがし、画鋲が地面に転がって、私はポスターを両手にもち、クシャクシャに――

 私は首を振った。

 例え想像でも、そんなことはできなかった。




132 : ◆saguDXyqCw :2017/06/19(月) 00:08:04.51 ID:0mGdZrJv0


 人の気配に私は顔を向けた。

 見覚えのない中年の男性がこちらにやってきていた。

 身にまとったスーツは立派で、堂々としていた。

 首からは社員証をぶら下げていた。

 私と視線が合うと、気軽な作り笑いを浮かべて小さく手をあげた。

 私は会釈を返した。彼は自販機の前に立つ。飲み物を買いに来たらしい。


「昔はね」


 なにを買うか決めかねていた様子の彼は、唐突に言った。


「ここにタバコの自販機があった。五、六年前さ。信じられないだろうがね。それが分煙だ禁煙だで、なくなってたんだよ。以来めっきり、こっちには来なくなった」


 彼はポケットから取り出した小銭を自販機の中に入れた。


「まあ、それでよかったのかも。今の時代、シンデレラに煙草の臭いは似合わない」


 彼は首を傾け、私の方を覗き込む。なにを見ているか気になったようだ。


「ライブはまさに、シンデレラの舞踏会といったところか」

「そう、ですね」

「舞踏会に出るんだから、気をつけなきゃいけないことは色々ある。たとえばたたずまい。胸を張って背筋を伸ばして」


 自分の言葉に合わせながら、彼は姿勢を正した。私も自然と姿勢を正す。


「衣装も大事なのはもちろんだが、装飾も気をつけなきゃ。これがやっかいだ。高い宝石をこれみよがしに着ければいいわけじゃない。全体のバランスを考えなきゃね。じゃないと宝石と付けている人間、どっちが装飾品か分からなくなる」


「だろ?」彼は横目に同意を求める笑みを浮かべる。


 私が頷くと、彼も満足そうに自販機に向き直った。

 自販機の明かりが横顔を照らす。目の下のくまが目立ち、顔の皺も深い。




133 : ◆saguDXyqCw :2017/06/19(月) 00:11:48.04 ID:0mGdZrJv0


「だが、装飾は装飾だ。あくまでその人を輝かせるための。その装飾品に拘って、舞踏会を欠席するなんてありえるかな? 
 彼女達はもう、立派な装飾品を持ってる。彼女達に似合った、ぴったしの。なのに彼女達はまだ装飾品を付けたいと言う。
 それも、今の彼女たちには似合わない古ぼけた装飾品だ。
 その装飾品一つで、彼女たちのバランスががらんと崩れるかもしれないんだぞ? 俺に言わせればそりゃあ」


 彼は小さく両手を広げた。


「怖い話だ。奇麗で、それこそ王子様のダンスパートナーになれるような子たちなのに、ちっぽけな装飾品に拘る。その装飾品をつけなきゃ。舞踏会に出ないという。
 それはわがままだよ。
 



 誰もがシンデレラさ。でも、ガラスの靴には限りがある」




 彼の瞳が私を捉えた。




「分かるだろ? 履けなかった子もいる」


 口元は微笑しているようだったが、眼は笑っていない。

 もしかしたら、口も笑っているつもりはないのかしれない。

 笑みが張りついたまま剥がれなくなっただけなのかもしれない。

 嬉しい時も楽しい時も怒っている時も悲しい時も辛い時も。

 別れを言わなければならないときも。

 笑顔でいるように努力をして。

 いつしかそれに疲れて、こちらに来るのをやめたのかもしれない。


「たった一つのちっぽけな装飾品の為に、ガラスの靴を投げ捨てようとする。その意図はなんだと思う?」
 沈黙が降り注いだ。

 彼は笑顔を張りつかせた顔で私を見ている。

 私は眼を伏せた。自販機の唸りだけが空気を揺らした。

 
 顔をあげて、ゆっくりと口を開いた




134 : ◆saguDXyqCw :2017/06/19(月) 00:13:13.31 ID:0mGdZrJv0


「……きっと、大事な思い出なんです。周りからは古ぼけて見えても……見えてるからこそ、本当の輝きを見せてみたいと思うんです」

「他の装飾品は、大事じゃないっていうのか?」

「大事なものって、一つしか持っちゃ駄目なんですか?」


 問い返した私を、彼はじっと見つめていた。


「それに」と、私は微笑んだ。



「たぶん、意地っ張りなんですよ。シンデレラって」



「……なるほどね」


 彼はボタンを押すと、自販機が音を鳴らす。

 とり出したコーヒーを手に、元来た道を戻っていった。


 その途中、彼は振り返った。




「俺にはやっぱり、理解出来ないよ。思い出は思い出じゃないか?」



 彼は私の言葉を待つ訳でもなく、歩いていった。












 その夜。



 サンノスの参加を知らせるメッセージが、私のスマホに届いていた。








135 : ◆saguDXyqCw :2017/06/19(月) 00:23:38.98 ID:0mGdZrJv0





 晴れた日だった。

 駅から降り立った私達は、長いエスカレーターに乗って駅を出た。

 行きかう人混みを抜けて駅を出ると、右手に観覧車を望むことができた。

 生ぬるい風に乗って、潮の匂いが鼻をくすぐった。


「いい天気だね、未央ちゃん」


 風に飛ばされぬよう、帽子を手で押さえていたあーちゃんが小さな顎を傾け、空を見つめていた。

 青一色の空に、燦々と輝く太陽に目を細める。


「うん、そうだね」


 それから視線を、私達の正面にある大きな建物に目を向けた。

 そこは首都圏でも有数の多目的大型ホールだった。

 ライブは明日。

 今日は前日リハーサルの日だった。

 私はあーちゃんと一緒に電車でやってきた。

 広々としたホールの前は、すでに準備でごったになっていた。何百人ものアイドルを支える、何千人もの人々。

 機材を運び込む彼らの脇を抜けてホールに入る。控室に向かう。

 予定の時間よりまだ早かったが、かなりの数のアイドル達が中にはいた。

 控室はあーちゃんや茜ちんとは同じだけど、しぶりんやしまむーとは別だった。

 見たところ茜ちんの姿はない。まだ来てないのか、別の部屋に遊びに行っているのか。

 過ごし方は様々だ。念入りに鏡の前でチェックする人もいれば、リラックスしたように話してる子たち。

 緊張した面持ちで当日台本とにらめっこしている子。

 そしてマイペースな人も。




136 : ◆saguDXyqCw :2017/06/19(月) 00:24:52.36 ID:0mGdZrJv0


「あ、未央ちゃん! おっはよー」


 マイペースの代表ともいえる行動をしていたゆっきーが、キャッチボールを中断して私に手をあげた。


「おはよう、ゆっきー」

「さっき、美羽ちゃんが探してたよ」

「みうみうが?」

「舞台を見に行くって」


 私は一人、荷物を置いて舞台の方へ向かう。

 舞台上、セットに勤しむスタッフ達の合間でみうみうが誰かと話していた。

 相手はくみちーのようだ。

 みうみうが私に気付く。くみちーも振り向いて手を振った。


「おはよっ、未央」

「未央ちゃん! おっはよー!」

「みうみう、私を探してるって聞いたけど」

「探してるというか。練習が始まる前に、三人で舞台、見たいと思ってさ」


 なら、ちょうど目的は叶ったわけだ。




137 : ◆saguDXyqCw :2017/06/19(月) 00:26:22.27 ID:0mGdZrJv0


 私は客席に目を向ける。何千も並んでいる客席に。


 翌日には、ここがお客さんでいっぱいになるだろう。それを考えると自然と身が引き締まった。

 ゾワゾワするような高翌揚感。

 想像する。客席のお客さんのうねり、地響きのように響き続ける声援で盛り上がり、それが爆発する瞬間。


 それを、この三人で感じられる。そんな日が来るなんて。

 横を向くと、くみちーと目が合った。

 ほぼ同じ瞬間に、互いに向きあったことに驚いた。

 くみちーが不敵に笑む。


「やっと、ここまでこれたね」

「うん、そうだね」


 同意を求めようと、くみちーの奥に立っているみうみうに目を向ける。



 はっとなった。



 客席を見つめているみうみうの横顔。。


 その頬には、一筋の涙が伝っていた。




「どうしたの、美羽?」


 くみちーも驚きの声を上げる。我に返ったみうみうは、私達に首をかしげた。


「どうしたって――」


 そこで、自分の頬に流れる涙に気付いたようだ。


「うえ?」


 みうみうは驚きながらで涙を手の甲で拭う。


「えへへ……あれ?」


 笑いながら、でも止まる様子もなく。それどころか次々と零れおちていった。

 その内堪え切れなくなって、みうみうは両手で顔を覆った。


「ちょっと、みうみう?」




「……嬉しい」






138 : ◆saguDXyqCw :2017/06/19(月) 00:27:43.16 ID:0mGdZrJv0


 息をつまらせゆっくりと手を退けて。

 ぽろぽろと涙を流しながら、満面の笑顔を浮かべていた。


「やっと、三人で舞台に立てるって思うと、私……嬉しいよ」



「もう、なに泣いて――」


 くみちーは言葉を止めて、自分の眼がしらに細い指を持っていった。


「ちょっと……やめてよね……こっちまで……ああ、化粧が」


 泣いてる所を見られたくないのか、くみちーはそっぽを向いたが、手で何度も拭う仕草をしていた。


「もう……リハーサルもまだなのに、泣かないでよ二人とも」

「そういう未央だって」

「……まあ、ね」


 くみちーに指摘されなくても分かっている。

 私も泣いていた。

 くみちーも泣いていた。

 みうみうも泣いていた。



 三人で泣いていた。



「久美子さーん……未央ちゃーん」


 みうみうが私たちの肩に手を置くとギュッと身を寄せる。

 近づいた顔は、涙でボロボロだった。


「二人とも酷い顔」

「うるさいわね。未央だってそうじゃない」


 おかしくなって、笑ってしまって。

 それでもやっぱり涙は止まらなくて。



 しばらくの間、私たちはこの瞬間をかみしめていていた。







139 : ◆saguDXyqCw :2017/06/19(月) 00:30:10.44 ID:0mGdZrJv0






 全力でやりきった舞台の余韻に、静かに浸る暇もなかった。

 次に出てくるユニットを紹介した後、私達は袖に捌ける。


「おつかれ、二人とも!」


 薄暗い舞台袖。地響きのように会場を揺らすイントロと歓声を背後に、私達は円になるように小さく肩を抱き合った。


「お疲れさま、未央ちゃん。茜ちゃんも……!」


 穏やかに、でも感情をあふれさせながらあーちゃんが微笑んだ。


 ポジティブパッションの舞台の後だった。


「お疲れさまです……!」


 この時ばかりは、茜ちんも感極まった堪えるような声をあげた。

 ぎゅっと肩を組む力を強めて、ちょっと痛いほど。私も答えるように抱きしめ返す。

 
 傍にあった温もりが、すっと離れた。


 名残惜しくてその方を見ると、あーちゃんが淡く笑んでいた。


「ほら、未央ちゃん。早く次の舞台の準備にいなきゃ」


 あーちゃんの言うとおり。

 この後には、次の舞台が待っていた。

 
 出られるだけで十分なのに、文句まで言うのは贅沢だ。


 それでも、もう少し間をあけてほしかった。


 この二人との時間を、もっと浸っていたかったから。




140 : ◆saguDXyqCw :2017/06/19(月) 00:34:36.83 ID:0mGdZrJv0


 どこまでも、自分はわがままだ。我ながら少し呆れてしまう。


「頑張ってくださいね! 私も応援してます、ボンバーですよ!」


 茜ちんは両手でぎゅっと握りこぶしを作った。


「ありがとう、茜ちん」


 それから、改めてあーちゃんに頷いた。


「いってくるよ」


 あーちゃんも頷き返す。その顔に、僅かな寂しさが浮かんだように見えた。

 私は足早に控室に戻っていく。すぐに着替えを済まさなければ。




「未央ちゃん!」


 叫んだあーちゃんに、私は振り返った。

 あーちゃんは、精一杯に大きく腕を突き出して。



「ふぁい、ふぁい、ふぁい、ふぁい、ふぁい、ふぁい!!」


 大声で、私を後押ししてくれた。


 回りのスタッフや横の茜ちんの視線に気づいたのか、あーちゃんの顔が真っ赤になった。



 それはズルイよ。


 私もなんだか顔が赤くなって、それから笑顔が顔に広がって。


 拳を大きく上げて返した。







141 : ◆saguDXyqCw :2017/06/19(月) 00:35:33.00 ID:0mGdZrJv0







 着替えを終えると、靴を履き替える。


 ガラスの靴から、別のガラスの靴へ。


 新しいガラスの靴は、黒いブーツで。





 あしらわれていた三つの星を、私は指でゆっくりなぞった。







142 : ◆saguDXyqCw :2017/06/19(月) 00:37:40.57 ID:0mGdZrJv0





 登場するための舞台裏へ向かう。

 すでに、くみちーとみうみうが立っていた。

 それぞれに造詣の違う、白と星を基調に彩られた衣装だった。

 くみちーが私を見取ると、両手を腰に当てた。


「遅いわよ、未央」

「これでも全速力で来たんだからね」

「ポジパの舞台、よかったよー!」


 控え室のモニターで見ていたのだろう、みうみうが駆け寄って私の両手を包むように握った。


「へへ、ありがと」

「あれだけ全力で、体力はちゃんと残ってるでしょうね」


 からかうようにくみちーが言った。


「あったりまえでしょ? この本田未央。体力には自信があるからね」

「倒れたのはどこの誰よ」

「それには目をつぶって欲しいというか……」

「もう、ホント頑張り過ぎは駄目だよー。いや、でも今は頑張ってほしいけど……うう」


 自分で言いながら混乱したみうみうは頭を抱えた。

 全く、なにをやってるのか。気が抜けるようで笑ってしまって。




「そろそろです!」


 スタッフさんの声に、緊張が走った。




143 : ◆saguDXyqCw :2017/06/19(月) 00:39:32.23 ID:0mGdZrJv0


 いや、最初から緊張しっぱなしだ。

 みんなそれを誤魔化していただけだ。舞台の前はいつもそう。

 だってあんなに大きな舞台だ。緊張をしない方がどうかしてる。

 私もだった。
 
 少し前まで同じ舞台にあがっていたはずなのに、その熱はもう引いていた。


 それでも時間はやってくる。これまでの沢山の経験と沢山のレッスンの全てをぶつける瞬間が。

 この瞬間の為に、私たちはやってきた。ここ数カ月の出来事が頭を巡る。



 夕焼けを見つめたあの瞬間から生まれた小さな願いが、ここまで私たちを連れてきた。


 ここは、私がなにかを言わなきゃ。二人の緊張をほぐすなにかを。



 二人を引っ張るなにかを。


「あの――」

「二人とも、リラックスだからね!」




 なんて声をあげたのは、みうみうだった。

 そんなことを言っておいて、顔にはこれでもかというくらいに緊張が浮かんでいた。

 思わず笑ってしまう。


「ちょっと未央ちゃん笑わないでよ?!」

「ゴメンゴメン」

「でもだってさ。美羽、すっごい顔引きつってるよ」


 くみちーも、笑いをこらえ切れていなかった。


「そ、そんなこともないもん。ちょっと聞いてよ」


 おほん、と大きく咳払い。


「こう言う時はね、リラックスする手段があるんだよ」


 なんて、なんだか自慢げに言った。




144 : ◆saguDXyqCw :2017/06/19(月) 00:42:25.05 ID:0mGdZrJv0



 みうみうが言ったことを、私たちは実行することにした。



 みうみうが呼吸を合わせる。


「せーの」


 三人で顔を合わせるように立って、両手を頭の上に持って行って。



「みうさぎぴょーんぴょーん!」
「みおうさぎぴょーんぴょーん!」
「くみこうさぎぴょーんぴょーん!」


 声を合せて体を跳ねた。






 少しの間の後、くみちーが噴き出した。


「もう、これなに?」

「舞台前にやるようにしてるの。緊張を解くためにさ」

「緊張しないっていうか……気が抜けるっていうか」

「リラックスしてるってことだよー!」



 しばらく笑いあっていたけど、それは波のようにゆっくりと引いていき。


 私たちは、頷き合った。






「いい」


 くみちーが口を開く。


「お客さんの思い出も視線も、全部私達で独占するわよ」

「分かった、久美子さん!」


「了解だよ」


 私たちはマイクを手にとって。せりにスタンバイする。

 前の演者の曲が終わった。歓声が上がる。呼吸を整える。


 イントロが始まった。





 サンノスの為の、ミツボシのイントロが。







145 : ◆saguDXyqCw :2017/06/19(月) 00:45:20.13 ID:0mGdZrJv0





 このアレンジでは、いつもよりもイントロは長くなっていた。

 合わせて、ゆっくりとせりが上がっていく、胸の高鳴りも強まっていく。

 オレンジ色のスポットライトが、スモークが巻かれる舞台に照らしている。

 お客さん達が、目の前に現れる。息を大きく吸い込み。



「―――!」


 歌い出す。三人で揃えて、最初の声を。

 血の気が引く。



 みうみうの声が聞こえない!




 マイクの調子が悪いのか、ミスなのか。

 またすぐにイントロに入る。

 スポットライトは夕焼け色から夜空の青に変化する。

 心臓がバクバク跳ねあがりながら、踊りに集中する。

 ターンもステップも、少しぎこちなくなってしまってないか。

 お客さんは気付いていないのか。歓声を上げ、無限とも思えるペンライトの煌きが私たちを包みこんでいる。


 そんな非現実な光景も、マイクのミスが浸らせるの阻害する。


 波に乗り切れない。

 恐怖を拭え。集中するんだ。


 Aメロの歌い出しは私。マイクを手に、少しだけ体を前に出して。



 次に歌うのがみうみうだった。


 くみちーと私は目くばせをした。


 みうみうのマイクに、くみちーも気付いている。

 仮にマイクの調子が悪いままならば、アドリブで乗り切らなければ。




146 : ◆saguDXyqCw :2017/06/19(月) 00:51:05.18 ID:0mGdZrJv0


 杞憂だった。

 誰よりも不安だったはずのみうみうは、そんな不安なんか存在しないとでもいうように力強く、声を響かせた。



 負けてられないとばかり、透き通るようなくみちーの声が響いて。

 そして三人で揃えて。



 大きく息を吸い込んで、サビに入った瞬間。



 ライトが瞬いた。

 星を現した白い輝きをが駆け巡り、バックスクリーンに星が瞬く。

 手が大きく動く。緊張がゆっくりと解き放たれていく。体が動く。

 足も腕も指先も喉も肺も唇も舌も全部が動く。


 自由になる。意識が遠のきそうなくらいの興奮が体中を駆け巡る。

 まだまだ行ける。まだまだ走れる。
 

 間奏。

 踊りながらお客さんの顔が見えるよな気がする。みんな笑っている。

 私たちは目を合わせた。

 二人とも満足していて、でも分かってた。

 こんなもので喜ばないで。

 もっと凄いのが来るよ。だから。


「いっくよー!!」


 間奏の終わる直前に私は叫んだ。


 神経の瞬きは流星群みたいに頭の中を駆け巡っていく。

 私の指が震えているのが見える。

 怖いからじゃない。我慢している。

 次の瞬間の為に。


 そして、弾け出す。


 
 遠慮なんかしないで!




147 : ◆saguDXyqCw :2017/06/19(月) 00:52:47.11 ID:0mGdZrJv0




 全身を大きく動かす!

 
 私たちの動きにお客さん達のペンライトが合わせて揺れる! 



 星の海を作り出す!






 その海に、私たちの声が響く!






 リズムよく鳴り響く曲に合わせて、でも支配されずに支配して。



 髪の毛一本までもが、笑っちゃうほど思うがままに動いていた。


 伴奏も、舞台を照らすスポットライトの輝きも、なにもかもが高まっていく。


 色んな人達の顔が浮かんだ。私に、私たちに勇気をくれた人たちの顔。


 そして隣で歌う、みうみうとくみちーの顔を。


 歌いあげ。



 それは急速にすぼまった。



 スポットライトは、私たちだけを照らし。

 お客さんも、波が引く様に静まり返り。

 心臓がマグマのようにゆっくりと、熱く波打つ。

 それが嫌というほど耳に響いた。

 息を吸い込み。






 永遠と思えた静寂を打ち破る。






148 : ◆saguDXyqCw :2017/06/19(月) 00:55:09.17 ID:0mGdZrJv0


 想いを込めて。



 このミツボシ。



 私が最初に、そして最後に出会った。



 三つ目のミツボシへの想いを。


 夢じゃない、この三人で舞台に立てていることを。


 ここにいるって叫ぶ為に。

 ライトも、歌も、ファンのみんなも。


 全てが最高潮へ向かう。



 スポットライトは朝焼けを示す真っ白な輝きに変わる。


 汗が小さな星のように舞う。


 そのむこうで何万倍ものペンライトの星が浮かぶ。

 お客さんの歓声も私たちの歌声も全てが合わさって、どこまでも上って。



 翔ける、翔ける。翔けていく。




 キラリと輝くその場所を目指して。






 私たちは手を伸ばした。

 空に瞬く、星達を求めるように。





 私たちだけが掴める、あの輝きへ。








149 : ◆saguDXyqCw :2017/06/19(月) 00:57:21.53 ID:0mGdZrJv0








 手の中に感じた輝きはふっと消えて。


 歓声が、私たちを包みこんだ。







150 : ◆saguDXyqCw :2017/06/19(月) 01:00:20.00 ID:0mGdZrJv0





 そうして、私たちサンセットノスタルジーの初めての大舞台は終わった。

 ライブの後、サンノスだけで集まることはなかった。

 打ち上げをしようと約束をしていたけど、予定が中々合わなかったのだ。

 みうみうやくみちー、それぞれと会えそうなタイミングはあった。

 でも、どうせ集まるならな三人そろって。そう思っているうちに、機会を逃していた。

 打ち上げの方も、このままではなあなあで終わりそうだ。

 寂しいのだけれど、悪いことでもない。

 予定が合わないということは、みんな忙しくしているということだから。

 特にみうみうだ。

 みうみうはブエナ・スエルテでの活動がより活発になっていた。

 ライブでも三人の舞台は、大きな声援を受けていた。



 くみちーの方は仕事を絞っていた影響で、仕事数がちょっと減っていたけど。


「なあに、久美子ならすぐに取り戻せるさ」


 プロデューサーも特に気合いを入れて取り組んでいたから、言ったとおりになりそうだ。

 空いた時間で、くみちーは家のピアノ教室の手伝いをしていると言っていた。



 私の方は、まあいつもどおりだ。


 ニュージェネレーションやら、ポジティブパッションやら、である。

 今度、ポジティブパッションでミニライブが決まった。




151 : ◆saguDXyqCw :2017/06/19(月) 01:02:29.95 ID:0mGdZrJv0


 その衣装合わせのために、私はあーちゃんと茜ちんの三人で衣装室にやってきた。


 部屋の中に入って、少し驚いた。

 衣装室なのだから衣装が所狭しと置いてあるが、今日は特にごちゃごちゃしていた。


「ゴメンなさいね。今は整理中なの。この前、ライブもあったしさ」


 呆気に取られている私たちに、トーレーナーさんの一人が言った。

 私を測って、あーちゃんを測って、最後に茜ちん。

 手持無沙汰になった私は、整理中の衣装に目を向けた。

 新しい衣装や、どこかで見た懐かしい衣装。色とりどりの衣装が並んでいるのは、今さらながら圧巻だ。

 この前着た衣装もあるのだろうか。


「あっ……」


 衣装の合間を歩いていると、奥にあった見覚えのある衣装に気がついた。



 サンセットノスタルジーの最初の衣装だ。



 三つ揃いの衣装は、並んでハンガーにかかっていた。




 ダンボールの中ではなかったようだ。


152 : ◆saguDXyqCw :2017/06/19(月) 01:07:27.55 ID:0mGdZrJv0


 ハンガーラックから自分の衣装を取り出して、抱きかかえるように両手で広げた。

 思えば、サンセットノスタルジーで集まれたけど、この衣装は着ずじまいだった。


 まあいいか。またの機会に着ればいい。


「未央ちゃん?」


 並んだ服の向こうから、あーちゃんが声をかけてきた。


「どうかしたの」

「うんうん、なんでもない」


 私は衣装を元の位置に戻してあーちゃんの元へ行こうとした。

 でも、と振り返る。

 やはり、少し入れ方が雑だった。これではしわになるかもしれない。

 しっかり整えて、ハンガーラックにかけ直す。


「おしっ」


 綺麗に戻すことができた。

 改めて、三つ並んだ衣装に目を向ける。

 次に会えるのはいつだろうか。

 いつかはわからないけど、またきっと出会えるはずだ。

 そう信じている。

 信じる為に、手を伸ばし続けようと思う。
 
 ちょっと不器用で。

 キレイでも、カッコよくもなくても、必死にもがいて。

 それが、私達らしい。




 私は少し微笑んで。


 軽い足取りで踵を返した。
 






――本田未央「Re:サンセットノスタルジー」《終》――
153 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/06/19(月) 01:10:18.04 ID:/xVdiECpO
乙!ありがとう!
154 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/19(月) 01:12:50.26 ID:qBFcWBPjo
素晴らしすぎる…本当に乙でした
155 : ◆saguDXyqCw :2017/06/19(月) 01:18:22.89 ID:0mGdZrJv0
 終わりです
 サンセットノスタルジーは、多分すっごく不器用なユニットだと思います。
 支え合って、競い合う。
 この三人のことを、ちょっとでも好きになって頂けたら嬉しいです。

 読んで頂いた方、ありがとうございます。
 この作品を少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
156 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/19(月) 01:23:54.62 ID:32mwZFk30
すごい良かったありがとう
サンセットノスタルジーはこれからだって信じてるよ
157 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/19(月) 01:28:04.40 ID:iWtRiaN4O
サンノスだけではなくてモバマス全体に愛を感じられる作品でした
良いものを読ませていただきありがとうございました
158 : ◆saguDXyqCw :2017/06/19(月) 01:41:14.78 ID:0mGdZrJv0
 皆さん感想ありがとうございます。感謝感激であります。

 もし、どこかでまとてくださる人が居る場合、お手数ですがレス87で、ユニット名が

 『ブエナ・ステルテ』
 となっていますが。

 正確には
『ブエナ・スエルテ』でございます。

 お手数ですが掲載の際はぜひ修正をお願いいたします。
159 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/19(月) 02:56:36.52 ID:N/JqtGsC0
こんな時間に一気読みしてしまった…素晴らしかった、読ませてくれてありがとう。
160 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/19(月) 15:29:31.39 ID:KRHv7dceO
おつ
一気読みしちゃったよ
サンセットノスタルジーももっと人気出てほしいわ
161 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/19(月) 16:10:25.32 ID:w0upj57PO
最高に良かった、めっちゃくちゃ良かった

でもこれだけ言わせて……誤字多いよお……
162 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/20(火) 22:20:11.28 ID:YzZjxCPA0
おつかれ。とってもよかった。

「ポジパだけで精一杯」と語ったあーちゃんが未央の活躍に触発されて
ビビッドカラーエイジとしても輝く話まで想像できる・・・
163 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/21(水) 21:22:34.60 ID:2UWLAhuZo
いいものを読ませてもらった
ありがとう
164 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/06/22(木) 01:05:05.56 ID:jcjUVmyBO
おつおつ凄いよかった メジャーユニットじゃないのは忘れられがちだけどどれも個性的でイイよね
165 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/01/18(土) 03:32:21.48 ID:B6WV1Aeo0
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