高垣楓「eye」

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102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/15(金) 17:31:57.98 ID:NQpRkOiV0

 昼間騒がしく鳴いていた蝉はすっかり姿を消していた。
 
 彼らは全て地面に落ちたのかもしれないし、
 もしかしたら渡り鳥のように彼らが幸せに過ごせる場所へと一斉に移動したのかもしれなった。
 
 代わりに鈴虫やコオロギが秋の始まりを告げていた。
 風が強く吹いて、赤みがかった草木を揺らし、雨雲を少しずつ僕の方へと近づけた。
 
 信号機のライトは危険を告げるように、赤を点滅させていた。
 これ以上先は危ない。戻ってこれないかもしれないと言っているようだった。
 僕はネクタイがきつく締まっていることを確かめて、彼女の部屋を目指した。
103 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/15(金) 17:33:40.41 ID:NQpRkOiV0

 彼女のマンションについたころには一日が終わりを迎えようとしていた。
 あと数分も経てば、新しい一日がやってくる。

 風はますます強さを増し、雨のにおいが漂い始めた。
 いつ降り出してもおかしくない状態だった。

 集合玄関で事務的な彼女の声に名前を告げると鍵が開いた。
 彼女が待つ部屋へと一歩近づくたびに、蝉が激しく鳴き、信号機は赤を点滅させ、多くの人々が笑みを深めた。
 僕はそのたびにネクタイを握りしめた。

 彼女の部屋の前に付き、インターフォンを押した。少し待ってみたけれど、返事はなかった。
 恐る恐る扉を引いてみると、鍵はかかっていなかった。扉は静かに開いた。

 部屋に灯りは灯っていなかった。暗い部屋の中心で彼女は僕のことを待っていた。
 彼女はこんな夜中にもかかわらず黒の肩だしワンピースに暗い緑色のショートパンツを合わせていた。
 彼女の部屋は以前と同じく殺風景で、本棚の上の写真立てが僕に向かってピースを送っていた。
104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/15(金) 17:34:37.36 ID:NQpRkOiV0
「飲み物、何か飲まれますか」と彼女が聞いた。

「水を一杯もらえますか」と僕は言った。

 彼女は頷いて冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出しグラスに注いだ。
 僕はそれを少し飲んだけれど、喉の渇きは一向に収まらなかった。

「それで、話って何ですか」

 事務的に淡々と、碧色の瞳をした彼女は聞いた。僕はもう一度水を飲んで、そして言った。

「瞳のことです」

 ぴくりと彼女の動きが一瞬止まった。表情は変わらなかったが、彼女の中で何かが崩れたのを感じた。

「楓さん。碧色のコンタクトを外してくれませんか」
105 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/15(金) 17:36:24.79 ID:NQpRkOiV0
 僕は彼女の顔をじっと見つめ、彼女は視線を僕からグラスの中の水へと背けた。
 テーブルに置かれた衝撃で水は小さく揺れていたが、やがて止まった。代わりに彼女が小さく震え始めた。

「それはプロデューサーが選んでくれるということですか」

「はい」と僕は頷いた。「僕が選びます」

「わかりました」と彼女は静かに言った。
「では目を瞑ってください。コンタクトを外します。私がいいと言うまで目を開けないでください」

 僕は言われたとおりに目を瞑った。音は何も聞こえなかった。
 彼女の息をする音も僕の心臓が鳴る音も何も聞こえなかった。

 僕はその沈黙の中で瞳を閉じ、彼女のこと、そして僕自身のことを考えていた。
 それからやがて彼女は口を開いた。

「目を開けてください」
106 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/15(金) 17:37:51.57 ID:NQpRkOiV0
 僕はゆっくりと目を開いた。僕の目の前に二つの瞳を持つ彼女が立っていた。
 真っ暗な部屋の中で二つの瞳はそれぞれ輝きを放ちながら、僕を見ていた。

 殺風景だった部屋は彼女の光に当てられ、神秘的な空間へと姿を変えていた。
 雑に置かれた本やグラス、壁紙の白、本棚の写真立て。
 全てのものが彼女を引き立たせる舞台装置になっていた。

 藍色と碧色。

 久しぶりに見る二つの瞳は僕には見たことのない光景だった。
 
「映りました」と彼女が言った。
「私の右目にはアイドルが、私の左目にはプロデューサーが」

「どうしますか」と二つの瞳が僕に聞いた。

 僕は紺色のネクタイを強く押した。


107 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/15(金) 17:38:10.30 ID:6BUVJhUro
>彼女は僕のことを好きだと言った。僕も彼女のことを抱きたいと思っている。
これでくっついたら体目当てにみえる
108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/15(金) 17:38:54.99 ID:NQpRkOiV0
「映りました」

 碧色の僕は言った。

「僕の右目にはトップアイドルになったあなたの姿が。
 あなたはガラスの靴のトロフィーを持って、多くのアイドルやファンからの拍手に笑顔で応えています」

 藍色の僕は言った。

「僕の左目には僕の彼女になったあなたの姿が。
 あなたは仕事終わりに、お酒を飲みながらくだらないダジャレを言って僕を困らせ、
 休日には二人で買い物に行きサプライズのプレゼントを贈ったりして、僕を笑顔にしてくれます」

 僕は言った。

「僕にはどちらか一つを選ぶなんてことは出来ません。だから僕は強欲にも両方を選ぼうと思います。
 楓さん、僕はあなたを僕の彼女にしますし、あなたを必ずトップアイドルにします」

109 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/15(金) 17:41:02.45 ID:NQpRkOiV0
「でも」と彼女は声を荒げた。「二つともを選ぶと必ず不幸が」

「構わない」と僕は言った。

「後のことをよりも今のことが大切なんです。
 僕は今あなたを抱きしめたいと思っているし、あなたをトップアイドルにしたいと思っている。
 
 だから僕は二つともを選ぶんです。
 それにもし不幸が起こったとしても僕たちなら乗り越えていける、僕はそう思っています」

110 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/15(金) 17:42:28.22 ID:NQpRkOiV0
「楓さん」と僕は彼女の名前を呼んだ。

 彼女は何も言わなかった。彼女は泣いていた。
 二つの瞳は涙で宝石のように輝きを増して、その中で僕は揺れていた。
 二つの瞳に映る僕は怯えているようだった。

 これでいいじゃないかと僕は思った。
 僕の選択が正しいかはわからない。けれど僕自身のことはわかっている。

 僕は彼女をトップアイドルにしたくて、
 笑っている彼女の姿が好きで、辛そうにしている彼女を見るのが嫌なのだ。
 たとえ明日、世界が滅びようとも、今、目の前で彼女が笑っていればそれで構わない。

 揺れている僕の中に揺るぎない思いがあった。僕は紺色のネクタイを強く押した。
 僕は世界に宣言するように、その思いに名前をつけた。

「愛してる」

 僕は彼女を抱きしめた。
 激しくて優しくて冷たくて温かい雨が僕に降り注いだ。遠くの方で雷が鳴った。何かが崩れる音がした。
111 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/09/15(金) 17:43:06.86 ID:NQpRkOiV0


終わり
112 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/15(金) 17:43:51.14 ID:NQpRkOiV0
コメントありがとうございました。指摘もすいません。抱きしめたいとか彼女にしたいに変換してください、

夜にまた帰ってきます
113 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/15(金) 17:46:08.90 ID:6BUVJhUro
おつ
終わりなのかまだこのスレ続くのか
114 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/15(金) 21:30:39.00 ID:dasBuS95o
ムフフな感じになるんでしょ
115 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/15(金) 22:19:23.17 ID:NQpRkOiV0
作者です。帰ってきたけど、特に書くことなかった。
楓さんの瞳に違うものが映ったらと思いながら書き始めたら、何とも変な話になってしまいました。

次こそはムフフな話書きます。読んでくださり、ありがとうございました
116 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/15(金) 22:54:29.17 ID:dasBuS95o
おつ
117 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/16(土) 01:56:01.61 ID:FbSdUCJPo
おつ
しっとりして秋みたいな話だった
118 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/16(土) 03:08:10.15 ID:/4ZktJ/Fo
続き読みたいなぁ
119 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/09/16(土) 03:49:28.05 ID:jcN8j/rn0
初投稿?滅茶苦茶良かったわ 次も楽しみに待ってる
120 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/09/16(土) 06:10:32.08 ID:L/NujMhN0
作者です。書き終えた直後は不安な気持ちでいっぱいでしたが、皆さんからのコメントを頂けて、とてもほっとしております。
拙いところはたくさんあるので改善していけたらな、と思います。

過去作はシリアスでしたら、速水奏「夜の舞踏」を書いていました。

こんなに読んでくれてる人がいてくれて嬉しいです。ありがとうございました
121 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/09/25(月) 16:57:51.16 ID:uUyg2G1G0
俺は「抱きたい」の方でいいと思うけどな。
淡白っぽいPのこれ以上ないくらいの率直な気持ちなんだなって思ったわ。
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