男「元奴隷が居候する事になった」【安価有】

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28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/07(火) 09:14:24.06 ID:lfj9bXFJ0

>>27

「お魚、ですかね」


これはまたずいぶん漠然とした好物だ。

種類は何か、調理方法はどういったものが好きか、味付けはソースと塩のどちらが良いのか。

色々と聞きたい所はあるが、まずは彼女の好きな物が分かっただけでも良しとしよう。


「そうか、君は魚が好きなのか」

「はい。特に食べ方のこだわり等はありませんが、お魚さんが好きです」


お魚さん。なにそれ可愛い。

こほん、と誤魔化すための咳払いを一つ。


「何で魚が好きなのか、聞いてもいいかい?」

「私は物心が着く頃辺りまで港町に住んでいたのだと思います。
 もう記憶も朧気なので、どこに居たのかまでは思い出せないのですが。」

「ほぅほぅ」

「そこで覚えているのは、活気のある町と、顔も思い出せない母の手、そしてお魚さんを使った色んな料理。
 だから、魚を食べているときだけは、何となく昔を思い出してもいいような気がしまして……」

「なるほどね」

「失礼致しました。つまらない話をして申し訳ありません」

「いや、いいんだ。話してくれて有難う。
 おかげさまで出前のメニューがようやく決まったよ」


まだ報酬の振り込みが確認できていないからほとんど素寒貧だが、今こそ見栄の張り所。

サンディ、君にはジャパニーズ海鮮料理の金字塔こと“SUSHI”の魅力を存分に堪能してほしい。

 
29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/07(火) 09:28:46.63 ID:lfj9bXFJ0


「……綺麗」


届いた特上寿司を見た彼女の感想だ。

美味しそう、ではなく、綺麗というのがまた何とも奥ゆかしいというか。

薄いピンクの霜降りが垂涎を誘う大トロ、こんなに並んでいるのは自分でもほとんど見た事がない。

イクラが宝石と喩えたのは一体誰だったか。今なら非常に共感できる。

眺めているだけで垂涎を誘う素晴らしい光景、お預けのままでいるのはあまりに惜しい。


「よし、では一緒に食べよう」

「?」


サンディは首をかしげてこちらを見てくる。

はて一体どうしたのか。


「一緒に食べても、宜しいのですか?」

「いいよ。むしろ君に食べてもらいたいから準備したんだ。遠慮はダメだぞ」

「……すいません。あまりにも普段と違う環境なので、その、どうしていいのか分からなくて」

「うん。 これから少しずつ慣れていけばいいさ」


そう言いながら、彼女の頭をくしゃりと撫でてみる。

こそばゆそうな、でもどこか嬉しそうな顔で撫でる手を享受してくれた。


「では、いただきます」

「い、いただき、ます……?」


自分が手を合わせるのを見たサンディは、その仕草を真似たのちに寿司に向かって頭を下げる。

そう。美味しい物を食べるという当たり前の日常。いや、寿司は当たり前ではないが。

人が日々の中で過ごすそんな幸せに、少しずつ、慣れていってほしい。


 
30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/07(火) 09:34:51.89 ID:lfj9bXFJ0

昨今の出前寿司は、ワサビ抜きがデフォルトになっている。

別個でワサビは準備されており、それを醤油入れ用の小皿に分けて好みの量を取るのが普通なのだ。

ただ、きっと彼女の食べた一口目はきっと例外でワサビがてんこ盛りだったのだろう。


泣きながら寿司を食べる人を初めて見た。


それでも美味しそうに食べているその様は、お腹よりも、心を充分に満たしてくれた。

まだ食べていないのに、何故かこっちまで泣きそうになってしまうのは困りものだ。

 
31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/07(火) 09:50:17.57 ID:lfj9bXFJ0


「少し横になっても良いですか?」


それを承諾すると、お腹いっぱいになったらしい彼女は充足したようにソファに横たわった。

どうやら食べ過ぎたらしい。

もともと線の細い少女だと思っていたから、これからどんどん食べてほしいものだ。


「こんなに美味しいものを食べたのは、とっても、久しぶりです……」


くりくりの大きい瞳を目蓋が覆い隠そうとしている。

どうやら眠気が襲ってきたようだ。まるで子どものようだと思いつつ、そういえば子どもだったなと再確認する。

食後のお茶でも準備するために席を立ち、再び戻ってきた頃には対面の少女は穏やかな寝息を立てていた。

就寝用のベッドは一つしかないから、彼女にはそれを利用してもらい、自分は事務所のソファで寝ることにしよう。

寝室には後から運ぼうと決め、まずは一服しようと自分が淹れた玄米茶を軽く啜る。

気持ちよさそうに眠っているサンディを見ると、心が温かくなる。ふっと自分の口元がたわんでしまう。

これは傍から見たら事案になるのか。などと変な事を考える前に、窓際にかけてあるカレンダーに視線を移した。

今日の日付は、十一月十一日。語呂も良くて覚えやすく良い日だ。

同居人というか居候が突然増えた日。

おおよそ一年という期間が長いのか短いのは今は分からないが、とかく、大切に過ごそうと思った。

 
32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/07(火) 09:56:55.52 ID:lfj9bXFJ0


【今後の呼ばせ方について】


1:ご主人様のままで構わない

2:先生、お兄さん、など特定の呼び名(要安価)

3:主人公の名前(要安価)


>>33-40までの間、多数決にて検討。
 
33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/07(火) 09:59:13.41 ID:d9cRRv3Uo
先生
34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/07(火) 10:06:20.42 ID:zeWxoSbb0
お兄さんで
35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/07(火) 10:11:06.25 ID:o4MwoIQHo
先生
36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/07(火) 10:31:52.55 ID:XUmJd7Qro
3名前+さん

名前はまた安価で
37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/07(火) 11:11:54.49 ID:mV0W04Za0
兄さん
38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/07(火) 12:03:31.83 ID:MoSOz1bTo
兄さん
39 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/07(火) 12:04:07.34 ID:VPXDCBzPO
名前+さん
40 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/07(火) 12:19:59.13 ID:4w0OIzJ2o
兄さんで
41 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/07(火) 12:34:07.81 ID:lfj9bXFJ0

では、2番の「兄さん」にて採決を。ご協力に感謝。

ご主人様枠がレスで一つも無いという皆の優しさほんとすき。

のんびり書いているので、ゆるりとお茶でも飲みつつお待ちください。

感想やご意見などあれば是非ぜひ。

 
42 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/07(火) 13:38:29.16 ID:nEbuNM+xo
1だと他人に言い訳きかないからね…
43 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/08(水) 15:00:34.01 ID:q2+5VjSt0

【追加設定】


サンディの年齢は?(10〜15歳の間)

>>45


連れて行ってあげたい場所

>>47

44 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/08(水) 15:07:24.67 ID:J6iX0LlOo
13歳
45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/08(水) 15:16:57.88 ID:BORsb27Ro
11
46 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/08(水) 15:20:35.16 ID:J6iX0LlOo
展望塔
47 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/08(水) 15:21:27.42 ID:ZXD2NsuDO
動物園
48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/09(木) 22:08:10.74 ID:o6ummrG70
安価協力に感謝。
今帰宅したばかりなので、一息ついたらのんびり書いてみます。
49 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/09(木) 22:35:59.32 ID:oARFd2Gho
了解しました
50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/09(木) 23:12:53.01 ID:o6ummrG70


ハードボイルドの朝は早い。

東雲の空に有明の月が少しだけ白を残す頃、僕はゆるりと目が覚める。

カーテンを開けると未だに外は静かなまま。静寂の帳があける前の時間帯。

今日はソファで眠ったので、少し姿勢が悪い寝方をしていたようだ。背伸びをすると軟骨が音を立ててくる。

くあぁ、と軽く欠伸を噛み潰すと、緩い虚脱感に抱かれているような心地良い気分を覚える。

寝起きで覚束ない足取りのまま、事務所の戸棚からコーヒー豆を取り出した。

それをミルで砕くと芳醇な香りが広がり、目覚まし代わりの気付けになってくれる。

今日の豆は粗挽きで仕上げてみた。コーヒーメーカーを起動させて、夜明けの一杯としけこもう。

出来上がるのを待つまでの間に微睡のゆりかごに揺られていると、ぴーぴーと機械音が聞こえてきた。

少し温めておいたカップにコーヒーを注いで、鼻先に近づけてみる。

ほろ苦さを醸し出す匂いが鼻腔をくすぐる空気を楽しみ、そのまま口元へ。

ずずっ、と一啜り。

これぞ朝の醍醐味。美味しい以外の感想なぞ野暮というものだ。

そしてそのまま淹れたてのコーヒーを嗜むため、次は一口目よりも少し多めに含んでみると。



< ええええぇぇぇぇぇーーーーーーーー!!!!



寝室からの絶叫でそれを盛大に吹き出した。

ハードボイルドな朝は終わりを告げたようだ。

 
51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/09(木) 23:22:56.59 ID:o6ummrG70

すぐさま引き出しの拳銃を握りしめて駆け出した。

昨日は彼女をベッドに運んで、僕はそのままソファで眠っていた。

だからこそ、さっき寝室から聞こえてきた大声はサンディだろう。

一体なにがあったのか。もしや組織の残党が連れ戻しに来たのか。

口元に垂れたコーヒーと頭に浮かぶ不安は拭えぬまま、急いで寝室に駆け込んだ。


「サンディ、無事か!?」


そこで見たものは。

ベッドの上で深々と土下座をして迎えてくれた、年端もいかない少女の姿だった。

なんちゅう美しいフォームで頭をさげるんだこの子は。

 
52 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/09(木) 23:34:17.71 ID:o6ummrG70

気まずい雰囲気の際は時が止まる、というのは比喩表現ではなかったようだ。

自分の手には拳銃、目先には土下座スタイルの少女。外からうっすら聞こえてくる鶏の声。

体感的にだが、今たぶん確実に時間は停止している。凄まじい空気が部屋に漂っているぞこれ。

何なのだこれは、どうすればよいのだ。

一体どうやって声をかけようかと寝起きの頭を無理やり動かそうとする前に、彼女はゆっくりと頭を上げた。

そして、絞り出すように声を発する。


「……ご主人様より先に眠ってしまい、あまつさえ、寝室を占領するような体たらくで申し訳ありません」


一気に肩の力が抜けた。溜息をつきながら、ドアにもたれかかり、そのまま尻もちをついてしまう。

大事じゃなくて何よりだ。頭の中で思い描いた悪い想像が杞憂に終わってホッとした。


「いいよ別に、主従関係とか僕らにはないから気にしないで」

「ですが……」

「それより、サンディ。大事なことを一つ忘れてるよ」

「はい……?」

「おはよう。良い朝だね」


目の前の少女は目をまん丸にして、狼狽しつつも手元の枕を抱きしめる。

そして、とっても照れくさそうに、恥ずかしそうに、言葉を返してくれた。


「お、おはようございます……!」


 
53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/09(木) 23:44:50.58 ID:o6ummrG70


予想外の形ではあるが、まぁ良い目覚ましにはなったかなと思う。

そのまま洗顔を済ませて朝食の準備に取り掛かる。

私にも何か手伝えることはありませんか、とはサンディ談。

特にこれといって手伝うものは無いというと彼女は気を遣うだろうから、とりあえずお皿を並べるようにお願いした。

朝食はトーストと目玉焼き、そして簡素なサラダ。

僕はコーヒーを、サンディには牛乳を準備して食卓に並べた。

彼女は目をキラキラさせながら朝食が出来上がる様子を眺めている。


「どうしたの?」

「私も食べて、いいんですか……」

「もちろん。ああ、でもパンは今この二枚しかないから、おかわりが無くてゴメンね」


彼女は首を大きくブンブンと何度も横に振り、ついでに手もパタパタさせる。


「いいえ!いいえ!お気になさらず!!こうしてご主人様からお恵みを頂けるだけで幸せです!!」


そんなサンディの頭に手を置き、軽くクシャクシャと撫でてみる。

そうすると、こそばゆそうな、でもちょっぴり嬉しそうなのが見て取れた。

俯きかげんな表情から覗ける口元がもにゅもにゅしているから。



「顔を洗っておいで。それが済んだら朝ごはんにしよう」

「は、はい!!」

 

54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/11/09(木) 23:56:38.28 ID:uf8KxLWkO
見てます
55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/09(木) 23:59:49.17 ID:o6ummrG70


「では、いただきます」

「い、いただきます」


昨日食べたお寿司の時と同じく、ご飯を食べる前の自分の動作を彼女も真似てみた。

たどたどしい身ぶりだが、これから時間が経つ毎に慣れていくだろう。

それにしても、とても美味しそうに食べてくれるなぁ。

作った身としては割と嬉しかったりする。

頬をぷっくりさせて一心不乱にもぐもぐしている様は、まるでハムスターみたいだ。


「ご飯は逃げないから大丈夫だよ。喉に引っ掛けないようにね」

「ふぇ!? ふぁ、ふぁい! 行儀が悪くてすいません……」


あまりに微笑ましいので、くっくっとつい笑いつつも一言告げてしまう。

サンディはあわあわしながら急いで牛乳を飲んで口内の食べ物を流し込んだ。

空になったコップにおかわりの分を注ぎ足すと、頭をぺこぺこ下げてお礼の動きを見せてくれる。

上司にビールを注がれたサラリーマンの動きそのものじゃないか。

くっはっは、とまたしても笑ってしまった。失敬失敬。

サンディは何が面白くて笑っていたのか分からなかったようで、キョロキョロしながら赤面していた。

 
56 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/10(金) 00:13:00.19 ID:uuR+QXp40

「ところでさ、サンディ」

「ご主人様、どうされました?」


朝食を終えてホッと一息ついた頃。

僕は片手に朝淹れたコーヒーを、サンディはオレンジジュースを持って、

お互いソファに向き合うように座っている。



「僕をご主人様って呼ぶのはそろそろ止めてみないかい?」

「え……? でも貴方様は私を助けてくれた恩人なので、貴方のモノとしてこれから生きていくのが普通では?」

「いやまぁ、そりゃ確かに助けたのは事実だけどさ。君に奉公されたくて動いたわけじゃないんだ」

「では、どうして助けてくださったのですか?」

「どうして助けた、か。 うーん……」


これはまた難しいな。どうして助けたのか、とは難しい。

誰かを助けるのに理由はいるかい、などと言うのはヒーローみたいだが、ハードボイルドではないな。

いや別にそこ(ハードボイルド)にこだわらなくてもいいんだけれど。

どうして助けたのか。仕事のためだ。

でも、きっとそれだけじゃない。

仕事のためというのは後出しの理由だ。本音を言うなら、たぶん。


「助けたかったから、かな」

「……」


サンディは訝しんだ顔をしている。理由になっていないからだろうか。

そう取られても仕方ない。確かに論理的ではないからね。

でも、あの時自分に浮かんだ感情なんて、そりゃもうシンプルなもの。

助けたかったから。

人の手を取る理由なんて、そのくらいの緩いスタンスで良いと僕は思うんだ。


 
57 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/10(金) 00:35:54.77 ID:uuR+QXp40

少しの間、サンディは黙ったままだった。何かを考えている様子だ。

それから、ぽつりと声を漏らした。


「私は、今まで生きてきた環境で、道具のように扱われてきました」

「うん」

「気に入られなかったらひどい事をされて、ご主人様の機嫌が悪くてもひどい事をされて。
 機嫌が良いときこそ悲鳴が聞きたくなるという理由で、痛い事をされてきました」

「……そうなのか」

「ある日、その気まぐれで拷問を受けました。今までに一回だけ、本当に惨たらしい事を受けました。
 その日の夜は死ぬ事ばかり考えていました」

「……うん」

「気まぐれというのは悪いものしか呼ばないと思ってました」


そしてサンディは、顔を上げてこちらを見つめてきた。

目には涙が今にも溢れんばかりに溜まっている。


「だから、そんな優しい気まぐれがあるなんて、思いませんでした」


涙の膜が張られた瞳は真珠のように淡く輝いて、美しかった。


「私は、ご主人様を、信じても、いいんですか……?」


僕はコーヒーを軽く啜る。彼女の気持ちに答える言葉を発するために喉を潤した。


「ご主人様、なんて呼ばせるような輩は信じちゃいけない」

「……」

「だから、この“お兄さん”を信じなさい」

「……!! はい、はい……! 信じます、信じます……! 信じさせて、ください……!!」


コーヒーを机に置いて席を立ち、そっと彼女の横に座る。

そのままゆっくり抱きしめて、胸の中に収めてみた。

朝方に零した淹れたてのコーヒーよりも熱いものが胸元を濡らしてくる。

ぽんぽん、出来るだけ優しく彼女の背中を叩いてみると、そのたびに胸にうずまった後頭部から嗚咽が響いてくる。


今まで辛い思いばかりの彼女が、ようやく年相応に泣くことが出来ているのかも知れない。

そう思うと何故だが僕の頬も濡れてしまう。涙を貰ってしまったようだ。

ハードボイルドとは程遠い朝だが、今日くらいは許してほしい。

 
58 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/10(金) 00:42:44.60 ID:uuR+QXp40
睡魔の都合にて小休止。現行で書いているゆえ、ゆっくりペースで恐縮です。
59 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/10(金) 00:49:47.09 ID:1yn0SZtN0
60 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/10(金) 01:05:51.01 ID:5Ourvn8DO
61 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/10(金) 01:08:00.01 ID:E++DTx1Qo
すき
おつ
62 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/10(金) 05:09:20.93 ID:uuR+QXp40


それからしばらく経って、ようやく落ち着いた頃、幼い顔が懐から離れる。

ぐずぐずの顔になっているサンディにティッシュを渡した。

びろんと鼻水がワイシャツに染み付いたのを恥ずかしがりながら、彼女は慌てて鼻をかむ。

一呼吸のちに、すん、と鼻を鳴らしながら言葉を紡いだ。


「泣いてばかりで申し訳ありません」


感情を流水、それを受け入れる心を器として喩えるなら。

きっとサンディの心は割れ物なのだ。

ほんの少し感情の起伏があるだけで、心の器が受け入れきれずに

涙となって溢れてしまうのだろう。

だからこそ、涙を流すことについてお咎めなんてある筈も無く。

それこそ嬉しかったり楽しかったりしたときに零れるならば致し方ないだろう。

63 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/10(金) 05:12:16.61 ID:uuR+QXp40

「気にしないで」

そう言いながら僕は彼女に微笑んでみる。

心に形は無いから、先ほどのはあくまで例え話の一環。

これから彼女に起こるのは幸せな事柄ばかり。祝福の花吹雪で毎日を過ごすのだ。

たった一年の間だけとはいえ、僕がそうしてみせる。

その度に泣かれては脱水症状でも起こしかねない。

僕がしてあげられそうなのは、サンディの傷ついた心と体をこれからゆっくり戻すこと。

今まで生きてきた結果で積み上げられた心身を大事にしながら、また新しく形成していけば良いだけ。

結論は至って単純。シンプルこそが難しくも美しいのだ。

 
64 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/10(金) 05:50:55.29 ID:uuR+QXp40

さて、今日はもともと探偵事務所が休みの日付だ。

折角ならサンディを連れてどこか外出でもしてみようか。

ふと改めて彼女の恰好をまじまじと確認してみる。

藍色を基調とした無地のパーカー、飾り気のない白いスカートに黒いタイツ。

これは服の下にある古傷を見せないための配慮なのか。

それとも見立ててくれた人の輝きすぎるセンスなのか。

後者ならばそっと目を瞑ろう。

何にせよ、将来はモデルか芸能人にでもなるような整った顔立ちに対して少々無骨すぎるファッションだ。

彼女も立派なレディ予備軍。ここはひとつ外出用やら部屋着やらで洋服を見立てるとするか。


「よし、今日は軽く出かけるとするか」

「はい、いってらっしゃいませ」


危うく前のめりにこけるところだった。ノータイムでお留守番の返事と来たか。


「いや、君も来るんだよ」

「私がついて行っても宜しいのですか?」

「もちろん。これから一緒に住むんだから、君の日用品とか買い足そうと思ってね。
 好みの問題もあるだろうから一緒に選んでくれると嬉しいな」

「そ、それは恐縮ですが……では、ご一緒させて頂きます!」


そう言ってサンディはびしっと姿勢を正す。うむ、善き哉善き哉。

 
65 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/10(金) 06:13:35.91 ID:uuR+QXp40

本日の予定が決まった後は準備をしなければ。

部屋着から外出用の服に着替え、髪のセットや髭剃りなど身支度を整える。

その間にサンディはテレビをずっと見ていた。

朝のニュースは芸能界の何某な話題にシフトしており、彼女にとっては馴染みのないネタだと思うが

どうやらテレビ自体を見ることが物珍しいらしく

キャスターの話にうんうんと首を縦に振りながら頷いていた。なんてキュートな仕草。

自分は身支度している一環で歯ブラシを口に加えつつ、昨日チェックをし忘れていた郵便受けの中身を確認するため玄関へ。

そこには一通の封筒が投函されていた。

差出人は例の依頼人。丁寧に折られた便箋を解くと、中には手書きの文章が。

それを確認すると、歯磨き粉で泡立つ口元がさらにだらしなくポカンと開いてしまう。


> あの子の生活費は各月の十五日と三十日の隔週ごとに支払います。二月は月末予定で。
  保護者である貴方の分も少し色を付けておりますが、無駄遣いはなさらぬように。

  振り込みが満期を全うしたのちに、本来の報酬を振り込みます。


即日振込じゃないのか、とか。

結局は幾らくらいの金額が振込されるのか、とか。

いの一番に本報酬を支払ってほしいんですが、とか。

突っ込みたい事が山のようにある。


だが、まずは一つ。


絶望的に字が汚い……。

次からはパソコンで文章書いてくださいってどこにお願いすれば良いんだろうか。

 
66 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/10(金) 06:36:04.06 ID:uuR+QXp40

どうにか読解を終えて、軽くため息。なんか無駄に頭を使った気分だ。

ふと手元に握った封筒から何かの紙切れがヒラヒラと落ちていく。

そのまま自分の足元に着地したので拾い上げてみた。

ほぅ、なるほど。これは割と良い物かも知れない。


「ただいま」

「おかえりなさ……どうかされましたか?」

「……いや、なんでもないよ」


玄関から帰ってきた僕に向かって、サンディは心配の表情を見せてくる。

さっきの手紙を読んで変に疲れたのが表に出てしまったか。反省せねば。

まぁ近いうちに金銭面の心配が少しは和らぐのも分かったことだし、物事が前進したと捉えておこう。

手紙にはもう一つ。チケットが同封されていた。

これは郊外の動物園の入園チケットだ。割引券ではなくタダ券というのが太っ腹。

ただ、期限が今日だという点で見事に太っ腹な部分が帳消しになっている。


「サンディ、動物って好き?」

「はい、好きです。好きですが……何かあったのですか?」

「いや、ちょっと予定を追加しようと思って。買い出しがてら、動物園に行かないか?」

「……!?」


彼女の目がシイタケみたいに一瞬キラっとしたのを見逃さなかった。思った以上の好感触じゃないか。

グッジョブ依頼人、全力のサンクスを貴方に。

まずは動物園に足を向けて、その後にでも服と食料品を買うとするか。

あと三日は生き延びれるくらいは預金もある。

今日は可愛いものや楽しいものをサンディに見せてあげることが出来るよう、財布の中身を仮初めの潤沢にしておかねば。

現在時刻は七時五十分。

銀行が開く時間までは、とりあえず家で待機かな……。

 
67 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/10(金) 06:38:52.13 ID:uuR+QXp40
ここで一息。時間を見繕ってから改めて着手します。
一言だけでもレスは割と嬉しいもので。読んでくださる方々に感謝をば。
68 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/10(金) 07:06:45.01 ID:23riN+uo0
69 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/10(金) 08:24:34.35 ID:IDMR8uvIo
乙です
70 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/10(金) 08:50:37.76 ID:Ghvc3d1c0
71 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/10(金) 15:16:31.90 ID:z9TNpIkhO

シイタケって…
72 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/10(金) 15:45:39.50 ID:Wxwn7AWrO
73 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/10(金) 16:56:14.69 ID:sfW6kd/no
74 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/11(土) 01:59:44.92 ID:ZDJ4wgU50
今帰宅。レスポンスに感謝。
今宵の投下は難しいので、少し睡眠を取ってから内容に着手します。


ちなみに。読んで頂いている方は男の年齢はどのくらいで想像されているのか。
明確な回答は特に無い&書く上での設定参考にしてみたいので、深く捉えずお気軽に答えてもらえると幸いです。
75 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/11(土) 02:12:29.28 ID:1Dyq91YXo
乙〜
年齢は28くらいのイメージ
76 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/11(土) 07:35:57.63 ID:bGcy+nyJ0

30代前半ぐらい。20代後半にしてちょっと…
77 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/11(土) 08:16:04.65 ID:8y5v+uAQo
お兄さんよりむしろおじさんと言われた方が違和感の無い年齢
78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/11(土) 11:21:13.61 ID:QK323oLm0
Wの翔太郎みたいなイメージだった

ハーフボイルドっぽいところもあるし
79 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/11(土) 11:25:45.73 ID:6Lu7LXaSo
前職あると考えてギリギリ29か8
80 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/11/11(土) 17:29:02.28 ID:zGnqo7znO
イメージは野々村病院の人々の海原 琢磨呂

海原琢磨呂探偵事務所の所長にして、事務所で唯一の私立探偵。32歳。数々の難事件を解決した手腕がありながら、女好きの性格のために悪名が高く、捜査依頼はさっぱりの閑古鳥であった。ある日、涼子とのふとした出会いが元で足を骨折し、搬送された野々村病院で亜希子から捜査を依頼される。
かなりのヘビースモーカーでもあり、何かにつけては紫煙を燻らせる。
81 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/11(土) 17:57:36.25 ID:Nl6ZjZqs0
とりあえず髭面ではない三十路を想定してた
82 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/11(土) 21:33:29.47 ID:0EtV53xmO
三十路手前のアラサー優男、ついでに髪は野暮ったく伸ばしてる感じ
83 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/12(日) 11:33:48.78 ID:LoDib1WAo

すごくこういうの好み
年齢は28くらい
84 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 21:02:59.93 ID:s+xF8aIN0
年齢に関するレス等ありがとうございます。 書き連ねる上での参考にさせて頂きます。
放映されている某怪獣映画を観終えた後にのんびり書き始めるので、夜半お時間ある方は覗いてみてくださいな。
85 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/12(日) 23:50:49.06 ID:s+xF8aIN0


何だかんだでダラダラと過ごしていると、気づけばもう九時を回ろうとしていた。

仕事中は一秒が体感三分にも感じられるのに、朝の時間はどうして過ぎるのが早いのか。

既に出かける準備は済ませておいたので、サンディに外出するよと声をかけて事務所を後にする。

玄関を出てから対面側の敷地にある月極駐車場。

そこには先代所長から受け継いだビビットピンクのハスラーが駐車されている。

結婚適齢期を迎えた年頃として、引き継いだ当時は乗り回すのを中々に恥ずかしがったりもしたが、流石にもう慣れたものだ。

当時の所長が「可愛いからハードボイルドだな」という謎すぎる理論のもとに購入していたのを思い出す。


「可愛い車ですね」


とはこれから助手席に乗り込もうとしているサンディ談。

それが気遣いから出た言葉ならば花マルを差し上げたい。

だが、どうやら彼女は本心で告げていたらしく、この車に乗る際にウキウキしている様が目にとれた。お気に召したようで何より。

まずは銀行でお金を引き落として、それから洋服を買い、そして動物園。

良い一日になりますようにと少しだけ願いつつ、僕は車のエンジンを起動させた。

 
86 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/12(日) 23:59:31.85 ID:XEYTZQK50
おまかわ
87 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 00:03:55.02 ID:grI1dH9y0

車のカーステレオから流れているラジオは今日の天気を教えてくれた。

どうやら秋晴れが続くらしく、ここ一週間は出かけるのにうってつけの日取りだとか。

雨が降らないだけでも有難いのに、晴れ間にも恵まれているのは上出来だろう。

フロントガラスの先に見えるのは鼻歌でも歌いたくなるような青空だ。

季節柄だろうが日射しも強すぎず、日向ぼっこのような心地よい温かさが上半身を包んでくれる。

ふと横のサンディを見ると、シートベルトの根本に寄りかかるようにして目を閉じていた。

耳をすませば聞こえてくるのは穏やかな寝息。

よく考えるとやたら朝早く目覚めて、朝食を取り、この気候で車に乗っている。眠くなるのも頷ける。

普段よりも加速と減速に気を使い、今まさに育っている寝る子を起こさないよう早めに銀行の用事を済ませておこう。

しかし何だろうか。

助手席で心地良く眠られると、こちらもなんだか睡魔に肩を掴まれているような錯覚に陥る。

朝に補充したコーヒーのカフェインをゴリゴリ消費するようなイメージで戦わねばなるまい。

くわぁ、と生欠伸を一つ。

うん、良い天気だ。

 
88 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 00:24:13.16 ID:grI1dH9y0

銀行からぼちぼちの金額を引き落とし、そこから走ること更に十五分。

目的地の一つである場所に到着した。

そこは全国でチェーン店が展開されている洋服屋の一つで、様々なジャンルの服を取り扱っている。

店内を少し見渡すだけでもキッズ用の衣類は散見されており、これなら色々と見繕えるだろう。

彼女の気に入る服はあるかなと思い、ふと横をみるとサンディがいない。

慌てて探すと入ってすぐのドアで口をあんぐりさせていた。

店の広さになのか、それとも服の種類の多さにだろうか。


「お、大きいですね……」

「そうだね。君の好きな服が見つかるといいな」

「でも、私なんかがこんな贅沢をしていいのでしょうか、ご主人様……」


僕はサンディの鼻先を傷つけない程度に優しくちょこんと指先で弾く。


「サンディ、僕はご主人様じゃなくて?」

「は、はい、そうでした……」


何やらもじもじしている。恥ずかしがっている様子だ。


「お、……おにい、さん……!」


頬を真っ赤にしながら、彼女は告げる。これから口にするべき僕の呼称を。

そう言ってくれたサンディの手を軽く握る。手を繋いでいれば、なんとなく年の離れた兄妹に見えてくれるだろうか。

彼女は俯き加減の姿勢になり、表情が見えなくなってしまった。

長い髪から覗く耳の赤さと、僕の右手に伝わる体温の温かさが気になるところだが、まぁ今は置いておこう。

入口から動かす意味合いと、好きな洋服を選んでほしいという気持ちで、僕らは手を繋いで売り場に向かうことにした。

 
89 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 00:39:14.76 ID:grI1dH9y0

ファッションには疎いうえに、さらに子ども用の服なんてコーディネートした事も無く。

果たして一体どれがサンディに似合うのだろうか。さっぱり分からない。

まぁこの子は傍から見ても美形だ。目鼻立ちもくっきりしており、小顔で華奢ときた。

将来は美人になるのが容易に想像できる。

そんな彼女だからきっと何を着ても似合うのだろうが、それはそれとしてだ。

餅は餅屋というし、こういうのはショップの方に相談するのが一番だろう。

辺りを見回すと、手透きの女性店員を一人見つけた。早速声掛けしてみよう。


「すみません、この子に服を何点か見繕ってほしいのですが」

「はい、畏まりました。 こちらのお子さんですね。 ……あら、綺麗な子! お名前は何ていうの?」


店員は腰を屈ませて、自分の視点をサンディと同じ高さに持って行った。

当の彼女は急に大人に話しかけられてしどろもどろになっている。


「え、あ、うぅ……その……」


この子はサンディって言うんですよ、と軽く助け船。

素敵な名前ですね、と微笑みながら店員は言う。嫌味もなく、感じが良くて素晴らしい。

店員自体も綺麗な方だし、洋服はこの方に任せても大丈夫そうだ。

 
90 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 00:53:36.29 ID:grI1dH9y0

「じゃあ僕は適当にレジ前のベンチにいるから、外出用と部屋着の洋服を最低三点ずつ選んだら教えてね」

「は、はい!承知しました!」


そういってサンディの頭を軽く撫でて、店員にお願いしますと声をかける。

そして少しだけ補足事項を伝えておいた。


「私はこの子の保護者ですが、あの子は過去の経験で古傷がありまして……露出の高い服は控えてくださると幸いです……」

「……畏まりました」


おおよそ察してくれたのか、深々とお辞儀をして僕に頭を下げてきた。色々な意図が見受けられるお辞儀だ。

きっとこの人は良い人なのだろう。

頭を上げてからすぐに女性店員はサンディに向かって声色高めに話しかける。


「さぁサンディちゃん! お兄ちゃんからOK貰ったから、いっぱい可愛い服を着ましょうね!!」

「え、え、えぇ……!?」


戸惑うサンディの肩を掴んで、キッズ用のラインナップが並ぶ棚に連れて行ってくれた。

うん、あとはのんびり待つことにしよう。

何となく子を持った親の気分だ。いや、親戚の子と遊んでるような感じが近いのか。

 
91 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 01:07:01.74 ID:grI1dH9y0

それから一時間ほど後に、店員とサンディが手を繋いで歩いてきた。

いつの間にそんなに仲良くなっていたんだ……。

店員を見ると、なんだか目元の化粧がちょっと厚くなっている。気になる点が増えてしまった。


「お待たせ致しました。それぞれ日常用とレジャー用で着回しも出来る服を持って参りました」

「有難うございます、ファッションに疎いんで助かりました」

「いえいえ、お気になさらないでください。あ、あとこちらもどうぞ〜」


そういって手渡されたのは、数枚の割引券。

受け取っていいものかどうか考えていると、今日の新聞の折り込みに入っているので皆さんも使われてますよとの事。

そうであれば有り難く好意を頂こうとその券を貰い、そのまま精算する事に。

レジの前には人が列になっており、自分は五番目に位置している。

財布の確認をしていると、サンディがぽつりと零す。


「あのお姉さん、いいひとです」


そうだね、良い人っぽいね。

そう僕が言うと、いいえ、いいひとです、と彼女は言い切る。


「服を試着する際に上着を脱いだとき、背中の傷を見られました。
 そしたら……お姉さん、泣いてしまいました」

「そして、ゴメンなさい。ほんの少しだけ、お兄さんの所にいる経緯を話してしまいました」


ああ、なるほど。目元の化粧が濃くなったのと、割引券をくれた理由がなんとなくわかった。


「お姉さんも、お兄さんも、良い人です」


そう言ってくれるサンディに、僕は返事の代わりに繋いだ手をほんの少しだけ強く握り返してみた。

 
92 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 01:21:23.65 ID:grI1dH9y0

割引券と店員のチョイスのおかげで、自分が想像していた額の倍ほど安く買い物は済んだ。

会計を済ませて店を出る前に、ふと思い立つ。


「ねぇ、サンディ。せっかくなら買った服を着て動物園に行かないかい?」

「宜しいのですか……?」

「うん、試着室もあるし、いいんじゃないかな」

「で、では、袖を通すのが勿体なくも感じますが、着てみます!」


購入した服が入った袋を抱きしめて、そのまま試着室に駆け出していく。

服のタグはレジで取ってもらっているので大丈夫だろう。

それからしばらく、試着室の奥から聞こえてくるのは「えーと、うーんと、これと……これと……」というサンディの声。

お洒落を楽しんでいるのか、声が弾んでいるのが分かる。可愛い。

それからしばらく後、カーテンの端からぴょこんと顔を出してきた。


「その、……着てみました」

「どんな服になったのか、楽しみにしてるよ」


僕がそう言うと、意を決したようにカーテンをシャッと勢いよく開けた。

彼女が選んだのは、フランネルチェックのシャツに、ガウチョパンツ。アウターに白いセーター。

清楚に納めてきたファッションだ。とてもよく似合っている。


「サンディ」

「は、はい」

「似合ってる、可愛いよ」


それを聞いた瞬間、勢いよくカーテンが閉まる。

そして奥から聞こえてくるのは「ふぅぅぅぅう〜〜……ふぅぅぅぅぅぅう〜〜!」と悶えるような声。


「だ、大丈夫!?」

「はい!大丈夫です! 大丈夫ですが、息ができないので少しだけお待ちください!」

「いやそれ大丈夫じゃないでしょ!」

「大丈夫です!!」

「は、はい……」


思わず押し切られてしまった。本当に大丈夫なのだろうか……。

 
93 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 01:36:14.95 ID:grI1dH9y0

待つこと数分、未だぜぇぜぇ息を切らすサンディが試着室から出てきた。


「お、お待たせしました……」

「お、おぅ……」


謎の圧を感じながらも、改めて彼女の手を取り、歩き出す。

出口方面ではなく、店内に。

最初は不思議な顔をしたサンディもすぐに察し、辺りをキョロキョロ見回していた。

そして、


「ご主人様、あれ」

「こら」

「す、すいません。お兄さん、あれを」


サンディが指さした先には、お世話になった店員がいた。

接客中でも棚の整理中というわけでもなさそうだったので、声をかけてみる。


「すみません、お世話になりました」

「あら、お兄さんとサンディちゃん!!」


店員は軽く屈んでサンディをハグする。当の本人はわたわたと両手をバタバタさせていた。照れ隠しだろう。

それからふと彼女の恰好を見て気づく。自分が見立てた服を着ていることに。


「あら、これはさっき一緒に試着室で着た……」

「改めて、有難うございます。おかげさまで良い買い物ができました。お忙しいところ失礼いたしました」

「いえいえ、とんでもないです」

「それとついでに、お気遣いのほど、有難うございました。それを伝えたくて」


僕が言い終えると同時に、サンディは軽くガウチョパンツの裾をつまんで優雅に一礼する。


「ありがとうございました。素敵なおねえさん。わたしは、あなたのような優しい大人になりたい」


店員の目に涙が溜まるのが分かる。それを誤魔化すような素振りで、こちらに向けて再度深々と頭を下げてくる。


「こちらの方こそ、少しでもお役立ちできて光栄です。またのご来店、お待ちしております」


 
94 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 01:57:36.38 ID:grI1dH9y0

店を出てから、車を郊外方面に走らせる事おおよそ四十分。

その間に途中でドライブスルーに寄って昼食を車内で食べたりもした。

ハンバーガーを物珍しそうにもっきゅもっきゅと頬張って食べる助手席の小動物の可愛さに心奪われながらも

今回の第二の目的地である動物園に到着した。

そこは正確には動植物園と呼ばれるような施設であり、名前の通り動物園の施設が半分、植物園の施設が半分になっている。

車を動物園側の駐車場に停めて、無料入園券のチケットを準備し、いざ中に入ってみた。

大人二枚と子ども一枚ですね、と係員からの問い掛けにイエスと答える。

お連れ様が小学生以下の場合は風船のサービスがあるという。

……そういえばサンディって何歳なんだ?


「ねぇ、サンディ。君って今いくつだい?」

「確か十一歳か十二歳だったと思います」

「うん、ありがとう」


十一歳か十二歳、か……。

係員に十一歳と伝えて、手持ち風船を貰う事に。

それを彼女の右手に渡して、空いた片方は僕が握ってみた。

手を繋ぐ際は相変わらず照れる彼女に、つられて僕も照れてしまう。

僕が照れるのは、きっとこういう柄じゃないからだろう、きっと。

今日は休日という事もあったので親子連れがちらほら散見され、まぁまぁ活気を感じられる程度には人の気配があった。

動物園なんて何年ぶりだろうか、などと昔を思い返していると、僕の右手がきゅっと締まった。

横のサンディを見ると、まるで夢でも見ているかのように惚けたような目をしている。


「サンディ、どこから回ろうか?」

「えっと、キリンさん、見たいです!」


ノータイムで答える辺り、本当に見たいのだろうという気持ちがこれでもかというほど伝わってくる。

パンフレットを確認し、まずはキリンのコーナーから見ていく事にした。

 
95 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 02:21:51.08 ID:grI1dH9y0

パンフレットを眺めて思った事がある。

ここの動植物園はかなり広く、それぞれの施設を回るだけで半日が潰れそうだ。

どちらも楽しもうと思うなら、それこそ丸一日は使わないと周り切れ無さそうではある。

今回はまず動物を堪能して、また別の機会に植物園の方を周ることにしておこう。

さてさてキリンのコーナーは、と。

なるほど端の方か。縮尺から考えて、大人の足でここから十分ほど。思ったより少々歩かなければならない。

ただ、サンディは服を選ぶことで気疲れしてそうではある。

さて、一体どうするべきか検討してみよう。



1:背中におんぶして向かう

2:肩車をして向かう

3:このまま手を繋いで向かう


>>97

96 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/13(月) 03:19:24.32 ID:0SAAm99u0
踏み台
97 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/13(月) 03:27:52.99 ID:V0rYhPwY0
1
98 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 03:54:48.61 ID:grI1dH9y0

>>97


おもむろにサンディの前で屈んでみた。案の定、彼女は意図が分からぬようで。

頭にクエスチョンマークが浮かんでいるのが想起される。


「キリンの所までちょっと距離があるから、背中に乗っかっておいで」

「ふぇっっっ!?」


目を丸くして驚いている。まぁ今までの傾向から、すぐすぐ乗らないであろう事は予想していた。


「はい、じゅーう、きゅーう、はーち……」

「あ、あわわ……!」


謎のカウントダウンをしてみる。もちろんゼロになっても何も起こる筈など無い。

だが急に始まった事によりサンディはあわあわと焦っている。

残りカウントが五秒を切ったところで、意を決したような声が後ろから聞こえてきた。


「えいっ!」


という掛け声と共に、背中に筋張った感触を覚える。

首元に締まる細い手、後頭部に感じる顔の輪郭骨。

彼女が勢いよく飛び乗ってきたようだ。バランスを崩さなかった自分を少しだけ褒めたい。

立ち上がってみると本当に何か背負っているのか疑わしいほど負担もなく。有り体に言って軽すぎる。

冬の身支度で先日押入れから引っ張ってきた羽毛布団のほうがよほど手ごたえがあった。

背中でサンディが狼狽しているのが分かる。腕に抱えた足元がバタバタしているから。


「あ、す、すいません……。 重いですよね、重いですよね!! すぐ降りますから、調子に乗ってすいません!」

「サンディ、そのまましっかり掴まっててね」

「へ?」


足を腕にかっちり挟んで固定したまま、それいけと言わんばかりに馬になった気持ちで僕は走り出す。

うひゃぁ、と可愛い悲鳴を聞きながら、そのままキリンが見物できるコーナーを目標に駆け出していた。

年端もいかない子を背中に抱えたアラサー男子。

傍から見たらどんな絵面になっているだろうか。

犯罪の香りだけはしませんように。

何と言われようと今くらいは彼女の為に只のお兄さんになってやる。

動物園にいる間くらい、普段の渋くてダンディを纏うハードボイルドな自分は休憩しておくことにした。


 
99 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 04:08:49.20 ID:grI1dH9y0

普段から鍛えている事が功を奏し、息を切らす事無く目的地に到着。

背中からサンディを降ろしてみれば、なんだか嬉しそうな顔をしていたのに気づく。

どうしたの、と訊ねてみると。


「お兄さん、すごい。しゅぱぱぱぱ、って、まるで飛んでるみたいでした」

「足の速さをそこまで喜んでくれるのは予想外だよ」


幼い子は足が速い男子が好きとはいうが。サンディも例に漏れないということか。

それよりほら、と前を指さしてみた。


「わぁ…………!!」


実際に目の当たりにしたキリンに感嘆の声を上げた。

サンディの大きな目が目映くキラキラ光っているような錯覚を覚える。


「大きいですね」

「うん」

「首が長いです」

「うん」

「目がぱっちりしてて、かわいいです」

「そうだね」

「かわいい……かわいいなぁ……」


嬉しそうにサンディはキリンを見つめている。

そんな彼女の気持ちなど何処吹く風で、キリンはマイペースにエサを食んでいる。

むっしゃむっしゃと食べるその様までたまらないようで、僕の服の裾をくいくいと引っ張ってくる。


「キリンがエサを食べてます」

「うん、食べてるねぇ」

「可愛いです」

「うん、可愛いね」

「あ、こっち見ました。可愛いです」

「そうだね」

「あ、かわいいです」

「うんうん」



当初会った頃から日本語が堪能だと思っていた彼女だが、どうやらキリンを見ていると語彙力が低下していく事が分かった。

 
100 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 04:24:03.27 ID:grI1dH9y0

サンディは僕の服の裾を掴んでいる事にも気づかずに、夢中でキリンを凝視している。

そしてキリンを見始めてしばらく時間が経過した。

どれくらい過ぎたのかというと、僕は目蓋を閉じても黄色と茶色のまだら模様が浮かぶくらいずっとそこにいた。

それから更に時間が経ち、園内のチャイムから本日の業務時間がもうすぐ終わる放送が流れて来た。

僕はそこで意識をようやく取り戻す。

隣のサンディはまだずっとキリンの様子を目で追っていた。


「サンディ、もうすぐ動物園が閉まるんだって」

「…………」

「サンディ、サンディさん」

「…………」

「おーい、さーんでぃー」

「……はっ! す、すいません!キリンさんを見るのに集中していました!」


頭をびくんと縦に振ってサンディは僕を見つめてくる。

そして、ようやく自分が服の裾をがっしり掴んでいた事に気付いたようだ。頬を真っ赤にして慌てて手を放した。

なんとも微笑ましい。


「よし、じゃあ帰ろうか」

「は、はい……」


彼女は頷くものの名残惜しそうにキリンに何度か視線を送っている。

別に悪い事をしていないのだが、なんだか申し訳ない気持ちが沸き起こる。

そこで一つ妙案が浮かんだ。


「帰る前に寄りたいところがあるんだけれど、いいかい?」

「もちろんです。何処までもお供します」


軽くガウチョパンツの端をつまんで、恭しく一礼。

奴隷の頃にメイドの立ち振る舞いでも訓練していたのだろうか。

堂に入ったその動きは長い間培ってきた何某を思わせる。

彼女が辛かったであろう頃の面影が脳裏をよぎったので軽く頭を振り、

僕はサンディを動物園の売店まで連れて行く事にした。

 
101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 04:40:09.68 ID:grI1dH9y0


サンディを店の入り口で待機させて、僕は閉店の準備で忙しそうな売店に滑り込む。

店員に心の中で謝りつつも目当ての品を探してみた。

お土産コーナーの一角にそれを見つけ、プレゼント用に包んでもらう。

これ以上手数をかけないようお店を足早に後にして、外で待ってくれたサンディに駆け寄る。


「何か探していたものは買えましたか?」

「うん、どうにかね」

「それは何よりです」

「サンディ、手を出して」

「?」


疑問には思っただろうが、大人しく彼女は右手を差し出してくる。

その手の平に僕はラッピングされたものを置いてみた。彼女の手に包まるくらいの小さなサイズだ。


「これは?」

「まぁ、ラッピング破って開けてみてほしい」


言われたように彼女は丁寧にラッピングを解いていく。

そして、その全貌が分かったとき、息を飲んだ。


「これ、は……」

「キリンのキーホルダー。安物だけれど、今日の記念って事でさ」

「これ、わたしに……?」

「僕が使えるにはちょっと年を取り過ぎたからね」


あまりこういうのを誰かにしたことが無い身なので、照れ隠しに頬を軽く搔いてしまう。

好みかどうか分からないし、勝手に買ってしまった物だから受け取って困ってなければいいな、と心配ばかりが浮かんでくる。


「…………私の、生涯の、宝物が、………出来ました」


キーホルダーを両手に包んで、それを胸の真ん中に添えて、彼女は言う。

瞳からは感情が零れている。ぽろぽろと、ぽたぽたと。

感情は数値化されないから分からない。様子でだけしか判断できない曖昧なものだけれど。

サンディは、喜んでくれた。そうだと思う。

彼女の心に少しでも届いたのなれば、そうであれば、僕も嬉しい。

 
102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 04:52:49.95 ID:grI1dH9y0

閉園時間のギリギリで僕らは動物園を後にした。

一日ずっと歩き詰めになるかと思ったが、サンディがあそこまでキリンが好きとは思わなかった。

おかげでそんなに動かずに済んだ。

まだ暮らし始めて二日目だが、今日で好きな動物が一つ分かった。

こうやって、少しずつ、互いに互いを知っていけたらいいと思う。

サンディが幸せになりますように。

出会って間もなく、知り合ってすぐではあるけれど、僕は切に思っている。


今こうして車に乗って帰路に着くなか、無表情に街のネオンをずっと見つめる彼女にふと問いかけてみた。


「ところでさ、サンディ」

「どうされました?」

「キリン、好きなの?」

「はい」

「どの辺が?」

「……強いて言うなら、耳ですね」

「……マニアックだね」



僕らの二日目は、こうして緩く終わっていく。


別れの日まで、約三百六十二日。



 
103 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 05:03:27.81 ID:grI1dH9y0
一旦休憩。安価協力に感謝をば。
今後の二人の動向等を安価で検討してまして、その際にも助力を頂けると有り難い限り。
104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 06:05:24.94 ID:grI1dH9y0

【連れて行きたい場所】

>>105


【視点:男 or サンディ】

>>107


【二人の寝床:一緒 or 別々】

>>109

105 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/13(月) 07:25:27.02 ID:+6uoFwsAo
ケーキバイキング
106 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/13(月) 08:41:28.83 ID:rRg8hJyA0
サンディ
107 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/13(月) 08:47:02.44 ID:RXltBsd90
サンディ視点
108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/13(月) 08:51:48.24 ID:11Jw7LYl0

kskst
109 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/13(月) 08:53:09.63 ID:rRg8hJyA0
一緒
110 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/11/13(月) 09:19:11.21 ID:4CIw6SJTO
wktk
111 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 12:06:41.48 ID:grI1dH9y0

【連れて行きたい場所】

ケーキバイキング


【視点:男 or サンディ】

サンディ視点


【二人の寝床:一緒 or 別々】

一緒



承知しました。ケーキバイキング、良いですね。
時間を空けてから再開しますので少々お待ちを。
 
112 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2017/11/13(月) 20:18:53.28 ID:HN4dMpxeo
>大人二枚と子ども一枚ですね
店員のお姉さんついて来ちゃったかな?
113 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/13(月) 21:17:27.55 ID:VwXDTvtEO
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114 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/13(月) 21:57:09.80 ID:grI1dH9y0
>>112
お分かりいただけただろうか……。
すいません、言われて初めて気が付きました。推敲も無しに投下して申し訳ない。
こんな感じの文章ポロポロあると思いますが、即興で書くライブ感ゆえの弊害と捉えてもらえると幸いです……。
115 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/11/13(月) 22:14:12.39 ID:jF03+OFUO
分かってたけどスルーするのがマナー
116 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/14(火) 06:10:40.98 ID:OiSFZpw30



私の名前はサンディ。名前だけしか持たない奴隷。

遠い昔にどこかの港町で母と暮らしていたような気がする。

以前の記憶は曖昧で、全ての事柄に薄ぼんやりとした霧がかかっているみたいだが、

私自身としては振り返るつもりが毛頭ない。

どこで、何をして、どんな事をされてきたのか、

思い出しそうになると凄まじい嘔吐感を覚え、腕の皮膚を搔きむしりたくなってくる。

だから昔は思い出さない事にした。

綺麗だった母の顔も、もしかしたら居たかも知れない友人も、あの懐かしい磯の香りも。

それはきっと。

逃げる事すら許されなかった私の脳内で生まれた、愚かな幻。

きっと実際は暗い橋の下あたりで拾われて今に至るのだろう。

一番鮮明な記憶は、鞭を振るわれた背中の痛み。

人生で残せてきたのは、体に刻まれた醜い傷跡だけ。

幸せの意味さえよく分からないまま、ずっと長いあいだ虐げられてきた。


日本へ売り飛ばされる際に乗ってきた船で、あの人に出会うまでは。

 
117 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/14(火) 06:25:43.02 ID:OiSFZpw30


私は夢を見ない。

恐ろしい夜が早く過ぎ去りますようにと願いながら目を瞑り、そのまま気づけば朝になっている。

夢で起こる事柄はどれもひどいものばかりで、いっそ見なくなればいいと思ってから随分経った。

私はいつも夜に電源が落ちて、朝に電源が勝手に点く機械のようなものだ。

何某かの夢を見ているのかも知れないが、思い出すつもりもない。


ちゅんちゅん、と鳥の囀りがどこか遠くから聞こえてくる。

目蓋の重さをこじ開けるように見開き、朦朧とした意識が徐々に温まってきた。

掛け布団の重さに未だ違和感を覚えながらも、そのままむくり、と目が覚める。

時刻を見ると朝の六時四十分。

七時までに起きてくれば朝ごはんの準備をするよ、とはお兄さんの言伝。

ふかふかのベッドから身を起こして、先日購入してもらった部屋着に着替える。

部屋の出口にある姿見に映るのは、煤や垢まみれのみすぼらしい姿な自分ではなく、

きちんとした身なりで、まるで人並みの生活を過ごせているかのような私。

そのまま右の頬をむにゅ、と摘まんでみた。姿見の自分の滑稽な顔が見える。

そして少し力を入れてみると。

良かった、痛い。


私は夢を見ない。

ただ、今のこの現状は、まるで夢を見ているようで。

どうしようもなく胸がいっぱいになる。

 


118 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/14(火) 06:35:52.28 ID:OiSFZpw30

事務所に繋がる扉を開けると、鼻腔を何やら良い匂いがくすぐってくる。

この香りはいつもお兄さんが飲んでいるコーヒーというものの匂いらしい。

鼻先だけで苦みを覚えてしまいそうなのに、それが無骨に心をほぐしてくれる。

香りの出処は、ソファで新聞を広げている人物からだった。

その方は私が起床してきた事に気が付くと、新聞を置いて、ふわりとたわむような優しい顔を見せてくれる。


「おはよう、サンディ」


この笑顔を朝から見ると一瞬で目が覚める。それと同時に、何故だか胸の動悸まで起こしてくれる。

おはようございます、と敬意を込めて一礼を交わす。

そのまま目線をずらして暦を見ると、今日の日付は十一月二十五日。

お兄さんの下にお世話になり始めてから二週間が経過していた。

 
119 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/14(火) 06:55:31.28 ID:OiSFZpw30

お兄さんはコーヒーを軽く啜り、再び新聞に目を通し始める。

前にちょっとだけ飲ませてもらった時はとっても苦かったけれど、

私用に改めてコーヒーを淹れ直して、それにミルクと砂糖を混ぜてくれたら

驚くほど美味しい飲み物に変わったのを覚えている。

でもお兄さんはコーヒーを真っ黒いまま飲めている。不思議だ。


「それ、黒いままでも美味しいんですか?」


なんとなく聞いてみる。お兄さんは困った顔をしながら答えてくれた。


「あんまり美味しくないね。僕は甘党だから、本当はミルクと砂糖があった方が好き」

「では何故に入れないのですか?」

「ハードボイルドのコーヒーはブラックと相場が決まっているんだ」


お兄さんは、ふふん、と鼻を鳴らすようなポーズでまたコーヒーに口をつけた。

ハードボイルド。その単語は聞いた事がないので辞書でめくってみた事がある。

卵の固ゆでが語源になった、冷静だったり冷酷だったりする人を現すらしい。

現状だとほぼ間違いなく正反対だと思う。

物腰も柔らかくて穏やか。誰かのために涙を流せる人。

お兄さんは、ソフトマイルドの方がしっくり来るような気がする。

そして、それを言ったら何となくお兄さんががっかりしそうなので、私はグッと胸に秘めておくことにした。

 
120 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/14(火) 07:12:26.25 ID:OiSFZpw30

新聞を読み終わったら徐に立ち上がってキッチンに向かうお兄さん。

私はカルガモのように後ろをとてとてとついて行く。

振り返って嬉しそうな顔をしながら私の頭を撫でて、今日の朝ごはんのリクエストを訊ねてきた。

私如きがご飯を食べるなんて滅相もない、というとお兄さんはとっても悲しそうな顔をするので、

その言葉を飲み込みながら伝える。

なんでもいいです。なんでも嬉しいです、と。

それが一番難しいなぁ、と顔をふにゃっとさせながらお兄さんは戸棚からフライパンを取り出した。

私も早く料理が出来るようになりたい。切にそう思う。

そのままお兄さんが朝食を作り、私がお皿を並べる。

これが朝食前の風景になり始めた。心の芯が温かい。また泣きそうになってしまう。

それから少々時間が経つと、部屋に美味しそうな匂いが充満してきた。


「では、サンディ。号令よろしく!」

「はい、では僭越ながら……いただきます」

「いただきます!」


いただきます。とっても良い言葉だと思う。

知識として前々から知ってはいたが、いざこうして自分が使う方の立場になるなんて思わなかった。

毎日三食のご飯を食べる事が出来ているのは今までの自分の人生では考えられない奇跡だ。

本当は日本に着いたときの船で起こった銃撃戦で既に私は死んでいて、日本でいう鬼籍に入ったのかも知れない。

それならそれでも構わない。

神様と一緒に過ごせているという事に変わりはないのだから。

 
121 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/14(火) 07:37:24.67 ID:OiSFZpw30

食事を終えてからのひととき。

緑茶の淹れ方は先日覚えたので、お兄さんに新茶の一杯を持っていく。

ソファで新聞に挟まれていたチラシを整理していたので、手元から少し遠ざけて置いてみた。

ありがとう、と一言が返ってくる。

たったこれだけで心の柔らかい所がグッと掴まれたような錯覚を感じる。

この感覚の正体をようやく最近思い出した。

うん、嬉しいのだ。純粋に。

お気になさらず、とお兄さんに返しつつも、私はキッチンに駆け込んだ。

感情の処理の仕方が分からないので、そのまま衝動に任せてぴょんぴょん跳ねてみる。

そして二度三度ほど跳ねたら急に気恥ずかしくなった。控えよう。

持って行ったお盆で口を隠すようにして、少し呼吸を落ち着ける。

これから何かお兄さんの役に立てるような仕事はないかと探していると、

お兄さんが私を呼んでいる声が聞こえてきた。

今行きます、と返事をして、また駆け足で向かう。ペタペタと音を立てるスリッパがもどかしい。

そして彼の元まで向かうと、折り込みチラシを読みながら訊ねてきた。


「サンディ、今日はケーキバイキングに行かないか?」


私は首をかしげた。ケーキは分かる。砂糖が宝石の形になる食べ物だ。

ただ、バイキングが分からない。大男の作るケーキという事なのだろうか……。

詳細の程はよく分からないが、お兄さんの嬉しそうな笑顔を見ると、体が自動的に首を縦に振っていた。


 
122 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/14(火) 07:49:06.92 ID:OiSFZpw30

車内にてバイキングがどういうものかを教えてもらった。

色んな食べ物をお皿にとって好きなだけ食べてもいいものだ、と。

信じられない。今までの食生活を鑑みれば眉唾ものだ。

だが、お兄さんが言うのならば嘘ではないのだろう。

いや、本当にそのような話があるのだろうか。

奴隷として飼われていた頃にそのような食事をするというのは

暗に最後の晩餐だと言わんばかりの事柄だから、何となく身がこわばってしまう。

元々死んでいるような身なので、もし今日がそれならば、せめてお兄さんの役に立ってから死のう。

そんな覚悟を決めて、“死地(ケーキバイキング)”へと歩みを進める事に。




そして目的地に着いたとき、桃源郷の意味を知った。


 
123 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/14(火) 08:08:40.47 ID:OiSFZpw30

「ふわぁ…………!」


思わず声が漏れる。

これでもかと言わんばかりに並ぶ、古今東西の様々なケーキ。

一口サイズのものから、ピース型、ホールごと丸々置いていたりと形もそれぞれ。

カットフルーツの傍にはチョコレートの噴水が湧き出ている。

ボタンを押すと温かいバニラの飲み物まであるようだ。

昔、遠い昔、絵本を読んでくれた人がいた頃、そこに描かれていたときの世界。

童話の中に迷い込んでしまったのだろうか。

取り皿を持ってみたものの、どれから取ろうかと悩んでしまう。

私が取ってもいいのかな。

首輪で繋がれていたような、畜生の扱いしかされていなかったような、浅ましい私でも。

わたしがさわっても、きたないっていわないかな……?

心にモヤがかかり、俯いてケーキの群れから背を向けようとしたら、

手元の取り皿にふと重みを覚えた。

そこには、一口サイズのショートケーキが置かれている。


「サンディ、なに食べる?」


朗らかな声で、お兄さんが笑いながらケーキを一欠片、取ってくれたのだ。

私の暗い気持ちなど素知らぬように。知っていても見ないフリをしてくれているかのように。


「これだけあったら迷うよね。僕もどれにしようかずっと考えてて、結局こうなっちゃった」


そして私に見せてくれたのは、取り皿にてんこ盛りのケーキの山。

所狭しと並んでいるどころか、三段くらい詰まれたそれは、見栄えなんか考えていませんと体現しているかの如く。

こんな量が食べられるのだろうか。周りの人もなんかヒソヒソお兄さんの方を見ながら言ってるような……。

大人なのに妙に愛らしい。まるで無邪気な子どものようだ。


「ぷっ……ふふ、ふふふ………あははは、あはははは!」


気付けば、私は笑っていた。笑ってしまった。

とても素直に笑えていた。


 
124 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/14(火) 08:20:17.28 ID:OiSFZpw30

「おいおい、急に笑うなんてどうしたのさ?」

「だ、だってお兄さん……ケーキ、取りすぎ……ふふ、うふふ……!」

「そ、そうかな? 甘党だったらこれくらい普通じゃないかな?」


お兄さんは困ったように頬を軽く掻いている。

本人が食べられるといってる分には問題ないのだろう。


「サンディ、君も気にしないで好きなだけ取ればいいよ」

「はい、お兄さん。いっぱいとって来ますね!」

「よしよし。じゃあ、先に席を確保しておくから、ゆっくり選んできてね」

「あ、ありがとうございます!」


お兄さんは手をひらひらと振って、そのまま飲み物コーナーに向かっていった。

私は軽く頭を下げる。そして、目の前に沢山ある宝石箱へ向かい合った。

軽くほっぺを摘まんでみると、ちゃんと痛かった。

夢じゃない。 嘘みたいだが、夢じゃない。

私もお兄さんを見習って、いっぱい、いっぱい、食べてみよう。

 
125 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/14(火) 08:23:09.34 ID:OiSFZpw30



「……」

「……」

「……サンディ」

「……はい」

「……食べ過ぎたね」

「……はい」



顔色が悪くなるまで食べた結果、帰りの車でグロッキーになっている二人がいた。


 
126 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/14(火) 08:36:33.25 ID:OiSFZpw30


帰りの車内でも甘い匂いが充満していたので、やたらと酔いそうになりながらも無事に帰宅した。

確かに食べ過ぎた節もあるが、ケーキそのものは美味しかった。本当に美味しかった。幸せだった。

折り込みチラシに入っていた「ケーキバイキング半額デー」には感謝してもしきれない。

ただ、お兄さんは食べ過ぎたのを非常に後悔していた。

どうやら私がちょっぴり具合が悪くなったのを気に病んでいたらしい。

こちらとしては、私を幸せにしてくれる人が縮こまってしまうと萎縮してしまう。

いつものソフトマイルド、もといハードボイルドに早く戻ってほしいものだ。


「ゴメンね、サンディ……」

「いえ、素敵な時間でした。今日みたいな光景を夢で見てみたいです」

「とりあえずお茶でも淹れるけれどさ、何か僕に出来る事ある?」

「何か、ですか?」

「うん、なんでも聞くよ」

「なんでも……」



なんでも、というのは難しい。

ご飯のリクエストでお兄さんが困っていた理由が今更ながら理解できた。

では、一つだけ。いつも思っていた事を言ってみようか。

叶うかどうか分からないし、とても恥ずかしい事だから、躊躇いはあるけれど。



「では、お兄さん」

「うん」

「そのですね」

「うん」

「あの、そのですね……その………」

「うん」

「夜は寂しいから……私と一緒に寝てください……」

「いいよ」


即決だった。

照れていた自分が今一番恥ずかしい。


 
127 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2017/11/14(火) 08:48:10.82 ID:OiSFZpw30


その日の夜。

私一人では広すぎるベッドが、有効に活用されるようになった。


「ん、そっちは狭くない?」

「は、はい……」


私の横にお兄さんが寝ている。

お風呂上りで石鹸の香りがする。

なんだか妙にそわそわして、顔がまともに見れない。

思わず掛け布団の中に頭まで埋まってみる。


「顔ださないと苦しくなっちゃうよ」

「あ、す、すいません……」


お兄さんから引きずり出された。

確かに少しだけ息苦しくなったので、ぷはっ、と声が出てしまう。

これは諦めるしかないのだろう。


「お、もう良い時間だね、そろそろ寝よっか。電気消すよ」

「分かりました」


お兄さんが手元のリモコンで消灯ボタンを押すと、部屋がオレンジ色の豆球で薄暗くなった。

顔が見えなくなる分、気恥ずかしさは緩くなるので有難い。

ふと頭に手の平の感触を覚えた。お兄さんが撫でてくれている。


「サンディ、おやすみ」

「はい、おやすみなさい」



私は夢を見ない。

恐ろしい夜が早く過ぎ去りますようにと願いながら目を瞑り、そのまま気づけば朝になっている。

夢で起こる事柄はどれもひどいものばかりで、いっそ見なくなればいいと思ってから随分経った。

私はいつも夜に電源が落ちて、朝に電源が勝手に点く機械のようなものだ。

何某かの夢を見ているのかも知れないが、思い出すつもりもない。


でも今日は。

今日みたいな幸せな日は。


夢をみたいな、と生まれて初めて思った。


 
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