男「元奴隷が居候する事になった」【安価有】

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475 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/04/02(火) 15:20:01.11 ID:YmoQ0jae0


「いいんですよ、別に。そもそもバレンタインとか今思い出したくらいです」


そう言いながら、ずずっとココアを一啜り。うん、甘くておいしい。

マスターはニヤニヤしながら、カウンターに置かれている沢山のチョコを

これ見よがしにと僕へ向けてくる。


「あぁ、俺も忘れていたクチだがよ。いい男の前には自然と集まっちまうみたいだぜ」

「それ全部マダム達からの義理チョコですか?」

「おぅよ。義理でも人情味がある分だけマシってなもんだ」


ぐぬぬ。皮肉を綺麗なカウンターで返されると切り返す言葉もない。

誤魔化すために再びココアを口元に運んでみた。

鼻腔をくすぐるカカオの香り、程よい温かさの後に舌先から広がる甘いテイスト。

義理人情のチョコとしては申し分ないほど美味しいのが難点だ。
 
476 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/04/02(火) 15:29:12.78 ID:YmoQ0jae0

「まぁでも、お前も一つくらいチョコ貰えるだろ」

「おあいにく様ですが、そんな人なんていませんよ」

「何言ってんだ。同居人の嬢ちゃんがいるじゃねぇか」


おお、サンディの事か。

今は例の如く喫茶店付近にある本屋で書籍を物色中な彼女だが、

果たして今日がそんなイベントだと知っているのだろうか。

テレビを好んでよく見ているので、バレンタイン特集とか放送されていたら

賢い彼女は色々と察してそうではある。


「どうでしょうね。もし知ってるなら有難く義理チョコを貰いたいところですよ」


僕がそう言うと、マスターは苦い顔をして軽くため息をつく。


「いや、嬢ちゃんの義理チョコねぇ……」

「友チョコくらい親近感を持ってくれてるなら尚更嬉しいですね」


僕の言葉を聴いたあと、マスターは振り返って洗い物のために炊事場に向かう。

その道中で何故か目頭を押さえる仕草を見せてきた。

こいつ相手は嬢ちゃんも大変だな、とカウンターの奥から聞こえてくる。

モテないハードボイルドはそんなに駄目ですか親父殿……。

 
477 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/02(火) 15:44:55.82 ID:YmoQ0jae0

そんな話をしていたら、カランコロンと来客を知らせる入口ドアのベルが鳴った。

噂をすれば何とやら。そこに居たのは、本屋の紙袋を抱えたサンディだった。


「お兄さん、お待たせしました」

「ううん、全然待ってないよ。何か良い本は買えた?」


僕の言葉に、サンディは軽く首を縦に振る。

そして嬉しそうにはにかんだ笑顔を浮かべてくれた。

言葉にせずとも十二分に買い物を堪能できたと分かる仕草だ。あいくるしい。

彼女をよく見ると頬と鼻が少し赤い。

外気の寒さから暖かいお店に入って血色がよくなった影響か。

いつまでも入口に立たせているのは申し訳ないので、手招きをしてカウンターに呼んでみる。

とてとて、とやや早めに歩いてきて、そのまま僕の横に着座。

耳までほんのり紅色している。これは思ったよりも外が寒そうだ。


「マスター、サンディにココア」

「あいよ」


奥の炊事場で洗い物していた彼に声をかけて、温かい飲み物が出てくるまでは小休止。

その間にさて何を話そうかなとサンディの方を向いてみると、はたと彼女と目が合った。

僕が向くまでにずっとこちらを見ていたのだろうか。

目が合った後は、ハッとした顔をして目をテーブルに伏せるサンディ。

まだまだシャイな所は相変わらずかな。それもまた可愛いらしくて良いところ。

うむ、これは友チョコを貰える線は薄そうだ。

 
478 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/02(火) 16:03:20.09 ID:YmoQ0jae0

今日も色々な本を購入しているのか、紙袋はパンパンになっていた。

行きつけの本屋のロゴが入った袋の他に、見慣れぬ名前のお店の名前の袋がある。

はてこれは一体何だろうと思いつつ、まずは買った本でも聞いておきたい。


「サンディ、今日は何を買ったの?」

「えっと、お料理の本と、お勉強の本です」

「そっか。自分の好きな本とか買えたのかい?」

「はい。お勉強自体は好きですし、最近はお料理も楽しいです」

「そうだね。サンディはどんどん料理上手になっているから、これからの食卓が楽しみだなぁ」


僕がそういうと、サンディはコクコクと首を縦に振りながら

お任せください、お兄さんの健康のためにも更に腕に磨きをかけます、と

片手に拳を軽く作る素振りで意気込んでいる。

その仕草を見て、うちの子本当に可愛いんですよ、と危うく絶叫しそうになってしまった。

最近本当に目に入れても痛くない程度にまでサンディの可愛さ度数が上昇しているから、

ちょっと気を緩めたらすぐお小遣いを上げそうになってしまう。

これって親戚のオジサン化現象らしいのよね。

ハードボイルド強度が下がってしまう行は程々にしたい事と、

金銭感覚を身に着けさせる意味合いで、その欲求はグッと堪えた。

ほんま魔性のガールやでサンディはん……。
 
479 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/02(火) 16:16:45.94 ID:YmoQ0jae0

ふっと目線を他の紙袋に移してみる。

何やら英語の表記で書かれているお洒落なロゴだ。

見た事のないお店だが、一体何を買ったのだろう。


「ねぇサンディ、そういえばもう一つの袋って何を買ったの?」


それとなく訊ねてみると、途端サンディの肩が跳ね上がた。

直後に彼女に現れる、顔全体の紅潮と、モジモジするような手の動く。

え、なに、ヤバイ代物なの。


「あ、別にそんな詮索するつもりとかないから、無理に言わなくてもいいよ」


僕なりの優しさを見せたつもりだが、それを聞いた瞬間に

サンディが体全体を僕の方に向けてきて、おもむろに紙袋を開けてきた。

そしてそこから出てきたのは。

丁寧にラッピングされた、チョコレートだった。


「そ、その! て、テレビで今日は親しい人に気持ちを送る日だと聞いたので!」


ラッピングされたリボンに挟まるように、メッセージカードが添えられている。

折り曲げられていて中身は見えないが、“お兄さんへ”というタイトルだけで

サンディが自分で書いたカードだというのが一目で分かった。


「ハッピー……バレンタイン、です……!」

 
480 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/02(火) 16:28:42.49 ID:YmoQ0jae0

天使はいるか、と聞かれたら。

眼前に降臨している、と今なら答えられる。

今まで貰ってきた義理チョコの中でも一番嬉しいチョコレートだ。

言葉にならない喜びをどう表現していいのか分からないから

サンディの頭をワシワシと撫で繰り回してしまう。

あわわわ、とちょっと髪が乱れながらも、気持ちよさそうな表情を浮かべる彼女が一層愛おしい。


「ありがとう、サンディ。大事に食べさせてもらうよ」

「は、はい……っ!」


幸せそうな、でもどこかでやり遂げたような顔をしているサンディ。

丁度そんなタイミングで、カウンター奥から気配がする。

どうやら注文したココアが出来上がったようだ。


「あいよ、お待たせ」

「有難う、マスター」

「あ、ありがとうございます」


マスターは僕の手元を見たあとに、サンディを見て破顔一笑。

サンディも彼を見ては何度もコクコクと頷いている。

なんだ、この一言も発さずに互いを察するようなやり取りは。

いつの間に二人とも仲良くなったんだろうか、などと少し気になったりもする。
 
481 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/02(火) 16:37:43.13 ID:YmoQ0jae0


まぁ、それはさておき。

僕は手元に備えていたサンディからの義理チョコをマスターに

借りを返すかの如くこれ見よがしにとちらつかせる。


「いやー、マスター。確かにいい男の前には自然と集まってしまうみたいですな」

「良かったじゃねぇか。なぁ、嬢ちゃん?」


そう言いつつサンディに話を振ると、当の彼女は真っ赤になった顔を隠そうと俯きつつ、

両手をマスターに向けてパタパタと振っている。かわいい。


「確かに、義理でも人情味があるとチョコの良さも一際グッときますね」


パタパタ振ってたサンディの手が止まった。

そして油の切れたロボットのようなぎこちなさで顔を上げ、マスターの方に向ける。

向けられた彼は片手で顔を覆いつつ、天を仰ぎながらも何某かのジェスチャーをサンディに返す。

あの阿呆には俺から言ってやろうか、的なモーションだ。

するとサンディは首をブンブン振って、ガッツポーズのような動きを取る。

これからも頑張ります、的なモーションだ。


「嬢ちゃん、そのココアは奢りだ……。ゆっくり飲みな……」

「ありがとう、ございます……」

「いいってことよ……」


僕の知らない所でハードボイルドが繰り広げられている気がする。

 
482 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/02(火) 16:49:05.50 ID:YmoQ0jae0


それからしばらく喫茶店でココアを堪能したのち、僕とサンディは帰路に就いていた。

帰り道の途中にある、街灯のオレンジ色に淡く灯る光が、僕らを緩く照らしてくれる。

サンディは僕の少し後ろを歩いているようだ。

がさがさと紙袋の擦れる音で、彼女がしっかりついて来てくれているのが分かる。

僕は僕で、サンディから貰ったチョコレートを割らないように

普段よりも注意深く歩いている。

鞄にしまったチョコレート、添えられたメッセージカードの真心が嬉しい。

僕もメッセージくらいは準備しておくべきだったかな。
 
483 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/02(火) 16:53:59.72 ID:YmoQ0jae0

一直線に長い遊歩道の中間あたりで、足を止めてみた。

誰もいない夜の狭間。静けさだけが僕らを包む。


「サンディ、おいで」

「はい」


あえて前を向いたまま呼んでみる。

少し小走りな足音が後ろから聞こえてきて、丁度僕の横に並んだ。

止まったままの僕を何事か、と彼女は覗き込んでくる。

そのタイミングで、僕は鞄から物を取り出した。

縦に長いそれは、黒を基調とした入れ物に赤色でラッピングがされている。

それを、サンディに渡してみた。僕なりの真心を。


「はい、ハッピーバレンタイン」

「……え?」

 
484 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/02(火) 17:08:57.94 ID:YmoQ0jae0

サンディは目を丸くして驚いている。

まさか自分が貰えるとは、といった心境だろうか。

昨今は男性から女性に送るバレンタインも珍しくないらしいので

僕からの小さなサプライズを送ってみた。


「い、いいんですか……?」

「いいも何も、君のためだけに準備したチョコだよ。受け取ってくれたら嬉しいな」


なんだか少々照れ臭い。いや結構照れ臭いなこれ。

サンディが僕にチョコ渡す前に顔が真っ赤になっていた理由が何となく分かった。

自身の耳が赤くなってそうだが、そこはハードボイルドらしく冷静に振舞っておこう。

そんな僕の義理チョコを受け取ってくれた彼女は、

胸いっぱいにそれを抱きしめている。

幸せそうに、幸せそうに、抱きしめている。

 
485 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/02(火) 17:10:51.20 ID:YmoQ0jae0

「じゃ、じゃあ用件も済んだことだし、帰ろうか」

「はい……!」


サンディは僕の横に並んだかと思えば、スキップするような足取りで軽やかに抜き去って

数メートル先の街灯の下まであっという間に辿り着いていた。

喜んでくれたのは素直に嬉しく思う。

こういう些細な喜びがある日々をもっと増やせていけるよう、僕なりの努力はしてみたい。

義理と人情で引き受けたサンディとの共同生活だけれど。

一握りくらいは愛を込めてもいいのかな。

そんな事を思いながら、サンディの待つ橙色の光が灯る街灯まで駆け出した。

 
486 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/02(火) 17:18:50.78 ID:YmoQ0jae0


〜 後日談 〜


サンディから受け取ったメッセージカードには、

沢山の感謝の言葉が綴られていた。

出会った頃に助けてもらった事から始まり、何でもない日々の中で本人すら覚えていないような

些細な気遣いの行動に関して等、とめどなく溢れるような沢山の感謝の言葉。


締め括りの文章に書かれていたのは下記の通り。



“私と居てくれてありがとう、おにいさん。 好きです。大好きです。”



それを夜中に読んでいた探偵は、

あまりの尊さにおうおう涙を零しながら、うわごとのように

「うちの子本当に可愛いんですよ……」を只々繰り返すだけのマシーンと成っていた。

 
487 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/02(火) 17:29:54.08 ID:YmoQ0jae0
「季節感」とかいう置いて行かれるためだけにある言葉よ。
ネタはあるものの書き溜めしていないと、どうしても時間がかかりますね。

業務多忙の日々も少し落ち着いたゆえ、久々に綴ってみまして。
読んでくださった方々が少しでも楽しんでくれたのなれば幸いです。

作業用BGMより一曲
https://www.youtube.com/watch?v=nS32IXrNgfw
488 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/04/02(火) 21:29:32.70 ID:Vjx0L5x2O

浄化される…
489 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/04/03(水) 01:20:56.84 ID:lIPkH7iso
いやー…尊い
490 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/04/03(水) 08:21:17.97 ID:AXP6EEd0O
更新乙です

あぁ、癒される??
491 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/04/03(水) 08:23:44.34 ID:AXP6EEd0O
せっかくの感想誤字ってる( ̄▽ ̄;)

でもこれで研修頑張れます
492 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/04/05(金) 22:04:36.33 ID:fCLfJEqw0
更新乙です
ソフトマイルドなお兄さんよりハードボイルドしてますねサンディさん…
493 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/01(水) 05:05:40.57 ID:XMZ3frEk0
令和記念
494 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/07(金) 21:00:08.85 ID:gsIZWItq0
保守
495 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/16(日) 13:23:48.74 ID:MPJ0sY3a0
まだ待ってますよ〜 (*^−^*)ノ
496 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/29(月) 19:57:10.56 ID:1u2H/ZMS0
保守
497 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/08/15(木) 20:46:17.00 ID:dn7JADrJ0
保守
498 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/09/18(水) 16:37:49.44 ID:W6AdXEGX0
保守
499 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/10/08(火) 11:41:58.30 ID:DAHSTfS1O
保守
500 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/11/07(木) 06:57:56.58 ID:37vZtoMZO
保守
501 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/01(日) 22:03:46.73 ID:qyKV0/ei0
保守
502 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/06(月) 16:51:00.93 ID:lpdju8Jx0
新年あけましておめでとうございます。
今宵どこかで投下をば。
503 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/06(月) 18:12:48.12 ID:uhGUIKFFo
あけおめ!
504 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/06(月) 20:50:20.17 ID:lpdju8Jx0
 
秋の兆しよりも、夏の名残が風に乗って頬を撫でてくる。

そんな九月の半ばを迎える暦の頃。

私は探偵事務所のテーブルで、とある同年代の子と一緒に向き合って勉強をしている。


体面にいる男の子の名前は、水瀬 真生(みなせ まお)くん。

先月の夏祭りで知り合ったばかりだが、

なんとなく彼とは非常に気が合いそうな気がしている。

日本語でいう“同好の士”とでもいうのだろうか。

いや、何か違うような気がするが、それに近い空気を感じるのだ。


>>444
 
505 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/06(月) 20:55:31.70 ID:lpdju8Jx0

彼は非常に中性的な顔立ちをしていて、

黙っていると女の子にも見えてしまう。

同じくらいの年の友人なんて殆どいないけれど、

テレビで見るような賑やかな子ども達とは違う、独特の雰囲気がある。

そんな彼を見つめていると、チラッとだけ目が合った。


「……なに?」

「あ、いや、別に……なんでも、ないです……」


ふーん、とだけ言葉を残して、マオくんは再びテーブルの下に目を落とす。

人の動向を見過ぎる仕草は失礼に値する。

昔そう教えられていた事もあり、反省をしつつ

私も机に敷かれた積本を崩す作業に戻ることにした。

カリカリ、カリカリと鉛筆が滑る音に紛れて

ペラリ、ペラリと本を捲る音が、私たちのいる空間に反響する。

とても静謐で淑やかな時間だと感じている。

マオくんとは出会ったばかりなのだけれど、あまり緊張しないのは

こういう空気を共有できるからなのかも知れない。
 
506 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/06(月) 21:01:10.70 ID:lpdju8Jx0

そのまましばらく時が流れて、私は本を一冊読み終えた。

さて次は何を読もうと考えていると、体面で机に噛り付いている子が目に入る。

ふと興味が湧く。マオくんが何を一心不乱に学んでいるのか。

そっと覗いてみると、どうやら国語の四字熟語を覚えるために

何度もノートに書きなぐっていたのだ。


私も日本語は文字通り叩き込まれながら覚えたのだけれど、

当時を振り返ると四字熟語は結構苦手だったりした。

慣用句と違い、漢字のみで形成される言葉の成り立ちがイコールで結び付けづらいから。

設問を間違えた回数分、シャープペンを腕に突き立てられた事もある。

私は無意識に左腕の少し肉厚になった傷跡に手を添えていた。

過去の記憶を思い出しそうになり、思わずぶんぶんと頭を振ると、

訝しげな表情でマオくんが見つめてきていた。


「なに? ……どこか痛いの?」

「え、う、ううん。大丈夫です、大丈夫……」


そっか、と言いながらも、チラチラと私を気にするように、

目が合う頻度が少し上がった気がする。

マオくん、優しいなぁ。
 
507 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/06(月) 21:07:00.63 ID:lpdju8Jx0

ただ、私がいることで彼の気を散らせてしまっているのなら申し訳ない限り。

ずっと勉強を続けているマオくんの息抜きになればと、

ほんの少し勇気を出して話しかけてみた。


「それ、何の勉強をしているんですか?」

「ん、塾。宿題とは別にテスト勉強してるだけ」

「へぇ……すごいなぁ。私、そういうのやった事ないから」

「そうなの?」


マオくんが不思議そうに首をかしげる。

何となく猫を想起させてくる仕草だなぁ。

私は、うん、と首を縦に振りながら、思っている事を口から紡いだ。


「ちょっとだけ憧れているんだ、学校みたいなこと」

「学校に来たことないの?」

「うん」

「そっか……」

「マオくんは、学校楽しい?」

「別に。俺は早く大人になりたいから、学校に居ること自体、なんかもやもやしてる」

「大人になりたいの?なんで?」

「それは、その、そう……何となく、かな。
 せ、背伸びしてるみたいでダサいよな……」


そう言いながらも、彼は耳を真っ赤にしている。

ふと笑顔の素敵なお姉さんが脳裏をよぎった。

きっと、好きな人に一秒でも早く追いつきたいんだ。


「わかります」


私は思わず口に出していた。
 
508 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/06(月) 21:12:26.37 ID:lpdju8Jx0

彼はきょとんとした顔で、私を見つめてくる。

次は私の鼓動が早くなる番だった。

何も考えずに零れた言葉、私の心。

言葉の裏に思い描くのは、私の神様。

あの人の横に並べる女性に成りたいから、私は大人になるまで生きていたい。

生きていたいと、願ってしまうのだ。


「君も、そうなんだ……」


コクリ、と首を振ってマオくんからの質問に答える。

何故か凄く恥ずかしい。耳まで真っ赤になっているのが分かる。


「じゃあ俺たち、戦友だな」


マオくんが、二カッと無邪気な笑顔を返してくる。

私は、ようやく彼が男の子と認識できたような気がした。

何故か不思議と嬉しくなって、返事の代わりに笑顔を向けてみた。


イザベル、クロエ。

わたし、友達ができたよ。
 
509 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/06(月) 21:15:35.35 ID:lpdju8Jx0

それから私とマオくんは、他愛もない話を交わしていく。

マオくんは学校の友達のこと。通っている塾のこと。

そして、お姉さんのこと。

私は基本的にお兄さんのことが話の内容として多くなってしまう。

そんな話の流れは、マオくんが勉強をしている四字熟語の事にスポットが当てられた。


「マオくんは何の四字熟語を勉強していたの?」

「ん、色々。 今は“岡目八目”ってのを覚えていた」

「岡目八目?」

「サンディにはあんまり馴染みないかもね。
 囲碁っていうゲームから生まれた言葉だし」

「それってどういう意味?」

「ああ、それはね……」


マオくんがその解答を告げようとしたその時、

探偵事務所の扉がきぃ、と音を立てて開いた。


「ただいまー。 二人ともお留守番ありがとね。
 アイス買ってきたから、お利口さん方は好きなの選んじゃって」


朗らかな声が私の鼓膜と心を震わせてくれる。

お兄さんの声だ!!
 
510 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/06(月) 21:19:14.86 ID:lpdju8Jx0

「おお、マオくん。勉強いつも頑張ってるね。
 お姉さんから『塾が始まるまでの一時間だけ預かってくれ』って頼まれてるし、
 時間がくるまでゆっくりしていっていいよ」


お兄さんはマオくんにそう告げると、

マオくんは、「……りがとざっす」と、小さな声でお礼を返す。

そしてお兄さんは手元のコンビニ袋を私たちに差し出してくれた。

マオくんが「先にいいよ、サンディ」と気を使ってくれるので

なんだか恐縮してしまって「ま、マオくんからいいよ!」と返事をする。

じゃあ遠慮なく、と言わんばかりにラムネ味のアイスバーを彼は選んだ。

残る一つはなんだろうと袋の中に手を入れ、それを取り出してみる。

私が選んだアイスは、千切ると二つになり、啜るように食べるものだった。

パ〇コと書いてある。

前にお兄さんと分けて食べた事があるが、チョコ味でとても美味しかったのを覚えている。

おもむろに袋からそれを取り出し、二つに分けてお兄さんに差し出す。

お兄さんは嬉しそうにそれを手に取り、余った手で私の頭を撫でてくれた。

嬉しさ半分、こそばゆさ半分。

いや、やや嬉しさが勝っている。体感の比率では8:2くらいか。

マオくんが何か考えながら私たちを見ているような気がするが、気のせいだろう。


「ありがとう、サンディ」


お兄さんは嬉しそうに言う。

わたしは、それが、とってもうれしい。
 
511 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/06(月) 21:24:58.75 ID:lpdju8Jx0


「でもサンディのご褒美で買ったんだから、二つ食べていいんだよ?」

「あ、そ、それはですね……今日読んだ本に……」

「何か書いてあったの?」

「“愛する人には、全てを注ぐの。何も見返りを望まずに。”って……」


視界の端でマオくんが、やるじゃん、と言わんばかりの顔をしている。

お兄さんがパ〇コを返そうとしたから、口から咄嗟に出た言葉なんだけれど。

愛などと大層な言葉を使ってしまい、恥ずかしさが止まらない。


「『献身』か。僕もそう在りたいな。いい本を読んでいるね、サンディ」


そういうと、またしても頭を優しく撫でてくる。

慈しむように触れてくるから、胸がいっぱいになってしまう。
 
512 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/06(月) 21:29:52.70 ID:lpdju8Jx0

アイスをガリガリと齧りつつ、何やら考えていたマオくん。

「ああ……そういう事ね……」と呟きながら、

ハズレの表記が出たまま半分残っているアイスを銜えつつ、テーブルを片付け始めた。

お兄さんはそれに気づいて、事務所に置いてある時計に目を向けた。


「もう塾の時間か。自分で気づけてえらいね。
 またこうしてサンディと一緒に遊んでくれたらうれしいな」

「はい、また来ます。 俺、サンディと気が合いそうなんで」


お兄さんは嬉しそうに、うんうんと頷いている。

そして勉強道具をすべて仕舞い込んだマオくんが、帰る前にそっと私に耳打ちする。


「大変だな……」

「なにが?」

「いや、なんでもない……。二人のおかげで、一つ勉強になったよ」

「?」



「岡目八目、ってやつ」
 
513 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/06(月) 21:37:52.89 ID:lpdju8Jx0
ご無沙汰しております。
またこうして、ゆっくりと綴っていけたらいいな、と。
たまには覗いてくれると嬉しい限り。
514 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/06(月) 21:42:15.94 ID:4RYyFHTu0

ずっと待っていたよ
515 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/06(月) 22:09:28.80 ID:uhGUIKFFo
おつおつ!
よろしくお願いします
こいつ…中々の察し、どこかのソフトマイルドさんは見習って?
516 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/06(月) 22:14:29.05 ID:lpdju8Jx0
感想を頂ける喜びを噛み締めつつ、
話を綴る楽しさを改めて思い出しています。
有難うございます。感謝。
517 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/09(木) 06:37:58.01 ID:eXxQ/tD40
あけおめ更新乙
518 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/01/09(木) 08:20:02.51 ID:utGKCd1V0
昨日読み始めて追いついたけどすごくいいねファンになったわ
519 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/21(火) 10:22:41.38 ID:cnAJyixHO
相も変わらずオサレだなぁ……
更新お疲れ様です
520 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/01/26(日) 10:51:19.00 ID:uZ4Ygj190
【二人のエピソード】  ※連れて行きたい場所、日常の一コマ、未来の話など

>>521


【視点:男 or サンディ or その他】

>>523
521 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/26(日) 11:22:49.25 ID:5H/sa4jy0
たまには仕事帰りのお兄さんを
522 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/26(日) 11:23:20.83 ID:xQE9gnT5o
イザベル、クロエ、会いに来た
523 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/01/27(月) 08:33:47.84 ID:TeAvOi/SO
サンディ視点で
524 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/03/04(水) 10:48:14.35 ID:KaEFgGcH0
保守
のんびりとお待ちしております
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