【オリジナル】ファーストプリキュア!【プリキュア】

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275 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:10:12.49 ID:nI3CgSSH0

「ロイヤリティに跪き頭を垂れるくらいなら、あたしは今ここで死を選ぶわ! さあ、撃ちなさい! そのカビの生えたありがたい光で、あたしを撃ってみなさいよッ!!」

 ゴドーは気づいていなかったが、それはもはや悲鳴のようだった。ゴドーの中にあるロイヤリティの記憶。忌々しい、忘れたくも忘れがたい、最悪の記憶。それが、ゴドーの中を渦巻いていたのだ。

 いつの間にか、恐怖はどこかへ吹き飛んでいた。ゴドーは己の言葉に戸惑いの表情を浮かべる伝説の戦士に向かい、駆けだした。

「ご、ゴドー! いきなりどうしたの!?」

「うるさいうるさいうるさい!! 目障りなロイヤリティの光を、あたしに見せるなッ!!」

 ゴドーはすでに、考えることをやめていた。己の頭が示す嫌悪感のまま、己の憎しみという欲望を果たさんと突き進む、ただひとりの戦士だ。キュアグリフとキュアユニコが、迫るゴドーに向けて手を差し出す。それが示すのは、ロイヤリティの光が己を浄化するということだというのに、それでもゴドーは止まらない。憎いロイヤリティに向け、突き進む。

「ゴドー!!」

 キュアグリフの声も、すでに悲鳴のようだった。彼女は今にも泣きそうな顔をしていた。しかしそんな彼女とキュアユニコの手には、すでにロイヤリティの浄化の力が集まっていた。

 そして、ロイヤルストレートの清浄なる光が、ゴドーへ向け、放たれた。

(ああ……) 眼前に迫る清い光にゴドーは己の死を悟った。(あたし、これで終わりなんだ)

 このまま、ロイヤリティの光に浄化され――、



「――そろそろ試してみたかったところだ」



 深く暗い声とともに、目の前に降り立つ漆黒の影。何が起きたのか、すぐには理解できなかった。

「……はァッ!!」

 裂帛の声。影が長大な剣を振り上げ、眼前に迫るロイヤリティの光に、その漆黒の刃を突き立てた。

 どこまでも清浄で、どこまでも苛烈なロイヤリティの光は、その漆黒の刃を前にふたつに分かたれた。ゴドーの両脇をかすめ、あまりにも呆気なくかき消えた。

「あんた……」

 ゴドーは、自分を守るようにプリキュアに立ちはだかる、その漆黒の背中に向け声をかける。

「ど、どうして……?」

「偶然私が通りかかって良かったな、ゴドー」

 彼は振り向きもせず、そう応じた。

「まぁおまえのことだ。私が助けるまでもなく、ロイヤリティの光などはじき返していただろうが、な」

「…………」

 彼の励ましとも嫌みともつかない言葉に、ゴドーはどうとも返せなかった。

「……ふん、つまらん」

 彼は見切りをつけるように言うと、再びプリキュアと対峙した。

「久しぶりだな、プリキュア」

 ――その名はゴーダーツ。深く闇の欲望に根ざした、アンリミテッドの戦士である。
276 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:10:44.39 ID:nI3CgSSH0

…………………………

「ゴーダーツ……!」

 プリキュアにとって、少なからず因縁のある相手である。出で立ちは、グリフもユニコもよく知るゴーダーツそのものだ。

 しかし、何かが明確に違う。

「礼を言うぞ、プリキュア。これではっきりした」

 その身に纏う雰囲気が明らかに異質なものだった。

「貴様らロイヤリティの光は、我が剣の前には無力だ」

「何を……!」

 ユニコはゴーダーツを睨み付ける。

「それなら、もう一撃よ! いくわよ、グリフ!」

「う、うん!」

 唐突なゴーダーツの登場に頭が追いつかないグリフは、ユニコの言葉でようやく我に返り、繋いでいる手にぐっと力を込める。

 ふたりの絆の力が新たな光を生む。それは圧倒的な、ロイヤリティの清浄なる光だ。

「私にとって、その力はもはや脅威ではない」

 言葉を紡ぐときには、ゴーダーツはすでに跳んでいた。

「しかし、黙って撃たせると思うか?」

「っ……!」

 ゴーダーツの漆黒の凶刃がふたりに迫る。とっさに両手をかざし、ユニコが “守りぬく優しさの光” の壁を作り出す。青く優しい光は剣を受け止めた、かのように見えた。

「この程度の壁、破れぬと思ったかッ!」

「キャッ……!」

 ゴーダーツの剣は、あまりにも呆気なく光の壁を切り裂く。その余波だけで、グリフとユニコは後ろへ吹き飛ばされた。

「キャアアアアアアアアアアアア!」

 まるで巨人の手で、“守り抜く優しさの光”が無理に引き裂かれたようだった。ゴーダーツは倒れ伏すグリフとユニコを睥睨し、確かめるように自らの手を握った。

「……私はもう、過去を見返すようなことはしない。されど、私自身の欲望のため、今一度過去を利用する。ただ、それだけだ」

 ゴーダーツの言葉の意味は分からない。意味は分からなくとも、彼がただならぬ覚悟を決めてその場に立っていることは嫌でも理解できた。そうでなければ、ロイヤルストレートを切り裂き、“守り抜く優しさの光”を破ることなど到底できないだろう。
277 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:11:10.47 ID:nI3CgSSH0

「ぐっ……」

 グリフは振り返る。すぐ後ろに、気を失ったままのともえがいる。そのともえを庇うように立つ、ブレイとフレンがいる。そして目の前には、長大な剣を構え、悠然と自分たちに向け歩を進めるゴーダーツがいる。

 どうすればいい。

 どうすれば、大切な妹を守ることができる。

「安心して、グリフ」

 その落ち着き払った声は、傍らから聞こえた。ユニコが少しの焦りも見せず、悠然と立ち上がった。

「あなたはともえちゃんを安全な場所まで移動させて。ブレイとフレンもお願い」

「ゆ、ユニコはどうするの?」

「ゴーダーツを食い止めるわ」

 ユニコは事も無げに言い切った。

「そんな、無茶だよ! ゴーダーツは、さっきロイヤルストレートも切り裂いたんだよ!? ユニコひとりでなんて行かせられないよ!」

 グリフの必死な言葉に、けれどユニコは、笑った。

「ありがとう。わたしを心配してくれるのね。でも大丈夫。私を信じて、“ゆうき”」

 凄絶な笑みだった。それは、歓喜に心の底から打ち震える、凄まじいほどに美しい、笑顔!

「わたし、あなたのために戦いたいの。親友のために、戦いたいの!」

 世界が空色に染まる。それは見るものすべてを暖かく、清々しく、心地よく包み込む、優しさの光。

“守り抜く優しさ” そのものの光。

「何が起こってるっていうの……!?」

 ゴドーの言葉はすでに悲鳴に近い。あまりのことに思考が追いついていないのだ。

 しかしそのゴドーの正面で、まるでプリキュアからゴドーを守らんとしているかのように立ちはだかる戦士は揺るがない。

 動じもしない。

「…………」

 己の内に憎しみの炎を宿し、己のなすべきことを見据え、己の欲望にのみ従うと決めた闇の戦士に、恐れはない。

「……ゴーダーツ」
278 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:11:54.21 ID:nI3CgSSH0

「そこで見ていろ、ゴドー。これが、我々が敵対して “しまった” ロイヤリティの戦士の力だ。我々アンリミテッドが倒さねばならぬ、圧倒的な力だ」

 揺るがぬゴーダーツの言葉に、ゴドーはユニコを見据える。手がふるえる。歯の根も微妙にかみ合わない。そう、まぎれもないことだ。ゴドーは恐れている。目の前に広がっていく、ロイヤリティの美しい力を。

「折を見てアンリミテッドへ撤退しろ、ゴドー。あれは、危険だ」

「えっ……」

 短くそう言うと、ゴーダーツはゴドーの返事も待たず、視線を再びキュアユニコへ戻した。

「……行くぞ、キュアユニコ! 我が剣の腕、そしてデザイア様から賜ったこの業物の切れ味、しかと味わうといい!」

 ゴーダーツは低く唸り、ロイヤリティの優しさのプリキュアに向け、跳んだ。

「……ええ、来なさい、ゴーダーツ! そして、私の優しさを! プリキュアの光を! 受け取りなさい!」

 優しさのプリキュアが身を捻り、そして――、



「――優しさの光よ、この手に集え!」



 空色の光がキュアユニコの手に集約する。その光はまるでそうなることが当たり前であるかのように、ひとつの形を成す。

「きれい……」

 気を失っているともえを抱えて、グリフはその光が変化していく様を目の当たりにした。それはグリフ自身がすでに経験したことではあったが、それを心を許した相棒がやっていることが、グリフの心を歓喜で包み込んだ。

「あれが……あれこそが、ユニコの……」

「そうニコ」 いつの間にか、グリフの傍で、フレンが大きな瞳に涙を溜めていた。「あれこそが、優しさの……!」

 そして、フレンは力一杯叫んだ。

 己のプリキュアに。己を守ってくれるプリキュアに。

 届けと。有らん限りのこの想いをすべて、叩き込まんと。

 フレンは叫んだのだ。

「行くニコ! ユニコ! 行くニコーーーーーーーーー!!」

 それがユニコに届いたかは分からない。けれど、グリフは見た。ユニコがほんの一瞬、グリフとフレンに目を向けて、小さく頷いたのだ。


「カルテナ・ユニコーン!」


 現れるは一振りの剣。雄々しき一角獣を模した空色の剣。

 伝説の戦士のみ持つことを許されるという、伝説の中の伝説。

 それこそが、カルテナ。優しき守りの剣、カルテナ・ユニコーン。
279 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:12:19.99 ID:nI3CgSSH0

「はぁああああああああああああああああああ……」

 ユニコが低く吼える。それに呼応するように、カルテナの周囲に空色の光が集う。

「あれが、カルテナ……ロイヤリティの伝説の中の伝説……」

 そしてそのユニコへ、ゴーダーツの凶刃が迫る。

「だが、それでも俺は……ッ!」

 ユニコとゴーダーツの視線が交錯する。空色の光を纏うユニコと、暗き闇を背負うゴーダーツ。両者は、その直後に激突する。

「わっ……」

 空気が震える。キュアユニコのカルテナとゴーダーツの大剣が激突した余波だ。グリフの身体すら大きく揺るがしたその大気の震えに、グリフは慌ててブレイとフレンを拾い上げ、肩に乗せる。

「す、すごい……」

 そして、グリフは幾たびにも及ぶ衝撃を身体に浴びながら、見た。

 ゴーダーツが長大な大剣を振るう。それに呼応するように、ユニコがカルテナを振るい、受ける。青き清浄なる光を纏う優しさのプリキュアは、ゴーダーツの圧倒的な力さえも、その優しさで受け入れているようだった。

「さすがは優しさのプリキュア、さすがはその真価たるカルテナ・ユニコーンといったところか」

「くっ……なんて強さなの……!」

 お互いに一歩も引かない剣戟は、間合いを置く刹那の間だけ静けさを生む。言葉数は多くはない。お互いの力を認め合った上で、闇と光の戦士は再びぶつかり合う。

 闇が光を飲み込まんとするように。

 光が闇を包み込まんとするように。

 黒い闇が光を蹴散らし、それでもなお白い光は、闇をも守らんと包み込む。ゴーダーツの強大な欲望の闇と、キュアユニコの苛烈な優しさの光が生まれては消え、また生まれては消え、闇と光の剣戟を彩るように空を舞う。
280 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:12:47.24 ID:nI3CgSSH0

…………………………

「撤退しろ、ですって……?」

 手が震える。

「逃げろ、ってことかしら……?」

 足が震える。それどころか、体中が震えている。

「舐めんじゃないわよ!」

 それでも、ゴドーにも譲れない一線がある。せめて、一矢報いなければ。

 その視線の先にいるのは、キュアグリフだ。
281 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:13:20.30 ID:nI3CgSSH0

…………………………

「すごい……」

 二言目にも、同じ言葉しか出なかった。グリフの目から見ても、ゴーダーツとユニコの激突のすさまじさが見て取れた。

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

「わっ……」

 そちらに目を奪われている場合ではない。背後から聞こえた怪物の叫び声に、グリフは気持ちを切り替える。

「あたしだって……」 ウバイトールの傍らに、震える足で立つ小さな影があった。「あたしだって、アンリミテッドの戦士よ!」

 ゴドーである。怖いのだろう。震える両足は今にも崩れ落ちそうだ。それでも、彼女は立ち上がったのだ。立ち上がり、立ち向かおうとしているのだ。

「やっちゃいなさい、ウバイトール!」

「グリ!」

「ニコ!」

「っ……」

 ブレイとフレンがグリフの肩にしがみつく。グリフは素早くともえの身体をしっかりと抱えると、後方へ飛びすさった。

「ゴドー! わたしも、今回は怒ってるんだからね!」

「へえ、その割には怖くないわね! どっかの優しさのプリキュアと違って!」

 後方へ飛んだグリフを、巨体のウバイトールが追撃する。それに合わせるように、ゴドーもまたグリフへ飛びかかる。

「っ……」

「あんた、弱いんじゃない? 全然怖くないしっ!」

 まるで子どもだ。それこそ、もしかしたらともえより幼いかもしれない。どこか微笑ましさもあるゴドーの言動を、けれど今ばかりは許すわけにはいかなかった。

 グリフにとて、譲れない一線はある。そしてゴドーは今回その一線を越えてしまったのだ。

 両手にはともえ。両肩にはブレイとフレン。そして目の前にはウバイトールとゴドーが迫る。絶体絶命の状況だ。それでも、グリフは前を見据え、心を奮い立たせる。

「負けるわけにはいかないから……!」

 ウバイトールの追撃の手を蹴り飛ばし、空中で身を捻り、ウバイトールの本体へ突撃する。

「なっ……!」

 まさかグリフが、ともえを抱え、ブレイとフレンを肩にしがみつかせたまま反撃に転じるとは思っていなかったのだろう。ゴドーがうろたえる。グリフのドロップキックがウバイトールを吹き飛ばす。
282 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:14:45.96 ID:nI3CgSSH0

(大丈夫……わたしだって、何も考えずにプリキュアやってるわけじゃない!)

 グリフとて、ともえたちを危険な目に遭わせたくはない。それでも、立ち向かわなければやられてしまう。ユニコは自分のために戦うと言ってくれた。グリフはその言葉に報いなければならないのだ。

「キュアグリフ!」

「……ゴドー。わたしは、あなたを絶対に許さない」

 着地したグリフは、ともえをそっと寝かせ、ブレイとフレンをその傍らにそっと下ろす。

「ブレイ、フレン、ともえのことをお願い」

「わ、分かったグリ!」

「任せるニコ!」

 先のグリフの行動が怖かったのか、ブレイは震えていた。それでも、グリフの気持ちに応えようと頷く姿は、勇敢以外の何物でもない。

「ありがとう」

 ユニコがいる。ブレイがいる。フレンがいる。グリフはひとりじゃない。一緒に戦ってくれる、頼もしい仲間たちがいる。

「ウバイトール!」

 悲痛とも思えるゴドーの叫び声。その呼び声に応じ、かなたへ吹き飛んでいたウバイトールが、再びグリフへ向かう。グリフは誇り高き王子と王女に微笑むと、ゆっくりと立ち上がった。

「ゴドー、わたしは負けないよ」

「な、何を! そんな足手まといが後ろにいて、何ができるのよ!」

「何だって、できる」

 グリフの静かな言葉に、ゴドーが半歩下がる。

「な、何よ……!」

「怖くなくたっていい。想いは絶対に、伝わるから」

 そして、想いを伝えるための力はこの手にある。大切な仲間からもらった、大切な力が、この手にはある。
283 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:16:02.17 ID:nI3CgSSH0

「勇気の光よ! この手に集え!!」

 薄紅色にきらめく“立ち向かう勇気の光”。グリフの身体をとりまくその光は、グリフの心に勇気を与えてくれる。

「カルテナ・グリフィン!」

 グリフの手に握られる、翼をかたどった剣。グリフを取り巻いていた光が、明確な形を背中に作り出す。薄紅色の翼、それは雄々しきグリフィンの翼だ。
「翼持つ勇猛なる獅子、グリフィンよ! プリキュアに力を!」
 駆け抜ける姿は、さながら勇気のシンボル、神獣グリフィンそのものだ。

「プリキュア・グリフィンスラッシュ!」

 自らに突き進んできたウバイトールに、接触ざまにカルテナを一閃する。

 まとった翼がはためき、切り裂かれたウバイトールは消滅する。

「っ……覚えてなさいよ! あたしは、あんたに負けたわけじゃないんだから!」

 捨て台詞を吐いて、ゴドーは中空にかき消えた。

「わたしも、勝った気はしないよ……」

 ゴドーが消えた瞬間、身体中から力が抜けたようだった。

 何かがアスファルトの上に落ちる。グリフは、それを拾い上げ、思い出す。

 それは、記憶の片隅に残る、可愛らしい髪飾りだ。

「ユニコ……」

 ユニコを助けなければ、と思うのだが、身体が動かない。ダメージと疲労が、安心感のせいで一斉にやってきたように思えた。しかし、次の瞬間、身体は自然と動いていた。

 グリフの視線の先で、ユニコがゴーダーツの力任せの剣戟に、大きく吹き飛ばされたのだ。
284 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:16:46.34 ID:nI3CgSSH0

…………………………

「はァ……!」

「ッ……!?」

 一進一退の攻防を続けていたつもりだった。しかし、キュアユニコはその瞬間思い知らされた。

(この人、とてつもなく強い……!)

 まるでこの前までのゴーダーツとは別人のようだった。剣を持ち、何かの覚悟を決めたゴーダーツに、カルテナの力をもってしてもユニコは圧倒されていた。それは、現時点で埋めようのない明確な戦力差に思えた。

 気合いの声とともに振られた剣はうなりを上げ、ユニコに襲いかかる。ユニコはカルテナでそれを受け止めたつもりだが、大きく後ろにはじき飛ばされた。膂力、重量、剣技、何をとってもゴーダーツの方が二枚も、三枚も上手だったのだ。

 しかし、吹き飛ばされたユニコは、空中で優しく抱き留められた。キュアグリフだ。

「大丈夫、ユニコ?」

「ええ、ありがとう、グリフ。でも、あのゴーダーツはとてつもない強さだわ。まるでこの前までとは別人よ」

 ようやく、ふたりのプリキュアが並び立った。喧嘩をして、行き違いがあって、それでもこうして、お互いの手を取り前を向ける。それが、とてもありがたいことだと、ユニコには思えた。

「これだけ斬り結べたのは、貴様が初めてだ、キュアユニコ。だが、所詮は素人の剣。俺の敵ではない」

 ゴーダーツが剣を構え、言う。ゴーダーツの剣の技量はすさまじい。全力で打ちかかられれば、グリフとユニコが二人同時にかかったとしても、勝てるかどうか分からない。とてつもない強敵だ。それでも、ユニコは不思議と怖くなかった。

「ねえ、あの、“めぐみ”?」

「……何、ゆうき?」

 おずおずと、自分の名前を呼んでくれる親友。勇敢で、かわいらしくて、ちょっとドジな、彼女が隣にいてくれるから。だから、怖くない。

「今さらな気もするけど、名乗りたいなー、なんて」

「そうね。誰かさんが変身端に突っ込むから、口上を言えていないものね」

「……うぅ、ごめんなさい」

「冗談よ。ごめんなさい、意地悪だったわね」

 それは、ひょっとしたらプリキュアたちの心をひとつにする、おまじないのようなものなのかもしれない。キュアグリフとキュアユニコは、背筋をピンと伸ばし、高らかに宣言した。


「立ち向かう勇気の証、キュアグリフ!」


「守り抜く優しさの証、キュアユニコ!」


「「ファーストプリキュア!」」

285 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:17:14.59 ID:nI3CgSSH0

 ふたりは無言で目を合わせ、うなずき合う。

「ふたりがかりで来い、プリキュア!」

 ゴーダーツが再び向かってくる。ゴーダーツの剣は脅威だ。だからこそ、それに対して真正面から立ち向かうのは、勇気のプリキュアだ。

「む……!」

「はぁああああああああああああああああああああ!!」

 気合いの声、キュアグリフがカルテナ・グリフィンに“立ち向かう勇気の光”をまとわせ、ゴーダーツの剣に立ち向かう。グリフは自身の膂力を利用して、果敢にゴーダーツに攻めいった。グリフの力が真正面からぶつかり、さしものゴーダーツも剣を弾かれる幅が大きくなる。

「力はキュアユニコ以上。しかし、所詮は付け焼き刃の剣技……!」

 ゴーダーツはキュアグリフに弾かれた力を利用して、一回転してキュアグリフに向け剣を一文字に薙いだ。屈んでかろうじてかわしたキュアグリフは、下から大きくカルテナを振り上げる。ゴーダーツは背後に飛び退き、カルテナをかわす。しかしその瞬間、横合いから飛び出した影があった。

「ひとりで届かなくたって、ふたりなら……!」

 キュアユニコは、すでに白い翼をまとっていた。ゴーダーツは飛び退いた姿勢のまま、動けない。



「角ある純白の駿馬、ユニコーンよ! プリキュアに力を!」



 言葉とともにあふれ出す、空色の光。

“守り抜く優しさの光”。

「なるほど……! 見事だ、プリキュアどもッ!」

 カルテナの切っ先が己に迫る中、ゴーダーツは豪快に笑った。



「プリキュア・ユニコーンアサルト!」



 まるで、ユニコーンの突撃そのもののようだった。神速の突きはしっかりとゴーダーツに向け放たれたのだ。
286 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:18:10.14 ID:nI3CgSSH0

 しかし、

「大した “優しさ" だな、キュアユニコ」

「っ……」

 ゴーダーツは長剣の腹で、カルテナを受け止めていた。渾身の必殺技が惜しくも阻まれたことを察したキュアユニコは、すぐに後ろに飛び退き、ゴーダーツから距離を取った。

「筋はいいが、素人同然だ。それでは俺には勝てんな」

 言うと、ゴーダーツはキュアユニコに背を向けた。

「今日は挨拶代わりに来ただけだ。俺はもう、以前の俺ではない、とな」

「大した余裕ね。たしかに今のあなたは強いわ」

 それに対し、キュアユニコが言葉を返す。

「でも、わたしたちも強くなる。絶対に、負けない」

「ああ、それまで、俺も刃を研いでおくことにしよう。さらばだ、キュアユニコ。キュアグリフ」

 ゴーダーツが闇に溶けるように消え、世界は色を取り戻した。
287 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:18:36.10 ID:nI3CgSSH0

…………………………

 彼女は空を見上げた。先ほどまでアンリミテッドの暗い色をしていた空は、今は普段の青空に戻っている。

「……ふん。すぐにプリキュアを生みだしてみせるレプ」

 自分は何でもできる。自分にしかできないことがたくさんある。

 自分は完ぺきだから。

「愛ある人間。必ず探し出してみせるレプ」

 完ぺきでなければならないのだから。

「愛のプリキュアを見つけ出し、ロイヤリティを取り戻すレプ
288 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:19:06.79 ID:nI3CgSSH0

…………………………

 夢を見ていた。どこから夢なのか、分からないけれど、夢を見ていた。

 気の強そうな女の子にプレゼントを奪い取られて、巨大な怪物が現れて、そして、そこからよく覚えていない。ただ、うつろな意識の中で、姉によく似たお姉さんが、自分を抱えて戦ってくれていたのを見た。優しくて、頼もしくて、大好きな姉にそっくりで、夢の中だと分かっていたけれど、ともえは嬉しかった。

 ああ、自分はお姉ちゃんのことが大好きなのだと。

 そして、お姉ちゃんはきっとこんな風に自分を守ってくれるだろうと。

 そう、思えたから。

 少し昔の夢も見た。

 きっと自分がまだ小学校にも上がっていないような頃の思い出だ。

 姉が買ってもらった髪留めがうらやましくて、ともえはワガママを言ったのだ。

『あたしもほしい! おねえちゃん、ちょうだい!』

 姉は困ったような顔をして、少しためらいはしたものの、ともえの髪にその髪留めをつけてくれたのだ。

 大切にしていた髪留めは、小さい頃、姉からもらったものだった。

 今の今まで忘れていた、そんな記憶が、夢の中に現れたのだ。

「ん……」

 夢から覚めて、まどろみの中で、ともえは温かい何かにくっついていた。誰かの背中だ。ともえは、誰かにおぶさっている。

「あの、大埜さん、ほんとにごめんね」

「そんなに何度も謝らなくていいわよ」

 ふたりの声が聞こえた。姉と、姉の友達の声だ。ああ、そうか、とまどろみの中で気づく。ともえは、ゆうきにおぶってもらっているのだ。

「それより、せっかく名前で呼んでくれたのに、また戻ってる」

「えっ? あっ……」

 じれったい会話だと思う。そのまま、姉に甘えて眠ってしまおうとしていたというのに、だんだんと意識が覚醒に向かっていく。

「ご、ごめん……」

「どうして謝るのか分からないけど……」めぐみは笑うような声だ。「わたしとしては、親友なら、ゆうきに名前で呼んでほしいかな」

「ほんと!? いいの!?」

 がばっと姉が動く。まぶしいのを我慢してそろりと目を開けると、ゆうきがめぐみの手を取っていた。姉は人付き合いもそこまで器用ではないだろうに、こういうところは大胆というか、何も考えていないのだ。
289 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:19:32.78 ID:nI3CgSSH0

「え、ええ」

 めぐみは顔を赤くして、そっぽを向いてから、

「もちろんよ、ゆうき」

 見ているだけのともえですら、心が直接くすぐられるような奇妙な感覚を憶えた。けれど、それは決していやな感覚ではない。姉とめぐみの関係は、どうやら一歩前進したようだ。

「ありがとね、めぐみ」

「どういたしまして」

「えへへ。めぐみ、大好き」

「……そ、それはちょっと、恥ずかしいわ」

「ええー!」

 くすぐったい。くすぐったいし、関わり合うのも野暮だろう。何より、家まで歩きたくはない。ともえはそのまま、ゆうきの背中で寝たふりを続けることにした。

 自分の頬をたたいたのだから、これくらいの意地悪をしても、罰は当たらないだろう。

(帰ったら、また、少し……意地悪……して、やるん、だから……)

 寝たふりのつもりが、眠気がむくむくと身をもたげる。

(……でも、わたしも、お姉ちゃんのこと……大好き……)

 結局、ともえはそのまま、大好きな姉の背中で、すやすやと寝息を立て始めた。
290 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:20:27.69 ID:nI3CgSSH0

…………………………

「ロイヤリティと無関係のホーピッシュの人間までもが、我々アンリミテッドの位相に巻き込まれたか」

 広範囲に広がっていた闇は収束し、世界は元の色を取り戻した。この世界はもはや、必ずしも希望の世界ホーピッシュであるとはいえない。アンリミテッドの侵攻は、ゆっくりと、しかし間違いなくホーピッシュを闇に塗り替えつつあった。

「王野ゆうきの妹は、王野ゆうきからロイヤリティの影響を受けたため、アンリミテッドの位相にまぎれこんだ、と考えるべきか」

 光にも闇にも、近づけば近づくほどそのどちらの影響も受けやすくなる。プリキュアたちがアンリミテッドの位相で戦うことができるのは、光の戦士そのものだからだ。そしてその光の戦士に近しい存在ほど、闇の影響も受けることになる。

「この世界にも闇が広がっている。悪くない気配だ。ホーピッシュが我々の闇に飲まれる日も近い」

 空高くからほまれ町を見下ろす小柄な影。アンリミテッドの最高司令官、暗黒騎士デザイアは満足げに言う。

「やはり見込んだ通りであったな。ゴドーの闇は、規模だけで言えば私以上だ。ゴーダーツもまた、あの剣の腕ならばプリキュアも容易に歯は立つまい」

 デザイアは戦いの一部始終を眺めていた。ゴーダーツが現れなければ、ゴドーを回収して撤退するつもりだったが、その手間が省けた。アンリミテッドがさしたる打算もなく仲間を助けるという光景を見ても、デザイアはさして動じることはなかった。

「……あの忠義の騎士ならば、さもありなん、か。頼もしいが、難儀な男だ」

 デザイアはそう呟くと、やや大きな声を出した。

「そしておまえの狡猾さも頼もしい限りだよ、ダッシュー」

「……気づいてらっしゃったんですか。さすがはデザイア様」

 虚空から姿を現すダッシュ−。慇懃無礼な態度で頭を下げる。部下ではあるが、気を抜けばデザイアの寝首すらかくかもしれない相手だ。だが、デザイアの言葉の通り、その狡猾さはホーピッシュ侵攻の重要な武器だ。

「失礼をいたしました。ところで、しばらく単独行動をさせていただきたいのですが」

「貴様の目論見は大体分かっている。それは構わんが、しばし待て」

 ダッシューは表面上デザイアに忠誠を誓うアンリミテッドの戦士だが、その欲望は底が知れない。ゴーダーツやゴドーのようなある種の単純さがない。油断のならない相手だ。

「待て、と言われますと?」

「ゴーダーツとゴドーを招集し、アンリミテッドで待て。準備ができ次第、貴様らに命令を下す」

 ダッシューの目が不審げに動く。

「命令? 我々は今まさに、プリキュア撲滅、およびロイヤルブレスと紋章の回収命令を実行している最中だと思いますが」

「その通りだ。だが、それに平行して貴様らに頼みたいことがある」

 デザイアは腕を振った。放たれたのはカードだ。ダッシューはそれを受け取り、見た。それは、身分証のようだった。

「……なんですか、これは」

「追って詳細を伝える。貴様らには、ホーピッシュ攻略のための戦略的命令を下す。端的に言えば、そうだな」

 デザイアは仮面の下で笑った。

「――貴様らには、ホーピッシュに長期的に潜入してもらう」

 ダッシューが受け取ったカード。そこには、こう記されていた。

 曰く、『ダイアナ学園専属庭師兼主事 蘭童シュウ』と。
291 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:20:59.09 ID:nI3CgSSH0

…………………………

 ますます絆を深めた姉妹。

 そして、お互いを親友と言い合ったプリキュアたち。

 世界はまだ明るい。しかし、闇の勢力は少しずつ、確実にホーピッシュを蝕んでいた。
292 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/18(日) 19:21:43.80 ID:nI3CgSSH0

…………………………

 次 回 予 告

ゆうき「えへへ……」

めぐみ「ふふ……」

ブレイ「何あれ?」

フレン「親友同士になって嬉しいから見つめ合ってるそうよ。馬鹿みたいよね」

ブレイ「ふーん……」

ゆうき「へへー」

めぐみ「ふふふ」

ブレイ「端から見ると、見つめ合って笑い合う女子中学生二人組って不気味だね」

フレン「あんた、言うこと結構どぎついわよね……」

ブレイ「ま、いいや。じゃあ次回予告……げっ」

フレン「なによ変な声出して……げっ」

ブレイ「……えー、次回、ファーストプリキュア」

フレン「第十話【超天才!? 愛の王女ラブリ!】」

ブレイ「……はぁ、ラブリかぁ。あんまり会いたくないなぁ」

フレン「次回もお楽しみに! あたしはこれっぽっちも楽しみじゃないけどね!」
293 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga sage]:2018/02/18(日) 19:23:56.50 ID:nI3CgSSH0
>>1です。
読んでくださった方、ありがとうございます。
第九話はここまでです。
また来週、日曜日に投下できると思います。
294 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/19(月) 11:45:53.91 ID:Q/+39KIu0
295 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/25(日) 09:51:15.82 ID:LVapeV8q0
>>1です。
読んでくださっている方、ありがとうございます。
所用で10時の投下ができません。
夕方頃の投下になると思います。
296 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 22:14:14.93 ID:LVapeV8q0

>>1です。
遅くなりましたが、今週の投下を始めます。
本日の「なぜなに☆ふぁーすと」はお休みします。
297 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 22:16:59.73 ID:LVapeV8q0

第十話 【超天才!? 愛の王女ラブリ!】

…………………………

「投票、よろしくお願いします!」

「「「お願いしまーす!」」」

 ダイアナ学園は生徒会選挙活動期間に入った。

 めぐみを生徒会長に推薦するゆうき、ユキナ、有紗は学校にいつもより早く来て、登校する生徒たちに挨拶と選挙活動を行うようになった。

 当のめぐみも張り切って挨拶をしている。

「あ、大埜さん、おはよう。今日もがんばってね!」

「おはよう。ありがとう。がんばるわ」

 クラスメイトたちが通りかかるたび、めぐみたちに声をかけてくれる。

 ここのところ、めぐみはゆうきの前以外でもよく笑うようになった。近づき難かった頃のめぐみはもう遠い場所にいるようだった。ユキナと有紗は、
『ゆうきの影響じゃない?』などと言うが、もし本当にそうなら、ゆうきも嬉しい。

 親友のために自分が何かをしてあげられるというのは、本当に嬉しい。だからゆうきは張り切って声を張り上げる。

「おはようございます! 優しくて美人で、勉強も運動も得意な大埜めぐみに清き一票を!」

「ゆ、ゆうき! 何よその恥ずかしい謳い文句は!?」

 気合いを入れすぎて、いささかやりすぎてしまったようだ。
298 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 22:17:26.20 ID:LVapeV8q0

…………………………

 アンリミテッドは常に闇に包まれている。光はある。しかし、すべてが黒いため照らす光は拡散しないのだ。

「……これはどういうことですか?」

 震える声は、ゴドーが発したものだ。

 アンリミテッドの闇の戦士たち。三幹部は困惑とも怒りとも取れない感情を抱いていた。それは、彼らが仕えるアンリミテッドの最高司令官にして最強の戦士、暗黒騎士デザイアから渡された一枚のカードによって表れた感情だ。

「今しがた言ったとおりだが?」

 対するデザイアは何でもないことのように言う。

「貴様らにはホーピッシュに潜入しつつ、プリキュア撃滅、及び紋章とロイヤルブレスの回収の任を遂行してもらう」

「だから、それがどういうことかと聞いているんです!」

「ゴドー、言葉がすぎるぞ」

 怒りをあらわにするゴドーを押しとどめたのはゴーダーツだ。

「デザイア様、お教えください。ホーピッシュに潜入することで、我々は何を得るのですか?」

「いずれ分かる」

 ゴーダーツの問いに対してもデザイアは答える気はないようだった。

「命令が聞けないようなら致し方ない。アンリミテッドから消えてもらっても構わん」

 それは、三幹部にとってありえない未来だった。彼らは一蓮托生なのだ。彼らは強大なロイヤリティという敵に反旗を翻した。その時点で、破滅するか勝利するかの二択しかなかった。そして、彼らは勝利した。勝利したが、再びロイヤリティはその胎動を見せ始めた。伝説の戦士プリキュアが現れたということは、伝説のとおり、エスカッシャンにロイヤリティを蘇らせる力があるとも考えられる。もしも三幹部とデザイアが持つ四国のエスカッシャンがプリキュアに奪われ、ロイヤリティが復活したら、あの高貴な世界は彼らのことを絶対に許さないだろう。

 再び、容赦のない正義の鉄槌が下るだろう。



 ――――『プリキュア・ロイヤルストレート!』



「ッ……」

 そう、それこそあのプリキュアたちの放つ強大な光で刺し貫かれるように、三幹部は為すすべもなく光に飲み込まれ消滅してしまうだろう。
299 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 22:18:02.86 ID:LVapeV8q0

「異存はない、ということでよいのだな」

 黙りこくってしまった三幹部を見て、仮面の騎士デザイアは満足げに言う。

「貴様らにとっても無益なことではない。準備が完了し次第おって連絡をする。そのときまでに、ホーピッシュに馴染む練習でもしておくのだな」

 言うだけ言うと、デザイアは身を翻し闇に溶けて消えた。

「さて、と」

 その途端、それまで黙ってカードを見つめていたダッシューがゴーダーツとゴドーに背を向けた。

「待て、ダッシュー。どこへ行くつもりだ」

「さぁて、ね。まぁぼくにとって無益なことでないのはたしかだよ」

 ゴーダーツの問いに煙に巻くような台詞を残して、ダッシューも闇に溶けて消えた。

「……いやよ、あたし」

 ゴドーは己の身体をかき抱くように震えている。

「あたしは……」

 ドクン、と。その瞬間、ゴドーの胸元で何かが動いた。愛のエスカッシャンが震えたのだ。

「これは、愛の王女の鼓動……?」

 それはつまり、愛の王女がすぐ近くにいるということだ。

「おい、ゴドー、どうした?」

 じっとしてなどいられなかった。ゴドーは立ち上がると、ゴーダーツの制止も聞かずホーピッシュへと飛びだした。

 プリキュアの光は強大だ。ふたりでも手に余るというのに、これ以上増えられてはたまらない。あの光を、いまのうちに潰しておかなければ。
300 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 22:18:31.34 ID:LVapeV8q0

…………………………

 ――――『大した “優しさ" だな、キュアユニコ』

 ――――『筋はいいが、素人同然だ。それでは俺には勝てんな』

 ――――『ああ、それまで、俺も刃を研いでおくことにしよう。さらばだ、キュアユニコ』

 思い起こされる先日のゴーダーツとの戦い。めぐみの、キュアユニコの全力は闇の戦士に遠く及ばなかった。今思い出してもわかる。あれは、とてつもない強さだ。そしてゴーダーツは恐らく、一度プリキュアに敗北寸前まで追い詰められたからこそあの力を得た。つまり、もう油断も慢心もすることはないだろう。次に目の前に現れるときは、もっと強くなっていることだろう。

 ――――『でも、わたしたちも強くなる。絶対に、負けない』

 ああ言ったものの、どうしていいのか、具体的な考えはまったく浮かばない。ようやく手にすることができたカルテナの力も、ゴーダーツには及ばなかった。このまま再びゴーダーツとぶつかれば、次こそは負けてしまうかもしれない。そうしたら、フレンやブレイ、延いてはこの世界は――


「――深刻な顔してどうしたの?」


「わひゃっ!?」

 突然目の前に脳天気な親友の顔が現れて変な声が出た。時刻はお昼休み、ゆうきとふたり、お弁当に舌鼓を打っている最中だった。

「そんなに驚かなくても……」

「ご、ごめんなさい。ちょっと考え事をしていたの」

「だと思ったよ。で、何を考えていたの?」

 めぐみは正直に思っていたことを話した。このままでは、きっとゴーダーツには勝てないであろうという予想も含めて、しっかりと。しかし、ゆうきの反応は脳天気どころか、予想をはるかに超えたものだった。

「そんなことであんな深刻な顔をしていたの?」

 呆れるような声だった。

「そ、そんなことって。深刻なことでしょう。ゴーダーツどころか、その背後にはあのデザイアだって控えているのよ」

「まぁ、それはそうなんだけど。てっきり、生徒会選挙のことで何か悩んでるのかと思ったよ」

「世界の危機より生徒会選挙!?」

「そりゃそうだよ! なんてったって、大親友の晴れの舞台だからね! はりきっちゃうよ!」

 まったく、この親友は。と、めぐみは脳天気に笑うゆうきを見て、深刻に考えていた自分がバカみたいに思えてきた。ゆうきの顔を見ていると、本当に自分が考えていたことなど、大したことではないように思えてくるから、不思議だ。

「大丈夫。きっとなんとかなるよ。だって、情熱のプリキュアと愛のプリキュアもいるんでしょ? 王女様ふたりを探し出して、プリキュアを見つけるお手伝いをすれば、きっとゴーダーツにだって勝てるよ。デザイアにもね。そうしたら、ちゃんとお話、聞いてもらえると思うんだ」

 ゆうきの言葉は、どこまでも希望にあふれている。めぐみは元より、自分たちの国を滅ぼされたブレイとフレンも、そんな彼女の笑顔だからこそ、信じてくれているのだろう。
301 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 22:19:02.99 ID:LVapeV8q0

「……そうね。まずは、ふたりの王女を探し出さないとね」

「案外近くにいたりして。王女様たちも、情熱のプリキュアと愛のプリキュアも」

「そうだったらいいのだけど」

 ゆうきは希望的観測が過ぎる。そうであればそうに越したことはないが、そうでなければ、どうするか。

 ゆうきが希望を口にするのならば、めぐみはその希望を叶えるための道筋を見据えなければならない。めぐみにはゆうきのように、人の心をほだすような言葉を作り出す能力はない。ならば、めぐみはゆうきに欠けている様々な可能性を模索する能力をフルに発揮しなければならないだろう。

(フレンは、ホーピッシュに降りたってすぐ、愛の王女と別れたと言っていたわね。それに、ロイヤリティから旅立つ直前まで、情熱の王女とも一緒だったと。少なくとも、愛の王女はこの近辺にいると考えて問題はないわね。それに、以前のゴドーの様子から見て、アンリミテッドに捕まったとも考えづらい)

 ゴドーの取り乱し方は尋常ではなかった。あれが演技とは、めぐみには思えない。

(だとすれば、問題は情熱の国の王女。ロイヤリティからこの世界へどのようにしてやってきたのか、詳細が分からない以上なんとも言えないけれど、ひょっとしたら、ほまれ町の外に飛ばされた可能性がある。そうなれば、あの小さいフレンとブレイの仲間を探し出すのは困難すぎるわ。なんとかして探し出す方法を考えないと……)

 うんうんと唸るめぐみ。目の前の脳天気な親友が、ため息をついたことにすら、気づかない。

「はぁ。めぐみは本当に生真面目だなぁ」
302 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 22:19:44.64 ID:LVapeV8q0

…………………………

 そこは、ロイヤリティでは感じたことのない、異質な地面が広がる土地だった。石張りの床によく似たその地面は、黒々とどこまでも広がっている。ホーピッシュは、異質だ。とても希望の世界とは思えないくらい、無機質だ。緑はあるにはあるが、あまり多いとは言えないし、何よりこの黒々として硬い異質な地面があまりにも広すぎる。この世界は、妖精の姿で歩き回るにはあまりにも厳しい。土とは違い、歩くだけで足が痛いし、お日様の照り返しも強い。体力もどんどん奪われていく気がする。

 愛の王女ラブリはそんな場所で、ひとりぼっちのまま愛のプリキュアを探していた。

「…………」

 ひとりは昔から慣れっこだった。

 ひとりでいるのが当たり前だったから、さみしいなんて思ったこともなかった。

 いつだって、ラブリはひとりぼっちだった。

「……関係ないレプ。ラブリが愛のプリキュアを生み出して、ロイヤリティを復活させればいいだけレプ」

 なんでそんなことを考えてしまったのだろう。考えたって仕方のないことだって知っているはずなのに。

「ブレイ……フレン……パーシー……」

 そういえば、とふと思い出す。自分以外の、たった三人のロイヤリティの生き残り。彼らは一体、どうしているだろうか。どこかで行き倒れしていないだろうか。敵に捕まってブレスと紋章を奪われてはいないだろうか。

「……関係ないレプ。ラブリには、関係ないことレプ」

 グゥ〜、と。その瞬間、とんでもない轟音が鳴り響いた。すわ敵襲かと身構えるラブリだが、すぐに気づく。自分の、お腹が鳴った音だ。

「そういえば、もうしばらく何も食べてないレプ……」

 ラブリはとうとう、道のすみに座り込んだ。

 ホーピッシュにつてなどはない。初めてやってきた土地で、さびしくさまよっているだけだ。それを「プリキュア探し」と言い張って、虚勢を張っているだけだ。四人の王子・王女の中で一番優秀だった己がこのていたらくなのだから、考えるまでもない。他の三人は、捕まるか、とっくに行き倒れているかのどちらかだろう。

「レプ……ッ」

 胸が痛む。

 関係ないはず、ないのだ。仲良くしていたわけではない。どちらかといえば、いがみ合ってばかりだった。それでも、容易に見捨てていい相手ではなかったはずだ。共に祖国を救うための使命を帯びた身の、仲間だったはずだ。そんな仲間たちを、自分は見捨ててしまったのだ。

「――ラブリ……?」

 おどおどとした声。少しだけなつかしい声。ああ、とうとう幻聴まで聞こえるようになってしまった。愛の王女ともあろうものが情けない。

 こんなところで、勇気の王子の声など、聞けるはずがないというのに。

「やっぱり、ラブリグリ!」

 ただし、それは幻聴というには、あまりにもはっきりとしすぎていた。背後からのその声に、ラブリが振り返る。果たしてそこには、勇気の王子ブレイと、優しさの王女フレンが並んで立っていた。

「無事だったグリね! よかったグリ!」

「ふ、ふん。ラブリのことだから、心配ないと思ってたニコ」

 これはいったいどういうことだろうか。思考を巡らすことはできなかった。ふたりの姿を認めた瞬間、ラブリは何かが外れたように、道端に倒れ込んでしまったからだ。

「ラブリ!? ラブリ、しっかりするグリ!」

「めぐみたちを呼んでくるニコ!」

 意識が遠のいていく中、そんなふたりの声が、聞こえた気がした。
303 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 22:20:11.60 ID:LVapeV8q0

…………………………

 ゴドーは物陰から、倒れる愛の王女と、走り去るふたりの王子と王女の姿を眺めていた。

 千載一遇の好機と言えよう。なにせ、探し求めていた愛の国の王女が、たったひとり目の前で倒れている。

「今なら、邪魔なプリキュアもいない……! 今なら!」

 そう。今ならば、プリキュアがいない今ならば、少なくとも弱り果てている愛の王女だけでも、アンリミテッドに連れて帰ることができるだろう。ゴドーははやる心のままに、倒れ伏す愛の王女に向け走り出した。しかし、唐突に目の前に現われる陰があった。

「待ちなよ。そう急ぐことでもない」

「なっ……」

 空から降りてきたダッシューは、通せんぼをするように、ゴドーの目の前で両腕を広げた。

「何の真似よ! 悪趣味な奴ね! ずっと空から見てたのね!」

「たまたまさ。ぼくはぼくの目的のために動いている。ただ、偶然にも君が、愚を犯そうとしているのを見かけたから、止めにきてあげただけさ」

「どういうことよ!」

 ゴドーの剣幕にも、ダッシューはひるむ様子もない。端からゴドーの相手など、本気でするつもりなどないのだ。

「考えてもみなよ。いま出て行ったところで、どうせすぐにプリキュアたちが現われる。そうなれば、どちらにしろ愛の紋章やブレスを手に入れることは不可能だ。違うかい?」

「っ……」

 それは確かにその通りかもしれない。勇気の王子と優しさの王女はプリキュアたちを呼びに行った。プリキュアたちはほどなくして現われるだろう。そうすれば、何の策もない現状であれば、ゴドーの敗北は必至だろう。

「でもこのまま待っていたって変わらないじゃない!」

「変わるさ」 ダッシューは酷薄に笑う。「忘れたのかい? 彼らロイヤリティの王族たちは、どこまでも仲が悪いんだよ?」

 ダッシューのその笑みに、ゴドーもようやく、彼の意図するところに気づいた。

「……それもそうね。ふふ。国を奪われてもなお仲違いをする王族。見物だわ」
304 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 22:20:44.92 ID:LVapeV8q0

…………………………

 ほんの数日さまよっていただけだというのに、もう何年も当て所のない旅をしていたように思える。

 ラブリはようやくロイヤリティに帰ることができたのだ。

 暖かい陽気。やわらかな光。穏やかな笑い声。それらが織りなす優しい世界に、帰ってきたのだ。

 ラブリの故郷、愛の国は、やはり愛で溢れていた。臣民は皆、ラブリを笑顔で出迎えてくれた。

 そして、人々の向こう、ラブリの両親である愛の国の王とお后様が待ってくれてる。

 ああ、ようやく帰ってくることができた。

 きっと、お父様もお母様も、ラブリを温かく迎えてくれる。

 ラブリは走り出した。

 あと少し。あと少しで両親に手が届く。

 あと少しで、温かい笑顔を、声を、愛を――



 ――世界が反転した。



「……っ、あ……」

「グリ! ラブリが目を覚ましたグリ!」

「ほんとニコ!」

 視界がぼやける。そのぼやけた視界の中を、何かが動いた。

「大丈夫グリ?」

 それが、モコモコの身体をした王子だとわかると、ラブリは自分を怒鳴りつけたい気持ちになった。ラブリはすぐに状況を把握したのだ。つまり、己は道端で倒れ、ブレイとフレンのふたりに拾われたということだろう。ここはどこだろうか。屋内のようだが、妖精のラブリにとっては、何もかもが大きく映る。ホーピッシュの人間の家なのだろう。

「レプ……」

「あ、まだ起きない方がいいグリ!」

 起きようとすると、モコモコの王子が自分の身体を押す。ただでさえ弱っているラブリは、それだけで動けない。しかし、そのまま寝ていることは、ラブリの色々なものが許さない。

「……大丈夫レプ。ラブリは君たちに情けをかけられるほど落ちぶれていないレプ」

「なっ……! まだそんなことを言っているニコ!?」
305 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 22:21:13.34 ID:LVapeV8q0

 予想していた通り、人の好い勇気の王子は首を傾げるだけだが、優しさの王女は顔を真っ赤にして憤慨のご様子だ。ラブリは今度こそ起き上がり、ふたりの王族を睥睨した。

「ブレイ、フレン、よく無事でいられたレプ。もうとっくに行き倒れていると思っていたレプ」

「行き倒れていたのはそっちニコ!」

 フレンがますます顔を真っ赤にする。

「せっかく助けてあげたのに、相変わらずひどい性格ニコ!」

 助けてあげた。ああ、そうかと納得する。それと同時にこみ上げてくるのは怒りとも後悔ともつかない嫌な感情だ。

 つまりは、この愛の王女が、勇気の王子と優しさの王女などに、助けられたということだ。

 そして、愛の王女である己が行き倒れのような状態になっていたというのに、このふたりの王子と王女は、そんな己を助けるだけの余力すらあったということだ。

「……助けてなんて頼んだ憶えはないレプ」

 口をついて出てきたのは、そんな力ない言葉だけだった。ラブリが何をどう考えても、その事実を消すことはできなかった。

「もう怒ったニコ! そんなに偉そうなことを言うなら、どこかで行き倒れたらいいニコ! 今すぐ出て行くニコ!」

「言われなくても、そうさせてもらうレプ」

 ラブリは何も言えずオロオロとするブレイを押しのけ、立ち上がった。

「フレン! ラブリ! ブレイたちは、こんなケンカをするためにホーピッシュに来たわけじゃないグリ!」

「……うるさいレプ。臆病者が、このラブリに意見する気レプ?」

 ブレイを睨みつけると、ブレイはびくりと身体を震わせて、目を逸らした。

「相変わらずレプ。優しさのカケラもないフレン。臆病者のブレイ。そんな風に、何もできない同士一緒にいるといいレプ」

「何もできない? ふん! よーく聞くといいニコ! フレンとブレイは、プリキュアを生み出したニコ!」

 立ち去ろうとしたラブリの背中に、その言葉がガツンと響く。

「プリキュアを……?」

「そうニコ! あんたはその様子じゃまだみたいニコね! どうニコ? 散々バカにしていたフレンたちに先を越された気分は!」

「……っ」

 それはあまりにも重い事実だった。考えないように目を逸らしていたが、当たり前のことだ。弱い妖精でしかないブレイとフレンが行き倒れることもなくしっかりと生きているというこは、ふたりを保護してくれたホーピッシュの人間がいるということだ。その保護者が、プリキュアである可能性は大いにある。

 それはつまり、天才と謳われ、天才であることを義務づけられたラブリが、ブレイとフレンにできたことを未だ達成できていないことに他ならない。

「ふ、フレン! 言い過ぎグリ!」

「……ふん! いつもフレンたちをバカにしていたんだから、お返しニコ!」

「ふん……」

 関係ない。そう思うことにして、ラブリはその場を後にした。
306 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 22:21:39.56 ID:LVapeV8q0

…………………………

「なんて女ニコ! せっかく助けてあげたのに!」

 憤慨するフレン。それも無理もないことかもしれない。道端で倒れたラブリを助けるため、下校中だっためぐみとゆうきを探して走り回っていたのだから。ブレイは、フレンの腹立たしい気持ちがわからないわけではない。けれど。

「……心配グリ」

「ニコ……?」

 ブレイの言葉に、フレンが顔を向ける。

「ブレイはあんな奴のことが心配ニコ?」

「もちろん、ブレイだってあの態度はひどいと思うグリ。でも、仕方がないことかもしれないグリ」

「仕方がないって何ニコ?」

 ブレイは考える。自分は臆病だ。だからこそ、昔からバカにされ続けてきたラブリの冷たい目線を見て、さっきだって何も言うことができなかった。それはきっと、仕方がないこと。もちろん、勇気の王子としてそのままでいいはずがないけれど、今はまだ、きっと、仕方がないことだ。

「……フレンは、ラブリに対して怒ってるグリ」

「当然ニコ! せっかく助けてあげたのに、あんなことを言われて、腹が立たないわけがないニコ!」

「そうグリ。それもきっと、仕方がないことグリ。ラブリもきっと、ブレイたちに助けられて、ああいう風に言うしかなかったグリ」

「ニコ……」

 フレンはブレイの言葉を受けて、少し考え込んでいるようだった。

「……そうかもしれないニコ」

 やがて顔を上げたフレンは、そっと口を開いた。

「ラブリはプライドも高いし、自分が天才だって自負もあるニコ。それに、本当になんでもできる、すごい王女だったニコ」

「そんなラブリが、ブレイたちにプリキュアを先に生み出されたと知って、ショックを受けないわけがないグリ」

「……それにしても、あんな態度はないと思うニコ」
307 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 22:22:16.59 ID:LVapeV8q0

「それは、段々と直していくしかないグリ。ブレイも、もっと勇敢にならないといけないグリ。フレンも、もっと優しくならないとだめグリ?」

「ニコ……。痛いところをついてくるニコ」

 フレンはほぅ、とため息をつく。

「……フレンもさっきは言い過ぎたニコ。優しさの王女なら、優しくラブリを諭すべきだったニコ」

「そう思えるだけで、フレンは大した王女グリ。それに比べてブレイは、さっき何も言えなかったグリ」

「でも、いま言えてるニコ。フレンに、大事なことを気づかせてくれたニコ。ブレイも、きちんと勇気の王子をしてるニコ」

「そ、そうグリ……?」

 フレンが真正面から褒めてくれるなんて、少し前に想像ができただろうか。ブレイはこそばゆいような気持ちで、そっとフレンに向き直った。

「もう一度、ラブリを迎えに行くグリ。ブレイたちが力を合わせないと、ロイヤリティは蘇らないグリ」

「ニコ!」

「話はまとまったみたいね?」

 開きかけだった部屋のドアが、キィと開く。外から顔を覗かせるのは、ブレイとフレンの大切な仲間、ゆうきとめぐみだ。

「せっかく弱った愛の王女様のために、急いで甘い物を買ってきたんだから、」 ゆうきが買い物袋をぶら下げて笑う。「ちゃんと食べさせてあげなくちゃね」

「グリ!」

 ブレイとフレンは頼もしい相棒の肩に乗る。大切な友達を、迎えに行くために。
308 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 22:22:48.89 ID:LVapeV8q0

…………………………

 一度、“助かった”なんて、思ってしまったからだろう。

 身体は、先にも増して重いような気がする。

 何より、空腹が限界を超えて、もはやお腹が空いているのか空いていないのか、それすら判然としない。

 少し眠ることができたから、妙に頭が冴えている。

 ギラギラと照りつける日光と、黒い大地からの照り返しに、今にも倒れそうだ。

 ふと、倒れたらまた、ブレイとフレンが助けてくれるだろうか、なんて考えが頭をよぎった。

 なんて情けないことを考えているのだろう。

 それに、助けに来てくれるわけがないではないか。

 あんな、ひどい啖呵を切って飛び出してきたのだ。さしものお人好したちも、フレンに愛想を尽かしたことだろう。

 あんなの、ただの強がりだ。

 ブレイとフレンに助けられたことが情けなくて、ブレイとフレンが先にプリキュアを生み出していることが悔しくて、それで、あんなことを言ってしまっただけだ。

 愛の王女ともあろう者が、なんて情けないことをしてしまったのだろう。

「……愛。ああ、そうレプ。それは、ラブリには分からないものレプ」

 何が愛の王女だろう。今まで、一度だって誰かの愛に触れたことがあるだろうか。そんな己が、どうして愛の王女などを名乗れるだろうか。

 もはや、思考も判然としない。自信を打ち砕かれた天才王女は、そっとその場に跪いた。

 倒れるなと教えられた。媚びるなと教えられた。常に王族らしくあれと教えられた。

 その結果が、これだろうか。

 ラブリはそのまま、天を仰ぐように地面に転がった。

 どう考えたって終わりだ。これ以上歩く体力もない。気力もない。何もない。

「……これで終わりレプ。祖国はきっと、ブレイとフレンが救い出してくれるレプ」

 そう思うと、安心できる気がした。ラブリはすべてを放棄して、そのまま――




『ラブリ……』




「レプ……」
309 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 22:23:14.91 ID:LVapeV8q0

 遠く、声が聞こえた気がした。それは、聞こえるはずのない声。ロイヤリティが闇に飲まれ、消滅する直前。ラブリたちが、ホーピッシュヘと旅立つ直前。最後かもしれない、母と父の、己を呼ぶ声。

 両親にさしたる感慨があるわけではない。

 むしろ、公務で忙しく、放任主義の母と父は、厳しい言葉をかけてはくれるが、優しい言葉をかけてくれることは多くはなかった。

「……ラブリ、は……っ」

 倒れるわけにいかないだろう。ここで。王族としての、責務を真っ当せぬまま。朽ちていくわけにはいかないだろう。

「まだ、やらなければならないことが、あるレプ……」

 たとえ情けなくたって、なんだって、やらなければならないことがある。

 倒れている場合では、ない。

「お父様を、お母様を、臣民を……救わないといけないレプ……」

 けれど。



「救わないといけない? 救うべき臣民もいないのに、何を言っているのかしら」



「レプ……!」

 情けなく立ち上がったラブリを、冷たく見下ろす瞳がふたつ。思い起こされる、愛の国が滅ぼされたときのこと。燃え上がる愛の国の街並みを見下ろしながら、酷薄に笑う顔。忘れもしない。愛の国を滅ぼしたアンリミテッドの戦士――、

「ご、ゴドー……!」

「あら。名前を覚えていてくださったなんて、光栄ですわ。愛の王女、ラブリ・ラブリィ様」

 くすくすと、まるで普通の少女のように、黒衣の戦士は笑う。

「冷たい冷たい愛の国の王族ですもの。下々の者の名前なんて、すぐ忘れてしまうものと存じておりましたのに」

「も、紋章とブレスは渡さないレプ!」

「それをお決めになるのは、ラブリ様ではないのですよ」

 ゴドーは身をかがめると、恐怖と極度の疲労で動けないラブリを、なんでもないことのようにすくい上げた。

「は、はなすレプ!」

「紋章とブレスをいただければ、王女様に用はございません。はなして差し上げますよ?」

「渡せないレプ! これは、ロイヤリティを救う最後の希望レプ!」

「わがままな王族は臣民に嫌われましてよ? まぁ、もう手遅れですけれど」

 キリキリと、まるでラブリが苦しむ様を楽しむように、ゴドーの両手が少しずつラブリの身体を締め付ける。
310 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 22:23:41.26 ID:LVapeV8q0

「さぁ、王女様? 闇に飲まれ消滅した亡国の王女様? 逃げ惑う臣民を見捨てて逃げ出した王女様?」

 ゴドーの声は嗜虐的にラブリを責め立てる。

「あなたに紋章とブレスを持つ資格はございません。わたくしめにお渡しくださいな」

 ああ、そうだ。その通りだ。ラブリは何もできず、逃げ出したのだ。

 必ず救うと誓って、このホーピッシュの地に降り立ったのだ。

 けれど、結局何もできていない。愛のプリキュアにふさわしい人物も見つからない。

 ゴドーの言うとおり、これではただ逃げ出しただけだ。闇に飲み込まれたロイヤリティから、逃げ出しただけの臆病者だ。

「――……レプっ」

「あら? 渡してくださる気になったのかしら」

 ラブリの声にならない声に、ゴドーの手が緩む。ラブリはだから、それを口にすることができた。

「……それでも、やり遂げることが、ある、レプ……!」

「っ……。それが無駄だと言っているのよ!」

「闇に身をやつした、アンリミテッドの者には、分からないレプ。ここで諦められないから、立ち上がるレプ。ここで潰えるわけにはいかないから、戦うレプ……!」

 ギリリ、と。今度は猛烈な力が込められた。憎しみがそのまま表層に表れたかのように、ゴドーの笑みが消え、怒りとも憎しみともつかない激烈な表情が浮かぶ。

「あんたによくそんなことが言えたものね……! あんたたちのせいで、あたしたちは……ッ!」

 こもった力に、ラブリは抜け出すことができない。それでも、ほとんど力の入らない両手に力をこめる。少しでもアンリミテッドの力に抗おうと、力をこめる。たとえ彼我の戦力差がどうであれ、ラブリがあきらめていい理由には、ならない。

「早くブレスと紋章を渡しなさいよ! あんたが持っていたって、もう意味のないものなのよ!」

「あきらめない、レプ……。救うレプ……。絶対に……絶対に、取り戻すレプ……!」



「「ラブリ!!」」


 ああ、どうしてだろう。

 さっき、あんなにもひどいことを言ってしまったというのに。

 どうして彼らは、自分の名を呼んでくれるのだろう。

 そして、どうして、こんなにも。

 こんなにも、自分は、この声を聞いて、安心してしまっているのだろう。

「プリキュア……!」

 ゴドーが震えた声を上げる。かすむ目で、ゴドーの目線の先を追う。

 そこには、勇気の王子と優しさの王女に伴われた、ふたりの少女の姿があった。
311 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 22:24:28.64 ID:LVapeV8q0

…………………………

「プリキュア……!」

 しまったと思ったときにはもおう遅かった。プリキュアたちはゴドーを目の前にして油断なく身構えている。

「っ……」

「早くアンリミテッドに連れて帰るべきだったね。君は本当に、激情家だから困るよ」

 先と同じように、虚空からダッシューが現われる。

「手伝ってあげよう。君は早く愛の王女を連れて逃げなよ」

「なっ……あたしに尻尾を巻いて逃げろって言うの!?」

「実利を取って欲しいと言っているだけだけどね。まぁ好きにしたらいい」

 それだけ言うと、ダッシューは両手を掲げ、叫ぶ。

「出でよ、ウバイトール!!」

 世界が闇に墜ちる。青かった空が真っ二つに割れ、その隙間から尋常ならざる何かが現われ、地に落ちる。

「そうだな……今日は、アレにしようか」

 ダッシューが指を差す。その先にあるのは、美しく立ち並ぶ街路樹のうちの一つだ。

「ウバイトールは物に込められた人間の欲望が具現化するものだ。だから、本来であれば自然物にウバイトールは宿らないが、人の欲望によって成り立つものならばその限りではない」

 闇の塊のような何かが、街路樹に取り付く。そして生まれるのは、闇の鼓動を持つ怪物、ウバイトールだ。

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

「木々を整えて美しくしたいという欲望。わからなくはない。利用させてもらおう」
312 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 22:24:54.52 ID:LVapeV8q0

…………………………

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

 唐突に現われたもうひとりのアンリミテッドの戦士がウバイトールを呼び出す。それに対してふたりの少女の行動は早かった。



「「プリキュア・エンブレムロード!」」



 世界を闇に染めようという怪異、それに立ち向かえる唯一の存在。

 伝説の戦士プリキュアが大地に降り立つ。



「立ち向かう勇気の証! キュアグリフ!」



「守り抜く優しさの証! キュアグリフ!」



(あれが、プリキュア……)

 夢現とも判断がつかないくらい消耗したラブリは、その光を温かいと感じた。

「ゴドー! ラブリを返してもらうよ!」

「ッ……!」

 ギリッ、と、己を戒める両手に力が込められる。痛みは感じなかった。ただただ、疲れ果てた身体に不思議な安心感が満ちていた。

(きっと、大丈夫レプ……)
313 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 22:25:21.43 ID:LVapeV8q0

…………………………

「ゴドー! ラブリを返してもらうよ!」

 キュアグリフはまっすぐゴドーに向かい跳ぶ。それを阻まんとウバイトールが立ちはだかる。

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

「邪魔、だ!」

 ズドン! と凄まじい音が響く。キュアグリフがウバイトールを殴りつけた音だ。

『ウバッ……ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

「なっ……!?」

 しかし、その重い拳は、ウバイトールに響いてはいないようだった。街路樹のウバイトールは枝の両腕を振るい、目の前のキュアグリフを吹き飛ばす。

「ッ……! どうして!」

「加工前の生木は折れにくいし切りにくい。そして何より、衝撃に強いものさ」

 中空からダッシューが語りかける。

「君の拳程度じゃ、このウバイトールは倒せないよ」

「……ふん、だ。べつに今は倒さなくたっていいもん」

「なに……?」

 タッと、キュアグリフの脇を駆け抜ける影。優しさのプリキュア、キュアユニコだ。

「っ、行かせると思うか! ウバイトール!」

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

「それは、」

 しかし、キュアグリフが、キュアユニコを迎撃しようと動くウバイトールの前に立ちはだかる。

「こっちの台詞だよ!」

『ウバッ……!』

 もう一度、鈍い音が響く。キュアグリフがウバイトールを真正面から殴り飛ばす音だ。キュアグリフから立ちのぼる薄紅色の光――それは、“立ち向かう勇気の光”。その光がキュアグリフにとてつもない力を与えているのは、誰の目から見ても明らかだった。そのまま、ウバイトールに反撃の暇すら与えず、グリフは拳を打ち付け続けた。
314 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 22:27:03.16 ID:LVapeV8q0

「今は効かなくたっていい! ラブリが助けられれば、それでいい!」

「ッ……! キュアグリフ!」

 その間にキュアユニコがゴドーへ迫る。

「ゴドー! ラブリを返しなさい!」

「舐めんじゃないわよ! あたしだって……!」

 ゴドーは片手にラブリを握りしめたまま、向かってくるキュアユニコに相対する。

「悪いけど、ブレイとフレンの友達を連れ去らせるわけにはいかないから、本気を出すわよ」

「はん! 何が友達よ! いがみあってばかりの王族が友達なわけないでしょ!」

「そうかもしれない。ううん、そうだったかもしれない。けど、これからはきっと、大丈夫」

 キュアユニコは笑う。その不敵な笑みに、ゴドーは大地を蹴り、跳んだ。アンリミテッドの位相に逃げ込んでしまえば、さしものプリキュアも追ってはこれない。それは戦略的撤退だ。

「あんたが何を言ってるのかまるでわからないわ! どっちにしろ、これで終わりよ! 愛の王女はアンリミテッドがいただくわ!」

「本気を出すって、言ったわよね」

 ゾクッと、ゴドーは背筋が寒くなるのを感じた。それは、まぎれもなく、眼下を走る空色のプリキュアから放たれている、闘気のような何かだ。

「優しさの光よ、この手に集え!」

 空色の光がキュアユニコの手に集約する。そして現われるのは、ロイヤリティの伝説の戦士が携えるとされる伝説の剣――、

「――カルテナ・ユニコーン!」

「ッ……」

 その剣がとてつもない力を内包していることは火を見るより明らかだ。しかしゴドーはすでに飛び上がり、アンリミテッドへ消える準備は万端だ。何も心配する必要はない。

 そう。大丈夫。大丈夫なはずだ。

「角ある純白の駿馬、ユニコーンよ! プリキュアに力を!」

 しかし、その希望的観測はあまりにも容易く打ち崩された。




「プリキュア・ユニコーンアサルト!!」




「ッ……!?」

 空色の光を爆発させるように、キュアユニコが跳び上がる。まっすぐ、ゴドーに向かって、まるでロケットのようなアサルトを放ったのだ。
315 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 22:28:13.73 ID:LVapeV8q0

 ゴドーはあまりの出来事に、目をつむり、事の推移を把握することを放棄した。心のどこかで、自分が敗北するのだと理解しながら。

 しかし、痛みはない。恐る恐る目を開けると、目の前にキュアユニコの姿はなかった。

「……?」

「……ラブリは返してもらったわよ」

 声は真下から聞こえた。今まさに着地したのだろう。屈んだ姿勢から立ち上がるキュアユニコが両手で優しく抱きかかえるのは、まぎれもなく愛の王女、ラブリだ。手に握っていたはずの王女は、いつの間にかキュアユニコに奪い取られていたのだ。

「……はぁ。形勢逆転かな。仕方ない。ここは退こう」

 ダッシューがゴドーに近寄り、言う。しかし、ゴドーの耳にその言葉は届いていなかった。

「アンタ……ッ!」

 その怒りの矛先は、眼下のキュアユニコに向けられていた。

「どうして、あたしを攻撃しなかったの」

「どうしてって……。わたしはラブリを助けたかっただけよ。あなたを傷つけたいわけではないもの」

「どこまでもッ! 人のことを舐めくさってんじゃないわよ!」

「その怒りはわからなくもない。けれど、今は退くよ、ゴドー」

 今にもキュアユニコに飛びかからんばかりのゴドーを留めながら、ダッシューが笑う。

「……しかし、ぼくからも言わせてもらおう。キュアユニコ、その慢心がいつか必ず命取りになる」

「べつに油断しているわけじゃないわ。あなたたちをいつか改心させるための行動よ」

「そうかい。それは殊勝なことだ」

 ダッシューはニヤリと笑う。

「……ゆめゆめ、その言葉を忘れないことだ。油断は、君たちの足下をすうくうことになる」

「……?」

 そう言い残すと、ダッシューはゴドーを伴って消えた。残されたのは、今まさにキュアグリフが応戦しているウバイトールだ。

「……ブレイ、フレン。ラブリをよろしく」

 手の中のラブリをふたりに任せ、キュアグリフの横に並ぶ。
316 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 22:28:43.79 ID:LVapeV8q0

「お待たせ、グリフ。ラブリは無事助け出したわ」

「さっすがユニコ! うまくやると思ったよ」

 ふたりは笑みを交わすと、ぎゅっと手を握る。強く、強く、お互いの絆の分だけ、強く。

「……いくわよ、グリフ」

「うん! ユニコ!」


「翼持つ獅子よ!」


「角ある駿馬よ!」


「「プリキュア・ロイヤルストレート!!」」


 ふたりのプリキュアから放たれた激烈な光が、街路樹のウバイトールを直撃する。

『ウバッ……!! ウバァアアアアアアアアアア!!』

 そして、世界に広がっていた闇が晴れる。ウバイトールは街路樹に戻り、元の場所へと戻る。ふたりのプリキュアもまた、変身が解かれ、元の姿に戻る。

「ゆうき〜! めぐみ〜!」

「ブレイ……?」

 変身を解いて早々、遠くからブレイの呼び声がする。

「ラブリが苦しそうニコ! 早くお布団で寝かせてあげたいニコ!」

「そうね。王野さん、早く連れて行ってあげましょう」

「うん! 急ごう!」
317 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 22:29:15.12 ID:LVapeV8q0

…………………………

 また、夢を見た。

 それはそれは、怖い夢だった。

 ロイヤリティを脱出する瞬間の夢。

 本当はそんなもの見てはいないというのに、闇の欲望に飲み込まれ、消滅する様を見た。

 敬愛する父、母、臣民が一斉に飲み込まれる様を。

 怖い。

 恐ろしい。

 そして、自分だけがそんな中逃げ出したという罪悪感が生まれる。

 臣民を見捨て逃げ出したという罪悪感。

 それは消えない。

 それでも。

 その最悪の情景を吹き飛ばし、再びロイヤリティを取り戻すために、戦う。

 そう決めたのだ。

 だからラブリは、叫び声も上げず、目を背けることもせず、その惨状を目の当たりにしながらも、ただ、頷いた。

『いつか必ず戻るレプ。伝説の戦士、プリキュアを連れて、戻るレプ!』
318 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 22:29:42.05 ID:LVapeV8q0

…………………………

 目覚めると、目の前には心配そうな顔をしたブレイとフレンがいた。パチリと目を開けたラブリに対し、ふたりはバツが悪そうな顔をして、目を逸らした。

「……ラブリ」

「……何レプ」

 最初に口を開いたのは優しさの王女、フレンだった。

「さっきは悪かったニコ。言い過ぎたニコ。全然優しくない言い方をしてしまったニコ。だから、ごめんなさいニコ」

「…………」

 ラブリの無言をどう受け取ったのだろうか。フレンはそれだけ言うと、目線を落とした。

「ラブリ、ブレイも悪かったグリ」

 続いて口を開いたのはブレイだ。

「ラブリのことを分かっていたのに、口に出すことができなかったグリ。怖くて口をつぐんでしまったグリ。ブレイに勇気があれば、もっとうまくできていたかもしれないグリ。だから、ごめんなさいグリ」

 ラブリは、本当の本当に、心の底から驚いていた。

「……すごいレプ。ブレイとフレンが、プリキュアを生み出すことができた理由がわかった気がするレプ」

「ニコ……?」

 だからラブリは、その気持ちに逆らわず、従った。立ち上がり、頭を深く深く、下げた。

「申し訳ないことをしたレプ。ラブリは、ふたりに助けられたというのに、それを認めたくないから、あんなひどいことを言ってしまったレプ。ふたりが謝る必要なんてないレプ。ラブリが悪かったレプ。ごめんなさいレプ」

 そのラブリの行動に、ふたりが呆気に取られていることが、なんとなく伝わってきた。恐る恐る頭を上げると、やはりふたりは、開いた口が塞がらないとばかりに、あんぐりと口を開けて、まるで見たことのない光景を見つめるかのように、不気味そうにラブリを見つめていた。

「あ、あの高慢ちきなラブリが……」

「自分の非を認めて謝ったグリ……」

「わ、悪かったレプね。どうせラブリは高慢ちきな王女レプ」

 むくれてみせるが、すぐに頬は緩んでしまう。ともすれば悪口になってしまうような言葉が、どこかくすぐったかった。ふたりと、仲良くなれるような気がしたからだ。

「……ラブリ。ラブリさえよければ、フレンたちと一緒にいるニコ」

「そうするといいグリ。愛のプリキュアは、ブレイたちと一緒に探すグリ」

「……ああ。そうさせてもらうレプ。よろしくお願いしますレプ」

 ラブリはふたりの申し出にもう一度頭を下げた。自分のちゃちなプライドより何より、失われたロイヤリティを救い出すことが何より大事だと痛感したからだ。

 ぐぅ〜、と。

「あっ……」

 盛大な音が響く。その音のは、ラブリのお腹から発せられていた。

「……あの完ぺき超人のラブリが」

「腹の虫をならしたグリ」

「う、うるさいレプ! ラブリだっておなかくらい空くレプ!」

 まだ、どこかぎくしゃくはするけれど、それでも。

「ゆうき〜! めぐみ〜! ラブリが起きたグリ! 紹介するグリ!」

 きっとうまくいく。そんな、ラブリらしくない確証もない希望が、心地よかった。
319 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 22:30:08.07 ID:LVapeV8q0

…………………………

 ある、朝のこと。ダイアナ学園、2年B組の教室は、普段とは違うざわめきに包まれていた。

 そのざわめきの中、生徒会長候補のひとり、騎馬はじめは、自分のことを見失いつつあった。

 はじめは、今まで、自分で自分のことを正しく認識できていると思っていた。

 今まで、一度とて自分の考えや行動の理由がわからないことなどなかった。

 しかし、その日、その朝、それが初めて崩れた。

「――今日からこのクラスの仲間になる、後藤鈴蘭さんだ。みんな、仲良くするように」

 朝のホームルーム。唐突な転入生の紹介があった。ニコニコと体裁の良い笑顔を浮かべる、担任の皆井浩二先生。失礼な話ではあるが、黙っていればそれなりにイケメンなのに、口を開くと三枚目になると評判の先生だ。年頃の女子生徒たちから黄色い歓声こそ浴びることはないが、親しみと尊敬を込めて、浩二先生と呼ばれている。

「…………」

 そして、そんな皆井先生のすぐ隣で、不機嫌そうな顔を隠そうともしない、当の転入生。

 真っ黒な髪に、真っ黒な瞳。肌は病的なまでに白く、足も腕も細い。しかしその佇まいは、どことなく上品だ。

 意志の強そうなつり上がり気味の目は、クラス全体を睥睨しているようだった。口は硬く真一文字に結ばれ、にこりとする気もなさそうだ。

「では、後藤さん。簡単に自己紹介をしてくれるかな」

 そして顔立ちは整っているがどこかズレた担任、皆井先生はそんな転入生の様子に気づかない。鈴蘭はちらと面倒くさそうに皆井先生を見てから、諦めたように口を開いた。

「……後藤鈴蘭。よろしく」

「はい、じゃあみんな、拍手で迎えてあげよう!」

 きっと緊張しているだけだろう、と。人の良いクラスメイトたちは、皆井先生の音頭のとおり、手を叩く。もちろんはじめも手を叩いた。心から、彼女を歓迎する気持ちで。
320 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 22:30:34.54 ID:LVapeV8q0

 けれど、胸からわき上がる気持ちは、まったく別の属性を持っているようだった。

(私は、後藤さんを知っている?)

 そんなはずはない。彼女とは間違いなく初対面だ。それなのに、違和感がぬぐえない。まるで自分のことが分からない。どうして、会ったこともない彼女に、自分はこんなにも親近感を憶えている? どうして、彼女と早く仲良くなりたいと強く望んでいる?

「後藤さんの席はあそこだ。隣は生徒会副会長だから、なんでも聞くといい」

 皆井先生が示したのは、はじめの隣の空席だ。きっと、転入生のために事前に先生が運び入れておいたのだろう。はじめの隣に置いたのも、生徒会のはじめの近くなら後藤さんに都合がいいと判断したのだろう。こういった細かい気遣いができるあたり、皆井先生は不器用なだけで、決して悪い先生ではないと、はじめは思う。

 後藤さんが険しい顔をしたまま、その席の前までやってくる。すでに皆井先生はべつの話題に入ろうとしている。

「後藤さん。はじめまして。わたしは騎馬はじめ。困ったことがあったら、何でも言ってほしい」

 内心の動揺を隠して、はじめは笑顔で言った。転入生ははじめの顔を見て、少しだけ表情を変えた。それははじめには、驚いているように見えた。

「どうかしたかい?」

「……何でもないわ。よろしく」

「うん。よろしく!」

 ――どうしてかは、まるでわからない。

 自分でも理由がわからないなんて、今まで一度もなかったのに。

(私は後藤さんと仲良くなりたい)




 ホーピッシュはその名の通り、希望の世界だ。ロイヤリティにおいてそれは、希望溢れる人々の住まう場所という意味に他ならない。

 ロイヤリティは闇に飲み込まれ、消えた。そして、ホーピッシュまでもが、その闇に蝕まれつつある。

 しかし、その混迷の中にあるからこそ、その感情が光り輝く。

(後藤さんと友達になりたい) 
321 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/02/25(日) 22:31:01.46 ID:LVapeV8q0

 次 回 予 告

ラブリ 「ブレイとフレンには申し訳ないことをしてしまった。しっかりと謝らなきゃいけない」

ブレイ 「そんなのいいよ。ぼくは、ラブリと仲良くできるだけで嬉しいし」

フレン 「昔の高慢なラブリだったら、絶対そんなこと言わないものね」

ブレイ 「フレン、そういうこと言っちゃダメだよ」

ラブリ 「……そうだな。昔の冷血なフレンなら、私を許してはくれないだろうな」

ブレイ 「ら、ラブリまで……」

フレン 「…………」

ラブリ 「…………」

バヂバヂバヂバヂ

ブレイ 「……と、いうわけで、怖いふたりは放っておいて、次回予告だよ!」

ブレイ 「学校に忍び寄る影!? ウバイトールが校内に現われまくってゆうきとめぐみがさぁ大変!」

ブレイ 「次回、ファーストプリキュア! 【疲労困憊!? プリキュアは大忙し!】」

ブレイ 「次回もお楽しみに! ばいばーい!」

ラブリ 「…………」

フレン 「…………」

バヂバヂバヂバヂ

ブレイ 「ふ、ふたりとも、怖いからいい加減にしてよ……」 ガタガタ
322 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/02/25(日) 22:33:17.53 ID:LVapeV8q0
>>1です。
今日は投下が遅くなり申し訳ないです。
第十話はここまでです。
また来週、日曜日に投下できると思います。
323 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/04(日) 11:34:59.51 ID:NMs8LA5T0

>>1です。
遅くなりましたが、今週の投下を始めます。
今週のなぜなに☆ふぁーすと! はお休みします。
324 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/04(日) 11:35:29.18 ID:NMs8LA5T0

ファーストプリキュア!

第十一話【疲労困憊!? プリキュアは大忙し!】




「全校集会?」

「ええ。なんでも、体育の先生と主事さん、それから購買の新しいパン屋さんの紹介があるそうよ」

 ある日の朝、ダイアナ学園はそんな話で持ちきりだった。

「元々体育の先生が足りていなかったらしいよ。むふふ」

 楽しそうに語るのは、そういった情報収集が大好きなユキナだ。

「三月で退職された先生の後任の先生、理事長のお眼鏡に適うひとがなかなか見つからなかったんだって。それがようやく見つかって、四月から遅れること一ヶ月ちょい、ようやく赴任することになったんだよ」

「ユキナ。毎回思うが、そういう情報は一体どこから仕入れてくるんだ……」

 情報通のユキナに呆れながらツッコミを入れるのは相棒の有紗だ。

「ふふふーん、蛇の道は蛇、ってやつだよ、有紗クン」

「主事の方は? たしか、お歳を召した方がいらしたはずだけれど……」

「ああ、あのおじいちゃんなら、『腰が限界』 って言い残して、少し前に辞めたんだって」

「あらら……」

 主事の方ならゆうきも何度か話したことがある。気さくで優しいおじいさんだったはずだ。

「それがね、これはトップシークレットなんだけど……」

「? なんだよ。やけにもったいぶるじゃないか」

 急に声をひそめるユキナ。にやりと笑うと、続けた。

「なんでも、新しい主事さん、とんでもないイケメンらしいよ」

「……はぁ」

「そうなんだ」

「ありゃりゃ」

 ゆうきとめぐみの反応に、ユキナが肩すかしとばかりによろけて見せた。
325 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/04(日) 11:35:54.81 ID:NMs8LA5T0

「あんたたちねえ、お年頃の女子中学生にしては枯れすぎじゃない?」

「枯れすぎって言われてもなぁ」

 イケメンが来る、と言われてもいまいちピンとこない。元々アイドルなどにもさして興味はないし、ユキナのようなミーハーでもない。それはとなりのめぐみも同じようだ。ゆうきと同じように興味のなさそうな顔をしている。

「わたしもどうでもいいかな」

「有紗まで! せっかくのトップシークレットを流してあげたのに!」

「べつに話してくれなんて頼んでないだろ? というか、どうせすぐにわかることだ」

「むきー!」

 ユキナと有紗が普段通りのじゃれ合いを始めようかというその瞬間、教室の引き戸が開き、誉田先生が顔を覗かせた。

「みんなー、今日は朝のHRはなしです。そのかわり、全校集会があるので体育館へ速やかに移動してください」

 はーい、という返事を返し、ぞろぞろと生徒たちが廊下へ出る。その中にあって、ゆうきはふとユキナの言葉を思い出す。

「購買のパン屋さん、変わるのかあ」

 じゅるり、とヨダレが垂れそうになる。

「美味しいといいなぁ……」

「色気より食い気、かぁ。さすがゆうきだね〜」

 ユキナの呆れるような声は、パンの味に思いを馳せるゆうきの耳には届かなかった。
326 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/04(日) 11:36:34.05 ID:NMs8LA5T0

…………………………

「……あら、どうしたのよ。ガラにもなく緊張した顔ね」

 それは、嘲弄するような少女の声だ。長い真っ黒の髪に、切れ長の瞳が特徴的な少女だった。身につける制服は明るい色合いだが、その彩りすら飲み込むような、黒い印象を与える少女だった。

 そこはダイアナ学園の体育館にある控え室だ。本来講演会などを開く際に講師の待機所となる場所だ。

「黙っていろ。人前に出るのは得意ではないのだ」

 それに応じるのは、いかめしい顔をした若い男性だ。筋骨隆々とした身体に、暗い色のスーツがよく似合っている。その眼光は鋭く、少女を射貫くように睨み付ける。

「これから毎日人前に出ることになるのよ? そんなんで大丈夫?」

「だから黙っていろ。それが命令ならば、私はそれに従うまでだ」

「ふん。あたしはこんな命令、納得してないけどね」

「………………」

 少女が目を向けた先、壁により掛かるように立つ細身の男性がいる。黙りこくって、うつむき、目を閉じている。いまにも消えてしまいそうなくらい、儚い印象の青年だ。

「なによ、さっきから黙りこくっちゃって。あんたも緊張してるの?」

「べつに。どうでもいい。これも仕事なら、やりきるまでさ」

 青年は身じろぎもせずそれだけ言うと、また口を閉じて黙ってしまった。

「ふん。どいつもこいつも」

「はいはい、みんな緊張しいなのね」

 どんよりした空気を吹き飛ばすような、その場にふさわしくないくらいやわらかくやさしい女性の声が響いた。こざっぱりとした装いの、見目麗しい女性だ。若々しいが、落ち着いた雰囲気だ。

「鈴蘭ちゃんも、いつもより口数が多いわよ?」

「っ……」

 女性の声に、少女が歯がみする。図星をつかれたからだろう。

「そろそろ子どもたちが体育館に集まるみたいね。鈴蘭ちゃんもクラスに戻りなさい」

「……わかりました」

 少女は不満そうに答えると、部屋を後にした。

「では、我々も行きましょうか。子どもたちを待たせてしまっては悪いわ」

「はっ」

 女性の声に、スーツの男性が応じる。それはまるで、主君に応じる家臣のように、かっちりと型にはまっていた。
327 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/04(日) 11:37:02.98 ID:NMs8LA5T0

「もうっ、郷田先生? そういうのはやめてくださいって言ったでしょう?」

「は、はぁ……」 男性は女性のたしなめるような言葉に戸惑うように。「し、しかしデ――ひなぎく、様……」

「様付けもやめてください。わたしは小紋ひなぎく。ただのカフェのオーナーです」

「……わかりました」

「ふん……」

 線の細い青年が小声で吐き捨てるように言う。

「……なんの茶番だ、これは」

「シュウくん? 聞こえてるわよ?」

「これは失礼」

 慇懃無礼な態度だが、それが女性にはかえって嬉しいことらしい。満足げに青年の生意気な態度を見つめている。

「何か?」

「ううん、ごめんなさい。シュウくんを見ていると、昔飼っていた猫を思い出して懐かしくなるの」

「ッ……」

 女性の言葉に、青年がたじろぐ。その様子に、スーツ姿の男性が小さく笑う。

「猫か。言い得て妙だな、蘭童」

「ふん。それならあなたははさしずめ犬ですね、郷田先生。躾をされ牙を抜かれた賢い忠犬だ」

「……ふん」

「ふふ。ふたりとも仲良しね」

 そんな男二人の険悪なやりとりを見て、やはり女性は嬉しそうに笑うのだった。
328 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/04(日) 11:37:28.78 ID:NMs8LA5T0

…………………………

 全校集会は体育館で行われる。全校集会といっても、ダイアナ学園中等部と高等部が一堂に会することは少ない。今回は、その少ない方のようだった。

「この体育館さ」

「何?」

 めぐみがゆうきのつぶやきに答えた。

「中等部と高等部が全員入るには狭いよね」

「そんな無駄口を叩くんじゃないの。わたしたちは学級委員なのよ?」

「はーい」

 やはりめぐみは根が真面目だ。めぐみにいさめられたゆうきは、そっと壇上に目をやった。普段ならピアノが置いてあるだけの壇上に、パイプ椅子が三つと、演台がひとつ並んでいる。これから何が始まるかなんて、先ほどのユキナの発言を踏まえてみれば、分からないはずもない。

『皆さん、静粛に。本日、全校集会を開いたのは、ダイアナ学園に新しく赴任される方を紹介するためです』

 ほどなくして前でマイクを持った副校長先生が喋りはじめた。

『それでは、皆さん、温かい拍手でお迎えしましょう』

 生徒、教職員が手を叩き始める。壇上横から現われた人を見て、ゆうきは小さな声を上げてしまった。

「ひ、ひなぎくさん!?」

「しっ。声が大きいわよ、ゆうき」

 隣のめぐみにたしなめられて、慌てて口をつぐむ。めぐみも、驚いている様子だ。

「ひなぎくさんが体育の先生!?」

「そんなわけないでしょ」

 私語を慎め、と言うわりにゆうきのうめき声にツッコミを入れてくれるあたり、めぐみは本当に人が好い。

 ふと、ひなぎくの目がこちらを向く。ゆうきと目が合ったひなぎくさんは、ニコッと笑って、小さく手を振ってくれた。

「あっ、ひなぎくさん、わたしに気づいてくれたよ! めぐみ!」

「だから、声が大きいわよ!」

 学級委員だというのに、少し騒がしくしてしまったことで、後で少しだけ誉田先生に絞られたのは、また別のお話。
329 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/04(日) 11:37:54.90 ID:NMs8LA5T0

…………………………

「郷田先生」

「……なんだ?」

 全校集会で挨拶を済ませ、壇上を後にしてすぐのことだ。先を行くひなぎくから遠ざけるように、彼はシュウに呼び止められた

「これは、一体どういうことなのだろうね」

「これ、とは何のことだ」

「とぼけるなよ、郷田先生。あなただっておかしいと思っているんだろう? どうしてぼくたちが、こんなことをしなくちゃならないんだ?」

「……あの方にはあの方のお考えがあるのだろう」

「そう納得できるほど、ぼくはお人好しになれそうにない。たぶん、生徒として紛れ込んでいる彼女もね」

 シュウの顔が眼前に迫る。その目に浮かぶのは、明確な疑念と敵意だ。

「ならば去るか? 私はあまり勧めんぞ」

「そうだね。あの方の元を去ることも考えた。けど、とても得策とは思えない」

 シュウはそこでニコッと、まるで能面に笑顔を塗りつけたように笑う。

「だから、あの方に従いながら、好き勝手することにしたよ。きっと面白いことになる」

「……何をするつもりだ」

「さて、ね。なんにせよ、あの方のお役に立つことだけは確かだよ」

 シュウは彼を残し、ひなぎくさんの後を追った。その背中を睨み付けながら、彼は己の決心をもう一度なぞるのだった。

「私は私だ。成すべき事を成すだけだ」

 本人は気づかない。それはまるで、自分自身に言い聞かせるような言葉になっていた。
330 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/04(日) 11:38:29.22 ID:NMs8LA5T0

…………………………

 体育の郷田(ごうだ)篤志(あつし)先生、主事の蘭童(らんどう)シュウさん、購買のパン販売の小紋(こもん)ひなぎくさん。

 それぞれ壇上で校長先生から紹介されて、挨拶もしたようなのだが、ゆうきはよく覚えていない。ひなぎくさんがパン販売をするということで頭がいっぱいだったからだ。

 周囲は周囲で、精悍な顔をした郷田先生やスタイリッシュな蘭童さん、簡素な出で立ちでも美人さを隠しきれないひなぎくさんにキャーキャー言っていたのだけれど。

「でもびっくりだね。ひなカフェでパンを作り始めたんだね」

「あのねぇ……」

 その日の昼休み、いつも通り屋上でお昼を食べながらゆうきが言うと、めぐみは頭を抱えてため息をついた。

「ひなぎくさんが壇上で言っていたじゃない。近所のパン屋さんの代わりに自分が運んでくるんだ、って」

「はぇ? そうなの?」

「そうなの。パン屋さんのおじいちゃんが腰を痛めて配達ができないから、代わりにやるんだって。その代わり、学校でひなカフェの紅茶とコーヒーも売り出すんだそうよ」

 商魂たくましいわよね、ひなぎくさん、とめぐみは続けた。

「そうなのかぁ。残念。てっきりひなカフェのパンが食べられるんだと思ったのに」

「あなたねぇ。何一つ話を聞いていなかったのね」

「だってぇ」 ゆうきはブゥ垂れる。「ひなぎくさんが出てきて嬉しかったんだもん」

「急に知り合いに会ったくらいでその喜びよう、まるで小学生ね……」

「ふんだ。わたしはどうせちんちくりんの小学生ですよーだ」

「体型に関しては何も言ってないけど……」

 ゆうきはぷいとそっぽを向く。その瞬間、階下から大きな音が響いた。

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

「……えっ?」

「ええっ?」

 ゆうきとめぐみは目を見合わせ、叫んだ。

「「ええええええええええええっ!?」」
331 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/04(日) 11:38:55.14 ID:NMs8LA5T0

…………………………

 昼休み、小紋ひなぎくを名乗る女性から持たされたお弁当を咀嚼しながら。

 話しかけるな、と暗に言っているような不機嫌顔を貼り付けて。

「美味しそうなお弁当だ。お母様が作ってくれるのかい?」

 それなのに、どうしてこの女は、己に話しかけてくるというのか。彼女は横のクラスメイトを睥睨して。

「……騎馬さん、だっけ?」

「うんっ」

 清々しい笑顔を、己などに向ける軽率な女。生徒会副会長だという騎馬はじめ。けれど、逆にその笑顔に毒気を抜かれてしまう。嫌味のひとつふたつ言ってやろうとしか悪意が、するするとしぼんでいく。

「……あたし、母親って知らないから」

「え……?」

「いないの。母親。いまは父親もいないけど」

「あっ……そ、そうなのか。すまない。つらいことを聞いてしまった」

「べつに」

 しめたものだ。事実を言っただけで、はじめは申し訳なさそうな顔をして押し黙ってしまった。

「じゃあ、そのお弁当は、自分で作ったのかい?」

 しかし敵も然る者。はじめはそれくらいで、自分とのコミュニケーションを諦めるつもりはないようだ。

「まさか。下宿先の管理人が作ってくれたのよ」

「そうなのか」

 まるで自分の一言一言を反すうするように応えるはじめに、彼女はイライラしながら。

「……はぁ」

 深いため息をついた瞬間のことだ。


『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』


「なっ……」
332 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/04(日) 11:39:21.33 ID:NMs8LA5T0

 響いた声は、聞き間違いようもない。彼女のよく知るものだ。

「どうして……」

 幸いにして、周囲のクラスメイトたちが騒ぐ様子はない。位相の違う場所から聞こえた怪物の怒号は、どうやらまだこの世界に届いてはいないようだった。ただ、ひとりを除いては。

「……? なんだろう。後藤さん、いま何か、変な声が聞こえなかったかい?」

「っ……」

 少し前に自分との接触があったせいだろう、隣にいるはじめだけは、位相のずれをものともせず、怪物の声が聞こえているようだった。

「……さぁ。あたしには何も聞こえなかったけど」

 言いつつ、そっと席を立つ。

「後藤さん? どこかへ行くのかい?」

「あたしがどこへ行こうとあたしの勝手でしょ」

 彼女はそう言い残すと、教室を出た。

(あいつらの誰かが……? なんにせよ……)

 ギリッと、知らず知らずのうちに、歯がみしながら。

「潜入初日に、一体何をするつもり……?」
333 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/04(日) 11:39:47.05 ID:NMs8LA5T0

…………………………

「さっきの声、中庭から聞こえたわね?」

「たぶん!」

 めぐみとゆうきは、早歩きで校舎を進みながら、周囲の様子を見る。

「でも、誰も慌てている様子はないわね」

「当然レプ」

 ポーチからヒョコッと顔を出したのはラブリだ。

「まだこのホーピッシュはそこまで闇に侵食されていないレプ。だから、アンリミテッドが闇を作り出す際には、この世界から少し位相をずらした場所に落ちる必要があるレプ。アンリミテッドやロイヤリティと関わった人間にしか、アンリミテッドを感知することはできないレプ」

「ああ……。そういえば、デザイアがそんなようなことを言っていたわね」

「わたしには何がなんだか分からないけどね」

「同じくグリ……」

 顔を出したブレイとゆうきがうんうんと唸る。飼い主とペットのように、主従とは似るものなのだろうか。

「けど、このままアンリミテッドの浸食が進めば、やがてこの世界すべてが闇に墜ちるニコ」

「そうなれば、ホーピッシュの住人にもアンリミテッドが感知できるようになるレプ。つまり、アンリミテッドが直接、この世界に危害を加えることが可能になるレプ」

「でも、この前、わたしの妹がウバイトールに襲われたよ?」

 ゆうきが首を傾げる。

「それはおそらく、ゆうきの妹がブレイや、プリキュアとなったゆうきとの関わりが強かったからレプ。闇と光の両方の影響を強く受けてしまうレプ」

「なるほど……」

「なんにせよ、ウバイトールが現われたなら、早く浄化しないといけないニコ!」

 他の生徒たちに不自然に見られない程度に急いで中庭へ向かう。中庭に出ると、そこはすでに別の場所になってしまったようだった。

「っ……」

「いつもの感じね。空が暗い」

 さっきまで晴れていたはずだ。それだけではない。世界が不自然な色に塗りつぶされてしまったようだ。その場に、めぐみたちを見下ろすように、ウバイトールが悠然と立っている。以前見たものと同じ、木のウバイトールだ。

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

「妙レプ」

「どうかしたの、ラブリ?」

 ラブリが冷めた目でウバイトールを睥睨しながら、言う。

「アンリミテッドの姿がないレプ。気配もないレプ」

「どういうこと……? ウバイトールを作り出して、どこかへ行ったってこと?」

「不思議グリ。アンリミテッドがウバイトールを作り出すのは、ブレイたちから紋章とブレスを奪い取るためグリ。それなのに気配すらないなんて不思議グリ」

「いまは考えるより先にすることがあるわ。ゆうき、行くわよ!」

「うん!」

 めぐみはそっとブレスを構える。隣のゆうきと目を合わせ、頷き合う。


「「プリキュア・エンブレムロード!」」
334 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/04(日) 11:40:13.13 ID:NMs8LA5T0

…………………………

「どういうこと……?」

 彼女は中庭の隅の生け垣に隠れ、その様子を眺めていた。

「ウバイトールだけ……? あのウバイトールは、ダッシューが作り出したもののようだけど……」

「ご明察。そのとおりだよ」

 いつの間に立っていたのだろう。背後には、この学校に新しく主事としてやってきた、シュウが立っていた。

「……あんた。どういうつもり?」

「言葉遣いがよくないなぁ。君は生徒。ぼくは学校関係者。一応、礼節は重んじるべきだと思うけど?」

「ふん。ロイヤリティみたいなこと言わないでくれる? 不快だわ」

 彼女はシュウを睨み付ける。

「どういうつもり?」

「……ふふ。考えてもみたまえよ。この潜入は、滅多にないチャンスなんだ」

「チャンス?」

「プリキュアたちを弱らせるチャンス、さ。君も一枚噛まないかい?」

 シュウは酷薄に笑う。

「ぼくたちは常にプリキュアたちの傍にいられるんだ。それを利用して、ウバイトールでプリキュアたちに断続的に攻撃をさせる。プリキュアたちはウバイトールを無視するわけにはいかないだろう?」

「ただのウバイトールなんて、今のあいつらの敵じゃないわ」

「大した敵でなくたって、疲労はたまる。彼女たちが疲れたときが、ぼくらがプリキュアを狩るチャンスなのさ」

 彼女はダッシューの言葉の意味を理解した。つまり、プリキュアたちを疲れさせ、弱らせ、疲弊したときに、本腰を入れて戦うということだ。

「……悪くないわね。いいわ。あんたのウバイトールが倒されたら、次はあたしのウバイトールね」

「決まりだ。三時間おきくらいかな。学校にいる間、断続的に攻撃を加え続けるんだ」

「ふふ。楽しみだわ。あのプリキュアどもが、あたしたちに跪く様が見られるのね」

 くくく、ふふふ、と、ふたつの笑いがこだまする。

 その横で、ロイヤリティの光が吹き荒れ、ウバイトールが浄化される。空の闇が晴れ、ホーピッシュが元の色を取り戻す。

 どこか釈然としない顔をするプリキュアたちの顔をそっと盗み見て、彼女はニヤリと笑みを浮べるのだった。
335 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/04(日) 11:40:39.61 ID:NMs8LA5T0

…………………………

「あ……後藤さん!」

 その日放課後、はじめはそそくさと荷物をまとめて教室を後にしようとするクラスメイトを呼び止めた。

「なに?」

 相手――転校してきたばかりの後藤鈴蘭――は、面倒くさそうという顔を隠そうともせず、応える。

「いや、その……もしよかったら、一緒に学校を回らないかい? 案内するよ」

「案内?」

「転校したばっかりで分からない場所も多いだろう? もしよかったら、だけど……」

「じゃあ遠慮しておくわ。この後用事があるの」

「そ、そうか……」

 なぜか少しだけ胸が痛む。あまり経験したことがない痛みだ。

「呼び止めて悪かった。また明日」

「ええ。また明日。騎馬さん」

 はじめは、そのまま教室を後にする鈴蘭の後ろ姿を見つめ、キリキリと痛む胸を、不思議に思うのだった。

(わたしはどうして、あの子のことがこんなに気になるのだろう。どうして……)

 自分のことで頭がいっぱいだったからだろう。

 立ち去る寸前、鈴蘭の目が、そっと自分を見つめていたことに、はじめは気づかなかった。

 その鈴蘭の瞳が、どこか申し訳なさそうに揺れたことに、気づかなかった。
336 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/04(日) 11:41:06.04 ID:NMs8LA5T0

…………………………

「結局、アレはなんだったんだろうね」

「さて、ね。どっちにしろ、アンリミテッドのいないウバイトールなんて、わたしたちの敵じゃないわ」

「そうだけど……」

 放課後は、目前まで迫った生徒会選挙の準備だ。教室で推薦の原稿の読み合わせをするユキナと有紗の目を盗んでめぐみに耳打ちするが、やはり答えはでそうにない。

「不思議なのはわたしも同じよ。今は生徒会選挙の準備に集中しましょう」

「ま、それもそうだね」

「? ゆうき? めぐみ? どうかしたの?」

「なんでもないなんでもない」

 ユキナの不思議そうな目にそう返すと、ゆうきも準備に集中しようと思いなおす。

 と――、

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

「なっ……!」

「うそでしょう……!?」

「? どうかしたのかい、ゆうき、めぐみ」

 突然大声を上げたゆうきとめぐみに、有紗が目を丸くしている。

「いや、あ、えーと……」

 ゆうきは勢いよく立ち上がって。

「そ、そうだ! 誉田先生に頼まれてた学級委員の仕事を忘れてた!」

「そ、そうだったわね、ゆうき! ごめんなさい、ユキナ、有紗。少しふたりで読み合わせをしていてちょうだい」

「それは構わないけど……」

「今日なんか頼まれたっけー?」

「ごめん!」

 不思議そうな顔をするユキナと有紗を残し、ゆうきとめぐみは急いで教室を後にした。
337 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/04(日) 11:41:32.02 ID:NMs8LA5T0

…………………………

「翼持つ獅子よ!」

「角ある駿馬よ!」

「「プリキュア・ロイヤルストレート!」」

 ウバイトールは体育館裏に現われていた。高く跳びたいという欲望を体現した跳び箱のウバイトールに少々手こずりながらも、なんとか浄化する。やはりその場にアンリミテッドの姿はない。

「はぁ……はぁ……」

「一日に二回……こんなことって今まであったっけ?」

 肩で息をしながらユニコに問う。

「ないこともなかったけど、やっぱりおかしいわ。アンリミテッドがいないもの」

「うん……」

 頭の良いユニコでもわからないとなると、グリフもお手上げだ。

「レプ……。これは一体……」

 肩でラブリが呟く。ラブリにもわからないようだ。

「グリ! そんなことより、早く教室に戻るグリ! 友達を待たせちゃダメグリ!」

「そうだったー! ユキナと有紗を放ったままだー!」

「急ぎましょう! わたしのために色々としてもらっているのに、待たせては申し訳ないわ!」



…………………………

 彼女は変身を解いて走り出したゆうきとめぐみを物陰から見つめ、くすくすと笑う。

「ふふ。滑稽だわ、プリキュア。明日も同じようにやってあげるから、覚悟しなさい」
338 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/04(日) 11:41:58.31 ID:NMs8LA5T0

…………………………

「はぁ……なんか、今日は疲れたな……」

 帰宅し、ベッドにごろんと転がる。着替えてからでないとしわが寄るのは分かっているけれど、そんなことを考えられないほどに疲れ切っていた。

「ゆうき、大丈夫グリ?」

「うーん、大丈夫だよー」

 心配そうにやって来たブレイを優しく撫でる。

「……レプ。あとひとり、プリキュアがいれば、もう少し負担が軽減されるレプ」

 ラブリも心配そうだ。

「ラブリががんばって、愛のプリキュアを探さないと……」

「大丈夫だよー。焦らないで、ラブリ。ゆっくり探そう」

「レプ……」

 ずっと横になっていたいところだけれど、今日はお母さんが夜勤の日だ。晩ご飯は作ってくれているようだけれど、お洗濯だけはしておかなければなるまい。

「うぅ……」

 プリキュアだけならまだしも、授業や生徒会選挙の準備に家事もある。明日の朝も朝食とお弁当を作らなければならないから早い。ゆうきは重い身体を起こした。

「つらいけど、がんばらなくちゃ……。学校だって、プリキュアだって、生徒会選挙だって、自分で決めたことなんだから」



『わたし、大丈夫だよ。お家のこと手伝うよ! だからお父さん、海外に行っても、大丈夫だよ!』



 思い起こされる遠い昔のこと。まだ小学生中学年くらいだったときの、自分の言葉だ。海外の大学に赴任する打診をされたお父さんの背中を押したのは、まぎれもない、自分の言葉だったのだ。



『わたしね、ダイアナ学園に行きたい! あの素敵な学校なら、きっと素敵なことがたくさん勉強できると思うの!』



 ダイアナ学園は私立だから、当然学費がかかる。その他諸々のお金もかかる。それでも、そう言ったゆうきの背中を、今度は両親が押してくれた。幼なじみのあきらにたくさん勉強を教えてもらって、なんとか合格を勝ち取った、そんな学校なのだ。

「負けられないよ。これくらいで」

 ぐっと拳を握る。

「アンリミテッドめ……。来るなら何度だって来いってのよ!」
339 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/04(日) 11:42:35.32 ID:NMs8LA5T0

…………………………

 その日の夜。

 彼女は今日のことを思い出しながら、ニヤニヤと笑っていた。

「本当に面白いわ。今までのことがバカみたいね」

 思い起こされる苦い記憶。プリキュアの光に臆し、怯え、震えていたこと。

「もうあんな思いはしない。プリキュアを翻弄して、疲れ果てさせて、そして……」

 コンコンと、部屋のドアがノックされた。

「鈴蘭ちゃん。ちょっといいかしら?」

 その声は、この家の主であるひなぎくさんのものだ。

「……何か用ですか?」

 相手が相手だ。無視するわけにもいかず、ドアを開ける。ひなぎくさんは心配そうな顔で、彼女を見下ろしていた。

「どうかしら。ダイアナ学園に転入して数日経ったけど、学校には慣れた?」

「……あんな不自由なところ、到底慣れません。慣れたいとも思いませんけど」

「まぁ、そうよね」

 ひなぎくさんは困ったように笑って。

「お友達はできた?」

「そんなもの必要ありません。もう寝るので、そろそろよろしいですか?」

「え、ええ。ごめんなさい。あ、ひとつだけいいかしら?」

 はぁ、と。ため息を隠す気にもならず、彼女は応じた。

「なんです?」

「シュウくんがまだ帰らないの。何か知らない?」

「……あたしが知るわけないでしょう」

「そう……。そうよね」

 ひなぎくさんは心配そうに目を泳がせて。

「……遅くにごめんなさい。おやすみなさい。また明日」

「はい」

 ドアを閉め。嘆息する。

「……この変わり様は一体何? あの方は一体何をお考えなのかしら」

 考えても答えは出ない。あの方の考えが、今まで一度だって、分かったことなどないのだから。
340 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/04(日) 11:43:01.14 ID:NMs8LA5T0

…………………………

 ひなカフェの裏には、外から二階に上がることが出来る階段がある。その階段を上り、引き戸を開けると、簡易的な寮のような趣の宿舎の玄関が広がっている。ひなカフェのオーナー、ひなぎくが運営する寮のようなアパートだ。

「あら、おかえりなさい、シュウくん」

「……ただいま戻りました」

 まさか、帰ってすぐ、その宿舎の主と出くわすとは、思っていなかった。

「シュウくん、遅かったのね。こんな時間までお仕事?」

「ええ。造園の仕事がなかなかはかどらなくて」

「シュウくんが庭師として働くんだもの。きっとあのお庭はもっと素敵になるわね」

「だといいんですけどね」

 慇懃無礼に返しながら、彼は靴を脱いで宿舎に上がる。

「あ、シュウくん」

「なんです?」

 真っ直ぐ部屋に向かおうとする彼は、ひなぎくに呼び止められる。

「お仕事が忙しいのはわかるのだけど、これからは、遅くなるときは連絡をちょうだいね? 心配するし、ご飯も冷めちゃうから」

「……はぁ?」

「ご飯、リビングに置いてあるから、温めて食べてね。食器は流しに置いてくれればいいから」

 言うだけ言うと、ひなぎくさんは、おやすみなさい、と言い残して部屋へ行ってしまった。

「……なんなんだろうか」

 変だ。妙だ。けれど、それを本人にぶつけるのは、いくらなんでもリスキーすぎる。

「まぁいい。ぼくはぼくのやることをやるだけだ」
341 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/04(日) 11:43:41.79 ID:NMs8LA5T0

…………………………

 ――――『アンリミテッドめ……。来るなら何度だって来いってのよ!』

 前日にあんなことを言ってしまったからだろうか。

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

「うそでしょ!?」

 翌日早朝、校門前で生徒会選挙で大声を張り上げていたら、ウバイトールの声が聞こえた。体育館の方角だ。ゆうきとめぐみは顔を見合わせ、持っていた旗とプラカードをユキナと有紗に渡す。

「ごめん!」

「本当にごめんなさい!」

 首を傾げるふたりに後を任せ、体育館に向け、走る。

「ふふ……」

 そんなふたりを、ニヤニヤといやらしく見つめる目に、ふたりはやはり、気づくことはなかった。
342 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/04(日) 11:44:12.68 ID:NMs8LA5T0

…………………………

 昼休み。

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

「またぁ!?」

「もうやだ……」



 放課後。

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

「ああああ、もう!」



 帰宅途中。

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

「……なんなの」
343 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/04(日) 11:44:39.75 ID:NMs8LA5T0

……………………

 まるで、ふたりをあざ笑うようなウバイトールの猛攻に、精も根も尽き果てそうだった。ゆうきとめぐみは、日暮の河川敷にぐたっと大の字に横たわった。

「なんだっていうのー!」

「なんなのよー!」

 夕日に向けて叫ぶが、特に返答はない。

「……もう疲れたよ」

「わたしも、さすがにヘトヘトだわ」

「グリ……」

「ニコ……」

「レプ……」

 妖精たちがカバンから出てきて頭をポンポンしてくれるが、当分身体を動かしたくないくらいには疲れ果てていた。

「……明らかに、私たちを疲れさせようとしているわね」

「うん。でも、どうしたらいいのかな。このままじゃどうにかなっちゃうよ」

「そうね……」

 めぐみがうんうんと唸り出す。それと同じく、ラブリも唸る。妙案は頭の良いふたりをしても、なかなか浮かばないようだった。

 と――、

「大埜さん? と、王野さん?」

 コロン、と。妖精たちの行動は素早かった。すぐさまぬいぐるみのフリに移行すると、河川敷に転がったのだ。ゆうきとめぐみも、慌てて起き上がり、草を払って体裁を整える。

「き、騎馬さん?」

「奇遇だね。いま帰りかい?」

「ええ、そうなの。ちょっと夕日を眺めていたところよ」

 土手の上からふたりを見下ろすのは、長い髪に麗しい顔立ちの大和撫子。けれどハスキーボイスで紡がれる男らしい口調。堂に入った貫禄を持つ騎馬はじめだ。
344 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/04(日) 11:45:05.36 ID:NMs8LA5T0

「最近、生徒会選挙の活動に精力的だね。私も負けていられないと、気を引き締め直しているところだよ」

「そうかしら? 現副会長にそう言ってもらえると嬉しいわ」

「いい生徒会選挙になりそうだ。私も本当に嬉しいよ」

「そ、そうね」

 ゆうきにはいい生徒会選挙と悪い生徒会選挙の違いがよくわからないが、わざわざ口を挟むようなことでもないだろう。ニコニコとめぐみの言葉に相づちを打つに留めた。

 そのまま立ち去るだろうと思われたはじめだったが、少し逡巡するような顔をした後、こう切り出した。

「あの……君たちにこんな話をするのは、筋違いかもしれないんだが……」

「? どうかしたの?」

「少し、話を聞いてもらいたいんだ。いや、相談したいことがあるんだ。いいかな?」

「相談……? 騎馬さんが!? わたしたちに!?」

「そ、そんな驚くようなことだろうか……」

 ゆうきの大声に、めぐみがしーっとたしなめる。

「ゆうき、失礼でしょ」

「あ、ごめんなさい……」

「いや、いいんだ。唐突に変なことを言った私も悪い」

 はじめは悲しそうな顔をしているように見えた。ゆうきが何かを言う前に、めぐみが先に口を開いた。

「もしよかったら、一緒に夕日を眺めていかない?」

 ニコッと笑うめぐみは、体面やメンツというものを取り払った、ゆうきと一緒にいるときの、優しいめぐみだ。ゆうきの大好きな、めぐみだ。

「大埜さん……」

「ほら」

 めぐみはそっと原っぱに座り込み、隣をぽんぽんと叩いた。

「騎馬さんは、あんまりこういうところに座るの、好きじゃないかもしれないけど」

「いや、ありがたい。お言葉に甘えるよ」

 はじめはめぐみの隣に座ると、ホッと息をついた。
345 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/04(日) 11:45:35.59 ID:NMs8LA5T0

「なんだか不思議だ。学校ではいつも気をはっているんだ。君たちの前だと、不思議と落ち着けるよ。こんな姿はクラスメイトや生徒会の皆には見せられないな」

「そう言ってもらえると嬉しいわ。それで、相談って何?」

「ああ……」

 はじめがうつむく。ゆうきはふたりを回り込み、はじめの逆隣に座り込んだ。

「実は、恥ずかしい話なんだが、友達になりたい人がいるんだ」

「……? 友達になりたい人?」

「うん。転校生の後藤さんなんだけど……」

 そういえば、と思い出す。いつだか誉田先生が、皆井先生のクラスに転入生がやって来たという話をしていた。

「不思議なんだ。こんなこと初めてなんだ。一目見たときから、初めて会った気がしなくて、彼女のことが知りたくてたまらないんだ。友達に、なりたいんだ。でも、彼女は私のことが苦手みたいなんだ……」

 はじめは恥ずかしそうに続けた。

「情けない話なのだが、私は、友達というものがよく分からない。だから、君たちに教えてもらいたいんだ。私の目には、君たちふたりはとても仲の良い親友同士のように見えるから」

「そ、そうかしら」

「えへへ、なんか嬉しいね」

 はじめを挟んで笑い合う。けれど、はじめの問いは難解だ。友達とは何か、友達になるにはどのようにしたらいいか、そんなこと、考えたこともない。

「私も、あなたと同じように悩むこと、多いわ。私も、友達というものがよく分からないから。変な強がりばっかり言って、呆れさせてしまうことも多いし……」

 めぐみが言った。

「けど、私はゆうきと友達になれた。それは、ゆうきがまっすぐ、勇気を持って、私に言葉をかけてくれたからよ」

「うん。それと、めぐみが、優しく応えてくれたからだよ」

 だから、とゆうきは続けた。

「騎馬さん、もう一回後藤さんに話しかけてみよう? 言葉はきっと通じるよ」

「でも、嫌がられはしないだろうか……」

「分からないわ。でも、きっとこれ以上話しかけなければそれまでよ。何も分からないまま、それできっと、おしまい。それでもいいの?」

「……いやだ」
346 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/04(日) 11:46:01.39 ID:NMs8LA5T0

「そうね。なら、少しだけ勇気を持って」

「きっと、想いは通じるよ!」

 両側からはじめの手を握る。驚いたような顔をするはじめだけど、嫌がる素振りはない。むしろ、顔を赤くして、照れているようだ。

「……ありがとう。生徒会選挙前に、こんなことを相談してしまって、情けないな、わたしも」

「いいと思うわ。騎馬さんだって人間だもの」

「ああ。そうだな……」

 はじめはスッと立ち上がると、夕日を真っ直ぐに見つめた。その瞳に、もう迷うような色はない。

「明日、もう一度後藤さんに声をかけてみるよ。それで嫌われるなら、それはそれ、だ」

「うまくいくことを祈ってるよ!」

「ええ。がんばってね、騎馬さん」

「ああ」

 ――結局、何一つ解決しないままだけれど。

 どこか清々しい気持ちで、ゆうきとめぐみは帰路についた。
347 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/04(日) 11:46:27.12 ID:NMs8LA5T0

…………………………

 その夜。

 ひなカフェ二階の下宿で、顔をつきあわせるのは、鈴蘭とシュウだ。

「明日の放課後、最後の仕上げといこうじゃないか」

「朝はあたし。昼はあんた。そして、放課後に……」

「そう。ぼくらふたりでウバイトールを呼び出し、弱ったところを叩く」

 ニヤリと笑みを交わす。

「明日こそがプリキュアの最後だ。そして、ブレスと紋章を一気に手に入れる」

「ふふふ……。明日が待ち遠しいわ」

 そんなふたりを、キッチンの奥から、心配そうに眺める目線があった。

「……あのふたり、大丈夫かしら。シュウくん、本当にちゃんと仕事をやっているのかしら。鈴蘭ちゃんは、お勉強についていけてるのかしら」

 はぁ、とため息をつく。下宿の管理人業も、一筋縄ではいかないのだ。
348 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/04(日) 11:46:53.58 ID:NMs8LA5T0

…………………………

 翌日、朝。

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

「出たわね!」

 出ると心構えができていれば、なんてことはない。もちろん朝から大立ち回りをして疲れることは疲れるが、心労はある程度抑えることが出来る。



 昼。

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

「今日のお弁当は今期最高傑作なの! 早く食べたいの!」

 ウバイトールを倒すテンポができつつある。カルテナを駆使すれば、それほど労力なく倒すことができるようだ。




 とはいえ、である。

「……めちゃくちゃ疲れた」

「私もよ。でも、授業中に寝たりしちゃダメよ」

「わかってるよぅ……」

 なんとか六時間目の授業まで持ちこたえて、帰りのホームルームが終わった瞬間、机に突っ伏す。

「なんかお疲れだけど大丈夫?」

「体調もよくなさそうだが……」

 ユキナと有紗が心配そうに言う。それに手をひらひらと返答しながら、頭をもたげる。

「今日はふたりは部活だよね。いってらっしゃい」

「ああ……」

「ゆうきとめぐみ、あんまり無理しないでね。生徒会選挙、部活の後なら手伝えるからね!」

「ありがとう。ふたりは優しいのね。本当に大丈夫だから、心配しないでいってらっしゃい」

「うん……」
349 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/04(日) 11:47:19.33 ID:NMs8LA5T0

 何度も振り返りながら心配そうに教室を後にしたふたりを見送って、ゆうきとめぐみは同時にため息をついた。

「……そういえばさ」

「何かしら?」

「騎馬さん、うまくいったかな?」

「……どうかしらね。うまくいっているといいわね」

「うん」

 疲れ果ててはいるが、はじめの真摯な心を思うと、心配になると同時に、心が温かくなる。あんなに真面目で誠実な女の子に友達になりたいと言われて、嫌な気持ちになる子がいるとは到底思えない。

「あ……あの、ゆうき」

 横合いから声がかかる。振り向くと、幼なじみのあきらが、所在なげに立っていた。

「ああ、あきら。どうしたの?」

「も、もしよかったら、一緒に帰らない? この前言ってたオススメの喫茶店、連れてってほしいなー、なんて……」

「ああ……」

 そういえば、あきらにはひなカフェの話をしただけで、まだ一緒に行っていない。ゆうきとしてはその申し出は願ったり叶ったりだけれど、そうも言ってはいられない。

「ごめん。このあと、めぐみと生徒会選挙の準備をしなきゃいけないんだ。また今度、一緒に行こう?」

「あ……そ、そうなんだ……」 あきらは、視線を落とし、寂しそうに。「ううん。こちらこそ気を遣わせてごめんね。また今度ね」

「ゆうき、疲れているだろうし、美旗さんと行ってきたら? 準備は私ひとりでゆっくりやってもいいし……」

「そんなわけにはいかないよ!」

 めぐみの申し出に、自然と声が大きくなる。

「めぐみの推薦人を買って出たのはわたしだよ。そのわたしが、そんなことしちゃダメだよ」

「そ、そう?」 めぐみは嬉しそうにはにかんで。「嬉しいわ。ありがとう」

「うん!」

 だから、ゆうきは気づかなかった。あきらの寂しそうな瞳が揺れていたことに。

「……また、大埜さんなんだよね」
350 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/04(日) 11:47:45.05 ID:NMs8LA5T0

「へ? あきら、何か言った?」

「ううん。なんでもないよ。それじゃ、また明日ね、ゆうき。大埜さん」

「あ、うん。また明日、あきら!」

「さようなら、美旗さん」

 あきらが教室を後にし、さぁ準備に取りかかろうとめぐみを見ると、あきらが消えた教室の戸を見つめていた。

「どうしたの、めぐみ?」

「……なんだか、すごく悲しそうだったわ。美旗さん、大丈夫かしら」

「そう? あきらは無口な子だからね。そう見えるだけじゃない?」

「うーん……そうは思えなかったけどな」

 めぐみの心配そうな顔に、ゆうきも少しだけ心配になってくる。そういえば、ここ最近は生徒会選挙やプリキュアのことばかりで、あきらと一緒に帰るどころか、ろくろく話もできていない。

「今度、わたしから一緒に帰ろうって誘ってみようかな」

「ええ。それがいいわ。幼なじみなんだものね」

「うん! 大切な幼なじみだよ! わたしがダイアナ学園に入れたのだって、あきらが勉強を教えてくれたからなんだから! めぐみと同じくらい勉強が得意なんだよ!」

「ええ。私も騎馬さんと美旗さんは勉強でライバルだと思っているわ。特に美旗さんは文系科目では一度も勝ったことがないもの。難敵よ」

「……あー、勉強の話はそれくらいにして、作業をしようか。わたしがいたたまれなくなってくるから」
351 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/04(日) 11:48:11.26 ID:NMs8LA5T0

…………………………

 校舎裏。ほとんど人がよりつかないそこに、彼女は主事のシュウと一緒に立っていた。

「そろそろ仕上げといこうか」

「疲れ切っているところにあたしたちふたりのウバイトール……。ふふ、さしものプリキュアもこれで終わりね」

「まぁ、ぼくひとりでも問題ないとは思うけどね」

「……手柄を独り占めするつもり?」

「冗談だよ」

 シュウとふたりでプリキュアを倒す。そして、脅威となるものすべてがなくなったこのホーピッシュを制圧する。それで、終わり――、

「――ご、後藤さん!」

「っ……?」

 背後からの声に振り返ると、そこには肩で息をするクラスメイト――騎馬はじめが立っていた。

「騎馬さん……?」

「放課後、脇目も振らずにいなくなるものだから探したよ。こんなことならためらっていないで、昼休みにでも話しかければよかった。でも、見つかってよかった」

「何か用?」

 焦れる気持ちをおさえて、はじめに向き直る。かつて、別の姿で相対したときのように、気絶させてしまえばそれで終わりだ。しかし、今はかりそめであれ生徒の姿をしている。その姿でそんなことをすれば、後々の不審に繋がりかねない。

「……お友達は大切にした方がいい」

 笑いをこらえているのを隠そうともせず、シュウは小声で言う。

「ぼくは先に言っている。君が来なければ、先にプリキュアを倒しているが、悪く思わないでくれよ」

「なっ……」

 言うが早いか、シュウは校舎裏を後にした。

「ち、ちょっと待ちなさいよ!」

「ま、待ってくれ!」

 慌ててシュウを追いかけようとするも、その手をはじめに掴まれる。

「何よ!」

「すまない。だが、少しだけでいい、私の話を聞いてくれないか」

「っ……」

 ここで無理を通して話がこじれるのも面倒だ。聞くだけ聞いて、すぐにシュウの後を追えばいい。それだけだと自分に言い聞かせ、はやる心を抑えてはじめに向き直る。

「言うなら早くしてちょうだい」

「ああ。単刀直入に言う」

 いつの間にか、はじめから、躊躇うような雰囲気は消えていた。

「私は……君と、友達になりたい」
352 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/04(日) 11:48:38.05 ID:NMs8LA5T0

…………………………

「お、おおお、大埜さんは、ま、まま、まま、真面目で……――」

「――カット。噛みすぎよ、ゆうき」

「だって、大勢の前で話をするって想像すると、緊張しちゃって……」

 ゆうきとめぐみしかいない教室で立ち会い演説会の練習だ。他に妖精たち以外誰もいない教室でも、ゆうきは緊張してしまって噛み噛みだ。

「想像力が豊かなのも考え物ニコ」

 それだけではない。今さらながら、あきらの誘いを無下に断ってしまったことが、心にずしりとのしかかる。それが原稿の読み合わせを阻んでいることは明白だった。

「うぅ……あきら、怒ってるかなぁ。怒ってるよねぇ」

「もう、後悔するくらいなら、一緒に帰ったらよかったのに……」

「それもやだよー。そうしたらめぐみが怒っちゃうよ」

「怒らないわよ!」

 と、

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

 教室のすぐ横、中庭からその雄叫びが聞こえた。

「……ねえ、ゆうき」

「うん。めぐみ」

「私、ちょっといい加減、頭に来てるのかもしれないわ」

「同感だよ。わたしも、ちょーっと、めずらしく怒ってるかも」

 ガッ、と。いつもなら手をつなぐところを、拳と拳をぶつけ合う。

「ブレイ」

「フレン」

「グリ……? て、手を繋がないグリ?」
353 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/04(日) 11:49:04.58 ID:NMs8LA5T0

「必要ないよ。紋章、ちょうだい」

「ニコ……なんか、ふたりとも怖いニコ」

「怖くなんかないわ。ちょっとだけ、怒ってるだけよ」

 普段なら、手を繋いで変身するが、今日は、そういう気分ではないから。

 ふたりが仲違いをしているわけではない。むしろ、より強い何かで結ばれているからこそだろう。

 真正面から拳と拳を合わせたまま、唱える。そして、合わせたままの拳に紋章を持たせたまま、ブレスを紋章に横切らせる。



「「プリキュア・エンブレムロード!」」



「立ち向かう勇気の証! キュアグリフ!」



「守り抜く優しさの証! キュアユニコ!」



「「ファーストプリキュア!」」
354 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/04(日) 11:49:44.90 ID:NMs8LA5T0

…………………………

 中庭に降り立ったふたりのプリキュアを認めたとき、ダッシューは喜びに高笑いをしたい気分だった。彼が隠れているのは中庭の木の陰。プリキュアたちはここ数日のウバイトールのみとの戦いに慣れ、すぐ近くにアンリミテッドがいることを警戒していない。ウバイトールひとりにかかりきりになっているところに刃物を飛ばし、ひとりずつ確実に仕留めていく。本当ならゴドーのウバイトールも呼び出し、ゴドーとふたりがかりで当たればもっと確実だったかもしれないが、仕方ない。ゴドーがいてもいなくても、作戦の成功率にそう影響はない。

「ふふ。これで終わりだよ、プリキュア」

 ――決して、ダッシューの目が曇っていたわけではないだろう。

 それは、誰にも想像できることではなかったのだ。

「あんたちの都合は知らないけどね!」

「いい加減、頭に来てるんだから!」

「は……?」

「正義のヒーローにだって!」

「プライベートはある!」

 それは、悪夢を見ているような光景だった。

 正義のために戦う誇り高き戦士プリキュアが、怒りに身を任せ、ふたり同時の正拳突きをウバイトールに放ち、屋上を越え、ウバイトールを校舎裏まで吹き飛ばすなんて誰に想像できただろうか。

「……うそだろう」

 さしたる感慨も見せず、プリキュアたちは校舎裏へと飛ぶ。さっさと、ウバイトールを片付けようという義務感しか見られないその行動に、ダッシューは人知れず身震いした。

「……違う。ぼくたちは、プリキュアを疲れさせて追い詰めていたんじゃない」

 そこでダッシューは、ようやく己の失策を知った。

「ウバイトールを効率的に倒す方法を奴らに教えてしまっただけなんだ」

355 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/04(日) 11:50:10.88 ID:NMs8LA5T0

…………………………

「は……? 友達?」

 最初、彼女は目の前の人気者のクラスメイトが何を言っているのかわからなかった。

 けれど、その意味がわかったとき、彼女の心に浮かんだのは、怒りだ。

「なにそれ? もしかして、哀れみ? お友達ができないあたしを心配してるフリ? お友達ができないあたしのお友達になってあげて、自分のことを褒めてあげたいの?」

「えっ? えっ? えっ?」

 波状的に質問攻めにする彼女に、はじめは困惑しているようだった。

「えっと、その……」

 図星だろう。彼女は答えを聞くまでもないと身を翻しかけ、

「……君が何を言っているかわからないけど、私はただ、君と友達になりたいだけだよ。恥ずかしい話だけど、初めて会った気がしないんだ。君とお話がしたくてたまらないんだ」

「は……?」

 今度こそ、どんなに考えても、彼女にははじめが何を言っているのかわからなかった。わからないけれど、意味だけは理解できる。意味が理解できるからこそ、はじめが何を言っているのかわからない。なぜそんなことを言うのか、わからない。

「なっ、あ、あんた……な、何を言っているのよ……!」

 顔が赤くなるのを抑えられない。見えない何かが、むりやりに彼女の顔を火照らせているようだった。

「ダメかな。私じゃ、君の友達になれないかな」

「だ、だから! あんたは一体、何を……――」

 ――ドォオン!! と。轟音が鳴り響く。次いで衝撃と風が彼女を襲う。もうもうとたちこめる砂煙が視界を覆い尽くす。

『ウバ……』

「げ……」

 その砂煙の中、凶悪な眼光が煌めく。よろよろと立ち上がったソレは、全長数メートルはあろうという、怪物だ。

「な、なんだ、これは……?」

 はじめが困惑した声を上げる。けれど、彼女にも何がなんだか分からない。どうしてこの“ウバイトール”が空から降ってくる?

『ウバ……ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

「なっ……!」

 そして、怪物は活動を再開する。目の前にホーピッシュの住人がいるなら、それはもちろん、襲いかかるだろう。それがウバイトールの仕事だ。
356 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/04(日) 11:50:38.02 ID:NMs8LA5T0

「ッ……あたしに襲いかかってどうするのよ! バカ!」

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

 そう言った所でウバイトールが止まるはずもない。いまの彼女は、ただのダイアナ学園の生徒でしかないのだから。

「す、鈴蘭!」

 ウバイトールの突撃に動けずいた彼女の手を引いたのははじめだった。はじめはそのまま、彼女の手を掴んだまま走り出す。

「なっ、は、放しなさいよ! ひとりで逃げればいいでしょうが!」

「君だけ置いていけるか!」

「どうしてよ!」

「どうしてもこうしてもあるか! 友達を置いていけるわけないだろうが!」

「なっ……」 自然、また顔が赤くなる。「誰が友達よ!」

 このままはじめに連れて行かれれば、作戦がすべて台無しになる。本来の姿に戻り、ウバイトールを操らなければならない。

 はじめの手を振りほどき、校舎裏に戻らなければならない。

 それは、分かっているのだけれど。

(なんで……)

 彼女は、はじめに手を引かれながら、その手を振り払うことができずにいた。

 その手から感じられる熱を、心地良いと思ってしまっていた。

(あたし……どうかしてるわ)

 それを分かっていても、それ以上何もできず、彼女ははじめに手を引かれるまま、その場を後にした。
357 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/04(日) 11:51:03.02 ID:NMs8LA5T0

…………………………

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

 そのウバイトールの不幸は、何より、プリキュアの怒りを買ってしまったことだろう。

『ウバイトォォォオオオオオオオオオル!!』

「ふふ。ごめんなさい。でも、今日ばかりは、怒りが抑えられないの」

「同感だよ」

 携えるカルテナは二振り。ふたりの伝説の戦士が、同時に構えを取る。薄紅色と空色の光が翼を成す。それはすなわち、ふたりのプリキュアの必殺技の前兆だ。

「同時に決めるよ」

「行きましょう、グリフ」



「翼持つ勇猛なる獅子、グリフィンよ! プリキュアに力を!」



「角ある純白の駿馬、ユニコーンよ! プリキュアに力を!」



 その場が薄紅色と空色の光で満たされる。それはロイヤリティの伝説の戦士、プリキュアが持つ勇気と優しさの光だ。

 その光が悪辣なる存在に対し向けられる。、




「「プリキュア!」」



「グリフィンスラッシュ!」



「ユニコーンアサルト!」




 神速の一刀両断と抜群の突貫力を持つ突きに、ウバイトールは瞬きをする間もなく、浄化された。
358 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/04(日) 11:51:55.46 ID:NMs8LA5T0

…………………………

 ひなカフェ二階の下宿には、共用のお風呂がある。同居人たちは年頃の少女である彼女に気を遣ってか、いつも一番風呂にしてくれる。

「……騎馬はじめ」



 ――――『君を置いていけるか!』



 ――――『友達を置いていけるわけないだろうが!』



 ――――『私は……君と、友達になりたい』



「ともだち……」

 どうしてだろう。きっと、お風呂の湯がいつもより熱いせいだ。そうに決まっている。

 そう言い聞かせながらも、やはり戸惑いは消えない。

「どうして……」

 そっと、胸に手を当てる。鼓動が高鳴る。ドキドキが、止まらない。

「どうしてこんなに、ドキドキするの……?」

 答えは出ない。

 それは、彼女が忘れてしまった感情だからだ。
359 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/04(日) 11:52:43.36 ID:NMs8LA5T0

…………………………

「……それで、お話とはなんでしょうか」

 下宿に帰宅してすぐ、彼は管理人であるひなぎくに呼び出され、彼女の部屋に赴いた。彼女らしからぬ、いや、らしいと言った方がいいのだろうか。簡素ながらも可愛らしい家具やぬいぐるみを置いた部屋だ。

「あのね、学校では、仕事に専念した方がいいと思うの」

「……?」

「学校はあなたにとって仕事場だわ。仕事場で、仕事以外のことばかりしているというのは、社会人としてよくないことだわ」

「はぁ。そうですか」

 何を言われるかと少なからず緊張していたが、そんな気の抜ける話だったとは。彼は袖の裏に隠していたナイフをそっと奥に戻す。

「それは命令ですか?」

「命令だなんてそんな。そうじゃなくて、あなたは社会人なの。しっかりとしなくちゃいけないわ。それだけよ」

 本当に、どうしたというのだろう。化けの皮を一枚被っただけで、この変わり様か。彼は呆れかえりながらも、ひなぎくの言葉に素直に首肯した。

「なるほど。わかりました。今後、学校での勝手な行動は慎みます」

 彼のその言葉に、ひなぎくさんは目に見えてホッとしたようだった。

「分かってくれたなら嬉しいわ。晩ご飯、いつも通り用意してあるから、たくさん食べてね。おやすみなさい」

「ありがとうございます。おやすみなさい」

 部屋を後にして、ドアを閉める。酷薄な笑みは、自然と浮かぶ。

「……腑抜けになったのか? それとも演技か? どちらにしろ、ぼくをあまり甘く見ない方がいいと、思うけどね」

 ふと、リビングの灯りがついていることに気づく。覗き込むと、テーブルにはこれでもかと書類が広がり、その前でうんうんと唸っているガタイのいい男性がいる。

「……何をやっているんだい、郷田先生?」

 そういえばこのガタイのいい体育教師もダイアナ学園にいるはずなのに、しばらく姿を見かけていない。郷田先生は憔悴しきった顔を上げ、言った。

「ああ、蘭童か。家では先生をつけなくて構わんぞ。学校では同僚だが、家では同居人にすぎんからな」

「君はまったく、この世界に馴染みすぎだと思うけどね」

 彼は対面に座り、そっと書類を一枚取り上げる。

「……なんだいこれは」

「研究授業用の学習指導案だ。作ってみたのだが、指導教諭の先生にダメ出しをたくさんもらってしまった。今度の研究授業までに練り直さねばならん」

「仕事は職場でやったほうが良いと思うけどね」

「そうしたいのは山々だが、先日、高等部の部活動の指導も頼まれたのでな。学校では事務的な仕事をする時間がなかなか取れないのだ」

「……君は一体どこに向かっているんだ」

「与えられた使命である以上、潜入もしっかりとこなさねばならん。そのための授業力向上、それだけだ。生徒に半端な授業をするわけにはいかんからな」

「そうかい。真面目だねぇ」

 興味は失せた。彼はそっと立ち上がり、玄関に向かう。

「おい、こんな時間にどこへ行く」

「君の作業が終わるまで晩ご飯が食べられそうにないからね。ちょっと散歩だよ」

「あ……! す、すまん、すぐに片付けるから、ちょっと待っててくれ! 自室の机も書類でいっぱいなんだ!」

「構わないよ。好きなだけやってくれ」

 生真面目な同僚兼同居人とのやりとりに嫌気がさして、彼はそのまま外へ出る。

「……さて。今回の作戦は失敗したけど、今度ばかりは、失敗するわけにはいかないからね」

 酷薄に笑み、跳ぶ。彼には、そう。もうひとつ、ホーピッシュ侵攻の足がかりがある。
360 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/04(日) 11:53:44.98 ID:NMs8LA5T0

…………………………

「はぁ……」

 小さいため息のつもりだった。その後で、想像よりよほど重いため息だったことに、自分で驚いた。

「ゆうき……」

 中学生の世界というのは、なんてままならないのだろう。これは、皆が感じているもどかしさなのだろうか。それとも、自分が特別臆病なだけなのだろうか。

 きっと、後者なのだろう。

 そっと書き綴る日記の中ならば、いくらでも想いを綴ることができるというのに。

 小学生の頃から書き続けている詩でも、想いの丈をぶつけることはできるのに。

 どうして己の口は、こんなにも不器用なのだ。

「どうしてだろ」

 話したいことはいくらでもある。口にしたい言葉がたくさんある。

 伝えたい想いが、胸の中に幾重にも積もっている。

 もしかしたら、積もり積もって、積もりすぎて、まるで降り積もった雪で開かなくなった戸のように、口を開くことがきないくらい重くなってしまっているのかもしれない。

 詮無い考えが頭の中を堂々巡り。窓の外から月明かりを眺めても、いつものようにきれいだと思う気持ちも湧いてこない。世界全部が色を変えてしまったようだった。

「……ううん。きっと、私が閉じこもってるだけ」

 分かっていても、変えられない。分かるだけで変えられるのなら、他に何もいらない。きっとお母さんやお父さん、先生、そんなおとなだったら笑ってしまうようなちっぽけな悩み。けれど、それが自分にとっては、すさまじく重く、大事な意味を持っているのだ。子どもの世界と子どもの時間は、たぶんおとなが思っているほど簡単ではない。と、いうよりは、おとなになると、その大事な世界や時間を忘れてしまうのかもしれない。

「どうか、した、ドラ……?」

 不意に暗い部屋の片隅から、声が聞こえた。彼女は悲しげな顔に柔らかな笑顔を貼り付けて、その声の主を振り返った。ベッドの奥、彼女がいつも寝ている枕の上。もぞもぞと小さな影が身をもたげる。

「ごめんね。起こしちゃった?」

「ちがう、ドラ……」

 それは真っ赤なぬいぐるみ――のようなずんぐりむっくりした小動物。背中に小さな翼が生えているが、少なくとも彼女は飛んでいるところを見たことはない。

「一緒に寝たい、から……待ってた、ドラ……」

「ふふ……」

 甘えたさんだ。彼女は悩みを頭の隅においやり、ペンを置いた。日記は書き終えた。悩んでいても仕方ないと、ベッドに寝転んだ。頭のすぐ横に、かわいらしい姿がある。
361 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/04(日) 11:54:13.55 ID:NMs8LA5T0

「あ、あのね……」

「なぁに?」

「今日も……ギュッて、してほしい、ドラ……」

 真っ赤な顔をますます赤くする。その姿はもう、愛らしい以外の何ものでもない。

「うん」

「ドラぁ……」

 ギュッと抱きしめてあげると、それは愛くるしい安堵の声をつく。それが可愛くて、彼女は少し、抱きしめる力を強くした。

「……ごめんね。もう少し時間がかかりそうなの」

「いいドラ。どうせ……見つけること、なんてできない、ドラ……」

「あきらめちゃだめだよ。わたしも、できるだけがんばるから」

「……ドラ」

 彼女は急速に眠りに落ちていく自分を意識しながら、口を開いた。

「……おやすみ」

「ドラ。おやすみドラ、あきら」



 彼女の名は、美旗あきら。私立ダイアナ学園中等部の2年生。

 そしてあきらが自分の部屋にかくまう小動物こそが。



「……うん。また明日、パーシー」



 そう。

 光の世界ロイヤリティにある情熱の国の王女。

“未来を支える情熱の王女” パーシーなのであった。
362 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/03/04(日) 11:54:39.95 ID:NMs8LA5T0

 次 回 予 告

ゆうき 「うーん、パーシー見つからないねぇ」

めぐみ 「愛のプリキュアもだわ。どこにいるのかしら」

ゆうき 「まぁまぁそれは置いておくとして」

めぐみ 「置いておいていいものなのかしら……」

ゆうき 「次回はいよいよ待ちに待った生徒会選挙!」

ゆうき 「わたしたちのがんばりの集大成、ばばんと見せちゃうよ!」

めぐみ 「そんなにはりきって、本番で噛まないでよ、ゆうき」

ゆうき 「大丈夫! めぐみのためだもん! がんばるよ!」

めぐみ 「……ありがと、ゆうき。わたしも精一杯がんばるわ」

ゆうき 「えへへー」

めぐみ 「ふふ……」

ブレイ 「またふたりの世界に入っちゃったよ」

フレン 「仕方ないわね。次回、ファーストプリキュア!」

ラブリ 「第十二話【会長はどっち!? 生徒会選挙!】」

ブレイ 「次回もお楽しみに! ばいばーい!」
363 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/03/04(日) 11:56:00.58 ID:NMs8LA5T0
>>1です。
今週はここまでです。
見てくださった方、ありがとうございました。

来週なのですが、所用で日曜日の投下ができません。
そのため、来週はお休みさせていただきます。
再来週日曜日には投下できると思います。

それではまた、よろしくお願いいたします。
364 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/03/18(日) 09:59:55.41 ID:uBlGke+q0

ファーストプリキュア!

第十二話【会長はどっち!? 生徒会選挙!】



「大埜めぐみに、清き一票を!」

「「よろしくお願いしまーす!」」

 ゆうきの声に呼応するように、ユキナと有紗が大きな声で続く。それに合わせて、めぐみは登校するひとりひとりの生徒に笑顔を向け、会釈する。その様は、この生徒会選挙を通して、段々と洗練されている。当初こそ緊張してろくに声を出せなかっためぐみや、噛み噛みのゆうきが目立っていたが、演劇部のユキナと有紗の助言もあり、自然と選挙活動をすることができるようになっていた。

「皆さんの清き一票を、どうか、大埜めぐみに!」

「「よろしくお願いしまーす!」」

(やるだけのことはやったわ)

 だからめぐみは、どこか清々しい気持ちで、その日を迎えていた。

(私には、騎馬さんのような実績はないし、生徒会に立候補するなんて初めての経験だけど、それでも、)

 そっと横を見る。朗らかに声を出すゆうきがいる。ゆうきの声に合わせて、演劇部らしく滑舌良く、聞き取りやすい声を出すユキナと有紗がいる。

 ゆうきというかけがえのない親友との仲をますます深くすることができた。

 ユキナと有紗という新しい、大切な友達もできた。

 クラスメイトとも、少しずつ気兼ねなく話せるようになってきた。

 おの生徒会選挙を通じて、自分自身がどんどん成長していることが分かる。

 これから、結果がどうなるかなんてわからない。それでも。

「……私、精一杯がんばります! だから、清き一票を、」

「「「よろしくお願いしまーす!」」」
365 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/03/18(日) 10:00:33.93 ID:uBlGke+q0

…………………………

「生徒会選挙ねぇ……」

 掲示板に大きく張り出された、候補者告示の文字。その中に、彼のよく知る少女の名前もある。

 大埜めぐみ。

 何度も煮え湯を飲まされた相手だ。

「……蘭童。一体何を考えている」

 声に振り返る。厳めしい顔をした長身の同僚が目を眇める。

「おや、郷田先生。いらしていたんですか」

「わざとらしいことを言うな。白々しい」

 同僚もまた、掲示板を見上げた。

「職員室で他の先生方がおっしゃっていた。大埜めぐみに勝ち目はないだろう、と」

「へぇ。それはまた、なんというか……」

 彼は、めぐみたちが毎朝の挨拶運動やその他の生徒会選挙の準備をしていた様子を見ていた。彼にとって大した感慨のあることではない。ただ、彼女たちが努力をしている様を、黙って見ていただけだ。

「……不憫なものだね、プリキュアも。勝ち目のない戦いに無理矢理に引きずり出されているわけだ」

「私はそうは思わんがな」

 体育の教諭であり、高等部男子剣道部の顧問でもある同僚は、目を眇めて。

「奴は強いぞ。ひょっとすれば、ひょっとするかもしれんな」

「ふぅん。随分と優しさのプリキュアを買っているんだねぇ。ま、どちらにしろ、この学校の生徒会がどうなろうと、ぼくらには関係ないことだろう?」

「潜入している以上、潜入先の役職が変わるのなら問題だろう」

「……ああ、そうだったね。ここ最近の君は、ただの真面目くんになってしまったんだったね」

 興味は失せた。彼は同僚に背を向けて、歩き出す。

「どこへ行く」

「どこへ行くって、決まってるでしょう、郷田先生」

 振り返り、笑みを見せる。

「あの方に釘を刺されたばかりですから。真面目に、しっかりと仕事に励みにいくんですよ」

「……ふん。そうは見えぬがな」

 さりとて、彼とて仕事をしなければならないことは確かだ。生徒総会と生徒会選挙が同時に行われる今日、普段は授業で使っていて掃除ができない場所をすべて掃除しなければならないのだ。

「……ま、少しは真面目にやりますかね。べつに、掃除も嫌いではないし」
366 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/03/18(日) 10:01:05.24 ID:uBlGke+q0

…………………………

 ドキドキドキドキ。

「……はぁ」

「またため息?」

「あ、ご、ごめん。緊張しちゃって……」

 生徒総会が滞りなく終わり、前生徒会が解散した。少々の休憩時間をはさみ、すぐに生徒会選挙立ち会い演説会が始まる。選挙演説のトップバッターは、生徒会長候補であるめぐみの推薦人である、ゆうきだ。

「ああ、どうしてわたしが一番最初なの……」

「そんなの、ゆうきがめぐみのことを一番理解してるからに決まってるじゃん」

 事も無げにユキナが言う。

「最初だろうが二番目だろうが何番目だろうが、変わんないよ。どうせやるんだから、早くやっちゃった方がいいってもんじゃない?」

「ユキナは演劇部で前に立つの慣れっこだからそうだろうけどね……」

「はは、ゆうきはあがり症だなぁ。大丈夫。聴衆はみんなカボチャ、そう思い込めば緊張なんかどっかに言っちゃうよ」

 優しく元気づけてくれる有紗だが、そう簡単に事が運べば苦労はしない。

「カボチャは喋らないしわたしの話も聞かないよぅ……」

「まったく。めずらしく弱気ね」

 何かがゆうきの手を撫でる。直後、その何かがゆうきの手を、優しく包み込むように握った。めぐみの手だ。

「でも、安心して。ほら、感じるでしょ? 私の手の震え」

 ゆうきは、ハッとして横のめぐみの顔を見た。

 めぐみの声は、少し震えている。そして、その震える声が言うとおり、めぐみの手は、本当に細かく、震えている。それは、緊張から来る痺れのような、本物の震えだ。
367 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/03/18(日) 10:01:30.83 ID:uBlGke+q0

「めぐみ……」

「私も緊張しているもの。ゆうきだって、緊張していいのよ」

 そしてめぐみは、ユキナと有紗のほうも向く。

「ふたりとも、ありがとう。ふたりがたくさん手伝ってくれたおかげで、私はここまで来ることができたわ。本当にありがとう」

「なんのなんの。あたしたちもたくさん勉強になったよ。ありがとね、めぐみ」

「その通り。それに、私たちはもう友達だろう? これくらい、友達だったらなんてことないさ」

「……嬉しい。私、何より、あなたたちという友達が得られたことが、嬉しくて仕方ないの」

「むっふっふ、嬉しいこと言ってくれるねぇ、めぐみクン」

「調子に乗るんじゃない、ユキナ」

「あいたぁ! もう、チョップ入れないでよ、有紗!」

 さすがは演劇部のエース二人組。まったく緊張する素振りすらみせず、普段通りだ。それはひょっとしたら、緊張しているゆうきとめぐみのために、わざと普段通りを演じてくれているのかもしれない。ユキナと有紗は、本当にすごい。

 それに比べて、と。ゆうきは反省しきりだった。ゆうきはそっと、めぐみの手を握り返す。

「……? どうかした、ゆうき?」

「めぐみも緊張してるのに、わたし、自分のことで精一杯で、恥ずかしいよ……」

「何言ってるのよ。そんなものよ」

「でも、生徒会長に立候補したのはめぐみで、一番緊張しているのはめぐみのはずなのに、わたしったら、じぶんのことばっかりで……本当に恥ずかしいよ」

「言いっこなしよ。そんなこといったら、あなたは私の選挙を手伝ってくれているんだから、私が気遣わなきゃいけないわ」

「……めぐみ」

「もう大丈夫ね。精一杯がんばりましょう、ゆうき」

「うん!」
368 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/03/18(日) 10:02:13.45 ID:uBlGke+q0

…………………………

 たとえば、中等部の生徒が一同に会するこの生徒会選挙の会場に、ウバイトールを発生させたらどうなるだろうか、と。

 そんなことを彼女はふと考える。

 きっと面白いことになるだろう。このホーピッシュがどれくらい闇に近づいているのかわからないが、それを計るチャンスにもなるだろう。より多くの人間がウバイトールの存在を認知し、闇の存在を知れば、この世界はもっと闇に墜ちていく。彼女たちアンリミテッドは、そんな闇の循環を作り、世界を侵食し、飲み込んでいくのだ。

 けれど、なぜだかそれをする気にはなれなかった。

「っ……」

 頭の中に浮かぶ、絶望的な考えを振り払う。

 単純に、潜入中は潜入にできる限り集中するよう、あの方から言われたからだと、自分にいい聞かせる。決して、ウバイトールを出したくないなどと考えてはいないと言い聞かせる。



 勝手に友達面するクラスメイトの生徒会長候補の、晴れの舞台を邪魔したくないからなどではないと言い聞かせる。



「やってやるわよ。あの方の言うとおり、今は潜入任務に集中するだけのことよ」

 それこそ本当に言い聞かせるように、彼女はつぶやいた。

 そして、壇上の幕が引かれ、生徒会選挙が始まった。
369 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/03/18(日) 10:02:45.50 ID:uBlGke+q0

…………………………

 幕が開いたとき、初めてに近い壇上からの景色に、ゆうきは面食らう思いだった。中等部の生徒が一同に介した講堂は、とてつもない威圧感を持って、見下ろすゆうきを圧倒していた。

『ただいまより、第87回、ダイアナ学園中等部生徒会選挙を始めます』

 司会の選挙管理委員の声がマイクを通して響き渡る。

 ああ、手が震える。いまは座っているから大丈夫だけれど、立ったらきっと脚も震えるだろう。口がカラカラだ。ほんの少し前、めぐみから勇気をもらったばかりだというのに、緊張が身体をこわばらせる。

 それでも。やれると思った。やれると、確信があった。

(大丈夫。だってわたしは、自分のためじゃない、めぐみのために、ここにいるんだから)

『それでは、大埜めぐみさんの推薦人、王野ゆうきさん、更科ユキナさん、栗原有紗さんの応援演説です。よろしくお願いします』

 その声が響いたとき、すでにゆうきの気持ちは定まっていた。緊張はする。それでも、

 すぐ横に座る、めぐみを見る。めぐみも、ゆうきを見ていた。目を合わせたのは、ほんの数瞬の間。それでも、お互いの気持ちを確認するには十分な時間だった。ゆうきは席を立ち、ユキナと有紗を先導するように、背筋を伸ばして歩いた。演台までの距離がとても長く感じられる。それでも、ゆうきは演台の前に立ち、後ろにユキナと有紗が控える気配を感じ、落ち着いて、そっと口を開くことができた。

「大埜めぐみの推薦人、王野ゆうきです」

 ダイアナ学園の生徒たちは、静かにゆうきの言葉を聞いてくれているようだった。

「わたしは口下手で、ドジなので、あまりうまく伝えられるかわからないけど、できるだけ、大埜めぐみが……わたしの大切な友達のめぐみが、どういう人なのか、分かりやすく伝えられたらな、と思います」
370 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/03/18(日) 10:03:11.65 ID:uBlGke+q0

…………………………

「……すごいな。原稿を持っていないのか」

 呟く声は、すぐ隣から。めぐみと同じく生徒会長に立候補しているライバル、騎馬はじめだ。

「丸暗記したわけでもない。大まかな原稿にアドリブを加えて喋っているようだ。すごいな。先生方みたいだ。少なくとも中学生がやることじゃない」

「……やるって、聞かなかったのよ」

 めぐみが小声で応じる。

「だってあの子、演劇部のユキナと有紗が台本を持って舞台に立つのは格好悪いって言うのを聞いて、ふたりがそうするならわたしもそうするって聞かないんだもの」

「……ふふ。なるほど」

 はじめは面白そうに小さく笑って。

「大埜さん、君は王野さんに愛されているんだね」

「あ、愛って……」

 生徒たちに向けはきはきと喋るゆうきの後ろ姿を見つめる。どれだけ練習してくれたのだろう。めぐみも一緒に練習をしたけれど、その練習の何倍もの時間、ひとりで練習したのではないだろうか。

「……ありがとう、ゆうき」

 だからめぐみは、誰にも聞こえない声で、頼もしい親友の背中に微笑んだ。
371 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/03/18(日) 10:03:39.49 ID:uBlGke+q0

……………………

「めぐみは、自分自身を表すのが苦手です。だから、ひょっとしたら勘違いしている人も多いかもしれません」

 大まかな台本はある。それに即して、ゆうきは自分の言葉を肉付けして、口に出す。

「めぐみはとても優しいひとです。わたしと学級委員をやっているとき、わたしが困っているとき、いつでも助け船を出してくれます」

 ゆっくりと、聞き取りやすいように言葉を続ける。少しくらい言葉に詰まったっていい。落ち着いて、ただ、伝えたいことを、伝わるように、伝える。それだけのことだ。

「そう、めぐみはいつも、わたしを助けてくれるんです。学級委員の仕事が放課後にあったとき、早く家に帰らなきゃいけなかったわたしを気遣って、仕事をひとりでやってくれると言ってくれました。わたしが大事なことから逃げ出してしまったとき、わたしを信じて待っていてくれました。めぐみは、いつだって、わたしを信じてくれました。わたしにとって、かけがえのない友達です」

 思い起こされる、めぐみと過ごした、短いけれど密度の高い月日。もちろんプリキュアの話なんかはできないけれど、一緒に過ごした思い出がいくらでも湧いてくる。

「ケンカもしました。ケンカというか、わたしがひとりで怒って、めぐみにひどいことを言ってしまっただけですけど……。それでも、めぐみは優しく、わたしを諭して、助けてくれました」

 ああ、本当の本当に。



 わたしはめぐみのことが大好きなんだなぁ、と。



 ゆうきは、自分の応援演説で、改めてそう思わされた。

「……わたしは、そんなめぐみのことが大好きです。信頼しています。めぐみなら、絶対にいい生徒会長になると思います。だから、わたしは、そんな大埜めぐみのことを、心の底から、生徒会長に推薦します。大埜めぐみを、どうかよろしくお願いします」

 途中から、台本から少し逸れてしまったけれど。

 少なくとも、間違ったことは言っていないと思えた。

 だって、一礼して顔を上げると、大きな拍手が、ゆうきを包み込んでくれたから。

「わっ、わっ、わっ……」

 皆、真剣に、応援演説とも言いがたいような、ゆうきの言葉を聞いてくれたのだ。そして、明るい顔で、拍手をくれているのだ。何の気なしに、教職員の席を見る。嬉しそうな顔の誉田先生が頷きながら拍手をしてくれている。

「あーん、もう。まだあたしたちもいるのにー」

「仕方ないさ。ゆうきのめぐみ愛に溢れる演説には勝てないよ」

 ポン、と肩が叩かれる。ゆうきの後に控えていたユキナと有紗だ。

「じゃ、ゆうき。あとはあたしたちに任せるんだぜ、ってな」

「ゆうきが言い忘れたことも、捕捉しておくよ」

「あっ……ありがとう」

 ゆうきと代わり、マイクの前に、頼りになるふたりのクラスメイトが立つ。その後ろに控えながら、ゆうきはそっと、小さく、ガッツポーズをした。
372 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/03/18(日) 10:04:25.90 ID:uBlGke+q0

…………………………

「ふっ。王野さんは、なんともおもしろい子ですね、郷田先生」

「……生徒の演説中だ。私語を慎め、蘭童」

「はいはい」

 隣の郷田先生にしか聞こえない声で話しかけるも、当の真面目な郷田先生は耳を貸す気もないようだ。壇上では、王野ゆうきに続き、演劇部だというふたりの少女が大勢の観衆に向けて、まったく臆することなく演説をしている。

「まったくいやになるものだ」

 誰にも聞こえないように、彼はそっと、口の中だけで言葉を紡ぐ。

「誰も彼も、光に染められて、まったく暢気なものだ。闇がすぐ近くに迫っていることにも気づかず、いつまでそう笑っていられるかな」

 世界は脆い。それを、彼は知っている。だって、ひとつの世界を、彼らは滅ぼしたのだから。
373 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/03/18(日) 10:05:00.48 ID:uBlGke+q0

…………………………

『応援演説、ありがとうございました。続きまして、生徒会長候補、大埜めぐみさんの立候補演説です』

 選挙管理委員の声に、とうとう来たるべき時が来たと、めぐみは立ち上がった。応援席に座るゆうき、ユキナ、有紗と目を合わせる。小さく頷く三人に微笑みを返し、めぐみは登壇する。マイクの前に立ち、そっと、小さく深呼吸。そして、めぐみは、口を開いた。

「今回、生徒会長に立候補しました、大埜めぐみです。私は、現生徒会の一員ではありません。だからきっと、生徒会長になっても、最初は戸惑って、なかなかうまくできないと思います。それでも、それを挽回することはできると思います。自信があるかと言われれば、正直なところ、私にもわかりません。でも、自分ならできるって、思えるんです。それは、今、応援演説をしてくれた三人が、『めぐみならできる』って信じてくれているからです」

 そっと、心の中の言葉を、カタチにする。少し、台本とはずれてしまうけれど、内容に変わりはないはずだから。

「私の信じる三人が、私のことを信じてくれるなら、私も、私のことが信じられる気がするんです。私なら、絶対にできるって、思えるんです」

 ゆっくりと、分かりやすく、しっかりと。何度も練習したことを思い出す。ゆっくり体育館を見渡して、心を落ち着かせる。

「そして、もうひとつ。今、こうして私の拙い演説をしっかりと聴いてくれる皆さんがいるからです。応援演説も、私の演説も、決して、皆さんにとって楽しいものではないと思います。それでも、こうやって聴いてくれる、次の生徒会長を真剣に見定めてくれようとしている、そんな皆さんがいるから、私ならできると思うんです。私は、そんな皆さんがいるこの学校が、大好きです。わたしは、この大好きな学校の生徒会長として、この学校を、もっとよりよくしていきたいと思います」

 めぐみはそっと、胸に手を当てた。思い起こされる、生徒会長に立候補してから今までのこと。短い間の出来事だったけれど、それは本当に、めぐみにとってかけがえのない時間だ。ゆうきともっと仲良くなれた。ユキナや有紗と仲良くなれた。クラスメイトとだって、たくさん話すことができた。今なら心の底から言える。生徒会長に立候補してよかった。

「ご静聴ありがとうございました。私からは以上です。どうか、大埜めぐみをよろしくお願いします」

 拍手が鳴り響く中、めぐみはゆっくりと自分の席に戻る。はじめと目が合う。はじめは拍手をしながら、にこりと微笑み、ウインクをしてくれた。キザな所作があまりにも様になっていて、めぐみはそっと微笑んで、頷いた。
374 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/03/18(日) 10:06:04.29 ID:uBlGke+q0

…………………………

「……くだらない」

 誰にも聞こえない声でそっと呟く。

「何が大好きよ。何が信頼しているよ」

 どうせ、そんなもの、口先だけ、上っ面だけの言葉だ。それをさも上等なもののように、よく口が回るものだ。

 手が動く。今、この場でウバイトールを呼び出すことができれば、きっと。

 その上っ面だけの言葉を引き剥がすことができる。そして、このホーピッシュを闇の位相へと誘うことができる。

「いまなら……――」



『――応援演説、ありがとうございました。続きまして、生徒会長候補、騎馬はじめさんの立候補演説です』



「っ……」

 その名前が出た途端。動かそうとしていた手が止まる。今まさに、虚空より闇のカタマリを召喚しようとしていた手が、止まったのだ。

「どうして……」

 世界を一度滅ぼした己が、なぜそんなことを躊躇う。

 今まさに、世界を闇に堕とそうとしていたというのに、それをなぜ躊躇う。

 どうして、騎馬はじめという名が、気になって仕方がないというのか。 



 ――――『私は……君と、友達になりたい』



 なぜ、あの言葉が思い起こされるのか。

 どうして、その言葉を思い浮かべた途端、頬が熱くなり、胸がドキドキと高鳴るのか。

「ッ……」

 彼女には分からない。分からなくても、事実として、彼女はそのまま、ウバイトールを呼び出すこともなく、ただ座り続けるのだった。
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