白菊ほたる「私にも優しいプロデューサーさん」

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68 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 00:54:05.91 ID:dJeYp2NG0

「昔テレビでアイドルを見て……自分もあんな風になりたい、周囲に幸せを与えたい……そうほたるは言っていた」

「……はい」

「立派だと思う。けど、本質はその動機じゃない」

「え……?」



「その、周りを幸せにしたいって最初に抱いた目標だけを頼りにして、支えにして、ほたるは今まで絶対に諦めなかった」
69 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 00:56:07.71 ID:dJeYp2NG0


周囲の人間に疎まれても。

所属事務所が無くなろうとも。

どんな理不尽な目に遭おうとも。



「どんなに希望が見いだせない状況に陥っても、なお舞台から降りないその執念。それこそが他の誰にもない、ほたるの強さ」


白菊ほたるの本質。


「……!」
70 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 00:58:45.74 ID:dJeYp2NG0

「口ではどんな後ろ向きなことを言っていても、ほたるの心の奥底は逆だ。絶対に成功したい、させてみせるって思ってるはずだ」


「……そんなこと……プロデューサーさんに私の、心の中なんてわかるはずないじゃないですか……!」


「そうだな。わからない」



ほたるに限らず、俺に他人が何を思っているのかなど理解できるはずもない。

そういった機能は使わなさ過ぎて錆び付いてしまった。


それでも。


「ただ、そうじゃないと説明がつかないだけだよ。さっきも言った通り、今までほたるがアイドルを続けている理由がさ」

「……!」

71 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 01:00:53.62 ID:dJeYp2NG0
才能はある。

向上心もある。

そして、執念も持っている。


それを表に出す事を知らなかっただけだ。



「それでもほたるが後ろ向きにしかなれないっていうなら、その理由を教えてくれ。俺はその不安を取り除きたい」


「……」


ほたるは少し口ごもって、そして口を開く。
72 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 01:04:24.10 ID:dJeYp2NG0

「……プロデューサーさん、私の担当になってから……その……会社の中に居づらいんじゃないですか……?」



「……なんだって?」


「私……知ってます。私が入社する時もプロデューサーさんが周囲の反対に遭っていたこと……それを押し切ってくれたことも……」


「……」


「そこまでしてくれたプロデューサーさんの為に期待に応えたい……少しでも恩を返したい……なのに……!」

「私は……全然結果が出せなくて……!そのせいで……プロデューサーさんが会社の人から白い目で見られるのが……悔しくて……悲しくって……!」



ほたるの目からは再び涙がこぼれる。

73 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 01:07:31.14 ID:dJeYp2NG0

「……それで?諦めるような事を言ったのか」


「……私に手を差し伸べてくれたプロデューサーさんの足を引っ張ってしまうくらいなら……私は……自分の事は諦められます……」




実に短絡的だ、と思った。

ここにきてほたるがアイドルを辞めた処で何一つ事態は好転しない。

今までの壮絶な経験が彼女を13歳という年齢以上に大人びて見せていても、やはり本質は年齢相応だと思った。



だが、それと同時に。



優しすぎる、と思った。
74 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 01:10:06.90 ID:dJeYp2NG0
彼女は今までどんな辛い目に遭っても、打ちのめされても諦めきれなかった夢を、俺のために諦められると言うのだ。


そもそものアイドルを目指した理由も他人を幸せにしたいという。


数々の辛い経験を経ても尚他人を恨むのではなく、自分こそが元凶だと考えてしまう。



今の彼女の在り方は、彼女の限りない優しさが産んだものだった。

だからこそ、哀しい。



だれよりも優しいこの少女が、周囲から疎まれているこの状況が。

だからこそ、許容できない。
75 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 01:12:45.00 ID:dJeYp2NG0
「良いんだ、ほたる」

「……え?」

「俺は、俺自身がほたるをプロデュースしたいと思ったから君をプロダクションに誘ったんだ。別に誰のためでもない、俺がそうしたいと思ったからだ」

「そんな……嘘です……私なんて……きっとプロデューサーさんを……不幸に……」

「嘘じゃない。そして最近は少しずつ結果も出始めている。結果さえ出せば周囲は納得するしかないんだから、後は俺たちは頑張るだけだ」
76 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 01:15:02.94 ID:dJeYp2NG0
「それに、もしほたると一緒にいて本当に不幸になるんだったら、今頃俺はプロデューサーなんてやっていられなかっただろう。俺たちが活動をスタートさせてから何か月経った?」

「……今日で、半年経ちました……」

「おお、もうそんなになるのか。この半年間、俺たちはずっと一緒だったじゃないか。レッスンの時も、仕事の時も、そして今日も」



「だけど、この半年間俺は不幸だった瞬間なんて一瞬もない」



「……!」
77 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 01:17:28.02 ID:dJeYp2NG0
「ほたるは違ったか?不幸だったか?辛かったか?」


「……!……そんな……そんな事ありません……!プロデューサーさんも、トレーナーさんも、みんな優しくて、私……本当に……幸せでした……!夢みたいに……!」


「そうか。俺もだよ」


「……え……」



「この半年間、ほたると一緒に歩いてこれて、俺は幸福だったんだ」



俺の言葉に、信じられないといった感じで目を見開くほたる。
78 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 01:20:22.51 ID:dJeYp2NG0

「ほら、もうほたるは周りの人間をひとり幸せにしてるじゃないか」


「だったらもうそれは立派なアイドルだ。恥ずべき事なんてどこにもない」


「――――――」


また、彼女の瞳から涙が零れる。

しかしその涙は先ほどまでのものとは別種の涙だ。




誰かに認めてもらう事。


それを真に心から理解出来る事。


それこそが彼女にとっての成功体験であり、彼女に一番必要なものだったのだ。
79 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 01:23:56.09 ID:dJeYp2NG0
「……プロデューサーさん!この間受けたオーディション、受かりました……!」

「……おお!」



事務所に着くなり、ほたるは喜びを抑えられない様子で報告してきた。


あのLIVEの日からまた少し月日が経った。



「やったじゃないか!この前の面接は手応えがあったって言ってたもんな」

「はい……!ちゃんと明るく挨拶出来たと思いますし、実技の演技は暗い役だったので……上手くいきました……!」
80 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 01:26:13.36 ID:dJeYp2NG0
「いや、大事なことだぞ。普段から暗いだけなのと、普段は明るくて暗い演技が出来るってのじゃあ、意味が違う」

「ともかく、おめでとうほたる。初のオーディションで勝ち取った仕事だ!」

「はい……!貰った役……全力で取り組みます……!」




あの日以来、ほたるは変わった。



後ろ向きな発言は影を潜め、とにかく粘り強くなった。

そういった精神面での変化は表情にも表れ、良く笑うようになった。


表情が変われば、世界が変わる……というのは言い過ぎかもしれないが、実際彼女自身はそれくらいに思ったかもしれない。


仕事も含めて、ほたるを取り巻く状況が好転し始めた。
81 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 01:29:13.51 ID:dJeYp2NG0


「プロデューサーさん、最近ほたるちゃん上達がすごく早いですよ。歌も、ダンスも」


ほたるのレッスンを終えたトレーナーさんが汗を拭きながら嬉しそうに報告してきた。



「それは良かった。前からやる気はありましたが、最近は意識が変わったんでしょう」


「ええ。以前までの彼女は努力をすることにもどこか遠慮があったというか……最近は本当に純粋にレッスンに打ち込めていると思います」


努力をするのにも遠慮。


アイドルとして自分を磨くという行為自体にすら申し訳なさがあったのかもしれない。
82 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 01:31:38.94 ID:dJeYp2NG0
「このままの推移で行けるなら……もうそろそろ本人にも話していいかもしれません。目標を持ってもらうのは大事ですし」

「……そうですね。今のほたるなら萎縮することもないでしょう。話してみます」




「……フェス、ですか……!?」

「ああ。クリスマスにな」


今度のクリスマスの夜に開催されるLIVEフェスティバルの事をほたるに話すと、彼女はとても驚いた様子だった。
83 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 01:34:22.98 ID:dJeYp2NG0
「そ、それで……その話を私にされているということは……」

「ああ。ほたる、出演しよう。俺とトレーナーさんは最近のほたるのレッスンの様子を見て、行けると判断した」

「そ、そんな……私、今までミニLIVEまでしかやったことないのに、いきなりそんな……」

「だからこそ、だ。今度はフェスだから、多くのアイドルが出演する。いきなり単独で大きい会場は難しいだろう?だから、今回で大きい会場の雰囲気を知って欲しいしな」

「……」


やはり、最近変わってきたと言ってもいきなり言われては萎縮してしまっただろうか。
84 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 01:36:58.80 ID:dJeYp2NG0
「……自信、ないか?」

「……いえ」


俺の言葉に一拍置いてからほたるはキッと顔を上げた。



「ぜひ……参加させてください」


「……ほたる」


表情は不安も見て取れるが、力強い。


「私、最近は変わろうと思って頑張ってきたつもりです。そして……すこしずつですけど、周りの人も変わったねって、言ってくれるようになってきました」


「……」
85 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 01:39:15.16 ID:dJeYp2NG0
「そんななかで、今回プロデューサーさんが持ってきてくださった今回のフェスのお話……このフェスで、本当に自分が変われたのか……確かめたいんです」


「……」


以前のほたるからはとても聞けないであろう言葉だ。



「そうか……じゃあ、フェスまではそんなに時間もない。トレーナーさんと相談して、厳しいレッスンになると思う。それでも、頑張れるな?」


「……はい……!よろしくお願いします……!」



そんな事をしなくても、ほたるは十分変わった……という言葉を飲み込む。
86 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 01:42:03.08 ID:dJeYp2NG0

「ほら、ほたるちゃん!ステップが乱れてますよ!」


「は、はい!」



フェスに向けてのレッスンが始まった。

当然ながらその内容は厳しい。


ほたるにとっては初の大舞台でのパフォーマンスとなる事から、実際に必要な実力以上に自信を付けさせる必要があった。
87 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 01:44:50.80 ID:dJeYp2NG0
「……!……」


懸命にレッスンに付いていくほたるの姿は、やはり同じ必死さでも以前とは違う印象を受ける。


願わくば、この少女が報われんことを。



心からそう思った。
88 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 01:48:50.05 ID:dJeYp2NG0


「……うん!ほたるちゃん、良く頑張りましたね!」


「……!」


フェス前日。

直前のリハーサルも兼ねた通しのパフォーマンス予行を終えて息を切らすほたるに、トレーナーさんは明快に合格点を与えた。

あれからほたるは決して弱音を吐かず、ひたすら、ひたむきにレッスンを重ねた。


はぁ……はぁ……トレーナーさん、本当にありがとうございました……!」


「いえいえ、頑張ったのはほたるちゃん自身ですから」
89 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 01:51:28.03 ID:dJeYp2NG0
「それに本番は明日ですから、緊張もするでしょうけど練習してきたものを出せれば絶対に大丈夫!楽しむ気持ちを忘れないでくださいね!」

「楽しむ……はい……!」



帰り道。


明日に備えて早く休むように、というトレーナーさんの言葉に従い、俺はほたるを家まで送っていた。

年末ということもあり、日が落ちるのもめっきり早くなった。


ほたるの吐く息も白い。
90 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 01:53:21.99 ID:dJeYp2NG0

「いよいよ明日だな」


「……はい」


「……思いっきり、楽しもうな」


「……LIVEを楽しもうなんて気持ち、前の私ならとても持てませんでした……」


「……ほたる」



白い息を吐きながら、逡巡するかのようにほたるは顔を見上げている。
91 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 01:56:01.59 ID:dJeYp2NG0

「……でも、今の私は早く舞台に立ちたいって思ってます。もちろん、緊張もありますけど……それ以上に、楽しみな気持ちが勝ってます」



この娘は本当に、強くなった。



「それだけ言えるなら心配はいらないな」

「……はい。……あの、プロデューサーさん」


「ん?どうした?」



「……あの、プロデューサーさんはどうして私を見捨てないでくれたんですか……?」


突然そんな事を聞かれて、若干戸惑う。
92 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 01:59:04.65 ID:dJeYp2NG0
「うん?担当アイドルなんだから、そんなの当たり前だろう」


「いえ……プロデューサーさんは、今まで会ったどの人よりも優しくて……」



優しい。

優しさか。


ほたるの心根の優しさを俺は感じる事が出来たが、いざ人に優しい、と言われるとやはりまだピンと来ない。



そもそも今回ほたるのプロデュースを請け負っているのも、優しさや同情からではない。
93 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 02:02:00.57 ID:dJeYp2NG0
ほたるのような者が報われる事なく、日の目を見る事もなく消えていくのが、単純に我慢ならなかったからだ。
 

だから彼女がアイドルを辞めることは許さなかったし、厳しいレッスンも課した。


その自分が我慢がならない、という理由で他人に行動を強制しているのは、エゴに他ならない。


そしてそれは優しさとは対極に位置するものではないか。



「……まあ、そういう事を考えるのもLIVEが終わってからだ。明日、頑張ろうな」



俺が本当の『優しさ』を理解出来る日は、まだ来そうもない。
94 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 02:05:01.40 ID:dJeYp2NG0
本番当日。

会場は夕方頃から、かなりの人数が入っていた。

当日ともなるとほたるも流石に緊張が見て取れる。

だが、今日は自分も会場スタッフとして動かなければいけない。

じっくりと言葉をかけてやれる時間はない。



「ほたる」

「……あ……プロデューサーさん……」

「楽しもうな」

「……はい!」



だが、今の彼女にはその一言で十分だった。
95 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 02:07:24.24 ID:dJeYp2NG0
フェスが始まり、アイドル達のパフォーマンスが次々と行われていく。

皆、この日の為に研鑽を積んだのだろう、その表情は充実感に満ちている。

出番を待つほたるの表情は、すでに落ち着いているように見える。




ついに、ほたるの出番が回ってきた。

かけるべき言葉はもうない。


ほたると俺は互いに視線を合わせると、一回ずつ、頷いた。
96 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 02:10:55.17 ID:dJeYp2NG0


結論から言うと、ほたるはステージで躍動した。



過去の辛い経験も、この舞台の為に重ねた練習も、全てを清算するような見事なパフォーマンスだった。


「――――――」


そして、一曲終えたステージ上のほたるの表情は、これからの輝かしい未来を信じてやまない、そんな希望に満ちていた。


数えきれない拍手を送られるほたる。

そこで流している涙は、嬉し涙に他ならなかった。

97 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 02:13:07.52 ID:dJeYp2NG0

「……」


「あ、プロデューサーさん、いたいた……この後のスケジュール……ってうわっ、どうしたんですか?」

「え?」

スタッフに言われて、気がついた。



涙を流していたのは、自分も同じだった。
98 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 02:14:59.66 ID:dJeYp2NG0
「あ、今ステージに立ってるのほたるちゃんですか。彼女、かなり印象変わりましたもんね〜。今日くらいのパフォーマンスやってくれるならこれからもっとLIVEの仕事も増えそうですね」

「そう、ですね。もっともっと、彼女はステージに上げてやりたいですよ」

答えながら、なんとも言えない不思議な気持ちに包まれていた。

こんな風に涙を流したのは、いつ以来だろうか――――――。
99 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 02:17:57.25 ID:dJeYp2NG0
LIVE後。


全ての処理も終わり、俺は今日もほたると一緒に帰路に就いていた。

夜も遅く、とても冷える。


「ほたる、今日はお疲れさま。最高のパフォーマンスだったよ」


「あ、ありがとうございます……私も、本当に、本当に嬉しかったです……」


気温のせいか、高揚した気持ちのせいか、ほたるの顔は少し紅い。
100 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 02:20:35.40 ID:dJeYp2NG0

「それもこれも、プロデューサーさんのおかげです……本当に、ありがとうございます……」


「ほたるが元々持っていた実力だ。……でも、俺が少しでも手伝えたなら良かったよ」


「少しだなんて……私なんてプロデューサーさんがいなかったら、ステージにも立たなかったでしょうし、そもそもアイドルを続けていたかどうかも……」


「はは……そんな風に言うと、なんだか前のほたるみたいだな」


「……!そ、そんな……私、今日でようやく変われたと思ったのに……」



「ああ、いや、大丈夫だ。ほたるはもう、変われたよ」

101 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 02:23:03.00 ID:dJeYp2NG0

「……ほ、ほんとですか?」


「ああ。心の奥底は優しいまま、とても強くなった。これからはきっと、どんな事があっても大丈夫さ」


「……はい。プロデューサーさん、改めてありがとうございました……」


「……さあ!まだこれで終わりじゃないぞ!これからはもっとLIVEの仕事も増えてくるだろうし、目指すは単独の大きなLIVEだ!それに向けてまたレッスン頑張るぞ!」


「……はい!これからも……よろしくお願いします……プロデューサーさん……!」



そんな言葉を交わしているうち、ほたるの家の前に着いた。

102 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 02:25:10.23 ID:dJeYp2NG0
「それじゃあ。また明日な」

「……あ、あの……プロデューサーさん」


帰ろうとしたところを呼び止められ、ほたるの方を向く。


「ん?どうした?」

「……あの……えっと……」


少し顔を赤らめてもじもじしているほたる。



「―――――や、やっぱりなんでもないですっ……!あの、プロデューサーさん、少し屈んでくれませんか……?」
103 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 02:28:10.11 ID:dJeYp2NG0
「ん?こうか?」


言われて、体を少し屈める。



すると、ほたるは俺の首に今まで自分が巻いていたマフラーを優しく巻いた。




「……今夜も冷えますから……家まで送っていただいて、ありがとうございました」


「……ああ。ありがとう、ほたる」


彼女が何を言おうとしたのかはわからない。


しかし、今は彼女の巻いたマフラーと言葉がくれた温かさを感じるのみだった。

104 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 02:32:32.13 ID:dJeYp2NG0

ほたるの家を後にして、俺は自宅に帰るために公園を歩いていた。


聖夜の公園は、かなり時間も遅いせいか人の姿は無かった。


ふと、自分の携帯の画面を覗く。


すると、メッセージが届いている事に気が付く。



誰だろうと確認してみる。




105 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 02:34:26.84 ID:dJeYp2NG0



お疲れさま、プロデューサーさん

今日のLIVE、とても良かったよ


106 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 02:38:10.90 ID:dJeYp2NG0

もうしばらく言葉を交わしていない、『彼女』の名だった。



今日は彼女はLIVEの出演者には入っていなかった。


ということは、わざわざ観に来てくれていたのか。




思えば、彼女を失望させてしまってから俺は、心のどこかで何か形の見えないものを探し続ける日だったのかもしれない。

変わりたい、と思いながら変われるわけがないとも思っていた。
107 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 02:40:57.84 ID:dJeYp2NG0
だが、今担当しているアイドルが、目の前で証明してみせた。

変われるのだと。

可能性を一番近くで見せてくれたのだ。


ならば、自分も変われるのだろうか。







そんな事を考えた瞬間、視界に閃光が走った。
108 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 02:43:16.36 ID:dJeYp2NG0

うつぶせに倒れる。



背後には金属バットを持った男。


目の前に流れ出る赤と頭の痛みで、ようやく自分が殴られたのだと理解する。


「ほたるちゃんは俺のものだ……お、俺のなんだ……」



息を切らしながらそんな事を呻いている。


―――――なんだ、ほたるは随分と熱心過ぎるファンを作ってしまったみたいだ。
109 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 02:46:03.45 ID:dJeYp2NG0
バットが振り下ろされ、背中を打たれる。


「はぁ、はぁ……俺は見てたんだぞ……ずっと見てた……お前、ほたるちゃんのなんなんだよ……!」



再びバットが振り下ろされ、頭を打たれた。


ぼんやりとしていく意識の中、ほたるの事を考えていた。



『私は疫病神なんです。関わったら、あなたも、あなたのプロダクションも不幸になるかもしれないんですよ』
110 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 02:49:17.05 ID:dJeYp2NG0
――――やっぱりな。運が悪いなんて事は、あり得ない。




疫病神なんてものはいない。

いるのは、厄介な人間だけだ。




世の中の大凡の悪果は、突き詰めていけば人の悪意に因る。

要は、関わった人間の本質が、善か、悪か。


ならば、この結果は俺自身が引き寄せたものだ。



だから、ほたるはこれからはもう不運などというものに怯える必要は無いのだ。

結果を出した彼女には、これから必ず良い未来が待っている。

例え俺が隣にいなくとも。
111 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 02:51:48.08 ID:dJeYp2NG0
「……ッ」


上手く動かない身体を這い擦らせる。



だからこそ、死ぬわけにはいかない。



だって、あの娘はきっと自分を責めるだろう。

ほたるは、何も悪くないのに。


だから、生きて、笑い飛ばしてやらなければならない。

だから、死ねない。


お前は、疫病神なんかじゃない。
112 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 02:55:07.80 ID:dJeYp2NG0

―――――思えば自分の生にこんなに執着を持ったのは、初めてかもしれないな



そんな呑気な事を考える俺に三度バットが振り下ろされる。

そこで、通行人だろう女性の悲鳴が聞こえた。

ぼんやりと、逃げ出していく男の背中が見える。

消え去っていく意識の中で、真っ赤に染まったマフラーが目に入った。



マフラー、汚しちゃったな。


ほたるに申し訳なく思った。




終わり
113 : ◆z4l4K/HkZ2 [saga]:2017/12/25(月) 02:57:08.30 ID:dJeYp2NG0
以上で終わりです。

読んで下さった方有難うございました。

良いクリスマスを!
114 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/25(月) 03:01:42.47 ID:rTTmvZdCO
おつ。
ほたるは可愛いなあ(語彙)
個人的には後日談でお見舞いに来て泣くほたるも見たかったけど、このPは無事だって信じてる。
115 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/25(月) 03:04:02.26 ID:oF5/LGdQo
おつおつ
惹き込まれる話だった
クリスマスだし優しい後日談になってると信じてる
116 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/25(月) 04:37:36.48 ID:SxHmAmjvo
奏とほたるの修羅場が見たい
117 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2017/12/25(月) 08:12:16.98 ID:wSwVAa1tO
この量つくるのは時間かかるだろうから簡単な内容でない限りまた2、3カ月後か……
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