ギャルゲーMasque:Rade 加蓮√

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172 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/19(金) 17:23:35.56 ID:HjyR2T/HO



馬鹿な、場所を変えた筈なのに何故バレた。

急いで加蓮から取り上げ、ゴミ箱に投げ込む。

加蓮「ねえ鷺沢。前チェックした時から二冊増えてたんだけど」

P「その分二冊棄てたから」

加蓮「は?」

P「ごめんなさい……」

加蓮「まぁ両方表紙がギャルモノだったしセーフだけどね」

あ、良いんだ。

P「と言うか加蓮、あまり人のそういう本を読むんじゃありません」

加蓮「え、いいの?」

いいの?とは何だろうか。

彼女に自分のお気に入りエロ本を読まれるとか拷問以外の何でもないと思うけど。

加蓮「同じシチュでしてあげられるんだよ?」

……最高ではないだろうか。

実はこの引き出し、二重底の奥にもう一段ある事も教えたくなってしまう。

加蓮「……ってセリフがさっきのマンガにあったんだけど」

ッセーッフ!!

危うく自爆するところだった。

P「でもまぁ、加蓮」

加蓮「なーに?」

P「俺はありのままの加蓮が好きだから……俺好みのシチュとかセリフじゃなくて、素直な加蓮がいいかな」

加蓮「……鷺沢」

P「なんだ?」

加蓮「早く抱き締めて……キスして」

もう待てない、といった表情の加蓮。

俺は要望通り、加蓮を抱き締めてキスをした。

それからは、まぁ、流れで。

文香姉さんがいたら本で殴られるレベルでうるさかったと思う。

173 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/19(金) 17:26:51.21 ID:HjyR2T/HO


それから大体一ヶ月と少し。

加蓮の勉強に付き合い、期末テストを乗り越え。

模試を受けたり、文化祭の出し物を決めたり。

加蓮とデートして、幸せな時間とか肌とか唇とか肌とかを重ねたりとかして。

忙しくも楽しい日常は、あっという間に流れーー

ちひろ「ーーなので、皆さん浮かれ過ぎない様に。タバコやお酒もぜっったい断って下さいね?」

七月下旬、最後のHR。

明日から楽しい毎日が待っている生徒達は、誰一人千川先生の話を聞いていなかった。

まぁ、小学生の頃から何度も聞かされた様な注意事項だし。

ちひろ「それでは、二学期に元気な皆さんと会える事を願って……はい、さようなら」

みんな「さようならー」

千川先生が教室から出て行く。

一学期が、完全に終わる。

……さあ、夏休みだ。

P「っしゃおらぁ!遊び行くぞ!!」

加蓮「夏!ポテト!プール!ポテト!」

李衣菜「この後みんなでカラオケ行かない?」

美穂「良いですねっ!早速行きましょう!」

まゆ「まゆの美声を聞かせてあげますよぉ!」

みんなテンションマックスだ。

そりゃそうか、夏休みだし。

美穂「智絵里ちゃんも行く?」

智絵里「あ……行きたいけど、用事があって……途中からなら……」

李衣菜「なら部屋の番号ラインで送るからさ、来れそうなら来てね」

P「今は……十二時半か。それじゃみんな、十三時半くらいに駅前の時計のとこに集合で」

李衣菜「了解っ!」

加蓮「おっけー」

まゆ「かしこまりますよぉ」

誰一人配られた宿題の山に目を向けないのが実に高校生らしくて良い。

夏休み初日はこうでないと。
174 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/19(金) 17:27:25.81 ID:HjyR2T/HO


鞄に置き勉していた教科書を全部突っ込み、重たい荷物を引きずって家へと走る。

P「ただいまー姉さん」

文香「お帰りなさい、P君。随分と機嫌が……あぁ、夏休みでしたか」

大きく溜息を吐く文香姉さん。

そうか、大学生はまだ夏休み先か。

P「みんなとカラオケ行ってくるから」

文香「夜はどうしますか?」

P「多分二十時くらいには帰って来ると思う」

文香「では、私もそれくらいを目処に戻って来ます。それまでは大学生の図書室でレポートを書いていますので」

P「あいさ」

荷物を部屋に放り投げて、さっさと私服に着替える。

昼飯は……面倒だし抜いていいだろう。

そんなにお腹空いてないし。

そんな事より早く遊びに行きたかった。

P「いってきまーす」

文香「羽目を外し過ぎないように、ですよ」

炎天下の中、暑さなんて気にせず駅へと走る。

吹き抜ける風が心地よい。

いや、暑い、めっちゃ暑い。

五分と経たず汗だっくだくになってくる。

なのに何故だか走るのを止める気にはならない。

替えのシャツ持って来てよかった。

P「っふぅー……早く着き過ぎた」

スマホの時計を確認すれば、まだ十三時前だった。

こっから三十分以上も外で立ってるのはしんどいし、かといって喫茶店で時間を潰すには短過ぎるな……

まゆ「あ、Pさん。早い到着ですね」

P「ん、まゆももう着いてたのか」

微笑みながら、此方に駆け寄ってくるまゆ。

正確な名称の分からない、ピンクの薄手のワンピースに身を包むまゆはとても可愛かった。

まゆ「楽しみで、ついつい急ぎ過ぎちゃいました」

P「分かる。俺もそんな感じだよ」

まゆ「……外で待つには、少し暑過ぎますね」

P「だなー……そこの喫茶店で待つ?」

まゆ「はい。そうしましょう」
175 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/19(金) 17:28:09.04 ID:HjyR2T/HO



駅前の時計が見える位置にある喫茶店に、二人で入る。

カランカランと鳴るベルと、空調の効いた冷たい風が心地良い。

店員「っしゃせー」

P「禁煙二人で。窓際の席って空いてますか?」

店員「しゃー」

店員に案内され、窓際の二人席に着く。

ふぅ……涼しい。

まゆ「Pさんは何にしますか?」

P「昼食べてこなかったし、サンドイッチとコーヒーのセットにしようかな」

まゆ「ふふっ、まゆと一緒ですね」

注文を終えて、一息吐く。

この先からなら待ち合わせの場所がよく見えるし、のんびりしていて大丈夫そうだ。

……そう言えば。

P「まゆって私服でも制服でも手首にリボン巻いてるよな」

まゆの左手首には、いつもリボンが巻かれている。

一応校則違反だった気はするけど、まゆの事だから上手く言い訳したんだろう。

あと手首、汗で蒸れないのかな。

まゆ「……気になりますか?」

P「まぁうん。いつも着けてるなーって」

まゆ「……言えません。これは、我が佐久間家に代々伝わる禁忌の掟」

P「まさか、封印された闇の力が……っ!」

まゆ「これをPさんに話してしまえば……きっと、ただでは済まされません」

いつも思うけど、まゆ凄くノリ良いな。

友達沢山いそうだし、明るいのはこういう性格が所以しているのか。
176 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/19(金) 17:29:34.88 ID:HjyR2T/HO
まゆ「ごほん。ふふっ、本当の理由は……まだ内緒です。聞きたければ、Pさんも佐久間家の一員になって貰わないと」

P「……代償は大きいなぁ」

まゆ「お仕事の時も、絶対外さないんです」

そう言えば昔。 俺も誰かに、リボンを巻いてあげた事があった気がする。

誰だっけ……文香姉さんだったかな。

店員「お待たせしましたー」

注文したコーヒーとサンドイッチが届く。うん、サンドイッチ美味い。

まゆ「Pさん、サンドイッチ好きですよね」

P「まぁな、昔はずっとパンばっか食べてたし。ほら、昔から朝食自分で作ってたんだけど、それだと米炊く時間無いんだよな」

まゆ「あ……ごめんなさい」

P「いいよいいよ。ふぅ……一回涼しい場所入ると、出るの億劫になるよな」

まゆ「このまま夜まで、二人でお話しするのも吝かではありませんが」

P「ま、今日はみんなではしゃごうよ。折角の夏休みなんだし」

まゆ「ふふっ、そうですね……Pさんはそう言う方ですから」

コーヒーカップを傾ける。 熱い、でもまゆの前だしカッコつけて優雅に飲む。

ピロンッ

『李衣菜ちゃんと一緒です。もう直ぐ着きます』

P「……ん、もうすぐ美穂達も着くっぽいな」

まゆ「ですねぇ。コーヒーを飲み終えたら、のんびり出ましょうか」

駅前の時計の方を見る。……ん、加蓮着いてるじゃん。

キョロキョロと他に誰か来てないか探してる様だ。

ピロンッ

『鷺沢、もう着いてる?』

『今喫茶店で時間潰してたとこ。直ぐ行くよ』

P「っし、行くか。会計は俺が持つからいいよ」

まゆ「お言葉に甘えさせて貰います。お礼に今度、みんなでPさんの家でお食事するときに腕を振るいますから」

会計を済ませて外に出る。

あっつ、めちゃくちゃあっつ。

P「おーい、加蓮」

水色のシャツに短過ぎる白いパンツ姿の加蓮は、こっちを向いて手を振って来た。

……大丈夫?そんなに肩出して足出して。日焼けするぞ?

ってかシャツ上の方なんか透けてない?そう言うデザイン?

加蓮「あ、やっほー鷺沢。隣のソレは何?」

まゆ「ソレじゃなくて連れですよぉ」

P「二人して早く着き過ぎちゃったから、そこの喫茶店で涼んでたんだ」

まゆ「アツアツでしたよぉ」

P「コーヒーがな。ってかやっぱバレてたか」

加蓮「随分楽しそうじゃん」

P「で、多分そろそろ美穂達も来るはずなんだけど……」

李衣菜「おまたせーみんな」

美穂「お待たせしました、みなさん」

あぁ、美穂まで肩出して。 ピンク色のフリル付きとかめちゃくちゃ可愛いけど日焼けするぞ。

P「んじゃ、全員揃ったしカラオケ向かうか」
177 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/19(金) 17:30:22.83 ID:HjyR2T/HO


加蓮「ーー泣いちゃってもいい?ずっと、側に……いたいよ…………」

P「……」

李衣菜「……」

美穂「……」

まゆ「……」

加蓮「ふぅ……どうだった?私、この歌凄く好きなんだよね。なんかしっくりくるみたいな感じで」

P「うん、上手かったしめちゃくちゃ心こもってたしこっち見てくるの可愛かった」

一曲目に入れる曲ではないと思うけど。

俺に向けての想いを歌に乗せたんだとしたら、若干、じゃっっかん重い選曲かなーとは思っちゃったけど。

李衣菜「……Pってさ」

美穂「凄いのと付き合ってますね」

まゆ「まゆも負けませんよぉ」

加蓮「Pは何歌うの?」

P「いや、俺はまだ入れてないけど」

加蓮「なら次私とデュエットしようよ」

美穂「李衣菜ちゃん、あとでわたし達もデュエットキメよ?」

李衣菜「なんでそんな薬物みたいな言い方なの?」

P「で、次の曲は……エヴリデイドリームか。歌うの誰だー?」

まゆ「まゆですよぉ。まゆの想いを込めて、全力で歌いますよぉぉ!」

気合い入ってるな。

可愛らしいイントロが流れ出すのと同時、まゆがマイクを構える。

まゆ「大好きなあの人に向けて、心を込めて歌います。聞いてください……佐久間まゆで、エヴリデイドリーム」

美穂「イントロをバックに語り出しました」

李衣菜「新しいカラオケの楽しみ方だね」

歌詞が始まるのとピッタリに、まゆが前説を終える。

凄く完璧なタイミングで凄いけど、ずっとこっち見られると恥ずかしいし画面見ようよ。

歌詞は、とても可愛らしいラブソング。

アイシテルが片仮名なのが若干怖かったが、概ね恋する女の子の歌だった。

まゆ「私のこと……大好き、って……」

まゆは終始ずっとこっちを見て歌っていた。

歌詞全部暗記してるの凄いな。

あと物凄い形相でまゆを睨んでる加蓮をガンスルー出来たのも凄いな。
178 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/19(金) 17:31:00.64 ID:HjyR2T/HO


まゆ「ふぅ……ご清聴、ありがとうございました」

美穂「とっても上手かったです、まゆちゃん」

まゆ「ふふっ、ありがとうございます。どうでしたか?Pさん」

P「え、あぁうん。上手かったと思うよ、かなり」

美穂「さて、次はわたしのターンです!」

まゆ「何を勘違いしてるんですかぁ?まゆのターンはまだ終了していませんよ」

李衣菜「ひょ?」

ピピピピピッ、と画面に数字が映し出された。

なるほど、採点機能をオンにしたのか。

画面『高得点です。まるで本人の様な歌いっぷりでした』

P「……いや点数出せよ」

まゆ「アバウトですねぇ」

李衣菜「でも上の音程バー出てくるだけでも歌いやすいよね」

美穂「まゆちゃん一回も画面見てませんでしたけどね」

加蓮「ねぇ私の歌採点されてないんだけど?!」

まゆ「加蓮ちゃんが採点機能オンにする前に曲を入れちゃったからですよぉ」

加蓮「もう一回、もう一回同じやつ歌うから」

まゆ「どうせ88点くらいですよぉ」

割とまゆからの評価高いし現実的な数字だな。

美穂「ふぅ……それじゃ、今度こそわたしの番ですね」

P「っと、俺ドリンクバー行ってくるわ。誰かお代わり欲しかったら持ってくるけど」

美穂「あ、ならわたしは烏龍茶でお願いします」

李衣菜「私は麦茶で」

まゆ「なら、まゆもご一緒します」

加蓮「私メロンソーダとコーラとオレンジジュースで」

まゆ「全部混ぜればいいんですかぁ?」

加蓮「思考が小学生レベルだね、まゆは」

ドキっとする。

実は俺も同じ事考えてたから。

みんなのカップを持って、一旦部屋から出る。
179 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/19(金) 17:31:34.08 ID:HjyR2T/HO


ドリンクバーでは、うちの高校の制服の奴等が並んでいた。

P「やっぱみんな来るよなぁ」

まゆ「今日から長期休暇ですからねぇ」

P「楽しいなぁ……友達増えて」

まゆ「まゆも、とっても楽しいです。Pさんと一緒にこうやってカラオケに来れる日が来るなんて」

P「ん?別に誘えばみんな来たんじゃないか?」

まゆ「そういう事では無いんですが……」

……ん?どういう事なんだろう。

そんな事を考えながらドリンクを注いでいると、智絵里ちゃんがやって来た。

智絵里「あ……お待たせしました」

P「お、もう用事は終わったの?」

智絵里「はい。他のみんなは……?」

まゆ「もう歌い始めてますよ。一緒に部屋に戻りましょうか」

部屋に戻ると、李衣菜がロックっぽい曲を熱唱していた。

美穂「あ、来てくれたんだ。智絵里ちゃん」

加蓮「……」

智絵里「……こんにちは、加蓮ちゃん」

加蓮「……五人、揃っちゃったね……」

まゆ「……ですねぇ……」

美穂「ついに……この時が……!」

画面『69点。色々とブレてます』

李衣菜「えっ、私音程もっと合ってたってば!」

P「いや音程かなりSin波だったぞ……で、五人揃うと何かあるのか?」

加蓮「バスケが出来るね」

まゆ「まゆ達五人が力を合わせれば、向かう所敵なしですよぉ」

智絵里「えっと……五人しかいないなら敵がいないのは当たり前じゃ……」

美穂「と言うのは冗談で……最近女子高生の間で流行の、あの歌が丁度歌えるんです」

李衣菜「マイクは二個しかないけどね」

残念な事に、俺は女子高生の流行りに詳しくはない。

加蓮「よしっ、送信っと」

まゆ「まぁコレですよねぇ」

智絵里「あ……この曲、わたしもとっても好きです」

美穂「何度もMVを見てたら、振り付けまで少し覚えちゃいました」

李衣菜「この真ん中の無限記号がロックでカッコいいよね」

オシャレなイントロが流れ出す。

なんだか凄く火サスとか昼ドラで流れて来そうな曲調だ。

まゆ「聞いて下さい、Pさん。佐久間まゆで……」

加蓮「あ、私も歌うんだけど。北条加蓮で」

美穂「五人で歌うんですから、もっと上手く繋いで下さい。小日向美穂と……!」

李衣菜「あ、私もやる流れ?多田李衣菜と……!」

智絵里「え、えっと……緒方智絵里で……!」

「「「「「Love∞Destiny」」」」」
180 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/19(金) 17:32:00.51 ID:HjyR2T/HO



加蓮「ふー……かなり歌ったね」

P「もう十九時か。そこそこいい時間だな」

李衣菜「みんなは夕飯どうするの?」

美穂「わたしは門限があるので……」

まゆ「まゆもそろそろ帰らないといけません」

智絵里「わ、わたしはまだ時間はあるけど……」

P「俺は帰って夕飯作んないと」

文香姉さんにも帰るって伝えてあるし。

あ、食材も軽く買ってから帰るか。

加蓮「それじゃ、私も帰ろうかな」

李衣菜「じゃあ智絵里ちゃん。折角だし二人で食べに行かない?」

智絵里「え、李衣菜ちゃんが払ってくれるんですか……?!」

李衣菜「おっ、今日一のいい笑顔」

美穂「あ、ならわたしも門限無くなった気がします」

李衣菜「ちょっとちょっと、私そんな手持ちないんだけど!」

P「んじゃ、また適当に集まって遊ぼうな」

加蓮「じゃあねー」

まゆ「ふふっ、お疲れ様でした」

カラオケから出て、それぞれバラバラに散って行く。

……美穂、本当に李衣菜の方に着いて行ったな。

P「あ、俺夕飯の食材買ってから帰るから」

まゆ「それじゃ加蓮ちゃん。二人で帰りましょうか」

加蓮「今日鷺沢の家泊まれたりしない?」

まゆ「まゆの前でそういう会話はやめて貰えますかねぇ」

P「悪いけど、明日は朝から店の手伝いしなきゃいけないから」

加蓮「そっか。それじゃまたね。お別れのキスは?」

まゆ「まゆの前でそういう会話はやめて貰えますかねぇ?!」

P「……またな。加蓮、まゆ」

スーパーに入って、特売のものを買い込む。

お一人様二つまで……加蓮とまゆに付き合って貰えば良かった。

181 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/19(金) 17:32:50.10 ID:HjyR2T/HO


鷺沢と別れてから、私とまゆは二人で夜道を歩く。

七月に入ってから、夜でも暑くなってきた。

そうでなくてもまゆと二人きりって、正直ちょっと居心地が悪いかな。

鷺沢が居た時はずっとニコニコ笑顔だったまゆは、無表情でずっと無言だし。

……それもそっか、うん。

だって好きな男子の前なんだから、可愛い振る舞いをするのは当たり前だよね。

まゆ「……今日は、楽しかったですね。加蓮ちゃん」

そう思ってたら、急にまゆが口を開いた。

けど、質問の意味が分からない。

本当にそのまま、言葉のままで受け取っていいのかが分からなかった。

加蓮「え、何急に。楽しかったけど……」

まゆ「まゆは、とっても楽しいです」

加蓮「……私も、かな。友達と仲良く、こんな毎日を過ごせるのって……憧れだったから」

うん、楽しかったのは本当。

鷺沢とカラオケに来たのは初めてだったし。

美穂も李衣菜も、最初からずっと私と仲良くしてくれてるし。

智絵里も、もうきちんと鷺沢の事を諦めてくれたみたいだし。

そんな友達と一緒に歌って遊んで、楽しくない筈が無いよね。

まゆ「……ねぇ、加蓮ちゃん」

加蓮「ん、なに?まゆ」

だからこそ、まゆだけが。

私にとって、一番懸念すべき相手で。

まゆ「……加蓮ちゃんは、本当にPさんの事が好きなんですか?」

そんな相手にこそ、きちんと想いを即答して。

真正面から現実をぶつけて、諦めて貰わないといけないから。

加蓮「今更過ぎるでしょ。私は鷺沢の事が好きだし、鷺沢も私の事が好き。それは絶対変わらないから、まゆもさっさと諦めたら?」

言い方はキツイけど、そんな事を言われて優しく返せる筈もない。

本当に鷺沢の事が好きかどうか?なんて答えるまでもないでしょ。

まゆ「……ふふっ、そうですか」

加蓮「何?私相手にそんな笑顔で振る舞ったって一円の得にもならないよ」

まゆ「なら、聞き方を変えます」
182 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/19(金) 17:33:24.88 ID:HjyR2T/HO



まゆ「加蓮ちゃんは、本当に…………Pさんを、信頼出来てるんですか?」

……は?

そんなの信頼してるに決まってるじゃん。

そう言おうとしたけど。

まゆはそんな私の答えすらお見通しだったらしい。

まゆ「本当に、ですか?カヌーの時、その次の日、ちゃんと全部思い返して下さい。加蓮ちゃんの行動は、きちんとPさんを信頼してのものでしたか?」

加蓮「え……それは……」

まゆ「それ以外の時もです。付き合う前だって……加蓮ちゃんは、信頼し切れていないからPさんを縛り付けてたりしていませんか?」

……私は、即答出来なかった。

智絵里に呼ばれて屋上に行こうとしてた、あの放課後。

カヌーのペアだって、その次の連絡が通じなくなった自由行動の時間だって。

初めてを迎えた夜の、そこに至るまでの事だって。

私は、本当に鷺沢を信頼出来てた?

もちろん鷺沢は、そんな不安を払拭しようと頑張ってくれてたけど……

加蓮「……でも、だからこそ。これからも二人で頑張って行こうって……一人で難しいなら、一緒にって……」

まゆ「それを言っている時点で、信頼出来てないって事なんですけど……まぁそうですよねぇ。美穂ちゃんとの約束もあって、Pさんは本気で縁を切ろうとまでは踏み切れませんから」

まゆは笑っている。

でもその目は、まったく笑ってない。

むしろ、私を睨みつけてるみたいに。

まゆ「Pさん自身、色々あって友達を失うなんて事はしたくないでしょうし……そこが優しいところであって、弱味でもあるんですけど」

加蓮「……で、何?何が言いたいの?」

まゆ「加蓮ちゃんは、頼ってはいても信頼はしてません。頼りにする事はあっても、信じてはいません。縛り付けて、他の人を選ばせない様にしているだけです」

まゆ「最初に出来た友達、唯一物事を頼める相手。それが偶然、Pさんだっただけです」

まゆ「そんな加蓮ちゃんと、Pさんの関係性は……友達でも成り立つんじゃないですか?」
183 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/19(金) 17:34:16.34 ID:HjyR2T/HO




加蓮「…………は?」

まゆが何を言っているのか。

私は、理解したくなかった。

まゆ「完全に信頼する事は出来なくて、でも頼りたくて。恋人と言う立ち位置のせいでPさんを縛って、迷惑を掛けて。それで……加蓮ちゃんは、Pさんに何かしてあげられましたか?」

加蓮「……恋人だからって、何かをしてあげなきゃいけない訳じゃないし……」

まゆ「なら、押し付けるだけですか?優しさをただ享受するだけですか?そんなの……相手がPさんじゃなくても良い筈ですし、恋人である必要性はもっと無い筈です」

加蓮「で、でも……私はあいつの事が好きで……」

まゆ「もし最初の日、加蓮ちゃんを校舎案内したのがPさん以外の女子だったら?そしてきちんと、最後まで付き合ってくれたら?きっと加蓮ちゃんは、その子と友達になって……それで終わりだった筈です」

まゆ「あの日の、屋上でのキスだって……それこそ、その場の雰囲気に流されてしちゃっただけでしょうし」

まゆ「結局のところ。加蓮ちゃんは……優しくしてくれれば、自分に付き合ってくれれば」

まゆ「……誰でも良かったんじゃないですか?」

加蓮「……そんな事ない。私は、鷺沢だったから……」

まゆ「それを最初から即答出来なかった時点で。加蓮ちゃんも、薄々気付いてるんじゃないですか?」

……私は、何も言い返せなかった。

言い返したかったけど、まゆの言葉は、確かにその通りだと思っちゃった。

本当に好きで、本当に信頼出来てたなら。

……まゆの言う通りだった。

そしてまゆは。

私がこの会話を鷺沢に相談出来ない事すらも、絶対に分かってる。
184 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/19(金) 17:34:55.28 ID:HjyR2T/HO



まゆ「『鷺沢の事を信頼出来なくて即答出来なかった』なんて言える筈がありませんからねぇ。そんなの、相談した時点で全ての答えが出てるんですから」

加蓮「……なら、まゆはどうなの?まゆだって、私と同じなんじゃないの?」

まゆ「そうかもしれませんねぇ。でも……出会ってたった数日のエキストラにメインヒロインの座を奪われて黙っていられる程、まゆの想いは軽くも短くもないんです」

加蓮「あんたも今年からクラスメイトになったばっかじゃん!」

まゆ「はぁ……加蓮ちゃんに教える必要はありません。ただ、まゆの気持ちはずっと前から決まってたって事だけは、覚えていて下さい」

まゆ「あ、それと……この会話を伏せてPさんにまゆと距離を置いてもらう、なんて諦めた方が良いです。Pさんには美穂ちゃんとの約束がありますから」

まゆ「もしPさんが美穂ちゃんとの約束よりも自分の事を優先してくれると言う絶対的な自信があるなら、試してみたらどうですか?」

まゆ「きっと、加蓮ちゃんがガッカリして終わるだけだと思いますけど」

加蓮「……言いたい放題言ってくれるね」

まゆ「まゆとしては、加蓮ちゃんが自ら身を引いてくれるのが一番楽ですから」

加蓮「んな訳、無いじゃん……」

まゆ「……ずっとこのまま、Pさんが加蓮ちゃんを選び続けてくれると思わない事です。だって、Pさんも加蓮ちゃんから絶対的に信頼されてるなんて、思ってない筈ですから」

まゆ「まゆは、Pさんに迷惑を掛けたくない。だからこそ、信頼してもいないのに迷惑ばかり掛ける加蓮ちゃんが目障りで仕方がないんです」

まゆ「……自分自身に失望して、さっさとPさんから離れて下さい」

……私は、鷺沢の事が好きで。

なのに、即答出来なくて。

恋人じゃなきゃだめだ、って。

そう、断言出来なくて。

まゆ「……まゆは門限があるので帰ります。この道で待っていれば、そのうちPさんが追い付いて慰めてくれるかもしれませんねぇ」

そう言って去っていくまゆに。

私は、何も言うことが出来なかった。

……いやいや、言われたい放題過ぎたでしょ。

全面的じゃないかもしれないけど、鷺沢の事は誰よりも信頼してるし。

足りない部分は、ゆっくり一緒に埋めていけばいいし。

何を言われようが私が鷺沢を好きな事に変わりはないし。

……なのに。そう思っている筈なのに。

まゆの言葉は、私の胸に刺さって痛いままだった。


185 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/19(金) 21:27:24.86 ID:MOV5s/gX0
おーい鷺沢ーお仕事の時間だぞー
186 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/19(金) 21:48:05.43 ID:eoDQfjYs0
まゆと加蓮の修羅場…鷺沢が役に立つわけ無いだろ(意味深)
これがR-18や皆が病むルートならどうなるんだろうか
187 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 01:53:16.81 ID:HlPHoDGn0


加蓮「……じゃ、そろそろ帰らないと」

P「だな、いい時間だし。送ってくよ」

加蓮「……うん、ありがと」

夏休みに入り何度か加蓮とデートに行ったが、最近あんまり元気がないような気がする。

いや、正確には積極的じゃないって言うか、心ここに在らずと言うか……何か別の事を考えている様な、そんな感じ。

二人きりで遊んでいる時も、通話で喋っている時も。

まるで何かに悩んで、心から楽しめてはいない様な。

だいぶ暑くなってきた八月の夜道を、二人並んで静かに歩く。

こういう時、俺は恋人としてどんな言葉を掛けるのが正解なんだろう。

P「明後日さ、神社でお祭りあるだろ?空いてたら一緒に行かないか?」

加蓮「うん、行こっかな。誘ってくれてありがと」

……違う、そうじゃないだろう。

いつもの加蓮だったら『は?空いてたら?!予定あっても空けるに決まってるじゃん!っていうかそこで俺の為に空けろよくらい言ったらどうなの?!』って言ってたのに。

ちょっと喜びながら何故か半ギレで両腕を振り回していた筈だ。

つまりまぁ、本調子じゃないんだろう。

P「大規模じゃないけど花火も上がるらしいぞ。十七時に神社の鳥居んとこで良いか?」

加蓮「おっけ。遅れないでよ?」

折角恋人と夏祭りを楽しむんだから、お互い頭空っぽにして楽しみたいんだけどな。

……悩んで何もしないなんて、俺らしくないか。

P「何か……悩んでる事とかあるのか?」

加蓮「別に?強いて言うなら雨降らないといいなーとは思ってたけど」

P「……もし何かあったら、俺でよかったら相談に乗るから。いつでも話してくれ」

加蓮「……うん、大丈夫」

きっとその大丈夫は、全くもって大丈夫ではない筈だ。

とすれば、多分。

俺に相談出来ない事か、俺に相談しても解決出来ると思っていないという事。

……確かに俺一人に出来る事なんて限られてるし、加蓮の為に今まで何か出来たかと言えば……

それでもやっぱり、少しくらいは打ち明けて欲しかった。

口にするだけで楽になる事だってあるだろうし。

何より、やっぱり。

悩んでいる加蓮を見続けるのも、相談されないのも寂しい事で。

P「……ま、気が向いたらいつでも話してくれよ」

加蓮「うん、そうするね。今日はありがと、鷺沢」

やっぱ悩んでる事あるんじゃねぇかよ!なんて言える雰囲気ではない。

P「それじゃ、また明後日」

加蓮「うん、またね」
188 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 01:54:05.37 ID:HlPHoDGn0


キスをして加蓮と別れた後、俺はクソ暑い夜道を一人で歩く。

加蓮がこの調子になったのは、いつからだっただろう。

確か、一学期最後の日の放課後にカラオケに行った後からだった気がする。

カラオケの時点ではハイテンションだったし、俺と別れる時もまだ何時ものだったから……

……まゆと、何かあったのか?

でも、あのまゆが人を困らせるような事をするだろうか?

未だに俺の事を諦めてはいない様だが、だからと言って気配り気回しの達人の様なまゆが……

いや、一度話をきちんと聞いておいて損はないだろう。

そんな俺の誰かに対する評価や信頼なんかより、今は加蓮の事の方が重要だ。

これで何か手掛かりを掴めれば良し、何も当たらなければそれまでだ。

文香「おかえりなさい、P君」

P「ただいま姉さん」

文香「……ふふっ、そうですか」

え、何が?

文香「P君が、何か悩んでる顔をしていたので……加蓮さんの事ですよね?」

確かに文香姉さんには加蓮とデートしてくるって言ったけど、分かるもんなのか。

俺、そんなに顔に出やすかったかなぁ。

文香「恋人を想って何かを悩むのは……とても、大切な事だと思います。私でよければ、お話を聞きますが……?」

P「……姉さん、変なもの食べた?」

文香「酷い言い草ですね……P君の分だったチョコを食べて上機嫌なだけです」

P「道草の方がまだマシだった」

文香「……それで、何があったんですか?」

P「……なんか、加蓮が悩んでるみたいでさ。でも相談して貰えなくて、なんだかもどかしいなって」

文香「……ここからは別料金になります」

P「え、本当に聞くだけ?!」
189 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 01:54:34.12 ID:HlPHoDGn0


文香「はぁ……本気で心配なら、それこそP君が必死になって聞き出せばいいのではないでしょうか」

P「……いいのかなぁ、そんな人の悩みにズカズカと入り込んで」

文香「その悩みによって、今後良くない関係になってしまうとしたら……?後悔したくないなら、これからも恋人でいたいなら……不安な事は、多少の事には目を瞑ってでも取り除くべきではないでしょうか?」

P「嫌がられたりしない?」

文香「でしたら……どちらの方がP君にとって重要か、考えてみてはどうですか……?」

P「……ありがと、姉さん」

文香「ケーキ二つで」

P「一つで許してくれ……」

うん、かなり気が楽になった。

やっぱり人に話すだけで、かなり色々と変わるもんだな。

明後日のデートの時、多少嫌がられてもしっかり聞こう。

それで本気で怒られたら、その時はその時だ。

そんな事よりもやっぱり、悩んでいる加蓮を見続ける方が辛いから。

シャワーを浴びて、扇風機の前で頭を冷やす。

……さて。

『夜遅くにすまん、まゆ』

『はぁい、あなたのまゆですよぉ』

まゆにラインを送ると、一瞬で既読と返信が来た。

『ちょっと話がしたいんだけど、明日か明後日空いてるか?』

『明後日の十六時以降なら大丈夫ですよぉ』

明後日……加蓮と夏祭りに行く約束をした日だ。

だがまぁ、そんなに長くはならないだろうし大丈夫か。

『なら、少し過ぎくらいに寮行くから』

『分かりました。浴衣を着て待ってますよぉ』

浴衣を着る必要は無い気がする。

いやあれか、美穂や李衣菜や智絵里ちゃん達とお祭り行く約束してるのか。

『それじゃ、頼んだ』

『(((o(*゚▽゚*)o)))♡』


190 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 01:55:18.75 ID:HlPHoDGn0


金曜日、夏祭り一日目。

三日に渡って行われる夏祭りに、町はかなり騒がしくなっていた。

こういう時甚平とかあれば雰囲気出るんだろうが、残念な事に自分の格好は半袖Gパン。

もうちょっとお洒落な格好もあるんだろうが……そのうち加蓮にコーディネートして貰おう。

遅めの昼飯を済ませて、ゴロゴロと部屋で転がる。

……約束の時間まで、暇。暇でしかない。

床から虚無が伝わってくる。

ピロンッ

誰かからラインが来た。

『Pは今日は加蓮ちゃんと二人で、だよね?』

李衣菜からだった。

『その予定』

『だよねー、もし暇だったら私達と一緒にどうかなって思ってたけど』

『そっちは美穂達とか?』

『うん、あとまゆちゃんと智絵里ちゃん。十七時に集まる予定』

……ん、なら尚更まゆとの話を長引かせられないな。

『それじゃ、また現地で会ったら』

『おっけ、じゃあね』

会話が終わる。

また再び暇になった。

……ん、そうだ。李衣菜にも聞いてみようか。

『なぁ李衣菜。最近加蓮に何かあったか知らないか?』

『知らないけど……そういうのってPが一番よく知ってるんじゃない?』

『だよなぁ……なんか悩んでる感じだったからさ』

『ま、頑張ってね。骨は拾ってあげるから』

『良い骨作る為にカルシウム摂らないとな』

……カルシウム摂るか。

牛乳を飲みながら、ちょっと髪を整えてみたりする。

文香「あ、P君……そろそろ、お出かけですか?」

P「もう少ししたら、まゆに会いに行ってくる」

文香「その後は、夏祭りでしょうか?」

P「うん。姉さんは?」

文香「私は、そういった騒がしい場所は……それと、夕方過ぎ頃から、雨が降るかもしれないそうです」

P「え、マジか……」

文香「出かける時、窓は閉めて行って下さいね」

P「了解。んじゃ、そろそろ出掛けるか」

そろそろ十六時になろうとしている。

191 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 01:55:53.14 ID:HlPHoDGn0


俺はまゆに会いに、学生寮まで来た。

まゆ「あ、こんにちは。Pさん」

P「よ、まゆ」

俺の姿を見つけ、花が咲くように微笑むまゆ。

浴衣に身を包んだまゆは、物凄く可愛かった。

ほんと、まゆはいつでも笑顔だなぁ。

P「……まゆも、この後お祭り行くんだよな?」

まゆ「はい、李衣菜ちゃん達と十七時に約束してますから」

P「俺もその時間に加蓮と約束してる」

まゆ「ふふっ、良かったら一緒に行きませんか?」

P「加蓮を不安にさせちゃいそうだし、遠慮しとくよ」

少しばかりまゆに対して酷い言い方かもしれないけど。

そろそろ、きっぱりと線を引いていかないといけない気がしたから。

まゆ「……そうですか。それで、お話って何ですかぁ?」

P「……夏休み初日、カラオケ行っただろ?」

まゆ「行きましたねぇ。とっても楽しかったです」

P「帰りにさ、加蓮と何かあったのか?」

まゆ「……加蓮ちゃんと、ですか……そうですね……」

珍しく、まゆが言葉に詰まった様子になる。

やっぱり、何かあった様だ。

まゆ「Pさんに伝えるのは、少し酷かもしれませんけど……」

P「大丈夫大丈夫、俺メンタル味噌田楽だから」

まゆ「耐久性が高いのか低いのか分かりづらい例えですねぇ」

ふふっと微笑んだ後、まゆは真面目な表情になった。

まゆ「……まゆ、加蓮ちゃんに聞いてみたんです。Pさんの事が、本当に好きなんですか?って……」

P「……それで、加蓮は?」

まゆ「……即答してくれませんでした」

おいおいおい!してくれよ加蓮!!
192 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 01:56:22.22 ID:HlPHoDGn0



まゆ「もしかしたら、加蓮ちゃんは自分でも分かっていないのかもしれません。Pさんの事が本当に好きなのかどうか」

P「マジか」

まゆ「それに、信頼してるんですか?と聞いたところ……」

P「聞いたところ……?」

まゆ「街頭インタビューに答えた十人中九人が、『Pさんって誰?』と回答しました」

P「そりゃ町のみんなが俺を知ってる訳じゃ無いからなぁ!」

まゆ「あ、一人だけ『まゆにとって、運命の人ですよぉ』と答えたそうです」

P「まゆじゃん!インタビューで自問自答じゃん!」

まゆ「ごほんっ……結局のところ、加蓮ちゃんの中でまだ答えが出てないんだと思います」

P「……そう、なのかな……」

まゆ「加蓮ちゃんが本当に信頼しているのなら、既に相談しているはずだと思いませんか?」

P「……それもそうか……」

俺は加蓮から信頼されていなかったのだろうか。

まゆ「……あ、すみません。少し連絡良いですか?」

P「あーごめん、李衣菜達かな。そういえば美穂はもう行ってるのか?」

まゆ「楽しみで仕方なかったみたいで、もうだいぶ前に李衣菜ちゃんの家に向かってます」

P「美穂らしいっちゃ美穂らしいな」

まゆ「……ふぅ、失礼しました。それで……Pさん」

P「ん、なんだ?」

まゆ「Pさんは加蓮ちゃんの事が好きかもしれませんが……もし加蓮ちゃんがどんな答えを出したとしても、受け止めてあげて下さい」

P「……加蓮が……どんな答えを出したとしても……」

まゆ「それが、Pさんが恋人として出来る事だと思います」

P「…………」

まゆ「大丈夫です、Pさん。まゆはいつでも、Pさんの味方ですから」

P「……まぁ、取り敢えずは加蓮と一旦話してからだな」

まゆ「……そうですか」

P「っと、もう四十五分過ぎてるな。そろそろ行かないと」

まゆ「まゆはまだ準備が済んでいないので、少ししたら向かいますよぉ」

P「おっけ。それじゃまた、もし現地で会ったら」

まゆ「はい、行ってらっしゃい。Pさん」

まゆと別れて、神社に向かう。

今からなら、約束の時間ぴったりに着けそうだ。


193 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 01:56:57.62 ID:HlPHoDGn0





……おっそい。

普通デートなら約束の三十分前には来るべきじゃない?

なんて鷺沢に恨みを飛ばしながら、私はコンパクトで髪型を何度もチェック。

大丈夫かな。浴衣も着付けおかしくないよね?

っていうか、夜雨って予報だったんだけど!

……はぁ。

なーにが鷺沢の事が信頼出来てない、よ。

めっちゃしてるし、少なくともまゆよりは信頼してるし。

……いや今のは全然信頼してる感出てなかったね。

でも、うん。

こんなにずっと悩んじゃってるって事は、自分でもそういう事だって感じてるんだと思う。

一昨日も結局、鷺沢に相談出来なかったし。

鷺沢に失望されるのが怖い。

鷺沢に断られるのが怖い。

鷺沢に否定されるのが怖い。

大丈夫だと自分に言い聞かせても次々と溢れる不安要素に、負けたままでいるのが辛い。

加蓮「……おっそい……」

口にしてしまうくらいには、早く来て欲しかった。

早く来て、私を抱きしめて、私の不安を掻き消して欲しかった。

ピロンッ

ラインが届いた。

誰だろ……鷺沢から『少し遅れる』とかだったら今日全部奢ってもらわないと。
194 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 01:57:54.00 ID:HlPHoDGn0



『Pさんなら、まゆと一緒にいますよぉ。二人でお祭りに行く予定です』

加蓮「はぁぁぁぁぁぁ?!」

思わず叫んじゃった。

周りの人が一瞬こっちを向くけど、そんなの知ったこっちゃない。

んな訳無いじゃん。まゆ、暑さで頭やられちゃった?

『もし現地で会ったら、仲良く遊びましょうねぇ?』

ぜっったい、仲良くする気ないでしょ。

ってか、は?!

鷺沢がまゆと一緒に?いやいやいや、あり得ないって。

……うん、これでまゆのとこ行ったらまゆの思う壺だよね。

『やっぱり信頼出来てないじゃないですかぁ』とか言うに決まってる。

……遅いなぁ、鷺沢。

いつもだったら五分くらいは早く来てくれるのに。

ラインを飛ばしても、向かってる途中なら多分見ないだろうし。

私の方から家まで迎えに行こうかな。

不安なら、不安要素があるなら。

自分から全部赴いて、一つずつ消してくべきだよね。

鷺沢の家まで神社から殆ど一本道だし、向かってる途中ならどこかで会える筈。

そう思って、約束場所から離れて私は鷺沢の家に向かう。

なかなか変わらない赤信号に苛立ちながら、変わると同時に走り出して。

人とぶつかりそうになってよろけながら、それでも前へ。

少しでも早く、鷺沢に会いたくて。不安を、安心に変えたくて。

……で、会えなかったんだけど!

は?なんで?違う道使ったの?それともすれ違って気付けなかった?

不安が募る。

本当にまゆの方に行っちゃったの?私に愛想つかしちゃったの?

なんて、一瞬だけど思っちゃって。

大丈夫だから、あいつを信じて私、って。

そう鼓舞してる時点で、やっぱりまゆの言葉がチラついて。

少し震えながら、鷺沢古書店の扉をノックする。

文香「……あら、加蓮さん。こんにちは」

加蓮「こんにちは、文香さん。えっと……鷺沢君は……」

文香「P君でしたら、一時間ほど前にまゆさんの所に……」

……嘘、でしょ?

まゆが言ってた事、本当だったの……?

文香「……あ……加蓮さん……っ!」

踵を返して、女子寮に向かった。

そこに、鷺沢はいないと信じて。

195 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 01:58:37.78 ID:HlPHoDGn0


まゆ「……そろそろ、来ると思っていましたよぉ」

女子寮に着くと、浴衣姿のまゆが一人で立ってた。

まゆ「そして、加蓮ちゃんが一人で来たって事は……ふふっ、そうですか。そうですよねぇ」

加蓮「……あ…………」

まゆ「Pさんは、もう加蓮ちゃんとの約束の場所に着いてる頃だと思いますよぉ。良かったですね、Pさんがきちんと約束を守ってくれて」

……そっか、そうだった。

いっその事、鷺沢がここにいてくれた方がよっぽど気が楽だった。

だって、いないって事は……私は…………

まゆ「結局、加蓮ちゃんはPさんの事を信頼してないんじゃないですかぁ。少なくとも、まゆや文香さんの言葉よりも、よっぽど」

加蓮「……なん、で……鷺沢は、まゆに会いに来てたの……?」

まゆ「加蓮ちゃんが悩んでいる事なんて、Pさんはとっくに気付いてました。なのに、加蓮ちゃんから何も相談して貰えなくて。それについて、まゆに相談しに来たんです」

鷺沢は……本気で、私の事を心配してくれてて……

なのに、私は……

まゆ「だから、教えてあげました。加蓮ちゃんは全然Pさんの事を信頼してない、って。相談して貰えないのはそういう事だ、って」

加蓮「ちが……私は……っ!」

まゆ「何が違うんですかぁ?」

最っ悪だ……

まゆが伝えちゃった事も、何も出来なかった私も。
196 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 01:59:05.34 ID:HlPHoDGn0


まゆ「加蓮ちゃんが本気で信頼していたなら、とっくに相談していた筈ですよねぇ?自分の事を好きでいてくれていると本気で信じていたなら、どんな事だって相談出来ていた筈ですよねぇ?」

加蓮「それだって、元はと言えばあんたが!」

まゆ「責任転嫁ですかぁ?それで加蓮ちゃんの気が済むなら好きなだけ、ご自由にどうぞ。それで何か結果が変わる訳ではありませんから」

分かってる。

事を最悪な方向に運ばれたのをまゆのせいにしても。

レールを敷いたのはまゆだったにしても。

それでもこの結果を進んだのは、私自身だって事を。

止まろうとすれば止まれた筈なのに。

留まろうと思えば留まれた筈なのに。

まゆ「……Pさん、すごくがっかりしてました。加蓮ちゃんが信頼してないと知って。だから、相談されてないと知って」

加蓮「……いや……私は、そういうつもりじゃ……」

まゆ「どれだけ否定しても……加蓮ちゃんが此処にいる事が、全ての答えなんじゃないですか?」

……結局、私は。

ぜんっぜん、信頼出来てなかったんじゃん。

まゆの言葉なんて全部無視して。

ただあの場所で待ってれば良かったのに。

鷺沢の事を信頼して。

ただ、約束を守ってくれると、そう信じてれば良かったのに。

まゆ「……雨、降って来そうですねぇ。さっさと帰ったらどうですかぁ?」

加蓮「……鷺沢が、待ってるから……」

まゆ「へぇ、きちんと信じてるんですねぇ。素敵な信頼関係だと思いますよ」

約束した、神社の鳥居に向かおうとする。

でも。

まゆ「それで、行ってどうするんですかぁ?また信じられなかったって、そう伝えて。またPさんを悲しませるんですか?」

まゆのその言葉が、私の足をコンクリートに打ち付けた。

……あぁ、そっか。

もう、会いに行くだけであいつを悲しませちゃうなんて。

まゆ「加蓮ちゃんは、Pさんを困らせる事に関してだけは上手ですからね」

加蓮「……」

まゆ「着く頃には雨が降ると思いますが……ああ、そうですね。雨に濡れていれば、優しいPさんなら心配してくれるかもしれませんねぇ」

加蓮「……私は……そんな事……」

まゆ「なら謝って、Pさんには早く家に帰ってもらうべきです。Pさんが風邪を引いたら……また、加蓮ちゃんのせいで苦しむ事になるんですから」

197 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 02:00:03.88 ID:HlPHoDGn0


P「……おっそい……」

デートなら約束の三十分過ぎまでには来て欲しかった。

なのに、未だに加蓮が鳥居に来る事はなく。

現在十七時四十五分、空はいい感じに暗い。今にも雨が降って来そうなくらいだ。

折り畳み傘を持って来て無いから、加蓮が来てもそのまま家まで送ってくしかないな。

っていうか連絡くらいくれてもいいんじゃないかなぁ!

恋人同士はホウレンソウが大事だって俺のエロ本にも書いてあっただろ。

いやほんと、せめて来れないならその旨のラインが欲しかった。

李衣菜「……あれ?Pじゃん」

智絵里「こんばんは、Pくん」

美穂「加蓮ちゃんと待ち合わせですか?」

振り返ると、李衣菜・美穂・智絵里ちゃんがこっちへ歩いて来ていた。

浴衣姿めっちゃ可愛い、良い。

P「ん、よう。まぁそんなとこ。そっちは?」

李衣菜「私達はもう帰るとこ。もう雨降って来そうだし、まだ明日明後日もあるから今日は解散しよっかなって」

美穂「加蓮ちゃん来ても、雨降ってすぐ帰る事になっちゃいそうですね」

P「なんだけど、連絡無いんだよな……さっき『まだかー?』って送ったけど、既読すら付かないんだ」

智絵里「……かわいそう」

どストレート過ぎて逆に辛い。

ピロンッ

P「……お、ようやく返信来た」

それと同時。

ポツリ、ポツリと雨が降り出した。

李衣菜「あー、降って来ちゃったね」

美穂「それじゃ、わたし達は帰りましょうか」

智絵里「また明日ね……Pくん」

美穂と智絵里ちゃんが帰って行った。

……李衣菜は帰らないのか?

李衣菜「で、なんて連絡来たの?」

P「んっと……『遅くなってごめん。もう帰ってるよね』だって。ってか李衣菜は帰らなくていいのか?」

李衣菜「ちょっと気になってね」

『まだ居るけど、そろそろ帰ろうかと思ってたとこ。雨降って来たし、デートは明日でいいか?』


198 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 02:00:29.11 ID:HlPHoDGn0


『ごめん、私もう鷺沢に会いたくない』

P「はぁぁぁぁぁぁ?!」

思わず叫んだ。

周りの人が一瞬こっちを向くけど、そんなの知ったこっちゃない。

会話の流れいきなり過ぎるんじゃないだろうか。

俺が変な事言ってたか確認しようとしたが、画面が濡れて上手くスクロール出来ない。

……いや言ってない、デート誘っただけだ。

李衣菜「びっくりした……どうしたの?P」

P「ちょっと加蓮の家行って来る!」

李衣菜「え、何があったの?!」

P「ライン来たんだよ!」

李衣菜「そんなの見れば分かるんだけど」

P「味噌田楽に串通された気分だ」

李衣菜「いや、全く分からないんだけど」

P「兎に角、会って話してくる」

まずは、会って話す。

何があったのか分からないままお別れなんてたまったもんじゃない。

雨に打たれるのも構わず、俺は加蓮の家に向かって走りだした。

199 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 02:02:01.78 ID:HlPHoDGn0


ピンポーン。

インターホンを鳴らしてみる。

反応は無い。誰もいないんだろうか。

P「おーい、加蓮!」

ラインを飛ばしながら、もう一度インターホンを鳴らす。

これ、もしご両親だけが在宅だったら普通に迷惑行為だな。

もう雨でびっちゃびちゃだし。

まぁ今の俺になりふり構ってる余裕なんて無いんだが。

ラインに既読は付いているが、もしかしたら起動したまま放置しているのかもしれない。

更に通話を掛けつつ、もう一度インターホンを鳴らす。

P「おーい!かれーーん!!居るんだろ?!!」

居ないかもしれないけど、取り敢えず叫ぶ。

それと同時、二階の窓が開いた。

加蓮「うっさい!近所迷惑だから!!」

よかった、一応声は聞けて。

だが、加蓮は此方に姿を見せてはくれなかった。

P「大丈夫大丈夫!雨降ってて聞こえないよ多分!」

加蓮「さっさと帰って!迷惑だってば!!」

P「今日は帰りたく無いって言ったら!家入れてくれたりしないかな?!」

加蓮「ふざけないで!」

P「ごめん!流石にふざけ過ぎたと思う!」

加蓮「ほんと、帰ってよ……お願いだから……もう、アンタに会いたくない……!」

そうは言われても、こっちだって言いたい事はあるんだよ。

これでも少し怒ってたりするんだぞ?

P「四十五分待ちぼうけ食らった俺に一言どうぞ!」

加蓮「……っ、ごめん……もう、帰ってよ……っ!」

……尚更、素直に帰る訳にはいかなくなった。

P「……泣いてる加蓮にそう言われてさ!素直に帰れるはず無いだろ!!」

加蓮「……うるさい!帰って!帰ってよ!!」

バンッ!と窓が閉められてしまった。

ライン飛ばしまくろうとしたが、雨に濡れて入力すら覚束ない。

それから一時間くらい待ってみたが、もうその窓が開く事はなく。

結局俺は、濡れ鼠になって帰路に着いた。

200 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 02:02:29.30 ID:HlPHoDGn0


文香「……お帰りなさい、P君。どこで着衣水泳をして来たんですか?」

P「……加蓮の家の前」

文香「その状態で家にあげてくれる人はいないと思いますが……」

P「だよなぁ……雨に打たれてたのに頭冷えてくれなくてさ」

文香「ふふっ、そうですか……熱いシャワーを浴びて、身体を温めて下さいね。風邪を引いては大変ですから」

P「……そうする。ありがと、姉さん」

シャワーを浴びて、気持ちを落ち着ける。

あれから一切、加蓮から連絡は無い。

部屋に戻った俺を出迎えてくれたのは、びしゃびしゃになった窓際の本やプリント達だった。

P「……窓閉めてくの忘れてた……」

加蓮の事を考えながら、掃除をして。

いつの間にか、俺は意識を失っていた。


201 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 02:03:35.08 ID:HlPHoDGn0



P「……ん?」

目を覚ますと、知ってる天井だった。

というか自分の部屋の、何時も寝起きに見てる光景だけど。

昨日俺は、きちんと自分のベッドで寝たっけ……?

文香「……あ、おはようございます、P君」

P「姉さん……?ん?んん?」

起き上がろうとして、思った以上に重い身体に驚いた。

文香「風邪を引いてしまったみたいですね……昨夜部屋を覗いたら、床で寝てしまっていたので……」

P「まじか……運んでくれてくれてありがと、姉さん」

文香「いえ、気にしないでください。私としても、P君が風邪を引いてとても驚きましたが……」

それは一体どういう意味なんだろう。

文香「……熱自体は高くありませんが……今日一日は、家でゆっくりして下さいね……?」

P「……いや、加蓮とデートの約束が……」

文香「ゆっくり、休んで下さいね?」

部屋を出て行く文香姉さんの目は、全く笑っていなかった。

はい、休みます。看病してもらった身ですから、はい。

あとそういえば、あれから全く連絡来てないままなんだよな……

……凹むな、流石に。

ピロンッ

P「おっ?!」

ついに加蓮が連絡してくれたのか?

『おはよーP。今日はお祭りに来るの?』

P「李衣菜かぁ……」

李衣菜に聞かれたらブン殴られそうだ。

『いや、体調崩したから今日は家で寝てるわ』

『え、Pって体調崩すの?』

『おっけー、お前が俺をどう思ってるかよく分かった』

『で、結局加蓮ちゃんとはどうなったの?』

『どうにもならなかった』

『まぁいいや、明日までに体調治るといいね』

まぁいいや、で流された。

『それじゃ、お大事に』

『おう、楽しんでこい』

スマホを消す。それと同時、また強い眠気が襲って来た。

次起きた時、加蓮から連絡が来るといいな……


202 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 02:04:16.36 ID:HlPHoDGn0


P「……うぁー……」

暑さを感じて目を覚ます。身体中かなり汗をかいていた。

弱めの冷房を上回る身体の熱さが心地悪い。

シャワーでも浴びようか……と身体を起こそうとして、額に乗せられていた濡れタオルが目にかかった。

文香姉さんがやってくれたのかな、そこまで心配しなくていいのに……

加蓮「……あ、起きた……?」

P「……え、加蓮?」

連絡どころか本人が来ていた。

……なるほど、まだ夢の中なんだな?

加蓮「ほらそんなアホな顔してないで、シャツだけでも着替えたら?汗凄いんじゃない?」

P「……加蓮、どうして……」

加蓮「李衣菜から『Pが体調崩したって』ってだけ連絡が来てね。一人じゃしんどいだろうなーって思って来てあげた訳」

完全に文香さんの事頭から抜けてたね、と笑う加蓮。

P「そっか……ありがと、加蓮」

でも、そんな事よりも。

加蓮に会えただけで、もう他の事なんてどうでもよくなった。

いや、どうでもよくはない。

P「……さて加蓮、俺は珍しく怒ってるんだぞ」

加蓮「……っ!……ごめんなさい……迷惑だったよね。もう、来ないから……」

急に、泣きそうな表情になる加蓮。

加蓮「これで、最後だから……お願いだから、今だけは何も言わないで……」

だが、此処で言わないと。

今後もまた、こういう事になってしまうかもしれないから。

P「遅れる時は連絡してくれ。恋人同士の報・連・相は大事だって前に煽り文読んだ時も言っただろ?」

加蓮「……え……えっと、ちょっと斜め上過ぎてアレなんだけど」

P「十五分なら気にならない、三十分も許そう。だが四十五分、四十五分だ。連絡一切無しに待たされるとかめちゃくちゃ心配したからな?」

加蓮「……ごめん……それは、その……」

P「何があったのか……お願いだから、聞かせてくれ。それが出来ないなら……」

加蓮「……出来ないなら…………?」

……どうしよう。特に何も考えてなかった。

P「……お気に入りの本のプレイ全部する。加蓮がくたびれても全部だ」

加蓮「……え、それは普通にやだ」

P「なら話してくれ。どんな内容だったとしても……加蓮が悩んでるのに何も出来ないってのは、もう嫌なんだよ」

加蓮「……ふぅー……えっと、鷺沢」

P「なんだ?」

加蓮「これから私、とってもアンタを傷付けちゃうと思う……それでも、最後まで聞いてくれる?」

P「もちろん。それで加蓮が話してくれるなら」

加蓮「……えっと、ね。まゆから聞いたかもしれないけど……」
203 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 02:05:06.78 ID:HlPHoDGn0


それから、加蓮は全てをありのまま話してくれた。

まゆから言われた事。信頼してる?という問いに対して即答出来なかった事。

誰でも良かったんじゃない?という問いに否定する言葉が出てこなかった事。

昨日、約束の場所で待つ事が出来なかった事。

何をしても、俺の迷惑にしかならないという事。

……まゆ、あいつかなりトリミングして話してたな。

加蓮「それで昨日、なかなか行けないって連絡出来なかったのは……私が連絡しなくても、鷺沢に帰ってて欲しかったから」

P「……その方が、気が楽だからか?」

加蓮「……っ、ごめん……っ!私、ほんとに自分の事しか考えてないね……」

P「まぁ残念ながら俺はずっと待ってたんだけどな!四十五分待たされてたんだけどな!!」

加蓮「ごめん……ほんとにっ、ごめんなさい……っ!」

涙目になりながら謝る加蓮。

……まずい、このままだと四十五分待ちぼうけさせられてキレて恋人泣かせてる男になってしまう。

P「……でも、うん。話してくれてありがとう。そりゃ相談し辛いよな……俺も無神経に突っ込み過ぎたかもしれない」

加蓮「ううん、鷺沢は悪くないから……悪いのは全部、なんにも出来なかった私の方で……」

P「確かにそうかもしれない」

加蓮「うっ……うぅ……っうぁ……」

P「ごめんごめんごめんごめん!流石に冗談だって!」

加蓮「でも……っ、鷺沢が体調崩したって聞いて、それって私のせいで……あんな事言っちゃった後なのに……それでも、居ても立っても居られなくって……っ!」

P「それは……ありがとう。ほんと助かるよ、体調悪い時って心もしんどくなるからな。加蓮が来てくれてかなり楽になった感じがする」

加蓮「うん……体調悪い時のしんどさは、私もよく知ってるから……最後に何か、一つでいいから……鷺沢にしてあげられる事があるならって……勇気を振り絞って、追い返されるの覚悟で来たの……」

P「追い返す訳ないだろ……約束したからな、ずっと一緒にいるって」

軽く、加蓮の手を握る。

……お互い、汗凄いな。加蓮も言葉以上に悩んで、緊張してたんだろう。

P「……誰でも良かった、ねぇ……ズルいなぁそれって。ぜってぇ言い返せないじゃん」

加蓮「……そうなの?」

P「なぁ、加蓮。お前母親の事なんて呼んでる?」

加蓮「……お母さんだけど……」

P「でもそれって、その人が自分を産んでくれたからだろ?じゃあもし他の女性が加蓮を産んでくれたら、その人をなんて呼んだ?」

加蓮「それは勿論、お母さんだけど……」

P「ほら、それだって『誰でも良かった』だろ?自分を産んでくれた人がお母さんなら、それは自分を産んでくれさえすれば誰でも良かった事になる」

加蓮「……でも、私のお母さんはあの人しかいなくて……」

P「うん、だからそれは恋人だって同じ事だろ、って」

加蓮「……ほんとだ。そんなの、何か言い返せる訳ないじゃん」

204 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 02:06:10.35 ID:HlPHoDGn0


P「それにさ。自惚れかもしれないけど……加蓮に愛想尽かさず最後まで学校案内して、友達になって、アホな会話して、恋人になって、キスして……それが出来たなら誰でも良いって……そんなの俺しかいる訳ないだろ!」

加蓮「……そんなの、分かんないじゃん……」

P「お前が言ったんだぞ。私にはPしかいないから、って」

加蓮「……よく覚えてるね」

P「あとな?俺からしてもそうだよ。めんどくさくて、重くて、可愛くて、一緒にアホな会話出来て、恋人になって、キスして……その条件なら誰でも良い?ふざけんな、そんなの加蓮しかいないんだよ!」

加蓮「……珍しいね、アンタが怒ってるの」

P「うるさい、半分以上照れ隠しだ」

加蓮「……でも、私はアンタを信頼し切れなかった。それに関して、何も言い返せなかったし、待てなかったし……」

P「でも、今こうやって話してくれてだろ?それは諦めがあって、最後だからって話してくれたのかもしれないけど……そんなのさ、これからでいいだろ」

加蓮「これからで……?」

P「多分……いや、間違いなく俺の言動に問題があったんだ。加蓮が信頼し切るには至らないような振る舞いをしてたかもしれない。それに関しては俺が悪かった。本当にごめん」

加蓮「……ううん、鷺沢は悪くない」

P「うん、全面的には悪くない」

加蓮「は?」
205 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 02:06:44.25 ID:HlPHoDGn0


P「だから、言ってくれ!加蓮がもう全面的に、こいつなら信頼して大丈夫って言い切れるように俺も直していくから。加蓮が不安なところがあったら、細かくたって全部教えてくれ!」

加蓮「……めんどくさい、って思わない?」

P「最初の時点で覚悟はしてる」

加蓮「……鷺沢、上げて落とすの上手いよね」

P「……それも直してくよ。だから、これからゆっくりになるかもしれないけど、加蓮最優先で俺も頑張るから……全部、言葉にして教えてくれ」

加蓮「……でも、アンタには美穂との約束があるんでしょ?」

P「本当にどうしようもなくなったら、優先すべき事なんて最初から決まってるんだよ」

加蓮「……それは?ちゃんと言葉にして。言ってくれないと分からないよ?」

……いつもの調子が戻って来たな。

うん、良かった。本当に良かった。

P「誰よりも加蓮優先だって。まぁ、その上で美穂との約束も守れるようにはしたいけど」

加蓮「……ありがと、鷺沢……ほんとに……」

P「泣くな。水分が勿体無いぞ」

加蓮「……はぁ。落ち着いたら色々と腹が立ってきた。まゆにも、アンタにも……自分にも」

P「……で。他に、不安な事は?」

加蓮「……もう、無いかな」

P「なら良かった。まだ加蓮に服選んで貰ってないしな」

加蓮「……あ」

P「なんだ?」

加蓮「……デート、明日は必ず行きたいから。体調、ちゃんと治してね」

P「おう、任せろ」

加蓮「それじゃ、鷺沢が早く寝れる様に私が読み聞かせでもしてあげる」

P「お、この俺に読み聞かせだと?本屋の息子だぞ、それなりの実力が必要になるけど?」

加蓮「何キャラなの鷺沢……ま、いいや。文香さんからこれ借りてきたし」

そう言って加蓮が取り出したのは……お伽話だった。

きっと誰もが一度は読んだ事のある、加蓮も何度もページを捲ったであろうお話。

聞いてて心地よい声が部屋に広がり。

気付かないうちに、俺はまた眠りに落ちていた。

206 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 02:07:12.47 ID:HlPHoDGn0



……さて、と。

目が覚めた時には、もう十六時を回っていた。

加蓮は布団に突っ伏して眠っている。

ずっと、俺の看病をしてくれてた様だ。

そんな加蓮の頭を撫で、ゆっくりと布団を抜ける。

『まゆ、この後時間あるか?』

既読が一瞬で付いた。

けれど、返信はまゆにしては少し遅い。

『分かりました』

簡潔に、その六文字。

それでもう全部、伝わってるのかもしれないけど。

それでもやっぱり、俺から全てを言葉にしないと。

言い切らなかったから、加蓮を傷付けた。

楽な方にと甘えていたから、加蓮を悩ませた。

なら、俺が今するべき事は決まっていて。

『すぐ帰るから』と加蓮に書き置きをして、家を出る。

夏の夕空は、真っ赤に染まっていた。

207 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 02:07:54.23 ID:HlPHoDGn0

まゆ「……こんばんは、Pさん」

昨日と同じで、まゆは浴衣を来て寮の前に立っていた。

P「よ、まゆ。悪かったな」

まゆ「いえ、大丈夫……とは、言えませんねぇ」

言葉の裏に隠した意味は、きっとお互い伝わっている。

でも、それを表にしないと、表に出さないと。

伝わらない事の方が多いから。伝わらない想いの方が大きいから。

P「……この後、夏祭りか?」

まゆ「はい。Pさんも良ければご一緒しませんか?」

P「……出来ないな。直ぐ帰らなきゃいけないし」

まゆ「……そうですか」

P「……なぁ、まゆ」

まゆ「Pさんから連絡があった時点で……もう、分かってます」

俺の言葉を遮ろうとするまゆ。

実際、全部分かってはいるんだろうが。

……そう言えば、加蓮と付き合い始めた翌日もそうだった。

俺は一切、まゆに自分の気持ちを言えて無かったんだ。

P「……何があっても、俺は加蓮の事が好きなんだ。だから……絶対、まゆと付き合う事は出来ない」

まゆ「……出会って数日の女の子と付き合って……Pさんは、本当に加蓮ちゃんの事が好きだったんですか?」

P「なぁまゆ。まゆって朝パン派?ご飯派?」

まゆ「……?ご飯ですけど……」

P「前も言ったけど、俺パン派なんだよ。まぁそれも、朝炊いてる時間が無かったからなんだけどさ」

まゆ「それが、どうかしたんですか?」

P「ずっとパン食べて、パンが好きになったんだ。もし最初からご飯を炊いてたら、どっちが好きになってたか分からないけど……恋愛も、そうなんじゃないかな」

まゆ「……Pさん、例え話下手ですね」

P「正直、付き合った時点で加蓮の事が今と同じくらい好きだったか?って聞かれれば、多分違う。でもさ、それからずっと付き合ってきて……今ではもう誰よりも加蓮の事が好きなんだ」

まゆ「……もし、まゆと付き合っていたら?」

P「そんな事、分かる訳ないんだ。付き合ってないんだから」

まゆ「……」

208 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 02:08:34.12 ID:HlPHoDGn0


P「でも今なら、加蓮の事が大好きだって事だけは断言出来る。積み重ねたから。ずっと好きでいたし、ずっと一緒に居たから」

まゆ「……加蓮ちゃんに、その気持ちを……その覚悟を、裏切られる事があってもですか?」

P「……辛い時もあるさ。でも、それくらいで想いのベクトルの向きが変わる程、俺の気持ちは弱くないんだよ」

まゆ「……よく、覚えてますね……覚えていて欲しかった事は、覚えていないのに」

悲しそうに、それでも微笑むまゆ。

P「……まゆは、強いな。俺の前では、いつも笑ってる」

酷い事をしてしまっていたのに。酷い事を言っているのに。

加蓮と俺が仲良くしている時だって、きっと悔しかった筈なのに。

まゆ「……その方が可愛い、って。昔、誰かさんが言ってくれましたから」

目に涙を浮かべながらも、それでも。

絶対に譲れないと言うかの様に、笑顔でい続けるまゆ。

まゆ「……まゆは、ちゃんと振られたかったのかもしれません。Pさんから、加蓮ちゃんから。しっかりとした言葉で想いをぶつけて諦めさせて欲しかったのかもしれません」

P「……ごめん、ずっと苦しめて」

まゆ「Pさんの言葉を遮って、往生際悪く縋っていたのはまゆの方ですから。でも、加蓮ちゃんは違いました」

まゆ「……意地悪な事を言っていたとは思います。絶対に言い返せない言葉で、加蓮ちゃんを追い詰めていたとは思います。でも……そんなの、突っぱねて欲しかったんです」

まゆ「『それでも、鷺沢の事が好きだから!』って。『まゆの言葉なんて知ったこっちゃない!』って。そう、全部突っぱねて欲しかった」

まゆ「そのくらい強い好意で、そのくらい強い想いだったら……いえ、それでもまゆは諦めなかったとは思いますけど」

まゆ「……だって、許せる訳がないんです。まゆがずっと大好きだった人を、ぽっと出の女の子に横取りされて……なのに、その人への想いが揺らいでるなんて……」

まゆ「……まゆだったら、絶対にそんな事は無いのに……まゆだったら、絶対にPさんの事を……なのに、なんで……私じゃないんだろう、って……」

P「……でも、もう加蓮は」

まゆ「はい。Pさんが此処に来たって事は……まゆと話をしようとしたって事は。加蓮ちゃんは、ちゃんと相談したんですね」

まゆ「相談すれば、それで済む話だったんです。誰かに話せば、それで全部解決出来る問題だったんです。なのに、加蓮ちゃんは……それが、余計に悔しくて」

まゆ「Pさんにきちんと相談して欲しかった。でも、されちゃったらまゆは……そんな風にしたのは、全部まゆですが」

まゆ「…………ふぅ。さて、Pさん。帰らなくて良いんですか?加蓮ちゃんが待ってるんじゃないですか?」

P「……あぁ。そうだな」

まゆ「これから少し、まゆはPさんには見せたくない表情をしてしまうと思いますから……」

P「……それじゃ、また」

まゆ「……はい。明日のお祭りには、きっといつものまゆに……」

これ以上、辛そうなまゆを見たく無い。

そう思って、道を引き返そうとした時だった。

209 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 02:10:13.27 ID:HlPHoDGn0



加蓮「させる訳無いじゃん!」

P「えっ、加蓮?!」

まゆ「加蓮ちゃん?!」

息を切らした加蓮が、肩を上下させて立っていた。

なんで此処に居るって分かったんだろう……

加蓮「鷺沢、謝罪」

あぁ、この感覚。

本当に、久し振りな気がするなぁ。

P「……はい、家で休んでなくてすみませんでした」

加蓮「よし、許す。次……ねぇ、まゆ」

まゆ「……なんですかぁ?加蓮ちゃん」

加蓮「悪いけど……ううん、悪く無い。私は鷺沢が好き。大っ好き。他の誰になんて言われても、私の想いは変わらない。それが例え鷺沢からだったとしても……私はPを愛してる」

まゆ「熱烈な告白ですねぇ。追い討ちを掛けに来たんですかぁ?」

ため息をつきながら、苦笑いするまゆ。

俺の居ない所だと、こんな会話だったのか。

加蓮「まゆに対して、私は正面から向き合ってこなかったから。それは……本当にごめん」

まゆ「……今更過ぎますよ」

加蓮「さて……それでさ、まゆ。私、アンタの気持ち聞いてない」

まゆ「……言う必要があるんですか?もう加蓮ちゃんの勝ちは決まってるんですよ?」

加蓮「ちゃんと振られたいんでしょ?なら……ちゃんと告白しなよ!気持ち伝えたの?言葉にして鷺沢に伝えたの?!それでしっかりと断られたの?!自分だけ本音を言わずに傷付きたくないなんて、そんなの許せないよ。私の恋人に……そんな態度なんて」

まゆ「……はぁ。加蓮ちゃんに対して、色々と言い過ぎたツケが回ってきましたね」

加蓮「そりゃ怒ってるに決まってるじゃん。悪いことしてたなとも思ったけど、それはそれ。随分と言われたい放題だったからね」

まゆ「……Pさんは、帰らなくて良いんですか?」

加蓮「逃げんな!まゆ!!」

P「俺は……」

正直帰りたい。

けれど、ここできちんとまゆの言葉を受け止めないと。

これから絶対、みんなが後悔する。

P「……聞くよ、まゆの気持ち」

まゆ「まゆの、気持ちですか……」

P「……まゆ。真っ正面から、ちゃんと振るから」

まゆ「……苦しいですね。振られると分かっている告白は」

すぅ……と、深呼吸して。

一旦目を閉じてから、まゆは口を開いた。

210 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 02:10:44.83 ID:HlPHoDGn0


まゆ「……Pさん、まゆは……」

虫の鳴き声が響く夕方。

遠くから祭りの喧騒が響いてくる街で。

俺は、まゆの言葉だけに耳を向けた。

まゆ「……Pさんの事が大好きです。道でぶつかったあの日から、ずっと。だから……お願いだから……お願いだから…………っ!」

大きく、息を吸い込んで。

まゆ「……まゆと!付き合って下さい……!」

俺はようやく、まゆの本音を聞けた。

……あぁ、これで。

俺も、加蓮も、まゆも。

この言葉で、全部を終わらせられる。

P「俺は、加蓮の事が大好きだ。だから、まゆの気持ちに応える事は出来ない」

まゆ「……っ……そう、ですか……その想いを、まゆに向けてくれたら良かったのに……っ!」

沈黙なんて訪れなかった。

虫の鳴き声が、祭りの喧騒が。

そして、まゆの想いが零れる音が。

途切れる事無く、街に響いた。

加蓮「……さ。帰ろ、鷺沢。これ以上私達が此処に居る必要は無いから」

P「……あぁ。帰るか、加蓮」

二人並んで、来た道を戻る。

一切、後ろを振り返る事無く。

加蓮「……怖かったけど……ちょっと勇気出してみたんだ。手、握ってくれる?」

P「もちろん」

加蓮の手を握る。お互い、少し震えていた。

加蓮「……まったく、何処行くかくらい書いといてよ」

P「……加蓮なら分かってくれるかなって」

加蓮「言葉にしなきゃ。でしょ?もちろん全部お見通しだけどね」

P「……でも、信じてくれたんだな」

加蓮「うん。信じる事は、もう怖くないから。Pが教えてくれたんだよ?」

既に震えは止まっている。

今はもう手だけじゃなくて、心も重なっていて。

こうして俺たちの恋愛小説みたいな夏は、ようやく始まりを迎える事が出来た。


211 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 02:11:51.82 ID:HlPHoDGn0


加蓮「で!なんでまゆが居るの?!」

夏祭り最終日。

約束場所の鳥居に来た加蓮の第一声は、まぁそんな感じだった。

P「……よう、加蓮」

まゆ「こんばんは、加蓮ちゃん。遅かったですねぇ」

加蓮「鷺沢、弁解の余地あげる」

P「加蓮待ってたら気付いたら居ました」

まゆ「ふふっ、Pさんの姿を見つけたので」

そりゃまぁ、祭り来たら絶対この鳥居通るからなぁ。

加蓮「二人だけでデートの予定でしょ?!」

李衣菜「お、P来れたんだ。体調治ったの?」

美穂「こんばんは、Pくん」

智絵里「あ……Pくん、りんご飴食べますか?」

まゆと約束していた三人もやって来た。

既に両手に大量の戦利品を抱えている。

加蓮「増えたし!」

P「テンション高いなぁ……」

まゆ「よくよく考えなくても、まゆが諦める訳が無いじゃないですかぁ」

加蓮「諦めてよ。え、あの流れでまだ諦めないの?!」

まゆ「ふふっ……まゆの想いは、たった数回の失恋程度でベクトルの向きが変わる程、弱くはありませんから」

加蓮「ねぇ鷺沢、どうやってへし折る?」

P「もうマイナス掛けて正反対向けるしかないなぁ」

加蓮「それ私の方に向かない?!」

まゆ「……はぁ。そんなに呻いて、またPさんに迷惑掛けるんじゃないですか?」

加蓮「残念、Pはめんどくさい女が好きなMだから」

P「いやそれは違うからな?加蓮だから好きなんだぞ?」

加蓮「……ふふふっ……そっか、そうだよね。鷺沢は私だから好きなんだもんね?」

まゆ「此処にいると砂糖漬けでまゆ飴にされそうですねぇ」

加蓮「はい散った散った。塩撒くよ塩」

まゆ「そう言いながら砂糖を撒かないで下さい……さ、みんなで周りませんか?」

加蓮「だから鷺沢と私は二人きりで遊ぶんだって!」

李衣菜「おーい加蓮ちゃん、こっちにトルネードポテトあるよ」

加蓮「行く!今すぐ行くから!」

美穂「残り二本が売り切れたら、次は十分くらい待つ事になるそうです」

加蓮「何してんの鷺沢!早く行くよ!!」
212 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 02:12:18.61 ID:HlPHoDGn0


加蓮に手を引かれて、祭りの喧騒に飛び込む。

こんな風に、加蓮に振り回される日々をずっと続けていきたい。

それは絶対、加蓮も同じで。

加蓮「ねぇ後一本しかないじゃん!」

P「……俺の分はいいから、加蓮食べなよ」

加蓮「何言ってんの?半分こするよ、はい、鷺沢の分」

加蓮がこちらにポテトを向ける。

それと同時、打ち上げ花火が上がった。

加蓮「あ、もう上がっちゃったね」

P「ポテトが?」

加蓮「花火に決まってるじゃん!」

空に咲く大輪の花を背景に、振り返る加蓮。

加蓮「……ねえ、鷺沢!」

P「なんだ?」

その加蓮の笑顔は。

花火よりも、綺麗に輝いていた。

加蓮「これからもずっと……うん、永遠に!一緒にいようね!」





加蓮√ 〜Fin〜


213 : ◆TDuorh6/aM [saga]:2018/01/20(土) 02:12:45.88 ID:HlPHoDGn0

以上です
お付き合い、ありがとうございました
214 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/20(土) 02:30:19.09 ID:E5bU9/Uj0
素晴らしかった
なぜか知らないけどまゆは世界ループしてるかあるいは世界を外側から見てる人間に思えてしまった……
おつ
215 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/20(土) 06:06:31.46 ID:+Vkk4HUzO
よきかな
216 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/20(土) 07:27:58.94 ID:ji2AP6z00
めっちゃ良かった

他ルートも期待してるで
特にまゆのリボン関連
217 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/20(土) 18:57:39.41 ID:LVYtb7OVO
乙カーレ
まゆスキーの立場的にはぜひ他のルートも見たい
218 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/21(日) 20:50:22.17 ID:ve0H4Nauo

ほかルートも是非
219 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/21(日) 21:47:53.25 ID:RB/Uvxvv0
今投稿してるから探してみたらいいんじゃないかな
220 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/22(月) 01:11:20.03 ID:RJcTKrJ80
はー、面白かった。加蓮かわいー!
今こっひ√あげてくれてるみたいだから全員分あるのかな?
めっちゃ期待
221 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/23(火) 02:56:33.77 ID:ZOjuVO76o
>>1は長編も書けたのか…
にしてもめちゃくちゃ面白いな
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