【ガルパン】まほチョビの土日。

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105 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 08:40:45.47 ID:tFR3WIer0
>>104
ありがとうございます…?
106 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage ]:2018/01/08(月) 09:09:48.26 ID:aBjQ/UUs0
おつ
エリカは音ゲーマーだったか…
107 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 12:14:28.89 ID:tFR3WIer0
>>106
どちらかと言うとV系好きのイメージで書きましたが、そういえば音ゲーの曲でしたね…
108 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 12:15:44.84 ID:tFR3WIer0

【朱の盆】

【まほ】

 ダージリンから受け取った『絹』と、外に干していたその他諸々のデリケートな布切れを室内に干し直す。

「お客さん、誰だったー」

 サンドイッチを作りながら、千代美の問う声がする。ダージリンが珍しく気を利かせて玄関先で用を済ませたものだから、千代美は客が誰だったのかまだ知らない。
 さて、まずいぞ。何と答えよう。正直にダージリンが来たと言えば芋蔓式に真実を説明しなくてはならない。
 奴め、まさかそれを狙って玄関先で帰ったのだろうか。
109 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 12:16:29.65 ID:tFR3WIer0

「んん」

 つい癖で声を出し、しまったと思った。千代美は何故か私の『んん』のニュアンスから、今の心境をかなり正確に読み取ってくる。
 普段ならただただ有り難いのだが、これは隠し事が出来ない側面も持つ。

 案の定。

「なんか隠してるなあ」

 火の音が止まり、軽く手を洗う水音がして、声が移動した。千代美がサンドイッチを作る手を止めこちらに向かってきているのだ。
110 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 12:17:22.13 ID:tFR3WIer0

「あれー、まほ、さっき『全部干した』って言ってたよなあ」

 彼女の声が背後まで迫ってきた。彼女の息が首筋に掛かる。ああ、もう駄目だ。

「なーんで今さら下着を干してるのか、なっ」
「うひゃあ」

 脇腹をがしっと掴まれ、変な声が出た。
 や、やめろ、千代美。ああ、あっ、そ、そこは、弱、弱いからあっ。

「知ってるよー」
「ひっ、へ、え、げほっ」

 攻撃の手を緩めない千代美。まずい、妙なスイッチが入っている。
111 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 12:18:14.26 ID:tFR3WIer0

「ダ、ダー、だあっ、ジ」
「んー、何かなあ、何を言おうとしてるのかなー」
「ちょっ、もっ、漏れっ」

 そこまで言って、流石に手を離してもらえた。くたりとその場に頽れる。
 危なかった、いや、少し漏れたか。漏れちゃったかも知れない。
 トイレに駆け込み、確認作業。

 大丈夫だった。

「ご、ごめん、つい楽しくなっちゃって」
「いや、うん、大丈夫」

 悪いのは隠そうとした私だ。結局、包み隠さず説明をする羽目になった。
112 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 12:19:15.57 ID:tFR3WIer0

 客がダージリンだったこと。
 こちらの洗濯物が飛んできたから返しに来た、というのがダージリンの用件だったこと。
 その洗濯物が『絹』だったこと。
 こういう布は室内に干した方が良いんじゃないかしらとアドバイスされたこと。
 気を遣ったダージリンが、玄関先で帰ったこと。
 そういう経緯があって、いま改めて下着を室内に干し直していること。

 話すうち、千代美の顔はみるみる赤くなってゆく。まあ、無理もない。だってこれ、千代美がさあ。

「わーっ、わーっ」

 あっ、ごめんなさい、本当ごめんなさい。

 あは、あははは、は、ああっ。

 あああっ。

【まほ・おわり】
113 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 12:19:58.38 ID:tFR3WIer0
後半へ続く
114 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 15:53:40.62 ID:tFR3WIer0

【千代美】

 朝ごはんは食べた。二度目の洗濯物干しも終えたし、サンドイッチも出来た。さっきまでぐったりしていたまほも、まあ、回復した。
 さあ、着替えてお化粧をして出発。

 寝室の鏡台に向かっていると、まほの顔が横から割り込んできた。

「千代美は可愛いなあ」
「な、なんだよ急に」

 ドキッとした。急に何を言い出すんだ、もう。
 割り込んできた姿勢のまま、まほが言う。
115 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 15:54:23.10 ID:tFR3WIer0

「いや、私は化粧っ気というものが無いからな」

 なんだ、そういう事か。
 確かにまほは、全く化粧をしない訳じゃないけれど、私ほど時間を掛けない。だからそのぶん私より支度が早く済むので、一緒に出掛ける時はこうやって待たせてしまう。

「ごめんなー、暇だろ」
「いや、ゆっくりでいい」

 これに関しては、まほは待つことが習慣になっているから苦にならないんだろうけど、私の方は待たせてしまっているという意識があるから少し焦る。
 だからまほの気遣いが有り難い。
116 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 15:55:25.79 ID:tFR3WIer0
 
「千代美の変身を見るのは楽しい」
「あはは、変身か」

 それこそまほじゃないけど、家事をやってる時は私だって化粧っ気が無いからな。よそ行きの顔になるのは、確かに変身だ。

「折角のデートだから気合い入れてるんだぞー」

 冗談めかして言ってるけれど、本当の事だ。まほの隣は、可愛くして歩きたいという乙女心。
117 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 15:56:39.33 ID:tFR3WIer0

 対して、まほは何も言わない。『んん』すら無いのは妙だなと思って、ちらりと横に目を遣ると、まほが俯いていた。
 髪で顔が隠れて見えないので、どうしたんだろうと覗き込むと、見事に真っ赤になっている。
 驚いて、熱でもあるのかと声を掛けた。

「おい、大丈夫か」
「い、いや、本当に可愛いなと思って」
「んなっ」

 どうやら『デート』という単語が思いのほかヒットしたらしい。
 こっちまで赤くなってしまった。化粧にならないからあっちへ行ってろと、まほを追い払う。
 全く、変なところでうぶなやつ。

 それ以上の事、平気でしてくる癖に。

 昨日のお風呂での事を思い出す。
 そのせいで、一人でまた真っ赤になってしまった。

 お化粧、もうちょっと掛かりそうだな。

【千代美・おわり】

【朱の盆・おわり】
118 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 15:57:53.23 ID:tFR3WIer0
おわり
119 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 22:48:10.98 ID:tFR3WIer0
もう一丁
120 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 22:53:35.12 ID:tFR3WIer0

【まほ】

 いつもより少しだけ長い千代美の化粧が終わり、いざ出発。

 昨日の雪はすっかり止み、外は晴天。若干ながら積もったようだが陽射しがほとんどの雪を溶かしてしまっている。陰に少しだけ残っているのが確認できる程度か。
 凍結という程でもなさそうだが気を付けないといけない。

「えへへ、まほとお出掛け」

 意味も無くぱたぱたと小走りになる千代美の腕をぐいと引っ張り、手を握った。
 転ぶぞ、と釘を刺す。
121 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 22:54:33.42 ID:tFR3WIer0

 千代美は一瞬だけ驚いたような顔をして、そのあと、にへらと笑った。

「何だ」
「まほ、優しい」

 憮然としてうるさいなと突っぱねたが、千代美には通じない。彼女は変わらず笑顔のまま言う。

「手を繋ぐのが自然になったなあ」

 言われてみて、確かにそうかもと思った。
 最初の頃はどうしても照れ臭くて、手を繋ぎたがる千代美に対して私はよく、止せやめろと嫌がったものだ。それが今は自分から千代美の手を握り、引いている。
122 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 22:55:15.94 ID:tFR3WIer0

「嬉しいなー」

 繋いだ手をぶんぶんと振る千代美。
 考えてみれば、私が嫌がっていた頃から千代美はずっと手を繋ぎたがっていたのだ。私の方から彼女の手を引くことは、彼女にとって特別な事なのだろう。
 少し感慨深い。まあ、喜んでくれるなら何よりだ。

 暫くそうやって歩いていると、前方から肩を落として歩いてくる友人に千代美が気付いた。
123 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 22:56:06.51 ID:tFR3WIer0

「あれっ、ミカじゃん」
「おや、お二人さん。お出掛けかい」

 ついてないなあ、とぼやく。という事は私達、というか私達の家に用があったという事か。
 まあ、ミカの用事などだいたい決まっているが。

「お腹空いてんだな」
「うん。恥ずかしながら」

 千代美は腹を空かせている者に甘い。そのうえ、料理も上手い。
 ミカに限らず、私達の家を訪ねる者の多くは千代美の料理を楽しみにして来るのだ。

 隣に住んでる奴までも。
124 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 22:57:34.10 ID:tFR3WIer0

 さておき。千代美は、仕方ないなー等と言いながらごそごそと鞄を漁り、弁当箱を取り出した。
 ちょっ、それは。

「これ、良かったら」
「わ、サンドイッチか。でもこれ、君達のお昼なんじゃあ」

 いいからいいからと、ミカに押し付けるように弁当箱を渡す千代美。
 ああ、こうなってはもう、あのサンドイッチに私がありつく事は絶対に無いのだ。

「ま、まほが物凄い形相なんだけど、本当に良いのかい」
「良いんだよ。お腹空かせてる奴は見過ごせないよ」

 食べ終わったら弁当箱だけは返してくれよ、と声を掛ける。甘い。甘過ぎる。
125 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 22:59:31.12 ID:tFR3WIer0

「済まないね、ありがとう。恩に着るよ」

 サンドイッチを受け取ったミカは、私の落ち込みようを見てか、逃げるように立ち去った。

「千代美」
「まあまあ。言ってたじゃん、あのサンドイッチは吉備団子って」

 それを聞いた私は、何も言い返すことが出来なかった。成程、そういう事か。
 ならば、日常的に千代美の吉備団子を摂取している私が、彼女と手を繋ぐのに抵抗を覚えなくなるのも道理だ。

 ほら行こう、と差し出してきた千代美の手を取り、また握る。

 私は心の中でひとつ、ワン、と鳴いた。

【まほ・おわり】
126 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/08(月) 23:00:38.77 ID:tFR3WIer0
明日からまた一週間がんばろう…
またね
127 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/09(火) 00:27:34.83 ID:6FVxYDFI0
乙ー
今更だけど千代美(中)が抜けてるんだけどどこにいったのかな?(すっとぼけ)
128 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/09(火) 13:16:54.21 ID:2nj3AKZj0
>>127
ありがとうございます
一応、書いてはあるのですが何処にも公開していない状態です…完全にR-18になっちゃうので
129 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/09(火) 14:56:08.31 ID:sCemqpP2O
SS速報Rがあるではないか
130 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/09(火) 18:45:11.31 ID:2nj3AKZj0
>>129
そういうのもあるんですね。投下できる場所をここしか知らなかったもので…すみません
自分の中で踏ん切りが付いたら投下する、かも知れません
確かな事が言えなくてごめんなさい
131 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/09(火) 21:29:03.43 ID:2nj3AKZj0
【千代美】

 まほと本屋デートなんて夢みたいだ。

 彼女が本屋に足を向ける事は滅多に無い。そもそも彼女には読書の習慣があんまり無い。気が向いた時に私の薦めた本を読む程度で、そのほかは雑誌が精々だ。
 その雑誌も、読むというよりは目を通すといった感じ。

 そんなだから、昨日本屋に行こうとして雪が降ったのも、悪いけど頷ける。

 対して私は本が大好き。本屋は私のテリトリーみたいなもんだ。
 いつも一人で来てる店にまほが居るのが、なんか、すごく変な感じ。大袈裟かも知れないけれど、実家に連れてきたみたいな心地良い違和感を覚える。
132 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/09(火) 21:30:01.01 ID:2nj3AKZj0

「さて、ブックカバーはどこかな」

 言って、売り場を探すまほ。
 ああ、まほの買い物ってこうなんだよな。目的の物に直行して、ぱっと買っておしまい。ひたすら簡潔。

「もうちょっと色々眺めて回ろうよ」
「そういうものか」
「うん」

 しかし見て回るにしても目標の確保が先だと言われて、まあそれは確かになと思い直す。というわけで、ブックカバーの売場へ。

「本屋と言っても本だけ売ってる訳じゃないんだな」
「うん、文房具とかも私はここで買う」

 平静を装ってるけど、滅茶苦茶にテンションが上がっている。まほと本屋トークしてる。その一言一言が楽しい。
133 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/09(火) 21:31:08.95 ID:2nj3AKZj0

「ここじゃないか」
「え、あ、うん」
「どうした」

 何でもないよ、と誤魔化す。買い物してるだけでテンションが上がってるなんて、流石に恥ずかしくて言えないから。

 ともあれ売場に到着。手帳や栞のコーナーに混じって、ブックカバーのコーナーが作ってあった。
 ブックカバーなんて一回買っちゃうと暫く見ない物だから、来るたびにレイアウトが変わってて面白い。前に来た時より心なしか広くスペースを取ってるように感じる。

「い、色々あるんだな」

 まほが若干引いている。
 ああ、ブックカバーに色んな種類があるって発想が無かったのか。柄も渋いのから可愛いのまで、材質も革だったり布だったり。
 確かに予備知識無しでこの中からひとつ選べと言われたら、多少面食らうかも知れない。
134 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/09(火) 21:32:28.79 ID:2nj3AKZj0

「千代美、あの」
「んー、布で、紐の栞が付いてて、フリーサイズのが良いなあ」

 ある程度のヒントと言うか希望を伝えて、最後に柄は任せるよ、と締めくくる。
 わがままかも知れないけれど、柄はまほに選んで欲しい。

「フリーサイズって何だ」
「片側が開く造りになってて、本の厚さを問わずに使えるやつ」

 ふうむと唸って選考に入るまほ。

 暫し経過。
135 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/09(火) 21:33:25.64 ID:2nj3AKZj0

「うーん」
「決まらないか」
「いや、候補は絞った」

 どれどれと覗き込むと、渋い和柄と可愛いハート柄の二つを手にして唸っていた。

「何だよその二択」
「千代美が普段読んでる恋愛もののイメージと、『鉄鼠』のイメージ」

 あー、そっかあ。成程なあ。
 どちらかと言えばピンと来たのは和柄なんだけど和柄のカバーで恋愛小説を読むのも変じゃないか、という理由で悩んでるらしい。

 そういう事なら即決だよ、まほ。
136 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/09(火) 21:34:39.08 ID:2nj3AKZj0

「こっちがいい」

 和柄。確かに和柄のカバーは恋愛小説には合わないけど、まほがピンと来たならそっちで決まりだ。
 ちゃんとフリーサイズだし、紐の栞も付いている。完璧だ。

「まほ、ありがと」
「んん」

 えへへ、このカバーで本を読むのが楽しみだなあ。

【千代美・おわり】
137 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/09(火) 21:37:50.73 ID:2nj3AKZj0


参考
138 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/09(火) 21:41:07.94 ID:2nj3AKZj0

【まほ】

 本屋を出て、スタバに寄る。
 スターリン・バックス。略してスタバ。カチューシャとかがよく屯している店だ。

 今日はカチューシャは居ないらしい。あいつは笑い声がうるさいから、居ればすぐに分かる。まあ、静かで良い。
 ともあれ、空いている席を探す。奥の方が好きなので、出来ればそっちがいい。私が席を確保する間に千代美が注文を済ませる。
139 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/09(火) 21:41:55.42 ID:2nj3AKZj0

 まあトッピングだ何だで長々とした名前の注文も出来るようだが、よく分からないのでやらない。カウンターの様子を見ていると、そういう注文は作るのに時間も掛かるようだ。
 短い注文をすれば早く済むので、私はそちらの方が有り難い。ミルクも自分で入れる。

 カチューシャなんかは盛り盛りにして楽しんでいるようだが。

「お待たせしました、コーヒーとミートパイお二つずつですねー」

 店員のような声を出して千代美がコーヒーとミートパイを運んできた。
 ありがとうございます、とこちらも調子を合わせる。
140 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/09(火) 21:43:03.73 ID:2nj3AKZj0

「はいミルク」
「ん」

 コーヒーにミルクを足し、口を付ける。うーん。
 不味い訳ではない。美味しくないと言うのも違う。美味しいことは美味しいのだが、何というのだろう、これは。

「『違う』」
「それだ」

 普段、千代美が淹れたコーヒーばかりを美味い美味いと飲んでいるせいで、他の味を『他の味』と認識するようになってしまったのか。
 流石に千代美のコーヒーが店より美味いということは無いと思うが、自信が無い。他のコーヒーを飲むとまず最初に『千代美のと違う』という違和感を覚えるようになってしまったようだ。
141 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/09(火) 21:44:03.46 ID:2nj3AKZj0

「私は嬉しいけどな」

 などと言いつつ、複雑な表情でコーヒーを啜る千代美。恐らく、全く同じ感想なのだろう。

 ともあれ食事だ。

「いただきまーす」
「いただきます」

 うん。

 うーん、うん。

「言いたいことは分かってる。帰ったらサンドイッチ作ってやるよ」

 やったあ。

【まほ・おわり】
142 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/09(火) 21:44:43.46 ID:2nj3AKZj0
今日はここまで
143 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/09(火) 22:33:45.03 ID:sCemqpP2O
乙。和むまほチョビだ

気が向いたらえっちなのもよろしくなw
144 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/09(火) 22:39:18.70 ID:M/TMCBAbo
気が向いたら合いの手もよろしく��
145 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/10(水) 01:30:01.46 ID:28ULamH2o
鳥獣戯画じゃねえか!
146 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/10(水) 13:15:29.15 ID:29K6rrFw0
>>143
ありがとうございます
公開するとなれば、たぶん一番最初は渋になるかと思います

>>144
イエーア

>>145
渋くて可愛いやつです
147 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/10(水) 22:11:07.48 ID:29K6rrFw0

【まほ(前)】

 スタバでの軽食を終え、少々の休憩。
 こういう休憩の時間に目安というものはあるのだろうか。店側から見れば『食ったら帰れ』というのが普通だと思うが、見回してみると意外に勉強や読書などに耽っている客が多い。
 私達が席に落ち着く以前からそうしている者も居る。
 店が混んでいる訳でもないから良いのかも知れないが、なんだか落ち着かない。
148 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/10(水) 22:12:51.32 ID:29K6rrFw0

「まあ、気持ちは分かるけど」

 ちょっと済ませちゃいたい作業があるからそれだけここでやらせてくれよと、千代美は鞄を漁り始めた。
 彼女が鞄からぬっと取り出した物を見て、若干たじろぐ。

「えへへ、家から持って来ちゃった」

 『鉄鼠の檻』。
 今回の出来事のきっかけになった本。改めて見ても異様な厚さだ。先程、本屋に並んでいるものも見てきたが、他の文庫の四、五冊分はあろうかという感じだった。
 千代美から借りて頁数を見てみると、千三百を超えていた。辞典か。
149 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/10(水) 22:14:02.30 ID:29K6rrFw0

「まほに買ってもらったブックカバー、早速掛けようと思ってさ」

 言って、作業に取り掛かる。
 成程、これは確かにフリーサイズじゃないと包めない物だ。
 千代美は慣れた手つきで分厚い文庫にカバーを掛けていく。

 程なくして、作業は終わった。
150 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/10(水) 22:15:40.32 ID:29K6rrFw0


参考
151 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/10(水) 22:16:38.04 ID:29K6rrFw0

「はい完成」
「うーん、凄い」

 カバーも凄いが、千代美の手際も面白かった。そうか、私は読書をする千代美の事をほとんど知らないのかと気が付いた。

 不意に、孤独感を覚えた。

 千代美は目の前に居るのに。それが、私の知らない千代美なのが無性に寂しい。

「あい」

 あい。

 む、何者だ。
 見ると、どこから来たものか、二歳か三歳くらいの赤ん坊が隣に座っていた。
152 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/10(水) 22:18:49.00 ID:29K6rrFw0

「あいあいあーい」

 そうかそうか、よろしくな。

「迷子だろうか」
「母親は注文にでも行ってるのかな。店の外って事は無いだろうから、そのうち探しに来るだろ」

 言いながら千代美は赤ん坊をあやし始めた。赤ん坊は卓上の文庫本に興味を惹かれたらしく、しきりに触りたがっているようだ。
 おいそれは駄目だぞと言おうとしたら、千代美に手で制された。

 ああ、そうか。

 千代美は赤ん坊に本を持たせた。
153 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/10(水) 22:20:09.11 ID:29K6rrFw0

 案の定、赤ん坊は手にした本を弄繰り始める。無論、読書などという概念はまだ形成されておらず、ただ紙の束で遊んでいるというだけだ。
 当然、頁はくちゃくちゃになるが、千代美はそれを怒るでもなく、これはこうするんだぞーなどと言いながら、赤ん坊に頁の繰り方を教えている。
 赤ん坊も、不思議に大人しく千代美の真似をして、頁を繰るようになった。

 成程な。あの本に付いた折り目を見るたび、千代美は今日の事を思い出すのだろう。良い趣味をしている。

 しかしその、なんだ。

 絵になるなあ。
154 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/10(水) 22:22:18.87 ID:29K6rrFw0

「紗利奈、こんな所に居たの」
「あーい」

 母親らしき女性が済みません、と頭を下げながら近寄ってくる。驚いたことに同世代か、年下かと思うほどの若い女性だった。

「良いんですよー」

 笑って、赤ん坊を母親のもとに帰す。その時、千代美が一瞬、名残惜しそうな顔をした。

 ズキンとしたものが胸のうちを走り抜ける。
 見てはいけないものを見てしまったような気分だ。
155 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/10(水) 22:23:42.75 ID:29K6rrFw0

 そうだ。
 我々はもう大学を出た。

 年下の女性が赤ん坊を抱えていても、何らおかしな歳ではないのだ。

 千代美にだって、あれくらいの子供が居ても、おかしくない。

 私などと会わなければ、きっと、今頃。

「まほ、何考えてるんだよ」
「んん」

 千代美は、仕方ないなといった風にため息をついた。

【まほ(前)・おわり】
156 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/10(水) 22:36:00.94 ID:29K6rrFw0

【まほ(後)】

 千代美は、仕方ないなといった風にため息をついて、静かに話し始めた。
 またお化けの話になっちゃうんだけどさ、と前置きをする。

「まほ、姑獲鳥って知ってるか」
「うぶめ」
「うぶめ。漢字でこう書くんだ」

 そう言って千代美はメモ帳とペンを取り出し、さらさらと書き始めた。『姑獲鳥』、これで『うぶめ』と読むのか。
 何故だろうか、既視感のある文字列だ。
157 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/10(水) 22:39:43.46 ID:29K6rrFw0

「『鉄鼠』のシリーズの一作目のタイトルが『姑獲鳥の夏』だからな。さっき本屋で目に入ったんだろ」
「そういう事か」
「あと、うちにもあるし」

 千代美は苦笑いをする。
 迂闊。私は、日常的に目に入っているものを見落としていたことになる。

「まあ、それはさておき。『うぶめ』は、こうも書く」

 次に、千代美は『産女』と書いた。こちらの方がまだ『うぶめ』と読める。

 いや待て、この字面は。

「うん。『産女』はね、出産で死んじゃった女の人の幽霊」
「じゃあ『姑獲鳥』は」
「子供を攫う鳥」

 名前は同じなのに、字で特徴が変わるのだろうか。
158 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/10(水) 22:40:54.57 ID:29K6rrFw0

「元は違うものだったんだろうけど、どっかで混同されちゃったんだろうな」

 そこまで話して尚、千代美は次の言葉を言おうか言うまいか迷っているようだった。
 まだ、千代美が何を言いたいのか分からない。

 やがて意を決したように、難しい事は抜きにしてざっくり言うとさ、と前置きをする。

「子供が持てない女は、それだけで化け物扱いされる時代があったって事だ」

 あくまで解釈のひとつだけどな、と付け足す。そして千代美は堰を切ったように話し始めた。
159 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/10(水) 22:42:14.06 ID:29K6rrFw0

「私だってそりゃ、赤ちゃん欲しいよ」

「恋愛小説なんか読むくらいだし、異性への憧れも人並みにある」

「まほが男だったらなあ、って考える事もあるよ」

 やはり、そうか。
 まあそうだよなと、諦めにも似た感情がこみ上げる。

「わからないか」

「まほじゃないと嫌なんだよ、私」

「今は現代で、色んな未来がある。昔とは違う」

「でも未来は何個も選べるものじゃない」

「私は、まほと一緒に居たいって思ってるんだよ。それを選んだんだ」

「昨日の夕方、言っただろ。『どこにも行かないから安心しろ』って」

「だからさ」

「そんな顔するなよ」
160 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/10(水) 22:43:38.45 ID:29K6rrFw0

 んん。

 済まない、としか言えなかった。

 千代美は笑い、私の頬を撫でる。

 私はもう一度だけ、済まない、と呟いた。

【まほ(後)・おわり】
161 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/10(水) 22:44:18.19 ID:29K6rrFw0
今日はここまで
162 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/10(水) 23:15:56.58 ID:P39tQJwqo
お疲れさまです。
163 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/11(木) 01:10:56.83 ID:QWKOjtej0
>>162
ありがとうございますー
164 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/01/11(木) 07:17:11.04 ID:3APOjx2uO
ダージリン「こんな格言を知ってる? 『iPS細胞というので同性の間でも子供ができるらしいです』」
165 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/11(木) 11:04:29.73 ID:ojaRw0Ig0
>>164
そうなったら名前は「ちほ」ですかね…
166 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/11(木) 18:44:12.01 ID:ojaRw0Ig0

【千代美】

 仕方ない事、なのかな。
 いくら言っても、まほは安心してくれない。というか、トラウマに近いものを抱えてるんだと思う。
 自分の前から突然、大切な人が居なくなってしまう事に対して。

 それは裏を返せば、まほが私のことを『大切な人』と見なしてくれてるって事なんだけど、なんだか素直に喜べないな。ジレンマだ。
 まあ、私に出来るのは近くに居てあげる事。それに尽きるんだと思う。

 ともあれ、スタバを出て帰り道。
167 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/11(木) 18:45:14.29 ID:ojaRw0Ig0

 夕飯はサンドイッチに変更。大体の材料は家にあるから、スーパーには寄らなくてもいい。でも、夕飯がサンドイッチってどうなんだろうか。
 まあ、まほが食べたがってるから良いんだけど。

 どうしよっかなあ。なんか、真っ直ぐ帰るのは勿体ない。もっとデートしたい。

「映画でも借りて帰ろうか」
「あ、賛成」

 レンタルのカードは財布だったか、カードケースだったか。鞄の中を手探りで漁りながら考える。
168 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/11(木) 18:46:13.04 ID:ojaRw0Ig0

 鞄を漁りながら、考える。

 鞄を、漁り、ながら。

 なんか、違和感。

 あ、あれ。

「どうした」
「ちょっ、ちょっと待って、まほ」

 立ち止まり、鞄を開ける。

 手探りじゃ駄目だ、目で確認しないと。
 いや、あんなもん、手探りでも分かるけど、認めたくない。

 鞄の中を見つめ、立ち尽くす。
169 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/11(木) 18:47:03.38 ID:ojaRw0Ig0

「おい、千代美」
「まほ」

 無い。

 本が、無い。

 本だけじゃない。

 まほが買ってくれた、カバーも一緒に。

 頭の中が、真っ白になった。
170 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/11(木) 18:48:09.31 ID:ojaRw0Ig0

「まほ、どうしよう」
「落ち着け、千代美。ちょっと座ろう」

 私達の不穏な空気は周囲にも伝わっているらしい。通りすがる人が皆、こちらを振り返る。
 私はまほに手を引かれ、近くのベンチに腰を降ろした。

「とりあえず、いつの時点まであったか思い出そう」
「うん」

 あ。

 赤ちゃんに持たせて、そのままだ。
171 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/11(木) 18:49:19.92 ID:ojaRw0Ig0

「じゃあスタバだ。戻ろう」
「まほ」
「行くぞ」

 言って、まほは私の手を引いた。

 本が戻ったら忘れられない痕跡になるだろうな。
 そう言って、私の頭を撫でる。

 雪が、降ってきた。

 まほ、ごめん、ありがとう。

【千代美・おわり】
172 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/11(木) 18:55:16.86 ID:ojaRw0Ig0

【まほ】

 結論から言うと、本は見付からなかった。

 千代美の記憶は確かで、店員の談では赤ん坊が本を持っていた事は間違いなかったそうだ。
 母親がそれに気が付いて、急いで我々を追い掛け、それっきりだと言う。信じ難いことだが、戻って来なかったそうだ。
173 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/11(木) 18:57:41.70 ID:ojaRw0Ig0

「行き逢いませんでしたか」

 あっけらかんとして言う店員に一瞬、怒りがこみ上げたが、店員に怒っても仕方ない。
 落とし物や忘れ物であれば店で管理するだろうが、客が持ち去った物に責任は持てまい。
 それに『持ち去った』とは言うものの、その母親は我々に本を届けようと走ったのだ。店員がそれを引き止める訳も無い。

 会計は注文の時点で済んでいるとはいえ、戻らないというのは妙な話だ。しかし、この店にはもうそれ以上の情報は無い。
 店員も『ここには無い』としか言えないのだ。

 念のため交番なども当たってみたが、本は届いていなかった。
174 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/11(木) 18:58:51.09 ID:ojaRw0Ig0

「まほ、ごめん」
「いや」

 悪いのは私だ。

 あの時、私が冷静でいれば赤ん坊から本を回収しただろう。
 最早、過ぎた事だが、千代美の落ち込みようを見ていると悔やんでも悔やみきれない。

 だが、これ以上我々に出来ることはもう、何も無い。

「帰ろう」
「うん」

 千代美、ごめん。

【まほ・おわり】
175 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/11(木) 19:00:26.68 ID:ojaRw0Ig0

【ダージリン】

「タオルと着替え、置いておくわよ」
「済まないね、ダージリン。ありがとう」

 お風呂の扉越しの会話。

「いやあ、屋外で待つことには慣れてるつもりだったんだけど、雪が降るとはね」
「スロット屋さんとは違うのよ。全く、玄関先で凍死されたら敵わないわ」

 いつからそこに居たものか。彼女は隣の家の前でまほさんと千代美さんの帰りを待っていた。渡したい物があるとかなんとか。
 今日は折悪く私まで出掛けていたものだから、彼女は寒空の下、ずっとそこで立ったり座ったりしていた様子。
176 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/11(木) 19:01:29.89 ID:ojaRw0Ig0

 私が帰った時には彼女の体はすっかり冷えていたので、こちらの家に引っ張り込んでお風呂をあげている所。

「夕飯の当てはあるの」
「無いね」
「なんて言いながら、千代美さんの料理が目当てだったんじゃないのかしら」

 そこで彼女は、ううん、と言葉を濁した。

「その事なんだけど」

 彼女が何かを言おうとしたタイミングで、隣の家の玄関が開く音がした。
177 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/11(木) 19:02:12.18 ID:ojaRw0Ig0

「あら、帰って来たみたいね」
「ええっ、あれだけ待っても帰って来なかったのに、お風呂に入った途端かい」

 そういうものよ、と笑う。

「参ったなあ、早く渡したいのに」
「それなら代わりに渡してきてあげるわよ」

 いや何から何まで本当に済まないねと、彼女、ミカは言った。
178 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/11(木) 19:03:11.88 ID:ojaRw0Ig0

「このお弁当箱と文庫本を渡せばいいのよね」
「うん、頼んだよ」

 はいはい、と言って隣の家へ。

 それにしてもこれ、『文庫本』と呼んでいいのかしら。
 辞典みたいな厚さだわ。

【ダージリン・おわり】
179 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/11(木) 19:04:41.15 ID:ojaRw0Ig0
今日のぶん終わり
たぶんもう少しで完結しますので、もう暫くお付き合いください
180 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/12(金) 08:37:30.47 ID:NDtKQXWL0
今晩、完結まで一気に投下します
長くなりますがよろしくお付き合いください
181 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/12(金) 19:25:00.59 ID:kta593FJ0

【ミカ】

 あかときは終に行く
 もう帰してはくれぬ
 爆ぜて天ぐらり

「絶景だ」

 などという自分の寝言で目が覚めた。
 危ない危ない、ちょっと眠ってた。碌でもない夢を見ていたらしい。せっかく凍死せずに済んだのに、今度は溺死するところだった。

 いやあ、それにしても湯舟って本当に気持ちが良いなあ。

 目が覚めて程なくして、どたどたと跫が聞こえた。お風呂の扉が乱暴に開け放たれる。
182 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/12(金) 19:26:03.12 ID:kta593FJ0

「わあ、えっち」
「やかましい。ミカ、何故お前があの本を持っている」
「お風呂のあとじゃ駄目かな」

 まあ、今ここで話しても良いんだけどさ。
 千代美の事で余裕を無くすまほが可愛くて仕方ないから、わざと焦らすようなことを言ってしまった。
 驚いたことにまほは舌打ちをして、早くしろと吐き捨てるように言って扉を閉めた。

 あ、でもこれだけは言わなくちゃ。

「まほ」
「何だ」
「サンドイッチ、食べちゃってごめんね」

 何も言わず立ち去るまほと入れ替わるようにして、今度は千代美がやって来た。
 まほよりは落ち着いているのか、こちらは扉越しに会話をする。
183 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/12(金) 19:27:06.11 ID:kta593FJ0

「ミカ、あの、本、ありがとう」

 声が震えている。

「千代美、もしかして泣いているのかい」
「うん、本が戻って来たのが、嬉しくて」

 そんなに大切な物だったのか。まほも取り乱す訳だ。それならまあ、こちらも凍え甲斐があったというものだね。
 事情はお風呂から上がったら説明するよと返した。

 それと、もうひとつ。
184 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/12(金) 19:27:58.08 ID:kta593FJ0

「サンドイッチ、ご馳走さま。あまり美味しくなかったよ」
「えへへ、やっぱり」

 気恥ずかしそうに笑って、千代美も立ち去った。
 全く、入れ替わり立ち替わり、忙しいことだ。お陰で二度寝せずに済んだけどさ。

 さて、体も十分暖まったし、そろそろ上がろうか。
 どこから話そうかなあ。

【ミカ・おわり】
185 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/12(金) 19:29:18.20 ID:kta593FJ0

【千代美】

 参ったなあ、ミカにはバレちゃったか。
 まあ、それはそれ。いずれバレるものだったんだと思うことにする。

 それより本が戻って来て、本当に良かった。
 まほが買ってくれたカバーも、スタバで赤ちゃんが付けた折り目もある。間違いなく私の本だ。

 さっき、ダージリンがこれを持って来たのを見て、目を疑った。なんでここにあるんだよ、って。
 その事情は、ミカがこれから話してくれるらしい。

 そんな訳で私達はダージリンの家のリビングでミカがお風呂から上がるのを待ちながら、ダージリンの茶飲み話を上の空で聞いている。
186 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/12(金) 19:30:10.53 ID:kta593FJ0

「聞いて頂戴。カチューシャったら酷いのよ」

 今日のダージリンはカチューシャとどこかで食事をしていたらしい。
 お酒を飲んだカチューシャを車で送ろうとしたら、乗りたくないと言ってわざわざノンナを呼び出して帰ったとかなんとか。
 まあ、確かに酷いけど、ダージリンの運転も負けないくらい酷いからなあ。酔ってる時に乗りたいかって言われると、うーん。

 正直、可哀想なのはダージリンよりノンナじゃないかと思う。

「お待たせしたね」

 髪を拭きながら、ミカがやってきた。
 何故かミカは、苛立ちを隠さない様子のまほの隣に腰を降ろし、話し始めた。
187 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/12(金) 19:30:54.53 ID:kta593FJ0

「私にその本を預けたのは、あの人なんだ。名前は忘れたけど」

 何て言ったっけ、あの、カチューシャのせいでよく走り回ってるハイエースの人、とミカは記憶と格闘している。
 あれ、それってもしかして。

「ノンナか」
「そう、ノンナさんだ。彼女が先にそこで待ってたんだよ」

 そう言ってミカは玄関の方を指す。

 ノンナが来てたんだ。
 彼女が先にそこで待っていた。普通の本ならポストにでも突っ込めたんだろうけど、この本じゃ無理だから待つしか無かった。
188 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/12(金) 19:31:39.92 ID:kta593FJ0

「でね、彼女はカチューシャの呼び出しでこの場を離れざるを得なくなった」

 そこに弁当箱を持った私が来合わせたのさ、とミカは淡々と説明した。
 そしてノンナから本を預かったミカは、ダージリンが帰ってくるまでそこに居たって訳か。

 まあ、ノンナはカチューシャの送迎でここにもよく来るから、その隣の私達の家を知ってるのは別に不思議な事じゃない。ただ、ノンナが本を持っていたのは、一体。

「ああ、何故だか子連れの女性が一緒だったよ。マルヤマさんと言ったかな」

 あ。
 その人は。

「繋がったか」

 私達を追い掛けたマルヤマさんをノンナが車に乗せてここまで来た。
 そして本はミカの手に渡った、か。
189 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/12(金) 19:32:26.46 ID:kta593FJ0

「ノンナが我々に気付いていたということは、彼女は店に居たのか」

 ああ、そう言えばそうか。ノンナはマルヤマさんが追い掛けたのが私達であることに気付いてたからここまで来れた。
 って事は店に居たんだ。

 気付いてたなら話し掛けてくれりゃ良かったのに。

「どうせまたイチャイチャしてて話し掛けづらいオーラでも放ってたんじゃないの、貴女達」

 うっ。

「それは」
「ぐうの音も出ません」

 ダージリンは仕方ないわねといった風にため息をついた。
190 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/12(金) 19:32:57.14 ID:kta593FJ0

 ともあれ、ちゃんとお礼しないとな。
 ノンナは元より、出来ればマルヤマさんにも。

 ひとまず、夕飯作るか。

「ミカも良かったら食べてってくれ。またサンドイッチだけど」
「そりゃ有り難いけど、いいのかい」

 心配しなくていいよ、ちゃんと美味しく作るから。
191 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/12(金) 19:34:20.60 ID:kta593FJ0

【まほ】

 千代美は夕飯を作りに部屋に戻った。
 さっきまで本を抱えて泣いていたというのに、彼女は本当に強い。
 こちらの部屋には私、ミカ、そして家主のダージリンが残っている。

 私も何か手伝おうと腰を上げると、ミカに呼び止められた。

「まほ、話があるんだ」
「私にか」
「うん。彼女の料理についてさ」

 千代美の料理について。どんな話だろうか。
 ミカは、怒らないで聞いてくれよ、と前置きをした。
192 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/12(金) 19:34:57.00 ID:kta593FJ0

「今朝のサンドイッチね、あまり美味しくなかった」

 頭に血が上るのを感じる。こいつは一体何を言い出すんだ。
 咄嗟にミカの胸倉を掴もうとしたが、ダージリンに制された。

「怒らないで、って言われたでしょう。私の家で暴れるのはカチューシャだけで沢山だわ」

 そう言われると、立つ瀬が無い。

 拳を握り、耐え、詫びた。

「すまん」
「いや、私も言い方が悪かったね。不味いと言っている訳じゃないんだ」

 美味しいことは美味しいんだけど、とミカは何か良い言い回しを探しているようだった。

 それは、もしかして。
193 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/12(金) 19:35:29.54 ID:kta593FJ0

「『違う』、か」
「ああ、それだ」

 千代美の料理に何か問題でもあるのだろうか。彼女の料理を口にする者は軒並み『店が開ける味だ』などと言う。
 何が不満なのだ、ミカは。

「店が開ける味。そうだね、彼女の料理はいつもそうだ」

 でも今朝のサンドイッチは違ったんだ、とミカは言う。

「彼女は人に料理を出す時は店が開ける味、つまり万人向けの味にする」
「それが今朝は違ったと言うのか」
「うん」

 どういう事だろう。一体何が言いたいのだ、ミカは。

 私は分かったわと、紅茶を淹れて運んできたダージリンが口を挟んだ。
194 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/01/12(金) 19:36:16.24 ID:kta593FJ0

「ここまで言って気付かないまほさんは本当に幸せ者よ」
「全くだ。まほ、今朝のサンドイッチは万人向けじゃなく」

 まほ向けの味にしてあったんだ。

 ミカはそう言って紅茶に口を付け、顔を顰めた。

「これは不味いね」
「ごめんなさいね。淹れるのは下手なのよ、私」

 まだ分からない。
 困惑する私を余所に、二人は和気藹々と雑談を始める。

「ま、待て、私向けの味とは何だ」

 ミカはまたも言い回しを探すような間を置いた。
 しかし言葉が見付からなかったのか、やがて、諦めたように言う。
195 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/12(金) 19:36:57.52 ID:kta593FJ0

「それは千代美しか知らないんじゃないかなあ」

 まほ、目玉焼きの好みはあるかい、と突然の質問。

「半熟で、醤油をかける」
「あら、温泉旅行の時は二人ともプレーン派って言ってた癖に」
「あの時は面倒くさかったからな」

 随分と昔の話を覚えているものだ。
 あの時は確か、食べ物の好みで喧嘩するのが好きなダージリンがソース派の角谷にちょっかいを出したのだったか。
 面倒で私も千代美もプレーン派と答えた。
196 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/12(金) 19:37:51.58 ID:kta593FJ0

「そう、目玉焼きはとても好みが分かれる」

「味付けから焼き加減まで人それぞれに好みがある」

「ちょっかいを出せばすぐにでも戦いが始まる食べ物さ」

「だけどまほ、君と千代美はそれで喧嘩なんかしないだろう」

 確かにそうだ。
 私と千代美は目玉焼きの好みが違う。

 だが、それで喧嘩になった事は一度も無い。
197 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/12(金) 19:38:18.84 ID:kta593FJ0

「ねえ、まほ」

「千代美は、まほの好みに合わせて目玉焼きを焼いてくれてるんじゃないのかい」

「目玉焼きに限った事じゃないけどね」

「千代美は全ての料理でまほの為の味が出せるんだと思う」

「まほが気付かなかったのは、たぶん」

「まほにとっては単に『全部美味しい』からさ」

「だから、改めて言うよ」

「サンドイッチ、食べちゃってごめんね」
198 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/12(金) 19:39:09.55 ID:kta593FJ0

 考えれば考えるほど、辻褄が合う。
 目玉焼きどころか、コーヒーの一杯ですら、千代美は私の好みに淹れてくれるのだ。

 仮にミカの推測が本当だとすれば、私は、私の事をそこまで想ってくれている人に対して、疑うような事を。

 それは果たして、謝って許して貰える事なのだろうか。

「千代美さんが貴女を嫌う筈が無いでしょうに。見ていれば分かるわ」

 ううん。

 しかし、そんな事があり得るのだろうか。
 千代美に直接訊くのも何だか憚られる。

 確かめる術など、ああ。
199 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/12(金) 19:39:35.76 ID:kta593FJ0

 千代美は今、サンドイッチを作っている。恐らくそれで分かる事か。
 まあ、きっと、何が入っていても美味い。それは間違い無いだろう。

 ひとまず。

「ミカ、色々と済まなかった」
「気にしてないよ」
「千代美の本の事、ありがとう」

 大事にしてあげることだね、と笑い、ミカは紅茶を不味そうに飲んだ。
200 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/12(金) 19:40:19.32 ID:kta593FJ0

「本当に不味いね、これ」
「溢さずにお話が出来れば何でも良かったのよ」

 言って、ダージリンはこちらを軽く睨んだ。

「ち、千代美を手伝ってくる」
「ふふ、行ってらっしゃい」

 ううん、どんな顔をして会えば良いのだろう。
201 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/12(金) 19:41:45.89 ID:kta593FJ0

【千代美】

「千代美」
「まほ。ミカから聞いたんだろ」
「んん」

 バレちゃったか。
 まあ、ミカに口止めしなかった辺り、私にもいつか知ってほしいという想いがあったんだと思う。
 彼女の言う通り、私は人に料理を出す時とは別に、まほに料理を出す時だけ使う味がある。
 と言っても、隠し味がどうとか、そういう難しい事をしてる訳じゃない。単に『まほ好みの味』を把握して、それに合わせてごはん作ってるってだけ。

「いつから」
「いつからだろう」

 覚えときゃ良かったかな。
 そんくらい、ずっと前から。
202 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/01/12(金) 19:42:36.35 ID:kta593FJ0

「何故」
「決まってるじゃん」

 好きだから。
 そして、好かれたいから。

 お化粧と同じだよ。

「ほら、サンドイッチ出来たよ。こっちがまほの分」

 今朝作ったのと同じサンドイッチ。

 まほはそれを一口食べて、呟いた。
203 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/01/12(金) 19:43:49.05 ID:kta593FJ0

「美味い」
「えへへ、やったあ」

 まほの目に、みるみる涙が溢れ、流れていく。
 彼女はサンドイッチの皿を置き、私を抱き締めた。

「ごめん、千代美。昼の、事」
「気にすんな」

 まほの腕に力が篭る。痛いけど、それが嬉しい。
 私はまほの頭を撫でながら言った。

「どこにも行かないから安心しろよ」
「分かってる」

 本当かなあ、という言葉は飲み込んだ。
204 : ◆nvIvS/Qwrg [saga]:2018/01/12(金) 19:44:21.82 ID:kta593FJ0

 でも、ひとつだけ。
 二人でソファに倒れ込み、私はまほにお願いをした。

「昨日のあれ、やって」
「こうか」

 まほは私の頭を掴んで、ぎゅうっと胸に押し付けた。
 息が、止まる。

「逃がさん」

 ああ、最高だ。
 ぞくぞくとしたものが背中を走り抜け、もう、それだけで。
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