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小日向美穂「丸出し尻尾と不思議なお菓子の夜」
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36 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/02/07(水) 00:35:03.22 ID:wo7X6wcI0
「本当? ほんとに私、あなたみたいにオトナになれる?」
「演じる仕事が夢なんだろう? ならばこれも、君が被る仮面の一枚になれる筈だよ」
くるん、かつっ。
ステッキがシャンデリアを叩き、また景色が変わります。
次は大きな食堂。
何十人も席に着ける大テーブルには所狭しと綺麗なお菓子が並べられていて、だけど誰も座ってはいません。
「ところで君は今、クッキーを焼いている。この館と同じほどに不思議なお店で。それは今も続いているね」
「え……あ、そうだった! あれ!? じゃあ現実の私は……!?」
「安心したまえ。意識はここにあるが、それは外の君にも連動しているんだ」
その椅子のうち一つに腰掛けて、「私」はお菓子の並びを睥睨します。
どこかから、甘い香りが漂ってきていました。
「つまりは、ここでの君の答えがお菓子の出来栄えを左右するわけだ」
37 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/02/07(水) 00:36:48.68 ID:wo7X6wcI0
「……どういうこと?」
「『選択』の話をしているのさ」
くるん、かつっ。
次は、赤絨毯の敷かれた長い長い廊下。
闇に吸い込まれていくその果ては見えず、等間隔に光る瓦斯(ガス)灯が妖しく揺らめきます。
廊下の壁に背を預けた「私」は、ずらりと並ぶチョコレート色の甲冑と共に目を光らせていました。
「焼き上がるクッキーの味は、そのまま君が選ぶ未来の味となる。甘いか、苦いか――ね」
38 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/02/07(水) 00:38:20.81 ID:wo7X6wcI0
「人生は無限の問題集だ。甘い問いも苦い問いもあって、しかも正答など存在しない」
「どの答えにも等しく価値がある。君がどちらの味を噛み締めるかという違いがあるだけで」
「さて……君、小日向美穂は、アイドルとして活動している。
人気は上々。演技の分野にも飽くなき挑戦を続ける、事務所期待のホープだ」
「――その一方で、一人の男性に本気で恋している」
39 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/02/07(水) 00:39:59.34 ID:wo7X6wcI0
彼女が言う「甘いか苦いか」の意味を、私はうっすら理解してきました。
その答え合わせをするように、「理想の小日向美穂」はお芝居のように朗々と語ります。
「無論承知のことと思うが、君は大きな矛盾を抱えている。
本来は相反する筈の二つの夢を、どちらも後生大事に抱えているのだからね」
もちろん考えなかったことじゃありません。
鋭い指摘は、そのまま自分自身の深層意識の声でもある筈です。
「でも……それは」
「ふむ?」
だからこそ、常日頃思っていることを言わざるをえません。
「私、両方がんばろうと思う。それじゃ駄目なのかな……?」
「心がけは殊勝なことだが、本当に出来るのかい? 尻尾丸出しの君に?」
「え? ああっ!? いいい、いつの間にっ!?」
なんだかお尻がもふもふするなぁと思ったら、いつの間にやら狸の大きな尻尾が出ちゃっていました。
あと耳も。もふもふ尻尾と三角お耳が出っぱなしの私は、どこから見ても化け損ねた田舎狸。
40 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/02/07(水) 00:42:04.64 ID:wo7X6wcI0
「自分が一番わかってるんだろう? そもそもからして、君は決して器用な女の子じゃあない」
くるん、とまたステッキが回り、先端が私を差しました。
「狸のくせに二兎を追うだなんて、おかしな話だと思わないか?」
演じることも恋に走ることも、今の自分では中途半端。
彼女の指摘は、私の自覚。
廊下のあちらとこちらで、狸の私と理想の私が向き合います。
41 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/02/07(水) 00:43:08.20 ID:wo7X6wcI0
くるん、かつっ。
ステッキが床を叩き、廊下はその岐路に差し掛かります。
丁字に分かれた正反対の左右。
どちらに進むかは自分次第と、「私」は言外に述べていました。
「どちらかの夢を手にする以上、どちらかは諦めなくてはならないんだ。
自分の想いに正直になり、ファンの気持ちに嘘をつくか?
ファンの想いに真摯に向き合い、自分の心を欺くか?
甘く蕩ける少女の味か?
苦く大人な演者の味か?」
いつの間にか、目の前には二つの皿。
一つずつ置かれたクッキーは、お互い正反対の味なのでしょう。
「さあ、選びたまえ。君にはその責任がある」
42 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/02/07(水) 00:44:27.46 ID:wo7X6wcI0
理想の「私」は、アイドルとして完璧な私。
つまり、恋をしていない私です。
オトナでビターな夢の世界は、そうなるために必要なものを諦めてきた未来。
絢爛たるダンスホールにも、豪奢な食堂にも、長い長い廊下にも……自分以外には誰もいない。
それは甘い夢に秘めた苦味を、たった一人で噛み締める世界。
だけどだからこそ、気高く尊い。
きっと、そういう孤高の果てこそ、「彼女」の居場所がある。
43 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/02/07(水) 00:45:09.50 ID:wo7X6wcI0
――だから、何より自分の気持ちに素直になること。
――好きなこと、大切なこと……その全部に嘘をつかないで、作る自分がまずいちばん幸せになるんです♪
脳裏に浮かぶのはアップルパイさんのアドバイス。
私は選択します。
一歩踏み出して、二つ並ぶお皿の前へ。
そして両手で両方のクッキーを掴んで、同時に口の中へ放り込むのです。
44 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/02/07(水) 00:46:03.61 ID:wo7X6wcI0
「言ってることは、よくわかるよ」
「私は不器用だし、あがり症だし、まだあの人に好きって言えてないし、ていうか狸だし」
「けど……一つだけ言えるのは。
恋をしてなかったから、私はきっとここまで来られてなかったってこと」
「どっちかじゃなくて、どっちもじゃないと、小日向美穂はきっといないんだと思う」
45 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/02/07(水) 00:47:26.45 ID:wo7X6wcI0
ズルくても欲張りでも良かった。
その先にどうなるかの保証なんて一つだって無かった。
だけど私は、大切なことの全部に、欠片の嘘も付きたくはなくて。
「私ね、きっとあなたのようにはなれない。
だってみんな大好きなんだもん。アイドルも応援してくれるみんなも、仲間もプロデューサーさんもみんな!」
ここは夢です。夢に建前はいりません。
岐路に立つオトナの「私」は、私の心の全てを知っているのでしょう。
だからこそ、言葉で形にしようと思うんです。
「みんな幸せにしてあげたくて、それなら、私が一番幸せじゃなきゃって思うんだ。
だから、全部持っていって幸せになりたい! ここまで来た私のまま、ずっと行く!」
46 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/02/07(水) 00:49:00.88 ID:wo7X6wcI0
「わがままで、難しい道でもかい?」
「うん。決めたもん。……尻尾を隠すのが苦手でも、そのままちゃんと、気持ちを隠さないよ」
おすまし顔の「あなた」はニヒルに微笑し、私はその顔をまっすぐに見ます。
それは今の私ではきっと遠い未来。
だけど、回り道をしたとしても、決して届かないわけではない未来。
「そして、きっと幸せにしてみせるから。私自身も、みんなも、『あなた』も!」
だって、苦味こそが甘味を、甘味こそが苦味を引き立てて。
その両方があってこそ、楽しいんだと思うから。
47 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/02/07(水) 00:49:44.14 ID:wo7X6wcI0
口の中では、甘くて苦い二つの味が混ざり合っていました。
余韻が喉の奥まで消える時、「あなた」がぽつりとこう言います。
「それが聞きたかったのさ」
くるん、かつっ。
48 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/02/07(水) 00:50:55.16 ID:wo7X6wcI0
再びステッキが軽やかな音を立てる時、私達は館のエントランスにいました。
正確には、「あなた」は仄明るいエントランスの中に立っていて。
もふもふ尻尾の私は、大きく開いた扉の外に立っていました。
「さあ、そろそろクッキーが焼き上がる」
「あ――」
「君の答えは決まっているんだろう? その通り、きっと素晴らしい味になっているさ」
き、と軋み出す両扉。
別れを直感して、私は咄嗟に駆け寄ろうとしました。
「よしたまえ。戻るような場所じゃない」
「でも……!」
「おいおい、何を弱気になっているんだ? 回り道をしても、いずれここに辿り着く……君はそう言ったじゃないか」
もっとも、いつになるかはわからないがね――
どこか皮肉げで、けどかっこよく片眉を上げる表情。私にもそれができるでしょうか。
ううん、するんです。
近い未来に。
49 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/02/07(水) 00:51:56.94 ID:wo7X6wcI0
扉が閉まる直前、「あなた」がもう一度笑いました。
晴れやかでちょっと能天気っぽい、どこかの誰かとよく似た笑顔でした。
「尻尾丸出しの『君』よ、素敵な夜のあらんことを!」
ステッキを持つ左手を後ろ、右手は帽子を取って胸元に。
カーテンコールを告げるような、恭しい一礼を最後に。
音を立て、大扉は閉まるのでした。
50 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/02/07(水) 00:55:17.05 ID:wo7X6wcI0
「――さん、たぬきさんっ」
「ひえぇ……か、帰ってこなかったらどうしましょうぅ……」
「私達、戻るの遅かったかなぁ……?」
「とりあえずドーナツあげてみよっか?」
「ホットミルクでしたらすぐに作れますよ〜」
「大丈夫♪ ほら、もうすぐクッキーも焼き上がって――」
目を覚ますと、私を覗き込む六人の顔。
藍子ちゃん、りすさん、アップルパイさん――あと三人は、えっと……?
51 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/02/07(水) 01:22:04.78 ID:wo7X6wcI0
「あ、たぬきさん! 良かった、起きたんですね」
「藍……あ、いや、写真屋さん……あれ? 私どうして……」
「たぬきさんは、クッキーをオーブンに入れた後で、そのぅ……」
「ばたーんって倒れちゃったんだよね?」
ひょこっと横から顔を出す、ポニーテールの少女。
お人形さんみたいに小柄な、ぱっちりした目が快活な感じで可愛らしい子です。
「帰ってきたらそうだったんだもん、びっくりしちゃった!
もうちょっと起きるのが遅かったら、あたしの必殺ドーナツ健康法で快適なお目覚めを演出するとこだったよ!」
ドーナツ……。
ひょっとして、りすさんが最初に言ってた「ドーナツさん」?
52 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/02/07(水) 01:23:31.59 ID:wo7X6wcI0
「けど、ご無事みたいで良かったです〜。あ、うちの牛乳使ってくれたんですねぇ。ありがとうございます〜♪」
彼女は「うしさん」?
……うしさん。牛さん……!! 何がとは言いませんが……!!
牛乳を飲み続ければ、人とはこうなるものなのでしょうか……!!?
「ごめんね、私達ちょうど出払ってて……。大丈夫だった? どこかぶつけてない?」
ということは、こちらのふんわりした子は「マカロンさん」。
おでことかを優しく撫でられたけど、どこも痛くないのでちょっと恐縮しちゃいます。
とマカロンさんがぴくっと反応するのは、厨房に漂う素敵な香ばしさ。
「あ、これって……クッキー?」
「クッキー……そうだ、私のクッキーは!?」
香りの源はオーブンでした。
りすさんとアップルパイさんが頷き合って、その扉を開きます。
53 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/02/07(水) 01:24:17.53 ID:wo7X6wcI0
「おおお……!」
自分でちょっと変な声が出ちゃいました。
ちょっと形がぶきっちょだけど、それぞれ立派に焼き上がったクッキーが現れたのです。
「こ、これを、私が……!?」
「覚えてないのかなぁ? ちゃーんと、全部たぬきさんの手で作ったんですよ〜♪」
アップルパイさんは嬉しそうにいくつかピックアップし、私に味見するよう差し出しました。
二つ三つ摘んで食べてみると……。
「お、おいしいっ」
一つはとっても甘いバニラ味、もう一つは甘さ控えめのビターなチョコ味。
それだけじゃなくてイチゴ味や、ザラメ付きの和風なものや、緑茶が似合いそうな抹茶味のものまであって。
一口に甘いとも苦いとも言えない、色んなバリエーションのクッキーが焼き上がっていたのです。
54 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/02/07(水) 01:24:54.83 ID:wo7X6wcI0
……正直、自分で作業した自覚はほとんどありません。
けど、このヘンな形は自分がしたものとしか説明がつきません。
不思議と納得はいきました。私はクッキーを作っている最中、夢を見ていたんです。
だから今するのは、その夢の結果をまとめること。
ラッピングが上手な藍子ちゃんのアドバイスを受けながら、かわいらしい小瓶にクッキーを詰めてみます。
おもちゃ箱みたいな。私達がいる事務所みたいな。
そういう賑やかで楽しい、かわいらしいプレゼントが、透明な瓶にぎゅっと収まるのでした。
55 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/02/07(水) 01:26:08.99 ID:wo7X6wcI0
「――今日はありがとうございましたっ!」
「いえいえ〜。こちらこそ、何もお構いできませんで〜」
「また来てね! 今度はできたてのドーナツごちそうしてあげる!」
「これ、持ってって。特製のマカロンとドーナツと、ミルクプリンの詰め合わせ!」
「あのぉ……りすくぼは、恋愛的なものはよくわかりませんけど……。お、応援してます……はいぃ」
出会ったばかりのみんなに別れを惜しまれて、私も名残惜しくなってしまいました。
短い間だったけど、とても不思議な体験でした。
となると、聞かずにはいられないもので……。
「あの……一つだけ聞いてもいいですか?」
「はい?」
首をかしげるアップルパイさん。
不思議な夜の不思議な夜市、まさに夢のような出来事をもたらしてくれたあなた達は――
「お菓子屋さんは、何者なんですか?」
アップルパイさんは目を丸くしました。
みんなと顔を見合わせて、くすっと微笑んで。
「お菓子屋さんは、ただのお菓子屋さんですよ♪」
スカートの両端をつまみあげ、ちょっと芝居がかった感じに一礼をしてくれるのでした。
56 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/02/07(水) 01:29:24.15 ID:wo7X6wcI0
そこからどこをどう歩いたのか、私はよく覚えていません。
滲む綺麗な灯りの中を泳ぎ続け、藍子ちゃんに導かれるまま歩いて。
ただ胸の内の小瓶を離さないように心がけていたら、いつの間にか辿り着いていました。
当たり前の街中の、下町の地上。
びっくりするほど寒くて澄んだ夜気と、ちらほら降り始めた綺麗な雪。
57 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/02/07(水) 01:44:23.34 ID:wo7X6wcI0
「どどど、どうしよう〜……っ」
「あ、そこで悩むんですね」
プレゼントはできました。
心構えもなんとか。
けどまずは肝心のプレゼントを肝心の相手に渡す時のことで。
具体的になんて言えばいいのか、どれだけ考えてもやっぱり全然わからないのです。
「なんにも飾らなくていいと思うけどなぁ。プロデューサーさんも、きっと喜んでくれますよ?」
「うぅうぅ、そ、そうだったらいいんだけど……」
熱い紅茶のカップで両手を温めながら、藍子ちゃんはくすくす笑いました。
夜市から出たそのままの足で、私達はあるカフェのオープンテラスで休憩もとい作戦会議をしているのです。
手すりの向こうはイルミネーション。花の無い街路樹にチェリーピンクの電飾が絡んで、一足先の春のようでした。
「で、でもでも、やっぱり緊張するよぅ……」
「ふふ、美穂ちゃんらしいですねっ」
と、藍子ちゃんがカップを降ろして、何かに気付いたようでした。
「あ」
「藍子ちゃん?」
「いえ、そろそろだなぁって」
「そろそろ?」
藍子ちゃんが見ているのは、私の真後ろ。
その向こうにいる誰かを認めて、両目を線にして笑いました。
「――ほら、美穂ちゃん。後ろ♪」
58 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/02/07(水) 01:46:01.24 ID:wo7X6wcI0
P「………………だいぶ飲んでしまった」グテー
楓「うふふ、プロデューサーったら結構な飲みっぷりで♪」
P「うまかったことは認めます。なんでしたっけあの、神谷バーの電気ブラン、じゃなくて……」
楓「偽電気ブラン」
P「……ってなんなんすか偽って」
楓「電気ブランの味に感銘を受けた京都の電話局員が、その味を独自に再現しようと思考錯誤を重ねた結果で――」
楓「今でも非公式のままどこかでこっそり作られて、あちこちに運び出されているそうなんです」
P「密造酒なんじゃないんですかそれ、大丈夫なんですか」
楓「けどプロデューサーも飲まれたんですから、もう共犯なのでは?」
P「く……っ」
楓「それよりほら、本番はこれからですよ? そろそろいい頃合いだと思いますけど」
P「これからってね、ハシゴはしないって俺は何度も……」
楓「いえいえ、そうじゃなく」
楓「素敵な夜はこれから――ということですよ。ほら、前♪」
59 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/02/07(水) 01:46:50.85 ID:wo7X6wcI0
振り向けば、プロデューサーさんと目が合いました。
60 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/02/07(水) 02:26:15.34 ID:wo7X6wcI0
そこから先は、だいたいご想像の通りだと思います。
一番慌てたのは私で、次に慌てたのはプロデューサーさんでした。
一番顔が赤くなったのも私で、次に赤かったのもお酒を飲んでいたらしいプロデューサーさん。
とにかくどっちも態勢を整えるのに精一杯で、そんな時に限って藍子ちゃんも楓さんも手助けしてくれなくて。
――あのあの、これバレンタインのプレゼントでっ……う、受け取ってくれますか……?
なんと数日フライング。ということをその時は全然考えておらず。
だけどプロデューサーさんは、慌てつつも受け取ってくれて。
図らずも一番先にプレゼントを渡した子になってしまったような――
ちなみに藍子ちゃんですが、自分が用意していた分はいつの間にかテーブルの下に隠していたのです。
ず、ずるい……っ。
61 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/02/07(水) 02:27:24.36 ID:wo7X6wcI0
「はうぅぅぅ……」
「えーっと……ありがとな。その、大事に頂くから」
「そ、そうしていただけると……」
言おうと思ってたことの全部が吹っ飛んでいます。不意打ちすぎます。
プロデューサーさんも酔いが醒めるやら醒めないやら、けど表面上はいつも通りみたいに接してくれています。
……ちょっと新鮮かも。
時刻はまだ19時過ぎ。あんなに長いと思っていた夜は、まだまだ始まったばかりのようで。
あんなことがあった後だからか、私はいつもよりほんの少し前のめりになっていました。
「その……プロデューサーさん。この後、お暇ですか?」
「ん?」
「もしよければ、ご一緒にお茶でも……な、なんて……」
じゃない。
62 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/02/07(水) 02:28:25.96 ID:wo7X6wcI0
そんなあいまいなお誘いじゃだめだ。
私は「彼女」と約束したんだもの。
それは、いずれ演じる私の姿。もっとはっきりと、もっとかっこよく、ちょっとオトナに。
おっほん。
……ごほんごほん。
……よいしょっと。
「――夜はまだ長い。ここはひとつ、私と共に過ごしてみてはどうかな、お客人?」
な、
なんて、
そういう感じで、
「…………ど、どうでしょうか?」
ああだめだやっぱりぜんぜんきまらないわたしだめかも。
ギリギリかっこいいっぽい表情を作ってみたまま石像のように固まる私。
差し出したままの右手はぷるぷる震えるばかり。
するとプロデューサーさんは少し笑って、自分の頬をぺしぺし叩き。
同じほど芝居がかった感じで、私の手を取って言います。
「ご主人の命ずる通り、喜んでお付き合いしましょう」
63 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/02/07(水) 02:29:29.50 ID:wo7X6wcI0
それでまあ。
当たり前だけどみんな見てましたので。
藍子ちゃんや楓さんだけじゃなくて、オープンテラスにいたみんなの視線が二人に集まっていて。
「…………美穂」
「はい」
「俺は……しんでしまうかもしれん」
「わたしもそうかもしれません」
ざわざわ、ざわざわ。
なんだあのクサい奴ら。バレンタインが近いからって浮かれすぎだろ。
おい待てよ、あれってまさかアイドルの――――
「やべっ、逃げよう……!」
プロデューサーさんの酔いはすっかり醒めてるみたいでした。
咄嗟に私の手をぎゅっと握って(ぎゅっと握って!!)足早にその場を去ります。
藍子ちゃんと楓さんはふわふわゆるゆるした足取りで、いつの間にかどこかへはぐれてしまっていました。
けど、とにかくその場を離れるしかありませんでしたから。
二人の無事を(?)祈りつつ、私はプロデューサーさんに手を引かれて走るしかありませんでした。
64 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/02/07(水) 02:30:57.66 ID:wo7X6wcI0
「――二人とも、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫ですよ。みんなすぐに忘れます。今日はそういう夜ですもの」
「そうですねっ。……にしてもプロデューサーさんって、にぶちんさんなんでしょうか?」
「ええ、最初の頃からそうでしたよ?」
「それは大変かもですねぇ。――あ、そうだ、今日は久しぶりに夜市に顔を出したんですよ」
「まあ、夜市……懐かしいわ。総代はお元気だったかしら?」
「はいっ。帰りにちょっとだけご挨拶したけど、相変わらずでした」
「私もご挨拶に行かないと……。そうだ藍子ちゃん、この後もう一軒……って未成年でしたね」
「ふふ、お茶ならお付き合いしますよ♪」
65 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/02/07(水) 02:32:43.02 ID:wo7X6wcI0
「あの、プロデューサーさんっ」
「ん?」
小走りのまま声をかけます。
もう好奇の目が届かない場所で、手はささやかに繋いだまま。
「私、楽しいです。とっても!」
こんな時にちょっと変かもしれないけど、言わずにはいられなくて。
肩越しに振り返る彼は、困ったような楽しいようないつもの笑みを見せてくれました。
「そうだな」
二人っきりで。彼がもう片手で大事そうに抱えた小瓶の輝きを見ながら。
まだ終わらない、きらめく夜の街へ。
〜おしまい〜
66 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/02/07(水) 02:37:01.49 ID:wo7X6wcI0
〇オマケ
――2月14日 事務所
P「…………こんな種類の注意をするとは思っていなかったが」
フレデリカ「うむ」
P「敢えて言おう、フレデリカ」
フレデリカ「うむうむ」
P「事務所のソファーを玉座にするのはやめなさい」
フレデリカ「ふむむーん?」
P「ふむむーんじゃないだろが! なんだそのヒゲ! ていうかなんだこのお菓子の量は!?」
フレデリカ「フンフフーン♪ フレちゃん今日はお菓子の王様なんだ〜♪」
P「ぬぅ、完全に開き直っている……」
P「……まあそうだな、誕生日だしな。これ俺から。おめでとさん」
フレデリカ「うむうむ、くるしゅうないぞ。代わりにこれを受け取るがよい〜♪」スッ
P「あっチョコを賜った……。ありがたき幸せにございます」
67 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/02/07(水) 02:44:26.95 ID:wo7X6wcI0
周子「むしゃむしゃむしゃ」
こずえ「もぐもぐもぐー……」
P「君らは君らで遠慮というものを知らんね!」
P(事務所には色とりどりのお菓子が溢れている)
P(バレンタインデーに加えて、うちのフレデリカの誕生日でもあるのだ)
P(友チョコに義理チョコにノリのチョコ、フレデリカへのプレゼントも加わって、まるでお祭り騒ぎだった)
P「……まあせっかくだし俺も貰うか。すげえなこれ和菓子までより取り見取りだわ」
???「本当に賑やかですねぇ」
P「はっ、その声は……!?」
ちひろ「お疲れ様です♪」
P「ちひろさん!? これまで名前は出てきたけど直接登場するのは初めてのちひろさんじゃないか!」
ちひろ「いやずっと事務所にいましたけどね私」
ちひろ「いつも騒ぎの最前線にいる誰かさんの代わりに事務処理をしてるから目立たないだけで」
P「申し訳なさしかない」
ちひろ「まあ慣れっこですよ。それよりプロデューサーさん、ハッピーバレンタイン!」
P「マジか! ありがとうございま……oh……スタドリ……」
ちひろ「チョコレート味ですよ♪」
P「そんなのあんの!?」
68 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/02/07(水) 03:07:58.76 ID:wo7X6wcI0
楓「おはようございます、プロデューサー、ちひろさん」
ちひろ「楓さん、おはようございます♪」
P「ああ、おは……この包みは?」
楓「ほら、今日はバレンタインデーなので。さしもの私も、何かチョコっと用意しなければと……」
P(いまいちですね……!)
P「――って、へぇ、変わった包みですね」
楓「今日はお菓子がいっぱいあると思ったので、あまり甘くないものがいいかと思いまして」
楓「塩気のあるアーモンドやチーズと合わせていて、ワインのおつまみにもなるものなんですよ」
P「おお……。どこのお店のものなんですか?」
楓「あ、自作です」
P「」
楓「あら白目」
P「…………チョコ作れたの!?!?!?!?」
楓「言ってませんでしたかしら。私でも、このくらいはチョコっと仕上げられますよ?」ドヤ
P(天丼……!!)
69 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/02/07(水) 03:17:13.74 ID:wo7X6wcI0
美嘉「――って、チョコくらいでびっくりしてちゃダメでしょ」
P「うおっ、美嘉……?」
美嘉「てことで、はいこれアタシから」
P「おっ……マジか?」
美嘉「なーにびっくりしてんの。アタシだってこれくらいはするって」
美嘉「ちなみに手作りだから★ おいしかったら、またいつでも作ってあげるからね〜♪」スタスタ
フレデリカ(グッ)b
P「おぉ……なんと手作りのプレゼントがまたも……」
ちひろ「なに感動してるんですか気持ち悪いですね」
P「ちょっやめて余韻ぶち壊すの」
P「……うん、大事に頂こう。こんなの一生に一度あるかないかだ」
楓「ふふ、そうしてください」
70 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/02/07(水) 03:18:08.97 ID:wo7X6wcI0
―― 廊下
キィ パタン
美嘉「ふぅ…………」
美嘉「っっはぁぁぁあ〜〜〜〜〜〜〜〜っ…………!」ヘナヘナ
奏「顔が真っ赤よ?」
美嘉「うわあびっくりした! 奏!? いつからいたの!?」
奏「いつからというか、今入ろうとした時にあなたが出てきたんだけど」
志希「どうだったどうだった? ミッションコンプリートできたかにゃ?」ヒョコッ
美嘉「志希も……。ええと、うん」
美嘉「なんか、ありがとね。結果的にちゃんとしたのができたし。響子ちゃんにもお礼言わなきゃ……」
志希「んにゃんにゃ、そこはホラwin-winっていうか? あたしも結構おもしろいチョコ作れたし〜」
美嘉「作ったの!?」
志希「作った!」
美嘉「あげたの!?」
志希「あげた! なかなか有意義な実験だった!」
美嘉「何が入ってんの!? インドのアレ!?」
志希「いやいやぁ、ヘンなおクスリは入ってないよぉ。てゆかシキちゃんソーマなんて持ってないし?」
奏「当たり前よ。そんなもの本当にあったら大事件だわ」
志希「あ、でも電極差したら動くよ。ふっふ〜! 生命の神秘〜!」
美嘉「それチョコなの……!?」
71 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/02/07(水) 03:19:20.33 ID:wo7X6wcI0
P「……」
プスッ
ウゴウゴ
プスッ
ウゴウゴウゴ
P(…………これチョコなの…………?)
楓「――あら、そこの小瓶は……?」
P「あ、これですか? ええ、最初に貰ったクッキーの瓶で……」
P「いい包みだったから、洗って小物入れにしてみてるんですよ」
ちひろ「美穂ちゃんですね。――それにしてもあれ、いいCMでしたね」
ちひろ「このポスターも。最初は少し心配だったけど、そんなの杞憂でしたよ」
P「はい。本人はこれ貼ってると恥ずかしがるんですけどね」
P「けど大きな一歩ですから。これはもうばっちり残しておかないと」
ちひろ「ええ♪ あ、お茶淹れてきますね」
P「お、ありがたい。お願いします」
72 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/02/07(水) 03:20:09.19 ID:wo7X6wcI0
P「――お菓子の館の女主人か。うん、何度見てもばっちりだ」
P「さて。せっかくだから、ありがたく貰うとしようか――」
P「いただきます」
周子「んまいねこれ」ムシャムシャ
こずえ「あまみー……」モグモグ
P「オアアーッ!?」
〜オワリ〜
73 :
◆DAC.3Z2hLk
[saga]:2018/02/07(水) 03:22:02.66 ID:wo7X6wcI0
以上です。バレンタイン美穂ちゃん引けた記念&Sweetches一周年記念。
お付き合いありがとうございました。依頼を出しておきます。
74 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/02/07(水) 03:35:34.78 ID:tmHBFDL8o
乙でした
あまーーい
バレンタイン美穂ちゃん、マニッシュな衣装なのにエロみが凄いですね
何というかおしりが
75 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/02/07(水) 07:39:57.47 ID:mpii4Q2DO
乙くぼ
藍子もあっちの、人ならざるものか……人間の方が少なくない?
76 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/02/07(水) 08:36:16.63 ID:cDwDobQKo
おつおつ
77 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/02/07(水) 09:36:02.12 ID:Iu4MoVjj0
乙
とりあえずありがとう母ちゃんとだけ言っておこう
78 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/02/07(水) 14:08:12.98 ID:1z4ioEgfO
乙乙いいぞー
順調に人外が増えておる
79 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/02/07(水) 15:54:59.79 ID:FSkFMjoK0
乙
甘いお菓子屋の店長の初代は別格だったか…なんで脱ぐの
CGで未登場なの奇数の子2人だけか
この事務所人外だらけじゃないか
80 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/02/07(水) 22:48:45.22 ID:COllb2aH0
乙です。
神谷バーって奈緒?
>>4
それ言ったら狐さんも不可になるよ?
81 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/02/07(水) 22:55:36.49 ID:S0K6oG1Ro
>>80
狐はきちんと対策してそう
狸はうっかり中りそう
82 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage saga]:2018/02/07(水) 23:05:37.90 ID:COllb2aH0
>>81
で、Pが心配して看病する。
結果狸がリードwww
流石狸、流石。
83 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/02/07(水) 23:19:41.94 ID:7RhIyjpHo
乙
>>79
凛と卯月は過去の話で出ているぞ、人か人外かはわからないけど
>>80
電気ブランだし浅草に実在する神谷バーの事だろ、多分
84 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/02/08(木) 05:21:24.04 ID:h4YEvCAd0
乙
今回は夜は短し歩けよ乙女風なのかな?あの小説好き
85 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/02/08(木) 11:07:50.57 ID:aSh5Tqde0
乙
志希の言う財団はSCPなのかアーカムなのか…
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