サーバル「こわい夢」

Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/02/19(月) 23:58:31.87 ID:IBiS+bJA0
「博士、少し聞きたいことが」


「なんですか、助手」


「実は昨日、かばんの作ったカレーを食べたのです」


「か、かばんのカレーを食べたのですか!? 一人だけずるいですよ、助手!!」がたっ


「最後まで聞いてください、博士。確かに私はカレーを食べていました。ですが、気づいた時には、普段寝ているベッドの上にいたのです」


「…………?? 助手が何を言っているのか、全然分からないのです……」


「夢ですよ」


「夢?」


「後で調べてみたら、図書館の本に書いてあったのです。ヒトは寝ている間に、脳が頭の中を整理します。その時に見る映像を『夢』と呼ぶのだそうです」


「そ、それなら知っているのです! まったく、分かりにくく言わないでほしいのですよ!」ぷんすこ


(かわいい……)


「なんなのですか、その目は!」


「いえ……すみません、博士。今まで見た覚えがほとんどなかったので、つい珍しくて話したのです」


「それは仕方がないのです。夢は見ても忘れることが多いのですよ」


「……ですから、次からはカレーの夢を見た時は教えるのですよ! 博士にも食べさせろです!」


「ど、どうやって食べるつもりですか………………それより、私がその夢を覚えていたのはなぜでしょうか?」


「それはきっと、かばんのカレーのおかげなのです」


「カレー?」


「おそらく、自分の好きなものが出てきたから、強く記憶に残ったのです」


「なるほど…………ということは、逆の場合もあるのですか?」


「ありますよ。嫌いなものの出る夢も、記憶に残りやすいのです。例えば……」






「過去の思い出したくない出来事が夢に出てくることもあるそうですよ」

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1519052311
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/02/20(火) 00:02:43.34 ID:PoruoH2d0
大切なもの。


離したくないもの。


かけがえのないもの。


失いたくないもの。


いつも近くにいるのが当たり前で、気がつくと忘れている時がある。




「かばんちゃん!」




サーバルの隣にいるのは、さばんなちほーで出会ったヒトのフレンズ、かばん。




「なあに、サーバルちゃん」


「手、繋ご!」


「うん、いいよ」




二人は片方の手をぎゅっと握り合って歩く。手から感じるのは、じんわりとした温もり。ぐっと握れば、相手からぐっと握り返される、小さな幸せ。


その温もりは、セルリアンによって、一度失いかけたもの。


そして、みんなで救い出したもの。




「こうしているとね、かばんちゃんがちゃんとここにいるんだな、って思えて嬉しくなるの」


「ぼくも、こうしているのは好きかな」


「えへへっ……かばんちゃん、これからも一緒だよ」


「……うん、もちろんだよ、サーバルちゃん」




あれから二人は、一緒にいる時間が増えた。大切なものをまた失ってしまうのが怖くて、何となく気がかりだったから。


二人は時々、あの時のことを思い出してしまう。そんな時――心臓がどくどくと波打つ時は、いつも互いの手を握る。


お互いの存在を確かめるように、お互いの鼓動を合わせるように、二人は横に並んで歩く。


誰にも負けないと自信を持って言える、強い絆と、何にも変えがたい、たくさんの思い出を胸にしまって。


もう大丈夫だよ。もう離さないよ。


二人は相手に、自分自身に、そう言い聞かせる。





そんな二人のもとに、それは突然やって来た。
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/02/20(火) 00:07:03.54 ID:PoruoH2d0
地響きのような音。辺り一面の真っ暗闇。


何も見えないのに、「何かがいる」と野生の本能が感じ取る。


その「何か」は巨体の向きをぐるりと変えて、一つ目が、ギョロリと私を見つめている。


大きな、大きなセルリアン。


そのあまりの巨体に、思わず頭が真っ白になる。


逃げなきゃ――!


そう思った私は、すぐさま体を動かそうとする。




……あれ?


動かない?


いくら動こうとしても、体が言うことを聞こうとしない。逃げられない。


このままじゃ、私――――




どすん


「うみゃあっ!」




ぐらりと体の中心が傾き、その場で尻もちをついてしまう。




「いっ…………たた…………」


痛い。


ずきずきと痛みを感じて、体に力が入らない。


手でなんとか後ろに後ずさるが、それだけで逃げられるはずもなかった。それを見下ろすセルリアンは、大きな目を下に向けて、私をじっと凝視する。


あまりの大きさに圧倒されて、体から力が抜けてしまう。




ぐらっ




セルリアンは大きく傾いた。




ああ。


私、死ぬんだ。


セルリアンの体に飲み込まれる直前、私の頭に浮かんだのは、その言葉だけだった。
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/02/20(火) 00:10:06.22 ID:PoruoH2d0
「!!」がばっ




現実に引き戻され、飛び起きた私は、すぐさま辺りをきょろきょろと見回す。




今の、何?




木。野草。風の音。青い空。


セルリアンの姿は、どこにも見当たらない。




「すー…………すー…………」




隣で眠るかばんちゃんの寝息を聞いて、私はやっと我に帰る。私とかばんちゃんは木陰でお昼寝をしている真っ最中。夜行性の私が昼間に起きているのを心配したかばんちゃんが、私のために作ってくれた時間だった。


私が見ていたのはただの夢。




ただの、夢?


それにしては、あまりにもリアルだった。


本当に、あれは夢なの?




「ち……違う」




違う、違う、あんなの違う。あんなの現実じゃない。


あんなの、ただのまやかし…………嘘に決まってる。


私もかばんちゃんも無事に生き延びて、今こうして生きている。それは揺るがない事実のはずだ。




でも…………


それなら、どうしてあんなにリアルだったんだろう……?




どくん、どくん、どくん


「っ…………」




おいしい空気で満たされているはずなのに、呼吸はやけに苦しい。




心臓の鼓動はまだ収まらなかった。
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/02/20(火) 00:11:34.05 ID:PoruoH2d0
「ここは……?」






場所はおそらく、真っ暗な森の中。




目の前に立っているのは、また、巨大なセルリアン。




ただ、前の夢と違い、こちらの様子に気づいていない上、足が問題なく動く。




それなら早く逃げた方がいいと、私はセルリアンに気づかれないよう、ゆっくりと後退していく。






けど……何だろう? 何か違和感を感じる。






セルリアンの様子が以前とは違うような――






どさっ






「えっ……」






その時、セルリアンの体から何かが落ちてくるのが見えた。




見覚えのあるシルエットに、思わず背筋が凍りつく。




かばんちゃんの、かばんだ。




「かばん…………ちゃん…………?」




見たくもない、目を背けたくなる光景があると分かっていても、私はゆっくり、ゆっくりと視線を上へ動かしていく。






セルリアンの真っ黒い体の中に、かばんちゃんは一人、ぷかぷかと浮かんでいた。
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/02/20(火) 00:15:18.84 ID:PoruoH2d0
その瞬間、恐怖の感情は消え失せ、逆に怒りが沸騰するように湧き出した。




「…………みゃ」




「うみゃあああああぁぁぁっ!!!」




さっきまで凍りついていた私の体は、反射的にセルリアンの体へと飛びついていた。
ぎらりと先を尖らせた爪で、がりがり、がりがりと、セルリアンを引き裂いて、


引き裂いて、引き裂いて、引き裂いて、




がりっ、がりっがりっ、がりりっ


「みゃあっ!! うみゃああぁっ!! 返して、返してよっ!! かばんちゃんを返して!!!」


がり、がりがりがり、がりっ


「みゃっ!! うみゃっ!! うみゃーーーっ!!!」


「はあっ、はあっ………………」




「かばんちゃんは…………怖がりだけど優しくて、困ってる子のためにいろんなことを考えて、とっても頑張り屋さんで…………」


「まだお話したいことも、一緒に行きたいところも、たっくさんあって…………」


「だから、だから返して……………っ」




「かばんちゃんを、返してよーーーーーっっ!!!」




世界に自分一人しかいないとさえ思えてしまうくらい、静かな夜の森を突き抜けるように、私の大きな声は辺りに響き渡った。




ぐらっ


「え…………きゃあっ!」




精いっぱいの思いもむなしく、私の体はやすやすと、セルリアンの黒い足に吹き飛ばされた。
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/02/20(火) 00:16:49.01 ID:PoruoH2d0
「いたい…………っ…………」




私の攻撃に怖気づいたのか、それともただの気まぐれか、セルリアンはぐるんと向きを変え、どすどすと地面を鳴らしながら走り始めた。




「ま、待って、かばんちゃ……っ!」


ずきっ


「いたっ……!」




慌てて追いかけようとすると、ずきん、と足にひびが入ったかのような痛みに体が固まる。
吹き飛ばされ、勢いよく地面にたたきつけられた私の足は、思うように動かなくなっていた。




「そんな……いやっ、だめ…………だめ…………!」




私は両手で地面をひっつかみ、這いつくばって前に進もうとする。


だが、そんな悪あがきをしたところで、セルリアンとの距離が縮むはずもない。


セルリアンの足音は遠ざかり、小さくなっていく。




「…………やだ…………っ………………かばんちゃん………………行かないで…………」


「いや…………いやっ………………いやだぁ………………」




やがて、音の一切が聞こえなくなり、私の体力が尽きて動けなくなった頃、




世界は真っ暗な闇に包まれた。
8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/02/20(火) 00:19:15.37 ID:PoruoH2d0
「…………ちゃん…………かばん……ちゃん……」






「かばんちゃん!!」


「えっ?」


「うみゃっ…………あれ………………?」


「サーバルちゃん、どうかしたの?」


「あ…………かばんちゃん、生きてる……生きてるの?」


「え……何言ってるの?」


「かばん……ちゃん………………かばんちゃんっ!!」だきっ


「わっ、サーバルちゃん!?」どさっ


「よかった…………よかったぁ…………っ」




私は一目散にかばんちゃんに飛びつく。二人でごろごろとバスの中を転がって、バスの車体がぐらっと揺れた。


目の前のきょとんとしたかばんちゃんの姿を見ただけで、嬉しさと、安堵と、喜びでいっぱいになる。


ぎゅっと抱きついた場所から、かばんちゃんの体温がじんわりと伝わって、体と心を温めてくれる。




「本当にどうしたの? さっきまで苦しそうに唸ってたのに、起きたら急に飛びついて……」


「……あ、ごっ、ごめんね! 迷惑だったかな?」


「平気だよ。少しびっくりしたけど……それよりサーバルちゃんは……」


「え、えーっと、ほんとに何でもないから! 心配しないで!」


「そう? それならいいけど……」




かばんちゃんに嘘をついている背徳感からか、私はまっすぐに目を合わせることもできず、何も無い場所を見ながら言ってしまう。


ごめんね、かばんちゃん。でも、こんなこと言えないよ。


かばんちゃんが私の前からいなくなるなんて、そんなの私……




ずきっ


(いやっ!)




心臓に針がささったような痛みを感じて、私はすぐに考えるのをやめた。
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/02/20(火) 00:20:54.01 ID:PoruoH2d0
「カバン、今日ハジャパリカフェニ行クンジャナカッタノ?」




かばんちゃんの手元でちっちゃくなったボスが、ツッコミを入れるように言う。




「あ、そうでしたね、ラッキーさん。すぐ行きましょう」




かばんちゃんはボスにそう伝えると、いそいそとバスの運転席へと向かった。




巨大セルリアンを倒した後、私とかばんちゃんは「無事セルリアンを倒せた&かばん何の動物か分かっておめでとうの会」をゆうえんちで開催するために、各地のちほーを飛び回っている。


単にお誘いするだけの時もあるし、ちょっとしたお仕事を担当してほしいと頼んだりもする。みんなかばんちゃんのことが大好きだから、誰もが喜んで引き受けてくれた。


今日はこうざんのジャパリカフェに向かう日。


あそこにはカフェを営むアルパカ、紅茶を飲みに来るトキに加えて、最近新しく増えたお客さんも何人かいるらしい。


なるべくたくさんのフレンズに来てほしいなら、カフェでアルパカさんに宣伝してもらうといいと思う、と提案したのはかばんちゃんだった。かばんちゃんは本当に頭がいい。


「どんなフレンズが遊びに来るのか、今から楽しみだね」とかばんちゃんに後ろから話しかける。かばんちゃんは「そうだね」と楽しそうに返してくれた。




どく、どく、どく、どく…………




血液が波打つ心臓。鼓動はまだ速いまま。


…………大丈夫。かばんちゃんはすぐ目の前にいる。


大丈夫……大丈夫……




私は自分に言い聞かせ続ける。
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/02/20(火) 00:23:10.76 ID:PoruoH2d0
「ふわああぁ! いらっしゃあい! ようこそぉ、ジャパリカフェへ〜」


「お久しぶりです、アルパカさん」




カフェの経営主であるアルパカは、以前バスの電池を充電しに来た時と何ら変わらない笑顔で、私たちを迎え入れてくれた。




「あんれぇ、二人とも久しぶりだねぇ! どうぞどうぞお、ゆっくりしてってぇ! これねぇ、新しい種類の紅茶なんだゆぉ〜。飲んで感想を聞かせてほしいなぁ〜」


「ぜひ、飲ませてください!」


「あら、久しぶりじゃない。といっても、セルリアンの時以来かしら」


「トキさんもいたんですね」


「もしかして、また私の歌を聴きに来たの? ふふ、歌ならいつでも歓迎よ。ここに来るようになってから喉の調子がずっといいの」


「そのことなんですが……トキさん、その歌を、もっとたくさんのフレンズに聞かせたいと思いませんか?」


「……? それって、どういうこと?」きょとん




「へえ……なるほどね」


「PPPのみなさんも呼ぶ予定なので、コラボしてみるとかどうでしょう?」


「むふふ、いいじゃない。あのPPPと歌えるなんて光栄だわ。私の歌をフレンズに知ってもらうきっかけにもなるわね。お友達のショウジョウトキも呼ぼうかしら」


「ぜひそうしてください!」


「新しい紅茶持って来たよぉ〜!」




トキとかばんちゃんが楽しそうに話していると、アルパカが新しく仕入れたという紅茶を持ってきた。




「いただきまーす!」


「あ、これおいしいです!」


「ほんとぉ? よかったぁ」




かばんちゃんの言葉はお世辞でもなんでもなく、本当においしい紅茶だった。何の植物を使っているのかは相変わらずさっぱり分からないけど、ちょっと嗅ぐだけで鼻の中にふわっと広がって、頭が痺れるようないい香り。


さっきまで冷えていた心も、紅茶が体の中からじんわりと温めてくれる。
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/02/20(火) 00:24:32.69 ID:PoruoH2d0
「本当だ。すごくおいしい!」


「えへへぇ、褒めてくれてうれしいなぁ」


「ではここで一曲。すぅーー…………みんなで飲む紅茶はあぁ〜〜とってもぉ〜〜〜最高なの〜〜よぉ〜〜〜〜」






「ふう……どうだった?」


「とっても素敵な歌でした! 前に歌ってた時よりもさらに良くなっていると思います!」


「むっふっふ……こう見えてちゃんと毎日練習してるのよ。PPPとコラボするなら、この歌声もさらに磨きをかけなきゃいけないわね」


「すごーい! PPPとのコラボ、楽しみだね!」


「そうだね、サーバルちゃん」


「あははっ……」




紅茶だけじゃない。お店の雰囲気も、アルパカの嬉しそうな笑顔も、トキの歌声も。


今は何もかもが温かい。




(ずっとこうしていられたらいいのにな……)








「……それにしても、あなたも大変だったわね」


「えっ?」


「飲み込まれたんでしょ、セルリアンに」




どきっ




「怖くなかった? 仲間を守るために飛び込むなんて、あなたは勇敢なのね」


「そんなことないですよ。あの時は必死で……」






だめ。




やめて、それ以上は。
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/02/20(火) 00:26:48.07 ID:PoruoH2d0
「追い詰められた時に、獣の本性は現れるものよ」


「逃げずに立ち向かうなんて、かばんさんはすごいにぇ」




逃げずに立ち向かって、かばんちゃんはセルリアンに、




セルリアンに、




セルリアンに、




どく、どく、どく、どく、どく……


「……サーバル?」


「……ぁ、え、何……?」


「あなた、顔が真っ青よ。具合でも悪いの?」


「ちが……何にもないよ……」


かたかたかたかた……


「手が震えてるじゃない」


「違うの、これは……」




セルリアンの中に、




真っ黒い体に、




体に、




かばんちゃんが、




かばんちゃんが、




かばんちゃんが、




「気をつけてねぇ。セルリアンがいなくなったわけじゃないから、油断してるとまた食べ…………」




「いやあっ!!!!」
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/02/20(火) 00:29:12.82 ID:PoruoH2d0
がちゃん!




「わああっ!! た、食べ…………!?」びくっ


「はあっ……はあっ……はあっ……」


「サ、サーバルちゃん、大丈夫!?」


「はあ………………はあ…………」




私、今、何して……?


ゆっくりと顔を上げると、さっきまで飲んでいた紅茶が床に飛び散り、ティーカップは破片となって辺りに散乱していた。




「あれまぁ、どうしたのぉ?」


「ご、ごめんなさい! カップを割っちゃった……」


「カップなんて他にもあるからいいんだよぉ。それより大丈夫? けがはない?」


「……はい…………」


「よかったぁ。ちょっと待っててねぇ、箒とちりとり持ってくるからぁ」




アルカパは席を立ち、奥の部屋に掃除道具を取りに行ってしまった。
取り残された三人の間に、ずっしりと重たくなった空気が立ちこめる。




「…………」


「…………」


「…………」




「さ……サーバルちゃん」


「……何?」


「その……あんまり気を落とすことないよ。誰にでも、こういう失敗はあるから……」


「うん…………そう、だね…………」




ぐっ、と毛皮を掴む手の力が強くなる。


きゅっ、と唇を噛む力が強くなる。


目を合わせるのも躊躇ってしまう。


視界の端でかばんちゃんが、なんて声をかけたらいいのか、迷っている顔を見せていた。
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/02/20(火) 00:30:34.26 ID:PoruoH2d0
そんなかばんちゃんを他所に、トキはぽつりと口を開く。




「……サーバル。あなたは何を見ているの?」


「……え」


「今のあなた、まるで別人よ。原因は分からないけど、ずっと何かに怯えた顔をしてる」


「あなたが恐れているのは、一体何なの?」


「っ…………!」




トキは鋭い。私が怯えていることに、もうとっくに気がついていた。




言うべき、なのかな。


確かに、今ここで全部吐き出してしまった方が、気分は楽になるかもしれない。


けど、ここで言ってしまったら、かばんちゃんは――




「おまたせぇ! 箒とちりとり持ってきたよぉ〜」」




私が口を開こうとするのと、アルパカが戻ってくるのはほぼ同時で、私たちの会話はそれきり打ち切られた。
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/02/20(火) 00:32:38.33 ID:PoruoH2d0
夢は、終わることを知らない。






正しく表すなら、夢は「中断」と「再開」を繰り返す存在。






現実を蝕み、食い尽くし、あたかもこちらが現実だ、さっさと認めろと言わんばかりに主張する。






一度目を開けて現実に戻っても、次に目を閉じれば、また夢はやってくる。






夢の中では絶望に叩きのめされ、夢の外ではまた見る夢への恐怖に怯える。






夢に支配され、頭の中をぐちゃぐちゃに掻き乱されている気分だった。






夢を見るようになってから、私はかばんちゃんの側を離れられなくなった。






セルリアンがいないかどうか不安で、常に周囲を警戒しなければいけなくなった。






精神は日に日に擦り切れ、まともに眠れなくなったことで体力も次第に衰えていく。






私は次第に追い詰められていった。
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/02/20(火) 00:35:01.08 ID:PoruoH2d0
「あ、あれ……ここは……?」




ここはどこ?


どうしてこんなに真っ暗なの?


セルリアンの中?


真っ暗な森の中?


かばんちゃんはどこにいるの?


誰もいない。


何も聞こえない。


あるのはただ、一面に広がる黒一色。


真っ暗闇よりさらに黒い、真の暗黒。




「かばんちゃん、どこにいるの?」




私は問いかける。


かばんちゃんの声どころか、返ってくる音一つ無い。


嫌な予感がした。




「かばんちゃんっ!」




私は走った。


かばんちゃんの名前を叫びながら、どこまでも、どこまでも。




「かばんちゃん、どこにいるの!? 返事してーー!!」




「かばんちゃーーん!! 私だよーーー!!」




「かばんちゃーーん!!!」




けど、いくら走っても、ここは一面に暗黒が広がる世界。


私が発する音以外に、聞こえる音は何も無い。
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/02/20(火) 00:38:04.86 ID:PoruoH2d0
いつの間にか、私は涙を流して走っていた。




「かばん……ちゃん……っ…………どこにいるの……っ」


「かばんちゃんっ…………はあっ……はあっ……」




見た目はヒトの姿とはいえ、特徴はサーバルキャットの頃と変わらない。


長時間走るのは得意ではなかった。




「っ…………かばん……ちゃんっ……!」


「はあっ…………」




やがて体力は底をつき、私はその場でうずくまった。




「かばんちゃ……げほっ……げほっ……!」


「げほっ、げふっ、げっ…………かば、んちゃ、げほっ……!」




持ち前の大きな声さえ枯れ果てて、もう上手く出せなくなっていた。




「う、ううっ、ううぅ……」




八方塞がりになった私の目から、涙がぼろぼろと溢れ出る。


私は、かばんちゃんを守れない。


……いや、私には到底無理なことだったのかもしれない。


「さばんながいど」なんて言って、ジャパリパークについて教えて、何も知らないかばんちゃんを助けてあげようと思っていたのに。




何も知らないのは私の方だ。


かばんちゃんを救う方法も。かばんちゃんがどこにいるのかも。私は何も知らない。何もできない。




悔しい。悔しいよ。




「かばんちゃん…………」




鎖が心に巻きついて、ぎゅうぎゅうと私の心臓を締めつけるようで、涙と嗚咽に濡れた私は、ただ泣くことしかできなかった。
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/02/20(火) 00:39:28.85 ID:PoruoH2d0
「…………サー…………ちゃん……」




「サーバルちゃん!」


「みゃっ…………!!」ばっ




飛び起きた私の目に映ったのは、ジャパリバス、かばんちゃん、そしてちっちゃくなったボス。


いつもの光景。




「おはよう、サーバルちゃん」


「あ、えっと……おはよう、かばんちゃん」


(また、夢……)




「サーバルちゃん、泣いてるの?」


「え?」


「だって、涙が……」




かばんちゃんに言われるまで気がつかなかったけど、私の頬には確かに幾筋かの涙が流れていた。




「な……泣いてないよ。これはその……あくびで出ただけだから」


「……そう」




もう何回目かも分からない嘘をつく。




「それじゃ、ここから早く出発したいから、バスに乗ろうか」




夢から目覚めた私はまだ夢うつつの状態で、言われるがままにジャパリバスに乗った。


昨日は確か、さばくちほーのフレンズに会いに行ったから……次に目指すのはこはんのはずだ。
19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/02/20(火) 00:41:42.65 ID:PoruoH2d0
前の座席に座ったかばんちゃんは、静かにバスを運転し始めた。




「無理やり起こしちゃったけど、もっと寝ていたかった? 着くまでまだ時間がかかるから、バスの中で寝てていいよ」


「ううん、私は大丈夫だよ。むしろ――――」




起こしてくれて、ありがとう。


そう言いたかったけれど、直前になって口を閉じた。かばんちゃんに不思議に思われたくなかったからだ。


ジャパリバスの車内は、無人のように静かだった。私が何一つ話さなくなったから、かばんちゃんも声をかけづらいのだ。


かばんちゃんはボスの代わりにハンドルを握っているから、前より自由におしゃべりできないけれど、それでも私たちは、バスの中でいつもたくさんの話をしていた。


出会ったフレンズの話。


周りの景色の話。


ジャパリまんの話。


私が動物だった時の話は、かばんちゃんにしかしていない。


今は何も話す気が起きず、ただただ気怠い。


それに加えて、頭にずきずきと痛みを感じる。


バスの中で横になろうにも、頭の痛みは治まらず、余計に意識がそこに集中される。


それでも、寝たらまたあの夢を見ることになるので、そうなるよりはよっぽどいいのも確かだった。




「っ………………ううっ……!」




バスの中で横になってからしばらく経っても、痛みは一向に治まる気配はない。


……それどころか、痛みが少しずつ増していっている。


頭を刃物で突かれるような痛みが、奥深くまで突き刺すような痛みに変わっていた。




「ぃ…………っ!」




言うつもりは無くても、痛みが走ると条件反射のように苦痛の声をあげてしまう。


両側から挟み込むように手を置いて、少しでも痛みから気を逸らそうと、私は必死になっていた。
20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/02/20(火) 00:43:17.54 ID:PoruoH2d0
「――――サーバルちゃん」




かばんちゃんの声が聞こえて、私ははっと我に帰る。


こちらを向いてこそいなかったが、声色からは様々な感情が滲み出ていて、バスのハンドルを握る手に、僅かに力が入っているのが分かった。




「頭、痛いの?」




その問いが何を意味しているのか、この時の私には分からなかった。おそらく、かばんちゃんは私のことを試していたのだと思う。私が嘘をついているのか、ついていないのかを知るために。




「わ、私はへーきだよ。気にしないで……」


「っ…………!」




その時、私は確かに、かばんちゃんの息が詰まり、微妙に空気が揺れ動いたのを感じ取った。


やりきれない感情が鼻先まで詰まって、息をしようにも上手くできなくなる、そんな動き。




「……あのね、サーバルちゃん。今から言うことに、正直に答えてほしいんだけど」


「何?」




「サーバルちゃんは、どうして――――」




がたっ!




「うわっ!?」


「うみゃあっ!?」




突然、バスが大きく車体を揺らした後、やがて死んだように動かなくなってしまった。




「どうしよう、動かない……」


「何かあったの? バス死んじゃったの?」


「ドウヤラ、タイヤガ挟マッタミタイダネ」




外へ出て確認してみると、ボスの言った通り、バスの後輪が地面の溝にはまり、動けなくなっていた。
21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/02/20(火) 00:46:06.41 ID:PoruoH2d0
「どうすればいいの、ボス?」


「バスヲ押シテ、溝カラ出スシカナイネ」


「ええ、できるかなあ……」


「二人でやればきっとできるよ、やってみよ!」


「え、でも」




かばんちゃんは心配そうな顔をしていた。




「サーバルちゃん、体調は……」 


「私は全然平気だよ! だから早くやろうよ、ね?」


「う……うん」




かばんちゃんはまだ疑っているように見えたけど、私が無理やり押し通して、最終的に渋々承諾した。




「じゃあ、いくよ……せーのっ」


「「えいっ……!」」




難なくバスを押し出してかばんちゃんを安心させようと、私は持っている力を全部出すくらいの意気込みでバスの背中を押した。が、二人の努力も空しく、どんなに押してもバスは微動だにしない。結局、力を入れて始めてからほんの数十秒で、私たちはその場にどさっと座り込んでしまった。




「はああ……やっぱり、重たいね…………」


「み…………みんみぃ…………」




この調子じゃ、到底動かせそうにない……とため息をついていた、




その時。




ガサッ


「!」ぴくっ


「かばんちゃん、今何か音がしなかった?」


「え、そう? ぼくは何も聞こえなかったけど」


ガサッ ガサッ


「ほら、やっぱりするよ。ガサガサって……」
22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/02/20(火) 00:49:44.94 ID:PoruoH2d0
「あ」


「サーバルちゃん……?」


「う……し……ろ……」


「……!!」




私もかばんちゃんも(そしてボスも)、お互いバスに夢中で全く気がついていなかった。かばんちゃんの背後から、セルリアンがわらわらと出てきていたのだ。




「セルリアン!……とりあえず、今はここから逃げよう!」


ガサッ


「!!」




逃げようとするかばんちゃんを遮ったのは、さらに別のセルリアン。背後だけじゃない。四方八方が埋め尽くされ、私たちは完全にセルリアンに取り囲まれていた。
数は少なくとも十体以上。さらに部の悪いことに、さばんなちほーでかばんちゃんが初めて出会ったのより少し大きいサイズの個体だらけだった。




「…………サーバルちゃん、悪いけど協力してくれるかな? ぼくが松明に火をつけてセルリアンを引きつけるから、そのうちに――――」


「――サーバルちゃん?」


「あ、あ、あぁ…………」




喉の奥に何かが詰まったように、私は上手く呼吸ができなくなった。バスの側面に背中がついて、これ以上動けなくなる。
じりじりと、少しずつ、確実に近づいてくる恐怖。無機質無感情な一つ目が、こちらを覗き込むように目を向ける。




怖い




怖い




怖い




怖い……!




「いや……いや、いや、いや、いや」


「サーバルちゃん、聞こえ――――」




「いやあああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


「サーバルちゃん!?」
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/02/20(火) 00:50:54.57 ID:PoruoH2d0
パニック状態に陥った私は、頭を抱え込んで、狂ったように叫び出す。




「いやっ!! いやああっ!! やだあああああぁぁぁっ!!!」


「サーバルちゃん、どうしたの!? 落ち着いて!」


「やだっ、やめてよっ!! かばんちゃんを奪わないでえぇっっ!!!」


「サーバルちゃん!!」




また、失う。


奪われる。


殺される。


目の前にかばんちゃんとセルリアンが並ぶだけで、あの映像が、あの巨体が、あの黒い黒い漆黒の闇が蘇ってしまう。


頭の中心はぐらぐらして、目は涙で濡れて、手足はがくがく震えて、恐怖に全身が包まれて。


頭がどうにかなってしまいそうだった。


かばんちゃんが私のもとへ駆け寄り、何か声をかけているらしいが、当の私はパニックになっていて何も聞こえない。


そうこうしているうちに、セルリアンは既にかなり距離を狭めていた。


かばんちゃんにも武器のたいまつはあったが、今から取り出しても間に合わない。




襲われるのを覚悟し、かばんちゃんが目を瞑ったその瞬間――




三つの影が、私たちの上空を駆け抜けた。
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/02/20(火) 00:52:44.41 ID:PoruoH2d0
ずばっ、ざしゅっと石が砕ける音がしたと思うと、一気に三体のセルリアンが倒れた。




「二人とも大丈夫ですか?」


「その声は……キンシコウさん! ヒグマさんとリカオンさんまで!」


「我々セルリアンハンターが来たからにはもう大丈夫ですよ! 今助けますから!」




ヒグマ、キンシコウ、それにリカオンの三人は、それぞれセルリアンの間を縦横無尽に駆け回り始めた。
そして、目にも止まらぬ速さで、次々とセルリアンに斬りかかった。


片方が注意を引き、その隙に片方が石を割るというように、見事な連携でどんどんセルリアンを倒していく。


あっという間に殲滅し、かろうじて生き残った数体は恐れをなして逃げ、セルリアンの影は辺りに一つも見当たらなくなった。






「ったく、世話かけさせやがって。私たちが通りがかってなかったら死んでたぞ」


「あらあら、二人の声を聞きつけて真っ先に助けに行ったのは誰だったかしらー?」にこにこ


「キンシコウ!!///」


「本当にありがとうございます。おかげで助かりました」


「お役に立てて良かったです。最近この辺でセルリアンが大量発生しているとの情報があったので、重点的にパトロールしてたんですよ」




ああ、よかった……


リカオンと話すかばんちゃんの余裕のある表情を見て、私は安堵の表情を浮かばせた。




でも、結局、私は何も出来なかった。


役立たずだ……
25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/02/20(火) 00:56:45.49 ID:PoruoH2d0
「おい」


「…………」


「おい、サーバル!」


「えっ!?」


「おまえは大丈夫なのか?」


「あ、えっと…………私も大丈夫だよ。助けてくれてありがとう、キンシコウ、ヒグマ、リ――」




ずきっ


「!?」


「……サーバルちゃん?」


「いっ…………あぁっ…………!」




突然、激しい頭痛を感じた私は、あまりの痛さにその場から動けなくなった。




「うぅっ……」


どさっ




ぐらりと足から崩れて、私の体はかばんちゃんにもたれかかる。




「さ……サーバルちゃん! サーバルちゃん!」




疲労、恐怖、焦燥感……さまざまなストレスが積もり積もった体は、もうとっくに許容量をオーバーしていたのかもしれない。


かばんちゃんの必死に叫ぶ声さえも、どこか遠い世界の出来事のようで。


私は再び目を閉じた。












夢は、いつまでも終わらない。
26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/02/20(火) 00:58:04.38 ID:PoruoH2d0
サーバルちゃんがおかしい。


それが可能性から確信に変わるまで、そう時間はかからなかった。




「ね、かばんちゃん。また手を繋いでいい?」


「うん、いいよ」


ぎゅっ




「…………?」


「っ……」




最初に違和感を感じたのは、手を握った時。


いつもより強く、僅かながら震えていたその手は、


まるで、ぼくが離れるのをひどく恐れているようだった。




「サーバルちゃん」


「…………」


「サーバルちゃん!」


「えっ…………どうかしたの、かばんちゃん?」




しばらく経つと、今度は意識を朦朧とさせるようになった。


目はうっすら半目で、考え事をしているのか、それとも何も考えていないのか分からない顔で、ただ何もない空虚を見つめていた。


話す時も、はきはきした声ではなく「へえ……」とか「そう、なんだ」と素っ気なく、やんわりした返答が返るだけ。


サーバルちゃんがサーバルちゃんじゃなくなったみたいで――――まるで何かに取り憑かれてしまったように見えて、ぼくは怖かった。
27 :>>26からかばんちゃん視点です [sage saga]:2018/02/20(火) 01:01:02.68 ID:PoruoH2d0
「…………かばん…………ちゃん……」


「ん……?」


「いや……っ…………行か……ないで…………」




そして、寝ている時。


サーバルちゃんは何かにうなされていた。


体をがたがたと震わせて、何度もぼくの名前を呼び、目もとには涙をためていた。


左右の手は地面に向かって爪を立て、何かよりすがれるものを探しているように見えた。


うなされているサーバルちゃんに気づく度に、ぼくはサーバルちゃんの頭を優しく撫でる。そうすると、次第に彼女の呼吸も落ち着いてきて、普段通り眠れるようになる。


ぼくにできることはこれくらいしか無かった。サーバルちゃんのように夜行性じゃないから、知らない間にサーバルちゃんが苦しんでいることも、きっと何度もあるだろう。そう思うと胸が苦しくなった。


そういった日々が何日も続いて、ぼくは眠っているサーバルちゃんの顔を見ながら、密かに確信するようになった。




サーバルちゃんは怯えている。




それも、とてつもなく大きな何かに。
28 :>>26からかばんちゃん視点です [sage saga]:2018/02/20(火) 01:03:36.73 ID:PoruoH2d0
「サーバルちゃん、しっかりして! サーバルちゃん!!」




ぼくにもたれかかったサーバルちゃんは、いくら声をかけても、一向に目覚める気配がなかった。


どうすればいい?どうしたらいい?


突然の事態に頭が混乱する。




「とりあえず、どこか安全な場所で休ませた方が良さそうですね……」


「……そういえば、この森を抜けた場所に『こはん』がありませんでしたっけ?」


「はい、ビーバーさんとプレーリードックさんが住んでいる……」


「そうそう、そこです。あそこならサーバルもゆっくり休めると思いますよ」




キンシコウはぼくに言った。こんな時でも、彼女は相変わらず冷静だ。ぼくにはその姿がとてもたのもしく感じられた。




「ただ、ここからだと少し距離がある場所ですけど……」


「それなら大丈夫です、ジャパリバスが……」


「…………そうだ、動けなくなってるんだった……」




セルリアンやサーバルに気を取られてすっかり忘れていたが、ジャパリバスはタイヤが挟まり、いまだに動けないままだった。このままだとどうすることもできない。


普段なら何かいい方法が思いつくのに、肝心な時に限って、何も良いアイデアが浮かんでこない。




「うう……どうすれば……」




「…………おい、リカオン。ちょっとこれ持っててくれ」ぱしっ


「えっ、別にいいですけど、何かするんですか?」


「……バスを押し出せばいいんだな?」


「えっ、ヒグマさん、やるんですか!?」


「あ、あまり無理しない方が……」


「つべこべ言うな。黙って見てろ」




ヒグマはバスの後部に手をかけると、両手に思いきり力を加え始める。


その途端、ずずず……と動きだし、バスはものの十秒ほどであっという間に押し出された。目の前の出来事に、キンシコウとリカオンまで驚いている。
29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/02/20(火) 01:05:20.06 ID:PoruoH2d0
「す……すごい」


「本当に一人で持ち上げるなんて……」


「こ、これくらい余裕だ。ほら、せっかく動けるようにしたんだ。さっさと行きな」




ぼくたちの反応に満更でもない顔を一瞬浮かべ、すぐさま慌てて目を背けたヒグマは、ぼくに声をかけて促した。


素直じゃないけれど、ぼくのことを思って言ってくれているのが伝わってきた。




「キンシコウさん、リカオンさん、ヒグマさん。本当にありがとうございました!」


「……じゃあな」


「またね、かばんさん。サーバルを助けてあげてね」


「気をつけてくださいねー!」


「はい!」




三人の優しいフレンズに見送られながら、ぼくはバスを走らせる。




目指す「こはん」まで一直線だ。
30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/02/20(火) 01:07:14.58 ID:PoruoH2d0
「……行っちゃいましたね」


「大丈夫ですかね、かばんさん」


「あの子は強いから、きっと大丈夫ですよ」


「一人であのでかいセルリアンに立ち向かったくらいですから、芯の強さは並大抵じゃ無いですよね。まあ、いくらなんでも無茶だとは思いますけど……」


「いいじゃない。大切な人を守ろうと全力で戦うなんて……」


「…………」


「……ヒグマ? どうかしたんですか?」




「…………うっ」くらっ


「ちょっ、ヒグマ!」


「はぁー……やっぱだめだ。キンシコウ、すまないが運んでくれないか」


「……やっぱり無理してたんですね」


「何も一人で持ち上げなくても……ぼくたちも手伝ったのに」


「……なんとなくな」


「え?」


「要は、かばんさんに少しでも良いところを見せたかったってことですね」


「そんなこと言ってないだろ!!」


「ふふ、冗談ですよ、冗談。担ぎますから、しっかり掴まっていてくださいね」
157.62 KB Speed:0   VIP Service SS速報VIP 更新 専用ブラウザ 検索 全部 前100 次100 最新50 続きを読む
名前: E-mail(省略可)

256ビットSSL暗号化送信っぽいです 最大6000バイト 最大85行
画像アップロードに対応中!(http://fsmから始まるひらめアップローダからの画像URLがサムネイルで表示されるようになります)


スポンサードリンク


Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

荒巻@中の人 ★ VIP(Powered By VIP Service) read.cgi ver 2013/10/12 prev 2011/01/08 (Base By http://www.toshinari.net/ @Thanks!)
respop.js ver 01.0.4.0 2010/02/10 (by fla@Thanks!)