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王族林檎とうさ耳の魔法使い
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1 :
◆hs5MwVGbLE
[saga]:2018/05/18(金) 22:01:39.51 ID:axZJXWW20
城の遣い「王がお待ちだ。入れ」
ナブ「……はい」
今わたしがいる場所。ここは争いごとを好まない平和な平和なある一国のお城。
大きな扉の前でわたしは黄金の取っ手を掴んだ。中では王様が待っている。なぜ呼び出されたかは知っている。格好もそれらしく、小さな首輪に薄い布一枚だ。
わたしは、王様の子を授かるらしい。
SSWiki :
http://ss.vip2ch.com/jmp/1526648499
2 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/18(金) 22:02:52.99 ID:axZJXWW20
……………………
生まれつき多大なる魔力と魔法の才覚があったわたしは若くして上級魔法職に就任。
その才能と関係があるのかは分からないが身長は異常なまでに伸びなかった。だが恵まれた人生……そんなちっぽけなことはこれっぽっちも気にならなかった。
魔法使いとしてこの国の魔法技術の発展に協力し、そこで稼いだお金でやっとお世話になった学校や孤児院にも恩返しができる。何もかもが上手くいっていた。
しかし3日前、わたしは上級魔法職のうさ耳族という理由だけで大勢の人の前で国から迫害を受けた。
3 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/18(金) 22:04:23.73 ID:axZJXWW20
審問官「上級魔法職、ナブ。異端亜人種として貴様の国民権を剥奪する」
ナブ「そんな! 何故ですか!?」
審問官「これも国民の平和のためだ。貴様はこの国の平和を脅かす脅威になり得るのだよ」
4 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/18(金) 22:05:55.99 ID:axZJXWW20
ナブ「納得がいきません! 説明してください!」
審問官「……よかろう。我々ヒューマンが取り仕切る王政でありながら数ある亜人種にも寛大なのがこの国の特徴であり、その共存が平和の象徴でもある。何も貴様がうさ耳族というだけで我々は貴様を裁くのではない」
ナブ「なら!」
審問官「問題なのはその貴様の過ぎたる魔法の才覚とうさ耳族の繁殖力にある。もしもの話だ。この先貴様の子孫から強力な魔力を秘めたうさ耳族が増えすぎたらどうなるか? 賢い貴様ならわかるはずだ」
審問官「より力のないヒューマンはいつか淘汰され、この国は貴様らうさ耳族に乗っ取られてしまうだろう。ナブよ、後ろを見たまえ」
ナブ「え……」
5 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/18(金) 22:07:06.90 ID:axZJXWW20
わたしはその景色が今でも忘れられない。
「たしかになー……」
「こえーよなー」
「噂によるとうさ耳族って年頃になるとすぐ発情して子どもつくりたがるんだろ?」
審問官「聞こえるだろう? 国民たちの不安の声が……これが大衆の意思なのだよ」
ナブ「……」
街中の目が一つとなってわたしを怯えた瞳に映す。わたしもまたその大きな大衆の眼に怯えた。何も言い返すこともできず。誰もわたしを庇ってくれない。同じ魔法学校で学んだ子たちすらわたしから目をそらした。その瞬間、優れた才能を初めて恨んだ。
魔法を学ぶことが楽しくて楽しくて仕方がなかったわたしには前しか見えておらず、後ろに置いてきたものの尊さを理解する頭がなかった。
6 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/18(金) 22:07:56.20 ID:axZJXWW20
そうして行き着いた先は……
ナブ「性奴隷……ですか……」
メイド「『性奴隷』だなんてとんでもありません! これは名誉あることなのですよ? 王様直属の『愛人様』でございます」
メイド「ああ、王様はなんてお優しい方なのでしょうか。普通なら国を追われるはずだったあなたを、それは哀れと思い愛してくださるのです。これ以上の幸せがありましょうか。さあ、お身体を清めましょう……」
平和なんて、愛なんて全部嘘だ。
そのことはメイドさんからこの話を聞いた後に知った。
7 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/18(金) 22:09:27.68 ID:axZJXWW20
………………
ナブ「失礼します……」
王「おお、やっときたか。私は待ちくたびれたぞ。……なかなか綺麗じゃないか。お前は元が良いからな……やはりうさ耳族の女は総じて整った顔つきをしていて実に麗しい。……体格が少し小柄すぎるのが心配じゃが……なに、じっくりとほぐしてやろう。痛くならんようにな」
お化粧なんてしたことがなかった。男の人に自分を見てほしいなんてことも、一度も思ったことがない。
ナブ(いやだ。いやだ……)
わたしは本当にうさ耳族なのだろうか。これからすることへの悦びなんて、微塵にも感じない。
8 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/18(金) 22:11:02.67 ID:axZJXWW20
王「ほれ、もっと近くでその愛らしい童顔を見せろ。月も綺麗じゃ……うさ耳族の者は月に焦がれるのじゃろう? まずはこちらで共に月見でも愉しもうではないか。こういうのは雰囲気が大事じゃからな」
バルコニーでワイングラスを揺らす王様がこちらへ手招きをしてくる。逆らえるはずもなく足は前に進んで行く。
ナブ(誰でもいいの。誰か、助けて……)
誰も、助けてくれるわけがない。わたしは全てを置いてきたから。その代償に手に入れた魔法も、今は魔封じの首輪一つに囚われている。魔法使いでありながら魔法を封じられ、うさ耳族でありながらその血の悦びすらも感じられずにいる。
ナブ(わたしって、なんなんだろう。わたしの人生って、なんだったんだろう)
前に出した足が
ナブ(もういやだ……わたしなんて……いっそのこと……)
加速していく
王「はっ!?」
(死んだ方が)
9 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/18(金) 22:12:39.86 ID:axZJXWW20
永遠の自由を求めてわたしは月を目指した。
ナブ(綺麗な満月……)
青白い光の中で夜風が全身に触れる。身に纏った薄い布一枚は無いのと一緒だった。素肌で触れるそれが清々しくて心地いい。空中で月に手を伸ばす。
ナブ(ああ、あと……もう少しだけ……)
今度はどんどん月が遠ざかっていく。でもこれでいい。
これでもう、何も苦しまずに済む。
10 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/18(金) 22:13:45.88 ID:axZJXWW20
そう思っていたのだが
ナブ「あぅ……ん……へ……?」
「ナブが逃げおった! ひっとらえろ!」
ナブ(嘘!? 庭の木に引っかかっちゃった)
布が無ければ当然そのままだった。無いのと同じだなんて……そんなことはなかったようだ。
下の方で革靴の足音がなる。木の上からでは黒服の姿は確認できなかったが、それは確実にこちらへ近づいていた。
ナブ(こ、このままじゃ……)
捕まる。捕まったら……
ナブ(こんどこそ……)
そう思った瞬間わたしは高い木の上から塀に飛び移っていた。失敗して大怪我をする恐怖よりも再び捕まってしまう恐怖の方が勝ったようだ。
11 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/18(金) 22:17:08.11 ID:axZJXWW20
結果はなんとか成功。塀にかけた腕に力を入れてよじ登る。
ナブ「んっ……しょ……きゃっ!」
前に力をかけすぎてそのまま塀を伝ってコロコロと転がってしまった。着地で少しおしりをぶつけた。
ナブ「あいたた」
頭じゃなかっただけよかった。月だけは無謀なわたしを守ってくれたようだ。
「外に逃げたぞー!」
ナブ(走らなきゃ!)
殆どの店が閉まった夜の街。窓からもれた民家の灯と、月明かりだけを頼りにわたしは裸足で石床を駆け抜ける。行く当てはない。
もし先ほど月がわたしを助けてくれたというのなら
ナブ(本当に月まで走ってみようかな……)
……なんて
12 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/18(金) 22:18:35.45 ID:axZJXWW20
自分で言うのもなんだけれど、うさ耳族はヒューマンより足が速い。遠ざかる革靴の音、確実に追っては引き離している。
今さら後ろはもう見ない。それがわたしの人生だったから。しかしもう前も霞んで見えない。行く当ても、目的も失くしてただもがくだけの自分をわたしは笑った。だが笑い声は出ない。代わりに呻き声がこぼれた。
石床は足跡を残しはしなかったが、涙で濡らした部分が足跡のかわりになった。極小の水玉、さすがにこれだけでバレることはなさそうだ。これくらいは……見逃して欲しい。
ひたすら走って、走って……
ナブ(走って……!)
13 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/18(金) 22:19:08.85 ID:axZJXWW20
「うわっ!」
ナブ「きゃあ!」
14 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/18(金) 22:19:53.01 ID:axZJXWW20
なうろうでぃんぐ……
(-ω-)
15 :
◆hs5MwVGbLE
[saga]:2018/05/19(土) 00:38:21.65 ID:JQiiYcvw0
………………
「いってぇ……なんだ?」
俺は自宅の農家で栽培している林檎を荷台に積んで親友が営むケーキ屋に運ぶ途中で何者かにぶつかった。
(暗くてよく見えなかった)
小さな子どものような影が、すごい速さで突っ込んできて。おかげで荷台の林檎も何個か落としちまった。慌てて拾い上げるとフッとひと息かけて雑に埃を飛ばす。本当はぶつかった相手の心配をするのが先なんだろうがつい林檎を優先してしまった。
一応こちらの代物もそれなりなもんで……
(食べる分には問題ないだろうけど落としたやつはもう持っていけねぇな)
ナブ「うぅ〜」
呻き声に気がついてやっとぶつかった奴の存在に気がついた。
「うさ耳、族……?」
ナブ「いたた……ごめんなさい」
16 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/19(土) 00:39:55.83 ID:JQiiYcvw0
「へ? あ、あんた確か最年少上級魔法職の!」
思わず声が喉までで詰まる。驚いてもしかたない。だってそいつは、確か異端審問にかけられ城の監視下に置かれるという判決をうけた……
「ナブ、だっけか?」
ナブ「ぉ、おねがぃ……見逃して……」
涙目で仰がれた。潤んだ大きな瞳がまっすぐ俺を映す。
服装は肌色が透けて見えるような薄いネグリジェ一枚。そしてこの時間帯。
「あんた、もしかして逃げて来たのか」
といいながら俺も彼女の瞳から顔をそらして逃げた。
(か、かっこうがちょっと……)
とても凝視できない。全体的に子どもっぽい身体つきだけど、抱きしめたら腕に全身がハマってちょうど良さそうとか、ぷにぷにしてて柔らかそうだなとか……
(考えてないぞ! そんなこと)
17 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/19(土) 00:41:53.40 ID:JQiiYcvw0
「!……足音、もうそこまで来てる!」
ナブが長いうさ耳を立てた。その言葉を聞いて俺も耳をすませば確かに微かだが足音が大通りを掛ける音がする。次第に音は俺の耳にもはっきりしてくる。
(これは馬だな)
「っ!」
「待て!」
再び裸足で駆け出そうとするナブの腕を取った。
「おねがいよ! 離して! 離してぇ!」
俺は大声を出すナブの口を手で塞ぐと彼女の耳なら拾えるであろう小声で伝えた。
「落ち着け! すぐそこまで来てるのは馬だ。おそらくあんたが逃げだしたからわざわざ城から出したんだ。いくらあんたらうさ耳族の逃げ足といえど歩幅が違いすぎる。あれをこの一直線の大通りで振り切るのはさすがに無理だ!」
「んっ……んむぅ〜! 」
そのままナブの手を引くと近くの人一人ほどの幅しかない細い路地に身を隠した。荷台は不自然だが林檎ごと路上に放置した。荷台を引っ張る時間も入れる幅もなかった。かなり危険だが今は仕方ない。
18 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/19(土) 00:43:23.10 ID:JQiiYcvw0
追跡班「馬ならヤツにも追いつける筈だ! 急げー!」
何頭かの馬が目の前を横切っていく。俺はその様子をナブの頭を抑えながら伺っていた。
バレるのではないかと思うほどの心臓の高鳴り、それを気にして口内に溜まる唾はできるだけ音を殺して飲み込んだ。
(あれ、俺……なんでこんなことしてるんだ?)
衝動のまま行動してしまったが冷静になるとこれは国への反逆行為ではないか。
馬は無事全頭走り去ったようだったが心臓の音は止まらなかった。
19 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/19(土) 00:44:13.80 ID:JQiiYcvw0
………………
パカラッ、パカラッ
遣い「くそっ、一体どこまで逃げたんだ」
遣い「ん……?」
追跡班「どうしましたか?」
遣い(あれは)
遣い「いや、なんでもない。引き続き大通りを走らせろ。急ぐぞ、そろそろ道が分かれてくるからな。できればそこにヤツがたどり着くまでに用件を終わらせたい」
追跡班「はっ!!」
遣い(王族林檎の荷台……? なぜあのような中途半端な場所に……)
20 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/19(土) 00:45:29.36 ID:JQiiYcvw0
………………
「……なんとかなったみたいだな」
先に俺一人でもう一度大通りに出て辺りを見回したがもう城の人間の気配はしなかった。
ナブ「あ、ありがと……あなた名前は?」
ロー「ん? 俺はローだ。この大通りより少し離れた場所で林檎農家をしてる者だ」
ナブ「そうなの。ごめんなさいロー……あなたには感謝してもしきれないわ。なにも持たずに飛び出しちゃったから大したお礼もできないの」
ロー「あー……まあ気にすんなって」
と、その場の空気でつい流してしまったが当然俺も不安だった。昔から俺は大馬鹿だ。後先考えないでついその場で行動してしまう。早くに亡くなった親父やお袋にも子どものころよくそれで怒られた。
21 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/19(土) 00:47:07.01 ID:JQiiYcvw0
ナブ「それじゃあわたしはこれで……」ぐ〜
ロー「……」
ナブ「ぁ……」
ロー「ほら、これ」
俺はポケットからハンカチを取り出すと拾った林檎を拭いてからナブに差し出した。
ナブ「いいの?」
ロー「安心しろ。うちの林檎は一回落としたくらいでいたんだりしねーよ。といってもそれは没になったやつだ。どうせ帰って食おうと思ってたし、気にすんな」
22 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/19(土) 00:48:13.69 ID:JQiiYcvw0
ナブ「……いただきます」
ナブは俺の言葉を聞くと林檎にかぶりついた。瞬間彼女の瞳がまた光りだす。先ほどは涙の光だったが、今度は満面の笑顔の光だ。
ナブ「おいひー……」
一口、また一口と彼女は林檎を頬張っていく。口をいっぱいにして咀嚼する彼女を顔を見て、束の間だが幸せに浸れているのかなと何故か俺が安堵した。
ロー(にしても随分と美味そうに食うもんだな)
もしかしたら俺は彼女のこの幸せそうな顔を見るために彼女を庇ったのかもしれない。そんな馬鹿なことさえ考えてしまった。
23 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/19(土) 00:49:50.65 ID:JQiiYcvw0
ロー「気に入ったか? うちの王族林檎は」
ナブ「王族林檎……? わたし林檎は大好きだから昔からよく食べていたけれど、そんな品種は初めて聞いたわ。今まで食べて来たどの林檎よりもおいしいかも」
ロー「当たり前だ。どういうわけかは知らないけどその林檎は俺のじーちゃんの前の代よりも昔から王族の人たち御用たちってほどの良い林檎なんだ。名前の由来もそこから来てるらしいぜ」
ナブ「そんな良い林檎をわたし落としちゃったの……ご、ごめんなさい!! 本当にわたしローに迷惑ばっかり……」
24 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/19(土) 00:51:29.75 ID:JQiiYcvw0
ロー「いいっていいって! そんな頭下げんなよ! 一応あんたは上級魔法職だったんだ。本当は俺なんかよりよほどお偉いさんだ」
ナブ「そんなの関係ないわ。それに……今のわたしなんか……」
ロー「ナブ、あんた……このままアイツらから逃げて行く当てはあるのか?」
そう言うとナブは無言で首を横に振った。
ロー「じゃあ、さ……ウチ来いよ。暫く匿ってやるから」
そこまで言って「あ」と口を開けた。また何も考えてない。
ナブ「え……?」
ロー「えっ、と……あーもうとにかく帰るぞ!!」
ナブ「きゃ! あわっ、わわ……」
俺はナブを強引に林檎と一緒に積むと再び荷台を転がし始めた。
ロー(帰ったらまた急いでケーキ屋に行かねーとな)
25 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/19(土) 00:52:49.12 ID:JQiiYcvw0
………………
ロー「あんたの職場や王室と比べたら汚いベッドだろうけど、今日はとりあえずそこで寝ろ。俺はソファにでも寝るから」
ナブ「本当に何から何まで……ありがとぅ……」
ロー「いいってことよ。女の子には優しくしろって親父によく言われてたし。さすがに野宿よりは見つかりにくいだろ? 安心して寝ていいぞ」
ロー「……ん? ってかよ、あんたほどの魔法使いなら追ってなんかもドーンと魔法でおっぱらっちまうことだってできたんじゃないのか?」
ナブ「それは無理よ。わたし今魔法が使えないの」
ナブは紫色の宝石が埋め込まれた首輪を触りながら俯いて耳を垂らした。
26 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/19(土) 00:53:44.42 ID:JQiiYcvw0
ロー「外せないのか?」
ナブ「わっ」
中腰になって彼女の首輪に指をかけた。うなじ側に留め具があるのは分かるが中々外せそうにもない。
ロー「うーん、このっ、このっ……」
ナブ「ろ……ろー……」
彼女の呼びかけを横流しに何とか首輪を外せないかと抗うも相変わらず留め具はビクともしない。
ナブ「この首輪は魔道具の一種で付けた人の呪言がないと外せないの。許容魔力容量もしっかりわたしを封じるために作られてるわ。あ、あと……」
ロー「ん?」
ナブ「ちかぃ……」
27 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/19(土) 00:54:40.67 ID:JQiiYcvw0
ロー「あっ」
諦めて顔を上げると少し頬を赤面させたナブが目をぎゅっと閉じていた。
ロー「ご、ごめん!」
後ろに尻もちをついて後ずさるように離れた。
ナブ「こちらこそごめんなさい……わたし魔法のことばっかりだったから……男の人、ちょっと怖くて……」
ロー(え、でも……)
着ているネグリジェはどう見ても男慣れしている大人の女性向けだ。いやある意味では男性向け……子どもっぽいナブの体型とのコントラスト、矛盾したそれが見る者へ背徳を刻みこみ妙に色っぽく見える。
ロー(って何を考えてるんだ俺は!)
28 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/19(土) 00:55:26.14 ID:JQiiYcvw0
ナブ「……こわ、かったの」
ロー「へ」
ナブは両肩を抱いて身を震わせながら恐怖を訴えた。
ナブ「わたし、本当は今夜……王様に抱かれる予定だったの……」
ロー(せ、性奴隷ってことか?)
ナブ「それで、王様の子を孕まさせられて……」
ロー「なっ!?」
ロー(それって、どういうことだ?)
王の意図が掴めない。王政が彼女を軟禁したのは彼女の残す子孫への恐怖心からだ。なのになぜ……? 国には王子が既に存在しているし、例え跡継ぎがいなかったとしても異端審問にかけた女を新たな女王として迎え入れるとは考えにくい。
29 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/19(土) 00:56:21.73 ID:JQiiYcvw0
ロー「それっておかしいだろ! た、ただ抱くだけなら、まだしも……」
ロー(しまった。余計なことを言ったな)
今のナブの精神状態に王の子を産むか産まないかなんてのは関係ない。男慣れしてない彼女にとってその行為全てが恐怖の対象だったのだ。
ロー(女の子に向かって何言ってんだ俺は)
ナブ「王様は、他国と戦争を起こそうとしているの」
ロー「戦、争……? 嘘だろ。だって平和で豊かなこの国で他国と戦争なんて!」
ナブ「きっと満足できなくなったのよ。だからわたしと王族の優秀な魔力の血を継いだ子を生物兵器として育てようとしてたの」
ナブ「遣いさんと王様が廊下の隅で小声で話しているのをメイドさんと歩いてるときにこの耳で聞いたの。ヒューマンのメイドさんには聞こえてないみたいだったけど」
ロー「なんだよ、それ……」
30 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/19(土) 00:57:14.71 ID:JQiiYcvw0
ナブ「もうイヤ! わたしはただ魔法で国の役に立ちたかっただけなのに! 迫害されて……魔法も取られて……挙げ句の果てには戦争のために利用されるなんて……もうイヤだったの! だからもう、死んじゃおうと思って……バルコニーから飛び降りて……でも死ねなかったから逃げて、逃げて、逃げて……う、うぅ……」
ロー「ナブ……」
とうとう耐えられなくなり肩をヒクつかせながらすすり泣き声をあげるナブを俺は抱きしめた。
ナブ「ぁ……」
やはり理性より感情が先に動いてしまう。男性に淡い嫌悪感を抱く今の彼女にこの行動は適切ではないと分かっていたが俺もまた耐えられなかった。
ロー(それでも、俺は)
できる限り、力の限り、彼女を守りたいと、そう思った。
31 :
◆hs5MwVGbLE
[saga]:2018/05/19(土) 00:58:15.29 ID:JQiiYcvw0
なうろうでぃんぐ……
(-ω-)
32 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/05/19(土) 07:12:48.29 ID:yIqZZnHfo
きたい
33 :
◆hs5MwVGbLE
[saga]:2018/05/19(土) 17:43:50.08 ID:JQiiYcvw0
………………
ロー「悪い。事情があって一旦引き返したんだ」
落ち着いたナブをベッドに寝かせた後俺はケーキ屋の親友であるドルチェに連絡を取っていた。
ドルチェ『ふーん……事情ねぇ? 一体どういうわけで? 今日はもう遅いからいいよ、それをアタシに教えてくれたら許してあげる』
ロー「いや、持って行くから」
ドルチェ『何? この幼馴染のドルチェちゃんに隠し事ってわけ?』
ロー「じ、実はな? 人とぶつかって、その人に怪我させちゃったから今その人を泊めていて」
ドルチェ『はいブッブー! 半分ホントで半分ウソ。アンタ嘘つくの下手くそだし、付き合い長いアタシにそんなつまんないことしないでよ』
34 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/19(土) 17:44:38.09 ID:JQiiYcvw0
ロー(くっ、かなわんな)
ロー「……これもう切っちゃだめか?」
ドルチェ『じゃあアタシからそっち行く、ついでに荷台も頑張って引いて帰るわ』
ロー「そ、それはだめだ! これ以上お前に迷惑はかけたくない」
ドルチェ『つまんない! つまんない! つまんないー!! もう分かった! アンタにはもうアタシのケーキ食べさせてあげない! アンタの誕生日ももう祝ってあげないんだから!』
ロー「それも困る!」
35 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/19(土) 17:45:19.64 ID:JQiiYcvw0
ドルチェ『じゃあ今日あったことを一言一句真実で伝えること』
ロー「……やっぱり嫌だよ。だってお前俺より口軽いじゃん。昔から二人だけの秘密って言ったこともすぐ他人に口割るし、口が柔らかすぎんだよ! 口プリンかよ!」
ドルチェ『じゃあ絶対言わない! ね? いいでしょ?』
ロー(それでもう何回約束を破られたことか)
しかしドルチェの作るスイーツは間違いなく一級品だ。王族の口にも入るし街からの予約も常に多数入ってる。
そんな代物を幼馴染の縁というだけで誕生日に俺だけのために焼いてくれたり、新作の味見を一番にさせてくれたりしてるのだ。
それが二度と食べられなくなるというのはさすがに辛いものがある。
36 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/19(土) 17:46:41.74 ID:JQiiYcvw0
ロー「はぁ分かったよ。いいか? 絶対他言無用だぞ!?」
効果はないだろうが念を押した。暖簾に腕押し糠に釘、馬耳東風を噛み締めながらも俺は口を割った。
ドルチェは信用できないが信用できる。何を言っているのかは自分でもよく分からないが……まあ、そういうことだ。
ロー「異端審問にかけられたうさ耳族の女の子とばったり遭遇してな……王室から逃げてきたみたいだったから匿った」
ドルチェ『え……は、はぁ!? !? !?』
突然の大声に瞬間受話器がキーンと高い悲鳴をあげる。思わず俺は耳から一度受話器を離した。
ロー(無理もないか)
37 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/19(土) 17:47:23.12 ID:JQiiYcvw0
ドルチェ『ちょ、ちょちょっ……アンタそれマズイでしょ!? 今すぐ城に返しなって! ただじゃ済まないでしょそれ。今ならまだ許してもらえるかもしれないよ!? 言いにくいならアタシから城に……』
ロー「お、落ち着け!! 俺は彼女を、ナブを隠し通すことにしたんだ」
ドルチェ『アンタの方が落ち着いてないでしょ!』
ロー(このままじゃ通報か自首かの二択じゃねーか。くっ、これ以上の話は街中が混乱するから本当に公にできないんだけど……)
ロー「……この話をしてもまだ俺が間違ってるって思うか?」
ドルチェ『ロー……?』
38 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/19(土) 17:48:11.79 ID:JQiiYcvw0
………………
ナブ「くぁ……ふにゅ……いいにおいしゅる……」
ロー「あー起きたか。じゃん! 俺特製王族林檎のアップルパイだ! 焼きたてだぞ! さー食え! 今すぐ食え!」
ナブ「わー! 」
一切れを小皿に乗せて差し出すとナブは眠気を感じさせない期待の表情で椅子に座った。
39 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/19(土) 17:48:40.80 ID:JQiiYcvw0
ナブ「じゃあ、いただきます……んっ、あちゅ……」
口をはふはふと動かしながらもナブは一口食べるとたびたび大通りでも見せた笑みで感動を表現した。
ナブ「おいひー!」
ロー(本当にいい顔だな。昨日あれだけ泣いたから、これでチャラにできたかな)
彼女の泣き顔を笑顔で塗りつぶせたことに俺は喜びと達成感を感じられずにはいられなかった。
40 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/19(土) 17:49:40.71 ID:JQiiYcvw0
ロー「親友に作り方を教えてもらったんだ。まあ素材がいいだけの猿真似だけどな。そいつが作ったのはもっと美味いんだぜ? 頬が溶けてなくなるんじゃないかってほどな」
ナブ「……えっと、でもこれもすごくおいしいわ」
ロー「いや! 本当に違うんだって! 俺みたいな素人の舌でもわかるくらい……」
ナブ「ううん。ローがわたしのために作ってくれたのが嬉しいの。わたし孤児院の人以外からここまで優しくされたの初めてだったから……」
大通りで目を合わせたときから感じていた。彼女の真っ直ぐで、美しい瞳。
知った気になってしまう。彼女がどのように生きてきたのか……どんなに真面目な女の子だったのか。
そうしてそのままじっと見つめていると、決まって目をそらしたくなってしまう。
41 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/19(土) 17:50:16.36 ID:JQiiYcvw0
ロー「も、もっと食え! どんどん食え!」
ナブ「おいしいけど、ふ、ふとちゃぅ……」
ロー「じゃあ太れ! 太っても大丈夫だから!」
ナブ「大丈夫じゃない!」
ロー「大丈夫だ! だって……」
ロー(だって……?)
ナブ「……?」
だって、なんだよ。
42 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/19(土) 17:51:38.29 ID:JQiiYcvw0
………………
ドルチェ「ごめんくださーい。ドルチェケーキでーす」
ガチャ
遣い「ああ、ドルチェ殿か。ご苦労」
ドルチェ「これ今日の分です。あ、えっと……すみません。本当は今日はアップルパイでしたよね? でもこちらの都合で王族林檎を今切らしちゃってまして……勝手ながら本日は代わりの分を持ってきました。この無礼の埋め合わせはまたしますので今日はどうか……」
遣い「……そうか」
ドルチェ(完全にど忘れしちゃってたなぁ。やっちゃった)
43 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/19(土) 17:52:14.44 ID:JQiiYcvw0
遣い(やはり昨晩のあの荷台……)
遣い「王族林檎の農家の方で何かあったということか?」
ドルチェ「え゛! ぁ、それは……その……」
ドルチェ(言っちゃダメ! 言っちゃダメ!)口もごもご
遣い「……」
遣い「まあいい。王へは私の方から伝えておく。以後気をつけろ……重ねてご苦労だった。下がれ」
ドルチェ「は、はぃ……」
バタン
ドルチェ「……」
44 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/19(土) 17:52:44.20 ID:JQiiYcvw0
ドルチェ「はぁ……」てくてく
ドルチェ(……このままでいいのかな)
ドルチェ「っていうか! ローのヤツもアタシに黙って女の子匿ってたなんて信じられない!」ぷんぷん
ドルチェ「ばーか! ローのばーか!」
常連のおばさん「あらドルチェちゃん。どうしたの? ローくんと何かあったの?」
ドルチェ「あーおばさん! 聞いてくださいよぉ〜! ローのヤツ……」
45 :
◆hs5MwVGbLE
[saga]:2018/05/19(土) 17:53:34.24 ID:JQiiYcvw0
なうろうでぃんぐ……
(-ω-)
46 :
◆hs5MwVGbLE
[saga]:2018/05/20(日) 05:56:33.59 ID:4vuapxsb0
………………
ロー「ん?」
昼過ぎごろ、玄関の戸を叩く音がしたので俺は一人二階から降りて扉を開けた。
ロー「はーい……」
ロー「ッ!?」
迂闊だった。
全ての始まりは昨日の夜突然あった出来事だ。あと一日遅ければもう少し警戒心があったかもしれないが、昨日の今日であまりにも自然に外へ出てしまった。昨日まで来客への対応は普通に行っていたのだから。
ロー(こいつら……確か昨日馬に乗ってた……)
遣い「突然で申し訳ない。私は王政大臣を務めさせて頂いてる者だ」
47 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/20(日) 05:57:19.87 ID:4vuapxsb0
ロー「お、王室の方ですか。なぜ突然こちらに……」
遣い「後ろの追跡班と共に人探しをしている。昨日のことで少し、話を聞かせてもらいたくてね」
ロー(やっぱり隠れたときに大通りに王族林檎を放置してしまったのはマズかったか)
急いでいたため冷静に行動することができなかったので仕方ないと言えば仕方ないのだが。そもそも俺は冷静な行動をすること自体が苦手だ。
ロー(言ってる場合か)
遣い「上がっても……?」
ロー「す、すみません……ただいま少々家の中は散らかしておりまして……王室の方が来ると分かっていれば準備くらいしたのですが……無礼ながら粗茶を出すのも難しい状態でして」
48 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/20(日) 05:57:53.99 ID:4vuapxsb0
遣い「……これは失礼した。では単刀直入に聞こう。昨晩の大通りで王族林檎を積んだ荷台を見かけたのですが」
ロー「あれは、落としてしまったので持って帰りました」
遣い「全て?」
ロー「あー、はい」
遣い「では、どのようにして……」
ロー「……」
遣い「……」
ロー(なんでもいい! 言え! 押し込まれるな!)
ロー「荷台を倒してしまって。放置していたのは、粗方拾った後に路地まで転がり込んでしまったのを集めてまして」
49 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/20(日) 05:58:39.52 ID:4vuapxsb0
「きゃあああ!!」
ロー「!?」
遣い「フン、ロー殿……嘘はいただけませんな」
ロー「お、お前らッ! くそっ!! 畜生!!」
急いで戸を閉めて二階へ駆け上がる。部屋に着いたときにはもう窓が開けられていてそこはもぬけの殻だった。
50 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/20(日) 05:59:18.20 ID:4vuapxsb0
ナブ「ロー!! ろぉ!!」
窓の外に顔を出した時にはナブはもう既に追跡班の腕に捕まった状態で馬に乗せられていた。
ロー「ナブ!」
近くの林檎を手にとって遠ざかる馬と追跡班へ狙いを定める。
ロー(たのむ……!)
ロー「オラァ!!!!」
51 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/20(日) 05:59:54.52 ID:4vuapxsb0
渾身の力を込めて腕を振ると林檎は放物線を描いて見事追跡班の後頭部に命中した。
追跡班「ぁダッ!?」
突然の痛みに両手を馬から離した追跡班はナブと共に落馬、それを確認して二階から飛び降りると俺は大声で叫んだ。
ロー「走れ!ナブ!!」
追跡班「クソ! 逃すか!」
ロー「させるか!」
ナブに遅れて立ち上がる追跡班に駆け寄りながら追撃の林檎を浴びせる。
追跡班「ぐっ、ぐっ! やめろ! 」
52 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/20(日) 06:00:27.89 ID:4vuapxsb0
俺は追跡班が怯んだ隙をついて乗馬した。
ロー「走れ!」
馬「ヒヒヒーン」
追跡班「あ、ゴラ! 待て!! 」
追跡班「くっ……こんなことをしてただで済むと思うなよ林檎農家!!」
………………
ロー「ナブ乗れ。逃げるぞ」
俺は後ろにナブを同乗させると再び当てもなく馬を走らせた。
53 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/20(日) 06:00:57.34 ID:4vuapxsb0
ナブ「また、助けられちゃった……」
ロー「今回のは俺のせいだ。俺が何も警戒せずに玄関に出たからこうなった。すまん」
ナブ「ねぇ、行く当てはあるの?」
ロー「ない! とりあえず日が沈んで月が見えるまで走る。隠れて潜むにも今はまだ明るすぎる」
54 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/20(日) 06:01:36.61 ID:4vuapxsb0
ナブ「……」
ロー「……」
気まずい沈黙の中、風を切る音に耳をすませながら考える。もう帰れないかもしれない。林檎農家はどうなる? こんなことになるならやっぱりドルチェに顔だししとくんだった。
『そもそもなんでこんなことに』そんな今さらのことすら改めて疾風の中で脳をめぐる。
後悔……しないわけがないが
ナブ「……あの、ね。変なこと言っていい?」
服の背のシワが少し動いたような気がした。ナブの額が背骨に当たる。
ロー「ん?」
ナブ「今が、ちょっとだけ……たのしいの」
55 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/20(日) 06:02:11.59 ID:4vuapxsb0
ロー「へ……」
ナブ「……ご、ごめんなさい! ローを巻き込んでしまっているのに! わたし何言って……」
ナブの言葉で、胸の内から湧くもやもやした後悔の念は全て風に流された。
ロー「ありがとう。俺も、何だか楽しくなってきた」
思い出した。林檎のことも、家のことも、家族のことも大好きだった俺は自然に林檎農家を継いだが、もっと小さな頃は旅や冒険に憧れていた。
子どものころに読んだ、この国がまだ魔族といがみ合っていて平和じゃなかったころのお話。
勇者とうさ耳の魔法使いの女の子が、魔王と七人の残党に挑む冒険の物語。
56 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/05/20(日) 06:02:41.42 ID:4vuapxsb0
ロー「どうする」
ナブ「へ?」
ロー「このまま二人で、魔王でも倒しに行くか? それとも本気で月を目指してみるか?」
ナブ「ふふっ、なにそれ」
ナブ「……どこまでもついて行くわ」
「ローと一緒なら」
57 :
◆hs5MwVGbLE
[saga]:2018/05/20(日) 06:03:23.94 ID:4vuapxsb0
なうろうでぃんぐ……(-ω-)
58 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/05/21(月) 08:05:28.85 ID:yJbnD8L0o
おつ
59 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[sage]:2018/08/24(金) 10:08:14.38 ID:5xAN402qo
ビー、ビビ、ビービーーー、ピーー!!
60 :
◆hs5MwVGbLE
[saga]:2018/12/14(金) 01:18:12.88 ID:o/WkcT2/0
…………………
王「ローと言ったか……極刑じゃな。国全体に賞金首として公表するとしよう」
遣い「極刑、ですか」
遣い「……」
王「国の存続を脅かす者を監視下から再び野に放ったのじゃ。奴らが他国まで逃亡を測ろうというのなら尚更脅威になるやもしれん。当然の報いじゃろうて」
61 :
◆hs5MwVGbLE
[saga]:2018/12/14(金) 01:19:42.02 ID:o/WkcT2/0
遣い「しかし、そのように簡単に処刑を行うことは民を脅してしまいます。他国を制圧するための兵器も産まれて直ぐに成長するわけではありません。計画を慎重に進めるためにも……」
王「表に出しておる情報は国全体を脅かす存在であるということだけじゃ。『それが今は監視下におらん』今の国民にとってはこの事実の方がよほど平和に波風を立てておる。それが分からんお前じゃないだろう?」
遣い「……しかしやつは」
王「それとも」
遣い「……」
王「奴を殺してはならん理由でもあるのか?」
遣い「……いえ」
王「なら決まりじゃな」
62 :
◆hs5MwVGbLE
[saga]:2018/12/14(金) 01:21:57.29 ID:o/WkcT2/0
………………
日が沈むまで馬を走らせた。先の広い草原を夜通し駆け抜ければ隣街があることは知っていたが馬も生き物だ。ひとまず暴れもせずにここまで付き添ってくれた彼を労うためにも俺たちは大樹の陰に隠れて一夜を過ごすことにした。
ロー「ありがとな。こんなものしかないけど」
鼻元に林檎を差し出すと彼は一度嗅ぐそぶりを見せてからその立派な白歯で果実を噛み締めた。そんな彼の顔をなでながらナブにも一つ軽く放る。
ナブ「んっ……ローのは?」
ロー「持ち出したのはそれが最後だ。俺はいいよ。明日になれば街で買い物もできるし」
ナブ「だめ」
半ば遮られる形で少し怒った様子のナブに林檎を突き返された。
ロー「へ」
ナブ「それは、だめ」
63 :
◆hs5MwVGbLE
[saga]:2018/12/14(金) 01:22:38.79 ID:oAKP86WmO
ロー「腹、減ってないのか?」
俺がそう聞くと彼女は微妙に言葉を詰まらせながらも
ナブ「……そうよ」
と答えた。……だが
ぐ〜
ナブ「ぁ」
ロー「ははっ、ナブの腹は嘘が下手だな」
その一言もまた痩せ我慢だとすぐに分かってしまった。
64 :
◆hs5MwVGbLE
[saga]:2018/12/14(金) 01:24:20.13 ID:o/WkcT2/0
ナブ「じゃ、じゃあこうしましょう? あなたとわたしで交互に食べるの」
ロー「わかったよ」
一息ついてから草原のカーペットに腰を下ろすと大樹を背もたれにして改めて林檎をナブに渡した。
ナブ「え、わたしが先なの?」
ロー「レディファーストって言うだろ?」
ナブ「ぅ、ん……ありがと」
小さな彼女の小さな一口がまっさらな赤に刻み込まれる。
ナブ「どうぞ……」
なぜかどこか恥ずかしそうに、控えめに刻まれたそれはまさしくレディの一口と言えた。
65 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/12/14(金) 01:27:33.90 ID:o/WkcT2/0
ロー「もっと大口で食べてもよかったのに。じゃないと俺も普通に噛んでいったら不公平になりそうだ」
ナブ「ローがへんなこというからっ」
ロー「へんなこと?」
ナブ「……ほら、わたしこんなでしょ? だからあんまり女性らしい扱いってされたことなくて……」
ロー「何言ってんだよ。女の子に大きいも小さいもないだろ? それにナブはかわいいから十分女の子っぽいし」
ロー(ん?)
瞬間、今度こそは『変なこと』を言ったと猛省した。
ロー(いや! 全然変なことではないけど! でも『何言ってんだよ』は俺の方だろ!)
またも後先を考えない性格が裏目に出てしまった。誤魔化すようにして即座に林檎をかじって渡すとその林檎はすぐさま削られて返ってきた。
ロー(気まずい)
そこから暫くは二人とも無言で林檎をかじり続けた。
66 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/12/14(金) 01:28:19.55 ID:o/WkcT2/0
そうしてそろそろ芯も近くなってきたなというところでやっとナブが口をひらいた。
ナブ「……あのね、アダムとイヴって知ってる?」
ロー「ぇ、あぁ、知らないけど……それがどうかしたのか?」
ナブ「その二人は楽園で暮らしていたの。でもある日食べてはいけないと神さまから言われていた果樹を実を二人で分けて食べてしまって、そうして楽園を追い出された」
ナブ「それから二人は厳しい環境の中で寄り添って生きる罰を受けたの」
ロー「それから二人は結局どうなったんだ?」
ナブ「えっと、ごめんなさい。ここから先はわたしも詳しくは知らなくて……でもね?」
そう言って最後の一口をかじるとナブは不意に身体を傾けて俺の肩に身を寄せた。
ロー「ゔぉ!?」
ナブ「こうやって肌を寄せ合って、どんなときも支え合って生きたんじゃないかなって……そう思うの」
67 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/12/14(金) 01:29:46.51 ID:o/WkcT2/0
ロー「ぇ、と……寒いのか?」
ナブ「……うん」
ロー「そ、そうだよな。野宿だもんな」
俺は上に来ていた一枚をナブに渡そうと脱ごうとしたが彼女が袖を握っていたためそれができないということに気がついた。
ロー「あ、あのさ……ナブ? これ貸すから……」
ナブ「……して」
ロー「え?」
聞き取れたような、聞き取れなかったような、顔を伏せたナブから出た声はすぐに夜風にさらわれてしまったが、その声も到底信用ならなかった。
68 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/12/14(金) 01:30:33.45 ID:o/WkcT2/0
ロー(いや、だってあのナブが)
ナブ「して! 昨日してくれたみたいにぎゅって!」
こんどは聞こえた。顔を上げて、はっきりと伝えてくれたから。
ロー「お、おぉ……?」
ナブ「ぁうぅ……」
ロー「……わかった」
彼女の肩にそっと手を添えるとそのまま腕を徐々に内側に寄せて包み込んだ。肩を寄せられていたときからあった柔らかな感触はより確かなものになる。
69 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/12/14(金) 01:31:36.51 ID:o/WkcT2/0
ナブ「あったかい……」
しかし昨日と違うのは一方的な抱擁ではないことだった。中着にグッと力が込められるのを感じる。
そして
ロー(あ、あれ?)
それが次第に胸の内側にまで食い込んでいくような……そんな気がしてしてしまうほどナブは俺の胸に顔を埋めていった。
ナブ「……わたし、やっぱりうさ耳族だったのね」
ロー「え゛」
心臓に直接甘い吐息を吹きかけられているみたいだった。この隠しきれない動揺の爆音……絶対、絶対に聴かれている。
もしかしたら、心の中で笑われているかもしれない。
ロー(けど)
聞きたい、その声が。
見たい、その顔を。
触れていたい、この小さな身体に。
もっと知りたい。
70 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/12/14(金) 01:32:39.70 ID:o/WkcT2/0
ナブのことを……
ロー「……それって」
『どういう意味?』
口から出そうとしたときだった。
馬「ヒヒーン」
ロー「どうした!?」
ナブ「へ?」
ロー「……聴こえる。馬の足音だ」
ナブ「ほ、ほんとね」
木の陰で耳をすませて方向を確かめる。当然と言うべきだろうか、それは自分たちが来た方角からだった。
ロー(もう追いつかれたのかよ)
ロー「ナブ行こう! お前も悪いな……もうちょっとだけ背中借りるぜ?」
71 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/12/14(金) 01:33:54.93 ID:o/WkcT2/0
急いで立ち上がり馬にまたがろうとした瞬間、銃声と共に左脚に激痛が走った。
ロー「ガぁ゛……!?」
たまらず患部を抱え込みその場に蹲る。
草原を額の汗と流れる赤色が濡らす。先ほどとはまた違った高鳴りが迫るようにして音を加速させてくる。
ナブ「ロー!? ロー!」
ロー(なんでなんだよ)
もっと聞きたいと願ったその声が、徐々に遠ざかっていく……もっと見ていたいと願ったその顔が闇に埋もれて霞んでいく……
触れたいと願うのに、腕が……傷口に囚われて上手く伸ばせない……
ロー(ごめん……)
守って、やれなくて
………………………
………………
……
72 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/12/14(金) 01:35:05.74 ID:o/WkcT2/0
ロー「がふっ」
冷たい衝撃を顔面にぶつけられて目を覚ました。薄目を開けると水が入った樽を持った兵士が立っているのがみえる。
ロー(捕まった、のか?)
開けた目に冷水が入り込み反射的にもう一度目を瞑ると追撃が来た。
ロー「ブふっ、げほっ、ケホ……」
「起きろ」
ロー(もう起きてるっての)
73 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/12/14(金) 01:36:04.88 ID:o/WkcT2/0
水滴を拭おうと腕を使おうとしたがどうやら鎖で繋がれて吊られているらしい。
ロー(あー……)
仕方なく瞼に力を込めて懇願した。
ロー「顔拭いてくれよ。目が開けられない」
「ふん、タオルを」
「はっ」
もう一人そこにいたのか兵士はそいつからタオルを受け取ったようで俺に近づいて来た。
「ほらよっ!」
ロー「ぼァ゛っ!?」
乱暴にタオルを押し付けられ後頭部を後ろの石壁にぶつけた。その後も拭くというよりタオルに水滴を無理やり吸わせているといった形で顔面を手のひらで圧迫されていく。
ロー「ぅ゛む゛ぅ……! ムゥ゛!? ンハッ……! はっ、はぁ……はぁ……」
ロー「なにしやがるっ」
やっと開いた視界で睨みつけてやるとその人物は自分が林檎を投げつけた追跡班だった。
ロー(はは、そういうことかよ)
74 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
[saga]:2018/12/14(金) 01:36:46.53 ID:o/WkcT2/0
追跡班「口を慎めよ、反逆者め」
目の前の私怨まみれの兵士の言葉を横流しにしながら足元を見ると撃たれた場所には包帯が巻きつけられていた。どうやら出血で死なない程度の荒治療はしてくれたらしい。
ロー「ナブは」
追跡班「知らんでもいいことだ。これから処刑される貴様にとってはな」
ロー「なっ!?」
兵士「王が来られました」
追跡班「……」
兵士の報告、そして風格ある足音を耳にした追跡班が木のように直るとその五秒ほど後に遣いと共に国王は姿を現した。
75 :
以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします
:2018/12/14(金) 01:38:55.21 ID:o/WkcT2/0
王「貴様か。あの魔法使いを匿ったというのは」
ロー「だったらどうした」
国王の前だと言うのに感情が先行して言葉を直す気も起こらないほど俺は怒りをむき出しにしていた。
王「大人しく城に差し出しておけばよいものを、馬鹿なことをする。その愚かな行い故に貴様の首はその身体を離れることとなった。これは決定事項じゃ」
王「最期に、何か言い残すことはあるか?」
ロー「っ……」
あたかも気の狂った罪人を哀れむような視線を送りながら自らの白い髭を触る王。
如何にも全てを知っていそうなのに口を閉じ切っている遣いの者。
気にくわない。何もかも。
ロー(言ってやりたいッ……!)
『お前の企みを俺は全て知っているぞ』と
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