王族林檎とうさ耳の魔法使い

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76 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 01:39:50.03 ID:o/WkcT2/0
しかし生と死の狭間に立たされて流石の俺も生きようとする生物の本能が働いたのか自然と冷静になれた。

ロー(でもここでそのことを言えば逆にこの場で斬首される可能性すらある)

ロー(生きたい。俺は)

王の許されざる悪行を野放しにしたまま、手のひらで転がされるようにして殺されるというのが腹立たしいというのは無論

だがそれよりも生きていたい理由がある。

ロー(生きて、もう一度ナブに会うまでは……死んでも死にきれねぇ)

一度、泡立つ唾液を飲み込んで、ゆっくりと模索する。

ロー(この場を生き延びる方法……)
77 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 01:40:29.53 ID:o/WkcT2/0

王「ないならこのまま処刑台へ向かう。その愚かな面を民の前で晒すがいい」

ロー「ま、まってくれ」

王「……ほう? 辞世の句を詠う気になったか」

ロー「そうじゃない。本当に、俺を殺してもいいのか?」

王「……何かと思えば命乞いか。詰まらん」

ロー「っ〜!」

手を後ろに組んだまま立ち去ろうとする国王を引き止めようと喉を潰す勢いの大声を上げた。

ロー「俺は王族林檎農家だ!!!! そしてもう家族もいねぇし誰も雇っちゃいねぇ! 俺が死んだら誰が王族にあの林檎を渡すんだ!」

78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 01:41:21.02 ID:o/WkcT2/0
王「……ほう。なるほど? 遣いが奴を処刑台に立てることに躊躇を見せたのはそういうことか」

遣い「仰る通りでございます」

ロー(なんとか足止めはできたか)

王「何か、勘違いをしておるようじゃな。貴様、なぜ貴様らの家系が代々林檎農家を勤めていたか知らんようじゃな」

ロー「……?」

国王は薄気味悪い笑みを浮かべると話を続けた。

79 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 01:42:23.53 ID:o/WkcT2/0
王「そもそもなぜ我々は代々あの林檎を食しておるのか……もしかしたら貴様は農家の拘りなんぞが理由と思うておるかもしれんがそれは大きな間違いというもの」

王「あの林檎には魔術の心得を持つ者の魔力を大きく上昇させる成分が含まれておる」

王「元は魔竜などの強力な魔物が住まう地の品種でな。故にその魔物たちの排便種から育つため、そやつらに益をもたらす実となったそうじゃ」

ロー(何を、言っているんだ。こいつは……)

そんな話、父さんからも、母さんからも聞いたことがない。父さんはいつだって自分の育てた林檎が王族の口に入ることを誇りだと言っていた。

だから、土にも、肥料にも、時期にだって拘って……

80 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 01:43:00.81 ID:o/WkcT2/0
王「我々はそれを摂取し高い魔力を保持しながらさらにその効能を私有とするために『魔力を持たぬ者』『魔術の心得が一切ない者』にその果実を栽培する仕事を与えた。それが貴様らの家系というわけだ」

王「我々の先祖は才なき者にも平等に職を与えてくださったのだ」

王「貴様らがどのような拘りを持って栽培していたかなど知ったことではないが、そのような計らいがなくとも魔術と魔力を持つ者にはあの果実がより美味に感じるようになっておる。むしろ百の年月が経った今でも貴様らはまだあの林檎の真の味をしらんのだ」

81 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 01:43:39.07 ID:o/WkcT2/0
王「私が何を言いたいのか、もう分かるじゃろて。貴様が処刑台に立つのは明日じゃ。遣い、兵を通して民に公開処刑の予告を出しておけ」

ロー「あ……ぇ……」

喉が詰まる。先ほどまであった叫びたくなる衝動さえ唐突に明かされた真実を前に力なく息を潜めた。王はそんな俺に蓋をするかのこどき一言を残すと

王「貴様らの代わりなぞ、いくらでもおるということじゃ」

その場を立ち去った。



82 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 01:44:24.92 ID:o/WkcT2/0
…………………

ナブ(ロー、大丈夫かな)

足枷の鎖が石造の床にかすれる。それらは素脚に触れるとあの夜触れた彼の身体と大きく対比されて嫌に冷たく感じた。

今はただ彼の身を案じ祈ることしかできないが『無事であるはずがない』とも心のどこかでは分かってしまっている。

それは誰のせい?

ナブ「わたしの……せいだ……」

その場所はただでさえ暗い場所であったがもう何も目に入れたくなくて両手で顔を覆って目を閉じた。それでも、それでも頼もしい彼の顔が暗闇に浮かんで消えてくれない。もうどうすることもできないのならば忘れてしまいたかった。何もできずにただ別れを待つなんて悲しいだけだ。

83 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 01:45:01.15 ID:o/WkcT2/0
ナブ「ごめんなさい……ごめんなさい」

また少し脚を動かすと鎖が肌を触る。冷たい。また温もりを思い出す。また彼の笑った顔が浮かぶ。

ナブ「いやっ! いやぁ!」

一人暴れて鎖を遠ざけて、目を閉じて顔を覆ってそうしたら今度は忌々しい耳から入る細かな雑音から逃げたくなって
瞼に力をいれて顔から手を離すとそれを両耳にもっていった。

でも、まだ彼とともにいた世界の音は容赦なく私に届いた。本当に良く聞こえる耳だ。
84 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 01:45:55.29 ID:o/WkcT2/0


「おい聞いたか?」

だれかの足音がきこえる。鎧を揺らす音も。恐らく、二人分だ。

「あぁ、あの女を匿った反逆者のことか?」

ナブ「!」

思わず両手を離して耳を立てた。

「いやぁ驚いたな」

「でもしゃーねーだろうよ。王に逆らったんだから」

「処刑ねぇ……俺18から五年間ずっとここで兵士やってるけど執行されるとこ初めてみるわ」

「俺も俺も」

85 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 01:46:39.57 ID:o/WkcT2/0
全身に鳥肌が立った。

ナブ「うそ……」

鎧の足音は次第に大きくなり、わたしの前に並び立つ鉄格子の向こう側で止まった。

兵士「おい、飯の時間だ」

ナブ「……さっきの話、ほんとうなんですか?」

兵士B「んぁ?さっきの話?」

兵士「あーもしかして反逆者の話か。あいつも可哀想になぁ。ってかどうやって協力させたんだ? ……淫乱なうさ耳族の女だからもしかして色仕掛けでも使ったか?」

兵士B「プッ、お前やめてやれよ。あの幼児体型にその冗談は……」

ナブ「あぁぁぁぁぁぁ!!!!」

どうして

兵士「んなっ!? んだよいきなりっ」

兵士B「いやどう考えてもお前のせいだろ」

自分には何もできないと決めつけていたのだろう。

86 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 01:47:25.98 ID:o/WkcT2/0
それは

ナブ(これのせいだ! こんなものっ!)

首元の魔道具に両方の人差し指をかけ歯をくいしばって第一関節に折れてしまいそうなほどの力をこめた。

ナブ(わたしの人生ってなんだったの!?)

今一度真剣に己に問いかける。わたしの人生は『魔道』だった。だがこの種族に生まれたという理不尽な理由なだけにそれらすべてから突き放され……そして、そして彼に出会ったのだ。

ならこうは考えられないだろうか。

『わたしの人生は彼に出会うためのものだった』と

さきほどの絶望感が嘘みたいに前向きすぎるくらい前向きだがそう考えれば考えるほど身体の底から力が湧いてくるような気がした。

87 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 01:48:17.61 ID:o/WkcT2/0
ナブ(馬鹿にッ……しないでよッ! 城の一流魔導師が作った魔道具だかなんだか知らないけど……わたしはこの力に人生をかけたんだっ! それをこんなもの一つで止められると思わないでよ!!!!!)

ナブ「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ!!!!!」

兵士「な、なんだこの光」

兵士B「うわぁぁ!?」

もし本当にわたしの人生が『魔道』でありそして『彼に出会うための人生』だったならば

ナブ(この力でローを守れないわけがないっ!!)

指が首輪の繊維を引き裂く音がきこえる。紫色の宝石にひびが入っていく微かな音さえ

この耳だから、恐らくヒューマンの人たちより大きくきこえた。

大きく聞こえたことが希望になってそれがさらにわたしに力をくれた。

88 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 01:48:56.20 ID:o/WkcT2/0
ナブ「あ゛ぁ!!!」

首輪を引きちぎり、足枷の鎖を砕き、眼前の鉄格子を吹き飛ばした。

兵士B「ひっ、ヒィ!?」

兵士「バ、バケモノッ」

裸足で石床を刻む。

ナブ(あぁ)

心臓が高鳴って、耳と尻尾の毛がぞくぞくと逆立って全身がアツい……これがきっと、彼への気持ちそのものなのだろう。

早く彼に会いたい。彼に触れて、そして……

あぁやはり

ナブ(わたしって、うさ耳族なんだ)

89 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 01:49:44.30 ID:o/WkcT2/0
ナブ「ねぇ、ローはどこにいるの?」

怯えきった顔の二人に話しかけたが彼らは石壁を背に腰をついて小刻みに震え上の歯と下の歯をカチカチと鳴らすばかりだった。きっと後ろに壁がなければどこまでも後ずさりしていたのだろう。

兵士「ぇ、え、と……」

兵士B「さ、最深部……こ、この下ですぅぅ! 」

兵士「え゛ぇ!? ぉ、おま」

ナブ「そう、ありがと」

床に有り余る魔力を放つとわたしが通れる程度の穴が空いたのでそこから下に跳び降りた。
90 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 01:50:19.66 ID:o/WkcT2/0

兵士「な、なにいってんだよっ! これで俺たちも反逆者の仲間入りじゃねーか!」

兵士B「うるせーよ! 処刑が後になるか今だったかの差しかねーだろーがッ!」

兵士「てかもしかしてあいつもあーやって脅されたのか? いやでも魔法は首輪かなんかつけてて使えないって聞いてたし」

兵士B「ってことはやっぱり……」

兵士「お、俺のせい?」

兵士B「……俺の渾身の命乞いに感謝しろよ」

兵士「……処刑台までついてくわ」
91 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 01:51:23.61 ID:o/WkcT2/0

……………………………………

「ん? なんか今デカイ音して……ぐわっ!?」

「ごはっ!?」

「ぎゃぁぁ!」

王が立ち去って直ぐのことだった。急に舞たった騒音の嵐に思わず何度も両耳を塞いだ。

ロー「な、なんだ?」

牢獄の天井から砂つぶが幾度となく落ちる。その度にまた一人、また一人と兵士の悲鳴のようなものが薄暗い通路を走り抜けていた。

ロー(何が起こっているんだ)

やがてその騒音の元凶はこちらにまで迫ってきているのがすぐに分かった。なぜならばこの地下において圧倒的な光源を放っていたからだ。

薄黄色の眩しい光が徐々に徐々に大きく視界を包む。眩しさに瞼をおろす直前に俺はその光が何かに似ていると感じた。

あれは、そう……

ロー(父さんが拘り続けた、王族林檎の断面だ……)

92 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 01:52:13.39 ID:o/WkcT2/0
ナブ「ロー!」

ロー「え、うわっ!?」

その光は鉄格子を粒状に溶かすかのように飲み込むと続いて手錠も鎖も全て粉々に砕き、俺は宙吊りの状態から手を尽く形で着地した。少し強めに膝をついてしまったような気がする。しかしそのこともさほど気にならなかったのはやはりその声が聞きたかったからだろうか。

ナブ「ご、ごめんなさい。まだ力を取り戻してから慣れてなくて……」

ロー「ナ、ブ」

ナブ「話はあと! にげましょう!」

93 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 01:53:13.98 ID:o/WkcT2/0
彼女に手を引かれる形で立ち上がると俺たちは地下を跳び回りやがて城内へと出た。

ひと跳び五メートル。光に包まれた彼女は俺の手を握ったままどんどん加速していく。着地は撃たれていない方の足をついたが着地するとまた一瞬でふわふわと浮かされて俺もまた脱兎となった気分だった。

ロー(これが、ナブの魔法……)

ナブ「え、ぇ、と……たしかこっち!」

ロー「うわっ、わ!」

兵士C「止まれ! おがっ!?」

兵士D「グフッ!?」

94 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 01:54:17.21 ID:o/WkcT2/0
今度は数十メートルはある赤いカーペットの上を駆け抜けていく。襲い来る鋼を吹き飛ばし、刃をも溶かす光。

兵士E「がはっ」

兵士F「ヌゥッ」

その姿は勇ましく、気高く、可憐で

ナブ「ね……ロー、あのね? わたしね……」

兵士G「止まれェ! ォ゛」

ナブ「このままあなたを連れ去って、どこまでも走っていいかしら」

少しだけ林檎と同じ色に頬を染めていて、それがこの世の何よりも愛おしいと感じた。

95 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 01:55:43.12 ID:o/WkcT2/0
遣い「そこまでだ」

カーペットを抜け出入り口に向かう最後の大きな階段を駆け下りた先で待っていたのは何人かの厚着ローブの男女を引き連れた例の遣いだった。

ナブ「あんたたちなんかに負けたりしない!」

ここに来てまだナブの光を恐れずに立ちはだかるということはやはりあの遣いは王の右腕であろう。

96 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 01:56:38.22 ID:o/WkcT2/0
遣い「対魔部隊。奴をとらえろ」

対魔部隊「「「はっ!」」」

一斉に構えた厚木ローブの集団からは今まで見たこともないような大型の魔法陣が展開される。
それらから伸ばされた触手の数々が俺たちに向かって風を切るかのこどく勢いで伸ばされたがナブはそれを両手の平に作った光の盾でいなしていく。だが次第に彼女の纏った光は薄くなっていった。

ナブ「はぁ、はぁ」

対魔部隊「王家に仕える一流の魔導師をなめるな!」

そしてとうとうその触手の内の一本がナブの盾を突き破り彼女の左腕を捉えた。

ナブ「あぅっ」

ロー「ナブ!」

97 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 01:57:57.27 ID:o/WkcT2/0
ナブを助けたい一心でその触手を掴んだが後ろから来た新しい触手に俺もなすすべもなく絡め取られていった。

ロー「ぁ゛ぐ」

ナブ「ャ、だぁ……! ろぉ、、ろぉ……」

やがて俺たちはどちらとも身体全体をしばりつけられ、まるで見世物かのように吊るし上げられ、ナブも放っていた輝きを徐々に失っていき、ぐったりと力なくぶら下がるのみとなってしまった。

その姿を見上げた遣いはやれやれと首を振ると顎に指を添えてなにやらボソボソと呟いた。

遣い「……もう少し早く気づいておくべきだった。やはり林檎を口にしていたか……だが安心しろ、次はもっと丈夫なものを作らせる」

98 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 01:59:07.82 ID:o/WkcT2/0
王「やっと終わったようじゃの」

遣い「はっ……少々手こずらせてしまいましたが」

見計らったかのようなタイミングで国王が重みのある足取りで階段を一段ずつ刻む。相変わらず憎たらしいほど余裕と厳格のある足取りだったが、今はその様子を見ていることしかできない。
もはや指すら噛めない俺はただひたすら生まれてこの方誰にもしたことがないであろう目つきで彼を睨み続けた。

王「愚かな反逆者よ。全ては無駄じゃ。どう足掻こうが、例えその娘の力を借りようがお前は明日、処刑台に立たされるのだ。その身で思い知っただろう」

王「だが……確かにこれ以上兵と城を傷つけられるのも面倒じゃ。兎の方はまた首枷をかけるとして……」

国王は数秒考える素ぶりを見せるかのように白髭をいじるとその指を止めて目を細めた。

ロー(なんだ……?)

王「どれ、そっちのはこれ以上暴れられんようにいっそ右脚も折ってやれ」

ロー「なっ」

ナブ「へ……」

99 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 02:00:19.07 ID:o/WkcT2/0
遣い「承知。やれ」

対魔部隊「御意」

対魔部隊の内の一人はそう言って頭を下げると展開していた魔法陣を強い光を加えた。

瞬間

ロー「ガぁ!? ァ゛」

右脚に巻きついた触手が急速に締め上げられ回転を加え始める。加えられた力に比例するようにして奥歯が勝手に力む。

100 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 02:01:07.14 ID:o/WkcT2/0
ロー「ウ゛グ、ギィィ゛……」

悲鳴に変わるであろう息を歯で閉じ込めた。血液が圧迫され感覚がなくなってくる。来る。そのときが来る……あともう少しで。口が開く。呼吸より先に粘り気のない唾が溢れた。

叫び声は

ナブ「ぃ、イヤ……やめてよ……やめてぇぇ!!!」

俺よりも先にナブがあげた。

ロー(あ、ぁ……駄目だな)

彼女が自分のために涙して叫んでくれているのなら嬉しいと思ってしまう。

例え明日処刑台に立たされたとしても……

ロー(こんな、気持ちなのか)

目を閉じて全てを諦めかけたそのときだった。
101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 02:02:45.04 ID:o/WkcT2/0

兵隊長「失礼しますっ!!」

一人の男が息をあげながら城の扉を大きな音を立てて開いた。恐らく普段なら絶対にしないであろう品のない開き方だった。

その音に俺たち以外の誰もが彼の方を一斉に向き対魔部隊は一度詠唱を中断した。

ロー「っ、ハッ、ハッ……!」

ロー(な、なんだ……?)

何処からか地鳴りにも似た音が聞こえる。緊張で張り詰めた空間だからこそそれは目立って耳に入った。

102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 02:04:25.95 ID:o/WkcT2/0
王「なんだ騒がしい!」

兵隊長「報告します! な、何故か取り押さえられないほどの大勢の民が城の門前に集まり……」

門番「た、隊長〜! 無理やり突破されました!」

王「なぜじゃ! 槍でも銃でも使って今すぐやめさせい!」

迫ってきている。数えきれない程の足音と、怒号の応酬。庭を埋め尽くすその一つ一つに集中して耳をかすと微かにその集団の目的が聞こえてきた。

「生物兵器を作るなー!」

「戦争を起こすなー!」

「処刑を取り消せ国王ー!」

「そーだそーだ!」

103 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 02:05:04.80 ID:o/WkcT2/0
王「なんだ騒がしい!」

兵隊長「報告します! な、何故か取り押さえられないほどの大勢の民が城の門前に集まり……」

門番「た、隊長〜! 無理やり突破されました!」

王「なぜじゃ! 槍でも銃でも使って今すぐやめさせい!」

迫ってきている。数えきれない程の足音と、怒号の応酬。庭を埋め尽くすその一つ一つに集中して耳をかすと微かにその集団の目的が聞こえてきた。

「生物兵器を作るなー!」

「戦争を起こすなー!」

「処刑を取り消せ国王ー!」

「そーだそーだ!」

104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/12/14(金) 02:05:51.52 ID:o/WkcT2/0
遣い「なぜっ……!」

王「な、なぜなんじゃ……このことは城の者のごく一部にしか……」

ロー(も、もしかして……)

一人、いる。俺とナブ以外にこのことを知っていた街の住民が……

ドルチェ「なにあっさり捕まっちゃってるのよばかロー!!!」

扉の向こう側で怒号に紛れて聞こえる聞き慣れた甲高い声

ロー(あ、あいつ! 結局口を滑らせたのか!)

やはりドルチェは信用ならかった。そう思うと呆れて緊張していた筋肉が蕩けるようにして弛緩したが今はそんな彼女の軽口に希望を貰った。
105 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 02:06:37.07 ID:o/WkcT2/0

そうして扉側の民たちに恐れおののくようにして後ろ足で退く国王は背後にいた青年にぶつかった。

王子「終わりだね。父上……」

遣い「あ、あなたは」

王「王子! まさか口外したのは貴様かッ!」

王子「まさか。僕にそんな度胸はなかったさ。だがこうして機を得てしまうと調子付いて父上に逆えなかった自分が憎たらしくも思えてくるよ」

彼は自らの父の肩に叩いてそう言うと気迫のある命令口調でローブの集団に一括した。

王子「お前たち! 彼らを解放しろ!」

その声にどよめきお互いに困惑した表情で顔を合わせながらも対魔部隊は魔法陣を消滅させた。

対魔部隊「「「はっ……」」」

106 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 02:07:12.40 ID:o/WkcT2/0
王子「きっかけを作ってくれた君たち二人には感謝するよ」

ロー「え」

ナブ「こ、こちらこそありがとうございます!」

王子「さあ父上、邪悪な企てをした罰として責任をとるんだ。今ここで」

王「ヌ、ヌゥ……」

王子「それとも、自分が用意させた明日の処刑台に自ら立つかい?」

遣い「……国王」

王「わ、分かった」

国王は項垂れると威厳の欠けらもない声量で呟いた。

王「私の、負けだ……」



107 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 02:08:02.52 ID:o/WkcT2/0
その後は王子が庭に集められた民たちの前に現れ自らが新国王に就任することと現国王と今回の恐るべし計画に参加していた者たちを王都から永久に追放することを告げその場を収めた。

それと同時に俺の罪は帳消しにされ晴れてナブも尊厳を取り戻し、俺たちは囚われの身から解放されることとなった。

数日後には改めて王子の国王就任、そして新政府発表のパレードが開かれるようだ。

108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 02:09:32.01 ID:o/WkcT2/0

…………………………

ナブ「はい。上手くできたか分からないケド……」

ロー「ドルチェにも少し教わったんだろ? 大丈夫だろ」

香ばしいアップルパイの香りが部屋に立ち込めて鼻腔をくすぐる。もちろん俺の自宅……なのだがそれを作ったのはエプロンを着たナブだった。

ロー「なんか世話焼いちゃって悪いな」

ナブ「ううん。まだ両脚とも怪我したままなんだから気にしないで。それにわたしがしてもらったことを考えればこれくらい……」

今回の一件で両脚に全治二ヶ月程度の怪我を負った俺は車椅子で生活していた。ナブはそのことに罪悪感を感じたのか今は住み込みで俺の世話をしてくれている。

109 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 02:10:52.42 ID:o/WkcT2/0
ロー「でも王子が正式に国王になったらまたナブの仕事も忙しくなるだろうし……たしか新しい対魔部隊に誘われたんだろ?」

ナブ「あー……ううん。その話は断っちゃった」

ロー「え!?」

ナブはけろりとした顔で首を横に振りながらそう言った。まるでなんの迷いも後悔も感じられない。そのことはぴんと立った彼女の耳を見たらなんとなく感じ取れた。

110 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 02:11:50.63 ID:o/WkcT2/0
ロー「いや、やりたかった仕事なんじゃないのか? 上級魔法職だし……」

ナブ「そのことなんだけど……わたしね? 今日で上級魔法職じゃなくなっちゃったの。辞めちゃった」

ロー「は!? や、やっぱり今回の件のせいで……」

ナブ「そうじゃないわ。自分で辞めたの。べつにもう魔法職に就きたいなんて思ってないし」

ロー「なにか他にやりたいことでも見つけたのか?」

そう言った瞬間ナブは出来立てのアップルパイをフォークにさしそれに一息もかけずに俺の口に押し込んだ。

ナブ「ふんっ!」

ロー「あづっ!?」

111 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 02:12:34.37 ID:o/WkcT2/0
ナブ「あのあと少しドルチェさんと話したけど、本当に鈍感なのね」

ロー「う?」

ナブ「……ローと一緒にここで林檎を育てたいの。でも王族林檎は魔法職には任せてもらえないから……だから魔法職を辞めたの」

ロー「ごゥ!? ゴホッ! ゴホッ!」

思わずアップルパイを喉に詰まらせてしまった。

ナブ「ロー!? だいじょーぶ!?」

ナブに渡してもらったティーカップを受け取るとそこに入っていた紅茶を全て流し込み事なきを得た。

ロー「びっくりした」

ナブ「もー……」

112 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 02:15:01.28 ID:o/WkcT2/0
ナブ「で、ね? だから、その……ローに追い出されちゃったらわたし住む場所もなくなっちゃうっていうか……」

人差指どうしをこねるナブの頭に手を置いた。

ナブ「まふっ」

ロー「うん。一緒に暮らそう」

ナブ「……なんかあっさりじゃない?」

113 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 02:16:01.17 ID:o/WkcT2/0
ロー「え、駄目なのか?」

ナブ「……むぅ、もうわたしからは言わないから!」

今度はツンとそっぽを向いてしまった。丸々とした尻尾がヒクヒクと動いて可愛らしい。

ロー(じゃなくて)

全くもって理解不能だ。共に暮らしたいと言われ、俺もそれは嫌ではなく……むしろ嬉しく思ったので受け入れたつもりだったのだが……
114 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 02:16:42.65 ID:o/WkcT2/0


ロー「なんでそっぽ向くんだよ」

ナブ「だって……」

ロー「車椅子さ、動かすの面倒なんだよ」

ナブ「どういう意味?」

ロー「もし普通に歩けるならまわりこんでるってこと。……見たいんだよ。ナブの顔が」

ナブ「やだ」

ロー「なら仕方ないな」

車輪に手をかけたとこでまたナブがいじけた声でつぶやく

ナブ「なんで顔がみたいの?」

115 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 02:17:10.49 ID:o/WkcT2/0
ロー「かわいいから?」

ナブ「ぅ、そういうことは簡単にいうくせにさっ」

ロー「じゃあ好きだから……ダメか?」

ロー(あ)

また何も考えずにあっさり言ってしまった。こういうのはもっと日を改めて……そう、プロポーズとして……

ロー(はぁあ)

こんなんだからいじけられるのかと今さらになってやっと理解できた。

116 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 02:17:44.22 ID:o/WkcT2/0
ナブ「う、うーん。せいかいなんだけど、なんだかまけた気分……」

と思っていたのだがナブはしまらない表情をしつつもこちらに向き直ってくれた。

ロー(あ、正解だったのか)

ロー「でもさ、本当に良かったのか? 無理に林檎農家にならなくても俺は別にナブのこと……」

ナブ「だーかーらー! そういうとこがダメなのぉ!」

ロー「ぇ、あ……ごめん」

ロー(やはり口に出す前に一呼吸考える癖は今からでも努力してつけておくべきか)

痛感する。

117 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 02:19:02.98 ID:o/WkcT2/0
ナブ「わたしはね? わたしの魔法はローと出会うために、ローを守るためにあったんじゃないのかって考えたの」

ナブ「だからもう魔法にそれ以上は求めないし……もしかしたらわたしの子どもは魔法の才能があって魔法職に夢を見るかもしれないけど……それでもこの場所と林檎の良さをしっかりとその子に伝えていくつもり。ローが今ここを継いだ理由みたいに」

ロー「え、子ども……?」

ナブ「へ?? あ、うぅ……」

ナブは林檎そのもののように顔を染めると小さな身体で車椅子に乗りあげ俺の胸ぐらを掴みこんだ。

ロー「うわなに!? あぶないって!」

ナブ「ひつようでしょ!? だってローには子どもだって両親だっていないんだからわたしたちが死んだら誰がここを守ってくれるの!?」

118 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 02:19:47.41 ID:o/WkcT2/0
ナブ「それに『どうしても他のことがしたい』って子のために兄弟もいるし……」

ロー「ナ、ナブ? 何人作る気なの……?」


『……わたし、やっぱりうさ耳族だったのね』


あの言葉の意味が少し分かってしまったかもしれない。

119 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 02:20:41.32 ID:o/WkcT2/0
ナブ「そういえば今日はお風呂まだだったよね? ささっ、いきましょ」

ナブはするりと俺の身体から降りると後ろに回って車椅子を押し始めた。

ロー「いや俺は身体を拭いてもらえればそれで……というかまだアップルパイ食ってない!」

ナブ「あら、アップルパイは出来立てはもちろん美味しいけど少し冷やした後も美味しいのよ?」

ロー「怖い! ナブ怖い!」

120 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 02:21:49.38 ID:o/WkcT2/0
なす術なく浴室に車輪を転がされながら初めて彼女に恐怖心を抱いた。

ロー(な、なるほど)

これは確かに国が脅威を感じるわけだ。王族林檎の真実を知った今、それも重なりなんとなく自分が国にとって大きなものを背負ってしまっているような気がした。

ロー(あぁ、なんだかもう一つの夢も叶ってしまった気がする)



大冒険こそないもののこれはある意味……

121 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 02:22:21.11 ID:o/WkcT2/0





(国を支える『勇者』だな)








122 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/12/14(金) 02:23:05.81 ID:o/WkcT2/0
おわり
123 : ◆hs5MwVGbLE [saga]:2018/12/14(金) 02:24:21.75 ID:o/WkcT2/0
今回はこれにておしまいです
ここまで読んでいただいた方はありがとうございました(-ω-)
124 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/14(金) 20:38:56.10 ID:bp3QIc+o0
おつおつ、よかったよ
125 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/12/14(金) 20:54:33.83 ID:5rhDX8uiO
おつおつ。さすがのいい締め方でした。
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