【シュタインズ・ゲート】岡部「このラボメンバッチを授ける!」真帆「え、いらない」

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473 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/07/28(土) 01:58:40.25 ID:W8gvA/tC0
   3

 沈みかけた太陽を背に、黄金色に染まる秋葉原を歩く。
 引き伸ばされた自分の影を目で追いながら、俺はラジカンを後にした。

 別に、何か目的があって、この場所に来たわけではない。ただ──

『紅莉栖がラボを訪れるまでに、少しでも頭の中を整理しておきたい』

 そんな事を思い、一人で街に出ただけの話し。
 そして、どこか空虚な思考を空回りさせながら、目的地もなくフラフラと彷徨っていると、気付けばラジカンの屋上まで来ていた。ただ、それだけの事である。

 周囲の景色を視界の隅に流しながら、どこか頼りない足取りで歩み、考える。
 
 今日になって、突然、あの時の事を話せと言ってきた紅莉栖。
 説明に主観がないと言って、顔を赤く染めた紅莉栖。
 今すぐにでも聞きたいといった、紅莉栖。

 最初は、どうしてそれほどまでに急いでいるのか不思議に思った。しかし、そんな紅莉栖の見せた焦りの理由も、今ならば分かる気がする。

 帰国の前日になるまで、俺にその事を知らせなかった。そんな紅莉栖の心情を、自分勝手に思い描く。

『言い出したくても、言い出せなかった──と言ったところか』

 自意識過剰だろうか? そうなのかもしれない。だが、だったらなんだ。

 もっと早く言うべきだった──

 そう呟いて謝る紅莉栖の姿は、少なくとも俺の目には、そう映った。

 だからこそ、俺はラボへの帰途を進めながら、覚悟を決める。

『もう間も無く、紅莉栖もラボへとやってくるだろう。そこで俺は、紅莉栖に全てを話す』

 何十億もの人々と、牧瀬紅莉栖という少女一人を天秤にかけた意思。
 中鉢の凶刃から紅莉栖を救おうとして、誤って紅莉栖に危害を加えてしまった失敗。
 そんな収束を見せる世界線を前に、一度は崩れ、それでも諦め切れずに、十四年もの長い時間を執念だけで生き抜いたという、今は無い未来の俺の生き様。
 世界をだまし、過去の自分をだますために、全てを承知で紅莉栖の父親に刺された。そして不足を補うために犯した、命がけの無謀な行動。

 そんな全ての一切合財を、包み隠さずありのまま、紅莉栖に伝えるつもりだった。

 だから、自らの想いをより深く刻み込むために、もう一度強く、覚悟を決める。



 ──全てを話した後、俺は紅莉栖を引き止める──



 俺の話を聞いた紅莉栖が、どんな反応を示すのかわからない。怒るだろうか? 呆れるだろうか? 悲しむだろうか? それとも、喜ぶだろうか? 分からない。
474 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/07/28(土) 01:59:49.86 ID:W8gvA/tC0
 だが、例え紅莉栖がどんな反応を見せようとも、俺は引き止める。それは、『つもり』ではなく、『確実に』そうするという決意。

 引き止められたら困ると言って微笑んだ紅莉栖。だが、そんな彼女の笑顔を、俺は全力で否定し、その帰国を妨害する。

 紅莉栖の身を案じているであろう、彼女の家族。
 紅莉栖の帰国を待っているかもしれない、彼女の知人たち。
 紅莉栖の研究復帰を望む同僚に、紅莉栖に期待をかけている、科学つながりの有象無象。

 そんな全ての望みを断ち切って、俺は俺だけのために、紅莉栖を引き止める。引き止めて見せる。

 俺はラジカンの屋上で、その覚悟をしたのだ。

『それができるほどに、この俺は独善的なのだからな』

 まゆりに叱咤されたではないか。ダルに教えられたではないか。一週間前のラジカンで、酸欠になりながらも紅莉栖に向けて叫んだではないか。ならばこそ、こんな場面たればこそ──

『俺は岡部倫太郎として、どこまでも独善的でなければならない』

 俺は、そんな思いを胸に、『覚悟しろよ、紅莉栖』と、拳を握り締めた。





 ──その時だった。




「!?」
475 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/07/28(土) 02:00:42.47 ID:W8gvA/tC0
 大地が揺れる。
 視界が歪む。
 意識が遠のいていく。

 あまりに出し抜けで、何がおきているのか分からない。だが確かに、何かが起こり始めていた。

 最初に頭に浮かんできたのは、『酸欠』だった。

 似ているのだ。一週間前、ラジカンの屋上に飛び込んだ時に感じた、あの抗いようのない感覚に。そして、その感覚は『酸欠』と同時に、あの──

『おい……冗談だろ?』

 混乱した俺の思考は、歯車を失った機械のように、空回りを始める。そして、そんな状態でも、これが『酸欠』でないことだけは、不思議と確証が持てた。

 だからこそ、背筋が凍る。理解など、できるわけがなかった。

 だが、そんな理解できない俺など置いてきぼりにして、視界の歪みは進んでいく。そして──

「ぐぅぅぅぅ!?」

 有無を言わさない強烈な圧力に、大きな唸り声を上げて目を閉じ、地にヒザをつく。

 次の瞬間、これまで押し寄せていた何かが、まるでそれ自体が嘘だったかのように、消えていた。

『同じ……だ……』

 俺は目を開けることができず、恐怖に駆られて、鈍りきった思考を無理やり回す。

『ありえるわけがない。もう、この世界には、電話レンジ(仮)も、タイムリープマシンも存在していないのだ。だからこそ、ありえない。矛盾している。こんな事、理に適っていない』

 だがしかし、先刻感じたあの感覚に、俺はどうしようもない程の身に覚えがあった。だから、その感覚が『あれ』以外の何かであった──と言う解答を渇望する。

 ゆっくりと、閉じていたまぶたを、押し開く。視界にはいる景色を確認する。その光景に誤差を感じないか、識別する。

『特に、際立った変化は……』

 秋葉原の街はある。夕暮れにそまる街を行きかう人々。その全てを記憶しているわけではないが、しかしそれでも、目立った違いは感じられない。

 萌え文化を踏襲してきた歴史。それを感じさせる町並み。電気量販店やアニメ関連の書店にグッズ販売店、それ以外にも色々と、様々な文化が入り乱れる風景。そんな、ある種独特の町並みは、未だに健在だ。

 だが、それでも安心感は得られない。

『何か、俺の知らないところで?』

 どうしても、その恐怖心が拭えない。なにせ俺は、この感覚を切欠に、あまりにも多くの苦悩を、自分自身と大切な存在たちに──
476 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/07/28(土) 02:01:32.64 ID:W8gvA/tC0
「……!?」

 不意に恐ろしい想像が頭をもたげる。一気に全身の血が落下した。
 
「く、紅莉栖は!?」

 慌てて白衣のポケットから、愛用の携帯電話を乱暴に引き抜く。そして、手早く操作をこなし、電話を耳元へとあてがう。

 静かに鼓膜を打つ、コール音。たった数回のその呼び出し時間が、無性に永く感じられた。

『でろ、でろ!』

 早鐘のように打つ心臓に、全身から血液が噴き出しそうな感覚を覚える。そして数度の呼び出しを経て、電話がつながる。

「紅莉栖! 無事か!?」

 一も二もなく、叫ぶ。

「お、岡部? 何? 無事かって、どういう事?」

 受話器の向こうから、紅莉栖の戸惑った声が聞こえ、それに少しだけ安堵感を得る。手の内を離れていた冷静な思考が、やっと手元へ戻ってくる。

「無事……なんだな?」

「いや、別に無事だけど……」

「そうか。……紅莉栖、一つ聞きたい」

「……なに?」

「これからお前は、ラボへ来る。そして、俺の話を聞く。その予定でいいんだよな?」

「そうだけど……どうした? 何があった?」

 受話器の向こうから、微かに不安げな紅莉栖の言葉が響いた。俺はその紅莉栖の問いかけに、曖昧な返事を返す。

「いや、それならいいんだ」

「よくないだろ。何かあったんだな?」

「いや、大した事ではない。気にするな」

 俺は途轍もなく大きな嘘をつき、問い詰めようと口調を荒げる紅莉栖の追撃をかわした。

「ラボに……行ってもいいの?」

 どこか、こちら側を探るような口調で、紅莉栖の声が聞こえた。俺は平静を保ったまま、言葉を返す。

「当たり前だ。待っているぞ」
477 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/07/28(土) 02:02:19.19 ID:W8gvA/tC0
 そして、携帯を耳から離すと、電話を切った。
 俺はそのまま携帯の操作パネルをいじり、再び耳元へとあてがう。

 待つこと、しばし──

「もしもし、オカリン? どうしたの?」

 その声に、『よかった。まゆりも、無事だ』と、また一つ安堵感を重ねる。そして、

「まゆり、すまない。操作ミスだ。間違えた」

 また、嘘をつく。

「な〜に〜? 間違え? あ、そっか。オカリン、クリスちゃんにかけるはずだったんでしょ? 頭脳明晰のまゆしぃには、それくらいお見通しなのです」

 最後にラボで見た、大粒の涙を零すまゆりの声は、そこには無かった。いつもの能天気なまゆりの声に、少なからず息をつく。

「オカリン? あのね、クリスちゃんに、ちゃんと言ってあげてね」

 俺と紅莉栖の事を案じての事なのだろう。まゆりの言ったその言葉に、俺は『ああ、分かっている』と短く返すと、電話を切った。

 そして、考える。

 α世界線ではまゆりが、β世界線では紅莉栖が、時間の意志とも呼べるような何かに煽られ、その犠牲となった。だがしかし、今のところこの二人に、大きな変化があったようには見受けられない。

『世界線は、変わっていない?』

 変化の見えない現状。
 俺は、先刻感じた感覚が、本当にただの勘違いだったのではないかと感じ始めていた。

 どうにも消えない不安感を、ひっそりと胸の内に抱きながら、俺はラボへ向かって歩き出す。
 見慣れたはずの秋葉原の町並みが、どうしてか薄ら寒く感じられた。







478 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/07/28(土) 02:02:56.64 ID:W8gvA/tC0
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479 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/07/28(土) 02:05:02.84 ID:W8gvA/tC0
真帆「これは……」

真帆(このお話の土台設定を知らないから詳細までは分からないけど、でも……)

真帆(何かが起こり始めた……というわけよね? それも、ただ事ではなさそうな何かが)

真帆「ふむ……」

真帆(それまではずっと、紅莉栖が帰国することに対する岡部さんの心情がつづられてきたのに──)


──その時だった。


真帆(そうね。この一文を境に、シーンのイメージががらりと変化している)

真帆(お話の中の岡部さんにとっては、紅莉栖の帰国は大きな案件に違いないはずなのに、それ以降は帰国の話題にまったく触れていない)

真帆「つまり」

真帆(この瞬間に起きた何かは、紅莉栖の帰国という事案の優先順位を遥かに引きずり降ろすような出来事だった、と?)

真帆「………」
真帆「……」
真帆「…」

真帆(岡部さんは街中で突然酸欠のような症状に襲われ、その直後、彼は大きな不安に襲われている)

真帆(電話レンジとかタイムリープという単語が何を意味しているのかは分からないけど、この動揺の仕方は普通じゃない)

真帆(仲でも特に気になる記述といえば……そうね)

真帆(まずは、目を開けてすぐに辺りを確認し、それから紅莉栖やまゆりさんに対して安否確認をするかのような電話を入れていること)
480 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/07/28(土) 02:05:41.49 ID:W8gvA/tC0
真帆(そして、そんな岡部さんの行動を裏付けるかのような──


 α世界線ではまゆりが、β世界線では紅莉栖が、時間の意志とも呼べるような何かに煽られ、その犠牲となった。


真帆(という部分。犠牲って……言葉のままの意味で捉えていいのよね?)

真帆(となると、よ。察するに岡部さんは、先の酸欠を境に『世界線』というものが『α』や『β』と呼ばれるものに変化してしまったことを恐れていて、でも実際は変わっていなかったのだ、と)

真帆(一応はそんな感じに読み解けはするのだけど……)

真帆「…………」ムムム

ペラペラペラ
481 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/07/28(土) 02:06:31.15 ID:W8gvA/tC0
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482 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/07/28(土) 02:07:26.13 ID:W8gvA/tC0
     4


 ──世界線は変わっていない。リーディングシュタイナーは発動していない──


 自らにそう言い聞かせ、湧き上がる疑念を払拭できたのは、ラボに向かって歩きながら電話をかけまくり、各人の現状を確認した後のことだった。


 ダルは自宅で、いつものようにエロゲーを楽しんでいる最中だった。

 ルカ子は男のままで、その性別を含んだ状況に、いささかも目立つ特異点は見当たらない。

 フェイリスは──まあ、秋葉原の街が消えていないので不安は無いが、それでも一応、今でも高層マンションで執事の黒木と二人暮しだという事を、確認した。

 萌郁は、神のごとき速さで、返信メールが飛んできた。その文面にも、特に異常は見当たらない。

 さすがに、未来の鈴羽だけはどうしようもなく保留にしたが、しかし、鈴羽以外の俺を含めた全員に、なんら変化はない。


 そこまでする事で、やっと自分の中に噴き出そうとする不安感に、フタをする事ができた。


 ──だと言うのに──


「どういうことだ、これは……」

 ラボへの道程で差し掛かった、家電量販店の前。そのショーウィンドー越しに見える光景が、掴んだはずの安堵感を、跡形も無く打ち砕いた。

「なぜ、こんなフザけた事に、なっている?」

 大きな一枚ガラスの向こう側。そこに見える文字。
 ショーウィンドーに並べられた、大型サイズの薄型テレビ。その画面の上端に流れる、ニュース速報を伝える一文。
 その意味に、俺は戦慄していた。



『先日、ロシアへ亡命を果たした物理学者 中鉢氏に対し、ロシア政府が正式に国籍を授与』



 そんな文面が、画面すみに踊っていた。
 そして、その内容は俺の中にある記憶と、大きく食い違っている。

 ドクター中鉢こと、牧瀬紅莉栖の父親。彼は、ロシアへの亡命をしくじり、日本へ強制送還された。

 少なくとも、俺の記憶の中ではそうなっているし、そうでなければならない。そして何より、そうなるように仕向けたのは、他でもない俺自身なのだ。
483 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/07/28(土) 02:08:14.50 ID:W8gvA/tC0
「だったら、どうしてこんな馬鹿げた事態になっている?」

 ガラスに手を突き、その奥を睨みつける。

『あれはやはり、リーディングシュタイナーだったと言うのか?』

 そんな考えが、頭の中を渦巻き始めていた。巨大な疑念がとぐろを巻く。
 そして、否定したい気持ちとは裏腹に、理性はこれが世界線の移動だと言う事を、受け入れようとしている。
 いや、本当のところは、あの感覚を感じた瞬間、それがリーディングシュタイナーだと言う事を、俺は直感していた。
 だからこその、押さえ切れない不安感だったのである。

「何がどうなっている?」

 胸中で唸り、テレビ画面を食い入るように、見つめる。

『ひょっとしたら、テレビ局の手違いだという事はないか?』

 であれば、速報に誤りがあった旨を謝罪する何かが、画面に映されるはずである。だが──

『続報は、なしか』

 しばらくの間、食い入るように画面を見つめていたものの、しかし俺の不安を拭い去ってくれるような何かが、視界に飛び込んでくる事はなく──

「……くそ」

 俺は再び、ポケットから携帯を取り出し、リダイヤル機能を利用して電話をかける。

「オカリン? 今度はなん?」

 程なく、受話器越しにスーパーハカーの声が聞こえる。

「ダル。まだパソコンの前にいるか?」

「いるけど、一体何なん?」

 俺は手短に、ダルに向けて指示を出す。

「そりゃいいけどさ。何でそんな事に興味あるん?」

「いいから、調べてくれ。たのむ」

 俺のどこか張り詰めたような声色を感じ取ったのか、一瞬間を空けて、ダルが了解の返事を返してきた。そして──

「ああ、あったお。つーか、ヤフーのトップに載ってるじゃん。あのオッサン、意外と注目されてんね。まあ、日本からの亡命とかいって、一時期騒がれて──」

「ダル。どうなんだ? 俺の情報は誤りではないのか?」

 俺は急き立てるようにして、ダルの言葉を遮った。
484 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/07/28(土) 02:09:42.73 ID:W8gvA/tC0
「たぶん、当たってるお。文面見ると、情報ソースはロシアの公式みたいだし、間違いないんとちゃう?」

「そうか、すまなかったな」

 そう言って、電話を耳元から離す。携帯の受話部分から、ダルの事情説明を求める声が聞こえていたが、構わず終話ボタンを押した。

 俺は携帯をポケットにねじ込みながら、無理やりに冷静な思考を保ちつつ、状況の把握に努める。

『やはり、世界線は移動している。だが、なぜだ? そんな事が、ありえると言うのか?』

 無論のこと、俺は何もしていない。リーディングシュタイナーの発動条件である『Dメール』など、使っていない。

『誰かが、Dメールを無断で?』

 しかし、その可能性がありえない事は、十分に承知している。

『電話レンジ(仮)は、確実に処分した』

 それは間違い無いはずだった。バラバラに分解し、粗大ゴミとして、処分した。

『誰かが、それを拾い、組み立てた?』

 アホ臭いと思った。
 組み立てて再現できるような、そんなバラし方はしていない。むしろ、バラすというよりも、基盤から徹底的に破壊したといった方が、良いくらいである。

『では、どうして? この現状に、何が考えられる……?』

 ふと、脳内に浮かび上がる、一つの可能性。

『ひょっとして、俺たちとは無関係の第三者が、偶然、電話レンジ(仮)と同じ機能を持つ何かを、発明したのか?』

 確かにその可能性は捨てきれないと思った。
 現に、世界線を移り変わるたびに、タイムマシンの開発元は大きく変化しているのだ。時には我がラボが、時にはSERNが、時にはロシアが──

 タイムマシンの開発元。そこに、統一された必然性はなかった。

 であれば、他の第三者がタイムマシン──もしくは『タイムマシンの原型』になりうる『何か』の開発に成功していたとしても、なんら不思議ではない。

 考えて見れば、その可能性がもっとも高いような気がした。

 もともと、Dメールを可能にした電話レンジ(仮)も、弱小この上ない我がラボが生み出した、偶然の産物なのだ。であれば、同じような偶然が別の場所で起きないと、誰が言えるだろう。

『つまりさっきの現象は、俺の知らない誰かが、過去改変を試みた結果で──』

 などと考えるも、しかし俺は頭を軽く振りながら、その考えすらも否定する。
485 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/07/28(土) 02:10:29.48 ID:W8gvA/tC0
『いくらなんでも、出来すぎだ。確かに、第三者が過去改変を行ったという可能性は否定できない。だが、だからといって、その影響が俺の認識範囲内であるドクター中鉢に現れるなど、あまりにも出来すぎているだろ』

 やはり、ひねり出した『第三者案』も、どうにも承服しかねた。

『だったら、何だというのだ?』

 分からない。正答の片鱗すら、垣間見えない。苛立ちをかみ殺すように吐き捨てて、口をきつく結ぶ。

 俺は、目まぐるしく動き回る思考に意識を煽られながら、再び、ラボへの帰途へたどり始める。

 残暑厳しいはずの夏の終わり。むせ返るような空気に囲まれて、俺は一人、肌寒さに身を震わせていた。








486 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/07/28(土) 02:10:59.81 ID:W8gvA/tC0
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487 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/07/28(土) 02:11:56.93 ID:W8gvA/tC0
真帆(とにもかくにも、気になる事の多いシーンね。世界線が変わっていたことは当然として、紅莉栖のお父様に関わる部分や、ロシア国籍がどうのこうのという一連の流れ。それになにより……)

真帆「……タイムマシン」

真帆「そういえば、一番最初のほうに……」

ペラペラペラペラ


『では、お前の知らない、鈴羽がタイムトラベラーだった事とか、未来のダルがタイムマシンを作った事とか、その辺りの流れか?』


真帆「あった、ここだ。最初は気にせず読み飛ばしていたけど、確かにここでもタイムマシンの存在が匂わされている……」

真帆「タイムマシン……タイムトラベラー……鈴羽って、阿万──」

ズキリ

真帆「んっ」

真帆「いたた……。偏頭痛かしら、いやねぇ。で、ええと何だったかしら?」

真帆「………」
真帆「……」
真帆「…」

真帆(あれ? 私いま、何か言いかけたような気がしたんだけど……)

真帆「ふう、まあいいわ。それよりも、これは一度、適当に流し読みしてしまった最初の方から、気になるキーワードを洗い出してみるのもおもしろそうね」
488 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/07/28(土) 02:12:50.40 ID:W8gvA/tC0
真帆(土台を知らない私に、現状与えられた情報だけで、どこまで作中の事情を推察できるのか?)

真帆(一種の思考実験としては、悪くないでしょう)


スクッ トコトコトコ


真帆「紙とペンは……あ、これでいいか」

真帆(何だろう。少し楽しくなってきたわね、へへ)


ペラペラ カキカキ ペラペラ カキカキ


●世界大戦
●バタフライ効果
●永遠の三週間の記憶
●Dメールによる過去改変
●リーディングシュタイナー
●未来人
●開戦の主犯
●私を助けたときのこと


真帆「や……山のように出てくるわね……、ええとそれから……」

489 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/07/28(土) 02:13:39.47 ID:W8gvA/tC0
●鈴羽がタイムトラベラー
●未来のダルがタイムマシン
●世界線に挑む?
●五十億人以上の命
●エンターキーを押したときにくらべれば
●電話レンジ(仮)
●タイムリープマシ──ピタ

真帆「これ……」

真帆(何だろう。聞き覚えがある)

真帆(タイムリープって、いわゆるタイムトラベル現状における一つの形式をさす言葉よね?)

真帆(映画とか小説なんかで度々目にすることくらいなら誰にでもあるのでしょうけど、でも……)

真帆(そういう類の雑記憶ではない。何かもっと他の……)


???『タイムリープマシンなら、俺が何度も実証したと言ったな?』


真帆「いたっ!?」ズキリ


???『どうしてそうなるっ! 違うだろう、そうではないだろう!?』


真帆「んん……、何これ、頭が……」


フラフラフラ ストン


真帆「いつつつつつ……」フーフー

真帆「………」
真帆「……」
真帆「…」

真帆「……お、治まった? もう、何だってのよ。疲れ?」

真帆「はぁ……」

真帆「とりあえず、今日のところは寝ましょうか……」
490 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/07/28(土) 02:14:18.44 ID:W8gvA/tC0
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491 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/07/28(土) 02:18:06.40 ID:W8gvA/tC0
とまあ、こんな感じの事をやっていきたかったのだが 頭の中がグチャグチャだよぉ ふへへへ
えーなにこれもっとかんたんにできるとかおもってたのにどうすりゃいいんだべさリンターロ
ちなみに最初の話は完結させてるんだから途中で止まってもエタったということにはならんよな、うむ間違いない
492 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/28(土) 15:05:52.44 ID:hkSGVRrBo

酉付けると見やすいけど付けないの?
493 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/28(土) 15:08:41.59 ID:l84WpplLo

簡単に出来ないなら全力で取り組むのみよってリンターロがゆってた
494 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/28(土) 17:33:58.39 ID:PxwM0gFSo
>>492
そもそも、めっちゃ下がってるから人に見られることを想定してなかったのです
次の更新の時につけれるように勉強してきやっす

>>493
真帆たんの話で全力出し切ったおぉ
それでもこんな辺境をのぞいてくれてる人がいるなら……いやいやきついっすよリンターロさんよ
ちまちま気ままにくらいで許してくれろ
495 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/28(土) 17:37:44.88 ID:PxwM0gFSo
あ、やっぱりポツポツ忘れたころに更新で許しておくれよと言っておくテスト
496 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/07/29(日) 03:02:34.76 ID:EQtXuMvN0
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497 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/07/29(日) 03:03:49.54 ID:EQtXuMvN0
翌日 夕刻 大学内1Fラウンジ 買ったばかりのカップコーヒーを手の中でゆらしながら

真帆(とりあえず、今日の作業はこれで終わり、と)

真帆(このまま研究室へ戻っても良いのだけれど……そうね。少し気分転換でもしていきましょうか)

真帆(外も……まだ日は高そうだし、中庭でボンヤリと考え事としゃれ込むのも悪くないかも)

トコトコトコ

真帆(そういえば昨日のあれ、どこまで考えたんだったかしら?)

真帆(確か、気になるワードを書き出したメモを作ったはずだったけど……)

ポケット ゴソゴソ

真帆(あ、あった)

真帆(あちゃあ。知らないうちにクチャクチャになってるわね)

真帆(まあ、読めるのだから問題ないか)

真帆(さてと、なになに?)

真帆「………」
真帆「……」
真帆「…」

真帆「ふむ」
498 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2018/07/29(日) 03:04:33.93 ID:EQtXuMvN0
真帆(こうして改めて見返してみると分かるけど、これってやっぱりあれよね? いわゆるタイムトラベル系のストーリーなわけよね?)

真帆(バタフライ効果だとか過去改変だとか、あとは未来人でタイムトラベラーだという鈴羽とかいう個人名っぽい呼称だとか……)

真帆(この変の情報を中枢に据えたなら、どうしたってそっち系のお話だと考えざるを得ないわ)

真帆(そして、そういった基本設定から派生する形で、他のキーワードがストーリーにからんでくる……っと)

真帆「さてさて」

真帆(いまだ意味不明な語句ばかりなわけだけれど、それでも辛うじてその意味を推測できそうなものといったら、どれになるかしら?)

真帆(まずは……世界大戦、か。これは確か、どこか他の箇所でそれが第三次である旨を示唆されていた覚えがあるから……)

真帆(やっぱり未来でそういったことが起こるっていう事情があるのでしょうね)

真帆(他には……『Dメールによる過去改変』という部分かしらね。Dメールというものが具体的に何を指し示しているのかまでは知れないけど)

真帆(でもそれが、過去を改変するための手段であると考えるのが妥当といったところかしら)

真帆(後はどうかな? リーディングシュタイナーとか電話レンジ(仮)とかタイムリープ──)

ズキ

真帆(あ、また偏頭痛……)

真帆(季節の変わり目だし、私ってばちょっと体調を崩しているのかしら?)

真帆「ふう……」
499 : ◆A81ULt4CV6 [sage saga]:2018/07/29(日) 03:07:05.07 ID:EQtXuMvN0
おっとトリップわすれた つけるなり
500 : ◆A81ULt4CV6 [sage saga]:2018/07/29(日) 03:07:35.15 ID:EQtXuMvN0
ついたなり
501 : ◆A81ULt4CV6 [sage saga]:2018/07/29(日) 03:08:50.56 ID:EQtXuMvN0
真帆(まあ、とにかくよ。いまいち要領を得ない単語が多いけど、それでもあのお話の基礎がどんな形をしているのかくらいの察しは付けれらてきたわね)

真帆(Dメールというものを使った過去改変。登場人物の中に、未来からのタイムトラベラーが存在し、それを基本軸にこの物語は進行していく……いや、して行ったと過去形のほうが適切かしら?)

真帆(まあどちらにしても、こんな感じの捉え方で問題は無いでしょうね)

真帆(あ、それともう一つ)

真帆(一つ、とても印象強く多用されているワードがある)

真帆(それは、世界線)

真帆(このお話の舞台には、『世界線』と呼ばれる概念が存在しており……)

真帆(そしてそれは、何かしらの動きを見せる類のもので、また登場人物たちが『挑む』べき対象)

真帆(世界線って何なのかしら? αやβと区別されているということは、単一の何かをさす言葉ではないはず)

真帆(世界線……動く……挑む……)

真帆「………」
真帆「……」
真帆「…」

真帆「あーダメか。これ以上考えても見当違いの方向にベクトルが向きかねないわね」

真帆「……今夜も、続き……読んでみようかしら」


502 : ◆A81ULt4CV6 [sage saga]:2018/07/29(日) 03:09:28.10 ID:EQtXuMvN0
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503 : ◆A81ULt4CV6 [sage saga]:2018/07/29(日) 03:10:37.40 ID:EQtXuMvN0
     5

 重い足取りでラボにたどり着くと、程なくして携帯にメールが届く。

『ごめん。今日はいけなくなった』

 紅莉栖からのものであった。顔文字も無い。ねらー語もない。気の聞いた言い回しもない。ただ、用件だけを伝える、そっけない一文。それを目にして、何となく抱えていた不安感に拍車がかかる。

『どうした? なにか問題でもあったか?』

 短く、そう返信する。程なく、紅莉栖からの返答が送られてくる。

『うん。ちょっと人にあわなきゃいけなくなった。例の件。明日の朝でもいいかな?』

 人にあう。その文字が心に引っ掛かった。

 ──紅莉栖は誰に会うというのか?──

 その誰かとは、俺との約束を放り出してまで優先せねばならぬ人物だと言う事なのだろうか?
 依然として、頭の中に渦巻く疑問は、解決するどころか、続々とその数を増やしている。

『このタイミングで、紅莉栖が会う人物。何者だ?』

 などと考え、そして一つの考えが浮かぶ。

『中鉢がらみか?』

 考えて見れば、当然というもの。ロシア政府が紅莉栖の父親に対して、正式な国籍を与えたのだ。その事に関して、誰かに事情を聞かれていたとしても、おかしくはない。

 きっと、そういう事なのだろうと、俺は自分に言い聞かせ、紅莉栖への返信を携帯に打ち込む。

『わかった。今日はこのままラボに泊り込む。鍵は開けておくから、好きなときに来るといい』

 そこまで文面を作り、そして一瞬迷った末に、文末に『誰と会うか知らないが、気を付けろよ』と、蛇足を継ぎ足して送る。

 世界線を移動したとしても、恐らく紅莉栖に危険が迫る可能性は薄いとだろうと、俺は判断していた。であれば、余計な事を言って紅莉栖を不安にさせたくないところなのだが──

『くそ、少し参っているのか?』

 なぜか、弱気な自分が顔を出す。そんな自分が付け足した、余計な一言に、少なからず後悔。が──

『ひょっとして心配してくれてる? 安心しろ、ビビリの岡部。相手は女性だ。やきもち、かこわるい、プギャー』

 返ってきた文面が、少しだけいつもの紅莉栖らしく、微かに息をつく。

 そして俺は、携帯をテーブルに放り、ソファに腰をうずめた。
504 : ◆A81ULt4CV6 [sage saga]:2018/07/29(日) 03:11:27.41 ID:EQtXuMvN0
『それにしても……』

 頭の中に、自らを取り巻く状況に対する疑問が、吹き荒れる。

『リーディングシュタイナーが発動し、世界線は移動した。現に、中鉢に関わる事象に変化が現れている。だが……』


 ──変化したのは、中鉢だけなのか?──


 どうしようもない不安。押し殺す事はできなくもないが、しかし押し殺してしまってもいいのか? そうすることで、未然に防げる何かを、見逃してしまうのではないか?
 そして、世界線の移動は、これだけで済むのだろうか? もしも仮に第三者が過去改変能力を手に入れたのだとしたら、その人物の実験は、これで終わりだと言えるのか?
 幾つもの疑問が、答えの出ぬままに、頭の中をすり抜けていく。そのどれもに対し、明確な開示はなされない。そして何よりも頭をもたげる疑問。それは──



『この世界線は、この先、どうなると言うのだ?』



 しかし、やはりその疑問にも答えは出ない。

 俺は投げやりな挙動で身体をソファに沈めこみ、目を閉じる。正直、疲れていた。それなのに、少しも睡魔が襲ってくる気配は無かった。






505 : ◆A81ULt4CV6 [sage saga]:2018/07/29(日) 03:12:30.33 ID:EQtXuMvN0
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506 : ◆A81ULt4CV6 [sage saga]:2018/07/29(日) 03:13:31.90 ID:EQtXuMvN0
真帆「…………」


『リーディングシュタイナーが発動し、世界線は移動した。現に、中鉢に関わる事象に変化が現れている。だが……』


真帆(……この一文から連なる流れ、情報量が多いわね)

真帆(世界線とは動くものであり、その動きは『移動』というワードに置き換えることができるものである)

真帆(そして、第三者が過去改変を手に入れた結果、世界線は『移動』という動きを見せるかもしれない)

真帆「ふむふむ」

真帆(過去改変を起こすにはDメールというものを利用するはず。となると……)

真帆(Dメールを使って過去改変を行った場合、世界線が移動する。この解釈は正しそうな気がするわね)

真帆(過去改変を行う事で起きる事象といえば、当然それまでの歴史の書き換えといったところでしょう)

真帆(であるなら、Dメール→過去改変→歴史の再構築→世界線の移動……と)

真帆(つまり。世界線の移動とは、それまでとは異なった歴史への移動であると。そして世界線とは歴史の形であると……そう考えることができるわね)

真帆(ではその仮説に、αやβといった記号を混ぜ込むとどうなるか?)

真帆(このお話の中には、複数の世界線というものがあることになり、作中の岡部倫太郎はその世界線を思うように扱おうと考えている……?)

真帆(どうだろう。基本設定は何となく理解できてきたけど、登場人物たちの立ち位置はいまだに判然としないわね)
507 : ◆A81ULt4CV6 [sage saga]:2018/07/29(日) 03:14:13.08 ID:EQtXuMvN0
真帆(…………)

ペラリ
508 : ◆A81ULt4CV6 [sage saga]:2018/07/29(日) 03:14:48.27 ID:EQtXuMvN0
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509 : ◆A81ULt4CV6 [sage saga]:2018/07/29(日) 03:15:55.59 ID:EQtXuMvN0
      6

 微かに響く物音に、薄っすらとまぶたを上げる。

 視界に映る光景を、寝ぼけた頭で識別していく。まだ薄暗いラボの中。もうすっかりと見慣れた風景に、ゆっくりと視線を這わせていく。と──

『む、助手ではないか……』

 これまた見慣れた後姿を視界が捕らえる。いつもの改造制服の上から、愛用の白衣をまとった、科学者然とした凛々しい立姿。
 俺はそんな紅莉栖の背中を、半開きの目で追いかけながら思う。

『何をしているのだ?』

 日の出からさして時間はたっていないのであろう。窓から差し込む日差しは弱々しい。真っ暗というほどではないにしろ、しかし、ラボ内の光源が不足している事は、明らかである。
 そんな薄暗いラボの中を、照明も点けず、紅莉栖はウロウロと歩き回っているのだ。

 少し歩いてはピタリと止まり、棚や机や乱雑に積み上げられた荷物に視線を這わせる。そして、しばらくするとまた歩き出す。

 そんな行動を繰り返していた。

 まるで、何かを探し回っているように見える紅莉栖の行動。その様を目で追う俺に、微かな疑問が生まれる。
 そして、たまに聞こえてくる『違う』とか『分からない』とか『無意味だ』といった独り言が、生まれた疑問を膨らませる。

『直接聞いた方が早いな』

 そう考え、俺は横たえていた身体をゆっくり起こす。ソファが小さな軋み声を立てた。

「何をしているのだ、助手よ?」

 白衣をまとった華奢な背中に向けて、静かに問いかける。と、紅莉栖の肩が驚いたように小さく跳ねた。

「あ……岡部、起こしちゃった?」

 慌てた様子で振り向く紅莉栖。その無理やり作った笑顔の中に、少なからず狼狽の色を感じ取る。

「どうした? ラボに来たなら、起こせばよいものを」

「あ、うん。でも、よく寝ているみたいだったから、悪いかと思って……」

 紅莉栖らしからぬ、どことなく歯切れの悪さを感じさせる物言い。それはまるで、何かやましい事でもあるような、そんな口ぶりに──聞こえなくもない。
510 : ◆A81ULt4CV6 [sage saga]:2018/07/29(日) 03:17:07.35 ID:EQtXuMvN0
「何か、探していたのか?」

「いや、そういう分けでは……」

 単刀直入に問うた俺の言葉に、紅莉栖が瞳をブレさせながら言葉を濁す。

「相変わらず、嘘がヘタだな。何か欲しいものがあるなら、直接言えばよかろう」

「別に欲しい物があるとか……」

 やはり、歯切れが悪い。明らかに、何かを隠していそうではある。だが、あえてその事に対して、追求はしようとは思わなかった。
 下手に追求なぞした日には、頑固な紅莉栖を相手に、無意味な押し問答に発展しかねない。

『正直、それに時間を割いている場面ではないからな』

 そんな事を考えながら、俺は昨日、ラジカンの屋上で固めた決意を呼び起こす。

『これから俺は、紅莉栖に全てを伝える。その上で、紅莉栖の帰国を阻止せねばならん』

 それこそが、現状における、最重要項目であった。

 再発したリーディングシュタイナーの事。
 ロシア国籍を取得した、中鉢の事。
 得体の知れない世界線の行く末。

 頭を席撒く疑問は、腐るほどある。だがしかし、今、俺にとって最も優先されるべきは、俺の元から離れていこうとしている、牧瀬紅莉栖の事なのだ。

『それ以外の事は、とりあえず後回しだ』

 頭の中で燻る幾つもの疑念を振り払い、俺はソファから立ち上がる。

「よく来たな紅莉栖。では、約束どおり──」

 俺の言いかけた言葉の先を察知したのか、紅莉栖が開いた手のひらを俺に突き出し、続けるはずの言葉に待ったをかけた。

「ごめん、岡部。その話はまた今度」

 紅莉栖の言葉に、俺の眉が微かに上がる。

「また今度ってお前……今日、帰ると言っていたではないか?」

「ええと、その件に関してなんだけど……とりあえず、保留になった」

 その言葉の意味に戸惑う。

「保留?」

「そう、保留。まだしばらくは、帰らない。だから、その話はまた改めてと思うんだが……ダメか?」

「いや、別にダメという事はないが……」
511 : ◆A81ULt4CV6 [sage saga]:2018/07/29(日) 03:17:52.66 ID:EQtXuMvN0
 状況把握が追いつかず、俺の言葉まで歯切れが悪くなる。

 母親との約束だからと、けじめをつけなければと、引き止められたら困ると、そう言った昨日の紅莉栖。俺はその言葉に、強い決意を感じていた。
 だからこそ、それを引きとめようとする俺も、強い決意で紅莉栖に立ち向かおうとしていた。
 だというのに──

『紅莉栖に、何があった?』

 わずか一日の間に、あまりにも大きく反転した、紅莉栖の決意。それが何を示しているのか、俺には想像もつかなかった。

 とは言うものの、紅莉栖が今しばらく、日本に留まるという事実に、少しばかり心が浮つく。

「では、後どれくらい日本にいられるんだ?」

「どうだろう。ハッキリとは分からないけど、多分、十日くらいは……」

『多分……?』

 やはり、どこかいつもの紅莉栖らしくない。短い会話のやり取りだが、何となくそう感じ、浮き上がりかけていた心が、再び地に足を付ける。

『紅莉栖は、多分などという中途半端な表現を、あまり好まないと思っていたが』

 とは言え、紅莉栖の口からそう言った、曖昧さの残る言い回しを聞いた事が無いわけでもなく──

『単に、本当に日程が決まっていないだけ……だよな?』

 などと思うもものの──

 薄暗いラボの中を、明かりも付けずに何かを探していた紅莉栖。
 俺の声に驚いて振り向いた、狼狽の色を隠しきれていない紅莉栖。
 
 目の当たりにした、そんな紅莉栖の所作が、どうにも気に掛かった。

「どうした岡部。急に黙りこんだりして? さては、私の帰国が延びたことが、よほど嬉しいんだな。図星だろ?」

 どこかからかう様な紅莉栖の言葉。それに俺は、気も疎空に返す。

「ああ、そうだな」

「えっと……その解答は、その、ストレートすぎだろ。へ、変な風に勘違いしてしまう……」

 紅莉栖の言葉が耳を通り抜けていくが、いまいち頭に入ってこない。だがそれでも、とりあえず相槌だけは忘れない。

「ああ、別にそれで構わない」

「ふぇ? 岡部、それって、どういう……」

 昨日までの言い分をひるがえし、急遽、帰国を取りやめた紅莉栖。
 無理やりにでも推測を立てるのならば、紅莉栖の心変わりの原因。それは恐らく、昨夜、紅莉栖が俺との約束を反故にしてまで──

『ああ、そう言えば……』
512 : ◆A81ULt4CV6 [sage saga]:2018/07/29(日) 03:19:41.47 ID:EQtXuMvN0
 そこまで考えて、ふと思いだす。

『そう言えば、中鉢の一件があったな。紅莉栖の妙な言動は、それが絡んでいるのか?』

 そんな大事に思い至らないとは、どうやらまだ少しばかり、寝ぼけているらしい。

 俺は動きの鈍い頭脳を覚醒させようと、軽く頭を振りながら紅莉栖に──

「どうした、助手よ? なぜ赤くなっている?」

「あ、あんたが変な事を……」

「まあいい。それよりも、お前の滞在延期は、ひょっとして中鉢教授がらみなのか?」

「いくないだろ! ……って、パパ? パパがなに?」

 中鉢の名を出すと、紅莉栖がキョトンとした目を見せる。

「いやお前、知らないわけないだろ? 中鉢教授に、ロシア国籍が授与された話……」

「何それ、うそ……。その話は、聞いてない」

「聞いてないって、ニュースでも取り上げられて……って、本当に知らないのか?」

「ええと、昨日からテレビもネットも見てないから……」

 口ごもる紅莉栖。そんな彼女の反応に、俺の寝ぼけた頭の中が、盛大に混ぜっ返される。 

『紅莉栖の奇妙な言動は、中鉢とは別件?』

 ようやく見えかけた一つの解答のはずが、どうやらまったくのお門違いだったらしい。

「パパが……ロシア国籍……」

 微かに、紅莉栖の顔色が青ざめたように見えた。その様子から、本当に初耳だった事が読み取れる。
 微かに唇を震わせている紅莉栖。やはり、あんな父親でも、他国の人間となってしまうと、それなりに動揺するもののようだ。
 俺はそんな紅莉栖を見かねたように──

「仕方ない。ダルの話だと、ヤフーのトップに載っていたらしいから、まだ過去記事で見られるだろ」

 そう言うと、紅莉栖の脇をすり抜けて、パソコンの前へと向かう。と──

「……いい」

 紅莉栖が小さな呟きと共に、俺の腕を掴んで引き止めた。

「いいってお前、父親の……」

「岡部、いいから。私、今……それどころじゃないから……」


『──それどころじゃない?』


 その言葉に、俺の混乱が激しさを増す。
513 : ◆A81ULt4CV6 [sage saga]:2018/07/29(日) 03:21:21.38 ID:EQtXuMvN0
 自分の父親が、なにやらとんでもない事になっている状況を、『それどころ』と言い切った紅莉栖。思わず耳を疑わずにはいられない。

「いや、しかし……」

「私は……大丈夫だから」

「紅莉栖、お前、何を言って──」

 俺は出かかった言葉を飲み下す。
 俺の腕を掴んだ華奢な手の振るえが、うつむけた瞳の色が、あまりにも痛々しく俺の目に映る。
 とてもではないが、『大丈夫』といった紅莉栖の言葉に、信憑性の欠片も見つけることができなかった。


 底の見えない不安を感じる。


「おい、何を考えてる、紅莉栖」

 俺は、紅莉栖の両肩を強く掴むと、正面から紅莉栖の顔を見据えた。

「お前、何か変な事に巻き込まれているんじゃないだろうな?」

 真っ直ぐと紅莉栖を見る。微かな表情の変化も見落とすまいと、瞬きもせずに視線を向ける。

 そんな俺を前に、紅莉栖は視線をそら──

「岡部。一つだけ、教えてほしい」

 逸らしかかった視線が戻り、紅莉栖の瞳に俺の表情が映り込んだ。

 その、強い意志を感じさせる瞳の光に、そこに映った、俺自身の悲壮感溢れる顔に、鋭く息を飲む。

「……質問しているのは、俺だ」

「ダメ。その質問には、答えられない。だけど、答えて欲しい。お願いだから」

 そこには、これまでの歯切れの悪い紅莉栖の姿は、微塵も見当たらなかった。代わりに、いつも通り──いや、いつも以上に強い光を宿した、紅莉栖の目があった。
514 : ◆A81ULt4CV6 [sage saga]:2018/07/29(日) 03:22:11.59 ID:EQtXuMvN0
 俺は、紅莉栖から発せられた、有無を言わさぬ強い何かに、二の句が告げられなくなる。

「岡部、あの時……昨日、あんたから電話があった少し前……」


 ──世界線が動いたんだよね?──


 その紅莉栖の言葉に、俺は額然とする。

 何度も言うが、紅莉栖はリーディングシュタイナーを備えていない。だから、世界線の移動を知覚する事は不可能なのだ。だというのに──

「お前、どうしてそれを……?」

 ありえない言葉を聞いた。その事に、いささか頭が混乱をきたす。そんな俺に、紅莉栖が身を寄せるように身体を近づけ、声を振り絞るようにして言う。

「そう、やっぱり」

 紅莉栖は俺の動揺を解答と捕らえ、一度大きく顔を伏せる。そして、肩を震わせながら顔を上げ──

『な……涙……?』

 紅莉栖は泣いていた。端正な顔をクシャクシャに歪め、それでも口元に笑顔を貼り付け、泣きながら微笑んでいた。

「良かった……岡部、良かった……ほんとに……ほんとに……」


 ──世界線が動いていて良かった──


 紅莉栖の嗚咽に混じる言葉。俺はそれを聞きながら、その言葉の意味を理解する事を、放棄した。








515 : ◆A81ULt4CV6 [sage saga]:2018/07/29(日) 03:23:24.13 ID:EQtXuMvN0
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516 : ◆A81ULt4CV6 [sage saga]:2018/07/29(日) 03:24:15.91 ID:EQtXuMvN0
真帆(やっぱり……)

真帆(動くはずのなかった世界線が動いた。つまり、現状では不可能なはずの過去改変が、何らかの方法で行われた)

真帆(この出来事が、このお話における問題提起の出発点だったわけね)

真帆(変わるはずのないものが、しかし突然動いた。そしてそれは、望まれるものではなかった、と)

真帆(そう考えれば、酸欠になった際の岡部さんの狼狽ぶりも、一応の説明付けが可能よ)

真帆(ついでに、リーディングシュタイナーとかいうものが何なのかも、多少分かってきたわね)

真帆(リーディングシュタイナーとは、世界線の移動を感知できるような何かで、それは個々に装備、非装備を選ぶことのできる何か)

真帆(どんな感じの物なんだろう? イメージとしては日本のアニメで見た……あれって確か、スカウターとかいったかしら?)

真帆(あんな風に、目とか顔とかに装着する類のアイテムなのかな?)

真帆「まあ、それはさておきよ」

真帆(問題は、ここにきて紅莉栖の言動が理解できなくなってしまったことかしら)

真帆(世界線が動いていって良かった……)

真帆(どういう意味? 岡部さんは世界線の移動に対して明らかな恐怖心を持っていたはず)

真帆(なのに紅莉栖は、それが起きた事を喜んでいる)

真帆(ポイントはやはり……紅莉栖が会っていた人物が誰かということなのだろうけど……)
517 : ◆A81ULt4CV6 [sage saga]:2018/07/29(日) 03:25:06.37 ID:EQtXuMvN0
真帆「………」
真帆「……」
真帆「…」

真帆(これは無理ね。皆目見当もつけられないわ)

真帆(仕方ないわね。じゃあもう少しだけ……)

ガチャリ

真帆(え?)

紅莉栖「あ、やっと見つけましたよ先輩」

真帆(あわわわわ!?)ササッ

真帆「く、紅莉栖じゃない。どうしたのこんな夜更けに……」

紅莉栖「いえその……どういうわけか今日は先輩と顔をあわせられなかったので……それで、その」

真帆「…………」

真帆(何かしら。紅莉栖にしては歯切れが悪い……)

紅莉栖「あ、あの先輩! さ、昨夜のメールの件ですけど!」

真帆(!?)ピク

紅莉栖「その……本当に、何もないですか? その、お体に異常だとか……」

真帆(何だか、ものすごく怖い聞かれ方をしている気がするー!?)
518 : ◆A81ULt4CV6 [sage saga]:2018/07/29(日) 03:26:01.18 ID:EQtXuMvN0
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519 : ◆A81ULt4CV6 [sage saga]:2018/07/29(日) 03:27:35.65 ID:EQtXuMvN0
やっと500超えたよ半分きたよと見返したら
500は ついたなり だった
ふてねするなり
520 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/29(日) 10:34:30.32 ID:d9cwb9gZo
521 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/29(日) 13:27:54.11 ID:kU5VsBJDo
おつなり
世界線変動がおそらく起きてそれが自分にとって好ましい結果を引き起こしている(はず)って何を知っているんだセレセブ……
522 : ◆A81ULt4CV6 [sage]:2018/07/29(日) 16:19:02.19 ID:EQtXuMvNo
乙ありがと
次の方向性なんも考えい&多忙につき次回は未定スマヌ
ちなみにオカリン主観の地の文有りの方は過去作なので 気になる方は帰郷迷子で検索するとどっか出てくるろ

ごめんしてくだしい
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