江ノ島「明日に絶望しろ!未来に絶望しろ!」戦刃「…終わりだよ、ドクターK!」カルテ.8

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1 : ◆takaJZRsBc [saga]:2018/07/08(日) 22:34:48.07 ID:sgIdvRvl0
★このSSはダンガンロンパとスーパードクターKのクロスSSです。
★クロスSSのため原作との設定違いが多々あります。ネタバレ注意。
★手術シーンや医療知識が時々出てきますが、正確かは保証出来ません。
★原作を知らなくてもなるべくわかるように書きます。


〜あらすじ〜

超高校級の才能を持つ選ばれた生徒しか入れず、卒業すれば成功を約束されるという希望ヶ峰学園。

苗木誠達15人の超高校級の生徒は、その希望ヶ峰学園に入学すると同時に
ぬいぐるみのような物体“モノクマ”により学園へ監禁、共同生活を強いられることになる。

学園を出るための方法は唯一つ。誰にもバレずに他の誰かを殺し『卒業』すること――

モノクマが残酷なルールを告げた時、その場に乱入する男がいた。世界一の頭脳と肉体を持つ男・ドクターK。
彼は臨時の校医としてこの学園に赴任していたのだ。黒幕の奇襲を生き抜いたKは囚われの生徒達を
救おうとするが、怪我の後遺症で記憶の一部を失い、そこを突いた黒幕により内通者に仕立てあげられる。

なんとか誤解は解けたものの、生徒達に警戒され思うように動けない中、第一の事件が発生した……


次々と発生する事件。止まらない負の連鎖。

生徒達の友情、成長、疑心、思惑、そして裏切り――

果たして、Kは無事生徒達を救い出せるのか?!


――今ここに、神技のメスが再び閃く!!


初代スレ:苗木「…え? この人が校医?!」霧切「ドクターKよ」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1382255538/

二代目スレ:桑田「俺達のせんせーは最強だ!」石丸「西城先生…またの名をドクターK!」カルテ.2
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1387896354/

三代目スレ:大和田「俺達は諦めねえ!」舞園「ドクターK…力を貸して下さい」不二咲「カルテ.3だよぉ」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1395580805/

四代目スレ:セレス「勝負ですわ、ドクターK」葉隠「未来が…視えねえ」山田「カルテ.4ですぞ!」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1403356340/

五代目スレ:十神「愚民が…!」腐川「医者なら救ってみなさいよ、ドクターK!」ジェノ「カルテ.5ォ!」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1416054791/

六代目スレ:モノクマ「学級裁判!!」KAZUYA「俺が救ってみせる。ドクターKの名にかけてだ!」カルテ.6
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1444145685/

前スレ:大神「…もう決めたのだ。許せ」朝日奈「そんなの、嫌だよ…お願い、ドクターK!」カルテ.7
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1474553743/


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1531056887
2 : ◆takaJZRsBc [saga]:2018/07/08(日) 22:36:13.83 ID:sgIdvRvl0

☆ダンガンロンパ:言わずと知れた大人気推理アドベンチャーゲーム。

 登場人物は公式サイトをチェック!
 …でもアニメ一話がニコニコ動画で無料で見られるためそちらを見た方が早い。
 個性的で魅力的なキャラクター達なので、一話見たら大体覚えられます。


☆スーパードクターK:かつて週刊少年マガジンで1988年から十年間連載していた名作医療漫画。

 KAZUYA:スーパードクターKの主人公。本名は西城カズヤ。このSSでは32歳。2メートル近い長身と
       筋骨隆々とした肉体を持つ最強の男にして世界最高峰の医師。執刀技術は特Aランク。
       鋭い洞察力と分析力で外の状況やこの事件の真相をいち早く見抜くが、現在は大苦戦中。


 ・参考画像(KAZUYA)
 http://i.imgur.com/xFAepBe.jpg
 http://i.imgur.com/wgyt4k2.jpg
 


ニコニコ静画でスーパードクターKの1話が丸々立ち読み出来ます。
http://seiga.nicovideo.jp/book/series/13453

3 : ◆takaJZRsBc [saga]:2018/07/08(日) 22:38:16.12 ID:sgIdvRvl0

《自由行動について》

安価でKの行動を決定することが出来る。生徒に会えばその生徒との親密度が上がる。
また場所選択では仲間の生徒の部屋にも行くことが出来、色々と良い事が起こる。
ただし、同じ生徒の部屋に行けるのは一章につき一度のみ。


《仲間システムについて》

一定以上の親密度と特殊イベント発生により生徒がKの仲間になる。
仲間になると生徒が自分からKに会いに来たりイベントを発生させるため
貴重な自由行動を消費しなくても勝手に親密度が上がる。

またKの頼みを積極的に引き受けてくれたり、生徒の特有スキルが事件発生時に
役に立つこともある。より多くの生徒を仲間にすることがグッドエンドへの鍵である。


・現在の親密度(名前は親密度の高い順)

【カンスト】石丸 、桑田 、苗木、舞園

【凄く良い】不二咲、大和田、腐川、朝日奈

【かなり良い】霧切、セレス、大神、ジェノサイダー

【結構良い】山田

【そこそこ良い】葉隠、十神 、?????

【普通】江ノ島、戦刃、???


      〜〜〜〜〜

【戦刃の認知度】KAZUYA派の生徒と十神は正体を既に知っているか怪しんでいる。

4 : ◆takaJZRsBc [saga]:2018/07/08(日) 22:39:09.94 ID:sgIdvRvl0

人物紹介(このSSでのネタバレ付き)

・西城 カズヤ : 超国家級の医師(KAZUYA、ドクターK)

 閉鎖されたこの学園で“唯一の大人”であり生徒のためなら自ら犠牲になることも辞さない。
半数近くの生徒を手術で救い、苗木と石丸に医療技術を仕込む。失った記憶は半分ほど取り戻し、
希望ヶ峰学園の闇に近づきつつある。モノクマに危険視されており残された時間が少ないことを
悟ったKAZUYAは、己の知識を伝えるために78期生達元担任の遺体の解剖を行った。


・苗木 誠 : 超高校級の幸運

 頭脳・容姿・運動神経全てが平均的でとにかく平凡な高校生。希望ヶ峰学園にはいわゆる抽選枠で
選ばれた『超高校級の幸運』の持ち主。自分を平凡と謙遜するが我慢強い性格と前向きさで、誰とでも
仲良くなれる。K曰く、超高校級のコミュニケーション能力の持ち主。 石丸と共に医者を目指すことを
決意し、現在はKの指導を受けている。その幸運で学園長の遺した保健室の隠し空間を発見した。


・桑田 怜恩 : 超高校級の野球選手

 類稀な天才的運動能力の持ち主。野球選手のくせに野球嫌いで努力嫌い、女の子が大好きという
超高校級のチャラ男であったが、舞園に命を狙われたことを契機に改心しだいぶ真面目になったようだ。
その後、命の恩人で何かと助けてくれるKにすっかり懐き、積極的に協力するようになった。
石丸と苗木の医療実習にも頻繁に顔を出し、静脈注射や点滴くらいなら容易にこなせる。


・舞園 さやか : 超高校級のアイドル

 国民的アイドルグループでセンターマイクを務める美少女。謙虚で誰に対しても儀正しく
非の打ち所のないアイドルだが、真面目すぎるが故に自分を追い詰める所があり事件を起こした。
 その後、自分を責め続けたことにより精神が限界を迎え、現在は「脱出のための駒」としての
自分を演じている。常に求められることをしなくてはならないという強迫観念に取り憑かれている。


・石丸 清多夏 : 超高校級の風紀委員

 全国模試不動の一位を誇る秀才。苗木を除けば唯一才能を持たない凡人であり、努力で今の地位を
築いてきた。堅すぎる性格故に長年友人がいなかったが、大和田とは兄弟と呼び合う程の深い仲となる。
 大和田の起こした事件で顔と心に大きな傷を負い一度は廃人となるが、仲間達の熱い友情により
無事復活。現在は尊敬するKAZUYAに憧れ医学の猛勉強を行っている。あり得ないレベルの不器用だが
睡眠すら削る不屈の努力によって、研修医と同程度の手技をマスターしつつある。

5 : ◆takaJZRsBc [saga]:2018/07/08(日) 22:40:18.83 ID:sgIdvRvl0

・大和田 紋土 : 超高校級の暴走族

 日本最大の暴走族の総長。短気ですぐ手が出るが、基本的には男らしく面倒見の良い兄貴分である。
石丸とは最初こそ仲が悪かったが、後に相手の強さをお互いに認め合い義兄弟の契りを交わした。
 己の弱さから事件を起こすが、後に自ら秘密を告白し克服する。石丸の顔の傷や不二咲を危険な目に
遭わせたことを後悔しているが、自分なりに償っていく決意をした。手先の器用さや力が強いことを
活かし、KAZUYAからも何かと仕事を任されている。 桑田同様、簡単な医療処置は出来る。


・不二咲 千尋 : 超高校級のプログラマー

 天才プログラマー。その技術は自身の擬似人格プログラム・アルターエゴを作り出す程である。
少女と見紛う容姿と性格をしており、男らしくないのがコンプレックスで今までずっと女装して
逃避していた。石丸が自分を庇って怪我したことに責任を感じ、単独行動を取った結果襲われ
死にかけるが、友情の力でギリギリ蘇生した。現在は等身大の自分で出来ることを探し、前向きに
他のメンバーを支えている。血は苦手だが少しずつ医療実習にも参加するようにしている。


・朝日奈 葵 : 超高校級のスイマー

 次々と記録を塗り替える期待のアスリート。恵まれた容姿や体型、明るい性格でファンも多い。
食べることが好きで、特にドーナツは大好物である。あまり考えることは得意ではないが直感は鋭い。
 モノクマの内紛工作でストレスが爆発し、KAZUYAに不満をぶつけるがお互い本音で話したことで和解。
現在は苗木達同様、KAZUYAの派閥に入っている。大神が内通者だった件で元々不仲だった十神と衝突し、
再び事件を起こすが最終的に和解する。舞園同様、看護婦になろうと勉強を始めた。


・大神 さくら : 超高校級の格闘家

 女性でありながら全米総合格闘技の大会で優勝した猛者。外見は非常に厳つく冷静だが、内面は
女子高生らしい気遣いや繊細さを持っている。由緒正しい道場の跡取り娘であり、地上最強の座を求め
日々の鍛錬は欠かさない。実は道場の人間を人質に取られておりモノクマと内通していた。KAZUYAを
殺害する命令を受けたが殺せず、内通者だと暴露される。その後、責任を取って自殺を試みた。


・セレスティア・ルーデンベルク : 超高校級のギャンブラー

 栃木県宇都宮出身、本名・安広多恵子。ゴシックロリータファッションの美少女である。徹底的に
西洋かぶれで自分は白人だと言い張っている。いつも意味深な微笑みを浮かべ一見優雅な佇まいだが、
非常な毒舌家でありキレると暴言を吐く。穏健派の振りをしているが、実は脱出したくてたまらない。
 満を持して事件を起こし、完璧と思われるトリックで周囲を華麗に翻弄するが超国家級の医師を
欺くことは出来なかった。自分とは真逆の捨身とすら言えるKAZUYAの自己犠牲精神に惹かれている。


・山田 一二三 : 超高校級の同人作家

 コミケ一の売れっ子作家でオタク界の帝王的存在。セレスからは召使い扱いで毎日こき使われている。
普段は明るく気のいいヤツだが実はプライドの高い一面もあり、密かに周囲に対し引け目を感じていた。
 その負の感情をセレスに利用され事件に加担してしまったが、セレスに裏切られたことにより己の
愚かさと浅はかさを悟り深く後悔する。無事昏睡状態から覚醒したが、左腕に麻痺が残っている。
記憶を取り戻したが、嫌われることを恐れて誰にも言うことが出来ない。

6 : ◆takaJZRsBc [saga]:2018/07/08(日) 22:41:03.23 ID:sgIdvRvl0

・十神 白夜 : 超高校級の御曹司

 世界を統べる一族・十神家の跡取り。頭脳・容姿・運動神経全てがパーフェクトの超高校級の完璧。
傲慢な態度で周囲と何度も衝突し、コロシアイをゲームと言い放つなど人間性にかなり問題がある。
 自ら事件を撹乱するなど危険人物ではあるが、内心では現在の状況に多大なストレスを感じている。
そんな自分に苛々し周囲に対して過剰に攻撃している面も。内通者問題でとうとう完全な四面楚歌となり
初めて己の失敗を悟る。最終的には石丸の説明ができない愚直な誠実さを目の当たりにしたことで根負け、
人間は論理だけの生き物でないことを知った十神は和解を選択したのだった。


・腐川 冬子 : 超高校級の文学少女

 書いた小説は軒並みヒットして賞も総ナメの超売れっ子女流作家……なのだが、家庭や過去の
人間関係に恵まれず暗い少女時代だったために、すっかり自虐的で卑屈な性格になってしまった。
 十神が好きで、いつも後を追いかけている。実は二重人格であり、裏の人格は連続猟奇殺人犯
「ジェノサイダー翔」。翔が事件を起こしたことがショックで閉じこもっていたが、自分を外に
連れ出したKAZUYAに深い感謝と好意を持っている。……最近は十神に加えKでも妄想してるらしい。


・ジェノサイダー翔 : 超高校級の殺人鬼

 腐川の裏人格であり、萌える男をハサミで磔にして殺す殺人鬼。腐川とは真逆の性格でとにかく
テンションが高くポジティブ。重度の腐女子。粗暴だが頭の回転は非常に早く、味方にすると頼もしい。
腐川とは知識と感情は共有しているが記憶は共有しておらず、腐川の消された記憶も保持している。
コロシアイが起こる以前、自分と腐川に親身だったKAZUYAに好感を持っておりその関係で何かと協力的。


・江ノ島 盾子 : 超高校級のギャル

 大人気モデルで女子高生達のカリスマ……は本物の江ノ島盾子の方で、彼女はその双子の姉である。
本名は戦刃むくろといい、超高校級の軍人だった。天才的戦闘能力を誇るが、頭はあまり回らず全く
気が利かないため残念な姉、残姉と妹からは呼ばれている。このコロシアイ学園生活のもう一人の内通者。
ちなみに大半の生徒からは軒並み怪しまれKAZUYAや霧切、十神と言った頭脳派達にはバレている。残念。

十神が全員と和解しコロシアイが実質的に終了したため、最後の作戦へと移る。それは――


・葉隠 康比呂 : 超高校級の占い師

 どんなことも三割の確率でピタリと当てる天才占い師。事情があって三ダブし、高校生だが成人である。
飄々として常にマイペース、KAZUYAからは掴み所がないと評されている。普段は割りと落ち着いているが、
非常に臆病ですぐパニックになる悪癖がある。また、自分の保身第一であり、借金返済のために友人を
利用しようとする面も……。大神が内通者だというインスピレーションを得ていた。
また、内通者を占った葉隠のメモは実は当たっていたことが後に判明する。


・霧切響子 : 超高校級の探偵

 学園長の娘にして、名門探偵一族霧切家の人間。初めは記憶喪失で名前以外何も思い出せなかった。
KAZUYAがたまたま霧切について知っていたため、現在は順調に記憶が回復している。いつも冷静沈着で
洞察力も鋭く、的確な指示をするためKAZUYA派の中では副リーダー兼参謀的役割を担っている。
 手に火傷の痕がありKAZUYAに手術してもらったが、すぐには治らないのでまだ当分手袋は外せない。
少しずつだが、周囲に対し確かな信頼や絆といった感情を持ち始めている。


・モノクマ

 コロシアイ学園生活のマスコットにして学園長。苗木達を監禁しコロシアイを強制している
黒幕である。中の人は超高校級の絶望・江ノ島盾子。人の心の弱い部分やコンプレックスを
突くのが 得意で、このSSでは幾度も生徒達の心を踏みにじってきた最強のラスボス。強靭な
精神力と 高い医療技術を持つKAZUYAがいよいよ真剣に邪魔になってきており、排除を企む。

7 : ◆takaJZRsBc [saga]:2018/07/08(日) 22:48:25.58 ID:sgIdvRvl0

テンプレ終わり。投下まで少し待ってください。

8 : ◆takaJZRsBc [saga]:2018/07/09(月) 00:12:00.84 ID:6cyapzra0







Chapter.5  疾走する青春の絶望アナフィラキシー (非)日常編






9 : ◆takaJZRsBc [saga]:2018/07/09(月) 00:14:42.48 ID:6cyapzra0


「江ノ島はどこだっ?!」


KAZUYAは背中に冷や汗を感じながら、震える声を搾り出した。
切迫した雰囲気が伝わったのか、おずおずと山田と葉隠が答える。


「……そういえばいつのまにかいなくなっていますな」

「トイレじゃねえか?」


江ノ島がいない。

その事実はKAZUYAだけでなく一部の生徒達を震撼させるには十分だった。


(おい、江ノ島だけいないってなんかやべーんじゃねえか? どこ行ったんだ?)


真っ先に江ノ島の正体を看破した桑田が柄にも合わず顔を蒼白させる。


「それってさ、マズいんじゃねーの……?」

「……探しに行くか?」


同じく正体を知る大和田もKAZUYAの顔色を窺っていた。


「どこに行ったんだろ、江ノ島ちゃん?」

「江ノ島さんがいないことに何か問題でもあるのですか?」

「江ノ島君は団体行動が苦手だからな。いなくても別におかしくはないが」

10 : ◆takaJZRsBc [saga]:2018/07/09(月) 00:19:27.45 ID:6cyapzra0

後からKAZUYAの派閥に合流した朝日奈やセレス、内通者について知らされていない石丸は
情報量に差があるため、何故こんなにKAZUYA達が深刻な表情をしているかわかっていない。


(事態は一刻を争うが、どこまで話すべきか……)


KAZUYAが逡巡する中、十神がピシャリと言い放つ。


「江ノ島は敵のスパイだ。しかも奴は内通者などという甘い存在ではなく訓練を受けた軍人だぞ」

「えっ?!」

「な……?!」


KAZUYAは驚愕して十神を見たが、十神はフンと鼻を鳴らして逆にKAZUYAを見返す。


「江ノ島君がスパイだと?!」

「ウソでしょ? 江ノ島ちゃんがスパイだなんて。ウソだよね?!」

「本当だ。西城、桑田と大和田を連れて探しに行け。ここは俺達で何とかする」

「……!」


以前の十神なら朝日奈の気持ちを考えずに江ノ島は保健室に向かった、
大神は既に手遅れだと言っていたことだろう。そして二手に別れて戦力を
分散させるより全員で固まっていた方が良いと提案していたはずだ。

だが、人の心を蔑ろにすることはかえってスムーズな解決を妨げると学んだ十神は
必要最低限の情報と指示だけを出した。元々十神は指導者としての才覚を持っていた。
決断力と周囲を動かすことにかけてはKAZUYAより上回っている。

11 : ◆takaJZRsBc [saga]:2018/07/09(月) 00:28:13.07 ID:6cyapzra0


(説明はしておいてやる。この場は任せてさっさと行け!)

(――助かる!)


もはや一瞬のアイコンタクトだけで十分だった。


「桑田! 大和田! 行くぞ!!」

「お、おう!」

「ああ!」

「ここはアタシが守ってやっから死ぬんじゃねえぞ!」


ジェノサイダーの叱咤を背に受けながら、弾けるように三人は駆け出した。


(俺がもっと早く手を打っていれば……)


KAZUYAは大神に対して負い目があった。

二度目の裁判の前に、舞園が渡してくれた葉隠のメモ……
今から思えばあれは内通者を占ったものだったのだ。

常に三つのグループに別れた生徒達の名前だが、後に内通したセレスを含め
内通者の三人は必ず一緒の組にならないようになっていた。


(俺がもっと早く気付くか、或いは霧切に解読を託していれば良かった。
 そうすれば早い段階で十神や葉隠の説得に当たれたのだ!)


この事実に気付いたのは最近で、大神が内通者だという事実は最悪の形で露見した。

12 : ◆takaJZRsBc [saga]:2018/07/09(月) 00:44:55.95 ID:6cyapzra0

そして大神の――カッターまで飲んで死のうとした姿は、
朝日奈だけでなくKAZUYAの心まで深く傷付けていたのだった。


(頼む! 間に合ってくれ!!)


               ◇     ◇     ◇



多少の躊躇いはあったかもしれない。

感慨にふけっていないと言えば嘘になる。

だが、KAZUYA達がここに来るまではまだ時間があったはずだ。


――なら、何故ナイフを降ろしたこの腕は宙に浮いたまま静止しているのだろう。


「ふーん、意識があったんだ」

「…………」


理解が追いつかないのか、どこかぼんやりとした目で『彼女』は自分を見上げている。


「江ノ島……?」


しかしぼんやりとした表情とは反対に、その大きな右手は戦刃の腕を力強く掴んで離さない。
もはや本能のなせる技だろう。戦刃の発する殺気に無意識に体が反応しているのだ。


「……そうか。もう一人の内通者とはお主のことだったのか」

13 : ◆takaJZRsBc [saga]:2018/07/09(月) 00:49:43.26 ID:6cyapzra0


大神は静かに呟くと、ゆっくりとその腕を降ろす。


「あれ? いいの? 流石にこの状況がわからない訳じゃないよね?」

「我を殺すのだろう?」

「そうだけど、別に抵抗してもいいんだよ? 流石にこの状況で負けるつもりはないし」

「構わぬ。お主の好きにすれば良い」

「……死ぬのが怖くない訳?」

「恐れていないと言えば嘘になる。だが、我は過ちを犯した。皆は許してくれないだろう」


「我は“絶望”しているのだ」


「……ふーん、そう」

(見慣れた目……希望の象徴なんて言われてても盾子ちゃんの手にかかればみんなこうなる。
  大神さんも結局はその程度の人間だったんだね。少しだけ残念だよ)


戦刃は刃を構え直した。


「じゃあ友達として、苦しまないように終わらせてあげるのがせめてもの優しさだよね?」


今度こそとナイフを振り上げようとして――





戦刃は斜め後ろに裏拳を放った。

14 : ◆takaJZRsBc [saga]:2018/07/09(月) 00:55:23.83 ID:6cyapzra0


「! グッ?!」


カウンター気味に入った一撃を受け、その人物は鳩尾を押さえてうずくまる。


「しぶといね。それとも気絶した振りをしてたの、霧切さん?」

「……………」


不意打ちを防がれ未明の窮地に陥った霧切は、目前の敵を睨みながらギリッと歯を食いしばる。


「まあどっちでもいいや。大神さんだけのつもりだったけど、別に殺すなとは言われてないし」

「江ノ島、さん……!」

(ドクター達が来るまで、時間を稼がなければいけないのにッ!)


頭の回転の速さなら生徒達の中でも上位の霧切だが、交渉の余地のない相手では
その頭脳も活かすことは出来ない。まさしく絶対絶命だった。


(お祖父様……お母さん……)


走馬灯めいて霧切の脳裏に祖父と母の姿が映る。


(……お父、さん)


そして、幼い自分を切り捨て――既に縁を切ったはずの父の後ろ姿が映った。

15 : ◆takaJZRsBc [saga]:2018/07/09(月) 01:09:32.90 ID:6cyapzra0


―響子、すまない。


(すまない? すまないって何? 私は一言謝れば済む程度の存在ということ?)


両手が熱い。


(結お姉様……)


五月雨結。

心を閉ざした霧切響子が再び周囲に心を開くキッカケとなった存在。


探偵図書館。


最後の事件。


火傷。

火傷。

熱い。




火傷。


誰にも見せられない――。

16 : ◆takaJZRsBc [saga]:2018/07/09(月) 01:15:13.69 ID:6cyapzra0


―絶対綺麗にしてやる。約束だ。


男の顔。

無骨。

不器用。

口下手。




温かい――。



(…………)


(…………)



全てがスローモーションとなる。命を刈り取る刃が迫ってきている。

だがあえて霧切は、“目を閉じた”。


(――まだ約束を守ってもらってないわよ、ドクター?)


意識するよりも先に体がどう動くか理解していた。


「ッ?!」

17 : ◆takaJZRsBc [saga]:2018/07/09(月) 01:20:48.58 ID:6cyapzra0


霧切は糸で引っ張られたように不自然なくらい真っ直ぐ後ろに倒れ込む。

受け身なんて全く考えていない。強かに背中を打ち付けて
思わず顔をしかめるが、そんな痛みに構っていられなかった。


(――まだ生きている)


そのまま勢いよくゴロゴロと転がって距離を取る。


「無駄な抵抗はやめなよ。どうせ逃げ場なんてないんだからさ」


戦刃は霧切の予想外の動きに一瞬だけ怯んだが、すぐさま立ち上がった霧切に襲いかかった。


(狙いは真っ直ぐ――首!)


戦刃の持っているサバイバルナイフは厚みのある刃だ。肋骨が邪魔な心臓より
少し掠っただけで致命傷となる頸動脈を狙うのはわかりきっていた。


「このッ……!」

「……!!」


霧切は戦刃の右腕を両手で掴みナイフを寸前で止める。


「大神、さん! 逃げてッ……!」

18 : ◆takaJZRsBc [saga]:2018/07/09(月) 01:29:54.36 ID:6cyapzra0

「馬鹿だね。どうして逃げなかったの? そうすれば自分だけは助かったのに。
 仮に大神さんが逃げたって今から自分は死んじゃうんだよ?」

「大神さん!! 今のうちに!! 早くッ!!!」

「無駄だよ。大神さんは絶望してる。いくら叫んだって逃げないしあなたもここで死ぬ」

「…………」


大神はぼんやりとその光景を見ていた。

刃が霧切の白く細い首に食い込む。うっすら血が滲み始めた。


(私だって何故こんな真似をしているかわからない。私はそんな利他的な人間じゃないわ)


父との決着。

霧切家の使命。

まだ何一つ終わっていない。

やりたいこともやらなければいけないことも沢山あって、死んではいけないはずなのに、
死にたくなどないのに、だが体は戦う道を選んだのだ。逃げようとはしなかったのだ。

江ノ島を騙る目の前の女の言うように、逃げるだけなら出来たのに。


(きっと、あなたのせいね)

19 : ◆takaJZRsBc [saga]:2018/07/09(月) 01:35:34.26 ID:6cyapzra0


刃が食い込む。


(でも不思議とまるで後悔していない。多分、あなたが私達みんなの希望だから……)


刃が更に食い込む!


(ここで私が死んでも、あなたがみんなを正しい方向に導いてくれる)

(――そうでしょう、ドクターK?)


霧切は確かに微笑んでいた。免れない死がすぐ目の前まで来ているというのに。


(笑った……? この状況でどうして??)


戦刃は何度かこれに近い感覚を戦場で感じていた。
そしてそれは総じて彼女に良くない事態の前触れであり、仄かに寒気がした。










「うおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!」


20 : ◆takaJZRsBc [saga]:2018/07/09(月) 01:45:38.25 ID:6cyapzra0


ドガッシャアアアアンッ!


「何ッ?!!」


その瞬間、保健室のドアが荒々しく蹴り破られた。

そして男は野獣のごとき太い腕で蝶番の取れたドアを乱暴に掴むと、
何の躊躇いもなく侵入者に向けて投げ飛ばす。


「クッ!」


いくら鍛えている戦刃でもこれに直撃するのは不味いと判断し、即座に後ろに飛び下がった。


ガッシャァァァンッ!!

激しい衝突音と共に、扉が壊れる。


「霧切ィッ!」

「大丈夫か?!」


KAZUYA、次いで桑田と大和田が駆け込んだ。


「きっと……来てくれると思ったわ」


青ざめながらも、男達に向けて霧切は穏やかに微笑みかけたのだった。

21 : ◆takaJZRsBc [saga]:2018/07/09(月) 01:52:42.06 ID:6cyapzra0

ここまで。

霧切さんは覚醒条件満たしてたか満たしてないか覚えてなかったけど、
部屋には入ってるのでセーフってことでこの展開になりました

22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2018/07/09(月) 02:22:27.40 ID:BRY84cybO
次回、残姉VSドクターK+2名
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/09(月) 06:45:17.85 ID:tEY+wDkk0

>>22 絶望的に不利だねぇ・・・かませがさくらちゃんに直接謝罪してくれれば希望を取り戻してくれるかな
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/14(土) 08:34:44.89 ID:OgBIMorCo
きてた、おつ!
ハラハラする〜〜!
さくらちゃん絶望してても、絶望堕ちはしないって信じてる……
25 : ◆takaJZRsBc [saga]:2018/08/13(月) 00:49:44.40 ID:2lixqv+p0


KAZUYAの到着に気が抜けたのか、霧切はその場に座り込む。
少なくとも今は戦える状況ではないだろう。


「大和田、霧切を!」

「おう!」


大和田が霧切を抱えて廊下に連れ出す。
庇うようにKAZUYAは仁王立ちし、戦刃をキッと睨みつけた。


「戦刃むくろ……! もうお前の、お前達の好きにはさせん!」

「それで形勢逆転のつもりなの? 素人が数人来た程度で私を止められると思ってる?」


ナイフをきらめかせて戦刃は目を細めた。


「ちゃんちゃらおかしいね」


戦刃はKAZUYA達を無視して左を向いた。


「…………」


その先にいるのは大神だ。


「しまっ……!」

「フンッ」

「――えっ?」

26 : ◆takaJZRsBc [saga]:2018/08/13(月) 00:59:00.40 ID:2lixqv+p0


プシャァァッ……


「え、えっ……?」


―― 一瞬の早業だった。

戦刃は大神を攻撃すると見せかけて高く跳躍し、KAZUYAの右側にいた桑田に切り掛かったのだ。
桑田は咄嗟に後ろに飛びのいて右手で防いだ。超人的動体視力と反射神経の為せる技だったろう。

だが、鋭いナイフはバターのように桑田の右手を切り裂き白い壁に鮮血が飛び散った。


「……あああああああっ?!」

「桑田ッ!」


追撃を受ける前にKAZUYAは桑田の襟首を掴んで後ろに放り投げる。
戦刃はそのままKAZUYAを追撃することも出来たはずだが、あえて一度距離を取った。

焦って万が一の反撃を受けるリスクを避けたというのもあるが、
そこまでする程の敵ではないという余裕の表れでもある。


「桑田ッ?! クソがぁッ!」


霧切を置いて戻ってきた大和田は保健室に常備していた木刀を手に取り構える。
だが、不良の喧嘩とは訳が違うことは大和田もよくわかっていた。

戦刃が持っているのは木刀より遥かにリーチの短いサバイバルナイフである。
にも関わらず、迂闊に切り込めば唯一の武器であるこの木刀が真っ二つにされるだろう。
故に、間合いを確かめながらゆっくりと戦刃の後ろに回り込む。

27 : ◆takaJZRsBc [saga]:2018/08/13(月) 01:09:17.59 ID:2lixqv+p0


「挟み撃ちは基本だよね?」


戦刃は至極冷静だった。たかだか素人に毛が生えた人間二人程度、
彼女にとって何の障害でもない。予想外の行動を取りそうなKAZUYAにだけ
注意を払っておけば、大和田一人くらい容易に捌けるだろう。


「クソォォ……」


桑田は既に自分がカウントさえされていないことを察し右手を押さえ呻いた。


「桑田君、利き手をやられちゃったからもう大好きな野球も出来ないね?
 あれ、前は嫌いって言ってたから逆にちょうど良かったのかな?」

「……!」

「テメエッ……!」


明らかな挑発だ。以前の大和田なら今の言葉で飛び込んでいただろう。
だが精神的な成長を積み、冷静な判断力を手に入れた大和田は悔しげに顔を歪めるだけだった。


K(隙がない……それになんというプレッシャーだ)


相手が女、それもまだ高校生だという事実に脅威を覚える。

彼女は誰かが作り上げた生物兵器などではない。ただ才能を持って生まれただけの、
普通の人間だ。今更ながら才能という存在にKAZUYAは自然の畏怖を感じていた。


「来ないなら、こっちから行くよ」

28 : ◆takaJZRsBc [saga]:2018/08/13(月) 01:17:29.35 ID:2lixqv+p0


「!」


戦刃がKAZUYAに仕掛ける。今度はフェイントなしの真っ向勝負だ。
下手な小細工を使うよりも、確実に相手側の戦力を削ることを選択したのである。

KAZUYAさえ潰せば問題ない。全滅させることも出来るし、江ノ島の指示を待って動くことも出来る。


「クッ!」


KAZUYAはいざという時のため、アームカバーの下に食堂のナイフなど金属類を仕込んでいた。
それを用いて戦刃のナイフを弾いていなす。狭い保健室に鈍い金属音が響いた。

首、脇腹、手首、大腿……残像が見える程に高速で打ち合っていく。


(少しはやるようになったみたいだね。でも)

「これはどうかな?」


斬撃からの足払いと見せかけた鋭い中段蹴り、KAZUYAは咄嗟に後退するが腹部に掠った。
後ろに跳んだことで威力をある程度殺したはずだが、その攻撃は尚重い。


「グゥッ?!」

「おらあああああ!」


追撃をかけようとしたが、背後から大和田の援護があったため振り向かずに
戦刃は横に跳ぶ。大和田も焦らず再び距離を維持しながら構え直した。

以前だったらここで大和田は仕留められたのに、と嘆息しながらもまだ戦刃は余裕である。

29 : ◆takaJZRsBc [saga]:2018/08/13(月) 01:26:37.21 ID:2lixqv+p0

「良かったよ。二人が強くなってくれて。弱いものイジメはしたくなかったからね」

「…………」

「…………」


軽口を叩く戦刃に反し、二人は無言だった。会話をする余裕などない。


「でも私もプロだから、あまり時間はかけられない。――だから、さようなら」

「!!」


息もつかせぬ連続攻撃がKAZUYAを襲う。全身を使いまるで踊るような戦刃の動きは、
KAZUYAと大和田の息の合った連携攻撃すらビクともしない。やられるのは時間の問題だろう。


(こちらからも攻撃しなければ……!)


攻撃は最大の防御とも言う。思えば、KAZUYAはこの期に及んで未だに及び腰だった。


(大和田には殺す気で行かなければ駄目だと大口を叩いたくせにな……
 俺自身、まだ覚悟が出来ていなかった。だが)


視界の端には右手を抑えて呻く桑田の姿があった。白い上着が血で染まっていた。
あの時、KAZUYAが覚悟を決めていたら守ってあげられたかもしれない。

――男はとうとう覚悟を決めた。

30 : ◆takaJZRsBc [saga]:2018/08/13(月) 01:34:23.85 ID:2lixqv+p0


(あれは……!)

「フッ!」


戦刃は本能で攻撃をやめ腕を引く。その一瞬後の空気を小さい、
それでいて世界のどんなナイフよりも鋭い刃が切り抜けていった。

KAZUYAは手にメスを持っている――掠っただけで相手の命を奪うメスを。


(この悪寒……間違いない。あのメスは【毒】が塗られてる!)

(俺は医師失格かもしれん。だが、生徒の命を守るためにはもはやこうする他ない……!!)


毒を塗ったメスを両手に持ち、KAZUYAは戦刃の手や足を狙う。流石の戦刃も飛び道具がない以上、
むやみやたらと突っ込む訳には行かず、攻撃の手は緩むが掠り傷すらつけてくれない。

結局趨勢をひっくり返すには至らず、若干の膠着状態となっただけであった。


(クソッ! 俺がもう少し強ければなんとかなりそうなのによ!)


大和田は今までの粗い攻撃から、相手の急所を狙った繊細な攻撃へと転換していたが
所詮付け焼き刃であり、戦刃の反撃に気を付けるのが精一杯である。

こんなことならKAZUYAと一緒に大神から特訓でも受けていれば良かったと歯噛みしたが、
後悔したところで時は戻ったりはしない。今出来ることはKAZUYAの援護をして
けして浅慮な行動は取らず足手まといにならないことである。


一方、桑田は立ち尽くして三人の攻防を眺めているしかなかった。

31 : ◆takaJZRsBc [saga]:2018/08/13(月) 01:42:28.79 ID:2lixqv+p0

「ち……くしょう」

(痛てぇ……痛てえよ……)


血が止まらない右手を押さえながら、涙を堪える。大事な右手を傷付けられたことも痛みも
桑田にとっては重要だが、既に自分が戦力外となっている事実が何より辛かった。


(クソッ! クソクソクソッ! なんで……これじゃなにしに来たかわからねえじゃねーか!)


桑田の体格では大神を抱えて待避することも出来ない。かといっておめおめ一人だけ
逃げ帰ることは絶対に有り得ない。自分が囮となって飛び込めば戦刃の意識も一瞬くらいは
逸れるかもしれないが、……その場合、確実に生きては戻れないだろう。

傍観者。

それが今の桑田の非情な立ち位置だった。


(神経は……無事だ。メチャクチャいてーけど指の感覚はある。なにか、なにかしねーと……)


痛みを無理やり押さえつけながら周りを見渡した時だった。彼女と目が合ったのは。


「……!」


壊された扉からは廊下が丸見えであり、そこには未だ動けない霧切がいた。

いや、震える足に鞭を打ち今立ち上がろうとしている。


(お、おいおいおい……まさかおめー……)

32 : ◆takaJZRsBc [saga]:2018/08/13(月) 01:49:06.32 ID:2lixqv+p0


「…………」


霧切は無言でコクリと頷く。先程自分が却下した案を、霧切はまさに実行しようとしていた。


(ダ、ダメだろ! 死ぬぞ! せんせーだって喜ばねーだろ、そんなの!)


桑田は血相を変えて顔を横に振るが、霧切の意思は固かった。


(ごめんなさい、桑田君。誰かがやらないといけないの)

(いやいやいや! よせって! 他に何かあるはず! 絶対にっ!!)

(……ごめんなさい)

(や、やめろッ!)


不思議と、声を出さずとも二人の心は通じていた。

このコロシアイという極限状態で、長く苦難を共にしていたからかもしれない。
桑田には霧切の決意が痛い程伝わってきていた。止められないということも。


(いいのか、女に特攻させて?! それでも男か?!)


だが建前とは別に、桑田の脳裏には走馬灯のごとく様々な思い出が浮かぶ。

両親、従姉妹、チームのメンバー達……

33 : ◆takaJZRsBc [saga]:2018/08/13(月) 01:55:15.50 ID:2lixqv+p0


やっと素直になれた野球。

初めて努力をした音楽。

共に戦う仲間、親友、そして恩師――


何一つ手放したくない。死んだら全てを失うことになる。


(死にたくねえ……正直死にたくねえ……)


桑田は唇を深く深く噛みしめる。


(俺にはまだ夢が、将来がある。こんなところで終われねーんだ!)


霧切が、壁に手をかけながら立ち上がった。戦刃はKAZUYAのメスと大和田に気を取られている。
彼女が一瞬でも隙を作れば、KAZUYAのメスがたちまち戦刃を斬りつけるだろう。


(これは私にしか出来ない。――さようなら、桑田君。みんな)


悲壮な決意を固めた霧切が駆け出した。


「!」


戦刃が背後の異常に気が付く。

そして――


「う、うわあああああああああ!!」

34 : ◆takaJZRsBc [saga]:2018/08/13(月) 01:57:21.03 ID:2lixqv+p0










……桑田は霧切の手を左手で掴むと全力で引き戻した。


35 : ◆takaJZRsBc [saga]:2018/08/13(月) 02:02:49.22 ID:2lixqv+p0

ここまで。

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