俺「アンチョビが画面から出てきた」

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153 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/18(水) 09:09:53.81 ID:kkfx2H6m0
このままだと俺(戸庭)があの世の世界にいってしまいそうな……
154 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/18(水) 12:41:11.46 ID:C/iQJitM0
一貫して主人公が色欲方向での男を感じさせないのが良いんだが、成人の読み物としてはちと不自然かな
155 : ◆JeBzCbkT3k [sage saga]:2018/07/18(水) 22:06:47.66 ID:/cdPx5HI0
>>152
156 : ◆JeBzCbkT3k [sage saga]:2018/07/18(水) 22:08:07.63 ID:/cdPx5HI0
間違えてShift+Enterしちゃった。

>>152
ガルパンでなくて恐縮ですが、この辺りです。
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1475588389/
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1481111726/
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1500552019/
157 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/18(水) 22:08:51.98 ID:/cdPx5HI0
はい。再開します。
158 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/18(水) 22:11:49.35 ID:/cdPx5HI0
 2017年12月16日。土曜日。

 タブレットでVtuberの動画を眺めているとアンチョビが「おはよーうっ!」と現れた。
 右手にみかんとりんごの入った籠を提げている。

「戸庭、元気か?」

「ぼちぼちかな。まだ熱はあるけどね。アンチョビさんは元気そうでなにより」

「うんうん、しっかり休んでばっちり治せよ」

「そのつもりだよ。あぁそれより、ユーチューブ見てて思い出したんだけど、アンチョビさんの動画編集しなきゃだよね。悪いんだけど家からノートPC持ってきてくれる?」
159 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/18(水) 22:13:12.98 ID:/cdPx5HI0
「……しっかり休んでばっちり治す気は本当にあるのか?」

 疑わしげに見るアンチョビに俺は言葉をかえす。

「病院って暇なんだよね。1日1時間作業してた方が気が紛れる。アンチョビさんはデスクトップPCの方使ってよ」

 りんごを食べながら5分ほど交渉したところで、アンチョビは「じゃあ明日だ。明日からな」と折れた。

 アンチョビが帰り、なるべく眠った方が治りも早くなるだろうと俺は目を瞑った。

 仮眠のつもりが、目覚めると真夜中。
 俺は暗闇の院内を恐る恐る歩き用を足すと、再び病室へ戻り布団にくるまった。
160 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/18(水) 22:15:01.63 ID:/cdPx5HI0
 2017年12月17日。日曜日。

 アンチョビの持ってきてくれたノートPCで動画の編集をしていると、花澤と長田がやってきた。

「転職案件やね」「これに懲りて無茶はやめよう」

「そうだなー、考えてみよっかな」

 初めこそ殊勝な言葉を吐く二人だったが、すぐに花澤によってボードゲームが持ち出された。
 コヨーテを1時間。
 熱中して遊んでいたら体温が38度を超えて看護師に怒られた。

 アンチョビへ電話でそのことを話すと、彼女にも「安静にしてなきゃ駄目って言っただろ!」と怒られた。
161 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/18(水) 22:17:25.40 ID:/cdPx5HI0
 2017年12月21日。木曜日。

 ようやくの退院である。

 最後の診察で医者には「次また過労で入院したら治療費倍額請求するぞ」と言われた。
 俺は「二度と来るか」と短く返した。

 受付ではアンチョビが待っており、一緒に病院を出てバスに乗った。
 バスを降りると、件のうどん屋で昼食をとった。

「会社にはいつから行くんだ?」

「来週から。明日までは入院してることになってるからね」

「――ちょっと待て。頭の中で審議する」

 数分間、アンチョビは「うーん」と考え込み、

「うん、OKだ」

「重畳です」
162 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/18(水) 22:18:36.71 ID:/cdPx5HI0
 うどんを平らげ、食後のお冷やを飲んでいると、アンチョビが「そういえば」と思い出したように口にする。

「今日の分の動画はもう撮ってあるからな。編集頼むぞ。私、午後はいないからな」

「どこか行くの?」

「うん、バイトを始めたんだ」

 誇らしげにアンチョビは言うが、俺は驚くばかりだ。

「……いやいや、しなくて良いって。前にも言った通り、俺の給料で十分でしょう。働いてる暇があるんなら、その時間を使って元の世界へ帰る方法を探した方が良い」

「そうは言うがな。四六時中考え込んでばっかりいるわけじゃないだろ。時間は空いてるんだ。というか、そもそももう面接も通って働き始めてるしな!」
163 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/18(水) 22:20:00.07 ID:/cdPx5HI0
「ええ、どこの店?」

「食べに来るか? 隣駅のイタリア料理店だ!」

 ――まったく、すごい行動力だなあ。

 まぁ、俺にアンチョビの行動を止める権利はない。
 俺が渡せる金に限りがあるのも確かだし、アンチョビに欲しいものがあるのなら自分の稼いだ金で買うのも良いだろう。

 ……けれど、この、一抹の寂しさは何だ。
 その根源を突き止めるのは、骨が折れそうだった。

 午後になり、久しぶりの我が家を満喫して、俺は戯れに二度目のガルパン最終章を観に出かけた。

 家へ戻るとアンチョビが夕食を作り終えていて、俺はそれを食べて眠った。
 体の疲れはなく、気持ちよく寝られた。
164 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/18(水) 22:23:06.52 ID:/cdPx5HI0
 2017年12月22日。金曜日。

 監督と約束した場所は、荻窪の小さな食事処だった。
 時間は夕食時の午後19時。
 それまで俺とアンチョビは、延々と家でガルパンを1話からぶっ通しで観賞した。

 荻窪に到着し、飲み屋街を歩く。
 ぽつぽつと灯る店の明かりと、酔いはじめのおっさん達の笑い声が、なんともいえない高揚を抱かせる。

「戸庭。店につくまで我慢だぞ」

 心中を見透かされたのか、アンチョビがそう忠告する。
 俺は「監督と会うのに酒飲んだりなんかしないよ」と返し、いささか歩調を早めた。

 店に辿り着き、中へ入ると、カウンターに立つおばちゃんに「いらっしゃい」と声をかけられる。

「あの、待ち合わせをしてるんですけど」

「あぁ、はいはい。もういらっしゃってますよ。2階に上がって正面の部屋ね」
165 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/18(水) 22:24:35.56 ID:/cdPx5HI0
 おばちゃんに、店内の左手に位置する階段を案内され、「ありがとうございます」とアンチョビと二人でそれを上がる。

 正面のふすまをノックして中へ入ると、40代くらいの男女が下座に座って談笑をしていた。
 両方の顔に見覚えがある。
 女性の方は脚本、そして男性の方がガルパンの監督だ。

「あぁ、きましたか。どうもはじめまして」

「はい、はじめまして。戸庭です。あ、で、こっちが――」

「アンチョビだ! よろしくお願いします!」

 アンチョビが元気よく挨拶すると、俺は彼女と二人、監督と脚本の正面へ座った。
 あちらが下座に座っているので、こちらは仕方なく上座だ。
166 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/18(水) 22:25:56.94 ID:/cdPx5HI0
 監督はアンチョビの顔を眺め、興味深げに、

「あぁ実際に観ると動画よりもホンモノ感が増しますね。当たり前なんですけど」

「失礼ですよ」

 脚本が苦笑して監督を注意する。
 そしてこちらを向き直り、「はじめまして、ガールズ&パンツァーで脚本を担当しています――」と名乗った。

「存じてます。会えて光栄です。ファンです。よろしくお願いします」

 俺にとってゴッドと呼ぶべき二人が目の前にいるのだ。
 緊張して言葉選びが下手くそになるのも許して欲しい。
167 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/18(水) 22:27:30.48 ID:/cdPx5HI0
「嬉しいですね。ありがとうございます。何飲みます?」

 監督からアルコールのメニューを差し出される。

 ちらりとアンチョビへ目線を送ると、彼女は口角を上げた。
 飲んでいいぞ、ということらしい。

「……じゃあビールをいただきます」

「私はオレンジジュースをもらえると助かるな」

「あぁそうでした。アンチョビはまだ18歳でしたね」

 監督はそう言うと、ふすまを開き、階下へ「すみませーん」と声を放った。

 やがてビールとオレンジジュースが届き乾杯。
 枝豆と豆腐でちびちびやり出したところで、監督が「さて」と話を切り出した。
168 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/18(水) 22:29:17.02 ID:/cdPx5HI0
「事情は聞いています。我々に訊きたいことがあると」
「私個人としても強い興味があったので、お願いして今日の場を設けてもらった形になります」
「じゃあ、まずはアンチョビさんの置かれている状況を詳しく教えていただけますか」
「あぁいえ、一部聞いてはいるんですが、なにぶん伝聞なので、実際に耳にしないとわからない部分もありますから」

 監督に促され、アンチョビは「ああ!」と前回同様、これまでの経緯を語り出す。

 アンチョビが十数分かけて語り終えると、今度は、

「じゃあ、次に、あちらの世界のことを教えてもらえますか」

 とさらに促した。

 アンチョビは再び語り始める。
 最終章2話以降のネタバレが大いに含まれており、俺は小さくないショックを受けたが、黙って耳を傾けた。えらい。

 アンチョビが「以上!」と話を締めると、監督は少し間を置き、口を開いた。
169 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/18(水) 22:30:56.38 ID:/cdPx5HI0
「ガルパンのアニメの大筋は、基本的にはこの二人の頭の中から出てきています」
「ちなみにアンチョビというキャラクターに関しても、最初のアイデアは私ですが、肉付けをしていったのは――」

「私ですね」

 監督の言葉を、脚本が引き継ぐ。

「いまお話いただいた、あちらの世界でのアンチョビさんの近況ですが、作中では最終章以降のお話ですね」

「こんなことをうかがうのも何なんですけど、やっぱり今後の展開とまったく同じだったりするんでしょうか」

 俺が問うと、彼女は答えた。

「それはわかりませんね」

「……わからない、ですか?」

「どういうことだ?」

「というのも、アンツィオ高校の無限軌道杯での試合内容や、各生徒のエピソードなど語っていただきましたが、これらはきわめて細部の内容だと思うんです」

「私たち、まだそこまで考えてませんからね」

 そこまで、考えてない。
170 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/18(水) 22:32:22.88 ID:/cdPx5HI0
 俺が愕然としていると、脚本が「少し訂正しておくと」と口を挟む。

「考えていないというのは語弊があって、もちろん大筋は決めてあるんです」
「しかし、細部の設定は今後詰めていく部分も多々ありますし、進行のなかで変更が入ることもあるでしょう」

「ですから、結論から言えば、こちらとしては何が正解かをお答えするのも難しい状況ですね」

「せっかく来ていただいたのに申し訳ありません。ちなみに一つ申し上げておくと、大筋は確かに我々の想定している展開と一致しています。ですから――」

 彼女はアンチョビへと目を向ける。

「貴女がアンチョビ本人だというのは、間違いないでしょう」

 アンチョビが喉を鳴らす。
 脚本はそんな彼女を見て「私が言うのもおかしな話かもしれませんけどね」と付け足した。
171 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/18(水) 22:34:51.12 ID:/cdPx5HI0
「まぁ来ていただいたんですし、誠意としてこちらもお話しましょうかね?」

「そうですね。貴女がたを信用してお話します。絶対に、他言無用でお願いしますよ」

 監督の言葉に、脚本が続ける。

 そうして二人は語り出した。
 二人の脳内で描かれているガルパンの世界、その全てを。

 ――たっぷり1時間はかけただろうか、やがて話が最終章の結末に及んだ時、俺は思わず涙ぐんでしまった。

「長くなりましたが、このくらいですね。考えているのは」

「ええ。変更の可能性はありますけど、この程度です」
「……ですから、アンチョビさんの語った細部は、現状、この世界では誰の手によっても生み出されていません。貴女の中にしかないものです」

「……じゃあ、私は、一体」

 声を震わすアンチョビに、脚本が返す。

「わかりません。けれど、一人の確固たる人物ではあります」
172 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/18(水) 22:36:43.70 ID:/cdPx5HI0
 ぐびぐびとビールジョッキを飲み干して監督が繋げる。

「まぁなんといいますか、私たちからはこれ以上情報は出せませんからね。アプローチを変えてみるのはどうでしょうか」

「アプローチ、ですか」

 俺が問うと監督は答える。

「はい、そうです。ここにいるアンチョビという人間はどうやって生み出されたものなのか。それを想像してみましょう」

「どうやって生み出された……例えば、画面の中から出てきた、とかですか?」

「そうです。しかしそれは否定できますね。画面の中では、まだ無限軌道杯は終わっていません」

「じゃあガルパンの世界というのがあって、そこからこちらの世界へやってきたというのはどうだ!?」

「私たちが創り上げた世界観と同じくするガルパンの世界というのが、仮にあるのだとしたら、もの凄い偶然ですね。まぁ並行世界という概念上あり得るのかもしれませんが」
173 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/18(水) 22:39:00.32 ID:/cdPx5HI0
「少し口を挟みますが、戸庭さんが劇場版鑑賞後に彼女は現れたということでしたよね?」

「あぁはい、そうです」

「では、貴方が想像もしくは望んだことによって彼女がこの世界に具現化されたのだという可能性はありませんか?」

「……それは前にも考えましたが、アンチョビは俺の知らないアンツィオの話を知っていたので、ないかと思います」

「それは否定材料にはなりません」

 俺が言うと、監督がそうきっぱりとこたえた。

「戸庭さんの頭の中から生まれた存在だとしても、戸庭さんそのものではないわけですから」
「けれど我々しか知らない情報も持っていたことを考えると、私たちから影響を受けている可能性は高いと思います」

「……え、まさか本当に」

「はい。一番信憑性が高いのは、このパターンかと思います」

「信憑性という意味だと、アンチョビというキャラクターがこの世界にいるということ自体、あまり信憑性はないですけどね」
174 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/18(水) 22:41:26.93 ID:/cdPx5HI0
「それでつまり、私が何が言いたいのかといいますと、このパターンだった場合、お二人の目的自体がちぐはぐなんじゃないかということです」

 目的というのは、つまり……。

「私が、元の世界に帰ることか」

「そうです。厳しい言い方になりますが、このパターンだった場合、帰るべき元の世界というのがそもそも存在しません」

「わ、私は――」

 アンチョビが今にも泣きそうなほどに声を震わす。

 あぁ、これ以上続けるのは駄目だ。

 慌てて俺は、アンチョビの口を塞ぐべく監督へ話しかけた。
175 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/18(水) 22:43:15.97 ID:/cdPx5HI0
「あ、あの、ひとまず、結論を急ぐのはやめておきませんか。あくまで可能性の一つというだけで、これで決まったわけじゃないですよね?」

「あぁ、その通りです。可能性の話です。ごめんなさい」

 監督が言うと、脚本がアンチョビの方を向く。

「これだけは言っておくべきだと思うので、言いますね」

 そう前置きして、

「例えば、もし仮にですよ。貴女がこの世界への定住を選択するなら、おそらく私たちはそのお手伝いができると思います」

「はい。そうですね。いつでも頼っていただいて構いません。今更ですが、連絡先です。どうぞ」

 監督の差し出した名刺を俺が受け取る。
 アンチョビはまだ放心しているようで、監督が名刺を差し出されたことにも気付いていない様子だ。
 続けて脚本の差し出したそれも、「どうも」と俺が受け取る。

 しばし場に沈黙が訪れ、それを打ち払うかのように、脚本がぱんっと手を叩いた。
176 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/18(水) 22:45:22.23 ID:/cdPx5HI0
「はいっ。じゃあひとまず今日はこれで終わり。あとはご飯を食べながらお話しましょう」

「そうですね、そうしましょう。ちなみにアンチョビさんは何か食べたいものはありますか? イタリアンでなくて申し訳ないですが」

 二人が言うと、アンチョビは、はっと気付いたように目を開いた。

「うん、私はなんでも良いぞ。みんなの食べたいものを優先してくれ!」

「あ、じゃあ、俺、だし巻き卵が良いです」

「良いですね。ここのだし巻きは絶品です」

 監督が言って、階下からおばちゃんを呼び、注文をする。

 ひとしきり雑談をして、2時間ほど経って解散をする頃にはアンチョビのテンションは元に戻っていた。

 けれどきっと、夜更けにまた彼女は塞ぎ込むのだと思う。
 俺はそのことを忘れないよう胸に刻み込む。
177 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/18(水) 22:47:26.49 ID:/cdPx5HI0
「それでは。今日は貴重なお話をありがとうございました。また会いましょう」

「うん、こちらこそ、ありがとう!」

 店を出て、監督とアンチョビが別れの挨拶をする。
 飲み屋街の向こうへ歩いて行く監督と脚本の二人を見送り、俺はアンチョビと共に駅へと向かった。

「戸庭」

「なに?」

 小さく呟くアンチョビへ目を向けると、彼女は前を向いたまま言葉を続けた。

「これからも、よろしくな」

 何を当たり前のことを、と思ったが、とりあえず俺は「こちらこそよろしく」と答えて彼女の隣を歩いた。
178 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/18(水) 22:49:19.49 ID:/cdPx5HI0
 2017年12月23日。土曜日。

 動画の編集をしていて、あぁそういえば、と気付く。

「今日からガルパン博じゃん。どうしよ、いつ行こうかな……」

 前売り券は日付指定で、確か前売り券の段階で売り切れとなっている日もあったはずだ。
 すでに時遅しという可能性もある。

「アンチョビさん、今日って時間ある? ガルパン博――」

「これからバイトだ! 行ってくる!」

 アンチョビはリビングを飛び出し外へ駆けていく。

 ……とりあえず今日のところはやめておくか。
 冬コミのサークルチェックでもしてよう。
179 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/18(水) 22:51:21.33 ID:/cdPx5HI0
 2017年12月24日。日曜日。

「戸庭! メリークリスマス! 今日は空いてるよな!」

「なんですかそれは挑発ですか」

「挑発? 何でだ?」

「いやこっちの話。空いてるよ」

「よおし! じゃあ行こう!」

 とアンチョビが取り出しましたるは、なんとガルパン博の前売り券である。
 指定された日付は、12月24日、今日だ。

「お、おぉおおおおっ? か、買ってあったの?」

「おう! 日頃のお礼だ! ちゃんとバイト代を前借りして自分のお金で買ったぞ!」

「すごい、マジ感謝だわ。ありがとうございます……」

「ふふーん、まぁ世話になってるんだし、このくらいはするさ!」
180 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/18(水) 22:52:55.88 ID:/cdPx5HI0
 というわけで、アンチョビと二人、池袋サンシャインシティへ。
 カップルでわいわいと賑わうショッピングモールを抜け、会場へ辿り着くとすでに長蛇の列が出来ていた。

「おー、すごい人だな」

「あ、でも思ってたよりも少ないな。前売り券制だからかな」

 会場内へ入り、二人揃ってヘッドホンを被る。
 ヘッドホンからは西住姉妹による音声ガイドが流れてきて、アンチョビはそれを耳にして郷愁を覚えているのか、柔らかい表情を浮かべていた。

 展示を見終わりグッズを購入すると、二人で謎解きに挑んだ。
 サンシャインシティを2時間ほど歩き回ったところで、解答へと辿り着く。
 謎のほとんどはアンチョビが解いた。さすがアンチョビである。
181 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/18(水) 22:54:44.84 ID:/cdPx5HI0
 そういえばガルパン博のチケットをプレゼントされておいて、俺の方はクリスマスプレゼントを何も用意していないのに気付き、サンシャインシティでアンチョビへ帽子を買った。
 もっとコートやら何やら高いものを買おうかとも言ったのだが、いやいやそこまでしてもらうのは悪いと返されたのだ。

 夕飯は池袋のイタリアン料理店で食べた。
 アンチョビの働く店に行こうとも誘ったのだが、またも「今日は駄目だ!」と断られた。

 東上線に乗って自宅へと戻ると、アンチョビがケーキと赤ワインをどこからともなく取り出した。

 赤ワインは追加のクリスマスプレゼントだそうで、「すぐ飲みたい」と俺が言うと、アンチョビは「つまみがいるだろ」と肉を焼いてくれた。
 必然、俺はすぐさま酔っ払った。

「いやーあはは、すごいなあ最高だなあ」

「おー、それは良かった。うんうん、用意した甲斐があった!」

「マジ感謝しかねえ。幸せしかねえぜあはは」
182 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/18(水) 22:56:22.25 ID:/cdPx5HI0
「……あー、そういえば、戸庭。普段は適当にはぐらかしそうだし、今だから聞くんだけどな、私って、いつまでここにいて良いんだ」

「え? いつまでいても良いよ」

「お、ぉお。そ、それは……ま、まぁ私も――」

「あー、でもまぁぐだぐだしちゃってアンチョビさんが元の世界に帰れなくなってもあれだし、気は引き締めないとなあ」

「……そういう話では、ないんだがなあ」

「え、なに? どういう話」

「いや、いい。また今度、昼間に話そう。さあ、今日はぱーっと飲めっ! ちょっと遅くなったけど退院祝いだ!」

 アンチョビにつがれた赤ワインを、わっはっはと飲む。
 いつの間にか寝落ちしていたのでいつベッドへ倒れ込んだのか定かではないが、おそらく深夜0時は回っていたと思う。

 目覚めたのは翌日だった。
183 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/18(水) 22:58:19.54 ID:/cdPx5HI0
 2017年12月25日。月曜日。

 酔いが残る体で、久々の出社だ。
 オフィスに着くと、俺を目にした上司がすぐに口を開く。

「あぁ戸庭。久しぶりだな。まったく、休んでた分は働いて取り戻してもらうからな」

 はっはっは。世辞でも良いから労いの言葉が欲しいぜ。

 俺は心が折れた。

 終業後、上司を会議室へ呼び出して宣言する。

「辞めます」

「あん? 何を?」

「いや、会社ですけど」

 そう言った上司は、ぽりぽりと側頭部を掻いた。
 特に驚いた様子はない。多少は予想をしていたのだろう。
 ふー、とため息をつき、「いつやめるの?」と短く言った。
184 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/18(水) 23:00:12.95 ID:/cdPx5HI0
「なるはやですかねー。2月末くらいですか」

「とりあえず社長に言っとくが、それなら別に構わんだろうと思うよ。プロジェクトの途切れめだしな。まぁ俺個人としては心底残念だよ」

 淡々と言う上司に「はぁまぁそうですね」と返し、俺は会社を出た。
 帰りの電車の中では心がうきうきしてたまらなかった。

 とはいえ、自宅の最寄り駅に着いて、アンチョビへ報告することを思うと、段々と気が重くなってくる。
 転職活動も何もしてないのに、俺は果たして大丈夫なのだろうかという不安にも襲われる。

 鬱々とした気分を抱きながら、しかし早く言っておかなければとアンチョビの顔を目にして、俺は口を開く。

「アンチョビさん。上司に仕事やめるって言っちゃった」

「おーっ! 良かったじゃないか! よおし、退職祝いだ!」

 天使かよー。

 俺はアンチョビの用意してくれた夕飯を肴に、昨日の残りの赤ワインをがぶがぶと飲み干した。
185 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/18(水) 23:02:46.80 ID:/cdPx5HI0
 2017年12月29日。金曜日。

 前日に仕事を納め、冬休み初日。そして冬コミも初日だ。

 普段なら俺もコミケには初日から参加しているのだが、今回はアンチョビもいることだし自重することにした。
 代わりにガルパンジャンルのある二日目に全力を費やすのだ。
 アンチョビも俺も、色んなフォロワーと会う約束をたててもいる。

 アンチョビは朝からバイトへ出かけていった。
 俺も暇だったので昼飯ついでに彼女の働くイタリアン料理店へ顔を出す。
 アンチョビは、活き活きと働いていた。

「おーっ! 戸庭きたのか! よおし、何でも注文しろ? 今日はタダで良いぞっ」

「いや悪いよ。払うよ。お金あるし」

「なに気にするな。私の給料から天引きにしてもらうだけだっ」
186 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/18(水) 23:04:09.70 ID:/cdPx5HI0
 あまりにも眩しい笑顔でそう言うので、俺はお言葉に甘えてパスタとドリンクのセットを注文した。
 出来上がった料理は大層美味で、家で食べるアンチョビのそれに味がよく似ていた。

 午後になると花澤と長田がやってきて、一緒にゲームをして遊んだ。

 アンチョビがバイトから戻ると、前回のリベンジだと彼女が意気込み再び麻雀が開始されたのだが、やはり今回も長田の勝利に終わった。
 長田は「じゃあ明後日、俺の戦利品買うの手伝って」と地獄のような命令を下した。

 花澤と長田は、いつも通り、酒に酔っ払って俺の寝室でいびきをたて始めた。

 明日のことを考え、俺とアンチョビも早々に眠りに就いた。
187 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/18(水) 23:06:30.73 ID:/cdPx5HI0
 2017年12月30日。土曜日。

 キミドリ氏の好意で通行証を譲ってもらい、俺とアンチョビはサークル入場でビッグサイトへと入った。
 長田と花澤は起こしても起きなかったので家に置いてきた。

「おぉおお、なんだか気分が高揚するな。これがコミケか」

「始まるとこんなもんじゃ済まないよ」

 アンチョビと話をしながら、東館へと向かう。

 なんだか、こうしてアンチョビと一緒に歩くのも慣れてきてしまっているなあ。
 最初は緊張してどぎまぎすることもあったけど、今ではこれが自然になっている。

 俺にとっては喜ばしいことだろうけど、それはきっと、本当に俺にとってでしかないだろう。

 どうして慣れてしまっているのか。
 アンチョビが目的を果たせていないからだ。
 元の世界へ帰れていないからだ。

 彼女の目的を無視して俺だけ喜んでいるというのは、人としてどうなのか。
188 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/18(水) 23:09:09.74 ID:/cdPx5HI0
「……アンチョビさん」

「なんだ?」

「そろそろ話しておきたいんだけど、次の策、どうする?」

「策? なんのだ?」

「監督と話したじゃん。残念ながら元の世界へ帰る方法はわからず仕舞いだったけど、情報は増えたわけだし」

「……あぁ、その話か」

 アンチョビは心なしか目蓋を落とし、言葉を続ける。

「そうだな、次の策というか、話したいのは――」

 そこまでアンチョビが言ったところで、館内に入った俺たちの耳に「おぉお〜〜、お久しぶりです〜〜」と声が届いた。
 顔を向けると、キミドリ氏がサークルスペースで右手を振っている。
189 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/18(水) 23:11:08.40 ID:/cdPx5HI0
「あぁ、キミドリさん、本当にありがとうございます」

「いえいえ、このくらいはお安いご用ですよ。そちらは? その後いかがですか?」

「ぼちぼちですかね。まぁその話はおいおい」

「はははそうですな。では一旦、予定を決めちまいましょう。いやあ、今日はよろしくお願いします」

「いえいえ、こちらこそ」「よろしくな!」

 サークルチケットを譲ってもらった代わりに、俺たちはキミドリ氏のサークルで売り子の手伝いをすることになっている。 
 アンチョビの売り子は、人呼びにはもってこいだろう。
 売り子も一日中やるわけでなく手伝い程度、空いた時間はコミケを好きに回って良いとのことだ。ありがたい申し出である。
190 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/18(水) 23:12:34.92 ID:/cdPx5HI0
「着替えてきたぞ! どうだ!」

「とても可愛いと思います」

「いやはや、やっぱり似合ってますねえ。……失敬、当たり前ではありますが」

 せっかくなのだから、アンチョビもアンツィオの制服に身を包んでもらった。
 ガルパン島に佇む彼女の姿は、とてもおさまりが良い。

 やがて拍手と共に会場。
 俺はキミドリ氏とアンチョビに一時別れを告げ、ガルパン島で同人誌を買い漁る。

 1時間ほどであらかたの戦利品を手にし、キミドリ氏のサークルへ戻ると、アンチョビが忙しそうに本(健全本だ)を買いに来た一般参加者の相手をしていた。
 挨拶、本の受け渡し、金銭の受け取り、雑談、握手。
 それらをてきぱきとこなしながらも、まったく笑顔を絶やさない辺りアンチョビはさすがだ。
191 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/18(水) 23:15:05.29 ID:/cdPx5HI0
「それでは私は挨拶回りに行ってきますよ。後はよろしく頼みますっ」

 と去っていったキミドリ氏と入れ替わりに俺がサークルスペース内へ入る。
 アンチョビの隣に並んで、同人誌をさばいていった。

 キミドリ氏は新刊を強気に300部刷ったとのことだったが、みるみる数が減っていき、キミドリ氏が戻る頃には残り段ボール一箱分となっていた。

「いやあ助かりました! あとは私一人で十分です。今日はお二人ともお疲れ様でした!」

 キミドリ氏に挨拶し、午前中に比べ歩きやすくなった場内をアンチョビと回る。
 アンチョビに向けられる視線の数は、池袋でのそれの比ではなかった。
192 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/18(水) 23:16:17.59 ID:/cdPx5HI0
 ひとしきり歩くとコスプレ広場へ向かった。
 アンチョビの服装はコスプレにあたるのかどうかわからないが、まぁ細かく気にする者もいなかろう。

 コスプレ広場にて、アンチョビが「はあっ」とポーズをとると、周りでぱしゃぱしゃとシャッター音が鳴った。

 すでに界隈で彼女の存在を知らぬ者はいないくらいになっている。
 そもそもの人気もあいまって、アンチョビを取り巻く人混みはもの凄いことになった。
 スタッフが現れるまでその混雑は続いた。

 場が解散した後もコスプレ広場にいると、アンチョビへ挨拶に来る人間がひっきりなしに続いた。
 ツイッターのフォロワーだ。
 驚いたのはアンチョビが彼らのアカウント名を全て記憶していたことで、これも彼女の隊長たる所以の一つなのかと思う。
193 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/18(水) 23:17:07.69 ID:/cdPx5HI0
 ビッグサイトを出て家に戻ると、花澤と長田がリビングに寝転がって漫画を読んでいた。

 その口で図々しくも「夕飯食ってくわ」とか言い出すものだから、「じゃあお前ら夕飯の材料買ってこい」と言って家から叩き出した。

 1時間後に戻った二人は、食材だけでなく酒も買い込んできていた。
 必然、またも家飲みが始まるが、さすがに、無理矢理に二人は家へ帰らせた。
194 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/18(水) 23:20:49.55 ID:/cdPx5HI0
 2017年12月31日。日曜日。

 長田の「俺の戦利品買うの手伝って」令により、早朝からビッグサイトの長蛇の列に並んだ。
 俺や花澤だけでなくアンチョビにも付き合わせる辺り、長田の鬼畜ぶりが垣間見える。

 拍手の後、入場と共に散開。

 さすがにアンチョビへは健全本しか任されていないが、それでも三日目の肌色ポスターの多く展示される場内は、少し彼女には刺激が強すぎるのではないかと思わされた。
 ちなみに、当初、長田は「アンチョビさん18歳だし大丈夫でしょ」と言っていた。鬼だ。

 俺は長田に頼まれた品の他に、個人的な買い物も並行して済ませた。

 各自の買い物が終わり、合流は13時。
 疲れた顔で現れたアンチョビは、「ここは、すごい場所だな……」とさすがに辟易した様子だった。
195 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/18(水) 23:22:39.12 ID:/cdPx5HI0
 戦利品の分配が終わり、花澤と長田はビッグサイトを去った。
 二人とも今日の内に新幹線で実家へ帰るらしい。

 俺はといえば、まぁ今年の帰省はなしだ。
 母からのメールにも「帰らない」と昨日のうちに返しておいた。

 夕飯は蕎麦。そして薩摩揚げに、セセリの唐揚げだ。
 我が家には珍しく日本食だったので、酒も日本酒(新政)で合わせた。

 アンチョビと二人、大晦日に浮かれるテレビ番組を眺める。
 時間の流れはとてもなだらかに感じられた。

「あのさ、昨日の話なんだけどさ」

「なんだ?」

「次の作戦どうしますかっていう。アンチョビさん、最後に何か言いかけてたけど」

 アンチョビは「そうだなあ」と短く返事をした。
 続けて何か言うかと思えば、そのまま黙ったままだったので、俺は「アンチョビさん?」と問いかける。
196 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/18(水) 23:25:37.50 ID:/cdPx5HI0
「……来年の話をすると鬼が笑うって言うだろ?」

「笑いたいやつは笑わせときましょうよ」

「その返し、何かの台詞か? まぁでも、とにかく、今日はもう良いじゃないか。もう少し――そうだな、明日にしておこう」

 そこまで言うのなら、と俺は話題をそれきりにする。

 華やかな歌番組を眺めてセセリをつついていると、新政の四合瓶が残り半ば。
 今年の酒は今年のうちに、とさらにコップへ酒を注ぎ続け、四合瓶が空になったのは、テレビが寺の中継画面に入った辺りだった。

 やがて煩悩落としの鐘の音が響き、2017年が終わる。

 アンチョビと顔を合わせ「あけましておめでとう」と挨拶。

 そして彼女は静かに、言葉を続けた。

「元の世界へ帰るのは、諦めようと思うんだ」
197 : ◆JeBzCbkT3k [sage saga]:2018/07/18(水) 23:27:21.53 ID:/cdPx5HI0
今日はここまでにします。
また明日、もしくは明後日、再開します。
198 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/19(木) 03:15:38.45 ID:KvNwWlw1o
199 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/19(木) 03:16:20.55 ID:6Miy2jdko
落としどころかが見えない分面白い。
淡々とした感じがパヤオがイカ娘を作るssを思い出す
200 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/19(木) 09:32:27.70 ID:q46kFHPDO
ハッピーエンドになってほしいな…
201 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/19(木) 22:51:18.04 ID:kUzY9MI20
再開します。今日はあんまり長くない予定です。
202 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/19(木) 22:54:14.30 ID:kUzY9MI20
 2018年1月1日。月曜日。

 除夜の鐘の後、俺はしばらくアンチョビの言葉に返事ができないでいた。
 それで俺は、アンチョビが元の世界へ帰ることが、アンチョビだけの目標でなく、俺の目標にもなっていることを自覚した。

 絞り出すように「なんで?」と問いかけるとアンチョビはやはり静かに答えた。

「色々考えたけど、やっぱり、どれだけ頑張っても、元の世界へ帰る方法は見つからないと思うんだ」

「……やってみなきゃわからないって言ったのは、アンチョビさんでしょう」

「十分やったさ。戸庭のおかげで、ここまでやれた」

「まだできるでしょう。やれることなんかいくらでもある」

「それでもきっとそれは、私が元の世界へ帰ることには繋がらないと思う」

 アンチョビは厳しい口調で言った。
203 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/19(木) 22:55:29.18 ID:kUzY9MI20
「ずっと考えてたんだ。衝動的に決めたわけじゃない」

「いや、でもさ――」

 そこまで言って気付いた。
 俺の目標になっている。だから俺は反対するのか。

 思い上がるな。どうしてアンチョビの意志をないがしろに出来る。
 俺じゃない。これは彼女の物語だぞ。

「戸庭」

 アンチョビが俺の名を呼ぶ。

「気に病むな。戸庭は悪くないし、もう決めたことなんだ。確かに落ち込みはしたけど、そんなの、とっくに済ませた」

 アンチョビの諦観が俺には辛かった。
 しかし俺に彼女を止める資格はない。

「それじゃあ、アンチョビさんは、これからどうするの?」

 アンチョビは「そうだなあ」と笑い、ふっとこちらを向く。

「戸庭はどう思う?」
204 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/19(木) 22:56:58.25 ID:kUzY9MI20
 俺はアンチョビの問いに答えられず、黙り込んでしまった。

 アンチョビは「まぁ、考えてみてくれっ」と無理矢理に話をまとめると、続けて「寝るっ」と宣言してリビングを出て行く。
 残された俺も、もやもやした気持ちを抱えつつも寝室でベッドへ倒れ込んだ。

 昼前に起床。
 アンチョビとリビングで顔を合わせる。

 元旦ではあるが、どうにも初詣に行く気分にはなれず、ぐだぐだと家でテレビを観て過ごした。

 年明けのどこか気の抜けた頭で考えたのだが、そもそも俺はアンチョビがしたいようにするのが一番だと思う。
 それをそっくりそのまま彼女へ伝えたところ、「じゃあ、仮に私にしたいことがなかったら、どうするんだ?」と言われてしまった。

 アンチョビの言葉の意図に見当がつかず、俺はまたしても考え込んでしまった。
 ベッドにもぐりこむまで考え続けたが、やはり答えは見つかりそうになかった。
205 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/19(木) 22:58:52.84 ID:kUzY9MI20
 2018年1月6日。土曜日。

 年末年始の連休が終わり、2日ばかりの出勤を挟んで再び休日がやってきた。

 元の世界へ戻るのを諦めたと言ったアンチョビは、しかし相変わらず動画のアップロードを続けていた。
 どうしてだろうと俺は疑問に思ったのだが、「この世界へ残る」という選択をした場合について考えを巡らせてみると、ユーチューバーとしての活動を辞める理由も特に見当たらなかった。

 アンチョビは、目的を失った。
 つまり俺は、アンチョビの活動をサポートする意味を失ったのだった。

 あぁなるほど、アンチョビが言ったのはこれか、とふいに思い当たった。

 アンチョビだけではない。俺も目的を失ったのだと、アンチョビもとうに気付いていたのだ。

 それで俺はようやく思考のスタート地点に立てた。
206 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/19(木) 23:00:10.85 ID:kUzY9MI20
 俺がどうしたいか。
 決まってる。アンチョビを助けたい。

 献身する覚悟はできているのだ。
 けれど、考えるべきは、ならばどう行動に移すかだった。
 何故なら、彼女は元の世界へ戻るという目的を失っている。

「そうかあ。この世界に残るのかあ」

 口に出してみると飲み込めた。

 うん、うん。何も変わらないじゃないか。
 この世界へ残るのなら、この世界へ残る彼女をサポートすれば良いのだ。
207 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/19(木) 23:01:27.08 ID:kUzY9MI20
 当然、どこからともなく現れたアンチョビは、身分証明書どころか日本国籍すら持っていない。
 戦車道はないし学園艦もない。アンツィオ高校はおろか、彼女が通える高校はどこにも存在しないだろう。

 アンチョビが生きていくには、ここは難しい世界だ。
 俺がやらなければならないことは、いくらでもある。

 一番の目的は、彼女が国籍を手に入れることだ。それも、正規の方法で。

 それがどれだけ難しいかは、法に詳しくない俺でもわかる。
 そもそも、彼女の今の状態は、ひょっとすると不法滞在とも捉えられかねない。

 出来る限り慎重にいかなければならない。
 そしてそのためには、結局、信用できる人間を増やすしかないのだった。
208 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/19(木) 23:04:28.72 ID:kUzY9MI20
「というわけでアンチョビさん、日本国籍を取得すべく、アンチョビさんのファンを増やしていきましょう」

「お、おぉ、戸庭は、本当に、斜め上の結論を出すなあ」

「そうでもないでしょ。まぁとにかく、監督に連絡してみようか。力になってくれるって言っていたことだし」

 アンチョビとこの世界を繋ぐ、唯一のものは『ガルパン』だ。

 ガルパンが世界に広まることは、アンチョビが世界に広まることを意味する。
 ならば、とにかく監督と連絡を密にとっておくことはプラスに働くはずだった。

 監督にメールをすると、返信はすぐにかえってきた。

『それでは、アンチョビさんにどこかのイベントで登壇してもらうのはいかがでしょうか』

「登壇……。それはつまり、公的な存在として認めてくれるってことか?」

「訊いてみよう」
209 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/19(木) 23:06:15.33 ID:kUzY9MI20
『はい、そうです。いかがでしょうか』

「お、おおおおおおおっ!」

「願ったり叶ったりだな。よっし、じゃあ了承するよ」

『それは良かったです。私も楽しみです。詳しくは調整しますので、少々お待ちください。連絡は私からではないかもしれませんが、あしからず』

 あぁ、監督忙しそうだしなあ。最終章の第2話も制作真っ最中だろう。

 ――最終章。
 そうか、ガルパンは、最終章なのだ。
 残り5話。それで終わってしまう。

「戸庭、どうした?」

「少し訊いておきたいことがあって。訊いてみる」

『ガルパンは本当に最終章で終わってしまうのでしょうか。宜しければ教えていただけませんか』

 返信は十数分後にあった。

『先のことはわかりませんが、少なくとも、アニメは最終章で終わりです。だから最終章と銘打っています』
『けれどそれは、ガルパンが終わることには繋がらないと、私は考えます』
210 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/19(木) 23:07:41.62 ID:kUzY9MI20
 2018年1月16日。火曜日。

 連絡はガルパン制作会社の代表からあった。

『お待たせしました。少し先ですが、アンチョビさんには大洗で開催される海楽フェスタに出演していただく、というのはどうでしょう』

「海楽フェスタ!」

「ってなんだ?」

「大洗で開催される祭りさ」

「おお、お祭り好きなんだなあ、大洗の人達は。良い町だ!」

 当然、了承である。
 返事を送ると、俺はがぶがぶと赤ワインを飲んだ。
211 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/19(木) 23:09:41.56 ID:kUzY9MI20
 2018年1月27日。土曜日。

 アンチョビのバイト先がファンにばれた。

『なんとなく店に入ったらアンチョビ働いてたんだけど』という画像付きのツイートがあったのだ。
 ツイートのRT数は万にも及び、店名もすぐに知られることとなった。

 アンチョビの人気はもはやアイドル並になっていて、アンチョビの公式ファンクラブなんてものもツイッター上で出来あがっているくらいである。
 いやまぁ、会員ナンバー1番a.k.a.名誉会長はキミドリ氏が務めているし、更にいうなら2番は俺なのだが。
212 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/19(木) 23:10:55.72 ID:kUzY9MI20
 ともあれこれはまずいと、俺はファンクラブのフォロワーと共に、事態の抑止に走った。

 店長は「はっはっは、売り上げが上がってこっちは助かってるけど、アンチョビさんは大変だよね」というような反応だったようで、バイト先に迷惑がかかることはなかった。

 しかし、アンチョビのプライベートが脅かされるのはやはり問題である。

 キミドリ氏の忠告により、ツイートの主は謝罪と共に該当のツイートを削除してくれた。
 本人も悪気があったわけではないという。

 ツイッターでも『今後はアンチョビさんに迷惑をかけるツイートはやめましょう』という方向で事態がまとまっていく流れが見られ、ひとまずは一安心と息をついた。
213 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/19(木) 23:12:30.54 ID:kUzY9MI20
 2018年2月8日。木曜日。

 アンチョビは朝からバイトへ出かけていった。

 近頃の彼女はより一層バイトに励んでおり、何をそんなにお金が必要なのだろうと疑問に思うところだ。
 直接アンチョビへ訊いてみると「まだ決めてないなあ」と返されるばかり。不思議だ。

 俺はといえば、先日、最終出社を迎え、今は有休消化期間に入っている。

 まだ転職先は決まっていないので、本来なら転職活動に打ち込む必要があるのだが、どうも気が乗らず家でぐうたらしている辺り駄目人間一直線だと思う。
 貯金で数ヶ月は保つとはいえ、さすがにまずいので、明日は転職エージェントと面談の予定を入れた。
214 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/19(木) 23:13:52.03 ID:kUzY9MI20
 アンチョビのファンは、着実に増えている。

 ツイッターのフォロワー数は、およそ15万人。
 確認してみると、監督のフォロワー数の倍以上だった。

 渦中にいるとあまり実感が湧かないが、先週の日曜にアンチョビと共に池袋へ向かった時のことを思うと、さもありなん。
 声をかけられる回数が、前回の比ではなかった。

 アンチョビが本物だと信じる人間がどのくらいいるのかはわからない。
 正直な話、すでに本物だとか偽物だとか気にされてはいないだろうと思う。
 こちら側が本物だと訴えるのをやめると、皆もその話題を出さなくなった。
215 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/19(木) 23:16:07.53 ID:kUzY9MI20
 これまでは自分のチャンネルで動画を公開するばかりだったが、1月の後半からは、徐々に他のチャンネルにお招きされることも増えた。

 特に多いのは、Vtuberとのコラボ依頼だった。
 ガルパンの世界から現れたアンチョビは1.5次元とも呼べる存在だ。Vtuberとの親和性も高いのだろう。
 コラボ動画の再生数は、普段の数倍にもなった。

 ネット記事のインタビュー依頼も絶えなかった。
 依頼の中には怪しいものも多分に含まれており、俺はその中から幾つかをピックアップしてアンチョビへ渡した。
 全て通すと、アンチョビは何でも快く引き受けてしまう。俺が間に入ってやる必要があった。

 事態は順調に進んでいて、俺の生活は充実していた。
 今は職なしだが、仕事に追われていた頃より数倍充実している確信があった。

 こんなことを言うとアンチョビには悪いけれど、彼女のおかげで、俺は、救われているのだと思う。
216 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/19(木) 23:18:33.88 ID:kUzY9MI20
 2018年2月16日。金曜日。

 海楽フェスタの出演者が発表され、ツイッターは大騒ぎとなった。
 アンチョビの存在が公式に認められたのはこれが初なのだから、まぁ反応の理由もわかる。

 ガルパンの公式アカウントへも質問リプライが飛んでいるのを見て、アンチョビは「質問はそっちじゃなくて私宛にくれえええっ!」と叫んだが、それをツイートするのは俺が止めておいた。
 答えられる質問ばかりなら良いが、そうでない質問が寄せられたらどうするのだ。

 俺はガルパン制作会社の代表にどう対応すべきか連絡を取った。
 ありがたくも「こちらで対応するのでそちらのアカウントではノーコメントで通すことにしましょう」と言ってくれた。

 アンチョビはそっくりそのまま「ノーコメントだ!」とツイートをしたが、これといった批判はなかった。
 本当に愛されているなあと思う。
217 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/19(木) 23:21:06.57 ID:kUzY9MI20
 2018年2月22日。木曜日。

『そういえばとにーさん。先日、職をお探しということでしたが、もう転職先は決まりましたか?』

 転職先の面接を受け、家へ戻ると、キミドリ氏からメッセージが届いていた。

『いえ、まだです。条件に合う会社があまり見つからず……』

 仕事を選ばなければ、転職先はいくらでも見つかる。
 IT業界というのは万年人材不足だ。
 俺くらいの技術者でも、欲しい会社はいくらでもあろう。

 けれど、それで前回の二の舞になっては元も子もない。
 アンチョビにも「ちゃんと考えて、慎重に選ぶんだぞ! 絶対に妥協しちゃ駄目だっ!」と口を酸っぱくして言われたのだ。

『でしたら、うちの会社はいかがでしょう。確か前職はIT関係でしたよね。とにーさんでしたら大歓迎なのですが』

 ほほう。
218 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/19(木) 23:22:27.80 ID:kUzY9MI20
『魅力的なお誘いです。前向きに考えたいので、差し支えなければ、先に会社名や条件面など教えていただきたいのですが』

 キミドリ氏からは『もちろんです!』と社名や福利厚生、年収の見込みなんかが送られてきた。

 条件は悪くない。というか俺の希望を全て満たしている。
 社名は聞いたことがなかったが、調べたところ評判の悪い会社ではなさそうだった。
 なにより、知人が在籍しているというのは信用が置ける。

『とにーさんの希望次第ですが、3月入社でねじこめないこともないかと思いますよ』

『ありがたいですけど、そこまで希望が通るものなのですか』

『ははは、まぁ、私も部長を務めておりますので。それなりの権限があるのですよ』

 俺は、アンチョビに、転職先が決まったことを報告した。
 アンチョビは喜び、やはり豪勢なイタリアンを作ってくれた。
 赤ワインがぶがぶ。
219 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/19(木) 23:24:43.95 ID:kUzY9MI20
 2018年2月27日。火曜日。

 初めて出版社からのインタビュー依頼がきたので、アンチョビと二人、出版社へ赴くこととなった。
 インタビューを受けるのはアンチョビ一人でなく、制作会社の代表と、ついでに俺まで数に含まれている。

 インタビュアーの質問の焦点は、『彼女は何者なのか?』という点だった。
 しかし俺も代表もアンチョビも、「信じられないでしょうけどアンチョビです」と答える他なく、徐々に質問は『これまでの活動はどういう経緯で行ってきたのか』という方向に移行していった。

 インタビューは1時間弱で終わった。

 雑誌への掲載は、4月中頃とのことで、遠い未来の話のように思えた。
220 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/19(木) 23:28:54.46 ID:kUzY9MI20
 2018年3月9日。金曜日。

 キミドリ氏の会社に入ってから1週間が過ぎた。

 結論から言えば、スーパーホワイト企業だった。
 前職がいかにブラックだったのかを思い知った。
 こうして人は学んでゆくのだなあと思います。

 労働といえば、アンチョビもいつかはバイトを卒業して、正社員としてどこぞの企業で働くことになるのだろうか。

 キャリアウーマンのアンチョビを想像してみたが、どうもイメージが定まりそうになかった。
 やっぱりアンチョビは戦車の上で高笑いをしているのが似合っているように思う。

 とはいえ、気になったのでアンチョビに訊いてみる。

「アンチョビさん。今のバイトはいつまで続けるの?」

「まとまったお金が貯まるまでかなあ」

「ふうん。辞めたらどうするの。アンチョビさん、美人だし喋れるし、アイドルとか向いてると思うけど」

「び、美人っ!? あ、うー、でも、そうだな、それはないな。アイドルになったら、今の生活も続けられなくなるしなっ」

 それもそうかと思い、俺は話題をそこで打ち切った。
221 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/19(木) 23:31:18.74 ID:kUzY9MI20
 2018年3月15日。木曜日。

 代表から、一通メールが届いた。

『海楽フェスタ前日、何時頃から大洗にいらっしゃいます?』

『特に決めてないですけど夕方でしょうか。どうかしましたか』

『アンチョビさんに会っていただきたい人がいまして。17日の夜に宿泊先のホテルで。いかがでしょうか』

 俺たちの泊まるホテルは代表に用意してもらっている。宿泊料も向こう持ちだ。
 そこまでしてもらって、これくらいの頼み、断る理由がない。

 念のためアンチョビに確認をとると「当然おーけーだ!」とのことで、そのように返信をする。

『では先方にも伝えておきます。当日は宜しくお願いします』
222 : ◆JeBzCbkT3k [sage saga]:2018/07/19(木) 23:33:10.02 ID:kUzY9MI20
今日は、ここまでにします。

続きは明日。長くなりましたが、明日で終わりです。
223 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/20(金) 01:35:28.06 ID:B3+XlhD5o
楽しみにしておこう
224 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/20(金) 07:36:03.31 ID:8kywj6JDO
おつ
225 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/20(金) 22:07:29.62 ID:LvNYVq+e0
再開します。今日で終わりです。
なんとか日付変わる前に終わるかと思うので、お付き合いいただければ幸いです。
226 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/20(金) 22:09:33.28 ID:8kywj6JDO
おう
227 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/20(金) 22:09:43.11 ID:LvNYVq+e0
 2018年3月17日。土曜日。

 再び大洗。あんこう祭り以来だ。

 海楽フェスタの前日ということで、おそらくは平時より人通りは多いだろうが、それでも祭り当日と比較すれば歩きやすさは雲泥の差だ。
 アンチョビと二人、商店街でみつだんごを食べたりなどしつつホテルへと向かった(途中、通りすがりのおじさんお姉さんに何度も声をかけられた)。

 一旦、ホテルで荷物を下ろしたものの、約束までまだ時間がある。
 アンチョビの部屋へ顔を出し、「少し飲んでくるけどアンチョビさんどうする?」と問いかけると、彼女は「少し散歩したい」と答えた。

 商店街の真ん中にあるバーへ行くと、客は店内に収まらないくらいになっていた。
 俺は店内でギネスを注文すると、店の外でその場に居合わせていた客と談笑することにした。
228 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/20(金) 22:11:26.85 ID:LvNYVq+e0
「えっ。大洗に越してきたんですか? ガルパンきっかけで?」

「ええ、そうですね」

「こういうことを訊くのもなんけど、ガルパン最終章じゃないですか。終わっちゃったら、どうします?」

「どうもしないですよ」

「……どうもしない?」

「ええ。きっかけはガルパンですし終わるのは寂しいですよ」
「しかし、そもそも僕は大洗という町を好いたんです」
「ガルパンが終わるから何ですか。それでも僕の生活は続きます」

 彼の言葉は腑に落ちた。なるほど、確かにその通りだ。
 俺は彼に謝ると残りのビールを飲み干した。
229 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/20(金) 22:13:47.76 ID:LvNYVq+e0
「そういえば、貴方、お名前は?」

「ええと、ツイッターなんかでは『とにー』と名乗ってます」

 そう言うと、周囲で「とにー!?」と幾つか声が上がった。
 俺も名が売れたものだと思う。

 ビールを2杯も奢られ、ホテルに戻ったのは約束ギリギリの時間になった。

「アンチョビさん、そろそろ行こうか」

 扉の隙間から顔を出したアンチョビへそう声をかける。

「戸庭。少し酒の臭いがするぞ」

「大丈夫。酔っ払うほど飲んでないから」

 これは本当。さすがにそのくらいは弁えている。
230 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/20(金) 22:15:20.38 ID:LvNYVq+e0
 事前に代表からは部屋番号を伝えられている。
 エレベーターで階を上がり、目的の部屋の扉をノックすると、中から「あぁ、いま開けますね」と声があった。

 代表に扉を開けられ、中に入ると、代表の他には二人の女性の姿があった。
 年の頃はどちらも二十代中盤か。顔に見覚えはないかと思う。

 二人の内、眼鏡をかけた女性はこちらを見ると小さく頭を下げ、もう片方は薄く微笑みを浮かべた。

「こんにちは。……アンチョビさんに会わせたいのって、このお二人ですか?」

「ええ、まあ。二人とも、こちらが『とにー』こと戸庭さん。で、ご存じ、こちらがアンチョビさんです」
231 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/20(金) 22:17:33.17 ID:LvNYVq+e0
「戸庭です」「アンチョビだ! よろしくな!」

 俺たちが挨拶すると、眼鏡の女性が立ち上がり口を開いた。

「どうもっ。わたし柿葉といいます」

 しかし、彼女が言い終わっても、もう片方の女性は席を立とうともしない。
 楽しそうに、笑みを浮かべるのみだ。

 柿葉さんが「あ、挨拶っ!」と叱ると、ようやく彼女は立ち上がり「ひょっとして気付くかなと思ってね」と言った。

「ん、うぅううん?」

 アンチョビがうなり声を上げ始める。
 彼女はそれを楽しそうに眺め、「アンチョビ。口に出してみると良い」と声をかけた。

「お前、ひょっとしてミカか?」

 アンチョビの言葉に、彼女は「正解」とかえした。
232 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/20(金) 22:20:40.62 ID:LvNYVq+e0
 代表は「後は4人で」と部屋を出て行った。
 ミカと柿葉さんを正面に、俺とアンチョビが並んで座る。

 訊きたいことはいくらでもある。

 ミカはどう見ても成人を迎えている。
 継続高校に通う、高校生にはとても見えなかった。

 タネがわれたからなのか、椅子に座ると、ミカはどこからともなくカンテラを取り出し膝の上へ置いた。

「それで、ええと、ミカさんはどうやってこの世界に?」

「さあね」

「詳しくはわからないんですけど、わたしが朝起きたら、うちの冷蔵庫を勝手に漁ってご飯食べてたんです……」

「お前……」

 ぽろろん。ミカは何も言わずカンテラを弾く。
 なるほど、俺はそれだけで彼女がミカ本人だと認識できた。
233 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/20(金) 22:22:41.11 ID:LvNYVq+e0
「年もわたしと同じくらいだし最初はミカだって気付かなかったんですけど……話をしてるうちに段々と」
「とはいっても、信じるまで1週間くらいかかりました」
「ミカ、はぐらかすばっかりで全然話をしてくれなくて」
「そういうところもミカっぽいなとは思ったんですけど」

 ぽろろん。

「確かそれが1月の中旬だったと思います」
「アンチョビさんのことは知ってて、ミカもこれと同じだと思ってすぐに連絡しようと思ったんですけど、ミカが『アンチョビに連絡をとる。そのことに意味はあるのかな』とか言って」
「意味あるに決まってると思うんですけど」
「その後、すぐに家を出てっちゃうし、もうホント」

 ぽろろん。

「……大変だったな」

 アンチョビが柿葉さんに慰めの言葉をかける。
234 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/20(金) 22:25:17.18 ID:LvNYVq+e0
「あ、でも、今日ここに来れたのはミカのおかげでもあるんです。いつの間にかミカが、あの、代表さんと話をつけてて」

 ぽろろろーん。

 多少、年は取っても、ミカはミカ。中身に変わりはないらしい。
 奇抜で気まぐれで欲深い。そして、やる時はやる。

「ええっと、ガルパンの作品内のミカと年齢が違う件については、理由はわかりますか?」

「わかりません……。でも前に、二十代のミカを同人誌に書いたことはあります。もしかしたらそれが関係してるのかも……」

 あぁ、柿葉さんは同人作家なのか。
235 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/20(金) 22:25:58.25 ID:LvNYVq+e0
「あの、それで一番訊きたかったことなんですけど」

 柿葉さんは、こちらを真っ直ぐ捉え、言葉を吐き出した。

「アンチョビさんが元の世界へ帰る方法、わかりましたか?」

「いや、それは――」

「見つかっていない。もう諦めたんだ」

 俺が言おうとしたのを、アンチョビの言葉が制した。
236 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/20(金) 22:28:05.16 ID:LvNYVq+e0
 ふいに、ミカがすっと立ち上がる。

「ど、どうしたのミカ?」

 ミカはカンテラを手に部屋の扉の方へ歩いていくと、

「大洗の夜風は気持ちが良い。アンチョビもどうだい?」

 と、比較的わかりやすい言葉を吐いた。

「お、おー。そうだな」

 連れだって部屋を出て行く二人を、俺と柿葉さんが見送った。

 アンチョビとミカが戻ってきたのは、それから3時間も経ってからのことだった。
 その頃、俺と柿葉さんはガルパントークに花を咲かせ、缶ビール片手にわいわいとさきいかをつついていた。
 すっかり出来上がってしまった俺はアンチョビに「戸庭! 部屋に戻るぞ!」と腕を引っ張られ、名残惜しくもミカと柿葉さんの部屋を去った。
237 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/20(金) 22:30:09.53 ID:LvNYVq+e0
 2018年3月18日。日曜日。

 早朝に目を覚ました俺は、もう起きてるかな、と遠慮がちにアンチョビの部屋の扉をノックした。
 中から現れたアンチョビは「遅いぞ戸庭っ!」と叫び、すでに身支度を整えていた。

 広場には、あんこう祭り同様、すでに屋台が出ていた。
 やっほーと俺は缶ビールを開ける。
 アンチョビは若干呆れながらも、一緒に笑ってくれた。
238 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/20(金) 22:32:13.03 ID:LvNYVq+e0
 アンチョビの登壇は11時半過ぎからだった。キャストトークショーの直前だ。
 それまでは屋台の辺りで飲んで食ってしているつもりだったのだが、アンチョビに寄ってくるファンの数が膨大になり収拾がつかなくなったため、一旦、テントの中へ避難することとなった。

 代表は「そりゃそうですよ」と笑い、アンチョビに深めの帽子とサングラスを用意してくれた。

「そういえば今日は監督はいないんですね」

「忙しいですから。いたらびっくりですね」

 変装して、再び祭りの渦へ。
 やいのやいの騒いでいると、時間はすぐにやってきた。

 テントへ戻るとガルパンのキャストが勢揃いしていて、アンチョビを目にすると「アンチョビさんだっ!」と声を上げた。
 彼女らは「お会いしたかったんです〜」「これからもよろしくお願いしますね」と丁寧に挨拶してくれる。
 アンチョビも嬉しそうに「こちらこそよろしく!」と挨拶をかえした。
239 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/20(金) 22:33:53.47 ID:LvNYVq+e0
 やがて出演のためにアンチョビがテントを出て行く。
 俺も外で見物しようとテントを出た。

 人混みから外れて、よく見える場所はないかなとぶらついていると、ミカと柿葉さんを見つける。
 そして横には、何故か監督が立っていた。

「監督、忙しいって聞きましたけど」

「興味があって、ミカさんに会いに来ました。いやあ、会ってみるとそっくりですね。当たり前ですが」

 今日のミカは継続のジャージこそ着ていないものの、カンテラを手にし、頭にはチューリップハットを被っていた。
 確かにこうして見ると彼女はミカそのものだろう。
240 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/20(金) 22:34:55.39 ID:LvNYVq+e0
「戸庭さん。その後、どうですか」

「あぁいえ、監督のおかげで順調です。こうしてステージにも上がらせてもらえてますし」

「それは良かったです。頑張ってください。私も頑張ります」

「ありがとうございます」

 ふいに周囲のざわめきが大きくなった。

 何かと見れば、壇上にアンチョビが登場している。
 凄まじい人気だ。

 アンチョビは声援に応えるように大きく手を振りながらステージの真ん中へ移動した。
241 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/20(金) 22:38:31.05 ID:LvNYVq+e0
『あー、あー、あー、あー、マイクの調子は良いな!』
『やあ、みんな、こんにちは! 楽しんでるか!?』
『アンツィオ高校で戦車道の隊長を務めていた、私の名はアンチョビだ!』

 大きな歓声が上がる。
 この中で、彼女が隊長であることが過去形で語られているのに気付いているのは少数だろう。

『実はこっちの大洗に来たのはこれで二度目でな。大洗について語れることはあまり多くないんだが、いやあ、良い町だな!』
『さっきまで屋台で食べ歩いていたんだが、魚は美味いし、町の人は陽気でやさしい!』

 そうしてアンチョビは大洗の魅力を存分に語り出す。
 語ることは多くないなんて嘘っぱちである。
 与えられた時間の半分以上を過ぎたところでカンペを見て「おお、もうそんなに経ってるのか」と気付く。

『じゃあ、ここからは、私の話をさせてもらう』
『あんまり興味ないって人は屋台であんこう鍋食べててくれ! 美味しいぞ!』
242 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/20(金) 22:40:56.51 ID:LvNYVq+e0
 雰囲気をしんと変え、アンチョビは再び口を開く。

『私は、この世界の人間ではない』
『おそらくはガルパンの世界からやってきたんだと思うんだが、本当のところはよくわからない』
『確かに私の頭の中には、アンツィオや大洗や、黒森峰や継続の、他にもたくさん』
『そう、あいつらの、顔が、声が、記憶として残っているのに』
『なのに、この世界でのガルパンは創作物だ。創られたものなんだ』

 ぐさりと、アンチョビの言葉が心臓に刺さる。

『まぁ、もう吹っ切れたけどな!』
『でも最初は辛かったぞ。ここで言うのも、その、なんだが、夜に泣いたりもした』
『……いやいや、でも良いんだっ! そうじゃない』
『私が言いたいのはそうじゃなくてだな、伝えたいことが、あったんだ』
243 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/20(金) 22:42:54.93 ID:LvNYVq+e0
 アンチョビが、仁王立ちをし、正面を向く。

『私は! この世界で生きていくぞ! その決断をした!』

 さらに、力強く叫ぶ。

『だからみんな、これからもよろしくな! 私を! 大洗を!』
『そしてもちろん、ガルパンのことを!』

 直後、今日一番の歓声が上がった。

 俺も感情が爆発して「ううあああああ」と声にならない叫び声が口から漏れ出た。
 監督とミカは静かに笑い、柿葉さんには背中を撫でられた。

 テントには戻れるはずもなく、アンチョビとは数時間も経った後で合流した。
 アンチョビには「どこ行ってたんだ?」と訊かれたが、「物販に並んでた」と俺は誤魔化した。

 水平線に夕日が沈んでいくのが見えるなか、俺たちは大洗を去った。
244 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/20(金) 22:45:54.93 ID:LvNYVq+e0
 2018年3月24日。土曜日。

 玄関の扉を開けると、そこにミカがいた。

「あの、いらっしゃるみたいな話してましたっけ」

 ぽろろん。

 後方ではひょっこりと柿葉さんも顔を出す。

「えっと、ミカが『風に誘われて』って。あ、そうだ、よろしければ最終章のBlu-rayを一緒に観たりとか……?」

 どうして疑問形なのか。

「アンチョビ。彼とはまだ話をしていないのかい?」

「う。まだだ」

「時間は待ってくれない。流れに身を任せていると、いずれ日が暮れて朝がやってくるよ」

 ミカはゆっくり話すと、最後にぽろろんとカンテラを弾いた。

 アンチョビは「ぐ、く」と唸り出す。
 それを見たミカは「柿葉」と名を呼ぶ。
245 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/20(金) 22:47:56.95 ID:LvNYVq+e0
「あ、あぁ、それじゃあ、ひとまずBlu-ray観ますか?」

「え、えぇえ、この流れで? いやまぁ良いですけど」

 柿葉さんから最終章第1話のBlu-rayを受け取る(我が家にもあるが)と、それを再生機へと挿入する。
 4人でリビングへ腰を下ろしたが、直後、ミカが今度は「アンチョビ」と名を呼んだ。

「アンチョビ。果たして、その選択は正しいのかな」

「……う〜〜〜、言いたいことはわかってるっ」

 ばんとリビングを飛び出したアンチョビが自室へと入っていくのが見える。
 どういうことかと俺は不思議に思ったが、ミカが雰囲気でもって俺を制するので、何も言わずにおく。

 気を取り直して、俺たちは3人で最終章第一話のBlu-rayを観賞した。
 やっぱり抜群に面白い。さすがだ。

 たっぷり47分間を楽しんで、映像を止めるとアンチョビがいつの間にか隣に座っているのに気付いた。
246 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/20(金) 22:51:51.84 ID:LvNYVq+e0
「戸庭。大事な話だ」

「お、おう。いつになく真面目。わかった。聞くよ」

 アンチョビが俺の正面に移動する。
 ミカと柿葉さんは少しだけ俺から距離を取る。
 アンチョビがすうっと息を吸う。

「私は、この家を、出て行く」

 え。

「正直、いすぎたくらいだ。ずっと前から準備は進めていたんだぞ。引っ越し費用は、十分に用意できたと思う」

「いや、ちょっと」

「初めは隣町に引っ越すつもりだった。しかし先週、提案を受けたんだ。ミカと一緒に大洗で暮らすのはどうかってな」
247 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/20(金) 22:53:45.78 ID:LvNYVq+e0
「……展開が、早すぎない?」

「もちろん戸庭にこれまで世話になった礼はするぞ。私のために使ってくれたお金も、これから時間をかけて全部返す!」

 アンチョビは、ツインテールを揺らして、腕を組み、むんずとふんぞり返って笑った。

 俺は、アンチョビの話した内容を飲み込むのにしばらく時間がかかりそうだった。

 予感はあった。いつかこんな日も来るだろうと。
 けれどそれは、未来の出来事と思考の片隅に追いやってしまっていた。
248 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/20(金) 22:56:57.03 ID:LvNYVq+e0
 しかしそこで気付くに、どうもアンチョビの様子がおかしい。
 彼女は固く目を瞑っている。

 何だと思うと、アンチョビは再び目を開いた。
 先ほどまでの威厳をなくし、声を震わせて、続きを口にする。

「い、以上がっ! 選択肢その1だ!」

「……せ、選択肢?」

「そうだ! その2は簡単だぞっ!」

 アンチョビが頬を紅潮させて叫ぶ。

「私は戸庭の家を出て行かない! ずっと、少なくとも当面は、このままだ!」

 ぶわっと、熱風が飛んできたかのようだった。
249 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/20(金) 22:58:10.62 ID:LvNYVq+e0
……いや、いやいやいやいや。

「その選択って、誰が決めるの」

「う。わ、私が決められたら良かったんだが、私はどれだけ悩んでも駄目だ。ノリとテンションだけではどうにもならなかった」
「そもそもこれは、私だけの問題じゃないしなっ」

「アンチョビ」

 ミカに呼ばれたアンチョビが「わかってるっ!」と叫ぶ。

「言っておくぞ。わ、私は、戸庭のことを家族だと思ってる」
「家族だぞ。アンツィオのみんなと一緒だっ!」
「だから、そう、ここを出て行く必要は、まったくもって、ないっ!」
250 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/20(金) 22:59:45.50 ID:LvNYVq+e0
 でも。とアンチョビは続ける。

「言った通り、これは私だけの問題じゃない」
「戸庭の問題でもあるし、ミカの問題でもあるし、もっと言えば柿葉の問題だってあるだろう」
「それに、ミカと暮らすのだって、私は悪くないと思う」
「こいつはこんなだけど、いざという時は頼りになるし、根は良い奴だって知ってる」
「向こうの世界からやってきた、唯一の仲間でもある」

 ぽろろん。ミカがカンテラで応える。
 そのカンテラはどういう意味なのだろう。

「だから、戸庭の考えを聞かせてくれ。話し合って決めたいんだ」
「さあ、お前はどう思うんだ。私は、ここにいた方が良いのか。いても良いのかっ!」

 いやあ。

「そりゃあもちろん、いても良いかと聞かれたらいても良いよ」

「お、ぉお……っ」

「でも、それだけで済む話でもないんでしょう」

 その答えだけが欲しいんなら、きっとアンチョビも悩んだりなんてしなかっただろうと思う。
251 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/20(金) 23:01:01.49 ID:LvNYVq+e0
 アンチョビは俺の先をいっているなあ。
 俺は、アンチョビを一人悩ませてしまっていた。

 俺も考えるべきだったのだ。
 いつかの未来でなく、近い将来の話として。どうすべきかを。

 生活は続く。
 けれど、少なからず変化はあるのだ。

「ミカさんは、どうなの。アンチョビと一緒に暮らす件について。そもそも、この世界に定住するつもりなの」

「そうだね。やぶさかじゃないさ」

 ミカは、カンテラを弾かず、そう答えた。

「……じゃあ、柿葉さんはどうなの。ミカも今は柿葉さんの家で暮らしてるんでしょう」

「わたしは、そんなにミカと付き合いが長いわけでもないですしどちらでも……。家族というより、友達?」

 ぽろろん、とミカは再びカンテラを弾く。

 あぁ、じゃあ本当に、あとは俺が考えなきゃいけないのか。
252 : ◆JeBzCbkT3k [saga]:2018/07/20(金) 23:02:45.17 ID:LvNYVq+e0
 正直、俺の欲だけをいえば、そりゃあアンチョビには、俺の家にいてほしい。

 ファンなんだ。当たり前だ。
 今は、アンチョビの言う通り、家族でもある。
 家族がいなくなるのは誰だって辛いだろう?

 けれど、だからこそだ。
 だからこそ俺は、アンチョビの幸せを願う。
 アンチョビがこの世界で生きていく上で、何が一番なのかを考える。

「アンチョビさん。俺がいなくても大丈夫?」

「だ、大丈夫って?」

「動画の編集はネット越しにだって出来るかもしれないけど、今までみたいに連携は取れなくなっちゃうよ」

「それなら大丈夫だ。ミカがいるからな。動画の編集だって出来るらしいぞ」

 ホント器用だな、ミカは。

「それより、戸庭こそ、私がいなくて、平気なのか?」
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