【モバマス】Scarlet Days

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1 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/18(水) 13:48:16.09 ID:CoeaNds6O

これはモバマスssです
胸糞要素を含み、とても人を選ぶと内容かと思います


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1531889296
2 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/18(水) 13:50:58.10 ID:CoeaNds6O


ピピピピッ、ピピピピッ

朝、目覚ましの音で目を覚ます。

今日は月曜天気は晴れ、嫌になる程空は明るい。

ここ数日で一気に蒸し暑くなった梅雨突入前の空気が、身体を起こすのを躊躇わせる。

P「……っし!気合い入れるか!」

仕事があるのだからこんな悠長にしている時間が勿体無い。

さっさと身体を起こして歯を洗い、ヒゲを剃って色々と整える。

丁度炊けた炊飯器の音が少し気分を良くしてくれた。

P「適当なもんで良いかな」

小鍋を火にかけお湯を沸かし、味噌汁の準備をしつつシャケを焼く。

冷蔵庫から昨夜の残りを引っ張って、ちょっとだけ豪華に見せてみたり。

さて……と。

そろそろ、起きてくる頃かな。

美穂「……ふぁぁ……おはようございます……」

P「おはよう美穂、そろそろ出来るから座って待ってろ」

美穂「うぅん……良い匂いが……」

寝ボケた美穂が、パジャマの袖で目を擦りつつ椅子に着く。

二十歳になった今でも可愛さは衰える事を知らず、追加で綺麗・美しいステータスもどんどん上がっていた。

アイドルを引退したのが二十歳の誕生日で半年前だから、だとするともう半年後にはどうなってしまうのだろう。

楽しみは尽きないが、それは置いといて然るべき事を叱らなければならない。
3 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/18(水) 13:51:32.27 ID:CoeaNds6O


P「今日は一限からだろ?」

美穂「自主休講……しませんよっ?しませんからねっ?!」

P「先週の月曜一限サボっただろ?」

美穂「ち、遅刻で済んだもんっ!」

P「やっぱり遅刻はしたんだな」

美穂「……卑怯です!誘導尋問なんてっ!」

自爆しただけじゃないだろうか。

それはそれとして、今日はお互い普通に間に合いそうだ。

まぁ先週は前日の夜に……ゴホンッ!

同棲生活を始めて約半年、俺たちの関係は山あり谷ありだが概ね良好と言えた。

喧嘩の理由なんて、大体俺が仕事で帰りが遅くなった時くらいだし。

最初は価値観や生活感等々を寄せ合うので大変だったが、今ではこうして……

美穂「あれ?七味切れてませんか?」

P「……悪い、一昨日ブチまけて失くなってから補充してない」

美穂「……買う時間が無かったんですか?」

P「……忘れていただけです」

美穂「買って下さい」

P「はい」

……最高の同棲生活を送れている。

あ、ゴメンほんとすまん帰りに必ず買ってくるから。

美穂「……それと……朝ご飯、いつもありがとうございます」

P「良いって別に、その分夜は任せちゃってるし」

朝弱い美穂を起こすのに、味噌汁の香りは適任だし。

夜遅くなる事が多い俺を、夕飯準備して待っててくれてる訳だし。

P「それじゃ、いただきます」

美穂「いただきます」


4 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/18(水) 13:52:39.42 ID:CoeaNds6O




美穂「あれっ?わたし昨日定期何処に置いたっけ……」

P「いつもはテレビの前にあるだろ」

美穂「無いんです!」

P「じゃあ洗面台」

美穂「そこにもありませんでした!」

P「スマホカバーの裏は?」

美穂「……ありました」

こうして慌ただしい朝を何度過ごして来ただろう。

高頻度でどちらかが何かしらを紛失し、もう片方が場所を当てる。

これも同棲の醍醐味……なのか?

P「よし、行くぞー」

美穂「あ、ちょっと待って下さい!何か、忘れてませんか?」

目を瞑って、此方に顔を向けてくる美穂。

P「忘れる訳無いだろ」

ちゅっ、っと。

軽く唇を重ねる。

美穂「……えへへ、行って来ますっ!」

P「おう、俺も行って来ますだ」

鍵を掛け、二人並んで最寄りへと歩く。

既に引退したとは言え美穂の人気は凄いもので、今でも変装を怠るとファンから声を掛けられる。

だから今は帽子を被っている訳だが、うん、とても可愛い。

どのくらい可愛いかと言うと、昨日の美穂の二倍くらい可愛い。

毎日指数的に可愛くなってゆく同居人の隣に立っているのが俺で良いのか、当然何度も自問した。

美穂「……不満ですか?」

P「不安なんだよ」

美穂「もう……何度も言ったじゃないですか。わたしが、貴方を選んだんです……から…………」

後半は尻すぼみになっていったが、美穂の言葉はちゃんと届いてる。

照れた美穂がとんでもなく可愛いし、良いか。

うん、俺ももう少しオシャレとかに気を使ってみよう。

スーツだからどうしようもない部分もあるが。

5 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/18(水) 13:53:07.29 ID:CoeaNds6O


P「放課後の予定は?」

美穂「李衣菜ちゃんとお酒ツアーです!Pさんも帰って来ませんよね?」

P「いや帰っては来るよ?遅くなるだけで。ってか明日も大学あるんだから程々にな」

美穂「あ、明日は休講が重なってお休みです。それと、わたし達も誘ってくれれば良かったのに……」

P「すまんって、智絵里が二人きりで落ち着いて飲みたいって言ってたからさ」

美穂「……むー……」

P「ごめんごめん。今月のどっかで全員で集まれる様セッディングするから」

美穂「絶対ですよ?わたしだって智絵里ちゃんに会いたいんですから」

P「おう、未来の旦那さんを信じろ」

美穂「はいっ!旦那さんっ!」

P「…………」

美穂「…………」

P「……最近、暑くなってきたよな」

美穂「……ですね……え、えへへ……」

勢いで小っ恥ずかしい事を口走ってしまった。

いやまぁ、いずれは現実となる訳だが。

今はまだ仕事が落ち着かなかったり美穂が学生だったりと、タイミング的にはここでは無いから。

P「それじゃ、俺こっちだから」

美穂「はいっ!行ってらっしゃい、旦那さんっ!」

美穂が笑顔で改札を抜けて行った。

……あぁ、もう。

最後にとんでもない爆弾を残して行きやがったな。

これから俺は、不審者だと思われない様に真顔耐久レースをしなければいけなくなったじゃないか。
6 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/18(水) 13:53:53.60 ID:CoeaNds6O





ちひろ「おはようございます、プロデューサーさん。今日も随分と顔色が良いですね」

P「おはようございますちひろさん。今日も一段とお若いですね」

ちひろ「あらあら、美穂ちゃん程じゃありませんよ」

P「……いや、あの……他意があったり皮肉を言った訳じゃ無いんで……」

ちひろさんと朝の挨拶を交わしながら、仲良く会話する。

ちひろさん、今何歳だ?

確か二十八だっけかな……そうは思えないくらい若く見えるのは本当だ。

ちひろ「美穂ちゃんとはどうですか?最近は」

P「どうって……良好だと思いますよ」

ちひろ「犬も食わない喧嘩をしたりは?」

P「一応まだ夫婦では無いので……」

ちひろ「時間の問題ですよねー」

P「案外問題は山積みですよ」

今は以前から住んでた俺のアパートで暮らしているが、これから先を見据えるなら引っ越しも視野に入ってくる。

それから美穂がどんな将来を選ぶのか等々。

ちひろ「うぅ……幸せ者のオーラが独り身に染みますね……眩しい……苦しい……」

P「はいはい、コーヒー買ってきたんで今日も頑張りましょ」

ちひろ「今は無糖な気分なのでそっちを貰っても良いですか?」

P「まぁ構いませんが……」

カシュッっと心地良い音、それからほんのりとコーヒーの香り。

さて、今日も一日頑張るか。

これが終わったらお酒が待っている。

7 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/18(水) 13:55:20.46 ID:CoeaNds6O


まゆ「うふふ、何やら楽しそうですねぇ」

P「ん、おはようまゆ。随分早いな」

まゆ「早起きは三文の得と言いますから」

P「で、何か良い事はあったか?」

まゆ「電車がいつもより少し混んでました……」

しょぼーんオーラを全身から滲ませるまゆ。

十九歳になったまゆは、容姿もだが演技力や歌唱力にも磨きがかかっていて。

さっきまでは現役アイドルの権化の様な美人だったのに、今では自転車の鍵を川に落としたおばさんの様になっている。

凄い、なんかこう、演技から凄みを感じた。

まゆ「そう言えば、今日は智絵里ちゃんの誕生日ですねぇ」

P「あぁ、二十歳だな。成人祝いにお酒に付き合う予定なんだ」

まゆ「むむ……二人きりですかぁ?嫉妬しちゃいますねぇ」

P「まゆはまだ十九歳だからな。二十歳になったら連れてってやるよ」

まゆ「うふふ、期待しちゃいますっ!」

ちひろ「智絵里ちゃん、引退してからあんまり事務所に顔出してくれないので近況を把握出来て無いんですが……どうなんですか?」

P「前に会った時は普通の女子大生やってましたね。とは言え学校ではかなりの人気で色々大変だーって笑ってた」

まゆ「ちょっと人気な普通の女の子、エンジョイ出来てるんですね」

P「あぁ。李衣菜もそんな感じだ」

まゆ「李衣菜ちゃんとはまゆもよく連絡取ってます。美穂ちゃんと飲みに付き合うと翌日自主休講本気で検討するから気を付けないとって笑ってました」

美穂……そういや今日飲むって言ってたけど、李衣菜は明日休講なのか?

李衣菜はそこらへんソツなく上手く真面目にこなす人だから大丈夫だろうけど。
8 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/18(水) 13:56:41.09 ID:CoeaNds6O


ちひろ「プロデューサーさん。智絵里ちゃんと会うなら写真とか持って行きますか?」

P「そうですね。まぁ半年前とは言え色々ありましたし、のんびり振り返りながら話すのも良いかもしれません」

ちひろさんから、Masque:Radeの全員が映った写真を何枚か受け取った。

うっわみんな若……俺もまだ若いなぁ。

これ何年前だ……?

……三年以上前……マジで……?

加蓮「おっはよー。今日蒸し暑くない?」

P「おはよう加蓮、除湿は付けてあるぞ」

加蓮も今では十九歳で、見た目の美人感は更に磨きが掛かっていた。

加蓮「暑い、温度下げて」

P「少しすれば涼しくなるだろ」

加蓮「待てないんだけど。時間進めてくれたりしない?」

P「出来る訳無いし、もし出来るんだとしたらそんな超人にそんな雑に頼むな」

加蓮「分かってるって。うっわー今日夜雨降るじゃん」

まゆ「加蓮ちゃんは歳を取っても相変わらずいつも通りですねぇ」

加蓮「いきなり何?あ、結成したての頃の写真じゃん!」

ちひろ「ふふっ、まだまだありますよ」

引き出しからアルバムを取り出すちひろさん。

おぉ……懐かしい……
9 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/18(水) 13:57:35.72 ID:CoeaNds6O


まゆ「……三年以上前ですか……未だにこうして加蓮ちゃんと活動を続けてるって考えると、なんだか不思議な気分になりますねぇ」

加蓮「ねー、最初は即解散すると思ってた」

まゆ「奇遇ですねぇ、まゆもです」

笑いながらいがみ合う二人は、なんだかんだ相性は良い。

でなければ、二人になってもMasque:Radeとしての活動を続けたいだなんて言わないだろうし。

ちひろ「あ、一応言っておきますけど……この写真、他の方には見せないで下さいね?事務所として撮ったものなので」

P「分かってますって。肝に命じておきます」

加蓮「肝!分かってる?!肝!!」

まゆ「……何を言ってるんですかぁ?」

加蓮「肝に命じてるんだけど?」

まゆ「加蓮ちゃんは本当に変わりませんねぇ……」

加蓮「成長はしてるよ?こことか」

まゆ「指差しをしなくても伝わると思われてるあたりイラつきますねぇ」

加蓮「えっ?私何処とも言ってないけど?」

まゆ「素知らぬ顔がまた実に加蓮ちゃんです」

加蓮「どういう意味?!」

まゆ「ウザいって意味ですよぉ。辞書でウザいの項目を引けば加蓮ちゃんの名前が顔写真付きで載ってると思います」

加蓮「あーもーそういう事言う人にはポテトのクーポン分けてあーげない!」

まゆ「いえそれは本当に結構ですが……」

P「……ははっ」

ちひろ「……ふふっ」

仲、良いなぁ。

この二人を見ていると色々と安心する。

美穂が引退する事に不安が無かった訳ではないし、次いで智絵里と李衣菜の引退で俺も精神が不安定になりかけたりもしたが。

なんだかんだ、助けられてるんだと実感する。

ちひろ「まゆちゃんは週刊ファラデーの撮影、加蓮ちゃんはドラマの撮影ですよね?そろそろ向かった方が良いんじゃないですか?」

まゆ「あら、とてつもなく無駄な会話で時間を浪費してしまいましたねぇ」

加蓮「まゆの時間に無駄じゃないのってあるの?」

まゆ「……言い返しませんよ?まゆももういい大人なので」

加蓮「は?私が子供みたいな言い方やめてくれる?!私の方が誕生日早いんだけど!!」

まゆ「……そう言う所ですよぉ……」

加蓮「まゆ自分の事まゆ呼びじゃん!子供じゃん!」

まゆ「……そうですねぇ、まゆですねぇ」

加蓮「相手にしてよ!!」

楽しそうに会話しながら部屋を出て行く二人。

さて、それじゃ。

六月十一日、いつも通りの業務の始まりだ。


10 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/18(水) 14:10:49.90 ID:CoeaNds6O


P「っふー……終わり!」

ちひろ「お疲れ様です、プロデューサーさん」

P「そっちはどうですか?」

ちひろ「私も後十五分くらいで終わりそうですが……待たなくても大丈夫ですよ?智絵里ちゃんのと約束があるんですよね?」

P「はい。それじゃ、お言葉に甘えさせて頂きます」

パソコンの電源を切って、荷物を片付け事務所を出る。

加蓮もまゆも既に帰宅済み。

美穂からは画像が……李衣菜、強く生きろ。

さて、んじゃ俺も約束の駅に向かうとしよう。

夜は雨って加蓮が言ってたけど、まだそんなに曇ってないし大丈夫だろう。

地下鉄に乗って、智絵里と約束した駅に向かう。

がたん、ごとん。

電車に揺られながら、俺はユニット結成当時の事を思い返していた。

最初の頃は加蓮とまゆがよくいがみ合って……今もか。

五人でドームを熱狂の渦に巻き込んで。

それぞれ個人での活躍も凄いもので、沢山の番組に出演して。

今朝ちひろさんから渡された写真で、色々あったんだなぁと再認識して。

後でそれを眺めながら智絵里と飲むお酒が、凄く楽しみで。

気付けばあっという間に目的の駅に到着していた。

P「ん……少し早かったかな」

スマホで時間を確認すれば十九時半。

約束の時間までまだ後十五分はある。

近くの喫茶店でコーヒーでも飲んでるか……?
11 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/18(水) 14:11:19.33 ID:CoeaNds6O



智絵里「あっ……お、お久し振りです……!」

P「ん、おぉ。もう来てたのか。久し振り、智絵里」

どうやら、智絵里も早くに着いてしまっていた様だ。

かつてのトレードマークであるツインテールは降ろされているが、可愛さは全く衰えていない。

にこにこと微笑みながら此方へ近寄ってくる智絵里は、こりゃ大学でも言い寄ってくる男子もさぞかし多い事だろうと思わされる。

智絵里「えへへ……その、楽しみだったから……」

P「うん、まぁ予約取ったのが二十時だから入れるか分からないんだけどな」

智絵里「それでも、久し振りだから遅れたくなくって……」

P「そっか。ありがと、智絵里」

取り敢えずお店の方に早くに入れないか連絡を掛けてみる。

P「……あ、では今から向かいます。っと、もう入れるってさ」

智絵里「良かった……今日はありがとうございます。二人っきりでってワガママ、聞いて貰っちゃって……」

P「良いって良いって。あ、でも今月空いてたら美穂とも飲んでやってくれよ。あいつも会いたがってたから」

智絵里「……はい。もちろんです」

のんびり、並んで歩きながら会話して。

……あ、そうだ。

最初に言うべきだったな。

P「智絵里。誕生日、成人おめでとう」

智絵里「ふふっ、ありがとうございます。とっても……楽しみでした……!」

天使の様な笑顔を浮かべる智絵里と、予約していた店に入る。

直前、なんとなく見上げた空は、分厚い雲に覆われていた。

12 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/18(水) 17:11:50.54 ID:CoeaNds6O



P「改めて……おめでとう。乾杯っ!」

智絵里「えへへ、ありがとうございます……っ」

カンッ

小気味良い音が響き、グラスが打つかる。

こじんまりとした半個室の卓上にチップスとソーセージ。

飲んでるのは日本酒でもビールでもなく果実酒。

智絵里「あ……これ、とっても飲みやすいです」

P「お、良かった良かった。メニューのこの辺りのは飲みやすいと思うから、気になるのあったら注文しちゃって」

全てのドリンクメニューに丁寧に説明と写真が添えてある。

これなら多分智絵里が大外れを引き当てる事はないだろう。

智絵里「それなら次は……カルーアミルク?にしてみます」

P「はいよ。すみませーん!」

ドリンクとフードを少しずつ注文する。

あ、ここギネスあるのか次頼もう。

P「さて……うーん……えっと、最近どうだ?」

智絵里「……ふふっ。おじさんみたいですよ、Pさん」

P「む……辛いな。うん、辛い」

智絵里「わたしは……うーん、とっても楽しいです。大学の友達と遊びに行ったり、遠くに出掛けたりして」

P「そっか、良かった。たまには、気が向いた時にでも事務所に顔出してくれても良いんだぞ?」

智絵里「……そうですね。あんまり伺えて無かった気もします……」

P「まぁそれだけ毎日が充実してるって事か」

智絵里「……Pさんは、どう……ですか……?」

P「ん?Masque:Radeは二人になったけど、それでも上手くやってけてるよ」

五人の時ほどの活気は無いけどな。

そう笑いながら、俺は写真を取り出した。

P「懐かしいだろ?」

智絵里「わぁ……若い……」

P「智絵里は今でも十分若いだろ」

智絵里「それじゃ、えっと……幼い……?」

P「それはそれでどうなんだ」

ちひろさんから受け取った写真を、グラスを片手に眺めてゆく。

智絵里「懐かしいなぁ……」

P「なー、ほんと。みんな頑張ってたよ」

智絵里「加蓮ちゃんとまゆちゃん、今もよく喧嘩してるんですか?」

P「うん、あの頃と変わらず」

智絵里「ふふっ、想像がつきます」

13 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/18(水) 17:12:40.44 ID:CoeaNds6O



笑いながら、グラスを傾けながら。

様々なお酒に挑戦しつつ、過去の思い出に浸る智絵里。

……今からでも、智絵里が戻ろうと思えば戻れる。

けれど、そんな未来が選ばれる事は無いだろう。

俺だって無理に引き戻そうとは思わない。

その辺りの話は一通り終えたし、智絵里の芯の強さは俺も理解している。

P「……ん、もう飲み物無くなってんな。次は何飲む?」

智絵里「……それじゃ、このブルーマルガリータでお願いします」

P「それ結構アルコール強いけど……まぁ飲めなかったら俺が飲むし良いか」

注文を終え、再び写真に目を戻す。

……本当に、懐かしいな。

この中の一人と付き合って同棲を始める事になるだなんて、当時は微塵も思っていなかった。

智絵里「……ところで……美穂ちゃんとは……?」

P「良い感じかな。喧嘩少なめ甘さ増し増しだと思いたい」

智絵里「へぇ…………楽しそうですね」

P「幸せもんだよ俺は」

あんな優しい美人と、一緒に暮らせているんだから。

智絵里「……そうですか……」

P「大丈夫か?気分悪い?」

智絵里「あっ、いえ。大丈夫です」

二十歳なりたてだから心配になる。

初めてなのに飲ませ過ぎてしまっただろうか?

まあ酔っ払ってる感じでは無さそうだし大丈夫だろう。

P「悪い、ちょっとお手洗い行ってくる。フード足りなかったら何か頼んでて」

智絵里「あっ、はい」

席を立ち、お手洗いついでに美穂からの連絡チェック。

また画像が送られて来ていた。

……頑張れ、李衣菜。

にしても……智絵里、ほんと綺麗になったな。

二十歳か……お酒飲めるじゃん。

……さては俺、少し酔ってるのでは?

鏡の前で顔をピシャッと叩いてお手洗いを出る。
14 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/18(水) 17:13:34.02 ID:CoeaNds6O
智絵里「うぅ……ちょっとお口に合いませんでした……」

ブルーマルガリータのグラスがこちらに押された。

P「あーうん。いいよいいよ別の頼んじゃいな」

案の定と言うか、そんな気はしてたというか。

まぁ二十歳になりたてで飲むような物じゃ無いのは確かだな。

智絵里「ごめんなさい……」

P「良いって。一応度数表示されてるから低めの物にしとこうな」

この歳で間接キスなんて気にする必要も無いだろう。

青いグラスをグイッと煽る。

……あ、強い。げ、25%とか書いてある。

智絵里「……えへへ、ありがとうございます」

P「うん、思ったより強かった」

智絵里「もう……格好付きませんね」

ニコニコと笑う智絵里。

あぁ、可愛い。

P「そういえば、智絵里って大学で恋人とか出来たのか?」

智絵里「……デリカシー、無さすぎませんか……?」

P「……彼氏出来た?」

智絵里「言い方じゃなくって……いませんけど……」

P「アイドルだった間は恋愛とか出来なかったから、どうなんだろうなーって思って……すまん、流石に無遠慮過ぎたな」

ちょっと拗ねた様な表情も、かつての子供っぽいものとは異なって。

仕草や表情の一つ一つから、もう二十歳の大人なんだなぁと思い知らされる。

P「ん、ところで時間は大丈夫か?」

もうすぐ二十二半時になろうとしているが、終電は大丈夫だろうか。

智絵里「あ、わたしの家そんなに遠くないから……」

逃しても大丈夫、という意味だろうか。

だとしたら明日の大学に差し支えない程度までは付き合おう。

俺もまぁ、最悪タクシー使えば良いし。

美穂はまだまだ飲んでるだろうし。

一応ラインをチェックする。

……うちで飲んでんのか。

逆に帰りたく無いな。

智絵里「……Pさんは大丈夫ですか?」

P「あぁ……まだまだ飲める……」

……ん、急にさっきのが回って来たかな。

酔いと同時に眠気までやってきた。

智絵里「…………大丈夫ですか?」

P「ん……ちょっと……、まず……」

智絵里「……時間は大丈夫ですから。気にしないで下さい」

まさか、成人祝いに付き合ったら俺の方がこんな事になるなんて……

……しこうまでおぼつかなくなってきた……

ねそう……ねむ……

智絵里「……おやすみなさい、Pさん」
15 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/18(水) 17:17:00.67 ID:CoeaNds6O




P「……っ!」

智絵里「あ……おはようございます、Pさん」

目が覚め頭を起こすと、目の前に智絵里が居た。

周りを見れば見慣れた寝室ではなく、事務所のデスクでもなく……

P「……あっ、すまん智絵里」

そうだ、智絵里の成人祝いに来ていたんだった。

だというのに、俺は眠ってしまって……

まだ妙に頭が重いな。

智絵里「いえ、大丈夫です。とってもお疲れだったんですよね……?なのにわたしが無理言って付き合って貰っちゃって……」

P「いや、俺が調子乗って自分のペースで飲まなかったから」

スマホを開けば二十四時を回っている。

どうやら一時間と少し眠ってしまっていた様だ。

P「……終電、無いな」

智絵里「わたしもです……あ、でもわたしは歩いて帰れる距離だから……」

閉店作業をしていた店員さんに謝って支払いを済ます。

優しい店員さんで良かった、次もまた来たいものだ。

P「……うっわ……」

智絵里「うわぁ……」

ザァァァァァッ!

外は迫真の大雨だった。

折りたたみは持ってないし、近くのコンビニに着くまでに濡れ鼠になるだろう。

P「送ってくよ。タクシー使うか」

智絵里「あ、わたし折りたたみ持って来てますから」

P「タクシー代も俺が持つから気にしなくていいんだぞ?」

智絵里「いえ……その、少し酔い覚ましに歩きたい気分だから……」

P「……それじゃ、悪いけどそこのコンビニまで入れて貰えるか?」

智絵里「えへへ、もちろんです」

小さな傘にお邪魔して、少し先のコンビニに向かう。

傘と……水も一応買ってくか。

P「んじゃ改めて、送らせて貰うよ」

智絵里「ふふっ、送り狼ですか?」

P「同棲してるのにそんな勇気は無いな」

他愛の無い会話をしながら、雨の中を歩く。

風も冷たいし、良い酔い覚ましになるな。

まぁ当然と言えば当然だが、傘程度じゃ雨は防ぎ切れずズボンの裾と靴はびっちゃびちゃになっていた。

帰り、どうするかな……

これなら近場の漫画喫茶でも探した方が楽な気がする。
16 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/18(水) 17:17:48.87 ID:CoeaNds6O


智絵里「……もうすぐです」

P「ほんとに近くだったんだな。ならまた次もあの店で飲むか」

智絵里「お誘い、お待ちしてますね……?」

P「あぁ、暇が出来たら連絡くれれば」

角を曲がって、智絵里が指差す先には小綺麗なアパート。

そういえば今は一人暮らしをしてるんだったか。

かんかんかん

階段を上って、廊下を歩いて。

『緒方』と書かれた表札の部屋の前へと到着。

P「それじゃ、お疲れ様。またな」

さて、帰るか。

智絵里「……あ、あのっ!」

そう言って廊下を戻ろうとした俺のスーツの裾を。

智絵里が、ぎゅっと握りしめてきた。

智絵里「えっ、っと……その……Pさんも濡れちゃってますから、シャワーだけでも浴びて行きませんか……?」

P「いや、悪いし良いよ。近くの漫画喫茶でシャワー借りるし」

智絵里「……この辺り、そういった施設が充実していませんから……」

P「……とは言えなぁ……それならタクシーでも拾って……」

智絵里「……もう少しだけ、Pさんとお話してたいんです……誕生日プレゼントだと思って……ダメ、かな……」

……一人暮らし、だもんなぁ。

折角の誕生日、一人きりというのは確かに寂しいかもしれない。

それなら、話し相手になるくらいなら。

うん、まだ俺も話し足りないし。

P「……それじゃ、お言葉に甘えさせて貰うよ」

智絵里「……えへへっ。どうぞ、いらっしゃいませ」

P「あぁ、お邪魔します」

濡れた靴を脱ぎ、タオルで足を拭いて智絵里の部屋に上がる。

女性の一人暮らしは、思ったより普通だった。

もっと部屋が散らかってたり、逆にとても綺麗に整頓されてたり。

そんな予想は遠く外れ、物が少なくなんだか寂しいと感じる部屋で。
17 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/18(水) 17:18:21.78 ID:CoeaNds6O


智絵里「……そんなにジロジロ見るのは、その……」

P「あぁ、すまん。デリカシー不足だったな」

智絵里「……それで……どうですか?」

P「どう、って……部屋の感想か?」

智絵里「…………はい」

P「……物が少ないな、って感じた」

あまりにも、生活感が薄い。

洗面台に化粧品が少ない。

キッチンに器具や調味料が少ない。

クローゼットや棚も、見るからにすっからかんで。

部屋の隅に置かれた段ボールは、埃を被っていた。

智絵里「……居心地、悪いですか……?」

P「いや、別にそういう訳じゃないよ」

智絵里「ほっ……良かった……」

ついついそこらへんを観察してしまったのは、美穂と比較して随分異なる部分が多いなと思ったから。

あいつはきちんと整理整頓はするが、そもそも物が多くて所々ゴチャゴチャしてるし。

智絵里「あ、お湯沸かしてますから……お先にどうぞ?」

P「いや、家主より先に入るのは悪いし良いよ」

智絵里「いえいえ、Pさんこそ先に……」

あ、これ平行線になるやつだ。

P「……それじゃ、お言葉に甘えさせて貰うよ」

智絵里「はい、バスタオルは出しておきましたから。着替えは……ズボン乾かしておきますから、ハンガーに掛けておいて下さい」

P「何から何までありがとな、智絵里」

智絵里「わたしのワガママに付き合って貰っちゃってますから」

仕事柄帰れなくなる事が多いから、肌着と靴下は持ち歩いてて良かった。

お言葉に甘えて先に浴室に向かう。

服を脱いでズボンを言われた通りハンガーに掛け、シャワーを浴びた。

うん、サッパリする。

……さて、と。

どのタイミングで帰ろうか。

あがって即お邪魔しましたは申し訳なさ過ぎるし、かと言って朝まで居座るのも智絵里に悪いしな……

あ、それに美穂に連絡してない。

あがったら今日は帰らないってだけでも伝えておかないと。

李衣菜と飲んでたから、もう寝てそうではあるけど。
18 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/18(水) 17:19:12.77 ID:CoeaNds6O


コンコン

智絵里「失礼します。ズボン、アイロン掛けておきましたから」

P「すまん、ありがとな」

それにしても……あまりにも不用心だったかもしれない。

一人暮らしの女性の部屋に上がり込むなんて。

それ程智絵里は俺の事を信頼してくれているんだろうが、有難いとは言え不安になる。

貞操観念が薄い……って訳じゃ無い……よな?

浴室から出てパパッと身体を拭き、服を着つつドライヤーを掛ける。

……うん、やっぱり。

美穂と比べて、物が少ない。

女性の洗面台ってもっと名前も分からない美容品で溢れかえってるものだと思ってたが、一般的にはそうでもないんだろうか。

P「……お先頂きましたーっと」

智絵里「手持ち無沙汰だったら、冷蔵庫にリンゴが切ってありますから」

P「あぁいや、大丈夫。次どうぞ」

智絵里が浴室へと向かって行った。

……テレビも無いんだな。

本人が居るところではアレだったから改めて部屋を見回す。

……あぁ、成る程。

この部屋、写真や置物が無いんだ。

部屋を装飾する物が殆ど無いんだ。

あんまり新しい暮らしに馴染めてないんだろうか。

P「おっと、美穂にラインを…………ん?」

美穂とのトーク欄を開けば、連絡が来ていた。

美穂『ふーんだ……分かりました、風邪はひかないように気を付けて下さいね?』

……何が分かりましたなんだ?

少し上にスクロールする。

P『すまん、終電逃しそうでさ。今日は適当な漫画喫茶にでも泊まるから』

P「……あれ?」

二十三時頃、俺の方から送信されている。

俺、美穂にこんなライン送っただろうか?

全く覚えてないが……そうとう酔ってたのかな。

寝ぼけながらも、きちんと連絡は取らなきゃと考えたのかもしれない。

それはそれとして美穂に改めて連絡する必要は無さそうだ。

浴室の方から聞こえてくるシャワーの音と、窓の外から響く雨の音。

それ以外、何も聞こえて来ない。

こんな部屋で、智絵里はいつも一人で生活しているんだな。

一枚くらい、Masque:Radeの五人が映った写真を渡しても……

いや、ダメか。

そうちひろさんに言われてたな。

のんびり近場の泊まれそうな施設を探しつつ、始発を調べる。

あ、二つ隣の駅にあるっちゃあるな……
19 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/18(水) 17:19:51.21 ID:CoeaNds6O


智絵里「……あの……あがりました……」

P「おう。んじゃ……っ?!」

見れば、智絵里は薄手のシャツしか身にまとっていなかった。

いや、多分見えてないだけで下着は着けているんだろうが。

智絵里「えっ?あっ……その、いつもは一人だから……」

そう言いながら、俺の隣に腰を下ろす智絵里。

ほんわりと柔らかな良い香りが漂ってくる。

何故こうも同じシャンプーを使わせて貰った筈なのに、女の子は良い香りがするんだろう。

P「いやいや、気を付けろよ。まぁ部屋に男性がいるなんてあんまり無かったからなのかもしれないけどさ」

智絵里「……大丈夫、です」

こてん、と。

俺の肩に、智絵里の頭が乗せられた。

P「大丈夫って……」

智絵里「わたしは……Pさんなら……」

P「……まぁ俺はそんなつもりは無いから大丈夫だけどさ……」

智絵里「……それは……わたしにとっては、大丈夫じゃないです……」

P「にしても、ちょっと近くないか?」

そう言って、智絵里の方に目を向けると。

智絵里の肩は、小さく震えていた。

P「……寒いのか?今になって酔いがきたか?」

智絵里「……そうじゃ無いんです……っ!誰かと一緒に居るのが……久し振りだったから……!」

ぎゅっ、っと。

俺のシャツが握られた。

智絵里「こうやって、誰かが近くに居てくれて……一緒にお喋りしてくれて……安心出来るのが……とっても嬉しくって……っ!」

シャツに、涙のシミを作る智絵里。

……大学生活、上手くいって無かったんだろうか。

俺に心配を掛けまいと、嘘を吐いてたんだろうか。

智絵里「お友達がいない訳じゃ無いけど……どうしても、あんまり落ち着けなくって……やっぱり、わたしにはPさんしかいないから……!」

ぎゅぅぅっ、っと。

強く、俺に抱き付いて来た。

当然胸が密着するが、変な気を起こす訳にもいかない。

背中に手を回し、軽くさすりつつ抱き締め返した。

智絵里「……Pさん……どうして……」

智絵里の声は、涙に震えていて。
20 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/18(水) 17:20:29.76 ID:CoeaNds6O


智絵里「どうして……美穂ちゃんなんですか……?」

智絵里の言葉に、心臓がドクンと跳ねた。

P「えっ?それは、どういう……」

智絵里「どうして、Pさんは……美穂ちゃんを選んだんですか……?」

それは、美穂が俺の事を想ってくれていて。

俺もまた、美穂の事が好きだったから。

それに関しては、何度か伝えた気もするが。

智絵里が、それを問い掛けてくるという事は……

智絵里「……わたしも……!Pさんの事が大好きだったのに……!!」

涙を流しながら、智絵里はそう想いを口にした。

P「……そう、だったのか……」

考えた事も無かった。

俺たちの事を、智絵里は祝福してくれていて。

おめでとう、って、そう言ってくれたのに。

それなのに、本当はそんな気持ちだったなんて。

それをずっと、隠し続けていただなんて。

P「……ごめん……」

謝る事しか出来ない。

智絵里「……ごめんなさい……突然こんな事言われても、迷惑ですよね……」

P「……ごめん……」

他に、なんて言えば良いのか分からないから。

そんな俺に向けて。

智絵里「…………ねぇ、Pさん……」

上目遣いで。

涙に濡れた瞳を上げて。

智絵里は、呟いた。
21 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/18(水) 17:21:12.43 ID:CoeaNds6O


智絵里「……わたしの事…………抱いてくれませんか……?」

P「…………えっ?」

抱いて、だと?

智絵里が、そう言ったのか?

脳の処理速度が間に合わずオーバーヒートしそうだ。

智絵里「……一度だけで良いですから……」

P「……そういう訳には……俺には美穂がいるから……」

智絵里「お願いします……っ!それで、きちんと諦めるから……」

P「いや……でも……」

智絵里「もう……寂しいのはイヤなんです……ずっとPさんの事を想って暮らすのは辛いから……っ!」

涙で顔を濡らして、懇願する様に言葉を続ける智絵里。

智絵里「ずっと大好きだったのに……それでも諦めようって思って、でも諦められなくて……!お願いだから……一度だけ……わたしを……!」

抱き付く力を強くする智絵里。

智絵里「お酒のせいにして良いですから……っ!忘れても良いから……無かった事にしても良いですから……っ!」

こんなにも、強く想ってくれていて。

そのせいで、辛く寂しい思いを。

俺が……俺のせいで……

智絵里「……お願いです、Pさん……わたしを!大人にして下さい……!」

子供のままでい続けたく無いから、と。

そう呟く智絵里に。

もうこれ以上、智絵里に辛い思いをさせたくなかったから。

智絵里の苦しそうな表情を見たくなかったから。

誕生日を、成人した日を悲しい思い出にさせたくなかったから。

P「…………あぁ、分かった……良いんだな……?」

俺は、そう言ってしまった。

智絵里「……ううぅぅぅぅっ!Pさん……っ!」

更に強く抱き締められて。

次いで、唇が重ねられた。

智絵里「ちゅっ……んぅ、ちゅっ……っん、っちゅぅ……っ」

そのままお互い、ひたすらに唇を貪る。

智絵里は、寂しさで塗れた心を埋める様に。

俺は、頭から美穂の事をしばらくの間だけ忘れる為に。

智絵里「……っふぁぅ……ありがとう……ございます……っ」

頬を赤く染めてはにかむ智絵里。

そんな智絵里を、ゆっくりと布団に押し倒して。

六月十一日の深夜二十六時。

このシンデレラの魔法は、すぐに解けると分かっていながらも。

いや、既に解けていたのかもしれないが。

一度きりと決めた過ちを、お酒と誕生日のせいにして。

俺は、智絵里が心身共に大人へと成長する瞬間を。

一番近くで、誰よりもそばで祝う事になった。

22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/18(水) 21:12:04.95 ID:uyIh3AmDO
わぁい。やっぱりスクイズ並のお話だぁ


で、全員を妊娠させるのですな
23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/07/19(木) 00:04:17.63 ID:il0+xvhQo
智絵里はこういうことする
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/19(木) 03:19:20.52 ID:79SVDTl+o
さぁ修羅場の始まりだ
25 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/19(木) 17:42:42.87 ID:/R9jD9wf0


ピピピピッ、ピピピピッ

繰り返し機能により平日は全て同じ時間にセットされたアラームで、俺は目を覚ました。

頭がまだ微妙に重いのは、まだ昨晩のお酒が残っているからか。

うるさいアラームを止めようとスマホに手を伸ばしたところで、誰かが俺に抱き付いている事に気付いた。

P「美穂……?」

智絵里「んぅ……ぅうん……」

P「…………え……?」

智絵里が、一糸纏わぬ姿で俺に抱き付いていた。

改めて見れば俺も何も着ていない。

不味い、状況が全く把握出来ない。

なんで俺たちは裸で抱き合って……

P「……あ……」

昨晩の事を、全て思い出した。

思い出してしまった。

智絵里「あ……おはようございます、Pさん……」

智絵里はまだ寝ぼけている。

取り敢えず身体を起こして、智絵里に布団を掛けつつ服を着た。

美穂からの連絡は……無し、と。

良かった、今はあまりやりとりをしたくない。

後ろめたさと罪悪感で押し潰されてしまうから。

智絵里「朝ご飯、食べて行きませんか?わたしが振る舞いますから」

P「ん?良いのか……?」

智絵里「はい……えっ?あっ、きゃっ……!」

ようやく自分が何も身に纏っていない事に気付いたらしい。

智絵里「あっ……あぁぁっ!っうぅぅ……」

ぷしゅーっと効果音が出そうなくらい顔を真っ赤にして、智絵里は布団の中に潜って行った。

なんだか微笑ましい。

確か美穂との初めての翌朝も同じ感じだった気が……

美穂の事を思い出して、改めて苦しくなった。

……いや、今回だけだ。

この一度だけ、もう絶対にしない。
26 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/19(木) 17:43:26.18 ID:/R9jD9wf0


智絵里「……あぅ……ふふ……えへへ……」

智絵里の微笑む声が聞こえてくる。

というか布団の隙間から、両手で頬を抑えているのが見えてる。

……智絵里も、もうこれで色々と吹っ切れてくれただろう。

これで良かったんだと、自分に何度も言い聞かせた。

智絵里「……あ、時間は大丈夫ですか?」

P「多分。こっからだと……あ、微妙だな」

智絵里「だったら、お味噌汁だけでも……インスタントですけど……」

そそくさと服を着て、お湯を沸かす智絵里。

寝起きでもこんなに可愛いんだから、きっと化粧もそんなに必要無いんだろうな。

P「智絵里は?一限はあるのか?」

智絵里「いえ、今日は三限からだから大丈夫です」

P「そっか、なら良かった」

そんな会話をしながら、インスタント味噌汁を作る。

お酒飲んだ次の日の味噌汁って凄く魅力的に見えるな。

智絵里「はい、どうぞ」

P「ありがと。頂きます」

うん、美味しい。

空腹に味噌汁の優しさが染み渡る。

ピロンッ

P「ん……?」

美穂からラインが来た。

美穂『おはようございます。今日は帰ってきますか?帰ってこないんですか?』

若干棘があるな……

P『きちんと帰るよ。夕飯、お願いして良いか?』

美穂『Pさんの態度次第です』

P『お土産に甘いものを買わせて頂きます』

美穂『七味も忘れずに、ですよ』

P『はい、必ず買って帰ります』

美穂『よろしいでしょう。待ってますからねっ!』

智絵里「……美穂ちゃん……ですか……?」

P「ん?あ、あぁ……」

少し寂しそうな智絵里の声。

目の前でするべき事では無かったな。

智絵里「……ふふっ。お幸せにね?Pさん」

P「……あぁ。ありがとう」

そう、微笑んで言ってくれた。

だから、きっとこれは間違いじゃ無かったんだ。

27 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/19(木) 17:44:00.14 ID:/R9jD9wf0


P「それじゃ、お邪魔しました」

智絵里「行ってきます、でも良いんですよ……?」

P「またいずれ飲みに行こうな。今度はみんなも一緒に」

智絵里「……はい。是非、声を掛けて下さいね?」

あ、そうだ。

一枚くらいなら、きっと大丈夫だろう。

P「はい、Masque:Radeの写真。良かったら飾ってみてくれ」

五人並んで写った写真を、智絵里に手渡した。

部屋に写真無かったし、あった方が良いかなと思ったから。

智絵里「……はい!ありがとうございます……!」

P「じゃ、またな」

智絵里「またね、Pさん」

そう言って、俺は智絵里の部屋を後にする。

空は、まだ曇っていた。
28 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/19(木) 17:45:35.41 ID:l6LXopvHO




P「おはようございます、ちひろさん」

ちひろ「おはようございます、プロデューサーさん」

事務所に入ると、既にちひろさんが居た。

コーヒーを片手に書類とにらめっこしている。

ちひろ「智絵里ちゃん、どうでしたか?」

P「えっと……まぁ、楽しそうでした。また飲みに行きたいって言ってくれたんで」

ちひろ「ふふっ、それは良かったですね」

P「はい。あ、それで……その、一枚だけ写真を渡しちゃったんですけど……」

ちひろ「あ、智絵里ちゃんになら問題ありませんよ?本人ですから」

P「良かった……」

ちひろ「よっぽど過去話で盛り上がったんですね」

P「今度、ちひろさんも一緒にどうですか?」

ちひろ「あら、良いんですか?」

P「美穂や李衣菜も誘って、みんなで飲みに行きましょう」

まゆ「まゆも誘って下さいよぉ……」

P「うぉっ?!」

突然、まゆが会話に混ざって来た。

いつのまに来てたんだ……

まゆ「最初から居ましたよぉ……はい、コーヒーです」

P「ありがとう、まゆ」

まゆ「ところで…………昨日はどれくらい飲んだんですか?」

P「んー、まぁそこそこ。色々あるお店でついつい沢山飲んじゃったよ。俺もしかして酒臭い……?」

まゆ「あ、それは大丈夫です。お酒の匂いは、全くしませんから。気になるならファブリースしときますか?」

P「良かった……そうだな、一応使っとくか」

まゆ「二人とも、終電は間に合ったんですか?」

バクン、と心臓が跳ねる。

いや、大丈夫だ。

下手な事を言わなければバレる筈がない。

美穂とまゆはよく連絡を取ってるし、下手な嘘は吐けないから……
29 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/19(木) 17:46:02.28 ID:l6LXopvHO



P「間に合わなかったから、智絵里を家の近くまで送った後に漫画喫茶に泊まったよ」

これなら大丈夫だろう。

ちひろ「領収書はありますか?」

P「あっ、貰い損ねた……出た感じですかね?」

ちひろ「そういう訳ではありませんけどね」

P「なら良いか」

ちひろ「貰っておかないと後々後悔するかもしれませんよ?」

P「今後は気を付けます……」

まゆ「羨ましいですねぇ……九月が待ち遠しいです」

P「そう言えば、加蓮は今日は現場に直接向かうんでしたっけ?」

ちひろ「そうですね。そのまま直帰になってます」

まゆ「これはもうまゆと二人きりでランチするしかありませんねぇ!」

P「あ、悪い。俺千葉の方行かなきゃいけないから」

まゆ「うぅぅぅぅ……っ、ビェェェェッ!!」

P「人気女優の迫真の泣き喚く演技を間近で見れるなんてこっわめっちゃ怖」

あまりにも迫真過ぎる。

ちょっと引く。

まゆ「ふぅ、このくらいお手の物です」

P「じゃ、俺行って来ますね」

ちひろ「車ですか?」

P「電車で行きます」

まゆ「ストップストップはーふみにっつうぇいと!うぇい!うぇいっ!」

P「……うぇーい」

まゆ「いえ、ウェイでは無くですね……明日、ランチご一緒しませんか?」

P「明日は……あ、大丈夫そうだな。どっか行きたい店とかあるか?」

まゆ「近くに、前から気になってた喫茶店があるんです」

P「おっけー、ちひろさんはどうですか?」

まゆ「分かってますよねぇ?!」

ちひろ「……お二人でぞうぞ」

まゆ「それでは行ってらっしゃい、プロデューサーさん」

P「あぁ、行って来ます」

30 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/19(木) 17:47:38.43 ID:l6LXopvHO



P「っふぅ……」

夜、玄関前で大きく深呼吸。

片手に鞄、もう片手にお土産。

取り敢えずもう一度深呼吸する。

思い切り吸い込み過ぎてむせそうになった。

P「…………よし」

ガチャ

P「ただいまー」

どたどたどた

リビングから此方へ向かう足音が聞こえて。

美穂「おかえりなさいっ!Pさんっ!!」

ギュゥゥッ、っと抱き締められた。

P「おう、昨日は帰って来れなくてごめんな」

美穂「いえ、李衣菜ちゃんもわたしもかなり酔ってたから帰って来なくて正解だったかもしれません」

P「……あいつは大学間に合ったのか?」

美穂「今朝、この世の終わりみたいな顔で出て行きました」

P「……ほんと、ほどほどにな」

荷物を片手に纏めて、美穂を軽く抱き寄せる。

美穂「さ、ただいまのお約束は……?」

P「おう。ただいま、美穂」

ちゅ、っと軽く唇を重ねる。

美穂「はいっ!おかえりなさい、Pさんっ!」

P「お土産買ってきたぞ。今日は千葉行ってたから落花生。梨はこの時期はまだみたいだ」

美穂「七味はちゃんと買ってきましたか?」

P「もちろん、流石に何度もは忘れないよ」

美穂といつも通りの会話をしながらリビングへ向かう。

いつも通りに振る舞えるか不安だったが、大丈夫そうだ。

卓上には既に夕飯が用意されていて、そのどれもがまだ温かそうで。

丁度俺が帰ってくる時間を見計らって作ってくれたんだなと思うと、苦しくなる。
31 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/19(木) 17:48:11.21 ID:l6LXopvHO



美穂「さ、いただきます」

P「いただきます」

うん、美味しい。

美穂「七味があると美味しいですねっ!」

P「うんごめんって、今度から必ず次の日には買うようにするから……」

美穂「あ、智絵里ちゃんどうでしたか?」

P「えっ、どうって……」

一瞬ドキッとする。

美穂「えっと、どのくらいお酒飲めましたか?って意味です」

P「あー、うーん……まぁ苦手では無さそうだったな」

だよな、大丈夫だとわかっていてもバレてないか不安になる。

後ろめたい事があるとどうにも挙動不審になりそうなのはどうにかならないものか。

美穂「今度、わたしが一緒に飲みたいって言ってたって伝えてくれましたか?」

P「うん、んで暇があったら連絡くれよって頼んどいた」

美穂「ありがとうございます。智絵里ちゃん、あんまりライン確認しないみたいでなかなか連絡取れないんですよね……」

寂しそうに呟く美穂。

そうなのか……?

俺のラインは遅くても半日後には返信来るけど。

美穂「あ、昨日シャワーは浴びられましたか?」

P「あぁ、最近の漫画喫茶はサービスが豊富でありがたいな」

美穂「……えっと……わたしなら、もっと豊富なサービスを提供出来ますけど……」

顔を赤らめ、少し目を逸らす美穂。

美穂「……昨日は狭い場所で疲れが取れなかったと思うから……今日は、わたしが身体を流してあげますっ!」

P「……ありがとう、美穂」

女性と二人きりで飲んでその晩帰って来なかったのに、一切そういった疑いを向けて来ない美穂に申し訳無くて。

そんな彼女を一度だけとはいえ裏切ってしまった事が苦しくて。

P「せっかくだし温泉の素でも使うか」

美穂「はいっ!一緒に気持ち良くなりましょうっ!」

言って、即また顔を真っ赤にする美穂。

そんな同居人が可愛過ぎて、今すぐにでもキスしたくなる。

やっぱり俺は、美穂を選んで正解だった。

美穂と一緒になる道を選んで良かった。

P「んじゃ、洗い物は俺がやるよ」

美穂「はいっ、その間にわたしは洗濯物を畳んじゃいますから」

いつも通りの日常に戻るのは、なんてことなかった。

二人で過ごす時間は幸せで、当たり前が嬉しくて。

……それなのに。

昨夜の出来事は、心にこびり付いたままだった。

32 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/19(木) 17:57:58.88 ID:l6LXopvHO


P「すみません、サンドイッチセット二つとポテトじゃがいもポティトゥセットを一つで」

まゆ「まゆはブレンドで」

P「あ、じゃあ俺も同じので」

六月十三日、水曜日の昼下がり。

俺たちは事務所近くの喫茶店に来ていた。

落ち着いた雰囲気とお洒落な店内BGMが心地良く。

なんだかワンランク上の昼を過ごせている様な気分になる。

まゆ「……で、ですよ?」

P「なんだ……いや、まぁ、うん。分かってる」

加蓮「なになに?私分かんないんだけど。ツーカーとかズルくない?あ、私オレンジジュースで」

まゆ「なんで加蓮ちゃんが居るんですか?って事ですよぉ!」

まゆと二人と言う約束だったのだが、何故か加蓮がいた。

加蓮「別に良いじゃん、撮影午前中で終わって暇してたんだし」

まゆ「しかも何ですか、せっかくお洒落な喫茶店に来たのに変なランチセット注文して……」

加蓮「文句なら店に言いなよ!気になるんだからしょうがないじゃん!!」

まゆ「店員さん『えっ?これ注文する奴いんの?!』みたいな顔してましたよぉ……」

P「まぁまぁ、良いだろたまには三人でも」

まゆ「たまには?本当にたまにはだと思ってるんですか?」

加蓮「違うの?」

まゆ「まゆとプロデューサーさんが二人きりでランチの約束をした時は毎っ回加蓮ちゃんが居るんですよぉ!!」

加蓮「あ、プロデューサー塩取って」

P「はいよ」

まゆ「プロデューサーさん?」

P「いや……だって事務所で暇そうにしてたから……」

加蓮「優しいね、プロデューサーは。まゆはその優しさを否定するの?」

まゆ「加蓮ちゃんに対してのみは否定しても良いんじゃないかと最近本気で検討してます」

美味しいコーヒーを傾けながら、二人の会話を見守る。

時間は……まだかなり余裕あるな。
33 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/19(木) 17:58:39.68 ID:l6LXopvHO



まゆ「ふぅ……まあ良いです。そのうちディナーにでも連れてって貰います」

加蓮「あ、プロデューサー。こないだのお店まゆも連れてってあげたら?」

まゆ「良くなさそうです。えっ、二人は結構お食事してるんですか?」

加蓮「あれ?まゆは違うの?」

まゆ「……プロデューサーざぁん……」

P「いや、だってまゆは夕飯は誘って来ないから……」

まゆ「美穂ちゃんに気を遣ってるんですよぉ……」

そっか、そこまで考えてくれてたんだな。

P「でもまぁ金曜は結構空いてるぞ。美穂が大学の友達と飲みに行く事多いから」

次の日玄関やリビングのソファでぐでーっと寝てる事多いけど。

まゆ「ふむふむ……覚えておきます」

「お待たせしましたー」

サンドイッチとポテトじゃがいもポティトゥが運ばれて来た。

……うっわ……

加蓮「……ごめん、ちょっと食べ切れる気がしないから手伝ってくれない?」

まゆ「仕方ありませんねぇ……」

P「凄いボリュームだな……」

山盛りになった多種多様なポテトがとんでもない存在感を放っている。

明らかに成人男性が一日に必要なカロリーを超えてそうだ。

加蓮「あ、でも美味しい」

まゆ「……むむ、美味しいです」

P「美味しいな。これぱくぱく食べられちゃうわ」

まゆ「いやぁん、まゆも食べられちゃうっ!」

加蓮「は?」

P「えぇ……」

まゆ「……ごほんっ!ごっほんっ!ゴッッホンッ!!」

加蓮「水飲む?」

まゆ「いえ、むせてる訳では無いので……水に流して下さい」

それにしても、ここのサンドイッチも美味しいな。
34 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/19(木) 17:59:09.78 ID:l6LXopvHO


ピロンッ

加蓮「あ、李衣菜からライン来た。なんだろ?」

李衣菜か……

そういえば、美穂と李衣菜はよく会ってるが俺は会ってないな。

そのうち智絵里も誘って食事にでも行くか。

加蓮「あっやばっ。カラオケ行く約束してたんだった」

まゆ「しっしっ!さっさと退場して下さい」

加蓮「言われなくたって行くし!じゃあね、カラオケエンジョイしてくる!!」

キレ気味に加蓮が出て行った。

……ポテトと支払い、押し付けられた。

まぁ元より俺が持つつもりではあったが。

まゆ「……嵐の様でしたねぇ」

P「元気だなぁ、この歳になると羨ましくなってくるよ」

まゆ「うふふ、プロデューサーさんもまだ十分若いと思いますっ」

P「現役アイドルにそう言って頂き光栄の至りだよ」

のんびり、ポテトをつまみながらコーヒーを飲む。

驚くほど合わない。

まゆ「……ところで、プロデューサーさん」

少し。

まゆの声のトーンが下がった気がした。

まゆ「……美穂ちゃんとは、最近上手くいってるんですか?」

P「んっ?あぁ、もちろん」

まゆ「浮気とかしてませんか?他の女の子に目移りしちゃったりとか」

P「何言ってんだ、する訳ないだろ。俺は美穂一筋だよ」

脳裏をよぎるのはほんの数日前の夜の事。

けれどそれを、誰かに知られる訳にはいかない。

P「突然どうしたんだよ。今撮影してるドラマってそんなドロドロした内容なのか?」

まゆ「いえ……先日智絵里ちゃんと二人で飲んだって言ってたから、もしかしてそんな禁断の関係が、なんて妄想しちゃいまして」

うふふ、と笑うまゆ。

……大丈夫だ、バレてる訳じゃない。

所詮はまゆの妄想だ、そんな証拠はどこにも無い。
35 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/19(木) 17:59:35.53 ID:l6LXopvHO



まゆ「まぁプロデューサーさんに限って浮気なんてあり得ませんでしたねぇ、失礼しました。あんなに可愛い女の子と同棲してるんですから」

P「おう、すっごく可愛いぞ。俺には勿体無いくらい……って言ったら美穂に怒られちゃうな」

まゆ「うふふ、ですよねぇ。プロデューサーさんは優しいですから」

P「優しいとかの問題じゃ無いだろ、浮気は」

まゆ「でも、そんな優しいプロデューサーさんは……智絵里ちゃんに一度きりで良いですからって泣き付かれたら、断れないんじゃないかなぁなんて思っちゃったんです」

一気に、脳が真っ白になった様な感覚に陥った。

俺は今、きちんと呼吸出来ているだろうか。

心臓の音がまゆまで聞こえてしまっていないだろうか。

コーヒーカップを落とさなかったのは奇跡と言えるレベルだ。

P「……こ、断るに決まってるだろ。美穂を裏切る様な事はしたくないからな」

まゆ「うふふ、ごめんなさい。お年頃な女の子ですから、そう言った事がついつい気になってしまうんです」

P「まったく……やめてくれよ?」

まゆ「ごめんなさい。まゆも、美穂ちゃんとプロデューサーさんの幸せを願っていますからっ!」

少しずつ、ようやく頭が落ち着いてきた。

大丈夫だ、大丈夫だから。

まゆに揶揄われているだけだから。

まゆ「でも、気を付けて下さいねぇ?女の子っていうのは弱いけれど強かな生き物なんです」

P「気を付ける、って……まぁ覚えておくよ」

ブーン、ブーン

P「ん、先方さんから連絡だ。悪いけど代金置いとくから支払い任せていいか?」

まゆ「はい、貴方のまゆにお任せ下さいっ!」

財布からお札を数枚出し、鞄を持って席を立つ。

まゆ「……一度きりだなんて……それで済むはずが……」

最後にまゆが言っていた言葉は、よく聞き取れなかった。

36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/19(木) 18:16:08.01 ID:aqLMu0cDO
さすまゆ
37 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/19(木) 18:19:20.65 ID:l6LXopvHO



美穂「Pさん」

P「はい」

金曜日、朝。

朝食を食べている最中、美穂からなんかお叱りを受けた。

美穂「智絵里ちゃんとの連絡、本当に取ってくれてるんですか?」

P「一昨日に今月どっか空いてる日無いか?ってラインを送ってそれっきり既読も付いていません」

美穂「わたしもです!!」

なんかハイテンションで怒られてる。

美穂「忙しいのは分かるけど……うん、忙しいならしょうがないよね」

納得して頂けた様だ。

なら俺怒られ損ではないだろうか。

美穂「もーっ!わたしも久し振りに智絵里ちゃんと飲みたいのーっ!!」

お前智絵里と飲んだ事無いだろ。

駄々っ子モードの美穂に言っても多分聞かないだろうから黙っておくが。

美穂「わたしもよく送ってるんです。金曜日ならわたしもPさんも空いてますよーって」

P「返信は?」

美穂「なるほど、みたいなスタンプが一つだけ……」

P「とても雑」

美穂「もう良いですっ!今夜は久し振りに李衣菜ちゃん呼んで飲みますっ!!」

お前今週頭もあいつと飲んでたよな。

美穂「あ、Pさんも来ますか?」

P「今日何時になるか分からないしな……まぁ俺がいるとしづらい話もあるだろうし遠慮しとくよ」

美穂「ふーんだっ!Pさんへの愚痴に付き合ってもらうもんっ!!」

P「…………」

美穂「あっ、あの……えっとっ!ありませんよ?!わたし、本当にPさんの事が大好きだから……今のはその、勢いと言いますか……」

焦る美穂が可愛い。

全く、それくらい分かってるのに。

P「大丈夫だって、俺も美穂の事大好きだから」

美穂「むぅ……嬉しいんですけど、なんだか掌の上みたいな感じですね……」

P「ほら、そろそろご馳走さましないと遅れちゃうぞ」

美穂「話し掛け方までなんだか幼い子向けになってませんか?!」

P「すまんって、なんだか可愛くてさ」

美穂「……素直に喜べない……でも嬉しい……うーん……」
38 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/19(木) 18:19:47.35 ID:l6LXopvHO



P「洗っちゃうから食器運んでくれー」

美穂「幼くないもん。わたし幼くないもん!もう二十歳だもん!!」

幼い、とても幼い。

二十歳とは思えない。

いやまぁお酒入るとこんな感じだけど。

美穂「……Pさんは……幼い子は嫌いですか?」

P「いや、大好きだよ」

美穂「……ロリコン……?」

P「美穂が好きって意味だよ……」

美穂「……わたし、言外に幼いって言われてません?」

P「割とストレートに言ってるつもりだけど。っていうかじゃあさっきの質問は何だったんだよ」

美穂「そ、それはっ!え、えーっと!そのっ!い、いつかそういう日が来る事を望んでくれてるかなーなんて…………えへへ……」

……それは……子供って意味だろうか。

P「……あ、朝からする話じゃないな……」

美穂「あ、照れてまふか?」

P「噛んでるぞ」

美穂「わ、わたしだって焦ってるし恥ずかしかったんですから!!」

P「ま、そうだな……美穂が大学を卒業して、その先の事が全部決まったら……」

美穂「…………うぅ……はい……」

顔を真っ赤にして俯く美穂。

本っっ当に可愛いな……

可愛さの奔流で世界のどこかで竜巻が起きる。

美穂「あっ、一限のレポート授業開始前に提出でした……!」

P「あー……片付けやっとくから、行ってらっしゃい」

美穂「朝の約束!」

P「ばっちうぇるかむ!」

ちゅっ、っと。

唇を重ねて、美穂を見送る。

美穂「行ってきまーす!」

P「行ってらっしゃい」

ドタドタと階段を降りて行く音がした。

さて、それじゃ俺も食器洗って出る準備しないと。

39 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/19(木) 18:20:29.24 ID:l6LXopvHO




ちひろ「これが終われば金曜日……これが終われば金曜日です……!」

P「いやもう金曜日ではありますからね?」

ちひろ「だーらっしゃい!同棲野郎は毎日花金みたいなものじゃないですか!」

いや、別にそんな訳無いが……

ちひろ「毎晩帰ると恋人が待っててくれて、お酌までしてくれるんですよね?!あー!羨ましいです!!」

P「……ちひろさん、なんか今日荒ぶってないか?」

加蓮「昨日高校の友達の結婚式に出て心に重傷を負ったんだって」

ちひろ「はぁ……何処かに良い人落ちてませんかー……」

P「落ちてる物を食うなんて……」

ちひろ「いえ、食べはしませんよ?あ、でも結局食べる事に……ってなんて事言わせるんですか!」

加蓮「今日はまゆが居ないから落ち着けると思ったらコレだよ。分かる?朝事務所来たら熱帯低気圧に出迎えられた私の気分」

P「すまんって、いやでも俺別に遅刻した訳じゃ無いし……」

加蓮「ちょっと早起きしてみようかなーなんて思ったら……もう二度と起きない」

P「死んでる死んでる。早起きはしなくて良いからせめて起きて」

にしても、結婚式か……

美穂、大泣きするんだろうな。

ウェディングドレスと白無垢、どっちが似合うかな……

あーやばい、迷うぞ……この際どっちも着せたいな。

人生で一度きりなんだし、悔いは残したくない。

加蓮「うげー……プロデューサーも頭に台風わいてる?」

P「フルスロットルで回転させて美穂にどっちが似合うか考えてる」

ちひろ「えっ?!もうそのご予定が?!」

P「いずれ、ですけどね」

ちひろ「うぅ……あんなに若かった美穂ちゃんも、今では結婚を視野に入れて同棲生活……それに比べて私は……」

P「……お酒、飲みに行きます?」

ちひろ「プロデューサーさんと飲んだってお持ち帰りは発生しないじゃないですか……」

P「それ目当てで飲むのか……」

加蓮「……こうはなりたくないかな……」
40 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/19(木) 18:20:57.44 ID:l6LXopvHO


ピロンッ

加蓮「あ、プロデューサーライン来てるよ」

P「誰だろ……ん、智絵里だ」

智絵里『突然でごめんなさい。気になるお店を見つけたんですけど、今夜空いてたりしませんか……?』

P「お、ちひろさん。今夜智絵里空いてるみたいなんですけど一緒に飲みに行きませんか?」

ちひろ「あ、是非是非。久し振りに智絵里ちゃんと会って、尚且つ飲めるなんて素敵なプレミアムフライデーになりそうですね」

P「ついでに美穂と李衣菜にも声かけとくかな」

加蓮「良いなー」

P「加蓮もいずれな」

P『もちろん大丈夫だぞ。ちひろさんとか美穂とかにも声掛けて大丈夫か?』

智絵里『あ、その……先日の事をきちんと謝りたいから、二人っきりが良いです。ダメですか……?』

……先日の事……か。

P『おっけ、分かった。二十時で大丈夫か?』

智絵里『はい。お願いします』

P『店のリンクだけ後で貼っといてくれ』

P「すみませんちひろさん、無理になりました」

ちひろ「はー何がプレミアムフライデーですか。金曜日なんてなくなっちゃえば良いんです」

P「なんか今このタイミングで智絵里に用事が入っちゃったみたいで」

加蓮「ふーん……タイミングわっる。あーでも私を除け者にしようとした罰かもね」

ケラケラと笑う加蓮。

世界の法則の乱れを願うちひろさん。

そんな中、俺はと言えば。

P「……はぁ……」

ちひろ「残念でしたね、プロデューサーさん。あっ、そう言えば今日会社で飲み会やるって言ってた気がしますけどどうですか?」

P「あぁいや、大丈夫です。美穂達の方混ぜてもらうんで」

智絵里からの、謝罪という文面で。

先日の事を思い出して、心が重くなっていた。

41 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/20(金) 00:36:12.66 ID:GISVnQV7o
泥沼の恋愛いいぞ〜
42 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/20(金) 02:08:36.95 ID:NQZNGfM20


P「それじゃ、お疲れ様でした」

ちひろ「お疲れ様です、プロデューサーさん」

会社の飲み会に参加が決まって気分が良さそうなちひろさんと別れ、駅へと向かう。

こんなに参加表明が遅くても大丈夫なのかと思ったが、どうやら事務所の近くの居酒屋を貸し切る為どのタイミングからでも自由参加出来るらしい。

すごい、この事務所凄い。

まぁそれは置いといて、智絵里から送られて来た店を調べて最寄りへ向かう電車に乗る。

見たところ前回飲んだバーと似た様なお店だ。

気に入ってくれたんだとしたら嬉しい限りだな。

それに、智絵里から誘ってくれるなんて。

昔の自分に『智絵里からお酒誘われる日が来るぞ』なんて言っても信じないだろうな。

智絵里「あっ……お疲れ様です、Pさん」

約束の駅へ着くと、既に智絵里は待っていた。

P「おう、お疲れ智絵里。待たせて悪かったな」

智絵里「ふふ、わたしも今丁度着いたところですから。それと……来てくれてありがとうございました」

P「智絵里の方から誘ってくれるなんてな」

智絵里「驚きましたか?」

P「そこそこ……って言い方は失礼か」

智絵里「Pさん、金曜日は空いてる日が多いって聞いてたから……」

P「まぁな。それと、美穂からのラインも返信してやってくれよ?」

智絵里「……そうですね。ここ何日かレポートに追われてて、誰かからライン来ても大体スタンプで返しちゃってたから……」

あー、それはしょうがないな。

P「それじゃ店向かうか。この近くだよな?」

智絵里「はい。わたしが案内してあげます……!」

43 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/20(金) 02:09:47.94 ID:NQZNGfM20


P「さて……ほんの数日ぶりだけど。乾杯」

智絵里「乾杯っ!」

カンッ!

心地良い音が響き、一気にジョッキを傾ける。

お洒落なお店だが、俺が注文したのは生だった。

金曜日の一杯目はやっぱりこれが飲みたかったから。

智絵里「わあ……凄い飲みっぷりですね」

P「うん、美味い!智絵里は何頼んだんだっけ?」

智絵里「レモンサワーです。最初のうちはコレを頼んでおけば間違いないって誰かが言ってたから……」

とても分かりみが深い。

飲める様になって最初の頃はずっと柑橘類のサワー系飲んでた気がする。

少しずつグラスを傾ける智絵里は、相変わらず小動物っぽさがあって可愛いな。

智絵里「そう言えば、Pさんってタバコ吸って無かったでしたっけ……?」

P「ん、あー。美穂と同棲始めてからキッパリやめたよ」

苦手かどうかは分からないけど、その方が良いと思ったから。

美穂の性格的に思ってても言うかどうか分からなかったし、なら自主的にやめておくのが正しい判断と言えるだろう。

智絵里「そっか……わたしは好きだったから……」

P「タバコの匂いが?」

智絵里「えっと、タバコを吸ってるPさんがです。その後の匂いもだけど、吸ってるのカッコいいなって思ってたから……」

P「智絵里は匂いそんな気にならなかったんだな。まぁ最初の頃に李衣菜や加蓮に臭いって言われてから、かなり気を使うようにはしてたつもりだけど」

智絵里「はい……あ、わたしと飲む時は吸っても大丈夫ですよ?」

P「もう買ってないし、一本吸ったらもう一本ってなっちゃいそうで怖いからやめとくよ」

智絵里「そっか……そうだよね……」

残念そうな表情をする智絵里。

まぁでも、またやめられなくなって美穂に迷惑掛けたくないし。

P「智絵里は興味あるのか?」

智絵里「いえ、自分で吸うつもりは……健康が一番ですから」

P「正しい、うん。吸わないのが一番だよ」

元アイドルだけあって、その辺の意識はきちっとしてるんだな。

そして元喫煙者が何を言ってるんだってなるが、タバコは吸わない方がいい。

健康と肺活量とお金がゴリゴリ削れてく。
44 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/20(金) 02:10:56.63 ID:NQZNGfM20



智絵里「あ、こないだ頂いた写真、部屋に飾らせてもらいました」

P「それは良かった。なんならちひろさんに頼めば何十枚何百枚と貰えるけどどうする?」

智絵里「……いえ、一枚の方がより大切に出来るから……」

P「……そっか。ならま、気が向いたり欲しくなった時にでも連絡くれればデータ送るから」

智絵里「はい、ありがとうございます」

それからしばらく色々と飲んで。

腹が八分目くらいまで埋まって来た頃。

P「そういえば、智絵里はお酒が気に入ったみたいだな」

智絵里「これでも好奇心はありますから。こないだ気になってたけど飲めなかったお酒、今度挑戦したいなって思ってて」

P「んで、お店探したんだな」

智絵里「はい。あ、それで……その……」

智絵里の声のトーンが、少し下がった。

……あんまり俺も話したく無い話題だから、そのまま避け続けてくれても良かったんだけどな。

智絵里「……こないだは……本当にごめんなさい……!」

目に涙を浮かべて、そう口にする智絵里。

智絵里「わたし、とってもワガママで、ズルくて……Pさんを困らせちゃって……!」

P「……それは……」

智絵里「美穂ちゃんを裏切る様な事をさせちゃって、本当に酷い事しちゃったんだって……!Pさんは優しいから、美穂ちゃんと会う時とっても苦しかったと思うから……!」

それは……その通りだ。

だからこそ、あんまり掘り返して欲しく無かった。

智絵里「それと……実はこっそり、Pさんが寝てる間にPさんのスマホで美穂ちゃんにライン送っちゃったんです……」

P「……あぁ、だから……」

送った覚えが無いと思っていたが、本当に俺は送ってなかったんだな。

指紋認証なんて、相手が寝てれば指を乗せるだけで簡単に解除出来るし。
45 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/20(金) 02:11:22.51 ID:NQZNGfM20



智絵里「終電逃しちゃう時間になっても、Pさん気持ち良さそうに寝てて……起こすのは可哀想だったのと、美穂ちゃんに連絡しないのも可哀想だったから……」

P「そっか……それはうん、俺が悪いな。それと、他には何もしてないよな?」

智絵里「はい……それだけです」

P「なら、まぁ…………次からはやめてくれよ?無理やり起こしてもいいから」

智絵里「はい、約束します……」

P「……その時から、もう全部決まってたのか?」

智絵里「……ごめんなさい……!Pさんが寝ちゃった時、きっとこれが最後のチャンスだって……そんな事を考えちゃって……!」

P「あぁいや責めてる訳じゃ無いっていうか……そんな泣いて謝らなくても良いから……」

智絵里の涙は、見たくない。

智絵里「わたしが……わたしが、弱かったから……!」

P「……ちゃんと謝れるだけ、強いさ」

智絵里「でも……わたし、次会う時美穂ちゃんにどんな顔して会えばいいのか……」

P「……大丈夫だよ、俺たちが言わなければ気付かれないんだから。言ったら美穂も傷付くだろうし、俺たちも辛いし。黙ってるのがお互いの為だ」

智絵里「そう……ですよね……」

P「さ、この話はおしまい。飲んでさっさと忘れるのが一番だ」

智絵里「……はい」

下がった気分を無理やり上げるべく、追加で少し強めのお酒を注文する。

智絵里の表情は、なかなか明るくならなかった。

46 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/20(金) 02:11:49.37 ID:NQZNGfM20


P「さて、そろそろ出るか」

智絵里「はい……あ、わたしが誘ったから……」

P「良いって良いって、このくらい払わせてくれよ」

時刻は二十三時を回った頃。

そろそろ店を出てのんびり歩いて駅へと向かっても、終電には余裕で間に合うだろう。

智絵里「なら……はい、ご馳走さまでした」

未だに、智絵里の表情は暗いままで。

なんとなく居心地が悪くて、こんな時こそタバコが吸いたくなった。

吸わないが。

美穂を裏切る様な真似なんてしたくないから。

P「来週は美穂にも声掛けてやってくれよ?」

智絵里「はい……空いてたら、そうします……」

P「……気分、悪いのか?」

智絵里「そういう訳じゃ無いけど……」

どうにも歯切れが悪い。

水でも買って渡すべきだろうか。

そんなこんなで駅へと着く。

既に人通りは少なく、ちらほら見える人は大体酔っ払いか中々解散しない大学生グループかキャッチだった。

梅雨前の夜風は冷たく、路上を転がるビニール袋が寒さを一層引き立てる。

P「それじゃ、智絵里……」

智絵里「……あっ……えっ、っと……!」

またな、と。

そう言おうとした時だった。
47 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/20(金) 02:12:20.04 ID:NQZNGfM20



智絵里「……まだ……別れたく無いです……」

智絵里が、抱き付いて来た。

触れ合う部分から伝わる温もりは、お酒も相まってかなり熱い。

P「お、おい……」

智絵里「……Pさんは忘れられるかもだけど……わたしは……忘れられないんです……!」

ぎゅぅぅぅ、っと。

抱き付く力が強くなる。

智絵里「忘れようとしても、あの時の幸せが……Pさんの温もりが忘れられなくって……!」

P「智絵里……」

智絵里「あれからずっと、Pさんの事しか考えられなくなっちゃって……!諦めるって、決めたのに……!もっと好きになっちゃって!」

ぼろぼろと涙を溢す智絵里。

そんな彼女を見るのが辛くて、俺は背中に腕を回し抱き寄せた。

P「……ごめん……」

智絵里「……ねぇ……Pさん……」

P「……それは……ダメだ」

その先の言葉は、何となく予想がついてしまった。

けれど、それに頷く訳にはいかない。

もうこれ以上、美穂を裏切る様な事はしたくない……

智絵里「……今度こそ、絶対最後にしますから……!」

P「……なあ、智絵里。最後とかそう言う問題じゃ……」

智絵里「お願いです……!お願いだから……!」

P「……ダメだ」

智絵里「……わたし……美穂ちゃんに送りたくないから……」

P「えっ……?」
48 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/20(金) 02:12:48.18 ID:NQZNGfM20



涙を流しながらも、スマホの画面をこちらへ向ける智絵里。

そこに写っているのは、一糸纏わぬ姿で抱き締めあっている俺と智絵里だった。

P「おい……」

不用心だったのは、俺の方だった。

智絵里ならそんな事はしないと思っていたのに……

智絵里「……ワザとじゃ無いんです……Pさんの寝顔だけ撮れれば良かったのに、わたしまで写っちゃって……」

確かに智絵里自身は画面端にチラッと写っているくらいだが。

それでも見る人が見れば、これは智絵里だと断定出来てしまう。

智絵里「ごめんなさい……今夜、してくれたら……必ず消しますから……」

P「…………」

智絵里「……家にパソコンはありません……Pさんが、自分で消して良いですから……!」

智絵里の家に、見た感じパソコンは無かったけど。

それを完全に信頼出来るかと言われれば否定するし、かと言って今否定したら全てが終わる。

智絵里「お願いです……!わたし、美穂ちゃんと……また、笑顔で会いたいから……!」

P「…………智絵里……」

智絵里「わたし、二人の事を心から祝福したいから……!だから……今度こそ、最後だから……!」

どの道、俺に断るなんて選択肢は残されて無かったが。

それでも、智絵里がそこまで言ってくれたなら……

P「……あぁ、分かった……」

智絵里「……っ!ありがとうございます……!」

P「だけど、一つ約束してくれ。事が終わったら、俺にスマホを確認させてくれよ……?」

智絵里「はい……約束します……!」

それなら、今度こそこれで最後に。

もう絶対に、美穂を裏切らないと誓って。

俺と智絵里は並んでホテルへと歩いた。



49 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/20(金) 02:16:41.99 ID:NQZNGfM20




一週間に二度も自宅の扉が重く感じる日が来るなんて、思いもしなかった。

大丈夫だ、土曜日のこの時間なら美穂はいつも寝てる。

その間にもう一度シャワーを浴びて、服を洗濯機に突っ込めば何も残らない。

智絵里のスマホはチェックさせてもらって、写真もきちんと消した。

笑顔で別れ、来週金曜日は美穂と一緒に食事したいって言ってたし。

誤魔化せる、智絵里の話になっても逸らす事が出来る。

ゆっくりと、俺は扉を開いた。

P「……ただいまー……」

小さな声で、玄関へ入って。

美穂「おかえりなさい、Pさん。随分早いお帰りですね」

居た。

目の前に立って居た。

不機嫌の権化が目の前でおたま片手に立って居た。

P「た、ただいま……すまん、連絡忘れてて」

美穂「……なーんて、ビックリしましたか?大丈夫です、怒ってませんからっ!」

……なんだ……良かった……

P「悪いな、会社の飲み会で終電逃しちゃってさ」

美穂「智絵里ちゃんと飲んで、近くのビジネスホテルに泊まってたんですよねっ?!」

俺たちの声が重なった。

P・美穂「えっ……?」

……待て待て待て、なんで知ってるんだ……?

美穂「あ、あれ……?智絵里ちゃんからそうライン来てたけど……」

智絵里が送ったのか……

いや、でもそれも美穂を心配させない為に送ったのかもしれない。

どうやら終電を逃してビジホに泊まったと伝えられている様だし。

P「ん、あぁそうだ。会社の飲み会は先週だったな……すまん、まだ若干酔ってんのかな……」

美穂「……えっ、っと……随分沢山飲んだみたいですね。お味噌汁作っておきましたからっ!」

P「ありがとう、美穂」
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