【モバマス】Scarlet Days

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50 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/20(金) 02:17:14.39 ID:NQZNGfM20



最悪だ。

ここまで露骨な失態を晒しておきながら、それでも美穂は俺の事を信じてくれていて。

俺は、誤魔化そうとしていて。

俺の事を気遣って、休みの日なのに朝早くからお味噌汁を作ってくれていて。

そんな美穂に対して、なんでもう起きてるんだなんて思ってしまった事が。

本当に俺は、最低な男だった。

今だって、味噌汁の匂いなんて分からず。

自分の服から智絵里の匂いがしないかを心配してる。

そういえば最初の時は大丈夫だっただろうかなんて不安になっている。

美穂「えっと……お味噌汁食べたら、少し休みますか?」

P「あー……そうしようかな。どっか行きたい場所とかあったか?」

美穂「いえ、Pさんがお疲れみたいなので明日で大丈夫ですっ!」

P「そっか……悪いな、美穂」

美穂「気遣いの出来る妻になりたいですからっ!」

P「…………」

美穂「……え、えへへ……ちょっと気が早かったですか……?」

P「……いや、そんな事は……照れてて可愛いなーって思ってた」

このまま美穂と会話していると、罪悪感で押し潰されそうだ。

本当に申し訳ないが、一回シャワー浴びて休もう。

P「悪いな、色々と」

美穂「いえ……あっ、感謝の証に何かプレゼントとか、後は、その……夜とか……期待しちゃうかなー……なんて……」

P「……あぁ、そうだな」

美穂「っ!は、早く休んで下さいっ!体力回復に努めましょうっ!!」

51 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/20(金) 02:17:57.16 ID:NQZNGfM20




ぶーん、ぶーん

ぶーん、ぶーん

P「……ん……」

スマホのバイブレーションで起こされた。

P「……加蓮か……」

面倒くさい。

今日はお互いオフな筈だし、仕事に関する電話って事は無いだろう。

ラインは……来てない、と。

なら、後でこっちからかけ直せば良いか。

美穂「あ、起きたんですね。おはようございます」

P「おはよう美穂」

時計を見ればもう十五時を回っていた。

うん、起きれて良かったかもしれない。

今朝に比べて、心も体も割と軽くなったし。

美穂「誰からのお電話だったんですか?」

P「加蓮から。せっかく寝てたのに……」

ぶーん、ぶーん

ぶーん、ぶーん

再び加蓮から電話が掛かって来た。

P「……あとで出ればいいや」

美穂「お仕事の連絡じゃ……」

P「いや、多分違う筈。だとしたらラインも入れてくるし」

美穂「あ、この後お買い物に付き合って貰えませんか?」

P「もちろん。荷物持ちは任せてくれ」

ぶーん、ぶーん

ぶーん、ぶーん

美穂「……加蓮ちゃん、すっごく鬼電ですね……」

P「流石に出るか……」
52 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/20(金) 02:19:01.29 ID:NQZNGfM20
ピッ

加蓮『おっそい!ワンコールで出てよ!!』

P「寝てたんだからしょうがないだろ…………なんだ?」

加蓮『あ、今家?』

P「あぁ、今から美穂の買い物に付き合おうとしてたとこ」

美穂「おはようございます、加蓮ちゃんっ!」

加蓮『あ、美穂の声聞こえた。ハロー美穂、元気してた?』

P「……で、要件はなんだ?」

加蓮『あ、そうそう。この後空いてたりしない?』

P「ねぇ俺の話聞いてた?美穂と買い物に行くって言っただろ」

加蓮『ちょっと……その、さ。相談したい事があって』

少し、声のトーンが下がる。

P「……通話やライン……じゃない方が良さそうな感じだな」

加蓮『うん、出来れば会って話したいから』

P「今じゃなきゃダメか?」

加蓮『……うん』

そうか……美穂の方に視線を送る。

美穂「……大丈夫です、Pさん」

P「……分かった。何処に行けば良い?」

加蓮『ありがと、プロデューサー。えっと、〇〇って駅で良い?』

P「ん……っ?え、あ、あぁ……」

一瞬ドキッとした。

その駅は、俺が今朝まで居た場所だったから。

加蓮『じゃ、十七時に駅前で待ってるから』

P「あぁ、分かった」

ぴっ、っと通話を切る。

P「……すまん、美穂。多分そんなに遅くはならないと思うから」

美穂「ふーんだ……って怒りたいところですけど、加蓮ちゃんだし良いかな」

P「にしても何の相談なんだろうな……仕事じゃ無さそうだけど」

美穂「まさか……恋?加蓮ちゃんに好きな人が出来ちゃったとかですか?!」

P「無いだろ……とは言い切れないけど、それは大丈夫だと思うんだけどな」

のんびり着替えて準備する。

はぁ……今日は美穂と二人きりでのんびりしたかったんだがな。

P「ほんと、悪いな美穂……」

美穂「わ、わたしは大丈夫ですから。加蓮ちゃんの相談、ちゃんと聞いてあげて下さいねっ?!」

P「あぁ……ありがと。出来るだけ早く帰ってくるから」

美穂「は、はいっ!楽しみにお待ちしております!!」

そうだ。早く終えて、美穂と二人で夕飯を食べて。

今夜は、美穂と愛を確かめ合いたいから。

P「んじゃ、行ってくる」

美穂「はい、行ってらっしゃい!」

キスをして、俺は駅へと向かった。

今朝と、同じ道を辿る様に。
53 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/20(金) 02:19:51.33 ID:NQZNGfM20



P「で、話ってなんだ?」

加蓮「まぁまぁ、それはご飯食べてからでも遅くないんじゃない?」

P「いや遅いよ。家に美穂待たせてるんだから」

わざわざ呼び出されて来てみれば、そのままファミレスまで拉致られてポテトなう。

十九歳の現役アイドルがこんなにもカロリーを気にせずポテト食ってるなんてファンが知ったら卒倒するんじゃないだろうか。

いや知ってるか、こいつよくSNSで写真付きで呟いてるし。

店内には人が少ない。

昨日も思ったが、もともとこの辺りは人が少ないんだろうか。

加蓮「すいませーん、山盛りポテト一つ追加で」

P「お前食い切れんのか?」

加蓮「プロデューサーも食べるでしょ?」

P「だから食べないって。家で美穂が夕飯作って」

加蓮「くれてるんだよね?ラブラブだねー、羨ましくなっちゃう」

揶揄うようにケラケラと笑う加蓮。

ところで揶揄うって漢字難しいよな。

多分書けない。

P「……なんも用事が無いなら帰るぞ。なんか真面目な相談があるって言ってたから買い物に付き合うの断って来たのに……」

加蓮「……美穂、悲しんじゃってた?」

P「多分、自惚れでなければ」

加蓮「うーん、それは良くないね。私も少し反省しないと」

P「珍しいな、加蓮が反省だなんて」

加蓮「喧嘩売ってる?ポテトなら買うけど」

P「一人で話題完結させるのやめない?」

加蓮「で、話を戻すけど……プロデューサーは美穂を悲しませたくは無いんだよね?」

P「当たり前だろ……」

望んで美穂を悲しませるだなんて、そんな事は天地がひっくり返ってもありえない。

性格がひっくり返ったらあり得るが。

加蓮「ふーん、じゃ……さ」
54 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/20(金) 02:20:30.76 ID:NQZNGfM20


そう、冷たく呟いて。

加蓮は、スマホの画面を此方へ向けて来た。

加蓮「……これ、何?」

P「…………なん、で……」

それは、一枚の写真だった。

なんの変哲もない、一組の男女の後ろ姿。

仲睦まじく歩く二人は、何も知らない人が見たらカップルだと思うだろう。

加蓮「……プロデューサーと、智絵里だよね?」

P「………………」

加蓮「これさ、ラブホテルの入り口でしょ?」

P「……………………」

加蓮「なんであんた、こんな場所に智絵里と入ろうとしてんの?」

P「それは……」

加蓮「美穂を困らせたく無いんでしょ?裏切らないんでしょ?じゃあこれは何?!」

あまりにも不用心すぎた。

既に智絵里はアイドルを引退しているから、と余りにも周りに目を向けなさすぎた。

美穂は家に居るから、と。

視線を気にしなさ過ぎた。

加蓮「たまたまコンビニにお菓子買いがてら駅まで散歩してたら、あんた達二人を見つけてさ……」

P「……この辺り、だったのか……」

たまり加蓮を家まで送る時は車だったから、近くの駅なんて把握していなかった。

ナビ使う時はいつも加蓮が入力してたし。

加蓮「…………なんでこんな事してんの?」

P「それは……その……」

智絵里に誘われて、と言うのは簡単だ。

けれど、それを断り切れなかったのは俺だし。

なにより、智絵里に責任転嫁をするのは嫌だった。

P「……お酒の勢いで……」

加蓮「……へー……プロデューサー、お酒の勢いでそういう事する人だったんだ」

幻滅した、と言うかの様に蔑みの視線を向けてくる。

加蓮「まあプロデューサーの事だから、智絵里に誘われて断り切れなかったとかそんな理由なんじゃない?」

P「ち、違う!そういう訳じゃ……」
55 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/20(金) 02:21:11.25 ID:NQZNGfM20



加蓮「泣かれたんでしょ?」

P「…………」

加蓮「これ何回目?」

P「……一回だけだ」

加蓮「それも嘘だよね。でもま、多分二回だと思うけど」

P「……なんで……」

なんで、そこまでバレてるんだろう。

加蓮「……分かりやすっ。そんなに誤魔化すの下手だと美穂にバレ……るかな、どうだろ?美穂ってプロデューサーの事全面的に信頼してるし」

そう、なんだよな。

自分で言うのは難だが、俺は嘘が上手い方じゃない。

なのにバレていないのは、美穂が俺の事を信頼してくれているからだ。

詮索も疑いもせず、俺を信じてくれて……

それなのに、俺は二度も……

P「……でも、もう終わりって智絵里と約束を」

加蓮「したらもう無いって、本気で思ってるの?」

P「…………」

加蓮「どうせ一回だけって事で抱いて、なのに二度目とかなんでしょ?」

P「…………あぁ、加蓮の言う通りだ」

加蓮「昨日は予定無くなったとか言ってたけど、あれ分かりやす過ぎるからね?智絵里から二人っきりが良いって言われたんでしょ?」

そこまで、俺は誤魔化すのが下手だったのか。

加蓮「……いつまで続ける気?」

P「さっきも言ったが、もう今後は無い」

加蓮「…………ふーん」

P「……なんだよ」

加蓮「この写真、美穂に送って良い?」

P「……すまん……やめてくれ……」

それだけは、やめて欲しい。

俺が一番守りたいものが。

俺の一番の幸せが。

それだけで、失われてしまうから。

56 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/20(金) 02:21:52.23 ID:NQZNGfM20

加蓮「じゃ、私の事抱いてよ」

P「…………は?」

加蓮「って言ったら、プロデューサー断れないでしょ?」

……冗談か。

P「……なんだよ……驚かせるなって。冗談にしてはタチが悪過ぎるぞ」

加蓮「そんな風にさ、一回で済む訳が無いんだから。ちゃんと後々の事も考えた方が良いよ」

P「あぁ、ご忠告痛み入るよ」

そう、だよな。

あまりにも、思慮が浅過ぎた。

考えるべきだった。

信じているとかの問題ではなく、その可能性を考えるべきだった。

だから俺は、智絵里と二度も……

加蓮「……嫌な予感はしてたんだ、智絵里の成人祝いに二人きりで飲むって聞いた時から。智絵里ってさ、昔からプロデューサーの事好きだったから」

P「……知ってたのか……」

加蓮「うん。だから、そんな風になっちゃうんじゃ無いかなーって気はしてた」

P「……言ってくれれば」

加蓮「どうなってた?智絵里とは飲まないってなってた?」

……ならないだろうな。

冗談だろ、と笑い飛ばしていた筈だ。

そうでなくとも、俺には美穂がいるからそんな事態にはならないよ、と言っていただろう。

加蓮「……で、なんだけどさ……」

P「……なんだ?」
57 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/20(金) 02:22:36.71 ID:NQZNGfM20



加蓮「……実は私も、プロデューサーの事が好きだって言ったら…………抱いてくれる?」

…………は?

あまりにも前提条件からしておかしい。

加蓮が?俺の事を?

加蓮「……もうこの際だから言うけどさ。私はプロデューサーの事が好きだった。美穂と結ばれてからも、プロデューサーと一緒に過ごしたくてアイドル続けてた」

P「……そう、だったんだな……」

加蓮「もちろんそれだけじゃ無いからね?アイドルとしての活動だって大好きだし、宝物だし。まゆとだってそれなりに仲良くやってるつもり」

その言葉は、出来れば今じゃ無い時に聞きたかった。

加蓮「諦められなかったって訳じゃないの。ちゃんと線引きはしたし、納得もしたし、その上でプロデューサーと離れたくなかったから」

P「……なら……」

加蓮「でもさ……こんな分かりやすいチャンスを手に入れちゃったら棄てられる訳無いじゃん……」

そう呟く加蓮の瞳は、涙に潤んでいて。

加蓮「ずっと……好きだったんだから……」

加蓮の想いがどれだけ本気だったか、嫌という程伝わって来た。

加蓮「でも…………うん。ねえ、プロデューサー」

P「…………なんだ?」

加蓮「ちゃんと、確認しててね」

そう言って、加蓮はスマホの画面を此方へ向けて来て。

俺と智絵里の写った画像を、消去した。

加蓮「……ちゃんと、消したから。プロデューサーと美穂の仲を裂きたい訳じゃないって……分かってくれた……?」

P「……あぁ、ありがとう」

加蓮「だから、さ…………お願いだから……一度だけで良いから。私を……」

一度で済む訳が無い。

画像は既に消去されている。

当然、断るべきだ。

加蓮「お願い……私、これからも今まで通りでいたいから……一度だけで良いから、夢を見させて……!」

ポロポロと、涙を溢す加蓮。

ずっと一緒に頑張って来た担当アイドルの涙を、見たくなかったから。

加蓮と、これからも頑張りたかったから。

P「……良いんだな……?」

加蓮「…………うん……ありがと、プロデューサー……」

そう言って、にこりと笑ってくれた。

そうして、俺は。

また、美穂を裏切る事になった。


58 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/20(金) 10:43:17.67 ID:C79EZJkGO



美穂「Pさん」

P「……はい……」

日曜日、朝。

俺は、玄関で正座させられていた。

今朝加蓮と別れて家に着けば、玄関前に美穂が箒とちりとりを構えてスタンバっていて。

一応お土産にと買ってきたプリンで一瞬喜んでくれたが、直ぐ怒りを思い出して今とてもおかんむりで。

美穂「……二日も連続で、パートナーが帰って来なかった時の女の子の気持ちを求めて下さい」

P「……ごめんなさい……」

そして、こんな事があっても。

未だに一切浮気を疑って来ないのが、とても辛くて。

こうして、美穂の目を見れずに俯き続けていた。

美穂「なお、二日目に至っては二人で夜を過ごす約束があったものとします」

P「……本当にごめん……」

美穂「……まあ、連絡があったから少しは安心出来ましたけど……」

一応、急遽事務所に呼び出されて帰れなくなったとはラインを送ったが、既読無視を食らってた。

美穂「……今日こそ、二人でのんびりしてくれますよね?」

寂しい思いをさせてしまって……それでも。

P「あぁ、もちろん……美穂がそう言ってくれるなら」

美穂「わたしだって怒りたくて怒ってる訳じゃありませんっ!お仕事だし仕方ないって事も分かってますっ!」

実際、美穂がアイドルをやっていた頃は帰れないなんてざらだったからなぁ。

美穂「でも!分かりますかっ?!夜!約束!してたんですよっ?!?!」

あぁ……そっち……

P「今夜は……?」

美穂「明日は月曜日です」

P「……いや、朝までしなければ良いんじゃ……」

美穂「……Pさんはそれで満足かもしれませんが?わ、わたしは……その……」

P「……」

かといって、日中からというのも如何なものでしょう。

それに、今日こそデートに行きたいですし。

美穂が言ってるのは大体こんな感じだろう。

P「……んじゃ、今日は夕方くらいには帰ってくるか」

美穂「で、ですねっ!Pさんがそこまで言うなら、わたしもお付き合いしますっ!」

眠気は無いし、このまま朝食を食べて出掛けても良いだろう。

美穂「朝ご飯、作っておきました。運ぶの手伝って貰って良いですか?」

P「……あぁ、ありがとな」

優しさで泣きそうになる。罪悪感で息が苦しくなる。

それでも、気付かれてしまえばもっと美穂に辛い思いをさせてしまうから。

P「うん、美味い!ありがとな、美穂!」

美穂「えへへ、そう言って貰えると作りがいがありますっ!」

あまりにも眩し過ぎる笑顔を、優し過ぎる目を。

また、直視出来るようになる為に。

全力で、加蓮との件を頭から消そうとしていた。
59 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/20(金) 10:43:46.71 ID:C79EZJkGO



美穂「わぁぁ……」

P「おぉぉ……」

壁一面に埋め込まれたアクリルガラスの向こうには、水の世界が広がっている。

人類では呼吸すらままならない空間に、色とりどりの魚が泳いでいて。

群れて、散って、また集まって。

まるでその集団が一つの生き物かの様に、大量の魚が水槽いっぱいを飛び交っていた。

美穂「水族館に来るの、とっても久し振りですけど……凄いですね」

P「な……凄い迫力だ」

電車を乗り継いで水族館まで来たが、ここまで楽しい場所だとは思わなかった。

最後に美穂と来たのはいつだっただろう。

恐らく撮影の付き添いだから、三年前とかなんじゃないだろうか。

その時は仕事だったから、のんびり眺める様な時間は無かったし。

美穂「あっ、ペンギンのショーもやってるみたいですっ!」

P「お、丁度そろそろ始まる時間らしいな。そっちに向かうか」

手を繋いで、ペンギンのブースへ向かう。

こうして、恋人となった美穂と二人で。

こんな風にのんびりと二人きりの時間を送れるだなんて。

本当に、俺は幸せだ。

ペンギンのショーは既に沢山の人が囲んでいるため、少し離れて上の方から眺める事になった。

美穂「人、多いですね……」

P「…………だな……」

かつてこの何倍ものファンを相手に一人で盛り上げていた美穂は、今は普通の女の子だった。

こうして、客の一人としてショーを眺める美穂は。

美穂「わぁっ!泳ぐの速いんですねっ!!」

水中を想像以上に高速で泳ぐペンギンを前に、とても楽しそうな笑顔を浮かべて。

そんな美穂が可愛くて、俺は握る手を強くした。
60 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/20(金) 10:44:15.24 ID:C79EZJkGO


美穂「……どうかしたんですか?」

P「……あぁ、いや。良いなぁって思って」

美穂「ペンギンのショーが、ですか?」

P「ペンギンのショーにはしゃぐ美穂が、だよ」

美穂「……もう少し大人っぽく落ち着いた方が良かったかな……」

P「俺は楽しそうにしてる美穂が一番好きだな」

美穂「…………もう」

頬を染めて、視線をペンギンの方へと戻してしまう美穂。

……今は、十分だ。

楽しそうな、その横顔だけで。

美穂「あ、その……そろそろお昼ご飯にしませんか?」

P「ん、そうだな。結構良い時間だし」

既に時刻は十四時少し過ぎ。

のんびり眺めていたら、かなり時間が経ってしまっていた様だ。

そろそろお昼を食べておかないと、夕飯が入らなくなってしまう。

むしろいっそ昼夜兼にしてしまうか?

P「美穂は食べたいものとかあるか?」

美穂「…………」

P「おいこら美穂、お前今何処に視線向けてた?」

明らかに視線が下がっていた気がする。

美穂「……あっ、えっ?え、えへへー……仕方ないじゃないですか!今週まだしてませんし、昨晩なんて約束があったのになんですよ?!」

逆ギレされた。

それに関しては本当に申し訳ないが、今逆ギレされるのはなんか違わないだろうか?

P「で、何食べる?」

美穂「無視ですか、へー……Pさんは最愛の恋人のお誘いを断っちゃう人なんですねー……」

P「いや、なぁ?」

美穂「…………最愛の恋人じゃ無いって事ですか……?」

分かってる、そういう演技だって事くらい。

涙目になったところで流石に昼間っからはどうかと思うぞ?

P「……愛してるよ。昼ご飯食べたらな」

美穂「最愛の恋人、ですよね?」

P「……最愛の恋人だよ」

美穂「……えへへ、ありがとうございますっ!」

あぁ、もう。

うん、可愛いから良いか。

61 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/20(金) 10:45:00.18 ID:C79EZJkGO



水族館と同じ建物内に用意されたレストランで定食を注文する。

こういった場所の料理は少し少な目だが、ガッツリ食べるとあれだしこのくらいで良いだろう。

おい美穂、ビールはダメだぞ。

美穂「分かってますよーだ」

P「じゃあなんで注文しようとした……」

美穂「ところでPさん、わたしと最後に二人で飲んだのっていつだか覚えてますか?」

P「ごめんって……夜な?軽くなら付き合うから」

美穂「よろしいです」

こうやってのんびり会話しながら食べてはいるが、この後久しぶりに美穂と……と考えると。

なんだか、少し苦しかった。

本来ならとても嬉しくて気分が上がった筈なのに。

今朝まで加蓮としていたせいで、心は辛かった。

美穂「…………あの……本当は嫌でしたか……?まだ疲れてたり……」

P「いや、そういう訳じゃ無いから大丈夫。明日はもう月曜日なんだなーって思うとな」

美穂「土日って早いですよね……」

P「……ちゃんと一限遅刻しない様に起きろよ?」

美穂「わ、分かってるもんっ!」

ぶーん、ぶーん。

突然、俺のスマホが震えた。

美穂「……二人っきりの時なんだから……この後は、通知切って下さいね?」

P「すまん、気をつける……ん、ちひろさんだ」

今日はあの人休みだった筈だけど、何かあったんだろうか。

P「ちょっと出てくる」

美穂「帰ってくるまでマグロカツが残ってると思わないで下さい」

そう言って俺の皿からおかずを奪う美穂を尻目に、俺はレストランから出た。

62 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/20(金) 10:45:36.62 ID:C79EZJkGO



P「もしもしおはようございます。ちひろさんですか?」

ちひろ『はい、おはようございますプロデューサーさん。今お時間ありますか?』

P「えっと、今ちょっと美穂と出掛けてる所なんですが……」

ちひろ『……この後、至急事務所に来て下さい』

P「えっ?いや……今ちひろさんも事務所ですか?」

ちひろ『はい。それとプロデューサーさんは断れると思わないで下さい』

P「仕事ですか?」

ちひろ『はい、とても重要な案件です。プロデューサーさんに心当たりはありませんか?』

ばくんっ!と、心臓が跳ねた。

一瞬頭が真っ白になって、直後吐き気が襲って来る。

……無い訳が無い。

担当アイドルである北条加蓮と、俺は一線を超えてしまったのだから。

けれど、それがバレてるとも思えない。

加蓮はきちんと変装していたし、それに昨日の今日の話だ。

もし既にすっぱ抜かれているのだとしたら、こんな風にちひろさんからの連絡だけで済む筈も無い。

P「それは……その…………」

ちひろ『……加蓮ちゃんの件です。心当たり、ありますよね?』

P「…………はい。すみません、すぐに向かいます」
63 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/20(金) 10:46:02.39 ID:C79EZJkGO



通話を切って、大きく息を吐いた。

何度も何度も深呼吸しても、一向に頭に酸素が回っている気はしない。

意識が飛びそうなくらいに焦りは増し、スマホをポケットにしまう手は震える。

P「……なんで……」

焦り、後悔、不安、怒りがごちゃまぜになって頭を埋める。

何をすれば良いのか分からなくなるくらい、全くもって思考が働いてくれない。

P「……落ち着かないと……」

全力で太ももを抓り、痛みで無理矢理心を戻す。

まずは……美穂に、この後の事を断らないと……

お手洗いに走り、顔を洗って。

それからゆっくりと、美穂の元へと戻った。

平らな筈な通路が、やけに歪んでいる様に感じる。

今俺は真っ直ぐ歩けているだろうか。

きちんと呼吸している筈なのに、酸欠になりそうなのは何故だ。

……ダメだ、気合い入れろ俺。

美穂にだけは、いつも通りに振る舞え。

大丈夫だ、智絵里との朝も今朝も、いつも通りに出来たじゃないか。

美穂「お帰りなさい。えっ、っと…………大丈夫ですか?」

P「ん、すまん。ちょっと仕事でミスっちゃったみたいで、叱られてショック受けてた」

美穂「それは……そう、ですか……」

P「…………美穂?」

美穂「……事務所に来い、って……言われちゃったんですよね……?」

P「……あぁ……ごめん……」

美穂「……わたしは大丈夫ですからっ!でも、今夜こそ早く帰って来て下さいねっ?!」

そう、気を回してくれて。

優しい笑顔と、うるむ瞳が。

今の俺には、直視出来なくて。

P「……すまん。出来るだけ早く済ませて帰るから」

さっさと荷物をまとめ、鞄を持って席を立つ。

一秒でも早く、美穂の前から離れたかったから。


64 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/20(金) 10:46:30.39 ID:C79EZJkGO




ちひろ「…………はぁ」

大きく溜息を吐くちひろさん。

ソファに座ってはいるが、気が気ではない俺。

隣には、涙目で俯く加蓮。

そして真ん中に置かれたテーブルに乗せられたパソコンには、一枚の画像が写っていた。

ちひろ「…………驚きました。まさか仕事用とは言え私のアドレスにこんな画像が送られて来るなんて」

ちひろさんのアドレスに、この画像が送られて来たらしい。

送信元は不明、適当なフリーメール。

今朝なんとなく確認して発見し、即事務所へ来た、と。

ちひろ「……日曜日に来る羽目になった事はこの際どうでも良いんです。問題は……」

この画像が、真実なのかどうか。

まあ、もう俺と加蓮の反応で分かり切ってはいるのだろうが。

……捏造だったら、どれほど良かったか。

こちらに向けられた画像は、確かに昨晩の俺と加蓮の後ろ姿だった。

加蓮は変装しているから、誤魔化そうと思えばいくらでも誤魔化しが効く。

隣の男性が俺だって事も、俺か俺を知っている人物でもないと分からないだろう。

問題はそこではない。

この画像自体は、最悪ばら撒かれても潰せる。

ちひろ「……プロデューサーさん、貴方……美穂ちゃんがいますよね?」

P「…………はい……本当に、その……」

加蓮「違うの、ちひろさんっ!あのね?昨日は、私が…………」

ちひろ「加蓮ちゃんから誘ったのだとしても、です。プロデューサーさんが断らなかった事に変わりはありませんよね?」

その通りだ。

俺と智絵里の画像だって消されていた。

断ろうと思えば断れたし、実際そうすべきだった。

大人である俺が、きちんと加蓮を諭すべきだった。

それをしなかったのだから、非は完全にこちらにある。
65 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/20(金) 10:47:06.23 ID:C79EZJkGO


P「…………申し訳ありません……」

ちひろ「……それを言うべき相手が違うと思いませんか?」

P「…………はい……」

ちひろ「……加蓮ちゃんと関係を持ってしまった事も、事務所としては大問題です。どちらから誘ったのかだなんて、それは些末な事です」

加蓮「…………ごめん、なさい…………」

ちひろ「……変装だけはしっかりとしてくれていて助かりました。アイドル活動に関しては、おそらく問題無く続けられるでしょう」

加蓮「……はい……」

ちひろ「……今後もプロデューサーさんと続けられるかどうかは別問題ですが」

加蓮「…………いや……私は……」

ちひろ「……私はこの画像を何処かに出すつもりはありません。これが別の場所に流れてしまった時は、私も責任を取るつもりです」

P「……本当に、すみません……」

事務所の誰かに同じ画像が届けば、おそらく俺と加蓮という事がバレるだろう。

そうなった場合に、ちひろさんまで……

ちひろ「ですが…………加蓮ちゃん。どうして、今だったんですか?」

加蓮「え……っ?今、って……それは……」

ちひろ「加蓮ちゃんがプロデューサーさん相手にそう言った感情を抱いていたのだとして……それでも今まで、そんな事をしようとはしませんでしたよね?」

加蓮「…………」

ちひろ「…………プロデューサーさんはご存じですか?」

P「…………分かりません……」

言える訳がない。

智絵里との画像を撮られたから、だなんて。

加蓮「ごめんなさい……全部私が……」

ちひろ「……加蓮ちゃんを強く責めるつもりはありません。少し、席を外してもらえますか?」

加蓮「…………はい……ごめんなさい、ちひろさん、プロデューサー……」

そう言って、加蓮は部屋を出て行った。
66 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/20(金) 10:47:34.63 ID:C79EZJkGO



ちひろ「…………ふー……」

加蓮が部屋から出て行った事を確認して。

ちひろさんは、大きく深呼吸をし……

ちひろ「馬っ鹿じゃないですか?!貴方、自分が何したか分かってるんですか!!」

怒号が飛び出した。

ちひろ「担当アイドルに手を出してしまった事も!美穂ちゃんを裏切ったという事も!!」

P「本当に……すみません……」

ちひろ「美穂ちゃんがどれだけ貴方の事を慕って、信頼しているか……!貴方が一番良く分かっていますよね?!」

P「…………はい……」

ちひろ「なんで誘いに乗ってしまったのかは、もういいです。事務員としてではなく、一人の女性として……今、私は本気で怒っています!」

ここまで怒っているちひろさんは見た事がなかった。

いつもは笑顔で圧力を掛けてくる人が。

今、こうして感情を露わにして怒っていて。

その怒りの勢いで美穂に画像を送ったりはしない事を祈るしか、俺は出来なかった。

ちひろ「彼女がどれ程の覚悟で、貴方と二人で暮らす道を選んだと思ってるんですか!そんな覚悟を貴方は踏みにじったんですよ?!」

P「本当に、俺は最低な事をしたと思ってます……」

ちひろ「…………先ほども言いましたが、私はこの写真をどうこうするつもりはありません。美穂ちゃんに教えるつもりもありません」

P「…………ありがとうございます……」

良かった……心の中で安堵する。

本当に良かった。

一番避けたかった事態は回避出来て。

ちひろ「……ですから……貴方が自分で、きちんとこの件の話を美穂ちゃんにして下さい」

P「それは……」

……言える訳がない。

俺だって、今は色々と心の整理がついていないのだから。

それを読み取ったか、ちひろさんは一回深呼吸して。

ちひろ「……今すぐで無くとも良いと思います。ですが、必ず……彼女に謝罪して下さい」

P「…………はい、約束します。必ず……」

ちひろ「今後は絶対に、彼女を裏切らないであげてください……」

P「……そのつもりです。もう二度と、美穂を裏切ったりはしません」



67 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/20(金) 10:48:03.64 ID:C79EZJkGO



P「…………」

ちひろさんが帰宅した後。

俺と加蓮は、事務所のソファに沈み込んでいた。

いや、正確には俺はだいぶ前から帰ろうとしていたのだが。

美穂との約束もあるし。

加蓮「……ごめん……ほんとに、ごめん……!私が……っ!」

隣で涙を流しながら謝り続ける加蓮に、ずっと服を握られ続けていた。

P「……良いって。加蓮が気にする事じゃない」

加蓮「でも……私、あまりにも身勝手過ぎてたよね……」

意思が弱かった俺が悪い。

あの時、無理やりにでも加蓮からの誘いを断っていれば……

加蓮「……美穂の事を裏切らせて、私一人だけ願いを叶えようとしちゃってさ」

美穂の事を裏切った。

そう言われて、その事実が強く心を締め付ける。

出来れば、言わないで欲しい。

出来るだけ考えない様にしたいのだから。

加蓮「……プロデューサーなら、きっと私の想いを受け入れてくれる、って……甘えてたんだ……」

P「…………俺も、加蓮の願いを叶えてやりたかったから……」

加蓮「……うん……だからね?私の気持ちを無下にしない様にって
思ってくれて……嬉しかった。そんな風に思っちゃった」

とても辛そうに、言葉を続ける加蓮。

加蓮「私、美穂の事もプロデューサーの事も大好きなのに……自分だけ良い思いしようなんて……二人の事を考えない様にして……!」

P「……もう、良いんだ。美穂とは、俺がいずれ上手く話を付けるから」

加蓮「……そうやって……また、プロデューサーだけが辛い思いをするんじゃん!悪いのは私なんだよ?!」

P「大丈夫だ、加蓮は悪くない」

加蓮「なんで?なんでそんなに優しいの?!」

……違う、優しいんじゃない。

俺は弱いだけだ。

加蓮がそうやって自分の事を貶める様な言葉を続けるのが、耐えられないだけだ。

無理やりにでも話を切るため、いつになるか分からない美穂への謝罪を引き合いに出してるだけだ。

今こうして加蓮の背中をさすっているのも、俺が弱いからだ。
68 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/20(金) 10:48:54.22 ID:C79EZJkGO



加蓮「もっと怒ってよ!お前が余計な事しなければ、くらい言ってくれれば良かったのに!!」

P「……そんな事言うなよ……俺が言えた事じゃ無いのは分かってる。それでも、自分の気持ちを否定する様な事は……」

言わないで欲しい。

これ以上、自分を苦しめようとしないで欲しい。

俺が、そんな加蓮を見たく無いから。

加蓮「……そうやって、優しい言葉を掛けるから…………」

ぎゅぅっ、っと。

横から抱き付いて来る加蓮。

加蓮「……そんなんじゃ……諦められないじゃん……っ!」

声は涙に震え、消えてしまいそうな程弱々しく。

それでも、加蓮は続けた。

加蓮「怒って欲しかったのに!諦めたかったのに!自分がワガママ言ってるって分かってる!自分だけじゃ諦め切れなかったからプロデューサーに酷いこと言って欲しいだなんて、一番酷いのは私だって事くらい分かってるよ?!」

でもね、と。

涙を溢れさせながらも。

加蓮「……好きだったんだから……っ!ずっと大好きだったから……!!」

加蓮「今日、すっごく不安だった!プロデューサーと一緒に居られなくなっちゃうんじゃないか、って!離れた方がお互いの為って分かってても……それでもね?!怖かったの!!」

加蓮「私……全然覚悟出来てなかった!なんにも分かってなくって!ちひろさんにも、全然相手にされなくて!自分が子供なんだって改めて思わされて!!それでも!!」

加蓮「……私は!Pさんの事が大好きだから……!!」
69 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/20(金) 10:49:24.42 ID:C79EZJkGO


突然、加蓮が俺の顔を横へ向けさせて。

加蓮「んっ……っちゅっ……」

そのまま、唇を重ねて来た。

突然の事過ぎて、全く反応出来なかった。

加蓮「っちゅ……んっ、っちぅ……んぅっ……っ!」

覚束ないけれど、それでも必死に俺を求めるように。

不安を搔き消す様に、強く抱き着き舌を絡めて。

突き放すのは簡単だ。

けれど、それをすれば加蓮は絶対に泣いてしまう。

それは、嫌だったから。

俺のせいで、加蓮の涙を見る事になるのは嫌だったから。

俺もまた、加蓮の不安を拭い取る為に……

加蓮「っふぅ……ごめん、いきなり……」

P「……いや、まぁ……」

驚きはしたが。

それで、加蓮の気分が良くなるなら。

加蓮「…………ありがと、プロデューサー……私の事、突き飛ばさないでくれて」

P「そんな事、俺がする訳ないだろ……」

加蓮「……ねぇ、プロデューサー。もう一回、良い?」

……この後がどんな流れになってしまうかなんて、もう分かってる。

きっとまた俺は、過ちを犯す。

けれど……

P「……あぁ」

こんなに優しくて、一途な想いを否定する勇気が無かったから。

必ず、今日中には家に帰ると誓って。

事務所の部屋の、鍵を閉めた。


70 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/20(金) 10:49:53.96 ID:C79EZJkGO




P「……ただいまー……」

夜、家の戸を開ける。

結局、殆ど日付が変わるくらいの時間の帰宅になってしまった。

家の電気は消えていて、もう既に美穂が寝ている事は分かってる。

その方が気分的にも助かるが。

けれど、どんなに遅くても、朝早くても。

それでも出迎えてくれた美穂が、今日は寝てしまっている。

それはなんだか、少し寂しかった。

玄関の電気を点けて、静かにリビングへ向かう。

適当に何か腹に入れて、シャワー浴びて寝よう。

そう思い、リビングの電気を点けた。

美穂「……んぅ…………んん……」

リビングのテーブルに突っ伏して、美穂が眠っていた。

起こさない様に慌ててリビングの電気を消す。

それからしばらくして、ようやく目が慣れてきて。
71 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/20(金) 10:50:21.71 ID:C79EZJkGO


P「……美穂……」

テーブルに、食事が並んでいた。

ラップの掛かったサラダに、逆さに置かれたグラス。

ネットが掛けられた冷奴や焼き魚。

キッチンの方からは味噌汁の香りがする。

そして、美穂の手元に置かれた紙には『帰って来たら起こして下さい』の文字。

美穂「……あ……おはようございます、Pさん……ふぁぁ……」

P「…………美穂……」

美穂「……あ、お帰りなさいでしたね。えへへ、ちょっと寝ぼけてたみたいで……きゃっ!」

堪らず、俺は美穂に抱き付いた。

美穂「えっ?あの……Pさん……?」

P「ごめん、美穂……ほんとにごめん……!」

愚か過ぎる自分と、優し過ぎる美穂に。

俺の視界は歪み、心は耐えられず。

溢れる涙を止めることが出来なかった。

美穂「えっ?あ、あの……わたしは、怒ってませんから……」

P「ほんとに……俺は……!」

美穂「…………今日は、お疲れ様です。大丈夫です、Pさん。わたしはPさんの味方ですからっ!」

そう言って、俺の背中をさすってくれて。

こんな俺を、抱き締め返してくれて。

それからしばらく、俺の涙は止まる事なく流れ続けた。


72 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/20(金) 12:53:50.65 ID:C79EZJkGO




六月二十五日、月曜日。

アラームの音で目を覚まし身体を起こす。

P「……んんー……」

あと一時間くらい寝ていたいが、きっと一時間後も同じ事を言ってるだろうし起きよう。

美穂「あ、おはようございます!Pさんっ!」

P「おはよう、美穂」

既に朝食の準備をしてくれている美穂に挨拶してから洗面所へ向かう。

鏡に映るのは、少なくとも先週・先々週よりは顔色がよくなった自分の顔。

色々な事が積み重なって美穂に泣き付いてしまったあの日から、また以前と同じ生活を取り戻した。

加蓮は、また以前と同じ距離感に戻った。

ちひろさんも、本当に写真の件を誰にも離さないでくれている。

金曜日は、美穂と智絵里と三人で飲みに行って。

美穂「あ、今夜も李衣菜ちゃんと飲みに行く予定なんです。Pさんも来ますか?」

P「そうだな……まあ、遅くなるかもしれないけど」

美穂「だったらうちで飲んでますからっ!」

美穂を四回も裏切る事になった一週間は、夢だったのではないか。

そう感じてしまうほど、遠い事のような気がしていた。

美穂「智絵里ちゃん、楽しそうでしたね」

P「だな、大学の友達とも飲みに行ってるみたいだし」

美穂「目移りしちゃいましたか……?」

P「そんな訳無いだろ。俺は美穂一筋だよ」

そんな会話をしながら、朝食を済ます。

先週から、美穂も偶に早起きして朝ご飯を作ってくれる様になった。

早起きなんて珍しいな、と聞いてみたところちょっと不機嫌そうな顔をされたけど。

流石に失礼だっただろうか。
73 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/20(金) 12:54:18.37 ID:C79EZJkGO

P「ところで、美穂と李衣菜は明日休みなのか?」

美穂「ちゃんと起きるので大丈夫ですっ!」

P「いや、李衣菜……」

美穂「きっと大丈夫ですっ!」

……まぁ、良いか。

李衣菜なら大丈夫だろう。

P「あ、時間大丈夫か?遅れそうなら俺が洗っとくけど」

美穂「……知ってましたか、Pさん?」

P「何がだ?」

美穂「講義って、十分までなら遅刻にならないんです」

P「はよ行け」

美穂「だって……もうちょっとだけ、Pさんと一緒に居たいんだもん……」

P「……遅刻するぞ」

美穂「しょぼーん……」

P「自分で言うのか……ほら、行ってこい」

軽く抱き寄せて、キスをする。

美穂「んっ……ちゅっ……」

最近、行ってきますとお帰りのキスが少し長くなった。

何故だろう。

欲求不満なのだろうか。

美穂「っふぅ……行ってきます、Pさんっ!」

P「おう、行ってらっしゃい」

美穂を見送り、電車の遅延情報をチェックしつつ準備を整える。

P「…………あ……」

美穂が使う電車は、十五分遅延していた。


74 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/20(金) 12:55:06.51 ID:C79EZJkGO


P「おはようございまーす」

ちひろ「おはようございます、プロデューサーさん」

まゆ「おはようございまぁぁぁぁす!!」

なんかハイテンションなまゆが居た。

P「…………なんか良い事あったのか、まゆ」

まゆ「うふふ、なんと今日の恋愛運が絶好調だったんですっ!」

P「ちひろさんって朝の占いとか見ます?」

ちひろ「ニュースつけてて流れてきた時に、程度ですね」

まゆ「あの、尋ねたのなら聞きませんか?」

P「いや、だって……」

担当アイドルの恋愛運が絶好調とか言われても、ねぇ。

されても困るし、かと言ってまゆ相手に恋愛禁止だぞとか今更言う必要も無いだろうし。

ちひろ「プロデューサーさん、今夜のご予定は?」

P「あ、何か仕事増えた感じですか?」

ちひろ「いえ、そう言う訳ではありません。美穂ちゃんとイチャラブ出来ているのかなーなんて気になっただけです」

P「もちろんです」

まゆ「うふふ、妬いちゃいますねぇ」

P「今夜は美穂と李衣菜が飲むみたいで、多分家で三人で飲む事になるかと」

ちひろ「……美穂ちゃん、プロデューサーさんの話を聞く限りいつも飲んでませんか?」

P「…………まぁ、以前から殆ど毎晩500缶開けてましたから」

まゆ「未成年のまゆでもヤバいと分かる飲酒量ですねぇ……」

美穂、強いんだよな。

それでいて好きだから、付き合わされる身としては少し苦しい時もあったり無かったり。

酔い潰されると大体翌日は記憶無いし全裸にされてる。

まゆ「そういえば、智絵里ちゃんはどうですかぁ?」

P「先週の金曜に三人で飲みに行ったよ」

美穂と昔話に花を咲かせて、若干居心地が悪かった。

ガールズトークに年上の男性は混ざるものではない。

……智絵里も、もう完全に諦めてくれたみたいだし。

目があっても、何かを訴えてくるでもなく微笑んでくれたし。

別れ際に美穂と次は二人で飲もうね、と約束してるのを見て微笑ましくなった。

ちひろ「……私も一緒に飲みたいって言った気がするんですけどねー?」

P「まあまあ、今度行きましょう」

機会はこれから幾らでもあるだろう。
75 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/20(金) 12:55:34.03 ID:C79EZJkGO



バタンッ!

加蓮「おっはよー!」

まゆ「うげぇ」

加蓮「は?」

P「……おはよう、加蓮」

ちひろ「……おはようございます、加蓮ちゃん」

加蓮「なんでそんなに皆んな引いてるの……?」

まゆ「加蓮ちゃんがハイテンションな時のめんどくささを良くご存知だからですよぉ」

加蓮「は?私の何処がめんどくさいの?純粋さと手のかからなさが美人に宿ってお洒落な服着た様な人間だよ?!」

P「……なんかあったのか?」

加蓮「なんだと思う?逆に聞くけど、なんで今私がこんなに気分良さそうに話してるんだと思うの?!」

キレてる。

なんか逆ギレしてる。

加蓮「ま、今朝の星座占いで恋愛運が絶好調だったからなんだけどね」

P「下らな……」

まゆ「あのぉ……」

あ、すまんまゆ。

加蓮「あ、まゆは最下位だったよ」

まゆ「同じ星座なのにそんな事あると思ってんですか?」

加蓮「え、同じ星座なの?」

まゆ「既に色々な矛盾が生じてる事を理解出来てますか?」

加蓮「じゃあ私矛やるからまゆ盾持って」

朝から元気だなぁ。

加蓮「それといつも思うけど、最強の盾とかワザワザ真正面から挑むのアホらしいよね」

まゆ「それに関してはとても同感ですねぇ」

ちひろ「ふふ、楽しそうですね」

P「混ざりたくは無いですけどね」

さて、それじゃ。

まずは月曜日、頑張って乗り越えるとしよう。

76 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/20(金) 12:56:19.70 ID:C79EZJkGO



ちひろ「……ふぅ……」

P「…………ふぅ……」

ちひろさんと同時に本日の業務を終え、大きく息を吐く。

P「お疲れ様です、ちひろさん。コーヒーでも飲みますか?」

ちひろ「あ、私が買って来ますよ?」

P「いえいえ、任せて下さい」

ちひろ「自動販売機の場所は分かりますか?大丈夫?迷子になりませんか?」

P「失礼過ぎません?」

ちひろ「知らない人について行っちゃダメですからね?」

P「ここ事務所内なんですが」

ちひろ「加蓮ちゃんに誘われてホイホイついて行った人が何を言ってるんですか」

P「……いや、その…………すみません……」

とんでもなく言葉に棘がある。

ちひろ「……すみません、私も色々と不安になっていたので……」

P「不安、ですか?」

ちひろ「いつあの写真が何処かに流出してしまわないか、と」

P「……あぁ……すみません、本当に……」

ちひろさんは、俺と加蓮の写真の件を黙ってくれていた。

それはイコールで、流出してしまった時にちひろさんも責任を取らされる可能性があるという事で。

……それは確かに、不安にもなる。

俺だって最初の数日は全く寝付けなかったのだから。

P「でも、実際そうならなくて良かったです」

このまま何事も起こらず、俺たちも忘れてしまえば。

以前と全く変わらないのと同義である。

ちひろ「……おかしいと思いませんか?」

P「……おかしい、ですか?」

ちひろ「未だにどこにも流出せず、かと言って何も要求が無い事がです」

P「…………そうですね……」

なんとなく、心の何処かに引っかかっていた。

あの画像が流出すれば、揉消すことは出来るにしても俺や加蓮がどうなってしまうか分からない。

だと言うのに、何も起きていないのだ。

何かしらの要求、脅迫、例えば加蓮にスキャンダル騒ぎを起こすとか。

男性側の身元を特定して嫌がらせやそういったアクションを起こすでもなく。

何も、起きていないのだから。

ただ単純に、あの写真がちひろさんの元に送られて来ただけなのだから。
77 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/20(金) 12:56:51.04 ID:C79EZJkGO



ちひろ「私のメールアドレスが何処かしらで漏れた……その可能性は低いですが、それは一旦置いといて、です」

P「……撮った人からの、警告だったんでしょうか?」

ちひろ「あまりにも良心的過ぎるファンの方ですね」

P「無いよな、流石に……」

じゃあなんでだ?

何の目的で、あの写真を送ってきたんだ?

ちひろ「私には分かりません。ですが、このまま何も起こらないだろうなんて楽観的でもいられません」

P「……フリーメールアドレスって、特定出来ましたっけ?」

ちひろ「……知り合いに頼んでみます。偽装されていなければおそらく……ごほんっ!少し、私も動いてみますから」

そこから先は、多分聞かない方がいいだろう。

現状俺に出来る事は殆ど無いのだから、ちひろさんに任せよう。

ちひろ「……ところで、プロデューサーさん」

ガチャ

加蓮「ふぅ……お疲れ様」

P「おつかれ、加蓮」

ちひろ「お疲れ様です、加蓮ちゃん」

加蓮「あっ……プロデューサー、まだ居たんだ」

なんとも酷い言い草だ。

まぁ、確かにいつもはもう帰ってる時間だしな。

加蓮「まぁ良いや、私はもう帰るから。じゃあね」

P「ん、もう帰るのか。久々のダンスレッスンで疲れただろうし、少しゆっくり休んでけば」

加蓮「大丈夫だから、また明日ね」

バタンッ

P「…………」

……突然嫌われた訳じゃ無い、よな?

とてもふあん。

ちひろ「……喧嘩してるんですか?」

P「朝以降ずっと会ってないのに喧嘩出来ると思います?」

ちひろ「……ですよね」

P「まぁ、加蓮って時々機嫌悪いですからね。俺が居ないと思ってたのに居て不機嫌なんでしょう」

ちひろ「あまりにも情緒が不安定過ぎませんか?」

P「嫌われたとか考えたくないんです……」

ちひろ「反抗期の娘を持った父親ですか……」
78 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/20(金) 12:57:22.21 ID:C79EZJkGO



ガチャ

P「お、おかえり加蓮!」

まゆ「……まゆですよぉ?」

P「……おかえり加蓮!」

まゆ「ま、まゆですよぉ?あれ?まゆですよねぇ?」

P「まゆか」

まゆ「あんまりにも失礼ですよぉ……」

加蓮が戻って来てくれたのかなーなんて思ってたけどまゆだった。

あまりにも俺女々しいし失礼だな?

P「お疲れ様、まゆ」

まゆ「はい、久し振りの加蓮ちゃんとのダンスだったので張り切っちゃいました」

それでもあまり疲れている様には見えないまゆ。

もうすぐ二十歳がみえてくるというのに、だいぶ体力もあるんだなぁ。

それもそうか、ずっと現役アイドルなんだし。

俺なんて高校卒業してからどんどん衰えて……今は関係無いな。

ちひろ「ねえまゆちゃん。加蓮ちゃん、レッスン中に何かありましたか?」

まゆ「随分とアバウトな質問ですが……そうですねぇ、うーん……うーん……あっ!」

P「何かあったのか?!」

まゆ「ポテトの割引クーポンが届いて喜んでました!」

あぁ、うん。

とても容易に想像出来るけど、今欲しい情報はポテトには無い。

……無いよな?

出荷量が減って市販のジャガイモが値上がりしたとか、そういうのでもしょげそうだからな……
79 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/20(金) 12:57:50.02 ID:C79EZJkGO



まゆ「……それと……」

少し、真面目な表情になるまゆ。

声のトーンから、悪ふざけはお終いという事が分かる。

まゆ「そのあと、どなたかからのラインが届いたみたいで……それ以降、加蓮ちゃんが全然レッスンに身が入っていませんでした」

ちひろ「だれかからの……」

まゆ「まゆとのレッスンだと言うのに、まったくもって失礼ですよねぇ……お二人は何か心当たりがあるんですかぁ?」

ちひろ「……いえ……流石に、それは加蓮ちゃんのラインを見た訳ではないので……」

P「……そのラインの内容が、加蓮にとって良くないものだったのは確かだな……」

けれど俺も、その内容は分からない。

誰からのラインだったのかも分からない。

にしても、加蓮……何かあったらのなら相談してくれれば良かったのに。

いや、相談しづらい内容だったと考えるべきかもしれない。

……さっきの加蓮の口ぶりからするに、俺には聞かれたくない内容だったのだろうか。

ちひろさんの方が女性同士で話し易かったが、俺が居たせいで相談できなかった、とか……

まゆ「……大丈夫ですか、プロデューサーさん」

P「あぁいや、ちょっと自分の存在に疑問を覚えてた」

ちひろ「悩み過ぎです、プロデューサーさん」

まゆ「……加蓮ちゃんと、何かあったみたいですねぇ」

ちひろ「先程加蓮ちゃんが来たんですが、直ぐに帰ってしまったんです」

P「俺は……邪魔な存在……?」

まゆ「むむむ……プロデューサーさんがお悩みモードに入ってしまうのはまゆとしても苦しい事なので、なので!なので〜っ?!」

P「あ、そろそろ俺帰りますね」

ちひろ「コーヒー買ってきてくれるんじゃないんですか?」

まゆ「聞いて下さいよぉ!!」

P「あーすまん。なんかノリが、こう……」

まゆ「めんどうだなんて言わないで下さいよぉ……」

P「まだ言ってないぞ」

まゆ「これから言うつもりだったんですねぇ?!」

P「すまんて……」

とても、めんどうくさい。

まゆ「ごほんっ!ですから、まゆが加蓮ちゃんに事情を聞いてみます。同じユニットの仲間として、出来る事なら相談に乗ってあげたいですから」

ちひろ「助かります、まゆちゃん」

まゆ「うふふ、まゆにお任せ下さい」

P「頼んだぞ、まゆ」

まゆ「お礼は3倍返しを期待しちゃいますっ」

P「コーヒー三本で良いか?」

まゆ「300円っておつかいのお駄賃並みですよぉ……」

80 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/20(金) 12:58:23.64 ID:C79EZJkGO



美穂「れでぃーすえーんっ?!」

李衣菜「ジェントルメーンッ!!」

……帰りたい。

今とてつもなく家に帰りたい。

あ、ここ俺の家だ。

本当か?実は隣の部屋と間違えてたりしない?

美穂「おかえりなさい、Pさんっ!」

李衣菜「お疲れ様&お邪魔してますー。あ、荷物持ちますよ?」

美穂「さ、Pさん!新郎新婦の誓いのキス改めおかえりのちゅーをどうぞ!」

李衣菜「ヒューヒューッ!いぇーい、めっちゃ誓い!」

荷物片手に自宅のドアを開けた俺を出迎えてくれたのは、既にできあがった美穂と李衣菜だった。

奥のテーブルには沢山の缶が転がっている。

そして目の前には目を瞑ってキスをねだる美穂とゲラゲラ笑い転げる李衣菜。

改めて、帰りたい。

美穂「……ちゅーしてくれないと、寂しいです……」

李衣菜「泣かせたー!うっわー美穂ちゃん泣かせるとかクズ男ですよ!」

P「……するよ……」

美穂の背中に腕を回し、抱き寄せてキスをする。

……お酒の匂いがした。
81 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/20(金) 12:59:06.16 ID:C79EZJkGO



美穂「えっへへへ……もっとしませんかっ?!」

李衣菜「あっはははっ!バカップルですね!!」

P「……シャワー浴びて良いか?」

美穂「ご一緒しますっ!」

李衣菜「ソープだー!」

美穂「もちろん無料ですよっ!」

李衣菜「はい指名料は私が頂きまーす!!」

美穂「ずるいです李衣菜ちゃん!私も欲しいもん!」

李衣菜「半々で分けよ?」

美穂「よくよく考えれば李衣菜ちゃん何もしてないよね?」

李衣菜「じゃあ私もサービスしちゃう?」

美穂「だ、ダメッ!」

李衣菜「じゃあ私が半分貰うで良いよね?」

美穂「仕方ありません……」

P「いや払わねぇよ」

酔っ払い二人を引き剥がしてリビングに押し戻し、グラスにビールを注いであげる。

二人がそれを傾けてるあいだに、さっさとシャワーを浴びるとしよう。

蒸し暑くなってきたこの頃、冷水を頭から浴びて身体を洗う。

ふぅ……冷たい水がとても心地良い。

リビングの方から、大ボリュームの二人の会話が聞こえてきた。

李衣菜「あっ美穂ちゃん!それ私のエイヒレ!」

美穂「名前書いてない方が悪いと思いますっ!!」

李衣菜「じゃあ美穂ちゃんのビールに私の名前書く!」

美穂「だめっ!それはPさんの分ですっ!」

李衣菜「じゃあ美穂ちゃんに李衣菜って書いとくから!」

美穂「それもダメですっ!わたしはPさんのものだもんっ!」

李衣菜「うっひょぉぉおっ!ビールが美味い!!」

美穂「きゃーっ!恥ずかしいです!はい!ビールがおいしい!」

李衣菜「美穂ちゃんそのビールPさんの分って言ってたよね?!」

美穂「バレなければセーフです!」

……あれに混ざりたくない。

二人が寝落ちするまで浴室で待とうか、少し本気で検討した。

82 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 01:21:22.18 ID:NHBxFJ/q0

李衣菜「ささっ、Pさんどうぞどうぞ」

P「あっ、どうも」

美穂「へー。Pさん、わたし以外がお酌したお酒を飲んじゃうんですねー……」

P「……えぇ……」

李衣菜「飲まないんですかー?」

P「飲むけど……」

美穂「ダメですっ!それはわたしが飲みます!」

グラスを引ったくられて、俺のビールは美穂のものとなった。

こいつらかなり酔ってるけど、明日朝本当に大丈夫なんだろうか。

平日だぞ?美穂お前一限あるよな?

P「李衣菜は大丈夫なのか?明日講義は」

李衣菜「うっへっへー、講義が怖くて美穂ちゃんと飲めるかってんですよ!」

P「……うん、そっか」

色々と、ごめん。

美穂「あっ、李衣菜ちゃんとPさんの分のビールがもうありませんっ!」

李衣菜「あれ?そっちにまだ缶何本かあるよね?」

美穂「これはわたしの分だもんっ!」

P「……いいよ、お茶飲むから」

美穂「わたしのお酒が飲めないって言うれすか?!」

P「……飲むよ」

美穂「だめですっ!わらしのだもんっ!」

どうしろと。

いやほんと、どうしろと。

P「んじゃ、後で俺が買ってくるよ」

李衣菜「あ、私もお供しますよ」

美穂「あーデートだー!浮気!浮気ですPしゃん!!」

P「……しないぞ?」

一瞬ドキッとしたのは内緒にしておこう。

にしても美穂、めっちゃ酔ってるな。

俺と飲む時はもっと強かった筈だけど、李衣菜と飲むといつも以上にテンション上がって飲みすぎるんだろうか。

李衣菜「ふぅ……私もそろそろ酔い覚まし始めないと、終電逃しちゃいそうですね」

P「時間は大丈夫か?」

李衣菜「今は……21時過ぎですね。まだまだ大丈夫ですっ!最悪タクシー使いますから!」

P「そん時は俺が出すよ」

李衣菜「それじゃ美穂ちゃん、私とPさんでコンビニ行くけど何か欲しいものある?」

美穂「Pしゃんのおち」

李衣菜「さっ、行きますよPさん!」

P「おう、ほんと色々ごめん」

美穂は明日少しお説教な。

83 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 01:22:14.34 ID:NHBxFJ/q0




李衣菜「ふぅ……最近、だいぶ暑くなってきましたよねー」

P「だな。夜風が涼しいわ」

李衣菜と並んでコンビニまで歩く。

家が暑過ぎたからだろうか、夜の風はとても心地よかった。

李衣菜「冷房つけようとしたら、美穂ちゃんに『節電ですっ!』って扇風機しか使わせて貰えなくて……」

P「はは、美穂らしいな」

李衣菜「羨ましいくらいのイチャイチャカップルですね」

P「可愛いだろ、うちの美穂は」

李衣菜「私、美穂ちゃんとアイドルユニット組んでた事あるんですよ。羨ましいですか?」

P「実は俺、そのユニットのプロデューサーだったんだ」

李衣菜「うっひょー!凄い縁ですね!!」

P「……酔ってるなぁ」

李衣菜「……ちょっと恥ずかしいですね。私も、あの頃ほど若くは無いですから」

P「そんな事無いさ。いやまぁ、成長してないって意味じゃないぞ?」

二十歳を超えた李衣菜は、それはもう大人っぽくなっていた。

ユニット結成当初はもっと幼かった気がするんだけどなぁ。

今ではもう立派なレディと呼んでも差し支えないくらい。

李衣菜「へへ、どうですか?中身は兎も角、見た目は結構大人っぽくなったと思うんですよ」

P「うん、凄く綺麗だと思う」

李衣菜「いやっほーう!今の言葉、後で美穂ちゃんに自慢しちゃいますからね!」

P「やめて、マジで。お前さては酔ってるな?」

李衣菜「酔い覚ましも兼ねてコンビニまで歩いてるんでーす」

それにしても、本当に美穂と李衣菜は仲が良いな。

大学違うのに、殆ど毎週の様に飲んでるだろ。

李衣菜「ズッ友ですからね!」

P「んふっ」

李衣菜「美穂ちゃんに」

P「ごめんて」
84 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 01:22:44.43 ID:NHBxFJ/q0


李衣菜「ふぅ……最近、だいぶ暑くなってきましたよねー」

P「だな。夜風が涼しいわ」

李衣菜と並んでコンビニまで歩く。

家が暑過ぎたからだろうか、夜の風はとても心地よかった。

李衣菜「冷房つけようとしたら、美穂ちゃんに『節電ですっ!』って扇風機しか使わせて貰えなくて……」

P「はは、美穂らしいな」

李衣菜「羨ましいくらいのイチャイチャカップルですね」

P「可愛いだろ、うちの美穂は」

李衣菜「私、美穂ちゃんとアイドルユニット組んでた事あるんですよ。羨ましいですか?」

P「実は俺、そのユニットのプロデューサーだったんだ」

李衣菜「うっひょー!凄い縁ですね!!」

P「……酔ってるなぁ」

李衣菜「……ちょっと恥ずかしいですね。私も、あの頃ほど若くは無いですから」

P「そんな事無いさ。いやまぁ、成長してないって意味じゃないぞ?」

二十歳を超えた李衣菜は、それはもう大人っぽくなっていた。

ユニット結成当初はもっと幼かった気がするんだけどなぁ。

今ではもう立派なレディと呼んでも差し支えないくらい。

李衣菜「へへ、どうですか?中身は兎も角、見た目は結構大人っぽくなったと思うんですよ」

P「うん、凄く綺麗だと思う」

李衣菜「いやっほーう!今の言葉、後で美穂ちゃんに自慢しちゃいますからね!」

P「やめて、マジで。お前さては酔ってるな?」

李衣菜「酔い覚ましも兼ねてコンビニまで歩いてるんでーす」

それにしても、本当に美穂と李衣菜は仲が良いな。

大学違うのに、殆ど毎週の様に飲んでるだろ。

李衣菜「ズッ友ですからね!」

P「んふっ」

李衣菜「美穂ちゃんに」

P「ごめんて」
85 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 01:23:34.21 ID:NHBxFJ/q0


うぃーん

コンビニに入る。

とても涼しい。

ここに住みたくなった。

李衣菜「Pさんはビールで良いですかー?」

P「おう。あ、カゴは俺が持つよ」

李衣菜「お願いしまーす」

P「美穂の分は……ストロングO飲ませてさっさと寝かせるか」

李衣菜「まさか、そのまま襲ったり……」

P「しないよ。怒られるし」

李衣菜「…………既にやった事あるみたいな言い方ですね」

P「…………ノーコメントで」

いやだって、普段は逆だし。

一度だけ美穂が先に潰れた時、ちょっと魔が差したと言うか……

P「つまみはどうする?」

李衣菜「浅漬けとかで良いんじゃないですか?」

P「だな、あと枝豆とキムチでも買ってくか」

李衣菜「シャボン玉とか買って行きませんか?」

P「ベランダでやってくれよ」

李衣菜「コロッケとか食べたくなりません?」

P「後で李衣菜を駅に送るから、そん時にしないか?」

李衣菜「りょーかいでーす!」

なんやかんや、カゴがだいぶ埋まってしまった。

お酒はまぁ、買い過ぎてもそのうち美穂が飲むだろう。

ぶーん、ぶーん

李衣菜「あ、すいませんちょっと電話です」

P「おっけ、支払い済ませとくから外で待っててくれ」

李衣菜がコンビニの外へ出て行った。

俺はそのままレジの列にならぶ。

あ、ポイントカード忘れた。

なんだかとても損した気分になる。

店員「ポイントカードはお持ちですか?」

P「あ、ポイントカード無いです」

無いんじゃない、忘れただけだ。

なんて屈辱的な気持ちだろう。

家にあるのに無いと言わなければならないなんて。

店員「あざっしたー」
86 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 01:24:15.75 ID:NHBxFJ/q0



うぃーん

とても微妙な気分でコンビニを出る。

P「……あれ?李衣菜?」

見れば、李衣菜はまだ電話していた。

李衣菜「……落ち着いて?ゆっくりでいいから、うん。大丈夫大丈夫」

大学のお友達だろうか。

李衣菜「……ん、今?美穂ちゃん達と飲んでて、今Pさんとコンビニに買い出しに来てたとこ」

P「……加蓮か?まゆ?智絵里?」

李衣菜「加蓮ちゃんです。なんだか相談したい事があるみたいで……あーごめんごめん。それで……?」

加蓮からの連絡か。

相談と言っていたが、夕方ごろ話してた件の事だろうか。

李衣菜「えっ?うん、今となりにPさんが……あっ、ちょっ!加蓮ちゃん?!」

P「ん、どうかしたのか?」

李衣菜「……切られちゃいました」

李衣菜が此方へ向ける画面には、加蓮ちゃん、そして通話終了の文字。

李衣菜「Pさんが何かしたんですか……?」

P「……いや、分からん……」

李衣菜「加蓮ちゃん、泣いてたんです。どうしよう、助けて李衣菜、って……」

加蓮が、そんなに悩んで……

李衣菜「すっごく追い詰められた感じの声でした。仕事の方で何かあったんですか?」

P「……それも分からない」

李衣菜「写真が、とか。美穂に、とか。そんな事を言ってたんですけど……」

P「っ、それは…………どういう事なんだろうな……」

心地よかった筈の夜道が、一瞬にして重苦しくなった。

背筋が冷え、身体中から汗が吹き出る。

……心当たりは、当然あった。

焦る加蓮、連絡、写真、美穂。

ちひろさんとの会話を思い返す。

加蓮が俺に対して相談しなかった事を思い出す。

バラバラだった点が、一本の線で繋がってしまった。
87 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 01:24:55.50 ID:NHBxFJ/q0


李衣菜「……話辛い事みたいですね」

P「いや、えっと……」

まゆは確か、加蓮にラインが届いたと言っていた。

であれば、件の写真を送ってきたのは加蓮のラインを知っていた事になる。

あぁ、そして、それなら。

ちひろさんの仕事用のメールアドレスを知っていても、おかしくない。

……いや、これはまだ憶測の域を出ない。

まだ結論を出すには早過ぎる。

きちんと、加蓮から話を聞くべきだ。

ぶーん、ぶーん

今度は、俺のスマホが震えた。

P「……ちひろさんか。すまん、李衣菜。荷物は俺が持ってくから先に帰っててくれ」

李衣菜「……はい」

李衣菜が角を曲がったのを確認した後、通話を開始する。

P「もしもし、おはようございますちひろさん」

ちひろ『……おはようございます、プロデューサーさん。今、時間の方は大丈夫ですよね?』

P「はい……何かありましたか?」

ちひろ『IPアドレスの解……ごほんっ、メールの送信元が分かりました』

P「……それは……」

ちひろ『…………それが、その……信じ難いとは思いますが……』

あぁ、なんだろう。

嫌な予感だけが、次々と当たってしまう様な感覚。

きっとこれは、外れてくれない。

P「……俺の知ってる人だったんですか?」

ちひろ『はい、それで……落ち着いて聞いて下さい』

P「……はい」
88 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 01:25:34.44 ID:NHBxFJ/q0


すーっ、っと。

ちひろさんは、大きく息を吸って。

ちひろ『……緒方、智絵里です。同姓同名と言う可能性に賭けてみますか?』

P「…………」

信じたく無かった。

けれど、智絵里なら可能だという事も分かっていた。

加蓮のラインを知っていて、ちひろさんの仕事用アドレスを知っていて。

そういえば、俺と智絵里の事がばれて加蓮に呼び出されたが。

そもそも、加蓮の家の近くの店を指定してきたのは、智絵里の方だった。

ちひろ『何故智絵里ちゃんが写真を撮ったのかも、こんな事をしたのかも全く分かりません。ですが……』

P「……すみません。落ち着く時間を頂けますか?」

ちひろ『あっ、すみません……流石にショックですよね……』

P「……すみません。すぐ、掛け直します」

ぴっ

一旦通話を切って、俺は路上に崩れ落ちた。

膝に力が入らない。

飲んでもいないのに吐き気がこみ上げる。

最悪だ。

終わりじゃ、無かった。

あの一週間で終わるだなんて、そんな考えは甘かった。

視界が歪む、地面が傾いてる気がする。

加蓮は何を悩んでいる?

李衣菜経由であやふや過ぎる情報だが、加蓮は『美穂に』と言っていたらしい。

智絵里は加蓮に対して何を言った?

そもそも、なんで。

智絵里は、なんでちひろさんだけに写真を送った?

加蓮から話を聞かなければならない。

話してくれるか分からないが、それでも何か情報を……
89 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 01:26:02.43 ID:NHBxFJ/q0



プルルルル、プルルルル

P「……くそっ!」

繋がらなかった。

誰かと通話中らしい。

なんでこのタイミングで……!

ちひろさんが加蓮に連絡したのか?

だとしたら、加蓮が俺と智絵里の事を話さないでくれてると良いが……

P「落ち着け……ふぅ……」

現時点で、ちひろさんは俺と智絵里の事を知らない。

知られたくも無いが、それを隠した上でどこまで上手く説明出来るだろうか。

俺は今、何が出来る?

何をすべきだ?

P「…………智絵里に、話を聞くか……」

プルルルル、プルルルル

智絵里『……はい、もしもし』

思いの外早くに、智絵里は通話に応じた。

P「あ、夜遅くにすまん。俺だ」

智絵里『……どうかしましたか……?』

P「えっと……ちょっと聞きたい事があるんだが、今大丈夫か……?」

智絵里『…………そっか……ごめんなさい、今ちょっと手が離せなくって……』

P「ん、そうか……んじゃ、また明日掛け直させて貰うよ」

智絵里『…………はい』

ピッ

通話を終え、俺は大きく息を吸い込んだ。

P「…………ふぅ……」

兎に角、家に帰るまでに平常心を取り戻さないと。

美穂にだけは、絶対にバレる訳にはいかないんだ。

大丈夫だ、帰ってさっさとビールを流し込めばマイナスな事なんて考えずに済むから。

P「……よし」

夜道、大きく家へと踏み出す。

思いの外、家までの道のりは長かった。

90 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/07/22(日) 11:03:23.71 ID:1wAMG2k4O
拡散希望
【SS掲載拒否推奨】あやめ速報、あやめ2ndは盗作をもみ消すクソサイト



SSを書かれる際は掲載を拒否することを推奨します


概略1

現トリップ◆Jzh9fG75HAは

混沌電波(ちゃおラジ)なるSSシリーズにより、長くの間多くの人々を不快にし

また、注意や助言問わず煽り返す等の荒らし行為を続けていたが

その過程でついに、ちゃおラジは盗作により作られたものと露呈した



概略2

盗作されたものであるためと、掲載されたシリーズの削除を推奨されたSSまとめサイト「あやめ2nd」はこれを拒否

独自の調査によりちゃおラジは盗作に当たらないと表明

疑問視するコメント、および盗作に当たらないとの表明すら削除し、

盗作のもみ消しを謀る


概略3

なおも続く追及に、ついにあやめ2ndは掲載されたちゃおラジシリーズをすべて削除

ただし、ちゃおラジは盗作ではないという表明は撤回しないまま

シリーズを削除した理由は「ブログ運営に支障が出ると判断したため」とのこと




SSまとめサイトは、SS作者が書いたSSを自身のサイトに掲載し、サイト内の広告により金を得ている

SSまとめサイトは、SSがあって、SS作者がいて、はじめて成り立つ


故に、SSまとめサイトによるSS作者に対する背信行為はあってはならず、

SSにとどまらず創作に携わる人全てを踏みにじる行為、盗作をもみ消し隠そうとし

ちゃおラジが盗作ではないことの証明を放棄し、

義理立てすべきSS作者より自身のサイトを優先させた

あやめ速報姉妹サイト、あやめ2ndを許してはならない



あやめ速報、あやめ2ndは盗作をもみ消すクソサイト


SSを書かれる際は掲載を拒否することを推奨します
91 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 20:50:03.62 ID:ZGZ+MBEPO

六月二十五日、月曜日。

バタンッ!

加蓮「おっはよー!」

今朝の占いで恋愛運が絶好調だった私は、とても機嫌良く事務所のドアを開けた。

まゆ「うげぇ」

……は?反応酷くない?

私の気分が良いんだからまゆも喜ぶべきでしょ。

加蓮「は?」

ちょっと威圧してみた。

多分喜んでは貰えないと思うけど。

P「……おはよう、加蓮」

ちひろ「……おはようございます、加蓮ちゃん」

加蓮「なんでそんなに皆んな引いてるの……?」

あっれ、おっかしいな……なんで私が喜んでるのにみんなテンション低いんだろ?

まゆ「加蓮ちゃんがハイテンションな時のめんどくささを良くご存知だからですよぉ」

加蓮「は?私の何処がめんどくさいの?純粋さと手のかからなさが美人に宿ってお洒落な服着た様な人間だよ?!」

P「……なんかあったのか?」

加蓮「なんだと思う?逆に聞くけど、なんで今私がこんなに気分良さそうに話してるんだと思うの?!」

そーゆーとこ分からないの、実にプロデューサーって感じだよね。

加蓮「ま、今朝の星座占いで恋愛運が絶好調だったからなんだけどね」

叶う事は無いって分かってても、やっぱり嬉しいものは嬉しいし。

想い人には既に相手がいるって分かってても、それでも今日は良い事あったらいいなーなんて考えちゃう乙女な訳だし。

え、乙女って歳でもない?ぶん殴るよまゆ。

まゆ「なんだか謂れのない暴力を振るわれた気がしますねぇ……」

P「下らな……」

よし、殴るのはプロデューサーの方にしよっと。

加蓮「あ、まゆは最下位だったよ」

まゆ「同じ星座なのにそんな事あると思ってんですか?」

加蓮「え、同じ星座なの?」

まゆ「既に色々な矛盾が生じてる事を理解出来てますか?」

ま、まゆと私が星座同じって事くらい知ってるけど。

私の方が二日お姉さんなんだよね。

ほら敬って崇めて諂いなよ。

私の方がお姉さんだから。

加蓮「じゃあ私矛やるからまゆ盾持って」

まゆ「まゆも矛が良いです」

加蓮「それといつも思うけど、最強の盾とかワザワザ真正面から挑むのアホらしいよね」

まゆ「それに関してはとても同感ですねぇ」

ちひろ「ふふ、楽しそうですね」

P「混ざりたくは無いですけどね」

さて、それじゃ。

今日は久々のまゆと二人でのレッスン。

気張って頑張らないとね。
92 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 20:50:37.47 ID:ZGZ+MBEPO



加蓮「ぐえぇ……辛い……」

まゆ「っふぅぅぅ……加蓮ちゃんはまだまだですねぇ……うっ、っぷぅ……」

加蓮「床にへばり付いてる奴が言っても説得力だよ」

まゆ「それあるんですか?無いんですか?」

床に伸びてるかつてまゆだった物を眺めながら、私は壁に背を預け腰を下ろした。

うん、すっごく疲れた。

これまだ後三時間あるの?ギャグでしょ。

ピロンッ

加蓮「あっ!ポテトのクーポン届いた!!まゆ、この後も頑張るよ!!」

まゆ「やっすい女ですねぇ……」

加蓮「五十円引きだよ?!一円が五十枚だよ?!!?!」

まゆ「いや安いじゃないですかぁ……」

加蓮「知らないの?一円に笑うものは……なんだっけ?百円で大笑い?」

まゆ「幸せな人生ですねぇ」

加蓮「クーポン、一回で二枚まで使用可能だけどまゆもこの後食べに行く?」

まゆ「あら、加蓮ちゃんからのお誘いなんて珍しいですねぇ」

加蓮「そうでもなくない?」

まゆ「うふふ、確かにそうでした」

私とまゆが仲悪かったのって本当に最初の頃だけだしね。

じゃなきゃプロデューサーと美穂が結ばれてユニット解散の話になった時も、お互い二人で続けたいだなんて言わないし。

ピロンッ

加蓮「ん、またクーポンかな」

まゆ「次はどこのポテト屋さんですかぁ?」

加蓮「覗き込んで来ないでって、プラシーボの侵害だよ」
93 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 20:51:22.38 ID:ZGZ+MBEPO


ん、智絵里からだ。

珍しいね、智絵里から私にラインだなんて。

っていうか半年ぶりとかなんじゃない?

まゆ「……あら……?」

加蓮「えっ…………?」

息が止まるかと思った。

スマホを落とさなかったのは奇跡だと思う。

座ったままで良かった、じゃないと多分倒れてたと思うから。

加蓮「うそ…………でしょ…………」

智絵里から送られて来たのは、一枚の画像だった。

なんて事ない、私とプロデューサーの写った写真。

多分それだけなら、私は既に何十枚も撮ってる。

けど、この写真は。

一週間前に、ちひろさんに送られて来た……

まゆ「……加蓮ちゃん、この写真はなんですか?」

加蓮「えっ、っと……その……」

上手く言葉を発せなかった。

言える訳がない。

私とPさんが、身体を重ね合う為にホテルに向かってる写真だなんて。

二人で頑張ってきたまゆ相手に、担当プロデューサーそういう関係になった時の写真だなんて。

意識が飛びそうになる。

私がPさんに智絵里との画像を見せた時、こんな気持ちだったのかな。

本当に酷い事をしちゃってたんだな、なんて。

そんな事を考える余裕は、その時の私にはなかった。

加蓮「……なんで……智絵里が……」

まゆには見えない様に、震える手でスマホを顔の近くまで寄せる。

智絵里『なんでわたしが、ワザワザ加蓮ちゃんの最寄駅にPさんを誘ったと思ってるんですか?』

智絵里『思い通り過ぎて、ちょっと怖かったです』

智絵里『わたしだって、本当はこんな事したくなかったけど……』

智絵里『……Pさんの担当から、外れてくれませんか……?』

智絵里『別の部署に移っても、多分Masque:Radeとしての活動は続けられると思うから……』

智絵里『ダメだった時は……それは、しょうがないよね』

智絵里『あ、誰にも相談しないで下さい』

智絵里『わたし、本当は美穂ちゃんにこの画像を送りたくないから……』

連続で送られてくるラインは、あまりにも冷淡で。

通知の度に震えるスマホが無ければ、きっと私は現実に戻って来れなかった。

うそ……うそ……

そんなの、やだ……

Pさんと離れる事になるなんて、絶対……
94 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 20:51:55.80 ID:ZGZ+MBEPO



まゆ「……大丈夫ですか?加蓮ちゃん……」

心配そうに声を掛けてくれるまゆ。

その声で安心する日が来るなんて思わなかった。

加蓮「ごめん……ちょっと、しんどいかも……」

でも、私が何もしなければ。

きっと智絵里は、美穂に写真を送っちゃう。

それも、ダメ、嫌。

Pさんが悲しむ、美穂も悲しむ。

私がそんな事を望んでる訳が無い。

でも、それじゃ……

加蓮「……私……どうしたら……」

まゆ「……加蓮ちゃん……えっと、まゆはちゃんと事情を把握してる訳では無いですが……」

震える私の手を。

ぎゅっ、っと。

優しく握ってくれて。

まゆ「大丈夫です、加蓮ちゃん。まゆは加蓮ちゃんの味方です」

加蓮「まゆ……」

なんだか、泣きそうになっちゃった。

握られた手のあったかさが、冷え切った私の気持ちを温めてくれる。

加蓮「……ありがと、まゆ」

まゆ「いえいえ、それと……本当は不本意ですが……」

すーっと、大きく息を吸って。

まゆ「うふふ、おめでとうございますっ!」

加蓮「えっ?」

まゆ「やっと、Pさんと結ばれたんですよね?」

加蓮「いや、そういう訳じゃ……え?やっと……?」

なんだか分からないけど、まゆに祝われた。

……やっと、って……どういう意味?
95 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 20:52:40.42 ID:ZGZ+MBEPO



まゆ「誰にも内緒にしとけって言われてたんですが……実はPさん、本当は加蓮ちゃんの事が大好きだったんですよ?」

加蓮「えっ…………何それ…………?」

私知らないんだけど。

まゆ「いつPさんが美穂ちゃんと別れたのかは分かりませんが……加蓮ちゃんとPさんが結ばれたのであれば、まゆは全力で応援します!」

……Pさんが……私の事を……

……なーんだ。

それならもしかして、悩む必要も無いんじゃない?

Pさんが、本当は私と結ばれたかったんだとしたら。

別にこれ、送られても良くない?

……いやいや、ダメでしょ。

今Pさんは美穂と付き合ってる訳だし、その関係を自分で引き裂きたくなんて……

こうやって迷ってる時点で、美穂を裏切ってる事になるんだよね。

でも、きっと……

……これが、最後のチャンスだから……

この画像が美穂に送られたら、きっと美穂とPさんは別れる事になると思う。

そしたら、Pさんは気兼ねなく私と付き合えるんじゃない……?

……どうしよう……

まゆ「李衣菜ちゃん達もきっと祝ってくれる筈で……あら?どうかしましたかぁ?」

加蓮「……ちょっと悩んでる。ま、この後のレッスンも頑張ろっか」

まゆ「さっきよりは元気になった様で何よりです」

加蓮「まぁね、ありがとまゆ」

まゆ「うふふ。まゆは、加蓮ちゃんの事が大好きですから」

加蓮「キモッ」

まゆ「あの」

……うん、元気でた。

ありがと、まゆ。

96 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 20:53:41.79 ID:ZGZ+MBEPO



コンコン

ガチャ

加蓮「ふぅ……お疲れ様」

帰る前に、部屋に寄って少しちひろさんに確かめたい事があった。

あの画像が送られて以降、何かしらの連絡があるかどうか。

……なんだけど。

P「おつかれ、加蓮」

ちひろ「お疲れ様です、加蓮ちゃん」

加蓮「あっ……プロデューサー、まだ居たんだ」

いつもだったら帰ってる筈の時間だったのに、まだプロデューサーが居た。

その瞬間、さっきまでの考えなんて全部消し飛んだ。

……何が、Pさんは気兼ねなく私と付き合えるんじゃない、よ。

無理だよ……Pさんを裏切る様な事、したくない……

こうやって笑顔で出迎えてくれるだけで、私は満足だから……

……あれ?

でも、担当を外れたらそれも叶わなくなるんじゃない?

なら、いっそ……

……どうしよう……無理だよ、選べる訳無いじゃん。

ただでさえ私のせいで辛い思いさせちゃったのに、また私のせいでなんて……

加蓮「……まぁ良いや、私はもう帰るから。じゃあね」

私はそれ以上、Pさんの顔を見てられなかった。

苦しいから、辛いから。

P「ん、もう帰るのか。久々のダンスレッスンで疲れただろうし、少しゆっくり休んでけば」

加蓮「大丈夫だから、また明日ね」

97 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 20:54:07.76 ID:ZGZ+MBEPO



バタンッ

部屋を出て、壁に背を預けて倒れこむ。

加蓮「……私……どうすれば良いんだろ……」

自分の愚かさに泣きそうになっちゃって。

でも、どうすれば良いのかわかんなくって……

まゆ「……加蓮ちゃん」

加蓮「……まゆ……」

部屋に戻って来たまゆが、倒れ込んでる私に気付いて。

私を、優しく抱き締めてくれた。

まゆ「……まゆに相談し辛い事があるなら、李衣菜ちゃんに相談してみたらどうですか?」

加蓮「…………うん」

まゆ「まゆに相談して貰えないのは寂しいですが……加蓮ちゃんには、笑顔でいて欲しいですから」

……あぁ、もう……まったく。

まゆ、こんなに優しかったなんて。

私、相方に恵まれてたんだね……

加蓮「……うん。ありがと、まゆ」

まゆ「あ、今の録音して良いですかぁ?」

加蓮「そのうち、ね」

まゆ「冗談で……え、マジですかぁ?」

加蓮「うん、マジ」

まゆ「まゆですよぉ」

加蓮「うん、まゆ」

まゆ「ちょっと今バカにしてませんでしたかぁ?」

加蓮「……ふふっ、本当にありがとね、まゆ!」

まゆ「……うふふ、力になれ……はしませんでしたが、笑顔になって貰えて何よりです」

加蓮「ううん。力になってくれてるよ、まゆは」

まゆ「今録音の準備したのでわんもあーぷりーず!」

加蓮「じゃあね、まゆ」

……よし、それじゃ。

ポテト食べに寄って景気つけて。

少しだけ、ワガママになろうかな。

98 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 20:54:36.50 ID:ZGZ+MBEPO



夜、シャワー浴びて、ベッドに寝っ転がって。

大きく息を吸って、吐いて。

もう一回吸って、吐いて。

李衣菜に通話を掛けようとして、スマホを閉じた。

私が今からしようとしてるのは、本当にただのワガママで。

でも、そのワガママすら言うのには勇気が必要で。

李衣菜を自分のワガママに巻き込むのが申し訳なくて。

なにより、これで私の想いは終わりだって分かってるから。

すっごく、勇気が必要で。

『大丈夫です、加蓮ちゃん。まゆは加蓮ちゃんの味方です』

『うふふ。まゆは、加蓮ちゃんの事が大好きですから』

『加蓮ちゃんには、笑顔でいて欲しいですから』

……うん。

これで、最後のワガママ。

もう絶対に来ないチャンスを捨てて、諦めて。

それでもこれからを、笑顔で過ごす為に。

加蓮「……ごめんね、李衣菜……っ」

美穂と一番仲の良かった衣菜ならきっと、私の事を叱ってくれる。

怒ってくれる、咎めてくれる。

そして私は、多分泣いて八つ当たりするけど。

それで全部、諦められる筈だから。

ピッ

私は、李衣菜に電話を掛けた。

ワンコール、ツーコール。

響く音の回数が増える度に、通話を切りたくなる気持ちも膨らんでく。

それでも、もう。

諦める為に、諦めたくないから。

99 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 20:55:08.10 ID:ZGZ+MBEPO



李衣菜『はいはーい。もしもし、加蓮ちゃん?』

李衣菜の声が聞こえて来た。

気持ちは固まってた筈なのに、それだけで一気に心がぐちゃぐちゃになる。

加蓮「あっ、えっと、ね?今大丈夫?」

李衣菜『ん、大丈夫だけど』

加蓮「あの……さ、えっと……あのね……?私ね……?」

李衣菜『ん?大丈夫、加蓮ちゃん』

だめそう。

全然言葉がまとまらない。

さっきまで、ちゃんと言うべき事を決めてたのに。

加蓮「あのね?私、美穂を裏切る様な事しちゃって……!それで、写真撮られちゃって……!」

李衣菜『え?ごめん、理解が追い付かないんだけど……』

加蓮「私、すっごく自分勝手な事してて!美穂に写真送られたく無いから、誰にも相談出来なくて!助けてよ、李衣菜!!」

李衣菜『……落ち着いて?ゆっくりでいいから、うん。大丈夫大丈夫』

加蓮「……うん、ごめん……本当は今から会えたら良かったんだけど……だめ?」

李衣菜『ん、今?美穂ちゃん達と飲んでて、今Pさんとコンビニに買い出しに来てたとこ』

…………え?

李衣菜『加蓮ちゃんです。なんだか相談したい事があるみたいで……あーごめんごめん。それで……?』

嘘……なんでこんな時に……

加蓮「……Pさん、近くに居るの……?」

李衣菜『えっ?うん、今となりにPさんが……あっ、ちょっ!!』

ピッ

私は、通話を切った。

……なんで……頑張って覚悟を決めたのに……

そんな時に限って、李衣菜が美穂とPさんと一緒にいるなんて……

どうしよう……李衣菜が今の事をPさんに話しちゃったら。

私、智絵里からなんて事は言ってないよね?!大丈夫だよね?!

もし言ってたとして、Pさんが智絵里に尋ねちゃったら……!

せめて私の方から、心配しなくて良いって伝えないと!
100 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 20:55:41.08 ID:ZGZ+MBEPO


ぶーん、ぶーん

こんな時に限って誰!!

加蓮「もしもし?!」

ちひろ『あ、おはようございます加蓮ちゃん。今、大丈夫ですか?』

電話の相手はちひろさんだった。

なんで、こんな時に……

もしかして、夕方私が素っ気なかったから心配してくれたのかな……

ちひろ『先日の写真の件で、そちらに何かメールが届いたりはしてませんか……?』

なんで今、そんな事……

……まさか……っ!

加蓮「それ、今私に言うって事は……誰からのメールだったか、分かったって事……?」

ちひろ『……どうやら、既にアクションがあったみたいですね。はい、そうなります』

加蓮「……っ!それ、プロデューサーには!」

ちひろ『既に伝えてあります。とてもショックを受けてたみたいで……加蓮ちゃん?加蓮ちゃんっ?!』

ピッ

……最悪の事態じゃん。

タイミング悪過ぎるよ……

Pさん、もう絶対智絵里に連絡してるじゃん。

ピロンッ

智絵里『相談しちゃったんですね。加蓮ちゃんならもしかしたら、美穂ちゃんの事なんて考えないって思ってました』

早いよ、智絵里。

もう、返す気力も無い。

智絵里『もう美穂ちゃんに写真送っちゃったけど……加蓮ちゃんがそれを選んだんだから、仕方ないよね?』

増えてくスマホの通知に、もうロックを解除するのすら億劫だった。

もう、良いよ。

何もしてないのに、全部手遅れじゃん。

ここまで来たら吹っ切れるしかない。

美穂にも、李衣菜にも嫌われるだろうけど。

Pさんならきっと、分かってくれるし。

まゆならきっと、私の味方になってくれる。

……うん、良いんじゃないかな。

なーんだ、悩む必要なんて無かったじゃん。
101 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 20:56:11.64 ID:ZGZ+MBEPO



プルルルル、プルルルル

私は、まゆに電話を掛けた。

多分、まだ起きてるでしょ。

ピッ

加蓮「あ、もしもしまゆー?」

よし、起きてた。

加蓮「聞いてよまゆ、実はさー」

今回の件を全部話すつもりだった。

これからの事も相談するつもりだった。

ついでに私とPさんの関係の応援よろしくねー、なんて。

そんな風にふざけた会話をしたくて。

……それが出来たら、どれだけ良かっただろうね。

まゆ『……加蓮ちゃん……っ』

加蓮「ん、何?」

まゆの声は、震えてた。

まるで、泣いてるみたいに……

まゆ『まゆは……加蓮ちゃんの事、信じてたんです……!』

加蓮「…………え?」

まゆ『本当の仲間だと思ってました……加蓮ちゃんなら、応援したいって……心の底から思えたのに……!』

加蓮「待って待って!何の……」

まゆ『Pさんと浮気?!Pさんには美穂ちゃんがいるのに?!あの人にそんな辛い思いをさせたんですか!!』

加蓮「……ぁ……」

なんで知ってるのかは、もう良い。

そうじゃなくて、まゆが……

まゆ『信じてたのに!まゆは!加蓮ちゃんの事を信じてたんです!!なのに……!』

加蓮「ちが、待ってまゆ!」

まゆ『ずっと心の内で笑ってたんですよね?なんにも知らないまゆを!まゆは本気で、加蓮ちゃんを……大切な人だと思ってたのに……!うぅぅぁぁっ!!』

それから、まゆの泣き声だけがスピーカーから響いて来て。

自分がしてしまった事の大きさを理解するには、あまりにも遅過ぎた。

まゆ『嫌いです……加蓮ちゃんなんて、大っ嫌いです!』

加蓮「まゆ…………」

まゆ『もう二度と会いたく無い!顔も見たくありません!!』

加蓮「ぁ……うそ…………」

まゆは、私の味方な筈で……

まゆ『……さよなら、加蓮ちゃん……今までの楽しかった思い出は……全部、ニセモノだったんですね』

通話が切れた。

102 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 20:56:44.97 ID:ZGZ+MBEPO


……あーあ。

まゆにまで嫌われちゃったじゃん。

ずっと味方だって言ってくれてたのに、嘘じゃん。

嘘つきじゃん。

なんで私だけこんな色々言われなきゃいけないの?

もうMasque:Radeの活動とか無理でしょ。

もう、まゆに会えないじゃん……

加蓮「…………ぁ…………」

もう、戻れないんだ……

私、まゆの事まで裏切ってたんだ……

それなのに、味方でいてくれるなんて優しい言葉を掛けて貰ってて。

そんなまゆにまで……

加蓮「ぁぁぁぁぁっ……うぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」

もう、なんにも考えたくない。

全部、私が悪いから。

最後に届いてたPさんからの連絡は、なんだったんだろ。

……もう、いいや。

私は、スマホの電源を切った。




103 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 21:00:30.75 ID:ZGZ+MBEPO





部屋に戻ると、美穂と李衣菜が飲んでいた。

美穂「お帰りなしゃい、Pしゃぁぁっ!」

なんか威圧された。

まぁ美穂がどれくらい酔っているかは、ゴミ袋に投げ捨てられた缶の本数が物語っている。

李衣菜「あー、お帰りなさいPさん。電話大丈夫でした?」

美穂「え、電話?!わらしからのラブコールれすかっ?!」

P「うん美穂、お前もう寝ような」

美穂「……まだまだ飲み足りません。もっと飲むもん!キリッ!」

李衣菜「……相当酔ってますね……」

P「悪いんだけど、美穂運ぶの手伝ってくれない?」

李衣菜「ん、りょーかいです!」

美穂「いーやーでーすー!レディーを寝室に連れ込むなんでそんなハレンチは許せます!!」

李衣菜「はいはいおやすみー美穂ちゃん」

李衣菜と俺で美穂を持ち上げ、ベッドに投げ込んだ。

あ、寝た。早い。

李衣菜「っふぅ……」

P「助かる、あと、うん。色々すまんな」

李衣菜「へへ、大丈夫ですって。いつもあんな感じですから……」

遠い目をする李衣菜。

大変申し訳ない。

完全に俺の監督不行き届きである。
104 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 21:00:56.25 ID:ZGZ+MBEPO




李衣菜「……それで、どんな話だったんですか?」

P「……まぁ、仕事の方でな」

李衣菜「嘘ですね。Pさん嘘つく時、一瞬目を逸らすんですよ」

P「……よく見てるな」

李衣菜「へへっ、今の嘘です。すみませんカマかけたりして」

……やられた。

あまりにもそれっぽく、尚且つ自信ありげに言うから騙されてしまった。

李衣菜「まぁ嘘つくって事は話辛い事でしょうし、私はあんまり深くは踏み込みませんけど……」

P「そうしてくれると助かるな」

李衣菜「……加蓮ちゃんの悩み、なんとか出来そうですか?」

P「……あいつに何があったのか分からないんだよな……」

半分は本当だ。

あいつに智絵里から件の写真を届いたのは、もうほぼ確定だろう。

しかし、その際どんなやりとりがあったのかまでは分からない。

智絵里には直ぐに電話を切られ。

加蓮とは現在連絡が取れずにいる。

李衣菜「……加蓮ちゃん、辛そうだったんで……とっても曖昧な言い方になっちゃいますけど、早くなんとかしてあげて下さいね?」

P「おう、そのつもりだ。明日会ったら出来る限り話してみるよ」

明日、会って話す。

……あまりにも楽天的過ぎた。

前提条件の設定が甘過ぎた。

それを俺は、身をもって知る羽目になる。

105 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 21:01:38.45 ID:ZGZ+MBEPO



P「おはようございまーす」

翌日、事務所へ着くと、なんだか空気が重かった。

連続して電話を掛けるちひろさん、ソファに沈み込むまゆ。

嫌な予感しかないが、それでも聞かないわけにはいかないだろう。

P「……何があったんですか?」

ちひろ「……あ、おはようございます、プロデューサーさん」

まゆ「……おはようございます……」

まゆまで暗い。

かつてここまでまゆが暗かった事があっただろうか。

ちひろ「……その、プロデューサーさん……」

P「…………はい……」

ちひろ「加蓮ちゃんと、連絡が取れないんです」

P「…………は?」

連絡が取れない?

忙しいとか撮影中とかの理由ではなく?

ちひろ「今日、加蓮ちゃんはレッスンです。ですが、いくら電話をしてもまゆちゃんがラインを送っても……反応が無いんです」

P「……俺も一応連絡してみます」

加蓮に通話を掛ける。

……繋がらない。

なんでた?着拒されてるのか?

P「まゆは……何か知ってたり……」

まゆ「ごめんなさい、プロデューサーさん……まゆは何も……」

P「あぁいや、まゆを責めてる訳じゃ無いんだ」

まゆ「ごめんなさい、力になれなくて……」

P「まゆこそ焦るよな……加蓮と連絡取れないなんて……」

ちひろ「体調が優れず、寝込んでいる……そう考えたくもなりますが。その……プロデューサーさん……」

その先の会話は、まゆちゃんには聞かれたくないですよね?

そう、ちひろさんは目で伝えて来た。

P「……まゆ。悪いけど、少し外して貰えるか?」

まゆ「……はい……加蓮ちゃん、ただのお寝坊さんだと良いな……」

寂しそうに、まゆは部屋から出て行った。

……そうとう不安なんだな。

それもそうか、今まで二人で頑張って来たんだから。
106 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 21:02:12.96 ID:ZGZ+MBEPO




ちひろ「……写真の件、良いですか?」

P「……はい」

ちひろ「あの後、智絵里ちゃんとは……」

P「電話を掛けてみましたが、直ぐに切られちゃいました……ちひろさんは、加蓮に?」

ちひろ「はい。とはいえ、加蓮ちゃんは既に知っていた様です」

P「…………」

やっぱり、か。

どうやら加蓮に送られてきたラインは、智絵里からのものでアタリらしい。

……外れてくれれば良かったのに。

ちひろ「……智絵里ちゃんが、何を望んでいるのか……プロデューサーさんは分かりますか?」

……分からなくはない。

おそらく智絵里が望んでいるのは、自惚れでなければ俺だ。

邪魔者を排斥して、俺とまた……

けれどそれを、言う訳にはいかない。

だってそしたら、俺が智絵里とも既に関係を持っていた事がちひろさんにばれてしまう。

P「……分かりません……なんで、こんな事を……」

ちひろ「……アイドルとしての加蓮ちゃんに嫉妬した、なんて理由では無いと思うんですが……」

P「ですよね……二人とも優劣なく、俺からしたら最高のアイドルでしたから」

ちひろ「……加蓮ちゃんには、なんてラインを送ったんでしょう……」

P「……それも分かりません……ですが、加蓮を追い詰めるような内容だった事は確かだと思います」

だが、智絵里の狙いはなんだったんだ?

というより、加蓮に何を望んだ?

俺から離れろ、か?

であれば、こうして加蓮と連絡が取れなくなった事で智絵里の望みはかなった訳だが。

……まだ、これで終わりでは無いだろう。

俺と加蓮の写った写真は、それ以外にも活用できる。

あの写真を美穂に送られてしまえば、俺と美穂の関係は終わりなのだから。

107 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 21:02:44.24 ID:ZGZ+MBEPO


ぶーん、ぶーん

俺のスマホが震えた。

ちひろ「っ!加蓮ちゃんですかっ?!」

P「あ、いえ……っ?!……智絵里、です……」

震える指で、通話ボタンを押す。

耳元に、ゆっくりスマホを運び……

ちひろ「……プロデューサーさん、スピーカーとマイク逆です」

P「……まじか……」

どうやら俺は相当焦っているらしい。

P「……もしもし、智絵里か?」

智絵里『あ、おはようございます、Pさん』

P「……おう、おはよう」

智絵里『えっと……昨晩はごめんなさい。直ぐに電話切っちゃって……』

P「あぁいや、それは別に良いんだ」

ありふれた智絵里との会話。

それが今は、ただ怖いだけだ。

あまりにもいつも通り過ぎる智絵里に、寒気すら感じた。

P「……なぁ、智絵里」

智絵里『あ、そうでした。Pさん、今夜二人でお食事してくれませんか……?』

P「…………は?」

お食事?今夜?

何言ってんだお前……

智絵里『……ダメ、かな……』

P「……どうして突然、そんな事……」

智絵里『えっ……?えっと……わたしが、Pさんと二人っきりでお話ししながらご飯食べたかったからですけど……』

……まぁ、きっとわかってるんだろう。

智絵里は、ちゃんと。

俺が、智絵里の誘いを断れないという事に。
108 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 21:03:50.35 ID:ZGZ+MBEPO



P「……分かった。何時に何処に行けばいい?」

智絵里『…………ところで、あの……今近くに、誰か居ますか……?』

P「……いや、別に俺一人だけど……」

智絵里『……そうですか。あ、場所は後でラインで送ります。時間は……お仕事が終わる目処が立ったら、連絡して下さい』

P「……あぁ、分かった」

ピッ

P「…………っふうぅぅぅ……」

一気に、疲れがきた。

あまりの疲労感に立っていられず、そのままソファに沈み込んでしまう。

ちひろ「……どうでしたか?智絵里ちゃんは……」

P「……今夜、話がしたいだそうです……」

ちひろ「……私は……ダメそうですよね?」

P「はい。二人きりの方が……話しやすいから、と」

ちひろ「……お願いしますね?プロデューサーさん」

P「……はい」

正直、気が滅入る。

けれど、俺がなんとかしないと。

このままにする訳にはいかないのだから。

まゆと加蓮が、また二人で笑顔で活動出来る様になるためにも。

まずは、智絵里と話さないと。

結局その日は、加蓮とは一切連絡が取れなかった。

109 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 21:04:17.57 ID:ZGZ+MBEPO



智絵里「あっ、Pさん……!お疲れ様です」

P「……おう、お疲れ様智絵里」

夜、駅前で智絵里と合流する。

なんで、笑顔でいられるんだろう。

なんで、いつも通りに俺と接せるんだろう。

俺は罪悪感で何度も押し潰されそうになったのに。

智絵里は、無いんだろうか。

誰かを裏切る事に、心が苦しくならないんだろうか。

智絵里「あ、お店はこっちです」

智絵里に案内されて店に入る。

その間、頭の中では何から話すかでいっぱいだった。

下手な事を言って機嫌を損ね、美穂に写真を送られる訳にはいかない。

それだけは、絶対に避けなければならない事態だから。

智絵里「……Pさん……お疲れですか?」

P「んぁ、すまん。ちょっと考え事」

智絵里「……もう……二人っきりの時は、他の事考えちゃ……メッ!っです……!」

P「……照れるならやらなきゃいいのに」

顔を真っ赤に視線をそらす智絵里。

いいな、女の子にメッって叱られるの。

状況が状況じゃなければ多分ときめいてた。

智絵里「Pさんは何にしますか……?」

P「適当に摘めるもんとビールで良いかな」

なんかここ数日ずっとビール飲んでる気がする。

そろそろプレミアム休肝デーを設けないと。

……まぁでも、飲んでないとやってられないしな。

110 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 21:05:10.23 ID:ZGZ+MBEPO



智絵里「ふふっ……はい、乾杯っ!」

P「おう、乾杯!」

かつてここまで虚無な乾杯があっただろうか。

グラスがぶつかり響く音が、あまりにも空虚だ。

正直、ビールの味も分からない。

…………さて。

P「……なぁ、智絵里。少し話を聞かせて欲しいんだけど……」

智絵里「それは……内容によりますけど……」

P「……あの写真を撮ったのは、智絵里で良いんだよな……?」

智絵里「…………はい」

こくりと頷く智絵里。

その表情は、とても申し訳なさそうで。

けれど、ここで止まる訳にもいかないから。

P「……加蓮にも、送ったのか?」

智絵里「…………あれ?」

P「ん?」

智絵里「加蓮ちゃんから、話を聞いたんじゃないんですか……?」

P「いや別に。智絵里が送信元だって特定したのはちひろさんだったから……」

智絵里「……ぁ……」

ぽかんと口を開ける智絵里。

どうやら、本気で驚いている様だ。

智絵里「そっか……そうなんですね……」

P「……なにかあったのか?」

智絵里「……いえ、大丈夫です。加蓮ちゃんにはちょっと悪い事しちゃったなって……」

……ちょっと……?

智絵里「……でも、そんなに難しい事をお願いした訳じゃないから……」

P「……なんて言ったんだ?」

智絵里「Pさんの担当から外れて欲しい、です。Masque:Radeを続けるのは別に構わなかったから……ただ、Pさんと距離を取って欲しかっただけで……」

P「……それで、もし誰かに相談したら……写真を公開するって言ったのか?」

智絵里「そ、そんな酷い事は言ってません!」

P「す、すまん」

そうか。

流石に今のは俺が悪い気がする。

智絵里「……そしたら、加蓮ちゃんアイドル続けられなくなっちゃうから……」

P「そうか……」

智絵里も、そこまでは望んで無いんだな。

むしろ、加蓮がアイドルを続ける事には肯定的というか。
111 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 21:05:38.30 ID:ZGZ+MBEPO



智絵里「ふふっ……はい、乾杯っ!」

P「おう、乾杯!」

かつてここまで虚無な乾杯があっただろうか。

グラスがぶつかり響く音が、あまりにも空虚だ。

正直、ビールの味も分からない。

…………さて。

P「……なぁ、智絵里。少し話を聞かせて欲しいんだけど……」

智絵里「それは……内容によりますけど……」

P「……あの写真を撮ったのは、智絵里で良いんだよな……?」

智絵里「…………はい」

こくりと頷く智絵里。

その表情は、とても申し訳なさそうで。

けれど、ここで止まる訳にもいかないから。

P「……加蓮にも、送ったのか?」

智絵里「…………あれ?」

P「ん?」

智絵里「加蓮ちゃんから、話を聞いたんじゃないんですか……?」

P「いや別に。智絵里が送信元だって特定したのはちひろさんだったから……」

智絵里「……ぁ……」

ぽかんと口を開ける智絵里。

どうやら、本気で驚いている様だ。

智絵里「そっか……そうなんですね……」

P「……なにかあったのか?」

智絵里「……いえ、大丈夫です。加蓮ちゃんにはちょっと悪い事しちゃったなって……」

……ちょっと……?

智絵里「……でも、そんなに難しい事をお願いした訳じゃないから……」

P「……なんて言ったんだ?」

智絵里「Pさんの担当から外れて欲しい、です。Masque:Radeを続けるのは別に構わなかったから……ただ、Pさんと距離を取って欲しかっただけで……」

P「……それで、もし誰かに相談したら……写真を公開するって言ったのか?」

智絵里「そ、そんな酷い事は言ってません!」

P「す、すまん」

そうか。

流石に今のは俺が悪い気がする。

智絵里「……そしたら、加蓮ちゃんアイドル続けられなくなっちゃうから……」

P「そうか……」

智絵里も、そこまでは望んで無いんだな。

むしろ、加蓮がアイドルを続ける事には肯定的というか。
112 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 21:07:38.03 ID:ZGZ+MBEPO



智絵里「わたしだって、応援したいから……」

P「……ありがとな」

……けれど。

それなら、何があったんだろう。

口ぶりからして、智絵里は加蓮が俺に相談したと思っていたようだが。

智絵里「……あれ……?」

P「ん……?」

智絵里「……大丈夫そうなら良いです。あ、それで……」

急にしおらしく、頬を染める智絵里。

……まぁ、分かっていた。

夜に呼ばれて、どうなるかなんて。

智絵里「…………今夜……ダメ、ですか…………?」

P「……もし、断ったら……?」

そんな事を聞くべきではなかっただろうが。

それでも、少しでも俺は自分にのしかかる罪悪感を減らしたかったから。

自分に言い訳する為にも、仕方なかったんだと言い聞かせるためにも。

智絵里「……事務所の偉い人に送ります」

P「…………」

智絵里「……ちひろさん、きっと他の誰にも話してないと思うから……」

P「……それは……」

……ちひろさんまで、巻き込まれるのか。

あの写真の件を、誰にも話さないでくれたが。

それは俺に取っては有り難いが、上の人たちからしたら……

それに、本格的に加蓮が大変な事になる。

今、加蓮の居場所を不安定にさせる様な事はしたくない。

また戻ってきて、まゆと二人でMasque:Radeとして活動する為にも。

その居場所を、俺が守る。

P「…………あぁ、分かった」

智絵里「……えへへ……ありがとうございます」
113 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 21:08:05.61 ID:ZGZ+MBEPO


P「……結構飲んだし、もう少ししたら店出るか」

智絵里「あっ……は、はい……!」

ところで、だ。

P「……なんで、美穂じゃないんだ?」

智絵里「…………え?」

P「なんで俺相手なのに、美穂に送ろうとしないんだ?」

事務所なんて回りくどい事をしなくても、ちひろさんを巻き込むなんて事をしなくても。

美穂に写真を送ると言えば、俺は従わざるを得なかったのに。

智絵里「えっ……あ、あれ…………?」

P「…………ん?」

なんだろう。

智絵里は本気で驚いているらしい。

……何か、あったのか?

智絵里「……美穂ちゃんから、聞いてないんですか……?」

P「……何を……だ……?」

ばくんっ!と。

心臓が跳ね上がった。

なんで今、この会話の流れで美穂が?

……そういえば、加蓮相手に。

智絵里は、どんな事を引き合いに出して口止めした?

加蓮が相談してしまったと勘違いした智絵里は、一体誰に何を行った?

智絵里「……わたし……美穂ちゃんに、もうあの写真送っちゃってるから……」

ぐらり、と。

足元が歪んだ様な気がした。



114 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 21:56:52.02 ID:ZGZ+MBEPO



新しい朝が来た。

希望なんて無い。

今俺にのしかかっているのは罪悪感、後ろめたさ、そして……

智絵里「……あ、おはようございます」

P「……おはよう、智絵里」

抱き付いている、智絵里。

時計を確認すれば朝六時、なんて健康的だろう。

健全かと聞かれれば迷わず首を横に振るが。

P「……事務所、行かないと……」

一度自宅に戻る余裕が無い訳じゃないが……遅刻する方が不味いし、直接向かうとしよう。

そう、仕方ないんだ。

帰らない理由が作れて良かった。

智絵里「……もう、行っちゃうんですか……?」

P「ん、あぁ」

智絵里「……まだ余裕があったり……」

P「すまん、仕事に遅れる訳にはいかないからさ」

智絵里「そっか……ごめんなさい、ワガママ言っちゃって」

P「いいよ、別に」

軽くシャワーを浴びて、スーツを着る。

……はぁ。

P「じゃ、またな」

智絵里「…………はい」

ホテルから出て、智絵里と別れた。

美穂に、なんて言おう。

ちひろさんには、なんて説明しよう。

加蓮、今日は来れるだろうか。

P「…………はぁ……」

ため息だけを増やしながら、ホームで電車を待つ。

このまま飛び込んでしまえたら、どれほど楽だろう。

まぁ俺にそんな事をする勇気は無いが。

結局そのまま電車に乗り込む。

通勤ラッシュとストレスに身も心も押し潰されそうだ。

……気合い入れろ、俺。

仕事は仕事、きちっと分けないと。


115 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 21:57:18.47 ID:ZGZ+MBEPO



P「おはようございます」

ちひろ「あ、おはようございますプロデューサーさん」

まゆ「おはようごさいます、プロデューサーさん」

事務所へ着くと、二人が出迎えてくれた。

加蓮は……来てないか。

ちひろ「……ただの体調不良だと良いんですが……」

まゆ「加蓮ちゃん……まだ、何も連絡くれないんです……」

P「……そうか……」

ちひろ「ドラマの撮影は先日でクランクアップだったので問題ありません。バラエティ番組やラジオへの出演はまゆちゃん一人で頑張ってくれています」

P「そうですか……ありがとな、まゆ」

まゆ「うふふ、プロデューサーさんと加蓮ちゃんの為ですからっ!」

ちひろ「あ、それでですが……えっと、プロデューサーさん」

P「あー……えっとですね……あまり詳しい話は聞けませんでした」

まゆ「…………?」

ちひろ「……そうですか。あっ、プロデューサーさんを責めている訳ではないですからね?」

P「……すみません」

嘘だけど、仕方ない。

言える訳が無いんだから。

まゆ「……あの、プロデューサーさん」

P「ん?なんだ……?」

まゆ「その……お仕事が終わったら、まゆと二人でお話し出来ませんか……?」

P「ん、構わないけど……」

まゆ「うふふ、ありがとうございます。それでは、また後で」


116 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 21:58:03.87 ID:ZGZ+MBEPO

カタカタカタ

P「っふー……」

仕事が、終わってしまった。

いつもだったら早く終われなんて考えていたのに、今日は逆に早過ぎる気がする。

仕事が終わったら、帰らなければならない。

帰れば、家には美穂が居る。

……嫌だなぁ……

俺と加蓮の写真を見て、美穂は俺になんて言うだろう。

未だにラインも連絡も一切寄越さないが、本気で怒っているんだろうか。

愛想を尽かされてしまっただろうか。

本当なら直ぐにでも帰って謝るべきなのだが、何か言われるのが確定しているのに帰れる程俺のメンタルは強く無い。

P「……はぁ……」

ちひろ「プロデューサーさん、今日凄くため息が多いですよ」

P「これ以上逃げる幸せがないので」

ちひろ「美穂ちゃんがいるじゃないですかこのこの!」

P「あ、あはは……」

その美穂にも逃げられそうなんですよ、とは冗談でも言えない。

コンコン

まゆ「お疲れ様です」

P「ん、お疲れ様まゆ」

ちひろ「お疲れ様です、まゆちゃん」

まゆ「さぁPさぁん!まゆとガールズトークですよぉ!」

ガールズ、ガールズってなんだ。

少なくとも俺は女性ではないし、まゆが分身するんだろうか。

まゆ「あ、お仕事の方は終わりましたか?」

P「おう」

そうだ、この後まゆとガールズトークするんだった。

良かった、帰宅する時間が遅くなって。

美穂が寝てる時間に帰るくらいまで粘れると良いんだが……

P「それじゃ、お疲れ様ですちひろさん」

ちひろ「はい、お疲れ様です」

まゆ「PさんPさん!さぁ、手を繋ぎますよぉ!」

まゆを無視して事務所を出る。

近くに前行った喫茶店があるし、そこで良いだろう。

まゆ「Pざぁ゛ん……無視じないでぐだざいよぉ゛……」

P「……ごめんて……泣く事は無いだろ……」

まゆ「うふふ。まゆ、泣く演技には自信があるんです」

P「こないだの喫茶店で良いよな?」

まゆ「無視じないでぇぇぇ……」

声がギザギザしてる。

凄い、大女優の演技凄い。
117 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 21:58:37.99 ID:ZGZ+MBEPO



P「すみませーん、禁煙二人で」

店員に案内され、奥の方の席に着く。

コーヒーを注文して、一息。

ふぅ……さて。

P「……で、話って?」

まゆ「最近、どこのお店も禁煙が進んでますねぇ」

P「いや俺もう吸わないから」

まゆ「まゆは気にしませんよ?」

P「いや、美穂がな……」

まゆ「……うふふ、そうですか」

P「……で、話ってそれか?最近喫煙者の肩身が狭いのは重々承知してるけど」

まゆ「それと、ですねぇ」

P「なんだ?次はお酒か?」

まゆ「…………美穂ちゃんと、最近上手くいってますか……?」

P「…………あぁ、もちろん」

まゆ「……Pさん、嘘つく時に一瞬目を逸らしますよね」

……李衣菜が言ってた事、本当だったのかよ。

まぁ、今のは俺の反応が遅過ぎてあからさま過ぎたか。

P「……正直言うと、まぁ……うん。色々あってな」

まゆ「……それは……加蓮ちゃんや智絵里ちゃんも関係している事ですか……?」

……どこまで、バレてる?

下手な事を言う訳にはいかないが……

まゆ「……今朝、智絵里ちゃんと会ってましたか?」

P「……なんで……そんな事……」

まゆ「Pさんが思っている以上に、女の子は対応や匂いの変化に敏感なんです」

……あぁ、そういえば。

初めて智絵里と身体を重ねた翌日、ファブリースを勧めてきてたもんな。

もしかしたら、なんとなくあの時から気付いていたのかもしれない。
118 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 21:59:08.53 ID:ZGZ+MBEPO


まゆ「……Pさん、それできっと……美穂ちゃんに対して後ろめたくて、その……」

P「……あぁ、そうだ。バレてるかどうかとかじゃなくて、会うのが辛いんだ」

美穂の方がよっぽど辛い思いをしているだろうに、俺はなんて身勝手なんだろう。

まゆ「……それで……もしかしたら、加蓮ちゃんも、って……」

P「……断りきれなかった俺が、全部悪いんだ。本当にすまん……」

まゆ「いえ。まゆはPさんを責めたい訳じゃないですから」

P「……直接的ではないにしても、もしかしたら加蓮が来なくなったのも……」

実際には智絵里と何かがあったらしいが。

それだって、元はと言えば俺が加蓮をきちんと断らなかったからな訳で……

まゆ「……ごめんなさい……あまり、話したく無い話題だと思います……」

P「いや、良いよ。むしろありがとな、俺に相談させてくれて」

多少、気が楽になった。

一人で抱え込むよりも誰かに相談した方が楽になれるっていうのは本当だな。

まゆ「……Pさん」

P「……ん?なんだ?」

まゆ「……辛くなったら、いつでもまゆに相談して下さいね?」

そう言いながら、俺の手を握ってくれて。

まゆ「Pさんの辛そうな顔を見るのは……まゆにとって、とっても苦しい事ですから」

目に涙を浮かべながらも、笑ってくれた。

P「……あぁ、ありがとう。でも、全部俺が悪いんだ……」

まゆ「うふふ。大丈夫です、Pさん。Pさんは何も悪くありません」

ぎゅっ、っと。

握る手の力を強くするまゆ。

まゆ「何があっても、まゆはPさんの味方です……!」

P「……あぁ……」

どうにもダメだな。

最近、涙腺がゆるい気がする。

色々ありすぎて、心が疲れているんだろうか。

年下の女の子の前で涙を流すなんて。

P「……ありがとう……まゆ……」

まゆ「……Pさんさえ良ければ、まゆにもう少し相談に乗らせてくれませんか?」

P「……あぁ」

それから俺は、まゆに全てを吐き出して。

結局、店を出たのは二十二時を回ってからだった。

119 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 21:59:51.63 ID:ZGZ+MBEPO



期せずして帰宅が日付変更ギリギリになってくれた。

流石に、もう美穂も寝ているだろう。

……と、思っていた。

美穂「あ……おかえりなさい、Pさん」

P「……ぁ……ただいま、美穂」

ウトウトしながらも、美穂が玄関前で待っていた。

美穂「良かったです……帰って来てくれて……!」

P「お、おい……まさかずっと此処で待ってたのか……?!」

美穂「連絡無かったから、何かあったのか不安になっちゃって……!でも、お仕事だったら電話掛けちゃ迷惑かなって思っちゃったんです……!」

ぎゅぅぅぅっ、っと力強く抱き付いて来た。

不安で不安で仕方なかったのだろう。

決壊した様に涙を流して。

美穂「良かった……何事もなくて……!」

P「……本当にすまん。今後は絶対連絡するから」

美穂「もう……約束ですよ……っ!本当に不安だったんですから……!!」

P「あぁ、約束する」

俺も、美穂に応えるように抱き寄せた。

……俺の浮気を知った上で、ここまで思ってくれてるなんて……

P「……なぁ、美穂。その……智絵里から……」

美穂「……?智絵里ちゃんがどうかしたんですか……?」

P「…………ん?」

……あれ?

P「……あぁいや、最近智絵里とは連絡取ってるのかなーってさ」

美穂「えっと……あんまり取れてないです。何かあったんですか?」

P「あぁいや、無いなら良いんだ。次はいつ飲むのかなって気になってさ」

……智絵里の話は、嘘だったのだろうか。

まぁ真偽はともかくとして、美穂の元にあの写真は届いていないらしい。

なら、黙っておいた方が良いだろう。

美穂「あ、お夕飯はどうしますか?今からでも簡単なものならーー」


120 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 22:05:07.52 ID:ZGZ+MBEPO


翌日も、その翌日も、そのまた翌日も。

加蓮が事務所に来る事は無かった。

ちひろ「……加蓮ちゃん、大丈夫でしょうか……」

P「……何事も無ければ良いんですけどね……」

仕事に関しては、まゆが出来る限りカバーしてくれていた。

俺もちひろさんも必死に駆け回って、やれる事はやった。

もちろん、加蓮が戻って来てくれた際にすぐ迎え入れる準備もしてある。

……けれど、加蓮からの連絡は一切無い。

まゆ「加蓮ちゃん……いえ、こんな時まゆが弱気じゃいけませんね」

P「ありがと。こう言うのは難だが……あんまり無理はするなよ」

唯一のユニットメンバーがいなくなって一番ショックなのはまゆの筈なのに。

こうして笑顔で頑張ってくれて。

P「……俺も、頑張らないとな」

まゆ「うふふ、一緒に頑張りましょう」

そうだ。

全てを知った上で、俺が全てを話した上で。

それでも、まゆは俺を励ましてくれて。

俺の味方でいてくれて。

P「……あぁ!」

まゆが一緒にいてくれるなら、きっと大丈夫だ。

きっと、上手くいく筈だ。

ちひろ「…………」

まゆ「では、まゆはオーディションに行ってきますねぇ」

P「おう、ファイト!」
121 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 22:06:13.50 ID:ZGZ+MBEPO



バタンッ

ちひろ「……まゆちゃん、強いですね」

P「ですね。俺も凄く助けられています」

ちひろ「……それで、あまり切り出されたく無い話題だとは思いますが……」

……まぁ、分かっている。

俺とちひろさんが一対一になった時点で、どんな話題が持ち出されるかなんて。

ちひろ「……智絵里ちゃんとは、その後どうなっていますか?」

P「あれ以降連絡はありません」

ちひろ「……プロデューサーさんからの方は?」

P「……取れていません」

正しくは取ろうとしていない、だが。

智絵里に何か話そうとしたところで、俺に主導権は無い。

彼女の機嫌を損ねる訳にはいかないのだから。

ちひろ「はぁ……もし加蓮ちゃんがまた復帰出来たとしても、根本的な解決には至らないかもしれないんですよ?」

P「それは……分かってます……」

ちひろ「智絵里ちゃんと加蓮ちゃんの間にどんなやり取りがあったのか。それを確かめない限り……」

けれど、智絵里相手にそんな強気に出れる訳がないだろ。

ちひろさんだって巻き込まれるんだぞ。

何の為に俺がこんなに心を擦り減らしてると思ってるんだ。

……大元はと言えば、全部俺が悪い事くらい分かってる。

少しくらいは自分に言い訳させてくれたって良いじゃないか。

ちひろ「……美穂ちゃんに送る、と。そう脅されたんですか?」

P「えっ?あ、いや……別に……」

……そうなんだよな。

智絵里は、既に美穂に送ったと言っていた。

けれど美穂は知らない風だったし。

どちらを信頼するかなんて、考えるまでも無い。

それに、もし智絵里の言っていた事が本当だとして。

確かめない方が、精神的に気楽だろう。
122 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 22:07:01.43 ID:ZGZ+MBEPO



ちひろ「……もう一度、智絵里ちゃんときちんと話してみて下さい。もしプロデューサーさんがどうしてもと言うのであれば、私から」

P「いや、大丈夫です。俺からもう一度連絡を取ってみます」

ちひろさんに、俺と智絵里の関係まで知られるなんて。

それは非常に不味い。

P「……っふぅー……よし」

ちひろ「……すみません、追い詰める様な真似を……」

P「あぁいえ、どの道また智絵里とは会う予定でしたから」

向こうから連絡が来て、という意味だが。

P「すみません、ちょっと……屋上行って来ます」

ちひろ「屋上……?」

部屋から出て、エレベーターで屋上へ向かう。

無機質な音に俺以外誰も居ない密閉空間。

案外落ち着くが、あっという間に屋上へと到着してしまった。

……さて。

P「……ふぅ……」

内ポケからタバコを取り出し、吸いつつ先端に火を着ける。

久し振りだな、こうして吸うのは。

煙が口から喉を通って肺を満たし、身体中に浸透する様な感覚。

脳が冴え、落ち着く。

前はベランダで吸えたり喫煙所も豊富だったのに、今では屋上でしか吸えないからな。

全く、本当に肩身の狭い世界になったものだ。

スマホを取り出し、智絵里にラインを送る。
123 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 22:07:52.57 ID:ZGZ+MBEPO

『今、電話かけて大丈夫か?』

『はい』

直ぐに返信が来た。

そしてツーコール、直ぐに智絵里と繋がる。

P「もしもし、突然すまん」

智絵里『あっ、おはようございます。Pさん』

上機嫌な智絵里の声が聞こえてきた。

智絵里『えへへ……珍しいです、Pさんの方から連絡だなんて』

……まったく、こっちはかなり重い気分で連絡しているというのに。

智絵里『それで……何かありましたか?』

P「ん、こないだ話したさ、美穂の件なんだが……」

智絵里『…………はい』

露骨に智絵里のテンションが下がった。

言葉を選びつつ、話を続ける。

P「えっと……智絵里の言ってた事を疑う訳じゃ無いが、その……どうやら、美穂は写真の事なんて知らないみたいなんだ」

智絵里『……そんな事ありません……既読も付きましたから』

P「…………そうか……」

智絵里『……スクリーンショット、送りましょうか?』

P「あぁいや大丈夫だ」

よくよく考えれば、ここで智絵里が嘘をつく必要が無いんだ。

であれば、智絵里は本当に美穂にあの写真を送ったという事で。

美穂は、俺と加蓮の件を知っているという事で。

……はぁ。改めて、家に帰り辛くなる。

P「……分かった。ありがとな、智絵里」

智絵里『あっ、Pさん……それで、その……日曜日、良ければ……二人でお夕飯しませんか……?』

P「……空いてたらな」

智絵里『えへへ……期待しちゃいます……!』

ピッ

通話を切って、俺は改めて大きなため息を吐いた。

タバコは既に二本目に突入している。

P「…………どうすんだよ、マジで……」

割ともう、引き返せない場所まで来ている。それを、改めて思い知らされた。

智絵里と身体を重ねる事に、抵抗が薄くなってきていた。

仕方ないんだと自分に言い聞かせる事に慣れ始めていた。

美穂を裏切らないという言葉は、全て言い訳に変わり始めていた。

美穂と会う事すらも、辛い事となっていた。

P「…………まゆ……」

三本目のタバコに火を着けた。

以前よりも吸い切るペースが早くなっている。

吐き出した煙みたいに、何処かへ飛んでいけたら良かったのに。

……バカと煙、強ち遠い存在ではないかもしれないな、なんて。

美穂の為に禁煙を始めた事なんて、既に忘れ始めていた。

124 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 22:09:09.15 ID:ZGZ+MBEPO



まゆ「まーゆでーすよぉ!」

ばたーん!

ドアが開いた。

ついでにババーンなんてSEまで付いてそうな感じでのまゆの帰還。

……テンション高いな、まゆ。

P「お疲れ様、まゆ」

まゆ「あら?ちひろさんは……」

P「ちひろさんはもう上がったぞー」

まゆ「……つまり、今ここにはまゆとPさんの二人だけという事に……!」

P「俺もそろそろ帰るか」

まゆ「あっあっあっあっ」

……反応が楽しいな、まゆ。

まぁまだあと一時間くらい帰れそうにないんだけど。

いっそ、終電逃したい。

無限に事務所の仮眠室で暮らしたい。

美穂があの写真を見たという事を知ってしまった今、本格的に美穂に合わせる顔が無くて。

ここ数日、それを知った上で俺に隠して優しくしてくれたんだと考えると。

本当に、心が苦しかった。

P「……はぁ」

まゆ「……お疲れみたいですね、Pさん」

P「……まぁ、ちょっとな」

まゆ「まゆで良ければ、相談に乗りますよ?」

P「…………三十分で終わらせるから、悪いけど待ってて貰えるか?」

まゆ「うふふ、もちろんです」

P「よし、ラストスパートかけるか」

まゆ「いーち、にーい、さーん」

P「お前それ1800までやるつもりか?」

まゆ「まゆはやると言ったらやる女ですよぉ!ろーく、なーな、はーち」

P「……16、13、9、12、11、19」

まゆ「じゅーご、じゅー……さん?あら?よん?に?」

楽しい。

まゆ「もう!Pさんはお仕事に集中して下さい……ぷんぷん!」

結局作業が終わったのは、まゆのカウントが1500くらいの頃だった。

タイピング速度、昔より早くなったなぁ、なんて。
125 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 22:09:41.87 ID:ZGZ+MBEPO



まゆ「お疲れ様です、Pさん。コーヒー淹れましたよぉ」

P「ありがとう、まゆ」

暖かいマグカップを傾ける。

あつい。

まゆ「ところで、Pさん」

P「ん?なんだ?」

まゆ「タバコ、また吸い始めたんですか?」

P「……え、分かる?」

まゆ「隠そうと努力したところまで分かりますよぉ」

P「まじかー……」

帰る前にシャワーでも浴びておこうか。

まゆ「……ふむふむ、むふふむふふ」

P「日本語で頼む」

まゆ「まゆは気にしませんから大丈夫ですよぉの意味です」

P「へー」

まゆ「ごほんっ!それで……智絵里ちゃんか美穂ちゃんと、何かあったんですか?」

P「……どうやら、さ。美穂、俺の浮気知ってるらしいんだ」

まゆ「…………それは……」

P「それなのに、俺に優しくしてくれてさ。逆に辛いって言うか、顔を合わせるのが苦しいんだ」

まゆ「……」

分かってる。

いっそ美穂から話してくれれば良い、だなんて。

P「……自分勝手だよな。それなら、きちんと俺から話しを切り出すべきなんだ……それでも……」

勇気が、無い。

知らないフリをしてくれているなら、それで良い。

自分から話すなんて、辛いから。

けれど、そんな関係をこれからも続けるだなんて。

きっと、俺の精神は保ってくれない。

126 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 22:10:26.05 ID:ZGZ+MBEPO




まゆ「……いえ、Pさんは悪くありません」

P「……いや、全部俺が弱いのが……」

まゆ「弱くもありません!」

P「…………まゆ」

まゆ「Pさんは、一人で耐えて来たんです。みんなの弱さを一手に引き受けて来たんです……そんなPさんが、弱い筈も悪い筈もありません……!」

目に涙を浮かべながらも。

まゆは、俺をそう励ましてくれた。

まゆ「一人で不安なら……貴方には、まゆがいます。いつでも貴方の側に、隣に……まゆが居ますから」

P「……ありがとう、まゆ」

まゆ「一人で抱え込まないで下さい……貴方の苦しさも、悩みも……まゆに、半分こさせて下さい」

そう言って、微笑んで。

両手で、俺の手を包み込んでくれて。

なんだかそれだけで、心が軽くなってくれた。

P「……そうだな。まゆが居てくれるなら……俺も、まだ頑張れそうだ」

まゆ「うふふ、その意気です」

さて、と。

それはそれとして。

P「……今夜、どうすっかなぁ……」

また、美穂が寝ている時間に帰ろうか。

いや、多分俺が帰るまで起きてくれてるだろうな。

起きてしまっているだろうな。

余計な不安は掛けたくないし、連絡はきちんと入れないと。

けれど、何処かに泊まることになっただなんてそんな連絡を送ったら浮気だと思われてしまう。
127 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 22:10:53.11 ID:ZGZ+MBEPO



P「……んー……」

まゆ「あ……でしたら、まゆの方から美穂ちゃんに連絡を入れておきましょうか?」

P「え?」

まゆ「遠くのロケで帰れなくなっちゃった、って。まゆなら、きっと美穂ちゃんに信頼されてると思いますから」

P「良いのか?」

まゆ「えぇ!まゆにお任せですよぉ!」

P「んじゃ、頼もうかな。千葉の端の方で、撮影遅れて終電逃したって事にしといてくれ」

まゆ「Pさんは何処に泊まるんですかぁ?」

P「事務所の仮眠室使うよ」

まゆ「うふふ、お供しますよ?」

P「え?は?」

まゆ「む、その反応は心外ですねぇ……きっと、誰かが近くに居た方がPさんも安心出来ると思うんです」

まぁ、それは分からんでもない。

以前は一人暮らしだったが、美穂と同棲を始めてから誰かと一緒に眠るのか当たり前になっていて。

改めて、側に誰かが居る事の安心感を知って。

まゆ「まだまだPさんも吐き出したい事があるでしょうし、まゆが全部受け止めてあげます」

P「……ありがとな、まゆ」

まゆに甘えてばかりで本当に申し訳ない。

けれど今は、誰かと話したかったから。

結局その日は、事務所に泊まって。

なんだか久し振りに、グッスリと眠れた。

128 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 22:11:49.53 ID:ZGZ+MBEPO



まゆ「Pさん、朝ですよぉ」

P「…………ん?」

起きると、家ではなかった。

いや超常現象的な事が起きたとかそういう訳ではなく。

……そうか、俺、仮眠室で寝て……

まゆ「うふふ、寝顔もとっても素敵でした」

ベッドの脇から、まゆが覗き込んでいた。

P「んんー……あー、めっちゃ良く寝た……」

スマホを確認すれば、朝の六時。

この時間に心地良い起床が出来るなんて、本当に久し振りだ。

P「おはよう、まゆ」

まゆ「おはようございます、Pさん。お目覚めにコーヒーかキスは如何ですか?」

P「コーヒーを頼む」

まゆ「むー!!」

かわいい。

それはそれとして、さっさと起き上がって備え付けの洗面器で顔を洗う。

ロッカーに着替えはあるし、さっさとヒゲ剃って歯も磨くか。

まゆ「この時間の事務所はまだ誰も居ないんですねぇ」

P「そもそもこのフロアはあんまり人来ないしな」

というか今日は日曜日だし。

まゆ「はい、コーヒーです」

P「ありがと、まゆ」

マグカップを受け取り、傾けつつラインをチェックする。
129 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 22:12:18.71 ID:ZGZ+MBEPO


……ん、なんか李衣菜からライン来てるな。

『今夜、一緒に飲めたりしませんかー?』

……美穂も居るんだろうな。

『美穂と二人で飲んでろー。巻き込まれる方大変なんだぞー』

『私だって同じですよ!まあそれは置いといて、久々に二人でのんびり飲みたいなーなんて感じです』

美穂が居ないのか。

なら、良いな。

智絵里の方は、仕事が入ったって断れば良いだろう。

『おっけー、何処で飲む?』

『リンク送りまーす。何時にします?』

『明日は月曜だし十九時くらいからにしとくか?』

『りょーかいでーす』

まゆ「どなたですかぁ?」

P「李衣菜だよ。久々に飲もうぜーって」

まゆ「むぐぐ、まゆがまだ飲めないのがとても悔やまれますねぇ」

P「あと三ヶ月ちょいだぞ」

まゆ「誕生日は飲みに連れて行って下さいねぇ」

P「んじゃ、ちょっと屋上行ってくる」

まゆ「びぇぇぇぇぇっ!無視しないで下さいよぉおぉっ!!」

P「朝からカロリー高い高い」

表情は笑顔なのに声だけ迫真の泣き真似なの凄いな。

まゆ「むぅ……まゆは今日は久しぶりにのんびり買い物にでも行ってます」

P「おっけ。じゃ、また明日な」

まゆと別れ、屋上で一服する。

……さて。

智絵里の方に、断りの連絡を入れておかないと。

『すまん智絵里、仕事で今日無理そうだ』

流石に、仕事があると言っているのにそれでもって事は言ってこないだろう。

それじゃ、李衣菜との約束の時間まで何しようか。

一回家に帰る必要は無いだろう。

久しぶりに、映画でも観に行くか。


130 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 22:12:56.39 ID:ZGZ+MBEPO



李衣菜「お疲れ様でーす!」

P「よ、李衣菜」

十八時半過ぎ、約束の駅で李衣菜と落ち合う。

遠くから見てると大人っぽい女性だけど、こっちの姿見つけてぴょんぴょん跳ねるあたり李衣菜だなぁ。

バカにしてる訳じゃなく、なんだか安心した。

李衣菜「外あっついですねー。早くお店行きませんか!」

P「だなー。これからもまだまだ暑くなると思うと嫌になるよ」

李衣菜「なんで外にも冷房設置しないんでしょうねー」

P「電気代の節約だよ多分」

アホな会話をしながら、李衣菜に案内され店に入る。

ザ・大衆酒場。

騒がしさと慌ただしさが逆に心地良い。

李衣菜「一杯目は何にしますー?」

P「そらービールだろ」

李衣菜「らじゃ!私もです!」

ビール二杯に焼き鳥と枝豆を頼む。

P「それじゃー」

李衣菜・P「「乾杯っ!」」

李衣菜「くぅー!良いですねー!!」

P「大学生だ……」

李衣菜「なんなら昨日で21です!」

P「えマジ?!誕生日おめでとう!!」

李衣菜「どーせ忘れてると思ってましたよーだ」

……完全に忘れてた……

いや、李衣菜の誕生日自体は覚えてたけど、昨日が六月三十日だという認識がなかった。

P「いや、すまん……色々立て込んでて……」

李衣菜「支払いは?」

P「任せろ!」

李衣菜「二件目は?」

P「……まぁ良いだろう!」

李衣菜「っいぇーい!近くに良さげで高そうなバー見つけてあるんですよ!」

P「……ほ、ほどほどに……」

李衣菜「忘れてたんですよね?」

P「幾らでも払ってやらぁ!」

まぁ、楽しいし良いか。
131 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 22:13:39.17 ID:ZGZ+MBEPO




李衣菜「おぉー、良い飲みっぷりですね」

P「明日が月曜じゃなければ良かったのに」

李衣菜「まあまあどーぞどーぞ」

あっという間に二杯空にしてしまった。

気楽に飲めるお酒って良いな。

ピロンッ

ん、智絵里からラインか……

『分かりました』

『すまん、また今度声掛けるから』

……ふぅ、これでなお心置きなく飲めるな。

李衣菜「あ、それでなんですけど……加蓮ちゃん大丈夫でしたか?」

P「…………んー……」

突然、一気に酔いが覚めた気分だ。

全然心置きなくなかった。

……李衣菜に嘘を吐くのもな……

事情は掻い摘みつつ、最近事務所に来てないって事は話すか……

P「……ちょっと真面目な話になるんだけどさ」

李衣菜「あ、カシスウーロンで」

P「ねぇ聞いて?聞いたんなら聞いて?」

李衣菜「素敵な恋でもしてるんですか?」

心臓はバクバクしたけれども。

P「まぁいいや、ちっとお手洗い。戻ってきたら話す」

李衣菜「らじゃー!」

あーくそトイレ混んでる。

席を立つまではそうでもないのに、並んだ途端に一気にくるのは何故だろう。

手持ち無沙汰なので深呼吸などしてみる。

深呼吸をした。

鼻の通りが良くなった。

用を済ませ、手を洗って席に戻る。

P「待たせたな」

李衣菜「大丈夫です、今来たところですから!」

P「定番だな」

李衣菜「ついでに定番のキャベツとサバの味噌煮頼んどきましたよ!」

果たしてサバの味噌煮は居酒屋にて定番なのだろうか。

美味しいけど、食べるけど。
132 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 22:14:35.40 ID:ZGZ+MBEPO



P「で、だな」

李衣菜「なんの話でしたっけ?地球温暖化?」

P「そんな話してたか?」

酔ってんのか?

まぁ兎も角、李衣菜がその話を持ち出さないなら話さなくて良いか。

俺も楽しく飲みたいし。

李衣菜「そういえばエッフェル塔って夏と冬で高さが10センチくらい変わるらしいですよ」

P「へー、地球温暖化って凄いな」

李衣菜「今ホットな話題ですからね、温暖化だけに!」

P「うわ寒」

李衣菜「温暖化対策です!」

頭空っぽな会話、良いな。

なんと言っても気楽で良い。

気付けば二時間、あっという間に追い出されてしまった。

P「二件目、近くに良い店あるんだっけか?」

李衣菜「んー、とは言え十分くらい歩く事になりますし隣の居酒屋で良いんじゃないですか?」

P「まぁ李衣菜がそれで良いなら」

そのまま隣の大衆居酒屋に入った。

騒がしい。

李衣菜・P「「かんぱーーい!!!」」

ごくごく、ビール美味しい。

李衣菜「酔ってますねー」

P「李衣菜もだぞ」

李衣菜「私はほら、美穂ちゃんに鍛えられましたから!」

P「なんと俺もなんだよ」

李衣菜「勝負しますか?!」

P「明日が月曜じゃなかったらな!」
133 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 22:15:30.91 ID:ZGZ+MBEPO


ぶーん、ぶーん

俺のスマホが震えた。

李衣菜「貰ったぁ!」

取られた。

P「いや返せよ」

貰ったぁじゃねぇよ。

酔ってるのかお前。

酔ってるんだろうな。

俺も酔ってる。

李衣菜「ん、まゆちゃんからです。出て良いですか?」

P「良いぞ」

ピッ

李衣菜「もしもーし」

P「なんだって?」

李衣菜「周りがうるさくて全然聞こえません!」

P「そらーな」

李衣菜「あ、楽しんでますかーだそうです」

P「楽しんでるぞー!って聞こえてんのかな……」

李衣菜「あはは、分かりません!あ、泣き真似してる」

P「あっははは、泣け泣けー!」

李衣菜「流石大女優……凄い……」

P「凄いだろ、うちの自慢のアイドルだぞ」

李衣菜「ばいばーい!まったねー」

ピッ
134 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 22:16:06.05 ID:ZGZ+MBEPO


P「で、なんだって?」

李衣菜「まゆが成人したら全員酔い潰してやりますよぉ!だそうです!」

あいつそれだけ言うために掛けてきたのか。

P「ははっ、まゆの真似上手いな!」

李衣菜「伊達に何年も付き合ってませんからね!まゆちゃんの事なんて全てお見通しです!」

P「あとまゆってお酒弱そうじゃないか?」

李衣菜「とても分かります!」

P「でも優しいんだよな」

李衣菜「ですねー」

会話のテンションの起伏がとてもお酒の席って感じがする。

まぁそんな感じで、飲んで、駄弁って。

気付けば終電ギリギリの時間になっていた。

李衣菜「それじゃ、そろそろ出ますかー」

P「だなー」

帰るのは気が滅入るが、帰らない訳にもいかないだろう。

支払いを済ませて、のんびり駅へと向かう。

終電は……セーフ。

この時間は人多いなぁ。

李衣菜「Pさんは途中で乗り換えでしたっけ?」

P「あぁ。李衣菜は?」

李衣菜「途中までPさんと一緒ですね。そのまま乗って二つ先です」

P「んじゃ…………ん?」

さっきから響いていた駅内のアナウンスが、ようやく聞き取れた。

『〇〇駅でお客様と列車が接触し、安全確認の為に現在運転を見合わせております』

P「はぁ……なんでこんな時に……」

どうりでホームに人が多いなと思ってたが……

李衣菜「かなり遅れてるみたいですねー」

P「乗り換える電車と終電接続してないんだよな……多分帰れないかも」

なんだって今日に限って……

流石に今日は帰ろうと思ってたんだけどな……

李衣菜「あ、ならうち泊まります?美穂ちゃんもそれなら安心するんじゃないですか?」

P「ん、まじで?李衣菜が良いなら」

ふぅ……良かった。

それなら多分大丈夫だ。

これもまぁ仕方ない理由だろう。

李衣菜「にしても運転再開するのどのくらいかかるんですかねー」

P「分からん。酔っ払いか知らんがほんと迷惑だよな……」

結局運転再開したのはかなり遅い時間だった。




135 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 22:17:07.49 ID:ZGZ+MBEPO






智絵里『わたし……好きなんです、Pさんの事……』

美穂『……そうなんだ……』

初めて、わたしが想いを打ち明けた時。

心臓がばくばくして。

言わなきゃ良かった、って後悔が渦巻いて。

だから……

美穂『わたしは応援するよ、智絵里ちゃんっ!』

美穂ちゃんがそう言ってくれて。

わたし、本当に嬉しかったんです。

ずっと誰にもナイショにしてて、辛くて、苦しくて。

ようやく聞いて貰えたわたしのホントの気持ちは。

Pさんに、直接伝えた訳じゃなかったけど……

それでも、わたしは一歩進めたんだ、って。

美穂『智絵里ちゃんとプロデューサーさんが二人っきりになれる機会が増える様に、わたしもそれとなく試してみますっ!』

智絵里『……ありがとう……美穂ちゃん……!』

美穂『気にしなくて良いよ?だってほら!わたしたちはーー』



136 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 22:18:02.49 ID:ZGZ+MBEPO




ピピピピッ、ピピピピッ

智絵里「……はぁ……」

目覚ましの音で、わたしは現実に引き戻されました。

とっても懐かしい夢を見てた気がします。

まだわたしが、Masque:Radeのメンバーとしてアイドル活動をしてた頃。

まだわたしが、美穂ちゃんと……

智絵里「……朝ごはん、作らなきゃ」

わたしが二十歳になってから、Pさんと会う機会が増えたからかな。

思い出す事が、増えたんです。

あの時の事、あの後の事。

そして……今、わたしがしてる事。

とっても酷い事だって、Pさんを苦しめてるって。

そんな事、分かってます。

それでも、わたしは。

Pさんの事が、諦められなかったから……

今日は日曜日、だけど一限から三限まで補講が入ってます。

まだちょっと眠いけど、お湯を沸かしてその間に……

智絵里「……あっ。Pさんから連絡来てる……!」

たったそれだけで、わたしの心は跳ね上がりました。

好きな人からの連絡だから。

嬉しいに決まってるよね。

『すまん智絵里、仕事で今日無理そうだ』

……そっか。

なら、仕方ないよね。

Pさん、お仕事頑張ってるんだもん。

でも、ちょっとだけ意地悪しちゃおっかな、なんて考えちゃいました。

お返事するのは、もうちょっと後にしようかな。

お湯が沸くまでに支度して、お味噌汁を飲んだら家を出ます。

今日は、日曜日。

自分の気分を上げる為に。

智絵里「好ーきよだいーすーきー」

懐かしい歌を口ずさみながら、駅に向かって歩き出しました。


137 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 22:18:28.44 ID:ZGZ+MBEPO






「ーーであるからして、この件におけるーー」

教授の声が響く教室。

冷房がとっても心地良くて、わたしは何度も船を漕いでいました。

ノートを写させて貰える様な知り合いがこの講義には居ないから、寝ちゃったら大変だけど……

教授の声が遠くなって。

はっとして、近くなって。

また、段々と遠くなって……




138 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 22:19:05.84 ID:ZGZ+MBEPO



加蓮『ふーん……おめでと、美穂!』

美穂『えへへ、ありがとうごさいますっ!』

…………え?

どうして……?

だって、美穂ちゃんは……

まゆ『むぐぐ……しかし、Pさんが選んだのであれば……』

加蓮『まゆも素直に祝いなよ。今更そのキャラ続けなくても良いのに』

まゆ『うふふ、でしたら……おめでとうございます、美穂ちゃん』

美穂『うん!ありがとう、まゆちゃん!』

みんなは、お祝いムードだったけど……

加蓮『ん?どうしたの智絵里』

智絵里『美穂ちゃん……なんで……』

わたしの恋を応援してくれるって。

そう、言ってくれたのに……

加蓮『もしかして、智絵里もプロデューサーの事好きだったとか?』

美穂『えっ、そうだったんですか?!』

智絵里『…………えっ……?』

美穂……ちゃん…………?

美穂『もし、本当にそうだったらごめんね……?』

加蓮『ま、でもちゃんと言葉にしなかった方が悪いでしょ。早い者勝ちって訳じゃ無いけどさ』

わ、わたしは……

確かに、Pさんにはまだ伝えられてなかったけど……

まゆ『加蓮ちゃんだったら断られてたでしょうねぇ』

加蓮『は?!余裕だし!もし私が告白したらプロデューサーの一人や二人くらい余裕でおとせるんだけど!!』

まゆ『プロデューサーさんは一人しかいませんよぉ……』

なんで?どうして?

違ったの……?

嘘だったの……?

だって。

わたしたちはーー




139 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 22:19:41.20 ID:ZGZ+MBEPO



「ーー再来週はテストだ、講義開始までにレポートを提出しておく様に。以上」

……あっ、寝てた……

黒板、さっきと全然違う……

智絵里「…………はぁ」

なんだか、また昔の事を夢で見ていた様な気がします。

急いで黒板の写真だけ撮って、お昼休みの間にノートに写しました。

今日は三限で終わりだから、お昼ご飯はその後で良いかな。

字が小ちゃくて見てない……

レジュメ、大学のサイトの方でも公開してくれれば良いのに。

あ、もうお昼休み終わっちゃった。

早いなぁ……お昼休み、二時間くらいあれば良いのに。

代わりに講義を三十分短くして良いですから。

ぽけーってしながら板書写して、あっという間に三限も終わって。

わたしはのんびり、駅に向かいました。

あ、おうどん半額セールが今日までやってる。

なんだかちょっぴり幸せな気分です。

五十円引きのクーポンまで貰っちゃいました。

きっと今日のわたしの運勢は大吉ですね。

あんまりテレビの占いは見ないけど……

智絵里「この後、なにしようかな……」

予定が無くなっちゃったから、せっかくの日曜日なのにする事が何もありません。

こういう時こそ、誰かと食事したりお酒を飲んだり出来たら良かったのに。

わたしにはそういう相手、あんまりいないから……

……いえ、結構です。

そんなもの……今更、わたしはいらないから。

Pさんさえいれば、それで……

あ、あと李衣菜ちゃんもいました。

そういえば李衣菜ちゃん、昨日誕生日だったんだよね。

お祝いしたいから、会いたいな。

李衣菜ちゃん、今日空いてたりしないかな。

140 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 22:20:10.23 ID:ZGZ+MBEPO


『李衣菜ちゃん、今夜空いてたりしませんか……?』

『すまぬ、我既に予定入ってる成。故にごめんねーまた今度声掛けて?』

『そうですか、分かりました』

『ビッ!』

振られちゃいました。

……李衣菜ちゃんはそういう相手多そうだもんね。

女子だけじゃなくて男子も、多そうだもん。

……のんびり、ウィンドウショッピングでもしようかな。

電車に乗って二つ隣まで、暑いコンクリートジャングルに出る事なくデパートに入ります。

あ、高い。

でも可愛いなぁ……

一着だけワンピースを買いました。

今月は、少し節約しないと……

……香水とかも買ってみようかな。

次Pさんと会う時に、褒めて貰いたいから。

智絵里「…………ぁ……」

壁に貼られたポスターには、見慣れた顔が二人分。

大人っぽいなぁ、加蓮ちゃんもまゆちゃんも。

……加蓮ちゃん、どうなったのかな……

あれから、ずっと音沙汰ないけど……

まぁ、良いですよね。

わたしが言った事、全然信じてくれなかったんだもん。

わたしなんかより、美穂ちゃんを信じたんですから。

そういえば美穂ちゃんは、Pさんに写真の件話してないのかな……

隠してるのかな、あの時みたいに。

わたしが言った事なんて、隠し通せると思ってるのかな。

智絵里「…………っ!」

嫌な事を思い出しちゃいました。

気分が悪くなって、近くにあったソファに座ります。

せっかく気分良くウィンドウショッピングしてたのに。
141 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 22:20:41.13 ID:ZGZ+MBEPO



……やる事、無いなぁ……

スタバに新作が出てたみたいだから、チェックしに行こうかな。

……わぁ、並んでる……やめておく事にします。

どうしよう……本格的にやる事がなくなっちゃいました。

CDショップ行こ。

……外が暑いの、忘れてました。

建物から出るのは諦めて、色んなフロアを巡る事にします。

あ、地下から色々な場所に行けるんですね。

地図を見ると、まるで迷宮です。

迷子になりそうです。

迷子になりました。

智絵里「……駅、どっちの方かな……」

周りの人に道を尋ねる勇気はありません。

暑い地上に出て大まかな現在地を確かめる勇気もありません。

仕方なく地図を頼りに、行ったり来たりする事にしました。

おかげで、駅に辿り着いた頃にはもう夕方です。

これなら地上に出ても良かったかな……あ、暑い、多分良くありませんでしたね。

智絵里「……あ、Pさんに返信しないと……」

ホームで電車を待ってる間に、ラインを送ります。

『分かりました』

既読は直ぐに付きました。

『すまん、また今度声掛けるから』

……えへへ。

Pさんの方から声を掛けて貰えるなんて、楽しみです。

最後にちょっぴり、良い事がありました。

ピロンッ

『あ、今更だけど大丈夫そうだ!今から〇〇って駅に来れるか?』

っ!

喜びで心が舞い上がります。

『はいっ!二十一時頃には着くと思います!』

『車で向かうから。ちょっと分かりづらいかもしれないが〇〇裏の駐車場で待ち合わせで』

……えへへ。

新しいワンピース、買って良かったです。

すぐに、一番最初にPさんに見せられるなんて。

一回駅を出て、さっきのデパートの試着室で着替えてさせて貰って。

約束の駅に、わたしは向かいました。

142 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 22:21:39.31 ID:ZGZ+MBEPO




智絵里「なんでもへーき、あなたがたーだ」

駅に着いたわたしは、気分良く歌を口ずさみながら歩きました。

この時間になると、もうお昼程の暑さはありません。

吹き抜ける夜風が心地良くって、なんだか楽しくなってきました。

この後、Pさんと二人っきりになれるから。

それも、Pさんの方から声を掛けてくれたから。

二人だけの秘密のキスを重ねて、あの時伝えられなかった想いを何度も伝えて。

今のわたしは、もう。

きっと、弱くなんて無いから。

弱いまま、隠したままの美穂ちゃんよりも。

今からでも、わたしの事を選んでくれれば良いのに。

そして、約束の駐車場に着きました。

……あの時、もし……

空を見上げながら、考えたく無い事を考えちゃいます。

…………もし、わたしが……

空には、大きな月が浮かんでて。

智絵里「……わたしが、ちゃんと……」

月が、雲に隠れた時。

ブォォォォン

駐車場に、大きな車が入って来ました。

時刻は二十一時半前。

Pさんかな。

待ち遠しくてわたしがその車に近付くと、何人かの男の人達が降りて来ました。

大学生ぐらいかな……

残念だけど、人違いだったみたいです……

がっかりして、駐車場の入り口に戻ろうとして。
143 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 22:22:21.53 ID:ZGZ+MBEPO



ガシッ!

智絵里「えっ……きゃっ?!」

わたしの腕が掴まれて。

何が何だか分からないうちに、車に引き込まれました。

智絵里「な、なんですか……っ?!」

必死に腕を振り回して抵抗します。

でも、男の人四人がかりに勝てる訳なんて無くて。

すぐ、押さえ付けられちゃいました。

智絵里「た、助けっ」

口にガムテープが貼られて、叫び声もあげられなくなって。

焦りでどうすれば良いのか分からなくって。

必死に身体を捩らせても、全然動けません。

智絵里「んんーー!んーーっ!!」

ニヤニヤしながら見下ろしてくる内の一人が、わたしのワンピースを捲り上げ様としました。

バタバタさせようとしても、足も押さえ付けられています。

助けて……助けて、Pさん……!

いや……こんな……

なんとか片腕だけ動かして、カバンの中に手を入れて。

こっそり、Pさんに電話を掛けました。

お願いだから……出て……!

助けて……助けて!!
144 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 22:22:49.74 ID:ZGZ+MBEPO




通話が繋がりました。

智絵里「んー!んんー!んーーっ!!」

必死で、呻きました。

李衣菜『もしもーし』

…………え?

李衣菜……ちゃん……?

どうして……

P『楽しんでるぞー!』

李衣菜『あはは』

なんで……Pさんと李衣菜ちゃんが一緒に居るの……?

Pさん、わたしと二人で会う約束して……

…………あ……

……わたし、最初から騙されて…………

智絵里「……うっ……ゔぅぅ……っ!」

李衣菜『あ、泣き真似してる』

P『あっははは、泣け泣けー!』

智絵里「ゔぅぅぁっ!うぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」

信じてたのに……!

Pさんと李衣菜ちゃんだけは!

わたし、信じてたのに!

李衣菜『ばいばーい!まったねー』

通話も切られました。

誰かに助けて貰う事も、助けを乞う事も出来なくなって。

男の人が、わたしの身体に手を伸ばして来ました。

もう、抵抗する気もありません。

…………味方だと思ってたのに。

信じてたのは、わたしだけだったのかな……

そして、わたしはーー




145 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 22:23:57.10 ID:ZGZ+MBEPO




まるで永遠に続くんじゃないかな、って思っちゃうくらい。

そのくらい地獄みたいな時間が、終わりました。

智絵里「…………ぅ……ぁ……」

車から放り出されて、わたしはなかなか立ち上がる事も出来なくて。

智絵里「…………P……さん……」

なんとかボロボロになったワンピースを整えました。

智絵里「……Pさんに……見て貰いたかったのに……」

せっかく可愛いワンピースを買ったのに、ボロボロになっちゃったな……

……でも、もう。

Pさん、きっと会ってくれないよね。

だってPさんは、わたしの事なんて……

裏切られても、隠されても。

諦めさせられても、信じて貰えなくても。

それでも、Pさんと李衣菜ちゃんだけは。

わたしにとって、大切な……

智絵里「…………もう……いい、かな…………」

なんとか立ち上がって、わたしは駅に向かいました。

周りの人の視線なんて、もう気になりません。

ホームには、沢山の人がいました。

そのみんなが、仲良く楽しそうに喋ってて。

そんな中、わたしは一人で。

誰にも、誰とも話す事が出来なくって。

146 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 22:24:28.30 ID:ZGZ+MBEPO


智絵里「……おねがいしょーうみー、みていてずーっと」

遠くから、電車が来る音が聞こえました。

「なぁ、あの人ってさーー」

「あ、確かMasque:Radeのーー」

Masque:Rade

わたし達五人の、アイドルユニット。

……懐かしいな。

結成したての頃は、ギスギスしたりもしたけど。

わたしが足を引っ張っちゃう事があったけど。

みんなが、わたしを励ましてくれて。

Pさんが、わたしを支えてくれて。

だから、わたしは……

スマホケースの裏には、Pさんがくれたわたし達の写真。

部屋に飾るなんて悔しくて出来なかったけど、捨てる事も出来なくて。

智絵里「うぅ……また、戻りたいな……っ」

涙が止まってくれません。

さっきは全然出なかったのに。

今になって溢れて、零れて。

結局わたしは、信じる事をやめられなかったんです。

弱いから。

あの楽しかった日々が、大切だったから。

わたしにとって、みんなは……

電車が、ホームに入って来ました。

快速なので、この駅は通過するみたいです。

スピードを落とさずに一直線に。

それはまるで、わたしに向かって進んで来るみたいで。

智絵里「……うん……わたし達は……」

だから、全部を失くしちゃったけど。

今からでも。

夢でも良いから。

もう一度、やり直す為に。

わたしは一歩、前へと踏み出しましたーー





147 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 22:24:55.12 ID:ZGZ+MBEPO







美穂『気にしなくて良いよ?だってほら!わたしたちは……』

智絵里『わたし達は…………?』

不安だったけど。

怖かったけど。

その先の言葉で、裏切られるんじゃないかなって。

そんな風に、怯えてたけど……

美穂『……お友達だもんっ!』

……お友達。

そっか……うん。

安心して、涙が出そうになっちゃって。

美穂ちゃんが、そう言ってくれたから。

わたしは、信じられるって。

そう、思ったから。

智絵里『わたしも、美穂ちゃんと……これからもずっと、お友達でいたいな……!』





148 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 22:25:56.66 ID:ZGZ+MBEPO





七月二日、月曜日。

つまり、お仕事がある日。

あともう十時間くらい寝てたい気持ちを抑えつけて、俺は身体を起こした。

……あぁ、そうか。

昨晩も、家に帰らなかったんだな。

美穂からの連絡は無い。

まぁでも、帰れないから李衣菜の家に泊まるってラインしてあるし大丈夫だろう。

李衣菜「んんぅ……あと十分……」

P「……遅刻するぞー」

李衣菜「……ふぁぁぁ……おはようございます、Pさ……えっ?」

P「ん?」

李衣菜「なっ、なななっ!なんでPさんが?!えっ、強盗ですか?!ギターだけは盗まないで下さい!!」

P「いや……盗まないよ……」

李衣菜「……お、襲ったり……」

P「しないから。って言うか李衣菜が泊めてくれたんだろ」

李衣菜「…………あっ、そうでしたね」

どうやら、ようやく思い出してくれたようだ。

良かった、寝ぼけた勢いで警察呼ばれたんじゃたまったものじゃない。

李衣菜「あ、私まだ化粧してないんであんまり見ないで貰えると……」

P「あーすまんすまん」

デリカシーが無さすぎたか。

……さて。

今日は月曜日だし、事務所行かないとな。

P「俺で良ければ何か作るけど、どうする?」

李衣菜「あー、私朝食べないんで結構です」

P「じゃあ俺も抜きで良いか」

そんなにお腹すいて無いし。

P「んじゃ、俺は行かないとな。お邪魔しました」

李衣菜「またいつでも来て下さいね!」

P「そのうち美穂とお邪魔するよ」

李衣菜「了解っ!」

149 : ◆x8ozAX/AOWSO [saga]:2018/07/22(日) 22:26:37.54 ID:ZGZ+MBEPO



事務所に着いて扉を開くと、既にちひろさんとまゆが居た。

そのどちらもが暗い顔をしていて。

……なんだか最近の朝、いつもこんなんだな。

それも、仕方の無い事か。

加蓮、今日も来てないな……

P「……おはようございます、ちひろさん」

ちひろ「……あ、おはようございますプロデューサーさん」

P「……何かあったんですか?加蓮から連絡とか……」

ちひろ「……いえ、そうではなく……」

……あぁ、もう。

嫌な予感しかしないじゃないか。

今度はなんだ、智絵里絡みか?

あいつがまた誰かに写真を送ったのか?

P「……智絵里から、何かあったんですか?」

ちひろ「はい……正確には、智絵里ちゃんに、ですが……」

はぁ……

俺は大きくため息を吐いた。

なんなんだ、智絵里の望みは。

今度は何をしたって言うんだ……

ちひろ「……落ち着いて、聞いて下さい」

P「はい」

ちひろ「…………昨晩、〇〇駅で……」

〇〇駅。

『〇〇駅でお客様と列車が接触し、安全確認の為に現在運転を見合わせております』

昨晩の駅内放送を思い出した。

何か、トラブルに巻き込まれたんだろうか。

……現実は、そんな甘い考えを許してくれる程優しくなかった。

ちひろ「……智絵里ちゃんが」

一旦言葉を止め、大きく息を吸って。

ちひろさんは、続けた。

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