彼女は窓フェチの変態だった

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74 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/16(金) 00:04:14.97 ID:6W5BK61q0

『これ見て! 綺麗でしょ』

 放課後のことだ。
 教室で課題を解いていたら、ブレザー姿の彼女が生き生きとした様子で実験の成果を見せに来た。
 小さな黄色っぽいガラス片だった。

『お前が作ったのか?』

『そう。植物から作ったのよ』

『ええ……植物からなんて、よくそんな発想できたな』

『たっくんのおかげなんだよ』

 俺のおかげ? 俺は意味がよくわからず、首をかしげた。

『たっくん、昔細い草の葉っぱで怪我をしたことがあったでしょ? それを思い出してね、触っても怪我をしない柔らかい葉っぱと、切り傷ができる硬い葉っぱって何が違うんだろうって、調べてみたの』

 彼女はレポートを俺に差し出した。
75 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/16(金) 00:04:43.30 ID:6W5BK61q0

『イネ科はね、土壌からケイ素を取り込むことで自分の体を丈夫にしてることがわかったのよ』

『ああ……なるほど』

 ガラスの主成分は二酸化ケイ素だ。
 植物にも同じ成分が含まれているのなら、砂や石からガラスを生成するのと同様に植物からガラスを作ることができてもおかしくはない。俺は納得した。

『たっくんに1粒あげるね!』

 掌に乗せられたガラスは、窓から差し込む夕日に照らされて、本来の色よりも赤く輝いた。

 俺は彼女の役に立てたことが嬉しくて、その日からずっと自分の自宅の机にそのガラスを飾っていた。
76 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/16(金) 00:05:27.12 ID:6W5BK61q0

 時折嫌な視線を感じながらも、平和な高校生活を送ったように思う。
 クォ・ヴァディスに悲哀の感情を売り渡したから、単に思い出せないだけかもしれないけれど。

 俺達は隣県の大学を受験し、俺は理学部の地球科学科、彼女は化学科に進学した。

『就職のこと考えるとさあ、学部間違えたなって思うよな』

 俺のぼやきに、坂田は「だよなあ」と同意した。
 同じ理系の学部でも、理学部より工学部の方が就職に恵まれているのだ。

 俺が地球科学科を選んだ理由は単純だ。地学が好き。それだけだ。
 目標も夢も特に持ち合わせてはおらす、将来のことも考えていなかった。

『なあ&%$#&#、お前もさ、建築系のとことか、工学部のそれっぽいところを選ぶことはできただろ。ここでよかったのか?』

『いいの!』

 彼女の答えに迷いはなかった。

『ケイ酸♪ ホウ酸♪ ア〜ル〜ミナ〜♪ ぐぇへへへへへ』

 俺や坂田、その他理学部連中が愚痴を言っている傍ら、彼女は心底楽しそうに研究に没頭していた。

 俺はそんな彼女が羨ましくて、そしてやっぱり好きだった。
77 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/16(金) 00:06:25.59 ID:6W5BK61q0

 俺や坂田は理系の就職を諦め、営業をやることになった。
 院に進むほどの情熱はなかったし、同じ研究室の院生の「院進したら余計就職先無くなるよ。専門分野と一致する仕事なんてほとんどないし、年食っちゃうからね」という言葉を聞いて、さっさと適当に就職することを選んだのだ。

 就職活動が長引いて、卒論が進まなくなるのも嫌だった。

 それに対して、彼女は見事窓のメーカーに就職が決まった。
 夢を叶えたのだ。

 しかし、その生活は長くは続かなかった。

 仕事が終わった後、俺は彼女の職場へと向かっていた。
 彼女とは同棲を始めていたが、ストーカーの嫌がらせに悩まされていたため、いつも一緒に帰宅していたのだ。
78 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/16(金) 00:07:04.08 ID:6W5BK61q0

 前方に、彼女とフードを被った男が口論になっているのが見えた。
 2人はこちらに気づかず、男が彼女を無理矢理路地裏に引き込んだ。

『何してるんだ!!』

 社会人になって初めて全速力で走った。
 彼女の悲鳴が聞こえる。
 男は彼女の両手を布で縛り、服を包丁で引き裂いていた。

 振り向いた男の顔は、小中の同級生のものだった。
 成長していても一瞬でわかった。

『……遠峰ええええ!!』

 相手が刃物を持っていることを気にする余裕もなく、俺は遠峯源哉に殴りかかった。
 拳が奴の頬に命中する。
 かなり力を込めたはずだったが、遠峯は殴り返してきた。

『俺はずっと&%$#&#のことが好きだったのに! どうしてまだお前なんかと!』

『いい加減にしろ!!』
79 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/16(金) 00:08:37.86 ID:6W5BK61q0

 殴って、防いで、切られて、でも不思議と痛みはあまり感じなくて再び殴って、蹴って。
 しばらく揉み合った後、刃物を握っている遠峯の右の手首を掴んで壁に押し付けることに、俺は成功した。

『警察呼んでくるね!』

 自力でどうにか拘束を解いた彼女は、鞄から携帯を取り出して路地裏から出ようとした。
 しかし、遠峯は俺の手を振りほどき、彼女を追いかけながら包丁を振り上げた。

 俺は後ろから遠峯に抱き着いて転ばせた。
 そして奴の右手を何度も殴り、包丁を奪った。

 包丁を奪ったことで少し油断した俺は、腰を浮かせてしまった。
 その瞬間遠峯は激しく暴れ、回転して俺の体から逃れると彼女を追いかけた。

『ちくしょう!!』

 俺も起き上がって後を追う。
80 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/16(金) 00:09:04.65 ID:6W5BK61q0

 足の速さでは、俺はあいつより上だ。
 けれど、彼女はあまり足が速くない。
 遠峯が先に彼女に追いついてしまいそうだった。

 間に合わなければ、彼女は確実に怪我をする。最悪の場合、殺される。

 はやく、はやく、はやく追いつかなければ。

 自分のリミッターが外れるのを感じた。
 これまでにないほど、おそらく高校の時よりも俺は速く走っている。

 大丈夫、遠峯はもう刃物を持っていない。包丁があるこっちが有利だ。

 その油断がいけなかった。
81 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/16(金) 00:09:33.08 ID:6W5BK61q0

 奴は服のポケットに手を突っ込み、何かを取り出した。
 折り畳み式のナイフだった。

 奴をギリギリで追い越し、俺は彼女の前に立った。
 そして、こちらが包丁を振るより先に、遠峯はナイフを振りかざした。

 彼女が文字には表せない悲鳴を上げる。

 俺は地面に倒れ伏した。

 駄目だ、まだ死んでは駄目だ。奴をまだ倒せていない。彼女が危険だ。

 どうにか見上げると、奴は通行人に羽交い絞めにされていた。
 警察に電話をかけてくれている人もいる。

 ああ、これで大丈夫だ。俺は安堵し、目を閉じた。
82 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/16(金) 00:10:30.52 ID:6W5BK61q0
83 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/16(金) 22:32:47.13 ID:6W5BK61q0

 【5】

 その後俺は病院に搬送され、奇跡的に命を取り留めた。
 医者は驚いていた。普通なら死んでいるはずの傷だったそうだ。
 遠峯は無事堀の中に行ったと聞かされた。

 彼女は泣きながら俺の手を握っていた。

「たっくん、たっくん」
「ごめんな、心配させて」

 その次の日から、彼女の様子がおかしくなった。
84 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/16(金) 22:33:19.97 ID:6W5BK61q0

 常にぼうっとしていて、話をしてもどこか上の空だった。
 昔の思い出に関する記憶も、ほとんど失っていた。

 一週間経たずして彼女は廃人に近い状態となり、入院した。

 俺の命を救うために、あまりにも大きな対価をクォ・ヴァディスに払ったためだ。
 俺なんかのために、彼女は折角叶えた自分の夢を捨てたのだ。

 やりきれない。
 こんなこと、あってたまるものか。
 俺は彼女に生きてほしくて、庇ったのに。
85 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/16(金) 22:34:01.85 ID:6W5BK61q0

 目を覚まして視界に入ったのは、見慣れた天井だ。
 アパートと呼んでも違和感のない、ボロいマンションの木造の天井。

 今日は日曜日だ。俺は、彼女とデートをした場所をふらふらすることにした。
 最初に出向いたのは、買い出しに使っていたショッピングモールだ。

 このショッピングモールに来た時、彼女は必ずアジアン雑貨の店に寄っていた。
 この店は、パワーストーンとしてではあるが鉱物も取り扱っている。

 彼女は、この店に置かれた全長50cmほどはありそうなアメジストドームを眺めるのが好きだった。
 黄色い石――カルサイトと共生している、深い紫色の石の塊。
86 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/16(金) 22:34:35.65 ID:6W5BK61q0

 まだ大学生の頃のことだ。

『アメジストドームって、外側はメノウっぽい見た目してるよな』
『実際メノウだよ』

 組成がどうの、光沢の種類がどうの、屈折率や比重がうんたらかんたらと、理系らしい会話をした。

『紫と黄色って補色同士でしょ? でも、紫水晶とカルサイトのどちらも鉄イオンによって呈色してるの。ロマンを感じるわよね』

 3価の鉄イオンであれば黄色になり、4価なら紫色になる。
 ロマンを感じるかどうかはともかく、色が変わるというのは面白い。

 価数が1つ変わるだけで、吸収する光の波長が大きく変化し、正反対に近い色を呈すのだ。

『いつか一緒に家を建てて、アメジストドームを飾りたいな!』
『いいんじゃないの。なんなら今の内に買っておけば?』
『値段見てみなよ』
『あっ……。こりゃ、その内収入が増えたらだな』

 幸せな未来が訪れることを疑わず、俺達はしばしば将来について語り合った。
87 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/16(金) 22:35:05.55 ID:6W5BK61q0

『ケイ素♪ ケイ素♪ 二酸化ケイ素♪』

 彼女はケイ素を多く含む物質が大好きで、鉱物やガラス製品等を収集していた。
 好きなものを見て笑う彼女の表情を眺める度、俺は幸福感を覚えたものだった。

 次に足を運んだのは、ショッピングモール近くにあるガラス細工専門店だ。
 台に並べられた大量のガラス細工が、キラキラと照明の光を反射している。

 柔らかな白緑の皿に目が留まった。
 思い出されたのは、大学2年の夏休みの出来事だ。
88 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/16(金) 22:35:55.08 ID:6W5BK61q0

『このガラス、ヒスイを練り込んであるんだって!』

 彼女はこの緑色のガラスで作られた皿やら花瓶やらを見て、思いっきりテンションを上げていた。

『ほら、パンフレット見てよ! 富山県でしか作られてないんだって! ……普通、膨張係数が違ってたら割れちゃうのに、一体どうやってヒスイとガラスを……』

 ちょっと嫌な予感がした。彼女が、富山に行くと言い出すのではないかと。

『……私、富山に行く! 折角の夏休みだもの!』

 ああ、やっぱり。
 インドア派の俺とは違い、彼女は行動力があるのだ。

 富山って何処だっけ。とりあえず北陸だ。
 受験が終わってから、すっかり地理の知識が頭から抜け落ちてしまっていた。

『あ、こっちのガラスも綺麗ね!』

 白緑色のガラス皿の隣に、同じデザインの色違いの皿が並べられていた。
 鮮やかな海緑色だ。こっちも富山でしか作られていないらしい。

『たっくんに似合うね! 1枚ずつ買おうよ!』
『うん、いいよ』

 嫌いな色ではなかった。むしろ、好きな色だ。
 ――その皿は、今でもお気に入りだ。
89 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/16(金) 22:36:31.48 ID:6W5BK61q0

 彼女だけで旅行に行かせるのは心配だったから、俺も遥か北陸の地についていった。

 ガラスの研究をしている施設だとか、大学の研究室だとかに彼女は顔を出した。
 学んだ知識を窓ガラスに活かすのだと、楽しそうに話していた。

 俺はぼけっとしながら観光していたのだが、海産物の美味さには驚かされた。
 回転寿司が、回転寿司の味をしていなかったのだ。

『私の旅行に付き合わせちゃってごめんね』
『いいや、充分来た甲斐があった』

 回る寿司でこれなら、回らない寿司に行ったら俺はどうなってしまうのだろう。
 舌どころが全身が融けてしまうんじゃないかと思った。

 その翌日には、海にヒスイを拾いに行った。

『拾ったヒスイでヒスイ入りのガラスを作ろうって思ってるんだろ』
『できたらしたいな! でも設備の問題もあるし、難しいだろうね』

 結局、本物のヒスイを拾うことはできたものの、実験に使えるほど質の良い物は拾えなかった。
 ついでに彼女はメノウもゲットしていた。
 俺もいくつか石を拾ったが、コランダムを拾えてちょっと達成感を覚えた。
90 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/16(金) 22:41:40.51 ID:6W5BK61q0

「今日、彼女さんは一緒じゃないんですか? 珍しいですね」

 ガラス細工屋の店員が俺に声をかけた。

「ええ、彼女はちょっと入院……してまして……」

 俺は人目も憚らず、涙を流した。
 まだ全ての記憶を取り戻したわけではないが、彼女が俺にとってどれだけ大切な存在だったか、どれほど愛しているのかは、はっきりと思い出せる。強烈なまでに。

 彼女がいない生活は、ひどく空虚だ。

 店員が慌てて店の奥からタオルを持ってきてくれた。

「すみません、事情を知らなくて」
「いえ、こちらこそすみません。大の大人が泣き出してしまうなんて」

 ああ、なんてみっともないのだろう。
91 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/16(金) 22:42:58.48 ID:6W5BK61q0

 「あれ、これ……」

 とても綺麗な指輪が台に置かれている。
 ガラス細工の装飾が細やかに散りばめられていて、目を見張った。
 しかし、主役はガラスではない。
 トリカラーのトルマリンだ。紫みがかったピンク、シアン、深い青緑が美しいグラデーションを呈している。

「ああ、それ、新しく入荷したんですよ。彼女さんが好きそうですよね」

 ケイ酸塩鉱物も彼女の守備範囲だ。
 指輪の傍には、商品の説明と、トルマリンの豆知識が書かれている。

――トルマリンは、生命力を高め、心身を健康に導く力があります。

 俺も彼女も非科学的なことはあまり好きではないのだが、俺はこんなものにさえすがりたいと思ってしまった。余程弱っているらしい。

 まあ最近は、悪魔と契約するという極めてファンタジーなことをしたりもしているから、以前よりは非科学的なものへの抵抗感が薄れているのかもしれない。
92 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/16(金) 22:43:41.20 ID:6W5BK61q0

「これ、ください」

 レジへ持っていくと、タグに書かれた値段よりもだいぶ安い額を請求された。
 普段、この店はセールでもしない限りは値下げをすることはない。

「悪いですよ」
「いいえ、私も彼女さんの回復を願っていますからね。ご体調が良くなられたら、またここに来てたくさん買ってください」

 人の優しさに、俺は再び涙しそうになった。
93 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/16(金) 22:44:48.77 ID:6W5BK61q0

 その後もフラフラして、スーパーで安い弁当を買って帰宅した。

 「ただいま」と言ったところで、「おかえり」と言ってくれる人はいない。

「おかえり〜」

 そう、いないのだ。
 ……え?

 部屋を間違えただろうか。いや、そんなはずはない。
 おそるおそる奥へと進む。

 キッチンの奥が、奇妙な空色の光を放っていた。
 間接照明を設置した覚えはないぞ。

「やあ」

 今までは夢の中でしか会っていなかった人物……否、悪魔が蹲っている。

「なんで、こっちに」

 クォ・ヴァディスのいる周辺だけが、空の景色を映していた。
 壁も、床も、棚も、淡い青と雲の白で彩られている。
 まるで、そこだけが夢に浸食されているようだった。
94 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/16(金) 22:45:20.67 ID:6W5BK61q0

「少々事情があってね、物質世界に逃げてきたんだよ」
「事情って」
「普段、僕等は厳密なきまりを守って人間と契約している。だから罰せられることなんて滅多にないのだけれどね」

 悪魔の体は傷だらけになっていた。
 景色から青と白が引いていき、いつも通りの景色になっていく。

「人間にも過激派というものはいるだろう? 悪魔が人間と関わること自体を良しとしない天使がいてね」
「攻撃されたのか」

 クォ・ヴァディスは苦笑した。

「しかし、こちらの世界に身を隠そうにも、体を実体化させるには大きなエネルギーが必要なんだ。ここままでは僕は霧散して消えてしまうだろう」

 今、ここでこの悪魔が消えたら……きっと、俺は彼女を助けることができなくなる。
95 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/16(金) 22:46:11.36 ID:6W5BK61q0

「どうすれば君を助けられるんだ」
「契約しなきゃいけないな。そうだね……これ以上君から感情を吸い取ったら、君の精神も崩壊してしまうだろうし……となると、僕自身の感情エネルギーを活性化させるしかないかな」
「えっと……一発芸でもすればいいか?」

 悪魔は軽く吹き出した。

「何か、感動できる作品でもないかな。漫画でも、アニメでも、映画でもいい。幸せな結末のものがいいな」
「それならたくさんあるぞ!」

 俺が飲み会で磨いた芸に需要はないらしかった。
 クォ・ヴァディスをテレビの前まで引きずり、DVDのパッケージを何枚か見せる。

「どれがいい?」
「じゃあ、この吸血鬼物を見せてもらおうか」

 選ばれたのは、「よろしいならば戦争だ」の台詞が有名な某漫画のOVA版だ。
 このアニメのクオリティの高さには俺も圧倒されたものだ。
96 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/16(金) 22:46:55.59 ID:6W5BK61q0

「ふふ、嬉しいよ。今までたくさんの人の記憶を渡り歩いてきたけれど、直接作品に触れる機会は滅多にないからね。何百年ぶりだろう」

 悪魔は穏やかな笑みを浮かべて映像に見入っている。
 いつの間にか傷は治りつつあった。

「さて、助けてもらった対価に、僕は君に何を渡そうかな」
「いらないよ、そんなの。人助けには見返りを求めない主義なんだ。人じゃなくて悪魔だけどさ」
「……ふふふ。人間のそういうところ、羨ましいよ」

 悪魔の笑みが寂しげなものに変わった。
 ついでに酒とつまみも出し、スピーカーの用意もしてやった。
97 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/16(金) 22:48:41.74 ID:6W5BK61q0

 どうせ観るなら、音響にも少しは拘りたい。
 ちなみにこのマンション、見た目はボロいが何故か防音だけはわりとしっかりしている。
 流石に夜なのでウーハーまでは使えないが、大音量を出さない限りはスピーカーをつけるくらいでは問題にならないのだ。

「地の果てに堕ちた悪魔をもてなすなんて、君はなかなか不思議な人だね」
「君はなんというか、嫌な感じしないから」

 日付が変わる頃まで、彼はずっとアニメを観ていた。
 俺も観ていたのだが、終盤に差し掛かると流石に眠くなってきた。

 うとうとしながら毛布を出す。

「君のも必要?」
「いいや、もう過激派の天使は中立派の天使に捕縛されたようだ。精神世界に帰るよ」
98 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/16(金) 22:49:08.75 ID:6W5BK61q0

 誰かと一緒にこの部屋で過ごすなんて、随分久しぶりに感じられた。
 楽しかったな。

「また来てくれよな。俺の漫画だったらいくら読んでくれてもいいし、アニメも好きに再生してくれていいから。ゲームはセーブデータの都合があるから遊ぶ前に声かけてほしいけど」

 俺は毛布にくるまり、眠りの世界に引きずり込まれていく感覚に身を任せた。


「やあ、さっきぶり」

「もう大丈夫なのか?」

「一応はね。ご心配ありがとう」

 壁に並ぶ窓に視線を移す。
 1つだけ、黒いオーラを放つ窓があった。

「あれは……」

「禍々しいだろう? ……強い憎悪の持ち主があそこにいるんだよ」
99 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/16(金) 22:49:35.59 ID:6W5BK61q0

「……遠峯が先に来ているのか」

「あれほど強烈だと、あまり彼が長居すると彼女の精神にも悪影響を及ぼすだろうね。他の窓を選ぶこともできるけど、どうする?」

「……どの窓を選んでも、あいつには追跡されるだろう」

 俺は黒いオーラを放つ窓に手を伸ばした。
 少しでも早く、遠峯を彼女の心象世界から追い出したい。

 西洋の屋敷にでもありそうな、禍々しい窓。
 その先に広がる景色は、墓場だ。
100 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/16(金) 22:50:03.34 ID:6W5BK61q0
101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/17(土) 08:44:15.07 ID:45OCPMHKo
102 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/17(土) 20:21:58.38 ID:nT+bOUGp0

 【6】

 西洋風の墓や、日本風の墓……様々な形の墓が混在している。
 空は曇っているのに何故か馬鹿でかい満月だけははっきり姿を現していて、極めて不気味だ。

 墓石。枯葉。湿った土。木は全て枯れている。何かが腐ったような臭いもする。

 彼女の心象世界の1つに墓場があるなんてあまり信じたくないのだが、そんなこともないと俺は思い直した。
 今まで冒険した世界は、彼女が気に入っている漫画アニメゲームの影響を多大に受けている。
 彼女がプレイしたゲームの中には、墓場が登場するものも少なくない。

 主人公の精神世界が墓場だったゲームもあったな。不気味だがそれが癖になる作品だった。
 ある時期に精神世界に行くと、現実ではまだ生きているヒロインの名が刻まれた墓があるのだが、あれは心臓に悪かった。
 続編がヒロイン生存ルートじゃなく、死亡ルートの続きだと知った時は驚いたな……と、思い出に浸っている場合ではない。

 この世界はPS2よりは64の3Dゲームに近い見た目だ。
 N64のポリゴン独特の不気味さがある。
103 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/17(土) 20:22:50.75 ID:nT+bOUGp0

 空気がやけに重い。
 ここまでおどろおどろしいのは遠峯の精神の影響だろうと夢覚が感じ取った。

 静かだ。時々、正体のわからない生き物の鳴き声が響いた。
 彼女の心の欠片は何処だろう。

 一瞬、頭にイメージが浮かんだ。
 何処か真っ暗で狭い場所の中で、それは光っている。
 まるで、墓の中――納骨室のような場所だ。

 俺に墓荒らしをしろっていうのか。
 まあ、墓を荒らすなんてゲームで慣れてるじゃないか。
 やれるやれる。俺はそう自分に言い聞かせた。

 試しに墓石をずらすなり、納骨室の扉を開けるなりしようと思って、近くにあった墓を見てみた。
 ……心臓が止まるかと思った。
 墓石には、小学校の同級生の名が刻まれていたのだ。

 辺りを見渡した。近くにある墓はどれも見知った人間の名前ばかりだ。
104 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/17(土) 20:34:51.74 ID:nT+bOUGp0

 恐怖で手が震えた。
 その中でも、俺と彼女の仲を祝福してくれた友人の名が刻まれた墓はボロボロになっていた。

 ガッガッガッガッ

 石を金属で叩きつけるような音が聞こえる。
 音の鳴る方へ、できるだけ気配を消して進んだ。

 フードの男が、スコップ――東日本と西日本とでスコップとシャベルの呼び方は逆らしいが、とりあえずあれは大型の方である――で、墓石を殴っていた。

 墓石に刻まれている名は、森岡竜俊……俺のものだ。

 狼狽えて少し後ろへ下がると、落ち葉を踏んでしまった。カシャ、と音が鳴る。
 俺が冷汗を流すと同時に、奴はこちらに振り向いた。
105 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/17(土) 20:35:39.49 ID:nT+bOUGp0

 奴はものすごい勢いでこちらに向かってくる。
 周囲からはゾンビやミイラがわき出して奇声を上げた。

 どうにか、あのゾンビ達に遠峯だけを捕まえてはもらえないだろうか。

 足場が悪く、気を抜くと転んでしまいそうだ。
 だが、走ることに集中すればゾンビに攻撃されそうだ。

「キェアアアアアアアアアア!!」

 枯れ木の陰に隠れていたゾンビに睨まれた。
 真っ黒な眼窩から感じる眼力に縛られ、体が動かなくなる。

 後ろからは遠峯が迫ってくる。
 しかし、ゾンビに抱き着かれてしまって、俺は全く身動きが取れない。
106 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/17(土) 20:42:36.54 ID:nT+bOUGp0

 ゾンビに血を吸われていく。
 このままでは、俺は心象世界から弾き出されてもう二度とここには来られない。

 どうすればいい。どうすればいい!?

 ……このゾンビには、とても見覚えがある。
 このことに気がつくと、いくらか恐怖が和らいだ。

 そうだ、遠峯が近くにいるからワープが使えるじゃないか。
 俺は数メートル離れた所に飛び、あるアイテムをイメージした。

 俺が知っていて、遠峯が知らないものだ。


 ――小学生の頃のことだ。俺は男子数人とゲームの話をしていた。

『お面を被るとそいつ襲ってこなくなるんだぜ! お面ゲットする前にもトラウマイベントあるんだけどさ』

 俺が得意げに言った。すると、男子の1人が遠峯に話を振った。

『お前もプレイしないか?』
『……俺、64持ってない。そんな古いゲームに興味ねえから』


 このゾンビとミイラは、ミイラの形のお面を被れば襲ってこなくなる。
 ゾンビは踊るし、ミイラとは会話ができるようになるのだ。
107 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/17(土) 20:43:33.89 ID:nT+bOUGp0

 お面をイメージして被ると、予想通り免疫は俺を襲うのをやめた。

「この世界の主にとっての敵はそいつだ! そいつを襲ってくれ!」

 ミイラがわらわらと遠峯に向かっていく。
 遠峯はスコップでミイラを薙ぎ払うが、だいぶ苦戦しているようだ。
 こいつら無駄に体力あるからな。

 俺は走り続け、遠峯と距離を取った。

 高さの低い柵が見えた。その向こうにあるのは、崖だ。
 崖を覗き込んでみた。
 これまでの景色とは違い、ポリゴンのレベルがPS2並だ。
 底知れない闇が広がっており、無数の死霊が蠢いている。

 俺はこれを見たことがある。
 あるホラーゲームに登場する、決して見てはいけないものだ。
 俺自身はプレイしたことはないが、彼女の従姉が彼女の家でプレイしているのを後ろから見ていたのだ。
108 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/17(土) 20:44:34.30 ID:nT+bOUGp0

 ここに遠峯を落とせば、確実に奴は免疫によってこの世界から排除される。

 奴はミイラを振り払ってこちらに向かってきた。
 俺は柵の一部を蹴ってぶっ壊し、遠峯の突撃に備えた。

 ……そういえば、あの大きな穴を覗き込んだ後、あのゲームの主人公はどうなっていたっけ?
 エンディングでは、確か目に包帯を巻いていた。……失明したのだ。

 それを思い出した瞬間、俺の視界は真っ暗になった。
 ゲームの知識がマイナスに働いてしまったらしい。参ったな。

 焦りは禁物だ。
 大丈夫、目が見えずとも風やら気配やらで相手の動きを察知するシーンは二次元によく出てくるじゃないか。

 遠峯の足音が近づいてくる。
 奴がスコップを振り上げたような気がした。風を切る音が聞こえたのだ。

 俺は敢えて奴に突進した。
109 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/17(土) 20:45:17.44 ID:nT+bOUGp0

 遠峯は後方に倒れた。
 カラカラとスコップが転がる音が聞こえる。
 俺は素早くスコップを拾い上げ、構えた。

「森岡……てめええええ!」
「そんなに俺が憎いなら殺してみろ! 遠峯ええええ!」

 奴は恐れずこっちに突っ込んできた。
 ここで横に避けて奴の背をスコップで叩き、崖の底に落とす――というのをやりたかったのだが、目が見えないので相手の正確な位置まではわからなし、あまり素早く動ける自信もない。
 とりあえず、左手で壊した柵の位置は確認できた。

 大体の位置を予測し、スコップを振り上げる。

 ガッ

 手応えはあったものの、脇腹から激しい熱を感じた。
 まるで、包丁で刺されたような痛みだ。

 奴はスコップを奪われた後、いつもの得物を装備したのだろう。
110 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/17(土) 20:46:18.87 ID:nT+bOUGp0

 だが遠峯にもダメージがあるは確かだ。
 俺は左にずれ、思いっきり奴の背中をスコップの刃で殴りつけた。

 遠峯はバランスを崩し、崖へと落ちていった。

 しかし、それでは終わらなかった。

 俺は服を遠峯に引っ張られ、崖に引きずり込まれた。
 柵の柱をなんとか掴むことはできたが、ぐらついている。
 俺が壊したためだ。

「森岡……お前だけは……お前だけは……!」
「そんなに俺のことが気に入らないか!」
「俺はずっとあいつのことが好きだった! 好きになった女はあいつだけだ! それなのに……お前は幼馴染というだけで圧倒的に有利だった!!」

 嫉み、妬み。嫉妬の念。
111 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/17(土) 20:47:03.76 ID:nT+bOUGp0

「ああそうだな! でももしお前が俺より魅力的な男だったら、彼女はお前を選んだだろうさ! 幼馴染であることなんか関係なく、俺が良い男だから彼女は俺を選んでくれたんだよ!」

 俺の言葉を聞いて、奴は叫びを上げた。
 逆上し、俺の服を使ってよじ登ろうとしている。

 幼馴染だからって、なんの苦労もなく付き合い始めたわけじゃない。
 関係を壊すのが怖くて、互いの気持ちを長い間伝えられない時期だってあった。
 周囲にからかわれて、距離が離れてしまったこともあった。

 他人に入り込まれる余地もけっこうあったが、俺もあいつも散々悩んで、泣いて、辛い思いをした結果、漸く付き合えたんだ。

 その時見た光景やどれほど辛かったかは、クォ・ヴァディスとの契約でもう思い出すことはできなくなった。けれど、事象としては確かに覚えている。
112 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/17(土) 20:48:05.23 ID:nT+bOUGp0

 敢えて大人しく奴によじ登らせ、ある程度の高さまで来たところで、俺は思いっきり頭を後ろに動かした。後頭部による頭突きである。

 ワープで崖の上に移動してもよかったのだが、奴に直接攻撃してやりたかった。

 遠峯の手が緩んだ。その隙に暴れて奴を振り落とした。
 しかし、ここで掴んでいた柵が地面から抜けてしまった。

「やべっ」

 慌ててワープした。
 崖の上に出ることはできたものの、目が見えないせいで正確にイメージすることはできなかったらしい。
 右膝から下が、地面に埋まっている。

「*いしのなかにいる*をこの身を以て体験することになるとはな……」

 石じゃなくて土であるだけマシなのだが、硬くて抜けそうにない。
113 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/17(土) 20:48:35.10 ID:nT+bOUGp0

 崖からガリガリガリと音がしている。遠峯がまだよじ登ろうとしているようだ。
 俺は手探りで何か武器になるものがないかどうか探した。確か、石があったはずなのだ。

 丁度いいサイズのものを掴むことができたので、振り落としてやった。
 命中したらしい音と、奴の声が聞こえた。
 風を切るような音がしている。今度こそ、奴は下に落ちたらしい。

 ふと、空気が軽くなったような気がした。

 のそり、のそりとした足音が聞こえてくる。

「元気が出る 青いモノ オイテ〜ク〜」

 オイテ〜ケ〜と言われるのかと思ってちょっと焦った。
 どうやら、ミイラが青いクスリを俺にくれたようだ。
 ライフも魔力も回復する優れものである。
 瓶詰めのそれを掴み、俺はお面をずらして飲んだ。

 視界が明るくなっていく。
 視力が回復し、脇腹の切り傷も癒えた。

 曇っていた空は晴れ、リラ色のメルヘンな星空になっていた。
 この世界の免疫である魔物達は、地面や墓石に座って穏やかに夜空を眺めている。
114 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/17(土) 20:49:18.49 ID:nT+bOUGp0

 スコップで右足の周りの地面を掘り、立ち上がって辺りを探索した。
 墓石から俺や知人の名前は消えていたが、1つだけ名前が刻まれたままの墓があった。

 深城 璃奈――彼女の、名前だ。
 愛する人の墓なんて、見たくなかったな。まだ彼女は生きているんだ。

 納骨室の扉を開く。
 眩く輝くそれは今まで拾ったものよりも大きくて、縦に長い正八面体の形をしてくるくる回っていた。

「迎えに来たぞ」

 微笑みながら手を伸ばした。
115 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/17(土) 20:50:06.45 ID:nT+bOUGp0

『ねえ、森岡』

『なんだよ、深城』

 小学校に通い始めた頃から、俺達は名字で呼び合っていた。

 名前で呼び合わなくなった原因は、同級生にからかわれたことだった。
 それでも小5の頃まではよく遊んでいたが、男女差が顕著になるにつれ、距離は離れていった。

 仲が険悪になったわけではないから、周りの目のない放課後は多少話をすることもあったな。

『……デュエルしよ』

 中二の頃のことだ。彼女は何か言いたげだったが、本当に言いたいことは言わなかった。

『いいよ』
116 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/17(土) 20:50:42.69 ID:nT+bOUGp0

 彼女が俺の家に来るのは久しぶりのことだった。
 TCGで遊ぶなんて、いつぶりだっただろう。

『サイバーエンドドラゴンでブラパラを攻撃! あ、リミッター解除発動しとく!』
『サイバーツインのが強いだろ』
『いいじゃん別にぃ!』
『はい、マジックシリンダー』
『えーーー』

 デュエルは俺が勝利して終わった。
 彼女は頬をぷっくりと膨らませていじけている。

『まあ、菓子食って機嫌直せよ』
『……か、カロリー確認していい?』

 太りやすい時期に突入していたあいつは、食べ物のカロリーをしきりに気にしていたのだ。
 たまたま冷蔵庫に入っていた低カロリーのゼリーを出してやると、彼女はちょっと嬉しそうにしたので、俺はほっとした。
117 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/17(土) 20:52:06.20 ID:nT+bOUGp0

『……なあ』

 俺は、彼女と距離が離れてしまったことを寂しく思っていた。
 幼稚園の頃みたいに名前で呼び合って、周りの目を気にせず遊べたらどんなにいいだろう。

 物心ついた時には既に好きだったのだ。

 でも、「幼馴染は兄弟同然だから恋愛感情を感じない」というのはよくある現象だと聞いていたし、友達として会うことさえできなくなったらと思うと怖かった。

 だから、俺は告白することなんてできなくて、本来思っていたこととは別のことを彼女に訊いた。

『俺と遊ぶの楽しいか?』

 彼女は一瞬だけ俺の目を見ると、顔を赤くして俯いた。

『たっ……楽しい、けどっ……一緒に遊んだのは、他に相手が見つからないからでっ……と、特別何かあるわけじゃないんだからっ!』

 彼女はすごい勢いでゼリーを掻っ込むと、ごちそうさまと叫んで家に帰ってしまった。
 俺はもう1回くらいカードで遊ぶなり、テレビゲームをするなりして遊びたかったので、自分の発言を後悔した。
118 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/17(土) 20:52:38.45 ID:nT+bOUGp0

 「なんだあいつ、ツンデレかよ」という考えと、「周りがからかってくるし、俺に期待させたくないからあんな風な発言が出るんだろうなあ」という考えが同時にわいた。

 その日の夜、俺が自分の部屋に行って宿題をしていると、彼女の声が聞こえた。

『森岡ー!』

 俺は窓を開けて答えた。

『なんだよ』
『あのね、あのね』

 彼女は何かを言いおうとしている。でも、やっぱり本心は言わなかった。

『サイバーエンドはかっこいいんだからー!』
『ああうん俺もそう思うよ』
『あと、宿題の範囲確認させて!』

 女友達にメールで訊けばいいだろうにと思いつつ、俺はあいつの質問に答えてやった。


 こんなことを繰り返していた俺達の背中を押してくれたのは、仲の良い友人達だった。
 友人達が祝福してくれる中、遠峯は、少し離れた所から俺達を睨み続けていた。
119 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/17(土) 20:53:18.88 ID:nT+bOUGp0

「おめでとう」

 クォ・ヴァディスが拍手をくれた。

「なあ、俺は……今なら、彼女の見舞いに行くことはできるだろうか」
「できるよ。多少、視界は歪むかもしれないけれど」

 それを聞いて安心した。
 仕事が終わったら、彼女に……璃奈に会いに行こう。
120 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/17(土) 20:56:09.95 ID:nT+bOUGp0
121 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2018/11/18(日) 11:35:58.14 ID:mOsLttUho
122 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/18(日) 23:51:54.21 ID:BvLf2b/j0

 【7】


 結論から言うと、俺は彼女の見舞いには行けなかった。
 残業が長引き、病院の面会時間を過ぎてしまったのだ。
 なかなか支払いをしてくれない客との交渉さえさっさと終わっていれば……ああ、ちくしょう。これ以上期限は延ばせないって言ってんのに。

 とぼとぼとマンションに向かう。
 アパートと呼んでも違和感のないボロマンションは、今日も寂れた雰囲気を醸し出していた。

 鍵穴を回して扉を開けると、スナック菓子を噛む音が聞こえた。

 15歳くらいの姿のクォ・ヴァディスが、割り箸でポテチを挟みながら漫画を読んでいたのだ。

「また襲われたのか?」
「先日の過激派の天使が脱獄したそうだからね。できるだけこっちに留まることにしたんだよ」

 悪魔というのも大変そうだ。
123 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/18(日) 23:52:33.41 ID:BvLf2b/j0

「面白いね、この漫画。たくさんの人々の記憶の中に存在していたから有名なのは知っていたけれど、自分の目で直接読むのはまた格別だ」

「くくく、そうだろうそうだろう」

「等価交換の原則という設定には親近感を覚えるよ。僕達の契約も、原則等価交換だからね」

 悪魔は某錬金術漫画に夢中だ。
 その漫画は俺が特にハマった作品の1つであり、面白くないわけがないのである。

 小学生の頃は、キャラクターの真似をして指パッチンで炎を出そうと試みたり、土を変形させるイメージをしながら手をパンッと合わせて地面に当てたりしたものだった。

「アニメ化されていただろう? DVDはないのかな」
「持ってないけど、今ならAmazonisPremiereで全話無料で観れるぞ。俺プレミア会員だから」
「素晴らしいね」
124 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/18(日) 23:52:59.51 ID:BvLf2b/j0

 大学生の頃、友達とアニメ鑑賞会をした時のことを思い出した。
 あの頃に戻ったみたいで、少し気が晴れる。

「創作物に触れるのは、やはり良いものだね。異世界を覗き込むことに近しい行為だから非日常を味わえる」

「そりゃ、架空の世界を楽しむわけだからな」

「それがね、架空とも限らないんだよ」

 二次元は二次元だろう。ありえない。
 しかし、悪魔が言うと妙な説得力があった。

「この世に存在する作品の半数以上は、実在する異世界の情報を作者が受信して生み出されたものなんだ」

「夢のある話だな」

「受信した人間の経験や知識、思考が大きく影響するから、作品は100%元の情報通りにはならない。けれど、確かに“元になった世界”は存在するんだよ」
125 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/18(日) 23:53:25.71 ID:BvLf2b/j0

 中学生の頃のことだ。
 俺と璃奈は一緒にARPGをプレイしていたのだが、璃奈がぞっこんになっていたキャラクターが死んでしまった。

 彼女は『こんな運命変えてやる!』と言い、その日から夢小説を書くようになった。
 内容はよくある、自分の分身と好きなキャラを恋愛させるやつだった。

 おいおい俺達は付き合い始めたばかりだぞ、早速それかよ……と俺は突っ込みたくなったのだが、二次元への浮気は浮気にカウントしないというのが俺達のルールだったので、俺は何も言わなかった。
 でもちょっと切なかったな。まあ俺も二次嫁はいたからお互い様だ。

「流行りの異世界召喚とか、転移とかも実在しうるのか?」
「あるかもしれないけれど、異世界への移動には膨大なエネルギーを要するからね。かなり難しいんじゃないかな」

 可能性があるというだけでもちょっとわくわくしてしまった。
126 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/18(日) 23:53:52.55 ID:BvLf2b/j0

 今日も夜中までアニメについて語り合った。
 クォ・ヴァディスはいつもよりも表情が豊かだった。よっぽどアニメが面白かったらしい。
 彼が悪魔であることを忘れてしまう瞬間さえあったほどだ。

 彼なりに楽しんでくれたようで、俺は嬉しかった。

 そして眠りに就いた。
 遠峯はもう心象世界へは来られない。
 今夜からは穏やかに彼女の心の結晶を集めることができるだろう。
127 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/18(日) 23:55:03.94 ID:BvLf2b/j0

 まん丸い、可愛らしい窓を選んだ。先に見えるのは、水の世界だ。
 視界が一瞬真っ白になり、青い世界に包み込まれた。

 俺は水底に立っている。確かに水の中だけれど、地上と同じような感覚で歩くことができそうだ。
 普通の空気よりは重い感じがするが、呼吸にも不自由しない。

 パステルカラーに輝く魚がふよふよと泳いでいて、プラスチック製のおもちゃの宝石のような物が水底に散らばっている。綺麗な貝なんかも落ちていた。

 ゆっくりと歩を進める。
 気を抜くことはできないが、免疫らしい免疫も現れなくて、比較的安全そうだ。
 遠くに人魚が泳いでいたが、あれはあくまで背景の一部で、話したりはできないんだろうなーと夢覚が感じ取った。
128 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/18(日) 23:55:29.96 ID:BvLf2b/j0

 あちこちに大きな岩があって、いくつか洞窟になっているのもあった。
 その中には宝箱があった。

 開けてみても、入っているのはおもちゃの宝物ばかり。
 見覚えがあるものもあったが、それは俺が彼女の宝物をいくつか見せてもらったことがあったからだろう。

 水の中は普通に泳ぐこともできるみたいだ。
 バタ足で水面に向かう。太陽のキラキラした光が眩しい。

 きっと水面の上には南国風味の世界が広がっているのだろうと思ったが、なんと真っ白だった。
 時々格子状の影が見えたり、万華鏡の中の景色のようなものが広がったりしたが、空虚な景色だ。

「忍法水蜘蛛の術……なんてな」

 水面を歩くこともできるみたいだ。
 俺は景色を眺めながらしばらく彷徨った。
129 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/18(日) 23:55:58.39 ID:BvLf2b/j0

 水が湧き出ている場所に出た。
 激しい水音が鳴り、泡が噴き出している。

 流れに抗い、ここに潜らなければならないような気がした。

 自分の体が重い金属のようになり、沈んでいくイメージをした。
 水が湧く、黒い穴。水底の更に下の世界へ、降りていく。

 真っ暗な空間には、キラキラと星が煌めいていた。
 土ボタルの洞窟みたいだ。

 水琴窟のような、オルゴールのような、それでいてハープのような音がメロディを奏でる。
 綺麗だが、あまり長居するのは危険だと本能的に感じた。

 ずっとここに閉じ込められて出られなくなってしまうような、恐怖。
130 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/18(日) 23:56:25.31 ID:BvLf2b/j0

 激しく光っている地面を見つけた。
 ここに、彼女の心の結晶が埋まっているみたいだ。
 真上には俺が入ってきたのと同じような穴が開いている。

 俺はツルハシをイメージして、光っている部分を掘った。

 キン キン

 ピシ

 地面にヒビが入り、光が溢れる。
 もう少しで取り出せるというところで、地響きが鳴った。

 ヒビを入れた箇所から水が噴き出し始める。
 光に手を伸ばしたけれど、届かない。
 水圧が押し寄せてきて、俺も結晶も上方へと流された。
131 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/18(日) 23:57:03.99 ID:BvLf2b/j0

 穴を抜け、上の層に押し上げられても水流は止まらず、遥か上空へと飛ばされた。
 ぽふん、ぽふんと雲のクッションが俺を受け止める。

 結晶は何処に行ったのだろう。
 流れ星のように何処かに飛んでいくのが見えた。探し直しのようだ。

 雲の上を進む。これは雲というより綿だった。
 あちこちに巨大なウサギの尻尾のようなものがある。ケイ酸塩鉱物のオケナイトだ。
 そういえば、彼女のコレクションになったな。
 ガラス状の繊維が放射状に伸びているその姿は、鉱物のイメージからは程遠い。

 突如、嫌な気配を感じた。
 白い雲々が黒く染まり、雨雲の様になっていく。
132 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/18(日) 23:57:39.97 ID:BvLf2b/j0

「モリ……オ……カ……」

 低い男の声。
 確かに遠峯のものだが、まるで理性を感じられない声色と化していた。

 黒いシルエットが現れ、フードの男の形になっていく。

「どうして……もうここには来られないはずじゃ」

 俺が呟くと、クォ・ヴァディスの声が頭の中に響いた。

『彼は、一生分の正の感情を対価に、新たに契約を交わしたようだ』

 強い憎悪が空気を伝う。

『今の彼は、君への憎しみで動く人形のようなもの。もう、人間だとは思わない方が良いね』

 暗雲が雷を発し、ゴロゴロと音が鳴る。。
 心の結晶が落ちた方向へ、俺は一気にワープした。
133 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/18(日) 23:59:00.11 ID:BvLf2b/j0

 暗雲の中に光るものが見える。
 思っていた以上に結晶に近づくことができたようだ。

 背筋に悪寒が走った。
 距離を離したはずの奴が、すぐ近くにいる。

「なんだとっ……!?」

『彼は、過去の喜びも、これから喜びを得る“可能性”さえも悪魔に売り渡したんだ。いくつかの能力を得ているのだろうね』

 これじゃ、ワープだけじゃ対抗できないじゃないか。
 奴は空中に無数の刃物を出現させ、こちらに飛ばした。

 俺は咄嗟に透明なシールドを張る。

『彼は夢を操るのに必要な力、もといMPの最大値が以前の数倍になっている。君のイメージで防ぎきることは難しいよ』
134 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/18(日) 23:59:28.30 ID:BvLf2b/j0

 今度はあらゆる方向からナイフが飛んできた。
 俺のATフィールドはもう限界だ。

 やばい、これは死ぬ。

「……俺の未来の悲哀の感情を全てやる! だから、新しい力をくれ!」

『そうすれば、君の精神バランスは崩壊し、君は君という人格を保てなくなるかもしれないよ』

「構うか! ……ただし、支払うのは彼女の心の結晶を全て集め終えた時だ。できるか?」

『後払いするという発想ができてよかったね。良いだろう』

 ちょっとだけ、支払いの遅いクライアントに感謝した。

 MP的な何かが体に満ちてくるのを感じる。
 万能感というか、全能感というか。

「モリオカ……モリオカァァァァアア!」

 遠峯のことが、なんだか哀れに思えた。
 人間性を捨ててまで、俺を殺したいのか。
 別の恋を見つけて幸せに暮らす可能性を捨ててまで、彼女への執着を捨てきれないのか。
135 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/18(日) 23:59:55.43 ID:BvLf2b/j0

「この世界から出ていけ!」

 雲の上に存在する大量のオケナイトを集結させ、無数の針を奴に向かって飛ばした。
 奴の体に細くて白い針が突き刺さる。

 しばらく攻撃を続けていると、奴の姿は人型のオケナイトと化した。
 そして暗雲から雷を集め、奴の脳天に直撃させる。

「……やっと倒れたか」

 だが、また生きている。

『さて、どうする? 完全に彼の心を焼き尽くして殺すこともできるけれど』
『追い出して、もう二度とこの世界に来られなくするだけでいい』

 刑務所でこいつは罪を償わなきゃいけないんだ。
 それに……俺に、人殺しになる勇気なんてなかった。
136 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/19(月) 00:00:24.20 ID:Co1Z/VQm0

 巨大なつららをイメージして、空中から遠峯の胸に落下させた。
 生々しい音が響く。

「……ふう」

 奴の姿は、ゆっくりと透明度を増し、消えていった。

 光の方へ向き直り、歩を進める。

「ちょっと、手間取っちゃったな」

 雲に手を突っ込み、結晶を掴んだ。
 流れ始めたのは、俺の知らないイメージだ。

 彼女とクォ・ヴァディスが向かい合っている。
137 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/19(月) 00:00:56.57 ID:Co1Z/VQm0

「恋人を助けたいかい?」
「ナハトさん? じゃない! 大人ヴァルク! 大人ヴァルクだ! 夢の中でだけれど、こうして会えるなんて!」

 彼女は知っているキャラクターの姿をした彼を見ると、はしゃいでペタペタと触りまくった。
 俺が死にかけていることなんて忘れてるんじゃないのかと思ってしまうほど。

「僕はそのキャラクターの姿を借りているだけの、通りすがりの悪魔だよ」
「悪魔?」
「そう」

 璃奈は悪魔の姿をまじまじと観察した。

「よく見ると、細かいところが違う……」
「ふふふ。僕はね、君と契約したいなって思ってるんだ。君の悲哀の感情はとてもおいしそうだからね」
「ふうん」
「僕と契約して、魔法少女になってよ」
「……10年遅いわね」

 悪魔はどこぞのインキュベーターの様なことを言ったが、彼女は20代だ。

「冗談だよ」

 紺色の髪の青年はくすりと笑った。
138 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/19(月) 00:01:26.84 ID:Co1Z/VQm0

「今にも彼の命の灯は消えてしまいそうだ。けれど、君が悲しみを対価に僕と契約してくれれば、彼を助けることができる」

「悲しみを対価にしたら、私はその後どうなるの」

「人間1人の命を救えるほどの対価だからね。君の精神バランスは大きく崩れ、数日の内に心が死にかけた状態になるだろう」

 それを聞き、彼女は表情を暗くした。

「さあ、どうする?」

 彼女は唇を噛み締め、唾を一度呑み込むと、口を開いた。

「契約する。彼が死んだら、それこそ私は生きていけないもの」
139 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/19(月) 00:01:53.51 ID:Co1Z/VQm0

 悪魔は彼女の額に人差し指を伸ばした。
 契約は完了した。

「そうだ。あなたの名前、なんていうの」

「名前はないよ。あったかもしれないけれど、忘れてしまった。好きに呼んでくれていい」

「う〜ん……じゃあ、何処から来たの?」

 彼女は、産地から連想したものを名付けに使う癖がある。

「さあ、何処だっただろうね。僕は何処から来て何処へ行くのか、自分でもわからないんだよ」

 彼女は少し考えるような仕草をすると、微笑んだ。

「じゃあ、クォ・ヴァディス。『何処へ行くのか』って意味よ」
140 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/19(月) 00:02:21.73 ID:Co1Z/VQm0

 目を覚ますと、俺は涙を流していた。
 そして、クォ・ヴァディスのことをちょっとだけ憎く思った。

 彼が璃奈と契約しなければ、彼女が心を壊すことはなかった。
 けれど、その契約がなければ俺は今頃死んでいた。

 感謝の気持ちがないわけでもない。
 複雑な気持ちを抱えながら、俺は朝の支度を始めた。
141 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/19(月) 00:03:08.69 ID:Co1Z/VQm0
142 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/11/19(月) 01:10:06.31 ID:NK8USrDBo
143 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/19(月) 20:41:49.59 ID:Co1Z/VQm0

 【8】


 会社の休憩室で昼食を食べる。
 今日は残業が発生する可能性がほとんどないから、夕方には彼女の所へ見舞いに行けるだろう。

 俺は時計を見ながら、早く時間が過ぎたらいいなと思っていた。

「ごめんな昨日、俺が代わってやれたらよかったんだけど」

「いいよ、そっちだって忙しかっただろ」

 坂田は俺に声をかけると、テレビの電源をつけた。

『本日午前11時30分頃、ストーカー・殺人未遂の容疑で逮捕された遠峯淳二被告が逃走したとの報告が入りました』

 アナウンサーが冷静な声で告げる。
 遠峯が、脱獄しただと……!?

「おい、森岡」

 坂田が深刻な面持ちでこちらを見る。
 俺は慌てて携帯を確認した。警察からの着信が数分前に入っていた。
144 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/19(月) 20:43:44.08 ID:Co1Z/VQm0

 こちらからかけ直そうとした瞬間、女性社員が俺を呼びに来た。

「森岡さん、警察の方がいらっしゃってますよ」

「すぐ行く!」

 弁当の中身をかっこみ、俺は速足で休憩室から出る。坂田も俺を追いかけていた。
 警察は以前もお世話になった人だった。

「鷹木さん! 璃奈は!?」

「警察が病院で警護しています。あなたの身も危険ですので、緊急避難先をただちに用意します。私と共に行動してください」

「俺、病院に行きます!」

「えっちょっと」

 嫌な予感がしてならない。俺はもう、いてもたってもいられなくなった。
145 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/19(月) 20:44:41.19 ID:Co1Z/VQm0

「行ってこい! 会社には俺から話通しとくから!」

「すまん坂田!」

 同僚に感謝しながら俺は走った。

「ああもう仕方ないですね! 彼女の安全を確認したらすぐ避難しますよ!」

 改札口を通るため、財布からカードを取り出そうとしたのだが、手が震えてカードを落としてしまった。

「大丈夫です。安心してください」

 鷹木さんがカードを拾い、俺の肩を叩いた。

「……ありがとうございます」
146 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/19(月) 20:45:15.39 ID:Co1Z/VQm0

 病院は騒然としていた。怪我人があちこちに倒れていて、白い壁が赤く染まっている。

「……危険です! ここから離れましょう!」

 俺は鷹木さんの手を振り払い、走った。

「駄目です森岡さん! 殺されます! 森岡さん!!」

 奴は彼女の入院先も、病室も知らないはずだ。
 だが、何らかの原因で情報が漏洩したとしたら。もしくは、悪魔との契約で彼女の居場所を知ることができていたとしたら。

 一刻の猶予もない。

 「璃奈、璃奈……!」

 彼女の病室に近づけば近づくほど、怪我人の数が増えていった。
 警察まで倒れている。
147 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/19(月) 20:46:23.43 ID:Co1Z/VQm0

「ぐえげげげげげ」

 血だらけで精神崩壊した遠峯が、彼女の上に跨っていた。
 鷹木さんが銃を構えても、あいつは全くこちらに意識を向けず、ただ彼女だけを見ている。

 遠峰が彼女の首に手を押し当てた。

「やめろ!」

 俺は病室に乗り込もうとしたが、駆けつけた他の警察に羽交い絞めにされた。

「放してくれ!」

 鼓膜を裂くような大きな音が鳴った。
 鷹木さんが発砲した。弾は遠峯の背をかすめたが、あいつは痛みなんて感じていないかのように手に込める力を強めている。
148 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/19(月) 20:46:59.03 ID:Co1Z/VQm0

「遠峯! お前が憎んでいる男はここだ! 先に俺を殺せ!!」

 遠峯は顎をシャフ度のように上げ、こちらに不気味な視線を向けた。
 俺の同級生だった遠峯の面影なんて、もう残っていなかった。

 体がこちらに向いたタイミングで、鷹木さんが更に発砲した。

 ドン ドン

 胸や肩を打たれても尚、遠峯は床を這いずってこちらに向かってくる。ゾンビのように。
 早く奴をどうにかして、彼女の治療を始めなければ。

 彼女は、今にも死にそうな青い顔をしている。
149 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/19(月) 20:47:33.43 ID:Co1Z/VQm0

「普通なら動けないはずなのに……!」

 鷹木さんの額に脂汗が滲む。
 恐怖で手が震え、銃を撃っても弾は外れてしまった。

 カチャ、カチャ

 弾切れだ。

「ちくしょうっ!」

 俺は警察の腕を振りほどき、遠峯の背に乗って動きを止めた。

「今の内に弾を!」

 鷹木さんは少し手間取りながらも新しい弾を充填し、再び構えた。
150 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/19(月) 20:48:56.39 ID:Co1Z/VQm0

「ぐあががが! ぎゃげごごごご!」

「じっとしていろ遠峯!」

「撃ちます! 離れて!」

 俺が横に跳んですぐ、銃声が鳴った。

 銃弾は正確に遠峯の額を貫いた。
 今度こそ、奴は動かなくなった。

「……璃奈っ!」

 俺は彼女の傍に駆け寄った。

「……息をしていない! 早く、早く治療を!」

 もう少しだったのに。もう少しで、俺は彼女の心を取り戻すことができたはずだったのに。
 昨日、俺があいつを殺してさえいれば、こんなことにはならなかったんだ。
 でも、今更後悔したって、遅い。
151 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/19(月) 20:49:41.52 ID:Co1Z/VQm0

――いつの間にか、俺は白昼夢を見ていた。

「彼女の命の灯は、もうじき尽きる」

 クォ・ヴァディスが白い空間に立っている。
 いつもと違って、微笑みを浮かべてはいない。真面目な表情だ。

「死んだ人間を蘇らせることはできない。けれど、今ならまだ間に合う」

「何を対価にすれば、彼女を助けられるんだ」

「君の悲哀のほとんどはもう売約済みだからね。対価にできるものは……肉体の健康かな」

 俺は、心だけでなく、肉体の自由も失うことになる。
 彼女が俺を助けてくれたことは無駄になってしまうけれど、俺は、彼女が俺にそうしたように彼女を助けたい。

「本当にいいのかい?」

「……頼む」
152 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/19(月) 20:50:17.53 ID:Co1Z/VQm0

 俺の意識は病室に戻ってきた。

「本当は、昨日の内に渡そうと思っていたんだけどさ」

 俺は鞄からトルマリンの指輪を取り出した。
 彼女の左手の薬指に、ゆっくりと嵌めていく。

「きっと、助けるから。じゃあな」

 そして、再び眠りの世界へと落ちた。
153 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/19(月) 20:51:32.77 ID:Co1Z/VQm0

 もう、いくつの窓の中を旅しただろう。

 真っ黒な空間に、いくつもの真っ白なレースが浮かんでいる。
 その中には、彼女の実家の部屋の窓にかけられていたものもあった。
 ああ、懐かしいな。

 上方から、無数のキラキラしたものがゆっくりと落ちてくる。
 それは、プラスチックの宝石であったり、本物の鉱物だったり、何か正体のよくわからないものであったりした。

 しばらく進むと、石造りの噴水が見えた。一番上の部分が一等星のように輝いている。
 よく見ると、結晶は指輪に取り付けられていた。
 縁から上り、天辺へと手を伸ばした。

 景色が真っ白になる。
154 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/19(月) 20:52:09.21 ID:Co1Z/VQm0

 何か、心につっかえていたものが取れたような感じがした。
 俺は彼女に何かを伝えようとしていた。でも、そのことをずっと思い出せないでいた。

 俺は、彼女にプロポーズしようとしていたんだ。
 ああでも、心も体もボロボロなんじゃ、もうそんなことできないな。

 再び新しい窓へと進む。
 免疫による攻撃はあっても、いくらでもイメージで防御することができる。
 だから、何も恐れず旅を続けることができた。

「この世界の主は、きっととても悲しみます。あなたと生きられない未来なんて、価値を感じないでしょう」

 俺の力で再び“絵夢の形”を手に入れた心の修復機能が言った。
155 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/19(月) 20:52:59.23 ID:Co1Z/VQm0

「俺は死ぬわけじゃない。時間はかかるかもしれないけど、いつか心も体も回復する日が来るって信じてるよ」

 草原に寝転がって空を見上げた。

「それまでに、彼女が他の良い男を見つけてたら、身を引くしかないけどさ」

「きっと、ずっとあなたのことを待っていますよ」

 少し離れたところに、高い崖が見える。
 あそこは、俺が最初に来た場所だ。なんだか早くも懐かしいな。

 さて、最後の1つを探しに行くか。
156 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/19(月) 20:54:06.10 ID:Co1Z/VQm0

 草原を駆け、雪の結晶が舞う世界へ入った。
 どうして雪の結晶ってこんなに綺麗なんだろうな。自然には不思議がいっぱいだ。

 青と白ばかりが広がっている。
 心まで凍らされそうな景色だが、不思議と寒くはない。

 子供の頃、彼女や同級生と雪遊びしたことを思い出した。
 かまくらや雪だるまを作ったり、雪合戦をしたり……。
 目に雪玉を当てられて「いたい、いたい」と泣いてしまった璃奈を慰めた日もあったな。

 その時の光景が、吹雪の中に一瞬見えた。
157 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/19(月) 20:54:40.44 ID:Co1Z/VQm0

 ある年の冬には、かまくらを作り終えると、彼女のお母さんがおしるこを持ってきてくれて、かまくらの中で飲んだこともあった。

 懐かしい日々。雪が思い出を映し出しては消えていく。

 空から降ってくる雪の結晶を1つ、手のひらで受け止めてみた。
 すぐに俺の体温でそれは消えてしまった。

 思い出と同じように、儚い。
158 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/19(月) 20:55:14.93 ID:Co1Z/VQm0

 先の方に、城? 神殿? とりあえず西洋風のでかい屋敷のようなものが見えた。
 いかにもファンタジー作品にありそうだ。

 そういえば、絵夢の冒険記にこんなダンジョンがあったような気がする。
 中に入ると、謎解きが必要そうな作りをしていた。

「なあ絵夢、出てきてくれ」

 絵夢は呼び出せばいつでも来てくれる。

「ここの攻略法、わかるか?」

「はい。この世界の主がこの城の攻略法を覚えているので。自分は主の記憶を引き出すことができますから」

 すいすい奥に進むことができた。
 寂しいけれど、美しい場所だ。
159 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/19(月) 20:55:49.79 ID:Co1Z/VQm0

「ここが最上階です。本当は変態王子が住んでる部屋なんですけどね」

 どんなキャラだそれ。
 ……もし再び心と体が元気になったら、彼女と一緒にこのゲームをしよう。
 そして、たくさん語り合うんだ。

 扉を開け、部屋の中に入る。
 北欧風の机の上に、彼女の心の欠片は輝いていた。

 俺は手を触れる前に、扉の方へ振り向いた。

「今までありがとうな」

「あなた達が幸せになれる日が来ることを、祈ってます」
160 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/19(月) 20:57:42.44 ID:Co1Z/VQm0

 暖かい風に包まれる。
 とある春の日の記憶が流れ込んできた。

 桜の花びらが舞う。

「もう社会人なんだねー」

「早いもんだな。にしても、桜がこんだけ見事だとドリキャス出したくなるなあ」

「私はグリシーヌね」

「俺はすみれさん」

 俺と彼女は、同棲を始めるにあたって、必要なものを買いに行っていた。
 その帰り、通りがかった植木屋で、彼女はある植物に目を留めた。

「あの葉っぱかわいー! ねえ、私とたっくんが上手くいってるお祝いに、あれ新居に置こうよ」

「でもまだ金が……いや、そんな高くないし、いいか」

 札に花言葉が書かれていた。
 「恋が成就する」「幸福を告げる」……葉っぱがハート型なだけに、縁起が良い。

 同棲が上手くいき、結婚にまで進めたらいいなと思いながら、俺と彼女は半分ずつ金を出してその草を購入したのだった。
161 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/19(月) 20:58:33.34 ID:Co1Z/VQm0

 俺は目を閉じた。
 これで、彼女は目を覚ますはずだ。

 そして、俺はこれから“悲哀を感じる可能性”を対価として悪魔に払い、精神崩壊を起こす。
 後悔がないといえば嘘になるけれど、やれるだけのことはした。

「……たっくん?」

 彼女の声が聞こえた。
 真っ白い空間に、確かに彼女はいた。

「璃奈!」

 生気のこもった、彼女の綺麗な瞳がこちらを見つめている。
 俺は思わず彼女を抱きしめた。
162 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/19(月) 20:59:05.30 ID:Co1Z/VQm0

「馬鹿、馬鹿、私のために」

「お互い様だろ」

 過去の幻影ではない、現在の彼女だ。

「あなたが私を助けるために、どれだけ苦労したか……記憶が流れ込んでくるの」

 璃奈の目に涙が浮かんだ。

「目を覚ましたら、私はもうあなたと会話することはできない」

「そうだな」

「それなら、ずっとこの世界に留まってた方がマシだよ!」

「でもさ、夢は覚めるものだろ。君はもう起きなきゃいけない」
163 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/19(月) 20:59:46.60 ID:Co1Z/VQm0

 結婚しようって、言いたかった。でも、駄目だ。

「私、また悪魔と契約するよ。あなたを助けるために」

「クォ・ヴァディスは、もう君の悲哀を食らうことはしないと言っていた。そして、人が悪魔と出会うなんて滅多にない。もし出会えても、もう契約はしないでほしい」

 これは俺のわがままだ。でも、もう同じことの繰り返しにはしたくなかった。

「俺の他に良い男がいたら、その人と幸せになってくれ」

「……馬鹿ー!」

 頬をはたかれた。

「じゃあ、廃人状態と俺と、結婚してくれるっていうのか?」

「するよ。一生お世話する」

 目がマジだ。
 うーん、まだ若いのに、彼女もといお嫁さんに下のお世話をしてもらうっていうのはやだな……。
164 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/19(月) 21:00:25.69 ID:Co1Z/VQm0

 景色がゆっくりと点滅した。
 彼女と話せる時間はもうないようだ。

 心がバラバラになるような感覚を覚えた。
 俺が、壊れていく。

「あのね、これ、大事にするね!」

 彼女の左手の薬指には、現実世界で俺が彼女につけた指輪がはまっていた。

「愛してるよ、璃奈」

「たっくん、絶対帰ってきてね!」
165 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/19(月) 21:01:01.18 ID:Co1Z/VQm0

 景色がガラスの様に壊れ、消え去った。
 同時に俺の心も割れて、散った。


 俺って、誰だっけ?

 彼女って、誰だったっけ。

 窓が見える。
 窓って、何だっけ。

 こわれていく。きえていく。

 もうなにもわカらなイ

 と〒も幸せ#った きガす*け‘^゛

 カな*みがわかラなけれ+゛ よ÷こび∴わからナい
166 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/19(月) 21:01:36.58 ID:Co1Z/VQm0

*.:・.。**.:・.。**.:・.。**.:・.。**.:・.。**.:・.。**.:・.。**.:・.。**.:・.。**.:・.。**.:・.。**.:・.。**.:・.。**.:・.。**

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――――
167 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/19(月) 21:02:02.88 ID:Co1Z/VQm0

「君はとても運が良い。都合良く僕がピンチに陥って、僕を助けることができたのだから」

 ?

「今度は、僕が対価を払う番だよ」

 ?

「君は僕に、精神体と仮初の肉体を維持するためのエネルギーをくれたね。要するに、僕は君に体も心も救われたわけだ」

 ?

「悪魔の契約は原則等価交換であらねばならない。よって、僕は君を救わなければならない」

 ?

「さあ、目を開けてごらん」

 バラバラになったものが、組み直されていく。

 無くなったままのピースがいくつかあるけれど、心は確かに俺の形をしていた。
168 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/19(月) 21:02:33.86 ID:Co1Z/VQm0

 消毒液の匂い。病院独特の……日本の病院特有のものだという説もある匂いがする。

「たっくん……?」

 今にも泣き出しそうな彼女の顔が、そこにはあった。
169 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/19(月) 21:03:43.42 ID:Co1Z/VQm0

――――――――

 カツコツと、精神世界にヒールの音が響く。
 全ての人類の精神は深層心理で繋がっている。
 ここは、特定の誰のものでもない、あらゆる人へ繋がる世界だ。

「あなたは本当に人助けが好きねえ、悲哀を食らう悪魔」

 深城璃奈の姿をしたままの、歓楽を食らう悪魔が僕に声をかけた。

「好きってわけではないさ」

「いつもあんな風にわざとピンチになって、人間にチャンスを与えているじゃない」

「僕はね、ハッピーエンドが好きなんだよ。後味の悪い物語はあまり好みじゃないんだ」

「悪魔のくせにね」

 もしかしたら、悪魔になる前の気持ちが僕の中には強く残っているのかもしれない。

 さて、これから誰の悲哀を食らいに行こうかな。

 この世界の誰もが悲哀を抱えて生きている。
 だから、僕はどんな人の所にでも行く可能性がある。

 次は――ああ、君がいいね。とっても、とってもおいしそうだ。

――――――――
170 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/19(月) 21:04:12.58 ID:Co1Z/VQm0

――――――――

 俺のメンタルは以前より弱くなったし、体も虚弱だ。
 けれど、日常生活を送ることができる程度には回復した。

 俺も彼女もしばらく休職したけれど、無事復帰し、充実した日々を送っている。

 ある日の日曜日、俺は彼女と久々のデートをしていた。
 見晴らしのいい丘のベンチに座り、景色を眺める。
 傍に立っている木が。ほどよく日光を遮ってくれた。

「あのね、1つお願いがあるの」

「何?」

「ちゃんとね、プロポーズし直してほしい」
171 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/19(月) 21:04:40.67 ID:Co1Z/VQm0

 俺は少し照れくさくなったけれど、彼女の手から指輪を外し、地面に跪いた。

「俺と、結婚してください!」

「……喜んで!」

 彼女の左手の薬指に、改めて指輪をはめこんだ。
 俺も彼女も笑っていて、もうこれ以上の幸せなんてあるのかって思った。

「そうだ、俺も1つ気になってることがあるんだ」

「なあに?」

 子供の頃からの疑問。彼女に、かつて答えを教えてもらえなかったこと。

「どうして、そんなに窓が好きなんだ?」

 彼女は顔を赤く染めてちょっと俯くと、はにかんだ微笑みを浮かべた。

「窓を開ければ、あなたに会えた。だから、私にとって、窓はあなたとの絆を繋いでくれる大切なシンボルなんだよ」
172 : ◆O3m5I24fJo [saga]:2018/11/19(月) 21:05:37.23 ID:Co1Z/VQm0
173 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2018/11/19(月) 21:40:36.11 ID:7p3cKnu7o
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