女「……お兄さん、童貞なんですか?」

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1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/26(土) 23:58:02.02 ID:tDZM6Xgyo


男「はい、これ」

女「……なんです、これ?」

男「見れば分かるだろ。缶コーヒーだ」

女「くれるんですか?」

男「そういう意味で差し出したつもりだけど」

女「お心遣いどもです。でもわたし、コーヒー飲めないです」

男「そう。じゃあこっち飲めよ」

女「……どもです」

男「……」

女「いただきます」

男「どうぞ」

女「……ひょっとして、わたしがコーヒー苦手だったらお茶を渡そうと思って両方買ってきたとかですか?」

男「そんなに気の回る奴に見えるか?」

女「見えるか見えないかで言ったら、見えませんけど」

男「じゃあ、結果的にそうなっただけだろ」

女「……そ、かもですね。ありがたくいただきます」



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2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/26(土) 23:58:42.53 ID:tDZM6Xgyo

男「……」

女「……あったかいですね」

男「そうかい。よかったな」

女「これが人のぬくもりというやつでしょうか」

男「たぶん違うと思う」

女「やさしさが身にしみます」

男「やさしさじゃない。ついでだ」

女「ついでですか」

男「この寒空の下で俺だけが温かい飲み物を飲んでたら嫌な感じだろう」

女「わたしは気にしないですよ」

男「俺が気にする」

女「誰も見てないのにですか?」

男「まあな」

女「へんなの」

3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/27(日) 00:00:10.97 ID:miPG4g1qo

女「……さっきは、すみませんでした」

男「さっき?」

女「はい」

男「……ああ、あれか」

女「たいへんもうしわけなく……」

男「気にするな。俺は気にしてない」

女「わたしが気にします」

男「変なやつだな。まあ、いきなり悲鳴をあげられるとは思わなかったけど」

女「てっきり不審者だと思って……」

男「……そんな不審者っぽいかな、俺」

女「あ、いえ。お兄さんがどうこうとかじゃなくてですね」

男「というと?」

女「こんな真冬に、しかも平日の真っ昼間に、こんな寂れた神社の境内に人がいると思わなかったものですから」

男「俺もそう思ってたよ」

4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/27(日) 00:01:20.81 ID:miPG4g1qo

女「お兄さんはここで何してたんです?」

男「なにって……ぼーっとしてた」

女「こんな寒いとこでですか?」

男「まあ……そうだな」

女「変わってるんですね」

男「そういう気分だっただけだよ」

女「いわゆる……いわゆるひとつの」

男「……いわゆるひとつの?」

女「あんにゅいですか」

男「アンニュイ」

女「あれ、間違えました?」

男「いや、響きがやたら洒落てるよな、アンニュイ」

女「アンニュイアンニュイアンヌ……」

男「……」

女「発音むずかしくないです?」

男「たしかにね」

5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/27(日) 00:01:55.99 ID:miPG4g1qo

男「きみはなにしてたの」

女「きみ、って初めて言われました」

男「……はあ」

女「あんまり言わなくないです? きみって」

男「まあ……そうかもだけど。ほかになんて呼べばいいのかもわからない」

女「ふむ」

男「『あなた』は仰々しい。『おまえ』は馴れ馴れしい」

女「なるほど」

男「気に入らないならやめるけど」

女「いえ、どちらかというと気に入りました。きみでいいです」

男「そうですか」

女「はい。きみでよろしくおねがいします」

男「……」

女「どうかしました?」

男「いや、まあいいや。それで、きみはなにしてたの」

6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/27(日) 00:02:26.63 ID:miPG4g1qo

女「わたしはおさんぽです。日課なんです」

男「日課?」

女「はい。毎日ここまで歩いてから帰るんです」

男「じゃ、毎日ここに来てるんだ」

女「ですね」

男「……平日の昼間に?」

女「あ、ええと……はい」

男「学生だよな?」

女「え、と……」

男「……ま、いいや。平日の昼間にぼーっとしてることについては、俺も人のこと言えないしな」

女「あ、お兄さんもニートなんですか?」

男「ニートなのかよ」

7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/27(日) 00:03:35.16 ID:miPG4g1qo

女「あ、あれ、違いました?」

男「違う。……や、まあ、似たようなもんだけどさ。てっきり不登校かなにかだと思った」

女「当たらずとも遠からずですね。不登校をこじらせてやめちゃいました」

男「なるほど」

女「じゃあお兄さんはニートじゃないわけですか」

男「一応な」

女「仲間を見つけたと思ったのに……残念です」

男「ニートじゃないことにがっかりされたのは初めてだよ」

女「それじゃあ、お兄さんはどうしてこんな時間から神社であんにい……アンニュイしてたんですか?」

男「……べつにそんなつもりじゃないけど……なんか部屋に帰りたくなかったし、晴れてるから散歩でもしようかと」

女「ほうほう。……あれ、どこかに行った帰りってことですか?」

男「夜勤明けだよ」

女「……え、いま何時ですか? お昼すぎですよね。夜勤明けですか?」

男「だからまあ……九時にあがって、そのままぼーっとして……」

女「……」

男「ぼーっとしてたら、きみが来たから」

女「何時間ぼーっとしてたんですか……ニートみたいですね」

男「ニートに言われるとそんな気がするな」

8 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/27(日) 00:04:02.76 ID:miPG4g1qo

女「……寒くなかったです?」

男「寒かった」

女「よく耐えられましたね。この二月の寒空の下」

男「耐えてたというよりは、動くのも面倒だったって感じだけど」

女「自分に酔ってないとできないですよね」

男「そんな気もするな」

女「自分に酔ってたんですか?」

男「俺が思うに、自分に酔ってないと断言できるやつは断言できる自分に酔ってる」

女「……つまり?」

男「酔ってる部分もあっただろうな」

女「なるほどですねえ」

男「いや、テキトーに言ったんだけどな」

女「テキトーに言わないでください。まじめに考えちゃったじゃないですか」

男「どっちでもいいよ」

9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/27(日) 00:04:29.90 ID:miPG4g1qo

女「夜勤って、たいへんじゃないです?」

男「まあ、慣れれば別に平気なんじゃないか。夜勤って言ってもコンビニバイトだし」

女「つかぬことをお聞きしますが、お兄さんいくつです?」

男「ハタチ」

女「えっ」

男「その『えっ』は何の『えっ』だよ」

女「もっと上だと思ってたのでびっくりしました」

男「そうですか」

女「ちなみにわたしは十七です」

男「……」

女「その沈黙は何の沈黙ですか」

男「……いや」

女「どうせもっと下だと思ったんでしょう」

男「や、まあな」

女「ふん。いいです。慣れてますから」

10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/27(日) 00:04:57.12 ID:miPG4g1qo

女「かたや二十歳フリーター、かたや十七歳ニート……」

男「……」

女「世の底辺ですね」

男「自分で言って悲しくないか?」

女「誰かに言われる前に自分で言った方が傷つかなくていいですよね」

男「こじれてるなあ……わからんでもないけど」

女「素晴らしき理解者の登場です。自虐していきましょう」

男「巻き込むなよ」

女「自分の人生は終わったんだって考えると楽になりますよ」

男「急に重いことを言うなきみは……」

女「えっと、そうでしょうか?」

11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/27(日) 00:05:24.69 ID:miPG4g1qo

男「ま、べつにいいんじゃないの、高校やめてニートやってるくらい」

女「……そ、ですかね」

男「俺の方がひどい。ハタチ過ぎてコンビニバイトだからな」

女「ええ……。でも働いてるじゃないですか、フリーターって」

男「高校を出る年齢を過ぎてフリーターやってると、人生が重たくてな」

女「……訊いていいかわかんないんですけど、なんで普通に就職しないんです?」

男「……や、まあ」

女「はい」

男「最初に就職したとこが、なかなかにひどいとこでな」

女「ふむ。ブラックですか」

男「……というほどでもなかったのかもしれないけど」

女「……?」

男「なんやかんやあって倒産して……」

女「倒産」

男「まあ、繋ぎでバイトでもやるかって始めたんだよ」

女「な、なるほど……それはまた、それはまたですね……」

12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/27(日) 00:05:56.14 ID:miPG4g1qo

男「楽なバイトって考えてコンビニに入ったけど、給料が足りないから夜勤に回るだろ」

女「はあ」

男「そんで夜勤やってると、なんだかやけに気持ちが暗くなるっていうかな」

女「……そうなんです?」

男「人によるのかもしれないけど。まあ、仕事終わってから買い物に行けたりするのはいいよなとは思う」

女「あー、いいところもあるんですね」

男「夜明け頃にさ、空が明るくなる頃に駐車場の掃除するんだよ」

女「はい」

男「そうすると、近くの電線にカラスがバーって並んでて、朝焼けに映えてさ、ああいう瞬間はまあ好きだな」

女「おー」

男「ま、フリーターって現実を思い出すとつらくなるけど」

女「おー……」

男「あと、掃除が終わって一時間もすると朝のピークタイムだからな」

女「すごそう」

男「自分が何やってんのかよくわかんなくなるよ」

女「や、でも、がんばってて偉いです」

男「……まあ、所詮バイトだし」

女「卑下しないでください。わたしなんてニートですよ」

男「微妙に反応しづらいなそれ……」

13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/27(日) 00:07:13.52 ID:miPG4g1qo
つづく
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/27(日) 00:28:01.76 ID:K9LXaNz9o
良い
15 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/27(日) 02:04:42.20 ID:gU60AmhMO
いいね
16 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/27(日) 04:20:48.22 ID:pxkbB7Z00
続けなさい
17 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/27(日) 15:13:11.65 ID:miPG4g1qo

男「ま、がんばって仕事に慣れようかと思ってるうちに、辞め時を見失ってな」

女「辞め時ですか」

男「俺が抜けたら、他の夜勤の人の休みなくなっちゃうんだよな」

女「……えっと、人のことを気にしてたら、ずっとやめられないのでは?」

男「俺も他人事だったときはそう思ってたんだけど……あとはまあ、惰性もあるな」

女「惰性ですかー」

男「そんなこんなで、ぼんやり過ごしてるうちに一年近く経ってた」

女「分かります。ぼんやりしてると時間ってあっというまですよね」

男「ホントに」

女「わたしも気付いたら学校行かなくなって一年経ってました」

男「ああ、うん、そんな感じ」

18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/27(日) 15:13:50.61 ID:miPG4g1qo

女「毎日が日めくりカレンダーみたいにあっさり過ぎてくんです」

男「日めくりカレンダーみたいにね」

女「はい」

男「俺、去年の一月に日めくりカレンダーを買ったんだよ」

女「おお、どんなですか?」

男「どんな? いや、普通だけど」

女「そですか」

男「で、毎日一枚ずつちぎってくわけだよ、あれを」

女「はいはい」

男「でも、途中で一回面倒になって、めくらなかった日があって」

女「……ふむ?」

男「次の日に一気にちぎるか、と思ってたんだよ」

女「はい。それで?」

男「おしまい」

女「……」

男「……」

女「そのカレンダー、どうしたんですか?」

男「そのまんま。俺の部屋の日付は去年の二月で止まってるんだ」

女「象徴的ですねえ……」

19 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/27(日) 15:14:17.68 ID:miPG4g1qo

男「しかしさ、こんなこと言ったら失礼かもしれないけど」

女「はい」

男「ニートって外に出るんだな」

女「……ええと、まあ、人によると思いますけど、はい」

男「人によるのか」

女「パターンにもよると思います。わたしの場合、不登校こじらせたアレなので、あんまり出ないですが」

男「でも、毎日散歩してるんだろ」

女「それは、ええと、そうですね……なんと言ったものでしょうか」

男「何か理由があるわけだ」

女「……まあ、最初の頃は、本当に外に出なかったんですよ、恥ずかしながら」

男「それって、どうしてなんだ?」

女「……どうしてでしょうね。学校行ってないのにそのへんを歩いてるのも、罪悪感があると言いますか」

男「そういうもんか」

20 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/27(日) 15:15:00.38 ID:miPG4g1qo

女「それで、ひきこもりがちだったんですけど……」

男「……そんなに恥ずかしい話?」

女「ど、どうしてそう思うんですか」

男「顔が赤いし、言いにくそうだから」

女「まあ……お恥ずかしい話なんですが」

男「うん」

女「運動不足がたたって……去年の秋に……」

男「……秋に?」

女「家の階段から転がり落ちまして……」

男「ええ……」

女「腰をしたたかに打ちました」

男「それって運動不足が原因なのか……?」

女「とにかくそれで、立ち上がれなくなって、家族に救急車を呼んでもらって……」

男「……それは、大変だったな」

21 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/27(日) 15:15:49.51 ID:miPG4g1qo

女「いえ、大変だったのはそこからなんです」

男「……というと?」

女「救急車が来る前に、腰の痛みがよくなったんです」

男「……うん。大変か? それ」

女「で、でも、救急車まで呼んだわけですから、いまさら痛くないなんて言い出せなくて……」

男「いや言い出せよ」

女「担架にのせられて、『大丈夫ですか』って声をかけられて、病院に運ばれて……」

男「うん」

女「担架からベッドに移されて、診察されて……でも、その時点でもう、なんか、立てそうなくらい平気なんですよ」

男「……はあ」

女「でももうやり通すしかないと思って、痛いふりをしながらレントゲンまで撮ってもらって」

男「……」

女「『まあ、なんともないね』って言われました」

男「まあそうだろうな?」

女「そのあと、歩きにくいふりをしながら病院から帰ったんです」

男「図太いんだか繊細なんだかわかんないな、それ」

22 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/27(日) 15:16:32.97 ID:miPG4g1qo

女「思い出すと本当に恥ずかしくて恥ずかしくて」

男「それは、まあ……恥ずかしいな」

女「恥ずかしくて、もう階段から二度と滑り落ちてなるものかと、運動不足を解消するためにですね」

男「だからそれ、運動不足が原因なのか?」

女「お兄さんはニートの運動不足レベルを舐めてます。体をどこかにぶつけるなんてしょっちゅうですよ」

男「それも運動不足というより注意力不足じゃないか?」

女「……」

男「……」

女「と、とにかく、それで散歩を始めたんです」

男「まあ、事情はわかったよ……悪いことではないだろうしな、べつに」

23 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/27(日) 15:17:11.65 ID:miPG4g1qo

女「あんな恥ずかしさは二度と味わいたくないです」

男「救急車が来たときにもう大丈夫だって言えてたら傷は浅かったのにな」

女「そう、なんでしょうけど。恥ずかしいし、怖かったし」

男「ふうん」

女「……やっぱり、だめですよね」

男「え?」

女「そういうの、はっきり言えないと」

男「……んん。まあ、よくある話なんじゃない?」

女「そ、ですか?」

男「俺もまあ、似たような状況になったらどうするかわかんないな」

女「お兄さんも?」

男「まあな」

女「……そですか」
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/27(日) 15:17:56.66 ID:miPG4g1qo

女「お兄さんは救急車って乗ったことあります?」

男「ない。入院したことはあるけど」

女「入院ですか?」

男「たしか風邪がこじれて肺炎になったんだったかな」

女「なるほど」

男「病院の売店って好きなんだよ。わけもなくクロスワードパズルとか買いたくなるんだ」

女「クロスワードパズルですか?」

男「あれ、俺だけかな」

女「わたしは……詩集とかのイメージですね」

男「詩集? 売ってるか、そんなの?」

女「あとは廉価版のコミックスとかですね」

男「コンビニでも売ってるだろ、そんなの」

女「あの、お兄さん。クロスワードの雑誌もコンビニで売ってますよ」

25 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/27(日) 15:19:14.39 ID:miPG4g1qo


女「あ、ていうか、あの、お兄さん、夜勤なんですよね。もう帰って寝た方がいいような」

男「平気。今晩は休みなんだ」

女「そうなんですか」

男「じゃなかったら、ぼーっとして過ごさないよ」

女「そ、ですか。……でも、どっちにしても、寒いですし、もうそろそろ、帰ったほうがよくないですか?」

男「ああ、まあ……」

女「……帰らないんですか?」

男「最初に言ったと思うけど、帰りたくないからここでぼーっとしてるんだよ」

女「……ん、そですか」

男「帰ったほうがいい?」

女「と、とんでもないです。そもそもわたしにそんなこという権利ないですから」

男「それはまあそうだろうけど」


26 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/27(日) 15:19:40.65 ID:miPG4g1qo

女「あの、聞いていいかわかんないんですけど、なんで帰りたくないんです?」

男「……まあ、べつに家自体が嫌なわけじゃなくて」

女「ところでお兄さん、実家暮らしですか?」

男「……まあ」

女「親のすねかじりつつ?」

男「まあ……金は入れてるけど、そういう面が大きいな」

女「おそろいです!」

男「……まあ、観点によってはそうかもな」

27 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/27(日) 15:20:21.97 ID:miPG4g1qo
つづく
28 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/27(日) 21:30:37.18 ID:miPG4g1qo

女「おうちで何かあったんですか?」

男「べつにそういうわけじゃないよ。ホントにこのまま帰るのが嫌なだけ」

女「ふむ?」

男「仕事あがりで、帰って、寝るだろ」

女「はい」

男「起きたら夕方で、まあ、深夜まで起きてて、でも夜だし暇だから寝るだろ」

女「はあ」

男「でも明日の夜は仕事だし、それに備えて明日の夕方も寝なきゃいけないだろ」

女「……あー」

男「俺の休み、半分くらいは寝るだけで終わるんだよ、今のうちに活動しないと」

女「なんていうか、人によっては時間を奪われ続けそうですね……」

29 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/27(日) 21:31:10.85 ID:miPG4g1qo

男「部屋に戻ったら寝ちゃうから、帰りたくないわけだ。時間もったいなくて」

女「なかなかに難儀ですねえ」

男「どうだろうな。俺がそういうタイプってだけかも」

女「でも、こんなところでぼーっとしてるのももったいなくないです?」

男「まあ、そうなんだけど、帰ったところで寝るだけだから」

女「趣味とかないんですか?」

男「趣味というほどのものは……」

女「ないんですか」

男「本読んだり漫画読んだり、映画観たりドラマ観たりはするけど、漫然と」

女「漫然と、ですか」

男「そう。暇だから、漫然と」

女「寂しい人生ですね……」

男「そういうきみは?」

女「えっと……あんまり何もしてないですね」

男「ふむ」

30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/27(日) 21:31:47.44 ID:miPG4g1qo


女「なにぶん、学校もいかずバイトもせずにブラブラしてる身分ですから、お小遣いもねだれませんし……」

男「まあそうか」

女「そうなると、テレビかネットでも見てるしかないんですけど」

男「じゃあ、一日中ネットみたりテレビ見たり?」

女「ところがネットだと、ニートとかの話題になると途端にこう……」

男「こう?」

女「はりのむしろ?」

男「まあ……フリーターも似たようなありさまだから言わんとすることは分かる」

女「とにかくネットはそういうのを踏むのが怖くて、あんまり見れないです」

男「じゃあテレビ?」

女「も、あんまりおもしろくないので……」

男「じゃあいったい何やってんの……?」

31 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/27(日) 21:32:33.46 ID:miPG4g1qo

女「えっと……」

男「……」

女「瞑想……?」

男「嘘つけ」

女「……引きませんか?」

男「引かれるようなことしてんの……?」

女「……ソシャゲです」

男「ん?」

女「延々とソシャゲをしてたんです。無課金で。数にして五作品ほど」

男「それは……」

女「スタミナ消費が終わる頃には半日過ぎてます。残りはイベント次第ですね」

男「……虚無のなかで生きてるな」

女「あとはブラウザゲーとか、一人向けアプリとかしてました」

男「……」

女「スリザリオ、おもしろいですよ」

男「俺も人のことは言えないが、きみも相当だな」

女「最近はやめました。さすがにまずいと思ったので……」

32 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/27(日) 21:33:01.11 ID:miPG4g1qo

女「しかしそうすると、わたしもお兄さんも、なんだか時間を浪費してますね」

男「たしかにな」

女「でもでも、ビジョンだけはあるんですよ」

男「ビジョン」

女「せっかくですし、絵とかイラストの練習しようって思ったりとか」

男「ふむ」

女「ほら、ネットとかでも講座サイトとか動画とかありますし、時間だけはあるわけですからね、練習はし放題」

男「いいじゃんか。絵の練習してるわけだ」

女「……してません」

男「……あ、そう」

33 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/27(日) 21:33:27.18 ID:miPG4g1qo

女「飽き性っていうか、集中力が続かないっていうか……寝て起きるとだいたい何もする気がなくなって……」

男「はあ」

女「……趣味って、どうやったら手に入るんでしょう?」

男「なきゃ駄目だってもんでもないと思うぞ」

女「でもソシャゲはなんとなく……まずいじゃないですか」

男「じゃあ、絵の練習をしろよ」

女「それが、なんというか、なにかに集中しようとすると、ふっ、と」

男「ふっ、と?」

女「『わたし、こんなことしてる場合なんだろうか?』という考えが頭をよぎるんです」

男「あー」

女「おかげで映画一本観るのもなかなかうまくいかないです」

男「ニートってのもなかなか大変だな……わかるけど」


34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/27(日) 21:34:00.02 ID:miPG4g1qo

女「でもお兄さん働いてるじゃないですか!」

男「バイトだけどな」

女「働いてる人にはニートの気持ちはわかりませんよ!」

男「底辺マウントを取るな」

女「底辺マウントってなんかおもしろい響きですね」

男「まあ冗談はともかく、気持ちはわからないでもないかもしれないよ」

女「ホントですか……?」

35 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/27(日) 21:34:35.50 ID:miPG4g1qo

男「こないだ成人式があったんだよ」

女「あ、はい。そっか。ハタチですもんね」

男「まあそれで、同窓会とかあるわけだろ」

女「そういうものらしいですね」

男「まあ、たまたま連絡とってた友達に誘われたから、中学の同窓会に出たわけだ」

女「ふむふむ」

男「当然だけど、高校出て就職したやつは働いてるし、大学行ったやつは大学通ってるわけだ」

女「……あー」

男「みんなが大学で勉強したり遊んだりしたり、就職したり、中には結婚して子供がいるやつまでいるわけだ」

女「うわあ……怖い」

男「そのなかで俺は……失業してコンビニバイトだろ」

女「……」

男「何やってるんだろうっていう焦りが、やっぱりあるよな」

女「な、なんかごめんなさい……」

男「いや……俺が悪いんだしな……」

36 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/27(日) 21:37:55.84 ID:miPG4g1qo


女「倒産はお兄さんのせいじゃないですよ」

男「っても、コンビニバイトに甘んじて生活してたのは俺だしな」

女「つかぬことお聞きしますけど……彼女さんとかいないんです?」

男「あー」

女「いるんですか?」

男「それが、会社が倒産する直前に、一度いたことはあるんだけど」

女「ふむ?」

男「同じ会社の子だったし、倒産したらお互い恋愛どころじゃなくなって……」

女「あー……」

男「別れた」

女「倒産に人生ボロボロにされてますね……」

男「何が起きるかわかんないもんだよな……」

37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/01/27(日) 21:40:49.50 ID:Ut0X0PRh0
えっ体験談?
38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/27(日) 21:41:10.42 ID:miPG4g1qo

女「それ以来はいないわけですか」

男「コンビニバイトの身で誰かと付き合おうなんて恐れ多いという気持ちもあってな」

女「ええ、気にしすぎでは?」

男「かもしれないけど……まあ単純にモテないのもある」

女「モテないんですか?」

男「モテそうに見えるのかよ」

女「うーん……」

男「……」

女「見えませんね」

男「だろ」

39 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/27(日) 21:41:37.56 ID:miPG4g1qo

女「あ、でもべつに、特別マイナス要素があるとかではない気がするので、いても不思議じゃない感じは」

男「フリーターってだけでマイナス要素だろ」

女「そこまで卑屈にならなくても……」

男「まあ……俺もこじらせてる部分はあるかもしれないが」

女「ていうか、それを言ったらわたしなんてニートですし」

男「無限ループかよ。まあ、彼女なんて後にも先にもそのくらいだな」

女「あとにもさきにもっていうと、学生時代も……?」

男「や、なんていうか」

女「はい」

男「俺も引きこもりがちであんまり学校とか行ってなかったし。……行ってたとしてもできなかったと思うけど」

女「え……そうなんですか」

40 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/27(日) 21:42:35.22 ID:miPG4g1qo


男「まあ……そう」

女「えっと……じゃあ、もしかして」

男「ん」

女「……お兄さん、童貞なんですか?」

男「……」

女「……」

男「……あー」

女「……」

男「言うにことをかいてそれか?」

女「……あ、ごめんなさい。とっさに思いついてしまったので」

41 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/27(日) 21:45:16.22 ID:miPG4g1qo


男「……まあそうだよ。童貞だよ。なんだこれは」

女「あ、いえ。ちょっとホッとしてます」

男「なんでだよ」

女「えっと……ほら、わたしもまともな恋愛経験とかないので」

男「……ので?」

女「年上でもそういう人がいるんだなあと思うと、ちょっと安心しました」

男「下を見て安心するなよ」

女「お兄さんもニートを見て安心できるんだから、ウィンウィンですよ」

男「ニートを見て安心してたら、そんな気持ちになってる自分が大丈夫かって不安になるよ」

女「ふへへ」

男「ふへへじゃねえよ」


42 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/27(日) 21:47:21.29 ID:miPG4g1qo
つづく
43 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/28(月) 20:30:25.08 ID:eOvi/+iMo


男「でも、きみもパッと見ただけだとニートには見えないけどな」

女「……え、いま、どこからそんな話題になりました?」

男「いや、なんとなく思っただけ」

女「……ニートには見えませんか?」

男「うん。ニートってもっとこう、なんか、こう言ったらアレだけど、小汚いイメージ」

女「それはニートに対する偏見ですよ」

男「それにきみ、普通に喋れてるし。引きこもりってあんまり話せないイメージ」

女「や、話すのはあんまり、得意じゃないです」

男「そんな感じしないけど」

女「いまは、けっこうがんばって喋ってます」

男「……なんでがんばってんの?」

女「……えと。なんででしょう」

44 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/28(月) 20:31:24.51 ID:eOvi/+iMo


男「まあ、俺もあんまり、しゃべるのは得意じゃないけど」

女「それこそ、そんなふうに見えないです」

男「そうかな。俺、人と目を合わせるの苦手なんだよな」

女「あ、わたしもです」

男「目を合わせて平気な人って、どんな訓練を積んでるんだろう」

女「不思議ですよね、絶対居心地悪いですもん」

男「……や。目を合わせられないことについての自信は人一倍ある。きみには負けない」

女「なんでそんな変なところに自信持ってるんですか?」

45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/28(月) 20:31:59.24 ID:eOvi/+iMo

男「試してみるか?」

女「え?」

男「目を合わせて、どっちが先にそらすか」

女「え、それ、言い出す時点でお兄さんの方が強いじゃないですか」

男「まあまあ。お互いちょっと死力を尽くしてみよう」

女「……ええ」

男「じゃあ、用意スタートではじめるぞ」

女「……仕方ないですね」

46 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/28(月) 20:32:29.50 ID:eOvi/+iMo

男「用意……スタート」

女「えっ、はやっ」

男「……」

女「いま、トの時点で逸らしてましたよね。わざとですよね」

男「いや、限界だった」

女「お兄さんも相当アレですね……」

男「なにやってるんだろうな」

女「ちょっと、もうちょっとがんばってみましょう? 死力を尽くすって言ったじゃないですか」

男「もう限界だよ……」

女「いいですから、もう一回」

47 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/28(月) 20:33:29.45 ID:eOvi/+iMo


女「いいですか、せーの、で始めますよ」

男「まじかよ」

女「せーの」

男「……」

女「……」

男「……」

女「お兄さん、まつげ長いですね」

男「……」

女「あっ、そらした」

男「なあきみ全然平気そうじゃない? 詐欺だろこれ」

女「お兄さんがめちゃくちゃ緊張した様子だったので、逆に平気でした」

男「俺、引きこもりに負けたのか……」

女「元気だしてくださいお兄さん、収入では負けてませんよ」

男「ニートに収入でマウントとったりしねえよ」

48 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/28(月) 20:34:04.84 ID:eOvi/+iMo

女「第一、目を合わせ続けることなんかより、バイトしてる方が偉いです」

男「バイトだぞ」

女「でもコンビニってほら、煙草の銘柄覚えたりとか、宅配便の荷物の受け入れとかするんですよね」

男「詳しいな」

女「前、自分でもできるバイトとかないかなって覚えて調べて諦めました」

男「まあ……話だけ聞くと意外とハードル高いよな」

女「お客さんになにか聞かれたら、おどおどするしかできない気がします」

男「今みたいな感じだったら全然できそうだけど、俺なんかよりも」

女「いまは……うん。いまはいくらかましですけど、わたしも相当ですから」

49 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/28(月) 20:34:36.35 ID:eOvi/+iMo

男「そんな感じ、全然しないけど」

女「えと、わたし、ほら、舌足らずじゃないですか」

男「そう?」

女「そです。かつぜ……かつれつ……」

男「カツレツ?」

女「か、つ、ぜ、つって、言えない」

男「ああ……滑舌」

女「かつ、ぜ、つって言えないくらい、滑舌が悪いので」

男「気にすることじゃないと思うけど。滑舌の悪い政治家だっているくらいだし」

女「高校で、さんざん言われました。かつぜ、つ、悪いって。わざとやってるんじゃないかとか」

男「……ふうん。そんなやついるんだ」


50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/28(月) 20:35:10.58 ID:eOvi/+iMo

女「自分で言うのもなんですけど」

男「ん」

女「わたし、まあ、そこそこかわいいと思うんです」

男「……ほんとに自分で言うのもなんだな」

女「そりゃ、クラスで一番とか、上位とかじゃないかもしれないですけど、そこそこ」

男「まあ……そう思うよ」

女「いちおう、いろんなとこ、気を使ってるつもりでしたし」

男「うん」

女「でも……誰かに媚びたりとか、してるつもりじゃなかったです」

男「……そ」

女「でも、どうなんだろ。気づかないだけで八方美人だったのかな。角が立つの、嫌いだったから」

男「……」

女「みんなそうじゃないのかな。わたし、いい子ぶってるつもりなんか、なかったです」

男「……」

女「お兄さん?」

男「……え?」

女「……今、寝てました?」

男「いや、寝てない。聞いてた聞いてた」

女「ひ、ひっどい!」

51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/28(月) 20:36:14.68 ID:eOvi/+iMo

男「や、大変だったな、うん」

女「テキトーな返事……」

男「まあ、実際大変だったな、とは思うけど」

女「……そうです」

男「大変だったね」

女「……そうです。たいへんだったんです」

男「……」

女「わたし、悪くない。……悪くない、ですよね」

男「かもね」

女「それとも、やっぱり、うまく振る舞えなかったのが、よくなかったのかな」

男「さあ」

女「……ずっと、そんなこと、ぐるぐる考えてたら、一年過ぎてました」

男「……そうな」


52 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/28(月) 20:36:45.20 ID:eOvi/+iMo

女「……すみません、見ず知らずの人に、こんな話」

男「や、まあ、いいんじゃないの」

女「……そですか?」

男「俺だってきみには感謝してるんだよ」

女「感謝?」

男「おかげで、ひとりでぼーっと過ごして、なにやってんだ俺はって気持ちにならずに済んでるからな」

女「……じゃ、わたしはお兄さんの休日の恩人ですね」

男「そういうことになる」

女「わたしがいてうれしいですか?」

男「調子に乗るな」

53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/28(月) 20:37:19.29 ID:eOvi/+iMo


男「まあ、だからべつに、多少の愚痴くらいなら聞けるよ」

女「……ありがたい、ですけど、なんでそんなによくしてくれるんですか?」

男「そんなつもりないけど」

女「誰にでもこうなんですか?」

男「まさか。そもそも会話が成立すること自体珍しいのに」

女「じゃ、わたしだけ特別ですね」

男「まあ、ニートに会うのは初めてだからな」

女「わたしがニートだからやさしくしてくれるんですか?」

男「そういうわけでもないし、やさしくしてるつもりもない」

女「……よくわかんないです」

男「まあ、俺も誰かとこんなふうに話すのはひさびさだからな」

54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/28(月) 20:37:45.90 ID:eOvi/+iMo

女「でも、お友達とかいるんですよね?」

男「ん?」

女「さっき、同窓会誘われたって言ってたじゃないですか」

男「や、まあ、ついでみたいな感じだったけどな」

女「ついで?」

男「うん。べつにそいつとも、連絡頻繁にとってるわけでもないし」

女「そういうものですか」

男「フリーターこじらせると、就職してたり学校行ってたりする奴に劣等感覚えるだろ」

女「はい」

男「それでなんか、一緒にいるのが居心地悪くなって、距離ができたりな」

女「……あー」

男「わかる?」

女「わかります。わたしも中学の頃のともだちと全然連絡とらなくなりました」

男「まあ俺の場合、土日もバイトだから純粋に休みが合わないのもあったんだけど」

女「じゃあ、最近は人ともあんまり会わずに……?」

男「客に挨拶してる時間が一番長いよ」

女「お互い孤独な人生ですね……」

男「自意識に押しつぶされそうになるよな……」

55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/28(月) 20:38:24.99 ID:eOvi/+iMo

女「……外にあんまり出なくなってから、なんか、どんどんだめになっていきます」

男「駄目に?」

女「はい。学校の知り合いに会ったとき、今何してるのって聞かれるのが怖いから、外出も億劫ですし」

男「あー、うん。それはある」

女「でもわたしはもっとひどいんです」

男「たとえば?」

女「コンビニのレジに並ぶのが怖いです」

男「……おー」

女「家の電話が鳴っても出れないですし……」

男「おー」

女「宅配便の荷物の受け取りもできないです。居留守使います」

男「なかなかだな」

女「最近は、たまに外に出たときに誰かの笑い声が聞こえると、自分が笑われてる気分になって……」

男「重症だな……」

56 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/28(月) 20:39:15.29 ID:eOvi/+iMo

女「一度、バイトしようと思って、探したこともあるんです」

男「うん」

女「でも、本屋さんとか、ゲーム屋さんも、だいたい高校生以上とか、高卒以上とかって書いてあって」

男「……」

女「そういうの見てると、なんか、自信がなくなってきて……」

男「結局暗い話になってきたな……」

女「履歴書に中退って書くのも、なんだか怖いし、見られてどう思われるんだろうって……」

男「まあ……そうだよなあ」

女「……でも、そんなこと言って、結局逃げてるだけなのかもしれないです」

男「……」

女「ちゃんと働ける自信、ぜんぜんないし」

57 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/28(月) 20:39:45.42 ID:eOvi/+iMo

男「ま、これはべつに他意があるわけじゃないんだけど」

女「……?」

男「俺だってべつにちゃんと働けてないぞ」

女「……ええ? でも、一年は続いてるんですよね」

男「失敗しないわけじゃない」

女「そう、なんですか?」

男「最初の頃はそれこそ、弁当のあたため頼まれてソースつけっぱでレンジに入れて破裂させたり」

男「煙草間違えたり、釣り銭渡し間違えたり、チキン頼まれたのにポテト渡したり」

女「……誰でもそうだって言いたいんですか?」

男「いや、俺は相当ミスしてる方。とんだ店員だよな」

女「……自分で言います?」

58 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/28(月) 20:40:13.99 ID:eOvi/+iMo

男「商品の二重打ちするし、からあげ床に落とすし、缶へこませるし、ポイントカード持ってるか聞かなくてお客さんに怒られるし」

男「かと思えばいちいち聞くと嫌な顔されるし」

男「パンあたためるかどうか訊けって客に怒鳴られたり」

男「かと思えば『温めるわけねえだろ。そんくらいわかんねえか』って怒鳴られたり」

男「弁当に箸つけ忘れて怒鳴られたり」

男「かと思えば『いつも箸いらないって言ってるのになんで入れるんだ!』って怒鳴られるし」

男「毎日来てる客ならともかく、週一でしか来ない客が常連ぶるんじゃねえよ……」

女「なんていうか、なんていうかですね……」

男「……まあ、俺、他の人が普通にできること、あんまりできないみたいだ。それでも最近は、ミスも減ってきたけど」

男「毎日同じ煙草買ってくお客さんの顔覚えて、最近は言われる前にそれとって、頷きだけ返されたりしてる」

女「それすごいですね、わたし、できないと思います」

男「どうだろうな。でも、俺だってできてないし、できてなくても金はもらえるよ」

女「……」

59 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/28(月) 20:40:52.83 ID:eOvi/+iMo

男「でも、コンビニバイトだってこんなありさまで、必死になってようやくできるようになってきたんだ」

男「それなのにさ、普通の人が普通にやってる仕事なんて俺にできんのかな」

男「そう考えると、普通に仕事探すのも怖くて、だから惰性っていうより、本当は、俺も怖いのかもな」

女「……そ、なんですか」

男「うん。普通に大学行ってるやつだって、バイトとかちゃんとしてるんだろうなって思うと、俺は本当に……」

女「……」

男「まあ……無能なんだろうなって思うよ」

女「……えと、じゃあ、おそろいですね?」

男「そうだな」

女「……なんでこんな話になったんですか?」

男「いや、普通になんか、励まそうとしたつもりだったんだけど、あまりに俺が無能すぎて……」

女「げ、元気だしてください、お兄さん。がんばってるだけ偉いですから……」

男「そう言ってくれるのはきみだけだよ……」

女「……な、なんでわたしが励ましてるんですかね?」

男「……さあ?」

60 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/28(月) 20:45:36.69 ID:eOvi/+iMo
つづく
61 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/28(月) 22:40:42.77 ID:puLylzodo
凄く好き
こういうの好き
62 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 00:15:13.51 ID:yaPXPFdJo

女「そういえば、ふと思い出したんですけど」

男「ん」

女「さっき、病院の売店の話したじゃないですか」

男「ああ、クロスワードパズル」

女「そうそう。わたしが売店って言われたときに詩集を思い出すの、お母さんのせいかもしれないです」

男「どういう意味?」

女「小学生の頃、わたしも入院したことがあるんです。そのとき、暇だろうからって売店で詩集を買ってきてくれたんです」

男「詩集。へえ。洒落たお母さんだな」

女「どうだろ。わたし、小説とか苦手でしたし……」

男「ふうん」

女「谷川俊太郎の詩集。わたし、好きだったんです」

男「二十億光年の孤独?」

女「そうそう。『万有引力とは──』」

男「『ひき合う孤独の力である』って?」

女「よくとっさに出てきますね」

男「あー、まあね」

63 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 00:15:55.74 ID:yaPXPFdJo


女「詩とか読むんですか?」

男「いや、あんまり」

女「『さて朝食には嘲笑を食おうか』……」

男「……『祈りを食おうか、と考える』」

女「知ってるじゃないですか」

男「ほとんど知らない。でもそれはかっこいい」

女「わかります、わかります。読んでるんじゃないですか」

64 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 00:16:23.24 ID:yaPXPFdJo

男「あのさ、さっき、集中力が続かないって話してただろ、きみが」

女「あ、はい」

男「俺も、小説とか映画は途中で集中切れるんだよ。でも詩はさ、小難しいのじゃなければ読めるわけだ」

女「あー」

男「頭にかかる負荷が少ない」

女「まあたしかに」

男「それで読んだりはするだけ」

女「でも、なかなかいませんよね、詩読むよって言う人」

男「なのかな。まあ、詩ってよくわかんないしな」

女「たしかにですね」

65 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 00:17:08.91 ID:yaPXPFdJo

男「それに、なんか恥ずかしくない?」

女「どうしてですか?」

男「『休日なにやってんの?』『本読んでます』『どんなの?』『谷川俊太郎の詩集とかですね……』」

男「って言えないだろなんか」

女「ま、まあ……たしかに……」

男「なんか恥ずかしいだろ。だからあんまり人には言わない」

女「なるほど……」

男「……」

女「でも、ここにほら、趣味を同じくする者がひとりいますよ! 語れますよ!」

男「べつに語りたくはない」

66 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 00:17:35.85 ID:yaPXPFdJo

女「じゃあ、どれが好きですか?」

男「……」

女「ほら、恥ずかしがらずに」

男「きみは?」

女「えっ、わたし?」

男「きみはどれが好きなの?」

女「……えっと、『春』とか……」

男「漢字の方?」

女「そです」

男「『かわいらしい郊外電車の沿線では』……だっけ?」

女「『春以外は立入禁止である』。それです!」

男「あれもいいな」

女「あれもいいです。で、お兄さんは?」

男「それ」

女「ずるい。……なんか恥ずかしいですね、これ」

67 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 00:18:02.69 ID:yaPXPFdJo

男「……腹減ったな」

女「……そろそろ帰っちゃいます?」

男「きみは? ただの散歩なんだろ」

女「あ、えっと、そうですね。お兄さんが帰るならわたしも帰ります」

男「じゃあ、もうちょっといようかな」

女「なんです、それ」

男「べつに深い意味はないけど」

女「……」

男「帰ったってからっぽの部屋があるだけだしな」

女「悲しいこと言いますね」

男「生活が悲しいんだ」

68 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 00:18:38.22 ID:yaPXPFdJo

女「もっと明るいことを考えましょうよ」

男「きみに言われると変な感じだな」

女「何がしたいとか、何がほしいとか、考えた方がいいんです、きっと」

男「……きみニートじゃん」

女「脈絡もなく心をえぐらないでください」

男「いや、どう考えてもこれまでの発言と矛盾してる気がしてな」

女「べつに……暗いことばっかり考えてるわけじゃないです、わたしだって」

男「そう?」

女「ただ落ち込みやすいだけです」

男「そいつは困ったな」

女「たいへん困っております」

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