女「……お兄さん、童貞なんですか?」

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69 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 00:19:07.43 ID:yaPXPFdJo


男「明るいこと、ね」

女「お兄さんは、ほしいものとかないんですか?」

男「……ほしいもの……」

女「はい」

男「……思いついてもあとでむなしくならないか?」

女「『空想が罪だろうか』ですよ」

男「ええ……」

女「いいから、ほしいもの、ほしいもの」

男「……安心?」

女「……いや、ほしいですけど」

男「安らぎとか……」

女「あの、そういうんじゃなくて、もっとこう、物質的な」

男「……金」

女「急に即物的すぎませんか?」

男「金があれば生活にゆとりができるだろ。ゆとりができればバイト辞められるだろ。バイト辞められれば失敗しないだろ?」

女「めちゃくちゃ後ろ向きですね……」

男「俺だけなのかな」

女「正直めっちゃくちゃ分かりますけど……」

70 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 00:19:36.60 ID:yaPXPFdJo

女「関係ないんですけど、わたし、漫画とか苦手なんです」

男「ホントに関係ないな。なんで?」

女「好きなんですけど、完結すると寂しくなりませんか?」

男「ああ」

女「好きな漫画なら好きな漫画だけ、好きだった期間が長ければ長いだけ、寂しくなるじゃないですか」

男「そういう意味か」

女「なんか、置き去りにされてる気がするし。それに、最初はだめだった人が、徐々に真人間に成長したりすると……」

男「……」

女「なにひとつ変われないままの自分をつきつけられてる気がしますよね……」

男「難儀な性格してんな……」

71 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 00:20:10.14 ID:yaPXPFdJo


女「ちょっと前に、匿名のメッセージアプリをやってたんです」

男「匿名? ツイッターとかじゃなくて?」

女「そのアプリの中だけで、見ず知らずの人のつぶやきみたいなのが見られて、気になった人にメッセージを送れるタイプです」

男「……出会い系?」

女「違います。友達機能とかなくて、その日話した人とも次の日会えるかわからないってタイプですね」

男「ああ」

女「それで、仲良くなった子がいたんです」

男「でも、次の日会えるかわからないんだろ?」

女「メインのタイムラインみたいなのがあって、名前は表示されてるので、今日もいるなって思ったらメッセージ送って、みたいな」

男「ふうん」

女「その子も引きこもりだったんですけど……その子、春から通信制の学校通おうと思うって言うんです」

男「……」

女「がんばってって言ったけど、わたし、置き去りにされたみたいな気分でした」

男「……まあ、分かるけど」


72 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 00:20:54.75 ID:yaPXPFdJo

女「だからなんか……なんか、わたし、なんて言ったらいいかわからないんですけど……」

男「うん」

女「……どうしたらいいんですかね?」

男「……」

女「……」

男「……さあ?」

女「……訊いたわたしがバカでした」

男「どうにかしなきゃって思うわけだ」

女「それは、まあ、わたしだって、でも……」

男「うん」

女「一人じゃ買い物もできないのに、電話にも出れないのに、働くなんて無理だし、学校なんて、人なんて怖いし」

男「うん」

女「怖い、怖くて……」

男「うーん、そっか」

73 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 00:21:29.14 ID:yaPXPFdJo

女「お兄さん、なんか、冷たいですね」

男「そういうわけじゃないけど」

女「もっと親身になってください」

男「今日初めて会った相手にか?」

女「お兄さんには、そうかもしれないけど、わたしには……ひさしぶりに会話した、家族じゃない人です」

男「……」

女「去年の秋からおさんぽしてて、今日、初めて人に会ったんです」

男「……誰かに会いたかった?」

女「会いたかった。……会いたくなかった。話したかった。話したくなかった」

男「……」

女「わかんないです……」

74 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 00:22:06.03 ID:yaPXPFdJo

女「目をさますたびに、みんなが当たり前の生活をしてるんだろうなって思うんです」

女「そうするとなんだか……置いてけぼりにされてるみたいで、ずっと……」

女「みんなわたしのこと忘れちゃうんだって、みんなわたしがいなくても平気なんだって」

女「なんにも変わらない生活をしてるんだって、わたし、誰にも必要とされてないんだなって……」

女「そんなふうに、思って……」

男「……ん、そう」

女「……お兄さん、ちょっと笑ってますよね」

男「いや、怒らないでほしいんだけど、ちょっと笑ってる」

女「なにがおかしいんですか」

男「嬉しいんだよ」

女「……なにが」

男「俺みたいなやつがいるなって」

女「……」

75 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 00:22:33.30 ID:yaPXPFdJo

女「お、お兄さんは、ちゃんと外に出て、バイトして、買い物もできるから……」

男「……うん」

女「だ、だから、わたしのこと、そんなふうに言えますけど、わたしは……」

男「うん」

女「わたしは……」

男「……」

女「どうして、こうなっちゃったかな……」

男「きみのせいじゃないよ」

女「……そ、ですかね」

男「そう思うよ」

女「な、なんか、軽い……」

男「他人事だからな。でもそう思うよ」

76 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 00:23:00.78 ID:yaPXPFdJo


女「……わたし、悪くないですかね」

男「さあ?」

女「どっちですか」

男「俺が悪くないって言ったって、べつにきみが楽になるわけじゃないだろ」

女「……」

男「誰かに悪くないって言われたって、きみはたぶんつらいままだろ」

女「で、でも!」

男「ん」

女「いまは悪くないって言ってほしかったです! 悪くないよって言ってください!」

女「そんなんだからお兄さん童貞なんですよ!」

男「脈絡もなく心をえぐるな」

女「さっきのお返しです」

男「なんてやつだ」

77 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 00:23:36.14 ID:yaPXPFdJo
つづく
48-5 覚えて → 思って
78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/29(火) 02:17:26.49 ID:SIrJKT3to
進展しそうでしない感じ、しゅき
79 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/29(火) 05:01:13.40 ID:BuSetYbVO
着地点が見えそうで見えない感じ、いいね
80 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/29(火) 18:14:28.44 ID:++GN5e0/0
この雲をつかむような会話のテンポの書き方に何度か見覚えがありますね。
偶然なのか同じ人なのか……どちらにしろ楽しみにしています。
81 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/29(火) 18:49:21.53 ID:1oud57Fd0
もし過去作とかあるなら読みたいな
82 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 21:47:55.45 ID:yaPXPFdJo

男「さっき、ほしいものを考えてみろって言っただろ」

女「……? はい」

男「たとえばだけどさ、べつに、失敗しないような人間になりたいって思うわけじゃないんだよ」

女「……」

男「そりゃなりたいけど、そうじゃなくて、ホントは、失敗しても、今日はこんな失敗したって、そう報告できる相手がいりゃいいなって思う」

女「……」

男「そんで、馬鹿みたいに弱音吐いたり、愚痴言ったりさ、そういう相手がいたらいいなって思うことはあるよ」

女「……」

男「それだけでなんか、もうちょっとやれる気がするんだよな」

女「……そ、ですか?」

男「俺はだけどな」

83 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 21:48:22.96 ID:yaPXPFdJo

女「……お兄さん、あの」

男「ん」

女「わたし、明日もここに、散歩に来ますよ」

男「……」

女「だから……」

男「……えー」

女「な、なんで嫌そうな顔するんですか!」

男「いや、嫌そうっていうか……べつに嫌ではないけど、明日は俺夜仕事だし」

女「あ、そ、そうでしたね……」

84 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 21:49:17.33 ID:yaPXPFdJo

男「……たとえばだけどさ」

女「……はい?」

男「今はうまく考えられないかもしれないけど、きみにだって通信制の高校に通うって選択肢はあるわけだろ」

女「……」

男「べつにそうしたらって言いたいわけじゃないけどな」

女「……スクーリングとかあるんです。それも、調べました。人に会うの、怖いです」

男「……」

女「ひとりで学校行って、いろいろ、できる気がしないです」

男「まあ、そういう話じゃなくてさ。バイトの募集が高卒以上ばっかだって言うけど、コンビニならだいたい関係ないし」

女「接客なんて、できる気しないですもん。きっと向いてないです」

男「……きみには俺が接客向きに見えるか?」

女「見えないです。……あ、ほんとだ。見えないですね」

男「……まあとにかくだ」

85 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 21:49:45.87 ID:yaPXPFdJo

女「なにが言いたいんです?」

男「高認受けて専門にいくとか、短大目指すとか、べつに選択肢なんて山ほどあるだろ」

女「……」

男「べつになにかしなきゃいけないっていうんじゃなくて、つまりまあ……」

女「つまり……?」

男「あんまり焦るな。ひきこもりが先のことあれこれ考えても暗くなるだけだぞ」

女「……」

男「……」

女「さ、先のこと考えさせるようなことさんざん言ったあとにそれですか!」

男「いやホント俺無能だな、励まし方がまったくわからん」

女「……まったくもう」

86 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 21:50:13.57 ID:yaPXPFdJo

男「じゃあさ、もしいろいろ考えて、それでも何もできそうになかったら」

女「……なかったら?」

男「そうだな……」

女「……」

男「……」

女「……お兄さん?」

男「……いや、やっぱなんでもない」

女「……いまプロポーズしようとしました?」

男「してねえよ」

女「『俺んとこ来るか?』ってパターンじゃなかったですか?」

男「いまの俺にニートを養うだけの甲斐性はねえよ。ていうか実家だよ」

87 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 21:50:40.20 ID:yaPXPFdJo

男「そうじゃなくて、べつに弱音くらい聞いてやるよって話」

女「……ほんとうですか」

男「気が向いたらな」

女「もてあそばないでください」

男「それとも一緒に職業訓練でもいくか? ソフトの使い方覚えれば事務系の仕事なんてたぶん山程あるぞ」

女「……できる気がしないです」

男「俺もしない」

女「自分ができないことを人にさせようとしないでください」

男「高望みさえしなけりゃ、働き口探すだけならきっと難しくないよ」

女「……」

男「働くのはつらいけどな」

女「……フリーターのくせに偉そうに」

男「ニートが言っちゃいけない台詞だろそれ」

88 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 21:51:11.28 ID:yaPXPFdJo

女「……ちょっと、考えてみます」

男「まあ、無理すんなよ」

女「お兄さん、こんど、お兄さんの店に、買い物しにいってもいいですか」

男「……いいけど、夜中だぞ」

女「大丈夫です。昼夜逆転なんてしょっちゅうですから」

男「そうじゃなくて、女の子ひとりで夜に出歩くなよ」

女「お兄さん、ふるーい」

男「……いや、知ったことじゃねえけどさ」

女「今度、買い物の練習しにいきます。店、教えてください」

男「まあ、いいけどさ」

女「それにお兄さん、嘘つきみたいだから、愚痴聞くって言って、二度と来ないかもしれないし」

男「いいけどさ。それ、嘘つきな俺が違う店教えたらどうする?」

女「……えっと」

男「……」

女「……死ぬ?」

男「重いよ」

89 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 21:51:38.39 ID:yaPXPFdJo


女「お兄さんはどうするんですか」

男「ん」

女「さんざんわたしに説教しておいて、自分はフリーターに甘んじる気ですか」

男「全国のフリーターに謝れ」

女「わたしはお兄さんに言ってるんです」

男「……ま、そうな」

女「……」

男「そのうち探すかって考えてたのに、ずっとなあなあにしてたからな……」

女「お兄さんも、がんばってください」

男「……」

女「そしたら、わたしもがんばります」

男「そうな。……まあ、ハロワにでも行って、いいのがなかったら派遣にでも登録するか。バイトよりはマシだろう」

女「……そういうもんですか?」

男「たぶんな。でもま、ど田舎なんて、仕事選ばなきゃ山程あるだろ。介護とか、工場とかでも」

女「……お兄さん、なんも考えてないわけじゃないんですね」

男「どうだろうな。結局考えてただけで実行に移さなかったのは、自信がないからだし」

女「……」

90 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 21:52:05.67 ID:yaPXPFdJo

男「でもま、なんだろうな……」

女「……?」

男「働き口見つからなくたって、仕事でミスしたって、クビになったって、給料安くたって」

男「きみに話せるなら笑い話にできそうな気がするよ」

女「……おお」

男「ん」

女「やっと素直になりましたね」

男「なんだ、素直って」

女「わたしの持つ、包容力、に、既にお兄さんはやられてるわけですね」

男「いや、ニート見てると安心できるだろ?」

女「さっきニート見て安心してる自分に不安になるって言ってたくせに!」

男「冗談だって」

91 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 21:52:41.42 ID:yaPXPFdJo

女「……あれ」

男「ん」

女「誰か来ましたね」

男「急に小声になるな、きみは」

女「か、隠れないと……」

男「なんでだよ」

女「……あれ」

男「子供だな」

女「……親子連れですね」

男「……ここ、人来ないんじゃないの?」

女「いつもは……あ、でも、いつもはこんな時間までいないので」

男「……おい」

女「はい?」

男「こっちに近付いてないか? 子供」

女「あ……あう」

男「驚くくらいにビビるなきみは。なんで俺とは話せるんだよ」

女「……悲鳴をあげたからですかね」

男「あー」

92 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 21:53:08.30 ID:yaPXPFdJo

子供「……」

男「めっちゃ見てくるな」

女「……」

男「きみ、何歳?」

子供「……」

男「……」

母親「どうも、こんにちは」

男「……あ、こんにちは」

女「……」

子供「……」

男「何見つめ合ってるんだよ」

女「や、えと」

93 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 21:53:35.75 ID:yaPXPFdJo

男「ね、きみ、何歳?」

母親「……ほら、何歳、だってよ」

子供「……さんさい」

男「三歳かあ。おっきいなあ。その風船どうしたの?」

子供「……もらった」

男「もらった? どっかで配ってるのか」

女「……」

母親「今日オープンした喫茶店で配ってたんです」

男「へえ。喫茶店」

子供「ほっとけーき」

男「ホットケーキ? 食べてきたのか。いいな。お散歩ですか?」

母親「ええ、いい天気ですから、少し歩こうと思って」

男「……ああ、ホントだ。いつのまにかずいぶん日が出てますね」

女「……」

男「ぜんぜん気づかなかったな。……な?」

女「え? あ……そ、ですね」

94 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 21:54:27.93 ID:yaPXPFdJo

母親「ごめんなさいね、デートの邪魔しちゃって」

男「ああ、いえ」

母親「ほら、もう行きましょう?」

子供「……」

母親「ばいばいって」

子供「……ばいばい」

男「ばいばい」

女「……」

男「ほら、手振ってるぞ。振り返してやれよ」

女「あ……はい」

男「……お、笑ってるぞ」

女「……お、お兄さん」

男「ん」

女「……う、うらぎりもの……」

男「……なにがだ?」

95 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 21:55:25.15 ID:yaPXPFdJo

女「普通に人と話せてる……」

男「無視するわけにもいかないだろ」

女「もっと挙動不審になってほしかったです」

男「きみといるとそういう落胆のされかたばっかりだな」

女「わたしなんて、やっぱり子供とすらしゃべれない……」

男「そうか? 普通だったろ」

女「そんなことないです。絶対目とか泳いでましたもん」

男「気にしすぎだろ。ちょっと人見知りなのかなってくらいにしか思われないよ」

女「……絶対へんに思われました」

男「さっきの親子、そんな目できみのこと見てたか?」

女「……え?」

男「普通だったろ」

女「……それは、まあ」

男「劣等感があるのはわかるけど、他人が自分を悪く思ってると思いこむのは、それはそれで失礼だろう」

女「……フリーターのくせに、偉そうに」

男「きみのそれは『返す言葉がない』って意味だなと分かってきた」

96 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 21:55:53.34 ID:yaPXPFdJo

男「しかし、喫茶店か。そういや、オープンするって聞いたな。今日だったのか」

女「……」

男「どうしたんだよ」

女「やっぱりわたし、お兄さんに愚痴聞いてもらう資格ないです」

男「なに、急に」

女「お兄さんみたいにちゃんとしてないし。人とうまく喋れないし」

男「めんどくさいやつ」

女「……そです。わたし、めんどくさいんです。ほっといてください」

男「なんだよ……」

女「……」

97 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 21:56:20.81 ID:yaPXPFdJo

女「……だめです、わたしはやっぱり」

男「ま、無理することないけど」

男「さっきの親子だって、きみのことニートで引きこもりだなんて思わなかったと思うよ」

女「……そ、ですかね」

男「間違いない」

女「どうしてそう言えるんですか」

男「たいていの人はニートのひきこもりがこんな時間に外で誰かといるなんて思わないからな」

女「……そ、そういう問題ですか?」

男「実際、デートとか言われたろ」

女「あ、そうだ! いつからデートしてたんですかわたしたちは!」

男「デートじゃないですって言ったら説明がめんどくさいだろ」

女「そ、そうかもですが」

98 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 21:56:49.45 ID:yaPXPFdJo

男「ま、気にすんなって言っても落ち込むんだろうから、べつにいいけどさ」

女「……つ、つめたい」

男「なんて言ってほしいんだよ」

女「……なにか言ってほしいわけじゃ、ないですけど」

男「じゃあ、なにが問題なの」

女「だから、わたしは……だいいち、お兄さん、わたしなんかと話してても、退屈でしょう」

男「ん?」

女「話下手だし、もっと、有効な時間の使い方ってものがあると思うんです」

男「退屈しないよ」

女「……なんでですか」

男「だってきみ、おもしろいからな」

99 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 21:57:22.35 ID:yaPXPFdJo

女「……でも、すぐ暗いこと言うし……」

男「今みたいにな」

女「……そです」

男「俺もそうだ。お互い様だろ。それで俺は、べつにそれが不快じゃない」

女「……」

男「きみが不快だっていうなら、そりゃ仕方ないけど」

女「不快なんて!」

男「……」

女「不快なんてことは、ない、ですけど……」

男「じゃ、問題ないだろ?」

女「……お兄さんと話してると、わたし、バカみたいです」

100 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 21:57:49.24 ID:yaPXPFdJo


男「俺のほうがバカだからな。きみと話してると、悩みのない生活してるなって思うよ」

女「ばかなことで悩んでる方がばかなんです」

男「俺はそういうやつの方が好きだけど」

女「急に告白しないでください」

男「してねえよ。ふたりだと急に舌が回るようになるなきみは」

女「内弁慶なんです」

男「俺は内かい」

女「……や、すみません、内とか言って」

男「なんでそこで謝る。卑屈か」

女「卑屈にもなります……」

101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 21:58:50.43 ID:yaPXPFdJo

女「お兄さんはテキトーすぎます」

男「そうでもないつもりだけど……」

女「……」

男「そういえばさ」

女「はい?」

男「さっき小学生の頃入院してたって言ってたけど、病気かなにか?」

女「急に話題が戻りますね。やっぱりテキトーじゃないですか」

男「なんとなくな」

女「なんでだと思います?」

男「階段から滑り落ちて骨でも折ったんだろ」

女「ひどい」

男「で、なんで?」

女「……スキー場で転がって骨を折ったんです」

男「階段よりひどかった」

102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 21:59:18.09 ID:yaPXPFdJo

女「……おなかすきました」

男「そうだな」

女「いま、何時だろ」

男「さあな」

女「お兄さん、眠くないです?」

男「……まあな」

女「仕事帰りなのに、長々と付き合わせて、ごめんなさい」

男「べつに、付き合わされたと思ってないよ」

女「そ、ですか?」

男「袖振り合うも多少の縁だろ」

女「袖擦り合うも多生の縁です」

男「意味はだいたい同じだろ」

女「お兄さん、情けは人のためならずを『情けは人のためにならないぞ』って意味だと思ってるタイプですね?」

男「違うの?」

女「ちがいます。ばーかばーか」

男「……ここぞとばかりに」

103 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 21:59:53.95 ID:yaPXPFdJo


女「……多生の縁かはわかりませんけど」

男「うん?」

女「散歩してたの、ほんとは、運動不足のせいだけじゃないんです」

男「……」

女「毎日が変わらないから、変えられないから、ずっとどこかで、何かが起きるのを待ってたんです」

女「だれかがどこかに連れ出してくれないかって」

女「なにかが起きて、変われるんじゃないかって」

女「そんなの他力本願だってわかってたけど……でももう、自分じゃなにもわからないから」

男「ホント他力本願だな」

女「……もうちょっと、わたしにやさしくしてくれてもいいじゃないですか」

男「はいはい」

女「……決めてたんです。もしここで誰かに会えたら、そのときは、がんばってお話しようって」

男「……ふうん」

104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 22:00:22.61 ID:yaPXPFdJo

女「ばかみたいって思いますか? 買い物いくのも怖いくせに、そんな願掛けみたいな……」

男「いや……ああ、どうだろうな。バカみたいかもな」

女「……ひどいー」

男「俺も似たようなもんだって意味だよ」

女「……?」

男「なにか起きてくれないかと思って、家に帰れなかったんだ」

女「……おそろいですね」

男「まあな」

女「ばーか」

男「なんだよ」

105 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 22:00:52.53 ID:yaPXPFdJo

男「で、願掛けの結果はどうだった?」

女「……んん。まあ、悪くはないと思います」

男「それはよかった」

女「……お兄さんは」

男「ん?」

女「お兄さんは、わたしに会えてよかったですか?」

男「んー」

女「ていうかよかったですね、わたしに会えて。ひさしぶりに若い女の子と会話する気分はどうですか?」

男「と、とつぜん自信満々だな……」

女「……や、つい」

男「照れ隠しか」

女「ちがいます、ちがいますー」

106 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 22:01:18.19 ID:yaPXPFdJo

男「さて」

女「……ほんとに、また来てくれますか?」

男「ん? たぶんな」

女「……来なかったら、恨みますからね」

男「ずいぶん懐かれたな」

女「……まんざらじゃないくせに」

男「悪い気はしないけどさ」

女「……じゃあ、おやすみなさい」

男「なあ、腹減ってないか?」

女「……?」

男「おやつの時間だ。甘いもんでも食いにいこう」

女「……え?」


107 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 22:02:15.28 ID:yaPXPFdJo


男「さっきの子からホットケーキの話聞いてから、ずっと食べたかったんだよ」

女「え、でも……わたし、お金ないです」

男「払わせる気ならニートを誘わないよ」

女「……で、でも、おごられる理由がないです」

男「ついでだよ」

女「ついで?」

男「この寒空の下に女の子を残して、ひとりでホットケーキ食いにいくのも嫌な感じだろう」

女「……わたしは、気にしないですけど」

男「俺が気にする」

女「……へ、へんなの」

108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 22:03:07.43 ID:yaPXPFdJo

女「喫茶店の場所、知ってるんですか?」

男「バイト先の先輩が言ってたから、なんとなくは」

女「……どのあたりですか?」

男「銀杏並木があるだろう。今時期は葉が落ちきって、枝に雪がつもって、きらきら光ってる」

女「場所の具体性がゼロですね」

男「印象重視だからな。まあ、とにかくその向こうだ」

女「……わたし、風船もらえるかな」

男「さあ? まあ、でも」

女「……?」

男「『風船ください』って言えば、断られることもないだろうと思うよ」

女「……言えるかな」

男「どうだろうな」

女「……」

男「どうする? 行くか?」

女「……えと」

男「うん」

女「ほんとに、いいんですか?」

男「俺が誘ってるんだよ」

女「……へんなの」

109 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 22:07:53.08 ID:yaPXPFdJo


女「……なんで、そこまでしてくれるんですか」

男「ここは神社だしな」

女「……?」

男「こいつはもう、思し召しってやつなんだろうと思うことにした」

女「思し召し、ですか」

男「そう」

女「……ろ、ロマンチスト……似合わない」

男「うるせえよ。願掛けとかしてたやつが」

女「わたしのはシリアスですもん!」

男「どっちでもいいよ。行くか?」

女「……行きます」

男「そう。じゃあ行こう」
110 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 22:16:48.06 ID:yaPXPFdJo

男「二月ともなると、昼間はあったかいな」

女「……」

男「春はもうちょっと先か?」

女「……そうですね」

男「……」

女「……お兄さん、詩をひとつ、思い出しました」

男「詩?」

女「はい。吉野弘の、二月の小舟という詩です」

男「……」

女「『冬を運び出すにしては、小さすぎる舟です。春を運びこむにしても、小さすぎる舟です』」

男「……『ですから、時間が掛かるでしょう。冬が春になるまでは』」

女「知ってるんですか?」

男「こないだ本屋に平置きされてたよ」

女「……『川の胸乳がふくらむまでは、まだまだ、時間が掛かるでしょう』」

男「……公衆の場で詩をそらんじるなよ。恥ずかしいやつ」

女「お、お兄さんも乗っかったじゃないですか」

男「生きることは恥を晒すことだからな」

女「それっぽいこと言ってごまかそうとしないでください。それに、どうせ、他には誰もいないんですから、平気です」

男「……ま、たしかにな」

111 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/01/29(火) 22:20:16.69 ID:yaPXPFdJo

男「それにしても……」

女「……」

男「いい天気になったな、いつのまにか」

女「……ふふ」

男「なに気持ち悪い笑い方してんだ」

女「ひどい。なんでもないもん。……ただ、ほんとに、いい天気ですねって」

男「散歩にはうってつけの日」

女「……それにしても」

男「ん?」

女「おなか、すきました」

男「ほんとにな」

女「たくさんたべちゃうかもしれません」

男「……控えめにしてくれよ、こちとらフリーターだからな」

女「しかたないですね。……ひかえめに、しておいてあげます」

112 : ◆1t9LRTPWKRYF [saga]:2019/01/29(火) 22:20:46.70 ID:yaPXPFdJo
おしまい
113 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/29(火) 23:07:43.46 ID:INwnhptz0
ヤマも無ければオチもない。
でも、ちょっとだけ心が洗われたような気がする。
乙。ありがとう。
114 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/30(水) 00:17:19.76 ID:xWD2yMz3o
なんか、少しだけ救われた気がする
おつおつ
次回も待ってる
115 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/30(水) 15:33:01.49 ID:/7W0sRHJ0
現実には救いなんてないんやなって
116 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/30(水) 19:29:12.67 ID:nAgxjmFkO
誰かと思ったら屋上さんか
傘の方クライマックスなのに放置しないでくれ
117 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/01/31(木) 14:12:33.92 ID:paV+OWGd0
乙でございます
118 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/02/01(金) 10:16:29.73 ID:II+B5/Qd0
おつでした。
こういうのもいい。ちょっと先も見てみたくなる。
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