緒方智絵里「私だけの、幸せのカタチ」

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63 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 09:31:29.94 ID:KNlGu87n0
「あの、お言葉ですが……私にはそれが、控えめとは思えないんですが……」


「そうですか? 毛髪ぐらいならけっこう控えめ……あぁ、そうか」


ちひろからの指摘を受けたせいなのか、何やらPは一人で納得をしている。


「そうか、なるほど。常識的に考えれば、普通には遠いのか」


「えっ?」


「すみません、ちひろさん。少し、勘違いをしていました」


「か、勘違い……?」


「はい。前に貰った二つがあまりにも過激だったものでしてね。それに比べると、これは幾分か控えめなんですよ」


以前にもこれを上回る、過激な贈り物を受け取った事がある。


サラッとPはとんでもない事を、ちひろにへと告げてきたのである。


64 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 09:32:06.03 ID:KNlGu87n0
「前に……? 過激って、えっ……?」


ちひろはPからの言葉を理解出来ず、同じく口にして反復するだけである。


情報の処理速度が追いつかなくなってきたせいか、ちひろの脳内はパンク寸前だった。


「あの、それには何が……?」


そのせいか、Pにへと思わずそう聞き返してしまう。


それを口にした後、自分は何を言ってしまったのだとちひろは愕然とした。


「この前に貰ったお守りには……智絵里の爪と指の皮が入ってましたよ。同じ様に、赤い布に包まれてですね」


「爪と、指の皮……!?」


65 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 09:33:06.83 ID:KNlGu87n0
「いやぁ、あの時は焦りました。仕事が控えているというのに、指周りをボロボロにしてきてですね」


そう言われてか、ちひろはある時期に智絵里が指を怪我していた事を思い出した。


指に包帯を巻き、見ていてとても痛々しい姿であったが、その原因は知らずじまいであった。


それが、その原因がそんな事であったなどと、当時は全くも思いも寄らなかった。


「幸いな事に、手袋着用でもOKが出て仕事ができたので、何とかなりましたけど。流石にそれは、後で注意をした訳ですよ」


「は、はぁ……」


「ちなみにちひろさん。この布の着色って、何でしてると思います?」


「わ、分かりません……」


「あいつの血ですよ」


「血……って、はぁっ!?」


66 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 09:33:45.93 ID:KNlGu87n0
自分が先程までに触れていた布。綺麗でもない、不気味に映える暗色の赤い布。


その赤色が智絵里の血液を使った色だと知り、ちひろは背筋の凍る想いであった。


「布に自分の血液を垂らして、色染めしてるんです。だからこんな風に、色合いがおかしくなって……」


聞きたくも無い事を次々に流してくるPに対し、ちひろは辟易とする。


しかもそれを、嬉々として語ってくる姿を見て、激しく引きすらもしていた。


普段は人柄の良いみんなに慕われる好青年だと思っていた。実際に触れていた事で、そう実感していた。


しかし、そのイメージはこの数分を以って粉微塵に粉砕された。


(ち、智絵里ちゃんも相当だったけど……この人もかなりヤバイ……)


ちひろにはもう、目の前に立つ男は好青年では無く、ただのサイコパスにしか見えなかった。


67 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/13(水) 09:36:11.91 ID:KNlGu87n0
とりあえず、ここまで

続きができましたら、また投下していきます
68 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/13(水) 12:53:44.95 ID:c+gtpj6DO
やめろぉ


もう、やめるんだぁ……
69 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/14(木) 10:32:07.13 ID:uUQDoSUJ0
「あ、あの……Pさん……?」


「ん? 何ですか?」


正直な所、ちひろは狂気的なやり取りをするPや智絵里と、もう関わりたくは無かった。


が、その前に一つ、聞いておかなければならない事があった。


「その……智絵里ちゃんとは、どういう関係なんですか……?」


こればかりは事務所の命運にも関わる事なので聞いておかなければならない。


(まぁ、今まで見てきた事を考えると、手遅れな気もするけど……)


ちひろは黙ったままPの反応を待った。


70 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/14(木) 10:33:06.79 ID:uUQDoSUJ0
Pは考える素振りを見せた後、にっこりと微笑んでから、


「ただのアイドルとその担当プロデューサー。それだけの関係ですよ」


と、悪びれずにそう言い切ったのだった。


「いや、嘘ですよね!?」


堂々と特別な関係では無いとPは主張する。


これにはちひろもツッコミを入れざるを得なかった。


「そんな事をしている間柄なのに、それだけの関係って……はっきり言って、ありえないです」


「まぁ、そういう反応になりますよね」


そう言ってPは苦笑する。


この期に及んで笑っていられるのはある意味凄いとちひろは思った。


71 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/14(木) 10:33:56.30 ID:uUQDoSUJ0
「けど、本当ですよ。俺達、付き合ってる訳でも無いですから」


(本当かしら……)


疑わしさ満点ではあるが、彼がそこまで言うのなら本当なのだろう。


と、不本意ながらちひろは納得しようとした。


「でも、智絵里の事は好きですよ。気に入ってはいます」


と、思った矢先にこれであった。


もう、ちひろにはこの男の言葉に、信用が持てなくなった。


「智絵里も俺の事を好きみたいですし、ある意味、相思相愛という事ですかね」


それはもう分かり切った事である。


72 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/14(木) 10:34:33.54 ID:uUQDoSUJ0
あんな猟奇的なお守りを渡そうとする時点で既に黒であるの明白だった。


それでもPはそう言って憚らないのだ。


ちひろはもう怒りを通り越して呆れが先に来そうだった。


「という訳ですから、ちひろさん。問題は無いと思うので、安心して下さい」


「いや、ちょっと待って下さい」


安心しろと一方的に言い切り、話の結論付けようとするPを、ちひろはそう言って止めた。


「あの……言いたい事は山ほどあるんですが。これまでの説明を聞いて安心しろだなんて、無理に決まってます」


73 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/14(木) 10:35:18.25 ID:uUQDoSUJ0
「えっ? 何でです?」


「仮に、Pさんと智絵里ちゃんが付き合っていない、という事は認めるとしましょう」


「はい」


「しかしですね。あんなプレゼントを贈っている時点で、相当な問題を抱えている訳ですよ」


「問題、ですか……?」


「髪の毛やら爪やら指の皮とか、そんなものをお守りに入れて渡している事が問題なんです。ましてや、血染めした布で包むだなんて……」


普通に考えれば、それは常軌を逸した行動でしかない。


そのお守りを持って警察にでも届け出れば、間違いなく、ストーカー案件で処理されかねない事でもあった。


警察沙汰とでもなれば、スキャンダルになる事は確定的である。


74 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/14(木) 10:35:47.73 ID:uUQDoSUJ0
「今すぐ、こんな事は止めさせて下さい。Pさんの為にも、智絵里ちゃんの為にも」


「いや、無理です」


二人を思ってのちひろの発言であったが、それをPはばっさりと断った。


それも有無を言わさずの、即答をしてでの事であった。


「無理って、何でですか」


「それを言った所で、智絵里は絶対に止めたりしないからですよ」


「いや、でも……Pさんが説得をすれば……」


「だから、説得をする事自体が無駄なんです」


きっぱりとそう断定するPの瞳には、強い否定の色が浮かんでいた。


強い感情を宿した瞳を前にして、ちひろはたじろいでしまう。


75 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/14(木) 10:36:27.32 ID:uUQDoSUJ0
「そもそも。こういった贈り物をしてくる相手が、まともに話を聞くとでも思っているんですか?」


「そ、それは……」


「それにですね。ちひろさんはどうかは知りませんが、俺は嬉しいんですよ。こうした物を貰える事が」


「嬉、しい……?」


「普通では考えられないですけど、この中には、あいつの……智絵里の想いが強く籠められている。それって、とても素敵な事じゃないですか」


嬉しいとも、素敵だともPは言ってのける。


そのPが抱く気持ちを、ちひろは1mmも理解は出来なかった。しようとも出来ない。


「だからこそ、俺は嬉しいと思いますし、素晴らしいと感じるんです。他の誰が何を言おうが、そんなのは知りません」


76 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/14(木) 10:37:05.32 ID:uUQDoSUJ0
「……どうなっても、知りませんよ」


「結構です。何とでもしてみますよ。他の人達には関係の無い、俺達二人の問題なんですから」


ちひろからの言葉を受けても、Pの決意は全くといって揺るがなかった。


そんな態度を見せられては、ちひろももう、何も言う気力が無かった。


ちひろは重々しく、Pの目の前で大きく『はぁ……』と、ため息を吐いた。


「とにかく……問題を起こして、事務所に迷惑を掛ける事だけは、絶対に避けて下さいね」


「大丈夫です。ちひろさんの迷惑になる様な事にはさせませんから」


「あの、現在進行形で迷惑を被っているのですが……」


「それは、ちひろさんの自業自得です。俺から言えるのは、それだけです」


77 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/14(木) 10:37:31.75 ID:uUQDoSUJ0
そう言った後、Pは携帯電話を片手に、事務所から去っていった。


『次からは、もう少し考えて行動した方がいいですよ』と、去り際にいらない一言を告げてもいった。


「……はぁ」


誰もいなくなった事務所の中で、ちひろはもう一度、重々しいため息を吐いた。


「……明日から、あの二人に顔を合わせるのが憂鬱だわ」


記憶を消せるのであれば、消してしまいたい。


過去に戻れるのであれば、数分前に起こした自分の軽率な行動を止めてしまいたい。


そうは思っても、どちらも叶いはしない願いである。


起きてしまった以上、知ってしまったからには、その現実を受け入れるしかなかった。


それでもちひろは、そうなって欲しいと願わずにはいられなかった。




78 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/14(木) 10:38:50.72 ID:uUQDoSUJ0
とりあえず、ここまで

あとはラストを書き上げたら、完結となります

79 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/15(金) 12:36:13.12 ID:6lotMned0



………………


…………


……





「……ふふっ、良かった。ちゃんと受け取ってくれて」


CGプロダクション近くの路地裏。人の通らない、日も差さない暗い場所。


そんな場所で一人、少女はそこで佇みながら薄い笑みを浮かべていた。


「嬉しいなぁ……私からプレゼント、素敵だって言ってくれた。えへへ……」


少女の両耳には、イヤホンが挿されていた。そのイヤホンは、彼女の持つ携帯電話に接続されている。


そこから聞こえてきた言葉を思い返しつつ、少女の心は幸せの色に満ちていく。


80 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/15(金) 12:36:53.73 ID:6lotMned0
他ならぬ、彼女の思い人からの言葉である。


人前では滅多に口にはしてくれない、希少な褒め言葉でもあった。


これには少女も、喜ばずにはいられなかった。


「あははっ。今度はもっと……もっと凄いものを、贈ろうかな」


だからこそ、少女の感情は昂り、次なる計画を練り出す。


これで終わりにするのではなく、次も、その次も、またその次、未来永劫と関係を続けていく為にも。


「そうすれば、今日よりもきっと、喜んでくれるはずだから」


全ては、相手に喜んで貰いたい。相手に自分を褒めて欲しい。


そんな一心で、少女は動くのである。それが、彼女の喜びでも幸せでもあった。


相手の事を想うだけでも、少女の表情には満面の笑みが浮かび上がるのだった。


81 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/15(金) 12:37:34.49 ID:6lotMned0
「……けど、許せないなぁ」


しかし、その笑みは跡形も無く、一瞬にして消え去った。


その跡に残ったのは、凍りつく様な、何の感情も宿らない無機質な表情。


目は大きく見開いており、その瞳の中には、光の欠片も一切宿していない。


「私の邪魔をしてくれて……私のあの人に、変な事を言って……」


先程と違い、その言葉を思い返すだけでも、腸が煮え繰り返る思いだった。


今、目の前にその人物がいるとするならば、少女は何をするか分かったものではなかった。


82 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/15(金) 12:38:44.59 ID:6lotMned0
「―――さんも、私を裏切るんだ……」


彼女を信じて託したのにも係わらず、裏切られたという悲しみ。


興味本位で二人の間を好き勝手に踏み荒らし、余計な口出しまでしてくれたという怒り。


その二つがドロドロの感情となって今、少女の胸中で渦を巻いていた。


「だったら……許せない、よね?」


自分とあの人との仲を邪魔するというのなら、容赦をするつもりは少女には一切無かった。


少女は耳に挿したイヤホンを抜くと、携帯電話から外し、その両方を鞄の中にへと仕舞う。


それからふらふらと幽鬼の様な足取りで、妖しい笑みを浮かべながら路地裏から姿を消していった。


その瞳の色は、無機質なものから復讐の色にへと変化し、爛々としていたのであった。




83 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/15(金) 12:40:16.81 ID:6lotMned0
とりあえず、今日はここまで

また書き溜めたら投下していきます

84 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/19(火) 14:28:51.35 ID:Z/Gablsp0
その翌日。ちひろは早朝の誰もいない事務所で、始業の準備に追われていた。


日々の業務に使うパソコンを立ち上げたり、窓を開けては部屋の換気をしていく。


しかし、どうにも気が重く、作業は思う様には進んではいかなかった。


これも全て、昨日の出来事が尾を引いているが為であった。


「はぁ……本当に、どうしようかしら」


自分の机の上で頬杖をつき、朝方なのにも係わらず、ちひろは重々しくため息を吐く。


昨日から数えれば、何度目のため息になるのか、それを数えるのもちひろは億劫となっていた。


85 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/19(火) 14:29:35.60 ID:Z/Gablsp0
「今日から私……どうあの人と接すればいいの」


そう言いつつ、ちひろは頬杖をつきながら隣のPの席を見つめる。


そこにはまだ誰もおらず、机の上は綺麗に整えられていた。


「普通の人だと思っていたのに、どうしてあんな……」


これまでに出来上がっていたPの人物像は、誠実で優秀な男であった。


第一印象で聞かれれば、とにかく普通の人。何の変哲も無い、一般人。


それこそ、本性である猟奇的な性格を秘めていた事など、周りには微塵も感じさせずにいた。


そんな本性、知らなければ良かった。ちひろは心からそう思い、後悔していた。


86 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/19(火) 14:30:02.00 ID:Z/Gablsp0
「智絵里ちゃんとも、顔を会わすのが辛いわ……」


Pと接する以上に憂鬱なのが、智絵里に会う事であった。


望んでもないのに智絵里の本性を知ってしまった上に、ちひろは彼女との約束を破ってもいる。


お守りをPに渡しているとはいえ、その中身を覗いた事は、許されざる事である。


もし、Pの口から智絵里に知られでもすれば、ちひろの身が危ぶまれる。


「はぁ……昨日の内に、Pさんを口止めしておけば良かったのに」


情報過多となっていたちひろの脳内では、その様な発想は直ぐに思い当たらなかった。


それを思いついたのは、ちひろが帰宅してからの事であった。


87 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/19(火) 14:30:32.51 ID:Z/Gablsp0
ちひろがその場で冷静にいられれば、直ぐにでもその発想に辿り付けた。


だが、立て続けに起きた予想外の出来事の連続に、脳の処理が追いつかず、そこに辿り着くまでに時間が掛かったのである。


「……とりあえず、Pさんが出勤した時にでも話してみましょう」


そうちひろが考えていた時、事務所の扉が静かに開く。


物音を立てずに開かれた扉の隙間、そこから小柄な体がするりと通り抜ける。


気配を消し、息を殺して事務所内にへと進入を果たしたのである。


通り抜けた後、その人物はまた音を立てずに、今度は扉を閉めた。


88 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/19(火) 14:31:16.72 ID:Z/Gablsp0
気配を消していたせいか、ちひろは誰かが入ってきた事に気付きはしなかった。


彼女は今も、自分が助かる算段をぶつくさと考えつつ、始業の準備を進めている。


そんなちひろの背後に、小柄な少女の影がゆっくりと近づいていく。


そして少女はちひろの直ぐ後ろに立つと、彼女の耳元に向けてポツリと声を掛ける。


「……おはようございます」


「ひゃっ!?」


不意に声を掛けられた為、ちひろは飛び上がりそうになるくらいに驚いた。


そして誰が声を掛けたのかを確かめる為に、後ろを振り向く。


そこにいたのは、先程に会うのが憂鬱だとちひろが思っていた人物、緒方智絵里が立っていたのである。


89 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/19(火) 14:32:43.43 ID:Z/Gablsp0
とりあえずここまで

仕事が忙しすぎて、先週の内に終わらなかった……(泣)

今週中には何とか、頑張ろう

90 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/20(水) 09:00:46.62 ID:ACwa9jOx0
「ち、智絵里ちゃん……?」


「おはようございます、ちひろさん」


「え、えぇ、おはよう」


智絵里からの二度目となる挨拶を、ちひろは笑顔を見せながらそう応える。


しかし、唐突だったこともあってか、笑顔は自然には浮かばず、ひきつったものとなった。


それに比べ、智絵里の表情は自然な笑顔であったが、いつもとはどこか違っている。


彼女が以前に浮かべていた、少女特有のにこやかな笑みでは無い。


まるで人を蔑む様な、冷徹で冷酷な薄い笑みであった。


そしてその瞳には、光の欠片も一切浮かんではおらず、漆黒の色に染まっていた。


91 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/20(水) 09:01:16.38 ID:ACwa9jOx0
「え、えっと……こんな早くに、どうしたの……?」


智絵里の不気味な雰囲気を受けつつも、ちひろはそう問い掛ける。


まだPや他のプロデューサーですら出勤していない、この早朝の時間。


それなのに、何故に智絵里が訪れたのか、その理由がちひろには分からない。


だからこそ、その理由を真っ先に尋ねるのであった。


「まだ仕事には、早すぎると思うけど……」


「……ちひろさんに、お礼をしに来たんです」


「お、お礼……?」


「はい、昨日のお礼です」


92 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/20(水) 09:02:27.45 ID:ACwa9jOx0
昨日のお礼と言われ、ちひろはあのお守りの件だと直ぐに察した。


それと同時に、大量の冷や汗がちひろの顔の表面に浮かび上がる。


お礼と聞いて、何か別の事をされるのではないか。そう邪推してしまったが為である。


Pに話をつける前に、聞かれたく無い相手である智絵里がやって来たのだ。


これには焦りを感じても、仕方の無い事であった。


この後にどんな事になるのか予測が出来ず、ちひろは思わず身構えてしまった。


「昨日は、私の代わりにお守りを渡してくれて、ありがとうございます」


しかし、身構えたちひろに向けられたのは、ありがとうという単純なお礼の言葉であった。


言い終えた後、智絵里は感謝の意を表す為、ぺこりと頭を下げる。


93 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/20(水) 09:03:02.60 ID:ACwa9jOx0
裏切り行為を働いたのだから、恨み言の一つでも言われるのではないか。


そう考えていたちひろにとって、その言葉は些か拍子抜けだった。


「プロデューサーさん、とても喜んでました。ちひろさんのお陰です」


頭を上げた智絵里の表情には、いつも彼女が浮かべている笑顔があった。


そこには漆黒の瞳も、冷徹な笑みも無い。


ただただ無邪気な笑顔が、いつも通りにあるだけであった。


それを見たちひろは、本当に感謝を伝えに来ただけなのだと、ホッとする思いだった。


先程に見えた表情は、恐れるあまりに見えてしまった幻覚か、目の錯覚だったのかもしれない。


94 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/20(水) 09:03:49.68 ID:ACwa9jOx0
(どうやら、智絵里ちゃん……昨日の事をまだ、聞いてはいないみたいね)


まだ智絵里の耳に、ちひろの裏切り行為が伝わっていない事を、幸運にも感じた。


知れていないのなら、なんとでも、どうにでもなる。


この場限りだが、ちひろが伝えなければ、最悪の結果は訪れないのだ。


ちひろは安堵してか、智絵里に感付かれない様にそっとほくそ笑むのであった。


「そんな事は無いわ。Pさんが喜んでくれたのも、智絵里ちゃんが頑張ったからよ」


変な方向性にね、とちひろは心の中で密かに付け加える。


「だから、私は関係無いわ」


謙遜では無く、実質はその通りである。


ちひろがした事といえば、中身を勝手に覗いただけである。


智絵里に感謝される立場では、全く無かった。


95 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/20(水) 09:04:32.30 ID:ACwa9jOx0
「いえ、それは違います」


しかし、その事実を知らないからなのか、智絵里はそう言ってしまう。


「ちひろさんも、大きく関わってます」


ちひろを疑う事もせず、純粋に約束を守ってくれたと信じて込んでいる。


そんな智絵里の姿を見て、ちひろは罪悪感に苛まれるが、事実を告げる真似はしない。


この場を切り抜ける為にも、自分を守る為にも、嘘を貫き通す。


それ以外に、ちひろが助かる道は残されていなかった。


「なので……私からの気持ち、受け取って欲しいです」


智絵里はそう言うと、持っていた鞄の中に手を入れ、何かを取り出そうとする。


96 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/20(水) 09:05:04.38 ID:ACwa9jOx0
(気持ちって……何かしら?)


何かしらを取り出そうとしているのだから、それは物である事は間違いない。


ならば、前にPが貰っていた栞の様な物かもしれない。


何が出てくるかは分からないが、ちひろは勝手にそう想像した。


感謝の気持ちが込められた、プレゼントの類いという風に。


しかし、実際に取り出されたのはそんな物では無かった。


智絵里が手にしたのは、細長く、棒状の形をした何か。


柄をがっちりと握っているせいか、全体像がはっきりとしない。


それ故に、ちひろはそれが何なのか、直ぐには分からなかった。


ただ、どこかで見た事がある。そんな気がしてならなかった。


97 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/20(水) 09:06:12.88 ID:ACwa9jOx0
そうして考えている内に、その答えに該当する物が、ちひろの脳裏に浮かび上がった。


じっくりと観察すれば、脳裏に浮かんだ答えと、その実物はぴったりと合致する。


けれども、それを取り出した理由が分からない。


何故、感謝の気持ちと言って、それを取り出したのかが理解出来ない。


分からない事だらけの状況を前にして、ちひろは智絵里に問い掛けようとした。





その瞬間、その刹那。智絵里が動いた。


棒状の形をした何かを、両手でぎゅっと握り締め、前方にその先端部を向ける。





そしてそれを、





目の前で佇む、





ちひろの腹部に目掛けて、





思いっきり突き刺した。





98 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/20(水) 10:04:32.55 ID:gIs23y7DO
包丁?アイスピック?ポン刀?バヨネット?
99 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/20(水) 12:09:05.66 ID:ACwa9jOx0



「えっ……?」


突然の智絵里の凶行に、ちひろの思考は一瞬で停止する。


だが、その視線は反射的に刺された腹部にへとゆっくり向かう。


そこには、智絵里が鞄の中から取り出した棒状の形をした何か―――カッターナイフが突き刺さっている。


刃先は、先端部がちひろの腹部に埋まっており、目視は出来なかった。


「ちひろさん……私、ちひろさんには感謝しているんですよ」


そう言いつつも、智絵里はちひろからカッターナイフを引き抜こうとしない。


寧ろ、グッと力を籠めて、更に突き刺そうとしているのである。


100 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/20(水) 12:09:50.50 ID:ACwa9jOx0
神経が麻痺しているのか、ちひろには刺された痛みを感じてはいなかった。


その置かれた状況を、黙って眺めているしか、ちひろには出来なかった。


「ちひろさんがプロデューサーさんに色々と言ってくれたから、私……褒められたんですよ?


「素敵、って……嬉しい、って……素晴らしい、って……えへへ♪


「それに、好きだって……言って、くれました


「とても、嬉しかったなぁ……だから、ありがとうございます」


喜色に満ちた表情で、感謝の言葉を、凶行に及びながら智絵里は口にする。


しかし、ちひろとしては一刻も早く、腹部に刺さった凶器を引き抜いて欲しい思いであった。


痛みは無く、鮮血も見えないが、刺されたという事だけで、ショックで気絶してしまいそうだった。


101 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/20(水) 12:10:21.38 ID:ACwa9jOx0
だが、それを智絵里が許してくれそうには無かった。


「けど、ちひろさん……」


喜色で満ちていたのが一転、暖かな表情が氷点下まで一気に温度が下がる。


まるで能面の様な、無機質な表情がそこに浮かび上がった。


「私……あなたの事、憎んでもいるんですよ?」


そしてその瞳の色は、先程にも見た漆黒の色にへと変化している。


ちひろが見ていたのは幻覚でも錯覚でも無く、紛れも無い現実であった。


102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/20(水) 12:10:47.62 ID:ACwa9jOx0
「私のお守りの中身……勝手に見ましたよね?


「酷いですよね。人のプレゼントの中身を勝手に見て……


「あの人に、最初に見て貰いたかったのに……


「それなのに、何で邪魔をしたんですか……?


「何で、あの人に余計な口出しをしたんですか……?


「ちひろさんに、口出しする資格なんて無いのに、何でですか……?


「ねぇ、どうして……? どうしてですか……?


「どうして? どうして? どうして? ねぇ、何で?


「どうしてどうしてどうしてどうしてどうして、どうしてどうしてどうして、どうしてどうしてどうしてどうして


「どうしてどうしてっ、どうしてどうしてどうして、ドウシテどうしてどうしてドウシテ、どうしてどうしてどうしてっ!!」


103 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/20(水) 12:11:35.60 ID:ACwa9jOx0
勢い良く溢れ出る智絵里からの詰問に、ちひろは何一つ答える事が出来ない。


何かを言えば、余計に火に油を注ぐ事となり、智絵里をより激昂させるかもしれなかった。


それと恐怖も相俟って、おいそれと言葉を口には出来なかった。


「……私の邪魔をする人は、嫌いです


「だから、絶対に許せないです


「でも……」


智絵里はそう口にすると、ゆっくりと後ろにへと下がり、ちひろの腹部から凶器を引き抜いた。


「感謝しているのも、嘘じゃないです」


無表情のまま、智絵里はその刃先をちひろにへと見せつける。


そこには鮮血など付着しておらず、綺麗なままであった。


出ていたと思っていた刃も、柄の中に収納されていた。


104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/20(水) 12:12:14.86 ID:ACwa9jOx0
智絵里は凶器を突き刺したのでは無く、ちひろの腹部に突き立てていただけなのであった。


だからこそ、ちひろは痛みを感じず、出血もしていなかったのである。


「なので、今回は許してあげますね」


にっこりと天使の様な笑みを浮かべつつ、慈悲深く智絵里はそう告げる。


「でもね、ちひろさん……」


だが、それは束の間の事であった。


一瞬にして、その表情は無機質なものにへと変化する。


「次は絶対に、許しませんから」


天使から悪魔にへと様相を変え、残酷にも智絵里はそう宣言した。


「それじゃあ……お疲れ様です」


ちひろからの返答を聞かないまま、智絵里は踵を返して事務所から出て行った。


一人残されたちひろは、智絵里が去った後、その場にぺたりと尻餅をついた。


そして二度と、あの二人を敵に回す様な事は絶対にしないと、心の中でそう誓うのであった。



105 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/20(水) 12:16:03.58 ID:gIs23y7DO
カッターナイフか

プラスチックでもスパスパな一番よく切れる(お高いけど)のならともかく、智絵里が購入しても不審がられないのでは、服の上からではねぇ……
106 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/20(水) 12:37:45.06 ID:ACwa9jOx0





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私は、幸せになりたかった。


ずっと、ずっと……幸せになりたくて、幸福を求め続けてきた。


……だけど。今はもう、違う。


今の私は……とっても幸せ。ようやく、幸せになれたんだ。


まだまだ邪魔をする人はいるけれども、そんなものは関係無い。


養分を奪おうとするのなら、余計な雑草は刈り取ってしまえばいい。


邪魔な虫が寄ってくるのなら、それを駆除すればいいんだ。


私の大事な、大事な大事な、幸運の四つ葉のクローバーを、絶対に渡しはしない。


107 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/20(水) 12:38:26.57 ID:ACwa9jOx0
本当は押し花にしてしまって、しっかりと閉じ込めておきたいけれども。


それは可哀想だから……絶対にやらない。


あの人に嫌われる様な真似は、したくはないから。


だからこそ、私は今日も四つ葉のクローバーを伴って、ありふれた幸福に包まれる。


それで私は、満足なのだから。


私が満足なら、あなたもきっと、幸せですよね。


ねっ? プロデューサーさん。


私はあなたを、絶対に見捨てはしません。


だから……


私を、見捨てないで、下さい……ね?






――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――






終わり


108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/20(水) 12:41:30.44 ID:ACwa9jOx0
とりあえず、これにて完結となります。

これまで長々とお付き合い下さり、ありがとうございました。

この作品を読んで不快な思いをされた方、すいませんでした。

109 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/20(水) 12:45:43.65 ID:ACwa9jOx0
ちなみに、この作品……私が昔に書いた作品の加筆修正版となります。

久しぶりに気が向いて、読んでみようと思ったら、とても読みにくくて仕方が無い。

書いている当時は何とも思っていませんでしたが、今になって読むと恥ずかしい限りでした。

なので、今回は久しぶりに筆を取り、修正しようと試みました。

初投稿とか、嘘を言ってごめんなさい。

というよりも、最初に文章を投稿した後に直ぐに特定されてて、少し焦りました。

何で直ぐにばれたのか、今でも良く分かりません。



110 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/20(水) 12:47:29.32 ID:ACwa9jOx0
ちなみに、その当時の作品がこちら。

智絵里「マーキング」

http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1476481390/

修正しまくった結果、何か別物に変わっている気がしますが、気にしない事にします。

111 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/03/20(水) 12:52:22.80 ID:ACwa9jOx0
また気でも向けば、何か書いていこうと思います。

それでは依頼を出してきます。

ここまで読んでくださった方々、本当にありがとうございました。


112 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/03/21(木) 19:39:34.00 ID:H6bbOOWBo
やっぱりあなただったか
おつおつ
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