男「この俺に全ての幼女刀を保護しろと」

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172 : ◆hs5MwVGbLE [saga]:2019/04/08(月) 22:28:16.28 ID:/2q0Qaon0




幼刀 「奴 -ぺど-



173 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:32:36.62 ID:/2q0Qaon0
常闇統べる夜の空。
浮かぶ月下のこの場所は雑木林。

肉を裂かれた武士の悲鳴……それを食らうは理を外れた、かつて幼子だった何か。
それは刃物、着物に血を吸わせる姿はさながら赤鬼の子なり。
174 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/04/08(月) 22:32:45.44 ID:rcXhDrtF0
リアタイで初めて投下時に遭遇したけど>>172の一文で既に草
175 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:33:22.45 ID:/2q0Qaon0
その影で暗躍する男あり。その男幼刀欲しさに死体の携えたる刀漁るもその刃見て微ながら肩を落とす。

「チッ、ダメか。こいつもハズレだ。行くぞペド」

「うー」

「……ついに元幕府の連中も刀探しに本腰入れてきたみてぇだし、広げた噂が役立ってくるのはそろそろのはずなんだがな。もっと噂を流すか」

男は嗤うようにして口の口角を吊り上げた。

「来いよ……幼刀使い……!」



176 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:34:07.80 ID:/2q0Qaon0
紺之介ら一行は港を渡り海から少し離れた町、茶居戸 -ちゃいるど- を訪れていた。

この場所は控え書きの情報によれば幼刀奴-ぺど- の在り処と記されたり。

早速情報収集のため通りを散策していた紺之介であったが町の様子に対して何やら不満気に眉を顰めていた。
177 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:34:52.93 ID:/2q0Qaon0
愛栗子「紺、どうしたのじゃ」

紺之介「どうもこうもない。刀売りもいなければ鍛冶屋もない。どうなっているんだこの町は」

刀狂いの彼にとって旅中での刀見物はどのような質素な店内であろうと憩いの場となっていたのだ。

導路港からここまでの距離は中々のものであったのだが、どれだけ歩けどもその先に刀連なる場所あるならばと歩を進めてきた彼にとってそれは常人には理解し難い鬱憤となっていた。
178 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:35:32.50 ID:/2q0Qaon0
乱怒攻流「庄司も言ってたけど、今の時代ってそれほど刀に需要ないんでしょ? 寧ろなんでこんな田舎にあると思ったのよ……ってか買えないでしょあんた……」

半目の乱怒攻流に続いて愛栗子が彼に口添えする。

愛栗子「こればかりはそこの背嚢に同意じゃの。人の大欲を満たせぬものなぞいつかは廃れるものなのじゃ。いつの世も最後に人が求めるものは『食』に『休』に『色』というわけじゃな」
179 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:36:31.22 ID:/2q0Qaon0
愛栗子「紺、心が落ち着かぬのなら一度茶屋に入らぬか? 腹を満たし足を休め、いくさ場にはない華が色を育てる……茶屋とは実によい場所じゃ。ほれ、丁度そこに暖簾が……」

乱怒攻流「もう聞いてないみたいよ」

愛栗子が熱弁に熱弁を重ねて茶屋に向かうよう促すも彼女が暖簾を指差してから紺之介の方を向いたとき彼はすでにそこにおらず先立つ町民へ話かけていた。

白玉より鋼。紺之介の刀へ注ぐ情熱はまさしく日本刀の如き実直さと言えよう。

町民に話しかける彼の後ろ姿は彼女たちに多くは語らなかったが簡単に二人を黙らせるに足りた。

無の熱弁である。

愛栗子「……むぅ」
180 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:37:23.25 ID:/2q0Qaon0
紺之介「すまん少しいいか。この町に刀を売る商人か鍛冶屋はないのか」

町民「ねぇ〜なぁ〜? なんだあんちゃん今どき珍しいお侍さんかい?」

町民の男は後ろ髪をかきながら紺之介の腰刀に指と視線を向けた。

紺之介「俺は旅の剣豪だ。ここには伝説の幼刀の噂もあると聞いて来た」

乱怒攻流(だから『剣豪』ってなんなのよ……)

乱怒攻流の内心の疑問も知ることなく紺之介はついでに奴の情報も収集していく。
181 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:38:22.18 ID:/2q0Qaon0
町民「あ〜……その話な。確かにお侍さんなら興味持ちそうな話だなぁ……もっと言うとな、本当はこの町にも鍛冶屋があったんだよ」

紺之介「何だと? あんたこの俺に嘘を……!」

町民「んなっ、待て待て待てよあんちゃん!」

食い気味に一歩詰め寄る紺之介に対して町民の男は身を引きながら両掌で策を作って続けた。

町民「おらぁ別に嘘なんざついてねぇよ。ついこの前まであったって話な。まぁ元々『今どき刀叩くだけじゃ飯は食えねぇ』ってんで色々やってたとこではあったんだがな……」

町民「しかしついこの前親方は『刀狩りの噂』にビビって店を畳んじまったのさ」

紺之介「刀狩りの噂……?」
182 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:39:28.53 ID:/2q0Qaon0
彼の話に興味を示した紺之介は詰め寄った身を引いて耳を傾けることとし、その様子に町民の男も安堵した様子で両掌を下ろした。

町民「実際にその姿を見たって奴も居るんだからなかなか背筋の凍る話だぜ……夜中に旅路のお侍さんがこの町の通りや、そこのすぐ近くの雑木林を歩いてたら俊敏に短剣を振り回す二歳児に切り裂かれるって話よ」

町民「その二歳児の反物は死体の血で染められた赤黒らしい。まさに『乳飲み子』ならぬ『血飲み子』よ」

町民「で、お侍様の屍はみな刀を取られちまってるんだ。目的は不明なんだが侍じゃなくとも洒落た脇差を差した商人が襲われたって噂も耳にしたんでどうやら刀を差してる奴を狙うってのは確かみたいなんだ……でだ」

紺之介「鍛冶屋は店を畳んだ……というわけか」

町民「そういうこったな。あんちゃんも今晩ここに泊まるなら野宿だけはやめときな。んじゃあな」
183 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:40:47.75 ID:/2q0Qaon0
後ろ手を振る男を見送ると紺之介は二人のところへ戻り質問をした。

紺之介「今の話、聞いたな。奴というのはそんなにも幼い女児だったのか? 大好木……どこまで幼女を好んでいたんだ」

愛栗子「まぁの……将軍様の愛した『女』というよりあれは愛娘と言うべきじゃの」

紺之介「愛娘、だと……幼刀奴-ぺど-は大好木の実の娘だとでも言うのか!?」
184 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:41:21.39 ID:/2q0Qaon0

乱怒攻流「だからそうだって言ってるじゃない。隠し子の一人や二人いたっておかしくないでしょ。……その、あたしたちみたいなのがいるんだし……?」

愛栗子「まぁそこの背嚢も抱かれておるくらいじゃしの」

乱怒攻流「もー!」

乱怒攻流の恥じらいもよそに愛栗子は身も蓋もなく紺之介を納得させてみせた。

紺之介「なるほどな。俺も父からそのような話を聞いたことがある。まさか本当にあったとはな」
185 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:43:32.95 ID:/2q0Qaon0
紺之介「しかし何故また二歳児が刀を……こちらはもっと謎だな」

愛栗子「さあの。それこそ紺、ぬしと同じようなものではないか」

乱怒攻流「なわけないでしょっ」

茶屋に入れぬ不満を隠しきれず話を適当に畳もうとする愛栗子に乱怒攻流が冷静な突っ込みを入れる。

186 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:44:13.76 ID:/2q0Qaon0
乱怒攻流「そのことに関しては奴の持ち主が一枚噛んでると見て良さそうね。奴は刀なんか興味ないにしろ、持ち主があんたや庄司みたいなやつってのはありえる話でしょ」

紺之介「さっきの話が本当ならそれは失敬だぞ乱。やり方が気に食わん……正々堂々と『己の魂-かたな-』を賭けた決闘にて得た一振りと、夜間に不意打ちで得た物との価値を一緒にするな」

紺之介の瞳に宿る確かな侍魂に乱怒攻流はいつもの呆れを覚えつつも微量ながら敬意も感じてしまうのであった。

乱怒攻流「そ、そう……それは悪かったわね」
187 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:45:15.53 ID:/2q0Qaon0
燃やした瞳のまま紺之介は握り拳を作り謎の使命感を帯びていた。

紺之介「気に食わん奴だ。今晩にでもその腐った精神を叩き直してやるッ……愛栗子、乱。今夜は鞘に直って俺に協力してくれ。夜道に出てその刀狩りとやらをおびき寄せる」

乱怒攻流「はいはい。奴が関わってるのは間違いなさそうだし、仕方ないわね」

188 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:45:43.54 ID:/2q0Qaon0
彼の熱意に押されあっさり承諾した乱怒攻流だったが、彼女とは違い愛栗子は膨れ面のまま茶屋の暖簾を指差していた。

紺之介「……分かったよ」

愛栗子「わかればよい」

さすがの紺之介も察したのか短いため息を一つ吐くと茶屋の暖簾をくぐった。




紺之介一行に束の間の休息が訪れる。
無事茶居戸に到着し次にやるべき方針も決まり、そこにいる誰もが心を緩めたことによって彼らは誰一人として気づかなかった。

同じく幼刀の噂に釣られてそこへ訪れた、邪悪な視線に……
189 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:46:28.27 ID:/2q0Qaon0
………………

紺之介「静かな夜だ」

茶居戸の深い夜。腰に幼刀愛栗子-ありす-と幼刀乱怒攻流-らんどせる-を差した紺之介は久しく独りの夜の中にいた。

彼の耳が妙に音を拾わなかったのは普段聞いていた幼女たちの声のせいかもしれない。

紺之介(一人で三本も太刀を携帯している奴を見かければさすがになんらかの動きは見せてくるだろう)
190 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:47:27.73 ID:/2q0Qaon0
紺之介一人雑木林の方向へと歩を進めていく。地擦る草履の雑音だけが夜道に何度も刻まれる。

一擦り、二擦り、一擦り、二擦り

その中で紺之介はある異変に気がついた。

一擦り、二擦り……ここで紺之介歩み止めたり。

三擦り。

紺之介(いるな)

彼あえて振り向かず、愛刀に手をかけソレの出方を伺う。
191 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:48:46.61 ID:/2q0Qaon0
紺之介が歩みを止めてから十と経過した後、それは突如俊敏に動き始めた。

紺之介「……!」

一擦り、二擦り……三、四、五六七八

「ウラァ!!」

紺之介「ふんっ!」

紺之介ついに振り返りソレの振る鋭い鋼を受けかち上げる。

初撃弾き合い互いに間合いを取り向き合う。
彼が両腕で太刀構え刃先向けた先に立つは黒髭の濃い筋骨隆々の男。

対面の彼もまた紺之介の姿を確かと視界に捉え不気味に笑みを浮かべる。
192 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:49:43.56 ID:/2q0Qaon0
「強ぇな」

紺之介を簡潔かつ一言で褒め称えた彼の言葉に紺之介の口は噤まれた。

『対面の者が強者であること』

そのことへの賞賛の言葉は紺之介の口からも漏れかけていた台詞であった。

193 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:50:24.12 ID:/2q0Qaon0
しかし彼らの間で違ったのが余裕の差異である。

髭の濃いその男はその言葉を口にしても尚余裕に満ち溢れていた。故に推測される。その言葉の持つ言霊は『悦』

一方紺之介の口から出かかったソレの源は『恐れ』

その余裕の差を悟られぬよう瞬時に口を噤めたのは彼の自尊心が成せた技だろう。
ここで本能のまま対面の男を讃えてしまうのは悪手そのもの、彼らの力量差が互いに知れてしまうからだ。

『今はまだ互角の覇気を纏わねばならぬ』という紺之介の意地が、彼の柄を握る手に力を入れさせた。
194 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:51:33.56 ID:/2q0Qaon0
紺之介はらしくなしに彼に若干の恐怖を抱いていた。

紺之介(なんだ……こいつっ……)

髭の男の面構えの中には禍々しい狂気たる何かが渦巻いており、それを紺之介は本能的に感知したのである。

目の前の男は一体何者なのか……己の中にある問に簡易的な答えを与えるために彼は男に質問した。
195 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:52:42.98 ID:/2q0Qaon0

紺之介「『刀狩り』か?」

「いいや、違うぜェ」

紺之介(刀狩りじゃないだと!?)

理解し難き回答に紺之介の背筋が強張る。
その状況は彼が困惑するのも当然と言えた。

紺之介(こいつがもし本当に刀狩りではなかったとして、なら何故俺を襲った……? このような一撃刹那でやり手と分かるような男が、何故)

急な強襲。予期せぬ強敵との邂逅。

それらの出来事が着実に紺之介の冷静さを崩していき彼から遠回りな問いを選ぶ余地を奪っていった。

紺之介「なら、何故俺を襲った」
196 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:53:36.39 ID:/2q0Qaon0
「あ゛? んなモン強そうだったからに決まってるじゃねェか」

紺之介「は……?」

男の返事に紺之介の額は多くの汗に濡らされる一方である。彼の募り募った焦りはとうとう確信へと迫った。

紺之介「お前……何者だ!」

「……弱えヤツに名乗る名はねェがまぁ、てめェならいいか……」

もう一度紺之介を強者と賛美しつつも男は構えていた太刀を肩に担ぐ余裕を見せ、低い漢声で名を語った。

源氏「オラぁ、源氏-ゲンジ-ってんだ」
197 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:55:17.83 ID:/2q0Qaon0
紺之介「源氏……」

紺之介はそう呟いて己の旅の記憶を辿りつつ彼が何者なのかを改めて模索し始めた。

まだ信用ならなかったのだ。『全くの他人を一目見ただけで強者と決めつけ尚且つそれだけを理由に斬りかかる』彼の心情を。

紺之介(何処だ? 何処でヤツと俺は会った……露離魂町にこんなやつは……なら夜如月、、いや違う。しかし導路港にもこんな男は……)

198 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:56:00.06 ID:/2q0Qaon0
源氏「なァもういいか? 三つも質問に答えてやったんだ。そろそろ殺し合ってくれたっていいよなァ!!!」

紺之介「っ……!」

紺之介が納得いく結論を出す隙もなく源氏は再び彼に太刀を下す。二度目の一撃は不意に来た先ほどの物より重く、紺之介の愛刀に威圧抑圧重圧がのし掛かる。

しかしさすがに紺之介も腹を括る。源氏という人間の行動に意味を求めるのを諦め、ただ目の前の『敵』を退けると決意した時。彼の中の『剣豪の血』が完全に目を醒ました。

199 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 22:57:07.18 ID:/2q0Qaon0
源氏「うぉっ」

自らにかけられた源氏の体重を利用し彼の剣を引き寄せてから滑らせ彼が前のめりに躓きかけたところを素早く右にかわし側背を取る。

紺之介(もらった……!)

それは紺之介から見れば確実に決着の一太刀ととらえられたが曲者源氏やはり只者ではなし。

彼はなんとほぼ猫背の状態から右腕だけで太刀を振り上げてそれを完璧に受けてみせた。

200 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 23:00:20.88 ID:/2q0Qaon0
紺之介「何ッ!?」

源氏「予想以上におもしれェじゃねぇか……この感じは久しぶりだぜ」

そのまま片腕だけの力で紺之介の太刀をはねのけると紺之介の空いた懐に猪のごとき獰猛な突きを放つ。
が、それは紺之介の神業的反応速度が功を制し間一髪逸らされたことによって着物ひと裂き程度の傷で収められた。

文字通り紺之介の隙を突いた源氏の攻撃であったが、小舟の一戦で突きによる反撃で一度命を亡きものにしかけた紺之介にとってそれは想定範囲内の出来事だったのだ。

201 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 23:01:47.83 ID:/2q0Qaon0
だが無論片腕のみで渾身の一振りを受けられたことは想定外である。一度後足で引いた紺之介の表情はより余裕の無いものに変わっていく。

そこから一太刀、また一振りと源氏との攻防を交わしていく中で紺之介の心拍数は上昇していった。

紺之介(この戦い……冗談抜きに命を落とすことになるかもしれんな)

それでも尚腰の愛栗子乱怒攻流の柄を触る手はなし。

彼は決して幼刀を最後の切札として出し惜しみしているのではない。幼刀をその戦場に立たせるという発想自体が皆無なのである。

202 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 23:02:41.40 ID:/2q0Qaon0
しかし当然源氏にはそんな彼の思惑を知る由も無し。彼は次第に疑念のこもった目で紺之介の腰刀を睨むようになった。

源氏「……それ、抜かねェのか?」

一人の侍が脇差でもない刀を三本も携帯していることは非常に稀である。よって源氏の強者を求める血が疑ったのは紺之介が多刀の使い手であるということであった。

となればより強き者との戦を望む彼にとって紺之介がそれを抜かぬとするのは切歯扼腕の怒りである。
源氏は紺之介にそれを抜刀するように促した。

源氏「抜けよ……じゃねェと、てめェまるでソイツを護って戦ってるみてぇじゃねェか」

203 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 23:03:08.76 ID:/2q0Qaon0
源氏の言葉に紺之介はつい口元を緩めた。彼の言葉によってやっと自らが幼刀を戦わせることを全く考慮していなかったことに気がついたのである。

だが源氏が刀狩りではないと分かっている以上事実を語る義理も無しと紺之介は引きつった笑みのまま己の剣を示した。

紺之介「当たり前だ。俺の剣は父から譲り受けた護衛剣術……故にそれが誰かであれ刀であれ己の命のためであろうと護るためにこの剣を振るのみよ」

204 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 23:03:37.66 ID:/2q0Qaon0
源氏「護衛剣術……」

源氏の眉が歪む。彼は何かを思い出したかのように左人差し指でその眉をかいた。

紺之介(……なんだ?)

そしてやがてもう一度にやけると一人頭の痞えが取れたかのように呟いた。

源氏「てめェ……最高-もりたか- が言ってた倅ってヤツか……? どおりで久しぶりの感覚を味わえたわけだ。なげぇこと待ったぜオイ」

瞬間、紺之介は目を見開いて驚愕した。あまりの出来事に柄から離れかけた力をぐっと入れ直す。

205 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 23:04:13.81 ID:/2q0Qaon0
紺之介「もり、たか……だと……何故お前が、お前が……!」

紺之介が平常心を失ったのは他でもない。源氏の口から出たその人物の名は……

紺之介「父の名を!」

紺之介の実の父親の名である。

206 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 23:04:42.54 ID:/2q0Qaon0
源氏「何故ってそりゃあよォ……」


源氏が次に口を開いた時、刀狩りの噂が呼び寄せた運命がついに交差した。


源氏「その最高が……俺に幼刀児子炉-ごすろり-を託したんだからなァ!」


207 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/08(月) 23:05:25.15 ID:/2q0Qaon0
続く
208 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/04/08(月) 23:26:32.07 ID:3hlCp8agO
おつおつ。やっていることはドシリアスなのに……w
209 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/04/09(火) 05:39:19.55 ID:bqlKXca/O
乙!
210 : ◆hs5MwVGbLE [saga]:2019/04/21(日) 09:32:53.69 ID:f3jC59Mz0
………………

それは遡ること十年の時。

『強者』を求め、そして己もまた『強者』であることを極めんとした男、光源氏。


彼が葉助流武飛威剣術-ようじょりゅうぶひいけんじゅつ-道場の鬼の師範として下宿していたのはこれよりさらに前の話である。


211 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:33:40.47 ID:f3jC59Mz0
道場とは本来力なき故に教えを請う者を歓迎する場所であるべきところだが、源氏は師範という立場でありながら尚も己を過剰に磨くための立会いを繰り返し門下生に深手を負わせ続けてきたのだ。
そのことを師に指摘された源氏は逆上。遂に己の師すらその切っ先の錆としてしまう。

そして肉塊と化した師に目を落としたとき源氏は一人悟った。

源氏(もうここに俺の求めてる『強さ』はねェ)

こうして彼のいつ終わるともしれぬ無謀な旅が幕を開けた。
212 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:34:19.79 ID:f3jC59Mz0
しかし当然のことながら彼は途方に暮れていた。
師をも超えた彼の狂刃と渡り合う相手など武士が消えゆくこの幕末の世にはそうそう現れなかったのである。

そうして見つけた退屈しのぎの熊殺しにも飽きてきた頃、彼は獣道を歩く一人の男と遭遇した。
213 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:34:57.51 ID:f3jC59Mz0

梅雨離 最高 -つゆりもりたか- 紺之介の父である。
最高は熊の血滴る源氏の刀を見て戯けた様子で軽く両腕を挙げた。

最高「ははっ、まいったねぇ。この辺は獣の通りが少ないって聞いたモンだから身を隠すのに丁度いいと思ってたんだが……まさか熊殺しの方に会っちまうたあな」

源氏「なんだァ……? てめェ」

熊の骸に腰掛けた源氏はそこで最高に新たな暇つぶしを授かりて途方もない旅路に一つ道標を立てることとした。

そう。それこそが……

214 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:35:40.85 ID:f3jC59Mz0
…………………

紺之介「幼刀と戦うこと……だと?」

源氏「そうだ。最高は俺のぼやきを聞き入れそれを成すための方針を与えてくれたってわけだ」

彼は脳裏に浮かび上がる懐かしき過去を探るように額に左中指を当てて滑らせた。

原氏「幼刀の戦闘力や性能は人知を超えたものなのだと聞いたモンでな……そいつを聞いたときは血湧き肉躍ったぜ……だが奴はこうも言っていた」


215 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:36:40.92 ID:f3jC59Mz0
…………………

最高「だかな……俺の息子はもっとつえーぞ」

彼が先ほどまで語っていた幼刀の伝説を感嘆としながら聞いていた源氏は一時眉を顰めた。

人有らざる者が人知超えしとは誰もが理解にたることであるが、その語りを予め源氏の耳に入れた上で己の子がその上を征くなど子煩悩もいいところである。

しかし意外なことながら源氏は最高の言うことをすんなりと信用した。

最高の倅……即ち『人』が『幼刀』に勝らぬと疑うことは己もまたそれに劣ると認めることと同義である。

その信頼は彼が自らを強者と信ずるが故の志に近いものであった。
216 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:37:20.70 ID:f3jC59Mz0
最高「俺は美刀を愛し、先祖にまみえるため故に幼刀を手に入れようとしたが露離魂を持たぬ俺がそれらを手中に収めたとてそれはただの美刀と成り下がってしまうことに気がついた」

最高「だから俺は、同じく美刀を慈しむ志を持った息子の紺之介に全てを託すこととした」

最高「だが息子まで盗人とするわけにはいかんだろう? だから他の連中にこの児子炉以外の刀を一時隠してもらうこととしたのだ」
217 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:38:07.75 ID:f3jC59Mz0
最高「源氏と申したか……幼刀を追うならそのときは覚悟しろ。お前さんはいつか必ず紺之介と衝突する。息子は先十五年と経たぬうちに元幕府の連中に頼られる剣豪となる。この俺のようにな」

忍ぶ為に山道へと入ったというのが嘘かのような高笑いを上げて最高は息子を褒め称え続けた。
彼の倅と嗜好の話は流し耳に聞いていた源氏であったが彼の発言の一部に触発された。

源氏「……なんだ。おめェも強ェのか」

最高「ん?」

源氏の獣のような視線に先ほどまで子煩悩に満ちていた最高の顔も真面目な面持ちとなる。
218 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:39:25.07 ID:f3jC59Mz0

源氏「最高おめェ……その幼刀児子炉を持ってこれからも逃走し続ける気か? ってことはなんだ……そんだけ溺愛してる小僧にも、もう今後一切顔合わせする気はねぇんだな」

最高「……何が言いたい」

最高自身それは城から幼刀を持ち出した時既に受け入れていた運命であったが改めて源氏に事実を突きつけられ顔を引きつった。

最高「それはもはや要らぬ言及だ」

源氏がもう一言二言口出ししていたなら彼は抜刀し大樹に八つ当たりしていたかもしれぬことを通りすがりの雌鹿すら勘付いた。

219 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:39:51.34 ID:f3jC59Mz0
逃げるような獣脚に紛れて源氏は再び口を開いた。

源氏「その小僧に合わせてやるって言ってんだ。あの世でな」

最高「ほう?」

源氏「俺とここで決闘しろ梅雨離最高。そして俺が勝利した暁にはその幼刀児子炉をこちらに渡せ。そうすれば約束してやる。その刀に迫る連中の手を全てはね飛ばし、いずれ来たる自慢の息子もおめェと同じ場所に送ってやるってよ」
220 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:40:28.73 ID:f3jC59Mz0
……………………

源氏の語りにて紺之介は悟った。

紺之介「つまり、父は……」

源氏「ああ、この強者たる俺の刃の錆となったってわけだ」

紺之介「っーー!!」

瞬間、紺之介は感情任せに源氏へと斬りかかった。そのブレた一太刀は虚しく源氏に受けきられてしまい隙だらけの懐には彼の右足が叩き込まれる。

紺之介「ぉ゛ふっ……! かハッ!」

源氏「まあ待てよ。もう少し俺の愚痴を聞いてくれてもいいじゃねェか」
221 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:41:39.09 ID:f3jC59Mz0
心身ともに余裕なく肩で呼吸する紺之介。
その前髪から覗かせる睨みに対して凄まれることもなく源氏は峰で肩を叩いた。

源氏「でもな? 最高の奴俺に重要なことを何一つ喋らずに逝きやがった。他の幼刀の在り方もそうだがな、一番頭に来たのは持ってる幼刀とは殺りあえねぇってこった」

源氏「最初に児子炉を抜いたときそれは只の刀でな……それだけでも騙された気分になっちまったがまぁ仕方なく当てもなしに幼刀ってやつを八年くらい探してたんだよ」
222 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:42:22.08 ID:f3jC59Mz0
源氏「そうしたら金がいるだろ? まぁ文無しだったからよ……村一つ二つ焼いて金目の物漁ってたんだがある時それすら馬鹿馬鹿しくなっちまってな。いろいろ溜まってたんだよ」

源氏「だからある日焼いたついでに村のメスガキを犯してな……これが思いのほかイイもんだったんだよ。うるせェ悲鳴やら嬌声やらも全部快感に変わんだ。ありゃ今思い出してもたまんねェぜ」

源氏は歯と歯の隙間から舌をちらつかせて下衆そのものといった様子の嘲り笑いを浮かべた。
その邪悪な笑みは紺之介を内側から恐怖の狂気で包み込む。
223 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:43:22.05 ID:f3jC59Mz0

源氏「そんなことしている内によ……抜刀したヤツの姿が見えるようになっちまったぜ。しかし自分の所有物とは戦えねェたぁがっかりだよなァ〜……」

源氏は目の前の男が己の狂気に足を固められているとも知らずに何年も蓄積させた愚痴をここぞとばかりにこぼし続ける。
彼を前にして紺之介の戦慄収まることを知らずただただ太刀の刃先にか細い戦意を乗せて構えるばかり。その最中に源氏たる男の『異常』を噛み締める。

紺之介(村を一つ二つ焼いただと……? こんな男がなぜ今日の今日まで生きていられる……!? そんなことをすれば噂が広がり一年と経たずして首をはねられる身となるはず。となればこの男)

紺之介(殺し続けてきたのか……煙が立たぬよう追っ手を、もしくは村の民を全員……!? )
224 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:44:07.67 ID:f3jC59Mz0
紺之介の脳内に見たわけでもない景色が広がる。広がるゆく業火の中……彼に縛られ、犯され、汚されゆく少女たちの表情が。
その少女の顔は次第に近しい存在へと変化してゆく、乱怒攻流、そして愛栗子の顔へと……

紺之介「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!!」

気がつけば彼は彼女たちを抜刀していた。そして瞬時に二人を庇うように愛刀と共に源氏に突進をしかける。

紺之介「愛栗子! 乱! 走れ! 逃げろ! 後で必ず納刀する!」

源氏「ハッ……! やっぱり幼刀かよ」
225 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:44:43.85 ID:f3jC59Mz0
乱怒攻流「へ、ちょ……どういう状況なのよこれ!」

愛栗子「……乱、はよう走れ」

紺之介を残し迷わず駆け抜けた愛栗子に乱怒攻流は戸惑いを覚えながらも後に続く。
紺之介が本来向かう予定だった雑木林の方向へと二人はただただ走り続ける。

駆けながらにして乱怒攻流は紺之介の言葉に困惑したままであったが、それよりも愛栗子の行動に強い不可思議を抱いていた。
226 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:45:26.56 ID:f3jC59Mz0
乱怒攻流「なんかあいつの目の前にいた奴が相当強いヤツだったってことは何となく分かったんだけど……にしてもあんたがあいつの強さを信じずにすんなり逃げ出すだなんて、そっちの方が驚いたわ」

愛栗子「何を言っておる。信じておるわ」

依然として彼女は疾走を心がけてはいたがその言葉には一寸たりとも迷いも不安も隠されてはいなかった。
今乱怒攻流の視界に映る彼女の姿は顔すら見えぬ背中の蝶帯一つだがそれでも乱怒攻流にはその心情を読み取ることができた。
それは普段から愛栗子に憎まれ口を叩かれている彼女ならではのことであろう。
先ほどの愛栗子の物言いはいつもの高慢ちきの口から出たそれであった。
227 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:47:27.80 ID:f3jC59Mz0
愛栗子「じゃがの、わらわよりもあやつの方がさらに己の強さに信を通しておる。そのあやつがわらわらを抜刀するやいなああも叫んだのじゃ……そういうことじゃろう」

愛栗子「それに、あやつはこうも言うておった。『後で必ず納刀する』との。何も死に場所を見つけたわけでもなさそうじゃし、今は無理にわらわらが出る幕でもないというわけじゃの」

乱怒攻流「まぁ、あいつに馬鹿みたいに心酔してるあんたがそこまで言うならそういうことにしておくわ」
228 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:48:09.05 ID:f3jC59Mz0

乱怒攻流「にしても『刀狩り』とやらがそこまでのやり手だったとはねぇ……これからどうするのよ」

愛栗子「一先ずあちらの木々に身を潜ませるとするかの。わらわはもう疲れてしもうたわ」

乱怒攻流「……いやあんた絶対本気で走ってないでしょ……というか奴はあの場所には居なかったみたいだけど、一体何処にいるの?」

愛栗子「さぁの。わらわにはまったく見当が……」

愛栗子がそう呟いた瞬間であった。


229 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:48:55.54 ID:f3jC59Mz0

「へぐぅ……!」

愛栗子「! 乱、止まるのじゃ」

愛栗子らより二周りほど小さな幼女が彼女たちの視界を横切り土煙を上げながら土壌に叩きつけられた。

乱怒攻流「へ……? さっきのって」

奴「いたぁ……あぁ゛ー! い゛だぁぁぁい!」

乱怒攻流「奴!?」

半べその表情で立ち上がった幼女は母親を呼びつけるかのような叫び声を夜空に響かせた。
230 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:49:32.21 ID:f3jC59Mz0
「ひっ……! な、なんなんだよアイツはよぉ……!」

後に続いて引き腰の男が奴の飛んできた方向を見ながら尻餅をついた。
それでも尚男は手をついて後ずさり、その場に奴と同じ幼刀である少女が二人も現れたというのにまるでそのことに全く気がついていない様子で正面に釘付けにされていた。
231 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:50:23.81 ID:f3jC59Mz0

彼の見る方向にあったのは闇に潜む殺意。
その闇が放つ殺意が男の脳に『一瞬でも目を逸らせば殺されかねない』という情報を焼き付け、視線を正面に固定させているのだ。

男の目の前に迫る『何か』は木々の隙間から割って入る月明かりに照らされ闇から浮かび上がるようにして姿を現した。
その者が纏った黒い洋服は夜の闇に病的なほど異様に馴染み、その者が抱きかかえた熊を模した人形は愛らしき表情ながらその全く変わらぬ表情が薄ら寒い気味悪さを感じさせた。

232 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:51:07.61 ID:f3jC59Mz0
さらに熊の人形は片腕のみを肥大化させると

「オイ泣いてんなよペド! ま、待ってくれ……」

「……じゃま」

「ごはっ!」

それは男の横腹を見事に振りかぶり、突き飛ばされた男は木の幹に叩きつけられ気を失った。
233 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:51:59.97 ID:f3jC59Mz0
この一連の光景を目の当たりにした愛栗子は一人確信に至る。

愛栗子「……紺が手こずっておった相手はどうやらとんでもない輩だったみたいじゃの」

乱怒攻流「愛栗子、あれって……」

愛栗子「黒の塊のような西洋着、赤子程の熊の人形……間違いないの」



愛栗子「児子炉じゃ」



234 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:52:54.17 ID:f3jC59Mz0
……………………………


茶居戸の通りにて金属の弾き合う音が交差する。

源氏「ウラァ!」

紺之介「ぐぅ゛……!」

強さを求め続ける源氏の荒々しい野獣の如き剣さばきと護衛剣術を操る自称剣豪たる紺之介との攻防は両者ひたすら互角に見えたが紺之介自身は己の体力の限界を感づいていた。
今ここで源氏を打倒するのは不可能と悟ったのである。

235 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:53:44.28 ID:f3jC59Mz0
であればここで息を絶やすか逃げ延びるかの二つに一つであるがかの紺之介戦場だけに生ける剣豪ではなし。
美しき鋼見たさに生に執着するもまた剣豪と捉える彼にここで絶える道は無かった。

改めて距離を取り刀を構え、源氏の隙を伺う。

紺之介「はぁ、はぁっ……少し気になっていたのだが、お前の相棒の児子炉とやらはどこにいるんだ。まぁ、幼刀とはいえ所詮は童女……この時間なら宿屋でお眠なのか?」

236 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:54:27.34 ID:f3jC59Mz0
源氏「さァな。ただヤツは他の幼刀が憎いだとかでそれらに対する鼻利きが良くてな……俺が情報も無しに幼刀に辿りつけるようになったのはアイツ様々よ」

源氏「児子炉とは利害も一致してるしな。俺も幼刀と戦いたがっているがヤツもヤツで幼刀の破壊を目論んでやがる。利害が一致しすぎてヤツが暴れ過ぎてねェかは心配になるがな……楽しみが減っちまうのは色々と堪える」

紺之介のこめかみに大粒の汗が走る。
源氏の言っていることをまことと受け止めるならば彼女たちをそのままにしているのは尚更のこと危険が伴うと判断したからである。

そうと決まれば彼は足早に背を向け走り去るべきなのだろう。しかしそれは背を守りきれるほど走れることを示唆している。
当然の事ながらそれを試みれる体力はもはや今の紺之介には無し。

237 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:54:55.88 ID:f3jC59Mz0


絶体絶命の境遇。


しかしながらここまでの戦いを経て彼らは互いの真髄を露わにしながらぶつけ合って見せた。その結果紺之介には源氏たる男の思想が手に取るように分かりかけていたのである。
それを上手く利用できるか否か、この勝負の分かれ目はそこにあった。

心の蔵を叩く音、唾を飲み込むぐぐもった濁音。それら全てが重なったとき


紺之介は、最終手段に出た。





238 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:56:12.49 ID:f3jC59Mz0
…………………………

奴「ぅ、ぐひゅ……ぅ゛〜」

べそをかく奴の前に漆黒の足音が迫る。それは一歩また一歩とかさねるごとに重みを増し、枯葉や枝木を強く軋ませた。

熊人形に隠れた児子炉の口元からは小さくも強い怨念が込められたどす黒い言葉が途切れ途切れに放たれ、その呪いにも似た言霊に只ならぬ想いがはせられていることを夜風に揺れる木々たちが伝えていた。

児子炉「……本当に、忌々しい。忌み子、め……! けす、けす、けす、けしてやる!」
239 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:56:50.08 ID:f3jC59Mz0

着々と葉を割る足音は立ちはだかる彼女らを前にしてとどめられた。

児子炉「っ……!」

乱怒攻流「ちょっと、待ちなさいよ」

愛栗子「そうじゃ黒いの。そこで伸びておる男のことなぞはどうでもよいが、あっちのはおぬしに壊されては困るのじゃ」

児子炉「乱……と、あ、あ、ぁ、」

児子炉「あ゛り゛すぅ゛ぅ゛ぅ゛!」

愛栗子の姿を見るやいな児子炉の表情は更に少女とは思えぬものへと豹変した。
彼女の殺意の対象が露骨に変動されたことを機に奴は雑木林の奥の方へと走り出す。

240 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:57:19.08 ID:f3jC59Mz0
乱怒攻流「あ、ちょ……あんたも待ちなさい!」

その小さな背中にもう乱怒攻流の言葉が届くことはなし。虚しく高木々に吸われた彼女の声を愛栗子が供養するかのようにいさめた。

愛栗子「よいよい走らせておけ……それよりも今はこっちの黒づくめの方じゃ」

乱怒攻流「そ、そうね」

愛栗子の言葉に振り返りつつ二本の刃を背嚢から取り出した乱怒攻流であったが、その刀を握る彼女の手の上から愛栗子の後ろ手が乗せられた。

乱怒攻流「……へ」

その手は乱怒攻流から見て静止を促しているものと映り、彼女が困惑の表情で愛栗子の横顔に目を向けるとあの高飛車愛栗子がいつになく真剣な表情になっていたことに気がつく。
乱怒攻流の表情に追加して『驚き』が加わった。

241 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:58:57.88 ID:f3jC59Mz0
愛栗子「乱、導路港で笛をうさしたとき……ぬしはわらわも戦っておればああはならなかったと申したの」

愛栗子が真剣な面持ちのまま依然として困惑気味であった乱怒攻流に話を振った。

流れに乗せられそのまま首を縦に振りそうになった乱怒攻流であったが寸手でいつもの強情な我に返りて虚勢を張る事とする。

乱怒攻流「そ、そうよ! あんたのせいであたしの大切な『刀』が……」

その虚勢には勿論その件についての怒りも込められてはいたが、何よりも愛栗子の凛とした研ぎ澄まされし気迫に呑まれぬように気つけをしたというのが何よりであった。

それほどまでに今から只ならぬことが起こりうるのだと乱怒攻流は全身の肌で感じ取っていた。


242 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 09:59:46.96 ID:f3jC59Mz0
愛栗子「その借、ここで返させてはくれぬかの」

愛栗子が己の左胸を手のひらで包み込んだ。瞬間乱怒攻流は目を見開く。彼女は愛栗子のそこに何があるのかを知っていた。

乱怒攻流「面倒臭がりのあんたがその金時計の『刀』を使うだなんて」

愛栗子「まぁどうやらあやつはわらわの客のようじゃしの。じゃが何度も言うようにわらわは紺に戦を禁じられておる」

そこまで言うと愛栗子は月光の映える微笑を向け、駆け出した。

愛栗子「なるべく汚れぬよう終わらせるのでの……紺のやつには内緒じゃぞ?」

彼女が居た¥齒鰍ノ砂利風が立ちそれが乱怒攻流の前髪を浮かせた。

243 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:00:15.26 ID:f3jC59Mz0
児子炉「あ゛り゛す ! あ゛り゛す! あ゛ぁ゛ぁ゛り゛ぃ゛!」

世に存在する怨恨やら憎しみやらを可視化させたかのような邪気が児子炉と熊人形を包み込み黒い稲妻となって電光石火の愛栗子を迎え撃つ。
白き光の如き愛栗子と黒の怨みを纏う児子炉がぶつかり合うとき、それがこの旅の果てと乱怒攻流が直感で悟ったときだった。



児子炉は黒煙となりて闇に溶けその光景を残された二人が認識した瞬間、彼女らも光となりてその場から姿を消したのであった。


244 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:02:41.58 ID:f3jC59Mz0

……………………………

薄暗い裏路地に一人、源氏は億劫な表情を浮かべつつ児子炉の鞘を抜いた。

源氏「どれくらい殺りやがった? 勝手に一人で暴れ過ぎンなよ。俺の楽しみが無くなっちまうだろうが」

児子炉「……じゃまされなければ、ぜんぶこわしてた」

源氏の問いに今度は児子炉が沈めた表情で口元を熊の頭で隠してみせたが、その様子に源氏の生き生きとした狂気は口角に取り戻された。

源氏「まあそう拗ねるこたァねェだろ。奴はともかく今奴らを壊すのはもったいねェ」

クククと堪えた笑いには紺之介に対する期待が大いに含まれていた。というのも彼が紺之介の要求を呑み、彼らの間である契約がなされたからである。

245 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:03:34.36 ID:f3jC59Mz0
………………

紺之介「源氏、率直に言うとだ……今の俺はお前に本気になれない」

源氏「あ゛? そう水臭ェこと言うなよ。本気で殺し合おうぜ? なにせ俺はてめェの親父の仇なんだからよ」

刀を前に突き出し今にも紺之介に牙を剥かんとする源氏の闘志を断ち切るかのように紺之介は口を挟んだ。

紺之介「だからこそだ」

源氏「……そいつァどういうこった」

246 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:06:01.56 ID:f3jC59Mz0
紺之介「今の俺はその件やお前のここに至るまでの行いに対して強い憎悪や怒りを覚えている。それに任せて剣を振りかねんということだ」

紺之介「それ即ち護るための剣にあらず。それはもはやただただお前を斬り伏せるためのみ存在する太刀筋だ。護衛剣術を得意に扱う身としてこれ以上に不利なことはない」

源氏「ほう?」

紺之介の発言は眼差しも含め至って真剣なものであったがそれでも尚命乞いをする者を見るような目でそれを聞く源氏に彼は念を押した。

紺之介「これは言い訳ではなく敬意でもある。強者を求めるお前に対しての敬意だ。ここに宣言しよう。次にお前と邂逅したとき、俺は今よりも確実に強い本気でお前の相手をする。再び出くわすことは互いに幼刀を求め続ける限り、容易い事だろう?」

247 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:06:42.69 ID:f3jC59Mz0
紺之介が源氏という男に理解を示したように源氏もまた紺之介という男を剣を交える過程で理解しかけていた。

源氏(確かにコイツが幼刀の一件から完全に手を引くとは思えねェ)

それは紺之介の熱意が源氏を瀬戸際で引き離した悪魔の契約であった。

源氏は刀を納めると背を向け紺之介から遠ざかって行く。
後ろ手を振ってそのまま茶居戸の夜道へと姿をくらませたのであった。

源氏「次に会った時は、本気で殺し会おうぜ。紺之介よ」

248 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:07:18.70 ID:f3jC59Mz0
……………………

源氏(初対面で俺の事をあそこまで知り尽くしたのはやはり最高の血を引く所か……親子揃って俺をひりつかせやがる)

源氏「次は殺す」


249 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:11:34.48 ID:f3jC59Mz0
………………………

紺之介「その様子なら無事そうだな」

次に愛栗子と乱怒攻流の二人が目を開けたとき、そこは紺之介の目の前であった。

愛栗子「……まあの」

乱怒攻流は愛栗子が少しばかり締まらない顔つきをしていたのを見逃さなかったが、夜闇と疲労に包まれていた紺之介の目には映ることはなかった。

250 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:13:55.55 ID:f3jC59Mz0
乱怒攻流(あのまま二人が戦ってたら一体どうなってたのかしら)

心中乱怒攻流によぎったのは愛栗子敗北の後に狙われていたのは全力を出しきれないことが分かっている己だったという危うさ。
愛栗子の締まらぬ表情の中に隠されていたのは『あの場所でこの一件を終わらせておきたかった』という心情。そのことを彼女は見抜いていた。


乱怒攻流(あの楽観的な愛栗子が)

それ程までに彼女を危険視されている児子炉を取り巻く『憎しみの力』
その力の源の正体をこの場で愛栗子だけが理解しているように乱怒攻流は思えた。

251 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:14:33.96 ID:f3jC59Mz0
一方愛栗子はというと隠した心中を露わにしないよう早々に事後報告に移った。

愛栗子「すぐそこで噂の男かもしれぬ者が何者かに襲われたのか伸びておったわ。刀を奪おうとして返り討ちにあったのかもしれぬの。奴の鞘を持っておったしの……間違いなさそうじゃ」

愛栗子「肝心の奴のやつはどこに行ったか分からぬがの……幼刀とはいえ小さいやつじゃからのぉ〜……べそをかいてどこかへ消えてしもうたのかもしれぬの」

紺之介「! それは本当か。案内してくれ」

愛栗子「こっちじゃ」

252 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:15:21.46 ID:f3jC59Mz0

…………………………

紺之介「おい」

完全に気を失っていた男の頬を紺之介は軽く数回はたいた。刺激を受けて『噂の男』は目を覚ます。

刀狩り「っ……うぉわぁ!? だ、誰だよお前!」

紺之介「お前、噂の刀狩りか?」

刀狩り「ってめ……! もしかしてさっきの黒ずくめの……」

間違った方向に警戒する男の口に愛栗子が軽く下駄を押し付けた。

刀狩り「ぶベッ」

愛栗子「何があったのかは知らぬが妙なことを喋るでない」

不自然に口数の多い愛栗子にさすがの紺之介も懸念の顔つきで彼女を見たが一先ず男に刃先を突きつけ脅しまがいに奴を要求していく。

紺之介「……お前が噂の刀狩りであると言うのなら状況は分かっているな? 今ずく奴を納刀しろ。そうすれば命は助けてやる」

乱怒攻流(うわぁ……児子炉がここにいるって分かってるから焦ってるとはいえ随分と荒いやり方ねぇ)

253 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:16:12.38 ID:f3jC59Mz0
不本意ながら乱怒攻流も引く強引な要求の中刀狩りの男は泣いてそれを呑む……と思いきや彼は紺之介らが幼刀関係者と見るや否逆に反抗的な態度で紺之介の刃先に唾を吐きつけた。

刀狩り「簡単に渡すわけねーだろ。噂によると幼刀はどいつもこいつも人知を超えた力を持ってるって話じゃねーか。でも俺様はペドを見て確信した……あいつら全てを手にした者は武力がモノをいわねぇこの国でも……いや西洋すら丸ごと統べる力を手にできるってなぁ!」

刀狩り「殺したきゃ殺せ。アンタが掴んだ世界なんざ興味ねぇんだよ」

254 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:17:38.36 ID:f3jC59Mz0
的外れな野望を抱いていた彼に対して愛栗子は虫を見るかのような視線を向けた。

愛栗子「あほうめ。確かに幼刀は人あらざる者じゃが……わらわらにそこまでの力なぞ備わっておるわけがなかろうが」

愛栗子に罵られてもなお『納刀』を口にしない男に対して疲労困憊の紺之介も流石にしびれをきらしあろうことか突きつけた愛刀を自ら先に納刀してしまった。

刀狩り「うわ、おい何しやがるッ!」

刃先に付着した唾液を男の袖着になすりつけながら。

255 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:21:10.00 ID:f3jC59Mz0
紺之介「……となれば俺たちで奴を探し出すしかないか」

乱怒攻流「うーん……でもあたしたちじゃ何処に行ったのか検討もつかないわ」

紺之介「それはまずいぞ。先ほど刀を交えた源氏という男が幼刀児子炉を所持者だったんだ。児子炉は他の幼刀の在処を探知する力があるらしい。一刻も早く見つけなければ収集の前に破壊されてしまう」

256 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:21:43.16 ID:f3jC59Mz0
体力の限界が近く足元をフラつかせる紺之介とお手上げと言わんばかりに両手を上げる乱怒攻流を見た愛栗子は二人が予想だにしない方針を切り出した。

愛栗子「もはや茶居戸にてわらわらにできることなぞ何一つとしてない。早急にここを離れ次を目指すべきじゃ」

乱怒攻流「次ってことは……もう刃踏しかいないわよね」

257 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:22:34.18 ID:f3jC59Mz0
紺之介「……は?」

彼女の出した結論に納得いかずの紺之介が声を荒げて反発する。

紺之介「何を言っている愛栗子! そんなことをすれば……」

当然のことであった。彼にとって今ここを離れるということは奴の収集を諦めるということである。それは客人の依頼を裏切るばかりか己の野望すらも危うくする決断であったからだ。

258 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:23:03.71 ID:f3jC59Mz0
愛栗子「心配せずともよい。炉が奴の位置を知りとて小柄俊敏かつ逃走に命がけのあやつを捕まえるのは至難の業じゃ。それにのぉ紺」

愛栗子が下駄先で紺之介のむこうずねを軽く小突くと紺之介は刀を杖にしてその場に膝を着いた。

紺之介「ぃ゛つ゛……!?」

愛栗子「例え奴らより先に奴を見つけたとて、そのような状態で仮にも幼刀相手にまだ太刀を握る気かの? そのような気力があるとほざくならその気力はこの場を離れるのに使うべきじゃ」

愛栗子「……まぁもっとも、この件を全てわらわに一任すると申すのなら話は別じゃがの」

紺之介「それは論外だ」

その間僅か一秒と足らないものであった。

乱怒攻流「……はぁ」

259 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:24:45.68 ID:f3jC59Mz0
愛栗子「ならば今はわらわの言うことに従ってもらうぞ。さて、そこの哀れな男も使えぬし戦わぬともなると奴の方からこちらの傘下へ入ってもらうしかなさそうじゃし、後のことはふみに頼み込むとするかの」

愛栗子「となると最後の問題じゃが」

刀狩り「がぁ……!?」

愛栗子は刀狩りの男の額を跡が残るほどの力で踏みつけ彼から奴の鞘を取り上げると静かに、声低く怒鳴りつけた。

愛栗子「……ぬし、わらわと紺が戻ってくるまで死ぬことは許さぬぞ? 醜いなら醜いなりに這いずり回って生き延びて見せよ。ぬしに死なれると人知れず刀化して動けぬようになった奴を割られてしまうのでの」

刀狩り「わ゛……わ゛がっだがらやめ゛ろ゛! ペドよりも先に俺様の頭がッ……割れるッ!!」

260 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:25:25.42 ID:f3jC59Mz0
紺之介「そこまでにしておいてやれ。で、幼刀刃踏を手にすると奴の方から傘下へ入るとはどういう意味だ? 刃踏はそんなに強いのか? だがな愛栗子……いくら刃踏が強くとも俺が幼刀に直接的な斬り合いをさせることは……」

愛栗子「分かっておる。じゃから『戦わぬ』と言うたではないか。奴ならば戦わずして奴をこちらに引き寄せることが出来るかも知れぬと言うておるのじゃ」

彼女の発言に乱怒攻流は何かを察したかのように呟いた。

乱怒攻流「あ〜……そういうこと?」

紺之介「どういうことだ」


261 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:26:05.44 ID:f3jC59Mz0
愛栗子「奴はの……ふみが十二のときに生んだ将軍さまとの赤子なのじゃ」

源氏、そして児子炉……それぞれの邂逅と過去の記憶を経て彼らは新たな旅路へと進む。
幼刀収集の旅は今、折り返しに向かおうとしていた。


262 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/04/21(日) 10:26:39.59 ID:f3jC59Mz0
続く
263 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/04/21(日) 12:09:20.74 ID:9vQgivPDO
固有名詞の読み方以外はほんとかっこいいのになあ…
264 : ◆hs5MwVGbLE [saga]:2019/07/10(水) 17:45:58.76 ID:QarN0Zl90




幼刀 刃踏 -ばぶみ-



265 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 17:46:51.51 ID:QarN0Zl90
茂る山道に石擦る音。
それに合わせるよう蝉も音を奏でる。


乱怒攻流「ねぇ〜……ちょっとぉ、まだ付かないのぉ?」

連なる石段の頂点を仰ぐ。
嘆く少女の目指すは遥か。
広き聖域の寺院なり。

助寺 -じょじ-

その場所こそ控えに記されたる幼刀刃踏-ばぶみ-の在り方なり。
266 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 17:47:19.12 ID:QarN0Zl90
乱怒攻流「もう疲れたんだけど……」

愛栗子「なんじゃもうへばったのか。その背嚢がおぬしの負担になっておるのではないかえ?」

げんなりとした様子で前屈み両膝に手をついた乱怒攻流を愛栗子が煽る。
そんな愛栗子を彼女は負けじと睨み返した。彼女にとって今さら愛栗子に減らず口を叩かれる筋合いなど毛頭なかったからである。
267 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 17:47:59.24 ID:QarN0Zl90
その理由の蓋開けてみるとまず愛栗子は上がり始めて数十歩のところではや歩を止めてしまったのだ。
その場の石段に座り込む愛栗子に紺之介気を利かせて刀に戻るよう促してみるも、彼女は聞く耳を持たずしてあろうことか彼に自らを背負わせることとしたのだ。
さもなくばここから一歩も動かんとした愛栗子に紺之介は頭を抱えつつも仕方なしと従うこととした。

紺之介が強引な納刀に出なかったのはここまでの旅路で深めた彼らの仲が生んだ優しさとも妥協とも取れる。
268 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 17:48:49.61 ID:QarN0Zl90
そのようなことあって今の今まで楽をしてきた彼女に煽られた乱怒攻流が眉間のシワを増やすのは至極当然のことであった。

紺之介「お前はどうする。刀になっておくか」

乱怒攻流「ならない!」

その意地は愛栗子のわがままとは違った。否、言ってしまえばそれもまたわがままなのだった。そう紺之介の目には映り込んでしまったのだ。

ため息一つで彼女らの意思の違いを混ぜ込んでしまうほどに彼の足もまたそこそこの軋みを上げていたのである。
269 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 17:49:28.40 ID:QarN0Zl90
と、なれば紺之介の対応もまた同じものとなる。

紺之介「……愛栗子降りろ。もういいだろ。まだ歩くつもりがないなら納刀しておいてやるから」

吐いた言葉は命令形で愛栗子の降背を促すものであったが、実際の彼の動きは強引で腰を下ろすとそのまま愛栗子の腿にかけていた腕も離してしまった。

愛栗子「なっ……!?」

愛栗子なす術なく彼の背を滑り落ちるしかなし。
270 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 17:49:55.74 ID:QarN0Zl90
紺之介「乱、乗れ」

乱怒攻流「ぇ……いや、あたしはそんなつもりじゃ……」

紺之介「あー早くしろ」

乱怒攻流の声は蝉のざわつきに呑まれ、後ろすら見ぬ彼の耳には届かぬものとなっていた。
乱怒攻流は唖然としながらも彼の背に吸われるように一歩一歩と石段を踏んでそれにすがる。

紺之介が再び立ち上がる中『これでいいのだろうか』とまだ少し恥の熱を持つ彼女の顔は横側の愛栗子の顔に気づくことはなかった。
そのときの愛栗子の顔こそ彼女が本当に見たかったものであったとも知らずに。

愛栗子「……不愉快じゃ。納めよ」

紺之介「結局か……納刀」
271 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 17:50:35.62 ID:QarN0Zl90
…………………………


重ねること千の段。その先で彼らと最初に目を合わせたのは桃の着風にたなびかせ竹箒で石を撫ぜる少女だった。
乱怒攻流よりか一つ二つ大人びて見える彼女は背負われた背嚢を見て目を見開かせた。

「あれ……? 乱ちゃん!?」

一方乱怒攻流も彼女に気づくやいな焦るように紺之介の肩を三度ほど叩く。
まるで見られてはならないものを見られたかのように。

乱怒攻流「あ……もういいから降ろしなさい!」

紺之介「暴れるな!」

彼の背から再び石に着地した彼女に寺の少女が駆け寄ってくる。
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