男「この俺に全ての幼女刀を保護しろと」

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272 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 17:51:08.46 ID:QarN0Zl90
乱怒攻流「久しぶりね。刃踏」

刃踏「もぅ、乱ちゃんも『ふみ』でいいのに」

その名で呼ばれたことに少し不満気な表情を浮かべたのは伝説の一振りが一本、幼刀 刃踏-ばぶみ-である。

刃踏「へぇ、乱ちゃんは今この人と一緒にいるんだね〜」

乱怒攻流「まぁ、いろいろあってね」
273 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [ saga]:2019/07/10(水) 17:51:51.19 ID:QarN0Zl90
彼女の正体を知りえた所で紺之介は早速と本題に入る。己を見上げた刃踏に紺之介は要件を述べた。

紺之介「どうやらお前に敵意はなさそうだな。勿論お前にも用があってここに来たわけだが、一先ず今の持ち主に会わせてもらおうか」

刃踏「茢楠先生に、ですか? 少し待っててくださいね」

刃踏「せんせぇ〜! お客様です〜!」
274 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:01:53.31 ID:QarN0Zl90
刃踏は紺之介の話を快く引き受けると寺に駆け足で寄りて声を張り上げた。その声に応えるようにしてこれまた優男を漂わせる声色一つ。
寺の障子が一つ開くと眼鏡をかけたその声の持ち主は姿を現した。後ろからは数人の童の姿もちらついて見える。

茢楠「いやはやこのような何もない寺にお客様とは……申し遅れました。私、田布 茢楠-でんぷ れつなん- と申します。この助寺の管理を一任されているしがなき坊主にございます」

紺之介(なんだ……この男)

縁側を降り頭を低く保ったその男は常人視点にして如何にも聖人たる気を纏っていたが紺之介の勘は瞬時にその男の只ならぬ歪みを感じ取っていた。

故に既に下手のその茢楠に紺之介容赦のない揺さぶりをかける。
275 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:02:41.19 ID:QarN0Zl90
紺之介「何もない……なんてことはないだろう。現にそこにいるのは幼刀刃踏-ばぶみ-……既に奴の言質は取ってある。俺がここを訪れた理由などそれだけで十分だ」

紺之介の真に迫る声色に一度刃踏と茢楠が和らげた空気が緊張感で上書きされる。緊張感に当てられた何人かの童はそそくさと障子に身を隠した。
姿を現したときは緩かった茢楠の表情もどこか真剣な面持ちとなっておりその中で刃踏だけが困惑した表情で二人を交互に見つめていた。
276 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:03:15.56 ID:QarN0Zl90
紺之介の事情を直感で拾った茢楠は一つ咳払いをして彼を案内した。

茢楠「成る程。では、話はあちらで……」

刃踏「先生……?」

茢楠「フミ、この方とのお話の間……みんなを頼みましたよ」

刃踏「は、はぃ」

縁側に上がり茢楠の後ろについた紺之介らを見送る刃踏の表情は曇ったままであった。

277 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:04:03.70 ID:QarN0Zl90
……………………

茢楠「先ほどから気になってはいましたがもしやそのお二方は……」

乱怒攻流「ええ、あたしは乱怒攻流。まぁ刃踏の知り合いってとこね」

愛栗子「わらわは愛栗子、並びに幼刀じゃ」

抜刀された愛栗子に続いて紺之介も口を開く。

紺之介「まだ名乗ってなかったな。俺は都一の剣豪、紺之介だ」

乱怒攻流(そもそもその『剣豪』って名乗ってるのはあんた一人でしょ)
278 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:04:56.78 ID:QarN0Zl90
連られた別室の床で胡座をかきながら紺之介らは淡々と名を、そしてここまでの経緯を語った。
その一方で茢楠と名乗った男も紺之介の名を聞き覚えのあるものだったと告白した。
都から持ち出された伝説が一刀幼刀 刃踏-ばぶみ-は持ち出した梅雨離最高本人の手からこの茢楠に渡されていたのである。

茢楠は紺之介の話を耳に入れながらその時≠ェ来てしまったのかと若干の感嘆に浸りながらも表情は僧なりにその運命を無情に受け入れていた。
279 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:05:33.36 ID:QarN0Zl90
茢楠「話は大体理解できました。幼刀奴を引き入れ都にまた刀を集めるにはフミの協力が不可欠と……いうわけですね。分かりました。彼女にも話してみましょう」

茢楠が何かを諦めたかのように目を閉じ、床を遅緩な動作で立ち上がる様子から愛栗子は目を離せずにいた。

愛栗子(まぁ、そうなるのも無理はなさそうじゃの)

言葉にはし難き蟠りも呑み込みて一つ貫かんとする男、茢楠。その抑えても抑えきれぬ無念の情はこの場でただ一人愛栗子の目にだけ映りそのまま彼女の無言の激励によってなんとか無事霧散しかかる。
280 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:06:08.32 ID:QarN0Zl90
紺之介「待て」

だがその男を引き止めてしまったのは意外にも紺之介だった。

茢楠「……はい?」

紺之介「お前にはまだ聞きたいことがある。俺の父と出会った経緯、そして刃踏を預かった経緯も聞きたい」

茢楠「あ〜……」

愛栗子「これ紺! ちと無粋が過ぎるぞぬし!」

紺之介「? 何故お前が取り乱す」

愛栗子に肩を扇子で叩かれてもなお己の私利私欲の為に口を滑らせる紺之介に愛栗子は露骨な疲れため息を吐いた。

愛栗子(まったくこやつというやつは……!)
281 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:06:39.27 ID:QarN0Zl90
彼の言葉にしばらく間を抜かした茢楠であったが再び座り直すと己への戒めのつもりだったのか、はたまた僧故の温厚さか、快く紺之介の要望に応えることとした。

茢楠「ええいいでしょう。やはり、気になってしまいますよね」

乱怒攻流「まぁいいんじゃない? 本人もああ言ってるんだし」

愛栗子「〜……」

愛栗子だけがなんともいえぬ表情で下唇を歯をあてがう中、茢楠は語り始めた。
282 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:07:08.97 ID:QarN0Zl90
茢楠「はは……自分で言うのもなんなんですけどね。私、今でこそ坊主の面を被らせて頂いておりますが、昔はどうしようもない荒くれ者だったのです」

紺之介「荒くれ者……?」

紺之介思わず床に視線を落としそのまま上へ上へと茢楠を見直して行く。
初見でちらついた歪みの正体はどうやらそこにあったようだと紺之介理解しつつも最終的に彼の仏のごとき微笑を見直したるときには『荒くれ者』という言葉の意味を忘れてしまっていた。
283 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:07:43.30 ID:QarN0Zl90
乱怒攻流「あんたが荒くれ者ね〜……想像もつかないわ」

茢楠「お褒めに預かり光栄にございます。そう言ってくださると、この自責に費やした十の年月に意味があったのだと……奢ってしまいそうになります」

紺之介(荒くれ者……十年の自責……もしや最初に感じたこいつの歪みはそれか)
284 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:08:25.79 ID:QarN0Zl90
茢楠「この世に絶望し、ただ暴力を振るうのだけが取り柄だった私はある日流浪の剣士と出会いました。それが」

紺之介「梅雨離 最高、だな」

紺之介、展開を急かす様にして口を割る。

茢楠「はい。私は彼に暴力を蔑まれたことに腹を立てそのまま決闘を申し込みました」

紺之介「父と闘ったのか!」

また一段と食い気味に前へ乗り出した紺之介に対して茢楠はしばし申し訳なさげに眉を下げた。

茢楠「いや〜……少し話を盛ってしまったかもしれません。今思えばあれは決闘だったのかも疑問ですね。やられちゃったんです私。それはもう、一方的に」

紺之介「……そうか」

紺之介が興奮に前へ着いた腕を再び膝へ持っていったのを確認し茢楠は続ける。
285 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:09:03.77 ID:QarN0Zl90
茢楠「私は最高さんの護衛剣術に宿る『守るための強さ』に惹かれましてね。彼に弟子入りを頼んだのですがそれもまた断られてしまいまして……ああ、私の過去は思い出せば恥ずべきことばかりですね」

紺之介「続けてくれ」

茢楠「ん、失礼。ですがその代わりに最高さんは『守るための強さならこいつが教えてくれる』と言ってフミを私に預けてくださいました」

紺之介からすればもうはや耳の傾け所は無いに等しかったがその一方で語り手である茢楠からすればここからが募る言葉の吐露であった。
286 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:10:44.27 ID:QarN0Zl90
茢楠「フミは私に優しさを教えてくれました。時には誰かを助け、そうして時には誰かに無理せず寄りかかること……自らがその依り代たる器になること。私は誓いました。その『誰か』を必要としたフミがすがる先は、私自身になることを」

茢楠「それほどまでに、愛しているんです。彼女を」

乱怒攻流「ふーん……ぁいたっ、何すんのよ!」

欠伸混じりの相槌を打つ乱怒攻流の背嚢を愛栗子が叩く音が客間に響いた。

茢楠「あはは、すみませんこんな退屈な話をしてしまって……」

愛栗子「案ずるな。全くもってそのようなことは感じておらぬ。ぬしの心は尊きものじゃ」
287 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:11:14.72 ID:QarN0Zl90
茢楠「ありがとうございます。ですが、どうもそうはいかないこともあるようで……稀に彼女が何処か遠くに切ない眼差しを送ることがあるんです。まるでその先に、私も知らない大切な何かがあるかのように」

愛栗子「茢楠、それは恐らくの……」

詳細を口に出そうとした愛栗子に茢楠は語らせまいと目を閉じて右手を挙げた。

茢楠「ええなんとなく分かってます。それが訪れたこの日の運命に関係していると。ですから私のことは気にしないでください」
288 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:11:47.37 ID:QarN0Zl90
愛栗子「そうか。よかったの紺……こやつはよく出来た男じゃ」

愛栗子が清すぎるとも言える彼に賞賛の言葉を送りその言葉をもって彼らの対話は一度畳まれた。

座っていた幼刀二人と茢楠はその場を立ち上がった。これにて話は一件落着……と誰もが納得したかと思いきやその中で紺之介だけがまだ腕を組み胡座をかいていた。

愛栗子「どうしたのじゃ紺。足でも痺れたか」
289 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:12:48.76 ID:QarN0Zl90
紺之介「……いや、やはりいきなり押し掛けて長きを共にした刀を寄越せというのはムシのいい話だと思ってな」

乱怒攻流「は!?」

愛栗子「ほう? して、どう決着をつけると?」

紺之介はおもむろに立ち上がると差した黒鞘を握り茢楠を見た。

紺之介「この男の話を聞いて確信した。この男が折れたところで、刃踏自身がすんなりここを離れるとも思えんとな」

紺之介「故に俺は刃踏に決闘を申し込む。やはり幼刀との衝突は避けられんのだ。それはこの旅が始まったときから覚悟していたことだ」
290 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:13:19.64 ID:QarN0Zl90
紺之介の発言と面持ちに茢楠は一瞬呆気に取られたかのような表情になったが直ぐに彼の言い分理解し確認に移った。

茢楠「つまり、フミと貴方が模擬試合を行い貴方が勝てばなんの蟠りもなくフミをここから連れ出すと」

紺之介「ああそういうことだ」
291 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:13:53.54 ID:QarN0Zl90
乱怒攻流「ね、ねぇあんたやっぱり馬鹿なの? なんでそんなことする必要があるよの!」

茢楠「私としてもあまりそれは……」

茢楠の内心を察した紺之介が補足を付ける。

紺之介「俺は傷ついても構わん。だが安心しろ。刃踏には一切傷をつけずに勝つ」

だが意外にも茢楠の思惑は彼の予測を大きく外していた。
292 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:15:17.75 ID:QarN0Zl90

茢楠「いえ、そうではありません。大変失礼ながら……紺之介殿ではフミに勝つことはできないかと」

紺之介「なんだと?」

眉をひそめる紺之介の後ろから更に愛栗子が告げ口を送り込む。

愛栗子「……全くもってその男の言う通りじゃ。もう良いじゃろう? 馬鹿なことを言うのはよして今回ばかりは素直にその男に甘えておけ」

乱怒攻流「え……愛栗子が紺之介に負けるなんて言うのはちょっと意外だったけど……兎に角やっぱりそうでしょ。戦わずに幼刀が手に入るならそれに越したことはないわ」
293 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:15:48.36 ID:QarN0Zl90
この場において多数決でも取ろうものならば一瞬で片がつきそうなほど紺之介の発言は多方からの否定を受け愚言とされたがその一方で紺之介自身はそれを物ともしない闘志を燃やしていた。

否、完全に焚きつけられてしまったのである。

ここまでの戦いで幾度となく死線を潜り抜けてきた彼は元々自信過剰の実力者。
その揺らぐことのない信条を戦わずして真正面から否定されて黙っていられる筈もない。

紺之介「どいつもこいつも、中々面白いことを宣ってくれる」

冷めた口調で腰の柄に手をつけた紺之介は顔色こそまだ普通であったがその内心には確かな血色が沸きに沸いていた。
294 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:16:29.21 ID:QarN0Zl90
紺之介「俺はやるぞ。誰がなんと言おうと刃踏を負かし、必ずや実力にて収集してみせる」

茢楠「……」

乱怒攻流「あらら」

愛栗子「……はぁ」

そうして誰もが呆れ返ったその場所に刃踏が呼び出され、紺之介の誇りと尊厳を掛けた戦いの火蓋が切って落とされた。

295 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:17:00.84 ID:QarN0Zl90
……………………

愛栗子と乱怒攻流、そして茢楠が見守る中紺之介と刃踏が向かい合う。
方や鞘付き刀を異様な形相で握る剣客の男、方や手ぶらに着物の少女……その光景はとても試合の前触れとは思えぬような光景であった。

刃踏「あ、あのぅ……先生、これ本当に……」

茢楠「ええ、フミの力を紺之介さんに教えておやりなさい」
296 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:17:31.98 ID:QarN0Zl90
紺之介「おい」

刃踏「は、ひゃいっ!」

紺之介「早く『刀』を構えろ。お前にもあるのだろう?」

刃踏「『刀』なんて……そんなもの、私には」

紺之介(確かに服装も他の幼刀と比べて普通だが……側から見てる茢楠の崩れぬ余裕っぷりで『刀』を持たぬなどハッタリとすぐに分かる。まだ獲物を見せる気は無しか……)
297 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:18:17.66 ID:QarN0Zl90
茢楠「では御二方、よろしいですね」

紺之介の疑いの目配せを他所に茢楠は行司として対する二人の間に立つと片腕を真上に挙げる。
紺之介は握り手に、刃踏は震える足腰にそれぞれ緊張を走らせど一部の観客の目からは未だ憂いの目線がある中茢楠の腕が空を割いた。

茢楠「始めっ!」
298 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:18:45.83 ID:QarN0Zl90

声と共に紺之介のすり足が床を離れ、飛び込む形へと移り変わる。
姿勢を低くした急速な接近はかつて彼が乱怒攻流と対峙した瞬間を彷彿させる。

紺之介(先ずは獲物の正体を出させてやる)

決闘において真正面の衝突の先には大抵決着か鎬の削り合うような激しい攻防が待つ。
即ち剣術であれ体術であれ相手の手の内を初手にて知るには一番手っ取り早い方法であった。
299 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:19:14.12 ID:QarN0Zl90

実際、向かってくる紺之介に対して刃踏も棒立ちをやめ、まだ締まらぬ表情を浮かべながらも両腕を広げていた。

紺之介(来るッ)

向かう紺之介の柄にもう一度力が入る。
二人の衝突まであと一丈とない距離だったが対人において常人を逸脱した才覚を発揮する紺之介の頭脳はあらゆる状況を想定していた。常に相手の一手を視界に入れる準備をしながらも己の手が彼女の足首に届く機会をも見極め思考し続ける。

受けに特化した合気のような武術か、はたまた隠された刃針の奇襲か……一寸一寸と詰められるその一瞬の中片時も警戒を怠らない。
300 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:20:05.00 ID:QarN0Zl90
そうして遂に衝突の時は来たる。
激しい攻防の幕開けか、どちらかの決着か、見届ける三人の瞳にその景色は映り込んだ。

乱怒攻流「へ」


301 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:20:56.58 ID:QarN0Zl90
突き立てられた鞘付きの刀は刃踏の脇腹をかすめており紺之介の上体は刃踏に抱かれていた。
彼の膝は床を着き、彼の頭は刃踏の胸元にあった。


刃踏「幼刀なんて……そんな大きな力、やっぱり私にはありませんよ」

紺之介の手元からは力なく愛刀の柄が滑り落ち、鍔が大きく床を叩き金音を響かせる。

紺之介(……何が起こった。いったい、なに、が)

先ほどまであらゆることを思考していた彼の脳が糸のように無にほつれていく。紺之介は感じていた。豊満に埋められた頭が意識を手放していくのを。
302 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:21:40.82 ID:QarN0Zl90
薄れゆく意識な中、近づいてくる愛栗子の声だけが置き土産のように彼の頭蓋に木霊した。

愛栗子「少しは頭が冷えたか。全てを呑み込むその慈愛こそがそやつの『刀』なのじゃ……ぬし、もう斬られておるよ」

紺之介(ああ、これか。これが幼刀刃踏-ばぶみ-の『刀』だったのか……この、やわらかいこれが……)

愛栗子の答え合わせと共に自分なりの理解を得た紺之介は薄い笑みを浮かべ、その心地良さに殺されるようにして意識を絶った。


303 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:22:55.82 ID:QarN0Zl90



「ぬしの負けじゃ、紺」




304 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:24:51.95 ID:QarN0Zl90
……………………

紺之介「ン……」

紺之介滲む視界を開けばそこは床布の上。障子からは橙色が漏れ出していた。
上体を起こし顔の片方へと手を添えれば意識を失う前の温かな感触がひっそりと蘇り始める。
やがて徐々に鮮明になっていくそれは己が敗北したのだという事実を彼の爪先をもって思い知らせた。

紺之介(っ……本当に敗れたのだな。俺は)


305 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:25:57.12 ID:QarN0Zl90
剣豪剣客の前に彼とて一人の男子である。
か弱き少女に屈したという事実は靄となりて彼の肺あたりを蠢いてはいたがそれでもそれは一人の侍の傷にしては小さきところであった。

というのも彼は……否も彼もまた、刃踏の確かな母性から来たる『寛大な慈愛』に呑まれたに過ぎなかったからである。

紺之介(故に『刃踏』か……くそ)

紺之介片目つぶりて頭上に手を置く。

あの敗北する瞬間、あの慈愛に顔を埋めた瞬間だけはきっちりと己が癒されてしまっていたことを認めなければならない。

紺之介は一人ため息を吐いた。

306 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:26:24.48 ID:QarN0Zl90
まるでその吐息が合鍵にでもなったかの様な間合いで縁側の障子が開く。

刃踏「あ! ……えっと、随分とぐっすり……でしたね」

紺之介「……お前か」

敷居越しに気まずそうに一礼して入室したのは先ほど彼を負かした少女だった。
刃踏は目を逸らしながら紺之介の横に正座すると握り拳二つを腿の上でさらに力強く詰め、口火を切った。

刃踏「あの、私……勝っちゃいましたけど……付いていきますよっ」
307 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:26:59.70 ID:QarN0Zl90
そんな彼女の真剣な物言いと先ほど受けた『慈愛の刀』を重ね、紺之介は何処をみているかも分からぬような澱んだ瞳で呟いた。

紺之介「別に、愛栗子を疑っていたわけではないが……本当だったんだな」

刃踏「は、い?」

紺之介「奴のことだ。まさか本当に当時の年齢で将軍の子種を孕んだとはな」

彼女の胸に斬られたせいかまだ半分夢見心地な顔の紺之介から出た無頓着な言いぐさに若干の頬を赤らめた刃踏であったが彼に悪意がなかったことを直ぐに理解するとまた元の面持ちに戻りてぽつぽつと募る想いを溢し始めた。
308 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:27:29.25 ID:QarN0Zl90
刃踏「……刀となったこの身ではや百の年月を生きてしまいましたがあの子のことは片時だって忘れたことがないんです。私も、将軍様も、あの子が大好きでしたから……本当に、将軍様がくれた宝物なんです」

俯き気味の彼女の顔は外で遊んでいるであろう童たちの声に釣られるかのようにして今度は外に向けられた。

刃踏「あの子たちと触れ合う度にこの想いは大きくなっていきました。『今頃どうしてるのかな』『元気なのかな』と……あの子に、あの子にどうしてももう一度会いたいって……」

刃踏「そしてついに、その機会が訪れたんです。あの子たちや先生を置いてここを暫く離れるというのは寂しくもありますが、私は絶対に同行させていただきます」

309 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:28:03.92 ID:QarN0Zl90
紺之介「……そうか」

大口を叩いた紺之介からすると流れに任せて彼女の同行をそのまま許可してしまうというのは中々にして締まらぬ展開であった。
が、彼女の固い意志を尊重するという形で今回は甘えもやむを得ぬかと珍しく軟弱になりかけたところであった……

そんなときである。外の童らの声が彼らの元に波のように押しかけ、障子を勢いよく開いた。

「こんのすけー! しょーぶしろー!」

「やーいフミねぇちゃんにまけたこんのすけ〜」

紺之介「……な、なんだこれは」
310 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:28:32.47 ID:QarN0Zl90
刃踏「みんな紺之介さんと遊びたがってるんですよ」

刃踏は突然の童らの襲来に特に動じることもなく、寧ろそれが分かっていたかのような微笑みで紺之介を見たが彼はそれから逃げるかのようにもう一度床に伏した。

紺之介「知らんっ……何故俺が餓鬼の相手などせないかんのだ」

縁側とは反対側を向いて横になった彼を刃踏は上から覗き込んで目を細めた。

刃踏「……あのぅ、一応私が……勝ったんですよね?」

紺之介(っ〜〜……そういうことか)
311 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:29:20.17 ID:QarN0Zl90
自分に拒否権がなかったことを悟ると紺之介は布団を蹴り上げて裸足のまま庭に出て童らの足元にあった枝棒を拾い上げた。

紺之介「……来い坊主供。全員でかかってこい」

「やったー!」

「よーしみんなこんのすけをかこめぇー!」

「フミねーちゃんみててー!」

紺之介「どこからでも来い」
312 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:30:21.22 ID:QarN0Zl90
愛栗子「……なんじゃ随分と面白そうなことをしておるのぅ。わらわも混ぜろ」

紺之介「ん?」

庭木が喋りだしたのかと紺之介が上を拝むと同時に愛栗子の手ぬぐいが紺之介を腕ごと巻き取った。

紺之介「なっ!? おいどういうことだ愛栗子! 幼刀は故意に所有者を傷つけることができないんじゃなかったのか!」

愛栗子「傷つけてはおらぬじゃろ? 殺意も持っておらぬでの。まあなんじゃ……わらわは今ちとむしの居どころが悪いのじゃ。おい小童ども! やってしまえ!」

紺之介「うわ……おいっ! 」
313 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:31:00.59 ID:QarN0Zl90

「やっちゃえ!」

「えい!」

紺之介の周りにはまるで米に群がる山鳩かの様に枝棒を持った小僧らが集まり、それぞれ好き放題に紺之介をつつき始めた。

紺之介「いたっ! おいお前ら! やめっ……」

刃踏「ふふっ……あまり強くしてはいけませよ〜」

慈愛の少女の微笑みに包まれながら、助寺の橙は静かに沈む。

結局童らの紺之介いじりは日が沈み茢楠の呼びかけがかかるまで続いたのであった。
314 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:31:40.41 ID:QarN0Zl90
……………………

翌日の朝、再び蝉の音と共に彼らは助寺を発つ。

茢楠「ではフミのこと、よろしくお願いしますね。紺之介さん」

紺之介「……ああ」

別れ際彼らは多くは語らなかったがそのときの不服げな紺之介の顔を刃踏は見逃さなかった。だがその理由は他の者にも分かりやすく単純明解で『幼刀刃踏-ばぶみ- の鞘がまだ茢楠の手元にあったから』とそれに尽きた。

そう、紺之介はまだ刃踏の足首を握るに至ってないのである。

315 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:32:28.04 ID:QarN0Zl90
多段に連なる石をそのときの表情のまま踏みしめるように歩く彼の背に刃踏は語りかける。

刃踏「……もしかして、まだ気にしてますか? 」

紺之介「何をだ」

刃踏「その……」

乱怒攻流「まさかまだ負けたこと引きずってんの〜?」

刃踏「あ……」

上手く口に出せずにいた彼女に乱怒攻流がぶっきら棒な助け舟を出した。

『多少雑でも構わない』

乱怒攻流なりの紺之介という男の扱い方の手本である。

316 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:32:59.17 ID:QarN0Zl90
紺之介「いや、フミ……確か昨日お前『暫くここを離れる』と言っていたろ。それはつまりここに戻ってくるつもりということだろう?」

刃踏「へ……? 駄目なんですか?」

紺之介「駄目に決まっているだろう。お前は俺の収蔵品になるんだぞ」

刃踏「え、え〜〜〜!!!」

317 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:33:26.42 ID:QarN0Zl90
困り果てその場に立ち止まる刃踏の手を引いて紺之介は続けた。

紺之介「だが、負かされたままの幼刀を支配しようとするほど俺も愚かじゃない。今はまだ握らされた刀だが、俺はいつか必ずお前もこの手に収めてみせる。故に俺は事が済んだときお前にもう一度挑む。そのときは必ずや俺が勝利してみせよう……またお前が勝った暁にはここに帰してやる。奴と共にな」

刃踏「は、はぃ……?」

首を傾げたままの刃踏に今度は愛栗子が助け舟を出した。

愛栗子「無理じゃ無理じゃ。諦めろ」

紺之介「ふん。言っていろ……剣豪の俺に握れぬ刀なぞないことを証明してやる」

318 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/07/10(水) 18:35:00.95 ID:QarN0Zl90
そこにいた誰もが紺之介の勝利を否定したが彼の未来へ向けられた眼差しだけはそのことを信じて疑わなかった。
何故なら彼の描いた先の理想ではもう再戦の未来は目と鼻の先だったからである。


一行は再び奴収集を夢見て茶居戸へと舞い戻る。


彼らの行く道は紺之介の理想か、それとも……




319 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/07/10(水) 18:35:37.13 ID:QarN0Zl90
続く
320 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage saga]:2019/07/10(水) 18:44:36.45 ID:Vj8eoTDkO
おつおつ
今日知ったけどとても面白かったです
魅力的なキャラクター、続きを読ませる文体
そしてそれら全てを台無しにしているひどいネーミングセンス(誉め言葉)
続きを楽しみにしています!
321 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/07/10(水) 19:04:30.36 ID:uGMNWgzrO
おつおつ。今回も面白かった
刃踏がいかにもバブみでどうしようもないなw
322 : ◆hs5MwVGbLE [saga]:2019/08/02(金) 18:44:26.98 ID:jJ6/ECAP0




幼刀 俎板 -まないた-



323 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 18:45:19.16 ID:jJ6/ECAP0
奴「んゅ! おかー」

真昼の太陽の下、その小さな幼子の手は少女の腕を引いた。

刃踏「ふふ……そうね。おててつなぎましょーね」

乱怒攻流「……まさか、こうも簡単にいくなんてね」

紺之介「本当にな」

彼らの目に映るは手を繋いだ母娘の姿なり。
その微笑ましくもある二人の姿は茶居戸にて企てた作戦の成功を意味していたが、それはあまりにも呆気ないものであった。
324 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 18:46:14.96 ID:jJ6/ECAP0
茶居戸の雑木林にて刃踏が一度二度奴を呼び上げるとその幼女は飼主を待っていた仔犬が如き勢いで木陰から飛び出したのだ。その後の二人は語るまでもなく今の景色とほぼ同等。

こうして愛栗子の作戦通り無事戦わずして奴を傘下へと引き入れた紺之介一行が次に向かうは事件の発端、幼刀 俎板-まないた-があったとされる村、木結芽-こむすめ-である。

いよいよ間近に迫る彼らにとっての最後の幼刀収集……幼刀 児子炉-ごすろり-の収集へ向け、新たな策を企てるためできるだけ本刀が振るわれた地にて情報を集めるというのが今回の目的の主旨であった。

これを提案したのもまた愛栗子である。

だが
325 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 18:47:05.86 ID:jJ6/ECAP0
奴「こーん! たかいたかい!」

紺之介「は……? なぜ俺のとこにくる」

刃踏「きっと歩くの疲れちゃったんですよ。それで、紺之介さんが一番背高いので……」

紺之介「俺は知らん。疲れたのなら納刀してやる」

奴「う゛ー!」

紺之介「……少しの間だけだからな」

乱怒攻流「あんたそういうところ何だかんだで甘いわよね」

刃踏「ふふ、ありがとうございます」

愛栗子「〜……」

提案した当の本人の機嫌は、いささか雲がかって見られた。





326 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 18:47:36.68 ID:jJ6/ECAP0
木結芽。
茶居戸の雑木林を抜け更に約三里先歩いた場所にその里は存在している。

一行は到着のち宿にて常駐。
一泊挟みて俎板の元所有者を当たる所であったがそれにはしばし問題点があった。
327 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 18:48:23.69 ID:jJ6/ECAP0
紺之介「俎板は既に破壊されている幼刀だからな……本人を見つければいいという訳ではないのが問題だな。あまり大きな里ではない故幼刀幼刀と聞いて回るのもできるだけ避けたいところだ」

乱怒攻流「まあお偉いさんがちょっと聞いて回っただけならまだしも一度その源氏ってのが暴れてるんでしょ? 幼刀絡みの話は警戒されるかもね」

愛栗子「なんじゃ背嚢にしてはよく理解しておるではないか」

乱怒攻流「は?」

紺之介「おいお前ら……」

眠たげな愛栗子が扇子を内にあおぎながら同時に乱怒攻流をも煽る。
二人以外からすればその光景はもはや日常の一部にもなりつつあったが、長らく二人のやり取りを見ていた紺之介の目には近頃愛栗子の煽り方が雑になっているようにも見えた。

紺之介(まるで別でためた鬱憤を八つ当たりに晴らしているような……)
328 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 18:49:05.98 ID:jJ6/ECAP0
愛栗子を睨み今にも掴みかかろうとする乱怒攻流を制止させるかのように奴を撫ぜていた刃踏が口で割って入る。

刃踏「あ、あの……では炉ちゃんの姿を聞いて回るのはどうですか? 幼刀という言葉や名前を出すのではなく『黒服の少女』として探してまわる……というのは」

乱怒攻流「なるほどね」

紺之介「妙案だな。それならば源氏たちの仲間とも思われずらく自ずと児子炉の目撃者……いずれ俎板の所有者に近づけるやもしれんな。まったく中々頭のきれるやつだ」

刃踏「ふふ、またぺとちゃんの相手……してあげてくださいね」

紺之介「っ……」
329 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 18:49:49.55 ID:jJ6/ECAP0
刃踏に関心を寄せる紺之介ら傍ら愛栗子は片付いた話を手早くたたみにかかるとそのまま横になり顔を背けた。

愛栗子「……もうよいか? ならはよう消灯してしまえ。わらわは疲れたのじゃ」

紺之介「そう急かすな。所有者に聞くべきことを今一度整理する必要が」

「お客様」

不意に宿屋の女将の声が彼らの会話を絶った。襖が二度叩かれた後紺之介の了承を得てその女将敷居滑らせる。
330 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 18:50:41.46 ID:jJ6/ECAP0
「入り口の方でお客様に会いたいと仰る方が……」

紺之介「なんだと? ここまで連れてこい」

「かしこまりました」
331 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 18:51:07.43 ID:jJ6/ECAP0
彼女が廊下へと去って行く中、愛栗子は不思議そうにぼやきをこぼした。

愛栗子「誰だか知らぬが非常識な奴もおったものじゃ。今をどこの刻だと思っておるのじゃ」

乱怒攻流「も、もしかして源氏だったりして」

紺之介(今存在する幼刀は奴の児子炉と導路港に置いてきた透水を除けば残りは全てここにある……児子炉の幼刀探知で追われていたら確かにその可能性もなくはない)
332 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 18:52:01.00 ID:jJ6/ECAP0
乱怒攻流の不穏な予想を考慮し紺之介閉ざされた襖の方を向いたまま背後に立てかけた愛刀を掴む。だが愛栗子に並び刃踏もいたって冷静であった。

刃踏「しかし一度この村で暴れた方を簡単にお通しするでしょうか」

紺之介「それも、そうか」

乱怒攻流「被り物をしてる可能性だってあるじゃない!」

焦りと疑惑どよめく中再び襖は叩かれた。

紺之介「……開けてくれ」
333 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 18:52:40.94 ID:jJ6/ECAP0
蝋燭の灯された部屋に廊下から二人の人影が差していく。それが徐々に、徐々に大きくなっていく中で紺之介は手を鞘から柄に移し、乱怒攻流は背嚢を開けた。

そして遂に、襖は完全に開かれる。


「こちらの方です」

「わ、悪い。こんな時間に」

暗い廊下の中、灯にその顔を浮かべたのは一行が名も顔も知らぬ無精髭を生やした男だった。

334 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 18:53:29.29 ID:jJ6/ECAP0
紺之介「……? 誰だ」

「俺はこの村に住んでる次堂 須小丸 - じどう すこまる - ってもんだ。その……アレだ。鮮やかな鞘と妙な格好した少女をぞろぞろと連れてるもんだからまさかと思ってな。この言葉に心当たりがねぇってんならそのときはもう帰るさ。気にせず寝てくれ」

男はおもむろにそう告げると紺之介らの反応を伺った。
彼は遠慮混じりで本当に直ぐにでも退散するといった様子だったがそこまで言われて一行に心当たり……ないわけがなし。

紺之介は少しばかり目配せしそしてため息を漏らした。彼は己が異様に浸かりきってしまっていたことに気がついたのである。

紺之介(確かに冷静に考えてみればこのような旅の集団……違和感だらけだな)
335 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 18:54:31.45 ID:jJ6/ECAP0
紺之介「と、言うことは……須小丸と名乗ったか、あんたはもしや幼刀 俎板-まないた- の……」

須小丸「ああそうさ。やっぱりそこの女共は俎板の言っていた他の幼刀だったんだな」

須小丸と名乗った男は拳を握りこみ一度瞼を閉じると息を吸い込んでから目を見開き叫んだ。

須小丸「なああんた幼刀に詳しいんだろう!? 教えてくれ!! なんで俎板は殺されなきゃならなかったんだ!」

彼は後ろで女将が短く矯正をあげたことも愛栗子が蔑んだ目で耳を塞いだことにも気にせず一歩二歩敷居を跨ぎて紺之介の両肩を取った。
紺之介は冷静に立ち上がりて彼の手を払いのける。
336 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 18:55:22.56 ID:jJ6/ECAP0
紺之介「なるほどな。あんたが知りたいのはその話か……実は俺たちも俎板の元所有者に聞きたいことがいくつかあってな。丁度話したいと思っていたところだ」

紺之介「……だが」

紺之介が何かを気にするかのように刃踏と彼女が抱えた奴へと視線を流したとき、奴が寝ぞろをかきて嗚咽を漏らしたことからさすがの須小丸も場の空気に察しを得た。

須小丸「す、すまん」

刃踏「あ、ああ〜……気にしないでください。ねぇ〜? ぺとちゃんごめんね寝てたもんね〜……」
337 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 18:56:09.06 ID:jJ6/ECAP0
刃踏が奴をあやしこむ中、紺之介は須小丸に名乗りを入れて約を結んだ。

紺之介「俺は都の剣豪、紺之介と申す。というわけだ。明日の昼にでもまた訪ねてくれるか? さすれば須小丸、あんたの家にて俺が知っていることをできるだけ話そう」

須小丸「分かった。いきなり押しかけてすまなかった……ではまた昼の刻にて」

須小丸はそう言い残すと一礼のちに女将と共に引き上げて行った。
338 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 18:56:40.80 ID:jJ6/ECAP0
閉まる襖が合図のごとく奴を再び眠らせ、刃踏が紺之介に礼を申した。

刃踏「すみません紺之介さん……気を使わせてしまって」

紺之介「別に、餓鬼に騒がれた中では正確な情報は聞き取れんと思っただけだ」

乱怒攻流「素直じゃないのね〜」

紺之介「お前にだけは言われたくない」

乱怒攻流「な、なによっ!」

刃踏「ふふっ」
339 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 18:57:14.66 ID:jJ6/ECAP0
愛栗子「ぬしら煩いぞ。用が済んだならさっさと寝てしまえ! わらわはもう寝かせてもらうぞ」

乱怒攻流「あーこわ……まったく最近お人形さんの機嫌が悪くて困るわ。紺之介! あたしは納刀して。こんな狭い座敷じゃ眠れないわ」

紺之介「はぁ……納刀」

愛栗子の機嫌の悪さはけして乱怒攻流だけが感じ取っているものではなし。
紺之介としては彼女の捨て台詞に加担することはただでさえ理解し難き愛栗子の機嫌を更に悪くするようで控えておきたかったが部屋狭きは事実なので仕方なく彼女の要望を受け入れんとする。
340 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 18:57:54.67 ID:jJ6/ECAP0
紺之介「フミ、そこの餓鬼はどうする」

刃踏「私たちは大丈夫です。ぁ……えっと、本当はぺとちゃんと一緒にいたいだけ、なんですけど……あはは」

紺之介「分かった。それじゃあ寝るか」

紺之介が蝋燭の火を消した部屋には闇夜と月明かりだけが残った。

頑なに皆に背を向け横になる愛栗子の姿も殆ど他の目に晒されぬ身となったが刃踏だけには見えていた。

刃踏「……」


月さえ照らせぬ、彼女の横顔が。



341 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 18:58:42.63 ID:jJ6/ECAP0
翌、一行と須小丸は白昼にて落ち合う。

して須小丸の宅上がりこむ紺之介らの視界に真っ先に入ったのは妙に大事そうに飾られた薄刃包丁であった。

紺之介(なんだあれは)

薄刃包丁……菜切り包丁とも言われるそれはその名の通り一般的包丁である。
故にそのありかも台所であるはずのそれがあたかも伝家の宝刀のように修飾されているとなるとやはりその光景は異様を模したものなり。
342 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 18:59:10.16 ID:jJ6/ECAP0
紺之介「? まさかあれが魂の抜かれた……」

乱怒攻流「違うわ。あれはただの包丁」

紺之介「そうなのか?」

紺之介の言わんとしたことをいち早く否定した乱怒攻流の言葉を聞いて須小丸は彼らが何のこと言っているのか気がつき補足を入れた。

須小丸「ああ、確かに幼刀俎板-まないた-の刀身はこんな形をしていたがこれはただの菜切り包丁さ」
343 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 19:00:08.58 ID:jJ6/ECAP0
須小丸「魂が殺されたとき、一緒に砕けちまったよ。ただそれでも、ここに置いておくとまだあいつがそこにいるみたいでな……何となく飾っちまってるのさ」

紺之介「……そうか」

愛栗子「なるほどの」
344 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 19:02:05.01 ID:jJ6/ECAP0
>>343
すみませんミスです台詞一つ抜かしています
345 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 19:02:40.01 ID:jJ6/ECAP0
紺之介「となると破壊された俎板は……」

須小丸「魂が殺されたとき、一緒に砕けちまったよ。ただそれでも、ここに置いておくとまだあいつがそこにいるみたいでな……何となく飾っちまってるのさ」

紺之介「……そうか」

愛栗子「なるほどの」
346 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 19:03:24.00 ID:jJ6/ECAP0
よく晴れた室外とは裏腹に須小丸の遺憾に濡れた重苦しい室内。
一行がそれに当てられ切り出しずらくなっているのを感じとりて須小丸自らが口を開けた。

須小丸「そろそろ本題に入っていいか。なあ教えてくれ。なんで俎板は殺されたんだ? やっぱ幼刀が異端な存在だから消されなきゃならなかったのか!?」
347 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 19:03:51.52 ID:jJ6/ECAP0
須小丸「俺は……見ての通り金も地位も、妻子すら持てねぇ落ちこぼれの農民だが……あいつがうちに来てからは毎日がそれなりに幸せだったんだ。あいつが包丁をまな板に当てる音で目を覚まして、うめぇ味噌汁飲んで……それで、それで……」

須小丸堪らず男泣きを見せる。
普段は無頓着な紺之介も流石に心中重く察したのか彼の話にじっと耳を傾けた。
刃踏が崩れ落ちる彼の肩を抱き背をさすり、それについて行くように奴が彼の頭を撫でた。
348 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 19:04:44.76 ID:jJ6/ECAP0
紺之介「すまん。実のところ幼刀 児子炉 -ごすろり- については俺自身詳しくなくてな。あの幼刀は『どういうわけか他の幼刀を憎く思っている』ということしか知らない。ここに来た理由もあんたから児子炉が俎板を襲った際、どのようなことを口にしていたか詳しく聞こうと思ったからだ」

須小丸「児子炉……? もしかして俎板を殺した幼刀の名前か」

紺之介「ああ。だが児子炉の所有者である源氏がどのような理由で幼刀を探しているのかは知っている」

須小丸「それでいい! それを教えてくれ」

紺之介(これで一応交渉成立としておくか)

垂らした情報の種に須小丸が食いついたのを見て紺之介は源氏について話し始めた。
349 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 19:05:28.89 ID:jJ6/ECAP0
紺之介「源氏という男は……ひたすら強者を求める狂人たる剣客だ。故に人知を超えた力を秘めたる幼刀と戦うことでその欲望を満たそうとしている」

須小丸「そんな身勝手な理由で俎板を……! あいつは戦を望むようなやつじゃなかったのに」

紺之介の口から聞いた源氏の人格があまりにも悪鬼羅刹をなぞっており須小丸は深く落胆喪心した。
砕かれた俎板の刀身には何か意味があったのではないかと信じ悲壮感奮い立たせ今日まで生きてきた彼にとってそれは身を討ち滅ぼされるほどの衝撃だったのである。
350 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 19:06:25.99 ID:jJ6/ECAP0
再び額を畳に落とし涙でそこを湿らせる須小丸。
一方でもはや情報収集どころではなくなった紺之介は若干困惑気味ではあったものの、とりあえずの同情を重ね最後は刃踏に彼を一任した。

紺之介「フミ、須小丸を少し頼んでいいか」

刃踏「……はい」

紺之介「奴、しばらく外に出るぞ。俺が相手をしてやる」

奴「こんたかいたかい」

紺之介「仕方ないやつだな」

紺之介は奴を抱き上げると愛栗子乱怒攻流引き連れて刃踏を残し須小丸の家を出た。
351 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 19:07:45.85 ID:jJ6/ECAP0
紺之介(さてどうしたものか……)

二度目の茶居戸抜けて以降彼らは急ぎ足前へ前への旅路であった。というのも当然といえばそれで何しろここへ訪れたところで新たな幼刀を収集できるというわけではないからである。
欲しいのはあくまで有力な情報、児子炉の明確な強さ、詳細な幼刀破壊の動機等……それが集まればいざ最後の収集へ。

紺之介の脳内にあった予定だと次なる猶予の安息は全てを終えた帰路の旅路の中にあり。
352 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 19:08:56.87 ID:jJ6/ECAP0
しかしながら貴重な情報源の男があれでは手詰まりというもの。
余裕のなかった筈の彼らにはからずも時間が生まれた。

となれば紺之介彼の人求めるはただ一つ。

紺之介「……奴、刀を見て回るか」

奴「うー?」

乱怒攻流「あ、昨日からそこら見てきたけどこの里刀鍛冶なんていないわよ」

紺之介「……」

紺之介、落胆。
危うく肩車をしていた奴を落としそうになる。
353 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 19:09:43.74 ID:jJ6/ECAP0
奴「う゛ー!」

紺之介「お、っと。はぁこれだから山里は」

乱怒攻流「いやその都では流行みたいな言い方やめなさいよっ」

木結芽の里に対して一言毒を吐いた後に紺之介は愛栗子の方を見た。
不貞腐れた猫のように岩に座し何処か遠くを見ながら扇子を揺らす彼女を視界に留めるとまた乱怒攻流の方を向いて彼女に問いかけた。
354 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 19:10:31.50 ID:jJ6/ECAP0
紺之介「……何処か休めそうな場所はあったか」

乱怒攻流「あ〜……まあ、茶屋くらいなら?」

紺之介「何故刀鍛冶がいなくて茶屋がある! っ〜……まあいい、行くぞ」

乱怒攻流(あんたが時代遅れなのよ)

乱怒攻流が先導する形で歩き始めた紺之介は二歩ほど歩いてから後方に目線を流す。
彼の視線に気がついた愛栗子は扇子を閉じて臀部をはたくと目を閉じ静かに歩き始めた。
その様子を確認した紺之介は奴に急かされる形で再び前へ歩き出す。

奴「こん?」

紺之介「お前餅、食えるか?」

奴「おもち!」

紺之介「その様子なら大丈夫そうだな」

355 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 19:11:19.56 ID:jJ6/ECAP0
………………………

「くず餅です。ではごゆっくり」

乱怒攻流「黒蜜とかないわけ?」

紺之介「文句を言うな」

看板娘に出されたくず餅を紺之介は竹串でさらに小分けにするとそれを奴の口元に運んだ。

紺之介「よく噛めよ」

奴「あむぅ、うゅ……うま!」

紺之介「そりゃよかったな」

そうして彼は自らもひとかけら口にすると奥歯でそれを噛みしめながら頬づえをつき、須小丸の家へと目を向けた。
356 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 19:11:50.85 ID:jJ6/ECAP0

紺之介(フミは上手くやっているか? そのまま児子炉のことについても聞いてくれれば楽なんだが)

紺之介は刃踏に対して絶大な信頼を置いていた。理由は言わずもがなの唯一無二の完敗にあり。
彼はあの慈愛に呑まれ安らがぬ相手は獣くらいではないかとすら考えていた。

紺之介(まあ、問題ないだろう)

茶を含みてもう一口くず餅を放り込もうとしたときだった。
357 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 19:12:35.36 ID:jJ6/ECAP0
奴「う゛〜」

袖口が下に引かれたので顔合わせてみればそこにあったのは眉を下げしべそかきの奴。彼女の手は内股にあり。

紺之介「あぁ」

紺之介察して定員を招き席を外す。

紺之介「はあ、厠も一人で向かえんのか」


その様子を見届けた乱怒攻流が頃合いかと愛栗子の頬を竹串で軽くつついた。

愛栗子「っ、なんじゃ行儀の悪い!」
358 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 19:13:10.69 ID:jJ6/ECAP0
乱怒攻流「……何があったか知んないけどさ、いつまでぶすっとしてんのよ」

愛栗子「知らぬな」

愛栗子は乱怒攻流の竹串を持つ手を払いのけると扇子を開いてそっぽを向いた。開かれた扇子は彼女の頬をすら覆いて蓋のようにそこにあり。
乱怒攻流は諦めた様子で串先を彼女の頬から紺之介が残したくず餅へと変えた。

乱怒攻流「あいつがちょっと刃踏贔屓にしてるのは分かってるけどさ、あれは多分負け意地でしょ」

愛栗子「……なんじゃ、分かっておるではないか」
359 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 19:14:07.54 ID:jJ6/ECAP0

乱怒攻流「そこまで露骨に拗ねられると流石に分かるわよ。なんであんたがあんな刀馬鹿のこと気に入ってるのかは未だによくわかんないんだけどだけどさ〜?」

愛栗子そっと扇子を下に傾ける。

紙一枚先にあった乱怒攻流の横顔はくず餅を貪る他愛ないものであったがそこに何となく彼女の美を感じた愛栗子は己なりの賞賛を送ることとした。
360 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 19:14:44.21 ID:jJ6/ECAP0
愛栗子「まあ、ぬしにも大人の恋路というやつが分かってきたようじゃし少しくらい聞かせてやるとするかの」

乱怒攻流「なによそれ。まあいいわ……で、何」

「聞かせる」と言ったもののまだ若干の勿体ぶりをにおわせる愛栗子。
しかしどっちでも良さそうな顔つきでくず餅を食み続ける乱怒攻流につまらなさを募らせるととうとう口を割り始めた。
361 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 19:15:29.27 ID:jJ6/ECAP0
愛栗子「無論、あやつの強さや芯の太さに惹かれておるところはある。しかしの……」

愛栗子「『運命の糸』と言われたらぬしは信じるかの? 瞳にその者の姿をとめた瞬間から、己はそれを愛するさだめと想うことじゃ」

乱怒攻流「何よそれ、結局一目惚れってこと?」

愛栗子「全くもって違う」

半目でから皿をつつく乱怒攻流に対して愛栗子力強くそれを否定する。
362 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 19:16:20.55 ID:jJ6/ECAP0

愛栗子「この衝撃は、あのおのこを見たとき以来じゃった。今やどうなったかも分からぬ……あの愛しきれなかったおのこと同じ。『これを愛す故に我魂此処に在り』と」

その愛栗子の真剣な呟きを耳に入れ乱怒攻流やっと目を見開かせる。

乱怒攻流「! ねぇ、それってもしかして……あいつってさ……」

彼女が愛栗子の方を向いたときだった。
363 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 19:17:11.68 ID:jJ6/ECAP0
紺之介「世話になった。代はここに置いておく」

紺之介が奴の手を引いて暖簾に腕押しながら二人に呼びかけた。

紺之介「お前ら、食ったなら行くぞ」

奴「ありしゅ! らん!」

その様子を見た愛栗子は諦めるようにして話を打ち切ると机に手をついて席を立った。

乱怒攻流「ねぇちょっと……」

愛栗子「続きはまたの機会に、の?」

乱怒攻流「……はぁ、わかったわよ」

364 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 19:17:47.95 ID:jJ6/ECAP0


……………………


茶屋を出た紺之介たちが須小丸宅へ蜻蛉返りしてみれば丁度玄関を出る刃踏の姿があった。

刃踏「あ」

奴「おか!」

刃踏「ふふ、何してたんですか?」

奴「あのね! おもち! たべた!」

刃踏「ふふふ、よかったですね〜」

365 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 19:18:43.51 ID:jJ6/ECAP0
奴の駆け出した後から他三人も刃踏と落ち合う。

紺之介「須小丸は」

刃踏「はい。須小丸さんならもう落ち着いてますよ」

紺之介「児子炉について何か言っていたか」

刃踏「……いえ〜それについては何とも」

紺之介「あの中年め、こちらに喋らせるだけ喋らせておいてっ……」

苦い顔のまま舌打ち混じえて戸に手をかける紺之介を刃踏が止めた。

刃踏「ま、待ってください。須小丸さんも、その……今日まで色々と辛い思いをしてきたんだと思います。俎ちゃんがここにいるわけでもありませんし、もういいじゃないですか……とにかく今はやめてあげてくれませんか?」

366 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 19:22:26.17 ID:jJ6/ECAP0
刃踏が腕持つ彼は頭を抱えていた。それもそのはずでここにて情報収集を諦めることは即ち『無駄足』以外の何物でもないからである。

児子炉による源氏の魔の手はすぐそこにある。しかし衝突を避け続けるのもまた透水の命に関わる。
此処に止まれるは今夜一杯と考えている紺之介にとってこの決断は差し出された苦渋を嬉々と呑むに等しいものであった。

紺之介「……仕方あるまい。宿に引くぞ。夜にもう一度出向くという手もなくはないが……次は万全の対面を迎えるというのが奴との条約だ。俺は寝る」

紺之介、無駄足を受け入れる。
彼が宿へと足を運ぶ後ろ姿で刃踏は一人胸を撫で下ろした。

が、彼のこの決断を受け入れきれぬ者が一人いた。そう、ここへ向かうよう彼らを動かした愛栗子である。
367 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 19:23:35.95 ID:jJ6/ECAP0

彼女が刃踏を睨むような目つきで見つめるとその視線に気がついた刃踏が愛栗子に近づき耳元で囁いた。

刃踏「今夜、お話しませんか。みんなが寝た後宿裏で待っています」

奴「おかー!」

刃踏「はいはい。お宿に帰りましょうね」

刃踏は奴の手を引きながら念を押すようにもう一度愛栗子に告げた。

刃踏「ちゃんと来てくださいね?」

愛栗子「っ〜……まったく、何を考えておるのやら」



368 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/08/02(金) 19:24:04.93 ID:jJ6/ECAP0
続く
369 : ◆hs5MwVGbLE [saga]:2019/10/01(火) 17:05:38.49 ID:htj7Q5Kz0
ただ一人宿屋の壁に背もたれた愛栗子はじっと夜空に浮かぶ月を眺めていた。

灯りなしの空下は夜目慣れなければただ闇だけが広がり続ける場所。それが幾らかの星々を目立たせ、月にいたってはまるで千両役者のようである。
千両役者となれば愛栗子であろうと誰であろうと目を引かれるのは当然のこと……そこに別物の光割り込むことなき限りは。

こがね色の千両役者から愛栗子の目を逸らさせたのは足音でも人影でもなくまずは大きな橙の灯りだった。

370 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:06:38.99 ID:htj7Q5Kz0
刃踏「お月様、綺麗ですか?」

愛栗子「まあの。じゃが月周りが少し雲がかって見えておる。明日は一雨くるかもしれぬの」

愛栗子は横顔に差し出された提灯の灯りに少し目を細めながらぼやを入れた。
371 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/10/01(火) 17:07:16.80 ID:htj7Q5Kz0
愛栗子「そちらから誘ったにしては随分と遅かったではないか。まったく、わらわの柔肌が羽虫にでもかまれたらどうしてくれるのじゃ」

刃踏「す、すみません。なかなかぺとちゃんを寝かしつけることができなくて……」

愛栗子ため息一つこぼし仕切り直す。

愛栗子「で? 話たいこととはなんじゃ? 先ほど話した通りじゃ、手短に頼むぞ」

刃踏「はい」

刃踏も改めて愛栗子に歩み寄りて隣に立つと彼女と同じ向きになりて本題に突入した。
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