【シャニマス】あさひんご【モバマス】

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12 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/04/30(火) 23:45:31.18 ID:Wi3IMa0P0
   *

――オーディション会場


あさひ「……なんかいつもと雰囲気違うっすねー」キョロキョロ

P「そりゃあ、本当ならまだまだ出られるようなもんじゃないからな」

あさひ「あ、すごいっす! 周りみんな有名なアイドルばかりっす!」

P「今日だけは失礼のないようにしてくれよ。最悪、事務所が潰れてしまう」

あさひ「はいっす! 任せてくださいっす!」

P(不安だ……けど、浮かれてテンションがいつもの調子に戻ってる)

P「こないだ負けてこいとは言ったものの、奇跡でも起きて2位に入ってくれると、事務所的にはありがたい」

あさひ「? 2位でいいんすか?」

P「要項ぐらい読もうな。このオーディションは2位まで合格だ」

あさひ「じゃなくって、最初から2位狙いなんて、プロデューサーさんらしくないっすね」

P「うーん、今回のこれは、エントリーのキャンセルが多かったから、あさひが参加できてるんだよ」

あさひ「それは聞いたっすけど……」

P「キャンセルが相次いだのは、今回は出ても損だって判断したところが多かったってこと。本来なら2枠あったところが1枠になるから、それなら次の回なり、次の次の回なりで挑戦したほうがいいってことだな」

あさひ「??」

P「――いた。あさひ、ちゃんとあいさつしろよ」

あさひ「んー?」


杏「zzzzz」スヤスヤ


P「346プロダクション、双葉杏だ」
13 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/04/30(火) 23:46:22.78 ID:Wi3IMa0P0
 〜〜〜〜〜

――ある日の283プロ


あさひ「灯織ちゃん、スマホでなに見てるんすか?」

灯織「あ……他のアイドルのライブ映像を、少し」

あさひ「へー、わたしも見ていいっすかね?」

灯織「うん、いいよ」


『ワレワレノー! セイギノタメニー!!』


あさひ「おお、これは――」

灯織「…………」

あさひ「個性的なアイドルっすね!」

灯織「!! そうよね! そうなの!! そうでしょう!!!」

あさひ「食いつきがすごいっす」

 〜〜〜〜〜
14 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/04/30(火) 23:47:41.39 ID:Wi3IMa0P0
あさひ「あああああーッ!!!!!」

杏「うわあ!? なに!? なにごと!?」ビクッ

P(バカ野郎……)

あさひ「杏ちゃんっす! すごい! めっちゃ小さいっす! ポケットに入りそうっす!」

杏「入らないよ! 人をなんだと思ってんだよ!!」

あさひ「いや、強めに押し込めばイケるような気がするっす」

杏「なにこの子こわい――ていうか、誰だ」

あさひ「あ、わたし283プロの芹沢あさひっす」

杏「うん? 芹沢……あさひ? どっかで聞いたような」

あさひ「? あんまり有名じゃないと思うっすけど」

杏「……あー、あかりちゃんのオーディションで、結果にケチつけたって子かな」

あさひ「!」

杏「ふうん……これが噂のあさひちゃんか」

P「その節は、たいへん失礼を」

杏「今度は誰」

P「283プロの、芹沢あさひのプロデューサーです」

杏「あ、そう……でも杏に謝られても困るよ。杏関係ないし」
15 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/04/30(火) 23:48:34.16 ID:Wi3IMa0P0
あさひ「……噂に、なってるんすか?」

杏「少しね。あかりちゃん、こないだ泣きながら帰ってきて、悔しいんご悔しいんご繰り返してて、ああオーディション駄目だったんだろうなって思ったら受かったって言うし、いったいなにがあったんだよって聞き出して」

あさひ「泣いてたんすか? 勝ったのに?」

杏「うん、杏はバカバカしいって思うけどね。オーディションなんて、審査員の判定が絶対でしょ。他の出場者がどう思おうが、知ったこっちゃない」

あさひ「む……」


『審査を開始します。名前を呼ばれた方は――』


P「オーディション、始まるみたいだ」

あさひ「わたし何番目すか?」

P「7番」

杏「へえ、杏の次だね」

あさひ「ホントすか? ついてるっす!」

P「ふつうそれは、ついてないって言うんだけどな」

杏「あーあ、ギリギリまで寝てるつもりだったのに……」

P「じゃあ俺は観覧席で見てるから、またあとで」

あさひ「そんなんあるんすか?」

杏「でっかいオーディションだとね、あるとこもあるよ」
16 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/04/30(火) 23:49:20.51 ID:Wi3IMa0P0
   *

『――エントリーナンバー6番、双葉杏さん』


杏「はあ、出番か……」

あさひ「杏ちゃん、がんばってっす!」

杏「杏、そっちからしたら敵の立場だよ。応援してどうすんの」

あさひ「でも、せっかくこんな近くで見れるんすから、いいパフォーマンスを見せてほしいっすよ」

杏「そういうもんかな」


スタッフ「始めまーす」

杏「はいはーい」


あさひ「うーん、わくわくっす〜」


スタッフ「さーん……にーい……いーち――」
17 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/04/30(火) 23:49:57.56 ID:Wi3IMa0P0
 一瞬で理解した。

 わたしはこの人に勝てない。
18 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/04/30(火) 23:51:18.28 ID:Wi3IMa0P0
   *

――観覧席


『双葉杏さん、ありがとうございました』

 パチパチパチパチ


P(……そりゃあ、避けようともするよな)


『エントリーナンバー7番、芹沢あさひさん』


P(さて、あさひは……)


『……エントリーナンバー7番、芹沢あさひさん』


P「…………」


『……芹沢あさひさん、いらっしゃいませんか?』


P(……あさひが……出てこない)

杏「あ、いた! ちょっと! 283のプロデューサー!」

P「双葉さん? どうも、お疲れさまです」

杏「そういうのいいから、来て! 早く!」
19 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/04/30(火) 23:51:54.83 ID:Wi3IMa0P0
   *

P「あさひ」

あさひ「…………」

P「あさひ、生きてるか? あさひ」ペチペチ

あさひ「…………」

杏「杏の出番終わって引っ込んだらこんななってて、声かけてもぜんぜん返事しないの。ちょっとつねってみたけど、それでも反応なし。救急車呼ぶ?」

P「いえ、あさひはよくこうなるので、特に問題はないです」

杏「そうなの? 平気ならいいんだけど……」


『エントリーナンバー8番――』


杏「……あさひちゃん、失格かな」

P「そうですね。では我々は退散します」

杏「もう行くんだ? お疲れさま」

P「帰るぞあさひ」ヒョイ

杏「ファイヤーマンズキャリーで」
20 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/04/30(火) 23:56:03.08 ID:Wi3IMa0P0
https://i.imgur.com/GJhaoZt.png
ファイヤーマンズキャリー


再現CGメーカー
Google Play:
https://t.co/MWLfi90nTF
App Store:
https://t.co/JLcyPEbtUA
21 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/04/30(火) 23:56:59.59 ID:Wi3IMa0P0
   *

――事務所


あさひ「……あ」

P「やっと戻ってきたか、深かったな今回は」

あさひ「プロデューサーさん? あれ、オーディションは……」

P「失格になったよ」

あさひ「……すみませんっす」

P「そこはどうでもいい。それよりも、見たか?」

あさひ「…………」

P「…………」

あさひ「……見たっす」

P「ならいい」

あさひ「でも、よくわかんなかったっす」

P「双葉杏の振り付けは、ダンスの達人が見てもなにをどうしているのかわからない謎の技術らしい。わからなくても仕方ない」

あさひ「じゃあ、プロデューサーさんは、なにがしたかったんすか?」
22 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/04/30(火) 23:57:30.06 ID:Wi3IMa0P0
P「こないだの、辻野あかりと当たったオーディション」

あさひ「ん……」

P「技術的には、トップはあさひだったよ。辻野さんも346で鍛えられてるだけあって悪くなかった。それでも、あさひの次だった」

あさひ「……それで?」

P「お前と辻野さんじゃタイプが違うから、審査員の好みだったのかもしれない。番組的に向こうのほうが都合がよかったのかもしれない。お前が少し言っていた、がんばってる感とかも影響していたかもしれない」

あさひ「それで?」

P「だけど、もし双葉さんが出てたら、合格したのは双葉さんだろ」

あさひ「そんなの、当たり前じゃないすか」

P「なんで当たり前だ?」

あさひ「それは……あれ? なんでっすかね?」

P「双葉さんのほうが上手いから」

あさひ「? いや、でも」

P「僅差で勝っていた程度だから覆される。他がまるで相手にならないくらい、遥かに技量が上だったら、そうはならない」

あさひ「…………」

P「好みだとか都合だとか、アイドルの想いだとか、そんなものが入る余地がないくらいに圧倒的に圧倒できれば、必ず勝てる」

あさひ「……わたしに、それをやれと?」

P「できないとは思わない。お前はちょっとふつうじゃないくらい筋がいい。もしこれが数か月後だったら、歌姫楽宴でも勝負になっていたはずだ」

あさひ「……そうっすかね」

P「俺はそう思ってる。今すぐじゃない。だけどいつかは、あさひがいちばん強くなるって」

あさひ「…………」

P「誰よりも。双葉杏よりもだ」
23 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/04/30(火) 23:58:13.37 ID:Wi3IMa0P0
   *

――数日後


P(あさひが、調子を取り戻した)


あさひ「なんすかそのゲーム! 面白そっすね!」

愛依「これ? 今ちょー流行ってるアプリ。あさひちゃんもやってみ〜」


P(ユニットメンバーとも、うまくやってるようだな)


あさひ「とぉーう!」ゲシッ

冬優子「痛っだぁ!? なにしやがんのよコラァ!!」



あさひ「怒られたっす!」

P「なんで怒られないと思ったんだ? そうだ、ひとつ知らせがある」

あさひ「なんすか?」

P「今期のW.I.N.G.の審査結果が出た。おめでとう、無事に通過だ」

あさひ「ああ、そうなんすね」

P「ん? あまり嬉しくないか?」

あさひ「W.I.N.G.って、新人アイドルの祭典ってやつっすよね」

P「そうだけど」

あさひ「新人限定なら、有名なアイドルとかは出ないすね」

P「まあ、それはそうだけど、あさひも知ってるアイドルならいるぞ」

あさひ「ん? 誰っすか?」

P「辻野あかり。彼女も通過してる」
24 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/04/30(火) 23:59:16.97 ID:Wi3IMa0P0
 *****

 やっぱり東京はめっこい子が多いね。あそこにいる子なんて、まるで外国のお人形さんみたいだ。
 外国人かな、それともハーフだったりするのかな? 林檎、食べてくれるかな?

 そもそも言葉は通じるのかな。……ううん、もし通じなかったら、隣のお連れさんらしい男の人が通訳してくれるよね。

 あ、あのっ!

「ん?」

「わたしたちっすかね?」

 あ、日本語だ。

 はい。えっと……よかったら、おひとつどうぞ。

「おいしそうっすね! ひと切れいただくっす!」

 お人形みたいな子は芹沢あさひちゃんというらしい。あさひ、私の故郷の町とおんなじ名前だ。
 あさひちゃんは外見のイメージからは意外なくらい、よく喋るし、よく笑う。
 この子が、私と同じオーディションに出るんだ。これは強敵んご……

 少しお話をして、あさひちゃんたちと別れる。
 っと、私もオーディションの支度せんといげねな。もうひとつぐらい配ってから――

 あの、よかったらおひとつ。

「……? 結構です」

 ……まあ、そうだよね。
 あさひちゃんはよく、ためらいもなく食べてくれたなあ。

 私の出番は比較的早いほうで、終わってからは他の参加者の見学をしていた。やがて、あさひちゃんの番が回ってきた。

 すごい、と思った。
 歌もダンスも、一分の隙もない。今日の参加者の中ではいちばんだろう。
 きっと合格は彼女に違いない。残念だけど、あれに負けたのなら本望というものだ。
 それに、林檎、おいしいって言ってくれたし。
25 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/04/30(火) 23:59:55.97 ID:Wi3IMa0P0
「うふふっ、どの子も可愛かったけど……今回の合格者は――」

『辻野あかりさんです!』


 ――なしてや?

 びっくりして、頭の中が真っ白になった。

 え、私? ほ……ほんて?

 周囲の視線が集まり、パチパチと祝福の拍手が鳴り始める。
 間違いじゃないんだ、と思って、胸がじんわりと温かくなり、喜びの気持ちが湧き上がってくる。

 や、やったんご……! 勝ったんご……!

「これって、出来レースってやつっすかね?」

 全身が凍り付いたような気がした。

 あまりの衝撃に、しばらく呼吸をすることもできなかった。
 周りの人たちが、ざわざわと困惑の声を上げる。
 男の人が慌ててあさひちゃんの手をつかみ、外に引っ張っていく。

 隣の人にぽんと肩を叩かれて、審査員さんから呼ばれていたことに気付いた。
 よろよろと前に出て、審査員さんたちから声をかけられて、私も言葉を返した。
 だけど、なんて言われたのかも、自分がどう答えたのかも、なにも覚えていない。
26 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/05/01(水) 00:00:32.96 ID:3V1PGSXQ0
 事務所に戻ると、前川みくさんが顔をしかめて、つかつかと私の前にやってきた。

「あかりチャン、オーディションなんて、通ったり通らなかったりで当たり前だよ。いちいち落ち込んでちゃキリがないにゃ」

 なに言ってるんですか。私、合格したんですよ。

「ん? 合格……したの?」

 はい! あは、もしかして私、やればできる子だったのかも?

 みくさんはいぶかしげに眉を寄せて黙っている。

「だったら」

 ソファの背もたれ越しに、杏さんがひょいと顔を出す。

「あかりちゃんはどうして、泣いてるのさ?」
27 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/05/01(水) 00:01:01.39 ID:3V1PGSXQ0
 そんなこと言われたって、私だって泣きたくて泣いているわけじゃない。
 あんなのは言いがかりだってわかってる。
 芸能界ではそういうこともあるみたいだけど、346プロでは入念に下調べをして、そういったものはあらかじめ避けているらしい。だから、あれはそういう番組じゃない。それでも、

 私は、自分が負けたと思った。
 あさひちゃんのパフォーマンスを見て、あの子に負けるのなら仕方ないとすら思った。



『わたし、芹沢あさひっす。よろしくっす!』



『これ、今まで食べた林檎の中でいちばんおいしかったっす』



 あの子はきっと、悪意なんてものは少しもなくて、ただ思ったことを、思った通りに口にしただけなんだろう。
 だからこそ、よけいに、

 恥ずかしくって、悔しいよ。
28 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/05/01(水) 00:03:51.76 ID:3V1PGSXQ0
   *

――レッスン室


みく「あかりチャン、もうやめるにゃ。さっきから休憩もぜんぜん取ってないでしょ」

あかり「ま、まだ……だいじょうぶ、です……」ヨロヨロ

みく「ダメ、今日はそこまで。レッスンしすぎて調子崩したら、かえって遅れちゃうよ。今どきオーバーワークで倒れるなんて、アホのやることにゃ」

 〜〜〜〜〜

――どこか


美波「くちゅんっ!」

アナスタシア「美波、風邪ですか?」

 〜〜〜〜〜

あかり「でも……」

みく「それと、あかりチャン、最近ちゃんと食べてる?」

あかり「え? えっと、ふつうぐらいには……」

みく「たぶん足りてないにゃ。動いたらそのぶん食べなきゃ体ができないよ。帰ってお肉食べな、お肉!」

『ガチャ』

杏「そうそう、あと睡眠もだいじだよー」

あかり「あ、杏さん……」

みく「杏チャンおかえり。今日は歌姫のオーディションだっけ? おめでとにゃ」

杏「まだ通ったともなんとも言ってないよ」

みく「落ちたの?」

杏「通ったけどさ」

みく「それ、たしか例の芹沢あさひも出てたんだよね?」

あかり「!!」

杏「よく知ってるね。ちょっと話もしたよ」

みく「どんなだった?」

杏「なんか変な子。パフォーマンスは見れなかったよ、あさひちゃん失格したから」

あかり「……失格?」

みく「なんで?」

杏「まあ、色々あって――」
29 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/05/01(水) 00:04:35.03 ID:3V1PGSXQ0
(説明)
30 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/05/01(水) 00:05:04.99 ID:3V1PGSXQ0
みく「……えっ? 中学生の新人さん相手に、本気出して潰しに行ったの? 大人げなさすぎない?」

杏「そういうつもりはなかったんだよ……少しはあったけど」

あかり「……? どういう?」

みく「つまり杏チャンは、あかりチャンに『自分のほうが上手かった』ってイチャモンつけた技術自慢に、目の前で遥か格上の技術を見せつけて心をヘシ折るという鬼畜の所業をやってのけたにゃ。とても人間のやることとは思えないにゃ」

杏「よくもそこまで聞こえ悪く言えるよね。じゃあ、みくちゃんだったらどうした?」

みく「杏チャンと同じことをやったにゃ」

杏「でしょ」

あかり「……すみませんけど、それ、私のためだったら嬉しくないです」

杏「ん……」

あかり「だって……そういうのは、自分でやらないと」

杏「べつにあかりちゃんのためじゃないよ。なんていうのかな……アイドル界の洗礼?」

みく「イジメにゃ」

杏「いちいちうるさいな。まあとにかく、杏もしばらくレッスン見てあげるから、あかりちゃんは今日は帰って、いっぱいごはん食べて、7時間半以上寝ること。これもレッスンだと思ってね」

あかり「んご……」

みく「あれ? 珍しいね、杏チャンが自分からコーチ役なんか買って出るの。どういう風の吹き回し?」

杏「んー……オーディションの時にね、283プロのプロデューサーが、あの状況でやけに落ち着いてるように見えたんだよね。まるで、ぜんぶが予定通りみたいに」

みく「へえ?」

あかり「?」

杏「なんかいいように利用されたみたいでシャクだから、こっちに肩入れしてやる」
31 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/05/01(水) 00:05:36.69 ID:3V1PGSXQ0
 〜〜〜〜〜

あかり「あの、みくさん……? どうして、ジョッキにそんなに生卵を……?」

みく「なにごとも形から入るのがだいじにゃ。さあ、グッといくにゃ、グッと」

 〜〜〜〜〜

あかり「た、体重が……! やばいんご……やっぱり食べ過ぎたんご……!」

杏「少し筋肉付いたんだよ。見た目はむしろ締まってるぐらいだから、それでいいの」

 〜〜〜〜〜

みく「1秒間に10回の呼吸をするにゃ」

杏「10分間息を吸い続けて、10分間吐き続けて」

あかり「ふたりはそれできるんご!?」

 〜〜〜〜〜
32 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/05/01(水) 00:06:04.57 ID:3V1PGSXQ0
杏「そろそろ休憩かな」

みく「そうだね、あかりチャン、いったんストップ」

あかり「は、はいっ」ヘタッ

みく「これ飲むにゃ、マストレさん特製スポーツドリンク」

あかり「……まずいんご」ゴクゴク

杏「けっこーキツめにしてるつもりだけど、意外とがんばるよね」

みく「ね。たいしたもんにゃ」

杏「さて、そんなあかりちゃんに朗報、W.I.N.G.の準決勝進出が決まったってさ」

みく「おー、おめでとにゃ」

あかり「わあ……やったんご! 嬉しいんご!」

杏「ちなみに、283のあさひちゃんも通過してるよ」

あかり「!!」

杏「風の噂だと、最近すごいやる気出してるらしいよ。あかりちゃんにリベンジ決めるつもりかもね」

みく「組み合わせはもう出てるのにゃ?」

杏「うん、準決は別々みたい。当たるなら決勝だね」

みく「だってさ、あかりチャン」

あかり「……ぜったいに負けられないんご。今度こそ、誰にも文句をつけられない、完璧な勝利をおさめて」

みく「うんうん」

あかり「売れっ子アイドルになって、ボロ儲けしてやるんご……!!」

みく「えー……」

杏「こういうところがいいよね、あかりちゃん」
33 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/05/01(水) 00:06:33.05 ID:3V1PGSXQ0
 *****

『準決勝合格者の皆さま、おめでとうございます、次は決勝です。ぜひ、今までで最高の姿を見せてください』


あさひ「やった! これであの輝きに近づいた!」

P「決勝進出おめでとう。輝きってなんだ?」

あさひ「んー……なんか、すごくいいパフォーマンスを見ると、そのアイドルがキラキラと輝いて見えるんすよ」

P「へえ、双葉さんとか?」

あさひ「それはもう、ギンギンに光ってたっすね」

P(俺にはわからない感覚だが、あさひならそういうこともあるか)

P「近づいた、ってことは、あさひはまだ輝けてないのか」

あさひ「そうっすね。そうやって見えるのはやっぱり、アイドルの中でもトップクラスみたいな人たちだけっすから、わたしなんてまだまだっす」

P「ふうん、トップアイドルのオーラみたいなものなのかな」

あさひ「わかんないっす。でも、わたしもいつかはぜったいに輝いてみせるっすよ!」
34 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/05/01(水) 00:07:15.28 ID:3V1PGSXQ0
   *

――事務所


愛依「冬優子ちゃんお疲れ〜、レッスン、ちょーしんどかったね〜」

冬優子「うん、疲れたね〜。振り付けもちょっと難しいところがあったもんね」

P「お疲れさま……あさひは?」

愛依「残って自主練するって。レッスンの後にまだレッスンするとかマジヤバすぎ〜。止めたほうがいいんじゃない?」

P「そうだな、決勝も近いし、とりあえず様子見に――」

冬優子「あさひちゃんなら平気じゃないかなぁ。私なんかと違って、すごいもの」

愛依「いやいや、冬優子ちゃんもけっこー出来てた系じゃない? うちよりは全然さ〜」

冬優子「……ごめんなさい。ふゆ、ちょっとお手洗いに」



P「……冬優子、なんか機嫌悪い?」

愛依「あー、レッスンであさひちゃんばっかり褒められてたから、そのせいかも〜?」

P「なるほど、俺はあさひのほう見に行くから、こっち任せていいかな?」

愛依「いいよいいよ、任せちゃって〜」
35 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/05/01(水) 00:07:47.07 ID:3V1PGSXQ0
   *

――レッスン室


あさひ「…………」キュッキュッ

P(ダンスレッスンか……)

P「あさひ」

あさひ「よっ……ほっ……」キュッキュッ

P(当然、聞こえてないな)

あさひ「……じゃっ……ちぇりあっ!」キュッキュッ

P(なんだその掛け声は……)

あさひ「…………」キュッキュッ

P「…………」

あさひ「――あ、プロデューサーさん」

P「……綺麗なもんだな」

あさひ「え?」

P「ああ、やめないでいいよ。もっと見ていたいから」

あさひ「は、はいっす……」

愛依「……プロデューサー、なんか口説いているみたーい」

P「!? 愛依?」
36 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/05/01(水) 00:08:20.83 ID:3V1PGSXQ0
愛依「社会人の男が女子中学生口説くとか、ちょーヤバくない?」

P「別に口説いてない。それでどうした? なんか用事か?」

愛依「プロデューサーじゃなくて、あさひちゃんにね」

あさひ「わたしすか?」

愛依「うん、うちもレッスンいっしょさせてもらっていい?」

P「あさひと?」

愛依「ほら、ユニット仲間として、あんまり差つけられると困るじゃん? うちも少しは上達しないとってさ」

あさひ「もちろん構わないっすけど……いいんすか?」

愛依「ついていけないかもしれないけどねー、そこはイイカンジに加減してよ」

P「ところで冬優子は? 帰った?」

愛依「うん、レッスン誘ったけど、断られちゃった」

P「あいつはあさひに対抗意識燃やしてるところあるから、別のところで自主練でもしてるかな」

愛依「アハハ、ありそ〜!」

あさひ「…………」

P「あさひ? どうした?」

あさひ「むー……なんでもないっすー」
37 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/05/01(水) 00:08:48.37 ID:3V1PGSXQ0
   *

――W.I.N.G.決勝当日


愛依「てか、うちも応援行きたかったんだけど〜? ねー、冬優子ちゃん」

冬優子「…………」

P「自分のところ主催のイベントでもないのに、そんなゾロゾロ付き添えるわけないだろ」

愛依「ギョーカイ関係者用の席とか、あるんじゃないん?」

P「うちみたいな弱小事務所に、そんなものは回ってこない」

愛依「うわー……マジないわ〜」

P「そろそろ出るか。あさひ」

あさひ「はいっす、みんな、行ってくるっす」

冬優子「……待って」

P「うん?」

冬優子「あさひちゃん……ちょっと、こっち来てくれる?」

あさひ「ん、なんすか?」

冬優子「その……今日は、あなたが283プロの代表だからね……」

あさひ「そうっすね」

冬優子「…………」モジモジ

あさひ「…………?」

冬優子「……蹴散らしてきなさいよ」ボソッ

あさひ「!! はいっす!」

愛依「? 聞こえなかった〜。なんて言ったん〜?」

冬優子「がんばって、って言っただけだよ」

愛依「それ小声じゃなくてよくない?」


あさひ「〜♪」

P(嬉しそうだな……)

P「なあ、あさひ。……冬優子、本当はなんて言ったんだ?」

あさひ「秘密っすー♪」
38 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/05/01(水) 00:09:29.22 ID:3V1PGSXQ0
   *

――W.I.N.G.決勝会場


 ワイワイ、ガヤガヤ、ザワザワニョワ

あさひ「おー、人いっぱい入ってるっすねー」

P「決勝の舞台だからな。あさひも今日ぐらいはおとなしく――」

あさひ「あの機材なんすかね!」

P「聞いてくれない」

P(前評判では、あさひが優勝候補筆頭。次点が辻野さん)

P(あの子も着実に成長しているが、今のあさひには遠く及ばない)

あさひ「あ、これ順番表すかね?」

P「ん? ああ、そうみたいだ。あさひは――最後か」

P(辻野あかりは、直前)

あさひ「わたしの番が来るまで、徹底的に他の人を研究するっすよー!」

P「……まあ、いつも通りにやらせるのがいちばんか」
39 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/05/01(水) 00:10:00.38 ID:3V1PGSXQ0
   *

みく「あかりチャン、いよいよ決勝だね」

あかり「――はい」

みく「杏チャンは関係者席で観てるって」

あかり「はい……決して、恥ずかしい姿は見せません」

みく「…………」

あかり「…………」

みく「あかりチャン――アイドルとは、にゃんぞや?」

あかり「……己に克つこと」

みく「にゃらば、アイドルの本懐とは?」

あかり「ステージ上で死すること……!」

みく「うん……みくに教えられることはもうなにもないにゃ。免許皆伝の証に、このネコ耳を授けるにゃ」

あかり「いえ、それはいいです」
40 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/05/01(水) 00:10:31.44 ID:3V1PGSXQ0
   *

杏「うーん、席わかりづらい……このへんかな?」トコトコ

きらり「あ・ん・ず・ちゃあーん! こっちこっちぃ☆」

杏「きらり? なんでいるの?」

きらり「!!」ガーン

杏「いや、悪い意味じゃなくて、素朴な疑問として」

きらり「関係者席がひとつ空いてるって聞いて、きらり行きたいって言ったにぃ」

杏「ああ、みくちゃん付き添いで入ったから、抑えてた席が余ったんだね」

きらり「あ、杏ちゃん、ポップコーンとコーラあるよぉ☆」

杏「用意がいいね。ありがと」ムシャムシャ

きらり「杏ちゃん、ずっとあかりちゃんに教えてあげてて、偉かったにぃ☆」

杏「育成ゲームみたいで、ちょっと面白かったよ」

きらり「でもでもぉ、283プロのあさひちゃんも最近すごーい活躍してるにぃ……あかりちゃん、優勝できる?」

杏「杏が審査するんじゃないし、知らないよ」

きらり「む〜、予想でいいから聞きたいにぃ……」

杏「あんまり無責任なこと言いたくないんだけどな……10パーセントぐらいはあるでしょ」

きらり「少ないにぃ!!」

杏「そっかな」

きらり「……? 杏ちゃん、10パーセントって、なにが10パーセントぉ?」

杏「あかりちゃんが優勝できない可能性。そんぐらいかなって」
41 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/05/01(水) 00:11:17.67 ID:3V1PGSXQ0
   *

あさひ「うーん、決勝までくるだけあって、さすがにみんなやるっすねー」

P「そうだな」

P(とはいえ、あさひの敵じゃない)

あさひ「次は……あかりちゃんっすね! 出てきたっす!」


あかり「…………」チラッ


あさひ「あ、こっち見たっす!」フリフリ


あかり「…………」フリフリ


あさひ「手、振り返してくれたっす!」

P「見ればわかるよ」

P(……ずいぶん余裕あるな)


スタッフ「始めまーす」

あかり「――はい!」

スタッフ「さーん……にーい……いーち――」



あさひ「……光った」

P「なに?」
42 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/05/01(水) 00:12:22.71 ID:3V1PGSXQ0
 あかりちゃんがハンドマイクを手に取る。
 音楽が流れ、リズムに合わせてステップを踏む。
 マイクを口元まで持ち上げ、澄んだ声を響かせる。

 閃光が煌めいた。

 しかし眩しさに目がくらむことはなく、それが実在する光ではないと気付く。これはわたしだけに見えている輝きだと。

 反射的といっていい速度で、全神経を集中させた。そうしなければいけないと思った。
 視界からあかりちゃん以外のすべてが消える。
 流れる音楽とあかりちゃんの声以外の、すべての音を遮断する。
 隣に立つプロデューサーさんも、自分の存在すらも掻き消して、世界に彼女ひとりだけが残った。

 あかりちゃんが地を蹴る。身を翻す。声を響かせる
 ここしばらくの、あかりちゃんが出演したテレビ番組はすべて観ていた。歌って踊る姿も、何度となく目にした。
 だけど目の前で繰り広げられているこれは、それらとはぜんぜん違った。発声、動作、視線の移動さえも、ただごとではない技術の塊であるとわかる。

 脳裏に甦ったのは歌姫楽宴、杏ちゃんのステージだ。
 見るというよりも、目を奪われた。わたしは呼吸することも忘れて、ただその姿を追っていた。
 今のあかりちゃんのパフォーマンスからは、あのときの杏ちゃんに近しいものが感じられた。
43 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/05/01(水) 00:12:54.02 ID:3V1PGSXQ0
 ひとつだけ、あのときとは違うことがある。今度こそ、ちゃんと見える。

 髪の毛一本一本の動きが見える。
 呼吸と、声帯の振動が見える。
 衣装の内側、皮膚の更に内側の、筋肉の動きが見える。
 あかりちゃんの身体能力は、おそらく特別優れてはいない。その振り付けの中に、常人離れした力や速度はない。
 だけど、ほんのわずかな動作にも意味があり、すべての動きに必ずふたつ以上の意味が持たされている。それらを複雑なパズルのように組み合わせ、運動エネルギーを再利用しながらダンスが作られている。
 小指の先から立ち位置まで、コンマ1ミリの狂いもないと直感的に思った。吸い込む空気の量まで、正確に計測しているような気がした。

 奔流する情報の量に、脳が痺れそうになる。
 だけど、まだ足りない。もっと見続けなければならない。
 あの技術の秘密を、読み取れる限りの情報を読み取って、今すぐ、この場で飲み込まなければいけない。

 それは一瞬であるようにも思えたし、千年のようにも感じた。
 あかりちゃんがぴたりと静止し、ひと呼吸分の間を置いて、ゆっくりとお辞儀をする。
 集中していた意識を解き、感覚が戻ってくる。
 客席からは、爆発するような歓声が轟いていた。
44 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/05/01(水) 00:13:29.92 ID:3V1PGSXQ0
   *

杏「うん、レッスンの成果が出てる。いいステージだったね」パチパチ

きらり「…………」パチパチ

杏「どしたの、きらり」

きらり「あかりちゃん……あんなに、じょうずだったぁ?」

杏「ああ、直近のオーディションとかお仕事じゃ手抜きしてたんだよ。杏の指示で」

きらり「……手抜き?」

杏「油断してもらうに越したことはないからね。本人の他は、杏とみくちゃんしか知らないかな」

きらり「……むー」

杏「きらりは、どんなお仕事でもいっしょうけんめいにってタイプだから、そーゆーの好きじゃないだろうけど」

杏(欲を言えば、あかりちゃんは後のほうがよかった。けど、この順番は運が悪かったんじゃなく、事前評価を考慮して決められたフシがある。だとすれば、これはどうしようもない)

きらり「杏ちゃん……そんなに、あさひちゃんのこと気になゆ?」

杏「……なんで、そこであさひちゃんが出てくんの?」

きらり「うまく言えないけど……杏ちゃん、あさひちゃんをとっても意識してる感じがするにぃ。あかりちゃんのこともだし、歌姫のオーディションも……」

杏「らしくないって? そっか、そう見えるんだね」

きらり「あ、でもでもぉ! きらりもよくわかるにぃ! あさひちゃん、とってもきゃわうぃーし☆」

杏「嫌いだよ、あの子」
45 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/05/01(水) 00:13:56.42 ID:3V1PGSXQ0
きらり「え?」

杏「あの子、ふだんはヘラヘラしてるのに、たまにスイッチが切れたみたいに空虚な目をしてることがあるんだよね。この世のすべてがつまらなくて、退屈で仕方ないみたいな。あの目が気に食わない」

きらり「…………」

杏「気にしてるってのはね、合ってると思うよ。これは、同族嫌悪だ」

きらり「杏ちゃん!」ギュウッ

杏「――苦゛し゛い゛!!!」

きらり「杏ちゃん……アイドルやってて、つまらない?」

杏「……き、きらり……まず、力を緩めて……お、オチる」

きらり「あ、ごめんにぃ」

杏「はあ、ヴァルハラが見えた…………ええと、それで、なんだっけ?」

きらり「杏ちゃん、今つまらない?」

杏「ん……今は、別に退屈してないよ。するヒマもないし」

きらり「よかったぁ!!」ギュウッ

杏「苦゛し゛い゛!!!!!」

きらり「……ごめんにぃ」シュン

杏「なんなんだ、もう……」

きらり「そーだ! だったらぁ、あさひちゃんも346プロに入ってもらえばいいにぃ☆」

杏「いきなりとんでもないこと言い出すよね」

きらり「そしたらきっと、あさひちゃんも、ずーっとハピハピになるにぃ!」

杏「……まあ、実力的には申し分ないし、うちなら喜んで迎え入れるだろうけどさ」

きらり「でしょでしょ、めいあーん☆」

杏「あいつが手放すかな」

きらり「あいつ?」
46 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/05/01(水) 00:14:39.69 ID:3V1PGSXQ0
   *

 心臓の音が聞こえる。

 客席の興奮は冷めやらず、あかりちゃんが去っても、まだ雄叫びのような声を上げ続けている。
 隣のプロデューサーさんも、先ほどのステージの余韻に浸っているように、立ったままぼうっとしている。

「プロデューサーさん」

 呼びかけると、はっと我に返ったように身を震わせて、こちらに目を向けた。

「わたし……なんか、変っす……」

「お前はいつも変だと思うけど、どうした?」

「なんか、体がふわーっとして、空を飛んでるみたいで。でも、ぜんぜん不安じゃなくて、ドキドキしてて、でも落ち着いてて」

 伝えるということは難しい。どれだけの言葉を費やしても、この状態をわかってもらうことはできないだろう。

「……とにかくわたし、早くステージに立ちたいっす」
47 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/05/01(水) 00:15:12.79 ID:3V1PGSXQ0
 プロデューサーさんが大きくため息をつく。

「正直言って、大誤算だ。辻野あかりがこれほどとは予想していなかった」

「わたしもっす」

「あれのあとじゃ、どうしたって霞んでしまう。勝てる見込みは薄いと思ってる」

「わたしもっす」

「……なにか、つかんだのか」

 うなずきを返す。

「だったら、試してみるといい」

「レッスンとは、ぜんぜん違うものになるかもしれないっすよ」

「いいよ。せっかくの大舞台なんだ、なんの抵抗もしないんじゃもったいない」

「はいっす」

 プロデューサーさんが、くくっと小さく笑った。

「実は、まだあきらめてない」

「わたしもっす」
48 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/05/01(水) 00:16:27.22 ID:3V1PGSXQ0
 スタッフが出番だというような合図をし、わたしはステージに向けて足を進める。
 辺りはまだ、あかりちゃんの残していった喧噪に包まれている。遮断しようと思えばできた。だけど、あえてそのままにしておいた。
 ステージ中央、マイクスタンドに差さっていたマイクを手に取る。
 さっきまであかりちゃんが握っていたそれをくるんと回し、特に意味もなく軽く跳躍してみせる。
 ようやくわたしの姿に気付いたように、客席の声がすっと静まる。

 頭の中で声が響いた。

 ――蹴散らしてきなさいよ。

 声を出す。ステップを踏む。盗んだばかりの、新たに得たばかりの力を乗せて。
 当然、曲が違えば振り付けも違う。あかりちゃんのステージを、そっくりそのまま真似はできないし、すべてを理解できたわけでもない。
 ただ、あの技術の根底が理詰めであることはわかっていた。いっそ遠回りに思えてしまうほどの、異常に緻密な計算ずく。それはあらゆるものに応用が利くはずだった。
 直感のようにやりかたが閃く。解明したとはとてもいえない、本当に正しいかなんてわからない、それを即座に自分のダンスに取り入れた。

 もはや自分が今、どんなふうに踊っているのかもわからない。もしかしたら、見るにたえないひどいものになっているのかもしれない。
 それでも、自分を突き動かすこの衝動に従うべきだと信じた。
 次から次へと、際限なく湧き上がってくる閃きに身をゆだねた。

 ふと、かすかな違和感を覚えた。なにかが変だと思った。
 だけどその正体はつかめずに、心の中で首をかしげながらステージを続けた。
 やがて、気付いた。腕や脚、歌い踊りながら、ときおり視界に入る自分の体が、まるで金属の粉でもまぶしたみたいに、きらきらと煌めいて見えた。
49 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/05/01(水) 00:18:00.29 ID:3V1PGSXQ0
   *

『お待たせしました。審査が出揃いましたので、W.I.N.G.決勝の結果発表をさせていただきます』


 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ、


『W.I.N.G.優勝は――』


 パパラパー!!


『辻野あかりさんです!』

『優勝者の方、おめでとうございます。その他の方々は惜しくも敗退です。お疲れさまでした』


あさひ「…………」

P「…………」

あさひ「……届かなかったんだ」

P「……そうだな」

あさひ「プロデューサーさんは、この結果は、なんでだと思うすか?」

P「純粋な力負けだ」

あさひ「そっすよね」

P「…………」

あさひ「……前のときはね、悔しくなかったんすよ。負けたなんて、本当は思ってなかったから」

P「……そうか」

あさひ「だから……わたし、今、生まれて初めて、悔しいっす」
50 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/05/01(水) 00:18:28.48 ID:3V1PGSXQ0
『辻野あかりさん、喜びの声をどうぞ』

あかり『はい! えっと、その――山形りんごを、よろりんご!!!』


あさひ「あかりちゃんは、相変わらずっすね」クスッ

P「たいしたもんだよ、本当に」

あさひ「ああ……悔しいなあ……悔しい……」

P「あさひ、お前のステージも最高だったよ。今まででいちばんだった。だから――」

あさひ「…………」

P「……聞こえてないか」
51 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/05/01(水) 00:19:30.26 ID:3V1PGSXQ0
   *

 それから2日後、あさひが消えた。

 元々、結果にかかわらず決勝の翌日はオフで、事務所にやってくるのは、更に次の日という予定になっていた。
 しかし、伝えておいた時刻になっても、あさひは姿を見せなかった。
 携帯電話は繋がらない。仕事やオーディションが入っているわけではないし、休むのなら休むで構わない。しかし、連絡がつかないのは困る。
 勝手にレッスン室で自主練でも始めてしまったかと思い、向かってみたが、いない。
 物置き部屋をひっくり返して遊んでいるのかもしれないと思い、向かってみたが、やはりいない。
「外を探してきます」とはづきさんに言い残し、事務所を出た。

 念のため、同じビルの1階に入っているペットショップを覗いてみたが、もちろんあさひの姿はなくて、すでに顔なじみになっている店主に、「あさひを見かけたら連絡してほしい」と伝えた。
 唯一の心当たりといっていい、あさひをスカウトした場所に行ってみたが、ここもまた空振りに終わった。街頭モニターでは生放送中のテレビ番組に、辻野あかりが映っていた。

 あてもなく街中を探して回る。
 あさひが初めてライブをおこなった野外広場、W.I.N.G.決勝の会場、ショッピングモールやデパートの屋上、駅のゴミ箱の中まで探したが、あさひはいなかった。
 交番に寄って交通事故や急病人が出たという話はないことを確認して、いちど事務所に戻ろうと思った。そして、見つけた。
52 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/05/01(水) 00:20:10.13 ID:3V1PGSXQ0
 あさひは事務所からほど近くの公園で、ベンチに腰掛けて、のん気に林檎をかじっていた。

「あ、プロデューサーさん、お疲れさまっす」

 こちらに気付いたあさひが、平和の象徴みたいな顔で手を振ってくる。あきれて、怒る気も失せた。

「お前な、携帯はどうした?」

「置いてきたっす。この戦いにはついてこれそうにないと思って」

「なに言ってんだ」

 急激に疲労感に襲われ、ため息をつきながらあさひの隣に座り込む。

「……プロデューサーさん、なんか疲れてるっすか?」

「おかげさまでな」

「疲れてるときは甘いものがいいっすよ、はい」

 あさひが大企業のロゴみたいになった林檎を差し出してくる。
 食べかけを人によこすなと思ったが、さんざん走り回って凄まじく喉が乾いていたこともあり、黙って受け取って、あまり考えないようにしてひと口かじる。
 どこか覚えのある甘さが、口中に広がった。

「これ……サンふじか?」

「そっすよ」

 あさひが誇らしげにふふんと鼻を鳴らす。

「サンふじは、種類そのものは日本の林檎でいちばんメジャーな『ふじ』と同じなんすけど、ふじは成熟期に虫よけとかいい色を出すために専用の袋を被せるんす。サンふじはこの袋を使わずに裸のまま育てたもののことで、表皮が荒れたり、貯蔵性が低かったりするけど、太陽をいっぱい浴びて、ふじよりずっと甘味が強くなるらしいっす」
53 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/05/01(水) 00:21:01.59 ID:3V1PGSXQ0
「詳しいな、わざわざ調べたのか」

「受け売りっす」

「誰から?」

「あかりちゃんに決まってるじゃないすか。さっき346プロに行ってきて、これお土産にもらって――」

「346プロだと!?」

 思わず大声が出て、あさひがびくりと体を震わせた。

「はいっす……なにか、まずかったすか?」

「なにしに行った?」

「ええと、あかりちゃんすごい上達してたじゃないっすか。どうやってあんなに上手くなったのか、聞きたくて……」

「ああ……それは気になるな。なんだって?」

「杏ちゃんとみくちゃんから、付きっきりで指導受けてたらしいっすよ」

「みくちゃんって……みくにゃんか」

「みくにゃんっす」

「また豪勢なコーチだな」

 それを外部から依頼しようとしたら、いったいいくらかかるだろうと考えて、やめた。少なくとも、うちの事務所がおいそれと出せる額じゃないことは間違いない。
54 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/05/01(水) 00:21:36.58 ID:3V1PGSXQ0
「プロデューサーさん、さっき、なんで慌ててたんすか?」

「……引き抜きの話でも出たのかと思った」

「引き抜き……あー、誘われたっす。それもなんと、諸星きらりちゃんから」

「なんだと」

「あ、もちろん、断ったっすよ」

 ほっと息をついて、反射的に立ち上がりかけてた腰を下ろす。それから、ふと疑問に思った。

「なんで断った?」

「む、プロデューサーさんは、わたしが行っちゃってもいいんすか?」

「よくない。けど、あさひにとっては良い話じゃないか? あそこはレッスン環境なんかうちとは比べ物にならないし、本物の忍者とかサンタとかフレデリカもいる。興味はあるだろ」

「だって、346に移籍したら、あかりちゃんや杏ちゃんと戦えないじゃないすか」

 あさひが両手を持ち上げて、ぎゅっと握り締めた。

「次は負けないっす!」

 あまりに頼もしい答えに、つい笑ってしまいそうになる。

「お前らしいよ」

「……それだけじゃないっすけどねー」

 あさひがぴょんと飛び跳ねるように立ち上がる。

「他にも理由があるのか、なんだ?」

「んー……んー……」

 唸り声をあげるあさひが、あたりを行ったり来たりし、ふいに振り返って、にっこりと笑った。

「秘密っすー♪」
55 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/05/01(水) 00:22:36.74 ID:3V1PGSXQ0
   *

 今までのわたしは、色んな楽しいことを探していた。ずっとずっと、ひとりぼっちで。

 自分がなにか変だということはわかっていた。
 わかっていても、それはわたしにはどうすることもできないことだった。
 最初は面白がってくれる人もいたけど、みんな、すぐに離れていった。
 つまらないな、と思った。

 だけど、プロデューサーさんにスカウトされてから、世界が変わった。

 愛依ちゃんは、わたしがどんなこと言っても、気にしないで笑ってくれた。そしていつも、すごいすごいって褒めてくれた。

 冬優子ちゃんは、わたしのことが嫌いなんだと思っていた。
 でも、W.I.N.G.決勝の日、少し恥ずかしそうにしながら、わたしを励ましてくれた。
 嬉しかった。


 それに、真乃ちゃんや、灯織ちゃんや、めぐるちゃん。

 恋鐘ちゃん、摩美々ちゃん、咲耶ちゃん、結華ちゃん、霧子ちゃん。

 果穂ちゃん、ちょこちゃん、樹里ちゃん、凛世ちゃん、夏葉さん。

 甘奈ちゃん、甜花ちゃん、千雪さん。


 はづきさんに、プロデューサーさん。



 友だち、たくさんできたっすよ。
56 : ◆ikbHUwR.fw [saga]:2019/05/01(水) 00:23:15.74 ID:3V1PGSXQ0
 *****

『本日のゲストは、大躍進中のアイドル、辻野あかりさんです!』

あかり『こんにちは! みなさんよろりんご!』

『キャーキャー』『カワイイー』『ンゴー!』『ンゴー!』


杏「はあ、W.I.N.G.効果ってすごいね……なんか最近、毎日テレビであかりちゃん見てる気がする」

みく「実際毎日出てるにゃ。これは由々しき問題にゃ。みくももっとがんばらないと、先輩としての威厳が――」

杏「由々しいかな? かわいい弟子が活躍してるんだから、素直に喜べばいいのに」

みく「喜んでるよ。でもそれとこれとは話が別なの! 事務所のアイドルは、みんな仲間だけどライバルにゃ! あかりチャンも、杏チャンもね!」

杏「みくちゃんは真面目だねえ……」


あかり『――りんごろうグッズも、よろりんご!』


みく「でも、あれは流行らないと思うにゃ」

杏「かわいくないもんね」



   <終わりんご>
57 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/01(水) 00:40:01.11 ID:sXBpnLLDO


いい話だったです



でもぴにゃと違って、アレは売れないかと
58 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/01(水) 00:46:25.06 ID:AlpJXl3to
こういう越境もたまにはよかやね
59 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/01(水) 02:21:56.44 ID:0K6Sl97j0
おつおつ
良い物を読ませてもらった
60 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/01(水) 19:05:27.35 ID:NpfizJ2/o
おつおつ
よきかな
61 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/05/02(木) 14:29:53.42 ID:OGY4R7PpO
乙乙
ストレイは一回敗退しときたいよね
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