真美「ベランダ一歩、お隣さん」

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313 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/22(土) 08:01:34.83 ID:F7aS3gER0


「わぷっ!」


なんて考えてたら、急に目の前が真っ暗になった。

代わりに、顔にふにょふにょと柔らかい感触。


「あのね」


はるるんが、真美を抱きしめながら呟いた。


「ほんとはね――」


こそっと、そのまま真美に耳打ちした。

……え……?

なにそれ……。

真美、聞いてないんだけど……。
314 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/22(土) 08:02:04.55 ID:F7aS3gER0

「でも、社長の知り合いの人がって……」

「プロデューサーさん、いっつも裏目裏目だね」


そう言ってはるるんは、くすっと笑った。

それって……。


「ほら、早くプロデューサーさんのところに行ってあげないと」

「え、でも千早お姉ちゃんたちが」

「大丈夫大丈夫、貴音さんもいるから。お姉さんたちに任せなさい!」


はるるんがフフンと力こぶを作る。

つんつんってつつくと、くすぐったそうな表情とともにへにゃっとした。
315 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/22(土) 08:02:30.91 ID:F7aS3gER0

「……ありがと、はるるん」

「うん、どういたしまして」


急がなきゃ。

はるるんに背を向けて、真美は楽屋の方へ駆けだした。


「私は、ダメだったけど」


後ろから、小さなつぶやきが聞こえた。

真美は振り返らずに、兄ちゃんのとこを目指した。


「真美は、大丈夫だから」


潤んだ声が、真美の背中をぐいって押した。

316 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/06/22(土) 18:42:28.20 ID:Ntp7if/30
復帰したのか 投下乙
317 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/06/22(土) 21:15:55.39 ID:YNHMUbVqO
くっそ切ないな
もらい泣きするぞ
おつおつ
318 : ◆on5CJtpVEE [sage]:2019/06/23(日) 00:10:25.89 ID:5i4lUinvo
>>316
恥ずかしながら戻ってまいりました
完結までさほどかかりませんので、よろしければご覧いただけると幸いです

>>317
そこまで感情移入して読んでいただけて嬉しいです
最後まで見届けてあげてください
319 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:12:27.17 ID:5i4lUinv0

背中を押されて戻った、楽屋の近く。


「真美! どこに行ったんだ?!」


血相変えて、衣装箱の裏を探してる兄ちゃんが居た。

……真美、もうそんなとこ隠れるほどコドモじゃないんだけど。


「兄ちゃん」


だから真美は、できる限り大人っぽく聞こえるように、静かに兄ちゃんを呼んだ。

真美の声を聞くや否や、呼ばれたペットみたいに振り返る兄ちゃん。

あはは、焦りすぎだってば。


ばぁか。

320 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:13:17.78 ID:5i4lUinv0

「真美! なんで急に……!」


ちょっと怒りつつも、心配で仕方ないって感じの兄ちゃん。

ごめんね。

でも、ホントにガマンできなかったの。


「ごめんなさい」


そのことは、謝るから。


「謝るから、一個だけ教えて」


はるるんに後押ししてもらわなきゃ、怖くて聞けなかった言葉。
321 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:13:43.82 ID:5i4lUinv0

「さっきの携帯の着信、あの女の人、だよね」

「……!」


真美の質問を聞いて、兄ちゃんは息が詰まったような顔をした。

なんだろ、驚きと憤りと後悔をまぜこぜにしたような感じ。

ほんの一瞬のことだったけど、ぐるぐると季節が巡るみたいに兄ちゃんの表情が変わった。


「お前……知ってたのか」


帰ってきた答えは、さっきまで真美が、何よりも恐れていた言葉だった。
322 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:14:10.74 ID:5i4lUinv0

その言葉は、ただの知り合いの一人とかじゃない、って証拠。

うん、知ってたんだ。


「ごめんなさい。前に街で兄ちゃん見つけて、追っかけてたら……」

「……そう、だったのか」


やっちまった、と兄ちゃんが手のひらで顔を覆った。


「そうだよな、そりゃそうか、それで最近……」


そのまま、兄ちゃんの指の隙間から呟きが漏れる。

真美にかける言葉を探すように、あれこれ言い掛けるんだけど、結局続かない。
323 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:14:37.71 ID:5i4lUinv0

「ね、兄ちゃん」


だから真美は、兄ちゃんが喋りやすいように、怯えた心を押し殺して言った。

なるべくなるべく、優しく優しく。


アイドル始めて、辛かったとき。

あの夜ベランダで、兄ちゃんが話しかけてくれたときみたいに。


真美は、怖くないよ。

真美は、ちゃんと聞くよ。

って、兄ちゃんに聞こえるように。


「その人、兄ちゃんの、彼女さんなのかな」


どんな答えが返ってきても、真美自身が、ちゃんと聞いてあげられるように。
324 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:15:17.10 ID:5i4lUinv0

「一昨日、告白されたんだ」


真美の表情を見て、声を聞いて、兄ちゃんも少し落ち着いたみたい。

ステージの方を気にしてたから、大丈夫だよ、って言ったら、話し始めてくれた。


「最近、何かと理由をつけて誘われてたんだ。大学時代の同期でね」

「うん、知ってる」

「マジかよお前スパイか何かか」

「真美の目は、いついかなる時でも兄ちゃんクンを見張っているのだよ」


そう胸を張って言うと、兄ちゃんも思わず小さく吹き出した。

事務所での会話を盗み聞きしただけだけど。


「風呂もか」

「別に見張ってもいいけどさ、ふつー逆じゃない?」

「お前は事務所から前科者を出したいのか」


ああ、すっごく久しぶりかも、この感じ。
325 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:15:43.26 ID:5i4lUinv0

「で、告白にはなんて答えたの?」

「断った」


携帯を取り出して、兄ちゃんはぽちぽち操作し始めた。


「さっきのも、ただのお礼だったよ。返事をくれてありがとう、って」

「せっかくきれーな人だったのに」

「そうだな、大学でも人気だったよ」


携帯を閉じて、兄ちゃんが視線を真美に移した。

悲しそうな辛そうな、どんよりした雨の日みたいな視線。
326 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:16:13.61 ID:5i4lUinv0

「バレてたらすぐに問いつめられると思ってた。そしたらちゃんと答えりゃいい、急に話しても不安がらせるだけだ、って」

「真美だって、少しずつだけどオトナになってるんだよ?」

「ああ、俺の考えが甘かった。前科もあるのに、どうしようもないな」

「そだよ、もう前科者じゃん」

「本当にな」


衝動的に、兄ちゃんの服の裾を掴んだ。

その手を、兄ちゃんが優しく握ってくれる。

あったかい。

あったかいなぁ。
327 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:16:41.98 ID:5i4lUinv0

「ごめん、ちょっと嘘」


ホントは、オトナだから気を遣ってたんじゃない。


「怖かっただけなんだ。あの人誰って聞いて、好きな人って言われたらって」


直接聞かない理由を作って、逃げてただけなんだよ。

兄ちゃんのためって理由を。


「じゃあ、なんで急に聞こうと思ったんだ?」

「はるるんに聞いたから」


何が、とは言わない。

でも兄ちゃんは、その一言でぜんぶ分かったみたいだった。
328 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:17:28.25 ID:5i4lUinv0


「アナタは、待っていてくれますか――」


小さく、兄ちゃんにだけ聞こえる声で、口ずさむ。


「光に届く、その時を――」


優しいバラードの、ワンコーラス。

さっきまでは怖くて歌えなかった歌詞。

真美の歌を聴いて、兄ちゃんは眉をしかめた。


「やめなさい」

「んっふっふー、他も全部歌えるよ」

「マジでやめなさい」


待つことも許してくれないのに、なんでこんな歌詞を歌わせるの、って思ってたけど。

329 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:17:57.51 ID:5i4lUinv0

「春香め……本人には言うなと念を押しておいたのに……」

「でもはるるんが教えてくれたから、真美は兄ちゃんに聞けたんだよ」


はるるんが教えてくれなかったら、この歌は嫌いなままだった。

きっと真美は、この歌詞みたいに待ち続けるだけの損ばかり。

兄ちゃんはあの女の人に取られちゃうんだって、辛いままだった。


でもほんとは。


「この歌詞、男の子の歌だったんだね」

「……」


ずっとずっと待ってたのは、真美だけじゃなかったんだね。

330 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:18:34.38 ID:5i4lUinv0

嬉しいんだ。

胸が幸せで、はちきれそうなくらい。

はるるんに言われるまで気付けなかったのだけが、悔しいけど。


「あの日、真美に言ったこと」


いつか、星のない空を二人で見上げたベランダ。

面と向かって、初めて告白した夜。

そこで兄ちゃんは言ってくれた。


「覚えてて、守ってて、くれたんだね……」

「当たり前だろう、このおませさん」


口元が震えて、視界が霞んだ。
331 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:19:08.77 ID:5i4lUinv0

分かってた。

はるるんに言われて気付いて、ここに来るまでには、そうだったんだって理解してた。


「でも、実は違うんじゃないかな。ギリギリで気持ちが変わったんじゃないかな、って」


たった今の今まで、少しだけ。

少しだけ、不安だったんだ。


「答えは最初から決まってたよ」

「兄ちゃんの?」

「ああ」


短く答えて、兄ちゃんは真美の頭をぽんぽんと撫でた。

うー。それ、ずるい。
332 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:19:37.47 ID:5i4lUinv0

「ちびっこに手を出す変態ではないが」

「それは流石に引くよ」


そりゃそうだ、と言って兄ちゃんが笑う。

真美、その顔好きだよ。

兄ちゃんがほんとにたまにだけ、真美にだけ見せてくれる表情。


「でも、この子が大きくなったら……一人の女性になったら、俺はきっと好きになるんだろうなって」

「へ?」

「うん、変な話だけどさ、あのとき、確信したんだ」

「……うぇっ!?」


き、急に真顔で、とんでもないことを言わないでよ!

頭がフリーズしちゃったじゃん!
333 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:20:22.07 ID:5i4lUinv0

そ、そしたら兄ちゃん……今はどう考えてるのかな……。


「あのさ……真美、オトナになれた?」

「まだだな」


即答された。


「えーーっ!? だっていま言ったじゃん! あんな歌詞も書いてくれたじゃん! アレ兄ちゃんからのあんさーっしょ!? オッケーっしょ!?」

「バカ言え、義務教育を受けてる身でオトナと抜かすか」

「ぐ、ぐぬぬ……」


これは確かに言い返せない。

真美、まだ中学生だもんね……。

どんなに背伸びしても、仮に今すぐおひめちんやあずさお姉ちゃんみたいなないすばでーになっても、中学生は中学生。

オトナとは言えないね。
334 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:20:52.34 ID:5i4lUinv0

「それでな、真美。一つ頼みがあるんだが」

「頼み?」


なんだろ。

兄ちゃん、いつになく真面目な顔してる。


「ああ。来年の五月二十二日の夜、時間作れるか」

「え……」


五月二十二日。

それって、真美の……。


「その日、時間が取れたらでいい。俺にくれないか」

「……うん」


空けないわけ、ないじゃん。

335 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:21:18.86 ID:5i4lUinv0

「真美、それまで頑張れるか?」

「うん」

「それまで待てるか?」

「うん」

「それまで、待っていてくれるか?」


兄ちゃんが、真美の目を見ていった。

真美も、兄ちゃんの目をまっすぐ見た。


「うんっ!」


そんで、はっきり聞こえるように、絶対に兄ちゃんが聞き逃さないように。

思いっきり声を張り上げて、うなずいた。
336 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:22:10.42 ID:5i4lUinv0


きっと、今の声は聞こえたと思う。


「ほんじゃ今日最後のステージ、行ってくんね!」


なんでって、真美を見る兄ちゃんの目が、とってもあったかかったから。

気合を入れた真美の背中を、ぽんと押してくれた手が、とってもあったかかったから。


「ああ、行ってこい」


兄ちゃんが笑顔でそう言ってくれるだけで。

真美、こんなにこんなに、心が湧きたつんだよ。


「真美のステージから、一秒たりとも目を離しちゃダメだかんね!」


知ってるでしょ、兄ちゃん。

真美、こんなにこんなに、兄ちゃんのことが大好きなんだよ。

337 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:22:38.91 ID:5i4lUinv0

舞台袖へ行くと、はるるんがお姫ちんの衣装チェックをしてた。


「双海真美、ただ今帰還いたしましたっ!」

「おや、もう大丈夫なのですか」

「めんごめんご、もうだいじょうぶいっ!」


ピースピース!

らぶあんどぴーすだぜっ!


「ならば、私の出番は必要ありませんね」

「ありがとね、お姫ちん!」

「真美、とってもいい顔してるね」

「んっふっふー、今の真美は百人力だよん!」


着かけてた衣装を脱ぎながら、お姫ちんは安心したように小さく息を吐いた。

みんなに心配、かけちゃったな。
338 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:23:25.70 ID:5i4lUinv0

「ちょうど千早ちゃんのお笑い道場夏場所が終わったところだから、このまま入れ替わっちゃおうか」

「待ってなにそれ超見たいんだけど」

「やよい、小道具持って二人で戻ってきて……あ、よかった! ジェスチャー通じたみたいだね」

「カメのエサとか何に使ったの!? どんなステージやってたの?!」

「まこと、素晴らしいステージでした……」

「お姫ちん涙で潤んでるし! うあうあー! 真美がいない間に何が起こってたのさーー!?」


な、なんかすっごくレアなタイミングを逃した気がする……!

戻ってくる千早お姉ちゃん達も、なんかやり切ったような清々しい表情だし……。


「ほら、真美の出番だよ!」

「えっ!? あ、うん、い、行ってくんね!」


お姫ちん、はるるんの隣でそんな涙拭きながらハンカチ振らないでよ!

気になるじゃん! 気になってステージに集中できないじゃーん!
339 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:24:05.59 ID:5i4lUinv0

ステージの方からは、ファンの兄ちゃん姉ちゃんの歓声が聞こえる。

その声を背に、千早お姉ちゃんとやよいっちが帰ってきた。


「もう大丈夫なの?」

「うん、あんがとね、やよいっち。二人とも、ごめんなさい」

「謝りたいなら後で聞くわ。あんまり口にすると、ステージに影響が出るから」

「ん、そだね!」


腕をぐるんぐるん回す。

ぐるーんぐるーん。

よっしゃー、やる気全開!!


「あ、千早お姉ちゃん」

「何かしら?」

「……お笑い道場夏場所、あとで見せてね」

「ふふふ、ステージをしっかり締めることができたら、ね?」


おっけー……。

この双海真美、やったろーじゃん!!
340 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:24:31.86 ID:5i4lUinv0


それじゃ、ステージに――。


――。


――あれ。

外から、声が聞こえる。


何か、よく聞き馴染みのある言葉だ。

いつもいつも、毎日のように聞き馴染みのある……。

なんだっけ、これ。


それが、少しずつ冷えてた真美の身体を、暖めてくれる。

341 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:24:58.88 ID:5i4lUinv0


あ、そっか。

これ、あれだよ。


真美の名前だ。


みんなが、真美の名前を呼んでるんだ。


そっか、そうだよね。

みんな、真美の歌を聴きに、ここへ集まってきてくれたんだもん。

他の誰でもない、真美の歌を聴きに来てくれてるんだ。

342 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:25:50.04 ID:5i4lUinv0


そうだね。


「……よしっ、いま行くよん」


真美が兄ちゃんと一緒に目指してきたものってさ。

結局、みんなを笑顔にすることで。

みんなに明るい何かを届けることで。


兄ちゃんと一緒に歩いてくことでもあって。

765プロのみんなと一緒に頑張っていくことでもあって。

ファンのみんなに全力で気持ちを伝えていくことでもあって。


うん、そうなんだ。

このステージを、全力でやり切ることがさ。


「めんごめんごみんなーーー! たっだいまーーー!!」


真美がずっとずっと、目指してきたことなんだ!

343 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:26:27.08 ID:5i4lUinv0

「わぷっ! まぶしー!」


照明ってこんなに眩しかったっけ?


目が慣れて、もう一回見回すと、ファンのみんなが笑ってた。

あ、何人か心配そうな顔してる人がいる。

ちょっとバレちゃってたのかな……真美の不安。

もーダメダメじゃん、真美ってば。


「いやー、実は朝から頭のちょーしがまいっちんぐでしてなー。でも、もう大丈夫!」


笑顔でブイってやったら、心配そうにしてた人たちも安心したような表情になった。

良かったぁ。

いまの真美、ちゃんと笑えてるんだ。


「こーんなハイテンションで出てきてアレだけど……最後の新曲、ちょっとちっとりなんだよねー」


ぺろっと舌を出すと、みんなが笑ってくれた。
344 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:26:54.55 ID:5i4lUinv0


「真美の気持ち、いっぱいいっぱい詰め込むからね」


視界の正面。

PA機材の中に紛れ込むように、兄ちゃんがいた。

目が合うと、にっこり笑ってくれた。


「みんな、聴いてね」


マイクを、力いっぱい握りしめる。


ファンのみんなに、心のこもった声が届くように。

正面の兄ちゃんに、真美のメッセージが届くように。


「歌います」


真美の、素直な心を。

想いを、歌います。

345 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:27:36.72 ID:5i4lUinv0

最後のトリは、暖かいバラード。

兄ちゃんがずっと温めてくれた、密かな想い。


「――」


さっきまで口にするのも怖かったのになー。

無意識に身体を動かすみたいに、するする歌える。


「――」


頭、真っ白。

でも、ココロが沸き立って。

声がどこまでも響いていって。


すっご。

すごいこれ、初めての体験だ!
346 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:28:21.92 ID:5i4lUinv0


「――」


頭では歌詞と全然違うこと考えてるのに。

今もこんなワケわかんないことアレコレ考えてるのに。

なんだろ、こう、考えてることと口にしてることが一致してるような。


「――」


口にする言葉は違うけれど、いま、真美が考えてることを歌ってるんだ。

自分がいま、どんな言葉を口にしてるかも頭に入ってこないけど。

いやまぁ、多分ちゃんと歌詞歌ってるよね、多分。


「――」


……多分、歌ってるっしょ?

347 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:28:48.25 ID:5i4lUinv0


それはきっと大丈夫。

だってほら。


「――」


眩しい眩しい照明の向こうから。

兄ちゃんが、こっち見てもっと眩しく笑ってるもん。


「――」


多分歌詞違ったら顔面ユーハクで変な踊り踊ってるだろうし。

あ、ユーハクじゃないや、ソーハク?

ユーハクじゃ死んじゃってるね。

うらめしや〜!

348 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:29:22.38 ID:5i4lUinv0

ファンの兄ちゃん姉ちゃんたちが、真美の心に合わせてサイリウムをゆらりゆらり。

ごめんねみんな。

真美ってばちょっと自分勝手に歌っちゃってるよね。


「――」


でもきっと、その自分勝手も、なんとなくみんなに伝わってる。

それでもみんなみんな、優しく励ますような、あったかい目で見てくれてる。


「――」


だからステージ上の真美も、ヒャクパー素直な心で歌えるんだ。

真美の最高に素直な心……。

そう、オーバー・トップ・クリア・マミンド!

……マミンドってアキンドみたいでおっちゃんくさい、やっぱなし。
349 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:29:58.51 ID:5i4lUinv0


「――」


いっぱいいっぱいの想いが、歌に重なってく。

兄ちゃんと出会ってから、今日までの日々。

さっきまでとは違って、幸せに感じる想い出。


「――」


夢みたいな日々は、終わらない?

夢みたいな日々は、これから始まる?


「――」


違うよ、そうじゃない。


「――」


ほわほわと泡みたいだった夢から、目を覚ますんだ。


「――」


夢じゃなくて、朝を迎えて、真美は。

350 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:30:42.53 ID:5i4lUinv0


「――」


目が合う。

兄ちゃんと。


「――」


もうすぐラストのサビの、本当の最後。

兄ちゃんが答えをこめてくれた、あの歌詞。


「――」


真美の口がフレーズを歌う。

とっても自然に。

当たり前のように。


ごくごく自然に、本来の言葉とは、違う言葉で。

351 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:31:24.54 ID:5i4lUinv0



「ワタシは、待っていますから」



「光が照らす、その場所で」




兄ちゃんが、目を見開いた。


照明の光かな。


ちょっぴり目元が、光って見えた。


352 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:32:35.28 ID:5i4lUinv0


余韻を残して、静かに歌が終わる。


歌い終えたとき、みんなが笑ってくれた。

ワーワー叫ぶんじゃなくて、余韻を繋ぐみたいに、ただにっこり笑って拍手してくれた。

ぱちぱち、ぱちぱちって音が会場に響く。


歌い終えた途端、ボーっとしちゃった。

ぼやーっとした頭のままで見渡すと、舞台袖でみんなが笑ってた。


どれくらいだろ。

しばらく、ボーっと会場を見回してた。

そんで呆けたまま、正面を見た。

兄ちゃんが、拍手しながら口をぱくぱく動かしてた。

なんて言ってるんだろ?

耳に付けたモニターイヤホンから、声が聞こえた。
353 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:33:08.91 ID:5i4lUinv0

『まだステージ終わってないぞ、ドアホ』


「誰がドアホかっ!!」


キィーーーン!


「い゙っ!?」


さ、叫んだ拍子にマイクの共鳴がぁーーー!!

和やかムードだった会場は一転サツバツ!

みんな一斉に「い゙っ!?」って顔して耳を塞ぐ!


「うあーーー! PA切ってーーー!!」


音響さんが耳を塞ぎながら慌ててボリュームを落とす。

さ、最後の最後に、何やってんだぁぁぁぁ……。
354 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:33:52.37 ID:5i4lUinv0

でも、おかげでしめっぽい感じはどこかへバイバイ。

どこかから湧いたクスクス笑いが、少しずつおっきくなった。

もーこりゃ笑うしかないっしょ、センパイ。


「ご、ごめんねー兄ちゃん姉ちゃん、スタッフさんにボヤッとするなドアホーって言われちゃってさー、えへへ」


次の瞬間、会場が笑いに包まれた。

見れば、兄ちゃんもはるるん達もばくしょーしてんじゃん!

兄ちゃんは自分のせーだってジカク持ってよ!

というか千早お姉ちゃん笑い過ぎでしょ!

何お姫ちんの肩バンバン叩いてるの!

お姫ちん肩叩きみたいで気持ち良さそうだし!


「えぇ〜っと、まぁそのだねぇ、真美のライブだしこんなしょーもないオチでもパーペキ問題なしだよねっ!」


この流れで、真美らしくビシッと締めないとだかんね!


「そんなわけで兄ちゃん姉ちゃん達! 今日はありがとーーーーっ!」


叫ぶと、改めて会場いっぱいの盛大な拍手。

最後にとびっきりの笑顔を見せてくれて、真美は本当に満足だよ、みんな。
355 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:34:18.27 ID:5i4lUinv0

ステージが終わって。

舞台袖へ引っ込むと、みんながいた。

モチロン、PA席から戻ってきた兄ちゃんも。


「真美……」

「兄ちゃん……」


見つめ合う。


「兄ちゃん……!」


駆け出す。


「兄ちゃぁぁぁあん!!」


そして……!

356 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:34:55.44 ID:5i4lUinv0

「何してくれとんねん!!!」

「おぐふぅっ!?」


駆け寄って兄ちゃんの腹部に渾身の右ストレート!

まこちん直伝の一撃を喰らえい!!


「誰がドアホじゃーーーっ!」

「だ、だってお前がステージ上で呆けてるかぐぅっ!?」


二発目!


「お陰で恥かいたよ!」

「だ、誰か助けてくれ!」

「助けが必要ですか?」

「手伝うわ」

「お姫ちん! 千早お姉ちゃん!」

「待ってくれ、何で俺二人に羽交い絞めにされて」

「ラストブリットぉ!!」

「やめぐえっ!」


三発目ェ!!

357 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:35:41.63 ID:5i4lUinv0

一分後。


「いいか、真美。人のお腹は殴っちゃいけません。学校で習わなかったか?」

「習わなかった」

「だろうな、俺もこんなこと言ったのは初めてだ。もうやるなよ」

「善処します」


お姫ちんと千早お姉ちゃんがはるるんとやよいっちに連行されると、真美はたちまち兄ちゃんに捕まった。

首根っこ掴まれて子猫摘まみ上げるみたいな……。

可愛くにゃーって鳴いてみたけど、残念ながら許してもらえませんでした。


「お前ね、感極まるのは仕方ないけど、ステージ上で長々と呆けるんじゃないよ。新人でもないんだから」

「だってー……」


このステージは、さ。

それだけ色々なモノが詰まってて。

それだけ色々なモノに気付いて。
358 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:36:37.33 ID:5i4lUinv0


「真美にとっては、それだけ、とっても特別なステージだったから」


兄ちゃんの掴む力が、少し弱まった。


「真美がアイドルをやってきた理由が、やっと分かったんだよ」


兄ちゃんの手が、真美から離れた。


「真美が追いかけてたものが、やっと見えたんだよ」


兄ちゃんの手が、宙ぶらりん。

その手にそっと、真美の手を添える。


「夢や憧れの一歩先の景色が、さ」


ぎゅーっと兄ちゃんの手を握る。

握り返してくれる。

あったかい。

手も、心も。

359 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:37:26.85 ID:5i4lUinv0


真美の大切なソロライブは、静かに幕を下ろした。


帰る間、真美も兄ちゃんも何も話さなかった。

ただ二人で並んで、何も言わずに家へ帰った。

ちゃんと、決めたから。


来年の五月二十二日。


もう真美たち、分かってるもん。

真美たちが出会ったこと。

今日まで頑張ってきたこと。

あの日二人でした約束。


それは全部、その日に繋がってる。

お互いに、お互いが待ってることを分かってる。


兄ちゃんと二人で作り上げてきた、大事な大事なタカラモノ。

二人でずっと待ち続けてきた、大切な大切なタカラモノ。

360 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:37:55.22 ID:5i4lUinv0


もう慌てなくてもいいから。

怖がらなくてもいいから。


ただただいつもみたいに怒って、泣いて、笑って。

みんなで手を繋いでさ、毎日を過ごせばいいんだ。


兄ちゃん。

真美、しっかり春を待ってるかんね。

安心していいよん。

んっふっふー。

361 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:38:44.30 ID:5i4lUinv0

そんな夏も、セミがぼとぼと落ちたら終わりを告げて。

それでもいつも通り、変わんない毎日が、一日一日過ぎてく。


秋は、みんな全力で食欲の秋。

ひびきんとはるるんの差し入れを、いつかみたいにお姫ちんが食べつくしたり。

やよいっちと珍しくノリノリないおりんの主導で、みんなで焼き芋したり。

ピヨちゃんとあずさお姉ちゃんが、こっそり事務所で呑み会してるのが見つかったり。


冬は、犬は喜び庭駆けまわり、猫はこたつで丸くなる。

まこちんと亜美の雪合戦の流れ弾が、りっちゃんの顔面に直撃したり。

いつもと逆でミキミキの膝枕でぐっすりな千早お姉ちゃんを、みんなでじーっと観察したり。

ゆきぴょんとの雪かき勝負で、社長さんがぎっくり腰になったり。
362 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:39:29.38 ID:5i4lUinv0

そんなみんなと一緒に、真美と兄ちゃんも笑ってた。

モチロン、そんなてんやわんやをぼーっと眺めてたわけじゃないよ?

言ってないだけで、どちらかとゆーとトラブルの原因は大体亜美と真美……あ、やっぱなんでもない。

りっちゃんに一発貰っちゃうし。


学校にアイドルに、忙しい日々。

少しずつ移り変わってく季節。


あっ、そういやはるるんが年末のアイドルフェスタで大賞取ったよ!

事務所に入った頃、「今年こそトップアイドルになる」とか言ってたっけ。

ちょっとチコクだけど、ゆーげんじっこーは素晴らしいですなあ。
363 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:40:14.39 ID:5i4lUinv0

そんなわけで、年末は事務所ではるるんのお祝い。

さすがに同じ時間には全員揃えないけど、色んな人が入れ代わり立ち代わり!


「ぷへー、見てるだけで疲れるぜい。ピヨちゃん、それお酒?」

「ぶどうジュース。ふふ、こんなところでお酒なんて呑まないわよ」

「秋にりっちゃんにチョー怒られたもんね」

「うっ」


事務所内のあっちこっちでわいわいがやがや。

ほんと、色んな人いるなー。

りっちゃんの親戚に、研修生の人たちに、よく番組で一緒になる人も……。

チャオって何語だっけ?
364 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:40:41.46 ID:5i4lUinv0

「はるるんってば人気者ですなー」


なぁんて眺めてたら、少しそわそわしながらはるるんがこっちに来た。


「どしたのさーはるるん。もにょもにょしちゃって」

「いやあ、あはは……その……」


なんか少し、恥ずかしそうというか、言いにくそうというか、そんな顔してる。


「ねえ、真美。ちょっとお願いがあるんだけど……」

「なになにー?」


お願いってなんだろ?
365 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:41:11.23 ID:5i4lUinv0

「えっと……」


ごにょごにょごにょ。

ふんふん、ナルホドナルホド。


「……はるるんってば律儀ですなあ」

「だ、だって、真美が嫌な気分になるかもしれないし……」

「はるるんに対して嫌な気分になんてなるわけないじゃん! むしろ、真美のせいで……」

「言いっ子はなし、だよ」


しっ、と指を口に添えられた。

笑ってそう言えるはるるんは、真美なんかよりずっとずっと強い。

はるるんに何をお願いされたかって?

女の子のヒミツは、暴かないもんですぜ。
366 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:41:39.58 ID:5i4lUinv0

そーこーしてるうちに、はるるんが兄ちゃんに声をかけて、二人でこっそり給湯室へ行った。

気付いてるのは、りっちゃんに千早お姉ちゃん、あずさお姉ちゃんにいおりんくらいかな?

お姫ちんは表情読めなさすぎる……。


「春香とプロデューサー、どこ行ったんだ?」

「ひびきん……つっこむのは野暮ってもんだぜ……」

「えっ、自分デリカシー欠けてたか!?」


あわあわするひびきん。

うん、ひびきんはそんなひびきんのままでいてね。
367 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:42:19.65 ID:5i4lUinv0

数分して戻ってきたはるるんは、とってもにこにこしてた。


「はー、すっきりした」

「兄ちゃんに言ったの?」

「うん」


はるるんがコップを片手に、真美の隣にちょこんと座る。


「私もそのうち、いい人見つかるといいなぁ」

「はるるんは、だいじょーぶだよ」

「あはは。それ、私が言ったことの真似っ子だ」

「バレちった? んっふっふー」

「勝者の余裕だねぇ」


はるるんは真美の顔を見て、もっかいおっきく笑った。

真美も一緒に、おっきく笑った。
368 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:43:05.49 ID:5i4lUinv0

はるるんから遅れること数十秒。

兄ちゃんが給湯室から戻ってきた。

全く、兄ちゃんもスミに置けな……い……?


「あれ、プロデューサー殿。ほっぺたに絆創膏なんて貼ってどうしたんですか?」

「ち、チキンのアルミホイルで切っちゃってね」


……。

……ん?

んんん!?


「あ……あ……! まさかはるるん!」

「……てへっ、最後だし、ちょっとくらい、ね?」


や、やってくれましたなああああああはるるんめえええええ!!!
369 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:44:26.37 ID:5i4lUinv0

そんな慌ただしいお祝いパーティーの帰り道。


「ぐぬぬぬ……はるるんめぇ……!」

「今回はカンゼンハイボクですなあ。約束してもらったからって油断し過ぎっしょ」

「ぐぬぬぬ……」


今日は久しぶりに、亜美と二人で帰るとこ!

兄ちゃんはオトナの時間とか言いながら飲みに行っちゃったからねー。


「はるるんがあそこまでやるとは……ウカツだった」

「でも真美、あんま怒ってないよね」


不思議そうに、亜美が聞いてきた。

ん? うん? うーん……。


「まぁはるるんだし?」

「あー、ちょっと分かる。なんか怒る気にならないよね」

「あとひびきんとか、やよいっちとか」


あそこらへんはもう、なんか許されちゃう感じですからなー。
370 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:45:26.38 ID:5i4lUinv0

「まぁ、それは半分冗談で」

「半分は本当にそんな感じなんだね」

「あのソロライブやってからさ、気持ちがボーっとしちゃってるんだ」


兄ちゃんと約束をしてから。

ぷつっと何かの糸が切れたみたいになっちゃって。

毎日が楽しいし、暖かいし、幸せなんだけど。


「燃え尽き症候群?みたいな感じ」


毎日が夢見心地で。

なんだか、現実じゃないみたいで。

あの約束で、欲しいものを貰い切っちゃったような気もして。


「このまま、幸せを独り占めしちゃっていいのかなーって、続くのかなーって、ふっと思う時があるんだ」


そう言って隣を見ると、亜美は少ししてから、にっこり笑った。
371 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:45:52.91 ID:5i4lUinv0

「いいじゃん」


そー言って、亜美が抱き着いてきた。

あ……亜美に正面から抱き着かれるのって、けっこー久しぶりかも。


「真美、ずっとずっと頑張ってきたじゃん」

「うん」

「我慢してきたじゃん」

「うん」

「それがやっと、報われたんじゃん」

「……うん」


亜美から、いつもと違うシャンプーの匂いがする。

いい匂いだなー。

なんて言ったら、ゆきぴょんとかピヨちゃんがなんか反応しそうだね。
372 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:46:38.51 ID:5i4lUinv0


……とか思ってた、次の瞬間!


ぺちーん!


「のあーっ!? ななななにすんのさー!」


いっきなし亜美にぺちーんされた!

ま、真美が何したって言うのさ!?


「こんのばか真美! むしろばみ!」

「な、なんだとう!? そのリロンだと亜美もばみじゃん!」


こんにゃろめー!

って、亜美の顔見てみたらさ。


「そんなオトナっぽいのさ、真美の柄じゃないじゃん」

「っ……」


ジョーダンぽく笑いながら、ちょっと寂しそうだった。
373 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:47:17.67 ID:5i4lUinv0

「真美ってば、ずーっとオトナっぽすぎだよ」

「そ、そりゃあ真美たちだっておっきくなってきたし」

「なんかいつも人に気を遣ってるしさ、知らないとこで一人で悩んでるしさ」

「う……」


ぐさり。

ばれてたんだ。

やっぱ双子の間じゃ、隠し事は無理かぁ……。


「なんか別の人になっちゃったみたいで、亜美が知ってる真美はどっかに行っちゃいそうで」

「……」

「……亜美さ、ちょっと怖かったんだよ?」


ぴとん。

亜美が脱力してもたれかかってきた。


「……ごめんね、亜美。真美は真美だよ」

「ばーか。ばか真美。ばみ」


亜美は安心したように、ちっちゃく笑った。
374 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:48:41.48 ID:5i4lUinv0

「もっと素直になろ?」

「素直に?」

「だって亜美たち、まだコドモじゃん」

「それもそっかぁ。兄ちゃんもぎむきょーいくまではコモドって言ってたし」

「オオトカゲ?」


真美たちも、もうすぐ高校生。

そしたらイヤでもオトナの入り口に立つんだ。

だったら、今の内に素直にコドモでいたほうがいいのかな。
375 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:49:09.62 ID:5i4lUinv0

「コドモの今しかできないこと、あると思うよ」


亜美が珍しく、真面目な声で言った。

それを聞く真美が思い浮かべたのは、ベランダに座ってる兄ちゃんだった。


「真美たちも、イヤでもオトナになってっちゃうもんね」

「わがままもあまり言えなくなるし」

「うん、遊んでばかりもいられなくなるし」

「時間は待ってくれないよ」


柄にもなく何言ってんのさ、亜美。

亜美のがよっぽどお姉ちゃんみたいだよ。
376 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:49:35.93 ID:5i4lUinv0

「亜美は先に帰るね」

「え? どして?」

「真美、したいことあるでしょ?」

「……うーん。うん。ある」

「いいじゃん、わがまま言っちゃおうよ」

「そだね」


短く笑って答えると、亜美は今度こそ、安心したように笑った。

そんで走り出して、真美を見てブンブン手を振りながら、


「でもフジュンイセーコーユーは」

「しないよばみ!」


叫ぶともっかい笑って、亜美の姿は見えなくなった。
377 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:50:10.47 ID:5i4lUinv0

携帯の番号を押す。

電話帳に登録もされてるけどさ、番号覚えて押すの、なんか好きなんだ。

大切な人に、話しかけるみたいで。


ワンコール。

ツーコール。

スリーコール。

…………。

出ない。


「くっそぅ、出るまでかけ続けてやる!」
378 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:50:44.86 ID:5i4lUinv0

そのあと、三、四回かけると。


『あ!? 真美か! どうかしたのか?!』

「えっ、兄ちゃんやけに焦ってるけどどうしたの?」

『小鳥さんが酔っぱらって……いやそれ水じゃないですから!!』


ぷっ。

慌ててる兄ちゃんの姿が目に浮かんで、吹き出しちゃった。


「ねえ、兄ちゃん、わがまま聞いて欲しいんだけど」

『なんだ!? 手短に頼む!!』

「今から一緒に帰りたい」


電話の奥ではわーわーきゃーきゃー。

でも、兄ちゃんの声は止まった。


「一緒に、帰りたいの」
379 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:51:23.32 ID:5i4lUinv0

しばらく、沈黙が続いた。

もう一回言おうとしたら、兄ちゃんから返事があった。


『分かった。今、どこにいる?』

「たるき亭出てまっすぐ行ったとこの大きなパーキング前」

『十分くらいで行くから、待っててくれ』


待ってるね、って言って、電話を切った。

こーゆーわがままって、もしかしたら初めてかな。

駄々っ子みたいな、メーワクかけちゃうかもしれないわがまま。
380 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:53:39.43 ID:5i4lUinv0

しばらく待ってたら、兄ちゃんが来た。


「よっ」

「ごめんね、わがまま言って」

「いいよいいよ、むしろヤバそうな飲み会からうまい具合に逃げられて感謝してる」


言って兄ちゃんは優しく笑い、真美の頭を撫でる。

そう何度も撫でられてると、さすがの真美だって飽きちまうぜ。

……なんてことはなくて。

むふー。
381 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:54:54.82 ID:5i4lUinv0

なんてことない世間話をしながら電車に乗って。

駅から出て、しばらく歩いてたら兄ちゃんに聞かれた。


「でも、今日は急にどうしたんだ?」

「わがまま、言いたくなったの」

「いつもわがまま言ってるじゃないか」

「そうじゃなくてね」


兄ちゃんの手をぎゅっと握る。

握り返してくれる兄ちゃんの手に、戸惑いはなかった。


「真美の兄ちゃんに、わがままが言いたくなったの」

「おませさんめ」


誰が言わせてんのさ。


でも、真美の兄ちゃんだってことが。

否定されなかったのが、本当に本当に。

うれしかった。
382 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:55:24.65 ID:5i4lUinv0

「真美、もうすぐこーこーせいなんだよ」

「そうだなぁ。初めて会ったときから、ずいぶん大きくなったな」

「そしたらさ、これまでみたいにはわがまま、言えないから」

「ん……」

「兄ちゃんを困らせるかもだけど、駄々っ子みたいなわがまま言いたかったんだ」


亜美は、自分の知ってる真美じゃないみたいで、って言ってたけど。

でも真美たち、少しずつ、そうなっていくんだよ。
383 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:56:07.79 ID:5i4lUinv0

真美は、いつまでも真美のままではいられない。

そう思っていたのを、兄ちゃんは察してくれたみたいだった。


「お前なりに考えてるんだなあ」

「なにおー、失敬な」


兄ちゃんと幸せになれるとしても、今のままじゃないんだ。

これまでの楽しかった日々は、徐々に変わってく。

兄ちゃんにひっついて遊んでじゃれついて。

そんなコドモっぽい甘えな日々も、少しずつオトナの日々になってくんだ。


「兄ちゃんとの幸せ、いつまで続くのかなって悩んでて」


でも、それは亜美が肯定してくれて。


「でも、それだけじゃなくてさ」


ほんとはね。


「これまでの真美と兄ちゃんの日々が無くなっちゃうみたいで、寂しかったんだ」

384 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:57:11.93 ID:5i4lUinv0

「ねえ兄ちゃん知ってる? 今度で真美さ、事務所入ったときのはるるんと同い年になるんだよ」

「ほんと、大きくなったよな」


思い出すように、二人ともしばらく黙り込んだ。


「真美、お姉ちゃんになっちゃうね」

「そうだな、年下の後輩もそろそろ入ってくるし、最年少ではなくなるな」

「そしたらもう、今までみたいには甘えられないね」


真美、そう言って笑ったつもりだったんだけど。

兄ちゃんは少し、寂しそうな顔してた。

真美がそんな顔に、なっちゃってたのかな。
385 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:57:57.49 ID:5i4lUinv0


「人は、変わるよ」


兄ちゃんが真美の手を強く握る。


「誰だって変わっていく。子どものままじゃないし、大人だって変わってしまうことはある」


真美も強く握り返した。


「でもな」


ふと、兄ちゃんが歩く足を止めた。

どったの?と思って見上げると。

兄ちゃんもこっちを見て、笑ってた。


「どんなに形が変わっても、想いの本質は変わらないよ」


少なくとも、俺はね。

そう付け加えて、兄ちゃんは反対の手でぽりぽりとほっぺたを掻いた。

386 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/23(日) 00:58:37.66 ID:5i4lUinv0

「兄ちゃんキザすぎ」

「我ながら柄にもないこと言ったなあと思ってる」

「でもそんなとこもひっくるめてさ」


最後、部屋のドアの前で別れるときに。


「大好きだよ、兄ちゃん」


そう言うと、兄ちゃんは顔を真っ赤にして。

おやすみ、と一言言い残して部屋に飛び込んでった。


んっふっふー、一本取ってやったよ、兄ちゃん。

でも、嘘ではないからね。


おやすみなさい。

大好きだよ。

387 : ◆on5CJtpVEE [sage]:2019/06/23(日) 01:15:48.28 ID:5i4lUinvo
お読みくださってる方、ありがとうございます。
今日の投下分後半から前回落ちたときの続きとなります。
このペースならあと数日で最後まで投稿できそうですので、もうしばらくお付き合いください。
388 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/06/23(日) 01:22:11.80 ID:4jB0ZODlo
おつおつ
お待ちしてます
389 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:12:50.09 ID:QHO8M2d60
>>388
ありがとうございます。
今しばらくおつきあいください。
390 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:15:28.32 ID:QHO8M2d60

冬が過ぎれば春が来て。

春が来たら、真美たちも高校生。

やっぱり入学してしばらくはもみくちゃな日々。


男子はみーんな、目を血走らせちゃってさあ。

中学のときはまだ可愛いモンだったんだね。

ミキミキの苦労がやっと分かったよ……。
391 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:15:56.18 ID:QHO8M2d60

みんなはいつも通りぜっこーちょー。

ほんとに時々、暇すぎて閑古鳥が鳴いてるときもあるけど。


「うちの事務所も旬が過ぎたかなー」


なんて誰かがぼやくと。

ドっと仕事が入ってきててんてこ舞いになんだよね。

やっぱ神様は見てるみたい。

しかも、ちょっといじわるさん。
392 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:16:26.58 ID:QHO8M2d60

兄ちゃんとの約束の日は、そんな新生活も始まって、すぐのことだった。

五月二十二日。


じゃなくて……。


「ねえ兄ちゃん、真美にあんだけ言っといてさ、二十二日に仕事ってどゆこと?」


じとーっと運転席の兄ちゃんを見る。


「すまん……お前の誕生日祝い生中継特番がな……」

「まー、真美がそれだけみんなから愛されてるショーコだし、イヤな気分ではないですケド?」


そういうと、兄ちゃんが二重の意味で顔をしかめた。

仕事を阻止できなかったことと……。

……そして。


「みんなから愛されてそんなに嬉しいかい」


口をへの字に曲げた兄ちゃん。

んっふっふー、これで隠してるつもりなんだから笑えちゃうよね。

そんなとこも可愛いんだけど。
393 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:17:17.71 ID:QHO8M2d60

「そんなわけで、一日早いけど前夜祭の誕生日ディナーで許してくれ」

「ちかたないなぁ……真美だけだかんね? こんなに心広いの」


日中の収録を終えて、兄ちゃんが予約してたお店に向かってるとこなのだ!

お店の名前はかたくなに教えてくれなかったけど……。


「この服、キュークツだよー」

「ドレスコードがあるとは書いてなかったが、念のため、な」

「なら普通の服でも良かったじゃーん」

「真美も、もう大人として見られ始める年だからな」


ドキッとした。

真美が大人に見られるから、じゃなくて。

そのときの兄ちゃんの口振りが――。


――まるで、大人の女性に囁くみたいな、甘い色に感じたから。
394 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:18:08.07 ID:QHO8M2d60

駐車場に車を止めて、お店の前に行ってみると……。


「あ,ここって……」

「おっ! 覚えてたか」


そりゃそうだよ!

だって、ここ教えたのって……。


「いつだったか、お前が教えてくれたお店だよ。デザートが絶品なんだろ?」

「あ、うぅぅぅぅ……」


しゅぼん!

あのときのこと思い出したら一気に恥ずかしくなってきた!

真美が勘違いして兄ちゃんにあれこれサポートしてたときに教えた店じゃん!

いや、兄ちゃんも悪いんだけどさ!


「真美に教えてもらったときから、今日の日には、ここに来ようと決めてたんだ」

「え……?」

「あとから勘違いの話を聞いて、お互いの空回り加減に笑っちゃったよ」


いや、俺が悪かったのかな。

たぶんそう言い掛けた兄ちゃんの口を、真美の手で塞いだ。


「お互い様っしょ、兄ちゃん」

「……ああ、そうだな」


そんなやりとりをしてる内に身体も足取りも軽くなって。

二人で、お店に入っていった。
395 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:18:42.39 ID:QHO8M2d60

「やっば! これちょーうまいよ兄ちゃん! ほらほら早く食べて早く!」

「ああ……真美にはやっぱりまだ早かったか……」


ぱくぱくむしゃむしゃ!

シェフを呼びたまえ!

とっても美味しいよ!


「テーブルマナーってほどの店でもないが……もう少し落ち着いて食え」

「だって美味しいんだもん」


きょろきょろしながら周りの目を気にする兄ちゃん。

でもだいじょーぶだよ。

ウェイターさんも、こっち見ながらにこにこしてるもん。


前に何かの番組でシェフの人が言ってたんだ。

美味しく食べてもらえるのが一番嬉しい、って。

だからこれが真美なりの、一番の美味しいのひょーげんなのだよ!
396 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:19:24.29 ID:QHO8M2d60

「そしてこれが……これが噂の絶品デザートか……!」

「ふぉぉぉぉぉぉぉお……!!」


そしてコースの最後には、雑誌でも絶賛の絶品デザート!

ケーキにアイスにチョコにクレームブリュレにティラミスに……。

国籍無視していろんなデザート勢ぞろい!

山盛りてんこ盛りで真美たちの前においでなすった!


「ねぇねぇ兄ちゃん」

「……なんだ」

「これを前にしても、マナーとか何とか言うつもり?」


……沈黙。
397 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:19:51.31 ID:QHO8M2d60

「無理だああああああああ!」


兄ちゃんが、周りを気にして微妙に小さく上げた雄叫びとともに食べ始めた!

真美も負けてらんないぜ!

まずはこのプリンを……。


あむっ。


「ふぁっ…………」

「おっ、おぉぉっ……なんだ、このわき上がる幸福感は……!」


二人して一口目で昇天。

ごめんなさい、パパ、ママ……。

真美は悪い子です……甘味には勝てなかったよ……。
398 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:20:18.31 ID:QHO8M2d60

甘味も食べ終えて、食後のドリンク。


「あー、食った食った……」

「途中から兄ちゃんもマナーもなんもなかったじゃん」

「だって旨いんだから仕方ないだろ」

「ウェイターさん、時々くすくす笑ってたよ」

「野郎、ブン殴ってやる」

「ケーサツ沙汰はさすがの真美もカンベンだかんね」


そんな他愛もない話もして。

もう家に帰るのかなーなんて、少し寂しさもあって。


そんなとき、兄ちゃんが少し真面目な目で微笑んでるのが見えた。

何かを手元に持ってる。
399 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:20:47.25 ID:QHO8M2d60

「真美」


そう優しく名前を呼んで、兄ちゃんはそれを差し出した。


「一日早いけど、お誕生日、おめでとう」


言葉とともに差し出されたのは、ラッピングされた黄色い箱。

さすがの真美も、こーゆーときの雰囲気が分からないほどアレじゃないよ。


「わぁ……」

「たぶん、気に入ってもらえると思うんだけど」

「開けていい?」

「ああ、どうぞ」


綺麗に包まれてると、勢いよく開けるのが勿体ない気がしてくる。

真美は丁寧にラッピングをはずして、箱を開けた。
400 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:21:31.32 ID:QHO8M2d60

中に入っていたのは、綺麗なイヤリング。

これも、前に真美が教えてあげた奴に似てるけど……。


「あのとき、『真美は結構好き』とか言ってただろ? あれよりももう少し、大人っぽいけど」


オトナ向けのフレンチのお店。

オトナっぽいイヤリング。


「真美……もう、コドモじゃないんだね」

「というよりは、オトナと思ってもらえる、かな」


そう言って兄ちゃんがまた、大人っぽい表情で優しく微笑んだ。
401 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:22:19.42 ID:QHO8M2d60

手に取ったイヤリングを、さっそく耳に付ける。


「どう? 似合ってるかな」

「勿論。真美のために作ったみたいだよ」


珍しくもない誉め言葉だけど。

なんてことない、ありふれた言葉だけど。

つい、緩んだ笑みがこぼれちゃう。


真美には、兄ちゃんに言ってもらえるコトバは。

ぜんぶぜんぶ、とっても嬉しいんだよ。
402 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:22:46.09 ID:QHO8M2d60

「なあ、真美――」


とそこで、兄ちゃんは途中まで何かを言い掛けた。

でも、そこで口は止まった。


「なに?」

「いや……やっぱり、なんでもない」

「えーーー!? なにそれずっこいずっこい!」


兄ちゃん、何を言おうとしたんだろう?

そのあと、何度躍起になって聞こうとしても。

結局最後まで教えてくれなかった。
403 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:23:12.08 ID:QHO8M2d60



とってもおいしい料理。


とってもうれしいプレゼント。


でも、ちょびっとだけ残ったモヤモヤ感。


それらを抱えながら、真美たちは家へ帰った。


404 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:23:39.00 ID:QHO8M2d60

「兄ちゃん、今日はあんがとね!」


部屋の玄関の前で、一緒に帰ってきたときのいつものご挨拶。


「いえいえ、どういたしまして。姫のためであれば何とでも」

「そうじゃそうじゃ、我こそは姫ぞ! くるしゅうない!」

「どっちかというと王とか妃とかそっち系に聞こえるな……いや、高飛車な姫ならアリか……?」


そんな小さな漫才をして。

時間は二十一時三十分。


「それじゃ兄ちゃん、また明日ね!」

「ああ、おやすみ、真美」


そう言って、お互いに自分の部屋へ入っていった。
405 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:24:05.65 ID:QHO8M2d60

シャワー浴びて、明日の準備をして。

でも真美は、それからベッドに潜ってもモヤモヤが消えなかった。


え、さっき最後、何言おうとしてたの?

明日の仕事?

こないだのいたずら?

それともまさか、別れ――


ばちぃん!


両手で自分のほっぺたをひっぱたく。

兄ちゃんがそんなこと言う訳ないじゃん!

プレゼントもくれたのに!

このばみ!
406 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:24:33.37 ID:QHO8M2d60

でも、今の一発で目が冴えちゃった。

たまには……。


「ベランダで涼もっかな」


亜美はもう、とっくにすぅすぅと寝息を立ててる。

起こさないように静かに、ベランダに出た。
407 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:24:59.82 ID:QHO8M2d60

ふわぁー、夜風が気持ちいい……。

だんだん暑い日も増えてきて、風が心地良い季節になってきた。

今日も、とってもとっても蒸し暑かった。

ついこないだまで寒かったのになあ。

こういう感性も、昔より大人になってきた気がする。


そっか。

真美、人生の三分の一くらい、あの事務所にいるんだ。

そう考えると、兄ちゃんとの日々も、もう随分長くなるんだなって。

なんか変な感傷に浸っちゃって。

これも、オトナになるってことなのかもしれないね、亜美。
408 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:25:26.03 ID:QHO8M2d60

そんなことをしばらくしてると。

隣の部屋の窓が、カラカラと開く音がして。

中から見覚えのある姿が見えた。


「ありゃ、お前もベランダに来てたのか」

「兄ちゃんも眠れなかったの?」

「ちょっとな」


さっきまで悩んでたせいか、いつもみたいに言葉が出てこない。

ぽけーっと兄ちゃんを見てると、珍しい提案があった。
409 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:25:52.68 ID:QHO8M2d60

「真美、こっちのベランダ来ないか?」

「え、でもいつも危ないって……」

「言っといて自分でもどうかと思うが、たまには悪いこともするもんだ。支えててやるから」


そう言われると、断れないよ。

真美はいつものようにひょいっと飛び乗ると、兄ちゃんのベランダへ歩いて移った。

いつもと少し違うのは、兄ちゃんが落ちないように支えてくれていること。


「あらよっと!」


ぴょんっと兄ちゃんの隣に飛び降りる。

すると兄ちゃんはベランダに座り、ちょいちょいと手招きをした。

真美も、兄ちゃんの隣に座り込む。


「兄ちゃんから誘ってくるなんて珍しいね」

「今日はそんな気分でさ」


良くも悪くもない天気。

所々に雲があって。

その隙間から、片手の指程度の星が見えた。
410 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:26:26.95 ID:QHO8M2d60

「もう二十三時五十分か」


腕時計を見ながら、兄ちゃんが言う。

寝付けなくて、だいぶ遅くなっちゃった。

明日、起きれるかなあ……。


「安心しろ、起こしに行ってやるから」


心読まれてた。

それに兄ちゃんは、ベランダから、と付け加えた。

じょしこーせーの部屋の窓にへばりついてる不審者の姿が浮かんだ。

やめときなよ、それはさすがに事案だよ。
411 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:26:59.42 ID:QHO8M2d60

「俺たち、大事な話するときって、いつもここにくるよな」


どきん。

胸が飛び跳ねた。

さっき最後に考えた、嫌な想像のせいかな。

そんなことないはずだって、頭は分かってるのに。


「もうすぐお祭りが始まる時期だな」


ズコーーーーッ!


「ねえ兄ちゃん、大事な話ってそんなこと?」

「あ、いや、こういう時って世間話から入るもんだと思って」

「……ってか兄ちゃん、なんかぎくしゃくしてない?」

「そんなこことない」


こが一個多い。
412 : ◆on5CJtpVEE [saga]:2019/06/24(月) 00:28:37.76 ID:QHO8M2d60

「今だから素直に言う」

「うん」

「前にお祭り行ったとき、お前浴衣着てたろ?」

「うん」

「あれ、ちょっとヤバかった」

「え、変だった……?」

「いや、そういう意味じゃなくてさ、その……」

「そういう意味じゃなくてなんなのさ」

「いや、その……分かれよ、そこは」

「え、何を!?」


ちょっとまって、脈絡なさ過ぎてわかんないんだけど!

お祭りの話されてるのもよく分かんないけどさ!


ええと、そもそもあのとき、なんで浴衣で行ったんだっけ?

確か、ひびきんに着せてもらって……。

そんで、ミキミキがうなじ見せれば男なんて――。
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