ダイヤ「吸血鬼の噂」

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33 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:09:58.03 ID:ZRnZyA2Z0

焦って視線を冷蔵庫の方へ戻すと、チルド室の中に保存用の袋に入れられて保存されている皮を剥いた大蒜があるのに気付き──すぐさま、冷蔵庫を閉じる。

振り返ると、


千歌「……はっ……はっ……」


のたうち回るのは止まったものの、千歌さんは涙を流したまま息を切らせて蹲っていた。


ダイヤ「ち、千歌さん!? 大丈夫ですか!?」

千歌「……はぁ……はぁっ……し、死ぬかと……っ……思った……っ……」

ダイヤ「すみません……! わたくしの不注意でしたわ……!」

千歌「う、うぅん……あ、あはは……」

ダイヤ「もう……!! なんでこんなタイミングで大蒜が冷蔵庫の中にあるのですか!?」


わたくしも気が動転して、思わず声を荒げてしまう。


千歌「だ、大丈夫……ちょっと、びっくりしただけだから……」

ダイヤ「千歌さん……本当に、ごめんなさい……」


大蒜があると、部屋に入れないと言うのは事前に聞いていたのに。不覚でしたわ。

と言うか、保存袋に入れれば臭いはあまり漏れ出さないはずなのに……。


ダイヤ「かなりニオイに敏感なのですわね……」


そういえば、学校に居る間も最初は教室で待っていたけれど、保健室から血の匂いを感じて移動したと言っていましたし……嗅覚も人間離れしているのかもしれません。

冷蔵庫の厚い扉が一枚あれば、とりあえず大丈夫なようですが……。


ダイヤ「……とりあえず、部屋で待っていてくれますか?」

千歌「ごめんなさい……そうします……」


千歌さんはへろへろとわたくしの部屋へと戻っていく。

誰かが食べようと思っているものだと言うのには間違いありませんが……とりあえず、大蒜は後で処分しましょう。

しばらく千歌さんは泊めるつもりである以上、大蒜があるとそれだけで危険です。

……本当に死んでしまうのではないかと言う、苦しみ様でしたし。


ダイヤ「……さて」


チルド室の中に大蒜が置いてあった……。


ダイヤ「とりあえず、今は冷蔵室は開けない方がよさそうですわね……」


そう思い野菜室を開ける。

幸いなことに、こちらには大蒜は置いては居なさそうです。


ダイヤ「トマト、タマネギ、レタス……えっと、確か食パンは残っていましたわよね。サンドイッチにしましょう……」


ベジタブルサンドなら、水分も補給出来て、腹の足しにもなる。

……ただ、この組み合わせだとベーコンか卵が欲しいのですが、ベーコンも卵も、さすがに野菜室には置いていない。

冷蔵室を開けたいところですが、千歌さんに部屋に退散してもらったとは言え、あの嗅覚だとニオイを感じ取ってしまう可能性は十分ある。


ダイヤ「……背に腹は代えられませんわね。今日は野菜だけのサンドにしましょうか」
34 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:10:40.76 ID:ZRnZyA2Z0

一人呟きながら、トマトやレタスを取り出している折に、


ダイヤ「……? あら、これって……」


真っ赤な液体の入った瓶が目に入る。


ダイヤ「……これ、いけるかもしれませんわね」


わたくしはサンドイッチに材料とその液体の入った瓶を取り出して、早速食事の準備を始めるのでした。





    *    *    *





ダイヤ「千歌さん、お待たせしました」

千歌「ん……」


わたくしの声を聞くと、千歌さんは身を起こす。

わたくしがサンドイッチを作っている間、畳の上で横になっていたみたいです。


ダイヤ「先ほどは本当にごめんなさい……」

千歌「んーん……あんなの誰にも予想出来ないよ……気にしないで……あはは」


千歌さんはそう言って力なく笑う。

申し訳ない気持ちでいっぱいですが、このままでは延々と謝罪をしてはフォローされての繰り返しになりかねないので、これ以上の謝意は飲み込むことにした。

こういうものは今後の反省に生かすしかない。

とりあえず、ここで突っ立っていても仕方がないので、持ってきたお皿を自室のちゃぶ台の上に置く。


千歌「……わ、サンドイッチ? おいしそう……」

ダイヤ「ええ、ベジタブルサンドですわ。これなら水分も取れると思いまして……それと──」


お皿と逆の手で持っていた、瓶を置く。


千歌「……!」


途端、千歌さんが涎を垂らす。


千歌「……って、わわ……」


千歌さんは慌てて涎を拭う。


ダイヤ「やっぱり……これを持ってきて正解でしたわ」

千歌「飲んでいいの!?」

ダイヤ「ええ、もちろんですわ」


先ほどまで、ぐったりしていた千歌さんが目を輝かせる。

その視線は机に置かれた赤い液体の入った瓶に注がれている。

そう──これは、
35 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:11:39.64 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「トマトジュース……吸血鬼が好きそうなイメージの飲み物ですわ」

千歌「……!!!」


千歌さんが無言でコクコクと首を激しく縦に振る。

もう待ちきれないといった様子なので、フタを開けて、コップに注いで彼女の目の前に差し出すと、


千歌「いただきます!!」


千歌さんはそれを一気に煽って、


千歌「コクコクコクコク……ぷはぁ……!!」


一気に飲み干してしまった。


ダイヤ「ふふ、おいしいですか?」

千歌「おいしい……!!」

ダイヤ「まだ、ありますからね」

千歌「うん!!」


再び注いであげると、千歌さんはコップに溜まっていく真っ赤な液体をキラキラした目で見つめている。


千歌「いただきますっ!!!!」

ダイヤ「ふふ、焦らないで飲むのですわよ」


やはり気を遣ってはいましたが、相当喉が渇いていたようです。

わたくし同様水分の確保には彼女も頭を悩ませていたのかもしれません。

文字通り数日振りに水を見つけた砂漠の旅人のように、幸せそうに赤い液体を飲み干していく。


千歌「ぅ……ぅぅ……っ……おいしいよぉ……っ……」

ダイヤ「よかったですわね……」

千歌「うん……ありがとう……っ……」


再び注いであげると、また夢中になって飲み干す。

大蒜があったときは、なんでよりによってと思いましたが……こうしてトマトジュースを見つけたことでチャラにしましょう。

吸血鬼になってしまった千歌さんと出会ってから、初めて彼女が喜ぶものを見つけてあげられて少し胸を撫で下ろす。

多くの制約の中でどうするかばかり考えていたので、千歌さんもわたくしも少し気が滅入っていましたが……こうして、幸福感を味わえるものを見つけられて良かったですわ。

──千歌さんは相当喉が渇いていたのか、一瓶あったトマトジュースはすぐに空になってしまいました。


千歌「……ぁ。……もう、ないんだ……」


それを見て千歌さんはシュンとする。


ダイヤ「あとで買ってきましょう。これから先、水の代わりになると思いますから」

千歌「うん!!」

ダイヤ「それでは、サンドイッチも食べましょうか」

千歌「はーい!!」


かなり遅くなってしまいましたが、二人で昼食を取る。
36 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:12:18.60 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「あむ……♪ おいひぃ……♪」

ダイヤ「……ふふ」


昨日出会ってから、ずっと暗い表情が続いていましたが……。

ここに来て、彼女の満面の笑みを見ることが出来て、わたくしは心底安心したのでした。





    *    *    *





ダイヤ「それでは、日が傾き始めたら迎えに来ますわね」

千歌「うん、わかった。日傘、ありがとね」


千歌さんは十千万旅館の軒先の日影に身を逃がしてから、日傘を開いたままわたくしに手渡してくる。


ダイヤ「せっかくですから、千歌さんが持っていてもいいのですわよ?」

千歌「んーん。ダイヤさん、これから沼津まで買い物に行くんでしょ? さっきもダイヤさん、家出るときに、今日は日差しが強いって言ってたし……チカは日が沈むまで大人しくしてるから平気だよ」

ダイヤ「そうですか……出来るだけ早めに用を済ませて戻ってきますので」

千歌「うん。その間に志満姉にしばらくダイヤさんちに泊まりに行くって言っておく」

ダイヤ「ええ。それでは、また後で」

千歌「うん、またねー!」


── 一先ず、千歌さんには一度昼の間に家に帰ってもらい、わたくしは沼津に買出しに行くことに致しました。

それに、沼津には他にも用事がありますし……。

千歌さんから受け取った日傘を少し傾けて、空を見上げる。


ダイヤ「それにしても、今日は本当に日差しが強いですわね……」


まだ5月前だと言うのに、厳しい直射日光ですわ……。

もともと千歌さんのために日傘を持ってきたのですが、あまりに強い日射に途中から一緒に入れてもらう形で十千万旅館まで歩いて来ました。


ダイヤ「全く……ここ最近は暖冬や冷夏と言った気象が増えた気がしますわ……勘弁して欲しいですわね。まだ5月前なのに、今日の日差しはまるで真夏みたいですし……」


天気予報でも今日は少し暖かくなると言っていた。……いや、むしろ太陽が頑張りすぎているくらいでしょう。

千歌さんにとっては辛い気象だと思いますし……出来れば曇ってくれればと願ってしまう。

雨が降るとそれはそれで吸血鬼は外に出られなくなってしまう気がしますし……。曇りがいいですわ。

ぼんやり考え事をしながら、一旦荷物を取りに家に戻る。


ダイヤ「……本当に今日はすごい日差しですわね……。眩しい……」


わたくしは少しだけ顔を顰めながら、一人お昼過ぎの内浦を歩くのでした。





    *    *    *





──沼津に着いたのは15時頃でした。
37 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:13:21.51 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「余りのんびりもしていられませんわね……」


買い物もそうなのですが、待ち合わせをしている。

すぐさま、やば珈琲まで足を運ぶと。


花丸「あ、来たずら! ダイヤさーん!」

善子「自分から呼び出しておいて、珍しく遅いじゃない」

ダイヤ「すみません、お待たせしました」


店内の席で待っていたのは花丸さんと善子さんでした。

……と、いうかわたくしが呼び出したのです。


ダイヤ「すみません……皆で遊んでいたところだったと思うのですが……」


泊まりに行ったところですから、それこそ一緒に居たと思いますし……。


善子「ま、別にいいわよ。買い物してただけだし……。私は家でゲームがいい言ったのに……」

花丸「たまにこうして外に連れ出さないと、太陽の光が全然浴びられないずら」

善子「うっさいわね……余計なお世話よ」

ダイヤ「ふふ……善子さんも大変ですわね。こんな日に」

善子「……? そうよ、わざわざお泊りの日にそんな気遣いしなくてもいいじゃない」


……こんな日差しが強い日に。と言う意味だったのですが……。

まあ、いいでしょう。


ダイヤ「ルビィと果南さんは?」

善子「なんか二人でぬいぐるみ見てるって言ってたわ」

花丸「ルビィちゃんがぬいぐるみ好きなのは知ってたけど……果南ちゃんもだったんだね。意外ずら」

ダイヤ「果南さんはああ見えて可愛いものが好きですからね」

善子「ま、それはともかく……なんでわざわざ私とずら丸は指名されて、呼び出されてるわけ?」

花丸「……そうだね、何か聞きたいことがあるって言ってたけど……」

ダイヤ「単刀直入に。吸血鬼について、何か知ってることがあれば聞きたくて」

花丸「ずら? 吸血鬼?」

善子「……例の噂の話? あれ、でも大きなネズミがいただけだったんじゃないの? 果南はそう言ってたわよ」

ダイヤ「ええ、そうなのですが……。ただ、それだけだとやっぱり説明しきれないことがいくつかあって、もう少し調べてみようと思ってるのですが……。……果南さんには心配を掛けたくなくてそう言いましたが、もし万が一吸血鬼とやらが本当に居たらと思うと少し不安になりまして」


ほどほどに嘘を混ぜながら、そう嘯く。


善子「……ダイヤが? なんか変なものでも食べた?」

花丸「善子ちゃん……失礼ずらよ」

ダイヤ「いえ……善子さんの反応も仕方ありませんわ。わたくし、普段はそういうことは全く信じていませんので。……ですが、やっぱり夜の校舎は一人で歩くと不気味で……少しでも噂の吸血鬼とやらを知っておけば心持ちも軽くなるのではないかと」

善子「……ふーん、なるほどね」

ダイヤ「わたくしも気になって少し調べてはみたのですが……花丸さんや善子さんなら、わたくしよりも詳しいかと思いまして」

花丸「敵を知り、己を知れば、百戦危うからずずらね……。一周回ってダイヤさんらしいかも」


どうにか、納得はしていただけたようです。
38 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:14:27.10 ID:ZRnZyA2Z0

善子「うーんまあそうね……でも簡単なことは調べたんでしょ?」

ダイヤ「ええまあ」

花丸「有名な話だと、十字架、大蒜、聖水……そして、日光に弱いってことだよね。あとは人の血を吸う」

善子「正確には若い女性の血かしらね」

ダイヤ「そうなのですか?」


そんな限定条件があるのは知らなかった。


善子「まあ、今の吸血鬼のイメージではって話だけどね」

ダイヤ「今の……?」

花丸「もともと吸血鬼の話って世界中であって……特に東欧では昔から伝承がたくさんあったんだよ」

善子「多くの伝承では死者が甦った者とかそんな感じの存在だったかしらね? ノスフェラトゥなんて言ったりするけど、こっちよりもヴァンパイアって言う方が馴染みがあると思うわ」

ダイヤ「ええ、ヴァンパイアならわたくしも聞いたことがありますわ。……でも、それは吸血鬼の英名みたいなものなのでは?」

善子「んー……まあ、そうっちゃそうなんだけど、語源が曖昧なんじゃなかったかしら。元の意味合いとしては妖怪とか魔獣って意味合いだった気がするわ。ま、それはそれとして、“これぞ吸血鬼”って感じになってくるのはドラキュラ伯爵からよね」

花丸「ブラム・ストーカーの小説『吸血鬼ドラキュラ』ずらね。1897年の刊行物かな。まあ、これ以前にも吸血鬼を題材にした創作物はあるけど……1819年、ポリドリの『吸血鬼』。1872年、ジョゼフ・シェリダン・レ・ファニュの『カーミラ』なんかは『吸血鬼ドラキュラ』に大きな影響を与えたって言われてるよ」

善子「あんたよく刊行年なんか覚えてるわね……。まあ、そういう作品たちから今の所謂『吸血鬼像』が作られていったのよ」

ダイヤ「……? となると、吸血鬼と言う生き物? 妖怪? 怪異がもともと居たのではなく、あくまで創作の中の存在と言うことですか……?」


そこまで言って、


花丸「ずら?」

善子「……?」


二人が不思議そうな顔をした。


花丸「えっと……ダイヤさん、信じてるわけじゃないんだよね?」


……しまった。この聞き方では、まるで吸血鬼が実際に居るのを知っているみたいではないですか。


ダイヤ「あ、いえ……えっと……。火のないところに煙は立たぬと言うではないですか。架空の生き物とは言え、やっぱり元になったものがあるのではと思いまして」

善子「ああ、まあ……諸説あるわよね」


……どうにか、誤魔化せましたわね。


善子「でも怪異的な話って辿ってみると、実際にそういう魔物が居たと言うよりは、民衆の恐怖が伝承の中で落とし処をつけるために人智の及ばないモンスターをでっちあげちゃってたりするのよね。もちろん、とんでもなく強い獣が伝説になって化け物として語り継がれるってパターンもあるけど」

花丸「伝染病とか流行り病なんかは、そういうものに結びついてることが多いよね。実際吸血鬼の伝承も狂犬病から来てるんじゃないかって言う人もいるし」

ダイヤ「狂犬病ですか……」

花丸「狂犬病は日本だと70年以上発症例がないから……マルたちには馴染みがないけど、噛まれて感染する、感染者は狂暴化したり、水を極端に怖がる恐水症って言われる症状を発症するずら」

善子「あとは、光も怖がるようになるんだっけ……?」

花丸「うん、瞳孔反射が弱って光を嫌うようになるずら。あとは風の動きとかにも過敏になって、嗅覚や聴覚が鋭敏になるとか言うね。精神錯乱とかもあって、人が変わっちゃうとも聞いたことがあるずら」


確かに、聴覚はわかりませんが……嗅覚の鋭敏化、噛み付くことや、光や水を忌避すると言うのはまさに今の千歌さんに近い状態とも言える。血に餓えれば精神錯乱も起こすし、狂暴にもなっていた。

……ですが、まさか千歌さんが狂犬病というわけではないでしょう。
39 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:15:02.88 ID:ZRnZyA2Z0

善子「私はその説あんま好きじゃないけどね……」

花丸「そうなの?」

善子「だって、狂犬病って致死率100%の病気じゃない。……それに、狂犬病は人から人へは基本的に感染しないって言うでしょ? 吸血鬼の本懐はやっぱり、吸血して仲間を増やすって部分だと思うんだけど。類似点があるのは認めるし、それがモチーフになったってのはあるかもしれないけど……。狂犬病と吸血鬼が同視されてたってのは飛躍じゃないかしら」

花丸「……一理あるずら」

ダイヤ「人から人へ……」


善子さんの発言に少し引っかかる。


ダイヤ「あの……吸血鬼と言うのは人から人に移っていくものしかないのでしょうか?」

善子「んー……増え方としては基本的にそうよね。美しい女性を好んで吸血する。なんでかわからないけど、吸血の際は絶対首筋に噛み付くのよね。そして、血を吸われた人間も吸血鬼になるってのが多いわ」

ダイヤ「…………」


吸血方法も千歌さんの特徴と一致している。千歌さんも『何故か首筋に噛み付きたい』と言っていたし……。


花丸「丁度、今ダイヤさんが絆創膏してる辺りだよね」

ダイヤ「……!?」

善子「え?」


思わず首筋を押さえる。

千歌さんからの噛み傷を隠すために、絆創膏を貼ったのを忘れていた。


善子「……え、ち、ちょっと……まさか」

ダイヤ「え、あ、いや……その……」

花丸「ずら?」

善子「……ま、まさか……こんな話してるときに、そこに傷があるって……」

ダイヤ「こ、これは、その……!」


不味い。

吸血鬼の存在がバレる。

いや、それだけではありません。

この話の流れだと、わたくしは吸血鬼化された人間だと思われる可能性が高い。

ここまでの話で千歌さんとの類似点は多いですが、千歌さんには他人を吸血鬼にする力はありません。

わたくしは大蒜のニオイを嗅いでも大丈夫でしたし、水も平気、そして十字架も──そうだ、十字架……!!


ダイヤ「へ、変な疑いを掛けないでください!! 昨日、善子さんから貸して頂いた十字架も……ほら、このように持っているのですわよ!?」

善子「……最近の吸血鬼って十字架を克服してるのとか、いるのよね」

ダイヤ「!?」

善子「それに、そんなに必死になって、否定する理由はなに?」

ダイヤ「そ、それは……」

善子「ただでさえ、突然こんな話してきてらしくないなって思ってたし……まさか、ダイヤ」

ダイヤ「ま、待ってください!! 誤解ですわ!!」

善子「なら、その絆創膏剥がして見せてよ」

ダイヤ「……!」
40 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:18:26.73 ID:ZRnZyA2Z0
>>32 文字化けしてたので修正


ダイヤ「……ご飯は食べられるのですか?」

千歌「あ、うん。普通に食べられるよ」

ダイヤ「一応聞いておきたいのですが……食事で血への餓えを紛らわすということは……?」

千歌「……無理、かな。どんなにご飯を食べてても、血が欲しいって一度感じたら全然満たされなくなっちゃうから……」

ダイヤ「まあ、そうですわよね……」


それでどうにかなるなら苦労はしていないでしょう。


ダイヤ「大蒜の他に食べられないものは?」

千歌「食べられないものというか……水があんまり飲めない」

ダイヤ「え?」

千歌「最初のうちはちょっと水の味が変だなってくらいだったんだけど……ここ1〜2日は水飲むと、気持ち悪くて吐き出しちゃってた……」

ダイヤ「そ、それって相当困りませんか……?」

千歌「う、うん……割と喉が渇いてて辛いかも……あ、でも昨日はダイヤさんが血を飲ませてくれたから、今は大丈夫だよ?」

ダイヤ「そ、そういうものなのでしょうか……?」


人間は4〜5日も水を飲まなければ死んでしまいます。

血が水の代わりになると言っても……昨日千歌さんが飲んだ血の量なんて、遅らく100mℓにも満たない量です。

吸血鬼は根本的に体質が違うといえばそれまでかもしれませんが、人間が一日に必要と言われてる水の量は1.5ℓ以上なんて話を聞いたことがあります。

どう考えても足りているとは思えない。


ダイヤ「本当に大丈夫なのですか……?」

千歌「……えーっと」

ダイヤ「正直に言ってください。餓えもそうですが、渇きも十分理性を失う要因になりかねませんわ」

千歌「…………正直に言うと、ものすっごく喉が渇いてるかも……」

ダイヤ「……ですわよね。どう考えても、血液だけで補えているとは思えませんもの」

千歌「ごめんなさい……」

ダイヤ「いえ、謝らないでください」


……とは、言ったもののどうしたものか。

水を飲むことが出来ない以上、水以外のものから水分を補給しないといけないということだ。


ダイヤ「そうなると……野菜や果物でしょうか……」


とりあえず、何かないかと冷蔵庫を開ける。

その瞬間──


千歌「──¢£%#&□△◆■!?」


千歌さんが奇声を発した。


ダイヤ「え!?」

千歌「!!!!!!!!!」


鼻を押さえ、涙を流してのた打ち回っている。


ダイヤ「まさか、大蒜……!!?」
41 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:20:14.10 ID:ZRnZyA2Z0

出来ない。

この下には噛み傷がある。

わたくしが吸血鬼になっていなくても、これは紛れもなく吸血鬼によって作られた噛み傷だ。

もし吸血鬼が、善子さんの言う通り、吸血鬼的な弱点を克服できている個体もいるのだとしたら、自分がそうじゃないことをこの場で証明する方法が一つもない。


善子「……別に後ろめたいことがないなら、出来るでしょ?」

ダイヤ「………………」


どうする。どうする……?

今わたくしから吸血鬼の存在が露呈すると恐らく悪いことが起きる。

善子さんは吸血鬼を人間にとって善いものとして喋っているとは思えない。


ダイヤ「……こ、れは……」


わたくしが答えに窮していた、そのとき──


花丸「善子ちゃん……やめるずら」


花丸さんが善子さんを嗜めた。


善子「いやいや……ずら丸、あんた状況わかってるの?」

花丸「状況がわかってないのは善子ちゃんずら……」

善子「はい……?」

花丸「妹が泊まりに行った晩、翌日首筋に張られた絆創膏……普通乙女だったら人になんか言えないずら」

ダイヤ「…………!」


これは、ナイスアシストですわ……!!


ダイヤ「そ、そうですわ……!! そ、そんなこと答えられるわけないではありませんか……!!」


そう言って、わたくしは恥ずかしそうに俯く演技をする。


善子「……は?」

花丸「……はぁー……善子ちゃん、耳を貸すずら」

善子「……?」


花丸さんが善子さんに耳打ちをする──と、

みるみる善子さんの顔が真っ赤に染まっていく。

そして──


善子「そ、そういうことなら、早く言いなさいよ!!!!/////」


顔を真っ赤にして、声を張り上げた。


花丸「だから、自分から言えるわけないずら……ましてやこの場で見せろなんて、デリカシー皆無ずら」

善子「ぅ……/// ご、ごめんなさい……///」

ダイヤ「い、いえ……わかっていただければ、いいのですわ……」


かなり良心が痛みましたが、助かりました。

恐らく花丸さんが善子さんに耳打ちした内容はこう──『首筋のキスマークを絆創膏で隠してるんだよ』
42 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:21:59.47 ID:ZRnZyA2Z0

善子「でも、ダイヤが……ふ、ふーん……」

花丸「……あ、そっか」

善子「……?」

花丸「ダイヤさん……その人に心配されちゃったんだね」

ダイヤ「……!?」

花丸「学校のために吸血鬼のことを調べて頑張る愛しの人が心配な恋人……その人に心配を掛けないために、少しでも情報を集めて対策してるんだよって姿勢を見せるために」

善子「……あ、ああ……ダイヤがリア充に……」

ダイヤ「…………」


なんだか、花丸さんの妄想が変な方向に肥大を始めましたが……。この場はとりあえず、そういうことにしておいた方がいいかもしれませんわね……。


花丸「そういうことなら、協力するしかないよね! 善子ちゃん!」

善子「え!? ま、まあ……」

花丸「吸血の話だったっけ」

善子「え、ええっと……そうだったわね……。コホン」


善子さんは軽く咳払いをしてから、先ほどの会話の続きを始めてくれる。……本当に助かりましたわ。


善子「……ま、これも最近のイメージだけど、吸血鬼が吸血した相手も吸血鬼になるって話はよくあるわ。眷属化って言い方をすることもあるわね」

ダイヤ「眷属化……?」

善子「隷属化って言うのかしらね? しもべにしちゃうのよ」

ダイヤ「しもべ……ですか」

善子「眷属化すると、自分を眷属化した吸血鬼には逆らえなくなるっていうのが多いわね」

花丸「あ……それに近いことで吸血鬼って魅惑や誘惑の能力があったよね」

善子「ああ、確かにチャームも有名よね」

ダイヤ「チャーム……?」

善子「魅了の魔法が得意って言う設定がよくあるのよ。噛まれた人間は魅了されちゃって、逆らう気なんてなくなっちゃうの」

花丸「それに血を吸われた相手は性的な快楽があるなんて話もあるよね」

ダイヤ「…………!」


これには心当たりがあった。

千歌さんに噛まれたあと、頭の中に靄のようなものが掛かり、頭が冷静に働かなくなって……。

おぼろげな記憶の中で……わたくしは確か、もっと吸血をして欲しいとせがんでいた気がする。

なるほど……あれはそういうことだったのですか……。


善子「ま、この辺はホントに媒体によってあったりなかったりだけどね。……ものによっては血を吸われても吸血鬼化しない、ただの餌パターンだったり、はたまた吸血鬼にはならず、吸血鬼もどきみたいな出来損ないなっちゃったりで、もう作者の都合次第なところあるわよね」

ダイヤ「な、なるほど……」


つまり千歌さんに関しては、眷属化はしないが、チャームはあると言った感じのようですわね……。
43 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:22:58.19 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「他には何かありますか……?」

善子「そうねぇ……吸血鬼は得てして美しかったり、スタイルが良かったりするのも特徴としてあげられたりするわね」

花丸「あとは再生能力かな……不死者なんて言うくらいだもんね。あと身体能力もずば抜けてるって言うずら」

善子「魔眼があるとか……これはチャームに付随する能力で、見つめた相手を魅了する力があったりするわ」

花丸「鏡に映らないとか」

善子「棺桶で眠る」

花丸「招待されていない家には入れない」

善子「銀の武器に弱い」

花丸「杭で心臓を貫かれると死ぬ」

善子「……前々から思ってたんだけど、それってどんな生き物でも死ぬわよね」

花丸「それ以外で心臓を刺されても死なないってことじゃないの?」

ダイヤ「トマトジュースが好き……とかは?」

善子「あー……そういう設定のもあるわね」

花丸「手塚治虫とかそうだよね」

善子「へー……あんた漫画も読むのね? 意外だわ」

花丸「漫画でも有名処なら読んだことあるずら」

善子「なるほどね。……まあ、その設定は怪物くんの方が古いけど」


随分マニアックな話になってきてしまいましたが……。

千歌さんにはない特徴はいくつかありましたが、基本的には所謂『吸血鬼』の特徴を有していると言うことで概ね間違いがないようですわね……。

……ただ、重要な情報がまだ出ていない。


ダイヤ「あの善子さん、花丸さん」

善子「ん?」

花丸「ずら?」

ダイヤ「仮に、吸血鬼になってしまったら……その人はもう元には戻れないのでしょうか?」


──そう、重要なのはそこなのです。

これが達成されなければ、どれだけ性質を知っても意味がない。解決しない。


善子「うーん……吸血鬼化した人間が元の真人間に戻るかって話よね……」

花丸「どうなんだろう……お話だとやっぱり被害者みたいな描かれ方が多くて最後は死んじゃったりするよね」

善子「……そうねぇ。吸血鬼になる理由って、多くの場合が吸血鬼の血を体内に取り込んじゃったからって言うのが多いんだけど……」

ダイヤ「……血を体内に……」

善子「そ。吸血される際に吸血鬼の血が吸われる側にも混じっちゃうと、吸血鬼になっちゃうの。ただ、血って時間である程度薄れるじゃない? 常に体の中で新しいのを作ってるわけだし。だから、吸血鬼と関わらなければだんだん吸血鬼じゃなくなっていく……みたいなのは見たことあるかも」

ダイヤ「……なるほど」


具体的な解決方法かと言われると少し曖昧ではありますが……。

戻る可能性がちゃんとあるなら希望はある。

一先ず、聞きたいことは聞けたかと思い腕時計を見ると。


ダイヤ「もう4時ですか……」


思った以上に話し込んでしまいました。

そろそろ買い物を始めないと、日没の時間に間に合わなくなってしまう。
44 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:23:48.06 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「貴重なお話……ありがとうございました」

善子「ま、参考になったなら何よりね」

花丸「大変かもしれないけど……彼氏さんとのこと、頑張ってね!」

ダイヤ「!? あ、ありがとうございます……」


そういえば、そんな話になっていましたわね……。

これはこれで、めんどくさいことにならなければいいのですが……。

まあ、大事の前の小事と言うことで、今は気にしないようにしましょう……。


ダイヤ「それでは……わたくし買い物がありますので」

善子「承知」

花丸「ダイヤさん、またねー」

ダイヤ「あ……そうでしたわ、お二人に渡そうと思っていたものが」

花丸「ずら?」


わたくしはカバンから、ソレを取り出して、善子さんに手渡す。


善子「これって……」

ダイヤ「よかったら皆さんで食べてくださいませ。あと善子さん、お母様にルビィがお世話になっていますとお伝え下さい」

善子「あ、ああ……うん、わかった」

ダイヤ「それでは、失礼致しますわ」


一通り、聞きたいことを聞くことが出来たわたくしは、この場を後にしました。


善子「……ねぇ」

花丸「ずら?」

善子「なんでニンニク……?」

花丸「さぁ……?」





    *    *    *





──駅前のスーパーマーケット。


ダイヤ「トマトジュース……トマトジュース……あ、ありましたわ」


スーパーの中を歩き回りながら、飲料売り場でトマトジュースを見つける。

ペットボトルに入った一般的なトマトジュースです。


ダイヤ「一本720mℓ……」


水の代わりの飲料として買う以上、1日2本以上は飲むと考えた方が無難でしょう……。


ダイヤ「そうなると……」


冷やされたペットボトル飲料の売られている場所の向かい側に、箱で売られているものを見つける。

少々荷物になりますが……何度も沼津まで買いに出られる保証はないですし……。
45 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:26:00.42 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「箱で買って帰りましょう」


これも千歌さんのためですわ。

ペットボトル15本入りの箱を、カートの下段に載せる。

それにしても……。


ダイヤ「トマトジュースって思いのほか安いのですわね?」


15本入りで3000円ちょっと。

なかなかリーズナブルではないですか。

──ふと、その隣に瓶に入ったトマトジュースを見つける。


ダイヤ「あら……こちらは千歌さんが今朝飲んでいたものに似ていますわね」


わたくしのイメージではペットボトルと言うよりは、瓶に入っている方が馴染み深いのですが……。


ダイヤ「こちらの方が少し高級なのかしら? 千歌さんのために、一本くらい買って行ってもいいかもしれませんわね……」


なんせ、彼女はこれしか飲む飲料がないのですし……。

そう思って、値札を見て──


ダイヤ「16,200円……?」


思わず自分がカートに詰め込んだ箱と見比べてしまう。


ダイヤ「え……?」


一本辺りの値段が数十倍違うのですが……。


ダイヤ「……買えなくはないですけれど」


とはいえ、さすがにお小遣いで賄える額と言うのは厳しい。

……と言うか、


ダイヤ「……今日千歌さんが飲んでいたのは、一体いくらするトマトジュースだったのかしら……?」


……まあ、細かいことを考えるのはやめましょう。





    *    *    *





帰り道、バスに揺られながら、花丸さんと善子さんから聞いた話を頭の中で反芻しているが……。

千歌さんが今吸血鬼であると言うのはほぼ間違いがないと思う。

だけど、何故そんな面妖な存在になってしまったのかの見当が全くついていなかった。

千歌さんが元々吸血鬼だったと言う線は極めて薄い。

となると……。


ダイヤ「千歌さんを吸血鬼化させた吸血鬼が居る……?」
46 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:27:13.92 ID:ZRnZyA2Z0

……とは言うものの、結局どこまで行っても吸血鬼と言う存在が眉唾なことに変わりがない。

なんせ、今日聞いた話でも所謂吸血鬼要素も当てはまったり当てはまらなかったりなのです。

ましてやトマトジュースが好きと言うイメージは──手塚治虫の名前も出ていたし──極めて最近の吸血鬼のイメージだと言う話です。

そうなると、今回の吸血鬼は最近生まれた吸血鬼……?

いや、もしかしたら過去の時代から実はトマトジュースが好きで、何かの拍子に手塚先生がそれを知って、作品に流入したという可能性もなくはないですが……。


ダイヤ「……いや、たぶんないと思うのですが……」


何が言いたいかと言うと、吸血鬼という明確な存在が居るにしては、あまりにあやふや過ぎる気がするということです。

確実に千歌さんは吸血鬼になってしまっているとまで言えるのに、それにしてはイメージが生き物っぽいというよりは……。

──通俗的すぎる……?

おどろおどろしい怪異というよりは、完全にキャラクターのようではないでしょうか……?


ダイヤ「……まあ、光を浴びて灰になられても困りますけれど……」


吸血鬼は太陽の光で灰になってしまうらしいですし……。

そうならないで居てくれるのはむしろ僥倖でしょうか。

そんなことを考えている折、バス内に西日が入ってくる。


ダイヤ「……今日の日差しは本当に眩しいですわね」


沈んでいく夕日を見ながら──


ダイヤ「……また夜が、始まりますわね──」


わたくしはバスに揺られながら、一人呟くのでした。





    *    *    *





──十千万旅館の玄関をくぐると……。


千歌「あ、ダイヤさん……!」


千歌さんが座って待っていました。


ダイヤ「ここで待っていたのですか?」

千歌「うん。……まあ、やることがあったわけじゃないし。ただ、志満姉にお泊りの許可は貰ってきたよ」

ダイヤ「そうですか。……まだ外は日差しが強いので、日が沈んでから発ちますか?」

千歌「あ、うん……。西日だと横から来るから防ぐ方法ないもんね」


そうなると、あと30分くらいかしら……。

そういえば……ふと、気になることがあるので千歌さんに耳打ちしながら訊ねる。


ダイヤ「あの……吸血鬼化のタイミングって、いつなのですか? 日の入直後……?」

千歌「えっと……日が沈んでから夜になるにつれて徐々に進んでく感じかな……。深夜になるころには完全に吸血鬼になってる」

ダイヤ「なるほど……」
47 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:28:17.16 ID:ZRnZyA2Z0

まあ、それなら急いで発つ必要もありませんわね……。

そう思い、わたくしも玄関先に腰を降ろす。


千歌「それ……」

ダイヤ「?」


千歌さんの視線を追うと、持っていたトマトジュース入りのダンボールにぶつかる。


千歌「ごめん……重かったよね」

ダイヤ「いえ、これくらい大丈夫ですわ。普段からスクールアイドルとして鍛えているのですから」

千歌「うん、ありがと……ダイヤさん、優しいね」

ダイヤ「ふふ……貴方には負けますわ」

千歌「ええ? チカ別に特別優しいとか、そういうことは……」

ダイヤ「貴方のその謙遜するところも、貴方の優しさの要素なのかもしれませんわね」

千歌「え、ええ……?」


なんとなく……こうして話していると、今千歌さんがとんでもない問題を抱えているのが嘘のようですが……。

でも、事は実際に起こっている。

そして、それが目に見える形で起こる時間が今日も迫ってくる。


ダイヤ「気合いを入れなおさないといけませんわね」

千歌「……?」

ダイヤ「千歌さん……今日も頑張りましょうね」

千歌「! うん!」


千歌さんはだいぶ肩の力が抜けてきたのか、朗らかな笑顔で返事をしてくれたのでした。





    *    *    *





──黒澤家。


ダイヤ「千歌さん、あーん」

千歌「ぁー……」

ダイヤ「写真撮りますわよ」


──カシャ。


千歌「自分のスマホで延々と自分の口開けてる写真撮られるの……変な感じだなぁ」

ダイヤ「まあ……そうでしょうね」


とりあえず、我が家に移動し、日は完全に沈みきった時間。

外には月が煌々と輝いている。

日差しが強い一日だったので、夜になってくれて一安心と言ったところです。
48 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:29:40.29 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「夜は涼しくて過ごしやすいですわね」

千歌「そうだね」


今は、夜中に向けて徐々にキバに変わっていく千歌さんの歯の経過観察をしています。

こういう地道な検証はどこかで何かの役に立つ可能性がありますから。

ただ、思ったよりもキバになっていく時間は早い印象です。

確かに昨日見たものよりは小さいですが、もう十分にキバと言えるレベルで、ただの尖った犬歯と言うには鋭いでしょう。

──くぅぅぅ……。


ダイヤ「……ぅ……///」


どうして真面目なことを考えているのに、お腹が鳴ってしまうのでしょうか。


千歌「あはは……もう20時過ぎだもんね」

ダイヤ「千歌さんは、平気なのですか……?」

千歌「うん、血が飲めればそんなにお腹は減らないんだよね」


便利なのか不便なのか……。……いや、不便ですわね。


ダイヤ「何か作ってきますわね」

千歌「あ、私も手伝う……えっと、まだニンニクってあるのかな」

ダイヤ「いえ、もう大蒜はありませんわ。お手伝いお願いしますわね」

千歌「はーい」





    *    *    *





千歌「〜〜♪」


千歌さんは手際よく、野菜を切ってくれている。

本日の晩御飯ですが……そんなに手間をかけている暇もなさそうなので、無難に肉と野菜の炒め物にしました。

今日はお手伝いさんもいないですし、両親も基本的に忙しい我が家の厨房は、割と自由に使えます。

……もし、わたくしに家の用事があっても、今回ばかりは千歌さんを優先しなくてはいけないので、いろいろと言い訳も考えておかないといけませんが……。

基本的にはAqoursと生徒会があって忙しいということを理解して頂けているので、よほどのことがない限りわたくしが出張らなくてはいけない用事もないと思いたいですが……。


ダイヤ「ご飯はこれでよし……野菜炒めと白米だけだと少し寂しいかしら……」

千歌「お味噌汁とか?」

ダイヤ「……そうですわね。汁物を作りましょうか。確か味噌は……」

千歌「じゃあ、お鍋でお湯わかすね」

ダイヤ「お願いしますわ。お豆腐は……さすがに急だとないから、油揚げかしら」

千歌「お味噌汁ねぎ入れる〜? 切るよ〜?」

ダイヤ「ええ、お願いします」

千歌「はーい」
49 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:30:17.41 ID:ZRnZyA2Z0

二人でテキパキと晩御飯を用意する。

千歌さんは普段適当なイメージがありますが、やはり旅館の娘だけあって、家事はしっかりしている。

この辺りは曜さんや梨子さんも褒めていたので、知ってはいたのですが、目の当たりにすると割と驚いてしまう。


千歌「ねぎよーし! ……ん? ダイヤさん、どうかしたの?」

ダイヤ「いえ、料理上手ですわね、千歌さん」

千歌「ん、切ってるだけだよ?」

ダイヤ「いえいえ、ルビィなんか包丁を持つだけでも危なっかしくて見ていられないので……」

千歌「あー、まあ……なんか想像出来るかも。野菜切り終わったよ」

ダイヤ「それでは、炒めますわね。千歌さんはお味噌汁をお願いしてもいいですか?」

千歌「はーい」


こうして二人で入れ替わり立ち代り料理をするのは単純に楽しいですわね。

フライパンに油を引いていると、


千歌「えへへ♪」


千歌さんが唐突に楽しそうに笑みを零す。


ダイヤ「どうしたのですか?」

千歌「んーん、なんかこうしてるとさ」

ダイヤ「はい」

千歌「新婚さんみたいだね〜」

ダイヤ「!?」


フライパンを持つ手がブレて、ガタッと音を立てる。


千歌「わ!? 大丈夫?」

ダイヤ「……え、ええ。問題ありませんわ、ごめんなさい」

千歌「ん、気を付けてね」

ダイヤ「え、ええ……」


全く何を言い出すかと思ったら……。

新婚さん……ですか。

なんとなく、首に貼った絆創膏を撫でる。

このキスマークを付けた人が横に居る……。

その人と新婚さんのように一緒に料理を……。

──って、わたくし何を考えているのですか!!

思わずかぶりを振る。


千歌「?」


それにこれはキスマークではありません!! 噛み傷ですわ!!


千歌「ダイヤさん?」

ダイヤ「これは噛み傷を隠しているだけですわ!」

千歌「ふぇ!? う、うん知ってるけど……?」
50 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:31:03.15 ID:ZRnZyA2Z0

全く……千歌さんや花丸さんが変な事を言うから……わたくしも感化されて変なことを考えてしまったではありませんか……。


千歌「ふんふん〜♪ そろそろいいかな〜?」

ダイヤ「…………」


ただ、よくよく考えてみると、千歌さんと二人っきりで料理してるというのは不思議なシチュエーションですわね。

ルビィや果南さんと二人で料理をしたことはありますが……。千歌さんとは特別二人っきりになる間柄でもなかったですからね。


ダイヤ「…………まあ、悪くないですわね」

千歌「ん? 何か言った?」

ダイヤ「いえ……別に」

千歌「?」


わたくし、少し不謹慎かもしれませんが……。

少しだけ、少しだけですが……。

今、この状況が楽しいな、なんて。

ほんの僅かに思ったりしていなくもありませんわ。





    *    *    *





千歌・ダイヤ「「いただきます」」


二人で手を揃えて、遅い晩御飯を食べ始める。


千歌「ぁむ……ん〜やっぱり自分たちで作ったご飯はおいしいね!」

ダイヤ「ふふ、そうですわね」


料理は楽しかったので、しばらく二人で過ごすのなら、もうちょっと凝った料理をするのも良いかもしれない。

ずっと、気の滅入ることばかりだと、事もいい方向に進みませんしね……。


千歌「そして、トマトジュース! いただきます!」


千歌さんはコップに注いであったジュースを一気に煽る。


千歌「コクコクコク……ぷはぁ!! やっぱおいしい!! この一杯の為に生きてる!!」

ダイヤ「もう、親父臭いですわよ……」

千歌「あはは、一度やってみたかったんだよね」


飲み干されてしまったしまったコップに、トマトジュースを注ぐ。
51 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:31:43.01 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「あ、ごめん、ありがと」

ダイヤ「貴方にとっては命の水ですから……遠慮せずに飲んでください」

千歌「うん! 生きてて、こんなにトマトジュースがおいしいって感じることがあるなんて思わなかったよ……」

ダイヤ「ふふ、そうかもしれないわね」

千歌「ただ……」

ダイヤ「ただ?」

千歌「やっぱり、お昼に飲んだトマトジュースの味は忘れられないなぁ……ホントに喉渇いてたから、ホントおいしくって……」

ダイヤ「……そ、そうですわね」


あれが高級品だったと言うことは、きっと知らない方がいいでしょう。


千歌「そういえば、ダイヤさんのお父さんとお母さんっていつも家に居ないの?」

ダイヤ「そんなことはないですけれど……。基本忙しいので家を空けている事が多いですわね。特にゴールデンウイークは出席しないといけないお酒の席が多いでしょうし……帰ってくるのは遅くなることが多いですわ」

千歌「そうなんだ……」


とはいえ、今の状況的に、これはむしろ望ましい。

出来る限り、千歌さんと二人で過ごせる環境が確保されている方が何かと困らないでしょうし。


千歌「あむ……もぐもぐ……。……コクコクコク、ぷはっ!」

ダイヤ「もう……そんなに焦って食べると、喉に詰まらせますわよ?」

千歌「だって、おいしいんだもん!」

ダイヤ「ふふ、そうですか」


千歌さんは随分表情が明るくなった。

これは確実に良い傾向です。

──ただ、今後これはどう転ぶかわからない。

今夜から、明日の夜に掛けて、発生する問題がある。

……二度目の吸血行為。

どのタイミングで耐えられなくなるのかの見極めが必要ですが、我慢をさせすぎるわけにもいかない。

この辺りは慎重に考えなくてはいけない。

吸血時に起こる、チャーム現象の問題もありますし……。

とりあえず、食事が終わったらその辺りの情報共有をしなくては。


千歌「もぐもぐ……えへへ♪」


ただ、今は幸せそうなので、食事に集中させてあげましょう……。





    *    *    *





ダイヤ「……さて、今後のことを考える前に。今日調べてきてわかったことをいくつか、お話しますわ」

千歌「うん」

ダイヤ「わかっていること含めて……吸血鬼の特徴を順に言っていくと──」
52 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:32:33.02 ID:ZRnZyA2Z0

 ・血を吸う架空の生き物。特に若い女性の血を好む。

 ・十字架、大蒜、聖水、流水、日光などに弱い。

 ・不死者と呼ばれ強い再生能力を有する。また、力も強く、身体能力も高い。

 ・トマトジュースが好き。


千歌さんと情報の共有をしながら、ついでに紙に箇条書きで書き出していく。


ダイヤ「今の千歌さんに見られる特徴はこの辺りでしょうか……」

千歌「私も自分でいろいろ調べたけど……ここにない特徴もあるよね?」

ダイヤ「……そうですわね」


 ・鏡に映らない。

 ・棺桶で眠る。

 ・招待されてない家には入れない。

 ・銀の武器に弱い。

 ・杭で心臓を貫かれると死ぬ。


千歌「……鏡には映るかな」

ダイヤ「ええ、昨日鏡に映っていましたし」

千歌「棺桶でも眠らないかな……というか、棺桶ってどこにあるんだろう」

ダイヤ「招待されてない家には入れない……と言うのは確認が難しいと思いますが」

千歌「……でも、これはそうかもしれない」

ダイヤ「?」

千歌「だって、あれだけ餓えてても、誰かの家とかじゃなくて、学校に行ってたし……むしろ、行こうなんて発想がなかったけど」

ダイヤ「……ふむ」


確かに、正気を失っていたら見知らぬ家に押し入って、吸血していてもおかしくはない。

そういうことがなかったというのが、イコールでこの項目の証明になるかは微妙なところですが……。


ダイヤ「どちらにしろ、招待されていない家には入らないに越したことはありませんから……これはあってもなくてもですわね」

千歌「だね」


むしろ、弱点に数えられているものの中では、今の千歌さんにはあった方が良い弱点かもしれない。

仮に正気を失っても吸血鬼の性質が行動を制限してくれるなら、それは恐らくプラスでしょう。


千歌「銀の武器に弱い。……たぶん、どんな武器にも弱いと思うんだけど」

ダイヤ「杭で心臓を貫かれると死ぬ。この二つは実証する必要もないので、まあ、そういうことがある程度の認識でいいかもしれませんわね」

千歌「うん」


……さて、ここからが本題です。


ダイヤ「……吸血鬼にはチャームという能力があるそうなのです」

千歌「チャーム?」

ダイヤ「魅惑、誘惑の力らしいですわ。いくつか発動条件はあるそうなのですが……」

千歌「?」
53 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:33:17.53 ID:ZRnZyA2Z0

彼女の紅い瞳を見つめていても、特に変わったことはない。

とりあえず、魔眼の能力はないと考えていいでしょう。


ダイヤ「吸血時に血を吸った相手に、そのチャームが掛かってしまうようなのですわ」

千歌「……あ、もしかして、血を吸ったときにダイヤさんがちょっとおかしかったのって……」

ダイヤ「ええ、恐らくチャームの影響でしょう。吸われた側にはその……性的な快楽が生じるそうですわ」

千歌「……? せーてきなかいらく?」

ダイヤ「……えぇっと……まあ、気持ち良いと感じると言うことですわ」

千歌「そうなんだ? あ、でも確かにダイヤさん、気持ち良さそうだったかも……」

ダイヤ「!?/// そ、そういうことは言わなくていいですわ!!」

千歌「ふぇ!? ご、ごめんなさい……?」


……まあ、わたくしはこの間、自分の感覚が信用出来ない状態なので、千歌さんの言葉の方が信頼出来るものなのですが……。

そういうものだとわかっていても、一時的にとはいえ性的に興奮してしまっていただなんて……はしたないですわ。


千歌「んっと……魅惑ってことは、血を吸った相手を好きになっちゃうってことなのかな」

ダイヤ「そういうことだと思いますわ。……わたくしがおかしくなっていた時間はどれくらいでしたか?」

千歌「んー……10秒くらいだったかな」


10秒……これを乗り越えれば、とりあえず正気に戻ってこられる。

多少恥を掻くことになるかもしれませんが……。まあ、仕様がないでしょう……。


ダイヤ「千歌さんに血を吸われた直後、10秒ほどの間、わたくしの言うことは無視してもらえますか?」

千歌「うん、わかった!」


あと、話してないことは……。眷属化と、吸血した相手を吸血鬼化してしまうと言うことでしょうか……。

とはいえ眷属化は恐らく程度問題でしょう。チャームのことを隷属化と表現した延長線の話のようなものと解釈出来る。

これに関してはそこまで長く起こる現象ではないですし、割愛で。

吸血鬼化に関しても……千歌さんにはそのような能力はないことがすでに判明している以上、言う必要がないと思う。

……この二つは変に知ってしまうと、千歌さんが必要なときの吸血を躊躇ってしまう恐れがありますし。


ダイヤ「……っと、そろそろ、歯の写真を撮りましょうか」

千歌「あ、うん。はいスマホ」

ダイヤ「ありがとう。それでは、口を開けてください。あーん」

千歌「ぁー……」


──カシャ。


千歌「……どう?」

ダイヤ「……随分伸びてきましたわね」


時刻は9時半。

そろそろ本格的に夜が始まってきて、千歌さんの吸血鬼化も進行してきた。

記憶が確かなら、まだ歯は伸びますが、もう歯を見るだけで十分吸血鬼と疑われる容貌になってきました。……いや、実際に吸血鬼なのですが。
54 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:34:14.01 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「吸血欲求はどうですか?」

千歌「……ちょっと吸いたいかも」

ダイヤ「1〜100で言うとどれくらいですか? 100が我慢出来ない状態と考えてください」

千歌「……30くらい?」

ダイヤ「30……」


……思った以上に早い気もしますが、100が完璧に我慢の出来なくなるタイミングだと考えると、妥当なのでしょうか。

2日もすると、口にタオルを詰め込んで我慢していたと言っていたので、そこが100と考えると……。

やはり、2日に1回は吸血をさせてあげないと危ない。


ダイヤ「逐一、吸血欲求についても聞くので、考えておいてくださいませね」

千歌「うん。……でも今日は我慢する。トマトジュースもあるし」

ダイヤ「ええ、そうしてくれると助かりますわ。ただ、無理はしないように」

千歌「うん」


あらかた、今日の情報共有を終えて。

……さて、本格的に夜の時間が始まりますわね。





    *    *    *





23時ごろになると、玄関の方で音がする。恐らく、父と母が帰宅したのでしょう。


ダイヤ「ちょっと、お父様とお母様に千歌さんが泊まっていることを説明してきますわ」

千歌「あ、うん」


──玄関へと足を運び、靴を脱いでいる母を見つける。


ダイヤ「お母様」

黒澤母「あら、ダイヤ。どうかしたのですか?」

ダイヤ「本日、お友達が泊まりに来ていまして……」

黒澤母「果南さんですか?」

ダイヤ「いえ、千歌さんですわ」

黒澤母「千歌さん? 確か、十千万旅館の末っ子でしたわね」

ダイヤ「ええ」

黒澤母「わかりました。あまり騒がしくはしないように」

ダイヤ「心得ておりますわ」


──……家族の了承は良し。

……ふと、


ダイヤ「あら……?」


母が指に絆創膏を貼っていることに気付く。
55 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:34:52.39 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「お母様、怪我をされたのですか?」

黒澤母「ああ……御花の手入れをしているときに切ってしまいまして……」

ダイヤ「そうなのですか……お気を付けくださいませね」

黒澤母「ええ、ありがとう、ダイヤ」


母は軽く微笑んでから、家の奥へと歩いて行く。

……わたくしも早く千歌さんのところに戻りましょうか。

わたくしの部屋は玄関からほとんど離れていないので、すぐに自室に戻ると、


千歌「…………」


千歌さんがぼんやりしていた。


ダイヤ「……千歌さん?」

千歌「…………」


声を掛けても反応がない。


ダイヤ「千歌さん……?」

千歌「…………」


嫌な予感がした。


ダイヤ「千歌さん!!」


すぐ駆け寄って、肩を揺する。


千歌「あ……ダイヤさん……」

ダイヤ「千歌さん!! 大丈夫ですか!?」

千歌「え……大丈夫……」


受け答えがぼんやりしている。


ダイヤ「今、何を考えていますか!?」

千歌「……血の……匂い……」

ダイヤ「……!!」


まさか、お母様の血の匂いに反応している……!?


ダイヤ「千歌さん!! しっかりしてくださいませ!!」

千歌「ん……だい、じょぶ……吸いたいわけじゃない……から……」


本人は大丈夫だと言いますが、完全に血の匂いに意識が持ってかれている。


ダイヤ「……っ……失礼します!!」

千歌「ゅ……?」


千歌さんを無理矢理抱き寄せて、自分の胸に顔を埋めさせる。


千歌「……ダイヤさんの……匂い……」

ダイヤ「…………」
56 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:36:01.45 ID:ZRnZyA2Z0

恐らく血の匂いが彼女を狂わせる。

なら、一旦落ち着くまでこうして居た方がいい。


千歌「……ん……」


5分ほど、抱きすくめたままでいると……。


千歌「……あ、あれ……?」


千歌さんが正気を取り戻したのか、胸の中でもぞもぞと動き出す。


ダイヤ「千歌さん……このまま答えて」

千歌「……え、う、うん」

ダイヤ「今の吸血欲求は……どれくらいですか……?」

千歌「…………70」

ダイヤ「70……」


想定より圧倒的に欲求が増すのが早い。

血の匂いを感じて、一気に欲求が加速してしまったのでしょうか。

誤算でした。

どうする……?

時刻は23時過ぎ……明日も両親は所用があって朝から出なくてはいけないはずなので、恐らく日付が変わる頃には就寝すると思われる。

となると、あと1時間……。

わたくしの自室に来るとは思えませんが、家の中を家族が動き回っている状態で吸血をさせるのはリスクが高すぎる。

かといって、今千歌さんと離れるとまたお母様の血に反応してしまうかもしれない。


ダイヤ「千歌さん……1時間、このままで我慢してくださいませんか?」

千歌「え?」

ダイヤ「……その……嫌かもしれませんけれど」

千歌「いやじゃないけど……」

ダイヤ「そう……ありがとう」

千歌「……私、変になってた?」

ダイヤ「……少し、理性が飛びかけていました」

千歌「……そっか」

ダイヤ「……お母様たちが眠ったら、すぐに血を飲ませてあげますから」

千歌「……今日は我慢出来ると思ったのに……どうして……」

ダイヤ「それは後で考えましょう」

千歌「……うん」


口ではそう言うものの、わたくしも混乱していた。

欲求の増大進行が早すぎる。

そして更に、わたくしたちの見積もりは甘かったことが段々とわかってくるのです……。





    *    *    *


57 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:36:50.12 ID:ZRnZyA2Z0


30分もしないうちに、


千歌「……ふー……ふー……」


千歌さんが段々落ち着かない様子になっていく。


ダイヤ「……どれくらいですか」

千歌「……80……うぅん……85……」


血の匂いをシャットしているのに、どんどん吸血欲求が肥大している。

つまり……。匂いが原因じゃない……?

千歌さん自身、直接吸血したのは昨日が初めてと言っていましたし、彼女の予想よりも吸血欲求の満たされる具合が大きくなかったのかもしれません。

……となると、


ダイヤ「千歌さん、このまま顔を離さないでくださいませ」

千歌「う、うん……」


どうにか、彼女を抱きすくめたまま手を伸ばして、自分の机の引き出しを開ける。


ダイヤ「……えっと、確かここに」


文房具をしまっている引き出しの中を手で探って……。


ダイヤ「あ、ありましたわ……!」


カッターナイフを手に取る。

──もし吸血行為の満たされる率があまり高くないと言うなら、直接吸わせずに飲ませる方法の方が効果が高いことになる。

もしそれが事実なら、チャーム問題も同時に解決しますし、むしろ事態は好転する。

……しますが。

どうにも、そうなる気はしない。

ただ、試す価値はあります。


千歌「ダイヤさん……」

ダイヤ「……今血を飲ませてあげますから、このままで」

千歌「……! ……うん」


言うと千歌さんはわたくしの背中に腕を回して、わたくしの胸に顔を強く押し付ける。

──カチカチカチとカッターナイフの刃を出す。


ダイヤ「……ふー……」


ゆっくり息を吸ってから──


ダイヤ「──っふ」


左手の薬指の先に軽く刃を当てる。

すると、皮膚が裂けて、ぷくっと血が浮かんでくる。

──瞬間。
58 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:37:32.50 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「……っ!!」


わたくしに抱きついたままの千歌さんの体がビクリと跳ねた。

この至近距離。血の匂いに反応しているのでしょう。


ダイヤ「千歌さん、顔をあげて」

千歌「……ぅ、ぅん……」


ゆっくり顔をあげた、彼女の口元に切れた左手の薬指を持っていく。


ダイヤ「……このまま、舐められる?」

千歌「……血……!」


千歌さんは血を認識すると、わたくしの問いには答えずその指を咥える。


千歌「……ん……ちゅ……」


傷口から吸い上げるように、血を飲む。


千歌「……ん、ちゅぅ……」


夢中になってわたくしの指をしゃぶる千歌さんを見ていると、


ダイヤ「…………」


チャームのときとは違う謎の背徳感に襲われる。

……これは血を与えているだけですわ。やましいことなんて一切ない。ありませんわ。

千歌さんはしばらくちゅぅちゅぅと、わたくしの指をしゃぶったあと……。


千歌「ぷは……おいし……」


うっとりとした顔で指から口を離した。

千歌さんの唾液で濡れた指は……まあ、もうこの際気にしている場合でもありませんわね……。

それは、ティッシュで拭くとして……。


ダイヤ「落ち着きましたか……?」

千歌「あ……うん……」

ダイヤ「欲求は今どれくらいかわかりますか……?」

千歌「………………」

ダイヤ「素直に答えてくれればいいですから」

千歌「……70……くらい……」


……やはり、そう甘くはなさそうですわね。

理由はわかりませんが、彼女の吸血欲求は加速している。

そして、直接吸血させる以外で血をあげても、そこまで解消はされない。

……となると、
59 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:38:22.62 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「……恐らくこの調子だと、今晩を吸血無しで乗り切るのは無理だと思います」

千歌「……うん」

ダイヤ「深夜を回ってから……適度なタイミングで直接血をあげますので……もう少しだけ我慢してください」

千歌「……うん」


千歌さんは俯いて返事をする。落ち込んでいるのが目に見えてわかる。

……でも、仕方がない。

とにかく、今は今の状況を乗り越えることを考えなくてはいけない。

時刻は──あと20分ほどでテッペンになる。

そこからどれだけ我慢出来るかですわね……。





    *    *    *





──あのあと、自分で切った薬指を治療しようとしたのですが……。


ダイヤ「…………」


気付けば傷口は塞がっていた。

もちろん、そんなに深く切ったつもりはないのですが……。

部屋に置いてある化粧台の鏡の前で、首筋に貼ってある絆創膏を剥がすと──


ダイヤ「……やはり、こちらも傷口が塞がっている」


ただ、首筋の噛み傷は、傷口が塞がっているだけで傷跡自体はまだ残っているのですが……。

とはいっても、吸血のために深々と歯を突き立てたと言う割には、治りが早すぎる。

……もしかしなくても、特殊な事情で傷が治ってると考えた方がいい。

状況証拠から考えると……千歌さんの唾液のせいでしょうか。

千歌さんにとんでもない再生能力があるのは、もうすでに確認済み。

もしかしたら、彼女から分泌された唾液にも、似たような治癒効果があるのかもしれません。

この情報は有益かもしれない……。

わたくしが怪我をした場合、ちゃんと血を止めないと、千歌さんは常に血の匂いに晒されることになってしまう。

ですが、この治癒効果を使えば、いざというとき今回のように、指を軽く切って血を与える緊急処置のケアもしやすいと言うこと。

尤も──


千歌「……ん……血……欲しい、よぉ……」


こんな状況でなければ、もっと考察する暇があるのですが……。


ダイヤ「大丈夫ですか……? もう、いつでも血は与えられますわよ……?」

千歌「ん…………」


時刻は日付を跨いで、0時30分。

恐らく両親も就寝したと思われます。
60 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:40:14.33 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「……もう、ちょっと……我慢……する……」

ダイヤ「……今、どれくらい?」

千歌「……90……」

ダイヤ「…………」


限界ギリギリですわね……。もうこれ以上は千歌さんから、絶対に目が離せない。

歯は日付が変わる頃には、すでに伸びきっていて、今は完全に吸血鬼状態です。

先ほどから、トマトジュースを飲ませてあげたりはしているのですが……。

気が紛れる程度で、吸血欲求そのものを減らす効果は全く認められない。

……まあ、あくまで水の代わりだったので、そこまでの効果は期待してはいませんでしたが。


千歌「…………ぅ…………」

ダイヤ「……千歌さん」


千歌さんは先ほどから、横になり、体を縮こまらせて、吸血欲求に耐えている。

こうなってしまうと、もうわたくしに出来ることは、いつでも吸血出来るように構えている以外出来ることはありません。


千歌「ぅ……ふー……ふー………………きゅうじゅう……ご……くらい……かも……」


小さな声で千歌さんが呟く。


ダイヤ「……もう限界ですわ。千歌さん、吸血の準備をしましょう」

千歌「…………」


蹲ったまま、千歌さんがいやいやと小さく首を振る。

……やはり、まだ吸血をすると言う行為そのものに抵抗があるのでしょう。

一番人間離れした行為ですものね……。

とは言っても……もう、彼女のわがままを聞き続けている場合でもなくなってきている。


ダイヤ「千歌さん……」

千歌「……ぅ……ダイヤ……さん……」


千歌さんを抱き起こすような形で、起き上がらせる。

そのまま、抱きしめるようにして、彼女の頭部の後ろの手を添えたまま──

昨日も噛み付かれた左首筋のすぐ傍に彼女の顔を持ってくる。


ダイヤ「……口、開けて?」

千歌「…………っ」


千歌さんは再度いやいやと首を振る。


ダイヤ「すぐに吸わなくてもいいから……我慢出来なくなったら、すぐに吸血に移れる状態にだけでも」

千歌「…………」

ダイヤ「お願い……」
61 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:43:38.98 ID:ZRnZyA2Z0
>>19 すいません……かなり遡りますけど、ここも文字化けしてる。修正。


キバが刺さっていると言う割には、痛いと言うよりはくすぐったかった。

千歌さんが少しずつ血を飲んでいく。

すると、何故だかだんだんと心拍数が上がっていく。

吸血されるという、余り経験し得ない行為に、緊張しているのかもしれない。


千歌「……ん……ちゅ……コク……」


しばらく、吸血行為を続けた後──


千歌「ん……ぁ……」


千歌さんはわたくしの首筋から離れた。


千歌「……は……ぁ…………おいしぃ……」


千歌さんは心底幸せそうに、息を漏らす。


ダイヤ「……そう、ですか……」

千歌「うん……なんか、生きた心地がする……」

ダイヤ「千歌さん…………もっと、吸っていいですわよ……?」

千歌「……え?」

ダイヤ「いえ……もっと、もっと吸ってください……わたくしが枯れるまで、吸ってください……♡」

千歌「へ……え……?」

ダイヤ「わたくしはもう千歌さんのものです……♡ 好きにしてくださいませ……♡」

千歌「……!? ま、待って……!!? ダイヤさん、どうしちゃったの……!!? さっきと言ってること違うよ!?」

ダイヤ「…………え……あ……? ……え、今わたくし……なんて……?」

千歌「……えっと」


一瞬頭に靄が掛かっていたような気がする。

なんだか、凄く千歌さんに血を吸われるのが心地よくて……もうずっと吸っていて欲しい……。


ダイヤ「え、あ、いや……!!」


思わずかぶりを振る。


千歌「だ、ダイヤさん……?」

ダイヤ「い、いえ……大丈夫ですわ」

千歌「ホントに……?」

ダイヤ「……ええ」


得体の知れない現象に襲われた。


ダイヤ「……あの、追加でお願い事をしていいですか?」

千歌「う、うん」

ダイヤ「たぶんなのですけれど……血を吸われた直後、わたくしにもなんらかの影響があるようですわ……。血を吸った直後にわたくしが言ったことは、あまり聞かないで貰っていいですか……?」

千歌「う、うん! わかった!」
62 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:45:06.21 ID:ZRnZyA2Z0

千歌さんにとって辛いお願いだとは思う。

彼女は今日は我慢すると言っていましたし……。

ですが、無理なものは仕様がないのです。

それによってもっと事態が悪化してしまっては元も子もない。


ダイヤ「千歌さん……」

千歌「…………ん」


わかってくれたのか、千歌さんは小さく首を縦に振ってくれた。


千歌「……ぁー……」


小さく、口を開けて昨日と同じ位置に、


千歌「──むっ……」


千歌さんはすぐに歯を立てた。


ダイヤ「……っ」


……まあ、傾向から見て、首筋の前で口を開いたら、もう我慢出来ないだろうと言うことはわかっていました。

千歌さんも、それがわかっていたから、拒んでいたのでしょうし。

彼女のキバが首筋に突き刺さっていく。そして、そのまま吸血を始める。


千歌「……ん……ちゅぅ……ちゅぅ……」

ダイヤ「…………っ゛…………」


千歌さんが首筋から血を吸い上げる瞬間──背筋辺りから脳天に向かって、ゾクゾクっとした快感が全身に走り抜ける。

……ちょ、待って、これ……っ


ダイヤ「……ぁ……ゃ……待って、くださ……っ」


覚悟していたはずなのに──いや、むしろ今回は前情報で理解していたからこそでしょうか。

吸血行為により発生する快楽によって、口から自然と嬌声が漏れ出てしまう。

そして、同時に──心臓がドクンドクンと激しく脈打ち始める。

──チャームが始まった。


千歌「……ちゅ……ちゅぅ……」

ダイヤ「……は、ぁ……♡ ……千歌さ……だ、め……き、もちぃ…………♡」


脳が痺れる。

千歌さんが噛み付いている部分に否が応でも神経が集中していく。


千歌「…………ちゅー……ちゅぅー……」

ダイヤ「……ゃ……♡ ……こ、れ好き……♡ ……きもち、ぃ…………だ、め……♡」


声が抑えられない。気持ちいい。

快感に自分が支配されている。


千歌「……ん……ぷはっ」
63 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:46:01.10 ID:ZRnZyA2Z0

千歌さんが吸血を終えて、口を放す。


ダイヤ「……ぁ、ゃ……や、やめないで…………♡」

千歌「……は……はっ……ダ、ダイヤさん……落ち着いて……」

ダイヤ「もっと……♡ もっと、ください…………♡ それ、好きなの……♡」

千歌「ダイヤさん……もう終わったから……」

ダイヤ「……そんなこと言わないでください…………もっと、気持ち良ぃのが欲しいの…………♡」


離れようとする千歌さんに抱きついてすがる。

──もっとして、もっと、もっともっともっともっともっともっともっと……。


千歌「ぅ……ダ、ダイヤさん……」


千歌さんが困り顔をして、わたくしの名前を呼んだタイミングで──


ダイヤ「…………/// ……すみません……/// 取り乱しましたわ……///」

千歌「え、あ、うん」


理性が戻ってきて、千歌さんから離れる。


千歌「えっと、その……チカが言うのもなんだけど……大丈夫……?」

ダイヤ「え、ええ……///」


まだ心臓がバクバクと音を立てているのは、今恥ずかしいのか、チャームの余韻的のものなのかはわかりかねますが……。

正直、今回は来るとわかっていたのもあって、自分としては抵抗する気でいたのに……まるで、抵抗出来ず今回も完全に虜にされてしまっていた。

我ながらはしたないし、情けないと思うのですが……これは恐らく抵抗不可能ですわね……。

理性まで飛んでしまうピークは10秒ほどで終わってくれるのがせめてもの救いでしょうか……。


ダイヤ「……とりあえず、今の吸血欲求はどうなりましたか?」

千歌「あ、えっと……0かな。……満腹状態みたいな感じ」


何はともあれ……目的はしっかりと達成されたようですわね……。


ダイヤ「それは何よりですわ……」


ちゃんと欲求を満たせたのなら、わたくしも恥ずかしい想いをした甲斐があるというものです──そういうことにしておかないと、本当に恥ずかしくて倒れてしまいそうなので。


千歌「うん、ありがと……ダイヤさん」


彼女がお礼混じりに微笑むと。


ダイヤ「……!///」


その可愛らしい笑顔にドキリとする。

……確実にチャームに引っ張られていますわね。


ダイヤ「と、とにかく……!/// 首筋の傷……また絆創膏でも貼っておかないといけませんわね……!///」


チャームの余韻のせいで、恥ずかしくて、彼女の顔が見ていられないので、わたくしは背後の化粧台に視線を移す。

首筋の傷跡を鏡で確認して──
64 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:47:12.69 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「……血は出ていませんわね」


もうすでに血が止まっていることに気付く。

もちろん、噛み傷は僅かにクレーターのように窪んでいるので、傷口と言えば傷口のままなのですが……。

やはり、治癒が早いのはほぼ間違いない気がします。


千歌「……あ、絆創膏貼ってあげるよ? 鏡越しだとやりづらいだろうし……」


背後から声を掛けられて──


ダイヤ「それでは、お願いしようかしら──」


振り向いた途端──

千歌さんの顔が思った以上に近い位置にあった。


ダイヤ「!? きゃぁっ!?///」


不意を打たれて驚いて、声をあげてしまう。


千歌「!? ご、ごめん……脅かせるつもりじゃ」

ダイヤ「い、いえ……大丈夫、ですけれど…………?」

千歌「……? どうかしたの……?」

ダイヤ「……いえ、なんでもありませんわ。絆創膏、貼ってくださいますか?」

千歌「……あ、うん」


千歌さんがいそいそと、部屋に置かれた救急箱を取りに行く。


ダイヤ「…………。……気のせい、ですわよね……?」


ある懸念が頭を過ぎりましたが……。まあ、恐らくこれは気のせい。

わたくしも相当気が動転していましたから、見間違えたのでしょう……きっと、気のせいですわ。





    *    *    *





さて……夜明けまでまだ時間があります。

夜明けは大体5時ごろ……。今は2時過ぎなので、あと3時間くらいでしょうか。


千歌「…………はぁ」

ダイヤ「……日が昇るまで何かしましょうか」

千歌「…………」

ダイヤ「退屈ですものね」

千歌「……ダイヤさんは寝ちゃっていいよ」

ダイヤ「……いえ、わたくしも起きるのが遅かったから、目が冴えていますの」

千歌「…………そっか」

ダイヤ「千歌さん……」
65 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:47:40.11 ID:ZRnZyA2Z0

千歌さんは相変わらず横になって、縮こまっている。

吸血の後、徐々に我慢出来なかったことを再度自覚して、また気落ちしている様子でした。


ダイヤ「…………」


せっかく明るくなってくれたのに……どうにかしてあげたいですわね。

千歌さんの好きそうなもの……何かないかしら。


ダイヤ「……あ」


そして、思い出す。


ダイヤ「千歌さん」

千歌「……ん」

ダイヤ「ライブのDVDを見ませんか?」

千歌「DVD……?」

ダイヤ「ええ、μ'sの出ているライブDVDですわ」

千歌「! 見る!」


よかった、食いついてくれましたわ。

DVDの置いてある本棚の前で、


ダイヤ「どのときのライブがいいですか?」


訊ねる。当たり前ですが我が家にはμ'sの出ているライブDVDは全て揃っています。どんなリクエストが来ても対応可能ですわ。


千歌「んっと……スクールアイドルフェスティバルのときのがいい!」

ダイヤ「ふふ、さすが千歌さん。それを選ぶとは……わかっていますわね」


──スクールアイドルフェスティバルは、初夏に開催されるスクールアイドルの祭典です。

有り難いことに今年はAqoursやSaint Snowも出場が決まっているため予習にもなりますし、いいチョイスですわ。

本棚から、リクエストされたDVDを取り出して、それを自分のノートパソコンにDVDドライブに入れる。


千歌「わくわく……!」

ダイヤ「……ふふ」


程なくして映像が始まる。

ノートパソコンの小さな画面なので、二人で肩を寄せ合うことになるので少々窮屈ですが、

映像が始まり、曲が流れ出すと──


千歌「……!!」


千歌さんは目をキラキラと輝かせて画面に齧り付いている。

わたくしが横にいることなんて、頭のどこかに行ってしまってるんじゃないかと言うくらい、夢中で映像の中のμ'sを追っている。


ダイヤ「ふふ、本当に好きなのね……」
66 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:48:06.31 ID:ZRnZyA2Z0

まあ、それに関しては、わたくしも右に同じなのですが。

──二人でライブの映像を見て過ごす。

あんなに落ち込んでいた千歌さんが、気付けば自然と身体を揺らして楽しそうに、映像に食い入っている。

本当にμ'sの力は、スクールアイドルの力はすごいですわね……。

──二人で映像に夢中になっていると、時間が過ぎるのはあっと言う間でした。


千歌「……あれ、もう終わり……?」

ダイヤ「ふふ、もう二時間以上経ってますわよ?」

千歌「うそ……!? あっと言う間だったよぉ……」

ダイヤ「それくらい、楽しいエネルギーがいっぱいのライブだったと言うことですわね」

千歌「…………。……うん、そうだね」

ダイヤ「……?」


急に千歌さんの声がトーンダウンする。

今の今までライブの映像を見て、嬉しそうにしていたのに。


ダイヤ「千歌さん……? どうかしましたか……?」

千歌「…………私、スクールアイドルフェスティバル、出られるかな」

ダイヤ「……!」

千歌「……って、ごめん……。リーダーがこんなこと言ってちゃダメだよね」

ダイヤ「千歌さん……」


彼女のリクエストだったとはいえ、またしても、わたくしの配慮が足りなかったことに気付かされる。

ライブは来月に迫っている。

これから初夏に向けてどんどん日差しも強くなる。

そうしたら……吸血鬼になってしまった千歌さんはどんどん太陽の下での活動が制限される。

……いつ練習に参加出来なくなってもおかしくはない。

そして、スクールアイドルフェスティバルは野外フェスです。

つまり、この事態が解決しないと最悪──


千歌「大丈夫だよね。まだ一ヶ月もあるんだもん、ライブまでにはきっと解決してるよね」

ダイヤ「……ええ」

千歌「それでね、私も、皆にいーっぱい笑って貰える様なライブするからさ」

ダイヤ「……そうですわね」

千歌「だから、練習も、いっぱいしないと、しない、と……っ」

ダイヤ「…………」


わたくしは、強がる千歌さんを、抱き寄せる。
67 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:48:32.94 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「ダイヤ……さん……」

ダイヤ「……強がらなくても、大丈夫よ。……今はわたくししか居ないから」

千歌「…………っ……! ……スクールアイドル、出来なくなるの……やだよぉ……っ……」

ダイヤ「……大丈夫ですわ」

千歌「…………ぅ……っ……ぐす……っ…………元に……戻りたい……っ……」

ダイヤ「……大丈夫、きっと元に戻る方法は見つかりますわ」

千歌「…………ぅ……ぅぅ……っ……吸血鬼のままなんて……やだよぉ……っ……」

ダイヤ「……大丈夫……。……わたくしも、一緒に元に戻る方法を、探しますから……」

千歌「……ぅ……ぐす……っ……。……うん……っ……」


気休めにしかならないかもしれないけれど。

わたくしは千歌さんを抱きしめたまま、何度も何度も『大丈夫だから』と答えながら、彼女の背中を優しく撫でる。

嗚咽をあげながら、千歌さんはわたくしの胸にすがるように、ぽろぽろと涙を流す。


千歌「……ダイヤ……さん……っ……」

ダイヤ「大丈夫……わたくしが居るから、大丈夫ですわ……」


わたくしは千歌さんが泣き止むまで、ただ抱きしめて励まし続けるのでした。





    *    *    *





千歌「…………んゅ……」


あのあとしばらく泣き続けていた千歌さんは、泣き疲れたのか、わたくしの胸に抱かれたまま、眠ってしまった。

辺りを見回すと、障子の先で空が白み始めているのがわかる。

吸血鬼が眠る時間が始まりますわね……。


ダイヤ「今お布団を敷きますから……少し待っていてくださいね」

千歌「ん……ぅ……」


千歌さんをゆっくり畳に寝かせてから、布団を敷く。


ダイヤ「千歌さん、ちょっと移動しますわよ」

千歌「……んぅ……」


流石に果南さんのように、お姫様抱っこをする腕力はないので、千歌さんを抱きしめるようにして、起き上がらせ、寝ぼけたままの彼女を布団に誘導する。


ダイヤ「はい、到着」

千歌「ぅん……」

ダイヤ「おやすみなさい、千歌さん」

千歌「………………すぅ……すぅ……」


千歌さんはすぐに寝息を立て始めた。


ダイヤ「ゆっくり、休んでくださいね……」
68 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:49:01.76 ID:ZRnZyA2Z0

せめて、眠っている間くらいは安心した気持ちで居て欲しい。

そう願いながら、わたくしは自然と彼女の頭を撫でていた。


ダイヤ「……ふぁ……」


なんだか、わたくしも眠くなってきましたわね……。


ダイヤ「……わたくしも眠りましょうか」


また明日も何が起こるかわからない。

ちゃんと眠って体力を回復しなければ……。

自分が使う布団を敷くため立ち上がろうとしたとき、


千歌「……ゃ……」

ダイヤ「……?」


千歌さんが小さな声をあげて、服の裾を掴んでくる。


千歌「……ひとりに……しないで……」

ダイヤ「…………」


寝言でしょうか。


ダイヤ「……仕方ありませんわね」


わたくしはそのまま、千歌さんの眠っている布団にお邪魔する。


千歌「……ん……ぅ…………すぅ……すぅ……」

ダイヤ「ふふ……ルビィが怖い夢を見たときみたいですわね……」


お姉ちゃん、いかないでと……。寝ぼけながら、わたくしの服の裾を掴む妹の姿を思い出す。


ダイヤ「……妹がもう一人増えたみたいですわね」

千歌「……すぅ……すぅ……」

ダイヤ「……ちゃんと傍にいますから」


そしてこういうときは決まって、安心させるために、手を握るのです。


千歌「…………にゅ…………すぅ……すぅ……」

ダイヤ「千歌さん……おやすみなさい」


再び彼女に就寝の挨拶をして、わたくしは目を瞑った。

わたくしが眠りに落ちるまでの間ずっと……千歌さんの手を握りながら……。





    *    *    *





──翌日。
69 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:49:35.30 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「ん……」

千歌「……すぅ……すぅ…………」

ダイヤ「……!?」


起きると、目の前に千歌さんの顔があった。

──…………あ、ああ……一緒の布団で眠ったのでしたっけ……。

昨日は手を繋いで眠ったところまでは覚えているのですが、気付いたら千歌さんはわたくしの胸の辺りにすっぽり収まり──わたくしは何故か千歌さんの背中に手を回す形で抱きしめていた。


ダイヤ「………………」


我ながら眠っている間に何をしているんだと思ってしまいましたが、もう流石に妹のルビィとも床を一緒にすることが減った今日……一緒の布団で誰かが眠ってくれるという安心感で無意識に抱きしめてしまったのかもしれない。

ルビィと一緒に眠っているときも、朝起きたらルビィを抱きしめていたこと……そういえば、ありましたわね。


ダイヤ「なんだか……この感覚、少し懐かしいですわね……」

千歌「…………すぅ……すぅ……」

ダイヤ「ふふ……本当にもう一人、妹が出来たみたいですわ……」


思わず頭を撫でると、


千歌「…………んゅ……」


千歌さんは小さく声をあげながら、くすぐったそうに身じろぎする。


ダイヤ「ふふ……なんだか、可愛いですわね……」

千歌「ん…………だいゃ、さん…………?」

ダイヤ「おはようございます、千歌さん」

千歌「ぉはょ…………ぅ…………」


寝ぼけ眼の彼女は、わたくしの胸に頬ずりするように、顔を押し当てたあと──


千歌「……くぅ…………くぅ………………」


再び寝息を立て始めました。


ダイヤ「……お寝坊さんね」


全く困った子ね。と内心笑ってしまいますが……。

──それだけ、今は安心しているということ。昨日からずっと不安に押し潰されそうな様子だったので、今の気の抜けた感じは逆に安心する。

もしかしたら……ですが、彼女も妹として、この状況に無意識に懐かしさを感じているのかもしれませんわね……。


ダイヤ「今日はお休みですから……特別ですわよ、千歌……」


彼女の姉になったような気分で、頭を撫でながら──


ダイヤ「わたくしも……もう少し、ゆっくりしようかしら……」


千歌さんの温もりを感じながら、幸せなまどろみをもう少し楽しむことにしたのでした。





    *    *    *

70 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:50:43.42 ID:ZRnZyA2Z0



……さて、わたくしたちが起きたのは13時過ぎでした。


千歌「ふぁぁ……よく寝た……」


8時間睡眠……やや、寝過ぎな気もしますが、まあいいでしょう。今日はお休みですから。


千歌「ん……? ダイヤさんどうしたの? なんか、嬉しそう……?」

ダイヤ「ふふ、なんでもありませんわよ。さ、千歌さんはお布団を畳んでくださいませ。わたくしはその間に朝ご飯……じゃなくて、お昼ご飯を作ってきますので」

千歌「あ、はーい」


部屋を出ていこうとして、


ダイヤ「……と、その前に」

千歌「?」


戻ってきて、千歌さんの頬に手を添える。


千歌「ふぇ!?///」

ダイヤ「千歌さん」

千歌「ん!?/// え!?/// い、いきなり!?///」

ダイヤ「……? 口を開けてください、歯を見ますので」

千歌「ハ……?/// ……あ、ああ歯ね……///」

ダイヤ「……? どうかしたのですか?」

千歌「……急に頬に手とか添えてくるから……キスされるのかと思った……///」

ダイヤ「!?/// な、なんでそうなるのですか!?///」

千歌「い、いや、だからびっくりしたんだって……!!///」

ダイヤ「も、もう!!/// バカなこと言ってないで早く口開けて!/// 確認しますから!!///」

千歌「う、うん……!/// あ、ぁー…………///」


千歌さんが例のごとく口を開く。

そして、わたくしも例のごとく彼女の口の中を観察する。


ダイヤ「……歯はちゃんと元に戻ってますわね」


まあ、戻ってなかったら困るのですが……。

この分なら、日中の観察はあまり必要ないのかもしれない。

吸血鬼は知っての通り夜の生き物。

夜以外はその本性を表すこともありませんでしょうしね。


ダイヤ「もう、いいですわよ」

千歌「……んぁ……。うん」


千歌さんが口を閉じたあと。

目が合う──


千歌「…………///」

ダイヤ「…………///」
71 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:51:40.94 ID:ZRnZyA2Z0

さっきのやり取りを思い出して、二人して紅くなる。


千歌「ダイヤ……さん……///」


って、なんでこんな雰囲気になっているのですか!?


ダイヤ「ち、千歌さんっ!!!」

千歌「!? は、はい!?」

ダイヤ「貴方は布団を畳むっ!! わたくしはご飯を作るっ!! いいですわねっ!?」

千歌「ら、らじゃー!!」


半ば無理矢理、その場から逃げるように脱出する。


ダイヤ「……///」


──もう、心臓の音がうるさい……。

昨日から変に意識してしまって調子が狂う。

花丸さんや千歌さんの言動もそうなのですが……。


ダイヤ「チャームの影響もあるのかしら……」


チャームはそもそも魅惑の能力だと善子さんや花丸さんは言っていたし……。少なからず影響がある可能性は否めない。

──ドクン、ドクン、ドクン。


ダイヤ「ああ……もう……///」


こういうときは体を動かした方がいい。……早く昼食を作ってしまいましょう。


ダイヤ「……流されてはいけませんよ、黒澤ダイヤ……」


自分にそう言い聞かせながら、胸の鼓動を誤魔化すように、わたくしは厨房へと足を運ぶのでした。





    *    *    *





千歌・ダイヤ「「いただきます」」


本日も二人揃って、昼食をいただく。

今日も簡単にサンドイッチを作りましたが、今日は冷蔵庫を開けられる状態でしたから、ハムとゆで卵を挟んでいるので、昨日より味気があると思いますわ。


千歌「もぐもぐ……」

ダイヤ「……おいしいですか?」

千歌「うん、おいしいよ」


サンドイッチを食べながら、時折トマトジュースを飲む。

その繰り返しで千歌さんは昼食をもくもくとお腹に収めていく。


ダイヤ「…………」
72 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:52:19.41 ID:ZRnZyA2Z0

あまり落ち込んでいる様子は見せないようにしているのかもしれませんが、明らかに口数が少ない。


ダイヤ「……千歌さん」

千歌「……ん?」

ダイヤ「この後……はとりあえずお風呂ですわね。髪を乾かしたら沼津までお出かけしませんか?」

千歌「……この時間からだと、行ってもすぐに日が落ちちゃうんじゃないかな」

ダイヤ「確かにあまり長居は出来ないかもしれませんけれど……。今日はいい塩梅の曇り空ですし。天気予報を見たら雨も降らないみたいですので」


有り難いことに、今日は昨日と違って日が隠れているし、雨が降る心配もない。

今の千歌さんが安心して出歩ける貴重な天気なのです。


千歌「ん……でも……」

ダイヤ「余り家でじっとしていても、どんどん気落ちしてしまうと思いますから……。少し気晴らしにお買い物をしましょう?」

千歌「……わかった、そういうことなら」


よかった、納得してくれた。


ダイヤ「それでは、早く食べて片付けてしまいましょうか」

千歌「うん」





    *    *    *





──浴室。


千歌「ふぅ…………」

ダイヤ「お湯……大丈夫ですか?」

千歌「うん、昨日の朝方入ったのに比べると……」


やはり、吸血鬼化していない状態だと、水への精神的抵抗が減るみたいですわね……。

流水はやはり無理なようなので、気をつける必要こそありますが……。

……しかし、


千歌「ふぇ……? どうしたの、じっと見つめて……?」

ダイヤ「……ちょっと、失礼しますわ」


千歌さんの髪に手を伸ばす。


千歌「……!?///」


そのまま髪を撫でたり、梳いたりしてみる。
73 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:53:16.04 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「は……/// え……/// え……!?///」

ダイヤ「……やはり、サラサラですわね」

千歌「ふぇ……!?/// ぁ……/// ぅ……///」

ダイヤ「昨日からずっと気になっていたのですが……」

千歌「き、気になってたの!?///」

ダイヤ「……髪の状態も、肌の状態も……不自然なほどに良すぎる……」

千歌「……へ?」


これは代謝がどうと言うか……。

根本的に美しい状態が維持されているような気がしてならない。


ダイヤ「吸血鬼は容姿が美しいのも特徴とされていると善子さんは言っていましたわ。吸血鬼化の影響で、千歌さんの肌や髪のコンディションも最高に保たれているということなのかもしれませんわ」

千歌「…………」

ダイヤ「肌がすべすべになったと言っていましたし……千歌さん、他に何か心当たりはありませんか?」

千歌「…………知らない」


千歌さんがぷいっと顔を背ける。


ダイヤ「もし、少しでも気になることがあったら教えてくださると……」

千歌「自分で見ればいいじゃん、目の前にいるんだから」

ダイヤ「え……いや……その……?」


何故か急に千歌さんがそっけなくなった気が……?


ダイヤ「……主観的な部分でしかわからないこともあるかもしれませんし……」

千歌「……かもね」

ダイヤ「千歌さん……?」

千歌「……お風呂、出る」

ダイヤ「え、ま、まだ入ったばかりではないですか……?」

千歌「チカの身体、綺麗に保たれてるんでしょ? なら、いいじゃん。どっちにしろ、シャワー使ったり身体流したり出来ないから、シャンプーとか、コンディショナーとかしなくても綺麗なら、ちょうどいいね」

ダイヤ「ち、千歌さん……?」

千歌「ダイヤさんはごゆっくりどうぞ」

ダイヤ「え、ち、ちょっと待ってください!!」


気のせいかと思いましたが、どう考えても今の千歌さんの態度は、明らかに不機嫌です。


ダイヤ「わ、わたくし、もしかして何か気に障ることを……」

千歌「……知らない」

ダイヤ「ま、待って……! わたくしも一緒に出ますから……!」


焦って湯船から出ようとして、


千歌「ダイヤさんは髪も身体洗わないとダメじゃない?」

ダイヤ「……!」


言われて気付く。
74 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:53:47.41 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「ご、ごめんなさい……わたくし、そのようなつもりで言ったわけでは……」

千歌「…………」

ダイヤ「……日中の時間帯から吸血鬼扱いされては……気分が悪いですわよね……すみません」


わたくしが、謝罪をすると、


千歌「…………そういうことじゃないもん」


千歌さんは小さな声でそう返す。


ダイヤ「……え?」

千歌「……ダイヤさんのおたんこなす!」

ダイヤ「え……え?」

千歌「にぶちん! とーへんぼく! もう、知らない!」

ダイヤ「ち、ちょっと待って……」


わたくしの制止も虚しく。千歌さんは浴室から出て行ってしまいました。


ダイヤ「…………?」


彼女を怒らせてしまった理由がわからず、呆けてしまう。


ダイヤ「おたんこなすですか……」


久しぶりに聞きましたわね……あのような幼稚な悪口。


ダイヤ「……とりあえず、お風呂から出たら謝りましょう……」


わたくしは千歌さんに言われたとおり、とりあえず身体を洗うことに致しました。

……それにしても、どうして急に怒り出したのでしょうか……?

何度も理由を頭の中で考えていましたが、結局答えが出ることはありませんでした。





    *    *    *





お風呂からあがると、千歌さんはわたくしの部屋で髪を乾かしながら待っていました。


ダイヤ「えっと……千歌さん」

千歌「ダイヤさん」

ダイヤ「は、はい」


何故か妙な迫力があって、思わず背筋が伸びる。


千歌「そこ座って」

ダイヤ「は、はい……」


千歌さんが自分のすぐ横を指し示すので、言われたとおりそこに腰を降ろす──と、


千歌「乾かすよ」
75 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:54:55.78 ID:ZRnZyA2Z0

おもむろにわたくしの髪をドライヤーで乾かし始める。


ダイヤ「え……? い、いや、自分で出来ますから……」

千歌「チカの髪は触っておいて、自分の髪は触らせてくれないの?」

ダイヤ「!? え、ええっと……?」

千歌「それに、私の髪、短いからもう乾いたし」

ダイヤ「は、はあ……」


……とりあえず、ここは言うことを聞いた方が良さそうだと思い、大人しく髪を乾かしてもらうことにしました。


ダイヤ「…………あの、千歌さん」

千歌「何?」

ダイヤ「……怒ってますか……?」

千歌「……怒ってるかも」

ダイヤ「……えっと……理由を聞いたら……更に怒りますか?」

千歌「……理由がわかってないことをすでに怒ってるし、聞かれても教えたくない」

ダイヤ「そ、その……ごめんなさい……」

千歌「……もう、いい……チカも悪いから」

ダイヤ「……え?」

千歌「期待しちゃったみたい」

ダイヤ「……期待……?」

千歌「……なんでもない、今のは忘れて欲しいかな」

ダイヤ「……は、はい」


なんだか、わかりませんが……。一応、解決……したのでしょうか……?


千歌「……ダイヤさんの髪、完全なストレートだね……羨ましい」

ダイヤ「……千歌さんの髪も癖は少ない方ではないですか?」

千歌「うーん、ちょっと内巻き気味だけど……まあ、曜ちゃんほど癖っ毛ではないかな。でも、ここまでストレートなのは女の子なら皆羨ましいんじゃないかな」

ダイヤ「そうでしょうか……。日本人形みたいではないですか?」

千歌「ダイヤさん髪の毛真っ黒だもんね……でも、私は綺麗だなーって思うよ」

ダイヤ「あ、ありがとうございます……」


さっきと打って変わって褒められる。


千歌「果南ちゃんも鞠莉ちゃんも言ってたよ? ダイヤさんの髪はお手本みたいな黒髪ストレートロングで羨ましいって」

ダイヤ「鞠莉さんは色もですが、わたくしとは真逆の髪質ですからね……果南さんもストレートですけれど……」

千歌「海水で傷みやすくて、手入れが大変ってよく言ってるよね」

ダイヤ「ですわね。……でも、わたくしもたまにパーマをかけること、ありますのよ?」

千歌「そうなの?」

ダイヤ「ええ。少しウェーブがかかっているのも好きですので。……ただ、すぐストレートに戻ってしまうのですけれど」

千歌「女の子のヘアスタイルって生まれつきの髪質との戦いなところあるよね……曜ちゃんなんかもう割り切っちゃってるけど、子供の頃は癖っ毛いやだーってよく言ってたし」

ダイヤ「曜さんも大変そうですわよね……水泳の選手は特に」

千歌「消毒の塩素で色とか抜けちゃうんだっけ? 言われてみれば、昔はもうちょっと黒っぽかった気もしなくはない……」
76 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:55:31.30 ID:ZRnZyA2Z0

何気ない世間話。……と言うか、ガールズトークでしょうか?

よかった……。本当にもう怒ってはいないみたいです。

二人でぼんやりと会話をしていると、程なくして、


千歌「うん、そろそろ大丈夫かな」

ダイヤ「ええ、ありがとうございます。千歌さん」


髪を乾かし終わる。


ダイヤ「それでは、身支度をして、出かけましょうか」

千歌「うん」


春物の上着を手に取る。

その際──ポケットから、何かが落ちる。


ダイヤ「きゃぁ!!?」


驚いて咄嗟に声をあげてしまった。


千歌「え、なに? どしたの──わぁぁあぁぁ!!!?」


千歌さんが落ちたソレを見て、わたくし以上に大きく飛び退いた。

──ソレは善子さんから貰ったロザリオでした。


千歌「び、び、び、びっくりしたぁ……!!」

ダイヤ「ご、ごめんなさい……うっかりしていました」


わたくしはロザリオを拾ってポケットにしまう。

そういえば、昨日出かけたときにポケットに入れたままでしたわ。


千歌「う、うぅん……大丈夫。それじゃ、いこっか」

ダイヤ「そうですわね……」


二人揃って、部屋を出て行く。

玄関まで行き、二人で靴を履いている最中、ふと疑問に思う。

──……どうして、わたくし……ロザリオを見て、声をあげるほど驚いたのかしら……?





    *    *    *





千歌「……着いた!」


沼津に到着したのは16時前でした。

日没まではもう2時間くらいしかないので、本当に長居は出来そうにありませんが……。

ただ、本当に今日はいい塩梅の曇り空のお陰で、外を出歩いていても、千歌さんの顔色が大分良い。やはり連れ出して正解でしたわね。
77 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:57:37.31 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「それで、どこにいくの?」

ダイヤ「今晩作るご飯の買い物をしようと思いまして」

千歌「おお! なるほど! 何作るの?」

ダイヤ「何がいいですか?」

千歌「んー……んー……おいしいもの」

ダイヤ「ふふ、そうね。わたくしもおいしいものが良いですわ」

千歌「わ、笑わないでよぉ! 考えてなかったんだもん……えっと、そうだなぁ…………カレーとか?」

ダイヤ「カレーですか……いいですわね。となると具材は……」

千歌「ニンジンは冷蔵庫にあったよね」

ダイヤ「ええ、あとは馬鈴薯かしら……」

千歌「ばれーしょ?」

ダイヤ「あ、えっと……じゃがいものことですわ」

千歌「ばれーしょって言うじゃがいも?」

ダイヤ「じゃがいものことを馬鈴薯と言うのですわよ」

千歌「……??」


二人でそんな話をしながら、スーパーに入ろうとしたとき──


千歌「…………」


千歌さんがピタリと止まる。


ダイヤ「? 千歌さん?」


千歌さんの顔を見ると、真っ青になっていた。


ダイヤ「ち、千歌さん!? どうしたのですか!?」

千歌「ダ、ダイヤさん……た、たぶんチカ、これより先に進めない……」

ダイヤ「ど、どういうことですか……?」

千歌「わ、わかんないけど……この先に行くのは命の危険がある気がする……」

ダイヤ「…………あ」


……しまった。この規模のスーパーだったら、この時期でも確実に置いてある。


ダイヤ「大蒜……」


大蒜のニオイに異常に敏感なのはもう目にしている。

スーパーに入るのは無理そうですわね……。


ダイヤ「他を当たりましょうか……」

千歌「う、うん……でも、どこで買えば……」

ダイヤ「そうですわね……カレールーはコンビニで買えばいいとして……。馬鈴薯──じゃがいもは個人商店で買いましょう」

千歌「あ、八百屋さんならニンニクは置いてない……のかな?」

ダイヤ「大蒜は今は旬ではないので……国産に拘っているお店もあるでしょうし、そういう場所なら大丈夫だと思いますわ」


二人で踵を返して、駅前ロータリーに戻ってくると──
78 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:58:24.39 ID:ZRnZyA2Z0

 「あれ? お姉ちゃん……と千歌ちゃん?」

 「ん? 千歌ちゃんと、ダイヤさん?」


聞き覚えのある声がする。

声のする方を見ると、


ダイヤ「ルビィ……花丸さんも」

ルビィ「わ、偶然だね!」

花丸「二人ともこんにちは。千歌ちゃん、体調は大丈夫?」

千歌「あ、うん、だいぶよくなったよ」

花丸「それはよかったずら」


ルビィと花丸さんでした。

そんな中、花丸さんが近付いてきて、こそこそと話しかけてくる。


花丸「ダイヤさん……彼氏さんは説得できたずら?」


一瞬何のことかと思いましたが、そういえばそういう話になっているのでしたっけ……。


ダイヤ「え、ええ、まあ……お陰様で」

花丸「そっか、力になれて何よりずら」


花丸さんは腕を組んで得意気に頷いている。

まあ……参考になったのは確かなので、いいでしょう。……たぶん。


千歌「? どうしたの?」

ダイヤ「いえ、なんでもありませんわ」

花丸「乙女の秘密ずら」

千歌「……?」


そう言いながら、花丸さんの視線が首筋の絆創膏に注がれている気がするのですが……。

まあ、花丸さんならわざわざ言いふらしたりはしないでしょう……。


ルビィ「二人はお買い物?」

ダイヤ「ええ、千歌さんと一緒に夕食を作ろうと思って」

花丸「ずら? 二人ってそんなに仲良かったの?」


花丸さんが首を傾げながら、ルビィに訊ねる。


ダイヤ「少し、Aqoursの活動について相談を受けていまして……ゆっくり二人で食事をしながら、考えましょうということになりまして」

千歌「……? …………あ、うん、そうそう! そうなんだよね!」


千歌さんは最初なんの話かわかっていない様子でしたが、なんとか途中で気付いてくれたようですわ。

ちなみに……ギリギリ嘘はついていませんわ。
79 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:58:54.50 ID:ZRnZyA2Z0

ルビィ「千歌ちゃん、悩み事……?」

千歌「あ、うん……まあ、ちょっと」

花丸「ルビィちゃん、きっとあんまり詮索しない方がいいよ。わざわざダイヤさんに相談してるくらいだから、きっと言い辛いことなんだよ」

ルビィ「あ、そっか……ごめんね」

千歌「う、うぅん、気にしないで」

ダイヤ「それより、貴方達は何をしにここまで? 善子さんは一緒ではないのですか?」


会話が続くとボロが出かねないので、話題を切り替える。


ルビィ「あ、うん……それがね」

花丸「ゴールデンウイーク特別はいしん? とやらで追い出されたずら」

ダイヤ「配信……ですか?」

千歌「あ、善子ちゃんがよくやってる、生配信?」

ルビィ「うん……1時間くらいだからって言われて」

花丸「そういうことならって、二人で買い物に来たずら」

ダイヤ「まあ、3日もお世話になるわけですからね……そういうこともあるでしょう。ルビィ、迷惑は掛けていませんか?」

ルビィ「うん! 大丈夫だよ! むしろ、善子ちゃんのお母さんに『ルビィちゃんは育ちが良いのね』って褒められちゃった!」

ダイヤ「そう、それなら安心ね……」


妹がよそ様で変なことをしていないかと言うのはいつも不安ではありますが、どうやら問題ないようですわね。


ルビィ「それにね! 善子ちゃんちってすごくって、お風呂がハーブ湯になってるんだって! すっごい良い匂いだし、オシャレだし、びっくりしちゃった!」

千歌「ハーブ湯……! さすが善子ちゃん……オシャレ……」

花丸「……オシャレというか……いつもの堕天使の延長ずら。なんかハーブは聖なる力を中和してくれるからとかなんとか、わけのわからないことを言ってたずら……」

ダイヤ「善子さんは相変わらずのようですわね……」


その知識に昨日頼らせてもらったばかりなので、その拘りは全く否定出来ませんが……。


千歌「……と、言うかせっかくなら二人も一緒に配信に出ちゃえばいいのに」

ルビィ「え?」

千歌「前、堕天使スクールアイドルのときに善子ちゃんの配信にちょこっと出たことあったでしょ? ルビィちゃん人気あったし……意外と視聴者の人も喜んでくれるんじゃないかな」

花丸「言われてみればそうかも……3人ではいしん……」

ルビィ「……ちょっと楽しそうかも」

花丸「……ルビィちゃん! 急いで善子ちゃんちに戻るずら!」

ルビィ「うん!」


二人は顔を見合わせ頷いて、踵を返して走り出す。


ダイヤ「あ! 二人とも! 走ったら転びますわよ!」

ルビィ「気をつける〜!」

花丸「千歌ちゃん! ダイヤさん! また練習で〜!」

ダイヤ「……もう」


慌しい妹たちを見て、思わず肩を竦めてしまう。

まあ、元気なのはいいことなのですが……。
80 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 08:59:23.02 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「練習……そっか、月曜からやるって話だったっけ」

ダイヤ「……そういえば、そうでしたわね」


ゴールデンウイークは最初の土日は完全オフにしようとは決めていましたが、それ以外の日は練習をしようという話をしていたことを思い出す。


千歌「…………明日、曇って欲しいな……」

ダイヤ「…………」


いつも快晴を望み、明るく真っ直ぐな、彼女らしからぬ願いに、胸が痛む。


千歌「…………どうして、こうなっちゃったんだろう」

ダイヤ「千歌さん……」

千歌「…………そのうちAqoursで居られなくなっちゃうのかな……」

ダイヤ「…………」


悲しげな顔でそう言う、千歌さんの顔を見ているのが辛くて、


ダイヤ「千歌さん」


わたくしは千歌さんの手を取った。


千歌「え……ぁ……ダイヤさん……?」

ダイヤ「まだ、買い物は始まっていませんわよ? 行きましょう?」

千歌「……えへへ、うん」


少しでも笑っていて欲しいと想って、願って、彼女の手を引き、歩き出す。

その想いからか、手をきゅっと握ると、


千歌「…………」


千歌さんは無言で握り返してくる。

今は……今はわたくしが千歌さんを支えるのです。

そして、彼女をまた、笑顔で居られる世界に戻してあげる必要がある。

……千歌さんの笑顔にはそれだけの価値がある。そう想うから。





    *    *    *





ここ数日、千歌さんは本当に精神的に参っているのが、間近で見ると痛いほど伝わってくる。

特に自分が真っ当に人間としての生活が送れなくなり──Aqoursとしての居場所がなくなることにすごく脅えている。

どうにかして、彼女を元気付けてあげたいのですが……。

千歌さんの現在の状況は、日常生活に密接な制限が多すぎて、ふとした拍子に思い出して落ち込んでしまう。

外に連れ出せば何かしら、元気になってくれるかと期待して出かけたのですが……何か、何かないでしょうか……。

そんな無責任な期待をしながら、歩いていると……その機会は案外すぐに訪れたのでした。
81 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:00:03.74 ID:ZRnZyA2Z0

 「──あ、あの! もしかして、Aqoursの千歌ちゃんとダイヤさんですか!?」

千歌「……え?」

ダイヤ「?」


声を掛けられて立ち止まる。

そこは──仲見世通りに入ってすぐの場所にあるお花屋さんでした。

その店先に立っている女の子が声を掛けてきた人物で……。


千歌「えっと……?」

ダイヤ「貴方、Aqoursをご存知なのですか?」

女の子「はい! PVとか見ていて、私大好きで……」

千歌「……! そうなんだ……!」

女の子「……あ、そうだ! ちょっと待っててください」

千歌「……?」


女の子はそう言って店の奥へと小走りに駆けて行く。

……すぐに戻ってきた彼女は、手にオレンジと白色の可愛らしいお花で作られた小さなブーケを持っていました。


女の子「あのこれ、どうぞ!」

千歌「え、わ、私……?」

女の子「実はAqoursの皆のイメージブーケを作ってる途中で……全員分はまだ出来てないんですけど、千歌ちゃんのイメージブーケは最初に作ったから……!」

千歌「!」

ダイヤ「……ふふ、貴方は千歌さん推しなのですわね?」

女の子「は、はい……!」


わたくしがそう訊ねると、少し照れくさそうにする、お花屋さんの女の子。

一方、千歌さんは──


千歌「…………そっか……そっか……っ……」

女の子「……え?」


口元を抑えて、ぽろぽろと涙を零していた。


千歌「私……Aqoursなんだよね……っ……」

ダイヤ「ふふ、当たり前ではないですか……」

女の子「え、えっと……」

ダイヤ「大丈夫ですわ、嬉しくて感極まってしまっただけだと思いますので」

千歌「応援してくれて……ありがとう……っ……私、頑張るから……っ」

女の子「! は、はい! これからも応援してます!」

千歌「私……っ……頑張る……っ……」

ダイヤ「……ふふ」





    *    *    *


82 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:00:38.45 ID:ZRnZyA2Z0


──千歌さんはブーケの入った白いビニール袋を片手に、そしてもう片方の手はわたくしと繋いだまま歩く。


千歌「えへへ……」


二人で歩く最中、何度も手に持ったブーケの入った袋を見てはニヤニヤとしている。


ダイヤ「ほら、千歌さん、前を見て歩かないと危ないですわよ」


すれ違う通行人とぶつかりそうになっていたので、ちょっと強めに手を引く。


千歌「わわっ!?」

ダイヤ「すみません」


ぶつかりそうになった通行人に謝りながら、少しよろけた千歌さんを支える。


千歌「あはは、ごめんなさい……」


千歌さんは謝りはするものの、相変わらずにやけた表情をしている。

よほど嬉しかったのでしょう。


ダイヤ「ふふ……」


安心からなのか、わたくしも思わず笑みが零れる。

やっと、笑ってくれた。よかった……。


千歌「……ダイヤさん」

ダイヤ「なぁに?」

千歌「チカ……もうちょっとだけ頑張ってみる」

ダイヤ「ふふ……わたくしも出来る限りの協力を致しますわ」

千歌「うん、ありがと! ……待っててくれる人がいるんだもん! こんなところで負けてられない!」

ダイヤ「ええ! その意気ですわ!」


やっと千歌さんらしさが戻ってきましたわね。


ダイヤ「それでは! 買い物に参りましょうか!」

千歌「うん! ばれーしょが待ってる!」


わたくしはニコニコ笑顔を取り戻した千歌さんと手を繋いで、商店街を進んでいくのでした。






    *    *    *





──さて、無事馬鈴薯とカレールーを手に入れた、わたくしたちは帰路に就いています。


千歌「思ったより遅くなっちゃったね」

ダイヤ「そうですわね」
83 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:01:16.23 ID:ZRnZyA2Z0

買い物を終えて、バスに乗り込んだのは18時半前のことでした。

そろそろ日没の時間。

内浦までの道のりは45分ほどかかるので、バスの中にいる間に日は沈んでしまうでしょう。

早めに帰るのに越したことはありませんが……。


ダイヤ「まだ時間に余裕はありますから」

千歌「あはは、そだね」


日没になった瞬間、急激に吸血鬼化するわけではない。

強い吸血鬼化が認められるようになってくるのは、大凡21時以降。

それまでは緩やかに進行していくだけですし、まだまだ時間的な余裕がある。

今日は曇り空のお陰で、バス内に差し込んでくる西日もありませんし……。


千歌「えへへ……」


千歌さんはご機嫌な様子ですし、短時間でしたが、一緒にお出かけしてよかったですわ。

ふいに、千歌さんが繋いだ手をきゅっと握る。


ダイヤ「? どうかしましたか?」

千歌「んーん……なんか、ずっと手繋いでてくれて……嬉しいなって」

ダイヤ「…………」


言われてみれば、そうでしたわね……。

商店街に入る前、強引に手を引くために握ってから、手を繋ぎっぱなしでしたわ。

……あら、もしかして……馬鈴薯を買うとき、やたら店主さんの視線が微笑ましかったのって……。


ダイヤ「…………///」


改めて考えてみたら、急に恥ずかしくなってきて、思わず繋いでいた手を放す。


千歌「あ……手、放しちゃうんだ……」

ダイヤ「え、いや、その……」


千歌さんがしゅんとしてしまったので、慌てて握り直す。


千歌「! えへへ……」

ダイヤ「……手を繋いでいると、何か違うのですか……?」

千歌「うん、ダイヤさんが温かくて嬉しいなって」

ダイヤ「……千歌さんの手の方が温度は高そうですけれど……」


わたくしは少々冷え性気味なので、温かい季節でもよく手が冷たいと言われる。

逆に千歌さんの手はやたら温かかった。代謝の違いでしょうか……?


千歌「あはは、そうじゃなくてね。……んー、心がかな……」

ダイヤ「心、ですか?」

千歌「うん……ホントはすっごく不安なはずなんだけど……。ダイヤさんが傍にいてくれるだけ……すっごく心強い。手繋いでくれてる間は、もっと安心する」

ダイヤ「そう……」
84 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:01:46.01 ID:ZRnZyA2Z0

そういう風に言ってもらえると、悪い気はしない。

思わず、彼女の手をきゅっと握ると、


千歌「えへへ……」


千歌さんは幸せそうに微笑みながら、手を握り返してくる。

そのまま、千歌さんはコテンと頭を預けてくる。


ダイヤ「千歌さん?」

千歌「……ダイヤさん、ありがと……」

ダイヤ「ふふ、どういたしまして……」

千歌「ちょっと眠いかも……」

ダイヤ「眠ってもいいですわよ。着いたら起こしてあげますわ」

千歌「うん……」


そう言うと、千歌さんは目を瞑って、わたくしの方に身を預けてくる。

わたくしは、人の温もりを感じながら、往く帰り道は──存外悪くないなと、思ったのでした。





    *    *    *





異変が起きたのは、自宅のバス停まであと10分ほどの場所に差し掛かったときのことでした。


千歌「…………ぅ」

ダイヤ「? 千歌さん? 起きたのですか?」


千歌さんから小さなうめき声が聞こえてきて、声を掛ける。


千歌「…………ふ……ぅ……」

ダイヤ「……千歌さん?」


起きたのかと思ったら、千歌さんの身体が小刻みに震えだす。


ダイヤ「!? 千歌さん……!?」

千歌「…………ぅ……く……ふぅ…………ふぅー…………」


気付けば千歌さんと繋がれていた手の平が汗で湿っていた。

はっとなって、彼女の額を見ると、脂汗が滲んでいる。


ダイヤ「大丈夫ですか……!? 酔いましたか……?」

千歌「…………血、が……」

ダイヤ「え!?」


その発言に血の気が引く。

まさか──


ダイヤ「ちょっと、失礼します!!」
85 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:02:44.75 ID:ZRnZyA2Z0

千歌さんの顔に手を添えて、自分の方に向き直らせる。


ダイヤ「口、開けて!」

千歌「ぁ、ぁー……」


彼女の口の中を見て──更に血の気が引いていく。


ダイヤ「ど、どうして……」


千歌さんの歯が──吸血鬼状態になっていた。

それも、伸びかけの状態などではない。

完全に吸血鬼のソレなのです。

慌てて窓の外を見ると、確かに夜の時間は始まっていますが、まだ僅かに西の空には昼の明るさの余韻が残っている。

昨日はまだこの時間は全然吸血鬼化が進んでいなかったのに、何故……!?


千歌「……ぅ……ふぅ……ふぅ……」


そんなことを考えている間にも、千歌さんの呼気はどんどん荒くなり、震えは大きくなっていく。

これは……もしかしなくても、血を欲している状態です。


ダイヤ「千歌さん……! 今の欲求はどれくらいですか……!?」

千歌「……きゅぅ……じゅぅ……」

ダイヤ「90……!?」


もうすでに限界ギリギリではありませんか……!!


ダイヤ「千歌さん……! もう少しだから、我慢してください……!! 荷物はわたくしが持ちますから……!!」

千歌「ふ……ぅ……ぅん…………」


あとバス停何個分……!?

千歌さんからブーケの入った袋と、買い物袋を受け取りながら、外を見回す。

あと5分程度で着く。

最寄りのバス停から家まで走って……あ、いや、今の状態の千歌さんは走れるとは思えない。

ギリギリ家まで間に合うかどうか……!!

焦る思考の中、気付けば、


千歌「ふ……ぅ…………んぁー…………っ」

ダイヤ「!?」


千歌さんはわたくしの首筋に噛み付こうとしていた。


ダイヤ「ス、ストップ!!」

千歌「むぎゅ……っ!!」


彼女の頭を無理矢理抱きかかえるようにして、どうにか噛みつきを回避する。

不味い……不味い……! 不味いですわ……!!


千歌「ふぅー…………ふぅー…………!!」
86 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:04:11.23 ID:ZRnZyA2Z0

もう千歌さんは限界……!

ですが、外での吸血は絶対回避しなければならない。

外でチャームにかかってしまったら、本当に収拾がつかなくなってしまう。


ダイヤ「千歌さん、お願い!! 我慢して!!」

千歌「ふ、ぅ……ふぅー…………」


彼女の頭を抱きかかえながら、祈るように、目的地に着くまで耐える。

──あとバス停一つ分なのに、どうしてこんなに長いの!?

時間が掛かりすぎですわ……!!!

バスは普段と何も変わらず運行しているはずなのに、今この瞬間だけはやたらのろのろ動いているように感じる。

お願い、お願い……!! 早く、早く目的地に着いて……!!





    *    *    *





バスを降りる際、運転手の人に「お嬢ちゃん大丈夫かい!?」と心配されてしまいましたが。


ダイヤ「少し酔ってしまったみたいで!! 家はすぐそこなので、お気になさらず!!」


そう言って、バスを飛び出した。

バス停から自宅までは一直線。

ここさえ、抜ければ……!!


千歌「……血!!!」

ダイヤ「……!!」


手を引く千歌さんが、大きな声をあげた。


ダイヤ「あとちょっとだからっ!!!」

千歌「血、血!!!!」


千歌さんが強い力で手を引っ張ってくる。


ダイヤ「っ……!!」


ここで、引きずり倒されて吸血されるのはダメです……!!

わたくしは咄嗟に繋いでいた手を振りほどいて──


千歌「血っ!!!」

ダイヤ「血が欲しいなら、こっちですわ!!」


自宅までの一直線の道を全速力で走り出す。


千歌「血ぃ!!」
87 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:05:01.01 ID:ZRnZyA2Z0

正気を失った千歌さんが、後ろから追いかけてくる。

これでいい。

辺りに他の人影はない。

なら、千歌さんはわたくしだけを追いかけてくる。


ダイヤ「こっちですわよ!! 千歌さん!!」

千歌「血、血、血!!!」


目を血走らせて、千歌さんが追いかけてくる。


ダイヤ「は、はや……!!」


先に勢いをつけて飛び出したはずなのに、千歌さんは思った以上に足が速く、どんどん距離を詰められる。

自宅正門前の石段に差し掛かり、普段絶対しないような大股で走りながら、階段を一段飛ばしで駆け上がっていく。

こんなところ、お母様に見られたら絶対に叱られる。


ダイヤ「緊急事態なのでっ!!!」


誰が見ているわけでもないのに──正確には千歌さんは見てますが──大声で言い訳しながら、階段を駆け上がる。

全速力で黒澤邸の正門をくぐり抜けると、左手に我が家の玄関が見えてくる。


ダイヤ「っ……!!」


無理矢理引き戸を開いて、屋内へと転がり込む。

田舎特有の留守なのに鍵を掛けない習慣、普段はこのご時世に不用心なと、顔をしかめるところですが今日ばかりは助かりました。

急いで靴を脱ぎ捨て、部屋まで走ろうとしたところで、


千歌「血血血血ぃっ!!!!!!」

ダイヤ「!!」


追いついてきた千歌さんに背後から押さえつけられ、玄関前の廊下に倒れ込む。


ダイヤ「へ、部屋まで待って!!!」

千歌「フゥーッ!!! フゥーーッ!!!!」


千歌さんの顔が首筋に迫ってくるのが気配でわかる。

首を捩りながら、彼女の顔を確認すると──


ダイヤ「……!!」

千歌「……ふぅーーっ!!!! フゥーーーーーッ!!!!!!」


千歌さんは涙を流していた。

その涙が……何を意味しているのか。何故だか少し……わかるような気がして……。

思わず、彼女の頭を後ろ手に抱くようにして──


ダイヤ「……よく、頑張りましたわね。……吸ってもいいですわよ」


彼女へ吸血を許可したのでした。


千歌「ん、ぐぁあーーーっ!!!!」
88 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:06:15.71 ID:ZRnZyA2Z0

──ブスリ。

剥がす暇のなかった絆創膏を貫く形で、歯が首筋のいつもの場所に突き刺さってくる。


ダイヤ「っ゛…………!!」

千歌「ん…………ちゅ…………ちゅぅ…………」

ダイヤ「は……っ……はぁ…………♡ ……ん…………ん……っ…………♡」


快感が昇ってくる。

思考が刺激で掻き消されていく。


ダイヤ「や、ぁ…………♡ …………ふ、ぅ…………ん…………っ…………♡」


声が漏れる。気持ち良い。


千歌「ちゅ…………ちゅ、ぅ…………っ…………ぷは…………」

ダイヤ「ゃっ…………♡」

千歌「…………ごめんなさい……っ……」

ダイヤ「はっ……♡ はっ…………♡ 千歌さ……っ……♡ もっと……♡」

千歌「ごめんなさい……っ……。ごめんなさい……っ……!」

ダイヤ「……?? 千歌さん、もっとぉ…………♡」

千歌「ごめんなさ……っ…………ごめんなさい……っ……!!」

ダイヤ「……千歌、さ…………ぁ…………」


気付けば──千歌さんに後ろから抱き竦められていた。

そして、彼女は──


千歌「ごめ……っ……ごめん、なさ……っ…………ごめんなさい……っ……ごめん、なさい…………っ……!」


何度も謝罪の言葉を繰り返しながら、泣いていた。


ダイヤ「……千歌さん」

千歌「わた……っ……わ、たし……っ…………」

ダイヤ「ちゃんと、家まで我慢できましたわね……偉いですわ。ありがとう」


吸血前に後ろ手に抱きかかえるようにしていた手で、頭を撫でる。


千歌「っ゛……!!! ぅ、ぅぁぁぁ……っ……」

ダイヤ「……よしよし」

千歌「ぅ……っ……あ、ぁぁぁ……っ……」


わたくしは、ただ泣きじゃくる彼女に言葉を掛けて、撫でてあげることしか……できませんでした。





    *    *    *





ダイヤ「──あーん」

千歌「ぁー……」
89 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:07:30.83 ID:ZRnZyA2Z0

千歌さんの口の中を覗き込む。


ダイヤ「……やはり、完璧に吸血鬼化していますわ」

千歌「……うん」


時刻は20時過ぎ。

昨日のこの時間の写真と比べても──というか、もう比べる必要もないほど立派なキバになってしまっていた。


千歌「……どうして」

ダイヤ「…………」


もう答えは出ている気はした。

──根本的に吸血鬼化が加速している。

ただ、明言化はしたくない。

今、千歌さんに辛い現実を突きつけても、いいことなんて何も……。


ダイヤ「千歌さん」

千歌「ん……」

ダイヤ「少し遅くなってしまったけれど……夕御飯を作りましょう?」

千歌「ごはん……」

ダイヤ「カレー一緒に作りましょう?」

千歌「……うん、ばれーしょが待ってるもんね」

ダイヤ「ええ」


今は少しでも普通に……千歌さんと過ごした方がいい。

わたくしと千歌さんは買い物袋を持って、厨房へと足を運ぶのでした。






    *    *    *





ダイヤ「──はい、野菜洗いましたわ」

千歌「うん、じゃあ皮剥くよー!」

ダイヤ「お願いしますわ」


流水に触れない千歌さんは野菜を洗うことはできないので、わたくしが洗ってから手渡す。

千歌さんはピーラーを片手に張り切っている。


ダイヤ「張り切りすぎて、手を切らないようにしてくださいませね」

千歌「はーい!」


千歌さんが野菜の皮剥きをしている間に、わたくしは鍋の準備をする。

二人分なのでそんなに大きなものは必要ないので、普通のお鍋に水を貯めていく。


千歌「出たな! ばれーしょの芽! しっかり、えぐってやるぞぉ!」

ダイヤ「…………」
90 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:08:42.82 ID:ZRnZyA2Z0

どう考えても、空元気ですわよね……。


千歌「あ、ダイヤさん! お水あふれてる!」

ダイヤ「え?」


言われて手元を見ると、鍋から水が溢れ出していた。


ダイヤ「…………」


余分に入れてしまった水を捨ててから、コンロの上に鍋を置く。


千歌「ダイヤさん……大丈夫……?」

ダイヤ「ごめんなさい……少し考え事をしていて……」


全く、わたくしが心配されて、どうするのですか……。

ただ……現実問題、事態はどんどん悪い方向へと進んでいる。

このままでは、本当に──


千歌「……大丈夫だよ」

ダイヤ「え……?」

千歌「私……諦めないから」

ダイヤ「千歌さん……」

千歌「だから、今はカレー! 作ろ?」

ダイヤ「……ええ、そうですわね」


腹が減っては戦は出来ぬですわ。

しっかり、ご飯を食べて……どうするかを考えないと、いけませんものね。





    *    *    *





千歌「これでよし! あとは煮込むだけだね」


カレールーの投入も終えて。

カレーは鍋の中でぐつぐつと煮込まれている。


ダイヤ「あとは、これですわね」


お玉にはちみつを垂らす。


千歌「……? はちみつ?」

ダイヤ「? どうかしましたか?」

千歌「はちみつ入れるの?」

ダイヤ「……? はちみつ入れないのですか?」

千歌「……??? 普通入れない気がするけど……」

ダイヤ「え……?」
91 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:09:56.20 ID:ZRnZyA2Z0

お玉いっぱいのはちみつをカレーに投入しながら、わたくしは怪訝な顔をする。


ダイヤ「……はちみつ、入れないのですか……? 我が家では昔から、はちみつを入れているのですが……」

千歌「そ、そうなんだ……黒澤家のカレーの隠し味なんだね」

ダイヤ「……昔から、当たり前のように入れていたので、疑問に思ったことがありませんでしたわ……」


お玉にはちみつを垂らしながら、少しショックを受ける。

……他のご家庭では、はちみつは入れないのですわね……。


千歌「って、え!? まだ入れるの!?」

ダイヤ「黒澤家のカレーはお玉2杯分のはちみつをいつも入れているので……」

千歌「…………そ、そうなんだ」


そのまま、はちみつを投入して、煮込みながらかき混ぜる。

小皿に味見用にカレーを少しだけ取って、一口──


ダイヤ「……ふふ、いつもの味ですわね。おいしいですわ」

千歌「ホントに?」

ダイヤ「千歌さんもどうぞ」


同じように小皿にカレーを少しだけ取り、千歌さんの口元に運ぶ。


千歌「ん……。……あ、確かにコクがあっておいしいかも……」

ダイヤ「でしょう?」

千歌「ただ……甘口カレーみたいだね」

ダイヤ「そうですか?」


そんなに甘いでしょうか……?

もう一口、頂いてみますが……。やっぱり、カレーと言えばこの味だと思うのだけれど……。


千歌「あ、でもでも、チカはこのカレーの味も好きだよ」

ダイヤ「当然ですわ! 我が家のカレーなのですから!」

千歌「うん、完成するの楽しみだね」

ダイヤ「ええ!」


あとは野菜をよく煮込んで完成ですわね。





    *    *    *





千歌・ダイヤ「「いただきます」」


今日も今日とて、二人で食事を頂く。

なんだかんだでここ数日はいつもこうして千歌さんと一緒にご飯を食べている気がしますわね。
92 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:10:42.34 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「んー! やっぱり、カレーっていつ食べてもおいしいよね!」

ダイヤ「ふふ、前にルビィも同じようなことを言っていましたわ」

千歌「あはは、言ってそう」


二人で食事を楽しむ最中。


千歌「ダイヤさん」


千歌さんが自分から話を振ってくる。


ダイヤ「なんですか?」

千歌「……ちょっと、今後の話をした方がいいかなって……」

ダイヤ「…………」


わたくしのスプーンが止まる。


ダイヤ「……今ですか?」

千歌「……後回しにしても、よくないかなって」

ダイヤ「それは……」

千歌「また急に……予想出来ないことが起こるかもしれないし」

ダイヤ「…………」

千歌「明日から……練習もあるし」


確かに明日は午後からAqoursの練習があります。

救いなのは午前中は果南さんが家の手伝いで出られないため、午後までの時間は自由参加ということになっていることでしょうか……。


ダイヤ「……とりあえず、午前中の練習は休みましょう」

千歌「うん……お昼まで起きられないもんね」


こういう休日の練習スケジュールの場合、午前中から積極的に参加しているのは、わたくし、千歌さん、曜さん、梨子さん、花丸さん……それと、ルビィの6人。

善子さん、鞠莉さんはお昼まで寝ていることが多く──というか、鞠莉さんは根本的にルーズなので──果南さんも家の手伝いや準備のため遅れることが多い。


千歌「明日の午前練習は4人かな……」

ダイヤ「……まあ、善子さんの家にルビィと花丸さんが今日まで泊まっているので、一緒に練習に参加すると思いますわ」

千歌「あ、それもそっか。……5人もいればどうにか練習出来るよね」

ダイヤ「ええ、きっと大丈夫ですわ」


やはり彼女はAqoursのリーダーらしく、練習状況の心配をしている様子です。

確かに練習の主導はメニュー管理をしているわたくしと、実質ダンスリーダーの果南さんがやっている節があります。

三年生が不在のときは千歌さんが牽引している様子ですが……。

明日に関してはそういう人員が全員いない練習になってしまいそうなのが、懸念なのでしょう。


ダイヤ「そんなに心配しなくても、皆さんしっかりしていますから、大丈夫だと思いますわ」

千歌「うん……まあ、そのメンバーなら曜ちゃんがまとめてくれるかな」


ダンスなら曜さん。歌唱訓練なら、ピアノが弾ける梨子さんと歌が得意な花丸さんも居ますし……。

きっと、大丈夫でしょう。
93 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:11:26.32 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「わたくしたちは、お昼以降の参加。……夜明けは5時頃なので、11時には目覚ましをセットしておきましょう」

千歌「うん、そうだね」


まあ……それはいいのですが。


ダイヤ「明日……ちゃんと曇るかしら……?」

千歌「……うん」


晴れてしまうと、千歌さんは屋外でのダンス練習は厳しいかもしれない。


千歌「一度家に寄って……帽子取ってこようかな」

ダイヤ「それがいいかもしれませんわね……」


気休め程度かもしれませんが……ないよりはきっと良いでしょう。

そして、もう一つ……大きな問題が……。


ダイヤ「千歌さん……その……」

千歌「……うん、お昼にキバがあったら、さすがに練習に行くわけにはいかないよね……」


……そう、千歌さんの吸血鬼化は確実に進行し、加速している。

吸血衝動を始め、前日、前々日のことはほとんどアテにならないのではないかという疑念が払拭できない。

今日も日が沈んですぐに、完全に吸血鬼化してしまっていたし……もしかしたら、日が昇っても吸血鬼状態から戻らないという可能性は否定出来ない。

ただ、逆に言うならそれはそのときになってみないとわからないということでもある。


ダイヤ「明日は慎重に様子を見ながら、どう動くかを考えた方がいいかもしれませんわね……」

千歌「……後ね、今……30くらいだよ」

ダイヤ「…………! ……吸血衝動のことですか?」

千歌「……うん」

ダイヤ「…………」


正直、今はこの話題をするつもりはなかった。

この事実は、あまりに千歌さんの精神に負荷を掛けすぎると思ったからです。

ただ、彼女は自分からこの話題を振ってきた。


千歌「……あのね、思ったんだ」

ダイヤ「……?」

千歌「どんなに認めたくなくても、実際に衝動は抑えられないわけだし……それだったら、目を逸らしてもなんにもならないなって」

ダイヤ「千歌さん……」

千歌「ちゃんと、認めて……それから、どうするか、何が出来るか考えないと……どんどんどんどん、悪い方向に進んでっちゃうだけな気がするんだ」

ダイヤ「……今、そのように言えるのは、本当に偉いですわ……」


一番辛いのは本人でしょうに……。


千歌「うぅん……今こういう風に考えられるのは、私を応援してくれる人が居るんだって、ちゃんとわかったから。待っててくれる人がいるなら、私はまた戻らないと──」


──Aqoursとしてのステージに……。
94 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:12:15.81 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「だから……逃げたくない」

ダイヤ「……わかりましたわ。そこまでの覚悟があるのでしたら、わたくしも変に気を遣って、この話題を避けるのはやめにします」

千歌「うん、ありがと。そうしてくれると嬉しいかな」

ダイヤ「とりあえず、現段階から出来る範囲で次の吸血時間を考えてみましょう」

千歌「うん」


読めないと言うのが正直なところなのですが……。

とは言っても、吸血衝動はあくまで吸血時に欲求がリセットされて0になり、そこから100に向かって増大していくと言うことには変わりありません。

問題はその欲求の増大速度なのです。

吸血によるリセットを行わない限り、欲求が勝手に減っていくことは基本的にない。

それがないだけでも、少しは予測を立てやすい条件にはなっていると言えなくもない。


ダイヤ「初日──保健室で会ったときは0時過ぎくらいだったでしょうか……」


時計を見る余裕がなかったので、正確な時間は覚えていませんが……恐らくそれくらいだったと思います。


千歌「その次の日は、1時前くらいだったよね」

ダイヤ「ええ。……そうなると、この間のタームは24時間ほどですわね」


ただ、それ以前は二日間が我慢の限界と言っていました。

つまり、わたくしが事情を知ってから、二日目の時点でこのタームは半減してしまっている。

これが単純に吸血鬼化がずっと進行していたからなのか、もっと他の理由があるからなのかはわかりかねますが……。


千歌「さっきのは……内浦までのバスに乗った時間から考えると、19時半前くらいだっけ……」

ダイヤ「……つまり、18〜19時間と言ったところ」


単純計算で75%ほど吸血のタームが短くなっている。


ダイヤ「仮に次も同じように75%ほど短くなっているなら、次は13.5時間──朝の7時半頃と言うことになりますが……昼の時間はそもそも別枠と考えた方がいいかもしれませんし……」


日中は吸血衝動が減る……欲求の増大進行が減るとまで言い切れるかはともかく、影響がある可能性を考慮して、日の出ていない時間帯だけをカウントしてみると……。


千歌「えっと……夜の時間は吸血した1時前から、夜明けの5時過ぎまでと……バスの中で日が落ちてからの時間を合わせたくらいになるのかな」


そうなると、次の吸血までのタームは最悪5時間以下の可能性がある……。

現在は21時前なので……およそ2時間で0〜30%まで欲求が増大進行していると言うなら、単純計算でも6時間ちょっと……。


ダイヤ「……そうなると、次は0時〜2時前後……。最悪、夜明けまでにもう一回ある可能性もありますわね……」

千歌「……起きてる間に3回……」

ダイヤ「……もちろん、まだ可能性の話なので、どうなるかはわかりませんが……吸血欲求がどれくらいかはこまめに言ってください」

千歌「うん、わかった」


悪化していく状況の中──千歌さんと出会った日から数えて、3日目の夜中の時間へと突入していく……。





    *    *    *


95 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:13:30.80 ID:ZRnZyA2Z0


──時刻0時。


ダイヤ「……日付が変わりましたわね。どうですか?」

千歌「……今……70……くらい……」


7割まで達すると、千歌さんはだいぶ苦しそうな様子になってくる。

ただ、この時点で100に達してしまうという最悪のペースではないのに、少しだけ安心する。


ダイヤ「このペースだと……やはり、次は2時頃だと思いますわ」

千歌「うん……」

ダイヤ「何か、欲しいものとかありますか……?」

千歌「……トマトジュース……飲みたい」

ダイヤ「わかりました……すぐに持ってきますわね」

千歌「うん……」


千歌さんは餓えに耐えながら、横になってじっとしている。

こうなってしまうと、他のことに集中も出来ないため、あとは限界が来るまで待っているしかない。

せめて、少しでも気が紛れるようにと、彼女の欲しいものを聞いては持ってきている。

……とは言っても、先ほどから頼まれて持ってくるものは、冷たいトマトジュースと噛み付いて我慢するためのタオルくらいです。

もうそろそろ……千歌さんの近くを離れるのも危険な状態になってくる。

今のうちに何本か、トマトジュースもタオルも纏めて持って行きましょう……。

目的のものを冷蔵庫から取り出し、すぐに千歌さんの元へと戻る。


ダイヤ「千歌さん、トマトジュースですわ」

千歌「うん……ありがと……」


コップに注いであげる。


ダイヤ「……どうぞ」

千歌「いただきます……」


千歌さんは半身を起こして、トマトジュースをコクコクと飲み干していく。

飲み干して、コップを置くと──


千歌「……ぅ……っ」


呻き声と共に、目尻に涙が浮かんでいた。


ダイヤ「……大丈夫……?」

千歌「うん……」


千歌さんは軽くかぶりを振る。

血への餓えでどんどん理性が働かなくなり、感情のコントロールも出来なくなってきているのかもしれない。

恐らく、今彼女の中ではいろんな感情が渦巻いてぐちゃぐちゃになっているのではないでしょうか。

この状態に、立ち向かうという覚悟と勇気。自分がこれからどうなるかわからない恐怖。そして、わかっていてもどうにもならない自分の情けなさ。

全てがごちゃまぜになって、苦しんでいる。


ダイヤ「千歌さん……何かして欲しいことは、ありませんか?」
96 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:14:24.82 ID:ZRnZyA2Z0

今わたくしに出来ることは……少しでも彼女の話を聞いて、力になってあげることくらい。


千歌「……ダイヤさん」

ダイヤ「なぁに?」

千歌「……ぎゅって……して欲しい……」

ダイヤ「……わかりましたわ」


こうすることで不安が和らぐなら、いくらでも……そう想いながら、彼女を抱きしめる。


ダイヤ「……これでいい?」

千歌「……うん」


ぎゅーっと抱きしめながら、頭を撫でる。

抱きしめた千歌さんの身体は……震えていた。


千歌「……ダイヤさんが傍にいてくれると……安心する……」

ダイヤ「ふふ……なら、よかった」

千歌「……ダイヤさんが……私を……人間に、繋ぎとめてくれる……」

ダイヤ「…………」

千歌「……ちょっと……弱音……吐いて……いい……?」

ダイヤ「ええ、もちろん。……いくらでも聞きますわ」

千歌「えへへ……ありがと……。…………恐いよ」

ダイヤ「…………」

千歌「私……ホントに吸血鬼になっちゃうのかな……人間じゃ……なくなっちゃうのかな……。……恐いよ……」


その言葉に胸が締め付けられる。

今彼女の中にある恐怖は、きっとわたくしには想像も出来ないような果てしない恐怖なのだろう。


千歌「……恐いよ……っ……」

ダイヤ「…………っ……」


繰り返される千歌さんの言葉に、思わず抱きしめる腕に力が篭もる。

何を言えばいいのか、わからない。

またいつもと同じように、元に戻れる、大丈夫、と言えばいい……?

いや……そんなわかりきった気休めを言って何になるのか。

今そんなことを言っても、彼女の不安を一抹さえも拭ってあげることすら出来ない。


千歌「私……人間じゃなくなったら……一人ぼっちで……生きてかなくちゃ……いけないのかな……」

ダイヤ「……いえ、一人になんか……させませんわ」

千歌「え……」


気付けばわたくしは、そんな言葉を選んでいた。

──この慰めが正しいのかわからない。

わからないけれど……。
97 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:15:01.50 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「もし貴方が吸血鬼になってしまっても……わたくしはずっと傍に居ますわ……」

千歌「……ダイヤ……さん……」

ダイヤ「もし吸血鬼になってしまった貴方のことを、誰かが嫌って、恐がって、遠ざけて……皆の傍に居られなくなったとしても……わたくしだけは貴方の傍に居るから……」

千歌「……ほんと……?」

ダイヤ「もちろん。黒澤の女に二言はありませんわ」

千歌「……そっか」


千歌さんの震えが、少しだけ治まったのがわかった。


千歌「……少しだけ……恐くなくなった……」

ダイヤ「……それは、何よりですわ」


これは酷く無責任な誓いなのかもしれない。

それでも、わたくしは……今本心から、そう言えたと思う。

千歌さんだけを、このような真っ暗闇に置いていくなんてことは……絶対にしない。

何が自分にそこまで言わせているのか。

同情なのか、友愛なのか、プライドなのか、義務感なのか……それとも──

……もしくは全部なのか。

それはわからない。わからないけれど……。

ただ、一つ言えることは……。


ダイヤ「わたくしは……千歌さんには笑っていて欲しい……。だから、貴方が少しでも笑ってくれるなら……貴方の傍に居ますから……」


今口にした、その気持ちには、嘘偽りがないと。確信を持って言える。


千歌「……うん……っ」


ぎゅっと……強く強く抱きしめて。

ただ、耐える。

刻一刻と刻まれる秒針の音を聴きながら──わたくしたちはただ、耐え忍ぶ……。





    *    *    *





──2時、10分前。


千歌「……はっ…………はぁっ…………」


抱きしめたままの千歌さんの呼吸はどんどん荒くなっていく。

肩が上下に動き、全身に冷や汗をかいているのがわかる。

密着した身体には、激しくなっていく彼女の心拍がダイレクトに伝わってくる。

まるで、全力疾走をしたあとなのではと疑いかねないような状態です。
98 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:15:48.47 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「千歌さん……」

千歌「……はっ……はっ……い、ま……きゅうじゅう……ご……くらい……」

ダイヤ「……そろそろ、血を吸う準備をしましょう」

千歌「う、ん……」


もう十分、千歌さんは我慢したと思います。

想定時間ギリギリまで耐えてくれた。

夕食前に貼り直した絆創膏を剥がし、髪を纏めてゴムで縛って、首筋を露出する。

そのまま、千歌さんを抱きしめるようにして、いつものように自らの左首筋の辺りに彼女の頭の後ろに右手を添える形で引き寄せる。


ダイヤ「よしよし……よくここまで我慢しましたわね……」

千歌「…………ぅっく……っ」


優しい言葉を掛けながら、頭を撫でると、千歌さんが小さくしゃくりをあげた。

きっと、また泣いているのだと思う。

彼女が一番苦しいのは……もしかしたら、我慢しているときよりも、血を吸うこの瞬間なのかもしれません。

だから……わたくしは精一杯優しい言葉を選んで、あとは彼女に委ねることにしました。


ダイヤ「あとは、千歌さんの好きなタイミングで血を吸ってくださいませね……。わたくしはいつでも大丈夫ですので」

千歌「……ダイヤ……さん……っ」


抱きしめたままだった千歌さんが急に腕を背中の方に回してくる。

そして、そのまま強い力で抱きしめてきた。

……気付けば抱き合う形になる。


ダイヤ「よしよし……」


わたくしは震える彼女の頭を撫でる。


千歌「……ふ、ぅ……ふぅーーー……っ……」


千歌さんは肩を大きく上下させながら、大きく息を吸っている。

それに伴うように、背中に回された手が、指が、爪が、痛いくらい背中に食い込んでくる。

もう本当に限界の限界。最後の抵抗をしているのでしょう。

自分が──人間でなくなる瞬間への最後の抵抗を……。


千歌「…………は……っ……ぅ…………血…………」

ダイヤ「はい……いいですわよ」

千歌「……ゃだ……血欲しい……血、飲みたくない……」

ダイヤ「千歌さんの好きなタイミングで……」

千歌「……血、血……血…………」


──ガブリ。

急に首筋に鋭利なものが刺さってくる感触がした。


ダイヤ「……っ゛……」
99 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:17:07.47 ID:ZRnZyA2Z0

千歌さんの後頭部に回した腕に力を込めて、首の方へと引き寄せる。

彼女が出来るだけ、何も考えずに、血を吸えるように……。


千歌「…………ちゅぅーーー……」

ダイヤ「…………ん……ぅ……♡」


また、抗いようのない快感が、全身を駆け巡る。

ただ、もうこれで4回目……少しはわたくしも慣れたはず……。


千歌「…………ちゅ、ちゅーー…………」

ダイヤ「……は……っ……はっ…………♡」


漏れる息に勝手に艶が混じる。


ダイヤ「……ふぅーーー……ふぅーーーーー……♡」


意識的に深く息をして、自分を保つ。

思考が痺れて、靄が掛かってくる感覚に必死に抵抗する。


千歌「…………ん、ちゅぅ…………」

ダイヤ「……んっ……♡ ぁっ♡ ゃっ♡ だめっ……♡」

千歌「…………ちゅぅ…………」

ダイヤ「ん、ぁっ♡ だ、めっ♡ きゅうけつ、なが……っ……♡」

千歌「…………ちゅー…………」

ダイヤ「……♡♡ ぁっ♡ だめっ♡ すき♡ すきっ♡ これすき……♡」

千歌「…………ん、ぷはっ……」

ダイヤ「は、はっ♡ ちかさ……っ♡」

千歌「は……はっ……ダイヤさん……終わったよ……」

ダイヤ「ぁっ……はっ……♡ ちかさん……♡ すき、すきぃ……♡」

千歌「……!?」

ダイヤ「ちかさん……すきぃ……♡ すきすきすき……♡」

千歌「え、ちょ、だ、だいやさ……」


──ドサリ。


千歌「え、ま、ちょっと……///」

ダイヤ「ちかさん……♡ ちかさん……♡ ちかさん……♡ すき……すきぃ……♡」

千歌「ぇ……ぁ……/// だいや……さん……/// ……わ、わたし……も……///」

ダイヤ「…………ちか、さ……。……え……?」


──思わず、目の前の光景に目をパチクリとさせてしまう。

何故、わたくしは千歌さんを押し倒してるのでしょうか。


千歌「え……あ……ダイヤ……さん……?」

ダイヤ「!?/// し、失礼致しました!?///」


思わず、飛び退くようにして離れる。
100 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:18:01.66 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「……ぁ……」

ダイヤ「ご、ごめんなさい、千歌さんっ!? チャームに掛かってたとは言え、わたくしは何を……!!」

千歌「…………うぅん、平気だよ」

ダイヤ「……本当に、ごめんなさい……」

千歌「…………大丈夫だよ。血ありがとね」

ダイヤ「い、いえ……」


今もっとも落ち込んでいるタイミングであろう彼女に対して、わたくしはどうしてこう……。

──チャームで我を忘れてしまっているとわかっていても、自己嫌悪せざるを得ない……。


千歌「……あと、3時間くらいで夜明けだね」

ダイヤ「え、ええ……」

千歌「さっきはごめんね……。ぎゅってしてなんて……」

ダイヤ「え……? ……い、いえ、問題ないですわ」

千歌「うん……」

ダイヤ「いいのですわよ。千歌さんの不安が和らぐなら、あれくらいのこと」

千歌「……うん、ありがと。……ダイヤさん優しいね」


──恐らく吸血直後だからだと思いますが……。

千歌さんは酷く落ち込んだ顔をしていた。

声にも覇気がない。


ダイヤ「軽く、お夜食を作りましょうか……ご飯を食べれば、少しは元気も出ると思いますので」

千歌「ぁ……うん……。チカも手伝うね」


いつのものように、吸血行為のあとは……何か元気の出ることをしましょう。

少しでも千歌さんの力になれるように……。


千歌「………………はぁ………………」





    *    *    *





お夜食は、カレー用に炊いたご飯が余っていたので、簡素な塩むすびを作ることにしました。


千歌「んしょ……んしょ……」


二人で大きめなお皿に、握ったおむすびを乗っけていく。

……ふと、千歌さんがやたらお皿の端っこの方におむすびを乗せていることに気付く。


ダイヤ「千歌さん? もしかして、お腹が空いていたのですか……?」

千歌「……え?」

ダイヤ「いえ……お夜食なので、そんなに量を作るつもりはなかったのですが……。随分お皿の端っこに乗っけているので……」


お皿の端から中央まで埋め尽くすほどにおむすびを作ったら、相当な量になってしまいます。
101 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:19:19.66 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「あ、いや……こっち側がチカの分ってわかりやすいようにした方がいいかなって思って」

ダイヤ「え?」

千歌「……だから、そっち側がダイヤさんが作ったおむすびね」

ダイヤ「え、えっと……。……あの、千歌さん」

千歌「……ん?」

ダイヤ「わたくし、別に誰が握ったとか……そういうことは気にしませんわよ?」

千歌「…………」

ダイヤ「むしろ、千歌さんが握ってくれたおむすび……食べてみたいですわ」

千歌「……誰が作っても塩むすびなんて変わらないよ」

ダイヤ「そうですか? 握り加減で食感が違うかもしれないではないですか」

千歌「……それは……まあ……」

ダイヤ「今更、そんな遠慮なんて……千歌さんらしくありませんわ」

千歌「…………私らしさって何?」

ダイヤ「……え?」

千歌「……あ、いや……ご、ごめん……なんでもない……」

ダイヤ「……い、いえ」


……なんでしょうか。何故か空気が……重い気がする。


千歌「…………私が握ったおむすび……何があるかわからないから……」

ダイヤ「え……?」

千歌「……吸血鬼が握ったおむすびなんて……なんか変な毒とかあるかも」

ダイヤ「……?? ち、千歌さん、どうしたのですか……?」

千歌「……そんな汚いもの、ダイヤさんに食べさせられない」

ダイヤ「き、汚いって……。そのようなことありませんわ……!」

千歌「……わかんないじゃん」


千歌さんは悲しそうな顔をしながら、淡々とおむすびをお皿に乗せていく。


千歌「ダイヤさんまでチカのせいでおかしくなっちゃったら……」

ダイヤ「だ、大丈夫ですわ! そんなおむすびを食べたくらいで……──」

千歌「わかんないじゃん!!」

ダイヤ「っ!?」


千歌さんが大きな声をあげる。


千歌「……あ、ご、ごめんなさい……。夜なのに……」

ダイヤ「……い、いえ」

千歌「…………」

ダイヤ「…………」


二人で黙り込んでしまう。
102 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:20:10.90 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「……千歌さん、少し考えすぎですわ……。気になってしまうのなら、わたくしが二人分作りますので……」

千歌「…………うん」

ダイヤ「……すぐ部屋に戻りますから」

千歌「…………わかった。……チカが握った分は先に食べてるね」


千歌さんは自分が握った分だけ、先に小皿に取って、部屋に戻っていく。

その折、


千歌「……ダイヤさん」


名前を呼ばれる。


ダイヤ「なんですか?」

千歌「……吸血された直後って……あんまり、覚えてないんだよね……」

ダイヤ「……え、ええ……ぼんやりしてしまって、正直記憶には自信がありませんわ……」

千歌「……うん、わかった……」


千歌さんはそれだけ聞くと、とぼとぼとわたくしの部屋へと戻っていったのだった。


ダイヤ「…………」


 千歌『ダイヤさんまでチカのせいでおかしくなっちゃったら……』


ダイヤ「……チャームのことでしょうか……」


チャームはある種、思考の支配に近い。

吸血された対象が、吸血した相手に性的に興奮し、求めるようになるというのは、吸血する側にとってとにかく都合の良い洗脳効果と言っても過言ではない。

ただ、吸血の際に自動で掛かってしまうものである以上、わたくしにはどうにも出来ず……。

それはそれとしても……千歌さんは吸血以外にも、もしかしたらチャームが発動してしまうんじゃないかと言う懸念があるのかもしれない。


ダイヤ「……気にするなと言っても、無理かもしれませんが」


加えて……わたくしがチャームに掛かっている間、千歌さんに何かとんでもないことを言ってしまったのでしょうか……。

……吸血直後から、千歌さんは酷く落ち込んでいたし、その可能性は高い気がする。

その状態のわたくしの言葉が彼女を傷つけてしまったのだとしたら、それは本意ではない。


ダイヤ「……また、謝らないといけませんわね」


何を言ってしまったのかは……わたくしには確かめる術はありませんが……。

正気でなかったと言うことを伝えて、誠心誠意謝るしかない。


ダイヤ「……はぁ……」


せめて、チャームに対抗することが出来れば……。





    ♣    ♣    ♣


103 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:21:10.59 ID:ZRnZyA2Z0


千歌「……はぁ……。なんであんなこと言っちゃったんだろ……」


ダイヤさんは散々気を遣ってくれてるのに……なんであんな態度取っちゃったんだろう……。

自己嫌悪が止まらない。


千歌「………………」

 ダイヤ『ちかさん……♡ ちかさん……♡ ちかさん……♡ すき……すきぃ……♡』

千歌「…………私が……無理矢理言わせたんだ……」


ダイヤさんの気持ちを捻じ曲げて。洗脳して。操って。


千歌「……ぅ……」


気持ち悪くなってくる。

きっとそれが、私にとって、都合の良い言葉だったから。

ダイヤさんはそう言ったんだ。


千歌「………………」


なのに、なのに……。


千歌「どんだけ……自分勝手になれば、気が済むんだろう……」


一人で呟いて……苦しくなる。

あるわけないのに……あれが、ダイヤさんの本心だったら……なんて……──。





    *    *    *





ダイヤ「──千歌さん、戻りましたわ。申し訳ないのですけれど……戸を開けてもらってもいいですか?」

千歌「あ……うん」


大きなお皿を両手で持っているため、戸が開けられない。

なので、千歌さんに開けてもらう。


ダイヤ「ありがとうございます」

千歌「……うん」


彼女の表情は未だに暗いまま。

……やはり、わたくしが何か言ってしまったのでしょう。

おむすびの乗った大皿を置いたところで、


千歌「……ダイヤさん、さっきはごめんなさい」


千歌さんがわたくしに向かって頭をさげてきた。
104 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:22:53.27 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「!? あ、頭をあげてください……! 貴方は悪いことなんか一つも……」

千歌「うぅん……ダイヤさんのこと……困らせる態度、取っちゃった……ごめんなさい」

ダイヤ「……その原因は、わたくしなのでしょう?」

千歌「原因……なんて……」

ダイヤ「わたくしが、チャームされたときに……貴方に何か言ってしまったのよね」

千歌「………………」

ダイヤ「千歌さん……聞いて」


ちゃんと、誤解を解いておかなければ。


ダイヤ「……チャームされている間にわたくしが言っていることは、本心ではないのですわ」

千歌「……!!!」

ダイヤ「自分でも情けないと思うけれど……チャームされている間は、自分でも何を言っているのか覚えていないのです……。だから、その間にわたくしが言ったことは気にしないで──……千歌さん?」


そこまで話して、


千歌「……ぅ……っ……。……わ、かった……っ……」


彼女がぽろぽろと泣いていることに気付いた。


ダイヤ「!? ち、千歌さん……!?」

千歌「……あ、はは……ご、めん……」

ダイヤ「……っ」


わたくしは一体彼女に何を言ってしまったのか。

相当傷つくことを言ってしまったのかもしれない。

本意ではないで許されないようなことを……言ってしまったのかもしれない。


ダイヤ「千歌さん……」

千歌「き、気に……しない、で……っ……。……最初から……っ……チャームの間に、言ったことは……聞かないって……約束、してたもん。……忘れるね……」

ダイヤ「……ごめんなさい……」


必死に涙を拭いながら、千歌さんは笑顔を作る。


千歌「それより……っ おむすび食べよっ? お腹空いたな……っ……」


わかりやすいほどの空元気。何を言ったのか本当にわからない。だけど、彼女を深く傷つけてしまったことはわかる。


ダイヤ「…………」

千歌「……ほ、ホントに気にしないで! 本心じゃないってちゃんと言ってくれて……むしろ、吹っ切れたから!」

ダイヤ「千歌さん……はい」


千歌さんはおむすびを手に取って、口に運ぶ。


千歌「あむ……っ……。……わ、ダイヤさんの作ったおむすびおいしいねっ! さっきダイヤさんが言ったとおりかも……握り加減がチカの作った適当なやつと全然違っておいしいよ……っ!」

ダイヤ「え、ええ……ありがとう」


……もう千歌さんはこのやり取りは終わりにしようと暗に言っている。

それならば、わたくしもこの件は終わりにしなくては……。
105 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:23:39.89 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「あむ……。……おいしいですわね」

千歌「でしょっ?」


目の前の千歌さんが気になって、全然味を感じない塩むすびをお腹に詰め込むのでした。





    *    *    *





──時刻は5時前。


ダイヤ「今、どれくらいですか?」

千歌「ん……40……うぅん、50くらいかな」

ダイヤ「そうですか……この分なら、このまま夜明けを迎えられそうですわね」

千歌「うん」


正直、心底ホッとしている。

あんなことのあった直後に、またチャーム状態になりたくなかったので……。

千歌さんもわたくしをチャーム状態にしたくないでしょうし……。

遅かれ早かれ次はあるにしても、今このタイミングでないに越したことはない。


ダイヤ「今のうちに、お布団を敷いておきましょうか」

千歌「あ、うん」


5時になったらすぐに就寝して──11時にはちゃんと起きていたい。

二人分の布団を押入れから出して、敷く。


千歌「あとは……時間になったら寝るだけだね」

ダイヤ「……ええ」


今日も長い夜でした……。

やっと夜が終わり、明日からは更なる試練が待っている。


千歌「…………」


布団の上で、千歌さんは座ったまま、ぼんやりと自分の両手を見つめていた。


ダイヤ「…………」


 千歌『……吸血鬼が握ったおむすびなんて……なんか変な毒とかあるかも。……そんな汚いもの、ダイヤさんに食べさせられない』


わたくしの中で、どうしても千歌さんのあの言葉が納得出来ていなかった。

……今後、こんなことを気にされていては、何かと困ることもあるだろう。


ダイヤ「…………よし」


小さな声で覚悟を決める。
106 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:25:28.40 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「千歌さん」

千歌「……ん?」


──不意を打つ形で、


千歌「っ!?」


千歌さんの両手を、包み込むようにわたくしの両手で握りこむ。


千歌「っ!!! は、放して!!!」

ダイヤ「千歌さんの手は、汚くなんてありませんわっ!!」

千歌「っ!!!」


千歌さんの瞳を覗きこみながら、ちゃんと言う。


ダイヤ「千歌さんの手は……今日も温かい。人間の手ですわ」

千歌「わ、たし……」

ダイヤ「この手に吸血鬼的な要素は何も感じません……それに、人と手を繋ぐと、安心しませんか……?」

千歌「…………」

ダイヤ「ルビィは……いつもそう言っていました……。……お姉ちゃんが手を繋いでくれると、安心するって……」

千歌「……で、も……」

ダイヤ「それに、さっき千歌さんも仰っていたではないですか……。わたくしが人間に繋ぎとめてくれているって……」

千歌「…………」

ダイヤ「……今更、貴方の手を放したりしません……。放してあげたりなんか……致しませんわ」


この手が、貴方を人間に繋ぎとめておく手であるならば、尚更。


千歌「…………」


千歌さんは何かを言おうとして、口をもごもごさせるものの……結局何も言わずに口を噤む。


ダイヤ「……それとも、わたくしが隣にいるのは嫌ですか?」

千歌「い、イヤなわけない!!」


千歌さんは今度は喰い気味に答える。


ダイヤ「なら……貴方の手はわたくしが握ります。わたくしが繋ぎとめますわ」

千歌「……っ」


真っ直ぐ瞳を見つめながら言うと、千歌さんは目を逸らす。

目を逸らして、しばらくすると、またわたくしの瞳の方に視線が戻ってきて──また逸らす。

そんなことの繰り返し。

しばらくそれが続いた後、


千歌「…………………………じゃあ……一生……放さないで……」


千歌さんは消え入りそうな声でそう言うのでした。


ダイヤ「ええ、問題が解決して、貴方が元の生活に戻れるまで……絶対に放したりしませんわ」

千歌「………………うん」
107 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:27:37.62 ID:ZRnZyA2Z0

一先ず、これで仲直り。

時刻は丁度、5時になろうとしていました。


千歌「……ふぁ……」

ダイヤ「……眠りましょうか」

千歌「……ぅ……ん……」


千歌さんが急にうつらうつらと船を漕ぎ出す。

吸血鬼の眠る時間。

わたくしも釣られるように急に眠くなってきたので、そのまま横になる。


ダイヤ「……おやすみなさい、千歌さん」

千歌「……おやすみ……なさい……」


そして、二人で眠りに就くのでした。





    *    *    *





──翌日。……と言うか、お昼頃になって、わたくしが目を覚ますと。


千歌「……すぅ……すぅ……」

ダイヤ「…………」


またしても、胸の中で千歌さんが寝息を立てていた。


ダイヤ「…………はぁ」


2日連続で何をしているのかしら……。

体勢を見るに、千歌さんが飛び込んできたと言うよりは、わたくしが抱き寄せたのだと思うし……。


ダイヤ「……わたくし、もしかして寂しいのかしら」


高校生にもなって、実は一人で寝るのが寂しいとか……?


ダイヤ「……妹離れ出来てないのかしら」


鞠莉さんにも、果南さんにも散々言われては『そんなことはない』と言い返していますが……。

そんなことあるのかもしれませんわね……。

とはいえ、千歌さんをルビィの代わりのように扱ってしまうのはよろしくない。


千歌「……すぅ……すぅ……」

ダイヤ「…………」


可愛らしい笑顔を前にして、一人で勝手に申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらも──とりあえず、寝起きの状況確認のために周囲を見回す。


ダイヤ「……11時、5分前ですか」


ギリギリ目覚ましより早く起きてしまったようですわね。
108 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:28:36.27 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「……まあ、起きましょうか」


布団から這い出ると──


千歌「ん……ぅ……? ……あさ……?」


千歌さんも釣られて目を覚ます。


ダイヤ「あ、ごめんなさい、起こしてしまいましたわね……。……とは言っても、直に目覚ましが鳴るのですが」

千歌「んゅ……だいじょうぶ……ぁふ……おはよ……」

ダイヤ「おはようございます、千歌さん。もう起きられる?」

千歌「……うん、起きる」


千歌さんはもぞもぞと布団から這い出てくる。


ダイヤ「えっと……とりあえず……あーん」

千歌「んぁー……」

ダイヤ「ありがとう」


千歌さんの歯を確認する。


ダイヤ「…………」

千歌「ぁー…………」


──カシャ。

例の如く写真に収める。


千歌「……どう?」

ダイヤ「……気のせいかもしれませんが……少し、犬歯が長い気がしますわ」

千歌「え……」


先ほど撮った写真を表示して、彼女に見せようとして──


ダイヤ「あ、あら……?」


うまく写真が撮れていないことに気付く。


千歌「どうしたの?」

ダイヤ「ごめんなさい、少しカメラの方向がずれてしまったみたいですわ」


撮った写真は室内のやや上の方を写していた。


千歌「もう一回撮る?」

ダイヤ「そうしましょう」


何度も撮っていたためか、手癖で撮っていたのが原因でしょう。

今度はちゃんと撮影画面をよく見ながら──


ダイヤ「あ、あら……??」


口を開けている、千歌さんにカメラを向けても──何故か先ほど同様、部屋の上の方が表示されてしまう。
109 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:29:52.75 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「……故障?」

千歌「え、私のスマホ壊れたの……?」

ダイヤ「……何度やってもカメラが勝手に上の方に行ってしまって……」

千歌「なんでだろ……?」

ダイヤ「困りましたわね……」

千歌「あ、でもでも、比べるだけなら、前の日撮ったやつと、実物を見比べればいいんじゃない?」

ダイヤ「……それもそうですわね」


カメラは別のものを用意しておきましょうか……。

とりあえず、昨日同じ時間に撮った写真と千歌さんの歯を見比べてみる。


ダイヤ「……やっぱり、少し長い気がしますわ。……もう、閉じていいですわよ」

千歌「……ん。……吸血鬼化が、進んでるってことかな……」

ダイヤ「……かもしれません」


正直なところ、ここまでは予想出来ていました。

どんどん加速する吸血衝動……こうなったら、次に起こりそうなことは、昼にも吸血鬼化の現象が現われる可能性。

千歌さんも覚悟は出来ていたのか、割と落ち着いていました。


ダイヤ「とりあえず……どうしましょうか」


吸血鬼化が進んでいるとなると、今日の午後からのAqoursの練習……参加するか、否か。


千歌「……私は出来るなら参加したい」

ダイヤ「……まあ、そうですわよね」

千歌「無理そうだったら、諦める……だから、とりあえず練習に行く準備しよ?」

ダイヤ「わかりました」


そうなると……まずはお風呂……。

と、思ったのですが。


ダイヤ「……お風呂、入りますか?」

千歌「……正直、入りたくないかも」

ダイヤ「ですわよね……」


吸血鬼化が進んでいるなら、夜と同様、水との相性もきっと悪くなっているでしょう。

そうなると、お風呂は千歌さんにとって酷く居心地の悪い環境になってしまう。


ダイヤ「見た感じ……相変わらず髪もさらさらですわね……」

千歌「すんすん……。汗のニオイとかもしないかな」

ダイヤ「……身嗜みに問題がないなら、とりあえず……大丈夫かもしれませんわね」


まあ、うら若き乙女が、お風呂に入らないという事実には少しだけ思うところがありますが……。


千歌「それじゃ、ダイヤさんだけ、お風呂入っちゃって? その間に私がお布団畳んで、ご飯作ってるから」

ダイヤ「わかりました、それではお願いしますわ」
110 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:31:40.44 ID:ZRnZyA2Z0

その方が効率もいいでしょうしね……。

わたくしはさっさと入浴を済ませるために、脱衣所へと向かう。

脱衣所に向かう途中、廊下の窓から外を見ると──


ダイヤ「……今日も、いい天気ですわね……恨めしい程に」


外ではこれでもかと言うくらいに太陽が照り付けていた。





    *    *    *





──脱衣所で服を脱いでいる途中。


ダイヤ「……あら?」


部屋着のポケットに何かが入っていることに気付く。

取り出して──


ダイヤ「……ひっ!!!」


思わず小さく悲鳴をあげながら、それを投げ捨てた。

──カランカラン。


ダイヤ「……え?」


音を立てながら、落ちるソレは──善子さんから貰ったロザリオだった。


ダイヤ「……え……??」


……何故、今わたくしはロザリオを投げ捨てた……?

千歌さんの希望なので、基本的にロザリオは携帯しています。

昨日も部屋着に着替えた際に、部屋着のポケットにロザリオを移しましたし、持っていることはなんらおかしなことではない。


ダイヤ「……疲れてるのかしら……」


疲れていることは間違いない。

わたくしも千歌さんもここ数日は確実に消耗している。

軽く忘れかけていたから、仰々しいロザリオを見て、一瞬不気味に思ってしまっただけかもしれない。

どっちにしろ、このまま床に落としたままにしておくわけにいはいかないので……と、思い拾い上げようとしたら──


ダイヤ「…………?」


落ちているロザリオに伸ばした手が止まる。

何故だか、これには触ってはいけない気がする。直感がそう言っている。

……なんだか。


ダイヤ「……このロザリオ……気持ち悪いですわ……」
111 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:32:30.34 ID:ZRnZyA2Z0

不快害虫を見たときのような嫌悪感がする。

気持ち悪い。


ダイヤ「……え?」


──ハッとする。


ダイヤ「わ、わたくし……何を言っているの……?」


ロザリオが気持ち悪い……?

再び、ロザリオをよーく見てみる。

なんら変哲のない。ロザリオですわ。


ダイヤ「………………本当に疲れているのかしら」


改めて、床に落ちたロザリオを拾い上げる──と、

ロザリオを持った手が震えて、再びロザリオを落としてしまった。


ダイヤ「……な、なんですか……これは……?」


何故か、ロザリオが手に持てない。


ダイヤ「…………」


そのとき、ある可能性が頭を過ぎる。


ダイヤ「……ま、まさか……そんなはずありませんわ」


思わず、かぶりを振って頭に浮かんだ可能性を打ち消す。


ダイヤ「そ、そうですわ! お風呂に入れば……!」


とりあえず、ロザリオは後回しにして、わたくしはさっさとお風呂へと入ることにした。

服を脱いで、浴室へと足を運ぶ。

お湯を沸かす暇はなかったので、手早くシャワーを浴びようとノズルを捻ると──


ダイヤ「きゃぁっ!!!?」


シャワーから、水が飛び出した。


ダイヤ「ひっ……」


水はすぐにお湯に変わり湯気を立てながら、流れていく。

それを見ていると、酷く気分が悪くなった。


ダイヤ「…………な、に……なに……? なんで? なんでですか……?」
112 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:33:48.12 ID:ZRnZyA2Z0

冷や汗が止まらない。

十字架のロザリオが気持ち悪かった。

シャワーから流れ出す水を見て、驚いて悲鳴をあげた。

まさか……まさか……これでは……。

いや、そんなはずはない。

未だシャワーヘッドから出続けているお湯に、手を伸ばす。

──これはただのお湯です。

いつも自らの身を清めてくれる、お湯。

手を伸ばす。

──シャアアアア。水音が欲室内に響く。


ダイヤ「……これはただのお湯ですわ」


自分に言い聞かせる。

水が流れている。

怖い怖い怖い。


ダイヤ「こ、怖いわけないでしょう!?」


心の声に、自問自答するように声をあげる。


ダイヤ「……ぅ……」


──シャアアアア。

音を立てながら、お湯を撒き散らすシャワーに手を伸ばす。

意を決して、一気に近付く。


ダイヤ「……っ……!! ………………ぁ──」


──気付けば、わたくしはシャワーのお湯を全身に浴びていた。


ダイヤ「は……はは……。……そ、そうですわよね……お湯が怖いわけありませんもの。……普通に浴びられるではないですか」


全く、気のせいと言うのは怖いものですわね……。


ダイヤ「……は、早く……浴びて千歌さんの元に戻らないと……」


わたくしは自分に言い聞かせるように、手早く髪と身体を洗い始める。

……その間、何故だか浴び続けるお湯は、身体中を虫が這っているかのような不快感があったことから、必死に目を逸らしながら──





    *    *    *





──あの後、脱衣所の落ちていたロザリオは普通に拾い上げることが出来た。


ダイヤ「……はぁ」
113 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:35:15.94 ID:ZRnZyA2Z0

酷く気疲れしてしまった。

ロザリオが気持ち悪いと思ったのも、恐らく気のせいでしょう。……恐らく気のせいでしょう。


千歌「あ、ダイヤさん。おかえり……どうしたの? 顔色悪いよ……?」


戻ってきて早々、千歌さんに心配されてしまう。


ダイヤ「い、いえ……なんでもありませんわ」

千歌「そう……?」


……思うことはたくさんある。ですが、これは絶対に千歌さんに伝えてはいけない類の問題。

もし……もし、わたくしの懸念が事実だとしたら……。

いや、やめましょう……。伝えたくないのなら今考えるべきではない。


千歌「じゃあ、ご飯にしよ? 作ったから」


言われてちゃぶ台の上を見ると──目玉焼き、白米と海苔が用意してあった。


ダイヤ「まあ……! 千歌さんが一人で用意したのですか?」

千歌「うん。お味噌汁もあったらいいかなって思ったんだけど……水が使えないから諦めた。あと調理器具……洗えなかったから放置してます」

ダイヤ「問題ありませんわ。あとでわたくしが全て片付けておきますから。それにしても、千歌さん料理上手ですわね」

千歌「ん、まあ……お父さんに簡単な料理くらい覚えろってうるさいんだよね」

ダイヤ「千歌さんのお父様に?」

千歌「お父さん板前だから……」

ダイヤ「まあ、そうでしたの?」

千歌「あれ? 言ってなかったっけ? ……それに目玉焼きは得意だから! ご飯はよそっただけだけど……」

ダイヤ「いえ……味わって食べますわ。いただきます」

千歌「ふふ、召し上がれ」


目玉焼きに醤油を少しかけて、頂く。


ダイヤ「……ふふ、おいしい」


思わず笑みが零れる。おいしいのも勿論なのですが……何より、昨日おむすびを作りながら、あんなことを言っていた千歌さんが手料理を振舞ってくれていることが何よりも嬉しかった。


千歌「よかったぁ……目玉焼きなんて、誰が作ってもそんなに変わらないけどね」

ダイヤ「真っ黒コゲになっていたら、大分味が変わりますわよ?」

千歌「まあ、そうだけど……それは目玉焼きというか、焦げた卵だし。チカにも醤油ちょーだい」

ダイヤ「はい、どうぞ」


千歌さんも目玉焼きに醤油をかけて、食し始める。
114 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:37:09.79 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「千歌さんも醤油派ですか?」

千歌「ん? んー……醤油でも塩でもソースでも食べれるけど……。普段は白だしが好きかな」

ダイヤ「白だしですか? ……珍しいですわね」

千歌「あはは、まあ少数派だよね。でも、おいしいんだよ?」

ダイヤ「そうなのですか……今度試してみようかしら」

千歌「目玉焼きに何かける論争って、いつまでも決着つかないよねぇ……チカは白だし派だから、高見の見物だけど。……あ、ちなみに今のは苗字の高海と掛けた──」

ダイヤ「それは説明しなくていいです。……果南さんは塩派だったかしら」

千歌「あ、うん、そうだよ。曜ちゃんは醤油派だからダイヤさんと同じだね」

ダイヤ「まあ。曜さんに少し親近感を覚えますわね」

千歌「同じ家に住んでるから、ルビィちゃんも醤油?」

ダイヤ「ええ。というか、目玉焼きと一緒に出てくる調味料が醤油しかないので、自然と……」

千歌「あー……そういうのあるよね。私も自分で用意しないと、お母さん白だし全然出してくれなくて……大体厨房行ってお父さんに貰ってる。梨子ちゃんみたいにお料理好きだと自然といろいろ試すんだろうけどなぁ」

ダイヤ「ちなみに梨子さんは何をかけるの?」

千歌「梨子ちゃんはケチャップって言ってた気がする」

ダイヤ「なるほど、ケチャップですか……少数派ですわね」

千歌「白だしほどじゃないけどね。他の皆は何かけるんだろう……鞠莉ちゃんとか、とてつもない高級な調味料とかで食べてそう」

ダイヤ「……というか、日常的に目玉焼きを食べているのか疑問ですわね……。さすがに食べたことがないということはないと思いますが……」

千歌「花丸ちゃんは醤油か、塩胡椒ってイメージかなぁ」

ダイヤ「確かに花丸さんの家も和風料理が多いみたいですからね。あとは……善子さんかしら」

千歌「善子ちゃん……タバスコとかかけてそう」

ダイヤ「ありえますわね……」


二人で他愛もない会話をしながら、ご飯を食べる。

……よかった、千歌さん。少しは元気になってくれて……。

──程なくして、


ダイヤ「ご馳走様でした」

千歌「おそまつさまでした♪」


食べ終わる。


ダイヤ「それでは、あとはわたくしが片付けて置きますから。千歌さんは制服に着替えていてくださいね」

千歌「……練習だけだから、練習着で行っちゃだめ?」

ダイヤ「ダメです。学校に行くなら制服を着ていかなければ」

千歌「ちぇ……はーい」


お皿とお茶碗を持って、厨房へと足を運ぶ。

千歌さんの言う通り、調理器具はそのままにしてあったので、一緒に洗うために流しに下ろして……。


ダイヤ「…………わたくしは大丈夫ですわよね」


変に意気込んでも意味がないので、洗い物のために蛇口から水を出す。


ダイヤ「…………」
115 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:38:27.94 ID:ZRnZyA2Z0

流れている水を見て、顔を顰める、

明確に言葉にしづらいですが、不快感的なものがなくはないと言ったところ。


ダイヤ「……手早く洗ってしまいましょう」


多少違和感こそあるものの、千歌さんのように触れないと言うことはなかった。

そのまま二人分の食器と、調理器具を洗い終えて、さっさと部屋に戻る。

わたくしも制服に着替えないといけませんし。


千歌「あ、ダイヤさん、おかえり」


部屋に戻ると、千歌さんがいつもの制服姿になっていた。


ダイヤ「わたくしも早く着替えないと……」


時計にちらりと目をやると、時刻は12時を指していた。

そろそろ出ないといけませんわね。

自室に掛けてある制服に近付き、部屋着のポケットから出来るだけ視線を向けないように、サッとロザリオを制服のポケットにしまってから、すぐに着替え始めた。





    *    *    *





──玄関。


ダイヤ「千歌さん、忘れ物はないですか」

千歌「うん、だいじょぶー」

ダイヤ「……忘れ物はなさそうですが、リボンが曲がっていますわ」

千歌「え、うそ?」

ダイヤ「今直しますから、じっとして……」

千歌「別に授業とかあるわけじゃないし……適当でも……」

ダイヤ「制服の乱れは心の乱れです。授業の有無とは関係ありません」

千歌「ダイヤさん御堅いなぁ……」

ダイヤ「生徒会長なので。……これでよし」

千歌「えへへ、ありがと」


そのまま、玄関に腰掛けて靴を履く千歌さんに、


ダイヤ「はい、日傘」

千歌「あ、うん! ありがと!」


日傘を手渡す。

これがないと、こんな快晴日和に外を出歩くなんて、自殺行為ですからね……。

むしろ吸血鬼でなくても、日傘が欲しいくらいで……。

わたくしも自分で使う用の日傘を傘立てから、取り出して。
116 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:39:35.30 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「それでは……行きましょうか」

千歌「うん」


二人で玄関を出る。

正午過ぎなので、太陽は一番高い。

日影は出来辛い時間帯なものの、建物の中に日差しが入ってくることもあまりない。そんな時間。

千歌さんが脚が日向に出た、途端。

──ボウッ

燃えた。


千歌「!!!?!!? あっづ!!!!?!!?」


そのまま、脚がもつれて、千歌さんが前方に倒れこむ。

つまり、全身が日向に投げ出されて。

──途端に火達磨になった。


千歌「──────ッ!!??!?!!??」


もはや言葉にすらなっていない、悲鳴が響き渡った。

わたくしは──目の前の光景に対して、脳が理解を拒んで、動けなくなっていた。


千歌「あついっ!!!!! あづっ、あぁあ゛ぁ゛ああぁぁぁ゛!!!!! あづい、あづい!!!! あづいあづい゛あ゛つ゛い゛っ!!!!!!!!」


千歌さんが目の前で絶叫しながら、のたうちまわっている。

なんで、千歌さんは燃えているの……??

千歌さんが……燃えている……??

燃えてる……!!?


ダイヤ「千歌さんっ!!!!!!」


脳がやっと意味を理解して、わたくしは飛び出した。


千歌「あづいっ゛!! あづい゛あづい゛よぉ……っっ!!!!!!!」

ダイヤ「千歌さん!!!!」


無我夢中で千歌さんの身体を掴んで軒下に引っ張り込む。


千歌「はっ……はっ……はっ……はっ……!!!!!」

ダイヤ「千歌さんっ! 大丈夫ですか!?」


幸いな事に、日影に引っ張り込むと、千歌さんの身体の炎はすぐに鎮火した。


千歌「……は……は、ははは……」


千歌さんは焦点の合わない目で、日向を見て、変な笑い声をあげていた。


ダイヤ「……っ! 今すぐ、部屋に戻りましょう!!」

千歌「あ、ははは……」


強引に千歌さんを引きずるようにして、家の中に引き返す。
117 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:40:46.53 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「千歌さんっ!! しっかりしてっ!!」

千歌「……あ、ははは……」


千歌さんは……気付けば、笑いながら、ぽろぽろと涙を流していた。


ダイヤ「……っ」


どうにか、力の限り引っ張って、玄関まで引き返してこれた。

ここまではさすがに日の光は入ってこない。


ダイヤ「千歌さんっ!!」


改めて、状態を確認するために、声を掛ける。

その際に燃えてしまった全身を確認する。

燃えたのは一瞬だったためか、火傷痕のようなものは見えないですが……。

激しく暴れていたためか、腕に痛々しい感じの大きな擦り傷が出来ていた。


千歌「あ、はは……? いき、てる……?」

ダイヤ「大丈夫です!! 生きてますわ!!」

千歌「そっか……死んだかと……思った……っ……。……ぅ……うぅぅ、うぇぇぇぇ……っ……」


千歌さんはそう言いながら、自分の身体を抱くようにして縮こまり、さめざめと泣き出した。


ダイヤ「……怖かったですわね……大丈夫、ちゃんと生きていますわ……」

千歌「うっぐ……っ……ひぐっ……ぅぅぇぇぇ……っ……んぐ……っ……ひっぐ……っ……」


千歌さんを抱きしめて、慰めながら……。わたくしも混乱していた。

何が起こっている……?

いや、起こったこと自体は単純です。

燃えた。

吸血鬼が日光に焼かれて燃えた。


千歌「……ぅっぐ……ひっぐ……ぅっく……」

ダイヤ「…………」


いえ……状況確認も大事ですが、今は千歌さんを安全な場所に避難させることが最優先ですわ。


ダイヤ「千歌さん……部屋まで歩けますか……?」

千歌「……ぅぐ……っ……ぅん……っ……」


覚束ない足取りの千歌さんを支えながら、わたくしはどうにか自室へと引き返しすことにしたのでした。





    *    *    *





ダイヤ「…………」

千歌「すぅ…………すぅ…………」
118 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:42:30.10 ID:ZRnZyA2Z0

あのあと、千歌さんは錯乱に近い状態で、ずっと泣き続けていました。

よほど怖かったのでしょう……。

全身火達磨になったのです、当たり前ですわ。

擦り傷だらけになった腕は千歌さんが泣きじゃくっている間に手当てをしてあげましたが……。

その間も、痛い痛いと子供のように泣き叫んでいました。

相当混乱していたから仕方がないのですが……手当てをせず放っておくわけにもいきませんでしたし。

──そして、その後、泣き疲れたのか、気絶するように眠ってしまいました。

とりあえず、毛布だけ掛けてあげて……。

わたくしは一人考える。

とんでもないことが起こった。

吸血鬼化は確かにずっと加速していた……だけれど、まさか突然日光で燃えるようになるとは思わなかった。

しかし、現実に起こった以上は認めるしかない。そして、そこから導き出される考えは──


ダイヤ「……吸血鬼化の進行と共に、今までなかった吸血鬼性が現れ始めている……?」


それしかなかった。

勝手に千歌さんにはないものだと思い込んでいた。でも、違った。ただ、要素として“まだ”出現していなかっただけに過ぎなかった。


ダイヤ「……そういえば」


起きてすぐにもおかしなことがあった。


ダイヤ「写真……」


スマホのカメラで千歌さんをうまく撮影することが出来なかった。

……カメラが勝手に天井の方を撮ってしまうというバグ。

時間がなかったから流してしまいましたが……そんなバグ、普通ありえるのでしょうか?

天井を撮ってしまったのではなく……千歌さんが写らなかっただけなのでは……?


ダイヤ「…………」


化粧台から、手鏡を取り出して、千歌さんに向けてみる。


ダイヤ「! ……そういうことでしたのね」


予想した通り、千歌さんは手鏡には映っていなかった。

吸血鬼の要素──鏡に映らない。

レンズだって広義の意味で言えば鏡面です。

きっとあの時点で彼女はもうすでに鏡には映らなくなっていた。

そしてこれも、吸血鬼性の進行によるものだと考えて、間違いないでしょう。


ダイヤ「考えてみれば……昼に吸血鬼性を保ったままだった時点で、日光にはもっと注意するべきでしたわ……」


自分の考えの甘さに思わず唇を噛む。

とりあえず、取り急ぎ今日はわたくしと千歌さんは練習を欠席するという連絡を曜さんと果南さんに送った。

それはいいとして、このあとどうする……?

本日は善子さんの家に泊まりに行っていたルビィも帰ってくる。

別にルビィが帰ってくること=千歌さんを置いておけなくなると言うわけではありませんが……。
119 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:44:22.05 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「ただ……いつまでも誤魔化すことは絶対に無理ですわ……」


千歌さんとわたくしの家は近いため、最悪吸血衝動に耐えられなくなったら、千歌さんに自宅に呼んで貰う形でどうにか対処をしようと思っていましたが……。

もう、こうなってしまっては本当に千歌さんを一人にするわけにはいかない。それこそ何かの拍子に日光に焼かれて焼け死んでしまうのではないか。

じゃあ、どこに行く……?

千歌さんの家に泊まる……?

いや、それも結局、他の人にバレるリスクは大して変わらない。

千歌さんのご家族もいますし、すぐ隣には梨子さんの家もある。


ダイヤ「人払いがちゃんと出来ている場所……どこか……」


考える。


ダイヤ「…………学校に戻る……? いや、日中が逆に危険すぎる……」


むしろ日中こそ隠れ続けられる場所が必要なのです。

そうなると……部屋を借りる……。


ダイヤ「ホテルの部屋なら……」


それなら、自由に出入りが出来るし、仮に出てこなくても誰に咎められることもない。ただ、問題は……。


ダイヤ「そんなお金……用意出来るわけありませんわ……」


どんなに安い宿泊先だったとしても一泊3000円程度が恐らく下限でしょう。

しかも今はゴールデンウイークの真っ只中、値段も上がっているでしょうし、そもそも部屋が確保出来るかもわからない……。

加えてわたくしと千歌さん二人で泊まったら、それこそ手持ちから考えてもゴールデンウイークを乗り切ることすら難しいかもしれない。


ダイヤ「どうすれば……」


せめて、格安のホテルを知ってる人がいれば……。


ダイヤ「……ホテル? ……格安ではないですが……いるではないですか、身近に」


わたくしはすぐさま、そろそろ起き抜けて来て練習に行く準備をしている頃合であろう、幼馴染に電話を掛ける──





    *    *    *





千歌「ん……んぅ……」

ダイヤ「千歌さん……? 目が覚めましたか?」

千歌「ダイヤ……さん……?」

ダイヤ「おはよう」

千歌「ん……おはよ……」


千歌さんはぼんやりとしながら、身体を起こす。


千歌「……?」
120 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:45:14.18 ID:ZRnZyA2Z0

周囲を見回して、少し不思議そうな顔をしたあと。


千歌「…………っ!!」


思い出したかのように、顔色を真っ青にして、震えだした。


ダイヤ「大丈夫ですわ……ここまで日の光は差し込んできませんから」

千歌「ダイヤ、さん……」


そう声を掛けながら、震える千歌さんを抱きしめる。

彼女はしばらくの間、震え続けていましたが……。

抱きしめたまま、背中を撫でてあげていると……次第に震えは収まって来ました。

落ち着いてきたのを確認して、


ダイヤ「千歌さん……日が沈んだら、淡島に行きましょう」


そう伝える。


千歌「淡島……?」

ダイヤ「ええ、鞠莉さんに頼んで……部屋を用意してもらいました」

千歌「……鞠莉ちゃんに話したの?」

ダイヤ「いえ……とりあえず、部屋を用意できないかとだけ打診したら、了承は得られたという状態ですわ。今後どれくらい追及してくるかは……会ったときにどうするか次第だと思います」

千歌「そっか……」


鞠莉さんに伝えるかは……正直微妙なところです。

実際ホテルオハラに着いてから理由を聞かれるかもしれませんし、その際に誤魔化しきれないと感じたら説明するしかないでしょうけれど……。


千歌「今何時……?」

ダイヤ「17時過ぎですわ」

千歌「17時……じゃあ、練習終わっちゃったね……」

ダイヤ「今日は仕方ありませんわ……それよりも今は直近のことを考えましょう」

千歌「うん……」


ちょうど、そのとき──玄関の方で物音がする。


ダイヤ「……時間的にルビィが帰ってきたのかしら……少し出てきますわ」

千歌「あ、うん……」

ダイヤ「千歌さんはもう少し眠っていていいですからね……」

千歌「うん……ありがと……」


わたくしは、千歌さんにそう残して、玄関へと向かう。

玄関では、ルビィが腰掛けて靴を脱いでいるところだった。
121 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:46:32.61 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「ルビィ、おかえりなさい」

ルビィ「あ、お姉ちゃん! 起きてて、大丈夫なの?」

ダイヤ「ええ、特にわたくしの体調が悪いわけじゃないから」

ルビィ「? そうなの? 練習お休みしてたから、体調が悪いんだと思ってたんだけど……」

ダイヤ「実は今、千歌さんがわたくしの部屋で休んでいますの」

ルビィ「え? 千歌ちゃんが?」

ダイヤ「ええ。……実は練習に向かう際に、道でたまたま千歌さんが日射病で倒れてるところを見つけてしまって……」

ルビィ「え!? だ、大丈夫だったの……?」

ダイヤ「一先ずは落ち着いたわ。お医者様に連れて行きたかったんだけど……生憎ゴールデンウイークのせいでどこもお休みで……」

ルビィ「そうだったんだ……だから、お姉ちゃんと千歌ちゃんが揃ってお休みだったんだね……」

ダイヤ「ええ……。千歌さん、リーダーだから責任を感じてしまっていて……。あまり他の人には言わないであげて貰える?」

ルビィ「うん、わかった!」


千歌さんが眠っている間、延々と考えていた言い訳でルビィを誤魔化す。

かなり嘘だらけですが……。千歌さんが日光で燃えたので練習に行けませんでしたなどと言うわけにもいきませんし……。

そして、心は痛みますが、まだ嘘を吐く必要があります。


ダイヤ「あと、鞠莉さんがお医者様を紹介してくれるらしくて……この後で千歌さんと一緒に淡島の方に赴く予定なの」

ルビィ「そうなんだ」

ダイヤ「だから、今日はあちらの方に泊まることになると思うわ。お母様やお父様に何か聞かれたら、そのように伝えてくれる?」

ルビィ「わかった」

ダイヤ「それと……まだ千歌さん、眠ってるから静かにしてあげてね」

ルビィ「はーい」


……さて、あとは時間になったら淡島に赴くだけですわね……。





    *    *    *





ダイヤ「それでは千歌さん、行きましょうか」

千歌「う、うん……」


時刻は18時半。

日没時間を過ぎて、太陽の光を浴びる心配はなくなった。

ただ、保険として、千歌さんには大きめのレインコートを目深に着て貰っている。

これなら人に見られても千歌さんだとわからなくする効果もあるでしょうし……。

千歌さんの手を引きながら、夕闇の時間が始まった内浦を北上していく。


ダイヤ「千歌さん……体に異常はありませんか?」

千歌「うん……大丈夫」


船着場まではやや歩く。

もう定期船はとっくに終わってしまっているので、これも無理を言って鞠莉さんに迎えを回してもらった。
122 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:47:53.84 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「……ダイヤさん」

ダイヤ「なぁに?」

千歌「……ごめんね」

ダイヤ「どうしたのですか、突然」

千歌「私のせいで……途方もないことに……巻き込んじゃってる……」

ダイヤ「……わたくしが自分が意思でここにいるのですわ。貴方が気に病むようなことではありません」

千歌「…………」


確かに、最初はどこかで、どうにかなるだろうと思っていた気がします。

だけれど、状況はどんどん悪化し……解決の糸口がどこにあるのか、だんだんわからなくなってきている。

そもそも、未だに千歌さんが吸血鬼から元に戻る方法については全く思いついていないのです。

起こったことの対処に追われ続けて……あっと言う間に3日間が過ぎてしまった。


千歌「……ねえ、ダイヤさん」


手を引いていた千歌さんが、急に足を止めた。


ダイヤ「千歌さん……?」

千歌「……もう、いいよ」

ダイヤ「……え?」

千歌「……もう、ここまででいいよ」

ダイヤ「……? ……あ、ああ……一人で歩くということですか? ですが、レインコートのせいで周りが見づらいでしょう? 港までちゃんと一緒に──」

千歌「そうじゃなくて……。……ダイヤさんが、ここまでしてくれる理由……ないよ」

ダイヤ「…………!」


千歌さんの言葉に驚いて、思わず目を見開いた。


ダイヤ「な、何を言っているのですか……?」

千歌「……ここ3日だけでも、ダイヤさん、チカにつきっきりで……それどころか、解決するかもわかんないことに、これ以上ダイヤさんを巻き込めないよ……」

ダイヤ「……っ……絶対解決しますわ……! いえ、解決してみせますわ!!」

千歌「日の当たらない場所さえあれば……あとは静かに暮らせばきっと生きていけるよ……」

ダイヤ「その場所だって、これから交渉するのよ……? どれだけの期間使わせてくれるかもわからない……」

千歌「きっと……死ぬ気で頼み込めば、鞠莉ちゃんなら許してくれるよ……」

ダイヤ「血はどうするのですか……?」

千歌「……どうにかする」

ダイヤ「なんですか、そのいい加減な理屈は……!!」


だんだん、イライラしてきて、声が大きくなる。
123 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:50:09.53 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「だって、そうじゃないとダイヤさんの時間も自由も、全部チカが奪っちゃうじゃん!!」

ダイヤ「そんなこと気にしなくていいのですわ……わたくしは何がなんでも、貴方を元の世界に返します」

千歌「……もう……ダイヤさんに迷惑掛けたくない……」

ダイヤ「迷惑だなんて思ってませんわ」

千歌「ダイヤさん優しいから……そう言ってくれるけど……」

ダイヤ「……どう言えば納得してくれるのですか」

千歌「……ここで見捨ててくれたら……納得するよ」

ダイヤ「お断りしますわ。ここまで来て見捨てろですって……? そんなの絶対イヤですわ」

千歌「なんで……」

ダイヤ「何度も言ったではありませんか。わたくしは貴方を見捨てない。途中で投げ出したりなんて絶対致しませんわ」

千歌「……らしくないよ」

ダイヤ「……は?」

千歌「……ダイヤさんってすっごく頭いいんだもん!! 私、ダイヤさんのそういうところがすごいなってずっと思ってたんだもん!!」

ダイヤ「……効率よく切り捨てろと」

千歌「…………」

ダイヤ「もっと賢い選択肢を選べと? その賢い選択肢が貴方を見捨てることだとでも!?」

千歌「だってそうじゃん!! もう、解決なんか出来ないよ!!」

ダイヤ「そんなのまだわからないではないですか!! いや、解決するまでやれば解決しますわ!!」

千歌「なにそれ!? ダイヤさんの言ってる理屈の方が無茶苦茶じゃん!!」

ダイヤ「わたくしが無茶苦茶言ったらいけないのですかっ!!!」

千歌「え……」


問答を続けるうち……気付いたら頭に血が昇って、普段だったら言わないような言葉が勝手に口をつく。


ダイヤ「解決するかわからない……? ええ、そうですわ!! わたくしも、これからどうすればいいのか全然わかりませんわ!!」

千歌「……っ」

ダイヤ「でも、もしここで諦めて……自分の時間も自由も戻ってきて、全部なかったことにして日常に戻っても……そこに千歌さんが居ないではないですか……!」

千歌「……!」

ダイヤ「……それでわたくしが喜ぶとでも……? あそこで見捨ててよかった、自分の世界に一人戻ってよかったなんて……わたくしがそう言いながら生きていけると思っているのですか!?」

千歌「……でもっ」

ダイヤ「わたくしはっ!!! ……諦めたくないっ!!」

千歌「……ダイヤ、さん……」

ダイヤ「周りの人のこと考えて、自分を押し殺さなくちゃいけないことなんてたくさんありましたわ!! 果南さんと鞠莉さんのこと、ルビィとのこと、スクールアイドルのこと、家のことも……!! 押し殺して、我慢して、大人な振りして、賢くなった振りして……その度、たくさん後悔して……失って……」

千歌「…………」

ダイヤ「きっとわたくしはこれからも、たくさん後悔して、たくさん失うのです……きっと、自分自身で選ぶことすら出来ない、運命に翻弄されて……。だけど、今は違う……! わたくしはわたくしの意思で、後悔しないために、千歌さんと戦う道を選ぶ……! 自分の意思で諦めることを選んで、千歌さんが居ない世界で後悔して生きるなんて……そんなのそれこそ死んだ方がマシよ!!!」


気付けば肩で息をしていた。

自分でも驚くくらい声を荒げた気がする。


千歌「………………」

ダイヤ「これでもまだ納得出来ないのですか!?」


俯く千歌さんに向かって言うソレは、もはや癇癪に近かった。
124 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:51:39.78 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「でも……」

ダイヤ「……!!」


頭がカッと熱くなる。

どうして、わたくしの言葉は伝わらないの? いつも、いつもそうだ。


ダイヤ「わたくしはっ……!!」

 「はい、ストップ」


後ろから頭をぱしっと叩かれた。


ダイヤ「な……」


驚いて振り返ると、


鞠莉「はぁ……いつまで経っても来ないと思ったら。なんで往来でケンカしてるの?」

ダイヤ「ま、鞠莉さん……」


そこにいたのは鞠莉さんだった。


鞠莉「こんな風に捲くし立てられても困っちゃうわよね、チカッチも」

千歌「……!」


千歌さんがレインコートのフードを目深に被りなおす。


鞠莉「……ま、ダイヤから頼まれた時点でかーなーり、訳アリなんだってのは想像してたけどね。……とりあえず、船乗ってくれないかしら? これ以上船着場で待たされてたら退屈で死んじゃいそうだから」

千歌「わ、私だけでいいから……!」

ダイヤ「っ!! まだ、そんなことをっ!!!」

鞠莉「千歌もダイヤも、ストップ」

千歌「……っ」

ダイヤ「こんな状況で黙っていられるわけ……!!」

鞠莉「ダイヤ」


鞠莉さんが真面目な声音でわたくしの名前を呼ぶ。

普段、あまり感じない威圧感に思わず、怯む。


鞠莉「……少し頭冷やした方がいいヨ。今のままじゃ、落ち着いて会話出来ないでしょ」

ダイヤ「…………」

鞠莉「チカッチも。一方的についてくるなって言ってるだけじゃ、ケンカになっちゃうだけなんだから。……島に着いてからでも、帰るかどうかは決められるでしょ? 今はとりあえず移動してからにしない?」

千歌「…………わかった」

鞠莉「ダイヤも、それでいいよね?」

ダイヤ「……はい」


わたくしたちは鞠莉さんの先導される形で、船着場まで再び歩き始める。

その間、わたくしは──死んでも放してやるものかと半ば意固地になり気味に千歌さんと手を繋いだまま……船着場を目指すのでした。





    ♣    ♣    ♣

125 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:54:03.98 ID:ZRnZyA2Z0



鞠莉「ホテルオハラまで、出して」


鞠莉ちゃんがそう指示すると、クルーザーは淡島に向かって動き出した。

私が船室の椅子に腰を降ろすと、鞠莉ちゃんがその横に腰を降ろす。

ダイヤさんはと言うと……。


 鞠莉『ダイヤは頭に血が昇りすぎ。少し風にでも当たった方がいいヨ。別に船の上ならどうやっても逃げられないから、安心して頭冷やしてくるといいヨ』


と言って、鞠莉ちゃんが半ば無理矢理、甲板に追い出してしまいました。


鞠莉「……そのレインコート、着たままなのね。今日は雨とか降らないけど」

千歌「……」

鞠莉「ま、話せないなら別に詮索はしないけど……。それにしても、あそこまで素のダイヤ……久しぶりに見たかも」

千歌「……え?」


素……?


鞠莉「ダイヤが頑固なのは知ってると思うけど……あれで結構わがままなのよ?」

千歌「……そうなの?」

鞠莉「思い通りにいかないとすーぐ不機嫌になるんだから」

千歌「……そんなところ、見たことないよ」

鞠莉「そう? 練習サボってると、鬼のように怒るじゃない」

千歌「そ、それは厳しくしないと、皆が上達しないから……」

鞠莉「チカッチはダイヤのこと、大人だと思いこみすぎ」

千歌「……?」

鞠莉「そんなの方便に決まってるじゃない。誰よりも上達して、誰にも負けない、ダイヤの思い描く理想のスクールアイドルの形に近付きたいがためのエゴなのよ、あれは」

千歌「……でもそれって、わがままなのかな?」

鞠莉「それも、立派なワガママよ。ただ、ダイヤはホンキでそれがいいことだと思ってるから、タチが悪いの。だから、いざ爆発しちゃっても、言ってることは自分の考えを押し通すことばっかりで一歩も譲らない。一度意見が直交したら、全然うまくいかなくなっちゃう」

千歌「…………」

鞠莉「だけどね……ダイヤはいつだって、皆が良い方向に行くためのことをホンキで考えてる。だから、皆ついてきてくれるし、いろんな人から慕われてるのよ」

千歌「……そう、なんだ……」

鞠莉「だから、今回も。事情はよくわからないけど……心の底から、千歌の力になりたいって気持ちだから、ダイヤは貴方のことを助けているんだと思うわ」

千歌「…………でも」

鞠莉「ダイヤは自己犠牲でやってるわけじゃないの。むしろ、覚悟が足りてないのはチカッチの方なのかもね」

千歌「え……」

鞠莉「自分一人で抱えて、一人の世界に逃げ込むなんて簡単だもん。でも、人はそれだけじゃ生きていけない。自分一人で出来ることなんて高が知れてるからね。だから、手を取り合って協力して、何かを為すの」

千歌「……うん」

鞠莉「でも、一緒に頑張るってことは絶対どこかで相手に迷惑を掛ける、苦労させる。そういうものなの。でも、それは必要な迷惑だし、必要な苦労。もちろん心苦しい部分もあるかもしれないけど……それでも、何かを為すために同じ方向を向いて、一緒に進んでいくために分かちあわなくちゃいけないもの」

千歌「……」

鞠莉「少なくともダイヤは貴方と同じ方向に進みたいと思ってる。ダイヤにはもうとっくに貴方の苦労を背負う覚悟がある。だから、千歌、貴方もダイヤに背負わせる覚悟をしないといけないのかもね」

千歌「背負わせる……覚悟……」

鞠莉「背負って背負わせて……それをお互い受け止めて、一緒に前に進んでいくことを認め合う。そういうの、なんて言うかわかる?」

千歌「……なんて言うの……?」

鞠莉「信頼って言うのよ」
126 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:55:14.16 ID:ZRnZyA2Z0

千歌「……信頼」

鞠莉「ま、ダイヤと別々の道がいいって思ってるなら、話は別だけどね。ただ、見てる限り、一緒に来て欲しいけど、千歌が一方的に遠慮してるように見えたかな、私には」

千歌「…………」

鞠莉「千歌」

千歌「何……?」

鞠莉「ダイヤのこと、好き?」

千歌「……うん、好き」

鞠莉「一緒に居たい?」

千歌「一緒に居たい」

鞠莉「じゃあ、どうしてダイヤと離れようとするの?」

千歌「……ダイヤさんの邪魔したくないから」

鞠莉「ダイヤが貴方のこと邪魔だって言ったの?」

千歌「それは……」

鞠莉「迷惑だって、言われた?」

千歌「……迷惑なんかじゃないって言われた」

鞠莉「じゃあ、そうなんだヨ。その言葉だけは、ちゃんと信じてあげて欲しいかな」

千歌「…………」

鞠莉「まあ、最後は自分で決めればいいけどね。ただ、ちゃんとダイヤと話し合ってから決めた方がいいとは思うヨ」

千歌「鞠莉ちゃん……」

鞠莉「あんな性格だから、気持ち全部ぶつけ合うのは大変かもしれないけど……。全部本音をぶつけあってさ、答えを出すのはそれからでいいんじゃない?」

千歌「……うん」

鞠莉「……ま、わたしは今二人の間になんの問題があるのか全くわからないんだけどね」

千歌「あはは……ごめん」

鞠莉「いいわよ、詮索しないって言ったし。……っと、そろそろ着くわね」


──気付けば、フェリーの窓の先に、ホテルオハラが見えてきていました。





    *    *    *





鞠莉「これ頼まれた条件の部屋の鍵ね」

ダイヤ「……ありがとうございます」

鞠莉「監禁とかしないでよ? さすがにそういうことの幇助したってなったら、ホテルの問題になっちゃから」

ダイヤ「するわけないでしょう」

鞠莉「知ってる。だから、部屋貸すんだし」

ダイヤ「感謝していますわ」

鞠莉「ん。ダイヤ」

ダイヤ「なんですか?」

鞠莉「信頼してるわ」

ダイヤ「……知ってますわ」
127 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:55:50.41 ID:ZRnZyA2Z0

全くこういうとき、ああいう言葉が口をつくのは欧米人の悪いところだと思いますわ。

こういうものは言葉にしないからこそ美しいのに……。

まあ……信頼してると言われて悪い気はしませんが……。

鞠莉さんに背を向けて、千歌さんの手を引いてホテルへと歩き出す。


千歌「鞠莉ちゃん……ダイヤさんのこと、信頼してるんだね」

ダイヤ「……まあ、付き合いも長いですし。お互いのこと、嫌と言うほどわかってますからね」

千歌「そっか……。……ねえ、さっき鞠莉ちゃんが言ってた条件って何? 特別な部屋なの?」

ダイヤ「ええ。内側からも外側からも、鍵がないと施錠開錠が出来ない作りになっている部屋ですわ。吸血衝動があるときでも、外に出て誰かを襲ったりしないでしょう」

千歌「……そこまで、考えてくれてたんだ」

ダイヤ「……千歌さん、誰かを襲うことを……すごく怖がってましたから」

千歌「……うん、ありがと……」

ダイヤ「…………いえ」

千歌「…………」


なんとなく、ここで会話が途切れてしまった。

……あとは、中に入ってから。

これからどうするか、長い話し合いをすることになりそうですわね……。





    *    *    *





件の部屋は地下にあった。


ダイヤ「地下なら、日が当たる心配もありませんわね……助かりますわ」

千歌「うん……」


二人で部屋に入ってから、施錠をする。


ダイヤ「鍵はわたくしが持ちますわ」

千歌「……」

ダイヤ「それとも、まだ一人でどうにかするなんて仰るつもりだったりしますか?」

千歌「……ダイヤさん」

ダイヤ「なんですか」

千歌「ダイヤさんが何考えてるのか、ちゃんと聞きたい」

ダイヤ「さっき全て言いました。わたくしは絶対に諦めたくないし、貴方を見捨てるつもりもありません」

千歌「うーんとね、そうじゃなくて……どうして、見捨てないでいてくれるの?」

ダイヤ「どうして……? ……どうして、ですか」


少し頭を捻る。理由なんていくらでもありそうですが……。
128 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:56:58.60 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「……そうですわね。貴方が同じAqoursの仲間だから、でしょうか」

千歌「Aqoursの仲間だったら、誰でも助けるの?」

ダイヤ「当たり前ですわ。仲間なのですから」

千歌「……ふふ、そっか」

ダイヤ「……どうして笑うのですか」

千歌「ここで、チカだからって言ってくれれば、それはそれで納得したかもしれないのに、素直だなぁって」


言われてみれば……そうかもしれない。


ダイヤ「……まあ……事実なので」

千歌「ふふ……そっか。ダイヤさんらしいかも」

ダイヤ「逆に聞きたいのですが……逆の立場だったら、貴方も同じように助けるのではないですか?」

千歌「……確かにそうかも」

ダイヤ「なら、そういうものなのですわ。仲間は助ける、当たり前ではないですか」

千歌「うん……そうだね」

ダイヤ「ただ……その前提の上で」

千歌「?」

ダイヤ「貴方と二人で、過ごす中で……たった3日間でしたけれど、わたくしは心の底から千歌さんの力になりたいと思わされることが何度もありました」

千歌「……」

ダイヤ「貴方が恐いと思うなら、その恐怖を和らげてあげたい。泣いているなら、涙を拭ってあげたい。苦しんでいるなら、少しでも楽になれるように一緒に考えたい。そう、思ったのです」

千歌「ダイヤさん……」

ダイヤ「そして何より……貴方はAqoursに必要なのですわ。皆を繋いで結ぶ力のある貴方は……絶対に必要な人。そんな千歌さんが……貴方だけが、人から繋がりを断たれて、一人ぼっちになるなんて……やるせないではないですか」


何度もその繋ぐ力に、結ぶ力にわたくしたちは救われてきた。なら……。


ダイヤ「今度はわたくしが、貴方を繋ぎ止めて……救ってみせますわ」

千歌「……そっか」

ダイヤ「納得、していただけましたか?」

千歌「……もう一個聞いていい?」

ダイヤ「なんですか?」

千歌「……どうなったら、解決だと思う?」

ダイヤ「……また、皆でスクールアイドルが出来るようになったら、解決ですわ」

千歌「……そっか」

ダイヤ「出るのでしょう? スクールアイドルフェスティバル」

千歌「……うん!」


千歌さんは頷いて、わたくしの手を握ってきた。


千歌「ダイヤさん……お願い、チカのこと……助けて……。……チカ、人間に戻りたい……。皆とまた一緒にスクールアイドルがしたい」

ダイヤ「ふふ……そんなこと最初から知っていますわ」

千歌「そっか……ダイヤさんは最初っから、知ってたんだね……」


千歌さんはそのまま、わたくしの背中に腕を回して、抱きついてくる。


ダイヤ「ち、千歌さん……?」
129 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:57:36.81 ID:ZRnZyA2Z0

ケンカ腰の状態が続いていたところに急にハグをされて、少し動揺してしまう。


千歌「……イヤなこと言ってごめんなさい……。ダイヤさん……ずっと、チカのこと考えてくれてたのに……」

ダイヤ「い、いえ……その……。……わたくしも……強く言いすぎましたわ……ごめんなさい」

千歌「うぅん……全部チカのためを想って怒ってくれたんだもんね……ありがとう、ダイヤさん……」

ダイヤ「えっと……その……。……わ、わかっていただけたなら……問題ありませんわ」


もっと、言い合いになると思っていたので、思った以上にすんなり納得してもらえて、逆に拍子抜けしてしまいました。


千歌「ダイヤさん……一緒に、考えよう……」

ダイヤ「……ええ、勿論ですわ」





    *    *    *





その後、わたくしは一先ず、千歌さんと和解したことを鞠莉さんへ報告しに行くことにしました。

場合によっては、わたくしだけは本島に戻るかもという話だったので、残ると決まったなら決まったでちゃんと報告しないと鞠莉さんも困るでしょう。

船着場に向かおうと、ホテルのエントランスホールから外に出ようとしたところで──


鞠莉「あ、ダイヤ。終わったの?」


鞠莉さんはエントランスホールのソファで紅茶を飲んでくつろいでいるところだった。


ダイヤ「随分くつろいでいますわね……」

鞠莉「だって、どうせ残るんでしょ?」


鞠莉さんは、まるで見てきたかのように言う。


ダイヤ「盗聴でもしていましたの……?」

鞠莉「そんなわけないでしょ……。それで、チカッチにはなんて言ったの?」

ダイヤ「……千歌さんには想ったことを言いましたわ」

鞠莉「……どーせ、チカッチはAqoursに必要だからーとか言ったんでしょ」


鞠莉さんは、まるで、見てきたかのように、言う。
130 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:58:54.33 ID:ZRnZyA2Z0

ダイヤ「……盗聴でもしていましたの……?」

鞠莉「ダイヤ……もっと、素直に自分の気持ち言わないと、いつか後悔するヨ?」

ダイヤ「え……? わたくし……ちゃんと、言ったつもりですが……」

鞠莉「……はぁー……。自分の気持ちに対してもにぶちんなんだから……じゃあ、わたしが代弁してあげる」

ダイヤ「は、はぁ……」

鞠莉「ダイヤは……ただ、チカッチと一緒に居るのが楽しかっただけなんだヨ」

ダイヤ「……え」

鞠莉「義務感とか、プライドとかじゃなくてさ……ただ、チカッチともっと一緒に居たかったってだけ」

ダイヤ「…………えっと」

鞠莉「ダイヤ、ずーーーーっとチカッチの手握ってたじゃない」

ダイヤ「!?/// そ、それは……!!///」

鞠莉「クルーザーに乗るときに、手を放して、頭冷やして来いって言ったとき、ものすっごい寂しそうな顔してたし……」

ダイヤ「し、してませんわっ!!!///」

鞠莉「そう? 何がなんでも放したくないって顔してたけど」

ダイヤ「どんな顔ですか!?/// まあ、確かに……放したくない……と、想っていた節はありますけど……」

鞠莉「Love…愛だネ〜」

ダイヤ「そ、そんなんじゃありませんわ!!///」

鞠莉「いやどう考えても愛でしょ……」

ダイヤ「わ、わたくしはあくまで仲間を助けるために……」

鞠莉「そのために、ホテルの一室を頼み込んで確保してもらったり、挙句そばについてお世話をしてあげるの? メンバーだから? ……違うでしょ」

ダイヤ「え……いや……」

鞠莉「千歌だからでしょ」

ダイヤ「…………」

鞠莉「普通、同じグループの仲間だからって理由だけじゃ……相談に乗ったり、解決方法を考えるところ止まりよ。ましてや、宿泊先の斡旋とか、ずっとそばについて手を繋いでてあげるなんて……ただの仲間にしてあげる親切心を超えてるわよ」

ダイヤ「…………そ、そう……でしょうか……」

鞠莉「……千歌と手繋いでて……安心してたのは、実はダイヤなんじゃない?」

ダイヤ「…………」

鞠莉「……まあ、これ以上はホントにおせっかいだから、あとは勝手にして。……ただ、自分の気持ちには素直にネ」

ダイヤ「……はい……」


普段はお気楽能天気な理事長で苦労ばっかり掛けさせられている気がするのに、こういうときは核心ばかりついてくる。

全く、鞠莉さんには敵いませんわね……。

……まあ、彼女の言う通り、もう少し……千歌さんと素直に接してみるのも、いいのかもしれませんわね……。





    *    *    *





ダイヤ「千歌さん、戻りましたわ」


鞠莉さんへの報告を終えて、部屋に戻ってくると、


千歌「う、ん……おかえり……」
131 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 09:59:44.36 ID:ZRnZyA2Z0

千歌さんはベッドの上で苦しげに息を切らせながら、丸くなっていた。


ダイヤ「!? 千歌さん!?」

千歌「あはは……次の吸血時間……近い、みたいで……」


……言い合いになっていたせいで忘れていましたが、時刻はもう20時半を回ったところ。

夜明け頃に50%ほどまで欲求は進行していたのですから、そろそろ時間が来てもおかしくない。


ダイヤ「今、どれくらいですか?」


部屋の戸の鍵を閉めながら訊ねる。


千歌「80……うぅん、85……くらい」

ダイヤ「……となると、あと1時間くらいでしょうか」

千歌「うん……」


千歌さんが横になっているベッドに腰掛けて、手を握る。


千歌「ダイヤさん……?」

ダイヤ「傍に居ますわ」

千歌「……うん。……傍にいて……」


横になっている千歌さんの手を握りながら、逆の手で髪を撫でる。

相変わらずサラサラの髪ですが、軽く前髪を掻きあげると、額には珠のような汗が浮いている。

その汗をポケットから取り出したハンカチで拭いてあげる。


千歌「えへへ……」

ダイヤ「もう……何笑っているのですか……」

千歌「ダイヤさんが……優しくしてくれて、嬉しい……」

ダイヤ「全く、現金なんですから……」


先ほどまで、あれだけもう自分に構うなと言っていたのに……。


千歌「ダイヤさん……」

ダイヤ「なんですか?」

千歌「また、ぎゅーって……して欲しい……」

ダイヤ「……わかりました」


千歌さんの背中に腕を回して、抱き起こす。

すると、千歌さんもわたくしの首に腕を回してくる。


千歌「ダイヤさん……」

ダイヤ「なぁに?」

千歌「チカのことぎゅってするの……イヤじゃない……?」

ダイヤ「嫌なわけないでしょう?」


そう伝えると、


千歌「えへへ……そっか……」
132 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/07/06(土) 10:00:53.95 ID:ZRnZyA2Z0

千歌さんは嬉しそうに微笑みながら、更に密着してくる。

わたくしは彼女の背中をゆっくりさする。

千歌さんはじっとりと汗をかき、服が濡れていた。

汗の匂いがした。


ダイヤ「…………」


やはり、餓えに耐えるのは苦しいのでしょう。


ダイヤ「千歌さん……辛かったら、いつでも血を吸ってください……」

千歌「う、ん……」


千歌さんはわたくしの胸の中で小さく頷いた。

──ただ、二人で抱き合いながら、限界が来るのを待つ。

これも何度も繰り返してきたこと。

ふと、思う。……何故、何度も繰り返してきたのでしょうか。

何故抱きしめたまま、待つのでしょうか。

抱きしめると、千歌さんが安心してくれるからでしょうか。

……それもあると思います。

ですが、それだけではない。


ダイヤ「…………」


さっき、ちゃんと素直に言うように言われたばかりですものね……。


ダイヤ「……千歌さん」

千歌「ん……?」

ダイヤ「千歌さんとこうして抱き合っていると……すごく安心しますわ」

千歌「……ほんと?」

ダイヤ「ええ……千歌さんが、ちゃんとここに居るんだって……すごく安心しますわ」


今思い返してみれば、わたくしも、ずっと不安だったのだと思います。

いつ彼女が彼女でなくなってしまうのか、わからなくて。

ちゃんと手を繋いで、抱きしめて、存在を意識していないと……高海千歌さんという人間があやふやになってしまう気がして。


ダイヤ「千歌さんが居なくなってしまったら……わたくしは悲しいですわ」

千歌「ダイヤ、さん……」

ダイヤ「貴方の為だけじゃない……わたくしの為にも、ここに居てください……ここに居させてください」

千歌「……うん」

ダイヤ「そして……一緒に元の世界に、帰りましょう……」

千歌「うん。……ダイヤさん」

ダイヤ「なんですか?」

千歌「……一緒に元の世界に戻るために……今は、血をください」

ダイヤ「ええ」


千歌さんが自らの意思で、首筋に顔を近付ける。

口を開けて──
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