曜「神隠しの噂」

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276 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 04:12:50.12 ID:WJ3m1kFK0

梨子「鞠莉ちゃん……悩みがあるなら、力になるよ?」

善子「……というか、頼りなさい。今のマリーは見てられないわ……」

花丸「ご飯、ちゃんと食べてる……? ちょっとやつれてる気がするずら……」

ルビィ「隈も酷いよ……? もしかして、眠れてない……?」

果南「鞠莉……皆、鞠莉の様子が変だってことに気付いてるんだよ……」

鞠莉「……はっ……はっ……はっ……!!」


わたしはおかしくない。わたしはおかしくない。わたしは、おかしくない。


千歌「……鞠莉ちゃん……怖くないよ……」


千歌が再び、手を伸ばしてきた。


鞠莉「……っ!!」


その手を──力の限り、弾くように、叩いた。


千歌「っ……!!」


かなりの力を込めたからか、千歌がよろけて、テーブルの脚にぶつかる。


果南「千歌……!」

千歌「うぅん……大丈夫。ちょっとよろけただけ」


なんで、みんな、わたしがおかしいなんて言うんだろうか。知らないからだ。覚えてないからだ。

曜が──渡辺曜がこの世界に確かに居たことを覚えてないからだ。

仲間だと言いながら、わたし以外の人たちは──曜を忘れたんだ。


鞠莉「......I'm not weird... I'm not weird... I'm not weird...! (…………わたしはおかしくない……。わたしはおかしくない……。わたしはおかしくない……!)」

善子「マ、マリー……?」

梨子「鞠莉ちゃん……?」


善子と梨子は、意味が理解出来ないのか、困惑したような声をあげる。

ただ、わたしの頭にはどんどん血が上って行く。


鞠莉「...You're the one who's weird ! (……おかしいのはあなたたちの方よ!)」

花丸「ず、ずら!?」

ルビィ「ピギ……!」


怒気の篭もった英語に、花丸とルビィが怯む。


鞠莉「Even though our precious friends are gone, you are living as if nothing had happened ! (大切な仲間が居なくなったのに、さも何事もなかったかのように過ごしてる!)」

果南「ま、鞠莉……」

千歌「鞠莉ちゃん……」


もう言葉が止まらなかった。
277 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 04:14:37.23 ID:WJ3m1kFK0

鞠莉「Is that your friends ? Are you making fun of me !? (それで仲間? バカにしてるの!?)」

ダイヤ「……」

鞠莉「You girls are ── (あなたたちなんか──)」

ダイヤ「鞠莉さんっ!!」

鞠莉「!!」


ダイヤの声にビクリとして、言葉が止まる。


ダイヤ「それより先は……言ってはいけないことですわ」

鞠莉「ぁ……ぁ……」


ダイヤに咎められた瞬間、自身の状態を急に意識してしまった──身体が熱い、地面が揺れてる、気持ち悪い、頭が痛い。ただでさえ睡眠をほとんど取ってない、疲れきった身体のまま、大声を張り上げたせいか、一気に気分が悪くなり、


鞠莉「ぁ……──」


そのまま意識が遠のいていく。


果南「鞠莉!?」

千歌「鞠莉ちゃんっ!!」

鞠莉「……ぁ……ぅ……」


真っ暗な視界の中、果南と千歌の声がすぐ近くで聞こえる。


果南「救急車っ!! 誰かっ!!」

鞠莉「…………ぅ……」


わたしの意識は、


鞠莉「……ょ……ぅ……」


そのまま、闇の中に落ちていった──





    ✨    ✨    ✨





鞠莉「──……ん……ぅ……」


目が覚めると──見覚えのない天井があった。


ダイヤ「……やっと、目が覚めましたか」

鞠莉「……ダイヤ……?」


傍らから、ダイヤの声がして、寝起きでぼんやりとした頭のまま、名前を呼ぶ。
278 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 04:36:13.90 ID:WJ3m1kFK0

鞠莉「ここ……どこ……?」

ダイヤ「病院ですわ」

鞠莉「病院……?」

ダイヤ「貴方、部室で倒れたのですわよ。覚えていませんか?」

鞠莉「部室で……倒れて……?」


ダイヤの言葉を聞いて、徐々に思い出してきて──


鞠莉「……!!」


青ざめる。


鞠莉「い、今何時……!?」

ダイヤ「夜の9時ですわ」

鞠莉「9時……!?」


倒れたのは恐らく3時過ぎ。6時間近くも眠ってしまったことに気付く。


鞠莉「曜……!! 曜!! 曜!!」


咄嗟に名前を呼ぶ。大丈夫だ、まだ忘れてない。


ダイヤ「……」

鞠莉「ノート!! わたしのノートは!?」

ダイヤ「鞠莉さんの荷物なら、ここに」


ダイヤの膝の上には、わたしのスクールバッグがあった。


鞠莉「っ!! 返して!!」


ベッドから身を起こそうとして、


鞠莉「あ、れ……」


全然身体が起こせないことに気付く。

ついでに、腕から管が伸びていることにも気付いた。


ダイヤ「別に、取ったりしませんわ。欲しいのはこれでしょう?」


そう言いながら、ダイヤはバッグの中から、ノートを取り出して、わたしの胸の辺りにポンと置く。


鞠莉「……っ!!」


わたしは、そのノートを抱きしめるように、自分の身に寄せる。
279 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 04:39:41.50 ID:WJ3m1kFK0

ダイヤ「……寝不足や疲労困憊だけでなく、カフェインの中毒症状が出ていたそうですわ」

鞠莉「……」

ダイヤ「あとで診察の際に言われると思いますが、当分コーヒーは控えた方がいいでしょう。それと、点滴を打ってもらっているので、しばらくしたら落ち着くとは思いますが……せめて、今日くらいは安静にしていることですわね」

鞠莉「……」

ダイヤ「それにしても……」

鞠莉「……?」

ダイヤ「大切な仲間が居なくなったのに、さも何事もなかったかのように過ごしている、わたくしたちが許せない……ですか」

鞠莉「……え」

ダイヤ「何、驚いたような顔をしているのですか。他の方はともかく、わたくしはあれくらいのリスニングなら出来ますわ。浦の星女学院の生徒で貴方の次に英語が出来るのはわたくしなのですわよ?」


別に英語で喋ったのは咄嗟に出てしまっただけで、隠そうという意図があったわけではないけど、あの暴言を聞き取られていたことに、少し動揺してしまう。


鞠莉「…………じ……事実だもん……」


ベッドの上で少しでも、身を引くようして、ダイヤと距離を取ろうとする。


ダイヤ「……まるで、自分は誰にも理解されず、誰も信じられず、脅えて、自分の世界に閉じこもろうとしているようですわ」

鞠莉「……っ」

ダイヤ「……世界にたった一人、取り残された気がして、周りの人が全て敵に見える……」

鞠莉「……ダ、ダイヤに……わたしの、何がわかるのよ……」

ダイヤ「……そうですわね。ごめんなさい」


ダイヤは意味深なことを言った割りに、わたしの言葉を聞くと、すぐに謝罪をする。


ダイヤ「鞠莉さん」

鞠莉「……何?」

ダイヤ「……今貴方が抱えているノート。それは貴方にとって、とても大切なモノなのですわよね」

鞠莉「……」


コクンと頷く。


ダイヤ「それと、手首のサポーター……腱鞘炎ですか。わたくしに暗記法を訊ねてきたわけですから……忘れないため、書き続けているのですわよね」

鞠莉「……」

ダイヤ「貴方は、わたくしたちが忘れてしまった、何かを忘れないようにしている。違いますか?」

鞠莉「……だったら、なんなのよ……」

ダイヤ「そう、邪険に扱わないで欲しいのですが……」

鞠莉「わたしが……わたしが最後なの……わたしが、頑張らないと、曜が……消えちゃうの……。……お願い……もう、邪魔しないで……」

ダイヤ「……わかりました」


ダイヤは踵を返して、病室から出て行こうとする。


ダイヤ「ただ、最後に──」

鞠莉「……?」

ダイヤ「それはただ忘れないだけで、良いモノなのですか?」

鞠莉「! ……それは」

ダイヤ「それと、もし貴方が全てを一人で背負っていると思っているのでしたら……それは勘違いですわ」

鞠莉「かん、ちがい……?」
280 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 04:41:57.57 ID:WJ3m1kFK0

ダイヤは何を言っているんだろうか。わたししか、覚えてないのは事実のはずなのに。ダイヤはわかってないから、そんな無責任なことを言うのだろうか。


ダイヤ「今の貴方に言っても、届かないかも知れませんけれど……。……もし、そうじゃないと少しでも思えるのでしたら──生徒会室で待っていますわ」


そう残して、ダイヤは病室を後にした。


鞠莉「……待ってるって……言われても……」


もしかして、ダイヤは本当は曜のことを覚えている……とか……?


鞠莉「……いや、そんなはずない」


何度も確認した。でも、ダイヤを含め、Aqoursの誰も、曜のことどころか、それが人の名前だということすら理解できなかった。

もし、このまま話していたら……曜が居ないことが当たり前の人たちと接していたら。本当に曜が消えてしまう気がする。

その考えはあまり変わらなかった。

ただ──『それはただ忘れないだけで、良いモノなのですか?』──この言葉が、頭の中でぐるぐると回り続けていた。





    ♦    ♦    ♦





──さて、鞠莉さんの面会時間ギリギリになってしまったため、エントランスに戻ってきた頃にはすっかり照明も落とされていた。


ダイヤ「千歌さん、お待たせしました」


暗い病院のエントランスで待っていた彼女に、声を掛ける。


千歌「! ダイヤさん、どうだった……?」

ダイヤ「……貴方の言うとおりでしたわ」

千歌「やっぱり……──今の鞠莉ちゃんは、あのときの私と同じなんだ……自分一人が周りと違うことが怖くて、苦しくて、寂しくて、どうにもならなくなっちゃってた私と……」

ダイヤ「はい……。ですが、今は警戒心が強すぎて、詳しい事情を訊くことは出来ませんでした。さすがにあのときと同じようには行きませんわね……」

千歌「うん……私にとってのダイヤさんみたいな人が居てくれれば、鞠莉ちゃんも話しやすいかもしれないんだけど……」

ダイヤ「わたくしも果南さんも拒絶している状況ですからね……。……あとは、鞠莉さんを信じるしかありませんわ」

千歌「うん……」





    ✨    ✨    ✨





あのあと、軽い診察を受けた。

ダイヤも言っていたとおり、カフェイン中毒の症状が出ていたらしく、酷い吐き気はそれが原因だったらしい。

案の定、当分はコーヒーはおろか、カフェインを含む飲み物は飲まないように、注意された。

眠りたくないという旨は伝えたものの、当然聞き入れてもらえず、部屋の明りは消されてしまったので──


鞠莉「曜……曜……曜……」
281 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 04:43:59.49 ID:WJ3m1kFK0

横になったまま、ひたすら曜の名前を小さな声で呼び続ける。

眠らないようにしないと……。


鞠莉「……曜……。……会いたいよ……」


顔も、声も、記憶がおぼろげで……思い出せないけど、曜への気持ちは忘れていない。

曜が温かかったことは、覚えてる……。


──『ただ忘れないだけで、良いモノなのですか?』──


鞠莉「……良くない」


会いたい。

また会って、話したい。


鞠莉「……曜」


まだまだ、朝まで長い。

わたしは布団を被って、曜の名前を呼び続ける──





    ✨    ✨    ✨





鞠莉「……」


──翌朝。目が覚めて、顔を顰めた。

もちろん、自分の体たらくにだ。


鞠莉「曜……曜……渡辺曜。……よかった、覚えてる」


心底ホッとする。

眠らないようにとあれほど自分に言い聞かせていたのに……。

ゆっくりと身を起こし、時間を確認すると、朝の6時だった。

とはいえ、久しぶりにたくさん眠った気がする。

そのお陰か、何日か振りに頭がすっきりとしていた。

本日は10月5日土曜日。

恐らくお昼過ぎまでは、病院からは出られないと思う。

学校がないのは不幸中の幸いだろうか。

ただ、仮に学校があったとしても、今日は学校に行く気はなかった。

何故なら──今日はやりたいことがあるから……。





    ✨    ✨    ✨


282 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 04:48:01.68 ID:WJ3m1kFK0


お昼過ぎに再び軽く診察を受けて、退院となった。

わたしは病院から、そのままの足で、とある場所を目指していた──


鞠莉「……よし」


わたしが来たのは、飛び込み台の設置されているスイミングスクールのあるプール──つまり、曜の通っていたプールに訪れていた。





    ✨    ✨    ✨





 「ねぇ、見て、あの人」

 「わ、金髪……! 外人さんかな? 誰かの知り合い?」

 「わかんないけど……すっごい美人さんだね……」


プール施設内の観覧席で観ていると、そんなひそひそ話が聞こえたり、聞こえなかったりするけど、そんなことはどうでもいい。

わたしはただ、飛び込みをしている人たちをじっと眺めていた。

曜はつい最近まで、確かにここで高飛び込みをしていたんだ。

今日はここに──曜の痕跡を辿りに来た。

もしかしたら、曜がずっと居た場所には、曜が確かに居たという何かが残っているかもしれないと思ったからだ。

何かが、何かはわからない。

わからないけど……。ただ、忘れないようにするだけじゃ、曜への大切な気持ちは薄れてしまうんじゃないかと、そう思ったから。


鞠莉「……」


ただ、じーっと見つめていても、曜がいつも飛んでいた一番高い飛び込み台──10mの台から飛び込む人はなかなか現れなかった。


鞠莉「やっぱり、高い台は使う人が少ないのね……」


まあ、あれだけ高いわけだし……。わたしも飛べと言われたら、絶対に断ると思う。

そんな高さからぴょんぴょん飛んでいた曜のすごさを改めて実感する。


鞠莉「……もっと、曜の高飛び込み、見せてもらえばよかったな」


曜が大好きだと言った、高飛び込みを。


鞠莉「……ぐす……っ……ああもう、やだ……わたしったら……っ……」


涙が溢れてきて、思わずハンカチで目を押さえる。

涙が落ち着くまで、しばらく押さえてから──再び、顔をあげると、


鞠莉「あら……?」


10mの飛び込み台の上に人影があった。


鞠莉「あの人……」


見覚えのある人だった。
283 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 04:50:53.38 ID:WJ3m1kFK0

鞠莉「曜の……先輩……」


──それは、曜の先輩だった。思わず気になって注視してしまう。

改めて見ていると……曜の先輩の演技は見事なものだった。

前に後ろに、いろんな方向から捻りを加えながら、いくつも技を成功させている。

ただ、一つだけ──

前向きに踏み切り、後ろに向かって宙返りする演技だけは、うまく行かないのか、飛び込んで、水面に顔を出す度に悔しそうな顔をし、再び台に昇る姿が印象的だった。

あれは、きっと、


鞠莉「前逆さ宙返り三回半抱え形……」


曜が得意としていた、必殺技だ。

見ていて、簡単そうと思ったことは一度もないけど、曜があまりに綺麗に飛ぶので、あそこまで苦戦している姿を見ると、改めて本当にとてつもなく高難度の技だったということを再認識する。

──ザパン。

また、水飛沫があがった。

水飛沫を立てないほど、評価の高い、高飛び込みにおいて、あれは恐らく失敗なのだろうなどと思いながら注視していると──


曜の先輩「……」


ふいに、水面に顔を出した、曜の先輩と目が合った。


鞠莉「……」


なんとなく、会釈すると、向こうも会釈を返してくれた。

……意外に良い人?

曜が居るときにしか、接したことがなかったので、割とイヤな人だと思っていたけど……。

ただ、曜の先輩はその演技は最後に、プールから上がって、いなくなってしまった。

もしかしたら、見られるのは好きじゃない人だったんだろうか。


鞠莉「まあ……いっか」


別に見てただけで、何をしたわけでもないし。

わたしは再び、他の人の飛び込みの観察を始めた。

結局、そのあとも……曜の先輩以外で、10mの台から飛び込む人は居なかったけど……。





    ✨    ✨    ✨





──しばらく、ぼんやりといろんな人の飛び込み演技を観ていると、


 「──貴方、誰かの知り合い?」

鞠莉「?」


声を掛けられて、振り返る。


鞠莉「……あ」

曜の先輩「こんにちは」
284 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 04:52:37.18 ID:WJ3m1kFK0

声の主は曜の先輩だった。

観覧席なので、先ほどと違って競泳水着ではなく、私服を着てはいるが。


鞠莉「Good afternoon. ……こんにちは」

曜の先輩「よかった、日本語は喋れるのね」

鞠莉「……まあ、日本人だし」


どうやら、この口振り、わたしのことは知らないようだ。

曜が居なければ出会うことがなかった人だからだろうか。

曜が居なくなった今、わたしがこの人と知り合いである理由が存在しない。

だから、曜が居ない=この人とわたしは初対面ということになるのだろう。たぶん。


曜の先輩「…………」


何故か、じーっと見つめられる。


鞠莉「なにか……?」

曜の先輩「いや……ごめんなさい。貴方、どこかで会ったことない?」

鞠莉「……」


なんだ、その下手なナンパのようなセリフは、と思ってしまう。

まあ、確かに会ったことはあるけど……。


鞠莉「……あなたが覚えていないだけで、会ったことはあるかもね」

曜の先輩「貴方、不思議なことを言うのね」


肩を竦めながら、曜の先輩はわたしの隣の席に腰を下ろす。


曜の先輩「……それで、誰かの知り合いなの?」

鞠莉「……そんなところ」

曜の先輩「そっか、羨ましい」

鞠莉「羨ましい……?」

曜の先輩「高飛び込みって、施設が限られてるから、わざわざ遠くから通ってる人が多いのよ。私もその一人。だから、経験者ならともかく、練習まで観に来てくれる人なんて普通いないのよね」

鞠莉「……そうなんだ」


曜はいつも千歌が応援に来ていたと言っていたし、曜がこの人の癇に障ってしまったのは、そういう羨望や嫉妬も一つの原因だったのかもしれない。

それはそうと、わたしは少し気になることがあった。
285 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 04:53:58.04 ID:WJ3m1kFK0

鞠莉「あの……」

曜の先輩「? なにかしら?」

鞠莉「……どうして、ずっとあの技を練習してたの……?」

曜の先輩「あの技……? ……ああ、前逆さ宙返りのことかしら」

鞠莉「はい。三回半抱え形の……」

曜の先輩「詳しいわね。素人が見ても、回転数ってなかなか数えられないと思うんだけど。……そうね、あの技を飛べないと、勝てない気がするのよ……」

鞠莉「……? ……誰に……?」

曜の先輩「それが……わからないのよね」

鞠莉「わからない……?」

曜の先輩「……その誰かに勝ちたくて、その誰かよりすごいと証明したくて、ずっと練習を続けてきたんだけど……それが誰か、わからないのよね」

鞠莉「……え……?」

曜の先輩「……ごめんなさい。変な話かもしれないわね」

鞠莉「い、いや……。……でも、相手がわからない今でも、その技を練習し続けるのは、なんで……?」

曜の先輩「なんで……。……意地かしら」

鞠莉「意地……?」

曜の先輩「……確かに誰か思い出せないけど、心の底から悔しい、負けたくないって気持ちが……何故か、あるのよ」

鞠莉「……」

曜の先輩「それに突き動かされて、飛んでる気がする」

鞠莉「……変なこと言ってもいい?」

曜の先輩「私も変なこと言ったし、いいわよ」

鞠莉「わたし……さっきの技を飛べる人が知ってるの」

曜の先輩「……」

鞠莉「そして、その人は……ここでその技を飛んでいた」

曜の先輩「……そうなんだ」

鞠莉「……驚かないの?」

曜の先輩「……普通なら驚くか、変な冗談だと思うんだろうけど……。何故か、納得した。その人が……私が飛ぶ理由なのかもね」

鞠莉「……!」

曜の先輩「……回答、これで大丈夫だったかしら」

鞠莉「……うん」


わたしは、席を立つ。


曜の先輩「帰るの?」

鞠莉「……ええ」

曜の先輩「そっか、また観に来るといいわ」

鞠莉「……そうするわ」


わたしは、プールを後にした。





    ✨    ✨    ✨


286 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 05:00:26.91 ID:WJ3m1kFK0


鞠莉「…………」


わたしが、次に訪れたのは──沼津港近くの、とある家。

曜の家だ。

家の外から、じーっと観察してみる。

曜が居たときと、変わらない。玄関表札には渡辺の文字。


鞠莉「変わってない……」


そう、曜が居たときと、“変わらない”のだ。

──『貴方が全てを一人で背負っていると思っているのでしたら……それは勘違いですわ』


鞠莉「……もしかして……そういうこと……?」


一つの事実に辿り着きかけ、立ち尽くしていると、


 「あら……? ウチに御用かしら……?」

鞠莉「え……?」


先ほど同様、背後から声を掛けられて振り返る。

そこに居たのは──買い物袋を腕に提げた、


曜ママ「こんにちは」


曜のお母さんだった。


鞠莉「え、えっと……こんにちは」

曜ママ「あら……綺麗な日本語ね。外人さんかと思ったんだけど」

鞠莉「あ、いえ……ハーフなんですけど、日本人です」

曜ママ「そうなのね。それで、我が家に何か御用?」

鞠莉「あ、いや、その……立派なお家だなと思って」

曜ママ「まあ♪ ありがとう、嬉しいわ♪ でも、私一人には大きくってね……」

鞠莉「……お一人なんですか?」

曜ママ「ホントはね、旦那さんが居るんだけど……フェリーの船長さんだから、滅多に帰って来なくなってね。だから、今は実質一人なの」

鞠莉「……そう、なんですか」

曜ママ「子供が居たら、丁度良い広さなんだけどね……」


『子供が居たら、丁度良い』──その物言いに、何か引っかかりを感じた。


鞠莉「……!」


そして、気付く。
287 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 05:02:20.35 ID:WJ3m1kFK0

鞠莉「あの、この家っていつから住まれてますか……!?」

曜ママ「え? そうね……ここに越してきたのは、大体14〜5年くらい前かしら……?」

鞠莉「……! ……そういう、ことだったんだ」

曜ママ「え?」

鞠莉「ありがとうございます!! 用事が出来たので、失礼します!!」

曜ママ「あ、待って、貴方名前は?」

鞠莉「──鞠莉です!」

曜ママ「鞠莉ちゃん……なんだか、初めて会った気がしないし、可愛いから気に入っちゃった♪ またいらっしゃい」

鞠莉「はい……!!」


わたしは、走り出した。





    ✨    ✨    ✨





曜の先輩は、明らかに“曜を意識した”技の練習を続けていた。

そして、渡辺家。

この一軒家に越してきた、タイミング──14〜5年前というのは、


鞠莉「曜が産まれてからすぐ……!」


子供が産まれて、越してきた3人の家。

逆に言うなら、子供が居ないなら広すぎる家。

つまり──


鞠莉「曜が産まれてないなら、あそこに渡辺家があるのはおかしい……!」


つまり、曜が消えてしまった今も……曜の居た痕跡はあちこちにあったんだ。

──『……もし、そうじゃないと少しでも思えるのでしたら──生徒会室で待っていますわ』──

これは、全ての人を完全に拒絶して、誰の話も聞こうとしなかった、わたしに、ダイヤがくれたヒントだった。


鞠莉「──ダイヤッ!!」


生徒会室のドアを思いっきり、押し開く。


ダイヤ「……ふふ、鞠莉さん。校舎内で走るのは、ぶっぶーですわよ?」

千歌「! 鞠莉ちゃん……!」


ダイヤの隣には千歌の姿。


鞠莉「ダイヤ、千歌……わたし…………!!」

ダイヤ「ふふ、土曜日ですが、ここで待っていた甲斐がありましたわね」

千歌「だから言ったでしょ? 鞠莉ちゃんは来るって……!」

ダイヤ「あら、わたくしもそう言いましたけど?」

千歌「んーー!! なんでもいいや!! 鞠莉ちゃん!!」
288 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 05:04:51.98 ID:WJ3m1kFK0

千歌が手を差し伸べてくる。

わたしは──


鞠莉「千歌……!!」


千歌の手を握って、そのまま、その手を撫でながら謝る。


鞠莉「はたいて……ごめんなさい……っ……痛かったよね……」

千歌「うぅん……。鞠莉ちゃんの心は、それよりもずっと痛かったんだって、わかってたから……」

鞠莉「千歌……」

千歌「それに、私も前に同じようなことやっちゃったから……あはは」

ダイヤ「鞠莉さん」

鞠莉「ダイヤ……!」

ダイヤ「話してくれますか? 何があったのかを」

鞠莉「……うん……!」


わたしは二人に、事情の説明を始めた。





    ✨    ✨    ✨





ダイヤ「──つまり、その呪いとやらで、最初にルビィが消えかけ、その後本来の呪詛対象であった、曜……さんが、消えてしまった。……そういうことですか」

鞠莉「……うん。どこまで信じられるかはわからないけど……」

ダイヤ「いえ、むしろ、その話が事実なら合点のいくことがいくつかあります」

鞠莉「合点がいくこと……?」

千歌「うん。実はね、私とダイヤさん……最近お互いの間にあった不思議なことは出来るだけ隠したりしないで、共有することにしてるんだけど……」

ダイヤ「わたしくと千歌さん、つい最近、保健室に担ぎ込まれたことがあったでしょう?」

鞠莉「保健室に……ああ」


ダイヤはルビィが消えかけたときに、そして同様に、千歌は曜の身にそれが起こったときだと思う。


ダイヤ「お互い倒れて、保健室に居たこと……というか、お互いがお互いを看病したことは覚えているのですが……」

千歌「でも、倒れた理由がわからなくって……何か起きてるんじゃないかって、思ってたんだ」

ダイヤ「わたくしたちは、二人でこの違和感の原因を探っていたのですが……。その直後に、鞠莉さん──貴方がわたくしたちが知らないことを言い始めた。Aqoursは9人居ると」

鞠莉「う、うん」

ダイヤ「わたくしも正直、それ自体は半信半疑だったのですが……これを見て、考えが変わりました」

鞠莉「これ……?」

千歌「鞠莉ちゃん! これだよ!」


そう言って、千歌がわたしに見せてきたのは──


鞠莉「歌詞ノート……?」


千歌の歌詞ノートだった。
289 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 05:09:55.98 ID:WJ3m1kFK0

ダイヤ「千歌さんの書いた新曲の歌詞の、最初のフレーズ……おかしくありませんか?」

鞠莉「最初のフレーズ……」


言われて、目を通すと──


鞠莉「──あ……」


そこにあったのはマーカーの引かれていない一番最初のフレーズ。その次の部分に紫のマーカーが引かれている。

メモ書きには紫の部分から矢印が伸びていて、『鞠莉ちゃんパート』と書かれている。


ダイヤ「二人で首を捻っていたのですわ。何故一番のAメロだけ、鞠莉さんの名前しかないのか。そして、何故歌の冒頭は誰も割り振られていないのか」

千歌「ここって……消えちゃった曜ちゃんって子と、鞠莉ちゃんが一緒に歌うはずのパートだったんじゃないかな!?」


──『曜って──自分の気持ち、隠しちゃう子だから……きっと、曜のパートはここ』──

──『そして……わたしのパートはそのすぐ下。ここは曜と一緒に歌いたいな』──


鞠莉「……曜……っ……。うん……曜と、一緒に……歌いたかった……パート……っ……」


Aqoursの中にも……ちゃんと、残ってたんだ。

曜と、一緒に決めたモノが。


千歌「それで気になって、今までの歌詞のパート分けも調べてみたんだけど……」

ダイヤ「案の定、他の曲も不自然に一人分のパートが浮いている状態になっていたのですわ」


つまり、ダイヤと千歌はそれに気付いて、わたしとコンタクトを取ろうとしていたんだ。

だけど、わたしが拒絶していたから、どうにか機会を探って……。


ダイヤ「これらの現象を踏まえて、わたくしはこう考えています。人一人が、消えるというのは、生半なことではありません。一人の人間が生まれ、育つ中で、世界に多くの影響与えます。親や友人、それ以外にも何気なく関わったことのあるいろいろな人に、物事に対して。その全ての影響をゼロにするなんて、それこそ世界を作り変えないと不可能ではないでしょうか」

鞠莉「……そっか、だから曜の家はそのままだったし、曜の先輩は前逆さ宙返りを飛ぼうとしていた……」


動機のルーツが狂うと根本的な他の人間の人生すらも歪めてしまう。いわゆるバタフライエフェクトというやつだ。

曜の先輩は曜が居なければ、あそこまで上達しなかった可能性。曜が居たから、負けまいと、いろいろな技を身に付けることが出来たのかもしれない。

そして曜の両親は曜が産まれていなかったら、あの家には越してこなかっただろうし、曜じゃない子供を産んでいた可能性もある。だけど、そうじゃなかった。


ダイヤ「もちろん、その呪いというものが、世界そのものを根本から作り変えてしまう、途方もないものの可能性もありますが……今はまだそう成り得ない、理由が一つありますわ」

鞠莉「成り得ない……理由……?」

ダイヤ「鞠莉さん、貴方が居ることです」

鞠莉「……わたしが……居る……」

ダイヤ「貴方が、曜さんを覚えているから、世界は曜さんの痕跡を全て消すことは出来ない。何故なら、あなた一人でも覚えている人間が残っていたら、世界に大きな矛盾が生まれてしまうから。そしてそれは同時に──曜さんはまだ完全に消えては居ないということの証明なのではないでしょうか」

鞠莉「……!」


つまり──


ダイヤ「忘れない? それだけではありませんわ。曜さんそのものを取り戻せる可能性は、まだきっと残っています!」

鞠莉「……ホント……?」


わたしはダイヤの言葉に目を見開いた。
290 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 05:11:55.17 ID:WJ3m1kFK0

千歌「鞠莉ちゃん!」

ダイヤ「鞠莉さん。一緒に曜さんを──取り戻しましょう」

鞠莉「……っ……! ……うんっ!」


わたしは、ダイヤと千歌と共に、曜を取り戻すため、動き出したのだった。





    ✨    ✨    ✨





ダイヤ「曜さんを取り戻すためには、まずやらなくてはいけないことがいくつかあります」

千歌「やらなきゃいけないこと?」

ダイヤ「はい。まず、原因の特定ですわ」

鞠莉「原因の特定……」

ダイヤ「鞠莉さんの言うとおりなら、呪いだとは思いますが……もし、呪いなのだとしたら具体的にどういう呪いなのか、です」

千歌「船の呪いでしょ? それなら、私もちっちゃい頃に聞いたことあるよ。嫌いな人を消しちゃう呪いだったかな」

ダイヤ「いえ、具体的にというのは、呪いの方法や効果よりもどういった神霊、もしくは怪異・妖怪を起因としているかですわ」

千歌「……? どういうこと?」

鞠莉「それって……現象そのものを引き起こしてる怪異によって、対策が変わるから……?」


これは以前、聖良が言っていたことだ。


ダイヤ「ええ、そのとおりですわ。多くの怪異には弱点が存在します」

千歌「弱点……」

ダイヤ「根本的に苦手なものがあったり、対抗する呪文や、神格におけるルーツ、レゾンデートル自体が特定条件下で弱点になりうる場合もあります」

鞠莉「吸血鬼にニンニクとか、口裂け女にポマードみたいなことよね」

ダイヤ「ええ、そのとおりですわ。もし、曜さんを消し去ってしまった呪いの大本に妖怪や神が存在しているなら、それを知ることで対抗手段になるはずですわ」


言いながら、ダイヤは席を立ち、


ダイヤ「確かこの辺りに……そういった図鑑が……」


本棚をあさり始めた。


鞠莉「……なんで、そんなものが生徒会室に……?」


わたしが一人首を傾げていると、


千歌「図書室から、借りてきて、置かせてもらってるんだよ」


と千歌が説明してくれる。
291 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 05:13:45.68 ID:WJ3m1kFK0

鞠莉「図書室から? わざわざ……?」

千歌「うん。その……私たちもなんというか、いろいろあってさ。それでダイヤさんがね──『わたくしたちの経験はきっと誰かの力になれると思いますの』って言って、いろんなことを調べてたんだよ」

鞠莉「ダイヤが……そんなことを」

千歌「それに……ここ数日、ダイヤさんね、ずっと鞠莉ちゃんの力になるために、調べ物してたんだよ」

鞠莉「え……」

千歌「『鞠莉さんは絶対ここに来るから』って、『きっと今が、あのときの恩を返す機会です』って」

鞠莉「ダイヤ……」

千歌「やっぱり事情があって、詳しいことは言えないんだけど……私もダイヤさんも、鞠莉ちゃんにはすっごい感謝してる。だから、協力は惜しまないよ! それにさ……」

鞠莉「それに……?」

千歌「私にも、ダイヤさんにも……鞠莉ちゃんに迷惑を掛けて、掛けられて、一緒に進む覚悟があるから」

鞠莉「……!」


それはいつの日か、わたしの口から千歌に言ったこと。


千歌「私たちは、鞠莉ちゃんを信じてる。だから……鞠莉ちゃんも、私たちを信じて?」

鞠莉「……うんっ……千歌も、ダイヤも……ありがとう……っ」


わたしが誰も信じられなかった間も、ダイヤも千歌も、わたしを信じて待っていたと言われて、少し涙ぐんでしまう。


ダイヤ「お礼なら、曜さんを助けてからで良いですわ」

鞠莉「うん……! 絶対、曜を助ける……!」


わたしは力強く頷いた。


ダイヤ「それでは、わたくしは神隠しの、妖怪や神霊の類との関連性について調べようと思いますが……その前に。鞠莉さん、何か曜さんが消える前に気になったことは、ありませんでしたか?」

鞠莉「何か……」

ダイヤ「不思議なことを言っていたとか、不思議な目にあったとか……何かきっかけがあったのなら、それがヒントになると思うのですが」


何か……曜の身に起きてたこと……。


鞠莉「……そういえば、曜……悪夢を見ることが増えたって言ってたかも」

ダイヤ「悪夢ですか……具体的にどのような内容ですか?」

鞠莉「内容は……起きると忘れちゃうって言ってた……」

ダイヤ「……悪夢は凶兆なことが多いので、大きなヒントになりそうでしたが……。わからないものは仕方がないですわね。今ある情報から、考えましょう」

鞠莉「……あ、でも」

ダイヤ「?」

鞠莉「曜じゃないけど……ルビィも消える直前に悪夢を見たって言ってた。大量の木の葉の竜巻に飲み込まれる夢って」

ダイヤ「……なるほど。もしルビィと曜さんが同じ呪いを起因としているなら、ルビィの見た夢は曜さんの夢に近い可能性が高いですわね。ありがとうございます、きっと何かのヒントになると思いますわ」


ダイヤはお礼を言いながら、追加で棚から本を選び始める。
292 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 05:15:19.94 ID:WJ3m1kFK0

千歌「ねーねー、ダイヤさん!」

ダイヤ「なんですか?」

千歌「私は何すればいい?」

ダイヤ「そうですわね……千歌さんには、呪いそのものについて調べてもらいたいですわ」

千歌「呪いそのもの?」

ダイヤ「ええ。実際にどんな呪いだったかは、噂通りなのかもしれませんが、もっと詳細に知れば何かわかることがあるかもしれませんし」

千歌「わかった!」

鞠莉「あ、それなら……果南や花丸に訊くといいと思う」

千歌「果南ちゃんと花丸ちゃん?」

鞠莉「海で船を見つけたのは、その二人だったから……」

ダイヤ「なるほど……確かに見つけた張本人に訊いた方がより詳細がわかるかもしれませんわね。千歌さん、お願いできますか?」

千歌「らじゃー! まっかせて!」


ダイヤからお願いされるや否や、千歌が飛び出そうとする。


鞠莉「待って! 千歌!」

千歌「ほぇ?」

鞠莉「わたしも……連れて行って」

千歌「ん、私は構わないけど……」

鞠莉「……わたし、果南にも、みんなにも謝らないと……」


みんな心配してくれていたのに、わたしが一人殻に閉じこもって、拒絶してしまったことを……。


ダイヤ「……鞠莉さん、あまり気に病みすぎないでください」

鞠莉「で、でも……!」

ダイヤ「極端ではありましたが……鞠莉さんの考え方自体は間違って居なかったと思います」

鞠莉「え?」

ダイヤ「実際問題、曜さんを覚えているのが貴方一人なのは事実です。そして、貴方の認識が周りの覚えていない人と同調してしまったら……恐らく、そのとき曜さんは本当に消えてしまうでしょう」

鞠莉「……!」

ダイヤ「人間、周りの言っていることに認識を引っ張られる性質があります。鞠莉さんの言うように、曜さんが消えてしまったことをちゃんと理解してくれる人なら問題ないと思いますけれど……。わたくしや千歌さんは、なんというか……非日常に免疫があります。ですが、誰も彼もが真正面から理解できるわけではありません。今この時点で、全てを話すのは得策ではないかも知れませんわ……」

鞠莉「……」


確かに、花丸はともかく、果南はこういう話は滅法苦手だ。最悪、調べごと自体を辞めて欲しいと言われてしまうかもしれない。

だけど……。


鞠莉「でも……ちゃんとごめんって言いたい」

千歌「鞠莉ちゃん……」

ダイヤ「……まあ、貴方ならそう言うと思っていましたけれど。なら、ちゃんと仲直りしてきてくださいませね? 果南さん、ずっと鞠莉さんのこと気に掛けていたのですから」

鞠莉「うん……!」

千歌「それじゃ、ちょっと果南ちゃんと花丸ちゃんに連絡してくるから、待っててね!」

鞠莉「うん、お願いね、チカッチ」


千歌が一人、電話をするために生徒会室の外に出る。
293 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 05:16:46.03 ID:WJ3m1kFK0

ダイヤ「それでは、鞠莉さんも、出る準備をしてください。こちらはわたくしの方で調べておきますので」

鞠莉「……その前に、ダイヤ」

ダイヤ「? なんですか?」

鞠莉「……曜のことで、ダイヤに伝えておかないといけないことがあるの」

ダイヤ「……このタイミングで切り出したということは、千歌さんには聞かれたくないということですか?」

鞠莉「……うん」

ダイヤ「……わかりました、聞きましょう」

鞠莉「あ、あのね……その、呪いってさ」

ダイヤ「はい」

鞠莉「今回は失敗しちゃったから、対象がおかしくなっちゃって……曜やルビィが呪われることになっちゃったわけだけど……」

ダイヤ「そう、ですわね……。呪術の実行者が、曜さんだったから、それが跳ね返ってしまった、という話でしたわね」

鞠莉「うん……。……少なくとも、曜は自分でそう言ってた。……あの、それでね……その……もしその呪いが成功してたら、呪われてた対象……なんだけど」

ダイヤ「……。……なるほど、わたくしということですわね」

鞠莉「……!」

ダイヤ「なんとなく、話の流れでわかりましたわ……」


ダイヤは肩を竦める。


ダイヤ「わかりました。それを踏まえた上で、調べてみますわ」

鞠莉「え……それだけ……?」

ダイヤ「それだけとは?」

鞠莉「だ、だって……ダイヤが呪われちゃってたかもしれないんだよ……?」

ダイヤ「そうかもしれませんが……現にわたくしは、こうして無事ですし」

鞠莉「それは……そうかもしれないけど……」

ダイヤ「なんですか……わたくしを呪うような人は助けられない、とでも言って欲しかったのですか?」

鞠莉「それは……困る……」

ダイヤ「でしょう?」

鞠莉「でも……ダイヤは良いの……?」

ダイヤ「……そうですわね……」


ダイヤは少し考える素振りをしてから、答える。


ダイヤ「恨まれていたのだとしても……曜さんとわたくしは、同じAqoursの仲間だったのでしょう? なら、助ける理由としては十分ですし……それにもし、わたくしが曜さんから恨まれるようなことをしてしまったのだとしたら……それは、わたくしと曜さんの間の問題ですわ」

鞠莉「…………」

ダイヤ「曜さんが戻ってきてから……わたくしが、曜さんとの間で解決しないといけない問題ですわ」

鞠莉「ダイヤ……」

ダイヤ「……自分が誰からも恨みを買わない、出来た人間だなんて、そんなのは思い上がりです。特にわたくしは立場の問題もありますから……そういうこともあるのかなと」

鞠莉「…………ダイヤは、強すぎるよ」


わたしも、立場上、誰かに恨まれる可能性くらいは考えたことがある。それでも、ここまで毅然とした態度で言ってのけるのは並大抵の話ではない。

それでも、ダイヤは、


ダイヤ「……いえ、わたくしは弱い人間ですわ」


自分を弱いと言う。
294 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 05:18:46.65 ID:WJ3m1kFK0

ダイヤ「……ですが、そんな弱いわたくしを、強くしてくれた人が居る」

鞠莉「強く……してくれた人……?」

ダイヤ「──千歌さんですわ」

鞠莉「……!」

ダイヤ「千歌さんと一緒に……逃げない強さを知りました。ですから、わたくしは例えこれから助けようとしている人から恨まれているのだとしても、今やることは変わらないと思っています。それと……」

鞠莉「それと……?」

ダイヤ「もし、わたくしが呪われて消えることになってしまったとしても……そのときは、千歌さんが助けてくれますから。怖くありませんわ」


ダイヤは何一つ、それを疑うことのない、真っ直ぐな瞳でそう言ってのけた。ダイヤは、心の底から、千歌のことを信頼しているんだ……。


ダイヤ「それに、鞠莉さんにとって大切な人なのでしょう?」

鞠莉「! うん。……すごく、大切な人」

ダイヤ「わたくしも、大切な人を助けるときに、貴方に力を貸してもらいました。でしたら、貴方が今、大切な人を助けたいと思っているなら、手を貸すのが人の義というものでしょう」

鞠莉「ダイヤ……」

ダイヤ「ですから、貴方は余計な心配をしていないで、曜さんを助けることだけ考えていれば良い。そのあとのことは、今ある問題が解決してから考えることですわ」

鞠莉「うん……。……ありがとう、ダイヤ。…………」

ダイヤ「……まだ、何かあるのですか?」


わたしの沈黙に言外のニュアンスを感じたのか、ダイヤが更に訊ねてくる。


鞠莉「あ、いや……。……これは今言ってもしょうがないというか……あくまで主観というか」

ダイヤ「良いから言ってくださいませ。今、貴方の主観ほど、大事なものはないのですわよ?」

鞠莉「……う、うん…………あのね。こんなこと言った直後で矛盾してるのはわかってるんだけど……。……わたし、曜が誰かを呪ったりしたなんて……どうしても信じられなくて」

ダイヤ「でも、本人がそう言ったのでしょう?」

鞠莉「そうだけど……曜が、本当にそんなことするのかなって……」

ダイヤ「……。……それはわたくしには判断出来かねますが……それも含めて、今から確認してきてください」

鞠莉「……わかった」


会話がひとまず決着したところで、


千歌「果南ちゃんと、花丸ちゃんと連絡取れたよ!」


千歌が顔を出す。


千歌「……って、あれ? 二人ともどうしたの?」

ダイヤ「いえ、なんでもありませんわ。それでは、二人とも、よろしくお願いします」

鞠莉「ええ」

千歌「? まあ、いいや! 行ってくるね!」


わたしは千歌と一緒に、果南たちに会うために生徒会室を後にした。





    ✨    ✨    ✨





──さて、わたしたちは、十千万旅館前の砂浜を訪れていた。ここなら、花丸も家が近いし、果南も水上バイクを停められるから、二人と待ち合わせるには丁度いい。
295 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 05:20:14.67 ID:WJ3m1kFK0

千歌「──果南ちゃんも花丸ちゃんもそろそろ着くって」

鞠莉「うん……」


二人は千歌に呼び出してもらったし、あとは待つだけ。

ただ、わたしは酷く緊張していた。

特に果南には本当に酷い態度を取ってしまったから……謝って許してもらえるか……。


千歌「鞠莉ちゃん」


そんな、わたしの背中を千歌が、ポンと叩く。


千歌「大丈夫だよ、友達だもん。話せばわかってくれるよ」

鞠莉「千歌……。……うん」


話すためにここに来たんだもんね。怖気づいてる場合じゃない。

わたしは腹を決める。

──程なくして、海の方からエンジン音が聞こえてきた。


鞠莉「!」

千歌「果南ちゃんの水上バイクの音だ!」

鞠莉「うん……!」

千歌「果南ちゃーん!!」


千歌が大きな声をあげながら、果南に向かって手を大きく振ると──すぐに気付いたのか、果南はこっちに向かって一直線に海上を突き進んでくる。


鞠莉「…………すぅ……はぁ」


わたしは深呼吸する。落ち着いて、ちゃんと謝ろう。

それだけでいい。

近付いてくる水上バイクは、すぐに砂浜の辺りで停止し、果南が降りて、こちらに向かってくる。


果南「──や、千歌。……鞠莉も」

鞠莉「……っ」


わたしは、前に一歩出て、


鞠莉「果南……本当にごめんなさい……」


頭を下げた。


果南「鞠莉……」

鞠莉「……果南は心配してくれてたのに……わたし……ずっと、理解しようともしないで……」

果南「……いいよ」


──ふわりと、下げたままの頭を撫でられた。
296 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 05:22:21.29 ID:WJ3m1kFK0

鞠莉「果南……?」

果南「頭なんか下げなくていいよ……。鞠莉には鞠莉の事情があったんだよね?」

鞠莉「うん……っ」

果南「嫌われてないなら、それでいい。別に私も怒ってたわけじゃないからさ」

鞠莉「ありがとう……果南……っ」

千歌「ふふ……よかったね、鞠莉ちゃん」

鞠莉「うん……っ」

 「──それに顔色も随分よくなったずら」

鞠莉「!」

果南「あ、マル」

花丸「千歌ちゃん、鞠莉ちゃん、果南ちゃん。こんにちは」


気付けば、花丸も到着していた。


鞠莉「マ、マル……わたし……」

花丸「マルは鞠莉ちゃんが元気そうな姿が見られたから満足だよ。それこそ、何か言われたりしたわけじゃないし、鞠莉ちゃんが謝る必要なんてないよ」

鞠莉「! うん……っ……ありがとう……マル……」


わたしは二人から許してもらえて、心の底から安堵する。


果南「マルの言うとおり、だいぶ顔色よくなったね……安心したよ」

鞠莉「うん……ホントに、心配掛けてごめんね」

花丸「もう許したずら♪ それはそうと……千歌ちゃんから訊きたいことがあるって、言われて来たんだけど……」

果南「そうだった……訊きたいことって?」


さて……仲直りも重要だったけど、ここからが本題だ。


千歌「あ、えっとね……つい最近、果南ちゃんと花丸ちゃんが、ここで呪いの船を見たって聞いて……」

果南「船……ああ」

花丸「確かに、見たけど……」

鞠莉「それについて、もうちょっと詳しく、教えてもらえないかなって……」

花丸「詳しくって言うと?」

鞠莉「えっと……どういう呪いなのかとか」

果南「どういう、か……鞠莉には前にも説明したけど、魚に居なくなって欲しい人の身に付けていた小物とかを飲み込ませて、小さな木彫りの船に乗せて流すんだけど……」

千歌「えっと……『神池』の魚じゃないといけないんだっけ?」

果南「そうそう」


ここまでは前にも聞いていたことだ。『神池』と言われる神聖な地の魚が必要だという話だった。

ふと、疑問に思う。


鞠莉「その『神池』ってどこにあるの?」

花丸「えっと……確か、学校よりもずっと先……西伊豆の方だよね」

果南「うん、大瀬崎の方だよ」

鞠莉「大瀬崎……」


確かに大瀬崎は浦の星女学院よりも、更に半島を西に進んだ先だ。
297 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 05:25:10.98 ID:WJ3m1kFK0

果南「そこにある大瀬明神にある池のことだよ。海から20mくらいしか離れてないのに、淡水池で、鯉とか鮒がものすごい数いるんだよ。それだけ海が近いのに淡水の池として存在してるのは昔から不思議がられてて、伊豆七不思議の一つとしても有名なんだ」

鞠莉「果南……詳しいわね」

果南「あの辺は、ダイバーにとっては聖地だからね。わたしもあの辺りに潜りに行った際はお参りに行ったりするよ」

千歌「へー、そこまでは知らなかったや」

花丸「ただ、あの呪いに関しては完全に不発だったからね。今回に関してはそもそも『神池』は関係ないずら」

鞠莉「それに関してなんだけど……」

花丸「ずら?」

鞠莉「あの呪い……手順を間違えたせいで、変な形で呪いが発動しちゃったりは……」

花丸「ありえないずら」

鞠莉「え……?」


花丸に速攻で否定されて、ポカンとしてしまう。


花丸「御祓いはちゃんとやったずら。あのあとで、じいちゃんにも確認したし」

鞠莉「で、でも……そういう儀式ってデリケートなものなんじゃ……」

花丸「デリケートだからこそ、御祓いをして清めるんだよ。そういうことで、災厄が関係のないところに降りかからないようにするために」

千歌「えっと、それじゃ、呪いは完全に御祓いしちゃったってこと?」

花丸「うん。それが出来てないなら、わざわざ御祓いをした意味がないずら」

鞠莉「……そ、そうだよね」

果南「まあ、それに……あれはどうやっても成立しないだろうし」

鞠莉「……? どういうこと……?」

果南「あの呪いってさ、『神池』の神聖な魚を採った人に罰を与えるために神様が浚っちゃうっていうやつなんだけど……」

千歌「そのときに、神様が飲み込まれてる小物を見て、それの持ち主が犯人だと勘違いしちゃうんだっけ……?」

果南「そう。だけど、今回に関しては、神様が魚が飲み込んでる小物を確認出来ないんだよ」

鞠莉「確認……出来ない……? なんで……?」

果南「だって、今回見つけた船に乗ってたのは鯖だったんだからさ」

鞠莉「……?」


確かにそう言っていた気がする。


千歌「鯖だったら、ダメなの?」

果南「うん。だって……あそこの神様──天狗様は、そもそも鯖が苦手だし」


果南はあっけらかんと言うのだった。





    ✨    ✨    ✨





ダイヤ「──つまり、振り出しに戻ってしまったというわけですか……」


果南たちの話を聞いたことを、そのまま伝えるとダイヤは困ったように肩を竦めた。
298 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 05:28:42.73 ID:WJ3m1kFK0

鞠莉「ごめん……」

ダイヤ「まあ、良いではないですか。曜さんは貴方が信じたとおりの方だったということですわ。今回の船の呪いも例に漏れず、どこぞの誰かが悪戯で行っただけのものだったということです」

鞠莉「うん……」


確かにそういう意味では悪くなかったけど……。とはいえ、これが呪いでないなら、何が原因だというんだろうか。


ダイヤ「どちらにしろ、得られた情報もありますわ。なるほど、天狗ですか」

千歌「んー、でも結局呪いじゃないんだったら、天狗のことも関係ないんじゃない?」

ダイヤ「いえ、そうでもありませんわ。先ほど調べてわかったことなのですが、人が忽然と姿を消す現象──即ち『神隠し』は日本では『天狗隠し』と言われることがあるそうですわ」

千歌「そうなの?」

ダイヤ「ええ。それに、天狗は強風を司る神霊や妖怪の類ですから、ルビィが夢に見た、吹き荒ぶ木の葉というのも天狗のイメージと合致していますし。起こっていることと、天狗の相関性は十分にあります」

鞠莉「呪いとは関係がないんだとしても……天狗とは関係があるかもしれない」

ダイヤ「そういうことですわ」

鞠莉「でも……呪いじゃないんだとしたら、なんで曜は自分のことを呪われてるなんて言ったのかしら……」

ダイヤ「それについてなのですが……曜さんはもしかしたら、もともと自分が呪われていると、思って居なかったのではないでしょうか」

鞠莉「……? どういうこと?」

ダイヤ「考えてもみてください、もし本人が呪いを行っていたんだとしたら、ルビィを取り戻す際に、呪詛が術者本人に返って来ると聞いた時点で、大なり小なり対策をすると思いませんか?」

鞠莉「……確かに。……そのままじゃ、確実に自分に呪いが返って来るってわかってるわけだものね」


聖良にその話をされたときも、曜は特に変わりなかったし、ルビィを助けたあとも、特別に何か対策をしているような素振りはなかった。

つまり……。


鞠莉「曜は……消える直前になるまで、自分が人を呪ったことに気付いてなかった……? そんなことがあるの……?」


いや、結論だけ言うと、曜が人を呪ったってこと自体は違ったんだけど……。


ダイヤ「……そうですわね。それが最大の疑問ですわ」


ダイヤも一緒に首を捻る。……が、


千歌「あーでも、ちょっとわかる気がする」


悩むわたしたちの疑問に割って入ったのは、千歌だった。


ダイヤ「わかる……とは?」

千歌「ほら、例えばさ、学校の帰りに、石とか蹴ってるときに、たまたま蹴っていた石がすっぽ抜けて、お地蔵様にぶつかっちゃったりしたとするじゃん?」

ダイヤ「……貴方、そんな罰当たりなことをしていたのですか?」

千歌「た、例え話だって……! えっと、そのときはびっくりして、大丈夫かなとか思うけど、まあ結局気にせずやり過ごしちゃうとするじゃん」

鞠莉「Hm...?」

千歌「でも、その後、何日か経って、高熱が出たりしたら……『ああ、あのときお地蔵様を怒らせちゃったんだ』って思わない?」

ダイヤ「千歌さんと違って、わたくしにはそのような経験がないのですが……」

千歌「だから、例え話だって!」

ダイヤ「詰まるところ……後ろめたさを感じはするものの、これくらいなら大丈夫……と思っていたのに、後になって自分に災厄が降りかかってきたとき、思い返せばあれが原因だったのか、と思い込むという話ですわよね」

千歌「そんな感じ」

鞠莉「じゃあ、曜は……」

ダイヤ「誰かを呪い掛けようとした。けれど、最後まで実行は出来なかった。ですが、自分の存在が消えかけて……実行しかけたことだけで十分呪いが発動してしまったと、勘違いしてしまった……ということでしょうか」
299 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 05:30:21.67 ID:WJ3m1kFK0

今ある情報から予測をするなら、それが一番しっくりくる。

ただ、仮にそれがそうなんだとしても……。


鞠莉「──曜が消えちゃった理由は……結局、何……?」


それがわからないとどうしようもない。


ダイヤ「そうですわね……。……ですが、何のきっかけも、理由もなく、こんなことが発生するとは思えません」

鞠莉「……きっかけ」

ダイヤ「鞠莉さん、何か思い当たる節はありませんか? ……曜さんのことはもう貴方しか覚えていません。ですから、もしきっかけを見つけられるとするなら、貴方の曜さんとの記憶から手掛かりを見つけるしかありませんわ……」

鞠莉「…………」


頭を捻る。きっかけ……きっかけ、何か……。


千歌「きっかけって、例えばどういうの?」

ダイヤ「そうですわね……それこそ、千歌さんのように、お地蔵様に悪戯をしてしまったとか」

千歌「いや、だからしてないからね?」


曜がそんなことをするとは、あまり思えない。


千歌「あとは……神頼みとか?」

ダイヤ「人が消えるようにお願いをしてしまった……ということですか?」

千歌「わかんないけど……人の手に負えないことなら、そういう感じなのかなって」

ダイヤ「ふむ……。ですが、そのような願いを聞き入れてくれる神がいるのだとしたら、世の中はもっと人が居なくなってそうですわね」

千歌「すごい、切実だったとか?」

ダイヤ「それは願いが叶う場合ですわ。今回は逆ですので」

千歌「あ、それもそっか……」


頭を捻っても、正解にたどり着ける気がしない。だけど……ただ、こうして時間を無駄に費やすわけにもいかない。

わたしは椅子から立ち上がる。


ダイヤ「鞠莉さん……?」

鞠莉「ちょっと……曜と過ごした場所に行ってみる……何かあるかもしれないから」

ダイヤ「そうですか。それが良いと思いますわ……お願いします」


少しでも、ヒントを探さないといけない。

わたしは一人……あの日以来、足を踏み入れていなかった、あの場所に行くことにした。





    ✨    ✨    ✨





鞠莉「…………」
300 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 05:31:57.70 ID:WJ3m1kFK0

高いソレを見上げる。

ここ海の街、沼津に聳える、大きな水門──『びゅうお』。

あの日、曜と最後の言葉を交わした後、わたしはどうしてもこの場所からは足が遠のいてしまっていた。

でも、ここには曜との思い出が一番たくさんある。

曜を辿るなら、ここだと思った。


鞠莉「よし……」


扉を押し開け、受付に入る。


鞠莉「……こんにちは」

受付人「お嬢ちゃん、久しぶりだね」

鞠莉「お久しぶりです。大人一人お願いします」

受付人「100円だよ」

鞠莉「はい」


いつものおじさんに100円を払い、入場する。

長い長いエレベータを昇り──展望室に出ると……今日も海が真っ赤に燃えていた。

そのまま、中央通路に向かうと──


鞠莉「え……」


グレー味のかかった髪をした、見覚えのある姿が、目に飛び込んできた。


鞠莉「曜……?」

 「ん……?」


名前を呼ぶと、彼女がこっちに顔を向ける。


 「あら、貴方……」

鞠莉「……あ」


声を聞いて、曜じゃないことに気付く。同時に、曜と間違えた理由もわかった。


曜ママ「鞠莉ちゃん?」


そこに居たのは、曜のお母さんだった。





    ✨    ✨    ✨


301 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 05:33:58.43 ID:WJ3m1kFK0


鞠莉「……ここ、よく来られるんですか?」

曜ママ「そうね……昔はよく来てたかな」

鞠莉「昔……?」

曜ママ「船を見に、よく来ていたんだけど……」

鞠莉「船……」

曜ママ「いつも、旦那さんの乗っているフェリーを待っていたわ。ここじゃ、フェリーは見えないのに」

鞠莉「…………」

曜ママ「いつくるかな? いつくるかな? って……。そう、私に何度も訊いてきて……。でも……」

鞠莉「でも……?」

曜ママ「そんな風に訊ねてきたあの子が……誰だったのかが、思い出せない……」

鞠莉「…………」


──それは、きっと、幼い日の曜との記憶だ。薄ぼんやりとエピソードとしてだけ、曜のお母さんの記憶に存在しているのかもしれない。


曜ママ「もう……何年も前のことだから……その子も、もう大きくなったんだろうな……」

鞠莉「…………っ……」


なんだか、すごくやるせない気持ちになった。

わたしは、曜を連れて帰ると言ったのに、結局、曜のお母さんの下に曜を連れて帰ることはできなかった。

目の前で、消えるのを、ただ泣きながら見ていることしか……出来なかった。


鞠莉「……じゃあ、どうして今日はここに?」

曜ママ「ん……そうだなぁ。……あの子が、ここにいる気がしたから、かな」

鞠莉「……そう……ですか」

曜ママ「鞠莉ちゃんは?」

鞠莉「え?」

曜ママ「鞠莉ちゃんは、どうしてここに来たの?」

鞠莉「わたしは……」


わたしは……。


鞠莉「……わたしも、その子に会える気がしたから」

曜ママ「ふふ……鞠莉ちゃん、面白いこと言うのね」


曜のお母さんはくすくす笑う。


曜ママ「その子……今はどんな子になってるかな……。……きっと、鞠莉ちゃんと同じくらいだと思うんだけど。あ、もしかして同じ学校だったりするのかしら?」

鞠莉「…………実はそうなんです」

曜ママ「ホントに? よくお話するの?」

鞠莉「はい……いっぱい、いっぱい、いろんなことを話しました」

曜ママ「どんな話?」


わたしは、問われて、曜と話したことを思い出す。
302 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 05:37:21.57 ID:WJ3m1kFK0

鞠莉「部活の話……スポーツの話……好きなモノの話……それと──恋の話を、しました……」

曜ママ「まあ♪ 青春ね」

鞠莉「でも……あの子の恋は届かない恋で……」

曜ママ「……そうなんだ」

鞠莉「辛そうで、悲しそうで、寂しそうで……わたし、放っておけなくて……」

曜ママ「……うん」

鞠莉「わたし……本当は、なんて言ってあげれば、よかったんだろう……」


なんて言えば……こんなことにならなかったんだろう。


曜ママ「……今その子がどんな子になってるのかは、わからないけど……もし、私が鞠莉ちゃんの立場だったら……」

鞠莉「だったら……?」

曜ママ「……告白を勧めたかな」

鞠莉「……望みゼロでもですか……?」

曜ママ「うん、無理矢理にでも、告白させたと思う」

鞠莉「どうして……」

曜ママ「だって、そうじゃないと、終われないから」

鞠莉「終われ……ない……?」

曜ママ「届かなかった想いは……その先、消えることなんてないから」

鞠莉「そ、そんなこと……。……失恋の傷は、時間と共に癒えるって言うじゃないですか……っ」

曜ママ「そうね……時間と共に癒える。だけど、消えてなくなったりしない」

鞠莉「……」

曜ママ「傷が癒えて、苦しくなくなってから……ああ、ちゃんと伝えておけばよかったって思うの。ずーっと、思うのよ」

鞠莉「…………」

曜ママ「私もそうだった、いっぱい恋して、いっぱい失恋して、たまに成功して、付き合って、別れて、付き合って、別れて……その先で今の旦那さんに出会った。だけどね──ちゃんと、想いを伝えられずに終わっちゃった恋は……今でも後悔してるかな」

鞠莉「…………!」

曜ママ「だから、私だったら、何がなんでも、届かなくても、叶わなくても、自分の気持ちを真っ直ぐに伝えた方がいいよって背中を押すかな。そうじゃないと……ずっと、残っちゃうから」


わたしは……。


曜ママ「……って、おばちゃんの恋愛感なんて聞いても面白くないわよね、ごめんなさい」

鞠莉「…………わたし……っ……」

曜ママ「鞠莉ちゃん?」

鞠莉「…………ごめん、なさい……っ……」

曜ママ「え、鞠莉ちゃん!?」


気付いたら、泣いていた。

わたしは……間違えていたんだ。

わたしが傍に居れば、癒えると思ってた。

曜の、千歌への想いが、消えると思ってた。

違った……違ったんだ……。


鞠莉「……わたし……っ……ずっと、曜が……叶わない恋に向き合わない方向にばっかり……引っ張ってた……っ」

曜ママ「……」

鞠莉「……ホントは、わたしが……っ……曜に頑張る、勇気を……あげなくちゃ……いけなかったのに……っ……」
303 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 05:39:18.42 ID:WJ3m1kFK0

逃げて良いって、甘やかして。

決着をつけさせないで、目を逸らさせて。

曜から……曜自身が、自分の恋に立ち向かう勇気を──奪ってたんだ。


鞠莉「……もっと、早く……もっと、早く、立ち向かう勇気を……曜に教えてあげられたら……っ……」


きっと、曜は、消えることなんてなかった。

誰も恨まず、誰も呪わず……もっと、笑えたんじゃないだろうか。


曜ママ「鞠莉ちゃんは……その、曜ちゃんって子が、大事だったのね」

鞠莉「……っ」


両手で顔を覆って、溢れ出てくる涙を隠しながら……コクリと小さく頷く。


曜ママ「そっか……曜ちゃんは、泣くほど大切に思ってくれる人が居てくれて……幸せな子だね」

鞠莉「幸せなんかじゃ……っ……わたしは……曜を……間違わせた……っ……」

曜ママ「……鞠莉ちゃん……ごめんね。私、鞠莉ちゃんの気持ち考えないで、無責任なこと言っちゃったね……」


曜のお母さんはわたしの頭を優しく撫でながら、そう言う。


鞠莉「…………っ」

曜ママ「確かに告白させてあげた方がすっきりは出来たかもしれない……今の結果にはならなかったのかもしれないけど……。……でも、それでも、鞠莉ちゃんが曜ちゃんを大切に想って、選んだ道なら、それでいいんだよ?」

鞠莉「……でも……曜は……っ」

曜ママ「……曜ちゃんに、鞠莉ちゃんの気持ちは伝わらなかった?」

鞠莉「……」

曜ママ「鞠莉ちゃんが……曜ちゃんをすごく大切に想ってる気持ちは……伝わらなかった?」

鞠莉「……伝わり……ました……」

曜ママ「そのとき……曜ちゃんはなんて言ってた?」

鞠莉「…………ありがとう……って」

曜ママ「じゃあ、そうなのよ」

鞠莉「…………」

曜ママ「鞠莉ちゃんが傍に居てくれて……曜ちゃんは嬉しかったのよ」

鞠莉「…………わたしは……っ」

曜ママ「ん」

鞠莉「…………わたしは……これから、どうすれば……いいですか……っ」


間違ってしまったわたしは、どうすればいいのか。曜を失う結果を選んでしまったわたしは……どうすればいいのか……。答えなんて、曜のお母さんに訊いても、返って来るはずないのに。

でも、


曜ママ「そんなの簡単よ」

鞠莉「え……?」


曜のお母さんは自身満々に、


曜ママ「次は、間違わないようにすればいい。もっと良くなるように、一緒に考えてあげればいいの。何度でも一緒に考えてあげれば、それだけでいいの」


そう答えた。
304 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 05:41:36.27 ID:WJ3m1kFK0

曜ママ「鞠莉ちゃんも、まだ子供なんだから……全部上手くできるわけじゃない。うぅん、大人にだって、全部上手くなんかできない。失敗してもいいの。だからね、もし大切な人が転んじゃったら……すぐ隣で、また手を取ってあげて? そうしたら、きっとまた笑ってくれるから」

鞠莉「…………っ……はい……っ」


曜のお母さんは、わたしが泣き止むまで、優しく頭を撫で続けてくれたのだった。





    ✨    ✨    ✨





鞠莉「船……通りませんね」

曜ママ「もうこの時間になっちゃうとね……」


わたしが落ち着いた頃には、夕日は沈み、夜の時間になっていた。


曜ママ「鞠莉ちゃんは、船は好き?」

鞠莉「……好きかな」

曜ママ「そっか。……じゃあ、私の家に来る?」

鞠莉「え?」

曜ママ「実はね、いっぱい船があるのよ?」

鞠莉「……模型じゃないですか?」

曜ママ「む……ばれちゃったか。旦那さんが好きでね……たくさん船の模型があるの」


──知ってる。曜が教えてくれたから。


曜ママ「そのなかにはね、木で出来た、立派なお船もあるのよ?」


──それも知ってる。曜が教えてくれた。曜の守り神……。


鞠莉「守り……神……?」


なに……? わたしの中で何かが引っかかった。


曜ママ「まあ♪ すごい、よくわかったわね……! そうなの、そのお船は守り神なんだって♪」

鞠莉「え……?」

曜ママ「実はね、大瀬崎のある大瀬明神に奉納する予定だったの。……ただ、あまりに出来がよかったのか……奉納したくないって……あれ、あの人がそう言ったんだっけ……?」

鞠莉「大瀬明神……?」

曜ママ「そうなの。あそこの神社は海上の安全祈願をする神社だから……。旦那さんの船の旅が安全でありますようにって……」

鞠莉「……神……様……。……曜の……神様……」


──『何のきっかけも、理由もなく、こんなことが発生するとは思えません』

──『神頼みとか?』


神に頼んだ。曜が。


──『……今ではパパが乗ってるフェリーも代替わりしちゃったから、晴れてこの木造フェリーは私を守るためだけに、渡辺家にあるって感じかな』

──『ふふ、曜の守り神様なのね?』
305 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 05:43:30.38 ID:WJ3m1kFK0

一番近くに居る神様に……心から願ったんだ……じゃあ、一体……何を……?

いや……わたしは、曜の、願いを……聞いたはずだ。

あの日、この場所で、初めて曜が、泣きながら話してくれた、あのときに──


──『千歌ちゃんが……っ……幸せなら……っ……私も、祝福してあげないとって……想うのに……っ……全然、そう想ってあげられてなくて……っ……』

──『……千歌ちゃんが、ダイヤさんと一緒に、居るところ、見てると……っ……胸が苦しくて……っ……ダイヤさんが、千歌ちゃんに話しかけてるの見ると……すごく、嫌な気持ちに……な、って……っ……!』

──『早く居なくなって欲しい……って……っ……どっか行ってって……想っちゃって……っ……! そんな自分も……嫌で……っ……』


鞠莉「……あれが……曜の、願い、だったんだ……」


────『──消えて、なくなりたい……って……っ……』────


呪いなんかじゃない──神様が……曜の願いを、叶えただけだったんだ……。





    ✨    ✨    ✨





──深夜。


千歌「うわ……真っ暗」

ダイヤ「千歌さんはここで運転手さんと待っていてください」

千歌「うん……二人とも、気をつけてね」

鞠莉「ありがと。それじゃ、千歌のことお願いね」

運転手「はい、お嬢様もお気をつけて」

鞠莉「Thanks. ダイヤ、行きましょう」

ダイヤ「はい」


わたしたちは駐車場から、海岸沿いを歩き出す。

真っ直ぐ目的地に向かって歩く中、右手側には海が広がっていて、寄せては返す波の音が、静かな夜の大瀬崎に響いていた。

──そう、ここは大瀬崎。

わたしたちは、大瀬明神を目指していた。


鞠莉「ここに……曜がいるのね」

ダイヤ「ええ。恐らくは……」

鞠莉「曜……待っててね」


わたしたちは神社に向けて、歩を進める。





    ✨    ✨    ✨


306 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 05:46:31.63 ID:WJ3m1kFK0


ダイヤ「天狗隠し──天狗浚いとも言います。神隠しの中でも天狗が原因とされるものを、こう呼称するそうですわ。天狗が子供を浚い、数ヶ月から数年ほど経ったある日、突然消えたはずの子供が戻ってきて、天狗から教わった知識や術、経験の話をすることから、天狗が原因だと判明するそうです」

鞠莉「じゃあ、曜もそのうち帰されるのかしら……」

ダイヤ「どうでしょうか……。天狗そのものというより、今回の場合は天狗隠しの性質を持った神隠しというだけなので、本当に怪異であるところの天狗とお目にかかれるのかは微妙なところですわね。……それよりも、もう一つ、天狗には神隠しに関係のある逸話があって、こちらの方が今回のケースに近いかもしれません」

鞠莉「逸話……?」

ダイヤ「隠れ蓑笠というものをご存知ですか?」

鞠莉「うぅん、知らないわ」

ダイヤ「隠れ蓑笠は天狗が身に纏っている蓑笠で、これを纏うと姿が見えなくなるそうです。そして、この蓑笠は燃やして灰にしても、効果があるそうで、灰を身体に掛けるだけで姿が見えなくなるそうですわ」

鞠莉「姿が見えなくなる……」

ダイヤ「今の曜さんはこの灰を全身に被っているような状態なのかもしれませんわね」

鞠莉「……蓑笠相手でも、用意してきた対策は効くの……?」

ダイヤ「恐らくは大丈夫だと思います。あくまで性質は天狗に付随しているものだと思うので。というか、今回重要なのは天狗隠しの方ですし、持ってきた対策はあくまで天狗隠しへの対策ですから」


──二人で話しながら歩くこと数分。程なくして、鳥居が見えてくる。

ダイヤと一緒に鳥居、そして道の両脇に立っている灯篭の間を抜けると、


鞠莉「ん……」


暗がりで見え辛いが、横に扇のような形をした、石造らしきものがあった。


鞠莉「うちわ……?」

ダイヤ「これは……天狗がよく手に持っている団扇ですわね。確か強風を巻き起こすことが出来る団扇だったと思います」

鞠莉「……噂通り、ホントに天狗の神社なんだ……」

ダイヤ「そのようですわね……。ここまで来て、天狗が関係ないと言われても困るのですが……」


二人で鳥居の先に続く道を進んでいく。


ダイヤ「暗いので、気をつけてくださいませね……」

鞠莉「ダイヤもね……」


街頭なんてあるはずがないので、本当に真っ暗な林の間を抜けていく。

しばらく、歩くと──


鞠莉「……! 池……」


大きな池が見えてきた。


鞠莉「ここが……『神池』なのね」

ダイヤ「こんな岬の先の先なのに……」

鞠莉「うん……」

ダイヤ「鞠莉さん……耳を澄ませてみてください……」

鞠莉「?」


言われたとおり、耳を澄ませてみると──静かな真夜中の林の向こうから……微かに音が聴こえて来る。


鞠莉「……波の音」

ダイヤ「波の音を聴きながら、見ているのが池だなんて……不思議な光景ですわ……。……『神池』と言われて神聖視されるのも納得ですわね……」

鞠莉「そうだネ……」
307 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 05:48:25.47 ID:WJ3m1kFK0

二人で池の畔に立つと──


鞠莉「……?」


池の中で何かが動いていた。

そして、それらが顔を出す。


鞠莉「……鯉?」


それも一匹ではない、二匹、三匹……いや十数匹が寄ってきて、口をパクパクとしている。


鞠莉「Oh...餌をねだってるのかしら……?」

ダイヤ「人の気配に気付いて、寄ってきたのかしら……。人が餌をくれることを知っているのかもしれませんわね……」

鞠莉「夜なのに、元気ね……。……でも、ごめんね。今日は餌はないの。また今度あげるからね」

ダイヤ「……行きましょうか」

鞠莉「ええ」


池を通り過ぎて、社殿を探す。

暗くて、道がわかり辛いけど……しばらく二人で歩いているうちに、狛犬と鳥居のある場所に出る。

そして、鳥居の根元の部分に、大きな下駄の置物がある。


ダイヤ「一枚刃の下駄……」

鞠莉「天狗の下駄……ってことかしらね」

ダイヤ「ですわね」


恐らく、この先に……この神社の神霊──天狗を祀っている、社殿がある。


ダイヤ「鞠莉さん……心の準備はよろしいですか?」

鞠莉「……大丈夫。行きましょう」


わたしはダイヤと一緒に、社殿に続く石段を登っていく──





    ✨    ✨    ✨





一番上の社殿には思いの外、すぐに辿り着いた。

社殿を見上げると──


ダイヤ「……これは……すごいですわ」


本殿の屋根のすぐ下に、豪華な木の彫刻が堂々とその存在感を放っていた。

やはり暗がりで見え辛いが、目を凝らして見てみると、それが何かわかる。


鞠莉「天狗……」


見事な天狗の彫刻だった。


鞠莉「……すぅ……──ふぅ……」
308 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 05:52:26.24 ID:WJ3m1kFK0

深呼吸する。


鞠莉「ダイヤ……下がって」

ダイヤ「……はい」


これから、この天狗たちのすぐ傍で──曜を返してもらう。


鞠莉「……神様……ごめんなさい。あなたに悪気がないのはわかってます……でも……とても、大切な人だから──曜を……曜を返してください……」


ゆっくりと息を吸って──唱える。


鞠莉「──鯖食った、鯖食った。……鯖食った曜──」


ダイヤに教えてもらった、文言を──



──────
────
──



ダイヤ「天狗隠しで行方不明になった人を呼び戻す文言があるそうです」

鞠莉「モンゴン?」

ダイヤ「ええ。その文言を唱えたら、山で天狗隠しに遭った人が戻ってきたという話があるそうです」

鞠莉「なんて、文言なの?」

ダイヤ「『鯖食った』と言うそうですわ。天狗が鯖を苦手としていることが起因していると考えられているそうです。その文言の後ろに、居なくなってしまった人の名前を付けて呼ぶと、行方不明になった人が戻ってくるそうですわ」

鞠莉「……そんな簡単なの?」

ダイヤ「ええ……ですが、これはあくまで戻ってくるだけですわ。鞠莉さんの言うとおり、曜さん自身が消えることを望んでしまったのだとしたら……今度は、曜さん自身が消えないことを望まないと、解決はしません」

鞠莉「……うん。わかった」


──
────
──────



鞠莉「鯖食った曜。鯖食った曜」


──曜、お願い……。戻ってきて。

祈りながら、唱え続けると──ビュゥゥと強い風が吹く。


鞠莉「……っ!」


その風に舞うように、大量の木の葉が目の前を踊る。

そして、気付けば──


曜「──…………あ……れ……?」

鞠莉「……っ……!! 曜……っ……!!」


曜が姿を現していた。





    *    *    *


309 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 05:54:17.97 ID:WJ3m1kFK0


──誰かに呼ばれた気がした。

そう思って、目を開けたら──


曜「……鞠莉、ちゃん……?」

鞠莉「……曜……っ!! 曜……っ……逢いたかったよ……っ……」


鞠莉ちゃんに抱きしめられていた。


曜「……あれ、私……なんで……消えたんじゃ……」

鞠莉「わたしが……呼んだの……戻ってきてって……っ」

曜「鞠莉ちゃん……」

鞠莉「……もう……消えたりしたら……許さないんだから……」

曜「……あはは、また鞠莉ちゃんに見つけられちゃったんだ……私」

鞠莉「当たり前よ……わたし、曜を見つける名人なんだから……」

曜「うん……ありがとう」


鞠莉ちゃんを抱き返す。

しばらく、二人で抱き合ってから──


鞠莉「……曜、聞いて欲しいことがあるの」


鞠莉ちゃんは私の顔を真っ直ぐ見つめて、言う。


曜「何かな……?」

鞠莉「……あのね。わたし、間違ってた」

曜「間違ってた……?」

鞠莉「曜が苦しいなら、目を逸らせば良いって思ってた……だけど、そうじゃなかった……。……それじゃ、曜はいつまで経っても、悲しい現実を、乗り越えられないんだって、やっと気付いた……」

曜「……」

鞠莉「わたしは……悲しい現実と戦えるように。向き合えるように。勇気を持てるように。曜の背中を押してあげなくちゃいけなかった」

曜「鞠莉ちゃん……」

鞠莉「……曜。きっと、悲しいこと、辛いこと……いっぱいあるけどさ……逃げないで、立ち向かおう……。……わたしが傍に居るから……一緒に……前に進もう……?」

曜「鞠莉ちゃん……うん」


私は鞠莉ちゃんの言葉に静かに頷いた。

そして──


曜「……ダイヤさん」


鞠莉ちゃんの後ろで待っていた──ダイヤさんに声を掛けた。


ダイヤ「……曜さん」


きっとこの場にダイヤさんが居るということは、そういうことだろう。


曜「……私、ダイヤさんに……言わなくちゃいけないことがあります」

鞠莉「…………」
310 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 05:56:20.99 ID:WJ3m1kFK0

鞠莉ちゃんが、私の手を静かに握るけど。

私は逆の手、その指をゆっくりとほどく。


鞠莉「曜……?」

曜「傍で……見てて。……私、ちゃんと向き合ってくるから」

鞠莉「! ……うん」


一歩前に出て、ダイヤさんと向き合う。


曜「ダイヤさんにね、謝らないといけないことがあるんだ」

ダイヤ「……呪いのこと、ですか? 安心してください、曜さんはわたくしのことは呪っては──」

曜「うぅん、違う。そうじゃなくてね……」


私は上着のポケットから、ソレを取り出した。


ダイヤ「……それは……」


──真っ白な髪飾り。


曜「ダイヤさんの……ヘアピン……。……取ったの、私だったんだ」



──────
────
──


部活終わりの着替えの最中。


曜「あれ……これ」


私はたまたま、落ちてたヘアピンを見つけて、拾ったんだ。

すぐに返そうと思ったんだけど──


ダイヤ「…………」

千歌「ダイヤさん? どうかしたの?」

ダイヤ「髪留めが……どこかに行ってしまって……」

千歌「ありゃりゃ? 着替えてる間に取れちゃったのかな……? 一緒に探そうか?」

ダイヤ「いえ……もう粗方探したので……大丈夫ですわ。そろそろ新しいものを買おうと思っていたので」


あ、ヘアピンならここに──


千歌「あ、ならさっ!」

ダイヤ「?」

千歌「私が新しいの選んであげる!」

ダイヤ「本当ですか?」

千歌「うんっ! とびっきりダイヤさんに似合うの、選んであげるからっ!」

ダイヤ「ふふっ。それでは、せっかくですから、わたくしも千歌さんの髪留めを選んで差し上げますわ。モノを失くしたはずなのに、逆に楽しみが出来てしまいましたわね」

千歌「うん! じゃあ、今度のお休み一緒に買いに行こうね!」


…………。

私は、髪留めを自分の制服のポケットに──ねじ込んだ。
311 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 05:58:01.70 ID:WJ3m1kFK0

──
────
──────



曜「返す機会……なくなっちゃって……」

ダイヤ「そう……だったのですか……。でも、気を遣ってくれたのでしょう? 気に病むことでは……」

曜「違うんだ」

ダイヤ「……え?」

曜「……私、ダイヤさんのヘアピンを持ち帰ったとき、思い出しちゃったんだ……。あの呪いを……」

ダイヤ「…………」

曜「船の……呪いを……」


私は、幼い頃、聞かされた、恐ろしい呪いのことを──思い出してしまった。

木で出来た船の上に、消えて欲しい人の身に付けていた小物を飲み込ませた『神池』の魚を乗せて、流す。そんな呪いのことを。


曜「嫉妬するたびに……苦しくなるたびに……私は……ダイヤさんを、呪いそうになった……」

ダイヤ「嫉妬……? ……曜さん、もしかして……貴方……」

曜「──私の大好きな、千歌ちゃんを……取っちゃった……ダイヤさんのことを……っ……」

ダイヤ「…………そういうこと……だったのですわね……」


ダイヤさんは私の言葉を聞いて、やっと理由がわかったとでも言わんばかりのいろんな感情の篭もった表情をした。


曜「何度も、何度も……嫉妬するたびに……消えて欲しいって……心のどこかで、思っちゃってた……。その度に、ああなんて私は醜いんだろうって……何度も、何度も……思って……」

ダイヤ「曜さん……」

曜「それでも、我慢してた。我慢できてるつもりだった……。でも、あの日──千歌ちゃんと、ダイヤさんが……キスしてるのを見ちゃった日。……私はしまってたはずの、ヘアピンを……気付いたら握り締めてた」


醜い嫉妬の感情で頭がいっぱいになって。


曜「呪われて、消えて、居なくなって、もうどこか行ってって……ヘアピンを握り締めて……ダイヤさんを消そうとした」

ダイヤ「…………」

曜「…………私、あのとき、本気だったと思う」

ダイヤ「……では、何故」

曜「…………」

ダイヤ「何故……呪いを実行しなかったのですか……?」

曜「──千歌ちゃんが……。ダイヤさんが居なくなったら……千歌ちゃんが……悲しむと思ったから……っ」

ダイヤ「…………」

曜「千歌ちゃんが、泣いてる姿を想像したら……出来なかった。……出来るわけ……なかった……っ」

ダイヤ「曜さん……」

曜「……ごめん、ダイヤさん……。……こんなやつ……こんなこと思うような私、消えて当然なんだ……っ……」


ぎゅっと、拳を握り締める。

私は、本当に罪深いことをしようとしたんだ。人から軽蔑されて、当然なことを。


ダイヤ「……曜さん」

曜「…………軽蔑したよね。仲間を、こんな風に思うやつのことなんか……」
312 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 06:00:33.82 ID:WJ3m1kFK0

当たり前だ。私はそれだけのことをしたんだ。

だけど、


ダイヤ「軽蔑なんて、していませんわ」


ダイヤさんは、そう言葉を返す。


曜「え……?」

ダイヤ「確かに……消えて欲しいなどと思われるのは、悲しいですが……仕方がないと思います。わたくしが、貴方の大切な人を……取ってしまったのですから」

曜「…………」

ダイヤ「もちろん、頼まれても、千歌さんの手は絶対に離しません。譲るつもりもありません。ですが……もし、逆の立場だったら……わたくしは、きっと貴方を恨んでいました」

曜「え……」

ダイヤ「……恨み、妬み、嫉み、もしかしたら、呪っていたかもしれません」

曜「……ダイヤさん……が……?」

ダイヤ「わたくしだって、同じ人間ですのよ? 誰かを羨んだり、許せないと思うこともありますわ。……ましてや、千歌さんを取られたら、尚更。だって、わかるでしょう……?」

曜「え……?」

ダイヤ「──千歌さんに出会ってしまったら……あの人以外、ありえないって、思ってしまいますもの」

曜「…………そうだね……。……そうなんだよね……」


ああ、よくわかってるなぁ……。そりゃそうだよ。この人は、千歌ちゃんの恋人だもん。


ダイヤ「……人は嫉妬します。自分が欲しがっても手に入らないのに、誰かがそれを持っていたり……自分の想い人が、他の誰かと恋仲になってしまったら……心のどこかで恨んでしまうこともあります。あって、当然ですわ。それでも…………曜さんは、わたくしを呪わなかったのでしょう? 心の中で思っていたことに対して、誰がそれを悪く言えますか? それは……人が持っていて、当たり前の感情ですわ」

曜「でも……っ」

ダイヤ「ですから、いいのです。わたくしが許せないなら、許さなくて。……ですが、それでもわたくしは千歌さんの隣に居続けます。居続けて──きっといつか、曜さんにも認めてもらえるくらい、千歌さんに相応しい人になって見せますから」

曜「…………そっか……っ」


最初から、ぶつかってもよかったのかもしれない。

ぶつかられても、この人は……ブレたりなんかしなかったんだ。

恨まれようが、妬まれようが、嫌われようが──呪われようが。

この人は、胸を張って、千歌ちゃんの隣に居ることを選び続けたんだ。

それがわかって、


曜「──…………もう、十分、相応しいよ……っ」


やっと、私は、そう思えた。


曜「ダイヤさん……っ」

ダイヤ「はい」

曜「千歌ちゃんのこと……泣かせたら……許さないからね……っ……?」

ダイヤ「……肝に銘じておきますわ」

曜「……っ……ぐす……っ………………はぁーぁ……」


思わず大きな溜め息が漏れた。


曜「…………ダイヤさんが、もっと嫌なやつだったら良かったのに……」

ダイヤ「……それでも、千歌さんは渡しませんけれど?」

曜「……かもね。ダイヤさん、頑固だから」
313 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 06:02:15.69 ID:WJ3m1kFK0

私は、やっと肩の力が抜けた気がした。


曜「……なんか……すっきりした」

鞠莉「曜……」

曜「鞠莉ちゃん……もう、私、大丈夫だよ」


そう言って、鞠莉ちゃんに笑いかけようとした、そのとき──


 「──大丈夫じゃないっ!!」


境内に大きな声が響いた。


曜「え……」


太陽のような。私が、心から好きになった、声。


千歌「はぁ……はぁ…………大丈夫じゃ……ない、もん……っ」

曜「千歌……ちゃん……?」


千歌ちゃんが、息を切らして、立っていた。


ダイヤ「千歌さん!? 車の中で待っていてと……!!」

千歌「ダイヤさんは黙ってて!! 今、曜ちゃんと話してるのっ!!」

ダイヤ「は、はいっ!!」

千歌「曜ちゃん……っ……!!」


千歌ちゃんはそのまま、私に大股で歩きながら、近付いて、


千歌「曜ちゃん……っ……」


私に抱きついてきた。余りに勢いよく、抱きつかれたせいで、思わず尻餅をつく。


曜「千歌……ちゃん……?」


でも、千歌ちゃんはそんなことお構いなしに、尻餅をついた私に抱きついたまま、喋り始めた。


千歌「なんで……忘れちゃってたんだろう……私……。……曜ちゃん……」

曜「千歌ちゃん……」

千歌「大切な……曜ちゃんのこと……」

曜「…………」


抱きついたまま、千歌ちゃんが私の顔を見上げてくる。


千歌「やっと……また話せるね……曜ちゃん。……あのね……実は私……ずっと、訊きたかったことが、あったの……」

曜「え……?」

千歌「チカのこと……嫌い……?」

曜「!? そんなわけないっ!! 嫌いになんてなるはずないじゃんっ!!」

千歌「そっか……よかった……っ」


千歌ちゃんは急に何を言いだすんだ。そんなことありえるはずないのに。
314 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 06:03:39.06 ID:WJ3m1kFK0

曜「なんで、そんなこと思うの!? むしろ、私は──」

千歌「曜ちゃん、ずっと、チカと話しづらそうにしてたから……」

曜「え……」

千歌「気付いてないと思ってたの……? いっつも、一緒に居たんだから……それくらい、わかるもん……っ」

曜「…………私……」

千歌「……でも、自分から訊くの……怖くて……。……もし、ホントに嫌われてたら……どうしようって……っ……」

曜「なんで……嫌いになる理由なんて……」

千歌「私……ぶっちゃったから……」

曜「え……?」

千歌「曜ちゃんのこと……ぶっちゃったから……」

曜「ぁ……」


きっと、あの日の、廊下でのことだ。

──『……!! 放してっ!!!』 パシンッ──


曜「そんなこと……ずっと、覚えてて……」

千歌「そんなことじゃないもん……っ……私、ずっと謝らなくちゃって……っ……」


千歌ちゃんだって、余裕がなかったからだと思うのに……。

ああもう……こういうところなんだ。

自分が苦しくても、他の誰かのことを大事に想える、優しい心。

千歌ちゃんのこういうところに私は──


曜「……千歌ちゃん」

千歌「ふぇ……っ?」

曜「……好きだよ」

千歌「曜……ちゃん……?」

曜「私……千歌ちゃんに恋してるんだ……千歌ちゃんのこと……好きなんだ……」

千歌「…………………………」

曜「……千歌ちゃん。好きです。私と……付き合ってください」

千歌「…………………………ごめんなさい。……大好きな人が……すごくすごく、大切な人が居るから……曜ちゃんとは、お付き合い、出来ません……」

曜「……だよね」


ああ──フラレた。私は思わず天を仰いだ。


千歌「もしかして……曜ちゃんが、『消えたい』なんて……神様にお願いした理由って……」

曜「……うん」


千歌ちゃんの言葉に頷く。
315 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 06:05:10.42 ID:WJ3m1kFK0

千歌「…………ぅ」

曜「……ぅ?」

千歌「ぅ曜ちゃんのっ!!!! おおばかやろうーーーーっ!!!!」

曜「!?」

千歌「なんで、それで消えたいなんてお願いするのっ!? ねぇっ!!!」

曜「え!? ちょ!? まっ!?」

千歌「消えちゃうんだよっ!? 曜ちゃん、居なくなっちゃうところだったんだよっ!!?」


千歌ちゃんが、私の肩を掴んで激しく前後に揺する。


千歌「一緒に遊んだことも!! アイス二人でわけあったことも!! 二人で一緒に学校通ったことも!! ダンスの練習したことも!! わかんないところ教えあったことも!! お泊りしたことも!! いたずらして怒られたことも!! ケンカして泣きながら仲直りしたことも!! 一緒にライブで踊ったことも!! 全部、全部、忘れちゃうところだったんだよ!? なかったことになっちゃうところだったんだよっ!!?」

曜「え、ち、千歌ちゃ……」

千歌「私、そんなの……っ……やだよぉ……っ……曜ちゃんが、居なくなっちゃったら……やだよぉ……っ……」


千歌ちゃんが目の前で、ポロポロと大粒の涙を流しながら、泣いていた。


千歌「……恋人には……なれないけど……っ……それでも、曜ちゃんは、すっごく大切な人だもん……っ……なのに、一人で勝手に……居なくならないでよぉ……っ……ばかぁ……っ……」

曜「……っ……!!」


──私は、思い違いをしていた。

好きな人だとか、恋人だとか、それ以前に──


曜「……私……私も……千歌ちゃんが、すごく大切……だよ、ぉ……っ……!!」

千歌「最初から……っ……知ってるもん……っ!! そんなことぉ……っ……!!」

曜「……わたし、ちかちゃんと……! ……ずっと、ともだちで、いだいよぉ……っ……!!」

千歌「……ぞれも、じっでるよぉ……っ!!」

曜「……やだよぉっ!! ぢがぢゃんど、はなれだぐないよぉ……っ!!」

千歌「……わだじも……ようぢゃんが、いなぐなっぢゃったら……やだよぉ……っ!!」


気付けば、お互い、涙でぐしゃぐしゃになって、抱きあったまま、わんわん泣いていた。


千歌「……ごれがらも……どもだぢがいいよぉ……っ!!」

曜「……わだじも……どもだぢがいいよぉ……っ!!」


涙と鼻水でぐしゃぐしゃになったまま、二人で抱きあいながら、子供のように泣きじゃくって、叫び続けた。

最初から、これでよかったんだ。

こうやって、真正面から思ってることを言えば、よかったんだ。

ただ、それだけで、よかったんだ。



鞠莉「曜……よかったね……っ」

ダイヤ「……一件落着のようですわね」

鞠莉「うん……そうだね……っ」



すごくすごく遠回りをしてしまったけど……こうして、私の恋を巡る物語は無事──大切な幼馴染に失恋をして、終わりを迎えたのだった。


316 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 06:06:54.40 ID:WJ3m1kFK0


    *    *    *










    ✨    ✨    ✨


317 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 06:10:50.66 ID:WJ3m1kFK0


──さて、あの夜から早くも二週間近くが経過しようとしていた。

そんな本日は10月18日金曜日。


ダイヤ「──え? ……では、結局、鞠莉さんはフラレてしまったのですか……?」


隣を歩いていたダイヤが、ポカンとした表情でそんなことを言う。


鞠莉「うん、まあね」

ダイヤ「……てっきり、このまま貴方が曜さんとくっつくのだとばかり……」

鞠莉「まあ……曜なりに思うところがあるみたい。わたしの目の前で、あんな情熱的な告白を、他の子にしちゃった手前だもんね」

ダイヤ「それは確かにそうなのですが……。……そうですか」


ダイヤは難しそうな顔をする。

言いたいことはわかるけどね。


鞠莉「曜、変なところで生真面目だからね〜」

ダイヤ「……それで、良いのですか?」

鞠莉「ん?」

ダイヤ「鞠莉さんは、それでも」

鞠莉「大丈夫大丈夫」

ダイヤ「?」

鞠莉「あれから毎日告白してるから。昨日で12連敗中」

ダイヤ「…………」


ダイヤ、額に手を当てて、小さく唸る。


ダイヤ「曜さんも曜さんですが……鞠莉さんも鞠莉さんですわね……」

鞠莉「でも、いいの。わたし、諦める気ゼロだから」

ダイヤ「まあ……貴方たちがそれでいいなら、わたくしはこれ以上何も言いませんけれど」


そう言って、ダイヤは肩を竦めた。

──さて、あの一件のあと、わたしは部活に顔を出し、Aqoursの全員に謝罪をした。

もちろん、怒っている人は誰一人居なかったけど。

そして、曜のことを忘れている人も一人も居なかった。

……曜が消えていた事実を覚えていた人も、曜を含めて、解決のあの場に居合わせた、わたしたち4人以外には居なかったけど。

そういえば、あの一件と言えば……。


鞠莉「そういえば、ダイヤ。あのこと、ちゃんとルビィと話し合ったの?」

ダイヤ「……ええ。千歌さんを交えて、先週末に話し合いをしましたわ」


──ルビィのこと。

呪いはそもそもなかったわけで、とばっちりを受けたわけじゃなかったルビィはどうして巻き込まれたのか?

その理由は──
318 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 06:12:47.27 ID:WJ3m1kFK0

ダイヤ「……自分が居なくなれば、千歌さんとわたくしはもっと二人で過ごせるのに、などと言っていたので……」

鞠莉「怒ったの?」

ダイヤ「抱きしめました」

鞠莉「だよね」


どうやら、曜と非常に近い性質の願いが、共鳴してしまったということらしかった。

曜の守り神の癖にルビィの願いまで叶えるなんて……神様的には、サービスのつもりだったのかしらね?


鞠莉「というか、神にも魔除けが効くのね……」

ダイヤ「……神も魔も解釈の違いみたいなところがありますからね。他宗派のお守りなら十分効果を発揮するということかもしれませんわ」

鞠莉「ふーん……そういうものなのね」


今度はわたしが肩を竦めた。神様って思ったよりいい加減な存在なのかも……。


鞠莉「そういえば……」

ダイヤ「なんですか?」

鞠莉「どうして、わたしは曜のこと覚えていられたのかな……」


曜がルビィを覚えていたのは、同じ神様の力を起因にしていたからだ。

だけど、わたしにはそう言ったことは何一つなかったはず。


ダイヤ「はぁ……そんなもの今更言うまでもないでしょう」

鞠莉「え?」

ダイヤ「愛の力ですわ」

鞠莉「……そっか」

ダイヤ「ええ」


全く、ダイヤはたまに、恥ずかしいことを堂々と言うんだから。

でも……きっと、ダイヤの言うとおり、わたしの曜への愛が、記憶を繋ぎ止めてくれたんだよね……。

もし、それが本当なら、恋が叶わなかったのだとしても、曜を好きになってよかったと思える気がした。


ダイヤ「そういえば、この後はどうするのですか?」

鞠莉「わたし? デート♪」

ダイヤ「曜さんと?」

鞠莉「Yes♪」

ダイヤ「……曜さんも、いつまでも変なのに付きまとわれて大変そうですわね」

鞠莉「誰が変なのよ!? 今さっき自分で言った言葉、忘れたの!?」

ダイヤ「それはそれですわ」

鞠莉「はぁ……ダイヤこそ、チカッチとデートしないの?」

ダイヤ「千歌さんは、今日はルビィと二人でショッピングですわ」

鞠莉「え……ついに寝取られたの……? しかも妹に……」

ダイヤ「そんなわけないでしょう!? というか、『ついに』とはなんですか!!」

鞠莉「It's joke.」

ダイヤ「はぁ……三人で話し合って以来、ルビィとの時間も大切にしようということになりまして……」

鞠莉「あら、そうなの?」

ダイヤ「それで、ルビィが──」
319 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 06:13:44.00 ID:WJ3m1kFK0

────
──

ルビィ『千歌お姉ちゃんっ』

千歌『!?』

ルビィ『あ、だ、ダメだったかな……? お姉ちゃんの恋人さんだから、千歌ちゃんもお姉ちゃんみたいな感じかなって思って……』

千歌『もっかい』

ルビィ『え?』

千歌『One more.』

ルビィ『なんで、英語……? 千歌お姉ちゃん?』

千歌『……っ!! もっかいっ!!』

ルビィ『ええ……?』

──
────


ダイヤ「すっかり、千歌さんもルビィの妹力にメロメロになってしまったようで」

鞠莉「やっぱり、寝取られてるじゃない」

ダイヤ「寝取られていませんわ!? 千歌さんはルビィの魅力にも気付きましたが、今でも一番は、わたくしに決まっていますわ!」

鞠莉「……ああ、その自身満々な態度が、日に日に曇っていく未来が見えマース……」

ダイヤ「ふん。なんとでも仰いなさい。わたくしと千歌さんの間にヒビなんて、そう簡単に入りませんから」

鞠莉「はいはい、ゴチソウサマ」


全く羨ましい、信頼関係ね。


ダイヤ「それよりも、鞠莉さんも頑張ってくださいね。曜さんとのこと」

鞠莉「Thank you. 絶対、曜のことトリコにしてみせるんだから♪」

ダイヤ「本当にお願いしますわよ? 新曲を歌うときに、ギクシャクされたら迷惑ですからね」

鞠莉「まっかせなサーイ♪」


わたしは胸を張って答えるのだった。





    *    *    *





──バシャバシャバシャ。


鞠莉「きゃっ!?」

曜「おー……君たちは相変わらず元気いいねー……。ほら、今あげるから」


私が餌を池に向かって放ると──バシャバシャバシャバシャ!!!

先ほどと比にならないレベルで鯉たちがくんずほぐれつして、餌の争奪戦を始める。


鞠莉「Oh my god...」

曜「あはは……確かにある意味ちょっとショッキングな光景だよね」


──私と鞠莉ちゃんは、学校が終わった後、大瀬崎の大瀬明神を訪れていた。
320 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 06:16:20.60 ID:WJ3m1kFK0

鞠莉「……あのときは深夜だったけど、日中になると、更にすごいわね……」

曜「この池だけで、一万匹以上、鯉や鮒がいるらしいよ」

鞠莉「なんか……言われても想像つかないんだけど……一万匹も池に入り切るの?」

曜「さぁ……。……この池自体、入ったり魚を捕ったりすると、神罰が下るって言われてて、一切詳しい調査はしてないんだってさ。だから、水深もわかんないんだって」

鞠莉「そうなんだ……。……ゴリヤクありそうだし、せっかくだから、もっと餌あげておこうかしら」


鞠莉ちゃんが、餌をぱらぱらと落とすと、鯉たちが、また大暴れしながら、餌を争奪し始める。


鞠莉「なんか……ちょっと楽しくなってきたかも」

曜「あはは、ほどほどにね」


なんだか、子供の頃を思い出す。

パパと、ママと、三人で、おおはしゃぎしながら、鯉に餌をあげた記憶がある。

──バシャバシャバシャ。


鞠莉「えっと……もう、餌が……」


──バシャバシャバシャバシャ!!


鞠莉「…………」

曜「あはは……たぶんここに居たらずっと餌ねだられるよ」

鞠莉「……また、今度ね」

曜「それじゃ、行こうか」

鞠莉「ええ」





    *    *    *





──本殿。


曜「…………」

鞠莉「…………」


二人でお賽銭を入れてから、二礼二拍手一拝。


曜「…………」

鞠莉「…………」

曜「…………」

鞠莉「…………」

曜「………………よし」

鞠莉「………………ん」


お参りを済ませる。
321 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 06:17:36.98 ID:WJ3m1kFK0

曜「何をお参りしたの?」

鞠莉「んー? この間は、騒がしくして、ごめんなさいって」

曜「それにしては長かったような……」

鞠莉「ついでに、わたしの恋も成就させてくださいって」

曜「なかなかふてぶてしいね……」

鞠莉「お願いするだけならタダかなって。それで、曜は?」

曜「ん……私はね──」


私は本殿の、天狗の彫像を見上げながら、答える。


曜「もう……私は大丈夫だから。今まで守ってくれて、ありがとう……って」

鞠莉「……そっか」

曜「うん」


もう、私は十分守ってもらったから。これからは自分の力で歩いていきます、と。

そう伝えるために、今日ここに来た。


鞠莉「それじゃ、行きましょうか」

曜「待って」

鞠莉「? What ?」


そして、もう一人。私を守るために、ずっと傍に居てくれた人に──伝えるために、ここに来た。


曜「鞠莉ちゃん、あのね……私、鞠莉ちゃんが居てくれたから、今もここに居られるんだ。……本当にありがとう」

鞠莉「もう、今更ミズクサイんだから」

曜「……千歌ちゃんのことも、ダイヤさんのことも……やっと自分の中で決着がついたと思ってる。鞠莉ちゃんが、傍に居て、背中を押してくれたから」

鞠莉「それは、曜が頑張ったからだヨ」

曜「うぅん……鞠莉ちゃんが居てくれなかったら絶対に出来なかったよ。……だから、ありがとう」

鞠莉「……もう/// ……改めて言われると照れくさいデース……/// ねぇねぇ、曜」

曜「ん?」

鞠莉「I love you.」

曜「うん、ありがとう」

鞠莉「……なんか、せっかくの不意打ちが、さらっと流された」

曜「うぅん、ホントに嬉しいよ。鞠莉ちゃんが、私のことを想ってくれて……私のこと好きになってくれて」

鞠莉「その調子で、曜もわたしのこと好きになってくれたらなー……」

曜「鞠莉ちゃん」

鞠莉「んー?」

曜「私、実はね、ずーっと自分の気持ちと向き合いながら考えてたんだ。考えて、考えて……考えて、答えを出してきたよ。だから、今日……私の想いも伝えるね」

鞠莉「え……」
322 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 06:18:35.42 ID:WJ3m1kFK0

──叶わない願い。

──届かない想い。

きっと、生きていたら、そういうものはたくさんあるんだと思う。


曜「私ね……鞠莉ちゃんには本当に感謝してるんだ。悲しいとき、傍に居てくれた。寂しいとき、手を握ってくれた。苦しいとき、抱きしめてくれた」


それでも、人は……そういう成就しない想いから、目を逸らさず、苦しくて、時に挫けそうになっても……最後は前を向かないといけないんだと思う。


曜「それが、すごく嬉しかった……。……もし、出来るなら、鞠莉ちゃんが私にしてくれたように、私も鞠莉ちゃんの傍で、鞠莉ちゃんの力になりたい。私の中にある気持ちも、言葉も、全部、鞠莉ちゃんに伝えたい」

鞠莉「……! …………曜……っ」


だって、そうじゃないと──本当に自分を大切にしてくれる人を、想いを、見落としてしまうかもしれないから。

変わっていく未来に希望を持ちながら、頑張って前を向いて、その度に誰かと手を取り合いながら──先に進むんだ。


曜「だから、ちゃんと伝えるね」

鞠莉「うん……っ……」


だって、それが──


曜「私、鞠莉ちゃんのことが────」


──誰かと一緒に生きていくということだと、今の私は……心の底から、そう想えるから。





<終>
323 : ◆tdNJrUZxQg [saga]:2019/11/08(金) 06:19:40.85 ID:WJ3m1kFK0

終わりです。お目汚し失礼しました。


西伊豆の方、大瀬崎の大瀬明神には実際に神池と呼ばれる不思議な池が存在します。
神様の住まう池とされていて、池に入ったり、そこに住む魚と捕ったりした人間には天罰が下るとされています。
他にもビャクシンと呼ばれる珍しい木が自然群生している樹林もあり、国の天然記念物に指定されているそうです。
海も透き通るほど綺麗ですし、とても神秘的な場所なので、興味のある方は、是非一度訪れてみて欲しいです。
(営業時間は17時まで(冬季は〜16時)です。作中のように深夜に入ることは出来ません)

注釈:この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


それでは、ここまで読んで頂き有難う御座いました。

また書きたくなったら来ます。

よしなに。
324 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/11/11(月) 01:52:41.03 ID:/JH2gKiho
おつおつ
まさか続編がくるなんて思ってなかったからびっくりした
主役二人の心理描写が丁寧で、今回も凄く惹き込まれるお話でした
こんな長編をしっかり書ききるポテンシャルには感嘆
また気が向いたら書いてくれると嬉しいです
325 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/11/24(日) 02:53:19.82 ID:fRz/s9XLo
萎えた
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