白雪千夜「足りすぎている」

Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

252 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 23:49:50.14 ID:1/ZkFkMM0
「そんなこと、聞かれても分からないなぁ。
 期待に応えると言ったって、ほとんど知らない人だし……ただ、ひとつだけ思い知らされたのは、私自身の愚かさ」

 俯き、胸に手を当てて、ちとせさんはそれまで押さえ込んでいたであろう想いを私に吐露する。


「千夜ちゃんに生きがいを与えたくて、飛び込んだ世界。
 千夜ちゃんのステージに近づきたくて、向き合った現実。
 私がアイドルとして生きた時間には、いつも千夜ちゃんがいてくれた。
 だけど、死んじゃいそうになるくらい、そこに至るまでの道のりは、辛くて苦しいの。
 千夜ちゃんには悪いけれど、こんなに大変な思いをしてまで得た感動が、大したこと無かったらどうしようって、何度も頭によぎる打算的な私がいたよ」


「僭越ながら、経験者として言わせてもらいますが」

 コホンと、照れ隠しの咳払いを一つしてみせる。

「先ほど玲音さんの仰ったことに、嘘はないかと思います。
 ただ、それは経験した者にしか分かり得ないことかと」
「そうだよね」

 彼女が顔を上げると、その潤んだ瞳が舞台を照らす照明に光って見えた。

「分からなかったから、欲しかったんだよね、きっと……
 偉そうなこと、千夜ちゃんに言ってた割に、自分自身のことを分かっていなかったのは、私の方だったんだね」
253 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 23:51:51.28 ID:1/ZkFkMM0
「いえ」

 私が真っ直ぐに見つめると、その視線に気づいた彼女が私に向き直ってくれた。

「私の方こそ、この事務所で多くのことを学び、多くのものを得ることができました。
 アーニャをはじめ、大切な仲間も、たくさん……」

「アイドル、やって良かったね、私達」
「はい」

 視線を舞台に向ける。
 あんなに別世界だと思っていたものを、今か今かと待ち遠しく思う自分を見つける。

 誰に指摘されるまでもなく、変わったのかもな。
 戯れが、戯れでなくなる程度には。

 客観で捉えるだけの、結果でしかなかったはずの世界が、主観で掴み取る彩りを帯びていく。

 それを知ることができただけで、私には十分だ。



「まだ、誰にも言っていないのですが……このフェスが終わったら、辞めようと思います」
254 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/23(土) 23:59:21.96 ID:1/ZkFkMM0
 視線を戻すと、目の前の人は黙して私を見つめ続けている。

「ここまで一つのことに夢中になれるなんて、思いませんでした。
 一度は心を捨てた身としては、過ぎた幸せです。
 私にとって、美というのは手に入れるものではなく、眺めて愛でるもの。
 夜空に輝く星達がそうであるように、届かないものだから美しいのですし、それに」

 照れ臭くなり、つい首の後ろに回した手を、慌てて引っ込める。

「お嬢様のことを、“ちとせさん”などとお呼びすることにも、疲れました。
 得る喜びを教わってなお、従者としてあなたを支えることに幸せを見出す私を、どうかお許しください」


 こんなに頑張ったのは初めてだった。
 これ以上の頑張りは、この先にもあるなどと考えることはできない。

 閃光のように私の最高を今日、華々しく散らしてみせるのだと、決めていた。



 お嬢様は数回小さく頷くと、ニコリと笑い、私の頬に手を添えた。

「ありがとう……千夜ちゃんが、そんなにも私を大切に思ってくれているのは、とても嬉しいよ」
「……私を、止めないでくださるのですか?」
255 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/24(日) 00:01:43.66 ID:Hn+oLRjQ0
「止めない」

 頬から、お嬢様の手が私の首筋を撫で上げ、その指が彼女の唇にスゥッと止まる。
 改めて気づかされる、息を呑むその美しさ――。

「無理矢理は主義じゃないの。
 だから、私が気づかせてあげる。千夜ちゃんにも、花開く瞬間を待ちわびている素敵なつぼみがあるんだってこと。
 自分も輝かずにはいられない、眠れる姫を起こす魔法を、今夜私が見せるから……ちゃあんと、受け取ってね?」

「……もちろんです。とくと拝見させてください」
「だからぁ、そういう仰々しいのやめようよ千夜ちゃん。
 まだ千夜ちゃんにとって、私は“ちとせさん”でしょ?」
「ふふっ、すみません」

 私は幸せだ。
 この人の笑顔をこうして間近で見られるだけでなく、この人の放つ美も享受できるのだから。


 私にできることは、役割を果たすこと。
 最後となるであろうステージを、滞りなく完遂すること。

 幸い、今日私が歌う曲はダンサブルなものではない。
 複雑なステップは多くなく、間奏に入った直後に訪れる大振りのステップ・ターンにさえ気をつけていれば問題は無いだろう。
 それより、ボーカルに神経を集中させなくては。

 喉の調子を今一度確かめる。
 よし――あとは、このコンディションを保つ。
256 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/24(日) 00:11:37.14 ID:Hn+oLRjQ0
 ――――。


「皆さん……スパシーバ!!」

 アーニャのステージが終わった。
 ソロデビューとなる新曲『Nebula Sky』は、爽やかさと壮大さが同居した、彼女らしいナンバーに仕上がっていた。
 鳴り止まない大歓声が、その完成度の高さを雄弁に物語っている。

 先ほどの、凜さん達トライアドプリムスの『Trancing Pulse』といい、美城常務の示すアイドル像の可能性も認めざるを得ない。

「凄かったよぉ、アーニャちゃん!」

 舞台袖に捌けてきたアーニャを、美波さんが一目散に駆け寄り、力一杯に抱きしめた。
 ユニットを組む相手として、当初のクローネには複雑な想いを抱いていたようだったが、故に彼女は私以上にアーニャの力になろうと奔走していた。
 興奮冷めやらぬアーニャは、肩で息をしながら瞳を潤ませていた。

「よぉし、それじゃあ次は私ね……アー、オホン!」
「らんらん、いっちょぶちかましてきてー!!」
「蘭子ちゃん、頑張って闇に飲まれてくださいっ!!」
「う、うん!」

 蘭子さんが喉と気力の調子を調え、颯爽と登壇――したかったのだろうが、卯月さんに微妙に水を差された形となった。
 だが、ひとたび曲が始まれば漆黒の堕天使による狂乱の渦が巻き起こる。
257 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/24(日) 00:16:32.77 ID:Hn+oLRjQ0
 悉く、強い個を持つ集団の集まりだと、改めて思わされる。
 この人達には皆、他者に分け与えずにはいられない、溢れるほどの力がある。

「チヨ」

 出番を終えたばかりのアーニャが私の傍に寄り添い、手を取った。

「この後、いよいよ、チトセの出番……そして、チヨの出番、ですね。
 緊張がほぐれる、おまじないです。アズマシィ……ふふっ、アズマァーシィ〜♪」

 優しく握る、彼女の温かい手。
 彼女はこうして、私にどれほどのものを与えてくれただろう。どれだけ助けてもらえただろう。

 心の豊かな人からの温かな施しを、受け取るだけの自分が不甲斐なくて、情けない。

「……チヨ、どうしましたか? 緊張、治りませんか?」
「いえ、アーニャ」

 私はかぶりを振った。
 危うく涙が出そうになるのを笑ってごまかす。

「あなたの言うとおりだと、改めて思いました。
 優しいに、足りないも多いもないのだなと……私は、享受してばかりですね」
「? アー……チヨは、ケンソンですね?」
「ケンソン?」

 あぁ、謙遜か。
 イントネーションが少し違うだけで、途端に分かりにくくなるのだから、日本語は難しい。
258 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/24(日) 00:20:02.85 ID:Hn+oLRjQ0
「謙遜ではありませんよ……すみません、そろそろお嬢様の」

 咳払いをした。
 やはり、言い慣れないな。

「ちとせさんのステージを、観客席から見に行きますので、一旦失礼します」
「あれっ、千夜ちゃん舞台袖に待機してなくていいの?
 ちとせさんの次、すぐ千夜ちゃんでしょ?」

 生真面目な美嘉さんの引き留める声に、周子さんがケラケラと茶化すように笑う声が重なった。

「まーそんなことを言いつつ、志希ちゃんもさっきから見つかんないわけだけど」
「はっ!? ちょっと何でそれ早く言わないの!? アタシ達千夜ちゃんの次じゃん!」
「あら、美波が言っていたでしょう? エンターテイメントの真髄はサプライズ、ね?」
「結託してアタシにドッキリ仕掛けんのやめて!」

「まーまー、千夜ちゃんはさ、気にせず行ってきなよ。
 ちとせちゃんが終わった後は、ありすちゃんのMCで場を持たせるからさ」
「えっ!?」

 周子さんがありすさんの頭を撫でながら私に手を振った。
 当のありすさんが何か反論しようとするのを、フレデリカさんが満面の笑みでそれを遮る。

「チトセちゃん、チヨちゃんに見せるのをずーーっと楽しみにしてたから、チヨちゃんも楽しんであげてねー!
 それじゃチヨちゃん、ほんの10分だけアデュー♪ およよよ…!」
「フレちゃん、演技でも泣かないで! メイク崩れちゃうでしょ!」
「演技じゃないよぉ、お土産期待してるよぉチヨちゃんおよよよ…!」
「お、いいねー土産話、後で聞かせてねー」
259 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/24(日) 00:22:23.97 ID:Hn+oLRjQ0
 美波さんがアーニャに寄り添い続けた人なら、LiPPSの人達もまた、クローネの仲間としてお嬢様に寄り添い続けた存在だ。
 このステージにかけるあの人の想いを、おそらく私よりも、誰よりも理解しているのだろう。

「白雪さん」

 不意に、私の肩にジャンパーが添えられた。
 振り返ると、アイツが頷いて廊下への出口を指す所だった。

「あちらの廊下から、客席への扉に向かうことができます。
 ステージ衣装のまま入ると目立ちますので、ジャンパーを」


「ありがとうございます」

 舞台袖の皆に頭を下げ、私は廊下を急ぎ足で歩き、観客席へと向かう。


 大きな会場だけあり、通用廊下は思っていたよりも長く続いていた。
 だが、じきに右手に現れた両開きの大きな扉を二つ続けて開くと、観客席の後ろ側に回ることができた。
260 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/24(日) 00:27:27.20 ID:Hn+oLRjQ0
 凄い熱気だ――。
 屋外のように立ち見ではなく、座席が個々に当てがわれているはずだが、観客の人達は皆総立ちでステージに夢中になっている。

 私はバレないよう、そっと後ろの立見席にさり気なく陣取り、その時が来るのを待った。
 蘭子さんが手をバッと広げ、いつもの挨拶をする。
 終了の合図だ。

「今日のお客さん達は幸せ者だな」


「――!?」

 隣に立つ人の、独り言とは思えない言葉に、思わず振り返る。
 その声は、先ほど聞いたばかりだけど、今なお強烈に印象に残っている。

「こんなに熱いひと時を、皆で共有できるのだから」


「れ……!」

 言いかけると、玲音さんは唇に人差し指を当ててニコリと笑った。
 サングラスの奥に光るであろうオッドアイは、暗がりに隠れて見えない。

「キミが来るのを待っていたよ。白雪千夜、だろう?」
261 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/24(日) 00:33:26.33 ID:Hn+oLRjQ0
 な、なぜこの人が――先ほど、美城常務と一緒に見ると言っていたはずだ。

「やはりこういうのは、コッチで見ないと熱が伝わってこないからね。
 美城さんも誘ったんだけど、断られてしまったよ」

「私を待っていたというのは……?」

 私が訝しむ表情を見せると、彼女は手を振って舞台の方へと向き直った。

「今夜の黒埼のステージは、キミのためのものだ。
 無粋な真似かも知れないけど、キミに向けられるチカラを、よりキミに近い所でアタシも共有したかった。
 それだけさ」


 蘭子さんが降りてなお、万雷の拍手がいつまでも続く中、ふと舞台が暗転した。
 直後に広がるどよめき。

「始まるよ」
 玲音さんがそっと呟く。

 そうだ、私は知っている。
 暗転した、ひっそりとした状態からこの曲は――。

「今夜、この時この瞬間……『アクセルレーション』は彼女の曲だ」


 ソリッドで重厚なロックが、目にする者をその名のごとくエクスタシーの奔流へと否応なく連れ出していく。
 割れんばかりの大歓声が巻き起こり、舞台照明がその空間の主を照らし出す。

 想像していたよりもずっとはるかに、ステージの上で舞うあの人は美しく、あまりに強すぎた。
262 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/24(日) 00:36:57.30 ID:Hn+oLRjQ0


   黒埼ちとせ 【 アクセルレーション 】



263 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/24(日) 00:42:59.86 ID:Hn+oLRjQ0
「お嬢様……」


 縦横無尽に緩急をつけたリズムが加速していく。
 呼吸をするのも忘れ、目を離すことができない。


  走り出したこの気持ち ペースなんて考えない
  限界なんてWord ボクの辞書にない


 玲音さんの言う通りだった。
 目の前で繰り広げられるステージは、あの人の曲だった。

 あの人もまた、私物化している――自分の生を削って曲を砕き、挑み続ける尊さを私達に叫んでいる。


  叶うだろう Realな Ambition
  さあ ここから始めろ!


 これ以上は、興奮と感動で、胸が爆発しそうになる。
 だが、余さず受け止めなければ気が済まない。
264 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/24(日) 00:46:40.36 ID:Hn+oLRjQ0
 なぜ、アイドルのステージが胸を打つのか、お嬢様の姿を見てようやく分かった。

 あの人は、自分を投げ出している。
 本気の命を燃やしている。

 気づかぬうちに、私も叫んでいた。
 この後に控える自分の喉の調子なんて、どうでも良かった。

 ご自身のお身体のために、それまで見せていなかったはずの生への執着。
 今目の前で繰り広げられている暴力的までの美は、彼女がここに刻みつける存在の証明そのものだ。


  今のキミが進むStageは そう輝くOuter Space
  想いのままに 空へ飛び立って
  fight for your dream!


 指の先の一瞬にまで機微を感じさせる表現力。ターンのキレ。声の伸びと張り。
 パフォーマンスのレベルの高さは元より、玲音さんや私とどちらが上かなどと、考えること自体がナンセンスだと思い知らされた。

 お嬢様が手を振り上げ、舞台が暗転する。
 途端、地鳴りのような歓声が爆発し、会場が揺れて何も聞こえなくなる。


「ありがとう……さぁ、行ってあげるといい」

 私は駆け出した。
 隣の玲音さんにちゃんと挨拶をしようなどとは、考えもしなかった。
265 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/24(日) 00:49:51.39 ID:Hn+oLRjQ0
「お嬢様っ!」

 舞台袖に駆け込むと、お嬢様は美城常務の腕に抱かれていた。

 まるで糸の切れた人形のように、その手足には力が入っておらず、目の焦点も合っていない。息も絶え絶えといった様子だ。
 皆がそれを、心配そうに見つめている。

 そんな彼女を支える常務を見て、この人が玲音さんの誘いを断った理由を理解した。

「ちよちゃん……?」

「素晴らしい……素晴らしい、ステージでした、本当に……」

 やはり、ご無理をなされていたのか。
 直後に自分の出番が待っているのも忘れ、目に熱いものがこみ上げてくる。

「まだ、ちとせさん、でしょ……えへへ……」


 私に勝ちたいなどと、的外れも良いところだ。
 この人は、本当に――。

 そのままお嬢様は目を閉じた。
 常務が近くのパイプ椅子まで運び、彼女をそこに座らせる。

「この子のことなら、心配は要らない」
266 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/24(日) 00:53:14.21 ID:Hn+oLRjQ0
「当たり前です」

 この人の身に何かあったら、私は346プロを許さないだろう。
 それがたとえ、どれだけ感動を与えるステージを作り上げた結果であろうと。

 この人にとって大切な人の、エゴによるものであろうと。


 常務は苦笑した。

「心配は要らないと言ったのは、君に対してのことだ」
「えっ?」

「この子は、何が何でも君のステージを見届けてやるのだと言っていた」

 美城常務は、お嬢様の顔を優しく撫でた。
 聞こえているのかいないのか、目を閉じたまま、お嬢様はニヤリと笑い、小さく頷いたように見えた。


「私も、見届けさせてもらおう。
 この子の目指したステージがいかなるものか、興味が無いと言えば嘘になる」
267 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/24(日) 00:55:58.94 ID:Hn+oLRjQ0
「……チヨ」

 アーニャが傍に寄り沿い、私の手を取った。
 彼女にとって――私にとって、すっかり恒例になった、いつもの儀式だ。


「お嬢様……申し訳ございません」

 私はそのまま、お嬢様の元にそっと歩み寄り、身をかがめてその人の顔を見つめた。
 私にとって、かけがえのない人。生きる意味を与えた大切な人。
 たった今も、私に無二の感動をもたらしてくれた人。

 私は、この人の従者で良かった。
 だけど、今日は――。

「これから私が歌う曲が、お嬢様のためのものとならないことを、お許しください」



 お嬢様は、目をうっすらと開け、クックッと笑った。

「当たり前でしょう……そんな、千夜ちゃんの姿、見たかったんだから……」
268 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/24(日) 01:00:51.42 ID:Hn+oLRjQ0
「……はいっ」

 私は立ち上がり、舞台の方へと向き直った。
 舞台の上では、未央さんとありすさんが即興のMCで何とか場を持たせている。

 その手前には、私に魔法をかけてくれたアイツ。
「どうぞ、白雪さん」

 そして、私にライブが持つ力を示した凛さん。
「落ち着いて、しっかりね」

 杏さんは、まぁいい。
「もうこれ以上ハードル上げんのやめない?」


 ――そして。

「チヨ……楽しんできてください。
 楽しくなれば、お客さんも、アーニャも、楽しいですね?」

「アーニャ……」

 彼女から受けた温かみを、せめて返さないことには、アイドルを辞めることなどできはしない。

「行ってきます。見ていてください」


 奏さんが、舞台の上の二人に合図を送る。
 未央さんとありすさんが手を振り、下手側に捌けていったのを確認すると、私はステージへと歩き出した。
269 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/24(日) 01:03:52.26 ID:Hn+oLRjQ0
 中央まで進み、立ち止まると、スポットライトがパッと私を照らす。
 直後に巻き起こる歓声。

 慣れというのは、怖いものだ。
 あれだけ私の心を惑わしたものが、こうして何度も受けているうちに感覚が麻痺してくる。
 それは、私を目当てとして発せられたものか、あるいは他の人達を応援するついでに向けられたのか。
 などと、無粋なことを考えてしまう余裕さえある。

 ありがたいものは、ありがたいと思えるうちに、大切にしておきたい。
 乾ききった人形の私にとって、アイドルとなって得るものはあまりに大きすぎた。

 この感覚に慣れきってしまう前に、私は――。

「皆さん」

 会場がしんと静まり返る。


「寒い中、お越しくださりありがとうございます。
 こんなにも大勢の方々が、こうして私を見てくれること、とても嬉しく思います」
270 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/24(日) 01:11:41.45 ID:Hn+oLRjQ0
 曲に入る前のMCは、当初の予定にはなかった。
 私は、何を言っているのだろうな――。

 だが、スルスルと言葉が次から次へ、溢れてくる。

「先ほどの、黒埼ちとせさんのステージ……
 あれに匹敵するほどのクオリティを、今日の私が皆様へご覧に入れる事は、難しいでしょう。
 それどころか、これから私が歌うのは、今日お越しいただいた皆様に対してではなく、私にとって大切な、とある方のためのものだということを、謝らなくてはなりません」

 会場を見渡した。
 ここからでは、暗がりにいる観客一人一人の顔は見えないが、皆が私の言葉に耳を傾けていることが分かる。

「今夜、私は、この一曲を歌いきる間だけ……この空間を私のものにします。
 それでも、結果として良いものを作り上げられる、皆様を楽しませるものにできるのだと……独りよがりの盲信に浸ることを、どうかご容赦ください。
 そして」

 大きく息を吸い込み、手をゆっくりと差し伸べた後、その手を胸の前に引き寄せた。
 曲が始まる合図だ。


「楽しんでいってください」
271 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/24(日) 01:13:15.65 ID:Hn+oLRjQ0


   白雪千夜 【 悠久の旅人 〜Dear boy 】


272 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/24(日) 01:17:52.96 ID:Hn+oLRjQ0
https://www.youtube.com/watch?v=iK5XqMO_-ew
273 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/24(日) 01:22:58.06 ID:Hn+oLRjQ0
 雪が舞い降りるようにゆっくりと、ピアノのイントロが静かに流れ出す。
 見渡す限り、誰も降り立たぬ雪原を踏みしめ、私が私の歩む道を刻みだす。


  時をわたる聖者のように
  どんな孤独に泣いていたの?


 “Dear boy”などと――いくらボーイッシュとはいえ、アーニャに当てて歌うのだと彼女が知ったら、怒るだろうか?
 でも、どうか大目に見てほしい。これは私のエゴだ。


  遥か遠い星をつなぎ
  ねぇ、思いを描くわ 空を見上げて


 アーニャは私に言った。
 自分のいる世界は、自分の足で歩きたいのだと。
 その言葉は、誰かを拠り所にして生きるほかなかった私に、どれほどの衝撃を与えたことか。

 信憑性のほどは定かではないが、かつての私がアーニャに与えた優しさが、彼女を強くした。
 それが、5年もの時を越えて、アーニャが私にそれを与え、ここまで来ることができた。

 私ももう一度、あなたのように強くなれるだろうか。
 存在理由を誰かのせいにするのではなく、自分で戦い、生きるための心を厚く豊かにできるのなら。
 他人に与えるだけの余裕を、持つことができたなら。

 たとえ私にはできなかったとしても、この時だけはそれをしなくてはならない。
 アーニャ――あなたには、お返しをさせて。
274 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/24(日) 01:27:52.79 ID:Hn+oLRjQ0
  Dear boy いつかあなたが目指した世界は
  もう悲しみが消えた 未来でありますように
  祈りはわたしに 喜びをくれた
  まだ届かないけれど truth 信じてて


 二番のサビが終わる。
 ペンライトの光がさざ波のように揺れて、ウットリするほど綺麗だ。

 しっかりと見ていよう。
 私の人生にも、こんなに美しい時があったのだと。
 これからは、これを心の拠り所にして、私は黒埼家の従者に戻る。
 それは、何物からも目を背けていたあの頃とは違う、真に自分で選んだ私の幸せ――。

「……ぁ」



 背筋が凍った。

 足が、ほんの一瞬硬直し――。


 ボーカルに意識を集中させすぎたのか。

 二番のサビが終わった後の間奏。
 入った直後に訪れる、大振りのステップ・ターン。


 しまった。
 このままでは、もつれた足は虚無をさまよい、この曲最大の見せ場で、私は無様に転げ落ちる。
275 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/24(日) 01:29:17.30 ID:Hn+oLRjQ0
 そんな――。

 勘弁してくれ。
 皆で――シンデレラプロジェクトだけでなく、プロジェクトクローネの皆とも、アイツや常務、玲音さんも、皆で作り上げたフェスなんだ。
 ここまで来て、私が、こんなつまらないミスで台無しにするというのか?

 嫌だ!

 お願いだ。どうか――。

 後でこの身がちぎれてもいい。
 お嬢様だってその身を削ってこの空間を守ったのだ。

 このステージだけは、どうか最後までやらせてくれ。

 私のような無価値の人間なんかのために、今日まで支えてきてくれた皆を巻き込まないでくれ。

 いや、何よりも――アーニャ。
 彼女のためだけに、どうか――。


 失敗だけはさせないでくれ!

 今日のこの時は成功を私にもたらすのだ!

 私っ!!
276 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/24(日) 01:30:18.88 ID:Hn+oLRjQ0
 ――――ッ!


 ――――。


 ――





 あれ?
277 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/24(日) 01:32:55.75 ID:Hn+oLRjQ0
 その時、ステージの上で起きたことを、私はこの先誰にも言うことは無いだろう。
 お嬢様にも、アーニャにも、凛さんにも――ましてアイツや杏さんになんて。
 いくらあの人達でも、もし言ったら馬鹿にされるに決まってる。

 それでも、確かにあの瞬間、私の身体には翼が生えたのだ。

 背中に生えたであろうそれをこの目で見た訳ではない。
 でも、そうとしか説明がつかないほど、あの時の私の身体は不自然なまでに軽くなっていた。


 死に体だったはずの身に力が宿り、転げ落ちるのを待つだけだった上体が、極めてスマートかつダイナミックに理想の軌道を描く。
 同時に、私の足は真っ白な雪原を優しく撫でるように、ふわりとステージに降り立った。

 まるで、私の身体とステージが呼吸を交わし、お互いを受け入れたかのようだった。
 時間にしてみればコンマ数秒程度のその一瞬、あらゆるものに許しがあるような、満ち足りた感覚――。


 突如覚醒し、音と光の奔流が巻き起こる現実世界に引き戻される。
 流れる時に追いすがろうと、私はこれまでのどのレッスンよりも上手にその波に乗り、顔を上げた。
278 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/24(日) 01:36:50.49 ID:Hn+oLRjQ0
 改めて目の前に広がる、無数のペンライトの光。
 まるで、そう――アーニャと見た夜空に瞬く星々そのものだった。

 曲は、先ほど壮大な間奏に入ったばかりだ。

 私は観客に向けて指をさした。
 気まぐれで好き勝手になぞらえ、その尊さを教示する。
 アークトゥルスにも、シリウスの光にも負けない、無数の星々を。


「一番後ろの人も、見えています」


 四角い顔の人。背の高い人。眼鏡の人。
 笑い声が大きそうな人。物静かそうな人。ちょっと怒りんぼの人。
 友人とケンカをしてしまった人。

 学校や会社で、良いことや、嫌なことがあった人。
 近くのホテルに泊まる人と、電車で帰る人。
 あの人は、ひょっとして犬を飼っているかも知れない。
 志希さんが、あんな所にいる。

 色々な想い、色々な人生を背負った人達が、今この瞬間、交錯している。
 様々な手段でここに来て、同じ時を、同じ感動を共有している。


「皆さんには、私が見えていますか?」
279 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/24(日) 01:40:21.47 ID:Hn+oLRjQ0
 自分が他者に分け与えられるものなど無いと思っていた。
 しかし、目の前のこの人達は、私に信じさせてくれる。
 この身を投げ出すことで巡り合う、得難き喜びもあるのだと。

 私なんかが、無償の愛などという気取ったことは言うまい。
 だが、これが尽くすということなのか。
 身を粉にして与えることで、見出せる光。


「私と一緒に……輝いてくれますか?」


 応えてくれた。
 歓声が巻き起こり、ペンライトの光が縦横無尽に乱れ飛ぶ。
 言葉で言い表せない想いが湧き水のように次から次へ、そこかしこで溢れ出す。

 この胸に宿る感情に、足りないも多いもないのは理解している。
 しかしアーニャ――それでも私には、こんな表現しかできない。

 ここは、何もかもが足りすぎている。

 かつて落とした愛おしいものを余さず拾い集め、お腹いっぱいに吸い込む。
 そして私は、私を愛してくれる人の持つ輝きの向こう側まで届くよう、溢れる感情をその歌声に乗せた。
280 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/24(日) 01:42:02.93 ID:Hn+oLRjQ0
  Dear boy いつも夜空にわたしを探して
  すぐ見つけられるように 強い光を放とう
  瞬く軌道は ふたりの目印
  今どこで見ているの? truth 感じてる


 目を閉じ、差し上げた手をスゥッと下ろして、スポットライトの光が小さくなっていく。
 私にとっての最後の曲が終わる。


 直後、舞台がパッと明るくなり、再び私を地鳴りのような歓声が出迎えた。

「はぁ……はぁ……」

 終わった――。


 やったんだ。

「ありがとうございました」

 アーニャ――終わったよ。
281 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/24(日) 01:47:30.94 ID:Hn+oLRjQ0
 ダンサブルな曲でもないはずなのに、舞台袖に向かう脚がフラフラしている。
 お嬢様は、一体どれほどの極限にいたのだろうか。

「チヨ!」

 顔を上げた。
 アーニャが――星空を纏う大きな瞳がボロボロとその光を落として、私に駆け寄ってくる。

「チヨ……!」

 激突するかのような勢いで、抱きしめられた。
 私よりも体の大きいアーニャの力は、思いのほかかなり強く、正直言って息が苦しい。

「アーニャ……」

 私は、ステージの上では、泣かなかった。
 でも、危うく、あともう少しの所で泣くところだった。
 舞台袖に戻ってからだって、あともう少し――。

 もう少しで、我慢できたのになぁ。

「スパシーバ……チヨ、スパシーバ……!」
「アーニャ、やめて、ください……う、うぅ……!」

 手を握り締めてもらえるだけで温かい彼女の体は、私のキャパシティを優に超えていた。
 堪えきれず、私の目から温かな涙がいくつもいくつも地上に落ちていく。

 感謝をしなくてはならないのは私の方だった。
 でも、言葉以上に私と彼女は、その身を抱きしめることで心を分かち合った。
282 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/24(日) 01:49:18.41 ID:Hn+oLRjQ0
「千夜ちゃん」

 ふと声が聞こえた方へ目を向ける。
 お嬢様と――凛さんだ。

「良かったよ、すごく……おめでとう」

 凛さんが拍手をすると、周りの皆も――美城常務まで、隅の方で拍手をしてくれている。
 どうしたら良いのか、私には分からない。
 私は、自分がやりたいことをやっただけなのだ。


「もう辞められないよね? こんな思いを味わっちゃったらさ」

 凛さんが、呆れるように腰に手を当て、鼻で笑ってみせた。

 ひょっとして、お嬢様から話を聞いたのだろうか
 それとも、それとなく凛さんが私の雰囲気から感じ取ったのか。

 だが――どっちでもいいか。
 私は、首肯する代わりに、目じりに溜まった涙を拭いて軽く笑った。


「白雪さん」
283 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/24(日) 01:53:38.65 ID:Hn+oLRjQ0
 振り返ると、アイツがタオルと給水を持って私の後ろに立っていた。

「お疲れ様でした」


 まったく――コイツときたら、こんな時でも定規だな。

 だが、やはり感謝をしなくてはならないのは、コイツも一緒だ。
 この世界を見せてくれたおかげで、私は失った心を取り戻すことができた。

 プロデューサーとしての、コイツがいてくれたおかげで。

「ありがとうございます、プロデューサー」
「えっ?」

 むっ――私は、何か変なことを言ったか?

「プロデューサー……ですか?」

 定規が妙なことを私に聞き返すと、お嬢様がプッと吹き出した。
 凛さんもアーニャも、ここぞとばかりにニヤニヤ顔で私を囃し立てる。
284 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/24(日) 01:55:30.40 ID:Hn+oLRjQ0
「……ばーか」

 コホンと咳ばらいをして、滲んだ視界でもはっきりそれと分かる真っすぐな定規を見つめる。

「お前なんか、お前で十分です。これまでも、これからも」


 ソイツはお返しに、それまで見たどんな表情よりも柔らかく、ニコリと笑った。

「良い笑顔です、白雪さん」



 舞台の上では、土壇場で合流した志希さんを迎え、LiPPSのステージが繰り広げられている。

 この素敵な時間、終わってほしくない。
 終わらせたくない。

 皆と一緒に、これからもずっと。
285 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/24(日) 02:03:54.45 ID:Hn+oLRjQ0
 ――――


 ねぇ、ちょっと。
 ちょっとそこのキミ。キミだよ。

 そこ、私の特等席だよ。
 用が無いならどいてくれない?


 えっ――あれ、泣いてんのかい?
 どうして泣いてんの? お腹痛い?

 えっ? かなーる?
 何かなーるって。運河クルーズのこと?

 クルーズならこの時期はもうやめといた方がいいよ。
 高いお金取るくせに寒いばっかりで、景色も退屈するしかないんだから。

 そんなことより、もっと楽しい遊びあるよ。
 暇なら私と一緒に遊ぼうよ、ねっ?

 あ、ところでキミ、どっから来たの? ていうか日本語分かる?


 えっ、東雲? キミこっちの子かい!
 私相生だから近いでしょや!
 何年生? 四年生だと10歳?
 へぇー、私六年生。二個上だね。ひょっとして学校一緒?
 ってあぁそっかあっちだと稲穂小かぁー。

 えっ、学校の名前分からない?
286 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/24(日) 02:07:59.94 ID:Hn+oLRjQ0
 何でー? 学校嫌い?
 じゃあ私がさ、とっときの技を伝授したげるよ。

 ほれっ、ドサーッ♪

 あははは、ほれ、ドサーッ♪
 私にもやってやって、そこら中に落ち葉あるでしょや、ドサーッ♪

 あはははははっ!
 ねっ、楽しいでしょ? ほら、次々!


 あぁ雪はダメだよ、うぃって!
 くっそぉやったなー、オリャオリャ!

 うひぃっ、つんめって! つめたっ!
 ムリムリっ! キミ体おっきいからズルいって! つめてぇって!

 あはははは! 鼻赤ぁーい、ヘンなの、あはははは!


 言葉分かんなくても、話すことは簡単でしょや。
 私も言うこと聞かないエラ〜いお嬢様の相手ばっかやらされるけど、大体私が泣かしてるよ。
 チョロイチョロイ。ラクショーよ、あははは。

 だから、何か困ったことがあったら私に言って。
 また会ったら一緒に遊ぼうよ。


 えっ、名前?
287 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/24(日) 02:21:05.63 ID:Hn+oLRjQ0
 えーと、しら、うーん――日本語難しい?
 そんならねぇ、ほれ、雪。

 ホワイトスノー。たしかそれで合ってるでしょや?
 それが私の名前、ていうか名字。皆にもそれで通してんの。

 君の名前は? なんていうの?


 えー、あーにゃ?
 あーにゃ、結構言いやすいね。あーにゃ。猫みたい、あーにゃ。

 あはははっ、あーにゃあーにゃ。
 私は? ホワイトスノー、そうそう君英語の方が上手だねぇ。

 すっかり遅くなっちゃったから、もう帰るわ。
 君も、学校で友達たくさんできるといいね。


 もちろん! 私も友達。
 当たり前でしょや。今度は私が勝つからね、雪合戦。
 なんかダメな時があったら、雪を見て私を思い出してよ。

 いや、何その顔! 忘れちゃダメでしょや!
 北海道いて雪見ないことある? イヤでも覚えてよ。ホワイトスノー。ねっ?
 雪を見ていれば忘れないでしょ?

 そうそう、もっと笑った方がいいよ。
 笑ってた方が楽しいもの。
 あーにゃがまた泣いてんなら、ホワイトスノーが助けに行くよ。
 だから約束! ぜーったい覚えといてね、それじゃあ!


 ――――
288 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/24(日) 02:30:09.09 ID:Hn+oLRjQ0
   * * *

「お戯れを、お嬢様」
 まったく――余計な戯言を挟まれたせいで、もう一度お皿を数え直さなくてはならない。

「お戯れてなんかないよ、ていうかお戯れさせてよぉ」
「くだらない事を言っていないで、そこをお片付けください。テーブルを置けません」

 今日は2月4日。私の誕生日。
 何でも望みを叶えてくれるというお言葉に甘えて、私はホームパーティーを要望した。
 黒埼家の屋敷を一日お借りして、事務所の皆を招待するのだ。

 その準備を、お嬢様だって手伝うと仰っていたはずなのに――。

「えぇー、だって昨日も私魔法使いにこき使われてもークタクタで……」
「そんなのは皆同じです。
 それよりほら、ハンバーグ、やってくださいましたか?」
「あぁ、うん」

 だらしなく散らかった衣服を片づけながら、お嬢様はおざなりに台所のカウンターを指さした。
 出来を疑いつつ、私がそれをチェックしに行く。

「……まだ練り方が足りません。もう少しちゃんとやってください」
「えぇーっ!? 練り過ぎると良くないって言ってたよね!?」
「程度の問題があります」
289 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/24(日) 03:27:45.62 ID:Hn+oLRjQ0
「うぅ、千夜ちゃんのハンバーグ師匠……」

 泣きながら捏ねているお嬢様はともかく、椅子は――。

 ふぅむ――おじさまの書斎にあるものを持ってきても、二つほど足りなくなるな。
 私の分は必要無いとして――。

 ――杏さんのも別にいいか。
 彼女なら、勝手にそこらで居場所を作ってくつろぐだろう。


 アーニャの提案で企画したホームパーティー。
 初めての経験だけれど、あまりに考えることがたくさんあることに驚かされる。
 というか、迎えるゲスト達の個性が強すぎるのもあるだろう。
 かな子さんとフレデリカさんのお菓子教室も開かれるから、明らかに食器が足りない。

「お嬢様、それが終わったらホットプレートを洗っておいてください」
「あら意外。使った事あったっけ?」
「今まで使う機会が無かっただけのことです。
 第一、ハンバーグパーティーにしようと言ったのはお嬢様ではないですか」

 そう言うと、なぜかお嬢様はニコニコ笑いながらプレートを弄る。

「いやぁ、だって千夜ちゃん、文明の利器って基本的に苦手でしょう?
 この間だって、ルンバを買ってもあんまり信用してくれなくて、しまいにはルンバを両手で持って床を掃いてたじゃない」
「あれはルンバが働かないのがいけないのです」

 念のため、ホットプレートの動作確認をしておく。
 ――まぁ、たぶん何とかなるだろう。

 ところで、今日は特別ゲストとして高垣楓さんも来てくれるらしい。
 346プロが誇るトップアイドルで、皆の憧れであり目標。
 とても素敵な人だと、周子さんが自信満々に言っていたから、会うのが楽しみだ。
290 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/24(日) 03:34:01.83 ID:Hn+oLRjQ0
「そうだ、今日はあの人は来てくれそうなの?」

 ふと、お嬢様が台所から声を掛けてきた。

「加蓮さんからの情報によると、常務はたぶんお越しになれない見込みです」
「ふぅーん、そっかぁ……忙しいんだね♪」
「ふふっ、そうですね」

 おじさまは、今日ホームパーティーをするに辺り、屋敷を留守にされると仰った。
 それは大変ありがたいご配慮だったけれど――でも、やはりお世話になっている人にはお礼を尽くしたい。
 そして、それは美城常務にも同様だった。

 そこで、お嬢様の提案により、私達はおじさまが常務をホームパーティーの場へ迎えるように仕向けたのだ。
 おじさまにも、常務にも、会いに来る相手が誰なのかを正確には教えていない。
 合流された後、そのままこちらへ参加しに来てくれても良いし、場合によってはそのまま二人でどこか――。

 そしてどうやら、それは後者になりそうとのことだ。
 何をお話されるのか楽しみだが、私達は私達で楽しむことに全力を尽くさなくては。

「千夜ちゃーん、できたぁ」
「本当ですか?」

 気の抜けた声に疑いを抱きつつ、念のため確認しにいくと――。

「まぁ、良いようですね。では次はサラダを…」
「千夜ちゃん」
「何ですか」
291 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/24(日) 03:46:26.29 ID:Hn+oLRjQ0
「すっごく、良い感じだよ」

 首を傾け、ニコッと微笑むお嬢様に、私は首を傾げた。

「すっかり欲張り屋さんになって、楽しそう」


「……まったくです。一体誰のせいでしょうね」
「えへへ、さぁ〜?」

 とぼけるお嬢様に嘆息していると、呼び鈴が鳴った。

 噂をすれば、だ。
 先ほどお嬢様が仄めかしたであろう、私を変えた人達――予定より、ちょっと来るのが早いようだ。


 ドアスコープを覗き込むと、未央さんと志希さん。
 誰かに引っ張られたのか、彼女達がそこをどくと、黒いアイツの周りに皆が並んでいるのがかろうじて見える。
 もちろん、アーニャも一緒だ。

 まだパーティーの準備は4割も終えていない。
 些か不本意で恐縮ではあるが、これから先は皆にも手伝ってもらうとしよう。
 どうせアイツがいるのだ。料理を作り過ぎるなどということは無い。

 多くを与え、受け取ってくれる人。
 今日の私の誕生日だけでなく、これからも私の主観でもって共にいてくれる皆を、すぐにでも出迎えたくて――。

 私はドアを、つい勢いよく開けた。


〜おしまい〜
292 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/11/24(日) 03:51:29.05 ID:Hn+oLRjQ0
後半部分、ゲーム「アイドルマスター ワンフォーオール」の楽曲『アクセルレーション』と、
TVアニメ「アイドルマスター XENOGLOSSIA」のED曲であるSnow*の『悠久の旅人 〜Dear boy』の歌詞をそれぞれ一部引用しています。

長くなってしまい、すみません。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
293 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/11/24(日) 08:40:03.13 ID:krcgrWoG0
乙!
良い作品を読ませてもらった!
294 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2019/11/24(日) 09:10:44.38 ID:fThj3+acO
乙乙!
まさか常務をそう使うとは…!
295 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/11/24(日) 11:55:03.68 ID:Aw3MRfQ+o
おつ!
いい作品を読ませてもらい感謝です。ひょっとして、MEGLOUNITの人ですかね?
とにかく感謝です。
296 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/11/25(月) 19:15:43.51 ID:P5wmoHMY0
>>295
作者のプロフィール
https://twpf.jp/SSoyuhari
297 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/11/25(月) 21:27:31.61 ID:JczFjlt6o
>>296
ありがとうございます。
勘違いでしたね…失礼しました。
他の作品も読ませてもらいます!
298 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/11/25(月) 23:03:51.50 ID:7oDvpdg2o
いやメガロユニットあるやん
勘違いじゃないぞ
299 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/11/26(火) 20:54:07.49 ID:wDVSPg/5O
>>298
どうもです。
勘違いの勘違い…だと?
300 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/01/03(金) 12:05:36.69 ID:3YsmH0nEO
とても面白かったです。
長編でしたが一気に読みきってしまいました。
もしも本になるならば、手元に残したいと思います。
301 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2020/01/15(水) 04:22:49.68 ID:cOAOHLMp0
ありがとう
285.11 KB Speed:0.1   VIP Service SS速報VIP 更新 専用ブラウザ 検索 全部 前100 次100 最新50 新着レスを表示
名前: E-mail(省略可)

256ビットSSL暗号化送信っぽいです 最大6000バイト 最大85行
画像アップロードに対応中!(http://fsmから始まるひらめアップローダからの画像URLがサムネイルで表示されるようになります)


スポンサードリンク


Check このエントリーをはてなブックマークに追加 Tweet

荒巻@中の人 ★ VIP(Powered By VIP Service) read.cgi ver 2013/10/12 prev 2011/01/08 (Base By http://www.toshinari.net/ @Thanks!)
respop.js ver 01.0.4.0 2010/02/10 (by fla@Thanks!)