女「私、あなたのことが好きになってしまいました」

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2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/11(水) 20:44:46.06 ID:IEuf6uP80
男「よいしょっと……」

女「……」

男「もうちょっとしたら暖かくなるからね」

女「はい。隣、いいですか」

男「? 良いよ」

女「……」

男「……」

女「男さん」

男「ん、何?」

女「私、あなたのことが好きになってしまいました」
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/11(水) 20:47:41.95 ID:IEuf6uP80
男「……」

女「……」

ストーブから伝わる暖かさと、すぐそばにいる彼女の冷たく感じさせる視線は妙な相性を持っていた。

男「えーっと」

僕は静かに周りを窺った。というか、疑った。

彼女が、誰かに言わされているのかもしれないのではと考えたからだ。

女「何か」

男「いや、なにも」

この時間に僕らのクラスで登校してくる生徒は僕と彼女しかいなかった。
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/11(水) 20:51:10.29 ID:IEuf6uP80
女「……」

彼女の視線は、ずっと僕に向かっていた。

男「あのさ、どうして好きになったの?」

純粋な質問をぶつけてみる。

女「難しい質問ですね」

ストーブで温めていた手を顎の方に持っていく。顔は無表情のままだ。

女「……」

沈黙。

訪れた静寂は、冬の寒さを助長した。

女「わかりません。この感情が、"好き"なのかすら」

ほんのちょっと残念そうに、首を振った。
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2019/12/11(水) 20:52:27.28 ID:IEuf6uP80
男「……でもまあ」

僕は彼女からストーブに視線を変えて、

男「好きでいてくれるだけで、嬉しいよ」

と、曖昧な答え方をした。

女「……そうですか」

男「うん。嫌われてるよりも絶対に嬉しいし」

女「なるほど」

彼女は淡々と頷いて、僕のすぐそばでまた暖を取り始めたのだった。
6 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/11(水) 20:54:59.52 ID:IEuf6uP80
男「それを言うなら、僕だって女さんのこと好きだよ」

女「……」

彼女はまた、黙り込んだ。表情は微動だにしない。

女「ありがとうございます」

そっと、頭を下げた。

男「え? ……ど、どういたしまして?」

その後、特に会話もないまま、ぎこちない時間が続いた。
7 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/11(水) 21:00:11.56 ID:IEuf6uP80
クラスメイトが少しずつ集まってくる時刻になって、僕はストーブから離れた。

彼女も、僕に続いてストーブを離れ、そのまま自分の席に戻った。

行動も、特にいつもと変わらない様子だ。

男(さっきの発言は、なんだったんだろう)

まあ、なんにせよ。

こうやって毎朝、顔を会わせているんだ。

嫌われていなくて良かったと、喜ぶべきだろう。
8 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/11(水) 21:01:33.09 ID:IEuf6uP80
いつも通り、学校が始まった。

12月。もうすぐ冬休み、という時期に入る。

僕は高校二年生の、普通の男子学生だ。

特に取り柄もない。ただ、一つ得意なことといえば、早起きくらいだ。

いつも学校には始業時間の一時間半前に着いている。これは、小中の頃から変わっていない。

毎日していることだから、もう僕にとっては当たり前のことなのだ。

小学校の頃は、みんなも同じ時間に登校していて、よく遊んだ。

中学になってからは、この時間に学校にいるのは、部活の朝練ぐらいだ。

そんな時、今年のクラス替えで一緒になった彼女は、僕と同じく、いつも早朝の同じ時間に登校していたのだった。

僕らの関係はそれくらいで、時々話をしたりはしていたけれど、特にお互い気にするような感じでは、なかったと思う。
9 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/11(水) 21:04:32.88 ID:IEuf6uP80
彼女は真面目で勤勉、そのため成績も優秀、運動もとびきりできるわけではないけれど、平均よりも上。

背中まで伸びる漆のような黒髪は、彼女の性格を表すようにクセなく真っ直ぐだ。

容姿も実に優れていて、男女ともに人気がある。

少々つり上がった目尻に大きな目は無表情さに磨きをかける要素になっていた。

とにもかくにも、表情というものが大きく変わらない。

更に、僕が知っている範囲で彼女は学校では常に席に座っており、お手洗い以外はほとんど座ったきり不動。
10 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/11(水) 21:05:22.36 ID:IEuf6uP80
おまけに終業後は真っ直ぐ帰宅してしまうようで、どのような人なのかはほとんど謎である。

クラスメイトは彼女と仲良くしたくても、雰囲気に呑まれて声をかけられない、というシーンをよく目の当たりにする。

女「……」

男「……!」

授業中に、目が合った。

というよりかは、僕が彼女を見入ってしまったためだ。

視線を逸らし、気を取り直して真面目に授業に取り組むことにした。
11 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/11(水) 21:08:10.46 ID:IEuf6uP80
午前の授業をこなして、もうすぐ昼の時間になろうとしていた。

チャイムが鳴ると同時に弁当を取り出す男子を尻目に、僕は売店に出向こうと席を立とうとしていた。

女「男さん」

男「ん」

不意に、女さんから声をかけられた。

女さんが、席を立っている。

女「あの、良かったら一緒にご飯を食べませんか」

これも、不意だ。

男「食べる人、いないの?」

女「いえ、いつも一人で食べています」

デリカシーのない発言をしてしまった。

聞かないほうが良かったかもしれない。
12 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/11(水) 21:11:48.44 ID:IEuf6uP80
男「今から売店でパンでも買おうと思ってたんだけど、女さんはお弁当だよね?」

女「はい。一緒に行ってもいいですか」

男「大丈夫だよ。でも結構混むから大変かも?」

女「そうなんですか」

男「うん。うちの学校のパン、人気で売り切れちゃうくらいだから」

女「初めて知りました」

有名だと思ったけれど。案外そうでもないのだろうか。

自分の常識は常に疑うべきなのかもしれない。
13 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/11(水) 21:16:34.91 ID:IEuf6uP80
売店に近づくにつれて、喧騒は更に大きくなる。

男「今日も激混みだなぁ」

女「……」

男「ここで待っててくれる? パパッと買ってくるから」

女「はい、わかりました」

意を決して、混んでいる売店へと足を踏み入れた。

戦場へと赴く戦士のような気持ち……女の子を一人残して。
14 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/11(水) 21:28:21.35 ID:IEuf6uP80
男「はー、なんとか買えた……」

ボリューム満点のタマゴサンドを死守して、彼女の待つ場所に戻ってきた。

女「どこで食べますか」

男「そうだね、屋上……いや、寒いから教室に戻ろう」

女「屋上」

ポツリと小さく呟いた。

男「?」

女「いいえ。教室に戻りましょう」

彼女は勢いよく踵を返して、教室へと向かった。
15 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/11(水) 21:29:11.84 ID:IEuf6uP80
男「急に誘われてビックリしたよ」

女「そうですか」

男「うん」

教室に戻り、一つの席に向かい合って、昼食タイムが始まった。

タマゴサンドを包んでいる透明な包装を颯爽と外していく。

彼女も持ってきたお弁当を開けて、手を合わせた。

男・女「いただきます」

男・女「あっ」

男「タイミング、一緒だったね」

女「そうですね」

僕は笑ってみたけれど、彼女の表情は鉄のように硬かった。
16 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/11(水) 21:30:23.39 ID:IEuf6uP80
女「男さんと、今日はご飯を食べようと思っていましたから」

男「どうして?」

女「一緒に食べたいから、では理由にならないでしょうか」

男「ええっと、なるかな」

僕は照れを隠すために大きなサンドイッチを豪快に頬張った。

女「売店、とても盛況でしたね」

男「うん。どれも全部とっても美味しいんだよ」

女「いつも売店で昼食を購入しているんですか」

男「そうだよ。だからほとんど食べたことあるかな」
17 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/11(水) 21:32:58.57 ID:IEuf6uP80
女「すごいです」

彼女は珍しく、手をパチパチと叩いてみせた。

女「いつも、あの状況で買っているんですね」

男「あはは、アレ凄いよね。最初は僕もビックリしたよ」

女「あれほどの人気なら、さぞ美味しいのでしょうね」

男「うん。良かったら食べる?」

まだ手を付けてないサンドイッチを見る。

女「良いんですか、いただいても」

男「うん」
18 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/11(水) 21:34:04.95 ID:IEuf6uP80
女「では、一口だけ。でも、今男さんが食べているもので大丈夫です」

僕が持っているサンドイッチを指さす。

男「えっ。そ、そう?」

女「はい」

男「じゃあ、どうぞ」

手を伸ばして、彼女の方に手渡そうとする。

女「……」

しかし、彼女は軽く席から立ちあがり、僕の手にあるサンドイッチに顔を近づけて、

そのまま、食べた。

男「!」

手で口を丁寧に押さえて何度か咀嚼して、

女「……美味しいですね」

と、言った。
19 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/11(水) 21:35:09.69 ID:IEuf6uP80
女「どうかしましたか」

男「あ、いや……」

てっきり、一度手に持って食べると思っていたので、少々驚いていた。

女「ありがとうございます。とっても美味しかったです」

頭を軽く下げて、礼を言う。動作に一切無駄がない。

男「美味しかったなら、良かった」

僕はもう、それ以上言えなかった。

今朝のストーブの時くらい、顔が近かった。
20 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/11(水) 21:35:49.76 ID:IEuf6uP80
女「弁当は作らないのですか」

男「え、僕?」

女「はい」

男「あはは……僕の出発時間が早すぎて母さんに作らせるのもなあって感じでさ」

女「なるほど」

男「女さんは朝早いのに、弁当なんだね。色合いもよくて、美味しそう」

女「ありがとうございます。いつも、考えながら作っているので」

ってことは、彼女は。

男「これ、自分で作ってるの!?」
21 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/11(水) 21:38:14.37 ID:IEuf6uP80
女「はい」

男「ま、毎日?」

女「そうですね」

男「す、すごい……」

思わずさっき女さんがしたように、僕も拍手をする。

女「習慣づいてしまったので、あまり時間はかかっていないです」

男「それでもすごいよ。真似できない」
22 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/11(水) 21:39:52.63 ID:IEuf6uP80
その後も、他愛のない会話は続いた。

彼女はとにかく表情は変わらないけれど、別に不機嫌というわけではないようだ。

男「ふう」

女「……」

彼女は昼食を取り終えて、お箸を置いた。

僕は両手を合わせた。

男・女「ごちそうさまでした」

男・女「あっ」

また、同じタイミングで言うのだった。
23 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/11(水) 21:41:14.88 ID:IEuf6uP80
続きます。

冬のお話です。少々お付き合いください。
24 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/13(金) 07:59:06.15 ID:33cJyEtRo
好き
25 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/13(金) 21:54:00.14 ID:8bowcbh90
昼食の時間後、教室がいつもと違うザワつきに包まれていた。

男(な、なんだ?)

視線は、僕と女さんへと向けられていた。

男(なるほど)

どうやら、この視線は不動の彼女が動き出したことに起因するようだ。

よく考えてみたら、それはそうだろう。

お手洗いや移動教室以外ではめったに席を立たない彼女が。

教室の外に出て、他人と食事を共にしていたのだから。

驚かないわけがない。

男(これは、困ったな)

ストーブによって少し暑くなった教室で、僕はジトリと汗をかき始めたのだった。
26 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/13(金) 21:55:00.23 ID:8bowcbh90
この日最後の授業が終わり、ホームルームを終えて、僕は帰る準備をしていた。

女「男さん」

またまた不意に、僕の席に女さんは来ていた。

男「ん、何?」

女「今日はもう帰りますか」

男「うん。特に寄るところもないし」

女「では、一緒に帰ってもいいですか」

男「え……」

教室の時間が止まったかのように静まり返った。

彼女の言葉に、クラスメイトが全集中を傾けていることが、容易に想像できた。

男「えっと……い、いいよ」

途端にザワめきは、壮大になった。
27 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/13(金) 21:56:20.37 ID:8bowcbh90
男「……」

女「……」

男「家、同じ方向だったんだね」

女「はい」

男「ははは……」

僕と彼女は、一緒に下校している。

不思議なことが、今現在起きている。

女「一緒に帰ってくださって、ありがとうございます」

男「そんな、こちらこそお誘いありがとう」

女「はい」

彼女は短く返事をした。

女「断られなくて、良かったです」
28 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/13(金) 21:56:47.40 ID:8bowcbh90
男「断る理由なんてないよ」

女「そうなのですか」

男「うん。別に一緒に帰る人もいないし」

女「なるほど」

男「……もしかして、女さんの口癖って『なるほど』?」

女「どうしてですか」

男「よく言ってる気がするから」

女「そうなんでしょうか」

男「うん。別に悪いことじゃないんだけどね」

女「なるほど」
29 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/13(金) 21:57:47.81 ID:8bowcbh90
男「あ、ほら」

女「……驚きです」

彼女は口を手で押さえて、しばらくの間硬直した。

彼女なりの、リアクションなのだろう。

男「はは、癖って誰にでもあるよね」

女「そうなんですね。自分ではまったく気づきませんでした」

男「だから癖なのかもしれないね」

女「はい」
30 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/13(金) 21:58:28.12 ID:8bowcbh90
男「うー寒いなぁ」

女「はい」

男「夜になると余計冷え込んで、困るなぁ」

女「はい」

男「女さんは、寒いの得意? 苦手?」

女「あまり、得意ではないです」

男「そうだよね。……というか、それなら僕が来る前にストーブつけちゃえば良かったのに」

今朝のことを思い出す。

朝、僕が教室に着いた時には、彼女は窓から外を眺めていた。
31 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/13(金) 21:59:32.74 ID:8bowcbh90
女「それは」

口を噤んで、息を吐いた。

男「うん」

その吐息は、今日の寒さを表すには持って来いの白さだった。

女「男さんが、いつもつけてくれるから」

小さな声だった。

男「ぼ、僕が?」

確かに、いつも学校に来て、ストーブをつけるのは僕だった。

男「確かに、僕がいつもつけてたね。そうだったそうだった」

頭を軽く掻く。この言葉の意味が、僕には理解できない。
32 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/13(金) 22:00:04.87 ID:8bowcbh90
女「……それに」

彼女はまた言葉を紡ぐ。

女「夏はエアコンをつけてくれました」

男「えっ、そうだったかな……」

女「……」

黙って頷いたっきり、静かになるのだった。
33 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/13(金) 22:00:47.88 ID:8bowcbh90

つづきます。それでは。
34 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/14(土) 05:21:07.86 ID:lbbCZ0TDo
良き
35 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/15(日) 22:51:19.22 ID:oirh8cVe0
女「……」

男「……」

沈黙が続く。

女「あの、男さん」

彼女が重い口を開く。

男「な、なに?」

女「好きな人には、どう接すればいいのでしょうか」
36 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/15(日) 22:55:29.35 ID:oirh8cVe0
サラリと、感情のないアンドロイドのような顔でそう質問した。

女「私、人を好きになるのが初めてで」

もはや。

思考すらそれのようだった。

女「教えていただけないでしょうか」

彼女は、真剣だ。

冗談なんて、きっと一度も言ったことはないんじゃないかってくらい。

真っ直ぐな瞳をしていた。
37 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/15(日) 22:56:23.65 ID:oirh8cVe0
男「ちょっと待って」

女「はい」

男「そ、その好きな人って」

女「あなたです」

男「……」

それはそうなんだけれど。

なんで。

それを僕に聞くんだ。
38 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/15(日) 22:57:00.11 ID:oirh8cVe0
男「う、うーん……」

とにかく、この状況をどうすればいいのか、僕は迷った。

女「……」

彼女は無機質な表情で答えを待っている。

男「……えっと」

女「あっ」

男「?」
39 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/15(日) 23:00:36.09 ID:oirh8cVe0
女「分かれ道です。男さんの家はどちらですか」

男「え、僕はこっちだけど」

女「なるほど。私は逆です」

そういって、彼女は僕の指した方と逆の分かれ道に行き、

女「それでは、これで」

男「あ……うん」

彼女は深くお辞儀をして、帰っていった。

通り雨のような、潔さだった。
40 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/15(日) 23:03:58.17 ID:oirh8cVe0
彼女は、不思議な人だ。

好きな人に対して、好きな人にどう対応すればいいかと問う。

あまりにもナンセンスだ。

と、僕は思う。

男(どう答えるのが正解だったんだろう)

頭の中で質問がずっと右往左往していた。

わからない。あまりにも、難しい。

考えたこともない。好きな人に対してどうするか、なんて。

これまで、そういう経験は皆無だ。もちろん仲の良い友達は同性異性問わずいる。

だけれど、恋に発展するようなことは、今の今までなかった。
41 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/15(日) 23:04:40.73 ID:oirh8cVe0
女「おはようございます、男さん」

男「お、おはよう」

次の朝。教室に着くなりいつも通りの変わらない挨拶を済ませて、僕はストーブをつけた。

女「昨日は、ありがとうございました」

男「え」

女「一緒にご飯を食べて、一緒に帰ってもらいましたから」

男「こ、こちらこそ、ありがとう」

女「はい」

男「……」

女「……」

ストーブの勢い良い音が響くだけの教室。

男「あのさ、女さん」
42 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/15(日) 23:05:10.29 ID:oirh8cVe0
女「はい」

男「昨日の質問について、なんだけど」

女「はい」

男「僕自身も、わからないんだ」

女「……」

男「好きな人はいた……と思う。けど、だからって何か特別なことをしたかって言われると何もしてない」

女「……」

男「だから、僕から言えることは、特にない、かな」

女「なるほど」

彼女はストーブを見つめながら、そう答えた。
43 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/15(日) 23:09:37.67 ID:oirh8cVe0
女「やっぱり、私は男さんのことが好きなようです」

男「え」

女「また一つ、質問をしても良いですか」

さっきの発言についてはスルー……?

回答に困るものじゃありませんように……。

男「……オーケー。何?」

女「好きな人って、誰ですか」
44 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/15(日) 23:11:42.36 ID:oirh8cVe0

ここまで。また後日。
45 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/18(水) 22:07:31.27 ID:XxmaiqzQ0
男「え」

女「男さんの、好きな人を教えてください」

男「む、昔の話だよ?」

女「昔でも、構いません」

彼女はジリジリと、僕との距離を詰める。

女「好きな人の好きな人を、純粋に知りたいのです」
46 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/18(水) 22:10:16.53 ID:XxmaiqzQ0
男「む、昔の話だからね……」

僕は重ねて言って、彼女と少しだけ距離を置いて、話し始めた。

男「中学の頃に、陸上部の先輩がいてさ。凄い明るくてムードメーカーの」

女「ムードメーカー」

男「うん。僕自身、陸上部ではなかったんだけれど、委員会の活動とかで一緒で」

女「委員会」

男「陸上部で有名だったからこっちは一方的に知ってたんだけど、普段は長い髪を一つに結んでて、それが可愛かったんだ」

女「……」

男「ま、それだけで、もちろん告白はしてないし、先輩は引っ越しちゃって、お別れもしないままだったけどね」
47 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/18(水) 22:14:06.12 ID:XxmaiqzQ0
女「悲しい、ですね」

男「いやあ、別にそんなこともないよ」

女「そうなのですか」

男「好きだったけど、付き合いたいとか、そういうのじゃなかったし。きっと先輩は、俺の名前も知らなかっただろうから」

女「……」

男「『憧れ』に近かったんじゃないかなって、今は思うよ」

女「『憧れ』」

男「うん。……あはは、なんか照れ臭いねこういう話って」
48 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/18(水) 22:16:38.48 ID:XxmaiqzQ0
女「私の気持ちは、『憧れ』なのでしょうか」

胸に手を当てて、彼女はそう呟いた。

女「男さんに好きな人がいた、と聞いて、胸が少しだけ、キュッと締め付けられるような」

彼女の声色はゆっくりと暗く、重い雰囲気になっていく。

男「む、昔の話だからさ! そんなに思いつめられるとこっちも申し訳ないというか」

女「はい……」

表情は一切変えなくても、声のトーンで彼女が落胆しているのは感じ取れた。
49 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/18(水) 22:23:39.95 ID:XxmaiqzQ0
男(……気まずい)

気づけば二人で寄り添うように、ストーブで暖を取る。

身体は少しずつ暖かくなっていくけれど、冬の空気は冷え切っていた。

このままではまずいと思い、声をかけてみる。

男「女さん」

女「はい」

男「趣味とかって、ある?」

女「趣味、ですか」

男「うん。何かない?」

女「そうですね。趣味というほどではないのですが映画はよく観ます」

男「へえ、どういうのを観るの?」

女「ジャンル問わずなんでも」
50 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/18(水) 22:26:31.43 ID:XxmaiqzQ0
男「それは凄いね」

女「父が映画関係の仕事をしているので、よく観ます」

男「へえ! それはもっと凄い」

女「男さんは、映画は観ますか」

男「うーん、話題作とかは気になったら観に行くかな」

女「なるほど」

男「最近は観に行けてないなぁ。ちょっと観に行きたいかも」

女「……なるほど」

口癖を呟いて、彼女は暖かくなった手を小さくこすり合わせた。
51 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/18(水) 22:28:13.05 ID:XxmaiqzQ0
男(ううっ、トイレ……)

軽く身震いをして、僕はトイレに向かった。

男「ごめん、トイレ行ってくるね」

女「はい」

そんな会話を済ませて廊下に出ると、だんだんと学生が登校し始めていた。

トイレから出れば、きっともう教室にはある程度人が増えていそうだ。
52 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/18(水) 22:32:33.91 ID:XxmaiqzQ0
男「……ん?」

トイレを済ませて、僕は教室に戻ろうとしていた。

しかし、教室の中がいつもよりも騒がしい。というか、いつもと間違いなく違う騒がしさだ。

教室に入ると、一人のクラスメイトが僕の方にやってきた。

「おい、男! お前何したんだ」

男「……? な、なにが?」

「あれだよ、見てみろ」

男「え……。!?」

彼が指さした場所には、女さんがいた。

だけど。

常に真っ直ぐに下ろされていた黒髪が、一つに結ばれていた。
53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2019/12/18(水) 23:11:20.86 ID:LPJqbwqzO
つづきはよ
54 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/21(土) 00:17:30.93 ID:QNmU56sQ0
「昨日もだけど、お前と女さん付き合ってんのか?」

男「つ、付き合ってないよ!」

『好き』とは言われたけれど。

「それにしたって、昨日の今日で髪型変わってたらそりゃ誰だってビビるぜ……」

昨日というのは、きっと昼食のことだろう。

男「……あ」

「ん?」

男「いや、なんでもないよ。なんでもない」

もしかして、さっきの話……。

男「ま、まさかなぁ」

誰にも聞こえないほど、僕は小さな声でひとりごちた。
55 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/21(土) 00:24:42.60 ID:QNmU56sQ0
その日のお昼は、まさに驚天動地のことが起きた。

女「男さん」

男「は、はい」

長い一つ結びの髪を揺らしながら、彼女は僕の席にやってきた。

女「今日も一緒にご飯、いかがですか」

男「あ、うん。今日も僕は売店に買ってくるから……」

女「その」

男「ん?」

彼女は僕に弁当箱を差し出した。

よく見ると、彼女は二つ弁当を持っている。

女「今日、男さんの分を作ってきました。良ければ、食べてください」
56 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/21(土) 00:25:18.66 ID:QNmU56sQ0
男「べ、弁当?!」

女「いつも売店で購入していると聞いたので。迷惑でしたか」

男「い、いや迷惑じゃないけど……」

周りの空気は、今朝以上におかしな空気に満ち溢れていた。

女「……」

彼女はじっと、僕を見つめていた。

男「い、いただきます」

僕の言葉を聞いて、歓声のような声が教室に響き渡った。
57 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/21(土) 00:27:55.12 ID:QNmU56sQ0
男「……」

女「……」

男「本当にいただいてもいいの?」

女「はい。お口に合うと良いのですが」

弁当箱の包みを取り外し、箱を開けてみる。

そこには、一つの箱には色とりどりのおかずと、もう一つはご飯が丁寧に敷き詰められていた。

男「うわぁ、美味しそう!」

周りが気になって少し気分が滅入ってしまっていたけれど、それは一瞬で吹き飛ぶほど、美味しそうだ。

男「それじゃあ早速……」

女「はい」

男・女「いただきます」

男・女「あっ」

女「また、ですね」

男「そうだね」
58 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/21(土) 00:29:22.88 ID:QNmU56sQ0
卵焼きを箸で持ち上げて、口へと運んだ。

女「……」

男「美味しい! これ、女さんの手作り?」

女「はい」

男「すっごく美味しい! 味付けもダシ巻きで、好きな味だよ」

女「良かったです」
59 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/21(土) 00:30:49.33 ID:QNmU56sQ0
口に運ぶと、次々と色んな幸せがやってくる。どれも美味しい。

男「あっ、ごめん。食べるのに夢中になってあんまり話せなくて」

女「いいえ。気にしてません。美味しいですか」

男「うん。ご飯と合うおかずがたくさんあって、ついつい食べちゃうよ」

女「良かったです。……あの」

男「ん、なに?」

女「どうですか、これ」
60 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/21(土) 00:35:20.59 ID:QNmU56sQ0
彼女は、目を伏せて、横を向いた。

結ばれた髪型が、大きく揺れる。

男「髪型のこと?」

女「はい」

男「えっと……いつも女さんはストレートだから、新鮮だね」

女「なるほど」

正面に向き直って、弁当をつつき始めた。
61 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/21(土) 00:35:56.32 ID:QNmU56sQ0
男「……」

彼女は、あまり嬉しくなかったのだろうか。

女「……」

『なるほど』。よく聞くフレーズを言った後。

口数は妙に減ってしまったのだった。

彼女を眺めつつ、僕は深く思案する。

男(まずい、絶対に機嫌が良くないな……)

そう直感して、僕は何か話しかけようと試みようと思った。
62 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/21(土) 00:40:18.33 ID:QNmU56sQ0
女「……あの」

男「えっ」

先に、彼女が先陣を切る。

女「……あまり、見ないでください」

男「?」

彼女は自分の目を手で覆った。

女「照れます」
63 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/21(土) 00:40:48.18 ID:QNmU56sQ0
男「あ……」

どうやら彼女は。

想像よりも、喜んでいたようだった。

おまけに僕が見ているのが、更に拍車をかけて照れを倍増させたという。

男「ご、ごめん……」

女「いえ、すみません。そういうこと、言われ慣れていないので」

こっちだって言い慣れてないよ……。
64 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/21(土) 00:52:28.21 ID:QNmU56sQ0
そんなこんなで、お昼は終わった。

授業の合間合間で、僕は色んなクラスメイトに質問攻めにあった。

「付き合っているのか」「どういう関係なのか」「どうして仲良くなったのか」

どれもこれも、女さんのことだった。

横目で彼女を見ると、彼女は女子生徒から質問攻めにあっていた。

前まで怖がって話しかけられなかった彼女が。

気づけば、女の子に囲まれているのは少しだけ、非日常な感覚だった。

……よく考えれば、昨日から僕にとっては非日常的なことが、次々と起きているわけだけれど。
65 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/21(土) 00:53:06.37 ID:QNmU56sQ0
女「びっくりしました」

男「あはは」

帰路。僕は昨日と同じく、女さんと一緒に帰っていた。

男「お互いに質問攻めだったね。どんなこと聞かれたの?」

女「男さんのことを聞かれました」

男「やっぱり。僕も、女さんとのこと聞かれたよ」

女「そうなんですか」
66 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/21(土) 00:54:05.32 ID:QNmU56sQ0
男「うん。みんな考えてることは同じみたいだね」

女「そうなのでしょうか」

男「どんな質問されたの?」

女「『付き合っているのか』が一番多かったです」

男「ははは……僕も」

すると、彼女は急に歩みを止めた。

女「あの、男さん」

男「ん、何?」

女「『付き合っている』というのは、どういう状態なのでしょうか」
67 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/21(土) 00:58:36.09 ID:QNmU56sQ0
また彼女は。

難しい質問を平然とぶつけてきた。

女「お付き合いというものを、したことがないので」

男「う、うーん……付き合ったこと、僕もないからなぁ」

女「男さんの思う、『お付き合い』というのはどういうものなのでしょうか」

男「どういうもの……か」

彼女はジッと僕を見つめる。

その彼女の純真な瞳に、僕はタジタジになってしまう。
68 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/21(土) 00:59:02.95 ID:QNmU56sQ0
男「……やっぱり一緒に出かけたり……」

女「……お出かけ」

男「手をつないだり……」

女「……手をつなぐ」

男「き、キスしたり?」

女「……キス」

男「……と、とかかな!!」

どうしよう。

自分で言って、めちゃくちゃ恥ずかしい。
69 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/21(土) 00:59:59.68 ID:QNmU56sQ0
女「男さん」

男「は、はい!?」

女「抱き合う行為も、入りますか」

男「え!? ……あ、うん。そ、そうだね」

女「なるほど」

男「……」

女「よく、映画のシーンでもありますよね」

男「そ、そうだね」

彼女は妙に納得した風に、大きく頷いて見せた。
70 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/21(土) 01:01:05.93 ID:QNmU56sQ0
女「私は、まだ一度もしたことがありません」

彼女は音も立てず、自分の唇を指でなぞって、

女「キス……」

と、囁いた。

その時の彼女は、妙な色気があって。

僕は直視ができなかった。

女「ごめんなさい。時間を取ってしまって」

我に返った彼女は、また歩みを始めた。

女「……どうしましたか」

男「あ……う、うん」

そうして、僕らはまた帰路を歩き始めたのだった。
71 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/21(土) 01:01:49.19 ID:QNmU56sQ0

ここまで。また後日
72 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/23(月) 22:46:02.98 ID:P+1gm2Gp0
そして日付が変わって金曜日。今年最後の授業日だ。

今日が終われば、明日から冬休みになる。

いつもの時間に登校して、教室の扉を開ける。

女「おはようございます」

男「うわぁ!?」

開けると、彼女は教室の引き戸との距離スレスレに立っていた。

女「昨日、ホラー映画を観て、思いついたので」

男「び、ビックリした……!」

女「ごめんなさい、驚かせてしまって」
73 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/23(月) 22:46:43.06 ID:P+1gm2Gp0
彼女の精一杯のジョークに、まんまとやられつつ、僕はいつも通りストーブをつけた。

男「明日から冬休みだね」

女「そうですね」

男「どこか行く予定とかあるの?」

女「いえ、特には」

男「そっか〜。僕もだけどね」

女「男さん」

男「ん、なに?」

女「男さんは、クリスマスパーティーは参加しますか」
74 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/23(月) 22:49:17.34 ID:P+1gm2Gp0
男「クリスマスパーティー? ああ、生徒会主催の?」

女「はい」

男「うん。参加するつもりだよ。去年も楽しかったし」

女「なるほど」

男「女さんは?」

女「参加します」

男「そっか。楽しもうね」

女「はい」
75 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/23(月) 22:49:46.47 ID:P+1gm2Gp0
女「それと」

ゴソゴソと彼女が自分のポケットを探る。

男「?」

何かを取り出して、彼女はこちらに向き直った。

女「冬休み、空いている日はありますか」

男「えっと、さっき言った通り何も予定はないけど」

女「……そうでした。ごめんなさい」

男「……」

謝れると逆に傷つくなあ。

女「あの、これ」

彼女の手には、何かのチケットだった。
76 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/23(月) 22:52:13.91 ID:P+1gm2Gp0
男「これは?」

女「父から、映画のチケットをもらったのです」

男「ああ、映画関係で働いてるお父さん」

女「その、良ければ」

彼女はいつもより歯切れ悪そうな言い方で、

女「一緒に、映画を観に行きませんか」

と、言った。
77 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/23(月) 22:54:35.58 ID:P+1gm2Gp0
女「……映画、観たいとおっしゃっていたので」

男「あ、ああ」

女「なので」

突然のことでとにかく戸惑う僕。

そして。

いつも以上に彼女は、緊張しているように見えた。

もちろん、表情はまったくわからないのだけれど。
78 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/23(月) 22:57:13.42 ID:P+1gm2Gp0
女「……」

男「……」

女「嫌、ですか」

男「えっ」

女「その、嫌でしたら……」

男「そ、そんなことないよ! 映画観たいし!」

女「はい……」

男「で、でも……僕とでいいの?」
79 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/23(月) 22:58:35.65 ID:P+1gm2Gp0
女「はい、もちろんです」

男「そ、それならいいんだけど」

女「どうしてそう思うのですか」

男「いやぁ……なんとなく」

女「なんとなく」

男「うん、なんとなく」

女「はい、わかりました」

彼女は鉄仮面をつけているように、表情を崩さず頷いた。
80 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/23(月) 23:01:55.51 ID:P+1gm2Gp0
女「何を観ますか」

男「うんと、今話題の作品とかってあるのかな?」

女「はい。色々公開されてます」

そう言うとササっとチラシを取り出した。

それは近所の映画館のチラシだった。

女「近所で上映されているのは、ここからここまでです」

男「そうなんだ。よく知ってるね」

女「ありがとうございます。それで、何を観ますか」
81 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/23(月) 23:02:39.70 ID:P+1gm2Gp0
男「うーん……どうしようかな」

女「……」

男「……」

チラリと彼女の方を覗く。

女「なんでしょう」

彼女と、ピッタリ目が合ってしまった。

男「あ、えっと……女さんが観たいやつって、ある? 良かったらそれを観に行きたいかなって」
82 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/23(月) 23:05:06.73 ID:P+1gm2Gp0
女「私の観たい映画で、良いのですか」

男「うん。僕あんまり映画詳しくないし。それにチケットは女さんのだから」

女「なるほど。では、選びます」

彼女はおもむろに上映作品を眺めだした。

どうやら相当吟味しているようだ。

女「……」

男「……」

そうしているうちに、他のクラスメイトの登校時間になってしまった。
83 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/23(月) 23:05:33.50 ID:P+1gm2Gp0
男「女さん、またあとで決めよう」

女「……ごめんなさい、すぐに決められません」

男「平気だよ。気にしないで」

女「はい」

そう言って、僕と彼女は自分の席へと戻った。

真剣に悩んでしまうくらい、好きなのだろう。
84 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/23(月) 23:06:12.13 ID:P+1gm2Gp0
男「……」

授業中のこと。

僕は、全然集中ができないでいた。

男(映画……)

どうしても、僕は消極的でいた。

あまりにもウジウジしている自分がとても不快だ。

でも、そうなってしまう気持ちも、自分はわかってしまう。
85 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/23(月) 23:08:51.97 ID:P+1gm2Gp0
男(……女さん)

どうして僕のことを、好きになったんだろう。

まったく理解ができない。

男(……)

彼女の方を見やる。

女「……」

彼女は真剣な目をしている。

真剣に、今朝の映画のチラシを眺めていた。
86 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/23(月) 23:09:59.47 ID:P+1gm2Gp0
男「!」

女「……」

目が合う。彼女はいつもとは違い、慌ててチラシを隠した。

女「……」

また、チラリとこちらを見る。

顔は一切変わらずとも、女さんは焦っているようだった。

授業中に違うことをするなんて、珍しい。

いつもはノートと黒板を交互にしているだけなのに。

とは言いつつ……それなら、そもそも僕と目が合うことはないか。

器用な人だ。
87 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/23(月) 23:10:46.56 ID:P+1gm2Gp0
ここまで。 またあした。
88 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/24(火) 22:21:49.13 ID:4PEn9SXV0
眠い眠い授業を数時間終えて、昼の時間。

彼女と僕は昨日、一昨日と同じく、一緒に昼食を取ろうとしていた。

女「今日も、お弁当を持ってきました」

男「今日も? あ、ありがとう」

女「あと、これ」

今朝の映画のチラシを差し出した。

男「うん。観たいものは決まった?」
89 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/24(火) 22:23:36.46 ID:4PEn9SXV0
女「はい。あの……」

指先が少し震えている。

女「……」

差そうとしていた指が、ゆっくりと不安げに宙を舞う。

男「女さん」

女「……これを、観たいです」
90 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/24(火) 22:24:59.23 ID:4PEn9SXV0
男「え……」

女「……」

視線を逸らして、僕から彼女の顔がほとんど見えなくなる。

男「こ、これ?」

彼女は小刻みに首を縦に動かす。

そう、彼女が選んだ映画は。

ドストレートな、恋愛映画だった。
91 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/24(火) 22:28:38.97 ID:4PEn9SXV0
冬休み、初日。

12月初めからうっすらと漂っていたクリスマスムードが、一気に加速していた。

気温はひんやりとしているが、周りは忙しく、クリスマスを迎えるための準備に人々が躍起していた。

そんな雰囲気を楽しみつつ、僕はとある人を待っていた。

女「おまたせしました」

ベージュのロングコートという、大人の装いで彼女は現れた。

澄んだ黒い長髪と、クールな目元がとてもマッチしている。

いつも制服姿しか知らないから、見違えるほどだ。
92 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/24(火) 22:29:27.44 ID:4PEn9SXV0
男「女さん」

女「遅れてしまいました」

彼女は少しだけ息を荒くしていた。急いだのだろうか。

男「ううん、僕もさっき来たところ」

女「いつもと逆になってしまいました」

男「え? ああ、学校と?」

女「はい。いつもは、男さんより先に私がいますから」

確かに、いつもと逆だ。
93 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/24(火) 22:32:52.08 ID:4PEn9SXV0
男「もうすぐクリスマスだね」

女「はい」

男「クリスマスパーティーは、去年も行ったの?」

女「強制参加だと思っていたので、参加しました」

男「ああ、そうなんだ。楽しかったよね。ダンスパーティーとか、ビンゴ大会とか」

生徒会が主催するクリスマスパーティー。

うちの学校の生徒会はすごく力が入っているから、凄く豪勢な学校行事だ。

毎年ほとんどの学生が参加し、参加率は9割を超えるほどだという。
94 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/24(火) 22:37:04.01 ID:4PEn9SXV0
女「ビンゴなら、私当たりました」

男「え、そうなの」

女「はい。雪だるまの貯金箱」

「これくらいの」と言いながら、手で大きさを表現している。

想像していたよりも大きいもののようだ。

男「へ〜いいね」

女「だから、去年から少しずつ貯金をしています」
95 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/24(火) 22:43:43.11 ID:4PEn9SXV0
男「女さんってバイトしてるんだっけ?」

女「いいえ」

男「じゃあ、お小遣い?」

女「はい。あまり買いたいものとかも無いので」

確かに、物欲はなさそう。

女「映画を観に行ったり、映画をレンタルしたりはします」

本当に、映画が好きなんだな。
96 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/24(火) 22:44:37.41 ID:4PEn9SXV0
女「男さんは」

男「僕? 僕もお小遣いだよ」

よく考えてみたら僕もあまり物欲は無い。

男「そうだなぁ……漫画とかゲームとか、たまに買うけれどそんなに熱心に集めたりとかはしてないかなぁ」

僕って、平凡だ。

女「なるほど」

男「女さんは漫画とかは読む?」

女「映画の原作とかでしたら、読みます」

男「映画ありきなんだね」

女「そうですね。気づいたら、そうなっているのかもしれません」
97 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/24(火) 22:54:50.07 ID:4PEn9SXV0
映画鑑賞と、それに関連したアレコレ、か。

「趣味というほどではない」と言っていたけれど、そんなことはまったくないじゃないか。

男「そんな女さんが選んだ映画、楽しみだな」

女「そういわれると、重圧が」

男「ごめんごめん、そういうつもりで言ったんじゃないんだ」

女「はい」

表情はいつも通り、ずっと読めないままだ。
98 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2019/12/24(火) 22:58:25.07 ID:4PEn9SXV0
ここまで。また次回。
99 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2020/01/05(日) 22:47:20.79 ID:ybPKtKkA0
男「あ、ここだよ女さん」

女「はい」

早めに映画館にやってきた僕らはポップコーンとジュースのセットを購入して、席に座った。

男「ポップコーンを頼むと、一気に映画館の気分になるね」

女「わかります」

彼女は大きく頷いた。
100 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2020/01/05(日) 22:48:32.70 ID:ybPKtKkA0
女「最近はキャラメル味やチョコ味、色々な味が楽しめますね」

男「あ、女さん、ポップコーン好き?」

女「はい。好きです」

男「そうなんだ。じゃあ買おうって言って良かった」

女「男さんは」

男「僕も好きだよ」

女「そうですか」

胸を軽く撫でて、彼女は一息ついた。

しかし、ポーカーフェイスは揺るがない。
101 : ◆qhZgDsXIyvBi [saga]:2020/01/05(日) 22:50:31.34 ID:ybPKtKkA0
女「私、上映前のこの雰囲気が好きです」

彼女はまだあまり人が入っていない場内を見渡して呟く。

女「世界とちょっとだけ隔離されたような、そんな空間のようで」

男「なんだか詩的な表現だね。そう言われると、なんだか僕も好きになりそう」

静かな空気に穏やかな音楽がしっかりと「BGM」の役割を果たしている。

外の喧騒などからは隔絶された一種の空間のように感じる。
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