【モバマス】隣の席のライラさん

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1 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/09(月) 20:47:16.11 ID:vDFWXBZ/o
・地の文
・モブ視点
・スピンオフ的な話

↓元になってる話
【モバマス】千夜の姫に宿る炎
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1493983981/

よろしければお付き合いください

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1583754435
2 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/09(月) 20:48:27.40 ID:vDFWXBZ/o

ドラマのような出来事なんて、現実には存在しない。
仮にあったとしても、自分には関係ない。
そう思っていた。
少なくとも、その時までは。
3 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/09(月) 20:49:17.49 ID:vDFWXBZ/o

***************************


可もなく不可もなく、という言葉通りの人生だった。
絵に描いたような器用貧乏なら、それも当然なのかもしれない。

勉強も運動も平均の少し上くらい。
不細工ではないが決して男前でもない。
そんなだから、良い方にも悪い方にも目立つことはなかった。

不満がないかというとそうでもないが、今の立ち位置も嫌いではない。
それなりに楽しくやってこられたのだから、それで十分という気もするのだ。

主人公の友人だのと評されたのは、その辺りが原因なのだろう。
良い奴だしそこそこ頼りになるが、主役になるには何かが足りない。
友達として付き合う分には別に問題ないけど。
そう言って笑ったのは、腐れ縁のクラスメイトだった。

ひどい言い草ではあるが、特に腹も立たなかった。
無意識のうちに自覚していたからかもしれない。

そしてそれは、高校生になってからも変わることはなかった。
4 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/09(月) 20:50:05.90 ID:vDFWXBZ/o

***************************


――ウチのクラスに転校生が来る。

自称情報通が持ってきた話題で教室は賑わっていた。
どういう奴なのかという情報が全くない辺りが、自称という肩書きの理由だろう。
ただ、今回の場合はその方が良かったのかもしれない。

もう秋だというこの時期に転校してくる理由。
男なのか女なのか。
勝手な予想と希望が飛び交っている。
5 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/09(月) 20:51:02.27 ID:vDFWXBZ/o

「なに、アンタ興味ないの?」

隣の空席の、更に向こうから声が飛んできた。
意味深な笑いに引っかかるものを感じながら答えを返す。

「別に、すぐに分かることだろ」

騒いだところで何が変わるわけでもない。
当の転校生はこの後すぐこの教室に来るわけだし。

「そりゃそうだけどさ、お隣さんだよ?」

半ばあきれたような表情で指を指された。
俺ではなく、二人の間にある空席を。

「……ああ、そうなるのか」

現状、この教室で空いている席はここにしかない。
ということは、転校生はこの席に座ることになるのだろう。
……将来的にどうなるのかは知らないが。
6 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/09(月) 20:51:58.25 ID:vDFWXBZ/o

「もっとこうさ、なんかないの?」

薄い反応が気に食わなかったのか、身を乗り出してきた。
そう言われても、特に何もないのだから仕方ない。
ましてや、コイツを楽しませるためにどうこうする気もない。

「別に。とりあえず普通の奴ならそれでいい」

正直な答えには溜め息が返ってきた。
コイツも大概失礼な奴だな。
相手に対する遠慮も気遣いもあったもんじゃない。
十年来の腐れ縁ともなれば仕方のないことなのかもしれないけど。
……まあ、俺も大して変わらないしな。

「変なやっかみを受けるくらいなら何もない方が良いんだよ」

「……そうよね。アンタってそういう奴よね」

俺にこれ以上のものを求めるのは無駄だと悟ったようだ。
軽く肩をすくめて、自分の席に座り直す。

タイミングを計ったかのように予鈴が鳴った。
7 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/09(月) 20:52:50.75 ID:vDFWXBZ/o

――――――
――――
――

「ホームルームの前に、転校生を紹介する」

チャイムとともに入ってきた担任が告げる。
途端に教室全体がザワつき出した。
気の早い何人かはもう質問を飛ばしている。

「そういうのは本人に聞け」

バッサリと切り捨てた後、入室を促す声とともに扉が開く。
視線が一斉に向けられ、次の瞬間全員が揃って沈黙した。
口を閉じることさえ忘れている。

一体誰がこれを予想しただろうか。
いや、予想できるわけがない。
だから皆声が出ないんだ。
8 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/09(月) 20:54:43.15 ID:vDFWXBZ/o

転校生は女だった。
しかも美人。
でも、それすらも大した問題ではなかった。

金の髪。
褐色の肌。
碧の瞳。

誰が見ても外国人だと分かる。
けど多分、実際には誰も見たことがない。
それこそ物語の登場人物でしか知らない。

そんな人物が現れたら、何も言えなくなって当然だろう。

「わたくしライラさんと申しますです。よろしくお願いいたしますですねー」

独特なアクセントの日本語が、のんびりとした声に乗って届く。
丁寧な礼に合わせて金色の髪がサラサラと肩から落ちる。

どうにも現実感がない。
でも彼女は確かにそこにいる。
狐につままれるっていうのは、こういうことなんだろうか。
9 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/09(月) 20:56:35.20 ID:vDFWXBZ/o

「まだ不慣れなことも多いだろう。皆で助けてやってくれ」

聞き慣れた担任の声をきっかけに、そこここで囁きが漏れ出す。
まだ、この現実をどう受け止めれば良いのか分からない、という感じだった。
そして当然のごとく、俺は忘れていた。

「特にそこの二人、お隣さんだからな?」

そう、今この教室の空席は一つしかない。
ということはつまり、そういうことだ。

その事実を理解したと同時に、あらゆる角度から視線が突き刺さった。
無言の圧力で少し息苦しい。

いやお前らいくらなんでもそれは理不尽じゃないか?
俺が何か悪いことしたとかならまあ、分からなくもないけども。
これ完全に不可抗力だよな?

無言の抗議を行っているうちに、転校生が着席していた。
改めて事態の異常さを実感する。

ある日突然隣の席に金髪褐色碧眼の転校生がやってきた。
ライトノベルのタイトルかよ。
……その本、この先俺がどうすれば良いかとか書いてないかな。
10 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/09(月) 20:57:32.22 ID:vDFWXBZ/o

「よろしくお願いいたしますですよ」

現実逃避は転校生の声に遮られる。
危うくそのまま妄想の世界に飛んでいくところだった。

「……あ、うん。よ、よろしく」

「よろしくねー」

だから何でお前はそんな普通に挨拶返せるんだよ。
おかしいだろ。

視線を飛ばすと鼻で笑われた。
そういやコイツ、コミュ力お化けだったな。
この状況にすぐ対応できるとか、どんだけだよ。

一方俺はごく普通の高校生で、こういう時の対処法なんてもちろん知らない。
実際に頭を抱えなかっただけでも褒めて欲しいものだ。
いやだから、俺はどうすれば良いんだよ。
11 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/09(月) 21:01:20.57 ID:vDFWXBZ/o
一先ずここまで
ボチボチ更新していこうと思います

お読みいただけましたなら、幸いです
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/03/10(火) 12:23:59.61 ID:T0g+W17co
おつ
きたい
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/03/10(火) 22:12:48.66 ID:xg3g/HYjo
14 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/11(水) 20:54:09.26 ID:kWhux65qo

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それからというもの。
休み時間の度に、俺は自分の席から弾き出されていた。
クラスの連中はもちろん、時には他の教室からも見物人が来る。
お目当ては隣の席のライラさん。
珍しい時期の珍しい転校生は、大人気だった。

まるで見世物のようだったが、当の本人は特に嫌がっているわけでもなさそうだ。
なら、俺がお節介を焼く必要もないだろう。
……変に口出ししたら総攻撃を食らいそうでもあるし。
15 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/11(水) 20:54:50.72 ID:kWhux65qo

「最初は正直、お前がうらやましかったんだけどな」

席を奪われ、購買に寄り、屋上に出る。
ここ最近、昼休みはいつもこうだ。

今日は途中で友人を捕まえ、二人でパンをかじっている。

「今はちょっと同情してる」

ポンと肩に手を置き、そう告げてきた。
やっぱり端から見てもそうなのか。

「まあ、居場所ないしな」

「それな」

かれこれ二週間くらいはこの状態が続いているだろうか。
いくらなんでもそろそろ落ち着けよ、とは思う。
16 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/11(水) 20:55:59.82 ID:kWhux65qo

「それに、あんな子が隣にいたら授業どころじゃない」

「分かってくれるか」

「金髪褐色碧眼なんてマンガの世界だろ」

「しかも美人」

「そう、それ」

そんな子が自分たちと同じ制服を着ている。
同じ教室で授業を受けている。

何かの冗談のようだった。
住む世界を間違えていませんか、と。

「まあ頑張れよ。何を、とは言わんが」

無責任な野次馬の表情でこっちを見てくる。
コイツ、完全に面白がってやがるな。

「うるせぇ、どうせ何も起きねぇよ」

そもそも、まだまともに話したこともないのだ。
せいぜいが毎日の挨拶程度で。

そんな状況で何が起きるっていうんだか。
ドラマみたいな展開なんて、現実には起きないんだよ。
17 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/11(水) 20:57:11.37 ID:kWhux65qo

――――――
――――
――

それからもう少し時間が経って、ようやく状況は落ち着いてきた。
ライラさんが教室にいることに慣れてきた、とでも言おうか。
少なくとも、休み時間の度に席を追われることはなくなった。

のんびりできるようになったのはいいが、ひとつ気付いたことがある。
俺、ライラさんについて何も知らないのだ。
盛り上がっているその場にいなかったのだから、話の内容なんて知るはずもない。

改めて話をするにしても、同じことを繰り返させるのも良くない気がする。
それで印象が悪くなったりしたら。
気にしすぎかもしれないが、そういう事態は避けたい。

人に嫌われたいなんて考える奴はいないだろう。
それがライラさんみたいな相手なら尚更だ。
別にこの先何もないことは十分に理解している。
それでも、少しくらいは良い印象を持たれたいと思うのは間違っているだろうか。

……このしょうもない下心、男なら分かってくれると信じたい。
18 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/11(水) 20:58:26.07 ID:kWhux65qo

「あの、よろしいでございましょうか?」

とっさに、自分が話しかけられているとは気付かなかった。
くだらない考え事をしていたせいでもある。

「えっ!? あ……な、何?」

我ながらなんて返事だよ。
いやしかし、向こうから話しかけてくるなんて思ってもみなかったんだ。
せめて、変な声が出てなかったことを祈ろう。

「あー、お忙しかったでしょうか……」

あ、ライラさんいい子だわ。
一発で確信した。
明らかに挙動不審な俺を、むしろ気遣ってくれている。
これはもう間違いない。

「気にしない、気にしない」

勝手に感動していると、ライラさんの向こうから声が飛んできた。
待て。
何でニヤニヤしてるんだ。
猛烈に嫌な予感がするんだが。

「綺麗な子に声をかけられてドキドキしてるだけなんだから」

「ちょっ、お前……!」

だからやめろお前。
的確にこっちの急所を突いてくるんじゃねぇ!
19 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/11(水) 20:59:19.36 ID:kWhux65qo

人知れず悶えていると、思いがけない言葉が飛び出してきた。

「ライラさんはキレイなのでございますか?」

え、何?
この子無自覚なの?
天然とかそういうレベルを超えてやしませんか?

「あれま。自覚ないのね、この子」

呆れたような声だった。
うん、気持ちは分かる。
……というか、今までそういう話にならなかったのか?

「金髪碧眼でエキゾチックな褐色の肌。顔立ちも整ってるし、文句なしよね」

いやだからホントにやめてください。
そういう話題をいきなり俺に振らないでください。
俺にだって心の準備というものが、ってああ、ライラさんこっち見てるし。

「……ぅ、まぁ」

ほらな。
こうなるんだよ。
平凡な男子高校生にはこれが限界なんだよ。

っていうか俺、さっきからまともに話せてなくないか?
これもう印象がどうとか言う以前の問題じゃないか。
20 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/11(水) 21:01:25.37 ID:kWhux65qo

「ありがとうございますですよー」

……何これ可愛い。
俺の印象がどうとか、心底どうでもいい。

「……笑顔がとびきり可愛いのは、反則よね」

「どうかしましたですか?」

「ライラさんの笑顔、いいよね。こっちまでポカポカしてきちゃう」

「えへへー」

お前の俺に対する数々の仕打ちは正直許せない部分もある。
だけど今は、それすらもどうでも良く思える。
今のお前となら、ガッチリと握手を交わせる気がするよ。
21 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/11(水) 21:02:19.36 ID:kWhux65qo

「……で、何の話だっけ?」

「ああ、そうでございました。先ほどの授業のことなのですが……」

授業のこと、という単語であからさまに表情が変わった。
こっちに頼み込むような視線を飛ばしてくる。
まあ、そうだよな。

「……頑張れ、男を上げるチャンスだぞ?」

「お前なぁ……」

知ってたよ。
お前、間違っても人に勉強を教えられる奴じゃないもんな。

それに、チャンスというのも間違ってはいない。
ここまで俺、言葉らしい言葉すら発してなかったし。
この状態で印象が決められるのは不本意すぎる。
少しくらいは良いところを見せないと。

「それで、どこが分からないって?」

「あー、この字の読み方なのでございますが」

質問内容自体はごくごく簡単なものだった。
少なくとも俺にとっては。

でもそうだよな。
日本語が話せるからって、読み書きは別の問題だよな。
特に漢字なんて、外国人から見たら暗号みたいなもんだろうし。

「おー。ありがとうございましたですよー」

質問が終わると、ライラさんはそう言って笑った。
……魂が抜けるかと思った。
22 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/11(水) 21:03:08.94 ID:kWhux65qo

***************************


いつの間にやら、放課後の勉強会は恒例行事となっていた。
それどころか、参加人数は日に日に増えている。
きっかけはアイツだった。

「私にも勉強教えてよ」

こっちの了解を得る前に居座りやがった。
まあ、ライラさんと二人きりというのは正直ハードルが高い。
そういう意味では助かったのだが、しかし返事くらい聞けよと。
……こっちが断らないのを見越しているようで若干腹が立つ。

ただ誤算だったのは、コイツの社交性の高さだ。
顔が広い人間がいるということは、興味を持つ人間が増えることにつながる。
なんとなく様子を見ていた人間にとって、いいきっかけになるのだ。

一人二人と興味を示すと、後は芋づる式だった。
今では勉強会とは名ばかりの、ただの雑談の場になっている。
どいつもこいつもライラさん目当て。
少しは下心を隠す努力をして欲しいものだ。
23 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/11(水) 21:04:00.58 ID:kWhux65qo

とはいえ、当のライラさんが楽しそうだから文句を言えるはずもなく。
それに、授業のフォローなんてちょっとした空き時間でどうとでもなるし。
何よりこの雑談の場は、ひとつの変化をもたらしたのだ。

俺も含めて、みんなどこかでライラさんに遠慮があった。
仕方がないといえばそうかもしれない。
外国からの転校生で、しかもあの容姿。
これまでの俺たちの常識にはいなかった人なのだ。
その異質さに二の足を踏むのも当然だろう。

だけど、ライラさんは俺たちと同じだった。
くだらない雑談が、それを教えてくれた。
お客さんとして扱われていたライラさんは、あっという間にクラスのマスコットになった。
24 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/11(水) 21:05:23.00 ID:kWhux65qo

――――――
――――
――

「今日もありがとうございましたですよ」

今日は珍しく、普通に勉強をした。
いつも騒がしいアイツが教科書を前に泣きそうになっていたのが原因なんだが。
周りの面子も空気を読んだらしい。
雑談もそこそこにみんな帰ってしまった。

「いちいちお礼なんて言わなくて良いのよ?」

「……お前、教えてもらってる側だよな?」

言ってることは間違ってない。
ただし、お前が言うのは間違っている。

「お世話になったらお礼をするのは、当然なのですよ」

少しはライラさんの爪の垢でも煎じて飲めば良いんじゃないか?
ふとそんなことを思った。
25 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/11(水) 21:06:37.63 ID:kWhux65qo

「もー、ライラはいい子過ぎるわよ」

「お前と違ってな」

「うるさいわね」

いつものやりとりを、ライラさんは笑いながら見ている。
だがしかし、コイツの言うとおりだ。
ライラさんはいい人過ぎる。

挨拶は欠かさないし、今みたいなお礼は必ず言う。
授業の時なんかもすごく姿勢が良いし、言葉遣いだって。
礼儀作法っていうのか、そういうのがしっかりしてる。
……ひょっとしてお嬢様だったり?

「本当はちゃんとお返しをしたいでございますが」

申し訳なさそうな顔でそんなことを言う。
いや、そんな大層なことをしているわけでもなし。

「そんなに気にしなくて良いのよ?」

だから、お前が言うなと。
その通りなんだけどさ。

「お返しならもらってるしな」

「ほえ?」

小首を傾げるライラさんは本当に可愛い。
無自覚にこういうことするから心臓に悪いんだよな。

……おい、ニヤニヤしながらこっち見んな。

「英語とか数学とか、こっちが教えてもらってるだろ?」

「おー……」
26 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/11(水) 21:07:32.29 ID:kWhux65qo

実際ライラさんは頭が良い。
授業で詰まっているのは、基本的に日本語の読み書き関係だけだ。
そこが絡んでこなければほぼ問題ない。
というか、俺たちよりもよっぽど勉強ができるんじゃないだろうか。

その日本語にしても、普段の会話に不自由はないわけで。
そう考えると、俺が勉強を教えるというのも不思議な感じがしてくる。

「ですがやっぱり、ちゃんとお返ししないといけませんですよ」

納得しかけたライラさんは、結局譲らなかった。
意外と頑固だ。

「皆さんとお話しできるようになったのは、お二人のお陰でございますので」

青い瞳がこっちを見る。
綺麗だな、と思った。
こうして真っ直ぐに目を見るのは初めてな気がする。

吸い込まれそうな瞳って、こういうことなんだな。
どこか他人事のように納得していた。

27 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/11(水) 21:08:31.40 ID:kWhux65qo

「ライラは真面目に考えすぎなのよ」

聞き飽きるくらいに聞いてきた声で我に返る。
いかん、ボーッとしてた。

「友だちなんだから、そんなの当たり前でしょ」

どうしてコイツは、こうも簡単に言えるのだろうか。
少し憧れる。
……まあ、本人に言うことは絶対にないが。

「ですが、親しき仲にも礼儀あり、と聞きましたです」

「いや、変に堅苦しいのもよくない」

「そうそう。お礼なんて『ありがと』の一言があれば良いのよ」

その言い方はともかくとして、その通りだと思う。
お返しが欲しくて何かしてるわけじゃない。
無理して何かしてるわけでもない。

だったら一言、ありがとう、で十分すぎる。

「それでいいのでございますか?」

「それでいいから友だちなんだよ」

……やめろ、生暖かい目でこっちを見るな。
ちょっと格好つけた自覚はあるんだ。
だから、アンタにしてはよく言った、みたいな表情をするな。
28 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/11(水) 21:09:08.68 ID:kWhux65qo

無言の攻防のすぐ横で、ライラさんはキョトンとしていた。
その表情には少しの戸惑いと不安が見え隠れしている。

ついさっきの勝手な想像がよみがえる。
ひょっとして、ライラさんは本当にお嬢様で。
俺たちみたいな一般庶民の友だちなんていなくて。

だから、どうしたらいいか分からないんじゃないかって。
だから、礼儀作法っていう、確かな形があるものに頼ってるんじゃないかって。

根拠なんてない、ただの妄想だ。
だからどうしたって話だ。
仮に正解だったとしても、何が変わるわけでもない。

どう背伸びしても、俺はごく普通の高校生だ。
できることなんて大して多くない。
なら、普通の友だちでいよう。

なんとなく吹っ切れた気がする。
力が抜けると笑いがこみ上げてきた。
29 : ◆Hnf2jpSB.k [saga]:2020/03/11(水) 21:13:34.50 ID:kWhux65qo
本日はこの辺りで

お読みいただけましたなら、幸いです
30 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/03/11(水) 21:21:28.82 ID:N3Oi/Goso
おつおつ
31 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/12(木) 23:17:42.66 ID:sXN9scBBo

***************************


通学の途中に公園がある。
噴水なんかもある、それなりに大きい公園だ。
小学生くらいの頃は毎日のように遊んだものだが。
高校生ともなると、足を踏み入れることも少なくなった。

昔の俺のように、小学生が元気に走り回っている。
横目に見ながら歩いていると、金色が見えた。
ライラさんだ。
何をするでもなく、ただベンチに腰掛けている。

この寒い中で何をやってるんだか。
まさか寝てたりしないよな?

そう、これは安否確認だから。
誰にでもなく言い訳をしながら公園へと入っていく。
32 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/12(木) 23:18:24.33 ID:sXN9scBBo

結論から言うと、寝てはいなかった。
しかし何をやっているのかはさっぱり分からない。
口を半開きにして、視線は空へ。
膝の上で手を組んで、身動きひとつしていない。

「……何してんの?」

分からないなら聞けば良い。
あと数歩というところで声をかけた。
どこか遠いところを見ていた瞳が、俺を捉える。
……やっぱり綺麗な目だよな。

「おー……」

間延びした声が届いた。
これはあれだ。
ここではないどこかを見ていたとか、そういう奴だ。

ひょっとしてホームシックとか?
もしそうなら俺の出番ではない気もする。
だけどまあ、声をかけてしまったことだし。
話を聞くくらいならできるだろう。

「座っていい?」

「どうぞですよー」

返ってきた声は意外としっかりしていた。
心配のしすぎだったのかもしれない。
33 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/12(木) 23:19:43.81 ID:sXN9scBBo

遠慮なく隣に座る。
教室にいる時と同じくらいの隙間があった。
……これくらいが適切な距離感だよな、うん。

「今日一日のことを振り返っていましたですよ」

「ん?」

考え事をしていたせいで反応が遅れた。
隣のライラさんは、また空を見上げている。

「何をしているのかとお聞きでございましたので」

「あー、授業で分からないこととかあった?」

どう見ても勉強していたという雰囲気ではない。
けど、振り返りと言われると、そういうことしか思いつかなかった。

「いえいえ、そういうことではございませんですよ」

再びこちらを見たライラさんは笑っていた。
同い年のはずなのに、随分年下に見える。
34 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/12(木) 23:20:51.65 ID:sXN9scBBo

「ライラさん、毎日が楽しいです」

無邪気というか何というか。
思う存分遊んだあとの子どもみたいな表情だった。

「こんなにたくさん、同い年のお友だちができたのは初めてなのです」

「初めて?」

「はいですよ」

その笑顔は心底嬉しそうで。
その笑顔はどこか寂しそうで。

さっきまでとは全く違う、大人の表情だった。

「ですので、色んなことをちゃんと覚えていたいのでございます」

数年後には記憶にも残らないだろう、日常。
別にそれを惜しいと思ったこともない。
でもそれは、ライラさんにとってはかけがえのないものらしい。

きっと俺なんかには想像もつかない何かがあるんだろう。
知りたくないと言えば嘘になる。
でも、こっちから聞くのはきっと間違いだ。

いつか話してくれたら良いな、と。
そう思うだけにしておいた。
なんせ俺は、友だちだからな。
35 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/12(木) 23:21:35.48 ID:sXN9scBBo

――――――
――――
――

どうでもいい話で時間が過ぎていく。
今日のこと、これまでのこと。
本人すら忘れているようなことも、ライラさんは覚えていた。
……できれば忘れていて欲しいことまでも。

忘れてもらうことも期待はできなかった。
すっごい良い笑顔で、大切な思い出です、なんて言われたら、ねえ?
他の誰かに話さないように、そうお願いするのがせいぜいだった。
36 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/12(木) 23:22:54.77 ID:sXN9scBBo

「ライラねーちゃん、やっほー」

元気な声が割り込んできた。
小学校の高学年くらいだろうか。
サッカーボールを抱えた少年だった。

「こんにちはですよー」

どうやら知り合いらしい。
いつもこんな感じなんだろうな、っていうやりとりだった。

「他の奴らもすぐ来るってさ」

「おー」

高校生と小学生って雰囲気じゃない。
もっと近い……そう、ただの友だちって感じだ。

息を呑むような大人びた表情を浮かべたのはついさっきだよな?
それが今、小学生と同じ顔をしている。
ホント、ライラさんはよく分からない。
37 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/12(木) 23:24:00.74 ID:sXN9scBBo

「兄ちゃん、ライラねーちゃんのカレシ?」

ぼんやり二人を眺めていたら、強引に現実に引き戻された。
コイツ、何言ってくれてんの?

強く言い返そうとして思い止まる。
これは彼氏彼女とかよく分かってない顔だ。
男女で並んでたからとりあえず聞いてみたとか、そういうアレだ。

「……彼氏ではないな」

「なんだ、違うのか」

「こちらは、ライラさんの大切なお友だちなのですよー」

大切な、という言葉が素直に嬉しかった。
応えないとな、と思う。
格好つけたところで、大したことはできないけど。
38 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/12(木) 23:24:30.40 ID:sXN9scBBo

「じゃあさ、サッカーやろうよ!」

「ん?」

ズイッとサッカーボールを突きつけられる。
何がじゃあ、なんだろうか。

「だって、兄ちゃんもライラねーちゃんの友だちなんだろ?」

友だちの友だちは友だち、ということなんだろう。
なんと分かりやすい。

「よし、やるか」

ボールを受け取る。
こういうことは難しく考えたって仕方ない。

「高校生の実力を見せてやるよ」

「負けないからな!」
39 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/12(木) 23:24:56.65 ID:sXN9scBBo

一対一の結果は完勝。
少しばかり大人げなかったかもしれない。
けれどそのあと。
ワラワラと集まってきた小学生に囲まれ、どうしようもなくなった。
何であんなに体力があるんだ。

でも、こんな風に何も考えずに全力で動き回るのはいつぶりだろうか。
たまには悪くないかと、そう思える。

ちなみに、ライラさんも途中から参加した。
正直、サッカーは下手だった。
でも、誰よりも楽しんでいた。
40 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/12(木) 23:25:41.55 ID:sXN9scBBo

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ライラさんは真面目だ。
授業中はしっかりと背筋を伸ばし、視線は前に。
誰もが眠くなる午後の授業でも、その姿勢は崩れない。

秘訣を聞いてみたが、特別意識はしていないらしい。
ただ授業が楽しいから、と。
そういえば、小学生の頃は居眠りなんてした記憶がない。
……いや、ライラさんがそうだと言うわけではないが。

そんなライラさんが俯いている。
その事実は教室中に衝撃を与えた。
そしてなぜが、俺に対して無言の圧力がかかる。
隣の席なんだから何とかしろ、ということらしい。
41 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/12(木) 23:27:13.64 ID:sXN9scBBo

「何か悩み事?」

どうしたものかと頭を悩ませていると、別の人間が声をかけていた。
そうだよな。
相手が誰であっても、コイツがこういう事態をそのままにするわけないよな。

「あー、そうでございますねー」

それっきり、自分がどうこうしようという考えは全くなくなった。
そりゃそうだ。
俺なんかよりも適任がいるんだから。
任せてしまった方がうまくいくに決まっている。

「で、そんな子が隣の席で眉を寄せてたら、そりゃねぇ?」

だが俺は甘かったらしい。
コイツが、そんな俺の態度を許すはずがなかったのだ。
隣の会話を聞き流していた俺に、突然話が振られた。

「まあ……なぁ」

「おー……」

初めて気付いた、という顔だった。
いや、誰が見ても分かるくらいに俯いてたけど。
この辺りがライラさんらしさであると言えば、確かにその通りである。
しかしもう少しくらいは自覚して欲しいかな、とも思うのだ。
42 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/12(木) 23:28:21.18 ID:sXN9scBBo

「ライラに向いてるバイト、ねぇ……」

今のバイトをクビになったから、次を探さないといけないらしい。
バイトをクビっていうのもあまり聞かない話ではある。
事情を聞くとなんともライラさんらしいエピソードではあったが。

「あんまり忙しいのは向いてなさそうだな」

「確かに」

今までコンビニでバイトしていたなら次も、というのが普通の流れではあると思う。
しかし話を聞くと、そもそも向いてないんじゃないかと。

接客、品だし、清掃、その他諸々。
各種チケットやら公共料金やら、商品以外の取り扱いも幅広いなんてものではなく。
その仕事量に比べれば、時給は安いくらいで。
というのは友人の愚痴である。

その忙しすぎる仕事をライラさんがきっちりこなせるのかというと、正直疑問だ。
接客自体は向いてると思う。
人当たりは良いし、礼儀正しいし。
なら、適度にのんびりとした雰囲気のところのほうがいいだろう。
個人でやってるような店、例えば商店街のあそことか。
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