【モバマス】隣の席のライラさん

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43 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/12(木) 23:29:00.49 ID:sXN9scBBo

「えへへー」

「いや、褒めてはいないぞ?」

そんな風に考えを巡らせていると、なぜかライラさんが笑っていた。
どことなく照れているような、嬉しそうな笑顔。
いや、今の流れでそんな風に笑うところがあっただろうか。

ツッコミを入れつつ、でも、とも思う。
多分ライラさんは何かを見つけたんだろう。
俺とかじゃ気付きもしない、何かに。
そしてきっと、その気付きをずっと大切にするんだ。
ライラさんはそういう人だから。

結局、バイトの話はいつの間にかうやむやになっていた。
それもこれもアイツのせいだ。

喫茶店を提案した時点で予想はできていた。
あそこから急に話が怪しい方向に向かいだしたからな。
下心なんてない……とは言い切れない俺にも非はあるんだろうけど。
それでも、人の趣味趣向を掘り返しにかかるのは鬼か悪魔の所業だろう。

ホント、勘弁して欲しい。
44 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/12(木) 23:29:39.98 ID:sXN9scBBo

***************************


休み明け、教室はザワついていた。
きっかけはひとつの目撃情報だ。
何でも、通学途中にある公園で、とある有名人が撮影をしていたらしい。

高垣楓。
そういう方面に疎い俺ですら知っている、有名なアイドルだ。
そして、クラスの中にはファンと公言している奴らも数多くいる。

「うっそ、マジかよ!?」

「あー、畜生。見たかったー!」

事実、悲鳴に近い叫びもあちこちで上がっている。
ライブのチケットを取ることすら難しいと嘆いていたのは誰だったか。
そんな相手を生で見れたかもしれないんだ。
その気持ちも分かる。

「よし、このあと公園行こうぜ」

「そうだな、せめて同じ空気を吸おう」

……いや、それは分からないが。
45 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/12(木) 23:30:33.98 ID:sXN9scBBo

放課後になると、数人のクラスメイトが足早に帰って行った。
どうやら、公園に行く話は本気だったらしい。
正直、その情熱には感心する。
方向性については疑問が残るが。

「そういえばライラ、バイトはどうなったの?」

いつものように何人かで集まって雑談をしていて、そんな話になった。
……最近、勉強する方が珍しくなってるな。

「あー、喫茶店はダメでございましたです」

「え、そうなの?」

じゃあ、あの笑顔はなんだったんだろうか。
今日一日、ライラさんは随分とご機嫌の様子だった。
それこそ鼻歌でも聞こえてきそうなほどに。
だからてっきり、バイトの件はうまくいったんだと思ってた。

「何残念がってるのよ」

「いや、ライラさんのウエイトレス姿は見たいだろ」

脇から正直な感想が割って入る。
うん、気持ちは分かる。
でもお前、よく本人の前でそれを言えるよな。
ある意味尊敬するよ。
46 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/12(木) 23:31:16.09 ID:sXN9scBBo

「おー、お見せできずにごめんなさいですよ」

「別にライラさんが謝ることじゃないから」

お人好しというかなんというか。
こういうのがライラさんの良いところだとは分かってるんだけど。
いつかどこかでダマされるんじゃないかと不安になる。

「じゃあどうするの?」

「別のお仕事決まるかもしれませんですよ」

実はライラさん、なかなかたくましいらしい。
バイトを断られたその足で次を見つけたのか。
今までそういうイメージがなかっただけに新鮮な感じがした。

「どこで働くの?」

「ふふー」

ごくごく自然な流れだった。
けれどライラさんは、すぐには答えない。
得意そうに、嬉しそうに笑っている。

そして、それは来た。
47 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/12(木) 23:31:52.28 ID:sXN9scBBo

「ヒミツ、でございますよー」

過去最大級の衝撃だった。

いたずらっぽく笑うライラさん可愛い。
嬉しそうにはぐらかすライラさん可愛い。
可愛い。
ただただ可愛い。
可愛い以外の表現が出てこなくなるくらいに可愛い。

誰も何もしゃべらない。
全員、同じ衝撃に震えているのが分かる。
48 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/12(木) 23:32:27.70 ID:sXN9scBBo

「おー……」

軽く首を傾げたのは、俺たちが動かないからだろう。
でも多分、原因はよく分かってない。
ライラさんはそういう人だ。

沈黙の中、下校時間を告げる放送が大きく響いた。

「それではライラさん、お仕事のお話聞いてきますですよ」

席を立つライラさんを見送る。
教室の扉は、ほとんど音も立てずに閉まった。

「……ヤバかったな」

誰かが言った。
全員がうなずく。

「守りたいな、あの笑顔」

別の誰かが言った。
想いは一つだった。
49 : ◆Hnf2jpSB.k [saga]:2020/03/12(木) 23:33:54.18 ID:sXN9scBBo
とりあえずここまで
次の更新で最後までいけたらなぁ……という感じです

お読みいただけましたなら、幸いです
50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/03/13(金) 03:22:33.27 ID:kb9I0yM8o
51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/03/13(金) 10:08:17.08 ID:0ptkWtRq0
ライラさんかわいい
52 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/14(土) 21:56:59.81 ID:BYdIjYLNo

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どうやらライラさんのバイトは順調らしい。
ぱっと見では分からないけど、いつもの二割増しくらいで楽しそうだ。
相変わらず、何をやっているのかは教えてくれないけど。

「ま、そのうち話してくれるだろ」

何か問題でもあるなら相談くらいはしてくれるだろう。
そのくらいは信頼されている、と思いたい。

というわけで、毎日は何事もなく過ぎていく。
朝挨拶をして授業を受け、放課後に適当な雑談をして帰る。
強いて言えば、雑談の時間が少し短くなったくらいだろうか。
でもそれも、当然と言えば当然だ。
最初は何かとやることが多いというのは、バイトに限った話ではない。
53 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/14(土) 21:57:57.94 ID:BYdIjYLNo

残りの高校生活もこんな感じに過ぎていくんだろう。
時々ちょっとした事件が起きて。
でも結局はなんてことのない毎日で。

俺はそんな風に考えていた。
だけど、そうではなかったらしい。
グループメッセージの通知でその事実を知る。

『ライラさんがアイドルデビューした』

書いてある内容は簡単なものだった。
それなのに理解が追いつかない。
54 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/14(土) 21:58:53.58 ID:BYdIjYLNo

メッセージに続いて、画像もアップされている。
写っているのはニュージェネレーションのライブポスター。
最近よくテレビで見ることもあって、さすがに顔と名前は知っている。

更にもう一枚、ポスターの一部を拡大した画像がある。
それには、前座として初舞台に上がるアイドルの名前が書いてあった。

池袋晶葉、松尾千鶴、ライラ。

「アイドル……ライラさんが……?」

画像を見る限り、本当のことらしい。
それは分かるが事実としては飲み込めない。
そりゃそうだ。
隣の席の子は今日からアイドルです、なんて言われて、はいそうですか、とはいかない。
かといって、何も知らない顔でいつも通りに、なんて器用な人間でもない。

何をどうしたら良いのか分からない。
ただひたすら頭が空回りしている。
妙な居心地の悪さが離れない。
なかなか寝付けずに、窓の外が少しずつ明るくなっていた。
55 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/14(土) 21:59:29.77 ID:BYdIjYLNo

――――――
――――
――

「おはよう、ライラさん」

遅刻ギリギリで教室に辿り着いた。
結局考えは何一つまとまっていない。
いつも通りの挨拶をしたのは、単なる習慣だった。

「……?」

おかしい。
いつもなら、のんびりした声で挨拶が返ってくるのに。
遅刻しそうになった理由を聞いてくるのに。
不思議に思って隣を見て、自分の目を疑った。
56 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/14(土) 22:00:18.46 ID:BYdIjYLNo

ライラさんは分かりやすい人だ。
考えてることはすぐに顔に出るし、表情を作ったりもしない。
その青い瞳は、いつだって好奇心で輝いている。

なのに。
その顔には何の感情も浮かんでいない。
その瞳には何も映っていない。

殴られたような衝撃だった。
助けを求めるように、もう一つ向こうの席に目を向ける。
軽く首を振ったあと、目配せをしてきた。
今はそっとしておけ、ということらしい。

タイミング的にも、おそらくアイドルのことで何かあったんだろうと思う。
それが分かったところで、どうしようもないんだけど。
だってそれは、とうてい俺に解決できる問題じゃないだろうから。
57 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/14(土) 22:01:10.92 ID:BYdIjYLNo

***************************


学校の最寄り駅から少し歩いたところに商店街がある。
特に賑わっているわけではないが、寂れているわけでもない。
どこにでもあるような、何の変哲もない商店街だ。

その商店街は今、妙な活気に満ちている。
会長やら店主やらが集まって、ライラさん保護者会なるものを立ち上げたのだ。
名前はともかく、要はファンクラブらしい。
……ライラさんがアイドルになったの、ついこの前なんだけど。

「スカウトされたのは前から知ってたからね」

行きつけの本屋で答えが聞けた。
ライラさんは随分前から可愛がられていたらしい。
きっかけは、どこぞの店が売れ残りをオマケしたこと。
こういう商店街ではよくあることだ。
それに対してライラさんは、後日店の手伝いを申し出た。
恩返しだとか何とか。

こういう話はすぐに広まる。
当然のように、ライラさんは人気者になった。
58 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/14(土) 22:02:26.44 ID:BYdIjYLNo

そのライラさんがアイドルに。
ならば商店街をあげて応援しよう、と。
……暴走しているように感じるのは俺だけなんだろうか。

「で、なんでこんなものが?」

いつものように雑誌を買うと、福引き券が付いてきた。
折角だからと福引き所に立ち寄って、呆れてしまった。

CGプロ握手会参加チケット。

この福引きの目玉景品らしい。
……全然手に入らないって、クラスの奴が嘆いてなかったか?

「ライラちゃんのプロデューサーさんに貰ったんだよ」

いつものようにライラさんに声を掛けたら、隣にスーツ姿の男がいて。
実はその人が担当プロデューサーで。
事のついでと保護者会の公認を取り付けて。
その流れでこのチケットを貰ったんだとか。

たくましいというか図々しいというか。
この商店街が潰れないのは、こういうところが理由なのかもしれない。
59 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/14(土) 22:04:00.51 ID:BYdIjYLNo

「ま、とりあえず一回やってきな」

自慢じゃないけど、こういうのに当たったためしがない
ポケットティッシュか、良くてボールペンか。
何も考えずにガラガラを回す。
出てきたのは見慣れた白い玉……ではなかった。

「……金?」

そう、金色だ。
何等かは知らないけど、たぶんいいやつだ。

「おめでとうございまーす!」

福引所のおっちゃんがいきなり叫んだ。
手に持った鐘をこれでもかと鳴らしている。
……正直うるさい。

「特賞、当選でーす!!」

「……特賞?」

「はい、握手会のチケット」

どうやら俺は、人生初の当たりを引いたらしい。
それは確かに嬉しい。

でも、だよ?
すぐ近くで悔しそうな呟きが聞こえるんだけど。
その人、商店街の関係者なんだけど。
いや、俺も狙ってたのに、じゃないでしょ。
60 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/14(土) 22:04:54.46 ID:BYdIjYLNo

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「昨日はヒーローだったみたいね」

翌日、席に着くなりからかう声が飛んできた。
コイツが知ってるのは不思議でも何でもない。
そもそも、コイツのおじさんの店で福引き券もらったわけだし。

「……ヒールの間違いじゃね?」

どうやら、あの特賞のお陰で商店街はそれなりに潤っていたらしい。
店主連中が近くの店で買い物しまくってたのが原因なんだけど。
お陰様で、冗談抜きの恨めしい視線をいただきました。
全くもって嬉しくない。

「まあまあ、折角だから楽しんで来なよ」

バシバシと肩を叩かれる。
もちろん無駄にする気はない。
61 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/14(土) 22:05:49.54 ID:BYdIjYLNo

「これ、お前にやるよ」

「……へ?」

口を開けたまま固まってしまった。
これが、鳩が豆鉄砲を食ったよう、ってやつか。
気持ちは分かるけども。

「これは、俺よりお前が行った方が良いと思うんだ」

このところ、ライラさんはいつも通りに振る舞っている。
でも違う。
それは単なる強がりなんだ。

元々ライラさんは隠し事ができるタイプではない。
だからすぐに分かってしまう。

何か悩みがあることも。
その悩みに触れて欲しくないと思っていることも。

「俺じゃあ、気の利いたことの一つも言えないしな」

こういう時どうすれば良いのか。
俺にはさっぱり分からない。
でもコイツなら。
勝手だとは思うけど、それでも期待してしまう。
62 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/14(土) 22:06:44.18 ID:BYdIjYLNo

「随分とハードル上げてくれるじゃない」

ニヤリと笑う。
言ってることと表情がかみ合ってない。
こういう奴だから、つい頼ってしまうんだよな。

「で、アンタはどうすんのよ」

自分だけ働かせる気じゃないだろうなと、目が言っている。
そう来るだろうなとは思ってた。
もちろん何も考えていなかった、なんてことはない。
ただ、胸を張って言えるようなことでもない気はする。

だけど仕方ない。
コイツは、俺の唐突な無茶振りに応えてくれたんだ。
ちゃんと答えないといけない。

「何もしない。いつも通りのお隣さんでいる」

そりゃ、力になれるんならなりたい。
でも俺には、話を聞くことくらいしかできないだろう。
アイドルの世界のことなんて、何一つ分からないんだから。
それ以前に、ライラさんのことだって知らないことの方が多い。

じゃあせめて、ライラさんがいつも通りでいられるように。
いつもと同じように隣の席に座っていよう。
63 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/14(土) 22:07:28.25 ID:BYdIjYLNo

「ふふ、いいんじゃないの?」

考えて末の結論がこれとは情けない。
そう思っていると、意外な返答があった。
顔を上げると、こっちの目をのぞき込んでくる。

こういう時、幼なじみというのは良いのか悪いのか。
細かい説明をしなくても意図が通じるのは助かる。
でもそれは、こっちの考えを見抜かれてるのと意味は同じで。
流石にちょっと恥ずかしい。

「じゃあ私は、これで楽しんでくるわね」

ヒラヒラとチケットを振りながら笑う。
それが言葉通りの意味でないことくらいはすぐに分かる。
伊達に付き合い長くないからな。

要するに、できることをやってくる、ということだろう。
任せると決めた以上、あーだこーだと言うつもりもない。

「おう、任せた」

それだけ答えると、キョトンとした顔を向けられた。
おそらく、突っ込みでも入ると思ってたんだろう。
お生憎様。
考えが分かるのはお前だけじゃないんだよ。

ニヤリと笑ってやると、力の抜けた笑いが返ってきた。
64 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/14(土) 22:08:20.63 ID:BYdIjYLNo

***************************


それからしばらく経った。
特別なことなんて何もない、いつも通りの日常。
今日もまた、そんな一日が待っているんだろう。

「おはよう」

「おー、おはようございますですよ」

だが、それはちょっと違ったようだ。
いつものように挨拶をして、いつものように挨拶が返ってくる。
それは昨日までと変わらない。
変わらないけど違う。

その挨拶は、本当にいつも通りだったんだ。

きっと何かがあったんだろう。
それが何なのかなんて、俺に分かるはずもない。
でも、それでもいいかと、そう思える。

「おはよ、ライラ」

「ふふー、おはようございますですねー」

遅れて入ってきたアイツも、どうやら気付いたらしい。
少し目を見開いたかと思うと、ニカッと笑う。
65 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/14(土) 22:08:52.16 ID:BYdIjYLNo

なんか、すごくホッとした。
俺が何をしたってわけではないんだけど、心底良かったと思う。
お隣さんのことでこんなにヤキモキするなんて。
ちょっと前までの自分では想像もできなかった。

「お二人とも、今日の放課後お時間ございますですか?」

ライラさんからのお誘いなんて珍しい。
何気なく顔を上げてはっとした。
大切なことを言おうとして、でもそれには勇気が必要で。
そんな、緊張した表情のライラさんがそこにいた。

「私は大丈夫」

「俺も予定はないよ」

断るなんて選択肢はどこにもない。
二人してすぐに頷いていた。

「おー、ありがとうございますですよ」

ライラさんが安心したように笑う。
その笑顔が、なぜか少し引っかかった。
66 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/14(土) 22:10:15.28 ID:BYdIjYLNo

――――――
――――
――

「あらライラちゃん、いらっしゃい」

「えへへー、お邪魔しますですよ」

ライラさんに連れられて来たのは、公園近くの駄菓子屋だった。
相当古い、マンガにでも出てきそうな一軒家。

「二人も、お久しぶりね」

「ども」

「え、お婆ちゃん覚えてるの?」

この辺りの子どもなら、誰もがお世話になったことがある店だ。
当然、俺もコイツも例外じゃない。
少ない小遣いをどう使うか、頭を悩ませたのも良い思い出になっている。

「もちろんよ。みんな孫みたいなものだもの」

婆ちゃんは、記憶の中よりも随分小さく見える。
でも、その笑顔は子どもの頃に見たままで、それが嬉しかった。
67 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/14(土) 22:11:01.25 ID:BYdIjYLNo

「おー、お二人もこちらのお店をご存じでしたですか」

「まあ、昔はよく来てたし」

「それにしてもライラって、こういうの好きだったのね」

店先の駄菓子を手に取りながら、感心したように言う。
確かに、この店にライラさんがいる風景はちょっと奇妙な感じがする。
年季の入った木造の駄菓子屋より、お洒落な喫茶店の方がよっぽど似合うだろう。

でも、ライラさんらしいな、とも思う。
それは多分、俺たちがライラさんを知ってるから何だろうけど。

「それで、今日はどうするの?」

「アイスをいただきますです」

言いながら、ライラさんは店先の冷凍ケースの蓋を開けている。
そして、迷うことなくバニラアイスを取り出した。
きっとあれがお気に入りなんだろう。

「ライラちゃん、それ好きねぇ」

「ふふー、思い出の味でございますので」

嬉しそうに笑顔を交わす。
きっと、二人だけに分かる何かがあるんだろう。
68 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/14(土) 22:11:39.65 ID:BYdIjYLNo

「じゃあ私も同じのにするね」

脇からニュッと手が伸びてきて、ライラさんと同じアイスを捉えた。
チラリと、意味ありげな目配せをしてくる。

これはあれだ、俺も同じのを選べと言ってる目だ。
まあ、元々何でもよかったんだけど。

「じゃ、俺も」

「おー、おそろいでございますねー」

改めてそう言われると、若干照れくさい。
高校生にもなって、皆仲良く同じものを食べるとか。

「えへへー。このアイスの思い出、また一つ増えましたです」

その笑顔で、照れくささは吹き飛んだ。
これを選ぶように誘導したアイツには感謝しなければならない。

俺が自分で選んでいたらこうはならなかった。
ということは、この笑顔もなかったわけだ。
よし、ちゃんとあとで礼を言っておこう。
69 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/14(土) 22:12:37.52 ID:BYdIjYLNo

それぞれに代金を払って、軒先のベンチに向かう。
そのベンチは、記憶の中のものよりずっと小さかった。
これじゃあ三人座るのは無理か。

「レディファースト、よね?」

「座ってから言うか?」

この状況で俺が座る、なんて言うつもりはない。
もちろんコイツも、そんなことは分かっている。
それでももうちょと、こう……ねえ?

「ほら、ライラも」

「ですが……」

チラリと俺の方を見る。
そう、こういう気遣いが大切なんだよ。

「ま、そういうことだからさ」

「それでは、お言葉に甘えさせていただきますですよ」

そんなやりとりのあと、買ったアイスを口にする。
アイスを食べるのが久し振りなわけじゃない。
バニラアイスなんて、結構好きな方だし。
それなのに、何でか懐かしい味がした。

この店で買ったからなのか。
こんな風に誰かと食べるのが久々だったからか。
まあ多分、両方だろう。
夕日を見ながら、そんなことを考えていた。
70 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/14(土) 22:13:17.33 ID:BYdIjYLNo

「で、今日はどうしたの?」

アイスを食べ終わって、三人とも何となく夕焼け空を見ていた。
こういう時間も嫌いではない。
とはいえ、今日はのんびりするために来たわけではない。

こっちから聞いた方が切り出しやすいかもしれない。
そう思って質問する。

ライラさんは立ち上がり、数歩進んで振り返った。
真っ直ぐに俺たちを見ている。
金髪が、夕日で燃えているようだった。

「お二人に、ごめんなさいとありがとうをお伝えしたかったのです」
71 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/14(土) 22:14:29.10 ID:BYdIjYLNo

多分そういうことなんだろうとは思っていた。
なにしろ、ライラさんは律儀だから。

「ご心配をおかけしまして、ごめんなさいです」

ペコリと頭を下げる。
やっぱり律儀だ。
こういうところがライラさんなんだよな。

「それから、応援していただきましてありがとうございましたです」

顔を上げると、ライラさんは笑顔だった。
それはいいんだけど……応援?
俺、何もしてないことになってるはずなんだけど。
嫌な予感がして、隣を見る。

「チケットのことなら言ったわよ」

当然、という顔で返答があった。
あの流れなら黙ってるもんだと思ってたんだけど。

「アンタだって心配して、何とかしたいと思ってたんじゃない」

「いや、確かにそうだけど」

「それを知ってて、知らない振りできると思う?」

「……思わん」

自分だけの手柄にしてしまえばいいものを。
俺の心配まで一緒にして伝える辺りがコイツらしい。
72 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/14(土) 22:15:36.23 ID:BYdIjYLNo

まあ、本当に言って欲しくないことは黙っているはずだ。
チケットを譲った経緯とか。
その辺りは信頼できる。

「それともう一つ、ごめんなさいです」

ライラさんがまた頭を下げた。
なんとなく、何を言おうとしているのか分かる気がする。

「ライラさん、お二人に事情をお伝えできないのです」

心配させたんだから理由を説明するべきだ。
きっとそんな風に思ってるんだろう。
別に気にしなくて良いのに。

「分かった」

「……ほへ?」

ポカンと口を開ける。
意表を突かれたって感じだな。
こういう表情を見るのは初めてかもしれない。

「言えないって教えてくれたんだから、もうそれでいいのよ」

どうやらコイツも同じ意見らしい。
そもそも、言えないことなんて誰にだってある。
それを無理に聞き出そうとするほど、デリカシーのない人間ではないつもりだ。
73 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/14(土) 22:16:11.84 ID:BYdIjYLNo

「ですが……」

「あのね、ライラ」

なおも何かを言おうとしたライラさんが目を見開く。
そりゃそうだ。
いきなり手を握られて、顔をのぞき込まれたら誰だってそうなる。

「私たち、事情が知りたくて心配してたんじゃないの」

正直、気にならないと言えば嘘になる。
いつかライラさんから教えてもらえたらなぁ、なんてことも思う。
でも、問題はそこじゃないんだ。

「ライラに元気がなかったから、心配してたの」
74 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/14(土) 22:16:52.09 ID:BYdIjYLNo

驚きと、嬉しさと、あとは何だろう。
ライラさんの顔に色んな感情が混ざっている。

「そうそう。元気になったんだから、それでいいんだよ」

「それでは、ライラさんはお二人にどうやってお返ひ」

「ねえ、ライラ?」

「ふぁいでふ」

ライラさんの顔を手で挟んで、無理やり言葉を止めやがった。
遠慮のなさがコイツらしい。
しかも、妙に迫力があるんだよな。

「こういう時、友だちならどうするんだったっけ?」

そう言うと手を離す。
頬をさすっていたライラさんは、言葉の意味を理解したらしい。
段々と笑顔になっていく。
見てるこっちまで嬉しくなる、お日様のような笑顔だ。

「お二人とも、ありがとうございましたですよ」

やっぱり、ライラさんは笑ってる方が良い。
75 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/14(土) 22:17:37.12 ID:BYdIjYLNo

***************************


晴れてすべてが元通り、とはいかなかった。
遅刻や早退をしたり、学校に来ない日があったり。
そういうライラさんの姿を、たまに見るようになった。
アイドルとして頑張っていることが、少しずつ結果につながってるんだろう。
友だちとしても応援したいと思う。

それはそれとして、最近ちょっと気になることがある。
教室の空気が、これまでと微妙に変わってきているのだ。
76 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/14(土) 22:18:23.82 ID:BYdIjYLNo

きっかけは、とある雑誌だった。
アイドル特集の記事の片隅に、ライラさんが載ったのだ。
ライラさんにとっても良い機会ではあったのだろう。
その時初めて、ライラさんは自分のアイドル活動のことを説明した。

といっても、みんな知ってたんだけど。
ただ、あの日以来ライラさんが無理をしていたのも分かっていた。
だから誰も、そのことに触れようとはしてこなかった。

そして、その日を境にこの話題はタブーではなくなった。

「現金というか何というか」

それから、ライラさんを取り巻く環境はガラリと変わってしまった。
クラスメイトがアイドルになるなんて、とんでもないニュースだろう。
それは分かる。
それにしたって、限度ってものがあるんじゃないだろうか。

よく放課後に雑談していた面子はそうでもない。
それ以外の、あまり絡みがなかった奴らの態度の変わりようときたら。
ライラさんが転校してきたばかりの頃に逆戻りしたようだった。

アイドルっていうのは、確かに特別なことだろう。
だからって、別世界の人間のように見るのは違うんじゃないか。
今の状態がライラさんに取って望ましいものだとは到底思えない。
77 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/14(土) 22:19:20.08 ID:BYdIjYLNo

「つってもなぁ」

ここで俺が口を挟んだところで、どうなるものでもなさそうだ。
むしろ、お前は何様なんだと反発されるのが目に見えている。
ライラさんの隣の席、というのが今までと違う意味になっているのは承知してるし。

「なによ、辛気くさい顔して」

今日一日誰も座らなかった隣の席の、もう一つ向こうから声が飛んでくる。
からかうような口調と呆れたような視線。
こっちの考えなんてとっくに見透かしているような態度だった。

「一日ライラに会えなくて寂しかった?」

「違ぇよ」

コイツは俺と同じように、今まで通りにライラさんに接している。
それでいて、今の状況を受け入れてもいるようにも見える。
実際のところどう思っているんだろうか。

「仕方ない。今日は久し振りに一緒に帰ってあげましょう」

「……何で上からなんだよ」

このまま教室で話すような内容じゃない。
そんなことまで見抜かれてるようだ。
付き合いが長いからなのか、俺が単純なだけなのか。
話が早いのは楽で良いんだけど、どこまで考えを読まれてるんだろう。

……考えるのはやめておこう。
精神衛生上よくない気がする。
78 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/14(土) 22:20:10.94 ID:BYdIjYLNo

――――――
――――
――

どうでもいい話をしながら二人で歩いて、公園のベンチに腰掛ける。
随分と暖かくなってきた。
空一面に広がる赤い雲を見ながら、そんなことを思った。

「で?」

必要最低限の問いかけで我に返る。
なにボーッとしてんのよと、目が言っている

「いや、みんなのライラさんへの態度、おかしくないか……ってな」

今更格好つけても始まらない。
とりあえず思っていることをそのまま口に出した。

「クラスにアイドルがいるんだから、ある程度は仕方ない、とは思うんだけどさ」

それにしても、度が過ぎてはいないだろうか。
仕方ない、で済ませていい話なんだろうか。
79 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/14(土) 22:22:10.05 ID:BYdIjYLNo

「なんか、転校してきたばっかりの頃に戻ってないか?」

俺たちとはあまりにも違う容姿で、見世物のようになっていたあの頃。
今思えば、あの頃のライラさんは本当の意味で笑ってはいなかった気がする。

それはもちろん、友だちになって初めて気付いたことだけど。
気付いた以上、あの頃に逆戻りするようなことはあって欲しくない。

「大丈夫よ」

あっさりとした返答に思わず振り向く。
どうせそんなことだろうと思った、という表情だ。

「だってあの子、イヤならイヤって言うもの」

目から鱗っていうのは、こういうことなのか。
乾いた笑いがこぼれた。

ライラさんには、つい構ってしまいたくなるようなところがある。
転校してきたばかりの頃は、その延長で世話を焼いたりもした。
でも、今は違うじゃないか。
ライラさんは、自分の居場所を自分で作ってるじゃないか。

こんな簡単なことを見落としていた自分に呆れかえる。
80 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/14(土) 22:22:58.44 ID:BYdIjYLNo

「まぁまぁ、落ち込みなさんなって」

軽い口調で、バシバシと肩と叩いてくる。
コイツが敢えてそうしてることくらいは分かる。
深刻ぶるよりよっぽど気が楽になるから。
その気遣いがありがたかった。

「ありがとう」

自然と、感謝の言葉が出てきた。
一瞬キョトンとしたかと思うと、ニヤリと笑う。

「お礼なら言葉よりモノの方が良いわね」

「分かった、今度なんかおごる」

「ふふ、毎度あり」

そのやりとりで、すっかりいつも通りに戻った。
やっぱり、感謝しないとな。
81 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/14(土) 22:23:44.91 ID:BYdIjYLNo

***************************


休日の昼過ぎに、いきなり呼び出しをかけるのはどうかと思う。
こっちが断れないのを分かってるのがまた、タチが悪い。
まあ、約束した以上は仕方ないのかもしれないが。

「何でこんな時間なんだよ」

「んー、タイミング?」

商店街で落ち合う頃には、辺りは夕焼けで真っ赤になっていた。
この時間に何をおごれというのか。
晩飯を食べるには早すぎるし、間食というには少しばかり遅い。
疑問をぶつけても、まともな答えは返ってこなかった。

こういう時は問い詰めても意味がない。
黙って付いて行くしかないか。
82 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/14(土) 22:24:32.30 ID:BYdIjYLNo

呼び込みの声やら値切り交渉やらで商店街は賑わっていた。
飛び交う声を無視するように、目の前の背中が路地裏へと入っていく。
路地を一つ入っただけで、辺りが急に静かになった。
この先にあるのは確か……

「さ、入るわよ」

指さした先には喫茶店がある。
というか、俺もよく知っている店だ。
なんせ、ライラさんのバイト先にって紹介したくらいだし。

「ライラー、来たよーっ」

ドアノブに手をかけたかと思うと、勢いよく扉を開ける。
しかも、店内に響き渡る声を出しながら。

いくら何でも他の客に迷惑だろう。
そう注意しようとして、違和感に気付いた。
……おいお前、今なんて言った。

「おー、いらっしゃいませですよ」

疑問を口にする間もなく、答えがやって来た。
83 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/14(土) 22:25:39.78 ID:BYdIjYLNo

――――――
――――
――

「こちらへどうぞです」

コホンと咳払いをして、ライラさんはそう言った。
どうやら、自分の仕事を思い出したらしい。
そんなことで良いのかと思ったが、マスターは笑っている。

「それでは、少々お待ちくださいですよ」

注文を取ったライラさんは、ペコリとお辞儀をして下がっていく。
案内されたのは、窓際のテーブル席だった。

一つ空席を挟んで、先客がいた。
渋い感じのおじさんと目が合う。
騒がしくしたお詫びに頭を下げる。
おじさんは何故か、にこやかに笑っていた。
なんかこう、子どもを見守る親みたいだ。

初めて会った人だよな。
結構うるさくしたんだから、腹を立ててもおかしくないと思うんだけど。
何でそんな風に笑ってるんだろうか。
84 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/14(土) 22:26:54.07 ID:BYdIjYLNo

「お待たせいたしましたですよー」

トレイにカップを二つ乗せて、ライラさんがやって来た。
俺から見ても、明らかに慣れてない。
というか、危なっかしい。

ふと顔を上げると、おじさんはやっぱり笑顔だった。
その目はどうも、ライラさんを見ているようだ。

「あ、そういうこと」

「ん? なにが?」

どこかで見たような笑顔だと思った。
ここのマスターと同じ笑顔なんだ。
あと、商店街の人たちのとも。

どうせライラさんのことだ。
俺たちが来る前は、あのおじさんと話でもしてたんだろう。
そして今、おじさんは笑顔でこっちを見ている。

「いや、ライラさんはすごいなって」

「なによそれ」

「いいんだよ、こっちのことなんだから」
85 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/14(土) 22:27:50.79 ID:BYdIjYLNo

目の前のコーヒーに口をつける。
うん、苦い。
大人になればこれが美味いと思うようになるんだろうか。
砂糖に手を伸ばしながら、そんなことを考える。

「ふーん」

問い詰めても無駄だと分かってるんだろう。
微妙に納得してない顔で、カップを手に取る。

静かな時間がのんびりと流れる。
いつもなら、とりとめのない話をしてるんだけど。
たまにはこんなのも良いもんだな。

「それで、どうなの?」

コーヒーの残りが半分くらいになって、沈黙が破られた。
手を組んであごを乗せ、こっちをのぞき込んでくる。

「なにが?」

「ライラよ、ライラ」
86 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/14(土) 22:28:34.80 ID:BYdIjYLNo

質問の意味がよく分からない。
ライラさんがどうしたって言うんだ。

「どうせ、学校の制服しか見たことないんでしょ」

その言葉に釣られるように、カウンターに目を向ける。
ライラさんは洗い物でもしているらしい。
何が楽しいのか、鼻歌でも聞こえてきそうな感じだ。

「まあ、そうだけど」

そもそも、学校以外での関わりなんてほとんどない。
別にそういうもんだろうと思っていた。
友だちではあるけど、休日に誘うような仲でもないし。

「アイドルの時はもっとすごいわよ?」

確かに、ここの制服はよく似合ってると思う。
名前はよく知らないけど、ソムリエとかが着てる奴だよな。
だけど何で今、アイドルの話が出てくるんだ?

「だってアンタ、アイドルの話題避けてるでしょ」

「そんなことな……くはない、のか」

反論しようとして、できなかった。
コイツが言ってるのは確かに事実だったから。
87 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/14(土) 22:29:18.77 ID:BYdIjYLNo

俺は、今まで通りでいるべきだと、そう思っている。
なら別に、アイドルのライラさんを知る必要はない。
むしろ、知らない方がいいんじゃないかと。
クラスの連中の変わり様を見ると、どうしてもそう考えてしまう。

俺も同じようになってしまう気がして。
今まで通りの友だちでいられなくなるような気がして。

「真面目か」

溜め息まじりに突っ込まれた。
心底呆れたって顔なのに、目だけ妙に優しい。
コイツとも長い付き合いだけど、こんな表情は初めて見た。

「アンタなら大丈夫よ」

不思議と、その言葉を素直に受け取れた。
コイツが言うならそうなんだろう、と。
88 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/14(土) 22:29:59.29 ID:BYdIjYLNo

「というわけで、はいこれ」

「なんだよ」

「何って、ライブのチケット」

「おい、ちょっと待て」

手渡された封筒の中には、一枚の紙が入っていた。
記された日付は来週だ。
急な話にもほどがある。

「アタシも付いてってあげるからさ」

「いや、そういう問題じゃない」

「見ないの? 友だちなのに?」

その言葉にハッとした。
口では応援すると言いながら、俺は何も知ろうとしていない。
知る機会があるのに、触れようともしていない。

ただ、自分が変わりたくないから。
それは、友だちとして正しいのか?
89 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/14(土) 22:30:41.84 ID:BYdIjYLNo

「……そうだよな」

アイドルとして、ライラさんが何をしたいのか。
そのために、何を頑張っているのか。

そういうことを理解して応援する。
友だちって、そういうものなんじゃないだろうか。
少なくとも俺は、そっちの方が良いと思う。

これはもう、変わるとか変わらないの話じゃない。
俺自身が、友だちだと言えるためにも。

「ありがたくいただくよ」

改めてチケットを受け取る。
なんだかすっきりした気分だ。

「ん。よろしい」

コイツには全部バレてるんだろうなぁ。
でなきゃ、こんな風に笑うわけがない。
……まあ、今更か。

ライラさんとも、こんな関係になれたら。
ふとそんなことを考えた。
うん、悪くない。

そうなるには、相当苦労しそうだけども。
まずは一歩、踏み出してみるか。



<了>

90 : ◆Hnf2jpSB.k [sage saga]:2020/03/14(土) 22:37:36.60 ID:BYdIjYLNo
というお話でございました

アイドルが隣にいたら……
頑張って格好つけたくなるも挙動不審で終わる自信があります
現実は非情だ


お楽しみいただけましたなら、幸いです
91 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/03/17(火) 11:18:54.47 ID:vM3vJbG2o
乙です、とてもよかった
同じ時間軸のライラさん側も読みたくなりますねー
92 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/03/19(木) 18:16:25.34 ID:Ph/kyL2RO
乙、ほんわかした
甘酸っぱい素敵なお話
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