もしもし、そこの加蓮さん。

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102 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/04/30(木) 22:02:45.40 ID:QqIdgo5i0

 ◇ ◇ ◆


 「何にする?」

 「何がオススメ?」

 「ラテかな。冷たいのも美味しいよ」

 「んー……じゃ、ラテ。あったかいの」


――外で、ゆっくり話そうか。


軽い顔合わせの後、加蓮と奏がそう口を揃えて頷き合い、
互いの担当プロデューサーが情けない顔を見合わせてから三十分と少し。

邪魔の入らない茶店を二人とも知っていましたから、
今回は奏が贔屓する純喫茶へお邪魔する事に決まりました。

壁には往年の傑作映画のポスターが何枚か貼られ、
控え目な有線放送はオールディーズが中心でした。
懐古主義者なのかなと奏を見つめてみると、彼女は美しく微笑みます。
103 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/04/30(木) 22:10:00.11 ID:QqIdgo5i0

 「自己紹介はさっきのでもうオッケー?」

 「ええ。殿方の前では出来ないような、女同士のやらしい話をしましょう」

 「めっちゃ売れてるね。ホテムン」

 「本当にやらしい話をするとは思わなかったわ」

奏のデビューシングルは売れに売れていました。
アニバーサリーライブ随一の話題曲と言って差し支えありません。


カフェラテが二つ運ばれて来ました。
カップを手で包み、外の寒さにかじかむ肌を温めてあげます。
昇り立つ湯気を頼りない吐息で散らしながら、一口。

 「……美味しい」

 「でしょう」

奏は我が事のように喜びました。

 「ねぇ、加蓮。私が苦手?」
104 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/04/30(木) 22:41:46.72 ID:QqIdgo5i0

一口。二口。
少し考えて、もう一口。

 「まずね、急過ぎてびっくりしてるの」

 「そう」

 「それと、奏が苦手な訳じゃないんだ。
  何て言えばいいのかな……いつも余裕のありそうな人が、ちょっと苦手でさ」

 「余裕?」

 「余裕……だと、思う」

奏もカップを傾けました。
音も無くソーサーへと戻し、小さく出した舌先で唇の端をぺろり。
意識した風でもない仕草が妙に艶かしくて、加蓮は口元をカップで隠しました。

 「ふふ……私のこれは、虚勢よ」

 「嘘だぁ」

 「嘘は苦手なの。可愛い女の子と二人で、すごく緊張してるわ」

 「まぁ、可愛いからね」

 「嘘だぁ、って、言わないのね」

 「そりゃあ、可愛いし?」
105 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/04/30(木) 22:50:49.74 ID:QqIdgo5i0

二人が笑い合いました。
少しだけ冷めて湯気も落ち着いたカフェラテはちょうど飲み頃のようです。

 「そういえば、加蓮はどんな曲を貰ったの?」

 「アタシ? あー、んと……」

ごそごそとポシェットの中をまさぐって、
折り畳まれたホチキス留めのプリントと音楽プレーヤーを奏へと手渡します。

イヤホンを耳へ差し込み、丁寧に開いてプリントの中を検めると、
奏は軽くこめかみに指を添えながら視線を落としました。
コンタクト着用者の仕草だと、加蓮は何となく当たりをつけます。


曲を聴き終えると、奏はイヤホンを外して軽く髪を振りました。
さらさらと濡れ羽色が揺れて、それが何だか拍手みたいで、
加蓮は何となく視線を泳がせます。

 「良い歌ね」

含みも何も無い、素直な感想。
加蓮だってそう思いますし、
だからこそ、気になる箇所がやっぱり気になってしまうのです。

 「だよ、ね」
106 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/04/30(木) 22:51:17.21 ID:QqIdgo5i0

 「あら。どこか気に入らない?」

 「気に入らないっていうか……折り合いが悪くて」

 「彼のこと? 加蓮のために一生懸命で、とっても素敵だと思うけれど」

 「あー、いや、プロデューサーじゃなくて」

 「……?」

 「その、だから……神様と」


きょとん。

そんな音の聞こえてきそうな顔でした。
彼女にしてはかなり珍しい表情のまま加蓮を見つめていたかと思うと、
俯いて、肩を震わせて、口元を抑えます。


奏は抱腹し、必死に笑いを堪えていました。

 「っふ、ふふ……っ! 加蓮、ふっ、貴女、本当に面白い娘ね」

 「……えーと、どうも?」

 「ふふ……そう、神様と、ね……ふふっ」

何がそんなに面白かったのか、加蓮は見当も付きませんでしたが、
何となく奏も楽しそうだし、まぁ、いいかな、と流しました。
107 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/04/30(木) 23:00:59.75 ID:QqIdgo5i0

目の端に滲みかけていた涙を軽く拭い、
奏はようやくいつもの落ち着きを取り戻します。

 「ねぇ。よければ聞かせてもらえる? 貴女と神様の馴れ初め」

 「馴れ初め、って程のもんでもないんだけどね」


加蓮にとって、過去は隠すものでも、話すものでもありませんでした。
求められれば提示し、そうでなければただ持ち歩く。

生まれた事実を消せはしないように、辿って来た過去とは、現在の自身を構成する要素。
彼女はそう認識しています。


ですから加蓮は、自身の思い出を冗談交じりに語ってみせました。
学会の発表などではない、友人への雑談として。
面白おかしく、時に自慢気に、奏が退屈しないように。
108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/04/30(木) 23:10:29.79 ID:QqIdgo5i0

一通り語り終える頃、二つのカップは空になっていました。

 「……ごめんなさいと、言うべきではないんでしょうね」

 「ん。要らない」

 「面白い話だったわ……何か頼む?」

 「ココア。出来ればマシュマロ入りのやつ」

 「一応、訊いてみましょうか」


しばらくして、マシュマロ入りのココアが二つ、運ばれてきました。

 「奏は? 神様好き?」

 「さてね。アグノスティクだから」

 「あー。最近多いよね」


不可知論者――アグノスティク。
知らないものは分かり得ないとする理論であり、
特に宗教においては神の存在について否定も肯定もしない立場を指します。

おおよそ、その辺りの女子高生が喫茶で持ち出す類の言葉ではないでしょうが、
この二人はかなり特殊な一派に属していますので。
109 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/04/30(木) 23:18:41.85 ID:QqIdgo5i0

 「なるほどねー……」

 「神様を唄うのが気に入らないの?」

 「簡単に言うとね。ただ、
  その辺りって昔考えたんだけどさ、結局今でもアタシの中で答えが出なくて」

 「とすると……よく分かってもいないものを唄うのがイヤなのかな」

 「それ。そっちのが近い。さっすが」

 「でもね加蓮。私だって、歌詞の意味を全部理解してる訳じゃないわ」

甘ったるいココアを啜りながら、加蓮が首を傾げました。

 「自分の解釈が合ってるか、作詞家の先生に確かめに行ったりはしてないもの」

 「そりゃ……そうかもしれないけどさ」

 「でも、私は唄った。みんなは、それを聴いた」


明滅を繰り返すステージが脳裏に浮かびます。


 「唄うのは怖いけど、楽しいよ」
110 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/04/30(木) 23:25:03.16 ID:QqIdgo5i0

 「凄いね、奏は」

 「これだって虚勢かも」

 「嘘だぁ」

凄いアイドルと組んでしまったなと、加蓮は今頃になって痛感していました。
次回の定例ライブに新曲は間に合わないと聞きましたが、
いずれやって来るユニットの初ステージまでに仕上げなければならないのですから。
彼女と並び立てるくらいに。

嘆息しながらふにゃりとテーブルへ崩れた加蓮を見て、奏は妖艶に笑みました。

 「それに、何もひとりで考える必要なんて無いんだから」

 「……ほぇ?」

 「頼れる仲間が居るでしょう? 百人も。すぐ隣にだって」

奏がカップを持ち上げ、一口。
長いまつ毛がぱちりと瞬いたのを見て、加蓮は訊ねました。


 「奏。ココア好き?」

 「さてね。珈琲党だから」

 「ふぅん」


割と甘党っぽいよって、後で担当さんに伝えてやろう。

ちびちびとココアを楽しむ彼女を前に、加蓮はそう決意しました。
111 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/04/30(木) 23:31:58.65 ID:QqIdgo5i0

 ◇ ◇ ◆

事務所へ立ち寄った際、まだ約束の時間まで暇があると、
大抵のアイドルは事務室の片隅にパーテーションで区切られた、
広めの談話スペースに身を落ち着けます。


ダイヤの関係で思いのほか早く事務所へ到着してしまった加蓮もまた、
この日は談話スペースへ顔を出しました。
先客は鷺沢文香ひとりだけで、今日も今日とて耽読に精を出しているようです。

文香の読書好きは事務所内でも有名でした。
邪魔をしないよう近くのソファーに通学鞄を放ろうとしたところで、
彼女が抱えている本に気付きます。
以前に読んだ事のある題でした。


どこまでならネタバレにならないか少しだけ考えて、結局は無難な感想に留める事にします。

 「可愛いよね、ペトロニウス君」
112 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/04/30(木) 23:38:03.30 ID:QqIdgo5i0

頁と見つめ合っていた視線がすいと上を向きました。
澄み切った美しい瞳に見つめられ、加蓮は思わず半歩だけ退がります。

 「……読んだ事が……お有り、なのですか?」

 「え、あ、うん。昔ね」

 「印象に残っている場面など……宜しければ、伺っても」

 「んー……どこまで読んだの?」

 「この本は、二度目です」

 「へ」

 「この前のお仕事で……猫と触れ合ったのです。
  何となく、猫の登場する物語を……読み直したくなりまして」


想像してしまいました。
日課の読書に勤しみながら仔猫によじ登られ、
傍らに用意した茶菓子をむしゃむしゃとつまみ食いされつつも、悠然と書に向き合っている光景を。

吹き出しそうになり、慌てて首を振りました。
小首を傾げてこちらを伺う文香に向き直り、
自慢の加蓮ちゃん書庫から記憶を引っ張り出してきます。
113 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/04/30(木) 23:45:27.13 ID:QqIdgo5i0

 「コールドスリープから目覚めた後、お仕事貰うじゃん?
  必ず一日一回はミスがあるのに気付く場面、けっこー怖かった」

 「なるほど……確かにその場面は、私も覚えています。
  遠からず機械知は人智を超えると、彼は予見していたのかもしれません」

同好の士というのは、お互いの存在を鋭く嗅ぎ付けるものです。
文香もまたご多分に漏れず、今度は加蓮の頁を紐解こうと話を続けました。


 「加蓮さんは……どういった本を、多く読まれるのですか?」

 「最近はご無沙汰だけど、割と何でも。
  小説なら短編かな。好きなように読めるし」

 「と、言いますと……星新一なども」

 「うん。オー・ヘンリーも好き。『ゴム族の結婚』とかほとんど勢いだけで笑っちゃった」

 「確かに……あの作品はユーモラスでした。私は、短編ですと――」

こと、語るという点において、哲学者と読書好きに並ぶ者は居ません。
並びたくもないのかもしれませんが、さておき。


文香は水を得た魚でした。
普段は隠れがちな両の瞳を幼子のようにきらきらとさせ、書について加蓮と語り合います。
なかなか読書好きのアイドルも少ないものですから、ここぞとばかりに。
114 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/01(金) 00:04:49.12 ID:TaaH9Z3P0


ひとしきり興味を満たし終えたところでようやく、文香は我を取り戻しました。

 「……申し訳有りません。加蓮さんの都合も考えず、独りよがりな会話を……」

 「いいって。レッスンまでまだあるし、久しぶりに本の話ができて楽しかったし」

 「……その、失礼ですが」

 「ん?」

 「意外だったのです。加蓮さんは……今どきの、
  華やかな方で、こうした趣味とは、少し……縁遠いかと、考えていました」

 「あー。ま、そうかもね。昔は熱中したけど……また何か読もっかな」

 「……読書好きの知己が、いらっしゃったのですか?」

 「え?」

 「あぁ、いえ。何か……書に親しむ、契機のような何かが、あったのかと思いまして」


契機ならありました。
入院生活。母の一言。

決して多いとは言えない日々の選択肢の中で、
読書は気の置けない友としていつでも傍に居てくれました。
きっかけが何にせよ、頁をめくるのは加蓮にとって楽しいもので。
115 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/01(金) 20:20:52.49 ID:TaaH9Z3P0


居るでしょう? 百人も。


不意に奏の言葉が蘇ります。
言いかけた何かが加蓮の口から逃げていって、文香は不思議そうにこちらを見つめていました。

知性を湛えた瞳に、緩慢ながらも理路整然とした語り口。
彼女なら、加蓮の求める答えを持っているかもしれません。

 「文香さんは」

 「はい」

 「……神様って、何だと思う?」

 「神……ですか」

雲を流すかのような物言いとなってしまったにも関わらず、
文香は真摯に考えを巡らせてくれました。

 「神学の心得はありませんので……
  書に偏った考えではありますが……狂言回し、でしょうか」
116 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/01(金) 20:31:07.46 ID:TaaH9Z3P0

 「……その心は?」

 「表舞台に姿を現す事は少なく、
  けれども、確かに……この世界に、計り知れない影響を与えています」

 「文香さんらしいね」

 「私には、これしかありませんから」

尚も続けようとして、文香が掛け時計を見やりました。
時計の針は二人が口火を切ってから半周も回り、
加蓮はボーカルレッスンの、文香はダンスレッスンの時刻が迫っています。

 「……加蓮さんは、レッスンの後……少し、お時間はありますか?」

 「え? うん、あるけど」

 「でしたら……終わりましたら、
  また事務所に来て頂いてもよろしいでしょうか。心当たりが、ありますので」

 「おーい加蓮。送るぞー……あ、鷺沢さん、ども」

心当たりとやらについて訊ねようとすると、
ちょうどプロデューサーが談話スペースへとやって来ました。
続きが気になるのは山々ですが、後ろ髪をばっさりと断ち切って荷物を手に立ち上がります。

なにせ遅れてしまうと、天から雷が落っこちるので。
117 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/01(金) 20:47:09.77 ID:TaaH9Z3P0

 ◇ ◇ ◆

 「ご紹介します……こちらが」

 「じょっ、道明寺歌鈴ですっ! アイドルだけど巫女です!」

 「クラリスと申します。アイドルですがシスターです」

ダンスレッスンの余波か、文香の体の軸はだいぶ傾いていました。
丁寧に下げられた二人の頭に加蓮もお辞儀を返します。


頭が痛い。
それが加蓮の正直な感想でした。

なぜ巫女がアイドルをしているのか。
なぜシスターがアイドルをしているのか。
なぜよりによってこの二人がデュオユニットを組んでいるのか。
数え上げようとすればキリがありません。


キュート部門の談話スペースにて顔を合わせたアイドルは、二人とも聖職者でした。
冷静に分析し直しても今ひとつ筋の通らない状況に、加蓮は考える事を放棄しました。

正解です。
118 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/01(金) 21:16:34.87 ID:TaaH9Z3P0

 「こちらが北条加蓮さんです。彼女は、神について知りたいようでして」

 「へぇ〜っ……! 変わってますねー!」


歌鈴が感心したように言い放ちました。


 「とは言え、興味を持ってくださるのは大変素晴らしき事ですわ。
  相互理解の一歩は、まず歩み寄る事ですからね」

クラリスも同様に頷きました。
何だかすっかり信徒になりにやって来たような空気に慌て、
加蓮は視線で文香に助けを求めます。

 「あの……お二人とも……今回は、深い所ではなく……
  信仰の源流、基本的な理念や概念を教えて頂ければ、と」

 「はいはいっ! まず歌鈴さんからっ! お願いしまーす!」

 「ひゃいっ! わ、分かりましたぁー……!」

隙を逃さず、加蓮は高々と挙手。
いきなりのご指名に泡を食いながらも、歌鈴はごひゅんと小気味良い咳払いをし損ねました。

 「けほ、ごほっ……え、えっとですね、
  私は、神道……宗派を抜きにすれば、八百万の神に身を奉じています」

 「うんうん」

 「それで……うんと、神様とは何か、でしたっけ?
  神道の特徴で言うとー……う〜ん……神様は何処にでも居るよー、っていうのが特徴かなぁ?」
119 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/01(金) 21:46:28.84 ID:TaaH9Z3P0

歌鈴の隣に座るクラリスも、興味深そうに耳を傾けています。

 「神道の神様……神霊と言ったりもするんですけど、
  神霊は無限に分けられるんです。そして、全て同じ神様なんですよ」

 「……ん、んん……?
  ごめん、ちょい待って分かんない。部下とか遣いとかじゃなくて……同じ?」

 「例えば、分祠……町中の小さな神社がありますよね。
  そこには総本社の祭神、つまり本部が祀っている神様と同じ神様が居るんです」

 「……要するに、クローン?」

 「う〜ん……見方によっては……そうかも?」

歌鈴が小気味良く笑いました。
神道について学んだ事はありましたが、そのような概念は初耳です。

 「それからですねー、とにかくいっぱい居るんです!
  お隠れになっちゃった神様とかもおわしますけど、それでもいっぱい!」

 「例えば?」

 「糸車の神様とかは流石に引退なさったでしょうけど、
  たぶんアイドルの神様とかはけっこう前に降臨されてると思いますよ?」

 「……なるほどね」
120 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/01(金) 22:16:58.66 ID:TaaH9Z3P0

 「こんな所ですかねー」

 「ありがとうございます。では、クラリスさんからも」

 「かしこまりましたわ」

傾きの緩やかになってきた文香に水を向けられ、クラリスが柔らかく笑みました。

 「私見も混じりますが、主は私達の裁定者なのかと思います」

 「おっかないね」

 「善きを助け、悪しきを罰する……
  加蓮さんの仰るとおり、ちょっぴりこわいかもしれませんね。
  ですが主は、人に寄り添おうと、近くで見守ろうしているのではないでしょうか」

クラリスが胸元のブローチを撫でました。

 「それから……」



 「……クラリスさん?」

 「ああ、申し訳ありません……これは、幼い頃、
  私の尊敬するシスターから教えて頂いた話なのですが」

 「うん」

 「私達は、誰でも一度――主の声を聞くそうです。
  そしてそれを、主の声だと気付ける者は、数えられる程に少ないと」
121 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/01(金) 22:27:27.95 ID:TaaH9Z3P0

どこかで聞き覚えのある話でした。
さてどこで聞いた話だったかなと考え込みそうになりましたが、
ふと、慈しむようにブローチを撫で続けるクラリスの指先が目に留まります。

 「あの、クラリスさんはさ」

 「ええ」


 聞こえたの?


口を出た言葉の呪いを、恐ろしさを、加蓮は知っていました。
伝えてはいけない言葉を飲み込んで、伝えるべき言葉を真摯に差し出します。

 「……ううん。何でもない。教えてくれてありがとね」

 「どういたしまして」

見透かされたなと、加蓮は直感しました。
軽い自己嫌悪を抱きかけた加蓮に、クラリスは慈愛の笑みを浮かべてみせます。


 「主の加護があらん事を」
122 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/01(金) 22:40:42.51 ID:TaaH9Z3P0

 「……うん。結構スッキリ、し?」

 「……うんー……?」

ソファから腰を上げようとした瞬間、加蓮の膝の上で何かが転がりました。
おそるおそる確認してみれば正体は小さな女の子で、
加蓮の膝を枕にしつつ、薄く開いたまぶたをこしこしと擦っているところでした。

 「へっ? こずえしゃんっ? あれ? いつの間に……?」

 「んん〜……」

歌鈴もクラリスも、もちろん文香も加蓮も、驚いて遊佐こずえを見つめました。
健康的なあくびと伸びを披露すると、すぐそばにあった加蓮の顔をじっと見上げます。

 「かれんはー……かみさま、しりたいのー……?」

 「……うん」

 「そっかー」

そう言うとこずえはまた目を閉じて、小さくゆらゆらと揺れました。
困惑に包まれたままの四人に見つめられながら、ゆらゆら、ゆらゆら。
そして薄く目を開けると、加蓮の膝の上へよじ登りました。


 「かみさまはねー……さがしても……
  いなかったりー……たくさんかんじたりー……ふわふわしてるのー……」
123 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/01(金) 23:03:21.07 ID:TaaH9Z3P0

 「……うん」

 「こすえたちをー……みてたりー……
  みてなかったりー……こたえてくれたりー……はなしてくれなかったりするー……」

 「うん」

 「だからー……きにしない……きにするなー」

小さな手がぺちぺちと加蓮の頬をはたきました。


 「かれんはー……かれんのやりたいように……やるのー。やっちゃえー……」


頬をはたく間隔が徐々に間延びしていって、聞こえなくなって、
代わりに安らかな寝息が聞こえてきました。

倒れていかないようこずえの身体を捕まえて、
起こさないようふわふわのつむじを撫でてやります。
平熱で一度くらいは違いそうなぽかぽかの身体を抱き、加蓮は三人に笑いかけました。

 「だってさ」

見守っていた三人も破顔しました。
結局立ち上がれなくなってしまった加蓮を囲み、
今度は他愛も無いガールズトークに花が咲きます。


今なら何だか、上手く唄えそうな気がしました。
124 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/06(水) 22:03:09.95 ID:EfLG+Erp0

 【X】アヴァンチュール


 「そうだったなぁ……赤かったよ」



 「……赤いの?」

 「うん」

ナポリタンにフォークを突き立てつつ、加蓮は首を傾げました。
愛らしいほっぺたに散った赤を拭ってやりながら父が頷きます。

 「まっかなお家がいっぱいなの?」

 「いや、何て言えばいいのかな……全体的に赤っぽいんだ」

 「……?」

 「土とか、木の幹とか、遠くの景色とか……そこかしこが、ちょっとずつ赤い」

 「よくわかんない」

 「うーん」

父が唸りました。
頭の中と同期させるように、フォークで麺をくるくると巻き取ります。
125 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/06(水) 22:15:36.22 ID:EfLG+Erp0

 「後は、ハエが凄かったかしら」

 「あぁ。そう、そう! あれは凄かった……何だったんだろうな」

 「えー……なんかヤだなぁ」

 「そういえばシリアル食べたら洗剤の味がしたっけ」

 「あったわねぇ」

 「へんなとこ」

 「いやいや、良い国だったよ。オーストラリア」


一足先に昼食のナポリタンを食べ終えた父がどこからかアルバムを持ってきました。
ケチャップが跳ねないよう加蓮たちの皿から離して置き、ゆっくりとめくって見せます。

 「あ! ゲームセンター!」

 「ああ。オスの鹿だけ撃てってゲームが難しかったな。見分けつかなくて」

 「このお馬さん、なんで町にいるの?」

 「こっちはニューヨーク。おまわりさんがパトカー代わりに乗ってたみたい」

 「へー」
126 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/06(水) 22:23:06.45 ID:EfLG+Erp0

今よりも少しだけ若い二人が笑い合う写真の数々。
自身が生まれるよりも前の記録を、加蓮は興味深そうに眺めていました。

雄大な景色を収めた写真に、何故撮ったのか全く分からない写真。
加蓮が次々に疑問をぶつける度、両親は懐かしむように思い出を語ります。

 「いろんなとこ、行ったんだ」

 「まぁ、昔はね」

 「ねぇ、わたしも行ってみたい! 外国っ!」

 「ん……」

 「アメリカでもアフリカでもいいから! ねっ?」

愛娘が父に向けて手を合わせます。
ごちそうさまの呟きに、両親も釣られてご馳走様でしたと呟きました。

 「じゃあ、お父さんにお金、いっぱい稼いでもらわないとね?」

 「うん!」

 「いや、俺歩合給じゃないけど……まぁ、いいか」


苦笑する父と微笑む母が、加蓮の頭上で目線を交わします。
127 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/06(水) 22:33:53.62 ID:EfLG+Erp0

 ◇ ◇ ◆


 「――ちゃん。加蓮ちゃん」



 「……んぅ? なに? 機内食……?」

 「じゃ、ないんですけど……ほら、あそこ!」

 「んー……?」

卯月が肩を揺さぶってくるのと同時でした。
ぽーん、とアナウンスが流れ始め、ベルト着用を促すサインが点灯します。
隣に座る卯月から何度も何度も指差され、
加蓮は寝起きの緩慢な動作で窓の外を見やりました。

 「おー……割と細長いなぁ」

 「周りが全部海なんですねー」

 「島って全部そうじゃない?」

 「……あ、あはは……確かに」

海外の空気に浮かれる卯月へ、加蓮が眠気混じりの無粋を突き刺しました。
照れ笑いを浮かべる彼女に軽く笑みを浮かべ、加蓮は再び目的地を見下ろします。
128 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/06(水) 22:43:39.40 ID:EfLG+Erp0

事前のリサーチによれば、あの場所は何と『天国に一番近い島』。
なら、遥か空から見下ろしている自分達は、もう天国の住人だったりして。


機上で縁起でもない事を考えながら、
加蓮は先程までの夢うつつで覗いていた、懐かしい記憶を振り返ります。
そういえば久しく母のナポリタンを食べてないなと気付いて、
気付いたところでしばらくは食べられそうにありませんでした。

 「卯月は海外旅行ってした事あるの?」

 「はい! 今回で四ヶ国目ですね」

 「おー、流石は島村家のご令嬢」

 「ふ、普通です……よね?」

 「ふふ……どうだか」


今なら分かります。

万が一の事態も考えれば。
加蓮の身体を慮れば。
例え連れて行きたくとも、加蓮を海外へ連れ出す訳にはいかなかったのだと。

パスポートを取りたい。
そう告げた時のひどく驚いたような父の顔を、加蓮はまだ覚えています。
テレビのリモコンを握ったまま目を閉じ、
静かに返された、そうか、という言葉も。
129 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/06(水) 22:53:09.40 ID:EfLG+Erp0

 「卯月」

 「?」

 「アイドルって、凄いんだね」


家を出立する際、両親は彼女を見送ってくれました。

不安に押し潰されそうな表情ではなく、
薄く何かを誇るような笑みを浮かべて。

 「さーて。記念すべき一歩目の土は硬いか、軟らかいか……」

 「着くのは空港ですし、しばらくコンクリートだと思いますよ?」



 「……」

 「ふひゃ、はゆっ……!? ふぁれんひゃ、なんへぇ……?」

卯月の頬を軽く引っ張ります。
純国産のそれは大変柔らかく、良い具合でした。
130 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/06(水) 23:01:28.96 ID:EfLG+Erp0

 ◇ ◇ ◆

まだ撮影も始まっていないというのに、
エメラルドブルーを目指し、シンデレラ達は我先にと裸足で駆けて行きました。

 「置いてかれるぞ?」



 「海は逃げないでしょ」

 「まぁな」

いつ見てもスーツ姿のプロデューサーですが、
今回ばかりはさしもの彼もそうは言っていられないようです。
足にはサンダル、下はチノパン、上はシンプルなポロシャツと、
彼にしては随分とラフな出で立ちです。

 「しかしまぁ、呆れるくらい碧いな」

 「ね」

透き通るような海に、抜けるような空。
贅沢に過ぎる景色を背に、少女達がそれはもうはしゃぎ合っています。
131 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/06(水) 23:11:10.40 ID:EfLG+Erp0

 「ところで加蓮、泳げるのか?」

 「ううん」

 「だとは思った」

加蓮も裸足ではありましたが、水着の上にはパーカーを羽織っています。
両親から持たされた鍔広の帽子を直し、彼をすいと見上げました。

 「泳げなくたって構わないさ。とりあえず浮かんでみればいい」

 「人は水に浮かないよ」

 「そこからか……」

苦笑を零しつつ、彼は海へ向けて歩き出しました。
二歩ほど遅れて加蓮が後をついて行くと、さり、さりと砂浜が音を立てます。
砂浜が湿り気を帯びてなお気にする様子も無く、立ち止まった加蓮の前で、
彼はチノパンとサンダルのままじゃぶじゃぶと海へ分け入ります。

 「……ズボン、いいの?」

 「そのうち乾く。あと、少しくらい濡れた方が良い男になる」

 「……」

 「ほら、そこでこう……もう良い男じゃんとか、こう、何か一つ」

 「呆れるくらい碧いね」

 「さっき言った」
132 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/06(水) 23:18:59.82 ID:EfLG+Erp0

頭を掻く彼に笑い返し、加蓮が足を振ってサンダルを放り投げます。
閉めていたジッパーを下ろし、パーカーもそこらに放り捨てて。
寄せる波が、薄い青に彩られた彼女のつま先にキスをしました。

足の裏にくすぐったさを感じながら、加蓮は歩みを進めます。
彼の見ている前で一度深呼吸をし、勢いをつけてざぶんと潜りました。


 「――ぷは、っ」

すぐに水面から顔を出します。
細い髪の間を冷たい水が流れ落ちてゆき、唇が少ししょっぱくなりました。
視界は蒼と碧だけで満たされていて、
二つは遥か遠く、水平線の彼方で互いに混じり合っていました。


憧れるだけの場所だと、あの頃はずっとそう思っていたのです。
水着で、海なんて。
どこか遠い世界の、ただの御伽噺だと。

ですが加蓮は今、海水の塩辛さを。
流れ落ちる雫の冷たさを。
容赦無く焦がそうとする南天の太陽を、その肌で感じていました。


 「海だね」

 「ああ」
133 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/06(水) 23:33:18.12 ID:EfLG+Erp0

水も滴る良い加蓮が振り向きます。
こちらを見ていた彼と視線が合いそうで合いません。

やや、下を向いていたので。

 「視線がやらしい」

 「アイドルなんだ。少しずつ慣れてくれ」

 「あ、やらしいのは否定しないんだ」

 「男の子だからな」

 「十年早く言いなよ」


昔の事は昔の事。
加蓮は今やすっかり健康体でした。
年頃の少女らしくごく健全に発育して、不健全な視線を集めてしまうくらいには。


 谷間は、見せ得。


そう強く、強く主張する美嘉に言われるまま見繕った、フリル飾りの水色ビキニ。
鎖骨のくぼみに溜まっていた水滴を人差し指で弾くと、
伸ばした指先へ釣られるようにして彼の視線も泳ぎました。
134 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/06(水) 23:45:53.62 ID:EfLG+Erp0


 「楽しそうね、お二人とも」


流石の奏も南国の陽気に中てられたかもしれません。
いつもより気持ち濃いめの笑みを浮かべつつ、彼女が二人へと歩み寄って来ます。

抜群と形容して差し支えない彼女の肢体を包むのは紺のビキニ。
何が十七歳なんだと、加蓮は心中で小さな溜息を吐きました。

 「この海とも仲良くなったでしょう? そろそろ撮影開始だって」

 「あ、お仕事で来てたんだっけ?」

 「ふふ……私も思い出したのはついさっき、だけどね」


南の島でのピンナップ撮影。
近頃スケジュールの詰まり気味だったアイドル達へ、
容赦無く追加で積み重ねられてしまったお仕事です。

何につけても、お題目というのは大変重要ですから。
135 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/06(水) 23:51:20.91 ID:EfLG+Erp0

 「うん、今行く。プロデューサーも、」


目は口ほどに物を言う。


至言でした。
振り向いた加蓮の前で、彼は奏を一心不乱に見つめるのに忙しそうです。
口を小さく半開きにして、ウソだろ、等と呟いているのが聞こえました。

加蓮はしばらく考えてから、
水面を蹴り上げるようにして彼へ激しい飛沫を見舞わせます。


 「ぶわっ!」

 「行こっか奏。えっちデューサーは置いといてさ」

 「あら。折角良い男になったのに?」

 「それさっき言ったからもういいよ」


にこやかに笑い合い、二人がみんなの元へと駆けて行きます。
プロデューサーはずぶ濡れになりながらしばらく立ち尽くし、


 「……嘘だろ…………」


万感の思いを反芻していました。
136 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/07(木) 00:04:31.64 ID:XPAMg3p00

 ◇ ◇ ◆


 「はい♪ 事故だけはくれぐれも気を付けてくださいね?」

 「すみません。ほんと助かりました」

 「いえいえ。ご飯、忘れないでくださいね? それではごゆっくりー♪」


キーを彼へと託すと、
洒脱な服に身を包んだちひろはご機嫌な様子で市街へと消えて行きました。

もう一度ぐるりと一周しながら装備を確認するプロデューサーのそばで、
加蓮は欧風の街並みをきょろきょろと見渡します。

 「よしオッケー。乗ってくれ」

 「はーい。というか右ハンドルなんだ」

 「左は昔一回乗ってみた事あるが、怖過ぎる」

 「よく見つけたね、右ハンドルのオープンカーなんて」

加蓮が助手席へと乗り込み、
シートベルトをしっかり閉めたのを確認してからサイドブレーキを戻します。
レンタカー屋のガレージに軽快なエンジン音を響き渡らせて、
四人乗りのオープンカーは青空の下へと繰り出しました。
137 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/07(木) 00:14:06.23 ID:XPAMg3p00

 「ちひろさんが見つけてくれたんだよ。というか、手配まで含めて全部」

 「相変わらず何でも出来るね、ちひろさん」

 「なかなか高くつくけどな……」

 「今回は?」

 「さっき言ってたろ。何か有名らしいレストランでディナー奢り」


市街地には信号が少なく、飛ばす車も見えません。
ローマではローマ人のようにせよ。
路上駐車の陰に気を配りつつ、ゆったりと安全運転で流していきます。

慣れない右側通行に慎重なハンドル捌きで対応し、
ようやく太い道へ出られた彼が強張っていた肩を緩めました。
と、同時に、急に静かになっていた加蓮に気付きます。


助手席で、加蓮は何とも形容し難い笑みを浮かべていました。
138 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/07(木) 00:27:25.70 ID:XPAMg3p00

 「やるじゃん」

 「は?」

 「いいんじゃない? 南の島でひと夏のアヴァンチュールなんてさ」

 「ああ、ちひろさんはそういうの一切無いぞ。マジで。砂粒ほども」



 「え?」

 「めでたくステーキとロブスターをガッツリ奢らされる予定だ」

 「……良かったね」

 「おう、涙が出るくらいな」


交差点を曲がった先の道は、まっすぐに海へと伸びていました。
彼はどこからか取り出したサングラスを無言のまま着用すると、
もう一本を助手席の加蓮へと差し出します。
加蓮もサングラスをそっと掛け、無言のまま行く先の大海原を見つめました。


しょっぱい。


そんな小さな呟きが、海風にさらわれていきます。
139 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/07(木) 20:34:28.08 ID:XPAMg3p00

 ◇ ◇ ◆

念のため、髪をアップに纏めておきましたし、上着だって一枚羽織ってあります。
ですが彼は飛ばす訳でもなく、海岸沿いの道を法定速度で流すだけ。

加蓮にとって、窓も屋根も無いドライブは、やはり生まれて初めての体験でした。
運転席の彼ほどではありませんが、それなりの上機嫌が顔を覗かせ始めます。

 「それで?」

 「うん?」

 「随分と楽しそうだけど、何でアタシを連れ出したの」

 「あー、そりゃ両方同じ答えになるな」

 「?」

 「ずっと叶えたかったからな」

夫婦らしき男女を乗せたスポーツカーとすれ違う間際、軽くクラクションを鳴らされます。
応えるようにこちらも鳴らし、軽く手を振りました。

 「夢だったんだよ。外国の海岸沿いを、
  助手席に可愛い女の子乗せたオープンカーで走るのがさ」

 「奏でも乗せたらよかったじゃん」

 「悪かったって……アレは……男なら仕方無いんだよ」

 「そうだね。男の子だもんね」

 「ぐぬ……」
140 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/07(木) 20:45:51.03 ID:XPAMg3p00

彼を言い負かし、加蓮はひとしきり満足しました。
窓枠へ軽く肘を掛け、纏め損ねた毛先を風の妖精に遊ばせてやります。

 「夢だったんだ」


出し抜けに呟いた加蓮へ、彼の視線が続きを促します。

 「水着で、海で泳ぐの」

 「ささやか過ぎやしないか」

 「昔の、ね。ちっちゃな私には、おっきな夢だったの」

サングラスに隠れて、彼の表情はよく伺えませんでした。

 「さっきの質問だけど」

 「ん」

 「答え、もう一つあるな」

 「うん」

 「加蓮とゆっくり、話してみたかったんだ」
141 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/07(木) 21:00:46.29 ID:XPAMg3p00

唇を結び、加蓮は彼の顔を見つめます。
そして、にっと笑ってみせました。

 「話したかったんだ? 可愛い女の子と」

 「そう言われるとガールズバーみたいだな……」

 「行ったんだ」

 「行ってない……行ったっていいだろ別に」

 「お話くらい幾らでもしてあげるよ? 三十分につきアイスかポテトいっこね」

 「そりゃ財布に優しくて助かるよ……」

加蓮に比べればやや苦味の混じった彼の笑み。
それが彼女お気に入りの表情なのを、当の本人は知る由もありません。

 「俺はまだ、加蓮の事をほとんど知らないんだ。
  誕生日と、趣味と、好きな食べ物と、スリーサイズくらいしか」

 「割と充分じゃない……? いいけどさ」

ハンドルを握り直し、今度は彼から口を開きました。

 「イヤだったら、話さなくてもいい」

 「うん」

 「身体が弱かった、ってのは前に聞いたけど……相当だったのか?」
142 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/07(木) 21:14:21.11 ID:XPAMg3p00

 「ま、ね。幼稚園とか小学校の頃は病院を行ったり来たりだったし。
  生まれたばっかの頃とか、何か赤ちゃん用の機械に入れられてたらしいし」

 「それは……相当だな」

 「遺伝性の呼吸器系でさ。お母さんが抱えてたみたい」

 「親御さんもか」

 「大人になってから発症したお陰で、お母さんは結構すぐ治ったんだって。
  でもアタシ、小さかったからさ。強い薬もなかなか使えなくて……結構長引いちゃったんだよね」


語る内に、鋭い痛みが胸を刺しました。

忘れられたくとも忘れられない、人生で最悪の一言。
子供ながらに言い放つべきではなかったとすぐに理解して、
けれどもう取り戻す事の叶わなかった呪いの言葉。

幻痛に上着の胸元をぎゅうっと握り締めます。
隣のプロデューサーは迷うように目線を送り、けれどどうする事も出来ません。

 「……すまない」

 「ううん。いつかは知る事だったし」

加蓮が軽く答える一方で、彼は沈痛の面持ちを浮かべていました。
頬を軽く掻きながら、彼女は努めて明るい声音を出します。
143 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/07(木) 21:31:16.33 ID:XPAMg3p00

 「だからホラ、ウチの親ってアタシにダダ甘なんだよね。
  昔から欲しいって言ったものは大体何でも買ってもらえたし」

 「……可愛い一人娘だから?」

 「そうそう」

その甲斐あってか、彼の表情も少しは晴れてくれました。
これはもうひと押しが必要だなと、加蓮はわざとらしく咳払いを一つ。

 「で、今度はこっちの番」

 「あー、俺の話か? スリーサイズは内緒な」

 「切れた輪ゴムよりどうでもいいから大丈夫」

 「ひどい」

 「彼女いるの?」

悲哀の呻き声をおろしポン酢のようにさっぱりと無視して質問を投げました。


 「あ、それはどうでもよくないのか」

 「破けたレジ袋よりは」

 「お願いもっと興味もって」


可能な限り女子高生らしい話を振ってあげたつもりでした。
何がお気に召さなかったのだろうと加蓮は口を尖らせます。
144 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/07(木) 21:45:37.33 ID:XPAMg3p00

 「いないよ」

 「そうなんだ」



 「……」

 「……え、いや、そこから話広げてくれたりしないの」

 「もう、注文が多いなぁ」

 「えぇ……?」


絵画のようにくっきりと塗り潰された自然を背景に、真っ赤なオープンカーは走ります。
何故か『事務所のアイドルでお付き合いするなら誰か』という話題へと発展し、
最終的に『顔で選ぶな』と結論付けられたところで、彼が長く大きく溜息を吐きました。

 「あ、そうだ音楽流すの忘れてた……なに聴く?」

 「どんなの用意してきたの?」

 「やっぱこういうドライブには洋楽だろ」

片手でサイドポケットを探り、用意しておいた音楽プレーヤーを取り出します。
ケーブルを繋ぎ、カーステレオへの接続ジャックへと差し込みました。
145 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/07(木) 21:51:26.71 ID:XPAMg3p00

 「ご贔屓のグループは? あれば掛けるぞ」

 「贔屓って程でもないけど……カーペンターズは入ってる?」


プロデューサーが口を開けて加蓮を見つめました。
ハチドリが巣を作るのなんかににちょうど良さそうな開き具合です。

 「ちょいと。前見て前」

 「……っと。すまん」

幸い、海岸線沿いの一本道に正面衝突するような障害物はありません。
ほんの少しハンドルを切れば車はすぐに舵を取り戻しました。

 「何? 洋楽の一つくらい聴いてちゃ変?」

 「変というか……カーペンターズ、聴くのか」

 「両親が好きでね。旅行先の車なんかでよく聴いてたの、思い出してさ」

 「……そうか」

滑らかに喋っていたプロデューサーが再び黙り込んでしまいました。
どこか逡巡するように、握ったハンドルを指先でとんとんと叩いて。
訝るような視線を加蓮から向けられつつ、手元のプレーヤーをタップします。
146 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/07(木) 21:59:45.33 ID:XPAMg3p00

 「何だ。入ってたんじゃん」

流れ始めたのは耳馴染みのあるメロディ。
穏やかで落ち着いた、どこか懐かしい曲調は加蓮の眉を少しだけ緩ませます。

 「このボーカルの女性、なんて人だか知ってるか」

 「え? さぁ……メンバーの名前までは」

 「カレン・カーペンター」


緩んだばかりの眉がきゅっと上がりました。

 「カーペンター、って本名だったんだ……というか、カレン?」

 「ああ。ご両親は多分、彼女から加蓮の名前を取ったんじゃないかな」

 「……なのかな」

 「あれだ。小学校の頃、名前の由来を両親に聞いてみようって作文があったろ」

 「何で知ってんの」

 「一昔前の指導書に載ってたからな。みんな書くんだよ」

 「……指導書?」

 「教師用の教科書みたいなもん。俺は教育学部の出身だ」

 「へ」
147 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/07(木) 22:11:02.27 ID:XPAMg3p00

加蓮がじろじろと彼の全身を眺め回します。
この人が、まかり間違ったら教師に。


 「そこ、笑わない」

 「っふふ……あは。ごめん、笑っちゃってた? っふ」

 「笑い過ぎだ……まぁ、俺も生徒じゃなくてアイドルを育てるとは思わなかった」

 「人生って大変だね」

 「全くだ……で? 両親は何て言ってたんだ」

 「んー……」

燦々たる太陽に煌めいて仕方が無いエメラルドブルーを眺めながら、
加蓮は再び記憶の海へと潜ります。

確かあれは、小学校の中学年。
中には自身の名に用いられている漢字を習い始める子も居る、そんな頃でした。

 「蓮の花みたいに綺麗で、可憐に育つように……だったかな」

 「うん。小学生にはそのくらいが限度だろうな」

 「限度、って」

 「ここからは……だいぶ勝手な想像になる」

彼の声が少しだけ密やかになります。
加蓮が小さく首肯だけを返しました。
148 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/07(木) 22:17:03.70 ID:XPAMg3p00

 「カレンって読みは多分、もともと二人の間で決まってたんだろう。
  それから加蓮が生まれて……疾患を抱えているのを知ってしまった」

 「……」

 「カレン・カーペンターは最後、摂食障害って病気で亡くなったんだ」

 「続けて」

 「彼女と同じ結末は辿らせたくない。
  だからご両親は、その字を贈ったんじゃないかな」


加蓮。
数ある両親からの贈り物の中で、最も大切なたった二文字。


 「加は、プラス。伸びる、育つ、重なるって意味だ」

 「蓮は?」

 「生命力の象徴。『泥より出でて泥に染まらず』、って詠んだのは誰だったか」

 「……」

 「良い名前と、良いご両親だ……全部俺の勝手な想像だけど」
149 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/07(木) 22:23:21.76 ID:XPAMg3p00

思い出を数え上げれば、楽しい記憶はそれほど多い訳ではありません。

ですが苦しい時や、辛い日には、常に母か父が傍に居てくれました。
震える手を握ってくれたり、退屈しのぎの話を聞かせてくれたり。
きっと、ただひとりのままだったら、
いずれどこかで消えてなくなってしまっていたかもしれません。


掛けっぱなしだったサングラスをずらしました。
途端、遮られていた風と陽光が目を襲い、加蓮は目を細めます。

ニューカレドニアは眩しかった。
日本へ帰ったら二人にそう伝えようと、加蓮は遥か彼方の故郷に思いを馳せました。


 「カーペンターズなら……この曲は知ってるか?」

プロデューサーがプレーヤーを操作すると、
耳馴染みはある、けれども聴いた事の無い旋律が響き始めます。

 「知らない。なんて曲?」

 「邦訳は……忘れたけど、『古き良き日々よ』ってところかな」

 「ふぅん……何でまた?」

 「何となく、な」
150 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/07(木) 22:28:14.89 ID:XPAMg3p00

真っ赤なオープンカーに乗って。
南の島の海岸沿いを走り抜けて。


昔の自分が想像もしていなかった未来を、加蓮は今、歩いていました。

以前、文香の読んでいた小説のように、
タイムマシンで過去の自分へと会いに行ったら。
昔の自分はどんな顔をしてくれるだろうと、ふと考えてしまいます。


 「プロデューサー」

 「ん」

 「何か食べたい。どっか寄ろ」

 「えー……俺、フランス語喋れないぞ」

 「サバ。何事も挑戦だよ」

 「鯖……って、この国でも食べんの……?」

 「いや、違うって」


ひょっとしたら、死ぬほど驚いてしまうかもしれません。
151 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/07(木) 22:34:32.22 ID:XPAMg3p00

 ◇ ◇ ◆

 「やー、バスタブでシャワーって慣れないねー……って加蓮、なに聴いてんの?」

シャワーを終え、下ろした髪も艶やかな美嘉がベッドルームへ戻って来ます。
ふかふかのベッドに寝転びながらイヤホンを耳へと差し込む加蓮に気付き、
大きくも小さくもないお尻をその脇へ沈めました。

 「カーペンターズ」

 「へー! そういうの聴くんだ」

 「さっき配信されてるの買ったばっかだけどね」

加蓮が片耳から抜いたイヤホンを拭って差し出します。
美嘉は携帯電話を挟むように隣へと寝転びました。

 「カーペンターズってあれでしょ、シャラララー……ってやつ★」

 「うん。それが一番有名かな」

 「お。これは聴いた事ないかも。どんな歌?」

 「えっとね――」


少女達の未来を彩るように、文字通り満天の星が夜空を輝かせています。
まだまだ眠る様子も無い二人の頭上で、ゆっくりと夜は更けていきました。
152 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/07(木) 22:40:28.76 ID:XPAMg3p00


 『――幾つもの古き良き夢たちが舞い戻って』


 『一つ一つ叶っては、正夢に変わっていくよう』


 『あの頃ずっと見つめ続けていた、夜明けの兆しが』


 『今朝も変わらず差し込んでくるみたいに――』
153 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/05/07(木) 22:44:02.43 ID:XPAMg3p00


 『Those Good Old Dreams』
 http://www.youtube.com/watch?v=7N32bjoyNOw
154 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/07(木) 22:48:47.80 ID:XPAMg3p00

 【Y】パズルピース


人は、人生の約三分の一をベッドの上で過ごすと言われています。


だからこそ加蓮は、今までベッドの上で過ごしてきた時間を埋め合わせるように、
遊び、学び、はしゃぎ回るように努めてきたのです。
北条加蓮、遅寝早起きが信条のアイドルでした。


彼女ほど時間の価値をよく理解しているアイドルは他に居ません。
レッスンルームは借りた時間いっぱいまで、
許された外出は門限いっぱいまで使い切るような生き方を心掛けています。

もちろんライブもその範疇です。
ツアーの最終日ともなれば余力を残しておく意味などありません。
加蓮は持てる力の限りを尽くして最高のパフォーマンスを叩き出し、
今はこうしてベッドの上で奈緒からいいように頬を突っつかれているという訳です。


紛う事無き自業自得でした。
155 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/07(木) 22:54:25.15 ID:XPAMg3p00

 「なー、かれーん……そろそろ機嫌直してくれって」

 「……別に、上機嫌だけど」

 「口調が超不機嫌なんだよなー……」

 「桃、剥いたよ」


北条家、加蓮の部屋。
セカンドアニバーサリーツアー千秋楽の翌日、
凛と奈緒は、はしゃぎ過ぎたお蔭で体調を崩した加蓮のお見舞いにやって来ていました。

身体が崩れれば往々にして心も崩れやすいもの。
病に臥せった際の見舞というのは、本当に嬉しくなるものです。

加蓮は心根の優しい娘ですから、友人達のお見舞いに機嫌を損ねる道理もありません。


例えば、大切な時間を削られたのでもない限り。
156 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/07(木) 23:00:13.98 ID:XPAMg3p00

 「邪魔したのはほんと悪かったけどさぁ……わざとじゃないんだって」

 「別に……Pさんは関係無いし」

 「あ、加蓮。それなんだけどさ、前は『プロデューサー』って呼んでなかった?」

 「……プロデューサーは関係無いし」

 「いやもう遅いから。はい桃」

ぷりぷりと膨んだ頬に瑞々しい白桃を押し込んでやると、
しばらく加蓮がおとなしくなります。
あのね、子供じゃないんだよと言おうとした鼻先に二切れ目を差し出すと、
また加蓮が静かになりました。

 「あのさ、加蓮」

 「ふぁに」

 「お行儀悪いのは置いといて、ここに私達の写真があるでしょ」

自ら頬張らせておいてマナー指導とは何様なんだと言いたくなる気持ちをぐっと堪え、
キャビネットの上に視線を送ります。


ネイルケア用品と並ぶ緑のフォトフレームには、
加蓮と奈緒と凛、トライアドプリムスのスリーショットが収まっていました。
二切れ目の桃を嚥下すると、既に目の前には三切れ目がスタンバイしていたので、
加蓮は丁寧に手で差し戻します。
157 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/07(木) 23:06:22.03 ID:XPAMg3p00

 「ん。あるね」

 「我ながらよく映ってるよなー」

 「その隣」

左手の指先だけがぴくりと動きました。
しかし緊張の表面化を加蓮はその僅かな動作だけに抑え込み、
素知らぬ顔で話の続きを待ってやります。


凛にはその様子がよく見えていました。


 「同じサイズの写真立てがもう一つ、ちょうど置けそうなくらいのスペースが空いてるね」

 「そうかな?」

 「担当さんと入れ替わりで入ってきた以上、
  他の部屋に移す時間は無かった筈。奈緒。部屋内にあるよ」

 「応」

 「ごめんなさい素直に渡すから勘弁してください」

 「うん。素直で大変よろしい」
158 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/07(木) 23:15:01.51 ID:XPAMg3p00

ぐぬぬと屈辱に身を震わせつつ、
ベッドフレームとマットレスの隙間に放り込んでおいたそれを明け渡します。
凛と奈緒はへぇ、ほぉ、ふぅん、なるほどね、ははぁ、
と好き放題に呟きながら笑みを浮かべました。

破門の取り消しを請うた皇帝はこんな心持ちだったのかなと、
加蓮は遠く中世に思いを馳せました。

 「違うから」

 「何も言ってないぞ」

 「丸くなったね加蓮」

 「違う」

 「へへへ……こちとら卯月とか美嘉に訊いて知ってるんだからな。尖ってた加蓮」

 「ぐぬぬ」

病につけ込んでからに、と加蓮は自身の無力さを嘆き、
同時に奈緒いじりネタ貯蔵庫の具合を確かめます。

まぁまぁストックはあったので、少し気分は晴れました。
159 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/07(木) 23:24:58.00 ID:XPAMg3p00

奈緒がくしゃみをして、
やべ、移ったかな、などとのん気にティッシュを拝借していると、
控え目なノックが響きました。

 「お邪魔しまーす。良かったら甘いもの、いかが?」

 「わー! いいんですか? やったぁ!」

 「こちらこそお邪魔してます。すみません、お気遣いを」

 「お母さん! こいつら猫! 猫被ってる! 特大の!」

 「もう。友達を悪く言うものじゃないのよ、加蓮」

 「いやいや加蓮には世話になってるんで。な、凛」

 「ね、奈緒」

 「あら……素晴らしいお友達じゃない。大事にするのよ?」

 「猫ですらない……狸ぃ……」

レッスンの成果が遺憾無く、偏りを伴って発揮された瞬間でした。
ドアが閉められるのを見届けると、奈緒は加蓮へ振り返ってウィンクをぱちり。
凛は、まだドアを眺めていました。

 「女狐め……」

 「猫なのか狸なのか狐なのかはっきりしてくれよ」

 「はぁ……まぁいいや。ケーキ食べよ」

 「それもそうだ。おーい凛」

 「加蓮」
160 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/07(木) 23:33:54.24 ID:XPAMg3p00

凛の口調には全く遊びがありませんでした。
びくりと震えた奈緒を尻目に、加蓮の瞳をじっと見つめます。

 「私達、帰った方がいいかな」



 「……は、え? 急に何言って」

 「部屋を出るとき、泣いてた。加蓮のお母さん」

最後まで言葉を紡げずに、奈緒が息を飲みました。
加蓮の眉が綺麗な半月を描き、それから徐々に緩んでいきます。

 「あー……かもね」

 「かもね、って……加蓮」

 「あ、ううん。違うよ、凛。たぶん……嬉しかったんじゃない?
  最近はともかく、小さい頃、私ってほんっと友達居なかったからさ」

 「はっ?」

固まっていた奈緒が口だけ動かしました。

 「私の部屋に来てくれた友達も、二人が初めて。
  だから……まぁ、親不孝じゃなくて安心したんじゃないかな」

 「へぇ……奏とか美嘉ともよくつるんでた気がするけど」

 「最近の話じゃなくて、ずっと。生まれてから」
161 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/07(木) 23:41:29.65 ID:XPAMg3p00

凛の表情は、加蓮も初めて見るものでした。
困ったように言葉を探しているような、どうしたらいいか迷っているような。
そんな彼女を前に、加蓮はあれ、まだ話してなかったんだっけ、と首を捻ります。


決して身の上話を名刺代わりにしている訳ではありません。
ですから加蓮自身、友人達のうち誰にどこまで話し、
誰にどこまで話していないのか、はっきりとは覚えていません。

なにぶんユニットのメンバーですから、
体力無いんだ、くらいの話はしたかとばかり思っていたのですが。


ぱん、ぱん。


加蓮が手を二回、叩きました。

 「はい、トラプリのみんな集まってー」

 「なに、急に」

 「名作劇場、加蓮ちゃんデレラが間もなく開幕しまーす」

 「ホントに何なんだ。語呂悪いし」

 「まぁまぁ。むかーしむかし、ある病室に――」
162 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/07(木) 23:50:38.95 ID:XPAMg3p00

 ◇ ◇ ◆


割と、加蓮は寝具にこだわる方で、両親はそれに輪を掛けていました。
マットレスはシーリー上位のラインナップ品を買い与えていましたし、
枕は何年か前にお店までオーダーで作りに行ったものです。


なので、パジャマもなかなか上等なものを愛用しているのですが、
現在進行形で台無しになりつつありました。

 「まもっ……守るからぁ……!
  ぜったいぜったい、ぜったいっ、大丈夫だからなぁっ……!」

 「はいはい。お姫様をしーっかり守ってねーよしよし」

 「撮るよ」

 「あ、待って凛。動画、動画」

 「オッケー」

トライアドプリムス最年長のお姉さんが、
加蓮の胸でぐずぐずのぼろぼろに泣きじゃくっていました。
この様子だとあと一時間は意地でも剥がれそうになく。

加蓮はここぞとばかりにもっふもふの感触を堪能し、
凛はここぞとばかりにネタのストックへ余念がありません。


トライアドプリムスの結束感がより強固なものへと成長を遂げた瞬間でした。
163 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/07(木) 23:55:03.07 ID:XPAMg3p00

 「生きてぇ……」

 「うん。そりゃもう生きるよ。すっごいよきっと」

 「加蓮んん……」

 「はいはい。北条加蓮ですよー」


そのままだと本当に一時間は粘りそうだったため、
美味しそうなケーキが乾ききってしまわない内にと、
加蓮と凛はいっせーので奈緒を引き剥がしました。
べりっと音が聞こえそうなくらい、しっかりとくっついていました。

 「おいしい?」

 「うん……」

 「うんうん。たーんとお食べ」

まだしゃくり上げている最年長のお姉さんの口に二人がかりでケーキを放り込みます。

甘いものには魔法が掛かっていますから、
三人仲良くケーキを食べ終える頃にはもう、奈緒も何とか平静を取り戻していました。


そしてベタベタになったパジャマを指で指し示します。
奈緒がごめんと呟いて、加蓮は貸し一つねと返しました。

基本的に、加蓮の貸しは高くつきます。
164 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/08(金) 00:04:47.97 ID:qTjhoOKq0

 「体力が、って最初の頃に言ってたの、そういう事だったんだ」

 「ん。まぁ、我ながら成長したとは思うんだけどね。
  トラプリでおっきいライブって初めてだったし、はしゃぎ過ぎちゃった」

 「無理はダメだからな」

 「はいはい」

 「はいは一回」

 「はーい」

会話が途切れ、加蓮は再びベッドへ身を預けました。
心地良い時間が流れてゆきます。

 「こうやって寝てると、やっぱり思い出しちゃうんだ」


誰に向けるでもない呟きが、部屋に溶けていきます。
目の赤らんだ母が差し入れてくれたアールグレイに、
凛は砂糖を溶かして、こくり。

一方の奈緒はずっと腕を組んで何事か考えています。
むむむと唸ったかと思えば、得心したように一度、頷きました。
165 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/08(金) 00:11:01.12 ID:qTjhoOKq0

 「加蓮、凛。今週……は無理か。再来週の土曜、空いてる?」

 「ちょっと待って……私は空いてる。加蓮は?」

 「んー……私も大丈夫」

 「なぁ加蓮。遠足って行った事あるか?」


遠足。

随分と懐かしい単語でした。
頭の中で秘密の加蓮ちゃんアルバムを取り出してめくります。

 「あー……社会科見学ならあるけど、遠足らしい遠足は……
  確かに無いかな。小学校の低学年とか、家と病院行ったり来たりだったし」

 「なら行こう。遠足」



 「……へ?」

 「いいね」

凛がノッて、加蓮は死ぬほど驚きました。
ついさっきの生きるよ宣言が危ぶまれるくらいびっくりしてしまいました。
166 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/08(金) 00:16:22.17 ID:qTjhoOKq0

凛ってそんなキャラだったっけと零す暇も無く、
話が目の前でトントン拍子に転がっていきます。

 「おやつはどうする? 税込み?」

 「加蓮は初心者だし、今回は税別三百円ルールで」

 「よし。しおりはあたしが作ってくる」

 「バナナはどうする?」

 「そこ毎回解釈に悩むんだよなぁ……」

よく分からない取り決めを交わす凛と奈緒を前に、
完全に置いてけぼりにされてしまいます。


加蓮は何を言ってやろうか少しだけ迷って、
とりあえずパジャマを替えようとベッドから這い出すのでした。
167 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/08(金) 00:20:48.82 ID:qTjhoOKq0

 ◇ ◇ ◆

 「お母さん」

 「あら、着替えたの?」

 「ん。これ、洗濯機でいい?」

 「手洗いするから別にして頂戴」

 「はーい」

 「お菓子でも持って行こうか?」

 「大丈夫。そろそろ帰るって」

 「そう。いつでも連れて来ていいのよ」


母は一階のリビングに居ました。
父のシャツへ丁寧にアイロンを掛けながらにこやかに笑っています。


言われた通り、脱衣所の洗濯かごに脱いだパジャマを放り込むと、
加蓮はまた居間へと舞い戻ります。
自室ではなく居間へ顔を出した娘に、母は少し首を傾げました。
168 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/08(金) 00:25:23.33 ID:qTjhoOKq0

 「あら? かご、いっぱいだった?」

 「いや、空いてた……けど」

 「……加蓮?」

何か言い淀むような様子に、母はアイロンのスイッチを切ります。
視線を泳がせ、口を開いては閉じる加蓮を、何も言わずにじっと待ってあげています。

 「あのさ、お母さん」

 「なに? 加蓮」

 「……今度、再来週の土曜……遊びに」

尻切れトンボが飛んで行きました。
鼻先にちょこんと留まって、それでも母は待ちます。

いつの間にか俯いていた視線。
何度も深呼吸を繰り返し、加蓮は勢いを付けて顔を上げ、
頬を真っ赤にしながら言いました。


 「遠足っ! 凛と奈緒と行ってくるから……お弁当、作って!」
169 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/08(金) 00:29:31.85 ID:qTjhoOKq0

トンボはまたどこかへ飛んで行ってしまったようです。
二人から強引に背負わされた任務を終えた解放感と、訳も分からぬ羞恥心に挟まれ、
加蓮はすっかり息を荒げていました。

目の前で震える娘の姿と、先ほどの言葉とを、ゆっくりと噛みしめて。


母は、やっぱり笑うのです。


 「卵焼きにほうれん草、入れる?」

 「……入れるっ」


それだけ絞り出すと、加蓮は逃げるように二階へ駆け上がって行きました。
それから勢い良くドアが開閉する音と、姦しく何やら言い合う声。


また湿ってしまった父のシャツへ、母はもう一度アイロンを掛けました。
170 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/08(金) 00:37:38.28 ID:qTjhoOKq0

 ◇ ◇ ◆


 「しおり配るぞー」


お尻から伝わるバス特有の重たいエンジン音。
行楽の秋と呼ぶに相応しい陽光を車窓の外に眺めながら、
奈緒は二人に一枚ずつ紙を手渡しました。


『遠足のしおり・北条加蓮スペシャル』と題された、
もはや手作り感以外は伝わってこないその旅程表には、
本日のスケジュールがそれはもう大雑把に記載されています。

午前と午後に何かをするよという頼りない情報と、
おやつは三百円までと太字で記された注意事項と、
後はところどころに辛うじてフライドポテトだと分かるイラストが散りばめられているだけでした。


一瞬。一瞬だけ、ともかく何か言ってやろうとしました。
しおりから視線を上げると、にこにこ笑顔の奈緒がこちらを見つめていて、
それで加蓮は何も言えなくなってしまいました。
隣の凛が苦笑を零します。

ブザーと共に乗降扉が閉まり、路線バスが走り出しました。
171 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/08(金) 00:41:56.20 ID:qTjhoOKq0

遠足と言えば、バス。

凛と奈緒の共通認識は有り得ないほど強固で、
電車でもいいよという加蓮の案は敢えなく却下されたのです。
観光バスを利用する手もありましたが、
小回りが利かないだろうという奈緒の提案で路線バスにお世話になる事となりました。


三人は最後部の座席に陣取って、
景色のよく見える窓際を加蓮へ譲りつつ、東京観光を楽しんでいます。

 「案外、こうやって都内巡る機会って無いよね」

 「確かに」

 「え、そうなのか? あっちこっち行ったりするもんだと」

 「いつでも行けるって思うと逆に、ね」

 「奈緒も意外に夢の国、行かないんじゃない?」

 「……なるほど」
172 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/08(金) 00:46:14.55 ID:qTjhoOKq0

路線バスですから、小刻みに停車を繰り返します。
その度にアナウンスされる名前に感心したりしていると、急に奈緒が声を潜めました。

 「凛、加蓮」

 「ん?」

 「ちょっと耳貸して」

言われるがまま、加蓮と凛は奈緒に耳を寄せます。
奈緒はきょろきょろと周りを確認してから、水筒のキャップを捻りました。


 「へへ……水筒にジュース入れてきちゃった」

 「っふ」


あまりの下らなさに凛が吹き出しました。
凛の反応に気を良くした奈緒がフタに注いだジュースを加蓮に勧めます。

オレンジの香りが鼻孔を抜けて、
なるほどこれが遠足の味かと、加蓮はひとり納得するのでした。
173 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/08(金) 00:53:49.36 ID:qTjhoOKq0

 ◇ ◇ ◆


 「あ、見た事ある」

 「だろ?」

 「コートジボワール的な」

 「サッカー強い所でしょそれ。コルビジェね」


美術の教科書にも載っている有名な外観。
国立西洋美術館を前に、加蓮はへぇと感心していました。

常設展が無料の第二土曜日という理由もあるのでしょう。
加蓮たちのような年代の少女は少なく、親子連れを中心に賑わっていました。

 「と言うか、小学校の遠足で美術館って、『ぽい』の?」

 「『ぽい』と思うよ。私も三年生か四年生で行った記憶あるしね。奈緒は?」

 「あたしもある。ほら、美術館っておとなしくしなきゃいけないだろ?
  団体行動とかを学ばせようとするんじゃないかな」

 「へー」

目の前を小さな女の子が駆けて行き、
父親らしき男性にやんわりと注意されていました。

凛と奈緒は何となく加蓮の方を見て、
なに、と呟く加蓮に揃って首を振るのでした。
174 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/08(金) 01:00:13.98 ID:qTjhoOKq0

 「うおー。この果物籠の絵、すごいな」

 「凄いね……さっきもぎって来たのを盛ったみたい」

 「三百五十年前の絵だって。食べるのはやめといた方がいいかもね」


前説となる歴史展示を抜けると、
最初のコーナーは中世から近世にかけての絵画がメインとなっていました。

大きさも額縁の意匠も様々な作品の数々を、
三人はマナーモードで鑑賞していきます。


ふと、凛が気付きました。

 「……何かさ、宗教の絵が多くない?」

 「あ。あたしもソレ思った。ほとんどそうだよな」

 「この頃のヨーロッパは教会が生活の中心だったからね。
  文字の読めない人も多かったし、絵は大衆ウケが良かったんじゃない?」
175 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/08(金) 01:07:44.91 ID:qTjhoOKq0

 「……」

 「……」

 「……何? 黙り込んで」

 「いや……なんか、加蓮が真面目な事言ってると、な」

 「ね」

 「ねじゃない。凛はともかく奈緒は世界史で習ったでしょ」

呆れるように加蓮が首を振ります。
凛と奈緒は視線を交わし合って、小さく首を傾げました。


順路に沿って進み、通路の先を曲がった所でした。
気付いたように加蓮が立ち止まります。

 「あれ?」

 「ん。どうかした?」

 「いや、ここだけ一つの部屋みたいになってるなって」

 「お、ホントだ」

加蓮の言葉通り、これまでの展示されていたのは通路といった趣でしたが、
この一角だけは少し違っていました。
176 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/08(金) 01:15:01.78 ID:qTjhoOKq0

 「ここが目玉展示みたいだね」

凛が呟き、何人かのお客さんが集まっている一角を指し示します。
二人も凛の背中について行って、その作品の前で立ち止まりました。


クロード・モネの代表作の一つ、『睡蓮』。
池に浮かびながら描き上げたかのような傑作です。

 「お仲間さんだ」

 「仲間?」

 「蓮仲間でしょ」

 「あー、なるほど」

奈緒が苦笑を零す隣で、加蓮は睡蓮をじっと見つめていました。


青い池へ静かに浮かぶ、筆致も鮮やかな葉と花。
晩年の彼が妄執とも呼べる程こだわった景色。

 「綺麗だね」

 「私に似てね」

 「自信凄いな」


三人は肩を並べて、しばし名画の鑑賞に勤しみます。
177 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/08(金) 01:23:54.11 ID:qTjhoOKq0

 「あ、これも知ってる」

 「ロダン……あれ、ダンテさんだっけ?」

 「ロダンで合ってるっぽい。地獄の門……物騒だね」

内部展示の見学を終え、三人は再び外へと戻って来ました。
前庭に幾つか並ぶ彫刻のうち、ひときわ目を引く門の前で立ち止まります。


オーギュスト・ロダン作、『地獄の門』。
ギベルティの手による通称『天国の門』を参考に作られたとされる、
世界でも一、二の知名度を争う扉です。

 「で、あの上の方に座ってるのが『考える人』だと」

 「へぇ……意外にちっちゃいんだね」

 「でっかいのもあるみたいだし、行ってみるか?」

 「いいね。加蓮、向こうに……加蓮?」

凛の呼び掛けも届いているのか、いないのか。
加蓮は自分の背丈を遥かに超える巨大な扉を、何も言わずに見上げていました。


凛は何故だかもう一度声を掛けようとするのが躊躇われて、
加蓮の細っこい背中を見つめるだけでした。
178 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/08(金) 01:32:26.07 ID:qTjhoOKq0

やがて、細く長い息と共に加蓮の肩が緩みました。
くるりと振り向いて、こちらを眺めていた二人に笑みを浮かべます。

 「で、『考える人』だっけ? 行こいこ!
  あ、三人でおそろの写真撮ろうよ。あのポーズで」

 「あ、あぁ……」

加蓮が戸惑う奈緒の腕を引っ張ります。
引き摺られるように歩き出す二人の背を見守って、凛はちらりと振り返りました。


そこには見る者を圧倒するような、異界への門が一つ。


 「……考える人、か」

 「りーん! 早くー!」

 「ごめん。いま行く」


小さく呟いて、凛も二人の後を追いました。
179 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/09(土) 10:34:32.08 ID:GVB5f6680

 ◇ ◇ ◆

代々木公園や新宿御苑と並び、都内でも有数の規模を誇る上野恩賜公園。
その芝生広場の一角に、三人の女の子がレジャーシートを広げています。

芝生にレジャーシートを広げてやる事と言えば二つに一つ。
お昼寝か――お弁当です。


 「いっせーの」

 「ん」

 「ほい」

加蓮たちは一斉にお弁当箱を開けました。
現れた宝物は三者三様。
お互いのお弁当箱を覗き合い、感心したように頷きます。
180 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/09(土) 10:46:00.83 ID:GVB5f6680

 「加蓮の、気合入ってるな」

 「凄いね。素直に」

加蓮のものは、まさにお弁当と呼ぶに相応しい出来栄えでした。

タコに化けたウィンナーにはつぶらな瞳。
ご飯の上には鶏そぼろと解し鮭が綺麗に散らされていて、
ほうれん草入りの卵焼きと、
器用にカプレーゼされたプチトマトが華を添えています。


 「凛のはきっちりしてるね」

 「健康になりそうだな」

凛のお弁当は加蓮のものほど彩り鮮やかではありませんが、
筍の煮物や豆腐のチャンプルーなど、
栄養バランスのしっかり整えられた品目が詰められています。

アイドルたるもの身体が資本。
しっかり食べて、真っ直ぐに育てそうな、良いお弁当でした。
181 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/09(土) 10:53:11.23 ID:GVB5f6680

 「奈緒のは……」

 「……どしたの?」

二人が遠慮がちに首を傾げたように、
奈緒のお弁当はお世辞にも良い出来とは言えませんでした。


少し焦げ付いているミニハンバーグに、
米を詰めすぎたお蔭でひしゃげてしまった日の丸。
おかずのスペースは揺れで寄ってしまったのか、
小松菜の胡麻和えが申し訳無さそうに縮こまっています。

 「へー。頑張ってるなぁ」

 「頑張ってる……?」

 「あぁ。実はウチのお母さん、ちょっと実家に寄っててさ。
  お弁当作ってくれ、って頼んだら、試しにお父さんに作ってもらったら? って」

 「じゃ、これ、お父さん作?」

 「へへ、たぶん力作だな」

父の四苦八苦する姿を想像し、奈緒が表情を崩しました。
182 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/09(土) 10:59:56.57 ID:GVB5f6680

 「仲良しだねー、神谷家」

 「普通だろ」

 「あれ……奈緒、このタッパーは?」

 「ん? まだあったのか」

凛が片手で拾い上げたタッパーを振ります。
奈緒が開けるよう手で示すと、二人にもよく見えるよう、ぱかりと蓋を開けました。


 『あ』


鎮座していたのはスライスされたバナナ。
三人は顔を見合わせてから、声を上げて笑うのでした。
183 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/09(土) 11:11:21.37 ID:GVB5f6680

 ◇ ◇ ◆


 「え、すご。たかっ」

 「おおー……」


都民が行かない東京名所の代表格、日本電波塔――通称、東京タワー。
地上三百メートルを超える威容の足元で、三人は呆けたように天を仰いでいました。

 「なぁ、本当に来た事無いのか?」

 「無いね」

 「うん」

 「それでも都民か……? 大人三枚で」

 「そう言われてもね」

 「うん」

実りに乏しい会話を繰り広げつつ、奈緒が二人に展望チケットを手渡しました。
184 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/09(土) 11:28:52.06 ID:GVB5f6680

残念ながら、本日は風の影響でトップデッキには立ち入れないようです。
観光客でいっぱいの、凝った照明のシャトルエレベーターにしばし揺られているうち、
気圧差に耳が詰まってきます。

到着したタイミングで隅を向いて耳抜きをしてから、
加蓮は展望デッキへと足を踏み出しました。


 「すげー……」


文字通りの一望。
無秩序に広がるスプロールはもちろん、
南方面は午後の陽にさざめく東京湾が眩しいくらいでした。

子供たちは我先にと窓へ貼り付き、
もっと小さな子は父母に抱えられて呆然としています。


 「見ろよー加蓮! 人が米粒よりちっちゃい!」

もふもふの奈緒も貼り付いていました。
凛と苦笑しながら駆け寄って行き、三人並んで東京の街を眺めます。
185 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/09(土) 11:46:35.92 ID:GVB5f6680

どこまでも広がる灰色は、人類の偉大さと愚かさを同時に見せつけてくるようでした。

所々に見える緑色を見つけては、加蓮がほっと胸を撫で下ろします。
北条加蓮の公式カラーになってからも、なる前も、彼女は緑がお気に入りでしたから。

 「私の家、見えるかな?」

 「あっちだと思う」

 「とすると、凛の家はあの辺かな」

 「じゃあウサミン星は向こうだね」

 「言っとくけどあたしは普通に千葉に住んでるからな」


ぐるりと展望台を一周する途中、ふと見ると床がありませんでした。
慌てて飛び退ろうとして、
四角い強化ガラスがしっかりと填め殺されているのだと気付きます。

 「うわー……何だこれ。下見えてるじゃん……凛、乗れるか?」

 「いいよ。はい」

 「躊躇とか可愛げとか無いのかよ……」

 「奈緒が乗れって言ったんでしょ」
186 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/09(土) 12:09:26.71 ID:GVB5f6680

ひょいと乗ってみせた凛に奈緒は軽く引いていました。
譲るように凛が場所を開け、不敵な視線で加蓮を挑発します。

 「どうぞ」

 「……どうも」

首を伸ばしてガラスの下を覗き込みます。
ほとんど胡麻粒にしか見えない点が、あちこちへ行き交っていました。
落ちれば命は無い高さですが、落ちる事はありません。


そう、落ちる事は無いのです。
強化硬質耐熱ガラスは一トンを超える荷重にも余裕を保って耐え得る計算ですから。

ただ、そこは人の性。
もしかしたらという可能性がコンマ一パーセントでも残っている限り、判断には鈍りが生じます。


ですが、臆する事もありません。
加蓮たちシンデレラにとって、ガラスはいつだって味方です。

加蓮は自分に六回ほどそう言い聞かせ、
エナメルシューズに包まれた右足をそっとガラスに乗せました。
続いて一歩、もう一歩。

 「……ふふん」

 「おー」

勝ち誇った顔でガラスの上に立つ加蓮へ、二人は小さく拍手を贈りました。

ピースを作りながら写真を要求され、
ポケットから携帯電話を取り出したところで奈緒が気付きます。
187 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/09(土) 12:28:10.42 ID:GVB5f6680

 「あ」

 「ん、何?」

 「スカート……」

 「え?」

指差しされたのは下ろし立てのフレアスカート。
きっと、百五十メートル下からはガラス越しの素敵な景色が見えるでしょう。

鮮やかなオレンジ色を何度か手でひらひらとさせてから、
加蓮は腕で身体を隠しました。


 「奈緒のえっちー」

 「はぁー? えっちじゃないしー? えっちって言う方が――」

 「加蓮、奈緒」


イチャつき始めた二人の肩を叩き、凛は背後を指差しました。

 「アイドル」

じゃれ合いに気付いた皆さんが、携帯電話やカメラを手に三人を取り巻いていました。

加蓮と奈緒はひどく魅力的な愛想笑いを浮かべつつ、
手を振る凛を引き摺って、やって来たエレベーターに急いで飛び乗るのでした。
188 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/09(土) 12:39:12.17 ID:GVB5f6680


 「幸せってクリームの事だったんだね」

 「違うと思う」


秋の日暮れは早いものです。

おやつのクリーム山盛りパンケーキを平らげ、
店を出た時には空も真っ赤に燃え始めていました。
昼間は空いていた路線バスにも他の乗客が目立ち始め、
三人は後部座席で声のボリュームを絞ります。


エンジンの鼓動が加蓮の身体を揺らします。
たっぷりと甘い後味が眠気を誘い、加蓮の頭から重力を奪っていきます。
こてんと肩にへ預けられた重みに、凛が柔らかく笑みを浮かべました。

 「……遠足、楽しかった」
189 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/09(土) 12:42:58.73 ID:GVB5f6680

加蓮の呟きに、二人は目を丸くしました。そして揃って、くすりと笑いを零します。

 「何言ってんだよ、加蓮」

 「……え?」

ほとんど閉じられそうになっていたまぶたがゆっくりと開いて、二人の姿を捉えます。
何故か揃って得意気に笑うと、声まで揃えてこう宣言するのです。


 『帰るまでが遠足だよ』


加蓮は結局、遠足の流儀をまるで知りませんでした。
自身の無知がおかしくなって、バスの揺れが心地良くて、また目を閉じてしまいます。

 「はいはい……」


それきり、三人は静かになりました。
190 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/09(土) 19:08:17.60 ID:GVB5f6680

 ◇ ◇ ◆


 「ただいまー」

 「おかえり。夕ご飯、本当にいいの?」

 「んー。お腹いっぱいー」

 「おかえり。先食べてるぞ」


加蓮はしっかりした娘ですから、食事の不要な日は母へのメールを欠かしません。
遠足最後の行程を文字通り消化しに掛かった際、
加蓮はいつものように一通、メールを送っておいたのです。


鞄からすっかり軽くなった弁当箱の包みを取り出し、母に振って見せます。

 「おべんと、ありがとね」

 「出して水に浸けておいて頂戴」

 「はーい」

弁当箱を軽くすすぎ、水を張った洗い桶に浸け、
加蓮は二人が夕食を囲むテーブルに腰を下ろします。
そこで疲れがどっと吹き出て、ぐにゃりと身体を机上に預けました。
191 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/09(土) 19:23:37.36 ID:GVB5f6680

 「あれ? 今日レッスンだったのか?
  渋谷さん達と遠足だって聞いてたような気が」

 「遠足だったよー……でも疲れたぁ……」

 「楽しい事は疲れるもんね。それで? どんな所に遊びに行ってたの?」

 「まぁ、まぁ。加蓮くらいの頃は詮索されたくないもんさ」

 「……ん、いや……話すよ」

むくりと加蓮が身体を起こしました。
肘で頭を支えつつ、多少ボサついていた毛先を整えます。


 「えっとね、地獄の門とか見てきた」

 「あらまぁ」
192 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/09(土) 19:29:11.09 ID:GVB5f6680

手伝うと申し出た洗い物を受け流され、
同じく申し出た父もあら珍しいですねと軽くあしらわれ、
加蓮は結局やる事も無く、父と一緒に母の背中を眺めていました。

昔よりも少しだけ小さく見えるような、見えないような、
そんな背中をただじっと眺めてばかりでした。


蛇口を閉め、弁当箱の水滴を払い、水切りラックにそっと載せると、
母は手慣れた様子でエプロンを解きに掛かります。


 「ねぇ」


どちらに向けた訳でもなく、加蓮は呟きます。

今日は本当に楽しい一日でした。
凛も奈緒も、父も母も、加蓮の好きなようにさせてくれて、
だからこそ全力で楽しんでやりました。
193 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/09(土) 19:38:56.69 ID:GVB5f6680

遠足、と、四人はそう言ってくれました。
ずっと昔から組み立てていたジグソーパズルの、ずっと欠けていた部分の一つに、
今日というピースがぴったりと填まり込むようで。


だからこそ、中央にぽっかりと広がる、
大きな空白と向き合わなければ駄目だと、加蓮はそう思ったのです。


 「すっごい、昔の話なんだけどさ」

 「ああ」

 「うん」

父と母が、頷きます。

 「どうして身体、弱いのかな……って、そう訊いたけど」


パズルのピースを、中央に填め込みました。


 「馬鹿なこと訊いて、ヤな気分にさせて、ごめんなさい」
194 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/09(土) 19:42:12.42 ID:GVB5f6680

気付けば頭を下げていました。
両親に謝るのは、随分と久しぶりのような気がしました。

二人は何も言いませんでした。
加蓮は面を上げるタイミングを失ってしまい、そのまましばらく頭を下げ続けます。


首と背中が痛くなってきた頃、おそるおそる顔を上げてみると、
エプロンを抱えたままの母は唇を引き結んでいました。

 「……覚えてたの?」

 「え、あの……うん」

 「……そうか」

隣に座っていた父が呟き、顔を両手で覆いました。

その手が、腕が徐々に震え出すのを眺めている内に、
父が泣いているのだと、加蓮は気が付きました。

父だけではありませんでした。
抱えていたエプロンが破けそうなほど強く握り締め、俯き、母が嗚咽を繰り返します。
慌てた加蓮が椅子を蹴倒して立ち上がると、
母はエプロンを目に押し付けてフローリングに崩れ落ちました。
195 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/09(土) 19:46:57.13 ID:GVB5f6680

 「なんで……っ! なんで、加蓮が、加蓮がっ、ごめんなんて、言うの……!」

 「ご……ごめんなさい……」

 「ごめんは、っ、ごめんなんて……
  要らないのに、っ! 加蓮が……ごはん、たべて……」

 「あ……ぅ」

 「……遊んで、笑ってくれ、れば……いいのに、っ」


そこから先は言葉の形を成しませんでした。
何も言えずに震える父と、何事かを請い続ける母の間で、
加蓮はただおろおろと揺れ動く事しか出来ません。
196 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/09(土) 19:52:17.75 ID:GVB5f6680

口に出してしまった言葉の恐ろしさを、加蓮はよく分かっているつもりでした。
つもりだけで、何一つとして分かってはいなかったのに。

十年前のたった一言。
たった一言で、二つの生をこの棘だらけの娘に縛り付けてしまったのだと、
加蓮は今ここに至って、ようやく気付く事が出来ました。
気付いてしまうと、すぐに足元が歪み始めます。


透明だった筈の何かが影を伴って現れ、両肩を痛烈に押し付けてきます。
そして加蓮もまた、フローリングへとへたり込んでしまいました。


 「……ごめんなさい」


絞り出せた言葉は、溶けて消えてしまいそうなほど弱々しく。
197 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/05/09(土) 20:00:04.55 ID:GVB5f6680


最初に取り戻した感覚は二つの暑苦しい熱でした。
何か声を絞り出そうとして思い切り咳き込みます。

何時間も続けたボーカルレッスンの後みたいに喉の奥がヒリついて、
上半身から水分が全て飛んでいったように視界がチリチリと霞みます。


あ、ああと、ようやく声らしきものが出始めて、最初に言う言葉は決まっていました。


 「……ご」

 「加蓮」

 「いいんだ」
198 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/09(土) 20:05:27.01 ID:GVB5f6680

二つの熱から声が響いて、どうも両親のものによく似ていました。
前から、後ろから挟むように抱き締められ、
ただでさえ細い身体が押し延ばされてしまいそうです。

 「な……ん」

 「ありがとうね、加蓮」

 「ゆっくりでいいんだ。少しずつ、取り戻そう」


紡ぎたい筈の言葉が。
紡げる筈の言葉が。
二つの熱でどろどろに溶かされていきます。


溶け残りへ隠れるように蹲っていた昔の自分を見つけて、
加蓮はその小さなお尻を蹴っ飛ばしてやりました。
199 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/09(土) 20:11:44.36 ID:GVB5f6680


 ――ねぇ、神様。


呪詛とも祈りともつかない感情を、
加蓮は生まれて初めて『そいつ』に叩き付けました。


私のせいで、アンタのせいにしちゃったのは、謝るよ。
幾らだって謝ったげる。

本当に、ごめんなさい。
全部、ぜんぶ大馬鹿なアタシのせいでした。

だから……これで、チャラ。
アンタが、もしアンタに力があるんなら。


ちっぽけな人間の一人や二人くらい――救ってみせてよ。


いつ返ってくるかも分からない返事を待っている間に、
加蓮の意識は再び溶け出してゆきました。
200 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/09(土) 20:14:50.35 ID:GVB5f6680

 【Z】イージー・ライダー


何せ広いものですから、入ってくる所が違えば途中の道順も全く異なります。

結局、目的地に辿り着くまでの時間は前回とさして変わりませんでした。
スーツ姿で代々木公園のベンチに座る彼は、
やはりサボリーマンに見えてしまいます。

 「やっぱ待ち合わせ場所に向いてなくない?」

 「それは分かる」


譲られた隣に腰を下ろし、加蓮は眼鏡を外しました。
伊達とは言えなかなか可愛らしいデザインで、
最近はプライベートでも愛用しつつあるお気に入りの一品です。

 「良い天気だね」

 「三寒四温の四の方に当たったな」

プロデューサーが封筒の紐を解こうとして、止めました。
そっと封筒を置き直し、弥生の太陽に照らされる広場を二人並んで眺めます。
三つ子の噴水が今日も今日とて立ち昇っていました。
201 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [saga]:2020/05/09(土) 20:20:05.72 ID:GVB5f6680

 「今日って大安だっけ?」

 「ああ」

 「結婚日和だね」

 「吉日じゃないけどな」

 「え? 私と居る日はぜんぶ吉日でしょ? Pさん」

 「……言うようになったなぁ」

 「茄子さんの受け売りだけどね」

加蓮が拳二つだけ間を詰めて、彼は拳一つ半だけ間を空けました。
力関係の縮図です。


加蓮がもう一度だけ間を詰めようとしたところで、
彼が封筒をがさがさとやり始めました。
お仕事の時間が始まり、加蓮は鼻を鳴らしながら彼の手元に視線を注ぎます。

 「三周年と、この前の定例ライブ。調子の良いのが続いてるな」

 「でしょ?」

 「デビューしてからしばらく、
  どうも加蓮には踏ん切りの付かないきらいがあったが……憑き物が落ちたみたいだ」
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