渋谷凛「高峯のあの事件簿・星とアネモネ」

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102 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:13:03.95 ID:+FOtccNe0
56



良楠公園

卯月「凛ちゃん、こんばんは」

凛「卯月」

卯月「待ちましたか?」

凛「ううん、待ってない」

卯月「凛ちゃん、明けましておめでとうございます」

凛「……えっと」

卯月「あれ……喪中とかですか?」

凛「そういうことになるのかな」

卯月「すみません。それなら、今年もよろしくお願いしますっ」

凛「……よろしく」

卯月「お正月は何をしていたんですか?」

凛「特に何も」

卯月「えへへ、私もほとんど家から出ていなくて。一緒ですね」

凛「卯月、ちゃんと休めたんだね。元気な顔してる」

卯月「はいっ。食べ過ぎちゃわないようにするのが大変でしたっ」

凛「今日からレッスンだったの?」

卯月「そうなんです。でも、凛ちゃん、聞いてください!」

凛「どうしたの?」

卯月「休む前より上手になってました!」

凛「疲れが取れたから?」

卯月「トレーナーさんは休んで頭を整理したのが良いって言ってました」

凛「勉強とかも寝ると定着するって、言うのと同じかな」

卯月「そうかもしれません。私、レッスン大好きだからがんばり過ぎちゃうのかも」

凛「夢中になれることがあっていいね、卯月は」

卯月「今年も、アイドルがんばりますっ」

凛「うん」

卯月「凛ちゃんは今年の目標はありますか?」

凛「あんまり考えてない。卯月は?」
103 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:13:34.83 ID:+FOtccNe0
卯月「私はまずはライブを成功させます!それと」

凛「それと?」

卯月「考えてみたいんです」

凛「何を考えるの」

卯月「私が、どうしたいのか」

凛「……」

卯月「うわわ、凛ちゃんが深刻そうな顔しなくていいですよ!私、目標とか立てるの苦手だから今年はがんばってみよう、って。やりたいこと、私からも提案していきたいんです」

凛「……そう」

卯月「そうだっ。凛ちゃんにも聞いてみましょう!」

凛「何か、聞きたいことでもあるの?」

卯月「どんなアイドルが好きですか?」

凛「私、知らないから。答えられない」

卯月「何でも良いんです」

凛「それなら……」

卯月「それなら?」

凛「……やっぱりナシ」

卯月「えー、そうですか……」

凛「それは、卯月がどうなりたいかのヒントに使うんだよね」

卯月「はい。アイドルの研究も大切ですから」

凛「考え過ぎない方がいい、多分……きっと」

卯月「うーん、そうなんでしょうか……」

凛「悩み過ぎたら相談した方がいいよ」

卯月「凛ちゃんに、ですか?」

凛「私じゃない。事務所の人とか」

卯月「凛ちゃん、やっぱり見に来て欲しいです」

凛「……」
104 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:14:13.00 ID:+FOtccNe0
卯月「まだ、分からないことが多くて」

凛「どうして……」

卯月「でも、夢のような時間は限られているから」

凛「……」

卯月「今、見に来て欲しいんです。凛ちゃんと会えた、アイドルの島村卯月を」

凛「……」

卯月「もし、事情があるんだったら……その、話してもらえませんか」

凛「私の事情は、卯月には話せない」

卯月「……わかりました」

凛「だけど、行くのは考えておく。それくらいなら……私にも許されそうだから」

卯月「え、本当ですかっ!」

凛「決まったわけじゃないから……期待しないで」

卯月「はいっ、凛ちゃん!」
105 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:14:52.31 ID:+FOtccNe0
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1月5日(火)

某雑居ビル3階・空きテナント

凛「は?」

頼子「ネイルです。お好きなのであれば、ご教授頂こうと」

凛「教えられるほどできないから。会員制ネイルサロンくらいあるでしょ」

頼子「確かにそうですね」

凛「頼子、最近おかしい気がする」

頼子「正しいを押し付けるのですか、どんな人間にその権利があるのでしょう」

凛「わかった。この話はやめる」

頼子「本題ですが、あなたの提案を受け入れます」

凛「受け入れる……張り込みのこと?」

頼子「読み違えました。これ以上は待つ価値もありません」

凛「ふーん……頼子が言うならいいけど」

頼子「こちらを。しばらくは暮らせるかと」

凛「お金は十分……次は」

頼子「考えていません。指示を待ってください」

凛「わかった」

頼子「寝床はお使いください。余りにも退屈であれば、張り込みを続けていても構いません」

凛「そういうことなら……そうする」

頼子「辛くはありませんか?」

凛「急になに……別に平気だよ」

頼子「死んだ者、存在が不明瞭な者として行動するのは簡単ではありません」

凛「わかってる、春からずっとそうだったんだから」

頼子「私も学芸員として勤めている頃は無用な警戒をせずに済みました」

凛「頼子も楽だと思うことがあるんだ」

頼子「私とて、肉体に精神が宿る人ですから」

凛「学芸員としても怪しまれてはいなかった。どうして、こっちに戻ったの?」

頼子「さて、どうしてでしょう?」

凛「どうして、って……」

頼子「必要だったから、ですよ」

凛「答えてくれなそうだけど、聞くよ。何のために?」

頼子「渋谷凛さんのご想像通り、お答えはしません」

凛「あっそ」

頼子「くれぐれもご注意ください。安寧の暗闇から引きずり出されてしまいますよ」

凛「わかってる」

頼子「しばらくは会うこともないでしょうから、良い機会です」

凛「隠れるの?」

頼子「ええ。ひとつだけ、言っておきます」

凛「仰々しく、何?」

頼子「私という存在は長くは持ちません」
106 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:15:37.29 ID:+FOtccNe0
凛「……」

頼子「早いなら今月にも状況は変わるでしょう。その際に、あなたはどうしますか」

凛「つまり、頼子の立場に成り代わるかどうか?」

頼子「化粧師にも言ったことがありますが、私に取って代わった所で何も見えませんよ」

凛「独立して動けるようになっておかないと、か」

頼子「選択肢は幾らでもありますよ。私にはあなたにそれを用意することはありません」

凛「言いたいことはわかった。どうするか、考えるから」

頼子「私からは以上です」

凛「資金繰りとかは教えてくれないでしょ」

頼子「教えるものではありません。受け継ぐものもありません。精神も物体も金銭も全て」

凛「そういうと思った。私も何もない」

頼子「それでは失礼します。さようなら、渋谷凛さん」
107 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:17:32.96 ID:+FOtccNe0
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1月6日(水)

早朝

高峯探偵事務所

まゆ「いってきます」

のあ「いってらっしゃい」

真奈美「気をつけて行くんだぞ」

のあ「3学期の始業式。東郷邸の事件から1年、早いものね」

真奈美「色々あったが、これで良かったんじゃないか」

のあ「そう信じることにしているわ。真奈美、今日の予定は」

真奈美「CGプロに行ってくる。ここまで関わった以上、徹底的に関われとのご用命だ」

のあ「そう、がんばってきなさい。彼女達にとっては少ない機会なのだから」

真奈美「ああ。だが、完全な裏方の仕事は慣れないな。バックコーラスとして舞台に立っている方が楽だ」

のあ「人を動かせるようになって損はないわ」

真奈美「難しいな。のあのような投資家にはなれそうもない」

のあ「私も元手が大きいから出来るだけよ。真奈美が望むのなら幾らか任せるけれど」

真奈美「勘弁してくれ」

のあ「そう。真奈美がいないなら、タクシーでも使おうかしら」

真奈美「のあも今日は予定があるのか?」

のあ「ちょっと出かけてくるわ。夕食までには戻るから」

真奈美「了解だ」

のあ「新年の道場開きも行ってくるわ。準備に越したことはないでしょうし」
108 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:18:04.67 ID:+FOtccNe0
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1月7日(木)

夕方

星輪学園前

夏美「出てこないわね」

恵磨「今日は練習が終わった後に自主練らしいから、そろそろだと思うよ」

夏美「情報通ね。それまでは」

恵磨「図書室で勉強してるって。大学はもう決まってるけど」

夏美「本当に優等生ね……」

恵磨「あっ、来た来た」

夏美「少し行った所で声をかけましょう」

恵磨「了解、と言いたいところだけれど。こっち見た」

夏美「気づかれた?」

恵磨「気づかれて問題あるっけ?」

夏美「ないわね。恵磨ちゃん、行きましょう」
109 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:18:43.43 ID:+FOtccNe0
恵磨「ごめん、ちょっといいかな」

翠「どうかされましたか」

夏美「清路警察署少年課の相馬です」

恵磨「同じく仙崎です」

翠「……少年課」

夏美「お話を聞かせて欲しくて」

恵磨「時間ある?」

翠「少しでしたら」

恵磨「ありがと。それじゃ……」

翠「お話は。私自身のことですか。それとも違いますか」

恵磨「……」

翠「空腹ですので早く帰ろうかと。違うなら他の人を当たってください」

夏美「聞きたいことは、あなた自身のことよ」

翠「わかりました。何でしょうか」

夏美「最近物騒な事件が多いでしょう。怪しい人とか見なかったかしら」

翠「そのようなことには巻き込まれていません。幸運なことに」

夏美「それは良かったわ」

翠「気づいていないだけかもしれません、人から天然だと言われるのですが。そんなことはないと思います」

恵磨「……」

夏美「巻き込まれないことも大事だけど、加害者にならない事が何よりも大切よ」

翠「承知しています。自転車の運転は気をつけています」

夏美「夜道は気をつけてちょうだい。不安なことがあれば、ここに連絡して」

翠「お受け取りします」

夏美「恵磨ちゃんも名刺あげておいて」

恵磨「はい、何時でもどんなことでも連絡していいからさ」

翠「ありがとうございます。お話は以上ですか」

夏美「ええ、夕食前なのに止めて悪かったわね」

翠「本当に終わりですか?別に構いませんが」

夏美「何をかしら」

翠「私の何を疑っているのか、聞いても構いませんと」


110 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:19:19.66 ID:+FOtccNe0
恵磨「……」

夏美「別に何も疑ってないわ。私はただ、見ていることを伝えに来ただけ」

翠「なるほど、そういうことですか」

夏美「ええ」

翠「警察は信頼しています。平和のため、よろしくお願いします」

夏美「期待に応えられるようにするわ」

翠「それでは失礼いたします。何かありましたら、ご連絡します」

夏美「そうして」

恵磨「気をつけてね!」

夏美「……」

恵磨「達成して欲しくない目的は達成したかな」

夏美「唾はつけられた。必要ないがベストだったけどね」

恵磨「うーん、修行不足だ。和久井班あたりで研修したい」

夏美「あら、いいんじゃない。本気なら話しておくけど」

恵磨「あっ、異動したいわけじゃないから。ここが向いてる気がするし!」

夏美「それは同感。ずっと尾行しているわけにもいかないわね、どうしようかしら」

恵磨「こっちの仕事もあるし、時間が足らない」

夏美「そっか。私達の時間が足らないだけじゃない」

恵磨「夏美、名案でも思いついた?」

夏美「他人の時間を使えばいいのよ」
111 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:19:48.29 ID:+FOtccNe0
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1月8日(金)



CGプロダクション・3階・レッスンルーム

服部瞳子「卯月ちゃん、お疲れ様」

服部瞳子
CGプロ所属のアイドル。のあとは依頼を通して知り合った。最年長だけれど、それを理由に怯えていてもしかたないもの、とのこと。

卯月「瞳子さん、お疲れ様ですっ!」

瞳子「今日もがんばってたわね。飲み物、良かったらどうぞ」

卯月「わぁ、ありがとうございますっ!」

瞳子「あと2週間ね」

卯月「もうすぐ、ですね」

瞳子「今の気持ちはどうかしら?」

卯月「楽しみですっ!」

瞳子「ふふっ。私だったら、緊張し過ぎて怖くなってるかもしれない」

卯月「緊張とか不安とかもあると思うんです、でも楽しみで……どうなんでしょう、おかしいのかな?」

瞳子「いいえ。卯月ちゃんが積み重ねてきたことが、きっとそうさせてるの」

卯月「積み重ね……」

瞳子「私が入る前から、ずっとここで練習してきた成果。きっと大丈夫」

卯月「瞳子さんがそう言うなら、信じてみますっ」

瞳子「信じてくれて、ありがとう」

卯月「あっ、そうだ。もっと時間があれば、色々新しいことも出来るのにって思います」

瞳子「失敗しないようにじゃないのね」

卯月「本当ですね、でも失敗しそうとか思わないんです。やっぱり、レッスンの成果でしょうか?」

瞳子「きっとそうよ。新しいことは、トレーナーさんとかと相談しながらやってみましょう」

卯月「わかりましたっ!あの、瞳子さん」

瞳子「なに?」

卯月「最後にストレッチをしたいんです、手伝ってもらえませんか?」
112 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:22:24.91 ID:+FOtccNe0
61

1月9日(土)



高峯探偵事務所

大石泉「こんにちは」

大石泉
のあに協力しているプログラミングが得意な中学生。弟の病気治療は順調とのこと。

まゆ「泉ちゃん、こんにちは。何かごようですかぁ?」

のあ「私が呼んだの。真奈美がいないから迎えも出せないのに、早急に来てくれてありがたいわ」

泉「さくらとの約束は遅らせたから、約束の物をもらえるなら大丈夫」

のあ「準備してるわ。泉、コーヒーと紅茶のどちらがいいかしら」

泉「それなら、コーヒーがいいな」

のあ「わかったわ。まゆ、下からコーヒーとお願いしたものを取って来てちょうだい」

まゆ「わかりましたぁ」

のあ「座ってちょうだい」

泉「それで、話を一緒に聞くんだよね」

のあ「ええ。相馬夏美という警察官が時期に来るから、聞いてちょうだい。今日は非番らしいわ」

泉「何の話なんだろう?少年課の人だよね」

のあ「あなたが都心迷宮で目撃した人物のことよ、おそらく」
113 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:23:41.29 ID:+FOtccNe0
62

高峯探偵事務所

夏美「こんな所だけど、話は理解できた?」

のあ「言っていることはわかったわ」

まゆ「水野先輩が、うーん……」

夏美「まゆちゃんはどう思う?」

まゆ「そんなことないと思います……でも」

夏美「でも?」

まゆ「この前に会った時、様子がおかしいような気がして……」

夏美「生徒の一言目は、そんなはずありません、ね」

のあ「二言目は」

夏美「ちょっと不安なこともある、かしら」

泉「その人の写真、ある?」

夏美「有名人だからネットで調べれば出てくるわ。のあさん、調べてみて」

のあ「水野翠、星輪学園……彼女ね。私も学校見学会で見たわ」

泉「のあさん、見せて」

のあ「どうぞ。あなたが見た、サンタクロースを殺した人物かしら」

泉「……間違いないと思うよ。名前も古澤頼子が言ってたのと同じな気がする」

夏美「はぁ……参るわ」

泉「目撃証言だけで、捕まえられるかな」

夏美「普通なら、ね」

泉「普通じゃない、ってこと?」

夏美「ええ。残念だけど、彼女に繋がるものは何も出ていない」

のあ「イヴ・サンタクロースの遺体にも痕跡はなし。久美子に確認したわ」

まゆ「それと、もう1つ確認していて……」

のあ「彼女、アリバイがあるわ。あなたが目撃した時間に」

泉「そっちは偽装だよね。何か裏がある」

のあ「そういうことになるわ」

夏美「あなたの言うことは信じるわ、だけどね」

114 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:24:16.85 ID:+FOtccNe0
のあ「過去に協力者だったあなたが、証拠もなく、偽装したアリバイのある中で、閉鎖された場所で見たことを証言しても効果がない」

夏美「犯行を否定したら、釈放するしかない」

泉「正義のヒーローじゃないし、そう簡単にはいかないか」

まゆ「あの……」

のあ「まゆ、意見があるなら言ってちょうだい」

まゆ「泉ちゃんは、安全なんですか……?」

泉「よく分からないけど、私が情報を漏らす分には良いから安全、だった」

のあ「身動きを封じるとなると、思惑が働く。水野翠ではなく古澤頼子の方に」

泉「目撃証言が全てになってるから、悪い結末が安全策になるかも、ってこと?」

のあ「残念ながら」

夏美「身の安全が第一。もう数手ないと相手を詰ませられない」

のあ「そういうこと。まゆ、それでいいかしら?」

まゆ「わかりました……泉ちゃん、気をつけてくださいね」

泉「わかった」

のあ「ひとまず、留美とヘレンには伝えておくわ」

夏美「私の情報はのあさんにも教えるから」

のあ「こちらから夏美にも情報共有を」

夏美「ありがと、お願いね」
115 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:25:10.88 ID:+FOtccNe0
のあ「泉が見た人物を確認させて」

泉「古澤頼子、水野翠、サンタクロースと、お世話係」

夏美「お世話係はわかってるの?」

泉「わかってない。派手なOLみたいな感じだったけど、名前も何もわかんない」

まゆ「誰かがわかれば……」

のあ「泉が特定できそうね。候補者すらいないけれど」

夏美「上手くやってるわけ、ね」

のあ「これで古澤頼子の足掛かりにはなるわ。水野翠と瀬名詩織をマークしましょう」

夏美「瀬名詩織?交通機動隊の瀬名さん?」

のあ「留美からは他言無用と言われているけれど、夏美ならいいでしょう」

夏美「瀬名さんが何のために?」

のあ「理由は私にはわからない」

泉「マークって、具体的には何をするの?」

のあ「瀬名詩織は留美と警察に任せるわ。水野翠は、張り込みをしましょうか」

夏美「それを相談しに来たんだった。のあさん、大丈夫そう?」

のあ「四六時中は難しいわ。真奈美も仕事が忙しいから」

夏美「少し手を借りるだけでも、ありがたいわ」

のあ「いいえ、心配は無用。私がやらないといけないわけではない」

まゆ「どういうことでしょう……?」

泉「私も協力しようか?」

のあ「人手も問題ないでしょう。サンタクロースを殺害した犯人なら、彼女が協力しない訳がないから」
116 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:26:12.52 ID:+FOtccNe0
63



良楠公園

凛「卯月、今日は仕事だっけ」

凛「……」

凛「久しぶりのオフだからランチ……もう何もないから平気だよね」

凛「明日は……返事しよう、チケットのこと」
117 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:28:36.26 ID:HFCwBUJw0
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1月10日(日)

早朝

高峯探偵事務所

のあ「おはよう……見覚えがあるわね、この光景も」

ヘレン「ハイサイ、ディテクティブ」

ヘレン
イヴを追っていた国際捜査官。追っている事件は複数あるらしい。自ら持参したさんぴん茶を自室にいるかのような態度で飲んでいる。

のあ「ヘレン、来てくれたのね」

ヘレン「離島にいたから朝一になってしまったわ」

のあ「沖縄はどうだったかしら」

ヘレン「収穫はなし。シオリ・セナに接触したのは警察官になった以降でしょう」

のあ「まゆと真奈美はどこにいるのかしら」

ヘレン「私の頼んだモーニングをSt.Vで食べてもらってるわ」

のあ「何故、ヘレンが食べなかったのかしら」

ヘレン「雪乃のサプライズには驚いたわ。まさかトナカイを手の内に引き入れるとは」

のあ「驚かれてそうね、向こうに」

ヘレン「何もする気はないわ。その証明のために、モーニングは切り上げた。ディテクティブのワトソン達にはお礼として高い紅茶も付けたわ」

のあ「ありがとう、それで問題ないわ。このお茶を頂いていいかしら」

ヘレン「イエス。タイムイズマネー、本題よ」

のあ「水野翠の件について」

ヘレン「泉の証言、受け取ったわ。監視する人を昨夜から配置した」

のあ「早いわね、さすが」

ヘレン「ディテクティブ救出作戦を共にした泉を疑うなど時間のムダでしょう?」

のあ「そう言ってくれると嬉しいわ」

ヘレン「次は止めましょう。古澤頼子の被害者となる前に」

のあ「ええ、同意するわ」

ヘレン「ディテクティブ、ひとつ情報を」

のあ「何かしら?」

ヘレン「クエスチョン、ヘレンが沖縄に行った理由は?」

のあ「瀬名詩織の身辺周りを調査するため」

ヘレン「イエス。ちなみに今日は瀬名詩織の誕生日よ。しかし、動機ではない」

のあ「動機?調査のイロハではないということかしら」

ヘレン「古澤頼子は異常な長期計画をしているわ、その意味は?」

のあ「自分を追わせないため」
118 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:29:10.28 ID:HFCwBUJw0
ヘレン「グッド。隠れた協力者には、布石は打っておきながら利用しない捨て石すらいるはず」

のあ「異常な執念ね」

ヘレン「そこまでの異常な準備をしながら、それを公開しつつある。なぜ?」

のあ「私はわかりたくないわ」

ヘレン「先に分からなければ、思い知らされる日が来るだけ」

のあ「……困ったわね」

ヘレン「仮説は幾つあってもノープロブレム。ディテクティブ、仮説を1つ増やしなさい」

のあ「今かしら」

ヘレン「オフコース。30秒あげるわ」
119 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:29:37.51 ID:HFCwBUJw0
のあ「……協力者を破滅させるため、あえて姿を現したのが今までの仮説」

ヘレン「イエス。そうでない仮説は?」

のあ「正体を明かしたのにも関わらず、彼女は逃げきれている」

ヘレン「追っているにも関わらず。変装も得意だという情報もあるわ」

のあ「逃げていることを楽しんでいるわけではない。情報の開示も副産物なら……」

ヘレン「時間よ」

のあ「姿を現さざるを得ないことを、起こそうとしている」

ヘレン「その仮説だと、思い知らされる日が来てしまいそうね、ディテクティブ?」

のあ「その行動は起こっていない。止められる可能性があるわ」

ヘレン「イエス。水野翠を追うわ」

のあ「糸である前に、次の犯罪を止める楯にしたいわ」

ヘレン「夏美の意思は汲むわ。ご武運を、ディテクティブ」

のあ「いつも通りゆっくりとはしないのね」

ヘレン「助けを求める声は幾らでもヘレンの耳に届いている」

のあ「ひとつお願い出来るかしら」

ヘレン「お願いは簡潔に」

のあ「原田美世の身辺を洗ってもらえるかしら。問題ないことを知りたいの」

ヘレン「理由は聞かない、そのお願い受けるとしましょう」

のあ「頼むわ」

ヘレン「ディテクティブ、マタヤーサイ!」
120 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:30:57.59 ID:HFCwBUJw0
65



洋食フレッチャ

卯月「ごちそうさまでしたっ」

凛「ごちそうさま」

卯月「和風ハンバーグとお味噌汁も美味しいかったです」

凛「意外とチャレンジャーだよね、食事に対しては」

卯月「そうなんでしょうか?」

凛「意識してないの?」

卯月「食べ物はあまりしてないんですけど、ちょっとチャレンジしようって思ってます」

凛「そうなんだ。あっ、卯月、あれ見て」

卯月「あれ……あっ」

凛「飾ってくれたんだね」

卯月「あはは、ちょっと恥ずかしいです」

凛「良いんじゃない、自信持てば」

卯月「凛ちゃんがそう言うなら、そうします」

凛「ねぇ、卯月」

卯月「凛ちゃん、改まって何でしょう?」

凛「卯月は……いつかアイドルじゃなくなったら、何になるの」

卯月「え?」

凛「ごめん、聞き方が深刻過ぎた。例えば、事務所を移籍することになったらどうなるの」

卯月「うーん、考えたこともないです……」

凛「想像でいいから」

卯月「きっと平気です」

凛「平気?」

卯月「変わっちゃうかもしれませんけど、きっとアイドル島村卯月ならへっちゃらです」

凛「……そっか」

卯月「凛ちゃんもお仕事が変わっても、凛ちゃんは変わりませんよね?」

凛「そうかな」

卯月「クールだけど、優しくて、チョコレートとお花が好きな凛ちゃん」

凛「私は……」

卯月「私は?」

凛「私は……何者なんだろう」

卯月「凛ちゃんは凛ちゃんです」

凛「……それがイヤだったのに」

卯月「え、なんて言いました?」

凛「なんでもない。卯月、私の仕事が変わったのは言ったよね」

卯月「聞きました」

凛「時間も作れるようになったから……その……えっと」

卯月「その?」

凛「……卯月のライブ、見に行きたい」
121 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:31:40.63 ID:HFCwBUJw0
卯月「本当ですか?嘘じゃないですよね?」

凛「これは本当……いいかな」

卯月「もちろんですっ。ちょっと待ってくださいね」

凛「……」

卯月「はい、凛ちゃん。1月24日の日曜日、再来週です。絶対に来てくださいね」

凛「ありがとう……必ず行くから」

卯月「楽しみが1つ増えましたっ」

凛「楽しみ……?」

卯月「本番前なのに楽しいんです、凛ちゃんに見てもらえるならもっと楽しめるしがんばれますっ」

凛「……凄いよ、卯月は」

卯月「えへへ、凛ちゃんの方にピースしますから、見ててくださいね!」

凛「そこまで気にしなくていいから。後、2週間だけど何かするの?」

卯月「来週の土曜日に通し稽古があって、レッスンとインタビューとかのお仕事が一杯です」

凛「そうなんだ、体には気をつけてよ」

卯月「凛ちゃんと話すとリフレッシュできるんです、えへへ。学校とも事務所とも違う人だからかな?」

凛「そうかな……?」

卯月「そうです、信じてくださいっ」

凛「……信じる」

卯月「はいっ。でも、次の木曜日と本番前の金曜日くらいしか時間がなくて」

凛「無理して、会わなくても……」

卯月「凛ちゃんは、どうですか?」

凛「……私は話したい」

卯月「それじゃあ、約束ですっ」

凛「うん。公園でいいよね」

卯月「はいっ、楽しみにしてます」

凛「……卯月、前に約束したことだけど」

卯月「約束は守ってます、これからも守ります」

凛「ありがと。チケット貰ったお礼に、デザートご馳走するから。卯月は何がいい?」

卯月「それなら、ショートケーキがいいです。凛ちゃんはチョコレートですか?」

凛「変えてみる。どれにしようかな……こんなに選べるんだ、今更気が付いた」
122 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:32:28.71 ID:HFCwBUJw0
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1月11日(月)・成人の日

午前中

高峯探偵事務所

のあ「時間ね。まゆ、話って何かしら」

まゆ「のあさん、こちらへどうぞ」

のあ「ありがとう」

真奈美「私も同席するよ」

まゆ「真奈美さん、お仕事前なのにありがとうございます」

真奈美「仕事より優先さ。大丈夫、スケジュールには問題ない」

のあ「真奈美も聞くことかしら」

まゆ「のあさんに秘密にしていたこと……です」

真奈美「私は既に相談を受けている。結論も、のあが起きる前に聞いた」

まゆ「のあさんに相談する前に……自分で考えて決めたくて」

のあ「何でも言ってちょうだい。秘密にしていたのも問題ないわ」

まゆ「はい……相談したいのは、高校を卒業した後の進路のこと、です」

のあ「進路。なるほど、思い当たるフシがあるわ」

真奈美「気づいていたのか?」

のあ「いいえ。考える必要もないもの。成人の日には、良い話題よ」

真奈美「日付は偶々だがな」

のあ「まゆ、聞かせてちょうだい」

まゆ「なりたいものがあるんです」

のあ「職業のことかしら」

まゆ「のあさんみたいに……助ける人になりたいんです」
123 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:33:22.49 ID:HFCwBUJw0
67

高峯探偵事務所

のあ「ふむ……」

まゆ「どうでしょうか……?」

真奈美「私は良く考えていると思うが」

のあ「同意するわ。ここまで考えている同年代も少ないでしょう」

真奈美「そうだな。私なんか高校の卒業式当日のフライトで、あてもなくアメリカだ」

のあ「私は高校中退。まゆはしっかりしているわ」

まゆ「ちょっと特殊過ぎます……」

のあ「志望校も少しだけがんばれば大丈夫でしょう。星輪学園のOBも多いし、安心できるわ」

真奈美「学内推薦もあるみたいだからな」

のあ「なりたいのは福祉士、でいいのよね」

まゆ「はい」

のあ「楽な仕事ではないわ。私の財産を上手く使う方が世の為人の為になるかもしれない。その仕事であれば、まゆに任せようと思うわ」

真奈美「……」

まゆ「いいえ、それは出来ません」

のあ「その理由は」

まゆ「のあさんが、まゆをここに居させてくれるのと同じ理由です」

のあ「……そう」

まゆ「まゆ、逃げないことにしました。言い訳なんていらなくて、手を直接差し伸べられるように……なりたいです」

のあ「真奈美、この質問まで考えていたの?」

真奈美「私も聞いた。佐久間君からのあが言ったことは、私も聞いている」

まゆ「いつまでも、のあさんにお世話になるのも……悪いですから」

のあ「……」

まゆ「だから、お願いがあって……」

のあ「お願い?」
124 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:34:10.73 ID:HFCwBUJw0
まゆ「志望校はここから通えるので……大学卒業まで、ここに居させてくれませんか」

のあ「そういうことね。志希が言うように海外でも構わないわ。援助をしている金額だったら、まゆよりも大きい人もいるから」

真奈美「今日は、意地悪だな。のあ?」

のあ「そうね、意味のないことだったわ。まゆが考え抜いたことなら、反対はしない。学費も援助するから、ここに居てちょうだい。私は居て欲しいの、あなたに」

まゆ「ありがとうございます、のあさん」

のあ「私が望むのだから、遠慮することはないわ」

まゆ「ふふっ、前にも聞きました」

のあ「何でも相談してちょうだい。ヒミツにするのは疲れるものだから」

まゆ「そうですねぇ……のあさんから隠すのは難しかったです」

のあ「プライベートは尊重するけれど。隠す事なんて大変なだけだもの。それなら……」

真奈美「どうした?」

のあ「背負いきれないほどじゃないわね、何でもないわ」

真奈美「正直が一番だ」

まゆ「これから、そうします」

のあ「がんばりなさい、まゆ。中学生の頃の、高峯のあが望んでいた誰かになるのよ」

まゆ「はい……のあさん」
125 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:34:38.94 ID:HFCwBUJw0
68

1月12日(火)

星輪学園・弓道場の更衣室

翠「……」

頼子「お待ちしておりました」

翠「背後を取られましたか」

頼子「声をかける前に気づいていました。私に、花を持たせたのでしょう」

翠「花はありません。何もしなくて良いから、反応しないだけです」

頼子「そうですか」

翠「ここの所、私に見張りがついています。警察に疑われているのでしょう」

頼子「知っています。しかし、疑っているのは警察官。ここまでは見ていません」

翠「通信も傍受はされていないでしょう。手ぬるいことで」

頼子「あちらにも事情があるのですよ」

翠「事情など知りません」

頼子「水野翠」

翠「はい」

頼子「仕事です。資料はこれを」

翠「受け取りました」

頼子「指定した場所から標的を撃ち抜いてください、一射で」

翠「……」

頼子「あなたであれば可能なはずです」

翠「タイミングは」

頼子「情報は得られます」

翠「装備は」

頼子「期日までには配置させます」

翠「見張られています」

頼子「問題ありません、目を逸らすのは容易いことです」

翠「承知しました」

頼子「逃走経路については」

翠「結構。逃げ道を考えていたら信念が濁ります。逃げ道も二射目も私にはありません」

頼子「そうですか。それでは、当日お伝えします」

翠「標的は、微塵の狂いもなく、必ず、ここに立ちますか」

頼子「保障しますよ。そうでなければ、射抜く価値もないでしょう」

翠「一射絶命。命を賭けて射抜きます」
126 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:35:13.70 ID:HFCwBUJw0
69

1月13日(水)



高峯探偵事務所

美世「のあさん、こんにちはっ!車借りに来たよ!」

のあ「美世、待ってたわ。有休まで取るとは本気ね」

美世「せっかくだから、サーキットも走ることにしたんだ。真奈美さんは良いって、のあさんは?」

のあ「私も構わないわ。存分に走ってちょうだい」

美世「まかせて、メンテナンスもしていおくよ」

のあ「美世が欲しいなら譲るけれど」

美世「いやー、警察官の身の上じゃちょっと。のあさんみたいに資産として持てる人じゃないと」

のあ「今の状態がどちらも得ね。美世、キーを貸す前に話をしていいかしら?」

美世「いいよ、何の話?」

のあ「暴走族だったことはある?」

美世「ないない。高校生からバイクは乗ってたけど」

のあ「警察官になると決めたのは何時かしら」

美世「高校3年生のぎりぎりだったなー。自動車専門学校と迷ってて」

のあ「どうして、警察官にしたの?」

美世「白バイは警察官じゃないと乗れないから、それが決め手だったような?免許を取らせてもらえるのも良いよね」

のあ「ヘレンの調査通り」

美世「調査?」

のあ「古澤頼子との関係はないか調べさせてもらったわ」

美世「あたし?まさかー、ないない。見当外れ過ぎるよ」

のあ「美世は疑っていないわ。疑っているのは、瀬名詩織よ」

美世「え?」
127 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:35:46.58 ID:HFCwBUJw0
70

高峯探偵事務所

のあ「話は以上。何だったら、ヘレンと私が集めた資料も送るわ」

美世「そこまではいらないけど……」

のあ「確定した情報ではないわ。可能性というだけ」

美世「のあさん」

のあ「何かしら」

美世「のあさんは、あたしにどうして欲しいの?」

のあ「……」

美世「答えないのはズルいと思う。あたし、のあさんと違って、まっすぐ行くくらいしかできないのに」

のあ「それで良いから、話したの」

美世「わかった。話は聞いたから、これでいい?」

のあ「ええ。キーを貸すわ、ドライブは楽しんで来てちょうだい」

美世「よしっ、切り替えて走ってくる!いってきますっ!」
128 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:37:00.91 ID:HFCwBUJw0
71

1月14日(木)

良楠公園

凛「卯月は家族と仲が良いんだね」

卯月「はいっ、お母さんとかCDが出るといつもたくさん買っちゃって」

凛「そうなんだ」

卯月「あの、凛ちゃん?」

凛「どうしたの、そんなに人の顔見て」

卯月「最近元気になったみたいで、安心しました」

凛「そうかもね、仕事が暇になったから」

卯月「そうなんですか?」

凛「長めに寝てるんだ」

卯月「それは良かったです!私も夜更かしは辞めてるんです」

凛「辞めてるというか、疲れてるから寝ちゃうとか?」

卯月「ええ、どうしてわかるんですか?」

凛「そんな気がしたから」

卯月「そうなんです、えへへ」

凛「卯月は、アイドル楽しい?」

卯月「はいっ」

凛「躊躇なく言えるの、凄いと思う」

卯月「凛ちゃんはどうですか?」

凛「どうだろう、自分で選んでなったけど」

卯月「楽しく、ありませんか?」

凛「何事も、楽しいと言える人の方が珍しいから。だけど……」

卯月「だけど?」

凛「……」

卯月「凛ちゃん?」

凛「ごめん、何でもない。そう言えば、さ。あの桜、咲くと綺麗なの?」

卯月「はい!この公園の桜は綺麗で大好きです!」

凛「卯月は、春が好きなの?」

卯月「季節だったら春が好きです。そうだ、約束しましょう!」

凛「約束?」

卯月「春になったら一緒にお花見しましょう、ここで!」

凛「……約束、か」
129 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:37:51.19 ID:HFCwBUJw0
卯月「凛ちゃんの約束を守っているので、お相子でどうですか?」

凛「……約束する前に、聞いていいかな」

卯月「なんでしょう?」

凛「卯月は、去年この桜が咲いたのを見てたの?」

卯月「見てました、だって帰り道ですから。凛ちゃんは何をしてたんですか?」

凛「……花屋で働いてた」

卯月「やっぱり!詳しいのは、働いてたからなんですね」

凛「卯月、私は春にどうなってるかわからない」

卯月「……」

凛「それでも、卯月は約束をしたいの?守れないかもしれないよ」

卯月「私は約束したいです、凛ちゃんと」

凛「だって、私は……」

卯月「……」

凛「ごめん、忘れて」

卯月「凛ちゃん、さっきもそう言ってました」

凛「もしも、去年の春に会えてたら……違ったかな」

卯月「違いません、凛ちゃんは凛ちゃんです」

凛「なんで、そんなこと言えるの?」

卯月「えっと、上手く言えないですけど……その、信じてるからでしょうか」

凛「……私を?」

卯月「凛ちゃんもですけれど、自分を」

凛「自分……」

卯月「あの日、凛ちゃんを素敵な人だと思った私を、信じてるんだと思います」

凛「私は……私を、信じられない」

卯月「それなら、私が信じてます、凛ちゃんを」

凛「ちょっと待って、私?私って……」

卯月「ねえ、凛ちゃん」

凛「なんかおかしい……最近変だよ」

卯月「凛ちゃんは、誰に、嘘をついてるんですか?」

凛「え……?」

卯月「あわわ、すみません、変なこと言っちゃったような」

凛「誰に……か」

卯月「凛ちゃん、違う話をしましょう。そうだ、この前コンビニに行ったら……」

凛「……卯月、聞いて」

卯月「……はい、凛ちゃん」

凛「桜を見ることを約束したいから……待ってて。次会う時、言うから」
130 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:38:32.70 ID:HFCwBUJw0
72

1月15日(金)



高峯探偵事務所

まゆ「こうですかぁ……?」

のあ「恥じらいがあるわ。堂々とやればいいの、皆はステージを見ているのだから」

まゆ「こう、ですか?」

のあ「そうよ。楽しそうにやれば、気持ちを共有できるわ」

真奈美「ただいま。遅くなってしまったな」

まゆ「真奈美さん、お帰りなさい」

真奈美「2人して、何をやってるんだ?」

のあ「これは、瑛梨華ちゃんのEはカワイイのE、よ」

まゆ「カワイイのEー」

真奈美「いいぞ。やってくれると嬉しいと言っていたな」

のあ「ライブを楽しむために、まゆにはこれをあげましょう」

まゆ「この冊子は……?」

のあ「この冊子は、非公式応援組織である前川みくニャンニャン親衛隊が作り上げたライブの心得よ。コールガイドを中心に、ライブ前からライブ後まで完璧よ」

真奈美「分厚いな……」

のあ「これで、みくにゃんの応援はバッチリね。サイリウムも貸すわ。ネコミミと法被も必要かしら」

真奈美「のあ、佐久間君は関係者席だ。もう少し落ち着いて見れると思うが」

のあ「……それもそうね。私の状況と違ったわ」

まゆ「この冊子、お返ししますか?」

のあ「持っていて、何冊かあるから」

真奈美「何冊かあるのか……」

のあ「サイリウムは持って行きなさい。損はないでしょう。ネコミミも一応」

真奈美「それくらいがいいな。レーベルのプロデューサーも近くにいるだろうから、挨拶は忘れずにな」

まゆ「そ、そうなんですか……ちょっと緊張してきました」

のあ「まゆはいつも通りにしていれば大丈夫よ」

真奈美「準備も含めて、気負いしなくていい」

のあ「しまった、ついついみくにゃんを優先してしまったわ。本当に渡したいのはこっち」

まゆ「みくちゃんと違う色のサイリウムとウチワですか?」

のあ「前川みくニャンニャン親衛隊のツテで貰ったの。赤西瑛梨華の定番ライブグッズよ、成宮由愛と2人分譲っていただいたわ」
131 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:39:18.07 ID:HFCwBUJw0
まゆ「ウチワに、バッキュンして、と書いてありますね。あと、はぁと、も」

のあ「赤西瑛梨華のファンサービスは評価が高いわ。間奏中が狙い目だそうよ、観客席を良く見ているそうだから」

まゆ「ウチワはどうやって使えばいいですかぁ?」

のあ「高く上げると視界の邪魔になるわ。胸元に掲げるのよ」

まゆ「わかりましたぁ」

のあ「赤西瑛梨華は目と目が逢う瞬間、必ず反応してくれるとのウワサよ。そうやって、ファンを増やしているらしいわ」

真奈美「前世はガンマンというウワサは伊達じゃないな」

のあ「きっと、気づいてくれるわ」

真奈美「再度言うが、佐久間君は関係者席だ。見ただけで気づくんじゃないか?」

のあ「……確かに」

まゆ「きっと喜んでくれます、由愛ちゃんに使ってもらいますねぇ」

のあ「そうね。まゆ、大切なことは一つだけ」

まゆ「それは、なんですか?」

のあ「来てくれただけで十分よ」

真奈美「私も同感だ」

まゆ「わかりました。でも、せっかくだから楽しまないと」

のあ「それなら、もっといいわね」

真奈美「ああ」

のあ「真奈美、食事は」

真奈美「まだ済ませてない」

まゆ「それなら、準備しますねぇ。真奈美さんは休んでいてください」

のあ「紅茶を貰ってくるわ。一人で食べているのも寂しいでしょうから」
132 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:40:31.58 ID:HFCwBUJw0
73

1月16日(土)

午前中

M体育館

M体育館
清路市の北にあるM中学校に併設されている公営の体育館。床面積も広く、観客席もある立派な体育館。CGプロ合同ライブの全体リハの会場。

卯月「いっち、に、さん、し……」

本田未央「しまむー、おはよっ!」

本田未央
CGプロ所属のアイドル。卯月とはデビューした時期が近いが、ユニットは組んだことがない・

卯月「未央ちゃん、おはようございます!」

未央「はやいねー、もしかして一番乗り?」

卯月「はいっ、スタッフさん以外なら。お父さんに早めに送ってきてもらいました」

未央「しまむー、やる気バッチリって感じだね!良い顔、してるよ」

卯月「はいっ。きらりちゃんから、受け取ったバトンを果たさないと」

未央「だって、きらりん?」

諸星きらり「うきゃー☆卯月ちゃん、おっすおっす!」

諸星きらり
CGプロ所属のトップアイドル。零細だったCGプロをここまで引き上げたスーパースターでセンター。明日からモデルのお仕事などで海外行脚に出発とのこと。

卯月「きらりちゃん!来てくれたんですか?」

きらり「うん☆きらりん、明日からお仕事でライブを見れないから、今日は来てみたの」

卯月「ありがとうございます!私なりに色々考えましたけど、アドバイスくださいねっ」

未央「きらりん、リハーサルの感想をビシバシお願い!」

きらり「おっけー☆」

真奈美「おはよう。おお、諸星君じゃないか」

きらり「真奈美ちゃん、おっすおっす!」

卯月「おはようございますっ!」

未央「真奈美の姉御、おはようござんす!」

真奈美「大仰だな、その挨拶は。明日フライトじゃなかったのか?」

きらり「そう!でも、見に来ちゃった☆」

真奈美「ちょうどいいじゃないか。島村君、安心させてやろう」

卯月「はいっ!」

未央「真奈美の姉御は、今回も来ないの?」

真奈美「そのつもりだったが」

卯月「今回は見て欲しいんです!」

真奈美「色々とすることはありそうだしな。今回は裏で見させてもらうよ」

未央「やった、直前にアドバイス欲しいときあるから助かる!」

卯月「そうですね、でも今は」

きらり「リハーサルの準備だにぃ」

卯月「はい!島村卯月、がんばりますっ!」
133 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:41:08.55 ID:HFCwBUJw0
74

渋谷駅前・渋谷生花店跡地

渋谷生花店跡地
渋谷生花店の建物は取り壊されており、更地となっている。枯れかけたアネモネの花束が一束だけ供えられていた。

凛「……」
134 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:41:50.27 ID:HFCwBUJw0
75

M体育館

ベテラントレーナー「よしっ、上出来だ!全員集合!」

CGプロダクションに雇われた青木4姉妹の次女で、名前は聖。未央によると、ひじりんというあだ名をつけようとしたら怒られたらしい。名前の読み方はヒジリではなくセイ。

真奈美「私の出る幕はないかもしれないな、これは」

きらり「うん。ねぇ、真奈美ちゃん」

真奈美「なんだ?」

きらり「卯月ちゃんのプロデューサーさんが言ってたの、絶対にきらりんに追いつくんだ、って。言ったの、いつだと思うゆ?」

真奈美「最近か?」

きらり「デビューする前!卯月ちゃん、すごいにぃ」

真奈美「おや、どこか行くのか?」

きらり「きらりん、お支度しないと」

真奈美「一言くらい、何か言っていけばどうだ?」

きらり「ううん。真奈美ちゃん、卯月ちゃんを見て見て」

真奈美「何か意見を交換してるな」

きらり「卯月ちゃんはダンスもフォーメーションも、センターとしてもばっちし☆」

真奈美「諸星君が言うなら、信じよう」

きらり「きらりんはお家に帰るにぃ、おにゃーしゃー!」

真奈美「任された。気をつけて」

きらり「いつも安全運転だから、平気だにぃ」

真奈美「やはり……運転手付きの高級車、諸星君の送迎車だったのか」
135 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:43:49.91 ID:HFCwBUJw0
76

1月17日(日)

高峯探偵事務所

午前中

のあ「……」

真奈美「佐久間君、そろそろ買い出しに行こうか」

まゆ「しー……」

真奈美「のあがテレビの前で仁王立ちだ、何があった?」

前川みく『本番まで後1週間、準備はバッチリだにゃ!』

前川みく
CGプロ所属のアイドル。1週間後に迫った合同ライブのインタビューに答えている。高峯のあはネコ耳が新調されていることに目ざとく気がついた。

真奈美「なるほどな」

のあ「……」

みく『センターの卯月チャンを中心に一致団結、コラボもあるから楽しみにして欲しいにゃ!』

のあ「……ふむ」

みく『でも、次はみくがセンターをやるにゃ!卯月チャンには負けないよ!』

のあ「……!」

まゆ「表情が明るくなりましたねぇ……」

みく『来週のライブも、これからもずっとみくとシンデレラガールズを応援して欲しいにゃ!会場で会うのを楽しみにしてるにゃ!ばいばーい!』

のあ「そう……そうよ!みくにゃん、がんばるのよ!応援するわ!」

真奈美「ここ最近で一番テンションが上がってるな……」

まゆ「センターって大切なことなんですね」

真奈美「ああ、私も軽く思っていた。違うんだな、あの場所は」

のあ「あら、真奈美。下りて来ていたの」

真奈美「ああ。そうだ、来週の日曜日は裏方として行くことになった」

のあ「わかったわ。みくにゃんがセンターに立つ日を待つわ、私は」

真奈美「条件を決めると逆に苦しくなるぞ」

のあ「それもそうね。みくにゃんがいるライブには全て行きたい、こっちが本音よ」

まゆ「ちょっと欲望に正直すぎますねぇ……」
136 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:44:30.27 ID:HFCwBUJw0
真奈美「佐久間君は送らなくて平気かい?」

まゆ「由愛ちゃんを最寄り駅まで迎えに行って、一緒に行きます」

のあ「それがいいわね」

真奈美「わかった。今から買い出しに行ってくる」

まゆ「行ってきます。のあさんも行きますか?」

のあ「たまには一緒に行くわ」

真奈美「そうか、それならチャンスだ。佐久間君、今だ」

まゆ「あの……まゆ、欲しいものがあるんですぅ」

のあ「真奈美の入れ知恵ね。まぁ、いいわ。どうせ家事に関係するものでしょうから、買いに行きましょう」

真奈美「成功だ」

まゆ「やりましたぁ」

のあ「それで、何が必要なのかしら?」

まゆ「発酵機と卓上ミキサーが欲しいな……って」

のあ「それくらいならいいけれど、持ってなかったかしら」

真奈美「私は見たことがないな」

のあ「理由がわかったわ。母もケーキは作らなかったし、今は雪乃に言えばケーキそのものか道具が借りられるもの」

まゆ「なるほど」

のあ「何に使うのかしら」

まゆ「パン作りをしてみようかと、思ったんです。米粉のパンも家庭で作ると美味しいらしくて」

のあ「初耳ね。興味が湧いてきたから、協力させてもらうわ」
137 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:45:21.42 ID:HFCwBUJw0
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1月18日(月)

清路警察署・ロビー

瀬名詩織「……」

瀬名詩織
交通機動隊所属、いわゆる白バイ乗り。リスクを冒すことで、望む状況を作り出そうとしている。

美世「……」

片桐早苗「美世ちゃんに、詩織ちゃん、お疲れ様……どうしたの、2人で黙って?」

片桐早苗
交通安全課所属。美世のバディ。清路市内の運送業界では人気者らしい。

詩織「お疲れ様です。何でもありませんよ」

早苗「そう?」

詩織「美世さん、言った通りです。もしも、その時が来るのなら追って来てください」

美世「……」

詩織「早苗さん、お帰りですか?」

早苗「今日は定時!飲みに行く?」

詩織「お誘いは嬉しいですが、お酒は飲めませんので」

早苗「そうだったわね」

詩織「ここで、失礼します」

早苗「詩織ちゃん、またね」

美世「……」

早苗「いつもクールだけど、こっちは違うものね。美世ちゃん、どうしたの?」

美世「えーっと……何でもない」

早苗「それで引き下がるほど早苗さんは甘くないわよ?」

美世「あはは……」

早苗「美世ちゃんが言い淀むなんて相当ね。わかった、今日は聞かない」

美世「早苗さん、ごめんなさい」

早苗「ちゃんと言うのよ、先輩には何でも相談しないと!」

美世「はい、でも……その、待っててくれると」

早苗「わかった。じゃあね、運転には気をつけて帰るのよ」
138 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:47:10.91 ID:HFCwBUJw0
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1月19日(火)



喫茶St.V

まゆ「こんばんは……」

菜々「まゆちゃん、いらっしゃいませ!」

志保「いらっしゃいませ!紅茶ですか、コーヒーですか?」

まゆ「いえ、雪乃さんはいらっしゃいますか?」

菜々「マスターですか?」

志保「いらっしゃいますよ、カウンターにどうぞっ」

まゆ「ありがとうございます」

雪乃「まゆさん、こんばんは。座ってくださいな」

まゆ「はい、失礼します」

雪乃「紅茶をお飲みしますか、サービスしますわ」

まゆ「いえ、今日は渡したいものがあって……どうぞ」

雪乃「まぁ、ありがとうございます。シフォンケーキでしょうか」

まゆ「はい、米粉のシフォンケーキなんです。紅茶味にしてみました」

雪乃「この弾力は米粉由来ですのね」

まゆ「のあさんにお料理グッズを買ってもらったので……試作品のお裾分けです」

雪乃「せっかくですから、一口ここでいただきますわ。紅茶の葉はどちらのものを?」

まゆ「お家にあったものを使ったので、わからなくて」

雪乃「いただきますわ……美味しい」

まゆ「お口に合いましたか……?」

雪乃「紅茶を含めた味付けが素晴らしいですわ、まゆさんらしい優しい味ですの」

まゆ「雪乃さんに褒めてもらえると嬉しいです、クラスの皆にも作ってみようかな」

雪乃「実は紅茶のシフォンケーキが好物ですの」

まゆ「それは、のあさんのリサーチ通りです」

雪乃「ふふっ、のあさんには以前のお店でお話したかもしれませんわ」

まゆ「いつもありがとうございます、お礼の気持ちと」

雪乃「味見係になれて光栄ですわ。そうだ、お礼をしないと」

まゆ「いいえ、これは私の気持ちですから」

雪乃「それなら、お言葉に甘えますわ。すみません、お客様がお呼びなので失礼しますわ」

まゆ「私も帰りますねぇ、失礼しました」

菜々「じー……」

まゆ「菜々さん、どうしましたかぁ……?」

菜々「まゆちゃんが好感度を上げに来るとは、うかうかしていられません。紅茶シフォンまで持ち出してくるとは」

まゆ「たぶん……何かの勘違いだと思いますよぉ」
139 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:48:05.33 ID:HFCwBUJw0
79

1月20日(水)

清路警察署・刑事一課和久井班室

留美「わかったわ。また、日曜日に」

亜季「ご友人からのお電話でありますか?」

留美「ええ。いつもなら夜にかかってくるのだけれど」

美波「日曜日は、24日ですね」

亜季「待機日ではないでありますな」

留美「アルコールは取らないし、連絡は取れるようにしておくわ。安心してちょうだい」

美波「わかりましたっ」

亜季「早々重大事件は起きないであります。よくお話を聞いている、ご学友でありましょう?」

留美「ええ。そう言えば、チケットが取れない話をしたわ。気を使ってくれたのね」

亜季「良い関係でありますな」

美波「私もキャンパスライフは憧れますっ」

留美「課長に付けるんだったら、大学には行かなかったわ」

美波「そうなんですか?」

亜季「柊課長は強者ですからなぁ、私も多くを学んだであります」

留美「結果として、良い上司と友人が得られたから良しとするわ」

亜季「新田巡査、安心するであります」

美波「何をですか?」

亜季「和久井警部補は、課長に負けず劣らずの強者であります。損はしないでありますよ!」

留美「あなた達の責任は持つわ。市民の安全のために成長してちょうだい」

美波「了解ですっ」

留美「そう言えば、大和巡査部長」

亜季「何でありましょう?」

留美「愛知の事件についてだけれど」

美波「愛知の事件……逃走していた横領犯が殺された事件、でしたか?」

亜季「その通りであります。凶器が弓矢ではないか、という話でありますな」

留美「水野翠の犯行であるかどうか、調べられたかしら」

亜季「もちろんであります。結果から言うと、シロであります」

留美「シロ、理由は」

亜季「愛知に行って帰ってくる時間はありませんな。土日共に、地元の弓道場で小学生に教えていたであります。教えていない時は自分が練習していたであります」

留美「夜は」

亜季「自宅にいたようでありますな。ご両親に確認しております」

美波「最寄り駅とかはどうですか?」

亜季「彼女、近所では有名人でありますからなぁ。誰にも目撃されていないのは難しいかと」

留美「殺害現場付近で似た容姿の人物が目撃されていることは」
140 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:48:49.71 ID:HFCwBUJw0
亜季「犯人が似ているのであります。背格好と長髪だったら、新田巡査がそこにいたとしても同じ目撃証言がいられるでありますよ」

美波「え……そ、そうですか?」

亜季「それくらい不確定なものであります」

留美「つまり、結論は」

亜季「本件は彼女とは無関係であります」

留美「ありがとう。こっちで行くのは難しいわね」

美波「任意同行をお願いするのは、どうでしょうか」

留美「厳しいわね。拘留と起訴は更に難しい」

亜季「明確な証拠があれば良いのでありますが」

美波「ふーむ……」

留美「いつも言っているけれど」

亜季「いつの日か、でありますな」

美波「準備をして、必ず」

留美「本当は全ての事件を一刻も早く解決し、裁きを受けさせたいわ」

亜季「現実問題難しいでありますからな」

美波「慌てても冤罪の可能性もありますから」

留美「最大限の結果を残すように順番に、迅速に、それと」

亜季「時期を逃がさぬこと、柊課長からも言われたであります」

留美「冷静に考え、困難に負けないこと。いいかしら?」

亜季「はいっ、心得ております!」

美波「わかりましたっ」

留美「よろしい。引き続き、がんばるとしましょう」
141 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:49:44.30 ID:HFCwBUJw0
80

1月21日(木)

清路警察署・科捜研

音葉「久美子さん……」

志希「にゃはははー、邪魔しに来たよー」

久美子「どうしたの、2人揃って?」

志希「ハッピーバースデー!」

音葉「お誕生日、おめでとうございます」

志希「音葉ちゃんと志希ちゃんで、プレゼントを選んだのだ〜」

久美子「あら、覚えてくれたのね」

音葉「ささやかな物ですが……どうぞ」

久美子「ありがと、開けて良い?」

音葉「もちろんです……どうぞ」

志希「きっと喜ぶよ〜」

久美子「これは美容液?」

音葉「はい……志希さんが選んでくださいました」

久美子「へぇ、志希ちゃんが?意外?」

志希「久美子ちゃんの肌組織を研究して、世界で一番相性の良いものを見つけたのだ〜。研究期間は1ヶ月!」

久美子「研究は気になるけど、ありがたく使わせてもらうわ……何語かわからないけど、成分は大丈夫よね?」

志希「ちゃんと日本でも合法だからヘイキヘイキ。サンプルが徹夜時だったから、そういう時に使うといいよ?」

久美子「いつサンプルを採取したのよ……」

志希「ヒミツ〜」

久美子「詳しくは聞かないことにするわ。こっちは音葉ちゃんが選んでくれたの?」

音葉「良い音が出ますよ……北海道土産です」

久美子「オルゴールね、キレイ。どうして、オルゴールなの?」

音葉「慌てている時に聞いてください……強制的に考えを変えられます」

久美子「なるほど、行き詰った時に使ってみるわ」

音葉「仕事机に置いておくとよいかと……見た目もキレイですから」

志希「オシャレ〜、プレゼントは白衣だと思ってた」

音葉「白衣は一緒に買いに行くので……志希さんも行きませんか」

志希「そうなんだ……考えとく〜」
142 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:50:31.38 ID:HFCwBUJw0
81



水野翠の自室

水野翠の自室
水野家の2階。ほぼ娯楽用品がなく、和風の内装と相まって質素な雰囲気。

翠「もしもし」

つかさ『よう、元気か?』

翠「警察に疑われています。家の外に監視がいます」

つかさ『通信までは行けてないから、監視してんだよ。決定打はないのさ』

翠「ご用件は」

つかさ『準備は出来てる。下見に行くか?』

翠「不要です。必要なことは教えていただいています」

つかさ『そうか』

翠「以上ですか」

つかさ『アタシのアドバイスを聞くか?』

翠「ご自由に」

つかさ『そろそろ、危険じゃないか?』

翠「そうでしょうか」

つかさ『逃げ道はないぞ?いいのか?』

翠「構いません」

つかさ『アタシは撤退だ。あの辺りをカネに変えられたら一刻も早く』

翠「そうですか」

つかさ『相変わらず何考えてるか、わからないな』

翠「何も考えていませんよ」

つかさ『そういうのが怖えの。まさか、こっちを狙ったりしてないよな?』

翠「私はしていません」

つかさ『ま、そういうこった。せいぜい、がんばれ』

翠「かしこまりました。失礼します」
143 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:51:39.12 ID:HFCwBUJw0
82

1月22日(金)

夕方

真奈美「ただいま」

のあ「お帰りなさい、今日は早いのね」

真奈美「今日はスタッフと打ち合わせだけだったからな、歌のレッスンは終わってる。佐久間君は?」

のあ「まだ帰ってないわ」

真奈美「最近夕食は任せきりだったからな、今日は私が準備の日だ」

のあ「そう」

真奈美「何かリクエストはあるか?」

のあ「ステーキでも焼いて欲しいわ」

真奈美「おや、活力でもつけたいのか?」

のあ「まゆの食事で栄養状態は最高よ。St.Vの食事も昼食としては最高クラスだもの」

真奈美「何か不満があるのか?」

のあ「申し訳ないけれど……健康的過ぎるわ、肉体を甘やかしすぎるのもどうかと」

真奈美「健康に悪そうな辛さとか好きだったな。よし、リクエストに答えるとしよう」

のあ「ありがとう」

真奈美「一応言っておくが、私にも佐久間君のような料理は作れるぞ?」

のあ「十分に知ってるわ。真奈美、張り合ってるのかしら」

真奈美「そういうわけじゃない。小さなプライドくらいわかってくれ」

のあ「心配無用よ、楽しみにしてるわ」

真奈美「よし、動物性油を摂取できるメニューにしよう。考えてみるよ」
144 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:52:35.48 ID:HFCwBUJw0
83



良楠公園

凛「……」

卯月「凛ちゃん」

凛「……卯月」

卯月「こんばんは」

凛「今日は早いんだね」

卯月「今日は、少し体を動かして、打合せをして終わりだったんです」

凛「そっか。日曜日は本番だもんね、リハーサルはどうだった?」

卯月「ばっちりですっ!」

凛「卯月は凄いね、期待しているから」

卯月「凛ちゃんに良い所を見せちゃいますっ!凛ちゃんは、今週は何をしていたんですか?」

凛「ちょっと、出かけてた」

卯月「お出かけですか?私も明日はオフだから、いえ、明日はゆっくり休んで段取りを確認するだけにしないと。ライブが終わったら、お出かけしようかな」

凛「それがいいと思う」

卯月「凛ちゃんは、どこにお出かけしてたんですか?」

凛「……」

卯月「凛ちゃん?」

凛「前に働いてた、花屋とお屋敷を見て来た」

卯月「お屋敷?お屋敷で働いていたんですか?」

凛「うん」

卯月「メイドさんとか?」

凛「卯月のメイド服姿、ネットで見たよ」

卯月「あはは、ちょっと恥ずかしいです」

凛「メイドじゃないよ。出入りの花屋だったから……広い庭で色んな花が咲いてた。冬の時期も」

卯月「やっぱり、凛ちゃんはお花屋さんになるんですか?お仕事を変えるみたいだったので」

凛「そういうわけじゃなくて……」

卯月「きっと向いてますよ。凛ちゃんのお店にお花を買いに行きます」

凛「……」

卯月「実は、会場設営のバイトもした時にお花も運んだことがあるんですっ」

凛「前に働いていた花屋もイベントのお花を受けてた」
145 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:53:19.70 ID:HFCwBUJw0
卯月「そうなんですね。持って帰れるなら持って帰れるようにしてます」

凛「その方が喜ぶよ、送った側も」

卯月「えへへ、凛ちゃんはお花のことを話してると優しいですね」

凛「……」

卯月「そのお花屋さんには戻らないんですか?」

凛「卯月……違うの」

卯月「違うお花屋さん、ですか?」

凛「考えてた、卯月と話すようになってから、ずっと」

卯月「凛ちゃん?」

凛「どうなりたくて、どうしたくて、何をしたのか……これから、どうしようかって」

卯月「……」
146 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:54:08.08 ID:HFCwBUJw0
凛「私、卯月と一緒に桜が見たい」

卯月「はいっ、一緒に行きましょう」

凛「だから……聞いて欲しい」

卯月「何を……ですか」

凛「今ここにいる、私のこと」

卯月「わかりました。聞かせてください、凛ちゃん」
147 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:54:48.84 ID:HFCwBUJw0
84

良楠公園

凛「何もわからなくて」

卯月「……」

凛「卯月がアイドルに憧れて、養成所に入ったみたいなこと、何もなかった」

卯月「……」

凛「花屋の手伝いくらいしか、してなかった。私にあったのは、小さな花屋で得られることだけ」

卯月「……」

凛「このままじゃイヤだった。花屋のテーブルから人波を眺めてる、花屋の娘なのが……嫌いだった。私は私のことが嫌いだった」

卯月「……」

凛「踏み出す勇気もなくて、あの場所に居ただけ」

卯月「……」

凛「いっそ消えちゃおうかな、と思ってた。ここでないどこかでなら、花屋の娘でしかない私から逃げられるから」

卯月「……」

凛「卯月は、島村卯月じゃない誰かになれる?」

卯月「えっと、お芝居のことですか?」

凛「違う。本当に別人に」

卯月「それなら、なれません」

凛「私はなりたかった。ううん、違う……誰にもなりたくなんて、なかった」

卯月「……」

凛「だから……」

卯月「……」

凛「……だから、なったの。名前もない、何もない、誰かに」

卯月「……」

凛「後悔なんてしてなかった。その誘いに乗ったのも、間違いだって思ってなかった。なのに」

卯月「……」

凛「わからなくなってきた、本当に今のままでいいのかって。あんなに望んでたのに。自由になれて、心が晴れたと思ったのに……なんで」

卯月「……」

凛「卯月、私……言えないことがある」

卯月「知ってます」

凛「卯月が想像するより、ずっと……酷いことをしてる」

卯月「……知ってます」

凛「知ってる、って何を?卯月に分かるはずがない!」

卯月「ごめんなさい、知ってます……渋谷凛ちゃん」

凛「……なんで、名前……」
148 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:56:46.62 ID:HFCwBUJw0
85

良楠公園

卯月「気になって調べちゃいました。インターネットで爆発事件のことが出てきて、図書館で調べた昔の新聞には凛ちゃんの顔写真も載ってました」

凛「いつ、調べたの」

卯月「図書館に行ったのは冬休みです」

凛「……」

卯月「約束は守ってます。誰にも言ってませんし、自分で調べただけですから」

凛「それなら、わかってるよね」

卯月「何をですか?」

凛「私が……家族を殺して、何の関係もない女の子を自分の死体に仕立て上げたのも」

卯月「……はい」

凛「私が死んだことになってるのも、わかってるなら……なんで」

卯月「……」

凛「どうして、ここにいるの。どうして、そんな顔していられるの?わかってるの、本当に」

卯月「島村卯月は嘘つきなんです、きっと」

凛「なにそれ……それだけじゃない、もっと、酷いことを色々してきた、それなのに」

卯月「凛ちゃんは正直に言ってくれました。私も正直に言いますね」

凛「……なに」

卯月「渋谷凛ちゃんに戻って欲しいです。だから、この公園に来ました」

凛「……戻れない」

卯月「凛ちゃん」

凛「卯月とは違う、大切な家族がいて、夢があって、夢を叶えられて……自分は島村卯月だって、心から笑える卯月とは違う」

卯月「凛ちゃん、聞いてください」

凛「笑顔なんて、誰にも出来ないよ。笑うなんて、出来ない」

卯月「凛ちゃん」

凛「どうして、何度も呼ぶの?私には何もないの、こっちに来ちゃったから何もないの、名前だって……もうないから」

卯月「違いますよ、凛ちゃん」

凛「どんなにがんばっても、私には何もない……何にもないの」
149 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:57:57.49 ID:HFCwBUJw0
卯月「凛ちゃんは、嘘をついてます」

凛「え……?」

卯月「同じことでも人は嘘になるんです」

凛「嘘なんか……」

卯月「凛ちゃんは、本当に、何も持ってないですか?」

凛「だって、私は」

卯月「お花の話をするときの凛ちゃん、素敵でした。これは嘘じゃないですよ?」

凛「……」

卯月「私、たくさんの人に助けてもらいました。今度は、誰かを助けてあげようって。皆が言ってくれる笑顔でたくさんの人を元気にしようって」

凛「おかしいよ……おかしい」

卯月「えへへ……夢とか魔法みたいなことに聞こえますよね」

凛「こんなはずじゃなかった、こんなこと思ってなかった……卯月と会ってから、おかしい……おかしいよ……」

卯月「凛ちゃん」

凛「卯月のアイドルをがんばってるとこ、調べたよ。本当にキラキラしてて、星みたいだった。私には無縁なのに、なんでだろう……想像しちゃうんだ……この公園の桜が咲く頃に、って……そこで会えてたら……」

卯月「……」

凛「こんな暗いところじゃなくて……明るい場所に」

卯月「……」

凛「名前のない誰かじゃなくて……渋谷凛として」

卯月「……」

凛「卯月が連れて行ってくれたんじゃないか……って」

卯月「……」

凛「そんなはず……ないのに」
150 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:58:44.21 ID:HFCwBUJw0
卯月「凛ちゃん、顔をあげてください」

凛「……ごめん。できない」

卯月「星はいつもそこにあるんです。凛ちゃんが、見ようとすれば、目指す星はそこにあります」

凛「ない……そんなのない」

卯月「凛ちゃん、戻りましょう。渋谷凛ちゃんに」

凛「できない!」

卯月「違います、凛ちゃんはできますっ!」

凛「できないの……戻る場所もないのに」

卯月「凛ちゃんは怖かったんですね。何もないかもしれない未来が」

凛「……そう」

卯月「何も見つけられないなら、諦めてしまえばいいと思ったんですね」

凛「……そうかも」

卯月「本当にそうだったのかな。ううん、それじゃいけませんでした」

凛「……」

卯月「凛ちゃん、答えてください」

凛「……」

卯月「凛ちゃんは、このままでいいんですか」

凛「わからない……わかんない、怖い……」

卯月「きっと怖いと思います。何が起こるかわからないから」

凛「渋谷凛に戻って……戻っても何もないのが、怖いよ……」

卯月「私が凛ちゃんの友達です、ずっと」

凛「卯月が……」

卯月「やっと顔をあげてくれました!凛ちゃん!」

凛「卯月……」

卯月「もしも、迷ったら相談してくださいっ。もしも、元気がなくなったら応援します。もしも遠く離れても、凛ちゃんをいつも応援できるようにがんばりますっ!だって!」

凛「島村卯月は、アイドルだから……?」

卯月「はいっ!」

凛「本当に……卯月は……」

卯月「渋谷凛ちゃん、約束しましょう」

凛「約束……」

卯月「渋谷凛ちゃんと島村卯月は、この公園でお花見をしましょう。何時の日か、絶対に」

凛「……うん」

卯月「約束ですっ。ゆーびきりげんまんー、うそついたらー……」

凛「……」

卯月「はりせんぼんのーます、お別れなんかしませんっ、ゆびきった!」

凛「……ゆびきった」

卯月「凛ちゃん、約束は守ってくださいね!」

凛「卯月……」

卯月「凛ちゃん……よしよし、もう大丈夫ですよ。もう、大丈夫です」
151 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 21:59:54.70 ID:HFCwBUJw0
86

良楠公園

卯月「落ち着きました?」

凛「うん。ありがと」

卯月「どういたしましてっ」

凛「あのね、卯月」

卯月「どうしましたか?」

凛「自分のやったこと、ちゃんと償うから。全部、ちゃんと」

卯月「わかってます」

凛「待っててくれる……かな」

卯月「待ってます、ずっと。アイドルとして」

凛「言わない方がいいよ。アイドルなんだから」

卯月「ヒミツにする約束は守ってますっ」

凛「……うん」

卯月「そうだ、1つ提案があるんです」

凛「提案……?」

卯月「ライブを見に来てくれませんか?」

凛「ライブ……」

卯月「それくらいは許してくれますよ、ね?」

凛「ありがとう、卯月。でも、違うよ」

卯月「違う?」

凛「私が見に行きたいから、遅らせる。警察に行く前に、準備もしないといけないから」

卯月「準備、ですか……」

凛「アイツじゃなくて卯月に先に会えたら良かった。心からそう思う」

卯月「アイツ……」

凛「ごめん、少し考えないといけなくなる。早いうちに、全てを打ち明けるから。待ってて」

卯月「いいえ、待ってます。凛ちゃんは約束を守ってくれますから」

凛「絶対に守るよ。ライブ、楽しみにしてるから」

卯月「遅れないで、来てくださいね!凛ちゃん!」

凛「うん…卯月、ありがとう」
152 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:00:30.12 ID:HFCwBUJw0
87

1月23日(土)



清路駅・中央出口

高垣楓「あいむ、あっと、きよろすていしょ〜ん」

高垣楓
希砂本島の駐在さん。階級は巡査部長。遅い冬休みの前半は清路市のホテル、後半は温泉旅館で過ごすらしい。

楓「ここは来るたびに景色が変わりますね。あそこに良さそうなお店が……」

楓「……」

楓「予定より早く着いてしまいましたから、一杯くらい。いいですよね」
153 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:02:03.20 ID:HFCwBUJw0
88

高峯探偵事務所

のあ「支払いはいつも通りで。お願いするわ」

真奈美「電話は終わりかい?」

のあ「ええ。明日の花を贈ったわ。真奈美も確認してちょうだい」

真奈美「前川君にか?」

のあ「前川みくニャンニャン親衛隊の方で出してるわ。今のは、赤西瑛梨華に楽屋花よ」

真奈美「そういうことか、気が利くな」

のあ「まゆと成宮由愛の連名で送るわ。私は手配しただけ。真奈美、これを」

真奈美「ファンレターか?」

のあ「みくにゃんには別で毎月出してるわ。これも赤西瑛梨華に渡してちょうだい」

真奈美「毎月出してるのか……分かったが、赤西君への手紙は佐久間君からじゃなくていいのか?」

のあ「私が勝手に及川雫と棟方愛海からビデオレターを貰ったの。まゆには後で伝えておくわ」

真奈美「どうした?本当に気が回るようになってるぞ」

のあ「どうした、はないでしょう。これくらい出来るわ」

真奈美「冗談だよ、それくらいは知ってるさ」

のあ「どうだか」

真奈美「喜ぶだろう。渡しておくよ」

のあ「お願いするわ。今日は真奈美も休みなのかしら」

真奈美「前日は完全オフだ。今回は移動もないからな」

のあ「そう。明日は早いのかしら、開演は15時だったわよね」

真奈美「そうなると、朝も早いのさ。のあはゆっくり寝ていてくれ」

のあ「気が向いたら起きるわ」

真奈美「それでいい」

のあ「がんばってらっしゃい」

真奈美「のあは、前川君あたりに伝えたいことはあるか?」

のあ「それは、前川みくニャンニャン親衛隊の掟に反するわ」

真奈美「掟があるのか、しかも律儀に守るんだな」

のあ「そうね、なら服部瞳子に伝えておいてちょうだい。期待してるわ、と」

真奈美「ああ、わかった」

のあ「明日、撮影が入るのよね?」

真奈美「そう聞いてる」

のあ「みくにゃんの雄姿はそこまで待つことにしましょう。待つことは得意だもの」
154 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:02:54.03 ID:HFCwBUJw0
89



清路市内・某所

プルルル……

頼子「……」

凛『……もしもし』

頼子「渋谷凛さん、こんばんは」

凛『知らないケータイ番号かと思ったら……何か用事?』

頼子「明日の依頼を」

凛『……明日?』

頼子「明日は1月24日です。日曜日です」

凛『それは、わかってる』

頼子「陽動してください。警察の目に留まるだけで良いです」

凛『……』

頼子「水野翠さんが見張られています。ノイズを増やしてください」

凛『目的は』

頼子「ノイズを増やしてください」

凛『それだけ?』

頼子「はい。身柄を捉えられる危険もないでしょう」

凛『……』

頼子「時刻は午前10時頃。わかりましたか」

凛『わかった』

頼子「よろしくお願いします。データを送りました」

凛『確認しとく』

頼子「失礼します。良い夜を」
155 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:04:06.46 ID:HFCwBUJw0
90

1月24日(日)

早朝

高峯探偵事務所

のあ「おはよう」

まゆ「のあさん、おはようございます」

真奈美「今日は早いな」

のあ「偶にはいいでしょう。真奈美は出る所かしら」

真奈美「ああ」

のあ「終日晴れ、気温も上がりそうで良かったわね」

真奈美「彼女達の日頃の行いが良かったんだな」

まゆ「真奈美さん、おにぎりと水筒です。がんばってくださいねぇ」

真奈美「ありがとう。行ってくる」

のあ「行ってらっしゃい」

まゆ「のあさん、朝ご飯をご一緒しませんか?」

のあ「そうするわ。まゆは何時頃出発かしら」

まゆ「12時頃に。それまではゆっくりしてます」
156 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:04:59.30 ID:HFCwBUJw0
91

濡碧公園・オープンホール・ステージ上

濡碧公園
じゅへきこうえん。寺務乃市が管理する複合公園。スポーツ施設や遊園地も敷地内に併設。清路駅から電車で30分ほどの寺務乃駅から、更に歩いて10分ほどの位置にある。

濡碧公園・オープンホール
公園内にある野外会場。収容人数は立ち見自由席を含めて約1万人。野外会場ではあるが外壁は高いので、入場せずに肉眼で見えるのは公園内の観覧車くらいしかないらしい。

卯月「おー……」

速水奏「ステージを見た感想は、どうかしら」

速水奏
CGプロ所属のアイドル。ムーンショットというアイドルプロジェクトに選ばれ、活動の場を広げている。

卯月「そうですね、広くて、座席は段差があって、一番後ろまで良く見えますっ」

奏「今日の意気込みは」

卯月「最高のステージを、笑顔を見せますっ。ぶいっ!」

奏「嘘ではなさそうね。ちひろさん、撮った?」

千川ちひろ「はい、ばっちりです」

千川ちひろ
CGプロダクションのアシスタント。アイドルの写真や映像を撮るのが好きとのこと。

卯月「ええ、いつの間に!」

ちひろ「ステージに向かう所からです」

奏「つまり、全部ね」

ちひろ「せっかくなので。卯月ちゃん、一言お願いします」

卯月「そうですね、ずっと前のライブを思い出しましたっ!」

奏「前のライブで何かあったのかしら」

卯月「えへへ、舞い上がって立ち位置を間違えちゃって、テープ打ちに驚いて倒れたことがあるんです」

ちひろ「ありましたね、私も肝を冷やしました」

卯月「今回は、絶対に上手く行きます。だって、私は」

奏「……」

卯月「センターですからっ。事務所の皆と一緒に、見てくれる人の応援を受けて、島村卯月、がんばりますっ!」

ちひろ「卯月ちゃん、ありがとうございます」

卯月「それに、今日は初めて見に来てくれる友達がいるから」

奏「あら、それで元気なのね」

ちひろ「そろそろ打ち合わせの時間です、行きましょうか」
157 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:05:47.22 ID:HFCwBUJw0
92

午前10時頃

水野家の近辺・路地裏

凛「……これでいいのかな」

詩織「良いみたいですよ」

凛「びっくりした……なんだ、詩織か」

詩織「国際捜査官の部下は既に追っていません」

凛「帽子、サングラス、マスクに厚手のコートもあるけど……ニセモノだとわかってる?」

詩織「そのようです。朝から2人目ですから」

凛「2人目?」

詩織「桐生さんが用意した人物が既に1人」

凛「……そういうこと。詩織は何でここにいるの」

詩織「もし、追われているようでしたらお助けしようかと」

凛「いらない。いらなくなった」

詩織「そのようです……残念なことに」

凛「……」

詩織「滞在するのはオススメしません。何かご予定があるのなら、お送りしますが」

凛「いらない」

詩織「そうですか」

凛「……ねぇ、アンタは」

詩織「なんでしょうか?」

凛「何でもない。じゃあね、詩織」

詩織「さようなら」
158 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:06:44.94 ID:HFCwBUJw0
93



高峯探偵事務所

のあ「連絡ありがとう。続けてちょうだい」

まゆ「のあさん、お電話ですかぁ?」

のあ「ヘレンからよ、水野翠のニセモノが何人か現れたみたいね」

まゆ「水野先輩のニセモノ?」

のあ「背格好だけ似せただけ。本人は自宅にいるわ、雇われた学生か何かでしょうね」

まゆ「何のため、ですか?」

のあ「まゆは、今は考えなくていいわ。準備は出来たかしら?」

まゆ「はい。瑛梨華ちゃんも直前のリハーサルは終わったそうです」

のあ「楽しみね。成宮由愛は?」

まゆ「お出かけする準備は出来たみたいです。清路駅まで迎えに行って、一緒に行きます」

のあ「そう。帰りは?」

まゆ「由愛ちゃんを送って、バスで帰ってきます」

のあ「わかったわ。急がずに気をつけて」

まゆ「行ってきますねぇ。のあさんの分まで楽しんできちゃうかも」

のあ「それがいいわ。行ってらっしゃい」
159 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:07:27.52 ID:HFCwBUJw0
94

CGプロ合同ライブ・開場後

濡碧寺公園・オープンステージ・舞台裏

神谷奈緒「よし、自信持てた!真奈美さん、ありがと!」

神谷奈緒
CGプロ所属のアイドル。担当プロデューサーの趣味でゴシックロリータを着る仕事が増えているとかいないとか。

真奈美「どういたしまして。本番は期待してるよ」

奈緒「流れに乗って、やってみる!」

真奈美「心配なさそうだな。おや、島村君」

卯月「あ、真奈美さん。お疲れ様です」

真奈美「開場したみたいだな。様子を見て来たのかい?」

卯月「はいっ。続々とお客さんが入ってきてました」

真奈美「完全ソールドアウトだからな。島村君の晴れ舞台なら、もっと大きい会場が良かったとすら思えるよ」

卯月「いえ!私だけの力じゃないですから」

真奈美「そう言えるのが島村君の良い所だな」

卯月「真奈美さんも、力を貸してくださいっ!はい、タッチ!」

真奈美「タッチ。もしかして、全員とやってるのか?」

卯月「全員のつもりで!だって、皆のステージですからっ」

真奈美「そうだな、良いステージにしよう!」

卯月「はいっ!」
160 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:09:15.92 ID:HFCwBUJw0
95

濡碧寺公園・オープンステージ・入場口付近

成宮由愛「人がたくさん……」

成宮由愛
画家として注目を集める中学生。市立美術館で行われた個展の評価は高かった。まゆとは東郷邸で一時期共に暮らしていた。

まゆ「こんなに広い会場なんですねぇ」

由愛「はじめて来たから……」

まゆ「ライブは初めてですか?」

由愛「うん……ママと行ったクラシックのコンサートとか保奈美ちゃんの舞台くらいしか……」

まゆ「ふふっ、実は私もです。一緒ですねぇ」

由愛「うん……」

まゆ「あの……お母さんから反対されませんでしたか」

由愛「まゆちゃんとだから……許してもらいました」

まゆ「ありがとう……由愛ちゃん」

由愛「あ……まゆちゃん、見てください」

まゆ「大きなポスターですね、瑛梨華ちゃんもいます」

由愛「まゆちゃん……写真を」

まゆ「はい、一緒に写真を撮りましょう。瑛梨華ちゃんのポスターの前で」

由愛「うん……」

まゆ「すみません……写真をお願いしてもいいですか?」
161 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:09:50.11 ID:HFCwBUJw0
96

濡碧寺公園・オープンステージ・入場口付近

由愛「無駄遣いしちゃった……かな」

まゆ「してないと思いますよぉ。のあさんと比べたら……比べたらいけませんね」

由愛「パンフレットのデザインも素敵で……衣装も綺麗で、つい……」

まゆ「うふふっ、アイドルさんは凄いですねぇ」

由愛「あと……写真」

まゆ「由愛ちゃん、写真にも興味があるんですかぁ?」

由愛「うん……こんなに変わるんだって」

まゆ「真奈美さんに聞いてみましょうか、プロのカメラマンさんを紹介してくれるかも」

由愛「えっと……その」

まゆ「その……?」

由愛「一緒に写真を撮れたらって……みんなで」

まゆ「はい……きっと、いつか」

由愛「まゆちゃん……時間は……?」

まゆ「大丈夫ですよぉ。慌てないように、早めに席に行きましょうか」
162 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:10:45.09 ID:HFCwBUJw0
97

高峯探偵事務所

のあ「そろそろ開演ね」

志保「真奈美さんもまゆちゃんもライブに行ってるんですよね」

のあ「何故、私と志保がお茶をしているのか。そう、チケットがないからよ」

志保「知ってます。まぁまぁ、休憩中の美人店員が宅配してくれて一緒にお茶をしてくれるんですよ、喜んでください!」

のあ「美人店員を自称するのはどうかしら?」

志保「のあさんはいつも自分のことを美人探偵って言ってませんか?」

のあ「事実だもの。それで、試作品のパフェだけれど」

志保「どうでした?」

のあ「青いパフェは季節感がないわ。大豆味はトレーニングしている気分に」

志保「もうひとつは?」

のあ「山椒と胡椒の効いたクリームは厳しいわ、流石の私でも」

志保「やっぱり。マスターにはお出しできませんね」

のあ「やっぱり、と言うものを出さないで欲しいのだけれど」

志保「お客様のご意見が大切ですから」

のあ「お客様という言葉は免罪符ではないわ」

志保「それなら、反応が面白いから?」

のあ「家主をもう少し敬いなさい」

志保「のあさんなら、まさかマスターを追い出したりしないはずです!マスターの素晴らしさを知ってるのに!」

のあ「St.Vの2号店を出そうかしら。店長に任命してあげましょう、雪乃に意見を飲ませる自信はあるわ」

志保「申し訳ございませんでした。マスターと一緒に働けないと死んでしまいます。ご無礼をお許しください」

のあ「よろしい。お口直しは」

志保「はい、こっちの甘さ控えめジャムとマフィンを。ジャムはマスターのお知り合いが試供品をくださいました。秋田で農家も営んでいるそうです」

のあ「最初からそっちが良かったわ」

志保「紅茶にいれてもいいみたいですよ。新しいものを淹れますね」
163 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:12:02.92 ID:HFCwBUJw0
98

濡碧寺公園・オープンステージ・関係者席

凛「ぎりぎりだったかな……座席は、ここか」

まゆ「あ……こんにちは。由愛ちゃんも」

由愛「こんにちは……」

凛「……どうも。帽子もメガネも、もういっか」

まゆ「誰かのお友達ですか……?」

凛「友達……そう、卯月の友達」

まゆ「卯月ちゃんですか?私、はにかみdaysが凄く好きなんですよぉ。それに、センターなんですよねぇ」

凛「……言ってた。家族が都合で来れなくなったから、代わりに」

由愛「卯月ちゃん……?」

まゆ「この子ですよ、カワイイ……です」

由愛「卯月ちゃんは……うん、淡いピンクの雰囲気……」

凛「そっちは、誰かの友達?」

まゆ「赤西瑛梨華ちゃんと下宿先が同じ屋敷だったんです、前は」

由愛「はい……ウチワも用意しました」

凛「屋敷?もしかして……」

まゆ「広いお屋敷だったんです、個室がいっぱいあって」

凛「ねぇ、アンタ」

まゆ「私、ですか……?」

凛「私のこと、見たことある?」

まゆ「ないと思いますよ……?」

凛「そっか、ぎりぎり会ってないのか。それじゃ、今日はよろしく」

まゆ「あの……」

凛「何?」

まゆ「よろしければ、これをどうぞ」

凛「……ネコミミ?」

まゆ「似合うと……思います」

由愛「とっても似合いそう……」

まゆ「ネコミミをつけてたら、みくちゃんもきっと喜びますよっ。あっ、サイリウムもあるので、なかったらお貸ししますよぉ」

凛「本当に赤西瑛梨華の知り合いなんだよね、アイドルオタクじゃなくて?」
164 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:14:17.26 ID:HFCwBUJw0
99

19:10頃

高峯探偵事務所

ニャンドゥトロワ!

のあ「……まゆから電話?まだライブ中のはずだけれど。休憩挟んで5時間とはよくやるわね」

のあ「まゆ、どうしたのかしら。ライブは終わったの?」

まゆ『の、のあさん、聞いてください……それと、早く来て欲しくて』

のあ「まゆ、慌てているようだけれど落ち着いて」

まゆ『卯月ちゃんが……』

のあ「島村卯月に何かあったのかしら?」

まゆ『弓矢で撃たれて……亡くなりました……』

のあ「……は?」
165 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:15:21.20 ID:HFCwBUJw0
100

幕間・古澤頼子から渋谷凛へのボイスメール

渋谷凛さん、こんばんは。

星は見えましたか?

星とは道標。冒険の海を越え、新たな島へと向かう航路を示します。

しかし、星は遠くありませんか。

あなたに手を差し伸べ、寄り添い、安寧を与え、囁いたのは星でしょうか。

いいえ。

あなたの居場所は、名前のない闇の中。

星の光を遮る、厚い屋根の下。

せっかく、導いてあげましたのに。

誰でもない、自由の闇。

星明かりが窓から漏れていましたか。

想像しました、か?

もしも、星の明かりに導かれていたら。

もしも、桜の花を一緒に見たのなら。

もしも、渋谷凛のままでいたのなら。

想像は自由です。あり得ないことを想像することで人は癒されるのですから。

そう、あり得ないこと。

渋谷凛さん、あなたはこちら側です。

ずっと、最初から。

出会いによって、変わるとでも?

幾多の可能性があるとでも?

名前のない幽霊、素晴らしいですよ。素晴らしいと思っていなかったのですか。

せっかく手に入れたのに。

どうして、渋谷凛さんに戻ってしまったのですか?

私は幽霊のあなたが好きだったのに。

表舞台に出てこない、あなたが。

それなのに。

これでは、まるでヒロインではありませんか。

ズルい人。

羨ましいし、妬ましい。

なので、渋谷凛さん?

ここで物語は終わりです。

人の情動が揺れ動くクライマックスを見るのはキライではありませんから。

そう、趣向。趣向が変わってきたのです。私とて、人間ですから。

渋谷凛として、罪悪感という下らないモノに苛まれていればいいのですよ。

そうして、この舞台から降りるのです。

スポットライトの要らない昼空では星は見えないのですから。

さようなら、渋谷凛さん。

幕間 了
166 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:17:00.62 ID:HFCwBUJw0
101

濡碧寺公園・オープンステージ・入場口付近

のあ「大騒ぎね。警察、いえ、警備員?やたらに多いわね……事件に関係なく増やしていたのかしら」

亜季「高峯殿!」

のあ「大和巡査部長、知り合いを見つけられてよかったわ」

亜季「警部補殿からお呼びでありますか?」

のあ「いいえ。まゆからよ、客席にいたの」

亜季「なんと」

のあ「真奈美はスタッフとして。2人の無事を確認したい。どこにいるかしら」

亜季「おそらく、舞台裏であります。入り口は開けております」

のあ「ありがとう」

亜季「ひとつ、ご質問を」

のあ「何かしら。ここまではタクシーで来たわ」

亜季「警部補殿と連絡が取れないであります」

のあ「あら、珍しいわね。映画でも見てるのでしょう、問題ないわ」

亜季「そうでありますか?」

のあ「刑事は1人じゃないわ。留美が来るまでに、やることをやれるだけ」

亜季「了解であります」

のあ「案内してちょうだい」
167 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:17:48.86 ID:HFCwBUJw0
102

濡碧公園・オープンステージ・舞台裏

のあ「真奈美!」

真奈美「のあ、待っていたぞ。ここまで、どうやってきた?」

のあ「タクシーで来たわ。真奈美と比べて遅いわね」

真奈美「手伝うぞ、何をする」

のあ「そうね、私からの最初のお願いは」

真奈美「なんだ?」

のあ「タクシーを待つ間に、志保にコーヒーの入った水筒と軽食を幾つか貰ったわ。まずは、これを受け取ること」

真奈美「受け取った」

のあ「コーヒーでも飲んで、休んでなさい」

真奈美「いや、私は大丈夫だ」

のあ「そんな表情初めて見たわ。教え子が亡くなって、ショックを受けている。いつもなら、ここまでに状況を簡潔に説明してくれる。違うかしら」

真奈美「いや……」

のあ「落ち着いていたら、まゆより連絡が遅れることはないでしょう」

真奈美「……そうだな」

のあ「他のスタッフもいるのだから、皆を落ち着かせつつ、話でも聞いていなさい」

真奈美「わかった。ありがとう、のあ」

のあ「元気を取り戻した頃に迎えに行くわ」

真奈美「ああ」

のあ「まゆは、どこかしら」

真奈美「控室Cだ」
168 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:18:51.68 ID:HFCwBUJw0
103

濡碧公園・オープンステージ・控室C

のあ「まゆ」

まゆ「のあさん」

のあ「大丈夫かしら」

まゆ「まゆは、大丈夫です」

のあ「真奈美より落ち着いてるわね、辛かったでしょう」

まゆ「いえ……もっと、大変な思いをしてる人がいるから……」

のあ「成宮由愛は」

まゆ「あそこで瑛梨華ちゃんと」

のあ「赤西瑛梨華に抱き付かれてるわね……成宮由愛、話を聞いていいかしら」

由愛「探偵さん……調査ですか」

のあ「ショック状態ではなさそうね。赤西瑛梨華は……」

瑛梨華「ごめんね、由愛ちゃん。また、こんなことになって、由愛ちゃんのママにまた叱られちゃうよ……」

のあ「こっちにケアが必要そうね。見ていたの、あれを」

由愛「……はい。音が終わって、皆が静止しました。卯月ちゃんはステージの真ん中でした。左右対称の美しいライティング、お客さんの歓声は波みたいで……ずっとずっと輝いていて。でも、左側に影が出来て……真っ赤な……歓声が悲鳴に代わって、真黒になりました。赤の補色……緑が通り過ぎて、消えました」

のあ「まゆ……成宮由愛は大丈夫かしら」

まゆ「たぶん……観察力は芸術家だから、だと思います」

のあ「信じるわ。赤西瑛梨華は」

瑛梨華「瑛梨華ちゃんは……全体曲だから」

まゆ「ステージの上です、卯月ちゃんから右に4人目でした」

瑛梨華「悲鳴が聞こえたのに、ぜんぜん……気づけなくて」

由愛「瑛梨華ちゃん……アイドルだった……お客さんの方、ずっと見てたから……」

瑛梨華「由愛ちゃん……ありがとう……ぎゅー」

由愛「私も……ぎゅー……」

のあ「2人はここで待っていて。警察には協力してあげてちょうだい」

由愛「わかりました……」

のあ「まゆ、手伝いをお願い」

まゆ「はい、のあさん」

のあ「同年代の子がいるのは承知のうえよ、事件の状況を聞くこと、それとまだ精神的に落ち着いていない子もいるでしょうから、面倒を見てあげて。先走った勉強をしているのは知っているから」

まゆ「あ……気づいてましたか」

のあ「まゆなら出来るわ。あなたには経験と優しさがあるもの」

まゆ「はい、わかりました」
169 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:19:57.73 ID:HFCwBUJw0
のあ「頼んだわ。私は現場を見てくるわ」

まゆ「現場を見たら、一度戻ってきてもらえますか」

のあ「いいけれど、なにか」

まゆ「会ってもらいたい人がいます……今は泣いているので、もう少し後で」

のあ「……わかったわ」

まゆ「あ、のあさん、後ろに人が」

のあ「失礼……あっ」

みく「お姉さん、警察の人?」

のあ「ごめんなさい、2秒待って」

みく「え?2秒?」

のあ「1、2、よし。探偵の高峯よ。こちらは助手の佐久間まゆ。真奈美がお世話になってるわ」

みく「真奈美さんが一緒に住んでる、探偵?」

のあ「そうよ」

みく「卯月チャンの……その……犯人見つけてくれる?」

のあ「もちろん。まゆに協力してくれるかしら、聞き込みを頼んでいるの」

みく「わかったにゃ!」

のあ「前川さんも無理をしないでちょうだい。仲間を失ったのだから」

みく「ううん、こういう時に元気づけるのがみくの仕事にゃ!」

のあ「はふぅ……素晴らしいわ」

まゆ「のあさん、漏らしちゃいけない声が漏れてます」

のあ「体は冷やさないように。現場に向かうわ」

まゆ「のあさん、がんばってください」

みく「……」

まゆ「前川さん、ご協力ありがとうございます。のあさんの元気が補充されました」

みく「みくでいいにゃ。迅速な捜査のためには、お安い御用にゃ」

まゆ「それじゃあ……みくちゃんが、のあさんを知ってるのは驚きました」

みく「あれだけ目立つ容姿で熱心なファンなら覚えるにゃ……真奈美チャンの知り合いだし」

まゆ「確かに……一目見たら忘れにくいですからねぇ」

みく「ファンサービスじゃなくて、卯月チャンのためは本当にゃ。みくは、まだ泣かない」

まゆ「……はい。行きましょう」
170 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:20:58.40 ID:HFCwBUJw0
104

濡碧公園・オープンステージ・舞台上

のあ「これは……阿鼻叫喚にもなるわね」

久美子「のあさん、お疲れ様」

のあ「久美子」

久美子「ほとんど見た通りだけれど、説明はいる?」

のあ「お願い」

久美子「被害者は島村卯月さん。弓矢は心臓を貫いていた、即死よ」

のあ「遺体は、何故このままなのかしら」

久美子「心臓を貫いた後、舞台の鉄鋼に突き刺さったから。鑑識が終わってないからじゃない」

のあ「弓矢はどこから」

久美子「ステージから見て右斜め、上から」

のあ「上から、舞台に突き刺さるほどの速度を持って?」

久美子「その通り。つまり、この会場内から弧を描くように放たれたわけじゃない」

のあ「それなら、どこから」

久美子「それは、そこの2人でがんばってる」

音葉「志希さん……屋根に当たった……やり直しましょう」

のあ「志希はどこに?」

久美子「科捜研で計算機と格闘中。撃ち出された場所を探してるわ」

のあ「ある程度絞り込めればいいわ」

久美子「今のところ、ビル100個くらいまで絞り込めたわ。公園内の建物と木は除いてね」

のあ「もう少し絞り込みが必要ね。矢そのものについては」

久美子「弓道とも最近の軍用とも違う。オーダーメイド、矢はもちろん、打ち出す方もそのはず」

のあ「これから追えるかしら」

久美子「難しいと思うけど、志希ちゃんに協力してもらうわ」

のあ「犯人は、水野翠なのかしら」

久美子「矢に指紋や証拠はついてなかった。私には、わからない」

のあ「……」

久美子「他にある?」
171 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:21:32.98 ID:HFCwBUJw0
のあ「射手は、視認できる場所にいなかったのよね」

久美子「十中八九、そうよ」

のあ「射手からも見えていない可能性は」

久美子「弧を描くように打ち出したなら、弓を放つ瞬間は見えてないんじゃないかしら」

のあ「矢が到達したタイミングは」

久美子「曲の終わりだったみたいよ、全体曲。島村卯月ちゃんはセンターで、最後の決めポーズは約10秒」

のあ「タイミングを知っていないといけない。会場に共犯者がいる」

久美子「観客席の誰かが、タイミングを指示した?」

のあ「いいえ。姿勢も知っていないといけないわ」

久美子「のあさんの言いたいことがわかった。スタッフ側に、内通者がいる。姿勢も場所もわかる」

のあ「そう、ここはアイドルのステージだから。私は、内通者を追うわ」

久美子「了解。こっちは科捜研らしくやらせてもらうわ」

のあ「それがいいわ。頼んだわ」

音葉「ふむ……思ったような下降軌道になりませんね……」

久美子「音葉ちゃんが悩んでるわね……のあさん、閃きをちょうだい」

のあ「ひらめきね……音葉」

音葉「のあさん……どうされましたか」

のあ「見えないものも重要よ。風は?」

音葉「気象データは手に入れています……」

のあ「他に見逃しているものはないかしら、見えないものとか」

音葉「なるほど、先端の形状……調べます……志希さん、少し待っていてください」

久美子「のあさん、良い閃きだった」

のあ「口から出まかせも役に立つわね。まゆが会わせたい人がいるらしいから、そこに行くわ」
172 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:22:14.16 ID:HFCwBUJw0
105

濡碧公園・オープンステージ・舞台裏

留美「……」

のあ「留美、来てたのね」

留美「珍しく電話に出損ねたわ」

のあ「状況は把握してるかしら」

留美「大まかには。忙しくなりそうよ、人手不足で」

のあ「人手不足?」

留美「別の殺人事件が起こったわ。殺害されたのは水野翠のご両親」

のあ「……本当に?」

留美「これは嘘じゃないわ。殺害されたのは数時間前、午前中かもしれないとのこと」

のあ「犯人は、水野翠なのかしら」

留美「わからない」

のあ「ヘレンが付いていたのでしょう。見逃した?」

留美「既に別人に入れ替わってたのでは、とのことよ」

のあ「入れ替わり……」

留美「リビングを自由に出入り出来ていたもの、疑わないでしょう」

のあ「……そのために、殺害を」

留美「わからない。入れ替われる人物に心当たりは」

のあ「それこそ、古澤頼子なら可能性はあるわ」

留美「変装も得意らしいものね。でも、どちらも行方不明」

のあ「警察は大忙しね」

留美「現場よりも犯人確保が優先ね。ここの警備員が多くて助かったわ」

のあ「私も思ったけれど、理由は」

留美「元々パパラッチだか面倒事のあるファンがいるから、警備を増やしていたそうよ。加えて、公園内の別の場所からも警備員が応援に来てる」

のあ「事件後の混乱で問題は」

留美「体調不良者がいるけれど、大きな混乱はないわ。体調不良者は公園の救護室へ」

のあ「偶然……かしら」

留美「混乱は目的としているなら、警備員にも何か起こるはず」

のあ「目的が混乱でないのなら、なにが目的かしら」

留美「古澤頼子の関係者がいるのでしょう、探偵さんの言う通り」

のあ「該当者は……ごめんなさい、電話にでるわ」

留美「どうぞ」
173 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:22:47.11 ID:HFCwBUJw0
のあ「美世?どうしたの、車……事情は勝手に調べるわ。好きに使ってちょうだい。早苗には連絡するのよ、それだけは約束して。気をつけて」

留美「原田巡査かしら」

のあ「ええ。留美に聞きたいことは、瀬名詩織のこと」

留美「瀬名さんね。ご察しの通り、音信不通。古澤頼子か水野翠のどちらかと一緒にいる可能性もある」

のあ「検問にかかるといいけれど」

留美「望み薄ね。情報は遮断されていても、検問場所くらいは把握してるはず」

のあ「美世に頼んだ以上は任せるわ」

留美「足を止めてしまったけれど、探偵さんは何をするつもりだったのかしら」

のあ「まゆに聞き込みをお願いしているわ。会わせたい人がいるとか」

留美「まゆちゃんが?私も同行するわ」
174 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:23:42.39 ID:HFCwBUJw0
106

濡碧公園・オープンステージ・控室B

まゆ「こちらです……」

のあ「……」

まゆ「のあさんは……知っていますか?」

留美「私は知ってるわ。探偵さんは」

のあ「私も知ってるわ。見つからないはずね、彼女は対象にしていなかった」

留美「死んでいるはずだもの」

まゆ「……」

のあ「お話を聞いていいかしら、渋谷凛」

凛「……探偵と刑事か」

まゆ「事件の後は錯乱していたんですけど……今は話せるくらいになりました」

留美「先に一つだけ。渋谷生花店の遺体は別人なのかしら」

凛「……そう。死んでることにして、色々と動いてた」

留美「まゆちゃん、科捜研の2人に偽装の調査をお願いして」

のあ「そうしたら、聞き込みを続けて」

まゆ「わかりました……久美子さんにお願いしたら、みくちゃんと聞き込みを続けます。行ってきます」

凛「……」

のあ「古澤頼子のターゲットは、あなた」

凛「そうだよ、私。私のせいで、卯月が……」

留美「聞きたいことは色々あるけれど、犯人の確保が優先」

のあ「協力しなさい。逃げないということは、そういうことなのでしょう」

凛「……そう」

留美「犯人に心当たりは」
175 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:24:19.20 ID:HFCwBUJw0
凛「水野翠……翠以外にあんなこと出来るわけない」

のあ「水野翠が、どこにいるかは」

凛「わからない……何が何だか……でも、早くしないと」

のあ「どういうことかしら」

凛「翠も無事じゃすまない……回復したら、何をするかわからない」

のあ「留美、聞いてるかしら」

留美「弓道の試合で一射目だけ異常な成績なのは聞いたわ。身柄確保を最優先に多くの署員が動いてる」

凛「私が……全部悪いの……」

のあ「反省は後で幾らでも聞くわ。古澤頼子は」

凛「わかるわけない。いつも番号が違うし……昨日はケータイから」

のあ「ケータイ?番号は」

凛「……これ。え、かけるの」

のあ「一番早いでしょう。ん?」

凛「鳴った……?」

のあ「切ったわ。直接が早い。行ってくるわ。あなたは、ここにいなさい」

凛「……協力する。卯月の、ために」

留美「行動が早いわね、いつにも増して」

凛「そっちは……」

留美「必要以上に慌てても仕方ないわ。確認したいことがあるのだけれど」

凛「……何」

留美「桐生つかさ、あなた達の協力者かしら」

凛「そうだよ……人や物資を調達してる。慎重な奴だから、尻尾を掴むのは難しいと思うけど」

留美「それが聞ければ問題ないわ。渋谷凛、あなたの命を狙われる可能性は」

凛「頼子が……必要と思うなら」

留美「書類上は死んでいるのだから、消すのは難しくないわ。私にも」

凛「……そうかもね」

留美「私はあなたの身柄を守るわ。だから、私に協力なさい」
176 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:25:09.44 ID:HFCwBUJw0
107

濡碧公園・オープンステージ・舞台裏

のあ「どこで、鳴ったのかしら」

音葉「のあさん……お話が」

のあ「音葉、発射場所は特定できたかしら」

音葉「もう少しかと……現場周辺に警察は向かっています」

のあ「話は、渋谷生花店の方?」

音葉「はい……科捜研の鑑定ミスというわけではない、と」

のあ「そう信じてるわ。何があったの?」

音葉「歯型は……歯医者から偽物を提出されたようです。DNA鑑定は試験所への配送中にすり替えられましたかと……」

のあ「本当の渋谷凛の物に?」

音葉「はい……遺体と親子関係が確認されるはずです」

のあ「わかってみれば、単純ね。疑えば、わかる。疑う理由がなさ過ぎたわ」

音葉「そうですね……申し訳ありません」

のあ「音葉のせいではないわ。ちょうどいいわ、音葉、協力してちょうだい」

音葉「はい……もちろんです」

のあ「今からケータイを鳴らすわ。どこで鳴ったか、教えてちょうだい」

音葉「先ほど聞こえましたよ……あちらです」
177 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:25:43.09 ID:HFCwBUJw0
108

濡碧公園・オープンステージ・大楽屋

真奈美「おや、のあと音葉君か」

音葉「……」

のあ「スタッフは、ここに集めているのかしら」

真奈美「全員じゃないが」

のあ「落ち着いてみたいね」

真奈美「おかげさまで。進捗は」

のあ「犯人に協力者がいるようね。音葉、もう1度かけましょうか」

音葉「不要です……真奈美さん、先ほど電話がなりませんでしたか」

真奈美「鳴っていたな。直ぐに切れたが」

のあ「私が切ったもの」

音葉「どちらから……」

真奈美「あのあたり、だったかな」

音葉「それでは、あなたです……ご提出ください」

マストレ「何を、だ」

プルルルル……

のあ「ケータイ電話を。怪しまれないように動かなかったのが敗因ね」

真奈美「さて、事情をお聞きしようかな。青木麗君?」

ベテトレ「ち、違う!こんなことになるのは聞いていない!」

のあ「それでは、何をしたのかしら」

ベテトレ「ステージ正面の映像と音声を渡していただけだ!」

のあ「そう。そのケータイは」

ベテトレ「連絡用に送られてきた。何も連絡は来てない!」

真奈美「何のために、渡したのか」

のあ「こうするためでしょうね。渋谷凛からあなたを結びつけるため」

ベテトレ「それに、事情がある。聞いてくれ」

のあ「それを聞いている暇はない。水野翠か古澤頼子の居場所は」

ベテトレ「前者は知らない、後者は、ここ5年は会ってもいない!」

真奈美「CGプロが君達のビルに来るより、前か」

のあ「事情は分かったわ。自分で警察に話しなさい」

音葉「わかりました……のあさん、ご報告が」

のあ「場所がわかったの?」

音葉「はい……住所を送りました」

のあ「ありがとう。真奈美、行けるかしら」

真奈美「もちろんだ」

のあ「音葉、ここは任せたわ。まゆに外に行くことを伝えておいてちょうだい」

音葉「はい……任されました……」
178 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:26:55.08 ID:HFCwBUJw0
109

寺務乃市内・某雑居ビル・屋上

真奈美「本当にここなのか、矢は公園を横断していったことになるぞ?」

のあ「確認すればいいこと。あれが、弓のようね」

真奈美「弓……想像していたのと違うな。どちらかと言えば、砲台だ」

久美子「のあさん、こっちに来たの?残念だけど、もぬけの殻よ」

のあ「久美子、早いわね」

久美子「音葉ちゃんが現場にいるから任せて、こっちに来ちゃったわ」

真奈美「本当に、これで撃ったのか」

久美子「志希ちゃんの計算結果通り。この建物に固定された弓なら、速度も精度もシミュレーションの条件が出るって。シミュレーションの結果をみる?」

のあ「参考までに。早回しでいいわ」

久美子「斜め上に撃ち出されて、回転が軌道を安定させてる、先端形状で落下の軌道を変えてるみたい、公園の上空で落下しはじめて、ステージに」

真奈美「もし、視界に入っても一瞬だな」

のあ「上を警戒してなければ気づくのも不可能。このディスプレイは?」

久美子「何かの通信機みたい。標的を映していたとか?」

真奈美「肉眼では会場の屋根が少し見えるだけだな」

久美子「ディスプレイが幾つかあるのよね、何を映していたのか調べてる」

のあ「久美子、志希から何か見解は」

久美子「クレイジー、本当にクレイジーだって」

真奈美「どういうことだ?」

久美子「ちょっとしたパラメータで結果が変わるらしいの。だって、最後は自重で下向きに落とすのよ?異常なデータを瞬時に処理して、微調整しないとムリだそうよ」

のあ「志希が言うなら相当ね」

真奈美「私には今日が悪天候だったなら、成功したようには思えないが」

久美子「そうだと思うわ。恐ろしいくらい成功率の低いことを、それも含めて成功させてしまった」

のあ「嘘のようなことでも、結果は変えられない。水野翠の犯行を裏付けるものは」

久美子「少ないけど指紋が出たわ。照合用の指紋はヘレンからデータ提供済み」

のあ「犯人は水野翠」

真奈美「だが、ここにはいない。渋谷凛の証言とは違う」

のあ「どのような状態になるかは、まゆから聞いてるわ」

久美子「監視カメラの映像があるの。屋上入口の防犯用ね」

のあ「見せてちょうだい」
179 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:28:12.31 ID:HFCwBUJw0
久美子「ええ。これが、水野翠が入ってきた時」

真奈美「フード……というか頭巾を被ってるのか」

のあ「ロビンフッドかしら」

久美子「私には忍者に見えるわね。次に入ってきた人」

真奈美「フルフェイスのヘルメット」

のあ「背格好はわかるわね。165cmくらいかしら」

真奈美「時刻は」

久美子「犯行直後。それで、こっちが出ていく人物を捉えた時」

のあ「ヘルメット外してるわね」

久美子「瀬名さんね、交通課の」

真奈美「担がれているのは水野翠だな」

のあ「生きてるのかしら」

真奈美「むしろ、呼吸が荒い」

のあ「何故、顔を明かしたのか」

久美子「逃走に使った車両が特定できてるわ。近くのコンビニの監視カメラに映ってた」

真奈美「これはまた、大型のバイクだな」

のあ「白バイ乗りなら問題ないでしょう。追跡は」

久美子「志希ちゃん、聞こえてる?該当車両の追跡は出来た?」

志希『にゃはは〜、ついさっきの場所が分かった!ここ!』

久美子「これ、検問の近くじゃない?」

志希『背中に誰かいるよ〜。ていうか、検問の手前で止まったみたい?引き返して逃げる?』

久美子「志希ちゃん、情報展開を」

志希『りょうかーい』

のあ「美世、志希が場所を特定したわ。追って」
180 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:29:27.03 ID:HFCwBUJw0
志希『警察官が該当車両を発見!やっぱ、逃走したぞ〜!』

久美子「犯人と共犯者の場所は特定」

のあ「古澤頼子のターゲットも分かった」

真奈美「のあ、原田君を援護するか?」

のあ「こちらが依頼した以上は、そうするべきでしょうけれど」

真奈美「別の何か、あるのか」

のあ「渋谷凛の身代わり、水野翠のニセモノがいたのよ。運んでいる人物もニセモノかもしれない」

久美子「可能性はないとは言い切れないわね」

真奈美「別の潜伏場所を探すか?」

のあ「警察が人を動員した方が今は早い。つまり、情報がない」

真奈美「なら、どうする?」

のあ「水野翠の家に行きましょう。情報を集めるのよ」
181 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:30:02.83 ID:HFCwBUJw0
110

水野家・リビング

のあ「ヘレン」

ヘレン「ディテクティブ、ソーリー。出し抜かれたわ」

のあ「私に謝罪は不要」

真奈美「何があった?」

ヘレン「水野翠のご両親が殺害された」

のあ「死因は」

ヘレン「扼殺よ。首の骨は折られていたわ」

真奈美「聞き覚えがあるな、西島櫂と同じ手口だ」

のあ「犯人の目星は」

ヘレン「遺体には、ここにいないはずの誰かの痕跡あり」

のあ「水野翠では、ないと?」

ヘレン「イエス」

真奈美「水野翠のニセモノか?」

のあ「そうでしょうね。争った形跡は?」

ヘレン「ないわ。遺体はキッチンと書斎で発見。外からは異常も発見できなかった」

真奈美「もはや、暗殺者だな」

のあ「殺害の動機は」

ヘレン「ニセモノが家を自由に動き、こちらを疑わせないため」

のあ「犯人は、ここで昼食を取っていないかしら」

ヘレン「ご名答。キッチンに死体がある中で、リビングで昼食を取っている」

のあ「ニセモノと入れ替わったは何時かしら」

ヘレン「今日の午前中でしょう」

のあ「連絡をくれた陽動は」

ヘレン「水野邸から目を逸らすためのもの」

真奈美「その隙に、入れ替わった」

ヘレン「水野翠が家を出たのも、その時の可能性があるわ」

のあ「入れ替わりなんて、そんなことが出来る人物はいるのかしら」

ヘレン「いるわ、『化粧師』よ」

真奈美「『化粧師』はもういない」

のあ「井村雪菜と名乗っていた人物に可能であるのなら」

ヘレン「他に可能な人物もいるということ」

のあ「陽動に協力した人物については」

ヘレン「最初の人物は特定。お金で雇われた高校生よ、雇い主の名前すら知らない」

のあ「もう1人は」

ヘレン「そちらは行方不明。長身で黒髪だったわ」

真奈美「該当者が1人いる」

のあ「渋谷凛ね」
182 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:30:34.47 ID:HFCwBUJw0
真奈美「……つまり、協力者にされたのか」

のあ「趣味が悪いわ。この行動をさせて、渋谷凛に自分のせいだと強く思わせた」

ヘレン「クエスチョン。リン・シブヤとは?」

のあ「後で、留美に聞いてちょうだい。今も取り調べをしているでしょう」

ヘレン「了解」

真奈美「渋谷凛が何か知っているかもしれないな」

のあ「ええ。ヘレン、水野翠が外に出た方法は」

ヘレン「調査中よ。大胆な仮説も検討してるわ」

のあ「真奈美、弓の位置まで徒歩でも行けるかしら」

真奈美「時間的には問題ない。犯行時刻は夜7時だぞ?」

のあ「久美子に確認し損ねたわ。水野翠がビルの屋上に着いたのは?」

真奈美「午後2時頃だった」

ヘレン「一射に5時間もかけるのね、日本のアーチャーはクレイジーだわ」

のあ「足取りは追えるかしら」

真奈美「ちょっと待ってくれ、片桐君から連絡だ」

のあ「出てちょうだい」

真奈美「木場だ……わかった」

のあ「要件は」

真奈美「瀬名詩織の身柄を抑えたそうだ」

ヘレン「言い方が気になるわ。つまり?」

真奈美「抑えたのは瀬名詩織だけだ」

のあ「調査は継続。ヘレン、ここは任せたわ」

ヘレン「オーケー、ディテクティブ。グッドラック」
183 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:31:20.02 ID:HFCwBUJw0
111

清路市内・某所

真奈美「これは派手にやったな」

のあ「車体のフレームごと曲がってるわね。真奈美、修理できそうかしら」

真奈美「難しいな。そこそこのスポーツカーなら買えるくらいの費用を出せば」

早苗「ごめん、美世ちゃんも覚悟を決めてるから許して?」

のあ「ええ、何があったの?」

早苗「見ればわかるけど、先回りしてバイクを車のサイドフレームで止めた」

のあ「怪我人は?」

早苗「重傷者はなし。美世ちゃんも怪我はないけど、ね」

のあ「瀬名詩織と話せるかしら」

早苗「わかった。検問のテントに一時的にいるわ」

のあ「案内してちょうだい」

早苗「いいけど、拍子抜けよ?」
184 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:32:30.55 ID:HFCwBUJw0
112

清路市内・某所・検問臨時テント

のあ「……」

早苗「さっきから、ずっとこんな感じ」

詩織「私のしたことは……お話しました」

のあ「つまり、トナカイを逃がす手助けをした」

真奈美「のあの誘拐にも協力した」

のあ「今日は、水野翠を屋上から逃がすのと」

真奈美「渋谷凛を無事にライブ会場に行くようにすること」

詩織「厳密には全てではありませんが……その通りです」

のあ「質問するわ、答えなさい」

詩織「どうぞ……何でも」

のあ「『化粧師』を殺害したのは、あなたかしら」

詩織「違います……」

早苗「自分の領域以外は一切知らないそうよ」

真奈美「君の領域は」

詩織「運転と移動です……」

のあ「検問にわざと現れたわね?」

詩織「はい……美世さんに位置を知らせる必要がありましたから」

のあ「水野翠の居場所は」

詩織「わかりません……」

のあ「検問までは一緒だったのかしら」

詩織「……」

のあ「違いそうね。瀬名詩織、答えなさい」

詩織「二輪であの状態の彼女を運ぶのは……厳しいかと」

のあ「そうなると」

真奈美「弓があったビルの近辺か?」

詩織「いいえ……自動車で清路市内まで移動しました」

のあ「場所は」

詩織「正確な場所はわかりませんが……」

真奈美「車両がわかれば、科捜研の方が早いな」

のあ「誰かと合流したのかしら」

詩織「いいえ……水野翠さんは1人で歩いていました」

のあ「どんな状態だったのかしら」

詩織「歩けては……いましたよ」

真奈美「それなら、バイクで運んでいたのは誰だ?」

詩織「マネキンです……追われている時に、投げました。事故が起こる前に回収いただければ」

のあ「早苗、お願い」

早苗「それはやっておくわ。車両の追跡もね」

のあ「あなたは、何が行われるか知っていたの」

詩織「私の知る所では……ありません」

真奈美「それは、どうなんだ」
185 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:32:58.91 ID:HFCwBUJw0
詩織「私の目的はスリルを得ること……美世さんが叶えてくれました。高峯さん……あれは良い車ですよ……お目が高い」

真奈美「……」

詩織「私は然るべき裁きを受けて……世界のどこかで、やり直します」

のあ「そう。美世については」

詩織「私の枠が空きますから……希望が通るかと」

のあ「……これじゃ、美世も浮かばれないわ。真奈美、行きましょう」

真奈美「ああ」

詩織「お疲れ様でした……お元気で」
186 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:34:25.67 ID:HFCwBUJw0
113

清路市内・某所・検問臨時テント前

美世「あの……のあさん」

のあ「美世、お疲れ様」

美世「ごめんなさい!」

のあ「私に謝る人が多いわね、その必要はないのだけれど」

美世「30年ローンくらいで許してくださいっ!」

のあ「何だったら、美世にあげるわ。部品だけでも、かなりのお金になるでしょう」

美世「壊しておいて、それは恐れ多いですっ」

のあ「そう、わかったわ。費用は私で何とかするわ。気にしないでちょうだい」

美世「……」

のあ「私の方こそ、謝るわ。あなたを利用した」

美世「いえ!やらないといけないことだったから」

のあ「瀬名詩織の望む通りに」

美世「……」

のあ「相変わらず、犯人は行方知れず。後は、私達で何とかするわ」

美世「あの……のあさん」

のあ「何かしら」

美世「あたしも……同じなのかな」

のあ「違うわ。自信を持ちなさい。何かあるなら、早苗を頼りなさい」

美世「ははっ、早苗さんにも同じこと言われたっ」

のあ「あれで、ちゃんとした大人だから」

美世「うんっ、減給とかにならないように頑張ってもらうね!」

のあ「……そっちは私の責任ね。埋め合わせはするわ」

真奈美「のあ!」

のあ「真奈美が車を回してくれたから、次へ行くわ」

美世「のあさん、ありがとう。あたしに任せてくれて」

のあ「感謝するのはこちらの方よ。ありがとう、美世」
187 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:35:01.74 ID:HFCwBUJw0
114

濡碧公園・オープンステージ・舞台上

真奈美「島村君は、ようやく寝ることができたか」

のあ「……そのようね」

音葉「のあさん……志希さんから結果が出たと」

のあ「水野翠の追跡結果ね。教えてちょうだい」

音葉「『消えちゃった〜』……とのことです」

のあ「相変わらず、声音を似せるのが上手ね」

真奈美「消えた?どういうことだ?」

音葉「とある監視カメラまでは足取りが分かりましたが……そこからは」

のあ「移動してない」

真奈美「それなら、見つけられる」

のあ「隠れた、ということね」

真奈美「もう一声じゃないか」

のあ「真奈美、言ってみなさい」

真奈美「隠れながら移動している」

音葉「位置情報をお知らせします……警察が捜索は続けていますが」

のあ「真奈美、つまり何が言いたいのかしら」

真奈美「サインを探そう。都心迷宮と同じだ」

のあ「賛同するわ。音葉、以前のデータベースは」

音葉「使えます……水野翠さんが消えた周辺には……」

真奈美「あるのか?」

音葉「残念ながら……ありません」

のあ「サインらしきものを探してもらえるかしら」

音葉「可能です……依頼します」

のあ「水野翠は回復したかしら」

真奈美「いや……逃亡してるなら、落ち着いていないだろう」

のあ「……」

真奈美「のあ、どうする?」

のあ「私達も少し落ち着きましょう。糖分が必要よ」

真奈美「わかった」

のあ「まゆと合流しましょう。音葉も休憩するかしら」

音葉「私はここの仕事と……久美子さん、志希さんとの連絡がありますから」

のあ「わかったわ、続けてちょうだい」
188 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:35:31.71 ID:HFCwBUJw0
115

濡碧公園・オープンステージ・舞台裏

のあ「新田巡査、お疲れ様」

美波「お疲れ様ですっ」

のあ「渋谷凛はいるかしら」

美波「はい。警部補と控室Bにいらっしゃいます」

のあ「そう。取り調べの方は」

美波「私が担当しました。資料を、読みますか?データ化もしてありますよっ」

のあ「紙の方を貸してちょうだい」

美波「どうぞ」

のあ「ふむ……」

真奈美「新田巡査、随分と人が減ったようだが」

美波「捜査と取り調べはほぼ終わりました。順次、帰宅してもらっています」

真奈美「そうか。前川君達は?」

美波「アイドルさん達は、一緒に事務所に戻ったそうです」

のあ「成宮由愛はどうしたのかしら」

美波「お母様が迎えにいらっしゃいました」

のあ「新田巡査、ありがとう。渋谷凛に会うわ」

美波「わかりましたっ。案内はいりますか?」

のあ「不要よ。それと、まゆがいる所を教えてちょうだい」
189 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:36:18.77 ID:HFCwBUJw0
116

濡碧公園・オープンステージ・控室B

留美「他言無用よ、いいかしら」

凛「……わかった」

コンコン!

留美「どうぞ、入って良いわ」

のあ「お邪魔するわ」

真奈美「失礼する」

のあ「留美、お疲れ様」

留美「彼女に御用かしら。それとも私?」

のあ「渋谷凛に」

凛「……」

留美「どうぞ、ご自由に」

のあ「渋谷凛、話を聞かせてちょうだい」

凛「……いいけど、もう色々と話した」

のあ「おそらく、聞いていないこと」

留美「ここは任せるわ。話が終わったら、署に送るわ」

凛「……元より、そのつもりだから」

留美「探偵さん、終わったら呼んでちょうだい」

のあ「わかったわ」

留美「失礼するわ」

凛「それで、話は」

のあ「急がないこと。コーヒーが来るまで待ちなさい」
190 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:39:37.52 ID:HFCwBUJw0
117

濡碧公園・オープンステージ・控室B

まゆ「スタッフさんから備品のコーヒーをいただきました……どうぞ」

のあ「ありがとう、まゆ」

真奈美「すまないな」

まゆ「渋谷さんも……どうぞ」

凛「……貰っていいの」

のあ「話をしてもらうから、受け取りなさい」

まゆ「お砂糖とミルクも置いておきますね」

凛「……ありがとう」

のあ「留美と何を話していたのかしら」

凛「身の守り方」

まゆ「身の……」

凛「警察の内通者も1人はわかってる……だけど、言えない」

のあ「賢明ね。留美に任せなさい」

真奈美「情報を明かすことで危険になるのなら、そうしないべきだ」

凛「信頼していいのかな」

のあ「もちろん。保証するわ」

凛「わかった……そうする。それで、私に聞きたいことは」

真奈美「水野翠の身元がわからない」

のあ「この辺りで消息が絶えたわ。心当たりは」

真奈美「地図でいうと、ここだ」

凛「この辺り……私や頼子の隠れ家はないかな」

のあ「都心迷宮のようなサインは」

凛「都心迷宮のサインは駅から遠いところにはないから」

真奈美「何か、ないか」

まゆ「隠れられる場所とか……」

凛「うーん……そうだ。ここ」

のあ「ここ?」
191 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:40:49.76 ID:HFCwBUJw0
凛「半グレの溜まり場だった、使われてない地下の駐車場があるはず」

のあ「半グレ?」

凛「半グレ集団は仲間割れで死亡事件起こして解散。その後はホームレスがいたけれど、今度はホームレス狩りにあって寄り付かなくなった」

真奈美「それなら、今は」

凛「住み着いている人間はいないと思う。スケートボードの練習台は置いてあった」

真奈美「小松伊吹か?」

凛「知ってる。あそこで練習してたかは知らない」

のあ「住み着いていないけれど、使っている人物は」

凛「特定の人間じゃない。宿がない学生が夜を明かしたり、話したりはしてるみたい」

真奈美「ということは」

まゆ「未成年……?」

凛「この近くは再開発区域外だから、他にも場所はあると思う」

のあ「水野翠が回復を待てるのには」

凛「十分だと思う。これ、渡しておく」

まゆ「カギ……ですか」

凛「どこかの扉のカギ。頼子が集めて使ってた。役立つかもしれないから」

のあ「受け取っておくわ。ありがとう」

凛「……そんなこと、言われる権利はないから」

まゆ「……」

のあ「コーヒーを飲んだら行きましょう。渋谷凛、後で話を聞きに行くわ。話したいことが、あるみたいだから」

凛「……待ってる。翠、止めてあげて」

のあ「ええ」

真奈美「未成年者がいる場所なら」

まゆ「聞く人に心当たりが……」

のあ「ええ。夏美に聞くとしましょう」
192 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:42:06.88 ID:HFCwBUJw0
117

濡碧公園・駐車場

まゆ「夏美さんは……つながりません」

真奈美「清路署内にもいないようだ。仙崎君は?」

まゆ「のあさん……いかがでしょうか」

のあ「恵磨と通話してるわ。恵磨、スピーカーにしていいかしら」

真奈美「それなら、車内だ。乗ってくれ」

のあ「わかったわ。恵磨、少し待ってちょうだい」

まゆ「よいしょ……」

真奈美「車内のスピーカーにつなげるか?」

のあ「もちろん。恵磨、聞こえるかしら」

恵磨『そっちも、聞こえてる!?』

のあ「ボリュームを下げて」

真奈美「了解」

のあ「恵磨もよ」

恵磨『りょーかい』

のあ「恵磨も夏美と連絡が取れないのよね」

恵磨『そう。事件の情報がまわってきたから、イヤな予感がして』

まゆ「夜回り……ですか?」

真奈美「その時間には早いんじゃないか」

恵磨『基本的には22時以降だからね。夏美の趣味知ってる?』

のあ「ランニング」

恵磨『流石の夏美でも3時間は走らない。よく、夜の空を眺めてる』

のあ「夜空?」

まゆ「天体観測が趣味……?」

真奈美「のあと同じだが」

のあ「それだったら、話を聞いているうちにわかるわ」

恵磨『どこかに出かけては飛行機を探してるんだ』

真奈美「飛行機?」

恵磨『前はCAになりたかった、って。今は旅行にすらほとんど行かないけど』

真奈美「確か、英語も達者だったな」

のあ「それなのに、どうして少年課の警察官をやっているのかしら」

恵磨『あー、聞かなかった。アタシも少年課の警察官だから』

のあ「つまり」

恵磨『同じ顔するんだよね。言いにくいことのある未成年と、さ』

まゆ「……」

恵磨『話が逸れた。夏美はストイックだからこそ、時々贅沢してるんだ』
193 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:43:07.13 ID:HFCwBUJw0
真奈美「今日は出かけていたのか?」

恵磨『たぶん。日曜日だし』

のあ「夏美は水野翠が逃走していることを知った、そうしたら?」

恵磨『まず、バディに連絡しよう!』

真奈美「どうやら、彼女は違うみたいだ」

恵磨『その文句は後で言っとかないと。何か心当たりが、あった』

真奈美「水野翠が行きそうな場所?」

のあ「夏美に心当たりがある?」

恵磨『いや、ないはず。精々、若者の溜まり場とか』

まゆ「手当たり次第に探してる……とか?」

のあ「恵磨、夏美が電話に出ないことはあるの?」

恵磨『たまーに。でも、直ぐに折り返してくる』

まゆ「でも……通話できていません」

のあ「折り返してこない理由は?」

恵磨『幾度となく聞いてるっ。ケータイ電話に掛けたことがあるなら、聞いてること』

真奈美「それはつまり、電源が入っていないか」

まゆ「電波の届かないところ……」

のあ「地下ね。アンテナのないような」

真奈美「既に地下に潜っているのか」

恵磨『使われてない、管理されてない場所なら夏美は署内で一番詳しい、はず』

真奈美「恵磨君も知ってるか?」

恵磨『そこなんだよね、知ってる場所はたくさんあるわけ』

のあ「夏美が知っていたことに組み合わせればいい」

恵磨『どういう意味?』

のあ「今日知ったことは?」
194 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:43:45.59 ID:HFCwBUJw0
まゆ「事件が……ありました」

のあ「真奈美、あの弓は初見で使えるかしら」

真奈美「普通の人間にはムリだ」

のあ「そう、ムリ」

恵磨『試し打ちしてる?』

のあ「あれだけの物、痕跡が残るはずよ」

真奈美「事件が起こって、意味がわかった」

恵磨『アタシには、わかんないんだけど』

まゆ「夏美さんだけが見ていた……夜回りの途中とか」

のあ「水野翠の状態は良くないわ。その状態で行けるなら」

恵磨『既に行ったことがある場所!』

真奈美「極秘練習場か」

のあ「ええ。真奈美、弓を打つ場所と言えば」

真奈美「距離が取れるところだ。細長い場所」

のあ「例えば、通路。建物と建物をつなぐような」

まゆ「駐車場とか……」

のあ「平行でなくてもいい。縦長でも問題ない」

真奈美「見えて来たな」

のあ「ある程度の場所は絞り込めてる」

恵磨『あー、もう!だから、なんで一人で行くかな!』

のあ「怒るのは後。恵磨もこっちに来てちょうだい」

恵磨『わかった!すぐ出るから!』

のあ「まゆ、志希と連絡を取って。場所の絞り込みに手伝いを」

まゆ「わかりました……」

のあ「人員も借りましょう。私から、志乃に連絡するわ」

真奈美「のあ、私は何をしようか」

のあ「現場まで。急いで」
195 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:44:42.85 ID:HFCwBUJw0
118

射手の地下通路

射手の地下通路
家電量販店と市営の地下駐車場、そして閉店した百貨店を繋いでいた地下通路。百貨店が閉店したため、常時封鎖されている。

翠「ふー……いらっしゃいましたか」

夏美「こんばんは、水野翠」

翠「少年課の方でしたか……最初は……」

夏美「あなたは未成年だもの。私が来ないといけない」

翠「ここは……封鎖されているはずですが……」

夏美「百貨店の警備員が合鍵をろくでもない連中に売ったわ、リストラの腹いせね。ま、最終的に百貨店は閉店しちゃったけど。合鍵は何個かあって、1部は不良グループに流れた。それが、この1つ」

翠「なるほど……同じ物を持っていますよ……ふぅ……はー……」

夏美「体調が悪そうね」

翠「ええ……全てを出し切りました、見たでしょう」

夏美「見ていないわ。私は知ってるだけ」

翠「そうですか……残念」

夏美「そこの壁は、弓があたった後なの?」

翠「その通りですよ……しかし、空を裂く弧の軌道は一度だけ」

夏美「……」

翠「今日だけ……ですよ。よ……っと」

夏美「立ち上がれるの?」

翠「ええ……死んでいないなら、立ち上がれますから。酷い眩暈がします」

夏美「大人しく、降参なさい。いずれ、捕まるわ」

翠「そうですか……それはわかっています」

夏美「自分がしたことを理解できないほど、あなたが愚かだと、私は思わない。だから」

翠「お願いしますか……私に?」

夏美「ええ。全ての罪を話してもらうわ」

翠「そうしたら……救われますか」

夏美「あなたに意思があるのなら、必ず」

翠「知っています……私の誕生日、ご存知でしょうか……?」

夏美「……12月5日。18歳よ」

翠「極刑は……あり得ることでしょう」

夏美「……」

翠「それが、救いでしょうか……」

夏美「違うわ。その時を待つだけならば、あなたも誰も救われない」

翠「……」

夏美「終わりにしましょう。刑事じゃないから、私は丸腰。差し出せるのは、この手だけよ」

翠「すぅ……」

夏美「水野さん、お願い」

翠「それが……イヤなんですよ!」
196 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:45:25.95 ID:HFCwBUJw0
夏美「……え」

翠「何時だって、誰もわかってくれない!私の求めるものを、誰も差し出さない!そうやって、優等生としての私しか見ない!」

夏美「……」

翠「この外見と表層しか、分からない……おっと……」

夏美「水野さん、大丈夫……それをしまいなさい」

翠「弓だけではありません、短刀も……ありますよ。お見せします」

夏美「辞めなさい!」

翠「止めたいのなら……どうぞ。止めてください、さぁ」

夏美「ちっ……警察官、舐めるんじゃないわよ」

翠「ええ……殺す気で来てください」

夏美「……ふぅ」

頼子「そこまで、です」

夏美「きゃあ!」
197 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:45:56.33 ID:HFCwBUJw0
119

清路市内・某所

のあ「恵磨!」

恵磨「お疲れ様ですっ!場所はわかった?」

のあ「志希のおかげで絞り込めたわ。私達はカギの必要そうな場所へ」

真奈美「のあ、これを」

のあ「ええ。真奈美は」

真奈美「問題ない」

恵磨「えーっと、ちょっと黙っておく」

のあ「お気遣いありがとう。恵磨、まゆと一緒に待機してちょうだい」

恵磨「わかった。連絡役をすればいい?」

のあ「いいわ。あまりにも連絡がこないなら、探してちょうだい」

恵磨「怖いこと言わないでよ」

のあ「真奈美がいるから平気よ、行ってくるわ」
198 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:47:09.33 ID:HFCwBUJw0
120

射手の地下通路

夏美「痛……ぎぃ、古澤頼子……!」

頼子「そんなに歯を食いしばっても、睨みつけても足の痛みは変わりませんよ」

翠「お見事です。弓の使い方が上達しましたね」

頼子「稽古の成果です。この程度の弓が使いやすいかと」

翠「洋弓は趣味ではありませんから」

頼子「そうですか。アキレスの泣き所とはよく言ったものです」

翠「アキレス腱には当たっていません。矢が刺さっているため、歩ける状態ではないですが」

頼子「水野翠。その短刀を渡しなさい。あなたには不要です」

翠「どうぞ」

夏美「何を、する気……」

頼子「あなたには、別に興味がありません。こう、するのですよ」

翠「あ……え……」

夏美「さ、刺した……」

頼子「望んでいたことですよ、あなたが」

翠「がはっ……どうし……て」

頼子「水野翠には、こちらが良いかと」

夏美「くっ、一瞬だけ動け!」

頼子「うるさいです。」

夏美「う……蹴りぐらいで、止まるわけには……」

頼子「さようなら、水野翠さん。矢で打ち抜かれること、それが定めでしょう」

夏美「やめて!」
199 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:47:56.72 ID:HFCwBUJw0
頼子「矢は既に放たれました。遺体が増え、足を負傷した警察官が1人」

夏美「なぜ?殺す必要はないはず!」

頼子「なぜ?そんなことも分からないのですか?」

夏美「人殺しの考えなどわからない!」

頼子「水野翠は罰を求めていました。それに応えただけのことです」

夏美「違う、そんなはずは、ないっ」

頼子「誰も彼女の本心に気づかない。誰も彼女の正体に気が付かない。誰も彼女を怪しまない。分かったとしても、誰も彼女を強引には止めない。彼女はずっと、そのまま」

夏美「……」

頼子「思い当たるものがあるからこその間、悪くありませんよ。彼女は容姿を褒められることにも慣れていました、本当はそんなことは求めていないのに」

夏美「それなら……」

頼子「あなたがいつも通りやれば良かったのです。夜回りで見つける不良少年少女を扱うように。18歳の誕生日を迎えるまでに、強引に止めたのなら」

夏美「起こらなかったって……言いたいの……痛っ……」

頼子「感情が揺らぐと痛みに支配されますよ。ええ、その通り。彼女が求めていたのは、自信の欠点や負の感情を突きつけ、叱ってくれる誰かですよ。あなたの得意なことではありませんか」

夏美「それなら、殺し屋なんてする必要ないでしょう!」

頼子「命を奪わなければ、誰も命を賭けてくれませんから。そうでしょう?」

夏美「お前は……」

頼子「少年課の相馬夏美巡査部長、充分です。あなたに捕まるのも殺されるのも面白くありません。あなたは、病院のベッドで指をくわえて見ていてください。ああ、爪を噛むのは厳格な両親に矯正されましたか。比喩というものです」

夏美「私のこと、知ってるわけね」

頼子「知りたくもありませんでしたが、偶然ですよ。私のお楽しみはこれからです。乞うご期待、なんてはしたない言い方でしょうか」

夏美「何を……するつもりなの」

頼子「ご安心ください。未成年者はいませんよ」

夏美「そういう話じゃない!」

頼子「あら、怖いこと。命に別状はありませんし、あの探偵さんが時期に迎えに来てくれることでしょう。私は逃げないといけません。それでは、ごきげんよう」

夏美「待っ……追うのはムリか……」

夏美「動くのも痛いけど……水野さん、答えて!水野さん!」

夏美「……ダメか……こうなるのを防ぎたかったのに」
200 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:48:26.59 ID:HFCwBUJw0
121

射手の地下通路・入口前

のあ「この扉の先は」

真奈美「連絡通路だ。倒産した百貨店跡地につながってる」

のあ「電波は通ってないわね」

真奈美「アンテナがないからな。誰も来ないところに設置する義理はない」

のあ「内側、明かりが点いてるわ」

真奈美「扉は開くか?」

のあ「開かない。施錠されている」

真奈美「カギは」

のあ「渋谷凛は使ったことはないと言っていたわ。どれかは分からない」

真奈美「順番にやるか。いや、カギの形状がわかればいいのか」

のあ「百貨店に繋がるから防犯用……いえ、一度替えたのね、ピッキングしにくいものに。こうやって、渋谷凛や他の人物が持っていたら意味はないけれど。ディンプルキーはあるかしら」

真奈美「この丸い打痕があるやつか?」

のあ「その通り。4つだけね……いや、4つもあると言うべきかしら」

真奈美「4つなら順番にやればいい」

のあ「簡単ね。4つもある問題は後で考えましょう」

真奈美「カギは開いた」

のあ「行くわよ……3秒後に」

真奈美「了解だ」

のあ「3、2、1……」

真奈美「行くぞっ!」

201 : ◆ty.IaxZULXr/ [saga]:2020/04/29(水) 22:49:56.48 ID:HFCwBUJw0
122

射手の地下通路

のあ「真奈美、いたわ。夏美と……水野翠」

夏美「あっ、本当にのあさんが来た」

真奈美「大丈夫か!?」

夏美「この通り。これ以外は」

真奈美「よく平然としてるな。歩けるか?」

夏美「ちょっと無理。油断しちゃった」

真奈美「油断ですませるものには見えないぞ」

のあ「水野翠は亡くなってるわ。死因は胸に刺さった矢、腹部には短刀」

夏美「……ごめん。止められなかった」

真奈美「誰にやられた?」

夏美「古澤頼子。私の足に刺さってるのも短刀も全部」

のあ「古澤頼子が、ここに来ていた」

夏美「もういない。のあさんとは逆方向に行ったけど」

真奈美「百貨店方向か。追うか?」

のあ「追いつかないわ。こちらを優先しましょう」

真奈美「わかった。怪我人優先だな」

のあ「真奈美、地上まで走ってきなさい。警察と救急車、あと担架もあったら持ってきて」

真奈美「夏美君、もうしばらくの辛抱だ。行ってくる」

夏美「ありがと、真奈美さん」
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