渋谷凛「愛は夢の中に」

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102 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/21(火) 23:02:04.16 ID:TaO7oU2Go
黒船への対抗手段として申し分ない錚々たる顔ぶれと、また業界最大手の961をも巻き込む構想に触れ、Pは興奮に満ち溢れた。

正面から斬り合うのではなく、日本側の得意分野を活かした魅せ方を模索し、新しいアイドル時代の幕開けを予感させる企画に、どうして胸をときめかさずにおけようか。

「それは実に素晴らしい布陣だと思います。聞いているだけでもうわくわくしてきます」

リップサービスではないのを裏付けるように、頬の血気をよくしてPは云った。

「ただ……そんな壮大なプロジェクトに、数年の経験があるとはいえベーシストとしてはまだまだ半人前の渋谷をご指定頂くとは、よろしいのでしょうか」

アイドル兼ベーシストとして最も適任なのは純だ。凛はベースを弾けるとは云え、それが本業とまでは到達していない。
103 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/21(火) 23:04:49.92 ID:TaO7oU2Go
田嶋は目を瞑って、小刻みに2回、首を振った。

「そのご懸念は問題ありません。このオファーは、知多だけでなく、遠家の推薦もあるのです」

そう述べる口角の上がり方には、凛が最適だと強く確信していることが顕れていたが、すぐ真顔に戻り「実は」とやや声音を低くする。

「――大変お恥ずかしい話ですが、弊社TOCIOの八馬口―やまぐち―が先日不祥事を起こしまして」

Pはもちろん知っていた。未成年者への淫行という、大スキャンダル。ここしばらくの芸能関連ニュースはこの話題で持ち切りだ。

田嶋は、ここだけのお話です、と前置きをして、顔を近づける。

「弊社は本日この後、本人から提出された辞表を受理する旨、発表いたします」

TOCIOのベース担当であった八馬口が正式に抜ける。その穴をサポートする必要があり、純が動員されると云う。
104 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/21(火) 23:06:04.31 ID:TaO7oU2Go
一種の災害対応とも表わせる難しい事情がありつつ、また女性側トップアイドルと云う“顔”が欲しいこともあって、凛に白羽の矢が立ったわけだ。

であれば、遠慮する理由はない。

「なるほど、承知いたしました。それならうちの渋谷には思いっきり暴れてもらいましょう」

この場に凛がいたらテーブルの下で絶対に足をつねられるであろう言い方でPが笑うと、田嶋もつられて肩を揺らした。

「ときに、ドラム担当はまだお決まりではないようで? 弊社のライラなど如何でしょう。アラブ出身なだけあって、リズム関係には滅法強いですよ」

機会を逃さむとばかりに営業攻勢をかける。

ほかにも艶やかな雰囲気を醸成できるアコースティックギター担当として有浦柑奈や、サックス担当として東郷あいを推薦したり、
目立つ飛び道具を装備すべく765の白石紬に三味線への起用を依頼できないかと云った案をお互いに出し合い、どんどん構想が膨らんでゆく。

この小さな会議室から全世界をあっと言わせるアイドルの種が芽吹こうとしている――その使命感に、田嶋もPも熱く語り合った。
105 : ◆SHIBURINzgLf [sage !蒼_res]:2020/07/21(火) 23:07:02.02 ID:TaO7oU2Go

今日はちょっと短いですがここまでです
106 : ◆SHIBURINzgLf [sage !蒼_res]:2020/07/21(火) 23:34:05.19 ID:TaO7oU2Go
ジュリア
https://i.imgur.com/S9Tezzb.jpg

桜守歌織
https://i.imgur.com/WrfBttX.jpg

伊集院北斗
https://i.imgur.com/Q1gUg6q.jpg

神楽麗
https://i.imgur.com/iS3TGyB.jpg

ライラ
https://i.imgur.com/qjQs9Pq.jpg

有浦柑奈
https://i.imgur.com/6UTmN2K.jpg

東郷あい
https://i.imgur.com/JhoAg2f.jpg

白石紬
https://i.imgur.com/RavXoLm.jpg
107 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/07/23(木) 14:24:36.84 ID:wFli4tuS0
TOCIOからもう一人消えそうという時事ネタが
108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/07/23(木) 23:25:51.46 ID:XcEIO4yAo
>>34
姜Pには心が孕まされました

>>35
あたしゃ今でもジュニヘナユジンの逆輸入を待ちわびてますよ

>>107
予感はあった
109 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:26:56.54 ID:XcEIO4yAo

・・・・・・

早朝より昼前までのレギュラー番組収録を終え、自室で2時間ばかり仮眠していた凛は、Pからのメール連絡で目が覚めた。

目を擦りながら件名を一瞥し、意識の靄を取り去らむとコーヒーメーカーのスイッチを入れる。

平日のコーヒーは凛の日課だった。じきにコポコポと音を立てて、香ばしく芳醇な薫りが漂う。

淹れたてをマグカップに注ぎ、一口。
インドネシア・カロシ産を深煎りにした豆は、豊かな甘さを包含する心地よい苦味が特長で、起き抜けや気分転換に最適の一杯だ。
110 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:27:58.69 ID:XcEIO4yAo
これもかつてPから教えられた嗜好だった。

付記すれば曰く、コーヒーは淹れる直前に豆を自ら臼ミルで挽いてこそ至高だ、とのことなのだが――
残念ながら世を統べる歌姫にそのような時間は持ち合わせておらず、専ら全自動の機械任せにせざるを得ない。

それでも当初は乳と砂糖を入れなければ飲めなかったものが、今ではストレートで味わえるようになった。
昨今はむしろ「砂糖はコーヒー本来の甘さを掻き消す」と云って、使わなくなった角砂糖を事務所の給湯室に寄贈――と表現する処分――したほどだ。

一杯をやや急ぎ気味に楽しんでから、仮眠していたアイボリーの革張りソファに置かれているアイフォーンを拾い、浴室へと消えていった。
111 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:29:50.33 ID:XcEIO4yAo

メールで指示された時刻の3分前に社屋へたどり着くと、ちょうど受付にいた事務の千川ちひろが凛を視認し、手招きをした。

「おはよう、ちひろさん。どうしたの?」

朝夕の別なく稼働する芸能業界にあっては、いついかなる時も挨拶は「おはよう」だ。

帽子や伊達眼鏡を取り外しながら近づく凛に、ちひろは可愛らしい笑顔を――しかし一部のプロデューサー陣には恐怖を想起させると云う能面の笑みを湛えて、人差し指を上に向けた。

「凛ちゃんおつかれさまです。Pさんから聞いているわ。今日は第一課じゃなくて、このまま8階の第五会議室へ向かってください」

「えっ第五? プロデューサーからは出社時間しか聞いていなかったけど、そんな珍しいところ使うんだ?」

第五会議室は社内では中規模の部屋で、どちらかといえば管理部や興行部など事務方の使用頻度が高いところだった。

プロデューサーやユニットメンバーとの打合せなら小さな部屋で事足りるし、第一課全体集会などでは大会議室を利用するので、中くらいの収容サイズの場所は意外と馴染みが薄い。
112 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:30:48.05 ID:XcEIO4yAo
不思議に思いながらカードキーでエレベーターを呼ぶと、3基のうち左側が地下1階から上がってくるところだった。

チャイムが鳴り、すっとドアが開いて乗ろうとした瞬間に凛は驚いた。

中には961プロの社長、黒井崇男がいた。

飛び上がらなかったのは、スマートであらむとする意地からきた半ば無意識的な抑制の結果だ。内心は1メートルほど後退っている。

「あ、凛ちゃん。チャオ☆」

黒井社長の後ろには所属アイドル伊集院北斗の姿もあった。

凛より三四半年ほど先行してデビューした五つ上の27歳、その兄貴分に近い立ち位置からか、凛のことをちゃん付けで呼ぶ二枚目だ。

彼らはきっと地下にある駐車場からエレベーターに乗ったのだろう。
113 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:31:43.68 ID:XcEIO4yAo
真っ黒い不思議な態―なり―をした、業界随一とも云われる敏腕社長が、こちらを一瞥した。

「……フン、渋谷凛か」

「失礼します」

来訪客と乗り合わせることになった凛は、下座である操作盤前に乗り込んだ。

すでにボタンは凛の行先と同様8階が押されていて、つまり彼らも同じ目的地に向かうことが理解できた。
114 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:32:28.05 ID:XcEIO4yAo
「黒井社長が弊社にお越しとは驚きました。第五会議室に御用ですか?」

「ウィ。わざわざ十番くんだりまで呼びつけるとは面白いことをしてくれるな、貴様のところのPと云う奴は」

上方への加速を感じさせる箱の中で凛が訊くと、黒井は大仰に腕を広げ、まるで悪役のようなイケメンボイスで褒めているのか貶しているのかよくわからない台詞を宣った。

「黒井社長はこう云ってるけど、実は電話口で話を聞いたとき楽しそうにしてたんだよ。素直じゃないよね」

北斗が盛大なネタバラシをする。

「五月蝿い、黙っていろ」

狭い空間でいちゃつく二人に、凛はどうリアクションしたものか悩んで、結局平静を装ってスルーを決め込んだ。
115 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:33:52.55 ID:XcEIO4yAo

「おはようございます……うわ」

第五会議室に入ると、エレベーターで黒井と鉢合わせしたとき以上に凛は驚いた。

長大な会議用テーブルは折り畳まれて隅へ除けられ、代わりにメモテーブルつきのミーティングチェアが円を描くように並べられているところに、他事務所の錚々たるアイドルが一堂に会している。

ジョニーズ、765プロに315プロ――ここへ凛と共にやってきた961が加われば、昨今の芸能シーンを牽引しているオールスターと云ってよい面々だ。
116 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:34:29.29 ID:XcEIO4yAo
ホワイトボードには「オールジャパンアイドルプロジェクト」と走り書きされていて、設営に割ける時間のなさを物語っていた。

そしてここに呼ばれた意味を凛が悟るのに充分だった。

「お、凛。おはよう。黒井社長をエスコートしてくれたんだな。ありがとう」

「おはよ、プロデューサー。どうしたのこれ?」

「まあまあ、すぐに始まるから座って」

Pが碌な説明もしないまま横の椅子を指し示すので、凛は小首を傾げながら座った。
117 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:35:31.77 ID:XcEIO4yAo
会場を見渡して、全員がいることを確認すると、Pは「本日はご足労頂きましてまことにありがとうございます」と簡便な前置きを済ませてから単刀直入に本題へと入った。

韓国遠征の視察成果や出展結果が報告され、外患に憂慮する現状の指摘がそれに続く。

特典商法とも揶揄され実態とかけ離れた売上の数字のみを追う行為が蔓延する国内の体質、
「親しみやすさ」と云うお題目を笠に着たスター性の低下、
アマチュアのお遊戯会にも劣るパフォーマンスでプロを名乗る不届き者――
などなど、国内の課題には枚挙に暇がない。

「――然るに、我が国の芸能をより高みへと昇華させむと、各分野の第一人者を集め、事務所の垣根を越えて本件オールジャパンプロジェクトを献策するものであります」
118 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:36:18.52 ID:XcEIO4yAo
概要の説明を終えたところで、765の高木社長が「ちょっとよろしいかな」と控えめに手を挙げた。

「仰りたいことは理解できた。
しかし一例として、我が社のジュリアくんと、例えば――そこにお座りの315の神楽さんでは、特に大きな接点は見受けられないように思えるのだが……。
もちろん、お声掛け頂いたことは大変光栄なんだがね」

「それについては私からご説明いたしましょう」

田嶋が手刀を切って立ち上がった。
119 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:37:35.17 ID:XcEIO4yAo
「外国資本勢との競争に於いて、正面から激突して跳ね返せるだけの体力は残念ながら国内芸能シーンには残されていません。がっぷり四つに組むことは避けたい。
昨今のトレンドも鑑みつつ、剣戟を受け流すことで後退を食い止める方向での対処が必要です」

「そう、この最前線プロジェクトで防御を兼ねつつ、その裏で正統的な体力育成を図る。中長期目線を要する企画なのです」

田嶋の言を引き継いで、Pが説明しながらホワイトボードにマーカーを走らせた。

「その対処に最も有効なのが、オールジャパンの、最高峰のオトナアイドルバンドプロジェクトです。
オトナアイドル――それは、子供世代からは憧れの対象として。同年代からはいつしか諦めた自らの夢を重ねる依代として。上の世代からはフレッシュなエネルギーを与えてくれる存在として。
全世代からの支持と熱狂を集めるのに最適な階層です」
120 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:38:33.89 ID:XcEIO4yAo
Pが会議室全体を見回す。

ジョニーズの栗栖と伊里亜。

961プロの北斗。

765プロのジュリアと歌織、紬。

315プロの麗。

そしてCGプロから凛、あい、ライラ、柑奈。

「もうお判りですね、この場にいる皆さんは全て、洋の東西を問わず音楽に精通している魅力的なアイドル達――これが共通点です」
121 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:40:39.89 ID:XcEIO4yAo
全員が、全員と見つめ合った。事務所が違えば接する機会もほとんどない。
越境することで、共通点を持つ人間がこれだけ集められたのか、と不思議な感覚がアイドルたちに押し寄せている。

「クックックッ……面白いじゃないか」

みなが息を呑んで静まる中、黒井が肩を揺らした。

「いいだろう、我々としては国内産業を協力して盛り上げることに異論はない」

「えっ」

最も懐柔に難儀すると予想していた人物が、最も早く賛成へと回ったことに、Pは失礼ながらも驚きを隠せなかった。
122 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:41:43.15 ID:XcEIO4yAo
大きく目を見開くさまを見て、黒井はだいぶ心外そうに天を仰ぐ。

「……なんだその目は。私のことを誤解しているようだな。
私はそこの耄碌高木と違い、高品位なアイドルを届ける宿命について常日頃から思い馳せているのだぞ」

「あっ……失礼しました。黒井社長がラスボスだと想定していたもので……」

Pがしどろもどろに答えると、二人を見ていた凛は耐えられず「ふふっ」と息を漏らした。

「黒井社長の云う通り、面白そうだね。アイドルとしてもベーシストとしても成長できるし、周囲の情勢とか抜きに、やってみたいな。
他社さんはもちろん、CGメンバーだけで見てもこの組み合わせは初めてだからね」
123 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:42:42.92 ID:XcEIO4yAo
凛の言葉に、ライラたちが頷いた。
凛と課が異なる柑奈はともかく、同じ第一課であるアイドル同士さえ、所属人数の多さのあまりに接点のない者がいるのだ。

「同意見だ。これまでサックスを前面に押し出した魅せ方はしてこなかったから、新境地を試せそうだよ」

足を組み替えて、あいは爽やかに笑った。
三十路になり艶やかさに磨きがかかっている彼女と、可搬性の高いサックスを用いたステージパフォーマンスは、煌めきに満ちることが容易に予想できる。

この場にいるのは、アイドルの中でも指折りの楽器経験者ばかり。

アイドルとしての振る舞い、楽器奏者としての経験、それらを融合させ高みへ昇らせむと各アイドルが思い思いに語りだす。
124 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:43:17.37 ID:XcEIO4yAo
「ライラさんも楽しみでございますですねー。ジョジョ・メイヤーの教則を復習しますです」

「私も、エレクトリック・フォレスト・フェスティバルが来月に開催されるからミシガンまで最新のインプットをしに往ってきますよ!」

来日して5年が経つにも拘らず、ライラは相変わらず特徴的な怪しい日本語を話す。一種のアイデンティティなのか、あえて直そうとはしない。

またライラと同期の柑奈は、ネオヒッピーの野外フェスティバルで最新のラブ&ピースコミューンを吸収するなどと云いだした。

他にも歌織と北斗など、同じ楽器をやっている者同士では特に会話が弾んでいるようだった。

「また、一緒にできますね」

盛り上がる会議室を横目に、栗栖と伊里亜が、手を差し伸べながら凛の許へと歩み寄った。

「はい、このアイドル業界トップタッグのプロジェクトで何を作り出せるのか。今からワクワクしています」

凛は期待に胸を膨らませて、力強い目線と握手を返した。
125 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:44:35.89 ID:XcEIO4yAo

・・・・・・

TOCIOのスキャンダルが茶の間を賑わせて間もない5月半ば。

事務所の垣根を超えた国内最高峰のアイドルグループ“プロジェクト:ツクヨミ”が電撃発表されたことで、世間の関心は一気にそちらへと移行した。

会議の招集から異例ともいえるこの早さで発表できたのは、最終的には、ジョニーズの北川社長による「YOUたちヤっちゃいなよ」と云う一言で、契約関係などが物凄いスピードで処理されていった為だ。

もちろん実際のところは、不祥事を覆い隠したいジョニーズの意向も多分にあるのだろう。
126 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:46:02.04 ID:XcEIO4yAo
ともかく、国内アイドルシーンを盛り返させたい関係者の努力は、一旦は第一のハードルを無事越えたことになる。

ツクヨミに期待する街中のインタビューなどを流すワイドショーが、どの局にチャンネルを合わせても映し出される。

「どうして名前をツクヨミにしたの? アマテラスじゃなくて」

第一課のソファでテレビの反応を見ていた凛が、後方へ位置するPの自席に向けて背もたれ越しに問うた。

普通の感覚なら、最高峰を標榜するには総氏神である天照大御神をネーミングに据えそうなものだ。
しかし実際はそれに次ぐ三貴子―みはしらのうずのみこ―の次男坊とも云うべき月読命が採用されている。
127 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:46:45.10 ID:XcEIO4yAo
「ツクヨミは夜を統べる神だからな。
現在の、外患に押されているアイドルシーンを夜に見立てて、牽引役になってほしいと云う点。それから、いづれは今回のプロジェクトを超える逸材が飛び越えていってくれることを祈るゲン担ぎもあるのさ」

「ああ……そう云うこと。ずっと走り続けるために、わざと2番目にしたんだね」

このプロジェクトが到達地点じゃないもんね、と凛は口角を上げた。

あくまでトップアイドルとしての目標は更に先にある。

ツクヨミが霞んで見えるほどのSランクアイドルに――アマテラスになるべく不断の努力を続けなければならない。

カタカタと軽快なキーボードの打鍵音が途切れた。「そういうことだ」とPも凛の方を振り向き、目を細めて笑う。
その目元には色濃いクマが生じている。
128 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:49:13.72 ID:XcEIO4yAo
「あーあ、目の周りが酷いよプロデューサー。昔からそうだったけど、最近とみに悪化してる」

「もう俺は若くないからな。それでいて仕事量は減らないどころか増える一方だし」

4年ほど前にCGプロ所属アイドルの増加は一段落を迎えたが、結局プロデューサー職の人間は合計で40人しかいない点は変わらず、増える気配は微塵もない。

単純計算で一人あたり5人のアイドルの面倒を看なければならないことになる。
アイドルランクや仕事量の多寡によって担当アイドル数の差こそあれ、最低でも二人以上の掛け持ちをしており、1対1で看ている者は存在しない。

しかも環境の変化に伴ってアイドルは小さな分身―ぷちデレラ―を持つに至り、プロデューサーがやるべき育成タスクは増え続ける一方だ。
129 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:51:28.49 ID:XcEIO4yAo
更にPについて云えば、ツクヨミの宣伝戦略やロードマップのすり合わせなど、複数事務所を亘る窓口業務が重く伸し掛かる。
ここしばらく、他プロデューサーとは比にならない激務が続いていた。

Pがやれやれ、と肩をほぐしていると、間隙を狙いすましたかのように内線が鳴る。

「あ、テクニカルレッスン終わった? じゃあ次は河川敷を7時間走らせてきてくれ」

不穏な指示を出して即座に切った。受話や終話の際の挨拶をしている時間や手間すら惜しいのだ。

事務のちひろに人手不足の改善を再三申し入れても「s5規模のプロダクションになったおかげで入社待ちは多いんですけど、あいにく社員枠が満杯なんですよ」と意味不明な制限で却下されるのが常態化していた。
130 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:53:36.46 ID:XcEIO4yAo
オーバーキャパシティのあまり、Pの睡眠時間にしわ寄せが生じている。
こんな仕事、本当にアイドルが好きでなければこなせられないだろう。クマが酷くなるのは必然と云えた。

「特に凛は売れっ子も売れっ子だからな、担当する俺のやるべきことも比例して増える。本当は凛のプロデュースに専念したいんだがどうにも人が足らん」

「うん、私のことで業務量がすごいことになってるのはわかってるし感謝してる。それでも、あまり無理しないでよ?」

プロデュース活動に活き活きするPのことを見ているのは嬉しい反面、激務が心配なのもまた事実だった。アイドル当人は複雑な心情を持っている。

「そうだな。まあ、ジュニとかつかさとか、自発的に動いてくれる皆のおかげで何とか兼任の綱渡りができているから有難いよ」

桐生つかさは最も遅くCGプロに入ってきたアイドルだ。凛が組んでいるデュオユニット、BEKILY―ベキリ―の片割れ。つまりPは両極端にもCGプロ最古参と最新参の人間を担当していることになる。
131 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:54:56.74 ID:XcEIO4yAo
つかさは凛と同様に、生来恵まれた容姿を持っていながら、当初はやや不躾な第一印象の殻で覆われていて色眼鏡で見られがちだった。

だが、内面を覗けば熱い意思や努力家の顔を見せる魅力的な女の子だ。その辺り、ベクトルは異なりつつも凛と似たタイプである。

所属当初の彼女は“JK社長”と云う肩書きを持っていたこともあり注目度は高く、社長業の経験から、自ら思考判断できる能力を備えていてあまり手が掛からないのはPにとって僥倖だった。

凛自身も、一つ歳下という年代の近さや、担当プロデューサーが同じゆえ会話する機会は多かった。

「うん。ただ最近つかさがちょっと詰まって打開策に悩んでるって云ってたよ」

「えっマジかよ俺の前では全然そんな様子見せてなかったのに?! 凛もそうだけど演技派女優すぎだろ俺の担当アイドルたちは」

椅子の背もたれに預けていた体重を跳ね飛ばしてPは前のめりになった。
132 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:55:56.19 ID:XcEIO4yAo
「あの子ヘンに周りの状況をトータルで俯瞰しちゃうからね。手間かけさせたくない、ってぽろっと溢してた」

「うわーまじか、気づいてやれなかったなんてクソヘマぶっこいたな……」

アイツの自主性におんぶにだっこで甘えてた俺の責任だ、と呻きながら、右手で額を押さえて再び背もたれに倒れ込む。
椅子が過酷な扱いへ抗議するかのようにスプリングをギィと鳴らせた。

「近いうちにレッスンをチェックしてあげなよ」

「……善処はしたい」

凛の助言にPは難しそうな思案顔。

この綱渡りは、数年もしないうちに無理が来ることは自明だ。対策を考えておかなければならない。
133 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/23(木) 23:56:26.91 ID:XcEIO4yAo
こめかみを掻きながらパソコンに向き直り、少々黙考してから再びキーボードを叩き始める。

しばらく無言の時間が過ぎ、いくつかの優先度の高いメールを送信してから身支度を整えて云う。

「……じゃあ、すまん。凛を合同レッスンに送っていこうと思っていたんだが……やっぱり今日はこれからつかさの様子を看てくるよ」

「うん、それがいいと思う。私の方は一人で大丈夫だから。荷物それほど多くないし、行きしなに六本木でライラたちと合流してから向かうよ」

凛は頷いて立ち上がり、コンコードを肩にかける。

第一課の廊下まで二人一緒に出て、軽く手を振り別れた。

髪をさらりと払い、伊達眼鏡をかけ、硬質明瞭な靴音と共に小さくなってゆく背中を、Pは頼もしそうに眺めた。
134 : ◆SHIBURINzgLf [sage !蒼_res]:2020/07/23(木) 23:56:58.07 ID:XcEIO4yAo

今日はここまで
135 : ◆SHIBURINzgLf [sage !蒼_res]:2020/07/23(木) 23:57:31.89 ID:XcEIO4yAo
千川ちひろ
https://i.imgur.com/7SnJNhS.jpg

黒井社長
https://i.imgur.com/KCU9GKG.jpg

高木社長
https://i.imgur.com/Ypvfglb.jpg

桐生つかさ
https://i.imgur.com/5g6DR66.jpg
136 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/25(土) 23:38:57.95 ID:4F4hgJ7vo

六本木――つまりテレビ旭で合流を済ませた凛たち4人は、渋谷にあるジョニーズ自社ビルへと到着した。

CGプロと同様に全面ガラス張りのその建物は、青白磁色をベースとするCGプロとは対照的に、赤みを帯びた茶色のシックかつモダンな雰囲気を纏っている。

全フロアにジョニーズの関連会社がまとめられており、所属アイドルのレッスンするスタジオもこの中に設けられている。

構造としてはCGプロと似た、トータルケアが可能な総合拠点なのだが、乃木坂のツニービルを購入したことで今後の動向に注目が集まっている。

そのためビル前には、芸能関係者の一挙手一投足を逃さむと、パパラッチが常に目を光らせ構えていた。
137 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/25(土) 23:39:47.55 ID:4F4hgJ7vo
「うわ、いるいる」

歩道から正面玄関に続くわずかな階段を上がりつつ、道路を挟んだ対面に待機しているカメラ群を横目で見て凛が呟いた。

女性アイドルの筆頭が男性アイドルの総本山へとやってくる――
本来ならあり得ない光景ながら、しかしすでにプロジェクト:ツクヨミが公知されたことで、変に憚ることなく大手を振って他社事務所へと入ってゆけるのは精神的にだいぶ楽だった。

もし発表前にこのような行動をしたら、週刊誌の格好の餌食とされていたに違いない。
138 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/25(土) 23:40:21.85 ID:4F4hgJ7vo
上層階へ運んでくれたエレベータを降りると、外光を積極的に取り込む構造のフロア内は非常に明るく、若い芽が羽化せむと励む声が、閉められた扉の向こうから聞こえてくる。

「おはようございまーす……」

レッスン音が漏れてくるところとは別の、指定された静かなスタジオへそろそろと顔を覗き込ませ、控えめな挨拶を投げる。

「あっ、来た来た! おはようございます!」

中には栗栖と伊里亜がいるだけだった。手を大きく挙げて挨拶を返してくる。ホームグラウンドたる彼ら二人は当然として、どうやら凛たちが一番乗りらしい。
139 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/25(土) 23:41:06.38 ID:4F4hgJ7vo
本日はプロジェクトメンバーによる初の合同レッスン。
企画が走り始めたばかりで新曲はまだ手配中のため、ひとまずは既存曲の流用をして、各メンバーの同期をとるのが目的だ。

お題曲はカシオペア至高の名曲『Looking Up』。メンバーの楽器構成に近いことから選定されたらしい。

先日譜面を渡され、手の空いたタイミングに事務所の休憩室でベースを手繰っていると、第二課の安部菜々が寄ってきて「いいですねぇーカシオペア。国技館ライブが懐かしいです」と感慨深げに頷いていたのが妙に印象に残っている。

――そのライブは昭和60年に開催されたはずではなかっただろうか?

菜々の周辺では時空の歪みなど日常茶飯事なので、凛は一切気にしないことにした。
140 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/25(土) 23:42:29.16 ID:4F4hgJ7vo


Looking Up
https://www.youtube.com/watch?v=lMTf5jDpdlc


安部菜々…さんが懐かしがっていた国技館ライブ
https://www.youtube.com/watch?v=S0Xm1PWb07o

141 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/25(土) 23:43:07.25 ID:4F4hgJ7vo
さておき、Looking Upと云う曲はベースラインを大黒柱としつつ、それを様々な楽器が追い、包んでゆくのが特色だ。

ベースにはリズムキープだけでなく、各楽器パートとの噛み合わせや硬軟入れ混ぜた音のメリハリが要求される。

特にギターやキーボードとは息を合わせないと、途端にまとまりがなくなってしまう難しい曲。

その分、歯車が完全にフィットした時のこの曲はとてつもない色香を放つ。

問題は、その難曲を巧く奏でるのみならず、ステージパフォーマンスも交えて実現することを要求される点だ。

演奏だけなら完璧にできて当たり前、ダンスも然り。と云うレベルに到達しておかなければ、目標を満たすことはできない。
142 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/25(土) 23:43:37.40 ID:4F4hgJ7vo
「一発目の課題がこれって結構鬼畜ですよね」

栗栖が、ベースの準備を終え試奏する凛に寄ってきて苦笑する。

「この選曲は多分うちのプロデューサーの趣味だと思います……ホントすみません」

「ああいや、それでもきっと、クリアできない課題は出さないはずですから、これは自分らが期待されていることの裏返しですよ」

凛の恐縮ぶりが予想以上だったのか、気負わせないようにと栗栖は努めて明るく相好を崩すものの、身内から裏切りの友軍砲火が襲う。

「えぇ僕のパート、譜面がワケわかんなすぎて弾けるかどうか到底怪しいんだけど……これ本当に人間ができるの?」

伊里亜がげっそりした表情でスコアをパラパラとめくる。
143 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/25(土) 23:44:16.16 ID:4F4hgJ7vo
彼の懸念は凛も理解できた。ただでさえ複雑な構成のうえ、五線譜としての役割をおよそ放棄した部分があるのだ。

つまり、要所々々に『ここはアドリブをテキトーにイイ感じで』とだけ書かれている。

現代音楽家ジョン・ケージの楽譜よりは断然マシだろうが、他のパートの構成音からコードを判読し適切に奏でるべしと云うことなのだろう。

アドリブ部分は特にそのパートを担当する楽器とベースの協調が必要となる。このレッスンで詰めてゆくのだ。

凛は「よろしくお願いします」と、伊里亜と栗栖に手を差し出す。

「こちらこそ」

がっしりと握り合う掌から、栗栖たちの熱い意気込みが伝わってくるような錯覚を得た。
144 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/25(土) 23:45:47.78 ID:4F4hgJ7vo

――

「ワヒド―1―・イスナン―2―・サラサ―3―・アルバァ―4―!」

プロジェクトメンバーが全員揃い、準備を手早く終える。
用意が整ったことを確認したライラが、慣れたアラビア語でカウントを取って、クラッシュシンバルとスネアドラムを組み合わせたフィルインで先陣を切った。

ギターとシンセサイザーがシンクロして昇り調子なイントロのメロディを紡ぎ、ベースとドラムがそれらの音の合間を埋めるように装飾を施す。

イントロが胸の内の熱狂を呼び起こすのに、時間はものの10秒ほどあれば充分だ。

導入のテンションが最大へと振り切ったところで、ライラがシンバルやタムでの装飾から一転、シンプルで軽快な8ビートをスタートさせた。
145 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/25(土) 23:46:55.28 ID:4F4hgJ7vo
その彼女のリズムはプレーンであるからこそ、機械かと目を見張るほど一定したグルーヴと、整った音の粒で繰り出されるスネアやハイハットが際立つ。

凛はライラの右足が踏むバスドラムと協調して、拍頭をあえて休ませるスラップを繰り出す。八分音符でメロディアスに、まるで大河の流れのようだ。

曲の土台となる二人の演奏はメトロノームのように正確だった。

過剰な速弾きや手数の多さは必ずしも腕利きの指標ではない。ベースとドラムに要求され、出来を左右する真の巧さとはただ一つ、高い安定性を実現できるかどうかに尽きる。

『Looking Up』のイントロは、一見地味な役どころのベースとドラムが最も輝きを放つ場所だった。
146 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/25(土) 23:47:30.98 ID:4F4hgJ7vo
じきに歌織の弾くピアノがメインメロディとなる。メロディと云っても単音ではなく、複雑なコードを連続して押さえることで結果的に出現する音の流れ。

あいのサックスや伊里亜のシンセサイザーとユニゾンすることでメインとしての存在感を高め合っている。

Aメロの歌織から引き継いで、A'メロでは北斗のピアノが同じラインをなぞった。

弾き方やタイミングを変えることで北斗ならではの味が出されており、更にあいと交代した麗とのデュエットとなって一粒のメロディパートで二度美味しい。
147 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/25(土) 23:48:12.76 ID:4F4hgJ7vo
セッションを開始してすぐ、凛は違和感を覚えた。

決して悪い意味ではない。

むしろ、初めて合わせるはずの演奏が滞りなく進むという、良い方向での誤算だ。

てっきりもっとコンフリクトを起こして足止めされるだろうと予測していた。アイドル界の第一人者が召集されていると云うのは伊達ではなかったのだ。

間もなく絃楽器のソロパートだ。後ろからサポートする柑奈のアコギが、アンニュイでありつつ切れ味の鋭いカッティングで栗栖とジュリアを嗾けた。
148 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/25(土) 23:49:54.15 ID:4F4hgJ7vo
二人が、凛のベースと柑奈の伴奏に乗りながらピンポンを打ち返し合う。

ボールがそれぞれの場所にあるとき、常に凛は奏者のそばへ寄り、目で、口で、絃を爪弾く指先で、リズムを刻む下半身で――全身でコミュニケーションを取った。それは楽器を介した会話と云ってよい。

栗栖はベースの周りを蝶のように舞うアドリブをこなしつつ、凛とのセッションを心から楽しんでいるようで、眩しい笑顔が途切れることはない。

更には、エレキギターの対決に紬の三味線が割って入った。絵面は鮮烈だが、実は三味線とエレキと云う組み合わせは意外なほど相性がよい。

三味線にはバチを強く当てる打楽器的奏法もあるため、スラップベースとも親和性が高い。

ジュリアたちのソロに引けを取らない和風アドリブを披露したプロジェクト最年少メンバーが笑って大きくジャンプ。爽やかな汗が舞い飛ぶ。
149 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/25(土) 23:51:25.98 ID:4F4hgJ7vo
曲のアウトロは全パートがユニゾンで音高を下げてゆき、ライラのスネアとタムの乱打から溜めを介してシャットダウン。

一瞬で過ぎた4分30秒だった。

結局あれだけ弱音を零していた伊里亜も、いざ合奏となればとてつもない集中力とアドリブセンスを発揮していたし、凛はギターやサックスなどの運指を逐次読み取ることで無事に曲全体を制御下に置けた。

通常のオーケストラのコンサートマスターに相当するのが凛のベースの役割なのだ。

通しプレイのほぼ全てを各パートとの意思疎通に費やした甲斐あってか、特に韓国でのセッション経験がある栗栖とは良好なシンクロを保つことができたのは大きな自信へとつながった。
150 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/25(土) 23:51:53.40 ID:4F4hgJ7vo
「渋谷さん、すごく演りやすかったですよ、予想以上です!」

栗栖が腕を振り上げたガッツポーズで喜びを表現した。『予想以上』と云う言葉に、この場の全員が首肯した。

「いやはや、まさか一発で通せるとは驚いた。みなさん、実は相当練習して備えてきたんじゃないのかい?」

あいがサックスを肩から下ろして微笑むと、近くにいるアイドル同士が見つめ合う。

目だけで「あなたも? 実はわたしも」と語り、顔を緩やかに綻ばせた。
151 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/25(土) 23:52:28.72 ID:4F4hgJ7vo
「ライラのリズムキープがすごかったよね。私そのおかげでとても弾きやすかったよ」

凛がドラムセット内にちょこんと座って身動きのとりづらい彼女に代わってペットボトルの水を渡しながら云った。

「これまでの積み重ねでございますですねー。ごまだれ石を穿つってやつでございます」

「うん、雨垂れだね」

凛は訂正をせずにはいられない。

「それにしてもライラちゃんがここまで叩けるなんて意外でした! 普段あまりそういう姿を見ないから」

柑奈が感嘆の息を吐いた。CGプロのメンバーは一様に頷く。ライラにドラムの経験があること自体は知っているが、実際に演奏するのはレアケースだった。
152 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/25(土) 23:53:30.11 ID:4F4hgJ7vo
「ドラムを始めたきっかけは昔のチャレンジ企画ですねー。なつかしいです」

4年前に開催された、多田李衣菜、涼宮星花、冴島清美との『目指せロックスター』アイドルチャレンジ企画。
当時ド素人だったライラが立派にドラムを務め上げたライブはファンの間で語り種だ。

「あのとき練習するのに公園で叩いてたら、ダンディなおじさんと知り合いましたです。ドラムが上手で、あれ以来たまに見てもらってたのでございますよー」

「アイチャレでのレッスン以外にも自主練してたんだね。……というかドラムが上手なおじさん?」

「はい。今もたまにアイス買ってもらってますねー。こないだも一緒に表参道へ食べにいったのでございますです」

凛の問いに頷いたライラは、スマートフォンを取り出して自撮りのツーショットを見せてきた。

白髪交じりの口髭、丸眼鏡をかけて、つば付きの帽子を装着している出で立ち。中年と老年の間のような風貌の紳士だ。
153 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/25(土) 23:54:12.87 ID:4F4hgJ7vo
その画面を見た瞬間に、伊里亜が口に含んでいた水を噴き出した。

「ちょっと待ってそのひとレジェンドじゃん?! 神じゃん!???!」

写っていたのはレッドマジックオーケストラでドラムを担当する高梁幸宏だった。驚異的な正確さでビートを刻む、元祖人間メトロノーム。

こんな大御所に直接の教えを請える者などそうそういまい。にも拘わらずライラは「この方はアッラーの化身なのでございますですか?」と暢気に首を傾げ、その重大性を自覚していないようだった。

どうしてCGプロは謎人脈が多いんだ、と頭を抱える他プロの面々に、彼女はきょとんとしている。

「……まあこれで曲の土台は心配なさそうだね」

北斗が困ったような嬉しいような、複雑な頬笑をこらえながら云って、つられたアイドル皆がかすかに笑い声を漏らして頷く。
154 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/26(日) 00:01:04.98 ID:bNfTWuHio

そのあとは楽器を置いて、録音しておいた今の演奏に合わせてダンスのステップの確認。こちらも特段のつまづきは見受けられなかった。

強いて云うなら、楽器の演奏時には手が塞がるため、必然的にパフォーマンスは両脚のステップで魅せるなど下半身が主体となることを意識する必要があることくらいだった。

或る程度人数がいるため休奏するところも多く、その際は普通のステージと同じように全身を活かして踊ればよい。

なんだ余裕じゃないか。
155 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/26(日) 00:02:18.33 ID:bNfTWuHio
――とはそうは問屋が卸さないのがPのいつもの選曲だった。

演奏、ダンス、それぞれ単体なら最初から或る程度のまとまりを以て実現できたメンバーだが、全てを同時に実行しようとすると途端にギアが噛み合わなくなってしまった。

重い楽器を持ちながら動き回ることで、個々人の運動能力に左右されステップがばらついた。

ステップを正確に踏もうとすれば、意識が逸れたり重心が移動することによって演奏が不安定化してしまう。

リズムを一致させられないどころか、音程さえまともにトレースできないのだ。惨憺たる出来栄えだった。

「うっわー……」

通しの演奏後、がっくりと膝に両手をついて凛はうなだれた。
156 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/26(日) 00:03:08.47 ID:bNfTWuHio
演奏を単体でどれだけうまくできようが、パフォーマンスを単体でどれだけ魅せられようが、併せたときに同等の質を実現できなければまるで意味がないのだ。

今回の合同レッスンはこれが目的か。凛のみならず、アイドル全員がプロデューサー陣の意図を理解した。

凛が周りに頭を下げる。

「課題を出した人間の――うちのプロデューサーの気質を最も理解しているべき私が、先回りして手を打たなかったのは失態でした。申し訳ありません」

「いやいや、渋谷さんのせいではないでしょう。不甲斐ないのは自分もです」

慌てて栗栖が云った。他のアイドルも口々に相槌を打つが、今やるべきは傷の舐め合いではなく、どうすれば改善できるかを考えることだ。
157 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/26(日) 00:04:12.73 ID:bNfTWuHio
凛は顎に手を添えて少し考え込んだ。どこか身近にヒントはないか。演奏しながらダンスをする類のパフォーマンスは。

「あ」

ふと頭の中に、バトントワリングをする第一課の佐々木千枝の姿が浮かんだ。

「改善策に心当たりがあります。次回までに取りまとめて、皆さんへ情報共有します」

凛がやおら顔を挙げて力強く云うと、栗栖が期待の眼差しを向けてくる。

「心当たり?」

「はい、弊社のL.M.B.Gなんですが――」

凛が頷いて答えると、あいが「そうか、なるほどね」と髪をかき上げた。
158 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/26(日) 00:04:55.36 ID:bNfTWuHio
CGプロには、千枝を皮切りに、マーチングを行なうユニットが存在する。

L.M.B.G――リトルマーチングバンドガールズと呼ばれる大所帯だ。

年少組ゆえ実ライブではほぼ演奏せずダンスパフォーマンスが主となるが、楽器と運動の両立と云う、凛たちが今求めている要件にはマーチングこそが合致する。

L.M.B.Gメンバーの一人、第三課の龍崎薫とあいは年の差を越えて仲が良い。あいが凛の言葉ですぐに気づいた所以だ。

凛が是正案の手配をする事とし、ひとまずこの日は演奏とダンスを別個でそれぞれ練り上げることになった。

全員が集まれる機会はそうそう設けられない。休憩を挟みつつ、夜の帳が下りてもなおステップを踏む靴の音がフロアに響いた。
159 : ◆SHIBURINzgLf [sage !蒼_res]:2020/07/26(日) 00:05:56.96 ID:bNfTWuHio

今日はここまで
160 : ◆SHIBURINzgLf [sage !蒼_res]:2020/07/26(日) 00:06:36.62 ID:bNfTWuHio
安部菜々
https://i.imgur.com/kglLXLv.jpg

多田李衣菜
https://i.imgur.com/TGPS3nI.jpg

涼宮星花
https://i.imgur.com/uxCEn6L.jpg

冴島清美
https://i.imgur.com/uyJUspo.jpg

佐々木千枝
https://i.imgur.com/Q3O4pZk.jpg

龍崎薫
https://i.imgur.com/vNhHkY6.jpg
161 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/07/26(日) 03:20:03.96 ID:3YNm1FGDO
つか、七年後の話だから、千枝も18歳。薫は16歳(今が旬)……だよね?

リトルじゃないような気が……
162 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/07/26(日) 22:34:50.38 ID:bNfTWuHio
>>161
まあ一度ついたユニット名はおいそれと変えられないから…
ニュージェネも今や「ニュー」ではないですしね
163 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/26(日) 22:35:59.56 ID:bNfTWuHio

・・・・・・

レッスンが解散し、CGプロ事務所に凛が帰着したのは21時を回った頃だった。

本来は4人全員が直帰のスケジュールだったが、ライラたちとは途中で別れ、マーチングに関する情報収集のために単独で麻布十番へと戻ってきたのだ。

「ふう、ただいま」

第一課の扉を開けて帰還の挨拶をするものの、どこからも反応が返ってこない。

明かりは煌々と点いているのだから、誰も彼も退社済みというわけではないはずだが。
164 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/26(日) 22:37:03.72 ID:bNfTWuHio
レッスンスタジオに籠りっきりなのだろうかとPの執務エリアを覗き込むと、果たしてそこには机に突っ伏して寝ている姿があった。

「あぁ、なるほど」

合点のいった凛は、しかし直帰せずわざわざ事務所に寄った理由の対象が機能していない事実に対面し、どうしたものかと思案した。

ここへ来るまで結構大きな物音を立てていたはずなのに全く起きる様子がない。これはだいぶ深い意識不明の重体になっていそうだ。

「猛烈な勢いで爆睡してるプロデューサーを叩き起こすなんて、そんな鬼畜な所業はできないよね」

身体を冷やさないよう何か羽織るものでもかけようかと思って近寄ったものの、いざ近辺には適当な布がない。
165 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/26(日) 22:38:08.01 ID:bNfTWuHio
周りを見回すうち、Pの机にはツクヨミ関係の書類やら参考資料やらが山積されているのが目に入った。

「ああ……今にも崩れそう」

少しだけでも片付けようかと更に近づくと、Pの黒い頭にぽつぽつと白髪が混じっているのが見えた。

分布は偏在的で、とりわけ右後頭部に多く生えているようだった。

白髪が出てくるには些か早過ぎる年齢のはずだが、これだけ激務を続けていればメラニン細胞の劣化が加速度的に進むのは避けられないのだろう。

いづれにせよ、かつてベンタブラックを自称していたPの頭髪に、年波が忍び寄っているのは確実だった。

改めて、凛たち最前線に臨む“兵士”だけでなく、それを支える事務方も相当な奮戦をしていることが窺える。

立つ場所が違うだけで、全員が戦友なのだ。
166 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/26(日) 22:39:26.45 ID:bNfTWuHio
机から溢れそうな紙の束を、落ちない位置まで幾らか整理すると、陰から見たことのない写真が顔を出した。

初めてステージに立った日の、ゴシック調を基としたシックな黒いドレスを身に纏っている凛と、新しめのスーツを着たPが控室で並んで写っているものだ。

正確に云えば、凛にとっては何度となく見慣れた写真なのだが、それは自室に飾ってあるからという理由であって、Pが持っているところは見たことがなかった。

「あれ、プロデューサーもこれ持ってたんだ……」

写真の中のFランクアイドルは、表情こそ勝気に微笑んでいるとはいえ、デビューしたて特有のどこか自信を持ち足りない匂いが漂う。緊張で身を固くしていることも隠せていない。

被写体としては散々な状態ではあるけれど、デビューの際に撮影したものだからこそ、記念と云う意味でも戒めと云う意味でも、凛は常に目の届くところに飾っているのだ。
167 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/26(日) 22:40:25.86 ID:bNfTWuHio
書類の海に沈まないよう分けておこうと何の気なしにサルベージすると、『このアイドルのために俺がいる 目指せシンデレラガール』と隅っこに書かれていた。

印画紙のややヨレた手触りから察するに、額へ入れて飾っているというわけではないらしい。

むしろこのくたびれ加減は手帳などに挟んでことあるごとに取り出しているような印象がある。

「なんだ、キザったらしいこと書いてるね。ふふっ……」

4年前に第3代シンデレラガールと云う頂点を獲ったことで、書かれている決意は実現できてしまっている。それでもこの写真をずっと持ち続けていてくれたことに凛は胸が暖かくなった。

――やっぱり今日はそっとしておこう。

凛は相好を崩して頷いた。

机に積まれた本の山へ写真を立てかけ、また傍にはちひろの席から持ってきた差し入れのスタミナドリンクを置いてから、ゆっくりと踵を返した。
168 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/26(日) 22:42:06.64 ID:bNfTWuHio

「あ、いるいる」

上階のレッスンスタジオへ顔を出すと、この時間でもつかさが鏡と正対して踊っていた。

練習用のジャージを着用こそすれ、白いTシャツの裾を結んだり、ズボンもチャックをふくらはぎ辺りまで上げたりと、ファッショナブルな着こなしをしていて自社ブランドを持つ社長としての意地が垣間見える。

凛が「あの着方いいな、参考にしよう」と本筋から逸れたところで感心すると、つかさが来訪者に気づいて動きを止めた。

首にかけたタオルで汗を拭ってから歩み寄る。

「練習着でもない凛がここへ来るなんて珍しいね、こんな時間に一人か?」

「うん、今日は別の場所でレッスンしてた。プロデューサーに用事があったんだけど、寝ちゃってて」

「あーアイツ、昼間っからだいぶ疲れてそうだったからな」

凛の説明に、つかさは然もありなむ、と目を瞑って何度か首を縦に振る。
169 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/26(日) 22:43:07.61 ID:bNfTWuHio
「数時間前までそこでアタシのレッスンを見てたよ。……凛がアイツに執り持ってくれたんだって? 悪かったね」

「いいっていいって。アドバイス、もらえた?」

「おかげさまで。詰まってた小石が取れたから、これで次のライブの演出がコミットできる」

「それは何より。――ところでちょっと訊きたいんだけどさ」

凛はつかさにマーチングに関することを尋ねようと思っていた。

ベキリのほか、第二課の佐久間まゆと共に『ガールズネットワーク』と云うユニットも結成している彼女は、自身のコネクションの広さに加え、まゆの情念深さをひしひしと感じる特定の深い知見も入手できる位置にいる。

第一課の諜報アイドル八神マキノと並び、CGプロ随一の情報網を持っているのだ。
170 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/26(日) 22:43:56.06 ID:bNfTWuHio
「……マーチング? そりゃまた随分と異分野だなー」

つかさがきょとんとした表情でスポーツドリンクのストローに口をつけた。

「ツクヨミ関係でさ。楽器を操りながらステップも踏まないといけないから、マーチングが参考になるかなって。
本当はL.M.B.Gの資料を貰いにきたんだけど、プロデューサーと話せなかったから、先に情報通のつかさに訊こうかなと思ったんだ」

「あーそう云うこと。でもL.M.B.Gは子供用に大分リダクション―簡単に―してあるから単純なリファレンスにはならないんじゃねぇ?」

ボトルを壁面鏡の近くに置いてから、つかさは腕を組んで考え込んだ。
171 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/26(日) 22:44:52.00 ID:bNfTWuHio
「……必ずしも社内にこだわる必要ないんだったら、京都アリス高校吹奏楽部って知ってる? オレンジのユニフォームが特徴のマーチングバンドなんだけど」

「え、高校の部活?」

凛の声音にやや軽んじる匂いを感じたつかさは、チチッと人差し指を横に揺らした。

「いや、高校生と侮っちゃなんねぇよ? 由緒ある米国ローズパレードから複数回のオファーを受けてるプロ顔負けの強豪校だからな。
“橙の悪魔”って呼ばれるくらいだし、心肺機能と体幹スキルはそんじょそこらのアイドル程度じゃ到底勝負にもならねー。L.M.B.Gにも協力してもらってるはずだ」

自らのタブレット端末を取り出して、動画共有サイトを開く。
172 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/26(日) 22:45:45.13 ID:bNfTWuHio
何回かタップしてから「ほら、これ見てみ」と凛へ寄越すと、そこには我が目を見張る光景が広がっていた。

カリフォルニア・アナハイムのディズニーランドで催されたパレードを撮影した映像の中で、金管や木管、果ては打鍵楽器まで背負って縦横無尽に飛び回っているのだ。

しかも驚異的なことに、破格の運動量を誇りつつマーチングの本分である演奏も疎かにしていない。

大人数ゆえ先頭から最後尾までかなりの距離があるにも拘わらず、音のタイミングがぴたりと一致している。

それでいて特に重いチューバなどを担ぎながら軽やかに豪快なステップを踏む様は、およそ高校生とは思えない技量であった。

「なにこれ……」

凛は二の句が継げなかった。
173 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/26(日) 22:46:42.88 ID:bNfTWuHio
プロ集団というわけでもない、同好会というわけでもない、一年ごとに強制的な新陳代謝が発生する高校生なのに、スキルフルかつ高度な統制を実現しているとは。

一体どうやればこんなことができるようになるのか。

「アタシらの面目が潰れちゃうよなー」

つかさの苦笑に、何も言葉を返せなかった。ただただゆっくり頷くのみ。

「ま、彼女たちは私立校だし志望者も多いし? 確かに選び抜かれた子たちなワケだけどさ、アタシらだって天下のCGプロでアイドル張ってんだ、できないはずねぇっしょ」

謙虚にレクチャーを請うのも、プロとしての矜持じゃねぇ? とつかさは大きく口を開けて笑った。
174 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/26(日) 22:48:45.06 ID:bNfTWuHio
凛は映像を最後までしっかり目に焼き付けてからタブレットを返す。

「よく知ってたね、つかさ。……それとも、私が疎すぎるのかな」

「あーいや、実は種明かしすると、L.M.B.Gのメンバーを増やすときに千枝のプロデューサーから相談受けたことがあるんだよ。京都アリス高校は、アタシの地元福井の政財界とコネがあるから」

「なるほど。どうりでこんなに詳しいわけだね」

「お粗末様。会社のファイルサーバに橙の悪魔直伝のレクチャー映像があったはずだから、見てみるか」

つかさはそう云って、タブレットをテレビに接続した。

フレッシュな高校生が、だいぶ緊張した面持ちでビデオカメラに向かって喋るさまが映し出される。
175 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/26(日) 22:49:20.70 ID:bNfTWuHio
講義の内容自体は、年少組たるL.M.B.G向けに平易な言葉が並んでいる。なのに、たどたどしい話し方のためか頭に中々入ってこない。

微笑ましいほどの初心さだが、高校生の時分で現役アイドルへの教鞭を執ると云う経験などそうそうあるまいし、不慣れで当然でもある。

凛が映像を見ながら、着ている上着を脱いだ。

「おいおい今やんのか?」

つかさが少し呆れた面持ちで腰に手を当てた。

「善は急げって云うでしょ?」

「確かに違いねーな。どれ、アタシもやってみっか」
176 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/26(日) 22:50:15.04 ID:bNfTWuHio
好奇心が勝ったつかさが、ラフな姿になった凛の隣に並んで、レクチャー映像に倣って動き出す。

すぐにつかさの表情が困惑に変わった。

「……お、相当しんどいぞ、これ」

画面の中では、高校生が平然とした顔で、何ら造作もないように動いているのだが、ついていこうとすると途端に牙を剥くのだ。

「うん。瞬発力も持久力もフル動員するね」

凛が視線をテレビに向けたまま鋭くして頷いた。
相反する動作要素をそれぞれ高いレベルで要求されるマーチングの鍛錬は、一筋縄ではいかなそうだ。
177 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/26(日) 22:50:49.30 ID:bNfTWuHio
人間の筋肉には、瞬発力を生み出す速筋と持久力を生み出す遅筋の二種類がある。

アイドルである以上、細身のプロポーションを維持するためには無闇矢鱈に筋肉を増やせばよいわけでもない。

過度な増強を避けつつ最大の効果を得るには、速遅筋の最適な比率を考える必要があるだろう。

「これ意外と難題かも……」

2時間ほどかけて、ツクヨミでこなすべき練習メニューをリストアップしたところで、画一的なトレーニング法を組めない難しさを凛は実感した。
筋肉の得手不得手は、人によって千差万別であるためだ。

それでも、手掛かりを掴むことはできた。この収穫は大きい。

五里霧中を進むのよりも、コンパスひとつでもあれば取れる選択肢は増える。
178 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/26(日) 22:51:20.75 ID:bNfTWuHio
「つかさ、ごめんね。付き合わせちゃって」

ノートを閉じた凛は、髪を掻き上げて、隣のつかさを見た。

「いいって。気分転換になったし、自分の中にナレッジを積むのも楽しいもんだ」

つかさは水分を摂りながらニヤリと笑った。この知識欲が、情報通である遠因でもあるのだろう。

「ならよかった」と大きく一息を吐いて、凛は隅に脱ぎ捨てた上着を拾う。

ちょうどよいタイミングだから自らも切り上げるとつかさが云うので、二人で一緒に第一女子寮のある笹塚へ帰ることにした。
179 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/26(日) 22:52:49.03 ID:bNfTWuHio

つかさの準備を待って、帰りしなに第一課フロアへ顔を出すと、Pが妙に元気な状態で仕事を再開していた。

眼窩は窪み頬は痩けているのに何故か爽快な笑みを浮かべ、「俺は全知全能の神になった」などと云い溌溂としながら猛烈に書類と格闘している。

「やっぱりコカインとか出所不明の薬物でも入ってるんじゃないの、あの飲み物……」

凛がぼそりと独り言を洩らした。Pが人影に気づいて振り返る。

「おお二人か、おつかれ」

「おつかれさま。起きたんだ?」

「ああ。あのスタドリ、凛がくれたんだな? ありがとう、おかげで調子が上がってきたよ」

「嘘。ゾンビみたいな顔してるよ。まあ、差し入れした自分が云うのもなんだけどさ」

左腕で力こぶを作るPに、凛は渋い表情をした。
180 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/26(日) 22:54:41.70 ID:bNfTWuHio
「そうか? まあ今は休んでもいられない追い込み時だしな。でもスタドリのおかげで元気になる! 疲労がポンですわ!」

絶対に非合法薬物が入っているとみて間違いない。今度ちひろに中身は一体どうなっているのか訊かなければ、と凛は決意を新たにした。

「それパンドラの箱を開けそうじゃね? アタシはパス」

つかさが凛に耳打ちするのを、Pは不思議そうに見る。

「ん? どうかしたか?」

「ううん、なんでもない。私たちはもう上がろうと思って。スタジオフロアには誰もいないから施錠しといたよ」

「おーそりゃサンキュ。二人ともこんな遅くまで練習してたのか」

Pが時計に顔を向けて、まもなく日付が変わろうかと云う現在時刻をようやく認識した。
181 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/26(日) 22:55:41.06 ID:bNfTWuHio
「寮まで送ろう。車を回してくるから、地下で待っといて」

「ううん、いいよ。電車で帰るから大丈夫。プロデューサーはとにかく早く仕事を終わらせなきゃ。何が一番重要なのか、プロデューサーならわかるでしょ」

凛が手を左右に振った。

「そう。お前の隠れた努力、アタシはちゃんとわかってるし。お前の“担当アイドル”たちなんだから、やるべきことの邪魔はしねーよ」

二人微笑んで労い、Pの申し出を固辞して鉄道で退勤すべく社屋を出た。

麻布十番から笹塚まで車で移動するとなるとだいぶ長丁場となる。

それに時間を割くくらいだったら、その分早く書類をやっつけて休んでほしいと思うのは、凛とつかさ二人共通の認識だった。
182 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/26(日) 22:57:48.67 ID:bNfTWuHio
『プロデューサー、相当キツそうだね、あの様子じゃ』

『だな。今度まゆにでも訊いて、アイツの好きなコーヒーの銘柄とかアロマとかリサーチしてくるわ』

終電を間近に控えたこの時間帯の都営地下鉄は人が多い。

お喋りをして周りに存在がバレないよう、目の前にいる者同士でビジネスチャット―Slack―を使ったコミュニケーションが繰り広げられる。

かつてギャル社長と呼ばれたつかさの文字入力はとてつもなく速かった。
183 : ◆SHIBURINzgLf [sage !蒼_res]:2020/07/26(日) 23:02:16.28 ID:bNfTWuHio

今日はここまで
184 : ◆SHIBURINzgLf [sage !蒼_res]:2020/07/26(日) 23:02:43.26 ID:bNfTWuHio
佐久間まゆ
https://i.imgur.com/OpG5al3.jpg

八神マキノ
https://i.imgur.com/EVx7eCM.jpg
185 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/27(月) 23:22:32.71 ID:HtKC5RO4o

・・・・・・

満員のドームに、黄色い歓声と野太いそれが混ざり合ってこだましている。

驚異的な早さでライブツアーの告知がなされたのは、ツクヨミの発表から2ヶ月あまり。

それから更に1ヶ月かけて怒濤のアルバムリリースで機運を盛り上げた結果、レコード売り上げの上位には軒並みツクヨミが顔を出していた。

R.G.Pが唯一の例外として立ちはだかっているものの、ランキングから外患をほぼ駆逐すると云う、防波堤の役割をしっかり演じられている。

破竹の勢いと活動密度は、この間に迎えた凛の23歳の誕生日を覆い、霞ませるほど。
186 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/27(月) 23:23:41.94 ID:HtKC5RO4o
そして今、東名阪ツアーが、ここ大阪ドームを皮切りに開催されむとしていた。

小規模な会場からのステップアップではなく、初っ端から三大ドームツアー。業界が一丸となった肝煎りゆえに可能なことだ。

更には最大手広告代理店である伝通やゲームカルチャーの雄である磐梯南無粉、マスメディアからはフジツボテレビなどとのタッグもあり、三大ドームの全日程全席を瞬殺する売り上げを見せた。

一部には、ここまでお膳立てが整っているプロジェクトへ冷ややかな声もあったが、料亭での高級懐石やレストランでのフルコースディナーを嫌いな人間はそうそういないものだ。

たとえ大きなバックアップがあろうとて、観客の期待以上のパフォーマンスをしっかり魅せればよいだけの話であって、今日、それができれば、プロジェクトの第一段階は完了する。
187 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/27(月) 23:24:35.28 ID:HtKC5RO4o
アイドルたちは、スモークの焚かれたステージの下で、客以上に今か今かと出番を待ちきれない様子だ。

「壮大な計画の第一歩目、やっぱり掴みは大事だよね。みんなの度肝を抜いてあげよう。私たちならできるよ」

円状に集合したメンバーが右手を伸ばし、共同リーダーの一、凛が勝気な笑みを浮かべて云った。

いつしか凛は、錚々たるメンバーにも物怖じしない振る舞いができるようになっていた。

「あぁ。アイドルと云う言葉は今日、新たな次元へと昇華することになる」

もう片方の共同リーダー、北斗がキザな言い種をしつつ、スタッフからの開演指示を受けて喝を入れる。

「よし、いくぞ!」

「応!」
188 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/27(月) 23:26:12.39 ID:HtKC5RO4o
全員が、伸ばした右手を同時に上へ振り上げた。隣同士でハイタッチをして、衣装の左胸にあしらわれた印へ拳を添える。

横長の長方形を対角線で分割し、上から時計回りに黄、青、赤、黒で塗られた意匠はZ旗と呼ばれるものだ。

Z――つまり“後がない”と云うところから日露戦争の際に「皇國ノ興廃此ノ一戰ニ在リ、各員一層奮励努力セヨ」の意味が付与された旗。

期待を一身に背負って今まさに“出陣”する彼女らを鼓舞するに最も相応しい。

開場後から鳴っていたBGMの音量と照明の光量が絞られてゆき、それと反比例してオーディエンスの歓声は大きくなる。
189 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/27(月) 23:28:31.02 ID:HtKC5RO4o
静かなイントロがBGMとクロスフェードして、ついにステージの開始だ。

ベルのようなシンセサイザーや、落ち着いたクリーンギターの澄んだ音色に噛まされたフィルターが開いてゆく。

連動してアイドルたちが奈落からステージへと迫り上がり、暗闇に慣れた眼がメンバーを捉えた瞬間、まるで怒号のような喝采が響き渡る。観客の叫び声も、曲を構成する要素となる。

じっくりとイントロで慣らしてから、一転、煌々と灯り鋭く激しい攻撃的な音が場を支配した。ブロステップと呼ばれるジャンルの曲だ。

見目麗しいアイドルから発せられるドリルの如き鋭利な音波が、ドーム内にいる全員の鼓膜そして脳味噌を侵す。

耳から摂取するハードドラッグとも形容できるそれは、耐性のない大勢の観客をキメさせ、或る者は脳汁を垂れ流し、また或る者は立ちながらにしてオルガスムスを迎えていた。

――アイドルに殺される。

ステージに釘付けの皆が、開演してからわずかな時間しか経っていないながらも本能で察知した。
190 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/27(月) 23:29:31.40 ID:HtKC5RO4o
ブロステップからアイドルソングで胸をときめかせ、アシッドジャズやフュージョンでクールなオトナの時間を味わい、ハードロックで再びブチ上げる。

幅広いラインナップを取り揃えたプレイリストに、アリーナもスタンドも全てが酔いしれる。

激しい動きと、それでもぶれない演奏技術。

四肢の指先まで魂の宿った艶美なダンス。

華やかな衣装に包まれて、誰もが夢見るアイドルの輝きを全身から放つ。

更には、ジャパニーズアイドルシーンの威信をかけたツクヨミなればこそ、各社から異例のバックアップを受け、曲ごとに各事務所の所属アイドルがサポートメンバーとして入れ替わり立ち替わりバックダンスを華やかに彩った。
191 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/27(月) 23:31:44.54 ID:HtKC5RO4o
視界の端には、関係者席に招待した京都アリスの生徒たちが映る。

結局、ツクヨミのメンバー全員で京都まで特訓合宿に赴いた。その成果が、本日のこのステージだ。

教えを請うた人々に、プロフェッショナルの意地と髄を見せつける。

「恩返しができたかな、“先生”たち」

凛が不敵に笑んで、独り言つ。

その表情をカメラが射抜き、スクリーンへと大きく映し出されることで、会場の全員が改めてトップアイドルと恋に落ちてゆく。

これはまさに洗脳だ。

最前線の彼女は、大阪ドームを埋め尽くすペンライトの向こうに、未来を視た気がした。
192 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/27(月) 23:33:26.51 ID:HtKC5RO4o

・・・・・・

「おつかれさまでーす!」

夜の心斎橋に、歓喜の乾杯音が響く。

喧騒の賑わう道頓堀は戎橋、そこからほど近いにも拘わらず、この地にはひっそりと佇むお洒落なレストランが数多い。

大阪公演の成功を祝して、貸し切りでの打ち上げが催されていた。
193 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/27(月) 23:35:37.11 ID:HtKC5RO4o
ドームライブの盛況ぶりはインターネットメディアの速報ですでに全国へ伝えられており、このあと日付が変わる頃には地上波での芸能ニュースにも流れることだろう。

防衛戦略の初手が無事に成功したことは、ツクヨミへ出資しているレーベルや国内マスメディアに安心感を与えた。

テレビ局や放送各社、ツニーミュージックや日本最古のレコード会社ジヤパン哥倫―コロム―、果ては個々のアイドルと協賛契約をしている各企業などのトップが直々にメンバーへ慰労の電話を寄越してきたのがその証左だ。

「今夜はそっちに送ってあるものと同じワインで、取締役の面々と祝杯を挙げるよ」

とは凛のスポンサー四菱財閥会長の言である。

中央のテーブルには、わざわざ赤い菱形が刻印された大仰なケースに1990年のロマネコンティが1ダース鎮座していて、合計価格は優に5000万を凌ぐはずだった。
194 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/27(月) 23:37:16.33 ID:HtKC5RO4o
これにはさすがの凛も当惑を禁じ得なかった。

印税だの契約金だので億と云う額も身近になっていた彼女でさえ、一夜の宴会のために4桁もの人数の福澤諭吉をポンと出す金銭感覚ではない。

日本最大のコングロマリットの威力をまざまざと見せつけられつつ、それでも飲まねば損とばかりに関係者全員が群がっている。

凛もグラスになみなみと注がれた深紅のそれを受け取って一口、二口と呷った。

高級赤ワインのイメージにありがちなフルボディの濃厚かつ重い味を想定していたのに、意外にもすっきりと喉を通ってゆき、特徴的な残り香が鼻腔をくすぐる。

美味しいけど生搾りのサワーの方がいいな……

と折角の贈り物に対して多少失礼な感想を思い浮かべていると、隣に「おつかれです」と栗栖が腰を下ろした。
195 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/27(月) 23:38:11.90 ID:HtKC5RO4o
「渋谷さん、ロマネコンティ進んでないね」

「うん、まあ……」

視線を赤い水面に落として言葉を濁す。

「――なんか気負いの方が先に来ちゃって」

「だよねえ、ビールとかチューハイの方がいいよね」

味わうことなくソッコーで飲み干して終わりにしてしまった、と栗栖が云うので二人肩を揺らす。

「ほんと。ま、こう云うのは年寄り組やプロデューサーたちに任せちゃおうかな」

そう云って凛はPを手招き、半分ほどのワインと極微かに口紅の跡が残ったグラスを押し付けてから、カクテルの入ったシャンパングラスを手に取った。
196 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/27(月) 23:39:31.06 ID:HtKC5RO4o
ミモザと呼ばれる、シャンパーニュとオレンジジュースをステアしたそのカクテルはとても飲みやすく、これはこれでペースを誤ると大変なことになりそうだ。

「ふう、おいしい。成人してそんなに経ってない私なんかにはこれくらいが丁度いいよ。普段からそんなに飲まないし」

お酒は嫌いじゃないんだけどね、と凛は苦笑した。

「あーわかる。日々の詰まったスケジュールを考えるとおいそれと飲めないから」

栗栖が腕を組んでうんうんと頷く。

その向こうからは、凛の“残飯処理”含め大量のアルコールが入り気分の大きくなったPが、熱くアイドルの将来展望について語っている声が聞こえてくる。だいぶ酔っている様子だ。

疲労の溜まっている身体にいきなりワインを浴びるほど注ぎ込んでは然もありなむ。

人前に出ることが仕事の凛たちには、あのような飲み方はできなかった。
197 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/27(月) 23:42:25.95 ID:HtKC5RO4o
「渋谷さんさえよければ今度予定が合ったら飲みましょ。美味しいサイドカーを出してくれる行きつけがあるんで。俺の古い友人の店なんだけど」

「……うわ、サイテー」

凛は誘いの言葉を穿った見方で受け取って、しばし考えてから答えた。

サイドカーと云うブランデーベースのカクテルは、度数が高いわりにとても飲みやすく、レディキラー――つまり女を酔い潰して持ち帰る――の異名を持つ。

無論、普遍的な美味さのカクテルゆえの風評被害でもあるのだが。

「バレたか。って違う違うそういう意味じゃないですって」

栗栖は律儀にノッてから大きく手を振って否定した。もしかしたら彼は関西出身なのか、あるいは親族に関西の人間がいるのかもしれない。

サイドカーは非常にシンプルなレシピのため、バーテンダーの腕や特色がよく顕れる。

初めてのバーへ行ったらまずサイドカーを頼めと云う格言も存在する。このカクテルが美味い店は他のメニューもレベルが高い。
198 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/27(月) 23:43:06.17 ID:HtKC5RO4o
「お酒、好きなんだね」

「いやー俺もまだ酒が飲めるようになってから長いわけじゃないし、まだまだ暗中模索してる感じで」

と、ウーロン茶の入ったグラスへ腕を伸ばす。

「でも俺はこの後また少し練習するから控えておかないと」

「えっ、これから?」

凛は驚きに目を大きくした。
199 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/27(月) 23:44:01.20 ID:HtKC5RO4o
「うん。渋谷さんだから判ってると思うけど、俺一回ミスタッチしちゃったんで。
自分とのセッションのとき、渋谷さんは譜面から外してこっちに合わせてくれましたよね」

「あ、わかっちゃった?」

「そりゃあね。面目次第もない」

栗栖は肩を少しだけ竦めて、こめかみを掻いた。

「でも渋谷さんがこっちに添ってくれてすぐ復帰できた。感謝してます。ぶっちゃけ純より演りやすいよ、渋谷さんの方が」

TOCIOのサポートで忙しい純に代わってSATURNへ加入してくれと冗談を飛ばす。

地獄耳に聞きつけたPが血相を変えて止めに入るのを見て、凛はお腹を抱えて笑った。

女所帯のCGプロだけでは味わうことができなかったであろう雰囲気の宴も酣―たけなわ―、お偉いさんたちの相手はPや酒好きのメンバーにでも任せて、練習に付き合うべく一足早く切り上げることにした。

美味しいアルコールの入った器よりも、コンコードを触っている方が彼女の性には合っていた。
200 : ◆SHIBURINzgLf [sage !蒼_res]:2020/07/27(月) 23:46:42.45 ID:HtKC5RO4o

今日はここまで
201 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/07/28(火) 04:42:30.72 ID:6iosLEDDO
あの……Z旗揚げた軍艦は



すべて爆沈の経験があるんですが……
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