渋谷凛「愛は夢の中に」

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202 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/07/28(火) 23:15:57.75 ID:4h7q9LhCo
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203 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/28(火) 23:22:22.56 ID:4h7q9LhCo



・・・・・・・・・・・・


渋谷駅西口ターミナルは、相も変わらぬ人混みと、乗合バスやタクシー、更に周囲から浮いた警戒色の建設機械が入り交じっている。

大幅な再開発が進行する当駅周辺は、1日たりとて同じ表情を維持することはなく、常に雑然と慌ただしい。

日本語ではない声量の大きな会話。おそらく大陸からの観光客だろう。

必要性が疑問に思えるほど過剰な構内案内アナウンス。狭い空間に反響して聞きにくく、むしろ逆効果だ。

屋外広告が誰へ宛てるでもなく垂れ流す宣伝。シャカシャカと軽薄な音質で、行き交う人々に存在を認識されていない。

メルセデスの吹かすマフラー音とグリップに耐え切れず鳴くタイヤ。しかし超過密都市の中、速く走ることはきっと叶わない。

それら環境ノイズの洪水に加えて、何よりも土木現場の生み出す極めて騒々しい雑音が鼓膜をこれでもかと叩く。
204 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/28(火) 23:23:31.20 ID:4h7q9LhCo
京王マークシティから歩み出た瞬間に、凛はその端整な相貌を少しだけ歪めた。

ヒートアイランド現象のみならず、人海の体温と大型重機の吐き出す排気ガスなどが混ざり合って、都市の臭いを包含した熱風が淀み、タールの如く身体に纏わりついてくるのだ。

振り返れば、頭上には銀座線の黄色い車輛が高架をゆったり通り抜けている。

決して勾配を上ってきたわけではない“地下鉄”であるはずのそれが空中を回遊し、或いはどこを見ても急坂だらけの地理条件が、
ここが渋谷と云う字面通りの谷底にあることを――焼かれた空気の逃げ道がないことを意識させる。

暦の上では秋だと云っても世間はまだ「夏休み」だし、そんな言葉遊び以前に、ガスバーナーで炙られるように突き刺さる日射は真夏のそれでしかなかった。

ロータリーに面した銀行の入口から冷気が一瞬だけ漂ってきて、暑さで麻痺した肌に生を実感させる。

たぶん焦がしプリンはこんな気分なのかも知れない、と思った。
205 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/28(火) 23:24:55.15 ID:4h7q9LhCo
国道246号玉川通りを歩道橋で越え、山手線の長いガードをくぐると、右手に竣工間近のビルが空へ高く伸びている。

5年前に地下化された東横線渋谷駅の跡地を利用したものだと云うが、往時の姿がどんなものだったのか、早くも記憶の砂時計の下へ埋もれてしまった。

ツクヨミの快進撃に伴い、やらなければならないことが格段に増えたので、些末な記憶に脳の容積を一々割いておく余裕が、もはやないのだ。

つい先日迎えた自身の23度目の誕生日でさえ、忙しさのあまり大して祝うこともなく過ぎ去った。

ただ23歳ともなれば、未成年の頃とは違って、誕生日は目出度さよりも年齢の数字が増える恐怖感の方が勝ってくる。

目の回るほどの多忙さが、凛本人としては却って好ましい状況ではあった。
206 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/28(火) 23:25:50.69 ID:4h7q9LhCo
閑散とした、しかしそれでいて工事車両がひっきりなしに行き交う裏道を線路沿いにしばらく進むと、いきなり人の密度が上がる。

埼京線の新南口が置かれているここは、明治18年開業初代の渋谷駅があった場所だと云う。

自らの苗字と同じ地ゆえ、街の由緒を色々と調べたことがある。

歴史の足跡の面白さと云うものが、歳を重ねてわかるようになってきた。

最近では、NHKの、タモリが何気ない土地をブラブラと歩いて過去に思い馳せる番組を観るのが密かな愉しみだった。

さながらアンドロイド製造工場の如く出口から吐き出され続ける人波を縫って突破すれば、目的地は間もなく姿を現すはずだ。
207 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/28(火) 23:26:57.27 ID:4h7q9LhCo
「おっ、おはよう」

群衆の中から、明らかに自分へ宛てたとみられる声がした。

ラッシュの流れの中で、栗栖が手を軽く挙げている。

「おつかれさま。電車通勤なんだ?」

てっきり車での送迎だと思ってた、と凛が足早に寄ると、栗栖は首を振って「俺ら若手なんていつも電車だよ」と笑った。
208 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/28(火) 23:28:16.77 ID:4h7q9LhCo
そう、トップアイドルとて、よっぽど直行手段がない場合を除き、専ら鉄道が移動方法なのだ。

年功序列の側面もあるし、定時性が高いのも理由の一つ。

その二言三言のやりとりだけで、もうビルの玄関が視程内に入る。

見上げてから「ふう、遠かった」とため息を漏らす。

「朝から随分疲れてないか?」

栗栖は首を傾げるが、

「京王から来たからね」

「あぁ……」

凛の端的な説明にぎらつく空を見上げて、そりゃ大移動だ、と同情の声を上げる。
209 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/28(火) 23:32:24.68 ID:4h7q9LhCo
京王渋谷駅マークシティは、凛がいま仰いでいるジョニーズビルから、街道や線路を挟んでほぼ点対称の位置にあって、およそ15分かけての徒歩移動を要した。

笹塚からならば、こんな面倒くさいアクセスなどせず、新宿を経由して埼京線に乗ってくれば済むのだが――

痴漢が頻発する不名誉な路線は、混む時間帯には利用しないようPから懇願されている。

「新宿なら通り道だし、朝イチでジョニーズに来るときは俺がエスコートしようか?」

「それは魅力的な提案だね。……でも流石に朝二人で満員電車に揺られているとあらぬ噂を立てられそう、かな。ラッシュ時は人の目が多いから」

「あーそれもそうか……ボツだな。ま、俺に協力できることがあったら何でも云ってよ」

妙案が浮かばないことを誤魔化すように栗栖がこめかみを掻いた。

無論それは彼のせいではなく、トップアイドルと云う立場同士の哀しさゆえであることが判っている凛は「うん、ありがと」と軽く頷いて、二人一緒にビルのスタジオへと入っていった。

今日はメンバーの都合から、栗栖、麗、凛だけのレッスンだった。
210 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/28(火) 23:33:53.45 ID:4h7q9LhCo

「――って云うやり取りがあってさ」

早朝のセッション練習からラジオ収録、雑誌撮影などの仕事をこなして、太陽がすっかり店仕舞いした時分に、第一課のソファへ凛が身を預ける。

革が摩擦で鳴って、腿や臀部をひんやり包み込む感覚が気持ちよい。ミドルヒールのレースアップパンプスを脱いで足を揺らした。

「さすがに今の時期、京王から新南口まで歩くのは酷だと思わない? 肌もダメージ受けちゃうよ、いくら日焼け止め塗ったって」

凛の柔らかな抗議にPは腕を組んで「うーん、云わんとすることはわかるんだがなあ」と考え込んだ。

椅子を回し、パソコンから凛の方へ向き直って息を吐く。

「やっぱ凛くらい美人になるとさ、万が一にでも痴漢被害を受けやしないかと気を揉んで仕方ないんだよ」
211 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/28(火) 23:36:03.75 ID:4h7q9LhCo
曰く、奴等が重視するのは身体偏差値、つまり姿形のバランスなのだそうだ。

頭頂から頭髪を経て上半身そして下半身へと至る色香、顔は見えないけど振り向いたらきっと美人に違いない、そう思わせる造形美こそが神聖な触れるべき対象に選定されるのだと云う。

確かに凛は、いつどこで誰にどのような手段で見られても恥ずかしくないようにプロポーションを維持してきた――いや、思春期の頃から理想のカラダを目指して鍛え上げてきた自負があった。

その上さらに帽子や伊達眼鏡でも隠し切れない顔面偏差値の高さを一瞬でもちらりと視界に入れれば、狩猟対象としてロックオンだ。

Pが人差し指で凛を3回指して「インカミン・ミッソー」とぼやく。
212 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/28(火) 23:37:17.48 ID:4h7q9LhCo
たまにづけづけと「可愛い」だの「美人」だの正面切って云ってくるのは本当に人誑しだと、凛は思った。

そうでもなければプロデューサーは果たして務まらないのだろう。

「だがまあ毎日そのルートを使うわけじゃないし、例えば湘南新宿のグリーン車を使うとかなら或いは……」

視線を上下左右に動かして、グリーンだと人が少ないから凛が乗ってるって気付かれやすいか、などと自己問答している。

「うーむ、もしかしたら乃木坂の新社屋の方へレッスン場も移転する可能性があるし、そうじゃなくてもCGプロ―ウチ―を基幹スタジオにできないか今度訊いてみる」

「わかった。ありがと」

最善ではないが現状で出せる最適解をPから聞いて、凛は靴を再度履いた。これから日付が変わる頃までつかさとのレッスンだ。
213 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/28(火) 23:38:03.86 ID:4h7q9LhCo
ツクヨミに割く時間が多いとは云え、普段のアイドル活動も並行してきちんとある。ベキリが次回リリースする新曲の習得を進めなければならない。

立ち上がり「行ってくるね」と鞄を手に取る。

第一課スペースを出ていこうとする凛の背中にPが労う。

「おう。今日は午前もレッスンがあったのに大変だと思うが頑張ってくれ。あと――」

振り返った瞳を見て、一瞬置いた。

「……ベーシストとギタリスト、ツクヨミの中では絡む機会が一番多いだろうけど、相手はジョニーズだから。くれぐれもスキャンダルには気をつけろよ」

「わかってる。だからこそエスコートの申し出を辞退したわけだし、向こうだって充分認識してると思うよ」

眼を閉じ、口許に笑みを浮かべてから、艶やかな靴音を遺していった。
214 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/28(火) 23:40:14.70 ID:4h7q9LhCo

・・・・・・

乃木坂の袂―たもと―には、鉛白の如く明るい輝きを放つ鳥居が鎮座していて、それをくぐると右手に乃木神社境内への石畳が続き、左手にはこぢんまりとした公園がある。

坂や陸橋に囲まれ3次元方向へ広がる周辺地理の影響で、2階建てのような構造となっているこの乃木公園。

中心には見事な桜の大木が植わっていて、蓋の役割を果たすことで、特に下層側の広場は全方向から包まれた印象を受ける。

夜にもなれば、ここが外苑東通り沿いだとは思えない静かさ。天然のゆりかごと形容するに不足ないこの場所を、凛は気に入っていた。
215 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/28(火) 23:40:57.27 ID:4h7q9LhCo
ツクヨミのメインレッスン場が乃木坂へと移されたのはあれからすぐのことだ。

直行直帰もCGプロへのアクセスも楽になったし、ビル地下にあるツニーミュージックスタジオと連携がとりやすくなると云う副効果もあった。

日付を越えてもなお人でごった返す渋谷と違って、陽が沈めばここ一帯は落ち着くので、遅くまで乃木坂スタジオに用事がある日など、凛はよく乃木公園で息抜きをするようになった。

気温はまだまだ高止まりなものの、秋の陽はつるべ落としとよく云う通りに、7時前には没する。

「今度、散歩に連れてきたいな」

実家の愛犬に思い馳せ、ベンチから薄暮の空を見上げて呟いた。
216 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/28(火) 23:41:38.23 ID:4h7q9LhCo
ここしばらく多忙を極め、休日はおろか正月さえもなく、生花店を営む実家へは顔を出せていない。

人間の年齢に換算すればそろそろ還暦の頃合だから、アイドル稼業の慌ただしさにかまけて後悔することのないようにしたいものだ。

目を瞑れば、この誰にも邪魔されないオアシスで戯れる様子がはっきりと浮かぶ。

その辺の草花をくんくんと嗅いだり、上層側との連絡階段をぴょんぴょんと跳ねたり。

「あー……ハナコと遊びたい……」

ホームシックならぬドッグシックに陥り、長い嘆息の混じった願望を吐き出す。
217 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/28(火) 23:43:22.21 ID:4h7q9LhCo
「――誰それ?」

つと、自らの独言へ反応する言葉が投げ掛けられた。

凛は不意のことに無防備で、驚きのあまり瞠目し木製の椅子の上で身体が跳ねた。

挙動不審者よろしく辺りを見渡すと、公園入口から3メートルほどのところに栗栖がいて、驚かせちゃったみたいで御免、と右手を軽く挙げている。
218 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/28(火) 23:44:06.08 ID:4h7q9LhCo
「……はしたないところを見せちゃった」

凛は俯いて、いそいそと居住まいを正す。

顔の内側から湧き出る熱がはっきりと実感でき、自ら火傷をしてしまいそうな錯覚を持った。

「よく私がここにいるって判ったね」

「や、実は渋谷さんを追ってきたって云う訳ではなくてね。ここは俺のお気に入りなんだ。居心地がいいからたまに来る」

栗栖は音もなく寄り、「隣、いいかい?」と訊く。

凛の首肯を得てから、羽根が舞い落ちるかのようにふわりと腰掛けた。洗練された所作だった。
219 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/28(火) 23:45:29.97 ID:4h7q9LhCo
「まるで忍者みたい」

意地の悪い登場をしたことへの当て付けに、凛は自らの隙を棚に上げてツンと顔を背けた。

「剣道やってたからね、ドタバタ歩かないのさ」

栗栖がくつくつ肩を揺らすので、「初耳だね」と云いながら肘で小突く。

「だからって、びっくりさせてくれなくてもいいのに」

「ごめんごめん。ガキの頃から音を出さないのが身に染み付いているんだよ。親父は弓道でお袋は茶道だし、静かに動くのが普通だった」
220 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/28(火) 23:46:43.49 ID:4h7q9LhCo
アイドルをやっている割に――と云うと明らかな偏見になるが、意外と栗栖はいいとこの出らしい。

凛は、彼に抱いていた微かな違和感の出処が判った気がした。同年代なのに、妙に落ち着いた物腰だと感じていたのだ。

それこそ、昨年「三十路に突入してしまった」と鬱になっていたPと口調も雰囲気も似ていて、随分と話しやすい。その理由のひとつがこれなのだろう。

良くも悪くも放任な凛の両親と違って厳格そうな家なのに、よく芸能界なんて魔窟入りすることを赦してくれたものだと思う。

「――で、ハナコがどうしたって?」

栗栖の屈託なく笑う表情を見て牙を抜かれた凛はそれ以上抗議できず、口惜しさを紛らわすように話題を無理矢理戻して問うた。
221 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/28(火) 23:47:22.07 ID:4h7q9LhCo
「あ、そうそう、それ。花子って誰? 妹さんとか?」

栗栖は気づいたように手を打って、やや見当違いな質問を寄越した。

しかし決して莫迦にした物云いではなく、クールなトップアイドルが「遊びたい」と洩らした相手のことが純粋に気になっている様子だ。

凛は、世間から――業界内でさえ――一種の孤高さを以て見られる傾向があったし、それを売りにするのも悪くはないと思っている。

なので、自らの人となりについて訊かれる機会はそう多くない。

栗栖のピュアな好奇心は、新鮮に感じられた。
222 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/28(火) 23:49:02.78 ID:4h7q9LhCo
「ううん、妹じゃなくって、犬だよ。実家で飼ってるの」

さすがに花子は人名としては古風すぎるでしょ、と笑うと、栗栖も「違いない」と苦笑する。

「ミニチュアダックスフントとヨークシャーテリアのミックスでさ、花屋だからハナコってね」

「……え、マジで。その組み合わせもう絶対可愛いのが決まりきってるじゃないか」

「うん、世界で一番可愛いよ。お利口さんだしね」

栗栖が目を輝かせて食いついたので凛はやや意外に思った。どちらかと云えばレトリバーなどの大型犬の方が好きそうな印象があったからだ。

自らの腕の中で尻尾を振るさまを思い出し、目を軽く閉じて微笑む。
223 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/28(火) 23:49:59.55 ID:4h7q9LhCo
それにしても――と一息置いて、

「そんなにアグレッシブな反応があるとは思わなかった。犬、好きなの?」

「そうだなあ。小さいころから飼いたかったんだけど許可が出なくてね。犬のいる生活にだいぶ憧れがある」

肩を竦めて、今は多忙で命を預かれる状態ではないし、と短い息を吐く。

ちらりと、家の事情が垣間見えた。猶のことアイドルになった経緯が気に掛かるが、無論センシティブな詮索は憚られるのでやめた。
224 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/28(火) 23:51:35.30 ID:4h7q9LhCo
いづれにせよ、犬好きに悪い人間はいない。

「今度機会があれば散歩連れてってみる? ハナコ、誰にでもすぐ懐くからさ」

「うわー最高。マジでいいの? 田嶋さんに頼んでスケ絶対調整するわ」

場所柄あまり大きな声は出せない代わり、喜びの大きさを表わすように、胸の前で両腕に力を入れて、すっくと立ち上がる。

「こりゃ俺も何か気合入れたお礼しないと釣り合わないな……」

栗栖がこめかみを掻きながら真剣な思案顔をするので、凛は「別にそんなのいいよ」と笑った。

「もし気が済まないんだったら、お母さんに色紙の1枚くらい書いてくれれば嬉しいかな。
昔からジョニーズ好きだし、ここ最近はSATURNにお熱だからさ」

年甲斐もなく――と形容するのは不適切だ。今やジョニーズのメイン購買層はマダム世代が担っている。
225 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/28(火) 23:53:01.50 ID:4h7q9LhCo
「お廉―やす―い御用だ、何だったら色々なパターンで書くよ。チェキも撮ろうか?」

「いや……流石にそこまではしなくてもいいかな……」

栗栖の豪勢な提案には凛も苦笑を禁じ得ない。

腕時計を一瞥すると、束の間の息抜きもそろそろ魔法の切れる時間だった。

荷物を持って、栗栖の所作に引けを取らぬよう品良く立ち上がる。

「そろそろ行かなきゃ。私も最近実家に帰れてなかったし、この機会にちょっと時間作るよ」

淡青の伊達眼鏡と白いキャスケット帽を深く被り直してから、また連絡すると云って公園を後にした。
226 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/28(火) 23:53:47.15 ID:4h7q9LhCo
頭の中に入っているカレンダーをめくりつつPとも連絡を取り合って、半休の算段を練る。

ハナコに会いたい旨を伝えた瞬間に「よっしゃ任せとけ!」と勢いよく電話が切れた。

結局ちひろの助力もあって、調整が終わるまでに四半刻も要さなかった。

これで久しぶりにハナコの散歩へ行ける、そう思うと顔が綻ぶのを抑えられない。

「ふふっ、楽しみだな」

その夜、母親にチェキの件をインスタントメッセンジャーで訊いてみたところ、「撮りたい!」と怒濤の返信がきた。
227 : ◆SHIBURINzgLf [sage !蒼_res]:2020/07/28(火) 23:54:25.88 ID:4h7q9LhCo

今日はここまで
228 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/30(木) 23:45:23.94 ID:ZxKlcvjDo

・・・・・・

視界の端で、青みがかった灰色のC-130J―スーパーハーキュリーズ―が腹に響くプロペラの音を四方へ撒きつつ上昇してゆく。

さながら荷物を背負った行商人みたく、ゆっくりとした足取りでやがて空へ溶け込んだ。

鈍重な輸送機とは対照的に、目の前ではハナコが歩道をちょこちょこと軽快な歩きで動き回るのだが、その国道沿いに並んでいるのは、異色の雰囲気を醸し出す商店ばかりだった。

色使いも建築様式も、果ては書かれている文字まで日本のものではない。

迷彩服やバックパックのほか大きな極彩色カトラリーが売られている横には星条旗がはためく。
229 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/30(木) 23:47:09.22 ID:ZxKlcvjDo
他方では古いハリウッド映画を思い起こさせるネオン燈が存在感を主張したアイスクリームショップ、終戦後の息遣いを今に伝える日本初のアメリカンピザハウス。

そのどれもがドルでの支払いに対応し、道端には『REDUCE SPEED AHEAD―減速せよ―』と英語だけの標識が多数見える。

――極東指折りの米軍基地が置かれているこの街は、日本にいながらにして国外の空気を味わえる不思議なエリアである。

「ハナコ、そっちじゃないよ、こっち」

散歩に夢中でも決してはしゃぎ過ぎることはなく、凛が行き先を指し示すとしっかりその方向へ復帰できるほどハナコにとっては慣れた道だ。

でも、いつもと明確に違う点がひとつ。リードを持っているのが凛ではなかった。

「うお……ちっこい割に意外とパワフルだな」

しっかり保持してないと持ってかれる、と笑いながら翻弄されるのは誰あろう栗栖だ。
230 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/30(木) 23:47:55.10 ID:ZxKlcvjDo
乃木公園でハナコが話題に上ってから10日ほど経った。

この日の昼前から夕方までが凛の予定をやりくりして空けられるタイミングで、栗栖も無理矢理半休をねじ込んだそうだ。

凛は栗栖のスケジュールに混乱を生じさせてはいないかと心配したが、曰く、レッスンの日取りを変えるだけで済んだから仕事に影響はないとのことで胸を撫で下ろした。

「お母さんのはしゃぎっぷりったらなかったね」

ハナコを目で追いながら、凛は小一時間ほど前の母親の様子を思い出して息を吐いた。
231 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/30(木) 23:48:44.71 ID:ZxKlcvjDo
普段、娘のアイドル活動に対しては特段の反応を寄越さないのに、栗栖が顔を出すや否や、店を臨時休業にする勢いで舞い上がっていたのだ。

女としては気持ちが判らなくもないものの、同じアイドルとしては悔しさがある。

「一応こっちだってトップアイドルで、久しぶりの帰省なんだけどな」と云う小さな抗議にも「はいはいそうね、流石私の娘よね〜〜」とほぼ耳を貸さない。

これには狂喜乱舞の対象たる栗栖自身も苦笑いを禁じ得なかった。

「まあ、あれだけ喜んでくれたなら冥利に尽きるってもんさ」

ハナコに並び歩きつつ、先刻と同じ苦笑を伴って栗栖は云った。

「自分の母親ながら参ったよ」

頭を軽く押さえて呻く。
232 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/30(木) 23:49:20.05 ID:ZxKlcvjDo
あろうことかチェキを額へ入れ家宝にすると云うので、飾るなら誰の目にも触れない場所へ、と釘を刺しておいた。

だが、それはきっと杞憂だろう。

凛は、大切なものは箪笥の奥へしっかり仕舞っておく性質だ。

4年前、アイドルの頂上―シンデレラガール―を掴み取った際にPから貰ったガラスの靴は、厳重に保管してある。

棚などに設えれば映えるのだろうが、「いいんだ」と静かに笑って首を横に振るのだ。

遺伝子の引継ぎ元である母親だってそのパターンで行動するに違いない。
233 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/30(木) 23:50:12.69 ID:ZxKlcvjDo
「へえ。俺は何でも飾り立てちゃうから逆だな」

だから自室はモノが溢れ返ってるんだけど、と栗栖は肩を揺らした。

「私みたいに仕舞い込むんじゃなくて、大切なものが常に目に入るようにしとくのもいいとは思うよ。結構悩ましいんだよね」

「そうだなあ。ずっと飾ってたお気に入りのポスターが、飾っていたからこそ日に焼けちゃったりしてて。
曝さずに保管しておけばよかったと思うこともあるし、かといって箱から出さないと手に入れた意味がないし」

ギターならビンテージとか使い込むほどに熟成されていくんだけど――そう云って笑い、「ほら、あれみたいに」と路に面したガラスウィンドウを指差す。

そこは中古の楽器屋だった。

エレキギターの意匠に『ファイブシスターズ』と書かれた看板が掛かっていて、その隣の窓からはたくさんのギターやベースが所狭しと並んでいるのが見える。

そして、栗栖の視線が店から動かない。
234 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/30(木) 23:50:48.57 ID:ZxKlcvjDo
「……気になる?」

しばらく様子を見ていた凛が笑いながら訊いた。

凝視は無意識だったのだろう、栗栖はハッと気付いて抜け出ていた魂を手繰り寄せた。

「正直、すんげぇ気になる」

「ふふっ、根っからのギタリストだね。いいよ、時間あるし寄っていこう」

そう云って凛はハナコを抱き上げ、ガラス戸を押して「おばちゃーん、こんにちは、お久しぶりです」と入ってゆく。
235 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/30(木) 23:51:46.57 ID:ZxKlcvjDo
中ではやや老齢な女性の店主がゆったりと腰かけていた。

「あら凛ちゃん、ご無沙汰ね。元気してますか」

「お陰様で大分忙しく駆け回ってます。ちょっと今日は時間を作れたから知り合いを連れてきたんだ。ギタリストなの」

凛が後ろからついてきた人間を指で示すので、栗栖は「ど、どうも」と頭を下げた。

「――なに、顔馴染みなの?」

声のトーンを落として質問を寄越すので、凛は当然だと云うかのように頷いた。

「そりゃね、この辺は私の庭だし。ベースを弾くようになってからもう7年お世話になってるよ」

「なるほど、それもそうか」

腑に落ちたように手を叩いてから、雑多に陳列された一面のギターを見て「うわぁ……」と少年の顔をして息を吐く。
236 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/30(木) 23:52:59.79 ID:ZxKlcvjDo
きょろきょろと見回すうちに、凛の肩越しに気になるものがあったようで「おっ」と独り言つ声が漏れる。

おばちゃんが聞き逃さなかった。

「あなた、これ気になりますか。よくわかりましたね、一本目にこれを見定めるなんて」

柔和に笑って、「どれでも好きに弾いていいですよ」と云うので、近くにいた凛が代わりに取った。

「あ、Eシリアルだこれ」

「マジかよ!?」

ネックの製造番号を見て呟くと、即座に栗栖が叫んだ。
237 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/30(木) 23:54:02.80 ID:ZxKlcvjDo
「そう、フェンダージャパン、86年のフジゲン製です」

音の鳴りや本体の品質が高く、またコストパフォーマンスが優れていることから、中古市場で常に人気の高いシリーズだ。

試奏すると艶やかで伸びのある気持ちの良い音がした。それでいて破格に安い。

「あちらにはマツモクのもありますよ。そのEシリアルよりは少し高価ですけど、出音もいいです。
とはいえこの年代の日本製は本当によく出来ているので、どちらを選んでも幸せになれるわね」

フジゲンもマツモクも共に松本近郊のギター製造メーカーだ。正確に云えば、マツモクは今はもうない。
238 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/30(木) 23:55:10.82 ID:ZxKlcvjDo
栗栖が2本目にマツモク製を試し弾きしながら頷く。「やべえわ、イイ音鳴るし何より弾きやすい」と感嘆の息を吐く。

「そうでしょう。その時代のものはネックが特に素晴らしくて。中でもマツモクのは最高級と云われていたものよ。いい木が使われています」

栗栖から「鳴らしてみる?」と渡されたので、凛は専門外ながらも絃を弾いてみた。

調律方法はギターもベースも同じだから、全く音を出せないわけではない。

「うわ。なんかすごく馴染む気がする。新しい楽器を持った時の違和感が全然ない」

凛は驚いた。自らのコンコードを演奏した時とほぼ変わらないフィーリングで指を運ぶことが可能だったのだ。
239 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/30(木) 23:55:49.94 ID:ZxKlcvjDo
「それはきっと凛ちゃんの使っているアトランシアと源流が同じだからでしょうね。
あそこはマツモクの職人が独立して作った工房ですから。あのベースは本当にいいものですよ」

歴戦の猛者でさえも絶賛する楽器を、当時の何もわからない小娘だった自分に譲ったPの行動が、改めて型破りであることを凛は感じた。

これで凛がコンコードを活用する生活になっていなかったらどうしたのだろうか。

それともそんな可能性を微塵も考えず、ベーシストとして大成すると確信していたのだろうか。

「あなたは幸せ者ね、限界まで末永く使い倒しなさいな」とおばちゃんが優しい目をして商売っ気なく笑った。
240 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/30(木) 23:56:49.53 ID:ZxKlcvjDo

「――勢いって怖いなぁ」

30分ほどのち、凛と栗栖は近くの公園のブランコにそれぞれ座っていた。

住宅街の裏道にひっそり佇む、典型的な地元の遊び場。

すぐ隣には線路が走っているが、間に木々が茂っているので列車の通過はあまり気にならない。

栗栖の右肩には、例のマツモクのギターが背負われ、「やあ」と語り掛けてくるかのようだった。

結局、試奏結果に惚れ込んだ栗栖が、その場で購入を決断し現金一括で自らのものとしたのだ。
241 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/30(木) 23:57:44.68 ID:ZxKlcvjDo
「いいんじゃない? 清水の舞台から飛び降りるのって大事だと思うよ」

「だよな。これ、次のレコーディングから早速使おう」

とんでもない掘り出し物をゲットできた、と栗栖は顔を綻ばせた。まるで少年のようだった。

「ギターってさ、演奏家にとっての相棒じゃん? 共に歩む存在と云うかさ。
奏者である俺が上手く弾けなければいい音は出ないし、ギター自身の調子が悪くてもそう。
人馬一体にならなければ最高の結果をファンに届けられない」

値段の多寡ではなく、造りの真贋とそれによる相性の最大化こそが、特に動き回りながら演奏するアイドルバンドには欠かせないと云う。

「コイツをさっき弾いた刻、電気が走った。ギターを始めてから初めての感覚だったよ」

俺もまだまだだな、と栗栖は天を仰いだ。
242 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/30(木) 23:58:26.53 ID:ZxKlcvjDo
凛には理解がやや難しかった。既に現在のコンコードが身体の一部みたいになっており、そう云う経験がないからだ。

返す返すも恵まれていたと凛は思った。

デビューシングルのジャケットデザインが楽器をフィーチャーするものでなかったなら、Pからベースを貰わなかったなら、そのベースが身体に合わなかったなら、今の自分はここにいない。

「ギターを始めたきっかけって何かあるの? こないだ、剣道をやってた、って云ってたでしょ。運動部の人ってあまりバンド活動する時間がなさそうなイメージがあるけど」

凛が問うと、栗栖はしばらく何も答えず、足のつま先だけでブランコを前後させた。錆びた鉄鎖が、動き始めに毎度キィキィと鳴る。
243 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/30(木) 23:59:35.98 ID:ZxKlcvjDo
凛は先日の犬の話題の時のやり取りを思い出して、訊き方をしくじったと思った。

「御免、云いにくいならいいんだ」

「いや、どう説明したもんかと考えてただけさ」

謝罪の言葉に栗栖はすぐ反応して、フォローの言葉を入れる。

もうしばらくその状態が続いて、やおら大きく漕ぎ始めた。ブランコ全体が軋んだ。

「きっかけだけで云えば、最初は単なる反抗に過ぎなかったんだと思う。稽古サボってね」
244 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 00:01:20.88 ID:/6nApN/no
何でもかんでも反権力が格好良いと錯覚する餓鬼な年頃さ――天を仰ぎながら、重力に任せ揺られ続けて云った。

「でも、いざ触ってみるとこれが面白いんだよな。それまで見てきた世界とは何もかもが違ったんだ」

和武道、和芸道が身近だったからこそ、西洋楽器のもたらす衝撃が大きかった。

「親父やお袋から口煩く云われていたのが厭になって、閉塞的な将来像しか描けない武道芸道じゃなくて、ギターに未来を視たわけだ。
ギターに出会うまでは、俺はただの空っぽの人形だったのさ」

「空っぽの人形……」

凛は、まるで自分のことのようだと思った。
245 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 00:02:57.49 ID:/6nApN/no
好きなこともやりたいこともない、空虚だった中学時代。

高校に入って何かが変わるかと期待したのに、結局いつまでも似たような延長線上に時間が流れ続ける人生。

粋がってピアスを空けたところで、圧倒的なパワーで時間は何事もなく押し流してゆく。凛はあまりにも無力だった。

栗栖が言いなりの人形、凛が無味乾燥な人形と云う僅かな差異があるにせよ、どちらも心が空っぽなのは同じだ。

そんな諦めを抱いていた折、凛はスカウトされて、アイドルと云う熱い世界を知ってしまった。

栗栖はギターのおかげで仲間ができ、アイドルバンドとして民衆に夢を与える存在になれた。
246 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 00:03:40.22 ID:/6nApN/no
漕いでいたブランコを足でザッと止めて、栗栖が凛へ顔を向ける。その双眸は輝いていた。

「ギターが、俺に新しいフロンティアを見せてくれたんだ」

トップアイドルと云う頂点で邂逅した二人は、ともにシンデレラだった。

「……私たち、境遇は違っても、根っこは同じだね」

凛は、膝の上に座るハナコを撫でながら、自らのスカウトの経緯を掻い摘んだ。

世の中を諦め、空っぽの人形だった15歳の凛が、アイドルの世界を知って、駆け上がってここにいることを。
247 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 00:04:42.46 ID:/6nApN/no
栗栖は、凛は選ばれしアイドルだと思っていたらしく驚きを以て迎えた。

「そんなに苦労人だったのか……てっきりトップアイドルになるべくしてなったんだとばかり」

「とんでもない。そう云うのは蘭子とかのことを指すんだよ。私は、ただの灰被りが魔法使いに助けてもらってきただけ」

凛は妙に可笑しくなって、肩を揺らした。

凛の微かな笑い声に混じって、傍の生活道路から、下校途中であろう小学校低学年のはしゃぎ声が流れてきた。

間もなく時間切れ、公園を本来の主の手に戻す時が来たようだ。

栗栖が一息吐いてから、すっと腰を上げた。

ブランコから発せられた金属の擦れる音が、このジプシーとの別れを寂しがっているように聞こえた。

「名残惜しいけど、そろそろ行こうか。また渋谷さんの苦労話を聞かせて欲しいな」
248 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 00:05:14.99 ID:/6nApN/no
「――凛」

「え?」

「周りの目を考えなくていい刻は、凛って呼んで。苗字にさん付けで呼ばれるの、落ち着かないから」

ハナコを膝から地面に降ろして、リードを手に立ち上がり、澄ました笑みで云った。

栗栖が2度頷くのを見てから、「さ、ハナコ、行こう」と促して帰路に就く。

あと1時間もすれば、元の慌ただしいスケジュールに戻る。

この魔法が解けなければいいのに、と凛は郷愁を覚えた。
249 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 00:06:41.98 ID:/6nApN/no

・・・・・・

夜の乃木公園でのおしゃべりは、乃木坂スタジオでの合同レッスンの開催有無に関わらずされるようになった。

CGプロから2キロ弱、テレビ旭やブーブーエスからなら1キロほどしか距離がなく、収録後など何かの用事のついでにすぐ立ち寄れるのだ。

無論、栗栖もトップアイドルとして多忙だから、双方のタイミングが合うことは中々ないのだが、だからこそ逆に、タイミングが合えば積極的に集い合った。

とは云え長居もおいそれとできないし、話すことと云ったら世間話くらいなもので、やれギターが早速馴染んできただの、美味しいお店を発掘しただの、それこそ高校生の下校時の語らいのような内容だった。
250 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 00:07:42.09 ID:/6nApN/no
それでも凛にとってはとても新鮮な感覚だった。

思春期に差し掛かって以降、お喋りの相手は事務所の同性ばかり。

このように歳の近い異性との談笑は、夜でありながらカシオペアの『ASAYAKE』がBGMに合致するような初めての経験だった。

強いて挙げればPは比較的歳の近い異性でこそあれ、感覚的には戦友だから甘酸っぱくはない。

凛は、アイドルの渋谷凛としてではなく、初めて、ただの女として異性に接したと云えよう。

凛には、一般的な青春の記憶が存在しない。

彼女自身、アイドルをしてきたことに誇りを持っているし、一般人を羨むと云うわけではないが、喪われた青春を追体験しているのだと思った。
251 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 00:08:54.76 ID:/6nApN/no

「そうだ、これ、凛に」

ハナコとの散歩から2週間ほどが経った夜、栗栖がギターのソフトケースのポケットから小さな茶色の紙袋を寄越した。

「こないだハナコの散歩を体験させてくれたお礼」

「え、そんないいのに。お礼されるほどじゃないよ」

「いいから。それだけの経験をさせて貰ったんだ。受け取ってくれ。じゃないと俺の気が済まなくてさ」

家の環境から犬を飼うことへの憧れを叶えられなかった栗栖にとって、ハナコとのひと時は値千金だったのだと、恐縮する凛の手を取り袋を握らせた。

「……ありがと。開けても?」

「もちろん」と栗栖は両手で促す。
252 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 00:10:08.36 ID:/6nApN/no
乾いた紙の音を引き連れて、月長石―ムーンストーン―をあしらったアクセサリが掌へ姿を現した。

ゴールドの細いチェーンが巻かれていて、長さ的にブレスレットのようだった。

人差し指にぶら下げると、石の内部から青白色の仄かな光沢が放出されているような印象を受けた。

「うわ、綺麗。これは……ムーンストーンかな」

凛は左手首に早速据えて掲げる。大きさはぴったりだった。

「ご名答。ツクヨミと掛けてみたんだ」

「ふふっ、洒落っ気あるね、栗栖は」

表や裏からぐるりと360度眺めて、美しさに嘆息する。

普段自分では買わないようなデザインのアクセサリだったので、表現の幅が拡がったのも嬉しい効果だった。

凛はそのまま、しばらくじっと石の柔らかな光を眺め続ける。
253 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 00:11:22.73 ID:/6nApN/no
会話なく、どれほどの時間が経っただろうか。「ねえ」と石から目を離さずに栗栖へ問い掛ける。

そしてゆっくり振り向いて、静かに息を吸った。

「――これを選んだの、ツクヨミと掛けたことだけが理由なの?」

「……それを面と向かって訊くかなあ」

栗栖の、頬を掻きながらの返答は、凛の持つ思考が肯定されたことを意味していた。
254 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 00:12:14.72 ID:/6nApN/no
月長石の石言葉、その代弁内容は『恋の予感』或いは『純粋な恋』。

別名を恋の石と呼称されるこの宝石を贈ると云う行為の真意はそこに在る。

凛は、胸の奥が暖かいような擽―くすぐ―ったいような甘さを覚えた。

ああ、たった一人に求めて貰うことってこんなに気持ちいいんだ。

この快美な感覚は、生まれて初めて知る味だった。
255 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 00:13:00.60 ID:/6nApN/no
いっそ誘―いざな―いに身を任せて揺蕩―たゆた―いたい衝動に駆られたが、すんでの所で押し止め、安堵の一息を吐いた。

「……だけど、栗栖も私もアイドルだからね、どうしようか」

恋愛など御法度である。云うまでもない。

それでも、この胸の高鳴りは無理矢理圧し潰して閉じ込めておくのは到底難しいのも事実だった。

「もちろん、答えは今すぐ出す必要はないと思う。俺は、今夜のところはこの意思表示ができただけで充分さ」

晴れ晴れとした栗栖の言葉に、凛は何も云わずに微笑んで、ゆっくりと頷いた。


===
256 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 00:13:31.08 ID:/6nApN/no




Hey You
https://www.youtube.com/watch?v=2MOvuBFF4_Q



257 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 00:14:00.81 ID:/6nApN/no
――懐かしのスキャットマン特集、続いては95年12月リリースのナンバー、『Hey You』これは特に国外に於いて人気の高い曲で、スキャットマン・ジョンが過去の彼自身に向けて歌ったものとされ……

珍しく第一課の執務フロアにFMラジオが流れている。

パソコン内ジュークボックスに気分と合うアルバムが見当たらない時の、Pの代替手段だった。

凛はスピーカーが歌う楽曲に合わせて即興でベースを沿わせた。

楽譜を見るだけでは血肉にできないアドリブ力を鍛えるのに効果的なトレーニング法だ。

自らの音楽プレーヤーに入っている曲では、脳味噌が憶えてしまっているので効果がさほど期待できない。

どんなトラックがオンエアされるかわからないFM番組は、この練習手法にうってつけだった。
258 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 00:15:37.84 ID:/6nApN/no
「やるじゃん。巧いもんだね」

つかさがニヤリと口角を上げて凛の演奏を見つめた。隣ではジュニがダンサブルなビートに合わせて身体が小さく揺れている。

Pチームのアイドルが第一課スペースに寄り集まっていた。
とは云え全員に招集が掛けられたわけではなく、たまたまレッスン前の谷間の時間が重なったのである。

意外にもテクノやダンスミュージックはスラップベースと相性が良い。

左手と右手が各々有機的に舞い、その複合が紡ぎ出す太い音のリズムが、つかさとジュニの――そして何より凛自身の聴覚神経を興奮させていた。
259 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 00:17:17.07 ID:/6nApN/no
――メイク・アバウト・フェイス メイク・ア・ターナラウンド メイク・ア・ユータンナウ
――パララ ピッパッパロッピッパッパッパロッ ピッパッパロッピッパッパッパロッ……

サビを越えて、特徴的なスキャットがオーバーラップする。意味のない言葉の羅列なのに、すっと耳に入ってくるのはまるで魔法のようだった。

「つかさの云う通りだな、凛は随分と上達したもんだ――」

曲の前半が一段落したタイミングで、Pが自らの机から移動して、よっこいせと凛の向かいに腰を下ろす。

「プロのベーシストからも一目置かれる存在にまでなったもんな、そのコンコードも喜んでるよ」

凛は手許の指板を見ながら弾いていた視線をPに向けて、「プロデューサー、作業に詰まってサボり?」と笑った。

「小休憩だよ小休憩。稟議書地獄は精神が疲れて仕方ない」

凛の即興リサイタルで回復をするのだとPはソファに手足を放り投げた。
260 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 00:22:06.13 ID:/6nApN/no
今『Hey You』は最も盛り上がる長い間奏の特別スキャットシーンに差し掛かっている。

凛はノリを上げて、ハイポジションで速弾きを繰り出した。

わざとキメ顔もするものだから、つかさが手を叩いて笑う。

「おーおーこりゃブラーバっしょ」

イタリア語の発音で称賛を投げ掛けると、ふと高速で左へ右へと反復する左手首に、青白色の石をあしらった見慣れないブレスレットが巻かれていることに気付いた。

「お、いいね。それ、ムーンストーンか」
261 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 00:22:46.75 ID:/6nApN/no
「うん、綺麗で可愛いでしょ? お守りを兼ねてね」

「普段の凛からはちょっと違ったイメージの意匠だな。新開拓、グッドだね。一流は常にフロンティアスピリッツを持たねーとな」

つかさが腕を組んで「うんうん」と頷く。そのまま腕時計を見て、ゆっくり席を立った。

「よし、そろそろアタシらは行くわ。ダンスレッスンだし、早めに準備しとかないとな。行こう、ジュニ」

「わかった。凛、またね」

今日の課題は何だったっけ? ジャイブだよ、足技多いから楽しみ。うわーマジか、あれ絶対ヒールで靴擦れ起こすんだよな……。

ドアの向こうへ二人の会話が消えてゆく。
262 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 00:23:45.41 ID:/6nApN/no
『Hey You』も間もなく曲が終わろうとしていた。

フェードアウトしてゆくアウトロは、スマトラ産のコーヒーの余韻を思わせる、ほろ苦さと清涼な喉越しだった。
それはまるで砂漠に降る小雨のようでもあった。

――Make about face, make a turn around, make a U-Turn now.

――ピッパッパロッピッパッパッパロッ ピッパッパロッピッパッパッパロッ……
――ヒア・イティズ…… ヒア・イッティズ…… ヘイ ヘイユー……
263 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 00:24:26.14 ID:/6nApN/no
この後の凛はボイストレーニングだ。

凛はベースをケースに仕舞って、ちらりと目に入るブレスレットを撫でた。

「じゃ、私も行ってくる」

そう声を掛けると、Pは相変わらず手足を脱力させながら「おう、行っといで」とコクリと顎を引いた。

短いリサイタル休憩では回復しきれなかったのか、僅かに寂寥たる表情で「俺も稟議書やっつけるかぁ」と独り言つ。

この日のレッスンでは、最も歳が近いトレーナーの青木慶からも、新しいブレスレットを褒められた。
264 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 00:27:05.25 ID:/6nApN/no

Pは手帖に挟んだ写真を眺めていた。

100平方センチあまりのカンバスの中で、人が二人、微笑んでいる。

手に持つそれは丁寧に扱われており、経年の割には綺麗な状態を維持してはいるものの、全体がくたびれたり縁に皺が生じてしまうのは避けられない。

それでもなお、額に飾るのではなく、いつでも胸ポケットに入れておきたかった。

見るからに着慣れていないと判るスーツ姿の自分の横に立っているのは、長身痩躯で、碧い眼と腰上まで伸びる黒い髪、感情は読みにくいが整った面立ちを持つ、今より僅かに幼さを感じる少女。

初めて出会い、初めて担当し、初めてデビューさせ、初めてCDを出した、Pにとっても会社にとっても初めてづくしのアイドルだった。
265 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 00:27:54.23 ID:/6nApN/no
その少女が、これまたCGプロのアイドルとして初めて、心の底に眠っていた“オンナ”を認識し始めている。

あのブレスレットは凛が自分で買ったものではないと、Pは察していた。

凛はああ見えてだいぶ趣味が保守的だから、自分から進んで買うタイプのアクセサリには見えなかった。

何より、手首へちらちらと視線を送る所作や、撫でた際の無意識下の表情が、満更でもない相手からの贈り物であることを雄弁に物語っている。

さて、どうしたものか。

無論、アイドルとして色恋沙汰は回避して欲しいものだが――

しかし人として当然持ち得るその感情を没収してよいのだろうか。
266 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 00:28:46.13 ID:/6nApN/no
ただでさえ一生に一度しかない10代の多感な年頃をアイドル活動で埋め尽くし、人並みの青春を謳歌する機会を奪い取ったと云うのに。

彼女は、芸能界の仕事は好きだと云っていたし、その生き様に誇りを持っているとも云っていた。

それでも、だからといって世の中を充分に知らぬ年端の少女の人生を代償とし、アイドルの輝きへと引き換えた負い目は消えないのだ。

プロデューサーと云う人間に刻まれた業。死んだらきっと地獄へ墜ちるのだろうと思う。

凛の希望は叶えてやりたい。

それこそが、渋谷凛担当プロデューサーとしてのけじめのつけ方だとPは考えていた。
267 : ◆SHIBURINzgLf [sage !蒼_res]:2020/07/31(金) 00:29:29.49 ID:/6nApN/no

今日はここまで
268 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/07/31(金) 06:01:50.10 ID:Ix2DjEmDO
たんおつ



パパラッチの出番はそろそろかな?

つか、何故J型ハークを?よく見るの?(こちらは岐阜基地と小牧基地が近いです)
269 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/07/31(金) 22:06:57.94 ID:/6nApN/no
>>268
首都圏で、米軍基地があって、C-130Jがいるところ→ つまり横田近辺がこのシーンの舞台ってわけです。
270 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 22:08:39.07 ID:/6nApN/no

・・・・・・

例年になく多い台風は、災害の中心地に選ばれると云う不運に見舞われさえしなければ、空をモップ掛けして去ってゆく掃除機なのだろう。

台風一過の東京は雲一つない快晴で、嵐の運んできた南風で気温は高いものの、湿度は低く過ごしやすい。

東日本に襲来した24号は各地の気象記録を塗り替えて、俊足で駆け抜けていった。

東京への到達は深夜で生活時間帯からは外れたが、昨夜は早いうちから公共交通の計画運休が実施され、泊りがけのロケが中止に追い込まれてしまった。

ゆえに丸一日たっぷりと棚から牡丹餅の休日である。

それでいて天気が良いのだから、ご機嫌麗しきこと甚だしいのは当然。

電車のドアが開けば、金属に遮られていた視界の拡がりと共に世界が輝いて見えるのだ。
271 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 22:10:35.84 ID:/6nApN/no


「――え? 日帰りでツーリング?」

『そう、今日明日の収録がバラシになっちゃってさ、もし凛の時間があるならどうかなと思って。この分なら今夜中に天気回復しそうだし』

栗栖の声は、電波状態がやや悪いのか、少しくぐもって聞こえた。会話の向こう側から、風に揺らされた電線の鳴く音がしばしば聞こえてくる。

曰く、栗栖の方は東海方面での地方ロケがあったそうで、移動日程などを考慮すると根幹のリスケとなったらしい。

テレビをちらり見遣ると今まさに台風は愛知と岐阜にかけて我が物顔で闊歩している最中のようで、名古屋発の中継では大規模停電の情報などが洪水の如く流れてくる。
272 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 22:11:16.74 ID:/6nApN/no
リスケは賢明の――と云うよりは当然の判断だ。

幸いか、夜が明けるまでには東北太平洋側へ抜け去る予測で、中継から天気予報へと画面が切り替わると、明日の天気は晴れマークがずらりと並んでいる。

「ちょうど私も泊りのロケがなくなったんだ。明日は久しぶりに何も予定の入らない日だよ」

凛の返答に『俺とほとんど同じ状況だな』と栗栖の声音が弾んだ。

「でも私、バイクなんて乗ったことないよ、もちろん免許だって。さっぱりわからないことだらけなんだけど……」
273 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 22:11:56.04 ID:/6nApN/no
『そこは心配ないさ、タンデムだから凛は自転車と同じ感覚で大丈夫。丈夫な生地のロングパンツと、ヒールじゃなくてスニーカー系の靴を履いておいてくれればそれだけでいい』

何より、と軽く咳払いをする。

『ライダーの格好をしていれば二人で出歩いてもよもやアイドルと思われないし、走ってる最中なんて凝視されることもない。お忍びには最適なのさ』

「あぁ、なるほど。そうだね、ヘルメットも被るしね」

凛は自らがバイクに乗っているところを空想して頷いた。

二人で遊園地だとか温泉地などでは万一気付かれたときに到底言い訳できないだろう? と栗栖が茶化して云うので、凛は「たしかに」と相槌の苦笑をした。

どうやら、二人そろってのオフにできそうだ。

「うん、うん……わかった、じゃあ10時に――」
274 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 22:13:22.32 ID:/6nApN/no


昨夜の会話を反芻すると、何故だか顔が綻んでしまう。

誤魔化しがてら、やや高くなった空を見上げて、集合場所に指定した駅舎前へ出る。

しんと停まっていた都営バスが、セルモーターの始動するソプラノに続いて重いエンジン音を歌いだした。

横目に歩く凛の背中にわずかな衝撃があり、何事かと振り向こうとすれば「失礼」と会釈を寄越しつつ閉まりかけた折り戸へサラリーマンが駆け込み、箱の中に消えていった。
275 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 22:14:10.08 ID:/6nApN/no
エンジンの中で大きなビー玉でも転げ回っているのかと思えるほどゴロゴロ唸らせて走り去るそれを見遣り、ぶつかった相手がまさかアイドルだなんて想像だにしていないんだろうな、と柱に軽く寄り掛かる。

芸能人をやっていると認識が薄くなるきらいがあるが、世間の人は、自分が思っているほど他人など気に掛けていないのだ。

たとえそれが有名人であろうとも、変装をしていればただの有象無象と同じ。

その事実に、若干悔しい負けん気の思いもありつつ、どこか少しほっと安堵する気持ちもあって、凛は少しずれた白いハンチング帽の位置を手慰みにいじった。
276 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 22:14:58.95 ID:/6nApN/no
ふと、駅前ロータリーに赤く鮮やかな二輪車が滑り込んでくるのが見えた。

サーキットで見かけるような、先端から中心部にかけて外殻で覆った造りの、シャープなシルエット。

凛の方を向いて片手を挙げるので、間違いなく待ち合わせの相手だ。

小走りで近寄ると、サイドスタンドを出して停め、ゆっくりと降りてくる。

体重から解放された車体が揺れ、VFRと書かれた銀色のエンブレムが太陽を反射して綺麗に光った。
277 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 22:15:57.20 ID:/6nApN/no
栗栖がフルフェイスヘルメットの目元のシールドを上へ開ける。

「おはよう。ごめん、待ったか?」

「ううん、私も今ちょうど来たところだから」

使い古された定型句のやり取り。爆発すればいい。

凛は栗栖の足先から頭までまじまじと眺めた。

ライディングブーツやグローブ、ジャケット、そして何よりヘルメットという全身装備のせいで、栗栖だとは一見して判別できない。
278 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 22:17:15.65 ID:/6nApN/no
「なんか、バイク乗る人ってみんな似た特殊な恰好だよね」

「車と違って生身を外に曝すわけだからね。
丈夫な長袖長ズボンは基本だし、身を守る装備をきちんと着ける真面目なライダーはどうしても見た目が似通ってくるもんさ」

「私……昨夜云われたパンツと靴以外は全然その辺を考えない服で来てるんだけど」

「それは問題ない。凛用の装備は俺が持ってきた。糠に漬けても抜かりないのが知多栗栖ってことよ」

ベキリの相棒の名口癖だよな――と云いながらバッグをごそごそ漁り、「はいこれ」とジャケットやグローブ、ヘルメットなどを寄越してくる。

肘当てに膝当て、髪の毛を纏めるヘアゴムまで用意がある。
279 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 22:18:03.81 ID:/6nApN/no
伊達眼鏡や帽子を外し、代わりに頭部をすっぽり覆うヘルメットをかぶれば、中にはインカムがあって無線でスムーズに会話できる状態になっていた。

「準備良すぎなんだけど……これ、絶対に色々な女をバイクの後ろに乗せ慣れてるでしょ」

「云い掛かりだ! 凛を乗せたいなと思って準備したに決まってるだろう」

栗栖の必死の弁解に凛はジト目で応える。どう説明したものかあたふたするのをしばらく見て、「ふふっ、冗談だよ」と肩を揺らした。

説明の真偽のほどは果たして本人のみぞ知るところだが、仮にたとえ方便であったとしても、自らのために準備したと伝えられれば嬉しくなるのが女心と云うものだ。

ああ、この人は自分の時間を私のために使ってくれたんだ、と。
280 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 22:19:01.05 ID:/6nApN/no
バイクのバックミラーを覗き込むと、そこにはすっかりライダー装備となった凛が映り込む。

栗栖と並べば、中身はまるで誰だかわからない、ただのペアツアラーだった。

「ホントこれ、お忍びには持ってこいだね。私が渋谷凛だなんて誰も思わないよ」

腕を組んで満足そうに頷く。

「ところで、今日はどこへ行くの? なんかとても速そうなバイクだけど」

赤い車体を撫でながら凛が問うた。
281 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 22:19:57.40 ID:/6nApN/no
「今日は山も海も堪能できるところへ行こうかと思ってる。
コイツは見た目レーシーだけど実は二人で乗りやすいツアラーなんだ。サーキットだけじゃなくて色々なところへ行ける」

白バイにもよく使われてるから街中で見かける機会も多いと思う、と栗栖は付け加えた。

「ふぅん、山も海もなんて贅沢な欲張りコースだね。詳しい内容は聞かないでおくよ、楽しみにしてる」

任せとけ、と云って栗栖がVFRに跨った。

続いて凛が片側のタンデムステップに足を掛け、栗栖にレクチャーを受けつつするりと後席へ滑り乗る。

後ろに座る心得のいろはを教わってから、「よし、じゃあ行こうか」と云う栗栖に頷く。

頭の重心が高くなっているせいで、凛のヘルメットが勢い余って栗栖の背中を殴りつけた。

エンジンイグニッションの咆哮と二人の大きな笑いが混じり合い、それらを取り残すようなスムーズさでロータリーをするする抜け出てゆく。
282 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 22:21:26.17 ID:/6nApN/no
そこには新しい世界が拡がっていた。

眼、耳、鼻、肌――凛の感覚器すべてにダイレクトな信号が送られてくる。

路の真ん中を一人で自在に飛んでいるような視点は、まるで自分が世界の支配者になったかの如き自由さを覚え――

身体を擦るほどの圧力を持つ風には、普段意識しない空気の威力と、排気ガスと云う人類の匂いを実感する。

車速に応じて変化するエンジンの音と振動は、じきに風切り音へとオーバーラップしてゆく。

太古より馬に乗って移動してきた我々人類の遺伝子に刻まれた歓喜の脳内麻薬が、ドバドバと凛の全身を沸騰させている。
283 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 22:22:01.37 ID:/6nApN/no
しばらく交通量の多い街道を走ると、VFRは「第三京浜」と書かれたインターチェンジへの進入路へ機体を振った。

一気に幅員の拡大した道路と、それまでの比ではない速さで瞬く間に後方へ過ぎ去ってゆく景色は、これまでの人生で全く未知の経験だった。

緑色の標識に書かれた地名が、順々に馴染みのないものへと変化してゆく。

これまで自動車から何度となく見ているはずのそれらが、箱の中から外に出ただけでこれほどまでに別物へと変わるのか。

「栗栖……すごいね、これ」

凛はため息を吐きながら、惚れ惚れとした声音で呟いた。
284 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 22:23:39.56 ID:/6nApN/no
「バイクは単なる移動手段なだけじゃなくて、乗ることそのものが楽しみだし、目的なんだよな」

インカムのややノイジーな無線越しの会話も車では味わえない。

凛を包むすべての環境が楽しみを演出していた。

やがてインターチェンジを降りると山中を抜ける坂の多い道となる。

田舎の懐かしい空気を感じる風景を軽快に流す頃には、凛はすっかり後席での体重移動を身に着けていた。

「やっぱアイドルやってるとバランス感覚が磨かれてるんだな」

栗栖が妙に感心して云う。

二人とも身体が資本ゆえ、万一のことを考えると無茶な走り方はできないが、それでも軽快なスロットルワークは操る者も同乗する者も楽しさを最大限に示す。
285 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 22:29:11.16 ID:/6nApN/no
じきに目先の道路が上りから下り勾配へ切り替わるクレストに差し掛かった。

進むに従い、路面のアスファルトの向こうから、波面が顔を出す。

「あ、海!」

凛が風切り音に負けない強さで叫んだ。

つい先ほどまでトンネルとか斜面とか、緑に包まれた山の中を走っている光景だったのに、目の前に遙かなる大洋が見えるのだ。

「山も海も、って云ってたのはこれだったんだね」

「ご名答。ここからは海沿いを流すよ」

後席の反応に栗栖は満足気だ。スロットルを吹かして、改めてエンジンが艶めかしく啼く。
286 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 22:30:21.86 ID:/6nApN/no
「Hey Siri, LMFAOのパーティロックアンセムをかけて」

凛は微かな潮の香りを鼻腔に感じながら、寄せては返す波を横目に見ながら、スマートフォンの音声コントロールを起動させた。

操縦する栗栖の代わりに、高揚するツーリングに相応しいBGMを見繕う臨時DJだ。

「おいおいおい俺をスピード違反させる気だな?」

パーティロックアンセムはEDMの代表的ナンバーと云える、鋭いビートの効いた縦ノリで楽しく昂れるトラックだ。

凛の選曲に栗栖が突っ込むので、「捕まっちゃダメだからね」と笑って云った。

ドリルの如く刺激的な電子音の激流が二人を包み込む。
287 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 22:30:56.87 ID:/6nApN/no




Party Rock Anthem
https://www.youtube.com/watch?v=KQ6zr6kCPj8



288 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 22:34:35.84 ID:/6nApN/no

――今夜パーティやっちゃうぜ Party rock is in the house tonight
――みんなでトベるぜ Everybody just have a good time
――お前らをキメさせてやるからよ And we gon' make you lose your mind
――みんなでイケるぜ Everybody just have a good time
――待ってるからよ、さあいくぜ! We just wanna see ya... Shake that!
289 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 22:35:09.78 ID:/6nApN/no
リズムに沿ってバイクが左右にスラロームする。

「ちょっと、振りすぎでしょ、落ちたらどうするの」

そう抗議しつつ、凛の声もはしゃいでいた。

「そうだな、じゃあノるのは横じゃなくて縦にしよう」と首を縦にシェイクする。

一定周期でバイクのフロントフォークが伸び縮みして、凛も追従すると変化量が増大した。

もし機械が話せるなら、凛の代わりにサスペンションから不服申立の声が挙がるだろう。

もちろん性能の良さには折り紙つきだから、乗っている本人たちにしてみれば揺れまくっていることはあまりわからないはずだ。
290 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 22:37:20.56 ID:/6nApN/no
VFRは、急峻な地形が海に没していく僅かな隙間を縫って敷設された道を進む。

三浦半島は海底が隆起して出来上がった陸地ゆえ、平坦な場所はあまりない。

海岸を走っていても、少し内陸へ入れば山中の様相を呈する。目まぐるしく景色が変わるツーリングルートだ。

しばらく続いた浜辺の景色はいつの間にか鳴りを潜め、斜面が険しさを増すのと比例して市街の空気からのどかな田舎へと変わりつつある。

そうこうしているうちに、エレクトロファンクとハウスを融合させた、重厚なリズムを纏った曲に切り替わった。
291 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 22:38:06.03 ID:/6nApN/no




Lay Me Down
https://www.youtube.com/watch?v=ISiGtxsN5d0



292 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 22:39:14.45 ID:/6nApN/no
「お次のナンバーは早世してしまったご存知アヴィーチーのレイ・ミー・ダウン。
これは彼が躍進するきっかけとなったウェイク・ミー・アップと対になるフレーズでありながら、両曲ともに苦悩を描き歌ったものとして――」

凛がラジオで鍛えたMCテクでDJを気取る。

どこか懐かしくも新しく、どこか硬質でありながら柔らかさも兼ね備え、どこか物悲しくもテンションを上げずにはいられない、EDMの真骨頂が海沿いの景色と実にマッチする。

――暗闇に寝そべって Lay me down in darkness 君の見ているものを教えてくれよ Tell me what you see
――愛は心の拠り所なんだ Love is where the heart is
――あなたしか要らないって囁いてくれ Show me I'm the one, tell me I'm the one that you need

耳を撫でる曲を聴きながら大きな橋を渡れば、渡り鳥が羽休めをする場所はもうすぐだ。
293 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 22:44:45.01 ID:/6nApN/no

===

目の前を、打ち寄せる波が白く解けて飛散し、鼻先を撫でる。

三浦半島の最先端、海が地層を浸食して出来上がった巨大な横穴の前に二人はいた。

近傍の駐車場から15分ほど歩く道のりは、潮風の影響で高く伸びられない植生の木々をくぐったり、或いは急に視界が開けて大海原が辺り一面を占めたりと、退屈しないハイキングだった。

穴の側には「馬の背洞門」と書かれた立て札が掲げられている。台風直後の平日だからか、周囲に他の人影はない。

「不思議だね、削ると云うより……くり抜くように開いてる」

内壁をぐるりと見回して凛が云った。「まったくだ」と栗栖も頷く。
294 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 22:45:38.28 ID:/6nApN/no
「大正の頃までは、ここを船で通れたらしいな。関東大震災で地面が持ち上がったんだってさ」

これ絶対に当時は大人気のクルーズコースだったよなあ、と今では実現できないことへの若干の羨望を込めて笑う。

「栗栖はよくこんな場所知ってたね」

地方ロケなどでそれなりに全国行脚してきた凛は、それでも尚まだまだ知らない場所がたくさんあるのだと改めて実感する。

「まあツーリングスポットとしてバイク乗りの間では結構メジャーだからね、俺も受け売りばかりだよ」

自らの手柄とせず、素直に認める姿勢に凛は好感を持った。
295 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 22:46:22.90 ID:/6nApN/no
「私は、そう云ったメジャースポットすらよく知らない状態だからね。これからも色々と教えてくれる? 連れてってくれれば尚良しだね」

「もちろんさ。これからも二人で色んなところに行きたいと思ってる」

凛はリアクションをせず、高く砕ける遠くの波を静かに見遣った。

栗栖も同じ方向を眺め、しばしゆったりと無言の時間が過ぎる。

強弱と緩急をつける潮騒、海鳥の鳴き声、南風が梢を揺らす音。

そう云えば最近意識することが少なかったかもしれない。世界はこんなにも音に満ち溢れていたことを。
296 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 22:47:43.28 ID:/6nApN/no
「――もし凛がOKなら、の話だけど」

無言の時間を終わらせてしまうのが少し勿体ないと思うような声音で、栗栖が遠慮がちに口を開く。

「波が長い時間をかけてこの自然を作り出したように、俺も凛の心を少しずつでも開けようとしていいかな」

「ふふっ、その許可を乞う必要はないんじゃない?」

2回肩を揺らしてから、凛は風に揺れる髪を右手で掻き上げて栗栖の方を向いた。

「栗栖はもう、私にたくさんの新しい世界を教えてくれてる。私も、もっと知りたいと思うようになってしまってる」
297 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 22:48:17.28 ID:/6nApN/no
視線を交わらせながら、慎重に一語一語を選んで続ける。

「正直ね、私はこの感情の正体を薄々解ってはいるんだ。
でも認めちゃダメだって、一度認めたらきっと歯止めが利かなくなるって、そう思って敢えて有耶無耶にしてる」

思春期に芸能界へ飛び込んでから、P以外に初めて身近な、そして馬の合う異性が現れた。

恋愛らしい恋愛をしてこなかった彼女にとって、この心地よい暖かさは、あたかもヘロインの如き誘惑に等しいはずだ。

トップアイドルとしてのプロ意識が辛うじて制止しているだけだから、一度そのタガを外してしまったら、決壊するのは自明。

「どうしよう、栗栖。私、どうしたらいい?」

「凛……」
298 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 22:48:56.89 ID:/6nApN/no
感情の処し方がわからず困惑した表情を浮かべる凛の頬に、栗栖は手を添えた。

顔と顔がゆっくり距離を縮める。

たっぷり10秒ほど時間をかけて、もう、いいかな……と云う脳の白旗に抗えず、凛は瞼を閉じた。

互いの息遣いがはっきりわかるほどに近づく。

凛は、背徳のあまり地球の重力がぐちゃぐちゃになったような、空きっ腹にブランデーを流し込んだような酩酊感を覚え、受け容れる準備を整えた。
299 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 22:50:41.75 ID:/6nApN/no
その瞬間、栗栖の胸ポケットから大きな着信音が響く。

鼓膜を突き刺すそれに、たまらず二人とも目を見開いて仰け反った。

お互いを見てから、こほん、と栗栖が咳払いをして電話を取り、「はいはいはい、なんか用すか、田嶋さんじゃなかったら電波切るとこでしたよ」と律儀に苦情を申し立てた。

凛は自らの胸に手を当てて、大きく一息を吐く。

「危なかった……」

鼓動の早さのせいですぐ酸素が足りなくなるので、深い呼吸が続く。

田嶋の発話ボタンを押すのがあと2秒遅かったら、きっと口づけを交わしていた。

キスなんてしてはならないと判っているのに、内心どこかでそれを望んでいる――一体どうしたのだ、私の心は。

着信音さまさまだ、とほっと安堵して胸を撫で下ろす。
300 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 22:51:55.67 ID:/6nApN/no
ところどころ漏れ聞こえてくる会話から、急遽仕事の呼び出しが掛かったようだ。

自分の心の状態も鑑みれば、今日のところはお開きにするのがよいだろう。

全身から力が抜けてしまった上に、冷や汗を強い潮風が拭うので堪らず「くしゅん!」とくしゃみをした。

会話している栗栖の様子を窺うと、だいぶ急いで戻る必要がありそうな印象を受ける。すぐ動けるように、凛は先行して身支度を整えた。

「……ごめん、田嶋さんからの連絡で、急にアポが入っちまったみたいだ。心惜しいけど、今日はもう帰ろうか」

「うん、様子を見てるとそんな感じがしてた。
もしなんだったら、私は三崎口の駅から電車で帰るよ。その方が栗栖も早く戻れるでしょ。私のことは気にしなくていいから」

凛の提案に栗栖は「すまない、恩に着る」と手を合わせ、また埋め合わせをする約束をして、二人は海に別れを告げた。
301 : ◆SHIBURINzgLf [saga]:2020/07/31(金) 22:52:50.65 ID:/6nApN/no

・・・・・・

三崎口を出た快特列車が、モーターとインバーターの唸りを伴って爆走している。路地裏の超特急と云う異名に違わぬ飛ばし方だ。

先ほど駅で化粧直しをしてからホームに停まっている車輛へ乗り込んでみたら、路線の末端地帯にも拘わらずほぼ席が埋まっている混雑度だった。

ここから都内まで比較的長く乗ることを考えて、銀座や日本橋辺りに用事がありそうな、淑やかな老婦人の隣へと静かに腰を下ろしてある。

横を窺うと、その人は走行の振動に誘われ、眠りの国へと旅立っていた。
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