魔王と魔法使いと失われた記憶

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1 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 20:07:24.37 ID:t6Hj5ReaO


はじめに


・本作は現在進行中の「オルランドゥ大武術会」のパラレルワールド的な話です。
ただし、過去作含め直接的な繋がりはほぼありませんので、予備知識ゼロでも問題なく読めます。

・コンマスレではありません。安価のみ、ごく一部で使わせてもらいます。
(頻度は多分ラストまで通して2、3回です)

・全て地の文で展開します。R15程度の描写はあるかもしれません。
また、残虐描写が所々出ますのでご注意下さい。

・キャラクターは全員新規です。過去作やオルランドゥ〜のキャラクターは出ません。
ただ、スターシステム的に外見が近い人物は出ます。地理は過去作やオルランドゥ〜とほぼ共通です。

・なろうに後日加筆修正して転載する予定です。なお、こちらの方が早く読めます。
週1程度の更新になろうかと思います。(ある程度キリのいいところまでまとめて投下します)

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1596798444
2 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 20:11:25.19 ID:t6Hj5ReaO
最初に、主人公の外見だけ決めます。

なお、名前は「エリック」です。

1 14歳程度の少年(実年齢28歳)
2 20代半ばの青年(実年齢28歳)
3 ちょい悪風の中年(実年齢35歳)

3票先取です。
(なお、これ以外の安価は当分ありません)
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/07(金) 20:12:44.28 ID:US/cAw3yo
3
4 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/07(金) 20:26:15.53 ID:sVoddJbx0
2
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/07(金) 20:33:54.30 ID:Y29hMbuG0
1
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/07(金) 20:46:51.51 ID:ZjuWaGDDO
1
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/07(金) 20:52:14.87 ID:Q+ST0VOV0
1
8 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 20:52:47.29 ID:t6Hj5ReaO
1で決定しました。投下まで少々お待ちください。
9 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 21:51:44.46 ID:S0Anv1g5O



むかし、といってもそう遠くないむかしのこと。

ある山のふもとに、小さいけどゆたかな国がありました。

花はうつくしく、ごはんはおいしく、人はどこまでもやさしく親切でした。

北にまぞくの国が、南にはヒトの大きな国がありました。2つの国は長いあいだあらそっていましたが、国ざかいのこの国はずっと平和でした。
けっしてこの国はおかさないように、ヒトの王さまとまおうさまがきめていたからです。

この国ざかいの国の王さまは、とてもかしこく、そしてとてもじひぶかい人でした。
何十年もつづいたヒトとまぞくのあらそいを終わらせたい、ずっと思っていました。

そこにまおうがやってきました。「おれといっしょにへいわを作ろう」と持ちかけてきたのです。王さまはこころよくそれをうけいれました。


10 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 21:52:32.37 ID:S0Anv1g5O





……しかし、それはまおうのわなだったのです。




11 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 21:53:02.41 ID:S0Anv1g5O




まおうは夜、みんながねしずまったころにあばれだしました。
そして、たった、たったひとばんでその国の人たちを、かしこい王さまもふくめてほとんどみなごろしにしてしまったのです。



12 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 21:53:55.99 ID:S0Anv1g5O



生きのこったのは、たった3人。王女さまと、やどのかんばんむすめと、町外れに住むエルフのまほうつかいだけでした。
そして、命からがら南の国ににげこんだかのじょたちは、「まおうをたおして!!」とさけびました。


すぐにまおうをたおすためのとうばつたいがくまれました。
しかし、まおうはとても強く、小さな国にたった1人だけなのにそのすべてをうちやぶりました。
たくさんの人がぎせいになりました。死にました。

そして、もうだめだとだれもが思った時、ある青年が立ち上がったのです。


13 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 21:54:27.86 ID:S0Anv1g5O





「ぼくがまおうをたおして、世界を平和にする」


それこそがゆうしゃさまです。




14 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 21:55:00.70 ID:S0Anv1g5O




ゆうしゃさまはつばさのはえたまほうつかいと、とてもつよいせんし、そして心やさしいそうりょといっしょに小さな国にむかいました。
まものやまおうがころした人たちがつぎつぎとゆうしゃさまにおそいかかります。そのすべてをゆうしゃさまはたおしました。



そして……ついにゆうしゃさまはまおうをたおしたのです。やっと、世界に平和がおとずれました。



15 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 21:55:58.87 ID:S0Anv1g5O
#

私はパタン、と絵本を閉じた。子供の頃、よく読んだ本だ。
実際にこの出来事が起きたのは、私が2歳の頃らしい。その後すぐにこの絵本が作られ、そして子供たちが皆読むようになった。

勇者による英雄譚。それを読んで、憧れない子供はいない。
そして、悪逆の限りを尽くした魔王に怒らない子供もいない。

私もそうだった。魔族は悪であり、許されない存在なのだと聞かされて育った。


そう、実際に魔族と出会うまでは。


16 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 21:56:48.73 ID:S0Anv1g5O


その人は、とても親切な人だった。まるで兄のように、親のいなくなった私に接してくれた。
どこか私を邪険にしていた叔父夫婦ではなく、彼を慕うようになったのは当然だった。あるいは、それは私の初恋だったのかもしれない。



17 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 21:57:15.47 ID:S0Anv1g5O




しかし……私の12歳の誕生日に、彼は叔父夫婦を惨殺した。



18 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 21:57:54.28 ID:S0Anv1g5O




その時の記憶は、私にはない。というより、彼が叔父夫婦を殺した前後の記憶が、すっぽりと抜けている。
気が付くと、彼は既に処刑された後だった。どこか、現実味がなかった。


私が知っているのは、彼が人を殺めたというただの「事実」でしかない。


だからこそ、私はこの研究を始めた。そして研究は、完成に近付こうとしていた。


19 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 21:58:20.98 ID:S0Anv1g5O





「魔王と魔法使いと失われた記憶」





20 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 21:58:54.26 ID:S0Anv1g5O



第1話



21 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 21:59:51.48 ID:S0Anv1g5O
コポコポコポ…………

実験室のケトルが音を立てている。私は急須にお茶の葉を入れた。

「プルミエール、ちょっといいかしら?」

「あー、すみません!すぐお茶を……」

「そうじゃなくって。お菓子がないのよ、テルモン産のマロングラッセ」

向こうからアリス・ローエングリン教授の困惑した声が聞こえた。ケトルの火を氷結魔法で消し、彼女がいる書斎へと向かう。

「え?そこの戸棚にあったはずじゃ」

「ないのよそれが。せっかく楽しみにしてたのに……」

「私は食べてないですよ?」

「分かってるわよ。あなたはそんなことしないもの。ここに今日来た可能性があるのは……」

「……エリザベートですね。あの娘、本当に食い意地が張ってるから……」

アリス教授は笑いながら肩をすくめた。

「あら、決めつけはよくないわよ?そういうときのためのあなたの魔法じゃないの」

「ああ……それもそうですけど。でも、まだまだ改良が必要で」

「だからこそよ。学会発表前の予行演習と思って、見せてごらんなさいな」

私は口を尖らせた。私の同僚、エリザベート・マルガリータは天真爛漫だけど少し常識を欠いたところがある。トリス王家の出らしいけど、もう少しなんとかならないかしら。

まあ、とりあえずの確認……ということでいいか。

「教授が最後にマロングラッセを確認したのは?」

「そうねぇ、2時間ぐらい前かしら。氷結魔法を緩めに戸棚にかけておいたのよね。
そして講義のために席を外したから……貴女が来たのは?」

「30分前ですね。じゃあ、その間ってことですか」

私は水晶玉を取り出し、そこにマナを通していく。小さく、地の精霊に働き掛ける詠唱を始めた。
22 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:00:54.58 ID:S0Anv1g5O


「深き地の中より生まれ出る者
悠久の時を生き続ける者
汝に感謝と我が願いを伝えん
今より2刻、それより1刻半の間に汝が見たものを映せ……」


ぼわっと水晶玉の表面が歪む。そこには、上から見た書斎が映し出されていた。

「うん、私が出ていく所が見えるわね。『再生』、早められる?」

「はい。まだ『倍速』程度ですけど」

「本当は5倍速ぐらいまで行ってほしいのだけどね。そこはこれからの課題かしら」

「再生」を始めて20分ほどすると、窓から何かが入ってきた。

「……これは」

「猫、ねぇ。それも黒猫。最近研究棟に住み着いたって子かしら」

それは顔をあげると、スンスンと鼻を鳴らす様子を見せた。まるで犬みたいだ。
そして、一直線に戸棚に向かうと……器用に戸棚を開けてマロングラッセを咥えると、そのまま窓から去ってしまった。

「……まさか猫だなんて。というか、こんな器用な猫っているものなんですか?」

「あらら、『偽猫(デミキャット)』かもしれないわよ?最近、愛玩用に飼っている人多いらしいし。
あれなら子供ぐらいの知能があるから、不思議じゃないわ」

「偽猫なら尻尾は2本のはずですが、あの猫は……」

「1本だけだったわね。ここの魔道士が手を加えたのかもしれないわ」

アリス教授はクスクス笑っている。確かに、ここオルランドゥ魔術都市には変な魔術士がたくさんいる。
偽猫に普通の猫の真似をさせる人がいてもおかしくはない、か。

「まあ仕方ないから、お茶の時間にしましょう?
お湯、もう一度沸かし直しておいてね」

私は苦笑しながら厨房に戻る。研究の合間に飲むトリスの緑茶は格別なのだった。
23 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:01:56.43 ID:S0Anv1g5O
#

「にしても、大分こなれてきたわね。今までにない魔法であるのは確かだわ」

ズズッ、とアリス教授がお茶を啜った。私はマロングラッセの代わりに、エリザベートの故郷の土産「セベー」を齧る。少ししょっぱいけど、トリス茶にはそれがよく合う。

「ありがとうございます。でも、まだまだ課題は山積です。『再生速度』はまだ上げなきゃいけないですし、それに……」

「もっと昔のことを精霊を通して映し出すのは、マナが全然足りてない。引いてはマナの効果がまだ非効率であるという証明……でしょ?」

私は小さく頷いた。

「ええ。さすがですね。精霊魔法なら教授の右に出る人はいませんけど」

「あらあら、私には貴女の発想はなかったわ。精霊の『視覚』を再現することで、その場所で何があったかを映し出す。
あなたの『追憶(リコール)』は、唯一無二のものよ。もっと自信を持ちなさいな。
それに、『思い出させる』んでしょう?10年前に、何があったか」

「……はい」

「貴女の記憶は、誰かによって消されている。それを取り戻すことは、私にすら無理だったわ。
どうして貴女の記憶が消されたのかは分からない。何か、貴女が知ってはいけない真実を隠すためかもしれない。
でも、貴女の『真実を知りたい』と思う気持ちは止められないわ。だから、私は貴女に精霊魔法を教えることにしたの。そして、それはもうすぐ実を結ぶわ」

教授が私に微笑みかけた。

「プルミエール・レミュー。貴女の魔法は、きっと多くの人を救うでしょう。学会が終わったら、各国から召し抱えの文が届くはず。そのために、もう少し頑張らなくちゃね」

「はい!それも、教授のおかげです」

「やあねぇ、御世辞を言っても何も出ないわよ?
……ところで、もし文が来たらどこに行くつもり?」

「え?……それは、多分……アングヴィラじゃないかと。私、あそこで育ちましたし」

窓から風が吹き込んできた。教授は少し険しい顔になって、開いたままだった窓を閉める。

「……あそこはやめときなさい」

「えっ……何でですか?」

私は困惑した。完全にアングヴィラに戻るつもりでいたからだ。
24 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:02:38.97 ID:S0Anv1g5O
私の生まれは大陸北東部のテルモン皇国だけど、叔父夫婦の死の後は南西のアングヴィラ王国で育った。
記憶を失ったままの私を、たまたまテルモンを訪問していたクリス・トンプソン宰相が拾ったのだ。
そして、私は彼の庇護の元育てられた。オルランドゥ魔術学院に入れたのも、彼の口利きがあってのことだ。
私に父の記憶はほとんどない。だけど、トンプソン宰相は……私にとっては、親も同然だ。

だからこそ、アングヴィラに戻らないという選択肢はなかった。私の「追憶」で、彼の恩に報いる。そのつもりだった。

だから、教授の言ったことを私は理解できなかった。困惑したままの私に、教授は首を振る。

「いいからやめておきなさい。貴女のためよ」

私は思わずテーブルを叩いた。ガチャンとグラスが揺れ、溢れた緑茶がテーブルクロスを濡らす。


「どうしてなんですかっっ!!!」


教授は無言のまま、天井を見上げた。

「いつかは伝えないといけないけど、私にはまだ確信がない。もう少し、待ってちょうだい。
学会が終わり、今は秘している貴女の魔法が世に知られるようになったら……きっと理由を教えられると思う」

「……一体何を」

「真実を知ることは、時に残酷なのよ。……仕官の件なら、もしモリブスから話が来たら通してあげる。古い友人がいるの」

教授は溢れたお茶を布巾で拭き取った。

「お茶、淹れ直すわね」

教授があんな頭ごなしに言うなんて初めてだ。……でも、その時の私には、彼女の言うことが全く分からなかった。
25 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:03:32.70 ID:S0Anv1g5O
#

お茶の後の微妙な空気は、1人の闖入者によって破られた。

「教授!プルミエールさんっ!お茶にしましょ!」

「……エリザベート、もう済ませたわよ?」

「えっ……私抜きで?ひどいっ」

「遅刻する貴女が悪いのよ。ここでの論文執筆は、3の刻からと決まってなかった?」

エリザベートは時計を見る。針は4と半刻を指していた。

「ありゃあ……確かに。大遅刻ですねぇ」

「まあ貴女の論文は詰めの段階だし、もう来なくても大丈夫かもしれないけど」

ばつが悪そうに、エリザベートは頭をかく。

「うう……すみません。あ、プルミエール。そっちはどう?」

「うん、まあまあ順調」

「そっかそっか。どんな魔法なのか、楽しみだよぉ。プルミエールだったら、さぞすごいんだろうなぁ」

「あなただって。でも、同じ研究室でも学会まで研究内容は秘密なのよね」

ウフフ、と教授が笑った。

「まあ、新しい魔術ってのはそれだけの価値があるからね。昔からの慣例、ってとこかしら。
実際、事前に漏れた結果盗用されて大問題になったこともあるから」

「でも教授は知ってるんですよね、プルミエールの研究」

「ええ、でも教えないわよ」

「むー、残念。ところで、ぜんっぜん話は変わるんですけど。『魔王』、出たらしいですよ」

26 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:04:07.32 ID:S0Anv1g5O
「『魔王』?……ズマのハンプトン大魔候、ではなくて?」

エリザベートが声を潜める。

「違いますよ。モリブスに、自称魔王が出たそうなんです」

「自称?意味ないじゃない、それ」

「ええ。でも、ご存じの通りエルフの情報網ってそこそこ正確なんですよ。で、そいつって魔力の質が異常に高かったらしいんです」

「……悪さは?」

「今のところ。ただ、オルランドゥ方面に向かったとかなんとか」

アリス教授が黙った。

「……こっちに?」

「ええ。だから注意した方がいいって、さっき連絡が。見付けたら即警察にと」

「悪いことをしてないのに、警察を呼ぶの?」

やれやれ、とエリザベートが首を振った。

「だからこそよ。魔王の正体は分からない。けど、高い魔力を持った魔族なんて、それだけで危険でしょ?
何かしでかす前に捕まえておかないとダメじゃん。あなたの叔父さんたちだって、魔族に殺されたわけでしょ?」

「……まあ、そうだけど」

「何が切っ掛けで魔族の『獣性』が解き放たれるかなんて、分からないでしょ?だからこれは仕方ないのよ。まして自称魔王なんて、ロクな奴じゃないだろうし」

確かにそうだろう。概して魔族には、悪人が多いとされている。
だから各国で人権は制限されている。多民族国家で比較的寛容な、ロワールやモリブスですら、だ。

「……あまり遅くまでやらない方がいいわね、2人とも。
特にプルミエールは魔法を使わせちゃったし、もう上がっていいわ」

「え、いいんですか?」

「学会、来週でしょ?論文も大事だけど、実技が上手く行かなかったら意味はないわ。
今日は早めに帰って、体力を回復させときなさい」

「あっ、ありがとうございます!」

教授はヒラヒラと手を振った。
27 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:05:01.40 ID:S0Anv1g5O
#

私の家は、オルランドゥ魔術学院から歩いて10分ぐらいの所にある。
家からはオルランドゥ大湖が近い。マナに溢れたあの湖畔を歩くと、それだけで力が湧いてくる気がする。

ゆっくりと歩いていると、ぐう、とお腹が鳴るのを感じた。
夕食時には少し早いけど……ま、いっか。最近お酒も飲んでなかったし、少しぐらいはいいだろう。

「へい、らっしゃい。ってプルミエールじゃん」

「おひさです、カトリさん」

湖の側に立つレストラン……というかカフェに入ると、カウンターの向こうからピョコンと長い耳が立つのが見えた。

「うん、久し振りだねえ。学会が近いって聞いたから、しばらく来ないもんだとばかり思ってたよ」

「今日は早く帰れたんです。だから、学会前の気晴らしってことで」

「いいねえ。今日はいいのが揚がってるんだ、ちゃちゃっと捌いてやんよ」

白い歯を見せて、ウサギの亜人……カトリさんが笑った。旦那さんのウカクさんは、厨房みたいだ。

「いいですね!何ですか?」

「オルディック海老だよ。今、旦那が海老の煮込みスープを作ってるけど、あたしは活け造りだね。これはあたしからのおごりってことでいいかい?」

「あっ、わ、悪いですよ」

「いいからいいから。学会が上手く行ってあんたが仕官したら、その時に出世払いさ」

奥からウカクさんが現れ、奥の席にいる客に料理を出しに行った。
後ろ姿しか見えないけど……随分小さいな。亜人かホビットかしら。テーブルには皿が結構積まれている。

「ありがとうございますっ。で、お酒ですけど」

にぃ、とカトリさんが笑った。

「ちゃんとあるよぉ。アングヴィラ産の葡萄酒の白、『コルナック』」

「わぁすごい!でも、高いんでしょ?」

「まあね。でも、これもおごっちゃう」

「え?」

カトリさんがチラリと奥の客を見て、私に耳打ちした。

「それがさ、あの客が『前払い』って言ってドカンと払ったのよね。受け取れないって言ったんだけど、聞かなくって」

「え、いくらぐらい?」

「それが100万ギラ!2週間分の売上だよ?まあ、それに見合うぐらい良く食べるんだけどさ……」

100万ギラ??魔術学院を首席で卒業した仕官者の初任給2ヶ月分並みじゃない……

「何者なんですか?」

カトリさんは肩をすくめた。

「さあ。というか、子供なんだよねぇ。本人は28だとか言ってたけど。
気味が悪いけど、お金は確かに持ってたからそれ以上は聞かないことにしといた。何より、魔族っぽいのよねぇ」

ゾクリ、と身体に震えが走った。まさか……

「『魔王』?」

「なーに突拍子もないこと言ってんのさ。相手は子供よ?確かに怪しいも怪しいけど、魔王はないわよ」

奥の席の男……いや少年は、ウカクさんと何やら話している。こっちの会話には気付いてないようで、ほっとした。

「そう……ならいいんですけど」

「とりあえず、これ付け出しね。ちょっと待ってて、葡萄酒の栓抜くから」

チーズをトリス名産の調味料「ソミ」に漬けたものを出すと、カトリさんがコルク抜きを探し始めた。
私は奥の席の少年をもう一度見る。……そんなに魔力は感じない。
魔王は異常に魔力が高いってエリザベートが言ってたから、やっぱり気のせいかな。

トクトクと葡萄酒がグラスに注がれる。口にすると、キリッとした刺激が喉を通り抜けた。その奥には、芳醇な香りと甘味。

「美味しいっ!!」

「でしょ。どんどん飲んでね」

しばらくすると、お酒と料理の美味しさで、奥の席の少年のことはすっかり忘れてしまったのだった。
28 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:05:31.24 ID:S0Anv1g5O
#

「じゃあカトリさん、また〜」

「プルミエール、足元には気を付けてねえ」

「らいじょうぶれすよぉ。家までは3分もないですしぃ」

うーん、自分で喋っていて呂律が怪しい。2本開けたのはやり過ぎだったかな……

ふらふらと、家に向かって歩く。上級学生には1人1軒の家が貸し与えられる。研究に専念してほしい、という魔術学院の意向であるらしい。
小さいけど、そこそこ快適で嫌いではない。あと少しでここともお別れと思うと、ちょっと残念だけど。
29 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:06:16.33 ID:S0Anv1g5O


…………ザッ


背後から音が聞こえた。……何だろう。振り向くけど、誰もいない。

また歩き始める。家が見えてきた。


…………ザッ、ザッ


今度は気のせいじゃない。ハッキリと、足音が聞こえる。
嫌な予感がして振り向いた。そこには……


30 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:07:27.15 ID:S0Anv1g5O


「動くな」


黒装束の男が2人。そしてそのうちの1人は、私の背中に剣を突き付けている。


「…………え」

「叫ぶな。叫んだり声を出したら殺す。大人しく我々についてこい」

「……何者、なの」

酔いが一気に抜けていくのが分かった。まずい。これは、まずい。
でも、魔法を使っても……詠唱している間に刺されるだろう。もちろん、私に武術の心得なんて、ない。

黒装束の男は、底冷えのする声で告げた。

「お前に言うことはない。ただ、ついてくればいい」

「……何を、しようと、いうの」

歯がガチガチと震える。目からは涙が溢れてきた。


そんな。こんな所で、私は……殺されるの??


男は何も言わず、剣をさらに突き付ける。プツ、と制服のローブが貫かれる音がした。


「お前が知る必要もない。今殺されたいか?」


足に力が入らない。絶望で、私はその場に座り込みそうになった。

31 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:08:09.14 ID:S0Anv1g5O


その刹那だ。


…………ザンッッッ


32 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:08:46.66 ID:S0Anv1g5O


「……あっ」


何か、光るものが私の目の前に走った。黒装束の男の首が大きくかしげ……そしてボドリと落ちた。

鮮血が、噴水のように上がる。


「え」


もう一人の男が口にした瞬間、彼の首も地面に落ちた。
首をなくした身体だけが、2体目の前に立っている。


これは、悪夢?酔いが見せた、悪夢なの?
しかし、降り注ぐ紅い雨は……これが現実であることを示していた。

33 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:09:25.07 ID:S0Anv1g5O


恐怖が全身を駆け抜ける。


「……キッ、キャア……むぐっ」


叫ぼうとした私の口を、誰かが塞いだ。


「黙れ。逃げるぞ」

「んぐうっっっ!!?」

「黙れ、と言っている」


口を塞ぐ主の顔が見えた。月光に照らされた、その顔は……

34 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:10:00.74 ID:S0Anv1g5O



浅黒い肌に尖った耳。そして、まだ幼さを残した顔。


まさか、あの店にいた彼…………


次の瞬間、私の意識は、消えた。


35 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:10:26.14 ID:S0Anv1g5O
#


それが、私……プルミエール・レミューと、「魔王」エリック・ベナビデスの出会いだった。


36 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/07(金) 22:11:13.29 ID:S0Anv1g5O
第1話はここまで。

キャラクターの外見設定などは後程。
37 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/08(土) 08:27:24.02 ID:jfYZjryC0
新作乙
38 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/08(土) 12:23:52.37 ID:xOh7syr10
面白そう
39 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/08(土) 23:36:49.72 ID:onGBSWCoO
キャラクター紹介

プルミエール・レミュー(22)

女性。出身はテルモンの首都、皇都テルモン。12歳の時に「英雄」の一人にして現アングヴィラ王国宰相のクリス・トンプソンの庇護のもとアングヴィラに移住。
魔力の突出した才を認められる形で16よりオルランドゥ魔術都市に留学する。
現在6年生(現在の基準で言えば修士2年)。成績優秀であり、「土地の記憶」を呼び起こす魔術を研究している。

身長162cm、体重53kg。少し長めの黒髪で眼鏡をかけている。
地味めの外見であり服装にも無頓着だが、顔立ちは整っており磨けば光る。巨乳。研究一筋で恋愛経験はない。
酒好きでありしかも強め。酔うと笑い上戸になる。
基本的には控えめな優等生キャラだが、若干天然気味の毒舌を吐くことも。自分に自信があまりなく、ノリも少し暗い。それは言うまでもなく過去の出来事に由来するものである。
40 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/10(月) 09:38:12.93 ID:fbURo3hcO



第2話



41 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/10(月) 09:38:39.22 ID:fbURo3hcO
「んっ……」

目が覚めると、見知らぬ天井が見えた。どうやら布団の中らしい。

……


「きゃああっっっ!!?」


私は跳ね起きた。自分が、下着だけの姿だと気付いたからだ。


「騒ぐな、小娘」


高い声が響く。その主は窓際に座り、鋭い視線を私に向けていた。

「心配しなくても手を出しちゃいない。血塗れのまま寝かせるわけにもいくまい」

その通りで、私の身体も髪もきれいな状態のようだった。ということは……

「ま、まさか……私を裸に……??」

「睡眠魔法をかけてる間にな。……繰り返すが、手は出してはいない」

顔から火が吹き出そうになった。そんな……父さん以外の男の人に、生まれて裸を見られたなんて……

「ど、どういうつもりなのっっ!!?」

「だから血塗れのままだとシーツが汚れるだろう?ここは普通のホテルだ、きれいなままにしておくのが礼儀だろう」

浅黒い肌で分かりにくいけど、彼の顔も赤くなっているようだった。

「……本当に、何もしてないのよ、ね」

「……初対面の女、それも意識を失っている女に無理矢理するほど俺は外道じゃない。
にしても暢気なものだ、殺されかけたというのに、自分の裸の心配か」

私はハッとなった。そうだ、黒装束の男たちに刃を突き付けられ、そこに彼が現れた……

「……あ、あなたは何者なの」


「俺か。俺の名は、エリック」


エリック……古にいたという「大魔王」と同じ名だ。
42 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/10(月) 09:39:31.36 ID:fbURo3hcO
「噂の『魔王』って、あなたなの」

少し驚いた表情を見せた後、彼はニィと笑った。

「話が早いな。そうだ、俺が『魔王』だ」

こんなに小さいのに?という言葉を私は飲み込んだ。不意を突いたとはいえ、一瞬で2人を殺したこの子が普通であるはずがない。
ガタガタと身体が震えた。昨日の夜のことを思い出したのと、これから彼が一体何をするのかということへの恐怖からだった。

「な……何で『魔王』が、私を」

「別に殺そうとか思ってるわけじゃない。もちろん身体が目当てでもない。
俺の目的は、お前をサンタヴィラ王国跡地に連れていくこと」

「……サンタヴィラ??」

自らを魔王と名乗る少年は頷いた。

「そうだ。先代の『魔王』ケインが、国民を皆殺しにした、その地だ」

「一体、何のために」

「お前に『思い出させてもらう』ためだ。20年前、あそこで本当は何があったかを」


……ドクン


ちょっと待って。この子……まさか、私の魔法を知っている??そんな馬鹿な!?
43 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/10(月) 09:40:24.09 ID:fbURo3hcO
驚きのあまり固まっている私に、自称魔王は笑いかけた。

「お前が思うほど、オルランドゥの情報管理は堅くないんだよ。
お前が一週間後の学会に合わせて発表する新魔法『追憶』。そのことぐらい、俺は知っている。そして、お前を狙った連中もどういうわけか知っていた」

「……え」

「『追憶』はこれまで国家が秘密としてきた機密を暴きかねない。権力者にとっては、この上なく危険な魔法だ。
だから、『追憶』のことを知ったならお前を消したいと思ってる連中は少なくないはずだ。殺すまではいかなくても、生涯自分の監視下に置こうとするだろう」

「嘘……じゃあ、昨晩のも」

「多分な。どこの誰かは分からない。少なくとも、今日の新聞には昨日の殺しのことは書いてない」

そう言うと、魔王はポイと私に新聞を投げた。

「俺も軽く死体をあらためたが、証拠はなしだ。まあ、魔族じゃなかったからズマの人間じゃない」

「そん、な……」

「だから、お前に選択肢はない。このまま魔術学院に戻っても、昨日みたいに襲われるのが落ちだ。俺と一緒に、サンタヴィラに行くしかねえんだよ」

「……『サンタヴィラの惨劇』には、生き証人の『3聖女』もいるわ。魔王が国を滅ぼしたのは、歴史的な事実……」
44 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/10(月) 09:41:10.20 ID:fbURo3hcO
急に魔王がこっちにやってきて、首根っこを掴んだ。


「それが事実だと、誰が決めた??人が言えば、それが事実になるのか??ああっ???」


45 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/10(月) 09:42:04.10 ID:fbURo3hcO
「か……は……」

息が、苦しい。小さい身体なのに、なんて力だろう……意識が、遠退き始める。

魔王は我に返ったのか、急に力を緩めた。

「げほげほっ!!げふっ……」

「……すまない。……だが、俺はサンタヴィラの惨劇を疑っている」

「ど、どうして……」

「……俺の知る魔王は、そんなことをする人間じゃないからだ」

「え」

少しだけ、沈黙が流れる。

「……まさか、あなたって」

「そうだ。……魔王ケイン・ベナビデスの息子だ」

「でも、あれは20年前で……」

この子はどう見てもせいぜい15ぐらいだ。基礎学校の生徒だと言われても通るだろう。20年前に生まれているはずがない。

魔王が苦笑した。

「魔族の寿命は他の種族とそう変わらん。だが、俺のベナビデス家だけは別だ。エルフの連中並みには生きる。
だから、俺の成長は普通の半分だ。もちろん、お前よりは長く生きている」

「……じゃあ、28歳って」

チッ、と魔王が舌打ちする。

「あの店主、余計なことを……」

本当に年上だったのか。それなら、この態度の大きさは少し納得が行く。

「じゃあ、あなたは……父親の無念を晴らそうと」

「そんなんじゃない。ただ、納得が行かないだけだ。
父上があの国を滅ぼした、それは多分事実だろう。だが、俺の知る父上と『魔王ケイン』は全く噛み合わない。
真実を知りたい。ただ、それだけだ」

魔王が真っ直ぐ私を見た。漆黒の瞳はどこまでも深い。
46 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/10(月) 09:42:32.34 ID:fbURo3hcO



ああ、彼も私と同じなのか。



47 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/10(月) 09:43:47.56 ID:fbURo3hcO
この少年……というよりこの男性のことを、私は全く知らない。一般的な、邪悪な魔族なのかもしれない。
ただ、嘘をついているわけでは全くなさそうだった。特に、自分が知らない真実を知りたいと願う心には曇りがない。
それぐらいは、目を見れば分かる。それに、邪気を孕んだマナは彼からは感じ取れなかった。


しかし……決断はできなかった。アリス教授に、一言相談したかったからだ。


「……少し、考えさせて」

「そんな余裕はないぞ。ここにいられるのも、せいぜい今日が限界だ。これからお前を狙う連中は増えていく。だったら、早めに逃げを打つ」

「でもっ!!教授に、一言言わないと!」

「お前が今会いに行けば、確実に教授も巻き込むぞ??行き先を知っているはずだと拉致されるかもしれない。
アリス・ローエングリンは有能な魔術師らしいが、暗殺者を撃退できるほどなのか?」

私は言葉に窮した。魔王が溜め息をつく。

「失踪の件は、後で伝書鳩でも飛ばしておけば済む。今は、オルランドゥから逃げるのが先だ。……少し、席を外す」

「え」

「血塗れの服を着たら目立つだろう?新しい服を買う。それでモリブスに向かうぞ」

「サンタヴィラって、ここからだと北西じゃ?アングヴィラ経由で行った方が……何で逆方向へ」

魔王が苛立った様子でまた舌打ちした。

「馬鹿か?ここの東にあるのはアーデンの森だ。ただでさえ魔物が多くて俺でもお前連れじゃ危ない。
しかも安全なルートはアングヴィラの管理下だ。魔族の俺が通れると思うか?小娘」

「……私は小娘じゃない。プルミエール。プルミエール・レミュー」

「小娘もプルなんとかも一緒だろう?とにかく、東に行って最短距離は無謀だ。西からオルランドゥ大湖を反時計回りで行く」

「そんなっ!!遠回……」

そう言いかけて私はやめた。


……これはむしろ好都合かもしれない。その道程なら、テルモンも通る。つまり……


「追憶」で、10年前の事実が分かるかもしれない。


私は首を縦に振った。
48 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/10(月) 09:44:22.44 ID:fbURo3hcO
「……分かった。でも、一つ聞かせて。サンタヴィラに行って、もし真実が分かったら……その時、私はどうなるの?
……そしてあなたはどうするつもりなの」

「前者については、ちゃんと報酬付きで解放してやる。金は唸るほどあるから、全てが終わったらそれなりに不自由のない日々が送れるはずだ。
後者については……分からない。どうするのか、自分でも分からない」

「え?」

魔王は悩んでいるようだった。まるで、見た目相応の少年みたいに。

「……ただ、俺は……ベナビデス家の長として、それを知るべきだと思う。どんな残酷な真実であっても。
それを知らないと、俺は……そして魔族は、先には進めない」

「……あなた……」

魔王が苦笑した。

「これぐらいでいいだろう?夜にはホテルを出る。少し寒いかもしれないが、しばらくは下着で我慢してくれ」

そう言うと、小さな魔王は部屋を出ていった。
49 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/10(月) 09:44:59.80 ID:fbURo3hcO
#

「じゃあ、行くぞ」

魔王はフードをすっぽりと被った。私はというと、魔法使い御用達の黒いローブ姿だ。「いつも慣れている服装の方がいいだろう」ということらしい。
これからは長旅になる。魔王の背中には、2人分の着替えがギッシリと詰まったザックがあった。魔法使いと行商人、ということで通すのだという。

教授には、まだお別れの言葉を言えてなかった。無断でオルランドゥを出ることには、とても罪悪感がある。今日は安息日だったからいいけど、明日私が来ないと知ったらどんなに悲しむだろう。

……それでも、私が狙われているのが事実なら。そして、その被害が教授たちにも及ぶのなら。この決断は、もうやむを得ないことなのだ。

辺りはすっかり暗くなっている。今日は徒歩で隣町のユージーンまで行くらしい。
ここからは15キメドほどある。……そんなに長い距離を歩いたことなんて、今まであっただろうか。

「どうした」

「……いえ、大丈夫」

魔王に促され歩き始める。彼のことを信用したわけじゃない。でも、私を守ってくれるのは、彼だけだ。
私が使える攻撃魔法なんて、たかが知れている。昨晩のことを思い返すと、改めて身震いがした。
50 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/10(月) 09:45:41.83 ID:fbURo3hcO
オルランドゥの街を出ようとした、その時だ。


……ゾクン


向こうに、強い魔力を感じる。魔王も足を止めた。

「……いるな」

「待ち伏せ!?まさか、あれも私を……」

「恐らくはな。多分、街の各出口に人員を配置している。かなり組織だった動きだ。ただ……あそこにいるのは1人だけだな、そこは救いだ」

「どうして1人だけなの」

「そもそもの人員が少ないのだろうさ。あとは単純に……あそこにいる奴は強い。昨日の間抜けとは、明らかに違う。1人でも十分、ということだろう」

「どうするの?」

魔王は一瞬黙った。

「やり過ごせればいいがな。だが、望み薄だ。一応、フードで顔は隠しておけ」

少し進むと、ハッキリと待ち伏せする人物の姿が見えた。木に寄りかかり、街灯の明かりが男を照らしている。
軽装だが、目は鋭く隙がない。私でも、彼が訓練を受けた人間だとすぐに分かった。
51 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/10(月) 09:46:28.17 ID:fbURo3hcO
「そこの魔法使い、止まれ」

ビクッと、私は金縛りのように固まった。

「な、何ですか一体」

「フードを上げろ。確認だ」

その時、魔王が何かを私に手渡した。……指輪?


次の瞬間。



ゾワアアアアアアッッッッ!!!



彼から、強い魔力の奔流が放たれた!!まさか、これで力を押さえ付けていた?

魔王が剣を抜く。小振りの短剣だ。

「命が惜しければ、黙って通せ」

男は少し驚いたような表情になったけど、すぐにニヤリと笑みを浮かべた。

「噂の『魔王』か」

「分かってるなら話が早い。歯向かうなら殺す」

「冗談が下手だな」

男はぬらり、と深紅の大剣を抜いた。
52 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/10(月) 09:47:11.20 ID:fbURo3hcO




「『遺物』が一つ『スレイヤー』。この剣の錆にしてやるよ」



53 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/10(月) 09:47:49.32 ID:fbURo3hcO
第2話はここまで。

後程エリックのキャラ設定を投下します。
54 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/10(月) 10:42:50.72 ID:WpqhEABC0
おつ
55 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/10(月) 10:46:20.28 ID:fbURo3hcO
こちらも更新を始めました。
内容は今のところ同一です。多少加筆修正が今後あるかもしれません。

https://ncode.syosetu.com/n7453gk/
56 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/10(月) 15:41:10.80 ID:fbURo3hcO
キャラクター紹介

エリック・ベナビデス(28)

男性。出身はズマ魔侯国の首都、エリコグラード。8歳の時に「サンタヴィラの惨劇」が発生、その際に国を追われる。
その後の消息は(現在の所)不明。何者かの手引きでオルランドゥ魔術都市に「魔王」を称して現れた。
父親は「サンタヴィラの惨劇」を引き起こした「魔王ケイン」。彼にとっての魔王は決して悪人ではなかったようだが……?

160cm、55kg。浅黒い肌に赤みがかった短髪。
見た目は13ぐらいの少年にしか見えない。ただ、目付きだけは外見不相応に鋭い。大食漢でありよく寝る。本人曰く「燃費が悪い」。
偉そうな物言いをするが基本的には紳士。女性に対する免疫はあまりない。感情の沸点は低いが、冷静になるのも早い。
57 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/12(水) 00:49:28.27 ID:yGgQ9HDMO




第3話




58 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/12(水) 00:49:55.87 ID:yGgQ9HDMO


「遺物」??そんな、馬鹿な!?


この大陸には「遺物」と呼ばれる幾つかの武具がある。そのどれもが、使い手に強大な力を与える、らしい。
かのアングヴィラの勇者にして国王の、アルベルト・ヴィルエールも「遺物」を使って魔王ケインと相対したという。

そして、「遺物」の多くは国宝として大切に保管されている。一般人が目にできる代物ではないし、私も見たことがない。
もちろん、実際に使われるなんてことは……まずあり得ない。そのはずだ。


しかし、目の前の男は……確かに「遺物」と言った。

59 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/12(水) 00:50:50.28 ID:yGgQ9HDMO


魔王が腰を落として半身に構えた。金髪の男が嗤う。

「その構え、ダーレン寺流か」

「……だから何だ」

「魔王がまさかダーレン寺の薫陶を受けているとはな。実に興味深いが……」

男が構える。


「2人ともここで消えてもらう、ぜっ!!!」


……迅いっ!!?


大きく振りかぶってからの荒々しい一撃を、魔王はすんでの所で後ろに避けた。間合いはまだ遠かったはずなのに……


その刹那。


クンッ


地面に刺さるかと思われた大剣が、急に上へと跳ね上げられた!
あんな重そうな剣なのに、男はそれをダガーか何かのように軽く扱っている??


ブオンッッ


風圧がここまで聞こえてくる。魔王はというと、その追撃も大きく後方に跳んで交わしていた。


「小娘、逃げろ!!」


「え」


魔王が叫ぶと、すぐに次の剣撃が彼を襲った。それも何とか避けたみたいだけど……


恐怖で足が……動かない。

60 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/12(水) 00:51:43.59 ID:yGgQ9HDMO
金髪の男が、ニヤリと私を見て笑った。

「心配するな、お前はすぐには殺さない。じっくり愉しんでからだ」

攻撃をしながらなのに、なんて余裕……魔王は逃げるだけで手一杯というのに。

魔王が「チッ」と舌打ちをした。

「馬鹿が……!!逃げろと言ったはずだ!!」

「アホが、逃がさねえよ!!そもそも、お前本気じゃないんだろう!?やってみせろよ、『魔王様』がよぉっ!!」

男の攻撃が、さらに迅さを増した。あんな重そうな剣だ、一発食らったらそれで終わりなのは目に見えてる。
魔王の顔からも、焦りの色が見て取れた。


横薙ぎの一撃を、魔王は大きく後ろに避ける。間合いが僅かに広がった。その時、彼の口が動いた。
61 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/12(水) 00:52:32.66 ID:yGgQ9HDMO


「加速(アクセラレーション)、2」


凄まじい量のマナが、彼に集まるのが分かった。そして。


魔王の姿が、消えた。


62 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/12(水) 00:53:25.87 ID:yGgQ9HDMO


ザンッッッ!!!


「がはああっっっ!!?」


男の苦痛の叫び。そして、魔王は……男の向こう側にいた。


「かはっ……てめえっっ……何をしたっっ!!?」

「『2』では反応されたか……驚いたな」

男は腹部を押さえている。大量の血が流れているのが、ここからでも分かった。
しかし、魔王はもう一度剣を構える。男がまだ戦えると思っているようだった。

「次は仕留める」


「できるか……な!!!」

63 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/12(水) 00:54:16.79 ID:yGgQ9HDMO


ザクリ


男が地面に剣を突き刺す。すると……男の身体が紅く光り始めた!!?
血は止まり、苦痛に歪んでいた男の顔に生気が戻ってくる。これは……回復魔法??いや違う、もっと別の何かだ。


まさか、これが……「遺物」の力??


そして、男は大剣を引き抜くと……私の方を振り向き、ニタァと笑った。


「予定変更だ、女からやらせてもらうっ!!」

64 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/12(水) 00:54:45.26 ID:yGgQ9HDMO


ズオンッッ


さっきより遥かに速く、男が踏み込んできた!!あっという間に私との距離が詰まる。


紅い剣が、私の頭上に見えた。


……ダメだ。私はここで……死ぬんだ。

65 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/12(水) 00:55:11.53 ID:yGgQ9HDMO


目をつぶった、その刹那。


66 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/12(水) 00:55:48.39 ID:yGgQ9HDMO




「アクセラレーション、5ッッッ!!!」



67 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/12(水) 00:56:50.76 ID:yGgQ9HDMO


「な??」


「きゃあッッ!!?」


暴風のような、何かが吹いた。一瞬のうちに、男の姿が小さくなる。


気が付くと、私は……魔王に抱きかかえられていた。ハァッ、ハァッと荒い息が聞こえる。

「愚か者め……!!逃げないからこうなるっ!!」

「ご、ごめんな、さい……」

「クソが……俺一人なら、『3倍速』で戦えたがっ……」

遠くの金髪の男が、ブンブンと大剣を振り回している。

「おいおい、何だ今の??俺でも見えなかったぜ?」

魔王は私を置くと、荒い呼吸のままゆっくりと男に向かい歩き始める。マナの量が、酷く減っているのが分かった。
私を助けるために使った、あの「加速5」というのは……多分、彼の切り札だったんだ。

「お前が、知る必要は、ない。そして……もう一回ぐらいは撃てる」

魔王がまた短剣を構えた。男の表情が、再び引き締まる。

「……何?」

「お前も、分かってるだろう?『2倍速』ですら、お前は……致命傷を避けるのに手一杯だった。
そして、多分……お前も切り札を使った。あれがスレイヤーとかいう……『遺物』の力か」

「……だとしたら?」

「お前は、『5倍速』には、対応できない。ここで俺に斬られて……終わりだ」

街灯に照らされた男から、感情が消えた。重い沈黙が数秒続いた後、男は何かを呟く。
68 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/12(水) 00:57:48.39 ID:yGgQ9HDMO


空間に黒い歪みのようなものが現れた。あれは、まさかっ……


「転移魔法っ??」


男は私たちを睨む。

「9割ハッタリだが……確かに、あれを撃たれたら、俺は死ぬ。仕方ねえ、撤収だ」

「貴様の名は?」


「……デイヴィッドだ。またな、『小僧』」


そう言うと、男は空間の歪みに消える。同時に、魔王はその場に崩れ落ちた。
69 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/12(水) 00:58:36.01 ID:yGgQ9HDMO
「大丈夫っ!!?」

「阿呆、がっ……!!ザックの中に、薬瓶がある……丸薬があるから、飲ませろっ……」

私は急いでザックを漁った。……あった、これだ。
瓶の中には黒い丸薬が5個入っている。私はその1つを取り出した。……凄い刺激臭がする。これを飲ませるの?

「いいから、早くっ……!!そうだ、それでいい」

魔王は丸薬を口にすると、顔をおおきく歪ませた。そして、水袋を手にすると、苦渋の表情で流し込む。

「うえっっ……!!!相変わらず、酷い味だっ……クソっ、最悪の気分だな……」

「ごめんなさいっ!!私が逃げなかったせいで……」

チッ、と魔王がまた舌打ちした。

「全く、だ。貴重な『霊癒丸』を、ここで使うことになるとはな……!!よくそれで生きてこれたな、小娘」

返す言葉もない。私は唇を噛んで俯いた。

「……こいつを守りながらサンタヴィラまで行くのか、さすがの俺も自信がなくなってきたぞ……。しかし、行かなければ仕方ない、か」

よろめきながら、魔王が立ち上がった。

「……本当に、大丈夫なの?」

「あれは……マナを無理矢理詰めた、一種の強壮剤だ。一応、ユージーンまでは歩ける。多分」

私は辺りを見渡した。今の、誰かに見られたりしいていないだろうか?
70 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/12(水) 00:59:15.34 ID:yGgQ9HDMO

魔王が首を振った。

「……生命の気配がない。街の門番は、あのデイヴィッドという男に事前に殺されているな」

「嘘……」

「大方、俺に全てを擦り付けるつもりなんだろう。……こうなった時のことまで考えていたわけだ」

果たして、門のそばには袈裟斬りに両断された死体が2体転がっていた。私の胃から、少し前に食べたシチューが逆流しそうになる。

「うぷっ……」

「……弔ってやるか」

魔王はそういうと、死体に手を触れた。急速にそれはしぼんでいき、やがて砂になって消えた。

「何をしたの?」

「……腐食魔法の一種、としておくか。惨殺された死体など誰も見たくはないだろう。特に、こいつらの家族は」

数分かけて、「弔い」は終わった。血がまだ辺りに残っているけど、一晩経てば地面に染み込むだろう。

「……行くか」

魔王は小さく言った。その目は……微かに濡れている?


それは気のせいだったのだろうか。

71 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/12(水) 01:00:15.66 ID:yGgQ9HDMO
#

疲れと精神的な衝撃から、ユージーンに着くまで会話はほとんどなかった。
着いたのは深夜。安宿に着くと、魔王は無言で金貨1枚を眠そうな女将に渡した。

「夜分すまない。行商の身だ、これで一部屋頼む」

「これって……ちょっと、宿代の10倍だよ?」

「深夜押し掛けた迷惑料込みだ。他言無用で頼む」

女将は首をひねりながら、私たちを部屋へと案内した。埃っぽい部屋だけど、文句は言えない。

「とっとと水浴びでもしてろ。俺は先に寝る」

「ちょっと!」

「聞きたいことは明日聞いてやる。ただ、朝早めにユージーンを出るぞ。モリブスで人が待ってるんでな」

「人?」

ベッドの布団を被りながら、魔王が言った。


「俺のパトロンだ。ジャック・オルランドゥ」


……オルランドゥ……魔術都市と、同じ名字?


「ねえ、どういうこと?」

呼び掛けたけど、魔王はもうスウスウと穏やかな寝息を立てていた。

72 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/12(水) 01:01:32.11 ID:yGgQ9HDMO
第3話はここまで。

アリスなどのキャラクター紹介は後日。

質問などありましたらどうぞ。
73 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/12(水) 18:56:55.69 ID:4aI2cGelO
設定紹介

「遺物」

遥か過去に作られた武具の総称。その全てが現在では再現不可能な技術で作られている。
作り手は「神」とされているが、一切は不明。ただ、そのどれもが超常の力を有している。
デイヴィッドの「スレイヤー」は地面に突き刺すことで本人の回復・強化を促していたようだ。まだ何かあるかもしれないが、現状は詳細不明。

(大体遺物=神器。ただ、ジュリアンは本編には出ません)
74 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/12(水) 18:59:11.20 ID:4aI2cGelO
魔術都市オルランドゥ

マナが豊富なオルランドゥ大湖のほとりにある。人口は約1万人。風光明媚な観光地でもある。
都市としては自治権を持っており、モリブス政府でも簡単には干渉できない。
学院長は合議制によって選ばれる。当代の学院長はローマン・ゴールディ。基本的に政治的野心には乏しく、研究の邪魔さえされなければいいというスタンス。
各国から最も優れた魔術師が集まり、魔術や科学の研究を行っている。
半面、各国からのスパイも多く最新の魔術を盗もうと虎視眈々。野心ある学生がやってくることもなくはない。
このため、研究成果は一定の実が結ばれるまでは秘中の秘とされ外に出ることはない。それでも発覚する時はある。
75 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/14(金) 16:43:08.45 ID:mtWo0cv2O




第4話



76 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/14(金) 16:43:35.29 ID:eY+H6i2KO
涼しい風が頬を撫でる。疲れは残っていたけど、今日は何とかなりそうだ。
ユージーンで馬を買ったからだ。魔王が御し、私はその後ろの鞍に座っている。胸が少し当たるけど、きっと彼は気にしないだろう。

「……馬、なんでオルランドゥで借りなかったの」

「借りられると思うか?俺たちに対する警戒体制が敷かれていた以上、その場で身元を調べられるのが落ちだ。そうしている間に拘束されたら終わりだろう?
どうにも世間のことを知らんようだな、小娘」

「なっ……!?」

実年齢は上だと知っていても、少年に小馬鹿にされた口調で言われるとさすがにムッとした。
馬を操る魔王が呆れたように振り向く。

「そもそも、俺なしではお前はただ殺されるか、さもなきゃ一生塔の中だ。少しは身をわきまえろ」

「何ですって??」

反論しようと思ったけどやめた。私はもう2回も彼に助けられている。路銀だって彼任せだ。傲慢でいけすかないけど、確かに彼は命の恩人なのだった。

黙っている私を見て、「……ふん」と魔王は前を向いた。

馬は冒険者ギルドで買うことができた。相変わらず相場の数倍で買っていたけど、あの金はどこから手に入れているのだろう?
元がズマの皇子というのが本当だとしても、サンタヴィラの惨劇から20年も経っている。そんなに金がもつものだろうか。

そもそも、私はあまりにこの男のことを知らない。長旅になるなら、互いのことをもっと話すべきではないか。……好き嫌いは別にしても。
77 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/14(金) 16:44:50.38 ID:eY+H6i2KO
「ねえ」

「何だ」

声をかけたはいいけど、何から話すべきか思い付かない。そもそも、男性とちゃんと話すこと自体、今までの人生の中でそう多くはなかったのだ。

「……」

「……変な奴だな」

「あの……魔王ケインって、どんな人だったの」

魔王が馬を止めてじっと私を見た。……触れてはいけない話だっただろうか。

「……それがどうした」

「ただ、訊きたかっただけだけど……」

小さな溜め息が聞こえた。

「お前には関係のないことだろう」

「でも、あなたはサンタヴィラの惨劇の真実を知りたがっている。彼が、そんなことをする人じゃないと思っているからでしょ?それに、あなたもそこまで悪い人じゃない、多分」

「何を根拠に」

「何となく。それに、魔法使いはマナでその人の性質が分かるの。あなたは偉そうでちょっとムカつくけど」

ふん、と魔王が鼻を鳴らした。

「……小娘が偉そうに」

「でも、あなたが知る魔王ケインは、御伽噺の絵本のような極悪非道の悪党じゃない。そうでしょ?」

「……随分魔族に同情的なんだな」

「同情的じゃないけど……全ての魔族が、悪い人じゃないと知ってるだけ」

そして、そうだと思いたいから……私は「追憶」を産み出した。

魔王は馬を再び歩ませた。

「……父上は優しい人だった。厳しいが、少なくとも俺にとってはいい父親だった。
敵には容赦はない。刺客を斬り捨てたのを見たこともある。だが、理由もなしに誰かを殺すなんてことは、絶対にしない人だ」

「サンタヴィラ王国が何かした、と?」

「分からない。だが明らかに今語られている『魔王ケイン』は、俺の知る父上ではない。
とりあえず、次の宿場町で飯を食うぞ」

それきり、魔王は黙ってしまった。
78 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/14(金) 16:45:36.65 ID:eY+H6i2KO
#

「……おかわり」

フードをすっぽりと被ったまま、魔王が空になった皿を突き出す。テーブルの上には、早くも3枚の皿が重ねられていた。

「よく食べるのね……」

「俺は燃費が悪いからな。人より多く食らうし、多く寝ないといけない。とりあえず、この肉のスパイス炒めと『レー』を頼む」

「私、あれ苦手なのよね……」

「オルランドゥは一応モリブス領内だろう?食べないのか」

「辛いのダメなのよ……」

モリブスに行くのは3年ぶりだ。とにかく全部の料理がスパイスが効いていて辛いのだけど、「レー」は特に辛い。
サラサラで真っ黒なスープは、とても人間が食べる代物とは思えない。お米と一緒に食べるのだけど、私は2口で挫折した。

魔王が小馬鹿にしたように笑う。

「小娘は舌まで小娘だな。だから甘口の『ウー・ドレー』しか食えないのか」

「これは辛くないもの。ミルクのまろやかな風味が麺に絡んで美味しいわよ。嫌いなの?」

「辛さこそモリブス料理の真髄だろう?ミルクで誤魔化すのは邪道だ」

スパイス炒めと「レー」が運ばれてきた。ここの「レー」は特に黒い気がする。本当に、あれは同じ食べ物なのかしら。
私は「ウー・ドレー」の白い麺を啜った。甘味の中に複雑なスパイスの香りが拡がる。

「んぐっ……モリブスに、詳しいの?」

「まあな。昨日少し話したが、俺の後援者はモリブスにいる。俺もそいつのところで世話になったんでな」

「ジャック・オルランドゥだっけ?オルランドゥ魔法学院と、何か関係が……」

「もちろんある。だが、それについては本人の口から聞いてくれ」

魔王が匙を口に運んだ。表情は変わらないけど、額には汗が滲んでいる。

私のことを知っていたのは、それが理由なのかしら。
79 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/14(金) 16:46:26.87 ID:eY+H6i2KO


魔王が急に、匙を止めた。


「……いるな」

「追っ手?」

「多分。視線を感じる」

私も辺りを見渡した。……確かに、食堂の片隅に1人、明らかに常人じゃない魔力の人がいる。彼か。

「どうするの?」

「直接絡むまでは無視だ。宿泊する予定のイスラフィルで仲間が待ち伏せしているかもしれないが、その時は殺るしかないな。
……小娘、本当に戦闘向きの魔法はないのか」

「戦闘?私も戦えというの?」

「当然だ。昨晩のデイヴィッドみたいなのがいたら、俺一人だけでは守りきれん」

渋い顔で返された。

でも、当然私には戦った経験なんてない。さらに言えば、精霊魔法はあまり戦闘向きの系統ではないのだ。

考えろ。本当に彼に頼りっきりでいいのか……

「あ」

あった。彼を支援できそうな魔法で、私が使えそうなものが。

私は小さく頷いた。

「一応」

「相手はチンピラじゃない。一昨日の間抜け2人も、一応訓練は受けていたはずだ。本当に通用する程度のものなんだろうな?」

「実際に試したことはないの。でも、自信はそれなりにある」

「……信用するからな」

「助けられてばかりじゃ、悪いもの」

魔王が苦笑した。

「その意気込みやよし、だな。腹八分目だが、ひとまず外に出……」

魔王の視線が例の男に向けられた。男は、こっちに向かってまっすぐ歩いてくる。

どうしよう、と思っているうちに彼は私たちの所に来た。
80 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/14(金) 16:47:13.04 ID:eY+H6i2KO


「よう、お二人さん」


「何の用だ」

険しい目で魔王が彼を見る。背は185センメドぐらい。短い黒髪の痩せた男で、どことなく軽薄そうな感じだ。耳が長くて色白だから、エルフだろうか。

「すまねえな。間違ってたらすまねえが、そこのちっちゃいフードのが『魔王様』でいいか?で、巨乳の姉ちゃんがプルミエール・レミュー嬢」

「……だとしたら何だ」

男はニヤニヤしながら私たちのテーブルに座る。そして、出てきた言葉は私の……そして恐らくは魔王の想像の外にあるものだった。
81 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/14(金) 16:47:50.63 ID:eY+H6i2KO


「俺を雇わねえか?」


「……は?」


82 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/14(金) 16:48:21.83 ID:eY+H6i2KO
何を言ってるんだろう?この男がただ者ではないのはすぐに分かるけど……

「追っ手じゃないの?」

「いや、追っ手だ。あんたらの捕縛指令は、各国政府によって出されてる。で、そのための特務部隊が名目上協力して組まれてる。俺もその一人ってわけだ。
だが、俺にとってはチビの魔王と巨乳ちゃんを捕まえてもそんなにいいことがない。所詮悲しき宮仕え、部下の手柄は上司の手柄、なわけさ」

「……金次第で動くとでも?」

金で動く人は危険だ。もっと高いお金を出す人がいたなら、こいつは速攻で裏切る。
魔王もそう思っているようで、表情の険しさは増していた。


しかし、彼の答えはまた予想外のものだった。


「俺をサンタヴィラまで連れていく。それだけでいい」


83 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/14(金) 16:48:51.87 ID:eY+H6i2KO


「……何??」


魔王の怒気を孕んだ言葉に、男が肩をすくめた。

「あー、すまんすまん。ただ、俺はお前さんたちをどうこうするつもりはねえぜ。
むしろ協力したいと思ってる。どうだ」

「要らん。一切信用ならん。そもそも、お前は誰だ?」

しまったなあ、とこぼしながら男が頭をかく。

「俺の名はランパード。ビクター・ランパードだ。まあ、見ての通りトリス森王国の人間だ」

「トリス……まさか、エリザベートの知り合い?」

「ああ、そういや姫様のご学友だったな。まあまあ長い付き合いだぜ、あのトンチキ姫様とは。
まあ、この申し出を断ってくれても構わない。俺は勝手に支援させてもらうからな」

味方は多い方がいい。それに、このランパードという男が本当にエリザベートの知り合いなら、確かに信頼には足るはずだ。
ただ、魔王はじっとランパードを見ている。彼の下した結論は……

84 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/14(金) 16:51:11.01 ID:eY+H6i2KO
※安価1回目

1 ……分かった
2 ……断る


※3票先取


※1だとややコメディ色が強くなります。2だと2人のイチャイチャ(?)が増えます。

※ストーリーの大筋には変わりはありません。
85 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/14(金) 17:17:06.81 ID:/ltXQQef0
2
86 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/14(金) 17:40:08.31 ID:VoYiDPhDO
2
87 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/14(金) 17:50:06.61 ID:NxFnKKLQ0
2
88 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/14(金) 23:06:55.58 ID:eY+H6i2KO




「断る」




89 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/14(金) 23:07:57.34 ID:eY+H6i2KO
ランパードは苦笑した。

「……まあ、そう来るだろうよ」

「トリスのことだ、どうせ裏があるんだろう?それが何であれ、邪魔はさせない」

「邪魔はしねえって」

「エルフは信用ならん」

「嫌われんなあ」

ランパードはそう言うと、席を立った。

「ま、それならそうでいいさ。上にはお前さんたちは見付からなかったと伝えとく。
ああ、忠告な。テルモンの連中がイスラフィルで待ってるぜ。まあ、お前らならどうとでもするだろうが……人死に出したら目立つぜ。そんだけだ」

テルモンが??そこは……私の祖国だ。

「ちょっと待って!!」

周囲の視線が私たちに集まる。しかしランパードは振り向かず、そのまま去っていった。

魔王が険しい顔で私の裾を引く。

「馬鹿がっっ……!注目を浴びてどうする?そもそも、奴の言うことを素直に信じるつもりか?」

「でもっ……彼は『テルモンの人間が待ち伏せしてるって』……」

「ああ、そうだろうよ。言っただろう、お前の『追憶』はどこの国にとっても都合が悪い代物だ。だから、世界中がお前を狙ってる。
そして、あのランパードという男もお前を利用しようとしていただけに過ぎん。人を安易に信用するな、愚か者がっ」

そうか……彼は私たちを罠にはめようとしていたのかもしれなかったのか。……自分の甘さが嫌になる。

「行くぞ、これ以上注目を浴びるのはまずい」
90 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/14(金) 23:09:35.54 ID:eY+H6i2KO
「……あなた、もっと色々知ってるんじゃないの」

イスラフィルに向かう道中、私は魔王に訊いた。お昼を食べてから、彼の機嫌はずっと悪い。それはあのランパードという男によるものなのか、それとも私の迂闊さによるものなのか。……きっと両方だろう。

「色々とは、何だ」

「私を狙っている人たちの正体。色々な国が狙っているって言ってたけど……」

魔王は数秒黙った後、口を開いた。

「知ってどうなる」

「今から向かうモリブス公国も、私たちの敵なの?」

「……あそこは、まだマシだ。少なくとも、統領のベーレンは協力者だ。ただ、閣内にはお前を消したいと思っている連中が多いだろうな」

そうなのか。とすれば、そこまで心配しなくてもいいのかな。

「じゃあ、あのデイヴィッドって男は」

「……分からん。ただ、あいつは……間違いなく、国の中枢に近い人間だ。『遺物』持ちの時点で、普通の暗殺者じゃない」

魔王はまた口を閉ざす。何か、言葉を選んでいる気がした。

「まだあんなのがいるの?」

「……多分な……ん」

魔王が馬を止めた。

「……少し早いお出迎えのようだな」
91 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/14(金) 23:10:20.31 ID:eY+H6i2KO
30メドぐらい先に、男たちが立ち塞がっているのが見えた。

イスラフィルまではまだ1、2キメドはあるはずだ。目撃者が多くなる街中ではなく、街道で待っていたということか。


背筋に冷たいものが流れる。


「殺すの?」

「それしかあるまい」

私は昨日の、そして一昨日の夜のことを思い出した。……2日続けて惨い死体を、私は見ている。しばらく……というかできれば一生、人が死ぬのは見たくない。

「……やめて」

「殺らなきゃ殺られるんだぞ?」

「……そうでもないわ」

私は馬を降りて、男たちに向けて歩いていく。……近くには川が流れている。これは好都合だ。

「おい」

「すぐ終わるわ」

小さく呪文を呟く。
92 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/14(金) 23:10:46.24 ID:eY+H6i2KO


「清廉なる水の精霊よ
真実の姿を偽りに、偽りを真に曲げよ
心に惑いを、惑いを真実に変えよ……」


霧が一気に辺りにかかっていく。……上手く行った。

93 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/14(金) 23:11:44.71 ID:eY+H6i2KO
「何をした?」

「説明は後で。今のうちに通るわ、霧の中では何もしないで」

馬に飛び乗り、霧の中を進む。魔王の背中に手を触れ、魔法の効果が彼に及ばないようにした。

途中、男たちが剣を振り回しているのが見えた。私たちには、全く気付いてない。


そして……私たちは無事にイスラフィルに着いた。

94 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/14(金) 23:15:33.91 ID:eY+H6i2KO
#

「結局、あの魔法は何だ」

宿のベッドに座りながら、魔王が訊く。私は少し得意気になって答えた。

「精神魔法と精神感応魔法の合成術。『幻影の霧』とでも言うべきものね。
霧の中に入ると、認識が歪められて幻覚を見るの。一度かかったら、1刻は正気を失うわ。水場が近くにないといけないけど」

魔王の目が、初めて驚きで見開かれた。

「即興か?」

「ううん、昔作った魔法。研究論文に仕上げるほどのものじゃないけど……」

「……精神感応魔法の素養があるとはな」

「教えてもらったの。親代わりの、クリス・トンプソン宰相に」


その瞬間、魔王の目が憎悪に燃え、私の胸倉を掴んだ。
95 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/14(金) 23:16:25.81 ID:eY+H6i2KO


「……あの男が親代わり、だと?」


「えっ!?ええ、そうだけど……」

「クソッ!!!」

魔王が私を軽く突き飛ばした。私はもう一つのベッドに倒れこむ。

「きゃっ!!?何するのよ!!そもそも、トンプソン宰相に、何か恨みでも……」

魔王は努めて冷静になろうと呼吸を整え……そして告げた。


「……当然だろう??……あの男は、父上を討った勇者の一行にいた。仇なんだよ」


96 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/14(金) 23:16:53.43 ID:eY+H6i2KO
第4話はここまで。設定などはまた後程。
97 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/15(土) 01:37:53.18 ID:qQqQnsJpO
なろうの方をアップしました。一部微妙に表現を変えています。

設定紹介

レー……
カシミールカレーのような何か。本家よりは具が多い。

ウー・ドレー……
カレーうどんのような何か。カレーに牛乳を併せたような感じのスープが人気。

モリブスはメキシコ辺りの地理ですが、この世界(時代?)においてはインド的な食文化になっています。
また、「ソミ」は味噌です。カッテージチーズの味噌漬けが第1話で少し出ています。
98 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/15(土) 09:26:57.48 ID:NpluXm0DO
乙乙
99 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/16(日) 16:37:16.03 ID:cAlXBzjlO



第5話



100 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/16(日) 16:38:13.49 ID:cAlXBzjlO


モリブスに近づくにつれ、香辛料の匂いが濃くなった。嫌な感じじゃないけど、何とも形容しようのない匂いだ。


ここに来るのは3年ぶりだ。アリス教授に連れられて、貴族連に挨拶しに行った時以来か。


モリブス公国は、北ガリア大陸南東部に位置する。ここ10年ぐらいでかなり大きくなった国だ。

新興の南ガリア大陸からの交易が盛んで、ドワーフやオーク、オーガなど南からの異種族も少なくない。オルランドゥ魔術都市も、名目上はモリブスの統治下にある。

非常に陽気なお国柄だけど、治安は決して良いとは言えない。法よりも暴力、秩序より混沌というのがモリブスの伝統である、らしい。以前モリブスに行った時も、屈強な女護衛を3人ほど雇っていたような気がする。そうしないと襲われるから、だそうだ。


今回、私の護衛は……護衛と言えるのかよく分からないけど……自称魔王の少年だけだ。

ただ、彼との会話は、昨晩からすっかりなくなってしまった。目線すら合わせようとしない。

馬に揺られながら、会話の糸口を探ろうとしてもなしのつぶてだ。別に、気に入られようとかそう思っているわけじゃないけど……酷く不安になる。
101 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/16(日) 16:39:15.60 ID:cAlXBzjlO


原因は分かっていた。私が、彼の仇の一人であるトンプソン宰相に育てられたという事実だ。


父親の魔王ケインが討たれるべき存在だったのは、彼も認めている。それでも、あの怒り方は……何か異常なものを感じた。
あるいは、魔族の国であるズマ魔侯国と長年対立関係にあったアングヴィラ王国自体にいい印象を抱いていないのかもしれない。


……でも、だからといって会話までしなくなるなんて。その狭量さに、私は寂しさを覚えていた。
こんなので、これから先上手くやっていけるのだろうか?


街道の人通りはどんどん増えていく。とりあえずの目的地であるモリブスまで、もう少しのようだった。
102 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/16(日) 16:40:33.82 ID:cAlXBzjlO
#

「降りろ」

今日、初めて私に魔王が投げかけた言葉は、冷たい命令だった。

そこはモリブスの外れにある一軒家だった。木造で、かなり年季が入った建物のようだ。

「ここに、あなたの後援者が?」

「無駄口を叩くな、俺についてこい」

玄関のドアを魔王が乱暴に叩く。……返事がない。
もう一度ドンドンと魔王がやると、「うっせえなあ」という声が聞こえてきた。

「足悪いんだから上がってこいよ。エリック、お前だろ?鍵は開けてある」

「チッ」

ギイィ……と錆びた音と共にドアが開く。家の中は何かよく分からない紙と本で散乱していた。

「言ったのに片付けもできんようだな……」

ブツブツ言いながら、魔王が2階へと上がる。ギシギシと、階段がきしんだ。
そして、2階の奥の部屋のドアを無言で開けると、そこには……


「よう、エリック」


車椅子に乗った、痩せた魔族の男がいた。
103 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/16(日) 16:55:20.49 ID:cAlXBzjlO

「えっ!!?」

「まあ、知っているのは一部の教授と学園長だけだがな。魔族が創立者であることも含め、秘中の秘だ。
特に20年前からは俺について触れること自体ご法度になっちまった。こいつの親父のせいでな」

魔王がジャックさんを睨む。

「だから小娘を連れて来たんだろう」

「ハハハ、まあな。もともと魔族への風当たりは強かったが、さすがに窮屈に過ぎる。
お蔭で碌に研究もできやしねえ。……ゲホゲホっ」

体調が良くないのだろうか、ジャックさんの顔色はどこか白っぽく見える。

「大丈夫ですか??」

「んー、大丈夫……でもねえんだがな。まあ、そんなことはどうだっていい。
とりあえず、俺とエリックの目的は同じだ。サンタヴィラの惨劇の真実を知りたい。俺もエリックの親父、ケインとは古い仲でね、あいつがあんなことをやらかしたのには理由があると踏んでる。
そして、それを知ることが、魔族全体のためになると思ってる」


「……え?」

104 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/16(日) 17:10:19.65 ID:cAlXBzjlO
「要は冤罪の可能性がある、ってことだ。まあ、ケインがサンタヴィラ王国を壊滅させたという証人は『三聖女』がいるわけだがな。だが、絶対にあれには裏がある。
それが分かれば、魔族復権につながる可能性すらある。そうだろ、エリック」

魔王は「……ふん」と短く言った。

「……さっきから不機嫌だな。まあいい。で、それを知るにはプルミエール・レミュー、だったか?お前の『追憶』が必要だ。ただ、今のお前の力量ではとても20年前のことまでは『思い出させられない』」

「ちょっと待ってください!?私、名前言いましたっけ??」

「言ったろ?俺は魔術学院の管理者だと。ある程度生徒の情報は知ってるんだよ。勿論、その研究内容もな」

そうか、魔王が私のことを知っていたのは、この人経由だったのか。少し腑に落ちた。

「で、修業を付けてやるってわけだ。アリスは優秀な魔術師だが、研究者肌だからな。マナの効率的な作用方法を教えるには、俺の方が向いている。まあ、厳しく行かせてもらうが、そこは覚悟しとけよ」

「はっ……はい」

「あと、勿論ただで教えるわけじゃない。ちと、その前にやってもらいたいことがある。お前ら2人でな」

「え」

魔王も訝し気な顔になった。

「どういうことだ?」

「ぼちぼち貴族連による次期統領選挙が始まるわけだがな。有力候補者とその周辺で、殺しが相次いでいる。現統領で俺のダチ、ジョイス・ベーレンも側近が殺された。
序列2位の貴族、ロペス・エストラーダの周りだけ被害がないからこいつの指図だとは思うんだが、証拠がない」

「まさか、その証拠を?」

「そういうことだ。レミューをここに呼んだのは、そういう背景もある。『追憶』を使い、調べてもらいたい」

ゴクリ、と私は唾を飲み込んだ。……まさか、モリブスの権力争いに巻き込まれるなんて。

105 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/16(日) 17:12:17.80 ID:cAlXBzjlO
魔王が険しい顔になってジャックさんに詰め寄った。

「ちょっと待て。お前も知ってるだろうが、こいつは狙われてるんだぞ??」

「そうだ。ただ、ジョイスの手によるものじゃない。まあ政敵を殺しまくっているであろうエストラーダは、真相を知られかねないから消したがっているだろうがな。
どちらにしろ、安心して腰据えて修業したいなら、まずこの件の解決が必要ってわけだ」

「お前自身が解決すりゃいいだろ」

ジャックさんが呆れたように息をついた。

「この車椅子の身体でできるわけねえだろうが。いい年なんだからもう少し考えて物を言え、親父が泣くぞ?
というか、お前らがギクシャクしてんのもどうせお前が勝手にむくれてるんだろ?」

「……はあ??」

「図星だろ。そもそも、お前に女に対する免疫がないのは知ってる。まして、この娘の器量はなかなかだ。どう話せばいいのか分からねえんじゃねえのか?」

「そんなわけがっ!!」

魔王の顔が真っ赤になっている。

……え、そうなの?

「レミュー、エリックはこういう男だ。中身は見た目相当のところがあるが、悪い奴じゃない。ま、気長に付き合ってくれ」

「えっ……は、はあ……」

「チッ!!行くぞ!!!」

魔王は叫ぶと、部屋を出ていってしまった。

「ったく、素直じゃない奴だな……とりあえず、最近の殺しについての情報だ。一昨日の夜、ユングヴィ教団モリブス支部の前で大司教補佐のミリア・マルチネスが殺された。
何人か彼女と一緒にいたにもかかわらず、目撃者は何故かいない」

「……最近ですね。それにしても」

「ああ、奇妙だ。間違いなく、犯人は只者じゃない。もし何か分かったら、俺のところに来てくれ。修業はその後付けてやる」
106 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/16(日) 17:13:37.03 ID:cAlXBzjlO
#

魔王はジャックさんの家の前で待っていた。そして歩き出すなり小さく呟く。

「……すまなかったな」

「え」

「お前がトンプソンに育てられようと、奴はお前じゃない。俺が勝手に頭に血が上っていただけだ、許せ」

「あ……うん。いいの、気にしてないから」

「……そうか」

魔王はほっとしたのか、少し微笑んだ。……こうしてみると、結構かわいい所もあるんだな。
馬にまたがると、魔王がこちらを振り向いた。少し、顔が赤い。

「すまないが……その、胸が当たる。気持ち、離れてくれないか」

「あ……ごめん」

私も慌てて身体を離した。

彼は、何だかんだで私を女の子として見ているのかな。そう思うと、今までの行動が急に恥ずかしく思えてきた。
ただ、私も恋らしい恋をしたことがない。どうやって彼と向き合うべきなのだろう。


そして、目的地のサンタヴィラは……まだ遥か遠い。


107 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/16(日) 17:14:30.28 ID:cAlXBzjlO
第5話はここまで。
108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/16(日) 17:44:48.66 ID:k68JHorDO
乙乙
109 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/17(月) 01:05:18.63 ID:Ws0S9QYyO
設定紹介

モリブス公国

北ガリア大陸南東部に位置する合議制商業国家。南ガリア大陸との交易でここ10年で急速に栄えた。遥か東のアトランティア大陸とも交流がある。
非常にラフでフランクなお国柄。南ガリアからの移民もあり他民族国家だが、人間優位で不満は少なくはない。

ズマから流れてきた魔族も少なくなく、北ガリア大陸の中では比較的魔族の存在が受け入れられている国でもある。
特に現在の統領、ジョイス・ベーレンは民族融和を掲げている。ただ、抵抗勢力も多く一連の改革が十分に進んでいるとも言い難い。

貴族連と呼ばれる特権階級が支配階層。各貴族には「無頼衆」と呼ばれる私兵がいる。一種のマフィアで、裏社会を形成している。そして、無頼衆同士の抗争は日常茶飯事。移民の多さもあり、治安は決して良くはない。

なお、上の記述からも分かる通り、今回は別大陸にも文明があります(ただしそこまで栄えてはいない)。
モリブスも港町という設定です。
110 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/18(火) 21:13:08.11 ID:8Z5elHuBO




第6話




111 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/18(火) 21:14:20.10 ID:8Z5elHuBO
ユングヴィ教団の大聖堂は、街の真ん中にある。鋭い尖塔と、その上部の大時計はモリブスのシンボルだ。
何でも500年前、世界を救った英雄とその仲間が私財を投げ打って作ったらしい。
ユングヴィ教団というとイーリス聖王国の印象が強いけれど、元を辿ればここが発祥なのだという。一生のうち一度は必ずここを訪れるのが、熱心なユングヴィ教徒の決まりだ。

私たちは、その下にいた。初秋とはいえ、モリブスの陽射しは暑い。私は眼鏡を外し、眼を拭った。

入口には、山のように花束が積まれていた。ユングヴィ教団の大司教補佐、ミリア・マルチネスが殺された現場だ。
彼女と思われる似顔絵も幾つかあった。どれも優しそうな婦人の顔だ。
今も目を腫らした老婦人が、フロアロの花を持ってやってきたところだ。随分慕われていたんだな。

「何か、御用ですか」

若い男が、私たちに呼び掛けた。

「あの……ちょっと」

「少し、ここで調べたいことがある。手間は掛けさせない」

魔王が言うと、男の額に少し皺が寄った。

「……子供の、それも魔族が来るところではありません。立ち去り……」

「『全ての種族に等しき救いを』。それがミリア・マルチネスの教えだったはずだが?」

魔王が鋭く言い返す。男の表情が、さらに険しくなった。

「……ネリド大司教は、『神を信じる者のみが救われる』と仰ってます。魔族は神を信じないのでしょう?勿論、ユングヴィ教も」

「だからと言ってここで俺たちが何をしようと勝手だ。お前らに迷惑は掛けん、だから消えろ」

「……何ですって」

男が魔王に掴み掛かろうとしたのを、私は間に入って止める。

「ちょ、ちょっと!!す、すみません、本当に大したことではないんです。ただ、1刻……いえ、半刻の間、ここにいさせてください。
死者を弔うのは、人も魔族も関係ないはずです」

「……」

男がじっと私を見る。そして「ふんっ」と言うなり踵を返した。
112 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/18(火) 21:15:22.85 ID:8Z5elHuBO
「……やれやれ」

「『やれやれ』じゃないわよ!もう少し穏便にできないの?」

「穏便にできないのはあいつの方だ。そもそも、お前はモリブスのユングヴィ教団の事情を知らんだろう?」

「……え」

魔王は呆れたように首を振った。

「ユングヴィ教団の中で、ミリア・マルチネスは改革派だった。ジョイス・ベーレンに近い立場だったと言える。
ただ、ルイ・ネリドら主流派はずっと煙たがってたからな。主流派は『無頼衆』ともつるんでいたから、改革派の首魁の死は好都合なんだよ」

「え……そうだったの?詳しいのね……」

「俺もそこそこ長くモリブスにいたからな。このぐらいは知っている。マルチネスが死んだ、ということはこれもジャックが言っていた一連の殺しとみて間違いない」

魔王が花束の山の前にしゃがみこみ、少しだけ手を合わせた。私もつられて同じようにする。

「……さて、やるか。『追憶』は使えるな?」

「2日前の宵8刻、よね。少し時間は掛かるけど」

「思い出させる」までの時間が長いほど、魔力も時間も消費する。半刻で終わらせる自信はそんなにないけど……やるしかない、か。
113 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/18(火) 21:16:33.22 ID:8Z5elHuBO
小さな声で詠唱する。全神経を大地に集中し、精霊の「動き」を水晶玉に集めた。
「再生時間」が短いのは救いだった。いつ殺されたかが大体分かっているから、無駄な時間の「再生」は少なくてすむ。

半刻より前に、ぼんやりと水晶玉に映像が浮かび上がった。大聖堂入口の薄明かりが、中年の女性と若い男性2人を照らしている。
何か話しているようだけど、会話内容は声が小さすぎて分からない。……この辺りも、要改善かな。

「これが『追憶』か……真ん中の女が、マルチネスだな」

「多分」

そして、彼女が階段を降り始めた時だ。


ナイフを持った腕が、突然彼女の腹部を貫いたのだ。


114 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/18(火) 21:17:50.86 ID:8Z5elHuBO


「え??」


少し時間を「巻き戻す」。人の姿は、3人以外にない。なのに、虚空から腕が飛び出している。


……こんなことがあるの??透明になる魔法なんて……見たことも聞いたこともない。


魔王も訝しげに水晶玉を見ている。


「もう一度見せろ」

「……うん」

惨劇が再び映し出される。……私には、虚空から腕が急に出てきたようにしか思えない。

魔王は無言で考えている。10秒ぐらいして「そうか」と口を開いた。

「どうしたの?」

「妙だな。俺も魔法には然程詳しくはないが、仮に『透明化』という魔法があるなら腕だけが実体化はしない。そもそも、ナイフごと直前まで透明にはならないはずだ。
『幽体化』なら魔族に伝わる魔法にあるからそれだと思ったが、幽体になると物理的に物は持てない。透過するからな」

「……だとしたら?」

「さっき見ていて、僅かに空間が歪んでいた。まるで何かに身を隠していて、そこから腕だけが伸びたような……そんな感じだ。
俺の読みでは、魔道具……いや、何かしらの武具によるものだと思う」

「そんな魔道具や武具なんて、聞いたこともないわ」

「俺もない。だが、『遺物』ならできる可能性がある。
つまりは、遺物を持てる立場の人間が彼女を殺している可能性大だ。エストラーダ候は高齢だから、恐らくはその意向を汲んだ誰かによるものだな」

私はゾクンと身を震わせた。「遺物」……あのデイヴィッドという男が持っていたものと、似た何か??

ということは……

「……ちょっと待ってよ?じゃあ、今ここでこうしていること自体が危険じゃないの?
こうやっているのを、後ろから刺されたら……」

「いや、それは多分ないな」

自信ありげに魔王が言い切る。

「どうして?」

「マルチネスを昼間に殺せるなら殺しているはずだ。彼女は街頭での説法も多かったからな。
つまり、夜に襲わないといけない理由があったってことだ。多分、白昼堂々とは使えないのだろうな。あるいは、昼は行動できないか、だ」

魔王が立ち上がった。

「どこに行くの?」

「『無頼衆』の一つ、『ワイルダ組』だ。あそこは俺に貸しがある」
115 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/18(火) 21:19:12.21 ID:8Z5elHuBO
#

モリブスの繁華街を通り過ぎ、旧市街に入ると異臭が鼻を突いた。香辛料の香りに生臭い何かやすえた臭いが混じった、酷く不快な空気だ。
街並みもボロボロの建物が目立つ。道行く人たちは皆身なりがみすぼらしく、目がギラギラと光っていた。

……というか、男たちは皆私に視線を向けている気がする。まるで、獣のような……そんな感じだ。

「ビクビクするな、堂々としろ」

「でっ、でも……」

目の前にオークが2人、その後ろにオーガが1人立ち塞がった。

「よう、姉ぢゃん。これがら飯でも食わねが」

「えっ、用事が」

「いやいや、旨い店知ってるだよ。悪いことはしねがらよ……」

下品た笑いを浮かべるオークの1人の首筋に、魔王がナイフを突き付けた。

「死にたいか?」

「てっ、でめえっ……ガキのぐせにっ……!」

そうしている間に、残りのオークが私を羽交い締めにしようとする。魔王は懐から何か取り出すと、それをオークに投げ付けた。

「ぎゃああっっ!!」

オークの肩には投げナイフが深く刺さっている。オーガが一歩、前に出てきた。

「お、おめえ……ぶっと、ばす」


ブォンッッ


拳の風圧が私にも届いた。それを魔王は事も無げに交わす。

「マイカの旦那、やっぢまってくでぜえっ!!」

「幻影の霧」を詠唱しようにも、そんな余裕はなさそうだった。マズいっ。

しかし魔王は、一瞬のうちにオーガの懐に入る。

「あ」


ドグッッッ!!


その瞬間、身長2メドはゆうに超える巨体が……浮いた。


「げぶっっ……」


オーガはその場にしゃがみこんだ。魔王は「ふん」と左拳を見る。右手にはナイフがあるから、刺したわけではないみたいだ。

「喧嘩を売るなら相手を見てやれ、雑魚が」

「だ、旦那ぁぁ?……ごの、ワイルダぐみに喧嘩さ売っで、ただでずむど……」


「何だい、騒がしいねえ」

116 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/18(火) 21:21:06.19 ID:8Z5elHuBO
向こうから狐の耳のようなものを付けた女性が男2人とやってきた。男の1人はコボルトで、もう1人は場違いにも思える燕尾服を着た人間の男性だ。
女性は白く長い髪で、扇情的な露出の多い服を着ている。ツンと張った乳房と少し厚みのある唇は、同じ女の私から見ても色っぽい。
お尻から尻尾が何本かゆらゆらと揺れている。……娼婦、じゃなさそうだな。

「あ゛、姐ざんっ!!」

ナイフを抜いて、もう1人のオークが叫んだ。

「何だい、3人がかりで女の子を拐おうとしたのかい?しかも護衛の男に返り討ちとは情けないねえ、恥を知りな。
にしても、地味なようでかなりの上玉だねぇ……何の用があって……あら、あんたは」

狐耳の女性が魔王に気付いたようだ。

「そっちに向かう手間が省けたぞ、デボラ」

「あら、エリックじゃないかい!いつ戻ってきたんだい?」

デボラと呼ばれた女性が笑いながら魔王の手を取った。

「昨日だ。訊きたいことがあってな。にしても、相変わらず躾がなってないな。俺のことも知らん下っ端か」

「南から来た新人さ、すまないねえ。後でキツく言っとくから、機嫌直しておくれよ」

……随分馴れ馴れしい女性だな。彼女の目線が、私に向く。

「で、この娘は?まさか、『これ』かい」

小指を立てた女性に、魔王が呆れたように首を振る。

「……違う。色々こちらも都合があってな。一緒に行動している。
それで、少し落ち着いて話したい。できれば人払いした場所でだ」

「へえ、そっちから褥に誘うなんて成長したじゃないか。あたしなら大歓迎だけど?」

「……馬鹿が。真面目な話だ」

「ごめん、その女性って」

デボラと呼ばれた女性が「へえ」とニヤニヤしながら私たちを見る。

「ああ、こいつは……」

「ごめんねぇ、あたしはデボラ。これでもワイルダ組の組長やってんだ。あんたは?」

……この人が?無頼衆をまとめているのが、女性とは思わなかった。

「私は、プルミエール・レミューです。その……オルランドゥにいたことがあります」

「へえ、魔法使いかい。なるほど……訳ありみたいだねえ」

魔王がデボラさんを睨む。

「お前には関係のないことだ」

「ま、あんたのことだ。言いたくなかったらそれでいいさ。じゃ、組に行こうか」
117 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/18(火) 21:23:48.92 ID:8Z5elHuBO
#

ワイルダ組の応接間は、思いの外飾り気がなかった。無頼衆というと、派手で怖い先入観があったけど……

「つまらない部屋だろう?」

デボラさんが部屋を見渡して言う。

「いえ……そんなんじゃ」

「いいんだよ、本当のことさ。旦那は不要な物を置くのを嫌がったからねえ」

彼女の視線の先には肖像画がある。仏頂面のコボルトの男性が腕を組んでいた。

「……旦那さん、ですか」

「そうさ、1年前に殺された」

燕尾服の男性がお茶を運び、無言で一礼する。

「悪いね、パーネル」

「失礼します」

出てきたのはモリブス流のミルクティーだ。甘く色々な香辛料が入っているもので、少し癖がある。
口にすると、複雑な香りが広がった。甘さの中に華のようなふくよかさがあるというか……苦味はあるけど、このお茶は嫌いじゃない。

「……美味しいです」

「だそうだよ?エリック」

「なぜ俺に振る」

「ん?理由が必要かい?」

魔王はムッとしてお茶をフーフー吹き出した。熱いのダメなのかな。

「ま、それはそれとして。旦那の仇を取ったのがエリックさ。本当はジャックに頼みたかったけど、彼は病気だからねえ。
遣わされたのが14ぐらいの子供だった時はどうしたものかと思ったけど、まあ結果としては本懐を遂げられたよ」

あ、借りってそういうことか。なるほど……

「無駄話はいい、本題に入らせてくれ」

「ああ、すまないねえ。で、何だい。無茶な話じゃなきゃ聞くよ」

「最近相次いでいる要人の暗殺。下手人に心当たりはあるか」

サッとデボラさんの顔色が変わった。

「……あんた、確かしばらくモリブスにいなかったね」

「ああ、野暮用でジャックの所にいた。モリブスの市街に来たのは1ヶ月ぶりぐらいだが」

「そうかい、知らないはずだよ。夜に出歩くのは止めときな」

「……何?」
118 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/18(火) 21:24:19.46 ID:8Z5elHuBO
デボラさんがお茶を飲み、深い溜め息をついた。

「この1ヶ月、夜になると原因不明の殺しが起きるんだ。しかも誰がやったかも分からない。
殺されたのは要人が多いけど、堅気も結構殺されてる。女子供もね」

「……え」

「誰が呼んだか、殺しの犯人をこう呼ぶようになった。『幽鬼クドラク』ってね」

クドラク……昔話の吸血鬼の名前だ。でも、そんなの実在するわけがない。

魔王の表情が険しくなった。

「心当たりはあるか?ロペス・エストラーダの身内だと踏んでる。しかも恐らくは『遺物』持ちだ」

デボラさんはしばらく黙った。

「……身内、ねえ……」

「やはりな、誰だそいつは」

「でもあり得ないね。エストラーダ候には歳を取ってからできた若い娘しかいない。それも、病弱でずっと屋敷から出たことのないような箱入り娘さ。
間違っても殺人なんてやれるわけがない。手掛かり1つ残さず、屈強な衛士も一突きで殺してるんだ。間違いなく達人の域だよ、あれは」

女性か……なら違うかな。

それでも魔王は食い下がる。

「そいつの名は」


「確か……ファリス。ファリス・エストラーダだったっけねえ」

119 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/18(火) 21:24:50.29 ID:8Z5elHuBO
第6話はここまで。
120 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/18(火) 21:36:37.64 ID:8Z5elHuBO
訂正です。

>>112は「2日前」→「3日前」です。
第5話の後、1日経過しています。
121 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/18(火) 22:28:42.34 ID:8Z5elHuBO
設定紹介

ユングヴィ教団

北ガリア大陸で広く信仰されている宗教。一神教ではあるが、神への帰依を強く主張する原理派と、人に交わることを是とする世俗派が存在する。両者の対立の歴史は長い。
大陸北部のイーリス聖王国は原理派による宗教国家。世俗派の中心であるモリブス公国との関係は良くない。
ユングヴィ教団自体はモリブスが発祥とされており、聖人ブレイズが神との会合により開いたものと伝えられている。
その一番弟子で世界救済の英雄の1人であるジュリア・ヴィルエールがイーリスに国を興した際、2つの宗派が分かれた。

ただ、同じ世俗派でも方向性により対立があり、大司教補佐のミリア・マルチネスはより宗教色の強い改革派であった。現大司教のルイ・ネリドは旧守派で、貴族との癒着が強く政治への関与も頻繁に行っている。
教団は医療など社会インフラを担っており、教団員は一定の社会的尊敬を集めている。なお、教団員育成のためのユングヴィ学院がイーリスとモリブスそれぞれにある。

言うまでもなくブレイズは「一族」のブレイズで、ジュリアは「崩壊した〜」のジュリアです。
なお、「オルランドゥ大武術会」の大封印が完全な形で(もちろんシデとダナ抜きで)遂行された世界線のため、本作では「一族」は基本的に完全に消失しています。
122 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/18(火) 23:11:35.15 ID:wS1nOsRDO
123 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/21(金) 20:36:24.00 ID:GUtbYzIjO



第7話




124 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/21(金) 20:37:51.96 ID:GUtbYzIjO
エストラーダ候の家は新市街の高級住宅街にある。デボラさんから伝えられた住所に行くと、高い壁で囲まれた邸宅が見えた。

「すごい……お城みたい」

「『七貴族』の家はどこもこんなものだ。まあ、やはり正面から接触するのは至難の業だな」

邸宅の門には衛士が2人。確かに、立ち入るには許可か何かが要るだろう。

それにしても……これって。

「……中からこっそり抜け出すって、難しそうね」

「だな。抜け出すには壁を何とか越えるしかないが、普通の身体能力じゃ無理だ。
それに、昼にそんなことをしたらさぞ目立つだろう。仮にそんなことをするのなら、夜しかない」

「……本当に、そのファリスさんが『クドラク』だと思ってるの?病気の女の子なんでしょ?」

「ということになってるが、本当かどうかは分からん。何にせよ、クドラクと一度相対しないと何とも言えん」

「私たちを狙って、クドラクが外のどこかの国から来たという可能性は?」

魔王が首を振る。

「それにしては、統領でもないエストラーダに肩入れし過ぎている。
もちろん、エストラーダに政権転覆してもらいたいと考える連中……テルモンの皇帝ゲオルグ辺りの差し金という可能性はあるが。一般人まで殺す理由はない」

「それはファリスさんだってそうでしょ?」

「会ってみないとどういう人物か分からんだろう。か弱い少女が殺人鬼だったという例はなくはないからな」

「でも、剣の達人っていうのはおかしくない?」

魔王が額に皺を寄せた。

「しつこい奴だな……ただ、分からんことが多過ぎるのも確かか。一度ジャックに報告したいが、今から行くと帰りは夜だ。
『追憶』を使いたいところだが……」

衛士がこちらを見ている。フードをすっぽり被った男に、黒いローブの魔法使いというのは……やっぱり目立ちすぎるよね。
とても時間をかけて「追憶」を使える感じではない。そもそもいつからいつまでを「再生」すればいいのかが分からない以上、使う魔力は膨大になりそうだった。

「一度、引き揚げようか」

「……その前にだ。バザールに行くぞ」

「え?」

「小娘、お前が何でオークに絡まれたか分からんのか?お前は浮きすぎている。……色々と。
せめて身なりぐらいは周りに合わせろ」

「へ?ちょ、ちょっと!!」

魔王が足早に歩き出した。「周囲から浮いているのはあなたもじゃない!」と叫びかけたけど、それをやったらいよいよ不審者だ。

というか、周りに合わせるって……

早足で歩く私たちと、若い女の子2人がすれ違った。おへそを出した、露出の多い服だ。モリブスではよくある服だけど……


……まさか、私にあんな格好をしろというの?
125 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/21(金) 20:38:52.57 ID:GUtbYzIjO
#

バザールに入ると、街中に香る香辛料の匂いがさらに濃くなった。
その空気があまりに刺激的過ぎて、軽く目眩がするほどだ。

モリブスのバザールは、北ガリア最大の市場だ。南ガリアからの不可思議な食べ物、テルモンやズマで産出される鉱物や貴金属、そして遥か東のアトランティア大陸で作られた工芸品……その全てが集まっている。
ここで買えないものはない、らしい。武具だけじゃなく、怪しげな薬だって「裏バザール」なら手に入るということだ。

魔術に使う薬を求めて3年前に来た時は、教授と一緒だった。だから全然心細くなかったけど、今回は違う。
魔王が何を考えているのか、さっぱり分からない。というか……あんなのを着たら恥ずかしくて消えてしまいそうだ。

「ねえ、やめてよ……服なんていいから」

「馬鹿が。狙われている身というのが分かっているのか?今も誰かが……あるいはクドラクがお前を探しているのかもしれんのだぞ」

「でもっ!!あんな服なんて着たら……」

私が耐えられない。私の顔は地味だから、周りに合わせれば目立たなくなるかもしれないけど……でも嫌なものは嫌だ。
しかし、それを魔王に伝えて聞き入れるだろうか?力ずくで着させられるだけだろう。

唇を噛みながら、私は彼についていく。……やっぱり、私の気持ちは分かってもらえないのかな。


「……着いたぞ」


魔王があるテントの前で足を止めた。そこにあったのは。


「……え?」


そこには、見るからに上等なドレスが並んでいた。記事の光沢からして絹だろうか。
どれもゆったりとした感じで、落ち着きの中に上品さを感じさせる意匠だ。

「これって……」

「お前の服を買いに来たのだが?他国から来た良家の令嬢とその護衛という設定なら、モリブスであれば差程目立たんだろう。
それともまさか、モリブスの娘どものような破廉恥な服を着させるとでも思ったか?」

唖然として返す言葉がない。その通りだから。

魔王が呆れたように、大きく息を吐いた。

「本当に馬鹿だな、小娘……お前のその胸で『ビキ』なんて着たら、オークでなくても発情するぞ。
『私はここにいますから犯して下さい』と宣言してるようなものだ。もう少し物を考えろ」

「お、犯す……?」

「……お前、姿見を見たことは?」

「あ、あるわよ、そのぐらい」

「なら男に抱かれたことは?」

「……あるわけないじゃない」

彼は小さく「だろうな」と呟いた。

「自分の容姿をもう少し考えろ。お前は……その、男にとっては……目の毒だ」

「……どういうこと?」

私が不細工、ということだろうか。地味だとは思ってるけど……

魔王の顔は真っ赤になっている。
126 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/21(金) 20:40:42.22 ID:GUtbYzIjO
「と、とにかくだっ。さっさと買って宿に戻るぞ」

魔王は幾つかのドレスをパパッと選んで店主に渡す。

「120万ギラ貰おうか」

……120万ギラ??そんなに高いの??

店主の顔を見るとニヤニヤと笑っている。絶対にボッタクリだ。

バザールの品は値札がない。どれも店主との交渉で決まる。最初の言い値は大体がかなり高い。
しかし、これはいくら何でも高過ぎだ。魔族だから、相当吹っ掛けてるんだ。

しかし魔王は……

「そんなのでいいのか?」

平然と金を出そうとしている。

「ちょ、ちょっと!!」

「何だ小娘」

「何でいきなりそんな大金払おうとしてるの?馬鹿なの??」

「馬鹿とは何だ、身の程を……」

「それはこっちの台詞よ!?バザールで最初の言い値通りに払う客なんていないわよ、そもそも相当高いわよこれ?」

「そういうものじゃないのか?」

ムッとした様子で魔王が言う。ダメだ、全然分かってない。

「違うわよ……というかあなたの金銭感覚ってどうなってるのよ。オルランドゥのカトリさんのお店でも、100万ギラとかあり得ない額払ってたでしょ!?」

「あれは口止め料込みだ」

「にしても高過ぎ。そもそもどこからお金出してるのよ……」

「母上が持っていた宝石があるからな。ジャックに預けてるが、食うには困らん」

……それで20年も生きてこれたって、どれだけの価値がある宝石だったんだろう。
とにかく、彼は私に物を考えろと言うけど、彼は彼で全然世間のことを知らないのはよく分かった。

コホンと咳払いの音がした。

「で、買うのか?買わないのか?」

「あ、買います!でも120万はちょっと」

「いや、それ以上はまからんな」

店主はニヤリと笑う。こっちの財布に120万以上あることが見透かされたのだ。これはまずい。

「でも、高過ぎます!」

「南ガリアの最高級の絹だ、これでも安いぐらいだが?」

……これはいけない。買うか、別の店にするかしかない。
辺りを見渡すと、バザールでドレスを売っている店はあまりなさそうだった。服を売っている店はあっても、あの露出の多い「ビキ」ばかりだ。あれは着れない。

どうしよう……。魔王は「払えばいいじゃないか」と相変わらず言ってるし。

仕方ない、ここはもう妥協するしか……


「ちょい待ちな。これ、本当に南ガリア産か?」


後ろから声がする。どこかで聞いたような……


振り返ると、そこには背の高いエルフがいた。

127 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/21(金) 20:41:29.98 ID:GUtbYzIjO


「……ランパードさん??」


「よう。おお、『エリック』も一緒か」

魔王が腰の短剣に手を掛けた。

「貴様……なぜここに。そして、なぜ俺の名を」

「名前はちと調べれば分かるさ。あと、ここに来たのは偶然だ。信じるかどうかはお前さんたち次第だがな」

「攻撃の意思はない」と言うかのように、ランパードさんが手を上にあげた。

「パッと見だが、そのドレスはテルモンの大量生産品だな。1着せいぜい3万ギラってとこか。
南ガリア産の本物でも20万ギラが相場だが」

「えっ、そうなんですか?」

店主を見ると、「余計なことを言いやがって」とでも言いたげにランパードさんを睨んでいる。

「服買うならこんなボッタ店じゃなく、もうちょいちゃんとしたとこを知ってるぜ、ついてきな」

ランパードさんが私たちを手招きする。後ろで「クソッッ!!」と店主が叫ぶのが聞こえた。

「あっ、ありがとうございます!!」

「いいってことよ。『魔王様』はお気に召さないらしいがな」

魔王が低い声で言った。

「……何故、モリブスにいる」

「言ったろ?『勝手に支援させてもらう』ってな。あと、別件で用事があってな」

「……用事?」

「ああ。『幽鬼クドラク』の調査だ。貴族選が無事終わってくれねえと色々都合が悪い。
で、モリブスから不穏な動きがあると連絡を受けてな。それでここにいるってわけだ」

……この人って何者なんだろう?エリザベートとも知り合いみたいだし、追っ手なのに私たちを殺すどころか協力するとか言っている。

「なるほどな」と魔王が呟く。

「貴様、『草』か」

「『草』?」

ランパードさんが苦笑する。

「いや、ちと違うんだがな」

「妙だとは思っていた。エリザベート・マルガリータと知己であるらしい点からして、ただの男ではあり得ない。
小娘、トリスのエルフは各地に『草』と呼ばれる諜報員を送り込んでいる。恐らく知らないだろうが」

ブンブンと首を振る。そんなの、初めて聞いた。

「草はどこにでもいる。ある者は商人に、ある者は市民に身をやつしている。……一番多いのは娼婦や男娼だがな。多分、こいつは……その元締めだ」

「……さすが魔王だ、なかなかいい推測だぜ。8割は合ってる」

「……何?」

「これ以上は言えねえな。ま、俺が敵じゃねえことは分かってくれ。とりあえず服屋行った後、酒でも飲みながら話そうや」
128 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/21(金) 20:45:51.26 ID:GUtbYzIjO
#

「じゃ、再会を祝して……って何だよその仏頂面は」

「俺が喜ぶと思うのか?貴様は。エルフは信用ならんと言ったはずだ」

リンゴジュースが入ったグラスを片手に魔王が言う。お酒は飲めないらしい。

「でもあのボッタクリ店で大損こかずに済んだだろ?素直に感謝しとけよ」

ニヤリとランパードさんが笑う。私は自分の服を見た。

緑色の簡素だけど上品さがあるドレスだ。身体の輪郭が見えにくい、ゆったりとした意匠なのもいい。
何でも、肌触りのいいトリス綿で作られているらしい。モリブスでも上流階級御用達の店なのだそうだ。値段はそこそこしたけど、10万も行っていない。

「……ふん」

「まあいいや。じゃ、乾杯と行くか」

チン、と私とランパードさんのグラスが触れた。魔王も渋々グラスを合わせる。
私は金色の液体を喉に流し込んだ。炭酸の刺激と喉越しが心地いい。

「ぷはあっ!!やっぱ暑いモリブスにはモリブスエールだな!!これに辛い料理がまた合うんだわ」

ランパードさんは鶏のスパイス焼きを頬張った。

「……で、お前さんたちは何でモリブスに残ってるんだ?てっきり先に行ってるものだと思ってたが」

「……白々しい」

「いや、マジで知らねえんだよ。お前さんたちの監視は確かに任務のうちだが、四六時中見てるわけでもねえ。ぶっちゃけ、今日会ったのはマジで偶然だ」

一気にランパードさんがグラスを飲み干す。

「ま、お前さんたちがここにいるってことについちゃ、言えねえ理由もあるんだろうがな」

「……『幽鬼クドラク』について、知ってるんですか」

私が言うと、ランパードさんは驚いたように目を見開いた。

「……お前さんたちも絡んでるんか。早速狙われたとかか?」

「いえ。でも私たちもそいつを追ってるんです。何か、御存知なんですか」

「……お前さん、何か知ってるな」

魔王とランパードさんとの間に、不穏な空気が流れる。

「……知っていたら何だと言うんだ」

「いや、繰り返すが俺はお前さんたちの協力者だ。少なくともこの件については利害が一致している。
だから取引だ。そっちが情報を出せば、俺もそれに見合った何かをする」

「等価交換か。狡猾なエルフらしい」

「情よりも理だぜ。そうでないとこの稼業はできねえ。で、どうなんだ」

魔王はしばし黙り込んだ。私から言った方がいいだろうか。

「……えっと、私はそうは思ってないんですけど……彼は、ある人を疑ってるみたいなんです」

「……!!誰だそいつは」

チッ、と魔王が舌打ちした。

「余計なことを……」

「でも、このままじゃ何もできないでしょ?ランパードさんなら、打開策があるかもしれないじゃない」

「手出ししにくい相手か」

魔王が溜め息をつき、小声で言った。

「……ファリス・エストラーダだ。恐らくは『遺物』持ちだ。ロペス・エストラーダなら、遺物を持っていても不思議じゃないからな。
姿を消す効果がある代物だ。ひょっとしたら、肉体増強の効果もあるかもしれない」

「エストラーダの娘か!確かに俺もその可能性はまず考えたが、肉体的にあり得ねえと思ってたぜ」

「だが、遺物を使っているならあり得なくはない。夜間にしか犯行を行えないのも、家を抜け出す機会が警備が手薄な夜しかないからだ。
闇に紛れ、遺物の力で逃走する。そして、父の政敵を次々襲う。……一般人も殺しているのは理屈が分からないが」
129 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/21(金) 20:46:33.35 ID:GUtbYzIjO
ランパードさんが、エールのおかわりを頼んだ。

「エストラーダは確かにベーレンと対立してるが、奴はあまり汚い手を使わないはずだぜ。
無頼衆を使うのは、序列3位のラミレス家や5位のゴンザレス家のやりそうな手口だ。エストラーダは、ユングヴィのネリド大司教は使うが直接汚ねえことはしねえ」

「……何が言いたい?」

「もし、だ。娘の犯行だとしたら、独断かもしれねえってことだ。エストラーダはそれを知らないか、あるいは困り果てているかもしれねえ」

大きなエールのグラスが運ばれてきた。その半分ぐらいを、ランパードさんは一気に飲む。

「エストラーダ候に、クドラクがファリスさんかもしれないってことを言うんですか??」

「いや、いきなりはな。ただ、医者のふりをして潜り込み、ファリスと接触するぐらいはできる」

「え?」

そんなことができるというの?

ランパードさんはニッと口を広げた。

「ファリス・エストラーダは不治の病らしいが、トリスの医術は試してないはずだ。というわけで、医者を騙る」

「でもっ、それって……」

「いや、実際ある程度医術の心得はあるからな。とりあえず、明日試してみるか。
お前さんたちはどうする?魔王はさすがに家に入れないだろうが」

「……同席、できるんですか」

「助手ということで、姉ちゃんはどうよ。魔王、お前さんもそれでいいだろう?」

「ふん」、と魔王が鼻を鳴らした。

「……勝手にしろ」
130 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/21(金) 20:47:12.04 ID:GUtbYzIjO
#

「うーん!ひっさびさに飲んだぁ」

私は大きく伸びをした。空は既に暗くなり始めてるけど、このぐらいなら大丈夫だろう。

「嬢ちゃん、なかなかいけるな。今度は時間無制限でやろ……っと怖い怖い」

魔王がランパードさんを睨みつけた。

「そんなに威嚇しなくてもいいのに」

「エルフには心を許してはならん」

「でも、ランパードさんいい人だよ?」

「……どうだか」

ランパードさんが、「じゃあ明日朝の10の刻にここで会おうぜ」と手を振った。私も手を振り返す。

「ええ!!よろしくお願いしまーす」

魔王はムッとした様子で歩き始めた。……これって、ひょっとして。

「えー、まさか私とランパードさんが仲良くしてるから機嫌悪いの?」

「……馬鹿がっ。そんな嫉妬などという感情は、俺は持ち合わせてないっ」

……魔王の表情は暗くて分からない。でも、ひょっとして……照れてたりするのかな。

「んふふっ」

何か、年下の子を見てるようで可愛いな。フードの下の表情を覗いてやろう。
私が彼の前に出ようとしたその時だ。


魔王が急に立ち止まった。


131 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/21(金) 20:47:58.28 ID:GUtbYzIjO

「あたっ」

彼の背中に当たってしまった。……やりすぎたかしら。

「えっと……ひょっとして、怒って……」

「……静かにしろ。……何かおかしい」

私は辺りを見た。人通りは減ったけど、変な人はいない。

「誰もいないじゃない」

「いや、いる。……ごくわずかだが、気配がある」

私にはマナも何も感じない。魔王の気のせいじゃないだろうか。


刹那。


「避けろッッッ!!!」


「え」


魔王が私を突き飛ばす。そして……


132 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/21(金) 20:48:54.73 ID:GUtbYzIjO




バシュッッッッッ!!!!




133 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/21(金) 20:49:31.04 ID:GUtbYzIjO



私が見たのは。


虚空から伸びた腕と、切り裂かれた魔王のフード。


そして、飛び散る鮮血だった。




134 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/21(金) 20:50:29.65 ID:GUtbYzIjO
第7話はここまで。
135 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/21(金) 20:54:23.90 ID:+MBQS8Hj0
乙乙
136 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/21(金) 21:06:26.22 ID:GUtbYzIjO
キャラ紹介

ビクター・ランパード(58)
男性。エルフであり短い黒髪と尖った耳が特徴。軽いノリながらどことなく底知れない印象の男。トリス森王国出身。
30前後の見た目だが、その実58歳とかなりの年長。エルフの寿命は人間の2倍であるため、外見とは裏腹に知識は相当豊富。本人曰く医術の心得もある。
戦闘能力は不明だが、かなりの能力があると思われる。

身長185cm、70kgの痩せた体躯。酒が好きな様子であり、フランクな物言いをする。
実はかなりトリスでも高位にあるもよう。プルミエールの友人であり王族のエリザベート・マルガリータとも知己であるらしい。

追っ手として遣わされたと言っているが、それが本当なのかは甚だ怪しい。
エリックとプルミエールにサンタヴィラに着くまでの協力を申し出たが、警戒したエリックにより断られた。その真意は不明。
ただ、トリスが世界各地に送り込んでいる諜報員「草」の元締めに近い立場にあることは確かであり、「情より理」を重んじるリアリストでもある。
137 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/21(金) 21:08:00.30 ID:GUtbYzIjO
なお、ランパードの口調が「崩壊した〜」シリーズのランダムに似ていますが、これは仕様です。
ランパードがランダム本人でないことは明言しておきます。
138 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/27(木) 12:28:42.21 ID:IcevcAFHO




第8話




139 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/27(木) 12:29:09.15 ID:IcevcAFHO


「ま……『エリック』!!」


思わず魔王と言いかけて言い直した。ただでさえ騒ぎになりかけてるのに、火に油を注ぐようなことをしてどうするの?

魔王はというと、斬られた右腕を押さえていた。血がボタボタと流れている。決して浅くはなさそうだった。


「逃げ…………!?」


今度は私にもハッキリ見えた。空間の歪みだ。
それは、私の方に向かって来るっ!!?


地面に倒れていた身体を、僅かにひねった。


「キャッ!!?」


ザクッ


本当に、間一髪だった。顔の横の地面に、血塗れの短剣が突き刺さっている。それを握る腕は……存外に細い。


「間に合わんかっっ!!!加速(アクセラレーション)3!!!」


魔王が叫ぶ。そして、左手だけで私を抱えあげると彼は猛然と逃げ出した。


私たちのいた広場が、みるみる間に小さくなっていく。通り過ぎる人々が、目を丸くしているのが分かった。


しかし……200メドほど走ったところで、魔王は……止まった。褐色の顔色が、土気色になっている。


もう、体力がもたないんだ。私から血の気が引いた。


140 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/27(木) 12:29:52.60 ID:IcevcAFHO
「ぜえっ、ぜえっ、ぜえっ…………!!!」

「ちょっと、大丈夫なの?それにその傷っ」

「いいから、逃げろっ…………!!ぜえっ、ぜえっ……俺の代わりは、いるが、お前の、代わりは……はあ、はあっ……いないっ……!!」

「嫌よ!!あなた、死ぬつもりなのっっ!!?」

「死には、しないっ……だが……」

魔王が私たちが襲われた広場を見た。誰かがこっちに来ている感じはしない。けど……逃げ切れた気も、全然しない。

私は黙って彼を背負った。身体が私より小さくて助かった。おぶって歩くぐらいはできる。


そして、僥倖だったのは……広場に噴水があったことだ。

小声で詠唱する。……間に合って!!


3メドぐらい先に歪みが見えたのと、詠唱が終わったのはほぼ同時だった。


「幻影の霧(ミラージュ・ミスト)!!!」


私たちの前を霧が包む。……やった!!

141 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/27(木) 12:30:20.53 ID:IcevcAFHO
私はここに残るかどうか迷った。残れば、「クドラク」を捕まえられるかもしれない。
でも、霧の中からは人の気配が消えていた。逃げられた?ううん、多分、動いてないんだ。霧が晴れるまで、待っているのかも……

それに、何より……魔王が心配だった。荒い息遣いが耳元で聞こえる。意識があるのかすら分からない。
医者?いや、魔族の彼を診てくれるとは思えない。ユングヴィ教団も味方になってくれそうもない。
ジャックさんの家は遠すぎる。とすれば、残るのは……
142 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/27(木) 12:31:14.82 ID:IcevcAFHO
#

「デボラさんっっ!!!」

ドアを叩くと、コボルトの男が怪訝そうに私を見下ろした。

「……何だこんな夜に……お前は」

「大変なんですっっ!!!」

男はすぐに魔王の様子に気付いたようだった。

「……すぐに呼んでくる」

上の階から、薄手の服を着たデボラさんがかけ降りてきた。

「どうしたんだいっっ!!?……その傷はっ」

「『クドラク』にやられたんですっっ!!急に、襲ってきて……」

「……入りな。あたしが治療する」

「え」

「怪我の治療には自信があるんだ。狐人の魔力、なめんじゃないよ」

すぐに魔王はベッドに寝かされた。フードの下を見ると、右肩に近い所がごっそり抉れている。骨が見えてないのが不思議なほどだ。

「……酷いね。エリック、意識は」

「一応……ある」

魔王の具合はさらに悪くなっているように見えた。デボラさんは荒縄で傷口の上を縛ると、お酒を持ってきた。

「……え?」

「消毒さ。モリブス南部特産の『テキ』を濃縮したものだよ。痛いけど、我慢しな」


トポトポトポ…………


「ぐああああああああっっっっ!!!!」


魔王が絶叫する。それと同時に、デボラさんが両手をかざした。掌が乳白色に光ると、鮮血で濡れていた魔王の傷口の色が、変わり始める。

「……すごいっ……」

モコモコモコと、失われたはずの肉が盛り上がってきた。治癒術って、こんな感じだっただろうか?

「言ったろ?狐人の魔力、なめんじゃないってね。亜人はオルランドゥには入れないけど、魔法を学べるのは魔術学院だけじゃない」

「まさか、ジャックさんの所?」

額から汗を流しながら、デボラさんが笑う。

数分後に魔王の傷は、すっかりなくなっていた。
143 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/27(木) 12:31:48.62 ID:IcevcAFHO
「これでよし……と。彼はうちの組の後見人なのさ。旦那とはダチでね。旦那がいなかったら、彼に惚れてたかもしれないねえ」

「それにしても、この魔法……」

「『時間遡行(アップストリーム)』さ。誰にでも使えるもんじゃないらしいけどね。でも、肉体は戻っても、失われた血と体力はそう簡単には戻らない。
いくらエリックが頑強と言っても、薬湯飲ませて1日は寝とかないとダメだね。酒で傷から入った毒は消したけど」

魔王はさっきお酒をかけられたのが余程苦痛だったのか、意識を失っているようだった。デボラさんが緑色の液体を瓶からグラスに注ぐと、彼の枕元に置く。

「意識が戻ったら、こいつを少しずつ飲ませてやりな。にしても……クドラクがそれほど強いとは、ねえ」

「いきなり空間から腕が伸びてきたんです。完全に不意を突かれて……」

「他に気付いたことはあるかい?」

「腕は細かった気がしますけど、それ以外は……」

デボラさんがしばらく黙った。

「……そうかい。もし何か分かったら、あたしらにも教えとくれ。できる限りはする」
144 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/27(木) 12:32:30.89 ID:IcevcAFHO
#

部屋の明かりは煌々と付いている。クドラクが襲ってきた時に、すぐに分かるようにということだった。
薄闇の中でも、近い距離なら歪みがそこにあるのは見えた。まして明るい場所なら、それなりの違和感はあるだろう。クドラクが夜にしか現れない理由の一つが分かった気がした。

「ん……ぐ……」

苦しそうに魔王が呻く。私は綿の布で、彼の顔に流れる汗を拭き取った。

こうして見ると、本当に少年にしか見えない。でも、私は……また彼に救われてしまった。

「……ごめんなさい」

唇を噛んで呟く。

私は、彼に何かしてあげられただろうか?守られることに甘えてはいなかっただろうか?
そんな心の緩みが、クドラクに存在を知られる理由になってしまったのでは?

目の辺りが熱くなってくる。……本当に、私は……世間知らずの小娘なんだ。
145 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/27(木) 12:33:26.21 ID:IcevcAFHO


「……なぜ、泣く」


かすれ声が聞こえた。魔王が、うっすらと目を開けている。

「……!!意識がっ」

「……ここは、どこだ」

「ワイルダ組。……デボラさんが、傷を治したの」

「……お前が連れてきた、のか」

私は無言で頷いた。魔王がフッと笑った。

「……すまなかったな」

「え」

「俺も、周囲への警戒を欠いていた。許せ、あれは俺の責任だ」

「違うっっ!!私が、お酒に酔って浮かれてたから……」

小さく彼が首を振る。

「いや……あそこで襲ってくるとは、思わなかった。想定が、甘過ぎた」

「え」

私は薬湯の存在を思い出した。グラスを口元に持っていくと、彼は一口飲んだ。

「……苦いな」

すぐに顔をしかめる。

「……確かに、お前は狙われている。が、周囲に人がいる所で、しかもまだ宵になる前に来るとは、考えてなかった」

「それって、どういう……」

「焦り、だろうな。正体が知られることへの……ただ、『霧』に入っても無闇矢鱈に暴れてはいなかった。あの危険性を知っていたか、あるいは直感で動かぬ方がいいと考えたか……」

魔王が私に微笑みかけた。……こんな顔で笑う彼を、初めて見た。

「ともあれ、救われたのは……俺の方だ。あそこで霧を張らなかったら……『アレ』を使わざるを得なかった」

「『アレ』?」

「俺の、本当の切り札だ。使えば、確実にクドラクは殺せる。
だが……俺だけじゃなく、お前も、いや周囲の無辜の人々も傷付ける。いや、殺しかねない。だから、助かった。ありがとう」

顔が熱くなるのを感じた。素直に感謝されるなんて……思ってなかったから。
146 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/27(木) 12:33:54.10 ID:IcevcAFHO
「えっ、あっ、うん……私こそ」

コホン、と魔王が咳払いをした。

「……それで、明日は、行くのか?」

そうだった。エストラーダ候の邸宅に、ランパードさんと訪れる予定なのだった。
もし、ファリスさんがクドラクだとしたら……私は、自分を狙う相手の前にノコノコと出向くことになる。

しかし……あの腕。一瞬しか見えなかったけど、男性にしては細過ぎるようにも思えた。
「追憶」で再生すれば、特徴とかもう少しハッキリと分かるかもしれない。そして、それがファリスさんのそれと一致するなら……

私は首を縦に振った。

「……ええ。クドラクの正体を確認するなら、行くべきだと思う」

「だが、恐らくエストラーダは、お前の人相を知ってるぞ?それに、あのランパードがお前を守る保証もない」

「それは、そうだけど……」

変装で何とか誤魔化せるだろうか?……正直、自信がない。

魔王がふうと溜め息をついた。

「俺は、変装についてはよく知らん。だが、ワイルダ組のウィテカーなら詳しいはずだ」

「……え?」

「あいつは元々、暗殺者だった。変装ならお手の物だ」
147 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/27(木) 12:34:35.73 ID:IcevcAFHO
#

翌朝。待ち合わせの広場に向かうと、既にランパードさんが待っていた。医者らしく、白装束を着ている。

「お待たせしました」

「……どちら様だい?」

キョトンとした様子で、彼が私を見る。それもそうだろう。髪の色は黒ではなく緑。眼鏡はなく、耳はエルフのように尖っている。

「私です、プルミエールです」

「……嬢ちゃんか??」

私は唇に指を当てた。

「ええ。少し、変装を」

「……幻覚魔法か、それもかなり高度な。そんなのも使えたのか?」

「いえ、ある人にかけてもらったんです」

ウィテカーさんはデボラさんの弟らしい。亜人じゃないように見えたのだけど、何でも彼らは人間と狐人との子供なのだという。
亜人が強く出たのがデボラさんで、人間が強く出たのがウィテカーさんとのことだ。
複雑な家庭そうだったけど、そこには立ち入らないことにしておいた。

そしてやはり、彼もジャックさんの指導を受けた、らしい。「見た目を少し変えるぐらいなら問題ない」って言ってたけど、これは少しなんてもんじゃない。
眼鏡も幻覚魔法で消している。デボラさんといい、相当な使い手であるのはもはや疑いがなかった。

ランパードさんは怪訝な顔をしている。

「ある人……誰だそいつ」

「言うことはできないんです。それより……」

「……魔王だな。聞いたぜ、ここで襲撃があったと。狙われたのか」

小さく頷いた。

「ええ。彼は傷を負って、今別のところに」

「……そうか」

彼は鞄から新聞を取り出し、私に手渡した。


「旧市街入口で2人死亡、『クドラク』か」


148 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/27(木) 12:35:19.72 ID:IcevcAFHO
「……え」

「ここで襲撃があってから数時間後だ。恐らくは恋人同士、どこかの連れ込み宿にでも行こうとしたんだろうが。夜が更けてから歩くのは自殺行為ってことだな」

「嘘っ、まさか……」

私たちが狙われた巻き添えになって?

しかし、ランパードさんは首を横に振る。

「クドラクの餌食になっているのは、要人だけじゃねえ。一般人も普通に殺されてる。お前さんたちが襲われたのは必然だったかもしれねえが、こいつらは違う。
クドラクは、言ってみれば……理性半分、狂気半分の獣のようなもんだ。だからこそ対応しにくい」

「狂気……」

「『遺物』の効果かもな。俺も詳しくは知らねえが、『遺物』の中には精神に影響を与えるものがあるとも聞くからな」

私はデイヴィッドという男を思い出していた。今にして思えば、彼の言動も少しおかしかった。まるで戦闘、いや殺戮を楽しんでいるような……

「とにかく、危なくなったらすぐ退くぜ。……って何をしている?」

「『追憶』を使うんです。確か場所は……この辺りでしたか」

「『追憶』……?現場を映し出す、ということは」

「ええ。何か特徴がないかと」

私は水晶玉を取り出し、詠唱を始めた。時間も場所もほぼ正確に分かっているから、それほど時間は掛からずに済む。
程なくして、魔王が刺された場面が浮かび上がった。暗いけど、街灯の灯りで腕は見える。

「……これが『追憶』か……意外とハッキリ見えるものだな……」

ランパードさんが呟く。突きが迅過ぎて腕が見えたのは一瞬だけど、何回か繰り返し見ているうちにあることに気付いた。

「……あ」

「どうした、嬢ちゃん」

「これを見てください」

私は「追憶」の作動を一旦止めた。水晶玉の映像が固定される。

「……これは」

「ええ。手首に何か着けてます。……アミュレット?」

宝石が幾つかついたアミュレットだ。見るからに高そうなものだけど……

「ファリス・エストラーダがこれを着けていれば……」

「多分、間違いないです」
149 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/27(木) 12:36:12.48 ID:IcevcAFHO
#

「何だお前らは」

衛士が怪訝そうに私たちを見る。ランパードさんが鞄から何かの巻物を取り出し、広げてみせた。

「トリス森王国の一級医術士、ビクター・ランパードだ。ファリス嬢の件で、ロペス・エストラーダ候と話したい」

「……何だって?」

「悪いが、こいつは本物だ。マリア・マルガリータ女王の印も入っている。
ファリス嬢が長く床に臥せってると聞いてな。確か、治したら賞金が出るんだろ?」

衛士が顔を見合わせた。

「……本当に、トリスの医術士か」

「ああ。世界でも数人しかいない一級医術士だぜ。助けになると思うが」

「閣下に話をしてくる。そこで待て」

衛士の一人が邸宅へと入っていく。私はランパードさんに耳打ちした。

(あれって、本当に本物なんですか)

(間違いなく本物だぜ)

(トリスの医術士って、簡単になれるものじゃないですよね)

ハハハ、とランパードさんが笑う。

(一応これでもお前さんの3倍近く生きてるからな。ま、本当に治療をするかは見て決めるが)

(治療?魔法を使うんじゃ)

(治癒魔法も使うが、トリスの医術は「切って治す」。身体の中にある病巣は、生命力を高める治癒魔法だけじゃ消えないからな)

そんな方法があるとは知らなかった。エルフの技術はほとんど知られてないけど、やはり独特なものなんだな。
150 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/27(木) 12:37:05.11 ID:IcevcAFHO
5分ほどして、小柄な老人が衛士と共にやって来た。ランパードさんが跪くのを見て、私もそうした。この人が、エストラーダ候か。

「お会いできて光栄です、閣下」

「トリスの一級医術士とは、真か」

「確かに」

老人は衛士が持っていた巻物を読むと「ふむ」と呟いた。

「確かに、マリア・マルガリータ女王の筆跡だ。その女性は?」

「私の助手です。施術を行うなら、助手が不可欠ですから」

「身体を切り裂き、病巣のみを取り出す……か。トリスの施術の話は聞いている。確かに1人では無理な所業だ。良かろう」

邸宅の中に入ると、豪奢な応接室に通された。

「マルガリータ女王は健勝か」

「お元気であります」

「そうか。私と同世代というのが信じがたい……ともあれ、ファリスのことであったな」

「ええ。ご病状、思わしくないとか」

エストラーダ候が溜め息をついた。

「元より身体が丈夫ではなかったが……3ヶ月ほど前から、具合が悪くなってな。特に頭痛が酷いそうだ」

「なるほど、その他の病状は」

「ここ最近は、身体を起こすのもやっとだ。手遅れでなければいいと思っている……」

エストラーダ候は辛そうに俯いている。これが演技とは思えない。

「一度、お嬢様に会わせて頂くことは」

「……無論だ。治してくれるなら、金に糸目はつけん」

彼と共に2階へと上がる。その一室のドアを、エストラーダ候が叩いた。

「私だ。入って大丈夫か」

「……いいですわ」

か細い声が聞こえた。入ると、黄金色の長い髪の少女が身体を起こして窓の外を見ている。
151 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/27(木) 12:38:05.50 ID:IcevcAFHO
「ファリス、トリスから医術士が来た。報償金の話を聞いたようだ。今日の具合は」

「気分は、そこまで悪くはありませんわ」

ふわり、と少女が笑った。多分、私より少し若い。随分と痩せてしまってるけど、貴族の女の子らしい気品のある美しさだ。
ゆったりとした長袖の服を着ている。手首の辺りは、見えない。

「そうか……お前の母親も早く逝ってしまった……お前を喪うことは、耐えきれん」

「大丈夫ですわ。御父様より早く逝くことは、しませんもの。この方たちが、お医者様ですか?」

「そうだ」

ランパードさんが、再び跪く。

「トリス森王国が一級医術士、ビクター・ランパードです。どうかお見知りおきを。こちらが、助手の」

しまった。本名を伝えるわけにはいかない。偽名なんて、考えてなかった。

「……プ、プル。プル・レムです」

「変わったお名前ですのね。エルフって、初めて見ましたわ」

ウフフ、とファリスさんは微笑む。コホコホと、軽く咳をした。

「大丈夫かっ??」

「え、ええ。……コフコフッ。このぐらいは、どうとでも」

「少し診させて頂きます」

ランパードさんが手を彼女の頭に当てた。厳しい表情をすると、「失敬」と今度は胸に手をやる。

「こ、こらっっ!!何と破廉恥……」

「肺の中を見ているのです。今度は腕を」

服を捲し上げた。右手首には……何も着けていない。


良かった。やはり魔王の勘違いだった。
そもそも、こんなか弱く、大人しそうな子がクドラクなわけがない。

152 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/27(木) 12:38:46.48 ID:IcevcAFHO
ランパードさんが息をつく。

「なるほど。……ここで結果を話しますか?」

「ファリス、お前は」

「……構いませんわ」

一拍、ランパードさんが間を置いた。

「率直に申し上げます。非常に難しい施術を要するかと思います。頭の中、脳内と肺に悪しき塊があるようです。私をもってしても、取り除けるかは……5分」

エストラーダ候が息を飲むのが、私にも分かった。ファリスさんはというと……相変わらず微笑んでいる。

「……5分、か」

「どのような施術ですの」

「一度、痛みを消し深い眠りについていただきます。その上で、私が施術を。
助手もユングヴィから追加で調達しましょう。治癒魔法をかけながらの長丁場になりますゆえ」

「ファリス、お前……」

「御父様。やらねば私は死ぬのでしょう?ならば、やるしかないではないですか」

……凄い子だな。こんなに肚が据わった言葉は、私には吐けない。絶対に慌てふためいてしまうだろう。

「……そうですか。ならば施術の詳しい説明を致しましょう。閣下、場所を変えます」

チラリとランパードさんが私を見た。「空振りか」という落胆の色が見える。


その時、視界の端に何か光るものが見えた。化粧台の上にあるものは……

153 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/27(木) 12:39:17.71 ID:IcevcAFHO


ドクン


鼓動が強くなった。あれは、まさか!?


「おい、どうした……あ」

ランパードさんも、私の視線の先にあるものに気付いたようだった。表情が凍り付く。


そう、そこにあったのは……あのアミュレットだ。


154 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/27(木) 12:40:53.71 ID:IcevcAFHO
第8話はここまで。

トリスの医術は現代の外科に近いものです。薬などの代わりに治癒魔法を使って対応するとお考え下さい。
155 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/27(木) 17:15:06.17 ID:5tGRNeOb0
更新来てたか
乙乙
156 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/27(木) 20:30:40.47 ID:f9qjZZ1GO
キャラ紹介

デボラ・ワイルダ(30)
女性。狐耳に少し厚めの唇の妖艶な女性。身長168cm、59kgで豊かな乳房を持つ。子供はいない。
ワイルダ組の組長を亡き夫から継いだ。夫はコボルトで無口な人物であったらしい。元はモリブス裏社会の用心棒的なことを弟のウィテカーとやっていた。
生まれはモリブスで、父親はテルモンのある高名な冒険家であった。アトランティア大陸からの移民である狐人の母親と出会い、姉弟が生まれた。
なお、両親は15年ほど前にオルランドゥ大湖の調査に出たきり行方不明になっている。

冒険者だった両親の伝手でジャック・オルランドゥに師事。その後独立したという経緯があり、魔術の腕は極めて高い。
特に物質の状態を元に戻す「時間遡行」は、世界でも使える人物がほぼいない。なお、父親もその使い手であった。
ワイルダ組の組長(大姐)となってからはそのカリスマ性で高い支持を受けている。南ガリアからの移民も多く受け入れており、人望は厚い。

なお、一度だけエリックと関係を持っている。彼女からすれば夫の仇を射った御礼とのことで、心は依然夫にある。
エリックもそれを知ってか、それ以上は求めていない(というかヘタレなのでできなかった)。
ちなみに、夫の仇は7貴族の一角ゴンザレス家傘下の無頼衆であった。
157 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/27(木) 20:53:00.84 ID:f9qjZZ1GO
余談ですが、時間遡行を使える点からも分かる通り、彼女(とウィテカー)はシデの子孫です。
両親が登場することは多分ないと思いますが、未定です。
158 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/30(日) 20:41:43.32 ID:GOi8ToA6O




第9話



159 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/30(日) 20:43:40.07 ID:GOi8ToA6O
「……施術の流れは以上です」

ランパードさんの説明に「本当に大丈夫なのか」とエストラーダ候が不安がった。
無理もない。頭蓋に穴を明け、そこから病の巣を切り抜くなんて……正直、現場を見たら倒れそうだ。

ランパードさんは難しい顔をして頷く。

「施術には万全の注意を払います。ただ、私の腕をもってしても5分です。
さらに、肺の病も厄介です。脳を何とかした後、こちらにも手をつけねばなりません」

「本当に、助かるんだろうな?」

「お嬢様を助けられるのは、世界では私以外に1、2人かと」

「……分かった。金は幾らでも払う」

「それについては治った後にでも。……ところで、お嬢様は最近変ではありませんか?」

来た。本題だ。

「変……とは?」

「夜いなかったり、あるいは何か部屋で物音がしたり……」

エストラーダ候が首を捻る。

「さて……そもそも、ファリスは数メドを歩くのもやっとだぞ?メイドの助けを借りねば厠で用も足せん」

ランパードさんが訝しげに私を見た。しかし、あのアミュレットは間違いなくクドラクが着けていたものだ。

「朝はどうですか」

「昼まではまず起きん。さっき身体を起こしていたのを見て驚いたくらいだ」

どうもエストラーダ候はファリスさんがクドラクであるかもしれないことに気付いてないようだ。ランパードさんの推測は、やはり正しいのかな。

しかし……昨晩のクドラクの動きは、どう考えても病人のものではなかった。「遺物」が力を与えているとしか考えられない。
そして、ひょっとしたらあのアミュレットこそが……
160 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/30(日) 20:44:18.07 ID:GOi8ToA6O
私は2人の会話に割り込んだ。

「ちょっといいですか」

「どうしたプルミ……プル」

コホンとランパードさんに咳払いをした。流石に正体を知られたらまずい。

「エストラーダ候、お嬢様の化粧台に、アミュレットがありましたが……あれは?」

「おお、気付いたか。外しているのは珍しいと思ったのだ。あれは母親の形見の一つだ」

「形見、ですか」

「そうだ。輿入れの時に持ってきたものでな。あいつの家の家宝であったと聞いている」

「家宝」

「そうだ。常に着けておってな……亡くなる前に、ファリスに託したのだ」

「失礼ですが、奥様も病で?」

エストラーダ候が辛そうな顔で俯いた。

「違う。15年前……自ら命を絶ったのだ」

「え」

「詳しい理由は知らん。ただ、『幸せでした』とだけ……その話は、もういいか」

「……そうですか、すみませんでした」

15年前……「追憶」を使って「思い出させる」には、私の力はまだ十分じゃない。
すごく時間をかければ真相が分かるかもしれないけど、そこまでする必要もないように思えた。何より、そんな余裕はない。
161 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/30(日) 20:44:46.40 ID:GOi8ToA6O
ランパードさんの表情がさらに鋭くなっている。

「その家宝、何か特別な由来が」

「私も詳しくは知らん。ただ、特別なまじないが込められていると聞いたことはある」

「よもや、『遺物』とか」

「まさか。……もう片方の形見は、明らかに尋常のものではないが」

「……そうなのですか?」

身を乗り出すランパードさんに、エストラーダ候が苦笑いする。

「すまん、施術とは関係がない話だな」

「それもお嬢様が?」

「ああ、女物なのでな。一度でいい、あれを着たファリスが見たいものだが……この話は、これでいいだろう」

女物……ドレスか何かかな。エストラーダ候は話を打ち切りたがっている。
ファリスさんがクドラクである可能性は考えてなさそうだけど、何か隠してる気がする。

「失敬。施術の日程を決めたいのですが……少し、助手と相談させてくれませんか」

「ここではダメなのか」

「ユングヴィからも応援が必要ですから。一度、退かせて頂きます。午後にまた、伺わせて頂きたく」

「そうか。では、暫し待とう」
162 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/30(日) 20:45:30.53 ID:GOi8ToA6O
#

「……限りなく黒だな」

エストラーダ邸を出るなり、ランパードさんが口を開いた。

「あのアミュレットと、もう一つドレスか何か。どちらも『遺物』だろう。どんな代物かは分からないが、それでファリスはクドラクになっているっぽいな」

「でも、どうしてそんなことを?それに、あの子が人殺しをするなんて、とても……」

ランパードさんが立ち止まり、エストラーダ邸を見た。2階の彼女の部屋に、人影は見えない。

「そこは分からねえが……実は、クドラクは『2代目』なんだよ」

「え?」

「今から18年前にも、モリブスの要人が次々暗殺される事件があった。3年ぐらいそんなことが続いてな。誰が言い始めたか、その暗殺者は『幽鬼クドラク』と呼ばれるようになった。
犯行の頻度は今のより遥かに少なかったが、手口は酷似してた。俺がモリブスにいるのは、そういう背景もある」

「……まさか」

「さっきの会話で確信した。『初代』はファリスの母親だ。自殺した理由は分からねえが、前のクドラクが消えた時期とはほぼ重なる。
母親の遺志を継いだ、というのは考えすぎかもしれねえが……エストラーダの口振りからして、母親については何か知っていそうだな」

そうだったのか。しかし……どうすればいいのだろう?

私の中に、恐ろしい考えが浮かんだ。

「ひょっとして、施術をわざと失敗して……」

「いや、限りなく黒だがそれはやらないしやれねえ。医術士として、治すものは治す。それが誇りだからな。
ただ施術をするなら、白だと確信した時だ。殺すために治すほど意味のないことはねえよ」

「ならこのまま放置、ですか?」

「それも被害が増えるだけだろうな。悩ましいのは、施術日を決めた場合ファリスが動く可能性があることだ。
『施術するしかない』とか言ってたが、施術中に死ぬ可能性は考えるはずだ。施術日前になったら、確実にクドラクは現れる。もしファリスがクドラクなら、な」

「でも、このまま黙っているわけにもいかないですよね……」

ランパードさんが頷いた。

「一番手堅いのは、施術日を告げた上でその前に動いた所を叩くってことだな。ただ、そのためには対策が欲しい。
『遺物』の性質が分かりゃやりようもあるんだが……」

どこかに「遺物」に詳しい人がいればいいのだけど。


……ひょっとして、あの人なら。


163 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/30(日) 20:46:08.03 ID:GOi8ToA6O
#

「今日はお前だけか」

意外そうにジャックさんが言った。既にウィテカーさんの魔法の効果は切れている。

ランパードさんは「俺は外で待つ」と控えていた。ジャックさんと顔を合わせたくない事情がありそうだけど、そこは今問題じゃない。

「はい。……私がクドラクに襲われたところを、まお……エリックが庇って」

「容態は」

「大丈夫です。デボラさんが治してくれましたので」

ジャックさんがふうと息をつく。

「そうか、あいつらともう会っていたか。俺のことも聞いてるな」

「ええ、後見人だとか」

「一応な。で、俺の所に来たということは収穫があったということだな」

私はクドラクの正体がファリスさんかもしれないことと、アミュレットの話をした。ジャックさんは煙草を吸いながら黙って聞いている。

「それで、アミュレットと……多分ドレスなんですけど。『遺物』だとしたら、心当たりはありますか」

「ちょっと待ってろ」

ジャックさんは本棚から厚い本を取り出す。

「それは?」

「今まで判明している『遺物』の一覧だ。まあ国家の最高機密として秘匿されているものも少なくないが、それでも結構な範囲では押さえられてる。
オルランドゥには『遺物』の研究者もいるからな。管理者たる俺の所にも、ある程度の情報は集まっている。……アミュレットとドレスだったな」

横から覗くと、まるで辞典のように索引がある。……こんなに「遺物」ってあったんだ。

「一応言うが、『遺物』もピンキリだ。『3級』だとただの魔術具に毛が生えた程度の力しかない。普通にそれと知らず売られてたりもするからな」

「……どこにあるのかまで記録されてるんですね」

「こいつは第6版だから、情報は今から5年前時点のものだな。言うまでもないが、この一覧自体がかなりの希少品だ。オルランドゥでも、数人しか持ってないはずだな……と、アミュレットはこの辺りか」

ジャックさんが指差したページには「聖人ディオのアミュレット」とある。挿し絵は……まさしく私が見たあのアミュレットだ。

「『2級』……ですか?」

「等級は評価者が独断と偏見で決めてるからな。そもそもこいつは初版から記述が変わってないから、あまり当てにはならんぞ」

記述を読み進める。……これは。

164 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/30(日) 20:46:35.04 ID:GOi8ToA6O
#


「聖人ディオのアミュレット」
等級:2級
場所:モリブス・ベルチェル家
初出:初版(聖歴402年)
概要:ベルチェル家に伝わる遺物。ミゲル・ベルチェルからの聞き取りを基に記す。
着用者と対象者が接触時、対象者の思考を読み取れる。
夜間に着用した場合、着用者の身体能力を限界突破させる。ただし肉体的・精神的反動も大きく、継続的使用は心身の病に繋がるとされる

165 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/30(日) 20:47:03.05 ID:GOi8ToA6O
#

「ベルチェル家って」

「今から30年ほど前に跡絶えた貴族だ。ロペス・エストラーダの妻がベルチェル家かは知らないが」

……読み直すと寒気がした。これは……ファリスさんの病って、このアミュレットのせいなの??


そして、合点が行った。ファリスさんは、エストラーダ候が本当に何を求めているのかを、これを使って知ってたんだ。あるいは、彼女のお母さんも。


「……さっきお前が言ったこととも符合するな。間違いない、これを使ってファリス・エストラーダは『クドラク』になった。
死にかけの病人でも、これを着けていれば夜に限り無敵の怪人になれるというわけだ」

「……とすると、もう一つのドレスって」

「少し待て。……これか」

166 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/30(日) 20:47:30.43 ID:GOi8ToA6O
#


「フローラのドレス」
等級:推定1級
場所:モリブス・ベルチェル家
初出:初版(聖歴402年)
概要:ベルチェル家に伝わる遺物。ミゲル・ベルチェルからの聞き取りを基に記す。
ロングドレスで色は不定。ただし現物は見せてもらえず。
ベルチェル家の家業に関連するためか?気配遮断かつ視覚の混乱に関連すると推測

167 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/30(日) 20:48:09.38 ID:GOi8ToA6O
#

「……家業?」

「ベルチェル家は昔暗殺者を多く飼っていたらしいな。とすれば、これを使っていても驚かない。
この2つの組み合わせか……なるほど、相性はいい」

ふーっ、とジャックさんは白い煙を吐いた。

「……私が見たあの歪みは、ひょっとして」

「ドレスの生地、だったのだろうな。周囲に姿を溶け込ませる効果か……厄介だな」

「どう対応すればいいんでしょう?」

暫くジャックさんは考えていたが、やがてニヤリと笑った。

「……エリックなら何とかできるな」

「そうなんですか?」

「本人にこの話をしたら、俺と同じ結論に辿り着くはずだ。
まあ、それについては本人から聞いてくれ。ここで出歯亀している奴には聞かれたくないだろうからな」

「え」

ジャックさんは呆れたように灰皿に煙草を押し付ける。

「俺が気付かんと思ったか?部屋の隅だ」

彼の視線の先にはネズミがいた。「しまった」と言わんばかりにそれは穴からどこかに逃げていく。

「あれって……」

「『憑依(ポゼッション)』だな。小動物を操り、感覚を共有する。諜報活動には最適な魔法だ。
使えるのはごく限られたエルフしかいないが、まさかそいつが協力者か?」

「……はい」

嘘をついても仕方がない。それにしても、ランパードさんが盗み聞きとは……正直ショックだ。

ジャックさんは「やれやれ」と首を振った。

「連中を信用しすぎるな。奴らはいざとなれば簡単に裏切る。エリックも言っていただろう」

「……すみません」

「……外にいるのはトリスの高位にある人物か。エリザベート・マルガリータの差し金かもな」

「えっ」

「あの女、馬鹿に見えてなかなかの狸だぞ。まあ、アリスがお前とエリザベート姫を同じ研究室にしたということは、あいつなりの考えがあるんだろうが。
とにかく、奴らを100%の味方とは思わんことだ。奴らは奴らなりの目的があって動いているからな」
168 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/30(日) 20:49:05.03 ID:GOi8ToA6O
#

「どういうつもりなんですか」

開口一番、私は木陰にいたランパードさんを問い詰めた。バツが悪そうに頭を掻きながら、彼が答える。

「ジャック・オルランドゥは、エリック同様俺らを信用してないからな。情報の共有のためには仕方なかった」

「でも盗み聞きなんてっ!?」

「怒るのは無理もねえ。ただ、繰り返すが『俺らと嬢ちゃんたちの利害は一致している』。
俺がこの件について嬢ちゃんたちに不利益になるようなことはしねえ。それだけは誓って言える」

「じゃあ他の件では敵に回るってこともあるんじゃないですか?」

「かもな。ただ、俺の有用性を知っているからこそ、ジャック・オルランドゥは情報を『敢えて漏らした』」

「え」

ランパードさんの目が、一瞬だけ鋭くなった。

「狸はどっちだって話だぜ……食えねえ奴だ。
まあ、俺にエリック・ベナビデスの真価は教えたくないらしいな。『加速』以外に何があるのかは知らねえが。
俺はクドラク討伐が成功すりゃそれでいい。もはやファリスがクドラクだというのは確定的だ。施術日はいつにする?」

「……どちらにせよ、告げたら」

「すぐにファリスは動くだろうな。せっかくだから、施術は明日にでもしておくか。つまり、今夜決着が付くだろうな」

「その前に、いいですか」

「ん?」

「一度、彼女と話してみたいんです。魔王の所に行った後、エストラーダ邸に同行させてくれませんか」

私はまだ迷っていた。ファリスさんがクドラクであるのは間違いない。

でも、目の前で見たクドラクのあの邪気と、儚いファリスさんの印象は、未だに全く重ならないのだ。
もし凶行が「遺物」のせいなら、彼女は殺されるべきじゃない。


救えるならば、救いたかった。たとえ魔王に「甘い」と罵られようと。


「……分かった。とりあえず、4の刻にまた会おうぜ」

169 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/30(日) 20:50:06.51 ID:GOi8ToA6O
#

「ん、戻ったか」

モグモグとシロップ漬けのパイ「バクラバ」を食べながら、魔王が言った。ベッド横のテーブルには、コーヒーと思われる琥珀色の液体が入っている大きめのカップがある。

「随分元気そうね」

「まあかなり寝たからな。んぐっ、お前も食うか」

「……じゃあ一つ」

パイをつまんで口に放り込むと、途轍もない甘さの中に濃いナッツの香りがした。モリブスの料理はとにかく味が濃いのだけど、お菓子もその例外じゃない。
砂糖抜きのコーヒーで口の中を洗いながら食べると美味しいのだけど、単独ではいかんせんくどい。

私がカップに手をやると、魔王が少しムッとした様子になった。

「俺のも残せ」

「もちろん。あむっ……クドラクの正体、あなたの言う通りみたい」

「ファリス・エストラーダか。やはりな」

魔王はふん、と得意気に鼻を鳴らす。私はエストラーダ候とのやり取りと、ジャックさんから「遺物」について聞いたことを告げた。

「……で、施術は明日の予定。ずずっ……多分、今晩クドラクは襲ってくるんじゃないかって」

「迎撃か。策は」

「ジャックさんは、あなたなら自分と同じ結論に達するだろうって言ってたけど」

魔王はまた「バクラバ」をつまんだ。視界にネズミや猫は……いないみたいだ。

「……『アレ』を使え、か」

「それって……前に言ってた『切り札』?」

「いや、それとは違う。あれよりも自分への負担は軽いが、周辺への被害が大きいのは同じだ。
それでもかなり確実に深手は与える。相手の姿が見えないなら、これぐらいしか手がない」


魔王が耳打ちした。……そんな技があるの??


でも、確かにこれなら姿が見えようが見えまいが関係ない。何故なら「避けられない」から。


「デボラたちには、後で説明する。綿密な下準備が必要だからな。そして、ここで重要なのは……『囮』だ」

「まさか、私が囮に?」

「お前しかいるまい。あのエルフにも協力して貰うがな。もちろん、安全は極力確保する」

そう、魔王の策は囮を必要とする。そして誘き寄せた先に……魔王がいる。

「ちょっと待って。ファリスさんがクドラクだとしても……『遺物』のせいだとしたら、救えるかもしれないじゃない?」

「馬鹿か??」と罵られるものだと思っていた。しかし、彼の言葉は予想外のものだった。

170 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/30(日) 20:50:36.78 ID:GOi8ToA6O



「それも道理だ。だから、お前が判断しろ」



「え」

「もし、ファリスが討たれるべきだと思うなら、旧市街の噴水前に来い。作戦を決行する。
救えると思うなら、今晩はジャックの所に身を寄せろ。あのエルフにもそう伝えておけ」

魔王は真っ直ぐ私の目を見ている。私を信頼してくれている、のかな……

私は小さく、でもしっかりと頷いた。

「分かった。あなたの身体は?」

魔王はシロップを舐めとり、静かに笑う。

「休養は十二分に取った。今度は不覚は取らん」

171 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/30(日) 20:51:03.77 ID:GOi8ToA6O
#




それからの数時間の出来事を、私は決して忘れないだろう。




172 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/30(日) 20:52:46.47 ID:GOi8ToA6O
第9話はここまで。バクラバは実在するトルコのお菓子「バクラヴァ」がモデルです。
ヘーゼルナッツやピスタチオが入っており、濃いコーヒーとよく合います。
173 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/30(日) 21:06:26.49 ID:GOi8ToA6O
キャラ紹介


ジャック・オルランドゥ(46)
男性。魔族であり、オルランドゥ魔術学院のオーナーと言える存在。
創立家であるオルランドゥ家は代々魔術学院の運営と研究を陰ながら支えてきた。
ただ、魔族が表立った活動をするのを世間は良しとしないとの判断から、ジャック含め裏方に徹している。とはいえ研究者からの献金で経済的には一切不自由しない。
ジャック本人も凄腕の魔術師であり、魔術研究者。ただ、さる理由で数年来体調を崩しており、車椅子なしではろくに行動もできない。
かつては冒険者としての顔もあったらしく、デボラらの両親とはそこで付き合いがあったようだ。
世間的な知名度はないが、ランパードら一部の上層階級では名が知られた存在ではある。

身長178cm、58kgの痩躯。灰色の髪に白っぽい褐色の肌をしている。体調を崩す前はもう少し体重があったらしい。
魔族を含め、亜人などのマイノリティの支援を行ってもいる。民族融和派のベーレン候とは親しく、実は政策にも関与していたりもする。
エリックの父親ケインとも付き合いが深かったようだ。もちろん「サンタヴィラの惨劇」については疑念を持っており、それがエリックを支援する理由ともなっている。
プルミエールの指導教官であるアリス・ローエングリンとは浅からぬ仲のようだが……?
174 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/08/30(日) 21:12:19.27 ID:GOi8ToA6O
ジャックはヘビースモーカーです。書き忘れました。

言うまでもなく、「崩壊した〜」のジャックの子孫に当たります。なお、ノワールに相当する人物がいるかは未定です。
175 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/08/31(月) 11:23:29.94 ID:4WNLUbcDO
乙です
176 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/03(木) 19:21:11.42 ID:2/zsC842O



第10話



177 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/03(木) 19:22:18.38 ID:2/zsC842O

「ん、来たな」

噴水前でランパードさんは待っていた。左手に持っていた水筒を鞄にしまう。少し、お酒の臭いがした。

「大丈夫なんですか?飲んでて」

「気付け薬のようなもんだ。で、お前さんたちはどうするんだ?何かしら策はあるんだろ」

私は簡単にこれからの動きを説明する。最後どうするのかを決めるのが私だと告げると、少し驚いたような顔をされた。

「ファリスに会わせることは認めたが、そこまでの権限を与えんのか?
そもそも、ファリスは間違いなくクドラクだ。普通に見逃すのはあり得ねえぞ?」

「……分かりません。でも、彼には彼なりの考えがあると思うんです。
それに、もし凶行が彼女の意思ではなく、『遺物』のせいだとしたら?病気だって、あのアミュレットとかのせいなんでしょう?彼女からそれを引き離せば……」

ふーっ、とランパードさんが息をついた。

「俺は嘘をついた。施術の成功確率な、5分は大嘘だ。せいぜい1割っきゃない。
脳と肺の病巣は、アミュレットのせいだとしても取り除くのは困難だ」

「え」

「1割の確率でしか助からねえってエストラーダに告げたら、確実に追い出されるだろ?だからああ言った。
どっちにしろ、ファリスは助からねえ。なら、これ以上の犠牲が出る前に何とかしてえんだよ」

「『遺物』を彼女から引き離せばいいだけじゃないですか?それに、治る可能性はゼロじゃないんでしょう?」

「……まあ、そうなんだがな」

ランパードさんは奥歯に物が挟まった言い方をする。魔王が「エルフは信用ならない」と言った理由が分かる気がした。この人は、いつも核心部分を隠している。

「何かあるんですか?教えてください」

ランパードさんが辺りを見た。

「……ここじゃ話せねえな。俺らに気付いちゃいねえが、向こうに怪しいのがいる」

チラリ、と視線が右を向いた。15メドぐらい先のベンチに、新聞を広げている男性がいる。……離れているけど、かなりの魔力の持ち主なのは分かった。背筋に冷たいものが流れる。
178 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/03(木) 19:23:12.77 ID:2/zsC842O
「お前さんたちが先に進んでないのを察して、モリブスに討伐部隊が集まり始めた。
それについちゃ、後で詳しく話す。この件も、そんなに無関係じゃねえ」

「……!!?」

ランパードさんがゆっくりと噴水から離れ始めた。新聞の男は、動く気配がない。

新市街に入った所で、ようやく彼が口を開いた。

「ここまでくりゃいいか。……『遺物』を奪ったら、その後どうすんのかという話だ。まして『1級遺物』なら、確実に欲しがる奴がいる。殺してでも奪い取りてえ奴もいるだろう。
そして、件のアミュレットとドレスの組み合わせは凶悪だ。副作用が大きかろうと、世界の勢力図を塗り替えかねない程度には。使う人間によっちゃ、最強の暗殺者の誕生だ」

「何が言いたいんですか」

「まず、クドラクが『遺物』使いかもしれねえってことは既に疑われてる。俺のとこにも別のとこから情報が入ったからな。
んで、仮に見逃して命を救ったとしても、このままならファリスは『遺物』目当てにいつかは狙われる。
病人で素人のあの嬢ちゃんですらアレだ。訓練された奴に渡ったら、どうなるかは簡単に見当が付くだろ?」

「……どうやっても、見捨てるしかないってことですか?そんなの……惨すぎます」

「救えるなら救いたいがな」

エストラーダ候の邸宅が見えてきた。ランパードさんは視線を彼女がいるはずの2階へと向ける。

「肝心なのは、一連の凶行に対するファリスの意思だ。もし自ら望んでやったなら……特に一般人の殺害は、全く許されることじゃねえ。
その時は俺も『クドラク』殺害に全面的に協力させて貰うぜ。
もしそうじゃないなら……『遺物』を何とかした上で、明日施術だ。上手く行く自信はないが、全力は尽くす。
幸い、ファリスはお前さんを狙う討伐部隊とは無関係らしい。上手く助けられたら、保護も含めて検討することになるが」

「……彼女に自覚があるかを見極めろ、そういうことですね」

ランパードさんが頷く。

「お前さんにどれだけ人を見る目があるかは知らねえ。ただ、トンチキ姫からお前さんの評価は聞いてる。……信頼するぜ」
179 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/03(木) 19:24:08.35 ID:2/zsC842O
#

「失礼します」

私はファリスさんの部屋に入った。この前のように、身体を起こしてじっと窓の外を見ている。アミュレットは……化粧台の上だ。

「……貴女は、プルさん、だったかしら?」

コホコホと咳をしている。見るからに、少し辛そうだ。

「はい。施術日が決まりましたので、その説明にと」

「エルフのお医者様は?」

「エストラーダ様に説明しております。お嬢様には、私が」

「そう。どのような形で行うのでしょうか」

私は簡単に流れを説明する。ファリスさんは黙ってそれを聞いていた。

「……施術後1、2日は睡眠魔法で眠っていただきます。痛みが抜けましたら治癒魔法と薬湯中心の治療になります。完癒までは、差し当たり術後2週間ですが……」

「その後には、普通に歩けたりするのかしら」

「ええ。ただ、落ちた体力が戻るまでは要療養です」

ファリスさんが小さく息をついた。

「……外の世界は、簡単には見れないのですね」

「……確か、ずっとお身体が」

「ええ。この屋敷の外に出たのは、数えるほどしかないのです。このまま、朽ちていくのは……絶対に嫌」

僅かに口調が強くなった。

「数えるほどしか、外出されたことがないのですか」

「……ええ。お母様に連れられて、幼い頃に何回か。亡くなってからは、お父様が心配して……」

「外に出たいと言ったことは」

ファリスさんが寂しそうに首を振った。

「何回も。でも、お父様は聞き入れませんでしたわ……。あ、お父様のことは愛しておりますわ。でも、このままだと……私は、『誰にも覚えて貰えない』」

「え」

「……もっと色々な人に会いたいし、自分が生きていたという証を……コフコフッ、残したいのです。このまま死ぬのだけは……コフコフッ!!」

「大丈夫ですか?」

辛そうなファリスさんの背中をさする。掌に、薄い紅が見えたのが分かった。

「はあっ、はあっ……ええ、この程度なら」

「でも血がっ!?」

「肺に病があるのですから、当然ですわ。……とにかく病を治さないと……」

この人は、生まれてからずっと籠の中の鳥だったんだ。広い大空に憧れるのは当然だろう。
……私とそんなに歳が変わらないはずなのに、どんなに辛かっただろうか。
180 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/03(木) 19:25:12.00 ID:2/zsC842O


……「忘れられたくない」、か。


自分の人生が無駄だったと思いながら死んでいく。これほど虚しく、悲しいことはない。
なぜ、ファリスさんが死ぬ可能性が小さくない……むしろ高い施術を受けることに躊躇いがなかったか、分かった気がする。

だとすれば、このことは伝えておかないと。

181 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/03(木) 19:25:45.79 ID:2/zsC842O
「……ファリス様、大切なお話があります」

「何でしょう?」

「施術の成功確率です。ランパード先生は5分と仰いましたが……実は、もっと」

うふふ、とファリスさんが笑った。

「自分の身体です。施術が賭けに近いものとは知ってますわ。それでも、生きる可能性がそれしかないなら、私は施術を選びますわ」

「……お強いのですね」

「いえ、それしかないだけですわ」

「それでもです。……私なら、きっと耐えられない」

「……私もですわ」

ファリスさんが一瞬目を伏せた。

「え」

「ランパード先生が来られるまで、私は絶望しておりましたの。このまま、生きる証も残せず逝くのかと。
でも、あなた方が来られて、私は生きようと思えましたの。今までのお医者様で、慰めとはいえ『治せる』と仰った方は、一人もいませんでしたから」

彼女の笑顔に、心が傷んだ。彼女がクドラクだとしても……この子の根は、20の女の子なのだ。真っ直ぐな、芯の強い。


……この子が自分の意思で人を殺しているはずがない。そのはずだ。


182 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/03(木) 19:27:37.84 ID:2/zsC842O
「……私たちが、必ず貴女を治します。ご心配なされないで」

「プルさんはお優しいのですね」

「い、いえっ!?……そんなことは」

「ありますわ。本当のことを伝えて下さった。嘘は、必ず明らかになりますもの……そして、その時どれほど傷付くか」

私は、自分の身分は勿論、姿すら偽っている。それを知ったら、彼女はどれだけ悲しむだろう。
動揺を顔に出さないよう、私は必死で堪えた。

ダメだ、今は真実を明かす時じゃない。

「……私は、ただの助手です。買い被り過ぎです」

「うふふ。謙遜なされないで」

直接、クドラクについて訊こうかとも思った。でも、きっと「知りませんわ」と返されるだけだろう。彼女の人となりを知れただけでも十分だ。

あとは、アミュレットを何とかしないといけない。あれを使わなければ、彼女が凶行を起こすことはないはずだ。

私は、化粧台の上のアミュレットに視線を移す。

「……ところで、あのアミュレットは?エストラーダ様からは、お母様の形見だと」

「ええ。とても貴重なものと聞いていますわ」

「手にとっていいでしょうか?」

「いいですわ」

化粧台に向かおうとしたその時。


「……ゲフゲフ、ゲフッッ!!!ゲーッフゲフゲフッ……!!」


さっきとは比べ物にならないぐらい、ファリスさんが激しく咳き込んだ。口からは、血が一筋二筋垂れている。

183 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/03(木) 19:28:11.97 ID:2/zsC842O
「大丈夫ですかっっ!!?」

「ゲフゲフッッ!!!このぐらい、ゲフッ、平気、ですわ……」

「先生を呼んできますっっ!」

私は階段を駆け降りた。ランパードさんとエストラーダ候を連れて戻ってくると、ファリスさんはハァハァと荒い息を吐いている。

「ファリスッ!!」

「もう、落ち着きましたわ……お父様、心配なさらないで」

「しかし明日施術だぞ?本当に問題ないのか」

ランパードさんがチラリと私を見た。私は頷く。

「……極力早く、お嬢様の体力があるうちに施術をする必要があります。明日、やりましょう」

「そうか……分かった。貴公に委ねよう」

「明日は早めに伺います。本日はお暇致しましょう。……プル、行くぞ」

部屋を去ろうとする私たちを、ファリスさんが呼び止めた。

「お待ちになって」

「何でしょう?」

「プルさんと仰いましたね。……施術が終わりましたら、是非お友達になってはくれません?」

「え」

「同じぐらいの歳の人で、こんなに長く話したのは初めてでしたの。よくって?」

「……はいっ」

私は彼女に微笑む。その瞬間、あることに気付いて、血の気が一気に引いた。
184 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/03(木) 19:28:46.86 ID:2/zsC842O




右手首に、アミュレットがある。




185 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/03(木) 19:29:43.47 ID:2/zsC842O
#

「……どうした、さっきから黙ってるが」

私たちは旧市街に向けて歩く。しかし、着いてほしくないという想いが足取りを鈍らせていた。

「分からないんです」

「クドラクの犯行が、ファリスの意思かどうか、か?」

「はい。……彼女と話していて、しっかりとした、強い心を持った子だと思いました。彼女が人殺しなんてするはずがないって。
でも……去り際、彼女はアミュレットを着けていた。私がランパードさんを呼びに下に行く前は、化粧台にあったのに」

「見間違いじゃねえだろうな」

私は首を振る。そうだったら、どんなに良かっただろう。しかし、間違いない。

そもそも、咳をしたタイミングがおかしかった。あの咳がわざととは思えないし、思いたくないけど……
私がアミュレットに触れるのを避けるためと考えたら、説明がついてしまう。

ランパードさんの目が鋭くなった。

「厄介だな。……もしファリスが自分の意思でクドラクになっているとしたら、それなりに頭は回る。あるいは……」

「私たちは警戒されてる?」

「かもな。エストラーダは信用しきっているが」

私は、騙されていたのだろうか?彼女の言葉に嘘があるとは思えない。でも……行動は確かに不可解だ。

空は茜色から藍色へと変わろうとしている。もう、迷っている時間は、ない。


ランパードさんが、急に空を見て叫んだ。

186 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/03(木) 19:30:19.60 ID:2/zsC842O



「上から来るぞ!!気を付けろっっっ!!!」



視線を上げる。そこには……僅かに歪んだ空が見えた。まさかっっ!!?


ドズンッッッッ!!!


私が駆け出すのと、私がいた地面にナイフが刺さったのは、ほぼ同時だった。


187 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/03(木) 19:33:10.42 ID:2/zsC842O
第10話はここまで。短めの10.5話を近いうちに投稿します。
188 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/03(木) 20:00:18.94 ID:2/zsC842O
キャラ紹介

ロペス・エストラーダ(68)
男性。164cm、60kgの小柄な老人。白髪だが髪量は豊か。口髭を生やしている。
重々しく上から目線の物言いをするが、高圧的ではない。モリブス政界では保守派であり、開放政策には徹底して反対の立場を貫いている。
調整型の政治家であり、平時においては有能。人望はそれなりに厚く、無頼衆に頼りがちな七貴族の中では相当にクリーンでもある。

ユングヴィ教団のネリド大司教との付き合いは深い。権力の源泉ともなっている。
実のところ、汚れ仕事はネリドらがやっている側面は否定できない。勿論、エストラーダもその点は認識している。その意味で清廉潔白ではない。

元の序列は第6位だったが、20年ほど前から政敵の変死などを受け勢力を拡大。現在の地位を手に入れる。
無論エストラーダの周辺は徹底して捜査されたが、何もなく無罪放免となった。
背景には初代クドラク(エストラーダの妻、レナ・エストラーダ)の暗躍があったのだが、その点をどこまでエストラーダが知っていたかは10話時点では不明。
1人娘で妻の忘れ形見、ファリス・エストラーダを溺愛している。
189 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/04(金) 21:04:40.14 ID:p7BjaNK9O




10.5話



190 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/04(金) 21:05:45.29 ID:p7BjaNK9O


お母様が亡くなられた時のことは、はっきり覚えている。


自ら、懐剣で喉を突く日の前の夜だった。お母様が、私の寝室に来たのだった。

「ファリス、起きてる?」

「むにゅ……なあに、おかあさま」

「貴女に、渡したい物があるの」

「え?」

お母様は、ベッドから起き上がった私に、アミュレットと綺麗なドレスをくださった。

「これ、なあに?」

「貴女が大人になってから、着てほしいの。お母様からの贈り物よ」

「なんでわたしにくれるの?」

お母様が急に私を抱き締めた。

「お母様はね、これから遠い所に行くの」

「どおして?」

「……そのアミュレットを着けてごらんなさい」

私は、言われるがままそれを着けた。手首には当然大きすぎて、肩まで行ってしまったけど。

そして、お母様は私の手を取った。


お母様の思考が、頭に流れ込んでくる。


まだ幼かった私には、それが何かほとんど分からなかった。でも、一つだけハッキリ分かったことがある。


お母様は、病気だ。それも、決して治らない病気にかかっている。

191 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/04(金) 21:06:34.15 ID:p7BjaNK9O


「……おかあ、さま?」


「ファリス。お父様に苦労はかけたくないの。だから、『お母様がお母様でなくなる前に』、先に逝くことにしたの」

「やだっ!!!わたし、おかあさまとはなれたくな…………」

お母様が、さっきより強く私を胸に抱き締めた。お母様の目は、涙で溢れていた。

「私だって、貴女やお父様と離れたくないの!でも、これは……定めなの。ベルチェル家に生まれた者の……」

「……やだよぉ……おかあさま、いかないでよぉ……!!」

「……貴女には、長く生きてもらいたいの。だから、これを使うのは、本当に必要な時だけ。……それで、お父様を助けてあげて。私の分まで」

「でもっっ!!」


お母様が、私の額に指を当てた。意識が、急に遠ざかっていく。


「20に……この夜……思い出せる……どうか……」


途切れ途切れの言葉が聞こえた。そして、私は……この数分間の全てを「忘れた」。
192 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/04(金) 21:07:08.12 ID:p7BjaNK9O
#

それが、お母様が使った忘却魔法と知ったのは、20になった半年前のことだ。


そして、私は全てを思い出した。お母様が何者であったのか。何故命を絶ったのか。


私が、何をすべきかも。


193 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/04(金) 21:08:17.25 ID:p7BjaNK9O
#

お医者様たちが帰って行くのを窓から見送り、私はベッドから起き上がった。
身体は鉛のように重い。お母様がかかったあの病は、私の命も奪おうとしていた。


それでも、やらなきゃいけない。お父様のために。そして、私のために。


私の身体は、生まれついて弱かった。お父様は、私を心配して私を極力外に出さずに育てた。
多分、そんなに長くは生きられないとお医者様も仰っていた。これが私の定めなのだと、どこか諦めたように日々を過ごしていた。


それが、20の誕生日に全て変わった。お母様が、私に託したものの正体を知ったからだ。


戦慄しなかったか、というと嘘になる。お母様がお父様のために多くの人を殺めたと知った時、私は心臓が止まりそうになった。
しかし、お母様はそうやって、お父様を支えてきたのだ。そして、お母様は私にその役割を託した。
194 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/04(金) 21:09:05.77 ID:p7BjaNK9O


アミュレットを左手でさする。力が、一気に湧いてきた。


私は、生きていた証ヲ残したイ。それが何であレ、誰かの役にたっタという確かな手応エを得たかっタ。


お母様ハ、これを使いすぎるナと言っていタ。「自分が自分でなくなル」「命を削ル」と。
それハ、間違いナイことだっタ。意識ガ消え、見知らヌ誰かヲ殺めルことガ増えてキタ。
それでモ、奇跡的ニ私を治せル医者が現れタ。まダ、時間ハあル。


クローゼットに向かイ、ドレスを手ニ取ル。


殺サねバならなイのは、あの人ダ。プルミエール・レミュー。彼女が生きてイレば、いつカはお母様ノことハ明らカになル。
そしテ、彼女ハ……医者ト共に現レた。理由ハ分かラナい。でモ、変装していタのは分かっタ。マナが、同ジだっタかラ。
お父様は、彼女ヲとてモ警戒しテイた。お父様にトッテ、彼女ハ……生キテイテハナラナイ存在ダ。


オ父様ハ、私ガクドラクとイウコトをシラナい。ソレでイイ。
ソシて、コレが……サイごノコろシダ。

195 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/04(金) 21:09:56.62 ID:p7BjaNK9O


プルミエールさん、貴女とはもっと別の形で出会いたかった。「追憶」さえなければ……こんなことをしなくてもよかったのに。


……涙が、一筋流れ……


ワタシハ、クドラクニナッタ。


196 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/04(金) 21:22:03.74 ID:p7BjaNK9O
第10.5話はここまで。

補足しますと、彼女の母親はかなりの魔術の素養がありました。彼女もそれを受け継いでいたため、マナからプルミエールを判別できたというわけです。

後半、カタカナ混じりで読みにくくて申し訳ありません。アミュレットと脳腫瘍による精神侵食と人間性の喪失を表現したつもりです。
197 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/04(金) 21:43:06.85 ID:p7BjaNK9O
レナ・エストラーダ(享年32)

女性。ファリス・エストラーダの母。旧姓はベルチェル。30年前に「闇に潜った」貴族、ベルチェル家の最後の当主。
ベルチェル家は暗殺者を多く抱えていたが、当のベルチェル家も暗殺者の一族であった。
権力争いに破れたことで表舞台から姿を消し、裏社会で生きるようになる。
なお、アミュレットとドレスは大昔の装束だったが、副作用の大きさから使うことは厳に禁じられていた。

レナもまた暗殺者として育った。忘却魔法などを使えるのもそのため。
ロペス・エストラーダは元々彼女の標的であったらしい。色々あって雇い主を裏切り、歳の離れた彼の妻となる。愛情は本物だったようだ。
それが故に、当時微妙にうだつが上がらなかったエストラーダを暗殺によって助けるようになる。その際に、禁忌となっていた「遺物」に手を付けた。
結果、アミュレットの副作用で病気(脳腫瘍)を発症。精神に異常を来たし始めていたこともあり、手遅れになる前にと自殺した。

普段は無口だが優しい女性であり、よき妻でありよき母であったようだ。
198 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/09/04(金) 21:43:29.98 ID:mKokXJjl0
199 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/07(月) 21:36:31.50 ID:EdEU0WzCO



第11-1話



200 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/07(月) 21:37:09.96 ID:EdEU0WzCO

誤算だった。まさか素性を知られているとは。
そして、ファリスの意思は存外に強い。俺ともあろう者が、完全に甘く見ていた。

ベルチェル家は、当主を失ってもなおベルチェル家だったということか。
暗殺者としての血筋か、はたまた幼い頃の薫陶か、あるいはあのアミュレットのせいか……とにかく、ファリスの殺意は本物だ。

プルミエールは既に逃げ出している。しかし、彼女は所詮魔法使いだ。身体能力は一般人にも劣る。


……不本意だが、俺が壁になるしかねえな。


腰に下げている刀に手をかける。「遺物」でこそないが、ランパード家に伝わる大業物だ。

ナイフが地面から引き抜かれた。歪みが大きく動こうとした時こそ、最大の好機!


ザッッッ!!!


大きく右足を踏み込み、腰の回転を使って「剣から鞘を抜く」。十二分に加速された初撃は、一撃必殺の威力を以てファリス……いや「クドラク」の背後を斬った。


そのはずだった。


201 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/07(月) 21:37:36.25 ID:EdEU0WzCO


「なっ??」


……手応えが……ない??


いや、違う。まるで風にたなびく布を斬ったかのように、威力が減じられている!?

202 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/07(月) 21:38:42.22 ID:EdEU0WzCO
クドラクが、こちらを向いたのが分かった。


「ジャマスルナ、イシャ」

「ぐっ……行かせるかよっ!!」

日は徐々に沈み始めている。これ以上暗くなると、完全に姿は把握しきれなくなる。足止めできるのは、今しかねえっ!!

俺は逃げ出すクドラクを追いながら詠唱を始めた。プルミエールはさっきの一撃のお蔭で10メドほど先にいる。間に合うはずだ……多分。

「星の力よ、我に力をっ……重力波(グラビディ)っ!!!」

プルミエールに追い付きかけていたクドラクの足が急に止まる。上手く行ったっ!!
荒事はあまり得意じゃねえが、これだけは自信がある。
重力波。見えない波動を当てることで、相手の動きを著しく鈍らせる。これと居合術の組み合わせは、幾度となく俺を助けてきた。

逃げるんじゃねえぞ、今度は確実に斬……


ズズッッ


「……嘘だろ!!?」


クドラクが、プルミエールを追おうとしている。もちろんさっきよりは遅い。しかし……それでも成人女性並みの速さで、彼女を追い始めた!?

「ぐっ……」

俺は刀を握る右手に力を込めた。重力波の効果はそう長続きしねえ。それにしても、あれだけの短時間で動けるようになるとは……怪物だ。

それでも、もう一撃……!!


ズバッッッッ!!!!


脇腹を、熱い物が貫いた。……短刀だ。迅、過ぎる。

203 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/07(月) 21:41:07.90 ID:EdEU0WzCO


「ぐあっっっ!!!」


「ジャマスルナ、トイッタ」


貫かれた場所の傷を押さえる。内臓まで傷は行っていないが、それでも苦痛は苦痛だ。
治癒魔法で血を止めにかかったが、それでももう俺が奴を追うことはできねえ。……完敗だ。

「常識……外れだろうがっ……!!」

プルミエールの姿はかなり小さくなった。クドラクが作る空間の歪みも遠ざかっちゃいるが、一応足止めという目標は達成できた、か。

この分なら、プルミエールは噴水前に辿り着けるだろう。そこからは、ワイルダ組の連中がひたすら遠距離攻撃を仕掛けながら、袋小路にクドラクを追い詰めていく、らしい。
上手く行くかは知らねえ。ただ、最後に魔王エリックが控えているらしいのは分かった。俺に知られたくない、本領を以てクドラクを討つわけか。

しかし……俺の想像以上にクドラクは強い。あんな速度だとは、思いもしなかった。

そして……もう一つ分かったこと。それは……


クドラクは理性のない獣ではない。


204 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/07(月) 21:41:35.00 ID:EdEU0WzCO
奴は俺を「医者」と言った。俺をちゃんと認識できているということだ。
そして、この脇腹への一撃。……恐らく、わざと急所を外している。

なぜか?俺に死なれちゃ困るからだ。クドラクは生きたがっている。自分を治す医者を殺しては本末転倒だ。

つまり……思考能力はちゃんとある。ということは、袋小路で罠を張るエリックの作戦は……見透かされ得る。

「クソがっ……」

俺は何とか立ち上がった。どこに追い詰めるかまでは聞かされてはいねえ。しかし、このままでは、多分……


作戦は失敗する。


205 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/07(月) 21:44:04.13 ID:EdEU0WzCO
短いですが第11-1話はここまで。この回は複数視点で展開します。計5〜6パートです。
第12話から、少しずつエリック視点を増やす予定です。
206 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/07(月) 21:51:56.44 ID:EdEU0WzCO
技・魔法紹介

「重力波」
重力魔法。見えない波動を相手に当てることで、一時的に対象にかかる重力を2倍とする。使い手はかなり限定されており、ランパードはじめ数えるほどしかいない上級魔法。
詠唱を伸ばすことで重力量を増やすことが可能。今回は詠唱時間が取れなかったため2倍どまりだったが、それでも並の相手ではろくに行動ができなくなる。
ランパードは重力波→居合斬りの連続技を得意としており、これだけでかなりの相手を斬っている。

2倍の重力でクドラクが動けたのはランパードの計算外であったが、3倍以上なら目的は達成できたかもしれない。
なお、ランパードの真の切り札はまだ温存されている。
207 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/09/07(月) 22:45:50.62 ID:7ohpvFRI0
乙乙
208 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/10(木) 20:35:41.27 ID:Q6atrxSlO




第11-2話




209 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/10(木) 20:36:35.12 ID:Q6atrxSlO

「来たかい」

「ああ、デボラ義姉さん。向こうから走ってくる」

義弟のラファエルが鼻をひくつかせた。あたしは視線を落としたまま呟く。

「走ってくる?」

「ああ。誰かに追われてるみたいだ」

「プルミエールは今どのへんだい」

「ここから100メドぐらい。もうすぐ着く」

「いきなり異常事態だね」

あたしはサッと手をあげた。身を潜めていた組員たちが、噴水の周りにいる一般人たちを追い出しにかかった。
この辺りはワイルダ組のシマだ。往来はある程度あたしらの好きなようにできる。
だからこそ、ここを作戦の視点にした。周囲への被害は、最小限に抑えたい。

にしても、本来はここでクドラクが来るのを待ち伏せるはずだった。既に追われているのは、かなり計算外だ。

「クドラクがどこにいるか分かるかい?」

「いや、匂いがしない。血の臭いなら、ここから200メドぐらい離れた所に1人。まだ生きてる」

「匂いすら残さないのかい……厄介極まりないね」

掌に汗が滲む。面倒な、一銭にもならない頼みごとを引き受けたもんだ。
だけど、これはワイルダ組にとって必要なことだ。うちのシマを好き放題荒らす怪物は、始末しなきゃいけない。


そして、何より……あたしのためにも。
あれは、あたしの仇かもしれないのだから。

210 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/10(木) 20:37:20.29 ID:Q6atrxSlO
#

父さんと母さんが消えたのは、15年前のことだ。当時から冒険者として十分な名声を得ていた父さんと母さんは、モリブス統領府からの依頼も多く請け負っていたようだった。

その中の一つに、オルランドゥ大湖の調査がある。直径最大1200キメド、北ガリア大陸の中央に位置する巨大湖だ。
その全貌は謎に包まれている。湖の水は多くのマナを含み、そこで生きる生き物は超常のものも少なくないと聞く。
湖にある島から「遺物」が発見されたこともあるという。しかし、恐ろしく危険なため、十分な調査はほとんどなされていない。
かつては湖ではなく、巨大な空洞であったとも言われているけど。

とにかく、父さんと母さんは度々オルランドゥ大湖に赴いていた。2人が消えた日も、いつもの調査と変わらなかった。妙に険しい、父さんの顔を除いては。

『どうしたの、父さん』

『……デボラ、今回は帰りが遅くなるかもしれない』

『……?どういうこと?』

父さんは一瞬言い淀んだ。

『少し、調査範囲を拡げようと思ってね。もし、1ヶ月して帰らないなら、ジャックの元を訪ねるといい』

『……危ないの?』

ハハハ、と父さんは笑った。

『いや、少し遠出するだけだ。きっと戻るから、心配しないでくれ』

父さんが何か隠しているのは、何となく分かった。当時のあたしは15歳。既にジャックさんから、初歩的な魔術も教わり始めていた。物の道理は、ある程度分かる。

『……帰ってきてね』

父さんは笑いながら、母さん譲りの銀髪をくしゃくしゃとやった。



それが、父さんとの最後の会話だ。


211 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/10(木) 20:39:14.75 ID:Q6atrxSlO
父さんと母さんが消え、悲しみに打ちひしがれているあたしたちの耳に、ある噂が入ってきた。


それは、2人を殺したのは、「クドラク」ではないか、ということだ。


クドラクの話は聞いていた。要人ばかりを狙う、見えない殺人鬼。正体は一切不明。手掛かりもない。
噂を聞いた時、まさかと思った。しかし、ジャックさんの元にベーレン侯が来た時、漏れてきた2人の会話はその噂を補強するものだった。


『殺されたとすれば、相手はクドラクか『六連星』だろう』


「六連星」が何かは、今でも知らない。ジャックさんにそれとなく聞いたけど、はぐらかされた。
ただ、クドラクが父さんたちを殺したかもしれないと聞いて、あたしの心に暗い炎が点った。


しかし、それからすぐに……クドラクの活動は止まる。やり場のない怒りを抱えながら、あたしは15年生きてきた。

212 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/10(木) 20:40:36.98 ID:Q6atrxSlO
#


そして、クドラクは再び現れた。仇かどうかは分からない。しかし、心の暗い炎が再び燃えるには、十分だ。


ラファエルの目が鋭くなる。駆けてくるプルミエールの姿が、ハッキリと見えた。

「来たぞっ」

彼女の背後に目を凝らす。辺りは少し暗くなったが、空間の違和感は視認できた。
プルミエールとの距離は……2、30メド。その差は急激に詰まっている。

猶予はない。あたしは立ち上がった。


「野郎どもっっ!!撃てっっ!!!」


一般人に変装していた組員が5人、一斉にハンドボウを構えた。プルミエールが噴水前を通り過ぎると同時に、姿を隠しているクドラクに矢が放たれる!!


パサパサパサッ


「え」


矢が……通らない?外れたんじゃなくて?何かに当たった矢は、枯れた小枝のように地面に落ちる。


「冗談、だろ?」


鎧を中に着込んでるとでも?いや、それじゃあの俊敏な動きは理解できない。あの耐久力……「遺物」の力かっ!?

クドラクは矢に構わずプルミエールを追う。その差はもう5メドまで詰まっていた。
213 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/10(木) 20:41:22.61 ID:Q6atrxSlO


まずいっ!!


「ウィテカーッッ!!!」


あたしは叫ぶと同時に駆け出した。懐にある「魔導銃」を握り、力を込める。
マナ量に比例した「魔弾」を放つ代物だ。あたしなら、一撃必殺の威力になる。

そして、フードを被ってベンチに座っていたウィテカーが、姿を見せた。その姿は……プルミエールに瓜二つ。

あたしたちが足止めのために用意した、もう一つの手段だ。

「…………!!?」

クドラクの移動速度が鈍った。一瞬でもいい、銃を撃つだけの時間を稼ぐっ!!
彼女に変装したウィテカーも、クドラクに向けて走り出す。彼が懐剣を抜いた。

「姉さんっ!!!」

「……コシャクナッッ」


ザシュッッ!!!


……短剣が、ウィテカーを貫いた。


「……姉、さん、今、だ」


崩れ落ちようとするウィテカーに向けて叫びたくなる気持ちを、何とか抑えた。
これは、彼が作った隙だ。それを逃す手は、ない。

あたしは引き金に手を掛ける。


「うおおおおおっっっっ!!!」



ドォォォンッッ!!!


214 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/10(木) 20:41:59.01 ID:Q6atrxSlO
魔導銃から放たれた「魔弾」はクドラクの側面を直撃した。歪みが数メド吹っ飛ぶ。



仕留めたと思ったあたしの喜びは、すぐに絶望へと変わった。



215 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/10(木) 20:42:32.33 ID:Q6atrxSlO


……ゆらり


クドラクは立っていた。空間に、右膝から下が浮かんでいる。傷は負っているようだけど……致命傷じゃない。


「……あ、ああ……」


ゆっくりとクドラクはあたしに近付いてくる。ウィテカーは倒れたまま動かない。早く彼の元に行かなきゃいけないのに、恐怖で身体が……動かない。


「……ジャマダ」


来るべき衝撃に備え、あたしは身を屈めた。

216 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/10(木) 20:43:07.35 ID:Q6atrxSlO

しかし、クドラクは……あたしを素通りすると、再び凄まじい勢いで駆け出した。

「……え?」

何が起きたのか、理解ができなかった。振り返ると、プルミエールの姿は遥か向こうだ。彼女を見失うのを恐れた?

何にせよ、助かったらしいのは確かだった。ウィテカーの元に行くと、夥しい出血で地面が濡れている。「時間遡行」なしでは助からないだろう。

あたしは精神を掌に集中した。幸い、刺されてからは間もない。出血量は酷いけど、何とかなる。そう信じた。

プルミエールはまだ逃げているはずだ。結果的に、時間は稼げたことになる。
217 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/10(木) 20:43:43.43 ID:Q6atrxSlO




最後の頼みは……エリック、あんたしかいない。




218 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/10(木) 20:47:14.97 ID:Q6atrxSlO
第11-2話はここまで。11-3話は多分プルミエール視点で短めです。
219 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/10(木) 20:57:06.14 ID:Q6atrxSlO
設定紹介


オルランドゥ大湖

北ガリア大陸中央に位置する巨大湖。直径は最大1200キロにも及ぶ。ほぼ円のような形であり、水はマナで溢れている。
オルランドゥ魔術都市は、大湖の恩恵を強く受けた都市でもある。

湖の全貌は謎に包まれている。湖には幾つか島があるようだが、人工物があるなど不自然な点も多い。島から「遺物」が発見されたとの噂もある。
湖の生物はどれも巨大で凶暴。湖畔近くは安全だが、中央に行くに従い危険度は指数関数的に上昇する。

多くの冒険者が湖に挑んでは散っているが、巨万の富が得られるかもしれないことから湖に赴く者は後を絶たない。
北ガリア大陸の各国家も調査団を派遣しているが、その成果は徹底して秘されている。
ただ、十分な成果を得られたと判明している事例は、今のところない。
220 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/10(木) 21:05:05.28 ID:Q6atrxSlO
言うまでもなく、オルランドゥ大湖=「穴」です。
ただし塞がれたのではなく湖と化しています。この全貌が明らかになるとすれば、本作からさらに500年以上はかかるでしょう。
なお、jもここに生息していますが、彼女が登場することは多分ありません。
221 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/11(金) 20:47:48.34 ID:n3eshWjqO




第11-3話




222 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/11(金) 20:49:20.69 ID:n3eshWjqO


「はあっ、はあっ、はあっ」


全力で脚を動かす。視界は涙と汗で滲んでいた。
地面を蹴る足音は聞こえない。しかし、後ろから何かが猛烈に迫ってくる予感だけは感じた。


心に過るのは、恐怖と……その倍の後悔。……なぜ私は、あの時ファリスさんに対してもっと強く出なかったのだろう?


私は彼女の前で、クドラクのことを一言も言わなかった。
警戒されたくなかったから?違う、私は彼女がクドラクだと思いたくなかった。だから、あんな迂遠な言い方で彼女を探ってしまった。

止める機会は幾らでもあった。アミュレットを手に取って彼女が咳き込んだ時、見捨てていれば?戻って彼女がアミュレットを着けているのに気付いた時、無理矢理彼女のベッドに向かっていれば?


そうしなかったのはなぜか。……答えは出ていた。

223 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/11(金) 20:49:57.58 ID:n3eshWjqO


「ぐあっっ!!!」


後方から、ランパードさんの叫び声が聞こえた。私は振り返ろうとして、寸前でやめた。

遅くなるから?違う、ランパードさんが傷付いたのを、確認したくなかったからだ。そして、追ってくるのがファリスさんであるという事実も。


私は、何て情けない女なんだろう。
こんなに事実から目を背けようとしている人間が、真実を知る魔法を使う?



……お笑いだ。


224 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/11(金) 20:54:19.06 ID:n3eshWjqO
それでも、逃げないと死ぬ。モリブス旧市街の噴水が見えてきた。せめて、作戦だけは遂行しないとっ……!!

カフェにいるデボラさんが立ち上がったのが、視界の端に見えた。


「野郎どもっっ!!射てっっ!!!」


ワイルダ組の組員たちがハンドボウを構える。そして、一斉に矢が放たれた!


しかし、デボラさんの表情はすぐに固まる。そして、私に向けて駆け出した!?


まずいっっ、もう差は……ほとんどない。


「ウィテカーッッ!!!」


私に変装していたウィテカーさんが姿を現す。

私は息切れして倒れそうになるのをこらえた。ここで倒れたら、全て無駄になってしまう。
目的の袋小路までは、あと300メド。それまでは、何がなんでも辿り着かなきゃ!!


後方で「ドォォォンッッ!!!」という炸裂音が聞こえた。デボラさんが何かしたんだ。

ひょっとして……と思って振り向く。しかし。
225 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/11(金) 20:54:59.89 ID:n3eshWjqO


タタタタタタッッッ


片足だけが、凄まじい勢いで地面を蹴って私を追ってきている。


その異常な光景に、私は戦慄した。明らかに、この世のものじゃない。

226 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/11(金) 20:55:46.43 ID:n3eshWjqO
まだクドラクとの距離はある。でも、息切れが酷い。もう、体力は……限界だ。
「幻影の霧」を使おうにも、これじゃまともに詠唱なんてできやしない。その場に立ち止まれば、どんなにか楽か。


絶望が、私の身体を覆い、押し潰す。


「ワンッ、ワンッ!!!」


……犬?振り返ると、大型犬がクドラクの脚に噛み付こうとしていた。


「……え?」

「グッッッ!!?」


どういうことだろう?しかし、クドラクの脚は止まった。

今の隙に!!私は、最後の力を振り絞る。目的の袋小路が見えてきたっ!!


「ソコニナニカイルナッッ!!?」


ファリスさんが……いや、クドラクが叫ぶ声が聞こえる。私との距離は、もう10メドもない!!
路地の入口まで、残り5メド……間に合って、お願いっっ!!

227 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/11(金) 20:56:35.02 ID:n3eshWjqO

その刹那。路地から黒い影が飛び出てきた。手には短剣が握られている。


「小娘、よくやった……あとは俺が殺る」


「エリック!!?」


彼は私を路地に弾き飛ばすと、低い声で呟いた。





「加速(アクセラレーション)10 音速剣」




228 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/11(金) 20:57:04.27 ID:n3eshWjqO




ザンッッッッッッ!!!!!




周りの家の壁が、真っ二つに切断される。……そして。




クドラクは……ドレスが破れた状態で、はるか後方に吹っ飛んでいた。




229 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/11(金) 20:58:16.78 ID:n3eshWjqO
第11-3話はここまで。次回、ようやくもう一人の主人公のエリック視点です。

なお、犬についてはちゃんと理由があります。
230 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/11(金) 21:16:13.83 ID:n3eshWjqO
武器紹介

「フローラのドレス」

1級遺物。ドレスとあるが身体全体を覆うクロークのような形状であり、周囲の風景と同化させる作用を持つ。
よく見ると周囲とはやや違和感があるが、それでも夜なら判別は至難。
着用者の姿は見えなくなるが、内部からは外が見えるようになっている。極めて軽量。
それだけではなく、一定時間宙に浮くことも可能になる。
ファリスはこれを利用し、自室の窓から飛ぶことで自宅を抜け出していた。帰る時にもこの能力を使っている。

その隠密能力、飛行能力に加え、布とは思えないほどの耐久性が一級遺物である所以。
少々の衝撃なら簡単に吸収する。着用者に致命的打撃が与えられると、その程度に応じてドレスが肩代わりする。
この観点からすると、デボラの攻撃は十分な攻撃力があったことになる。無論、エリックの「音速剣」は言うまでもない。
231 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/09/12(土) 13:31:01.79 ID:6Flt5Rnt0
232 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/13(日) 20:43:09.86 ID:Wb+JqVAEO




第11-4話



233 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/13(日) 20:43:55.72 ID:Wb+JqVAEO


俺がまだガキの頃の話だ。


俺は父上と鹿狩りに出ていた。魔法の実践も兼ねたものだ。
3頭を仕留めて得意気になって帰ろうとした時、それは起こった。


グロロロロロ……


地響きのような唸り声が聞こえた。魔獣??でも、今の自分ならっ!

そんな俺の肩を、父上は押さえた。

『何をするんですか、父上』

『相手が何物か分かっているのか』

『分かりません。でも、俺なら……』

ギロリと睨まれ、俺は硬直した。

『阿呆が。死ぬつもりか?』

『え……何がいるのか、御存知なのですか』

『いや、確信はない。だが、状況を判断しろ。全てにおいて、現状の把握が全てに優先する。……狙いは鹿だろう、置いて立ち去るぞ』

『でもっ、勿体無くは……』

『命より優先されるものはない。俺たちが殺られる可能性は、ゼロではないのだから』

あの勇猛で途轍もなく強い「魔王ケイン」にしては、あまりに臆病なんじゃないか?少しの落胆と共に、俺は背中に背負っていた3頭の死骸を置いた。


その時だ。


『逃げるぞっ』


父上が、俺の手を引いた。次の瞬間。


ゴオオオオッッッ!!!!


上空から炎のブレス??父上がいなければ、丸焦げになっていた。
見上げるとそこには……巨大な紅い龍。


『『加速(アクセラレーション)』だっ!!!』


父上に言われる通り発動する。紅龍はあっという間に小さくなった。

『はあっ、はあっ……す、すみません、父上……』

『言わぬことではない。あれは紅蓮龍『シューティングスター』だ』

『え』

『勝てぬ相手ではない。だが、お前を守りながら戦うのは、困難と察した。
唸り声の質から、奴である可能性をまず考えた。そして不安定な足場、そしてお前の存在。総合的に判断すれば、『加速』を使った逃亡が最善だ。
何も考えずに突っ込むことは勇気ではない。蛮勇だ』

静かに、しかし重く父上は言う。返す言葉もない。俯く俺に、父上は続けた。

『攻めることが悪いわけではない。だが、状況を冷徹に判断しろ、ということだ。何を優先すべきか、誰を救うべきか。その成功可能性はいかほどか。
戦でも政でも、その判断こそが全ての基になる。忘れるな』

『……はい』
234 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/13(日) 20:44:23.62 ID:Wb+JqVAEO
#


その時の記憶は、今でも鮮明に残っている。
父上があれからすぐ後に「サンタヴィラの惨劇」を起こしたから、なおさらだ。


235 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/13(日) 20:45:19.28 ID:Wb+JqVAEO
#

小娘の姿と、その背後にいるクドラクを目にした時、俺は咄嗟にあの時のことを思い出していた。

本来、小娘が路地に逃げ込みクドラクがそれを追ってきたのを迎撃する予定だった。しかし、小娘の体力はもうもちそうもない。
全身が消えているはずのクドラクの右足だけが見えているのも奇妙だった。既に、戦闘は行われていると見るべきだった。

この作戦は、クドラクが見えないことを前提としたものだ。だが、姿が一部とは言え見えるのなら……攻撃方向を限定した、無差別攻撃は必要ない。
何より、もう一刻の猶予もない。小娘を死なせないためには……


ダッッッ!!!


今出るしかない。


「小娘、よくやった……あとは俺が殺る」


「エリック!!?」


俺は小娘を路地へと弾き飛ばす。クドラクは、すぐそこまで迫っていた。


剣を構え、小さく呟く。



「加速(アクセラレーション)10 音速剣」



短剣を薙ぐ。音速まで加速されたその素振りは、衝撃波となり前方にあるもの全てを破壊する。
効果は絶大だ。しかし、細かい狙いが付けられない。だからこそ、路地へと誘い込む手筈だった。

だが、大まかな場所さえ分かっていれば……問題はないっっ!!



ザンッッッッ!!!!!



見えない斬撃が家の壁を両断した。そして、クドラクは……後方へと吹っ飛ぶ。

236 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/13(日) 20:46:49.24 ID:Wb+JqVAEO


殺ったという安堵は、束の間のものだった。
ドレスが散り散りになったのを見て、強烈な違和感をおぼえたのだ。


……なぜ身体が両断されない!!?


「エリック!!!」

「出るな小娘!!終わっては……」

237 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/13(日) 20:47:27.20 ID:Wb+JqVAEO


ゆらり


クドラクが立ち上がった。痩せ細った手足。下着だけの身体には、肋が浮いている。
髪は前へと垂れ下がり、それはまるで、伝承上の……


「……幽鬼だ」


238 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/13(日) 20:48:26.09 ID:Wb+JqVAEO

それは無言で俺に猛烈な勢いで向かってくる!!


そんな馬鹿なッ!?あれを食らって生きていることなどっ!!!


ギイィィンッッ!!!


振り下ろされた懐剣を受ける。激しい衝撃が、腕と肩に走った。
この身体で、この膂力。……おかしい。これが、「遺物」の力なのか??


「ジャマヲ、スルナ」

「……死に損ないがっ!!」

身体を捻りながら力を逃す。速度、膂力ともに人外のそれだが、技術では俺に及ばないのは組んでみて分かった。

後方に跳びながら首筋に横薙ぎを入れる!


ヒュンッッ


首だけを器用に後ろにずらした、だと!?

反応速度が、人間のそれではない。「加速」の2倍速を常に使っているような動きだ。

さっき、極一瞬だけ「10倍速」を使った俺の消耗を考えると……かなり厳しい相手だ。長引かせることはできない。
239 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/13(日) 20:49:31.23 ID:Wb+JqVAEO


「……加速(アクセラレーション)2」


一気に踏み込む。持続時間は、「2倍速」ならせいぜい15秒!この間に、決着を……


「ニィ」


下から懐剣が跳ね上げられた!?俺はそれを僅かに交わす。
もう一度首筋に剣を振り下ろすが、これも僅かに外された。やはり、理外の動きだ。……ならばっ!

振り下ろした右腕の陰に、左拳を隠す。怪物とはいえ女にこれを叩き込むのは惨いが、もはややむを得ないっ!!

右脚の親指に力を入れ、そこを起点に腰をさっきとは逆方向に回す。左拳の先にあるのは……クドラクの肝の臓だ。


ダーレン寺流奥義が一つ……「零勁」。


ドグンッッッッ!!!!


「カハッ!!?」


クドラクの身体が、崩れ落ちる。身体の内部に力を送り込む「零勁」を、2倍速で撃ったのだ。立てる存在は、いない。いるはずが……


ビッッッ!!!


「何ッッッ!!?」


予想外の反撃。頬に、熱い痛みが一筋流れた。
思わず再び距離を取る。口元から血を流しながら、クドラクは……嗤っていた。


「……イタミハネ、モウカンジナイノ。コノカラダハ、モウコワレカケ。
……ダカラ、アナタノコウゲキハ、イミガナイ」

どういうことだ?ファリス・エストラーダの意思は、もうないのか?
240 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/13(日) 20:50:14.73 ID:Wb+JqVAEO
もう一度、攻撃を仕掛けるべきか。俺は逡巡していた。

もう「加速」の効果は切れる。効果が切れたなら、クドラクの攻撃に反応するのは……恐らくはできない。
だが、痛みは感じずとも打撃は与えているはずだ。さっきのような超反応ができるとは思えない。……思いたくもない。


刹那、クドラクが動いた。


迎撃する!そう思い、構えた俺の横を、奴は嗤いながら通り抜けた。


「しまったっっ!!!」


奴の狙いは……路地の奥にいる小娘かっっ!!!


奴の動きは若干鈍ってはいたが、それでも一瞬反応が遅れた。「加速」の効力はまだ残っている。しかし……追い付けるのか??


振り向いて後を追う。路地の入口から、怯えている小娘の……プルミエールの顔が、月光に照らされた。


「オワリヨ」


241 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/13(日) 20:50:47.47 ID:Wb+JqVAEO


何を救うべきか、何をすべきか。父上の言葉が、脳裏を過る。
今から追っても間に合わない。しかし……


俺は、右手を振りかぶった。


ザクッッッ!!!!


投げ付けた短剣が、クドラクの肩口に突き刺さる。致命傷ではない。それでも動きは、僅かに止まった。


その時間だけで、俺にとっては十分だ。大きく踏み込み、右脚の親指で地面を「噛む」。……そして。


ドグンッッッッ!!!


2発目の「零勁」を背中に受け、クドラクが「グッッ」と呻いた。俺は刺さっていた短剣を、思い切り上へと薙ぐ!!
242 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/13(日) 20:51:15.27 ID:Wb+JqVAEO



「それは、俺の台詞だ」



ザシュッッッ



アミュレットを着けた右腕は、懐剣ごと宙に舞った。



243 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/13(日) 20:53:52.36 ID:Wb+JqVAEO
第11-4話はここまで。エリックの戦闘スタイルは、短剣による攻撃と打撃を組み合わせた独特のものです。
遠距離では魔法もある程度使えますが、基本は「加速」を生かした超接近戦が得意です。
なお、「加速」には幾つかの秘密があります。

後で簡単な多数決を取ります。
244 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/13(日) 21:06:50.72 ID:Wb+JqVAEO
技・魔法紹介

「音速剣」

「加速」の10倍速を極一種使い、剣を振るうだけの技。しかしその速度は音速をゆうに超えるため、それに伴う衝撃波が発生する。
これを以て広範囲を攻撃するのがこの技の骨子である。ただ、その性質上対象は無差別にならざるを得ず、細かい狙いも付けられない。
エリックが最初袋小路に呼び込もうとしたのは、確実に音速剣の衝撃波を当てるためだった。

「加速」の使用時間は極僅かだが、10倍速のため魔力の消費は激しい。撃てる回数は(他に魔法を使っていないという前提で)現状2回が限度。
威力は高いが使い勝手が難しい技で、エリック自身これを使ったことは数えるほどしかない。

なお、「加速」使用中の打撃力は通常より大きく跳ね上がっている。
このため、音速剣の直当てはかすった程度でも絶大な威力になる。
245 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/13(日) 21:15:52.55 ID:Wb+JqVAEO
多数決です。第11-5話の視点はどちらにしますか?
ストーリーの大枠には影響がありません。
(なお、第11話は短めの11-6話で終わります)

1 プルミエール
2 エリック

3票先取です。

何かしらご意見、ご感想があれば歓迎です。よろしくお願いします。
246 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/09/13(日) 22:13:45.93 ID:UpjIzAgq0
プルミエール
247 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/13(日) 22:44:19.01 ID:Wb+JqVAEO
上げます。
248 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/09/13(日) 22:52:02.37 ID:j6UVneLL0
1
249 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/09/13(日) 22:57:19.07 ID:oQJqPTEDO
乙です
1
250 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/15(火) 19:32:58.81 ID:mfBVGPEoO




第11-5話




251 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/15(火) 19:36:29.42 ID:mfBVGPEoO

目の前で、クドラクの右腕が飛んだ。鮮血が迸り、彼女はその場に膝から崩れ落ちる。


その向こうで、魔王が短剣を振りかぶったのが見えた。止めを刺そうとしているんだ。


「やめて!!!」


私の言葉に、月明かりに照らされた魔王の顔が訝しげに歪む。

「何故だ」

「これ以上傷付ける必要なんてないっ!!もう、『ファリス』さんは……」

彼女が戦えないのは、見て明らかだった。ハァ、ハァと浅い息をつきながら、左手で切り落とされた右腕の傷を押さえている。


そして、彼女が座る地面には……血の池ができていた。
もう、助からない。私にも、それが分かった。


魔王が短剣の血を拭い、鞘に納める。

「苦痛を長引かせるだけだ」

「……そうかもしれない……でも……少しだけ、話させて」

「何を話す」

「……何でこんなことをしたのか、せめてそれだけでも……」

クドラクが……いやファリスさんが顔を上げた。口元には微笑みがある。
252 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/15(火) 19:37:01.94 ID:mfBVGPEoO


「ありが、とう」


「え」

思いもかけない言葉に、私は固まった。

253 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/15(火) 19:39:33.18 ID:mfBVGPEoO
「やっと、終わりに、できた……いつか、止めてくれる人が……ごぷうっ……!!」

口から大量の血が吐き出された。

「もうしゃべらないでっっ!!……死んじゃう……!!」

「いい、の。……助からないことは、分かってる……」

ファリスさんの目の光が消えかかっている。


その時、魔王が彼女の背中に手を当てた。……掌が、黄色く光っている。


「気休めだ。生き延びるのはもう無理だが……数分、寿命は延びる」

彼女の呼吸が、少し穏やかになったように感じた。治癒魔法をかけたんだ。

「エリック……」

「話したいことがあるのだろう?そのぐらいの時間は作らせてやる」

「……ありがとう」

彼の優しさが、胸に染みた。でも、それに浸っている時間はない。

「……これは、あなたの意思なの」

彼女は、自嘲気味に笑った。

「そうとも言えるし、そうでないとも言えるわ……。私は、生きている証を残したかったし、お父様の役にも立ちたかった。
そして……貴女は危険だった。貴女の……『追憶』は、お母様が何者かを、暴いてしまう」

「エストラーダ候は、お母様の行いを」

「やはり、全て知ってたのね」

私は無言で頷く。ファリスさんが、憑き物が取れたように穏やかな表情になった。

「……お父様は、命令は、してないわ。でも、お母様がクドラクというのは、気付いていたと思う。私が、クドラクというのは……きっと知らないけど。
……とにかく私は、自分の意思で、クドラクになることを選んだわ。でも、すぐに自分が自分でなくなることに……気付いた」
254 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/15(火) 19:40:32.43 ID:mfBVGPEoO
「……それって」

ファリスさんの視線が、転がったままの右腕に向いた。

「あの、アミュレット……あれは、ベルチェル家にかけられた、呪い。かつての当主の意思が込められた、呪いなの」

私ははっとした。確か、彼女の母親の家って……

「まさか」

「……身に付けた者は、過去の当主の技術を受け継ぐの。そして、暗殺者としての業も。
……その末路は、人間性の喪失。脳の病と共に、自分が失われるの」

「あなた、そこまで知ってて、何でっ……!!」

「それで、いいと思っていた。このまま朽ちるくらいなら、と。でも、そう考えること自体……私は呪いにかかっていたのかも……ゴフウゥ!!」

再び、彼女は血を吐いた。

「ファリスさんっっ!!!」

「ハアッ、ハアッ……いいの」

視線が、魔王に向いた。

「……お願いが、あります……あのアミュレットを……壊して」

魔王は小さく頷いた。

「無論だ」

「……ありがとう」

声が弱々しくなっている。……もう、治癒魔法の効果が……切れるんだ。私の目から、涙が溢れた。
255 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/15(火) 19:41:24.04 ID:mfBVGPEoO


ファリスさんは、私の命を狙った。それでも……彼女もまた、犠牲者なのだ。あのアミュレットの。


「……プルミエール、さん」

彼女が声を絞り出した。だらんと垂れ下がった左手を、思わず握る。


「……ええ」

「……あなたとは……ちがう、かたちで……」

「ファリスさんっっっ!!!」



彼女から一筋、涙が流れる。最期の言葉は、聞き取れなかった。


256 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/15(火) 19:42:10.55 ID:mfBVGPEoO





泣き続ける私と、無言で立ち尽くす魔王と、ファリスさんの亡骸を、月光は静かに照らしていた。




257 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/15(火) 19:42:36.92 ID:mfBVGPEoO




第11-6話




258 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/15(火) 19:43:21.94 ID:mfBVGPEoO


いつか、こうなることは分かっていた。


もし地獄があるとするなら、私の末路はそこだろう。赦されようとは思っていない。
でも、薄れゆく視界の中、私の心によぎったのは……後悔だった。


私は、ずっとお父様のために生きてきた。私にとっての世界は、お父様だけだった。
だから、お父様のお役に立ちたくて、私は禁忌を犯した。それが二度と戻れない過ちだとしても。
そうすることが、私の生きている証になると信じていた。お父様の思念からクドラクの「活躍」を読み取る度に、私は例えようのない喜びを得られた。


でも、死と共に呪いから解き放たれようとする今なら、それはどうしようもない誤りであったと分かる。
そう思うことこそ、まさにアミュレットの呪いだったのだ。


お母様もまた、それに囚われていたのだろう。だから、アミュレットとドレスを私に託した。
お母様を恨む気持ちはない。ただ、なぜ呪いにかかってしまったのだろうという疑問はある。


それは決して、私には知り得ないことだ。
ただ、一つ言えるのは……私もお母様も、救われない存在であったという事実。


目が掠れる。目の前で、プルミエールさんが泣いている。貴女を殺そうとした、私のために。


259 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/15(火) 19:44:24.00 ID:mfBVGPEoO


……私も、貴女のように、縁のない人のために生きることができたのだろうか。
その可能性は、あった。たとえ残りの命が少なくても、多くの人と関わることはできた。


闇に生きるのを選んでしまったのは、私自身だ。そして、それから解き放ってくれたのは……貴女。もう……遅すぎたけど。


「……プルミエール、さん」


「……ええ」


彼女が左手を握ったのが分かった。もう、身体の感覚はさっきからなくなっているけど……その手の温もりだけは、はっきりと分かった。


「……あなたとは……ちがう、かたちで……」


プルミエールさんが、何か叫んでいる。もう、それが何かは分からない。


260 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/15(火) 19:45:08.03 ID:mfBVGPEoO


せめて、生まれ変わったなら。


貴女と、友達になりたい。叶わぬ夢だとしても。



261 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/15(火) 19:45:36.91 ID:mfBVGPEoO





そして、私の意識は、消えた。





262 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/15(火) 19:48:04.17 ID:mfBVGPEoO
第11-5、6話はここまで。


重苦しい話が続いたので、しばらく緩い感じにするかと思います。
第12話はエリック視点です。あるキャラが登場します。
263 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/15(火) 20:34:24.92 ID:mfBVGPEoO
武器・防具紹介

「聖人ディオのアミュレット」

2級遺物。ただ、ベルチェル家の血族以外では能力をフルに発揮できないためこの評価であり、ベルチェル家の人間が着けた場合は特級に迫る能力を持つ。
アミュレットとあるが腕輪のようなもので、宝石をあしらった豪奢な造りになっている。

夜限定で身体能力を爆発的に引き上げる効果を持つ。正確には着用者の脳のリミッターを外している。
このため、使用者の脳に非常に重い負担がかかる。脳腫瘍ができやすいのはこのためであり、精神面でも異常を来しやすい。
ファリスが一般人を殺害していたのもこのためで、倫理観が壊れていたからである。

また、ベルチェル家の歴代当主の技術や記憶を継承させる効果もある。
ベルチェル家自体は300年近く続いているが、これが使われていたのは最初の150年ほどであり、ある程度の地位を築いてからは着用は禁忌とされていた。
素人同然でろくに暗殺者としての教育を受けていないファリスやレナが凄腕の暗殺者然としていたのは、この技術継承の結果である。
魔法の素養が2人にあったのもこれに由来する。

なお、遺物が他人に渡ることをランパードは警戒していたが、ベルチェル家の人間以外には十全に使えない仕様のため結果的には杞憂だった。
264 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/15(火) 20:47:17.23 ID:mfBVGPEoO
キャラ紹介

ファリス・エストラーダ(20)

女性。ロペス・エストラーダ候の一人娘。長い金髪の女性で、鼻が高い整った顔立ちをしている。
病弱のため身体は痩せており、身体能力はアミュレットなしでは極めて低い。子供の頃から病弱で、「外に出たい」「父親の役に立ちたい」という想いが非常に強かった。
20の誕生日になり母親であるレナの死の真相を知ったこと、そしてアミュレットを着用してしまったことで運命が暗転する。

もっとも、アミュレットの副作用を知っていたとしても、彼女がその誘惑に抗えたかはかなり怪しい。
世界がエストラーダ邸の中で完結しており、対等な友人が遂にできなかったことが道を踏み外す原因となったと言える。
もし相談相手がいたなら、そして別の形で世界と関わることができたならば、彼女が「クドラク」となることはなかっただろう。

彼女自身の性格は極めて真面目であり、多少近視眼的ではあるが善良な性質だった。
もしアミュレットの「呪い」に囚われず、かつ健康であったなら良い為政者となっていただろう(ただし、理想主義であるため敵も多かっただろうが)。
265 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/15(火) 22:11:22.78 ID:mfBVGPEoO
余談ですが、アミュレットの元ネタは言うまでもなくアレです。
(変愚にはそのものズバリのアイテムが登場します)
266 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/09/15(火) 22:16:09.39 ID:8egode5DO
やっぱり元ネタはあれですか
乙です
267 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/18(金) 21:02:51.56 ID:TbDVBCa4O




第12話




268 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/18(金) 21:05:28.78 ID:TbDVBCa4O

鋭い南国の陽射しに、俺は思わず身を捩った。

体力はまだ回復しきっていない。「音速剣」に、2倍速での「零勁」2発。さらにその後も「腐蝕」を使っている。戻りきるまでには、あと1日はかかるだろう。
壁に掛かった時計を見ると、正午の半刻前だった。本当はまだ寝ていたかったが、部屋の暑さと明るさはそれを許しそうにもなかった。

「……ちっ」

舌打ちをしつつ、身体を起こす。やることは幾つもある。ワイルダ組の本部に、いつまでもいるわけにはいかない。

……そういえば、小娘は俺を起こしに来ていない。大体俺より早く起きているはずだが。

部屋を出ると、ラファエルの姿があった。

「やっと起きたんすね」

「小娘は」

「まだ部屋す。昨日は、色々ありましたから」

軽く鼻を鳴らして、彼は肩を竦めた。

「……寝ている、というわけではなさそうだな」

「まだ堪えてるみたいすよ。涙のしょっぱい匂いがしますもん」

「……馬鹿が」

小娘は、ファリス・エストラーダがクドラクになった経緯について、ある程度知っているのだろう。
それにアミュレットが関与していることも、薄々分かった。小娘なりに、ファリスに同情する面はあるのかもしれない。

だが、先に進まないと話にもならない。そもそも、誰が奴を救えたというのだ。

苛立ちと共に小娘の部屋に向かおうとした俺を、ラファエルが呼び止めた。

「あ、ちょっと待ってください。客人が来たみたいす」

「客人?」

「ええ。多分、あのエルフです。それと、もう一人……女すね」

「……女?」

エルフ……ビクター・ランパードか。あの一件の後、デボラの治療を受けたと聞いている。
その後どこかに消えたらしいが。女とは、奴の協力者か。

呼び鈴が鳴る。下の階にいるデボラが「なんだい」と不機嫌そうに言ったのが聞こえた。

「エリック、客だよ」

やはり俺に用か。俺は溜め息をついて、シャツのまま下に降りる。

「ランパードか、手短に……」



「あ、エリックだ!!」



269 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/18(金) 21:06:27.28 ID:TbDVBCa4O
緑髪の小柄な女が飛び付いてきた。俺はそれをひらりと交わす。
ドスン、と壁にぶち当たると「いてて……」と女が額をさすった。

「酷いじゃないですかぁ、20数年ぶりの再会ですよ?」

「お前のような女は知らんな」

「ひっどーい!絶対覚えてるよね?ねえ?」

「知らんものは知らん」

女はむくれるとランパードの方を見た。

「ビクター!何か言ってやってくださいよぉ!!」

「……姫、さすがにそれはねえよ。20数年ぶりに、それもガキの時以来会ってない知人にいきなり抱き付かれそうになったら、俺でも逃げるぜ」

「ビクターまで!?もう、こうなったらプルミエールのとこ行くもん……」

「やめとけ」

俺は険しい顔で女……エリザベート・マルガリータに言う。

「とても、そんなおちゃらけたノリに付き合う気分じゃないはずだ」

「……昨日のが理由ね」

「ランパードから聞いたか。クドラクを倒すための作戦を遂行していた」

「そりゃ知ってるよ、だって私も参戦したもの」

「「……何!?」」

俺とランパードの声が重なった。

「ちょっと待てトンチキ姫よぉ?そんなの一切聞かされてねえぞ?俺は今日あんたがこっちに来るって話しか……」

「あー、いや、嫌な予感したんだよねぇ。だから前日にこっそりこっちに来て、貴方の様子見てたわけ。
そしたらヤバそうなことになってるみたいだから、私のできる範囲でこっそりと、ね?」

……話が読めない。何かの魔法を使ったのは間違いないが……

「……こっそりって、何をしたんだよ」

「『憑依(ポゼッション)』を使った足止め。あのワンちゃんにはかわいそうなことをしたけど。
でも、あの怪物を倒せたのは、私のおかげでもあるわけですよ」

エリザベートがない胸を張る。
270 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/18(金) 21:07:22.26 ID:TbDVBCa4O
デボラが訝しげに彼女を見た。

「……このお子様、知り合いかい?」

「お子様じゃないですぅ。これでも27、適齢期の乙女なんですから。
あ、私エリザベート・マルガリータといいます。トリス森王国の第三皇女やってます。で、貴女は?いわゆる『姐さん』?」

「……あたしはデボラ・ワイルダだ。一応、この組を仕切らせてもらってる。
というかトリスの姫様まで来るとはどういうことだい?あのクドラクの件、そこまで大事なのかい」

ランパードが「あー」と苦笑した。

「いや、ここに来たのはそれだけじゃねえんだけどな。聞いてるかもしれねえが、嬢ちゃん……プルミエール・レミューは狙われてる。
モリブスのラミレス家含め、各国政府に。エストラーダ候は全く別の事情で消したがっていたようだが」

「各国政府に??エリックが連れてきた時点でただの娘じゃないとは思ってたけどねぇ……」

「で、トリス森王国は彼女を保護したい。で、俺だけでなく彼女……エリザベート皇女も協力することになったってわけだ。元々、オルランドゥ魔術学院では御学友だったしな」

エリザベートが真顔になった。

「そういうことです。プルミエール・レミュー嬢はさる理由で我が国にとっては重要な人材です。
そこで、トリスとしてはでき得る限りの支援をしたい。ここを訪れた理由の一つは、それを彼女に伝えるということにあります」

「解せんな」

俺の言葉に、エリザベートがムッとした様子になった。

「何がですか」

「まず、ランパード。お前、元は各国合同の討伐隊の一員と言っていたな?それがどうして俺たちに手を貸す?
トリスの意思がどこにあるか明確じゃない。討伐隊には、トリスも協力しているのだろう」

「……こちらも一枚岩じゃねえとだけ言っとく。ただ、こちらは女王の意を受けて動いている。そこは理解してくれ」

「女王の意?」

「これはまだ言えねえ話だ。だが、サンタヴィラにお前さんたちを連れていくのが、女王の意思だ。
信じる信じねえはそっちの勝手だが、敵がわざわざクドラク退治なんてクソ面倒なことに首突っ込むわけがねえことは分かるだろ?」

色々引っ掛かる。しかしとりあえずはいいだろう。
271 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/18(金) 21:07:59.54 ID:TbDVBCa4O
「分かった。2点目。俺たちを保護するなら、なぜエリザベートが来る必要がある?第三皇女とはいえ、そいつは貴人だ。お前なら、これがいかに危険な案件か理解しているはずだ」

「それは私から」

エリザベートが軽く手を挙げた。

「貴方の言う通り、これはかなり危険な案件です。ただ、プルミエールは私の親友なの。彼女を助けるために……」

「それだけじゃないな。単に助けるなら、こうやって俺の前に姿を現すはずがない」

ペロッとエリザベートが舌を出した。

「あー、まあ誤魔化されないかぁ。子供の頃から、妙に理屈っぽかったもんね」

「王族同士の交流会で、2、3回会った程度だろう?むしろ俺のことをよくそこまで覚えているな」

「同年代の王族なんて、貴方くらいだったもん。そりゃ覚えてますよ。で、何が言いたいの?」

「お前が小娘に接触するには、何かしら別の理由があるだろう。保護だけなら、そこのランパードだけでも十分なはずだ」

彼女がチラリとランパードを見た。

「結論から言や、俺だけでは不充分ということが分かった。嬢ちゃんには伝えたが、討伐隊がモリブスに集まっている。
ここに滞在し続けること自体危なくなってるが、最大の問題は『六連星』という精鋭が来てるらしいってことだ」
272 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/18(金) 21:08:51.38 ID:TbDVBCa4O
「……『六連星』?」

「ま、知るわけねえわな。これは、王族など一部しか知らねえ最上級機密事項だ。……ん」

ランパードの視線がデボラに向いている。顔色が青ざめているのが分かった。

「どうした」

「いや……続けとくれ」

ランパードが、出されたお茶を口にした。

「六連星は、各国から選抜された少数精鋭の独立遊軍だ。北ガリアの治安維持に携わっていると聞いている。
トリスは前から参加してねえし、モリブスも今の六連星に人は出してねえと思う。ロワールは……微妙だな。
とにかく連中について分かってることは少ねえ。構成員全員が『遺物』、それも特級持ちってくらいか」

俺の脳裏に、オルランドゥを出る時に出会ったあの男の顔が過った。
273 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/18(金) 21:09:20.84 ID:TbDVBCa4O

「……デイヴィッドという男も、その一人か」

「……!!やはり会ってたか」

「知っていたな」

バツが悪そうに、ランパードが頭を掻いた。

「いや……まあ妙だとは思ってた。オルランドゥから脱出しようとするお前さんたちを誰が止めるかって話は、最後まで聞かされなかったしな。
ただ、『六連星』絡みだろうとは直感した。そうか、デイヴィッド・スティーブンソンか」

「何者だい、そいつは」

俺より先に、デボラが口を開いた。

「『六連星』が誰によって構成されてるかはほとんど知られてねえんだ。ただ、スティーブンソンだけは例外だ。
魔王ケインを討伐した4勇者の1人、ヘンリー・スティーブンソンの弟。アングヴィラ王国近衛騎士団の団長だな」


身体が総毛立つ。4勇者……父上の仇の親族か!!


274 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/18(金) 21:10:40.00 ID:TbDVBCa4O
「……まあ、お前さんにとっては因縁の相手だな。向こうにとってもそうだろうが」

「……奴もここに?」

「いや、そこまでは知らねえんだ。まあ、デイヴィッドが来てるならすぐに分かるだろうが。手段を選ばねえからな」

デボラが真剣な表情で視線を落としている。……訳あり、か。

こほん、とエリザベートが咳払いをした。

「とにかく、貴方たちを守るには、私も加わった方が安全ってことです。
私はそんなに強くないけど、『憑依(ポゼッション)』と感知魔法だけならビクターよりも上だから。それと、アリス教授にお願いされたお使いもあるし」

「お使い?」

「そ。ジャック・オルランドゥ公の所に行くんでしょ?私も一緒に連れていってくれませんかねぇ」

「どういうお使いなんだ」

「手紙を託されてて。私が直接渡せって」

……何だか妙なことになってきた。こいつとは20数年ぶりの再会だが、この妙なノリにかき回されるのは変わらないのか。

俺は軽く溜め息をつく。

「……好きにしろ」

「やったあ!じゃ、早速……」

ランパードが「ちと待てや」とエリザベートの裾を引っ張った。

「もう一つの用件が済んでねえだろうが」

「もう一つ?……ああそっか」

「こっちを先に片付けねえといかんだろ。クドラク退治の後始末だ。
実はさっきエストラーダ候のとこ行ってな、ファリス嬢が消えたって大騒ぎになってる。
んで、クドラクの死体も『遺物』の残骸もないと来た。官憲に言えねえのは分かるが、死体とかどこに隠した?」

俺はふう、と息をついた。

「ない」

「……は?」

「だからない。俺が『消した』」

上の階で塞ぎ込んでいる小娘を思った。あいつはもう、納得しているだろうか。していないだろう。
だが、こうするしかなかった。俺たちに注目が集まらず、かつエストラーダ候を多少なりとも傷付けずに済むには。
275 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/18(金) 21:11:43.25 ID:TbDVBCa4O
#

月明かりの中、事切れたファリス・エストラーダの手を小娘が握り続けていた。

「……もう、いいだろう」

「え」

「俺たちは去らなきゃいけない。そして、この死体をどうにかする必要がある」

「……どうにか、って」

俺は一息ついた。これが残酷な宣告だというのは理解している。しかし、言わねばならない。


「死体を……塵にする」


「ダメエッッッ!!!」

小娘が叫ぶ。俺は腰を屈め、小娘と目線を合わせた。

「ならこいつを放っておくのか?処分する時間はないぞ?
ここはワイルダ組の縄張りだが、だからと言って好き勝手できるわけでもない。死体を別の所に運ぶ際、一般人に見られでもしたら?」

「け、警察に言えば……」

「そうしたら俺たちの存在が公になるぞ?お前が狙われていないならいい。だが現実は違う。
私は的ですと弓兵100人の前に身を晒すようなものだ。それでいいのか?」

「でもっっ!!……塵にするなんて……そんなことしたら、ファリスさんの生きていた証は……」
276 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/18(金) 21:12:11.64 ID:TbDVBCa4O




「自分の命と甘ったるい感情のどちらが大事だっ!!!」




277 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/18(金) 21:12:39.75 ID:TbDVBCa4O
小娘の身体がビクッと震えた。唇を噛み、嗚咽しながら俯く。

「そんなの……哀し過ぎるっ……!」

「だが、他の選択の余地は、ない」

俺はファリスの右腕を掴むと「腐食」を使い塵にした。……もう、俺の体力もない。早めに済ませないといけない。
続いて、アミュレットを短剣で切り刻む。そのうちの、魔力がない一欠片以外を錆びさせ、踏み潰した。

「これだけは残しておいてやる」

それを小娘の側に置く。彼女は俯いたまま、ただ泣くだけだ。
動かなくなったファリスを仰向けに寝かせた時も、特に抵抗はなかった。



そして数分後、彼女は塵となって消えた。



278 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/18(金) 21:13:18.11 ID:TbDVBCa4O
#

それから俺たちはデボラと合流した。ウィテカーは深傷を負っていたが、命は取り留めたという。
小娘は、ずっと無言だった。デボラが話し掛けても、ほとんど反応を示さなかった。まして、俺の方は見向きもしなかった。

……俺の判断は、間違っていたのか。しかし、そうするしかなかった。
小娘がファリスにどんな思い入れを持っていたかは知らない。それを知ればまた違ったのだろうが、そんな余裕もなかった。




そう、仕方なかったのだ。




279 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/18(金) 21:13:58.37 ID:TbDVBCa4O
#

俺は天井を見上げた。小娘は、まだ引きこもっている。
どうやれば、あいつに前を向かせられるのだろう。時間が経てば、解決する類いの話なのか。

そんな俺の様子に、ランパードは気付いたようだった。

「……どうやって死体を消したかは知らねえが、嬢ちゃんは納得してなさそうだな。だから、ここに姿を現さないわけか」

ランパードがやれやれと首を振った。

「……やむを得ない処置だ。後で話に行く……」

はあ、とエリザベートが呆れたように息をつく。

「さっさと行ってあげた方がいいですよ?あの子、結構繊細ですし」

「何?」

「どうせ『こうするしかないんだ』って理屈で通したんでしょ?それ、一番やっちゃダメ。
女の子は共感してもらいたい生き物なのですよ。ね?ビクター」

ビクターが渋い顔になった。

「……なんで俺に振るんだよ」

「んー?何ででしょう。ま、それはともかく。
一言謝ってちゃんとプルミエールの想いを聞いてあげた方がいいんじゃないですか?2人がどういう関係かは知らないですけど」

……想いを聞く、か。確かに、それは必要なことかもしれない。

「……分かった」

「んふふ。エリックはやっぱり女の子の扱いが下手ですねぇ」

「……何か言ったか?」

「えー?何もぉ」

ガキの頃と変わらず、どこか人を食ったような奴だ。だが、言っていることは、多分正しい。
「チッ」と舌打ちをして、俺は立ち上がった。
280 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/18(金) 21:14:36.72 ID:TbDVBCa4O


その時、応接室のドアがバンと開いた。……いつぞやのオークだ。


「あ゛、姐ざんっっ!!だいへんでがす!!」

「何だい騒々しいねえ。一体何があったってだい」

「ぞれが……」

オークははぁはぁと息を切らしている。異常事態が起きたのは、すぐに分かった。弛緩していた部屋の空気が、一気に引き締まる。

「何だい、言ってみな」



「エストラーダ邸が、ぎえまじだ」



281 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/18(金) 21:18:42.19 ID:TbDVBCa4O
第12話はここまで。次回はプルミエール視点からです。

第11-3話にて犬がファリスを噛んだのは、実はエリザベートの妨害だったわけです。
282 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/18(金) 21:39:21.74 ID:TbDVBCa4O
キャラクター紹介

エリザベート・マルガリータ(27)

女性。トリス森王国第3皇女。オルランドゥには留学生として在籍している。
身長146cm、37kgの小柄な少女(?)。ストレートで肩までかかる緑髪に、額の辺りに白いリボンをつけている。胸は慎ましい。
丁寧語を混ぜた独特の喋り方をする。性格は天真爛漫で甘いもの好きと幼い印象すらあるが、実はかなり計算高く裏で色々やっていることも多い。
ジャックの指摘通り、ランパードの行動の一部は彼女からの(そしてマルガリータ女王からの)指示である。その肚の底はなかなか読めない。

基本は善良であり、プルミエールに対する友情も確かなもの。
ただ人を食ったような言動も多く、ナチュラルに鬼畜な発言をすることも少なくない。
エリックとは幼少期に数回会っており、その度にエリックは一杯食わされていたもよう。20数年ぶりに会ったにもかかわらず覚えていたのはこのためである。
(そしてからかいがいのある相手として、エリザベートもエリックを覚えていた)

ランパードとの関係は現在のところ不明。彼女が生まれた時からの付き合いであるのは疑いない。
283 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/18(金) 22:01:22.49 ID:TbDVBCa4O
なお、CVは小原好美さんのイメージです。
284 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/09/19(土) 07:28:30.34 ID:moHeHNCy0
乙乙
285 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/21(月) 15:18:05.72 ID:MsiqRxPqO




第13話




286 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/21(月) 15:19:16.26 ID:MsiqRxPqO


彼女の人生は何だったのだろう。


昨日の夜から、ずっとそればかり考えていた。
ファリスさんは、必死で「生きていた証」を欲しがっていた。なのに、彼女が生きていた痕跡は……私の掌の中にある、この金属の欠片しかない。
亡骸も何も、なくなってしまった。こんな終わり方は……あまりに、惨過ぎる。

魔王が選んだ方法は、きっとやむを得ないことだったのだろう。私の身に危険が及ばないようにするには、彼女を塵にすることで、私たちが関わった痕跡を消すのが最善だというのは分かる。
私が彼女に対して持っている感情は、魔王の言う通り単なる甘ったるい感傷に過ぎないのかもしれない。


それでも。……彼女は、こんな人生の結末を望まなかったはずだ。


なら、私は昨晩何をすべきだったのだろう?何度心に問うても、答えは出てこない。
ただ、私にできることは……非情な選択をした、魔王を恨むことしかなかった。それは、きっと間違っているのだろうけど。
287 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/21(月) 15:20:12.52 ID:MsiqRxPqO
#

気が付くと、窓からは南国の強い日射しが差し込んでいた。時計はとうに正午近い。
でも、何かしようとする気力は、私にはなかった。恐らく、これからエストラーダ侯に彼女の最期を伝えなければいけない。それは彼にとっても、私にとっても……あまりに辛いことになるだろう。

ノックの音がした。私はそれを無視した。

「俺だ」

魔王だ。今、一番会いたくない相手だ。

「……」

「……すまなかった」

何を詫びているのだろう。今更遅い。

黙っている私に、魔王はドア越しに話し続ける。

「俺は、お前とファリス・エストラーダとの間に何があったか、知らない。
だが、お前の事情も……もう少し聞くべきだった。俺の選択が間違っていたとは思わないが……しかし、一方的に決めてしまった」

「……あなたは、何がしたいのよ」

沈黙が流れた。

「……お前の力を借りたい」

「はあ?」

「そんな気分ではないだろうことは、分かっている。ただ……異常事態が起きた。ロペス・エストラーダが、家ごと消えた」

私は思わず跳ね起きた。泣き腫らした目のまま眼鏡をかけ、ドアを開ける。魔王は、険しい表情でそこにいた。

「……何ですって?」

「ついさっき、報告があった。詳しいことは分からないが、とにかくエストラーダ邸が文字通り消えた。
何があったかを探るには、お前の『追憶』が必要だ」

呆気に取られる。……それって、まさか。

魔王は、私が何を言おうとしているのかを察したかのように頷いた。

「そもそも妙だった。なぜファリス・エストラーダがお前を狙っていたのか。
恐らく、ロペス・エストラーダに他国からお前の討伐依頼が来ていた可能性は高い。もし、その依頼者が彼女のことを知っていたら?」

「あっ……!!」

ランパードさんは、他国からの討伐隊がモリブスに集まり始めていると言っていた。
彼らが「クドラク」を使って、私を殺しに来ていた可能性は……ゼロではない。

魔王は頷いた。

「ファリスが消えた翌日すぐに、エストラーダ侯に異変があった。偶然にしては、あまりに出来過ぎている。
恐らく、彼女は……あるいはエストラーダ侯は監視されていた。そして、クドラクが消えたと見るや否や、エストラーダ侯は用無しとして『消された』」

「それじゃ……ファリスさんは」

「一連の暗殺は彼女の意思によるものだとしても、昨日の襲撃はそれだけではない可能性がある。つまり、黒幕がいるかもしれない。
『クドラク』が死んだことで、そいつはファリス・エストラーダが生きていた証を根本から消そうとしている」

私は戦慄した。……ファリスさんは、ただ利用されていた?

魔王は少し目を閉じた後、話を続ける。

「都合のいい奴だと思うかもしれない。お前は、俺を許せないと思っているかもしれない。
だが……ファリスが哀しい存在だったという認識は、俺にもある。だから……」

彼は言葉を探しているようだった。

彼の決断に、納得したわけではない。ただ、このままだと……ファリスさんは、あまりに救われない。

私は彼の目を見た。

「……やるわ」
288 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/21(月) 15:20:56.13 ID:MsiqRxPqO
#

階段を下りた先にいたのは、あまりに予想外の人物だった。

「プルミエール!!久し振りぃ!!」

「エリザベート!??何故、あなたがここに??」

「んー、説明は後で。話はエリックから聞いてるよね?」

「ええ。エストラーダ侯が、邸宅ごと消えたって」

ランパードさんが険しい表情で私を見た。

「そうだ。俺の推察が正しければ、相手は相当厄介だ。だが、その前に状況を把握しなきゃいけねえ。
そのためには、お前さんの『追憶』が必要だが……姫、同行頼めるか?」

「うん、任せて」

「エリザベートが?」

「感知魔法だけなら、オルランドゥでも教授たち以上だったのは知ってるよね。
極端に高いマナを持つ者や、強い敵意や殺意を持つ者は、200メド先にいても分かる。そこから退避する手段もあるしね。
で、少し離れた場所で、ビクターとエリックには様子を見てもらいます。襲撃を万一受けた時の保険ね」

ランパードさんは「了解だ」と短く言った。

「嬢ちゃんが『追憶』を発動している間の護衛は、俺たちがやる。消えた時の状況が分かり次第、ジャック・オルランドゥのとこに行く。
館を消したのが魔法によるものなのか何なのか、既に館はこの世にはないのかそれともどこかにまだあるのか、その辺りの相談をすることになるな。恐らくは、今後の対応策も」

デボラさんも含め、ここにいる全員が重々しい雰囲気を身に纏っていた。一体、黒幕とは何者なのだろう?
289 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/21(月) 15:21:48.00 ID:MsiqRxPqO
#

「『六連星』?」

エリザベートが唇に指を当てた。

「あまり声を出さないでください。近くにはそれっぽいのはいないけど、誰が聞いているかは分からないから」

「……分かった。そんなに危険なの」

「世界各国で最も腕の立つ武芸者や魔法使いによって構成される、独立治安部隊。
『サンタヴィラの惨劇』を機に作られたと聞いてるわ。第二の『魔王ケイン』を生み出さないように……ということになってる。
全員が『特級遺物』持ちという話よ。そして、貴女を襲ったデイヴィッドという男もその一人」

あの男か!!言われてみれば納得だ。背筋に冷汗が流れる。

「そんなのが、今モリブスに……」

「という話。そして、エストラーダ侯とその邸宅を消したのも、多分『六連星』の誰かね」

「……ちょっと待って。独立治安部隊って言った?」

「うん。貴女の『追憶』は、国際秩序を根本から覆しかねないと思われてるんじゃないかな。
特に『サンタヴィラの惨劇』の真実が明らかになると、とても各方面に都合が悪いみたい」

「真実??」

エリザベートは、警戒するようにきょろきょろと辺りを見た。

「私もそこはよく分からない。でも、『サンタヴィラの惨劇』が単なる魔王ケインによる暴虐の結果でないのは確かだと思う。
だから、私たちは貴女たちを支援してるの。真実を明らかにするために」

「何でトリスはそこまで真実を求めてるの?」

「……うーん、よく分かんない。お母様は分かってるのだと思うけど」

彼女は肩をすくめる。

「でも、私が貴女を何とかしたいというのも本当よ。長年の友達の力になりたいって、当たり前じゃないですか」

「……ありがとう」

新市街が見えてきた。エストラーダ侯の邸宅近くには、野次馬が群がっている。

「うーん……2、3人、あの中にそれなりの魔力の人間がいますねぇ」

「追っ手?」

「多分」

魔王とランパードさんは、私たちの後方20メドぐらいを歩いている、らしい。
私は変装しているけど、おおっぴらにここで「追憶」を発動するわけにはいきそうもなかった。

「どうするの?」

「ん、ちょっとここは私に任せて。少し外すけど、すぐに戻る」

そう言うと、エリザベートは野次馬の中に入っていった。そして言葉通り、1分もしないうちに戻ってくる。

「準備おしまい。じゃあ、今からちょっと気を失うから、警戒とかよろしくねぇ」

「え、気を失うって、ちょっと!!?」

そう言うと、彼女は私の胸の中に倒れ込んだ。魔法か何かを使ってるんだろうけど……この間に何かあったらどうするの?

2、3分ぐらいしただろうか。急にエリザベートが目をぱちくりさせた。

「エリザベート??」

「んあ……おはよ」

「おはよって……大丈夫なの?」

「うん。とりあえず、邪魔者はもういないよ」

「え?」

「へへー。ちょっとね。じゃ、エストラーダ邸に行こっか」

何をしたのだろう?随分と自信ありげだけど。
とりあえず野次馬をかき分け、先へと進む。そこで目にしたのは、信じがたい光景だった。
290 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/21(月) 15:22:48.02 ID:MsiqRxPqO


「……本当に、何もない」


そう、「何もない」。まるでそこが前から更地だったかのように。エストラーダ邸があった痕跡は、跡形もなくなっていた。

縄で警察が通行制限をかけている。元々家があった所で、彼らが何か色々調べているのが見えた。

「ここで『追憶』を使っちゃう?」

「……ここからだと、門があった場所の『記憶』までしか分からないわ。でも、誰がここを訪れたぐらいは分かる。その後、どうやって家が消えたかも」

「了解。じゃ、お願い」

幸い、いつ頃消えたかの情報はある。私たちに絡んできたあのオークが、デボラさんの命令でちょうどエストラーダ邸を監視していたからだ。
彼の説明によると、「一瞬目を離した隙に、光と共に消え去った」らしい。転移魔法の存在は知ってるけどそんな大規模なものは聞いたことがないし、大体転移魔法は光なんて発することはない。つまり、私が知らない何かの魔法で消したのだろう。

私は小声で詠唱を始める。5分ほどして、水晶玉に邸宅が消える10分ほど前の「記憶」が映し出された。

「……これといって変なことは……あ」

ユングヴィ教団の司教らしき人が2人、門番に話しかけているのが見えた。

「これ、声は分からないの?」

「そこはこれからの改善点。でも、訪問者が分かっただけでも随分違うかも」

2人のうち1人は太目で髪が禿げ上がった初老の男だ。もう一人は……細い目で白髪の中年男性のようだ。
禿頭の方はモリブスのユングヴィ教団によくある服だけど、白髪の方はあまり見たことがない服だ。長袖で、南国には似つかわしくないようにも思える。これは確か……

「イーリスのユングヴィ教団の服だね。イーリスの原理主義派とモリブスの世俗派は、対立してたはずだけど」

訝し気にエリザベートが呟く。

態度からして、禿頭の方が白髪の男に気を遣っているようだった。この男が、「六連星」?

そして、2人が邸宅に入ってちょうど10分ぐらいした時に、異変が起きた。


「……何これ!!?」


光の柱が、突然空から降り注いだ。それは半球状に広がり、エストラーダ邸を包み込むと……光と共に、それは消えた。
291 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/21(月) 15:23:31.50 ID:MsiqRxPqO


「……こんな魔法、見たことない」

「私も。……アリス教授なら、これが何か分かるのかな」

「どうだろう。とにかく、予定通りジャックさんの所に……」


エリザベートの表情が固まっている。


「どうしたの??」

「逃げなきゃ」

「え?」

「旧市街の方から、とてつもないマナの持ち主が近付いて来てる。ビクターと魔王にも知らせないと!!」

彼女が私の手を引いた。異変に気付いたのか、フード姿の魔王とランパードさんが木陰から姿を現す。

「どうしたっ!?」

「誰か来てる!!すぐにここから離れますっ!!」

「ってどうすんだよ!?」

エリザベートはポケットから黒い球を取り出すと、それを地面に投げつけた。
地面に、漆黒の空洞が姿を現す。

「すぐに『閉じちゃう』から!!早く入って!!」

エリザベートに背中を押され、私は「穴」の中に落ちていった。
292 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/21(月) 15:24:09.71 ID:MsiqRxPqO
#

……

…………

トスッ

「……ここは!?」

着いた先は、ワイルダ組の応接間だった。部屋を掃除中と思われる組員が、目を丸くしている。

やがてエリザベートや魔王、そしてランパードさんも天井から「落ちてきた」。エリザベート以外の2人は、何が起きたのか理解できないという様子だ。

「……どういうことだ?」

「魔術具『転移の球』を使いました。転移できる距離には制限があるし、事前に指定した場所までしか戻れないけど、転移魔法と違ってすぐに発動するの。緊急避難にはもってこいの道具」

冷汗を流しながらエリザベートが言う。ランパードさんは「おいおい……」と呆れ顔だ。

「そんなもん持ってたのかよ。そもそも、何でそんなものを?」

「アリス教授に何個か持たされたの。きっと必要になるだろうからって」

教授は私たちに起きていることをある程度知っているのだろうか。彼女に会って話してみたいけど、今はただ感謝しかない。

部屋にデボラさんが入ってきた。

「あんたたち……いつの間に??」

「ごめんなさい。多分、『六連星』と遭遇しそうになったので逃げてきました。
ここに私たちが長居するのも危険です。すぐに移動します」

深々と頭を下げるエリザベートに、デボラさんは思いもよらないことを言った。

「ジャック先生の所に行くんだろ?あたしも連れてきな」

「……え?」

「ちょいとあたしとその『六連星』とは訳ありでね。部外者というわけでもないのさ。
早くここを離れた方がいいんだろ?馬ならすぐ出す」

「いいのか?昨晩のことが知られたら、他の組員にも危害が……」

魔王の言葉に、デボラさんが苦笑する。

「まあ、知らぬ存ぜぬで通すさ。それに、あたしらの庇護者はベーレン侯だからね。
いかにそいつが偉かろうと、モリブスの今の統領であるベーレン侯相手に簡単に弓は引けないさ。
ラファエル!!馬5頭、とっとと準備しなっ!!」

「えっ?私、馬を1人で乗ったことなんて……」

「大丈夫、純粋な馬じゃなくってユニコーンとの混血種さ。人の言葉も多少は解するから、子供が乗ってもちゃんと走る」

デボラさんを先頭に本部を出る。厩の前には、もう5頭の白馬が用意されていた。

「義姉さん、お気をつけて」

「ああ。ウィテカーのこと、頼んだよ」

「無論す」

そうラファエルさんに言うと、デボラさんが馬に乗った。

「良く聞きな。目的地はジャック・オルランドゥ公の家だ。全速力で頼んだよっ!!!」

「ヒヒーン!!!」と、返事をするかのように5頭が嘶く。私が何とか鞍の上に乗ると、馬は物凄い勢いで走り出した。
293 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/21(月) 15:24:55.52 ID:MsiqRxPqO
#

「ジャック先生!いるかい?」

馬で走ること半刻ほど。追っ手に追われることもなく、私たちはジャックさんの家に着いた。
デボラさんの呼びかけに、気だるげな声が中から返ってくる。

「デボラか。久し振りだな。組は順調か?」

「まあね。今日はそれどころじゃないんだ。客人を連れて来……」

「分かってる。エリックとプルミエール、そしてお前は入れ。出歯亀エルフとその主人はまかりならん」

ランパードさんがはあ、と溜め息をついた。

「とことん嫌われてんなあ。何でそこまで嫌うかねえ」

「単純に入れんからだ。俺の部屋は客を呼ぶには狭すぎる」

確かに、ジャックさんの部屋はただでさえ散らかっている。魔導書ばかりで足の踏み場もない。
さらに、彼は足が不自由だ。玄関先まで出てくるのも一苦労のはずだ。
私たち3人で多分ギリギリで、5人も入る余地は確かになさそうだった。

エリザベートはというと、平然とした様子でニコニコしている。

「ま、会話には参加できませんけど様子は見れますし。ジャックさん、そのぐらいは許してくれますよね?」

「お前がエリザベートだな。……好きにしろ」

ジャックさんの言葉を聞くと、エリザベートが私の背中に手を軽く当てた。

「よしっと。これで視界は共有できたよ」

「え?」

「『憑依』の応用。実はあれ、人間相手にも使えちゃうんだよね。
余程縁が強いか、相手の魔力が自分を下回っている場合にしか使えないんだけど」

「エストラーダ侯の所で気を失ったのって、まさか」

「そ。嘘の証言者に成りすまして3人を引きはがしたってわけ。とにかく、会話の内容とかは私にもちゃんと伝わるから安心して」

これが彼女の研究内容なのだろうか。少なくとも、こんな魔法は聞いたことがなかった。

「まあ、一応外での見張り役も必要か。それは俺たちがやっておくから、お前さんたちは中でジャック・オルランドゥと話してきな」

「そゆこと。あ、これアリス教授からの手紙ね。何が書かれてるかは知らないんだけど」

エリザベートは鞄から封書を取り出した。ごく普通の手紙みたいだ。

「分かった。これを渡せばいいのね」

「うん。じゃ、よろしくねぇ」
294 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/21(月) 15:25:50.75 ID:MsiqRxPqO
#

「なるほど、な。……『六連星』か」

ジャックさんは煙草を灰皿に押し付けた。もう灰皿には潰れた煙草が数本転がっている。

私たちの説明を、ジャックさんは煙草を吸いながら黙って聴いていた。煙が部屋に充満し、少し息苦しい。

「やはり、知ってたんだね。それがあたしらの仇かい」

「……!!どうしてそれを」

「ガキの頃、先生とベーレン侯が話していたのをこっそり聞いちまったのさ。クドラクか六連星か、どっちかがあたしらの両親を殺したんじゃないかってね」

ジャックさんは、深く煙草の煙を吸う。そして白煙を吐き出すと、少しだけ目を閉じた。

「どちらかといえばクドラクの方が可能性が高いと思っていたがな。正直、真実は藪の中だ。
それこそ、プルミエールの『追憶』を使えば話は別だが。とにかく、状況はよく分かった」

彼は本棚からあの「遺物」の目録を取り出した。

「お前らの言う通り、エストラーダ邸を消したのは六連星の誰かが濃厚だ。転移術に近いが、俺の知識をもってしても事前準備なしにそれほどの質量を瞬時に消し去る魔法は存在しない。
恐らくは、転移術の力を増幅させる『遺物』を使ったと見るのが妥当だろう」

「小娘が言うには、エストラーダ邸に入って行ったのは2人ということだが」

「片方はモリブスのネリド大司教で間違いないな。外見からしてまず間違いない。
イーリスのユングヴィ教団服を着ていたのが、六連星と見て間違いないだろう。白髪の男でネリドが下手に出ていたことからすると……ミカエル・アヴァロン大司教か」

「……!!六連星の構成員を知っているのか?」

「いや、外見上の特徴から判断しただけだ。デイヴィッド・スティーブンソンもそうだが、六連星は恐らく貴人としての表の顔を持っている奴が大半だ。そうでないと特級遺物は持ち得ないだろうからな。
だから、六連星に弓を引くことは、世界に対して弓を引くこととほぼ同義と思うべきだろう」

ジャックさんは苛立ったように、煙草の火を灰皿に押し付ける。そして懐から、また紙巻き煙草を取り出して口にくわえた。

「そんな……じゃあどうすればいいんですか?」

「お前たちが世界に喧嘩を売る覚悟があるかどうか次第だ。まあ、エリックは当然覚悟を決めているようだがな」

「無論だ」

魔王の目はゆるぎない。私には、まだそこまでの覚悟はできていない。けど……

「どうして、その……アヴァロン大司教はエストラーダ邸を消したんでしょう」

「不都合、だったからだろうな。お前らの推測通り、クドラク事件の背後には六連星……アヴァロンがいた可能性が極めて高い。そのことが知られるのを恐れたのだろうな」

「そんなの……自分の都合で、罪のない使用人さんたちまで巻き添えにしたってことですか!!?」

「俺はミカエル・アヴァロンの人となりを詳しくは知らない。教義に厳格、魔族弾圧では先陣を切る『聖人』ということぐらいか。少なくとも、俺は酒をそいつと飲みたいとは思わない」

そう言うと、ジャックさんは目録をパラパラとめくる。そして、あるページで止まった。

「前にも言ったが、これに書かれているのは現在判明している『遺物』の情報でしかない。だからこれに書かれていない『遺物』があっても一切驚かない。
だが、イーリスにあって、なおかつ特級遺物となると……これしかないな」

彼が指差した文字は……



「冥杖グロンド 等級:特級」



295 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/21(月) 15:30:39.43 ID:MsiqRxPqO
第13話はここまで。第14話は多分エリック視点による修行編です。

「転移の球」はとても便利ですが、誰もが持っているわけでは当然ありません。
アリス・ローエングリンによる独自の改良が施された品です。

なお、手紙の中身は次回になります。
296 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/21(月) 15:31:20.35 ID:MsiqRxPqO
第13話はここまで。第14話は多分エリック視点による修行編です。

「転移の球」はとても便利ですが、誰もが持っているわけでは当然ありません。
アリス・ローエングリンによる独自の改良が施された品です。

なお、手紙の中身は次回になります。
297 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/21(月) 15:32:11.08 ID:MsiqRxPqO
多重投稿になってしまいました……申し訳ありません。
298 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/21(月) 15:39:50.91 ID:MsiqRxPqO
アイテム紹介

「転移の球」

魔術具の一種。「遺物」ではなく、あくまでアリス・ローエングリンの手によって開発された魔術具である。
事前に持ち主が「登録」しておいた場所に戻ることが可能。ただし、転移距離は5キロと限定されている。
さらに、利用者にある程度の魔術の心得があることが前提のため、誰にでも使えるわけでもない。
アリスはエリザベートに対し事前に使い方を教えていたので、スムーズな運用が可能であった。

通常の転移魔法は発動まで30秒ほどかかるが、この魔術具を使えば一瞬で目的地に通じる「穴」を形成できる。
ただ、穴が閉じるまでは10秒ほどしかない。あくまで緊急避難に特化した品である。

アリスは精霊魔法の第一人者だが、これにも大地の精霊の力を使っている。
地面に穴ができるという形態はそのため。逆に言えば、室内使用ができないというデメリットもある。
アリスは「改良すべき点が山ほどある」とこの魔術具を評している。
もし難点を全て解消すれば、革命的発明となるだろう。ただし、そのためのハードルも極めて高いのだが。
299 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/24(木) 21:22:19.22 ID:HSZ2OTe3O




第14話




300 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/24(木) 21:23:16.45 ID:HSZ2OTe3O

ミカエル・アヴァロン。名前だけは聞いたことがあった。父上と対立していた、イーリスの大司教。
そして、「サンタヴィラの惨劇」後、一気に魔族弾圧を展開した「聖人」。……「四勇者」と並ぶ、不倶戴天の敵だ。

俺は運命の悪戯に感謝した。こんなにも早く、奴に出会えるとは。魔族の、そしてズマの国民のためにも……奴は俺が殺さねばならない。

俺の様子に気付いたのか、ジャックが渋い顔になった。

「入れ込み過ぎだ。ちゃんと読んだのか?」

「……もう一度読む」

俺は目録に改めて目を通す。……これが「グロンド」か。
301 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/24(木) 21:24:08.18 ID:HSZ2OTe3O
#

「冥杖グロンド」
等級:特級
場所:イーリス・ユングヴィ大聖堂
初出:初版(聖歴402年)、第3版にて補遺(聖歴445年)
概要:ユングヴィ教団に代々伝わる神宝の一つ。他にも神宝があるようだが、公になっているのはこれのみ。
大司教の継承式のみ持ち出されるものであり、持ち主に多大な魔力をもたらすとされる。
古の勇者の一人も、これを使い世界を平和に導いたとされるが、詳細は定かではない。
補遺:聖歴444年、大司教マックス・マクシミリアンが乱心。私情から、対立していた司教ジェイムズ・ハーグリーブスとその部下17人を「消失」させる事件が発生した。
イーリス王国軍が彼を拘束した際に彼がグロンドを持っていたことから能力が判明。本人ごと空間転移を行うことが可能になるというもの。
範囲は最大半径50メドにも及び、かつ発動までの時間は転移術より遥かに短い。転移先からの帰還はグロンド所持者のみが可能である。
なお、ハーグリーブス司教らは行方不明になってから1ヶ月後、ズマ魔候国の山中で魔獣に喰われて殺害されていたのが判明した。
302 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/24(木) 21:24:51.05 ID:HSZ2OTe3O
#

「なるほどな。やはりエストラーダ邸を消したのは、このグロンドの力ということか」

「特徴とも合致するから、間違いないな。とはいえ、いかに『特級遺物』とはいえ、その力を引き出すのは本人の資質がないと意味がない。
アヴァロン大司教自体も、相応の使い手と見るべきだろう」

小娘がはっと何かに気付いた。

「……って、これって……エストラーダ侯とかは、今別の所にいるってことですよね??だとしたら、助けられるんじゃ!?」

「どうやって探す?イーリスからズマまでは300キメドは優に離れている。それぐらいの距離を転移できることからして、探す範囲は膨大になるぞ?
転移先が魔獣の棲み処なら、辿り着くことすらままならん。この目録のハーグリーブスのように、食われて死ぬのが落ちだ」

ジャックの言う通りだろう。デボラの表情も険しい。

「ってこれ……帰還できるのは一人だけかい?」

「俺も詳しくは分からないが、この目録を読む限りではそうだな」

「となると、モリブスのネリドもついでに消されたことになるね。あんな奴どうなったって構わないけど、これはこれで大変なことになるんじゃないか?」

その通りだ。改革派のミリア・マルチネスが殺されただけでなく、旧守派で無頼衆との繋がりも深かったルイ・ネリドも消えたとなれば、モリブスのユングヴィ教団は大混乱に陥るだろう。
状況はどうも俺たちだけの話では済みそうもない。とっととこの国を去りたいが、小娘の修行をジャックにつけてもらわないと始まらない。
それは多分数日では終わらないだろう。厄介なことになった。

「だろうな。ジョイス……モリブス統領、ジョイス・ベーレンがじきここに来ることになるだろう。プルミエールは一度会っておいた方がいいな」

「ベーレン候か」

会ったことは1度ある。人間としては、まあまあ信用の置ける印象ではあった。
ワイルダ組の後援者でもある。表立っての支援は望めないが、何かしらの後添えがあるかもしれない。

「これは紛うことなき政変だ。7貴族の序列2位と、ユングヴィ教団の首魁が消えたわけだからな。
クドラクの件は、むしろこの前振りでしかなかったとすら言える。で、お前の修行だが」

小娘が封書を差し出した。

「その前に、これを。アリス教授からの手紙です」

それを受け取ると、ジャックはピッと切断魔法を使い封を切る。
中身を読み出すと、愉快そうにクックックと笑い出した。

「……面白い。あの女、この状況を読んでいたな」

「え?」

「何?」

アリス・ローエングリン。小娘の師に当たることは聞いている。精霊魔法の第一人者であり、40そこそこにしてオルランドゥ魔術学院教授という異例の出世を遂げている、らしい。

ジャックは手紙をテーブルに広げた。

「大分前に、奴はオルランドゥを出ている。今あそこにいるのは、途轍もなく精巧に作られた傀儡だ」

「「は?」」

プルミエールが手紙を手に取る。俺も横からそれを覗き見た。
303 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/24(木) 21:25:35.53 ID:HSZ2OTe3O
#

ジャック・オルランドゥ殿

御無沙汰をしています。お身体はどうでしょうか?
既に私の学生2人が、そちらにお邪魔していることかと思います。2人の指導、よろしくお願いします。

私は今、テルモンに向かっているはずです。デイヴィッド・スティーブンソンが動いたのは確認しました。
エリザベートをそちらにやりましたが、状況は切迫していると認識しています。
私もこのままでは命が危ういと重い、精霊を宿らせた傀儡に私の影武者をさせています。思考、行動の癖など全て私に忠実ですから、余程でない限り看破されないでしょう。
私の側にいたエリザベートすら、恐らく気付いていないはずです。今頃仰天しているのではないかしら。

テルモンに行くのは陽動のためです。エリック・ベナビデスとプルミエールが力を付けるだけの時間を稼ぐには、多少の無茶が必要です。詳しくは話しませんけれども。
私のことを案じられるかもしれませんが、その点の心配は無用です。私が分の悪い賭けをしないのは、よく御存知でしょう?

一服したら、会いに行きます。そう時間は掛からないでしょう。
くれぐれも、身体はご自愛下さいませ。

貴方の

アリス・ローエングリン
304 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/24(木) 21:28:06.97 ID:HSZ2OTe3O
#

「ぴゃあ!!!」という声が外から聞こえた。さしものエリザベートも、全く予想だにしてなかったようだ。
小娘はというと、プルプル手を震わせている。信じられない、とでも言いたげな表情だ。

「教授……一体どういうことなの??」

「ジャック、ひょっとして初めから」

煙草を加えながら、ジャックがニヤリと笑う。

「その通り。あいつに情報は流してたのは俺だ。プルミエールが狙われるであろうことも、お前が彼女を『浚いに』来るであろうこともあいつは分かっていた。
黙っていて悪かったが、あいつもお前らの支援者だったってわけだ。勿論、俺がプルミエールの『追憶』を知っていたのもアリス経由だ」

「どういう経緯だ?そもそも、お前とこのアリスって女はどういう関係だ」


「元嫁だ」


「……はぁ??」

「ええっっ!!?」


305 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/24(木) 21:28:33.95 ID:HSZ2OTe3O
俺と小娘が叫ぶ。デボラだけは「ああ」とさほど驚いた様子はない。

「確かにいたねえ。思い出したよ、あの女(ひと)かい」

「お前ら姉弟が居候していた時はまだ一緒に住んでいたからな。別れたのはそれからしばらくしてからだな」

「まあ、魔法馬鹿同士だったからねえ。別れたって話を聞いた時はさほど驚かなかったけど、付き合いはまだあったんだねぇ」

「嫌い合って別れたわけではないからな。よく連絡は取っていたし、エリックの話もしている。もちろん、こいつが何を望んでいるのかも」

流石の俺も驚いた。人間側に協力者がいたとは。

「六連星のことも把握してたようだな。陽動っていうからには、何かしらでテルモン方面に連中の注目を集めようという考えだろう」

「陽動って……危険じゃないんですか!!?」

「無茶はするが危険は冒さない、それがアリス・ローエングリンという女だ。まあ、やるからには成算があるってことだろ」

「解せないねえ」

デボラが口を挟んだ。

「何で教授様がこんな厄介ごとに首を突っ込むんだい?あんたの役に立ちたいからといっても、こいつはちと度が過ぎるよ」

ジャックは煙草を灰皿に押し付けた。

「俺もアリスも、20年前の『サンタヴィラの惨劇』には疑念を持っている。
ケインとの付き合い上、理由無しにあんなことをするはずがないと確信しているからな。旧友の汚名をそそぐというのが理由の一つだ。
そして、六連星が出張ってきて確信したが、これは間違いなく国家絡みでの陰謀だ。そうじゃなければ、プルミエールは狙われない」

ジャックはコフコフ、と軽い空咳をした。少し、話しているのが辛そうにも見える。

「……事の背景がろくでもないことは、察しが付いてる。このまま、『歴史の真実』が明らかにされないままのほうが、世界は平和なんだろうが……ゴフッ」

「ジャックさん!!大丈夫ですかっ??」

「ん……まあ、まだ大丈夫だ。とにかく、アリスが時間を作ってくれている間に、お前らを鍛えないといかん」

「時間……どれぐらいだ」

俺の問いに、ジャックが黙った。

「分からん。ただ、最低1週間、恐らくは2週間までは粘れるだろう。どの程度グロンドの転移に融通が利くかにもよるが、あれを頻繁に使えないならアヴァロンは陸路でテルモンに向かうはずだ。
ここからテルモンは往復に2週間はかかる。その間に、『追憶』の使い勝手を向上させないといかんな。無論、奴を討てるだけの力も身に付けたいところだ」

「……たかが2週間でできるのか?」

「それはお前がよく知っているだろう?」

ニィというジャックの笑みに、俺は初めてここに来た時のことを思い出して身震いした。体術にはある程度自信があったが、魔法はからきしだった俺に根本から魔法の基礎を叩き込んだのが彼だ。
その修行は思い出したくもない。あの苛烈なのを、もう一度やるのか?

クックック、とジャックが面白そうに笑う。

「冗談だよ。課題は明白だ。お前は『加速』の持続時間、プルミエールは『追憶』の効果範囲の拡大。エリザベートにもちと稽古を付けてやるかな。
課題が明白だから、そこまで時間はかからんよ。まあ苦労はしてもらうが」

「あたしにも……頼めるかい」

「……お前もか」

デボラが頷く。

「誰が父さんと母さんの仇かは分からない。ファリスの母親なのかもしれない。
だけど、もしもの時のためだ。もう一度、あたしを鍛えてはくれないかい?」

「いいだろう。じゃあまず手始めに、俺の家の掃除をしろ」

「は?」

「俺の他に4人も寝泊まりするんだ。幸い、この家は相応に広い。散らかってる本を整理すりゃ、それなりに何とかなるだろ」
306 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/24(木) 21:32:27.03 ID:HSZ2OTe3O
#

「何だか妙なことになりましたねぇ……。あのアリス教授が偽者で、ジャックさんの元奥さんというのにも腰を抜かしましたけど」

パタパタとはたきで塵を払いながらエリザベートが言う。額には汗が滲んでいる。

「皆ここに滞在するのは仕方ないさ。あたしらを匿う意図もあるんだろう?」

デボラの言う通りだ。俺たちがジャックを頼る可能性は、少し考えれば分かりそうなものだ。それでも、アヴァロンという男がここを襲わないだろうと確信できるのには理由がある。
それは単純に、ジャックが当代一の大魔導師だからだ。彼の知名度は高くはないが、彼以上に魔術の腕が立つ男は父上以外に見たことがない。
アヴァロンがジャックのことを知らないとは思えない。とすれば、こちらに追手は迂闊には来ないはずだ。

俺は魔道書を持ち上げた。やたらと重い。横の男は背の高さを活かしてひょいひょいと片付けている。

「……さっきから思っていたが、何故お前もいる?」

「そりゃあ姫のお守りだろ。てか俺も命は惜しいんでね、一人でモリブス市街に残る選択はねえよ」

ランパードが本を片手に言う。ジャックは酷く渋い顔をしていたが、安全面から結局こいつも泊めることになってしまった。「俺が人質に取られたらまずいだろう?」とはこいつの弁だ。

「にしても、どれも面白そうな本ですね。読み耽ってしまいそう」

「そりゃあ天下のオルランドゥ家の正統後継者だからね。蔵書の質は魔術学院の大図書館に勝るとも劣らないさ。
あたしやウィテカーも、よくここに入り浸ってたものだよ」

俺は魔道書が微かなマナを帯びていることに気付いた。なるほど、ここのマナの濃さはそういうことか。
昔極端に濃い濃度のマナの下で鍛練をさせられ閉口したが、これはそれの亜種ということのようだ。掃除をしろと命じたのには、相応の理由があるということだ。


片付けは半日がかりで終わった。幸い外に異変はない。今日のところは逃げ切ったと言えそうだった。

「ふえぇ、疲れたぁ……お腹空いたぁ……って誰が作るの?」

「そう言えば……ジャックさん、足悪いし誰が身の回りのお世話してるんだろう?」

俺は辺りを見渡した。そういえば「あいつ」にまだ会ってないな。

「ここから街まではかなりありますものねぇ。食糧の調達とかも必要だし。どうなんですそこのとこ」

「あたしに話を振るのかい?あたしらが居候してた時は、普通にアリスさんが食事作ってたけどねぇ。まだジャック先生も五体満足だったし」

デボラが困惑したように言う。

「……召し使いがいる。ただ、今日は見てない」

「いるのかい?こんなに散らかってて?」

「散らかってるのが好きな奴だ。というか散らかしたのは多分そいつだ。どこに行っているのだか……」

ニャァ、と黒猫がドアから入ってきた。

「あら、猫ちゃん。……この子、どこかで見たことがありますねぇ……」

「そうね。アリス教授のとこにいた猫も黒猫……」


「それはそうだにゃ。それがボクだからにゃ」

307 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/24(木) 21:33:31.67 ID:HSZ2OTe3O


「「「???」」」


猫が喋る。そしてクルッと宙返りすると、12、3ぐらいの少年の姿になった。半ズボンに半袖で、褐色の肌をしている。

「な゛??」

「やはりいたか、『シェイド』」

ニシシ、と笑うと奴はプルミエールに抱き付いた。

「えっ!!?」

「んー、やっぱり美人さんだにゃ。このおっぱいに埋もれ……」

スリスリとプルミエールの胸に頬擦りする奴に、ゴスッ、俺は拳骨を脳天に食らわす。「あだっ」っとシェイドは飛び退いた。

「何するにゃ!!このチビ!!」

「お前もだろう?相変わらず女癖の悪い奴だな」

「おっぱいは正義にゃ!!それに、ボクの可愛さに落ちない女の子はいないにゃ!あ、あっちにも狐耳のお姉様がいるにゃあ!」

シェイドはデボラに向けて駆け出す。それを彼女は前蹴りで吹っ飛ばした。

「あぐ……暴力反対にゃあ……」

「頭の弱いガキは嫌いだよ。というか何だいこいつは。亜人かい?」

「いや、こいつは……」

車椅子の音がする。ジャックだ。

「シェイド、飯の支度をサボって何油を売ってる?」

「あ、御主人!!ただいまにゃ、買い出しは終わってますにゃ」

「女漁りの間違いだろ?ったく、お前が仕事しないから家がいつまでたっても片付かん」

「あのぉ、この子は……」

「俺の召し使いだ。『偽猫』を基にした魔術生命体だな」

「にゃ!!シェイド・オルランドゥ21歳だにゃ!絶賛お嫁さん募集中にゃ!!」

「ガキが何言ってやがる。せめて召し使いとしての仕事を最低限できるようにしろ。飯はどうした?」

「あぐ、今から作りますにゃ……ちょっとお待ちを」

そう言うとシェイドはパタパタと厨房に向けて駆け出した。

「何だいありゃあ。そもそも21って」

「13年前に偽猫を捕まえてな。俺の身の回りの世話をするためにアリスが残した。偽猫としての年齢を足すとあんな感じだ」

「にして騒々しい奴だねぇ……」

デボラが眉を潜めている。プルミエールは呆気に取られた様子だ。

「……人に化けるんですね……」

「『人化術』だな。あれは学会にも発表されてない。ユングヴィの奴らが五月蝿いからな」

ジャッ、ジャッと鍋を振る音が聞こえる。香ばしいスパイスの薫りが漂ってきた。やっと飯にありつけそうだった。
308 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/24(木) 21:35:39.00 ID:HSZ2OTe3O
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「どうぞ召し上がれにゃ!!」

テーブルにはバターと鶏の「バー・レー」、そして鶏と長魚のスパイス炒めがある。俺が好きな辛口の「カシ・レー」ではないが、仕方ない。シェイドは辛いのが苦手だ。

「あっ、美味しい!!食べやすくて」

「本当ですねぇ!モリブス料理ってクセがある印象だったけど、これなら大丈夫かも」

「喜んでもらえて光栄ですにゃ。ささ、取り分けますにゃ」

シェイドはプルミエールの皿にばかり料理をよそっている。……気分が悪い。
それはどうもエリザベートも同じようだった。理由は違うが。

「えっと、私にはないんですかねぇ?」

「おっぱいない子はダメにゃ、出直して来いにゃ」

「な、なんですってぇ!!?」

パシッとジャックがシェイドをはたき、ランパードがエリザベートを押さえる。

「馬鹿者がっ。こいつらは客人だ、手を出すことはまかりならん」

「えー」

「第一、礼をちゃんと学べと言っているだろう?何年俺の召し使いをやっている?」

「だって……これは耐えられませんにゃ」

ジャックが深い溜め息をついた。

「すまんな。どうも理性は獣のままのようだ。遠慮なく突き放して構わん」

「は、はぁ」

エリザベートはまだ額に青筋を立てている。まあ、当然だが。

「何ですかこの侮辱。私は貴方より大分歳上ですよ?ランパードも何か言ってやって下さいよ」

「ま、まあまあ。貧乳は希少価値と……いでっ」

ランパードが激しく痛がった。脛でも蹴られたか。

「おふざけはこの程度にして、だ。モリブスの様子は」

「やはり緊迫してましたにゃ。ラミレス家主導で厳戒態勢が敷かれてますにゃ。
彼らがエリックたちに気付くのは、あのままだと時間の問題だったはずですにゃ。ここに逃げたのは大正解にゃ」

「他に気付いたことは」

「ユングヴィが荒れてますにゃ。後任を誰にするかで」

「当然だな」

ジャックがナプキンで口を拭く。

「明日早くに、多分ベーレンが来る。修行はその後……」


一瞬のうちに、ジャックの表情が変わった。


309 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/24(木) 21:36:09.15 ID:HSZ2OTe3O
「……誰か来る」

「何っ!!?追手か」

「いや、それにしては人数が少ない。3人、それも……」

「一般人にかなり近いマナですねぇ」

エリザベートは怪訝そうに窓の外を見る。どういうことだ?

「一応、応対は俺がする。異変があったら出て構わん」

「……分かった」

ジャックが車椅子で玄関へと向かう。一般人が、たった3人?

「誰だろう?」

「見当も付かないね。ここは隣とは相当離れてる。理由もなしに来るとこじゃない」

窓をそっと見る。玄関に来た男たちは……


「あっ」


プルミエールが声をあげる。俺もすぐに気付いた。

3人のうちの1人に見覚えがあった。モリブスに来て、ミリア・マルチネスの死の状況を見た時に対応した、あの若い男だ。

310 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/24(木) 21:39:45.71 ID:HSZ2OTe3O
第14話はここまで。次回はプルミエール視点です。
多少心理描写が多めになるかもしれません。
311 : ◆Try7rHwMFw [saga]:2020/09/24(木) 21:52:41.17 ID:HSZ2OTe3O
キャラ紹介

シェイド(21)

男性(雄)。身長164cm、54kg。黒髪に褐色の肌の猫耳少年。笑うと八重歯が見える。
元は魔獣「偽猫」だったのをジャックとアリスが手を加え、魔術生命体とした存在。倫理には反しているが、2人ともその点は無頓着である。
アリスが離婚の際に生活能力がないジャックのためにと残した存在だが、シェイド自身は料理以外の家事はあまり得手ではない。
こっそりと(?)魔術書を読み漁っており、片付けないので家は散らかり放題である。

街に出る時は亜人のふりをしている。女好きであり、特に巨乳で歳上の女性が好み。ナンパのためよく家を空けている。
自分の見たくれの良さを自覚しており手を付けた女性も多いが、あまりに浮気性なので長続きはしない。
また、貧乳には価値がないという信念があり、エリザベートには全く関心がなかった。

ジャックとアリスのメッセンジャーのような役割もしており、第1話ではエリックについての情報を伝えに来たところだった。
なお、この際は猫に化けている。この姿での移動速度は恐ろしく速い。
またオルランドゥ姓を名乗ってはいるが、当然養子ではない。本人はジャックの跡を継ぐつもり満々ではあるが。
312 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします [sage]:2020/09/26(土) 07:43:20.04 ID:6EGJwsjY0
乙乙
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